2013年04月10日

みちのくには花曇りがあっていた? (憎むことは愛することにもなる)


みちのくには花曇りがあっていた?

(憎むことは愛することにもなる)

hanakumoriiiiwww111.jpg


みちのくに老いにけるかな花曇り

みちのくの知られぬ里や花曇り
我が里や人を憎まず花の影


今年は嵐とか花曇りが多い。今日は花曇りである。みちのくの名もなき里の花曇り--を知られぬ里に直した。名もない里というのはないだろう。何かしら名がついている。
みちのくというとき何か歴史的にこめられたものがある。歴史的に性格づけられたものがある。
みちのくはそもそもぱっと花が咲かない、西のように繁栄したことがない地域だから花曇りがあっているのかもしれない、みちのく全般にそういう感覚になるのか、北海道とみちのくは歴史的に相当違っている。北海道は明治以降開けたのだから新しい土地である。みちのくの歴史は古代からあるから全く北海道とは違っている。ただみちのくの感覚は西の奈良や京都から見て遅れた拓けない地域としてのみちのくなのである。奈良や京都からみた感覚としてのみちのくなのである。

みちのくは何かもしかしたら老いにふさわしい場所かもしれない、東京や大阪のような所で老いたくはない、死にたくはないということがある。だから退職して田舎に移り住むという心情もわかる。
死に場所をどこにするかという問題である。ただ都会から田舎へ移りすむのは親戚とか頼りになる人がいないと住みにくいことはある。それから福祉が充実した所でないと困るだろう。
相馬は浜通りで気候がよかったからそれなりに移り住む人がいた。もう誰も住まない、そもそも地元の人すら住みたくないとか流出しているのだから余計にそうである。
でも警戒区域とかの老人は故郷で死にたいとか言っていた。どうしても老人になるとそうなるのだ。新しい所でなじむのがむずかしくなってくる。


小さな町で憎むべき人と結構会うからこまる。いなくなれば人間は去れば忘れるのが早い、ただ故郷とか田舎に住むということは悪人も実際いても一緒に住まねばならない、農家の人などは村八分にしても田んぼの水の管理は一部がぬけると他にも影響するとかなりそうもできなかった。農耕民は遊牧民のように簡単に移れないのである。だからもめごとがあってもなんらか折り合いをつけていた。
談合が基本に有りなんとか一緒に住む。部族的社会の延長が田舎だったのである。
ともかく何があれひどいことされても憎むことは負けだ。その低劣な人と悪人と同じレベルになるから恐いのである。結局善人は悪人に験されるのもこの世である。どんなことしたったこの世は善人だけではない、必ず悪人に遭遇する。また自分自身にしたってそうした悪になるとも限らない。この世ではどんなことしたって悪に遭遇する。この世はそうした悪が決してなくならない、この世が滅びるまで罪の世であり悪の世である。それはもはや改善できない、ただ最後の審判を待つだけなのである。

いづれにしろ憎むことは逆にその人に関心をもつことであり憎ませる人は意外と深い縁があったともなる。普通だったら全く関心もたないからだ。憎むことはその人に異常に関心をもつことなのである。憎しみの反対は愛でもあるから不思議である。60年間も憎み合った、同じ屋根の下に暮らした。
その憎むこと自体がすでに愛でもあったのだ。そんな長い間一緒にいたということは憎むこと自体愛になっていたのである。だから憎むということは愛しているというまでになるのだ。
いづれにしろ小さな田舎では極力もめごとはさける知恵が働いていた。それでなければ毎日顔を見合わす範囲にいたら一緒に暮らせないからだ。人間どこに住んでもろくでもない人はいるし悪人もいるしそれがこの世はそういうところだからどうにもならない、結局この世から悪は絶えることはない、悪が絶えたらこの世でなくなる、天国になってしまうからである。

 
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/64723989
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック