2018年01月16日

南相馬市長選挙迫る (問題山積みは続いている)


南相馬市長選挙迫る

(問題山積みは続いている)


かねてから南相馬市に住んでいる人、震災後に避難先から戻って来た人、震災後に引っ越して来た人たちが暮らしています。皆、言葉に出すことは少ないですが、震災後に南相馬市に残ったか、残らなかったかという溝や受け取った賠償額の格差による溝ができているのです。

 市選挙管理委員会によると、有権者約5万3千人のうち、約5600人が避難などで市外に住んでいる。

 

津波原発事故の後遺症は傷は深い,津波の被害者がいて原発事故の避難者がいてさらに今南相馬市で問題になるのが浪江町などの原発避難者なのである
その復興団地を見ればわかる,その数が原町区では多いのである。
だから浪江町の人たちも実際は浪江に帰らないというとき南相馬市の住民になっている
ただ浪江町の住民だから選挙権がないのである。それで自分たちの利益を主張できないことはある
ただ税金は別に払っているから何も権利がないのとは違う,外国人でも生活保護の権利があるからだ
ただ今回の選挙で浪江町の人たちのことを考えると選挙権がないからこれはどういうことなのか?
浪江町の人に候補者は訴えることはしないとなる
選挙権がないということは市民権がないということなのか?何かそれに通じるものがある

そもそも浪江のことを考えると何なのだろうとなる、公務員だけが必死に働き町を復興させようとしている
職員がたりなくて新しく採用した人が仕事ができなくてはらはらになったとかある
実際に津波で被害にあった町に外から応援に来たほかの自治体の職員が三人死んでいる
過労になったのである。
不思議なのは公務員が必死になっても肝心の住民がいなくなれば公務員が成り立たなくなったのである。
王様がいて家来がいる、社長がいて社員がいる、住民がいて役所の公務員がいる
家来がいなくなれば王様もなくなる,社員がいなくなれば社長もなくなる,住民がいなくなれば役所は成り立たなくなる、公務員だけが残るともなる
現実に浪江ではそういう状況になっているのである
みんな帰らないと言っているからだ

そしてわからないが浪江の人とか原発避難者は立派な豪邸を建てているのが見かける
ケーズデンキの近くの家の庭が立派なのである。石が豪壮であり見惚れてしまう
自分は石に興味があるから見惚れる
その石だけでも一千万とかかかっても不思議ではないように見える
鹿島地区では新しい家が百軒以上建ってもあれだけの立派な庭は見ていない
ではなぜそれだけの庭と家を建てた人はどういう人なのか?
それはやはり原発避難者だろう、大熊、双葉、浪江とかになる、主に浪江とかかもしれない
一方で深野のユッサの庭はそういうのに比べる貧弱なのである。
あそこはみんなが外部の人も集まるから立派な庭にしてほしいとなる
自分は庭が好きだからそうみる、環境的にもいい庭を作るのに向いているからだ

その土地に市町村に住んでいれば誰でもこうあってほしいなと思うことがある。
ユッサは民間であれ場所的にはいいしもっと庭をいい庭にしてほしいとかなる
駅でボランティアしていると駅でも駐車場が整備されていないので外からの人が入りにくいとか
高齢鹿社会になるから車を利用できなくなる人が増えてくるから対策してほしいとかなる
争点が子育てとか教育になっているのはやはり未来を背負う人を育てないと市町村は将来つぶれてゆくという
ことで全国的にそうなっている
この辺では小高でもそうだが限界集落化したし浪江とか双葉とか大熊では町自体が消滅する危機なのである。
それで南相馬市だけではない浪江町も含んだ広域的なものとしての政治の対策必要になっている
それは県とか国でしているとなるがもう浪江町は維持できるか維持できないのかの瀬戸際なのである。
現実には浪江町の人が南相馬市に千人以上とか住人に実質はなっている
そういう問題も南相馬市にはある,相馬市とか新地でも移り住んだ人があるから同じようにあるが南相馬市は一番多く引き受けているから問題なのである。

桜井氏の評価はいろいろだろう。政治家は何で評価されるのか?芸術家なら作品で評価するからわかりやすい
政治家の実績は何なのか?前の渡辺市長の実績は駅前の図書館を作ったことである。
それは賛否両論があるにしろ実績としてわかりやすい,自分は今では評価していない、インターネット時代になり利用しなくなったからである。
そういう箱物は必要なかったとも時代でなる、街の活性化にも役立たない,ただ買い物するスーパ−とかが併設すれば活性化していたかもしれない
高齢化になると車を運転できない人が増え電車を利用する人が増えてくるかもしれないからである
高齢者対策も必要になる、一方で保育所とか教育とか仕事を作るとか将来のための政策も必要である。

国は東日本大震災の復興事業期間を10年として所得税等の増税により財源を確保しましたその10年の期間も復興創生期間残すところ3年になります

こうなると3年後はこの辺の経済状況はかなり厳しいものになるだろう
今まで復興のために金が入ってきたし工事関係者も入ってきて建築関係は活性化した
息を吹き返した,ただそれが本当に三年後で終わりになることは厳しい状態になる
なぜ最初は地元で除染で働きいわき市の方で働き次にまた働く場所がないとか東京に探しに行った非正規の労働者がいる
これも良くわからないが地元での仕事が減ってきていることは確かなのだろう。
例えば浪江町ではこの駅の公衆電話の修理であった人は浪江の人だけどやはり原発で働いていたのである。
浪江は三分の一は原発で働いていた,葛尾村でも働いていた人があるし飯館村でも原発で働いていた人がいたことには驚く
それだけこの辺は原発依存の経済になっていたのである。
それで船主が原発御殿を建てていたとか津浪で判明したのである。
だからこそ逆に怖いのは原発再稼働しないと経済的に成り立たなくなるということになることである。

その圧力は大きなものになる,そもそも原発は上からだけの要請ではない,地元の要請もあって作られていたからである。背に腹は代えられないとなりかねないのである。
ただこの辺は脱原発になりそれは当然の前提としてあるものだと思っていたが自民党系はそうではない,とるすとまた原発再稼働がありうるのである。
全国レベルでも原発は争点にならなかったがここではやはり脱原発になるのが当然であり前提としてあるものだと思っていた
ただそれをぬきにすれば二期勤めた桜井市長の実績は何だったのか,ただの人気取りパーフォーマンス市長だったのか,それが問われる
やっぱり二期は長い,実績があれば別だが変化を求める人が多いかもしれない

大学を見れば桜井市長とか飯館村の村長も畜産科であり農業になるが飯館村ではいいが門馬候補は東北大の工学部となるとそっちの方に強いのか?
この辺ではともかく理系の知識が必要になった,だから理系の市長でないと勤まらないということがあった,相馬市でも医者だから理系である。
ただ政治となるとこれはまた経営とか関係してくる,専門職とも違う総合職なのである。総合職になると文系的なものが必要になる
本当に総合的に見ると郷土史とかも関係してくるし自分の追及してきた郷土とか自然とのアイディンティティなども関係しているのである。
郷土をトータルに見ることだからである。だから市長の担当する範囲は広い,総合的に判断する能力が必要になるのである。

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2018年01月13日

避難している浪江町民などの問題 (けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


避難している浪江町民などの問題

(けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


小高のときも仮設に住んでいる人が問題になった,毎日パチンコやギャンブルしていて遊んでいた,それでもボランティアが来てかわいそうだからと支援していた
そして鹿島の人は同情もしない冷たい人だと互いにいがみあうようになった
小高の人は鹿島の人の気持ちなど全然考慮していなかったのである。

次に主に浪江町の人が今度は移住してきた,その人たちでもほとんど働いていない,老人が多いということもある
でも不思議なのは他でも問題になったが二本松市とかに移り住んでも以前として浪江町民なのである。だから税金など払わないということが問題になった
それで二本松市に浪江町を作るということを提案した

なぜそうなったのか?浪江町民とは何なのか?それがわからなくなった
漂流する流浪民のようになったからだろう,ただ県と国ではそうしたし人達を援助するから移住先の自治体に金を払うということがあった
だからそうした人達がすべて邪魔者というものではない,それより被害者なのだから保護されるべきだということがあり誰も何も言えないのである。

その保護されるにしてももう60以上は仕事できないから小高の人達は国民年金では足りないからもっと援助しほしてい,年金として死ぬまでもらいたいと現実に要求したのであるつまり被害者だというとき何でも通る,それに批判するのものはなんて非情な人達だとなりマスコミでも応援するから何も言えない
それでNHKでもそのことを言うから余計に原発避難民を非難するものは糾弾されるのである。

でもすでに7年もすぎて以前として同じ状態にある,避難民はどう考えているのか?
誰も小高でも浪江でも帰りたくないという,では他に移りそこで住むのか?
原町とかに家を建てた人が多いのだからすでに浪江町には帰らないのである。
だとするなら南相馬市民として税金も払いとなるだろう。
また南相馬市民として尽くし働いてもらいたいともなる
人手不足で困っているし浪江町の人でも病院とか施設とかその他利用するからである。
そこには金だけではない南相馬市民の労力も費やされているからである。
ただ浪江町の人も看護師とかで働いているとかこの前はnttで働いていたとかありみんながそうではない,それなりに働いている人はいる

ただそれは割合とすると極めて少ないだろう,一割くらいかもしれない,その割合はわからない,ただ小高でもそうだが浪江でも特権意識化してかわいそうであり被害者なのだからいいのだとなんでもなってしまうのも問題なのである。
もう7年もすぎてもそうなのである。

そもそもわからないのは復興するというとき小高でも浪江でも飯館でも誰が復興するのかまたしたいのか?
それもわからない,地元の人達はもうあきらめて家を壊して他の土地に新しく家を建てて生活も別になっている人も多いからだ
公務員などは残り復興したいとしてもその肝心の町民はもう住みたくないとなっている
では一体誰が復興するのか?外部の人がいくら支援しても肝心のそこに住んでいた人が復興とは関係ない,他に移り住み帰らないと言っているからだ

結局それも被害者なのだからどうにもならないとそこに住んでいた人達は言う
それは自分たちの責任ではない,国や東電や原発事故を起こした人達の責任である。
俺たちはもう死ぬまで被害者であり補償されるべきだとなっている
補償金が切られたらあとは生活保護だと遊び人は言っていたからだ

俺たちは被害者だ
俺たちに責任はない
俺たちは最後まで補償されるべきだ
俺たちは働く必要がない
俺たちは被害者だ
回りの人達が支援すべきだ

こうなっているのが原発避難民なのである。でもその責任は一体誰がとるのか?
そこに住んでいた人達にはないと主張するとき誰がとるのか?
そうなら浪江でも小高でも飯館でももうみんな住まない方がいいのではないか?
復興を支援すること自体徒労だとなる
第一そこに住んでいた人達がそこに住むことを拒否して放棄したんだからその人たちはその町村民でもないのである。
ただ補償金をもらうためにそこに土地があれば何か財産があれば金にしたいしかないのである。

それはそれでいいとして別な自治体に籍を移してそこで税金を払いそこの一市民や町民になるべきだとなる,でも現実は南相馬市の市長選挙があっても選挙権はないのである。
南相馬市民の一員ではないからだ,だから権利は与えられないない,でも別な自治体に住むのだからそこで補償金だけをもらいあとはまた生活保護くれとかなると困る
市の負担が増えるからである。

わからないのは浪江町の人が南相馬市であれ相馬市であれ他の市とか町に移り住んでも回りの人があの人達は浪江町民だとか見ていることなのである。
でも実質はもう浪江町とは関係なくなっているのである。
浪江には帰らないからである。家も建てて別な自治体で暮らしているからである。
何かそういうけじめをつける時期に来ている
いつまでもだらだらと訳わからなくしていることはできない
それは浪江町とかの自治体でも公務員でも処理に困る
この人は他に家まで移り住んだし帰ってこない,だから浪江町民ではない
では他の人はどうなのだとか悩むだろう
この人は帰ってくるからなんとか帰ってきてもらい新しい町作りなり復興に役立ってもらいたいとかなる

そういうけじめの時期が来ている
それは自分にも言えたのである。一時は同情してもその人も原発事故とは関係なく被害者でありかかわいそうということがあってもそれなりに援助したのだからだらだらと援助ばかり都合よくすることはできない
現実に一年の内半年も働かない非正規である。そこには確かに事情がある
でもそのために自分が援助するとなると個人的には無理である。
社会的にもなぜ人手不足の時代に正規にもなれるのに定期的に働ける場があるのに働かないのかとなる
自分にそんなに援助する金などないのである
人間はどこかでみんなけじめが必要になってくる,いつまでもだらだらと何か困っていても先伸ばしはできないのである。

タグ:原発避難民
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2018年01月12日

原町まで行く (南相馬市長選挙のことなど)


原町まで行く

(南相馬市長選挙のことなど)

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今日原町に行ったらいわきまでのバスが新しく出ていた,常磐道で行くから一度乗ってみよう,さくらのバスは鹿島からも出て東京まで行くが遠い
いわきまでなら90分だとある
常磐高速は乗ってみたいと思っていたからだ

それからイオンに行ったら南相馬市長選挙の期日前投票が行われていた
そこで取材していたのが福島民報の記者だった
出口調査しているというが一時間しかいないとういうからたいした取材はできない
鹿島の区役所でも期日前投票をしている

ただ月曜日に討論会したがどういう内容だったのかわからない
今回の選挙の争点とかが良くわからないのだ
ただわかっているのは桜井市長は二期勤めてそれほど実績を出せなかったから変えてもいいという人がいるかもしれない,自分もそういう動機になる
二期もつづくとマンネリ化して癒着したりするからだ
ただ対抗馬の門馬の人となり政策もわからない,だからどうして判断するのか?

桜井市長は脱原発であり門馬氏は自民公明指示であるから今度は保守が一本化したから手ごわいとなる,脱原発はこの辺ではこれだけの被害なのだから当然だとなる
しかし自民では脱原発ではないのである。前の自民の渡辺氏もそうだったのである。
桜井市長は野党系だから脱原発なのである。
第一この地域で脱原発にならないとしたらどういうことなのかとなる
つまりそれは当然としてこの辺ではありそれふまえて争点があり争う
復興の進め方で争うというのもそうである。
それから高齢者が多いから票になるのが高齢者だとなると当然そうなる
この辺は特に高齢化率が他の県より10パーセントとか高くなっているからである。
そして看護師不足も問題である。人手不足もこの辺は他の地域より深刻だからである。

今は取材しているマスコミをまた取材している人が出る,そして報告する人もいる
プログなどがあるからインターネットで報告する
この前はNHKの人と小高であった,そこでNHKの放送が原発避難者のことであまりにも小高寄りであり鹿島は無視されていて不満があるというと俺は下のものだから知らない
上の言う通りにするだけだと怒っていたのである。

今はこうしてマスコミは取材されて標的にされてプログなどに書かれる時代なのである。マスコミは監視されていていてインターネットで報告される
警官でも職務質問を警官に逆にしているのには驚いた
それをyoutube で流している,相手の名前とか役職とかを言いその警官のことを職務質問していたのである。ここまでやることは驚きである。


NHK紅白歌合戦の裏側【金・女・暴力団】を元NHK職員が実名付きで語ります。

これは迫力があり驚きである,こうしてインターネットで告発できる時代なのである。
インターネットでは一人一人が記者にもなれる時代なのである。
ただ影響力は宣伝力はやはりマスコミに以前としてある,インターネットでプログでも読まれているのはわずかだからである。

とにかく南相馬市では小高が復興できない,そこが大問題である
また原発の補償金をめぐって分断されたことも大問題である。
復興の進め方でも問題をかかえている,ここは問題が山積みであり変わっていないのである。

高齢者の住みやすい街作りというのでは高松市が参考になった
商店街に老人を住まわせてそこの狭い範囲で病院まであり何でも用たせるというのはいい高齢になると車も運転するのが危険になり迷惑をかけるからである。
自分もあういう街に住みたいともなる,ただあそこまでやるとなると大事業になってしまう,ただ高齢化社会の一つのモデルなことは確かである。

渡辺氏が作った図書館は立派だったけどそれが今になると十分に利用されているのか?
鹿島から電車で暇つぶしに行っている老人がいる
あとは高校生などのたまり場になっている
本を読むといっても今は少ない,自分は家事が忙しいので調べ物などはインターネットでしている,駅前で買い物ができるならいいが駅前には買い物する場がない
六号線の方とイオンとかは離れているからだ
それが問題なのである。つまり図書館ではなくスーパーとか買い物できるものが必要だったのである。また併設する必要があったのである。
そうすれば駅前が活性化できたが図書館だけではできなかったのである。

イオンで会ったのは飯館村の蕨平の人だった,パチンコに来ていた、この前は鹿島の競輪のギャンブル場に来ていた,原発避難者はパチンコ屋に以前として通っているのだろう。蕨平では女性の年配の人が帰って住んだとか放送されていた
一人住むとなると飯館では苦しいだろうし淋しいとなる

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ツタヤで「政経東北」を買った
浪江町の外郭団体でパラハラというとき浪江は公務員が苦しい状態に置かれて神経質になりパラハラになったとか書いてある,今回は応援に来た公務員が津浪の被害地で三人くらい死んだとかあった,公務員はもう仕事をつづけられるかどうかの瀬戸際まで追い詰めれているのである。仕事が増えすぎたのと職員がたりないから若い人を入れたのはいいが
うまく仕事ができないとなりパラハラとかなった
それもわかる,公務員でもそこで仕事するには経験が必要になるでも緊急事態でそうなったのである。
それは看護師不足でも経験がなくてもなんとか補充して病院を維持するために雇ったのとにている,みんなで経験がなくてもやれることをやらないと病院でもどこでも成り立たなくなるのである。
だからこの辺では何かやれることをしないと自治体を維持できなくなるのである。
ニートとか働かないことはここで責められる度合いが強いのである。
特に病院とかは深刻なのである。



「南相馬市民が被災地支援医者に苦言」の記事は医者が研究調査のためにきていて真面目に診療の方をしない,医者が来て助かるのだが調査や研究対象でありそれで一旗揚げようというのは困る
これもそういうことがある,今もまだ原発事故とかの影響があり医者は調査研究対象にしてそれで名を揚げようとかある
何か興味本位でこうした問題の場所に来る、それはマスコミでもそうである。
こういうとき地元を親身になって助けるというよりボランティアでも宗教団体などが来て売り込んだりもした,詩を書いて売り込んだ人もいる
それはなぜか?それが全国からも世界からさえ注目されるからである。
それで桜井市長は世界の有名人だと今回の市長選挙で宣伝しているのもおかしいのである桜井市長が何か特別復興のために尽力した,実績をあげたのならいいがそういうこともないだろう。
ただ原発事故の当事者で市長だったから世界で有名になったというだけなのである。

自分でも地元だけど何かマスコミ的になることがある
目立ってアクセスを稼ぐとかなる,何かみんな今はインターネットがあって記者になっているからだ,何か一目をひくものを出さないと目にもとまらないのがインターネットの世界だからである。
週刊誌でも「日本は滅びるとか株価が暴落するとか戦争になるとか」
何か一目につきそれを読まさせるような工夫をする
明日も平穏無事で何も起こらないとしたら週刊誌などでも読まないのである。
週刊誌は今は買わない,インターネットでほとんど読めるからである。




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2018年01月08日

放射能汚染のために復興できないのか? (農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


放射能汚染のために復興できないのか?

(農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


江戸時代までは村という強固な社会で縛られていた,移動も移住もほとんどできない社会に住んでいた,今は金さえあれば都会に住もうがどこに住んでもいいのである。
そして不思議なのは放射能汚染にしても実際は田舎でも昔のように8割もの人間が農業して暮らしていたのとは違う,そのことをよくよく考えてみるとそうなれば別に田舎でも
農業で暮らしていない,みんなほとんど会社員とかであるというとき放射能汚染の影響は実は少ないものだったのかともなる

ただ飯館村とかになると牛を飼っていたからその影響は大きかった,牛の村として生計をたてていたから牧草などが汚染されると牛を飼いなくなったからである。
でも他の町では浪江町とか小高とかではそうではなかった,そこではむしろ原発で働く人の方が多かったしそれで経済的に成りたっていたともなる
つまり田舎だとは田畑があり農業で暮らしているというふうに見るが今はそうではない
そこが錯覚しているのである。自分の周りをみても街内だと農業で暮らしている人などいないのである。みんな会社員であり農業などしていないのである。
あとは何で生活しているのか働いているのかわからないような社会なのである。

原発事故では放射能汚染で水や土や空気や森とかが汚染された,それは生活の基本となるものでありそこが汚染されたら生活自体が成り立たないのである。
それはまた農業と深く結びついていたからそれで故郷に住めなくなったのだと自分すら思い込んでいたのである。
でも浪江でも小高でも原町でも鹿島でも他でも農業の生産高の割合は一割にも満たないのである。でも田舎を見れば土地としては田畑の割合が多いから田畑で暮らす人が多いかのと地元の人すら錯覚しているのである。

それで放射能汚染されたらとても暮らせないなと地元の人でもまた外からの人でもそう見るのである。でもみんながほとんど会社員であり工場とか会社で生計をたてているというとき別に地元の田畑でとれたものを食べなければ生きていけないという時代ではない
いくらでも外部から食料は入ってくるのである。
ただ水は飲めないのでペットボトルの水を買って飲んだりしているとその分金はかかる
でもみんな農業できなくなったから帰らない復興できないというのは違っている
工場とか会社に勤めていれば放射能汚染とは関係ないことだったのである。
もちろん工業製品も汚染されたから影響はあった
でもみんな農業できなくなったから帰れないと錯覚しているのである。
それは自分もそうだったし外部でもそう見ていることが多かったかもしれない。
田舎は昔の田舎とは違っている,同じように金が支配しているのは同じなのである。

だからよくよく考えてみると放射能汚染で暮らせなくなったというときみんな農業しているからしかたがないと錯覚する
それより田舎では農業は金にならないからしたくないとかそれで跡継ぎがいないとかなっていたのである。それは農業中心の社会ではなくなくなっていたからである。
漁業にしても同じである。漁業者は原発の補償金で成り立っていて裕福な暮らしをしていたのである,これも原発事故になってわかったことである。

会社員だとかなると浪江の人は会社は二本松に移動して再開したからそっちに移住した
それまでは鹿島からとか原町とかから通っていたのである。
その土地とは関係なく会社であればその会社とともに移動して移住することになる
でも農業だったらその土地に根ざして生活しているのだからそれができない
だからこそ放射能汚染されたから生活できなくなり帰らなくなり復興できないと見ているそれはしかたがないと見ている

すると帰らない復興できないのは別に農業ができないからではない,会社や工場がそこにあれば帰れるともなる,ただそういう場がなくなったなら帰れないとなる
放射能汚染は会社や工場ならそんなに影響はないのだから会社や工場があれば帰ってそこで働けるとなる,その辺がなぜ帰らないかのかと疑問になることである。

放射能汚染されているから帰れない

こういえばすべてが通る,理由になり何も言えなくなる
でも実際は農業している人は本当に少ないとするとその理由が成り立つのかとなる
もちろん避難して帰らない人達には言い分がある
ただ帰らない理由が果たしてすべて放射能汚染だけのためなのか?
それがよくよく考えてみるとそうでもていのかと思う
ただこの辺のことはなぜ帰らないのか,その本当の理由はわかりにくい
みんな帰らない人は街が廃墟化したときとても住めないとして帰らないと言う
それもわかる,もうここには住めないとその荒廃ぶりを見て決めた
それは放射能汚染だから住めないということではない?

だから復興というとき会社とか工場があれば勤める場があればみんな帰って復興できるともなる、つまり放射能汚染だけが理由ではなくて復興できない人々は帰ってこないとなるただなぜ復興できないかとなるとその理由はいろいろあるから自分にはわからないとなるただすべてが放射の汚染のためなのかとふりかえるとそうでもないなと気づいたから指摘したのである。

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2018年01月07日

広域社会や企業社会の弊害 (原発事故で離散して町は復興できない)


広域社会や企業社会の弊害

(原発事故で離散して町は復興できない)

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江戸時代からすると良く時代劇で良く家によって両親によって決められた結婚が嫌で恋愛した人と一緒になろうとする,でも駆け落ちするにしても江戸時代だととてつもなく困難なことである。
結婚自体が家と家の結婚であった,格式がありそれに見合った結婚をしていた
だから明治時代まで両方の姓を記した墓がある
つまり自由恋愛とかの結婚はむずかしいものだった

そして江戸時代は移動が自由ではない,藩を出ることは国境があり関所がありそこを出ることだから簡単には出れない,旅でもむずかしいのだから藩を出て別な藩で暮らすことはさらにむずかしくなる
それで相馬藩では越中の方から飢饉の時移住してきたがそれが藩から脱出することは命がけだったのである。そのことが語り草となり物語となった

そういう時代と今はあまりにも違いすぎる,人の移動は容易だして移住も容易である。
交通が発達して人の移住は自由なのである。どこに住んでもいいのである。
商業とかが発達すれば一カ所に農民のように自給自足で住みつづける生活をしなくてもいいとなる
江戸時代は農民は8割であり土地に根ざして生活しているから移動とか移住は滅多にない世界に生活していたのである。
そこにはよそ者は入りにくいしまたその狭い生活圏から出ることもできないものだった

なぜ原発事故で簡単に人々は離散して町に故郷に帰らず復興できないのか?
それは広域社会とかが関係していた,グローバル社会とかも関係していた
多国籍業とか大企業なども関係していた,農民が8割の社会とはあまりにも違う社会である。第一次産業の割合は一割にも満たないのである。

広域化社会は交通の発達で加速される,鉄道で全国が結ばれ日本国民という意識をもったというのもそうである。
最近では常磐高速道路ができてさらに移動が容易になり外部から仕事でも入ってくる
ユニットバスを仙台の業者が百万で請け負い作ってもらった,普通はイワタニのガス屋でも200百万かかるという,でも百万で立派なのができたのである。
そういうふうに広域社会で人はいま否応なく生活しているのである。

するとどうなるのか?別に故郷に住みつづけなくてもいい,どこに住んでもいいとなれば
容易に人は移動して移住もする,江戸時代のように一カ所に定住することもなくなる
故郷にこだわることもなくなるのである
だから一旦町に住んでいた人達が放射能汚染で避難したときもう住みたくないとなり外に移住したのである。なぜなら移住することが簡単だからである。
補償金はその移住のために使われて故郷の復興のためには使われていないのである。

この辺でも自分も経験しているが小高の人が大勢避難して仮設に住んだとき何が起きたのか?仮設の人達が小高の人達がかえって威張っていたというのもなぜなのか?
それは別に鹿島の人たちに世話になるわけではないからだ
何か食べるものにしても金があればスーパーで買いばいいとなっている
もしそれだけの人達が移住して食べるものもないとしたらそれで米でもめぐんで助けねば生きられないようだったらそんなことはなかった
別にそんなこともないから私たちは鹿島で金を使って助けてやっているのよねと言っていたのである。
これこそまさに広域化した社会なのである。金を払っているものが消費者が王様だとなる鹿島では土地を貸していたがその他何か小高の人達のためにしたということもないからである。全部仮設で設備も用意されたからである。

つまり他の土地に行っても別にかねさえあれば同等に住めるのである。
むしろ金があれば金を使えば消費者は王様となり待遇されるとなる
でもそうなると故郷も実はただ一時的にいる場所でありそんなに執着する場ではなくなるどこに住んでもいい,こんな放射能汚染されたところに住めないし住まなくてもいいとなる,補償金ももらったことだか他に移住すればいいやといわき市でたちまち膨大な新築の家が建ったという,それで地元の人が不満になったというのもわかる
それは金がものを言う社会だからどうにもならない,その家を建てるのは大手の建築会社であり地元の人が働いたわけでもなかった
昔はみんな地元の大工が家を建てていたのであるが今や一週間くらいで組み立てるだけなのである。つまり金さえあればどこでも家も簡単に建てられるのである。
またすでにできあがったものを建て売りの家も売られているから金を払えば即入れる
自分の家などはできるまで半年くらいかかったのである。

ともかくこういう広域社会は確かに悪いともいえないし江戸時代のように一カ所に縛られる生活でもないから自由でいいとなる
でも反面また人の絆とか土地の絆とか希薄化してこういう困難のときその絆も簡単に切れてしまう、盛んに津浪や原発事故で絆を言われたが実は絆広域社会でむしろそこに住んでいる地元で失われていたのである。
かえって外からの人達が入ってきて仕事もしたしボランティアもきて外との絆が結ばれたというのもまさに広域社会を象徴した出来事だったのである。
それは悪いことではない,広域的に人間が協力しあうこということだからである。

ボランティアはひっきりなしにきて仮設の人を応援した,だから仮設に住んでいる原発避難者は外部のそういう人達を歓迎して気分よくしていたのである。
でもその時自分は過酷な状況で介護や病気で苦しんでいたがさらに周りから苦しみを受けるだけだし誰も同情などしないのである。普通はそういうものであり特殊な事情でボランティアが全国から来たのである。
それが悪いというのではなく仮設に住んでいる人達はどういう気持ちになったのか?

なんで鹿島の人達はボランティアのように協力しないのだ
なんと冷たい人達なのか
かわいそうなのに同情もしないのか
そして補償金のことばかり言う
そんなこと苦しいのだから当然ではないか

こういう気持ちになっていたのである。でも実際かわいそうかというと毎日ギャンブルであり東京とか遠くに風俗とかで遊びに行った人達もいた,そういう人達がなぜかわいそうなのかと自分も怒りになったのである。
その時自分の状態は介護と自らの病気で苦しんでいたがただ借金している人からは責められるとか苦しいのに責められるだけだったからである。
そして犯罪にもあいさんざんな目にあったのである。そのことで自分は怒りにもなっていたのである。
そんな個人的な事情などこういう大被害になると無視されるのはやむをえないともなるが自分として不満だった

そこで問題はなぜ簡単に人々は故郷を町を捨てたのか?
広域社会だからこそそうなったともなるのではないか?
江戸時代は一カ所の土地に縛られた生活だけで人と人のつながりは強かった
広域化社会になればその人と人の絆も希薄化する
故郷意識も希薄化する,人と人の絆が言われたけどそれは外部との絆のことだった
内部の絆は消失して補償金とかでもめて分断されたのである。
普通だったら内部の絆が強く一致団結した,それがただ補償金でもめたというのは金が第一の広域社会に生きているからそうなったのである。

ただその広域社会のマイナスの点として老人には辛いものとなった,老人にとって今までそこで長く生きてきたし親しい友達もいたとか家族すら離散して絆が断ち切られたのである。そのことはここだけではない,東京のど真ん中でも起きていた
新しい道路ができて古い通りが分断されて団地に老人が住むようになって親しい昔からの友達もいないと嘆いている人がいたからである。
老人はなじみの場所に住むことが精神を安定させる,変化に弱いからだ
だからこそ老人はみんな故郷に帰りたい,家に帰りたいとなるのである。
そして現実に故郷に家に帰っているのは老人なのである。
だからここのところの被害が大きかったなとふりかえれば思う
その精神的被害が大きかったのである。ここはあまり注目していないのである。

自分が家の子とについて語ってきた,家族がみんな死んで家に一人になった
それでも家には家族がいる気分になるとか延々と書いてきたとき家は単なる寝起きする箱ではない,そこに家族が生きた思い出がつまっているからそうなる
そこになお家族がいるような気になるから家に帰りたいというときそういうことがある
それは老人になると特にその思いが強いのである。
だからここでも若い世代と老人世代の心の持ちようの分断が起きたのである
若い人は老人のように一カ所に住むことにこだわらないことがあるからだ
そこで祖父母とか親とかの世代の分断が起きたのである。

家族でもコミニュティでもそれは空間だけではない土地だけではない時間軸でも結ばれたものである。家族にも歴史があり土地にも歴史があるからだ
そういう時間軸で結ばれたものが絆が断たれたことも被害だったのである。
ただもう町自体が崩壊するようになるとそれを復興させることがいかに困難になるか思い知らされた,ただなぜこんな簡単に歴史があり故郷が見捨てられたのかということは
やはり広域社会とか現代の社会がもたらしたものだと思う
それはいい面と悪い面をもたらしたのである。

寒風に耐えて十本変わらぬ木

十本の木が寒風に耐えて立っているがそれが変わらないのである。
そのようにもともと農民社会だったら変わらなかったのである。その絆も土地と結びついて強いものだったのである。
それが広域社会グローバル社会,大企業や多国籍企業の進出,商業の発達,金が万能の社会とか・・・・いろいろな現代社会の要素が複合的に影響して復興をむずかしくしたのである。

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2017年12月30日

高瀬川の詩 (浪江の復興はいつになるのか?)


高瀬川の詩

(浪江の復興はいつになるのか?)


