2022年09月17日

グロ−バリゼーションの終わり (経済も国内回帰―文化も国風文化の再興にー柿の詩)


 グロ−バリゼーションの終わり

 (経済も国内回帰―文化も国風文化の再興にー柿の詩)

 グロ−バリゼーションの崩壊ー文藝春秋(中野剛志)

 今インフレにより、激しく破裂するのではなく、着実に萎み始めているのである。そして、萎んだ後は、長期停滞、膨張しない経済、膨張しない時代が始まるのである。

 この「膨張しない時代」においては、日本経済と日本社会の安定性、効率性という強みが発揮されることになるのである。
 円安が進んでいてもついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた
 

  グロ−バリゼーションが始まったのは明治維新からまたは大英帝国が七つの海を支配した時だろう、そこで世界共通貨幣が基軸通過がボンドになったのである
次にアメリカが覇権国になりドルが基軸通貨となった
明治維新で日本が鎖国から開国してグロ−バリゼーションの中に組み入れられた
グロ−バリゼーションとはまた世界で対立が激化して世界戦争になった時代だったのである、その負の面も大きかった、何千万人の人間が戦争で死んだからである
世界大戦の時代がグロ−バリゼーションの時代だったのである
日本の太平洋戦争も日本が悪だとしているがそれはそういうグロ−バリゼーションの中で起きたことである、世界の覇権争いに巻き込まれたのである
大英帝国は日本の太平洋戦争で敗れて終わった、アジアから追放された
それは快挙だったのである、最初にアジアの覇権国になろうとしたのが日本だったのである、それは失敗に終わった,アメリカが台頭してきて次の覇権国になったからである

グロ−バリゼーションといっても覇権国があって成り立つ、無制限なものではない、統制する覇権国がありグロ−バリゼーションが成立する
無政府的グロ−バリゼーションはありえないのである
ヒト、モノ、情報でも金でも自由に流通するということではないのである
そこに自ずと限界があり人間はその定められた地理や風土や生態系に依存して生きる
それを越えられないのである、だから国境も必要だと認識した
コロナウィルスなどでやはり国境がないと境界がないとウィルスも自由に入ってくる
関所も必要でありそこで人の流れを止めるということも必要だとなる

グロ−バリゼーションは頂点に達して負の面が大きく認識されるようになったのである
経済面でもそうだが精神的にもそうなる、経済的には内需型になり文化的には国風文化の復興になる、日本は奈良時代は中国の唐から学び奈良時代に遣唐使を派遣して国造りをした、漢字なども取り入れた、でも平安時代になると国風文化になった
そして鎌倉時代になるとやはり中国から禅宗などを取り入れた、でも東(あづま)に政権を樹立して東が支配するようになった、そして戦国時代になり安土桃山文化になった
これはキリスト教などが入り国際化したグロ−バル化した
外国の文物でも技術でも文化でも積極的に取り入れた、その一つが信長が鉄砲を輸入したことである、その技術を取り入れたことである、それが戦争を変えた
そこで絢爛な安土桃山文化が生まれた

次に江戸時代の鎖国になった、国風文化になった、その300年で日本文化が歴史が培われた、ここは世界から遅れたものとして見られていたが実際は内需型であり日本国内で
経済を回す社会である、自給自足の社会が形成されたのである
この時世界から孤立していたとしても戦争のない平和な三〇〇年がつづいたのである
この三〇〇年があまり評価されていない、でも明治維新が成立したのはやはりこの三〇〇年に培ったものがあり成功したとなる
明治維新になぜ綺羅星のごとく偉人が生れたかでもわかる
それは侍がいたからである、明治維新は庶民の力ではない、真のエリートの侍がいたからできたのである、つまり侍が人材となり新しい日本を導いたとなる
侍とは武だけの人ではない全人格として全人間として優れた人達だったのである
それはその後の人間が劣った人達になったということでもわかる
侍はいなくなったのである
ただ世界的にも戦争していたのは貴族であり戦士として選ばれた人達だった
その後は国民となり大衆化したのが現代である、つまりエリートというのは世界的に消失したのである
戦争とはもう数であり機械の戦争となったのである、そこで何千万人もの人間が無惨に物のように殺戮されたのである、国民と国民、大衆戦争だったのである

そして太平洋戦争後から七五年は経済のグロ−バリゼーションの時代だった
それはアメリカ覇権のドル基軸通貨となったグロ−バリゼーションだった
でもこれも終わりになりつつある、中国の台頭とかで終わりになりつつある
アメリカの覇権は終わる、日本はどうなるのかとなるとアメリカが覇権国でなくなるとアメリカは守ってくれない、そこに台湾有事が大問題になるのである
アメリカは武器を与えても直接戦争にかかわらないというときウクライナを見ればわかるアメリカはもう直接兵士を派遣したり戦争にかかわらないとしている
トランプ大統領がアメリカファーストを言っているからである、国内第一になる
外国にかかわらない政策になってきたからである

