2018年04月22日

水田の効用は米がとれるだけではない (風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の効用は米がとれるだけではない

(風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の役割はイネを育てることだけではない、日本各地に無数にある水田はダムの三倍もの貯水能力を持っている
森林につぐ第二のダムなのである。

水田に貯えられた大量の水は洪水を防ぐばかりでなく、土壌を保温することによって例外を防ぐ効果もある
微生物の活動を促進し,土の生命を守る
・・・他の作物と比べて非常に連作性が強いのが特徴である。
(農に還る時代-小島慶三)

この本でも指摘しているのは水田の効用である。自分は景観から田んぼを見ていた,でも水田は自然環境と融合したものであり様々な効用がある
水田というとき米というとき米を買う人は米を食料としてしか見ていない
だから米が高いとか安いとかうまいとかしか見ていないのである。
それは田舎に住んでいてもそうである。
ただこの辺では津浪とか原発事故で田んぼが荒地化したとき景観が変わったので自分も田んぼとはなんなのだろうと見た
田んぼは別に田舎で普通にある景色だからである。それがなくなったということが信じられないことだったのである。
田んぼは自然景観の一部のように見ていたからである。

俳句の季語で春田というとき春になって田になる前の状態である。
でも田んぼが荒地化したらそうはならない,そこは田んぼにならないからである。
田植えもしないしただ荒地になっているだけである。春田とあればこれから田んぼになるものとして生活感覚で春田となっていたのである。
俳句となると何か実際の生活と離れたような鑑賞するだけのもののように見えるがそもそもそうした稲作とかと深く結びついて生まれてきているのである。
だから芸術が実際の生活から離れてありえないのである。

「げんげ田」で春。「春田(はるた)」に分類。昔の田植え前の田圃には、一面に「げんげ(紫雲英)」を咲かせたものだった。鋤き込んで、肥料にするためである。いつしか見られなくなったのは、もっと効率の良い肥料が開発されたためだろう

この本でそうした農についてその重要性を指摘している,水田は保水能力、第二のダムというのもそうである。
これも意識しないがもし回りに水田がないと乾いた大地だけのもの,畑だけになるどうなるのか?
土があたためられて熱くならないか?水田は水だから空気を冷やすことになる
例えば海側だと夏は海の影響で涼しい,盆地になると福島市のように異常に夏は暑くなるのである。でも水田があると水で冷やす効果があるとなる
土壌を保温することそうである,畑は農作物は土地の温度に敏感なのである。
土の温度によって生育が作用されるのである。

そして連作できるというのがやはり稲作の水田の大きな強みである。
なぜなら麦とか畑を作ることはヨーロッパなどで連作できない,土の栄養分が維持できないから連作できない

農業には連作障害というものがあります。
同じ土地で、同じ作物を作り続けると作物の生育がだんだん
悪くなっていくという現象です。
これは別にヨーロッパだけでなく、世界のどこで農業を行っても
起きる現象です。
(現在の日本でもです)
そのために、一部の土地を休ませて地力を回復させようというのが
三圃制のポイントです。

今は化学肥料があるからしていないとここでは書いてある

日本の米文化は特殊
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牧畜は乳をミルクを利用する,そこからバターとかとる,そして麦文化と牧畜は一体である。なぜなら麦はパンとして食べるしかないし牧畜で利用する乳とかバターとかが食文化になるからである。麦文化は米文化より古い,文明が起きたのは麦文化地帯である
エジプトもそうでありすでに麦からビールを作っていたからである。
広大な麦畑が大陸には見られる,土地が広いことが三圃制農業などを発展させた
稲作は土地集約型農業でありそれが日本では山が多く森林が多く保水能力があるから適していたのである。土地が狭くてもまずどんな山奥までも田んぼがある
こんなところにもあるのか,それは隠れるようにあるからわからないのである。
それで隠し田として税金逃れしていたということを実感する
つまり日本の地形が複雑でありそうして隠された場所があるからそうなる

そして麦文化牧畜文化と肉食文化も一体である。麦だけではまかないえない文化であり肉食が必然的に発達したのである。日本の特殊性は邪馬台国の時代から馬,牛,羊がいないとういことだった,だからタンパク質は魚からとっていたとなる
魚と菜の文化だったのである。そういう風土であり大陸的な荒々しさのない文化がはぐくまれたとなる
例えば馬を飼い馴らすのと田んぼで米をとるのとは人間の気質まで影響する
それは今でも海で魚をとる漁師と水田で米を育てる農民とでは気質が違うのとにている
漁師の性格は荒っぽくなるし一攫千金を目指す,大漁になればそうなるからだ
そういうことは日本では各地で見られるのである。

自分は風土から世界を見るということに興味をもっていた,風土に根ざす生活から人間をみる,世界をみる,ただこれも風土というと世界を見ないとわからないし大陸のことは日本ではわかりにくいのである。
多少海外旅行して理解することがあったがなかなか日本人には大陸のことが理解できないのである。風土は一年を経験しないとまたわからないのである。
冬と夏ではまるで違ったものとなるからである。
最初に文明が発達したのは麦文化と牧畜文化が発達した所でありそこから都市が生まれたのである。川の側だったというとき川にもいろいろ効用があり貿易もあって都市が生まれたのである。

この風土に適合してこそ人間の生活がありうるしそれを無視すると今回のような原発事故とかで自然環境が破壊されて住めなくなった
文明は自然環境の破壊からはじまっている,焼き畑農業でもそうである。農業の一番の問題は肥料だからである。肥料をどうするかということで森を焼き払って灰を肥料にして畑にしたからである。土の栄養がなくなるからヨーロッバでは三圃制農業になったのであるだかち土というのを注目していないけど土が文明を作っているというのもわかる

それでソーラーバネルとかでも必ず自然破壊になっている,まずソーラーパネルで光りさえぎられるからその下の土が死んでゆく,すると農業はできなくなる
ソーラーパネルでは住宅地の側にあるものがあり反射して熱くなる
森の中に作ると土壌が雨で流出するとかになる
だからこれも自然破壊でありいいものではない,ところがなぜいたるところにソーラーパネルが作られるのか?

それはグローバル経済のためだったのである。森の木材はグローバル経済で外材を利用するから無用となる,すると山の森をも荒れる,山をもっていても金にならない,役に立たないとなりソーラーパネルにして金にしようとなる,それはグローバル経済が影響してそうなっていたのである。
つまりグローバル経済はこうした国々の風土とかに育てられた文化を破壊するのである。地産地消ではないからだ,グローバル経済になったのは高度成長時代からである。
自分の子供時代は炭がエネルギーだったからである。まさにエネルギーも地産地消だったのである。もちろん木材もそうだった,それで橲原(じさばら)のキコリから自分の家の柱を使ったとか自慢していたのである。
高度成長からグローバル経済になったとき風土に根ざした生活が破壊されたのである。

ただ江戸時代でも東北地方で飢饉があったのはグローバル化経済とにた現象が起きていたのである。
伊達藩では伊達政宗が米を江戸に石巻とから船で運び売っていた,米が商品作物となり
地元の人が米を食べることができなくなっていたのである。
まず米を売ることを第一にしていたからである。

伊達藩では藩をあげて北上川水系の改修と湿地の新田開発に取り組み,江戸への産米輸送に力を注いでいました。当時,伊達藩では「買米制」という制度をつくり,お百姓さんが年貢を納めたあとの余った米をも藩が買い上げ江戸へ送っていたのです。このため米どころであってもお百姓さんは満足に米を食べることができませんでした。「百姓食物常々雑穀ヲ可用食之事」(米を食わず雑穀を食うべし)という「百姓法度」が出されるほどでした。

ご法度(はっと)から生まれたから法令でそうしたとなる,こういうことはグローバル経済で起きている,タイでは海老養殖して売るために地元では食べないとかなっているしコーヒーだけを作らせて安くなって地元では食料飢饉が起きたとかある
グローバル経済は何かこうして外国からいろいろなものが入ってきていいようでもその肝心の地元で暮らすのに必要なものが喪失する
それで森林でも木材が利用されなくり荒廃するのである。それは日本だけではない世界的に起きている現象なのである。
アメリカでは売るものがないから牛をもっと買いとかオレンジを買いとかなる
それはもともとあったその国々の風土に根ざした文化を破壊するのである。

原発事故はまさにこうしたその土地の自然を破壊して住めなくしてしまったのである。
農業でも漁業でも金にならないと地元の人は東電と政府に金をもらってこうした人間の生活の根幹となるものを売り渡したのである。
それはこの辺だけの問題ではない,そんな農業や漁業より外国に売る車が大事だと国家ではなる,車を売れるからバナナでも食料も輸入できるのだとなる
だから都会では地方の農業などいらない,税金の無駄だとしている
食料は外国から輸入すればいいとしている,その時どうなるのか?
日本の国土は荒廃してこの辺のようになる,人が住めなくなるのである。
そして結果的に都会もやがて荒廃して廃墟化してゆくのである。
外国から食料も入らないということは別に国と国の関係が悪くなればある
何か工業文明がすべてのようになっている,そこに落とし穴があり遂には人間は住めなくなる,それをこの辺は原発事故で証明したのである。




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2018年04月17日

「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)


「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・

(原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

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仕事の相手としての生きもの(自然)との関係を意識していることです
それは近代化によって滅びてゆいくものの最たるものが自然だったからです

国益のために在所の人間と自然,人間と人間のつながりまで成長を求めるのはおかしい

農は食料を生産しているのではなく自然からの恵みをくりかえし引き出しているのに世間の人はわかっていない

農は過去から引き継いできたものを責任もって未来に引き継ぐことを重視しているのに
現代人は現世のことばかり考えている,それにこの継承は社会と共同責任を負うべきではないか

農は自然からの恵みの一部(食べ物)をカネに換えるが生き物,草花,風景など食べ物以外の恵みを繰り返し持続する限りにおいてそれをカネに換えることなく無償で国民に提供しているのに気づいてもらえない

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです


震災6年後にもどった故郷の景色 (ふるさとの秋(詩)

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


この本は自分の考えてと全部が一致していた,農本主義とかむずかしい思想のことではない、誰が読んでもわかりやすい,ほとんど知識が必要ないのである。
なぜこの本が手にとるようにわかったのはこの辺が現実にこの農が人間の基本となるものが原発事故で破壊されたからである。

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです

まさに現実としてこの辺はそうなったのである。今は避難区域になったところはそうなっている
でもそもそもこういうことは津浪や原発事故前から農民自身がそうした生活を嫌がっていたのである。金にならない農業などしたくないとなっていた
それで農業していた親から農業だけはやるなと殴られたという話を聞いた
その子供は原発とか建築現場で働くことになったのである。

そして今になって生業が奪われた補償しろとか抗議している,そもそも農にかかわる人達でも農を生業を大事にしていたかその価値を重視していたかとなるとないのである。
そもそも原発事故になる前にも農業をやめたいとなっていた,だから事故で補償金もらえればかえって都合いいとかまでなっていた
後継ぐ人もいないからこの際補償金をもらってやめた方がいいとなっていたのである。
すでに漁業で東電に政府に補償金をもらって海も売り渡していたことでもわかる
漁業も農業と同じであり金にならない,跡継ぎがないとかでやる人がいない
すると東電に補償金をもらって生計が成り立つ,船主などは特別補償されていて
原発御殿が建っていたのである。事故後も船主は格別であり補償金が海が汚染されたといっては抗議すれば確実に増額されてゆくのである。
だからいち早く新築の家を建てたのはと船主だったのである。

生業(なりわい)とは米の生産だけではなく,生活全般なのである。農業とういだけではない,昔の自給自足の生活はそうだった,納豆まで家で作っていたからである。
昔の農家は自給していて何かを買うということはまれだったのである。
だから何かしら絶えず料理するにでも水は井戸だし薪を燃料にしたり炭もそうだし自給自足を基本としていたのである。それが生業(なりわい)だった
そしてその生業を奪われたから補償しろと今になり農民でも叫んでいるのに違和感がある現実に何もすることなく仮設に住んだ人達はパチンコ通いだったのである。
それで回りから批判された,一部は仮設の前で畑を作っていた人はいた
ただほとんど毎日パチンコ屋通いであり昼間から酒飲んで何もすることがなくなったのである

生業より,金をくれ,一億円くれたら土地も生業もいらないよ

前からこうなっていたのである。生業といっても今は何かあいまいだからである。
原発事故でそれが補償金要求するのに見直されたのでありもともと一億円もらったら原発事故無くてもそういうものは価値がないから売り渡していたのである。
畑や田んぼがを道路になったり住宅地になって金になればいいと常に言われていたからである。

だからこの本で農本主義のことを熱く語るのは心から理解できる,でも肝心のその農にたづさわる人がそうだったのかというとそうではないのである
やはり農に関してはそれにたずさわる人だって田舎でも少ないし第一田舎に住んで農のことがわからない人が多いのである。
自分でも農業がわからないのである。ただ自分は自然と一体化するアイディンティティ化することを詩など書いてきてしてきた
それも農が基本にあって成り立つものでもあった

だからこの本で蛙でも雀でもなんでも自然と一体化して農があり農民にはそうした生き物への愛情があるというのには共感する
つまり農とは自然と密接に結びついているから自ずとそうなるのである。
生き物と蛙でもなんでも直接仕事の中で接するから愛情が自ずと生まれる
ペットでも犬でも猫でも直接接していると愛情が生まれる
なんか淋しいから猫を飼ってそれを経験したのである。
だから津浪や原発事故以後,蛙がいなくなり鷺もいなくなった
蛙の鳴き声も聞こえなくなったし鷺も飛んでいなかったのである。
そして蛙の鳴き声が夜空の星々に木霊したとき復興したなと感じたのである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ


それは白鷺が五〇羽くらい近くの巣に集まった時もそうである。
蛙でも白鷺でも田んぼがあってそこに蛙などの生き物がいて生きることができていたのである。自然と密接に結びついているのが農なのである。それは漁業でもそうである。
そして一番美しい光景は人間の営みが自然の中にあり調和していることなのである。
それは農だけではない,例えば海を見てなにも見えないと淋しと思う
でも船が航行していると海も活きて見えるのである。
だから農だけが自然と調和するということではない,風力発電などは風の力で回り電気を起すとして自然と調和しているのかともなる
でも森とかには風力発電は調和しない,ソーラーパネルだってそうである。
科学技術はなんらか自然を破壊するものなのである。

そしてこの本の著者は放射能に汚染された米を食べるべきだという,それを食べることによって農が守られ共同体が守られるからだという,そういう観点から汚染された米を食べるということをしている人はいない
でも農が共同体を維持していたときその米を食べないことは維持できないことになるからだ,だから老人などは食べるべきなのである。
ここでは放射能に汚染されることよりそうした共同体の維持の方が大事だとしているのだそのことは飯館村などを見たらわかる,そこで学者が放射能の除染して田んぼの表面の土などをとる必要がなかったとして自ら飯館村にすみついたのである。
自分も飯館村の惨状を見たら愕然とした,土ははぎとられて田んぼも畑もない,ただ放射能に汚染された土のフレコンパッグとかソーラーパネル工場とかになる
景観が壊されたのにはがっかりしたのである。
飯館村はまさに生業(なりわい)が根こそぎ破壊されたのである。
山菜をとって暮らしていたのが普通だったし所得が低いが自然との共生がまだあったからである。
ただ今では補償金で村は二分されているし人はほとんど住んでいないのである。

なぜこれほど補償金のことしか原発事故以後話題にならないのか?
もっとどういう暮らしがあったのか語られるべきなのだが語られない
ただ生業を返せというがそれ以上に補償しろ金をよこせとかしかない
そもそもそんなに生業を大事にしていたのか,そこに価値を置いていたのか?
それ自体が疑問なのである。
やっぱりそんなことより金だよというのが農民が求めていたものだともなる
第一農民というが田舎で農業している人は一割にもみたない,農業のことを知らないのである。ただ都会と違うのは農業しなくても田んぼや畑がありそれを見ているから違っているのである。別に農業しなくてもそれで農業と結びついているのである。
だから津浪や原発事故以後田んぼがなくなったから田んぼがない田舎は田舎なのかと思ったのである。

いづれにしこの本は深く共感した本だった,自分の追及してきたことでもあったからである。だからさらに検討してゆくことにした

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2018年04月04日

浪江の人がアル中で入院する (浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)


浪江の人がアル中で入院する

(浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)

 東北会病院(仙台市青葉区)に8月から3カ月入院し、先日退院したばかり。52歳の時にアルコール依存症で入院した経験があるが、それ以降は断酒会に入って酒と縁を切っていた。眠っていた病を呼び覚ましたのは、震災による生活の激変だった。

 被災者を支援している「ふくしま心のケアセンター」によると、平成24年から26年までの間に約2万人からの相談があり、その多くが精神的に不安定な状態から身体に異常をきたす「身体症状」や、一時的なイライラ感など「気分・情動に関する症状」を訴えているという。


復興住宅に住んでいる浪江の人と良く合う,その人は陽気な人で大工をしていたという
いつも昼間から酒を飲んでいるので赤い顔をしている
大工をしていたがその道具も親戚の人にくれたとか言っていた
そして知っている浪江の人がアル中で入院したという

この辺でも原発避難者でも昼間から酒を飲みパチンコ屋通いでありギャンブルであり遊んでいる人が多かった,そのことに回りの人は不満だった
自分も介護など苦しんでいたのでそうだった
介護でも優先されたのは避難者だったからである。多額の補償金をもらえたことにも不満だった
それで鹿島と小高は仲が悪くなった,今でもそのことを尾をひいている
お前らずいぶん補償金をもらったのだからいい思いしたのだから今度は自分たちで町を復興させろとなる

男性はそうしてギャンブルとか酒を飲んでいたが女性はかえって仮設暮らしを楽しんでいた人達も多い,なぜなら長屋のような暮らしになり隣近所と親しくなって話するから女性はそれほどでもなかったのかもしれない,そして大金も入ったからほくほくだったということもあった
なにしろ毎日のようにボランティアが来てかわいそうだと応援していたからである。
だから自分たちはかわいそうであり支援されるべきものだという意識になった
だから鹿島とかで回りの人がなぜ支援しないのだと怒りになって分断されたのである。
それは今も尾をひいている

今度は浪江の人達が復興住宅に入った,だから良く浪江の人とあう,それも病人とか老人が多いのである。大工をしていた人も年であり大工をこの際やめたとかなる
浪江の人は帰らないというしではその後どうするのか?
結局補償金とかで暮らして帰らないとなるのか?
何か宙ぶらりんになっている,帰って復興してゆくんだという気持ちがない
たいがい帰らないとなっている,では移住先で何をするのか?
何もせず毎日酒を飲んでいるのか,そして入院してまた迷惑をかけるのかとなる

ただそういう人と接してではその回りの人はどう接していいのかわからないだろう
回りの人の目はあいつらはただ昼間から酒飲んで遊んでいるだけだと見られる
でも浪江は近いから車で通っている人もいる,その人は浪江に帰るためにそうしているのかもしれない,ともかくなにか宙ぶらりんな状態になっている

もし大工をしていた人がここでも大工をつづければ別に問題はない
でもそれができない,年でもあるとかできない,では何をするのだろう?
毎日昼間から酒を飲んであとはやはりパチンコ通いだとかなる
そういうことが回りから許されるのかとなる
もう7年も過ぎているしそんなことがいつまでだらだらつづくのかともなる
農業でも3年していないと体がなまりできなくなるという
もう7年も過ぎたら何もできないとなる
それは宮城県の津浪の被害者でも同じである。
アル中になって入院している

ただこれは退職後の人生が長くなり何もすることがない人が増えたのとにている
それが深刻になったのが津浪や原発被害者である
その解決方法は何かとなるとむずかしい,第一復興といっても浪江の人でもやる気がなくなっている,帰らないという人が多い,若い世代はもう別に暮らしがあるから帰らない
その間で宙ぶらりんになっている人達も多い
それも老人が多いのである。その大工さんは娘とかと一緒に住んでいるみたいだからまた違っている

そもそもではそういう津浪の被害者とか原発避難者とかと回りの人がどう接していいのかそれを現実に感じる,あなたはこうしなさいと言うことも簡単にできないだろう
現実問題としてはそういう生活をしている人を回りの人が受け入れことはないことは確かである。帰らないにしてもそうである。
そして小高の場合は南相馬市民だが浪江の場合はそうではない
だから復興住宅に住んでいる浪江の人が行政に不満を言っていたがそういうことも言えるのかときついことを言えばそうなる
そうした権利とかもあるのかとさえ言われるだろう

ただそもそも復興は誰がするのか?誰が主体になるのか?
そのことが自分には前から疑問だった,いくらなんだかんだと外野から言っても一体復興るのは誰なのか?
お前がなんだかんだいうならお前は復興の主体になれといってもなれない
何もできないからだまっていれという人もいた
それも確かである。だから自分は実際は何も言いたくない
でも小高でも南相馬市であり経済的負担とか市政として直接関係してくる
現実に鹿島に補償金を一時的市の財政から出すときそれに強く反対する原町の人がいたのである。それは同じ南相馬市民だからである。
では小高に今度は復興させるとしてやはり病院とか再開すると市の財政から金を出すことになる,そういう要求があるから無下にはできないのである。
同じ南相馬市民だからである。

結局この津浪被害でも原発事故とかでも回りを全体をまきこむものとなった
第一南相馬市に何千人という浪江町民がいることがそうである。
もう浪江町民だからと分けることもできない,一体となっているし生活でもそうである。つまり原発事故はこうして広い範囲の人をまきこむのである。
自分は30キロ圏外だから原発は関係ないと思っていたのである。
でも30キロでも40キロでも鹿島と相馬市でも実際の放射線量は変わらないのである。
それで相馬市の人は補償金をもらえないから不満なのである。

もう浪江町民だからどうのこうのというより福島県でもその被害にまきこまれている
でもその主体となるのは誰なのか?
肝心の浪江町民であれ飯館村民であれ村長は外に出て村の中では暮らしていない
孫でも学校ができても村外から通わせているのである。
ただいつまでもそうして宙ぶらりんな状態にいることができるのか
30パーセントはそういう状態にある,もう若い世代で帰らない人は帰らない
その人たちはかえってすっきりしている
故郷を捨てたとわれてもそれですっきりしているのである。
別に帰るとか帰らないとか悩む必要もないからである。
問題は宙ぶらりんになっている人達なのである。

復興住宅でも浪江町に住んでいれば別だが町外にありそれも復興しにくい状態にしているともかくそういう人達が現実に身近に暮らしているし関係せざるを得ないのである
ではどうしたらいいのかとなると回りの人でも困惑しているのである。
いつまでも昼間から酒飲んでぶらぶらしていては困るとなる
しかし実際はそういう状態がつづいているのである。

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2018年03月20日

老人と病人ばかり増えてくる (夕張のようにこの辺もなってくるのか?)


老人と病人ばかり増えてくる

(夕張のようにこの辺もなってくるのか?)


夕張で見たのは辺境の貧しさではなく、唐突に終わりを告げた豊かさと、偽りの希望の残滓だった


昔は市立の総合病院だったものが財政破綻で縮小して診療所に改組したのだ。いまは市内にCTやMRIが1台もなく、人工透析も廃止して、病床数は171から19に減ってしまった。

そもそも貧しい山村であれば、このようなかたちで破綻しない。石炭産業が盛んで人々が集まったからこそ、夕張は他の地域よりもずっと豊かだったし、国のエネルギー政策転換の煽りを受けて急激に寂れてしまった訳だ


夕張と原発事故周辺はにている,そもそもエネルギー政策として石炭産業に頼った街だったからである。10万から一万に人口が激減した
石炭産業により異常に繁栄した結果だった
それはこの辺でも原発ある所は原発に頼る,でも一旦事故になったり石炭から石油とかにエネルギー政策が変わると一挙に衰退する
だからこれは限界集落とまた違ったものとしてそうなったのである。
エネルギーが石炭から石油に変わる,鉄道でも車に変わるというときこうした大きな変化が起きてくる

夕張のような状態が避難区域で起きている,もう町は運営できないような状態になっている,医療でもゴミ収集でも水道でもサービスが受けられない,受けるとしても馬鹿高くなる,すると若い人中心にここには将来がないと移住してゆく
住民がいないと公務員の役所に勤める人も失業したり月給が減りやめる人もでてくるそういうところで働きたくないともなる
それは浪江の人と良くあうけど浪江の人は浪江町であ南相馬市とか相馬市でも相当数復興住宅とか団地に住んでいる
浪江の人達を南相馬市でかかえるようになったのである。
小高はまた別であり南相馬市民としての問題だった
小高は浪江の人から言わせるといいとなっているのだ
実際浪江で電車で行ったとき街中には誰も住んでない,廃墟の街になっていた
あれを見ると帰る気がなくなるのがわかる

この辺の問題は全国的な問題,少子高齢化とかがあるが極端になる,それは夕張とにてくるのである。
ただまだそうした深刻な状況にはなっていないがいづれそういう深刻な状況になってくるなぜなら老人と病人が多いのである。
駅に来た人も浪江の人だった,病院に来る
杖ついてっと歩いている,妻が補佐している,子供たちはみんな散り散りになった
南相馬市でもなく遠くに去ったとなる,つまり老人と病人が南相馬市に移った人でも多いのである。
そうした人達を南相馬市でもかかえることになったのである。
そういう人は補償金で金をもらっているから老夫婦でも家を建てたという
でもそういう人達はもう生産労働をしない,ただ介護とか医療とかで南相馬市の人達に世話になるだけなのである。
一応金をもっているにしても人手不足人的負担も大きくなる
なぜなら浪江町でも若い人が南相馬市に移るというのではなく他に移住してしまっているからである。
そして取り残された老人達が復興住宅や団地に住んでいる

それから浪江町にしても土地があっても固定資産税がとられるとかありそうした家でも土地でも負の遺産になる,補償金がもらえるときは土地や家の賠償があった
でもそれがなくなればもうない,そして生産活動はできないのである。
果たしてそういう社会が成り立つのだろうか?
それは日本全国の少子高齢化の問題が夕張でもそうだが極端なものとして現れている
自分の家に来ている人も毎日のように病院通いである。
それで自分に負担を強いる,つまり老人と病人の街と化しつつあるのだ
そういう人達増えすぎればかわいそうだとか愛だとかも成り立たなくなる
その負担の大きさに個人でも家でも市町村でもつぶれてゆくともなる
もう夕張では透析もないとすると生きるためには外部に出るほかないとなっている

愛とか同情とかが成り立つのは余裕ある場合なのである
現実自分は全く余裕ない人が自分が介護の時とか自分が病気の時来た
だから犯罪にあい,事業に失敗して借金に追い詰められた人は金を欲しいというだけで迫ってくる,死んでくれれば金が入るとまでなってくるから恐怖だった
つまりそういう状態に市町村全体が追い詰められる
財政的余裕もなくなれば今まで受けていたサーヒスすら受けられなくなる
馬鹿高いものとなるからその金も払うことができない

南相馬市ではあと3年で原発の国からの支援が切られる、それで財政的に苦しくなる
それは市全体に影響する,この辺は何かと原発事故でも国からの支援がありかえって潤っていたということがあった
それもなくなる,だから夕張のように深刻な状態になる
それが最も顕著に現れるのが医療とか介護関係でありそういうものは負担が大きいからである。人的にも財政的にもそうである。
それは国全体でもその医療費が膨大なものとなり国がつぶれるとまでなる
つまり老人と病人で国がつぶれる危機とまでなる

そうなると老人を尊ぶ人などいない,今でもいない,早く死んでくれとなり病気になったら治療より早く死なせろとかなるかもしれないし現実になっている所もある
何かこうなるとかわいそうだとかいっていたら若い人たちとか世話する人からみると
もうその負担に耐えられないとなるのだ
それは自分が家族二人の介護で経験したことである。
一人はひどい認知症だった,一人は最後まで死ぬ一週間前まで立ってポータブルトイレに行っていて寝たきりでもなくオムツもしないから自分のようなルーズなものでも介護ができた
そして介護が終わったから自分ではふりかえり恩返しができたから良かったと思っているでもみんながそうはいかない,みんな介護でも事情が違ってくる
それは家族だけで処理できればいいが自治体とか国の負担にもなるし若い人の負担にもなる,実際に介護しなくても税金でひかれるからである。

いづれにしろ地方はさらに疲弊する,地銀も投資信託であこぎに稼ぐほかないとか銀行がなくなるとかあったりこれから地方はさらに衰退する
最大の問題は老人と病人が増えてそれがプレッシャーとなり自治体すら維持できなくなるそして老人が老人をめんどうみれない,頼れないのである。
老々介護とかなると過酷だし老人は将来の街作りをしようにもできない
それで小高に帰った老人が死ぬことしか考えられないという言っていた
こういう人が帰って何するのか,ただそこで死を待つだけにしかならない
そこは墓場の街になるのではないか?

ただそうして老人がみんな無用なものかといえばそうでもない,経験があり次世代に教えることができるものもある
でもとにかく老人と病人が多すぎることなのである。パークゴルフ場では元気な老人がいることはいる,でもどうしても老人はやがて病気になりやすいし介護状態になる人が増えてくるのである。
街に出ると杖ついて歩いているような人が目立つ,そういう人が増えることはとても活気ある街にはならない,地域振興の協議会などがあっても年配の人が多いだろう
すると何か街の将来を考えるとしてもできない,ただ老人クラブのようになってしまうかもしれないのである。

結局病気になったとしても一二週間で死ぬ,介護を最低5年とかさらに十年とかなるともうできなくなる,そうはいっても見捨てるわけにいかない
そういうジレンマにおちいる,家族を介護してもそういうことが起きているからだ
いくら愛だとか言っても限度がある,若い人がそれで人生を犠牲にされたらあとで親だって恨まれるのである。
そういうけど自分でも病気になり介護になれば頼らざるをえないのである。
ただ団塊の世代などは数が多いので2025年ころはもう負担が増して自治体でも国でもつぶれるというほどまでになる
そういう時期はすでにもうすぐであり始まっているのである。





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2018年03月11日

帰還しない原発避難者 (老人だけが取り残される)


帰還しない原発避難者

(老人だけが取り残される)

なぜ原発避難者が帰還しないのか?それにはいろいろ理由がある
7年過ぎた結果移った先で家建てたり子供も7年過ぎたらその移った先で別な暮らしになった,故郷のことを知らないという子供すらでてきている
津浪のことを知らない子供すらいる
それから放射能が怖いということもある
放射能は実際はどういう危険があるのかわからないものだからである。
もし心配すればきりなくなる,なぜなら遺伝子にどういう影響与えるのかもわからないからである。何世代も見ていないとわからないとしたら長く時間がかかる
それよりそんな長い時間を生きている人は考慮できないのである。

とにかく家を外に建てた人は帰らない,家建てた人は多いのである。
浪江の人でも老夫婦でも原町に家を建てたとか聞いた
そういう人も帰らないのである。
帰った人でも小高で30パーセント帰ったとなると多いがその中味はほとんど老人なのである。
それで困っているのが病院と老人ホームで介護士などで働く人がいないということであるそれはどこでもそうだが老人ホームが人手がなくて運営できないのである。
それは若い世代が流出したからなのである。
でもおばあちゃんとかおじいちゃんとかが住んでいる
すると家族として町を考えるとそういう若い世代が世話するのが責任がある
でもこの際,姑と一緒に暮らすのが嫌だから外に出たという話も聞くのである
そして取り残されたの老人だったとなる
そうした老人の町が成り立つのか?それでもう町は存続できないとみている人が70パーセントとかいるのもわかる
少子高齢化の影響とかが極端なものとしてこの辺では影響している

それはここだけではない,宮城県でも岩手県でも被害にあった人達は65歳以上の高齢者が多いのである。津浪の被害で死んだ人達も高齢者が多いなというときもともと65歳以上の人達が住んで多かったからそうなったのである。
若い人は少ないというときそれだけ少子高齢化であり地方は農業でも漁業でも跡継ぎがいないとやめる人が多かったのである。
大原の農家の人はそうだった,5町の田んぼをもっていても一人で農業していて息子は跡を継がない,公務員になっていて街内に住んでいたからである。
そして今は空家となっている
漁業の場合は事故前から原発の補償金をもらっていたからそれで生活も成り立っていた
事故後も補償金がもらえるから生活には困らないのである。
そうでなければ農業のように廃業する人が多くなっていた

それはここだけではない女川でも原発再稼働してくれとなっている
それだけ原発頼りの町になっているからである。漁業では暮らしていけないからそうなる
また復興できないというとき時代も影響している
復興というときそのレベルが高いのである。病院も必要だ,買い物のためにのスーパーも必要だ,介護施設も必要だ,・・・今まであったものが当然あるべきだとなるからだ
戦後の焼け野原から復興したとき何もない,でも若い人が戦地から帰ってきた不便な所に開墾に入った,そういう所で苦労した人はそこに特別の愛着があるというのもわかる
本当にそうして開墾に入った場所が多いのである。
その時なぜそういう過酷でもそこで生活したかというとそれしか方法がない,職がない
もともと戦争で生きる死ぬかを経験して来た人達だから苦労をいとわないということがあった
今は違う,生活レベルが高く設定されている,元のような町でなければ用意しなければ帰還しないとなっている
そこで自分たちは一からやり直すようなことはしないのである。
それなら外で便利な場所がいくらでもあるのだから移った方がいいとなる
老人はその土地に長く住んだから愛着があるから帰りたいとか帰っているのである。

何かこの問題は津浪でも原発事故があったからというよりその前にそういう問題をかかえていた、それが津浪原発で致命的になったともなる
限界集落とか少子高齢化とかがすでにありそれに津浪原発事故が拍車をかけた
そして立ち直れなくなったともなる
そしてこの辺では補償金をもらった結果,それが頼りになりもっと死ぬまで補償してくれともなる,現実に特別国民年金では足りないからと小高の人達は要求した
それより老人が多いけど補償金を打ち切られれば生活保護にしてくれとなる
そういうことを要求しやすいのである。
それは宮城県でも岩手県でも所得の低い人達とか国から援助されて金を借りたが返せないからその期限を延期してほしいというのも同じである。
それは事業している人達でも利益を上げられないから借りた金を返せないとなっているのと同じである。

それで今までの発想を変えてコンパクトタウン化する縮小経済になる,その規模に見合ったものにして再建を計るというのもわかる
今までのような規模でも経済を維持することは不可能だからである。
それは少子高齢化ではそういうことが全国的に言われた
それがまたどういうものか明確にはわからない、ただ今までのような市町村は維持できなくなる,だから発想を変える必要が生まれているのである。
今までと同じような市町村の復興はありえないということである。

ただ女川でも新しい街並みを作ったが商売にならない,地元の人達ではなく外から来た人を相手にしているとかなり原発再稼働してくれとなっているからいかにいくら発想を変えて新しい街作りしてもうまくいかないこともあるなと思った
つくづくそれだけ復興が困難なのである。
それは日本という国自体が衰退の方向に向かっていてそれも津浪や原発事故で拍車をかけたともなる
でも何かしら希望がある,その希望とは何なのか?
その希望があればそこにみんなで向かっていける
では戦後の焼け野原のときみんなどんな希望をもっていたのか?
不便な地域に開墾した人達も希望があって入ってきた,そしてそこで暮らしが成り立ったということもある,その後高度成長時代になり日本は世界に誇る経済大国になるという希望があったとなる,それは一時的なものとしてもあった
そういう時代を生きたのが団塊の世代だったともなる

ともかく後三年で国からの援助も切れるとなるとさらに厳しいものになる
外部からの工事関係者もいなくなる,今も減少しているのである。
飲食関係でも外部から来た人を相手にしていたところが多くなっていたからである。
それで仙台からユニットバスの会社がこの辺まで仕事を求めてきていたのである。
それは百万だから安かった,普通は二百万する仕事だったのである。
知っている人の40代の息子も除染していたが東京に仕事を求め帰らないという

こうして何か避難区域に残されたのは老人だけというがそうでないところも老人だけが増えてくるのである。
東京辺りから帰って移り住む人も増えているがその人達も老人なのである。
この問題はここだけではない少子高齢化の影響は全国的だからである。
だから市町村のダウンサイズ化,縮小化,コンパクト化を考える
またそうせざるをえなくなる,そうしないとインフラとか百倍もかかるとかなるからだ
そういう限界集落的な所はもう維持できない,それも税金になるので都会からそんなところに税金を使うなとなるからである。
自分としてはそうした地域の中の小さな地域でも人の暮らしがあり継続されてきたからあるべきだとなる,双葉町でも地区ごとに神楽がありその面が違っていたということでもわかるそういう狭い地域でも文化があり歴史が継続されてきたからである。
コンパクトタウンとかなるとそうした地域の中の地域性も失われるから多様性が失われるから文化的な面ではいいものではないのである。
ただ経済効率を考慮するとどうしてもコンパクト縮小化の街作りになってしまうのである




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2018年03月10日

一番の支援は町に人が住むこと (原発避難区域の復興)


一番の支援は町に人が住むこと

(原発避難区域の復興)


富岡町で帰ったのは450人くらである。でもショッピングモールとかができたから買い物はできる,その他の医療関係とかはできていない
そこで人をなんとか集める工夫が必要だと言う,クリエター系とかはパソコン一つで仕事ができるとか原発の廃炉作業員を住まわせるとか外国人でも呼び込んで観光地にするとか都会の老人を移住させて住まわせるかとの提案があった

つまり人が住まなければもう町自体維持できない状態に追い込まれているのである。
自分もそのことを思っていた,いろいろ外部から支援があった

一番の支援は何か

それは町に住んでもらうことである

これだと自分は思っていたのである。人が住んでくれないことにはどうにもならない
450人くらい帰ってどうするのだとなる
小高はそれでも3000人くらい帰ったからいい方なのかとなる
小高の有利な点は原町が近いから車があれば買い物でも何でも困らないのである。
原町は大きい街だから富岡とは違っていたのである。

外部から人を呼んで住んでくれといっても今の状態で町の人も帰りたくないのだから無理である
第一クリエター系というけどそういう人はしっかりと町に生活する人がありその上に存在できるものではないか?
クリエターだけの町とか老人だけの町とか観光地化して外国人だけの町とかなるとそんな街が成り立つのかという疑問もある
ただそれはそれで一つの提案であり何か模索せざるをえないのである。

まずいくら帰りたいといっても家を建てた人は帰らないことは確かである。
それは一つの大きな決断をしたのである。
そういう人達にまた帰ってもらいたいとはならないだろう。
7年もすぎた結果もう仕事をもち生活基盤を築いたとなれば帰らない
その中間で復興住宅とかに住んでいる人はまだ帰ることを模索しているが
実際は帰りたくないと言っている
一方で帰りたいというとき他に移り住んでも居心地が良くない
賠償金で暮らしていけるからいいねとか新しい家を建てたことで移り住んだところで軋轢が生まれる
それでナンバーを見て嫌がらせを受けたというのもわかる

何か今の世の中のことも影響している,金があれば何でもできる,いくら文句言っても金があれば家を建てることができる,第一家を建てているのは地元の大工に頼むわけでもないからである。大手の会社で家を組み立てるだけなのである。
だから地元の人に気を使う必要もないから家を建てられるのである。
ただ移り住んだ所にもコミニュティがありそこで軋轢が生まれる
つまり金が万能になったことでそうしたコミニュティとの軋轢が生まれる
金があればどこにでも住んでいいしそこで家を建てようが買い物でも金があれば何不自由ないとなる社会である。

だからこそ賠償金をもらっていち早く移り住んで家を建てたのである。
金はそもそもそうした人間のコミニュティを破壊するものとしてもあった
グローバル経済になって金だけが世界で通用してなんでもできるとなるとコミニュティも破壊されるのである。金が絶対になると暴力的になるのである。
いちいちコミニュティの許可など必要ないのである。
セキスイハウスでは69億円くらいだましとられても何の影響もない
一兆円産業になっている,それだけ住宅建設でもうけているのである

社会が広域社会になるとそもそもそうして一カ所に代々住むということがなくなる
この前駅であった人は陸前高田で働いて神戸に行くとか福岡に行くとか日本中飛び回って仕事していた,その人は沖縄の人だったのである。
仕事自体が広域化しているから一つの町だけで暮らすという社会ではなくなっいる
そういう社会の影響もあって逆に一つの町でも村でもコミニュティが崩壊しやすいということもあった
それもまたいい面と悪い面をもたらしたのである。

ただ移り住んだ人も苦労している,別な土地に溶け込む必要がある,それをうまくできる人とできない人もいる,何か仕事もしないでぶらぶらしているとあの人達は賠償金で遊んで暮らせるからいいねとかねたまれたりするから受け入れられない
ただ移り住んだ土地で何か貢献するもの仕事でもできる人は歓迎される
会津で職人の技を活かした人とか大工とかはスキルをもっているから歓迎される
農業でも土地を借りてしている人もいる
移り住んだ人は人で苦労していることになる

ともかく7年も過ぎたらもう帰る人とか帰らない人でも固定してしまったと思う
その中間で迷っている人も実際は帰らない方に傾いている
浪江とかに行くと帰りたくなくなるというのがわかる
駅前にも誰も住んでいない廃墟の街になってしまったからである。
あれを見たとき心もなえてしまう,でも人が住まない限り復興はない
その人がそこに住むことが最大の難関になっているから復興はむずかしいとなる

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2018年03月09日

震災から7年目の原発避難区域の復興 (分断されてしまって復興はすすまない)


震災から7年目の原発避難区域の復興

(分断されてしまって復興はすすまない)


浪江町内の帰還困難区域から中通りに避難している女性(60代)の目は、怒りと同時に哀しみに満ちていた。
 「避難先に家を建てるのは当然でしょ?かつての自宅と同じような規模の家に住みたいと考えるのは当たり前でしょ?それなのに、周囲からは『賠償金をもらってるから、あんなに立派な家が建てられるんだ』なんて陰口を叩かれる。直接、言ってくる人もいますよ。5年8カ月が経ったって、いまだに言われます

原発避難者からみればそうなる,一方でその原発避難者を受け入れた方にするとそうはならない,原発避難者は補償金をもらい立派な家を建てられた
地元に住んでいる自分たちは建てられない,かえって病院は混むしなど不便になった
なぜあの人達だけがなんでも優先的にされ優遇されるのだろう?

