2011年07月27日

名所観光がつまらないのはなぜ?(もののあわれを感じないから)


名所観光がつまらないのはなぜ?(もののあわれを感じないから)


有名な観光名所って人が多くてじっくりと見れないし、きっちり整備されてるから自然じゃない。だからなんか面白くないんだよなー。だから旅行ってあんまり好きじゃないんだ。
でもたぶんだけど、観光名所を回るんじゃなくて田舎の町を歩いたり野宿したりするのって楽しそう。やってみたい。沖縄か北海道でやってみたい。

名所のみ人のあわれのあるべしやその身近にこそあわれあるべし


いづこにももののあわれのあるべしを遠くに求め得ることなしも



名所を求めても名所は歴史の中で変わっているのかもしれない、京都とか平泉とかは変わらない古都として名所なんだけどそれでもなぜそれほど感動しないのだろうか?


平泉冬にたずねて雪うもる里人の家心に残りぬ


雪埋もる平泉かな裏方の里にしこそあわれありしも


古の堂塔消えて礎石のみ残れるあとに雪のふるかな


平泉を冬にたずねて心に残ったのが金色堂よりその裏の方の雪に埋もれた農家だったりする。金色堂は目立つがその裏方に里人の暮らしがある。今や平泉と言っても七堂伽藍もなにもないから昔の古都として偲ぶのがむずかしい。


とりわきて心も しみてさえぞわたる衣河みにきたるけふしも 西行


この歌は金色堂を見るだけでは感じない、裏方の雪に埋もれた里に踏み入った時に寒々とした昔を感じる。みちのくに奥に来たことを感じるのである。その時はまだ平泉には七堂伽藍があった。でも一歩その外に出れば寒々しいみちのくの荒野が広がっていたのである。
つまり金色堂だけを見て終わりにするから昔を偲べないことがある。もっと広範囲ななかに昔を知るべきなのだがそうはならない、金色堂を見れば終わりとするから印象に残らないのである。現代の観光は博物館に並べられたように文化財を見ているのだ。文化はその土地に根ざしてありその土地も広範囲な土地から作られたものである。その土地の文化とはなかなかわかりにくいのはそのためなのである。


そもそもなぜ今は名所がどこも陳腐化しているのか?あまりにも観光化されて大衆化されたこともある。そもそも観光地は観光化されていないときこそ役目を果たしていた。観光化したときは実際は過去の遺物と化して死んだものとなる。往事のことは想像でしか見えてこない、残されたものはわずかである。平泉でも実際は金色堂と浄土が池しかない、七堂伽藍はない、だからこそ芭蕉は金色堂が残っていたことに感嘆して句を作った。「五月雨の降りのこしてや光堂」である。

そのような名所ばかりが歌枕の地ばかりが価値あるものかとなるとそうでもない、何でもない身近な所にも見るべきものがある。ただ人は感じないだけなのである。もののあわれを感じないから名所に行っても何も感じない、日立木の街道の細道で書いたようにあそこにあれだけのことを書いたことを我ながら感心している。あそこに注目している人はほとんどいない、でも松並木があり昔の街道の道だった。城も近いからあそこは相馬藩を偲ぶことができる地帯だった。

地元の人も関心がないとすると外から来た人はなおさら何か見るべきものがあるかとなる。
城マニアみたいな人は見ている。でも他から来て日立木に注目する人はまれだろう。たいがい六号線を行くから街道の昔を全く感じないのである。昔は死者と同じようにひっそりと埋もれている。小さな碑や墓のように埋もれている。そこにもののあわれがあるのだが感じないのである。死んだら人は一切語らない、語るのその死者を見出す生者しかないのである。そして生者が語ることにより死者も生きてくる。結局もののあわれを感じないのは死者と語れないからである。現在のみにすべての心が奪われ死者と語ることはあまりにもむずかしいから印象に残らない旅となるのだ。死者と語ることは時間が必要である。一カ所何日も滞在して印象に残さないと残らない、今は余りにも便利すぎて印象に残る旅ができないのである。


嵯峨の山みゆき絶えにし芹川の千代の古道跡はありけり
                  (中納言行平 後撰集)


その古道がどこにあるのか、旅をして知ることはむずかしい、その古道は日立木村の街道にあったがそれを知ることは外からも地元からもむずかしいのだ。現代は車洪水であり車の騒音の中に過去は消されてしまう。現代は昔を偲ぶのには最もふさわしくない時代になった。芭蕉の江戸時代なら昔を偲ぶのには適していたのである。だからこそ歌枕をたずねて奥の細道ができたのである。


自分の場合,全国を旅したから今になるとインタ-ネットで旅することもできる。その土地がどんなところだったか思い浮かべる。インタ-ネットで紹介している短歌とかが役に立つ、今はインタ-ネットで名所をどこでも紹介している。そこに出ている短い紹介文でも全国となると多くなる。
それをたどっても旅している不思議がある。こういうことは本ではなかなかできない、何かキ-ワ-ドからつないで連想しているのだ。万葉集でも他の古歌でも誰かが引用しているからそういう点では便利である。こうした書き方はインタ-ネットでしかありえない、新しい文化の創造になっているのだ。絶えず編集して読むのがインタ-ネットでありそうでないとインタ-ネットの情報洪水に埋もれてしまうのである。

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