2023年11月25日

江戸時代の移動―歩くこと 【歩き運ぶことの苦しさー裸足でも歩いていた】

江戸時代の移動―歩くこと

【歩き運ぶことの苦しさー裸足でも歩いていた】

●江戸時代も裸足であるいていた?

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ちょっと使えばすぐに壊れる草鞋なんて履いていたのは金持ちや大名ぐらいで、庶民は普通は裸足で歩いていた。裸足で歩く場合、かかとから着地すると痛いので、自然と足先(母指球付近)で歩くようになる。やってみればわかりますが、それだけで一歩がかなりのびます」


歌川広景の「江戸名所道外尽 四十六 本郷御守殿前」を、改めてもう一度よく見てみましょう。右端の男性の帯のところをよく見てみると…、
脱いだ草履を、腰に挿しています

信濃道(しなのじ)は今の墾道刈株(はりみちかりばね)に足踏ましなむ履(くつ)はけわが背

万葉時代は靴が履いていたのか。靴がはいていないのが普通かもしれないしれなかった。ネパールでは山の中を今でも裸足で歩いているのに驚いた。だから原始時代でもそれからも裸足で歩いていたということがあったことは確かである。。でもそれにしても裸足で歩くということはどうしてもイメージできない。なぜなら裸足で歩くということは何らかで足を傷つける。だからイメージしただけで何か既に足が傷つくという感じになるからである。だから江戸時代で裸足で歩いていたというのは納得いかない。ただ雨のときは裸足になったということはこの絵から理解できる。でも草鞋は持って行ったのである。

●日本は山が多く坂や峠を越えるのに苦労した

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今田に一里坂がある―クリック拡大

一里坂越えるに苦しそれゆえにその名の付きぬ冬の暮れかな

相馬市の今田に一里坂というのがあるというとき一里あって名付けられた。日本だと山が多いから坂が多いし峠も多い。それも長い坂が多い。だから一里坂と名付けられた。それを実感するにはその道を歩かないとわからないだろう。とにかくこの坂とか峠を実感するには車まではわからないのである。歩くか自転車でないと実感できないのである。だから車時代になった時昔がなかなか実感できない。それと同時に旅というのは失ってしまったのである。

今は旅ではなく車時代になるとある目的地に移動することである。その移動した場所は丸森でもキャンプ場と整備してあって金をるのである。また車時代になると釣りとかするのに便利である。釣りする場所に車で行き車が家のようになるからである。また写真を撮るのにも便利である。目的地に着いたら写真を撮るのである。車が便利なのは小さな家が移動してると同じだからである。ただそこでは歩くとか自転車でゆく感覚とはまるで違っている。風とか雨とか陽射しとか自然の風流を感じなくなるのである。だから現代から旅人は消失したのである

歩いて旅したというとき一日40キロも歩いたということに驚く。それは相当な距離である。でもそれくらい歩かないと日にちがかかりすぎるからそうなった。歩いて人が移動している時はどうしても点々と宿が必要であれそこで宿場町ができたのである。何か今の旅というのはた旅ではない。テレビドラマの温泉をテーマにしたものでも常に料理のことが語られその料理のことが中心になってしまう。旅の思い出とその宿について何を食べたかになってしまうのである。それは何かつまらないとも思う。

そして宿でも豪華なホテルに泊まることになるがそれは本来の旅に必要ないものである。でもそこでは金持ちが料理を堪能するとなる。現代では旅人は歓迎されない。もちろん自転車でくるような人は宿でも泊めたくない。つまり現代とは旅人を相手にしないし旅人がいないからそうなったのである。温泉宿を見ればわかる。そこは一時バブル時代に会社の人たちが利用したがその後不景気になって廃墟にのようになったところは出てきたからである。

つまりそもそもそこは旅人の宿ではないし旅人は相手にしないのである。 一種の歓楽街の様にもなっていたのである。もともと宿場町には確かに飯盛女と書いたからそういう機能はあった。でも依然としてやはり旅人が相手だから今とは違っていたのである。その宿場は保養する場所ではなく一時体を休めてまた旅ゆく場所であった。だから料理を楽しむという事などあまりなかったと思う。

●地理や地形を実感するには歩くか自転車でないとできない

ともかく地理とか地形とか見るときこれはなかなか車とか電車では実感できない。土地の高低などがどうしても分かりにくい。それで丸森から相馬市の方に出るとき下り坂になっていたが道には迷ったが下って行った下り坂だから相馬市の平地の方に向かっているということで安心だった。
そういうことでも車だとわかりにくいと思う。人間の五感というのはやはり車によって失われてしまったのである。確かに車ほど便利なものはないのそれですら失われたものがある。ただそれに気づいていないし別に意識もしない。ただ私は旅に費やされたからそのことを感じるのである。
現実に近辺の回るにしても車と自転車では相当に違ったものになる。だから地形を知るにも高低がありそれを感じるには自転車とか歩くことでしか実感できないのである。

それで仙台から来た人が歩く旅をしていた。たまに六号線でも歩く旅をしていた人がいた。極端なのは鹿児島から歩いて日本列島旅する人もいた。その人は退職して自由になったからそんなことを始めたのである。それは車で旅するとは全く違ったものに違った経験をすることになるのである。ただ六号線になると車がひっきりなしに通るから何か歩くたびには向かないのである。またその姿にしても江戸時代の歩く旅人とは全く違ったものになっているのである。江戸時代の旅人は浮世絵になったように必ずになっているのである。

●車社会で失われた人間の情

何か今の時代車の時代歩く人も邪魔だし自転車も邪魔だし車だけが優先されてそれはとても絵にもならないのである。だから何か人間社会自体が殺伐としているのである。車は自転車は邪魔であり危険だから車を運転する人にとって目障りなのである。また歩く人も目障りになってしまう。それは車社会だからそうなったのである。そこに人間的なものは失われているしまったのである。そこに旅はなくなり旅は道連れ世は情けとかもなくなったのである

総じて車社会になった時人間的情が失われたともいえる。
ただそのことを感じている人は少ない。むしろ車を持たない人は人間的に劣っているともなる。なぜなら仕事するにも必ず車は必要だからである。そして帰って田舎の方で車が必需品となっている。一人一台は持っているからである。車を持たない人は何か人間的能力が劣っているとか貧乏だとか見られているのである。それだけ車というのはどれだけ人間社会を変えたかを知るべきである。車が悪いというのではなくやはり技術というのはそれだけ人間社会を変えてしまうということである

とにかく日本は山が多く坂が多くそれで移動するにしても物を運ぶにしても難儀する。まず自転車で苦しいのは坂を上るときだからである。でも今私が持っている電動自転車は優れているから坂でも登りやすい。それはやはり技術の進歩がもたらしたものだったのである。だから技術の進歩を全て否定することはできない。ただ車社会というのはどれほど人間社会を変えてしまったかを知るべきである。運ぶにしても今やボタンひとつ押せば通信販売でものが買える。それほど運ぶことが便利になったのである。これまでどれだけ運ぶ事に苦労していたかそれは調べれば色々あるだろう

●南相馬市鹿島区一石坂の由来

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真野の一石坂を上る長町の歩く会の老人

南相馬市鹿島区江垂の一石坂の由来

往古女あり歳ばかり。木履を納め米一石を頭上に捧げ登り主し故に一石と名づく

鹿島の街の通りから日吉神社へ上る坂は急である。頭に一石の米を載せて坂を上れたのかとなる。ただここでわかることは運ぶことがいかに大変なことだったかである。
だから女性でも農家では力のある女性の方は役に立ったとなる。美人でなくてもそうした仕事のできる女性の好まれたともなる。
私の家では店をしていた時近くから野菜を買ってい売っていた。その時運ぶものは自転車だったのである。その自転車にしてもいい自転車ではない。もちろん電動自転車もない。でもそこにいっぱい野菜を積んで買ってきていたのである。それをしていたのは姉だった

だから女性でもかなり力がないと運べないものだったのである。でも姉は太っていて力があったからできたとなる。また男にしても必ず村には比べ石というのがありそこで石を持ち上げれば村の一人前の男とされたのである。だからその頃の価値基準は男でも女ですら力があるということが価値あるものとなっていたのである。機械もないのだから当然人間の力でやるほかないからそうなったのである
また南相馬市の鹿島区の横手の梨農家がリヤカーで梨を相馬市まで運んでいたという。相馬市までは15キロあり往復30キロもあるだから一日がかりにもなるその人は女性でありそれを運ぶということはおかに大変なことかということがわかる。このように運ぶということを運搬するということは相当な労力だったのである。今だと本当に運ぶことは楽である。それは車で簡単に運べるからである。
このように人間はとにかく時代が変わると昔のことが理解できなくなるのである。そこで車時代になれば便利だったが旅は失われた。人間の情すら失われたとまでなる。ただどれだけ車があって楽するようになったかということもある。人間社会というのは確かに得るものもあるのだが必ず失うものはあるということも見るべきである







posted by 天華 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代
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