2009年02月05日

春の日

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春日さし石も動かんそこらまで

のうのうと60年生きて山笑う

ぽっかりと姉現れむ春なれば
 
30までは放浪と労働の時間だった。この時は一番苦しかった。ニ-トとかフリ-タ-が普通になっているけどあの頃は高度成長時代でありみんな企業戦士になった。ニ-ト、フリ-タ-は存在しなかった。正規のル-トからあぶれたものは極少数だった。でも今考えるとその時の方がかえって自由な生き方がしやすかったのかもしれない、なぜなら社会の圧力はない、家族の圧力はあっても社会ではあぶれたはずれた人をとやかく言わない、そんなのいないと同じだから目にもとまらなかった。今になると集団で数が多いから社会から敵視されるのだ。働かないことは犯罪にすらなる、現実にニ-トを働かせようとして行政が監視して回って歩くとかいろいろ社会の圧力が実際に加えられるからだ。それも数が多いせいなのである。
 
結局ふりかえると自分が働かずに30年も生きることができたのは特殊な家庭環境にあった。姉の存在が大きかったのだ。姉がいたからこんなにのうのうと生きることができたのである。だからぽっかりとなんだか姉が笑って現れるような気がした。こんな野放図に生きられたのも姉があったからである。家族の影響はどうしても大きい、家族に人生が左右される。家族運が悪いと人生も過酷になる。まあ、境遇はみんな違っている。境遇ですべてか決まるわけではない、ただ家族が半場人生の方向を決めてしまうのも現実である。
 
ここ三年本当に近くが行動範囲である。それでも別に楽しめる。老人になると近くが大事になる。近くが人的に自然的に住みやすいことが望まれる。なかなか遠くへ行くのは億劫になる。ところが近くは今は一番疎遠になってしまっているのだ。買い物でも車で遠くに行くし車が足だから隣近所も疎遠になっている。つまり老人に住みやすい場は作られていない、でもこれから老人がふえるからそうした老人に住みやすい場の整備なされてくるかもしれない、団塊の世代がすでに老人に入ってきているからだ。老人は都会より田舎がいい、これも高度成長時代都会に集中したツケが回ってきている。社会が東京などに一極集中することが社会全体のバランスを欠いて一時期はいいとしてもあとで大きなひずみを生むのである。時代によって運、不運がある、一見ニ-ト、フリ-タ-など豊かな時代だからそんな人がふえたと思ったが実際は不況の時代になるとそういう人たちは社会の非難の的になっていた。ともかくなんらか働かないとかなり生きずらい非国民とか圧力が強くなる。
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