その上に渕なす淀み
碧々として静まりぬ
ごつごつの岩また岩の間を
激して轟きひびき流れぬ

その清流は山間深くも流れ
けたたましく翔る鳥の鳴く声
春の光に芽吹く樹々や風そよぐ
さらに流れは磐を打ち轟きぬ

重々しくも畳みかさなる巌
塔のごと千古の重み
紅葉の映えて神寂びぬ
誰か描かむこの仙境の地を

山の道一つの石ありぬ
その石の皺帯びて古り
春の日浴びてここに動かじ
梅の花咲き匂いのよしも

川は平地へと下りその岸辺
相馬焼の技を伝えぬ大堀
窯元並び新しき茶碗も作る
その一品の我が家にありぬ

高瀬川流れて二つの川は合流し
太平洋へとそそぐかな
かなた船の見え鴎群れ飛び
波は棚塩に打ち寄せひびく

請戸の港の春や船あまた
海の幸をここにもたらしぬ
田畑も広く実りも豊かに
健やかに子を育てし栄えし家

今浪江の人の散り散りに
故郷に帰らず荒れにけるかも
そこを訪ねる人もなしや悲し
高瀬川の流れは変わらざりしも

復興の日はいつになるや
情を育む家は壊され虚し
思い出も家ととも潰えしや
しかし心は故郷にあらむ



浪江というとき高瀬川はこの辺では景勝の地である。あれだけの急流で奥深く岩がありそこを激しく流れている,この辺では絵になる景色でありこれは外からきてみても誰でもわかる目立つ所なのである。
会津辺りだとこういう流れは多いがこの辺ではまれだからである。いわきの方の夏井川渓谷くらいである。
普通秘境を求めてきた自分のことを書いてきたが地元の人でないとそこはわかりにくいがこの高瀬川は別に外からきた人で車で来てもわかる
車で奥まで入って行けるからである。

浪江町はこの辺では相馬地方では自然の景観が一番いい場所になっている
確かに相馬市には松川浦があるし新地は海と山が迫っているとかあるから特徴はある
でも川になると平凡であり高瀬川は特別になる
高瀬川を下って請戸の港のあるのもいい,そして請戸は実際は港をイメージするが田畑が広いのである。だからそこで篤農家がいて野菜栽培して平(昔のいわき市)に売って栄えた家があった,三人の娘を大学まで出したのである。
その人が南相馬市の病院に入院したとき同じ病室だったのである。
その人は浪江から妻が通っていたが悲惨だった
やっと手をあげるだけで手をにぎりしめるだけでしゃべることも何もできなくなっていたからである。
いつも手をにぎりしめて去ってゆくのを自分は見ていたのである。

いづれにしろ自分の介護がはじまってから十年間は激動だった,こんなに人生が激動になるのは考えられなかった,それは津浪の被害や原発事故でもそうである。
浪江は未だに散り散りであり帰っている人もほんのわずかであり廃墟のようになっている3000軒の家が壊されたというのもそのためである。
そして浪江の人はもう帰らないと言っている,あれを見たら帰るのが何であれ正直帰りたくなくなるからだ

その原因はなんであったのか?まず浪江町は原発により依存していた町だった
三分の一はなんらか関係していたろう,だから原発で働いていた人は政府と東電から安全をたたきこまれていた,だから原発は安全だと他の人にも言っていた
まず浪江町とかなるともう原発が危険だと口にもできない状態だった
町自体が経済的には半場原発で成りたっていたからだ
そして漁業関係者は漁業補償で事故前も事故後も金には困らないのである。
それで船主は原発技御殿を建てたと周りではうらやましがっていた人がいたのである。
金の屏風を東京の職人に作ってもらったとかもきいた

津浪の被害だけだったらなんとか復興できたとみんな言っている,原発事故は致命的なったのである。だから二万もの町が廃墟化することはイメージもできないことだったのである。
ただ自然がなくなったわけでない,高瀬川はやはりか変わらず流れているし汚れたとも見えないし海も同じである。ただそこの魚が汚染されて食べられなくなったことはある
農業もできないことにもなった
でもそんな漁業より農業より原発の収入の方が町として大きなものだったのである。
つまり原発なしでは町すら成り立たないような状態と化していたのである。
双葉町とか大熊町とも事情は違うが浪江町はやはり原発に依存する割合が大きかったろうだから原発には反対した人はほとんどいない,もうできない状態になっていた

結局町自体が消失する廃墟化することになった,相馬の大堀焼の窯元も再建できなくなった,みんな各地に散って相馬焼の窯を作って移住したからである。
原発に依存する町は市でも一旦事故になったらこうなるのだということを見せつけたのである。その被害はあまりにも大きすぎたのである。
結果的には町民自体が町をみんな見捨てたのである。

それでも人間は技術をもっている人は強いと思った
移住しても相馬焼を焼き物を作れるから仕事として継続できるからである。
それは大工とかでも何か技術をもっている人は他の場所に移っても仕事ができる
小高のタンス職人とかも会津で仕事しているとかなる
何か技術をもっていて仕事ができればそこに定住できるのである。
何も技術ももっていない人は仕事もできないからあいつは遊んでいるだけで何の役にもたたないと見られるようになる
そしていつか補償金もなくなるから他に移っても苦しくなる
結局人間日頃していることがどこかで役にたつ,それもカルマだとなる

ただ高瀬川渓谷とかの景観は変わらないし海の景観も変わらない
だから外から見るとまた高瀬川を見たいとなる
だから観光としては人を呼び込めることは変わりない
ただ放射能汚染で今入れないのが残念なのである。

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相馬焼 ・ 緑釉そば猪口
  製作年代:江戸末期

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若草は大堀で買ったものである。
緑にしても多様な色合いがある

この色合いは草萌えるとか芽吹くとか春の感じがある,春の色合いを感じる
ただ新作でそうした春を感じさせる色の茶碗を買ったことがあったがなくなった
江戸時代にすでにこういうものがあったのである。
緑の色合いがなんともいえぬ,陶器にしか出せない色がありそれが多様なのである。
それは日本の文化なのである。

皺石の詩(浪江町の高瀬川近辺)

これは一回だけ春に見た石である。皺がよったようであり変わった石だと見た
これはまだ発見されていない石である。


タグ:高瀬川
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2017年10月30日

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
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2017年10月27日

こころ(心)はここの意味だった (原発事故で失われた心となる場)


こころ(心)はここの意味だった

(原発事故で失われた心となる場)

こころは
ここ
ここに生きる
ここに根付き
ここに生き抜く
ここに受け継がれる
代々の命
ここを離れて
こころはない
こころは失われる

こころとはどこにあるのか?まさにここあるとなる
こことはその人が住んでいる場所のことなのである。
そこに心は育ちはぐくまれる
言葉には何か意味がある、それが意外と見逃されている

人間のアイディンティティはどこで作られるのか?
それはそれぞれに住んでいる場所しかありえないのである。

人間の思考とか生物でもその土地土地に生きることが宿命づけられているからである。
だからその生きる場所を失うことは致命的だとなる
原発事故で避難区域になったところはそうしたこころになる場所を失ったのである。

ただではそこで心となるものを育てていたか、価値を知っていたかとなると知らない
正業(なりわい)を失ったというけどその生業にどれだけの価値を認めていたかとなると
ほとんどない、別にそれは意識されないものだからである。
たからそもそもその価値がどうだこうだと考えないし意識もしない
ただ避難してその心となる場を失ったとき意識したのである。

それで不思議なのはそうして心がある場所が失われたからこそその心があった場所強く求めるということも起きてくる
奇妙だけど自分の心はどこにあるのだろうともなる、それがほかの場所でありうるのか?
それが若い人なら他でその心を育てる場所をもつことができるけど老人になるともうできない
だから老人は心のある場所に帰りたいとなるのである。
その心はもう金では買えないものだった、取り戻せないものだった、第一その心がどういうものか気づいていなかった

人間はなんでも失ったとき意識させられるのである。
失ったときその存在を強く意識する、空気のようにあるものは意識しないのである。
故郷に住んでいるものは別に故郷など意識しないのである。
それは当たり前にあるものだからである。故郷がなくなるなどイメージすらできなかったからだ
心とはまたここで代々受け継がれる命のことでもあった、なぜなら故郷には先祖代々の死者もいるからだ
故郷がなくなればそういう死者の霊も代々継がれてきた命も失われる

つまり町であれ村であれその全体が消失するということなどイメージできなかったから対処できなくなっている
津波だったら被害が大きいにしろん一部でとどまって全体は維持できたのである。
原発事故は全体を喪失したから回復することがむずかしくなったのである。
どうしてどこから手をつけていいかもわからないような状態になったのである。
ともかく心がはぐくまれる場所はそれぞれが生きているここでありほかにはありえないのである。
だからこそここを失ったことがもう心もない状態になったのである。
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小耳にはさんだこと (避難区域での農業のこと)


小耳にはさんだこと

(避難区域での農業のこと)


昨日原町のレストランでで聞いた,詳しい内容はわからない,何か原発の避難区域で農業している人の話である,一千万で農機具を借りてしているがその一千万が収入となるという,そこにはからくりがあってそうなる,詳しいことはわからない

それで霞が関ではうまく仕事をつくるんだよな
そういったので良く「心の青雲」でそのことを言っていたのでそうかなと思った

原発はもの凄いた利権を生むものなのである。第一こんなに補償できること自体驚きだった,東電がこれだけ大きな会社ということともわからなかった
それは船主とかでは原発前も多額の補償金をもらって原発御殿が建てたとか周りで話題になっていた,ただそれは港近くに住んでいる人達がわかっていたのであり離れていればわからなかったのである。

だから農業関係でもそうした利権化して復興という名のもとに国から金がでる
もともと農業には補助金が出ていたりしていた,その詳しい内容はわからない。
でも何かこの辺はそうした補助金頼りになっていることは確かだろう
浪江の室原の人はヘリポートできる,そこが自分の土地に入れば土地代が入るとか言っていた,なんかみんなそうして帰って復興する気がなくなっているのだ
だから補償金をどれだたけもらうかということが最大の関心事となる

そういうことで復興というのはむずかしくなっている
何かこういうとき苦しいのだけど人間的ドラマが生まれるとういこともある
みんなで団結してがんばって苦難を乗り越えようとかなる
それは奈良の十津川部落で水害で集団して北海道に移住したとき起きた

ここでは何かそうしたことがない,ただ補償金をどさだけもらうかが問題になった
それは30キロ圏外になった自分の住んでいるところでもそうである。
そのしこりは今でもあり南相馬市の一体感は失われたのである。

結局避難区域では双葉大熊などでも帰ることをあきらめた人が多いだろう
するともっている土地を生かし土地代をもらうのがいいとなる
放射性物質の廃棄場になってもその土地代で暮らせればいいとかなる

だから何か避難区域になった所は復興がむずかしい
大切なものうを失った,精神的損害が大きかった
でもそれが何なのか?そのことを自分は追及した

それは金で代えられないものだった,日常の生業であり普通にあった日々の暮らしであるでもそういうものの価値は普通は意識しないのである。
人生でも老人になると思い出がいかに大事になるか?でも思い出などいくら金を積んでももう作れないのである。青春など帰ってこないのである。
それと同じように避難区域になった所で暮らした思い出はとりもどすことができなくなったのである。それは補償しようがないのである。

原町のイオン近くにまた三階建ての復興団地が7棟くらいできていた,原町は広いからすでに4カ所くらいできている,それも一大団地なのである。
そこには入っている人は半分くらいである。だからまたこんなに復興団地を建てる必要があるのかともみる,そして主に浪江の人達だと思うがその人たちは浪江に帰るのか?
もう帰らないという人が多いような気がする
だからその後の暮らしはどうなるのだろうともみる,いつまでも補償金をもらえないからである。

ともかく原町は広いから都会である。原町だとなんとか自転車で行ける,でもこの頃相馬市までは自転車で長い間か行っていない,倍の距離があるし疲れるようになった
原町には用事があるし自転車で行けるうちはいいが行けなくなったら不便になる
そういう不安が自分にはある
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2017年10月19日

原発事故で失ったもの (日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


原発事故で失ったもの

(日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


 被害者は、原発事故までに形成してきた人間関係を失い、それまで自己の人格を育んできた自然環境・文化環境を失いました。「ふるさと」を失うことは回復不能な損害です。


普通人間は日々暮らしていることに特別なものを感じない,それは当たり前にあることだから感じない,家があり街があり営みがある,毎日どこでもそうして暮らしている
それは特別なことではない,ただ平凡な日常風景である。



常なる道

人は生く
その場その場に
石のごとく
住みて変わらじ
秋薔薇
今日もこの家に咲き
同じ道行き
日は暮れぬ
営みのかくもあれかし
ありふれて目立たず
騒ぎもなしも
実りは刈りとられぬ
その生活すら
奪われることあり
ふるさとを失い
慣れにし家に住めず
ふるさとは荒野と化しぬ
その道を行く人もなく
花は散りにき


石のごとくにというとき石は定着を現している,一軒一軒家があるということは定着を示している,田舎だと持ち家に住んでいる人が多い,田舎は都会のように借りて住むことが少ない,だからその家を維持するのに金がかかる
それである程度の資産がないと田舎ではかえって住みにくい,家があり庭があることでその石は定着をしめしているのである。

原発事故で避難区域になったところはそういうありふれた日々の暮らしが生業が奪われたのである。空家と化した家の庭に石があっても肝心の人が住んでいないのである
庭に石を見ればその石から人を思うのである。
やはり家があればそれなりに長く住んでいると感じるからである。

浪江町に言った時,誰も住んでない家の間の道を行く,崩れたままの家もあった
小学校の校庭にあった時計は地震の時に止まったままだった
その時から6年も過ぎてしまったのである。

ある町の住宅に子供用の二段ベッドが窓から見える,しかしそこには子供いないのである学校には校庭には子供の声がした,ひびいていた,子供が路次で遊んでいた
人影はない,廃墟の街と化してしまった

今なら実りの季節であり街からちょっと離れれば稲穂があり稲が刈られたりしている
そんなこと当たり前であり誰も今までは注意しない,特別なこととは見ないのである。
そもそも何でもそうである。普通の暮らしは特別なことではない,平凡であり家事でもそうである。ただそういう暮らしが消えたときどうなったのか?

そこはゴーストタウンとなり廃墟の街と化したのである。
そうなるとその何気ないありふれかた平凡な生活は何なのだったとかふりかえる
何でもないことが実は貴重なこと価値ある意味あることに見えてくる

まず街に人が住まなくなるということそれをイメージした人はいないだろ
廃墟趣味とか確かにあった,でもこれだけの人口の街が廃墟のようになることは考えられなかったのである。

確かに庭には石があるし変わっていない,でもその石も実は人間化した石となっていた
だから人間がいなくなったとき余計に淋しいものとなったのである。
自然の石だったらまた違っていた,一旦人間が住むと石まで人間化していたのである。

一旦家に住むとやはりそこに定着する,長く住むことになる,老後もそこに住む
それが住めなくなるということはどういう心境になるのか?
そこで失われものは何なのか?
それは何の意識もしない何気ない暮らしであり生業である。

農家の人は畑仕事とか家のこととか庭の手入れとか普通にしている,それは日々していることである。
街でも商いをしていたり建築関係なら家を建てたりいろいろしている
そういう生活はどこでも日々しているありやれたことであり特別なことではない
でもその暮らしすら奪われた時,人間はどうなるのか?

そうした日々の暮らしの価値は意味は意識されなかった
それを失ってみて意識させられたのである。
何気なく日々してしいることの価値と意味を失ってみて自覚したのである。

もちろんそこに住まなくても他でも暮らしはあるがやはりそこに長く住んでいたから違っていた,そういう生活が根こそぎ奪われたとき人間はどう思うのか?
それは補償金で補えるものではないだろう。
そこで暮らし記憶がありそれを他でやり直すことはなかなか年取ればできない
若い人ならそこで新たな記憶を作ることもできるが老人はできないから
その記憶を刻んだ場所に帰りたいとなるのである。

老人は最期は記憶だけになる,生きた記憶が生きた証となっている
それで過去のことを認知症になると千回も話すのである。
若い人にとって聞く人にとってはうんざりするがそれが生きた証だから話すのである。
その記憶したことが生きた証になっているからである。

いづれにしろこんな経験はなかなかできないだろう。もちろん自分は避難してはいないからわからないことはある,でも身近だから察することができるのである。
それだから補償金どうのこうのは別にして何を失ったのか?
そのことが察することがある程度はできるのである。

原発事故の裁判で「生業を返せ」と訴えていたのが印象に残った,生業(なりわい)を失った時どうなったのか?
毎日パチンコだとかギャンブルに興じるだけだった
それは回りの人にとっても迷惑だったのである。
そんなことに価値や意味はない,でも生業(なりわい)には価値と意味があった
それが原発事故で意識させられたのである。

ただこれは金では補償はできないものである。補償金ではいろいろもめたしそれはまた別問題である。
ここではどういうことが失われたのかそれを再考したのである。
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2017年10月17日

原発事故の責任をとらない政府と東電 (自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき)


原発事故の責任をとらない政府と東電

自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき


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事故にあったらあなたの責任です!



まず東日本大震災で東電が刑事罰を受けないというのがあり得なかった 
日本人のために原発が必要なのではなく、利権で飯食ってる一握りの屑のための原発なんだと言うことがよくわかったわ

自民党は東電とお友達だし、事故の処理でお友達に税金をばらまけるからね 
40年も最終処分場も決められない自民党が原発を継続させるのは無責任だ

東電は人殺し。 
人殺しを裁く法律をつくることなしに原発再稼働なんてあり得ない

何年も原発ゼロでやれてたろ? 

もし原発50基が最初っから無ければ 
今の電気代はせいぜい15円/kWhだよ 
原発のせいで電気が高くなった 
それに合わせてガスや石油などもわざわざ高値で契約してきた

原発ゼロの判定以前に 安部を 
証人喚問だろ何で安全神話を作った!? 
おかげで今も事故は起こらないと 
火災訓練すらしない業界には 
不信感しかないわ 全部安部の事故は 
起こらない これで自民党が再選されれば 
原発は動くことに為る

小池百合子・希望の党は、企業献金を拒否 
原子力利権産業は、金で言うこと聞かせられない希望の党の 
公約である原発ゼロに恐れをなして、マスコミを使って叩かせ始めた


原発の問題を追及してきたけど何が最大の問題だったのか?

 必ず責任をとらせられる

このことを被害にあった地域と人達は痛切に身をもって感じている
外から見ると死んだ人もいないからたいしたことないとかいろいろ言うけど
そうなら政府が避難命令など出さなければ良かったのである。
政府が避難命令を出したから避難して町や村に人が住まなくなり荒廃したのである。

世の中はつくづく必ず責任をとらされる,責任はカルマでもある,そのカルマを自覚するのは責任をとらされるときなのである。
だから本当にその原発というカルマの重さ業の重さを事故で知らしめられたのである。
職業は職の業でもあった,人間はともかく責任から逃れられない
生きることは責任を課せられていることでもある

そしてその責任を最も負うのは誰なのか?

それは原発事故では政府と東電の幹部などであった

しかし原発事故では誰も罰せられないのである。清水社長も天下りしてのうのうと暮らしている,政府関係者でも誰も罰せられないのである。誰も責任をとらないのである。
でも必ず誰かが責任をとらされるのである。

この辺では地元の人達が責任をとらされた,外から見たら死んでもいないからたいしたことがないというけど故郷の自然の中に住んでいたものが水も飲めない,土も汚染されて食物も作れないとか木材も利用できない,空気も汚染されて安心して住めないとかなった
補償金もらって良かったじゃないかとも言われるがやはり代々その土地に住んでいた場を奪われることの精神的被害が大きいし実はそのことを住んでいる人が自覚されていなかったのである。
こういう被害は経験できないからである。

地元の人も原発を建てる前から補助金などで潤っていた,恩恵を受けていた
地元の人も責任があるとなった,それも自己責任だとされた
ところが自己責任というときどういうことで自己責任になるのか?

ここに立て札がある,「危険」「安全」とあるとき危険という立て札があるのにそこに侵入して危険な目にあっても怪我をしても自己責任だとなる
一方で「安全」とあればそこに侵入しても安全なのだからそこで自己責任は問われない
むしろ「安全」とあるのに危険な目に怪我などしたらその立て札をたてたもの,役所でもなんでも責任が問われる
「安全」とあるのに入ったら危険な目にあい怪我までしたとなる
それで裁判にもなるのか民主主義の社会である。

原発では「安全神話」となり原発は「安全」という立て札をたてていた,それは役所でたてたと同じである。だからそこに立ち入っても地元の人たちは安全だと思うのは当然である。
そこで危険な目にあったらその「安全」という立て札をたてた役所の責任が問われるのである。

原発はこれだけ危険なものでもその内部の情報は何も知らされていない,ただ「安全神話」が形成されて「安全」「安全」というだけである。
だから事故になったときの備えもしない,そこで事故になって指示もできない混乱状態になったのである。
「安全」はという]立て札をたてるとき安全についての説明も必要になる
「危険」という立て札についてもそうである。その説明が全然ないのである。

いづれにしろ自己責任というとき鉄道でも「あぶない,線路の立ち入りを禁止する」と看板がたててあった,そこに侵入した人がいて電車が20分以上停止したのである。
この責任は侵入した人にありJRにはないのである。
それと同じように「安全」と立て札があればその責任が問われるのは役所だったり会社だったりする
医者でも手術するとき危険性は言っている,一応それで納得させてから手術しているのである。

だから民主主義ではそうして情報の公開がないと成り立たないのである。

「安全」「危険」も知らされなかったらどうするのか?

どうして調べるのか?原発は秘密のベールの中にあり知り得ようがないからできない
それは国家機密でもあるからできないのである。
するとその国家機密をにぎるものこそ最大の責任があったともなる
なぜならいくら知ろうとしても知り得ないからただ「安全」とあればそれを信じるからである。

ただ実際はこの世で絶対的安全は保証されない,なぜなら必ず今回のような不測の事態が生まれるからだ,でも危険と安全についての説明が必要なのである。
でもそれは国家権力によって隠蔽されてきたのである。

だから責任をとるべきは政府であり東電でありそれに対して何の罰もないとしたら誰も納得しない,でも必ず誰かが責任をとらされるのである。
今回は地元の人達が責任をとらされたのである。
戦争でも戦争を遂行した政府の役人がいたが国民全体が責任をとらされた,それも3百万人の死をもって責任をとらされたのである。
人間は責任か逃れられないようにできているのである。

原発で事故起こしたら死刑にするぞ!腹を切らせるぞ!

もしこれだけの責任を課せなければやれないのが原発だったのである。
それだけの覚悟あるならやれともなるのが原発だったのである。
それが結果的には誰も上の人は責任をとらない
そして責任をとらされたのは地元の人達だったのである。
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2017年10月11日

カルマは苦しむ時に自覚される (原発事故も人類のカルマでもあった)


カルマは苦しむ時に自覚される

(原発事故も人類のカルマでもあった)


天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる[4]。日本では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。
その名は、pro(先に、前に)+ metheus(考える者)と分解でき、「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。他にも、ギリシャ語から「Προμη:促進する、昇進させる」「θεύς←θεός:神、ゼウス」と解釈すると、人類に神の火を与えた事で「神に昇進させた者」との説も有る。
弟のエピメテウス(Ἐπιμηθεύς、Epimetheús)は、epi(後で)+metheus(考える者)と分解でき、「後で後悔する者」「後知恵をする者」くらいの意である。
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の地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました


個人的にもカルマを必ず人間はもつ,ただカルマは苦しみがないと意識されないのである自分が30年間苦しみがない平和な楽な生活を送っていた,でもその時でもカルマは知らずに積まれていたのである。
ただカルマは苦しみがなければ意識されないのである。
そして苦しむようになるとなぜ自分はこんなに苦しむのだとなりカルマを意識するのである。
家族二人を介護することは自分のカルマだった,それから逃れることはできなかった
そして誰の助けもないこともカルマであり自分自身が病気になってもそうだった
そういうカルマを積んでいたとなる

それは個人的にもそうだが今回の原発事故のようにこれは深く考えれば人類的カルマだったのである。火を盗むとは火は現代になれば原子力である,そしてその罰は過酷なものとなる

プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

この年数と符号しているのがプルトニウムの毒が二万年消えないということである。
それだけのカルマをこの辺で背負ったという恐怖である。
だからこそ神にまで昇進させるとなる,つま科学技術によって人間が神のごとくなるということである。科学者が神のごとくにもなるということである。
それだけの力を科学技術は人間に与える,その最たるものが原子力であり核兵器になる

そしてその科学技術もすべていいものとしては働かない,人間を苦しめるものとして働くようになる,その罰はプロメテウスのように過酷なものとなる

「後で後悔する者」「後知恵をする者」

結果的に新しい科学技術を作り出してもその結果を見て後悔する,科学技術にはそういう面がある,車社会になれば交通事故で苦しむ,かかって車が無ければと事故にあって死んだ人は思うのである。
人間はともかく科学技術でも先のことは考えない,核というものがどういう働きを人間にするかを考えない,まず科学技術はそういう社会的影響を考えないですべていいものとして推進されるのである。
そしてとりかえしつかないものとなり後悔する
カルマが苦しみとなりカルマを意識して後悔するのである。カルマとは人間の業であり
科学技術もまた人間の業として追及されてきたのである。
その結果として原発事故でありそのカルマに苦しむことになる

人間とは何かとなると道具を使うものというとき石を道具としたときすでに人間のカルマがはじまっていた,なぜなら石器は道具として生活で役に立つものでもまた武器ともなる殺人の道具ともなる,そういう人間の歴史は石器時代からはじまっていたのである。
ヨーロッパでは石のこん棒とか石の兵器が発達した,それは殺りく兵器として発達したことでもわかる
この殺りく兵器の発達が核兵器で頂点に達したのが現代なのである。

人間とはそういうカルマ(業)を背負ったものなのである。
そして科学技術文明は最終的に滅びることになる
マヤ文明は高度な天文学が発達したがカルト宗教のようになり人間が滅びる日まで割り出したが滅びた,知の限界に達して滅びた
核というのも原子力というのもやはり人間の知の限界に達して崩壊した
人間は全能ではないから限界があるからそうなる

人間は例え2000年前でも今日のことは予言できた,それがギリシャ神話とかなっていて警告していたのである。
それは宗教でも予言されていた,キリストの剣をもつものは剣で滅びるとは核をもつものは核で滅びるとなる
つまり人間のカルマ(業)はついには歴史的結果として現れるということである。
それはすでに石を道具としたときからそれは予想されていたのである。
石を道具とする人間の業(わざ)が業となっていたのである。
動物のようにそれができなければ今のような災いはないからである。
まさに災い(わざわい)は技(わざ)であり業(わざ)であり災いという漢字は火のことだったのである。これをみてもすでに人間が生まれてからその災いは予想されていたのである。
プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

プルトニウムの毒は二万年すぎないと消えないとかあるから同じである。
それだけのカルマをこの辺では背負った,それはこの辺だけではない,実際は広範囲に放物質で汚染されたのである。それはこのように消えないものとして毒が残る
それは人類的カルマだったのである。これはここだけではない世界でも起きることであり核兵器で人類が滅ぶというとき人間のカルマ(業)の帰結として起こる
そういうカルマを背負っていたのが人間だったとなる
原罪を背負っているというのもそうである。
人間は神の禁忌を破ったものとして罰を受ける宿命にある
それから逃れられない存在だともなる
それはこうして苦しみが現実化したとき自覚されるのである。
この辺はそのカルマを背負った土地になったということである。
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2017年10月10日

国と東電に責任 福島地裁が賠償命令 (今なおつづく原発事故の後遺症)


国と東電に責任 福島地裁が賠償命令

(今なおつづく原発事故の後遺症)


原発事故の補償は南相馬市でも避難区域になった所とならない地域30キロ圏内と外ではその差が大きかった,でも実際の放射線量はほとんど変わらないけど線引きされた
放射線量で決めたのではなく政府が勝手に線引きして補償金をおさえたのである。
補償金をそんなに払うことができないからである。

南相馬市でも30キロ圏外とその内でどれほどの放射線量の差があるのか?
ほとんどないのである。だから南相馬市内は一応補償金をもらった
でも相馬市でもほとんど放射線量など街内では変わらなのである。
だからその不満を相馬市で言う人はいた
南相馬市でも30キロ圏外になった鹿島区ではその不満が根強くある
それで小高の人とうまくいかなくなったのである。

そもそも小高は避難させる必要もなかったのである。
避難させたことがいたずらに混乱を招いたのである。
小高が避難しなければ南相馬市全体で一律の補償を要求すれば良かった
30キロとかで区切らないで南相馬市全体が一律に補償金を要求すれば良かったのである。そういうことは市政として市長でも率先してするべきだった
補償金で南相馬市の一体感は失われたのである。

今回の訴訟にかかわった人達は相馬市の魚屋をしている人と福島市の果樹農家だった
相馬市の魚屋さんは松川浦から魚を仕入れていたができなくなって売り上げが落ちた
この被害も大きいから補償してくれというのもわかる
松川浦の魚は新鮮だから高く売れるし前は行商にも来た人がいた
その女性は小高の人だったのである。
この辺での贅沢は松川浦の新鮮な魚が食べられることだった
ただ石鰈などは一匹2000円とかしたがそれでも新鮮だから価値があった
松川浦で漁師をしている人は二三日内にとれた魚しか食べないと言っていた
魚ではこの辺では贅沢していたのである。
それで会津の人に石鰈を送ってやったら喜んでいた
身知らず柿が送られたが石鰈の新鮮な方が価値があった

つまり漁業関係では漁師だけではない,それを売る人と食べる人もこの土地に生きる利点を失ったのである。それも被害だったのである。
ただ松川浦でも磯部でも右田でも烏崎でも請戸でも船主に対する不満が大きい
なぜなら松川浦に住んでいてもみんなが船主ではないから補償がないからである。
それは前から不満だったのである。
東電から補償金が定期的に事故前も入っていたし事故後も一番手厚く定期的に補償されるのである。だからいち早く立派な家を建てたのは船主だったとなる

ただそれでこの辺に生きるメリットは漁師だけではない回りの人も失ったのである。
だから魚では生活できないとかプログに出していた漁師がいたけどそれもなんなのだったとのかとなる
魚は高いから東京の方に出していたりしていた,地元ではそれだけ高いものを買う人がいないからだ,新鮮な魚はここでではない,高価に東京で買い取られて料亭で使われていたのである。
福島市の梨農家もそうである。贈答用の高級な梨で東京とかの方に売っていたのである。広域化グローバル化社会ではそうなるのである

相馬市でも請戸の人が船主だろう,特等室に入り家を建てるとか言っていた
それも相馬市で不満な人がいるのだからそんなことを言うと不満な人がでてくる
その時はそういうことはあまり意識していなかったのかもしれない
みんなが補償金をそんなにもらったわけではない,放射線量がたいして違わないのに
政府によって線引きされたのである。

とにかく原発事故は広範囲に被害があった,それはもう補償しきれない,だからその後でもなぜ除染に何兆円も使ったのか?
今放射線量を計ったらまた上がって同じになったとか報告があり除染はそんなに効果あるものでもなかった,そしたらそういう金を補償金にまわせば良かったとなる
何かそういう事故後の対策が誤っていた,金はゼネコンとか暴力団とかに流れたとされる政府の事故処理が失敗していたともなる
まず双葉大熊はしょうがないとしても浪江だったら全部を避難させたのかいいのか疑問になる,小高は避難させるべきではなかった
それがかえって復興できなくなさせたからである。
避難させた結果もう若い人達は生活は別になり帰らなくなったからである。
これは政府の事故処理の失敗だったのである。

いづれにしろ水は飲めないとかの被害はつづいている,ペットボトルを買うとなると金がかかる,それがいつまでも水が飲めないとなると金がかかる
それは相馬市でも同じでありその分だけでも補償しろとはなる
ただその補償金も国民の税金になるから今度は国民が非難する
そういうジレンマに陥っている
こうして南相馬市でも補償金のために分断されたのは政府で小高を避難区域にしたことや30キロとかで線引きしたことでそうなった
それに対して南相馬市では無策だったとなる
ただ鹿島区は補償金をもらえる地域ではなかったが南相馬市ということで少ないがもらったのである。でも鹿島の人達は不満が根強くある
小高の人達に対して不満が大きいのである。

一応政府と東電が津浪が予測できたということで責任が生じて訴訟で勝った
その文書が出てきたのは最近のことである。
それも隠されていたのである。もしその文書が公にされて問題になったらこの辺にそんな大きな津浪が30年以内に来るかもしれないとなると大騒ぎになったろう
この辺では津浪は来ないとされて関心がなかったからである。
それが隠されたのはなぜなのか?
政府ではその対策をしなかったのはなぜなのか?
金がかかるからであり知らせたくなかった
それが致命的結果になったのである。

科学者はやはり30年以内に8メートルなのか10メートルなのか大きな津浪が来ることを予想していた,だから科学者はやはり今の社会では大きな役目があるからこそ社会の中枢にあり指導者になっていることがわかる
またそれでけ科学者の責任が重い社会だということもわかる
そういうことが科学者にも自覚されていたのか?
核自体があまりにも危険なものだから科学者が扱うから科学者の責任も問われる
ただ政府とか東電とかの命令で何でもしていいのかともなる
湯川秀樹博士がフクシマの原発を作るとき時期が早いと言って反対した
でも技術的に未熟でも最初にフクシマに原発が作られたのである。
それはアメリカの命令でなったというのもあるだろう。
その時はまだ日本に原発を作るのは無理な面があったが強行されたのである。
そして安全性も無視されていたのである。

原発は国策だからどうしても政府の責任が重くなる,現実にその事故のしりぬぐいは税金でしている,国民がその膨大な補償金を支払っているのである。
結局政府の責任は国民の責任となり税金を支払わせられている
だから国民が原発に対して反対すべきなのである。
でも国民が全部反対ではない,電気連合なども核兵器には反対でも原発には賛成していたのである。なぜならそこで働いているから金をもらっているかそうなっていたのである。国民が反対すべきだといっても利害関係がありみんながそうはならないのである。

でも結局人間は必ず誰かが責任をとらされる,戦争では国民が3百万人死んだとか責任をとらされる,この辺では水もまともに飲めないとか住めなくなるとか責任をとらされる
国民は莫大な補償金を税金でとられるとか責任をとらされる
だからそんなに責任をとらされるのなら原発はいらないと国民も言うべきなのだが全部はそうはなっていない,賛否両論がある
原発は一旦事故になったらこの辺のような甚大な被害になるということを知らせた
水も汚染されて飲めなくなる,土も汚染ささて食物もとれなくなる,森林も汚染されて木も利用できなくなる,空気さえ汚染されて住めなくなるのである。
そういうことを国民は知ったのだからそれで原発をまだ必要になるのか?
そのことが理解できないとなる
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2017年10月07日

原発事故でも肝心なことは知らされていなかった (10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


原発事故でも肝心なことは知らされていなかった

(10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


不思議なのは東電では津浪が来ると予想していた,それも10メートル以上の津浪が来ることを予想していた,でもそれを知っている人は東電のみでありそこに住んでいる人は知らない,知らないというより知らせられない

肝心の情報が知らされない

今回の原発事故でその前に肝心な情報は知らせられない,事故が起きたときもスピーディで計測されたが知らせられない,浪江町は知らせられないから津島に逃げることを町長が決断した,そこは一番放射線量が高くなる場所だったのである。
ところが東電の社員がいてその人は放射性物質がどう流れるか知っていたのである。
それで街の方に引き返した方がいいと言ってみんなそれに従ったのである。

つまり街とか海岸地帯は放射線量は高くなかった,原発の煙突が見える請戸港などでも
0・5マイクロシーベルとだったのである。
山の方に避難するより街に留まっていた方が良かったのである。
要するに事前に放射能のことなど何にも知らされていなし地元の人はわからなかった
教えてももらえないしまず「安全神話」が作られていたのだから危険ということばタブーになっていたのである。
それは戦争で負けるという言葉がタブーとなっていたのと同じである。

原発というのはとにかくもともと教えられても理解するものがむずかしすぎる
すると専門家は素人にわからないものとして教えないし重大なことも知らせないのであるマスコミも莫大な宣伝費をもらっているから追及しないし重大なことも知らせない
福島民報は県で半分株をもっている官報なのである。福島民友でも原発のことは何も言わない,推進派になっているだけだったのである。

自分の住んでいるところなど30キロ圏外だから遠いから原発にそれほど関心をもっていなかった,ところが小高に東北電力で原発を建てることが決まっていたのである。
すでに工事がはじまるところだったが今回の事故でとりやめになった

小高に原発を建つことを知らなかった

実は意外とこれも小高となればすぐ近くでも東北電力で原発を建てること知らない人が
多かったのである。その時小高は合併前だから南相馬市ではなかった
ただ大工さんが原発建つから景気良くなると言っていたのはそのことだったと今ではふりかえる,その人は津浪で家は半分浸水して今は住んでいない

現代は情報化社会でも肝心なことが知らされないことがある
なぜ東電が科学者のチームで10メートル以上の津浪が来るということを予測していたのにそのことが報道されなかったのか?
それは原発はもともと隠蔽体質があり「安全神話」が作られていて重大なこと危険なことなど知らされなかったのである。

10メートル以上の津浪が来る

もしこれを知っていたならこの辺ではそんな津浪が来るのかと警戒したかもしれない
浜通りでは津浪は三陸の方にきてもここには来ないと確信すようにまでなっていた
まず津浪のことなど話題にもならない,チリ地震津浪は経験していてその時は海に見にゆくくらいだからそんなものとして意識されていなかったのである。

郷土史で津浪の後に津浪の伝説があったとか相馬藩政記に生波(津浪)で700人溺死とか二行ばかり記されていたがそれを知っている人などいなかった
津浪には全く関心がなかったのである。

だから東電で10メートル以上の津浪が来ると予測していたことは科学者はやはり今の時代では頼りになるものだと思った。
ただそれを知っていても備えなかったのである。
そして知らせなかったのである。

津浪のことでは相馬市で街の近くまでボーリング調査してその辺まで津浪が来ていたという報告が自分も時事問題の深層に書いていた。
それは津浪が来る前の7年前だった,でもそれは別に危機感があって書いてわけでもない
そんなことがあったのかという軽い気持ちであり津浪が来るなど予想しない
それは貞観津浪の時代のものだったらしい,慶長津浪のことは良くわかっていなかった

原発は「安全神話」で隠蔽されていたし報道関係も巨額の宣伝費で真実を伝えなかった
だから肝心なことを知らされなかったのである。

もし東電の10メートルの津浪が来るということをみんなが知って危機感を覚えたらそんな高い津浪がこの辺に来るのだと危機感をもちいち早く逃げて助かる人もいたかもしれないあんな高い津浪が来るなどこの辺では誰も予想しなかったし第一津浪はこの辺ではこないと思っていたのである。それは確信にもなっていたのである。

「安全神話」であらゆる危険情報を隠蔽していた

そさを知らせるものはいなかった,知り得ようがなかった
それは国家もかかわっていたから国家的機密ともなり知らされなかったのである。

もし10メートルの津浪が来ると東電が試算したとなると大騒ぎになる
でもその大騒ぎになることでこの辺でもそんな高い津浪が来ると警戒するから津浪に対する備えをするようになっていたかもしれないのだ。
もしそうなっていたら東電に今度は感謝したとなる
もちろん事故に対してはそうではないにしろ津浪のことを警戒して死ぬ人が減っていたかもしれないのである。その情報は命にかかわることだったのである。

ともかく民主主義は情報の公開義務がありそれがなされないと今回のような重大事故になっても事前にとめることもできない
「安全神話」になれば危険情報は一切出てこないからである。
そうなると事故がないのだから避難訓練などする必要もない
もし避難訓練などすれば原発は危険だとなり原発はやめろとなるからだ

ただ都政でも小池知事が情報公開を約束したが守られないないとか隠蔽される
権力があるところは真実を隠蔽する,警察などでもそうである。
そうなると誰も責めることができない,マスコミなどの使命はそうして真実を報道する義務があるのだが宣伝費をもらっているからできないとかその使命を果たしていないのである。それで民主主義も機能していない
そして肝心なことを報道しないでどうでもいいことを報道しているのである。

それぞれの職業にはそうした社会的役割使命が課せられている,でもそれが守られていない,金でゆがめられたりその使命が果たせないのである。
だから民主主義も機能しないから大事故にもなり誰かが責任をとらされる
今回は地元の人が否応なく責任をとらされたのである。
戦争のときは3百万人が死んで国民が責任をとらされたのである。
政治家とか官僚とか東電の幹部などは責任をとらない,戦争のときもそうである。
それで最近死んだ都築詠一氏が昭和天皇は責め続けていたこともわかる
一番の責任は天皇にあったともなるからだ,ただこれもタブーになっているから誰も責めないのである。
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2017年09月29日

なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか? 本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む


なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか?