何かそれはここでも起きた,小高の人達が大勢避難して仮設に住んだとき同じような問題が起きた,いわきの場合二万人も移住したから問題が大きくなった
ここでも小高の人が鹿島に移り住んだ時,同じような問題が起きたのである
自分も介護していたから介護でも何でも優先になったからだ
それで手厚い補償金を小高の人達はもらっているとういことで鹿島の人達は不満になった小高の人達にすればそんなこと当然である,鹿島の人達には人間の情もないのか
冷たい奴らだなとなって南相馬市は分断されたのである。
そしてともかく仮設にはボランティアがきて応援したから余計にそうなった
みんな遠いところが来て支援している,それなのに近くなのに支援しないのかとなった
ただ仮設すまいが狭いにしてもそれで毎日顔合わせて話ができるかなどばあちゃんが喜んでいた人もいたのである。
それで離れて暮らすより老人は集まって暮らすのがいいのかなとも思った
田舎だと離れて暮らしている人が多いからである

自分でもふりかえれば高速とか病院は一時的ではなくずっと無料にすべきだったのであるそれも早い時期に打ち切られたのである。小高はずっと支援があった
それも小高の人にしてみれば当然だとなっていたが鹿島の人などは不満だったのである。ただ小高の人は鹿島の人に何か考慮したことはない
支援されるべきであり鹿島の人も支援するのが当然だとなっていたからである。
鹿島だって生活が苦しい人もいるし自分のように介護で四苦八苦していた人もいたのである。自分の場合はただ責められるだけだったから不満になったのである

原発避難者にしてみれば失ったものが大きい,そのことは書いた,でもそれは理解するにしてもよその土地に移ればそれはそれとしてそればかり考慮できないのである。
元から住んで家も建てられない人がいるのに次々に新しい家を建てられて住むとなると
何なのだとなる,原発特権者と化してしまった
かわいそうだとなり何でも許されるということになってしまった
そして何か文句言うと失ったものがどうのこうのとかかわいそうと思わないのかとかなるから何も言えなくなる
そして原発を建てたのはお前らの責任じゃないか,お前らは金欲しくて原発を建てたんだから責任があるとか言われる
そのことは外部でも言われている,結局原発避難者は勝ち組なんだよなとされる
実際に双葉とか大熊とか一番被害があった町は一番原発の恩恵も受けていたからである。親子関係でも一番かわいがられたものが子供がめんどうみるべきだ介護すべきだとも言われる
一番得したのは双葉とか大熊なんだ,だから責任がある
それなのにまた補償金で潤っている,いわきではそれを指をくわえて見ているだけだとなる

南相馬市でも原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも相当に新しい家が建ったのである。
特に船主だった人はいちはやく家を建てた,まず原発事故前も事故後も生活には困らな一番手厚く補償金をもらっていたからだ
海に汚染水が流れればまた補償金が追加されるからだ
これも矛盾だったのである。なぜなら別にその回りの人はみんな漁師でもないからであるそれで事故前ら原発御殿が建っていて不満だったが何もいえなかったのである。

ともかくこの辺は原発事故などで補償金をめぐって複雑な対立の場にもなったのである。震災7年すぎても何か復興とは何なのかわからないのである。
町が元通りに復興することなのか,個々人が家族が他に移って復興することなのかわからない,ただ他に移って家を建て仕事ももって生活している人はそれで復興しているのである。だからそういう人にもう支援する必要もないのである。
補償金はそのために使われ復興したとなる

復興というとき結局町自体を復興すること元にもどすことなのである。
それがもうできなくなっている,7年もすぎたら生活が別になっているし家も建てたのだからもう故郷にはもどならないからである。
それで取り残されたのが老人だとなる,その人たちは復興住宅に住んでいる
人間はまず自分のことを先に考える,町をどうするのかなどなど考えない
手伝いさんなどでもまず他人の家のことだからゴミ一つ拾わない
ただ金をもらっているからするだけである,皿を二三枚洗う意外何もしない
これもしてくれと命令するとしかたなくしているだけである
でも自分は家に住んでいるから家族が住んだ所だから愛着があり一人で掃除もするし
死者を供養もしている
故郷に住んでいても町に住んでいても自分の家はそうして掃除もするしきれいにしたいと思う,でもあとは金をもらわないかぎり何もしないとなるのとにているのである。
「絆」を盛んに言われたが実際は外との絆は生まれたが内部の絆は分断されたのである

つまりそもそも人間は故郷といってもまず家族であり家族を優先的に考える
まず町があって家族があるのではない,家族があって町がある
それは国家があって家族があるというより家族があって国家がある
国家というのは大きすぎて家族のようにはならないからである。
でも緊急の時,危機の時は国家のために人は戦争で死んだのである。
もし町でも故郷でも家族のように思っていたらこうはならなかったかもしれない
放射能汚染のこともあるがまず家族を優先して他に移り住むことを考えた
それでいち早く他に家を建てそこで住む算段をしたのである。
だから町からは人は消えたし帰ったのはほとんど老人である。
つまり老人は故郷でも家でもそこで暮らした愛着があるからそうなった

いづれにしろ震災から七年すぎて復興は町自体でも帰らない人がいて帰ることを望む人とか帰った人とか分断されている,心は一つになっていない分断されたのである。
そうして分断されたから7年過ぎても復興はしていない
ただ原発避難区域意外では復興している,原町でも鹿島でも復興している
常磐高速ができたり風力発電ができたり新築の家が増えて新しい街ができたようになっている,何か都会化したのである。
明かに原発避難区域以外は津浪があったがそれなりに復興しているのである。

ただ浪江とか小高でもそうだけど一旦町が破壊されてしまうと何か住みたくない
それを再建する気力もなくなる,何かそれは人間の心理的なものが影響している
一旦町が破壊されるとまた同じように復興する気力がなくなる
もしどこかに北海道にでも移り新しい町を作るんだというなら気持ちも違ってくる
そうして移住して新しい町を作った人達がいた
でも一旦あのように廃墟のようになるとそれを復興する気力がなくなるのである。
今まで普通にあったものがなくなる,でも前のように復興することが苦痛になる
もともとあったのにそれをまた同じようにすることでは復興ではない
それは人間の心理的な影響がある

もっといい町を復興させるとなると違ってくる,その点で女川町などはある程度成功しているのかもしれない,全く新しい町に生まれ変わろうとしているからである。
それでも人は流出している,石巻でもどこでも本当に復興自体がむずかしい
だから不思議なのはなぜ日本はあれだけ戦争で破壊されても何もないところから復興できたのかということである。
それはやはり時代の差だったのだろう。あの頃はまだ日本は貧乏であり豊かな生活をしていないからである。
そして時代にも恵まれた,高度成長に向かう時代だったからである。
今の時代は衰退の時代でもありそれも影響している

兵隊として戦った人達はやはり苦労している,だから苦労をいとわないということがあった,今の人は贅沢を覚えているからそんな苦労をしていないから苦労したくないのであるそういう時代の影響もあり復興できない,そもそも誰が復興の主体になるのか?
外部で一時的に支援しても帰っていった,山木屋の人がいっていたが大学でいろいろ一時に来たがあとはこない,残って継続して支援しているのは一つだけだとか言っていた
外部の支援はそんなにつづかない,では誰が復興してゆくのか?
残ったのは老人が多いしその復興の主体になるものがいない
戦争の引揚者は若い人が多かった,焼け野原に帰ってきても若いから労働力となったのである。それで過酷な開墾地に入った,そこで半分はやめたのもわかる
でもそれだけ若い人が戦地から帰ってきたということは今とは違っていたのである。



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2018年02月25日

自己責任とは何なのか? (原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのか?

(原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのだろうとなる,民主主義社会は自己責任社会である。職業でも選べるし住む場所も選べるし自由である。
ただ自己責任というのを今は必ず問われる社会である。
その自己責任が問われる前提というものもある
民主主義社会だと情報が開示されているとか十分に事前に納得してもらうとかある
原発事故でも自己責任が問われた,事故を起こしたけど原発を積極的に誘致したのだから誘致した村でも町でも県でも責任があり自業自得だとなる
そのために十分な金を支払われていたのだからそんなに補償金を要求するな
それは税金だから国民に要求するなという批判があった

でも自己責任というとき自己責任をもちうるものが情報が開示されていて責任がもちえたまず政府とか官僚とか東電やマスコミでも「安全神話」を作ったのだから何か原発に対して危険を感じても質問すらできない状態だったのである。
「お前ら原子力のことなどわかるのか,専門家に政府にまかせておけばいいんだからひっこんでいろ」
「お前らには十分な金をやる,飴をやるから黙っていろ」
とかなっていたのである。そして地元では原発が危ないというだけで地元にいずらくなっていた,なぜなら三分の一も原発にかかわって生活しているとなるとそうなる
事故が起きて今度はお前たちの自己責任だというときその自己責任になる条件が欠けていたのである。
つまり民主主義社会が自己責任だというときそのためには情報開示が必要であり何かそれを充たすものが必要なのである。
「安全神話」になればもう何も言わせない状態を政府と一体になり作り出されていたのである。
だからどこまで自己責任なのかそれが良くわからないのである。

民主主義社会ではあらゆる所に自己責任が問われているのである。
交通事故でも必ず自己責任が問われる,ルールに違反していた信号を無視してわたっていたとか落ち度があったら責任が厳しく問われるのである。
何か知らなかったとかでは通らなくなる
何でも知らなかったでは通らないのであり知らないということが自己責任にされるのである。
でも人間はあらゆることに通じることはできない,一部しか知らないのである。
でも自己責任にされるのが民主主義社会なのである。
何かそうなると万能性すら要求されているのである。そんなに知識がある人などいないのである。

今回の株や投資信託の問題でもそうだった、損したのは別に銀行のせいでも証券会社のせいでもない,知らなかったお前が悪いのだとなる,お前の自己責任だとなってしまう
ただ自己責任というのは何かわからない,完全に自己責任というのはないようにも思う
株でも一番ふりかえり失敗したのは株があがってきているのに売って投資信託に金をつぎこんだことである。
それは銀行員がそうしたのである。その時強引にそうした
ただ自分は銀行員でもその人がプロであり知っているからそうしているものとしてまかせたのである。
でも損したら全面的に自己責任になる,証券会社も銀行員も悪くはない,知らないお前が悪い,まかせたお前が悪いとなる,でも何かこれも納得いかないのである。

ただ今反省すると株とかでも実際は自分の判断ですべきものであった,それをまかせたことが失敗だった,なぜなら自分の判断でしていたなら損してもあきらめがつく
それをプロだと思いまかせたから失敗したのである。
まかせたということは銀行員にも責任が生じていたのである。
でも銀行ではその責任は一切とらない,顧客が損しても銀行や証券会社は絶対に損しない仕組みになっている,つまり銀行や証券会社は手数料は確実に入り損はしないのである。自己責任を言う前に確実に人間は失敗の責任をとらされるのである。
原発事故でもそうである。そこに住んでいた人達は故郷に住めなくなる責任を負わされたからである。

株でも金持ちならヘッジファンドとかに投資して損しない方法がある
またプライベートファンドとかに頼む,そういう人達が本当のプロだったのである。
その人たちはもうかったらそのもうかった分から報酬をもらうのである。
もうからなかったらやめさせられたり一文の金にもならないのである。
だから真剣にもうかるように努力するのである。
投資信託などとはまるで違ったものとなっていたのである。
その人たちは責任をとらされるから真剣になっているのである。
投資信託はそんなことはないい,ただ金を集めて適当にやっているだけである
別に損はしないからである。責任をとることもない,責任をとらされるのは顧客だけである。
ただそうはいってもやはり銀行などはもともと信用があって成り立っていたからその信用を失うこともありもう地道な前のような活動ができない,信用されなくなるからである。「なんでこんなもうからない投資信託を売りつけたんだ,もう信用しない」
こうなるからやはり何らか責任が問われるのではないか?
原発事故では責任を問われたから国では莫大な補償金を支払ったのである。
それだけの理由があったためである。

自己責任というとき例えば何か人を仕事でも紹介するときでも紹介した人が責任を言われる,お前の紹介した人は何なのだ,仕事ができないとか言われる
その人は何か仕事についてルーズであり紹介した大工も何か支払いについてルーズだったのである。責任というとき親戚とかなると意外と連帯責任のようにされる
事業に失敗したらそのことと関係ないと思っていたが自分が苦しいとき借金を迫ってきた関係ないと思っても事業失敗の責任が回ってくるのである。
他人がしたことで関係ないと思っても責任が回ってくる場合もある
親戚関係になるとそういうことが逃れられないようになるから怖いのである

ともかく自己責任といっても全部が自己責任にはなりえない,そうなことを言っていたら人間は万能人間になるほか生きていけない,万能人間なら責任をとれるからである。
それは神にもなってしまう。
社会自体が連帯責任で成り立っている,保険などはそうである。
あらゆる責任をとれないから保険でみんなで責任をとりあっている
交通事故が起きたからと何千万円の金など払えないからである。
みんなで責任を負うことで自己責任を軽くしているのである。

だから自己責任を言いすぎるのが現代だと思う
自己責任は確実にある,病気でも不摂生で病気になったのだからお前の責任だといわれてもしょうがないことはある
病気でも自己責任が問われる,何か知らないで失敗すればお前は勉強しないから自己責任だとなる,株でもそうである。
でもすべて自己責任など負いようがないのである。
人間はあらゆることについてしりえようがないからだ
放射能のことを株のことを簡単にわかるかといえばわかりえようがないからだ
法律のことがわかるか?それも複雑だからわかりえよがない
そうして複雑な社会でわからないことが多すぎる,それで自己責任を問われるとなると
こういう世界に生きていけるのは万能の超人,神のようになってしまう

原発事故だと国民にも責任があった,原発を造ることを許したのは国民だからである。
選挙で自民党を勝たせて原発を造らせたともなる
戦争でも同じでありあらゆる人か責任になる,戦争を望んだのは国民にも責任があるとされる
だから自己責任でなんでもかたづけるのは疑問なのである。
株や投資信託でも銀行がすすめれば全部ではないにしろ責任が生まれる
わざわざ銀行まで行って投資信託をしますなどと言う人はまれだからである。
銀行員が一軒一軒回って話してすすめるから買うとなる
だからそこまですすめる方にも責任が生じる
銀行員にもすべての責任があるわけではない,ノルマを課してすすめさせる銀行とか会社が責任があるのも確かだからである。
全部を個人に自己責任としておしつけるのは疑問になる
ただ自己責任もいろいろあり海外で危険な目にあい死んだ人は自己責任だとされる
そこに国民の同情はない,勝手に警告している危険な場所に入り死んだから自己責任だとしてかたづけられていた,そこは政府でもそもそも戦場なのだからそんなところで死んでも自己責任であり人質になっても助けない,金は払わないとなったのである。
自己責任もケースバイケースだからちがってくるからいちがいに数式のように判定できないのである。
タグ:自己責任
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2018年02月19日

南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える (国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)


南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える

(国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)


知人の母と息子が住んでいた家は息子が40くらいでありいわきの方に正社員として建築関係で仕事していたが仕事がないとなりその息子は決断した
東京に仕事探しに行きアパートを七万で借りて帰ってこないという
東京だと仕事がないということがない,建築関係でもそうである。
そして七万の家賃でも今は建築関係は人手不足だからやっていけると踏んだのだろう。

この状況からみてこの辺は意外と復興関係の仕事も減り仕事がない状態になっているのかその人は前はここで除染の仕事をしていた,それも終わった
まだ外部から来ている人がいるが大分少なくなっているだろう
統計的にも一段落して復興関係の仕事はもう減ってゆくだけである。

仙台のユニットバスの会社がまた家のリホームをしないかときた
その会社は百万でユニットバスを作った,ガス屋に聞くとこれは二〇〇百万かかると言っていた,確かにそれだけの仕事であり安いと思った
地元で知っている人に頼んだら三百万はかかっていた
その人の知っている大工でも仕事してもらったが何かいいかげんだった
だからあてにならないと思い頼んだのである。
この辺は何か家でもほとんど大手の住宅会社が建てている

仙台でも震災関係の仕事がなくなったからこちらの方に進出してきたとなる
つまり仕事がないということが仙台周辺でも起きているのだろう。
大きな仕事もなくなっている

そうなるとこの辺では若い世代の流出が震災直後から問題になっていた
原発避難区域ではそうなって若い世代が帰ってこないとなった
だからその知っている人の息子もそうなったのである。
その人は別に原発事故のために地元にいられなくなったとかではない
ここで仕事がないということで東京に出て帰らないという
それはここで仕事がないし生活できないと決断したのである。

まだ40くらいだからそれができた,50代とか60代になると東京とかに出て働くのもむずかしいとも思う
自分はもともと田舎志向だから東京などにごみごみした所にゆきたくないとなる
介護十年でもう東京には10年以上行っていない,そして仙台にも去年は一回しか行っていないのである。
旅ばかりしていたがここ十年は近間を回っているだけなのである。

この辺で人手不足というとき介護とか看護師とか飲食関係とかが深刻であり建築関係の仕事はなくなっている
ただそうして若い世代が流出してゆくことはここには老人ばかり増えて働き手が減少するすでに他の県より市よりこの辺は高齢化率が10パーセントくらい高くなっている
それがさらに増えてくる,南相馬市だと小高は老人の街となりそれを補佐するのは容易でなくなる,だから立派な老人ホームがあっても介護士がいなくて運営できなくている
親が住んでいても子供たちはその親を見捨てて流出したから帰ってこないのである。
親は帰ってくるというけど一旦流出したら別な土地で暮らし始めたら仕事をはじめたら簡単には帰れなくなったのである。
それで妻まで子供の方に移り住んで老人が一人小高とか復興住宅とかでも浪江の老人が残される結果になったのである。
つまり浪江の人が南相馬市にも住んでいるから実質の老人はさらに多くなっているのだ

あと三年後に国からの援助もなくなるとか補償金もすでにもらえないとかなり苦しくなる本当にこの辺は危機的状態になるかもしれない,ただそういう危機感はない
人間はそうなってみないと何でもリアルに感じないのである。
そして個々人でも介護でも病気でも自分がそうならないかぎり他人事なのである。
でも市全体が疲弊したら必ず個々人にもその影響がでてくる
だから後三年後というのはこの辺では具体的にその影響が現れてきて苦しみ感じる人々が増えてくる、生活保護だって増えれば財政負担が増えるし老人は病気になりやすいし介護になりやすいからそれが負担になる

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2018年02月16日

故郷意識国意識とは何なのか? (南相馬市の共同体意識は原発事故で分裂した)


故郷意識国意識とは何なのか?

(南相馬市の共同体意識は原発事故で分裂した)

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冬の樹の真澄の空に今日も立つ故郷に根付き支え立つかも

故郷意識とか国意識とかはそもそもどこから作られてきたのか?
それは自然に生まれたのではない,歴史の中で積み重ねられて作られてきた
相馬藩だったら戦国時代から相馬氏が支配するようになって作られてきた
それは支配者から上からおしつけられて藩民の意識が醸成されてきた
政治行政的なものとして作られてきた
国家でもそうである。政治権力とか行政として上から支配者によって作られてきた
最初の大和王権でもそうである。それは武力により蝦夷を征伐して作られてきたものである。
でも何か故郷というときそれは何なのか?
それはそうした上からおしつけられるものとは違うもともとその土地に住んで醸成されたものである。

会津嶺(あいづね)の 国をさ遠(どお)み 逢はなはば 偲(しの)ひにせもと 紐結ばさね 

このクニはそういう政治権力とも行政単位としての国ではない
会津という国に住んで民の中から生まれ作られてきたものである。

古代でも郡とか置かれたときはそれは上からの行政の区割りであり故郷という感覚ではないし国(クニ)という感覚でもない、オクニはどこですかというときそのクニは必ずしも行政的区割りではない,村というのは緊密な共同体であり行政的な区割りとは違うのである
一番わかりやすいのが家の共同体である。だから故郷というとき家の共同体から発しているのかもしれない,故郷の故は故ある地というとき血縁の地ということもある
でも日本では血縁よりその土地に重きをおいて生活してきた
だから日本人の姓は必ず土地に由来しているのである。
必ず姓をたどると村の土地の名に由来しているのである。
つまりその土地に土着してその土地の地名を姓にしている
外国では血縁をたどるのであり土地の名を姓にするのではないからだ
そこに村の共同体があり日本人のアイディンティティがあるとなる
血縁より地縁の方が大事だったとなる

故郷意識は明かにその土地に根付き家をもち生活をはじめたとき起きてくる
そこに父母がいて祖父母がいてと家族がいて故郷意識をもつ
だからヨーロッパでハプスブルク家が発展して大きな帝国に発展したことでもわかる
家が国の基となっていたのである。
有力な家が権力をもち国を作る,それが国家となる,だから家が強固な共同体でありそれが大きな国の共同体となる,そういうことは人間の歴史にあっても不思議ではないのである。

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

自分の家も姉の同級生の橲原(じさばら)の人に木材を切ってもらい柱にした
その柱のことを良く自慢していたからわかる
その土地のもので作りその土地の大工が作りそこに住むことで家意識が生まれ故郷意識が生まれる,その土地に家をもつことは土着することになる
木のように根付くことになるからだ

共同体とはそうして作られてきたものなのである。
civilzationとはcivilとは市民のことだからである。文明は市民によって作られてきたということはどういうことなのか?
それはヨーロッパでは塀に囲まれた中に外敵から守る市民共同体を形成していたからである。そういう歴史があったということである。
イタリアでフィレンツでも他の都市でも国家と同じであり戦争もしている
日本だと藩同士が戦争しているがヨーロッパでは市同士が互いに敵となり戦争していたのである。そこでマキャベリの思想が生まれた
その辺の歴史がわかりにくいから日本では市民というのを理解できないのである。

共同意識が歴史的に作られてきたというとき日本には日本国民という意識がなかった
それぞれの藩の中で暮らしていて藩の意識があっても日本国民の意識がなかった
その国民意識が作られたのは明治維新後のことである。
それは西南戦争によって国民意識が作られたのである。
武士階級と侍でない一平民が一致して政府軍となり戦ったことにより国民軍となり国民意識が生まれた,国民意識はそれから対外的に戦争によって強固なものになった
日清日露戦争に勝ったことにより国民意識がさらに強固になり太平洋戦争で国民が三〇〇百万人が国のために犠牲となり死んだのである。
その国民意識は日本だけではないフランスでもドイツでもヨーロッパでもなかったのである。ナポレオンが出てきてフランス国民意識が生まれた
国民というものも実際はもともとなく歴史的に作られたものなのである。

日本は戦争で負けてそうして日本という国民意識も失われた
そして今度は高度成長時代になり企業戦士とかなり会社共同体意識になった
会社が最も重要なものとなった,会社に生涯所属すれば自ずとそうなる
その会社の共同体意識も今度は社会が変わり会社が倒産するとかなくなるとかなると
共同意識もなくなる,銀行なども地方では安定した職業でありエリートだったが今は消えるという危機にまでなっていた
そうなると会社に所属してもそこで共同意識はなくなる
これまた時代の変化であり共同意識もそこで変わってくるのである。

ただなぜ原発避難地域では放射能の問題があっても簡単に故郷が捨てられたのか?
それはやはり故郷でも村とかの強固な共同体意識はすでに失われていた
田舎でも専業農家は一割くらいである。あとはみんな会社員なのである。
すると村としての共同意識は希薄化するのである。
そうしてグローバル経済とかなると金だけが唯一の頼りとなり力となる
金さえあればどこにでも住めるというのもそうである。
そうなれば補償金をもらってどこでも移り住めばいいとなったのである。
金というのは金があまりにも力ももつとそうなるのである。
その土地に執着しないからである。
また商業工業化した世界は農業のように土地に執着する必要もないからである。
それで簡単に原発事故で避難して帰らなくなったということもある
放射能だけで故郷は捨てられたのかというと疑問だからである。

共同体意識というとき南相馬市が小高と原町と鹿島で合併したが今回の原発事故で合併しても補償金で分裂してしまったのである。
小高が特別優遇されたことはわかるがそれでも鹿島での不満は大きかったのである。
小高で逆に鹿島の奴らは何なのだ,人の苦しみもわからないのかと不満が大きくなった
そして外部から来たボランティアの方がいいとなったのである。
でも小高の人達は原発避難民は毎日パチンコやギャンブル三昧だったのである。
だからその人たちがなぜ一方的にかわいそうだったのかともなり自分も不満だったのである。
行政的に合併してもいろいろな過程をへて市も形成される
それはヨーロッパの市を見ればそうなっている
だから行政的に合併しても市としての共同体が作られるのには時間がかかるとなる
その時間の中でいろいろなことがあり共同体が形成される
そういうことは一朝一夕にはできないことなのである。
つまり行政的なものと実質そこで暮らす人の乖離がある,実質的共同体はいろいろな困難を乗り越えて作られる,歴史はそうして作られてきたのである
今この辺は南相馬市は原発事故で危機的状態に陥った,それを乗り越えて修復して一体化できるのか?それが問われているのである。






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2018年02月09日

未来は予測できないのか? (常にリスクを感じていればできる)


未来は予測できないのか?

(常にリスクを感じていればできる)

自分の一身上でもこの辺で起きたことでもそれは予測できなかったことだとなる

家族が認知症になった,この病気は何なのだ?そこに恐怖がった
とっさにインターネットで調べて助かったことがあった
でも認知症については不可解なものであり恐怖だった
でも懸命に対処して症状はやわらいだ

次に自分の病気であり一人になり入院した,その時家に入れて働いた人に大金を盗られたこれも突然のことでありどうにもならなかった
でも不用意に家に入れることは一番危険だった,でもその時突然でありどうにもならなかった

次に津浪が来て原発事故になった
これも全く予測つかないし何が起きたかもわからない
こんなことがありうるのかということでただ茫然自失しているだけだった
放射能の危険もわからず爆発したとき外を歩いていた

自分の苦しいとき援助してくれた親戚の人はいい人だと思っていた
ところが事業の失敗で多額の借金をかかえているから金をとることしか考えていないのでひどいめにあった

次に銀行員が利子がつかないとかですすめられたので大丈夫と思い株のこととか投資のことを知らないのではじめて損した

これらのことは予測つかないことだったのか?

自分の一身上のことは自分の普通と違い異常の家族環境にあった
だからそういう不安があった,その不安が適中した

何か悪い予感が当たりやすいような気がする

そんなことで未来を見るのは危険だとも思うが馬鹿にできないものがあるなとは思った
いいことが起こるというのはあまり予感しないが何か悪いことが起こるなというのは当たり安いかもしれない
こういう感は女性の方が働くから占い師とか女性になっている

ただこれらのことが本当に全く予測できなかったのか?
認知症などはわけのわからない病気だから知りえようがないというのもそうである。
直接そうした人が家族にいて看病していればわかるが普通はわかりにくのである。
そして認知症については不可解だからいろいろなことを言う人がいる
それも自分で経験した限りでは間違っていることがあるなとも思う
でもなんらか認知症について知っていれば理解があれば対処しやすいのである。

家で働いてもらう人は家のことがわかるので一番危険になる
でもそういうことを知らずに家に入れた
そこで突然病気になり入院して家は認知症になった母と二人きりになってしまった
そこで大金を失った,その人のことを知らずに信用したためである。

次に津浪が来て原発事故になった
この辺では津浪は400年前に記録があるがその記録さえ知る者はなかった

この辺では津浪は来ない

そういう確信までになっていて逃げない人もいたのである。老人に多かったのである。
津浪に対する危機感が全くなかったのだ
ところが東電で津浪のことを調べていて10メートル以上の津浪が30年以内に来るとか予測していたのである。科学者がいて予測していたのである。
そのことを知っている人もまた地元でもわずかだった
それをマスコミでは公表していないし報道していないからである。
地元の新聞でも報道しない,なぜなら東電などから宣伝費をもらっていたからである。
原発が危険だということも知らせていない,安全神話に与(くみ)する方だったからである。

親戚の人は事業を成功したと吹聴していたから本当に成功していたのだと思っていた
これも実は失敗していて多額の借金をかかえていたのである。
それは家族すら知らなかったのである。
自分の家族が認知症になったりして自分が病気になったりして自分を助けてくれるのかと思ったらそんな状態だからできなかった

では全く事業が失敗したことをわからなかったのか?

何か夜酒を飲んで心配だとか家族が言っていたからその前兆があったがそれを問いただすこともなくわからなかったのである。

次に銀行の投資信託も自分にはわからなかった,調べもしなかった,ただyoutubeで見たらいろいろ詳しく情報はでていた,こういうのを見ていればわかりやすかった
ただその時あまりyoutubeは見ていなかった
こういう新しいものは普及するには時間がかかる
youtubeは意外と信頼性が高く勉強になるなと思った
これを見て判断すれは投資信託はしなかった,これも失敗だった
それよりもう資本主義が行き詰まり終わりだという時代に直面していることも知った
だからもう株とか投資ではもうけられない,そういう時代に来ていることも知った

つくづくこれらのことは何なのか?

すべて知らない,知識がない,情報がない,リスクを感じていない

これなのだろう。知らないから危機感を感じない,津浪は来ないとこの辺で確信していたのも津浪について知らないからである。
原発が安全だと思っていたのもそもそも原発について知らないし知らせられないからである。つまり知らせられないということが危険になる
ここが危険地帯だから入らないようにと警告の立て札があれば入らない
そういう立て札がないと安全だと人間は思うのである。

知らせられないということが危険になる

未来が予測できないというとき実はある程度は予測できる
現実に津浪が30年以内に来ると東電では科学者を集めて予測していたのである。
そしたらその対策をすべきだったがコストの関係でしなかった
防波堤を作らなかったのである。

ともかく自分の一身上のことでもある程度は予測できたことである
ただそれを考える暇もなくそういう現実に突入させられた,自分の場合は社会経験もなくのんびり過ごしていたから対処できなかった
だから社会経験がないということはまた危険なのである。
本ばかり読んでいても社会のことはわからないからである。
そこでニートとかはこれから自分のように悲惨な結果になる
社会経験がないから親が死んだときなどどう対処していいかもわからないからだ
それで金持ちのお嬢さん育ちとかなると危機の時には弱いのである。
社会経験を積んでいればそうはならないからだ
でも人間の弱点はあらゆることを知り得ないし経験でも一部のことだから危機に対処できない,まず認知症のことなどよほどじかに家族がなってみないとわかりえようがないものだからである。

情報社会というとき様々な情報にふれることができる,でも社会経験はできない,経験からしか得られないものも多いからである。そうするとニートなどは社会経験がないから危機になったときどう対処していいかわからず断末魔の苦しみを味わうことになるのだ

人間は未来を予測できない,何が起こるかわからないと言われる
一寸先は闇だというのもそうである。
ところが津浪でも何か前兆はある,予測し得るものはある
現実に東電では30年以内に事故が起きると予測していたからである。
ただその対策しなかっただけなのである。
パソコンは必ずなんらかでクラッシュする,するとデーターを失う,そういう経験を何回かしている
ウィルスとか例えばレンタルサーバーでも故障がありデーターが消える
するとその対策をみんなしている,しない方が悪いと今ではなっているからだ

人間は例え危機を感じても対策をしない,そんなことは起こらないと楽観的に考える
だからこそ生きていられるともなる,そんなに心配したら生きてもいられなくなるからだ明日は明日の風が吹くとなる,今日の重荷は今日で十分だとなるからだ

でもこうして自分の一身上に起きたことや回りで起きたことをふりかえると本当に予測できなかったのか,何も対策をしえなかったのか?
そうではない,できたともなる,ただしなかったのだとなる
それは自分の一身上のことだけではなく社会に起きることでも予測できないことはないのである。

人間は真剣に危機感を持てない,今が良ければいいとかなっている

ここに自分の問題もあり社会の問題もあった,ただ人間は万能ではない,どこかみんな足りないのである。だから社会はそうした足りないものを補足し合うものとしてある
でも社会自体こうした危機にリスクに弱いのはなぜなのか?

リスクを真剣に考えない

コストが優先されたりそんなこと起こらないとか楽観論になり未来の危機を感じなくしている,もしあったとしても目をつぶる,なるようにしかならないとかなる
そうしないと生きること自体苦しくなるし生きた心地もしないともなるからだ

ただ人間は死ぬということは誰でも知っている,とすれば一番の問題はそのことであり
すると求道するということが若いときの最大の優先課題なのである。
でも若いときはそんなことをしない,あらゆる欲望が最も肥大化する時であり欲望に溺れるだけだとなる,そしてもうすぐに年をとり求道しようにもできないのである。
これも人間が根本的な所で危機感を真剣に持たないためなのである。

タグ:リスク
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2018年01月25日

清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・ この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬


清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・
この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬


国の除染事業を請け負った清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬 FNNの取材で明らかに・国が民間企業同士の取引内容を精査できれば、除染費用を大幅に減らせる可能性がある 



震災利権を 
暴力団とかおいしくいただいてるもんな

国と自治体の除染費用は、東京電力に請求することになっていて、税金や電気料金が当てられる可能性がある。

連帯だの絆だの反対しづらいお題目を唱えて 
無理矢理に増税しといて 
草野球の応援に使われるてるとかありえん 
役員報酬も異常すぎる 
国会で必ず取り上げるべき問題だな

清水建設の名前は出るのに、問題の下請け企業の名前は出さない 
福島の会社だから忖度かい? 

原発作っては補助金で儲け 
原発壊れては補償金で儲け 
除染作業ではピンハネで儲ける 
それが福島県民

この会社の清水建設への依存度がかなり高いなら、清水の人間の関与なしにこの利益率や役員報酬はあり得ないな。 
当然、そっちへ金の一部が還元されているのだろう。 
清水建設だけでなく除染事業を管轄している国の関係者も絡んでいるのかもしれんが。 
そうだとしても利益率の異常な高さは何だかなあ? 
利益をもっと圧縮して何らかの経費名目で清水や国の関係者に還元する方がありそうだが。
43億円役員報酬の行き先を精査するととんでもないことになるよ 
国税局が動いてるだろうから政治家とゼネコン関係者の吊るし上げは時間の問題 
楽しみにしてたらいい

105億の売上で、役員報酬43億、利益が56億で残り6億。 
100人以上の除染作業員がいるようだが、仮に従業員100人として、6億全部を人件費にあてたとしての一人当たりの人件費600万。

半分近くが役員報酬って 
全員天下りだろう 
あんたら絶対バチ当たるよ


莫大な除染費用がどこに流れたのか?それは地元だったら下請けの会社でありその役員だった,官僚とかにも流れたし自治体職員にも流れたのかもしれない
第一こんな大きな金が役員に流れていたことの驚きだけど建築関係では普通にあるらしいだから地方で景気がいいときは豪邸が建っているのは建築関係だというのはわかる
現実にこの辺でもそういう人を知っているからである。

そして除染している作業員には回らない,上でピンハネされるからである。
その除染作業をしていた人を知っている,それが清水建設だったのである。
清水建設はいろいろと問題起こしていたのである。
建築関係には必ず暴力団が入ってくる,それで暴力団の組員らしい人が「おいしい仕事」だと言っていたのはそのことである。
芸能関係と暴力団,スポーツ界と暴力団,ゼネコンや建築土木関係と暴力団,自民党と暴力団・・・・なんかこの辺が必ず関係している
原発でもあそこで働かせられるのは暴力団が手配している
それですでに10人くらい現実に死んでいる,それも公表された分である。

役員報酬というとき官僚の天下りでもそうだがこんな高額になるのか?
時代劇で小判が積まれるのとにているのか?そういう構図は変わらないのか?
そして作業員には10分の一くらいしか金はやらないとかなっている

これは地元の人も怒るべきだ!

なぜなら除染は本当に効果あるのか?それも疑問だった,なぜこれほど除染はおいしいのか?それは建築物を建てるとその資材とかいろいろかかるのが目に見える
除染は何しているのかも良く外から見てわからないのである。
そこで手抜きしても全くわからない,放射線量を計るがそれもいいかげんなのかもしれない。現実に大成建設が設置したモニタリングポストの下は土をとっているから低いが回りは倍以上あった,そういう不正みたいなことが行われていた
だから飯館村では比較的まだ高い,でも0.7となればその倍と見なければならない,すると高いとなる,何か放射線量は数字でありまたごまかしやすいのである。
今溜池の除染をしている,これも回りから雨降れば泥が流れてまたたまるのだからどれだけ効果あるのか疑問なのである。

その除染の費用はどこに流れたのか?ゼネンコであり暴力団であり地元の建築土木関係であり地元には恩恵がなかったともなる,除染したというがその効果が疑問だからである。そして役員に億の金が回っていたというのも驚きである。
除染も実際は効果もないしずさんだがその金もずさんに使われていたのである。

そもそも原発は何か莫大な金がかかっていた,それができたのは国民の税金だから湯水が湧くように使われた,東電に要求しても後は国に東電が要求して国が支払っていた,
その国の金とは国民の税金なのである。
この構図は確かに自民党だとゼネコンの結びつきが前からあったからだというのもわかるだから今度市長になった門馬氏は自民党と公明党である。するとそうした不正を見逃すということもあるのか?
そこに確かに今回の選挙の問題があった。ただ自分は地方自治にはそうした国の政党より身近なその土地に根ざした問題の解決にとりくむべきだと思っていた
それで桜井市長がそうしたところに政治力を発揮できなかったのと思い不満だった

前にも書いたけど小高と鹿島の対立は補償金問題にあった,ある程度不満がないように配分すればこんな深刻な対立にはならなかった
実際に清水建設とか地元の会社にそうした巨額な除染費用が流れたからだ

地元の会社はその金を役員に回すのではなく地元に回せ!

お前らだけがうまい汁を吸うのか?

億の金が入って笑っているのか?

地元の人はこれは怒るべきである。それは原発が建ったときからあった
それで船主は事故前も多額の補償金を東電から特に船主はもらっていた
それで原発御殿が建っていたのだ,それで回りの人はうらやましくねたんでいたのであるそれで津浪が来て罰があたったとかその近くの回りの人が言っていたのである。

いづれにしろ桜井市長はこうした南相馬市内の対立に手を打てなかった,それが南相馬市の一番の問題だった,今回起きた問題もそうである。
それは自民党が政権にあるからだともなるのか?
やはり南相馬市長が政治力かないからでありいくら野党系でも市長にあれば権限があるからできたともなる,それで選挙に敗れたということもある

地元だと金にうるさい,田舎だと本当に金にうるさい,するとこうして除染でおおもうけした人への風当たりは強くなる,なぜなら地元に住んでいるからそうなる
それが船主が今は針のむしろに座るようなことになってしまった
あいつらだけが原発事故前もいい目をしてその後はいい目をして真っ先に立派な家を建てたとかなる,その不満は本当に大きいのである。
だから今回のことでも地元の人の不満はその会社に向けられるし経営者に向けられる
そういうことは地元では怖いのである。
東京に社長がいる場合はどんな暮らしをしているかわからない,そういう社長が東北サッシでも駅に来て社員が迎えにくる,そういう場合は地元に住んでいるからねたみの対象になりにくいのである。
地元に住んでいるとそうはいかないのである。

ともかく莫大な除染費用は地元に回らず復興の役にもたたなかった,除染は多少は効果があってもその莫大な金をもっと地元のために利用した方が良かったからである。
この辺は相馬市でも人口がへり相馬市と南相馬市は事業を継続できない人が多く
廃業が多い52市町村に入っている
だからあと3年して国からの支援もなくなる

その時どうなるのか?それが恐怖である。全体的に衰退して市町村すら維持できない状態になるかもしれない,すでに浪江町とか飯館村は復興がむずかしい
南相馬市はなんとかもちこたえても厳しい状態になる
地銀も経営が苦しく廃止になる,地元の会社の後ろ楯になるものもなくなる
その時この辺はどうなるのか?
そういうとき一会社が除染でおおうもけして役員がその金を懐に入れていたとなると地元の人は許さないだろう。それで地元に住むということはそういう怨嗟の目の中に生きることになるから苦しくなるのである。
第一補償金問題でもそうだった,小高でもなぜあんなに優遇されているのかと鹿島の人は延々と言っていたからである。
小高には当然補償されていいものがあった,ただ問題はそうして田舎では不平等になることが許されないのである。
ただ本当の問題は莫大な除染費用などがそうして地元の復興に使われなかった
みんなゼネコンとか暴力団とかに吸い上げられて復興には使われなかったのである。


タグ:除染
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2018年01月21日

<南相馬市長選>門馬和夫氏が初当選 「脱原発」桜井氏破る


<南相馬市長選>門馬和夫氏が初当選 「脱原発」桜井氏破る


200票の差でぎりぎりだった,そんなこと予想されていた,今回は強力な対抗馬だった
特に鹿島区の人は桜井氏に不満が大きかったから入れなかったかもしれない
延々と文句を言っている人がいたからだ
そして二期も市長になっていたから変わったもいいとか思った人もいたかもしれない
自分などはそうだった,それほど実績もないとする二期で十分だとなる

自分は「脱原発」というだけ主張して勝つことは嫌だった
自分も脱原発でもそれだけ叫んでいれば勝つというのは楽である。
それは国政レベルだったらそれを叫んでもいい
自治体レベルではやはり地元に密着した問題なのである。
それは政党ともあまり関係ないことである。

でも意外と投票率が60パーセントが低いなと思った,まだ避難している人が多いからなのか?市の選挙でこれだけ低いのかとなる。関心が低くかったのか?
どっちにしろ相馬市長選挙では70パーセントだからその影響がまだあったのかもしれない

そもそも桜井氏が脱原発だけ叫んで勝つと見込んだのは震災から7年もなるのに間違っていた,震災の復興の進め方がどうだったのか,その議論をすべきだった
それから鹿島区と小高区の対立がありそれも重大な課題だったが具体的なものは何も示していない,ただ小高に病院を再開するという門馬氏は主張しているからそれは実現するのか?
それでも小高の復興は進まない,そもそもそこの住民は復興すとる主体が老人がほとんどでありそれで復興できるのかとなる

いづれにしろ自分が言ったように「脱原発」を声高に叫んでまわり野党の脱原発議員が応援する,それは国政レベルならわかるが地方自治体ではもっと地元に根ざした問題の方が先決なのである。
だから無所属の方が地方自治体ではいいのである。
中央の政党争いを地方にもってくるべきではないからだ

ただ桜井氏との差が200票ということは次の選挙ではまた野党に変わる
何か成果をあげなければ簡単にそうなる,おそらく鹿島区の票が桜井氏に入らずに勝ったのかもしれない,それは開票結果を見ないとわからない
ただ門馬氏も小高と鹿島の対立にどんな施策があるのかわからない
それでまた不満になり次の選挙では野党側に変わるとなるかもしれない
政治は実績でありいくらいいことを言ってもも実行できなければ評価されない
桜井氏にはそういうことがあった,意外と飯館村とか相馬市長には批判があっても
評価が高いのは実行力があるからなのかもしれない

ともかく門馬市長に期待します

争点は脱原発では桜井市長が勝つ (他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)

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2018年01月20日

争点は脱原発では桜井市長が勝つ (他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)


争点は脱原発では桜井市長が勝つ

(他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)

脱原発、脱原発,・・・これで勝ちでいいのか


30k圏外約2千余世帯の支給額は市長が要綱を規定し、それにより支給した金額で
総額8億5,593万円は不当公金支出であり市の損害金である。
その責任は全て市長にある事をもって、この金額を遅滞無く弁済を市長に要求する。

こういうことがあった,南相馬市では鹿島には見舞金であれ補償金も払うなということがあった,同じ南相馬市民でもそうだった,原町区の人に多かった
鹿島区は30キロ圏外で排除された,でも桜井市長は鹿島区に補償金を払うことに尽力したとある100億円を仮払いとして払った,一人70万の補償金だった
原町区は30キロ圏内だから3倍くらいもらっているとか言われた,場所によっても違うのか原町の人がいくら本当にもらっているのか言わないからわからない
ただ知っている石神の人が古い家がすみにくいからと新しい家を建てた
それは補償金で頭金が用意できたからかもしれない,でもローンなのだからその補償金で全部まにあうようなものではなかった

鹿島区の不満はその後も根強く残り小高とは反目する関係になってしまった
なぜ小高だけが優遇されるのか?それは避難区域になったから当然であり小高の人になればなぜ鹿島区は不満なのかということで反目しあう結果になった
この反目しあうことは市長の責任があったかもしれない
なにか融和策がとれなかった,これが実際は市政の一番の問題だった
とにかく何兆円もの除染とかいろいろ国から金がおりたのだから方法があったともみる
それがゼネコンとか外部のものに流出しただけだとなる
その構図は前からあり変わらなかったともなる

そもそもこの辺では脱原発は当たり前だと思っていた、いくら自民系でもこの地域で脱原発でないこと自体なんなのだとなる,これだけの被害を受けてまだ原発をしようとしているのか?
そのことが理解できない,脱原発でないかぎりこの地域では負けるのではないか?
ただ桜井市長は左系統であり中央との自民とのパイプをもてないから復興に支障をきたすそれは言えるかもしれない,ここにも政府与党と野党の対立がもちこまれている
自分は極力地方自治体の政治は中央の争いをもちこむべきではないと思う
地方自治体はそうういものではなく,福祉の充実とか雇用の充実とか教育保育とかの充実とかもっとその土地に根ざしたものが争点となるべきなのである。
もちろん脱原発はこの辺では当然だと思っていた
そういうものは争点にならないと思っていた

いづれにしろ明日選挙だけどっちにしていいのかまたわからない,国政選挙でもそうだった,自分はしょうがないから希望の党に入れたのである。
今回も桜井市長の応援に希望の党の議員が来たというから脱原発連合がある
ここでは脱原発でないとしたら勝ちようがないのである。
これだけの被害を受けてまた原発をはじめることはありえていと思っていたからである。争点を脱原発なら国政選挙でありここでは脱原発が当たり前として議論外のものとしてある,そうではなくて別なものが争点になるべきなのである。
国の中央の政治が地方でも行われるのは納得いかないとなる

ここでは脱原発を言うまでもなくそれ意外のことに重点を置き政策をすすめてもらいたいとなる
だから鹿島区と小高区が分断されたことの融和策は何かとか議論してもらいたいがない
それが政治のはずなのである。脱原発言うのは簡単なのである。
この辺ではみんなそうだからである,現市長に不満というとき脱原発ではない
鹿島区と小高区の融和策がとれなかったことなどが深刻だったのである。
脱原発なら鹿島であれ小高であれ同じである。するとそれだけを訴えることはこの辺では楽なのである。
それで勝てるということは他の政策を見ないということになる
国レベルとなると脱原発はかえって重要な争点になる,でも全国レベルでもそうならなかった,国民が求めているのは争点は別なものだったとなる
消費税とかなら国民で一致したものがあり争点になったのである。

ともかくここで中央の政治の争いをもってくるのは納得できない,脱原発だけ言っていれば当選するというのも納得できない,政治的課題は実際はこの辺ではそうではなかった
なぜ鹿島区と小高区など融和策がとれなかったということでもあった
この分断によって南相馬市の一体感がなくなったからだ
脱原発は当然としてそれで一体感はもちえないのである。

自分も脱原発というよりこの辺ではみんな脱原発自明としてある,これだけ被害を受けて原発をまたしたいという人はまれになる,それで選挙を勝つとしたら楽だとなる
それが評価されて当選するとしたらそれは地方自治体の長として楽であり他の政策の実行はないがしろにされるのである。
これが争点になるなら確実に桜井市長が勝つ,結果的にはそうなる勢いなのだとも言われる
でも桜井市長に対して不満な人は多いのは鹿島区と小高区の反目などのことである
そういう対立をなくして南相馬市を一体化するにはどうすればいいのかという問題なのである。

ただ門馬氏の主張もわかりにくい,具体的に小高で入院できる病院をつづけるというから小高の人にとってはいいことである。
ただ一方で小高は南相馬市では負担になっている
小高は帰ったのは老人が多いし福祉の街のようになりそこに生産活動する若い人は本当に少ないのである。
小高は今や重荷なのである。そこに南相馬市で予算をつぎこんだり援助することは南相馬市の財政でも苦しくなるのである。
復興しようとしても老人の街であり簡単にはできないからである。
ただこういうことを言うとまた鹿島と小高の対立になり批判されるのである。
原町区はその中間にありその舵取りをどうするのかとなる
そういう具体的なことを何も主張されていない,ただいいことばかりいう
脱原発だけを言うのは楽なのである。自分も脱原発でありそれは自明としてもっと別な深刻な地元の問題がある,それにエネルギーを注ぐべきなのである。

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2018年01月19日

南相馬市長選挙を前回の渡辺氏との政策の相違で考える (自民系と左(共産系)とかの戦いのなか?)


南相馬市長選挙を前回の渡辺氏との政策の相違で考える

(自民系と左(共産系)とかの戦いのなか?)


南相馬市の復興を考える

A 帰還困難区域については移住費用を支援。帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。 
B 除染一辺倒から、除染・インフラ整備・汚染水対策・廃炉を「大きな公共事業」とし、税金を投入する。

自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。

交通インフラの整備とは、企業誘致を当て込んで、道路などの基盤整備を行うということだ。しかし、住民の生活再建が依然として進んでいないのに、企業誘致のための道路建設に復興資金を使うことに住民が納得するだろうか。 
 また、その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。

 隣りの宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている。 
 これも、企業誘致のところで見た通り、外国や東京に本社を置く企業が、地域の契約農家を組織し、生産物の加工工場をつくり、それらを販売する店舗を設置するということをやったとしても、その利益は、ことごとく東京や外国の本社に流出し、地域には一部しか循環しない。

 火発も原発も、東京・首都圏への集中・集積やグローバル企業の収益には貢献するが、地域への分配はわずか。住民が受け取る所得は非常に小さい。電力会社の本社は、東京電力は東京に、東北電力は仙台にあり、その所得はこの地域の外に出て行く。むしろ長期的には地域の衰退を促進するものでしかない。 
 これは、脱原発ということで、再生可能エネルギーを導入したとしても問題は同じだ。被災地外の企業が発電設備を運営すればその利益は地域には残らない。

 横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた

 汚染を引き起こした加害者が、加害責任を問われていない。それどころか、彼ら自身、加害者だという自覚が全くない。

 福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。それを再び繰り返すのだろうか。そうではなく、その犠牲と教訓から、破産した政策を総括し、社会や経済や政治のあり方を根本的に見直すということではないだろうか。


帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。

これは前から自分も言っていた,補償金でいち早く原町であり鹿島であれ相馬市や新地でも家を建てた人がいた,そういう人に金を支払ったらもうもどらない人なのだから復興はありえないのである。でも現実はそういう人が多かったのである。
そして浪江町の人でも南相馬市とかに「浪江町」を作るとか構想があり二本松でもあったとういがそれは無理である。そしたら南相馬市民との軋轢が生まれるからである。

そもそも復興する主体が誰なのか?

外部の人がいろいろ言ってもそこに住んでいた人のはずだがその人たち故郷を捨てているのである。その町を捨てる人に補償金を払っているのだからますます帰らない
もう自分たちはここに住む他ないとなれば覚悟ができて復興ができるかもしれない
それよりいかに荒廃した町から脱出するからが課題になってしまった
何か町を再生したいという町への故郷への思いがあまり見えないのである。
ただ離散分裂してなんとか一体になり復興しようとする気持ちが感じられないのである。
要するにこの辺でも言っていたが土地が安い時家を建てた人は賢かった
それは小高の人だったのである。
いち早く見切りをつけた人が勝ち組だったとなっている
つまり故郷の人のつながりなどは現代ではない,田舎でもない,金が支配するというとき金があったらどこに住んでもいいならそんな荒廃した町に帰る必要はないとなった
それは現代社会が広域化グローバル化したからである。
一つの土地に執着する必要はない,金さえあればいい場所にどこでも住んでいいのだという社会である。そういう社会は危難にもろく一挙にコミニュティも崩壊したのである。

自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。

この辺はロボットとかドローンの工場基地ができる,ではその収益はどこにゆくのか?
東京に本社があるグローバル企業にゆく,この辺の会社の社長は東京に住んでいる
地元に住んでいないのである。それで社員が駅に社長を迎えに来る
東北サッシでもそうだし友伸エンジニアでもそうである。
つまりその収益は地元に有効に回るとはならないともなる,地元に社長が住んでいればまた別である。
そもそも東電とか東北電力でもそうだというときそれは世界的傾向である

多国籍企業の力は絶大でありそれに逆らうことは不可能になっている
それは国より強力なのである。国すらどうにもならないのである。
地域に金が回らないというとき証券会社がもってきたのは地銀を通してもってきたのはこうしたロボットとか人工知能などのファンドである,だからこういう会社に投資してもうけようとすればそこに投資する
それがグローバル経済なのである。地域に金はおりないというとき矛盾しているけどこういうファンドに投資するほかないのである。地域というのこえてグローバル経済になっているということはそういうことなのである。


このことを感じたのは地銀もそうなっていたのである。東京の証券会社の人が地銀の銀行員を連れて投資信託をすすめる,そういうことができるのは地銀で地元で培った対面的な営業の信頼関係で顧客があるからだ,そうした継続として地銀は信用できるものとして地元で仕事していたのである。
それが東京の証券会社の下請けとなりその出向した証券会社の指示で動いているのであるすると証券会社の支社が地銀なのか?実質はもうそうなっているのである。
地銀はもう地元に貢献するものとしてありえなくなったから合併したり消滅すると言われるようになったのである。
ただ地銀ではつくづく金融商品が本当に少ない,そろえることができない
老人用の保険などが安全なものが作られているからだ
ここだけは田舎は不利だった,東京と田舎の差はここでは歴然としていたのである。
地銀もグローバル化して巨大証券会社の一支店のようにされる
その収入は東京に吸い上げられるともなる,そのおこぼれを地銀が受けるとかなってしまう。

宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている

これも収入は地元にはわずかで東京にある会社に吸収される,それはイオンがそうである地元の商店街が壊滅してイオンだけが郊外に繁栄する,その収益は地元にはわずかだともなる,それが資本主義社会だとなればこういうことは世界中に起きているのである。
するとそもそもが資本主義とか反グローバルにならないと解決しえない問題である。
でもそれに対抗できるものがあるのか?
この巨大な怪物と化した大企業とかグローバル多国籍企業に対抗できるものがあるのか?
そもそもが東電の原発は何も強制的に国とか企業がおしつけたものではない

双葉とか大熊とか出稼ぎ者が多く地元で働きたいということで地元の人が積極的に誘致したものなのである。
もしその時貧乏でも別な志向が働いていれば今日のようにはなっていないのである。
そして現実に東電の原発依存の経済になっていたのである。
それで経済が成り立ってしまったからもうそれ以外のことは考えられなくなったのであるふりかえると本当は原発を誘致するときこそ地元の人が重大の判断と決断をしなければならないときだったのである。
でもほとんどそうした真剣な議論もない,将来の世代のことも考えない
ともかく金だとなり何の抵抗もなく原発は建てられたのである。
その後も原発の安全神話が作られてきた,地元で原発が危険だというと危険人物にされて住めなくすらなっていたのである。

福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。

これは左でも同調する,ただではこうした大企業とかグローバル多国籍企業とかに対抗するものが地域にあるのか?
何をもって地域の経済を成り立たせるのか,漁業では金にならない,農業はだめだ,林業はだめだとなり一体何をもって地域の経済を成り立たせて復興がありえるのか?
それが問われた,何かその対抗策があれば納得するがない
そこに左系統の言い分に同調してもみんなの賛成が得られないからこそ原発でも企業の工場でも誘致されているのである。むしろ積極的に自治体が誘致しているのである。
働く場所がないからそうなる,漁業,農業,林業では成り立たない社会になっているからである。
ただそうしたグローバル多国籍企業とかの影響で今回のような悲惨なことにここがなったことは確かである。

その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。

その金をもし地元の復興に使えばもっと有効なものとなった,補償金にだってあてることができて小高とか鹿島とかが憎みあうこともなかったのである。
除染に何兆円もつぎこんでもその金はゼネコンに流れて地元に恩恵がなかったのである。

そもそも右は原発賛成である。左は反対である。そしてそれはそこで二分されてどっちかの陣営につかねばならない,それで武田邦彦氏は原発反対なのだが右であり左の人とはうまくいかないとなる,自分は心情は右である。国の文化と地域の風土とかに根ざした経済とか文化の町作りを推進する方である。
また原発は反対である。第一これだけの被害を受けて脱原発になるのがこの辺では普通である。それが自民系にはないのかとなる
それは党派の問題でもない,地域は党派越えたものがあるからだ
中央の政治の争いをもちこみにくい場でもある,だから無所属の方がいいとなる
今回の門馬氏は明かに自民公明だから保守系として出ているから渡辺氏と同じになるのか?
門馬氏の主張はアピールは何なのかわかりにくい,何が争点なのか?
脱原発になるとそれはこの辺では当たり前なのである。
そのことで勝敗が決まるのか?それも納得いかないのである。
復興の進め方なのか?そこに門馬氏と桜井市で相違があるのか?
右は自民の政権は除染は終わり帰還して普通の暮らしにもどるべきとしている
左はそうではない,除染は必要でありもっと放射能対策を継続すべきだとなる

横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた

門馬氏は自民党だから渡辺氏とかと共通しているのか?
今回の選挙も自民と左系統の政党の争いが地方でも行われるのか?
これもどこに判断基準を置くのかむずかしい
ただ門馬氏の主張はもう一つはっきりしないから自民から出た渡辺氏の主張とダブルことがあるのかと検討したのである。





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2018年01月16日

南相馬市長選挙迫る (問題山積みは続いている)


南相馬市長選挙迫る

(問題山積みは続いている)


かねてから南相馬市に住んでいる人、震災後に避難先から戻って来た人、震災後に引っ越して来た人たちが暮らしています。皆、言葉に出すことは少ないですが、震災後に南相馬市に残ったか、残らなかったかという溝や受け取った賠償額の格差による溝ができているのです。

 市選挙管理委員会によると、有権者約5万3千人のうち、約5600人が避難などで市外に住んでいる。

 

津波原発事故の後遺症は傷は深い,津波の被害者がいて原発事故の避難者がいてさらに今南相馬市で問題になるのが浪江町などの原発避難者なのである
その復興団地を見ればわかる,その数が原町区では多いのである。
だから浪江町の人たちも実際は浪江に帰らないというとき南相馬市の住民になっている
ただ浪江町の住民だから選挙権がないのである。それで自分たちの利益を主張できないことはある
ただ税金は別に払っているから何も権利がないのとは違う,外国人でも生活保護の権利があるからだ
ただ今回の選挙で浪江町の人たちのことを考えると選挙権がないからこれはどういうことなのか?
浪江町の人に候補者は訴えることはしないとなる
選挙権がないということは市民権がないということなのか?何かそれに通じるものがある

そもそも浪江のことを考えると何なのだろうとなる、公務員だけが必死に働き町を復興させようとしている
職員がたりなくて新しく採用した人が仕事ができなくてはらはらになったとかある
実際に津波で被害にあった町に外から応援に来たほかの自治体の職員が三人死んでいる
過労になったのである。
不思議なのは公務員が必死になっても肝心の住民がいなくなれば公務員が成り立たなくなったのである。
王様がいて家来がいる、社長がいて社員がいる、住民がいて役所の公務員がいる
家来がいなくなれば王様もなくなる,社員がいなくなれば社長もなくなる,住民がいなくなれば役所は成り立たなくなる、公務員だけが残るともなる
現実に浪江ではそういう状況になっているのである
みんな帰らないと言っているからだ

そしてわからないが浪江の人とか原発避難者は立派な豪邸を建てているのが見かける
ケーズデンキの近くの家の庭が立派なのである。石が豪壮であり見惚れてしまう
自分は石に興味があるから見惚れる
その石だけでも一千万とかかかっても不思議ではないように見える
鹿島地区では新しい家が百軒以上建ってもあれだけの立派な庭は見ていない
ではなぜそれだけの庭と家を建てた人はどういう人なのか?
それはやはり原発避難者だろう、大熊、双葉、浪江とかになる、主に浪江とかかもしれない
一方で深野のユッサの庭はそういうのに比べる貧弱なのである。
あそこはみんなが外部の人も集まるから立派な庭にしてほしいとなる
自分は庭が好きだからそうみる、環境的にもいい庭を作るのに向いているからだ

その土地に市町村に住んでいれば誰でもこうあってほしいなと思うことがある。
ユッサは民間であれ場所的にはいいしもっと庭をいい庭にしてほしいとかなる
駅でボランティアしていると駅でも駐車場が整備されていないので外からの人が入りにくいとか
高齢鹿社会になるから車を利用できなくなる人が増えてくるから対策してほしいとかなる
争点が子育てとか教育になっているのはやはり未来を背負う人を育てないと市町村は将来つぶれてゆくという
ことで全国的にそうなっている
この辺では小高でもそうだが限界集落化したし浪江とか双葉とか大熊では町自体が消滅する危機なのである。
それで南相馬市だけではない浪江町も含んだ広域的なものとしての政治の対策必要になっている
それは県とか国でしているとなるがもう浪江町は維持できるか維持できないのかの瀬戸際なのである。
現実には浪江町の人が南相馬市に千人以上とか住人に実質はなっている
そういう問題も南相馬市にはある,相馬市とか新地でも移り住んだ人があるから同じようにあるが南相馬市は一番多く引き受けているから問題なのである。

桜井氏の評価はいろいろだろう。政治家は何で評価されるのか?芸術家なら作品で評価するからわかりやすい
政治家の実績は何なのか?前の渡辺市長の実績は駅前の図書館を作ったことである。
それは賛否両論があるにしろ実績としてわかりやすい,自分は今では評価していない、インターネット時代になり利用しなくなったからである。
そういう箱物は必要なかったとも時代でなる、街の活性化にも役立たない,ただ買い物するスーパ−とかが併設すれば活性化していたかもしれない
高齢化になると車を運転できない人が増え電車を利用する人が増えてくるかもしれないからである
高齢者対策も必要になる、一方で保育所とか教育とか仕事を作るとか将来のための政策も必要である。

国は東日本大震災の復興事業期間を10年として所得税等の増税により財源を確保しましたその10年の期間も復興創生期間残すところ3年になります

こうなると3年後はこの辺の経済状況はかなり厳しいものになるだろう
今まで復興のために金が入ってきたし工事関係者も入ってきて建築関係は活性化した
息を吹き返した,ただそれが本当に三年後で終わりになることは厳しい状態になる
なぜ最初は地元で除染で働きいわき市の方で働き次にまた働く場所がないとか東京に探しに行った非正規の労働者がいる
これも良くわからないが地元での仕事が減ってきていることは確かなのだろう。
例えば浪江町ではこの駅の公衆電話の修理であった人は浪江の人だけどやはり原発で働いていたのである。
浪江は三分の一は原発で働いていた,葛尾村でも働いていた人があるし飯館村でも原発で働いていた人がいたことには驚く
それだけこの辺は原発依存の経済になっていたのである。
それで船主が原発御殿を建てていたとか津浪で判明したのである。
だからこそ逆に怖いのは原発再稼働しないと経済的に成り立たなくなるということになることである。

その圧力は大きなものになる,そもそも原発は上からだけの要請ではない,地元の要請もあって作られていたからである。背に腹は代えられないとなりかねないのである。
ただこの辺は脱原発になりそれは当然の前提としてあるものだと思っていたが自民党系はそうではない,とるすとまた原発再稼働がありうるのである。
全国レベルでも原発は争点にならなかったがここではやはり脱原発になるのが当然であり前提としてあるものだと思っていた
ただそれをぬきにすれば二期勤めた桜井市長の実績は何だったのか,ただの人気取りパーフォーマンス市長だったのか,それが問われる
やっぱり二期は長い,実績があれば別だが変化を求める人が多いかもしれない

大学を見れば桜井市長とか飯館村の村長も畜産科であり農業になるが飯館村ではいいが門馬候補は東北大の工学部となるとそっちの方に強いのか?
この辺ではともかく理系の知識が必要になった,だから理系の市長でないと勤まらないということがあった,相馬市でも医者だから理系である。
ただ政治となるとこれはまた経営とか関係してくる,専門職とも違う総合職なのである。総合職になると文系的なものが必要になる
本当に総合的に見ると郷土史とかも関係してくるし自分の追及してきた郷土とか自然とのアイディンティティなども関係しているのである。
郷土をトータルに見ることだからである。だから市長の担当する範囲は広い,総合的に判断する能力が必要になるのである。

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2018年01月13日

避難している浪江町民などの問題 (けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


避難している浪江町民などの問題

(けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


小高のときも仮設に住んでいる人が問題になった,毎日パチンコやギャンブルしていて遊んでいた,それでもボランティアが来てかわいそうだからと支援していた
そして鹿島の人は同情もしない冷たい人だと互いにいがみあうようになった
小高の人は鹿島の人の気持ちなど全然考慮していなかったのである。

次に主に浪江町の人が今度は移住してきた,その人たちでもほとんど働いていない,老人が多いということもある
でも不思議なのは他でも問題になったが二本松市とかに移り住んでも以前として浪江町民なのである。だから税金など払わないということが問題になった
それで二本松市に浪江町を作るということを提案した

なぜそうなったのか?浪江町民とは何なのか?それがわからなくなった
漂流する流浪民のようになったからだろう,ただ県と国ではそうしたし人達を援助するから移住先の自治体に金を払うということがあった
だからそうした人達がすべて邪魔者というものではない,それより被害者なのだから保護されるべきだということがあり誰も何も言えないのである。

その保護されるにしてももう60以上は仕事できないから小高の人達は国民年金では足りないからもっと援助しほしてい,年金として死ぬまでもらいたいと現実に要求したのであるつまり被害者だというとき何でも通る,それに批判するのものはなんて非情な人達だとなりマスコミでも応援するから何も言えない
それでNHKでもそのことを言うから余計に原発避難民を非難するものは糾弾されるのである。

でもすでに7年もすぎて以前として同じ状態にある,避難民はどう考えているのか?
誰も小高でも浪江でも帰りたくないという,では他に移りそこで住むのか?
原町とかに家を建てた人が多いのだからすでに浪江町には帰らないのである。
だとするなら南相馬市民として税金も払いとなるだろう。
また南相馬市民として尽くし働いてもらいたいともなる
人手不足で困っているし浪江町の人でも病院とか施設とかその他利用するからである。
そこには金だけではない南相馬市民の労力も費やされているからである。
ただ浪江町の人も看護師とかで働いているとかこの前はnttで働いていたとかありみんながそうではない,それなりに働いている人はいる

ただそれは割合とすると極めて少ないだろう,一割くらいかもしれない,その割合はわからない,ただ小高でもそうだが浪江でも特権意識化してかわいそうであり被害者なのだからいいのだとなんでもなってしまうのも問題なのである。
もう7年もすぎてもそうなのである。

そもそもわからないのは復興するというとき小高でも浪江でも飯館でも誰が復興するのかまたしたいのか?
それもわからない,地元の人達はもうあきらめて家を壊して他の土地に新しく家を建てて生活も別になっている人も多いからだ
公務員などは残り復興したいとしてもその肝心の町民はもう住みたくないとなっている
では一体誰が復興するのか?外部の人がいくら支援しても肝心のそこに住んでいた人が復興とは関係ない,他に移り住み帰らないと言っているからだ

結局それも被害者なのだからどうにもならないとそこに住んでいた人達は言う
それは自分たちの責任ではない,国や東電や原発事故を起こした人達の責任である。
俺たちはもう死ぬまで被害者であり補償されるべきだとなっている
補償金が切られたらあとは生活保護だと遊び人は言っていたからだ

俺たちは被害者だ
俺たちに責任はない
俺たちは最後まで補償されるべきだ
俺たちは働く必要がない
俺たちは被害者だ
回りの人達が支援すべきだ

こうなっているのが原発避難民なのである。でもその責任は一体誰がとるのか?
そこに住んでいた人達にはないと主張するとき誰がとるのか?
そうなら浪江でも小高でも飯館でももうみんな住まない方がいいのではないか?
復興を支援すること自体徒労だとなる
第一そこに住んでいた人達がそこに住むことを拒否して放棄したんだからその人たちはその町村民でもないのである。
ただ補償金をもらうためにそこに土地があれば何か財産があれば金にしたいしかないのである。

それはそれでいいとして別な自治体に籍を移してそこで税金を払いそこの一市民や町民になるべきだとなる,でも現実は南相馬市の市長選挙があっても選挙権はないのである。
南相馬市民の一員ではないからだ,だから権利は与えられないない,でも別な自治体に住むのだからそこで補償金だけをもらいあとはまた生活保護くれとかなると困る
市の負担が増えるからである。

わからないのは浪江町の人が南相馬市であれ相馬市であれ他の市とか町に移り住んでも回りの人があの人達は浪江町民だとか見ていることなのである。
でも実質はもう浪江町とは関係なくなっているのである。
浪江には帰らないからである。家も建てて別な自治体で暮らしているからである。
何かそういうけじめをつける時期に来ている
いつまでもだらだらと訳わからなくしていることはできない
それは浪江町とかの自治体でも公務員でも処理に困る
この人は他に家まで移り住んだし帰ってこない,だから浪江町民ではない
では他の人はどうなのだとか悩むだろう
この人は帰ってくるからなんとか帰ってきてもらい新しい町作りなり復興に役立ってもらいたいとかなる

そういうけじめの時期が来ている
それは自分にも言えたのである。一時は同情してもその人も原発事故とは関係なく被害者でありかかわいそうということがあってもそれなりに援助したのだからだらだらと援助ばかり都合よくすることはできない
現実に一年の内半年も働かない非正規である。そこには確かに事情がある
でもそのために自分が援助するとなると個人的には無理である。
社会的にもなぜ人手不足の時代に正規にもなれるのに定期的に働ける場があるのに働かないのかとなる
自分にそんなに援助する金などないのである
人間はどこかでみんなけじめが必要になってくる,いつまでもだらだらと何か困っていても先伸ばしはできないのである。

タグ:原発避難民
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2018年01月12日

原町まで行く (南相馬市長選挙のことなど)


原町まで行く

(南相馬市長選挙のことなど)

election12.JPG

今日原町に行ったらいわきまでのバスが新しく出ていた,常磐道で行くから一度乗ってみよう,さくらのバスは鹿島からも出て東京まで行くが遠い
いわきまでなら90分だとある
常磐高速は乗ってみたいと思っていたからだ

それからイオンに行ったら南相馬市長選挙の期日前投票が行われていた
そこで取材していたのが福島民報の記者だった
出口調査しているというが一時間しかいないとういうからたいした取材はできない
鹿島の区役所でも期日前投票をしている

ただ月曜日に討論会したがどういう内容だったのかわからない
今回の選挙の争点とかが良くわからないのだ
ただわかっているのは桜井市長は二期勤めてそれほど実績を出せなかったから変えてもいいという人がいるかもしれない,自分もそういう動機になる
二期もつづくとマンネリ化して癒着したりするからだ
ただ対抗馬の門馬の人となり政策もわからない,だからどうして判断するのか?

桜井市長は脱原発であり門馬氏は自民公明指示であるから今度は保守が一本化したから手ごわいとなる,脱原発はこの辺ではこれだけの被害なのだから当然だとなる
しかし自民では脱原発ではないのである。前の自民の渡辺氏もそうだったのである。
桜井市長は野党系だから脱原発なのである。
第一この地域で脱原発にならないとしたらどういうことなのかとなる
つまりそれは当然としてこの辺ではありそれふまえて争点があり争う
復興の進め方で争うというのもそうである。
それから高齢者が多いから票になるのが高齢者だとなると当然そうなる
この辺は特に高齢化率が他の県より10パーセントとか高くなっているからである。
そして看護師不足も問題である。人手不足もこの辺は他の地域より深刻だからである。

今は取材しているマスコミをまた取材している人が出る,そして報告する人もいる
プログなどがあるからインターネットで報告する
この前はNHKの人と小高であった,そこでNHKの放送が原発避難者のことであまりにも小高寄りであり鹿島は無視されていて不満があるというと俺は下のものだから知らない
上の言う通りにするだけだと怒っていたのである。

今はこうしてマスコミは取材されて標的にされてプログなどに書かれる時代なのである。マスコミは監視されていていてインターネットで報告される
警官でも職務質問を警官に逆にしているのには驚いた
それをyoutube で流している,相手の名前とか役職とかを言いその警官のことを職務質問していたのである。ここまでやることは驚きである。


NHK紅白歌合戦の裏側【金・女・暴力団】を元NHK職員が実名付きで語ります。

これは迫力があり驚きである,こうしてインターネットで告発できる時代なのである。
インターネットでは一人一人が記者にもなれる時代なのである。
ただ影響力は宣伝力はやはりマスコミに以前としてある,インターネットでプログでも読まれているのはわずかだからである。

とにかく南相馬市では小高が復興できない,そこが大問題である
また原発の補償金をめぐって分断されたことも大問題である。
復興の進め方でも問題をかかえている,ここは問題が山積みであり変わっていないのである。

高齢者の住みやすい街作りというのでは高松市が参考になった
商店街に老人を住まわせてそこの狭い範囲で病院まであり何でも用たせるというのはいい高齢になると車も運転するのが危険になり迷惑をかけるからである。
自分もあういう街に住みたいともなる,ただあそこまでやるとなると大事業になってしまう,ただ高齢化社会の一つのモデルなことは確かである。

渡辺氏が作った図書館は立派だったけどそれが今になると十分に利用されているのか?
鹿島から電車で暇つぶしに行っている老人がいる
あとは高校生などのたまり場になっている
本を読むといっても今は少ない,自分は家事が忙しいので調べ物などはインターネットでしている,駅前で買い物ができるならいいが駅前には買い物する場がない
六号線の方とイオンとかは離れているからだ
それが問題なのである。つまり図書館ではなくスーパーとか買い物できるものが必要だったのである。また併設する必要があったのである。
そうすれば駅前が活性化できたが図書館だけではできなかったのである。

イオンで会ったのは飯館村の蕨平の人だった,パチンコに来ていた、この前は鹿島の競輪のギャンブル場に来ていた,原発避難者はパチンコ屋に以前として通っているのだろう。蕨平では女性の年配の人が帰って住んだとか放送されていた
一人住むとなると飯館では苦しいだろうし淋しいとなる

sekeitouhokuuu111.jpg

ツタヤで「政経東北」を買った
浪江町の外郭団体でパラハラというとき浪江は公務員が苦しい状態に置かれて神経質になりパラハラになったとか書いてある,今回は応援に来た公務員が津浪の被害地で三人くらい死んだとかあった,公務員はもう仕事をつづけられるかどうかの瀬戸際まで追い詰めれているのである。仕事が増えすぎたのと職員がたりないから若い人を入れたのはいいが
うまく仕事ができないとなりパラハラとかなった
それもわかる,公務員でもそこで仕事するには経験が必要になるでも緊急事態でそうなったのである。
それは看護師不足でも経験がなくてもなんとか補充して病院を維持するために雇ったのとにている,みんなで経験がなくてもやれることをやらないと病院でもどこでも成り立たなくなるのである。
だからこの辺では何かやれることをしないと自治体を維持できなくなるのである。
ニートとか働かないことはここで責められる度合いが強いのである。
特に病院とかは深刻なのである。



「南相馬市民が被災地支援医者に苦言」の記事は医者が研究調査のためにきていて真面目に診療の方をしない,医者が来て助かるのだが調査や研究対象でありそれで一旗揚げようというのは困る
これもそういうことがある,今もまだ原発事故とかの影響があり医者は調査研究対象にしてそれで名を揚げようとかある
何か興味本位でこうした問題の場所に来る、それはマスコミでもそうである。
こういうとき地元を親身になって助けるというよりボランティアでも宗教団体などが来て売り込んだりもした,詩を書いて売り込んだ人もいる
それはなぜか?それが全国からも世界からさえ注目されるからである。
それで桜井市長は世界の有名人だと今回の市長選挙で宣伝しているのもおかしいのである桜井市長が何か特別復興のために尽力した,実績をあげたのならいいがそういうこともないだろう。
ただ原発事故の当事者で市長だったから世界で有名になったというだけなのである。

自分でも地元だけど何かマスコミ的になることがある
目立ってアクセスを稼ぐとかなる,何かみんな今はインターネットがあって記者になっているからだ,何か一目をひくものを出さないと目にもとまらないのがインターネットの世界だからである。
週刊誌でも「日本は滅びるとか株価が暴落するとか戦争になるとか」
何か一目につきそれを読まさせるような工夫をする
明日も平穏無事で何も起こらないとしたら週刊誌などでも読まないのである。
週刊誌は今は買わない,インターネットでほとんど読めるからである。




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2018年01月08日

放射能汚染のために復興できないのか? (農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


放射能汚染のために復興できないのか?

(農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


江戸時代までは村という強固な社会で縛られていた,移動も移住もほとんどできない社会に住んでいた,今は金さえあれば都会に住もうがどこに住んでもいいのである。
そして不思議なのは放射能汚染にしても実際は田舎でも昔のように8割もの人間が農業して暮らしていたのとは違う,そのことをよくよく考えてみるとそうなれば別に田舎でも
農業で暮らしていない,みんなほとんど会社員とかであるというとき放射能汚染の影響は実は少ないものだったのかともなる

ただ飯館村とかになると牛を飼っていたからその影響は大きかった,牛の村として生計をたてていたから牧草などが汚染されると牛を飼いなくなったからである。
でも他の町では浪江町とか小高とかではそうではなかった,そこではむしろ原発で働く人の方が多かったしそれで経済的に成りたっていたともなる
つまり田舎だとは田畑があり農業で暮らしているというふうに見るが今はそうではない
そこが錯覚しているのである。自分の周りをみても街内だと農業で暮らしている人などいないのである。みんな会社員であり農業などしていないのである。
あとは何で生活しているのか働いているのかわからないような社会なのである。

原発事故では放射能汚染で水や土や空気や森とかが汚染された,それは生活の基本となるものでありそこが汚染されたら生活自体が成り立たないのである。
それはまた農業と深く結びついていたからそれで故郷に住めなくなったのだと自分すら思い込んでいたのである。
でも浪江でも小高でも原町でも鹿島でも他でも農業の生産高の割合は一割にも満たないのである。でも田舎を見れば土地としては田畑の割合が多いから田畑で暮らす人が多いかのと地元の人すら錯覚しているのである。

それで放射能汚染されたらとても暮らせないなと地元の人でもまた外からの人でもそう見るのである。でもみんながほとんど会社員であり工場とか会社で生計をたてているというとき別に地元の田畑でとれたものを食べなければ生きていけないという時代ではない
いくらでも外部から食料は入ってくるのである。
ただ水は飲めないのでペットボトルの水を買って飲んだりしているとその分金はかかる
でもみんな農業できなくなったから帰らない復興できないというのは違っている
工場とか会社に勤めていれば放射能汚染とは関係ないことだったのである。
もちろん工業製品も汚染されたから影響はあった
でもみんな農業できなくなったから帰れないと錯覚しているのである。
それは自分もそうだったし外部でもそう見ていることが多かったかもしれない。
田舎は昔の田舎とは違っている,同じように金が支配しているのは同じなのである。

だからよくよく考えてみると放射能汚染で暮らせなくなったというときみんな農業しているからしかたがないと錯覚する
それより田舎では農業は金にならないからしたくないとかそれで跡継ぎがいないとかなっていたのである。それは農業中心の社会ではなくなくなっていたからである。
漁業にしても同じである。漁業者は原発の補償金で成り立っていて裕福な暮らしをしていたのである,これも原発事故になってわかったことである。

会社員だとかなると浪江の人は会社は二本松に移動して再開したからそっちに移住した
それまでは鹿島からとか原町とかから通っていたのである。
その土地とは関係なく会社であればその会社とともに移動して移住することになる
でも農業だったらその土地に根ざして生活しているのだからそれができない
だからこそ放射能汚染されたから生活できなくなり帰らなくなり復興できないと見ているそれはしかたがないと見ている

すると帰らない復興できないのは別に農業ができないからではない,会社や工場がそこにあれば帰れるともなる,ただそういう場がなくなったなら帰れないとなる
放射能汚染は会社や工場ならそんなに影響はないのだから会社や工場があれば帰ってそこで働けるとなる,その辺がなぜ帰らないかのかと疑問になることである。

放射能汚染されているから帰れない

こういえばすべてが通る,理由になり何も言えなくなる
でも実際は農業している人は本当に少ないとするとその理由が成り立つのかとなる
もちろん避難して帰らない人達には言い分がある
ただ帰らない理由が果たしてすべて放射能汚染だけのためなのか?
それがよくよく考えてみるとそうでもていのかと思う
ただこの辺のことはなぜ帰らないのか,その本当の理由はわかりにくい
みんな帰らない人は街が廃墟化したときとても住めないとして帰らないと言う
それもわかる,もうここには住めないとその荒廃ぶりを見て決めた
それは放射能汚染だから住めないということではない?

だから復興というとき会社とか工場があれば勤める場があればみんな帰って復興できるともなる、つまり放射能汚染だけが理由ではなくて復興できない人々は帰ってこないとなるただなぜ復興できないかとなるとその理由はいろいろあるから自分にはわからないとなるただすべてが放射の汚染のためなのかとふりかえるとそうでもないなと気づいたから指摘したのである。

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2018年01月07日

広域社会や企業社会の弊害 (原発事故で離散して町は復興できない)


広域社会や企業社会の弊害

(原発事故で離散して町は復興できない)

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江戸時代からすると良く時代劇で良く家によって両親によって決められた結婚が嫌で恋愛した人と一緒になろうとする,でも駆け落ちするにしても江戸時代だととてつもなく困難なことである。
結婚自体が家と家の結婚であった,格式がありそれに見合った結婚をしていた
だから明治時代まで両方の姓を記した墓がある
つまり自由恋愛とかの結婚はむずかしいものだった

そして江戸時代は移動が自由ではない,藩を出ることは国境があり関所がありそこを出ることだから簡単には出れない,旅でもむずかしいのだから藩を出て別な藩で暮らすことはさらにむずかしくなる
それで相馬藩では越中の方から飢饉の時移住してきたがそれが藩から脱出することは命がけだったのである。そのことが語り草となり物語となった

そういう時代と今はあまりにも違いすぎる,人の移動は容易だして移住も容易である。
交通が発達して人の移住は自由なのである。どこに住んでもいいのである。
商業とかが発達すれば一カ所に農民のように自給自足で住みつづける生活をしなくてもいいとなる
江戸時代は農民は8割であり土地に根ざして生活しているから移動とか移住は滅多にない世界に生活していたのである。
そこにはよそ者は入りにくいしまたその狭い生活圏から出ることもできないものだった

なぜ原発事故で簡単に人々は離散して町に故郷に帰らず復興できないのか?
それは広域社会とかが関係していた,グローバル社会とかも関係していた
多国籍業とか大企業なども関係していた,農民が8割の社会とはあまりにも違う社会である。第一次産業の割合は一割にも満たないのである。

広域化社会は交通の発達で加速される,鉄道で全国が結ばれ日本国民という意識をもったというのもそうである。
最近では常磐高速道路ができてさらに移動が容易になり外部から仕事でも入ってくる
ユニットバスを仙台の業者が百万で請け負い作ってもらった,普通はイワタニのガス屋でも200百万かかるという,でも百万で立派なのができたのである。
そういうふうに広域社会で人はいま否応なく生活しているのである。

するとどうなるのか?別に故郷に住みつづけなくてもいい,どこに住んでもいいとなれば
容易に人は移動して移住もする,江戸時代のように一カ所に定住することもなくなる
故郷にこだわることもなくなるのである
だから一旦町に住んでいた人達が放射能汚染で避難したときもう住みたくないとなり外に移住したのである。なぜなら移住することが簡単だからである。
補償金はその移住のために使われて故郷の復興のためには使われていないのである。

この辺でも自分も経験しているが小高の人が大勢避難して仮設に住んだとき何が起きたのか?仮設の人達が小高の人達がかえって威張っていたというのもなぜなのか?
それは別に鹿島の人たちに世話になるわけではないからだ
何か食べるものにしても金があればスーパーで買いばいいとなっている
もしそれだけの人達が移住して食べるものもないとしたらそれで米でもめぐんで助けねば生きられないようだったらそんなことはなかった
別にそんなこともないから私たちは鹿島で金を使って助けてやっているのよねと言っていたのである。
これこそまさに広域化した社会なのである。金を払っているものが消費者が王様だとなる鹿島では土地を貸していたがその他何か小高の人達のためにしたということもないからである。全部仮設で設備も用意されたからである。

つまり他の土地に行っても別にかねさえあれば同等に住めるのである。
むしろ金があれば金を使えば消費者は王様となり待遇されるとなる
でもそうなると故郷も実はただ一時的にいる場所でありそんなに執着する場ではなくなるどこに住んでもいい,こんな放射能汚染されたところに住めないし住まなくてもいいとなる,補償金ももらったことだか他に移住すればいいやといわき市でたちまち膨大な新築の家が建ったという,それで地元の人が不満になったというのもわかる
それは金がものを言う社会だからどうにもならない,その家を建てるのは大手の建築会社であり地元の人が働いたわけでもなかった
昔はみんな地元の大工が家を建てていたのであるが今や一週間くらいで組み立てるだけなのである。つまり金さえあればどこでも家も簡単に建てられるのである。
またすでにできあがったものを建て売りの家も売られているから金を払えば即入れる
自分の家などはできるまで半年くらいかかったのである。

ともかくこういう広域社会は確かに悪いともいえないし江戸時代のように一カ所に縛られる生活でもないから自由でいいとなる
でも反面また人の絆とか土地の絆とか希薄化してこういう困難のときその絆も簡単に切れてしまう、盛んに津浪や原発事故で絆を言われたが実は絆広域社会でむしろそこに住んでいる地元で失われていたのである。
かえって外からの人達が入ってきて仕事もしたしボランティアもきて外との絆が結ばれたというのもまさに広域社会を象徴した出来事だったのである。
それは悪いことではない,広域的に人間が協力しあうこということだからである。

ボランティアはひっきりなしにきて仮設の人を応援した,だから仮設に住んでいる原発避難者は外部のそういう人達を歓迎して気分よくしていたのである。
でもその時自分は過酷な状況で介護や病気で苦しんでいたがさらに周りから苦しみを受けるだけだし誰も同情などしないのである。普通はそういうものであり特殊な事情でボランティアが全国から来たのである。
それが悪いというのではなく仮設に住んでいる人達はどういう気持ちになったのか?

なんで鹿島の人達はボランティアのように協力しないのだ
なんと冷たい人達なのか
かわいそうなのに同情もしないのか
そして補償金のことばかり言う
そんなこと苦しいのだから当然ではないか

こういう気持ちになっていたのである。でも実際かわいそうかというと毎日ギャンブルであり東京とか遠くに風俗とかで遊びに行った人達もいた,そういう人達がなぜかわいそうなのかと自分も怒りになったのである。
その時自分の状態は介護と自らの病気で苦しんでいたがただ借金している人からは責められるとか苦しいのに責められるだけだったからである。
そして犯罪にもあいさんざんな目にあったのである。そのことで自分は怒りにもなっていたのである。
そんな個人的な事情などこういう大被害になると無視されるのはやむをえないともなるが自分として不満だった

そこで問題はなぜ簡単に人々は故郷を町を捨てたのか?
広域社会だからこそそうなったともなるのではないか?
江戸時代は一カ所の土地に縛られた生活だけで人と人のつながりは強かった
広域化社会になればその人と人の絆も希薄化する
故郷意識も希薄化する,人と人の絆が言われたけどそれは外部との絆のことだった
内部の絆は消失して補償金とかでもめて分断されたのである。
普通だったら内部の絆が強く一致団結した,それがただ補償金でもめたというのは金が第一の広域社会に生きているからそうなったのである。

ただその広域社会のマイナスの点として老人には辛いものとなった,老人にとって今までそこで長く生きてきたし親しい友達もいたとか家族すら離散して絆が断ち切られたのである。そのことはここだけではない,東京のど真ん中でも起きていた
新しい道路ができて古い通りが分断されて団地に老人が住むようになって親しい昔からの友達もいないと嘆いている人がいたからである。
老人はなじみの場所に住むことが精神を安定させる,変化に弱いからだ
だからこそ老人はみんな故郷に帰りたい,家に帰りたいとなるのである。
そして現実に故郷に家に帰っているのは老人なのである。
だからここのところの被害が大きかったなとふりかえれば思う
その精神的被害が大きかったのである。ここはあまり注目していないのである。

自分が家の子とについて語ってきた,家族がみんな死んで家に一人になった
それでも家には家族がいる気分になるとか延々と書いてきたとき家は単なる寝起きする箱ではない,そこに家族が生きた思い出がつまっているからそうなる
そこになお家族がいるような気になるから家に帰りたいというときそういうことがある
それは老人になると特にその思いが強いのである。
だからここでも若い世代と老人世代の心の持ちようの分断が起きたのである
若い人は老人のように一カ所に住むことにこだわらないことがあるからだ
そこで祖父母とか親とかの世代の分断が起きたのである。

家族でもコミニュティでもそれは空間だけではない土地だけではない時間軸でも結ばれたものである。家族にも歴史があり土地にも歴史があるからだ
そういう時間軸で結ばれたものが絆が断たれたことも被害だったのである。
ただもう町自体が崩壊するようになるとそれを復興させることがいかに困難になるか思い知らされた,ただなぜこんな簡単に歴史があり故郷が見捨てられたのかということは
やはり広域社会とか現代の社会がもたらしたものだと思う
それはいい面と悪い面をもたらしたのである。

寒風に耐えて十本変わらぬ木

十本の木が寒風に耐えて立っているがそれが変わらないのである。
そのようにもともと農民社会だったら変わらなかったのである。その絆も土地と結びついて強いものだったのである。
それが広域社会グローバル社会,大企業や多国籍企業の進出,商業の発達,金が万能の社会とか・・・・いろいろな現代社会の要素が複合的に影響して復興をむずかしくしたのである。

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2017年12月30日

高瀬川の詩 (浪江の復興はいつになるのか?)


高瀬川の詩

(浪江の復興はいつになるのか?)


その上に渕なす淀み
碧々として静まりぬ
ごつごつの岩また岩の間を
激して轟きひびき流れぬ

その清流は山間深くも流れ
けたたましく翔る鳥の鳴く声
春の光に芽吹く樹々や風そよぐ
さらに流れは磐を打ち轟きぬ

重々しくも畳みかさなる巌
塔のごと千古の重み
紅葉の映えて神寂びぬ
誰か描かむこの仙境の地を

山の道一つの石ありぬ
その石の皺帯びて古り
春の日浴びてここに動かじ
梅の花咲き匂いのよしも

川は平地へと下りその岸辺
相馬焼の技を伝えぬ大堀
窯元並び新しき茶碗も作る
その一品の我が家にありぬ

高瀬川流れて二つの川は合流し
太平洋へとそそぐかな
かなた船の見え鴎群れ飛び
波は棚塩に打ち寄せひびく

請戸の港の春や船あまた
海の幸をここにもたらしぬ
田畑も広く実りも豊かに
健やかに子を育てし栄えし家

今浪江の人の散り散りに
故郷に帰らず荒れにけるかも
そこを訪ねる人もなしや悲し
高瀬川の流れは変わらざりしも

復興の日はいつになるや
情を育む家は壊され虚し
思い出も家ととも潰えしや
しかし心は故郷にあらむ



浪江というとき高瀬川はこの辺では景勝の地である。あれだけの急流で奥深く岩がありそこを激しく流れている,この辺では絵になる景色でありこれは外からきてみても誰でもわかる目立つ所なのである。
会津辺りだとこういう流れは多いがこの辺ではまれだからである。いわきの方の夏井川渓谷くらいである。
普通秘境を求めてきた自分のことを書いてきたが地元の人でないとそこはわかりにくいがこの高瀬川は別に外からきた人で車で来てもわかる
車で奥まで入って行けるからである。

浪江町はこの辺では相馬地方では自然の景観が一番いい場所になっている
確かに相馬市には松川浦があるし新地は海と山が迫っているとかあるから特徴はある
でも川になると平凡であり高瀬川は特別になる
高瀬川を下って請戸の港のあるのもいい,そして請戸は実際は港をイメージするが田畑が広いのである。だからそこで篤農家がいて野菜栽培して平(昔のいわき市)に売って栄えた家があった,三人の娘を大学まで出したのである。
その人が南相馬市の病院に入院したとき同じ病室だったのである。
その人は浪江から妻が通っていたが悲惨だった
やっと手をあげるだけで手をにぎりしめるだけでしゃべることも何もできなくなっていたからである。
いつも手をにぎりしめて去ってゆくのを自分は見ていたのである。

いづれにしろ自分の介護がはじまってから十年間は激動だった,こんなに人生が激動になるのは考えられなかった,それは津浪の被害や原発事故でもそうである。
浪江は未だに散り散りであり帰っている人もほんのわずかであり廃墟のようになっている3000軒の家が壊されたというのもそのためである。
そして浪江の人はもう帰らないと言っている,あれを見たら帰るのが何であれ正直帰りたくなくなるからだ

その原因はなんであったのか?まず浪江町は原発により依存していた町だった
三分の一はなんらか関係していたろう,だから原発で働いていた人は政府と東電から安全をたたきこまれていた,だから原発は安全だと他の人にも言っていた
まず浪江町とかなるともう原発が危険だと口にもできない状態だった
町自体が経済的には半場原発で成りたっていたからだ
そして漁業関係者は漁業補償で事故前も事故後も金には困らないのである。
それで船主は原発技御殿を建てたと周りではうらやましがっていた人がいたのである。
金の屏風を東京の職人に作ってもらったとかもきいた

津浪の被害だけだったらなんとか復興できたとみんな言っている,原発事故は致命的なったのである。だから二万もの町が廃墟化することはイメージもできないことだったのである。
ただ自然がなくなったわけでない,高瀬川はやはりか変わらず流れているし汚れたとも見えないし海も同じである。ただそこの魚が汚染されて食べられなくなったことはある
農業もできないことにもなった
でもそんな漁業より農業より原発の収入の方が町として大きなものだったのである。
つまり原発なしでは町すら成り立たないような状態と化していたのである。
双葉町とか大熊町とも事情は違うが浪江町はやはり原発に依存する割合が大きかったろうだから原発には反対した人はほとんどいない,もうできない状態になっていた

結局町自体が消失する廃墟化することになった,相馬の大堀焼の窯元も再建できなくなった,みんな各地に散って相馬焼の窯を作って移住したからである。
原発に依存する町は市でも一旦事故になったらこうなるのだということを見せつけたのである。その被害はあまりにも大きすぎたのである。
結果的には町民自体が町をみんな見捨てたのである。

それでも人間は技術をもっている人は強いと思った
移住しても相馬焼を焼き物を作れるから仕事として継続できるからである。
それは大工とかでも何か技術をもっている人は他の場所に移っても仕事ができる
小高のタンス職人とかも会津で仕事しているとかなる
何か技術をもっていて仕事ができればそこに定住できるのである。
何も技術ももっていない人は仕事もできないからあいつは遊んでいるだけで何の役にもたたないと見られるようになる
そしていつか補償金もなくなるから他に移っても苦しくなる
結局人間日頃していることがどこかで役にたつ,それもカルマだとなる

ただ高瀬川渓谷とかの景観は変わらないし海の景観も変わらない
だから外から見るとまた高瀬川を見たいとなる
だから観光としては人を呼び込めることは変わりない
ただ放射能汚染で今入れないのが残念なのである。

somayaki111.JPG
相馬焼 ・ 緑釉そば猪口
  製作年代:江戸末期

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若草は大堀で買ったものである。
緑にしても多様な色合いがある

この色合いは草萌えるとか芽吹くとか春の感じがある,春の色合いを感じる
ただ新作でそうした春を感じさせる色の茶碗を買ったことがあったがなくなった
江戸時代にすでにこういうものがあったのである。
緑の色合いがなんともいえぬ,陶器にしか出せない色がありそれが多様なのである。
それは日本の文化なのである。

皺石の詩(浪江町の高瀬川近辺)

これは一回だけ春に見た石である。皺がよったようであり変わった石だと見た
これはまだ発見されていない石である。


タグ:高瀬川
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2017年10月30日

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
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2017年10月27日

こころ(心)はここの意味だった (原発事故で失われた心となる場)


こころ(心)はここの意味だった

(原発事故で失われた心となる場)

こころは
ここ
ここに生きる
ここに根付き
ここに生き抜く
ここに受け継がれる
代々の命
ここを離れて
こころはない
こころは失われる

こころとはどこにあるのか?まさにここあるとなる
こことはその人が住んでいる場所のことなのである。
そこに心は育ちはぐくまれる
言葉には何か意味がある、それが意外と見逃されている

人間のアイディンティティはどこで作られるのか?
それはそれぞれに住んでいる場所しかありえないのである。

人間の思考とか生物でもその土地土地に生きることが宿命づけられているからである。
だからその生きる場所を失うことは致命的だとなる
原発事故で避難区域になったところはそうしたこころになる場所を失ったのである。

ただではそこで心となるものを育てていたか、価値を知っていたかとなると知らない
正業(なりわい)を失ったというけどその生業にどれだけの価値を認めていたかとなると
ほとんどない、別にそれは意識されないものだからである。
たからそもそもその価値がどうだこうだと考えないし意識もしない
ただ避難してその心となる場を失ったとき意識したのである。

それで不思議なのはそうして心がある場所が失われたからこそその心があった場所強く求めるということも起きてくる
奇妙だけど自分の心はどこにあるのだろうともなる、それがほかの場所でありうるのか?
それが若い人なら他でその心を育てる場所をもつことができるけど老人になるともうできない
だから老人は心のある場所に帰りたいとなるのである。
その心はもう金では買えないものだった、取り戻せないものだった、第一その心がどういうものか気づいていなかった

人間はなんでも失ったとき意識させられるのである。
失ったときその存在を強く意識する、空気のようにあるものは意識しないのである。
故郷に住んでいるものは別に故郷など意識しないのである。
それは当たり前にあるものだからである。故郷がなくなるなどイメージすらできなかったからだ
心とはまたここで代々受け継がれる命のことでもあった、なぜなら故郷には先祖代々の死者もいるからだ
故郷がなくなればそういう死者の霊も代々継がれてきた命も失われる

つまり町であれ村であれその全体が消失するということなどイメージできなかったから対処できなくなっている
津波だったら被害が大きいにしろん一部でとどまって全体は維持できたのである。
原発事故は全体を喪失したから回復することがむずかしくなったのである。
どうしてどこから手をつけていいかもわからないような状態になったのである。
ともかく心がはぐくまれる場所はそれぞれが生きているここでありほかにはありえないのである。
だからこそここを失ったことがもう心もない状態になったのである。
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小耳にはさんだこと (避難区域での農業のこと)


小耳にはさんだこと

(避難区域での農業のこと)


昨日原町のレストランでで聞いた,詳しい内容はわからない,何か原発の避難区域で農業している人の話である,一千万で農機具を借りてしているがその一千万が収入となるという,そこにはからくりがあってそうなる,詳しいことはわからない

それで霞が関ではうまく仕事をつくるんだよな
そういったので良く「心の青雲」でそのことを言っていたのでそうかなと思った

原発はもの凄いた利権を生むものなのである。第一こんなに補償できること自体驚きだった,東電がこれだけ大きな会社ということともわからなかった
それは船主とかでは原発前も多額の補償金をもらって原発御殿が建てたとか周りで話題になっていた,ただそれは港近くに住んでいる人達がわかっていたのであり離れていればわからなかったのである。

だから農業関係でもそうした利権化して復興という名のもとに国から金がでる
もともと農業には補助金が出ていたりしていた,その詳しい内容はわからない。
でも何かこの辺はそうした補助金頼りになっていることは確かだろう
浪江の室原の人はヘリポートできる,そこが自分の土地に入れば土地代が入るとか言っていた,なんかみんなそうして帰って復興する気がなくなっているのだ
だから補償金をどれだたけもらうかということが最大の関心事となる

そういうことで復興というのはむずかしくなっている
何かこういうとき苦しいのだけど人間的ドラマが生まれるとういこともある
みんなで団結してがんばって苦難を乗り越えようとかなる
それは奈良の十津川部落で水害で集団して北海道に移住したとき起きた

ここでは何かそうしたことがない,ただ補償金をどさだけもらうかが問題になった
それは30キロ圏外になった自分の住んでいるところでもそうである。
そのしこりは今でもあり南相馬市の一体感は失われたのである。

結局避難区域では双葉大熊などでも帰ることをあきらめた人が多いだろう
するともっている土地を生かし土地代をもらうのがいいとなる
放射性物質の廃棄場になってもその土地代で暮らせればいいとかなる

だから何か避難区域になった所は復興がむずかしい
大切なものうを失った,精神的損害が大きかった
でもそれが何なのか?そのことを自分は追及した

それは金で代えられないものだった,日常の生業であり普通にあった日々の暮らしであるでもそういうものの価値は普通は意識しないのである。
人生でも老人になると思い出がいかに大事になるか?でも思い出などいくら金を積んでももう作れないのである。青春など帰ってこないのである。
それと同じように避難区域になった所で暮らした思い出はとりもどすことができなくなったのである。それは補償しようがないのである。

原町のイオン近くにまた三階建ての復興団地が7棟くらいできていた,原町は広いからすでに4カ所くらいできている,それも一大団地なのである。
そこには入っている人は半分くらいである。だからまたこんなに復興団地を建てる必要があるのかともみる,そして主に浪江の人達だと思うがその人たちは浪江に帰るのか?
もう帰らないという人が多いような気がする
だからその後の暮らしはどうなるのだろうともみる,いつまでも補償金をもらえないからである。

ともかく原町は広いから都会である。原町だとなんとか自転車で行ける,でもこの頃相馬市までは自転車で長い間か行っていない,倍の距離があるし疲れるようになった
原町には用事があるし自転車で行けるうちはいいが行けなくなったら不便になる
そういう不安が自分にはある
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2017年10月19日

原発事故で失ったもの (日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


原発事故で失ったもの

(日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


 被害者は、原発事故までに形成してきた人間関係を失い、それまで自己の人格を育んできた自然環境・文化環境を失いました。「ふるさと」を失うことは回復不能な損害です。


普通人間は日々暮らしていることに特別なものを感じない,それは当たり前にあることだから感じない,家があり街があり営みがある,毎日どこでもそうして暮らしている
それは特別なことではない,ただ平凡な日常風景である。



常なる道

人は生く
その場その場に
石のごとく
住みて変わらじ
秋薔薇
今日もこの家に咲き
同じ道行き
日は暮れぬ
営みのかくもあれかし
ありふれて目立たず
騒ぎもなしも
実りは刈りとられぬ
その生活すら
奪われることあり
ふるさとを失い
慣れにし家に住めず
ふるさとは荒野と化しぬ
その道を行く人もなく
花は散りにき


石のごとくにというとき石は定着を現している,一軒一軒家があるということは定着を示している,田舎だと持ち家に住んでいる人が多い,田舎は都会のように借りて住むことが少ない,だからその家を維持するのに金がかかる
それである程度の資産がないと田舎ではかえって住みにくい,家があり庭があることでその石は定着をしめしているのである。

原発事故で避難区域になったところはそういうありふれた日々の暮らしが生業が奪われたのである。空家と化した家の庭に石があっても肝心の人が住んでいないのである
庭に石を見ればその石から人を思うのである。
やはり家があればそれなりに長く住んでいると感じるからである。

浪江町に言った時,誰も住んでない家の間の道を行く,崩れたままの家もあった
小学校の校庭にあった時計は地震の時に止まったままだった
その時から6年も過ぎてしまったのである。

ある町の住宅に子供用の二段ベッドが窓から見える,しかしそこには子供いないのである学校には校庭には子供の声がした,ひびいていた,子供が路次で遊んでいた
人影はない,廃墟の街と化してしまった

今なら実りの季節であり街からちょっと離れれば稲穂があり稲が刈られたりしている
そんなこと当たり前であり誰も今までは注意しない,特別なこととは見ないのである。
そもそも何でもそうである。普通の暮らしは特別なことではない,平凡であり家事でもそうである。ただそういう暮らしが消えたときどうなったのか?

そこはゴーストタウンとなり廃墟の街と化したのである。
そうなるとその何気ないありふれかた平凡な生活は何なのだったとかふりかえる
何でもないことが実は貴重なこと価値ある意味あることに見えてくる

まず街に人が住まなくなるということそれをイメージした人はいないだろ
廃墟趣味とか確かにあった,でもこれだけの人口の街が廃墟のようになることは考えられなかったのである。

確かに庭には石があるし変わっていない,でもその石も実は人間化した石となっていた
だから人間がいなくなったとき余計に淋しいものとなったのである。
自然の石だったらまた違っていた,一旦人間が住むと石まで人間化していたのである。

一旦家に住むとやはりそこに定着する,長く住むことになる,老後もそこに住む
それが住めなくなるということはどういう心境になるのか?
そこで失われものは何なのか?
それは何の意識もしない何気ない暮らしであり生業である。

農家の人は畑仕事とか家のこととか庭の手入れとか普通にしている,それは日々していることである。
街でも商いをしていたり建築関係なら家を建てたりいろいろしている
そういう生活はどこでも日々しているありやれたことであり特別なことではない
でもその暮らしすら奪われた時,人間はどうなるのか?

そうした日々の暮らしの価値は意味は意識されなかった
それを失ってみて意識させられたのである。
何気なく日々してしいることの価値と意味を失ってみて自覚したのである。

もちろんそこに住まなくても他でも暮らしはあるがやはりそこに長く住んでいたから違っていた,そういう生活が根こそぎ奪われたとき人間はどう思うのか?
それは補償金で補えるものではないだろう。
そこで暮らし記憶がありそれを他でやり直すことはなかなか年取ればできない
若い人ならそこで新たな記憶を作ることもできるが老人はできないから
その記憶を刻んだ場所に帰りたいとなるのである。

老人は最期は記憶だけになる,生きた記憶が生きた証となっている
それで過去のことを認知症になると千回も話すのである。
若い人にとって聞く人にとってはうんざりするがそれが生きた証だから話すのである。
その記憶したことが生きた証になっているからである。

いづれにしろこんな経験はなかなかできないだろう。もちろん自分は避難してはいないからわからないことはある,でも身近だから察することができるのである。
それだから補償金どうのこうのは別にして何を失ったのか?
そのことが察することがある程度はできるのである。

原発事故の裁判で「生業を返せ」と訴えていたのが印象に残った,生業(なりわい)を失った時どうなったのか?
毎日パチンコだとかギャンブルに興じるだけだった
それは回りの人にとっても迷惑だったのである。
そんなことに価値や意味はない,でも生業(なりわい)には価値と意味があった
それが原発事故で意識させられたのである。

ただこれは金では補償はできないものである。補償金ではいろいろもめたしそれはまた別問題である。
ここではどういうことが失われたのかそれを再考したのである。
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2017年10月17日

原発事故の責任をとらない政府と東電 (自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき)


原発事故の責任をとらない政府と東電

自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき


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事故にあったらあなたの責任です!



まず東日本大震災で東電が刑事罰を受けないというのがあり得なかった 
日本人のために原発が必要なのではなく、利権で飯食ってる一握りの屑のための原発なんだと言うことがよくわかったわ

自民党は東電とお友達だし、事故の処理でお友達に税金をばらまけるからね 
40年も最終処分場も決められない自民党が原発を継続させるのは無責任だ

東電は人殺し。 
人殺しを裁く法律をつくることなしに原発再稼働なんてあり得ない

何年も原発ゼロでやれてたろ? 

もし原発50基が最初っから無ければ 
今の電気代はせいぜい15円/kWhだよ 
原発のせいで電気が高くなった 
それに合わせてガスや石油などもわざわざ高値で契約してきた

原発ゼロの判定以前に 安部を 
証人喚問だろ何で安全神話を作った!? 
おかげで今も事故は起こらないと 
火災訓練すらしない業界には 
不信感しかないわ 全部安部の事故は 
起こらない これで自民党が再選されれば 
原発は動くことに為る

小池百合子・希望の党は、企業献金を拒否 
原子力利権産業は、金で言うこと聞かせられない希望の党の 
公約である原発ゼロに恐れをなして、マスコミを使って叩かせ始めた


原発の問題を追及してきたけど何が最大の問題だったのか?

