2022年04月10日

人間に起きることはカルマが関係している (個々人でも国民でもカルマをもち苦しみとなる―解消できないカルマ)


人間に起きることはカルマが関係している

(個々人でも国民でもカルマをもち苦しみとなる―解消できないカルマ)

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シーシュポスの岩


カルマというとき個々人でもあるし家族単位でもある狭い地域でもある
大きくは国家レベルでもある
なぜ今自分自身がカルマと自覚したのは家族でも母でも全部死んでから家事でも全部自分一人ですることになったことである
私は60歳まで家事でも全部家族がしてくれたのである、だからいつも料理は出されていたし家事はする必要なかったのである
でも私自身はそれが当たり前だと思っていたのである
それは特別恵まれた結果としてそうなっていたのである

今自分が必ず自分自身一人で料理を作り食べている、その時どうしてもたりないものがあり台所まで食事の途中でも立ってゆくするとゆっくり食事ができないのである
それで今まで母でも食事を作りだしてくれていたことは特別恵まれた結果だと思うようになった
そして母は店をしていたときお客さんが食事中に来て必ず立っていた
ゆっくり食事できないし自分自身もそのことが嫌だったのである
食事のときくらいゆっくり家族で食事したいとなるからだ

ただそのことが母のことが自分自身のカルマとなっていたのである
それは食事中に必ず立ってたりないものを運ぶことになったからである
つまりゆっくり食事ができないともなっているからだ
母は私の家では女中のように働くだけだったのである
若い時は現実に東京の方に行って女中をしていたからである
それで花でも何か興味もなく働く詰めの一生だったとなる

人間はつくづくこうして誰でもカルマを背負っているしそれが現実となり苦しみとなってそのカルマを自覚するのである
これは本当に自分自身のカルマだった、また母が後妻に来て自分の家で連れ子の兄は良くされなかった、ただでは自分自身が全部それでよかったかとなると最後に家族の介護で死ぬほど苦しんだのである
それもカルマだったのである、その時誰も頼ることもできなくなっていたからである
それで親の介護のとき一倍お前はかわいがられたのだから介護しろと兄弟に言われるというのもわかる、カルマとはそういうことなのである、
兄弟でも親から平等に愛されると限らないからである

カルマの不思議はその家族は両親があっても父親が若い時から病気であり障害者のようになっていた、それで母は大変な苦労をしていた
でもその娘が結婚した相手は技術者で頭が良くて給料も良かったのである
でもそれが最後に実際は事業に失敗していたのである
すると娘も夫の事業の失敗で借金とかで苦しむ、つまりここでもカルマが苦しみとなって現れたのである
そういうことが身近でこれは何なのだろうとなるとカルマだと実感する

ただ全部があてはまることはない、その家の両親は本当にいい人だったのである
正直実直だったのである、でも息子は全く出鱈目であり誰からも嫌がられていた
最近死んだ、そして誰も惜しんでくれる人はいない
なぜなら息子がいても自殺していたからである、でもなぜそうなったのか?
その両親がそんなにいい人でもそうなるからその理由がわからないとなる
他にも創価でも他の宗教団体でもそういう人をまじかで見ているとわかるだろう
近くで若いの息子が病気で早死にして母親もすぐに死んだとかある
そういう不幸な人は別に宗教団体でもいくらでもいるし実際に見ているのである
呪われてたたられているのかと思う人がいくらでもいるのである

カルマは集団で解決しない、なぜなら個々人でも家族でも負っているカルマは違っている全部同じカルマではないし、それはそれぞれが負い苦しむことで解消するからだ
みんなであなたのカルマを解消してあげますよとか言ってもできないのである
カルマは個々人苦しみ自覚して解消するからである
つまり個々人が負っているのでありそれは他の人が代わってそのカルマを負い解消できないからできないからである
むしろ集団に入ると集団がもったカルマで負わされることにもなるのだ
何かいいことばかり期待して入るとそうなるのである
つまりそうした宗教団体でもカルマを団体的に背負っているから集積されるからそうなる

カルマは苦しまない限り解消しない、また苦しまないと自覚できないのである
だから自分のようになぜ食事もゆっくりできないのだろうと考えた
そしたら母がまさにそうして働き尽くしていたことをふりかえりこれはカルマだと自覚したのである
おそらくどんな家でも家族でもカルマを背負っている、今いいように見えてもカルマは必ず苦しみとなって現れる、そして長男長女がその苦しみを負うことになる
家族のカルマを一身に背負うのは長男長女になるからだ

結局人間は誰しもカルマから逃れられない、逃れようとして宗教団体に入ってもカルマから逃れられない、カルマを解消するには自ら苦しみまた他者に善行をほどこすとかするほかないのである
カルマは個々人でも家族でもそうだが国家でもカルマを背負っている
なぜロシアが日本でも良く思わないかというと戦争の時、どさくさまぎれに北方四島とかを奪ったりシベリアは抑留とかありロシアは日本と戦争しなくても漁夫の利を得た
そういうことでロシアは言い分があっても日本は今回の戦争でもロシアの悪辣さを非情さを批判する、それは確かに一方的な見方でも結局過去にしてきたロシアの悪行があり
カルマがありそれで良く見ないのである

ただアメリカに原爆落とされて日本は悲惨なものとなった、ではなぜアメリカを恨まないのかとなる、それはおそらくアメリカ人は戦争の後でも日本を経済的援助したり良くしたりしたからかもしれない、そしてその時はアメリカ人も相当に死んで血を流している
ロシア人は争わずして死ぬこともなくただいいとこどりになっただけだからである
でもそういうことがカルマになって過去の行為(カルマ)があり日本人はロシアを良く見ないのである
だから歴史でも国家レベルでもカルマが関係しているのである
昔はあいつはあいうことをした、あいつは悪い奴だとなり過去のことが尾を引いている
それは個々人レベルでも国家レベルでもそうである
でも国花レベルになると人道とか関係なくなり力で他国の土地を奪っても英雄になったりする、プーチンでも英雄になる、人殺しでも正当化されるのである
それで権力者とは大盗だというのもわかる、中国では現実にそうだったからである
盗賊が皇帝に実際になっていたからである

いづれにしろ人間のカルマは苦しまないとそもそも自覚できない、でも苦しむことで自覚して苦しむことによってカルマが解消するとなる
でもシジフォスの神話のように転がり落ちてくる岩を延々と持ち上げてもまた落ちてきて延々と持ち上げては転がり落ちて持ち上げる、それもカルマなのである
それは怠けていた結果として何か有益なこともしなかったのでそれでそうしたカルマを負わされたともなる、そしてそれが尽きることなくつづけさせられる
カルマが簡単に解消しないのである
人間はこうして何らかみんな罪業をカルマを負っていてそのことで苦しむ
この辺の原発事故もカルマであり放射性物質のプルトニウムが毒となり二万年消えないというときそうである、故郷にも住めなくなったのである
これこそがまさにカルマでありカルマは簡単に解消しないのである

カルマというとき戦争というのも人間からなくならない、それはウクライナ戦争でわかった、現代にあれだけの殺戮が破壊が行われるのをまざまざと見たからだ
実際にベトナム戦争からイラク戦争からアフガニスタン戦争からと戦争は継続されていたのである、だから人類から戦争がなくなることがない、それが証明されたのである
戦争も人間のカルマなのである、人類がつづくかぎり戦争は終わらない、終わるとしたら核戦争がありハルマゲドンがあり人類滅亡してカルマが解消するのである
それが人間の現実なのである





posted by 老鶯 at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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