本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む 


電力関連に国家公務員71人天下り 福島原発事故後 経産省最多17人(東京) 電力業界と官僚の“癒着”を裏付け

経済産業省(17人)海上保安庁(16人警察庁(14人)・・・・

恥知らずな東京電力の清水正孝前社長は、東電が筆頭株主である企業の小会社に天下りしました!しかし、私たち皆で共に力を合わせれば、取るべき責任を果たしてこなかった前社長を、就任した新たな役職から引きずり出し法廷の前に立たせることができます。 

清水氏に天下りを許すということは、史上最悪の原発事故に対する説明責任に真っ向から対立するものです


東電に警察・公安から天下り多い理由 暴力団からの「用心棒」

関西電力の話だが、1990年代に進められた石川県の珠洲原発建設計画(2003年に中止)の用地買収に協力した暴力団組長が、見返りとして関電に30億円を要求したことが明らかになった。民間同士の取引なので事件化することはほとんどないが、この種の話は東電でも腐るほどあった」

 東京電力に警察・公安関係組織の天下りが多い理由もここにある。

 <東電:官僚天下り50人以上 ゆがむ原発行政(1)> 
東京電力に「嘱託」などの肩書で在籍する天下り中央官僚が47人。
「顧問」ポストも加えれば50人を超え、
出身は所管の経済産業省から国土交通、
外務、財務各省、警察庁、海上保安庁と多岐に。毎日


原発事故を追及してわからないことがなぜ検察はまた警察は東電の幹部を逮捕したり捜査したりもしないのだろうかということである。
これだけの事故を犯して何の罪にも問われない,海外の子会社に移ったり清水社長も天下りしている。
このことがどうしてもわからないことだった

●なぜ東京電力を家宅捜査しないのか?

通常一般企業では事故を起きたりすると列車事故にせよ,食中毒にせよ,すぐに警察は家宅捜査する,東電は一切そのようなことが行われない

細野豪志補佐官(当時-原発担当大臣)も追及していた

「警察から東電へ天下りしている元警察官が32人もいるのは多すぎないか。
しかも東電は栗本英雄顧問(元刑事)をはじめとして,彼らの職務内容を明らかにしていない,反原発運動の情報を警察から提供されたりそういう運動をおさえこもとして私兵として使ったりする見返りに業務と関係のない,元警察官を大量に雇用しているのではないか?」

22年前も電力会社を守っていた警察

核燃料サイクル施設の建設をめぐり強い反対運動が起きた
その中で反対派の中川登の車だけが駐車違反で検挙される事件があった
このような人気のないところで警察官に職務質問を受けるような事態になるとどのうようないいがかりをつけられるかもしれないと逃げた

●今も変わらない警察と電力会社の蜜月関係

「六ヶ所に原燃PRセンターがある,この施設に入場し,展示物に「反原発」などと記された名刺大のシ-ルを20数枚はったとして青森市の男性が野辺地署に住居侵入容疑で緊急逮捕された,ようきの変のへ辞し大制がど料ろっ。

たかがシールをはったくらいで本州の北端から東京まで捜査員を派遣する力の入れ方をみるとこれは到底野辺署単独の判断とは思えない
青森警察本部,いや警察庁としての意思を強く感じるのだ

またその一方で一民間企業でしかない,東電本社前を機動隊が警備して会長宅を多くの警察官が守っている,こんな現実が当たり前になっている現実を忘れてならない

今回の原発事故であきらかになったことはいろいろある。
東電とか電力会社がいかに大きな権力をもっていたか判明した,それがなぜそうなっていたのか?電力というのが今の社会では欠かせない重要なものであり要になっている
そこには莫大な金が入る,東電でも国家なみの巨大企業だったのである。

一見政治家とか官僚が力をもっているとみるがそうではないという,
実際の普通は目立たない,表に出ない人達だという,それは東電の幹部のような人だったのである。
なぜなら金の出所が電力関係の会社からでる,マスコミでも800億円とか電事連から出ていた,電力会社はそれだけ金を稼ぐのである。
その金で今度は政府関係者,政治家でも官僚でも検察でも警察でも雇うことができるのだ

検察も警察も東電(電力会社)の用心棒だった!

今の社会の悪は見えにくいのである。金持ちの商人でも良く役人にワイロをやったり用心棒を雇ったりしている,その悪はどぎつく明白なのである。
だからその悪はわかりやすいけど現代社会の悪は見えにくいのである。
むしろ警察などは正義の味方だと普通は思っている
悪い人も逮捕しているではないか?
でも本当の巨悪には大きな権力には警察も対抗できない,かえって用心棒になっていたのである。

太宰治の生家は有名である。そこは煉瓦の高い塀がある,それは小作人などが不満になり家におしよせて打ち壊しなどしないために作られた
そして警官はやはり太宰治の家を守るために配置されていたのである。
今でも東京辺りの金持ちは高い塀で囲んでいるし外国だと私設の警備員を雇っている
銃撃戦までしている,一見現代は何かそんな露骨な悪はないし警察などは庶民の味方だと見ている
しかし検察でも警察でも弱い者の味方ではない,かえって権力を笠にきて弱い者いじめをするのも警察なのである。強い者にはかえって弱いのである。
権力には常に権力の濫用が起きてくるのだ

それは政治でも今の自民党のように一党独裁のようになるとやり放題になる
警察にしても権力をもっているからその権力の濫用が起きてくる
権力というはそういうものである。
悪い人間が権力をもつと怖いことになる,警察では様々な警官の悪辣の事件が隠蔽されいる,警察の仲間意識は強い,それは公務員でもいえるし会社でも言える
そこで既得権をもち利益を得るのである。

警察はその他ハチンコ業界ともつながり金を得ている,それはもともと暴力団がしていたことである。何か警察と暴力団はにている面がある,座頭市では関八州でヤクザが警察の肩代わりをしていたからである。
警察でも何かブラック会社ともなる,それは東電の用心棒のようになったりする
そうして上のものだけが得して庶民は重税にあえぐ,それはいつの世もあったが現代というのはそういうことが露骨には見えない,わからないのである。
東電があんなに大きな国並の会社だと思わなかったからである。
だから賠償金でもその額が巨大なのだから驚くし除染作業でも国がかかわると莫大な金がでる,それはみんな税金なのである。
その税金は復興に使われたというのではなくゼネンコから暴力団に流れたりだまされたりもして最近では南相馬氏で10億円が復興事業に金が国から出たがだまされたというのがあった

ともかく警察は誰の味方なのか?

国民や市民や庶民の味方なのか?


憲法第15条第2項

すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
公務員に金を払っているのは国民である市民である。いかに東電が電力会社が大きくてもそれは一部なのである。その一部のものと利害関係を結ぶのは法律違反になる
公務員は警察でもそうであり国民に奉仕するものであり国民が主体であり国民を害するようなことはしていけないのである。
それが警察の場合,警察や警官自体が自覚していない,国民も市民も警察を怖がる
何かスネに傷もたない人はいないからである。
ただ警察に月給を払っているのは国民である。もし私的警備員のように会社が雇うなら別である。警察を雇っているのは国民だという自覚が国民側にも必要なのである。
警察側にも国民が月給を払い国民に雇われているという自覚をもつべきなのである。
それが東電に天下り先を確保するからと東電の用心棒になることは国民にとって許されないことなのである。
そんな警察ならない方がいいとなる,自警団を組織した方がいいとなるのだ。
なにか今の社会はそうした本末転倒が起きているのだ。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
そういう自分たちの生きる場を奪われる,その危機感をもつべきだったとなる
警察は東電の用心棒であるときそれも国家権力なのだからどうして対抗できなるのかとなる
それは市民が自覚して対抗しないかぎりできないことである。
こうして本に出して訴えているのはこの本の著者くらいで他はあまりないというときそれだけマスコミ関係もとりこまれているし警察権力の前に何もできないとなる

権力というのが誰が本当はもっていて動かしているのか?

それは政治家とか官僚とかマスコミでもなかった
東電とか電力会社でありそこから金が出ていたからそうなっていた
そういう巨大企業は政権交代もないのだから権力が安定している
政治家は選挙で落とされるとただの人になる
東電はこれだけの事故を起こしてもつぶれない,それは国家をもとりこむ権力があるからだとなる,事故後もやはり天下りが海上保安庁と検察警察関係が一番多いことでもわかる権力構造は事後前となんら変わっていないし警察は東電は何もしないでかえって用心棒となり警備しているのである。






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2017年09月19日

文明は滅び生態系は残る (原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明は滅び生態系は残る

(原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明とは何かというとき様々な見方がある。だからいちがいには言えない,でも幾多の地球上の文明は滅びたのである。

文明を作ったものは人間である

生態系を作ったものは神である

文明の象徴としてエジプトのピラミッドなどがある。エジプト文明は三〇〇〇年つづいたというから寿命が長かった,その寿命が長いのはもともとエジプト文明はナイルの賜物というとき生態系に依存して作られていたからである。
その生態系を壊さないように作られた文明なのである。
だから今になると様々な動物が神になっているのはそれは生態系の中でこそ動物は生きられる,生態系が破壊されたら動物は生きられないのである。
農業は生態系に依存している,そしてこの辺で鷺が一時いなくなった
それは田んぼがなくなったからである。田んぼには鷺の餌となる蛙とかがいたからであるその田んぼが回復したとき蛙も増えて鷺も増えたのである。
そして元のように川の竹藪の所に鷺の塒ができてコロニーが回復したのである。
飯館村では田んぼもないから蛙もいてもわずかだし鷺もいないとなる

生態系があって生物は生きられる,人間もその生物の一種だから生きられる,ただ現代はその生態系が文明の系統になっている
東京など大都会には田んぼもないし土も見ることもできない,だから生態系とは関係なく存在しているように見える
時々ダムの水が渇水状態になったとき水がなくなるということで生態系に依存しているということを意識する,でもなかなか大都会では生態系を意識するということができない
でも上流の水がやはり放射能で汚染されたとき生態系が汚染されたということを東京でも意識したのである。

生態系が破壊されたら文明も滅びる,なぜなら文明は人間の知恵で作ったものであり生態系は神の知恵で作ったものだからである。
人間は絶対に神の知恵を越えることはできないのである。
たからこそ人間の知恵で作った文明は滅びるのである
不思議なのはマヤ文明でもピラミッドに神殿が森に埋もれてしまった
同じように原子力文明も森に埋もれるというのもにている

チェルノブエリでは森が復活してヘラジカがもどりそれを餌とする狼がもどってきたのである。田んぼが復活して蛙が増えて鷺がもどってきたのとにている
ただ放射能汚染で怖いのは遺伝子が損傷すると次の代からさらに次の代まで影響するとも言われる,それはどうなるかはわからない未知のものとしてある。
原子力,核の恐ろしさは生物の種を絶えさせるとかなることにある
もうそうなるとその土地には人は生きていけないのである。

文明とは何か?それは人間の知恵で作ったものであり人間が神のごとくなることである。
神のごとくなるとはどういうことか?原子力文明では科学者が神のごとくなることである
マヤ文明ではやはりテクノクラートが天文学の高度な知識をもったものが支配階級になっていたのである。
文明が崩壊するとは滅びるということはどういうなのか?
マヤ文明は何か最後はカルト宗教のようになり迷信的になり滅びた
それはそこに知の限界が生じたからである。
原子力でも人間では操作できない,知の限界が生じたのである。
人間の知恵で作ったものが崩壊して滅びるということである。
ただ生態系に依存した文明は農業文明は長寿になる
でもその上に築かれた文明は崩壊して滅びているのだ

そして資本主義は農業に関しては土地に関してはなじまない通用しない,物を効率的に製造するようにはいかないというとき農業は生態系に属しているからである。
生態系を離れてありえないのである。資本主義は土地の生産性をあげようとしても生態系に依存しているからできない,二十日大根があるとすると大根を早く作ろうとしてもできない,それは土という生態系に依存しているからである。
資本主義もまた反生態系であり資本主義が生態系の環境を破壊するというのもそのためである。経済をすべてとする原理は生態系とは相いれないのである。

原発事故は原子力文明の崩壊現象が起きたのである。
なぜなら原発を支えてきたのは科学者であり政治家であり官僚でありマスコミであり今の支配体制を作るものが一挙に崩壊したからである。
その誇りも砕かれたからである。
それられの人達は国家を形成するものたちでもあったからだ
だから国家自体の崩壊現象が起きたのである。

つまり必ずしも国家と生態系は今や一致しない,江戸時代あたりの農業社会だったら一致していた。これだけの科学と技術とか大規模な経済をになうとなるともうそれは今までの農業文明などとは桁の違う世界に生きているのだ
この辺では国家権力によって地方の生態系が破壊されたのである。
国家権力が地域を破壊する,地域の生態系を破壊するのである。
それは一種の人間の奢りに対する神からの罰だったともなる
それはギリシャ神話時代から指摘されていたことである。

人間の知恵で作った文明は滅びる

神の知恵で作った生態系は残る

ただ神の知恵で作った生態系も実は完全ではない,弱肉強食の世界は神の御意にかなったものではないから是正されることを聖書では説いている
いかなる文明も砕かれその誇りも砕かれる
これからもそうである。AI文明人工知能文明だろうが何かの原因でつまずき崩壊する
AIといったってそれもしょせん人間の知恵で作ったものだからである。
神でもなんでもないからである。

人間はいくら努力しても理想社会は生れない,人間の知恵では作れないからである。
最終的には神による天国の創出であり神の業による天国の形成である
だから人間の知恵ではできないのである。
いくら文明が発達したといってもただ実際は変化しただけであり人間の心は罪に汚れ変わっていないのである。ただその形が変わっただけであり人間の悪はぬぐいされないのである。機械が発達すればその機械で悪いことをする人がいる
核を発明すれば核を悪いことに使い核戦争になり人類が滅びるとなる
いくら科学技術が発達して人類には平和は来ないのである。
そこに人間の限界がある。その限界の故に必ず文明は滅びてきたしこれからも滅びるのである。
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2017年09月05日

核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む (すでに原発の危険は予見されていた)


核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む

(すでに原発の危険は予見されていた)

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福島原発の歴史
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この本は1979年発行でありすでにほぼ40年前のことにもなる
ただその時から事故がありフクシマと同じようなことが起きていたのである。
それはスリーマイルとかでもない,それ意外にも事故がありそれは火災事故だったのである。

この統計は1978年である。フクシマの第一原発は1971年3月に1号機の営業運転を開始しである。

図を見ても日本は原発を作るの早かったしその時すでに世界で3番目の原発国になっていたのだ,それはやはり人の技術力が高いから受け入れることができたのか?
アメリカの強引なおしつけがあったのか?その辺はわかりにくい。

この本の題名が核文明の恐怖とあるとき現代の文明が核文明になるということを予想して書いていたのである。
この時東ドイツとあるからまだ東西ドイツが統一されていない,その時ドイツも原発が多かった,その後はやめた,フランスが日本より原発が少なかったというのも意外である。やはり日本はアメリカの影響があって原発が多くなったのではないか?

原子力産業は比較的歴史が浅いことを心にとめておく必要がある。
アメリカでは商業利用がはじまってからわずか25年であり,核兵器生産がはじめられてからも35年しかたっていない,癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがあるから私たちはやっと放射線の影響を経験したばかりなのである

様々に放射線の影響が言われる,

癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがある

こういうことがあるとする母親などは異常に心配するからもう故郷には原発避難区域には帰らないとなる,最も危険なのはプルトニウムだとこの本で著者は言っている
要するに核のことは人間はわかっていないしその危険性を無視して原発は造られたのである。歴史が浅いというとき未熟な知識ではじまり今でも放射線がどういうふうに人間の身体に環境に影響するのか正確にわからない,だからこの辺はモルモットにされているのである。放射線の影響は長期的なもの次の代とかその次の代にも影響するとなるから深刻なのである。

原子力発電所の設計は著しくこみいっていて自分の専門分野以外の人の仕事を理解しない-お互いに話し合おうともしない-実際原子炉を建設したり運転したりするのにその全体の過程を統合するような役割の個人やグループは全く存在しない

これはフクシマ原発でも同じであった,肝心の吉田所長が復水器のことを知らなかった,それは自分の専門分野ではないからだったと言っている
そして東京の本部との意思疎通もできなくなっていたのである。
要するに誰ももう原発を制御できるものがなくなっていたのである。
最後は自動化しているから機械が暴走して破綻するとなるのである。
人間の力では制御できない代物になっているのが原発だったのである。
それは現代文明全体に言えることである。その全容を知るものはいない,何か巨大な事故があったらもう何もできないのである。

ブランズ・フェリー原子力発電所はいまだかつて火災に対する安全検査をやったことがない,この事故で誰も地域の役所に事故を知らせなかった,実際緊急避難措置はいっさいとられなかった

「安全装置は絶えず工夫が施されているが莫大な金がかかったり原子力産業のスケジュールに都合があったり政治的圧力がかかったりするために安全装置の効果について評価を正しく行うことはほとんど不可能になっています」

これもこの辺の事故と同じだった,浪江の人達は津島の山側に避難した,そこは一番放射線量が高い地域だった,町民には自治体には何も知らせられなかったのである。
ただ東電の社員がいて山より街の方が安全だとそれに従って街にもどった人達がいた
それが正しい判断だったのである。放射線のことを知っていればそうなる
実際はスピーディでそれがわかっていても知らせなかったのである。
アメリカにいち早く知らせていて自治体には知らせなかったのである。

安全装置にしても原子力村とかが形成されて政府の安全委員会など何もできない飾りだったのである。要するに何もしないで多額の金をもらっていた人達が原発には多いのであるそういう人達にとっては原発はいいものだったのである。
東電から巨額の宣伝費が電事連からは800億もの宣伝費が流れていた
そしてそまマスコミの幹部が東電によって中国に招待されていたとき事故が起きたのである。朝日新聞社加わっていたからマスコミで原発に反対するものはなかったのである。
創価系の雑誌でも東電から宣伝費を二番目くらいにもらっていた
原発は金のなる木だったのである。地元でも金がばらまかれた,特に漁業権のある船主は原発御殿が建っていたとかあとでわかったのである。
それも今になると罪深いものだったとなる

原発はまだ歴史が浅く未熟な技術だけでその効果が大きいから安全を無視して作られてきた,それがまた核兵器と結びつき軍事力としての相乗効果があり作られてきた
電気を作るだけではない軍事力として欠かせないものとして作られていたのである。
だからこそこの本では核文明としているのである。
そしてこの辺の事故では核文明の崩壊したと自分が書いたのである。
土や水や空気や人間の基本になるものが汚染されたら住めないしそして放射線の影響はどうでるのか何代も見なければわからないという恐ろしいものだったのである。

なぜそれだけ危険なものを作ったのか?それは核の魅力が大きいからそうなる
北朝鮮を見ればわかるだろう。あのような小国でも核をもてばアメリカと対等に戦えるからである。だから実際は人間は核を操作できないものでも無理して操作していたのであるそれが大事故で核文明そのもの崩壊となりこの辺は住めなくなったのである。
湯川秀樹博士が原発を作るのはまだ早いとして作るべきではないとしていた
つまりまだ日本でも原発を作り操作できる技術はなかった
原子力の歴史は浅いしまだまだ操作できる状態にはなかったのである。

でも無理やり作ったのは政治的な圧力とかアメリカの圧力とかいろいろ科学的技術的問題ではないものがあり作られてきた,
文明の崩壊までになるようなものをなぜ作ったのか?
文明が崩壊したらもとこうもない,終わりだとなるからだ
それなら人間は極端になるが炭をエネルギーとして細々して生き延びる方がいいともなるからだ,文明が滅び水も土も空気も汚染されたら住めないからである
そして遺伝子が損傷して何代にもわたり影響するとなると種の滅亡ともなる
人間はもう絶滅するということである。

そんな恐ろしいものを科学者もとめられなかったしそれ突き進んで行ったのはなぜなのか?
何かそこに人間の業(カルマ)があり人間滅亡,文明滅亡の宿命を核によってもたらされるだからさけられないのか?何かそういう人類史の最後に核が現れ文明は崩壊するのかとなる
posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月02日

意思疎通できない連関なき社会 (そしてコミュニティが破壊される)


意思疎通できない連関なき社会

(そしてコミュニティが破壊される)


話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


ここでも書いたけど田舎だったら意思疎通できていたように見られる,でも高度成長以後はやはり田舎でも会社員化して意志疎通ができなくなる
自分の家で店をしていたとき野菜は近くの農家から買ってきた,それは自転車で買ってきていたのである。姉は力持ちだから大きな箱に積んできたのである。
すると近くの農家と親密な関係が生れる,そしてその頃は店が個人の店であり狭い範囲にあった,するとその狭い範囲で暮らしているから親密になる
一方でいいろいろかんぐられるので嫌な面もでてくる

大工でも地元の大工が家を建てるから地元の大工と親密になる,今建て売りであり外部からきた人が建てる地元の人とは関係しない,建売は組み立てるだけである。
この辺では新しい街が一つできるくら家が次々に建った
それはみんな外部から来た人が建てたのであり地元の人は関係ないのである。
するとそこでも地元の人でも意志疎通がなくなる

意思疎通ができないというときタニコウはこの辺で大きな会社である,でも友伸エンジニアリングも建物を見れば大きな会社であり工場である,それはすぐちかくの小池にあったでもタニコウの人は知らなかったのである。
それはなぜなのか?何らか仕事でつながりがなければ共同しなければ近くでも無関係になるのである。
現代とはそういうことが非常に多いというときそういう文明社会だとなる
ピカートの言う連関なき社会でありそこからヒットラーが生れた,ナチスが生れというとき無数の部分になりそれらがどう結びついているかなどわからないのである。

鉄道があるとして車をもっている人は乗り方さえもわからなくなる,すると鉄道を残せといっても車の人は利用しないから関係ないとなる
ただ車で駅前に来ることがあり駐車したりして駅に来ることがある,ここでは道の駅がないからランドマークとして来るのである。駅にはそういう機能がある
そこで関連してくることはある

こうして江戸時代なら村とかで濃密な意志疎通していた,しなければ生きていけないような社会と今の社会はあまりにも違いすぎる
広域化グローバル化社会になればそうした狭い範囲の意志疎通より金が大事になる
金があればどこでも生きられる時代である。人間の意思疎通は金になったともなる

大量の物は野菜でも遠くから来る,外国からも来るからである。
すると自分の家で小さな店をしていたときのように近くの農家も関係なくなる,関連しなくなる,こうした小規模な店とかは戦後増大した,それは大きな資本が無くてもできたからである。でもスーパーになったときそうした小売業は姿を消した
そしてシャッター通りになった。

ここで問題なのは大資本が介入してくると小さなコミニティは破壊されやすい,そうして根こそぎコミニティが破壊されたのが原発事故であった
そこには国家権力もかかわり巨大企業である東電がかかわりそれに付随してマスコミとか検察とか警察までもかかわるとなる
国家権力によって自治体が崩壊させられたのである。

そういう巨大資本とか会社とか国家権力でもマスコミでも小さな自治体に介入してくると根こそぎコミニュティは破壊される,マスコミで自治体の争いに介入してくる
そもそもそれは自治体内で解決するのが望ましいのである。
内部の事情に通じない場合があるからだ

そのことで自分が駅で警察に職務質問されたのもそうである。誰かがあやしい人がいると通報したのだが警察まで来て介入すると田舎の平穏な生活がコミニュティも破壊される
つまり大企業でも国家権力でも力が強すぎるからそうなる。
それに小さな自治体は抵抗できない,そしてコミニュティが破壊される
この辺はズタズタに破壊されたのである。

巨大な国家権力機構,大企業とかかかわると一自治体はもろくも破壊される,
狭い範囲内の意志疎通もできなくなりただ巨大な権力によって自然まで破壊されたのである。
それは東南アジアの森林が巨大企業にかいしめられてオランウータンが住めなくなったのとにている,その企業が日本にもあり銀行が融資しているとき銀行もかかわっている

とにかく意志疏通がない社会とか連関性がない社会は文明は最終的にどうなるのかと思うピカートよればナチス化する社会になる,カルト宗教団体もそれとにている
それは疑似コミニュティであり本当のコミニュティではないと言っている
そういうものはナチスのようになる危険がはらんでいる

いづれにしろ意思疎通がない連関性なき社会は文明は何かの調子で崩壊するかもしれないそして自動化社会というのも意志疏通が連関性がなくなる社会なのだ。
一見確かに便利だがすべて現代文明は機械化自動化しようとしている
人間の意志に関係なくそうしようとしているからだ
するとすべてが機械化自動化するとその自動化することによって機械でもコンピューターでも制御不可能になり暴走して自滅するともなる

文明社会が核分裂状態にあるというのもわかる,無数の部分に分裂して連関がなく意思疎通がなく自滅する自壊してゆく,その例がこの辺の原発事故による惨事だったのである。

posted by 老鶯 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月24日

なぜ復興ができないのか? (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)


なぜ復興ができないのか?

 (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)

戦後の焼け野原からなぜ日本が復興できたのか謎である。焼け野原になった写真を見たらあまりにも絶望的だからである。津浪の被害でも原発事故の被害でもあんなふうにはなっていない,津浪の被害も悲惨だったがまだ一部なのである。
そんなところからなぜ戦後の復興ありえたのか?ふりかえるとその当時を生きた人達は団塊の世代の親やその前の人であり死んでいる人が多くなった

ただ団塊の世代は子供時代の貧乏を経験している,みんな家には電化製品はなにもない,飯台一つしかなく炭であり竈でご飯を炊いていたから手間だったのである。
洗濯は近くの小川でしていたし洗濯板でごしごし洗濯していたのである。
そういう時代があったということが今になるとはるかに昔になってしまった
それは自給自足の生活の延長だったのである。
だから卵は贅沢であり玉子焼きが食べられるようになったとき豊かさを実感したのであるただその時農家は鶏を飼っていたら卵を食べていた,農家の方が贅沢だったのである。
物がない時代,自給自足しているような農家がかえって豊かだったのである。

日本がなぜ戦後焼け野原復興できたのかというとき朝鮮特需とか軍需経済から民間経済にシフトした,軍需に労力を費やすことをしなくて良かった,世界の環境でもアメリカがソビエト連邦とかを敵視するようになり共産主義の驚異を感じていたので日本をその防波堤としようとした,何かそうした世界情勢が味方した。
それにしてしもなぜあの焼け野原が10年とか20年で復興したということは驚きである。
日本の底力があったということになる,日本は戦争でも一丸になるし挙国体制では得意である。切り換えも早いということがある,日本の国民性が復興をできた推進力だったというのもわかる

それに比べてなぜ津浪とか原発被害地域が復興できないのか?
それはその当時の情勢とあまりに違う,なにもかも豊かになりできあがった社会が崩壊した,戦後の焼け野原も同じじゃないかというがその時は回りもみんな同じ状態だった
今は回りはみんなやはり同じように豊かな便利な生活をしている
するとゴーストタウンのようになった町や村を見て愕然としてしまうのである。
何か住めないという感覚になる,それは理屈ではない,実感である。

戦後焼け野原になったとき戦地から帰ってきた引揚者がこの辺だと町内から近い小池でも開墾に入った人を知っている,引揚者は浪江でも対馬とか飯館村でもそうだしどこでも不便な不毛な地域に入ったのである。
今ならそんなところに開墾などに入らない,でも仕事となるものがないからそうなった
食料も何もないとなるとそういう難儀な場に人は入ってゆくほかないのである。
もし今のように回りが豊かな生活していたら別である。
人はそんな所に入って行かないのである。対馬では中国人の嫁が夫を都会に出たいと鉈(なた)で襲った事件があった,あんな山の中だとは思わずそうなった

なぜ原発避難者が帰らないのかというときこうした時代の影響が大きい
何でもある便利な豊かな社会に生きていたときそれが突然ゴーストタウンになったとき
もう帰らないという選択をするのも当然だとなる
小高だったら隣の街に行けば前と変わりない便利な豊かな生活をしているからここに住んだ方がいいとなる,飢饉のとき越中からの移民がなぜ来たのか?
それはその時越中などの移民も苦しい生活をしていた,それで土地があるなら与えられるならと移住してきたのである。農業が主の時代だと土地が与えられるならそうなる
今は農業主体の生活ではない,みんな会社員なのである。

ただ故郷に老人だけが取り残される,老人ホームも立派な建物があっても小高では人手が集まらないので再開できないのである。
そのことはここだけではない,ここでは何でも極端なものとして起きている
第一老いた親を残して肝心の子供たちは去り他で別な生活を築くようになったから帰ってこないのである。
でも親を捨ててその親を今度は残った人達がめんどうみろというのも勝手に思う
親を引き取るならいいが残された人たちがめんどうみろというのも勝手だと思う
親は故郷に住み死にたいという気持ちはわかる
でも誰が最期に世話するのかとなると残った人達になるのか?
帰らない人達は親を捨て残った人達が世話するというのもまた勝手だとなる

結局街はどうなってゆくのか?ゴーストタウンとなり残された老人が幽霊のようにさまようとなるのか?
外から見ればそういう街は面白いとか興味本位の対象にされてしまう
そういうことで面白いかとか楽しいかとか小高の若い者は批判した
廃墟趣味のような人も来ている
実際にそれは個人的にも自分は経験している,介護から自分の病気になったとき人はよりつかなくなる,社交的だった女性が認知症になったとき誰も来なくなった
そうして苦難にある家には人が近づかない,近づいてくるのはカルト教団くらいである,それはなぜかとなるとへたに近づくと自分もその苦難を負わせられるしそうでなければ近づいてもかえって嫌がられる

お前はただ俺たちの苦しみを面白がり楽しんでいるだけだとなるからだ
実際はそういう人が多いのである。
そういう苦しんでいる人とかかわるとき自分もその苦しみを背負わされるという覚悟も必要になる,それができるかとなると簡単にできない,ボランティアでも一時的になるからだ。その苦難を共にする人はかかわってもいいとなる
それで関心したのは女川だったのかそこに住み着いた若者だった
それは一時的なボランティアではなかったのである。そこに住み復興を一緒にずっとするという仲間になったからである。そこまで覚悟するとなると簡単にはできない

それより誰が復興の主体であり復興しようとしているのか?
外からの支援ばかりを望みもう死ぬまで支援してくれ補償してくれとなる
そこに残り住んでいる人すら外部からの支援が頼りなのである。
外部から来た人がボランティアでもいくら復興の支援となっても肝心のそこに住んでいる人が復興する気がなかった復興できるのかとなる
肝心な人は故郷を捨てて出て行っているからである。
それなら外部の人が移り住んで復興の主体になればいいと思ってしまう
その方が復興しやすいともなる

戦後の焼け野原の時は苦しい場所でも開墾に入った,それはそう強いられていたのである他に生きる場所がないからそうなっていた,今ならどこでも生きられるとなるからそんな所に入って苦労はしないのである。
そんな貧乏の時,団塊の世代のように子だくさんになった
それは高度成長となり労働力として供給されたのである。

何かこうした時代の相違で復興できない,少子高齢化も影響している
ジジババに予算をつぎこんでも復興できない,無駄だと官僚が本音を言ったのもわかる
ただ復興した例としては新地町は津浪があってかえって前より良くなった
駅前は開発されて新しい街が作られる,相馬市にすらエレベーターがないのにあるのは贅沢だとなる
もともと駅前は何もない所だから開発しやすかったのである。

戦後の焼け野原になったときもかえってそれで新しい街作りとか国造りがしやすくなった戦前の既得権者もいないなくなり日本は新しい国造りに邁進したのである。
そういう場所には何か今までにない新しいものが生れるということもある
要するにその復興の主体になるものが誰なのか?。残された老人なのか?。
そこが戦後の焼け野原になって復興したとき根本的に違っているのである。
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2017年08月21日

支援がすべていいように働かなかった (復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援がすべていいように働かなかった


(復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援すると、意図的に弱い立場に固執する人が生まれてくる

この辺でも津浪の被害地域でもこのことは起きていた
そのことはずいぶん書いてきた
支援されるのはいいとしてそれが自立に向かわない,かえって一方的にいつまでも支援されるものとなり支援を延々と要求するだけになる
支援する人が悪いのではないが人間は楽な方に向かう
支援してくれる人がいれば楽だからいつまでも支援してくれとなり自立をしない

この辺ではそういうことが極端に起こった,原発避難者は常に支援されるものであり外からボランティアがいつも来ていた,そのボランティアが悪いというのではない
常に支援されるものであり自助努力を失っていった
現実は毎日パチンコでありギャンブルしていたのである。
だからボランティアの人達も矛盾を感じたというのはここで言っているのと同じだった
特に地元では支援する気持ちもなくなってしまった

だから例えばこの辺では小高の人達はみんなこんなに支援しているのに地元の人は支援しないのかと怒りにもなっていたのである。
補償金をもらえるのは当然でありそんなことで文句言うなとなって分断されてしまったのである。それをマスコミが後押ししたから余計にそうなった
だから地元の人はおおっぴらにはそのことは言わないのである。

原発避難者が大量に入ってくることは何であれ摩擦になった
それは移民でも大量に入ってくると摩擦になる
これはどこでも当然なのである。どこにもそれなりに共同体があってそこにそれだけ大量の人が割り込むと摩擦が生れる
ただ外から支援する人は歓迎された,でもここでは支援する人も必ずしも自立させるものではない,いつも支援されるとその支援が当たり前となり遂には要求するようになる
それが人間の性質である。楽をしたい,もっとくれとなる

そういうことはこの辺では放射能被害とかいろいろあり要求しやすかったのである。
それは当然の権利となったからである。その権利は認めるにしてもそこから自立するとなるとかえって自立をはばむものにもなった
だから人を援助するものもむずかしいものがある
一見いいようでもその援助に甘い常に援助されるものであり楽をしたいとなり自立はできなくなる,結果的にはそうなってしまったともなる

最近は復興住宅というのが福島県の各地に建てられた,原町の復興団地は五階建てであり数が多いのに驚く,一つの街ができた感じにもなる,他にも三階建ての団地があるから数が多い,ほとんど浪江の人達である
でも復興団地は復興するものとしたら浪江だったら浪江に建てられるべきものではないかそうしなければ復興はないからである。
放射能のためにやむをえないからそうなっているにしても何かこれも違和感を感じるのである。

復興団地に住んでいる人は将来は地元に移るものとして住んでいる?
そのための復興団地である。でもその復興団地はもう地元に帰らないでいつまでも住めるそうしたら移住することになるのか?
移住したとしたらいつまでも補償金に頼るわかけにいかないから就職して移住先にとけこむ必要が出てくる,そして移住先で仕事があれば地元には帰らないともなる
だから何か復興団地というのもあいまいな宙ぶらりんな感じにもなる

もしこれが地元に建って住むとなるとまさに復興団地になる,そこで生活しなければならないからである。地元で生活するから地元を復興させようと自ずからするからである。
しかし地元から離れて住んでいればそういう気持ちが薄れる
ただ近くなると土地を見に行ったりして行き来しているから徐々に地元に帰還するようになるのか?
ただますます帰らない人も増えているのが現実である。

ただ移住先でもこの先補償金がいつまでももらえるわけではないとなる移住先で仕事をするとなると厳しいものがあるかもしれない
何か大工のように技術をもっている人は他の人は簡単に職につけるのか?
そして老人が多いということは復興の最大の障害ともなっている
老人は苦労できない,楽をしたいとなるから支援してほしいとかしかなくなるからである

復興団地も住宅も支援なのである。その支援が有効に働くのか?
地元の復興に役たつのかとなるとまた疑問になる
老人だったら復興住宅でもいつまでも住んでいようとなってしまうかもしれない。
そのために補償金を要求するし支援を要求するだけだとなってしまう。
でもまたそういうことを移住先で許容するのかとなると全面的にはならない
小高の住民は南相馬市だからまだいいとして浪江とかなるといつまでも浪江町民になる
とすると税金を南相馬市に払わないとか他でも問題になった
いつまでも住むとしたら南相馬市民とか他でもその市民や町民になるがなかなかなれない補償金をもらうためになれないということがある。
これもだから宙ぶらりんになっている

不思議なのは仮設に住むというのでも仮りの住まいであり何か何でも仮りの状態になったそれは住宅でも借りている人は仮りの家に住んでいるという感覚になる
それか大規模に仮りの状態で住んでいるとなったのかもしれない
街自体が仮りの街にすらなっているという感じになる
漂流者のような感覚になってしまったかもしれない。
どこにいっても仮(か)りの住まいであり仮りにいるだけだとなる

そしてこの世は仮りの世だというように宗教的にもなる,すべてが仮の世界になってしまう。一時的にいるのでありいづれはいなくなる
ただ最近小高の人はほとんどいなくなったし浪江の人のこともわからない
だからもどった小高でどういう生活をして何を感じて暮らしているのかわからなくなったこれも問題である。だんだん内部でも外部でも関心が薄れ忘れられてゆく,いつまでも関心を外部の人でももていなからである。
するとそこにもどり残った人はそこでそさなりに自立して生活する他なくなる
不便でも不満でもその現実を受け入れざるをえなくなる,それが嫌な人は子供のいる移住した先に親も移るとなる
ただ今になるとみんなどうしようとしているのかわからなくなった
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2017年08月20日

鷺がもどり川に群れて眠る (生態系の回復が復興でもあった)


鷺がもどり川に群れて眠る


(生態系の回復が復興でもあった)

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白いのが鷺である。数えれば50羽以上いた



霧雨やあまた鷺もどり眠るかな


数えたら五〇羽以上いた,白い点が鷺である。前はこうして群れて巣を作っていた,鷺は夕方になると一カ所に集まり眠る,烏もそうである。
これを見てこの辺では生態系が回復したと見た
田んぼが増えた結果,そこに蛙なども増えて餌になるものが増えた結果である。
田んぼは水が流れるから生態系を形成するものだったからである。

復興というとき街の復興だと前のような街並みとか住宅地の復興となるのが田舎では生態系の回復が復興ともなる,田んぼは生態系の中にある,だから田んぼがなくなった原発避難区域では鷺はいないのである。
鷺でも蛙でもいないことは生態系が破壊されたからいないのである。

南相馬市は小高と山の方をのぞいて生態系が回復した
夕方に鷺が十羽くらい飛んだのを見たときはうれしかった
それは六年ぶりのことだったのである。

ともかく復興というとき田舎では自然の回復があって復興がある
放射能は目に見えないが森でも川でも汚染したのである。
その自然の復興は先が長いのである。
三〇年でセシウムが半減するとかその他放射性物質は消えない

飯館村辺りでは田んぼの土は削り取られている,それは無惨である。
だから鷺は田んぼが回復しないかぎり見ることはできない、
でももう飯館村では田んぼを作る人はどれだけいるのか?
あれだけ荒廃したらもうあきらめる人も増えているだろう。
そして鷺がもどらなければ生態系は回復していないのである。

蛙が夏の夜空に星々に向かって鳴いたとき復興を感じた
復興は人間のみにあるのではない,自然と共にある
それが都会などとの大きな相違なのである。
放射能汚染はその生態系を汚染したから罪深いのである。
蛙でも鷺でも住めないところはまた人間も住めないなのである。

この生態系を東京とか大都会になるともう無視されている
ビルと家の密集しかない都会では鷺や蛙を見ることができない
だからあたかも生態系などと無縁に暮らしているようになる
でも人間は生態系を離れてあり得ない
空気も生態系であり水もそうである。土もそうである。
そういうものが汚染されたら生きてゆくことができないのである。

都会にも放射性物質に汚染された水や食料しか提供できなくなるのである。
だから都会も生態系とは無縁でいられないのだけどまるで無縁のように生活しているのである
何かそのことが大災害が来て知らしめられるかもしれない,東京に住めなくなるかもしれないのだ。それは空想ではなく現実的問題となっているが危機感がないのである。

ともかくこの辺では当たり前にあったものが今になると貴重だったとなる
鷺もその一つである。鷺がもどって生態系が回復したことを示しているのである。
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2017年08月06日

津浪の原発事故の後の生態系の変化 (チョウトンボを見た)


津浪の原発事故の後の生態系の変化


(チョウトンボを見た)


チョウトンボは今まで見ていない,津浪が起きてまもなくチョウトンボを見た,それはどこから飛んで来たのか?
山元町の海岸地帯に湿地帯が残っていてそこに貴重なトンボが生息していた
その辺から飛んできたのか?この辺では今までみかけたことがない
一時異常に蝶が一面に津浪の跡の原っぱを埋めつくすように集まった
あの現象はなんであったのか?
塩分が多くなってあんなに集まったのだろうか?

