2013年03月27日

キプロス危機を貨幣の歴史からふりかえる (文明の十字路-キプロス)


キプロス危機を貨幣の歴史からふりかえる

(文明の十字路-キプロス)


シェイクスピアの「オセロ」では、
主人公であるヴェネチアの将軍オセロが、
当時ヴェネチア領だったキプロスをトルコ艦隊から
防衛するために現地に派遣される。

物語の主題は恋を巡る悲劇であるからして、だしに使われた
トルコ艦隊は早くも序盤において嵐のため海に沈むという形で
処理されてしまい、以後出番がない。

恋物語と悲劇はさておき、実際の歴史においては16世紀後半に
オスマントルコ帝国がヴェネチアからキプロスを奪い取り、
イギリスに獲られるまでの間保持した。。
http://www.hushigi.com/north_cyprus/gazimagusa/othello.html


キプロス・ポンド(英語: Cypriot pound)はキプロスと、イギリスの主権基地領域であるアクロティリおよびデケリア[1][2]において2007年12月31日まで使われていた通貨。リラ(ギリシア語: λ?ρα / 複数形 λ?ρε?, トルコ語: lira)という名称でも呼ばれていた。ただし北キプロス・トルコ共和国においてはキプロス・ポンドではなく新トルコリラが使われており、キプロスのユーロ移行後も引き続き使用されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%97%E3%83%AD%
E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%89


キプロスの預金没収と終わりなきユーロ危機
http://blogos.com/article/58797/

銅(どう、英: copper、羅: cuprum)は原子番号29の元素。元素記号は Cu。
周期表では金、銀と同じく11族に属する遷移金属である。元素記号の Cu は、ラテン語の cuprum から。この語はさらに cyprium aes(キプロス島の真鍮)に由来し、キプロスにフェニキアの銅採掘場があったことに由来する[1]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%85


コインの歴史
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/A014.htm


十字軍のコイン
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/S049.htm


「キプロス王国」は、第三回十字軍に参加したイングランド王がキプロスを占領し、それをフランスの騎士に売却したのが始まりです。この国は、十字軍の中継基地として重要な役割を果たしていました。
デザインはキプロス王家の紋章になっている「キプロスのライオン」です。貨幣の単位「デニエ」は故国フランスの貨幣単位です。
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/S049.htm


第3回十字軍の際、十字軍はキプロス王国を建国した。イングランド王リチャード1世が聖地に向かう途中でキプロスを征服したが、島は1489年までエルサレムから追われたエルサレム王国の末裔たちによって統治された。


地図と変遷(キプロス)-これは必見
http://atlas.7jigen.net/jp/historical/kingdom_of_cyprus


エレクトロン貨(エレクトロンか、Electrum )とはメソポタミア時代すなわち紀元前670年頃に存在したリディア王国の世界最古の鋳造貨幣である。

リディアのエレクトロン貨はバクトロス川の河床から得られた大粒の砂金、すなわち自然金に極印を打ったものであり、自然金は数%から数十%の銀を含む自然合金である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%
82%AF%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3%E8%B2%A8


キプロスについてインタ-ネットでこれだけ調べられた。キプロスに興味をもったのは船で6時間くらい寄っただけであるが一応足を留めたのである。何か春であり地中海に向かって樹の花が咲いていて気持ちよかった。今の時代の不思議はなぜイスラエルで期間労働者のように働いていた青年がいたことである。別に学生でもないのにイスラエルにいたのである。イスラエルからキプロスに船は寄ったのである。その青年は外国はおおらかでいい、日本に帰って働くのは嫌だとしきりに言っていた。これもなかなか理解できない時代になっている。日本では労働時間がきっちり決められていてル-ズでないことが嫌ならしい。外国では労働時間がル-ズだから楽だとなる。日本のように一分も遅れないで電車くるという国は世界でも珍しい。そういう几帳面さが日本にはある。ブラジル人も日本人のイメ-ジはメガネをかけた几帳面な真面目な遊びのない姿である。ブラジル人もまたおおらかであるからそうなる。日本人の勤勉さは世界的に見ると異常だともなる。

キプロスの歴史は古い、世界の歴史をみるときいろいろあってむずかしいが一つは物から見るのも面白い。貨幣からみると一つの具体的物だからわかりやすい。外国にゆくといろいろな貨幣を使うから貨幣に興味をもつ、キプロスで船でおりてどういうわけかイギリスの貨幣と交換した。ユ-ロ-を使う前だからキプロスはイギリス領にもなっていて軍隊の基地もあった。その歴史をたどると


「キプロス王国」は、第三回十字軍に参加したイングランド王がキプロスを占領し、それをフランスの騎士に売却したのが始まりです。この国は、十字軍の中継基地として重要な役割を果たしていました。
デザインはキプロス王家の紋章になっている「キプロスのライオン」です。貨幣の単位「デニエ」は故国フランスの貨幣単位です。
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/S049.htm


