2009年02月04日

地球環境史観や原生人間史観 と老荘思想は共通している -原生環境の大地の回復(詩)-


地球環境史観や原生人間史観 と老荘思想は共通している
-原生環境の大地の回復(詩)-
http://www.musubu.jp/jijimondaiueno.htm#ecohuman

 

グロ-バル化は経済の分野だけではない、視界が拡大化して地球環境史観とか上野霄里氏の原生人間史観とか空間的時間的にも巨視化したのである。日本とか国の枠内で歴史を考えることは限界がある。またその枠内にとどまって是非を論じても限界がある。日本の戦争は正義の戦争だ、アジア解放の戦争だといいつづけても解決ができない、それは日本という国の枠を離れられないからだ。文明とは何なのかというとき文明を相対的客観的に見れる巨視的視点が必要になるのだ。それが文明の中で生活している限り困難を究める。文明的価値観から離れることができない、日本の枠内からも離れることができないから世界的に容認されるものとはいつまでたってもならない、老荘思想は二千年前に文明を否定して戦争も否定して過剰な労働も否定していた。これはやはり今になると驚くべき思想だった。ルソ-の自然に帰れという思想は近代に起こったことだしそれよりはるか前にそうした思想があったこと自体驚きなのである。
上野霄里氏の原生人間の思想も老荘思想の人物に近いのである。最近起きた地球環境史観も老荘思想としてあったものである。今はエコがキ-ワ-ドになっているがエコカ-とかモノに重点をおいてエコなのだがエコヒュ-マンこそ究極のエコなのかもしれない、エコヒュ-マンは原生人間に通じているからだ。

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