2022年01月02日

ひろゆきと田原総一朗の対話 (既得権を持てば老人でもそれを手放さない)


ひろゆきと田原総一朗の対話

(既得権を持てば老人でもそれを手放さない)

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【ひろゆきvs田原総一朗】闘争か逃亡か?失われた30年の断罪【パンダ呆然】|Re:Hack

田原総一朗は88歳だから良くまだ現役だとなる、限界でもある
他にもこういう人がまだ出る、すると若い人が活躍できないとなる

書評『創価学会』(田原総一朗著)
https://konmanki.blogspot.com/2018/09/blog-post_16.html



この対話でわかることは田原総一朗でも85歳とかなってもどうしても朝ナマの司会者をやめろといってもやめない、それはなぜなのか?
結局人間は権力の座を失いたくない、権力の座から離れたくないとなる
それが人間の習性である、要するに老人になれば特に権力も金もない人を相手にるだろうか?
その人間性がなんであれ権力と金とか地位を手放せない、それが既得権者であり保守なのである
いくら司会者をやめろと言ってもやめない、それがテレビ局が許しているのは背後に大きな権力がありそうさせている

なぜなら田原総一朗は創価を讃美して池田大作を讃美する本だしている
今回の討論でも公明の子供を持っている所帯に10万円給付することを若い人を応援するとしているとほめている
それもこの人は創価のプロパガンダなのである
創価を讃美すると創価の会員が本を買いとなり売れる、本屋でももうかるとなる
それは幸福の科学でもあったし他でもある、一般の人が買わなくても会員が買うから書店でも置くとなる
つまりこの世の中必ず権力があってそれで内容などどうでもいい、権力の操り人形に自らなる、佐藤優もそうである、巨大な権力の操り人形となりそれで金になるということである

だからこういう人達を放っておくとどうなるのか?

それは戦争の時のようになる、朝日新聞が創価よりになっているということでもわかる
朝日新聞が戦争をあおったとしているからである
マスコミは原発事故でもわかったように全部のマスコミが朝日新聞から読売新聞でも全部東電によって中国に招待されているとき事故になったのである
マスコミとはこうしてさらに巨大な権力の東電とかに金をもらえば言いなりになる
そういう構造ができあがっていたのである
金をばらまけばマスコミでも東電であれ政府に従うとなっていたのである
それは地元民でも金をばらまいて反対させないようにしたし地元民にも問題があった
こうして常に社会は権力によって既得権化する
それが目に見えて原発事故にあったことを追求した、御用学者でそういうプロパガンダになっていたからだ
検察と警察と海上保安庁とかまで天下りしているからである
つまり検察とか警察とか海上保安庁とか自衛隊でありまさにこれは戦争の時と同じではないか、戦争に反対すれば特高が来て逮捕されるのである

そんな巨大な権力に対抗できるのか、もうできない、でも津波によってそれが暴かれたのである、福島民報など全く既得権者であり県で半分を出資しているし創価の聖教新聞も刷っているのである、こんな新聞が全く不正を暴くことなど不可能である
また政経東北でも新聞と違って福島県の不正を正す暴くようなことをしている
それは確かにそうでも全部がそうではない、相双リテックが除染の何十億の金を幹部が山分けしていたのにその雑誌で宣伝していたからである
つまり新聞とかテレビでも雑誌でも結局金がかかりすぎるからその金を得るのが宣伝費であり東電とかなるとその電気組合の電事連合会から800億円の金が出ていた
それだけ電力関係の金は莫大なものが流れていたのである

田原総一朗はもう引退すべきだと言ってもしない、でも不思議なのはあのような年になっても悪人でも悪役としてでも社会に存在力があることは認知症にならない
会社を引退して何もしないでいる人は認知症になるのも不思議である
要するにあのような老獪な年よりになっても悪役を演じている
こういう人は正義面ずらして社会の公僕のように見せる、愛国心があると見せる
でもこの人は娘がアナウンサーしていた、自分の身内の家族のために既得権者だからそういうことができる、福島県では渡部恒三がその息子をアメリカのGEに就職させていた
いかにも福島県民のために働いているとか見せていたが自分のために働いていたにすぎないのである

明らかにこの人は既得権者側でありだから自民党を援護して経団連でも援護する
マスコミでもそれでやめさせないとなる
ひろゆきとかも問題である、この人はまさに日本などどうでもいい、もう日本がだめだから外国に逃げる準備をしろと言っているからだ
では日本が外国に攻められたら自分だけは助かり逃げるのかとなる
これも無責任だとなる、ただその全体像は一個人でもなかなかわからない、だから人物を批評するのは本当にむずかいのである、もう確実にどんな人でも誤解するのである
ひろゆきでベーシックインカムとかには自分も賛成するし引きこもりでも責めないのはいいともみる、そういう人は許されない人でも時代が変わってそうなったのである

