2022年05月02日

知床観光船の事故と原発事故の共通性 (仕事が土着的なものから離れた現代の危険)


知床観光船の事故と原発事故の共通性

(仕事が土着的なものから離れた現代の危険)

●知床観光船事故と原発事故の共通性

知床観光船の事故と原発事故に多くの共通性があった

●地形とか海流とか天候とかが深く関係していた

●経営者や船長が外部のものだった

●安全管理を国土交通省でも怠った

●地元の人達とのコミニュケーションの不足があった

今回の知床観光船事故は原発事故を追求して多くの共通したものがあったことに気づいた事故になった原因が一致するものが多かった

地形とか海流とか天候とかが深く関係していた

知床の海流とか地形でも複雑でありそこは危険な場所だった、海流でもそれは地元の漁師でしかわからないものがあった
そして意外と風が関係していた、北西の風だと直接船にふきつけるから波も高くなるから危険だと言っていた、でも知床半島でさえぎる風だと船体に直接吹きつけないから安全だという説明が地元の人からあった
この風向きはなかなか地元の人でないとわからない、風の方向はわかりにくいからだ
でも地元の漁師だったらもうそこで生業として仕事しているから直感的にわかるのであるたいがい生業として農業でも第一次産業にかかわる人は密接にその土地の風土と結びついて暮らしている、それは科学知識というより日々の仕事なのかで自ずと身に着く知識であり知恵である、自ずと土着的になる
その土地にrootrdnessでありconstantに接する土着して仕事をしているからである
その土地と人間は不可分に密接に結びついているからである
それでこの辺では東風が3月頃から海から吹いてくるのである、不運だったのはその東風が吹いた時、原発の爆発がありその風によって放射能の塊り飯館村から福島市の方に流れたのである
でもすぐ近くの浪江の請戸だと放射性物質は海に流れたからあんなに近くても0.5マイクロシーベルトだったのである

●地元の人達とのコミニュケーション不足

そしてなぜ爆発した時、山の奥の津島に町民を浪江町長が逃げさせたのか?
それは放射性物質がどういうものが知らなかったからである
でも東電の社員の一人は知っていて山の方に向かって逃げていたが海に近い街の方に戻った方がいいとして街の方に引き返したのである
つまり東電の人は専門家だから知っていた、でもそこに原発があるのに東電では地元の人達との深いコミニュケーションがなかったのである
それはなぜかとなれば政府と東電指導で地元の人たちは自治体ではその町長より上に立つものであり命令に従う方だったからである
それは県でもそうである、政府から命令を県で受けて各自治体に命令を下す、それに逆らうことはできなかったのである

肝心のそこに住んでいる自治体の公務員とか住民との十分なコミニュケーションがなかったのである
それより政府と東電が大きな権力をもち「安全神話」を作って危険を知らせないようにしたのである
その管理も実際は政府でも幹部でもなおざりにしていた、なぜなら原発とかは一般人にはわかりにくいから御用学者でも雇いいくらでもごまかせたからである
そして政府でも危険があるのにそれを教えないし管理もずさんだったのである
そこで働く電気関係者が千人いたとか言われるが何か配管とかに問題があっても指摘してもとりあげない、それよりそれを言うと地元の電気関係者でも仕事がもらえないとなって言えなかったのである、何しろ政府でも東電も一体となった巨大な権力を持つものとなっていたからである
今回も前にも事故三回も起こしていたが国土交通省でそのままであり対処しなかった
政府は安全対策で常に問われる、ただなぜこの会社に警告しなかったのかわからない

そして東電には司法関係者から警察官僚から海上自衛隊から天下りしていた官僚が相当数いた、その人達は多額の金をもらっても事故の責任を何にもとらないのである
東電でも政府でも何か事故の責任をとった人は今回はいないのである
これに反発する人もいないというのもわからないのである
地元の人たちももっと何か追求して批判するべきだがしていない、それは結局地元の人たちもその利権にあづかり補償金をもらっていたからしないともなる
地元の報道関係も追求しないんのはやはり宣伝費として金をもらっていたからである
政経東北でも相双リテックから宣伝費をもらって表紙でも宣伝していたのは何なのだろうと思った、結局福島県の報道機関はその危険性を追求していない、第一電事連から800億円の金が報道機関にマスコミ支払われていたというのだから驚く
つまり庶民の想像を絶した金が動いていたのである
それは事故後に判明したのである
そして官僚の安全管理も名ばかりであり「不安院」だとして揶揄されて批判された
安全について何もしなかったとなる
ただ金だけをはもらっていたのである、実質は何の安全管理などしていなかったのである
地元の人達とのコミニュケーションの不足があった

原発は地元の人たちとコミニュケーションなどしない、政府の権力東電によって一方的におしつけられたのである、ただその見返りとして金を湯水のようにばらまいたので地元の人も許可したとなる、だから地元の人も金ばかり求めていたことで責任はある
それで事故後もあまり政府でも東電でも批判できないということはあった

●科学技術と土着性

こうしたことも知床観光船でも起きていたのである
土着性とかなると何か古いとなる、そんなものを現代に持ち出すのは時代遅れだとかなるでも人間はそもそも生物の一種なのだから土着的なものから大地から風土から離れてありえないのである
人間の基本的な生は土着的なものとして営まれる、その土地から実りがありそれで生きるのが基本としてある、それが工業化科学社会になったとき無視されたことがある
その土着的なものより科学的技術が優先される、土着的なものとは生態系に準じて生活することである
でもそうした土着性は広域化グロ−バル化社会で無視されていた
現代のグロ−バル化社会はいいように見える、でもそこにいろいろな人間の根本的な生存権すら脅かすものがあったのである
だから最近ウクライナ戦争で麦が輸入できない、円安で高くなるから米を食べろというときでもそうである、地元で日本でとれるもので賄うことが基本にある
それで米を食べろ利用しろと言われるのもやはりそれがまともな生活だからとなる