 必ず責任をとらせられる

このことを被害にあった地域と人達は痛切に身をもって感じている
外から見ると死んだ人もいないからたいしたことないとかいろいろ言うけど
そうなら政府が避難命令など出さなければ良かったのである。
政府が避難命令を出したから避難して町や村に人が住まなくなり荒廃したのである。

世の中はつくづく必ず責任をとらされる,責任はカルマでもある,そのカルマを自覚するのは責任をとらされるときなのである。
だから本当にその原発というカルマの重さ業の重さを事故で知らしめられたのである。
職業は職の業でもあった,人間はともかく責任から逃れられない
生きることは責任を課せられていることでもある

そしてその責任を最も負うのは誰なのか?

それは原発事故では政府と東電の幹部などであった

しかし原発事故では誰も罰せられないのである。清水社長も天下りしてのうのうと暮らしている,政府関係者でも誰も罰せられないのである。誰も責任をとらないのである。
でも必ず誰かが責任をとらされるのである。

この辺では地元の人達が責任をとらされた,外から見たら死んでもいないからたいしたことがないというけど故郷の自然の中に住んでいたものが水も飲めない,土も汚染されて食物も作れないとか木材も利用できない,空気も汚染されて安心して住めないとかなった
補償金もらって良かったじゃないかとも言われるがやはり代々その土地に住んでいた場を奪われることの精神的被害が大きいし実はそのことを住んでいる人が自覚されていなかったのである。
こういう被害は経験できないからである。

地元の人も原発を建てる前から補助金などで潤っていた,恩恵を受けていた
地元の人も責任があるとなった,それも自己責任だとされた
ところが自己責任というときどういうことで自己責任になるのか?

ここに立て札がある,「危険」「安全」とあるとき危険という立て札があるのにそこに侵入して危険な目にあっても怪我をしても自己責任だとなる
一方で「安全」とあればそこに侵入しても安全なのだからそこで自己責任は問われない
むしろ「安全」とあるのに危険な目に怪我などしたらその立て札をたてたもの,役所でもなんでも責任が問われる
「安全」とあるのに入ったら危険な目にあい怪我までしたとなる
それで裁判にもなるのか民主主義の社会である。

原発では「安全神話」となり原発は「安全」という立て札をたてていた,それは役所でたてたと同じである。だからそこに立ち入っても地元の人たちは安全だと思うのは当然である。
そこで危険な目にあったらその「安全」という立て札をたてた役所の責任が問われるのである。

原発はこれだけ危険なものでもその内部の情報は何も知らされていない,ただ「安全神話」が形成されて「安全」「安全」というだけである。
だから事故になったときの備えもしない,そこで事故になって指示もできない混乱状態になったのである。
「安全」はという]立て札をたてるとき安全についての説明も必要になる
「危険」という立て札についてもそうである。その説明が全然ないのである。

いづれにしろ自己責任というとき鉄道でも「あぶない,線路の立ち入りを禁止する」と看板がたててあった,そこに侵入した人がいて電車が20分以上停止したのである。
この責任は侵入した人にありJRにはないのである。
それと同じように「安全」と立て札があればその責任が問われるのは役所だったり会社だったりする
医者でも手術するとき危険性は言っている,一応それで納得させてから手術しているのである。

だから民主主義ではそうして情報の公開がないと成り立たないのである。

「安全」「危険」も知らされなかったらどうするのか?

どうして調べるのか?原発は秘密のベールの中にあり知り得ようがないからできない
それは国家機密でもあるからできないのである。
するとその国家機密をにぎるものこそ最大の責任があったともなる
なぜならいくら知ろうとしても知り得ないからただ「安全」とあればそれを信じるからである。

ただ実際はこの世で絶対的安全は保証されない,なぜなら必ず今回のような不測の事態が生まれるからだ,でも危険と安全についての説明が必要なのである。
でもそれは国家権力によって隠蔽されてきたのである。

だから責任をとるべきは政府であり東電でありそれに対して何の罰もないとしたら誰も納得しない,でも必ず誰かが責任をとらされるのである。
今回は地元の人達が責任をとらされたのである。
戦争でも戦争を遂行した政府の役人がいたが国民全体が責任をとらされた,それも3百万人の死をもって責任をとらされたのである。
人間は責任か逃れられないようにできているのである。

原発で事故起こしたら死刑にするぞ!腹を切らせるぞ!

もしこれだけの責任を課せなければやれないのが原発だったのである。
それだけの覚悟あるならやれともなるのが原発だったのである。
それが結果的には誰も上の人は責任をとらない
そして責任をとらされたのは地元の人達だったのである。
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2017年10月11日

カルマは苦しむ時に自覚される (原発事故も人類のカルマでもあった)


カルマは苦しむ時に自覚される

(原発事故も人類のカルマでもあった)


天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる[4]。日本では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。
その名は、pro(先に、前に)+ metheus(考える者)と分解でき、「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。他にも、ギリシャ語から「Προμη:促進する、昇進させる」「θεύς←θεός:神、ゼウス」と解釈すると、人類に神の火を与えた事で「神に昇進させた者」との説も有る。
弟のエピメテウス(Ἐπιμηθεύς、Epimetheús)は、epi(後で)+metheus(考える者)と分解でき、「後で後悔する者」「後知恵をする者」くらいの意である。
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の地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました


個人的にもカルマを必ず人間はもつ,ただカルマは苦しみがないと意識されないのである自分が30年間苦しみがない平和な楽な生活を送っていた,でもその時でもカルマは知らずに積まれていたのである。
ただカルマは苦しみがなければ意識されないのである。
そして苦しむようになるとなぜ自分はこんなに苦しむのだとなりカルマを意識するのである。
家族二人を介護することは自分のカルマだった,それから逃れることはできなかった
そして誰の助けもないこともカルマであり自分自身が病気になってもそうだった
そういうカルマを積んでいたとなる

それは個人的にもそうだが今回の原発事故のようにこれは深く考えれば人類的カルマだったのである。火を盗むとは火は現代になれば原子力である,そしてその罰は過酷なものとなる

プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

この年数と符号しているのがプルトニウムの毒が二万年消えないということである。
それだけのカルマをこの辺で背負ったという恐怖である。
だからこそ神にまで昇進させるとなる,つま科学技術によって人間が神のごとくなるということである。科学者が神のごとくにもなるということである。
それだけの力を科学技術は人間に与える,その最たるものが原子力であり核兵器になる

そしてその科学技術もすべていいものとしては働かない,人間を苦しめるものとして働くようになる,その罰はプロメテウスのように過酷なものとなる

「後で後悔する者」「後知恵をする者」

結果的に新しい科学技術を作り出してもその結果を見て後悔する,科学技術にはそういう面がある,車社会になれば交通事故で苦しむ,かかって車が無ければと事故にあって死んだ人は思うのである。
人間はともかく科学技術でも先のことは考えない,核というものがどういう働きを人間にするかを考えない,まず科学技術はそういう社会的影響を考えないですべていいものとして推進されるのである。
そしてとりかえしつかないものとなり後悔する
カルマが苦しみとなりカルマを意識して後悔するのである。カルマとは人間の業であり
科学技術もまた人間の業として追及されてきたのである。
その結果として原発事故でありそのカルマに苦しむことになる

人間とは何かとなると道具を使うものというとき石を道具としたときすでに人間のカルマがはじまっていた,なぜなら石器は道具として生活で役に立つものでもまた武器ともなる殺人の道具ともなる,そういう人間の歴史は石器時代からはじまっていたのである。
ヨーロッパでは石のこん棒とか石の兵器が発達した,それは殺りく兵器として発達したことでもわかる
この殺りく兵器の発達が核兵器で頂点に達したのが現代なのである。

人間とはそういうカルマ(業)を背負ったものなのである。
そして科学技術文明は最終的に滅びることになる
マヤ文明は高度な天文学が発達したがカルト宗教のようになり人間が滅びる日まで割り出したが滅びた,知の限界に達して滅びた
核というのも原子力というのもやはり人間の知の限界に達して崩壊した
人間は全能ではないから限界があるからそうなる

人間は例え2000年前でも今日のことは予言できた,それがギリシャ神話とかなっていて警告していたのである。
それは宗教でも予言されていた,キリストの剣をもつものは剣で滅びるとは核をもつものは核で滅びるとなる
つまり人間のカルマ(業)はついには歴史的結果として現れるということである。
それはすでに石を道具としたときからそれは予想されていたのである。
石を道具とする人間の業(わざ)が業となっていたのである。
動物のようにそれができなければ今のような災いはないからである。
まさに災い(わざわい)は技(わざ)であり業(わざ)であり災いという漢字は火のことだったのである。これをみてもすでに人間が生まれてからその災いは予想されていたのである。
プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

プルトニウムの毒は二万年すぎないと消えないとかあるから同じである。
それだけのカルマをこの辺では背負った,それはこの辺だけではない,実際は広範囲に放物質で汚染されたのである。それはこのように消えないものとして毒が残る
それは人類的カルマだったのである。これはここだけではない世界でも起きることであり核兵器で人類が滅ぶというとき人間のカルマ(業)の帰結として起こる
そういうカルマを背負っていたのが人間だったとなる
原罪を背負っているというのもそうである。
人間は神の禁忌を破ったものとして罰を受ける宿命にある
それから逃れられない存在だともなる
それはこうして苦しみが現実化したとき自覚されるのである。
この辺はそのカルマを背負った土地になったということである。
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2017年10月10日

国と東電に責任 福島地裁が賠償命令 (今なおつづく原発事故の後遺症)


国と東電に責任 福島地裁が賠償命令

(今なおつづく原発事故の後遺症)


原発事故の補償は南相馬市でも避難区域になった所とならない地域30キロ圏内と外ではその差が大きかった,でも実際の放射線量はほとんど変わらないけど線引きされた
放射線量で決めたのではなく政府が勝手に線引きして補償金をおさえたのである。
補償金をそんなに払うことができないからである。

南相馬市でも30キロ圏外とその内でどれほどの放射線量の差があるのか?
ほとんどないのである。だから南相馬市内は一応補償金をもらった
でも相馬市でもほとんど放射線量など街内では変わらなのである。
だからその不満を相馬市で言う人はいた
南相馬市でも30キロ圏外になった鹿島区ではその不満が根強くある
それで小高の人とうまくいかなくなったのである。

そもそも小高は避難させる必要もなかったのである。
避難させたことがいたずらに混乱を招いたのである。
小高が避難しなければ南相馬市全体で一律の補償を要求すれば良かった
30キロとかで区切らないで南相馬市全体が一律に補償金を要求すれば良かったのである。そういうことは市政として市長でも率先してするべきだった
補償金で南相馬市の一体感は失われたのである。

今回の訴訟にかかわった人達は相馬市の魚屋をしている人と福島市の果樹農家だった
相馬市の魚屋さんは松川浦から魚を仕入れていたができなくなって売り上げが落ちた
この被害も大きいから補償してくれというのもわかる
松川浦の魚は新鮮だから高く売れるし前は行商にも来た人がいた
その女性は小高の人だったのである。
この辺での贅沢は松川浦の新鮮な魚が食べられることだった
ただ石鰈などは一匹2000円とかしたがそれでも新鮮だから価値があった
松川浦で漁師をしている人は二三日内にとれた魚しか食べないと言っていた
魚ではこの辺では贅沢していたのである。
それで会津の人に石鰈を送ってやったら喜んでいた
身知らず柿が送られたが石鰈の新鮮な方が価値があった

つまり漁業関係では漁師だけではない,それを売る人と食べる人もこの土地に生きる利点を失ったのである。それも被害だったのである。
ただ松川浦でも磯部でも右田でも烏崎でも請戸でも船主に対する不満が大きい
なぜなら松川浦に住んでいてもみんなが船主ではないから補償がないからである。
それは前から不満だったのである。
東電から補償金が定期的に事故前も入っていたし事故後も一番手厚く定期的に補償されるのである。だからいち早く立派な家を建てたのは船主だったとなる

ただそれでこの辺に生きるメリットは漁師だけではない回りの人も失ったのである。
だから魚では生活できないとかプログに出していた漁師がいたけどそれもなんなのだったとのかとなる
魚は高いから東京の方に出していたりしていた,地元ではそれだけ高いものを買う人がいないからだ,新鮮な魚はここでではない,高価に東京で買い取られて料亭で使われていたのである。
福島市の梨農家もそうである。贈答用の高級な梨で東京とかの方に売っていたのである。広域化グローバル化社会ではそうなるのである

相馬市でも請戸の人が船主だろう,特等室に入り家を建てるとか言っていた
それも相馬市で不満な人がいるのだからそんなことを言うと不満な人がでてくる
その時はそういうことはあまり意識していなかったのかもしれない
みんなが補償金をそんなにもらったわけではない,放射線量がたいして違わないのに
政府によって線引きされたのである。

とにかく原発事故は広範囲に被害があった,それはもう補償しきれない,だからその後でもなぜ除染に何兆円も使ったのか?
今放射線量を計ったらまた上がって同じになったとか報告があり除染はそんなに効果あるものでもなかった,そしたらそういう金を補償金にまわせば良かったとなる
何かそういう事故後の対策が誤っていた,金はゼネコンとか暴力団とかに流れたとされる政府の事故処理が失敗していたともなる
まず双葉大熊はしょうがないとしても浪江だったら全部を避難させたのかいいのか疑問になる,小高は避難させるべきではなかった
それがかえって復興できなくなさせたからである。
避難させた結果もう若い人達は生活は別になり帰らなくなったからである。
これは政府の事故処理の失敗だったのである。

いづれにしろ水は飲めないとかの被害はつづいている,ペットボトルを買うとなると金がかかる,それがいつまでも水が飲めないとなると金がかかる
それは相馬市でも同じでありその分だけでも補償しろとはなる
ただその補償金も国民の税金になるから今度は国民が非難する
そういうジレンマに陥っている
こうして南相馬市でも補償金のために分断されたのは政府で小高を避難区域にしたことや30キロとかで線引きしたことでそうなった
それに対して南相馬市では無策だったとなる
ただ鹿島区は補償金をもらえる地域ではなかったが南相馬市ということで少ないがもらったのである。でも鹿島の人達は不満が根強くある
小高の人達に対して不満が大きいのである。

一応政府と東電が津浪が予測できたということで責任が生じて訴訟で勝った
その文書が出てきたのは最近のことである。
それも隠されていたのである。もしその文書が公にされて問題になったらこの辺にそんな大きな津浪が30年以内に来るかもしれないとなると大騒ぎになったろう
この辺では津浪は来ないとされて関心がなかったからである。
それが隠されたのはなぜなのか?
政府ではその対策をしなかったのはなぜなのか?
金がかかるからであり知らせたくなかった
それが致命的結果になったのである。

科学者はやはり30年以内に8メートルなのか10メートルなのか大きな津浪が来ることを予想していた,だから科学者はやはり今の社会では大きな役目があるからこそ社会の中枢にあり指導者になっていることがわかる
またそれでけ科学者の責任が重い社会だということもわかる
そういうことが科学者にも自覚されていたのか?
核自体があまりにも危険なものだから科学者が扱うから科学者の責任も問われる
ただ政府とか東電とかの命令で何でもしていいのかともなる
湯川秀樹博士がフクシマの原発を作るとき時期が早いと言って反対した
でも技術的に未熟でも最初にフクシマに原発が作られたのである。
それはアメリカの命令でなったというのもあるだろう。
その時はまだ日本に原発を作るのは無理な面があったが強行されたのである。
そして安全性も無視されていたのである。

原発は国策だからどうしても政府の責任が重くなる,現実にその事故のしりぬぐいは税金でしている,国民がその膨大な補償金を支払っているのである。
結局政府の責任は国民の責任となり税金を支払わせられている
だから国民が原発に対して反対すべきなのである。
でも国民が全部反対ではない,電気連合なども核兵器には反対でも原発には賛成していたのである。なぜならそこで働いているから金をもらっているかそうなっていたのである。国民が反対すべきだといっても利害関係がありみんながそうはならないのである。

でも結局人間は必ず誰かが責任をとらされる,戦争では国民が3百万人死んだとか責任をとらされる,この辺では水もまともに飲めないとか住めなくなるとか責任をとらされる
国民は莫大な補償金を税金でとられるとか責任をとらされる
だからそんなに責任をとらされるのなら原発はいらないと国民も言うべきなのだが全部はそうはなっていない,賛否両論がある
原発は一旦事故になったらこの辺のような甚大な被害になるということを知らせた
水も汚染されて飲めなくなる,土も汚染ささて食物もとれなくなる,森林も汚染されて木も利用できなくなる,空気さえ汚染されて住めなくなるのである。
そういうことを国民は知ったのだからそれで原発をまだ必要になるのか?
そのことが理解できないとなる
posted by 老鶯 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年10月07日

原発事故でも肝心なことは知らされていなかった (10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


原発事故でも肝心なことは知らされていなかった

(10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


不思議なのは東電では津浪が来ると予想していた,それも10メートル以上の津浪が来ることを予想していた,でもそれを知っている人は東電のみでありそこに住んでいる人は知らない,知らないというより知らせられない

肝心の情報が知らされない

今回の原発事故でその前に肝心な情報は知らせられない,事故が起きたときもスピーディで計測されたが知らせられない,浪江町は知らせられないから津島に逃げることを町長が決断した,そこは一番放射線量が高くなる場所だったのである。
ところが東電の社員がいてその人は放射性物質がどう流れるか知っていたのである。
それで街の方に引き返した方がいいと言ってみんなそれに従ったのである。

つまり街とか海岸地帯は放射線量は高くなかった,原発の煙突が見える請戸港などでも
0・5マイクロシーベルとだったのである。
山の方に避難するより街に留まっていた方が良かったのである。
要するに事前に放射能のことなど何にも知らされていなし地元の人はわからなかった
教えてももらえないしまず「安全神話」が作られていたのだから危険ということばタブーになっていたのである。
それは戦争で負けるという言葉がタブーとなっていたのと同じである。

原発というのはとにかくもともと教えられても理解するものがむずかしすぎる
すると専門家は素人にわからないものとして教えないし重大なことも知らせないのであるマスコミも莫大な宣伝費をもらっているから追及しないし重大なことも知らせない
福島民報は県で半分株をもっている官報なのである。福島民友でも原発のことは何も言わない,推進派になっているだけだったのである。

自分の住んでいるところなど30キロ圏外だから遠いから原発にそれほど関心をもっていなかった,ところが小高に東北電力で原発を建てることが決まっていたのである。
すでに工事がはじまるところだったが今回の事故でとりやめになった

小高に原発を建つことを知らなかった

実は意外とこれも小高となればすぐ近くでも東北電力で原発を建てること知らない人が
多かったのである。その時小高は合併前だから南相馬市ではなかった
ただ大工さんが原発建つから景気良くなると言っていたのはそのことだったと今ではふりかえる,その人は津浪で家は半分浸水して今は住んでいない

現代は情報化社会でも肝心なことが知らされないことがある
なぜ東電が科学者のチームで10メートル以上の津浪が来るということを予測していたのにそのことが報道されなかったのか?
それは原発はもともと隠蔽体質があり「安全神話」が作られていて重大なこと危険なことなど知らされなかったのである。

10メートル以上の津浪が来る

もしこれを知っていたならこの辺ではそんな津浪が来るのかと警戒したかもしれない
浜通りでは津浪は三陸の方にきてもここには来ないと確信すようにまでなっていた
まず津浪のことなど話題にもならない,チリ地震津浪は経験していてその時は海に見にゆくくらいだからそんなものとして意識されていなかったのである。

郷土史で津浪の後に津浪の伝説があったとか相馬藩政記に生波(津浪)で700人溺死とか二行ばかり記されていたがそれを知っている人などいなかった
津浪には全く関心がなかったのである。

だから東電で10メートル以上の津浪が来ると予測していたことは科学者はやはり今の時代では頼りになるものだと思った。
ただそれを知っていても備えなかったのである。
そして知らせなかったのである。

津浪のことでは相馬市で街の近くまでボーリング調査してその辺まで津浪が来ていたという報告が自分も時事問題の深層に書いていた。
それは津浪が来る前の7年前だった,でもそれは別に危機感があって書いてわけでもない
そんなことがあったのかという軽い気持ちであり津浪が来るなど予想しない
それは貞観津浪の時代のものだったらしい,慶長津浪のことは良くわかっていなかった

原発は「安全神話」で隠蔽されていたし報道関係も巨額の宣伝費で真実を伝えなかった
だから肝心なことを知らされなかったのである。

もし東電の10メートルの津浪が来るということをみんなが知って危機感を覚えたらそんな高い津浪がこの辺に来るのだと危機感をもちいち早く逃げて助かる人もいたかもしれないあんな高い津浪が来るなどこの辺では誰も予想しなかったし第一津浪はこの辺ではこないと思っていたのである。それは確信にもなっていたのである。

「安全神話」であらゆる危険情報を隠蔽していた

そさを知らせるものはいなかった,知り得ようがなかった
それは国家もかかわっていたから国家的機密ともなり知らされなかったのである。

もし10メートルの津浪が来ると東電が試算したとなると大騒ぎになる
でもその大騒ぎになることでこの辺でもそんな高い津浪が来ると警戒するから津浪に対する備えをするようになっていたかもしれないのだ。
もしそうなっていたら東電に今度は感謝したとなる
もちろん事故に対してはそうではないにしろ津浪のことを警戒して死ぬ人が減っていたかもしれないのである。その情報は命にかかわることだったのである。

ともかく民主主義は情報の公開義務がありそれがなされないと今回のような重大事故になっても事前にとめることもできない
「安全神話」になれば危険情報は一切出てこないからである。
そうなると事故がないのだから避難訓練などする必要もない
もし避難訓練などすれば原発は危険だとなり原発はやめろとなるからだ

ただ都政でも小池知事が情報公開を約束したが守られないないとか隠蔽される
権力があるところは真実を隠蔽する,警察などでもそうである。
そうなると誰も責めることができない,マスコミなどの使命はそうして真実を報道する義務があるのだが宣伝費をもらっているからできないとかその使命を果たしていないのである。それで民主主義も機能していない
そして肝心なことを報道しないでどうでもいいことを報道しているのである。

それぞれの職業にはそうした社会的役割使命が課せられている,でもそれが守られていない,金でゆがめられたりその使命が果たせないのである。
だから民主主義も機能しないから大事故にもなり誰かが責任をとらされる
今回は地元の人が否応なく責任をとらされたのである。
戦争のときは3百万人が死んで国民が責任をとらされたのである。
政治家とか官僚とか東電の幹部などは責任をとらない,戦争のときもそうである。
それで最近死んだ都築詠一氏が昭和天皇は責め続けていたこともわかる
一番の責任は天皇にあったともなるからだ,ただこれもタブーになっているから誰も責めないのである。
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2017年09月29日

なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか? 本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む


なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか?

本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む 


電力関連に国家公務員71人天下り 福島原発事故後 経産省最多17人(東京) 電力業界と官僚の“癒着”を裏付け

経済産業省(17人)海上保安庁(16人警察庁(14人)・・・・

恥知らずな東京電力の清水正孝前社長は、東電が筆頭株主である企業の小会社に天下りしました!しかし、私たち皆で共に力を合わせれば、取るべき責任を果たしてこなかった前社長を、就任した新たな役職から引きずり出し法廷の前に立たせることができます。 

清水氏に天下りを許すということは、史上最悪の原発事故に対する説明責任に真っ向から対立するものです


東電に警察・公安から天下り多い理由 暴力団からの「用心棒」

関西電力の話だが、1990年代に進められた石川県の珠洲原発建設計画(2003年に中止)の用地買収に協力した暴力団組長が、見返りとして関電に30億円を要求したことが明らかになった。民間同士の取引なので事件化することはほとんどないが、この種の話は東電でも腐るほどあった」

 東京電力に警察・公安関係組織の天下りが多い理由もここにある。

 <東電:官僚天下り50人以上 ゆがむ原発行政(1)> 
東京電力に「嘱託」などの肩書で在籍する天下り中央官僚が47人。
「顧問」ポストも加えれば50人を超え、
出身は所管の経済産業省から国土交通、
外務、財務各省、警察庁、海上保安庁と多岐に。毎日


原発事故を追及してわからないことがなぜ検察はまた警察は東電の幹部を逮捕したり捜査したりもしないのだろうかということである。
これだけの事故を犯して何の罪にも問われない,海外の子会社に移ったり清水社長も天下りしている。
このことがどうしてもわからないことだった

●なぜ東京電力を家宅捜査しないのか?

通常一般企業では事故を起きたりすると列車事故にせよ,食中毒にせよ,すぐに警察は家宅捜査する,東電は一切そのようなことが行われない

細野豪志補佐官(当時-原発担当大臣)も追及していた

「警察から東電へ天下りしている元警察官が32人もいるのは多すぎないか。
しかも東電は栗本英雄顧問(元刑事)をはじめとして,彼らの職務内容を明らかにしていない,反原発運動の情報を警察から提供されたりそういう運動をおさえこもとして私兵として使ったりする見返りに業務と関係のない,元警察官を大量に雇用しているのではないか?」

22年前も電力会社を守っていた警察

核燃料サイクル施設の建設をめぐり強い反対運動が起きた
その中で反対派の中川登の車だけが駐車違反で検挙される事件があった
このような人気のないところで警察官に職務質問を受けるような事態になるとどのうようないいがかりをつけられるかもしれないと逃げた

●今も変わらない警察と電力会社の蜜月関係

「六ヶ所に原燃PRセンターがある,この施設に入場し,展示物に「反原発」などと記された名刺大のシ-ルを20数枚はったとして青森市の男性が野辺地署に住居侵入容疑で緊急逮捕された,ようきの変のへ辞し大制がど料ろっ。

たかがシールをはったくらいで本州の北端から東京まで捜査員を派遣する力の入れ方をみるとこれは到底野辺署単独の判断とは思えない
青森警察本部,いや警察庁としての意思を強く感じるのだ

またその一方で一民間企業でしかない,東電本社前を機動隊が警備して会長宅を多くの警察官が守っている,こんな現実が当たり前になっている現実を忘れてならない

今回の原発事故であきらかになったことはいろいろある。
東電とか電力会社がいかに大きな権力をもっていたか判明した,それがなぜそうなっていたのか?電力というのが今の社会では欠かせない重要なものであり要になっている
そこには莫大な金が入る,東電でも国家なみの巨大企業だったのである。

一見政治家とか官僚が力をもっているとみるがそうではないという,
実際の普通は目立たない,表に出ない人達だという,それは東電の幹部のような人だったのである。
なぜなら金の出所が電力関係の会社からでる,マスコミでも800億円とか電事連から出ていた,電力会社はそれだけ金を稼ぐのである。
その金で今度は政府関係者,政治家でも官僚でも検察でも警察でも雇うことができるのだ

検察も警察も東電(電力会社)の用心棒だった!

今の社会の悪は見えにくいのである。金持ちの商人でも良く役人にワイロをやったり用心棒を雇ったりしている,その悪はどぎつく明白なのである。
だからその悪はわかりやすいけど現代社会の悪は見えにくいのである。
むしろ警察などは正義の味方だと普通は思っている
悪い人も逮捕しているではないか?
でも本当の巨悪には大きな権力には警察も対抗できない,かえって用心棒になっていたのである。

太宰治の生家は有名である。そこは煉瓦の高い塀がある,それは小作人などが不満になり家におしよせて打ち壊しなどしないために作られた
そして警官はやはり太宰治の家を守るために配置されていたのである。
今でも東京辺りの金持ちは高い塀で囲んでいるし外国だと私設の警備員を雇っている
銃撃戦までしている,一見現代は何かそんな露骨な悪はないし警察などは庶民の味方だと見ている
しかし検察でも警察でも弱い者の味方ではない,かえって権力を笠にきて弱い者いじめをするのも警察なのである。強い者にはかえって弱いのである。
権力には常に権力の濫用が起きてくるのだ

それは政治でも今の自民党のように一党独裁のようになるとやり放題になる
警察にしても権力をもっているからその権力の濫用が起きてくる
権力というはそういうものである。
悪い人間が権力をもつと怖いことになる,警察では様々な警官の悪辣の事件が隠蔽されいる,警察の仲間意識は強い,それは公務員でもいえるし会社でも言える
そこで既得権をもち利益を得るのである。

警察はその他ハチンコ業界ともつながり金を得ている,それはもともと暴力団がしていたことである。何か警察と暴力団はにている面がある,座頭市では関八州でヤクザが警察の肩代わりをしていたからである。
警察でも何かブラック会社ともなる,それは東電の用心棒のようになったりする
そうして上のものだけが得して庶民は重税にあえぐ,それはいつの世もあったが現代というのはそういうことが露骨には見えない,わからないのである。
東電があんなに大きな国並の会社だと思わなかったからである。
だから賠償金でもその額が巨大なのだから驚くし除染作業でも国がかかわると莫大な金がでる,それはみんな税金なのである。
その税金は復興に使われたというのではなくゼネンコから暴力団に流れたりだまされたりもして最近では南相馬氏で10億円が復興事業に金が国から出たがだまされたというのがあった

ともかく警察は誰の味方なのか?

国民や市民や庶民の味方なのか?


憲法第15条第2項

すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
公務員に金を払っているのは国民である市民である。いかに東電が電力会社が大きくてもそれは一部なのである。その一部のものと利害関係を結ぶのは法律違反になる
公務員は警察でもそうであり国民に奉仕するものであり国民が主体であり国民を害するようなことはしていけないのである。
それが警察の場合,警察や警官自体が自覚していない,国民も市民も警察を怖がる
何かスネに傷もたない人はいないからである。
ただ警察に月給を払っているのは国民である。もし私的警備員のように会社が雇うなら別である。警察を雇っているのは国民だという自覚が国民側にも必要なのである。
警察側にも国民が月給を払い国民に雇われているという自覚をもつべきなのである。
それが東電に天下り先を確保するからと東電の用心棒になることは国民にとって許されないことなのである。
そんな警察ならない方がいいとなる,自警団を組織した方がいいとなるのだ。
なにか今の社会はそうした本末転倒が起きているのだ。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
そういう自分たちの生きる場を奪われる,その危機感をもつべきだったとなる
警察は東電の用心棒であるときそれも国家権力なのだからどうして対抗できなるのかとなる
それは市民が自覚して対抗しないかぎりできないことである。
こうして本に出して訴えているのはこの本の著者くらいで他はあまりないというときそれだけマスコミ関係もとりこまれているし警察権力の前に何もできないとなる

権力というのが誰が本当はもっていて動かしているのか?

それは政治家とか官僚とかマスコミでもなかった
東電とか電力会社でありそこから金が出ていたからそうなっていた
そういう巨大企業は政権交代もないのだから権力が安定している
政治家は選挙で落とされるとただの人になる
東電はこれだけの事故を起こしてもつぶれない,それは国家をもとりこむ権力があるからだとなる,事故後もやはり天下りが海上保安庁と検察警察関係が一番多いことでもわかる権力構造は事後前となんら変わっていないし警察は東電は何もしないでかえって用心棒となり警備しているのである。






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2017年09月19日

文明は滅び生態系は残る (原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明は滅び生態系は残る

(原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明とは何かというとき様々な見方がある。だからいちがいには言えない,でも幾多の地球上の文明は滅びたのである。

文明を作ったものは人間である

生態系を作ったものは神である

文明の象徴としてエジプトのピラミッドなどがある。エジプト文明は三〇〇〇年つづいたというから寿命が長かった,その寿命が長いのはもともとエジプト文明はナイルの賜物というとき生態系に依存して作られていたからである。
その生態系を壊さないように作られた文明なのである。
だから今になると様々な動物が神になっているのはそれは生態系の中でこそ動物は生きられる,生態系が破壊されたら動物は生きられないのである。
農業は生態系に依存している,そしてこの辺で鷺が一時いなくなった
それは田んぼがなくなったからである。田んぼには鷺の餌となる蛙とかがいたからであるその田んぼが回復したとき蛙も増えて鷺も増えたのである。
そして元のように川の竹藪の所に鷺の塒ができてコロニーが回復したのである。
飯館村では田んぼもないから蛙もいてもわずかだし鷺もいないとなる

生態系があって生物は生きられる,人間もその生物の一種だから生きられる,ただ現代はその生態系が文明の系統になっている
東京など大都会には田んぼもないし土も見ることもできない,だから生態系とは関係なく存在しているように見える
時々ダムの水が渇水状態になったとき水がなくなるということで生態系に依存しているということを意識する,でもなかなか大都会では生態系を意識するということができない
でも上流の水がやはり放射能で汚染されたとき生態系が汚染されたということを東京でも意識したのである。

生態系が破壊されたら文明も滅びる,なぜなら文明は人間の知恵で作ったものであり生態系は神の知恵で作ったものだからである。
人間は絶対に神の知恵を越えることはできないのである。
たからこそ人間の知恵で作った文明は滅びるのである
不思議なのはマヤ文明でもピラミッドに神殿が森に埋もれてしまった
同じように原子力文明も森に埋もれるというのもにている

チェルノブエリでは森が復活してヘラジカがもどりそれを餌とする狼がもどってきたのである。田んぼが復活して蛙が増えて鷺がもどってきたのとにている
ただ放射能汚染で怖いのは遺伝子が損傷すると次の代からさらに次の代まで影響するとも言われる,それはどうなるかはわからない未知のものとしてある。
原子力,核の恐ろしさは生物の種を絶えさせるとかなることにある
もうそうなるとその土地には人は生きていけないのである。

文明とは何か?それは人間の知恵で作ったものであり人間が神のごとくなることである。
神のごとくなるとはどういうことか?原子力文明では科学者が神のごとくなることである
マヤ文明ではやはりテクノクラートが天文学の高度な知識をもったものが支配階級になっていたのである。
文明が崩壊するとは滅びるということはどういうなのか?
マヤ文明は何か最後はカルト宗教のようになり迷信的になり滅びた
それはそこに知の限界が生じたからである。
原子力でも人間では操作できない,知の限界が生じたのである。
人間の知恵で作ったものが崩壊して滅びるということである。
ただ生態系に依存した文明は農業文明は長寿になる
でもその上に築かれた文明は崩壊して滅びているのだ

そして資本主義は農業に関しては土地に関してはなじまない通用しない,物を効率的に製造するようにはいかないというとき農業は生態系に属しているからである。
生態系を離れてありえないのである。資本主義は土地の生産性をあげようとしても生態系に依存しているからできない,二十日大根があるとすると大根を早く作ろうとしてもできない,それは土という生態系に依存しているからである。
資本主義もまた反生態系であり資本主義が生態系の環境を破壊するというのもそのためである。経済をすべてとする原理は生態系とは相いれないのである。

原発事故は原子力文明の崩壊現象が起きたのである。
なぜなら原発を支えてきたのは科学者であり政治家であり官僚でありマスコミであり今の支配体制を作るものが一挙に崩壊したからである。
その誇りも砕かれたからである。
それられの人達は国家を形成するものたちでもあったからだ
だから国家自体の崩壊現象が起きたのである。

つまり必ずしも国家と生態系は今や一致しない,江戸時代あたりの農業社会だったら一致していた。これだけの科学と技術とか大規模な経済をになうとなるともうそれは今までの農業文明などとは桁の違う世界に生きているのだ
この辺では国家権力によって地方の生態系が破壊されたのである。
国家権力が地域を破壊する,地域の生態系を破壊するのである。
それは一種の人間の奢りに対する神からの罰だったともなる
それはギリシャ神話時代から指摘されていたことである。

人間の知恵で作った文明は滅びる

神の知恵で作った生態系は残る

ただ神の知恵で作った生態系も実は完全ではない,弱肉強食の世界は神の御意にかなったものではないから是正されることを聖書では説いている
いかなる文明も砕かれその誇りも砕かれる
これからもそうである。AI文明人工知能文明だろうが何かの原因でつまずき崩壊する
AIといったってそれもしょせん人間の知恵で作ったものだからである。
神でもなんでもないからである。

人間はいくら努力しても理想社会は生れない,人間の知恵では作れないからである。
最終的には神による天国の創出であり神の業による天国の形成である
だから人間の知恵ではできないのである。
いくら文明が発達したといってもただ実際は変化しただけであり人間の心は罪に汚れ変わっていないのである。ただその形が変わっただけであり人間の悪はぬぐいされないのである。機械が発達すればその機械で悪いことをする人がいる
核を発明すれば核を悪いことに使い核戦争になり人類が滅びるとなる
いくら科学技術が発達して人類には平和は来ないのである。
そこに人間の限界がある。その限界の故に必ず文明は滅びてきたしこれからも滅びるのである。
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2017年09月05日

核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む (すでに原発の危険は予見されていた)


核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む

(すでに原発の危険は予見されていた)

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福島原発の歴史
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この本は1979年発行でありすでにほぼ40年前のことにもなる
ただその時から事故がありフクシマと同じようなことが起きていたのである。
それはスリーマイルとかでもない,それ意外にも事故がありそれは火災事故だったのである。

この統計は1978年である。フクシマの第一原発は1971年3月に1号機の営業運転を開始しである。

図を見ても日本は原発を作るの早かったしその時すでに世界で3番目の原発国になっていたのだ,それはやはり人の技術力が高いから受け入れることができたのか?
アメリカの強引なおしつけがあったのか?その辺はわかりにくい。

この本の題名が核文明の恐怖とあるとき現代の文明が核文明になるということを予想して書いていたのである。
この時東ドイツとあるからまだ東西ドイツが統一されていない,その時ドイツも原発が多かった,その後はやめた,フランスが日本より原発が少なかったというのも意外である。やはり日本はアメリカの影響があって原発が多くなったのではないか?

