2012年07月02日

美瑛の夏(詩)


美瑛の夏

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ポプラの木の丘に高きや風そよぎ
緑うるわし丘々や畑は耕されて
黄金のタンポポは天まで咲きつづくや
残雪の十勝岳は煙を吐き隆々と迫り
兀々(ごつごつ)として荒き肌に肩を組む
丘々をこえ郭公の声はひびきわたり
雪解けの水は清流となり大地を潤す
神殿の柱のごとく列なす針葉樹林
北の風雪に耐えてその樹々の列
ひしひしとその針葉樹の厳しさ
北方の風雪に鍛えられて立つ
その土、その岩、その樹、その草・・・
原始の精のここにありて息づく
オオバナエンレイソウの谷間に隠れ咲き
ここに光はしずかに人の歩みもまれなり
汝の足は今ひそかに忍び入るかも
ああ ポプラの木の高きや風そよぎ
神は花々をここに集め草原にしく
大地と山々と樹はあなたに答える
真直(まなお)なるあなたの心に答える
誠実なるあなたの心に答える
大地と格闘して倒れしものよ
汝はまたなおここに生きむ
汝の無念は受け継がれるべし
ここに大空に大地に峰々の調和しぬ
美瑛の夏よ、今蘇るかな
深々とここに息して爽快に癒されよ
日がな郭公の声は遠くへひびきわたれり


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写真ではこの光景は現せない
十勝岳に向かって咲いていたタンポポは圧巻だった
天まで咲き続けるようにまぶしかった
十勝岳は力強いものがありあれが風景をひきしてめていたのだ



美瑛は自転車で一回行って農家のライダ-宿に泊まった。その時、延々と農家なんかやっていられないとか聞かされた。最後は中国の方がいいとか言っていた。こんなところにも中国人がでてくる。
農家はみんなほとんどそうした農業ではやっていけないとかしか聞かない、この辺でもそうだった。機械には金がかかるしとかとてもやっていけなねい、やっていけないという話しか聞かない、北海道は本州よりもっと厳しい,なぜなら農業の他に仕事がないからである。本州では専業農家は少ない、兼業農家であり減反政策でも補助金が入る。わずかの田でも米を作ってもらえればそのう農家には金が入る。そういう矛盾が現代の農業である。結果として原発ができたのもこの辺では必然だったのである。第一次産業と農業に従事するものが一番賛成していたという皮肉があるのだ。そして一番被害を受けたのも第一次産業だったのである。


美瑛に行った時は郭公の声が丘々のかなたからひびき木霊していた。それは宗谷の方に行ってもそうだった。だから郭公の声は忘れることができない、今になると自転車旅行はできない、それを考えるともう行けない、思い出すだけだなとなる、遂にはみんなそうなるときが来る。時間は思った以上に早くすぎてゆく。美瑛はやはり独特の地形で魅力がある。丘の上にポプラの木が立っているのがいい、あういう風景はなかなかない、抽象画はこれはあるプログの写真を加工した。
加工すると原画がわからない、秋の方がいろどりが豊になる。9月ころが色の絨毯ができる。
今になると北海道は遠い。近くすら遠い、結局人間の与えられた時間は有限でありどんなに自由が与えられていてもその時間は有限だった。時間は尽きるのである。そして残ったのは思い出、記憶なのである。その記憶もあいまいとなるからあとでなかなか書けないのである。
それでも自分はかなり思い出す旅をしているから多少は書けるのだ。


美瑛にはプロの写真家が住んでいる。一人だけではない、何人も住んでいる。それで商売が成り立っている。開拓の時代は終わった。だから北海道も空家が目立つのだ。今いなくなったような家があった。それは飯館村の人がいなくなった家とにていたのである。他にも住宅のような家が空家になっていた。北海道は暮らしてみれば前もそうだが今も過酷である。ただ夏だけが最高であり天国になる。ここは北海道に行かなくても多少北海道化したから北海道にいる気分になるというのも不思議だった。


北海道を詩にしよとすると何かむずかしい、やはり伝統的日本的情緒の世界ではないからだ。大陸的でありつかまえどころがないからである。俳句でも短歌でもすんなり作れなかったのはそのためである。この詩もあまり成功したとはいえない、函館の詩はそれなりに特徴をとらえて成功したかもしれない、一回くらい行ってもその土地の特徴をとらえることはむずかしいのだ。十勝岳が圧巻であった。北海道に十回行っても本当の北海道の姿をとらえることはむずかしい。それでもこの頃思い出して結構いい詩ができるのは不思議である。自分でも言うのはなんだがやはり人間は最後になるといいものができる。正岡子規でも他の人でも若くして死んだ人がなぜあれだけのものを残したか不思議だった。それは常に死に直面していたからである。あと何年しか生きないとなるとどんな人でもいいものができなるのである。人生でも自然でも鮮明に見えてくるのだ。最近は詩でも大量に書いている。

発表しているのは一部である。こんなふうに書けることが自分では不思議である。なぜなら自分は才能がなく,40代でも俳句でも短歌でも稚拙なものであり鑑賞もでなきかった。今はたいがいのものが深く鑑賞できることも違っている。ここにきて何か自分なりのもの書けるしほかのも鑑賞できる。

こんこんと泉から湧きだすように創造できる。自分も死期が近いからかもしれない、どうも70くらいで最近死ぬ人が多い、人間死期が近づくとものが見えてくる。これは才能と関係ない、死期を前にして人は見えないものも見えてくるのだ。心眼で見えてくるのである。だからある人は本当に天国をありありと死期を前に見ることがありうる。そういう心境になってくることがありうる。心清らかに生きた人は最後にそうなってゆく。これは才能ではない、死期を前にしているからそうなってくる、
人間の神秘なのである。人間は最後にお迎えが来るというとき本当に天使でも観音様でもお迎えに来る。そして天国に連れ去るのである。その前にこの世のことが自然でも鮮やかに見えるようになるのである。こういうことは芸術家だけのものではない、ごく普通の人でもそうなりうるのだ。

posted by 老鶯 at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道(俳句-短歌-詩)
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