2010年03月03日

残る雪(高平の墓地二つ)


雉子歩む羽鮮やかに残る雪

墓代々孟宗竹や残る雪

探梅やまた知られざる墓地二つ

紅梅や原町に今日も買物に

山陰の隠れし所墓地ありぬ雪の残りて夕暮れにけり

 

昨日は寒かった。今日はそれほどでもない、今年は寒さがつづく、だからこの辺でも雪は少ないのだけど残る雪が見られる。原町駅から高平にゆく、鉄道沿いにまた墓地があった。こんなところにあったのかとも思った。そこに古い五輪塔があったが名前は記されていない、これも相当古いのかもしれない、江戸時代の墓もあったから昔からあった墓だった。それからすぐ近くの丘に上ったら孟宗竹が生え隠れるように墓地がまたあった。そこには雪が残り梅林があった。
つくづく墓地をいろいろ見てきたけどいかに墓地が多いか?知られない墓地が多いか?人間の行き着くところ墓なのである。生きている人は誰もそう思わないが今日も葬式があり必ず誰かが死んでいる。要するに最後は墓に納まる。そして誰かが今自分が郷土史を調べるため墓を調べているが同じ様に調べている人が墓を見ているのだ。実際墓に入る日もそんなに遠くないのである。最近身内を墓に納めたから余計にそういうことを実感するのだ。

 

あの辺に竹下という地名があったが竹下というのはどこにでもある。やはりそこには竹が生えていたのだ。川の側であり竹が生えやすい、そこから竹下という姓も生まれる。駅の近くに原町区のあの辺の墓地が江戸時代のものであり古い、あの五輪塔は誰のものなのか気にかかる。原町史を調べないとわからない、これも結構めんどうである。本もないし図書館で調べるのも今や手間なのだ。やはりこういう基礎資料は手元に置かないと調べにくいのだ。郷土史研究は資料を読むことが基礎としてある。高平村の歴史がどうなっているのか探るのは資料をどれだけ解読できるかにある。ただ新し始めるとなると手間がかかるのだ。郷土史など狭い地域と思っていても結構知らないことが多い、一番身近なのは墓地を調べるのが何か具体的でいいのである。だからまたあそこの墓地に行ってみよう。

 

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