原発事故の責任を再度問う―金から見るとわかりやすい
【距離に比例して責任があり金を多くもらった人はそれだけ責任があった】
責任から考えると双葉であれ大熊など原発に近ければ責任があった
その分金をもらっていたからである
そして南相馬市だとなぜ鹿島区の三倍ももっらったのか?
放射線の被害はそれほど変わらなかったからである
距離にして責任があったとなれば原町は原発に近いのだっから責任が大きかったとなる
それを言えば相馬市は30キロ以上離れていてわずかの補償金しかもらっていないのである
だから責任論から言えば東京都民が大迷惑だったと同じになる
●東京都民が福島県民が原発を作り大迷惑だったの主張
原発の責任というと誰にあったのかなかなかわかりにくい。何が責任なのかがまたわかりにくい
それで加治将一氏が原発事故で迷惑なのは福島県であり東京には責任がないという
これも暴論とまなる。
ならばなぜ東京に作らなかったのか?
送電線でも遠いから金がかかる、一番いいのは東京に作ることだったのである
意外と東京湾があり大きな湾だから津波も大きなものにはならなかったろう
安全を考えた時東京に作るのが合理的であり安全でも計られたのである
ではなぜ福島に作られたのか?
それは東京だと一千万人住んでいて国家の中枢でありその安全を計らねばならなかった。
それよりその一千万人の東京都民が反対するから東京に作ることは不可能だったのである
それで東京から離れた福島県はいいとなった。茨城県だと近いからややはり危険となり福島県がいいとなった
そもそも東京に原発を作るべきだと本を出した人がいたがそれは何か荒唐無稽のものとして無視されたのである
確かなことは東京には絶対に作れなかったということである
東京都民が猛反対するからである
でも理屈から言えば東京の電力は東京でまかなうべきだとなる。東北の電力は東北電力が供給している
それは地元であり理にかなっていたとなる。それで女川原発は東北電力が作り三陸津浪で明治に一万人が死んでいる被害があり
高くして作って間一髪助かったのである。それは東北であり地元だからできたのである
だからなぜ福島県に原発が作られたのか?
それは明らかに東京都民の責任もあったとなる。福島県は原発を自ら作り東京都民が迷惑だったというの暴論になる
大迷惑だったのは福島県だったとなる。
●福島県内でも浜通リでも責任の軽重があった
ただ福島県にしても広いから浜通リに作られたが福島県全体からすると迷惑だったとなる
なぜなら金を原発ではもらっていないから恩恵がなかったからである。
ではまた浜通リにしてもその責任は原発からの距離で計られた。30キロまでが放射線の被害があるとして認定された
それで南相馬市の鹿島区は補償金がもらえなかったのだが南相馬市ということで少なくても補償金はもらえたのである
でも原町区の三分の一だったのである。30キロからはずれているから本当はもらえないということもあった
でもこの補償金の配分も責任論からすると理に合わなくなる
東京都民がと理に合わなくなる。東京都民が福島県に原発を作って大迷惑だたと言っているのと同じように福島県内でも
ハマナカアイズがあり会津でも風評被害があり浜通リになぜ原発を作ったのだ迷惑だったとなる
何故なら原発の恩恵を受けていないからである。
結局原発の恩恵を一番受けたのは金をもらったのは原発のすぐ近くの浪江町とか双葉町大熊町である
それで大熊町の町長が津波で金庫が流されてそこに5億円入っているから探してくれとなった
それだけの金が町長となれば入った驚きである
この辺でも原町火力発電所が建てるとき烏崎の漁師は高額な補償金をもらった。それで40年前なのかヨーロッパ旅行に行ったというのも驚きである。その頃の海外旅行は馬鹿高いものだったからである
また火力発電所だけではない、原発でも漁業関係者には補償金が入っていたのである
この額は相当なものである、だから津波の被害があっても一早く新築の家を建てたのは漁業関係者である
原町区でも菊池スーパー近くに立派な庭の家が建てられたがそれも漁業関係者である
また相馬総合市立病院に入院した人は漁業関係者であり新しい家を建てると豪語して特別室に入っていたのである
●金の多寡で責任があった
でも原発の責任が誰にあるのかとなると一番金をもらい恩恵を受けた人だともなる
だからこれも反対されるにしてもむしろそうして原発を建てる前から十分な補償金をもらっていた人達に責任があるともなる
要するに原発の責任は原発からの距離に比例して責任が重くなり金の多寡で計られるともなる
金をもらわなければ責任はないともなる。金をもらったことが責任になる。それが現代ではわかりやすいのである
その他いろいろ責任を問うても複雑でわかりにくいからである。だから東電でも高額な給料をもらっている幹部は責任があり天下りして金をもらっていた官僚でも責任があるからその金を返せともなる
そこには海上自衛隊の幹部でも警察関係の幹部でも検察でも天下りして金をもらっていたのである
つまり金から見るとわかりやすくなる。犯罪でも必ず金の出入りを銀行の通帳から調べる
なぜ月ごとに高額の金が定期的に入っているのかと調べるとそれが証拠になるからである。
原発事故でなくても現代の責任は金から見るとわかりやすいのである。金を多く得るものはそれだけ責任が大きくなる
金を得られない者は責任もないとなる。
そういう自分にしても家族が公務員であり金の恩恵があった。公務員は得するようになっているのである
だから他者のことをとやかく言えないという面もある
ともかく貧乏は自己責任だなどない。別にたいしたことをしなくても金が入る人はいる。努力しなくても金を入る人はいる
それが自分自身だとなる。だから人間はそもそも不公平なのである。
いくら苦労しても働いても金にならない人もまた多いからである
原発事故の責任は誰にあったのか、それを問う時も金からみるとわかりやすいのである、その他になるとわかりにくいのである
だから反発されるが加治将一氏が言うように福島県民が事故の責任者であり大迷惑だったのは東京都民だというのも責任を問うとそれなりに成り立つ、福島県内でもそうである。浜通リの人達は強欲であり危険な原発を誘致して作り大迷惑だったとなる
だからなぜ原発を誘致して作らせた浪江であれ双葉であれ大熊であれその近くは一番責任があったとなる
また漁業関係者が反対すれば建てらなかった。それなのに原発を作る前から多額な補償金をもらっていたから一番責任があったとなる。金の面から見ればそうなる。
ただ津波の被害に関しては責任を問うことはできない、だからもし津波の被害だけだったら同情したとなる
原発事故の問題はこれは戦争で3百万人死んだようにその責任でも誰にあったのかとなり問われ続ける
原発事故でもそうである。それだけの甚大な被害だったからそうなったのである
確かなことは人間とは何であれ常に責任が課せらて問われ存在でありそこに住んでいるだけで責任が問われていたのである
ただそういう自覚を持つ人はまれだとなる。金をもらえれば何でもいいとなる。その金に責任があることを自覚する人は少ないのである。民主主義は民は主になる制度である、でも民が主になりそこで責任を自覚する人は少ない
選挙でも一票など何の効果もないとなり責任もないとなる。それがやはり大衆民主主義の問題である
それでも必ず責任が問われるようになっているのが人間なのである
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