2009年09月07日

山形の小国町(雪に埋もれた遠い町)

小国町雪に埋もれて遠きかな乗る人少なく路線残りぬ

山形の小国は遠きもう一度我は行きなむ老いにけるかな

山形の小国町です。

坪3万で住宅地が買えます。
パチンコ屋が一軒しかありません。
過疎化が進んでます。
大都市の米沢まで、電車で1時間以上かかります。(しかも電車も1時間に1本です。)
冬は1メートル以上の雪が積もります。


小国から米沢まで10時の次は14時になりあとは17時となっている。一時間に一本などここはでていない、常磐線は原町から仙台まで一時間に一本でている。常磐線とは相当ちがっている、乗り降り少ない線である。ここまで雪の深いとき行ったし自転車でも行った記憶がある。自転車で行った時の記憶は消えているが電車で行った時の記憶は残っている。なぜなら深い雪の中でその電車はなかなか小国まで遠かったのである。それが記憶に残っていたのである。記憶に残るのは長く待っているとかなかなかつかないとかそういう時間なのである。だから新幹線に乗った記憶は残らない、そこに無駄な時間がないからだ。旅には無駄な時間が必要なのだ。だからあまりにも計画された旅は記憶に残らない、旅を記憶に残すのは意外とむずかしい、本当にすっかり忘れて記憶に残らないのが多すぎるのだ。
日本の鉄道は今や不思議である。なぜ乗る人があれだけ少ないのに残っているのか、相当な赤字でも残っているのかとなる。これも誰も乗らないバスを走らせているのとにているのかもしれない、でもかえってそうした路線の旅は記憶に残るのだ。最近4年遠い旅に出ていない、ただ回想しているだけである。そしてもうその路線も乗ることないのかなと思ったとき簡単に旅できていたのにそれもできなくなる。そしてただそれは遠い日の思い出となる。老人とは何か、思い出に生きているのだ。なぜなら思い出したとき過去をもう一度生きているからだ。ただ思い出せなければ活きてこない、生きていないのである。だから思い出す旅をいかにするか問題なのだ。実際はそうした旅をしている人は非常に少ない、便利になりすぎて旅はただ移動でありあとで思い出すことが少ない旅になっているのだ。それであとで老人になって後悔することになる。思い出す旅をしていなかった,何も思い出せないというショックに襲われるのである。



遠く雪に埋もれた町

今までどこでも自由に行けた

ひょいと電車に乗りきままな旅

それが今はできない

そんなこともあるのか

介護やら体力の衰えで行けない

外国に行けないことならあるだろう

でも近くにも行けない

いろんな街に行った

いろんな街を通った

でもそんな街にも行けなくなる

人はいつまでも生きていない

やがてこの世と別れるときが来る

旅の日も終わる

様々の訪ねた街も思い出のみに活きる

旅であった人とも会わない

いや人は二度と会わなくなる

死別となればそうである

同級生でも鬼籍に入った人が墓に眠っている

そんな日が必ずやってくる

そして旅して訪ねた街々がさらに愛しくなる

なぜなら二度とその街を村を訪ねることができない

ただ記憶の中で訪ねるだけになるから

しんしんとしんしんと雪はふりつもり

遠い記憶の中に山形の小国町は埋もれる

そんな町が確かにあった

そんな町が確かにあった

彼は心の中で何度もくりかえす

今記憶は宝であり生きた証だから


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