2019年01月17日

粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域 (家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)


粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域

(家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)

前に考察したけどなぜ原発事故でこんなに簡単に町とか村とかが解体したのか?
確かに強制的に国によって避難させられたり強制されたことがあった
そににしてもこんなに町でも村でも自治体でももろいものだったかということである
放射線問題があるにしろそれだけがすべてだったのかという疑問である
それは何か現代社会の特有の問題として生まれた問題ではなかったのか?

グローバル社会とか広域社会とかがそうである、そういう社会の構造の中で必然的に起きたのではないか?
現実に復興で働いたのはほとんど外部の人である、内部の人はただ助けられる存在であり自助努力もしない、一部はしてるにしろ外部まかせである
自分たちで復興する意志もなにもない、ただ補償金をできるだけ多くもらうことしかなくなったのである
その権利がありそれが当然でありそれに何を文句を言うのだとなる

でも何か現代社会というマクロ的な視野で見ると現代の社会は交通が発達して外部と世界的に経済でも関係する社会である
そのことが逆に中心的役割を果たす地元の絆を紐帯を喪失させたともなる
ここだけではない、現代の社会は過去の村のような粘土社会とは違う
いくら田舎でも地元に住んでいてもそれは一時的に住んでいるという状態になっていたのかもしれない、昔の村だったらそんな簡単に何かあれ村から離れられないからである
だからこそ繋がりが絆が強いものとなっていた
つまり粘土のように人と人がくっついて離れられないような社会だった

現代は何か市町村でも積み木社会のようになっていないか?
ただ一時的に積み木をして作った市町村のようになっているのではないか?
それは積水ハウスとか大東建託でもそうだがそうした大会社が積み木で家を作るように
ただ組み立ててたちまちアパートをこの辺では15、6棟を建てたからである
何かそれは積み木のように建てたとなる
積み木だからこそ壊すのも解体するのも簡単なのである

絆、絆と震災以後盛んに言われたがその絆は外部との絆であり内部の絆はかえって希薄化していたのである
積み木社会だから粘土のような粘着性のある市町村ではないからこそこんなに簡単に村や町でも崩壊してゴーストタウンになったりした
まず村とか町でも維持してゆこうとする絆がない、人と人の絆がないし土地との絆もない社会である
粘土社会とというとき木とか石に象徴される土着的とか土に根ざす社会ではなくなっていた
木は土深く根をはり栄養分をとる、でも花は深く根を張らないから栄養分がとれず枯れてしまうことが多い
木はその土地に深く根を張り動かない、そこに充実感があり生きる意義がある

そもそも現代社会はその土地に土着して深く根を張る生活をしていない
積み木のように壊れやすい社会だからこそ原発避難区域は簡単にゴーストタウンになったのかとなる、それは双葉とか大熊とか原発があった所ではない
その周辺である、浪江とか小高とか富岡とか30キロ圏内である
そこは避難区域にされたから放射線量でそうなった、国でそうしたのだとなるのもそうである

でもそれだけなのか?現代の社会は実際は一つの小さな土地にしばりつけるものではないそれはグロ−バルにモノでもヒトでも流通する時代だとなる
そこで起きたことは何なのか?
何かあったらそこにとどまり抵抗するとか一致して協力するとかではない
まずマイホームでありマイカーであり町や村のことは関係ないともなる
それでみんな強制されたにしてもその後もだらだらと6年も仮設に住んだり他に家を建てたのである

だから私はどうしてもこんな簡単に村でも町でも崩壊するのかということが納得いかないのである
現代社会はもう一時的な仮の宿なのかもしれない、ホテル家族などとも言われたことがあった、一時的に積み木のように組み立てられては街ごと簡単に積み木は崩されて破壊されるのである 

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

太上天皇(おほきすめらみこと)の御製歌(おほみうた)一首

はだすすき尾花逆葺(さかふ)き黒木もち造れる室(やど)は万代(よろづよ)までに  

家でもこういう重みがなくなっている、外部から来た積水ハウスでも大きな会社が積み木のように組み立てて家を建てる、そこに永続性とか持続性がないのである
田舎だとこの辺だとそうした永続性とか持続性のある家はあった
この家のもつ感覚が西洋と東洋では違っている、西洋といっても遊牧民になると砂漠とか草原の民となると常に移動するのだから家に重きを置かない、その土地にも執着しない
だから現代人は車で絶えず移動する遊牧民になっていて心情的にも変化したとなる
とにかく通販で絶えず物を運ぶ時代である、グローバルにも世界は交通が発達してモノでもヒトでも入ってくる流通する時代である
ただそこに何かが欠けてくる、もうその土地とか家とか人と人の絆とかアイディンティティとかでもその土地にない社会である
金があればどこにでも住んでいいという社会になる時人々は故郷でも長く住んだ所でも移り住む、それはアメリカではそういう傾向が強いというときやはり遊牧民的体質があるからだともなる

これは理屈ではない、最近60年一緒に生活した家族がみんな死んで家に一人残されていつも思うことである
農耕民にとって家というのは単なる家ではない、家には死者の霊だ訪れ宿るということがある、だからお盆というのはそういう何か根源的なものとして理屈ではないものとして伝えられてきて今日日本人に残っているのである
お盆には死者が家に迎えるというとき何か今の現代風の家ではなく古い長持ちする奈良の山なる黒木もちとかなるのである
こういう感覚は日本人特有というか農耕民特有のものである

家というのに思い入れが深いのである、でもその家すら簡単に捨てて町や村も捨てられたということが理解できないのである
家だけではない先祖の霊が山に眠り春には先祖が田植えのときに降りて来るという信仰でも死んだ人はともにまだその土地にいて生活を見ているとなる
その心情は理解できるのである
つまり家とか土地と先祖とが一体化しているのが農耕民であり日本人だとなるからだ
それは理屈ではない、死者は見えないにしても何かその霊魂というかそういうものが土地とか家に宿っているということを感じるからである
家であれその家の周りでも死んだ人の霊魂がいる、見ているようにすら感じるからである

中国の少数民族の瑶族は、家というのものを特に大切にする
出産はもちろん、死ぬ際も家の中であることを望む
それは家以外の場所で死ぬと、家族はその死体を家まで運ぶことができないという慣習があるためだ
それゆえ彼らは遠くで長い間働いたりすることを拒む
重い病気になったりしたら家へ帰りたがる
魂は必ず家へ戻れるようにとの想いは今でも根強く残っているという
「森林理想郷を求めてー平野秀樹」

これは理屈ではない、そういう心情は誰にでもある、特に日本人は家に対する思いが強いのである、昔なら農業が8割とかしていたとなると家と土地と人は一体だったのである
そして魂も一体化ししていたのである
こういう感覚は遊牧民にはない、ヨ−ロッパでもいろいろありかえって石の家があり何かそこには永続性がありその家はこうした農耕民の家とにたものがある

例えばマイホームとかマイカーのことで指摘したがマイホームというのはそういう家ではない、それは会社人間化工業化してできた単位であり本来の家でとなくなっていたのである、その証拠にマイホームとは東京とか都会に来た人たちが家を持ちたいとしてその言葉が流行になったからである
本来の家はそういうものではないからだ、マイホームというとき一代限りのものであり代々つづく農家のようなものではないからだ
一時的なものとしての住まいであり代々続くものではないのである
永続性とか接続性はないのである
それは近代化によって工業化社会で会社員にみんなが成ったとき生まれた言葉なのである
いづれにしろ病院でも老人ホームでも人はそこで安住しない、そこで死にたいとも思わないのはみんなそうだろう、家に帰りたいとかいうとき家に対する思い入れが理屈ではなくみんなもっているからそうなるのである
まず無機質な病院は死にたくない、老人ホームもまた家ではない
家とはただの建物ではなく精神的拠り所になっている所なのである


そんなに家にこだわるのは古いとかもなる、でもなぜこんなに簡単に家を捨て他所に移り故郷でもその土地でも簡単に捨てるというとき何かそれはただ原発事故だからしかたがないというだけでかたづけられるのか?
そこが常に疑問だったのである、現代の社会は積み木のようにもろい、簡単に何かあれば崩れる、ばらばらになるのではないか?
そういう社会にみんな住んでいるということを知らねばならない
なぜならそうなると市町村でも自治体でも何か大きな事故であり災害であれあると自治体自体がもろくも積み木のように崩壊する
それがグローバル社会であり広域社会でもある、それがいいとか悪いとかではない
そういう社会を作ったてきたのが現代だったということである


人間の存在を問うときその存在意義でも問うときそれでいいのか?
そういう根源的な問いをこの辺ではつきつけられたともなる
何か現代社会は実は積み木社会であり簡単に積み木は崩されて破壊されてしまうというのを知らしめたのではないか?
それはマクロ的に国家などでもそうなのかもしれない、愛国心とかもかえって常に戦後は悪いものとして否定されてきたからである
そしてただ経済一辺倒になり金になりさえすればいいという価値観しかなくなっていたからである、そういう社会は先祖でも家でも土地でもつながりがなく絆もなく壊れやすいということである、物質性があっても精神性がない社会だともなる
日本人の心情として東洋の心情として物はただの物ではない、物が憑くとか物心とかあり物は単なるものではない、物は魂と一体化したものとしてあった

西洋では物はobjectであり客観的魂のない対象物である
人間の心とは切り離されている、東洋では物と心は一体なのである
だから家とはただの建物ではないのである、心が先祖の霊でも宿っているとか感じているのである   
これは信仰とういのではなく日本人の共通した心情なのである、農耕民が長い生活のなかで共通の感情として持ったものなのである、だから遊牧民とかの心情とはかなた違っているからこの両者の文化の相違は大きい、それで理解しあえないということがある
どっちがいいとか悪いとかではない、そういう生活形態がありそれが理解しにくいのである


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ボランティアの矛盾 (遠くの人が助けて近くの人が助けない)


ボランティアの矛盾

(遠くの人が助けて近くの人が助けない)


東京の方から去年だったか、まだ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来たボランティアがいた
そんな遠くから良く来てくれるものだと感心していた
でもよくよく考えると交通費はどうしたのだろうとか、そんな遠くから自費でわざわざきてもらうほどなのか?それが今になり疑問になった
津波でも最初は京都とか大阪から来て泥をとりだしていた
その時は労働力が必要だったし地元ではできなかったからだ
その時は有効に働いていたのである

でも5年6年すぎるとどうなるのだろうか?
第一小高の人たちは津波の被害者と違ってそれほどの被害ではない、家を失ったり家族を失ったりしていないのである
それで補償金を多くもらったりして喜んでいた人もいるしまた仮設暮らしを楽しんでいた人もいるのである
でも毎日のように仮設に入った人はやることがなくパチンコだとギャンブルで遊び暮らしていたのである、補償金も入ってそうなったのである
だから外から来て働く人が怒っていたのである
そういう人たちを見たらやる気がなくなるからだ

そもそもなぜ5年とか6年過ぎてもボランティアが来ていて引っ越しの手伝いをしていたのだろうか?何も近くの人で小高の人たちが協力すればできることだった
そうして引っ越し費用も必ず援助されるのが原発避難者だったのである
そうすればその金で引っ越しを手伝う人もいただろう
金に困っている人は周りでいるからである
その事情はわからないにしてもこういうことは他にもあった

でも現代社会の矛盾は遠くが近くなり近くが遠くなっているという現実がある
そういう社会の反映でもある、例えば避難した先が妻の実家に行くとなると本当に全国に散らばったのである、この前会った人は淡路島に行ったとか四国に行ったとかなる
それだけ広域社会になっているからそうなったのである
その広域社会だからこそ遠くからボランティアでも援助に来る人たちが多かったのである
でも肝心な地元の人たちは協力しないというのも変だったなとつくづく思う
第一普通の生活で何か困っていても苦しんでいても協力などしないのである
むしろ苦しんでいるのを楽しんでいることさえあるのが普通である
近くの人は助けないのである、介護でもそうだし自分自身も苦しんでいたけど同情すらされないしただただ責められるだけだったのである
それも自分自身のカルマだったにしろ矛盾していたのである

仮設に移り住んだ小高の人たちは困っているからと常に外部から同情されていた
それで奇妙なのは自分が苦しんでいる時自分の家に来た人も事業に失敗して苦しんでいるから助けるところではなかった、それで借金もしているから金に困って自分が弱い立場になったことをいいことに脅迫までしてきたのである
その時その人の家ではパチンコ屋で働いていたのである
そのパチンコ屋には小高の人などが毎日つめかけていた
そして自分自身は何ら助けられることがなかったということで憤りにもなったのである
これも本当に矛盾だったのである

普通はまず困ったら家族が助け合う、次に近くで助け合うのが順序である
まず今は遠くの人が助け近くの人は助けない、これも矛盾していた
そして地元では補償金で助け合うところではない、心は一つになれない、分断されたのである、これも現代の矛盾なのか、まず内部で団結しなければ復興などありえないとなる
外部頼りならもう外部の人に一切まかせて地元の人たちは外に出た方がいいとなる
現実は若い世代は外に出て帰ってこないからそうなったのである

遠くから来るボランティアも必ずしも有効なものとなったとは言えない、その善意はありがたいにしろ何かボランティアが有効に働くのは自分の経験でもむずかしいのである
全然認められないこともあるしやはり社会で認められないということである
いろいろあったけどまず苦しい時は家族だったら家族でまず助け合う、次に近くの人が助け合う、次に外部の人に助けてもらうのが順序である
それがまず外部の人、遠い人が助けることになった
復興の仕事はほとんど外部の人たちがしていたのである一部は地元の人たちがしたとしてもほとんどは会部の人たちだった
家を建てるにしても何をするにしても外部の人が建てたり工事した
それは地元ではできないからそうなったのだからそれを批判することはできない
でも何か外部まかせとなったことがある

何も6年とか7年も過ぎたら自分たちできることはすべきだったとなる
そして結果的にどうなったかというと地元では協力しない、外部とは協力するがその外部の人も来なくなる、残されたのは地元の人たちでありその地元の人たちが補償金などで分断されて協力ひない、心ひとつになれないのである
それを言えば小高の人たちにすれば何で地元の人が協力しないのだと怒りになっている
俺たちは苦しいのに助けないのか、冷たい奴らだとなり怒りになっているだけなのである
こういう内部事情があり外から来るボランティアが悪いとはならない、でもそれが有効に働くかどうかは別問題になる、それは自分自身もそうだったからである
駅でボランティアしても何も認められない、それはそれとしてかまわない、道案内とかしてありがとうと言われるから気分いいからかまわない
ただボランティアがすべてうまく有効に機能しないことは言えるのである
それよりまず地元でやれるかとはやる、地元でまず協力しあうべきだったができなかったのである、それが一番の問題だったのである                                                  

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2019年01月03日

常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介 (環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)


常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介

(環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)

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雫(しどけ)では鉄塔が折れ曲がった
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雫の道



常磐高速のSAで何か催し物がないかと行ってみた、そこで写真などで今の南相馬市の現状を紹介する女性がいた、なにか都会的な人であり話が上手でありいろいろ知っている
神戸から子供連れで来た人とかを案内した
その女性は原町区の雫(しどけ)の人であり津波が襲ってくるのを目の当たりにしたという、すぐ家の前まで津波が来たからである
津波の恐ろしい光景をじかに見たのである
津波はある程度距離があると見てすぐ逃げたら助かる、現実に助かった人がいた
鹿島区の大内となる二キロくらい海岸から離れているから津波が来るのを見てトラックで逃げて助かったとか八沢浦では百メートルくらい前が海であったが遮る丘がありすぐに裏山に逃げて助かったのである
つまりすぐに逃げれば津波が来たのを見ても助かることがある

雫ではあそこは萱浜などからすると高いと感じていたが一番被害が大きかったとか言っていた、鉄塔が無惨に津波に壊されていた記憶がある、南相馬市では700人近く死んでいる、ただ8年とかたつと何か津波の跡はソーラーパネルとか風力発電とか津波の生々しいものは消えている
何かそこで高台を作るためにかさ上げするのに高くするのにナンセンチかとかするに何千万かかるとか言っていた、その金も凄い金だと思った
ともかく津波の跡の土木工事でも除染でも何兆円とか莫大な金がかかった
でもここだけではないそんな金を使っても復興は進まなかったのである
その金は大手ゼネコンとかに流れただけなのである
だから飯館村の人でもそんな除染に金を使うより補償金としてもらった方がいいと言う人も多かったのがわかる
そして除染より飯館村に住んだ科学者が下の土を上にもってくることが良かったと言っていた、表土が無惨に削られて荒廃したからである

それよりその環境カウンセラーと意見が一致したのはそもそも住民の意志が全くなかったただ政府の言いなりになり30キロで区切られそこで小高と原町と鹿島で分断された
そのことでこの辺は復興できなくなった
そのことが復興できなくさせている一番の要因だと言っていたことには同感である

心を一つに

南相馬市の最大の課題がここにあると言っていた、でもみんなを集めても意見を言う人は少ないという
小高だけではない、南相馬市として合併したのだから市全体の復興をどうするかということを市民が協議することが大切だと言っていた
私も住民意志が全くなかったことを言ったのでそれで同意した
小高と原町と鹿島が合併したけどそれぞれでもどうしたら市全体を小高でも鹿島でも復興させるのか?
将来をどうするのかみんなで協議するということが全くなかったのである
ただ補償金をもらって個々人の家族の復興だけを考えたのである
つまり原発事故が起きたとき市であれ町であれ村であれ蜘蛛の子が飛散するように散らばったのである

確かに爆発したときは恐怖だった、だから極度に恐れたこともわかる、とうしていいかわからないということもあった、第一その時噂で前の市長が北海道に逃げたということがいわれたりした、南相馬市の病院でも看護師は逃げて帰らなくなったからである
ただふりかえればその時爆発しても海側は二三日で20マイクロシーベルトから0・5とか低くなったのである、だからその時点で科学者が危険でないと避難させるべきではなかったのである、ただ30キロということで科学者ではそこが危険地帯になっていることで科学的根拠があり言ったことであり素人にはわからないから避難したのである
でも二年とかたったらもうたいした放射線量でないすぐに影響するというものでもなかったのである、一ミリシーベルというのはあまりにも厳しい数字である
科学的根拠があるにしろ現実問題として市町村を自治体を維持することを優先させるという選択もあった
だから避難したとしても冷静になれば2年で避難解除して返すべきだったのである
これは政府の大失政だったのである、政府によってめちゃくちゃにされたともなる
それは他の津波被害地域でもそうである

それはなぜかというと住民の意志が全く無視されて政府指導で行われたからである
いくら土地を高くして人を住ませようとしても住民は住まないのは住民の意志を聞かない無視して政府指導でしたからである
民主主義は住民の意志が参加が基本の制度である、でもそれがなかったとすると民主主義はここにはなかったのである
そもそも原発自体が政府指導で成されたものでありそこに住民の意志はもともと全く無視されて作られたものなのである
住民には金を与えればいい住民が望むのは金しかないと見ていたからである
そこに住民自体の問題もあったのである

住民の意志がそもそもなかったともいえる、市町村でも心一つになどなっていない
グロ−バル社会のことを批判してきたが広域的にグローバルに経済的に交流があるとしても内部の結束が絆はない社会だったのである
だから市全体を町全体を村全体をどうしようとか協議したり何か議論したりもしない
ただ個々人が家族が金を得て生活すればいいとしかない社会なのである
だからこんなに簡単に町でも村でも崩壊したのかとも思う
それはここだけではない現代社会は確かに広域的にグローバルにつながっている
今日買ったのは熊本から来たトマトだった、これも熊本地震で被害にあった所から来たのかとか考えたがわからない、ただ物だけはどこからでも入ってくる社会である
となれば金さえあればいいという社会になる、今住んでいる所はただ金があれば一時的に住んでいるともなる、金が得られないなら他に移ればいい、金があるから別に故郷にこだわったり地元にこだわり住む必要がないとなる
ただ老人は愛着があるから帰ったのはほとんど老人なのである

いづれにしろなぜ復興に失敗したのか?
それは緊急事態にうまく対処できなかった、市長でも対応できなかった
そして政府の言いなりになり住民同士でも何の協議もしていない、市町村をどうすればいいのかとかみんなで意見を出し合うとか協議することもない
ただ補償金をもらえばいいとしかなかった、それも個々人のことであり家族だけを考えてそうなったのである、市町村全体をどうするのかということを考えた人はいないのであるそもそも市長自体が原発が爆発したとき北海道に逃げたという噂があるようにそのこと自体がこの辺のことを象徴している、市民のことなどどうでもいい患者のことなどより自分が先だとなり逃げたのである、後は補償金をもらえばいいしかなくなったのである

だから山梨県の笛吹市の社長経験者が言うことは筋が通っていた
市町村全体の復興のために金を使うことだと言っていた
その人は会社を経営しているから復興をどうするかとか意見が言えたのである
ただその社長は仲間に裏切られて社長をやめた、会社経営に失敗した人だったのである
でもやはり経験しているから言えたとなる
会社経営と市長運営の経営もにたところがあるからだ
前の桜井市長は役所の人とうまくいかなくなっていたことも影響したとも言われる
やはりこういう緊急自体にはトップの判断でその後も決まる
戦争の時だってやはりトップの判断で決まっていたからてある
住民が協議するにしてもやはり誰かが強引にでも引っ張らないと緊急事態にみんな意見を出し合ってもまとまらないからである

ただこれも今になると結果論である、ああだこうだと自分が言ってもお前もそういう緊急自体に何かできたかとなるとそうはならないからだ
ただ小高はギャンブルとかばかりしていたから二年くらいで別に放射線量が高くないのだから返すべきだったというのは誰でも回りでもむずかしいことでなくわかったことでありそれで協議もしないでだらだら五年以上仮設にいてそれで補償金をもらえばいいとか俺たちは被害者だとなり被害者意識だけが全面にでて何もせず終わったのである
その時町をどうするのか復興するのをどうするのかとか住民がみんなで協議したりしていないのである、ただ個々人のこと家族のことし考えなかったのである

NPOというとこれまた問題があり金の無駄使いだとか言う人もいる
また左が多いからそこで政治的に利用される、党派に利用されるとかもなる
ただ地元だからどうして復興できないかというとい心が一つになっていない、そこを指摘したとういことは同意する
何か津波でも原発事故でもあまり話題にならなくなった
なんでも関心はオリンピックのことでありそこが復興よりも大事になり人もそこにとられているとか、放送もしてくれないとか言っていた
確かに津波原発事故のことはあまり全国的には放送されていないようだ
それも政府の意図であり政府はオリンピックに国民の目を向けさせて震災のことは忘れさせようとしているともなる
その政府の復興政策は失敗だったからである、そのためにこの辺では荒廃したままだとなるからだ
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2018年12月31日

原発事故で問われた責任問題 (住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)


原発事故で問われた責任問題

(住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)

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住民の意志が全く無視され住民はばらばらになった


原発事故をふりかえると今になり様々な責任が問われる、どうしてこんな大事故とな大惨事になったのはなぜなのか?
その責任は誰にあるのか?それが問われる
東電の幹部が裁判で有罪になった、でも責任がないとして法廷で争いつづける
誰も責任を認める人はいないのである

これは何か戦争と似ている、300百万人が死んでも誰も責任はとっていない、誰に責任があるのかもわからない、日本は責任をとらない社会だという
戦争の時私の姉は突然赤紙一枚で招集されて従軍看護婦としてシンガポールに行き地獄の苦しみを受けた、青春時代でありその4年間は長いから死ぬ直前までそのことを語り死んだ、認知症になってもその戦争のことが忘れられなかったからである
そして母親と突然分かれて四年後に帰った時は母は死んでいたのである
それは突然に政府からの命令で有無を言わさずそうさせられたのである
そういうことは戦争の時みんなそうだった
抵抗もできない、何もわからずに政府の権力で強制されて地獄にほうりこまれたのであるこれも残酷だったなとつくづく思う、それはみんな国民がそうだったのである

では国民がみんな戦争に合意していたかというとそうでもなかったが納得して戦争に自ら参加したともいえない、今でも国民も賛成したとされるがみんな赤紙一枚で戦地に行かされて地獄にほうりこまれたのである
原発事故で起きたことでも原発は政府の強権で強制されたと同じである
前の佐藤栄佐久知事は政府の命令に逆らうことはできなかったと言っているからである

つまり原発は県とか自治体とか越えた強力な権力の力が働いていたからである
それを拒否することは地元でも許されないともなっていた
なぜなら地元では金のことしか考えなかった、金になればいいとしていたから地元で反対したり住めなくさえなっている
金になるんだから反対するなとなりその圧力が強いから反対できないようになっていた
そして原発関係で働いていた人は多かった、浪江から小高になると近いから余計に距離に比例して働いている人が多かった、原町でも飯館村でも原発で働いていたのである
それだけの経済的恩恵が原発にあったから地元でも拒否できなかったのである

だから責任を問うと地元の人たちにも自治体にもあった、戦争でも国民にあったとなると同じなのである
でもなぜ住民でも自治体でもただ一方的に政府の命令に従うだけで良かったのかという反省がある、それはなぜか?
戦争なら300白万人死んだとか原発事故では故郷に住めなくなったという被害が大きすぎたからである
政府の権力の命令に唯々諾々として従うだけになると必ずその責任は住民が国民がとらされる、政府では官僚でも議員でも命令する人は責任をとらないからである
権力をもつものに命まであづけるということは一大事である、でも有無を言わさず命令に従わさせられる、そして命令した人は責任をとらないのである
責任をとらされるのは命をあずけた人たちであり国民なのである
もしそこに国民が納得して国民の意志で戦争したというならいいが突然赤紙一枚で戦地に地獄にほうりこまれたのである

原発事故でも突然避難命令されて30キロ以内は住めなくなされたのである
それは政府の命令だったのである、でも住民側の意志は無視された
住民側にすればいろいろ問うこともありどうしたらいいのかと住民で話し合ったりもっと検討することがあったが緊急事態でありただ命令に従うだけだったのである
そして避難しても5年以上とか長くなりすぎたのである
小高などは放射線量も低いから早く帰すべきだった、長くいた結果補償金をもらいギャンブルとかに興じて復興する気も働く気もなくなったし若い世代は流出して外で生活基盤を築き帰らなくなったのである

避難するにしても二年くらいにして町や村の復興をみんなで協議して考えるべきだったかがそこで一番みんな考えたことは自分の家族のことであ個々人のことでありあとは補償金をもらうことにしかてなったのである
そうしていち早く他で家を建てた人がいた、その人は土地が安い時で賢い人だったと言う人がいた、もし補償金がもらえないとしたらこんなことにはならなかった
もらうの当然だとしても自治体の全体の復興のために使うとかなっていればこうはならなかったかもしれない、その時すでに大家族でもばらばらになり町や村でもばらばらになってしまったのである

結局これも結果論だからをとともいえない、自分自身さえそうである
今になってふりかえってそう言えるだけだとなる
ただ自分自身は何か最初からおかしいなとそれは科学知識がないにしても思った
別にすぐに避難するような状態ではなかった
原爆が落とされたのとは違っていた、確かに爆発したとき20マイクロシーベルに二三日はこの辺でもなったが海側はすぐに急激に低くなったのである
飯館村とか福島市の方が長く一か月くらい放射線量が高かったのである
そういうことは科学的知識がなくてもわかることであった

一ミリシーベルと越えたらチェノブエリでも避難させて住めなくなさせたからそうすべきだったという科学者の意見もある
それより町や村を維持することの方が大事だったのである
つまり今すぐに死ぬとかではない、先のことでありそれも放射線に関してはわからないから住民で決めることなのである
でも変なのは住民が今になって帰るのも帰らないのも住民の意志だとしているのである
そんなことを住民の意志で決めることだとしているのも変なのである
その前に住民の意志として決めなければならないのは町や村をどうするかということだったのである、個々人のことではない、そういうときはやはり市民や町民や村民の意志で決めることだったのである
ただそうなると責任は住民がとることになる、科学者の言うように何かガンになったり被害があるかもしれないからだ、その責任は政府にも科学者にもない、住民が決めたことだから住民がとれとはなる、でもそうしてもやはり町や村を維持することが住み続けることがいいとして決めることもあったのである

ただそれだけのものが絆自体が現代の市町村にはなかったともいえる、十津川部落のように一致団結して北海道に移住したような絆がなくなっていた、絆はかえって外部の人とはあったのである、それも広域社会とグローバル化でそうなっていた
地元に根ざして農業や林業や漁業でも生活していない、それは一割にも満たないものだった
だから絆でも物でも外部から入ってくるからそうなっていた、そして仮設に住んだ人はどう思っていたかというと
私たちはここで金を使って消費して助けているんだよ言っていた
全くその土地の人たちに関して何の関心もない、むしろ補償金をもらって喜んでいたのである

これは避難者を責めるというよりそういう金が第一の広域グローバル社会化した矛盾だったのである
だからグローバル化となると世界と絆があるとなっているけど意外と内部でも絆はないからもろい社会だともなる
簡単に市町村でも崩壊する、何かあったら金さえ持って逃げればいいとなるからだ
そしてどこにも金さえあれば豊かな生活ができるとなるからだ
江戸時代だったらもう外に逃れることはできない社会だからその場で苦しくても死ぬほかないからである
そういう社会がいいのかどうかも問われたのである
だからこそグローバル社会に対して批判する人がいる、それに私も同調するのである

結果論となるが自治体は崩壊したともなる、それを取り戻すことができなくなった
若い人たち別に生活基盤を築いた帰らないのである
残されたのはその親や祖父母でありその人たちは南相馬市だったら小高でも負担を強いられる、それで一時は介護士がいないとかで老人ホームがあっても立派な建物があっても開けなかったのである
そうなったのは最初の時の方向が間違っていたからだともなる
結局人生でもそうだが緊急の時があり方向を間違うともう元にもどれないということである、若い時判断が誤ると一生方向を間違えてもどれないのである
カルト教団に入っていたらそのまま誤った方向に進んでその方向を変えられないのであるだから緊急事態に対処することでも誤ったら誤った方向に行きもどれなくなるということである
そして後でいろいろ反省してもどうにもならなくなっているのである

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2018年12月29日

民主主義が機能しなかった (津波原発事故をふりかえる)


民主主義が機能しなかった

(津波原発事故をふりかえる)

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この図のように民主主義とは情報を開示する、提示する
それをとにかく原発でもわからないなりにしてもらう
最初から安全ありきで安全神話を押し付けさせられたら
そこにはもう住民の意志がないのだから否定しているのだから
民主主義はない、民が主になることはないのである
それは独裁政治なのである

その情報によって住民が決めるとなれば民主主義である
でもそうなると住民に責任がある
責任は必ずこの世の中人間は必ずとらされるのである
もし本人がとらされなくても誰かがその責任を負わされる
それはカルマとにているのだ、他人のカルマの責任をとらされている人が普通にいるからだ

今回の原発事故は政府や東電が官僚や科学者が強固な「安全神話」作って責任は住民がとらされたのである、住民がもし情報開示されて住民の意志が反映されれば今度は住民の責任になる
それは戦争でも同じである、独裁政治のように一方的に政府の権力で強権で戦争するとなるとその責任は誰にあるのか?
住民には情報は開示されていない、日本は神の国だから勝利するとかを理由にしている
それは安全神話と同じなのである、絶対に事故は起こらない、絶対に神の国だから勝利するとなってしまうからである
そこにもう住民の意志もなにもない、神の意志があったとなってしまう

だから情報開示と話し合いとか討論とか選挙とかで住民の意志を決めるのが民主主義である、それがすべて正しいとかにはならない、その手続きが大事なのである
手続きを踏んで決める、独裁政治にはもう手続きも何もない、独裁者によって決められるとなるからだ

ただ肝心なのは住民も民衆も理解していないのはそうして決められたことは住民の意志とされ責任は住民にあり為政者にはないともなる、議員もあなた達が選んだ人だから投票した人たちの責任だとなる
ともかく情報開示と議論とかそうした手順があり住民が決めるのが民主主義である
でもその結果責任は住民にある、為政者にはない
でも今回の原発事故ではその手続きでも議論もなされない住民の意志もないものとして作られた、なぜなら政府の強権で実行されたからである
そして情報は「安全神話」を形成したからそれで何も言うなとなっていたのである
だからこそ住民には責任はないとなる
ただ民主主義で言論の自由はあるのだからそれを怠ったとは言えるのである

原発では情報を提供することもなかった、マスコミもしていない、巨額の宣伝費がマスコミにばらまかれたからである、マスコミも情報を伝達する役目があったのだが全くしていなかった、ただ宣伝費をもらっていればいいとなっていたのである
情報開示しないとなぜそれが民主主義ではないのか?
それは判断しようがないからである、いくら原発のことはわからないにしてもそういう判断材料すら提供されないとしたらどうにもならないからである

それで銀行でも同じだった、投資信託についての説明がたりないのである
私はプロですから証券取引所に勤めていましたからまかせてくださいと言って勝手に株が上がっていたのにリートの方に回して損したのである
それは任せた方が悪いというのもある、でもその人はプロでありまかせてくださいというからまかしたのである
医者だってプロなのだからやはりまかせる、命をあずけるとなる
なんでもわからないし時間をさせないからまかせたのである
でもそれが間違っていたのである
地銀などは証券でも投資信託でも何もわからない、素人と何にもかわらないのである
かえって危険だったのは分散投資していれば良かったのにそれを言っていたのに自ら守らなかった、それはノルマを課せられているから自分の成績を上げるために株が回復して上がっていたのにリートに回したのである
基本的な投資のルールを自ら守らなかったのである

これも別に情報を提示して説明してそれで客に判断させれば客に責任がある
それがプロですから全部まかせてくださいと言っていたからまかせたのである
「私たちは投資のプロではありません、投資のことを説明しますからそれで納得したら投資してください」と言えば納得する
その責任は判断するのは客自身になる、でも損しても責任はその時客にある

ともかく原発事故で政府主導は強権的であり独裁と変わりなかったのである
そのために甚大な被害を受けた、その後の処理でもずたずたにされたのである
それはますで住民の意向とかも聞かない、住民との意思疎通ができていない
そこに住んでいる人の意向と違ったものをブルドザーで一方的に飯館村の田んぼを荒らして土を硬くして回復させなくした
だから津波や原発事故では民主主義がなかった、そもそも民主主義がもともとなかったからこうなったともなる
住民側でも責任が課せられている、一番被害を受けるのはそこに住んでいる当事者だという自覚がたりなかったのである
それはその後の事故後の避難などでもそうだったのである
いく30キロでも区切られても何か南相馬市だったら対策があっていいのだがなかった
そしてずるずると5年以上も仮設暮らしになり復興手きなくさせたのである

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失敗した原発事故後の政策と処理 (飯館村に移り住んだ田中俊一氏の指摘)


失敗した原発事故後の政策と処理

(飯館村に移り住んだ田中俊一氏の指摘)

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文芸春秋に2018−4月号で意見を述べていた

●早期に避難解除すべきだった

●除染は表土をはぐのではなく下の土を入れ替えるべきだった

●放射性物質は各自治体が管理処分場を作るべき

主な意見はこういうものだった、早期に避難解除すべきだったというのは別に飯館村でも双葉とか大熊を除いてはそうだった
避難生活が5年以上になった結果若い人たちは他で生活するようになり仕事も他で持ち子供の学校にも入り別な暮らしになってしまった
他の土地で生活基盤をもつようになったら帰れなくなったのである
そして大家族で住んでいた人たちもみんなばらばらになったのである

そもそも小高などは海岸部は放射線量が低かったから避難させる必要はなかったのである0・5マイクロシーベルとであり浪江すら海岸部は街中でもそんなものだった
でも双葉に入ると7マイクロになっていたのである
つまり明確にブルームとなって雲のような塊りとなって飯館村の方に流れたからである
でも浪江でも全部を避難させるとかさらに長く避難させたことが失敗だった
30キロで強引に区切ってそこに生活しているものを全く無視して避難させたのである

除染に何兆円もかける必要もなかった、田中氏は放射性物質は各自治体で処理すべきだというとき運ぶと金がかかるからその金が外部のものに使われからだという
そのことは原発事故周辺ではゼネコンだとか暴力団関係者が来たとか地元の復興のために役たたなかったのである

表土は下の土と入れ替えるべきだったというのもわかる
飯館村に行けばわかる、田畑の表土はけずられ無惨な状態になった、荒廃したものとなった

放射性物質が付着した土をとりのぞくために、田んぼの表土を無闇にはぎとってしまったのです、土建業者に頼ってブルドザーではぎとったため重機が踏んだ土は硬くなってしまい水田として再生するのは容易でくなったのです

まさにその土地のことを良く考慮しないで検討しないでブルドザーで表土をはぎとる
津波の被害地では高台を作って住民を住まわせようとしても住む人がなく街が成り立たない復興できないというのも同じなのである
強引にその土地のことを人たちを考慮しないでブルドザーを入れて一方的に工事をする
それが権力をもつものの怖さである、早く復興するというのも必要だがこれだけの災害だと簡単にはいかない、時間がかけてやるということも必要だったのである
だからすぐには原爆のように被害がないのだから中核メンバーでも放射線の被害が少ない老人でも残るべきだったとなる、それを全員を避難させたり強引なやり方で自治体ずたずたにされたのである

そして多額の補償金を出したがかえってそれでそこに住んでいる人たちが分断されたのである、30キロで区切った結果原町でも深野(ふこうの)では牛を飼っている人が不満を盛んに言っていた、30キロで区切られるとそこで補償金の差が格段に違ったものとなるからだ
ただ一時飯館村で放射性物質を入れたフレコンバッグが雨で流れだした
するとその放射性物質が南相馬市にも流れてくる
土地はつながっているから飯館村だけの問題ではないからここは疑問である

このことはずっと私自身も書いてきた、避難させなくていい人たちを避難させた
避難解除を早くすべきだったのにしなかった
その間に避難者はギャンブルとかに興じて働く気もなくなり遊び人と化してもう補償金で暮らすことしか考えなくなった、特に老人はそうなった
早く避難解除して帰らせて復興のために働くべきだったのである

そして避難生活が仮設生活が長くなりそれが心まで荒廃させたのである
町を復興させるより補償金をもらうことしかなくなったのである
もし2年くらいで解除されていればまた違っていたのである
なぜなら農業は三年していないともうできなくなる、体が動かなくなると二人の経験者が同じことを言っていたからである、だからせいぜい二年が限度だったのである
それが5年以上になったもう復興できなくさせたのである
政府の失策が町でも村でも崩壊させたのである
それは原発そのものがそうだったのが事故処理でもそうだったのである

例えば被爆するとうときものすごく怖いものとして爆発したとき感じた
原子爆弾のように感じたからその時の判断が誤ったのである
被爆といってもすぐに広島のように人が焼けただれて死ぬようなことはなかったのである
確かに爆発したとき20マイクロと高かった、それも浜通りでは双葉大熊以外では0・2とか0・5くらいまでしかならなかったのである
それでも年に一ミリシーベルを主張して避難すべきだという学者がいた
それもわかるにしても現実生活がありそれを一挙に崩壊させることが間違っていたのである 

確かにその影響が10年後とか20年後とかさらに長く放射能の影響がある、ガンにもなるとかいうのはわかる、それでもそれは先のことだから科学者にもわからないことなのである町や村を崩壊させたらもともこうもない、だからまず町でも村でも維持するために残る人たちがいて良かった
例えば老人は放射能とあまり関係ないから避難しないで町や村を維持すべく働くべきだったともなる、現実に飯館村の人が老人には関係ない今までのように山菜まで食べていたのである、一律にみんな避難させたことが失敗だったのである

ともかくこの辺は津波もあったが原発事故が重なり家族もばらばらになったとか補償金では心が分断されたとかもう若い人は避難区域だったところには帰ってこないとか自治体をずたずたにされたのである
そしてその後の政府の復興政策もずさんであり良く検討もしないで成された
緊急性があり30キロで区切り全員避難させた、それも大失敗だったのである
それは政府だけではない、自治体自体もそうだったのである
何の手も打たない、ただ30キロで区切られて政府の言いなりになるだけだったのである
ただここでは政府と自治体の意志疎通ができていなかったことが問題になった
なぜなら桜井市長が左寄りの運動家で自民党に政権が変わった時意思疎通ができないとかなりうまく対処できなかったとも言われる
結局個人的にも日ごろの意思疎通がうまくいっていないと緊急の時対処できないのである
そのことを一番示していたのが事故の時吉田所長と東京の東電幹部がテレビ会議をしても意思疎通できなくなっていた、吉田所長は現場の監督であるから自分の意見を言ったが東京に住んでいる人たちと意思疎通できなくなっていたのである
いくら通信が発達しても離れているとそうなりやすいのである
だから原発は東京に作るべきというのは正論だったのである

そこなら近いし安全を監視する都民がいて東電の本社で四六時中監視できるからである
それができなかったのは一千万の都民が反対するからである
安全神話を作るくらいだからそれだけ安全なら都民を説得して原発を作るべきだったのである、それできないなら福島までもってきて作るべきではなかった
だからこれは都民の問題でもあった、福島に都民が電気の必要のためにおしつけたとなるからだ

そのために原発周辺はずたずたにされたのである
それは津波の被害地域でも政府の復興政策は失敗したと指摘する人もいる
何かそこの住民と密接に話し合わないで一方に決めたのである
そこに住んでいる人たちの言い分を良く聞かないで復興事業を開始した
でも土地を整備して嵩上げてしても人が住まないということにもなったのである
そこに住んでいる住民の意志は無視されていた、十分な話し合いもなく政府が強権的に政策を実行したためである
そして自治体側ても政府のなすままであり何か有効な対策をたてることもできなかったのである
ただ緊急の時はえてして付け焼刃のようなことをする、じっくり互いに話し合い検討できないからである、だからこそ政府は実行力があり権力があるのだからその上に立つ人により下も影響されて甚大な被害になるのである

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2018年12月27日

漁業権が外国企業に売られる? (地元の漁業権は原発事故を起こした東電に売られていた)


漁業権が外国企業に売られる?

(地元の漁業権は原発事故を起こした東電に売られていた)

政府は6日、漁業権を地元の漁協や漁業者に優先的に割り当てる規定を廃止する水産改革関連法案を閣議決定した。養殖業への新規参入促進が狙いで、約70年ぶりの漁業制度の抜本的見直しとなる。臨時国会での成立を目指す。公布から2年以内に施行する。

 漁業法を改正し、漁業を営む権利である漁業権を都道府県が付与する際の優先順位の規定を廃止する。既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける。
 公共の資産である海が売られる。新自由主義政策で漁業権が投資商品になり、大手外国企業も参入して買い占められ、魚の自給率が低下していく(堤未果『日本が売られる』) 

 <漁業権開放>漁村の資源管理が混乱 生活基盤が崩壊する 「お友達」便宜供与の実態(日刊ゲンダイ)
  
そもそも漁業権は法律的にどうなっているのかわからない、都道府県のもの自治体のものとしてあったのか?
不思議なのはこの辺では原発事故でわかったことは漁業権が東電に売られていたことである
そもでわからないことは東電で事故を起こしても漁業権を売ったとしたらそれを放射性物質で汚染されても文句言えるのだろうか?

漁業法を改正し、漁業を営む権利である漁業権を都道府県が付与する際の優先順位の規定を廃止する。既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける

漁業権を都道府県が付与する

そうなのか?すると漁業権を付与するのは県にあったのか?

県→漁業権付与→東電に漁業権を売る→多額の補償金をもらう      

海が汚染されたことで東電と交渉→さらに補償金を増やしてもらえる

これも前から指摘してきたけど矛盾しているとなる
漁業権を与えたり売ったりできることが本来できるものかと疑問を呈している人がいた
それは釣りで楽しむ人だった、そういう人は漁業権がないから漁業組合に金をはらって釣りさせてもらっているからである
それで不満で言っていたのである

原発事故が起きるまで漁業も苦しいなと見ていたが実際はそうではなかった
原発事故前からも原発御殿が建っていたので関係ない人はうらやましがっていたのである原発は漁業組合の許可がないと建てられない、もして反対したら建てられないのである
でも東電に漁業権を売ったのである

既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける

漁業権はそもそも東電に売るために与えられていない、とすると県でも自治体でも漁業権を売ることは許可されないはずである
県と自治体のものでありこの趣旨にそって保有できる権利なのである

漁業権を売ることは法律違反だった?

漁業組合でも県でも自治体でもそれを許可したことは法律違反だった?

このことを問題にしている人はほとんどないのも不思議である
なぜこれを言うかというと原発事故事故の被害が大きいからそうなった
誰に責任があるのかとも問われた
その裁判も行われて幹部が有罪にされたからである

そして今また漁業権が自由に外国人にも売買されるというのは何なのだろうか?

それは怖いことではないか?外国人に漁業権が売買されればどうなるのか?
原発でも建て安くなるという、なぜならそれを取得して売れば多額の補償金がもらえるからである
これも怖いことだなと思った,それに対して文句言うこともできない、権利を売り渡すのだからそうなる            

そもそも県とか自治体がなぜ東電に漁業権を売り渡したとき許可したのだろうか?

その辺の事情とか法律も明確化されていないのである

海は誰のものなのか?

土地は誰のものなのか?

これは私的に所有できるものなのだろうか?それは大きな疑問なのである
それは江戸時代にはなかったことであり山でも入会権があり共同所有で管理していたからである
明治になって過度に私的所有が認められて山は無数に分割されて公共的な安全工事も簡単にできなくなった、分割されているからいちいち所有者の許可が必要になったからである
海すら原発事故後に自分の前の海には権利があるとして主張したりした人がいた
避難区域では道も私道として自分のものだと主張して補償金を実際にもらった人がいた
それから猪苗代湖の湖畔の土地も所有者がいてバンガローなどを建てていた
そして自分が自転車で誤った侵入したら怒られたのである
なぜ湖の岸とか海でもプライベートビーチにできるものなのか?
その弊害が明治以降どこでも起きたのである、私的権利を主張してそれを認めすぎたのである

プライベートとは奪うという語源がありまさにそうなったのである、土地でも海でも山でも私的権利を主張されて公共的なものとしてあったのが所有されたものか私的に奪われて分割されたのである
第一海とか土地でも山でも分割できないものとしてある
だから私的所有になじまないのである、それは漁業者が海で生活しているのだから所有する権利があるというのはわかる、しかしそれは東電に売るものとしての権利ではなかったのである
だからどうして県とか自治体とかで許可したのか?
それとももともと漁業権者のもの組合のものだったのだろうか?
この辺の法律的なことがわからない
日本の資産が水でも水道でも民営化して外国企業にも売られるというのも危機であるというのもそうである
こういうことに意外と関心がない、水道も実際は運営するのに金がかかり政府では外国でもまかせてしまおうとしている
水でも公共的要素が大きなものでありそれでこれは日本の危機だとして指摘した本を出した人がいるのも理解できる






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2018年12月21日

カルマは公正に配分される (原発事故も同じだった)




自分がいろいろと苦しみ意識したのは意識させられたのはカルマでるある
そもそもカルマといっても苦しみがないと意識されないのである
カルマは苦しみとなったとき意識される
それが原発事故と関係があるのか?
やっぱりここにあった
何かカルマが公正に配分されたことである

双葉と大熊とか原発で一番恩恵を得た地域は一番被害があった、住めなくなった
その隣の浪江町も悲惨であり人が帰らないし崩壊した感じになる
その隣の小高は浪江よりましでもやはり帰ったのはほとんど老人であり被害が大きかったつまり原発があった場所から距離に比例して被害の大小があった

そして小高は東北電力で原発を建てる工事をはじめようとしていたとき事故が起きた
それを知っている人は意外に少なかった、私自身も知らなかった
小高に原発できたら原町でも相馬市でも30キロ以内になるから危機感をもってもいいはずだが知らない人が多かったのである
その危機感を伝えるものもマスコミでもいなかったのである
ただ原発を作るかどうかは小高町だったら小高町だけで決められるという恐ろしさを自覚した      

例えば極端になると双葉と大熊の土地の所有者が東電にその土地を売りあとは漁業組合から漁業権を買えばできたのである
現実にそうなっていた、そして県の許可が得れば作れたというからあまりにも誰も原発に恐怖感もなにももっていなかったのである
小高の腕のいい大工さんでも小高は景気が良くなるよ、原発が建つからなと喜んでいたのである、その人も全く利益のことしか考えていない、これはみんなこの辺の人はそうだったのである

そして県庁のある福島市など30キロからはずっとはずれているから関係ないと思っていた自分も30キロからはずれているから遠いから関係ないと思っていたのである
でも福島市はこの辺より放射線量が高かったのである、郡山市とか白河市まで影響したのである、これもカルマだったなとつくづく思う
県庁で知事が勝手に双葉大熊の土地所有者から土地を買い原発の許可を与えたということである、その責任は重く結果的にカルマがそこにも重く配分されたのである
そして補償金はもらえないから余計にそうだったとなる
ただ飯館村は例外でありとばっちりを受けた
事故とか事件があると必ず関係ない人でもとばっちりを受けるからだ
だからカルマは一人の人間だけにとどまらない、周りにとばっちりがゆく、それで回りも苦しむのである
ただその分補償金は高くもらえたからそれでかえって喜んでいる人たちもいた
被害がカルマの苦しみがあったが今回は30キロ内は補償金もらえたということでカルマが軽くされた
でも南相馬市などは30キロで区切られてその心は分断されて復興しにくくなったのである

カルマは家族でも必ず配分される、一人にとどまらない、誰かが借金で苦しむ、病気で苦しむ、何かで苦しむと家族全員が苦しむ、一人にとどまらないのである
親戚でもそのカルマが回ってくるから怖いのである
それは苦しみとなって現れないと意識されないのである
でも原発事故でカルマは公正に配分されたともみる
ただ今回は補償金がありそれでそまカルマは軽くされたことは確かである
でもこれから原発のリスクがこれだけ大きいことを知った、それを知っていて原発を誘致するとなくとそれだけの覚悟が必要になる、補償金はもうこんなには払えないとなる
それであまりにも原発の安全にコストがかかりすぎると外国への輸出は日本では中止したのである

ともかく家族の介護で苦しんだ自分のことを書いた、これも自分一人が良くされたから
カルマが自分一人にのしかかり自分一人が四苦八苦して援助されることもなかった
それもまたカルマだった、双葉大熊はそれだけのカルマを作っていたからまたそこはもう住めなくなったともなる
カルマは公正に配分されるともなった、だから何らか苦しみとなった時人はカルマを自覚する、でも苦しみがないと自覚しないのである
でもいつか必ずカルマは現れる、なぜこんなに苦しむのだろうという時やはりその人のカルマが現れたためである、それは必ずいつか現れる、おそらく人類の罪もいづれカルマとなって現れというとき滅びるというときもそうなのだろう
カルマが積もり積もって最後に滅びるほかなくなるということである

posted by 老鶯 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年12月18日

原発事故が起きた原因 (グローバル経済が深く関係していたー田舎でも農業などに無関心だった)


原発事故が起きた原因

(グローバル経済が深く関係していたー田舎でも農業などに無関心だった)

原発事故がなぜ起きたかというと私自身がしきりに農業が大事とか農業もしていないのに語った
ところが農業でも林業でも漁業でもグローバルの影響が大きかった
江戸時代は完全な自給自足社会である
村という狭い範囲でほとんど自給する生活である
エネルギーは炭であり家建てるにも近くの森の木を利用して屋根は茅葺だから萱を材料としていた、外から遠くからまして外国から運んでくることなどなかった
それはできなかったのである
グロ−バル経済になったのは輸送力が飛行機でもなんでも格段に進歩したからである
文明の発展は輸送力と比例するのである

文明とか大きなこととは関係ないようでも関係している
輸送力がますと地元で生産されるものに無関心になる
もし自給自足の村のような社会が基本としてあれば身近なものに一番関心をもつ
それは生活にじかにひびくからである、食べ物でも身近なものでまにあわせいたら
もしそれがとれないとすると別に農業していなとしても遠くから運ばれないのだから
危機になるしそういうことを学者でなくても肌で感じていたのである

それで最近私自身も気づいた、例えばどこの田舎でも今は農業とか林業とか漁業でも関心が薄いのである、それはなぜなきるか?
食料でも木材でも他の物資でも常に外部から外国からでも入ってくるからである
それでむしろ中東の石油の値段とか常に気にすることになる
他でも外国のことをこれだけ気にする時代はないのである
外国という時何か文化的なものとかではなく直接の生活にかかわことなのである
石油がなかったらもうおしまいだとなるのもそうである
もし炭で生活していたらそうはならないからである
中東で何があろうと関係ないとなっていたのである

それは国内の生活でもそうである、別に地元で米をとれなくても他でとれるからまかなえる、今は外国でも米を生産しているから輸入できるとかなる
そうなるとどうなるのか?地元の農業とか第一次産業に無関心になるのだ
農業している人は別だがその周りの人も関心がないのである
私の場合、農業をいつも生産の観点ではなく自然に調和したものとして景観として見ているきるである、田んぼでも自然のように見ていて俳句とか短歌とかを作っているのであるそれで極端化したのは八沢浦が津波で元の美しい入り江にもどったということを写真で紹介したとき反応があった
地元の人はそこで死んだ人などがいておしかりを受けた、それも当然だったのである

なぜそういうことが起きたのか?
つまり農業をただ景観とか美的なものとかからしか見ていない
そこから食料が米でも調達されるとして見ていなかったのである
なぜなら今でもそうだろう、米などいくらでも入ってくる
それもうまい米がいくらでも外から遠くから入ってくるから必ずしも地元の米を食べる必要もないからだ、現実にそういう人が多いのである
田舎に住んでも農業に関心がないという人が多いのである
農業のことを知らないのである、これが地元でとれたもので生活している時代なら命にかかわるから無関心ではいられないのである

例えば前は栃窪でとれた米は水がきれいだからうまいとか言って知り合いがいて買っていた、でも今はスーパーでいろいろなうまい米があるから買っている
この辺では原発事故以後は飼料米として売っているだけである
これが原発事故と何の関係があるのか?
それは依然としてこの辺で米がとれなくても外から買えばいいとか汚染されても食料でも買えばいいとかなる、でももし自給自足の生活をしていたらこうはならなかった
もし外部から米でも買うことができないから死ぬほかないからである
そういう生活と今のグロ−バル経済の社会とはあまりにも違っていたのである
田舎でもそれは確かにまわりは田んぼでもその田んぼに関心が薄れていたのである

ところが農業は自然と密接に関係していた、その最も関係していたのが水が汚染されたことである、水は別に農業しなくても日々必要なものだから誰でも困ったのである
また一時この辺では放射能汚染で石油でも入らなくなり車が利用できなくなったとか窮地に追い込まれたのもそうである、それが外部に頼る経済だからそうなっていたのである
田舎に住んでいても農業とか林業とか漁業に関心ある人はそれに直接たずさわる人たちはあっても他ない
そして直接たずさわる人たちも農業でも漁業でも林業でもグロ−バル化して広域化経済になりやめたいとかなり後継者がいないとかなり関心がない、重要なものとして見ていないのである、第一次産業にたずさわるのは一割もいなとかなっている
農業でも田舎でもいない、90パーセントは会社員なのである
だから漁業より原発で補償金をもらった方がいいとなっていたのである

そういう時代に原発事故が起きたのである、それは大きな文明とかグロ−バル社会か影響していたのである、その結果として原発事故が起きたともなる
なぜなら地元で生活する物資でもほとんど外部頼り遠くから運ばれるという時当然そうなる、石油がなければ農業すらできない、ハウスで栽培して石油を使っているからである
つまり石油文明であり石油なしでは社会が成り立たないとなればそうなる
その延長として電気も同じなのである、だからこそ原発が大事だとなる
グロ−バル経済と広域社会の矛盾が原発事故にも現れていたのである
そうした文明を見直すことも必要になったのである
ただそれはそういう社会になっていてそれが当たり前になっているとき本当にむずかしいなぜなら炭で生活する時代にはもどれないからである
でもなぜ原発事故が起きたのかということを考えるとあまりにも足元のことに無関心になっていた、させられていたとなる

原発が地元にどういう影響をもたらすか真剣に考えない、もし自給自足の生活をしていたらもし放射能に汚染されたらもうここでは食料も調達できなくなり住めなくなるとなれば真剣に考えたのである、それが田舎に住んでいても無関心になっていたさせられていたのである、原発事故はそういうことを気づかさせた
それは実は農業だけではないグロ−バル経済は様々なことで田舎でも影響しているし全般に影響している、都会だったら過疎地とか田舎など必要ないとなる
別に食料は外国から買えばいいとなるからだ、そういう社会だからそういう考えになる
だから地方は重んじられなくなったのである、最大の価値は車とか工業製品になったのである
それがやがて都会にもはねかえってゆく、原発事故では実際は東京まで放射能で汚染されたし遠くでも栃木県などの方が放射線量が高いということもあったし東京の飲み水も上流のダムが汚染されたからである


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2018年12月15日

畑でカリウムをまいてセシウムが減った (個人的に畑で野菜を作る老人)


畑にカリウムをまいてセシウムが減った

(個人的に畑で野菜を作る老人)


稲作に多量のカリウムを投入すればセシウムが入らないから
効果的も子どもの理科の実験程度の知恵に過ぎない。
毎年同じ事を次は私費で継続出来ますかと問ったら誰も出来ないだろう。
今の国の米価では作っても赤字。

カリウムがセシウム吸収を抑制するのは事実だが、
だからといってセシウムが消えるわけではなく必ず作物に吸収されてゆく



駅であった畑で野菜を作っている老人が女性であるがしきりにカリウムを畑にまいてセシウムが減ったと言っていた
その女性は大阪に娘がいて作った野菜を送るのだが放射能のことでいらないと言われたので放射線のことを講習会などで勉強したという
確かにカリウムは効果があってセシウムの放射線量が減っている
でもそれにもいろいろな意見があり何が効果的なのかわからないし実験中なのである
ただ放射線量が減ったことは確かだから効果があったとなる
それはセシウムの放射線量だげである

ここのサイトの説明で大根でも上半部は放射線量が高く下半分は低くい
それで表土を削る除染をした、今でもそのために飯館村では表土が削られた無惨な状態になっているのである
表土には栄養分がありそれで回復しないのである
何か花でも肥料をやらないと栄養分がなくなり花が咲かなくなる
それは野菜でも米でも同じだとなる

放射線量は部落単位だとか計って市場に出している、でも個人的にしている人は計ってはいない、知っている人は放射線のことを何も知らない、心配もしていない
ただ地元の野菜売り場には出していない
なんでも常磐高速の売り場に地元の野菜を置くようになったら六号線の売り場は売れなくなったという
それもわかる、あそこは人の出入りが本当に多いからである
そしてお土産でも品物が多いから買い物にはいいとなるからだ

その人は農業について結構詳しい、誰かに指導されたのかと聞いたらテレビを見たりと独学だという、その人は牛糞を発酵させて肥料にしている

牛の糞による堆肥と言うと何だか臭いが気になりそうですが、牛糞堆肥は臭いはほとんどありません。これは発酵という過程を経ていることによります。牛糞堆肥を作るのは一般的には3か月から6か月ほどという長い期間が必要になります。


知っている人は角田まで鶏糞を買いに行っている、それは臭いのが難点である
その人は農業に詳しいようでそうでもなかった
農業は奥が深い、実験の繰り返しでなんとかコツがわかる
つまりもこれも長年の経験でしか会得できないのである
何か私は化学とかなるとまた苦手である、ただ農業には興味がある
でも実際に野菜などを作ったことはない、花は庭に植えていたがなぜかた土が悪いのか
一年くらいで花も咲かなくなるのである
花の手入れだけでも手間なのである
家事から何からあらゆることはできない、ただ人の話を聞くにも少しでも経験していると話を合わせられるのである

いづれにしろ放射線量を減らすとしてもやっかいである
何が本当に鉱かるのかわからないということである、農業に詳しい学者すらわからない、なぜなら実験中だからそうなる、この辺は放射線量を調べる実験場にもなったのである

ともかく飯館村でも野菜を作って孫にくれようとしたらいらないと言われたとありそれは悲しいとなる、それで今日聞いた女性も娘にその孫にも食べさせてやりたいだできない
それでなんとか放射線量を減らす勉強していたのである
この農業の被害も原発事故ではあまりにも大きいものだったのである

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2018年12月11日

原町区の深野の人が東京の方に牛売りに行く (30キロで区切られて補償金が少なかったことの不満を言う)


原町区の深野の人が東京の方に牛売りに行く

(30キロで区切られて補償金が少なかったことの不満を言う)

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駅で今日朝に会った人は深野の人だった、東京の方に牛売りに行くという
東京の方で大きな牛を売る市が開かれる、そこでセリで売るから値段は決まっていないという、肉質で値段が決まるという
その人は小規模に牛を飼っている人である
深野に大きな牛舎があったから大規模にしている所もあった
それを震災以後放射能被害でやめていた
その人はつづけていたのである

それで不満だったのは30キロで区切られて原町区と同じようにもらえなかったという
その不満をしきりに言っていた
ええ、そうなのか?深野は原町区であり同じようにもらっていたというより
例えば石神とか放射線量が高かったから街内よりもらった人がいた
その人は新しく家を建てた、おそらく資金ができて建てたとなる
ただローンも組んでいるからそれほど余裕あるという人ではなかった

それにしてもなぜ深野ですら同じように補償金を払わなかったのか?
それは本当に不公平である、それは他でも30キロで区切られるとその内と外ではその差が大きすぎたのである
それでもめるようになった、それは政府で放射線量の度合いで補償金の額を決めたわけではないからである
ただ30キロで区切りその圏外は補償金を払わないとしたのである
そのことで市町村が分断されたのである

それに対して市町村で対策できなかった、それで補償金が金が恨みとなって市町村が分断された
30キロ圏で区切られた結果、それは鹿島区の塩ア辺りで女の人が子供も争っていじめになっているとか補償金がもらえないので苦しいとないて訴えていたのである
ここだけではない、前の都路村とかでもそうして区切られてもめていた
放射線量は全く変わらないのに差別されたからである

牛を売るという時飯館村でも被害が大きくやめた人が多い、でもその人が言うには補償金を多くもらった人は大きないい機械を買ったという、それでうらやましがっていた
それだけもらった人はもらったのである
飯館村では補償金の額が多いからと外に出て立派な家建てて帰ってこないとか言う
それで飯館村では残る人と残らない人に分断された
出ていく人は補償金をもらって外で暮らしたいとなったのである

これで何がおかしくしたのか?

政府で30キロ内で補償金を払う払わないを決めた

それにたいして自治体では何の対策もしなかった

そして分断された

南相馬市だと合併したのだから平等にするべきだった、少なくとも何らかの対策が必要だった、例えば鹿島区は半年で医療費とかの無料とかは打ち切られた
それで不満をもっている人がいる、原町区は今でも無料とかともいう
長く補償されていたし高速もずっと今まで無料である
やっと鹿島区は市長が変わり高速が無料になったのである
それで前の桜井市長に不満を言う人が多いのである、ただ原町区の人にとってはそういうことはない、鹿島区の三倍もらっしいるし他にも補償がつづいていたからである

とにかくこの補償金ではもめた、理不尽だったのである
そのことが今でも尾をひいている、それで協力しづらくなり復興が進まないということもある
いくら政府で決めてもそれを自治体の都合とかありそのまま受け入れることは問題だったそれは原発そのものが政府主導であり逆らえない構造になっていたと秘密にされていたとか前の左藤知事が言っていた、それでプルサーマルのことで抗議してそれがきっかけで政府ににらまれて別な件で逮捕されたという説もある
政府は権力をもっているから一方的に決めてしまう

それに自治体が対抗できないのである、そのことで復興が進まない原因にもなる
原発事故では政府の対応とかが厳しく問われたがその責任は誰もとっていない
また自治体の対応も問われたがこれも何の対策もなくただ分断されて協力できないようにしたのである
そこには議員でも何の働きもなかった、現実に鹿島区の議員が仮設の小高の人を応援して票を入れてくれと頼みにきたのである
南相馬市になったのだからそれも仕方ないがそれにしてもその議員にしろ鹿島区の不満を考えないのである
ともかく政府と自治体の関係が問われたことは確かである
ただ国の方が政府が権力をもっているから自治体でも逆らえないということが原発事故の原因にもなっていたのである、原発は国が推進するものであり強力な国の権力で推し進められたものだからそうなった、事故以後そうだったのである

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2018年12月04日

南相馬市の仮設は終了取り壊しがすすむ


南相馬市の仮設は終了取り壊しがすすむ

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はる食堂は小高ではじめるという

双葉食堂はいつも満員だから向こうに移れば客も見込める
浪江とか双葉に近くなるからその辺からも客が来るかもしれないからだ
鹿島でも工事関係者の客が仮設ではほとんどだった
地元の人はわずかだったからここではもうやっていけなくなった

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ここにも仮設があったが壊されて大東建託が3棟建つ

向こうの家は建築土木関係の家だという
それだけもうけたから立派な家を建てたともいう

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南相馬市の鹿島区の仮設は終了した、まだ住んでいる人がいるが来年の三月で住めなくなる
それにしてもまた一区画に大東建託が3棟建つ、そこも仮設があった場所である
なんでこんなに大東建託が建つのかと思う
もう20棟以上になる、そんなに借りる人がいるのか?
そんなに需要があるのか?
需要が見込めるから建てている、それはなぜなのか?

大東建託側の事情もある、利益だすとさらにその金を使って新しく増やすのが経営上いいためにそうしている、コンビニでも同じように増やすからだ
でもこんなに建つのはこの辺の特殊な事情のためだろう
外部から入ってきた人たちが多い
鹿島区も多い、新しい街が三つくらいできた感じになる
まるで変ってしまったのである

そして外から来た人と駅とかでも良く会う、それだけ外部から来た人達が住むようになったのである、まず2割くらいは外部から移り住んだ人たちかもしれない
原町区でもあれだけの復興住宅が作られたのだから多い
だから南相馬市の人口は5万とか減ったとしても実際は多いのである
原発事故で移り住んだ人たちは市の人口として数えられていないからである
南相馬市の市民にはなっていないからである、手続きではそうなっている

いづれにしろ震災以後仮設も修了してまた一段落である
鹿島とかは前より良くなったのである
相馬市にあった障害者の学校も大きい、その工事も大きなものにある
それでそれを請け負う建築会社は車を増やすなど大きくなったのである
建築会社は震災以後は大きな工事をつづけてきたから成長してもうけた
これだけの工事があるということはなかなかありえなかったからである

障害者の学校でもそれなりの規模でありこれができるとまた町がにぎやかになる
駅でも利用する人が増える、周りにも影響する、何かしら飲み食いしたり金を使うからである、波及効果がある
障害者というのは何かアサガオでもありそこで働く人も多いのである
良く私は障害者と会うからである、まず障害者の数もここだけではない全国的にも多いと思う、それに費やされる労力も大変なものになる


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2018年11月18日

セシウムは水に溶ける溶けないの問題 (飲料水は安全なのか?)


セシウムは水に溶ける溶けないの問題

(飲料水は安全なのか?)

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水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

チェルノブイリ地域のPripyat川と福島地域の口太川における放射性セシウムの水溶解性を比較した。その結果、チェルノブイリ地域では放射性セシウムの溶存成分の割合が70%程度であるのに対して、福島地域では30%程度であり、前者で水溶解性が高いことが分かった。またその原因として、チェルノブイリ地域では、懸濁粒子中の粘土鉱物への放射性セシウムの吸着が、天然有機物(腐植物質)により阻害されるためであることが、X線吸収法(XAFS法)などの分析から分かった


イギリスのタイムズ紙は6月13日 『福島第一原発を廃炉するまでに必要な200年間の時間の待機』(Japan faces 200-year wait for Fukushima clean-up)と題して、小野明福島第一原子力発電所長が『福島第一原発を廃炉するには200年以上の時間が必要』と正直に語ったと報じる。


福島、水源に浸した布から

高濃度セシウムを検出!

汚染地域は未だ住んでいい

レベルではない!

飲み水にセシウムが

混入するのは必至

内部被曝は蓄積され…

白血病など…10年、20年後…!

食品汚染も日本中に…


ストロンチウム、

トリチウムは水に溶け

プルトニウムなども測定困難!

居住制限区域の飯舘(いいたて)村西部から南相馬(みなみそうま)市を経由して、太平洋に注ぐ新田川(にいだがわ)。

市民の水源として使われるこの川は、前々回のレポート『イチエフをドローンで空撮! 原発事故から5年を経た事故処理の現状は?』で伝えた除染廃棄物を処理する蕨平(わらびだいら)焼却場のすぐ近くを流れている。

福島県や国の発表では、新田川の川底にたまる泥からは、1600Bq(ベクレル)/sほどの放射能が計測されているが、水からは1Bq/sも出ていない。

しかし、昨年9月、市民団体が南相馬市原町区・中川原橋付近でこの川に麻布(リネン)を8日間浸した。回収した布の放射能を測定したところ、3430Bq/sという高濃度のセシウムが検出された。

リネンを長時間浸しておくと、流量×断面積×時間分の放射性物質が吸着します。水中の粘土鉱物、菌類、落ち葉などの浮遊物、プランクトンにセシウムが付着しているのです」

つまりそれは、水単体の検査では放射性物質が不検出でも、その水を飲み続ければ、少しずつ体内にセシウムが蓄積することを意味する。取り込んだ放射性物質は体内から排出されるが、毎日取り込むと排出量を上回ってしまうからだ。

新田川の水は一度地下に染み込み、今回の計測ポイントから1qほどしか離れていない大谷(おおがい)浄水場で井戸からくみ上げられた後、上水として処理され飲料水となる。現時点では市の検査で飲み水から放射性物質は検出されていないが、当然、不安を漏らす市民もいる。



ここでは相当危険なことを言っている、それも新田川とか小高の川で飲料水として利用しているから恐怖になる
セシウムは水に溶けないから有機物に付着するから水自体は計測しているから安全だとしている
ただ水に溶ける溶けないで混乱した、布を浸してセシウムが付着したのは水に溶けているというよりその中に浮遊していたセシウムとなる
チェエルノブエリでは付着する有機物がないので水に溶けた量が多くなった
70パーセントが水に溶けて流れたとなる
だからセシウムが水に溶けないとか溶けるというのが良くわからなくなり混乱した
トリチウムとストロンチウムは水に溶けるから計測できなくなるとこのサイトには書いてある

ヨウ化セシウムは水100gに対して、40g以上という非常に高い溶解性を持っているようです。
イオン性の化合物ですので、塩が水に溶けるのと同様に溶けます。

溶けるとは、混ざるということです。科学反応でもしない限り溶け合わさることはありません


福島第一原発の事故からまもなく7年となるなか、「セシウムボール」と呼ばれる水に溶けにくい極めて小さい放射性の粒子が注目されています。去年、東京大学の研究チームが福島県北部の川で、このセシウムボールを確認していたことがわかりました。 

「事故で起こっていることを考えるにしても、溶けないことを想定するか、水に溶けるかを想定するのかで全然変わってくる」(セシウムボールを発見した 気象研究所・足立光司主任研究官) 


セシウムが水に溶ける溶けないでもわからなくなる、問題はどっちにしろ放射性物質に汚染された飲料水を飲みつづけるとどうなるのか?
水を飲めば溶けても溶けなくても口から体に入り内部被爆するのか?
チェルノブエリは30パーセントとしか有機物に付着しないから水を飲むと危険なことはわかる、日本は70パーセントは泥でありなんであれ物質に付着したから水自体にセシウムが混じっていることは少ない

表現としては水に放射性物質が溶ける溶けないではなく混じっているとなる
なぜなら水に混じっているとすれば当然その水を飲んで体内に入れるからである
ただ水に溶けたものだと排出しやすいとはなる
水に溶けないとかなると体内に残留するものがあったとなる、それは肺胞に残り放射線を出し続けるから危険だとなる

水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

こういうセシウムは危険だとなる、ただ空気にもセシウムなど放射性物質は混じっている
すると肺胞に入り内部被爆して10年とか20年後に癌になるという

この放射線の被害のやっかいなのは長期で見ないと結果を見ないと症状がでないとわからないのである
それでタバコとかその他の体に悪いものがあり放射線より危険だとしている
福島県の行政の人はなるべく安全だと説明している、それが命令された仕事だからなのだろう

飲み水は毎日飲むからそれで安全が一番気になっていた、ペットボトルを飲んでいたが金がかかるのでツルハの無料の蒸留水を飲んでいる、ただこれもこの辺の近くの川の水だとするとどうなるのか?どこの水かわからないのである
でも無料だからみんな飲んでいるのである

結局本当はこれもカルマが関係している、カルマというのはそれが苦しみとなって現れない限り感じないのである
それも本当に三十年前とか四十年前とかさらに前世までさかのぼりカルマが影響しているとなると怖い
それが確実に症状として苦しみとして現れることは間違いない
だから六十以降は病気になる人が多いし種々のことでそのカルマの清算が強いられるのである
それが自分にもありカルマの清算のために苦しんだことを書いてきた
それは過酷なものだったのである、だからこの原発事故のカルマは十年後二十年後三十年後に現れる,病気となり苦しみとなり現れるただその時老人は死んでいる、苦しむのは子孫になるのである
一代でも二代でも終わらないカルマを残したことは確かなのである

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常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明 (放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


常磐高速ど鹿島のSAで県職員がアンケートで復興の進展を説明

(放射線のことは説明されてもわからないのが問題)


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放射線の説明を聞いた場所

あとは土木関係は堤防の工事ほぼ完成したと言っていた          


地元には、飲み水に利用しているダムなどの除染を求める声などもあるが、水道設備で放射性物質の影響を取り除くことができるとした。環境省の井上信治副大臣は「実際の生活にどういう影響があるかという住民の心配の観点に立ってまとめた。丁寧に説明をしていきたい」と話した。(奥村輝)
ーーー朝日新聞(26.8.23)  

真野川ではいつも水質検査している、それで良くその検査する人とあう
真野川は上流にダムがありそこから水道の水をとっているというとき不安になるので飲み水には使ってはいない、最近は蒸留した無料の水を飲んでいる
ただこの水もどこからとったのかわからないのである
ペットボトルだと金がかかるからそうしたのである

私は科学は苦手でありほとんどわからない、そのために今回は何か肝心なことで説明できなかった、今日もそうだった
その人は県の放射性物質の汚染に関する係りの人だった
それなりに詳しいと思った
何が私がずれているのかわからないのかとなると今日話してもそうである
セシウムは水に溶けない、泥などに付着するということは聞いていた
つまり水自体にはセシウムはないという、それも何かわからなかった


水にはセシウムは交わらないということが良くわからなかった
だから水道水でも水を検査しているから安全だとなる
セシウムは水に溶けない、トリチウムは海に流すことになっているが水に溶けるという
でも泥は川に流れてくる、放射線量の高い飯館の周りの森から流れてくる
それが真野ダムに堆積するのである、現実に佐須でホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルトあったのには驚いた
だからそうした泥が真野ダムに流れて堆積しているから不安になり聞いたのである
検査の結果では虫の調査では真野川のダムの上流の方が放射線量が高くなっていた
真野ダムの下流は低い結果になっていた
その理由は何なのか、真野ダムでせきとめられて泥が流れ出さないためなのか?
真野ダムからは水を放水しても泥が流れるがそんなに流れないということなのか?
真野ダムの上流は周りの森から泥が流れて高くなったのかとなる

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同県浪江、双葉両町の計6地区で、表土のはぎ取りや高圧水洗浄、除草など標準的な方法で実施した。その結果、除染前に1時間あたり平均7.65019.12マイクロシーベルトだった生活圏(宅地、農地、道路)の空間線量は除染後、同3.3507.09マイクロシーベルトと約6割下がった。木造住宅に住み1日8時間屋外で過ごすと仮定すると、多くの地区が除染後も年間20ミリシーベルトを上回ることになる。一方、森林の線量低減率は約2割にとどまった。

森林の線量を減らすのには限界がある、なぜなら森自体が汚染されているから落葉も汚染されるているからそれが腐葉土になったとき木の根から吸い上げられるからだ
それで根が浅い植物は山菜は汚染度強かったと報告にある
それは表土が汚染度が高い下になるとそうでもないとなると同じである
それで表土をはがしたのである、でも残念なのは表土に栄養分があったから田んぼでも米を作れなくなったのである、野菜でも作れなくなった、花には影響がないので何か飯館村に沖永良部島とかから花栽培の人が時期を見て仕事に来ていることを放送していた
森自体を除染することはほとんど不可能なのである、そこから汚染された泥が流れて真野ダムに堆積される、すると放射線量は減らないとなるのである
ただ水にセシウムが交わらないということで水は飲めるとなる
それでも不安になることは確かである

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 環境省は「さらに線量を低減しようとすれば土地の従来の機能を損ねかねない。区域の将来像を検討する中で追加除染の必要性を判断したい」と話している。【阿部周一】
ーーー毎日新聞(26.6.10)

 放射性物質に汚染された稲わらや下水汚泥などは、八〇〇〇ベクレルを超えると指定廃棄物として国が処理する対象となる。ツバメは泥やわらを使って巣を作るため、巣近くの土壌汚染を反映したとみられる。 

この燕の巣を調査していた人が相馬市の道の駅で出会った
その人はサースカロナイナの学生だったのである、なぜ調査しているかわからなかったがこういうことだったのである

環境省は10日、原発事故の帰還困難区域で行った除染効果を検証するモデル事業の結果を発表した。宅地などの空間放射線量はそれぞれ80〜50%程度下がったが、元々高濃度に汚染されているため平均で毎時2・5〜8・8マイクロシーベルトの放射線量が残り、除染の限界を示す結果となった。

 モデル事業は、福島県双葉町と浪江町の帰還困難区内6地区で昨年10月〜今年1月に実施
 ーーー朝日新聞(26.6.11) 

 除染には限界がある、この辺は森が多いということが問題なのである
森は基本的に除染できない、その森林面積が広いのである
それでいい場所でもあった、飯館村など70パーセントが森なのである
それで除染には限界があり双葉とか大熊地域は住むのは無理だと素人でも思う

それは私自身が浪江で0.5だったのに双葉に入ると7マイクロシ−ベルトに跳ね上がったからだ
そのことで説明する係りの人に聞いた、もっと雨がふればよかったとそれはどうしてなのか?その時確かに雨がふったり雪がふったりしてブルームとなって雲の塊りのようになって放射性物質が東風に流された
その時もっと雨が降ったり雪がふれば放射性物質は地上にふって福島市の方に流れる量は減ったという、それもそうだったのか?
あこうぎから津島はそのために異常に放射線量が高かったのである
そこに避難したのが浪江の人たちだったのである

だから本当にずさんだったと思う、何の備えも対策もしない
ただ安全だ安全だと安全神話を築いているだけだった、危険の対策はそう言っていればしなくてすむからである、また危険だというと騒ぐからしないとなる
それで爆発して避難する時東電の社員がいて山の方に避難するより海側に避難した方がいいと言って海側に避難した人たちがいたのである
それが正解だったのである、東電の社員は専門家だから知っていたのである
放射線量を計るスピーディでわかっていたのにそのスピーディを最初に伝えたのはアメリカだったのである、アメリカの支持待ちだったのである
これが政府と東電で原発を運営していたのだから全く危険に備えていなかったのである
備える必要はない「安全神話」を作り危険だということは周りの人は口に出すこともできないようにしていたのである
情報も出さない、原発は秘密のベールにおおわれていた
そこに立ち入ることはできない、マスコミも安全神話を作っていた一員だった
莫大な宣伝費がマスコミに出されていたからである

だから原発事故以後は科学者の言うことでも県の行政でも信じられないとなった
原発の不利な情報は出されないからである、常に権力で隠蔽されてきたからである
民主主義の基本が情報公開にあるときそれが成されていないことが最大の問題だったのである、原発は厚いベールに覆われてその内部のことはうかがいしれないものだったのである、だから事故以後は科学者の言うことも信じられなくなった
行政だって国の力が県に及ぶから信じられないとなる
真実は闇に隠される、ただ今日のようにともかく県でも説明することはいいことである

その放射線係りの人は詳しいから専門家なのかと思ったらそうではない、放射線係りなったのは前からではない、こういう事態になって係になった
理系ですかと聞いたらそうでもないという、でも詳しいから関心した
例えば遺伝子というのは空気をすうために一部は壊されるという
でも修復機能があるので回復する、だから放射線で破壊されるのは3000回破壊されてそれに加えて二回くらい増えるだけだとか言っていた
それもそうなのかと思った、その人は理系でもないのに詳しいと思って感心した

普通の生活での呼吸で活性酸素が生じ、遺伝子が壊れるのは、1日100万件、癌の発生は1日5000件レベルです。
遺伝子修復酵素で修復し、修復を見逃して癌が発生したら、キラー細胞などの免疫が掃除して発病に至らないのです。

さて放射線の影響は、その強さにもよりますが、100ミリシーベルト/時程度での影響はこれの何分の1程度で、発病しない程度でしかありません。
福島での発病は考えられません。下に、嘘を言っている煽り屋がおります。

チェルノブイリ原発事故死 100万人====

「この本は公開された医学的データに基づき、事件の起きた1986年から2004年までに、98万5千人が亡くなったとしています。
死者数はさらに増え続けています」、「チェルノブイリ原発事故の死者は100万人ということで」、「癌や心臓病、脳障害、甲状腺ガンなど死因はさまざまでした。

何より多くの子どもが死にました。



こうした両極端になると素人にはわからなくなる、放射線の問題はだからやっかいであり嫌になりあきらめるとまでなる
何か症状が出て明確な結果が出てはじめてわかるものだからである
放射線の問題は危機感がない、何か今は眼に見えて症状が現れないからである
そして20年後でもガンになる人が増えたとしたらその時恐怖を感じるのである
その時は遅かったとなるから怖いのである

ともかく放射線の問題は本当は科学者でも正確にはわからない
またチェエルノブエリでも隠されているからわからない、それを暴いた人もどこまで真実なのかわからない
だから何を信じていいかもわからないのである
今回の事故はそうして科学者を信じられなくなった、科学者は公正に科学を追求している人たちではない、御用学者のように政府の権力者の言いなりになり科学的公正さより権力側の言いなりにり発言していたからである

科学者は信用できない!政府も信用できない 行政も信用できない、マスコミも信用できない

そしたら何を信用すればいいのかとなってしまったのである
放射線量のことでも除染のことでもいろいろ言うことはある
でも根本的に信頼を失ったことが致命的なのである
何か不利な情報でも公開したり事故に備えた訓練をしたりとそれをするべきだった
そうすると原発が危険となり騒ぐから作れなるからという理由で「安全神話」を形成したこと自体が過ちだったのである

いくら科学のことがわからないにしても人間はどこでも人間との信頼関係が一番大事だとなる、そうしないとまかせられないからである
留守を頼むとするその人も信用しなければささいなことでもまかせることができないのである
それが原発ではできていないから信頼関係を作れないものなら作るべきではなかったのである
交通事故とか電車でも事故はある、それは許容されているのは信頼関係が全面的に崩壊するような事故にはならない、許容範囲になるから車社会でも鉄道でも維持されているのである
原発はそういうものとは違っていたのである

だからいくら放射線は怖くないとかなにがいろいろ科学者が言っても信用できなくなったのである、それは科学の問題ではない人間の信頼関係が築けなかったことにあった
科学は完全ではないし科学者も全能ではない、だからこそ謙虚になり事故だって起こりますよとか安全対策をするべきだったのである
それがただ安全神話を作り後は一切口を封じさせていたのである
だから科学の公正さなども偽れるし科学者でも行政でもマスコミでも信じられなくなったのである
今だってどこまで正直に報告しているのかわからないのである
そういう不信感があり科学でどうのこうのといっても信じられなとなってしまった
科学には科学者には公正さを追及するものがあるとしても権力によって歪められることもあるから信用できないとなってしまったのである     

ともかくはあらゆる分野での問題が生まれた、科学でも政治でも行政でも報道でも伝説なども取り上げられた、宗教すら関係していたそれで私自身が全能の神に祈りをささげたことでもわかる
解決しようがないからそうなったのである
郷土史とは実は地質学なども関係しているから総合的な学問なのである、主に理系だから科学の知識がないと発言ができないものだった
ただ何か文系でもこうして調べてゆくと科学的精神が身につくのかともなる
それはあくまでも文系的なものでもやはり科学的精神が身につくともなる
県の説明の担当の人は文系でも説明していたからである



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2018年11月16日

全能なる神に祈る (原発事故は科学者に頼っても解決できないから)


全能なる神に祈る

(原発事故は科学者に頼っても解決できないから)


この大災難は何故なるか
そをたずねるも知りえじ
確かなることは神は人に苦難を与える
自然災害のみならず様々なの苦難あり
しかし原発事故はいかなるのものか
それは人間の奢りから生まれた
科学は万能にあらじ
しかし万能なるを望み過剰な期待を抱く
科学が科学者が神のごとくになる
何々が成功したというとき
それはまた一つ人間の万能に近づく標し
そこに災いが生まれる
人は科学にすがる
科学者にすがる
しかし科学者は万能にあらじ
その科学がなべての恵みを与えるや
その科学に頼りすがるも
科学は科学者は万能にあらじ
もろくも打ち砕かれぬ
そして故郷は荒廃しぬ
人は科学に頼り限りなく欲は増大する
実りは神から自然から与えられしもの
人の手により科学によりもたらされしものにあらじ
そこに災いの元のあらじや
人は科学は全能にあらじ
すべては科学の力によってもたらされる
しかしもろくも人の技は砕かれぬ
その災いは大地を森を海を汚し住めなくさせる
そこに科学に科学者を万能として頼る呪いがあった
我らが頼るべきは何か?
全能なる唯一の神なり
その神のみぞ解決しえる
全能なる神よ
希望と力を与えたまい
希望と平和をあたいたまい
天なる力の働きたまい
我らの心を強くしたまい
悲しむ者は幸いなり
神はその涙をぬぐいたもう
祈りは力なり
神に通じる力なり
人の世に災いは尽きじ
災いから逃れさせたまい
それを科学や金でも解決しえない
希望と力を与いたまい
苦難に立ち向かう力を与いたまい
全能の神の力の働きたまい
我らの切なる祈りを聞き入りたまい
その時再び故郷は国もよみがえる
そして長い平和の日を共に享受する
その時そこに真の実りが生まれる
その実りは安易に奪われない
またこのように砕かれることはない
苦難を経し故の実りなれば
家族も故郷も国も苦難により
より強く結ばれることを知るべし

ここて起きたことは何なのか?そして自分自身に起きたことは何なのか?
その非情なることは何なのか延々とと自らにも問うてきた
その解答はないが本当にこのうよな過酷なことがなぜ起きたのかとなる
その原因も追究してきたが一つの明快な答えはない

ただそこで問われたものに科学への科学者とかへの疑問である
現代とは科学の時代である、科学が万能とみているし期待している
何かを発見したとかIPS細胞がガン細胞を攻撃できたとか常にそういうことが伝えられると遂に癌は直せると思うのである
そこに過剰な期待がありいづれは直るとみんな思っている
つまり科学の力で解決できると思っているのだ
だから科学者が神になっているのが現代なのである

でもそもそも原子力というのが技術的に完成されたものでもないし科学者にもわからないものだったのである
事故になったらその処理方法がないことは知られていたのである
メルトダウンしたらもうお手上げなことを知っていた
でも安全神話でそうならないとしていたのである
もし科学が万能なら技術が完成するまで使用してはならないものだったのである
医療だっていろいろ実験してみてこれで安全だとしてips細胞でも治療するようになる
原子力はそういう安全性の技術は確立していないのである

そしてそんなに原発が安全ならその後の処理を放射性物質を一掃する技術を科学者が発明してもらいたいとなる
それこそ切実な願いなのである
科学者よ、なんとかしてくれ、放射性物質を処理して安全にしてくれというのが切実な願いなのである
それができるのかとなるとできないのである

そして原発事故の後の処理にしてもそれがすべて金で賠償金でできるとかなるとできない
なぜならかえって多額の賠償金をもらったためにいち早く故郷を脱出して家を建てて帰らないとなったからである
そして補償金の差でもめて分断されたのである

だからどうしたらこの大問題の解決があるのか、解決する希望があるのか?
それは肝心の科学者にできないのである、なぜなら科学者は万能ではないからだ、また金ですべて解決できるのか?
不思議なのは一人一億円与えるから避難区域に住んでくれと言っても住まないだろう、ゴーストタウンには住みたくないとなるからだ
だから金だけでも解決できない、一億円もらったらみんな便利な所に出て行って帰らないとなったからである
それも放射能で住めないとなれば当然だともなる
誰もそれを強くをとかめることができない、そうして避難区域は老人だけとか限界集落とにたような状態になりゴーストタウンになる

ではどうしたら解決できるのか?
それは全能の神への祈りしかないともなる
科学者も処理できない、全能ではないからだ
全能なる神ならできる、そんなものいるのかと疑問にもなるのはわかる
全能なる神は現実にいるしなんらかこの世界に働きかける
つまり祈りは何かをしてくれるというだけではない
祈る心が大事なのである、そこに祈りの効果が現れてくる
祈りつつなんとか打開策を見つけて働くことである

そうして祈りつつ働くときなんらかの希望が見えてくるし祈ることは力にもなる
なぜなら神は存在するからである、全能の神は存在するからである
だからこそ祈らねばならないのである
科学者になんとかしてくれといってもどうにもならない
全能ではないからである、確かにいろいろ試してはみる
それも努力である、でもそこには限界がある
科学はまるで万能のようであり科学者はその限界を示さないのである、また科学が万能のように過剰に期待しているのである
原発に関しては科学者に頼っても解決できないのである

このことは原発だけではない、この世のことは人間で解決できると思っているができない
何か一つの問題を解決したらまた問題が生まれる、科学でもそうである、AIがもてはやされてもそれがすべていい方向に働くと限らない、そういうことは歴史をふりかえればわかる
科学は技術がすべて人間の問題を解決したわけでばてはない、武器の発達によって殺戮は過酷さをましついには核兵器になって人類滅亡の危機にあることでもわかる、科学技術ですべては解決できないのである
ただ科学技術は良いものとして無制限に追求されるのである
それがいかなる災いをもたらすのか今回の原発事故のようになりとりかえしのつかないものになるとしても追求される
それはまさに人間の業でありその業(カルマ)ゆえに人類も滅びるとなるのである




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鹿島の仮設商店街は終わり (はる食堂は小高に移り整体師は原町の駅前に移る)


鹿島の仮設商店街は終わり

(はる食堂は小高に移り整体師は原町の駅前に移る)


鹿島の仮設商店街のはる食堂は小高に移って再開
なぜなのか?小高で商売になるのか?
双葉食堂は小高でも満員だった、外で並んでいた
その時は工事関係者とか除染関係者が多かった
だから鹿島の仮設のように繁盛していた
双葉食堂のラーメンとかはそもそも評判がいいし味が良かった

でも小高で商売になるのか?
何か商売となるから再開するのか?
それとも何か援助があったのか?
整体師は復興のためらしいとか言った
とすると市の方から復興のために頼まれたのか?
その辺の事情がわからない
人が帰ってもらいためだとかも整体師は言っていた

はる食堂にはずいぶん通った
あそこのカレーがうまかったし餃子定食なども食べていた
ごはんものを出している
ラーメンも味がいいし盛り付けが豊富である
だから双葉食堂と比べて悪いとは言えない

考えられることは鹿島に新しく東京で修行した人がラーメン店をはじめたからかもはしれない、そこは繁盛しているからである
他に新しい食堂もできた、コバケンなどがそうである
小高には食堂もないからまた工事関係者も来るからかもしれない、なぜなら浪江はまだ工事が多いからである
何かその辺の事情はわからない
ともかく鹿島の仮食堂は終わりである、後は仮設はみんな壊される

小高の人に駅で聞いたのだけどその人は仮設では隣の音が気になるとかそれより自分自身が掃除の時など音たてるのが嫌だった、気を遣うから嫌だったと言っていた
その人は相当神経質な女性だったのだろう
一方でいつも会えて楽しいという女性もいたのである
その女性は社交的な人だったのかもしれない、音を気にする女性はそういう仲間に交わらなかったらしい、人もいろいろだからそうなる
なんでもいい面と悪い面が生まれる
仮設がすべてのひとにとって悪いとはなっていない、でも隣につつぬけになると嫌だとなる、長屋でもいい面と悪い面があったのである

posted by 老鶯 at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年10月28日

知事の権限は原発に対してどれほどあったのか?(今日は知事選挙だけど) (どうして原発が作られたのかその経緯がわからない)


知事の権限は原発に対してどれほどあったのか?(今日は知事選挙だけど)

(どうして原発が作られたのかその経緯がわからない)

知事は県内の行政についてはトップですから、行政についてはいろいろな事を独断で決定できます。今から10年ほど前に青木都知事が都市博を独断で中止したのは記憶に新しいと思います。長野県知事だった田中康夫氏もやはり知事の権限でいろいろな事業を中止させています。

福島県の浜通りの原発がどうして作られたのか?
その経緯がわからないのである、原発を建てる土地と知事の許可があってできたということもどこかで書いてあった
そんな簡単に原発が作れたのか?
その土地は渡部恒三の土地だったとも言われる、それもわからないにしてもそんな簡単に原発が作られたのかということの驚きになる
知事にはそんな権限があったのかともなる
原発停止では新潟県の知事に停止する権限があるとか騒いでいるがそれもはっきりしないのである
原発には国がかかわっているから国で決めるものなのかとなる
最も強い権限は国がもっているからである
また行政でも地域でも権限をもっているのである
人間の社会は必ずどこかで権力が働きその権力によって動く
だからどうしても原発は国の権力が働いていたから反対することは容易ではなかった
今でもなぜ原発がやめられないのだろうとなるからだ

原発が作られた経過はずいぶん前にさかのぼるからその時運動したり決めた人は死んでいる、だから今の人には責任がないともなる
ただ積極的に誘致することにして住民も賛成していたから住民も責任があるともなる
渡部恒三はあからさまに原発を食い物にしていたのである
福島県のドンとも言われて政治力があり原発を推進した
その息子は東電に入ったりアメリカのGEに就職したりしていたのである
福島県の報道機関にも力をもっていたのである

福島県知事佐藤栄佐久は原発を廃炉にすべく手続きを行い徐々に機械を停止させようとしていた。
原子炉の寿命を延ばし能力を上げるプルサーマル計画も許可しない方針で、一時期には完全に停止させています。

民主党佐藤雄平という人物はナニモノなのか?
でちょっと調べてみたんですが、渡部恒三の甥なんですね。
つまり叔父さんが誘致した原子炉を自分の代で廃炉にしたくなかった、というかなり個人的な理由でプルサーマル計画を受け入れた可能性がある。

佐藤栄佐久知事がなぜ失脚したのか?それは渡部恒三の政治力だったのか?
甥が次の知事になったことでそれがわかる、この辺の経過は具体的な事実となっているからわかりやすいのである

しきりにニュースでも佐藤栄佐久知事がプルサーマルではしつこく追及していた
それはテレビでも放送していたから目立っていたのである
それが突然佐藤栄佐久氏が知事選挙で敗れて渡部恒三の指示通りに動く甥が知事になったのである、そして原発は金になるから私物化されたともなる
原発は今回の補償金騒ぎでもわかるように莫大な金のなる木だったのである

原発は一地域の問題ではない、それは県とも深くかかわり国ともかかわりアメリカともかかわるものであった、だからどういう経過で作られたのかそれがわからないのである
民主的手続きが成された決まったともならない、議会の承認があったとかもわからない
現実に新潟県でも知事に中止する権限があるとしてもできないことでもわかる

マスコミだって国の権力で動かされるから真実は隠される、福島県の雑誌でも新聞でもテレビでも真実は報道されないし追求されないのである
権力によってとめられるからである、第一原発に関してはマスコミに大手の新聞社でも莫大な宣伝費が流れていた、だからそうした大手の新聞社が東電に中国に接待されていたとき事故が起きたのである
公明党なども原発推進であり潮とか第三文明とかの創価系統の雑誌とかでも宣伝していたつまり宣伝費をもらていたのである、そこでの仕事は宣伝費をいかにもらうかなのである宣伝費がもらえないと成り立たないのである
インタ−ネットなら別に無料だからそんなおおがかりなものが必要ないからやれる
でも新聞でも雑誌でもそれには費用がかかるからあるゆるマスコミが報道機関が原発推進になっていたのである
今の社会は金で動く社会だからそうなる、福島民報は出資が県で半分出していて後は聖教新聞をすっている、そういう新聞社がどうして公平な報道ができるのか?
だからほとんど福島県の報道機関は官僚の言うなりであり政府の言いなりになっていた

だから新潟県の巻町では原発を協議して作らなかった、このことがどうしてできたのか奇跡的にさえ思うのである、なぜなら他ではこれだけの障害がありとても国までかかわっているのだからできないからだ、そさなのに作らなかったのである
新潟日報とかも応援したともあるからマスコミでもそうして原発に反対する新聞社もあったことはあった、それはただ例外的だったのである

いづれにしろ知事選挙であるがこれはもう対抗馬がないから内堀知事が再選される
他はどういう人かもわからない、内堀知事は評判がいい、するともう選挙する前に決まっているともなる、でも知事というのは意外と大きな権限をもっている、政策を決める権限をもっている、だから本当は関心をもつべきなのである、それは原発事故でつくづくそう思い知らされたからである、無関心なことで原発事故が起きたからである
ただ今回は投票するにしても対抗馬がないしもう決まっているとなると何か関心がなく投票にも行きたくないとなる、何か民主主義とかいってももうそれも機能しなくなっている面もある、選挙する前から決まっているとかなり一票ではどうにもならないとかなる

シルバー民主主義にもなり若者は選挙に行かないことも理解できる
老人の票がこれだけ多いのだから若者が選挙に行っても変わらないからである
だから民主主義でも無力感があり何か抵抗できないとなる
ただ知事というのが原発でわかったように大きな権限がありもし佐藤栄佐久知事がしていたら中止もありえたとすると誰がなるかは結構重要なのである
でも今回はもう決まっているとなると投票する気もないとなる
政策の相違などもわからなっかたし良く検討する時間もなくわからなかった
やはり何か選挙期間だけでなくその前から関心をもって見ていないと選挙のときだけでは後は関心がないと政治もわからないのである

posted by 老鶯 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年10月27日

「人口減」でも限界集落を見捨ててはいけない (山の幸はなくなり海側だけが電力でも原発でも富をもたらした)


「人口減」でも限界集落を見捨ててはいけない

(山の幸はなくなり海側だけが電力でも原発でも富をもたらした)

「海の幸と山の幸」

この言葉が示すように、昔の日本では、自然からの富は海からと同様、山からもやってきました。ところが、現代では海からの富は盛んにやってくるものの、山から富が社会へやってくることはあまりなくなってしまいました。

あしひきの山行きしかば山人われに得しめし山つとぞ此れ
(万葉集 巻20 4293 元正太上天皇)

つと【苞/苞苴】
《「包(つつ)む」と同語源》1 わらなどを束ねて、その中に食品を包んだも

つととはお土産である、つつむという意味もある、何かを大事にして包みさしあげるとかになる、つとから勤める、務めるとかが派生している
日本語で勤める(つとめる)とは普通に使う、でもその意味は何なのか?
つとめるとは相手に大事なものを与えることだともなる

ここの東洋経済に投稿された文で山の幸と海の幸で現代は山の幸、山から与えられるものが極端に減少したというのがわかる
木材とか燃料の薪とか炭もない時代である、石油の時代になり必要なくなった
木材は外材が安いとかなって山から与えられるもの山つとが極端に減少したのである
なぜなら山の木材で争いがあった、その入会権の争いで村同士が争ったことで戦国時代になったとも言われる、それは木材が今の石油のように重要な資源だったからである
相馬市の玉野村では丸森の木材資源をめぐって米沢藩と伊達藩と相馬藩が三つ巴の争いがあったことは有名である、それだけ木材資源が重要だったからである
つまり日本は海に囲まれていても山が多い、だから大和(やまと)だともなっていたのである、奈良は山に囲まれていたのである

その山の幸が現代では無用化した、日本ではそもそも山と海は密接に結びついていた
海から塩や魚が運ばれて山からは木材資源となるもの薪とか炭が運ばれた
それでどこにも塩の道がある、相馬藩では松川浦から鹿島の栃窪を通り飯館村に塩の道がある、それはどこでもある、長野県の塩の道は有名であり牛が日本海から塩を運んでいたその道は長いのである、塩は世界でも貴重でありローマ兵の給料がサラリーというときそれは塩だったのである
ただまた山の幸であり木材も重要だった、燃料になるからそれは世界でも同じである

山が今でも平地と結ばれているのは水を通じてである、水は山から流れてくる
山が貯水池のようになり常に水が流れて平地に流れて田んぼに流れて水を供給する
それでそれで端山、羽山、葉山信仰が生まれた、それは水を供給するということで
山に先祖がいるということで信仰になった、その先祖は春には田植えの時期には山から下りてくるというのはそういう日本の山と平地をむすびつける自然信仰なのである
それは田んぼがあれば今活きている、でも田んぼなくなれば消失する

この記事で問題にしているのは確かに海の方には現代ではこの辺では産業が生まれる
海側に福島県の浜通りでは火力発電所や原発が作られた、電源地帯として浜通りがあったのである、今では火力発電所は相馬藩内だと原町と新地にあり二つもある
そこで一か所の火力発電所には2000人が働いているとか言われる
そこは重要な雇用の場ともなっている、それから最近松川浦の港がガスを取り入れる基地となった、そこからガスが東北地方に供給される、それで新地などはそのガスの基地ができて経済的にいいとなった、それは震災以後そうなったのである

確かに海側は発展して山側は取り残されたとなる、飯館村でも牛の村として辛うじて維持していたとなる、その収入は福島県でも最低だったのである
浜通りは原発もあり景気がいいということがあったのだ、原発の効果は経済的に大きかったのである、だから船主などは補償金で原発事故前も原発御殿が建ったとかうらやましがられていた、原発長者になっていたのである
昔は山の木材資源をもっている人が長者になっていた、山が資源となっていたのである
それで飯館村の大倉の女性が私は相馬女学校に通っていたのですよと言っていた
鹿島の親戚の家から通っていたという、戦前の女学校となるとこれは相当な金持ちしかなれなかったのである、女学校出たというだけでステータスになっていた
一目置かれてのである、それ相当な金持ちしかなれない,資産家しかなれない、大倉では山持ちだったからそれだけの資産となり女学校に入れたとなる

今度は逆に原発事故では大被害に飯館村などではあった、でも逆に補償金が一億円と入るとかなるとそれで村は二分された、住む人と村を出る人に分断されたのである
南相馬市でも小高と鹿島は補償金で分断された
飯館村はそもそも原発とは関係ない所だった、でも風の影響で放射性物質が大量に流れた今でも飯館村は高いから素人でも住めないとみる、だから荒れ果ててしまったのである
そもそも限界集落というと山村に多いだろう、海側には現代になっても電力とか産業が起きていた、山側には起きない、それでこの記事では小規模の水力発電を作るということを書いている

何か日本は戦後は山は無視され利用されず無用化して取り残された
山から与えられるものがなくなった、それは国土のアンバランスを生んだのである
それは結局グローバル経済の結果なのである、外材が安いとか石油文明と化したときそうなったのである、グロ−バル経済はそうした国土が自然の微妙な生態系のバランスの上に成り立っているのを無視するのである
それが実は国土のアンバランスを作り出して全国的に山村は過疎化するとか限界集落化するとかなる、一方で海側は原発事故のようなことが起きてくる
日本の国土全体をみればアンバランスとなり歪みとなりそれが日本全体に影響してくる
だから人間はそもそもその国土の生態系を無視してありえないのである
その生態系を原発事故で汚染されて住めなくなった
まず故郷に住めなくなるということは最大の被害だったのである、石にかじりついても故郷でも長く住んだ所に住めるということが人間の生活の前提だからである

この日本国土のアンバランスをどう解消するのか?
小規模発電とか言うのはそのためである、つまりグロ−バル経済というのは日本の地域の生活をも破壊したということを知るべきである
世界貿易とか必要でありいいものだとはすべてはならない、基本となるその国の国土環境が破壊されたらどうなるのか?
限界集落のようになり人は住めなくなりそこは消滅するのである
すると全体のバランスがとれなくなり国土が荒廃するのである
そういう大きな視野をもって国造りしないと日本自体が崩壊してゆく、一時的には確かに貿易で豊かになっても基本となるものが失われたとき人は住めなくなる
住めなくなるとそこは荒地化して荒廃してしまう
それが都会に影響ないようでも影響してくる、国土とか自然は全体のことだからである
だから放射能汚染でも東京に影響したし水を供給する川にも影響した
東京も汚染されたのである、原発は日本国土にとって自然にとってどう影響するのか?
それを深く考えない利益とかアメリカの軍事的圧力だけで作られたのである
日本国土とかなると自然が長い目で見なければなわからないように長期的視野が必要になる、木が育つのに50年かかるとかなる、そういう長期的視野より目先の利益優先になり原発事故が起こしたともなる

posted by 老鶯 at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年10月26日

飯館村の大倉で小高の人と話する (その人も親を介護していた−帰ったのは実際は二割だという)


飯館村の大倉で小高の人と話する

(その人も親を介護していた−帰ったのは実際は二割だという)

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鹿島のSAのレストランでご飯は鹿島であり麺は小高になっている
ここでは協力している
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大倉のダムの公園ではごみを持ち帰りましょうと書いてあったが
ゴミが捨ててあった
やはりどこでも管理する人がいないと荒れる
大倉でも人がほとんど住んでいないと管理する人がいないから荒れたままになる
無人駅でもそういうことが起きる
ただ鹿島の場合は原町駅の人が常に回っているから違っている
でも無人駅でもそうだがこうして人が住まないということは荒れるのである
ここは南相馬市の管轄ではない、飯館村なのである
飯館村では広いし全体を管理することがむずかしくなる、そこに人が住んでいないことが問題なのである
住んで入れば汚いとかなり自主的に掃除する人もでてくるからである


その人はいろいろしゃべる人である、親を介護していて疲れたといういつも一緒にいるのもお互い嫌だから息抜きに来たという、その人は車をもっている
鹿島駅に来た人も厚生病院に親を入院させているので通っていた
でも車がないから通うが不便になる、まず小高だと車がないと生活できないように思う
店だってコンビニが一つくらいしか今はないからだ
それで帰ってきた人は三割というが二割だという、何が水増ししているという
そういうものなのかとも思った

とにかく老人が残されていて親の介護でありやがては介護している人が介護されるようになる、それで小高で一番困っているのは施設はあっても建物はあっても介護士が集まらないとかで開けないとなる、なぜなら若い人が流出したからである
もう若い世代がいれば施設で働くことがありえるからだ
それから小高病院も建物があっても開けないとかある、その後水道管の修理に7億円かかるとかいっていたがどうなったのか?
鹿島の厚生病院に通っている人も小高のそうした病院がないとか医者がいないとかの事情による

何でも農業を会社組織にして外部の若い人を入れてしているという、20人くらいでしているという、そういう人たちには13万支給しているという、それではたりないから原町区で働いていて農業もしているという、トラクターかなにかで一生懸命働いているというまず小高を見たら田んぼは草ぼうぼうで荒地になっている
それがほとんど全部なのである、第一農業をしているのは60歳以上とかの人たちでありそれは全国的にそうである、耕作放棄地が問題になる
この辺で畑で野菜を作っている女性は腰が悪いとかで他にも悪く常に病院に通っているのである、もう病人でありやっとしている、金がかかるのは医療費なのである
整形で整体でうまい人がいるからとそこで保険がきかないと金がかかる
しかし金がないのでどうするのか?自分のところに要求するとなるから困る

そして前の畑で野菜作っていた人は透析していたが脳梗塞になったという
隣の畑に来ていた人は娘に車に乗せられてきて這って農作業していたのである
でも遂に力尽きて草ぼうぼうになり荒地と化してしまった
こういうふうに跡継ぎがいないから老人が病気になったり弱ったりするともう畑も維持できないのである、そうして全国的に耕作放棄地が増えてくる

小高ではそうした耕作放棄地はソーラーパネルになる、ただ土地を持っていてもしょうがないから収入になるのはソーラーパネルだとなる
小高はもう田んぼでも荒れ放題でありでは何に利用するのかとなればソーラーパネルしかない、すでに工事は始まっている、でも景観は悪くなる、ソーラーパネル工場みたくなるそれもどうにもならない、土地を活かせないのだからそうなる
そして農業ではいくらでも今は外から入ってくる、すると買った方がいいとなるのだ
でも地元で食料も供給できないとどうなるのか、何か仕事がないことには住めない
小高のドリンク剤の会社は百人くらい勤めていたとか会社があったがなくなった
すると若い人の勤め先がないとして帰ってこないのである
他で子供も移り住んだ所になじみ親が仕事をもって家まで建てて定着したら帰ってこない親の部屋まで用意したから住んでくれというのもありがたいが親はなじんだ小高の新しく建てた住宅に夫婦で住んでいる
そして子供は帰ってくるというが帰っては来ないのである

だから何かおかしいと思う、親を捨てて自分たちだけは補償金もらって他に家を建てて親を故郷に残す捨てるとまではいかなくてもそれと同じような状態にしている
それなら親を世話するのは介護するのは地元の人たちだとなるとそのための金は払ってもらいたとかなる
現実介護したり世話するのは残った人たちだからである
そもそも補償金はただそうして外に移るために使われたのであり復興するためではなかったのである
確かに鹿島と小高は補償金でもめた、でも小高内にも問題があった
それは飯館村でも補償金で残る人と出ていく人で分断された
いづれにしろ人が住まないとなれば町でも村でも維持できるのかとなる

この問題はここだけではない、全国的に過疎地の限界集落で起きている
もう人が住まないと村は維持できないとなり外国人に住んでもらうということを決断した村もある、それで切羽詰まっている問題なのである
とにかくまず人が住んでもらわないことには村自体が維持できない消滅してしまうという危機なのである
ただ一方で都会の人たちは東京などでは田舎志向が強くなっている
田舎に住みたいという人が多くその機会がない人がいる
だから今回のようになんとかして住んでくれという要望があれば住みやすいのである
待遇も良くなるからである、それで13万を支給して農業に従事させて住まわせる試みが南相馬市ではしたのである
別に働く場は原町にもありそこで勤めて農業もしているのである

いろいろロボットとかドローンの工場ができるのはいいとして基本的に農業が復活しないと復興とはいえないともみる
農業の時代ではないにしても田舎は田畑があって田舎だと私はみる、それはただ田畑だけではない、米とか野菜をとるというだけではない、それはやはり千年とかつづいた自然との共生の人の営みだからである
だからその営みに生業(なりわい)に価値がある、ただ食料をとるだけではない、私の見方は米は日本の文化なのである
食料というだけではない文化なのである、畑でもそうである
田舎から田畑をとったら何が残るのか?それはまさに文化の喪失だから空虚に感じるのである
そこに水の循環とかあり自然の中で営みが続けられてきたことは文化なのである

つまりculrureはまさにcultivate(耕す)からきている、農業は文化なのである
だから農業が失われると何なるのか?ソーラーパネルになったりして景観も失われる
文化が喪失するのである、ソーラパネルもすべては否定できないにしろそうして工場地帯のようになったとき田舎ではなくなる
文化の喪失だからそこで生きる価値はなくなる、人間は単に食べるだけではない、文化を生きるのである
そのことでグローバル経済を批判する人がいたが同調する
グローバル経済は地域の文化を破壊したからである、文化の基はその土地を耕すことかさ発している
それが失われるときそこに文化は喪失する、工場地帯のようになり景観も失われるのである
原発事故はそうして千年とかつづいた文化も破壊したのである
歴史でも先祖とのつながりを断たれたり家族でも分断されたり補償金では村や市でも分断されたのである

ともかく自分もそうだったが介護する人が多いと思う、ということは介護される人も多い
介護社会になっている、これもこの辺では極端なものとなる
小高とかでは避難区域になったところでは帰るのは老人がほとんどでありその不安を言うのもわかる
親を介護して今度は自分の番になる、介護される方になる、するとそこに若い世代はいないのである
いくら故郷に住みたくてもそこで介護ができるのかとなる
肝心の子供世代は流出しているからだ、だから嫌でも親のところにひきとってもらうほかなくなる
現実そうっないる人が結構いるようである、この前駅にきたのは子供が親をひきとった横浜の人だったりとそういう人も多いからである
まず介護社会となるとそれは国全体に影響する、国力の低下になる、だから小高でもそうだがそういう限界集落が維持できなくなる
全国的に耕作放棄地が増えてくる、この辺ではそうした問題を先取りして極端化した場所なのである

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看護師が減ったことが大きな問題である

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2018年10月20日

責任をとらされる人が一番真剣になる (責任をとらない人は信用できない)


責任をとらされる人が一番真剣になる

(責任をとらない人は信用できない)


原発は安全ですよ、百パーセント安全です

では事故になったら責任とりますか?

誰もとらない

地元の人は責任をとらされる



投資信託はもうかりますか?

もうかります

責任はとりますか?

とりません、手数料だけはもらいます

責任は頼んだ人がとるんです


結局人間は責任がつきまとっている、生まれたときから何か責任を果たすためにカルマを果たすために生まれて来たのかともなる
責任をとらないものは無責任になる、だからこそ百パーセント安全だというが事故になったからと誰も責任はとらない、そして地元の人が責任をとらされた
故郷に住めなくなった、では地元の人に責任がないのか?
それはあるにしろないにしろ誰かが責任をとらされるのである

責任を取らされる人が最も真剣になるべき

責任をとらない人は真剣にはならない、どうせ事故を起きても責任をとる必要はない
東電では社員が月給が減ったわけでもない、みんな税金で補償金を払っている
痛みもないのである、そして責任を負わされたのは地元の人だったのである
だから責任を負わされる人こそ真剣に対処する必要があった

百パーセント事故はないですよといくら政府とか官僚とかマスコミとかが学者が言ってもその人たちは責任はとらない、罰せられることもないからである
地元の人たちは故郷に住めないという罰を与えられた、責任をとらされたからである

銀行の投資信託でもそうである、その仕組みはわかりにくいから理解できない
それを銀行がすすめる、銀行は信用できると思いまかせる
でも損したからと責任は一切とらない
とらされるのは頼んだ人なのである
そうしたら一番真剣になるべきは頼んだ方なのである
銀行は別に損することは絶対ない、責任はとらないからだ
そもそも株とか投資信託でも銀行は知らないのにすすめている
でも銀行が知らないとか関係なく頼んだ人は責任はとらされる
そしたら株でも投資信託でも頼んだ人が責任をとる
損してもあなたの責任ですよとなる
だから知らないですまされない、知らないのならやるなとなっていたのである

原発だってそうである、政府とか官僚とか御用学者とかマスコミが安全神話を作った
でも事故になったからと誰も責任はとらない
責任をとらないからこそ100パーセント安全ですよとか安全神話を作ったのである
もし事故になったら死刑になりますよとなったら誰もかかわらないだろう
もう真剣に命がけでやるから安全にも万全を期するとなる
そうしたとしても人間のやることにミスがあるから百パーセント安全だということはありえないのである
万一が必ずあるからだ、何が起きるかわからないのが人間社会だからである

ただ事故が起きてからはもう地元の人はそれを知ったのだから今度は確実に事故が起きても補償はされない、福島の原発事故の被害を知ったからである
こういうふうになるけど作ってもいいですかとなっているからだ
リスクを覚悟で地元に作らせたとなり補償はないとなる

いづれにしろいくら政府でも官僚でも学者でも技術者でもマスコミでも安全だと言っても責任はとらないということがわかった
戦争でも同じ構図だった、国民に戦争をさせたのはそうした指導する人たちだった
でも国民は戦争に熱狂していたというときまた国民にも責任があったし
現実に3百万人の国民が死んで責任をとらされたとなる
それを承知で戦争に国民が参加したのかとなるが必ず責任はとらされる

だから民主主義社会ではそうして国民が主権者なら情報でも開示させて納得させる
説明責任があり秘密主義になってはならないのである
原発のことはわからないといっても説明はされるべきなのである
何かあっても秘密のベールに原発はおおわれていて御用学者が安全を言う
素人は何も言うなという、でもその人たちが責任を負うならいい
責任をとらないとしたら地元の人が戦争では国民が責任を負うことになるから知らないですまされないのである
それは投資信託でも同じだった、知らないではすまされなかったのである

知らないならやるな

こうもなっていたのである、そして知らないですまされなくなる、責任は必ずとらされたとなるのである
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2018年10月19日

原発事故と地銀がすすめる投資信託はにていた (リスクを言わない、説明もしない、実際はわかっていないのにすすめる)


原発事故と地銀がすすめる投資信託はにていた

(リスクを言わない、説明もしない、実際はわかっていないのにすすめる

科学者はメルトダウンしたことを知っていた→でも嘘ついた

銀行は投資信託をがもうからないことを知っている→でもすすめる

それはなんのためなのか?

利益が出るからである、御用学者でも利益が得られるからである

知っていて嘘をつく、それは利益がえられるからである
それは科学者や技術者の良心に関係している

武田邦彦氏がyoutubeでそういっている

何が犯罪になるかというと知っていて意図的にそれが悪いとしてもすすめる
もし知らないでしていたら犯罪にならない
盗むにしてもこれを盗むということを意図して意識していれば犯罪になる

でも意図せずして盗むことがあるのか?

それはむずかしいのだけどある人がコンビニでいろいろ苦しみ悩んでいるとき週刊誌をみていてうっかりパンをポケットに入れてしまったのである
その人は全く意識していない、第一その時その人が多額の金を盗られたのである
だからパン一つくらいならどうでもいいと思うがもし意図して盗めば犯罪になる
でも外から見てその人は確実に盗んだとしかみえないのである
それでもその人には盗む意志は全くなかったのである、意識も意図もしないでいろいろ苦しみ悩んでいてそれで週刊誌を読んでいて注意がそっちに向いて意識せずにポケットに入れていたのである、それは防犯カメラに映っていたのである

だから意図しない意識しない犯罪がある,それは殺人だってあるかもしれない、思わず意識せずに事故のように起きる犯罪もある、だからつくづく人間の問題は犯罪でも複雑なのである、知的障碍者とか精神障碍者が犯罪を犯しても罪にならないのはそのためである
罪の意識ももてないからそうなる

では科学者はどうかとなると科学者は素人より科学について知っている、知っていて嘘をつく、原子力とか核になると素人はわかりにくいからそこで嘘をつく、でも科学者は知っていて嘘つくから犯罪になる
私はそんなことを知りませんよ、そうならまた原子力の専門家として失格だともなるからだ、そんな人がなぜ原子力を扱っているのだと責められることになる
知らないならそんな危険なものを扱うなとなるからだ

銀行でも銀行員が説明もしないで株がリーマショックの時買ったのを元にもどしたとき投資信託に回した、説明しないで投資信託に回した
その時私は営業の人はプロですからまかせてくださいと言ったからまかせたのである
でも実際は投資信託を売り手数料を確実にとるためにそっちに回したのである

投資信託を売れば確実に利益になる、投資信託は損することが多いがそれを言わない
それで今はやりのを買わせる、その時はもうもうからないのである
今株が上がっているとき売る理由がない、説明もしない
そのことで説明責任が問われて実際に裁判にもなったのである
医療でも一応説明責任が必要なのである、だから手術の時などしている

原発でも同じである、安全、安全といい私たちはプロですからまかせてください
絶対百パーセント事故は起こりませんと言ってリスクのことは一切言わない
それは銀行より悪質だとなる、なぜなら銀行では一応リスクのことはあいまいだが言うからである、また素人でもある程度わからないにしろ株はリスクはともなうことは知っている、でも私の場合はいろいろ他にすることがあり調べられないから銀行にまかせたのである
人間は何でも知りえようがないしできないからプロにまかせる
ところがそのプロは一切責任はとらないのである
それは原発関係者でも銀行でも同じである、銀行は確実に手数料はとりますがあとはリスクがあっても一切責任は頼んだ人がとるのである

百パーセント安全ですよ、ではそれで責任をとりますかとなる
今回の原発訴訟でも誰もとらない、百パーセント安全だということの責任をとらない
責任をもって百パーセント安全だと言ったじゃないですか?
その責任はどうするのですか?そうならリスクはありますと最初から言えば良かったのである、そのリスクを納得してもらい利益を供与しますからは言えばよかったのである
だから事故になっても何の備えもなく一番危険な山側に避難させたのである

要するに地銀の支店長も株のことはわからないと言っていた
ではなぜ知らないことをすすめるのか?
一方で営業の銀行員は私は金融のプロですからまかせてくださいと言わせているのか?
地銀で営業している人はそう言っている
その人たち原発関係者と同じ共犯なのである

だから原発は核のことは本当は科学者も全部はわかっていないからリスクがある
それを安全だとしか言わない、知っていて今度はメルトダウンしてもしないとか事故後も科学者は嘘をついている
もし事故が起きたら責任はどうするのですか?
死刑になりますよとかなれば軽々しくは原発を作れなくなるのである
最初からそれだけの覚悟が必要になるからである
そもそも今回のように幹部でも誰も責任をとらないからまた原発をはじめることになる
死刑になるら科学者でも自分はかかわりたくないとなるからだ

オウムの事件で何の理由をつけても人を殺したらあなたたちも殺されますよという覚悟で人を殺すならいい、でもそういう覚悟がないのに何かその時の調子で安易に人を殺した
そして死刑になったのである、死刑という責任を負ったときその重大さを重い責任を自覚したのである、責任が自覚されないからこそそういうことをしたともなり死刑になってはじめて自分たちのしたことの重大さを意識して反省したとなる

原発はこれだけ被害があったのに誰も責任をとらないからまた同じように原発を再開するそれは責任をとらないからである、もし誰か責任をとらされて死刑になったら誰も科学者でもかかわりたくないと断るようになる
東電でも社員でも一切責任はとらないし損したことはないのである
みんな税金の負担で賠償していて東電は何の痛みもないとなるからだ

いづれにしろ科学者でも知らないことをすべきではないとなる、また地元の人でも知らないことを安易に利益になるからと原発を積極的に誘致したのは責任があったとなる

知らないことはやるな!

