2011年03月06日

醤油もまともに使いなかった昔の貧乏と今の貧乏の相違-島木健作-地方生活を読んで


醤油もまともに使いなかった昔の貧乏と今の貧乏の相違

島木健作-地方生活を読んで


醤油を日常的に使うようになったのは大正後半期からである。そ[さまでは客が来ると瓶をもって買いに行くという風であった。

砂糖は正月、盆、祭り以外に食わなかった。


塩鮭は正月用、客用の食い物だった。


大正十二三年ころまではかて飯が普通であった。屑米に大根のかて飯が常食であった。


部落中の家々のことはかまどの灰の下までおたがいにわかっているとういうふうであった。


一軒ごとに風呂をたてるということはしない、二軒ないし四五軒で交替にたててもらい湯をする
ある部落では二三十軒で共同風呂をたててきるところもある。

地方生活(島木健作)



醤油すら買って使っていなかった、大正の始めころまでだったとすると明治時代は当然醤油を日常的に使っていない、醤油を使わない食生活があるのか?醤油は贅沢品だったのである。醤油はごはんにかけただけでもうまいとなる。もちろん砂糖は贅沢品だから使っていない、砂糖がない生活は今は考えられない、砂糖を極力ひかえようとしているのが現代である。砂糖のとりすぎは体に悪いとかなっているからだ。腎臓悪くしてから醤油には塩分が多いから自分はひかえている。味噌汁も塩分が多いから良くないと思って今は自分で作れないので作っていない、糖尿病でもそうだが今はいろいろな栄養分をひかえないと病気になる時代である。ところが明治から大正くらいまでは醤油すらいつも使っていない、醤油が贅沢品だったということが考えられないのだ。

大正生まれの人が長生きなのは粗食であり忍耐強い生活を送ってきたからかもしれない、団塊の世代になると贅沢を覚えたから栄養過多になっているから意外と長生きしないかもしれない、栄養過多から来る病気が思った以上多いのである。いろいろなジュ-ス類などより水のが方が体にはいい、腎臓には水を飲めと言われて病院では二リットルの水を飲まされた。ジュ-ス類でもコ-ヒでも酒でもビ-ルでもこうした飲み物は肝臓とか腎臓で濾過しなければならないからそうした臓器は長年の間に弱ってくるのだ。水だったらそういうことはない、61才の社長が一人自宅で死んでいたという、肝硬変だった。酒類を飲み続けると肝臓が弱ってくる。腎臓もそうである。水が体に一番いいのである。現代の病気は栄養過多になり体が吸収する以上の栄養をとりすぎて病気になりやすいのである。それだけ食べ物があふれているからどうしても栄養過多になっているのだ。パンなどもご飯よりかなり栄養価が高いのだ。パンにはすでにいろいろなものが入っていて栄養価が高いのである。


大正時代ころは白いご飯を普通に食べられない、大根まぜたかて飯だった。団塊の世代の子供時代は麦をまぜた飯でありまずかった。麦を入れるとご飯はまずくなるのだ。米を作っている農家の人ですら 白い飯を大正時代ころまで食っていない、屑米に大根飯である。それほど貧しい生活だった。子供の頃は良く塩鮭を食っていた。今は鮭は贅沢品ではない、今の食生活は本当に殿様並である。それは金がないという生活保護所帯でも食べるものはそんなに変わっていないのだ。その当時からする栄養過多で悩んでいる現代人を想像もできないだろう。過去には確かにすでにロ-マ帝国では美食になりそれが滅びる要因ともなっていった。ロ-マ人はみんな農民の出身であり質実素朴でありそれがロ-マ帝国の基はなっていた。それが富がロ-マに集まり美食となり堕落して滅んでいった。粗食であっても人間は質実で素朴なときは社会も健全だということがあった。80代以上の人は遊ぶことをしない、消費はしないが質実堅実な正直な律儀な人が多い。義理人情に篤い人のことを書いたが人間としてそういう日本人が多かった。明治大正から昭和前期の人にまだそうした人々が多かった。類型的に人間が違っていたのだ。それは江戸時代から明治と受け継がれた日本人的ないい面を受け継いだ世代だった。それが70前からになると団塊の世代でも贅沢を覚えたから全然違っている。日本人的伝統はこの世代で全く絶えた。ただ高度成長の金だけを追求する世代となったのである。だから金さえあればいいとなり助け合うなどということはない世代である。他者を蹴落としまでのしあがれ金をもうけろというモラルしかない世代である。


