2010年04月27日

春のサイクリング-丸森-梁川-阿武隈川-丸森(俳句の部)

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春のサイクリング-丸森-梁川-阿武隈川-丸森(俳句の部)


一面に朝のタンポポ六号線


大滝の朝轟きて芽吹きかな

車椅子導く人や花の影

家一軒桜や筆甫の古田口

別れ道遠くへ向かう春の朝

峠越え梁川に入れば桃の花

梁川の流れの岸に柳かな

激流や桃に桜の花盛り

激端の巌に桜鳥の飛ぶ

山吹や激つ流れに兜岩

堀のみや相馬の城跡朧月

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相馬市の宇多川をさかのぼり松房ダムから 筆甫(ひっぽ)に出てそこから別れ道になり梁川に向かった。梁川へ行く松坂峠はかなり高い、電動自転車だとここで電池がなくなった。予備のを持って行ったからなんとか間に合った。平地は電池を食わないが坂は電池をかなりくう。松坂峠からの眺めは絶景だった。蔵王や吾妻連峰が望まれた。梁川に出ると桃の花が咲いていた。これは相馬から伊達とか福島市へ出る変化である。これから一面に桃の花になる。
つくづく梁川まで電車で行って駅の回りを歩いても見るべきものがない、阿武隈河畔を歩まないと梁川のことはわからない、阿武隈川は梁川辺りから急流になり丸森辺りに来るとゆるやかな流れになる。阿武隈川蛇行して激しく流れる様は見物だった。岸には桜が咲き山吹も咲きだしていた。
筆甫(ひっぽ)は隠里の趣があった。あそこに水芭蕉が群生していたのは作られたものではない、自然の群生だったのだろう。水芭蕉というと尾瀬だがあちらこちら咲いている。ただ尾瀬のようにきれいには咲いていない、それでも水芭蕉が咲いているのは隠里にふさわしい。実際ここはタタラ製鉄とかマリア観音伝説とか伊達領であり本当に隠された里だった。ここにははじめてきた。近くでも知らない地が結構あった。電動自転車で坂を上れるから来れたのである。

今日は遅くなり八時であり朧月だった。梁川の城跡も土塁だけでなにもない、相馬は堀だけで同じだった。

やはり石垣くらいでも明確に遺っていると昔を忍びややすい、朧月のようにそこに何があったのかわからなくなる。

この記事へのコメント
>大滝の朝轟きて芽吹きかな

川の清水の轟が聴こえてくるようです。

小学生の頃、家族で和歌山にある那智の滝を神とする自然崇拝から起った「熊の那智大社」や日本の滝100選の1つとされ原生林に覆われた「那智の滝」を見に行った事があります。当時のスナップ写真もアルバムに整理しているのですが、岩盤に打ちのめされて弾けた水しぶきの豪快さと迫力満点の轟は、小学生だった私には衝撃的でした。まだ、神様や御先祖様のことなど全く皆無であった頃でしたが、おてんばだった私も滝の前では滝の流れに吸い込まれそうな程、大人しかった事を記憶しています。今、思えば、確かに神様に近い付いたような神秘的なムードがありました。
那智の滝は落路133Mあるそうです。滝も川も迷わないで自然(岩石)に一任し水路を導かれているのですね。自然と自然が織りなすハーモニーは平和の在り方を高らかに叫び続けているようです。
Posted by 玉本あゆみ at 2010年04月27日 13:15
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