それは科学者でもそうだし株でも投資信託でもそうだったともなる
知らないことがやる奴は悪い責任があるとなる
投資信託など仕組みが複雑でわからないからだ
それでだまされやすい商品なのである、だからこそ銀行側でもすすめているのである
相手が客が知らないということですすめる商売は今の世の中複雑だから多いのである
株は経験のないわからない人はやるなというのもわかる
そこで痛い目にあっても自己責任にされるからである 



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2018年10月16日

原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた (極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


原発訴訟−津波は東電で想定されていたが隠していた

(極端な秘密隠蔽が大事故になった−マスコミも知っていて知らせなかった)


保安院は06年にも想定以上の津波対応を求めたが東電は具体的な対応をせず、08年になって初めてシミュレーションを実施。最大15・7メートルの津波が第1原発を襲う可能性があると想定したが、それに見合った対応は見送られた

【スクープ速報!】「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!

数百億円の費用がかかると。さらに、防潮堤を建てると地元住民の反発により、原子炉をストップさせなくてはならない可能性があると。つまり、高い防潮堤ができれば、津波が来れば原発も危険なのだと住民が感じるからというのが理由です。だからこの問題はこの問題は『いったん』先送りして、何年も先に土木学会で調査してもらうということにしました。



お隣の女川原発はすでに貞観タイプを想定して報告書を原子力安全・保安院に提出ずみだった。女川と同じ貞観タイプの波源を想定すると、福島第一は4m盤の非常用ポンプが運転不能になることもわかっていた。



原発の問題は過度に秘密主義になっていたことである

「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!震災から5年、東電が「巨大津波」を予測できていた「新証拠」を福島原発告訴団・代理人の海渡雄一弁護士が岩上安身のインタビューで証言!

「何度も司法記者クラブで話したが、新聞は記事にしなかった」衝撃の事実をIWJで公開!!


何度も話したが記事にしなかったというのは重大な報道の意図的な隠蔽だったのである
だからマスコミは信じられないとなったのである、今回の原発事故でもあらゆるマスコミが「安全神話」に組みするものであり
危険は報道されない、それは多額の800億円とかの宣伝費が電機連合とかから流れていたからである
それだけの金が電気連合にあったとなる、それで原発を推進させたのである

新聞は記事にしなかった、福島県の福島民報と民友でも報道しない
なぜなら民報は福島県の出資が50パーセントであり官報と同じである
原子力村と一体化した仲間だったからである
だから報道すらしない、その報道されないことで関心がもたされないのである
つまり報道されないことに重要なものがある
記者クラブで話しても報道されなかったのである
福島民報でも民友でも記者クラブにかかわっているから知っていたとなるからだ

問題は原発というのは過度に秘密主義になるのは何か危険を言うととめられるとか住民が騒ぐとかで何も知らされない、そして事故になったとき避難訓練もしないから浪江の人たちは一番危険な山側の津島に逃げたのである
住民は何も知らなかったのである、それで東電の社員が海側に逃げた方がいいと教えられて住民が海側に戻ったのである

東電社員は危険を知っていた!!!!!

東電社員は科学者集団であり優秀だなとつくづく思った
第一この辺で津波が起こるなど聞いたこともない、津波は来ないとこの辺で確信にもなっていた、貞観津波は800年だから千年以上前だとするともう来ないという感覚になる
でも東電ではそれを想定していたから優秀だと思う
女川原発はもともと最近でも三陸で津波があったとかあり危険を感じていたから違っていた、福島原発は津波は来ないとみんな思っていたのである

この問題の核心は何か?原発の過度な秘密主義が事故になった
別に公開してもいいのだが地元のマスコミですら報道しない、報道管制がしかれていた
それは戦争と同じである、一切不利な情報は出さないのである
勝ったという情報しか出さないのである

なぜこれが今になって重大なことだったか?
それは危険も恐れずに公表していれば

この辺にも15メートルもの津波が来るのか?

これを知っただけでも津波への警戒が生れていた

するとそういう警戒があれば津波だというとき時間的余裕が40分ほど地震が起きてからあったかち頭にそのことが入っていると避難して助かった人もいるかもしれない
まず津波は来ないという確信までになっているから避難しなかった人も多いのである
もしこれが公表されて注意されていたら東電にいろいろあっても感謝されたとなる
やっぱり東電は優秀な科学者集団だとなっていたかもしれない
つまりあまりにも過度な秘密主義になっていた
それは常に原発は危険だということを言うことはタブーとなる
科学者はいろいろ危険を知っていても言わせない、御用学者を使って言わせない
少しでも危険を言うと地元でも不信感になり原発がとめられるからである
それで知っていても報道機関は地元でも報道しなかったのである
ここにマスコミの責任もあったのである
なぜならマスコミと東電は一体であり宣伝費をもらっていたからである

原発がそもそせ危険なことは東電でも科学者でも最初から認識していた
だからこそ東京に作ればいいのだが離れた福島なら安全だということで作った
そこからして原発は危険だからそうなったのである
そしてわずかでも危険を言うことはタブーになり「安全神話」が保安院とか東電とかマスコミとかが一体となり作られたのである

原発は近くにあっても一般人は立ち入ることもできない、厚い秘密のベールにつつまれていたのである、そこにも専門家がいて何も知らされないのである
それは専門家時代でイリエチが指摘したことである

お前ら原子力のことが核のことがわかるのか?
お前らは医学のことがわかるのか?
お前らに法律のことがわかるのか?

こうして専門家に牛耳られる、そして結果的に何か事故が起きても医療ミスが起きても専門家集団は権力をもっているから明らかにされたり罪にされることはなかなかないのである     

何か重大なことが知らないうちに進展している!   

そもそも政治でも関心をもたないと重大なことがそこで決められあとで知ってもどうすることもできない
その関心をもたせることがマスコミ、報道機関の役目なのだけど実際はその役目を果たしていない
重大な事実すら知らされないのである                                                      

はじめから危険なものは作るべきではなかったともなる
日本では地震が多いし津波だって起きるから外国とは条件が違うからである
その危険を言って納得されないなら作るべきではなかったのである
現実に全然原発でも地元の人でも何もわからないかというとそうでもなかった 
新潟県の巻町では住民投票で反対が決まり作らせなかった

結果は投票率88.29%、投票総数 20,503票、原発計画反対が12,478票(61.22%)、賛成が7,904票(38.78%)でした。そしてその後も、2003年12月に東北電力が「計画断念」の声明を出して、30年以上に渡る長い議論に終止符が打たれました 

ただここで問題なのは原発は一地域の問題ではない、広範囲なものになるからもっと広い範囲で是非を決めるべきものだったのである30キロ内とかだけではない現実にこの辺は福島市まで影響したし福島県全体の問題に波及したからである
住民投票となると福島県全部を巻き込むものとしてする必要すらあったのである
現実に避難者は福島県全体に避難したしまた周りの県にも避難したからである

いづれにしろ原発の極端な秘密主義が今回の事故をまねいたのである
別に科学技術でも危険はある、完全な安全などないのである、だから交通事故は一定程度死者もありそれを容認して車社会になっている、鉄道だって完全な安全はない、どんなにししても事故がおきないとは言えないしそのことはみんな承知しているのである
飛行機でもそうである、そのことで事故があれば責めはするがある程度容認範囲にある
ただ原発だけはそうはいかなっかた、ちょっとでも安全ではないと言えなかった
そのことが大事故につながっていたのである、だから最初から政府でも東電もでも科学者もそのことを知っていたのである
でも「安全神話」を作り必死に秘密を守り知らせなかったのである、それが大事故になりとりかえしのつかないものになったのである。

私もインタ−ネットで原発事故の六年前に相馬市の奥まで津波が来たというボーリング調査があった、それは貞観津波のものだった、それをホームページで報告していた
だから確実に貞観津波はこの辺でも大きな被害があった
ただその時はこの辺は人があまり住んでいないから人的被害はあまりなかった、慶長津波の被害は大きかったが記録には何も残っていない
ただ700人溺れ死んだと相馬藩政記に記されていただけなのである
その時この津波があるとすると双葉とかの原発にも津波が来ると私が発想する、イメージできればかなり違っていた
なぜか原発に無関心だったのである、30キロ離れているから関係ないと思っていたのである、原発事故は広範囲に影響する
それが今回の事故でわかったのである

この期待を持って発掘を試みたところ、厚さ数pの砂の層が仙台平野の広範囲にわたって分布 している事実が明らかにされました。様々な地球科学的分析により、砂は津波によって運ばれ堆積 したと結論されました。地層に含まれる木片の放射性炭素年代は、砂層の堆積年代が貞観の時代を 示唆しています。す同様の砂層が相馬市でも発見され、津波堆積層の広がりから正史の記録に誇張 はないと判断され、津波は仙台平野を水浸しにしたのは事実のようです。

貞観津波の数値的復元に成功しました。 これにより、仙台平野の海岸で最大で9mに達する到達波が、7・8分間隔で繰り返し襲来したと推定されました。

相馬市の海岸には更に規模の大きな津波が襲来したようです。将来予測は、科学の最大目的の1つです




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2018年10月06日

責任をとらない,自覚しない、そしてまた同じことをする (戦争も原発事故も同じだった)


責任をとらない,自覚しない、そしてまた同じことをする

(戦争も原発事故も同じだった)


人間は何かというと責任が問われると思った、責任が問われるのは重要な地位にあり権力を持っている人である、権力という時それは今なら金が大きな権力になる
金で人を支配できる世の中だからである
それで東電とか電事連とかから莫大な宣伝費がマスコミに流れた
しかし戦争と同じく今回も誰も責任は問われていない、責任を課せられないのである
これだけの重大な被害があったのに過失致死傷にもなっているのに責任が問われない
それはなぜなのだろうかとなる
そういう無責任体制がもともと日本人にあったからだとなるのか?

戦争の責任は別に日本だけにあるのではない、アメリカにもあるしヨ−ロッパ側にもあった、なぜならなぜアジアまで進出する理由があるのか?
そんな遠くからなぜアジアまで来て侵略して自分の領土とする納得する理由があるのか?植民地にする理由があるのか?それは一方的なものであった
アメリカとの戦争でもアメリカに正当な理由があるわけでもない、真珠湾攻撃だってそれはアメリカがしかけたものだともされる
アメリカに別に正義があって戦争したのでない
とにかく日本を潰したいということでした戦争である
要するに喧嘩両成敗なのである、そしてアメリカが原爆を落としたことはこれはどんな言い訳をしてももう人類に対する重大な犯罪だった、それがカルマとなってアメリカに永遠にふりかかる、だから原子力発電でも核兵器につながるから最初日本にもたせたくなかったというのもわかる、また北朝鮮のような小国をあれほど恐れるのも核の呪いがありアメリカは日本に原爆を落としたことで恐れているのだ

でも一方で日本はどうだったのか?その責任は問われたのか?責任を果たしたのか?
これもほとんどなかった、これは別にアメリカが裁けるものでもない、日本とアメリカの喧嘩両成敗になるべきものだったが勝者が敗者を裁いたというだけである
そもそも戦争というそのものが犯罪なのである、その犯罪は裁かれることもないし責任を問われることもない、でも確実に何か事を起こすと人間は責任を課せられる
その責任とは三百万人が死んだということである
この事実はあまりにも重いのである、天皇もその罪を担うことになった
天皇にも責任があった、これも逃れることはできないことだったのである
天皇は神ではない、それで神ではないとしてアメリカにGHQに命乞いして助かったとされる、天皇が罪人となることは日本人にとって耐えられないこととなったからそうなったともなる

ともかく人間社会で例えば犯罪を犯しても別に反省することもない人も普通にいる
第一その人は犯罪の自覚がないのである、自覚がないから反省もしないし罪の自覚もない犯罪を自覚する人はそれだけモラル的には優れている
なぜなら犯罪を自覚しない、そういう人は自覚させられない限り犯罪したとも思わないとういこともある,いろいろな理屈を並べて自覚しないことがある
オウムだってそうだろう、宗教のためにポアしてもいい、殺すのは罪にならない、むしろ救済だとして殺人団体になったのである
人を殺すことになんら罪悪感もなく自覚もなく殺したのである
そういうふうに殺人すら理屈をいい正当化されるのである
戦争でもそうである、おそらく本当は戦争自体が人類の罪でありどちらが正しいとういことはない、どらちにも正義があるからだ
ただ力の強いものが正義だとされる

戦争でも誰も責任はとらなかったが300万人が死ぬことで責任をとらされた
原発事故でも誰も責任はとらないが地元で故郷に住めないとか荒廃してしまった
責任は地元でとらされたのである
でも事故を起こした「安全神話」を作った人たちは政治家でも官僚でも東電でもマスコミでも誰も責任はとらない、裁判になっても裁判する法の官僚にも責任が問われた
東電に天下りしていたとかなるからだ、そこで利益にあづかっていたからである

そもそも責任を明確にしないことは善悪でも明確にしないことである
あいまいに終わり何が悪いのか罪なのかすらわからなくなる、結果的に日本軍を正義の戦いで死んだのであり英霊として祭ることになる
そうなれば別に日本の戦争は聖戦であり誰も責任は問われないのである
日本の英雄として祭られることになり戦争を推進した人たちは褒められるべきものであり責任を問うことなどしなくてもいいとなるのだ
でも300百万人が死んだことや原爆を落とされたことは永遠に消えないのである

つまり日本がアメリカに謝るとか韓国や中国に謝るということではない
何か責任があるという時日本は永遠に中国や韓国に謝ることになりそのことでつけいれられて賠償金を延々と要求され悪者にされる
でも戦争の責任はアメリカにもありヨ−ロッパにあったのだから不公平だとなる
でも日本は攻め安いから責めているだけなのである
人を裁くなと神が言う時人は人を裁けないからそうなる

いづれにしろ戦争でも原発事故でもその責任の所在を明確にして責任をとらせないかぎりまた同じことが起きる、それは何が責任なのかも明確にしないからである
もし責任の所在を明確にして責任をとらせれば次はそれでその過ちと罪を自覚するから同じ過ちはしないとなる
でもそれが明確にならないとするとやはり同じ過ちを日本人は繰り返すことになる

原発事故は国家的犯罪で起きたとういことがある、「安全神話」は日本の権力をもつものによって作られたからである
そこにはマスコミも明確に入っていた、マスコミという報道機関も犯罪者だったのであるそれは朝日新聞が戦時中戦争をあおったことと同じである
朝日新聞も東電の幹部に中国に招待接待されていたとき事故が起きたことはそのことを象徴していたのである

要するに責任というとき権力をもつものがまず責任がある
権力がなかったら何もできない、報道すらできない、そしたら責任をもていってももてないのである、マスコミは六局は報道する権利を与えられていたから責任を言われる
特別な権利を与えられていたから責任を問われる
それは政治家でも官僚でも東電でもそうである、御用学者でもそうである
「安全神話」を作ったのはこうした権力をもった人たちだったからである
それは戦争の構図と同じだったのである
日本は神国であり天皇は現人神(あらひとかみ)であり神であるから戦争に負けないと同じだったのである、そうしたものは誰なのか?
国民も加担して戦争に熱狂していたというとき原発は電気が必要であり国民が望んだものだというのとにているのである
つまり国民が望んだものだから国民にも責任がありみんなに責任があるから結局誰も責任がないとなる、それは戦争を起こした構図と同じなのである

そうなると誰も犯罪であっても自覚しない、悪いとも思わない、別に東電でも月給が下がったりしないし被害はそれほどない、評判が悪くなったとしてもそれほど実害がない
でももしオウムの幹部のように死刑になったらいくらなんでも自分はなぜ死刑になるのだと反省するだろう、現実にオウムの幹部は麻原にだまされたとその時反省したが時すでに遅しであり死刑にされたという責任をとらされたのである
死刑になるくらいの責任をとらされてはじめてその罪でも過ちでも人間は自覚するとなるそれで死刑になったことは外から見ても厳しいなと見るが当然だったともなる

東電の幹部でも官僚でもマスコミでも御用学者でも数人でも死刑になったらどうなるのか?

その時その責任の重さにふるえあがり責任が否が応でも自覚されるのである
だから原発事故でも誰も責任をとらない,とらされない、その罪の自覚はない
あれは津波という天災の結果であり責任はないとなってしまう
そして戦争でも同じだが原発事故でも反省しないから原発推進にまたなるしなっている
人が死んでいるわけでもないとか軽くみる、でも故郷に住めないということは甚大な被害だったのである、これまで積み重ねた歴史が奪われてしまった
それは人生と同じである、自分たちが生きた証が故郷にあった時そこに住めないということで奪われたとなるからだ



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2018年10月04日

どこまで自己責任なのか? (自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある −原発も同じだった)


どこまで自己責任なのか?

(自己責任になるための条件−なんでも説明責任はある
−原発も同じだった)


自己責任とは何なのか?
これも良くわからない、人間が生きる時本当に責任がつきまとっている
なぜなら常に何らかの判断決断を強いられるからである
それは軽いものだと買い物がそうなのである
正直買い物では失敗しているがそれは全くの自己責任なのである
レンジを量販店で買った,それはいろいろなことができるものだと思った実際は普通のレンジとなんら変わりないものだった、3万したが何かいろいろできるように思ったのであり思わせるようになっていた
店の人はその時説明していない、店の人は売る時必ずしも商品の説明をしない

だからかえって通販だとレビューがあるからそれでみんな判断している
量販店でも売るということが念頭にあり商品の説明より売ることが成績になるからそうなる、商品の説明は二の次になる
そして商品の数が多すぎて売る方も説明しきれないということがある
もちろん買う方にも問題がある、商品を知らないで買うな何を買おうがそれは買った方の自己責任だともなる
でも店の人はどうしても売るということが頭にあり商品のことを良く説明しないのであるそれレンジはもともといろいろなことに使えないものだったのである
だから普通に一万くらいのものを買っていれば良かったとなる 

とにかく商品を売るという時必ず説明責任があることは確かである
それは売る方の責任なのである、それを果たしていなければ買った方の自己責任とはならない
例えば銀行で投資信託を売るのはなぜか?
別に売るのはいいとして投資信託は説明されてもわからないし売る方にとって必ず最初に手数料が入るから売る方は絶対に損しない商品なのである
一応説明したとしてもわからないのである
株だったら別に安い時に買い高くなったら売ればいいのである
投資信託はそういうものではない、素人はには売り買いもどうしていいのかわからない商品である、だから銀行が一方的に決めるのである
何かそうして売ってまた買わせると手数料は売買料金として銀行に入るのである

それで分散投資というのは間違っていなかった
でもなぜ株が上がっているのにリートとか投資信託に回したのか?
銀行はプロですからまかせてくださいと言った
私は知らないからまかせたのである
ではまかせたとなればまかせてくださいというならまかせられたか人にも会社に責任が生じる、でも銀行は一切責任はとならない、株が上がったり下がったりするとかリスクはつきものだとか言い訳がいくらでもできる商品だからである

では全く銀行に責任がないのか?全部自己責任なのか?

もし自己責任にするなら説明責任を果たしてその買う客に決断させることである

なぜ分散投資がいいとして株が上がっていたのに売って投資信託にしたのか?

そこで説明が必要だったのである

説明責任を果たしてその客に判断させて決断させる

そうなればその責任は銀行にはない、商品を買った客の自己責任なのである

ところが私は金融のプロですからまかせてくださいと勝手に判断して決断して客に売った場合の責任は明らかに売った方の銀行にもある
つまり銀行側でも別に責任を問われない売り方がある
それは説明責任を果たすことだが銀行側とか会社側の利益を優先して銀行にとって都合のいいことをすすめるのである
人間社会では必ず説明責任がありそれを果たしていれば別に責任は問われないのである

私たちはていねいに正直に説明しました、あなたが今度は判断して決断してください
株を売りますか?今は上がっているし売らない方がいい、待ちましょうとかなる
でも勝手に銀行員は投資信託の方に株から回したのである
その時判断したのは銀行員であり自分ではない、そもそも前から私たちは金融のプロですからまかせてくださいと言っていたからである
その時点で客は判断も決断もまかせられない、まかされたのは銀行側なのである
その営業員だったとなる、営業の人が決断して判断したのである

そうはいってもあなたはもともと知らないから悪かったのだとなり自己責任にされる
何か商品を買うことでも自己責任である、でもその商品の説明責任は売る方にある
それを果たしていれば売る方でも責任はないのである
でも商品でも知らないと買い物に失敗する、判断しにくい時があるからだ
その時仲介約の店員とか銀行員でも売ることだけに熱中して説明はおろそかする
ただ銀行側が利益を優先して客には説明しない、またされてもわからないものがある

順序としてはまず説明をする→客が納得する→客に判断決断させる

こういう手順にするのが順序でありそうなれば売る方も責任はなく客の自己責任になる
ともかく何でも自己責任だとされるが実際はそうではない、こうした手順があって自己責任が問われる

それは原発でもそうだったのである、最初から「安全神話」を言って絶対に事故は起きないからと説得するとなるとその責任は明確に政府とか東電とかにあった
そしてその安全神話を信じたマスコミにも責任があった
なぜなら宣伝費として電事連から莫大な金をもらっていたからである
この責任も大きかったのである、金をもらったことで大きな責任があった
責任が人間につきまとっているし金でも責任がつきまとっているのだ
そして責任は誰かが必ずとらされるのである
戦争で300万人死んだのもそうである、原発事故で故郷に住めなくなったこともそうである

原発ではまずその土地の人への説明はない、原子力のことなど核など説明してもわからないとういこともあった、ただ最初から「安全神話」を作って何も説明しない
説明する必要もなかったのだ、なぜなら「安全神話」になっていたのだから事故は起きないと保証していたのだから避難訓練も何もしなかったのである
する必要もない、百パーセント事故が起きないと言っていたからである

だからその責任は原発を作り説明責任も果たさない政府とか官僚とか東電とかそれに宣伝費をもらって加担したマスコミにあった
でも原発事故では誰も責任を問われないのである、これもなぜなのだろうとなる
もちろん地元の人にあった、それは商品を買う時と同じである
ちゃんと説明してもらわない方が悪いともなるからだ
もともと金が欲しいなら何でもいいということであり原発を作らせた方も悪いのだとなる

ただでは原発を作る時そんな説明はしない、「安全神話」を言うだけである
銀行員の言うように私たち金融のプロですから任せてくださいとなっていたのである
原発のプロですからまかせてください、事故は百パーセント起こりませんと言って作ったのである、そうなると地元の責任はどこまで自己責任になるのか?
そもそせ責任が誰にあったのか?それが良く追及されていないのである
ただ今回のような事故が原発にあることを証明したから他の原発のあるところは事故になっても今度は補償できないということになると科学者が言っている
そういうリスクがあることを具体的に知ったしそれを承知で原発を受け入れたとなるからである

いづれにしろ常に自己責任が問われる時代である、でも自己責任になるのは説明責任とか十分に果たしてその後で判断させて決断させるなら自己責任になる
でも社会でそうなっているのか?
もしその自己責任を言うなら今回は政府でも官僚でも東電でもマスコミでも切腹ものだった、でも誰一人として責任は問われていない、マスコミだったら電事連から莫大な金をもらっているのだから返却して被害者に配分すべきだとなる
それが責任の取り方である、マスコミはテレビ局でも特別六局に許可されている特権を与えられているからである

結局そういう責任を果たさないからもうまた信用できないとなる
結局あとはお茶濁すようにしてごまかして誰も責任を問わないのである
もちろん説明をするように問わない地元の人にも自己責任はあった
金に目をくらんだ地元の人にも責任はあった
ただまず説明されなければ判断しようもない、いくら原子力のことなど説明してもわからないではすまされない、投資信託の仕組みがわからないというだけで説明が必要ないとかない、わからないならわからないことはやらない方がいいという決断にもなる
株がわからない人はやるなと言う人もいるからだ
原発は説明されてもわからないからやらないという決断もあるからだ

ともかく日本人の問題は責任があいまいになり誰も責任をとらない
そして国民全員が責任があるとなり誰も結局とらないのが戦争だったが実際は3百万に死んだ責任は必ず取らされるのである
それが日本人の自己責任だったとなる、そういうふうにアメリカに負けたのだからそれは日本人の責任だとなる、アメリカに別に正義があるわけではないにしろ責任は必ずとらされるということである
日本にアメリカが原爆落とした責任はかならずいつかとらされる
カルマとなりアメリカにふりかかってくる、それが北朝鮮の核を極度に恐れたり何か今でもおののいている
それは自らの罪業を自覚しているからである

オウムでもそうである、あれだけのことをしたのだから今になって死刑にされた
人を殺したものは殺されて当然だとなる
どんな理屈を言うおうが宗教だったとか言おうが人を殺せば殺されても仕方ないとなる
その責任をとらされたのである、だから何であれオウムに入ったことを後悔しても死刑になった時遅かったとなる

別にオウムを疑いやめることはできたからである、それは自己責任だとなりその責任が死刑だったのである、もしそういう責任を自覚していたらそうはならなかったかもしれない何しろ人間社会は責任が必ず問われる、最初からその責任を自覚していればいいのだが自覚していない、原子力でも事故になれば責任をとる、切腹していいという覚悟ならかまわないとなるがそれがないのである、それで江戸時代に庶民は侍になりたくなかった、責任とらされて切腹されるのが嫌だったからである
別に責任を問われないとなると重大なことでもこれから決断して戦争でもまたする
責任は問われない、ただ戦争を決断した政府が行政の人たちが責任をとる
それなら決断してもいいとなる、でもその責任はまた国民にあるとか他国にあるとかいろいって責任をとらない、そういう日本だとまた同じ大失敗をくりかえすとなる

カルト教団とかに入っている人も無責任なのである
そういう組織団体に入ると自分一人の責任は問われない
何するにしてもそれだけの数があり何百万人も会員がいるのだから
その人たちの一人一人の責任は問われないのである
それは戦争でも国民全部の責任だとなれば一人一人の責任は問われないと同じである
だからそういう組織団体に入る人は無責任であり信じられないとなる、何かそこであったらただ上からの命令で動いていただけだという、それはナチスと同じである、上の人から命令されたからと平気で人を殺したからである

組織団体は無責任であり無責任になるために組織団体に属しているとなる、なぜならそうした大きな団体組織の責任は問いにくいからである
こうして責任感覚の希薄さとか深刻なものがないから軽はずみな行動もできる、もし最初から重大な責任が課せられているとしたらとても原発など作れないし人の金を説明責任も果たさないで勝手にすることはない、ただ必ず誰かが責任をとらされる
商品を買ったものが損したとして客は責任をとらされる
だから責任をとらされるのはまた客であり原発なら誘致した地元の人たちですよという自覚が必要なのである
責任をとる覚悟がないものは重大なことは重大でないにしろ簡単にその役をになうべきではないとなる
それは原発事故のように戦争でも甚大な被害をだす、命を失うという責任をとらされるからである





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2018年09月30日

仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した (かわいそうだけではなかった)


仮設暮らしは昔の長屋のようにいいものとしても体験した

(かわいそうだけではなかった)

 不衛生な環境でしたから、 子供がよく死にました。 統計はありませんが、 長屋では4、 5歳くらいの子供がよく死んだと聞きます。 長屋には年寄りも含めていろんな年代の人が住んでいました。 昼間に両親が働きに出ている間、 子供たちは長屋の老人たちとも自分の家族のように接して遊んでいたのです。 ですから子供が死ぬと、 長屋全体の悲しみとなりました。
死んだ子供のために大家さんが地蔵をつくってくれることも多かったようです。 

原発事故では誤解がある、津波と原発事故の避難者が混同されたのである
津波被害者は家族も失い、家も失い、住んでいる村とかさえ失った
その衝撃はあまりにも大きかったのである
そして仮設に住んでいたのは原発事故避難者と津波被害者が交わて住んだのである
原発避難者には手厚い補償金が支払われた
それで仮設で暮らす人を補償金がもらえない人はうらふましく思っていたのである
津波被害者は最も反発していたのである
その待遇の差があまりにも大きかったからである

だから何か外部から見たとき誤解がある、両方が一つのものとして見られた
それは原発避難者が圧倒的に多いということでもそうなった
そして原発避難者と津波被害者は違うのだが同じように見られた
ただ小高でも津波被害者はいたのである
両方の被害にあった人もいた

ここで誤解が生じたのは原発避難者が常にかわいそうだとされたことである
NHKでもマスコミでも原発避難者を応援する立場にたった
だから相馬市のトマト農家が飯館村の人を雇わないということをテレビで訴えさせたのである、全国で見た人は相馬市のトマト農家は冷たいというように見るようになった
これも原発避難者と津波被害者がいることによる誤解を生んだ
飯館村は原発とは関係なかったのだから特別同情があってもしかるべきであった
ただ相馬市には津波被害者が相当にいて苦しんでいたのである
補償金は相馬市では全くもらっていなかったからである
それで働かないで遊んでいる仮設の原発避難者を見て怒っていた人も多かったのである
この辺は複雑になって外からわかりにくくなっていた

でも仮設暮らしというのがそんなにひどいものだったのか?
部屋は確かに狭いし長屋のようになって隣が気になって嫌だということがあった
でも人間の生活は悪いことがあっても同時にいいこともある
仮設で暮らしていた山の奥に住んでいた年配の女性は毎日会えるから楽しいと言っていた仮設に暮らしている人がみんな暗い顔していたのか?
明るい顔をしていた人も多いのである

それはなぜか?

原発避難者の場合かなりの額を補償金をもらった、一か月百万とかもらった人もいる
そこが津波の被害者との大きな差だった
一財産築いたという人もいる、あらゆることで補償金がもらえたからである
そして毎日のようにボランティアがきて炊き出しをしたり娯楽を提供したり何かとしてくれた、これも仮設暮らしをいいものにしたのである
その時仮設を提供した地域では補償金がもらかないから不満になっていたのである
特に津波被害者は同じ仮設に住んでもその差が大きいから怒りにもなっていたのである

私が仮設に住んでいる人と親しくしたわけではないが、暗い感じはない、何か明るい楽しい感じにも見えた、これは住んでいる人でもいろいろあるから誤解がまた生まれる
それは外部の援助とか応援が常にありボランティアが来ていたということも影響しているそこで皮肉なことに仮設暮らしの人は毎日パチンコとかギャンブルになっていてそのことでまた怒っていた
ただこれは行政の問題もあった、本当は地元の人が除染でも復興する仕事を与えてさせるべきだった、毎日ギャンブルをしている人をみたら回りでは不満になるからだ
行政というのも全く良いものとして働かなかったのである
第一働くと給料をもらうと補償金がもらえないというなれば誰も働かないからである

ともかく仮設がすべて悪いとはなっていてかった,外国の難民生活とはまるで違っていたからである
「私たちは消費して金を使って地元の人を助けているよね」と知り合いの女性が言ったときそうである、それは現代社会を反映したものだった
消費者は王様だとなっているから金を持っていればそうなる
だから地元で働く人がいても金をもっていればギャンブルして遊んでいてもいいとなる
でも周りからみればこれはなんなのだとなった
仮設暮らしは経験していないが何かそこにはいいものがあったことは確かである
それはみなんかわいそうな被害者として外部からも扱われたし補償金も多額だったからである
田舎では本当に明日食べるものがないとかガス電気がとめられたとか困窮している人がいた、その人は常に原発避難者をうらやましがって批判していたのである

江戸時代のことを興味がある、それで長屋の暮らしとはどういうものだったのか?
引用したサイトでそのことを書いている
長屋では子供が多く死んだ、それは農村でも子供で死ぬのが多かった
そのために地蔵を作ったとなる、長屋でも京都辺りでも地蔵盆とかあるのはそのためだった、長屋は一つの家のようになり精神的連帯が生まれたから悲しみも共有していたのである、つまり長屋というのでも人間生活には悪い面があってもいい面も必ずある
時代でもそうである、江戸時代が貧乏だからすべて悪いとはならないし現代が豊かだからすべていいものとはななっていないことでもわかる

かえって現代はそうして長屋のような共同がなくなり精神的にも連帯がなくなったからである
長屋には何かそうした精神的連帯が生まれたのである
それで三陸辺りで津波の被害者が老人が仮設に住んで喜んでいたのである
それはそこに長屋の共同生活が生まれて一人暮らしでも気遣ってくれたからである
今老人は孤立化しやすいのである、社会でもそういう社会である
長屋では老人が住んでいるとしてそこに住んでいる子供は家族の一員のようになり老人も孤立しない、それよりその時代は老人といってもまた80歳とかの人はいないから別であるにしてもそこは一種の大家族のようになっていたから子供が死ぬと長屋のものみんなで悲しんでいたのである

だから誤解しているのは仮設の人がみんなかわいそうであり同情すべきだと強制のようにされた、NHKでもマスコミでもそのことでは一致していた
だから仮設を建てて受け入れた地元では批判することはできなくなった
南相馬市では小高と鹿島は反目するようになった
小高の人にすれば全国の人は遠くからかけつけて応援しているのになんなのだ
金の不満ばかり言っているとなり仲たがいするようになり分断されたのである
金になると人間はうるさい、それで飯館村でも補償金のことでもめて二つに分断したのである

外部の人でもボランティアでもかかわるとき地元の事情に通じるのはむずかしい
紛争地域でもそうである、そこに介入するとかえって悪く影響することもある
ボランティアはもともと行政がするものでありそれを無料で仕事させることを批判している人もいる
人間の世界の複雑さは善意をもっていてもその善意が思ったように通らないことである
その善意もは悪く作用することすら普通にある
善意でしたとしても迷惑な場合がある、障害者でも本当は自立したい、だから駅で盲人を手をとって電車に案内したとき嫌がっていた
その人は自分で電車にのれるからだ、ただドアをあけるくらいはしてもよかったが手を取って誘導するのは嫌がっていたのである、自分でできることは自分でしたいのである

ともかく仮設暮らしというのは外部から理解しにくい、でもそれが全部悪いことではなかった、いい面がかなりあった、それは今の社会が失ったものが再現したともなる
長屋暮らしは共同であり精神的連帯が生まれた
ただそれは仮設に暮らしている人たちの連帯であり仮設を提供した人たち地元の人はそういうことはなかった、そこには反目があった
ただ老人問題を考える時長屋暮らしというのが意外といいものだったということである
女性にとってもそうであり一人暮らしの老人にとってもそうである
毎日顔を見合わせて気遣ってくれるということがあったからだ

今の社会は本当に無縁社会とか孤立しやすいのである、そういうシステムの中で生活しているからである
一番の問題は何か物質的経済的にも精神的にも共同するものがない
そこに介在するのは金だけになってしまった、金さえあればいいとなる社会である
そこに人間と人間の関係も金だけの関係となってしまった
それが貧乏であっても江戸時代の長屋には共同生活がありそこで悲しみも共有されたとなる

ただ江戸時代でもこれも必ず誤解してみている、時代があまりにも違うから今からみるから誤解になる、そこで暮らしたら地獄だったともなるからだ
ただ仮設暮らしは悪いことばかりではなかった、いい面も多かったのである
それは特殊な状態が生まれてそうなったとなる
だから何かそこで原発避難者に対して過剰な同情が生まれたのも問題だったのである
でもマスコミでもNHKでも応援したから何も言えなくなったのである
今でもそういうことで反発しているからだ
そして南相馬市などで内部では分断されてしまったのである
それは飯館村でも他でもそうである、行政でも何かかかわり指導して働く必要があったが何もなかったことも問題だったのである

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日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因) (日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)

日本の地方の自治体の依存体質(原発事故の原因)

(日本では自治体は市民共同体という意識が育っていない)


ほとんどの先進諸国には、交付金制度に類似した財源調整制度があります。皮肉なことに、アメリカにはありません。そこでデトロイト市の破産が起こるわけです。

ただしアメリカの自治体は、警察、消防、都市計画などが主な仕事で、日本のように市民生活全体をカバーしているわけではありません。だから破産しても、パトカーが減ったり、街灯が点灯しない程度で済むわけです。

地方に原発を作ってしまえば、その地方は原発の補助金べったりになりますから、補助金を切られるとボス猿以下、生活が困窮してしまうので、何が何でも「お上」の言う事を聞かないといけない。例えその近隣地域の市民、市長が原発が危ないから止めてくれと言っても、

「いやいや、我々は補助金がないと生きていけないから、原発が危険だろうが何だろうが原発を維持します」


社会というのはどこの国でも歴史的に形成されている
だから社会をみるとき同じ民主主義国だから同じだとはならない
アメリカでも歴史的に形成された過程を見ないとわからない
ヨ−ロッパでは都市が形成された歴史には都市が一つの国家となっていた経過がある
だから城壁をめぐらして他の都市から攻められるの防いでいた
そこに市民共同体というのが生まれた歴史的経過がある

日本にはそもそもそうした歴史はない、パスポートにcitizenという欄がありそこに所属する市を書かされる
これはやはり日本の感覚ではわからない、ヨ−ロッパの歴史から生まれたことなのである
つまり社会で歴史的に形成されているからそうなる
日本なら行政単位が村であり村が自治体の機能としてあった
治めるのは侍だけど村にはそれなりに自治体としての機能があった、ただそれは市民共同体とかとは違って小規模であり大きな政治機能は藩がになっていた
その藩とはお上のことでありそれに従うということで成り立っていた、そこでお上に従属するという態度が自ずと生まれた

アメリカや外国では政府のことを信用していないという
だから個人情報でもうるさい、政府に知られたくないとなる
日本はお上を信じて従う性質がある
そもそもアメリカでは西部劇でもそうだがインディアンが住んでいて無法地帯に牧場とか作る
でも守る者はいないから銃をもって自ら守る他ない
だからこそ銃社会になっている、そういう歴史があるからそうなったのである、日本では戦国時代が終わると刀狩りが行われて
治安が保たれたのである

アメリカの自治体は民間でするものが多いというときそもそもお上に頼ってやっけいけない歴史的なものとしてあるからだ
治安でも自分のことは自分で守らねば生きていけなかったからである、だからアメリカは個々人が自立していなければ生きていけない厳しい社会だったとなる

明治以降外国の制度とか思想を受け入れたとしても日本の歴史がありそれを変えることはむずかしかった
歴史的に形成されたものとしてあるものを簡単には変えられないからである、だから未だに日本社会はそういう体質なのである
日本は市民という感覚ももてない、自立して市民として社会を積極的に作ってゆくという感覚がともしい
そういう歴史的経過を経ていないからである
お上の力が強すぎるのもそうである
そうして原発でも安全神話が今のお上によって形成された
政府と官僚と大企業とマスコミとかが一体となり原発神話が形成されたのである
そして住民は補助金頼りになったのである

ただ不思議なのはでは過去の日本の村では自立心がなかったのか?
それがあったともなる、なぜなら村単位で自給自足の生活をしていたから東京からとか中央政府から地方交付税とかもらっていない、それぞれが地域で貧しくても自給自足の生活していたから
経済的にも自立していたから中央にも政府にも頼っていないから精神的にも自立していたというのも意外だとなる

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて
(大和田建樹)

この短歌は富む人があっても翁の自分には関係ないことだ
自分はただ年老いても炭焼きして生活している、都会の人には頼らないという意味である
こういう自負があったことも不思議である
人間は貧しくても自立心というのをもてることがある
貧乏だと依存するとばかりみるがそうでもない
かえって豊かな生活をするために依存して自立心がなくなる
それが原発事故で判明した
豊かな生活をするために依存体質が自治体でも生まれていた
地方が補助金頼りだという時それはどこでも地方交付税の割合が大きくそれがないと運営できないからである
そこで自立心が失われお上の言いなりになるだけだとなる
経済的自立というのが大事だとなる
ただそうなると貧しくなるから誰も同意しないのである

現代はあまりにも贅沢な暮らしになれてしまったからである
その贅沢の味を覚えると減らすことができないのである
一旦うまいものの味を覚えるとまた食べたくなる
これは猫でも同じだった、魚を与えるとまたせびるからである
その味を覚えているからである
ただ自立というとき貧しくても自立することはできるということは知るべきである
かえって豊かになると贅沢すると自立心がなくなる
これを国家にすればもう石油がなければどうにもならない、死ぬほかない、戦争する他ないとしきりにいうときもそうである
でもぎりぎりになったら炭でも生活できるしそうしてきたのである、電気はここ50年くらいしか十分に使っていないのだ
戦後10年は裸電球一つしか家になく電気製品もゼロだったからである、戦前も同じような生活だったからである

今回の原発事故では地方自治体も問われた
富岡町長の5億円入っている金庫が津波で流されて探してくれと頼まれたとかも噂でもそうである
原発にはそれだけの金が流れる、その後の除染作業とかでもそうである、何兆円のも金が湯水のように使われたからだ
地方公務員も批判の対象となる
地方公務員は優遇されすぎているのは本当だからである

普段まともに仕事もせず、市内のサービス残業やブラック企業は何ら知らぬ存ぜぬで通しているにも関わらず、税金だけは必死で集めようとする

こうなるのはわかる、自分たちの生活を優先するからそうなる
これは具体的でわかりやすい、江戸時代だった年貢を納めさせなければ侍の生活が成り立たないからそうなる
そういう体質は公務員に受け継がれているのである
公務員は何かと得するようにできているからである
国家レベルでも財政難を言って消費税を税金をあげようとするのもそうである
官僚とかは国民から税金をとり生活している、だから税金をとることには熱心になるからだ
だから今のような貧乏化する社会では公務員への反感が強くなるのである、官僚となると東電に天下りしたのが多いからである

自治体とは自ら治めるということてのだが実際はそうなっていない,中央に依存したり大企業に東電に依存したりと自主的な自立したものではなくなった
飯館村などはまでいな生活とかで炭焼きで自立していた村と多少はにていたが原発事故で破壊されて補償金をどれだけもらうかだけが関心の的ととなってしまった
飯館村は別に原発とはほとんど関係していなかったからだ
ただ原発は金になるから東電に働きに行っていた人はいたのである、そさだけ原発は事故前でも経済的影響が大きかったのである




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2018年09月21日

責任が厳しく問われた原発事故 (責任の重さを自覚しないで行動する危険−戦争も同じだった)


責任が厳しく問われた原発事故

(責任の重さを自覚しないで行動する危険−戦争も同じだった)


戦争始めるときなぜ戦争したのか?
そもそもその原因が未だにはっきりしない
戦争するくらいだから明確な理由があってもいいし説明できるはずである
結局右の見方としては経済封鎖とかで追い詰められたからだとなる
もう戦争するしか道がなかったとそれはアメリカが日本を追い込んだからだ
それが戦争のり理由だったとなるのか?

