鶯を聞きつ車椅子進みゆく
花散りぬ妻の押せるや車椅子
来てみれば花散るあとや病院に
ここ何日かまた歩けなくなる背中が痛いとか騒いでふりまわされた。介護になると兄弟関係がぎくしゃくして絶縁状態になる人がでてくる。介護のプログを読むとわかる。私の家はそもそも親戚、兄弟がいないから親戚はないと同じだった。でも姪とか甥がいる。でもこれはどっちも疎遠になっていたからそもそも親密さがない、親しさがない、でも簡単なことでもしてくれたから不思議だった。第一車で二時間とか離れすぎているかあてにならない、それでも来た時ちょっとでも手伝ってくれてくれたからありがたいとかは思っていた。介護そのものとかではなくモノを車で運ぶくらいのことである。でも今回は余りにも衝撃的に向こうから切れてしまった。その詳細はいいないが向こうから切れてしまい関係も切れてしまった。介護になると何か手伝わせられるとか将来ここにきても手伝わせられるだけだと思ったのかもしれない、こちらから何も連絡しないししてくれとは頼んだことは一度もない、兄弟でもないし関係も薄いから頼めない、向こうでも何もする義理もない、もう一人も親戚ではない、世話になったからと多少手伝ってくれたのだがあとで多額の借金をさせられてこれも手伝ってもらうことさえできなくなった。あとは金だして簡単なことは掃除やちょっとした家事はシルバ-などで手伝ってもらうことにした。介護になると実の兄弟間でももめて絶縁状態になっていることをプログに書く人が多い。介護はそれほど深刻だからそうなる。姉の認知症の介護からはろくなことはない、医者にはどつかれ世話してくれと思ったら借金だ、今度は向こうからものすごい剣幕で切れて捨てぜりふを言って切れてしまった。ともかく踏んだり蹴ったりとはこのことである。
介護の段階はいろいろある。まだ歩けなくても起きていることができる人もいる。ただ自力で歩けないことは明らかに誰かの補佐がないと生活できないからやはり介護状態である。起きられなくても自力で食事できる人もいる。寝たきりで食事もできない人はさらに介護度が高くなる。
起きられなくても歩けなくても車椅子にのることはできる。車椅子にのれば外の空気にふれることができる。桜が散り鶯の声を聞きながら散歩もできる。ただ入院したことがある市立病院の桜は散っていた。桜の散るのは早いものである。母が歩けなくなったことはかなり影響が大きかった。この六カ月間は幸せな日々だった。それで書くことも増えたし近くでものんびり外出できた。しかしこれからは外出すらままならない、ボケてはいない点は楽である。でも歩けないということは相当影響が大きいと思った。体も一部痛んでいるから半分寝るようになる。でもトイレと食事は自力でしいてるからそれほど負担とはならない、とにかくまだ事態は急変してしまった。
介護は一人は終わったがまだつづいてゆくのである。結局二人合わせると長くなるのだ。もしこれから少子化で親の介護をになうとなると一人で二人となるとどうしたって介護の時期が長くなる。これはかなり辛いことである。手助けする家族がいるならいいが一人で二人とか介護となると相当な負担である。
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