今日チョウトンボをみかけたのは六号線から塩崎の方に行く道である。
一瞬見た,津浪が起こったときから見ていない,とするとこの辺に生息しているのか?
今年は長か少ない,キャベツ畑が減っているからだとも言う
アゲハチョウも少ない,ただ海老の所の湿地化したところで赤とんぼが一杯飛んでいた
赤とんぼが群生して飛んでいるのも最近みかけなかった
トンボは沼地があると繁殖しやすい
一時津浪の跡に沼地化して糸トンボなどが繁殖した
でも今は埋め立てられから沼地は消えてイトトンボもみかけない

何か魚釣りの餌をとるために網で堀りをすくっている人がいた
何にもいないと言っていたが堀といっても下も両側もコンクリート化していれば生物は棲めないだろう,みんなコンクリートの堀にしたからメダカもドジョウも生物が棲めないのである。

鷺はもどってきている,蛙も田んぼに盛んに鳴いた,その時復興を感じたのである。
田んぼは生態系としてありそこで生物が生きていて鷺などの鳴き餌にもなっていた
原野化したときはノスリが集まった,原野にカヤネズミなどが増えたのたろう。
しかし人間の肉眼では見えない,ノスリには見えるのだろう。

ともかく蝶はへった,前は小さい蝶でも揚羽類でももっといた。今はたまにしかみかけない,ただ森とか山の方にはまだみかける,放射能の影響などはわからない。

人間は今高度に文明化して生態系を意識しないで生活している
エネルギーが石油とか原子力になると今生活している生態系とは関係なくなる
石油をとりにゆくのは中東であり日本の地元とは関係ないのである。
そのために中東の紛争にもまきこまれる

江戸時代から戦後十年は自給自足の生活がつづいていたのである。
エネルギーは蒸気機関車だと石炭であってもそれは日本でとれたものだったからだ
あとは炭焼きとなれば地元の森林を使っていたのである。

それで入会権というのはもともと森を守るものとしてあった
それはその山で炭であれ山菜であれ山の幸を分け合うものとして山や森を守ってきたのである。
ところが明治維新で私的所有権が過度に認められたとき山は割り山になった
無数に分割されてしまったのである。
入会権として山を守ってきたのはそこで生活をしていたからである。
日本の森や山を利用しなくなったときかえって森も山も維持できなくなったのである。
間伐もしないのは木を利用しないからそうなる
そして利用しないからかえってそこを利用しようとするとき今ならソーラーパネルになるのである。
森でも山でも田畑でも利用しないと廃れてゆき荒廃してゆくのである。

自給自足の生活は自然の生態系で生きることだった,その生態系が原発事故の前から文明化によって破壊されていたのである。
だからこそ今や田舎でも生態系を意識して生活していないのである。
田畑があり森があり山があっても農民は一割にも満たないから生態系を意識して生活している人は田舎でも少数派なのである。
自給自足の生活なら別に意識しようとしなくても意識していたしそうでなければ生きていけなかった,今は田舎でも生態系を意識しなくても生きていけるのである。

むしろ石油や原子力の方を常に意識する,そこから電気が生れるから電気は欠かせないものとして意識する,電気があれば別に森や山などのことを考えないですむ
東京で一千万住んでいてもその人たちは生態系など意識しない
ただ水不足になったりするとき山から流れる水を意識するのである。
石油や原子力から水は作り出せないからである。

原発事故では何が起きたかというと生態系が破壊された
結果として空気も水も汚染された住めなくなったのである。
東電などで原子力発電にかかわった人は地元の生態系など関係ないのである。
ただ事故になった結果,地元の生態系を破壊したから東電の人も田舎が何で成り立っているのか生態系を意識したとなる
でも東電の人達はここに住まないし東京に住むから生態系とは関係しないのである。
だから今回の東電の原発事故は文明のありようまで問われたのである。

それは日本の大企業でも多国籍企業でもインドネシアのオラウータンの住んでいる森を破壊する,それは生態系を破壊するからオラウータンも住めなくなるのである。
それは人間も住めなくなるのである。
最低限生態系が維持できれば水でも飲めれば田畑でも維持できれば森林でも利用できれば生き残れる,でも生態系を破壊されたら住むことはできなくなるのである。

津波によっても生態系は破壊された,でもまた元に自然はもどる,自然には回復力がある
でも原発の放射線はプルトニウムなら二万年消えないとかなる
生態系にそういう毒が残り続けるのである。それが自然の災害と科学技術の災害との相違だったのである。
ナイル川の定期的な氾濫は土を肥えさせる泥を運んできた
だからそれは害あるものではなかったのである。それがエジプト文明を作ったともなっていたからである。
それは自然に従う文明であり現代文明は原子力発電とかなると自然に逆う文明だったのである。


17:51 アップ

チョウトンボはハグロトンボだったかもしれない,ちらっとみただけであり確かめなかったのが失敗だった,なぜならチョウトンボが一羽だけ生き残ることは考えられないからだ
まちがいなく震災直後に津浪の後に見たのはチョウトンボだった
追いかけてみたからである。今回はちらっと見ただけだからである

夕方に十数羽,鷺が飛んでゆくのを見た,五六羽は見たことがある。
こんなに多く見たことはない,前には鷺の巣があった
これだけ鷺ももどってきたということである。
それは田んぼが増えて生態系が回復してきたからである。
生態系が回復することが復興でもある


十数羽鷺の群れ飛ぶ夕暮れや久々に見て心地よしかな
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2017年07月24日

金と責任(カルマ)は一体だった (原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金と責任(カルマ)は一体だった

(原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金をもらえば今はなんでもいいと思っている
ところが金には責任が課せられている
金は具体的に責任がわかりやすい、金を借りればカルマとなりきっちりその金を返すことをカルマが要求される、それも利子付きになっているのだ
じは自分が借りた金を他人に負わせることは自分のカルマを他人を負わせることになる
そういうことを経験した、借金した人は苦しくなりそれが動機で犯罪にもなるし
殺人までなっている、自分で背負ったカルマを他人に負わせることでさらなるカルマを積む

つくづく今になると実家はなくなって墓だけがあるが墓を守ってくれと頼まれた親戚がいた、3百万円で頼まれた、その金は灯をともすようにしてためた金だった
頼まれた人は何か遺産とか金が入る人だったからそんな金は必要でもなかった
でも墓を維持するために3百万円というのは実際は安い
墓は墓というものではなく死者がそこに何人も埋まっているからだ
ではめんどうだからと放棄もできなくなる
つまり供養し続けねばならないとなる
それはたいした手間ではないにしろそれなりの責任が課せられていた
自分も母の実家だからかかわっていたがその責任は課せられなかった
だから気楽だともなるが墓に埋まっている一人は関係しているから責任がある

金というのは原発事故では常に補償金でこの辺ではもめた
でもまたその金もカルマとなりすべて良いものとしては働かなかった
みんな金がもらえればいい、多くもらえればいいとしか思っていない
それは自分だったそうである。でもその金に責任が課せられていたのである
特に船主は原発事故前も多額の補償金をもらっていた
原発御殿が建つほどの金をもらっていた
事故後ももらっていち早く立派な家を建てた
それで回りからう批判されるようになった
みんなそんなに港でも金をもらっているわけではなかったからである。
そして漁業権をもち東電に売り渡したということでも批判がある
今ではいくら金をもらってもその金をもらったことで批判されるから苦しいとなる

誰でも金をもらえればいい、多くもらえればいと考える、自分もそうだった
でもこの辺ではその金で補償金でもめた
なぜ原発避難民だけがそんなに金がもらえるのか?
それは避難民となったから当然の権利だとはなっていた
でもそこにも責任が課せられることになる
お前たちは十分な補償金をもらった、だからその金でお前たちだけで復興しろとかなる
俺たち金はもらっていない、だから協力もしないとまでなる

実際に浪江の会社経営している人が仕事くれと原町なのか仲間に頼んだらあなたは億の金をもらったのだから仕事しなくてもいいと言われた
それはNHKの放送で本音がちょっともれたのでわかった
実はそこにこそ大きなこの辺の問題があったのである。
金をもらったものともらわない人がいてそこで分断された
そして金には責任が課せられていたのである。

逆に金をもらわないと責任も課せられないのである。そもそも原発でも地元では金をもらったし事故前も得をしているのだから恩恵があったのだから責任があるとされたのだ
それは金をもらっていたからである。その金の額も大きかったからである。
だから必ずしも今となると金をもらうことがいいことばかりに作用しなかった。
つまり金には責任が課せられていたのである。
お前たちは東電から金をもらった、だから責任がある、責任をもって原発に同意したとなる
もし金をもらわなかったらその責任もないしその責任を追及できるのである。
でも金をもらったということで厳しい責任は追及できなくなっていたのである。
事故後も多額の金をもらったからそれも責任であり厳しく東電か国家でも責任は追及できなくなる、国民でもそれだけの補償金をもらっているのだから責任を果たしたとみられくからだ。
もし補償金でもそんなにもらえなかったら国でも東電でも厳しく責任を追及できたともなる

金とは誰でももらいたい、多ければ多い方がいいと思う
でもそこには責任が課せられていることを自覚する必要がある
何の謂われもない金をもらったりすると責任が問われる
金が落ちていても拾ったりするいいと思うがそこで責任が課せられているから危険になる金は具体的でわかりやすいカルマであり責任となっている
その額も多ければ多いほど責任が課せられているのだ
だから金からみるとわかりやすいのである。

だから金をもらえばもらうだけいいとか簡単に考えたのは危険だった
金にはなんでも何かしら責任がつきまとっているのである。
原発避難民は多額の補償金をもらったからその責任が課せられたいた
お前たちは十分な金をもらったのだからそれで復興しろとなる
地元では分断されて協力しないとかなる
ただ公平に補償金でも払われていたらこうはならなかった

いづれにしろ何がなんでも金をもらえばいい、奪ってなんでも金を得ればいいことだとなっている、でもそこには必ず金には責任が課せられている
おそらく3億円盗んだとかでもそれが責任となっているからうまくいったとはならない
3億円分の責任が課せられた結果になったかもしれない
だから金と責任は一体だったのである。
責任をとりたくなかった金をもらわないことだったのである。
原発でもそうして地元で金をもらわなかったら責任もなかったが多額の金をもらっていたから責任が問われたのである。

仕事でもこれくらいの金だからこれくらやればいい、大工でもこんな金じゃまともにやっていられない、手抜きしてやろうとかなる
金で仕事でもどれだけやるか計られる、金が多ければそれだけの責任を感じているのである。だから金と責任は一体なのである。
危険な仕事だと金が高くなるのも当然だとなる
それが資本主義社会のルールなのである。
これがかみあわないことがあっても金と責任は一般的に一体である。
ただ官僚とか政治家が巨額の金が入るときそこにも責任が課せられている
何かあったら責任をらされる、だから東電の幹部は死刑に値するような責任がある
でも責任をまねがれいるから国民の批判が大きいのである。
ただ日本には住んでないらしいからそれが責任なのかともなる

現代は地位によってより金によって責任が課せられている
金を多くとるものはそれだけ責任が重いのである。
だから金が多くもらえればいいとなるがいちがいには言えない
それだけの責任をになえるのかということを考慮する必要がある
でも実際は金を多くもらえればいいとなっているのだ
それで後で後悔することになる
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2017年07月23日

蓮月が経験したことから歴史をふりかえる (津浪や原発事故の動乱ともにていた)


蓮月が経験したことから歴史をふりかえる

(津浪や原発事故の動乱ともにていた)


生後すぐ、京都知恩院の寺士、大田垣伴左衛門光古(みつひさ/てるひさ)の養女となる。。文化四年(1807)、十七歳の時、大田垣家の養子望古(もちひさ)と結婚。一男二女をもうけたが、いずれも夭折した。文政二年(1819)、二十九歳の時、大田垣家に入家した古肥(ひさとし)と再婚し、一女を得たが、四年後夫は病没。養父と共に知恩院で剃髪し、蓮月を称す。二年後、七歳の娘を失い、さらに天保三年(1832)、四十二歳の時、養父を亡くすその後は岡崎・粟田・大原・北白川などを転々とし、急須・茶碗などを焼いて生計を立てた。やがてその名は高まり、自作の和歌を書きつけた彼女の陶器は「蓮月焼」と呼ばれて人気を博するようになる。明治八年(1875)十二月十日、八十五歳で逝去した。


京都の経済が大きな痛手をこうむりました。これ以前から,京都の最先端技術が地方に伝えられ,その地で生産された品が全国に出まわり,京都の産業を圧迫していました。桐生(きりゅう,群馬県)の織物や銚子(ちょうし,千葉県)の醤油はその代表です

この寛政二年に四か所の遊所が公許になる二年前、京都では天明の大火があり、京都の市街の八割を焼き尽くしました。当然京都の財政は逼迫しており、


京都の歴史をふりかえれば戦乱がありこうした大火もあった、鴨長明も京都の大火があって『方丈記』生まれた。
その天明の大火もそうだが天明の飢饉もありその時相馬藩の三分の一人口が減った
その減った分を越中の移民などが来て補って復興した。
この時各地の大名が京都に来て復興のために尽力した、そうして外部から人が流入して花街が賑わい生まれたのが蓮月だったという。
そういう動乱の中に生まれたのである。
津浪や原発事故でもそうだった、外部の人が大量に入ってきたのである。
それで韓国系のバーができたとか水商売の風俗関係の女性も外部から入ってきた。

何か歴史では同じようなことが繰り返される、大火というのは日本では木材の家だからどこでも起きていた、その記録はどこにでもあるからだ、一旦火事になると延焼しやすいから街ごと燃え尽くすのである。京都とか江戸になると凄まじいものとなる
関東大震災でも火事の影響であれだけの被害になった
神戸の地震でも火事になって燃えた時は恐ろしかった、その時アナウンサーがこれは人間の骨ですよとかいって手にもっていて放送していたから異常だった

経済的にも京都で発明されたものが地方に普及してかえって京都が経済的に衰退したというのも興味深い、それはグローバル経済で日本でも起きている、日本の電化製品が売れていたが今はまねられて中国とか韓国の製品が売れて日本の経済が衰退したからである。
何か必ず歴史では同じことが繰り返されているのである。
日本では自然災害が多く繰り返されていることである。
国内でも戦乱がありグローバル化すると世界大戦になる、そして日本では300万人が戦死した。
京都の寺の柱に応仁の乱の刀傷がついているのが残っている
京都は政治の中心だからそうした騒乱にもまきこまれる

蓮月が経験したことはそういう自己自身でも苦難があり悲劇があった、子供が三人死んだとかもそうである。全員死んだとなる、でもその頃子供は死ぬ子供が多かったのである。それだけの手当てができなかったからである。
それで必ず墓を見ればわかる、生まれてすぐに死ぬ幼児が多かった、童子の名前が記されているのである。子供が死ぬ率が多いから子だくさんになっていたのである。
それは蓮月だけのことではなかったのである。

人間は戦後は平和だったというけど70年生きると必ず動乱が生まれる、それは自然災害だったり昔だったら大火だったりする、現代でも自然災害はこの辺の津浪のように起きてくる、この辺では原発事故になった、その動乱は今でもつづいている
自分も書いてきたように家での介護とか自分の病気とかで惨憺たるものになった
そして外部でも動乱になったのである。
そういうことは何か人生70年の間には必ず起きてくる、平穏に70年を過ごせることはありえないのである。それが人間の歴史だったのである。
だから平和な時は長くつづかないのである。
日本の歴史でも明治維新が大動乱であり70年すぎて太平洋戦争であり大動乱でありそして70年くらいすぎるとまた東日本で津浪や原発事故の大動乱が起きた。
まず70年間平和でありえることはないのが人間の歴史なのである。

蓮月個人のことになると蓮月焼とかはたいした芸術性はなかった、でも売れたのは歌などを茶碗に記したことなど女性が作ったことなど話題性があったからである。
美人だということも影響したという。今でも女性の芸能人は美人を売りにしている
それでマスコミでとりあげる、話題性があるととりあげる、蓮月は美人である故に苦しんでいたというのもある、男が尼になってもいいよる男がいたのでそうなった
だから蓮月の焼き物や短歌はそれほど評価されていない

そして京都というとき京都で有名になると全国的になる、蓮月焼はその品物がたいしたものでなくても売れた、それで地方でもお土産に買っていったのである。
京都ではやるものは地方にも普及する、逆に地方ではやってもそれほど普及しない、京都は日本の都だからなんでも影響力が大きくなる
例えは検索でも京都と入れる人が多い、地方は検索に入らないのである。
俳句とか短歌でも京都とか鎌倉と検索で調べる人が多いが他は少ないのである。
それは京都とか鎌倉は古都であり知られているからである。
この辺はただ津浪や原発事故で世界まで知られたのである。

蓮月は明治維新の動乱にもかかわっていた、それで西郷隆盛に歌を進呈したという

あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へば

このあだみかたというとき日本には敵味方塚とかあり敵味方も同じように葬っている
明治維新でも九州の藩の戦死者の墓が相馬藩でもあり東北にある
日本人にはそうした心情が昔からあった、これが大陸になると敵をそんなふうにはあつかわない、敵の墓を掘り起こしてまで侮辱を加えるのが中国だった
異民族との争いと徹底して過酷なものになる、人種差別などでもそういうことは引き継がれている。国内でも差別が厳しいのである。
逆に日本では異民族との徹底した戦いは太平洋戦争でしか経験していないのである。
世界の歴史では常時異民族との戦いが歴史だったからである。

これが江戸城無血開場に影響したという、そ真意は実際わからない、でも明治維新にもまだ生きていて歴史とかかわっていたのである。
ともかく一人の人間がこれだけの動乱の中に生きたのである
別に蓮月だけではない、大正生まれの人などもまだ90才以上で生きている
その人たちも動乱を生きたのである。戦争も経験しているからである。
何らか動乱を個人の人生でも歴史的なことでも経験しない人はいないのである。
人生の最後にきて自分も経験したしこの辺の人たちはそうである。

自分の母親も家が事業で破産して一家離散になったとか東京に女中にでて夫が事故で死んだ一人の子供交通事故で死んだとかそういうことは蓮月だけのことではない、そういう波乱を生きた女性も多いのである。だから蓮月だけが特別苦しい人生を生きたとはならないそういうことはみんな女性でも経験しているからである。
人間の一生をみれば聞けばそういうことは常にありめずらしいことではないのである。
一生平穏な人生などないのである。

いづれにしろ自分自身もここ十年は介護や病気で来た人が異常な人たちだった、苦しみに苦しみが加えられたのである。人格異常になった女性もいてそういう人が来ることの恐ろしさを味わった、家の中も認知症の人をかかえたら狂乱状態になった
そして外部では津浪や原発事故になったのである。
津浪では自分は被害はないから良かったが他の人は家族も死んでいるからまたこれも苦難だったとなる、この辺では家族が分離するとか地域が分断されるとか様々な混乱状態になったのである。一種の戦争状態にもなったのである。
それはまだ解決していない、混乱はつづいているのである。

そして今望むことは

静けさや窓にのぞきぬ夏の月事もなきしに夜もふけなむ

こんなふうになってしてまう。事もないことが幸福なことだった、30年間くらいは自分もそうだった、異常な家族でも自分にとってはそうだった
それが一転して事がありすぎて不幸になったのである。
それは自分だけではないこの辺ではみんなそうなってしまったのである。

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2017年07月22日

科学と政治の問題 (放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)


科学と政治の問題

(放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)

再び温暖化問題(武田邦彦プログ)

武田邦彦氏の言い分だと科学はガリオレの例があるように科学の真理だけで決まるわけではない、それは今でもつづいているという、ガリレオが科学の真理を主張したのだがカトリック教会は当時の政治を支配していたから反対した
政治のために科学の真理がねじまげられた。

それは今でもあるというとき科学者を牛耳っているのは金をくれる国家だからという、科学には実験などで金がかかる、理系は文系の5倍とか金がかかる、文系は本さえ読んでいればいいくらいだが理系は実験をするから金がかかる
つまり金に支配される、政治でも官僚でも一番力があるのは財務省だというとき金をにぎるからである。家でも金をもつもの管理するものが一番力をもつ
なかなか金をもっているのもが次世代に譲らない、すると力をもたされないのだから何もできないのである。
遺産でも今や60代でようやくゆずりうける高齢化時代である。
それで実質的世代交代が成されないのである。

温暖化問題でも科学的には温暖化を主張する学者の割合は少数である。それが科学より政治化している、政治の判断で決められる、原発も政治がかかわっていた
科学的のものを判断の基準にはしていなかった。アメリカとかの核戦略もかかわり日本に古い型のマーク1が売りつけられた、それは商売であるから経済的な圧力で買わされたともなる、科学的に安全という前に政治や経済がかかわる

原発事故が経済的コストを優先したとき高く設置するはずだったがその高く作った土盛りしたのをわざわざ削って低くしたのである。それはコストからすると安くつくからである人間の成すこと科学がすべてに優先されることはない、佐藤栄佐久知事時代にプルサーマル問題が起きて指摘したがこれも拒否された、それで佐藤知事は政界から追いやられたとかされる、それも政治的圧力だから科学より政治化した問題になっていた

政治と科学の問題を考えるとき原爆を発明したのはアイシュタインもかかわっていた。
科学者としては核開発が危険なことを知っていた、それであとで反省した
それを使うべきではないとしても原爆として使われたのは政治の圧力だった
政治と科学の問題もあり政治と経済の問題もあり政治と宗教の問題もある
それは密接に相互作用している、それは歴史的にもそうである。

南相馬市の除染土のことでNHKで放送していた、公共事業に利用するという、高速道路の4車線化で道を広げるのでまずそこに利用するという、それに地元で賛成する人と反対する人がいる、科学的には害はないという、でも反対する人は結果的には地元で責任を負うことになるから反対だとなる
それが一方的に国でその事業を計画してはじめていた、それに自治体ではかかわることもできなかったのである。
それは原発と同じである。国家権力によって地方自治体は逆らうことができず相談も無く一方的におしつけられるのである。
そこに話し合いがあればと学者が言っていたがそれもないのである。
そして事故が起きたら地元が責任をとらされるのである。
それで不安だから子供たちは帰ってこないという、それは科学的には判断しにくい、でもあとの責任は地元がいやおうなくとらされる
この辺では水も土も森も空気まで汚染された、そしたら住めなくなるのである。

ここにも汚染土が大量であり早く仮置き場をなくしたいというのも地元でもそうである。これも景観を害しているからだ、経済的コストとしては高速や公共事業に使うのがいいとなる、でも何か何十年後かにあっても地元が責任をとらされる
だから国と地方自治体で地元で話し合いが必要だとなるが実際は国で一方的に決めて事業をはじめているのである。
それは原発でもそうして地元の人と自治体とも良く話し合わないで了解をとらないで作られていたのである。ただ地元では金になるからと許可したのである。
金になっても今回のように責任をとらされるのは地元なのである。
戦争でも戦争するということを国が国民に納得させてしたかとなると疑問である。
でも結局3百万人が死んだという重い責任をとらされたのである。
何か必ずこうして責任問題が人間の社会にはつきまとっているのである。

科学の真理があってもそれをすべてとして受け入れられない、社会的にも受け入れられない、医者にかかりたくても貧乏でかかれなくて死んだ人も現代社会にいる
それは経済的問題でそうなった、
武田邦彦氏が一ミリシーベルを一年の被爆量として提示してもそれも社会的には実行できない、それにみんな従うこともできない、みんな住めなくなるからである。
そしたらどこに住むのかとなる、それを用意してくれるのかとなる
だから老人ならもう先がないのだから故郷に住んで死にたいとなる
それでチェルノブエリで老人は細々として畑を作り遂に医者にもかかれずに死んでゆく
それでも故郷に帰り住んでいたいとなりそうなったのである。

だから科学によってすべてのことは決められない、三陸では明治にも大きな津浪の被害があったが海側に住んだのはそこが便利だからである。
そこが危険なことをわかっていてもそうしていたのである。、それは経済的コストもある原発にしても科学だけではない政治や経済や社会の問題がある
それを受け入れるとどうなるのか?生態的問題としてもあった
地方は生態的に自然の中で生活してきた歴史かある、そういう生態系とか歴史も関係していたのである。
国家とか科学の力が巨大化したときそうした地域は多国籍大企業によっても簡単に破壊される、東南アジアの森林が日本の企業でも破壊しているというときそうである。
オラウータンの住む場所がなくなるというのは生態系が破壊されたからである。
そのことはひいては人間が住めなくなるのである。

いづれにしろ老人の場合は山尾三省のようになる

  • びろう葉帽子の下で


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る

飯館村に住んでいた老人も山菜までとって今でも食べているという、もう死期がせまれば放射能など関係ない、山に還る、そこが死に場所だとなる
科学的にどうのこうのというのは関係ないのである。
だから科学だけがすべてではない、ターミナルケアでもそうである。
もう科学的に医療の問題ではなく精神的な問題になる、どうせ死ぬのだから最期にその人の望むようにさせる、癌でも登山した人もいる、それで満足して死ぬということになる




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2017年07月21日

人間は暇になると博打になる (原発事故の避難民も同じだった)


人間は暇になると博打になる

(原発事故の避難民も同じだった)

 「学校」を意味する英語「school」の原義は、ギリシア語の「余暇」を意味する「schore」に由来していると言われています。古代ギリシア・古代ローマの市民が、音楽、スポーツ、芝居、議論などを楽しむために過ごす、「暇つぶしのための時間や場所」を表す言葉でした

上州の農村では、生糸をつむぐ女性が、一家の稼ぎ頭でした。
そのため、亭主は金と暇を持て余したのです。その暇を潰し、
更に金をもっと大きな金に変えてイイところを見せようと思っ
て、多くの男性が当時思い浮かべたこと。それは、博打だった
のです。


上州というと今の群馬県とか栃木県になるのか?群馬県の方だろう。
人間の暇の問題は実際は大きい、暇をどう使うかで人生も決まることもある。
ギリシャに哲学が生まれたのも暇が生まれたからである。
それは奴隷がいて暇が生まれていた、スクールがもともと暇の意味だったからである。
暇があるからスクールが生まれ学ぶことになった
それはいい面として暇が作用したのである。

それが悪い面として作用すると博打になりギャンブルになり風俗とか遊びになる
人間は暇というのが意外と大きな問題としてある
つまり暇をどう有効にもちいるかどうかが大きな問題となるしそれが人生を左右する
一見裕福な家に生まれると恵まれたとなるが放蕩する息子も生まれてくる
それは金があり暇があるからである、それが悪い方向になると遊び人になってしまうのである。遊びに費やされてしまい何か実りとならない、社会に貢献もしないとなる

この辺で原発事故で起きたこともいろいろある、それは常に自分が言ってきたけど避難して仮設に住んだ人は何もすることなく暇になった、そしたら何をしたかというとパチンコとギャンブルになったのである。風俗も通いもあった。
それでイワキなどでは顰蹙をかって落書きされたことなどが問題になった
今まで手にできない補償金をもらったからそうなった
その金を何か復興に使うとういことはない、ギャンブルに費やしていたのである。

人間は暇を有効に過ごすことはむずかしい、そのためには訓練も必要である。
学問でも芸術でもそれは暇を有効に使うためのものとして発達した
なぜならスクールが暇を意味していたからである。
だから自分が大学に行って驚いたのは大学が遊び人養成の場なのかと思ったことである。ほとんど授業には出なくてもいいのである。私立文系の場合はそうである。
朝からマージャンしていいる人も普通にいる、講義に出るということを馬鹿にする人もいる、講義に出ないのが大学では恰好いいものとされていたのである。
真面目な奴は嫌われていたのである。

だから高校と大学ではあまりにも違っていたのである。
大学は高校とか毎日授業しているのとは全く違った世界である。
授業に出なくてもいいのである。そしたら遊びたい者は遊ぶとなる
その遊ぶにしても何か有効な遊びならいいが毎日マージャンしているとかありパチンコすらしていた
だからそもそも大学とは何なのだろうと疑問になるのも当然である。
それである人は全学連とか学生運動に生きがいを見いだすようになったり自分のようにカルト宗教団体で活動したりするものがでてくる
それは大学が勉強する場ではないとなっているのだからそうなった
今でも一流大学の医学部の学生が強姦したとかあるがそれも大学になると高校とは違って解放的になるから起きてくるのも当然だとなる
大学になると大人にされる、勉強することも先生から学ぶのではない自分で学びなさいとなっているからだ。文系の場合は遊びを覚える場が大学なのである。

それで不思議なのはなぜそんな遊び人養成のような大学から真面目な企業戦士と団塊の世代がなったことである。それはほぼ全員である。大学ではあれほど自由に遊びを覚えたのに真面目な会社に尽くす企業戦士となったのである。
普通はそんな遊びを覚えると真面目に会社で働けなくなる
自分などはそうなった、就職もせず底辺労働者となってさまよっていたりしていた。それも結局大学に行ったことが影響していたのである。

だからこの上州の人が女性が絹織物産業で稼ぎが良くて男はヒモになっていて働かない
それで博打打ちになったというのも理解できる。それは男が暇になると博打になるからだこの辺では飯館村などは素朴な人が住んでいるように見えたが実際は馬券売り場とかありギャンブルする人はどこでもいる
今でも鹿島区の競輪の券の売り場に通う人がいる
ただ仮設に住んだ人は何もすることがなく金があるからパチンコ通いでありギャンブラーになった、何百万円もうけたとかそんな博打打ちになったのである。
それも結局暇があってその暇を有効に使えなかったことにあったのである。

「小人閑居して不善をなす」というとき小人とはみんな小人なのである。
自分もだから会社員にもならないから働かないから不善を成したのである。
今のニートとか働かない者は必ず不善を成す、何か変な方向に舵をきる
やはり普通は社会で働いて訓練された方がいいのである。
自分の場合は暇を旅に費やしたともなる
だから大学とはいうのはそうして不善を成す場だというのも奇妙なのである。
自分で勉強しろといっても普通はできない、その課題を見つけることもむずかしいからである。
大学生になって文系の場合、人生が狂るわされたということもあるだろう。
高校生だとたいがい就職してそういう暇をもたされないからである。

人間は金があっても暇があってもそれで堕落する、ローマ帝国は贅沢で滅びた
ローマ帝国はもともと質実な農民の国だったのである。
それが富を集めて贅沢で滅びたのである。
この辺も復興など関係なく仮設に住んだ人は暇をもてあましギャンブルーになったのが多い、金をもらったからといってそれが有効には使われるとは限らないのである。
フィリンピンの女性を連れ込んだとかもある、それも金が余ってそうなったのである。
そうして5年6年も過ごしていたらどうなるのか?
もう真面目に働く気もなくなるのである。
また老人が多いことでも働く気がなくなったのである。

日本でも平安時代になると宮廷で貴族は暇だから源氏物語のようなものができた
短歌でも万葉集とは違う、貴族が暇であり恋愛などで遊戯人間のようなものに化していたからである女性と遊んでいたとなる、ただそれが遊びでもかなを作ったの女性だったとか文化に貢献したのである。暇を与えられたものは何か文化に貢献するものとなるとそれは無益なものとはならない、万葉集と古今集が全く違ったものとなっていたのはそうした時代背景かある。万葉集には働く農民の歌があるが古今集にはないからである。
平安時代は時代的には堕落した時代とされるのは贅沢にふけったローマとにているのである。

ただここは特殊な事情でそうなったけど現代は全人口の三分の一が働いていない、ニートや老人でも多いし働いていない
すると老人でもここが特別ではなくパチンコとかしている、パチンコしているのは老人が多いという、それは暇だからである。
暇を有効に使うことはそれだけむずかしいのである。
そして老後の問題は平均寿命でも長くなると暇をどう使うということが問題になる
趣味に費やすとしてもこれも老後にすぐに身につけることはできない、今までしていればできるがそうでないと簡単にできない、では何か生きがいをることをしたいとなりボランティアになる、そのボランティアでもなかなか簡単にはできないのである。
老後になって暇になりそれが大きな高齢化社会の問題にもなっている
ただそれは人類がはじまってから起きていた問題なのである。
古代の天皇がサイコロをしていて博打をはじめたということでもわかる

結局避難解除になっても何か復興の仕事をしている人は少ない、以前としてギャンブルしている人が多いだろう。でもだんだん補償金も使うとできなくなる
そうなるとお前らはそうして遊んでいたのだから援助はしないとなるかもしれない。
でも今度は生活保護を要求する、それも原発のためにそうなったのだからという理由で許可されやすいかもしれない、つまりそうして堕落してゆく人が多いかのがこの辺だったとなる