ではまず戦争を始めるとき誰も3百万人も死ぬとは予想していない
むしろ戦争がはじまったとき日本は勝つと信じていたのである
実際に初戦はシンガポールを落としたり勝っていたしまた日本は必ずしも戦力でも劣っていなかったとされる
その後アメリカが参戦して敗北した
戦争でも予想しないことが起きて敗北した
その時でも3百万人も死ぬということは誰も予想していないのである

最初からそうした犠牲があり覚悟あって戦争したならいいが日本は神国で勝つと国民もおもいこんでいた、思い込まされていたからそんなこと思っていなかったのである
だから戦争をはじめるときもしこれだけの犠牲があるとしたら覚悟したら戦争がはじめられたのか?

「あなたがたの息子は戦争で死にます、犠牲は大きくなります」
「息子が死ぬのが戦争か嫌だな、戦争はどんなことしてもやめるべきだ」

「俺たちが戦争にかりだされて死ぬのか、嫌だ嫌だ、もっと生きたい、20代で死にたくない、恋人もいるし結婚もしたい、子供だっている、死ぬのはいやだいやだ
戦争なってしたくない、国のためとはいい死にたくない死にたくない・・・」

これはあくまでも結果論になるのが戦争を始めるとき3百万人が死ぬということを予想して覚悟して始めてはいない、みんな戦争は勝つとしてはじめたのである
それでいくら特攻隊とか短歌を残しているけどそれを称賛する人がいるけどそこにはなんで死ななければならないのかその苦悶がにじみでている
いくら国のためだ天皇のためだといってもそこに死にたくない、20代では死にたくないという苦悶がにじみでているのだ

結果論から責任を問うことになったが必ず行動の結果として人間は責任を課せられる
責任から逃れられないのである、もしその責任を覚悟して事をはじめるならいい
でも予想外のことが起こり悲惨な結果になった、そして3百万人が死んだ予想外の結果に責任を問われる、それは重い責任をとらされることを覚悟していないからである

原発事故でも同じだったのである

「事故は絶対に起こらない」
「本当ですか」
「百パーセント保証する」
「では事故が起きたらどうするのですか?」
「確率として百万分の一しか事故は起きない」
「それを保証できるのか、もし事故が起きたら責任はどうするのですか
あなたは腹を切れますか」
「起きないから考える必要はない」

数学者が百万分の一の確率でしか事故は起きないと計算していた、でもそうした発言は事故前には多かったのである、それは戦争は絶対に負けない,日本は神国だから絶対に負けないというのと同じだったのである、負けたら事故が起きたらどうなるかなど考えないのである
結果論にはなるが戦争に負けた時どうなるのか?
また原発事故が起きたらどうなるのか?
そのことを考えて行動はしていない、原発の場合は「安全神話」が作られていたから事故が起きたことを想定しないから何の準備もなかった
放射能を測定するスピーディとか機械があってどこに放射性物質が流れるのか知ることができたがそれさえ自治体に知らされなかった
そして浪江では津島とか一番放射能が高い所に山の方に逃げたのである
そしてアメリカにまず連絡して日本人には連絡されなかったのである
つまり事故は絶対に起きないとしてはじめたのだから事故が起きたらどうなるのかは考えていなかったのである

そして事故が起きたことで今度は誰も責任をとらないのである
責任を誰もとらないとしても確実に責任をとらされるのが人間社会である
戦争では三百万人死に原発事故では故郷に住めなくなった
原発事故では一人も死ななかったからたいしたことなかったとか言う人もいる
でも故郷に住めないということは最大の被害だったのである
それは歴史の消失でもありそこに生きるもののアイディンティティでの剥奪でもあったからだ、それは精神的に相当な深刻な被害だったのである

ただ地元でもこうなる結果を予想していないからこそ地元の人も責任も問われた
例えば漁業組合で盛んに汚染水が海に流れて魚がとれないということを主張して補償金をもらうし事故前ももらっていた
ではもし原発を作る前にもし事故が起きたことを想定していたらどうなるのか?

「事故が起きたら魚は放射性物質に汚染されてとれなくなりますよ」
「そんなことはならないと事故は起きない」
「もし起きたら魚はとれなくなります、それでもいいのですか?」

そのことを真剣に考えた漁業組合の人はいない、むしろ補償金だけに目をくらんでいたし地元では金のことしか考えていなかった、個々人でも金をもらえればいいとしか考えないのである
リスクのことを考えないのである。株でもは投資では必ずリスクがある
もうこのリスクだけは逃れられない,国際情勢とかも関係しているから自分も株を知らないで投資して失敗した、でも銀行でも一応リスクのことは言っていたからまた違っていた戦争と原発では本当は始める前から相当なリスクを考えて覚悟してするべきものだった
それは株とも違う命にかかわる危険なことははじめる前から予想できたからである
戦争は人を殺すことだからそもそも危険である
原発は専門家なら放射能がいかに危険なものか知っていた、その覚悟があって原発でも作るならいいがなかった

でも失敗すれば大きな責任が課せられてその責任から逃れられない、確実に誰かが責任をとらされるのである
事業するのはいいとしてもその結果の責任が問われる、借金にりく首が回らなくなり自殺する人も普通にいる、そして親戚でもなんでも周りに多大な迷惑をかけるのである
そうしたら俺は優秀だから事業して優秀なことを示してやるとかで事業を始められたら周りの人は迷惑になるのだ、その人の一存で事業は始められる、でも事業は一人ではできない、周りの賛同が必要になる,でもそんなことを考えないで事業をはじめて失敗したら借金になり周りに迷惑をかけるのである

結果論にしろ誰も重い責任を自覚して事業を戦争でも原発ではじめていない
だから戦争と原発では実際は責任をとった人がいないのである
むしろ戦争はアメリカにしかけられたものであり大義がある戦争だったという論理になりそうなれば責任をとることはないのである
ただ戦争は賛美されるだけである、そうなれば3百万人は英霊となりほめたたえられるだけだとなる、要するに戦争は成功したのであり責任は誰にもないとなるのである
だから戦争という時そこに日本の大義があるとしたらその大義を貫くことが求められる
でも実際は戦後はただただアメリカに服従するだけで戦前にあったもの戦争中にあったものを全否定して70年が過ぎたのである

日本人は責任をとらない、ということは何かするにも始めるにも責任をとらないからはじめられるとなる、責任を厳しく問われる、失敗したら切腹させられるとなったら簡単に事は始められない、でも責任はとらないとなれば安易にはじめる
その結果が重大なものとして被害があってもそうなるのである
責任は確実ぱ誰かがとらされるのである、だから戦争では三百万人が死に原発事故では故郷に住めなくなったのである
プルトニウムは二万年消えないとかなったのである
とりかえしのつかないことになったのである。

だから今なら原発は事故になったらこういうことが起きる、責任をとらされると福島の原原発でわかったのだからこれから原発を作ることは運営することはそれだけのリスクがあるから今回の福島のように手厚い補償はしないと言う人がいるのも一理ある
事故が起きたらどうなるのか福島が示したからである
だからその覚悟をしてやれとなるからだ、事故が起きても今度は補償金は出ませんよ
その覚悟で原発を作ってくださいとなるからだ
故郷に住めなくなることも証明したからである
それでも覚悟してやるとしても原発は事故が起きたら広範囲だから地元だけではないからまた地元のエゴだけで推進してもらうのもこまる
戦争だってそうである,あらゆる人を巻き込むからである

事業するということもそうでありその事業が俺は優秀だから優秀さを示してやるとかで事業を起こされてはみんな迷惑になるのである
でも事業者は失敗すると自殺したりするから責任をとらされるのである
原発事故では一人も責任を感じていないとってもいないのである
科学者から政治家から官僚からマスコミでも誰も責任をとっていない、普通たいしたことがないようでも会社の不祥事とかで自殺したりしているがしていない
そもそもが責任を感じてすらいないからそうなる
ただ利益をえることしか考えていなかったのである
別にリスクがあっても事業することは全部悪いことではない、でもそのリスクの責任はとらされるのだからそれを覚悟してやるならいいがそうではなかったのである
結果としてもうとりかえしのつかないことになり責任を地元ではとらされたとなるのだ

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2018年09月12日

原発が日本に作られた経過 (正力松太郎からテレビで宣伝されることで始まった)


原発が日本に作られた経過

(正力松太郎からテレビで宣伝されることで始まった)

原発はなぜ日本で50基以上も作られたのか?
地震国の津波もある日本にもたらされたのか?

それは政治的意図があり安全性より優先された
政治的意図とはアメリカの意向があった
日本はアメリカの従属国だから逆らえなかった


衆院議員に当選した正力松太郎・読売新聞社主とCIAは、原子力に好意的な親米世論を形成するための「工作」を開始する。原潜、読売新聞、日本テレビ、保守合同、そしてディズニー。正力とCIAの協力関係から始まった巨大メディア、政界、産業界を巡る連鎖とは

1958年ディズニーの科学映画『わが友原子力(原題Our Friend the Atom)』の放映、そして東京ディズニーランド建設へと続いていく。その連鎖の一方の主役が正力であり、もう一方の主役がCIAを代表とするアメリカの情報機関、そしてアメリカ政府であった。

正力松太郎は結局は総理大臣にはなれなかったが、初代科学技術庁長官に就任、
アメリカの原発製造企業(その多くは原潜や原子力爆弾、戦闘機なども
製造しているGE社などだった)から原子炉を購入して始まったのが日本の原発政策
だった。


原発には最初から不純な動機があった、安全性とかも追求されていない
湯川秀樹博士が原発は時期が早いとしてまだやるべきではないと言ったのは科学者として原発の危険性を知っていたし日本がまだ原発に対しては未知であり技術的に無理があったからである
ただそうした無理があっても強行されたのは個人的な欲と意図があったためである
そしてアメリカの意図もありマーク1という旧式の原子炉が与えられたのである

ここでメデアとかマスコミが原発の宣伝部隊となったのである
ここからすでにマスコミとかは事実だけを報道するのとは違う、明らかな意図があり放送する,だからこそディズニーの科学映画『わが友原子力』の放映をした
映画だと庶民に親しみやすいからである。
テレビでも親しみやすいからである、ただまだその時テレビは普及していない、だから映画だったとなる、アメリカではテレビで放送されていたのである


ここでその映画見られる、他では映らなくなっている、ここも削除されるとか書いてある
科学技術というのはもともと両側面があった、それは人間の歴史が始まって以来そうだったのである、石器を発明すればそれは強力な殺傷武器となり大きなマンモスでも倒すことができて人類は増えたし世界中に広がった
それで最近はマンモスを追って日本へシベリアからやってきたブリヤートが縄文人だったとかいう説がでてきている

石器の発明はまさに画期的なことでありそれは原発とは比べようがなくても同じ性質のものだったのである
なぜならその石器は平和的に使えば強力な生きる手段となる
でもそれを悪として利用すれば人間でも殺すことができるし現実にそうなった
原発でも同じである、それを平和利用すれば強力な生活の手段になるが悪く利用すれば今度は石器のようにはならない、人類が滅亡するほどの協力な武器となる
また今回の事故のように平和利用でも事故になればもう人間は住めなくなる
平和利用でも原発事故で人類は滅びる恐ろしいものだったのである
つまり文明の発展とは逆に大量殺戮の時代でもあった
強力な科学技術兵器がそれを可能にしたからである

1958年はまだテレビは普及していない、白黒の小さいものでありその時テレビの前に群がったことを覚えている、つまりテレビが出たときものすごい反響があった
みんな食い入るようにテレビを見ていたのである
だからテレビがその時放送の主流となっていったのである
その時はテレビの番組というよりテレビで映画のように動画が見れるということで大人気になったのである。
それまではメデアはまだ活字の時代であり動画は映画館で見るほかなかったからである
そして当時はまだ蒸気機関車でフィルムが運ばれてきていたのである
テレビは電波だからリアルタイムで報道できる、ニュースでもそうである
その相違は大きかったのである
人間は今何が起きているのかを知りたい、そのことでニュース番組が今でも視聴率が高いことでもわかる

いづれにしろ原発の危険性が無視された、そしてチェルルブエリで事故が起きたときも日本では危機感がなかった、ロシアはずさんなのだとか技術力がないのだとか日本は違うとか日本の科学技術力を自慢していたのである
だからこそ「安全神話」が作られていたからである。
人間はグロ−バル化しても国際化しても日本は外国のことに敏感にならない
スマトラ津波の時もあれも日本のように津波の備えができていなかったのだと言っていたそして東日本大震災が起きた、その時日本は津波の備えができていないので同じように信じられな被害になった

日本は島国で海外事情にうとくなる、そのことはこれだけ情報化しても変わらないのかもしれない、陸続きでないということは常に外国に対して危機感がもていなのである
外国がいつ攻めてくるかわからないという危機感を持てないのである
外国を知らないから島国で誇大妄想的にもなる、奢りにもなる
それが太平洋戦争の敗因にもなっていた、インパール作戦では突然大河が現れそれにはばまれて苦しみ敗北したとかある、日本にはそうした大河がないからそうなった
予想もつかない事態に地理に遭遇して敗北したとなる

そもそも日本が地震国で災害多く津波もあるという自分の国のことを考慮しなかった
そして安全よりまずアメリカの押し付けとか正力松太郎の野望の道具として原子力が使われたりしていたのである。
その動機が不純だったのである。自分の野望の達成のためとかなればそれは日本国民を無視したものだからである、そういう不純な動機にも問題があった
原発はそういうものでなく国の運命を左右するようなものだった
そして50基もの原発が日本に作られた、そして地震が最近頻発しておびえていなければならないのだ
その最初の責任の発端は正力松太郎にあったとなる
この人が力を持ったのはメデアをテレビで放送できたからである
それで読売巨人軍が大人気になったのもテレビ放送ができるようになったからである
ともかく戦後十年すぎて60年くらいはテレビの時代だったのである。
みんな茶の間でテレビを見ていることは影響が大きかったのである

だから不思議なのは今茶の間でyoutube見ていることである
ええ、誰でもテレビ放送できるのとなる、それが結構見ているのはやはり動画だとわかりやすいからだと思った、文章だとわかりにくいし大衆は読まないからである。
ただより深く知るには文章なのである
でも映像の力は本当に大きいなと実感する、その宣伝力も強大なものとなる
だからこそマスコミが大きな力をもったのが20世紀だった
ナチスが生まれたのはラジオだったという思想家がピカートなどがいた
テレビの前はラジオだったのである、子供の時は粗末なラジオがあるだけだったのである飯台一つにラジオがあるだけの生活だったのである
ラジオにもそんな宣伝効果があったとしたテレビの映像がどれだけ庶民に影響してかおしてしるべきである。

テレビによって世論が形成されたし政治家でもテレビで有名になった人が司会者とかが参議院選挙とかでトップ当選したのはテレビでなじみになっているからその影響力が大きいから有名人となりあれだけの票を集めたのである。
それは本でも「冠婚葬祭」とかの本がベストセラーになり百万部売れたり芥川賞の「あかづきちゃん気をつけて」などが売れたのは宣伝力だった
中味はどうでもいい、それを本屋の目立つ所に置くだけで売れた
なぜならそもそも本屋には本の数はその時でも膨大なのにわずかしか置いていなかったからである、本屋に置くだけで目立ったから売れたとなるのだ
今は情報化社会になると目立つことがむずかしい、様々な情報があり容易に個人でもテレビ放送できる時代になったからである
一局のテレビ放送から千局万局の放送となったらもうある一つのものが目立つことはできなくなったのである





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2018年09月10日

金には責任がつきまとっている (補償金問題でもめた原発事故周辺−権利には責任が課せられていた)


金には責任がつきまとっている

(補償金問題でもめた原発事故周辺−権利には責任が課せられていた)


資本主義とは金の世の中である、金であらゆる価値が決められる、江戸時代だったら身分社会だから金ですべてが決められるのではない
いくら金があっても商人でも侍にはなれないのである
でも幕末になると侍が貧乏になり侍の身分も売られたりしていた
金が実質的に力を持つようになった

金とはなになのか?金にはいろいろなものがまとわりついている
ここでは金とは明らかに責任なのである
江戸時代でも十両盗んだら打ち首にされたとか厳しい
それは金の額で責任を問われていたのである。

時代劇で金をもらったからと殺人をする、金をもらった分を返さなければならないから嫌でもしたというときもそうである
金をもらうことは責任が生じるのである
それが悪い金でもそうである、資本主義社会になったらもう金ですべての価値が計られる金で計られないものは価値がないものとされる
人間でもそうである、いくら地位があっても収入が低ければその人には価値がないのである、江戸時代の身分社会ではないからである

金というのはもらえばいい、高くもらえばそれだけいいと考える
盗むにしても多ければ多いほどいいと考える、でもその額によって責任も本当は違ってくる、でも少額でも高額でも差別がないということがあるが本当はそうではないと思う
金の額によって責任が課せられているのだ

ある人は墓を守ってくれと3百万円を受け取った、跡継ぎがいないからそうなった
でも自分も関係していたが自分は知らなかった
だけど自分も関係した実家の墓だったが今になるとそんなものを引き受けないで良かったとなる、墓を守るということは簡単なようで簡単ではない
そこには死人が埋まっていて簡単に墓を廃棄もできないからだ
その家の持っているカルマすら背負うかもしれないからだ
実家ばどうも何か悪いカルマを背負っている、それを前に書いた
だから前は墓参りしていたしかかわっていたが今は一応兄である死んだ人の墓を自分の墓の脇に作って供養している
金はなんでももらえばいいと思うが何か必ず責任か課せられているのである

この辺で起きた原発事故の補償金でもそうだった
一番もらったのは船主である、漁業組合関係である
この補償は手厚かった、事故前も原発を建てるとき漁業権を東電に売り渡したから
補償金をもらん魚などとれなくても生活できていたのである。
そして原発御殿が建っていたと今では言われる
このことは追求してきたが何が問題だったのか?

そもそも漁業権は海は誰のものなのか?
そのことから問われる問題だったのである。

補償金をもらえばいい、高ければ高いほどいい

こう船主であれ漁業組合関係は思って補償金をもらっていたのである
だけど今になるとなぜ漁業組合は東電に漁業権を売り渡して金をもらっていたのか?
そのことが批判される、それはなぜなのか?

金をもらっていたからだ

そこに責任が課せられていたのである。漁業権の権利はあるが権利にはまた責任が課せられていたのである
そしてその権利をたてに補償金をもらっていたことに大きな責任が生まれていたのである海は誰のものか?漁業組合のものだとなっていたからだ
ではもし漁業権とか海を自治体で協議していたらどうなるのか?
例えば漁業権を東電に売り渡すにしても自治体で議会でも協議して漁業組合に7割とか補償金を配分してあとの3割を自治体でもらうとなっていたらどなっていたのか?
自治体にも責任が生まれ自治体となれば市民全員にも責任があったとなる
でもすべて補償金は漁業組合でもらうことになった
だから原発事故が起きたときその責任が重く問われた

なぜ勝手に漁業権を東電に売り渡したのだ

権利をあるのがわかるがその責任はどうするのだ

だから金には必ず責任が課せられているのである
大工さんに頼んで雨漏りの修理をしてもらったが実際は全く直っていなかった
でも金はあとからあとから足りないととられた
そして結構な金が無駄になった、でも責任は全くとらない
金を損したというだけである

資本主義社会では金の社会である。金をみんなできるだけ欲しい何でも欲しいとなる
でも金の額によって責任が課せられている
金のある人が資本主義社会では責任を課せられている、身分ではない,社会の責任というとき金を持っている人、富裕層になればなるほど責任が課せられているのだ
だから富裕層がタックスヘイブンとか税金逃れしたりすることは許されないのである
金があるからとそれを浪費することも許されない、社会のために使うことを要求される
だからいくら金があっても有効に使えない者は金をもつ資格がないのである
銀行も何かわからなっかったが大金持ちでありその金を今は貸付先もなくうまく使えないつまり銀行は金をもっていてもその金を有効に使えないのだから不要だとなってしまうのである

ともかく原発事故の補償金でもなぜこれほどもめたのか?
双葉とか大熊とかは多額の補償金をもらった、億の補償金をもらった人が多いだろう
その人たちがいわき市に2万人とか移住して家を次々に建てたとき地元の人が不満になった、なんであの人たちは家を建てられるのか?
こっちにはそんな金などないのにうらやましいとなりその不満で事件も起きたのである
つまり双葉でも大熊でも実際は金をもらえるということで積極的に原発を誘致した
そして事故後も補償金をもらい新しい家を次々に建てている
でもいわき市の人は補償金はもらっていないのである
そして双葉とか大熊とかは積極的原発を誘致して金をもらったのではないか?
その責任はあるのではないか?
それは全国的にもそれを言う人たちはいた
事故前も事故後でも原発では勝ち組なんだよとか盛んに言われたのである。

つまり金には何であれ責任がつきまとっている
自分の住む所でも原発の補償金をもらっている、正直一人70万はもらったのである
隣の相馬市は6万くらいしかもらっていない、いわき市でもそうである
だからもし自分の住んでいる所でもっともらっていたらお前も責任があるのにそんなことが言えるのかと責めらても仕方がないのである
金にはこうして常に責任が課せられているのである
ただ原町になると3倍もらっているとか言われる、それは30キロ圏内であり強制避難区域になったからである、だから原町の人は文句を言わないのである。
そして南相馬市は補償金によって分断されたのである




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2018年09月04日

公益を目指すべきが個益になり社会は分裂分断 (原発事故でもそうであった、ただ公益共益が何かは決まっていない)


公益を目指すべきが個益になり社会は分裂分断

(原発事故でもそうであった、ただ公益共益が何かは決まっていない)

人間の経済活動でも社会活動でもそもそもは公益を目指すべきものだった
ところが資本主義であれ民主主義であれ私有権とか個人の権利のみを主張して認めるものとして明治以降変えられた
だから今になると江戸時代が遅れた封建制で民はただ税を納める搾取する対象として見られていた
入会権でも山で採れるも山菜でもまた木材でも共有する共益になるものであり個益は許されない、だから何か古いものが常に遅れたものとして西欧化されたとき見るようになった入会権とは別に遅れたものではなくその当時の人がみんなで仲良く生活するために考えた知恵から生み出されたものである
人間はそもそも公益とか共益なしでは生活できないからである。

資本主義が自由市場主義で市場の原理にまかせる、見えざる手にまかせるというとき私有の追求になった、公益とか共益は自ずから個々の私有とか利益を求めるとき達成されるとしたルールだったのである
でもそれがうまくいっているかとなると公正な世界市場などありえなかったのである。
それはアメリカを中心にして金融で支配される世界支配のための金融になっていた
第一ドルがアフリカの奥地まで通用することがアメリカが支配していることなのである。実体経済と関係なくドルという紙幣をすれば世界を支配できるとなるからだ

なぜこの辺で原発事故でいろいろもめたのか?
それはやはり公益とか共益とかなくなりみんな個々人の利益を求めるだけになったからである、補償金でも個々人に与えられたからである
本当は自治体に与えられたものなのだが個々人に与えられたから個々人はその金で自分の勝手に使うとなりそうならめんどうな苦しい避難区域に住みたくないとなり外に出たのである、それだけの資金があったし金さえあればどこでも住めるとなるから外に出た
もうばらばらになってしまったのである 

いわき市に二万人も双葉や大熊や富岡の人たちが避難して次々に家を建てたというとき地元では不満になった、そこで家など建てられない人たちも多いからである
なんてあの人たちはよそから来たのに家を建てられるのかとなった
その家も建て売り住宅の会社だからできた、そんなに多くの家を地元の大工では建てられない、ほとんど外部の会社が一週間くらいで組み立てて建てたからできたことである
でもいわき市の人たちから見れば双葉とか大熊とかの人たちが公益共益として原発を積極的に誘致したのである
それが事故になって住めないとなっていわき市に避難したときあなたたちはあなたたちで原発を誘致して決めたのだから放射能汚染してもそこに住めともなる
それがあなたたちの責任だともなる、何か今回の原発事故は距離に比例して責任が課せられていたのである。飯館村をのぞいてはそうである
20キロ内は避難区域になり30キロ内までは補償金がもらえた、ただ30キロからはずれても鹿島とか久ノ浜は多くはないが一応補償金はもらえたのである

例えば公益とか共益というとき漁業権でもそうである
それは漁業者だけが持つ権利になっていたとき漁業者は漁業権を東電に売り渡して原発御殿を建てていたとなる
今でも原町でもこの辺でも立派な家を建てているのは船主であり漁業関係者だとなる
原町で大きな石の庭を作ったのを見たがそこは船主の家だった
トリチウムを海に流すな魚が汚染されるというけどテレビで死活問題などと放送しているけど漁業関係者は特に船主は生活には全く困らないのである
まず30年とか楽に補償金で生活できる、それだけ原発事故の後の処理はつづくからである
魚を一匹もとれなくても困らない、むしろトリチウムを流すなと交渉して補償金をつり上げることができるのだ、これも矛盾しているのである
それはこうして他でもそうだが組合も一見労働者のためのように見えて私益を追求しているからである。利権獲得のために動くからである
電気関係の電事連も原発で働き収入を得るのだから原発に反対はできない
そこは労働者も利益共同体となっているから電事連からマスコミに巨額の宣伝費が出ていたのである゜

山でも私有権をが明治以降認められた結果無数に分割されて共同で何か利用できなくなった、共益というときグロ−バリゼーションでもそうである
自由市場競争が公正な世界を作るというのもそうではなかった
結局アメリカ一極の金融支配でありそれに対抗しているのがロシアとかだったが排斥される、シリアの問題も実はシリアではIMFに加入していない、ドルが通用しない社会主義国家だったのである
それにアメリカでは不満がありロシアに対抗して反政府運動が自由の旗印のもとに行われた、その結果はいいものではなかった、ロシアの支配下にあった方が良かったのである
なぜならシリアに行った人がシリアの人は素朴だとと何度も言っていたからである
それなりに貧乏でも平和に暮らしていたのである。
それが欧米とロシアの対立で壊された、クリミアでもアメリカ側の金融支配がありそれが対立の原因になるし中国でもそうである
グロ−バリゼーションによって後進国でも利することはあるが金融でも支配するためにある

公益など世界レベルにはない、アメリカとかに利するものとしてグロ−バル社会があるとなるからだ
この辺でもなぜ地域社会が破壊されたのか、それは何度も書いてきたけど公益の共益の共同体を越えて金だけがばらまかれたためである
漁業関係者がそうであり原発事故の補償金でもそうである
地域共同体を越えて金がばらまかれた、すると一億円とか以上もらえればも自治体のことなど考えない、その金で外にでて楽して暮らした方がいいとなったのである
それも放射能汚染があるから悪いとはされないからである。
そうして自治体は破壊されて崩壊したともなる
補償される権利があるとしても自治体の復興のために使われたわけではないのである。

いづれにしろ公益とか共益といってもそれが何なのか?
原発でも別に金になればいいとしか考えない人もいる
原発は金になるものとして受け入れて賛成していたのである
それは市町村でも公益的な共益となるものとして賛成していたのである。
例えばソーラーパネルでも最近自然を景観でも破壊する抑制するべきだというときもそうである、
ソーラーパネルは原発事故のために安全な電源として奨励された
それは公益にかなうものとしていたるところに設置された
でもそれが公害にもなりつつある、だから公益共益とはなにかということが実際はわからないのである、一般的には便利なものが公益共益的なものとなる
民主主義だからみんなが多数のものが決めたことは公益になるとしても結果的にならないこともある

いづれにしろ会社でも会社の利益のみを求めたらそれが社会に認められて成功するとはならない、事業を始める人でも失敗したがその人の経営理念は自分が優秀だと認められたいということからはじまり田舎では金にならないから金持ち相手に全国相手に事業を起こしたのである。
そこに共益とか公益はなかった、自分の利己的エゴから始まったともなる
だからその事業が失敗しても同情しにくいのである

公益的とは何か共益は何かはまた共生とは共存とは何かにも通じている
自分は景観を大事にしてもそれは金にならないから金になるなら公害があってもいいとかなる人がそれなりに多いからである。
だから公益とは何かというとき多数がいいと思うものが公益なのかとなる
多数であれば何でも許されるのか?
その公益を決めるのはどうして決められるのか?
それが結構むずかしい問題なのである。
例えば小さな畑で野菜を作っている人は農業はそれが利益を産まないにしても公益性がある、環境の保存とか景観の維持とかがある、それはこの辺では原発事故以後荒地化しているのが多いからである。農業は自然と深く関係しているから公益性がある
荒地になっているよりはそこに野菜を作り花でも咲かせると景観的にいいとなるのであるそれは公益であり共益になっているのである。
でも利益を生まないものには投資しない、銀行でも金を貸さないのである。
どうしても経済優先だから原発だって誘致された、それは公益共益でもあったからである
だから公益共益とか共生とか共存とかは思想的問題であるのかもしれない
一つの価値観を共有することで公益とか共益は何か決まる
もし車などいらなくてもいいとして暮らすこともできなる
その為の不自由があまりにも大きいからそうならないだけでありもしみんながそう決意すれば車がない生活が公益に共益になるのである
原発だってみんながいらない決意すればそれはできる
でも原発とかなると国と関係して国際関係とも関係してくる
アメリカには逆らえないとかなり日本ではやめることができないとなる

ともかく共益とか公益がどうして決められるのか?
それをよくよく考えてみるべきであり人は公益共益を優先して生きるべきものであり
それがなくなりただ私有とか私権とか私益のみの追求となるとき共同体でも破壊されてしまうのである、金だけでもそうしたことは解決しないのである
かえってこの辺の補償金で分断されたように公益共益を損なうものとなる
ただ人間は便利なものぜいたくを追求する、それが公益出り共益になりやすい
人間の欲は限りない、それを抑えろといっても反対されるだろう
なぜ原発が金のなる木だったからこそ積極的に地元でも誘致されたのである
小高の腕のいい大工さんでもそうである、家を建てて借金していたから原発を作れば金になるからいいと言っていた、その息子でもいい車に乗っていたりした

つまり人間の欲を抑(おさ)えろということは共益にならない、共益になるのは人間の欲を満たすものだとなってしまう
そんならお前は寺で肉も食べない最低限の生活をする出家僧になれ、修道院に入り世俗的欲をたつ生活をしろとなる、それは共益とはならない、便利なこと豊かな贅沢な暮らしができることが共益だからである
ただいくら欲を抑えられないにしても限度があった
人間の欲は切ないからである。いい家が欲しい、いい車が欲しい、いいものを身につけたいとかうまいものを食べたいとか今はきりなく欲望が拡大する
欲望はさらに高い地位につきたいとか自分を優秀にみせたくて事業した人もいる
人間の欲望は経済的なもののに加えて地位が欲しい名誉が欲しい、優秀であると認めさせる、そのためにしのぎをけずっているともなる

ただ公益共益というときそうした利己的動機を否定するものが公益共益にもなる
利己的なもの個益を否定して公共のために共同体のために尽くすということもある
実は共同体にはそうして公共のために全体のために共同体のために犠牲が強いられることがあるのだ、人柱伝説などでもそうである、公益事業のために犠牲が強いられる
戦争で3百万人が死んだというときもその戦争は共同体の命運を賭けたものであり犠牲が強いられたとなる、それはその時はみんなが戦争に積極的に公益と思って参加したとなるからだ、だからただ便利になるからとか欲望を満たすためにだけではない、他の理由でも人間は死ぬまでの犠牲を払うともなる

戦後はギブミチョコレートとなりただ日本人は欲望の追求となりなりふりかまわず世界にトランジスターを売りに行ったとなる、そして高度成長になったのである。
資本主義ではその欲望が肯定される、欲望があった方がいいとされるからである
今の若者は常に欲望がかえってたりないから駄目だともなっているのである
そのために人は働くとなるからである、でも何が間違ったのか?
その欲望も限度を越えたとき危険な原発も積極的に誘致されたとなる
もう欲望の故になんでもいい金になればいいとなっていたからである
現代ではみんな金の亡者になっているからである
何かそこに歯止めがなくなっているからである、それで原発は積極的に誘致されたからである、そして事故になってからは補償金をもらえばいい、もうそれがすべてだともなる
何か復興とかは関係なくなっていた、何か公益とかではない、自分たちがどれだけ補償金をもらえるかもらうかしか関心がなくなったのである
それも共同すれば共益になる、だから共益というのは何なのか?
それが問題だからみんなで考えねばならないのである。


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2018年08月30日

なぜ原発事故の補償金でもめたのか? (金のみがすべてとなって共同体がは回りが無視されたため)


なぜ原発事故の補償金でもめたのか?

