2012年03月22日

原発事故にも関係していた 「天の時、地の利、人の和」 (地理を知らずしてすべての学問は成り立たない)


原発事故にも関係していた 「天の時、地の利、人の和」

(地理を知らずしてすべての学問は成り立たない)


●すべての学問の基礎に地理がある


自分は旅に明け暮れたから一番興味をもったのが地理であり地形であった。そこで全国の地名に興味をもった。地名は地理と地形の学問分野の一つだった。最近出された本で「この地名が危ない」(楠原祐介)という本は面白かった。津浪に由来する地名が今回の津浪で話題になった。地名には不明なものが多いしいろいろな解釈があり本当の所はわからない、だから科学的に証明することはむずかしいから一つの学問分野になりにくい。でも地名からいろいろ地理とか歴史に興味をもったからそのことについてずいぶん書いてきた。学問の基礎となるべきものに明かに地理がある。地理がわからなければ世界のことすらわかりようがない、世界で起こっていることでも日本で起こっていることでも地理がわからなければわかりえようがないのだ。世界の歴史もほとんど地理がわからなければわからない、その地理は自らその土地を踏まないとまた実感しえないのである。だから世界史はその土地を踏んだ人の方が本で読んだりして理解するより直観的にわかるのだ。グランドキャオニンなど百聞は一見にしかずでありいくら日本で想像してもわからない、ここが地球なのかと思うような地であり別な惑星に来たのかと思った。日本では想像しえないものでありそれがアメリカだったのである。
ホイットマンの詩もアメリカの地を踏まない限り理解できない、スケ-ルが余りにも違いすぎたのだ。中国でもそうである。大陸では川は巨大な運河である。四大文明が川の側から生まれたのは当然である。インド文明もガンジス川から生まれ、エジプト文明もナイル川から生まれた。中国も黄河や揚子江から生まれヨ-ロッパもライン川やセ-ヌ川や川が重要な要素となって生まれた文明である。川というとき日本の川とはまるで違う。日本の川は滝だと外国人が言うように外国の大河とはまるで違う。
外国の川は文明を生む、文化を生んだ源であり全存在にかかわっている。だから日本では外国の河を理解できないから世界史も苦手なのである。他に砂漠とか草原も日本にはないから世界史を理解しにくいのだ。

●地の利を考慮した東北電力は原発事故からまねがれた


「天の時、「地の利、人の和」これは三国志から出た教訓だから戦争に関係しているものかと思っていたがそうではない、現代でも古今の歴史でも通じる、科学時代の今日でも通じる真理だったのである。それが原発事故となんの関係があるのか?現実にあったのだ。それも最も肝心な所で原発事故と関係していた。それは地の利だったのである。東電の大失敗は地の利に通じていなかったことだった。なぜ女川の原子力発電所が津浪の被害をまねがれたのか、それも危機一発で助かった。津浪の想定を高くしていたから助かった。あらかじめ東北には津浪が来るということを想定していた。三陸沿岸が特に何度も津浪に襲われているから高く津浪を想定していたのである。地元だから地の利に通じていた。地の利を考慮していたのだ。それで今は南相馬市になっいる小高区と浪江の間に東北電力で原発を建てることが決まって工事もしていた。それは今回の津浪でとりやめになった。でもそこは20メ-トルという台地でありそこには今回の津浪で避難した人がいて助かった。20メ-トルは相当に高い、でも今回の津浪ほど高い津浪はなかった。現場に建てばその高さに驚く、原町区の中古自動車販売の島商会の工場の前の駐車場まで津浪が来ていた。あそこに立てばわかるけど原町区が一望できる本当に高い所なのだ。そんなところまで津浪が来たということに驚嘆する。それほど高い浪おしよせたのである。これは津浪の現場にたたないと実感できないのだ。