人間は何か仕事が必要なのである。それは退職してもそうである。
何か仕事をしていないと怖いのは認知症になることである。
自分の家族の一人は公務員を退職してから全くなにもしない、家事もしない、趣味をしていてもそれはあっていないただのつきあいだった
家事は結構頭を使うから家事を94歳頃までしていた人は95ではぼけたとしてもそれまでぼけなかったのである。
高齢化社会というのは退職後でも長いから暇の問題があり生きがいをどうするかというのが大きな問題としてクローズアップされているのである。

暇を有効に使うことはやはり何か訓練が必要なのである。
そもそも暇からスクールが生まれたのだからそれは暇が文明を作ったともなるのである。
これからはAI化に機械化で人間の余暇は増大する、それは人類的課題にもなる
現実に家事は機械化して昔のように女中を中産階級で二人も雇うようなことは必要ない
そしたらどうなるのか?女性の仕事はなにになるのか?
家事も必要ないとしたら何になるのか?そうなると女性でも余暇を有効に過ごすことが課題になる
習い事とか何か余暇を有効に過ごすことが課題になる、平安時代の宮廷の女性のようになるのである。
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2017年07月15日

原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩 (わたしは故郷で待っている)



原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩


(わたしは故郷で待っている)

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わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・

なぜこの詩ができたのか?それは結局自分は常に故郷が嫌なことがあり出て旅していた
それも待つ人がいた家族がいたからできたことを知った
なぜなら家族はみんな死んで誰もいない、今になると旅に出ても待つ人がいないのであるそのことは本当に悲しいことだった
旅に出ても故郷に帰ってきても待つ人がいないのである。
そうなると故郷すらないのかもしれない、故郷は基本的に家族がいて家族の愛のある場としてあった、子供のときから家族の愛に育まれてあった
ただそうして家族に恵まれない人もいた、すべての人が家族に恵まれてはいない
自分は恵まれていた、だからその家族を失ったとき本当に悲しい
待つ人がいない、毎日それで駅にゆく
すると娘を待つ母親とか妻を待つ夫とか待つ人がいる
するとうらやましいとなる、自分は誰を待っているのか?
来ない人を死んだ人を待っているともなる

この待つというのは女性的である。女性は常に待っている存在だった、息子でも娘でも外に出しても故郷で待っている存在だった、愛をもって迎えるのが家族である。
それがこの辺では原発避難区域では家族はばらばらになってしまった
それは悲劇だった、なぜそうなったのか?
それはすべて原発事故だけのせいではないことも自分は考察して書いてきた
原発事故だけでそんなに簡単に家族とか故郷とか捨てられるものなのか疑問だからであるもちろん放射能が怖いとかなれば理由になる、でもそれだけでこんなに家族がばらばらになり故郷も簡単に捨てられるものなのか?それが疑問なのである。
故郷がすべていいとかではない、でも故郷自体が捨てられるものなのかという疑問である故郷とは何かとなればこれもわからない、ただ家族の愛あるホームがあった場所である。そういうものが簡単に捨てられるのか?それが疑問なのである。

この詩は女性の心情にも通じている、これは簡単な歌にもソングにもできるかもしれない自分は一本の樹でもみると石でもそうだがそれが人間化したものとして書いてきた
それは単なる樹ではない、人間化した樹であり石なのである。
だから人の住まない原発事故の避難区域の樹を見たときなんとも不思議であり
その樹がいかにも淋しく人が帰ってくるの待っているように見えたのである。
森の中の樹々にはそういうことは感じない、いつも人が通る田舎の道端の古い樹とか一本の樹とかにそういうことを感じる、それが人間に見えるからだ
それは自然の森の中の樹とは違う、庭の樹とか石になっていたのだ
長い歴史のある村だとそういうふうに人間化したものとして自然もなっている
だから石とかにも名前がついているし伝説も残っている

故郷というときそこが生まれた場所でもない、長く住んでいるそこは故郷になる
それは人間も生物だから樹や石のようになってゆくからである。
そこに根付くものが生まれる、そしてそこが終の住処になりその土地に果ててゆく
その土地の土になるという感覚になる、それは人間も生物の一種だからそういう感覚は自然なことなのである。

ともかく小高でも帰ったの二三〇〇人いる、結構多いとなるのか?
でもその半分は六五歳以上でありさらに六〇以上となるさらに多くなる
そういう人口構成で町が成り立つのかとという疑問がある。
でもどうしても老人は故郷に帰りたいというのが心情なのである。
そして故郷で死にたいとなる、土に還る、山に還る、森に還るとなるのが生物の本能であり自然なのことなのである。
ただそのためには若い人も帰ってこないとだめなのである。

この詩は別に原発避難民というのではなく自分がそういう立場になったから書いた
でもその心情は原発避難民と共通していることに気づいたのである。
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2017年07月13日

事業の経営の成功と失敗 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


 事業の経営の成功と失敗


 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

なぜなの人はそんな事業を起こしたのか?それもよくわからない、ただ技術者であり資格をもっていて自分はできるという自信をもっていた
だから独立してもやれると思っていた。
しかし会社で技術者として働くのと自ら会社を経営する事業を起すとなると全然違った世界になる、ただその人は頭がいいとされ頭が良かったから成功すると思ったのである。

事業というとき経営というときマネジメントというときそれは国家レベルでもそうだし技術を究めるのとはかなり違う世界である。
国家とか今なら企業でもグローバルに展開するから世界的に影響するものとなる
だから事業理念とかミッションとかが問題になる
その事業はもう国家を越えてさえ影響するものとなるからだ

それが戦争とか原発経営でも起きていたのである。
事業理念とかミッションとかが原発にもあった、それは電気を供給することそれは現代の社会に不可欠だからである。これに反対するものはいないのである。
ではなぜ戦争でも原発でも失敗して多大な犠牲を産む結果となったのか?

戦争とか国民が3百万人も死ぬとかになると一番大事なのは事業理念であり、ミッションになる、死ぬための動機が最大の眼目になる、企業だと利益優先だけどでも死ぬとなると動機がそれ以上に大事になる、だから戦争になると必ず神頼みとか宗教がかかわってくる国家が一つの神聖なものとなるとき国家のために死ぬことは英霊となり国の守り神とされる、そして天皇が国の神となり天皇のために死ぬことは英霊とされるとなり納得する
死んだら靖国で会おうというときそういう動機づけがあって死ぬことができた
ただ企業なら利益を上げればいいというだけでは死ぬまでの動機をもつことができない

そういうことはカルト宗教団体でも起きている、それもすでに会社を運営すると同じである。ただ違うのは宗教を利用するとき日本の戦争と同じく選挙でも信心のための戦いになり一票をとることは成仏することだとまでなる
それは間違っていても動機づけになっているのがカルト宗教団体である。
選挙で票を得る方にすると好都合だとなる
でもそんなことで戦争でも英霊になるとか成仏するとかを保証はできないものである。
それでもイスラム国などでもカルトととなりアラーのために自爆してそれで天国に行けると信じる、それがカルト宗教でもある
そんなこと誰も保証できない、神すら保証しなくてもそう信じる者があれば動機になる

原発はやはり国家的経営の一環として事業が起されていたのである。
原発は核武装に備えるために国家防衛の見地からも必要として作られた
またアメリカの戦略としても押しつけられたという面があった
アメリカとは同盟国だから当然だとなる、もう一つはアメリカが古い型のマーク1を売って利益をあげるということもあった
武器でも明治維新のときでも古い型のものが売られるのである。
ロシア製のものなどが出回るのもそのためである。
原発はとても一企業ではいかに大きくても運営できない代物だったのである。

そして原発が戦争のときのように神がかりにまでなっていた
「安全神話」が国家と東電とか官僚とかマスコミと一体となり作られたからである。
戦争のときも天皇は神であり日本は神国であり負けないというときやはり神話が作られて300百万人が犠牲になった
神話とか宗教は利益を越えたものとして人間の動機を作る、日本は神国だから負けない、原発なら事故も起きないとなる
創価なら選挙で常勝する、それは仏を信じる宗教だからそうなる
それは政教一致としてそうなっているのである。
他でも宗教がかかわればそうしたカルトとなり動機づけとなり国民がその犠牲になる

結局日本は戦争に負けて天皇は人間宣言した、そして政教分離になったのである。
でも現実は政教分離にならない、宗教が背後で票を操作して権力を動かしているのである自民党の阿部政権の背後には統一教会がいるとかなんとか常にある
つまり権力+宗教となるとき危険な状態になる
原発でも権力によって国家権力によって安全神話が作られていたのである。
国家権力というときそもそも国家自体が危険なものとしてある
国家は権力をもっているから国家でありえる、国家で軍隊をもたないものはない、軍隊は最大の権力であり警察機構もそうである。検察でも国家権力である。
それらを支配することによって国家は運営されている

法律は個々のものとしては公正を追及しているか国家レベルのことになると通用しない
時の国家権力に従うのである。自民党ならその政治体制に従う、そして東電の幹部の責任は検察でも問わないことになる
そもそも国家の犯罪は誰が裁くのかとなったら実際は誰もできないのである。
それは神しかありえない、アメリカだって犯罪国家だからである。ロシアでも中国でもそうである。アメリカが裁けないのは巨大な権力をもっているからである
国家自体が犯罪を犯したとしても裁きようがないからだ

シオンは公平をもってあがなわれ、そのうちの悔い改める者は、正義をもってあがなわれる-イザヤ

つまり国家レベルになると神しか公平に裁けない のである。

いづれにしろ事業を起す、経営することは国家運営とも通じている、それは一個人の問題でなくなる、なぜなら失敗したら親戚とか回りにを巻き添えにするからだ
戦争でも3百万人が死に原発でも一人も死んでいないとか言うが故郷に住めなくなるというのは最大の被害だったのである。水も飲めないとかもう最悪は空気すら吸いなくなったからである。土も汚染されて食料さええられなくなる、さらには遺伝子がやられて子孫すら残せなくなる、ということはこの地域では人は住めなくなるということである。
それだげの甚大な被害が原発ではあった
だから戦争並の被害がある、失敗したらそうなったのである

何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

だから事業はこのことが大事になる、動機づけである。原発などは失敗したことのことを考えたら簡単にできないものだった、戦争も同じである。
それは国を滅ぼすものにもなる、つまり戦争でも原発でもやるのはいい
でも国民がその事業理念とかミッションに納得すればである。
一私益として事業をするのではない、国民の納得の元にする
それは何でもそうである。政党でもそうである。
俺は政治家になるのは金になるからだ、地位が得られるからだとが動機になる
そういうミッションがないものが政治家になり権力を得るとどうなるのか?
ただ自分の利益のために国家権力を利用し私腹をこやすだけになってしまうのである。

原発だったら電気がたりない、電気がなくなれば文明は維持できないということが動機になる、また核武装の備えとして国家防衛として必要である。
ではそれで国民を納得させられるのか?こんな甚大な被害にあっても納得させられるのかとなる、そうした納得の作業が民主主義なのだろう。

でも結局権力によって一方的に押しつけられる、それが歴史でもある
原発の問題は一企業の問題ではない国家権力がかかわっていた
だからこそ戦争のときのように「安全神話」は作られたのである
いくら大企業ではそういうことはできないだろう。
戦争のときのように国家権力がかかわったからできたことなのである。
国家権力がかかわっているらか誰も罰することもできない
国家の犯罪は誰も罰することができないのである。





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2017年07月11日

震災原発事故の反省 (外部との絆は生まれ内部では断絶した)


震災原発事故の反省

(外部との絆は生まれ内部では断絶した)


津浪原発事故では外部からの力が大きかった、そこに絆が生まれた、原発でも避難した人たちは新潟などでは特に親切にされたとかある、ボランティアも来たり外部の人との接触があり日本という国を意識した
日本はつくづく災害列島であり天皇の役目がこうした災害を鎮める被災者を慰める役目としてあった。その災害を通じて日本人としての絆や連帯感が生まれた
ただ江戸時代辺りだと交通が発達していないのだから藩が違えば協力しえようがない
相馬藩では飯館村が飢饉になったとき藩全体で援助している
そういう歴史があり藩内だと助け合うということはあった
藩が違うと敵対関係にもなるから助け合わないのである。

交通が発達したとき関所がなくなったとき自由に日本を行き来できるようになってもそれで日本人という意識が生まれたのかとなると疑問である。
日本人として意識するようになったのは明治維新のとき西南戦争で政府軍が武士と戦ったとき国民軍となり国民意識を庶民がもつようになったという。
平民が戦って旧来の支配層の武士に勝ったからである。
その時日本国民としての軍隊が生まれたのである。それまで藩の軍であったからだ

つまり日本でもただそこに住んでいても必ずしも連帯が生まれる訳ではない
戦争は否定されるが戦争によって日本人としての意識が生まれた
それは古代では朝鮮半島をめぐっての争いがありその時日本人としての意識が生まれる
何かそうした絆とか連帯が生まれるのは戦争であれ災害であれ一致協力するときである。家族でも夫婦でも困難を共にするとき連帯が生まれる、家族でもそういう経過を経て本当の家族となる、いくら血縁でも夫婦でも親子でも家族とはなるとは限らないのである。

村でも何か連帯する、村として成立するには共同の歴史があり村が成り立つ
浪江の津島辺りは街から遠く離れているけど共同で戦後入植して切り開いたから連帯感が強いというときそうである、それは苦難をともにして連帯が生まれたのである。
連帯とか絆はそうして苦労を共にしたとかなるとき生まれる
戦国時代とかなると生きるか死ぬかの戦いでありそうなる臣従関係が強いものとなる
会社でもそうした利益だけを得るというとき強い連帯が生まれない
連帯は何かあってその過程で作られるものである。
それが歴史であり日本人としての連帯が生まれてくる

この辺の問題は外部との連帯は絆は生まれた、でも内部では絆とか連帯が生まれなかったむしろ原発事故では補償金などでもめてかえって分断されたのである。
そして内部のものはパチンコとかギャンブルで遊び外部の人が働いて復興していったのである。実際に建築土木関係は外部の力でできた、もちろんもう内部だげでは復興はできなかった。でもその時地元で復興して協力して連帯することはなかった
ただ補償金でもめて分断したのである。
苦しいときだったが協力するということもなく連帯もつちかわれなかった
ただ避難民は仮設などでそれなりに連帯感をもったことは確かである。
でもその回りのものとは連帯感をもつことはなかった

自分の一身上でも自分の病気や介護で苦しんでいたとき何の助けもなかった。だから一身上でも連帯は生まれなかった、これは自業自得だといえばそうである。
ただこの時助けられていたらやはり一身上でも連帯が生まれた
仮設の人たちには外部から常に来て援助があったがその回りには無関心だった
そしてギャンブルに興じているだけであり腹正しかった
内部の連帯というとき避難民化した人たちの内部でも補償金でもめたり故郷に残る人と残らない人の分断が生まれた
そこでは困難に一致協力するという絆や連帯がそこなわれていたのである。
その内部でも連帯は生まれなかったともなる

ただ小高の人でも外部からの人が来てその人たちは話するのが面白いというとき外部とはうまくいっていたのである。そうした矛盾は今も継続しているのである。
ともかく南相馬市として合併したがそこで津浪原発事故が起きてもしその困難に一致協力するなら市民としての連帯とか絆が生まれた、それがないから南相馬市の歴史は築かれなかったとなる、負の歴史として記されたともなる
南相馬市とか市町村の連帯でもそれは歴史的に作られるものだった
何もなくて市民としての連帯は生まれないのである。
それは家族でも困難なときに協力しなければ家族でないと同じなのである。
プラス面とマイナス面はあるゆることに生じる、マイナスと思えることもやりようによってプラスになる、困難でも一致協力して乗り越えれば強い絆が連帯感が生まれる
それはプラスとして作用する、それが内部でなかったことが反省されるのである。

内部の分断は実際は相当深刻である、順序としては内部で協力して連帯して外部の援助を受ける、そうでなければ外部の援助も有効にならないだろう。
内部で分断すれば敵にだって勝てない、だから内部の分断は戦略的に最大の効果を発する右寄りの人がしきりに左は中国韓国のスバイであり分断工作をしている
マスコミがその最大の日本分断の手先だというのもそうである。
マスコミには在日や中国のスパイが入り日本の分断工作をしている
確かにマスコミは一方的に報道が多いのである。
そして日本が分断されるとき危険なのは内戦状態になり国が滅びかねないということである。
いづれにしろこの辺でもそうした分断されてしこりが残った
それが南相馬市全体に波及する、するといくら外部からの援助があっても内部で協力関係が築かれなければ復興はできない、そもそもそこに住んでいる人が争っているのでは内部の援助には限界があるからそうなる

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2017年07月07日

北海道化した原発事故周辺 (その対処方法にも共通点が・・・)


北海道化した原発事故周辺

(その対処方法にも共通点が・・・)

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1月1日時点の北海道の人口(日本人)は前年比3万3593人減の534万2618人と、減少数が全国最大となった。 
高齢化による自然減や道外流出によって減少ペースが加速した。10年前と比べた減少数は約26万人に上り、道内で3番目に人口の多い函館市の人口規模が消失した計算だ。 



廃墟と更地だらけ、これからも変わらない 
老人がドンドン消えていく、若者などいない


いっそ道東あたりをベーシックインカムの実験地にしてみたらどうだろう 
最低限やるから1から街作ってみろやみたいな

韓国より少し狭いけど北海道は面積が韓国に近いくらいあっても 
韓国は人口が6000万人だっけ?いるよね?北海道は530万人てほんと少ない

廃村に熊が住み着いて自炊を始めるのですね

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

生活保護なら北海道の太平洋側は間違いなく魅力のある土地だよ。 
釧路の生活保護率が全国一なのも生活保護世帯が釧路を離れたがらないから。 
函館はもっとそうで本州のホームレスが函館に定着して生活保護を受給したりする。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

無理に過疎の自治体を維持するよりも重要でない自治体は移転して重要な地域へと統合した方がいい

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います。 
財政が破綻するだけだから、無理して大きな規模を維持しても仕方がない。


最初にこの辺で驚いたことは津浪で北海道のようになったと報告した、それに原発事故が加わって田畑が放射能で汚染されて放置され原野化した、津浪と原発事故の二重の影響で原野化した
海岸地帯は一時釧路湿原のような湿地帯にもなり縄文時代にもどった
その光景は驚くべきものだった、今でも海岸地帯は一部田んぼになったが草原化したままである。
そこに雲雀がないているとき雲雀は田んぼより草原にふさわしいものだったことを知ったまず自然までがこれほど変化するのに驚嘆したのである。

北海道というとき自分は十回くらい行っているからしほとんど回っている、最初は電車でまわり次に自転車で回った、確かに5月から6月はじめで根室の方はストーブをしていた。稚内は6月になっても桜が咲いていた、それだけ寒い地域だった
ただ今は気候的は温暖化しているからどうなっているのか?やはり根室辺りは寒いだろう。

そして北海道のようになったというときこの辺も以前として北海道とにた状況がある
北海道は札幌に200万住んであとは350万ほどが他に住んでいる
札幌に極端に人口が集中している、札幌はそれだけ住み安いのである。
でも函館から札幌までは電車でも遠いなと感じていた、普通電車で行ったからそう思ったのか遠い、それだけ広いということである。
なにか途中に黒松内という駅があり黒松内というペットボトルの水を飲んでいる
その土地をイメージして飲んでいるのも不思議である。
自分は全国隈なく旅しているからその土地のことがイメージできるのである。

時々2chでも面白い深い議論がある、表面的なものが多く深い議論はない、でも今回の議論は面白かった、なぜ函館と釧路に生活保護が多いのかということが気になっていた
釧路では生活保護の収入が市を運営する財源となっている、国から支給されることもあり財源となる、太平洋側は魅力ある土地だというのはその理由なのかとなる

ともかく北海道の現状はこの辺とダブってみえる、津浪と原発事故で人が住まなくなり原野化したのはまさに北海道のようになった、そこの住人はイノシシやサルにもなった
北海道になると熊になってしまう。熊のために高速道路作るのかと揶揄されたのも北海道である。

ただ北海道の状況は全国でも少子高齢化で起きている現象である。限界集落が各地に増えて維持できなくなり廃村にもなって廃墟になってゆく、その全国的日本の現状が北海道に顕著になり津浪原発被害地では極端化したのである。
小高でも帰って住んでいるのは老人がほとんどであり浪江ではまだ人がほとんど住んでいない、一体そこをどうするんだというとき北海道の現状とにているのである。
それはここだけではない、もともと農業が衰退してそうなったのである。

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

農業は極端にしても跡を継ぐなと子供が殴られたとか聞いた、それだけ割りにあわない
例えばベーシックインカムでも畑をやってくれと言ってもやりたくないだろう。
金を払うからやってくれといっても毎日草取りであり天候に左右されて虫に食われる鳥に食われる、この前は虫に食われたから薬が必要になりまた金がかかる
結局いろいろあって土地にあわなかったとかネギもみんなだめなになったとか収穫がない金だけかかる、その金を自分が払う、それはまさにベーシックインカムで農業をさせているのである。
でも実際はそうしてまでも農業はしたくないとなる、その女性はもともと農家の出で農業が好きだからしているのである。
ではそんなことをして無駄かとなるとそうでもない、回りは荒地が多いのだから荒地にしているとまずいのである。土地を有効に利用する必要があるからだ。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

これだってこの辺と事情は違うがにている、漁業では生活できないと東電に漁業権を売り渡して船主などは原発御殿を建てて成り金になっていたのである。
事故後も手厚い補償金があり船主は真っ先に高級住宅地に家を建ててすんだ、明らかに船主関係の家が立派なことは確かである。
ともかく補償金の額は違うし継続して補償金が出るから生活に困らないのである。
北海道だってどうすればいいんだとなり原発でも建てれば裕福になるとなっていたかもしれない、現実に泊原発などはそうである。そこの周辺は豊かになっているからだ。
双葉大熊とかこの辺でも過疎地域だったというとき原発で町作りしたからである。
それは一時的には成功したが悲惨な結果になった、いくら船主か補償金をもらっても今では回りの目があるかから苦しい、住みずらいとなる

ただこの辺と北海道の相違は新し家が次々に建ったということである。新しい街がいくつかできた感覚になる、だから南相馬市でも鹿島区などはかえって発展したのかとさえ思うのである。それは人口が原発避難区域から流出してきたからである。
その人たちは補償金で金があり家を建てたりアパートに住んだりする工事関係者が住んだりする特殊事情のためにそうなったのである。
ただそれで思ったのは

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

一つの拠点化して期せずして「コンパクトシティ」が生まれたのである。現実問題として小高でも浪江でも避難区域になったところはそういう街を構想している
そうならざるをえない、中心部にコンパクシティ化して浪江だと廃炉の作業員のため宿泊所の街を作るとかである。
小高でも農業するにしても会社運営にしたように街に住んで郊外の田畑は会社が管理するようになる、そもそも人がいないのだからそうならざるをえない
そして人がばらばらに住むとコストがインフラでも水道でも何でもかかりすぎる
福祉にしても田舎だと一軒一軒回るのが手間なのである。まとまっていれば車がなくても回れる範囲にあり効率的になるのである、看護でも楽になる
それよりもう小高でも浪江でもあれだけ人口が減り若い世代が帰らないとしたらもうそこに人が住むというより原町とかに統合して住むという選択もありなのかとも思う、現実に復興住宅に住んで今はそうなっているからだ
それは北海道の現状とにている、とてもインフラでも維持するだけで容易でくなる、現実に水道は金を払う人がいないなくなり維持できないともなっているからだ。

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います

そういうこともこの辺では現実としてそうなった、飯館村などはもう元の森にかえるほかない、蕨平とかでも40軒あっても一軒しか帰らないとなればそうである。
元の森に還ってゆくく他ないのである。
自分の住んでいるすぐ近くでも海側は草原化したままである。
ただメガソーラ場になっているのは北海道とは違っている、北海道に向いているのはメガソーラ場なのかもしれない、ただ観光面からすると景観を破壊するからいいとはならないというのは北海道は外国人の観光地として人気がありリゾート化しているからだ
観光の面では北海道はもともとそうだったけど外国人がかかわりさらに有望になっているからだ

いづれにしろ少子高齢化の問題はさらに深刻化する、近くの中学校で野球の練習をしている生徒を見ていた、そこは小高の生徒も入っている仮設のプレバブがとりさられて広くなった、でも生徒数がへればスボーツでもチームでやるのは人が集まらなくなる、もちろん人が少なくなれば優秀な人もへる、すると強いチームが作れないのである。
隣ではサッカーをしているがこれも人数が必要でありそもそもそれだけの人数を集めるのが苦しくなる、つまり人数の多いチーム編成のスボーツはしにくくなるのである。
だから小高の生徒と一緒の方がスボーツでは良かったともなる
少子高齢化は教育にも影響してくる、それは様々な分野に影響してくる


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2017年06月27日

復興住宅に移り住んだ浪江の人 (真野川の橋の上で話す)


復興住宅に移り住んだ浪江の人

(真野川の橋の上で話す)


復興住宅に住んだ人は日立木に行ったことがなっかのか?日立木という地名がわからなかったのである。日立木に行ったのだがその地名がでてこないのである。
近くの鹿島の地名などは出にくいと思っていた
地名は意外と原町でも相馬市でも狭い地域になるとなじみがないのである。
自分にしても浪江などわかりにくいのである、室原の場所が山の方だと錯覚していたのもそのためである。小高も浪江も実際はわかりにくいのである。

その人は請戸の出身だというとき請戸は港だけではない、広い土地がある。だから南相馬市立病院で同室だった人は10町の畑で野菜を作り昔の平に売っていて財を築いた、表彰されるような優秀な人だったので習いに来ていた人たちがいた
その人は農家の人で大工をしていたという、何か話がちんぷんかんぷんな所があった
大工とか肉体系の仕事の人にはそういうことがある。
小高の一人親方は話がうまいし庭作りもできたし何でもできた、商売さえできる
そのなんでもできることで仕事を広げすぎたということはある

その人はこの辺の事情を知るために車で回っている、人間は浪江となるとまた近くてもわからないことがある。
何か川が木で覆われているので気にして市役所に連絡して木を切ってくれと頼んだ
川が狭いし土手のすぐ近くだから氾濫することを恐れたのかもしれない
でも真野川はもう氾濫しない、洪水にはならない、河川改修したからである。
それまで二回水害にあったから危険な川だったのである。
ここで問題になるのが浪江の人は南相馬市の市民ではないことである。
税金も払っていない、するとそういう要求が市にできるのかとなる
これは避難民が他の市町村に住んだとき起きたことである。
二本松市に浪江の人たちが住む一画を作る町を作るというときもそうである
やはり税金の問題が生じる、税金を納めないとしたら権利もないとなるからだ
そういうふうに今回はいろいろな問題がこの辺では生じた
実際に近くに浪江の人が家建てたり住んでる、でもおそらく南相馬市民になっているのかどうかはわからない、浪江町民になっていて補償金がもらえているからである。

その人は農家であり大工していたという、それで近くに立派な入母屋作りの家のことを言っていたのはそのためだった、その家は大きくて目立つ古風な作りの家だからである。
それは一目見ただけで相当に金がかかっていることがわかる、建売住宅がほとんどなのにこれは違っている、その家は建築関係の仕事しているから金持ちだったのである。
ということは特別注文できる家だったとなる

その人が言うには土地が誰の土地でもなくなってが利用できないようなことを言っていた土地の持ち主が死んだので利用できない、死んだ時点で利用できないと言っていた
でもその土地を受け継ぐ人がいないということはそれは市町村のものになるのである。
身寄りのない人などの財産は遺産は市町村のものになるのである。
なぜその土地のことを言ったのかというとそういう土地が避難区域では増えているということである。誰の土地なのかわからない、権利を消失したような土地が増えている
死んだ人もいて誰の土地かわからなくなっているのである。

空家が増えたのもそうだが土地でも誰の土地かもわからないものが増えたためだろう。
今日のテレビでそうして所有者がわからない土地が九州くらいあるというから驚きであるこの辺では特に増えた、その理由はやはり少子高齢化とか土地が安いとか土地を維持する利益がなくなっている、それで土地を受け継ぐ意志がない人が増えたためだという。
避難区域になったところはまず土地の価値はほとんどなくなっている
ただそこが放射性物質の処理場になるとき価値が生まれる
定期的に収入が入るからである。だからそうした所有者のわからない土地はやがては市町村のものになり国のものなり放射性物質とか廃棄場にされる可能性が高いしまたソーラーパネル場にされやすいのである。または中国人にいつのまにか買われていたとかも起きている、それは北海道で顕著なのである。

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土地に手をつけられないというとき土地所有者がわからなくなっているからだ
勝手に開発したりすると後でもめたりするからだ

そして明治以降土地の私的所有が認められて無数に細かく土地が分割されたのも問題だったのである。
それで開発するにしてもめんどうでできないという状態になったのである。

(所有権の取得時効)
第 162 条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その
占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得す
る。

誰の所有かわからないで放っておくとそれは誰かが利用しているとその人のものになる
何かそういうことがこの辺では空家や空地だらけになっているのだからそういう問題が起きる、市町村とか国で利用しても文句言う人もいなくなる
そこで勝手に放射性廃棄場にされたりするのである。


それから浪江の町長は本宮に新しい家を建てたとか言っていた、浪江に住まないでそんな所に新しい家を建てるのはおかしいとか言っていた、飯館村の村長でも福島市にマンションを買ったとか言われ批判されたこともあった
ただこの前のNHKのテレビではそうではなく狭い借りた家に住んでいるとか写していた
しかしNHKでもそういうことは装うからわからない、実際は違っていてもそうなる場合があるからだ。確かに本宮に新しい家を建てて浪江の復興をするというのも変である。
そもそも浪江の復興は人が住まないとはじまらないからである。
イノシシが街の中を歩いているとかなっているからだ
ともかく小高でもそうだが人が住まないと荒れるだけなのである
だから帰るのは老人だけにしろ住むことから復興がはじまる、だからこれはおかしいというのもわかる、とにかく復興を考えると人が住まないとだめだと思う
老人でも人が住んでいる町と住まない町には相当に差がある
浪江は街中が人がほとんど住んでいないからだ

何か市長村長でもいろいろ言われるのはやむをえないだろう。それだけこれも責任が重くなっているからである
なんとか復興しようとするときその指導するものが別な地域に家を買って住んでいるのかとなると指導される方もやる気がなくなるだろう。
浪江の人はすぐ近くに家を建てたりして住んでいる
空家に住んだ人もいた、浪江の人は今は目立つようになった
ただ浪江は本当に街中に人が住んでいない、小高はまだ住んでいる人がいるからましだとなる、浪江の復興ははじまったばかりである、でもやはりこの復興は長期戦になる
だから確かに近くになれば浪江まで見に行けるから二本松とかとは違う状態になる
身近に感じるからである。
ボーリングして井戸を掘っているのは水が使えないためである。
この辺でも水は飲んでいる人は少ないだろう、自分も飲み水はペットボトルである。
洗濯するにしても水が使えないとなると苦しい、浪江だと山の方が高濃度に汚染されているからだ、だから住むような環境にまだなっていないのである。
そもそも少子高齢化で水道のインフラ維持に金がかかりすぎてもう維持できない自治体が増える
だから浪江とかになるともう水道のインフラを維持できない、他でも人口が極端に減少すると維持できなくなる
そしたら井戸を掘って自家用でまかなうという昔にもどるともなる
原発避難区域ではこうして少子高齢化とかの日本の未来の極端なものとしてあらゆるものが現れているのである。


いづれにしろこういう思わぬ状態になったとき上に立つ人の苦労も大変だと思う
今までは公務員は楽で収入がいいとか地方では言われねたまれたけどここではそういうことはない、それで公務員をやめたいという人がいるのもわかる
様々な問題があり事務処理でも増えるし過酷だとなってしまったからである。
何か外から援助に来た公務員が自殺したなどがあったからだ
それほど追い込まれたということでもあった。
要するに放射能でもなかなか消えないのだから復興は長期戦になる
でも長期戦になるなかで離脱してゆく人も多いし現実若い人は帰らないのである
時間がたつにつれて復興するより復興から遠のいて忘れられてゆくということもある
ただまだ浪江から近くに移り住んだ人は浪江が近くなのだから身近になり復興を考えるということはある、そういう点では近くに移り住む効果はあるとなる

災害のときの公務の業務量は3倍から5倍になります。震災の前から、公務員を削り続けて、普段でも業務を回すのはギリギリの状態でした

クレーム処理のために公務員が存在するような状況になって、どんどん、どんどん、メンタル不全など体調不良が多くなって仕事ができなくなってしまう公務員が増えてしまう

公務員は恵まれていると言われてきたけどこの辺では違う、やめたいとなるのもわかる
特に避難区域になった所はそうである。
クレームが多いということは震災地域では不満が多くなるしその不満の捌け口が公務員になっているからだ。
でも公務員とは気軽な仕事ではなくもともとそういう責任があった仕事だったのかもしれない、市町村民を守る仕事で責任が重いから優遇されていたとなる

つまりこれも今になるとその責任の重さを自覚されたのである。
公務員が倒産することはない、でも市町村自体が倒産の危機になる、そうなるとその責任も重くなってくるのである。その責任を引き受けるからこそ優遇されていたともなる
だから公務員は楽だからとして入って今になって苦しいから嫌だというのは勝手だという意見もあるだろう。
ともかくこの辺では様々な責任が問われたのである。
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2017年06月26日

AI化と原発事故 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AI化と原発事故

 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AIの判断でも人間の判断でも必ず誤る、でもAIの判断は機会の判断はミスは責任が問われない、間違いましたとかで終わりである。人が死んでもそうである。
人が何万人とか死んでもAIの判断が間違っていても責任はとらない
責任をとるのはAIを作り操作する人間なのである。

医療関係では病院では医療ミスがさけられない、だからそのミスに備えている
人が医療ミスで死んでも責任が問われないようにしている
医者の責任はそれだけ重いから責任逃れをする体制を整えている
だから医療ミスがあってもたいがい病院が権力があるので逃れられるようになっている
医療ミスで死んでも裁判で勝ち目ないとなっている
それだけ医療ミスを恐れているからそういう体制をとっている

これを原発事故で考えると一旦事故が起きたらこれだけの重大な被害があり責任が問われる、でも原発事故では病院のように医療ミスが起こることを想定していない
「安全神話」が作られて事故は起きないとなっていたから病院のようにそうしたミスが起きたらどうするのかということは念頭になかったのである。

でもAIでも人間の判断は必ず誤る、ミスは起きる、これはどんな世界でも確実なのである確率的にも医療ミスでも交通事故でも飛行機でも工場でもなにかしらミスがあり事故が起きる、それはもうさけられないのである。
原発だけが事故が起きないなどありえないことだったのである。
でも事故が起きたらどうするのか?そういう対策は全くしていなかったのである。
なぜなら事故は起きない「安全神話」を作っていたからそれに備える必要がないからだ

これだけの被害にあったときその責任が70兆円も廃炉にかかるとかもう日本が傾くくらいの責任があった、となると原発を作るとき簡単にはできない
医者は医療ミスが起きても問われないようにしているから手術もできる
それだけ命にかかわるからそうしているのである。

ともかくAIが判断するにしても人間が判断するにしても必ず誤りがありミスがある
するとそのミスに備えることが不可欠なのである。
そのために保険をかけることもある。
でもなぜか原発はそういうことをしなかった、備えなかった
それは「安全神話」を作ったためにそうなったのである。
安全神話となればそれは宗教ともなる、信じるか信じないかになる
要するに事故のために備える必要をなくさせたのが安全神話だったのである。
それは政治とかマスコミとか科学者が一体となり作ったものだったのである。

そもそも原発は一旦事故が起きたらもう国が滅びるほどのものだからそれに備えることもできない、だからこそ安全神話が作られて行われた
それは戦争でも神国だから勝つというのではじめられた
負けることは想定しない、でも負けることもありうる、でもそれを想定しない
なぜなら神国だから勝つとなるからだ
だから負けたらどうなるのか戦争したらどうなるのか、その犠牲は甚大になるものを想定しないのである。
そういうことを想定したら戦争も原発もできないからである。

どんなことしたってAIであれ人間であれ判断は誤る、ミスはある

これこそ確実であるからこそもし戦争に負けたらどうするのか、その責任はどうするのかを考えねばならなくなる、現実に3百万人の死者の霊をどうするのか未だに議論されるのもそうである。その責任をどう果たすのかということが問われる
どこの墓でも戦死した墓があり階級が記されている、それは日本のために戦い死んだという誇りがあって当時は墓に記したのである。でも今それが誇りになっているかというとなっていないのである。

要するに何をしてもいい、でもその責任の重さを自覚してやるならいい、一旦事故が起きてもその責任とれるならいい、でもその責任がとれない、保証しないとなるとどうなるのか?AIだったら責任は問われない、人間は問われるのである。
戦争でなくても原発事故でなくてもAIが判断しても人間が決めるのだから人間は責任から逃れることができないのである。

だから人間の判断は誤る、ミスが起きる→それに備える

このことが必要であり保険が生まれる、もしそうしたことが備えもできないとしたら責任を負えないとしたらやるべきではないとなる
病院で死ぬのは社会的にその家族とか怒りになるだけかもしれない
でも戦争とか原発事故になると被害がその国土にも及び原発事故だと水も飲めない、土は汚染されて食料もその土地から得られなくなる、木材も使えないとか生活の基本になるのものが汚染されるから住めなくなるのである。
人は死んでいないと言っても人は住めなくなるのだからその被害は甚大なのである。
その責任をとれるのかと今になると問われる
もはや実際にその責任はとれないのである。元にもどるには何十年かかるとかそれよりプルトニウムの毒が放射線が消えるには二万年かかるとかなると住めなくなるほどの被害だったのである。

これからも日本で原発をつづけるというときこれだけの責任が負う覚悟でするのかと問われる、科学者は実際に原発にたずさわった学者は武田邦彦氏は今度は住民も原発を作らせるときその覚悟が必要だと言っている
この辺のようにもう故郷に住めなくなる覚悟で作らせて事故が起きたら今度は今回のような手厚い保証ないという覚悟でするべきだと言っている科学者がこういうのも無責任だが住民にもそういう覚悟で責任をとってもらうということなのである。
でもその責任の範囲は広範囲になるしさらなるもっと大きな被害になったら日本の国土が汚染されて住めなくなるのである。

つまり戦争の時のように日本国民がその責任を負わせられるのである。
その覚悟が国民にあって原発を継続するのかともなる
結局責任は戦争の時と同じように指導者は戦争をすると判断したものはとらない
国民がとらされるのである。3百万人の死がその責任だったのである。
国民自体がそういう重い責任があり覚悟しているのかとなる
責任が希薄だから戦争でも原発でもはじめる、でもその後に戦争に負ける、事故があり
その責任が国民にも回ってくるのである。

責任が比例して地位があり給料が高いのも仕方がない、それは責任ともなっているからである。政治家でも科学者でも官僚でも東電の幹部でもなんでも責任が重いから給料が高いのである。それは責任をとるということでそうしている
掃除している人とかいろいろな仕事があってもたいして責任がないものもある
銀行とか会社でも大金が横領すれることがしばしばある、でも責任はそれほどとらない
一方で百円盗んでも刑務所に入れられたりもする、江戸時代は五両盗んだら首が飛んだ
金の額でそうなっていたのである。
だから金をもっているだけでまた責任が問われる、遺産でもなんであいつはあんな金を親からもらえるのだとなり責任が問われる
実際に仕事でも10万で仕事させるのと20万で仕事をさせるとき20万の方が責任が重くなるもし五万で引き受けたとしたら何か手抜きとかまずいことがあっても5万なんだからしかたがないとなるのである。金の多寡によって資本主義社会では責任が問われているのである。

それで江戸時代の侍には庶民はなりたくなかった、侍は切腹して責任をとらされるからである。それを見ているから気楽な庶民の方がいいとなっていたのである。
いくら地位があっても嫌だとなるのが普通なのである。
現代ではそうした責任感覚が希薄になったがやはり以前として責任は必ず生じる
AIは責任をもたないが人間は責任をとらされるのである。
そこがAIと人間の根本的な相違だったともなる。

いづれにしろ人間には責任がつきまとっている、犬猫を飼うにも捨てないでちゃっと飼いとか言われるから簡単に飼いないともなる、発言するにもインターネットなどは責任がないとういけど何か読まれる数が増えると責任が出てくるとなる
それでマスコミでは大勢の人が見るから影響力が大きいからマスコミ自体が批判されるようになったのである。
報道するとか出版するとか何かを公にするとき責任が生まれる
ただ普通はそういうことはできないから発言もできないから発言できない人は責任もないとなっていたのである。

今になるとマスコミが批判されるのはそれだけ大勢の人に発言する権利をもっていたからである。マスコミはただの媒介するメデアではない、マスコミ自体が大衆を操作する洗脳するメデアだったのである。だからこそその責任が問われる
発言できないものは責任はないからである。
批判は自由である、でもまたそこに責任がともなってくるのである。
インターネットは責任がないという時代もあったがやはり責任を課せられるようになっている、発言する権利を得ればそれとともに責任も生じてくるのである。



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2017年06月24日

南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ! (供給過剰な住宅?)