ここですでにイギリスの王が占領していたのだ。それでシェ-クスピアのオセロの舞台ともなった。その主役は黒人だった。その後も複雑に世界の歴史が交差するのがキプロスだった。オスマントルコに支配されて今はギリシャとトルコに分断されている。トルコを旅したとき自分はキプロスから来た。自分はキプロスに船をもっいいるという。ええ、ということはトルコでも金持ちがいたのかと思った。それからトルコの・・エフェス・遺跡を見てそこでロ-マの貨幣だと嘘ついて売っているのを買ってしまった。そのロ-マの遺跡はあまりにも立派なものだった。キプロスももちろんロ-マの歴史がかかわっている。まるでキプロスは地層のように歴史が重なった地なのである。世界歴史の要衝の地なのである。不思議なのはそこで自衛隊の幹部が駐屯して訓練していた。それはなぜなのか?インタ-ネットで会話していたことがあった。日本の自衛隊もかかわるほどだからそこが軍事的要衝の地であり今はロシアが保養地として利用して多額の貯金していてその貯金がなくなるということでロシアが騒ぐことになった。ロシアはギリシャ正教で親しみがあったというのもまた歴史の因縁でそうなっている。

イギリスは七つの海を支配したからエジプトがエジプトボンドでありイギリス領だったからそうなった。トルコもボンド貨幣でありボンドはイギリスの支配のときはドルと同じく世界で最も通用した貨幣だったのである。不思議なのはキプロスに近くリディアがありここは世界最古の貨幣を生み出した所であった。貨幣のル-ツの場所だった。キプロスの名前は銅からきていてフェニキアの銅の採掘場だったというとき商業の民のフィニキアとすでにかかわっていたのである。リディアの貨幣は金と銀の合金だから銅ではなかった。金は一番貴重な金属だから金貨になった。


キプロスの騒動で近未来の情景が具体化して現れたことである。銀行が封鎖されカ-ドが使えなくなった。銀行が倒産するということが現実に起こった。それも格付けが低い銀行が倒産した。カ-ドが使えなくなることは一時日本でも騒がれた。やはりカ-ドは危険な面があった。キプロスでは貯金に30パ-セントの税金をかけたとか日本でも老人の貯金に税金をかけろとか騒いだから何か日本での金融危機を近未来を見るようだった。貯金は安全ではない、日本でもそうなることはありえると一時盛んに言われたのだ。キプロスの貯金は少額でもイタリアやスペインに連動するから見逃せないという。世界のニュ-スを見ていたらフランスでは失業者10パ-セントであり会社が倒産した場面を報じていた。そんなにフランスも景気がわるいのかと思った。いいのはドイツだけだになるのか?ユ-ロ-の危機はそういうところにもありドイツばかりがその損を引き受けるから嫌だと言うのもわかる。ユ-ロ-の危機は世界に波及して日本のアベノミックスの景気も吹っ飛んでしまうかもしれない、キプロスのようにな所から世界紛争に発展する危険もあるという指摘もあった。キプロスは世界の歴史の要衝の地点にありそれで世界をまきこむ場ともなりうるからだ。あの辺の歴史は古く複雑に入り組んでいる。世界もその場に6時間であれ寄っただけで興味をもつ、一度も足を踏み入れない地はなかなか世界でも興味がもてないのである。6時間でも実際にその島の地を踏んだということがあとでふりかえると大きなものとなって記憶となって残っているから興味をもったのである。


キプロスの悲劇-詩と文
http://www.musubu.jp/jijimondai3.htm#きぷ



インタ-ネットは編集しながら読む

歴史はやっぱりヒストリ-なのだ。キプロスの歴史も実に古い。歴史が交差したところは歴史を学ぶにはいい。それにしても2000年に書いたとすると今は2013年だから、ええ13年前に行ったのか?
いつのまにこんな時間が過ぎてしまったのだ!
ともかく時事問題の深層に書いていて良かった。誰にも読まれたかわからないがインタ-ネットは時系列で記録されているからそれが宝となる。プログとかインタ-ネットで書いても自分さえ何を書いたか忘れているからまた読み直す必要がでてきている。

インタ-ネットやはり編集しながら芋ずるしきにたどっていくと一つの世界が生まれる。それが結構手間になるがこれだけをたどって読むだけで相当キプロスの歴史を知ることができる。歴史は学ぶには教科書的に学ぶと興味がなくなる。貨幣に興味もったら貨幣から歴史を学んでゆく。漠然として学ぶと学べないのである。何かを書くということはその分野についての知識を集めないと書けない、今は確かに本をアマゾンで何でも注文できる。でも本の一ペ-ジとか読んで編集するには向いていない、こういうふうに一ペ-ジでも関連したものを並べるだけで新しいキプロスのストリ-を提供できるのだ。本では古いからロシアのことは書いていない、今はキプロスの主役はロシアになっていたのである。そこでここが世界的紛争の火種にもなると警告された理由がわかるのだ。
posted by 老鶯 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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