2010年04月17日

二本松の城の桜(2)短歌十首

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二本松の城の桜(2)短歌十首

小浜城その跡に咲く桜かな夜に束の間よりて去りにき

二本松へ花咲きつぎぬ道のりの遠しも城を目指し行くかも

二本松残れる花のなお散りぬ相馬より来て夕陽さすかも

相馬より二本松に来てなお散りぬ花を惜しむやあわれなるかな

相馬より二本松遠し花のなお残り咲けるを我が惜しむかも

二本松朝の桜に残雪の安達太良映ゆる城門を入る

二本松花こそ散らめ安達太良に残雪光り風騒ぐかも

残雪の安達太良まじか百輪の椿のゆるる夕べの風に

二本松夕風吹きぬ旅人の急ぎ帰るや花も散るらむ

二本松一夜泊まりぬここに散る花に心の騒ぎけるかも

巻淵に水渦まきて桜咲く朝日のさして我がよりさりぬ


二本松の霞城には何回も行っている。あそこの城は見物である。桜の時期も自転車で二三回相馬から行ったから遠かった。一回は満開のときでありもう一回は城に着いたら桜は散っていた。でも余花でありそれが風情があった。この風情は情緒は相馬からわざわざ自転車で来た時生まれたのである。これが電車だとか車だと生まれにくい、はるかに来たとなると歩くとか自転車くらいでないと旅の感じがでないのだ。だから旅人は今になると二本松まで車で来るのは簡単だが本当に江戸時代の感覚で二本松まで来た感覚は味わえない、その喜びは大きかった。あの絶頂の城の本丸に上って四方を眺めたとき、相馬藩は山の彼方に隠れて見えない、相当に遠い感覚になるのだ。

記憶からすると着いたときが夕べであり風が吹いていた。残雪の阿武隈を仰ぎ夕風が吹いていた。それを体で覚えていた。それでまた思い出して短歌の連作を書いた。こうした短歌もやはり相馬からはるばる来たということで情緒が生まれているのだ。これも昔の相馬と二本松の街道を来るべきであり岩沼回りの鉄道だとそうした情緒が生まれないのである。
途中小浜城がありこれは暗くなり夜になってついた。そこでちょっとの間寄った。暗い道を進んで二本松にようやくついた。もう一回は夕べについた。花は大方散っていたが余花がなおわずかに散っていたのである。これも情緒あるものだった。帰りは巻淵というところが阿武隈川にあった。?ここがどこかわからない、淵が巻いている、水が確かにうづまいている大きな淵でありそこにも桜が咲いていたのである。随分桜の短歌を作ったからこれらをまとめれば連作として作品化できる。西行も桜の歌人になったのは当然だった。それほど桜は日本を象徴する花だったからである。

二本松の桜(1)
http://musubu.sblo.jp/article/28451498.html

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