2023年12月03日

自己投資自己開発できなかった今の老人世代【団塊の世代】 【企業戦士として奴隷のように働かされた】


自己投資自己開発できなかった今の老人世代【団塊の世代】

【企業戦士として奴隷のように働かされた】


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高齢者から搾り取れ!姥捨日本!】高齢者(エルダリー)よ団結せよ!
反旗を翻せ!エルダリー革命!俺たちに明日はない!あてにするな!-

●団塊の世代は平気で親とか先生に殴られていた

なぜ加治将一氏に共感するのか、団塊の世代で同世代だからである。何か子供の時の暮らしも貧しく同じだった。教育といってもすし詰め教育でありクラスは50人とか同年代で8クラスとかあった。今は三クラスぐらいしかないので。そうなると教育といっても暗記教育であり詰め込み教育であり先生は日常的に暴君ともなり平気で殴っていたのである。何か廊下に立たせるとか見せしめとしてそうしていたのである。その時同年代の女性は母親になって今でも厳しくしつけたほうがいいとしているのである。その考え方が変わらないのである。でも戦前生まれの人でもそうして生徒でも平気で殴っていったことで近くに居る先生を恨んでいた人がいたのである。

ただそれは先生だけではないそもそもが親が子供を躾けるのに平気で殴ったり子供の言い分などは聞かない強権的な親だったからである。それで地震雷火事親父となって親父というのは怖い存在だったのである。それは明治時代からそうなっていたのである。私の父親は明治生まれだからまた酒屋の丁稚奉公だから私を丁稚にしようとしていたのかもしれない。そこでそろばんを習わせられた。それは結構上達して自慢になった。でもそんなものコンピューターができて何の役にも立たなかった。つまり時代が変わるということはそういうことである。。

家には子供部屋もなく一冊の本も置いてなかった。漫画を読んでいたがその漫画も借りて読んでいたのである。とてもそういう環境から自主的に興味を持って勉強するということはあり得なかったと思う。基本的には読み書きそろばんが出来ればいいというのは教育だったのである。その後団塊の世界の世代などはモーレツ社員とか今日企業戦士なって24時間戦いますかなどのコマーシャルのように懸命に会社の奴隷のようになって働き高度成長時代を気づいたのである。

●団塊の世代は学校を出てモーレツ社員に企業戦士になった

そしてジャパンアズナンバーワンとか言われるようになったのである。その後にバブルになり失われた30年になったのである。そして今高齢者はただ負担となるだけであり社会にとって邪魔だとされるようになったのである。まともに年金もらえず窮窮として生きるのがやっとだという人も多い。。そしてなぜ老人が邪魔だかという時何か生産的なことをしない。また老人は暇で一日パークゴルフなどをしていい身分だともみられている。

モーレツ社員として会社に尽くしてもいったん退職すると地域社会で何か役割もなくただ無用のものとして邪魔者扱いされる。地域社会でも今やそういうものはなく役割もなくただ邪魔者扱いされるだけである。ボランティアなどするとそれも社会では簡単に受け入れることはない。おそらく何か邪魔者として入ってくるということもありうる。だから老人の行き場が無くなっているのである。

そしてただ老人はお荷物であり介護などでも保険で若者は税金を払うから老人はただ負担として見られるのである。また数が多いことでもただ負担が増やすだけだとみられるのである。ではなぜそうなったのかというと老人は70以上とかなると企業戦士とかモーレツ社員とかなりただ会社のために奴隷のように働くかなかった。その結果として自己投資自己開発ができないということがあったかもしれない。なぜなら自分の場合は大学を卒業してから職にも就かないし放浪していたりあとは引きこもりになってしまった。

●私は会社人間にもならずはずれて自己の興味に生きた

でも不思議なのは自分が一番勉強したのは大学を出てからだったのである。なぜ勉強したかというと受験戦争とかの詰め込み教育とか点数を取るための暗記教育ではない。自主的に興味を持って勉強するようになったのである。特に旅行が仕事のようになっていたから地名に興味を持ち地理に興味を持つようになったのである。そこは自分の学問の出発点だったのである。
つまり何か学ぶということは自己自らが興味を持って自己開発して自己研鑽しない限り知識も目につかない。要するに何でも積み重ねによって成果がいつか出てくるのでは。それは天才は別にしても平凡な人でも自己投資自己開発自己研鑽しない限り何か目に付くことはないのである。それは別に知識だけではなく大工の技術とか農業の技術とかでもやはり自己研鑽をしない限り一人前になることはないのである

おそらく今の老人に欠けているのはこれまで自己に投資する開発自己開発するとか自主的に興味を持って学ぶとは学ぶということが足りなかったから老人になって会社を辞めると無用のものとなったのかもしれない。私自身はどこにも就職もしていないで引きこもりになったが旅をするだけであったり地域を回って郷土史に興味を持ったりして自由に生きてきた。それができたのは親に恵まれた結果だったのである。こういう生き方をしたのは団塊の世代などではほとんどない。生活のために企業戦士となり猛烈に働かねばならなかったからである。

