失われた郷土の文化(郷土料理)
一般に漬け物と言いますと塩が付き物なんですが、塩を全く使用しないで作る物もあります。
長野県の木曾地方、王滝、開田、三岳村等で漬けられている「すんき」がそれに該当するそうで、新潟にも「ゆでこみ菜」という似たものがあるそうです。
京都に「すぐき」という漬け物がありますが、すんきの名前はこれから来ているのだろうとのことです。
http://ao_zatsu2.at.infoseek.co.jp/write/tuke_26.htm
木曾町に我が一夜泊まりあわれかな塩を使わぬ漬け物ありと
テレビで木曾町の町おこしのことをやっていた。町長は企業誘致より地元の資産を活かして町おこしをするべきだと地元の資産起こしをしていた。その中でスンキという塩を使わない漬け物があることを発見した。これは江戸時代からある古いものである。ここで塩を使わないのは塩が貴重であり塩を使えないからそうした漬け物が生活の知恵で生まれた。必要は発明の母ということになる。企業誘致というと外からくるものでり企業に利がないと他所に移る。永続性がないから地元の資産を活かす町起こしを目指した。地元にしかない変わった祭りを売り物にしているのもそのためである。その土地にはその土地にしかないものが必ずある。でも今はそれを見出すことがむずかしい。地元のことをかえってわからなくなっているからその資産探しをしてるのである。人間はなければないなりに何かを生み出してゆく、旅をしたとき今は地元のことがなかなかわかりにくい、特に大きなホテルなどに泊まったら地元のことなどわかりにくい、観光化しているからまた余計にわかりにくい、つまり江戸時代より今は旅をしても地元のことがわかりにくいのだ。生活も全国共通化しているからどこにいっても同じだとなる。食べ物にしてもそうである。山形には味噌にクルミをまぜた味噌がある。バンケ味噌とかもインタ-ネットにでていた。これは大工さんの親戚が山形であり弁当にもってきて教えてくれた。つまりこういう郷土料理は江戸時代辺りは普通にあったから旅をすれば旅籠でも出されたろう。それが今はない、郷土料理みたいなものは嫁にきた人が土地の郷土料理をもたらしてくることがある。嫁が文化の伝播者になる。ただ江戸時代などだとあまり遠い所の人と結婚しないから同じ様な生活様式になる。現代は普通に遠いところの人と結婚するのが普通となったのである。
郷土料理にしてもそれが失われるのはやはり郷土料理は土地の人が生み出すものだが今はス-パ-で買うことなのである。自分も毎日買い物に行っている。この買い物が今や大変な仕事になっていることがわかった。そして毎日ス-パ-で買うものを探しているのだ。そして買い物の量が多いのである。なぜこんなに買い物があるのかとなる。その中でいいものを探しているのであり自ら作り出すということがないのだ。こういうことからも地元の文化が喪失したといえる。買うということだけでは文化は生まれない、自らないはないなりに知恵をしぼって作り出すのが文化なのである。それが外からス-パ-に行けばなんでもあるとなるとただ消費する文化になる。消費する文化は文化にならない、最近異常に暑いからインドや熱帯地方化したのかと思う。こう暑いといかに涼しくなるとか食欲もないから暑さに適した食事が必要となる。それは沖縄の料理やインドの料理になる。カレ-が発達したのも暑い国だからである。それも環境に適応してそうなったのだ。文化とはみんなそういうものである。日本ではこんな暑い国ではない、東北などでは食事も塩分の濃いものになったのは寒い国だったからである。文化はそうした様々な悪条件のなかで知恵をしぼり作られたものでありそこに意味があったのだ。なんでもありすぎる容易に手に入る時代には文化が育たないというのも皮肉である。
長野県の塩の道は遠大であり日本海から遠い、その塩の道も延々と長いのである。この辺の松川浦から飯館村までの距離とは違う、その中で木曾町とかなると海からの距離が長いから塩もなかなか手に入りにくいから塩の使わない漬け物が生まれた。でもこの漬け物の由来がスンキが実は京都由来だったということ-スグキからきていたということは京都も山国だから塩を使わない漬け物を作った元祖だった。でも京都と長野県が離れているのだからなぜ同じ名前になったのか?京都には塩を使わない漬け物があると誰かが教えたのだろうか?やはり遠くても文化の伝播はあった。文化というとき京都から伝播したのが実に多いのである。だから京都はやはり地本の文化の元祖になっているのだ。
いづれにしろ旅をしても何かその土地のことを知ることがないとその意義がない、今あらゆるものが画一化して土地の特徴がない、その土地のことがわからない、ただ地形だけは変わっていないから地形は特徴あるものとして感じるがその地理や地形がわかることはなかなかむずかしい。地図をみてもわからない、栃には高低があるだ。栃窪から上萱(うえがや)へは相当な高低差がある、その高低差がわかりにくいから一回でもこの高低差を感じればええこんなに高い所だったのか感じれば自分の書いたものでも納得するのだ。他の書いたものでもなかなかその土地の地形はわかりにくい、写真でもほとんどわからないからなかなか理解しにくいのである。
一夜泊まった木曾町の宿は古い宿だった。ホテルではない、今ではあういう古い宿には泊まらないだろう。でもそこでは泊まっただけであり別に泊まっても何かその土地のことを知ることはむびかしい時代である。出される食事も土地のものが出されることはほとんどないからだ。だから旅からその土地のことを知ることは今はむずかしいのである。だから江戸時代の時旅したときは今の人が旅したより多くの体験をしたのである。その土地にしかないものを多くあったのである。今のようにこんなに物流が盛んでないからだ。その土地でしか食べられないものが常にあったのである。
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