2014年02月11日

津波被害の裏話 (銀行では流された書類を探していた)


津波被害の裏話

(銀行では流された書類を探していた)

●書類もコンピューターに保存されて残っていた


津波の被害にはいろいろあった。そのことは各地で語られているがまだまだわからないことが多い。被害が広範囲になったからである。

銀行に勤める孫をもっている人が言うには銀行も津波の被害がありその時、金庫とかではなく紙幣ではなく書類を探していたという。預金者などの書類の方が大事だったのである。それを探して見つかったという、どろどろになっていたが見つかった。
こういうことは他にもあった。役所でも書類が流されると大変なことになる。


ただ実際はその書類でも何でもコンピューター化しているからどこかに保存されているのが現代である。だから貯金している情報はコンピューター化されて本部にでもどこでも保管されている。それは一枚のディスクでもいいわけである。
膨大な情報も一枚のディスクに保存される時代である。

ただコンピューターの弱点は何かで記録したものが一瞬にして全部消えることがある恐怖なのである。それもいくつもコピーしてあるからなかなか消えないといかことはあるだろう。だから紙でも津波などで流されるということは想像外のことだった。
だから役所などでは苦労したろう。


ある人は銀行にあづけてある預金など金は数字にすぎないという。数字として金はある。紙幣としてもそれは紙切れであり数字にすぎないという。だから数字はゼロになることがありいくら金をもっていても金だけでは紙に過ぎずその資産はゼロになるという恐怖がつきまとっているのであく。それで土地バブルが起きた。土地は数字ではなくゼロにはならないからである。

。被災庁舎の金庫内で回収された土地台帳は、デジタル化されておらず今後の復興作業でも不可欠な文書のため町では対応に苦慮していた。

6 月初旬に公文書の被災状況の調査に訪れた群馬県に公文書の復旧が要請された。

濡れた文書の乾燥、
塩分や汚れの除去、綴り直し、文書目録の作成、背文字の貼付で、土地台帳、家屋台帳、戸籍関係の書類など 339 冊であった。なお、被災した公文書は、


東日本大震災で津波被害を受けた自治体の公文書
http://www.archives.pref.gunma.jp/20110311-hisaibunsyo/
20110311-hisaibunsyo-hou/20110311-hisaibunsyo-hou-ona.pdf


●自衛隊の幹部が部下が拾った金庫をネコババして解雇された


東日本大震災津波で流された金庫が5,700個?
http://www.onoe-kaikei.com/hac/2013_6.pdf


富岡町長の5億円の金庫が流されて回収してくれと頼まれたことなどか話題になった。
これだけの金庫が流されたのも流された家の数の多さからそうなった。
たいがい家に金庫はある。金庫でも重いものもある。
そんな重いものでも今回は軽く流されたのである。


自衛隊では死体など探していたがそれで流された金庫を発見した。
それを上の幹部の隊長なのか知らないけど届けた。
その金庫がネコババされたことがわかった。
隊員は手帳に記録することが義務づけられていてそれでわかったという。
その隊長は解雇されたという。

そういうふうに組織で安全策を講じている

推理小説のドラマでよくノートを手帳を調べているけどこれはこうした事実を基にしていたのである。
ただ今はパソコンで記録しているとなるとそれが証拠になるのかどうか問題になる。
ただ一枚のディスクでもパソコンだと膨大なものが記録できるのである。
それは無尽蔵に記録できる。
この記録はクラウドとかどこにでも記録できるからかえって災害の時は記録は保存される。
ただこれにも弱点があり一瞬にして何かの銚子て消えることが恐怖なのである。


●記憶は一時期であり記録は歴史の時間で残る(記憶⇒記録⇒歴史的価値ずけ)


記録は流されても、記憶は流されない
http://www.jibun-shi.org/modules/blog/details.php?bid=30


記録というのはどうしても消えることがある。記録というものはいくら記録されていてもその意味をもたせないと価値がなくなる。
なぜなら記録は今や膨大な天文学数字としてある。
それらをいちいち読み価値づけすることができなくなる。
戦争のことだってその記録は膨大でありそれを読み解くこともむずかしくなる。

「人は誰しも歴史を持っている。それはささやかなものであるかもしれないが、誰にも顧みられなく、ただ時の流れに消え去るものであるかもしれない。個人史は当人にとってはかけがいのない生きた証であり、無限の想い出を秘めた喜怒哀楽の足跡なのである。この足跡を軽んずる資格を持つ人間など誰ひとり存在しない」(色川大吉『ある昭和史―自分史の試み』から)


これは言える。だから自分は相馬郷土史研究でそういう個人に焦点をあてて老人の話しを聞いて時々書いてきた。
そういう個人的なことはやはり家族史、家の歴史にもなる。
だから郷土史はおばしちゃんやおじぃちゃんから聞いた話しからはじまるというのはそのことである。
それが一番身近だからである。

では記録と記憶の相違は何なのか?記録がなければ過去のことがわからないということも事実である。
ただ記録が写真が文書が家が流されても以前として各人は生きている限り
記憶を維持されているから延々と語り続けることになる。

誰かが誰かに語るということは記録を読むのとは違う。
そこには感情的なものや様々なその人なりに伝えるものを聞くことになる。
語ることから「民話」が生れたのである。
語ることを書き記すことによりまたそれが記録され後世に残されたのが歴史でもあった。
語ることは記録としては消えやすいのである。
文書にすると消えにくくなる。
だからその人自身の書いたものが残っていると歴史もわかりやすいとなる。

誰かに語ったことは尾ひれがついて何が真実か事実なのかもわからなくなってしまうことがあるからだ。

だから記録は流されても 記憶は流されない・・・
というとき実はそれは一時代とか短い時間だったら記憶は流されないが長くなると流される、消えやすいということなのだ。
生きている内は語り続けてもいづれは死ぬと語る人は語ることもなく残された記憶しか
ふりかえることができなくなるからでてある。


ただ記録はすべて歴史ではない、記録は無限であり膨大であるとしたとき、
その記録をすべて解読することも関心うもつこともできないからである。
その記録を自分のものとして読み解く時、歴史は価値あるものとなる。
そしてそうした記録は無数に埋もれていて不明になっているのだ。
江戸時代の古い碑を紹介して読み解く作業をしたけどそれらは記録として残っていても
今では意味がわからなくなっているのだ。

posted by 老鶯 at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係
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