2008年09月15日

敬老の日

二階の療養型の部屋は四人部屋で広いからゆったりしていい、でも三階の治療室は六人だから狭い、市立病院もそうだった。治療室を回ったら鼻から管で栄養とっている人が多かった。脳出血で倒れた時点で鼻からの栄養になるから治療室では多くなるのだろう。しかしそこから今ではまだまだ生きる。点滴もあるし胃に穴あけて栄養をとれるからすぐには死なない、江戸時代だったら脳出血で口から食えない時点で死んでいたのだ。認知症の世話もやっかいである。一人はひどいと思ったがもっとひどい人が入ってきた。何かされると病院中にひびくような大きな声を出すのだ。女性だからきんきり声だから頭にひびく、他はぐったりしたように何も表情もない、私が見た限りではこの人は認知症としてはもっともひどい人だった。老人になっても今は病気では簡単に死なない、死なせられない、認知症の人だって簡単に死なない、これはいい面もあるんだがその世話の負担は増大するばかりだ。介護難民200万人とは病院も施設も満員で入れなくなる 。自宅で世話できる人は今はまれだ 。その人たちは介護地獄、心中とか自殺とかなってしまう恐怖だ 。これはみんなかかわることだから真剣に考えないと大変なことになる 。南相馬市の市立病院も非常事態宣言を出した。図を見ればわかるように老人の病人がふえれば介護する老人がふえれば倍になれば倍の医者や看護師や介護士などが必要になってくるのだ。すぐに倍の病人の老人であふれる、そしたら施設はすでに入れない、病院も入れない、入れない人たちは在宅でやれとなっても在宅でやれる人は相当めぐまれた例外的な家族なのだ。その人たちはどうなるのか?そういう追い詰められた恐怖を一人援助もなく味わった。認知症の介護はほとんど援助がなかった。病院に入れればやっと看護師が相手してくれる、本来は施設に入れればいいのだが施設にはなかなか金の問題やらいろいろあって入れないのだ。

飯館村で道路作りの予算を調べると国とか県からの援助がありそれで道路作りはまだ行われている。村の予算を出す必要がないからだ。ここの近くの立派な地下歩道も国とか県からの援助がありできる。これは地元の土建会社を維持させるための工事の面もあるし今やそういう面がふえてきたのだ。こんなところにまた道路作るのかと地元でも過剰なことがわかる。それは自然破壊や文化財の破壊にすらなっている。一部塩の道は破壊されていた。それより第一の問題はやはり医療とか命にかかわることはそれも高齢化で無駄だと言ってもやはり命の方が優先的になるのだ。飯館村などでは診療所くらいしかないのだから誰も住みたくないとなってしまう。病院は近くにないと家族が入院したら私のように車がなかったら大変だった。隣の市まで行くのに大変だった。近くだと自転車で5分くらいだからつくづく隣の家に行くようで楽だった。だから近くの病院に入れなくなると大変になる。だから車なしではもはや飯館村には住めないのだ。飯館村は3割の高齢化率である。南相馬市は24パ−セントとかであり会津でも金山町は50パ−セントだからこれは町自体老人を支えきれなくなる。なぜなら病院にしたって若い人でないと看護師がいないと支えきれないからだ。

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