電力でも東北電力となると土着的になる、東北を根城として仕事するからそうなる
それで東北電力の副社長がこの辺は津浪があるからと女川の原発を作る時、10mをあえて高くして作った、その結果津波から辛うじてまねがれた、でもすれすれだったのであるこれはやはり東北に住んでいるからこそできたことである
三陸では明治になっても大津波があり一万人とか死んでいるからである
そういう場所に隣接していたからこそ身近なものとして危険を感じてそうなった
でも相馬地域とかなると400年間大きな津浪がないから警戒していなかったのであるそして相馬藩政期に二行だけ生波(いくなみ)−津波で700人溺死と記録されていた
それも学者すら知らなかったのである、ただ津波の後に発見したのである
だから郷土史などあまり重要視されない、物好きな人がしているとかなる
でも実際は原発事故でも郷土史というのは深く関係していたのである
郷土史とは最も土着的な仕事なのである

そして報道にしても土着的でないとできない、それは福島県でも広すぎるのである
海側と会津とか山国となるとまるで違った風土だからである
すると報道でも福島県でも広いから全部をカバーできないのである
常にコンスタントにrootednessになるのは限られた地域になるのである
だからそうして一地域でも深くコンスタントに地域と密着して生活していないと報道もできないとなる
そもそも文化でもcultureがcultivateであその土地に根付いて耕すものとして生まれる食糧でもそうである、その土地と常にコンスタントに密着して生活していてその土地独自の文化が生まれるのである、それは様々な土地のものが野菜でも名付けられる
その味はその土地独特のものとしてありそれが土地の魅力となる

●グロ−バリゼーションも土着性を喪失させた

ともかく知床観光船事故ではこうして原発事故を起こした原因が共通している
現代の盲点は仕事に土着性がなくなったことである
何か材料でも家の木材でも外国から輸入する、ウクライナからも木材を輸入していたということで入らなくなり家を建てるにも値段が高くなって建てられないとかなる
外国からはこうしていくらグロ−バル化していても輸送ができないとか高くつくとか
常時安心して入ってくるとは限らないのである
だからあくまでも自給自足を基本にしてそれにつけ加えるものとして輸入もあるのが安全だとなるのである

そして知床観光船では社長も外部の人とか船長も外部の人だったとかなる
その船も瀬戸内海仕様のもので知床の海には合っていないものだったとかなる
つまりその土地の風土とかにそぐわないものとして作られたものを使っていたとなる
原発にしても日本では地震が多いから風土に合わないものであった
それでアメリカで竜巻が多いから原発の電源を地下にもってきていた
それを日本でまねたのが失敗だった、日本では竜巻の被害はまれである、むしろ地震の国であり津波でも起きるからその備えが必要だったのである
ただ科学者は津波が来るから備えろと警告はしていた、でも東電は聴かなかったのである
それはコストがかかるからである

つまりどうしても安全よりコストとなるのが経営である、今回もそれで失敗したのである天候を無視して利益をあげるために危険を無視した結果として大事故になったのである
ただ安全となると経営では利益をあげなければならないから無視されやすい
それでそこに国がかかわる、でも国土交通省でも認可が甘かったとなる
原発でも危険は無視されて政府の安全を計る官僚は天下りして金をもらうだけであり何もしなかったのである、だからその金は返還すべきだとなる、でもそのことを言う人もいないのである、マスコミでも追及しないのである、それはマスコミ自体が東電から多額の宣伝費をもらっていたからでとる、朝日新聞すらそうてある
つまり東電の原発の危険性を追求した報道はなかったとなる

いづれにしろ現代社会から土着性が失われた、それがまた大きな問題でありそこから大きなとりかえしのつかない事故にもなる、グロ−バリゼーションとは地域地域の土着的な生活を破壊するものでもある、巨大な企業でも森を破壊して生態系でも一挙に破壊したりする、それができる時代だから根こそぎ自然が破壊されてしまう
経済ばかり優先されるのも問題なのである、人間の生きる意味とかは土着的なものとして追及されその土地土地にアイディンティティ化して生きる意味を持つとなる
それを詩などで追求して来たのが自分だったとなる
第一東京とか大都会ではもう土着性は何もない、ビルの狭間でそこに土はそもそもないからである、そこで志向されるのはなにかとなる、大地とか自然から遊離した人工的空間で生きているから人間はもう自然を意識できないのである
そのこと自体が何か大きな災害をもたらす潜在要因となっている
つまり東京で大地震があり津浪があったり何か都会自体を崩壊させるようなものが起きる不安がある、そして現実に大災害が来たらもう水も飲めないとか食料すら得られないという恐怖がある、外国からもその時食料でも入ってこないからである
だから東京の金持ちでも田舎で野菜を作っておけとかなるのである
食糧は必ずしも外国から入るとは限らない、円安になり馬鹿高くなるとか戦争とかあると入って来なくなるのである、それが意識されないことが危険なのである


桂田社長が観光船仲間の会長をしていたとか報道があった
これも地元ではなく外から来た人が会長とかなっていた
それも問題だったのかもしれない、東電でも東京であり外から来た人達が運営していたからである
それで支持は東京から幹部がしていたのである

三回も事故を起こしていたのだから行政処分もあっていいという発言があった
危険な会社として公表すべきだったとも議論があった
国土交通省で安全の管理をきちんとしていなかったと批判があった
これも原発と共通している、でも小さな会社だからここから何が見返りがあるとは思えない
ただ小型船舶は厳しく規制されない、それで猪苗代湖でクルーザーで子供が事故にあい死んだ
小型になると規制がゆるいからそうなった






posted by 老鶯 at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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