そして地の利というとき福島県の地の利を理解するのは外部からむずかしい。浜通りと中通りと会津は地理的に隔絶されている。浜通りと中通りは阿武隈山地で隔絶されている。だから地理的に意志疎通ができないと一体感がもてないと書いてきた。そして放射能問題でも風の影響がその複雑な地形に影響して飯館村が一番汚染された悲劇の村となった。それも風と地形の地の利によって悪い方に影響したのである。これはある意味で意外だった。海に面したところは五キロ圏にある請戸港でも放射線量は低い、海に風で流されたのである。いわきでも南相馬市でも相馬市でも海に風で流されたから放射線量は低かったのである。反面中通りの郡山市や福島市は放射性物質が風で流れて堆積してしまったのである。その意外な結果をもたらしたのも地形のせいだった。地の利だったのである。地の利に通じていなければこうした現象も科学的現象すら理解できない、原発を立地するにはまずこの地の利に通じてなければならなかった。これは戦国時代と同じだったのである。戦争でも信長の桶狭間の急襲のように地理に通じていたからこそ勝利した。そういうことは歴史でもいくらでもある。それが原発でも同じだった。まずその土地の地理をしり地の利を地形を知り戦略をたてるのが戦争に勝つ基本だったのである。原発のような危険なものは戦争するような覚悟で作らねばならないものだった。
だから指揮官がいて戦略をまず第一にする。個々の戦術、技術的なものより指揮官は戦略を第一にして原発を構築せねばならなかったのである。そういう戦争なのだという危機感とか覚悟に欠けていたのである。個々の専門的技術とかばかり問題にしていた。原発はそういうものではなかった。


●原発のような巨大技術は地の利を基にした戦略が必要だった


巨大技術は個々の細部にこだわる技術的なものにこだわったら構築できない。そういうものだという認識に欠けていたのである。日本人はそういう大局的にグランドデザインする戦略は不得意である。大陸では戦略的思考が得意である。それはその土地のスケ-ルの相違によっている。土地の広さがあまりにも違いすぎるからだ。アメリカや中国でも土地の感覚がまるで違っている。そこから思考されることも根本的に違う。戦略的思考がその土地からまさに地の利として自然と湧いてくるのである。だから文明や文化でも地理から地の利が作られてくるのである。そしてアメリカではこの地の利の上に原発を建てていたのだ。地震や津浪がある西部には原発は建てず東部にほとんど建てていた。日本では地震や津浪からまねがれない所に建てていた。そして津浪のことをフクシマ原発では考慮しなかった。地下に予備電源を置いたのもアメリカが竜巻で被害があるから地下に設置したのであり日本では津浪の方が怖いのだから高台に設置すべきだったが津浪は考慮されなかったのである。日本人の技術者はこうした自分の住んでいる地の利について全く考慮しなかったのだ。ただ東北電力では地元だから地の利を考慮して津浪の被害をまねがれた。この地の利は原発事故のあとの放射能問題でも関係していた。飯館村に核の廃棄物の処理場を作るというときそこから放射性物質がもれたら水などとともに南相馬市やら相馬市に流れて水で汚染される。今でも真野ダムのことが問題になるのはそのためである。飯館村の問題は下流の南相馬市や相馬市の問題でもあるから飯館村だけで決められるものではない、そういうことは原発が浜通りの極狭い範囲で作られたことも問題であった。それで中通りの郡山市や福島市の方が放射線量が高くなっていたことでわかったのである。


いづれにしろ地の利に通じない、考慮しない地元でない、東電がフクシマに原発を建てたことが事故の大きな要因であった。地の利があらゆるものの科学でさえ考慮せねばならないものだった。そういう認識が欠けていた。液状化現象でも地の利に通じていないためだった。あらゆる問題の根底に地の利がある。地の利に通じていなければ何事も成し得ない、それは歴史にも通じることでありそういうことを知らないと考慮しないと今回のような大失敗をしてしまう。その地の利に通じている地元の日本がその考慮を怠ったのである。それは科学者ですらそうであった。ただ事故の原因はその他いろいろある。天の時、人の和という問題もあった。早急にアメリカの古い型の原子炉を導入したり急いだり人の和を無視して危険なもの一方的に作ったとかもある。ともかく原発事故や津浪は様々なもの隠されたものを暴いたのである。地の利を無視した科学がいかに危険なものとなるか?それも大失敗だったのである。



トップの判断の責任の重さ(東電と東北電力の相違)
http://musubu.sblo.jp/article/54780044.html

世界史を地理風土から解明する 世界の地理から首都の位置から世界史を読む
http://musubu2.sblo.jp/article/52950415.html

posted by 老鶯 at 01:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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