一軒ごとに風呂をたてるということはしない、二軒ないし四五軒で交替にたててもらい湯をする
ある部落では二三十軒で共同風呂をたててきるところもある。


人は貧乏だとかえって助け合う、これも節約するために助け合わざるをえなかったからこうなった。豊になれば一軒一軒風呂があるのだからこんなふうに助け合わない、そして金さえあれば何でもできるとなり互いに助け合うことはない、金で買いばいい、人の助けも金で買いばいいとなり人は助け合わなくなる。でも実際はすべて金で買えるわけではない、つくづく人間はお茶一杯出すのでも心がこもっているのといないとのでは雲泥の差がある。でもお茶一杯出すのには見た目は変わりないのである。しかしその差はものすごく大きい、金ももらってしぶしぶこの金もっている嫌な爺婆を世話しているんだよ、すべては金のためだそれ意外何もない、できたら爺婆が金たんまりもっているからごっそり貯金から盗ってやりたいんだよ・・・とか心で思っているのが普通だとすると現実にいつかそうなるから怖いのである。現代で人々が無縁社会とか助け合わないのは豊かだから助け合わないという皮肉があるのだ。


今の日本の貧困は中進国の貧困より実はたちが悪い。
一度贅沢な暮らしを経験してしまうと気持ちが抜けられないため、余計に惨めになっている。
周囲の目も違いすぎる。
中進国の貧困は地域や親戚などのコミュニティで物々交換で互いに守り合い、人々は明るい。
戦後の日本もそうだった。

今の日本の貧困はやや金があっても完全に孤独でむしろホームレスに転落しやすい。
福祉の力を借りない真面目でプライドだけ高い人も多い。
ひょんなことで限界に来る。


現代の貧乏は前にも書いたけど昔の貧乏とは大違いである。贅沢を覚えたために不足する貧乏なのである。そもそも貧乏というのは見えなくなっている。誰もボロボロの服など着ている人はいない、だから貧乏な人など見えないいないと思っているが現実はそうした普通の暮らしをするだけで給料が減ったりすると大変になっているのだ。だから借金している人が本当に多いのである。借金しないと普通の暮らしができなくなる。それも辛いことなのである。かえって現代の貧乏はみんなが貧乏な時代より辛いとなっているのだ。田舎なら車なくて生活できないとかなるが実際は街中に住んでいれば暮らせないことはない、でも街から離れると車なしでは生活できなくなる。田舎でも普通の暮らしをするとなるとコストがかかる時代なのである。


古本で買った「地方生活」は当時の暮らしがわかりやく書いてあったから面白かった。
たまたま古本市で買ったのである。

部落中の家々のことはかまどの灰の下までおたがいにわかっているとういうふうであった

プライバシ-はなかった。何を食べたかまでわかるから贅沢したらすぐわかる。今はみんな食べ物ではたいして変わらないからわからない、
でも車などいいのを持っていると相当に注目されうらやまれるだろう。これは豊かな時代でもつづくのである。人間の欲はきりがないから必ずもてるものもていなものがあり格差がうまれそういう気持ちがなくなることはないのだ。持ち物だけではない、一体女性なら美貌でありスタイルであれ男なら才能であれ必ずなるものとないものがあり妬みが起こる。そういうことはなくならないのだ。


他には川が汚水で汚れていてチフスや伝染病にかかる人が多かった。井戸水も汚れていて飲めないところがあったとか水に苦労していた。水は今簡単に水道で使えるが水がないということはやはり井戸水だけでは難儀していた。そうしたいろいろ難儀することは今と比べるとその相違がわかってくる。水道はありがたいものだとか思わないが水に苦労していればそうなる。
つまり人間はつくづく苦労しないと苦労して手にいれたものでないと金でも苦労して稼いでいないとそのありがたみがわからないのだ。遺産なんか苦労せずに天から降ってくるように入ってくるものだから問題が生じる。労せずして入るから問題になる。自分で苦労した金は違っているのだ。交通事故でも今度は自分が責任者となり交渉しているからそれで入った金は自分が稼いだような気分になる。明日は仙台の交通事故の調停センタ-に出かける。50万では安すぎる。百万以上にはなるといっていたが交渉したいになる。それなりに自分で苦労して得る金は違っているのだ。

posted by 老鶯 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降
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