2009年05月26日

仙台から小鶴新田で途中下車(仙石線の旅)

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仙台から小鶴新田で途中下車(仙石線の旅)

新緑や小鶴新田に若き母

躑躅映え若き母押す乳母車

鳩の来て空地にクロ-バ-朝の駅

夏の朝小鶴新田途中下車

夏の朝小鶴新田に雪残る泉が岳を我が望むかも

母思ふ小鶴新田に残る古歌我が心にしみて家に帰りぬ

90過ぐ母を思ふ日知るべしやここより帰る夏の夕暮

宮城野その涯(はて)広く知らざりき小鶴新田夏の陽没りぬ

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小鶴新田駅へ仙台から乗った。小鶴新田駅までの電車が結構でている。この駅は最近できたのか、
2007年度の1日平均乗車人員は4,698人である。2003年度、開業直後の1日平均乗車人員は、1,166人だった。宮城県仙台市宮城野区新田東三丁目にあり「新田東駅」から名前を変えた。ここは住宅地として発展した地域だった。仙台はやはり発展する地域、拡大化する地域があり若い街なのである。だから若い母が目立つ、郊外にも若い人が目立つ、一方小さな町には若さを感じない、老人化、高齢化で若い母は少ないのだ。宮城野というともともと淋しい地域だったが宮城野には全くその面影はない、でもそこから小鶴新田まで来るとまだ野が広がっている。宮城野延長としての野の感じがまだ残っているのだ。ここからは雪の残る泉が岳も見えて気持ちよかったここで意外な発見は古歌が残っていた不思議である。


千歳ふる 小鶴の池も かわらねばおやの齢(よわい)を 思いこそやれ (源重之集)

こんなところに新興地にこんな古い歌が残っていたのが不思議である。小鶴の池は変わらないけど親の齢はたちまち変わり老いるものだという意味だろう。しかし今や小鶴の池はないしその自然こそまるで変わってしまった。古代では自然の変化はすくないからこの歌ができたのである。つまり自然は変わらないものだが人間は変わるものだというのが古代の常識である。今は自然の方が先に変わる。
宮城野は古いから残っているがここには残っているとは思っていなかった。宮城野からはやはり湿地帯や沼地が多かった。新田は湿地帯を埋め立てて田を作った。そもそも小鶴とは鶴とつく地名はいたるところにある。小鶴明神というのは南相馬市にもある。鶴と関係して伝説を残しているがこじつけなのだ。鶴とは関係ない、ツルは湿地帯のことである。ツルツルするというのにその名残がある。古代郷名で「小鶴郷」が南相馬市にあるから古い地名の名づけ方なのである。とにかくここには新しいものばかりと思ったが古い歴史があることもわかり興味深かった。老いた母が確かに待っているがまさか90過ぎまで生きた母を思うということは想像すらできなかったろう。せいぜい50か60であり90過ぎてるよと知ったらそんなことありえるのかと古代の人は驚くだろう。やはり旅は途中下車が面白いことがこれでもわかる。何かしら必ず謂われや見るべきものがあるからだ。


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仙石線の旅は次は奥松島⇒野蒜⇒石巻まで折り畳み自転車でつづくので御期待!


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