(金のみがすべてとなって共同体がは回りが無視されたため)

この辺でなぜ補償金でもめたのか、それは共同体というのが眼中にない、ただ多くの金を得ればいい、周りのことは関係ないとしてより多くの補償金をもらうことだけが関心となり市町村でもそこに住む人たちは争うようになりいがみあうようになり分断されたのである。
なぜそうなったのかというと現代社会の反映があった、村とかでももしそこが昔のような村だったら家族のように考える、村を守り維持するたの金として補償金を考える
でも補償金は個々人の家族に与えられたのである
すると個々人のことしか考えない、そこにはもう村という共同体もなくなっていたのである。だからできるかぎり補償金を多くもらうことしか関心がなくなった

飯館村でも小さい村だからまでいな村として共同体のつながりがあると思っていたがなかった、ある人は噂にしろ酪農していて9億円補償金をもらったとかなればどうなるのか?もう村のことなどどうでもよくなる、そういう人は村を捨て他に移り暮らすとなったのである。もう村という共同体のことなど考えなくなる
補償金は他でも共同体に村や町や市に与えられたのではない、個々人に与えられたからそうなった
あくまでもその金は共同体のものであったが個々人に与えられたことによって共同体が崩壊したのである。もともとそうした市場経済に生活していたのだからそうなったともなる
漁業をしている人たちは原発事故前も漁業権を東電に売って補償金をもらい原発御殿を建てていたとかわかった、それを周りの人はみんなもらっているわけではないから羨ましがっていたのである
共同体というとむずかしいけど要するに回りのこと隣近所のことでもあったのだ
「なんであそこではあんなに金がもらえるのだ」と回りで思う
それは同じ地域に住んでいるからそう思うのが当然なのである

昔の江戸時代の村だったらそんな金が入って贅沢することは許されないからである。
みんなで分けるべきだとなるからである
つまりそこで共同体というものが喪失した結果としてそうなっていたのである
ただ金だけをもらえばいい、周りは関係ないとなっていた
漁業権はもともと俺たちの権利であり周りの物には権利がないとしていたのである
でも海は誰のものかとなれば今になれば自治体のものだったということがある
そして漁業権を与えられていたのは海の資源の保護であり東電に漁業権を売るためのものではなかったからである。

共同体とはこうして考えると回りのことであり隣近所のことでもあったとなる
なぜ漁業者だけが船主だけがそんな補償金がもらえるのか?
それが回りの人に容認されていなかったのである。その回りの人たちは共同体のことである、共同体が容認していないのに金をもらっていたから不満だったのである。
そういうことは他にもある、なんであの人は金をもっているのだとなるときそれが回りの人が認めればいい、あの人は金をもっているけど市町村でも貢献した人だとか地域のために尽くした人だとかなっていれば文句は言わないのである。
それは国単位でもそうである、ビルゲイツとかジョブスとかコンピュターを発明した人が巨額の財産を得ても回りから容認されているから文句は言われないのである。

要するに金でもそれが回りから共同体から容認されればその金についてととやかく言われないのである。
でも共同体というのを無視して隣近所を無視して金を得るとなると不満になる
だから金というのはそうして共同体があって流通されるものである。
共同体の方が先にあってその後に金がついてくればいいのだが現代は先に金があって共同体があるとなる、その共同体も金によって分断され破壊される
なぜなら共同体自体がなくなっているからである、グロ−バル経済でもそうである
そこに世界共同体などありえないからである。そこで巨額の金が誰かわからないものに回ってゆく、数パーセントの人たちに金が入って世界を支配するとまでなる
そもそも世界共同体などはない、共同体となるとそんな大きな規模でそもそも作れないからである。
ただローマ帝国でもモンゴル帝国でも貨幣が流通するときそれなりに共同体が形成されたから貨幣がその範囲内で流通したのである。
もし共同体がなければ金は流通しないからである

この辺で起きたことは仮設には毎日のように外部からボランティアの応援が来ていた
でも地元の人は応援しなかった、それで小高の人などは鹿島の人は補償金について文句ばかりいう、一体なんなのだ、俺たちが苦しんでいるのに何なのだ、マスコミでも外部の人でもかわいそうだと思って援助しているのに何なのだと不満だったのである
でも実際は仮設は楽しい面もあった、長屋のようになり女の人たちはいつでも会えるから楽しいと言っていたし補償金ももらえたからいいと言う人もいたのである
そして知っている人は「私たちは鹿島で金を使って助けているんだよ」と言っていた
まさに消費者は金あるものは王様だとなっていたのである。
別に助けてもらうとかなんにもなかったからである
でも福祉でも介護でも優先的になりそれで迷惑になった人たちがいたのである

これが極端化したのがいわき市に避難した人たちだった、二万人も避難して次々に補償金で家を建てたから地元の人は金がないので建てられない人も多かった
それが次々に家を建てる、ベンツには乗るとかなり病院では優先的になるとか地元の人が迷惑になったから事件も起きたのである。
金があればなんでもできるという社会になったときそうなったのである
なぜまたそうなるかというと二万人の人が移住して家を建てる時、とても地元の大工でも建築関係でも間に合わない、ところが今家を建てるのは大手の建売住宅会社でありその人たちが一週間くらいで組み立てて建てる、地元の大工はかかわらないのである
するとどうなるのか?もし地元の大工だったらいくら金でやれといってもやれない
いわき市の人が優先になるとかなっていた、それが広域社会だとなくなる

広域社会とかグロ−バル社会になるとそれだけ金の力がまた大きくなっている
別に金があればどこに住んでもいいし金がある人が優先される社会なのである。
つまり金ですべてが計られる社会である
江戸時代は身分とか別な要素で人間を計っていたが今は金だけですべてが計られる
ホテルでも旅館でも金で部屋は決められる、金が高ければ最高のいい部屋があてがわれるもてなしされるのである。病院でも金があれば特等室に入れる
それで浪江の請戸の人は相馬市の病院で特等室に入り家を建てると豪語していたのであるでも周りの人がどうみるかとなると良くは見ていないということを考慮しないのである

いづれにしろ現代の広域グローバル経済は共同体なき経済でありそこには冷酷な市場の原理しかない、それはこの辺の補償金でも自治体が分断して破壊されたようになる
まず共同体があって経済があるべきなのである。そうしないと家族が共同体の核としてあり延長としての共同体も分断して破壊される、もう分断して破壊されているのである。
だから本当に金というものが何なのか?それをどうするのかは現代の深刻な問題なのである。金だけを求めてゆくと共同体は分断して破壊されてもともこうもなくなる
社会は荒廃してしまう、現実に荒廃している、みんな共同体より金さえあればいいんだとなっているからである。
回りの人でも国レベルでも福島の原発事故の補償金については容認していない
あいつらどこまでも補償金としてねだる、原発乞食だというとき国民も容認していないのである
だからそんな多額の補償金を権利があるとしても払うこと自体何なのだろうとなる
それがみんないい方向に向かうならいいが自治体は分断されていがみあうにようなったからである。
復興につなかっていないからである、水俣病のときも補償金で駄目になったというのと同じだったのである。

いづれにしろ原発事故で起きた問題は現代の社会の歪(ひずみ)が現れたものでもあった金だけが突出して共同体を越えて力をもつ、するとどうなるのか?
共同体は破壊されるのである。現実に補償金で自治体も分断された
飯館村でも9億円を牛を飼っている人がもらったとかそれが噂でも億の金をもらった人たちが普通にいるのは確かなのである。
そうなるとどうなるのか?かえって飯館村という自治体は共同体は分断されて崩壊する
当然補償金をもらってもう飯館村を出るという人たちが増える
極端にしろ9億円もらって外で贅沢した方がいいとなるのが人間だからである。
もう飯館村にはめんどうだからかかわりたくないとなってしまったのである
ただそういうことが共同体で容認されるのか?
そんな金をもらった人を周りの人は容認するのか?
いくらそういう権利があってもしない、すると外部の冷たい目にさらされることになる
それは回りの人たち、共同体では容認していないからである
金というのが突出して力をもつとき共同体を破壊させることを示したのがこの辺だったのである。

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2018年08月15日

失われるや家や故郷の記憶 (精神的なもの目に見えない価値は受け継がれにくい)


 失われるや家や故郷の記憶

(精神的なもの目に見えない価値は受け継がれにくい)

双葉町には特攻隊を訓練した飛行場があった、それは原発のあった地域でありそれを記録するもの伝えるものがいなくなった、地域はばらばらになり崩壊した
記録でも記憶でも伝えるものがいなくなれば伝えられない
記録や記憶はやはり共同体がないと伝えられないということがある
なぜならそうした歴史の記録とか記憶はその共同体にとって重要なものとなっていたからである
津波の記録がこの辺で二行しか記されていなかった、700人溺死としか記されていないでも一応記されているのだからそれが嘘とは思えないから津波があったとみる

不思議なのは最近リバースモゲージとか家を担保に銀行で金を貸すという
そこで家の価値は耐震性があるのが第一であり後は省エネになっているとかである
家の価値は日本では10年過ぎると半分に下落するという
それは家というのを土地とか家という建物しか見ていないからである
建物は価値がなく土地だけだとなる、それで地方では家に価値がないから銀行ではそういうことはしない、それを価値をあるものと見ないからである

この辺で起きたことはこうした故郷とか家で営まれたものの価値は賠償されない
なぜなのか?それは金で計ることができない価値だったからである
だから賠償の対象になるのは家でもその建築物であり土地でありその他は賠償対象にはならない、それは土地や家のように具体的に見えるものでないからである
家というのはただの箱ではない、そこで家族が長い間暮らしたものとてし家がある
するとその家に精神的価値が付与されているのである
日本では家というというときただのハウスではない、家というとき代々の家という意味もあり侍だったら御家中となっていた、お家大事になっていた
それは建物だけを言っていたのではない

その家で暮らした人なら家族の思い出としての家がある
外からの人だったら家はた快適に安全に暮らすものとしてしか見ない
そこでどういう営みが行われていたか考慮しない
そこは単なる一区画の土地であり家という建築物でしかないのである
ただその家で自殺者が出たとかなると縁起が悪いとかなり売れない
それはやはり家には何か建物だけではない、何かそうした住んだ人の何かがまとわりついている、だからただそれを家という箱のようにみて古い家を買ったりして住むと災いを受けるとか不安になる、それは人間には物は物ではない、ものには心がつくものだからである

故郷とか市町村でもその地域地域によってかもしだす雰囲気がある
その雰囲気はやはりその土地土地で長い歴史のなかで作られた来たものである。
だから避難区域になった所で人が住まなくなった、廃墟の街となりゴーストタウンになるでも依然としてここに住んだ人たちが幽霊となっても住み続けているという感じになる
先祖が故郷には代々生きて葬られているからである。
それは墓だけではない、その土地全体になお生きているという感じになる

家族がみな死んだが自分の家にしてもそうである
何か長く一緒に家族が生活したということでその記憶がこの家からにじみでてくる
なおまだ家族がいるような気分になるのが家なのである
ただ他人から見れば外部から見ればそうしたものは何の価値もないのである。
ただ耐震性とか安全性とか利便性とか値段しか関係ないのである。
そういう物の怪(もののけ)とか何か精神的なものは金で計れない、だから賠償の対象にならないのである。
でも本当はそういうものに価値がありそれが失われたことが大損失だと気づく人もいるだろう、それはいくら賠償金もらっても取り戻せないものだからである。

津波で流された江戸時代からあった右田の松原は貴重だった
それは単なる木ではなく長い間故郷の原風景として心と一体化したものだった
だからそれがなくなったことは精神的な面でも喪失したものが大きいとなる
それはもう二度とありえないものとなりただ記憶としてしか残っていないのである
そして次の世代の人は何もわからない、ただ風力発電の風車が回っていることが風景となったからである
江戸時代にあったものでもそうである、江戸に縦横に水路があり舟が行き来していた
その中で生きていた人たちがいてその風景と一体となっていた
それは高層ビルの谷間になりもう回復できない、その時代にあったものは永遠に回復できないのである、その時代に戻ることは絶対にできないのである。
ただ残されたもので想像の世界でしかありえない、でもその想像する時その当時のものとはまるで違ったものとして想像しているかもしれないのである。

こうしたことでこの辺では人が住まない区域ができて相当に金で計れないものを失った
いくら賠償金をもらってもそれをとりもどせないのである
人生でも決してもう一回やり直すことはできない、過去にもどることもできないし青春にももどれないのである。
人間は金で計れるもので生きている、毎日の価値を計るのは金である
食料でもいくらで買って得した損したとかで暮らしている
でも金で計れないものが人間関係でもその営みのなかに生まれている
ただそれが金で計れないから意識しないのである
空気が最も大事なものでも意識しないと同じである
ただ故郷を失うとか家族が死んで残ったものは記憶でありそれが貴重なものだとしても
他人には外部の人には価値として計れない、見ることはできない

鉄道を利用しないのに鉄道を廃止させたくないというとき鉄道には長い歴史がありそこに人間の営みがつづけられてきた、出会いがあり別れがありそこに様々な人間の営みがつづけられてきた、何かだから駅でも鉄道でもレールにさえ愛着を感じる
何か哀愁を感じるのが鉄道なのである。それはただ物を人間を運ぶというたげではない
人間の営みが演じられたものがそこに付着しているからそうなる
だから鉄道がなくなると淋しいとなるのはただ鉄道という物や人を運ぶものがなくなるのではない、そこに営まれた人間の汗と涙でも付着しているからである
そこに何か哀愁が生まれる、ただ人が乗らないとかもう鉄道は不便だからいらないとなるが一旦廃止にしようとすると反対があるのはそれは鉄道は長い歴史の中で単に物を運ぶとか人を運ぶものではない、人間の営みとともにそこに人間の情がのりうつっているからである。高速には車には何かそうしこたものを感じないのである

人間は毎日金のやりとりで金で価値を計って生活している
でも人間の営みにはそれだけではないものが必ずある
それは金で計れないものでありそれこそ貴重なものだったと意識させられる時がくる
それは人生の最後に来るかもしれない、本当の価値は金にはなかったな、ともに苦労して喜び、悲しみ生きたことだったなとかなり涙を流す
青春時代の歌を歌って涙を流している人がいた、それはその時代が永遠に戻らないからである。失わたものは永遠にもどらない、それは時代でもそうである
過ぎ去った時代は永遠にもどらない、そこは想像の世界であり決してその時代に生きた実感ではありえないのである。
その時代に作った俳句でもその時代でしか作れないのはそういう時代が過ぎ去ったからである、それを体験することは不可能だからである、ただ想像する世界としてしか過去はありえないからである。右田の松原は何の痕跡もなくなったようにそれはただ記憶としてあるだけである、次の時代の人は全く想像すらできない、なぜならその片鱗すらも何も残っていないからである

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2018年08月13日

コンビニ強盗で逮捕されたのは、南相馬市鹿島区の会社員・小松 悟容疑者(35)。 (原発事故の多額の補償金でモラルが崩壊した)


コンビニ強盗で逮捕されたのは、南相馬市鹿島区の会社員・小松 悟容疑者(35)。

(原発事故の多額の補償金でモラルが崩壊した)

28日未明、福島・南相馬市鹿島区のコンビニエンスストアに包丁を持った男が押し入り、現金を奪おうとする強盗未遂事件があり、35歳の男が逮捕された。

駅で小高の人に話を聞いてびっくりした、新聞とっていないからわからなかった
六号線のコンビニで強盗があったという、その人は双葉の人だと言っていた

なぜ双葉の人が強盗するの?

まだ避難区域になっているから十二分に補償金をもらっているはずである
みんなそれでうらやましがられている、だからなぜなのか?信じられないとなる

実際に鹿島では新築の家が次々に建った、豪華なのは庭が広くて家も大きい
それは船主の家が多いかもしれない、この前あったのは磯部の人であり船主だと思う
二人はそうである、つまり鹿島には相当に外部からの人が移ってきて家を建てている
この前は浪江の人が新しい家を建てていた
まず船主だと金には困らない、事故前も事故後も十分な補償をされているからである
汚染水でも漁業組合が東電と交渉すれば上積みされる
だから魚をとるより補償金で十分に暮らしていけたしそこに原発御殿が建ってうらやましがられていたのである。それは船主であり他の人はもらっていないからだ

その小高の人は鹿島の厚生病院に母親が入院して電車できている
車がないから電車で来る、でも電車だと原町から一時間おきではない、半分以下になるから不便である
その人も補償金のことなのか?兄弟五人いてもめているという、ハンコ押してもらうのに離れているから困っているというのもわかる
何か大きな金が入るともめるのだ
その人が言うには飯館村で酪農家が9億円もらったという、それ本当なの?
双葉辺りでも酪農家はもらっている、牛一頭いくらと補償されているのかもはしれない
大熊の酪農家が5億円もらっていたというのも聞いた
事業している人も多額になる、それで浪江の事業している人が仕事くれと仲間に言ったらお前ら金もらっているから仕事する必要がないだろうと言われたという
何億もの金をもらっているからである

今小高の人は浪江は5000万多くもらっていると不満になっている
まずこの辺ではこうして補償金のことが飛び交うだけなのである
第一酪農していたらもうけることもわずかである
それで飯館村ではまでいな村として県内でも所得が最低だったのである
それがもし本当に9億円も入ったらどうなるのか?
完全にモラル的にも狂い崩壊する
そういうことがあり一時金をもてあました人がいわき市で札びらを切って歓楽街で遊んでいたから顰蹙をかった、新築の家も次々に建てたから地元の人にうらやましがられて事件も起きたのである

何か原発事故以後この辺は多額の補償金をもらいモラルも崩壊した
小高の人が仮設でフィリンピンの女性を引き入れていたとか聞いた
金があまっているからそうなったのである
飯館村では残る人と金をもらって外に出る人たちで争っている
本当かどうかわらないにしても9億円とかもらったらもう完全にモラルは麻痺する
当然補償金もらって村を捨てる、働く気もなくなるのである
それで水俣病の時も補償金をもらうことで堕落して復興もなにもできなくなったと言う人がいたがここも同じである
もうモラルが崩壊しているのである

飯館村は素朴なまでいな村だとかなっていたし実際そこの人とかかわらなくてもそこの雰囲気は何か花が高原の村に映える場所だったのである
それが原発事故以後変わり果てた、土は削りとられむき出しになり放射性廃棄物の山となってしまった、そうして荒地化したのがその心も荒地化した
ただ補償金をむさぼりくらう餓鬼のようにこの辺ではなったのである
今になると小高はそれほどもらえないとも思った
ただその人により財産により額は違っている、だからその額でまたうらやましがり争うことにもなる
一時は小高と鹿島は険悪な状態になったのである

原発はそもそも事故前からそうして金になるものとしてこの辺の人はむさぼりついた
金になればいいしかなかった、それで小高に東北電力が原発を建てるときすぐに賛成した小高の大工さんは金になるからいいといっていた
みんなそうである、金になれば食らいつき何でもいいとなっていたのである
金の亡者となっていたのである
そもそもがここだけではない今の資本主義社会はみんな金を求めてモラルが崩壊している自分が介護して病気して苦しんでいる時も狙うの金しかなかった
それで事業に失敗した人は自分を殺すのではないかとまでなり恐怖になった
金に追い詰められた人しかこなかったからである
もはや他人は人ではない、金でしかないのである。
こいつからいくら金がとれる,金にならないなら関係ないとなる
どうしてそうなるのか?その欲が深いし限りないからである
見栄えもある、俺は成功者だと吹聴していたからである
そして借金してまで豪華の家を建てる人も普通にいたのである
そうなっているから金のためになんでもすると事故前からこの辺ではなっていたし世界的にもそうである、金がすべての世界になっていたのである

いづれにしろ飯館村でもモラルは崩壊した、までいな村とかの村作りどころではない
9億円もらったらそんなものふっとんでしまう、豪勢な浪費家になるのか?
何になるのか?その金で何かもめてくる事件も起きるのかとなる
ただ双葉の人がなぜ強盗までしたのか?
その理由が金がないからだとしたら全く解せないことである
ただ鹿島区にはとにかく外部から入ってきている人が多くなった
それだけは確かでありそこで事件が起きることもある
その外部といっても今は工事関係者ではない、双葉とか大熊とか浪江とかでも入ってきているからである、そこで地元の人と軋轢が生じることもあるかもしれない
ただそういう話はここでは聞いていない
小高の人が仮設に入っていたときは人が多いし補償金を鹿島の人はもらえなかったのであもめていたのである。

その人たちは毎日パチンコでありギャンブルであり遊びほうけていたからである
ただ最近鹿島でも高速は無料になったとかはある
小高、原町、鹿島と南相馬市は合併しても補償金で分断されたのである
ただ補償金でも浪江でも飯館村でも小高でもその内部でも財産に差があり補償金に差がある、酪農家とか事業している人は法外な補償金になっていることは確かである
船主もそうである、だからそういう人は豪勢な家を建てたのである。

いづれにろこの辺は補償金がいくだとかしか話題がなくなった
みんな血眼になって補償気金をもらうとするだけである
その額が大きすぎたこともありそうなったのである
その差もあるからまたそこで内部的もに分裂しているのである
だから人間は金は必要でもそうして法外な金が入ることは危険になる
常識とか平常心とかモラルがなくなる、金にもの言わせるような人も出で来る
その人たち飯館村だったら牛を飼い貧乏だか山で山菜をとり素朴な生活をしていたのである、自分はかかわらないにしてもそういう村だからこそ癒しがあった
こうなるともう癒しもなにもない、ただ光景としても殺伐であり人心も殺伐としたものとなった、までいな村などもうない、ただ補償金をむさぼりくらう人たちしかいないとなってしまった、いくら立派な学校を建てても大人たちの人心は荒廃してしまったのである
そういう場所には花が映えるだろうか?それが残念でしかたがないとなる
それが飯館村の人の責任ではないにしろそうなった事実があり悲しいとなる
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2018年08月11日

原発を東京に作れというのは正論だった (人は住んでいる場所に一番関心をもつ)


原発を東京に作れというのは正論だった

(人は住んでいる場所に一番関心をもつ)

人間は住んでいる場所に一番関心がある
当然住んでいる場所だといろいろ直接影響するからである
原発でも浪江だと請戸港から原発の煙突が見えるのだから関心をもつ
角のことはからないにしてもそれだけた近くにあれば関心をもつ
もし事故が起きたならどうなるのかなど想像する人もいる
でも離れていると関心をもたないのである

なぜフクシマに原発を東電で建てたのか?
それは300キロ離れていれば東京は安全だと思ったし
とても東京では反対があるから建てられないとなり福島に建てた
すると東京に住んでいる人たちも安全だとなり容認した
そこが間違っていたのである
東京の人たちも離れているからいいや,こっちには関係ないだろうとなる
東京の人たちも無関心になっていたのである。
でも東京に原発が作られたら恐怖で四六時中監視する人もでてくる
東京には科学者とか技術者がいるからさらにうるさくなる
常に原発はそうした人たちの監視にさらされるから安全を完全にしないと運営できなくなっていた

ところが福島とか離れると東京の人たちも関心が薄れる、安全だとなり容認するようになっていた、そこに落とし穴があった
人間は住んでいる場所だとささいなことでも気になる、この辺では土を削りとられた所が多い、それを毎日見ていると景観的に嫌だなとなってしまう
それは毎日見ているからである、見ざるをえないからである
一時的にいるなら通り過ぎるなら嫌でも離れれば見ないからいいのである

人間は住んでいる場所だったら身近だから自分のことのように考える
でも離れてしまうと他人事になってしまうのである
原発事故の避難区域でも故郷から離れて暮らしているとやがて住んでいた故郷のことでも無関心になってしまう、そこが何になろうと関係ないとなってしまう
土地をもっているけど放射性廃棄物になっても金にならからいいやとかなる
もし住んでいたらそんな危険なものは置くなとなるが離れていると関心がなくなるのである

だから人が住まないとどうなるのか?
その住む場所に誰も関心がなくなる、別に放射性廃棄物でもあってもいいやとなる
金になるからいい、どうせそこに住んでいないのだからいいやとなってしまうのである
住んでいれば住みやすいように自ずと努力するが住んでいないなら関心もなくなる
そこはやがて放置され原野化して政府の土地となり放射性廃棄物場になりやすい、現実住んでいないのだから反対する人もいないからである
住んでいないことは実際は権利を失っているのだ、だから土地でも空き家でもそうして利用されていない土地でも家でも所有の権利を失うのが自然なのである。

それにしてもすでに小高に東北電力の原発が建てられる工事まではじまる予定だった
そこに建って事故が起きたら南相馬市とか相馬市とかには住めなくなっていたのである。でもそのことを知っている人も少なかったのが怖い、何か報道でも取り上げないとそうなる、原発を建てる土地を買い知事の許可があれば原発を建てられると法律ではなる
それが異常なことだったのである。
事故になれば南相馬市でも相馬市でも住めなくなる
その時は南相馬市は合併していない、だから小高だけで決められることにもなっていたのも怖い、原発というのはこのようにあまりも建てるにも広域的な議論もなにもなかったのである。ただ地元の大工さんは景気良くなるよとしか言わない
地元では金のことしか関心がなかったのである

人が住まないとそこは無関心地帯となる、それが自然の原始の状態にもどるわけでなはい政府のものになり放射性廃棄物となったり何か他のよからぬものに使用されたりする
そこには誰も住んでいないのだから反対する人もいないからである
そしてそこに住んでいなければもともと住んでいる人も無関心になる
ただ何でもいいから金になればいいとなり土地を売ることになる

例えば無人駅でもそこを管理する人がいない、すると勝手にされるということがある
確かに監視カメラとかついていたり隣の駅で見ていたり連絡はできるが無人駅ということはその駅を管理する人がいないのである。
そうなると許可なしに何かをする人がでてくる
ボランティアで善意でもJRではどうにもならないともなる
いくら自動化しても全部責任を持てない、ロボットは責任を持たないからである。
無人化することはどうしても勝手にされるということをさけられないのである。

いづれにしろ東京に原発を建てろというのは正論だった
それができないなら原発は建てるなともなっていた
でもその正論は正論にもならない、何か風変わりなSF作家が提案していように見られていた、そういう本も出ていたが隅に追いやられて冗談かとまでなっていたのである。
それほど「安全神話」は強固に作られていたのである。
それは核が庶民にはわからないこともありそれ故にさらに強固な安全神話が作られた
日本の技術は優秀なのだといううぬぼれもあった、そもそも核と原発の技術はアメリカが基でありアメリカに指導されて作ったから日本の技術力で作られていなかった

そしてアメリカでは古い型のマーク1の原子炉を商売として売りつけていたのである。
これは明治維新の時古い武器を売りつけられたのと同じだったのである。
つまり自国の技術力でやれればいいのだがアメリカはアメリカで日本は遠いから無関心になり危険なものでも自分に及ばないから古い型の原子炉をうりつけたのである。
自国だったら身に危険を及ぶからそういうことはできないのである
国は国で離れていると無関心になり危険がないから親身にならない
ただ金儲けとして危険なものでも売りつけるとなるのである
ここにグロ−バル化経済の問題がある、自国だとうるさいが外国だと安全は食品でもなおざりにされる、どうせ外国人が食べるのだからいいやともなるからだ 

「遠くの親戚より近くの隣人」というように親戚でも遠くになると何しているわからなくなり無関心になってしまうのである、むしろ日々顔合わせている地元の人の方が頼りだとなってしまうのである
報道でも福島県の福島民報とかあるけど民友もあるけど福島県でも広いから福島の市町村単位でそこに住んでいる人が報道するのがいいとなる、なぜならそこに住んでいる人が一番関心があるからである
真野側で水質検査をいつもしていると放射性物質はどのくらい高いのかと気になるのである
それは近いからそうなるのである。だから福島県でも広いから報道はそこに住んでいる人がすべきだとなる
それがインタ−ネットである程度可能になったから自分も報道のようなことをするようになったのである。

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2018年08月05日

小高復興の一試案 (牧場などを作り車の通行禁止で江戸時代にもどる)


小高復興の一試案

(牧場などを作り車の通行禁止で江戸時代にもどる)

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小高に三年ぶりで行った不思議を書いた,前よりは人は帰っているけどやはり通る人が少ない、通りに歩く人も見えない、ただ前からは通りはどこでも歩く人がまれである
車時代になってからそうである
ただ小高で感じたことは車が通らないから江戸時代にもどったような気分になった
やはり車というのがいかに社会に影響しているか実感した
一時大きな街で歩行者天国を作り車をしめだした
小高では別にしめださなくても車が通らない、6号線は通っても通らない所が多い
車が通らないとどうなるのか?江戸時代にというか車ない社会にもどったようになる
それは戦前でも戦後十数年でもそうだった
車が普及したのは高度成長時代になってからである

輸送の手段は遠距離になると蒸気機関車時代があり貨物輸送の貨物列車の時代があった
近間では馬車の時代がありリヤカーがあった、それで梨を売るために相馬市まで鹿島から運んだというのもそのためである、でも今からすると距離があるから苦労だった
ただあまり遠くまでは行かない、近間で用をたしていた
馬頭観世音がこれほどなぜ多いのか?それは馬で荷物を運んでいた輸送の主役だったからである、だから江戸時代の馬頭観世音はまれであり明治時代以降のが多いのである
馬が人間を助けてくれたから供養のために馬頭観世音をいたるところに作ったのである
まず馬車だったら遠くに荷物を運ぶのは無理である。
それで鹿島の右田の農家では肥料となる草を橲原(じさばら)から運んでいたという話を聞いた、橲原に入会権の山を所有していたのである
つまりその頃は近間でなんでもまかなっていたのである
なにか小高ではそういう時代にもどっいたという感覚にったのも不思議である

自分は江戸時代に関心をもつようになった、それは江戸時代には今の時代に失ったものがあるからだ、だから時代劇を良くみている、その風景がなつかしいとなる
江戸でも舟が縦横に行くのはベネチアのようでありその風景にひかれるのである
それはただ過去を美化しているということもあるが江戸時代には旅人でも歩いていた
それがみんな絵になっている、この歩くことを感心してみているのも時代である
今は旅人はいない、歩いて旅している人がいることはいるが車の騒音の中に消されてしまうのである、浮世絵のような絵にはならないのである
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小高の復興というときそれをどうするのか?
これはあくまでも自分の試案でありアイデアでありそんなことできるのかともなる
何か空想的になってしまうのが自分だからである
関わる人、交流する人を増やしその中から住民と「外の人」が精神的な豊かさを分かち合う

ここでどうして「外の人」と精神的な豊かさを分かちあうのか?

夕張で炭鉱がありそれを活かす取り組みをした、その例に習えば小高では野馬掛けの野馬追いの原型の行事があり牧場に向いているともなる
もう田畑は草に埋もれて草原化した、もうそこを田畑にすることは無理だと感じたからである、ではどうするのか?
牧場化して馬を放牧するのがいいのではないか?そして乗馬などをさせるのである
そして回りは車も通らないから車をしめだすから江戸時代にもどるともなる
ただ車で来る人が多いからそうもならないかもしれない、ただ車をしめだして江戸時代にもどる体験をする、車が通らない地域を作るのである
車を通るとしても制限するのである

これはあくまで試案であってそんなことできないということはある
一番の問題は田畑というのがみんなここに所有者がいて牧場にするからと勝手にできないこの辺でも畑の半分が未だに荒地化している、でも所有者がいるから勝手にできない
無料でも貸すと所有者は言っても誰も畑で野菜作りなどしない
その手間と労力が大変であり金もかかる、自分が支援したが一年で10万はかかる
その収穫はこの前太いキュウリをもらったがあとはなかった
田畑を活かすことは楽ではないから前々から高齢化などで受け継ぐ人がいなくなっていたのである。

明治後で失敗したのは私有権を過度に認めたことである
山でも平地でも海でもそうだったのだ、だから土地が細分化されて利用しにくくなったのである。漁業権のことを書いたが補償金を得るために自分の家の前の海にも権利があるとして交渉していたのである
それほど私有権が強固なものとして権利を与えた結果何か公共的な用として利用しにくくなったのである。
江戸時代までは入会権とかあり山でも共有であり村を単位にして土地は共有していたのである
だから荒地があると村では困るので村全体でその荒地をみんなで元の田畑にもどした
草が生えてきて隣り合う畑をもっていると困るからである
田んぼでもそうである、水の共同利用とかありそれは個々人が私的に利用できるものではなかったのである。農業は自然が相手だから土地は共有になっていた

現実に飯館村で補償金をもらって土地を売った方がいいというときそこが放射性物質の廃棄物になっては困るのである。なぜなら土地はつながっていてその放射性物質が現実に保管されないで流れ出したからである、それは南相馬市の方に流れてくるからである
だから過度な私有権を認めたことは失敗だった
現実に荒地化している土地をもっている人はそこは自分の土地だから売らないとなれば貸さないとなれば何もできなくなる
牧場とか大きな土地利用をするにしても一人の地主が反対すればできないのである
ただこの辺ではそうして荒地のままに草ぼうぼうにしていいのかということが切実な問題となっているのだ
だからこれをなんとかしようとするときいい知恵はないかのかとなる
何かそういう知恵を出し合うことも必要なのである

おそらくいくら土地をもっていても無駄でも何か金になると土地をもっている人はかがえているのかもしれない、例えば放射性廃棄物の処理場とかになり金になると考えているのかもしれない、それは私有権があるから自分だけの利益しか考えないからそうなる、後はソーラーパネルが一番有力なのかもしれない、あれだけの土地が空いているとそうしやすいからだ
そのために土地を保有しているかともなる、そうなったら景観は乱されるから江戸時代の街作り構想は消える
ただ土地を有効に生かす方法がないとそうなる可能性が強いとなる
それをするとするとしたら海側であり山側はしないということもある

何かこの辺で問われているのはそうしした共同性の回復だったということもある
それが失われたからそういうことが望まれる、それは江戸時代の村への回帰でもある
そんなも古いものはあてにならないというのもある
でも明治以降の私有権の強固な権利とか共同性の喪失とかが問われている
一方であまりにも大企業の力が強くなりそれが市町村でも自治体でも今回のように東電によって破壊されてしまうことをまざまざと見たのである
江戸時代の村は別に理想的なものではないにしろ自然と共生した共同体だった
でもそれも巨大な大企業によって破壊された、またグロ−バル化社会の影響もありもうそうした世界の中で経済が動くようになった
その時肝心なものが見失われたということ喪失したことがある
結果的に自然は放射能物質で汚染されてとりかえしがつかなくなり家族はばらばらになり共同体は失われてしまった、原発事故前からもそういう状態はあったがここでは拍車がかけられて田畑は草ぼうぼうになり人が住まなくなったのである。

ただ江戸時代にもどれと言っても電気がない世界に住めるのかとなる
エネルギーは炭になるのかとかなる、囲炉裏が復活するのかとかなる
そんなことができるのかとかなる、それは無理だとなる
でも何かそういうことを志向するのも今回の原発事故でありうることなのかとも思った
江戸時代だと夜は真っ暗な世界である
小高などは街まで真っ暗だった、そこにイルミネーションをして電気を使うより提灯でも使えば江戸時代にもどることができる
街全体が江戸時代にするとそこで江戸時代の気分が味わえる
ただこれは他で江戸時代を再現して観光している場はある
ここが違うのが現実に江戸時代にもどったような場なのである
特別な場所が江戸時代になっているのではない、街全体が回りがそうなっているからだ
それがテーマパ-クなどとは違っている、そこに現実に人が生活しているからだ





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2018年07月21日

養う(やしなう)という言葉の意味 (原発であれ今は会社や科学技術が養っている)


養う(やしなう)という言葉の意味

(原発であれ今は会社や科学技術が養っている)

養う(やしなう)とは社(やしろ)のやしからきている、養うとは狭い社を範囲にして養うということが生まれたのかもしれない
日本人の世界観は村が起源になっている、だから狭い範囲で生きてきたからそうなった
働くという言葉も端を楽にするということは家族単位から生まれた言葉なのである
なぜ養うということを問題にしたかというと村で暮らすときその周りのものを活かしていくほかにそこに住むことはできない、人間は村でありそこで住むことがまず優先されたのである、そこに住むためにいろいろと苦労してきたのである。

そこに住むためにはその土地にある資源をすべて活用しない限り生きていけない
だからその土地にあるものなら何でも利用することになる
肥料がないから糞尿を利用するとかもそうである、それは江戸時代なら江戸でもそうだったのである、あらゆるものを捨てないで利用していた、そこでもったないという言葉が日本から生まれたのである。

海でも平地でも森でも山でもそこにとれるものを何でも利用する、すると人間はどういう感覚になるのか?
その土地に住みその土地のもので生きるとなれば海で魚がとれれば海に感謝する、山で木材をとり炭を作れば山に感謝する、平地で米がとれれば感謝する、神にそうした恵みがあることを感謝する、つまりその土地に養われていたからこそ社(やしろ)中心の生活となり養う(やしなう)になったのである。養われるという感覚になったのである。

そういうふうにして生きていた時どうしてもそこに今の感覚とは相当に違っている
つまり今をそうした時代と比較すると今は何に養われているのか?
その時の感覚では魚がとれれば貝でもとれれば海に感謝していた、平地でコメがとれれば米がとれて生きられるとなり米がとれてその土地で生きる養われるという感覚になっていた、山でとれるものでもそうである。すると山に感謝していたのである。

それが現代になるとどうなったのか?
グロ−バル化経済になるとどうなったのか?
みんな田舎であれ金に養われているという感覚になる
日々の生活は買う生活なのである。自分自身も一人で家事をするとき毎日何を買うかが問題なのである。その種類が多いからわからないのである。
何を買うかを知ることが日々の糧を得ることである、糧(かて)という感じでも米の量となっているが米と密接に結びついていた

そして買うということは金が必要になる、今はみんな金に養われているという感覚になるそれだけグロ−バル化して世界の商品が入ってくるからである。
その土地のもので生活している人は田舎でもわずかなのである。
膨大な商品を買う生活なのである。そのためには金が必要だとなる
そこで金の比重が増大化してゆく、みんな金が一番大事なものであり金に養われているという感覚になる
本当は米なしでは生活できないとなるのだがその前に金なしでは生活できないとなっているのが現代なのである
ただそういう感覚は現代になってから極端化したのである

村の社に祈る時それはその土地のもので養われるから祈っていたのである。
今はそう思っている人は田舎でも農家でもいない
例えば漁民でも本当は海に養われているとなっていた
でも魚は取るだけでは生活できないとなり東電に漁業権を売り渡した
養うのは海ではなく東電という大企業なのである
他でも農家は農業だけではやっていけないから田舎でもみんな会社員になっている
すると会社に養われているのであり村の社とは関係ないのである。

田舎でも何が生活の糧になっているのかとみると農業ではない、土木建築関係の会社に雇われるものも多い、すると田舎で養われるものはそうした会社であり農業ではないとなるそこが現金収入を得る場だからそうなる
田舎でもやはり収入がないと現金を得ないと生きていけないからそうなる

自分自身の一身上の利害を度外視してもし村長とか町長とか市長の立場で考えると
この市町村をどうしてここに人を住むようにできるか?
何をもって養うことができるのか?
それを考えると農業では金にならないから土木建築関係で金を得る、そのためには仕事が必要である、それで国に公共事業の費用をだしてもらい道路などを作りすぎたのが現実なのである。それは金にならないと田舎でも生きていけないからである。

ただ人間はこうして自然から離れ自然に感謝しなくなった、また自然も畏れなくなった
人間を養うのは石油であり電気であり科学技術だと思うようになった
そうなると東電に感謝しろとかなったり科学技術を産みだす科学者が神官となったのである。原発はまさにそうだった、それは石油で動いているのではない
科学技術の力で動いていたからである。
だからその原発が神のごときものとして崇拝するまでになる
そして「安全神話」は作られた、科学者でも技術者でも神のごとくに崇拝されていたからである、医者が今神様のように崇拝されているのともにている
科学技術が養うというときそこには自然はない、海にも山にも人は感謝しないのである。山に木材があっても外材で無用化されて炭にもならずただ無駄なものとしてあるとなる
その時人は山にも感謝しないし羽山信仰なども過去のものであり祈ったりしない

しかしその時何が起きたのか?
原発事故が起きてそうした海のものや大地のもの山のものがみんな汚染されたのである
そして住めなくなったのである。住むということを第一にしていたのが人間である
その住むことができないということはそもそもその土地のもので養われているという社会でなくなっていたからである。
だからこそその土地に愛着することもなくなる、みんな別に農民でもないからである
だから浪江の人は二本松に工場を移転してその人も移住したとなる
つまりその人も会社に養われていたのであり別に故郷のものでその土地のもので生きていたわけではないからそうなった
養っていたのは会社なのである。

そうした社会には実は危険なものがひそんでいた、一旦科学技術の粋を集めた原発でも事故をおこせば壊滅的被害になりその土地にも生きていけなくなることであった
まず住むことを第一にして人はその土地のものを活かして生きる
それがなくなりただ科学技術こそ神となり原発ともなるとき危険があった
人間はもはや原発に養われ電気に養われているとなったからである。
その事故はプルトニウムが二万年消えないとかになってしまったのである。

ただ人間はその土地で生きるということは何か養うものがないかぎり生きていけない
もし市町村の長になればそれをどうするかと強いられる
そこで金がなければ養えない、金を稼がなければ養えないとなる
それは膨大なものを外部から仕入れて買う生活だからそうなっているのである。
そうなればどうしても金を稼ぐことが強いられるからである。
農民でも実際は今は買う生活である。だからみんな金を求める生活となる
糧が米なら米の量によって養われる人数でも決まるとなる
でも米ではない、金があることによって養われるというときその金をいかにして稼ぐのかということが問題になるのである。

ただ養うとは何か日本語として英語とかにはない意味がある
言葉はその国の民族の歴史から生まれているから意味がある
養うとはいい日本語だと思う、養うとは人を養うということとかその土地で養われるとかもともとは社を中心とした村社会から生まれた言葉である
だから養うというとき食料だけではない、その土地で養われることは美的にもそうであるその土地の景観でもそうであり自然に養われるということがある
その時その土地の自然を通じて心も養われるのである。
自分の場合は食料よりそうした自然とか文化的なものに養われるということになった
でも現実問題としてはその土地で養われて住みつき生きることこそ第一でありそれがなくして養われることはありえないのである。

ただ金に養われるということそれで安心なのか?それで住めるのか?
そういう不安はあるだろう、物価が倍になれば金の価値は半減するし金の価値は一定ではない、紙くずにすらなる
だからその土地に住み養われるということは本当は金だけでは不安なのである
それを証明したのか原発事故で現金収入を得ていたのが一挙破壊されてしまったからである。科学技術は金を産みだすがそれも一挙に事故で崩壊したようにそうした科学技術の産物は一時的なものとして消失する危険があるのだ

だから何に養われるのか?それを問い考えることになった、それを追求してきた
でも時代を逆戻りして炭で暮らすわけにはいかいない、その方策は何なのだろうとなる
ただ養うというとき昔だったら一応村という単位で考えていた
今は会社とか工場とか東電のような大企業でありそこで現実に多くの人が働いて金をもらっているのだから養っているのはそうした会社だとなる
だから戦前から江戸時代のように海から魚をとれたり貝をとったりし米を収穫したり山の材木を利用したりして生きている感覚がないから自然に感謝したりしないのである
でも事故が起きたりするとその頼ったものが一挙に崩壊して住めなくなったのである。
タグ:養うの意味
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2018年07月13日

無関心が原発事故の原因にもなった (「安全神話」が無関心にさせて作られた)


無関心が原発事故の原因にもなった

(「安全神話」が無関心にさせて作られた)

原発に関しては 「見ざる、聞かざる、言わざる」だった
見ようともできない、聞くこともできなし言うこともできない
「安全神話」が政治家、官僚、東電とマスコミが一体になり強力に作られていたからである。
原発に勤めていた人も「安全」だと言っていたから常に脅迫的に地元でも安全を言っていたのである、だからそうして原発で働いている人も多いからそういう人たちが身近に回りにいるから地元でも何も言えないし聞くこともできない

自分の住んでいる場所はちょうど30キロ圏外であった、でも30キロ圏外でも放射能の影響はあった、でも遠いから関係ないと関心もなかったのである。
それより福島県全体で関心をもたされなかったのである
それで今になって関心をもたないということが怖いことになることを知った

無関心・無視はやがて罪になり自分に襲い掛かる『なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−』

はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。 

そして、やつらが私に襲いかかったとき、私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。 

原発も同じだったのである。関心をもったのは補償金とかそこで働くと金になることしかなかったのである。また関心をもたされなかったのである
誰も警告もしないしただ「安全神話」になり日本の技術者は優秀だから日本では事故にならないとかなっていた、それは津波でもそうである、スマトラであれだけの被害があったのに日本ではスマトラなどでは津波のことわからないからあんなに被害があった
日本だったあんなふうにはならないとか言っていたのである。

国家規模になるとわかりにくいが自治体はいろいろなことで直接関係してくる
だから政治を学ぶには適している、具体的に身近に利害にも関係してわかりやすいのである。
ただ南相馬市でも原発にはほとんどみんな無関心だったのである。
なぜなら東北電力で小高に原発を作られることでも無関心だった、知らない人すらいた、自分も知らなかったのである。ただ家で庭を作ってくれる大工さんが原発できるから景気良くなるよと言っていてそうなのかと思った
でも小高にできるということはかなり危機意識をもつ、いくら原子力のことを知らなくても小高は近いからである。わからないにしても不気味だとなる

ともかく漁業権を東電に売り渡して土地を確保してそれで知事の許可で原発が建てられるということが今になると信じられないとなる
これだけの広範囲な被害になるのが原発事故だという認識がないからそうなった
そんなことを教えられらないそうなった
第一東電では事故の時、スピ−ディで放射能を計ることができた、風向きでもそれで計りどこが放射線量が高くなるか知っていた

しかしそれを浪江町とかに知らせないで浪江町民は一番放射線量が高い対馬に町長の命令で避難したのである。
そのことを教えたのはアメリカだったのである、つまり日本は事故になっても何ら対策できない、アメリカに教えられているだけだったのである。
それで「安全神話」が作られていたのだからそれは権力によって作られたものだった
これは共産主義国家と同じだったのである。
中国の最大の問題は共産党一党独裁であり習近平にさからえば刑務所送りとなる
北朝鮮ではただちに銃殺になる、それと原発に関しては似たようなものだったのである。
民主主義はとにかく賛成と反対がある、一人でも反対する者があれば一応その意見を聞く言わせるというシステムである、なぜなら多数がすべて正しいとはならないからである
反対でもその意見を言わせて判断する,それだけも民主主義になりうる
それすら原発ではなかったのである。
反対意見を聞けばそういうこともあるのかと思う人がいるからだ
でも全くそういう反対意見も言わせないとなるともう民主主義はない、中国や北朝鮮の独裁国家と同じなのである。原発に関してはそうなっていたのである。

それで何もなければいいが事故になり住めなくなったりナチスのように大被害になる
その死者数も膨大なものになるから怖いのである。
ともかく情報でも権力があるものに握られて知らされない、第一権力をもっているのが官僚であり警察でもそうだかそういう人たちとかかわるとき簡単に情報も得られない
それで権力に従うだけだとなる
福島民報は官報と同じである、県で50パ―セント出資しているからである
そういうところに完全に国とか官僚の言いなりになるだけなのであり全く期待できないのである。
だからマスコミとかNHKすらあてにならないのである
みんな「安全神話」に加担したからである、科学者は技術者は御用学者と化していたからである 

いづれにしろ無関心というのは怖いと自分でも思った、原発に無関心だったからである
また無関心にさせられていたともなる、そういうなかで「安全神話」は形成されていた誰も危険を言うものはいなくなっていた、議論すらしない、議論も大事だと思ったが反対を言うこともできないのだからどうにもならなかったのである。
確かに危険を言う人がいたがそれが何か「安全神話」の前に冗談なのか奇異に見られていたことでもわかる,今になると原発は東京に建てるのが筋だったのである
危険だと思っていたからフクシマに建てたのである。
それだけ「安全」というのなら東京に建てても良かった、送電線も作らなくてもいいからコスト面でも良かった、それをしないのは東電でも政府でも危険と思っていたからであるそういうことを議論にすらならなかったのである。
議論もできなかったのである。ただ一方的な安全神話だけが権力によって形成されていただけなのである。

ともかくこの辺は民主主義が何か問われたし自治体とは何かも問われた、政治にかかわらざるをえない場所になった、それは具体的に見えるものとしてかかわらざるをえなくなったのである。
漁業権に疑問を持った人もいなかったし無関心だった,でも今になるとそんな権利があるのとかなる、ただまず漁業権がどうなんだとか言うと漁業組合の人たちににらまれるから事故前はまず言うことすらできない、そこだって権力をもっているからである。
今だから言えるようになったのである。
結局情報も権力によって左右される、操作される、そしてそれが大事故になり後で真実が暴露されるとなるのが人間社会であり人間の歴史だともなってしまう
ともかく無関心だということが大きな罪であり大きな事故につながることは確かだったのである。
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2018年07月12日

原町の菊池ス−パ−の回りの豪邸は船主 (庭だけで1千万以上かかっている?)


