2008年11月05日

晩秋−盛岡まで(新幹線の俳句、短歌)


 一直線新幹線のはやつきて岩手山見ゆ秋の朝かな

街々を思うまもなく新幹線仙台に着く秋の夜なれど


新幹線盛岡去りぬ街の灯の親しき秋やまた来なんかな

東京へ新幹線も遠しかなみちのくの時秋の夜の月

平泉すぐるを知らじ仙台や秋の夜の月しばしながめむ

みちのくへ新幹線や秋の空

秋晴れや新幹線に岩手山

秋の夜や新幹線に仕事かな


みちのくや新幹線に夜長かな


 
新幹線で指定席のみの早いのだと仙台から盛岡まで50分だった。今までは新幹線は時間があったので利用していなかった。これだけ近いと仙台の隣の街が盛岡になっていた。距離の感覚がなくなる。一関にもとまらない、盛岡に直通だからだ。確実に日帰り圏内だった。今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと、思うまもなくトンネルの・・・とあるけど新幹線こそ思うまもなくである。この鉄道唱歌も当時の時間感覚では相当早いと感じていたのだ。でも新幹線のような早いものができるとは思いもよらなかっただろう。新幹線の速さ今までの特急でも比べ物にならない、感覚的には飛行機とかロケットのような速さである。夜だとただ街の灯がどこまでつながっている感覚である。日帰り圏内はコマチに乗れば田沢湖へんまで行ける。ただこうして距離の感覚がなくなると歴史を偲ぶことがむずかしくなる。途中の平泉がぬけることは昔のみちのくの都を思わないことになるからだ。ここで肝心なものが抜け落ちてしまう。人間は距離の感覚で思うことが多い、それがなくなるとみちのくは遠いという感覚がなくなると昔の人のことも昔残したものも理解できなくなる。それでも東京までは遠い、三時間でも遠く感じる。盛岡から郡山まではみちのくの時間なのだ。仙台まで50分あと郡山まで30分くらいだろう。その間だけみちのくの時になってしまったのである。
 
義経の京を逃れて平泉はてにし跡や秋深まりぬ
 
京都から日本海を回り逃れてきた義経の道は遠い、その遠さの感覚がわからなくなる。物思う時間すらなくなるからだ。歩く旅立ったらどうしても平泉をぬかすことはない、途中をぬうすことはないのだ。ただ新幹線は遠くを近くするから仙台の隣が盛岡なのかと本当に錯覚してしまう不思議な感覚になる。盛岡はいい街だから詩的な街だから新幹線で仙台の延長のように何度も行けることになる。料金も一万2千円で往復だとすると高いとは言えない、普通車では今や遅すぎる、急行があればいいのだがなくなったから困る。旅情を味わうのには急行くらいでないとだめだ。新幹線は早すぎる。でも時間がない人には便利なのだ。今もやっと九時に心配なく帰ることができて余裕があった。介護になったら特に認知症の介護だったからつききりであり一人にしておけなかったから9時までも帰ることができないしゆっくりとしてもいられない、早く帰らねばと思っていたからゆっくりできない、常にせきたてられていた。なんとか夜遅く帰り前に一日だけ泊まっただけでもああ、良かったと幸せを感じた。一日でも泊まれれば新幹線なら相当遠くへ行けるのだ。

 

新幹線ではノ−トパソコンで仕事している人が必ずいる。新幹線はビジネスで使う。その人は全部英語で使っていた。英語でないと仕事にならないのだろう。
 
盛岡市の晩秋の散策は長くなるのでまた別に書く、今日は疲れたので寝る・・・

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