2008年10月26日

葛尾(かつろう)村から三春へ(秋の暮) (残された一つの物語)

葛尾(かつろう)村から三春へ(秋の暮)
(残された一つの物語)



葛尾は本当に深い縁ある所
父は柏原から小出谷(屋)に出た
戸籍をたどりわかった
小出谷はまだ人がそんなに住んでいなかった
そこで小屋を建て住むようになった
地名はそこから起きているから
それにしても事実は小説より奇なり
人は死ねばミステリ−の物語
小出谷から出た姉も死んだ
そこは確かに父方の実家
でもその実家は消失した
葛尾の道を曲がると古い碑が並ぶ
小さな五輪塔があるのも
ここには江戸時代から住んでいる
野川に明暦と元禄と記され碑が残っている
その頃ここに検地がありその記念なのか
松本という姓が三分の一をしめている
信州の葛尾城から逃れた末裔
葛尾大尽には館が並び建ちその石垣が残る
その館の跡を踏み歩みつ昔を偲ぶ
近江からイネという後妻をもらったと・・・
近江八景の庭を作り京桜が春に美しく咲くと
そろそろ秋は早くも暮れてゆく
葛尾は相馬藩の一部でもあるが三春に近い
相馬と三春の境であり家の作り方も境を越えると違っていた
葛尾大尽は三春の城の方に親しかった
葛尾は山深いから電気が通じるのも遅かった
戦後も電気が通ぜずやっと電燈がともった
森林があり木材を求めてトロッコ電車は
はるか高瀬川を上り浪江から落合まで通じていた
この山里にも文明の利便さはもたらされた
葛尾から風越峠を越えて三春に向かった
風が越す峠というのはふさわしい
三春はさらにかなたで秋の日もとっぷりと暮れてゆく
途中の道すがら秋の灯が農家に点々とともる
三春に着いたのは夜もふけていた
そして三春から葛尾と相馬を思う秋の暮
ここ三年は介護で一日も泊まることはできなかった
今ひさしぶりで三春に泊まりうれしかった
相馬藩の妹思いの兄が山木屋の別れ道などで
その妹のことを思ったという
それは三春でも峠を越えるので遠い
峠を越えて相馬のかなたを思うしんみりとした秋の暮
縁の深い所、歴史で結ばれた所、秋は深まりぬ



葛尾を通り風越峠を越えて三春まで自転車で行った。葛尾は父方の出た村であり縁の深い場所である。相続のことで戸籍をとって前の戸籍をたどると柏原と出ていた。ということは柏原から小出谷に移った。小出谷は小出谷(屋)であり出小屋を作って住んでいるうちそこに定住するようになった。だから小出谷はあとから開けた地域である。葛尾村は三春と境を接している。山の峠を越えれば三春である。三春がより近い感覚になる。葛尾大尽も三春藩と親しい関係にあった。相馬藩だと今の城ある所は遠いからである。三春まで行き相馬を思う秋の暮であった。三春をめぐっては伊達氏や岩城氏や相馬が争った。その後も三春とは婚姻を結んだりして相馬藩から姫が嫁いだ。妹思いの兄が山木屋やの別れ道で三春の方を見て妹を思ったというのも三春と相馬の歴史を語る。三春への道は葛尾から川俣からいくつかあった。今回は詩だけをのせてあとで葛尾村のことをさらに書く・・・
posted by 老鶯 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 相馬郷土史関連
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