原子力産業は比較的歴史が浅いことを心にとめておく必要がある。
アメリカでは商業利用がはじまってからわずか25年であり,核兵器生産がはじめられてからも35年しかたっていない,癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがあるから私たちはやっと放射線の影響を経験したばかりなのである

様々に放射線の影響が言われる,

癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがある

こういうことがあるとする母親などは異常に心配するからもう故郷には原発避難区域には帰らないとなる,最も危険なのはプルトニウムだとこの本で著者は言っている
要するに核のことは人間はわかっていないしその危険性を無視して原発は造られたのである。歴史が浅いというとき未熟な知識ではじまり今でも放射線がどういうふうに人間の身体に環境に影響するのか正確にわからない,だからこの辺はモルモットにされているのである。放射線の影響は長期的なもの次の代とかその次の代にも影響するとなるから深刻なのである。

原子力発電所の設計は著しくこみいっていて自分の専門分野以外の人の仕事を理解しない-お互いに話し合おうともしない-実際原子炉を建設したり運転したりするのにその全体の過程を統合するような役割の個人やグループは全く存在しない

これはフクシマ原発でも同じであった,肝心の吉田所長が復水器のことを知らなかった,それは自分の専門分野ではないからだったと言っている
そして東京の本部との意思疎通もできなくなっていたのである。
要するに誰ももう原発を制御できるものがなくなっていたのである。
最後は自動化しているから機械が暴走して破綻するとなるのである。
人間の力では制御できない代物になっているのが原発だったのである。
それは現代文明全体に言えることである。その全容を知るものはいない,何か巨大な事故があったらもう何もできないのである。

ブランズ・フェリー原子力発電所はいまだかつて火災に対する安全検査をやったことがない,この事故で誰も地域の役所に事故を知らせなかった,実際緊急避難措置はいっさいとられなかった

「安全装置は絶えず工夫が施されているが莫大な金がかかったり原子力産業のスケジュールに都合があったり政治的圧力がかかったりするために安全装置の効果について評価を正しく行うことはほとんど不可能になっています」

これもこの辺の事故と同じだった,浪江の人達は津島の山側に避難した,そこは一番放射線量が高い地域だった,町民には自治体には何も知らせられなかったのである。
ただ東電の社員がいて山より街の方が安全だとそれに従って街にもどった人達がいた
それが正しい判断だったのである。放射線のことを知っていればそうなる
実際はスピーディでそれがわかっていても知らせなかったのである。
アメリカにいち早く知らせていて自治体には知らせなかったのである。

安全装置にしても原子力村とかが形成されて政府の安全委員会など何もできない飾りだったのである。要するに何もしないで多額の金をもらっていた人達が原発には多いのであるそういう人達にとっては原発はいいものだったのである。
東電から巨額の宣伝費が電事連からは800億もの宣伝費が流れていた
そしてそまマスコミの幹部が東電によって中国に招待されていたとき事故が起きたのである。朝日新聞社加わっていたからマスコミで原発に反対するものはなかったのである。
創価系の雑誌でも東電から宣伝費を二番目くらいにもらっていた
原発は金のなる木だったのである。地元でも金がばらまかれた,特に漁業権のある船主は原発御殿が建っていたとかあとでわかったのである。
それも今になると罪深いものだったとなる

原発はまだ歴史が浅く未熟な技術だけでその効果が大きいから安全を無視して作られてきた,それがまた核兵器と結びつき軍事力としての相乗効果があり作られてきた
電気を作るだけではない軍事力として欠かせないものとして作られていたのである。
だからこそこの本では核文明としているのである。
そしてこの辺の事故では核文明の崩壊したと自分が書いたのである。
土や水や空気や人間の基本になるものが汚染されたら住めないしそして放射線の影響はどうでるのか何代も見なければわからないという恐ろしいものだったのである。

なぜそれだけ危険なものを作ったのか?それは核の魅力が大きいからそうなる
北朝鮮を見ればわかるだろう。あのような小国でも核をもてばアメリカと対等に戦えるからである。だから実際は人間は核を操作できないものでも無理して操作していたのであるそれが大事故で核文明そのもの崩壊となりこの辺は住めなくなったのである。
湯川秀樹博士が原発を作るのはまだ早いとして作るべきではないとしていた
つまりまだ日本でも原発を作り操作できる技術はなかった
原子力の歴史は浅いしまだまだ操作できる状態にはなかったのである。

でも無理やり作ったのは政治的な圧力とかアメリカの圧力とかいろいろ科学的技術的問題ではないものがあり作られてきた,
文明の崩壊までになるようなものをなぜ作ったのか?
文明が崩壊したらもとこうもない,終わりだとなるからだ
それなら人間は極端になるが炭をエネルギーとして細々して生き延びる方がいいともなるからだ,文明が滅び水も土も空気も汚染されたら住めないからである
そして遺伝子が損傷して何代にもわたり影響するとなると種の滅亡ともなる
人間はもう絶滅するということである。

そんな恐ろしいものを科学者もとめられなかったしそれ突き進んで行ったのはなぜなのか?
何かそこに人間の業(カルマ)があり人間滅亡,文明滅亡の宿命を核によってもたらされるだからさけられないのか?何かそういう人類史の最後に核が現れ文明は崩壊するのかとなる
posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月02日

意思疎通できない連関なき社会 (そしてコミュニティが破壊される)


意思疎通できない連関なき社会

(そしてコミュニティが破壊される)


話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


ここでも書いたけど田舎だったら意思疎通できていたように見られる,でも高度成長以後はやはり田舎でも会社員化して意志疎通ができなくなる
自分の家で店をしていたとき野菜は近くの農家から買ってきた,それは自転車で買ってきていたのである。姉は力持ちだから大きな箱に積んできたのである。
すると近くの農家と親密な関係が生れる,そしてその頃は店が個人の店であり狭い範囲にあった,するとその狭い範囲で暮らしているから親密になる
一方でいいろいろかんぐられるので嫌な面もでてくる

大工でも地元の大工が家を建てるから地元の大工と親密になる,今建て売りであり外部からきた人が建てる地元の人とは関係しない,建売は組み立てるだけである。
この辺では新しい街が一つできるくら家が次々に建った
それはみんな外部から来た人が建てたのであり地元の人は関係ないのである。
するとそこでも地元の人でも意志疎通がなくなる

意思疎通ができないというときタニコウはこの辺で大きな会社である,でも友伸エンジニアリングも建物を見れば大きな会社であり工場である,それはすぐちかくの小池にあったでもタニコウの人は知らなかったのである。
それはなぜなのか?何らか仕事でつながりがなければ共同しなければ近くでも無関係になるのである。
現代とはそういうことが非常に多いというときそういう文明社会だとなる
ピカートの言う連関なき社会でありそこからヒットラーが生れた,ナチスが生れというとき無数の部分になりそれらがどう結びついているかなどわからないのである。

鉄道があるとして車をもっている人は乗り方さえもわからなくなる,すると鉄道を残せといっても車の人は利用しないから関係ないとなる
ただ車で駅前に来ることがあり駐車したりして駅に来ることがある,ここでは道の駅がないからランドマークとして来るのである。駅にはそういう機能がある
そこで関連してくることはある

こうして江戸時代なら村とかで濃密な意志疎通していた,しなければ生きていけないような社会と今の社会はあまりにも違いすぎる
広域化グローバル化社会になればそうした狭い範囲の意志疎通より金が大事になる
金があればどこでも生きられる時代である。人間の意思疎通は金になったともなる

大量の物は野菜でも遠くから来る,外国からも来るからである。
すると自分の家で小さな店をしていたときのように近くの農家も関係なくなる,関連しなくなる,こうした小規模な店とかは戦後増大した,それは大きな資本が無くてもできたからである。でもスーパーになったときそうした小売業は姿を消した
そしてシャッター通りになった。

ここで問題なのは大資本が介入してくると小さなコミニティは破壊されやすい,そうして根こそぎコミニティが破壊されたのが原発事故であった
そこには国家権力もかかわり巨大企業である東電がかかわりそれに付随してマスコミとか検察とか警察までもかかわるとなる
国家権力によって自治体が崩壊させられたのである。

そういう巨大資本とか会社とか国家権力でもマスコミでも小さな自治体に介入してくると根こそぎコミニュティは破壊される,マスコミで自治体の争いに介入してくる
そもそもそれは自治体内で解決するのが望ましいのである。
内部の事情に通じない場合があるからだ

そのことで自分が駅で警察に職務質問されたのもそうである。誰かがあやしい人がいると通報したのだが警察まで来て介入すると田舎の平穏な生活がコミニュティも破壊される
つまり大企業でも国家権力でも力が強すぎるからそうなる。
それに小さな自治体は抵抗できない,そしてコミニュティが破壊される
この辺はズタズタに破壊されたのである。

巨大な国家権力機構,大企業とかかかわると一自治体はもろくも破壊される,
狭い範囲内の意志疎通もできなくなりただ巨大な権力によって自然まで破壊されたのである。
それは東南アジアの森林が巨大企業にかいしめられてオランウータンが住めなくなったのとにている,その企業が日本にもあり銀行が融資しているとき銀行もかかわっている

とにかく意志疏通がない社会とか連関性がない社会は文明は最終的にどうなるのかと思うピカートよればナチス化する社会になる,カルト宗教団体もそれとにている
それは疑似コミニュティであり本当のコミニュティではないと言っている
そういうものはナチスのようになる危険がはらんでいる

いづれにしろ意思疎通がない連関性なき社会は文明は何かの調子で崩壊するかもしれないそして自動化社会というのも意志疏通が連関性がなくなる社会なのだ。
一見確かに便利だがすべて現代文明は機械化自動化しようとしている
人間の意志に関係なくそうしようとしているからだ
するとすべてが機械化自動化するとその自動化することによって機械でもコンピューターでも制御不可能になり暴走して自滅するともなる

文明社会が核分裂状態にあるというのもわかる,無数の部分に分裂して連関がなく意思疎通がなく自滅する自壊してゆく,その例がこの辺の原発事故による惨事だったのである。

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2017年08月24日

なぜ復興ができないのか? (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)


なぜ復興ができないのか?

 (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)

戦後の焼け野原からなぜ日本が復興できたのか謎である。焼け野原になった写真を見たらあまりにも絶望的だからである。津浪の被害でも原発事故の被害でもあんなふうにはなっていない,津浪の被害も悲惨だったがまだ一部なのである。
そんなところからなぜ戦後の復興ありえたのか?ふりかえるとその当時を生きた人達は団塊の世代の親やその前の人であり死んでいる人が多くなった

ただ団塊の世代は子供時代の貧乏を経験している,みんな家には電化製品はなにもない,飯台一つしかなく炭であり竈でご飯を炊いていたから手間だったのである。
洗濯は近くの小川でしていたし洗濯板でごしごし洗濯していたのである。
そういう時代があったということが今になるとはるかに昔になってしまった
それは自給自足の生活の延長だったのである。
だから卵は贅沢であり玉子焼きが食べられるようになったとき豊かさを実感したのであるただその時農家は鶏を飼っていたら卵を食べていた,農家の方が贅沢だったのである。
物がない時代,自給自足しているような農家がかえって豊かだったのである。

日本がなぜ戦後焼け野原復興できたのかというとき朝鮮特需とか軍需経済から民間経済にシフトした,軍需に労力を費やすことをしなくて良かった,世界の環境でもアメリカがソビエト連邦とかを敵視するようになり共産主義の驚異を感じていたので日本をその防波堤としようとした,何かそうした世界情勢が味方した。
それにしてしもなぜあの焼け野原が10年とか20年で復興したということは驚きである。
日本の底力があったということになる,日本は戦争でも一丸になるし挙国体制では得意である。切り換えも早いということがある,日本の国民性が復興をできた推進力だったというのもわかる

それに比べてなぜ津浪とか原発被害地域が復興できないのか?
それはその当時の情勢とあまりに違う,なにもかも豊かになりできあがった社会が崩壊した,戦後の焼け野原も同じじゃないかというがその時は回りもみんな同じ状態だった
今は回りはみんなやはり同じように豊かな便利な生活をしている
するとゴーストタウンのようになった町や村を見て愕然としてしまうのである。
何か住めないという感覚になる,それは理屈ではない,実感である。

戦後焼け野原になったとき戦地から帰ってきた引揚者がこの辺だと町内から近い小池でも開墾に入った人を知っている,引揚者は浪江でも対馬とか飯館村でもそうだしどこでも不便な不毛な地域に入ったのである。
今ならそんなところに開墾などに入らない,でも仕事となるものがないからそうなった
食料も何もないとなるとそういう難儀な場に人は入ってゆくほかないのである。
もし今のように回りが豊かな生活していたら別である。
人はそんな所に入って行かないのである。対馬では中国人の嫁が夫を都会に出たいと鉈(なた)で襲った事件があった,あんな山の中だとは思わずそうなった

なぜ原発避難者が帰らないのかというときこうした時代の影響が大きい
何でもある便利な豊かな社会に生きていたときそれが突然ゴーストタウンになったとき
もう帰らないという選択をするのも当然だとなる
小高だったら隣の街に行けば前と変わりない便利な豊かな生活をしているからここに住んだ方がいいとなる,飢饉のとき越中からの移民がなぜ来たのか?
それはその時越中などの移民も苦しい生活をしていた,それで土地があるなら与えられるならと移住してきたのである。農業が主の時代だと土地が与えられるならそうなる
今は農業主体の生活ではない,みんな会社員なのである。

ただ故郷に老人だけが取り残される,老人ホームも立派な建物があっても小高では人手が集まらないので再開できないのである。
そのことはここだけではない,ここでは何でも極端なものとして起きている
第一老いた親を残して肝心の子供たちは去り他で別な生活を築くようになったから帰ってこないのである。
でも親を捨ててその親を今度は残った人達がめんどうみろというのも勝手に思う
親を引き取るならいいが残された人たちがめんどうみろというのも勝手だと思う
親は故郷に住み死にたいという気持ちはわかる
でも誰が最期に世話するのかとなると残った人達になるのか?
帰らない人達は親を捨て残った人達が世話するというのもまた勝手だとなる

結局街はどうなってゆくのか?ゴーストタウンとなり残された老人が幽霊のようにさまようとなるのか?
外から見ればそういう街は面白いとか興味本位の対象にされてしまう
そういうことで面白いかとか楽しいかとか小高の若い者は批判した
廃墟趣味のような人も来ている
実際にそれは個人的にも自分は経験している,介護から自分の病気になったとき人はよりつかなくなる,社交的だった女性が認知症になったとき誰も来なくなった
そうして苦難にある家には人が近づかない,近づいてくるのはカルト教団くらいである,それはなぜかとなるとへたに近づくと自分もその苦難を負わせられるしそうでなければ近づいてもかえって嫌がられる

お前はただ俺たちの苦しみを面白がり楽しんでいるだけだとなるからだ
実際はそういう人が多いのである。
そういう苦しんでいる人とかかわるとき自分もその苦しみを背負わされるという覚悟も必要になる,それができるかとなると簡単にできない,ボランティアでも一時的になるからだ。その苦難を共にする人はかかわってもいいとなる
それで関心したのは女川だったのかそこに住み着いた若者だった
それは一時的なボランティアではなかったのである。そこに住み復興を一緒にずっとするという仲間になったからである。そこまで覚悟するとなると簡単にはできない

それより誰が復興の主体であり復興しようとしているのか?
外からの支援ばかりを望みもう死ぬまで支援してくれ補償してくれとなる
そこに残り住んでいる人すら外部からの支援が頼りなのである。
外部から来た人がボランティアでもいくら復興の支援となっても肝心のそこに住んでいる人が復興する気がなかった復興できるのかとなる
肝心な人は故郷を捨てて出て行っているからである。
それなら外部の人が移り住んで復興の主体になればいいと思ってしまう
その方が復興しやすいともなる

戦後の焼け野原の時は苦しい場所でも開墾に入った,それはそう強いられていたのである他に生きる場所がないからそうなっていた,今ならどこでも生きられるとなるからそんな所に入って苦労はしないのである。
そんな貧乏の時,団塊の世代のように子だくさんになった
それは高度成長となり労働力として供給されたのである。

何かこうした時代の相違で復興できない,少子高齢化も影響している
ジジババに予算をつぎこんでも復興できない,無駄だと官僚が本音を言ったのもわかる
ただ復興した例としては新地町は津浪があってかえって前より良くなった
駅前は開発されて新しい街が作られる,相馬市にすらエレベーターがないのにあるのは贅沢だとなる
もともと駅前は何もない所だから開発しやすかったのである。

戦後の焼け野原になったときもかえってそれで新しい街作りとか国造りがしやすくなった戦前の既得権者もいないなくなり日本は新しい国造りに邁進したのである。
そういう場所には何か今までにない新しいものが生れるということもある
要するにその復興の主体になるものが誰なのか?。残された老人なのか?。
そこが戦後の焼け野原になって復興したとき根本的に違っているのである。
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2017年08月21日

支援がすべていいように働かなかった (復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援がすべていいように働かなかった


(復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援すると、意図的に弱い立場に固執する人が生まれてくる

この辺でも津浪の被害地域でもこのことは起きていた
そのことはずいぶん書いてきた
支援されるのはいいとしてそれが自立に向かわない,かえって一方的にいつまでも支援されるものとなり支援を延々と要求するだけになる
支援する人が悪いのではないが人間は楽な方に向かう
支援してくれる人がいれば楽だからいつまでも支援してくれとなり自立をしない

この辺ではそういうことが極端に起こった,原発避難者は常に支援されるものであり外からボランティアがいつも来ていた,そのボランティアが悪いというのではない
常に支援されるものであり自助努力を失っていった
現実は毎日パチンコでありギャンブルしていたのである。
だからボランティアの人達も矛盾を感じたというのはここで言っているのと同じだった
特に地元では支援する気持ちもなくなってしまった

だから例えばこの辺では小高の人達はみんなこんなに支援しているのに地元の人は支援しないのかと怒りにもなっていたのである。
補償金をもらえるのは当然でありそんなことで文句言うなとなって分断されてしまったのである。それをマスコミが後押ししたから余計にそうなった
だから地元の人はおおっぴらにはそのことは言わないのである。

原発避難者が大量に入ってくることは何であれ摩擦になった
それは移民でも大量に入ってくると摩擦になる
これはどこでも当然なのである。どこにもそれなりに共同体があってそこにそれだけ大量の人が割り込むと摩擦が生れる
ただ外から支援する人は歓迎された,でもここでは支援する人も必ずしも自立させるものではない,いつも支援されるとその支援が当たり前となり遂には要求するようになる
それが人間の性質である。楽をしたい,もっとくれとなる

そういうことはこの辺では放射能被害とかいろいろあり要求しやすかったのである。
それは当然の権利となったからである。その権利は認めるにしてもそこから自立するとなるとかえって自立をはばむものにもなった
だから人を援助するものもむずかしいものがある
一見いいようでもその援助に甘い常に援助されるものであり楽をしたいとなり自立はできなくなる,結果的にはそうなってしまったともなる

最近は復興住宅というのが福島県の各地に建てられた,原町の復興団地は五階建てであり数が多いのに驚く,一つの街ができた感じにもなる,他にも三階建ての団地があるから数が多い,ほとんど浪江の人達である
でも復興団地は復興するものとしたら浪江だったら浪江に建てられるべきものではないかそうしなければ復興はないからである。
放射能のためにやむをえないからそうなっているにしても何かこれも違和感を感じるのである。

復興団地に住んでいる人は将来は地元に移るものとして住んでいる?
そのための復興団地である。でもその復興団地はもう地元に帰らないでいつまでも住めるそうしたら移住することになるのか?
移住したとしたらいつまでも補償金に頼るわかけにいかないから就職して移住先にとけこむ必要が出てくる,そして移住先で仕事があれば地元には帰らないともなる
だから何か復興団地というのもあいまいな宙ぶらりんな感じにもなる

もしこれが地元に建って住むとなるとまさに復興団地になる,そこで生活しなければならないからである。地元で生活するから地元を復興させようと自ずからするからである。
しかし地元から離れて住んでいればそういう気持ちが薄れる
ただ近くなると土地を見に行ったりして行き来しているから徐々に地元に帰還するようになるのか?
ただますます帰らない人も増えているのが現実である。

ただ移住先でもこの先補償金がいつまでももらえるわけではないとなる移住先で仕事をするとなると厳しいものがあるかもしれない
何か大工のように技術をもっている人は他の人は簡単に職につけるのか?
そして老人が多いということは復興の最大の障害ともなっている
老人は苦労できない,楽をしたいとなるから支援してほしいとかしかなくなるからである

復興団地も住宅も支援なのである。その支援が有効に働くのか?
地元の復興に役たつのかとなるとまた疑問になる
老人だったら復興住宅でもいつまでも住んでいようとなってしまうかもしれない。
そのために補償金を要求するし支援を要求するだけだとなってしまう。
でもまたそういうことを移住先で許容するのかとなると全面的にはならない
小高の住民は南相馬市だからまだいいとして浪江とかなるといつまでも浪江町民になる
とすると税金を南相馬市に払わないとか他でも問題になった
いつまでも住むとしたら南相馬市民とか他でもその市民や町民になるがなかなかなれない補償金をもらうためになれないということがある。
これもだから宙ぶらりんになっている

不思議なのは仮設に住むというのでも仮りの住まいであり何か何でも仮りの状態になったそれは住宅でも借りている人は仮りの家に住んでいるという感覚になる
それか大規模に仮りの状態で住んでいるとなったのかもしれない
街自体が仮りの街にすらなっているという感じになる
漂流者のような感覚になってしまったかもしれない。
どこにいっても仮(か)りの住まいであり仮りにいるだけだとなる

そしてこの世は仮りの世だというように宗教的にもなる,すべてが仮の世界になってしまう。一時的にいるのでありいづれはいなくなる
ただ最近小高の人はほとんどいなくなったし浪江の人のこともわからない
だからもどった小高でどういう生活をして何を感じて暮らしているのかわからなくなったこれも問題である。だんだん内部でも外部でも関心が薄れ忘れられてゆく,いつまでも関心を外部の人でももていなからである。
するとそこにもどり残った人はそこでそさなりに自立して生活する他なくなる
不便でも不満でもその現実を受け入れざるをえなくなる,それが嫌な人は子供のいる移住した先に親も移るとなる
ただ今になるとみんなどうしようとしているのかわからなくなった
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2017年08月20日

鷺がもどり川に群れて眠る (生態系の回復が復興でもあった)


鷺がもどり川に群れて眠る


(生態系の回復が復興でもあった)

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白いのが鷺である。数えれば50羽以上いた



霧雨やあまた鷺もどり眠るかな


数えたら五〇羽以上いた,白い点が鷺である。前はこうして群れて巣を作っていた,鷺は夕方になると一カ所に集まり眠る,烏もそうである。
これを見てこの辺では生態系が回復したと見た
田んぼが増えた結果,そこに蛙なども増えて餌になるものが増えた結果である。
田んぼは水が流れるから生態系を形成するものだったからである。

復興というとき街の復興だと前のような街並みとか住宅地の復興となるのが田舎では生態系の回復が復興ともなる,田んぼは生態系の中にある,だから田んぼがなくなった原発避難区域では鷺はいないのである。
鷺でも蛙でもいないことは生態系が破壊されたからいないのである。

南相馬市は小高と山の方をのぞいて生態系が回復した
夕方に鷺が十羽くらい飛んだのを見たときはうれしかった
それは六年ぶりのことだったのである。

ともかく復興というとき田舎では自然の回復があって復興がある
放射能は目に見えないが森でも川でも汚染したのである。
その自然の復興は先が長いのである。
三〇年でセシウムが半減するとかその他放射性物質は消えない

飯館村辺りでは田んぼの土は削り取られている,それは無惨である。
だから鷺は田んぼが回復しないかぎり見ることはできない、
でももう飯館村では田んぼを作る人はどれだけいるのか?
あれだけ荒廃したらもうあきらめる人も増えているだろう。
そして鷺がもどらなければ生態系は回復していないのである。

蛙が夏の夜空に星々に向かって鳴いたとき復興を感じた
復興は人間のみにあるのではない,自然と共にある
それが都会などとの大きな相違なのである。
放射能汚染はその生態系を汚染したから罪深いのである。
蛙でも鷺でも住めないところはまた人間も住めないなのである。

この生態系を東京とか大都会になるともう無視されている
ビルと家の密集しかない都会では鷺や蛙を見ることができない
だからあたかも生態系などと無縁に暮らしているようになる
でも人間は生態系を離れてあり得ない
空気も生態系であり水もそうである。土もそうである。
そういうものが汚染されたら生きてゆくことができないのである。

都会にも放射性物質に汚染された水や食料しか提供できなくなるのである。
だから都会も生態系とは無縁でいられないのだけどまるで無縁のように生活しているのである
何かそのことが大災害が来て知らしめられるかもしれない,東京に住めなくなるかもしれないのだ。それは空想ではなく現実的問題となっているが危機感がないのである。

ともかくこの辺では当たり前にあったものが今になると貴重だったとなる
鷺もその一つである。鷺がもどって生態系が回復したことを示しているのである。
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2017年08月06日

津浪の原発事故の後の生態系の変化 (チョウトンボを見た)


津浪の原発事故の後の生態系の変化


(チョウトンボを見た)


チョウトンボは今まで見ていない,津浪が起きてまもなくチョウトンボを見た,それはどこから飛んで来たのか?
山元町の海岸地帯に湿地帯が残っていてそこに貴重なトンボが生息していた
その辺から飛んできたのか?この辺では今までみかけたことがない
一時異常に蝶が一面に津浪の跡の原っぱを埋めつくすように集まった
あの現象はなんであったのか?
塩分が多くなってあんなに集まったのだろうか?

今日チョウトンボをみかけたのは六号線から塩崎の方に行く道である。
一瞬見た,津浪が起こったときから見ていない,とするとこの辺に生息しているのか?
今年は長か少ない,キャベツ畑が減っているからだとも言う
アゲハチョウも少ない,ただ海老の所の湿地化したところで赤とんぼが一杯飛んでいた
赤とんぼが群生して飛んでいるのも最近みかけなかった
トンボは沼地があると繁殖しやすい
一時津浪の跡に沼地化して糸トンボなどが繁殖した
でも今は埋め立てられから沼地は消えてイトトンボもみかけない

何か魚釣りの餌をとるために網で堀りをすくっている人がいた
何にもいないと言っていたが堀といっても下も両側もコンクリート化していれば生物は棲めないだろう,みんなコンクリートの堀にしたからメダカもドジョウも生物が棲めないのである。

鷺はもどってきている,蛙も田んぼに盛んに鳴いた,その時復興を感じたのである。
田んぼは生態系としてありそこで生物が生きていて鷺などの鳴き餌にもなっていた
原野化したときはノスリが集まった,原野にカヤネズミなどが増えたのたろう。
しかし人間の肉眼では見えない,ノスリには見えるのだろう。

ともかく蝶はへった,前は小さい蝶でも揚羽類でももっといた。今はたまにしかみかけない,ただ森とか山の方にはまだみかける,放射能の影響などはわからない。

人間は今高度に文明化して生態系を意識しないで生活している
エネルギーが石油とか原子力になると今生活している生態系とは関係なくなる
石油をとりにゆくのは中東であり日本の地元とは関係ないのである。
そのために中東の紛争にもまきこまれる

江戸時代から戦後十年は自給自足の生活がつづいていたのである。
エネルギーは蒸気機関車だと石炭であってもそれは日本でとれたものだったからだ
あとは炭焼きとなれば地元の森林を使っていたのである。

それで入会権というのはもともと森を守るものとしてあった
それはその山で炭であれ山菜であれ山の幸を分け合うものとして山や森を守ってきたのである。
ところが明治維新で私的所有権が過度に認められたとき山は割り山になった
無数に分割されてしまったのである。
入会権として山を守ってきたのはそこで生活をしていたからである。
日本の森や山を利用しなくなったときかえって森も山も維持できなくなったのである。
間伐もしないのは木を利用しないからそうなる
そして利用しないからかえってそこを利用しようとするとき今ならソーラーパネルになるのである。
森でも山でも田畑でも利用しないと廃れてゆき荒廃してゆくのである。

自給自足の生活は自然の生態系で生きることだった,その生態系が原発事故の前から文明化によって破壊されていたのである。
だからこそ今や田舎でも生態系を意識して生活していないのである。
田畑があり森があり山があっても農民は一割にも満たないから生態系を意識して生活している人は田舎でも少数派なのである。
自給自足の生活なら別に意識しようとしなくても意識していたしそうでなければ生きていけなかった,今は田舎でも生態系を意識しなくても生きていけるのである。

むしろ石油や原子力の方を常に意識する,そこから電気が生れるから電気は欠かせないものとして意識する,電気があれば別に森や山などのことを考えないですむ
東京で一千万住んでいてもその人たちは生態系など意識しない
ただ水不足になったりするとき山から流れる水を意識するのである。
石油や原子力から水は作り出せないからである。

原発事故では何が起きたかというと生態系が破壊された
結果として空気も水も汚染された住めなくなったのである。
東電などで原子力発電にかかわった人は地元の生態系など関係ないのである。
ただ事故になった結果,地元の生態系を破壊したから東電の人も田舎が何で成り立っているのか生態系を意識したとなる
でも東電の人達はここに住まないし東京に住むから生態系とは関係しないのである。
だから今回の東電の原発事故は文明のありようまで問われたのである。

それは日本の大企業でも多国籍企業でもインドネシアのオラウータンの住んでいる森を破壊する,それは生態系を破壊するからオラウータンも住めなくなるのである。
それは人間も住めなくなるのである。
最低限生態系が維持できれば水でも飲めれば田畑でも維持できれば森林でも利用できれば生き残れる,でも生態系を破壊されたら住むことはできなくなるのである。

津波によっても生態系は破壊された,でもまた元に自然はもどる,自然には回復力がある
でも原発の放射線はプルトニウムなら二万年消えないとかなる
生態系にそういう毒が残り続けるのである。それが自然の災害と科学技術の災害との相違だったのである。
ナイル川の定期的な氾濫は土を肥えさせる泥を運んできた
だからそれは害あるものではなかったのである。それがエジプト文明を作ったともなっていたからである。
それは自然に従う文明であり現代文明は原子力発電とかなると自然に逆う文明だったのである。


17:51 アップ

チョウトンボはハグロトンボだったかもしれない,ちらっとみただけであり確かめなかったのが失敗だった,なぜならチョウトンボが一羽だけ生き残ることは考えられないからだ
まちがいなく震災直後に津浪の後に見たのはチョウトンボだった
追いかけてみたからである。今回はちらっと見ただけだからである

夕方に十数羽,鷺が飛んでゆくのを見た,五六羽は見たことがある。
こんなに多く見たことはない,前には鷺の巣があった
これだけ鷺ももどってきたということである。
それは田んぼが増えて生態系が回復してきたからである。
生態系が回復することが復興でもある


十数羽鷺の群れ飛ぶ夕暮れや久々に見て心地よしかな
posted by 老鶯 at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年07月24日

金と責任(カルマ)は一体だった (原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金と責任(カルマ)は一体だった

(原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金をもらえば今はなんでもいいと思っている
ところが金には責任が課せられている
金は具体的に責任がわかりやすい、金を借りればカルマとなりきっちりその金を返すことをカルマが要求される、それも利子付きになっているのだ
じは自分が借りた金を他人に負わせることは自分のカルマを他人を負わせることになる
そういうことを経験した、借金した人は苦しくなりそれが動機で犯罪にもなるし
殺人までなっている、自分で背負ったカルマを他人に負わせることでさらなるカルマを積む

つくづく今になると実家はなくなって墓だけがあるが墓を守ってくれと頼まれた親戚がいた、3百万円で頼まれた、その金は灯をともすようにしてためた金だった
頼まれた人は何か遺産とか金が入る人だったからそんな金は必要でもなかった
でも墓を維持するために3百万円というのは実際は安い
墓は墓というものではなく死者がそこに何人も埋まっているからだ
ではめんどうだからと放棄もできなくなる
つまり供養し続けねばならないとなる
それはたいした手間ではないにしろそれなりの責任が課せられていた
自分も母の実家だからかかわっていたがその責任は課せられなかった
だから気楽だともなるが墓に埋まっている一人は関係しているから責任がある

金というのは原発事故では常に補償金でこの辺ではもめた
でもまたその金もカルマとなりすべて良いものとしては働かなかった
みんな金がもらえればいい、多くもらえればいいとしか思っていない
それは自分だったそうである。でもその金に責任が課せられていたのである
特に船主は原発事故前も多額の補償金をもらっていた
原発御殿が建つほどの金をもらっていた
事故後ももらっていち早く立派な家を建てた
それで回りからう批判されるようになった
みんなそんなに港でも金をもらっているわけではなかったからである。
そして漁業権をもち東電に売り渡したということでも批判がある
今ではいくら金をもらってもその金をもらったことで批判されるから苦しいとなる

誰でも金をもらえればいい、多くもらえればいと考える、自分もそうだった
でもこの辺ではその金で補償金でもめた
なぜ原発避難民だけがそんなに金がもらえるのか?
それは避難民となったから当然の権利だとはなっていた
でもそこにも責任が課せられることになる
お前たちは十分な補償金をもらった、だからその金でお前たちだけで復興しろとかなる
俺たち金はもらっていない、だから協力もしないとまでなる

実際に浪江の会社経営している人が仕事くれと原町なのか仲間に頼んだらあなたは億の金をもらったのだから仕事しなくてもいいと言われた
それはNHKの放送で本音がちょっともれたのでわかった
実はそこにこそ大きなこの辺の問題があったのである。
金をもらったものともらわない人がいてそこで分断された
そして金には責任が課せられていたのである。

逆に金をもらわないと責任も課せられないのである。そもそも原発でも地元では金をもらったし事故前も得をしているのだから恩恵があったのだから責任があるとされたのだ
それは金をもらっていたからである。その金の額も大きかったからである。
だから必ずしも今となると金をもらうことがいいことばかりに作用しなかった。
つまり金には責任が課せられていたのである。
お前たちは東電から金をもらった、だから責任がある、責任をもって原発に同意したとなる
もし金をもらわなかったらその責任もないしその責任を追及できるのである。
でも金をもらったということで厳しい責任は追及できなくなっていたのである。
事故後も多額の金をもらったからそれも責任であり厳しく東電か国家でも責任は追及できなくなる、国民でもそれだけの補償金をもらっているのだから責任を果たしたとみられくからだ。
もし補償金でもそんなにもらえなかったら国でも東電でも厳しく責任を追及できたともなる

金とは誰でももらいたい、多ければ多い方がいいと思う
でもそこには責任が課せられていることを自覚する必要がある
何の謂われもない金をもらったりすると責任が問われる
金が落ちていても拾ったりするいいと思うがそこで責任が課せられているから危険になる金は具体的でわかりやすいカルマであり責任となっている
その額も多ければ多いほど責任が課せられているのだ
だから金からみるとわかりやすいのである。

だから金をもらえばもらうだけいいとか簡単に考えたのは危険だった
金にはなんでも何かしら責任がつきまとっているのである。
原発避難民は多額の補償金をもらったからその責任が課せられたいた
お前たちは十分な金をもらったのだからそれで復興しろとなる
地元では分断されて協力しないとかなる
ただ公平に補償金でも払われていたらこうはならなかった

いづれにしろ何がなんでも金をもらえばいい、奪ってなんでも金を得ればいいことだとなっている、でもそこには必ず金には責任が課せられている
おそらく3億円盗んだとかでもそれが責任となっているからうまくいったとはならない
3億円分の責任が課せられた結果になったかもしれない
だから金と責任は一体だったのである。
責任をとりたくなかった金をもらわないことだったのである。
原発でもそうして地元で金をもらわなかったら責任もなかったが多額の金をもらっていたから責任が問われたのである。

仕事でもこれくらいの金だからこれくらやればいい、大工でもこんな金じゃまともにやっていられない、手抜きしてやろうとかなる
金で仕事でもどれだけやるか計られる、金が多ければそれだけの責任を感じているのである。だから金と責任は一体なのである。
危険な仕事だと金が高くなるのも当然だとなる
それが資本主義社会のルールなのである。
これがかみあわないことがあっても金と責任は一般的に一体である。
ただ官僚とか政治家が巨額の金が入るときそこにも責任が課せられている
何かあったら責任をらされる、だから東電の幹部は死刑に値するような責任がある
でも責任をまねがれいるから国民の批判が大きいのである。
ただ日本には住んでないらしいからそれが責任なのかともなる

現代は地位によってより金によって責任が課せられている
金を多くとるものはそれだけ責任が重いのである。
だから金が多くもらえればいいとなるがいちがいには言えない
それだけの責任をになえるのかということを考慮する必要がある
でも実際は金を多くもらえればいいとなっているのだ
それで後で後悔することになる
posted by 老鶯 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年07月23日

蓮月が経験したことから歴史をふりかえる (津浪や原発事故の動乱ともにていた)


蓮月が経験したことから歴史をふりかえる

(津浪や原発事故の動乱ともにていた)


生後すぐ、京都知恩院の寺士、大田垣伴左衛門光古(みつひさ/てるひさ)の養女となる。。文化四年(1807)、十七歳の時、大田垣家の養子望古(もちひさ)と結婚。一男二女をもうけたが、いずれも夭折した。文政二年(1819)、二十九歳の時、大田垣家に入家した古肥(ひさとし)と再婚し、一女を得たが、四年後夫は病没。養父と共に知恩院で剃髪し、蓮月を称す。二年後、七歳の娘を失い、さらに天保三年(1832)、四十二歳の時、養父を亡くすその後は岡崎・粟田・大原・北白川などを転々とし、急須・茶碗などを焼いて生計を立てた。やがてその名は高まり、自作の和歌を書きつけた彼女の陶器は「蓮月焼」と呼ばれて人気を博するようになる。明治八年(1875)十二月十日、八十五歳で逝去した。


