星淳一氏(死亡した星自転車屋の写真がシシドスーパーに出ていた)
この写真がシシドスーパーの入り口に貼ってあった
おそらく商工会で出したのだろう
でもあまり注目して視ている人もいないようだった
自転車に乗らない人はかかわらないからそうなる
でもかかわった人は星自転車屋の人が死んだのかとなる
それがなぜそうなったのかというと鹿島区には一軒しかなくなったのと私の場合ヤマハの電動自転車を買っていたから世話になったということで関心があった
無人駅化したとき駅のことでも語りあったりした
何か駅前だから駅のことが一番知っていて気にかけていたのである
駅の活性化とかを語ったのである
今になると一軒しか自転車屋がないから貴重だったのである
原町とか相馬市とかなると何軒か自転車屋があるから他の自転車に行けばいいとなる
でも原町のイオン内に自転車を売っていても張り紙で十項目くらいは直せる
だからそれくらいだったら直せる、でもむずかしいものになると直せない
一回は心臓部分のドライブユニットが故障したので新しいのに取り替えたのである
そういうことはできない、それはヤマハ本店とつながらないとできないのである
またチェーンはずれたとき特殊なものだから特殊な道具が必要になった
それでその道具をとりよせてはずれたチェーンを直すことができたのである
それは特殊な高い自転車だったからそうなったのである
それで通販で外国製でもいろいろいいのがあっても修理などできないから買いにくいのである
電動自転車でなければそれほど困らないと思う、電動自転車はめんどうなのである
イオンに行くにしても自転車屋を持ってこいと言われたからそこまで歩いて持ってゆくのも苦労になる
ともかく自分にとって自転車は欠かせないからこまるのである。
それにしても人間は死ぬと不思議である、それは60年間一緒に暮した家族でも死んでしまってそう思った、何かいつまでも死んでもその死に納得がいかない、完全にこの世から消えることがいつまでたってもそれを受けいれられないとういことがある
それもまだ死んだばかりなのだから余計にそうなる、先日あそこにいたのにいないとうことが不思議なのである
今でも駅を見て仕事をしている感覚になる、鹿島町の行く末を見ているのかともなる
それは小さな街であり一軒しかないということでそうなったのである
つまり都会だったらこうはならなかった、他にも自転車屋はあるから他に行けばいいとなるからである
ここでは他にないから余計に価値あるものとなったのである
だから価値というのは様々な条件で変わってくるのである
田舎には田舎の価値があり田舎に価値を作ることができる
だから田舎に移住したいということが話題になるのが何も持っていない何もできない人は来ても歓迎されないいうことがある
無医村だったら医者は大歓迎になる、他でも大工などでもいないから修理することがあるから必要になる、何もできない人は田舎だって歓迎されない
でも若い人は歓迎される、何もできなくても田舎に来て学び身につければいいとなるからである、そこに時間があるからできるのである
鹿島にそ生きにし人や今はなき淋しきものや春となりしも
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