2022年05月10日

夏の日に相馬市から新地の花木山ガーデンに (途中骨董店による・・相馬焼きの話しなど・・)


夏の日に相馬市から新地の花木山ガーデンに

(途中骨董店による・・相馬焼きの話しなど・・)

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城跡の藤の花
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城跡にシャガの花が咲いていたし新地にも結構咲いていた


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槻木駅などがあるから同じようなものか?

新地花木山ガーデン

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利休梅


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相馬市六号線の骨董店

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この急須と湯のみが十四代も使われたという、だから5万とか値をつけている
これが水分が減って乾いたために軽くなっている
陶器が磁器と違うからそういうことになる、土だからそうなる
そういうことも意外である、ただそれだけ年月が過ぎれば何か変わることは確かである

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天皇の菊の紋があり金箔がある、高貴な感じになっている
デザイン的に優れている、でも小さいから御菓子など置くにはいいかもしれない

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ここは着物店なのか? この蔵にはお宝があるのか、牡丹が似合っていた



馬走り自転車は知る青葉風

相馬市に我が入り行く菖蒲かな

長々と木陰の道や藤の花

藤垂れて暇(いとま)のあれや昼の月

海の風海浜公園夏雲雀

散り残る利休梅見る小径かな

森暗し影なす道にシャガの花

影深し大槻神社にシャガの花

城跡や草深しもシャガの花

城下町紫色に暮れるかな


駅前の花壇に赤のチューリップ次に黄色の咲きて燕とぶかな

広々と大海開け夏の日や牡鹿半島金華山見ゆ

山々の新緑に映え海開け牡鹿半島金華山見ゆ

ガーデンに珍しき花夏の日や新たに見ゆる花にしあるかな

黒橋を上れる人の二三人若葉茂れる木の袂(たもと)に見ゆ

城跡に藤の花あまた垂れにけり白きつつじも映えてひそまる

喫茶店藤の花垂れ一時を休みて静か城下町かな

城下町辻を曲がりて職人の家あり伝ゆ技のあるべし

十四代使いし茶碗とその色の心にしみぬ謂れを聞きて

城下町夕暮れ帰る紫の牡丹の咲きて大き蔵かな




花木山ガーデンからの眺めは最高てある、広々と海が開け牡鹿半島と金華山が近くに見える、ただ正直ガーデンそのものはものたりない、でもそのために300円とる
それは花を見るというよりあの広大な景色を見るためにも払うとなる
やはり眺めのいいところにある喫茶店でもあれレストランであれ価値がある
あそこの眺めは特別である
新地は海が近く見えるのである、相馬市でも鹿島でも原町でも海は結構遠いのである
新地は庭の前が海が見えるという感覚になる、それで巨人が手を伸ばして貝をとって食べていたという伝説がある、現実に海が縄文時代には入りこんでいたのでそれは事実である貝塚がそれを物語っている、貝を食べて捨てた場所だからである
海から離れていてもかなり近いからである

今は藤の花の季節である、藤の花と似合っているのは相馬市なのである
なぜなら城下町だからである、何か何もないようでやはり歴史がありそうした雰囲気を出しているのである、相馬市が街作りとして良かったのは役所も入母屋作りにして落ち着いたものにしたことである、高いビルがないこともいい、でも新しくできた田町通りは城下町の雰囲気とそぐわないという感じにもなる、ただあそこにある大きな柳の木は合っている
相馬市というとき紫の菖蒲が入り口に咲きそして藤の花が垂れ咲いている
中村喫茶店の脇の藤棚がそうである

六号線で骨董屋があるので入ってみた、ほとんど茶碗だった、相馬焼きのことで語ったがその主人は女性でありそれなりに知っている、そもそも骨董屋というとき歴史もかかわるし美的鑑識眼も必要である、だからこれも結構才能がないとやれないかもしれない
ただスーパーのように物を売っていると違う、その品物についての由緒とかを語らねばならないからだ
テレビのお宝発見だと書画骨董でもそれが本物なのか偽物なのか見分けるのはむずかしい絵でも鑑賞することができないからである
でもどれがいいものなのか簡単に分からなのである
そもそも芸術とかなると鑑賞すること自体がむずかしいのである

まず本当に高価な価値あるものは見つからないだろう、だから十四代も使い続けられたという茶碗とか急須となると相当に価値がある、それで五万の根をつけた
でもその価値が解かるのかとなるとわからないとなる
ただわかるのは十四代をも使われたことで価値があるとなる
そこにその茶碗の歴史がある、茶碗通じて受け継がれたものがある
相馬駒焼きを受け継いだ人は死んだと言っていた、前ら浪江にあった相馬大堀焼になっていた、相馬焼きは江戸時代からのものでそれが古いのでその技を教えに各地に行っていたのである、だから相馬焼きには価値がある
ただ馬の絵で年代がわかるという、でもそれを見分けるのはむずかしい
この馬の絵を相馬焼きに教えたのは外から来た人だとしている
つまり何かアイディアとは意外と外の人が与えることが結構ある
そこにもともと住んでいる人が気づかないことがあるからだ
だから外部の人の話をとかも聞く必要があるのだ

いづれにしろどんな職業でもプロになるのは容易ではない、第一農業自体がむずかしい
土のこととか肥料のこととか花でも育てるのがむずかしい
だから花屋も相当に知識と経験がないとできない、要するに料理でもそうだがなんでも
プロになるには相当な熟練と経験と知識が必要になる
骨董屋となると意外とこれはただ物として売るものではない、そのいわれや歴史や美的な
鑑賞力も必要になる、そうするとそれらをみんな備えることはできないともなる
でも骨董屋はただ売る商売ではないと見た、その品物にまつわるもの、いわれや歴史でも知らないと売れないと見たのである
ただその骨董屋も城下町内にあれば合っている、六号線だと城下町からはずれているからだ、城下町内にあるのがふさわしいとなる、でもそうなると地代とか高くなるからと言っていた







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