京都の経済が大きな痛手をこうむりました。これ以前から,京都の最先端技術が地方に伝えられ,その地で生産された品が全国に出まわり,京都の産業を圧迫していました。桐生(きりゅう,群馬県)の織物や銚子(ちょうし,千葉県)の醤油はその代表です

この寛政二年に四か所の遊所が公許になる二年前、京都では天明の大火があり、京都の市街の八割を焼き尽くしました。当然京都の財政は逼迫しており、


京都の歴史をふりかえれば戦乱がありこうした大火もあった、鴨長明も京都の大火があって『方丈記』生まれた。
その天明の大火もそうだが天明の飢饉もありその時相馬藩の三分の一人口が減った
その減った分を越中の移民などが来て補って復興した。
この時各地の大名が京都に来て復興のために尽力した、そうして外部から人が流入して花街が賑わい生まれたのが蓮月だったという。
そういう動乱の中に生まれたのである。
津浪や原発事故でもそうだった、外部の人が大量に入ってきたのである。
それで韓国系のバーができたとか水商売の風俗関係の女性も外部から入ってきた。

何か歴史では同じようなことが繰り返される、大火というのは日本では木材の家だからどこでも起きていた、その記録はどこにでもあるからだ、一旦火事になると延焼しやすいから街ごと燃え尽くすのである。京都とか江戸になると凄まじいものとなる
関東大震災でも火事の影響であれだけの被害になった
神戸の地震でも火事になって燃えた時は恐ろしかった、その時アナウンサーがこれは人間の骨ですよとかいって手にもっていて放送していたから異常だった

経済的にも京都で発明されたものが地方に普及してかえって京都が経済的に衰退したというのも興味深い、それはグローバル経済で日本でも起きている、日本の電化製品が売れていたが今はまねられて中国とか韓国の製品が売れて日本の経済が衰退したからである。
何か必ず歴史では同じことが繰り返されているのである。
日本では自然災害が多く繰り返されていることである。
国内でも戦乱がありグローバル化すると世界大戦になる、そして日本では300万人が戦死した。
京都の寺の柱に応仁の乱の刀傷がついているのが残っている
京都は政治の中心だからそうした騒乱にもまきこまれる

蓮月が経験したことはそういう自己自身でも苦難があり悲劇があった、子供が三人死んだとかもそうである。全員死んだとなる、でもその頃子供は死ぬ子供が多かったのである。それだけの手当てができなかったからである。
それで必ず墓を見ればわかる、生まれてすぐに死ぬ幼児が多かった、童子の名前が記されているのである。子供が死ぬ率が多いから子だくさんになっていたのである。
それは蓮月だけのことではなかったのである。

人間は戦後は平和だったというけど70年生きると必ず動乱が生まれる、それは自然災害だったり昔だったら大火だったりする、現代でも自然災害はこの辺の津浪のように起きてくる、この辺では原発事故になった、その動乱は今でもつづいている
自分も書いてきたように家での介護とか自分の病気とかで惨憺たるものになった
そして外部でも動乱になったのである。
そういうことは何か人生70年の間には必ず起きてくる、平穏に70年を過ごせることはありえないのである。それが人間の歴史だったのである。
だから平和な時は長くつづかないのである。
日本の歴史でも明治維新が大動乱であり70年すぎて太平洋戦争であり大動乱でありそして70年くらいすぎるとまた東日本で津浪や原発事故の大動乱が起きた。
まず70年間平和でありえることはないのが人間の歴史なのである。

蓮月個人のことになると蓮月焼とかはたいした芸術性はなかった、でも売れたのは歌などを茶碗に記したことなど女性が作ったことなど話題性があったからである。
美人だということも影響したという。今でも女性の芸能人は美人を売りにしている
それでマスコミでとりあげる、話題性があるととりあげる、蓮月は美人である故に苦しんでいたというのもある、男が尼になってもいいよる男がいたのでそうなった
だから蓮月の焼き物や短歌はそれほど評価されていない

そして京都というとき京都で有名になると全国的になる、蓮月焼はその品物がたいしたものでなくても売れた、それで地方でもお土産に買っていったのである。
京都ではやるものは地方にも普及する、逆に地方ではやってもそれほど普及しない、京都は日本の都だからなんでも影響力が大きくなる
例えは検索でも京都と入れる人が多い、地方は検索に入らないのである。
俳句とか短歌でも京都とか鎌倉と検索で調べる人が多いが他は少ないのである。
それは京都とか鎌倉は古都であり知られているからである。
この辺はただ津浪や原発事故で世界まで知られたのである。

蓮月は明治維新の動乱にもかかわっていた、それで西郷隆盛に歌を進呈したという

あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へば

このあだみかたというとき日本には敵味方塚とかあり敵味方も同じように葬っている
明治維新でも九州の藩の戦死者の墓が相馬藩でもあり東北にある
日本人にはそうした心情が昔からあった、これが大陸になると敵をそんなふうにはあつかわない、敵の墓を掘り起こしてまで侮辱を加えるのが中国だった
異民族との争いと徹底して過酷なものになる、人種差別などでもそういうことは引き継がれている。国内でも差別が厳しいのである。
逆に日本では異民族との徹底した戦いは太平洋戦争でしか経験していないのである。
世界の歴史では常時異民族との戦いが歴史だったからである。

これが江戸城無血開場に影響したという、そ真意は実際わからない、でも明治維新にもまだ生きていて歴史とかかわっていたのである。
ともかく一人の人間がこれだけの動乱の中に生きたのである
別に蓮月だけではない、大正生まれの人などもまだ90才以上で生きている
その人たちも動乱を生きたのである。戦争も経験しているからである。
何らか動乱を個人の人生でも歴史的なことでも経験しない人はいないのである。
人生の最後にきて自分も経験したしこの辺の人たちはそうである。

自分の母親も家が事業で破産して一家離散になったとか東京に女中にでて夫が事故で死んだ一人の子供交通事故で死んだとかそういうことは蓮月だけのことではない、そういう波乱を生きた女性も多いのである。だから蓮月だけが特別苦しい人生を生きたとはならないそういうことはみんな女性でも経験しているからである。
人間の一生をみれば聞けばそういうことは常にありめずらしいことではないのである。
一生平穏な人生などないのである。

いづれにしろ自分自身もここ十年は介護や病気で来た人が異常な人たちだった、苦しみに苦しみが加えられたのである。人格異常になった女性もいてそういう人が来ることの恐ろしさを味わった、家の中も認知症の人をかかえたら狂乱状態になった
そして外部では津浪や原発事故になったのである。
津浪では自分は被害はないから良かったが他の人は家族も死んでいるからまたこれも苦難だったとなる、この辺では家族が分離するとか地域が分断されるとか様々な混乱状態になったのである。一種の戦争状態にもなったのである。
それはまだ解決していない、混乱はつづいているのである。

そして今望むことは

静けさや窓にのぞきぬ夏の月事もなきしに夜もふけなむ

こんなふうになってしてまう。事もないことが幸福なことだった、30年間くらいは自分もそうだった、異常な家族でも自分にとってはそうだった
それが一転して事がありすぎて不幸になったのである。
それは自分だけではないこの辺ではみんなそうなってしまったのである。

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2017年07月22日

科学と政治の問題 (放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)


科学と政治の問題

(放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)

再び温暖化問題(武田邦彦プログ)

武田邦彦氏の言い分だと科学はガリオレの例があるように科学の真理だけで決まるわけではない、それは今でもつづいているという、ガリレオが科学の真理を主張したのだがカトリック教会は当時の政治を支配していたから反対した
政治のために科学の真理がねじまげられた。

それは今でもあるというとき科学者を牛耳っているのは金をくれる国家だからという、科学には実験などで金がかかる、理系は文系の5倍とか金がかかる、文系は本さえ読んでいればいいくらいだが理系は実験をするから金がかかる
つまり金に支配される、政治でも官僚でも一番力があるのは財務省だというとき金をにぎるからである。家でも金をもつもの管理するものが一番力をもつ
なかなか金をもっているのもが次世代に譲らない、すると力をもたされないのだから何もできないのである。
遺産でも今や60代でようやくゆずりうける高齢化時代である。
それで実質的世代交代が成されないのである。

温暖化問題でも科学的には温暖化を主張する学者の割合は少数である。それが科学より政治化している、政治の判断で決められる、原発も政治がかかわっていた
科学的のものを判断の基準にはしていなかった。アメリカとかの核戦略もかかわり日本に古い型のマーク1が売りつけられた、それは商売であるから経済的な圧力で買わされたともなる、科学的に安全という前に政治や経済がかかわる

原発事故が経済的コストを優先したとき高く設置するはずだったがその高く作った土盛りしたのをわざわざ削って低くしたのである。それはコストからすると安くつくからである人間の成すこと科学がすべてに優先されることはない、佐藤栄佐久知事時代にプルサーマル問題が起きて指摘したがこれも拒否された、それで佐藤知事は政界から追いやられたとかされる、それも政治的圧力だから科学より政治化した問題になっていた

政治と科学の問題を考えるとき原爆を発明したのはアイシュタインもかかわっていた。
科学者としては核開発が危険なことを知っていた、それであとで反省した
それを使うべきではないとしても原爆として使われたのは政治の圧力だった
政治と科学の問題もあり政治と経済の問題もあり政治と宗教の問題もある
それは密接に相互作用している、それは歴史的にもそうである。

南相馬市の除染土のことでNHKで放送していた、公共事業に利用するという、高速道路の4車線化で道を広げるのでまずそこに利用するという、それに地元で賛成する人と反対する人がいる、科学的には害はないという、でも反対する人は結果的には地元で責任を負うことになるから反対だとなる
それが一方的に国でその事業を計画してはじめていた、それに自治体ではかかわることもできなかったのである。
それは原発と同じである。国家権力によって地方自治体は逆らうことができず相談も無く一方的におしつけられるのである。
そこに話し合いがあればと学者が言っていたがそれもないのである。
そして事故が起きたら地元が責任をとらされるのである。
それで不安だから子供たちは帰ってこないという、それは科学的には判断しにくい、でもあとの責任は地元がいやおうなくとらされる
この辺では水も土も森も空気まで汚染された、そしたら住めなくなるのである。

ここにも汚染土が大量であり早く仮置き場をなくしたいというのも地元でもそうである。これも景観を害しているからだ、経済的コストとしては高速や公共事業に使うのがいいとなる、でも何か何十年後かにあっても地元が責任をとらされる
だから国と地方自治体で地元で話し合いが必要だとなるが実際は国で一方的に決めて事業をはじめているのである。
それは原発でもそうして地元の人と自治体とも良く話し合わないで了解をとらないで作られていたのである。ただ地元では金になるからと許可したのである。
金になっても今回のように責任をとらされるのは地元なのである。
戦争でも戦争するということを国が国民に納得させてしたかとなると疑問である。
でも結局3百万人が死んだという重い責任をとらされたのである。
何か必ずこうして責任問題が人間の社会にはつきまとっているのである。

科学の真理があってもそれをすべてとして受け入れられない、社会的にも受け入れられない、医者にかかりたくても貧乏でかかれなくて死んだ人も現代社会にいる
それは経済的問題でそうなった、
武田邦彦氏が一ミリシーベルを一年の被爆量として提示してもそれも社会的には実行できない、それにみんな従うこともできない、みんな住めなくなるからである。
そしたらどこに住むのかとなる、それを用意してくれるのかとなる
だから老人ならもう先がないのだから故郷に住んで死にたいとなる
それでチェルノブエリで老人は細々として畑を作り遂に医者にもかかれずに死んでゆく
それでも故郷に帰り住んでいたいとなりそうなったのである。

だから科学によってすべてのことは決められない、三陸では明治にも大きな津浪の被害があったが海側に住んだのはそこが便利だからである。
そこが危険なことをわかっていてもそうしていたのである。、それは経済的コストもある原発にしても科学だけではない政治や経済や社会の問題がある
それを受け入れるとどうなるのか?生態的問題としてもあった
地方は生態的に自然の中で生活してきた歴史かある、そういう生態系とか歴史も関係していたのである。
国家とか科学の力が巨大化したときそうした地域は多国籍大企業によっても簡単に破壊される、東南アジアの森林が日本の企業でも破壊しているというときそうである。
オラウータンの住む場所がなくなるというのは生態系が破壊されたからである。
そのことはひいては人間が住めなくなるのである。

いづれにしろ老人の場合は山尾三省のようになる

  • びろう葉帽子の下で


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る

飯館村に住んでいた老人も山菜までとって今でも食べているという、もう死期がせまれば放射能など関係ない、山に還る、そこが死に場所だとなる
科学的にどうのこうのというのは関係ないのである。
だから科学だけがすべてではない、ターミナルケアでもそうである。
もう科学的に医療の問題ではなく精神的な問題になる、どうせ死ぬのだから最期にその人の望むようにさせる、癌でも登山した人もいる、それで満足して死ぬということになる




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2017年07月21日

人間は暇になると博打になる (原発事故の避難民も同じだった)


人間は暇になると博打になる

(原発事故の避難民も同じだった)

 「学校」を意味する英語「school」の原義は、ギリシア語の「余暇」を意味する「schore」に由来していると言われています。古代ギリシア・古代ローマの市民が、音楽、スポーツ、芝居、議論などを楽しむために過ごす、「暇つぶしのための時間や場所」を表す言葉でした

上州の農村では、生糸をつむぐ女性が、一家の稼ぎ頭でした。
そのため、亭主は金と暇を持て余したのです。その暇を潰し、
更に金をもっと大きな金に変えてイイところを見せようと思っ
て、多くの男性が当時思い浮かべたこと。それは、博打だった
のです。


上州というと今の群馬県とか栃木県になるのか?群馬県の方だろう。
人間の暇の問題は実際は大きい、暇をどう使うかで人生も決まることもある。
ギリシャに哲学が生まれたのも暇が生まれたからである。
それは奴隷がいて暇が生まれていた、スクールがもともと暇の意味だったからである。
暇があるからスクールが生まれ学ぶことになった
それはいい面として暇が作用したのである。

それが悪い面として作用すると博打になりギャンブルになり風俗とか遊びになる
人間は暇というのが意外と大きな問題としてある
つまり暇をどう有効にもちいるかどうかが大きな問題となるしそれが人生を左右する
一見裕福な家に生まれると恵まれたとなるが放蕩する息子も生まれてくる
それは金があり暇があるからである、それが悪い方向になると遊び人になってしまうのである。遊びに費やされてしまい何か実りとならない、社会に貢献もしないとなる

この辺で原発事故で起きたこともいろいろある、それは常に自分が言ってきたけど避難して仮設に住んだ人は何もすることなく暇になった、そしたら何をしたかというとパチンコとギャンブルになったのである。風俗も通いもあった。
それでイワキなどでは顰蹙をかって落書きされたことなどが問題になった
今まで手にできない補償金をもらったからそうなった
その金を何か復興に使うとういことはない、ギャンブルに費やしていたのである。

人間は暇を有効に過ごすことはむずかしい、そのためには訓練も必要である。
学問でも芸術でもそれは暇を有効に使うためのものとして発達した
なぜならスクールが暇を意味していたからである。
だから自分が大学に行って驚いたのは大学が遊び人養成の場なのかと思ったことである。ほとんど授業には出なくてもいいのである。私立文系の場合はそうである。
朝からマージャンしていいる人も普通にいる、講義に出るということを馬鹿にする人もいる、講義に出ないのが大学では恰好いいものとされていたのである。
真面目な奴は嫌われていたのである。

だから高校と大学ではあまりにも違っていたのである。
大学は高校とか毎日授業しているのとは全く違った世界である。
授業に出なくてもいいのである。そしたら遊びたい者は遊ぶとなる
その遊ぶにしても何か有効な遊びならいいが毎日マージャンしているとかありパチンコすらしていた
だからそもそも大学とは何なのだろうと疑問になるのも当然である。
それである人は全学連とか学生運動に生きがいを見いだすようになったり自分のようにカルト宗教団体で活動したりするものがでてくる
それは大学が勉強する場ではないとなっているのだからそうなった
今でも一流大学の医学部の学生が強姦したとかあるがそれも大学になると高校とは違って解放的になるから起きてくるのも当然だとなる
大学になると大人にされる、勉強することも先生から学ぶのではない自分で学びなさいとなっているからだ。文系の場合は遊びを覚える場が大学なのである。

それで不思議なのはなぜそんな遊び人養成のような大学から真面目な企業戦士と団塊の世代がなったことである。それはほぼ全員である。大学ではあれほど自由に遊びを覚えたのに真面目な会社に尽くす企業戦士となったのである。
普通はそんな遊びを覚えると真面目に会社で働けなくなる
自分などはそうなった、就職もせず底辺労働者となってさまよっていたりしていた。それも結局大学に行ったことが影響していたのである。

だからこの上州の人が女性が絹織物産業で稼ぎが良くて男はヒモになっていて働かない
それで博打打ちになったというのも理解できる。それは男が暇になると博打になるからだこの辺では飯館村などは素朴な人が住んでいるように見えたが実際は馬券売り場とかありギャンブルする人はどこでもいる
今でも鹿島区の競輪の券の売り場に通う人がいる
ただ仮設に住んだ人は何もすることがなく金があるからパチンコ通いでありギャンブラーになった、何百万円もうけたとかそんな博打打ちになったのである。
それも結局暇があってその暇を有効に使えなかったことにあったのである。

「小人閑居して不善をなす」というとき小人とはみんな小人なのである。
自分もだから会社員にもならないから働かないから不善を成したのである。
今のニートとか働かない者は必ず不善を成す、何か変な方向に舵をきる
やはり普通は社会で働いて訓練された方がいいのである。
自分の場合は暇を旅に費やしたともなる
だから大学とはいうのはそうして不善を成す場だというのも奇妙なのである。
自分で勉強しろといっても普通はできない、その課題を見つけることもむずかしいからである。
大学生になって文系の場合、人生が狂るわされたということもあるだろう。
高校生だとたいがい就職してそういう暇をもたされないからである。

人間は金があっても暇があってもそれで堕落する、ローマ帝国は贅沢で滅びた
ローマ帝国はもともと質実な農民の国だったのである。
それが富を集めて贅沢で滅びたのである。
この辺も復興など関係なく仮設に住んだ人は暇をもてあましギャンブルーになったのが多い、金をもらったからといってそれが有効には使われるとは限らないのである。
フィリンピンの女性を連れ込んだとかもある、それも金が余ってそうなったのである。
そうして5年6年も過ごしていたらどうなるのか?
もう真面目に働く気もなくなるのである。
また老人が多いことでも働く気がなくなったのである。

日本でも平安時代になると宮廷で貴族は暇だから源氏物語のようなものができた
短歌でも万葉集とは違う、貴族が暇であり恋愛などで遊戯人間のようなものに化していたからである女性と遊んでいたとなる、ただそれが遊びでもかなを作ったの女性だったとか文化に貢献したのである。暇を与えられたものは何か文化に貢献するものとなるとそれは無益なものとはならない、万葉集と古今集が全く違ったものとなっていたのはそうした時代背景かある。万葉集には働く農民の歌があるが古今集にはないからである。
平安時代は時代的には堕落した時代とされるのは贅沢にふけったローマとにているのである。

ただここは特殊な事情でそうなったけど現代は全人口の三分の一が働いていない、ニートや老人でも多いし働いていない
すると老人でもここが特別ではなくパチンコとかしている、パチンコしているのは老人が多いという、それは暇だからである。
暇を有効に使うことはそれだけむずかしいのである。
そして老後の問題は平均寿命でも長くなると暇をどう使うということが問題になる
趣味に費やすとしてもこれも老後にすぐに身につけることはできない、今までしていればできるがそうでないと簡単にできない、では何か生きがいをることをしたいとなりボランティアになる、そのボランティアでもなかなか簡単にはできないのである。
老後になって暇になりそれが大きな高齢化社会の問題にもなっている
ただそれは人類がはじまってから起きていた問題なのである。
古代の天皇がサイコロをしていて博打をはじめたということでもわかる

結局避難解除になっても何か復興の仕事をしている人は少ない、以前としてギャンブルしている人が多いだろう。でもだんだん補償金も使うとできなくなる
そうなるとお前らはそうして遊んでいたのだから援助はしないとなるかもしれない。
でも今度は生活保護を要求する、それも原発のためにそうなったのだからという理由で許可されやすいかもしれない、つまりそうして堕落してゆく人が多いかのがこの辺だったとなる

人間は何か仕事が必要なのである。それは退職してもそうである。
何か仕事をしていないと怖いのは認知症になることである。
自分の家族の一人は公務員を退職してから全くなにもしない、家事もしない、趣味をしていてもそれはあっていないただのつきあいだった
家事は結構頭を使うから家事を94歳頃までしていた人は95ではぼけたとしてもそれまでぼけなかったのである。
高齢化社会というのは退職後でも長いから暇の問題があり生きがいをどうするかというのが大きな問題としてクローズアップされているのである。

暇を有効に使うことはやはり何か訓練が必要なのである。
そもそも暇からスクールが生まれたのだからそれは暇が文明を作ったともなるのである。
これからはAI化に機械化で人間の余暇は増大する、それは人類的課題にもなる
現実に家事は機械化して昔のように女中を中産階級で二人も雇うようなことは必要ない
そしたらどうなるのか?女性の仕事はなにになるのか?
家事も必要ないとしたら何になるのか?そうなると女性でも余暇を有効に過ごすことが課題になる
習い事とか何か余暇を有効に過ごすことが課題になる、平安時代の宮廷の女性のようになるのである。
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2017年07月15日

原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩 (わたしは故郷で待っている)



原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩


(わたしは故郷で待っている)

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わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・

なぜこの詩ができたのか?それは結局自分は常に故郷が嫌なことがあり出て旅していた
それも待つ人がいた家族がいたからできたことを知った
なぜなら家族はみんな死んで誰もいない、今になると旅に出ても待つ人がいないのであるそのことは本当に悲しいことだった
旅に出ても故郷に帰ってきても待つ人がいないのである。
そうなると故郷すらないのかもしれない、故郷は基本的に家族がいて家族の愛のある場としてあった、子供のときから家族の愛に育まれてあった
ただそうして家族に恵まれない人もいた、すべての人が家族に恵まれてはいない
自分は恵まれていた、だからその家族を失ったとき本当に悲しい
待つ人がいない、毎日それで駅にゆく
すると娘を待つ母親とか妻を待つ夫とか待つ人がいる
するとうらやましいとなる、自分は誰を待っているのか?
来ない人を死んだ人を待っているともなる

この待つというのは女性的である。女性は常に待っている存在だった、息子でも娘でも外に出しても故郷で待っている存在だった、愛をもって迎えるのが家族である。
それがこの辺では原発避難区域では家族はばらばらになってしまった
それは悲劇だった、なぜそうなったのか?
それはすべて原発事故だけのせいではないことも自分は考察して書いてきた
原発事故だけでそんなに簡単に家族とか故郷とか捨てられるものなのか疑問だからであるもちろん放射能が怖いとかなれば理由になる、でもそれだけでこんなに家族がばらばらになり故郷も簡単に捨てられるものなのか?それが疑問なのである。
故郷がすべていいとかではない、でも故郷自体が捨てられるものなのかという疑問である故郷とは何かとなればこれもわからない、ただ家族の愛あるホームがあった場所である。そういうものが簡単に捨てられるのか?それが疑問なのである。

この詩は女性の心情にも通じている、これは簡単な歌にもソングにもできるかもしれない自分は一本の樹でもみると石でもそうだがそれが人間化したものとして書いてきた
それは単なる樹ではない、人間化した樹であり石なのである。
だから人の住まない原発事故の避難区域の樹を見たときなんとも不思議であり
その樹がいかにも淋しく人が帰ってくるの待っているように見えたのである。
森の中の樹々にはそういうことは感じない、いつも人が通る田舎の道端の古い樹とか一本の樹とかにそういうことを感じる、それが人間に見えるからだ
それは自然の森の中の樹とは違う、庭の樹とか石になっていたのだ
長い歴史のある村だとそういうふうに人間化したものとして自然もなっている
だから石とかにも名前がついているし伝説も残っている

故郷というときそこが生まれた場所でもない、長く住んでいるそこは故郷になる
それは人間も生物だから樹や石のようになってゆくからである。
そこに根付くものが生まれる、そしてそこが終の住処になりその土地に果ててゆく
その土地の土になるという感覚になる、それは人間も生物の一種だからそういう感覚は自然なことなのである。

ともかく小高でも帰ったの二三〇〇人いる、結構多いとなるのか?
でもその半分は六五歳以上でありさらに六〇以上となるさらに多くなる
そういう人口構成で町が成り立つのかとという疑問がある。
でもどうしても老人は故郷に帰りたいというのが心情なのである。
そして故郷で死にたいとなる、土に還る、山に還る、森に還るとなるのが生物の本能であり自然なのことなのである。
ただそのためには若い人も帰ってこないとだめなのである。

この詩は別に原発避難民というのではなく自分がそういう立場になったから書いた
でもその心情は原発避難民と共通していることに気づいたのである。
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2017年07月13日

事業の経営の成功と失敗 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


 事業の経営の成功と失敗


 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

なぜなの人はそんな事業を起こしたのか?それもよくわからない、ただ技術者であり資格をもっていて自分はできるという自信をもっていた
だから独立してもやれると思っていた。
しかし会社で技術者として働くのと自ら会社を経営する事業を起すとなると全然違った世界になる、ただその人は頭がいいとされ頭が良かったから成功すると思ったのである。

事業というとき経営というときマネジメントというときそれは国家レベルでもそうだし技術を究めるのとはかなり違う世界である。
国家とか今なら企業でもグローバルに展開するから世界的に影響するものとなる
だから事業理念とかミッションとかが問題になる
その事業はもう国家を越えてさえ影響するものとなるからだ

それが戦争とか原発経営でも起きていたのである。
事業理念とかミッションとかが原発にもあった、それは電気を供給することそれは現代の社会に不可欠だからである。これに反対するものはいないのである。
ではなぜ戦争でも原発でも失敗して多大な犠牲を産む結果となったのか?

戦争とか国民が3百万人も死ぬとかになると一番大事なのは事業理念であり、ミッションになる、死ぬための動機が最大の眼目になる、企業だと利益優先だけどでも死ぬとなると動機がそれ以上に大事になる、だから戦争になると必ず神頼みとか宗教がかかわってくる国家が一つの神聖なものとなるとき国家のために死ぬことは英霊となり国の守り神とされる、そして天皇が国の神となり天皇のために死ぬことは英霊とされるとなり納得する
死んだら靖国で会おうというときそういう動機づけがあって死ぬことができた
ただ企業なら利益を上げればいいというだけでは死ぬまでの動機をもつことができない

そういうことはカルト宗教団体でも起きている、それもすでに会社を運営すると同じである。ただ違うのは宗教を利用するとき日本の戦争と同じく選挙でも信心のための戦いになり一票をとることは成仏することだとまでなる
それは間違っていても動機づけになっているのがカルト宗教団体である。
選挙で票を得る方にすると好都合だとなる
でもそんなことで戦争でも英霊になるとか成仏するとかを保証はできないものである。
それでもイスラム国などでもカルトととなりアラーのために自爆してそれで天国に行けると信じる、それがカルト宗教でもある
そんなこと誰も保証できない、神すら保証しなくてもそう信じる者があれば動機になる

原発はやはり国家的経営の一環として事業が起されていたのである。
原発は核武装に備えるために国家防衛の見地からも必要として作られた
またアメリカの戦略としても押しつけられたという面があった
アメリカとは同盟国だから当然だとなる、もう一つはアメリカが古い型のマーク1を売って利益をあげるということもあった
武器でも明治維新のときでも古い型のものが売られるのである。
ロシア製のものなどが出回るのもそのためである。
原発はとても一企業ではいかに大きくても運営できない代物だったのである。

そして原発が戦争のときのように神がかりにまでなっていた
「安全神話」が国家と東電とか官僚とかマスコミと一体となり作られたからである。
戦争のときも天皇は神であり日本は神国であり負けないというときやはり神話が作られて300百万人が犠牲になった
神話とか宗教は利益を越えたものとして人間の動機を作る、日本は神国だから負けない、原発なら事故も起きないとなる
創価なら選挙で常勝する、それは仏を信じる宗教だからそうなる
それは政教一致としてそうなっているのである。
他でも宗教がかかわればそうしたカルトとなり動機づけとなり国民がその犠牲になる

結局日本は戦争に負けて天皇は人間宣言した、そして政教分離になったのである。
でも現実は政教分離にならない、宗教が背後で票を操作して権力を動かしているのである自民党の阿部政権の背後には統一教会がいるとかなんとか常にある
つまり権力+宗教となるとき危険な状態になる
原発でも権力によって国家権力によって安全神話が作られていたのである。
国家権力というときそもそも国家自体が危険なものとしてある
国家は権力をもっているから国家でありえる、国家で軍隊をもたないものはない、軍隊は最大の権力であり警察機構もそうである。検察でも国家権力である。
それらを支配することによって国家は運営されている

法律は個々のものとしては公正を追及しているか国家レベルのことになると通用しない
時の国家権力に従うのである。自民党ならその政治体制に従う、そして東電の幹部の責任は検察でも問わないことになる
そもそも国家の犯罪は誰が裁くのかとなったら実際は誰もできないのである。
それは神しかありえない、アメリカだって犯罪国家だからである。ロシアでも中国でもそうである。アメリカが裁けないのは巨大な権力をもっているからである
国家自体が犯罪を犯したとしても裁きようがないからだ

シオンは公平をもってあがなわれ、そのうちの悔い改める者は、正義をもってあがなわれる-イザヤ

つまり国家レベルになると神しか公平に裁けない のである。

いづれにしろ事業を起す、経営することは国家運営とも通じている、それは一個人の問題でなくなる、なぜなら失敗したら親戚とか回りにを巻き添えにするからだ
戦争でも3百万人が死に原発でも一人も死んでいないとか言うが故郷に住めなくなるというのは最大の被害だったのである。水も飲めないとかもう最悪は空気すら吸いなくなったからである。土も汚染されて食料さええられなくなる、さらには遺伝子がやられて子孫すら残せなくなる、ということはこの地域では人は住めなくなるということである。
それだげの甚大な被害が原発ではあった
だから戦争並の被害がある、失敗したらそうなったのである

何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

だから事業はこのことが大事になる、動機づけである。原発などは失敗したことのことを考えたら簡単にできないものだった、戦争も同じである。
それは国を滅ぼすものにもなる、つまり戦争でも原発でもやるのはいい
でも国民がその事業理念とかミッションに納得すればである。
一私益として事業をするのではない、国民の納得の元にする
それは何でもそうである。政党でもそうである。
俺は政治家になるのは金になるからだ、地位が得られるからだとが動機になる
そういうミッションがないものが政治家になり権力を得るとどうなるのか?
ただ自分の利益のために国家権力を利用し私腹をこやすだけになってしまうのである。

原発だったら電気がたりない、電気がなくなれば文明は維持できないということが動機になる、また核武装の備えとして国家防衛として必要である。
ではそれで国民を納得させられるのか?こんな甚大な被害にあっても納得させられるのかとなる、そうした納得の作業が民主主義なのだろう。

でも結局権力によって一方的に押しつけられる、それが歴史でもある
原発の問題は一企業の問題ではない国家権力がかかわっていた
だからこそ戦争のときのように「安全神話」は作られたのである
いくら大企業ではそういうことはできないだろう。
戦争のときのように国家権力がかかわったからできたことなのである。
国家権力がかかわっているらか誰も罰することもできない
国家の犯罪は誰も罰することができないのである。





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2017年07月11日

震災原発事故の反省 (外部との絆は生まれ内部では断絶した)


震災原発事故の反省

(外部との絆は生まれ内部では断絶した)


津浪原発事故では外部からの力が大きかった、そこに絆が生まれた、原発でも避難した人たちは新潟などでは特に親切にされたとかある、ボランティアも来たり外部の人との接触があり日本という国を意識した
日本はつくづく災害列島であり天皇の役目がこうした災害を鎮める被災者を慰める役目としてあった。その災害を通じて日本人としての絆や連帯感が生まれた
ただ江戸時代辺りだと交通が発達していないのだから藩が違えば協力しえようがない
相馬藩では飯館村が飢饉になったとき藩全体で援助している
そういう歴史があり藩内だと助け合うということはあった
藩が違うと敵対関係にもなるから助け合わないのである。

交通が発達したとき関所がなくなったとき自由に日本を行き来できるようになってもそれで日本人という意識が生まれたのかとなると疑問である。
日本人として意識するようになったのは明治維新のとき西南戦争で政府軍が武士と戦ったとき国民軍となり国民意識を庶民がもつようになったという。
平民が戦って旧来の支配層の武士に勝ったからである。
その時日本国民としての軍隊が生まれたのである。それまで藩の軍であったからだ

つまり日本でもただそこに住んでいても必ずしも連帯が生まれる訳ではない
戦争は否定されるが戦争によって日本人としての意識が生まれた
それは古代では朝鮮半島をめぐっての争いがありその時日本人としての意識が生まれる
何かそうした絆とか連帯が生まれるのは戦争であれ災害であれ一致協力するときである。家族でも夫婦でも困難を共にするとき連帯が生まれる、家族でもそういう経過を経て本当の家族となる、いくら血縁でも夫婦でも親子でも家族とはなるとは限らないのである。

村でも何か連帯する、村として成立するには共同の歴史があり村が成り立つ
浪江の津島辺りは街から遠く離れているけど共同で戦後入植して切り開いたから連帯感が強いというときそうである、それは苦難をともにして連帯が生まれたのである。
連帯とか絆はそうして苦労を共にしたとかなるとき生まれる
戦国時代とかなると生きるか死ぬかの戦いでありそうなる臣従関係が強いものとなる
会社でもそうした利益だけを得るというとき強い連帯が生まれない
連帯は何かあってその過程で作られるものである。
それが歴史であり日本人としての連帯が生まれてくる

この辺の問題は外部との連帯は絆は生まれた、でも内部では絆とか連帯が生まれなかったむしろ原発事故では補償金などでもめてかえって分断されたのである。
そして内部のものはパチンコとかギャンブルで遊び外部の人が働いて復興していったのである。実際に建築土木関係は外部の力でできた、もちろんもう内部だげでは復興はできなかった。でもその時地元で復興して協力して連帯することはなかった
ただ補償金でもめて分断したのである。
苦しいときだったが協力するということもなく連帯もつちかわれなかった
ただ避難民は仮設などでそれなりに連帯感をもったことは確かである。
でもその回りのものとは連帯感をもつことはなかった

自分の一身上でも自分の病気や介護で苦しんでいたとき何の助けもなかった。だから一身上でも連帯は生まれなかった、これは自業自得だといえばそうである。
ただこの時助けられていたらやはり一身上でも連帯が生まれた
仮設の人たちには外部から常に来て援助があったがその回りには無関心だった
そしてギャンブルに興じているだけであり腹正しかった
内部の連帯というとき避難民化した人たちの内部でも補償金でもめたり故郷に残る人と残らない人の分断が生まれた
そこでは困難に一致協力するという絆や連帯がそこなわれていたのである。
その内部でも連帯は生まれなかったともなる

ただ小高の人でも外部からの人が来てその人たちは話するのが面白いというとき外部とはうまくいっていたのである。そうした矛盾は今も継続しているのである。
ともかく南相馬市として合併したがそこで津浪原発事故が起きてもしその困難に一致協力するなら市民としての連帯とか絆が生まれた、それがないから南相馬市の歴史は築かれなかったとなる、負の歴史として記されたともなる
南相馬市とか市町村の連帯でもそれは歴史的に作られるものだった
何もなくて市民としての連帯は生まれないのである。
それは家族でも困難なときに協力しなければ家族でないと同じなのである。
プラス面とマイナス面はあるゆることに生じる、マイナスと思えることもやりようによってプラスになる、困難でも一致協力して乗り越えれば強い絆が連帯感が生まれる
それはプラスとして作用する、それが内部でなかったことが反省されるのである。

内部の分断は実際は相当深刻である、順序としては内部で協力して連帯して外部の援助を受ける、そうでなければ外部の援助も有効にならないだろう。
内部で分断すれば敵にだって勝てない、だから内部の分断は戦略的に最大の効果を発する右寄りの人がしきりに左は中国韓国のスバイであり分断工作をしている
マスコミがその最大の日本分断の手先だというのもそうである。
マスコミには在日や中国のスパイが入り日本の分断工作をしている
確かにマスコミは一方的に報道が多いのである。
そして日本が分断されるとき危険なのは内戦状態になり国が滅びかねないということである。
いづれにしろこの辺でもそうした分断されてしこりが残った
それが南相馬市全体に波及する、するといくら外部からの援助があっても内部で協力関係が築かれなければ復興はできない、そもそもそこに住んでいる人が争っているのでは内部の援助には限界があるからそうなる

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2017年07月07日

北海道化した原発事故周辺 (その対処方法にも共通点が・・・)


北海道化した原発事故周辺

(その対処方法にも共通点が・・・)

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1月1日時点の北海道の人口(日本人)は前年比3万3593人減の534万2618人と、減少数が全国最大となった。 
高齢化による自然減や道外流出によって減少ペースが加速した。10年前と比べた減少数は約26万人に上り、道内で3番目に人口の多い函館市の人口規模が消失した計算だ。 



廃墟と更地だらけ、これからも変わらない 
老人がドンドン消えていく、若者などいない


いっそ道東あたりをベーシックインカムの実験地にしてみたらどうだろう 
最低限やるから1から街作ってみろやみたいな

韓国より少し狭いけど北海道は面積が韓国に近いくらいあっても 
韓国は人口が6000万人だっけ?いるよね?北海道は530万人てほんと少ない

廃村に熊が住み着いて自炊を始めるのですね

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

生活保護なら北海道の太平洋側は間違いなく魅力のある土地だよ。 
釧路の生活保護率が全国一なのも生活保護世帯が釧路を離れたがらないから。 
函館はもっとそうで本州のホームレスが函館に定着して生活保護を受給したりする。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

無理に過疎の自治体を維持するよりも重要でない自治体は移転して重要な地域へと統合した方がいい

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います。 
財政が破綻するだけだから、無理して大きな規模を維持しても仕方がない。


最初にこの辺で驚いたことは津浪で北海道のようになったと報告した、それに原発事故が加わって田畑が放射能で汚染されて放置され原野化した、津浪と原発事故の二重の影響で原野化した
海岸地帯は一時釧路湿原のような湿地帯にもなり縄文時代にもどった
その光景は驚くべきものだった、今でも海岸地帯は一部田んぼになったが草原化したままである。
そこに雲雀がないているとき雲雀は田んぼより草原にふさわしいものだったことを知ったまず自然までがこれほど変化するのに驚嘆したのである。

北海道というとき自分は十回くらい行っているからしほとんど回っている、最初は電車でまわり次に自転車で回った、確かに5月から6月はじめで根室の方はストーブをしていた。稚内は6月になっても桜が咲いていた、それだけ寒い地域だった
ただ今は気候的は温暖化しているからどうなっているのか?やはり根室辺りは寒いだろう。

そして北海道のようになったというときこの辺も以前として北海道とにた状況がある
北海道は札幌に200万住んであとは350万ほどが他に住んでいる
札幌に極端に人口が集中している、札幌はそれだけ住み安いのである。
でも函館から札幌までは電車でも遠いなと感じていた、普通電車で行ったからそう思ったのか遠い、それだけ広いということである。
なにか途中に黒松内という駅があり黒松内というペットボトルの水を飲んでいる
その土地をイメージして飲んでいるのも不思議である。
自分は全国隈なく旅しているからその土地のことがイメージできるのである。

時々2chでも面白い深い議論がある、表面的なものが多く深い議論はない、でも今回の議論は面白かった、なぜ函館と釧路に生活保護が多いのかということが気になっていた
釧路では生活保護の収入が市を運営する財源となっている、国から支給されることもあり財源となる、太平洋側は魅力ある土地だというのはその理由なのかとなる

ともかく北海道の現状はこの辺とダブってみえる、津浪と原発事故で人が住まなくなり原野化したのはまさに北海道のようになった、そこの住人はイノシシやサルにもなった
北海道になると熊になってしまう。熊のために高速道路作るのかと揶揄されたのも北海道である。

ただ北海道の状況は全国でも少子高齢化で起きている現象である。限界集落が各地に増えて維持できなくなり廃村にもなって廃墟になってゆく、その全国的日本の現状が北海道に顕著になり津浪原発被害地では極端化したのである。
小高でも帰って住んでいるのは老人がほとんどであり浪江ではまだ人がほとんど住んでいない、一体そこをどうするんだというとき北海道の現状とにているのである。
それはここだけではない、もともと農業が衰退してそうなったのである。

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

農業は極端にしても跡を継ぐなと子供が殴られたとか聞いた、それだけ割りにあわない
例えばベーシックインカムでも畑をやってくれと言ってもやりたくないだろう。
金を払うからやってくれといっても毎日草取りであり天候に左右されて虫に食われる鳥に食われる、この前は虫に食われたから薬が必要になりまた金がかかる
結局いろいろあって土地にあわなかったとかネギもみんなだめなになったとか収穫がない金だけかかる、その金を自分が払う、それはまさにベーシックインカムで農業をさせているのである。
でも実際はそうしてまでも農業はしたくないとなる、その女性はもともと農家の出で農業が好きだからしているのである。
ではそんなことをして無駄かとなるとそうでもない、回りは荒地が多いのだから荒地にしているとまずいのである。土地を有効に利用する必要があるからだ。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

これだってこの辺と事情は違うがにている、漁業では生活できないと東電に漁業権を売り渡して船主などは原発御殿を建てて成り金になっていたのである。
事故後も手厚い補償金があり船主は真っ先に高級住宅地に家を建ててすんだ、明らかに船主関係の家が立派なことは確かである。
ともかく補償金の額は違うし継続して補償金が出るから生活に困らないのである。
北海道だってどうすればいいんだとなり原発でも建てれば裕福になるとなっていたかもしれない、現実に泊原発などはそうである。そこの周辺は豊かになっているからだ。
双葉大熊とかこの辺でも過疎地域だったというとき原発で町作りしたからである。
それは一時的には成功したが悲惨な結果になった、いくら船主か補償金をもらっても今では回りの目があるかから苦しい、住みずらいとなる

ただこの辺と北海道の相違は新し家が次々に建ったということである。新しい街がいくつかできた感覚になる、だから南相馬市でも鹿島区などはかえって発展したのかとさえ思うのである。それは人口が原発避難区域から流出してきたからである。
その人たちは補償金で金があり家を建てたりアパートに住んだりする工事関係者が住んだりする特殊事情のためにそうなったのである。
ただそれで思ったのは

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

一つの拠点化して期せずして「コンパクトシティ」が生まれたのである。現実問題として小高でも浪江でも避難区域になったところはそういう街を構想している
そうならざるをえない、中心部にコンパクシティ化して浪江だと廃炉の作業員のため宿泊所の街を作るとかである。
小高でも農業するにしても会社運営にしたように街に住んで郊外の田畑は会社が管理するようになる、そもそも人がいないのだからそうならざるをえない
そして人がばらばらに住むとコストがインフラでも水道でも何でもかかりすぎる
福祉にしても田舎だと一軒一軒回るのが手間なのである。まとまっていれば車がなくても回れる範囲にあり効率的になるのである、看護でも楽になる
それよりもう小高でも浪江でもあれだけ人口が減り若い世代が帰らないとしたらもうそこに人が住むというより原町とかに統合して住むという選択もありなのかとも思う、現実に復興住宅に住んで今はそうなっているからだ
それは北海道の現状とにている、とてもインフラでも維持するだけで容易でくなる、現実に水道は金を払う人がいないなくなり維持できないともなっているからだ。

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います

そういうこともこの辺では現実としてそうなった、飯館村などはもう元の森にかえるほかない、蕨平とかでも40軒あっても一軒しか帰らないとなればそうである。
元の森に還ってゆくく他ないのである。
自分の住んでいるすぐ近くでも海側は草原化したままである。
ただメガソーラ場になっているのは北海道とは違っている、北海道に向いているのはメガソーラ場なのかもしれない、ただ観光面からすると景観を破壊するからいいとはならないというのは北海道は外国人の観光地として人気がありリゾート化しているからだ
観光の面では北海道はもともとそうだったけど外国人がかかわりさらに有望になっているからだ

いづれにしろ少子高齢化の問題はさらに深刻化する、近くの中学校で野球の練習をしている生徒を見ていた、そこは小高の生徒も入っている仮設のプレバブがとりさられて広くなった、でも生徒数がへればスボーツでもチームでやるのは人が集まらなくなる、もちろん人が少なくなれば優秀な人もへる、すると強いチームが作れないのである。
隣ではサッカーをしているがこれも人数が必要でありそもそもそれだけの人数を集めるのが苦しくなる、つまり人数の多いチーム編成のスボーツはしにくくなるのである。
だから小高の生徒と一緒の方がスボーツでは良かったともなる
少子高齢化は教育にも影響してくる、それは様々な分野に影響してくる


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2017年06月27日

復興住宅に移り住んだ浪江の人 (真野川の橋の上で話す)


復興住宅に移り住んだ浪江の人

(真野川の橋の上で話す)


復興住宅に住んだ人は日立木に行ったことがなっかのか?日立木という地名がわからなかったのである。日立木に行ったのだがその地名がでてこないのである。
近くの鹿島の地名などは出にくいと思っていた
地名は意外と原町でも相馬市でも狭い地域になるとなじみがないのである。
自分にしても浪江などわかりにくいのである、室原の場所が山の方だと錯覚していたのもそのためである。小高も浪江も実際はわかりにくいのである。

その人は請戸の出身だというとき請戸は港だけではない、広い土地がある。だから南相馬市立病院で同室だった人は10町の畑で野菜を作り昔の平に売っていて財を築いた、表彰されるような優秀な人だったので習いに来ていた人たちがいた
その人は農家の人で大工をしていたという、何か話がちんぷんかんぷんな所があった
大工とか肉体系の仕事の人にはそういうことがある。
小高の一人親方は話がうまいし庭作りもできたし何でもできた、商売さえできる
そのなんでもできることで仕事を広げすぎたということはある

その人はこの辺の事情を知るために車で回っている、人間は浪江となるとまた近くてもわからないことがある。
何か川が木で覆われているので気にして市役所に連絡して木を切ってくれと頼んだ
川が狭いし土手のすぐ近くだから氾濫することを恐れたのかもしれない
でも真野川はもう氾濫しない、洪水にはならない、河川改修したからである。
それまで二回水害にあったから危険な川だったのである。
ここで問題になるのが浪江の人は南相馬市の市民ではないことである。
税金も払っていない、するとそういう要求が市にできるのかとなる
これは避難民が他の市町村に住んだとき起きたことである。
二本松市に浪江の人たちが住む一画を作る町を作るというときもそうである
やはり税金の問題が生じる、税金を納めないとしたら権利もないとなるからだ
そういうふうに今回はいろいろな問題がこの辺では生じた
実際に近くに浪江の人が家建てたり住んでる、でもおそらく南相馬市民になっているのかどうかはわからない、浪江町民になっていて補償金がもらえているからである。

その人は農家であり大工していたという、それで近くに立派な入母屋作りの家のことを言っていたのはそのためだった、その家は大きくて目立つ古風な作りの家だからである。
それは一目見ただけで相当に金がかかっていることがわかる、建売住宅がほとんどなのにこれは違っている、その家は建築関係の仕事しているから金持ちだったのである。
ということは特別注文できる家だったとなる

その人が言うには土地が誰の土地でもなくなってが利用できないようなことを言っていた土地の持ち主が死んだので利用できない、死んだ時点で利用できないと言っていた
でもその土地を受け継ぐ人がいないということはそれは市町村のものになるのである。
身寄りのない人などの財産は遺産は市町村のものになるのである。
なぜその土地のことを言ったのかというとそういう土地が避難区域では増えているということである。誰の土地なのかわからない、権利を消失したような土地が増えている
死んだ人もいて誰の土地かわからなくなっているのである。

空家が増えたのもそうだが土地でも誰の土地かもわからないものが増えたためだろう。
今日のテレビでそうして所有者がわからない土地が九州くらいあるというから驚きであるこの辺では特に増えた、その理由はやはり少子高齢化とか土地が安いとか土地を維持する利益がなくなっている、それで土地を受け継ぐ意志がない人が増えたためだという。
避難区域になったところはまず土地の価値はほとんどなくなっている
ただそこが放射性物質の処理場になるとき価値が生まれる
定期的に収入が入るからである。だからそうした所有者のわからない土地はやがては市町村のものになり国のものなり放射性物質とか廃棄場にされる可能性が高いしまたソーラーパネル場にされやすいのである。または中国人にいつのまにか買われていたとかも起きている、それは北海道で顕著なのである。

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土地に手をつけられないというとき土地所有者がわからなくなっているからだ
勝手に開発したりすると後でもめたりするからだ

そして明治以降土地の私的所有が認められて無数に細かく土地が分割されたのも問題だったのである。
それで開発するにしてもめんどうでできないという状態になったのである。

(所有権の取得時効)
第 162 条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その
占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得す
る。

誰の所有かわからないで放っておくとそれは誰かが利用しているとその人のものになる
何かそういうことがこの辺では空家や空地だらけになっているのだからそういう問題が起きる、市町村とか国で利用しても文句言う人もいなくなる
そこで勝手に放射性廃棄場にされたりするのである。


それから浪江の町長は本宮に新しい家を建てたとか言っていた、浪江に住まないでそんな所に新しい家を建てるのはおかしいとか言っていた、飯館村の村長でも福島市にマンションを買ったとか言われ批判されたこともあった
ただこの前のNHKのテレビではそうではなく狭い借りた家に住んでいるとか写していた
しかしNHKでもそういうことは装うからわからない、実際は違っていてもそうなる場合があるからだ。確かに本宮に新しい家を建てて浪江の復興をするというのも変である。
そもそも浪江の復興は人が住まないとはじまらないからである。
イノシシが街の中を歩いているとかなっているからだ
ともかく小高でもそうだが人が住まないと荒れるだけなのである
だから帰るのは老人だけにしろ住むことから復興がはじまる、だからこれはおかしいというのもわかる、とにかく復興を考えると人が住まないとだめだと思う
老人でも人が住んでいる町と住まない町には相当に差がある
浪江は街中が人がほとんど住んでいないからだ

何か市長村長でもいろいろ言われるのはやむをえないだろう。それだけこれも責任が重くなっているからである
なんとか復興しようとするときその指導するものが別な地域に家を買って住んでいるのかとなると指導される方もやる気がなくなるだろう。
浪江の人はすぐ近くに家を建てたりして住んでいる
空家に住んだ人もいた、浪江の人は今は目立つようになった
ただ浪江は本当に街中に人が住んでいない、小高はまだ住んでいる人がいるからましだとなる、浪江の復興ははじまったばかりである、でもやはりこの復興は長期戦になる
だから確かに近くになれば浪江まで見に行けるから二本松とかとは違う状態になる
身近に感じるからである。
ボーリングして井戸を掘っているのは水が使えないためである。
この辺でも水は飲んでいる人は少ないだろう、自分も飲み水はペットボトルである。
洗濯するにしても水が使えないとなると苦しい、浪江だと山の方が高濃度に汚染されているからだ、だから住むような環境にまだなっていないのである。
そもそも少子高齢化で水道のインフラ維持に金がかかりすぎてもう維持できない自治体が増える
だから浪江とかになるともう水道のインフラを維持できない、他でも人口が極端に減少すると維持できなくなる
そしたら井戸を掘って自家用でまかなうという昔にもどるともなる
原発避難区域ではこうして少子高齢化とかの日本の未来の極端なものとしてあらゆるものが現れているのである。


いづれにしろこういう思わぬ状態になったとき上に立つ人の苦労も大変だと思う
今までは公務員は楽で収入がいいとか地方では言われねたまれたけどここではそういうことはない、それで公務員をやめたいという人がいるのもわかる
様々な問題があり事務処理でも増えるし過酷だとなってしまったからである。
何か外から援助に来た公務員が自殺したなどがあったからだ
それほど追い込まれたということでもあった。
要するに放射能でもなかなか消えないのだから復興は長期戦になる
でも長期戦になるなかで離脱してゆく人も多いし現実若い人は帰らないのである
時間がたつにつれて復興するより復興から遠のいて忘れられてゆくということもある
ただまだ浪江から近くに移り住んだ人は浪江が近くなのだから身近になり復興を考えるということはある、そういう点では近くに移り住む効果はあるとなる

災害のときの公務の業務量は3倍から5倍になります。震災の前から、公務員を削り続けて、普段でも業務を回すのはギリギリの状態でした

クレーム処理のために公務員が存在するような状況になって、どんどん、どんどん、メンタル不全など体調不良が多くなって仕事ができなくなってしまう公務員が増えてしまう

公務員は恵まれていると言われてきたけどこの辺では違う、やめたいとなるのもわかる
特に避難区域になった所はそうである。
クレームが多いということは震災地域では不満が多くなるしその不満の捌け口が公務員になっているからだ。
でも公務員とは気軽な仕事ではなくもともとそういう責任があった仕事だったのかもしれない、市町村民を守る仕事で責任が重いから優遇されていたとなる

つまりこれも今になるとその責任の重さを自覚されたのである。
公務員が倒産することはない、でも市町村自体が倒産の危機になる、そうなるとその責任も重くなってくるのである。その責任を引き受けるからこそ優遇されていたともなる
だから公務員は楽だからとして入って今になって苦しいから嫌だというのは勝手だという意見もあるだろう。
ともかくこの辺では様々な責任が問われたのである。
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2017年06月26日

AI化と原発事故 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AI化と原発事故

 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AIの判断でも人間の判断でも必ず誤る、でもAIの判断は機会の判断はミスは責任が問われない、間違いましたとかで終わりである。人が死んでもそうである。
人が何万人とか死んでもAIの判断が間違っていても責任はとらない
責任をとるのはAIを作り操作する人間なのである。

医療関係では病院では医療ミスがさけられない、だからそのミスに備えている
人が医療ミスで死んでも責任が問われないようにしている
医者の責任はそれだけ重いから責任逃れをする体制を整えている
だから医療ミスがあってもたいがい病院が権力があるので逃れられるようになっている
医療ミスで死んでも裁判で勝ち目ないとなっている
それだけ医療ミスを恐れているからそういう体制をとっている

これを原発事故で考えると一旦事故が起きたらこれだけの重大な被害があり責任が問われる、でも原発事故では病院のように医療ミスが起こることを想定していない
「安全神話」が作られて事故は起きないとなっていたから病院のようにそうしたミスが起きたらどうするのかということは念頭になかったのである。

でもAIでも人間の判断は必ず誤る、ミスは起きる、これはどんな世界でも確実なのである確率的にも医療ミスでも交通事故でも飛行機でも工場でもなにかしらミスがあり事故が起きる、それはもうさけられないのである。
原発だけが事故が起きないなどありえないことだったのである。
でも事故が起きたらどうするのか?そういう対策は全くしていなかったのである。
なぜなら事故は起きない「安全神話」を作っていたからそれに備える必要がないからだ

これだけの被害にあったときその責任が70兆円も廃炉にかかるとかもう日本が傾くくらいの責任があった、となると原発を作るとき簡単にはできない
医者は医療ミスが起きても問われないようにしているから手術もできる
それだけ命にかかわるからそうしているのである。

ともかくAIが判断するにしても人間が判断するにしても必ず誤りがありミスがある
するとそのミスに備えることが不可欠なのである。
そのために保険をかけることもある。
でもなぜか原発はそういうことをしなかった、備えなかった
それは「安全神話」を作ったためにそうなったのである。
安全神話となればそれは宗教ともなる、信じるか信じないかになる
要するに事故のために備える必要をなくさせたのが安全神話だったのである。
それは政治とかマスコミとか科学者が一体となり作ったものだったのである。

そもそも原発は一旦事故が起きたらもう国が滅びるほどのものだからそれに備えることもできない、だからこそ安全神話が作られて行われた
それは戦争でも神国だから勝つというのではじめられた
負けることは想定しない、でも負けることもありうる、でもそれを想定しない
なぜなら神国だから勝つとなるからだ
だから負けたらどうなるのか戦争したらどうなるのか、その犠牲は甚大になるものを想定しないのである。
そういうことを想定したら戦争も原発もできないからである。

どんなことしたってAIであれ人間であれ判断は誤る、ミスはある

これこそ確実であるからこそもし戦争に負けたらどうするのか、その責任はどうするのかを考えねばならなくなる、現実に3百万人の死者の霊をどうするのか未だに議論されるのもそうである。その責任をどう果たすのかということが問われる
どこの墓でも戦死した墓があり階級が記されている、それは日本のために戦い死んだという誇りがあって当時は墓に記したのである。でも今それが誇りになっているかというとなっていないのである。

要するに何をしてもいい、でもその責任の重さを自覚してやるならいい、一旦事故が起きてもその責任とれるならいい、でもその責任がとれない、保証しないとなるとどうなるのか?AIだったら責任は問われない、人間は問われるのである。
戦争でなくても原発事故でなくてもAIが判断しても人間が決めるのだから人間は責任から逃れることができないのである。

だから人間の判断は誤る、ミスが起きる→それに備える

このことが必要であり保険が生まれる、もしそうしたことが備えもできないとしたら責任を負えないとしたらやるべきではないとなる
病院で死ぬのは社会的にその家族とか怒りになるだけかもしれない
でも戦争とか原発事故になると被害がその国土にも及び原発事故だと水も飲めない、土は汚染されて食料もその土地から得られなくなる、木材も使えないとか生活の基本になるのものが汚染されるから住めなくなるのである。
人は死んでいないと言っても人は住めなくなるのだからその被害は甚大なのである。
その責任をとれるのかと今になると問われる
もはや実際にその責任はとれないのである。元にもどるには何十年かかるとかそれよりプルトニウムの毒が放射線が消えるには二万年かかるとかなると住めなくなるほどの被害だったのである。

これからも日本で原発をつづけるというときこれだけの責任が負う覚悟でするのかと問われる、科学者は実際に原発にたずさわった学者は武田邦彦氏は今度は住民も原発を作らせるときその覚悟が必要だと言っている
この辺のようにもう故郷に住めなくなる覚悟で作らせて事故が起きたら今度は今回のような手厚い保証ないという覚悟でするべきだと言っている科学者がこういうのも無責任だが住民にもそういう覚悟で責任をとってもらうということなのである。
でもその責任の範囲は広範囲になるしさらなるもっと大きな被害になったら日本の国土が汚染されて住めなくなるのである。

つまり戦争の時のように日本国民がその責任を負わせられるのである。
その覚悟が国民にあって原発を継続するのかともなる
結局責任は戦争の時と同じように指導者は戦争をすると判断したものはとらない
国民がとらされるのである。3百万人の死がその責任だったのである。
国民自体がそういう重い責任があり覚悟しているのかとなる
責任が希薄だから戦争でも原発でもはじめる、でもその後に戦争に負ける、事故があり
その責任が国民にも回ってくるのである。

責任が比例して地位があり給料が高いのも仕方がない、それは責任ともなっているからである。政治家でも科学者でも官僚でも東電の幹部でもなんでも責任が重いから給料が高いのである。それは責任をとるということでそうしている
掃除している人とかいろいろな仕事があってもたいして責任がないものもある
銀行とか会社でも大金が横領すれることがしばしばある、でも責任はそれほどとらない
一方で百円盗んでも刑務所に入れられたりもする、江戸時代は五両盗んだら首が飛んだ
金の額でそうなっていたのである。
だから金をもっているだけでまた責任が問われる、遺産でもなんであいつはあんな金を親からもらえるのだとなり責任が問われる
実際に仕事でも10万で仕事させるのと20万で仕事をさせるとき20万の方が責任が重くなるもし五万で引き受けたとしたら何か手抜きとかまずいことがあっても5万なんだからしかたがないとなるのである。金の多寡によって資本主義社会では責任が問われているのである。

それで江戸時代の侍には庶民はなりたくなかった、侍は切腹して責任をとらされるからである。それを見ているから気楽な庶民の方がいいとなっていたのである。
いくら地位があっても嫌だとなるのが普通なのである。
現代ではそうした責任感覚が希薄になったがやはり以前として責任は必ず生じる
AIは責任をもたないが人間は責任をとらされるのである。
そこがAIと人間の根本的な相違だったともなる。

いづれにしろ人間には責任がつきまとっている、犬猫を飼うにも捨てないでちゃっと飼いとか言われるから簡単に飼いないともなる、発言するにもインターネットなどは責任がないとういけど何か読まれる数が増えると責任が出てくるとなる
それでマスコミでは大勢の人が見るから影響力が大きいからマスコミ自体が批判されるようになったのである。
報道するとか出版するとか何かを公にするとき責任が生まれる
ただ普通はそういうことはできないから発言もできないから発言できない人は責任もないとなっていたのである。

今になるとマスコミが批判されるのはそれだけ大勢の人に発言する権利をもっていたからである。マスコミはただの媒介するメデアではない、マスコミ自体が大衆を操作する洗脳するメデアだったのである。だからこそその責任が問われる
発言できないものは責任はないからである。
批判は自由である、でもまたそこに責任がともなってくるのである。
インターネットは責任がないという時代もあったがやはり責任を課せられるようになっている、発言する権利を得ればそれとともに責任も生じてくるのである。



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2017年06月24日

南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ! (供給過剰な住宅?)


南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ!

(供給過剰な住宅?)
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また新しい住宅地がすぐ近くに作られている



とにかくこの辺を見ていると家が次々と建てられつづけたし今も建てられている
津浪とか原発事故で家を建てる人が多いことはわかる
外からも家を建てる人が多い、最近は畑に小高の人が家を建てるとかある
大東建託は今も建てているし15棟くらい建っている
なんか多すぎる感じがする、そんなに入る人がいるのかとなる

今日見たらフォレストホームの建売住宅が1900万になっていた
前は2400万とか2500万だった、同じような住宅である。
500万も下がったということはやはり供給過剰になって売れないのか?
こんなに値下げするのはなぜだろうとなる

日本は全国的に空家も膨大であり近くでも四軒くらい空家があるが入っていない
それももったいないと思う。
実際マンションでもアパートでも建て売りでも供給過剰になっていないか?
税金対策で無理やり大東建託などがアパート経営しても部屋が埋まらないで借金をかかえたとかある、近くでも大東建託のアパートを建てた人は一億円かかるという
それを15年でかえす計画だというが本当に成り立つのだろうか?
この辺で家が建つのは特殊な事情であるからだと思っていた
でもここももう家が建ちすぎるのではないか?

だから500万も値下げして売り出している、入る人がいないから安くして売り出す
500万となると大きい、2400万だと高いな見ていた
でも1900万となると安いと今では見る、建物は同じだからである。
これなら買うという人が出てくるようにも思える

何か今は家でもなんでも供給過剰の時代になっている
高度成長の耳朶はマイホーム時代であり売れたが今は少子高齢化になれば家もあまってくる、現実に空家が膨大にあまっているからだ

自分はビルとか土地関係の投資信託を銀行に頼んでいるがなかなか経済とか株でも理解できない、ただここは具体的にわかりやすいからピンときた
500万も下げるとということは土地の価値とか家の価値が下がっていることである。
この辺は一時土地の値段が三倍にもなったとか言われた
それだけ家を建てる人が増えたからである。今になるとそれも一段落して値下げになった土地の値段も下がったのかとなる

前は西町の区画された土地は70坪で700万円だった、でもいつまでたっても売れなかったのある。それをいつも見ていたからわかる、今やそこは新住宅街になっている
鹿島では高級住宅地がありこうした安い建売住宅地ができた
安い住宅地はやはり庭がとれない、窮屈なのである。
高級住宅地は庭が広いし家も大きいのである。値段的には三倍はしている感じになる
それだけの金持ちが建てている、船主が多いとか言われるが誰が住んでいるかわからないここには子供に聞いたら烏の人なのか住んでいる
津浪の被害にあった人も住んでいる、外部から来る人も住むのでその辺はわかりにくい。
部屋を見ると狭いようで広いとも思った。居間が15畳もあるし6畳の部屋が三つに八畳の部屋もある。だから狭いようで広いのである。子供をもっていても住める広さなのである市営住宅でも狭いように見えても中が意外と広いのである
だから家は外から見てはわかりにくいのである。

場所的には小学校は近いし駅も近いとあるが駅は歩いて10分くらはかかるだろう。
でも遠いとも言えない距離である。そういう点では便利である。
でも2400万とかで買った人は今は損したと思っているかもしれない
値段は時価だからこんなに変化するのも驚きである。
株だってこうして急に値下がりするから怖いのである。
これは身近だから具体的にわかりやすかったのである
なにしろ自分は毎日街を巡り歩いてるので気にかかるのである。



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なぜ復興がむずかしいのか? (Designの意味)


なぜ復興がむずかしいのか?

(Designの意味)


de-signでsignがドイツ語で存在するという意味でdeは否定する接頭語になるという解釈だ興味深い

この辺でなぜ復興がむずかしいのか?それはデザインすることの意味に通じている
今まで存在していたものがsignしていたものが消失した
避難解除されても街自体が空家だらけである。
つまりザイン(存在)していたものがなくなったからである。
ではその後どうするのかとなると街をどうデザインするのかとなるとお手上げだとなる
存在したものザインしたものがなくなった後にどうするのか?
それがDesign(デザイン)の意味だったのである。

浪江町とかでは廃炉作業員のための宿泊所のコンパクトシティにするとかある。
それは今まであったものがなくなる、ではどういう街をデザインするのかとなると
そうなったのである。
それは津浪の被害地でもそうである。
街が消失してその後にどんな街を作るのかとなるとき今までの発想では作れなくなったのである。デザインするとは今まであったものがなくなりその後にデザインすることであるだから復旧と復興は違う、復旧なら今まであったものと同じものを作ればいいとなる
でも復興となると新たに興す作業が必要になる、デザインすることが必要になる
だから復興がどこでもむずかしいのである。

つまり何もなくなった、この跡をどう活かすのかとなると今まであったものを復旧するのとは違うからとまどうのである。
人間の発想は今まであったものを基にして考える、それも必要だが歴史的継続としての復興もある、でもまたなんなにもなくなったときそこにデザインすることも必要になる
そもそもこのDesignという言語自体不思議である。
デザインとは今まであったものsign(存在)を否定することがデザインになっているからだ
ただ津浪であれ原発事故の被害地であれ現実にそういうことが起きているのだ。
今まであったものが存在したものザインしたものがなくなっているからだ。
そこに新たな街をデザインすることが要求されているからだ。

浪江町の駅前が壊されているというときそこに新たなものデザインする、それはどういうものになるのか?
復興とは前より良くなってみんな帰りたい住みたい街になることだというとき新地駅前は開発されてそうなった、人口も減少していないのである。
駅と駅前は新たにデザインされて復興したとなる

別に鹿島などは前より良くなっている、スーパーが一つ増えて古いスーパーも新しくなったとかツルハドラッグが二つできたとか最近新しいラーメン屋ができたとか
コモドインホテルができてランチが食べられるとか老人の施設ができたとか街には次々に新しい家が建ったとかある。
ただ津浪の被害地とか原発事故の避難区域になったところは今まであったものがなくなったからそこに新たな街を村をデザインすることが要求されているのである。


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2017年06月21日

原発事故で問われた自覚された重い責任 (しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故で問われた自覚された重い責任

(しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故ほど責任が問われたことはない、責任の重大さを問われたことはない、それはあまりにも被害が大きかったからである。
戦争でもそうである。三百万人死んだのだから一体その責任は誰にあるのか未だに問われている

東電は原発をしたくなかったのである。でも国で責任をもつということで請け負ったのである。東電は原発は危険なことを知っていた、だから東電だけではしたくなかった
国で責任をもってくれるということで原発事業をはじめた
そして東京に作らずに福島に作ったのは危険だからそうしたのである

株式会社の責任というとき株主も責任がある、ただ株に投資した分だけの責任である。
会社が倒産すれば株はゼロになる、でも会社は借金するとその分の責任がまだある
中小企業では社長がその責任を負い家族までまきぞいになり悲惨な結果となる
事業して失敗した人など無数にいる、自分の身近にもそういう人がいて自分が苦しんできたことや事業で失敗して除染の仕事に流れてきた人もいる
中小企業だと家族までまきぞいになり家族も崩壊することが普通にある

何でも責任がつきまとってる、それで法律で契約するとき会社でも個人でも私たちは責任をもちませんということを明示しているのである。
あとで責任を追及されるからである。ただ被害を受けた人はその契約のことをあまり見ていない、そして会社でもその責任はとらないと条文に書いてあることを知るのである。

事業で成功する人がほんのわずかなとき二十人に一人とかなると本当は誰も責任とるとなると簡単にはできないはずである。その責任があまりに重いからである。
回りのものにも失敗したら迷惑をかけるし家族も塗炭の苦しみを味わうからである。
でも意外と安易な気持ちで事業をはじめる人が多いのである。
戦争でも三百万人も死んだというのは戦争の結果であり責任になった
その後始末をどうするのかと七十年たっても解決しないのである。
国で英霊として祀りその霊をなぐさめるとなっているがそれで死んだ人が報われるのかともなる、天皇も責任を問われたから天皇という立場、空恐ろしい責任を負わされていたのである。そしたら天皇になどなりたくないとなる

責任というとき一代で終わらない、戦争責任を中国や韓国で追求されるのもそのためである。個人的にも親の責任を子供がとらされる、自分にしても親がいていい長くいい思いしてきたが介護とかなり今度はいろいろ親が残したものの責任をとらされたのである。
親の代の責任が子供に課せられるのである。もともと原発だって誘致したのは親の代の人だったからである。でもその責任は確実に子にその責任が引き継がれるのである。
そして子や孫に恨まれることにもなるのである。
親の因果が子に報いになるのである。

責任の重い仕事は立場の人は責任の重さをしりその責任を回避しようとする
病院は医者は責任が重いから医療ミスも多いから組織ぐるみで医療ミスを隠蔽できるようにしている、そうしないととても医療ができないからそうなっている
医療ミスは実際は膨大にあり裁判にもならないのが多いのである。
実際に手術してガーゼが体に残っていて一年後にとりだしたとかした人を知っている
でもなんら病院から謝罪すらなかったのである。
そういうことは病院や医療関係では普通のなのである。それだけ医療ミスが多いから責任をとらない体制ができているのである。

医療関係では常に日々そうした医療ミスが起きているからその責任を回避するためにそうしていた。ところが原発ではそういう重大な責任があるとしても危険がわかっていても対策をしなかった、安全神話を作り必死になり隠蔽しようとしていたのである。
それは地元でもその責任を自覚しないことがあった
漁業権者は海を東電に売り渡したというときそうである。漁業権は北朝鮮では魚をとる船がないということで漁業権を日本など外国に売り渡して年に七十億とかの収入を得ている漁業権は大きな権利なのである。
だからこの辺では漁業権をもっている船主などは事故前も事故後手厚い補償金をもらっていたのである。それが今回りのものから反発される
なぜ漁業権など東電に売って補償金をもらっていたのだとなる
つまり責任が今になって問われたのである。

つくづくだから今になると責任は分担するのが一番いいとなる、漁業組合だけで漁業権をもっているからそれで利益を得るより市町村単位で漁業権をもっていればそうはならないみんなの責任だとなるからだ、ただその時は補償金はかなり少なくなるからそうしなかったのである。
ただ事故前に漁業権を東電に売り渡したことが責任を問われたのであり事故があったら補償を要求するのは当然である。その前から手厚い補償金をもらっていたことが問題だった権利を主張するのはいい、でもそこに責任もともなっていたのである。

ともかく責任というとき分担するのがいい、大企業になると大きいからもう簡単につぶすことができない、それで国が援助したりする、その影響が大きくなるからだ。
戦争は結局は国民の責任だとなり三百万人が死んでも国民の責任だとなれば誰も責任を負う必要もないとなる
原発でも国の責任だということは国民の責任でありその賠償金は国民の税金で払われることになる、本当は政治家や官僚や東電の責任が大きいにしても問われないのである。
学者や科学者や技術者の責任もあったが問われない
武田邦彦氏が一ミリシーベルトを守れというときそれが原発事故の前にそれだけ危険なものだと警告していればいいが今になってそんな厳しいこと言われてもできない
みんな住めなくなるからだ。それは科学的根拠があってもできないのである。
だからそんな厳しいことを言うならその前に原発の危険性を言うべきだったが言っていないのである。

責任というときどうしても上に立つ指導者が一番責任が問われる、それで侍はその責任を自覚していたから切腹した、切腹を覚悟して事にあたっていたとなる
そういう立場を自覚していたとなる、でも現代ではそういう自覚がない、上に立ちいい思いをして利益を得る、でも責任はもたない、現実に東電の幹部は何の責任もとっていないからである。裁判にすらならない、結果的に誰も責任をとらないのである。
責任をとらされたのは地元の人たちだったとなる
ただその責任として補償金を与えるだけだとなる、それも国の税金であり東電が全部ではないのである。

すると国民ではなんであんなに補償金を払うのかと不満になり原発避難者のいじめとかなる、お前たち事故前もいい思いした、金をもらっていたではないかとなり批判する
つまり地元の人たちへの責任論である。それがわかりやすいのは漁業権者への手厚い補償がわかりやすい。結局原発を作った方が勝ち組なんだよとかなる
何かこうして責任問題になると責任の転化になる、誰も責任を負いたくないからである。そして戦争のように誰も責任をとらない、国民が悪かったのだとなればみんな悪いのだから責任をとらないのである。赤信号みんなでわたれば怖くないとなる

それは集団組織が大きくなればなるほどそうなる、だれも大企業であれ巨大化したものは責任をとらない、カルト宗教団体でもあれだけ巨大化すれば責任は全員にあるから問われない、巨大な権力集団になったとき責任は問われないのである。
それが誤っていてもそうである。それがナチスのようになって国民にもその責任が及んでもその巨大な権力集団の前には何もできないとなる

原発事故はその被害が甚大でありその責任も無限大にもなってしまうものだった
なぜならプルトニウムが二万年消えないとかなる空恐ろしいものだったからである。
その責任を誰がとるのか?結局地元の人が一番とらされているのである
そういう重い責任となると人類的なものになる

 その地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
 さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました。しかししばらくして開放されたようです

このような過酷な刑罰が課せられていた、核を開発した原爆を作った人類にもその罰が課せられたともなる、三万年で解放されたというとき二万年プルトニウムの毒が消えないのとにているからだ。、放射線が遺伝子に影響すればその土地では生きていけない、子孫も絶えるとなるからだ。
アダムの原罪もありエデンの園から追放されたのもにている
それは人類的カルマだったのである。人間は個人的にも集団的にもカルマから逃れられないのである。集団に属していてもそれでカルマから逃れられるわけではない
責任を集団で分散してもその責任から逃れられないのである。




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