いづれにしろ人間の習性として既得権をもてば権力とか地位とか金をもてば手放したくないのである、だからいくら老人がどうのこうのと言っても既得権を手放さない
習近平でも終身で最高権力者となりそれを手放さないようにする
それが人間なのである、だからそうしした既得権者が握っている権力を若い世代が倒さない限り新しい時代が作れないとなる
創価というのは最初はそうした既得権者を倒す権力を奪うものとして過激なものだった
武装集団としてもありえた、とにかく権力に対する執着が強いからだ
でもこれも既得権化すると自分たちの権益を既得権を守る方になるのである
一部の幹部がそうなっている、もともと権力を得ることしか眼中にないから別にそうした権力をもてばそれで満足するとなるからだ

いづれにしろ日本の未来は暗いというときどうしても老人が多すぎることである
そしていくら老人を批判しても既得権を手放したくない、それが人間なのである
だから選挙でも若い世代は勝てない、数が少ないからである
そこにシルバー民主主義になっているのである
明治維新は命を賭けるものだったから20代の人でも活躍した
また明治維新が成功したのは既得権者ではなかった人達である、下級武士が主役だったのである、地位のある侍は既得権者であり保守になり体制派になるからだ
そしてなぜ明治維新が成功したのかというと侍が明治維新の主役であり侍が新しい日本を作ったのである、侍はもともと指導者として訓育されていたしエリートの自覚をもっていた、だから明治になったときあらゆる分野で指導者になったのは元は侍だったのである
庶民の革命ではなかったのである、ただそれもその後は堕落して指導者として育たなかった、それで太平洋戦争となり指導者が悪いから敗戦であり失敗したとなる

何か変えるとなると相当なエネルギーが必要になる、それは老人では無理だとなる
でも若い人がすべていいかというとそうはならない、若い人は見識が持てないからだ
深い洞察とか見識をもてないのである、これは老人になると持てるのである
何か特別の人でなくてもいろいろ経験して人間はこういうものだとか悟るからである
だから老人は賢者に見えるのである、とにかあらゆることに理解力が深まるのである
私自身も本を山ほど買ってびっしりと印をつけていたが理解していなかった
でも誰でも意外と老人になると理解できるようになる
それはいろいろ経験したりして見聞したりして知識が身につくからだともなる
老人になることは死ぬことも身近でありそこから人間を見て人生をみるから違ったものになる、要するに達観するとなる

彼らがパロと語った時、モーゼは80歳、アロンは83歳だった
モーゼが死んだ時、120才だった、眼はかすまず、気力は衰えていなかった

80歳で過酷な出エジプトの指導者となった、そして120歳で死んだ
それでも元気だったのである、この年齢は本当なのかどうかわからない、その頃果たして年齢が正確かどうかわからない、ただ言えることは確かに相当な年であり老人だったのである、それでそんな過酷なことができたのかとなる
だから老人でも指導者になれないことはないのである
ただこれは神の命に従ってできたことでありまた現実の世界に起きることとは違う
ただ120歳まで生きて衰えなかったというのはどういうことなのか?
それは神の霊を受けた人だったからなのか良く理解できない
要するに神が力を与えたからできたことだとなる,モーゼは剣をもって戦ったりしない
ただ一本の杖をもって指揮していただけである、その杖をあげて海を割ったのである
それは神の力がその杖に加わったからである
これはあくまでも聖書の物語である、モーゼは若い時はへブル人が労役で苦しむのを見てエジプト人を殺している、過激なことをしていたが後年は全く無謀なことをしていない、それは若気の至りだった、それでミデアンの地に逃れて羊飼いの娘と結婚したのである
それから自重して神の命に従い大事業を成し遂げたのである

ともかく激動の時代になるとかえって若い人が全面に出ることがある
若い人の活躍なしで改革できなからである
でもまた老人になると深い洞察や見識をもつようになる
そうなって神の命令に従うだけで大事業を成したのである
だから必ずしも若いというだけで改革したり大事業はできない、それが無謀なものになるからだ、革命とかなると性急になるからだ、それで失敗するのである

要するに機が熟するということが大事なのである、それは80歳になった時だったというのである、若いから何でもできるとはならない、それが無謀になるからだ
だから老人がみな無用のものになるとかにならない、ただ一般的には既得権者となり保守的になるのである、そして既得権を手放したくないから改革できず国全体でも衰退してゆくとなる、高齢化社会どうしても保守的になる
老人が多すぎるからである、戦後復興できたのは若い人が子供が多かったからとういのも原因していたのである、丁度団塊の世代が高度成長時代になったからである

いづれにし世代間の対立は常にありむしろないことが社会の停滞を産む
何かこの世に関して矛盾とか憤りとかを感じないとしたらおかしいからである
それは既得権化すると感じなくなるのである、なぜなら不満もないし今の状態がいいものだとなり革命など望まないからである
それは革新勢力でもそうなのである、創価でも議員になったりするとすでに権力を得ているしこれでいいとなる、議員になった賄賂をもろいいい身分だとなるだけだである
だから自民党と一体になりそこからぬけられなくなる、同じ既得権者になるのである

posted by 老鶯 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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