2010年03月14日

春夢-春胎動

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のうのうと眠り春夢や我が一生


春胎動地震二回も無事なりき

お江戸より旅人来る春の風

春 夢              岑参

洞房昨夜春風起   洞房 昨夜 春風起こり
遙憶美人湘江水   遥かに憶う 美人湘江の水
枕上片時春夢中   枕上片時 春夢の中
行盡江南数千里   行き尽くす 江南数千里


美人は関係ないけど「行盡江南数千里   行き尽くす 江南数千里」自分もある程度日本は行き尽くした。ただ外国は50才からでは遅すぎた。それでも一応一回でもそれなりに回ったから満足している。アフリカ大陸とか南米が行くことができなかった。スペインにも行っていない、世界を行くことなど今はめずらしくない。貧乏人の若者すら世界一周してしいる。百万もあればできる。ただ旅もきりがない、旅もいづれは終わる。もう一度見たいのはやはりヒマラヤだった。あそこは別世界だった。
とにかくも あなたまかせの 年の暮れ(一茶)
こういうのもあるけど一茶は貧乏だから今とは余りにも違う、苦渋に満ちた人生だった。それでもあなたまかせで生きることができたことはそれなりの幸運があったのかもしれない、今ニ-トとかなんとかそんなもの無数にいる。ただ親まかせだからいづれ今度はあなたまかせ社会まかせになるから困る。一茶のような人間が百万単位で社会にあやれだすのである。生活保護も百万以上いるのだからこれもあなたまかせなのだ。そういうものを許容できる社会でありこんな社会は今までなかった。それだけ不景気を騒いでもいるのだから不思議だとなる。江戸時代なら飢餓だった。働かない高齢者だとかニ-トだとかとにかく生活していけるのだから豊だとなる。

地震が昨夜もあり浜通りが一番揺れた。震源地は福島県の沖であり自分の住む場所だった。
春雷ではないがこれも春の兆しなのか何なのか、自然現象も明らかに社会に影響して何かが変わってゆく、春はやはり必ず何かが変わってくる。地震も夢の中で終わればいいが現実になれば悲惨である。要するに春の夢の中でいつのまにかにあの世に逝っていれば幸せである。
その前に介護だとか延命だとかそういうものになったら地獄である。あれよあれよというまに死んでしまうのが一番いいが今はそれがなかなか許されないから一面残酷とさえなっているのだ。世話する人がみんないるわけじゃないからだ。春の夢の中に死んでいれば・・・・ねがはくは花のもとにて春死なむ・・・・西行はそう夢見たのである。桜の吹き散るなかに死ぬ夢を見たのである。死というものも生きた結果としてそうなったのかもしれない、花を求め花を歌いつづけて花に死んだから本望だとなる。やはり最後は何を求めて生きてきたかが死にも現れたのかもしれない、あくことなくあなたは何を求めたのか?この世の欲を求めたらその欲があなたの最後として現れる。最後にスシもってこいと形相を変えて死んだ人がいた。やはりスシをそれほど食べたかった。餓鬼となって死んだ。やはり桜の花の夢を見て死ぬということはそれだけ美しい最期だったのである。願わくは・・だから西行はそう死んだかどうかはわからない、でもその一生からししてそう推測できるのである。

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