原町の菊池ス−パ−の回りの豪邸は船主

(庭だけで1千万以上かかっている?)

菊池ス−パ−の回りの立派な家は庭が広くそこに置かれた石が大きい
だから石が好きだから自分は感心していつも見ていた
でも今日その家が船主の家であることが分かった
車を見たらその中に・・・丸とか書いてあったからだ
これは船の名前だからである。

それでなるほどこれだけの庭と家を作れるのだなと納得した
この辺では新築の家が次から次と建った、そしてそこはニュータウンとなった
その家を見ていると2500万タイプの建売住宅と5000万クラスに見えるもものがある
でも庭だけであそこう見たら二三千万かもしれない、石が意外と高いからである
一千万は軽く越えているだろう

ただ鹿島区にはあれだたけ立派な庭はない,それなりの家はあるが庭にはあんな大きな石はない、ただそこでも船主の家がある、それはやはり車で・・・・丸と書いたものがあったからだ、ただニュータウンには鹿島区の人が建てた人もいるがどうも外部から来た人たちが建てたらしい、磯部の人が建てたは聞いた、どういう人が住んでいるのかわからないのだ、他にも小高とか浪江でも双葉とかでも建てているかもしれない
補償金を一億とか軽くもらっている人がいるからだ
だからあれだけの庭を作れるとやはり船主だったのだと納得した

とにかく船主とか漁業権の問題は法律的にどうなっているのか疑問である
なにかそこを追求していない、なぜ漁業権を東電に売り渡すことができたのか?
そして事故前も多額の補償金をもらえたのかというのも納得いかないのである。
それで原発御殿が建ち回りからうらましがられていて不満があった
それは何か漁業権というのが本来の権利ではない、東電に売るための漁業組合の利権化していたのである。
そしてそもそも漁業権は資源の保護とかのための権利であり法である
東電に売り渡して多額の補償金を得るためのものではなかった
なぜそんな権利があったのかということ行使できたのかも納得いかないのである
原発は漁業権を得ることと原発を建てる土地を確保するだけで知事の許可で建てられたというのも信じられないとなる

なぜこういうようになったかというと事故が起きてそうなった、事故が起きなければとやかくあまり言わないしわからなかったのである。
ここに全く民主主義が機能していなかったのである。
原発を建てるとき漁業権が漁業組合とか船主のものでなければ自治体のものだったらそれは自治体に属する人たちの賛同が必要になる
議会でも議論することが必要になる、そこには賛否両論があるがともかく議論は議会でする、そして最後は市長選となり原発賛成と反対の政策を主張して決着する
その手続きを踏むことが民主主義なのである。
それがないことは民主主義が全く機能していなかったのである

ただ漁業組合の漁業権が自治体と別に設定されていて自治体から認可されていたわけでもない、そして東電に漁業権を売り渡す権利があったかどうかもわからないのである。
それはいろいろな解釈があったとしてもそれが正当な権利として認められるかは疑問だったのである。一つの過去からの慣習してあったのでありだからといって東電に売り渡す権利があったとは思えないのである。

別に金持ちがいてもは正当なものであれば回りでは何も言わない、それは地元に貢献したとか共同体で認めるものとして金持ちもいるからだ
例えば500万かけて石を組んだ庭を作った人がいた
その人は歩合制でトラック一台分でいくらとかもらっていた、その人は倍もそうして荷物を運んで金をためて若い時に家を建てて庭を作ったのである
そういう人には別に誰も文句は言わないのである。
パソコンを発明したビルゲイツとかジョブスとかそういう人がけた外れの金持ちになってもアメリカにそれだけ貢献したのだから誰も言わないし認められているのである。

でも船主とか漁業組合で漁業権を盾にして金持ちになったとか原発の補償金で金持ちになったというのは納得いかないとなる、他でも被害した人たちがいても大方は何にももらっていない、なぜそれほど手厚くするのかということでもめたからである。
原発御殿から原発長者になったと人がいてそれが回りから承認されるのか?
それは国民からの眼もあり許されるのか?なぜならそれは国民の税金も入っているからである。
相馬市の総合病院でも特等室に入って家を建てると言っていた人もやはりそういう船主だったのである。
請戸の人だったからである。

まず船主とか漁業組合に加入している人でも生活には困らない、魚が一匹もとれなくても困らない、事故前もそうだったし事故後も手厚い補償金をもらいつづける
それは廃炉までとかなるし多分30年とかも継続されるのである。
だからこそ生活は保証されているから豪邸を建てることができたのである。
原町だと鹿島より地価が高い,でも原町だとあれだけの家を建てても目立たないかもしれない、原町は広いし家も多いしいろいろな家が建っているからである

いづれにしろ金になればいいとかしか今は考えなけどそれだけで社会がみんなが認めるのか?そうはならない、自分も石が好きだから庭を見て感心するけど認めることができないその庭でも汚れたものに見えてしまうのである。
この世の中金の世界になっても金ですべてができる通るとはならないのである
回りから共同体からの承認が必要なのである。
共同体というとき大きくは国家でもそうだし小さいと村単位にもある
そういう共同体の承認があって金も許容される、それがなくなると世の中に不満が鬱積していつか爆発する、格差社会と階級社会はだから金持ちにとっては非常に危険になる
下層階級化した人々が襲うようになる、一揆のようなことが起きるからである

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2018年07月10日

土着性が失わた現代の生活 (万葉集の歌から学ぶー原発事故の原因も)


土着性が失わた現代の生活

(万葉集の歌から学ぶー原発事故の原因も)

あをによし 奈良の山なる 黒木もち造れる室(むろ)は 座(ま)せど飽かぬかも
  〜聖武天皇 『万葉集』 巻8-1638
  
黒木取り草(かや)も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず ?大伴家持

人間の生活の充実感というとき金があれば何でも満たされると今ではなるが本当の充実感は得られない、都会だったら田舎でも今は買う暮らしである
何を買うかが暮らしである、その買うということがグローバルになる
例えば庭で葡萄か何か果実でも野菜でも育てわずかでもなるときそこに充実感を覚える
エデンの園ではエデンの園の中に果実でも木の実でもふんだんにあった
それは遠くの外から金で得るものではなかったのである。

それで飯館村の人が山菜などとって暮らしていたがそれができなくなりすべて金で買う生活になった時不安になるというのもわかる
何か生活の充実感がなくなる、それは土着的生活がなくなったからである。
今なぜ故郷とかに愛着がなくなったのか、それはすべて金で買う生活をするようになったこともある、もし農家が8割とかの社会だったらその土地でとれたもので生活していれば
親からその土地でとれたものを与えられて生活していれば親のありがたみとかその土地のありがたみとかを実感して暮らしているから自ずと愛郷心が生まれる
そしてみんなが農業していれば同じ心情になるから連帯感が生まれる

黒木取り草(かや)も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず

一方でその時代でも平城宮とか都が生まれるとき農業は軽んじられてきていた
現代は農業や漁業や林業は軽んじられていた、それに従事する人は一割にも満たない
たから親でも農業などやるなとか跡継ぎいなくなっていた
田舎でも土着的生活をしている人は少ないのである。
商業的工業的生活しているのが現実でありみんな会社員なのである。
サラリーマンなのである。だから土着性が薄れている
すると愛郷心でも起きにくい、物は金で買うことでありその土地のもので生活するということでもないからである。

家を建てるにしてもそうである、外材であり大会社が一週間くらいで家を組み立てるだけである、昔は半年くらい普請にかかっていたから一大事業になっていた
大工も土地の人でありその材料もその土地から提供されていたのである
自分の家も柱を橲原(じさばら)からとれたもので作ったといつも姉が自慢していたのである。すると橲原と結びつく土着的なものしとて自覚する
農業でも右田の人は馬車で橲原に入会権として土地をもっていて草を刈り運び肥料にしていた、ここでも右田と橲原は山と結びついていた
水でも山から水が流れてくるから田んぼは山と結びつき葉山(端山、羽山・・・)信仰が生まれた、羽山とは低山なのである。それは田んぼと関係して生まれた稲作と関係して生まれた信仰である。

そういうふうにその土地にあるものをできる限り活かして生活していたとき故郷はありえた、ふるさとの山はありがたきかなという心情で啄木でも一致していたのである
それが失われたときまたふるさとというものはただ一時的に滞在するような感覚になる
それで原発事故で簡単に町でも村でももぬけのからのように人がいなくなったのである。もちろん放射能の影響のためだともなるがそんな簡単に故郷を離れるということはやはりそういう社会になっていたからだともなる

ともかくこの歌のいいのは何かその土地に生活することの充実感が満ちている
それに共感したのは自分の家がそういうふうに作られたことで感じた
自分の家でも広い八畳の間がありそこで寝ていると家は安らぎの場となる
家を建てるその土地に家があるということはやはり土着したことなのである。
その土地に根を張ることなのである、そして家というのは実は人間の寿命より長い
人が死んでも家は残る、家の方がつくづく寿命が長い、古い家は百年とか二百年とかもっている、外国だと石とかなると千年でも存続し続ける
人間の寿命は短い、家の寿命の方が長いから遺産として残るのである。

だから家は一代で終わらない、万代(よろずよ)までとなっている、そのように家の寿命が長いことで充実感がある、そこに住んで飽きることがないとなる
しかし人間は死ぬ、しかしその家は残っているのである、二代目三代目として住んでいるだから家は一代だけではない代々受け継がれるものとして残る
ただ現代の家はそうした重みはなく何か一時的組み立てて後は分解するという感じになっている、土地の材料でもないし土地の大工もかかわらないのである。
そこにどうしてもその土地に暮らす充実感が得られないのである。
そういうことで原発事故を契機に簡単に離散して分散して帰らなくなり誰も住まない土地となってしまったのかとも考察したのである

海でも魚をとっても暮らせない、農業しても生活できない、林業は外材であり金にならない、では何で暮らせばいいのか?
原発がいい、それで漁業者は漁業権を東電に売り渡し金にした、農業でももともと金にならないから農業だけはやるなと子供が親に殴られたという話も極端でもそうなっていたのである。その子供は原発や建築現場で働いたからである。
そして原発事故で漁業も農業も林業も一番痛手受けた、でも前々らかそういう一次産業は金にならないとなり誰も熱心にその生業にたずさわろうとはしなかった
それで生業を返せと抗議するとき矛盾しているものを感じたのである。
あなたたちはどれだけその生業を大事にしてきましたか?
なんとかその生業をやめて金にしようとすることしか考えていなかったでしょう
それを今になって生業を返せというときそれはやはり補償金を欲しいしかない
ちょうどこの際これを口実に金を東電とか政府からむしとればいいとさえ極端になればなる、金をもらうだけもらう、それを堂々と主張できるともなる

人間はともかく何か矛盾した存在なのである。お前は何なのだ、ただ金があるからのんびりとしている、風流とかで旅したりしているが農業とか漁業とかの苦しみをわからない
そうしてし必ず人は責められるところがある、そして矛盾してくるのである
だから三野混沌などは極貧のなかで農業してきたのだからそういうことはない
でも山尾三省になると何か貧乏を売り物にしているというふうに見られるのである
パンが贅沢だとなれば現代生活では何なのだとなるからだ
どうしても共感するものがあっても現代では受け入れられないのである。
三野混沌になるとそういうものではない、農民はそうして生きたのでありリアリティがありその言葉も重いものとなるるのである。
ただそんな厳しいことを習う人は現代では一人も農民ですらありえないのである
それだけの時代の差が生まれてしまったのである。
逆にわずかな土地にしばりつけられて奴隷のように働くしかないとも見れるのである。
農業でも過酷でありそこから脱するために苦労してきたのが人間だともなるからだ
ただ先人の求め苦労したことから現代を対比させて学ぶということは常に必要なのである現代をしるためには歴史を知らねばならないとなる、歴史から学ばねばならないとなるのである。

精神的損害は金では賠償できない (原発事故でも犯罪でも他でも同じ)

三野混沌の土着的生活が現代に問うもの (原発事故で故郷まで失ったものへの教訓)

我ながら自分の文章を読んで感心しているのも不思議である。
ここから発展して続編として書いていることがわかる
ただ自分の書いたものでも忘れているのである。

われわれの文化を悩ませる、「駆り立てる衝動」は、現代にとどまることへの躊躇となって現れる。より多くを求め、よりよくなるために過去を捨てていかなければならないわれわれには落ち着きだけではなく、根もない、われわれは同じ場所にとどまってはならないのである。それは職業や生活水準だけのことではない、家族や共同体さえも知らぬ間にだが確実にわれわれがとどまってはならない場所になりつつある
上向きの社会移動性とは単に地位的、階級的、物質的な上方移動を意味するのではない、それは地理的な離別、すなわち両親の価値観や趣味からも遠ざかってゆくことも意味する。(豊かさの貧困ーポール・L・ワクテル)

この引用文はなるほどと再確認した、

地理的な離別、すなわち両親の価値観や趣味からも遠ざかってゆくことも意味する

まさに三野混沌とかの親や祖父母の価値観など受け継ぐ人はいないなのである。
ただ豊かさを求めて金だけを求める価値を求める社会になっているからだ
だからこそこんなに簡単に町でも村でも解体したともとれる
どうしても放射能だけの影響だけこんな簡単に町とか村が解体して荒地と化することが考えられないからである。
現代文明は土着性の失った社会であるから他でもこういうことが何かをきっかけに起こるのではないか?
明治でも三陸津波でも一万人死んだとかあるがその後もそこで漁業して人々は暮らしていた、なぜなら土着した生活だからそこを離れて生活しえようがなかったから危険な港の近くで便利だから生活をつづけたのである。
結果的にはそうして津波の被害があっても元の状態に戻ったということがあるからだ

そしてなぜ原発事故では老人だけが取り残されて若い人が流出したのか?
放射能のためだとなるがそこに若い世代と老人の断絶があったからかもしれない、そもそも今の老人の親の価値観を受け継いでいる人はいない,三野混沌などの言葉など知る人もいないし伝えてもいないだろう
ただ金を求めて原発を積極的に誘致したのである。
結果として今度は金になり豊かになっても原発事故で今度はその親が子供から捨てられたともなる
でも子供は実は原発て親が働いて豊かな暮らしをしたとい矛盾がある
そして親を故郷に残して捨てたというのもまたそうしたカルマがやがてカルマがめぐってくて苦しむかもしれない
カルマの法則が常に人間社会には適用されるのである。カルマから人間は逃れられないのである。
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2018年07月09日

なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男. (東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


 なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男.

(東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


東京電力 は 26 日、 中央省庁 や 地方自治体 など 役人 OB の 天下り を 51 人 受け入れ て いる と 明らか に し た。 内訳 は 嘱託 が 48 人、 顧問 3 人。 警察 OB が 32 人 と 最も 多く、 海上保安庁 出身 も 7 人 いる と いう。


前掲 ニュース で 東京電力 に 警察 OB が 32 人 いる と 報道 さ れ て い ます。 東京電力 の グループ 会社( 約 100 社) も 含めれ ば、 さらに 大勢 の 警察官 が 天下り し て い ます。 全国 の 電力 会社 でも 同じ よう な 状況 です。   関西電力 の グループ 会社 に「 きんでん」 という のが あり ます。 電力 インフラ 設備 の 工事 を する 会社 で、 私 の 元 同僚 を はじめ、 警察官 が 何人 も 天下り し て い ます。


警察 を 退職 すれ ば、 年金 が 月額 20 万 〜 30 万 円 支給 さ れ ます。 そもそも、 きちんと 人生設計 を し て い て、 見栄 を 張ら ない 生活 を し て い たら、 不労所得 の よう な 天下り は 必要 ない はず です。

 しかし、 報道 さ れ なかっ た ん です。   事件 でも 事故 でも、 日々、 マスコミ は 警察 から 情報 を もらっ て い ます それ を 止め られ たら、 商売 あがっ たり です。 だから、 基本 的 に 警察 を 批判 する 報道 は でき ない と 考え て ください。 

警察は巨大な実質的力を行使できる力をもっている武装暴力組織である。権力とは何なのか?それが常に自分の課題になった
なぜならカルト宗教団体でも権力を追求している、すると最も権力があるのは実質的権力を持っているのは警察組織にゆきつくのである。だから警察権力を動かせばなんでもできるとまでなる
確かに法律とかがあり勝手にできないことはあってもこの元警察官が警察官が犯罪しているのが日常的だという
それで正義感の強い警察官は自殺するのだという、若い警官が自殺したとかあるのはそのためなのだろうか?
それは警察組織を守るために闇に葬られるという

原発事故がどうして起きたのか?なぜフクシマ原発が作られたのか?
そういうことを追求するとその原因も複合的である、一つにはならない、だから文明そのもののが原因しているとも考察した
ただここに追求していけば原発は国の権力であれあらゆる権力がかかわっていたのである。
そもそもなぜこんなに東電に天下りしているのか?
警察権力が東電や政府の下僕として使われていたのかとまでなる、まず警察となれば庶民でもみんな恐れている、自分も関わりたくないので充てる。
警察とは誰もかかわりたくないからだ、マスコミすら警察から情報を得ているから批判する報道はできないと言っている
マスコミが朝日新聞社でも原発には反対したり報道できなかった

原発の「安全神話」はこうして国家権力であれ様々な組織権力で作られたのである。電事連があるとしたらそれは組合であり原発推進だからその組合には共産党系だって参加しているとしたら野党すら反対できない構造になっていたのである。
原発に反対することはもう不可能になっていたのである。
要するに原発というのは想像を絶する巨大利権の塊りだったのである。
それは原発事故以後でもそうである、巨大ゼネコンに除染とかで何兆円とかの金がつぎこまれる,その金を賠償金にあてた方がいいとも思った、補償金にしてもこんなに莫大なものとなる、そういう巨大な金を動くということに驚いた
百円とか千円の金勘定しかできないものにとっては想像を絶するものだったのである。
東電自体が子会社がありその利権も巨大なものだったのである。

政治家+官僚(検察警察)+マスコミ+東電+電事連(組合)とかの合体した権力が一体となっていたのである。
こういうものにもはや反対も批判もできない構造になっていたのである。
民主主義社会は国民が主権者であり権力は国民のものだというシステムなのだけど実質の権力は官僚機構にあり中でも警察は武装組織であり一番権力の中枢にある,検察や警察を監視したり裁いたりできないからである。
本当は国民が検察や警察を監視したりすることがあって正常に機能する、でもそれができない構造になっているのである。
庶民でも警察は一番怖がっているからである。自衛隊は日常的にはかかわらない、警察は交通事故でもなんでも庶民の生活に深くかかわって存在して権力を振るう立場にあるからだ
警察は庶民を常に監視できる立場にあるからだ
だからカルト教団でもオウムでも警察に会員を入れるとかする、創価でも警察を抑えようと会員を警官にしようとしたりする
権力を操作しようとしたら選挙で議員を増やせばいいともならない、実質の権力は検察や警察がもっているともなるからだ 

そして巨大な権力と権力は結びつく、警察組織が暴力団から上納金のようなものを巻き上げているというときもそうなのだろう
暴力団といっても警察組織には頭があがらないからだ、警察を動かせることは一番大きな権力になる
ただ庶民は警察組織のことはわからない、巨大な組織のことはわからない、それらがどういうふうに動いているのか?
庶民はそうした巨大な警察権力とはかかわりたくない、だから警察に反抗するようなことはしないのである。
ただなぜ原発事故が起きてこんな悲惨な結果になったのかと追及してゆくと何かこうして警察までかかわっていたのかとなる
その証拠がなぜ検察であれ警察であれ海上保安庁まで天下りしていたのかということである。
そもそも東電と海上保安庁がどんな関係にあるのか?これも不可解なのである

原発事故は原因が一つではないにしろこうして巨大組織権力が結託して起こしたものである。
「安全神話」はこうした巨大権力が結託して作られたのである。
これに反対したり批判したものはどうなるのか?
検察でも警察でもかかわるとしたらどうなるのか?
反対して批判する者は公安とか警察の監視に置かれて何でもいいから犯罪者にされて捕らえられとまでなる
実際はそうなっていたのである、その結果としてとりかえしのつかない原発事故となり故郷を失い住むことすらできなくなったのである。その責任者は誰なのか?それは地元の人にあったとなるがやはりこうした巨大権力が結託した犯罪だから誰も罰することはできない,ただ津波がそれを明らかにして罰したともなると私は追求したのである。

人間社会でもこうしてもう罰することはできないものがある
それで天が神が罰せなければもうどうにもならないということがある
原発にはアメリカもかかわっていたとすれば背後にアメリカがあるとしたらまたもう反対は不可能である
原発はそういうものとして作られた、それが津波で崩壊したのである。
とすると津波は人間の悪を正すものだったという見方を出てくるのである。
いづれにしろ戦争であれ人間が個々の悪ではない、国家の悪とか人間社会で正すことはできない、それでこの世の滅びが最後に来る最後の審判が来る、この世そのものが神によって罰せられる裁かれるのである
そもそも検察とか警察とかも悪だというときどうにもならないのである。罰することも正すこともできないのである。

利権ばかり追求する巨大組織会社により歪められる

 (権利はrightであり日本にも中国にもその意味はない)
そこに人間の組織の限界がありそれが原発事故につながったのである。


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2018年07月01日

小規模漁業と農業の崩壊 (原発事故で漁業権の矛盾が露呈された)


小規模漁業と農業の崩壊

(原発事故で漁業権の矛盾が露呈された)
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管理の分断化と規制の弱体化は、最も身近にある海岸線においてでさえ、共通した課題となっています。そしてその海岸線を越えたところにある公海(海域の70%に相当し、国の管轄を超えて毎年11万トンもの魚が収穫される海域)は「未開拓」のままです。

公海の管理がなされていないという事実は、トロール漁や他の破壊的な漁業手法による、持続”不可能”な搾取を可能にしてしまいます。10億人以上の人々が、魚介類を主要なタンパク源としており、沿岸部に住んでいる数百万人もの人々の食料は、彼らの地域の漁業に完全に依存しています。

しかしながら、破壊的な漁業が原因でそれら沿岸地域の漁業は減少し続けており、地元の人々は食料と生きる術を他で探すことを強いられています。これは既に西アフリカで起こっており、「ヨーロッパへの不法移民」という前代未聞の形で、沿岸漁業が崩壊した結果として現れています。

 Okineの夫はアックラ沿岸の小規模漁業に従事する数千人の漁師のうちの一人だ。彼らは沖合いで操業する近代的な外国漁船にはとてもかなわないのだ。
ジェームスタウンの漁民集落の頭のAto Sartohは「多くの仲間が犯罪やおかしな仕事に手を染めた、政府や関係機関が, 我々を見捨てているからだ」とIRINに語る。

弱い立場の、零細漁民の立場に配慮することこそが「漁業の民主化」であって、漁協の利益確保のために、漁民の営業を圧迫することは「民主化」への逆行です。
☆ 漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではない。
主客の転倒は、お国のための滅私奉公と同様の全体主義的発想ではないでしょうか。



海は理解しにくい、海は境界がない、海をまず所有するということになじまない、土地だと境界を作りやすいし土地でも国として所有できる、海は所有しにくいのである
だから公海の方が多くそこで自由にどこの国でも魚をとっている
それを可能にしたしのが技術の発展だったのである
社会を変えるのが技術だということは歴史で示されてきた
原発事故も技術の発展で起きたことである。

江戸時代でも戦前までも基本的には日本でも自給自足地産地消が基本的な生活であり地元密着型である、その土地からの養分で生きている植物とにていたのである。
だから零細な漁民がいて漁港が日本の海をとりまき点々とあった
それは沿岸漁業であり遠くにはいかないが遠洋漁業とも発展した

漁業というのもその土地に根ざしてあったのはその土地でしか暮らせない、技術がないから暮らせないのである。
でも技術が発展するとそうした小規模の漁業でも農業でも破壊されるのである。
点々と地域に根ざした漁業より大規模な資本と技術で大きな船で大量に魚をとる
遠洋漁業もする方が金になるとなる、小規模な漁業は効率的でないとなる
それは小規模農業が成り立たなくなるのと似ているのである

技術の発展はいいように見えてもまたその反動がある,悪い面を必ずもたらすのである
だから何か技術の発展がなんでもいいように見えても必ず悪い面をもたらすから本当はそれも考慮しなければならないのだが人間はしない、技術はどんな分野でも全面的に肯定されるし推進することを要求されるのである。
核の開発などでも発明などでもそもそもしない方が良かったという判断もありえたが人間はそういうことをしないのである

この漁業の問題も技術の発展と関係していた、大型の船が根こそぎ魚をとり魚が減るということもそうである、技術の発展がなければこうはならなかった
そして海には境界がないから余計にそうなったのである。
つまり地域に根ざした零細な漁業でも資本主義社会では成り立たなくなる
大きな資本で会社を作り大型の船で大量に魚をとる方式になる
農業でも大規模農業しか成り立たなくる、零細な農民はすでに田でも委託している
田舎が農民から成り立っているのかとなると今はそうではない、一割にも満たないのが農家でありそこで成り立つのはトマトをハウスで作るとか花を作るとか果物を梨を作るかとなる、この辺では梨農家は農家として成り立っているのである

漁業でも小規模な零細漁民は後継者がいないとか成り立たなくなっていたのである。
ただわからなかったことはこの辺では港のある所に原発御殿が建っていた
漁業権がありそれを東電に売り渡して補償金をもらっていたからである。
だから別に魚をとれなくてもいい生活ができていたのである。
そして矛盾しているのは原発で汚染水がとまらないと漁業組合が抗議する、すると補償金が増える、だから実際はもっと汚染水を出してくれとまでなるとまで言える
つまり漁業組合でも原発事故でも金には困らないし真っ先に近くでも新築の家を建てた
金には困らないから立派な家を建てたのである。
それは避難区域の人がいわき市に2万人も避難して次々に新しい家を建てたのとにている
そして家の前の海にも権利があるとして主張して補償金をもらおうとしていたのである。

NHKで新地の漁民のことを放送していたが魚が放射能汚染で売れないとかなんとか同情していたがそれがしらじらしいとなる
漁業組合では別に魚がとれなくても補償金がもらえる、それも廃炉まで30年とかなると長いのである。ほかの人は確かに補償金をもらったがすでに打ち切られているからだ
これも元を正せば技術の発展の結果として起きたことである
核の技術がありそれが地域を根こそぎ破壊するようにもなったのである。
でも漁業権というけどそれはもともと漁民がその土地で暮らせるための権利である
東電とかに売る権利などなかったのである。
それを法律的に見たらそんな権利がないのである。
そういう権利が漁業権ではないからだ、だから今になるとなぜそんな権利を漁業組合がもって東電に売り渡したのかと怒りにもなる
それは権利の乱用だったのである。
NHKはいい放送してもここでも真実を報道していない
ただ報道するときもし自分のようなことを報道したら誰も取材してくれないのである

でもNHKの怖さは見る人が多いからそうなのかとなってしまうことである
そのことが誤解を生み危険なものとなる、真実が報道されないことは原発事故につながったからである。「安全神話」が作られて事故につながったからである。
問題は漁業組合だけに漁業権があるとしてそれを乱用されたことである
自治体がその漁業権をもっていたら東電でも政府にノーと言えたからである。
漁業権は自治体のものであって漁民のものではない、そうした権利は時代とともに変わるのである。

法律はルールは絶対ではない、サッカーでフェアプレーの差で日本が最後は攻撃しないでも買ったけどそれこそフェアプレーではなかったという批判にさらされた
これもルールを作ったのはいいが乱用された例である
法律とルールは絶対的なものではない、時と場合によっても変わる
それは警察が一方的に職務質問するのもそうである。時と場合によるがそれも無視されるのである。

いづれにしろ船主などはあまりにも優遇されていた、権利が濫用されていたのである。
ただ大きな視点で見れば技術の発展が社会を変える,技術は常に肯定されるからそれをとめることはできない、零細漁業とか零細農業は資本主義社会では破壊される
つまり巨大会社組織となりイオンが進出して小商店がつぶれてシャッター通りになったとかそういう時代の流れがあり漁業でも農業でも小規模なものは成り立たなくなる
「小良ヶ浜」など双葉にあったけどそこは狭い場所であり港もなく船を海岸にあげていたのである。三陸辺りでも点々と小さな漁港があった、それはその土地に根ざした漁業だったのである。
小良ケ浜とは「おらがはま」であり俺の海だという主張していて名付けられたのである

原発でも核の発電も小さい原子炉で発電すれば事故になってもこんな大災害にならないというとき何か大きなものは何でもいいという発想は問題なのである。
何か風力発電は自然に作用されたものでありそれほど悪くないなと見た
風景としても風で回るから自然的だなとも見る
ただソーラーパネルは景観とか土地を悪くするから問題である
山だと土砂災害などが起きて危険なのである。
ただ自然エネルギーは恒常的にエネルギーをとれるから尽きることがないからいい面はある、石炭でも石油でも枯渇したりするし値段が高くなったりするからである。

技術の発展が何でもいいということはなかいことを歴史は示している
その反作用がかならずありそれが社会を破壊する、その時今回の原発事故のように甚大な被害をもたらすのが技術である。それはコミニュティや社会そのものを破壊するのであるそして小農主義とか地域主義とかが見直される、地方創生などというのもこうして今まであったものが破壊された結果として志向されるようになったのである。
技術発展が科学がすべて社会に良いものとしてもたらされないのが人間なのである。
その認識が希薄なのである。大規模なものがすべていいともならない
なぜならもともとあったコミニュティが破壊されることは深刻なものとなる
それがこの辺で原発事故で証明されたからである。

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2018年06月23日

金のことまであけすけに話す復興住宅に住む浪江の人 (補償金で老後は金で困らない)


金のことまであけすけに話す復興住宅に住む浪江の人

(補償金で老後は金で困らない)


浪江の復興住宅に住んでいる大工の人は話すきである
だからなんでもあけすけに話すのである。
金のことまであけすけに話している

「俺は3千万円くらいもらったんだよ,それで金があってもしょうがないから新しい車買ったよ」
「車買った人が多いみいだ、それでねたまれたこともあるからな」
「俺も気をつけているよ,この前ジュースのぺットボトル盗まれたからな、それで警察に行ったけど相手にされなかった」
「警察は大きな盗みで証拠がないと相手にしないよ、この辺でも貧乏な人がいるから気をつけたほうがいいよ、近くでも今は安心できないよ」

その人は金のことをあけすけに言う

「この復興住宅は7年間家賃払っていると自分のものになるんだよ」
「そうなの,相馬市の津波被害者の復興住宅もこれとにているけど1200万とかで宇わなければ自分のものにならないと聞いた」
「でも電気でも水道料でも払わなきゃならない、俺は毎日風呂に入るからガスの風呂だと金がかかるんだよ、8000円とかかかるな」
「でもそのほか年金もらっているのか」
「大工していたからその時積み立てていたからもらえるよ、11万だよ
その積立ししていたとき高いとは思っていたがな」
「国民年金よりはいいよ,原発で補償金ももらったから金に困ることはないな」
 「知っている人だけだよ、妾もって暮らしている人いるよ」
 「ここでもフィリピン人の女を仮設に呼んでいた小高の人知っているよ、金回りが良くなってそうなった、厚生年金の上に補償金だからな」

何か金では補償金では浪江の人の方が恵まれている、浪江の人はまた小高とも違う、全部避難者にされたからである

「今度町長選挙あるけど浪江町長は病気だったんだ」
「癌だったんよ,外から来る人が町長候補になる,後は地元の農協の人だな」
「こうなるとかえって外部の優秀な人がいいということがあるな、何かとめんどうだからな、ここでも南相馬市長に不満が多かったからな
「浪江は町の通りをイノシシが歩いているよし家は荒らされている
ハクビシンとか他の野生化したものも増えている、復興住宅が建って帰った人もいるけど買い物に原町まで来るのが大変だと言っていた」
「買い物できないと生活できないよ,小高では小さいスーパーできるらしい、浪江はその点厳しい、原町まで車でも30分かかるからな」

最近その復興住宅がある近くの小高が住んでいた復興住宅は壊されて整地されている

「あそこにコンビニできるらしいよ」
「ええ、本当なの,ここにも家が増えたからそれを見込んでらしい」
「シシドのスーパ−できたのも鹿島は人口も減らないし新しいが今でも作られているからな、寺内で仮設が建ったときすぐにセブンエレブンができたんだよ」
「ここからは近くていいよ,歩いて行けるからな」

こんな話をしたが金のことまであんなにあけすけに言う人はいない
あういう状態だから原発避難者は仕事はしないのである。
でもあそこを見ていても中のことはわからないなと思った
車持っている人が少ないというが車が前に置いてあるのが多いとみていた
実際は老人がほとんどであり車を運転できない人が多いという
その人は娘と一緒に暮らしているがほとんど老人なのである。

浪江町の復興住宅でも住んでいるのは老人だし飯館村でも立派な復興住宅に住んでいたのは老人だったのである。
若い人たちは子供とともに方に移り住んで帰ってこないのである。
何かこの辺でおかしなのは前にも書いたが補償金をもらいすぎてもう仕事はする気ないのは浪江町の人でも同じである。特に老人ならしないのである。60代以上ではしない
こんな状態で復興などできるのかと前から書いてきたのである。
この大工さんなら一応年金をもらっているしその上に補償金をもらうし娘とも暮らしているし楽だとなる,老後の暮らしに困ることはないのである。
小高より補償金では恵まれているのである
ただそれが移り住んだところで貧乏な人もいるから良くは見られないのである。

とにかく原発避難者は恵まれている、相馬市の松川浦近くの復興住宅はにたような作りであり安物である。その大工さんもわかっている、これを作ったのは東京の会社であり復興住宅の見本として作ったとある
安上りに作る見本だと言っていたからだ
それでも7年間家賃を払って住んで自分のものになるのだから恵まれている
津波の被害者にはそういうことがないからだ
浪江と小高の人たちはにたような状況なのだが浪江の方がもっと復興することがむずかしい、ほとんど人が住んでいないくてイノシシが街を歩いているとなるからだ
そして帰るのは老人だけなのである。
まるでゴーストタウンに老人が住んでいるだけだともなっているからである

何か疑問なのは小高の人は一応南相馬市だから別である
浪江の人たちの問題は南相馬市民ではない,とすると介護でも市民サービスでも南相馬市でするほかなくなる
でも浪江町民だからそれがどうるなのか?
南相馬市民になればいいと言っても補償金とかの関係でなりにくいこともある
でもそこも何かわからない、南相馬市ではこうして老人ばかり残されても介護関係などで金がかかる、ただ別に浪江の人でもわずかでも若い人たちもいる
現実にその大工さんは娘と暮らしているからだ、他にもそういう人はいる
だから南相馬市の力になることはありえる
ただ行政的にはかなり問題をかかえているのである。
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2018年06月20日

荒地が回復しないのはなぜ (村の共同性が失われたため)


荒地が回復しないのはなぜ

(村の共同性が失われたため)

この辺では原発事故以後荒地が増えた、一部は回復しても依然として荒地が多い、周りに荒地が多いと草が伸び放題であり畑にも影響してくる
草刈は今では村の農家の共同作業になっている
田んぼでも畑でも荒地になると困るから村の共同として荒地にしないことを村の共同体があったときはしていた
村の土地は農業中心の時は共同地の性格が強かった
明治以降の私的所有はなかったのである。
土地とかとは自然環境と一体だから私的所有になじまないのである。

飯館村は離れているから放射能が関係ないとはできない
回りの山や森から放射性物質が流れてきてダムにたまりさらにセシウムが泥に付着して川から流れてくる
それで放射性物質の貯蔵庫として土地を売るのがいいと飯館村の人はなる
なぜならもう住めないとなり一億円もらって村を出る方がいいという人が多いからである飯館村だとまだ昔の村落共同体のようなものが残っているようにも見えるが実質はその考え方でも生活でも変わりない面があった
腰化に山菜を食べるとかでは違っていたが工場もありそこが働き場所ともなっていたからである。原発事故後その工場では人が働いていたが牛を飼うと農業はできなくなったからである。
今も帰って生活している人は別に農業している人ではない、会社勤めの人だった

江戸時代の村は自然村でありまさに自然から自然に成り立った村であり人工的要素は少ないのである、生態系に制限されて作られた村なのである。
右田の農家の人が橲原(じさばら)に所有する山をもっていた、入会権をもっていた
それは草など運び肥料とするためだった、だから農業でも山と密接に関係していたのが日本の農業だったのである。
そして津波で家が流されてたので橲原に土地をもっていたので右田村の人はそこに家を建てているというのもそのためだったのである。
農業中心の社会ではそうして生態系に依存する社会だから自然から離れてありえない社会だったのである。

なぜ荒地が回復できないのか?
それはすでにそうした江戸時代からつづいていた村落共同体は喪失している
欠入りとかあるとき欠けた土地に外からでも入る人が江戸時代にはあった
この辺では天明の飢饉のとき越中から大量に移民がその欠けた土地に入ってきて荒地を開墾して元にもどしたのである。
それが今荒地のままなのか?避難区域でもない南相馬市では依然として荒地化したところが多い、放射能の影響がそれほどでもなくても荒地が多い
それは結局すでに農業社会から工業商業社会に田舎でもなっていたからだとなる
農業の生産力は一割にも満たないとか田舎が農民なのかというとほとんど会社員なのである。近隣でも何をしているのか働いているのかわからないのである。
最近ではトラック運転手が多いなと気づいた、田畑があってもすでにそれがしめる役割は十分の一とかに低下していたのである。
つまり田畑をもっていて耕作していても割にあわない,現金収入になりにくい、そして田でも委託する農家が多い、その家はサラリーマンになっている
農業だけでは暮らしていけない時代なのである。

大原の前田という地名のある所の農家は草分けだったのだろう、前田というときそこが最初に開かれた地名だからである。
なぜなら遠田という地名もありそれは前田からかなり遠くの山の中に田があったからである。村の中心がありそこが前田であったのだその家は古い家であり今は空家となっている、他にも三軒くらい空家になっている
その家の息子は市役所に勤めているから空家化したのである。

