2009年08月29日

自民公明は選挙の後にどうなる


自民の極右と創価公明が結びつきファシズム化すると危険だと藤原弘達が警告していた。今度の選挙ではこの二つの政党が少数党に転落する。自民が極右化しているというのも少数党に転落するからである。だから国旗のことばかり責めて国旗を主張するのは極右なのである。
ヨ-ロッパでもそんな過激な少数政党がいるが相手にされない、自民党がそんな政党にされてしまうのか?創価公明はもともとファシズム-カルト団体だから極右と結びつきやすい危険な団体だった。 政権党になっていたときはそうならなかったが二つの政党が少数党に転落すると危険な右傾の政党として一つになる。でも少数政党故、国旗のことであおってもあまり国民は反応しない、やはり今は国旗に対する思いが薄れてしまったのだろう。グロ-バル化で国意識も薄れてしまった。どこでも国より経済優先なのである。どこの国でもまず経済が豊になることが追求されているのであり国家意識は薄れている。大東亜戦争のとき、国家の興亡が経済と密接に結びついていたから国家意識が強かったが現代はグロ-バル化で国家より経済優先であり国家のために命をかけることは希薄になった。現代とはグロ-バル化の経済戦争であり軍隊が露骨に衝突して戦争になることはさけられる。そういう点でカルトなどのナチスのようなファシズム団体、極右勢力は少数であり変わり者になっていて全体への影響は少ない、つまり選挙の結果、自民公明はそんな少数政党とになり国政の影響力は極端に低下してしまう。そして結果的には二大政党は公明のようなカルトを排した二大政党へ再編成される。

今度の選挙が「政権交代」というときこうしたカルトファシズム的団体の排除であり健全な民主主義の二大政党を作る選挙となる。国旗をやたらにとりあげたり創価公明の仏教ファシズムの選挙はやはり少数化して政治では少数政党ととして排除される。自民党がそんな少数政党へ転落してしまうのかという疑問があるがそういう大きな変化は最初わからないが自民党とという政党は実は今回の選挙で実質解体して終わっていたともなる。現実社会党も国鉄が消えて終わったように政党の盛衰は激しいし党が消えることもある。小選挙区は極端な変化を現実化する仕組みだったということを今更ながら自覚させられた。戦後60年で自民党が終わったという記念すべき選挙になるのかもしれない、おそらくその後は自民党という政党は政界再編のなかに消失してしまう。でも60年間自民党は政権党だったのだからなかなか切り換えることは頭の中でできない、でもすでに今度の選挙はどうしてもそうなるようだ。ただ民主党の正体は政権を取ってみないとわからないからそこでまた政界再編が起きる。そのなかで自民と創価公明は今までのような影響力をもてない、弱小政党として無視される。自民がそんなに転落するのかというがやはり100を切れば団結力も消失して分解してゆく、政権をとていることで結びついていたのだから野党としては成り立たない、小選挙区制は確かに政治のダイナミズムを実現するのにはいい、でなければ大きな変化は望めない、いつまでも同じ政権がつづいてしまう。社会主義国になってしまう。暴力でなくて劇的に変化させるのが小選挙区制になる。

福島一区はどうなるのか、亀岡が公明頼りというのも情けない、そんなに公明の票が影響するのか?地方では創価の票はそんなに多くないはずがだが都市部の福島市では多いのか?
問題は投票率になる、地方だとかなりの投票率になるからやはり石原が有利なのか、この競り合いはどうなるのか、浮動票は民主の石原にゆくが自民はやはり強いのか、地方では浮動票の行方はわからない、固定票が多いかもしれない、全体的に自民公明は極端な少数政党へ脱落するのだろう。小選挙区制はこうした激変が起こる制度だったのである。
posted by 天華 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/31719608

この記事へのトラックバック