2023年12月11日

戦争はなぜ起きるのか 【内村鑑三の非戦論から時代を見る】

戦争はなぜ起きるのか

【内村鑑三の非戦論から時代を見る】

●戦争は指導者層の対立であり国民は戦争を望まない

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もし日本とロシアとは衝突するに至るならばそれは日本にあって平和を唱える吾人とロシアにあて同一の平和を唱える文豪とルイストルストイ、美術家フェレスチャギン等と衝突するのではない、
それは日本の海軍大臣山本権兵衛とロシアの極東総督アレキシーフ大将とが衝突するのである。
また日本の陸軍大臣寺内中将とロシアの陸軍大臣クロパトキンが衝突するのである。
また日本の児玉文部大臣とロシアの教務大臣ボべドノステフォが衝突するのである。
すなわち日本にあって剣を帯びる者がロシアにあって剣を帯びる者と衝突するのである。
また日本にあっても忠君愛国道徳と世界併合主義を唱える者とロシアにあった同一の主義道徳を唱える者が衝突するのである。。すなわち名は日露の衝突であれ実は両国の帝国主義の衝突である。
そうしてこの衝突のために最も多く迷惑を感ずるものは平和を追求してやまざる両国の領民である。

なぜ戦争が起きるのか。ここで内村鑑三は言っているのはその国民が戦争を起こすのではない。その国の指導者が指導者同士が対立して戦争になる。その国民は別に戦争は望んでいないということがある。だから戦争の原因はその国の支配階級にある。だからロシアでもウクライナとの戦争はある時その原因は両方の大統領プーチンとゼレンスキー大統領とは争っているのかとなる。ウクライナのとロシアの民衆は必ずしも戦争を望んでいない。戦争で死にたくないとロシアでも逃れる人は相当いる。
またアラブ人のガザに住んでいる人たちも必ずしもハマスを支持しているわけではない。イスラエルのユダヤ人にしてもすべてネタニヤフ首相を指示しているわけではない。ユダヤ人でも戦争に反対している人がいるのである。

だから一体戦争になる原因が何なのかというときそこに住んでいる住民とか国民は必ずしも戦争を望まない。平和的にそうしたい暮らしたいというのが普通なのである。おそらくガザの住民にしても不満はあるにしてもすべてがハマス指示しているわけではなかった。だからハマスの残虐なテロ批判する人もいたのである。その結果はガザの惨状になったからである。それはあまりにも残酷な光景だった。確かにイスラエルには報復する自衛する権利はあった。でもそれがやりすぎだったということで批判がもある。つまりイスラエルの国民にしてみればガザの住人にしてもすべてが敵対してどちらかが倒れるまで戦うということは望んでいない。その指導者たちがそう望んでいるだけである。それが戦争の実態である。

だから本当の責任はアラブ側にすればパレスパレスチナ側にすればハマスにありイスラエル側にすれば過激派のネタニヤフ首相にもあるとなる。住民にしてもこれほどの被害がある戦争などしたくないとなっているからだ。そもそもどうして戦争が起きるのかまた起きたのか。それは必ずしも双方の国民が望んだというのではなく指導者がその時の支配者が望んだことであり双方の国民は平和であるほうが良いのである。そもそも明治時代頃アメリカは内戦はあったが外部へ戦争はしていなかった.
れで日本でもアメリカをよく見ていたのである。それが今やアメリカは最大の軍事力の国であり帝国主義の国にもなったのである。明治時代には軍事力もないしでも経済が活発でありアメリカという国をよく見ていたのである。それはあまりにも大きく変質してしまったのである。

とにかく戦争は必ずしも国民が望んで起こすことではない起こすわけではない。時の指導者たちが対立して戦争になる.だからこそ双方の国民で戦争に反対する人たちが必ずいるわけであるそうなれば両方の戦争を反対する人たちが立ち上がり共同するということは戦争をやめさせるということにもなる。でも指導者たちはそれを望まない。どうしても勝ちたいとなり領土拡大したいとなりやめることができないのである。

●剣を持つものは剣で滅びる

ともかく内村鑑三は日清戦争は賛成していた。でも日露戦争になると反対していたのである。でも日本では日露戦争は勝ったとして評価する人が多いのである。でもその日露戦争に勝ったということがおごりとなって後の太平洋戦争にも結びついたとなる。ただ日露戦争に関してはあまり今でも批判はしない。でも太平洋戦争になるとその被害も300万人も死んだとか原爆を落とされたとか無残な敗北となったので評価する人はいるにしても少ない。未だその戦争の原因が何なのか何のためにそれだけの犠牲を払ったのかも国民的にその評価が決められていないし。要するに何のための戦争だったのかそれが明確になっていないのである。

戦争というのは必ずしも国民同士の戦争ではない。別に国民同士は国が違っても友達にもなれる。むしろ戦争などしないで友達でありたいと思っている人が多いだろう。それは中国人であれロシア人であれ同じなのである。でもなぜ戦争になるのか。本当は互いに友達になり平和になり経済的に互いに利するようにするのがいい関係なのである。だからその国民はそうした平和を望んでいるのである。でもその上の指導者たちはそれを望まない。

そして国民同士を憎しみを持ち殺し合いをさせるとまでなる。それがあたかも国民の意志だともされてしまうのである。 剣を持つ者は指導者であり剣を持たない者はその国の民衆であり国民である。
でもその剣を持った指導者が国民に剣で戦いとなるのである。剣を持つ者は剣で滅びるというときその剣を持っている者とは必ずしもその双方の国民ではない。指導者が国民に剣を持たせるのである。剣を持って持たせて戦わせるのである。だから軍事力を持つこと自体が危険にもなってしまう。双方の国民は戦いたくはない。でも指導者たちによって戦わさせられるのである。

なぜなら剣を持つ限りそれは必ず利用されるからである。だから核兵器にしても必ずいつか利用される。武器を蓄えること自体戦争に備えているのでありそれが必ず使われる。だからいくら軍事力があっても平和を唱えても武器を捨てなければ必ずまたその武器は使われるのである。ハマスにしても地下の迷路に武器を蓄えていた。だからこそその武器は大量殺戮のために使われたのである。 イスラエルにしても軍事国家であり国を守るためにわ軍事力なくしてありえないとなっている。そして戦争になれば武器を使い人命が膨大に失われ国土は荒廃する。それをそこに住む人たちは国民が望んでいることではないのである。

でも何か国民が戦争望んでいるように見させるのでは実際はその住民でも国民でも戦争は望んでいないのである。だから誤解しやすいのはガザの住民がすべてハマス支持ではない。またイスラエルにしてもすべてがネタニヤフ首相の強硬派ではない。アラブ人であれ共存平和的共存を望んでいたのである。だから悪いのはハマスであり強硬派のネタニヤフとかなる。それら双方そのそこに住む住民がガザの住民でもハマスに対して抵抗することも必要だったのである。でも結局力こそ正義でありそれが武器であり軍事力となってしまっている。だからこそ剣を持つ者は剣で滅びるということをキリストが言ったのである双方とも剣を捨てない限り平和はないということである。

●幕臣の内村鑑三は薩長の藩閥政治を批判していた

明治時代の山口県出身の総理4人。
(伊藤博文、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅)
鹿児島県(薩摩)からも3人が明治時代に総理大臣になっています。
(黒田清隆・松方正義・山本山本權兵衞)
鹿児島県は明治だけでその後、総理大臣は出ていません。
その後の山口県出身の総理大臣は
昭和の始めに1人(田中義一)
昭和(戦後)に2人(岸信介・佐藤栄作)
平成に1人(安倍晋三)
岸信介・佐藤栄作は兄弟です。岸信介の孫は安倍晋三です

いずれにしろ明治時代と今は相当に違っている。でも基本的に変わらないこともある。常に指導者が上に立つ者は必ず腐敗してくる。明治時代でも内村鑑三は幕臣でありそれで薩摩や長州の藩閥政治を常に批判していたのである。その長州閥はいまだに自民党の中に継続して存在していたのである。なぜなら山口県から8人の首相が出ていて阿部派が力を持っていたからである。その阿部派が政治資金の裏金問題で追求されている。もはや自民党の岸田政権は維持できないともされている。つまりその腐敗の中心に安倍派があったということである。ただ政権を持っていた時は検察でも取り調べることもできなかったのかも知れない。

安倍首相が死んで政権から離れたとき検察もやりやすくなったのかもしれない。こっちだ時代というときそれが必ず継続したものがありその時代時代で途切れて終わるということでもない。
だからなぜ山口県の長州は首相をその後8人も出していたかということである。それはやはり明治が薩摩長州の権力を握り支配したからだとなる。つまりその原因が薩摩長州の藩閥政治にありそれが尾を引いて今日まであるとまでなる。ただ薩摩は西郷隆盛の西南戦争で明治政府と戦って賊軍となったことで違っていた。

ともかく時代を見るとき何があったのか。それはそこに生きた個人があって特にその時代を代表するような人がいてその時代がどういう時代だったのか知ることができる。その代表は内村鑑三だったともなる。だから内村鑑三の言い残したことは今にも生きているとなるのである。大概百年も過ぎたらその人の残した本でも読まれないその人自体がほとんど忘れられてしまうのである。だから残した言葉でも文章でも今に生きているということはそれがその人物はその時代の指標ともなっていたとなる。だからその指標となる人物からその時代を見るということがわかりやすいものとなるのである。世界情勢でもその当時のことがわかりにくくなるからである。

内村鑑三は盛んに日本だけの繁栄とか平和を願ってもダメだ。世界に関心を持ち世界の一端を担うことをしなければ日本の繁栄も平和もないと言っている。だから明治時代の方が世界的視野を持って日本を見ていたということである。ただ日本がそういう風に世界的視野を持てなくなったのはアメリカに負けてからそうなったのである。だから明治時代の方が国際的視野を持ち日本はどうあるべきか世界の一端を担うべきだと盛んに言っているのは明治という時代がそれだけ日本にとって世界に目を向けて世界を考えていたということになる。

それが江戸時代から明治になってそうなのだからそれだけの世界に目を向けるということがありえたということは不思議だとなる。それだけ世界に目を向けていたということが江戸時代の鎖国の時代から明治になって突然急に開国してそうなったことが驚きでありアジアでは全くそういうことがなかった。日本だけがそうして欧米に対してその文明を取り入れ追いつこうとして必死になっていたということである。でも今や日本はむしろ江戸時代の鎖国のようになっているかもしれない。それは太平洋戦争で無残にも負けてしまったことが原因しているのである。その影響はあまりにも大きかったのである。
posted by 天華 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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