2013年11月23日

広範囲に政治家と結びついていた徳州会 (金の集まる所は腐敗する-でも検察の裁量権は危険)


広範囲に政治家と結びついていた徳州会

(金の集まる所は腐敗する-でも検察の裁量権は危険)

●金の集まる所が腐敗する


何度も浮かんでは消えた「石原新党」は、今回の衆院選で石原慎太郎前都知事が橋下徹大阪市長と組むことでようやく結実したが、10年前にも一度、現実化しそうになったことがある。


2003年5月31日、都内のホテルで盛大な結婚式が開かれた。新郎は徳田虎雄自由連合代表の次男毅氏で、媒酌人は亀井静香自民党元政調会長。石原氏は野中広務自民党元幹事長とともに主賓として出席。全員、当時の小泉純一郎首相に公然と反旗を翻しているメンバーで、「石原新党結成の布石」と、取り沙汰された。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34862?page=3


5千万円もらった猪瀬知事だけではない、徳州会の金は自民党にも民主党にも流れているという、徳田虎雄氏の自由連合には70億円流れたかその金は不明になっているという。
そもそも病院はそんなにもうかるものなきか?赤字病院も多い。なぜ徳州会の病院だけこんなに利益をあげていたというのも謎である。経営手腕があったことは確かにしても病院はそもそも福祉事業でありそんなにもうかるものとはとは思えない、そこに何らかの不正があり見逃されていたのかもしれない、徳州会の金を通じて幅広い政治人脈が作られていたのである。だから石原氏にも検察の手が及ぶとか噂される。
ここではあくまでも人だけの関係だけど金の流れから明確な証拠を特定しやすい、それを否定することはむずかしくなる。猪瀬知事にポンと五千万くれたとしても知事なのだからそれで都内の徳州会に便宜を図ってもらうことを画策していたととられる。
選挙資金でないとしたらそうなる。

結局徳州会という病院は東電と同じく金の鳴る木になっていたから政治家も群がった。

高度成長期はゼネコンが金を生み出してそこに腐敗が生れた。金が集まるところに腐敗が必ず生れているのだ。だから絶対的権力は腐敗するというのはそのためである。金は現代の最大の権力である。金が集まるところに権力も集まる。現代で金の集まるところは電気事業であり東電が僧てありそこに政治家から官僚からマスコミから地元の利権団体からあらゆるものが群がりたかり集まった。人間社会はすでに金が集まりすぎるとそこは腐敗してゆく、カルト宗教団体でも巨額の金が集まり腐敗してゆく、最後は跡目相続で内紛になり権力争いになり分裂して組織は解体してゆく、それか徳州会でも起きていたのだ。

徳田虎雄氏が病気になったとき指導力を失いその部下と家族との間で権力争いが起こり部下が情報をもらしたらしい。こういうことは人間社会では常に起きてきたことである。
なぜそうなるかというと巨額の金が集まりその金をめぐって権力争いが起こるからである。遺産相続でもそうである。兄弟が血肉の争いになる。自分もたいしてた遺産でなくても受けたからそこて兄弟がいればそうなった恐怖がある。全然関係ない人までそうした金があると入りこんでくるのだ。


ただ病院が権力の場となることは前からあった。日本医師会が自民党の後ろ楯となり有名だった。医師会には逆らえないとなっていた。徳州会は医師会と対立関係にあった。全面的ではないにしろ医師会の特権利権に対して対立した構図もあった。
前にも書いたけど病院は現代の神殿でもある。医者は最後に命を助けてくれと神様のようにもなっている。だから権力を持つのもわかる。でも金がそれほどもうかるのかとなるとそうでもなかった。だから徳州会がなぜそんなに金をもうけたのかそれか謎のなのである。そこに不正が見逃されていたのかとなる。絶えず政治家とかかわり政治家によるつながりで不正が見逃されていたのかともなる