南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ!

(供給過剰な住宅?)
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また新しい住宅地がすぐ近くに作られている



とにかくこの辺を見ていると家が次々と建てられつづけたし今も建てられている
津浪とか原発事故で家を建てる人が多いことはわかる
外からも家を建てる人が多い、最近は畑に小高の人が家を建てるとかある
大東建託は今も建てているし15棟くらい建っている
なんか多すぎる感じがする、そんなに入る人がいるのかとなる

今日見たらフォレストホームの建売住宅が1900万になっていた
前は2400万とか2500万だった、同じような住宅である。
500万も下がったということはやはり供給過剰になって売れないのか?
こんなに値下げするのはなぜだろうとなる

日本は全国的に空家も膨大であり近くでも四軒くらい空家があるが入っていない
それももったいないと思う。
実際マンションでもアパートでも建て売りでも供給過剰になっていないか?
税金対策で無理やり大東建託などがアパート経営しても部屋が埋まらないで借金をかかえたとかある、近くでも大東建託のアパートを建てた人は一億円かかるという
それを15年でかえす計画だというが本当に成り立つのだろうか?
この辺で家が建つのは特殊な事情であるからだと思っていた
でもここももう家が建ちすぎるのではないか?

だから500万も値下げして売り出している、入る人がいないから安くして売り出す
500万となると大きい、2400万だと高いな見ていた
でも1900万となると安いと今では見る、建物は同じだからである。
これなら買うという人が出てくるようにも思える

何か今は家でもなんでも供給過剰の時代になっている
高度成長の耳朶はマイホーム時代であり売れたが今は少子高齢化になれば家もあまってくる、現実に空家が膨大にあまっているからだ

自分はビルとか土地関係の投資信託を銀行に頼んでいるがなかなか経済とか株でも理解できない、ただここは具体的にわかりやすいからピンときた
500万も下げるとということは土地の価値とか家の価値が下がっていることである。
この辺は一時土地の値段が三倍にもなったとか言われた
それだけ家を建てる人が増えたからである。今になるとそれも一段落して値下げになった土地の値段も下がったのかとなる

前は西町の区画された土地は70坪で700万円だった、でもいつまでたっても売れなかったのある。それをいつも見ていたからわかる、今やそこは新住宅街になっている
鹿島では高級住宅地がありこうした安い建売住宅地ができた
安い住宅地はやはり庭がとれない、窮屈なのである。
高級住宅地は庭が広いし家も大きいのである。値段的には三倍はしている感じになる
それだけの金持ちが建てている、船主が多いとか言われるが誰が住んでいるかわからないここには子供に聞いたら烏の人なのか住んでいる
津浪の被害にあった人も住んでいる、外部から来る人も住むのでその辺はわかりにくい。
部屋を見ると狭いようで広いとも思った。居間が15畳もあるし6畳の部屋が三つに八畳の部屋もある。だから狭いようで広いのである。子供をもっていても住める広さなのである市営住宅でも狭いように見えても中が意外と広いのである
だから家は外から見てはわかりにくいのである。

場所的には小学校は近いし駅も近いとあるが駅は歩いて10分くらはかかるだろう。
でも遠いとも言えない距離である。そういう点では便利である。
でも2400万とかで買った人は今は損したと思っているかもしれない
値段は時価だからこんなに変化するのも驚きである。
株だってこうして急に値下がりするから怖いのである。
これは身近だから具体的にわかりやすかったのである
なにしろ自分は毎日街を巡り歩いてるので気にかかるのである。



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なぜ復興がむずかしいのか? (Designの意味)


なぜ復興がむずかしいのか?

(Designの意味)


de-signでsignがドイツ語で存在するという意味でdeは否定する接頭語になるという解釈だ興味深い

この辺でなぜ復興がむずかしいのか?それはデザインすることの意味に通じている
今まで存在していたものがsignしていたものが消失した
避難解除されても街自体が空家だらけである。
つまりザイン(存在)していたものがなくなったからである。
ではその後どうするのかとなると街をどうデザインするのかとなるとお手上げだとなる
存在したものザインしたものがなくなった後にどうするのか?
それがDesign(デザイン)の意味だったのである。

浪江町とかでは廃炉作業員のための宿泊所のコンパクトシティにするとかある。
それは今まであったものがなくなる、ではどういう街をデザインするのかとなると
そうなったのである。
それは津浪の被害地でもそうである。
街が消失してその後にどんな街を作るのかとなるとき今までの発想では作れなくなったのである。デザインするとは今まであったものがなくなりその後にデザインすることであるだから復旧と復興は違う、復旧なら今まであったものと同じものを作ればいいとなる
でも復興となると新たに興す作業が必要になる、デザインすることが必要になる
だから復興がどこでもむずかしいのである。

つまり何もなくなった、この跡をどう活かすのかとなると今まであったものを復旧するのとは違うからとまどうのである。
人間の発想は今まであったものを基にして考える、それも必要だが歴史的継続としての復興もある、でもまたなんなにもなくなったときそこにデザインすることも必要になる
そもそもこのDesignという言語自体不思議である。
デザインとは今まであったものsign(存在)を否定することがデザインになっているからだ
ただ津浪であれ原発事故の被害地であれ現実にそういうことが起きているのだ。
今まであったものが存在したものザインしたものがなくなっているからだ。
そこに新たな街をデザインすることが要求されているからだ。

浪江町の駅前が壊されているというときそこに新たなものデザインする、それはどういうものになるのか?
復興とは前より良くなってみんな帰りたい住みたい街になることだというとき新地駅前は開発されてそうなった、人口も減少していないのである。
駅と駅前は新たにデザインされて復興したとなる

別に鹿島などは前より良くなっている、スーパーが一つ増えて古いスーパーも新しくなったとかツルハドラッグが二つできたとか最近新しいラーメン屋ができたとか
コモドインホテルができてランチが食べられるとか老人の施設ができたとか街には次々に新しい家が建ったとかある。
ただ津浪の被害地とか原発事故の避難区域になったところは今まであったものがなくなったからそこに新たな街を村をデザインすることが要求されているのである。


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2017年06月21日

原発事故で問われた自覚された重い責任 (しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故で問われた自覚された重い責任

(しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故ほど責任が問われたことはない、責任の重大さを問われたことはない、それはあまりにも被害が大きかったからである。
戦争でもそうである。三百万人死んだのだから一体その責任は誰にあるのか未だに問われている

東電は原発をしたくなかったのである。でも国で責任をもつということで請け負ったのである。東電は原発は危険なことを知っていた、だから東電だけではしたくなかった
国で責任をもってくれるということで原発事業をはじめた
そして東京に作らずに福島に作ったのは危険だからそうしたのである

株式会社の責任というとき株主も責任がある、ただ株に投資した分だけの責任である。
会社が倒産すれば株はゼロになる、でも会社は借金するとその分の責任がまだある
中小企業では社長がその責任を負い家族までまきぞいになり悲惨な結果となる
事業して失敗した人など無数にいる、自分の身近にもそういう人がいて自分が苦しんできたことや事業で失敗して除染の仕事に流れてきた人もいる
中小企業だと家族までまきぞいになり家族も崩壊することが普通にある

何でも責任がつきまとってる、それで法律で契約するとき会社でも個人でも私たちは責任をもちませんということを明示しているのである。
あとで責任を追及されるからである。ただ被害を受けた人はその契約のことをあまり見ていない、そして会社でもその責任はとらないと条文に書いてあることを知るのである。

事業で成功する人がほんのわずかなとき二十人に一人とかなると本当は誰も責任とるとなると簡単にはできないはずである。その責任があまりに重いからである。
回りのものにも失敗したら迷惑をかけるし家族も塗炭の苦しみを味わうからである。
でも意外と安易な気持ちで事業をはじめる人が多いのである。
戦争でも三百万人も死んだというのは戦争の結果であり責任になった
その後始末をどうするのかと七十年たっても解決しないのである。
国で英霊として祀りその霊をなぐさめるとなっているがそれで死んだ人が報われるのかともなる、天皇も責任を問われたから天皇という立場、空恐ろしい責任を負わされていたのである。そしたら天皇になどなりたくないとなる

責任というとき一代で終わらない、戦争責任を中国や韓国で追求されるのもそのためである。個人的にも親の責任を子供がとらされる、自分にしても親がいていい長くいい思いしてきたが介護とかなり今度はいろいろ親が残したものの責任をとらされたのである。
親の代の責任が子供に課せられるのである。もともと原発だって誘致したのは親の代の人だったからである。でもその責任は確実に子にその責任が引き継がれるのである。
そして子や孫に恨まれることにもなるのである。
親の因果が子に報いになるのである。

責任の重い仕事は立場の人は責任の重さをしりその責任を回避しようとする
病院は医者は責任が重いから医療ミスも多いから組織ぐるみで医療ミスを隠蔽できるようにしている、そうしないととても医療ができないからそうなっている
医療ミスは実際は膨大にあり裁判にもならないのが多いのである。
実際に手術してガーゼが体に残っていて一年後にとりだしたとかした人を知っている
でもなんら病院から謝罪すらなかったのである。
そういうことは病院や医療関係では普通のなのである。それだけ医療ミスが多いから責任をとらない体制ができているのである。

医療関係では常に日々そうした医療ミスが起きているからその責任を回避するためにそうしていた。ところが原発ではそういう重大な責任があるとしても危険がわかっていても対策をしなかった、安全神話を作り必死になり隠蔽しようとしていたのである。
それは地元でもその責任を自覚しないことがあった
漁業権者は海を東電に売り渡したというときそうである。漁業権は北朝鮮では魚をとる船がないということで漁業権を日本など外国に売り渡して年に七十億とかの収入を得ている漁業権は大きな権利なのである。
だからこの辺では漁業権をもっている船主などは事故前も事故後手厚い補償金をもらっていたのである。それが今回りのものから反発される
なぜ漁業権など東電に売って補償金をもらっていたのだとなる
つまり責任が今になって問われたのである。

つくづくだから今になると責任は分担するのが一番いいとなる、漁業組合だけで漁業権をもっているからそれで利益を得るより市町村単位で漁業権をもっていればそうはならないみんなの責任だとなるからだ、ただその時は補償金はかなり少なくなるからそうしなかったのである。
ただ事故前に漁業権を東電に売り渡したことが責任を問われたのであり事故があったら補償を要求するのは当然である。その前から手厚い補償金をもらっていたことが問題だった権利を主張するのはいい、でもそこに責任もともなっていたのである。

ともかく責任というとき分担するのがいい、大企業になると大きいからもう簡単につぶすことができない、それで国が援助したりする、その影響が大きくなるからだ。
戦争は結局は国民の責任だとなり三百万人が死んでも国民の責任だとなれば誰も責任を負う必要もないとなる
原発でも国の責任だということは国民の責任でありその賠償金は国民の税金で払われることになる、本当は政治家や官僚や東電の責任が大きいにしても問われないのである。
学者や科学者や技術者の責任もあったが問われない
武田邦彦氏が一ミリシーベルトを守れというときそれが原発事故の前にそれだけ危険なものだと警告していればいいが今になってそんな厳しいこと言われてもできない
みんな住めなくなるからだ。それは科学的根拠があってもできないのである。
だからそんな厳しいことを言うならその前に原発の危険性を言うべきだったが言っていないのである。

責任というときどうしても上に立つ指導者が一番責任が問われる、それで侍はその責任を自覚していたから切腹した、切腹を覚悟して事にあたっていたとなる
そういう立場を自覚していたとなる、でも現代ではそういう自覚がない、上に立ちいい思いをして利益を得る、でも責任はもたない、現実に東電の幹部は何の責任もとっていないからである。裁判にすらならない、結果的に誰も責任をとらないのである。
責任をとらされたのは地元の人たちだったとなる
ただその責任として補償金を与えるだけだとなる、それも国の税金であり東電が全部ではないのである。

すると国民ではなんであんなに補償金を払うのかと不満になり原発避難者のいじめとかなる、お前たち事故前もいい思いした、金をもらっていたではないかとなり批判する
つまり地元の人たちへの責任論である。それがわかりやすいのは漁業権者への手厚い補償がわかりやすい。結局原発を作った方が勝ち組なんだよとかなる
何かこうして責任問題になると責任の転化になる、誰も責任を負いたくないからである。そして戦争のように誰も責任をとらない、国民が悪かったのだとなればみんな悪いのだから責任をとらないのである。赤信号みんなでわたれば怖くないとなる

それは集団組織が大きくなればなるほどそうなる、だれも大企業であれ巨大化したものは責任をとらない、カルト宗教団体でもあれだけ巨大化すれば責任は全員にあるから問われない、巨大な権力集団になったとき責任は問われないのである。
それが誤っていてもそうである。それがナチスのようになって国民にもその責任が及んでもその巨大な権力集団の前には何もできないとなる

原発事故はその被害が甚大でありその責任も無限大にもなってしまうものだった
なぜならプルトニウムが二万年消えないとかなる空恐ろしいものだったからである。
その責任を誰がとるのか?結局地元の人が一番とらされているのである
そういう重い責任となると人類的なものになる

 その地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
 さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました。しかししばらくして開放されたようです

このような過酷な刑罰が課せられていた、核を開発した原爆を作った人類にもその罰が課せられたともなる、三万年で解放されたというとき二万年プルトニウムの毒が消えないのとにているからだ。、放射線が遺伝子に影響すればその土地では生きていけない、子孫も絶えるとなるからだ。
アダムの原罪もありエデンの園から追放されたのもにている
それは人類的カルマだったのである。人間は個人的にも集団的にもカルマから逃れられないのである。集団に属していてもそれでカルマから逃れられるわけではない
責任を集団で分散してもその責任から逃れられないのである。




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2017年06月19日

武田邦彦氏も原発推進派だった (でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)


武田邦彦氏も原発推進派だった

(でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)

生活を奪う罪と責任

武田は,原発推進派として日本国の原発行政に「協力」してきた過去を精算せずに,国民の前では耳ざわりのいいことを言い,合間の要所では,巧妙に原発を養護(擁護・・・)する,たとえば,プルトニウムは恐くない,連休明けの東京は安全だ,表土を削れ! 等々,武田邦彦は,日本の原発推進派のトップ・インテリジェンス(謀略知識人)なのだ.


1) このぐらいなら安全という合意点ができれば原発を動かす、

2) その代わりそこで約束したことを守る、

武田氏は文系の知識が豊かだから驚く、理系と文系の両方を備わっているから現代の知識人としては強みになる、現代社会は科学無しではありえない社会だからである。
それで科学技術者は現代の聖職者であり科学者は批判できない社会である。
カトリック社会と同じく聖職者は批判できない、神の使者となるからだ

今回これだけの大事故でも科学者は批判されない、確かに御用学者として批判はされたがでは科学の研究は常にすすめられるものとしてあることには変わりないのである。
だからいつかは原子力でも核でも安全に操作されるものとして見られている
そして死んだ人を生き返らせるとかの実験も行われたとか科学者が万能になることを夢見ているのである。
それはまさに科学者が聖職者だからそうなっているのである。

武田氏のことは原発に対してどういうスタンスなのかわからない、ただ原発を指導した人であることは確かである。
でも原発事故に起こしたことに対して謝罪はないのである。
今回の原発事故でも戦争のときと同じように責任をとった人はいないのである。
東電の幹部は海外に逃れ優雅な生活をしているとか言われているからだ。
実際は腹を切るほどの責任があった、これだけの被害があったらそうなる

そして不思議なのはこれだけの被害なのになぜ地元の人は怒らないのか?

それは東北人はおとなしいからだとか言われる、また東電で働いていて世話になったという人が多いから怒らない、追求しないとなる
人間はともかく利益を受けると弱い、それで急所をにぎられる
マスメデアでもほとんど会社の宣伝費で成り立つとすると批判はできない
東電は巨大な国並の会社だったからよけいにそうである。800億円とかをマスメデアに宣伝費としてつぎこんでいたからである。
それで朝日新聞まで原発には反対していなかったのである。

でもこれだけの被害があったら地元では怒りになる、それが賠償金だけで贖われるものではない、生活の場を奪われたということが深刻だったのである。
それは金で贖えないものを失ったのである。
ただ地元の人たちもそういう自覚がない、だからこそ漁業権でも売り渡したし自分たちが生きる場が何か?その価値を自覚していなかったのである。

だから武田氏が矛盾しているのは日本の森林は木材を伐採するべきだ、地球温暖化とかで森を守るということは地元の生活を奪うものだと言って講演して割り箸をもらったというこれも何か変だと思った。
原発事故で環境が破壊されてその木材さえ汚染されたからだ。木材さえ売れなくなったのである。樹皮にセシウムが付着して3マイクロシーベルあったからである。
今では減ったがそれだけ森林は放射性物質で汚染されたのである。
それで浪江が森林火災になったとき放射性物質がまた拡散したのである。

地球温暖化などと言って森林を保護するためとかで日本の木材を利用しないことがかえって地元の生活を奪った、そのことはわかる
でも原発事故では水すら飲めないとなり農業している人だけではない、生活の場を奪われたのである。
そういうことに対して地元ではもっと怒ってもいいはずなのだがそれほどでもない

ただ怒りといっても賠償金だけを要求するとあいつらは原発前も補償金をもらっていたし利益を得ていた、事故後もまた多額の賠償金を獲得した価値だと言われる
だから実際は本当に反対に効果的なのは賠償金などいらない、俺たちは自分たちの生活の場を奪われたことに心底から怒っているのだ。
賠償金もらなわくても俺たちは俺たちで生活するとかなれば一番効果的なのである。
でもただ賠償金をだけを要求すると逆効果になる
結局は金なんだよ、金ほしいだけなんだよと見られてしまうのである。
補償金でも内部でももめて一体感が失われたこともある
だから人間の問題は何でも金で解決できない
金がかえって逆効果になる場合もあるからむずかしいのである。

原発を推進した科学者にも責任があったが追求されない

地方の人の生活の場である森林を地球温暖化を楯にして木材をとらせないの間違っているということ言い割り箸をもらったと喜んでいる
これも矛盾ではないか?
原発事故を起こした責任は科学者にもあったのだから地元には謝罪すべきだとなる
でも科学者で学者で謝罪した人はいないのである。

その後に年間一ミリシーベルトを守るべきだと厳しいことを言っている、それは科学的根拠があってもそれを地元で守ったらもう誰も住めないのである。
移住しろというのならわかる、チェルノブエリのように移住地を与えてくれて移住しろとなればわかる、でも地元に住んで一ミリシーベルトを守れということはできない
だから科学的根拠があっても社会的現実の問題として通らないこともある
だから科学的なことですべてが人間の社会の問題が解決されるとは限らないのである。
医療でも最後は治すというよりターミナルケアでは痛みをやわらげて治療より精神的なものを重視するとかになる
つまり科学的なものもすべて社会に適合できないし解決できないのである。

ともかく人間は矛盾した存在である。自分だって株でもうけようとしたりしているから何か資本主義社会を批判してもその中で生きるためにそうする
武田氏は地方の地元の生活を奪うことは重大な罪だとうことを言うけど原発事故で地元の生活を奪われたことに対してはどうなるのかとなる
そこに科学者でも良心の呵責のようなものがあってもいいように思う
でも科学者にはそういうことはない、アイシュタインでも広島に原発を落としたことで反省した、原発の危険性を知っていてもそれを言わない科学者にも責任があったのである。責任というとき地元の人にもあった、自分にもあったともなる
ただ科学者の責任も重かったともなる、でも謝罪も反省もそれほどないのである。
それは医療ミスともにている、医療ミスは膨大でもあっても隠蔽される
そうしないと医療の発達はないからである。実験として科学があり医療もそうなのである原発でも危険であっても実験としてやる、それが科学の発達になるとして容認されるのである。
現代は科学の社会だというとき科学者の責任も重くなっているが自覚されていないのである。

それにしてもあれだけの文系までの知識があることには驚くし参考になる、「心に青雲」でも賛成できないことがあっても首尾一貫したことがあるので参考になる
人間は何か首尾一貫することが大事なのである。
それは右でも左でもいい、首尾一貫するものがあるとき何でも筋が通ったものとなる
対立するものがあっても首尾一貫したものがあると共鳴する
侍の果たし合いでも強力な敵になるとこいつはできるなとか一目置くことになる
だからあいまいな人よりそうした強力な敵の方が学ぶ方が多いのである。


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2017年06月15日

要になる祝島の漁業権問題(上関原発問題) 権利には責任が課せられている  


要になる祝島の漁業権問題(上関原発問題)

権利には責任が課せられている  

fishright111.JPG

漁業権放棄をするためには総会の3分の2以上の同意が不可欠で、なおかつ一人一人の組合員に書面同意を取り付けて補償金を分配しなければ「完全決着」にはならない。
kanameninaruiwaisimanogyogyoukenmondai.html


漁業権というとき権利である。それは法律的な権利というより慣習的な権利である。
ここではその権利を楯にして原発を作らせないように戦っている
原発を押し進めるのは県と国と電子力会社なのである。
その大きな権力に抵抗しているのが漁業権を楯にした漁業組合になる

この辺ではこの逆だった、漁業権は東電から金をもらうためにありそれを売り渡した、そして県と国が許可したのである。だから事故前から船主などは原発御殿を建てたとか補償金と関係ない人は回りで不満だったのである。

漁業権はシジミのことでもわかるように小さなシジミをとるとシジミがとれなくなる資源保護が目的だったのである。そのためのに権利でありそれを東電とか県と国に売り渡すためではなかったのである。

そもそも何でも権利を主張する時代だけどなぜ権利が与えられているのだろうかとなる
権利とは何かを守るために何かのために与えられている、ただ権利だけを与えられることはないだろう
漁業権は魚資源とかその環境維持のために与えられている
だから海が汚染されて魚もとれないとなれば補償されるのは当然だとなる

ところがこの辺では

漁業権者   私たちは漁業権を東電に売ります、だから補償金をもらいます

東電や県や国側  一切あとで文句は言わないでください
                       私たちは海を買ったのですから

海が売り買いできるものならこんなふうになる、だから海は誰のものなのか?
海を所有して売り買いできるものなのかとなる
漁業系権利はあくまでも資源の保護とかの目的のために与えられているのであり海を売り渡す権利として与えられていないからである。
法的にそこに権利が認められるのかとなる

土地でも家でも何でも所有はできる、でもその所有することには必ず責任とか義務が生じてくる、土地を所有していればこの辺では原発事故が荒地が多くなった。
そうするといつまで荒地にしていていいのかとなる、土地の所有者がいてその荒地を何もできない、もう畑にすることも田んぼにすることもできない人たちなのである。
それはいくら土地をもっていても迷惑だとなる、ただこの辺では宅地化しているから宅地として利用すれば金になる、それを待っているのか何なのか地主がいて権利があるからと何もできない、そして荒地のままなのである。
空家問題でも家の所有者がいるから勝手にできないが市町村全体からすると迷惑になる
誰かに住んでもらった方が活気がでる、いつまでも空家になっていてもそれは市町村にとって負の遺産になっているのである。

戦後地主が廃止されたのはむしろ田畑を耕す人の方に権利が移ったからである。ただ土地をもっている人が得することは良くないと廃止された。
ただ当時地主には地主の役割があったこともいえる、土地を管理していたことは確かであり有効利用もしていたが小作に配分されないので小作は不満だったのである。

いづれにしろ権利が与えられるとき責任も同時にもたされているのである。
ゴミを投げるのはできる、でもゴミを投げるにも権利があっても利用者は責任も課せられている、烏などに食い荒らされて困るというとき利用者も一人一人責任がありその対処方法を考えねばならないのである。
何か利用する権利があってもまた責任も負荷されているのである、だから権利ばかりに眼がゆき、権利だけを主張するのが民主主義だと誤った理解があった。

第一海を所有するというけどそんな責任をもてるのかとなる、どうしていろいろな権利が与えられるのか?その権利には責任が課せられている
大きな権利になればなるほど大きな責任が課せられている
その責任の大きさから権利を放棄したいとまでなる
責任をもちきれないからである。それで東電では原発でもしたくなかった、事故が起きたら責任を持ちきれないからである。
でも国で補償するということで原発を作ったのである。国家的事業として原発はあった。責任は国で負う、国民全部で負うとなっていたからできたことなのである。

契約は基本的にいかに責任をまねがれるかを条文にしている、それだけ責任が問われることを恐れからである。ましてや原発だったら事故が起きたらもう東電のような巨大企業でも責任をとれないからである。
だから漁業権者でもなぜ海を売り渡すような権利をもったのかとなる
もしその責任を問われたらどうするのかと考えたら簡単にできなかったかもしれない
今はこの辺では船主とか漁業権者に対する風当たりが強いからである。
こうなるいくら補償金をもらっても苦しいとなったからである。
つまり責任問題というのは本当に重大なものとしてある

金でも多くもっている人はそれだけで責任を問われている
なぜそんな大金をもっているのだ、その金はお前だけのものではないないとなりその金の使い道が追求されるからだ。
資本主義社会では金をもっている人が一番責任がある社会なのである。
その金が何に使われているのか厳しく追求されてもしょうがないのである。
いくら地位があり尊敬されるとしても金がついこないなら今の社会は意味がない
なぜなら老人を見ればわかる、誰も尊敬もしないが金があれば力をもつことができるからだ。老人を尊敬するという社会そのものが喪失しているからだ
権利が大きければ大きいほどそれにら比例して責任も重くなっともかくているのである。

その責任は一代だけで終わらないのである。子供にも責任が問われる、お前の親は漁業権を売って金持ちになった、お前の住んでいる家は海を東電に売り渡して得たものだとか言われる、そうなると子供の代まで責任が負わされることになる
借金は相続放棄すればちゃらにるながそうした責任は子供の代まで消えないとなるのだ。それはあまりにも責任が重すぎたからそうなったのである。

もしそういう責任があるとういことをありありと知れば簡単に海を売り渡したりできない他で大きな責任を自覚したら相当に緊張するし簡単には引き受けないだろう。
それより権利だけに眼がゆき利益を得ようとする、でも責任は自覚しないのである。
原発などその責任の重大さを真剣に考えたら誰も引き受けないものであったのだ。
科学者でも技術者でも会社経営としても引き受けたくないものとなっていた
電器製品、家電を作るようなものとはまるで違った代物だったのである。
そういう自覚に欠けて原発を作ったこと自体が間違っていたとなるのだ
原発は何かその危険なのに安易に作られた、だから事故が起きたらどうするかなども検討も準備もされなかったのである。
ただ「安全神話」のみが権力で作られていただけなのである。
それが一挙に津波とか地震で崩壊ししてしまったのである。
そしてその責任の重大さを自覚させられたのである。
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2017年06月14日

真野川の河口にて(川の漁業権の問題) (シジミとりする原町の人と会う)


真野川の河口にて(川の漁業権の問題)

シジミとりする原町の人と会う

shijimi11.JPG

真野川の河口の方に行ってみた、シジミとりする人が二人いた、聞いてみたら小さなものしかとれないという、昨日も上の方でとる人が5人くらいいたという。
シジミがとれるようになったのか?小さいシジミしかいないことは川が津浪で川が変わってしまったためかわからない、そこは浅瀬になっているからシジミがとりやすい
深くなると船が必要になる。
右田の河口ではシジミはかなりとれた、自分もとったことがある。
右田のシジミはうまいいいシジミという評判だったのである。
でも漁業権をもっている組合からシジミをとることが禁止された
小さいシジミをとることがあり資源保護のためだった
そういうことはやはり漁業権の正当性が認められる

ただ今回の海の漁業権は東電に海を売り渡して補償金を前からもらっていた
それは多額であり事故の後ももらっているのは納得いかないと書いてきた
それで海は誰のものかという議論をした
漁業権は資源の保護などで必要なのであり東電などに売り渡すものとして漁業権はないのである。何かそうした明確に法的なものが漁業権にはない、慣習のようなものがあるだけである。法律として規制していればこうはならなかったかもしれない。
そもそも海を東電に売り渡す権利が船主とか漁業組合にあったのかという疑問があるからだ

無数の小魚が川に上ってきていた、ボラの子なのか?

幼魚のうちはしばしば大群を成して淡水域に遡上する

これだろう。その数は膨大である。前にも金沢で見たことがある、河口の状態が環境的に津浪の後どうなっているかわからない。魚は6年間もとっていないとすると増えたことは確かである。

シジミをとっていたのは原町のおばあちゃんだった、なぜかこの人はしきりに鹿島の人はかわいそうだという、補償金がわずかしかもらえなくてかわいそうだという
その人を最初はそんなに言うから鹿島の人だと思っていたのである。
自転車で原町から来ていたのである。新田川でもシジミはとれるという。
真野川は川が大きいからシジミは多かったことは確かである。

この川は県で管理していてもっと上流でアサリをとっていたら県の担当者に禁止されたという、それは放射性物質に汚染されているからかもしれない、

 福島県相馬市松川浦産のあさりから放射性セシウムが52ベクレル/kg出ています。(2013年11月27日 福島県農業総合センター調べ)位置としては、はやま湖からの水が流れ込んでいる可能性があります

6年ぶり、港に活気 相馬・松川浦アサリ漁再開

こういうニュースがあるからすでにアサリやシジミでも食べられるのだろうか?
ただ河口というのはセシウムのついた泥が大量に流れる所でありそれで阿武隈川の河口では放射線量が異常に高かった、だから河口では放射性物質がたまった泥が堆積している場所だからなんともいえないのである。
アサリをとることを禁止されたのはそのためなのかよくわからない。
別に老人は飯館村でも山菜を食べているから気にしない人は食べていたのである。

ともかくなぜ原町のばあちゃんは鹿島の人をこんなにかわいそうだというのかわからなかった、その人は原町だから何の不満もないが鹿島の人はかわいそうだと言っていたのである。
実際に鹿島の人の不満が大きいのである。そのことはプログで書いてきた
それは自分だけのことではない、鹿島の人の全員がそうなのである。
一番言っていたことは病院とかでも無料になっていたが鹿島の人はすぐに打ち切られたのがかわいそうだと言っていた。その人も病気で病院に行っていたからそこで鹿島の人が不満を言うのを聞いたからかもしれない、そうでなければそんなに原町の人が鹿島の人に同情することはないはずである。
それは相馬市の人も不満を言っていたからわかる。

鹿島の人で原町の人を悪く言う人はいない、そして原町の人がいくら補償金をもらっているからわからない、それがまた不思議だとなる、地域によっても違うからである。
石神辺りは放射線量が高いからそれなりにもらっている
それがわかったのは古い家を新築した人がいたからである。
それは明らかに補償金もらったからできたのである。

いづれにしろシジミでもアサリでも勝手に誰でもとっていいというわけではない、それは資源保護があるからだ、だからこそ漁業権は必要なのであった
シジミでも小さいうらからとっていたから増えなくなるからである。

あのばあちゃんは元気である。原町から自転車で来るくらいだからである。原町といってもすぐ隣だから遠いとは言えないが今なら車で来るからである。
シジミとりはこの辺では夏の風物詩である。何かこの辺でもそうした海の幸の恩恵があっていいとなる

大洗の船溜まりにボラの大群

ボラは数が多い、魚はこういうふうに大量に河口とかに入ってくることがある。


posted by 老鶯 at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年06月12日

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか?

