2009年08月29日

竜胆(墓のリホ-ム)


御影石の墓に竜胆朝静か街中の広き墓所を歩みぬ

南相馬市原町区の橋本町の墓所は広い、今そこの墓のリホ-ムをしている。50年もたち回りのブロックもずれたりしているし一番の問題は草が伸びてきていくら切っても伸びてくるのである。ブロックを崩して中を見たら太い根っこが張ってありこれではいくら切っても草が出てくる。
全部をコンクリ-トで固めていないずさんな工事だった。中にがちゃがちゃ石をつめただけのものであった。いづれにしろこの墓は崩れかかっていたのだ。この実家の墓については一騒動があり疲れた。実家の親戚にさんざんだった。あんなひどい人がいるとは思えなかった。ここも何百万も「墓を守り供養してくれ」と頼んだ金だったのだ。その人は事情があり独身であり家督だったが最後にそう言い残して三年前に死んだ。その金を親戚がもらったのだが墓を直すことさえ相談できない状態になっていた。でもなんとか交渉して墓を直す金は払ってもらうことになった。それでも何百万はまだ残っている。あとはもうあの親戚とは一切かかわりたくないし向こうでもそうである。墓の修繕の代金を受け取れば関係は終わる。ただ墓参りはつづくが別々になる。墓も結構親戚でもめる場所になる。工事の人ももめて中断したとか墓は意外と俗世間から離れられない場所だというのも皮肉である。墓は俗世間から離れた場所でありたいのだがそうはならない、墓の前ではやはり醜い人間の争いはつづいている。どんな人でも最後の故人の遺志は重い、その故人の遺志を無視するとたたられる、恨まれるだろう。


今回でも目的がはっきりした金だから余計そうである。遺産相続とも違う、遺言を残した金である。目的のはっきりした金は遺言を残した方がいい、・・のために使ってほしいとなればそれ以外には使ってならないものである。癌の研究に使ってくれとか・・・・難病の研究に使ってくれとか最後に目的をもった金を故人の遺志として残すのは何か特別な思いがそこにあるからだ。それを無視することは死者を冒涜することである。今回はなんとか何回も要求して墓を修復する代金をもらう約束はしたがもうまた疲れた。姉が死んでから災難がつづきへとへとになっているのが現状である。一周忌を過ぎればなんとか墓の件も一段落である。最近墓に一字を書いているのは姓の違った人もそれなら葬ることができるからだという、確かに・・家と書いていなければそれができる。墓については今いろいろとわからないことがある。時代によっても墓が変わってしまうから余計にそうなのである。人間最後の場所になる墓もめんどうなものなのである。

rootshaka.jpg

墓の下の根っこ

 

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