2024年10月31日

秋の陸前浜街道の詩−失われた旅の回復 【歩く旅で原発事故からの町を見直す】


秋の陸前浜街道の詩−失われた旅の回復
【歩く旅で原発事故からの町を見直す】

olodwaysoma.jpg




相馬六万石の城跡たずね
街道の松並木を通り
日立木の町場橋
木の葉散り薬師堂の古りぬ

鹿島御子神社の古く名の起こり
一石坂の上るも難儀
昔の人の苦労かな
力持ちの女の伝説残る

日吉神社の謂れ知れや
南朝の裔の只野氏の由来
社に古木や砦にもあらむ
落武者の末そ住むかな

塩崎に船着市庭の地名
古代はここは湊なり
入江の深く船の来ぬ
故に残れる地名かな

一里塚あり五本松今はなし
原町宿や繁華なれ
街道の松に寄り秋の日や
朝顔咲きて宿場町なれ

桜井古墳の海近く大なり
安曇族の末裔の開拓に入る
綿津見神社の多さかな
古墳に残る船の絵発見せり

小高は相馬氏に最初の城や
海も見えて浮舟城ともなれ
石段上り紅葉の映えて
その歴史をふりかえる

浪江町請戸の港栄えけり
宮古よりそ鉄の素材を運びける
葛尾村に製鉄に栄ゆ葛尾大臣の跡
鉄に結ばる道にあれ

双葉町夜の森とは余の森
相馬藩主の名づけて境成す
小良ヶ浜もまたおらの浜と
境にあれば謂れは残る

双葉町は新山と長塚村が起こりなり
交互に宿場となるは負担を分け合う
江戸への参勤交代は苦労なり
江戸の道のり遠しかな

新山に酒屋のありぬ
我が父の丁稚と働きし所
幽か虫鳴きその道歩み
通い帳の残りしあわれ

この世ははや移りけるかな
そも昔となりて語られぬ
しかし人の思いのここに残りぬ
故の悲しも廃れし町かな

原発事故に失いしもの
人は深くも思うべしかな
人は散りじりとなり人住まず
ここに住む人の思いを知るべし

浪江町請戸の港栄えけり
宮古よりそ鉄の素材を運びける
葛尾村に製鉄に栄ゆ葛尾大臣の跡
鉄に結ばる道にあれ

末続は渡来人の陶作りに由来や
新妻一族の村なりしを
ここよりトンネルぬけて
久ノ浜に出でて磐城は近ずきぬ

波立や岩の突き出て波打ちぬ
沖に船見え鴎飛び来る
太平洋の広々と旅路は続きぬ
陸前浜街道の秋の日暮れむ

街道の松によるかな旅人の歩き着きなむ秋深む宿

仙台の方から鹿島駅に降りて昔の陸前浜街道歩く人たちがいた。何か今歩くということはなくなった。歩く人を見かけないのである。行き交うのはクルマでありそこで人と人は出会うということは無いのである。車にとって歩く人とか自転車などは邪魔なものになる。
旅をするとき今なら目的地なるべく早く着くことが目的となり車で途中を省いて通り過ぎるだけだとなる。だから旅というのは現代から消失したのである。
例えば街道に松があり歩いてきたならその松の見方も違ってくるのである。歩いてようやく宿にに着いたなという時そこに松が立って待っているとなる。そいう感覚がどうしても車だとなくなる。そもそも相馬市かラ前の中村から原町まででも遠いから原町宿があったとなる。どうしても休まないと進めないからである。
だからその時旅する労力は今の十倍にもなり江戸ははるかかなたでありめったに行ける所ではなかった。

街道の宿場の松や秋深む

とかなる。松の見方が違ってくるのである。

ともかく歩いた時自然であれ人間は一体化する。一本の何でもない松でも見え方が違ってくる。現代はいろいろ便利になりすぎて失われたものがある。その一つが旅なのである、旅人というとき歩いて旅していたのが旅人であり車で行く人は旅人にならないのである。

何か原発事故で浜通りは荒廃してしっまたけど復興のためには陸前浜街道を見直して旅の道とする
それを感じたのは相馬市から福島へ行く東北中央道ができて前の道を車が通らなくなったときそれが不思議なのはサイクリングロードにもなりかえってその方面で活かせるのではないかと見た
だから途中に茶屋とか休憩所を作るのもいいと思った。

何かそいうことも今は便利になりすぎて見直される。ただホテルまでできるだけ早く着いてうまい物だけを食べることあ目的となる旅は旅ではないからである。
あえて不便さを演出する歩いて活かす道とする。ただそうなると相当に労力も時間もかかるから簡単にみんなはできない。でも高度成長時代のようなホテルで会社の人が集まり飲み食いする時代は終わったのである。そういう温泉街は廃墟化していて個人の旅行者でも歓迎すると変わったからである

歩くことは人間の五感を回復することである。歩くことは新鮮な経験ともなる。自転車でもそうである。だから浜道通リでも原発事故で荒廃した町を復興するものとして浜街道を活かす道を考える。すると道はつながっているのだから血液が流れるように街でも村でも活きてくるとなる

双葉町は私の父がっ酒屋の丁稚として働いた場所でありそこには思いが残る
何かその土地土地に生きた人の思いは残る、先祖の思いは残る、だから街自体が失われることはそうしたそこに生きた人達の思いも思いも失われることになりそこに幽霊が住むともなる、死んだ人も浮かばれないとなる

南相馬市鹿島区江垂の一石坂 (いちごくさか)の由来

仙台の長町から街道を徒歩でゆく老人の一団が来る





この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/191121001
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック