蠟梅と桜のこと(百歳の間)
百歳の間蠟梅の咲きようやくに風吹き散り心残りなし
雨しとと石を濡らして蠟梅のなお残り咲く庭を見るかな
我が家に蠟梅を見てゆくりかに災いのなく余生過ごさむ
私の母は百歳まで生きた。そこで母がいた部屋に私は百才の間と名付けた。
その部屋から庭の蠟梅を見ていた。この蠟梅は長く咲いている。一か月くらい咲いている。だからこの花は花でも一番長く咲いている。それで長寿の花としてふさわしいとなる。
それもついに風が吹いて散った。その風はそれほど強い風でもなかった。
またその花は散ることで何か惜しい感じるものも無かった。
つまりようやくに散ったという感じだった。。
散るのが遅い感じにもなった。
今日は雨がしとしと降っている、そして庭の石を濡らしている。
花でもいろいろあり桜となると咲いてたちまち散る
そのち散ることに桜の特徴である。美しく咲いてたちまちに散ってしまう。何かいさぎよく散ることで日本の日本人の心に象徴ともなった。
でも人間はやはり長く生きてこそその命が全うされる。
桜は確かに美しく散るのも早く散りぎわがいいとなる。だから戦争でも若くして死んだ人はの花にたとえられたのである。それは美化さやすられたのであり本来は人間は長く生きたいのである
高齢化社会では長く生きすぎることで問題になる。徒然草でも40歳くらいで惜しまれて死ぬのがいいと書いていた
当時は別にそのくらいでも死んでいた人がそれなりにいたのである。
それで現代は高齢化でうとまれて嫌われて生きている。そして死んでも惜しまれことがない、やっかいなものがかたづいたとされるから高齢化社会の負の面が増大したのである。
とにかくこの辺でも桜は咲き始めた。今年は早い。
でも今日は寒い、春寒しとなる。季節は変わりやすい、今年の桜は早く咲き散るようである。
老後は安らぐ場として家が大事になる、その家でも介護になり安らぐ場でなくなった。地獄化したのである。
そして家族もみんな死んだ、でも家は安らぐ場なのである。家で死にたいとなるのは家は何か建物というだけではなく
精神的に安らぐ場である。
この辺は余りにも災いが多すぎたのである。去年の大地震で未だに屋根など直していない家がある。
そういうことでももう災いはないこと切に願うようになったのである。
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