2009年03月26日

兎(うさぎ)の話



都会の狭いアパ-トで母子家庭の小学三年生がうさぎを飼っている話を聞いた。兎小屋と言われる日本のアパ-トで兎を飼っているのも奇妙である。その兎の話から戦前、兎を百匹飼っていた話を母から聞いた。兎は皮は防寒具として肉は食料として食われたから売れた。フランスでは兎肉の料理があるからそれなりに兎は食料とされていたのだ。ノウサギは今でも結構見かける、町のすぐ近くの田んぼの道を横切ったノウサギには驚いた。兎とか犬とかで猫でもあまりペットととして飼うということはなかっただろう。犬だって猟犬に良く使われていたし番犬であり猫もネズミをとるとか実用的なものとして飼われていた。韓国では犬さえ食料として飼っているからそういうことさえあったのだ。ただ猫可愛がりにして介護して墓まで建てる、ペットの霊園まであるのは現代だからこそだろう。兎をテ-マにしても過去と現在がある。いづれにしろ百匹もの兎を飼うとなるとその食料を与えるだけでも大仕事になる。子供のころ兎の草を食わせることが仕事だったという人がプログに書いている。
http://www.jupiter.sannet.ne.jp/kenzryo2/kiroku22.html

大飢饉の時に、みずからの身を焚き火に躍らせて 焼き肉料理をつくり、尊敬する仙人を飢えから救おうとした ウサギの話を絵本で読まれたことがあるでしょう。この捨身したウサギの物語はもともと「兎本生シャシャ・ジャータカ」という仏教説話です。これは 色々なお経のなかに入っている人気の本生話(前世の物語)です
http://www.indranet.jp/seppou/seppou99_01_10.htm

ここでいろいろな布施あ説いているが面白い、インタ-ネットではキ-ワ-ドから今までにない知識を得ることができる。その知識を編集すると新たな創造になっているのだ。ここではインドで兎が実際は良く焼かれて食われていたのである。北朝鮮では飢饉のために兎を飼うことを奨励したりと確かに兎は草だけで生きるとすると飢饉のための備えとして良かったかもしれない、日本でなぜあんなに大規模な飢饉があり防げなかったのか過去の大きな問題だった。何か防ぐ方法はあった気がする、何度も大飢饉が起きていたから打つ手がなかったというのもわからない、これはただ今から過去をみているから言えるのであり当時は手段が見いだせない、お手上げだった。ある時代は誰も越えられない、江戸時代の限界はあった。明治になってはじめて江戸時代の制限が克服されたのである。
posted by 老鶯 at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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