2011年07月25日

立地が悪い仮設住宅(小池の一部)(感じがいいのは角河原)


立地が悪い仮設住宅(小池の一部)(感じがいいのは角河原)


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ここは立地が悪い

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ここは立地がいい

小池の神真野川の上の方はじき側が川だからいいと思うがここは一番立地が悪かった。
前は会社の建物にさえぎられすぐ前が製材所であり木を切る音がうるさい、今までみた鹿島区内の仮設住宅では立地が悪い。土地がないからこうなった。地権者が断った所もありなかなか
いい土地が見つからないからこんな悪い場所になった。田んぼは荒れ地になっているけど整地するのが大変である。となると校庭とかが地盤としていいとかなるがみんなそこに集めるわけにはいかないからこんなに分散した。

角河原は一番立地がいい、人間の住む所は樹が一本あるだけで活きてくるものだと思った。
樹も人間が住むことで活きてくるということがあった。木蔭などは人間が休むことで木蔭なのである。もちろん太古なら動物が休むことで木蔭はなんともいえぬ安らぎを作り出す。

木蔭の効用を普通はあまり考えないが仮設住宅を見ていて一本の樹があるだけで何か憩いの空間を作り出すことに気づいた。そもそも人間の生活に樹は欠かせないものである。でも樹を活かすとなると広い庭が必要である。

鹿島の仮設住宅はこれで全部である。小池の上とか角河原だと車がないと買物ができない、ス-パ-が遠いからだ。小高の人がほとんどだがその他津浪の被害にあった人でもみんな農家が多いし広々とした家に住んでいたから狭いと感じる。都会の団地のように住んでいた人はたいして変わらないと感じる。

長屋風の共同住宅として高齢者が住むもいいかもしれない、孤立化する高齢者が増えている。庭や野菜などを作る畑などの用地を確保する、そういう住み方を考える時代になった。
一軒家に住むことは思った以上コストがかかり一人で住むとなるとやっかいなのである。今は隣近所も助けにならないからそうした共同住宅が高齢者に向いているかもしれない、このさいそういうことも考え実行してみるのもいい。


小高の人がネットで言っていた、仮設住宅に入るの拒否するのは入っても仕事がないとか帰れる状態でないのに帰れと言われるのは問題だ、避難所で暮らしていた方がいいと、そういうこと本にも書いてあった。「避難所にしがみつけるだけしがみつけ」仕事もないのだから仮設住宅に入っても自前で食費など払うと生活費が大変になる。そういうことで拒否する人もでてくる。仮設住宅に入っても自立しろと言ってもできない相談なのである。ただ政府の方針としてそうさせたいのである。原発の避難者は補償金はでるから津浪の被害者とまた違っている。

でも小高は双葉などよりは待遇が悪いとかあったのか、地域によって違っているのか?
ともかく小高の人が目立つし災難だった。小池の立地の悪い所に入ったら嫌だともなる。
でも土地が確保できない、そこが仮設住宅の一番の問題だった。でも仮設住宅で建築関係の人の提案がいろいろあった。仮設住宅を思い出の場にしようとして塔を真ん中に建てようとか立案した建築家もいる。塔はコミニュティのシンポルのようなものになる。仮設住宅は本当にどこでも目立つ、建物はにたりよったりだが立っている場所には差がある。場所を選ぶわけにもいかないがいい土地が確保されないので南相馬市以外でも悪い場所に建てざるをえない場合がかなりあると思う。

posted by 老鶯 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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