2009年03月01日

春の日に旗巻峠を越えて丸森に(短歌の部)

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春の日に旗巻峠我が越えて家四五軒に碑の古しかな

丸森に春の入日や家四五軒古き社に碑も古りにけり

炭焼きの煙なつかし春の日に峠越え来て四五軒の家

雉子尾橋春の日静か我がわたりそぞろ歩むや丸森来ぬ

春の日や阿武隈川のその上を流れにそいて望み帰りぬ

阿武隈川岸辺の広く春の日や鳥の遊びて人もなきかな

春日さす阿武隈川のその岸に姥石(おばいし)ありぬ我がまた来る

春日さし阿武隈川の岸の土手丸森の人と歩み帰りぬ

時ありぬ山間深く春日影夕べ明るし峠越えゆく

丸森の二本松や春日さし夕べしずかに我が一人行く

時はすぎ旗巻き峠戦死塚春の日静か夕日影かな

一すじの旗巻き峠の道細し昔下るや春の夕月

駒ヶ峰の城にいそぐと下り行く旗巻峠や春の夕暮

諏訪神社古木とともに古りにけり我がしばしよる春の夕暮

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短歌の部では碑の写真は郷土史研究のためにとってきたがあとはいい写真がない、炭焼きの煙が上っていたことはなつかしかった。昔は炭焼きの煙が山里には必ず上っていた。それも一つではない、炭焼きは村の主産業だった。

 

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて  大和田建樹
http://www.musubu.jp/hyouronmeijitankakikou.htm

 
炭焼きをしていれば山の村でも生活が成り立ったのだ。だから炭焼きの煙には山村が自立してやれる誇りの煙だった。だから旗巻峠を越えて炭焼きの煙が上っていたとい何かここで生活しているという力強さを感じたのである。山村には今生活の匂いが消えている。観光は生活にはならない、あくまでも村が自立してその付加価値として観光がありうる。そこにもともと生活がなければ観光もありえないのである。丸森には古い碑が多かった。丸森は古い碑と石が多い、変わった石が多い、それを訪ねて写真に出している人がいる。丸森の地形はかなり複雑だからあの石を訪ねて回り見るのはむずかしい。ただ明らかに旗巻峠を下って青葉温泉のある村などはあとから開拓された所ではないすでに伊達藩に組み入れられて古いのである。古い碑が並んでいたからあれも証拠である。伊達藩の中期から存在した村で阿た。郷土史は常に村の新旧を知ることが基本なのである。
 
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