●検察や医者の裁量権が問題


この巨大な裁量権こそ、警察、検察の利権の源泉である。

この裁量権があるからこそ、警察、検察は巨大な天下り利権を手にするのである。また、政治権力に対して影響力を保持し、また政治権力は警察、検察権力を利用することができる。


「裁量権」は立件の有無の判定だけに関わるものでない。刑事事案をメディアに公表するのかどうかも、「裁量権」のなかに含まれる。

中堅・ベテランなど、裁量権のある担当者には、住戸の販売価格の0.5%程度までといった裁量権がもたされているのが通例なので、このような裁量権のある人と直接交渉できれば、話が早くてラッキーだといえるでしょう
http://www.aspreyjacques.com/02/007.html


最近、あるプロサッカー選手に対する静脈注射(点滴)がドーピング行為にあたるか否か、議論を呼んでいる。最近の論調を見ると「正当な医療行為であるか否かはそれを行う医師の判断に委ねられ、しかもそれには誰も口を挟めない」かのような風潮に対して、

一般の医療行為における正当性の判断は誰がするか、であるが、多くの医師はそれこそ医師の「裁量権」であろうと考えているかも知れない。しかし、医師に委ねられている裁量の範囲は、医師が考えているほど広くはない。
http://www.ombas.co.jp/drkida/post-19.html


電車の車内で化粧をする人がいて、顰蹙を買う。電車の車内の空間は、切符を買った人に属している。しかし、そこの裁量権は公共にある。化粧をする人は切符を買っている以上車内にいる権利を持っているし、その座席はその人に属している。しかし、そこで何をしてもいいというものではない。その空間を勝手に化粧室に変える権利、すなわち裁量権はその人にない。

  「それが誰かに属する」所有権と「誰かの自由な裁量権の下にある」裁量権は異なる。その自由な裁量権を持っているのは、対象に応じて、神だったり、自然、国際社会、世間、コミュニティ、先祖、将来世代などさまざまであるが、個人を超えた存在だと言えるhttp://eritokyo.jp/independent/sato-col0115.html


裁量権というのは何なのかこれまたわかりにくい、何かを決定する力である。例えば誰であれ金をもっていてその金を与えることができればそれは裁量権をもっているということである。金が今は一番わかりやすいである。誰が権力をもっているかといったらまず金を自由にできる人なのである。ただ裁量権にはいろいろある。検察の裁量権は最大の権力である。そこに検察の権力の源があった。検察は別に公平な法を施行する場ではない、巨大な一つの官僚の権力集団なのである。法のもとに公平を実行するということになるとは限らないのだ。時の政治勢力との均衡を計るとかアメリカの意向に従うとかいろいろな権力の圧力を受けて動く。だから東電の幹部は逮捕しないし罰せられないことでもわかる。
それかできない何かが検察にあるから公平とは言えない。
だから今回はTPPに反対だった徳州会を標的にしたという憶測も嘘ではない。
ただ明らかに猪瀬知事に5千万渡されたとかそうしたことはTPPとは関係ないことである。明らかに徳州会に便宜を図ってもらうための賄賂だったとなるから許されないことだろう。そこには明確な不正があった。

医者の裁量権は大きいものと思っているが確かにそんなにと大きいものではないということも確かである。ただ一旦病院に入院したらその裁量権は大きい。自分も一カ月間入院したとき二三時間家に帰らしてもらいたいと懇願したが点滴をはずせないことでできなかった。まるで刑務所に入れられたと同じだった。裁量権がその時医者にあった。
結果的に家に誰もいず盗まれて大損害を受けた。入院することは医者の言うことが絶対になるのだ。刑務所を脱出するようにしなければ自由はなくなる。これも怖いことなのである。もう延命治療されたくないとしても一旦入院したらどうにもならなくなるのだ。
だから病院は一面怖い場所なのである。自由がきかなくなる、裁量権が医者にそだねられるからである。


●検察の権力を監視できない恐怖


検察は一面絶対的権力をもっている。その裁量権を医者でも疑問にもちとがめることができるが検察の裁量権はできない、そういう人間が絶対的権力をもつことは怖いことである。だから現代では証拠不十分とか罪が明確にならない場合は不問になり罰することができない。疑わしきは罰せずになる。ところが裁量権が与えられればそれを行使できるのだから権力を用いてできるとしたらそれはどうなるのか?それは検察が絶対的権力を有することになるのではないか?だからこそ検察の権力を自由にしようと創価でも検察に入りこませて権力を得ようとする。それは他の団体でもあたうる。オウムでもそういう工作をしていた。そもそも検察の力の根源が法に本当にあるのかと言ったら人間かか行うことだから絶対的公正とかありえないのだ。

だから検察にもいろんな圧力がかかり東電の幹部は罰せられることがないのである。庶民は検察の実態がどうなっているのかわからないだろう。検察は警察の怖いのは人間を罪人として認定することである。そんなことをできる権限は本当は神しかない、人間の罪は人間にはわからないからだ。もちろん犯罪として明確にわかるものもありだから罪に定める、でもその犯罪で追求してゆくといろいろな事情があり一様には判定できないのだ。だから聖書では他人を裁くなと言っている。それより人間は人間を裁けないのである。人間を公平に裁けるのは神しかいないのだ。

だから検察がそんな絶対的裁量権をもつこと自体逸脱しているのである。

とにかく検察でもそこか公正なもの正義を実行する場所ではない、一種の政治権力の場所であり時代を反映して変わる。今はアメリカ側につくが次は中国側につくようになるかもしれない、時の権力によっても変わってくる。絶対的場ではないのだ。原発の裁判では常に原子力発電推進の側について判決していた。国策で原発推進だからそうなった。
検察官僚からも東電に天下りしていたし検察官僚が警察でもいろんな会社に天下りして巨額の報償金を得ていことでもわかる。検察警察も巨大な権力集団の組織なのである。

だから不正でも権力のバランスをとるためにとりしまりもしないことがある。それがカルト宗教団体だったり東電だったりするのである。
ただなぜ今回は徳州会を標的にして取り締まったのか?徳州会が創価のような他の団体より巨大なものとなっていない、だからつぶしてもかまわないと思ったのか、アメリカの意向もありTPPのためにまず徳州会が反対していたのでつぶしにかかった。
医療が自由化するとアメリカの利益も膨大なものとなるからだ。だから日本の医療産業がアメリカに強奪されるというのもそのためである。アメリカの産業は軍事と医療が大きい。あとは金融であり例えば投資信託会社が200兆もっているというときそんな金を何に使うのだろうとなる。それ自体腐敗を生んでいるのだ。それて絶えずユダヤ金融によって

世界は支配されていると陰謀史観では言う。その真意はわからないにしてもその巨額な金があくこと自体腐敗を生む源なのである。

結局巨額な金が集まるところは腐敗する、権力は腐敗するというのは人間社会で繰り返されてきたことである。東電も三兆円の資産があるとか一千億近くの金がマスコミでもばらまかれたとか巨額な金を生み出す場所だったから腐敗して事故にもつながったとなる。
つまり「裁量権」をもったのが東電だったのである。政府の保安院は飾りであり裁量権は決定する権力は東電がもっていたのである。だから検察でもそうした裁量権をもつことは危険なのである。それを監視する権力もとめる権力もないからである。検察だって権力集団だから監視されるべきなのである。それが民主主義社会である。

今回の徳州会の逮捕は確かに不正があり国民も納得する事件である。でもそれを口実にアメリカの意向をくみTPPを押し進める役目やその他のアメリカの政策を実行しようとする魂胆が背後にあるということも考慮する必要がある。大きな事件なるとどうしても背後にアメリカかかかわってくるのが日本なのである。中国が大きくなると中国がかかわってくる。それが政治であり検察もそうした背後の大きな権力の動向によって裁量権を利用するのである。

 
posted by 老鶯 at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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