こうして共同体が喪失することの影響は実際大きい、それをあまりにも極端に現れたのが原発避難区域だったのである。もう農業は回復しない、田畑は数軒とかで回復してももともと農業はそんな数軒でなりたつものではない、村で共同で維持してきたからである。
水の管理でもそうだし草刈でもそうだしそれがもうできないから荒地になるだけだとなった

そしてもう一つ重要なことはそうした共同体が喪失したとき、歴史も消失するということである、農家では戦国時代が終わり百姓が家として成立した
それまでは農家は存在しなかったという、そこで文書の保存がなされた
それが郷倉に収められて保存されつづけてきた、その文書は重要なものでありだからこそ火事で焼失したりするから村人で郷倉に収めていたのである
郷倉とは村の歴史の保存蔵だったのである
それは図書館のように事務的に保存するのではなく村人の意志があって保存された
図書館には何かそうした村人の市民でも意志があって存在するとなっていない
図書館の成り立ちは本当は郷倉にあったとなる

それから江戸時代の村では先祖を大事にする、それは一つの土地に代々土地を受け継いで生活してきたことによる
現代のように人が移動するのか普通の時、先祖のことは考えなくなるからだ
先祖のことを考えないということは歴史的に長い目で社会を見れないことに通じている
今というときからしか何も考えられなくル、過去はそこには存在しなくなるのである。
その時ものの見方が浅博になってしまうのである。 
原発事故避難区域でもそうした共同体も丸ごと失われたのである。
するとその土地の歴史も断絶して喪失する、先祖がどう生きて何を残してくれたかも不明になる
その時先祖も死んで何もなくなったのではない、実は死者はその土地でも家族でも生き続けているものなのである。
でもそこに生きる人がいなくなれば死者もさらに二度死ぬことになる
そうしてそういう場所では死者も幽鬼のように彷徨うようになる,それは廃村化した村ではすでに起きていたのである。

この辺ではそれが大規模にそうなったのであり今まで経験しないような悲惨なものとなったのである。
津波の被害地でもそういうことが起きた、村ごとなくなれば同じである。
ただ津波だとまだ原発事故のように二万もいた住民が一斉にいなくなるようなことはなかった
だから原発事故の被害は計り知れないものだったのである。
ただその原因が放射能被害だけではない、そもそも昔からあった農村共同体の崩壊があり原発事故で拍車をかけて喪失してしまったと自分は見ている
だからこのことはどこの田舎でも現代だと起こり得る、村に人がいなくなり廃墟化して、土地は荒地化してゆくのである。
それを回復することができなくなるのである。   

この辺で起きたことも現代という時代を反映して起きたのである、避難して来た人が「私たちはここにきて回りの人も金を使って助けているのよ」こういうことは一見おかしいように見えてもそうではない,それは現代を反映しているからである。
消費者は王様だというとき金さえあれば王様なのである。その人が特別変わった人でもないのである。
都会では東京などでは田舎なんかインフラに金がかかるから俺たちの税金が無駄に使われるから田舎などなくてもいいと言う時もそうである、食料は外国から金で買えばいいとなっているからだ
江戸時代だともう食料はその土地でとれなければ飢え死になる、他から食料を簡単に得られないからだ
相馬藩が飢饉になっても伊達藩が援助しない、今ならかえって遠くの人が援助する

この辺では仮設に入った人たちを絶えず外部から来た人たちが応援し援助していたからである
肝心の仮設に入った人たちは毎日ギャンブルにパチンコ通いだったのである。
これも現代を反映した矛盾であり光景だったのである。
そして南相馬市は避難区域となった小高と鹿島に仮設に暮らした人たちとは補償金でもめて分断されて協力がなくなったのである。
小高の人たにすれば俺たちは困って苦しんでいるのに鹿島の奴らは何なのだ、情も何もないのか、遠くから来た人たちは同情して援助してくれるのに近くでも援助もしない、金のことで文句いうだけだとなっていたのである。
村が江戸時代のようにあればまず村人が共同しないかぎり生きていけない、今は金さえあれば共同はする必要ないとなる
だから一億円補償金もらったら若い人はみんな出て行って帰ってこないのである。
放射能の被害だけではない、こういう社会に生きているのだから何か万一こうした事故でも村でも市の単位でも崩壊することの見本なのである゜

百姓の力(江戸時代から見える日本)−渡辺尚志

この本はいい本だった,何かわからないことでもこうして本を読むと一気にわかることがある
これまでは田舎だとまず本が買えなかった、それで学問するには相当に不利だったのである。
仙台まで行かねばならないとなるとそれだけでもう学問できないとなる
今はアマゾンで古本がボタン一つで買える
それが安いから前より本を買っているのである。
今はインタ−ネットもあるから知的環境としては田舎が不利になっていないのだ
郷土史を研究するにも全国と連携できるからいいのである。

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2018年06月02日

南相馬市では補償金で分断された (他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


南相馬市では補償金で分断された

(他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


原町の人が鹿島に商売に来ている,鹿島で商売している,鹿島の人に買ってもらっているそれで原町の人は医療費とか高速はまだ無料になっていると言う
それは差別ではないかとか言うとそんなことしりません,私にはどうにもなりませんからなにかそっけない返事である。

それは小高の人達もそうだった,極端なのは私たちは買い物して鹿島の人を助けているのよ,と言っていたのである。
これには驚いたけどみんなそんなものだったのである。
私たちは何か鹿島の人に世話になっているのただ土地を借りてあとは金を使って助けているのよというくらいのものだった
だから小高の人に補償金のことを言うと怒っていたのである。
故郷に住めなくなったのだからそんなこと当然だから鹿島の人が不満を言うのはおかしいとなっていたのである。

それは原町の人が仮払い金と市の予算から財政から100億円を出すというときネットで凄く反対していた人がいるのである。
それはあまり目立たないものだったから知っている人は少ない
でも原町区ではそう思う人が結構いたのかもしれない
なぜなら市の財政となると直接影響するからである。
ただその時仮払金だから後で別に東電とか政府から支払われるものだったからそんなに反対する必要もなかったともいえる
ただ何か仮払金のことが自分はのみこめなかった
ただその時市の財政から金が出るということで反対だったのである。

その後原町区では30キロ圏内なので医療費とか無料であり高速も今まで無料だったのである。それはずいぶん長いものだった
なぜなら医療費など鹿島区では一年もみたないくらいで打ち切られたからである。
これも早かったと思う,高速も無料にならなかった
これも大きな差別だったと思う
それは30キロで区切ったから政府の責任だったともなる
それでここだけではない都路辺りでも30キロで分けられたからそこで補償金で争いになったのである。
だから政府が悪いといえばそうである。

ただなんというか原町でも小高でももらうのは当然でありそのことで文句は言うなとなっていた,そのことを言えば険悪なものとなる
でも鹿島とかで商売したり関係がある,それでなにかしら考慮していいとも思った
ただ一人あった真野川でシジミをとっていたばあちゃんはしきりに鹿島の人はかわいそうだと同情していたのである。
真野川までシジミとりにきていた,真野川は鹿島区に入るから勝手にシジミとっていいのかとも思った,ただその時は震災後まもなくであり何か管理するものがいなくなっていたのだろう
その女性は例外的な人だったろう,普通は鹿島の人が補償金で差別されたことなど考慮しているものはいないのである。

だからそのことはを言うと怒る人が多いのである。
30キロ内でもらうのは当然だということであり鹿島は30キロからはずれたのだからもらえないのはしかたがないとなっていたのである。
でも問題はそうだとしても何か鹿島の人に対して全く配慮しないし原町でも小高でももらって当然でありそれに文句言う奴は許せないとなっていたのである。
だからNHKでも飯館村の人が補償金をもらっているから相馬市のトマト栽培農家で雇わないというときそれはなんなのだと暗にそのトマト農家を批判させていたのである。

でも相馬市のトマト農家では補償金がもらえない津浪被害者を優先しただけなのである。その辺のマスコミの報道でも常に小高の原発避難者でも優遇されていた
だからなんで補償金のことで文句言うのだと怒るのである。
お前らは同じ相馬に住んでいるものなのに冷たいなとなっていたのである。
現実に毎日のようにボランティが原発避難民の仮設に来ていたからである。
すると外から来る人の方が同情してあたたかいなと思っていたのである。
そのこともあって余計に地元の人に不満だったのである。

でも地元の人でも鹿島でも自分でも苦しいことを書いてきた,病気でも介護していて苦しんでいた,でも介護でも小高の人達が優先だったのである。
だから迷惑かけたということもあったがそんなこと関係ないとなっていた
何かそうして鹿島区は除外されたし配慮されなかったのである。
何かそういう気持ちがなかった
自分たちは苦しいのだから鹿島の人達は同情して助けるべきであり補償金もらえるのも当然でありそれをとやかく言うのは許せないとなっていたのである。

小高でも原町でも今では浪江でもそうして原発避難者には何か回りの人への配慮が欠けていたのである。
自分たちは被害者でありかわいそうであり同情されるべきであり補償金もらって当然でありいくらもらっても足りないとまでなっていたのである。
それだけの被害を受けたのだから当然だとなる
でも原町区となると一旦避難したが割と早くもどった
鹿島区でも避難した人達が半分ほどいたのである。
だからそれなりに被害があったし今でも自分は水道の水は飲まないでペットボトルを飲んでいる
それを言えば相馬市でも同じである。原発避難者には常に不満を言っていたからである。現実には毎日バチンコ通いでありギャンブルだったのである。
だからそんなふうにして遊んでいるのが何でかわいそうなのかということになったのはまた当然だったのである。

確かに原町は30キロ内であり小高は避難区域になったのだから補償金をもらっても当然だったしそう政府で決めたのだからどうにもならないということはある
でも原町区のばあちゃんでも鹿島はかわいそうだとよとか配慮していた人はいたのであるだから問題は補償金問題もあるし医療費高速無料とかの問題もある
しかし最も大きな問題は鹿島であれ回りの人への配慮がなかったのである。
それでいわきでは原発避難者を排斥するいたずらなどが起きた
その時は混乱していてもう原発避難者様様になっていたからである。
原発避難者の言い分は何でも通るともなっていたからである。
それに何かを言う奴は非難されたのである,マスコミもそうしたから余計にそうなったのである。

それでも混乱していたから二三年はしょうがなかったかもしれない,でもその後7年間とか同じ状態だったのである。
やっと回りの人に配慮して仮設を出るときモチを配ったというのはよかった
それがたいしたものでくてもそういうことを配慮できるようになったと思ったからだ
鹿島にも金をよこせといわないにしろ何かしら配慮が必要だったのである。
同じ南相馬市民としての配慮が必要だった
そういう気持ちが全くなかったということが問題だったのである。
少しでも原町区の人とか小高でも鹿島の人には補償金などで申し訳ないことです
何かそうした気持ちが少しでもあれば良かったのである。
そういう気持ちが全くなかったことが問題だったのである。

また鹿島の人でもそれを押しつけることは出来ない
だから表立って言う人はいなかった,でも不満が鬱積していたのである。
やはり人間は気持ちが大事でありそれが争いの元になる
他者への配慮がないと人間関係はうまくいかない
これは行政にも問題があった
なぜ鹿島区の議員が仮設の小高の人を応援して選挙の時回って歩いていたのか?
南相馬市だからそうなったが鹿島区の人達の不満をないがしろにしていたのである。
ともかくこれも南相馬市として合併したからこそ生じた問題でもあった
同じ南相馬市民じゃないかとなり協力せねばならないとなっているのだからそうなったのである。

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2018年05月30日

南相馬市の鹿島区の不満 (高速と医療費は無料にすべきだった)


南相馬市の鹿島区の不満

(高速と医療費は無料にすべきだった)

なぜ鹿島区が同じ南相馬市なのに差別されたのか?
それは30キロ圏内と外で区別されて補償金ももらったが少なかった
30キロ内だけは手厚く補償されたのである。
それは政府でそうしたのだからしかたがないということはあった

でもなぜ医療費とか高速とかが無料にしなかったのか?
その面だけでも南相馬市として平等にすれば良かったのである。
医療費でも一年以内とか早い時期に鹿島区は打ち切られた
ところが原町区では高速でも医療費でも無料化していたのである。

それで最近市長が変わり秋から高速が鹿島区でも無料になるという
それも遅かったなとなる
この資金も実は市の財政から出るから市の支出になるので問題なのである。
なぜなら一時鹿島にも補償しようとしたときネットで鹿島には市の財政から金を出すなと言っていた人がいるからだ
その時一時的に市の予算から100億円を仮払い金として出すことに桜井市長が決めたからである。
それは市の財政から出るから反対していたからである。
今回だって市の予算から高速無料の金が出れば不満な人が出てくる

なにかこうして合併したのはいいものの小高,原町,鹿島でうまくいかなくなったのである。
鹿島では小高への反発は大きい,小高でも鹿島への反発は大きいのである。
つまりどこに金を出すか,福祉関係でもその他でもそうである。
そこでもめたのである。一番得したのは原町に予算が集中するから得だったとなる
今度は小高にしても病院でも金を使っていいのかともなる
その負担がまた大きくなるからである。
帰っている人は30パーセントくらいだから維持することインフラでもなんでも予算が使われるからである。
前のようであればいいが限界集落のようになっているからだ
そこに金をつぎこむと南相馬市全体の予算がへり影響するからである。
これは全国的にみても限界集落などに金使うなとジジババしかいない津浪の被害地に金をつぎこんでも無駄だ官僚が本音を言ったことと同じである。


30キロで国が区切ったのはそんなに補償できないからそうした
別に放射線量の問題ではない,30キロの内と外で別に変わりないからである。
政府の都合でそうなっただけなのである。
それでその境目に住んでいる人は女性が泣いて訴えていた
子供も喧嘩しているとかなっていた

これも今頃そうしたのはおかしいのである。
最初から医療費と高速無料とかは平等にすべきだったのである。
補償金にしてもやはり区別してその差が大きかったのである。
原町区は30キロ内だから手厚くされたのである。
それより相馬市の人も絶えず不満を言っていた
相馬市では一人6万とかもらって終わったからである。

いづれにしろこの辺は合併したのはいいにしても小高と原町はいいとしても鹿島は除外されて不満になり協力できないような状態にしたのである。
その責任は誰あるのか?市政にあるのか?
鹿島の議員にしても仮設に入った小高の人を応援していたのである。
これもやはり南相馬市の議員だったら小高の人も同じ一票だからそうなったのである
それが合併したことで変わったことなのである。
タグ:原発補償金
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2018年05月29日

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28) (放射能の心配はあるが・・・)


真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)

(放射能の心配はあるが・・・)


「アユ釣り完全復活へ稚魚放流」 (NHK福島 2015/6/2)


アユは華奢で骨が細く柔らかく、丸ごと食べるのが普通ですが、骨にストロンチウム90が
蓄積されている可能性もあり危険です。

広大な太平洋で獲れたベニザケでさえ、無視できない量のストロンチウムが蓄積、検出されているのです。

ある福島県庁職員がこういったとも伝えられています。
「阿武隈川の底は原子炉なみで、とても公表できません」 
(原発問題 2013/2/17)


昨日南相馬市鹿島区の真野川で郡山から来た人が鮎を放流していた,稚魚といっても大きかった,若鮎という感じである。
真野川ではしょっちゅう水質検査していた,でもその数字は教えない
何か放射線量とか原発事故前から公表されないのである
したとしてもマスコミが福島民報などでも大きく報道しない,それは福島民報が県の出資が50パーセントだから原発の不利な情報は報道しないのである。
それがいろいろ問題を引き起こしたのである。

危険が知らされない→危険が現実になる

津浪でも東電は10メートルの津浪が来ると試算していた,それを知っている人がとれだけいたのか?
危険が報道されないしわからなかったのである。
それで報道の役割を果たしていなかったと気づいたのである。
報道するにもまず権力がないとできないのである。
マスコミは巨大な権力である,だからこそ権力をもっているからこそ東電からでも莫大な宣伝費が流れていたのである。
世の中は銀行でもそうだがそれも権力を持っている,ただ金を右から左に流すだけの仕事ではないか,そんなことで利益を得るなら楽だとはいう見方もある
そういう権力がある所には金が自ずと回ってくるのがこの世である。

鮎は子供のとき父親がとってきて食べていた,その時鮎は大きかったのである。
父親は鰻釣りと鮎釣りとかしていた,それがいいオカズとなっていたのである。
その頃貧乏だからそうなっていた,その後鮎は何か小さくなった
鮎釣りをしていてもその鮎は食べてもうまくない,実がほとんどない感じである
久慈川の鮎を買ってきて食べたがこれもうまいものではなかった
冷凍したものだったのだろう
鮎でうまかったのは新潟県の小出の魚野川の塩焼きだった
その川の前に食堂がありとれたばかりの鮎を出していたのだ
別にそれは高いものではない,魚野川に鮎がいくらでも泳いでいるからだ

真野川とか原発事故周辺の川の放射能汚染はどうなっているのか実際わからない
ただ阿武隈川河口で泥としてたまっていた放射線量が相当に高かった
泥についてセシウムなどが流れたからそうなった
今は溜池の除染をしている,これもやっかいでありどこまで効果があるのかわからない
回りから泥はいくらでも流れてくるから焼け石に水だとなってしまうからだ

時間がたてば放射線量が減ってくるのか?それもわからない
部屋のなかは0・2で今も減っていない,だから放射線量というのは減らないともなる
鮎はこれまでも食べれるようなものではなかった
今釣りは食べるというより釣りそのものを楽しむようになっている
釣ってもまた放している,海の方ではまだ釣った魚は食べていた
右田の松原のあるところではいつも釣りする人がいた
でもやはり釣りをしている人はいる,川ではいなくなった

放射線の問題はなかなか真実が素人にはわからないことである。
わからないから危険を言う人は極端になるし安全だよという人も何か目安かあっていっているわけではない,そして放射線の問題はそうして隠されやすいのである。
どこまで危険なのか見極められないから困るのである。
そして過剰に反応する人はするししない人はしないのである。
別に老人だとそんなもの関係ないと飯館村では山菜まで食べていたのである。
老人の場合は奉仕斜線はほとんど関係ないのである。

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2018年05月24日

一度の失敗が致命的にもなる (回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度の失敗が致命的にもなる

(回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度失敗したら取り戻すのに二・三年かかります。

事務的なことでもこう言われる,失敗はなんでも尾をひく
失敗にもいろいろある,軽い失敗も大きな失敗もある
まず原発事故のような大事故があるともうその信頼は回復することは不可能である。
科学者が政治家が何を言っても信じられない,マスコミもそうだった
その人たちは「安全神話」を作ったからである。

だから原発にたずさわった科学者でも事故現場に行ってガレキを拾ってこいとネットで言われた
武田邦彦氏などは科学者であり原発の仕事にも従事していた
だから責任があった,その信頼は失墜したのである。

では原発をそれでも海外に輸出するとかするのもわからない,日本で失敗したのを外国に輸出するのかとなる
その信頼を回復することはもう不可能に近い
確かに一回くらい事故はあるだろうとなるが原発ではそれが許されなかったのである。
その被害はあまりにも大きすぎたからである。
だからどうしても日本で原発はできないということを証明した事故だった

一回の失敗でそれは決められないということはある
でも一回の失敗が致命的になることもありうる
原発の場合がそうだった,そもそも事故があってはならないから「安全神話」が作られたのだ,それが一回の事故でもろくも崩れさった
その信頼は回復できない

日本も戦争で負けて3百万人が死にうちのめされた,もう天皇が神だとか神国などと誰も信じない,天皇への現人神(あらひとかみ)信仰は完全に崩れ去った
天皇自体は自分は神ではないと宣言して国民の信頼を得るために歩いて回ったからであるこれだけの大敗北と失敗があれば誰ももう日本は日本が神国だとか強いだとか信じない
原発でもそうである。日本が技術が優秀だという奢りは打ち砕かれたのである。

人間は失敗すると何か信頼を失うとそこから立ち直ることが容易でなくなる
まず事業などは普通は一回失敗したら終わりである。
立ち直る人もいるがほとんどはできない
そして失意のなかに終わり死ぬともなる
それだけ一回の失敗の重みは大きいのである。
それを自覚されない,一回くらいどうってことないとも思う
でも人間にはチャンスは人生の中で何度もないのである。
何かチャンスは与えられても何回もはないのである。
ビジネスでもそうだし他の人でもそうである。
人生は長いから何度も挑戦できるとはならない
たいがい一回で終わりやすいのである。
だから逆に一回のチュンスで成功するということもあるのだ

銀行員でもそうだった,まかせられたがその能力がなかった
分散投資するのがいいというがその銀行員自体が銀行側のノルマ達成のために自分がもっていたリーマンショック前の株を売って投資信託に回して損させた
もしそれを分散投資しているのがいいからと投資信託に回さなかったらかなりの利益が出たのである。
つまり客をもうけさせて営業の銀行員も銀行ももうかる方法はあった
それは株を売らないことだったのである。投資信託に回すことではなかった
もしここでそうしていれば損した分の穴埋めもできたしもうけたとうことでまた投資に回した,投資信託に回した,そうすれば客でも銀行側にとっても利益をあげていたのである。
こうして投資で一回失敗するとあとはまかせる気分になれない
自分はまかせたがその金を有効に使い利益を出せなかったということで営業担当にも銀行側にも不信感をもつようになったからである。

もちろん知らないでまかせた自分にも責任があったが自分は素人だし知らないからまかせたのである。だから自分だせけに責任があるとはならないのだ
実際にまかせてくださいと胸を張ってすすめたからである。
その営業担当の人がもっとうまく説明していれば自分でも決めることができたし
その営業担当は客に説明してそうさせるべきだったのである。
分散投資といっていのにもっていた株を投資信託に回したからである。
そのことで信用できなくなった
もう二度と頼むことはできなくなったのである。

原発でもどうしても科学者でも政府でもマスコミでも信用できなくなる
マスコミでも広告費をもらって安全神話を作った方だからである。
そういう人達を信用できるのか?
戦争のとき朝日新聞が一番戦争をあおったとしきり言うときもそうである。
そういうことがあると信頼できなくる
信頼できないということがやはり致命的なのである。
アメフトでも一回の反則ですべてだめにしたとまでなる

人間は万能の神ではない,だから絶対ということはありえないけど「安全神話」が作られた,絶対に安全だと言っていたのである。
銀行員にしても私にまかせてくださいといっていた
その投資の仕方も素人とほとんど変わりなかったのである。
ただ分散投資の考え方は間違っていなかったがそれを破ったのである。
だからもう信頼してまかせることはできない

原発でもビジネスでも一回の失敗が致命傷になる,それを回復することは至難になる
だから人生に何度もチャンスがあると考えてはならない
チャンスは一度限りでありこれを逃したらあとがないとまで考える必要がある
一度成功した人は逆にまた成功しやすいのである。
ただこの世で失敗したとしても人間として失格することはない
事業に失敗しても別に人間として失格したわけではない
ただ社会が認めないというだけである
ただそういう人は世間体を一番重んじるから耐えられないのである。
どこまでも見栄を張ろうとしている
借金してまでも見栄を張ろうとしている,失敗しても認めない
そういう人は人を殺しても成功者になろうとするから怖いとなる
その人にとっては世間に認められることがすべてだからそうなる
つまり事業の失敗=人間失格とはならない
人間の存在価値は事業がすべてではないからである。


いづれにしろ人間は信頼が第一だというときどこでもそうだろう
家政婦とか家に入ってくる人は一番信頼が大事である。
だから本当はよほど信頼がないとまかせられない
現実に家捜ししていたり家政婦はその家の人となり悪いとなると相当な災いとなるからだそして信頼そのものが簡単には築けないのである。
それで十年とかある家に勤めている人は信頼できるとなる
また他でもその人は信頼できるとなる

会社でも最近信頼を失うことがいろいろある,信頼を失うとその信頼を回復するにはもう並大抵のことではできない,れだたけ人間というのは人間会計でも信頼が大事なのである人間社会はそもそも信頼関係があって成り立っている
それがなくなるともう商売でも人を雇うこともなにもできなくなる
「あなたは信頼できる人です」となったときその人にはやはりいろいろ重要なこともはまかせられて金持ちになる下地ができたともなる
信頼がなかったらまず重要な仕事でも何でもまかせられないからである。
だから本当は信頼を失うことは怖いことなのである。





タグ:信頼が大事
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2018年05月20日

南相馬市に双葉准看護師学校できる (人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)


南相馬市に双葉准看護師学校できる

(人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)

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この風車はドイツから船で運ばれた

鹿島駅ではドイツ人とあったからそういうことだった

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消防隊殉職者の碑

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防災用の備蓄倉庫
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こじんまりして小さいと見た
中でみんなで食事していた


双葉郡内8町村で運営する公立双葉准看護学院が10日、東京電力福島第1原発事故による休校から6年ぶりに南相馬市原町区の仮設校舎で再開し、26人の学生を迎えた


これだけ医療レベルが高くなっているのに、
一番患者さんに身近な存在が准看護師でいいのでしょうか。

医師に言われたことだけをするのなら、
“医師助手”を養成すればいいではないですか!
私は ずっとそう感じています。

看護師は医師の助手ではなく、医療チームの一員です

正看護師と准看護師の給与の違い

30代とか40代が多い,資格がとりやすいからである。
人手不足を補充するにも好都合なのである。



rさもこの辺では人手不足のためである。,看護師はひっぱりだこであり原発事故で流出した
それで病院では下働きのような人を働かせている
准看護師は看護師の助士であるが人手不足で必要としている
看護師の仕事を減らす必要があるからだ

NHKの縮小ニッポンで舗装していたようにもう日本は働く人が減少している
シルバーセンターではもう生きがい探しどころではない
若い人に求人しても人が来ないからシルバーセンターに来ている
そうして若い人と同様な過酷な労働を強いられて死んでいる人もいる

ただ老自転車はできる限り働きたくない,働かない人が膨大にいる
その人たちはどうしているのか?
毎日パチンコでありあとはパークゴルフである。
そこは老人でにぎわっている,あのように過酷な労働をしているのはまだ一割にも満たないだろう
人間はもう働きたくないのだ
家に来た人も前は介護施設に働いていたが嫌だとやめた
その人は盗んだ方いいとなり実際に盗んだ
もう一人の67歳くらいの人も小さな畑は一生懸命しているが後は何もしたくない
病院通いと金をせびりにくるだけである。
40代の息子は東京に出稼ぎに行って帰ってこない

日本に外国人を呼ぶにも今や日本はそれほど魅力的ではないから来なくなる
ベトナム人も台湾に行っている,言葉をしゃべなくても介護労働している
もう人がいないのだからそういう余裕がないのである。
だから日本のしている日本語を学んでから介護などといっていたら誰も来ない
外国人すらもう日本には来ないのである。

相馬の里という介護施設ができた,介護でなくても元気な老人が住めるものでもあるらしい,そういうものも増えてくる
建物を見たら中で老人がみんなで食事していた
個室はあるにしてもあれだと共同生活だからうまくやれるのかと思う
でも一人暮らしだと家を管理するのがめんどうになる
近くであういうもの直接見たのは参考になった

とにかく原町にもいろいろ新しいものができた
原町は広いからわかりにくい,原子力センターもできた
それはこの地域らしいものである。


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2018年05月16日

人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる (判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)


人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる

(判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

原発を作る判断をしたのはなぜなのか?その理由は何なのか?
それは読売新聞の社長の   の私的利益追及もあったのと政治の問題として日本がアメリカに支配されたからいわば一時植民地のようになったのだから原発が日本では導入するのがまだ技術的には早かったが作られた
その理由は政治的経済的理由なのである。経済的理由になると一番多い,常に判断は経済理由が多いからである。
原発でも盛り土して高くしたのも削ったのは地下に電源を置いたのはコスト削減のためだった,それが命取りになった

原発はアメリカとの関係で政治家が判断したものでもあった,科学者は湯川秀樹博士などは日本ではまだ原発を作るのは早いと反対していた
それだけまだ日本は原発について技術的に導入できるものではなかった
それでアメリカのお古のマーク1型の原子炉を買わされたのである。
後進国がソビエトのお古の武器で戦争させられているのとにている

では住民はどうかというと住民も原発に賛成した,それは経済的理由で判断した
双葉や大熊地域はその頃出稼ぎ地帯であり貧乏地帯だった
それで積極的に原発を誘致したのである。
だから原発をただおしつけられたというのではない,それだけの利益が得られるから賛成したのである。
漁業者は補償金を事故前も事故後ももらっていた,それで漁業権を東電に売り渡した
それは経済的理由でそうなった
原発はそれだけ経済的効果が大きいからそうなった

人間は常に判断を強いられる存在である。日常的に何かを買うにしても判断を迫られる
買うべきか買わないべきかと判断が迫られる,判断をしないと「あるべきかあらざるべきか」となり躊躇しているうちに判断する機会を逃してしまう
ではどうして人間は判断するのだろうか?
それは必ず理由がある,その動機がある
歴史的にも大きな判断成される,それにも理由があって判断している

太平洋戦争に日本が突入した理由はなになのだろうか?


政治家の判断
軍人の判断
天皇の判断
経済的判断
マスコミの判断
住民の判断
科学技術的的判断

この時は軍人の判断が優先された,それに天皇の判断もあったから今とは違っている
科学技術的判断とは軍事力になっていた,どれだけの軍事力をもっていたかで戦争の判断になる
また良く言われるのはアメリカに石油がとめられて経済制裁されて戦争に追い込まれたという理由である。それは経済的理由で判断したとなる
では住民はどうか,戦争をはじめるとは関係ないとなるのか?
住民をも熱狂していたというから住民も戦争に賛成していたのである。
そして盛んに朝日新聞は戦争をあおったということもあり戦争の理由になる
そして日本の場合は天皇も関係して宗教も関係して日本は神国だから負けることがないという神がかりにもなった,そのことも戦争をおしすすめたのである。
これだけ十代なのことを判断するにはそれを押し進める理由があったと今では解析する

歴史は何かが起きる,何かが判断されてその結果として歴史が動く
でもただ闇雲に判断されるのか?。そこには必ず理由がある,犯罪でもなぜ起きたのか?
その理由がありその動機をまずみる,それが歴史に学ぶことであり個々の人生に学ぶことである。

失敗したらなぜ失敗したのか?

その理由を問う,そこから人間は学んでゆく,二度と失敗しないのにはどうしたらいいのかとなる
事業に失敗した人は多い,ではなぜ失敗したのか?
その理由は何なのか?それを学び事業起すことが必要になる
人間は判断して失敗することが無数にある
卑近なことでも失敗する,買い物でもそうでありまた結婚とかでもそうである。
結婚の理由としてただ好きになったとかもあるが金持ちだからとか地位があるとかだとかいろいろある,戦国時代ならみんな政略結婚である。
そういう条件をつけて結婚しても離婚が多い,その判断をどうするのかとなる

人間は至るところで判断を迫られている,何かを判断せざるを得ないのである。
あるべきかあらざるべきかとなる,原発もそうだったのである。
ただ原発に関しては深く考えられて作られたのではない,危険があることを深く考えていない,経済的理由と政治的理由とが科学的理由より優先されたのである。
そういうことは常にある,人間は現実に力をもつものが金だからである。
いくら金を否定しても現実に金で動く人がほとんどだからである。
逆に金で動かない人は金に余裕がある人なのである。
そうすると意外と成功するかもしれない
投資でも余裕資金でしいれば意外と失敗しないかもしれない
自分が投資に失敗したのは銀行側が銀行の利益を優先していたからである。
株が上がっていたのに投資信託に回したのは銀行側が手数料でもうかるからであった
もし銀行側に余裕があるなら投資信託をすすめなかったともなるからだ
それは原発をすすめた理由と同じなのである。
原発は金の成る木だったからその経済的効果が大きいから目がくらんだのである。



タグ:判断の理由
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2018年05月15日

原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか? (科学者,政治家,住民なのか?)


原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか?

(科学者,政治家,住民なのか?)

科学者が判断するのか?
政治家が判断するのか?
住民が判断するのか?

原発事故の解決の複雑さはどこから生じているのか,科学者が科学的合理的判断でできればそれにこしたことがない,数学の数式のようにできればいい
それができなくなった,武田邦彦氏が事故前は一ミリシーベルを厳守を言っていた科学者が事故後は100ミリシーベルトまでいいとか言うようになった
全く科学者が白だったのが赤というようにもなった
それは戦争が終わるとアメリカ一辺倒になったのとにている
第一科学というのは人間社会と違って変わらない真理を追及している
それもころっと変わることがおかしいというのは確かである。

そもそも原発は科学者の意図だけで作られたのではない,政治的意図が強く働いて作られていたのである。
政治的意図が働けば科学者の科学に基づいた判断も無視される
日本には地震があるから原発は向いていないとしても作られたのはなぜか?
それは政治的意図が働いていたのである。
アメリカの要請もあり日本でも核武装のために原発が必要だということもある
プルトニウムを生産しておく必要がある
日本ではすぐに原発があれば核武装できるからである。
それは政治的意図でそうなっている
だから原発は簡単に危険だとしても廃止できないのである。

科学的問題
政治的問題
経済的問題
社会的問題

原発というのは事故でも複雑である。四つくらいに分類できるがさらに複雑である。
経済的問題は常に人間には日常的につきまとっている
原発もその時社長だった人がコスト削減を押し進めて功績があり社長になった
一時土台を高くして削って地下に電源を置いたのはコスト削減のためだったのである。
それが致命傷になり津浪が来て事故になった
経済的問題は常に人間社会では最優先される,世の中金だとなるのが現実である。

原発の複雑さはこれらのことが複合的に関係しているからである。
科学だけでは判断できない,処理できない,政治だけでは処理できない,判断できない
経済的問題としてだけで判断できない,社会的問題としても判断できない
社会的問題というとき自分が追及したのは文系だからそこを重視したとなる
つまり故郷という場に住んできて歴史的アイディンティティを築いてきた
老人は特にその場で生きることが人生だったとなるから離れがたい,それで放射線が危険
でももどりたいとなる一方で若い人は放射線が危険だから帰らないとなる
チェリノブエリの事故の20年後の調査報告を読んだら恐くなる
それは科学的問題なのである。
自分が主張したのはそうあってもでは故郷を閉鎖してチェリノブエリのように人を住めないようにしていいのか?

その問題は政府では東電でも補償金を払いきれないし移住させることもできなということで避難区域を解除して住まわせようとしている
でも現実は若い人は流出してもどってこないのである。
そのことを批判してもどうにもならない既成事実になっているからである。
科学として見ればチェルノブエリを参考にしたら帰れないとなる
年間一ミリシーベルでは帰れないからだ
そして報告では放射線が低くても時間がたつと蓄積され病気とか奇形とか遺伝子に影響されるという報告がある
そういう報告に知るとまた恐怖になるのである。

つまりこの原発事故の問題の複雑さはどう対処していいのか判断つかないのはこの四つの問題が複雑にからんでいるからである。
例えば浪江町から避難した人が復興住宅に住んでいる
そういう人は帰らないという,でも時々は浪江に帰り見に行っている
では帰らないとして避難先で今度は毎日昼間から酒を飲みアル中になっている人もいる
避難先でそういうことをつづけていたら回りから非難される
でも実際は老人が多いから何もしない,ただ補償金がたりないというだけである。
補償金をもらって暮らすということしかもうないのである。
だから復興とは何なのかそれも外から見てわからないのである。

この四つの問題がありどういう判断をするのか?

科学的判断で決着するのか

その場合はチェルノブエリのように閉鎖区域を作りそこには人を住まわせない

政治的判断で決着する

それは避難区域を解除して人をなるべくもどし住まわせる,それを政府ではすすめている
ここには経済的判断もある,そんなに補償金を払い続けることができないからだ

住民によって判断させる

これは帰る人,どっちつかずの人,帰らない人に分かれる
でも住民にしてもどうしていいのか?
科学的判断なら帰れないのである。
でも老人なら最後は故郷で死にたいとなるのが生物としては自然なのである。
何か家というのは単なる箱ではなく思い出が詰まった精神的なものなのである。
だから老人は帰ったのである。
チェリノブエリでも老人は避難区域でも帰って農業していた
でも病気になって取り残された老人が苦しんでいたからここでもそうなる
でも若い人は帰らないのである。世代が分断されたのである。

何かこうして中途半端な状態のままになっている,だからチェリノブエリのように避難区域には住まわせないとしたらすっきりしたともなる
ただ30キロ圏内だと無理である。この辺では南相馬市なら人口の一番多い原町区が入るからである。その移住は日本では不可能だからである。
矛盾しているのは浪江町長でも飯館村の村長でも二本松とか福島市に新しい家を建てている,マンションを買っているとなるとこれまて矛盾しているのである
復興を指導する人がすでに住まないでできるのか?
何かこれも四つの問題で複雑化しているからである。

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

それがわからないのである。科学者は事故後は科学的判断をひるがえしたからである。一ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで変わったのである。
政治家が判断するのか?
それも政治家は経済的コストを優先して補償金をこれ以上払いたくないから避難区域を科学的判断を無視して解除したとなる

では住民が判断するのか?

若い人は帰らないと判断した,住民が判断してそうなったのである
要するに科学者が判断するのでもない,政治家が判断するものでもない
誰が判断するのか?
それは住民しかない,いろいろ自分も外部から言ったけどそれは判断の材料にすぎないのである。
だから避難区域の人から批判される,それはそこに住む人が苦しんでいるとしても関係ないから面白がっている,傷に塩ぬって楽しいかとしかならないのである。
ただ現実に避難者が住んでいるからその人たちが昼間から酒飲んだりしたりギャンブルしているパチンコ屋に通っていたら非難されるのも当然なのである。
そのことすら避難者は批判すると怒る
そして俺たちは被害者でありかわいそうな人達でありいつまでも永遠に補償されるべきだとなっているのだ
それを批判する奴は非情な許せない奴だとなる,それをマスコミは応援するから認めるからそうなる

ともかくこの問題の解決がむずかしいのはこうして科学的問題だけではないものとして政治的問題から経済的問題から社会的問題から故郷を失うことはどういうことなのかとそうしたものが複合的になって現れたから複雑であり解決策が打ち出せないのである。
要するに科学的問題でも低放射線量でも時間で蓄積され危険だというチェリノブエリの調査報告がある
その科学的判断を重視すれば住むことはできないと住民は判断する
一方で老人などは別に先が短いからそういう判断は無視して住むことを決断する
若い人は科学的判断を重視して帰らないのである。
政府では補償金をはらいたくないとなり避難した区域を解除して住まわせようとする
自分は外部からコミニュティとか歴史とか重んじると帰って復興して欲しいともなるし
経済的問題でもやはり復興してもらわないと財政的にも困るとなる

こうした思惑が複雑に入り組んで混乱しているのがこの辺なのである。
科学者がこうしろ,政治家がこうしろ,では住民はどうすればいいのか?
結局住民が最終的に判断するのか?
若い人は現実にしている,帰らないと判断した
ただ老人は残った,それは自分が前々から主張していた,コミニュティの維持とか歴史の維持とかその場で築いてきたものを重視する立場からである。

いづれにしろ科学的判断も政治的判断も住民の判断もどれも正しいとはならないだろう
ただそれを選択するのは住民しかない,現実に帰らない人は帰らないのである。
そこですでに住民が判断したのだからそれをくつかえすことはできない
あとは帰るのか帰らないのかわからない人だがそういう人は帰らないだろう
なぜならおそらく10年すぎても20年すぎてもそういう人はそう言っているからである。
そのうちもう年とるから帰れなくなるからだ
するとこの先帰るのは老人であり老人だけで復興できなるのかとなる
外部の人が応援するにしてもそもそも老人しかいないとなると復興できるのかとなる
やはり何か強い住民の意志がないと復興とか無理なのだろう

自然災害で北海道に移住した十津川部落の人達は一致団結して移住したからできた
ここにはそういうことはない,住民自体がばらばらになっているから復興は無理なのかともみる,それはそれとしてではこれからどうするのか?
それは別に内部だけの避難した人達避難区域の問題だけではない
現実に避難した人達がここに住んでいるし南相馬市では小高区は以前として南相馬市であり財政負担があるからだ
一体病院を再開したとしてその負担はどうするのか?
いろいろな負担があるから一層原町とか鹿島とかに住まわせた方がいいという政治的判断もありうるのだ,経済的問題としてそうなるのである。
いつまでも補償金の援助はない,後三年で援助がうちきられるときそういう経済的問題も深刻なものとなるからだ
もう住民は分断され復興の意志もないというときもう見切りをつけるという判断もありうるとなる,そういうところにいつまでもかかわっていることは経済的にもできないし政治的にもできないとなるからだ
そういう判断を強いられる時が否応なく来る,それは後三年が目安となる


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