(田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


農家としては花を買って来て植える方をオススメいたします。『地力』とは地力が高いか低いかで野菜や果物の実の美味しさや大きさが決まります

田んぼは約2年作らなければ、床!、トラクターが剝くところより深く入りますのでトラクターは煮え込んでしまいます。
上部から50cm位で床、即ち足が入らない所を床と言います。
これが崩れると大変なことになります。
正規に作った稲でも毎年、下草、雑草を田んぼに入れればこれが肥になります。
休耕田は最低の田んぼですから、誰も作ろうとはしませんし、草の管理が1年大変なのです。

1年放置しただけで樹が生えてきますし
草も当然生えますので
休耕田の管理は面倒なものがあります。


休耕田は最低の田んぼですから、誰も作ろうとはしませんし、草の管理が1年大変なのです。

こういうことだったのか、田んぼの方が回復がむずかしかった、だから畑は原発事故以後もすぐに作る人はいた、田んぼはそうはいかなかった
飯館村は田んぼがほとんど回復していない、無惨に表土がはがされている
田んぼも肥料が必要であり肥料がなければ米でも育たない
それで右田の部落が橲原(じさばら)に肥料となる草刈り場の山を10町とかもっていたのである。そこに今住宅を建てて右田の人が移転しているという。

農家で苦労しているのが肥料なのである。それで角田の方に言って鶏糞を買って畑をしている人がいる、それは趣味の畑である、畑は趣味でもかえって金と労力もかかるのである
田舎では田んぼがない、田舎が考えられないのである。それはもう自然景観と同じとなり心も一体化している、田んぼは田舎では単なる米がとれるということではないのだ
オーストリアとかアメリカでも米は作られている、北海道でも作られている
でも日本の本州の田んぼはもう米をとるというだけではない、一つの心の原風景となっているのだ。だから田んぼがない田舎は田舎なのかとまでなる

それを一番感じたのは田んぼがこの辺で回復して蛙の鳴き声が盛んにひびいたときだった田んぼと蛙は一体化していたのだ、そこに蛙を餌としてとるために鷺がやってきていたのである。ただまだ鷺は今年はあまりみかけない、これから飛んでくるのか、前は鷺の巣が川の藪にあったりした、だから田んぼは自然景観と一体化した原風景なのである。

それで南相馬市は田んぼが作れなかったが相馬市に行くと田んぼがあり松の木がありそれが日本の原風景だと感じた、南相馬市では田んぼは荒地となり草原化したからである。
その草原化した風景は北海道の風景だったのである。
その草原に雲雀が鳴いたとき草雲雀というように雲雀は田んぼより草原にあっていたのかと実感したのである。これも不思議な経験だった。

いづれにしろ田んぼが復興しないと復興がないと感じるのはそのためである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ

なんかこんなふうに蛙の鳴き声が盛んにひびいていた、そのひびく音が静寂の夜の田舎にひびわたったのである。
田んぼはそうして生態系と一つになった自然景観を形成していたから違っていたのである人間の生活の復興も蛙とか動物とともにもあったのである。
生態系というとき人間も動物でも生物でもその中に生きているからである。
だら蛙でも生きられないとなると生態系自体が破壊機能しなくなっていたのである。
原発事故はそうした生態系を汚染したからもうその土地に生きられないと帰れなくなり脱出したともなる、それが原発事故の罪深さだったのである。

まだ除染してもその効果は無駄だったとかなり4兆円の除染費用も浪費されたとかいわれる、土と水とか森の木とか汚染されることは生態系にとって致命的になる、動物も生きられないし人間も生きられなくなるのである。
浄化するためにはもう30年とかプルトニウムが消えるのは二万年とかなってしまうのが原発事故の過酷さだったのである。
原発事故は一回こんな大事故が起きたら住めなくなるということである。
それをこの辺では実際にそれを証明したとなる

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2017年06月07日

原発事故は理系が起こしたもの (理系と文系を原発事故から考える)


原発事故は理系が起こしたもの

理系と文系を原発事故から考える


●文系大学廃止論の問題

「戦時日本は、・・・・理系の応用的な学問を中心に戦争遂行に総力を挙げて、大學の知を動員し、・・・その結果全てが灰燼に帰し、・・・」と記している。まるで、理系の人間が、文系人間が押しとどめるのを振り切って、無謀なアメリカとの戦争に邁進し、その結果敗れ、すべてが灰燼に帰してしまったが、それを改めて新しい価値観を文系人間が与えたとでも言いたげな記述である。これは著者による理系に対するとんでもない誹謗である。
対米戦争を発案し、推し進めたのは、当時の日本国政府であり、その構成員の恐らく9割以上は文系人間であったはずである。即ち文系人間が実権を持ち全てを支配していたのである。中には冷静に状況を判断する理系人間もいたはずであるが、それらの主張は「天皇陛下万歳」「鬼畜米英」「満蒙はわが国の命綱」などといった文系支配者の声にかき消されたのである

「文系学部廃止」というレビューの一部である。この本は読んでいない
この論議をつきつめると原爆を作ったのは理系であり理系の責任だとなる
ところがこの人の論は文系が原爆を作らせたのであり文系の言いなりになったのが理系だとなる、これも何か変な議論である。
科学技術の発明は負の面ももたらしている、公害とかはそうである。
すると理系が悪いのだともなる、そんなこといったら何も科学技術の発明は起きないのである。それで原爆を発明したアイシュタインとかがヒロシマの原爆で反省している
理系の人でも責任を感じていたのである。
このことはレオナルドダビンチもいろいろな発明、大砲なども武器の設計図を書いたが
戦争のためには使ってはならないとか言っていた、これは殺傷道具だから危険だと自覚して警告していた、そういう自覚があった
レオナルドダビンとなると理系でもあり文系でもある天才である。
そういう人はまれである。日本では宮沢賢治くらいだろう。文系には理系の素養が欠けているのだ、もしかしたら実は文系でも学問は考えるということが基本にあるとき共通なものはある

●原発事故は理系の責任か文系の責任か?

例えば原発が全く理系的なものとして考えられていた、でもそこにも文系的なものもかかわっていたのである。
まずなぜフクシマに建てようとしたのか?それは理系の人はどう考えたのか?
東京より遠くに建てた方が安全だというときそこには理系的合理的根拠があったのではない、それはかえって東京に事故が起きるとまずいからフクシマに建てたのである。

フクマシに原発を作った理由は何か?

科学的根拠は何もなかった、東京では反対されて建てられないとかでありその根拠は理系的に理詰めで決めたものではない、そこからして間違っていた
では理系の人はフクシマに建てることを反対したかとなるとしない
フクマシに建てたのは文系の政治家などの言いなりになったとなるのかもしれない
それは北朝鮮でミサイルを作ったのは理系だけど命令したのは文系の政治家であり軍隊であるとなる、理系がただ従っただけだとなる
すると理系の人はただ文系の政治家に軍隊であれ従うだけだとなるのか?
そして理系には責任はないのか?
原発でも不思議に理系の科学者や技術者は責任が問われないのである。
「安全神話」というけどそれは文系だけではない、理系も加担して作られていたのであるそれで御用学者の科学者はメルトダウンしたときしていないと主張しつづけていたのである。その責任は明らかに理系の技術者にもあったのだ

ただもともと原発を建てる時、高い場所に建てる予定だった、それをわざわざ削って低い場所に建てた、電源が近い場所に建てた、それはなぜなのか?
安全性を考慮すれば高い方が良かったのである。そうしていれば津浪の被害からまねがれた、それをしなかったのは清水社長など文系の社長でありコストカッターとしてのしあがったというときそこにコストを考慮した、それは経済学が入ってくる
コストというのは経済学であり文系の分野なのである。
物を作るのは理系でもコストが必ずかかわってくるのである。
コストが高くなれば採算がとれないから中止もありうる、津浪を防ぐ壁も作らなかったのはそのためである。
では文系の社長が決めたから文系が悪いとなるのか?
理系の人はそれに反対することができなかったのか?文系のせいで事故になったとなるのか?つまり理系には責任がないのかとなる
そういうことは社長だけで決められるのか?理系の幹部もいるのだから合議で発言権をもっているから社長だけでは決められないだろう。
ただ東北電力では副社長が理系でありその人がこの辺では津浪がくるということで女川の原発を10メートルくらいでいいというの15メートルの高さにして辛うじて助かったのである。理系の副社長がいて助かったとなるのか?
副社長も幹部であり社長もいたしどうしてそう決定されたのか?
副社長はこの辺での津浪の伝説を知っていてそうしたというとき伝説とかなると文系の分野なのである。

東京電力は24日、福島第1原子力発電所に最大10.2メートルの津波が来て、押し寄せる水の高さ(遡上高)が15.7メートルになる可能性があることを2008年に社内で試算していたことを明らかにした。東日本大震災後、東電は福島第1原発を襲った津波の大きさを「想定外だった」と説明してきた。試算を踏まえて対策していれば原子炉が炉心溶融するという最悪の事態を回避できた可能性があった。

●津浪も東電では理系が予測していだが備えられなかったのはなぜか?

こうして理系では計算していたことはやはり東電では予想できる科学力があった
文系だと伝説とかなりあいまいとなるからこの予想は科学者が出したのだから信頼できるとなる、もしこのことが大々的に発表されていたらこの辺では津浪が来ないと確信のようになっていたものが警告となっただろう。
でもこのことが広く知られないというのは文系の責任だったともなる
マスコミは文系でありこの重大な研究成果が発表されても大きく伝えられないから警戒もしなかったのである。

戦争でも神がかりにするのは文系であり理論的に考えれば兵器の差とか経済力とか理系的な統計とかで考えればアメリカとは国力に差があるから戦争するべきではないと理系は結論したろう、でも神がかりになり文系の指導者によって理系は戦争に狩り出されたとなる
何かを予測するとき科学的な予測の方法と文系的なオカルト的な予測の方法がある
津浪でも神からの罰だとも考えるが一面長い時間で考えれば400年500年さらに1000年間隔になると必ず津浪が来るというのは法則として見れる、それは理系的な見方である。
東電の調査では理系がそれを割り出したのである。
それからボーリング調査などで津浪の痕跡を見つけているのも理系の科学者なのである。
今はそうした理系の方が信用される、オカルト的なものはまさにオカルトなものとして信用されないのである。それは確実にそうなると言い切れないからである。

しかしいくら優れた科学者でも未来は予想できない、その未来を予想できれば世界の支配者にもなれる、邪馬台国の卑弥呼が日食を予言して王の権威を作ったというのもそうである。マヤ文明が天文学が発達したのも未来を予測するためである。
そしてマヤ文明が2015年9月3日滅びると予測する記録を残して消滅した
それも何か象徴的だった、予測することが文明にとっても大事だからそうなった
「聖書」も予言の書ということで仏教などとは違っている
予言とは将来確実に起こることなのでありその未来を決するのは人間ではない、神だとなる、未来を予測したり決めることが人間にはできないという思想があるためである。
それは理系が理詰めで考えてもできないからそうなる

いづれにしろ原発一つとってもこの世のことは理系的なものと文系的なものが相互作用して成り立つ、そして科学でも未来は予測できない、キューリー婦人とがが放射線のことを発見したのは偶然だったのである。科学の発見には偶然がつきまとっっていることも予測できないことなのである。
ただすべてが予測できないとなるのかというとならない
現実に理系の科学者が15メートルの津浪を来るということを予測した
としたら高い所に原発を建てるということは理屈にかなっていてもできなかった
それはコストがかかるとしてわざわざ高くして整地していたのに土地を削り低くしたからである。
その時の決定をしたのは文系の社長だから文系が悪いとなる、文系は役にたたないとかなる、結果的に悪いことが起これば文系が悪いとなり理系は責任がないともなる
これも理にあわないのである。

●理系の責任は明確にされていない

例えば原爆でも理系だと物理学からそのもののために追求する、でもその物が作られたとき社会的にどう影響するのか?それは文系的な思考であり学問だともなる
だから原子力などそもそも危険だからそんな研究はするなと文系が警告することもできるそうなれば悲惨な事故も起きなかったとなる、でもそのことを決めるのは理系なのか文系なのかとなると明確ではないしわからないのである。

大学でも本当に文系は独学できる、だから文系大学はいらないということは言える
自分も遊んでいただけであり毎日マージャンして終わった人もいる
何のために大学に来ているのかもわからないのである。ただ大学という名があるだけなのである。理系のように目的がはっきりしないし何を学ぶのかもわからない
語学と法学ははっきりしているかもしれない、語学だったから外交官になると役立つし法律は検察や弁護士としての道に仕事に明確に通じているからだ。
他の文系となると経済学とかは何なのだろうとなる、その応用範囲は広すぎるからだ。
実用的になるかとなるとそれも明確ではないのである。

でも銀行とか証券とか株とか投資金融関係は多少役にたつのかもしれない、そこにも理系と文系分野がある、良く予測するためにチャート図をみる、これは上昇曲線にあるから買いだとかすすめられる、それは理系的手法なのである。
でも予測となるとこれも政治的変数があり何か世界的事件が起きると急速に下落するのである。それは予測できないことなのである。
予測するということで理系も文系も確実にはできないのである。
ただ原発に関しては予測できていたのである。ではその予測に備えることができなかったのはなぜなのか?コストがかかるから科学的予測を無視してそうしたのである。
ではそれは誰の責任なのか?理系の技術者なのか科学者なのか、学者なのか?
それもすべて文系の社長が悪いのか?その責任は一体誰にあったのかとなる
理系はただ原爆を作れといえば作る、例えばオウムでもサリン作れといえば作る
それが人を殺すことでも作る、では理系の技術者には責任がないのかとなる

科学技術でも何かを作り出すものが責任がある、普通の人はできないからだ。
何か権力をもつというとき権力をもつものに責任がある。権力とか権限はそれが実行できる力を与えられているからだ。だから地位あるものは責任が重くなってくる。
理系はただその専門分野だけを研究して責任がないともなるのか?
だから金をもつものともたないものがいてもっている人は責任があるとなる
いくら遺産だとか金がなんであれある人はない人より責任が生じる
その金を有効に使わないと責められる、その金はやはり社会があり国があり得たものだからそうなる、金も公共的なものとしてあるからだ。


この議論は「文系大学廃止」の批評ではないです、本は多すぎて読みきれない
文系大学廃止の本はまた別に読んでみないと批評はできないです
やはり部分的な発言で議論するようになるのがネットである。
その発言が多くなると議論は活発になる
ただ多すぎるからもう議論しきれないともなっている
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2017年06月05日

南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)


 南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)

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 ●橲原(じさばら)に右田の人が集団移転

 ●寺内の発掘した場所に相馬市の養護施設が建つ

 ●新しい消防署を建設中

 ●駅前に仙台からくるリホーム会社の事務所を開設

 ●近くに風力発電会社の駐車場

 ●大東建託のアパートが二カ所建設中

 ●新しいツルハドラッグが元のスーバーキクチを改装して開店


橲原(じさばら)の大原へゆく新しい道の方に右田の人が集団移転するという、
すでに家が相当建っているという
なぜそこに家を建てたのかというとそこは右田の人の土地であった
入会権をもって山を所有していたのである。
一〇町くらい山を所有していた、そこで草を刈ったりして右田に運び飼料とか肥料に利用していたのである。
それを運ぶのに苦労したことを復興団地にいる右田の老人が語っていた
あのころは車もないし道も舗装されていないし橋が土と木の橋でゆれて怖かったのである右田から橲原(じさばら)だと馬車やリヤカーで草を運んでもかなりの距離なのである。あの老人は復興団地は狭くて嫌だ嫌だと言っていた
9つくらい小屋がある広い土地に住んでいたという。そういう所が右田には普通にあった馬も飼っていたし牛も飼っていたからである。

この辺の農家は広い土地と家に住んでいたから狭い所に住むのは嫌がる
小高の人は50畳もする部屋があったというから驚きである。
そこで集会などが開かれていたのだろう。
右田の人は他に小池に集団移転して家を建てている
ただ海側から山側に移り住むというのも同じ地域で感覚的にはまるで違ったものとなるだろう。そこで田などは作れないだろう。
何をして生活するようになるのかはわからない。

 寺内で古墳を発掘していたのはそこに相馬市の養護施設を建てるためだった、
養護施設となると確かに鹿島にはない、アサガオの障害者の工場などはある
養護施設がないとあるでは違うものとなるだろう。
鹿島にはデイサービスの厚寿園とかも新築された
消防署も新築しているから公共的な施設がいくつか建った
大東建託のアハートが二カ所まだ建設中である。15くらいできているかもしれない

スーバーキクチの隣には元の建物を利用して新しいツルハドラッグができる
駅前には仙台のリホーム会社が事務所を開設する
リホーム関係は仙台からも来る、自分が頼んだユニットバスも仙台のリホーム会社だった100万だったから安いと言われた そうゆうけんという会社だった
今度は台所をリホームをしないかとと電話があったが断った

風力発電事業も開始されてその駐車場があった
これもどういう事業なのか?そういう関係の会社が入ってくる
駅でドコモインに泊まる人が駅からタクシーで行った
その人は友伸エンジニアの人だった
この友伸エンジニアは元からあったから震災とか原発とは関係ない
でも鹿島にホテルができたということが変わったのである。
鹿島に宿泊所は民宿一軒しかなかったからだ

鹿島区は震災前より良くなった、新しい家が何百軒とたった、その数が多いのである。
小池などは都会の風景のようにもなった、こんなに変わるとは思いもよらないことだった海の風景もまるで変わった、ソーラーパネルとか今度は風力発電の風車の風景になるからである。景観がこれだけ変わるとまるで違った世界になったような気になる
未来のSF小説の世界が現実化したような感覚になるのである。


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2017年05月29日

原発事故と老子の教え (原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


原発事故と老子の教え


(原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


《老子・第六十四章》
「安定しているものは保持し易く、未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い。物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

老子と原発事故が何か関係あるのかともなる

未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い

病気とかでもそうだろう、必ず何か兆しがでてくる、その早い兆しを察して治療すれば軽くてすむ、でも病気が顕在化したときはすでに時遅しということになる
原発事故でも実際はいろいろな小さな不具合があった、ただそれが大きなものとして報道されなかっただけなのである、それは「安全神話」を作るほどの権力をもつものによってそうさけられていたのである。
何かあってもたいしたことがないでかたずけられていたのである。
「安全神話」になるほどだからそうなる
おそらく内部のものもその安全神話が宗教のようになっていたのかもしれない、外部でもそうである。日本人の技術は優秀だからチェルノブエリのようにはならないとか思っていたのである。原子力など自分などもむずかしいからそういうことが信じやすいのである。

物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

これは今の原発事故周辺を見ればわかる、もう乱れに乱れて収拾がつかなくなっている
廃炉でもそうだし避難区域の復興にしてもそうである。
補償金の対立もあったしいろいろな問題が噴出して顕在化したとき収拾がつかなくなっいるのだ
病気だったら顕在化してもう手遅れでありあとは死を宣告されるだけだとなる
ある意味で文明崩壊現象を見る感じになる
これだけの問題が顕在化したときこれを解決することがもう絶望的だとなる

そもそも老子は2000年前に今日を予言していたのである。
道具を使うなとかまで言っている、道具とは原発も道具である
その道具故にふりまわされて収束がつかなくなる

最善のものは水なり、無味を味わうというとき現代ほど様々なものを味わっている時代はない、貧乏人さえ昔から比べれば考えられないほどグルメなのである。
でもいろいろなジュースを飲んでもその元は水なのである。水が最善のものなのである。ジュース類は飽きるが水は飽きないからである。その水さえ飲めなくなったのがこの辺なのである。

馬酔木なす 栄えし君が 掘りし井の 石井の水は 飲めど飽かぬかも 

水は飽きることがないのである。だからある一面様々なジュース類を生産して飲んでいるがそれも実際は老子流に言えば無駄だとなる、無為がいいというとき無駄なことをしているのが文明なのである。文明の労働には膨大な無駄がある
そのジュース類を生産するために費やされる労働も膨大なのである

多く貯めれば貯めるほど失うものは多い

金持ちが安泰かというとそうでもない、その金の心配をいつもしていなければならない、金がなくなるということを常に恐れているのである。
多く持っていれば失うものも多くなるからである。何ももたなければ何も失うものがないというのも逆説である
何かこうした教えはキリスト教とか仏教とかの教えと共通しているのである。
それはすでにそれだけ文明化していたからその反発から生れたのが宗教だからである。
今だけが文明ではなくすでに2000年前にも文明化したためである。

いづれにしろ原発事故は文明崩壊の現象だったのである。バベルの塔の崩壊のように終始がつかない状態なのである。右往左往して何か解決策もなくふりまわされているだけだとなる、バベルの塔が崩壊してあちこちにその破片が散らばり未だ収拾がつかない

終始がつかなくなっている、それは神から天から下されたカルマだったともなる

そのカルマはプルトニウムが二万年消えないというカルマをここに残したのである。

小国寡民の理想郷というのもそうである。それは実は江戸時代に実現していたのである。隣の村とは境がありそれぞれが自給自足して交わらないのである。
だから隣の村が麦踏みに来た若い男は大蛇とされた伝説がこの辺に残っている
もしかして江戸時代が300年も平和を維持したのはそうした村が基本にあり争わない生活だったかもしれない、それが今になるとグローバル社会になったとき地球の裏側とも関係する、村の規模から地球規模になったのである。
そういうことでどうなったのか?明治以降は世界大戦があり膨大な人間が死んだのである小国寡民ならそんな戦争しなくても死ななくても良かったのである。
グローバル社会にもプラス面があっても大きな負の面がある。
それが歴史で証明されたからそれもすでに老子によって予言されていたのである。

小国寡民というときこれも現代的に解釈すれば一万くらいの町がある、小高とか鹿島とか新地とか結構全国的にある。すると町の単位は一万くらいが適正規模なのかとも思う。
この辺だと原町だと回ってみると知らない所があり大きいなと思う
鹿島駅からいろいろ考察したが一万くらいの町は身体的にも一体化できる
身体的感覚で一体化できる、これが4万5万の人口になると相当に規模が違って一体化できなくなる
老子の考えた小国寡民は日本の村くらいの規模なのである。
だから今の感覚では一万の町さえ大きいのである。

いづれにしろ2000年前に今日の状況は予言されていた、キリストであれシャカであれ老子であれ同時代に生れている、それが鉄の生産がはじまったときだというときそれが文明を作るものとなったからである。
木の鍬から鉄の鍬になったとき生産力が飛躍的に増大したからである。
老子が鉄の鍬使わないで木の鍬を使えといったことでもわかる
その道具や機械によって素朴なものが失われるからである。
車社会のことで自分が追求したようにである。
その時社会も大きく変わりそれに反発する思想家が生れたからである。
それより古いとなると聖書のバベルの塔でありまさにそれは文明崩壊なのである。
この辺で起きたことはそうした文明崩壊の現象なのである。
だからもうその混乱を書いてきたけどどうにもならないという状態になったのである。
内部でも補償金で対立したとか争い混乱状態が収束しないのである。

バベルの塔は崩壊した
人々は言葉も通ぜず争う
そして散り散りに民はなり
ばたばたとなおその破片が落ちてくる
その災禍は限りない
百年後もまだ落ち着くことがない
ばたばたとなおその破片は落ちてくる

これくらいの災禍なのが原発事故だったのである。



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2017年05月26日

県庁を廃止して市が直接国と対話する (廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった)


県庁を廃止して市が直接国と対話する

廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった

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インターネットでは本とかの解説が多くなり映画でも誰かが解説しているからその時その映画をアマゾンで注文して見たりする「アレキサンドリア」という映画をアマゾンで見たアレキサンドリアには自分も行ったことがある、エジフト文明の最後の場所でクレオパトラの時代でありローマにより滅ぼされた
関連したものでアレキサンドリアの映画が即座に見れた

今回の解説する雑誌はサピオと中央公論である。

中央公論で30万都市を日本全国に(村上誠一郎)

県庁を廃止して市が直接国と対話する

今議論されている道州制より、30万、40万の市を日本に300くらい作る、国と直接対話した方がよほど効率的である

県庁、道州制の「州庁」は必要ない、市が直接国と対話してこれがたりないから予算くれなどとやったほうがよっぽど早いんですよ

台風で被害を受けた伊豆大島でお年寄りに避難を呼びかけても応じない人が多い
そういう人たちに国や地方自治体が移れといえますか?
民主主義の国である限りそこに住みたい人は住ませてあげるほかないのです


このことで原発がなぜ建てられたのか?
それが双葉とか大熊の土地所有者と県の許可で決められたと言われる
県が介在した結果として変な方向にもっていかれた
そこに最も身近になる南相馬市とかいわき市はかかわられなかったということである。
国と県が結びついて肝心のその周辺都市の意向は省かれたのである。
おそらく県で決めたというとき福島市は距離的に50qから60qと離れているから原発事故になっても関係ないと思っていたのである。
それは自分の町も30q離れているから関係ないのかと思っていたからだ。
それか意外と福島市は放射線量が浜通りの海側より高かかったのである。
これも何かの罰だったのか、カルマだったのか因縁だったのかとなる

というのは福島市も放射性物質は風でどこに流れるかわからない、危険なんだよとなれば簡単に許可しないからである。福島市の人たちもかかわり原発を建てさせないとなっていたからである。そういう危機感は全くないから県で許可したのである。

そもそも明治維新の廃藩置県は無理な行政単位でありそれが弊害を生んだ、だから自分は江戸時代のことを良くとりあげるけどその江戸時代が遅れた前近代的なものとしてみる
でもよくよく比べてみると江戸時代に現代に失われたものがかえってそこにあり現代がおかしいなと言うとき江戸時代と比べると見えてくるものがある。
近代化とは様々な弊害を生んだ、その大元が廃藩置県にもあったのである。
それは無理な線引きで日本全国を分割したからである。

だからむしろ江戸時代の藩こそが自然を基にして歴史を作ってきたからそこにこそ自治体のよるべき習うべき継続すべきものがあった。県にはそうした歴史が積み重ねられていないのだ。県というのは単位が大きすぎから政治でも行政でも地域密着型になりにくいのである。何か本当に不自然なのである。

福島県は最初は会津県とか二本松県とか磐城県とかの構想があった。それは江戸時代の藩の継続としての県だったのである。だから福島県というのは不自然である。それは日本全国の県というのは不自然である、それは自然としてもアイディンティティをもてない広さである。会津とかは気候でも地勢とか浜通りとはまるで違ったものだからである。
文化形成も違ったものとなるし歴史の継続としてもそうである。

福島県は会津県、二本松県、磐城県とかなった方がわかりやすいし歴史的継続もあったのである。それは風土的にも一体感がもてる地域だったのである。
そして選挙区でも福島一区が相馬の方までありそこは阿武隈山脈でさえぎられているから地理的一体感がないのである。福島市と仙台より交通の便でも遠くなるのである。

地方自治というとき今は30万くらいの単位だとその土地に密着した政治でも行政でも文化面だってできる、県単位では県の歌を作るにしても会津も中通りも浜通りもあればそれらをふくんだ地域として作れないのである。
人間が身体と感じる範囲はやはりめんなに広くてはできない、ちょうど相馬藩くらいが範囲としては適当だとなる、会津は広いが一つの山国として地理的一体感がある。

原発は浜通りにとって一番身近なものだった、いわき市と南相馬市と相馬市でもそうだし浪江町とか双葉町とかは相馬藩内だからその辺も合併して広域化した市がかかわり決めるべきものだったのであ。その時は県ではなく国と直接交渉すべきだったのである。
県というのは自治体ではないから地に足をつけていない、だから簡単に離れているという感覚で許可したともなる、自治体とは市町村はその土地に継続して生きるものによって作られる、それは自然でも歴史でも継続したものとしてある

だからつくづく廃藩置県は不自然であり今になりまた江戸時代のことを見直すことになるそこに継続されるべきものがなかった、藩の継続というとき30万くらいの都市として市として継続してゆくことであった
そこで住民自治体が形成される、原発でもそうしたら30万の都市の内で検討された
一区画の土地所有者とか双葉とか大熊とかの町だけではない南相馬市でもいわき市でも検討される重大な課題としてとりくむ、事故後に現実にいわき市でも南相馬市でもその後始末をさせられる結果になったからである。
特にいわき市は二万人移住したとなりそこで軋轢が生まれたからである。
南相馬市でも復興住宅が建ち浪江の人でも他でも2000人くらい入ってくるようになった
まさにすでに現実はもう浪江とか双葉とかてはない、広域的な都市の住民となったのである。


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2017年05月22日

ゼネンコンの正社員は除染で3万円 下請け除染員は7000円の不満


 ゼネンコンの正社員は除染で3万円

 下請け除染員は7000円の不満

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除染などの費用 今年度までだけで3兆円以上の試算


2016年分だけでこれだけかかっている、途方もない金である



 よくわからなかったけど山梨の人はの不満はこのことだった
大成建設とかの正社員は除染作業で一日3万もらっているという
それで一カ月75万になっているという
下請けの作業員は7000円だからその差が大きいのである。
その人は7000円しかもらえないから不満を言っていたのだ

なぜそうなるかというとゼネコンで除染の責任をとりたくないから中間業者をへて下請けにまわる、その中には暴力団関係が人を連れてきて働かせて金がそっちにまわってゆく、責任とは除染をしてそのことで住民からクレームが来るとき困るからだという。つまり自分たちの責任ではない、下請け業者の責任にする
政治家が秘書に責任にしたりするの構造が同じである

そして除染は手抜きでありただ草刈っただげで終わっているのもあるという
実際にモニタリングポストの下の土をとっているからそこは低いけど回りはその倍はあるだからモニタリングポストの数字の倍はみないと放射線量の正確なところはわからない
だから飯館の佐須で0・7が計測されていたけどその倍となると1・4だから高いとなる
今は1以上だと何か高いとみるからである。飯館は全般的に高いのである
その飯館で大成建設が除染作業をしていたのを見ている

除染には国から兆の金がでている、その金がどこにいったのか?
それはゼネコンの大成建設とか清水建設とか大手の正社員に主に流れた
その下請けにも流れたが下請けだと7000円だったから安い
何かここに大きな悪が生れていた、この構造は今だけではない、前からあったことであるその原因はゼネンコに金が回りその金が今度は自民党に献金として回ってゆく構造にあったという。自民党員になっていれば献金はいくらでも可能だとか言っていた
そういう構造は前から言われてきた

よく格差社会のことを言うけどここに大きな格差を産むものがあった
大企業と政府とか大きな権力は結託して利益を得る利権構造があった
その下で苦しむものがいる、その人の不満はそこにあった

3万と7千円の差は大きい

その人は事業を失敗して家族を失ったとか苦しんでいることもあった
だから事業については詳しい、人を使うこともしてきたからそういうことを知っている
ただその人はまだ南相馬市にいて仕事を探すという
でも精神的ショックで病んだから仕事でも何でもできるわけではない
しかし何らか仕事を得ないとまずいということはある
山梨に帰れない事情ができているのかもしれないからだ

いづれにしろ兆もの金が自治体に回らずゼネコンとかその中間業者とか暴力団とかにまわって自治体の復興につながらなかった
つまりその人が言うように自治体で除染をすればそんなに金もかからないしその兆もの金を復興資金として使えば良かったとなる
なぜ自治体は市町村は何もしなかったのかとなる
二本松だったかほんの一部で地元で除染を請け負ってしていたところはあった
でもほんとんどは大手のゼネコン経由でしきられて除染したのである。

結局ふりかえるとまず原発を建てるときから自治体というのはその市町村は何の働きかけもなかった、そこに国の大きな権力が働き県と国でも一体化して原発は建てられたのである。
自治体というとき地元密着であり地元のことを優先する、そこに生活するのだからそうなる、ところが大手のゼネコンはここで生活するわけではないから除染にしても楽してごまかし金だけもらおうとする
もし自分が住んでいる場所だったら動機も違ってくる、放射線でも日々影響するとなるとなるべく減らして生活しようとなる
それは東電が建てた原発でも言えたのである。

東京の電気を供給するなら東京に原発を建てればいい、そしたら真剣に自分たちが危険にさらされるから管理することになる
それが東京から離れてフクシマに作ったのは自分たちの安全を計るためだったのである。東電の社員でも地元に住んでいれば意識が変わっていた
一部はそうだった、だから浪江の津島に放射線のことを知らずに逃げた
その時東電の社員もいて街の方に引き返した方がいいとしてそれに従い住民も引き返したのである。それはその人がここに地元に住んでいたからそうなったのである。
自分も被害者になったからそうなった,そして東電では東京本社から事故のとき指令を出していたのである。ここにも意思疎通がうまくいかなことがあった
それで吉田所長が独自の判断をして失敗したということもとりざたされた

結局自分たちが安全ならばいいということでフクシマに原発が作られたことがそもそも事故にもつながった、離れているから自分たちには被害がないという前提で建てられていたからである。
一方で地元というとそうした国と東電という大きな権力の圧力のもとで自治体でもなんら抵抗するものがなかった
肝心の自治体が自分たちの住んでいる住民を守らない、また住んでいる人たちも自分たちの住んでいる土地を守る意識がなかったのである。
事故後もそうである。ゼネンコの大手に除染をまかせる、そこで手抜きがされるのは外から来た人はそこに住まないから金をもらって適当にやりごまかしして楽したいとなるからだ、地元に住んでいる人とは違った意識になるからそうなる
今回のことで国と県と自治体の関係が問われた、それより自治体が市町村が何ら国とか県のなすままであった、復興するにしてもそうである。
自治体というときそこの住民も自治体の一員だったがその人たちもやはりよそ事のようにして原発が建てられたし事故後も自治体は有効に国からの金を活かせなかった

例えば補償金でも実は兆もの除染費用があるなら自治体主導すれば復興にまわせるし補償金にも回せたのである。南相馬市だったら鹿島区は百億円を支給した
それ以上の金はまわせた、そうなれば小高と鹿島区の対立もなかったともなる
これはいい悪いでないにしろ例えばでありそういうこともできる金が実はあったが活かせなかったのである。
それは自治体でもその住民でももっと一体となり働きかける力がなかったともなる

地元というときそこに住んで生活して死ぬ場所でもある、その土地と一体化してある場でありそれは今の世代だけではない代々受け継がれたものとしてある土地である
そこが汚染されて住めなくなるとかそういうことは地元の人にとっては耐えられないたことでてある。
でも地元の人にしてもそういう強いここが掛け替えのない土地だという意識もなっかのである。そういう危機感もなかった
自分たちで自分たちの住む場所を守らないとしたら誰が守るのか?
もしそういう意識がないとしたら自治体の住民なのかともなる
そんな人は住民としての資格があるのかとまでなる
そういう人は別に一億もらってどこにでも去ってゆくとなる
実際にそうなった面もあった、金の社会であり移動が自由であるときどこでもそうなりやすいのである。
ただそういう人は本当にここに住む自治体の一員としての資格があったのかとまでなる

話は変わるがベトナムではなぜアメリカに抵抗できたのか?アメリカが征服できなかったのか?
それはベトコンがその土地に愛着がありアメリカが外国人が侵略して支配されることに根強い抵抗があった、だから穴を堀り地下にもぐり抵抗したという。
南国だから芋がすぐに成長するから食料になったという。
そのパトリシズム(愛郷心)が根強くあったからあれだけの抵抗がありアメリカは敗北したのである。
それだけの愛郷心があったということ、そういう愛郷心がその土地土地に住む人にあったただ現代では便利なものを求めてそうした愛郷心が希薄化してきたことも事実である。
だからこそ不便になったらこれだけ荒廃したら流出してゆく、不便な所には住みたくないとなって流出したのである。
ともかくこの辺ではいろいろなものが問われた場所になったのである。

あの人の不満は大きいからその捌け口がどこになるのか?それが今度は共産党とかの支持につながる
共産党もまた幹部は贅沢しているし実際は同じ構造があるが刷毛口がないからそうなりやすい
こういう構造はアメリカでもある、大企業が刑務所に入っている人を安い労働力して使っていたのである。
これもブラックジョークとなるが一体悪い奴らは誰なのか?
ゼネコンの正社員なのか大企業なのかとなる
その大企業と結託した政府なのかともなる
正社員と非正規の格差問題でも同じである。
こういうことは歴史上常にあったことである。支配するものと支配されるものがいて支配されるものは悲しむ者となる
この世のとはそういうところであり何か変わらない、正直者は馬鹿を見るということでもある
ただ自分でもそうした得をしている方なのかもしれない、そういう人はやはりいつまでも得をするかとなるとならない
そういうカルマをもったからそのカルマを受ける時がくる
自分が苦しんだのはそのカルマが家族でも積み重なっていかからかもしれないからだ。
そういう社会がいつまでもつづくとは思えないのである。











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原発事故の避難区域の復興を担うものは誰か? (外からの人でも誰でもいいとはならない)


原発事故の避難区域の復興を担うものは誰か?


外からの人でも誰でもいいとはならない


●若い人

●技術を持っている人経験者

●何かを指導できる人(年配でも可)


「南相馬で復興を支えるエンジニアを求めている」。ITに詳しい市内の若者を紹介された。

地元の人間だけになったら、きっと原発の話とお金の話ばかりしていると思う。地元の人間だけでは、芋こじが開かれた場にならない。それでは続かないです。色んな人が来て、色んな人と会える。色んな人と話ができる。

ここで地元の人というとき南相馬市とか相馬市も入る、もっと広範囲になるかもしれないつまり福島市だってそうだし郡山市だって入る、するとそこで補償金のことで争うことになる、特に南相馬市は鹿島と小高が対立状態になった
だからかえって外からの人に期待されるのもわかる、何も土地のしがらみがないからいいとなる

でも移住するにしてもみんなが誰でもいいわけではない、ただ年寄りは若い人ならその土地にとっていいのである。先があるし時間をかける時間がある
年よりは時間がないので先がないので新しいことをはじめるのが苦手になるからである。山梨の人は事業に失敗した、その話は参考になる、人の使い方などを知っている
人がいいので人に裏切られらて失敗したのかもしれない。
だから十年その人も老けてしまったのである。あんまり人は苦労すると年とるのである。自分も若いときそうだった、若いとき苦労したので急激にふけたのである。
そんなもの苦労ではないと言えばそうだが自分にとって苦労だったのである。
その後30歳以後故郷に帰り楽したから体が弱くてもここまで生きたとなる
やはり人間はあまりにもきつい生活だと早めに死ぬようになる
パンも食べられないような生活でははやめに死ぬのはやむをえない

小高は今は外から来ている人が増えたという、小高は前よりは増えているだろう。
こういうときは人手を求めているから他からでも受け入れやすいのである。
だから小高では外からの人が来て元気がでてきているのもそうである。
でも誰でもいいわけではない、何か技術でももっている人がいいのである。
若い人は何ももってなくても若さがあるから受け入れられる、
山梨の人は急激にふけてもう何もしたくないとなっている
人を使うということが嫌になっている、それほどひどい目にあったともなる
人間不信になり病気にもなっているからだ
こうなるとこういう人は何か悪いが受け入れるにしても受け入れる側もその人に何かしてもらうのではなくしてやるという感覚になるから受け入れがたくなる

ただ内輪では帰る人と帰らない人がもめているし南相馬市内でも補償金でもめている
必ず鹿島の人に会うとその話になるのである。
だからかえって外の人の方がいいとなるのがわかるのである。
この辺では外部から入る人が今もそれなりにいる、駅にいるとそういう人たちが出入りしているからわかるのである。外部の人たちがまだ活気を与えているともなる
小池にコモドインとんうホテルができてランチも食べられるようになったのもそのためである。家も何百軒と建って都会化したのである。
駅というのは地元の人たちだけが出入りするのだとつまらない、外部の人が出入りしてくると活気がでてくる、その中には外人もいたからだ

避難区域になった所の復興は外部からの力が必要である。でもそれが誰でもいいとはならない、若い人は技術がなくても経験がなくても受け入れられる、体力はあるしその先が長いからである。
50以上になるとやはり技術をもっているとか何か経験があり人を指導できるとかの人でないと無理だろう。
だから変なのは東京辺りの介護が必要な老人を受け入れろとなるとそもそもこの辺では病院でも看護師がたりないし介護士もたりないのだからそういう人を受け入れるのは金をもらってもできない,人手不足がこの辺では深刻なのである。
そして老人が他より65歳以上が30パーセントとか多いのである。

そして今度は復興住宅に移って来た人も老人が多くその子供は流出して老人だけ取り残された人も多い、都会の老人を田舎で引き受けても例え金があっても活性化はしないのである、金でなんでもできるというわけでもないのだ
復興にしても実際は金が有効に使われずに兆の金さえ無駄だったかもしれないからだ
山梨の人は確かに経営者として経験しているがもう人を使う仕事はしたくないという
では何をするのか?農業するなどと言っても全く農業のことを知らない、だから簡単に考えている、となるとこういう人を受け入れても負担になるだけかもしれない
だから誰でもいいから受け入れるということはできない、ただ若い人は何もなくても受け入れやすいのである。それも40代とまりだろう。

結局これだけ老人が多いということそれが復興の障害となる
老人はこの先どうするかというとき補償金とかの方を先に考える、何か復興するというより楽したいとなる、だから小高の老人は国民年金ではたりないからもっと年金として補償していほしいと訴えたことでもわかる、老人は苦労したくないからそうなる。
農業を会社経営にしたとしても60以上が多い
するとどうしてもそこに若い血を導入する必要があるのだ
これはここだけの問題ではない、ここでは何でも極端なものとして現象化したのである。
ただ数万円の収入を得るために四苦八苦しているとかなると楽ではない、その分を農業していれば野菜とか米をもらいたりすればいい、でもそれも今はむずかしい
第一野菜をもらえばいいというがもらえるほど作るのか容易ではないのだ
今野菜が高くなっているからもらえればいいがその野菜を趣味で作っているだけでも労力が金さえかかる、そして何にももらえないのである。人にくれるほどとれていないのである。
現代は現金収入がないとどこでも生活が苦しくなる、飯館村などでは震災前は自給自足的な生活をしていたがみんな出て行ってしまったという、そういう人はまた愛着がなかったのかとか批判される、苦しいときこそ何か助けになることをすべきだと地元の人は思ったからだろう。

それは地元の人でもそうである。なぜ故郷を捨てて出たのか?外に出た人と残った人で争う、それで飯館村では外に出た人と残った人で草刈りをしたというのもそのためである。この辺では様々な対立が生れたのである。
第一飯館村では補償金をもらって外に出た方がいいという人と残る組が二つに別れて争いになったことでもわかる、その争いが深刻なのである。
蕨平の人は40軒あったが残るのは一軒であり牛を飼うことであれ農業が田んぼの管理でもできなくなっている、それで小高辺りでもあきらめるという人がでてくる
もともと後継者がいなくなっていたから余計にあきらめる人か多くなる
共同性が失われたからその共同性を具体的に意識されたのである。
個々の家というものは常に意識されるけど共同しているということは意識されないのである。
でも現実にコミニュティとかこのうよに破壊されると強く意識されるのである。
特に農家の場合は一軒一軒の家では成り立たないのが農業だったから余計にそうなったのである。

ただこういうときは外からの人も入りやすい、助けを求めているのだから外からの人は若いなら歓迎される、普通だとなかなか入りにくい、その外からの人が逆に指導的立場にもなりやすいのである。
なぜなら地元の人は老人が多く、出る人と残る人で分断されたり補償金とかでもめたりと一致していない、外からの人はかえってそうしたしがらみとかもないし新しいことをしやすいのである。何かこういう場所だからこそ生きがいを見つけやすいともなる
町や村をリードする立場にだって成りやすいとなる
地元の人が困り求めるているからそうなる、普通だったらそうはならないからだ。




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2017年05月17日

海は誰のものか? 船主や漁業権者の不満が原発事故で大きい


海は誰のものか?


船主や漁業権者の不満が原発事故で大きい



 特定の人(漁業協同組合関係者)だけが、漁業権の免許権者である都道府県知事から免許されることによって、一定範囲の漁業を独占排他的に営みその利益を享受することができる、


実際には、漁業権の譲渡は、例外的な移転を除いて禁止され(同法26条1項)、貸付は不能(同法30条)であり、抵当権の設定、使用方法に至るまで、漁業法は多くの制限を科しており、民法上の物権とみなしていると考えられる点は殆どない。

漁業権とは魚などを捕ったり養殖する権利のことで、海を占有する権利ではありません。ダイバーは当然、漁をしている場所で潜ったりしませんから何か捕らないかぎり、漁業者が「ここで潜るな」などと言うのはすじ違いなのです。


フクイチ事故でとん挫した上関原発計画であるが、何が何でも祝島漁民の漁業権を奪うつもりのようです。

10月11日、祝島漁協有志で山口県漁連に申し入れを行い、これ以上祝島漁民が漁業権を売らないという意思を尊重し、妨害しないことを求めました

地理的に限定することはきわめて困難かつ時間的に限定することが不可能であるという、
原子力発電所の特徴を考慮すれば、
そうした広範な人びとからの強い反応は当然だと私たちは考えますが、

祝島支店の32名 (過半数)の正組合員および8名の準組合員は今年3月、
この漁業補償金を受け取らないという意思を、改めて貴組合に申し入れております。

今この辺では補償金でもめている、原発事故で避難解除になったからだいたい支払いが終わっている、でもこの辺では船主とか漁業関係者への不満が根強い、それはもうみんな知っている、海岸に住んでいた人も別に船主でもない、漁業にたずさわらない人は多かったそういう人たちは何ら補償がないのである。
それで海老の人が家も流されて生活が苦しくなったからその不満を言う
しかし海岸に住んでいないものはわからなかったのである。
自分もわからなかった、ただ海岸に住んでいる人は漁業関係者が金があるのを知っていて原発事故前からその不満かあったが公には言っていないのである。

それで原発御殿が建ったとかは本当だった、ある人は船主の家に招待されて金の襖があったという、それは東京の職人を呼んで作ったものだったという、その御殿も津浪で流された、それは請戸の港の家だったという。
このことは例えば駅に東京などから帰省してくる人たちも家族から話を聞いて知っていたのである。もうこの辺ではみんな知っているしその不満がぶつぶつと溶岩のようになっている、だから一面そういう不満が爆発したら怖いとなる
いくらそれだけ補償金をもらっても漁業関係者も安穏としては住んでいられないともなる
そもそも漁業権とは何かとなると明確ではないのである。例えば一定水域での漁業にたずさわる権利というものがある。それは広い領域の漁業権ではない、そういうのは代々受け継がれた権利ともなる

貸付は不能(同法30条)であり、抵当権の設定、使用方法に至るまで、漁業法は多くの制限を科しており、民法上の物権とみなしていると考えられる点は殆どない。

これはそもそも漁業権があるのは認めていても漁業権を売り渡すことはできないとうことになる、ではなぜ東電に漁業権を売り渡したのか?
東電の原発のある場所の水域は東電のものであり他の人は立ち入れなくなったのである。その海を所有していたのは漁業組合だからそれができたのかとなる

不思議なのは今山口県の上関原発建設にあたり

原子力発電所の特徴を考慮すれば、
そうした広範な人びとからの強い反応は当然だと私たちは考えますが、

ここでは漁業者だけではなくその土地の広範囲な人々の協力を得て原発を建てさせないようにしている
ところがこの辺では原発を建てるとき漁業権者がその権利を独占して補償金をもらっていた、事故後も多額の補償金をもらっている、それでみんな立派な家を真っ先に建てたのである。一番手厚いの漁業権者にされたからである。

そもそも海は誰のものかというとき漁業権者のものなのか?市町村のものなのか?
県のものなのかとなる、ここでは意外と県が許可権をもっていて法的な権利をもっている原発を建てるときもその土地の所有者と県の許可で建てられたということになると
県の力が強いからそうなった。
その私的に土地を所有したり海を所有したり山を所有したりということが明治以降にありその弊害がいろいろ現れて原発にも及んだのである。

自然は海でも大地でも山でも川でも一つにつながっているからそもそも一区画を自分のものだという私的所有になじまないのである。
入会権から山を私的所有になると無数に山が分割されてその一部を誰かに売ることができる、するとそこがソーラーパネルにされて自然破壊が起こった場合、山全体に影響が出て村全体にも影響がある、土砂災害が起きるかもしれない、そして有害物質となりそれも影響してくる、自然とはもともと私的所有になじまないから国有になっていた。
そういうことは農業するものにとってわかっていたから田んぼは勝手に売れないものとして今でもある。

海は誰のものかというとき漁業権者はあくまでも市町村とか国からその権利を漁業資源保護のためにとか委託されたものである。
なぜならその許可は県とか国が出しているからである。
それよりそこに住む自治体のものであり漁業権者だけのものではない
その海を自分たちだけの権利にして東電に売り渡すようなことがそもそもできたのかとなる、それは法的にも検討されればおかしなものとなる

あなたたちはそこで漁業する権利を与えます
魚をとりすぎたりしないように保護もしてください
魚でも汚染されないようにしてください

それは言えるにしてもそれがどうして東電に売り渡して補償金を得ることができたのかとなる、漁業の保護とは何の関係もないからである。
むしろ海が汚染されて魚がとれないとか売れないとなるから拒否する
それならわかるが補償金をもらうために漁業権を売り渡すことはできない
第一東電の原発が建っている海岸を立ち入り禁止にしても汚染されたら事故でわかったように海全体に汚染水が流れて拡散されるからである。
それは福島県だけの問題ではない、日本全体のひいては世界の問題までに発展する
だから県だけの許可でもそんなことができたのかとなる

自然の権利となるとそれらは切り離されずつながっているからその権利の主体は広範囲になる、だから一区画を所有しているからそれを売って原発を建てさせて県が許可するなどあってはならないことだった
それも過剰な私的所有の権利を与えたために起きたことである。
俺の海の前まで権利があるとか補償金のために言う人もいた、小高では誰のものかわからない私道まで権利が主張されたりもした
これは人間の欲が限りなくなるから歯止めがきかなくなり自然を我が物にしようとする

猪苗代湖の岸辺の砂浜に自転車で入ったらここは入ってはいけないと言われた、所有者がいてバンガローのようなものを建てていたからである。
猪苗代湖の岸辺も私的に所有されているのか?そこで独占して利益を得ている
それは誰のものなのかとなる、そんなことして利益を得ているとしたらなぜそうできるのかとなる、プライベートビーチとんかのもそうである。
ホテルなどが所有したらそこに立ち入ることもできなくなるのである。
そういう場所が結構ある、すると自然を平等に楽しめないとなるのである。
そうしたかったら金を払いとなるのである。

そもそも土地を売買する投機の対象にした資本主義自体が誤っていたと言う人もいる
土地は全体とつながっているから区画して売ることになじまないのである。
海でも山でも川でもなんでもそうである、それを所有するということになじまない
ただ相馬藩内で小良が浜(おらがはま)という小さな港が双葉にあったりしたのはここはおらの浜だという意識はやはり江戸時代からあったとはなる

今回だけは漁業権者だけが手厚い補償金をもらう権利はない、それは市町村の住民にも権利がある、その海の権利はあくまでも魚をとるための権利であり海を売り渡す権利などないしそもそも法律的にも売るものとして物権とかにならないとあるからである
だから法律的にも違反していたから法的なものとしても裁判になるものでもある
ただこれだけ回りに不満があるとなると漁業権者でも船主でも苦しいとなる
回りがこれだけ不満であることは感じるから苦しいとなる

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2017年05月11日

浪江の山林火災で放射性量は上がっていた (常に隠蔽されるごまかす体質は変わらない)


浪江の山林火災で放射性量は上がっていた

(常に隠蔽されるごまかす体質は変わらない)



東京電力福島第1原発事故に伴う帰還困難区域に指定されている浪江町井手の十万山で起きた山林火災で、 
県は9日、周辺3カ所で8日測定した大気中を浮遊するちりの放射性セシウム137の濃度が前日の約3〜9倍に上がったと発表した。 

配信 2017年5月10日 

毎日新聞 続きは会員登録をしてご覧になれます 


浪江の山林火災で放射性物質が拡散して放射線量が上がった、やすらぎ荘で9マイクロシーベルとになっている、これは今だと高いとなる
そもそも飯館村でもあれだけ高かったのに草野で7マイクロシーベルくらいあったのにその半分以下とかなっている、0・5とかになっている
それがなぜなのか?除染した結果なのか?
ただ森の中は3マイクロとかありそれは変わっていない、森の周辺の樹木を切って除染した。でも森があるとそこから放射性物質が流出する
山林の放射性物質の放射線量は変わりない

放射性物質は減るのはセシウムだったら30年後でありその間減らない、ただ除染すれば減る、でも山林は除染できないことで浪江の山林火災でまた放射性物質が拡散した
除染するにはどうするのかというと泥ととか土についているからそれを除去する
溜池を今は泥と水を分離して除染している
でも回りから放射性物質の泥がまた流れてくると同じになる
それでも数学的には放射性物質が一定数ばらまかれたというときその一定数が変わらないその一定数を減らすには除染する他ないとなる

部屋の中の放射性物質は減らないのは除染できないからである。
屋根とかは洗い流して樋とか土にたまった放射性物質をとりのぞき減った
山林は除染できないからそこに一定数放射性物質が残存する
だからこれほどやっかいなものはないのである。

モニタリングポストの値は下の土をとったりして設置されているし低い、モニタリングポストの近くでも倍とかありだから倍とかにして見ないとわからない
飯館村で0・5でも実際は1以上になっているから今では高いとなる
0・23以下が住める基準になっているからだ。

なんか放射性物質とか考えると数学的思考が身につくともなる、そもそも数値でしか計り得ようがないからだ。だからこの辺では放射能に興味をもつ子供でも若い人でもでてくることは確かである。現実にこれだけ被害があるからそれが直接かかわるからである。

原発の問題は浪江の山林火災でも同じようなことがおきた

放射性物質は拡散しないから安心してください

こうしたことが福島県の広報で発信された、原発も爆発したとき御用学者がメルトダウンはしていなとしきりに言っていたが嘘だった
今回も同じだった、真実を報道しないでただ安全です、安心してくださいという報道になったのである。
原発はこのうよに常に少しでも不安を与えることに異常に過敏なのである。
そこで真実の報道はおさえられ、安心です、安全ですという報道になる
それこそ「安全神話」を作ったことでもわかる
そして事故が起きるということも言えない、科学的合理的なことも追求されずねじまげられて報道される、そんなわからない危険なものには手を出すなとなる
原発にたずさわるもの科学者でも常におびえているからそうなっているのだ。
いくら安全を唱えても科学者でも不安がありそれでなんとか科学的合理的な追求ではなくごまかそうとする、それが原発にかかわるものの体質となっていたのである。

別に一部で放射線量が上がったとしてもそれを正直に発表すればそういうことはない、でも必ずごまかすからかえって信じられなくなりみんなを不安にととしいれているのであるかえってそのことが不安を拡大させている、不安になる人はその結果かえってふえる
不安になる人は東京でも九州辺りのペットボトルを飲むとかなる
そもそもモニタリングポストがその数値をごまかすものとして置かれていたのである。
だから何を信用していいかわからないのが原発だったのである。

つまり何か原発で起きるときメルトダウンはしないとか今回の火事でも放射性物質は拡散しなとか報道する、そういう体質は変わらなかった
だから今ある原発でも同じであり常に隠蔽されるし安全だ、安全だとごまかしてでも言っていなければならない、そこが原発の最大の問題だったのである。
そのことで拡散することを指摘した新聞社に謝罪させているというのも同じ体質である。
真実の報道をさせないのである。
原発の問題はそういうことが積もり積もって大事故につながっていたのである。
そもそも隠蔽されて真実が追求できないようになっていたからである。
「安全神話」つくれるほど強大な権力をもっていてタッグを組んでいたからできたことだったのである。




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2017年05月10日

原発事故が現代に問うたもの (苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)


原発事故が現代に問うたもの

(苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)

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そもそも自分は農民でもないしまずそうした戦前のどん底の貧乏の農民を理解できない
また戦争で死んだ人たちの苦しみも理解できない、何か理解するというとき同じような体験をしたとき理解できる
ある人は10年夫を介護していた、その時自分も介護していた
でも話したこともないから自分も相手のことは知らないからその苦労も知らない
だから相手も無関心だったし自分も無関心だったのである。
ただ互いにそのことを知ったとき同情しあわたのである。

貧乏でも貧乏を体験しない人はいくら本を読んだとしても理解できないのである。
何かをそのことをイメージしようとしても甘いものとなりできない
だから昔でも歴史でも常に人間は今の生活からしかイメージできないのである。
そこに錯覚が生れる、過去は何か今の生活からみるといい面だけを見るようになる
今からすると自然環境は良かったから昔の方がいいとかなる
でも現実にそこに暮らす人は食うや食わずだったとなりこんな所嫌だとなる
タイムマシンに乗って過去にさかのぼればそうなってしまう
そこは今から比べるとあまりにも過酷な世界なのである。

北海道の開拓にしてもあまりにも過酷でありだから
火のような呪いがあると満直が詩にした、そういうことばぎりぎりの生きる死ぬかのなかで生れた言葉である。普通呪うなどあからさまに言わないからである。
そこまで厳しい生活だったということである。
それは観念的には全く理解できない世界である。

戦争というのも何か美化するようになるけどあまりにも過酷な経験である。
だから姉は従軍看護婦として赤紙一枚で戦地に送られた
四年間シンガポールに今のマレーシアのジョホールバルで過ごした
死ぬときまで何かうなされるようにしてそのことを語りつづけていたのである。
それだけ忘れられない過酷な経験だったからそうなった
そういう過酷さをもう楽な生活をしている現代人には理解できないのである。
もちろん現代には現代の苦しさがありそのことを訴える
でもその時代の過酷さはとても現代では理解できないのである。

だからそういう人たちのことを書くとなると体験がないから書けないとなる
ただ原発事故でそういう農民であれそのことが何を今に語るのかと問われた
今は農業は辛いし金にならないからと常に否定的になり誰も跡も継ぎたくないとなった
親から農業だけはやるなと殴られたとしてその人は原発や建築現場で働いた
猪狩満直の時代はそもそも農業しか仕事がなかった
わざわざ北海道のような所に開拓には入らないが戦前までみんな農業しか仕事がない
そのことが戦争の原因にもなっていたのである。
満州に日本が進出したのは広大な土地を得て農業するためだったのである。
それであの寒い地で米まで作ろうとしていたのである。
農業には土地が必要だから満州に進出したのである。
その後も戦争が終わってもブラジルとかに移民したのも農業するためだった

ところが日本が工業化してゆくと農業に従事する人はどんどん減っていった、今や一割にもみたないし全体の生産額でもそうである。
そういう時代になると誰でも金になる仕事につきたいとなり会社勤めになる
田舎でもほとんど会社員であり農業だけで暮らしている人は一割にも満たないのである。だから人間は時代に適合して生きざるをえない
だから奇妙なのは山尾三省のようになるとパンも食べないとかなるとそれは何なのだ
テレビで良くやる貧乏を見せるための演技なのかとなる
この豊かな時代にパンも食べないとか食べるなとか何なのだとかかえって批判される
そんなことを受け入れる人は今の時代にはいないからである。

山尾三省と猪狩満直とか三野混沌などと昔の農民と比べるとまるで違ったものである。
それはまず観念的に自然と共生する思想があってそういう貧乏な生活を試みたのである。一方で猪狩満直とか三野混沌などはただぎりぎりで必死に貧乏を生きざるをえなかったのである。だからその貧乏を呪うとまでなっていた
それほど過酷だったからである。
自分もまた自然とか農業でも観念的に見ているのである。

では現代にそういう過酷な過去を生きた人たちは何を問うのかとなる
原発周辺はあまりにもその逆だったのである。
漁師は漁師で海を漁業権を売り渡して原発御殿を建てて贅沢していたし
飽くことなく現代の贅沢を求めていた、その欲は限りないものとなっていた
それはもう手段を問わないのである。原発が金になるならいい、それで景気が良くなるならいいとしかないのである。
借金して家を立派な家を建てる人が本当に多い時代である。
借金してまで贅沢したいのが現代である。猪狩満直は粗末な小屋に住んでいた
食うや食わずの生活だった、そういう農民が多いのが戦前だった
その生活の差があまりにも大きいものだった

だからそういう昔の人たちは現代の生活をみてどう思うのかとなる
この生活は何なのだと思うだろう、俺は食うや食わずで最後は病気で死んだ
ここの暮らしは何なのだ、こんな世界がありうるのかとなってしまう。
今から過去へイメージすることは現実にあったことだし一応記録もあるからイメージはできる、でもまた未来となるとこれはイメージできないのである。
ただ農業というのが楽ではないことは変わっていないのである

でも趣味でやっている人がいくら苦労を言ってもそれで生活するわけでもいな、みんなスーパーで買って暮らしている、野菜でもそうである。
だから金なくしては野菜も買えないし暮らしていけないのである。
それにしても人間の不思議はそんなぎりぎりの生活でも希望をもっていたということである。
余りにも満たされた生活では人間は自堕落になり希望すら失うというのも逆説なのか?

原発事故で避難した人たちが苦しいというけども毎日パチンコとかギャンブルしている人がどこが苦しいのかとなる、その人たちに言い分があってもそうである。
6年間はほとんど遊び暮らす楽な暮らしだったなと見るのである。
それは過去の過酷な生活を比べることやシリア難民とかと比べることはできない
それにしても自分は介護していたしその回りでも苦労していた人たちはいる
それを自分たちのみが苦しいと訴えていたのも納得いかなかったのである。
そしてなぜ同情しないのかと怒りになっているのも納得いかなかったのである。

その前にそもそも原発を誘致して贅沢をしたいということがありそれが事故となり漁業でも農業そのものもを破壊されてしまったとなる
その農業などでも飯館村などでは回復不可能にもなっている
水さえ飲めないとまでなっている、それは何なのだろうとなる
そして若い人が流出してもう町も村も維持できない状態になっている
飯館村ではこのままでは1000人くらいになるという、それも老人の割合が半分以上だからどうして村が維持できるのかという深刻な状態に将来なる
そこには希望もなにもなくなってしまうのである。

どんな時でも 仲間よ
俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう
どんなときでも 仲間よ
俺たちは新しい地を継ぐ子供のあることを忘れはしないんだ
(仲間よ、俺たちは戦っている)

俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう

これは何か生きる子供の純粋な気持ちをもちつづけることであり
そして新しい地を受け継ぐ子供のあることとは何なのか?
そういうふうに親が苦労して生きていたときそのことを子供は知っていて受け継ぐ
だからそういう過酷な状態でも人間は希望だけは持ち続ける

一方で農業だけはやるなと親に殴られた人は親になり原発で働いて豊かになってもその地を受け継ぐ人がいなくなったのである。
双葉町では原発と未来を築く町としてあった、その未来は無惨に破壊されたのである。
だから過度な豊かさを求めてそれを得たとしてもそれが未来の希望になるとは限らないのである。
現実に子供たちはその地を受け継がないで去ってしまったということである。
子供が受け継ぐというときカルト宗教団体のうよなものも受け継がないだろう。
いづれその偽善にきづくからである。

だから不思議なのはそうした過酷な貧乏の中ででも人間は未来に希望をもっていたということである。その昔の過酷さと比べると原発事故はまた違った被害だけど楽だとはなる
でも若い人たちは次代を継ぐ人たちは去って行ってしまったのである。

どんな時でも 仲間よ

その仲間もみんなばらばらになって帰ってこなくなったのである。
どんなときという時というとき苦しい時でもとういことである。
それが家族ですらばらばらになり老人だけが故郷に取り残されたのである。
仲間といっても会社員の時代になると違うからそうなったともなる


参考にした本

猪狩満直と「移住民」-佐藤久弥著
posted by 老鶯 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年05月08日

なぜ原発事故で若い人は流出したのか? (郷土愛が希薄化した結果?)


なぜ原発事故で若い人は流出したのか?

(郷土愛が希薄化した結果?)

そこがどんなに寒く、どんなに乾燥し、どんなに湿潤な土地であろうともいやなのもはそこを去りそこを愛するものだけがそこに残って作った共同体を愛するものである。それが郷土愛であり祖国愛の源流だろう。

風土と郷土愛-藤井昭二


●自然環境(真善美)

●風土性

●家族(愛)

●郷土の人間関係(協力関係)

●豊かな暮らし(利便性)


この人の考察では自然条件がどんなに厳しくてもそこに人間は住んでいる、黄土高原のヤオトンなどもそうである。草木も生えていないような所に良く住んでいられるとなる
砂漠に住む人でもシベリアでも自然条件の厳しい所に人は住んでいる
そこに住んでいるのはその土地を愛しているというよりそこに住まざるをえないからだろう。

自然環境とか風土性で培われるものがある。それが文化文明を作ったというのもそうである。宗教でも一神教が生れたのは砂漠からである、それはイスラムでも共通している
世界を見ると日本のように山が木で覆われているのは少ない、木もない山も多い、
砂漠の山などもそうである。シナイ山といわれる所も木がない岩山である。
だから住むには厳しいとなる、日本ではそういう点では恵まれている

風土性は人間に大きく影響する、福島県でもハマ、ナカ、アイズでまるっきり風土が違う気候が全く違っている、福島市とかは夏は盆地で暑いからいやだとなる
阿武隈高原を越えると涼しい風が海から吹いてきてほっとした。
何か熱風の中から出てきた感じにもなった。
だから福島市には住みたくないし他にも会津も冬になると雪に埋もれるから住みたくない浜通りのいい点は寒からず暑からずなことである。
だから天候からすれば浜通りは老後のおすすめの場所であり浜通りに住みたいという人はいたし現実にいたのである。
老後を会津とか北海道を選ぶのは気候の厳しさを知らないからだとなる
体の弱い人は住めない、老人には住みにくいとなる
ただそこに住んでいる人はその風土に慣れているから住めるともなる

そもそもその土地が悪条件でも住むというとき郷土愛の前に家族愛というのは誰でももっているから家族がいれば住むとなる、ただ家族に冷たくされたというとき故郷に帰りたくないという人もいる、駅では東京などに出て行った人が女性でも帰ってくる、その時なつかしいとなるときまず家族に両親とかに会えることなのである。
駅では母親が待っていたりするからである。
自分も郷土愛というとき家族がいて家族の元に帰れるということであった
自然とか郷土の人間関係など全く関係なかったのである。
自然とか考えるようになったのはその後のことである。
自分は都会は向いていなかったからである。人ごみとか騒音の環境を嫌悪することがあったからだ

だから今原発事故で郷土から流出した若い人々は飯館村などでも回りの監視状態の人間関係から離れて福島市とか都会で暮らす方がいいとなっている
田舎の人間関係は相互監視状態になっていて窮屈なのである。
そして今は田舎でもみんな農民ではないから共同性も希薄化している
そうなると家族愛となると別に郷土にあるわけではない、どこに住んでも家族が入れば家族愛があるから郷土にこだわる必要がない
むしろ現代は豊かな暮らし利便性が優先されるとなる

だから石川啄木があれほど望郷になったのか不思議だとなる、それほど田舎で暮らしている人に自然への思いはない、自然の美にしても普通の人は農民でも意識しない
むしろ農民だったら苦労だけを言う、ただ自分のように外から見ていると楽だから自然の中に暮らしていることはいいとなる
現代は特に郷土と結びつけるものが希薄化している、だから原発事故で放射能問題があっても若い人たちはこれを契機にかえって流出したのかとなる
ただ老人は郷土に愛着があり残ったとなる
だから自然条件の厳しい所に住んでいるのは郷土愛とは限らないのである。
郷土を嫌っていてもしかたなくいるという人も多いのである。
それよりそういう外の世界を知らない時代はそこに住むほかないとなる

自分が自然環境を重んじるというとき自然の中にロゴスを形成する、アイディンティティ化するものとして追求してきた。そこに精神の調和と形成を求めてきた。
東京とかなると完全にロゴスは崩壊している、無秩序の世界、混沌の世界でありそこに精神の安定はえられない、だから良くあんなところに正常でいられるなと思う
そこに住むことができること自体異常になっているのかとも思うのである。

いづれにしろこの辺で原発を誘致したのも利便性でり豊かな暮らしをしたいためである。郷土愛というより利便性とか豊かさを求めることが強かったのである
逆に山尾三省の不思議は異常に自然環境、風土性を求めていたのである。
それを自ら実践したのである、なんでそこでするのか?
それは演技であり貧乏をショー化するようにも見えたのである。
何か現代はかえって不自然に見えてしまっていたのである。
田舎でも山尾三省のような人はいない、みんな利便性と豊かさを求めている
だから原発事故で放射能の被害もあるがそれだけではない利便性と豊かさを求めてまた田舎の人間関係のわずらわしさを嫌ってこの際都会に出た方がいいともなったともいえる
つまりすべてが原発事故が原因だったとはならないのである。
郷土愛が希薄化した結果として流出したともなる
もし山尾三省のような人がいたらそうはならなかったことは確かだからである。

つまりいい家をもちたい、いい車をもちたい、うまもいものを食べたい、・・・
そうした欲望が限りなくありそうなった、立派な家を借金してまで建てているとか
いい車に乗っているとか漁師は原発の補償金で事故前からぜいたくしていたし原発御殿と言われる家を建てていたり何か欲望のためには何でもするともなっていたのである。
それは別に漁師だけではないみんなそうだったのてある。それが現代の生活でありどこでも同じである。
ある人は見栄のために事業を成功していたとか装っていたけど借金していたのである。
借金してまで自分を良く見せる、そのためにはどんなことでもするというのが現状なのである。
お前も同じじゃないかといえばうまいものは食べたいというのはそうである。
でも家はあるし車はもっていないからそういう贅沢は求めていない
だから山尾三省と比べるとあまりにも違いすぎるのである。
ただパンが贅沢だとなると誰も今の世の中には受け入れられないのである。

山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰に汚染されているとしても
わたくしには他に還るところがないのだから

この人の不思議は別に原子力発電とか放射能の被害にあったように書いているのだ
老人はまさにこういう心境だから故郷に帰りたいとなっているのだ
若い人たちはそうはならない、若い母親だったら放射能の怖さが優先される
そこに世代が分離して老人だけが故郷に取り残されたとなったのである。


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2017年05月04日

ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎 除染しても放射線量が減らないから困る


ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎


除染しても放射線量が減らないから困る

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溜池の除染作業

よほど郡山の市街地にある某公園の方が高いね。 
そこは池の水位が下がると3マイクロまで上がるし。

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

湖は森林とは違うよ。 
キミは福島の森林が年々セシウム濃度が下がって、湖等が上がってること知らないのか?

日本は世界でも最も降雨の多い地域で、通過する温帯性低気圧(台風等含む)で、放射性セシウムが洗い流されて土壌に染み込んだり、懸濁流水となって、湖沼河川へと集積されている。 
樹木植物に蓄積されている放射性セシウムは主に根茎に集まるので、火災にさらされることの方が希。 
土中には酸素が無いので根茎は燃えない。 


ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう


環境省はダムは管轄外。 
国土交通省はダムの汚染状況を調査中。 
小型のダムである農業用ため池は、農水省と福島県で調査した汚染状況の結果をHPで公表している。 
この結果を踏まえて、2017年度から本格的な除染を既に始めている。 
それまでは各地で実証実験を行い、湖沼の除染技術の確立していた。

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている。

ベラルーシ国立土壌研究所グループの調査で粘土分が少ない土の場合、 
土壌汚染の15倍もの放射性物質が牧草に蓄積されることが分かっていた。


科学に弱くてもこの辺では放射能のことを考えざるを得ない、文系でも理解しようとする的外れなことあるが事故周辺に住んでいると実際に回りの放射線量を計測しているから他の人より理解するということはある
これは2ちゃんねるの論議だからいいかげんなことはあるだろう。
ただあれでもヒントにはなる、あまり専門的になると手も足もでないとなるからだ

浪江で火事があってあそこは避難困難区域だから相当に放射線量が高い、飯館村で木の樹皮は3マイクロシーベルト4年前頃はあった。今は減っているただ山林の中も今も3マイクロシーベルある。
この辺で一番気にしているのは真野ダムの放射線の汚染である。水を利用しているからそうなる、だから飲み水はペットボトルになる、相馬市でもそうである。
するとペットボトル代くらいの補償は継続的にしてくれともなる

自分は溜池で除染しているのを見た、泥と水を分けている作業をしていた

ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている

実験してダムや溜池や湖の除染をはじめている、小池で見たからそれがそうである。
でもこのようにまた回りからセシウムのついた泥が流れてくるから同じだとなると何か除染も徒労だという感じになる
そしてその回りの森の領域が広いからその泥の流出をとめることができないのである。
だからダムでも溜池でも湖でもセシウムが泥が堆積されているから放射線量は上がっている、それは上が水で覆われているから放射線量を水でさえぎるから上がらないだけであるそれは原子炉を冷やしているのと同じ理屈である。

水を取り除いたらセシウムのついた泥の放射線量が高くなっている

家根から流れだしたセシウムは樋で高くなったと同じ

溜池とか湖でもダムでも泥は計れない、でもその水が取り除かれたときかえって放射線量は上がっているというのは怖いことである。
その溜池でもダムでも湖でも除染してもまた回りから泥が流れてくるのだから無駄というときそんなことに金かけて除染していいのかともなる
つまり除染は何か森や山林地帯では効果がないのではないか?
そこには常に泥が流れてきてたまりやすいからである。

浪江で火事では確かに樹皮は飯館村の佐須で3マイクロシーベルとあった、一部にホットスポットがあり20マイクロをこえていたところがあったので驚いた
その泥は確実に真野ダムに流れているのである。

これから政府で溜池とか沼とかダムとかの除染をしようにもできるのかとなる
確かにそうはいっても森自体が広すぎて汚染できないときセシウムのついた泥を取り除けば山林の放射線量は減ってゆくことは確かである。
でもそれは果てしない労役を課されることになる、そのカルマをとりのぞくには半減する30年とかともなり嫌になるだろう。
それが放射能被害の過酷さだったのである。

浪江の火事では樹皮は汚染されたが

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

樹皮は4年前頃3マイクロシーベル汚染されていた、これは自分で計測したから覚えている放射性物質が拡散するかしないかは議論されている
たいした影響もないのかあるのかまたわからなくなるのである。



posted by 老鶯 at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連