だから自分の人生というのはそういう人たちとまるで違ったものとなっていたのである。でも私自身は一人で自己開発をして自主的に興味あることを追求してきたのである。その成果がようやく老人になって現れてきたということである。でも大方は会社人間であれ企業戦士であるからあったから会社を辞めると無用な人間となってしまったと思う。つまり自己投資自己開発がなされなかったことが原因だったのである。だからその人自身の個人としての価値は生み出さなかったのである。それはあくまでも会社としての組織としての価値であり個人としての価値ではないからである。だから退職すると用なきものとなってしまったのである

だから私に対して職人として優秀な人はあなたは遊びをしているだけだ金にもならないと見ている人もいる。でも奇妙なのはその人は暇になって何をしていいかわからなくなっているのである。ということはやはり何かその職業だけに限られていてその人はまた金にならないことはしないのである。そこで思ったことは老人になって必要なのはやはり何か趣味でも必要であり遊ぶということが必要なのである。その遊ぶということは何か女遊びとかただ浪費するだけのものではない

●今老人は暇を持て余しているのはなぜか?

旅することも遊びであるだから別に昔でも遊行聖というのもいたのである。禅宗でも雲水となり旅をして自然と融合する。そしてそのために喜捨をされて旅を続けていたということもある。だから私は禅宗に惹かれるのである。つまり奴隷のように企業戦士として会社のためにだけ働くのでは人生ではない。別な人生もありえたのである。ただそれは特殊でありアウトサイダーともなり一般的には適用されるものではなかったのである。だからこそただ働くことしかない人は会社を退職すると何をしていいかわからなくなるということである。なにか自己に投資して自己開発をしていないからである。

それで奇妙なのは引きこもりという人たちが百万人もいるとかそれは何なのかとなる。なぜなら団塊の世代だったらみんな会社に勤めてモーレツ社員となり企業戦士となっていたからである。でも自分自身の場合はそういう人生とは全く違ったものとして生きたとなる。ただそれは親に恵まれた結果だったのである。普通はそんなこと許されないからである。だから自分は特別親に感謝しているし今でも供養しているのである。

いずれにしろ時代が変わると価値観が変わることである。戦前はみんな国家のために生きていたそして戦争で国家のために死んだのである。それだけ国家の価値が何よりも大きなものだったのである。戦後は敗戦で焼け野原から出発して経済を復活すること豊かになることが目的となったのである。そのときの価値観は経済的に豊かになることでありそれしかなかったのである。
とても人間は経済的にある程度満たさられると何か他のもの求める。それが今ある程度豊かになって価値観が変わってしまったのである。だから本当に変なのは大学の教授がみんなアーティストになれとか言っていることである。そんなこと団塊の世代とか企業戦士とかモーレツ社員の時代に言ったら相当な反発があった。

でも今になると私のように生きた遊びに生きたい人は価値あるものともされている不思議がある。なぜなら老人になってただ暇を持て余している人も多い。その人たちは何の価値も社会に提供しないからである。でもそう趣味に費やした人でも遊んだ人でも旅に費やした人でも今になるとそれが価値あるものまでなってしまったのである。だから価値観が変わるということは時代によって必ずあるということである。そんなバカなということが時代が変わり起きてくるということである。

●思考脳創造脳感性脳遊戯脳の時代に

その一つが子供時代にそろばんを習ってそろばんができたことを自慢していたかそろばんは何の役にも立たなかった。その労力と金も全く無駄になってしまったのである。むしろそろばんなどより算数でもそれを興味あるものと自主的に学んだらその後の学習にも影響した。つまり暗記教育は何の役にも立たないということである。確かに暗記も必要ではある。でも肝心なことは思考脳創造脳感性脳遊戯脳でありそれがいま求められていることが時代が変わったことなのである。
思考脳創造脳感性脳遊戯脳は結びついている。学習でも遊ぶということは思考脳創造脳が必要になる。算数でもソロバンのように暗記ではなく図形でまなぶというとき具体的にボール紙でも切ったり遊びのようにして学ぶということが興味を持つことになる
ただ暗記だけのソロバンのようなことでは算数でもその後数学でも興味をもてなくなるのである。だから思考脳創造脳感性脳遊戯脳を一体化することが大事である。

だから職人が私に対してあなたは遊んでいるだけだという時その人は暇を持て余しているのである。その人は何か人生が遊びだということは全く理解してない。また金を稼げないものは価値無いものとしているのである。そこは職業によりまた時代によって価値観が変わることがでありそれを理解していないということである。
だから必ず時代によって価値観は変わる。戦前は国家一辺倒であり国家の価値が第一であり。戦後は焼け野原となり経済は豊になることは第一の価値であったのである。でも今になると確かに豊かになることは必要である価値がある。それでもやはりそれだけではない別の価値を追求するようになってきたのである。だからみんなアーティストになれというのはそういうことなのである。ただ一面今はまた貧乏な時代になったということでそういうと反発されるようにもなる。それは時代は固定されていない常に変わるからそうなるのである。

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