2009年03月04日

旗巻峠-伊達と相馬の攻防の歴史


 

旗巻峠-伊達と相馬の攻防の歴史
http://musubu2.sblo.jp/article/27366573.html

 
旗巻峠は今は廃道地なっている。細い一すじの昼なお暗い道だった。昔の道はみな細い道であり山の中だったらなおさらそうである。奥の細道で当時の状態が残っているのは白河の関に出る道くらいである。あういう暗い細い道をたどっていったのが奥の細道であり今とはあまりにもちがいすぎたのだ。丸森は歴史的にも古いから古い碑も多い、弁財天の碑が多いのはなぜなのか、相馬市にも多いが隣り合う鹿島区では一つくらいしかない、丸森と相馬市に集中するのはやはり近いから同一の信仰が普及したのか、やはり歴史は地理である。大坪に相馬氏の伊達を防ぐ土塁跡が発見されたのは旗巻峠を下ってくる麓にあるから敵を防ぐための場所だった。その後方に黒木氏の城があったからだ。黒木氏は伊達と相馬の板挟みになって戦った。かなり苦労したのはその地理的条件のためである。丸森は地形が複雑で山々がかさなり阿武隈川も流れているし歴史もあるし魅力的な所だった。一方角田は平坦になって地形的にはつまらない、自然環境がベ-スとなり魅力が形成されるからどうにもならない、丸森はまた軽く行けるから詳しくなれる。
 
posted by 老鶯 at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 相馬郷土史関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/27661864
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック