2014年01月11日

冬ごもる-冬の雲 (浜街道相馬の城跡へ-相馬に住むものの今の心境の短歌十首)


冬ごもる-冬の雲

(浜街道相馬の城跡へ-相馬に住むものの今の心境の短歌十首)

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冬の雲(抽象画)


一本の松に風鳴り墓地のあり名のしるけく冬の朝かな

知られざる道のあるかな冬日さし凍みにし道を我が踏み行きぬ
故郷の堤も凍り葦枯れて踏みいる人もなくして暮れぬ
かなたにそ蔵王の見えて雪厚しみちのく長く冬ごもるかも
六万石城の跡かな堀凍り行き交う人もまれなりしかも
街道に松の残りて北風の鳴りにけるかな城へ行き来し夕日さし暮る
街道の松並木くれ冬の月日立木通り我が帰るかな
日立木のまちばばしかな冬の暮我が通りつつ街道暮れぬ
東京の築地に行くと運転手昔を語る故郷の冬
冬の雲流れざるかな窓の外に遠くに行けず故郷に住む
北風の唸り吹くかな冬ごもり家にしありて古書を読むかな

北風のまた我が家に鳴りにつつ故郷に古り今年も生きぬ

一本の松がありそこに一家の墓地がある。そういうのは田舎にある。墓自体が贅沢だともなる。町内の墓地だとこみすぎるからだ。原町の橋本の墓地は広いから墓参りにはいい。でも実家の墓を新しくしたからいい。でも墓だけしかないのである。父親が埋まっているからと娘が墓参りにきても実家がないのも淋しいとなる。
墓碑に名も記されていない墓のことも前に書いた。金がなくて記されないというのも親不孝なのだろう。だからそういうことを考えると家の近くに墓地があるというのはぜいたくであり田舎ではそういう面で贅沢なのである。農家では代々家がつづくから良かったのである。墓は一つの拠り所にもなる。だから原発事故で避難した人たちはそういう拠り所をなくしたから辛いという面がある。
人間は住み慣れた土地を失うことがどれほどの苦痛なのか?そのことをあまりか外部の人は特に都会の人は考えないだろう。それは金では贖えないものがあった。

ただ今までは故郷があるのが当たり前であり家も墓もあって当然でありそんなものがなくなると想像すらできなかったのである。想像を絶しているのが今回の津波原発事故の被害だったのである。


あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな


http://musubu2.sblo.jp/article/53189908.html

(原発で故郷を離れる人の心境の一致)


ここで書いたけどやはり家というのは40年とか住むしもっと農家などでは長く住んでいる。代々住んでいるから自ずと重みが生れる。家に対する愛着は田舎では大きい。
マンションに住むのとは違っている。つまり田舎では農家だったらその土地とも一体化しているから愛着が深くなるのだ。家にはまた思い出がつまっているから愛着がでてくる。単なる人が住む箱ではない、そして代々語り継がれるべきものがあると余計にそうであり先祖も家に生きるし土地に生きてゆく。そういうものが失われることは金では代えられないものである。だから外部からみるのとそこに住んでいたものの心境は相当に違っているし理解できない。都会の人には理解できないものがある。

六万石の相馬の城跡も淋しいものである。そもそも城があっても東北辺りは仙台をのぞいて淋しい田舎だった。だから自然がみとにしみるとなる。今回は電動のマウテンバイクで舗装していない道を分け入った。すると土の道だから凍みているのだ。それが冬らしいのである。舗装されているとそうした自然の感覚から離れてしまうのである。

冬籠もるというときもう都会ではそういう感じがなくなっているだろう。冬籠もるは農村的風景があると冬籠もるとなる。冬籠もるというときそれは生活自体も冬籠もるということがあれどは余計にそうなる。昔の冬籠もる生活は冬に備えて自給自足していたからそうなる。今は交通が発達したから冬籠もる必要はない、物はいくらでも入ってくるからである。だから現代は季節感がなくなる。
何か冬籠もるというと鄙びた所に今はあっている。みちのくは多少はそういう感覚になる。冬だったら相馬の浜街道も昔ならあまり行き来しなかっただろう。
今回は暗くなって帰ってきたから余計にそういうことを感じた。

冬の雲が窓の外に流れないというとき何かそれが今の回りの状態を反映している。
冬の雲はいろいろ暗示している。自分の生活もここ7年間は全く遠くには行けない故郷に閉ざされた生活だった。まさしく冬の雲に投影される心境がそこにあったのだ。
つまり俳句では特にそうだが短歌でもその歌われた背景を深く読む必要がある。
万葉集などの一首などになると一つの歌に一冊の本で開設くらいの背景があるからだ。
真野の草原にしてもそうである。そこには歴史的背景を読まなければ鑑賞できない。
その点奈良や近畿で歌われたものは万葉集より古い歌があり仁徳天皇の残された歌もある。あの仁徳陵の主かと思うとみちのくからすると古いなとなるのだ。


難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花


この頃は冬ごもりという感覚があった。今はとても感じられない、東京でも大阪でも大都会にはもう冬ごもりはないのである。

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