そして日本もまた国内回帰になる、経済でも国内で極力回す、エネルギーでも石油でもガスでも何かあると輸入できないからである、ただ原子力発電を再稼働するのは問題であるあまりにもリスクが大きすぎるのである、一旦事故になったらこの辺のように住めなくなるからである、ただ国内自己完結する経済になる、だから鎖国時代にもなる
結局人口が縮小して日本が縮んでゆくのはこういう時代だからそうなった
日本がの人口は江戸時代で3000万人とかでありせいぜい6000万くらいの人口が適正規模なのかもしれない、そこで国内需要とまかなうとなるかもしれない
ただそうなると小国になるから中国に支配されることの恐怖になる

でもどうしても日本はもうかつての高度成長とかないし縮小をまねがれないのである
そのことはは文化にも影響する、思想的にも国内回帰であり国風文化の再興になる
世界的にも中世に戻るというときでもそうである
文化的なこと内面的なこと思想の深化とか学術的なこと芸術的なことそうした時代になるだから今なぜオリッピックでもするのかとかなぜインフラでもリニアなど必要なのか問われる、そんなもの本当に必要なのかどうか問われる
高度成長時代には道がないのだから道を作ることに疑問などなかった
でも鉄道でも整備されているし新幹線もあるしそれにリニアなど必要なのかとなる
何があらゆることで意義が問われる、哲学の時代になもなっているのである

いづれにしろ社会は内向きになる、コロナウィルスなどで在宅で家で仕事するリモート会議などしてするのもそうである、働き方も変わった、何か巣籠りというときそれも内向きになり外向きのグロ−バリゼーション時代の終わりを示唆している
世界でもそれぞれの国で国内経済中心となり国内で文化を育てる時代にもなる
自然はやはりそれぞれの地理があり風土がありその中で人間は育つ、それを無視して人間はありえない、自然をグロ−バル化などできないのである、それを多国籍企業がする自然破壊になる、生態系が破壊される、そこでウィルスがたちまち世界に感染するのである
そこに時間差もなくなったのが現代なのである
人間はそれぞれの地理と風土で育つのが自然である、食糧でもやはりその地理と風土の中で育つ、それを食べるのが体にもいいのである、そもそも体はその土地でとれたもので食べるのがいいのである、日本食はだから長寿食になったのである
牛肉とか外国のものをいろいろ食べることはいいことではない、またそれもできなくなる円安になりもう外国のものは高くなり買えなくなるからだ
すると日本にあるものでまかなうほかないとなる
日本がにあるものでもそれなりに豊かな食生活が今ならできる、別に葡萄でもとれているし前よりはいろいろなものがとれているからである
ハウス栽培で南国産のものも作れるとかなる、ともかく外国から輸入することは高くなるしむずかしくなる、そういう時代になったのだからそれに適応した生活をしなけぱればならないとなる


柿の詩

ここに柿なりぬ
今年も違わず柿なりぬ
その柿を食せよ
我が母は貧しく育ち
柿が好物なり
干し柿も好物なり
今あまたの果物あれども
昔はなしも貧しき
柿は日本の産物
それぞれの土地に実りあり
その実りを尊ぶべき
外に求めて欲は限りなしも
今年もここに柿はなれるも
その柿に感謝して
ここに住める良しとすべし

柿はkAKIとして外国に通じる、柿は日本の産物なのである、私の母は大正生れだから貧乏に育った、原町紡績で働いてその食事は一汁一菜である、沢庵とか味噌汁とかで良く働けたと思う、それでもそれが当時では現金収入になったから良かったと言っていた
その他は女中だったからである、女性の働く場がなかったのである
イギリスでも貴族に女性は下働きしていたから同じだったのである
ともかくいろいろな果物を食べれる時代が終わったのかもしれない、なぜなら円安で外国産は買えなくなっている
でも山形産のメロンが五〇〇円だった、それが大きなものであり得した感じになる
私は果物が好きであるから高いと買えないことは辛い、でも別に日本で果物はそれなりにとれている、でも昔は柿くらいしか後はミカンかくらいしか食べてないのである
リンゴも東北だと青森でとれるから食べていたのか果物はあまり食べていないだろう
ただ私は柿はあまり食べていない、母が好きだったので供養として買ってあげている

柿は、16世紀頃に南蛮貿易で日本と交易のあったポルトガル人によってヨーロッパに渡り、のちにアメリカ大陸に広まっていったという。またポルトガル領だったブラジルにも同様にして伝わったようだ。そのときに用いられたのは日本の品種である。そのため、前述したように世界でも「KAKI」とよばれるようになった。

日本における柿の歴史は古く、縄文時代や弥生時代の遺跡から柿の種の化石が発掘されています。奈良時代には日本の各所に柿が流通していたとされ、当時は祭祀に使われたり、冬場の大事な糖分補給源として食されていたとのこと。しかし当時流通していたのは、渋柿。人々は渋柿を熟柿や干柿にして食していました。

ポルトガルから鉄砲が入って逆に柿が輸出されていたのである
果物があまりないから柿は糖分をとるのに貴重だった
でも柿は今高い、干し柿でも高い、伊達市が特産物となっている
だから今は簡単に柿も食べられないとなる、今貧困化しているから果物には手が出ないという人もいる、でも一応日本産のものは輸入しないからまかなえるとはなる
外国産よりなんでも日本産のもの国内でまかなうようになるから貴重だとなる


柿の話ー俳句エッセイ

posted by 老鶯 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/189816509
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック