2020年11月14日

原発事故の避難区域に誰でもいいから人が住むべき (人が住むことによって荒廃からまねがれる)


原発事故の避難区域に誰でもいいから人が住むべき

(人が住むことによって荒廃からまねがれる)

集落全体が「山に呑まれて」、道路も藪で覆われて、獣や蛇が出るので、怖くてとても墓参りになどゆけないということでした。人間が住んでいると、それだけで自然の繁殖力はかなり抑制されるのですが、ひとたび無人になると自然が堰を切ったように文明の痕跡を覆い尽くしてしまう。

日本にはいま100万人の「引きこもり」がいるそうです。その人たちに過疎の里山に来てもらって、そこの無住の家に「引きこもって」もらう。里山だと「そこにいるだけで」、里山を自然の繁殖力に呑み込まれることから守ることができる。

これを感じるのは原発避難区域になった所である、特に飯館村とか浪江町とか双葉町とか大熊とかが人の住まない地域になった
そこがどうなったのか?空家だらけでありゴーストタウンや村になった
人が住まなくなるとみるみる自然に逆に浸食されて草に覆われて竹でも下から生えてくるとか自然に呑み込まれるとんいうのは本当である

だから飯館村とかに住んだ科学者なのかまずとにかく人を住まわせるべきだというのは本当だと前々から私も言ってきたのである
人が住まないことはあれほどに荒廃させてしまうのである
だからともかく何であれそこに人が住むことがそうした自然の浸食荒廃を食い止めるというのは私も思う
そのことをずっと書いてきたからである

放射線の被害があるからそれも強く言えないが、荒廃を防ぐにはとにかく引きこもりでもいいそこに人が住むことが肝心だというのは賛成である
ただ住むとしてもでは町や村を離れた人がそうした何もなくなった場所に住むことはもう簡単にできない、10年も過ぎれば生活が別になってしまったからである
子供でもすでに十年過ぎれは他の土地になじんでいるからである

ただここで言っていることはとにかく歩哨としてでも誰でもいいからそういう場所に人が住むことに意義がある、それは西部開拓で一人でも人が住んでいてそれが荒廃を防いだというのもそうである
つまりそういう場所に一人住むことはどれだけ意義があることになるかである
もしそういう場所に住めば一人でもその一人にその土地の歴史とかを担うことになってしまうのである、死者もそこにいるからである、墓地もあり墓参りもしないと先祖も見捨てられたとなり幽鬼のようにさまようことになる
神社などもお参りしないとそれが死んだものとなり呪いともなるかもしれない、墓も同じなのである

一旦人が住んだ場所ともともと自然だけの場所とは違う、一旦人が住むとそこに人が住まなくなると何か一段と淋しくなり荒廃して幽鬼が彷徨っているようになる
つまり何か浮かばれないものがゴーストタウンをビィレッジを彷徨っているとなる
だからともかく一人でもいいからそういう場所に住むとその人がそうした荒廃を防ぐともなる、それだけの意義が与えられとなる、だから新しいフロンティアだというのもわかる

例えば何か自分自身は親に恵まれていた、それでみんな家族が死んでも家が残っている
その家には依然として家族がいる感じにもなる
つまり家があることの幸福を感じた、そして親に感謝するのである
そして家というのは単なる箱ではない、ものではない、ものだとしてもそのモノがモノが憑くというモノになっている、それぞれの家には歴史がありその土地を語っていたとなるだから一旦人が住まなくなると廃屋になるとそこには何か物の怪がいて幽霊が棲んでいる感じになるのである、それだけその家に執着するものがありそうなっているともなる
廃屋でもそう感じる、もし家が壊されたりするとそういうことは感じないのである
ただの更地となってしまうからである

アメリカの西部のような信じられない広大な世界ではそこに一軒の家でもあればほっとする、それが原発事故の避難区域と似ていると言えば似ている
そこになお人が住んでいることだけで救いを感じるのである  


家の歴史

家は北風を防ぎ広い廊下に
冬の陽がさしてあたたかい
我が家は地元の木材で作られた
50年前にもなり古くなった
でも十分に住める
この家は親が与えてくれたもの
親はいつもこの家を自慢していた
それぞれの家には歴史がある
そこに営まれた人生がある
家というのはただ人の住む箱ではない
思い出がつまっていて
そこに苦労があり楽しみがあった
家は冬になると重みを増す
まるでその土地に根付いた木のように
北風が吹いてその土地にさらに根付く
また代々つづく家には重みがある  
人間はとても一代では富は築けない
代々重ねたものがありそれが家の重みとなる
冬には家が大事である
寒さと北風を防ぐから
そしてヨ−ロッパなら暖炉であたたまる
そして回想にふける
家は冬に重みをます
その家とともに人間も重みを増す
何か受け継がれるものがある
そして先祖もその家にいる
それが古い家なら特にそうなる
死者もまた以前として家に棲んでいる
それだけ家は人間と一体となっている 


このように家にはそれぞれ歴史があり何かその土地を語る
私の家はなぜ早く建てたかというとこの町で一番低い場所にあり伊勢湾台風の時か、
もう屋根の下まで水につかってひどいめにあった、その後も川が氾濫して床上浸水になった、それで二階を建ててそこに水害の時逃げるということで家を早めに建てたのである
つまりそれぞれの家には何かこうして歴史がある
これも自分の家の歴史であり町の歴史でもある、一軒一軒の家が市町村の歴史なのである郷土史なのである、だから古い家は学者の調査対象にもなるのである
そういう家の歴史が失わせたのが原発事故だったともなる
ただ津浪でも根こそぎ村が失われたのだからそこで歴史が消失したとなる
それは自然の作用だったが原発事故は人為的なものでありその被害の方がここで大きかったのである

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大原の廃屋

これは原発事故で廃屋になったのではない、その前から廃屋だったのである
この家は本当に幽霊屋敷である、ここから幽霊が本当に出て来る感じであり不気味なのである
依然して家族がいなくても幽霊が棲みついている感じになる





posted by 老鶯 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年10月28日

鹿島区唐神(からかみ)溜池の除染 (飯館村の除染は不可能に思う)


鹿島区唐神(からかみ)溜池の除染

(飯館村の除染は不可能に思う)

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3月まで除染するというときそれは鹿島区一帯らしい、だから小山田の小さな溜池はすぐに終わった
でもこの唐神溜池は本当に広い、一番大きな溜池である
これを除染するのかと見たらそんなことできるのかと思った
現実はほんの一部除染して終わる
まずこれだけ広いと除染は無理である
回りが一応それなりに森になっている、だから森から泥と一緒に汚染された放射性物質が流れてくる
でもここは飯館村のような広大な森ではないからそれほど影響がないとも見る
そもそも鹿島区は山の方は高くても街の方とか海の方は低いから安心だったのである

ただこの放射性物質の厄介なのは泥についていて泥とともに流れる
だから真野川でも真野ダムに回りから放射性物質の泥が流れてたまる
だから真野ダムには相当に放射性物質がたまった泥がある
ただ放射線は水でさりぎられているし泥に付着しているからその水は安全だとしている
真野ダムの水は飲料水として飲んでいる、でもそこにも不安がある
ただ放射線量とかは計っていると思う

飯館村が放射性物質に汚染されたことはそれは南相馬市でも相馬市でも影響したのである真野ダムとかの水を相馬市でも飲料水として利用しているからだ
たからその被害は広範囲なものになっていた、それで飯館村だけの問題ではない
放射性物質の汚染された土をいれたフレコンバックが破れて中の放射性物質が流れだしことがあった
すると飯館村の真ん中の草野を新田川が流れている、それが原町市に流れて来るから飯館村だけの問題ではないのである
考えてみると南相馬市で飯館村も合併するということがあった
それは地理的に理に適ったものだったと今では思う
なぜなら南相馬市と地理的一体不可分な地域だったからである
ただ補償とかの面では飯館村に手厚かった、それだけの被害があったから当然だとはなるでも放射線の被害は広範囲だったのである
だから飯館村だけの問題ではない、分離できなものだったのである

だから最初川の魚を食べるという警告をしたのは川には大量の放射性物質が泥とともに流れてきたのである、だから魚も危険になった
阿武隈川の河口でもその放射性物質の泥が流れてたまり高くなっていたのである
実際に飯館村の佐須で泥の放射線量を計ったら20マイクロシーベルトあった
これには驚いた、ホットスポットだったというわけでもないかもしれない
飯館村は全体的にそのように高いレベルで汚染されていたのである
そして回りが70パーセントが森でありその森から泥に付着した放射性物質がながれだして来る、それは消えることなく流れてくる、でもそれだけの森を除染することは不可能なのである、だから飯館村の溜池とかの除染は不可能だともなる

いづれにしろ放射性物質をとりのぞくことは本当に不可能に近いともなる
それほどやっかいなものだった、30年過ぎるとセシウムは半減するとなるがその先も長い、プルトニウムは二万年消えないというから空恐ろしいものだったのである
つまり生態系を汚染して生物が生きられなくなるということが最大の罪だった
空気と水と土とか森でも汚染されればもう人は住めないのである
そして武田邦彦氏が言うには心筋梗塞が増えているという、それで移住させるべきだとしている、科学者としてまだそれだけの危険性があり払拭されていない
ただ鹿島区に関しては放射線の被害は許容範囲だったとはなる
だからそれほど責めるということはないともなる

川はこのように危険なものだった、ただ海にトリチウムを流すとなるとそれがどれだけの危険なのか良くわからない、海は広いからである、また最近の研究で海の魚はセシウムとかを外に出す機能があるという、だから海に関してはそれほどでもないのかともみるがわからない、まず川はそれだけ危険だった
海は広いから希釈するということ薄められるということがあり川とは比較にならなかったのである




なかでも注目すべきは、ヨウ素129で、これは半減期1570万年という非常に寿命の長い放射性物質です。時間がたてば無くなるというものではない。これが海洋に投棄されれば、沿岸に生息するワカメは放射性ワカメになってしまいます。

 また、放射性ストロンチウムはカルシウム成分に混入するものですから、あらゆる魚種に影響を及ぼします。ストロンチウムの影響は今後300年続きます。

「トリチウム水」では事態を見誤る。専制政治と言葉の置き換えという日本原子力行政の宿痾<史的ルッキズム研究10>

これだけ放射性物質の毒は空恐ろしい者である、その毒はこのように消えないのである
トリチウムだけを流すというのは嘘なのである
トリチウムは安全だというけどその他の放射性物質が同時に海に流される
これだけ危険なも原発を作った罪は余りにも大きいとなる
そして誰も政府でも東電でも責任をとらない体制を権力で作っていたのである
これも許せないことだったのである


posted by 老鶯 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年10月26日

自治体で広範囲にかかわるべきだった原発 (漁業権は国と県が許可するー市は関係できない)


 自治体で広範囲にかかわるべきだった原発
  
 (漁業権は国と県が許可するー市は関係できない)

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漁業権は 知事の権限になっている、広い範囲だと大臣の権限の許可であり国が関係している、だから原発は県の行政とかが深く関係していた
でも肝心の原発周辺の自治体には権限はなかった、何ら権限を行使するものがなかったともなる

漁業権を与えた者が県知事だとすると東電に漁業権を売りわたしたとか許可したものせ最終的に県知事になり県になるのかともなる

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県知事の許可で漁業権が与えられている
でももし漁業権が資源の保護に限るなら東電の原発を許可できない
でも実際は県知事の許可で原発は建てられたとなる
ただ漁業権には国も大きく関与している、だから最終的に国の権限で建てられたとなるのか?
でも自治体が関与しないということが納得できないである
なぜなら一番かかわるのは自治体の住民だからである、被害を受けるのは住民だからでる

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漁業権というとき何かこれもわかりにくい、南相馬市にはそもそも農政課があってそこに漁業でも関係している、水産課はない、第一烏崎港があるだけであり小さいから課を置くほどではないとなる、相馬市の松川浦とかだと大きいから相馬市には水産課があるととなる
ても漁業権を与えているのは県であり国である
県より国が最終的には漁業権を与えている、ただ狭い範囲だ県知事の許可制になっている
ただなぜ漁業権が問題になったかとういと原発を建てる時漁業組合の許可ないと作れなかった
漁業権をもっているのは漁業組合だからである
でも漁業県を与えているのは県知事の許可であり最終的に国だとなっている

そして南相馬市だけではない、相馬市でも相馬双葉浪江、いわき市の漁業組合は一つとなってトリチウムの海の放流をすることに一致して反対している
でもそこに相馬市でも南相馬市でも浪江町でも双葉町でもいわき市でも関係していない
関係できないからしていないのか?
それもあるのかもしれない、つまり漁業というのは一つの自治体があっても切り離されたものとしてある、だからすべて漁業組合は取り仕切り他は市政でも関係していない
できないのかとなる

トリチウムの海への放流でも漁業組合が反対しているのであり自治体が協同して反対することに加わっていないのである、ただ県知事は何かトリチウムのことで意見を言っているただ県の上に国があって国の命令には逆らえない、だからトリチウム問題でも国の命令で海に流すとなる
確かに漁業組合は反対している、でも漁業組合はこれまでの経過かすると自分たちの仲間の権利を主張して反対している
海は俺たちのものでありだから勝手にしていいとまでなっていた
だから原発事故前も多額の補償金をもらっていて原発御殿を建てて周りからうらやましがられていた
不思議なのは海に関しては相馬市でも南相馬市でも浜通りの自治体でも関与することができなかったとのかとなる

でも一番被害を受けたのは原発周辺の自治体なのである
だから海は漁業組合のものだということで勝手にさせていいものとはならなかったのである
海は俺たちの物だ、だから東電に売ってもも原発を建てても許可するとかならない
それにはその海に面して市民も住民も関係すべきものだった
でも肝心のそこに住んでいる住民とか市政では関係していない
また関係できなかったのである、なぜなら海は俺たちのものだと漁業組合でそうしていたからである
だから魚でも漁業組合の許可ないととれないのである
それはあくまでも漁業資源の保護がありそれで主張できる

でも東電に漁業権があるからそれを売って許可して補償金をもらう

つまり海は俺たちものであり別に回りの市民であれ住民であれ許可されなくてもいいとなる、そして交渉しているはトリチウムの放流でも漁業組合であり市政とか住民とかは関係していないのである
ただ今回は農業関係者と協同してトリチウムの放流に反対している
ということは何らか広範囲な問題としてトリチウムの放流に反対したとなる

地元の住民にとってトリチウムに汚染された魚は食べたくないということがある
実はトリチウムだけではない、他の放射性物質も流されるとかも言われる
その危険性ははっきりしない、つまりそこに肝心の住民は関係しないし市政でも町政でも関係しないのである
トリチウムの放流でも市民が住民が反対であるとして抗議していない
漁業組合が中心として反対している

でも漁業組合は信用できない!

それは原発事故前から多額の補償金をもらっていた、そして漁業権を盾にしてそうしていたからである
そうしたらトリチウムを流すなというときまた補償金をさらに加えてもらうためのなかとかんがくようにもなる
なぜなら事故前にもそうしていたからである、要するに補償金をもらうために漁業権があるともなっていたからである

もし市政でも市民でも町民村民でも全部の問題として海が汚染されることに関係しているのだとなればそうはならないのである
自治体で浜通りが連合して最初から海は漁業組合のものではないとしてあればそこで協議して賛成するにしろしないにしろ交渉していればその責任は別に漁業組合にだけあるとはならないのである

でも実際は海は漁業組合のものだ!

ならば原発事故の責任でも漁業組合になるともなってしまうのである
もし海が自治体のものだとかなっていれば自治体で協議して東電に許可したのは自治体全員の責任になるのである
何か権利という時、この土地は俺の物だ、この山は俺の物だというとき、その権利は責任がつきまとっている、そうならその土地を何でも勝手にしていいとかならない
それで明治以降こうして私有権を認めた結果として無数に山が分割されてその土地を全体的に利用できないとか荒れても放置されているだけだとなる
誰の土地だかもわからなくなっても誰かが権利があるとし勝手にできなくなったのであるだから入会権として村で協同保有していた方が山は森でも維持されていたとなる
第一山とか土地でも海でもつながっているから私有するということになじまないのであるそこに明治以降の私有権の問題があった

いづれにしろ原発事故の被害を受けた住民が原発でも漁業権でも海でもかかわれなかった自治体でも海に面していてもかかわらなかった
そして県と国が漁業権を許可していたのである
そもそも原発自体がその一区画の土地をもっているものとあとは漁業権の許可と県知事の許可で事実上建てられたともなる
肝心のそこに住む住民のことは省かれていたともなる

それで小高に原発が作られ震災の年に原発事故があった年に工事が開始されていたのである、ところが小高に原発が建つということを自分自身も知らなかった
ただ小高の大工さんが景気なると喜んでいたからそうなのかと思っていたが何か南相馬市では議論にすらなっていない、議会でもそうだし反対する人もいないのである
それは双葉とかの原発を建つときもそうだったのである
その周りの住民は議論すらしない、ただ一方的に国によって県によって建てられたとなる
それは「安全神話」が国と県とによって強力に作られてそうなっていたのである
その利権にあづかろうとして漁業組合は許可して事故前でも多額の補償金をもらっていたのである
そして魚が汚染されて売れないとかトリチウムを放流するなとか言うけどそれで補償金もらっているのだから別に生活には困らないとなっていたのである

だから海は誰の者なのか?

それは明らかに漁業組合のものであり他の人たちはそこの回りの住民でもかかわれないものとなっていたのである、自治体でもかかわれないものとなっていたのである
もし事故が起きなければこんなことを問題にしていない、私自身そんなこと知らなかったからである、むしろ何か事故前で漁業は苦しいとして訴える漁業をしている人がいた
それは苦しいなとして同情していたのである、でも事故前から補償金をもらっていたとしたらそういうことはなかったともなる
ただその辺の事情は深くわからない、でも事故後は何か変だなと気づいたのである

人間は私有権を強く認められるようになった、それで自分の家の前の海にも権利があるとして補償金をもらうために東電と交渉するとかある
それだけではないあるゆることで私有権を主張することになったのである
それで海でも山でも何か公共的な事業でもしずらなくなる、私有権があり許可差ないと何もできないともなるからだ 

ただ原発となると国の権限がかかわり県がかかわり肝心のそこに住んでいる住民はかかわれないとなっていたのである
漁業組合は利権として金になるとしてかかわってもそこに住んでいる住民は海と関係ないものとしてかかわれなかったのである
でも原発事故の責任問題となると俺たちのもので他はかかわるなと言っていた漁業組合が責任があるとなる
なぜなら他の者はそこに住んでいる住民でもかかわれないのだからそうなる
では漁業組合が全部責任をとれとまでなるのである
そこに住んでいる住民はそもそも何も言えないからだとなる

ともかく何でも私有権をこれは俺の物だという時、何か必ず責任が課せられているともなる、その責任を負えるのかともなる、自分の利益になるからといって主張してもそこに責任が課せられている、だから金には実際は何らか責任がある
もらうにしても与えるにしても責任が生まれるのである
漁業権を国が与えるとしても東電に売り渡すものとして漁業権を与えているわけではないあくまでも漁業資源の保護として与えている

すると国で東電に漁業権を売りわたす許可するというときそれが許されるのか?

ところが国ではそれを許した?

それはなぜなのかというとき原発を建てるのは国だからである
国が原発を建てることを許可して県知事はそれに従っただけなのである
その周りの自治体にはなんら権限がないともなっていたのである
だからトリチウム問題でも周りの自治体はかかわらず漁業組合の問題だけになって交渉しているのである

つまり国家権力が一番強力でありだからこそ原発は国家権力によって建てられたとなり
「安全神話」も作られたてその強力な圧力で住民は何も言えない
あとは漁業組合でも飴を与えて補償金で黙らせるとなり地元の住民も金になればいいとなっていたのである
そして一番被害を受けたのは地元の住民であった、結果的に漁業組合でも被害を受けた
その補償はあったにしても地元で魚がとれないというとき生業が奪われたともなるからだまた新鮮な魚でも貝でも食べられなくなったということでそこに住む住民も被害だったのである
ただ漁業組合のことはクローズアップされてもそこに住む大多数の住民のことは関係ないとされていたのである

自治体とはその地域全体のことである、そのベースは生態系にある
つまり海でもそうだが水でも土でも森林でも空気でもそれが汚染されれば住めなくなるということである、だから海だけを切り離すことはできない、自然とは全体のことだからである
地元の自治体が海でもかかわらず県と国しかかかわれないというのは理不尽なのである
それで被害がなかったら別にそれで良かったとなる、これだけの被害があったからこそ
どうして地元の自治体でかかわれない、漁業組合が分離して勝手にしたというのが問題だったのである、ただ南相馬市に限れば烏崎漁港しかないのだから相馬市のように松川浦漁港とは違うとはなる、でも原発の問題は広域的なものだからそれですまされなかったのである


あとがき

もしかしたらこれはそこに住む住民は消費者であり消費者の権利として主張できるのかしれない
放射性物質に汚染されたものを食べたくない、食べれないとなるからだ
ただ現実に魚介類を獲るのは漁業者である、消費者ではない、でも消費者にも権利がある
それで世界的に農薬を使うことを拒否するようになった
その制限が厳しくなり有機栽培のものでないと輸出できないとかなっている
日本では農薬の制限がゆるい、だから生産者だけではない、提供するものでもそれを買うものでも買う方に消費者に従わなければならないともなる、つまり消費者にも権利があり無視でないとなる




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2020年10月07日

ヤクザと原発を読むー鈴木智彦


ヤクザと原発を読むー鈴木智彦

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この本はさほど衝撃的なものではない、別に暴力団関係者が来ていたしめずらしくもないそれで郵便局に入れ墨だらけの若者が来た時は驚いた
また暴力団関係者が「この仕事はおいしい」といったときこの本に書いていあるように暴力団がかかわりやすいものだったのである
第一放射線被害がありそれだと普通の人は来ない、何か事情がある人しかこない
それで事業に失敗した人に二人ほどあった
一人は事業していたので駅前の開発のことを言っていた
それは事業をして経営者だったから提言できたとなる

原発は様々なことで暴力団がかかわりやすかったのである
そこに後ろめたいものがあり隠さねばならないものがあったからそうなった
そこは常に隠ぺいで成り立っていたのである
だからとてもこれは操作できるものではないと実地に働いていた技術者でもそう思っていたのである
それを「安全神話」作り隠したのである
それは政府であれ官僚であれ検察であれ警察であれマスコミでも一体化して安全神話を作っていたのである
つまり原発は金のなる木だからその金に群がったのである

その時の地元の事情として産業となるものがない、農業でも漁業でも林業でも衰退した
それで親に農業はするなと殴られた人がいた、その子供は原発で働くようになった
また双葉とか大熊とかは相馬市とか南相馬市と離れていて産業がなかった
工場もなかったので出稼ぎ地帯であり出稼ぎしないで生活することを望んでいた
そのために原発を誘致したという経過がある
だから東電社員は神様とまでなっていた、金を落としてくれるからそうなった
人間は何であれ金になると目の色を変えるし人間も変わってしまうのである
何か金だけが見えて他は見えなくなるのである
経済的に苦しくなればみんなそうなる
そんな場所で原発に反対すれば村八分にされて住めなくなっていた
それが原発事故以後は本当に住民が住めなくなりゴーストタウンになってしまったのである                                        

双葉町は私の父親が酒屋で丁稚として働いていたので不思議になる
その通帳が残っていた、その通帳をもって酒を売った代金などを記していた
もともと葛尾村の出身であり山で仕事がないから酒屋の丁稚になったのである
そういう人は他にもいる、原発ができてから浪江に移り原発で働いたとかいる
また浪江で下請けをして働いていた人もいる
その時大学生で何かそこで働く場所として紹介された
親戚の人はそこで下請け会社となった、その人は「原発は安全」だと言っていた
それより言わされていたのだろう、まず原発が危険だということを地元ですら言えなかった
双葉町の横断幕を見ればわかる
街が一体となり原発推進であり原発の町となっていたときそれに反対する人はもう町には住めなくなっいたのである
だから東電社員は神様となっていたのである
自治体自体が東電の下請け会社のようになっていたのである
もう東電なしでは原発なしでは成り立たなくなていたのである

今ふりかえると

原発ほど隠すものが多いものはなかった!

常に隠さざるをえない、隠蔽しなければならない、「安全神話」とはただその危険なものを隠すために作られたものだったのである
だから危険を言うことはタブーになっていた
マスコミでも何も危険を言わない、莫大な宣伝費が出ているから言わない
そうして「安全神話」作ったのはそうした危険があっても隠すためだったのである
                                                                  
何かこの本でも感じるのは放射性物質という毒をまきらすの原発であった
それは暴力団と相性が良かったのである
そうしてうしろめたいところがあるところに暴力団も取り入り安いからである

暴力団が原発をしのぎにできるのは、原発村が暴力団をふくむ地域共同体を丸のみにすることによって完成しているからだ
原発は村民同士が助け合い、かばいあい、見て見ぬふりをするという暗黙のルールによって矛盾を解消するシステムの上に成り立っている
不都合な事実を詰め込む社会の暗部が膨れ上がるにつれ6、昔からそこに巣くっていた暴力団は越え太った
原発と暴力団は暗部を共生している

原発というのは素人は立ち入れない、外部からの立ち入りもできない
するとその暗部がますます黒くなってブラックボックス化する
それで武田邦彦氏は権力者は権力を維持するために必ず嘘いうというのもわかる
原発にもかかわったからその嘘を知っていたとなる
とにかく政府とかでも権力も持つものは嘘を言うのである
嘘でごまかすのである、それは人間の歴史で継続されたことだとしている
権力自体そういうものであり権力は絶対的に腐敗する
そういうことで平和的に政権交代ができる権力を後退できるものとして民主主義が生まれた、でもこれも結局自民党のようにほとんど一党独裁のようになっているから腐敗してくる

ただ人間の弱みはいくら金がいらないと言っても現実問題として必要になりおれる
就職先というと田舎では公務員とか銀行とか農業職員と地方新聞社くらいがエリートとしてあった
都会のようにいろいろな就職先がないのである
すると自分に合った能力を活かせる場がないのである
ただ都会と違って地方だとある会社に就職するのとはも違う、その地域に就職するという感覚になる、それは地方が地域密着して生活しているからである

だから一部の会社とかではない、総合的なものとして地域をみるようになる
放射性物質で汚染されたとき一番の被害は生態系を破壊されたことなのである
生態系とは空気とか水とか土とかでありまた森林とかもある海も汚染された
そうなると食料すら得られなくなる、ただ今は外から入ってくるからしのげたのである
でもそうした生活基盤を失ったらもう住むことができなくなった

確かに貧乏ではありたくない、豊かな生活をしたいというのはわかる
自分もそうである、でも基本的に故郷でも住めなくなったら終わりではないか?
そのために電気がなくても家族と一緒にロウソクでも暮らしたいとなったのである
そのように極端になったのは住む場所を失ったからである
ただそこまで言ったのは極端な結果になったからである
別にに子供時代は炭で暮らしていたからできないことはない、でもそれに賛成する人は今はいない

原発の問題は一見技術的科学的問題のように見えるし論議されてきた
しかし何か人間のモラルの荒廃がありそれが事故にも通じていた
それは暴力団がかかわり安いものとなっていたことでもわかる
うしろめたいものがあり暴力団がかかわってきた
そのこと自体モラル的な問題もあった、嘘をつくということもそうである
隠蔽に隠蔽を重ねることもそうである、うしろめたい知られたくないことがあるからそうなる、そういうことが最後に大事故になったのである
もしそういうことが事故前から自覚されていれば事故にはならなかったのである
それができないのが原発だったのである

権力は暴走する。そして潰える!

巨大な権力が歯止めがきかなくなり暴走する、誰もとめられるなくなる
それがナチスとかでも起きて来る、民主主義でも起きて来る、なぜなら数が多いことが民主主義では絶対になってしまう、数さえ集めればいいとなってしまうからである
それは正義でもなんでもない、権利も数が集めれば得られるとなるだけなのである
それでカルト教団は毎日24時間一票をとるために休みなく奔走しているのである
信仰など関係ないのである、数は権力だからそうなる
数を集めなければ何ら力をもていないからである
そうういことが原発事故でも起きたのである
そして人間社会の行き着く先はバベルの塔の崩壊とかカタストロフィになってしまうのである
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2020年10月04日

原発事故は必然的に起こった (無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた)


原発事故は必然的に起こった

(無数の配管が痛んで老朽化して地震でも壊れる―素人集団が作っていた) 

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十一人の死傷者を出した美浜原発3号機事故。直径五十六センチもある主要な配管が破裂するという重大事故です。破裂個所の配管は運転開始から二十八年間一度も検査が行われていませんでした。昨年十一月に協力会社から摩耗の可能性を指摘されていながら、九カ月も放置したまま運転していました。なぜこんなことが起こるのでしょうか

電力会社まかせでは、原発の安全は守れないことを示しています。原発の安全性をチェックするための科学的基準を確立し、それに基づいた第三者機関による厳正な検査を行うことが早急に求められています

福島原発事故でも地震によって配管が破損し重大事故につながったことが立証されている。これまでも頑丈につくられた原子炉本体よりも数百〜数千本といわれる配管の破損が原発の重大事故の原因となっている。しかも長期間運転を停止していた原子炉の再稼働では配管などの劣化が進み危険性が高まることを専門家は指摘している。

素人が造る原発 

筆者「平井憲夫さん」1997年1月逝去。1級プラント配管技能士

これは読みごたえがある

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。 

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。



この配管を見ていた電気関係の工事をしていた浪江町がこのことを指摘していた
でも東電に言うこともできないと仕事ができなくなると言っていた
つまり原発はその中で仕事している人ですら何も言えないのである
そしてその管理も危険なものなのにずさんだったのである
だから必ずしも地震とか津浪のせいではない、それを管理していた人たちが知っていたのである、でもは金がかかるとかなんとか安全を計ることはせず、原発は安全だとまるで念仏を唱えるように言っていたのである

それが科学者の態度なのかとなる、だからこそ「安全神話」なのである
科学と宗教があり科学者でも技術者でもその管理があまりにもずさんだったのである
それは手抜き工事でもありそんなに危険なものでも何もしなかったのである
要するに「安全神話」で肝心なことは何もしない、金をかけたくないとしなかったのである、今になって防波堤を作った、それは作れるものだったのである
日本が時の科学技術がこれほどずさんだった、だから日本の技術が進んでいるとか信じられなくなったのである、例え他でも信じられなくなった 

そうしてただ巨大な利権にあるゆる人が群がった、もちろん地元のひとでもそうだが地位ある人がほとんど群がり巨利を得ていたのである
そうしして安全神話が作られて安全は無視されて必然的に起こった事故だっこ
必ずしも津波とか地震のせいではない、それを防ぐことを怠った事故だったのである
最善を尽くしたらなら仕方がないとなる
でもただ「安全神話」を権力で作ったのであり肝心の安全を怠っていたのである
それはコストがかかるとなりそうなっていた
今になるそのつけは何百倍にもなっている、20兆円も廃炉にかかるとか国が傾くほどの金と労力を使うのである

なぜこれほど管理もできない、素人集団がばらばらに集まり作っている原発に「安全神話」が作られたのか?
これほど危険なものが堂々と「安全神話」を吹き込まれて成立していたのか?
それが本当にわからない、こんなことがあうりうるのか、それは事故前からもわかる人はわかっていたのである
そして国の検査官でもそれは分野が違っているとか本当に素人集団なのである
そういう人達がばらばらに集まり無理して作り上げたのが原発だったのである

それなのにのうのうと「安全神話」などを作っていた利権集団が原子力村だった
この責任はあまりにも大きいものだったのである
「安全神話」によってごまかした罪はあまりにも大きい、これは国家的詐欺にも等しい
それは戦争でも3百万人が死んだということがありこれも国家的な大罪でありそういう巨大な悪ともに匹敵するとなる
そもそも元から住んでいた人たちが故郷であれ長年住んでいた場所に住めなくなるほど大きな災害はない、なぜなら日本は戦争で焼野原になっても住んでいたからである
原発事故の最大の悲劇は故郷であれ住めなくなったことである

「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前まではお米の検査をしていた人だった」と 

そして国家の管理もあまりにもずさんだったのである、だからこれは国家的犯罪だったのである、となるとこれにかかわった人たちは罰せられるべきだとなる
しかし誰一人として罰せられていない、そもそもわからないのは自治体の役割りである
自治体の住民の生命を守るのが自治体職員の役割りである
でも原発は国家が管理して自治体は手を出せないのである
でも一番被害を受けるのは自治体なのである、ただ自治体でも大熊町長の5億円入った金庫が津波で流されたとか話題になったようにただそういうふうにして利権を得るだけだったのか?
それはそこに住む人たちも利権にあづかり金になるからいいとしていた
それで漁業権のことを再三批判した、海が汚染されて魚がとれなくなったと組合で騒いでもそもそも漁業権を東電に売ったのだからそんなこと主張できるのか?
今度はトリチウムを海に流すということでそれに抗議する、するとまた補償金が上積みされるのか?
事故前も多額の補償金をもらい原発御殿を建てていてうらやましがられていた
ただここで言いたいのはそもそも漁業権の問題である

海は誰の者なのか?

漁業者の組合のものだとなっていた、でも東電に漁業権を売りわたした、漁業権とは資源保護のための権利であり東電に売り渡す権利はないのである
第一事故前でも海はかなり汚染されていたという指摘がある、原発というのはそういうものだったのである

だからここで問題しなければならないのは自治体の役割りである、原発は自治体に住む人の生命の危険にかかわっていたのである
そしたら自治体がなんらかかかわらないのが納得いかないとなった
ただ自治体にはその代償として多額の金が国から出ていた、それにしても今になればその損害は大きすぎたのである
その自治体にしてもその立地した場所の自治体だだけではない、広範囲に福島県全体にかかわることだったのである、それより一時は東北に人が住めなくなると吉田所長が恐れたそれだけ広範囲に被害があるものなのに自治体でも周りの県でも権限がない

権限があるのは国だ!

これはおかしい、なぜならそこに住んでいる人こそ権利があるからだ
なぜならそこに住んでいる人がこれだけの被害を受けたからである、確かに国から金をもらったとしても自治体の住民が一番被害があり責任を否応なく負わされるのである
ただこの自覚が自治体の住民になかった、それは根本的に原発のことはブラックボックスであり知らされなかったからである、知らされたのは「安全神話」だけだったのである
そして県とは何か?それは国の出先機関であり国の方針に従うとなっていた
つまり原発は国策であり国の命令に絶対服従だともなっていた
その国の管理があまりにもすざんだったのである
検査官も分野の違う素人であり何の働きもしなかったのである

ただいろいろ考えるとそもそも原発の責任はだれにあるのか?

これが複雑で多岐にわたるからわからなくなる、それは根本的に国家の責任だった、でも国家の責任とは特定した政治家なのか官僚なのかそれもわからない、結局国家と言っても国家を作るのは議員を選ぶの国民であり国民のせきにんだとなってしうまうのである、戦争でも同じことだったからである
だから原発の問題は一地域の問題ではなく国家が関与する国家的問題であったとなる
でも国家の責任を問いるのかとなくとむずかしくなる、生業を返せ裁判では裁判所がその責任を認めて東電に賠償命令をだした、でも裁判所が司法が国家をさばけるのかとなるとそれもむずかしい
アメリカでは司法の力が強く国家に関与できる、それで最高裁判所の一番上の検事になる人が重要になると報道があった
民主主義の三権分立だとそうなるのが正しいとなる
このように原発の問題は多岐にわたり複雑であり国家そのものを問うことにもなったのである
                       


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2020年10月03日

双葉町の放射線被害 (森が異常に高いーモニタリングポストは信用できない)

双葉町の放射線被害

(森が異常に高いーモニタリングポストは信用できない)

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ふくしまの今 2019


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4キロ離れてこの数字でありえない、0.08なのである

ただ百メートルもない森は10くらいあるのかもしれない

土台をコンクリートの足で固め、その上に鉄板を置き、そこに検出器を載せている。これでは矢ケ崎氏の言うように、地面に落ちた放射性物質から発する放射線が遮蔽され、肝心の検出器まで届かないのである。

国の放射線量デタラメ測定 文科省動かした科学者らの告発

こういうことかもしれない、コンクリートの土台がありそこからは放射線を検知することはできないからだ

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海岸の松は残っていた、多少高台にあり自然の松らしい
でもこれだけ残っていることは不思議である


双葉町で駅の通りなど0・5マイクロシーベルトで低い、でも山田地区から原発方面の森の道を行くと一番高い所で20マイクロシーベルトあるとyoutubeで報告されている
それは東電の人が計ったのではない、一般の人が機械で計っている
それは正確なのである、今や一般の人が放送局のようにして報告しているのが普通であるだからビデオカメラで撮影する人がいた、二人でしていたから放送局の人かと思ったら違っていた
何か双葉町は長く人が入れない地域になっていた、でも今はどこでも入ることができる
ただ入れない場所はアーケードしていて人が守っている
でもたいがいは入れるのである

私が海岸の方に行ったらそういう場所があった、その森の坂の道の向こう側が4キロくらいに爆発した原発がある、だからひっきりなしにトラックが来ていた、4キロとなると一時は死ぬとされた、そのくらいに危険だった

そこで疑問に思ったのが放射線のモニタリングの計測器を見たら0.05マイクロシーベルトと表示してあった、こんなことありえないと見た
それでそこのアーケードで守る人に聞いた
なぜこんなに低いのかと聞いた、その人は結構話できる人だった
何か話できない人がいるし話ししたくない人もいる
なんでもこの辺は津波がきて放射性物質も洗い流したせいだとか言っていた
すると爆発したと同時に津波が来て放射性物質も流れたのか?
これも良く科学的にわからない話である

ただモニタリングポストの値は確実に半分と見ていい、それは飯館村で村民が指摘していた、ごまかしたとしていたからだ
それで私自身も計ったらモニタリングポストの回りは確実に倍以上あった
なぜならモニタリングポストの下の土をとって計っていたからである
低く見せるためにそうしていたのである、そこで大成建設の人が働いていた
そこにごまかすことをしていたとなる

その人が言っていたことはすぐ近くの森は高いと言っていた
それはどれくらいかというとyoutubeでは20マイクロシーベルにもなっていた
それは原発に接近すればするほど高くなっていて最高でそうなっていた
だから原発との距離と比例して高くなっていたのである
近ければ近いほど高いのは当然だとなる
それから森の中の高いのは森に蓄積されやすいということがあるだろう
つた森は除染できないからいつまでも高いとなる
それで7割が森に囲まれた飯館村は森を除染できないので放射線を低くできないのである駅通りとかはやはり除染の効果があり低くなったのか、0.5はまだ低くすぎる
というのは浪江町から双葉町にバスで入った時、浪江町で0・5であり双葉町に入ると
7マイクロシーベルトになっていた、それには驚いた

なぜこうして大きな差が出たのか?

それは原発の爆発で出た放射性物質はブルームとなり雲の塊りのようにして流れたからである、平均に分散するというのではなかった
それとその時の風向きが影響した、東風が春に海から吹きそれが山の方へ向かって吹いたその時運悪く雨とか雪がふり放射性物質が雨と雪とかについて降った
それで山側は高くなったのである
海側は低いということは確かである、それで浪江の東電の人が町長が山の方が安全だからと津島に逃げた、でもそこは一番放射線が高い場所になっていたのである
でも東電の人がいて海側の方が安全だとして町民も従って街の方へ引き返した
つまり海側の方が安全だったのである、海側は低いのである
海の方に放射性物質が流れたからである

だからあそこの海の近くが低いことはわかる、でも0.05というのは納得できないのである
いづれにしろ双葉町にしろ大熊町にしろ回復不可能とも見た
住民は帰ってこない、町は放棄されたとなる、ただ廃炉事業に40年もかかるとしたら
その仕事は延々とつづく、そのための施設が必要でありそこで働く住民が必要になる
原発ができたときから原発の町と化して東電の社員のようになっていた
下請けで働くとかなんらか東電と関係していた、もう東電なしでは原発なしでは成り立たない状態になっていたのである

でも津波であれだけの松が海岸に残ったのが不思議である
南相馬市では特に鹿島区の人工林だった松原は一本の松も残らず消失したからである
あそこは多少高台になっていて残ったのか不思議である
あれは人工林ではなく自然林の松のようだ   
双葉町は津波で死んだのは20名くらいである、だから被害は少なかった
海岸には港もないし人もあまり住んでいなかった
久ノ浜のようだったらもっと被害があった、だからその点で津波だけだったらこんな被害になはならなかったのである

いづれにしろこの放射線の被害は森はほとんど除染不可能であり放射線の量が減らない
森の中で放射性物質が循環する、木の葉が散って落葉になっても放射性物質は消えない
セシウムは30年消えない、プルトニウムは二万年消えないという恐ろしいものだったのである、ただ見えないから意識化することがむずかしい、でも機械があれば誰でも計測できることが違っていた
コロナウィルスとなると計測できない、だからそのことで不安が増すのである
そしてその感染者の数におびえていることは同じだったのである
とにかく数値が問題になるのである、数値に一気一憂する
でもそんなに心配しなくてもいいというのはコロナウィルスの場合であり放射線量は素人でも正確に測れるのである、それは科学に詳しくなくても素人でもわかるのである

だからわからない素人は何も言うなというのは間違っていた
私が駅のボランティアでJRの駅長でも管理している人に仙台行きといわき行の表示を跨線橋にしてくれと言ったらしてくれたからである
原発ではそういうことはありえないのである
だからそこは完全なブラックボックスになっていた、安全神話というブラックボックスになっていた、それがどれほど危険なものか、今になってわかったのである
ただ時遅しとなっていた

この世の中は権力というのは怖いものなのである、権力によって科学でもゆがめられる
社会も歪められる、そのく権力が誰が持つのか、それが大問題なのである
原発の場合は権力をもっている全部で「安全神話」を作りブラックボックス化した
政治権力、官僚の権力、科学者(御用学者)、マスコミ・・・・・
これらが一体となり安全神話を作った、こうなると誰も逆らうことができなくなっていたのである、カルト宗教団体とか創価なども一枚加わっていたし意外と宗教団体は原発に抵抗しない、推進派になっていた、創価の場合は大成建設と富士山の正本堂建設で受注して密接な関係になった、つまり権力と権力は結託して利益を計る
利益でみんな結び合うのである

そして創価の雑誌の潮とか第三文明では原発を宣伝して宣伝費をもらっていたのである
何でも御利益ならとりつくからである、そして利益を配分するということでは同じなのである、第一仏教でも神社でも御利益宗教である、集団化すればみんなそうなる
御利益を配分するには東電のような有力企業にとりつくとなる、それは暴力団ともにているとなる
官僚は天下り先が東電でありマスコミは電事連からでも800億円が宣伝費として出ていた、それでマスコミで反対することはなかったとなる
東電によって爆発したとき朝日新聞ですら幹部が中国に招待されていたからである  

民主主義でもマスコミが報道を独占したように公平な報道もなかった
ただマスコミはテレビ六局で報道を独占していただけである
なぜら他は報道はできなかったからである、なんかyoutubeが生れて双葉町をビデオカメラをもって取材していた、放送局だと思ったら違っていた
別に個人的youtubeで双葉町のことを報道している、それが参考になる
つまたテレビ六局時代の独占は終わったのである
こうしたプログなど誰でもできるしたいしたことないともみる
でも意外と文章でも写真でも主張したり報道できるのである
つまりマスメデアとメデアでありその内容よりメデアであること報道する装置をもっていたことによって権力をもったのである
だからテレビウィルスが強力なものとなったのでてある

このようにあらゆる巨大権力が合体して一体となればそれに逆らうことは不可能である
「安全神話」とか創価の選挙の不敗信仰とかも似ている、戦争中の現人神(あらひとかみ)信仰の不敗神話もそうである、それはあくまで人間が作ったものであり絶対に安全などこの世にないのである
だからこそ津波であれバベルの塔のように崩壊したのである、神によって打ち砕かれたのである、この世の権力がいかに巨大でも全能の神にかなうことはないのである
絶対安全などこの世に人間の力で作りだせないのである
原発というのは確かに事故なのだがそれは巨悪でもありそれが津波によって自然災害によって暴かれたということがあったのだ   

まずこれだけ巨大化した権力になると対抗できないからである
だからこそ神の力によって砕かれたのである、つまり神がどこにいるともなるがなんらか神が人間に作用することがある、コロナウィルスでもグロ−バル経済をとめたようになんらか神の力が働いたのかとも思うからである
第一世界的なグロ−バル経済など止めようがないからだ
そんな力もまた人間にはない、でもこのまますすむと世界中でグロ−バル経済、資本主義経済の横暴が覆い地球自体が滅びるとまでなる、生態系が破壊されるて住めなくなるとまでなる、その実例が原発事故だったのである
一時吉田所長が東北に住めてくなると恐怖したからである
そんな空恐ろしいものを作ったことが問題だったのである、だから罰当たったともなる
神からの警告として津波があり原発事故になったともみるのである 

新しくできた原発伝承館を見た、600円の入場料をとられた、映像がほとんどであり見るべきものがなかった
そういう映像は前に見ていたからである、ただここも建物だけは立派だった
中味はなかった、何か建物とかは立派になった、駅でもエレベーターがあるのでうらやましく思った
それは避難区域になったところは建物だけは立派なのである
でもそこに住む住民がいないのである、そのアンバランスが何か原発事故の復興を象徴していたのである

posted by 老鶯 at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

双葉町を十年ぶりにたずねるーその歴史から(1) (私の父親が酒屋で働いていた)


双葉町を十年ぶりにたずねるーその歴史から(1) 

(私の父親が酒屋で働いていた)

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明治4年7月14日(新暦 : 1871年8月29日) - 廃藩置県により中村県が成立する。
明治4年11月29日(新暦 : 1872年1月9日) - 中村県と平県が合併されて磐前県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
1876年(明治9年)8月21日 - 磐前県・福島県・若松県が合併し、現在の福島県が成立し、現在の双葉町域は同県に属する。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行にともない、標葉郡新山村(しんざんむら)と長塚村が発足する。
1896年(明治29年)4月1日 - 標葉郡が楢葉郡と合併し、双葉郡となる。
1898年(明治31年)8月23日 - 常磐線長塚駅(現在の双葉駅)が開業する。
1913年(大正2年)2月1日 - 新山村が町制施行して新山町(し

双葉町は、標葉(しねはorしぬは)と楢葉(ならは)の二つの葉がある。
この周辺には古墳が非常に多く、夫沢横穴古墳の長者原の地名、
標葉郷夫沢村は相馬中村藩領。


地名としての「広野」は天正10年(1582年)の藩主 岩城常隆の時「北迫村に広野立つ」とあるのが初見とされていますが、江戸時代の初期ここに相馬路(南方の岩城平から北方の相馬中村までの浜街道)の宿駅「広野宿」が設けられ、「広野」の名称が使われております。

「浜街道」の名称はすでに8世紀初頭「道(陸)の奥」の国府 多賀城に通じる官道「海道」として敷かれていたことに始まります。

「続日本紀」の養老3年(719年)の条には「石城国始めて駅家一十処を置く」とあり、その一処がこの地に置かれた可能性も考えられます。

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双葉町の歴史は相馬藩からみると夜の森がある、夜の森とは夜は余のことだった
相馬藩の殿様が余の森と言ったからである
この辺は森で覆われていて磐城藩との境目であった
それで領地争いがあり、小良ヶ浜(おらがはま)というのも俺の浜だという意味であり境目だから起きたことである

双葉町は古代からの歴史があり末続(すえつぐ)が須恵、陶(すえ)から由来していて
島根県の出雲に末次(末継)の元があり渡来人が来た道でもある
前にも考察したように韓国の伽耶国のツノガノアラシトが鉄を求めて砂鉄を求めて来た道でもある、だから必ず諏訪神社が東北に多い、蝦夷といわれたとき出雲のことだったということでもそうである、そして島根県とかの方言のズーズー弁が東北のズーズー弁とにているというときそこに深い関係があった、つまり蝦夷というとき出雲と深く関係していたのである、だから出雲と古代は関係ずけられる

そのあと戦国時代になると相馬藩(中村藩)と磐城藩で争いがあった
その境目になっていたのが双葉郡になる、争っていても磐城藩内から相馬藩に移る人もいた、不思議なのは久ノ浜の大久川という地名である
南相馬市に大久氏とか大悲山(だいひさ)という姓がありこれの由来はここから来ているのだろうか?
なぜなら姓の発祥地は地名であり村に由来しているからである
末続(すえづき)は墓地の八割が新妻の姓だった、新妻氏の子孫だとなる、それは磐城藩から移り住んだともなる
要するにここは江戸時代に境界でありそれを知る必要がある

それと双葉郡はもともと新山村と長塚村がありそこが宿場となっていた
なぜ二つの村が宿場となったかというとそれは村で中村藩の人を迎えるのに負担になったから分担したのである、宿場とは村の人にとって負担になっていたのである
常磐線が通った時、双葉駅はなかった、長塚駅だったのである

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この双葉町と私の父親と深い縁があった、なぜなら私の父親は葛尾村(かつろう)から新山の酒屋で丁稚として働いていたのである
今の富沢酒屋店との隣にあった酒屋だったのである
富沢酒屋店には古い煉瓦の煙突があり相当に古いことがわかる
明治時代からもあったのかもしれない、酒屋はたいがい古い、酒屋で働く人が多かったからである

そこで私の姉が良く銀行のことを言っていた、子供の時、父親の酒屋に行き銀行がありそこで遊んだとか言っていた、その当時銀行があることはめずらしいことだったのである
だからそういう話を聞いたから人間はそれで思い入れが生まれる
とにかく私の父親は葛尾村から出て双葉の新山で働き暖簾分けして鹿島町に来たとなる
また母親は原町で警察署長していたが警察だから転勤していた
それで名前はトミ子なのだがそのトミは富岡と関係あるらしい、つまり富岡で生まれたからだとか言っていた、姉はハマ子と名付けられた、浜は磐城か小名浜で生まれたからだという、その土地に生まれたのでそう名付けられた
これも昔となり私の家族はみんな死んでしまった
こうして双葉町とは縁がある、やはり相馬藩内縁戚関係がある
葛尾村でも双葉町でも浪江町でもそうである、新地町とも関係がある
なぜなら私の父親の前の妻は新地の人だったからである、今も私の墓に眠っているからだだから相馬藩内に関係していたのである
昔は近くの人と結婚することが多いから縁戚関係になっているのが多かったのである

ともかく町がゴーストタウンになるとこうした歴史とか思い出が消失してしまう
それは古い歴史だけではない、何かそこで培われた思い出が消失する
そして老人になるとわかるがみんな親でも死んでしまう、すると後に残るのは思い出だけなのである
それで私は一人になり延々と家族のこと家のことを思い出して短歌とかにしている
家に愛着がある、それはどこでも同じなのである
家の愛着はみんなある、そこで暮らした思い出がありその思い出はその土地と深く結びついているのである、だから家がなくなるとまた街全体がゴーストタウンになるとそうした思い出が失われる、それが大きな損失となっていたのである
老人は思い出に生きる、それで老人は帰りたいとなるのである
要するに思い出がしみこんだ町が故郷になるからである

とにかくまるでそこは映画のロケのセットのようになった場所だった、それで写真をとりに来る人が多い、つまり前も小高などでそうだったがそういうことが継続している
興味半分で廃墟の街を見に来ているのである

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新山橋

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昭和22年に作られた、戦争が終わり私の生まれた年だった

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この橋の近くの富沢酒店の隣に私の父親が働いた酒屋があった
でも戦前に倒産してなくなった


それで不思議だったのは出会い橋という石の橋だった、作られた年代も書いてあり
水が流れてひびいていた、でももうここには出会いがなくなった
なんともわびしいとなる、ただ興味本位で見に来る人は多い、こういう街全体が廃墟化したのはなかなかないからである
でも現実は貴重な歴史でも思い出でも失われたことを知るべきである 

石の橋出会い橋かな流る水ひびくも逢わじ秋の日暮れぬ

ここで出会ったが今や逢わない、鹿島の落合橋のことをプログで書いたが何か橋というのは人が出会う場所なのである、ここで人が出会っていたのである
石の橋は新山橋であり出会い橋と名付けた橋は元からあったのではなく何か勝手に出会うからと名付けた
ただ川としては小さい、でも水が結構流れていた、雨が降ったからだろう
自然でも人間が住まないと活きてこないことがある、つまり人間化した自然としてあるからそうなる

我が父の新山働く酒屋あり故ある地や秋の日暮れぬ     

我が父の酒屋に働く双葉町姉は語りぬ虫のなくかな 

私は姉と母と60年住んでいたから忘れられないのである、だから延々と書いているのである、その思い出に連なるものとして双葉町があった
でも双葉町という名前ではない、長塚と新山という名前に親しみかある
何か地名というのは思い出として記憶として心にすりこまれる
双葉町となったときそういう記憶が失われるのである、ここに合併とかで失われた地名の問題があった
人間の記憶が長い年月で作られる、そういう人が生きた記憶が歴史でもある
それで老人は故郷に帰りたいとなるのである
その喪失は思った以上に大きなものなのである
つまりそうした記憶が貴重なのはそれこそ生きたことの証だからである
そういう記憶がもう作れない、あとは死ぬだけになってしまったからである
記憶こそが生きた証(あかし)になっているから姉は認知症になっても昔のことを語りつづけたのである

私の家族が死んだとき本当に悲しかった、でも今になるとだんだん記憶がうすれ歴史と化してゆく、その自分の家の歴史に連なるものとして双葉町があった
やはり親までは深く継続した歴史というのではなく生々しい記憶として残っている

posted by 老鶯 at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年09月23日

戦後の焼け野原ー広島、長崎原爆ー原発事故復興 (東京の焼野原を経験した白鳥省吾の詩から)


戦後の焼け野原ー広島、長崎原爆ー原発事故復興 

(東京の焼野原を経験した白鳥省吾の詩から)

歴史では大きな惨禍があった、やはり最大の惨禍は戦争だった
戦争でぱ300万人が死んだからだ、そして最大の悲劇は広島、長崎の原爆だった
これは人類的悲劇としての惨禍だった、その罪は人類的罪であり消えることがない

ただ今回の福島原発事故もチェルノブエリの惨禍に継ぐものであり人類的惨禍として記録される場所になった
でも広島と長崎の原爆との相違がある、不思議なのは広島では原爆で十万人死んだとされる、一瞬にして灰塵に帰した様はこの世とは思えない悪夢だった
だから福島原発事故とは比べることもできない悲惨なものとしてあった
福島原発事故では関連死とかあってもそれほどでもなかった、津波の方が死者が多かったから死者からみればそんなに被害に見えない
だから外からは誰も死んでいないとかされて深刻に見えないのである
たた被害の状況が違っていたのである

何か広島原爆でも長崎原爆でも瞬間的放射線の被害だった、そこにはもう草木も生えないとされて絶望した、でも意外と復興が早かったのである
それはどうしてだったのか?それは原爆でも瞬間的なものであり放射線の被害もそれほど強いものではなかったからだったともされる
ただ瞬間的に壊滅的被害でありその悲惨な状態は地獄そのものだった
だから被害が少ないとかではない、被害の状態が違っていたのである

それはどちらも都会の被害だった、都市が一瞬にして壊滅した、でもなぜ思った以上早く回復して復興したのか?戦後の焼野原でもそうである


被爆時に約35万人だった広島市の人口は一時14万人を割り込んだが、8カ月後の46年4月に17万1000人まで回復した。原爆で半壊・半焼以上の家屋は9割に達し、住宅建設は重要課題だった。  

当時から広島県の基幹産業は製造業でした。 しかし、原爆により大きな被害を受けたのは爆心地に近い住宅地に混在していた中小・零細工場でした。
それらの中小・零細工場は事業継続・事業再開ができず、中小・零細工場の数は激減しています。

例えば、爆心地から約5.5km離れた三菱重工業の工場は、被爆の翌日から生産が再開されたとのことです。

このように、あれだけの被害を受けながらも、市内周辺部の主要工場は早い段階で生産再開ができたことが、広島の経済再建が早く進んだ一つの要因だったようです。

広島県は労働者の内、工場での職工の比率が全国平均よりも高い域でした。

実は原爆により14万人の方が亡くなったものの、工場労 働者は大幅に減少することがなかったようです。

外部からも労働者の流入があったようです。 (これが工場労働者数が減らなかった原因かもしれません。)

鉄道も復旧が進めれ、原爆投下3日後には被害の少なかった地域の電車の運行が再開されています。お金の無かった人には運賃を取らず運行したという話もあったそうです。
昭和25年6月には朝鮮戦争が勃発したことで、自動車や缶詰の生産が増え、特需がありました。

また、昭和27年4月に新造船が解禁になり、広島県内に集積していた造船業が活性化しました


鉄道も復旧が進めれ、原爆投下3日後には被害の少なかった地域の電車の運行が再開されています

これも驚きである、なぜならここでは常磐線が開通するのに10年近くかかったからである、それが三日で回復したとなるからだ、その相違も大きい
そして労働者が流入してきた、それは工場がそれほど被害がなく働く場所があったからである

これと比べると福島原発では都会ではなく工業地帯ではなく田舎で起きたことで違っていた、まわりは田畑であり農業地帯である、すると放射性物質に汚染されたときそうした田畑とか山林とか海の漁業資源が汚染されたことが違っていた
だから飯館村では田畑は草ぼうぼうの荒地になって荒廃したが工場がありそこで勤めは継続されて住んでいる人がいたのである
田畑だけだったと勤め先もなくなるから住めないとなっていた
何かこの辺が大きな相違だった、かえって放射線の被害はチェルノブェリでもわかるように住んでいた場所に住めなくなることがあった

でも原爆の場合は一時的に10万人死んでも回復が早かったのはかえって都会でありその生活は工業で成り立っていたから仕事も継続されたし他から工場があるから労働者が入ってきたのである
ここでは農村地帯でありまず土と水が汚染されたら第一次産業の農業と林業とか漁業はできなくなった、この相違が大きいのである
第一次産業は生態系に依存していたからである
ただ農業とか漁業とか林業は衰退産業になっていてそれで跡継ぎがいないともう金にならないからやめたいしかなかった
だから漁業関係者になると東電に漁業権を売ったり何か金になれば農家でも土地を売りたいとかしかなかったのである
こうした相違がその後の復興に大きく影響した

でも電車が三日後に回復したということが信じられないとなる
その復興のスピードは早かったのである、また朝鮮特需があることで工場が活気をとりもどして戦後に働く場を回復して労働者を吸収した
一方で工業地帯でないところは引揚者は開墾に入った、この方が過酷だった
なぜなら半分は撤退したからである

いづれにしろ原爆の被害とか焼野原になった戦後の復興がなぜできたのか?
それはこうして状況が違っていてそうなった
かえって今回の福島原発事故の回復ができないのはそき当時の時代環境が違っていてそうなった、放射性物質の汚染というとき一番農業とか林業とか漁業に影響したのである
そして水とか土を汚染されたら住めなくなったのである
では広島とかではなぜそうならなかったのか?
それは意外と一瞬に恐ろしい壊滅状態になっても放射性物質の被害はそれほどでなかったのである、それは土が汚染されたら農業ができないとなっていたが工業地帯であり仕事は継続して復興したとなるからだ
だからもしかしたら原発は都会の近くに作っていたらそれほど被害がなかったかもしれない、それで東京に原発を作れというのは正論だったのである
田畑もないし農業とか漁業とか林業はほとんどないからである
ただ江戸時代だったら回りから食糧でも供給されていたから生活できなくなっていた
でも工業時代になると外から食料が入ってくるから別に仕事はあり生活できたともなる

とにかくなぜ戦後の焼野原から日本が復興したのか、それは様々な条件があり幸運があり時代の影響によってそうなった、朝鮮特需というのも日本の工業を回復させたことで大きかった、戦後は日本は幸運だったのである
ただその幸運も長続きはしない、まず幸運は長続きしない、必ず不運がやってくる
今はコロナウィルスであれ経済の衰退であり不運が重なっているのだ
だから戦後の焼野原のような状態にもなる、大失業時代にもなる
そこからの回復はどうなるかというと見えてこない
戦後の焼野原でも原爆でも広島ではすぐ電車も走り工場は稼働して労働者が集まり先が明るいものとして見えていたのである
10万人も悲惨に死んでもう回復できない、草木も生えないと見ていても実際はすぐに回復していたことがあった、それがふりかえると理解できなくなっている

なぜ戦後の焼野原になり大量の引揚者が帰ってきた職もなく開墾に入った
そんなときどうして子供が大量に生まれ団塊の世代が形成されたのかとなる
今ならまず食べるものがないということはない、その時は食べるものがなかったのであるその時貧乏でも子供の数が多いし何か活気があったということも不思議である
子供が多いということは貧乏でも活気が生まれるということがあった
今のように老人ばかり多いとどうしても活気がないのである、未来もないとまでなる
なぜなら老人は過去に生きるものであり子供と若者は未来に生きるから根本的に生きる態度が違ってくるからである

原発事故の復興を考えてきた、その参考になるのが次の詩である

日本の中心として都市の壮観を示した東京も
思わざる震災に焼けただれ
今は茫々たる焼野原

ああしかし
崩れたるニコライの
その台座に据えられる者は
形なき呪いの神でなくして
灰塵の中から新しく生まれるくる力の
祝祭の神であらねばならなぬ
(灰塵の中からー白鳥省吾)

駿河台に立つニコライ堂は当時の東京の名所であり象徴的建築だったからこういう詩が生まれた
これはこの辺の復興とも関係している、もうその焼野原にうちのめされて絶望する
また呪いともなる、それは津波の被害でも同じである、ただただ呪いとなっている
東電を呪い、国を呪い、また自然でも呪うとなったのがこの辺である
てもそのようにただ嘆くだけでも呪うだけでも復興はありえないのである
かえってその灰塵の中から原爆の被害地ですら希望が生れていた

だからその希望を作れるのかとなる、それが建物だけは立派になり復興した
大熊町とかでも立派な役所ができた、双葉では立派な駅ができた
飯館村では50億円かけて立派な校舎を5人の生徒のために建てた
それが復興となるのか?
回りは人は住んでいないし廃墟の街、ゴーストタウンになっている、草ぼうぼうの荒地と化している

要するに建物だけは作れても仏作って魂入らずとなっている、人が住んでいないのだからただ建物だけか立派でも復興はしていなのである
そしてただ呪いだけがある、不満だけがあり延々と被害者であり補償をしてくれ金をくれしかなくなった、それを否定はできない
でもこの詩のように何かそういう状態でも呪いだけではなく何か新しい希望が生まれないと作れないと復興はないということである
ただその時代がありかえってこの辺は復興がむずかしくなっている
意外と戦後の焼野原でもふりかえると広島ですら三日後に電車が走り工場は回復してかえって労働者が流入して活気が生まれていたのである

ここではみんな故郷から離れてゆく残されたのは老人だけなのである
人が復興をになうとしたとき肝心の人がいない、ただ建物だけが立派に復興しても肝心の人が町にも村にもない、子供もいない、そこに復興があるのかとなる
そしてここは永遠に呪いの場として記録されるだけともなるのか?
それは大きな問題である、でも現実は復興はここにないことは確かである
それは時代の影響もありこの土地だけの問題ではない、コロナウィルスでもそうなように日本自体が大きな変革が求められている
それで戦後の焼野原から回復したのはなぜなのかということが参考になる
経営者はゼロベースが始めろというとき戦後の焼野原から復興したようにそうしろとなるつまり古いものを一掃して新しいものに作りかえる、社会自体を変えなければ復興はないとしている、だから戦後の焼野原から復興した日本をふりかえりそういう時代を参考ちするとなる                              

ただ新しい時代がどうして作られるのか?

これはその時々の条件が違うし簡単にはいかない、過去を参考にするにしてもまた違った状況になるからむずかしいのである
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2020年09月21日

原発事故の責任者は誰だったのか? (様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)


原発事故の責任者は誰だったのか?

(様々な団体組織の利権を求めると全体を歪める―漁業権の問題)

人間はどうしても日々利益を求めて生活している、その利益の集合体が団体組織になる
集団組織になった時、それが全体から見ると全体を歪めるものとなる
権利と利権は違っている、権利とは権理だったのだから何かしら理由があって権利を得ていたのである

それで原発事故で漁業権のことを追及してきた
これは何かわかりやすいかったからである
でも事故前は近くの人は知っていても他の人は知らなかった
つまり漁業権は別に自治体でもそこに住んでいる人でも関係なかった
だから他の人が何も言えない権利だったのである
だから勝手に暴力団が魚をとったりしたら漁業組合では犯罪として警察に訴えることができた

でも何か事故後はなぜ漁業権を東電に売り渡すことができたの?
それが疑問になった、なぜならなぜ漁業権を持ちえたのか?
その理由は資源の保護とかのためであり東電に売り渡す権利ではなかったからだ
ただ魚をとる権利は漁業組合にだけあるとなっていたのである
それは何かそういうことはある、何か邪魔になることがあり一般の人は港などでは釣りをするなとなる
そういうことは理解できる

でもなぜ漁業権を東電に売り渡して手厚い補償を事故前も事故後も受けていたのか?
事故後なら事故を起こして海を汚したなら補償を受ける権利がある
でも事故前も手厚い補償を受けていて周りの人は原発御殿だとしてうらやましがっていたのである
だからトリチウムを流すなとか東電に要求すること自体が今になるとそんなことができるのか?
なぜなら事故前でも手厚い補償を受けていたのだから金をもらっていたのだからその責任がある
だから利権というときみんな金をもらえることはいいことだとして利権団体化する
団体となり交渉して利権を得ればいいとしかなくなる

だから今になると魚を放射性物質で海が汚されて魚がとれないなどと騒いでいるが
もうそういう権利を東電に売り渡したのだからそんな権利があるのかとなる
ただまた東電とそうして組合が交渉すれば補償金をもらえるからだとなってしまう
現実に船主などは津波であれ被害にあってもいち早く立派な家を建てた

魚がとれなくても補償金で暮らせる

こうなっていたからである、今でも別に魚がとれなくても生活には困らないのである
ただ漁師が原発事故で自分はなんのためにここにいるのだろうと問う人がいた
もともと魚をとることで価値があり認められていたのだからそうなった
東電から補償金だけで生活できるとなると東電の社員だとなってしまっていたのである

だからこれはどうしてこうなったのか?
つまり権利が利権となっていたかとにあった、組合を作りそこで団体組織化して利権化してとにかく東電であれ自分たちの利益を計るために交渉する
俺たちの海であり俺たちが権利があるとなっていたのである
他の者は何の権利もないとなっていた、そこに権理ではない、権利がなにかしらrightがあり正しさがあり権利となっていた
魚の資源を守るとかあって権利を得ていたのである

そもそも海は誰の者なのか?

これ自体が問われた、海は漁業組合のものではなかった、それはみんななのものだった
ただそれを具体的な権利となれば自治体のものだったとなる
自治体に許可されて漁師が魚をとる権利を与えられていたとなる
もし漁業権を誰の者かとなると自治体のものとなるから漁業権を売るときは市議会とか町議会でも村議会でも検討して決めなければならないはずだった
でも漁業組合が漁業権を得た結果として漁業組合の責任が問われたのである

だからかえって漁業組合でも自治体で検討して決めれば漁業組合だけの責任ではない
自治体全員の責任だとなっていた、ただ漁業組合とか船主だけに手厚い補償はない
でも漁業権でも東電に売ったとしてもそれは自治体全員の責任だとなる
それで責められることなくなっていたのである
だから権利を要求するのはまさに権利だとしてもその理由を守ることが必須だとなる
漁業権は資源保護のために与えられていて東電に売り渡して利益をえるためには与えられていない、そこが間違ったのだと思う
今になって重い責任が問われていたことに気づいたともなる
それは回りの人もそうだったのである、東電の原発自体が余りにも簡単に自治体の許可もなく建てられたのである、地権者と県の許可とかでも建てられたことがどうしてなのかとなる、そのことについて議論さえされていなかったのである
ただ地元では景気が良くなるととか金になるとかしかなかったのである

でもこのことを批判してわかったことは他の組織団体もみんなこうして権理ではない、リーズンがない、ただ利権を求める団体になっている
そもそも官僚とか政治家とか国の機関自体が利権団体になる
官僚自体が利権の総元締めであり権力をもっているから利権団体になる
警察でもここは暴力装置だから誰も逆らえない利権団体とも化する
一種の暴力団にも変貌する、パチンコ業界に警察の官僚が天下りしたら東電には検察官系とか自衛隊の海上保安庁とかでも天下りしていたのである

要するに社会をみればわかる、あらゆるものが利権団体になる
宗教団体も利権団体にすぎない、だから創価でも神道団体でも仏教団体も利権団体であり宗教を名目にした利権団体にすぎない、宗教自体が利権を求めない
それはその創始者を見ればわかる、なぜ家もなく乞食に似たものでありそこに何か権力があったのかとなる
それでヨ−ロッパではカトリックが利権団体化したから政教分離になった、権力と分離させることになったのである
とにかく社会で利益を得ようとすると利権団体化する、一人では誰も相手にしない
それが10人でも集まれば利権団体となり利益を得ることができる
それでNPOでも10人集めないと認可されないのである
それも実際は利権団体である、なぜなら団体として認められれば国家からも自治体からも金が出るからである、一人には何もでない、だからこそ民主主義など一人は何の力にもならない、利権団体民主主義になっているだけである
それで必ずそうした利権団体に忖度するのである
一票しかないとしたら政治家は相手にしないのである  

マスコミでもテレビ局でも六局だけが許可されて独占していた
新聞でもマスコミでも利権団体でありその独占的利権を守る
そのために政府でも批判しないとなる、なぜなら新聞社に政府が忖度して10割の消費税を8割にしたとかあるからだ、つまり報道するのも利権団体がする
NHKは最も巨大な利権団体である、それで芸能人でもNHKには逆らえない、ギャラがもらえなくなるとかになりNHKが報道する権利を独り占めして多額の報酬を得ていたとなる
それに反発してもそこが巨大なるが故に批判はできなかった
でもインタ−ネットとかyoutubeで盛んに批判されるようになった
それはインタ−ネットとかyoutubeはテレビ局のような巨大な装置など必要ないからである、別に一人でも簡単にできるからそうなったのである
メデアが権力だというときまさにそうだった、メデアはただ媒介する機械ではない
メデアをもつということは権力を持つことだったのである

ただその利権団体民主主義が社会全体を歪めることが問題なのである
そうして権利を得たとしても漁業組合のように今になって責任を問われる
もし自治体で協議してその権利があったとしたら責任は自治体全員になるから責任は問われなかったのである
だから金は責任なのである、ただ金をもらえばいいとなっている
でも金をもらうとそれが責任になる
その責任を自覚しない、金さえもらえればいいとしかない、だからこそ原発は積極的に誘致されたのである、誰もこの辺では反対しなかったからである

とにかく社会にはあらゆるものが利権団体化するともうそれに逆らうことは不可能になる例えば事故前に漁業組合とか船主にお前たちはなんでそんなに金をもらっているのだ
なぜなのだと問う人があったら怖いことになった
漁師など荒っぽい人がいるから暴力沙汰にもなる、だから何か羨ましがっていても何も言えなかったのである
それは他の団体組織でもそうである、利権化した団体に何か言うことはできない
それで放送でも差別言葉だとかが問題になる
盲人団体がありめくらというなとかつんぼというなとか団体から言われるから言えない

でも利権団体民主主義を是正することは不可能に近い
誰が何百万人も信者がいる組織団体に逆らえるのか、十人でも団体組織化するとそれに逆らうことはむずかしくなる
ただNPOなどは小さければそれほどのものにはならない、でも実際の社会の組織団体は規模が大きいからもう逆らえないのである
ただそこで問題になるのは権理であり理なのである、リーズンなのでなしる
法律はめんどうだけどこの理をリーズンを追及しているのである
そこに公正さを求めているから民主主義には法というものが密接に結びついているとなるただそれがわかりにくいから法律のことなど普通は考えないのである

でも原発事故以後には否応なくそうしたことをみんな一般の庶民でも考えざるををえなくなったのである
だから漁師でもなぜ魚もとらないで私はここにいるのだろうと問うときまさに私は何をすべき者だったのかを自問するようになった、哲学するようにもなったとなる
いづれにしろ社会はこの利権団体によって歪められる、コロナウィルスでも医師会という利権団体が検査しなかった、検査させなかったとかも言われる
医師会とか薬剤関係でも強力な利権団体であり逆らうことはできない
でもなぜそういう権利が与えられているのかと問う人はいないしただ利益になればいいとかしかならない、すると原発事故のようなことが起こる
誰も逆らうことができない、そのままにしているとそうしした組織団体が権力を己が物にしてしまいみんなの害になってくる

それは宗教団体でも同じである、そういう団体組織に対抗できないことが問題なのである
政治家が力をもっているようでも現実の行政を予算でも握って動かしているのは官僚だとしている、ある官僚は政治家より力が強い、人事権ももっている
それで政治家の言い分とかは通じないとしている
官僚自体最も強力な利権団体であり省庁でもそれぞれに利権化して争っているというのもそうである
利権団体組織しろ理にかなった権理を求めているならいい、実際はただ利権を利益を求めるだけだから問題なのである
盲人の権利を求めるのはいい、でも社会に生きるにしても一般人のあって生活している
すると全部盲人のためとか障害者のために社会があるのではない
だから自ずと制限が課せられてもしょうがないとなる、でも団体組織化すると何でも訴えることでき社会に要求できるとなる

ただそうした利権団体でも何か抑える方法がないのである、そしてそうした利権団体組織は責任もとらない、マスコミでもフェクニュースを流したからと責任もとらない
組織団体はまた責任をとらない仕組みだともなる
なぜならそれだけの人数がいたとしたら誰の責任になるのか?
赤信号をみんなで渡ればこわくないとかなるのが現実である
つまり法律を破っても別に数が多ければそれが正義だともなるからだ
実際このことが一番怖いことになっていたのだ
なぜなら赤信号とは法律のことであり渡るなということでありそれをみんなの力で違反してもいいとなるからだ、みんなの力こそが第一であり法律は関係ないともなるからだ
数の力こそ正義だとすべてなってしまうのである、現実はそうなっているのだ
民主主義はただ数の多寡でで決められればそうなっいるし現実はなっいるのだ
その理を問われることがないからだ

民主主義がすべて数で決まる時そうなってしまう、そうしてナチスが生まれ社会はどん底におちいる、でも結局戦争で三百万人死んだとか原発事故で故郷に住めなくなったとか必ず責任はとらされるのだ
だからこそいくら巨大な団体組織に逆らえないとしてそのままにしていると国民自体が全員戦争のように責任をとらされる
そういう自覚が国民一人一人にできていないのである
ただ利権を得ればいいとか金になればいいとかしか考えないで行動していると必ず責任はとらされる、それが原発事故で判明したことだったのである

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2020年09月13日

江戸時代の時間感覚 (50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)


江戸時代の時間感覚

(50年で良田とする政策ー津波、原発事故の復興も50年かかる?)

地頭と肝入とが協議して以下のように合意した。つまり彼らは,耕地が「良田」になるまでに50年はかかると見込み,年貢はこの期間「本銘」( ほん めい
本免:本来 ほん めんの年貢)の1/2〜1/3とすると決めたのである 

本来の年貢率を50%(五公五民)とすれば,この年貢率は250〜1 . 67%であり,しかもそれを50年維持するというのである。 


50年かかるとしたら木の育つのと同じ年月である
江戸時代の時間感覚は今と違っている、でも今でも木が育つには50年かかるから自然の時間感覚は長い、今の時代の感覚はとにかく早い、短期的にしか動かない
今直前のこと今利益になるかどうかがすべてである、それで長期的視野を持てないのである、今すぐ成果を上げろであり2年先3年先も考えない
だから国家百年の計などありえないのである
上に立つ人も政治家でも今得すれば今地位があり得することだとしかないのである

ただこの50年という歳月には驚く、例えばこの辺の農業の復興は放射性物質の汚染で復興するのにどれくらいの時間がかるのか?
それはもう不可能であり耕作放棄地になった、そうなったのは時代もある
江戸時代はみんな農民であり農業で生活する他なかったからなんとか土地を利用して食糧をえなければ餓死してしまうからである
だから戦後でも引揚者が一千万単位でいたとかなるとその人たちはどんな不便な不毛の地にも入って農業するほかなかった、それは過酷なので半分はやめたとなる

ただ時間の感覚が短いと長期的視野で物事がすすめられない、今すぐ成果を上げろとなると落ち着いて事業でも取り組めないのである
会社では金融系だとただ社員にノルマを課してとにかく成果を上げろとなる社員は客をだましてでも投資信託とかを売りつけることになる
それでノルマを果たして認められるからである
でも会社の将来を見て苦境を乗り越えるということ何か時代にあった事業に転換するとか長い目で仕事ができないのである

何かあらゆることで簡単に短い時間で成果が出にくい、株式投資でも10年くらい長期的視野でみないともうからない、なぜなら株は必ず10年単位になれば下がったり上がったりするからである、それでリーマンショックのとき半分に下がった株が元にもどしそれからまた上がった、もしそれを銀行の営業マンが売らなかったら相当にもうかったとなる
どうも長期的視野で事業でも仕事をするということが現代は合わない
それだけ変化が激しい時代だから合わない、また農業とかなると自然のリズムに合わせるから林業でも50年過ぎないと木が育たないとするとそのリズムに合わせるほかないから長期的視野に生きることに自ずとなる

それにしても50年で良田になるというのは長すぎる
おそらくこの辺でも農業とか林業とか漁業でも50年過ぎないと復興するとかなったらそんなこと誰もしない、だから若い人は流出した、農業とかの時代ではないからである
漁業、農業、林業などは衰退産業であり誰も跡を継ぎたくないとなっていたからである
それより原発が収入になるとなっていたので地元は積極的に誘致したのである
工業時代と農業時代の相違があってそうなった

おそらく国家百の計とか言う時代は農業とか林業とかの時代だった、それが江戸時代であり明治以降でも戦前でもそうだったのである
そこではもう目前の利益しか考えられない、今金になるかどうかである
それで何でも急ぐ、そこにも落とし穴があった
目前の儲けを優先するから安全がないがしろにされた

急いで富は得られない

これも真理である、結局原発事故でもそうだった、目先の利益を優先して安全を計らないで大失敗になり大損失になったからである、それで今になって事故のあった原発に津波を防ぐ防波堤を東電で作ったのである
なんだ、簡単に作れたとか見る、そんなものすら科学者が警告していたのに作らなかった
コスト削減のために作らなかった、それが大損失を招いたのである
それはとにかくまず利益優先でありそれしか事業者にも頭がない、長期的視野がもてないのである
原発は一企業の事業というより国家的事業なのだからそんなに利益優先ではできない代物だったのである

そして人間の弱点は自然の時間とかと違って長い時間の歴史を考慮するのが苦手なのである、なぜならもう一年前でも何をしたか忘れている
次々に新しいことが起こり過去は忘れてゆくのが人間なのである
だから自分で描いたプログでもこんなことを書いていたのかと忘れているのである
だからただ何でもいいからメモしろとか記録しろというのは本当である
とにかく人間は忘れやすい、また一人の人間が死ぬと急速にその人間自体を親でも何か不確かなものとなり忘れてゆく、ましてや他人の死など次々に死ぬから遂にはそんな人いたのかどうかともなる、もう膨大な人が次々に死んでゆく、そしてその人がもう本当に存在したのかどうかわからなくなる

すると墓でもあればこの人が存在していたのだ思い出す効能はある
墓がなかったら文書の記録とか言い伝えだけになり実在感がさらに消失してゆくのである
いづれにしろ放射性物質に汚染された復興は本当に長くなる、30年過ぎてやっとセシウムの放射線量が半減するとかなる、もう溜池の除染など徒労だと思う
回りの森から放射性物質がまた流れてきてたまるからである
そこに莫大な金を兆円の金をかけることが無駄だともなる
それよりプルトニウムの毒が消えるのに二万年というのには驚くし何なのだろう理解できない、それほど放射線の被害は恐ろしいものだったともなる

時間の感覚として江戸時代のようであったら50年というのはありえる
でも今なら技術が発達しているから来年でも元にもどないとやっていけないとなる
それよりほかに移って別な仕事を探した方がいいとなり若い世代は移住して残されたのは老人だけなのである
ただ良田にするまで年貢をも低くされたし一応米もとれるとか飢え死にはしないとかありそうして50年かけて良田にするともなった

それも50年間もの先を見込んで年貢を低くしたというのは驚きである
ただ正直今ではこの時間の感覚は理解できないし誰もそんな時間をで物事を考えることもできないのである 、為政者でもそんな時間感覚がない、第一首相でも一年毎に前は変わったりしていたからである、そうなる年期一年とか二年でありその時間で物事を決める
そして自分の利益にすることをすればいいとかなってしまうのである
ただ自分たちの派閥の利権とかで動くとかなる
ただ当時は農業主体の生活だからそういう発想もできたとなる
封建制であり領主が変わらないとか時代の変化のスピードが遅いからそういうことができた
それだけ長い時間で考えることができたし自然とはそういうものであり急激に変えられないという感覚がありそうなっていたのである

ただ一個人の人生でも百歳までの人生を考えられない、だからたいがい若い人は60くらいで死ぬから老後を心配しない
でも百歳人生となるともうどうしていいかわからないだろう、金銭的にもそうだし会社員だった人は退職して何をするのかともなる、それだけの長い人生があるということはライフワークをもって何かを追及するにはいい時代である
たいがい少年老い易く学成りがたしとなっていたからである
でもなかなか老いないとなると老いたとしても先が長いとするとそれだけ余裕をもって生きることができるとはなる



あとがき

国会国立デジタル図書館でこうした論文が読める、最近はアクセスしなかったが何かと電子空間では検索できる、ただ検索の方法がわかりにくい
それでも図書館は意外と調べものに不便なのである
キーワードで調べることもできない、また本を一冊一冊調べてコピーするのが手間なのである
だから図書館にはもうここ十年一回くらいしか行っていない
何か調べたり書き物するには自分の家が図書館になっていないとできない
それが古本が安いとか自分なりの図書館が作れる  

すると学者の論文も読めるから引用して自分なりのものを探求して書けるのである
ただ検索が意外と不便であり方法がわからずにうまくいいものに当たらないということが問題である
インタ−ネットは商業用にもなって商売の宣伝が増えたのでそれでいいものに当たるのがむずかしくなった
ただ国会国立図書館なら学術用の図書館だからいいものに当たるとなるが全部は読めないのである   

それで自分でも蔵書を検索できればいいと思った
すると検索してそれを編集すると自分なりのものが発表できる
それもまためんどうだとはなる、何かインタ−ネットは便利なのだけど手間なのである
これが省けないのである、それで何とか自分のプログでもワードプレスで見やすくしようとかフェフブックとかしようとしたができない
ホームページを創り直そうとしてもそれもできない、手間でできないのである


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2020年09月11日

原発事故の大罪は生態系を破壊したこと (生態系を破壊したら人は生きていけない)


原発事故の大罪は生態系を破壊したこと

(生態系を破壊したら人は生きていけない)


原発事故の最大の罪は生態系を破壊したことである、その罪はあまりにも大きすぎたのである、だからこの辺はギリシャ神話のような世界となって歴史に記されることにもなったこれは人類的災禍でありその象徴が自分の住んでいる場所になるとは思いもよらなかったプロメテウスが火を盗んで過酷の刑罰を受けたことやシンシホスの石を無限に持ち上げて無駄な労役を課せられる、それは放射性物質と森で循環するし取り除けないからである
そしてプルトニウムの放射性物質が二万年消えないというのもそうである
平和な山菜料理が自慢だったん飯館村の被害がその象徴だった
最近胃がんで死ぬ人が60以下の人に増えているというのもその被害がでてきている
飯館村は一か月くらい20マイクロシーベルトとかあった、村長が避難させなかったからだ、これも手落ちだった
私の住んでいる南相馬市でも二日くらい20マイクロシーベルトとかあった
それで何かわからないから外を出歩いていたのである
ただ二三日でこの辺は急激に低下したのである

そもそもなぜ人間にはこうした災厄が起きてくるのか?
自然災害あるとする、自然に起こることは自然作用でありそれをとめることができない
かえって止めると自然の一生物である人間にとっても害になる
例えば最近外国で大きな山林火災があり森が燃やされる、でもそれは雷が落ちたとか自然作用なのである
それが自然作用だとするときそこに何か意味がある、何か自然にとって必要だから山火事が起きる、というのは山林が燃えると灰になり肥料になる、すると山林が燃えた後は肥料になった土地が肥えて木でも植物でも育ちやすくなる
とするとそういうふうにして自然をリフレッシュするものとして山火事もあるのかと見るそして人間は山火事を見てその後に木でも植物でも生育が良くなるので焼畑を思いついたのかもしれない、人間のしてきたことは自然から学んできたからである

でも人間のしてきたことは逆にこうした自然に逆らうものとしてもあった
それがこれまでは小規模なものだったが大規模なものになり自然を破壊するまでになった人間は生態系を破壊するまでの力を持つようになった、人間は自然に自然の作用に適合するのではなく自然を変えてしまう力をもつようになったのである
それが20世紀とか以降に顕著になりグロ−バル経済が拍車をかけたのである
だから熱帯雨林でも木が伐採されてオランウータンの住む森がなくなったりしている
グロ−バル経済によって世界の自然は相当に破壊された、森も消失した
このことがコロナウィルスとかとも関係していた
何らか人間は侵入してはいけない森とかに入りそこで動物と接触してウィルスに感染したとされるからだ、そしてウィルスが風土病だというときもそうである
その地域地域にあった病気が世界に伝染したのである

つまりグロ−バル化とは地球に境界をなくすことである、でも自然には明確な境界があり成り立っている、それぞれの風土に適応して生物が生息できるからである
そういう生物が生息する境界をなくすことはできない、その地域の風土に適応してしか人間は生きられないからだ

人間はあらゆる境界を無くした

それが災いをもたらしたともなる、コロナウィルスでもそうである、もう一地域の風土病ではなく世界の風土病となりその伝染を止められないのである
日本を日本の風土がありそこに適応して歴史を作ってきた
日本の風土は島国であり世界と違って特殊である
それで魏志倭人伝に牛、馬、虎、豹、羊、鵲無しと記されていた
大陸と島国の相違は日本は食料でも海産物主体であり肉食しないし家畜がいなかった
また地理的にも平原とか砂漠がないことが特徴である
日本は海と山との世界、海彦山彦の自然である
そこに大きな長大な川はない、また平原とか砂漠がないことは交通には適していない
山と山にさえぎられて閉鎖された世界に生きていたとなる

また海があっても地中海のように交通の海になっていない、大陸では平原とか砂漠とか川は交通路でありそれで常に文物でも流入してくるのである
それを証明したのが中国の秦である、始皇帝が最初の中国の統一国家を作ったからであるそれは兵馬俑のような大騎馬軍団で統一したからだ
つまり平原とか砂漠があることはそこは騎馬軍団で一気にモンゴルのように世界帝国になる地理なのである
地理的条件が歴史を作っていたのである 
そのマイナスとしてモンゴルがヨ−ロッパに進攻してペストがもちこまれてヨ−ロッパでは三分の一が黒死病で死んだのである、モンゴルはそのペストにかかった死体を城の中に投げ込んだというから恐怖だった、まさに細菌兵器として利用したのだからコロナウィルスでも細菌兵器だという説があり人間は戦争になると手段を選ばない、原爆でもそうだった

いづれにしろ生態系を壊すことはそれが人間も生物の一種だから原発事故で故郷にでもその土地に住めなくなるのである
これほどの被害はない、いくら貧乏を言っても昔は貧乏でも第一住めなくなったら終わりである、それは一地域だけではない、人類全体及んでくる
人間の恐怖は地球規模で生態系の破壊が起きて人間が住めなくなることになるからだ
そこに人間の罪深さがありそれが過酷な刑罰としてギリシャ神話に残ったのである

東京のような大都会は世界でもそうだがもう生態系から分離している、そこには森もないし田畑もない、生態系を意識できない、人工的空間に生活している
でももしその水を供給する山とか森とかが放射性物質に汚染されたら水さえ飲めなくなるのだ、そういうことが東京で一時騒がれたのである
海産物主体の日本の食生活も海が汚染されて食べられなくなる
現実にトリチウムを海に流すとかその問題は継続されている
原発事故の罪深さはそうしてもうその土地土地に住めなくなる、ついには日本にも住めなくなることである、現実に吉田所長が原発が爆発した時東日本には人が住めなくなると言っていたのである、そんな恐ろしいものを作っていたのである

そのことはやがて核戦争が起きたり事故になっても人類は地球に住めなくなるということを示唆していたのである
東日本が住めなくなるということはそれだけの甚大な取り返しのつかない被害になるいうことである
だからなぜそんなものを作ったのか、そういう被害を考慮しなかったのか?
いろいろ原因があってもその出発点からして科学者でも警告して停止すべきだったとなるそれは原爆を落としたことと同じである、なぜ科学者はそうした恐ろしいものを作り現実に武器として使用したのかとなる、あとからアイシュタインなどが反省したが遅かった

コロナウィルスでも生態系から復讐されているというときも人間は生態系を破壊して来た結果そうなった、そういう技術力をもったときそうなった
例えばまず縄文時代だったら遺跡の発掘でもわかる、津波の来た地点には人は住んでいなかった、自然に適合して住んでいたから津浪の被害には全部とは言えなくても被害にあわなかったとなる
でも海側を開拓して田にしたときそこは被害にあった、松原も人工林では根こそぎ津波で消失したことには驚いた
でも自然側からすればそこはもともと海だったのだか元の海に戻したということである
自然が必ずしも無慈悲とも言えない、むしろ人間側が自然に適合しない生活をした結果だともなるからだ

20世紀とかは人間の技術でも経済でもグロ−バル化して巨大化した結果として地球の生態系を大規模に破壊して来た、その逆襲を自然から受けているという時、コロナウィルスでもそうだとする、なぜならウィルスは自然の一生物だからである
つまりウィルスとも共有しなければ人類は生きていけないからだとしている
ウィルスにもいい作用がありそれは自然の作用だともなる
単なる異物として取り除くものでもないとしている
地球で異物となったのはむしろ人間であり人間の過度に発達した科学技術とか巨大化したグロ−バル経済なのである

そのグロ−バル経済と一体化強欲資本主義はもう限界でありマネゲームとかなり金融資本主義となり崩壊しつつある、もうそんなことをつづけたら地球自体が持たないとなり
巨大な自然災害が頻発しているともなる、コロナウィルスもその一つなのである
ますますその自然災害も苛烈になる、そして文明が滅んでゆく
エジプト文明が3,000年もつづいたのは自然と適合する文明だったからである
ナイル河を利用して洪水でも実は泥を広大な河岸に運び肥沃な土地とした
一見洪水が悪いように見えてもそれは自然の作用でありそれがエジプト文明を作っていたのである、それは山火事でも同じである、樹々が灰となり肥沃な土地となり生育が盛んにしたと同じなのである

エジプト文明の不思議は高度な科学技術をもっていた、ピラミッドは現代の技術でも建てられないとしていることでもわかる
そして生態系を重んじる文明だった、あらゆる動物が神の化身となり牛までミイラ化して人間と同じように葬られている、それは偶像崇拝となっていたがそれでも生態系と一体化したものとしてありえた文明である
だから「エジプト文明はナイルの賜物」となったのである
生態系と一体化した文明なのである
それで原発事故で一時この辺から蛙と鷺はいなくなった、田畑は荒地化したからだ
でも蛙が鳴き、鷺が戻って来た時、生態系が回復した
田畑は生態系と切り離されずあった、だから蛙がいなくなり鷺がいなくなることは生態系が破壊されたことによってそうなったのである
人間は蛙も鷺でもいないなると実は人間も住めなくなることを示していたのである
空気も水も土も森も汚染されたら住めないのである
未だにそうして避難区域になったところは回復していないのである
現代文明が滅びるという時まさにこの辺が原発事故で現実化したのである

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2020年09月07日

平和とは何なのか?ー原発事故で失われたもの (揚羽舞い芙蓉に実り鳩の来る)ここに平和があった


平和とは何なのか?ー原発事故で失われたもの

(揚羽舞い芙蓉に実り鳩の来る)ここに平和があった

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人間はこのように美しくまた実りがある場所には寄ってくる、山鳩も来て平和だなとつくづく思う
実りとは食料とかになるものがある、生活がある、その地域で成り立っているとか見る
田んぼがあり実りがあればこの土地に実りがあると見る
ただ現代のおかしなのはその土地土地でとれたものを利用していない
米にしても全国から入ってくるからいい米を買って食べる
今は地元の米を食べていない、栃窪は山の方で水がいいからと前は食べていた
今はそうとはならない、農家では食べていてもみんなそうはなっていない
そして原発事故以後この辺の米は飼料米になっている
それはもともとうまいという米でもなかったこともある
米でも全国の競争にさらされて地元の実りがそのまま地元の生活につながらないのであるそれは野菜類でもはそうである、果物でもそうである
グロ−バルに全国的な競争の中で売られているからだ

だから土地と人間が分離しているともなる、それは何か不自然なのである
ではまずい米を食べろとなると地元の人でもできない、農家の人すら遠くでとれた野菜でも買っているとなるからだ
要するに食料でも全国的分業になっている、それで長野県のキャベツ農家は億の金をかせいだとかなる、昔だったらその土地土地で自給するほかなかった
それは江戸時代から戦前とか戦後まもなくでもそうだった
交通の発達でグロ−バル経済になり地域経済ではなくなったからだ
それで小農が多かった、わずかの土地でも利用して畑にして田んぼにしていたのである
そういう小農は成り立たなくなった、だから全国で膨大な耕作放棄地が生まれている
農業といっても簡単にできない、土地があっても簡単に収穫できない
農業というのは土地が資本であってもそこに道具や機械や労働の手間が大きいのである
それと農業はまたいろいろ揃えてもソフトの面がノウハウの面が重要になる
これも簡単に覚えられないし身につかない、それで素人がちょっとした畑をするにもなんにもとれず終わることが多い

そのために農業は代々の農家が継ぐのが有利なのである、そこでは農業するための経験が積み重ねられているからだ、何もない所から始めるのは至難だとなる
江戸時代だとほとんど親の職業についていた、それは江戸時代はあまり変化がない時代だからそうなっていた、職人ですら十何代もつづいていた、その系譜もあるのを見た
だから結婚するにしても同じ職業の人と結婚することが多かった
職人仲間は職人と農民は農民とか商人は商人同士の結婚になる
そうなると安定した生活になる、経営では経営コンサルタントが商人の娘を雇いというときがそうである、全然違った職業になるとなかなか理解できなくなるからだ
でも不思議なのは江戸時代でも離婚は多かった、金銭でやはりもめて離婚になっていた
だからいかに結婚自体がどれほどむずかしいものか知る

ともかくこの俳句でも平和とは何かというとき平和平和とか叫ぶことでもない、カルト教団のように絶えず集まり示威行動することでもない、平和とは日常の状態でありそこに平和がある
山鳩が来る、実りがあり芙蓉が花が咲いている、その時調和した風景をみて心がなごむのである
それを特に感じたのは飯館村だった、原発事故で田畑は荒地になり草ぼうぼうになり放射性廃棄物の積まれた村となり平和な光景が全く失われた
何か先祖が眠る墓まで嘆いているという感じになったのである
そして村人は補償金で分断されて住まなくなった、50億円で5人のために学校を作っても肝心のその子供は村に住んでいないし若い世代も住んでいないのである
平和な光景が全く失われてしまったのである、何か戦争があって荒廃した村のようになってしまったのである

飯館村というとき草深く森深く花が隠され咲いて村は貧しくても何かひっそりと隠されていたとなる、それが荒廃してしまった、飯館村の責任ではないが現実にそうなってしまったということである、そこにはもうかつての平和な光景がないのである
飯館村では山鳩がふさわしいと見ていた、森が深いから森に山鳩が帰る、それが平和に感じられたのである、ただ別に山鳩が飯館村にいなくなったわけではない、でも人間の営みがなくなったとき山鳩とか自然まで影響したのである
自然と調和した村だとすると村が荒廃して自然まで影響されてそうなった
もし自然のままの原生林だったらそうはなっていない、それはそれで純自然を見て感嘆するとなっていたのである、一旦人が住むと人の営みがなくなると自然まで荒廃した感じになるものだとつくづく見て思った

それは南相馬市の鹿島区でもそうである、前にいい古い松原があり実りがあり調和していた、それが根こそぎ松原が流された、そしてソーラーパネルとか風力発電の場であり全くその面影すらなくなったのである、これは津波の結果であり人間の罪ともならない
ただ今では海岸地域も稲穂が実っているからある程度回復したが松原はと戻ってこないともなる
とにかく生業を返せとか裁判したことでもわかる、生業とは何か生まれてある業だとなると農業とか漁業とか林業とかになる、それは自然と密接に結びついてあったのである
職人の仕事でもそういうことがあった
それか根こそぎ失われたということがある、その時平和も失われた
与えられたのは補償金でありそれで平和な光景は回復しなかったのである
ただ遺産争いのように村自体が分断されてまた家族すらばらばらになったのである
それで小高の復興住宅で孤独死があったとかなる、他でもある
そこにかつての平和な光景がない、もちろん昔が理想だとかはない、ただ今と比べると平和な光景があったことは確かなのである、それが飯館村に一番象徴的に現れたのである
それが原発事故のむごさだったのである

とにかく芙蓉が咲き蝶が舞い、実りがある、山鳩が来る、この光景に本当に平和を感じた芙蓉というとき飯館村ににあっていた、大きい花で大らかに咲いていたからだ
人間が自然と調和するとき本当は美しい平和がそこに実現していたのである
とても大都市とか工場地帯に平和を感じないのである、それをすべて否定できないにしてもそうである、それが光景としては平和に見れないのである
ただ現実問題としてそうした村とか飯館村とかで住むとなると苦しい
不便だから住めないと実際はなっていた、時々外部から訪れるだけだからいいとなっていたのである、第一病院すらないのだから不便だとなる
だからまず車がない人はとても今は辺鄙な場所には住めないのである

畑にそ実りのありて花々も美しく映えて平和のあらむ

まず実りがあって花々も映える、その実りが生業でも消失したとき平和は失われた
別に原発事故がなくてもこの辺では耕作放棄地が特に多い、それは全国的で後継者がいなくてそうなった、それは全国規模の経済で農業があるようになったからである
すると一地域でその土地を活かすということができない、でも長野県のキャベツ農家のように実際に全国的に成り立つところは億の金を稼いでいるのである
そして実際は8割の農産物はこうした大規模の農家で作っているのである
だから小規模な農家は経営的にはもう成り立たなくなっているのだ
それが地域地域を荒廃させているともなる、グロ−バル経済で日本の森がこんなに豊富なのに荒廃したと同じである
だからこういう経済は何か不自然であり歪みをもたらしたのである
それは観光のことでも外国人が優遇されて肝心の日本人が優遇されないというのもそうである、それはグロ−バル経済だったらどこの国でもそうなったのである
温泉宿は農民の疲れを癒すものとして東北だったら湯殿とかに湯治に村人が行ったのである、それが外国人相手になったのが現代である
それがコロナウィルスでぱったりと来なくなって困ったとなる
何かグロ−バル経済とかこうした広域経済には問題がある、それがコロナウィルスで見直されたことも不思議だとなる、関所まで必要だとなると昔に戻ることにもなる
昔の様な生活をしなければならないとまでなったからだ

いづれにしろ人間は介護で四苦八苦したが家族が苦しいとか困ったかとかそういう場にはよりつかなくなる、それはみんな経験している
何かそういう人とかかわる被害を受けるし苦しみを受けるし損だと思うからである
でもそこに実りがあり花が咲いて山鳩でも来る、それが平和な光景であり観光客でも来るとなる、もう飯館村とかには行きたくないとなるのが人情だからどうにもならない
荒廃した村で心も荒廃してしまうということである 
原発事故の罪深さはそこにあった、平和な光景を壊してしまったのである

















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2020年08月27日

真野川に鮎の大群が上ってきた (震災以後見たことがなく2018年に鮎を放流した)


真野川に鮎の大群が上ってきた

(震災以後見たことがなく2018年に鮎を放流した)

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落合橋から見える


2万年前です。 これは、最近のDNA分析から明らかになりました。 同様にDNAの分析から日本と朝鮮半島そして中国大陸のアユが、同じ種であることも分かってきました。
 実は、2万年前の氷河期、日本列島と朝鮮半島が陸続きでした。 どうやら、その陸続きであった氷河期に日本列島で生まれたアユが、朝鮮半島に 渡り、さらに中国大陸に棲息地域を広めていったようです。

 サケと違うのは母川回帰をしません。 その時に一番条件の良い川を選らで遡上を始めるそうです


 (秋)
川の中流と下流の境目あたりで、アユの一生は始まります。
川底の砂利の隙間にある、小さな卵から生まれた幼魚は、
川の流れに乗って、海に下ります。

秋)
昼間の時間が短くなり、水温が低下してくると、
鮎は再び川を下り、下流付近までやって来て、卵を産みつけます。
産卵を終えると、わずか一年の短い一生を終えます。

産卵に全エネルギーを使った鮎は「年魚」の名の通り、一年で生涯を閉じます。


アジアの東部、すなわち太平洋岸の特産魚で、日本を中心に 朝鮮半島の南部、中国沿岸に分布しているが、石の少ない大陸の川には生息しない。
日本では、関東以西の本州、四国、九州に多く、東北、北海道には少ない。琉球列島では 沖縄本島まで分布している。


一生を一年で終わるから、そういわれる。まれには一年で終わらず、次の年まで生きのびるものがおり、いわゆる越年鮎と呼ばれるものである。鮎は短期間のうちに大人になる。その成長は著しいものである。短期間のうちに大人になるには、豊富な餌が必要である

3月末頃から川をのぼりはじめた鮎は、餌が豊富にあるところを求めてどんどん上流へのぼって行く。良い水アカの付くところは、水がきれいに澄み渡り、水温も比較的高く、水が勢いよく流れている、石がゴロゴロしたところである。

産卵が行われた後に、力を使い果たした鮎は、雌も雄も死んでしまう。鮎の死骸は川に流され、河口のヨドミに沈む。川の岸辺に寄せられた死骸は、トビ、カラス、サギ等の餌食になる。

 シラス(イワシ)漁は沿岸部を目の細かい網を2隻の船で曳いて行われている。そのときシラスアユがイワシと一緒に獲られてしまうというのである。

 稚アユの群れの中には見当はずれの方向に行ってしまうものもあるようで、山口県長門市沖の青海島の北側日本海に面した所に夏のころアユの群れを見ることがあるというし、伊豆の大島あたりでも春頃にアユの群れをみかけるそうだ。

 稚アユは、10億分の一というごく微量でも合成洗剤の臭いを嫌がって避ける
 鮎は流量の多い川を選ぶ

 


真野川になぜ昨日から鮎の大群が遡上するのを見た、でもそれは二三日前でありその前には見ていないのだ
なぜこれだけの鮎が震災から津波から9年過ぎて上ってきたのだろうか。
見たのは真野川の中流地域の落合橋のところだった

●2018年に放流した鮎が産んだ子がもどってきた

●何かの原因で真野川にもどってきた

鮎の寿命が一年だとすると2年が過ぎているとしたらどうなるのか、そういう例はまれにあるからそれもありうる
なぜなら鮎の不思議は鮭とにていて生まれた川にもどるというからだ
でも生れた川からかなり離れて遠い川に稚魚が上っていたのも見られた
だから必ずしもそうではないが一般的には生まれた川に上る

確かに鮎を見ると鮭の小型化したような姿になっている、そもそも川魚でも海に生息していたものが川に上り進化したとかなる、岩魚とかもそうである
だからこそ稚魚は海に出てプランクトンを食べる、ただ海から川へ上ると藻などを食べる両方に生息できる、鮎を調べて一番不思議だと思ったのは鮎は日本列島の固有種のようになっている
それはなぜなのか?朝鮮半島とか中国に川があっても鮎に適していない
朝鮮半島も大陸であり河も大きいからである

氷河期に日本列島で生まれたアユが、朝鮮半島に 渡り、さらに中国大陸に棲息地域を広めていったようです

つまり鮎は日本が原産だった!

これは発見だった、日本は川魚が食料にかなりなってきた、鮎は子供のとき父親がとってきてオカズになった、その時鮎は大きいものだったのである
その後小ぶりになり震災前は釣りしたとしても食料にはなりにくいものになっていた
ただ釣りを楽しむというだけである

日本列島の不思議は大陸との生態系の相違がありそれが独自の文化を育んた
それで縄文人が朝鮮半島にも渡っていたということもありその朝鮮半島人のDNAに縄文人の系統があるというときもそうである
縄文人はそもそも一万年の歴史があるとしたらそうなる
日本語の謎が解明されないのはやはり縄文人が一万年日本列島に生活していたことにあるのかもしれない、大陸の言葉と共通性がないからだ
未だに結局日本語の謎は解明されず孤立語になっている、ユダヤ民族のヘブライ語とも共通性があるとまでなってその元が不明なのである

ともかく現代は科学であらゆることが解明されたとして見ている
でもこの鮎でも鰻でも魚でもその生態は解明されていない、それは依然として神秘的なものである、謎である
人間は自然をすべて解明したわけではない、生物学的にも生態系となると解明されていない、コロナウィルスでも未知でありウィルス自体が生態系から生まれたのでありその生態系とは何か解明されていない、生物は依然として神秘の領域にある
だからこそ生態系を何か知らないのにその生態系を放射性物質で汚したことが大罪だったとのである
なぜなら人間は生態系に依存して生きる魚とも同類の生物だからである
生態系を汚したら空気も水も土も汚染されたら生きていけないのである
それでプルトニウムの毒が二万年も消えないとか空恐ろしい罰が与えられたのである

稚アユ遡上の要因や条件については、”甲状腺ホルモンの影響”とか”水流や流れの音の刺激”とかいろいろ調査、研究されているが、今までのところ遡上行動がなぜ起こるのかそのメカニズムは解明されていない。

”甲状腺ホルモンの影響とは何なのだろうか?原発事故では甲状腺ホルモンではないが
甲状腺が放射性物質に汚染されると癌になると恐れられた、実際にチェルノブエリではそうだった、子供が癌になり手術されたからである
真野川でも環境省で定期的に水質でも水生生物でも調査している
その報告もされているが調べていない、なかなか専門的になると理解できなくなる
ただ私は専門家ではなく、何でも素人として魚でも興味があるからしているだけである
学問でもトータルなものとして見る時面白いものとなる、興味が尽きないとなる
なぜなら神秘的なものとなり謎になるからだ、ただ科学的知識がない文系なので文系的思考になるのである

たた日本の文化というか歴史でも日本列島の成り立ちがまだ解明されていないだろう
それは大陸とは違っている、朝鮮半島は大陸の一部なのである
だから比較的大きな地震がないのである、地盤が安定しているのである
日本列島は地震とか津浪があり大陸とは相当に違った独自に形成された島国なのである
その地理的独自性から日本の地理でも歴史でも生態系でも関係してくるから総合的に見る必要がある、要するに何でも一専門分野に学問を限ると危険になる

原発でもそうだった、原発事故になり生態系が汚染されたら人間は住めなくなる
その基本が無視されたことが重大な結果をもたらしたのである
コロナウィルスでも経済を無視してありえないのに専門家40万人死ぬとか恐怖を与えたそれは総合的に判断しないからである、ただ今や総合的に判断するにしても誰もできないそんな能力がないからである、私自身も科学がからないとしたら何にも言うなとまでなるただ鮎一つを取り上げて調べてもそれが生態系全体のこととかかわり日本列島の成りたちとかかわり縄文人でもかかわるとかなる
つまり何か石ころ一つでも必ず全体と関係してある、それが石一つだけに注意しても調べてもわからないのである

ともかく鮎があれだけ遡上したことは川が震災から9年半過ぎて蘇ったのかとも見た
ただこの原因はわからない、今年に放流した鮎ではない、だからどうしてこれだけの鮎が上ってきたのか?それが知りたいとなったのである
何か近くの人がこの鮎に餌をやっていると言っていた、その人も放流した鮎ではないと言っていたからそうなのだろう
またなぜ水無川の上流にも鮎が前にいたかというとあそこは遡上できない堰がある
だから運んだと言っている、橲原の川にも鮎がいたからである
とにかく9年以上鮎を見ないのに見たということは川が回復したとかとも見た
それは田んぼが回復して蛙の鳴き声は合唱を聞いた時もそうである
そして蛙が増えくるとそさを餌とする鷺がもどってきたのである

それで生態系が回復したと見たのである、田んぼは生態系に組み入れられたものであり
水がそこに循環して稲が育つ、だから田んぼをただ稲をとるものだけとは見ていけないのである、田んぼは自然の生態系の中に組み入れられた自然とも見るべきなのである
だから田んぼがない田舎は田舎だったのかと見たのである
つまり蛙が生きている、鷺が生きる、川に鮎が生きる、それが生態系が復興することなのである
それは宮沢賢治の詩のように生命が人間と一体化するものとして存在することになる
その詩には童話でも縄文的なあらゆる生命との一体感を謳っている
そういう世界を創作できたということはやはり時代でもある
ただその時は貧乏でありその世界をいいものとして見ていた農民などいない
そんな世界に生きたくないとなる、それは江戸時代がいいとしてもそこで暮らしたら地獄だったとなるのと同じなのである

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)
(放射能の心配はあるが・・・)

二年以上過ぎているからこの時放流した鮎の子なのだろうか?
ただ一年で死ぬとなるとそうともならない謎である 

写真はとったが鮎は映っていなかった、ただ落合橋から確実に見える






posted by 老鶯 at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2020年08月18日

契約と免責事故を知れ! (原発の安全神話は人間が作り崩壊した)


契約と免責事故を知れ!

(原発の安全神話は人間が作り崩壊した)


その中に必ずといっていいほど記載されているのが「○○について、当社は一切の責任を負いません。」というフレーズです。こういった、当事者の一方又は両方が責任を負わないことを明言した部分を「免責事項」といいます

たとえばウェブサービスを利用する際にも、実は契約が交わされています。それが利用規約を提示することにより契約の「申込み」を行い、それに同意することによって「承諾」したという形を使った「約款による契約」です



この事件によってデータが消失し、多大な損害を被ったユーザーも多数いたのですが、結局裁判でファーストサーバが多額の賠償を命じられたという話は全く聞きません。
むしろファーストサーバの免責規定が有効に機能したので賠償額は非常に低額に抑えられたようでして、現にファーストサーバは今も倒産することなくサービス提供を継続しています。

第35条(免責)
(略)
6 当社は、本サービスに関連して生じた契約者及び第三者の結果的損害、付随的損害、逸失利益等の間接損害について、それらの予見または予見可能性の有無にかかわらず一切の責任を負いません。

地震・噴火・津波などの天変地異が原因の場合は、多くの保険契約で損害が免責事項とされ、保険金は支払われません。


契約の基本はこの免責にあるのかもしれない、なぜなら責任を問われることが一番問題だからである

例えば契約を正式に手続きを踏まないと給料ももらえない、不払いになっても損になるだけである
知っている人は食堂に雇われても給料が払われなかった、そこは暴力団が関係していたとなる、でも個人だからそうともならない、ただそういう人が経営していたとなる
それを何度も文句を言っても支払われなかった
そこで正式の契約をしていないからである、契約書もないのである
となると雇い主は勝手に給料も支払わなくてもいいとなる
それで六カ月働いたのに給料をもらえなかった、六カ月も要求しなかったのも働いた人の手落ちだった、一か月働いて給料もらえなかったら普通はやめているからだ

ファーストサーバがデーターを消失しても責任を問われなかったのは免責事項のためだった、最初からデーターが消失しても責任をとらないとしていたからだ
インタ−ネットではそういうことが結構ある、データーを消失しやすいからである
でも最近はインタ−ネットでも簡単にデーターが消失しない
さくらレンタルサーバーでは一回だけデーターが消失したが回復したのである
十年間としていてもデーターが消失する危機はこの一回だけだった
だから何か安心できるのである、そして北海道にデーターを保存する建物を作った
それは大坂だと地震とか危険があるからだ
それだけ備えしているとなるとさらに安全だとなる
今になるとデーターの保存は守られている、なぜならデーターの消失はこれは致命的になるからだ
もしデーターがいつか消えるのではないかとなると一番不安になる
だから普通はデーターを自分で保存している、それも相当に手間なのである

いづれにしろ契約の基本はこの免責事項にある
なぜなら会社にとっても何かあった場合そこが一番問われるからである
そこで人が死んだりするからである
だから素人でも法律がわからなくても免責事項だけは見ていた方がいいとなる
何かあった場合、どこまで責任をとるのかを見ていた方がいいとなる

それで銀行でも投資信託とか金融商品を売りつけるとき説明しないというだけで説明責任を問われて裁判になったのである
まず銀行のこの投資信託とか金融商品を売りつけるのは本当にいい商売なのである
絶対に銀行は損しないからである

銀行は損しない、手数料は確実に入る、客が損しても銀行は絶対に損しない!

要するに売るにしても客に対して何の責任もないのである
ただ何かどうしても営業の人が売ることでかかわるからその人間に対して責任を問うようになる、私がかかわったのもそうだった

リーマンショックでその時8年前半分になった株を投資信託のJ-reitに回した
その時私はどうかと思った、でも何の説明もなくその株を回した
それから株はどんどん上がったのである、だから売らずに待っていれば相当にもうかったのである
それ以来その営業の人でも銀行でも信じられなくなった
要するに投資信託とか株を買ってもその責任は一切銀行はとらないのである
全責任はなんであれ客がとるのである
言い訳はいくらでもいえるのが株式の世界だからである
要するに適当に売ってあとでいろいろ言い訳など言えるからである

その営業の人は実際は株式とか投資信託とかでも手続きはできてもほとんど知識として知らなかったのである
銀行では支店長も株のことは知らない、そもそもそういう仕事をしていないし証券会社ではないのだから蓄積がないからである
そしたら株のことを投資信託でも知らない商品を扱うこと自体それは許されるのかともなる
それで奇妙なことにその営業の人が信じられなくなりJ-REITを一月に売ったのである
そしたらコロナウィルスですぐに半分に下落したのである
これにも驚いた、とにかく株式の世界はリスクがあると思った
石油がいいとしてカナダの国債を買った時も急激に石油が下落したのである
これも信じられないくらい下落したのである、だから本当にリスクのある世界である
そのリスクは別に銀行の責任ではない、それで損しても客の責任なのである
だから銀行は何の責任もとらない、説明しなくてもその説明責任もとらない
要するに手数料だけは入ってくる商売なのである
ただそういうものだとして客の全責任で買うほかないものだということである

原子力賠償法でも国でも東電も免責事項があり責任はとらないと明記してある
故に責任はとらず誰も逮捕されていないのである
でも不思議なのは普通は会社があるとして銀行でも客との契約がある

原子力賠償法とは誰との契約なのか?

それは国民との契約なのである、ただわからないのは原発を建てた地元住民との契約があったのか?県との契約があったのか?
地元住民と契約をかわしたのか?、自治体と契約を交わしたのか?
ただなぜ「安全神話」を作りそれを住民に押し付けた、安全神話には何の責任もない
絶対に安全ですよと言ってもその責任はどうなるのか?

要するにこの世のことは人間にはすべて責任がもてない

何が起きるか予測できないからだ

「安全神話」は神が作ったものではない、人間が作ったものだから崩壊したのである
人間が作るものは絶対ではありえないのである
機械を作ってもなんでも壊れることがある、何かの不慮の事故があり絶対にとは保証できないから免責事項が必ずある
実際に国と東電は免責事項があり責任をとらないとしているからだ
だからこそ真剣にならず適当になっていたのである

つまり日本の戦争でも宗教がかかわると天皇が現人神(あらひとかみ)として日本は神の国だから絶対に勝つとなっていた、でも負けたのである
そしたら天皇は神ではない、責任をとれとなるところだった
それで私は神ではないとして人間宣言したのである
何かこれとも似ているのである
常に免責事項があるのは人間のすることは絶対ではない過ちが必ずあるからそうなっているのだ、どうしても不可抗力のことがでてくるからそうなるのである
だから神に対して誓うなというときそれが実行できない、人間に対して誓ってもそれができない、人間は絶えず嘘をつくからである
まさに「安全神話」がそうだったのである、その神話とは人間が作ったものである
また戦争でも天皇が神だから勝つというときそれは人間が作ったものだから負けたのである、つまり人間のすることは不完全さをまねがれないのである
神のみが本当に契約を果たすことができる、だから契約というのが聖書の基本にある
つまり契約とか誓いを果たしうるのは全能の神しかいないということである
人間のすることはみんな信じられない、不完全なのである
コロナウィルスについてもそうである、専門家がいろいろ言ってもわからない
だから何を信じていいのかわからないのである

とにかく原子力賠償法というのもいいかげんだったのである、なぜなら免責のために作られていたからである
そしてその契約とは誰のための契約だったのか?、国民なのか、地元住民なのか、自治体なのか、県なのかそれも良くわからない、第一地元住民にしても自治体にしても県にしてもそこち住民がいる、その住民にその契約を作る時合意しなければならない
でもそうした説明すらしていないのである、専門家は説明しても原子力のことなどわからない、無駄だとなっているからだ
それで一方的に「安全神話」作り危険なことを知らせない、教えないようにしていたのである、もちろん事故を想定もしないから避難指示もしなかった
そのために浪江町では山奥の一番危険な放射線が高い津島に町長の命令で避難したのである、それは全く事故を想定していなかったからである    

地震・噴火・津波などの天変地異が原因の場合は、多くの保険契約で損害が免責事項とされ、保険金は支払われません。

確かにこういうことが免責事故として普通ある、でも原発に適応しにくい
もしものことがありそれが致命的にある、実際に事故になった時、吉田所長は東日本が住めなくなると言っていたからだ、それほどの被害があるものを作ること自体危険であり誰も責任などとれないのである
そうしたら原発を作らない選択こそ安全を計る唯一の道だとなる
そうすれば国でも責任をとる必要がないからである

ただそうして危険なものをそこまでして作らねばならなかったのか?

それは核武装のためであるとなると日本国防衛のために必要なのだとなると別問題になるのである、それは別な論議になる、日本は核武装が必要なのかどうかというと議論であり原子力発電が必要なのかどうかとは違った議論になるからだ
ただ人間の成すことに絶対ということはありえない、それを「安全神話」を作り絶対に安全だとして何の対策もしない、それこそ責められるべきだった  

科学技術は絶対に安全はありえない!

それは人間の作ったものだからである、専門家も神ではないからである
だからこそ人間のすることは不完全だから免責事項が不可欠なのである
あたかも科学技術で人間が神のようになったことが傲慢だった
それが打ち砕かれたのである、それはこれからも起きる
人間は不完全であり未来に何が起きるか予測つかない、コロナウィルスでもそうだった
そして人間は必ず免責事項があっても責任をとらされる
確実に罰せられるのである、それも過酷な罰となったことがギリシャ神話にある
火を盗んだプロメテウスの過酷な罰である

人間の成すことには必ずカルマがあり責任があり罰が与えられるのである
つまり必ず責任を免責しても実際は責任をとらされる
戦争では3百万人が死んでその責任をとらされた、原発事故では空気も土も水も汚染されて故郷に住めなくなるという罰が与えられた
でも国の政治家とか東電が一番責任があるのに罰が与えられていないのである
免責事項があり罰が与えられていないのである
でも歴史の中で時間の中でその人たちも評価され罰せられる
正力松太郎とか田中首相とか中曽根前首相とか地元の原発を誘致した議員とかが罰せられる、すでに地元の議員でも評価がガタ落ちになったからである
犯罪者のように見られるようになったからである








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2020年08月17日

原子力賠償法では国も東電も免責されている (原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)


原子力賠償法では国も東電も免責されている

(原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)

無責任な形で運営されていた。これが一番の原因であると私は思っています。もっと具体的に言うと、どんな事故があっても、誰も責任を取る必要がないという法律があった。一応の歯止め(原賠法の“穴”)があったのですが、この歯止めは気が付かないような形でできていた。それをいいことにして、原発を運営する責任者の気が緩んだ。どんなにいいかげんな経営をやっていても、責任はかかってこない。その上に報酬はとり放題。
(原賠法と電気事業法)そのものの欠陥と原発を運営する人達の堕落による人災、つまり、社会制度の欠陥と東京電力の経営者と役人のモラル・ハザードにもとづく人災だというのが、今のところの私の結論です。

国策である原子力政策、原発政策について、日本のリーダーを自任してきた国策大学のエリート達は、誰一人として日本の国家、日本国民の立場に立って考えた者はいないということです。すべて自分達の利益、自分達の生活のため、自分達を守るために国民を騙したり、国の金を不正に使ってきた、つまり、日本の国と国民とを食いものにしてきたということです


このサイトでは原子力損害賠償法では東電は責任がなく国すら責任とらないとしている
法律となるとわかりにくくなるがここのサイトでわかりやすく説明している
会計士であり金の出入りから見ているからわかりやすいのである
国が責任をとらないというときそれは刑罰に処せられないということだろう
その賠償額は何兆円になっているからだ

とにかくもともと原発は金の鳴る木でありそれに政治家をはじめとして官僚でも企業でも群がったのである
それは読売新聞社の日本テレビの創始者の正力松太郎がテレビ局を作るための資金源として活用されたのである
その正力松太郎から中曽根前首相と利権として原発が受け継がれたのである

そして原発は電力供給より核兵器を作るものとしてアメリカによって押し付けられたのが始まりなのである、
核武装するために原発が作られたともなる

そして原子力損害賠償法では東電も国も責任をとらないと明記されている

そんなことがありうるのかとなると一応国会で審議されて反対されたがその法案が通ったのである、それは自民党が多数だから法案を通すことができたとなる
つまり法律とはこうして時の権力者によって強者によって作られる
そこに何か正当性もないのである、歴史でも戦争に勝ったものが正義となるのと同じである、アメリカに別に正義があって戦争したわけではない、強者が弱者を支配するということで戦争があっただけなのである
日本の戦国時代だって別にそこに正義を主張などししていない、強い者が勝ち支配者になるというだけである

だからなぜ東電でも国でも誰も原発事故で罰せられないのか?

それは原子力賠償法で時の自民党政権がそういう法律を作っていたからだとなる
それを作れたのは自民党が政権をとっていて多数だからその法律が通ったとなる

すると法律とは何であれ悪法でも多数決だから時の政権が決めたことが通るとなるのか 

原発で事故が起きても国は責任をとりません、東電もとりません

そう国会で審議して決められたからです、それはまさに民主主義にのっとって法律でも決められたから正当なのです

そのためにこのサイトでは別に責任をとらされないとして緊張感もなくもともと無責任体制で作られたとしている

もし事故になったら全財産没収とか処刑する、死刑にするとかなったら真剣になる

これは別に責任をとらされることもない、適当にやるかとなっていたとしている

本当に東電では誰一人として幹部でも責任をとらされていない、国でもそうである
そのことが納得できないものとして10年過ぎるのに理解できないのである
それはこういう法律の下に原発が作られたからだとなる
だから法律もいい加減なものである、何を根拠にそんなことが決められたのか?
自民党の中曽根前首相とか他の利権のために決められたにすぎないともなる

そもそもなぜ日本に50基もの原発が作られたのだろうか?

それはアメリカにおしつけられて核武装するためだとしている
冷戦時代もありソ連に対抗するためにそうなったのか?

今になると事故の原因は明らかになる

●高く土盛したのにわざわざ低くしてその上に原発を作った

●地下に電源を作った

●十数メートルの津浪が来ると科学者が警告した、でも対策しなかった

この三つが事故の主な原因だった、それはコストをかけないためにそうしたのである
それでその時の出世してなったのはコストカッターと呼ばれた社長だったのである
原発はまず危険なのだから要塞のようにしないと危険なのである

そもそもなぜ地下に電源を作ったのか、それはアメリカをまねたからである
アメリカでは地震がない東側に原発を主に作った、それで一番恐れていたのが竜巻だったからである、ここに風土の相違がありそれを考慮しなかったのである
こういうことは別に専門家の科学技術者だけではない素人でもわかるものだったのであるまず日本は地震が多いのだから地震対策が第一になる
普通だったら日本に原発は作れないものだったのである
ただ御用学者は地震にしても壊れないように事故にならないとしつこく言っていたのである

そして致命的だったのは津波を全く考慮していなかった 

これが致命的だったのである、なぜならこの主な事故の原因は津波が原因になっていたからである
津浪を全く考慮しない、イメージしないで作ったから大事故になった
でも大地震が来たら必ず津波も来る、だから科学者は10数メートルの津波が来ると警告していたのである

それで東北電力では三陸とかで津波を経験しているから5メートル高くして作った
結果的にぎりぎりで津波からまねがれたのである、これも恐怖だった
でも内部報告では地震の時にすでに破壊されたとしている
つまり地震だけでも爆発が起きたともしている
内部で工事していた電気工事者は1000人もいて配管などが痛んでいたと言っていた
そして事故になったときその電気工事者をみんな帰したとしている
その人たちは事故処理にあたらなかったのである 



1)異常に巨大な天災地変
 (2)社会的動乱
 「異常に巨大な天災地変」とは、一般的には日本の歴史上余り例の見られない大地震、大噴火、大風水災等が考えられる。例えば、関東大震災を相当程度(約3倍以上)上回るものをいうと解している。
 原子力損害賠償制度に関する国際条約としては、OECDのパリ条約とIAEAのウィーン条約があるが、前者では「異常に巨大な天災地変(agravenaturaldisasterofanexceptionalcharacter)」が免責となっているのに対して、昨年9月に採択(未発効)されたウィーン条約改正議定書においては、第W条パラ3において従来免責とされていた「異常に巨大な天災地変」が免責となっていない    

 ドイツ(パリ・ブラッセル条約締約国)
 免責事由はない。不可抗力免責を一切認めない。これは原子力損害のような大規模被害の際には、企業の利益よりも被害者救済が優先すべきという理由による。
 パリ条約締結に際しても、従来からの立場を変えず、原賠法で同条約の規定を排除した。 
(4)スイス
 ドイツと同じく、戦乱、異常自然災害とも免責とならない。
(5)米国
 連邦法である原子力法(プライス・アンダーソン条項)では戦乱のみ免責である。異常自然災害について規定はない。責任保険でも戦乱は免責だが、自然災害は異常なものであっても事業者が有責となればてん補される。

(6)カナダ
 免責は戦乱のみで、異常自然災害は免責とならない。

国際的なスタンダードは巨大天災、災害でも免責しないである
ただこれらの国には津波などは想定していない、でもやはり自然災害はありうる   


いづれにしろ日本では原発を金儲けのために利用され安全はないがしろにされたのであるその金が国家予算並みの莫大なものになっていたからである
そして安全を計らないのはコストのためであり金をかけたくなかったからである
まず津波だけではない、地震国であっても地震にも備えられていなかったのである
だから地震ですでに破壊されたものがあり津波が来なくても同じような結果になっていたという内部告発者の報告がある


ともかく「安全神話」を政府から官僚から東電から御用学者からマスコミからと強力に形成していたわりには肝心の対策は何もしていなかった
第一科学技術の時代に神話ということ自体納得できないものだったのである
つまり科学技術者はそんなイメージ的な神話を作り出すとういことがおかしなことだったのである
なぜなら科学技術者なら万全の対策をしていますとしてその対策を示して安全を言えるからである

地震にはこういう対策をしています、津波にはこういう対策をしています
だから安全ですというのが科学技術者なのである、神話ということ時代何か目くらましするものだったのである、それは文系の人の言うことなのである
とにかく原子力賠償法は国でも東電も免責のために作られたものである
そして原発を作る人たちが自分たちの私欲のために利用したことが過ちだったのである
そこにはアメリカがからんでいた、何か太平洋戦争もアメリカとの関係が悪化して戦争になった、そして原爆が落とされた、次にまた原発がアメリカによっておしつけられたということもあった,アメリカとの因縁で起きているということもある
アメリカの植民地のようにもなったのが日本だからである 

そうは言っても原発を拒否することもできたのである、それはやはり国民が決めることだったのだが国民でも自民党を選んだとすると自民党の政策に従うほかないともなる
だからこういうように国家的なものになると民主主義でも機能しなくなる
上から一方的に国民の知らないままに重要な法案が決められてゆく
それでこれだけの被害があったのに「免責」という法律があり責任はとらなくてもいいとなっている、これが被害者だけではない、国民として許されるだろうか?
国民にしても事故処理に20兆円とかの莫大な費用をつぎこむ、それは国民の税金なのである、だから原発に関してはもっと国民自体が関心をもつべきだったとなる

原発のやっかいなのは核装備として作られたことである、そうなると防衛上必要となり
右と左で対決する、政治的問題になる、ただ電気を供給するというだけではないものとなり簡単にやめることができない、実際に右では核武装のために原発をもつべきだとしているからだ、だから国民の総意で国民投票とかで決める問題だともなる
選挙になれば必ず自民党が勝つからである、すると原子力賠償法のようなものを勝手に作り責任はとらなくていいとかなる、自民党の都合のいいように作られるだけだとなるからだ
とにかく国家の命運がかかっているようなものが原発でもあったのだ、実際に事故が起きたとき吉田所長が東日本に人が住めなくなると言っていたからである、それだけの危機を専門家だから感じていたのである
その割にはあまりにも安全対策をしない、ただ「安全神話」を形成してそこに莫大な金をつぎこんでいたのである
そしてあらかじめ事故があっても責任はとりませんと免責を原子力賠償法で作っていたのである
これほど国民をないがしろにしたこともない、そして金を得る私的な利権のためにもはじめから原発は利用されていたのである


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2020年08月16日

武田邦彦氏の評価 (専門以外を語る科学者だから評価できる‐原発も専門家以外かかわれなかった)


武田邦彦氏の評価

(専門以外を語る科学者だから評価できる‐原発も専門家以外かかわれなかった)

疑似科学者批判)

新型コロナ対策からの現実逃避こそが最大の経済損失 


このサイトとかで武田邦彦氏は専門以外のことを盛んに語る、それは信用できないと科学者が詳しく論文のようなものを書き批判している
そこで盛んに「専門以外」のことを軽々しく語るな書いてある
実際はその内容は良く読まないし私自身理解しない、その人が正しいのかもしれない
ただなぜ専門以外のこと病気であれ環境問題であれ経済のことであれ語るなというのは
そのこと自体がまさに専門家以外何も言うなたちいるなとなる

それが原発事故を引き起こした原因でもあった
核のことを知らない者は何も教える必要はない、そもそも何も理解できないからだ
そして原発内は危険だからすぐ近くに住んで不安でも住民は入ることすら許されなかったのである、放射性物質が発せられる放射線のことも何も説明もしない
ただ「安全神話」政治家と官僚と専門の御用学者とマスコミによって強固に作られていたのである

それでそこで原発の中で請負事業していた人も「原発は安全だ」と言っていた
それは言わせられていたのである、だから何か原発は危険だというときまずそうした原発にかかわる人たちからにらまれて住めなくもなっていた、村八分にされていたのである
なにしろ原発は金の成る木でありその金故になにも見えなくなっていたからである
ただ自分自身は30キロ圏内でもないし関心がなかったのである
でも小高で東北電力の原発がすでに事故のあった年に工事がはじまる予定だったから
怖いことだった
そこでやはり小高に住んでいる知っている大工さんは景気良くなると歓迎していたのである、でも小高になると20キロくらいの距離となり事故になったらここも住めなくなったのである

何か逆に南相馬市でも原町区と鹿島区は大熊とか双葉などから人が流入して新しい街が三つできたくらいであり今も建売住宅が建ちつづけている
だから小高を除いて南相馬市は事故があったとしてもそれほどの被害ではなかったともなる
むしろ人口が増えたとかある、ただ小高だけは住民は5割くらいなのか帰っているが老人だけなのである、その住民でも原町とかにも住んでいる、小高に住んでいないのである

そもそもなぜ原発事故が起きたのか?

その原因を地元だから延々と追求して来た、でも私は文系であり科学に弱い、だからなかなか追求できないものだった、本当に科学の基本的なことすら知らないからである
つまり科学に通暁していないととても原発は批判できないのである
でも問題なのは専門家以外の人は何も言うな語るなということが事故の原因にもなっていたのである、だからそのことを追及したのである
なぜなら核のことはわからないにしてもすぐ隣に原発があるのだからわからないなりに説明も必要だったのである、でも専門家以外はわからないのだから教える必要もない

また事故は絶対に起こらないのだから何も言うな、事故が起こったらなど考える必要もない、
それ故に事故になったことなど何も対策する必要がない

これほどに東電とか政府とか「安全神話」作った原子力村の人たちは傲慢になっていたのである

つまり専門家以外は何も言うな、理解もできないのだから何も言うな
何も教えることもない、事故は絶対に起こらない、だから事故の対策などする必要がないお前ら何も言うな、
俺たち専門家のいいなりになっていればいいのだ

これしかなかったのである、例えば別に武田邦彦氏は原発にかかわる科学者だった
だから問題がある、専門は材料工学となっている、でも専門家時代といっても原発にしても吉田所長は肝心の復水器のことを知らなかった、それは専門外だからだとなっていたのである
原発のトップがそのことを知らないということは事故になったら何もできないということである、第一原発のことを全部知る人などいない、その一部しか知らないのである
複雑になるとみんなそうなる
医者でも体を部分品としてみて専門家がいる、心臓の専門家、脳の専門家、肺の専門家、血液の専門家、耳鼻科の専門家・・・・でも体は相互に連関している
必ず一部が病気になれ悪くなるとどうしても他の臓器も悪くなり多臓器不全で死ぬのが多いのである

ともかく科学技術の時代は専門家が力をもちすぎたのである、専門家と言っても一つの部分の専門家でありあらゆることに通じている人はいない、福島原発の吉田所長からしてそうだったし社長となっていてもその人がすべてに通じることはもはやできないのである
例えばある土地のことは長年そこに住んでいる人こそその土地のことを気候でもなんでも知っているということがある
それて私は原発が爆発した時、その頃丁度海から東風が吹くからその風に乗って放射性物質が飯館村の方に流れたと理解した
その頃東風を吹くのこの土地に住んで知っていたからである
だからその土地のことを知るのはその土地に長年住んだ人だとなる
いくら専門家でもあらゆることに通じることができないのである

現代が科技術の時代でも様々な専門家がいてある一部分に詳しくても全体に通じる人がいないのである、それだけの能力ある人はもうありえない時代なのである
それですでにギリシャ神話でも迷路から抜け出そうとしてイ―カロスが高く飛んだが墜落したのである、何かそれが現代の科学技術の事故でもそうなることを示したのが原発事故だったのである

専門家以外はかかわるな、何も言う、言う通りにしろ!

こういうのは傲慢なのである、もし全能の神ならそう言える、それで「安全神話」作り事故になったのである

そこま言うなら事故になったのだからその責任とれ!

ずいぶん金も原発から得た人もいるからそれも返せ!

でも誰もそうして責任すらとらないのである、だから人間は全能ではないのだから

事故になるかもしれない、万が一でもあるかもしれない、その対策をしろ!

それすら全くしない、なぜなら「安全神話」を作り専門家集団が批判する人たちを排除できたからである
マスコミでも福島県の新聞でもテレビでも宣伝費で原発から利益を得るだけしかなかったのである、だから福島県のマスコミではどこも原発を批判した記事を書いていなのである事故の後に書くようになったのである
つまりあらゆる人が金のなる木の原発にたかるだけだったのである
それが津波が来て事故になり一挙に崩壊した
あらゆる権威がそこで崩壊したのである
政治家も官僚も検察でも天下りしていたしマスコミも莫大な宣伝費をもらっていたし地元でも金のことしか考えなかったのである
ただすぐ隣に原発がある、そうなるとどうしても不安になる
だから放射線とかわからなくても教えてくださいとなるがそれも全くできないのである
そこはアンタッチャブルの空間であり入ることすらできないのである

そして事故が起きたとき、一番心配していたのは原子炉のことだった
そこで住民のことがぬけおちていた、住民を避難させることもしない
勝手に住民は逃げるほかなかった、それで浪江の人たちは町長の支持で一番危険な山側の津島に避難したのである
でも一部は東電の社員に導かれて海の方が街の方が安全だとしてそっちに避難したの正解だったのである、海側は風の関係で放射線量が低くかったからである
安全神話が作られて事故のことは何も考えない、だから事故があったとき東電の幹部でも政府でもあたふたして何も指示できなかった
東電では原子炉のことを心配していたがそこに住んでいる住民のことが眼中になかったのである、それで保安院は不安院と言われたのである

ともかく現代は専門家の時代というときコロナウィルスでもそうである
専門家が40万人死ぬとか警告してひんしゅくをかった、つまり専門家は今回のコロナウィルスは未知でありどうなるかわからない、それで専門家の方針も定まらないのである
ただ放射線とか原子力については科学者でも専門家でも知っていたが事故にならないとして安全神話を作りその対策を怠ったのである
だからコロナウィルスと違っていたのに知っていて対策をしなかったとなる
だから法律では罪が重くなる、殺人でも故意の殺人と殺す意図がなくても殺人となる場合がある、事故のように起きる殺人もある
原発事故の場合は故意の殺人に似ていたのである、放射線の危険を知っていたけど対策をしなかったからである
高い所に原発を建てたのにわざわざそれを削って低くした、10数メートルの津波が来ると科学者が警告したのに対策もしなかった、他にも電源を地下に置いたりと対策をしなかった保安院は何もそこで支持もしなかったのである

ともかくこれだけの被害がでたのだからその責任はだれにあり何が原因だったのが厳しく追及していないとまた同じことが起きる、戦争のことでもそうである
その原因を深く厳しく追及していないとまた同じ戦争が起きる
そこで現代の大きな問題が専門家支配の社会だということである

専門以外の人はかかわるな!

それも武田邦彦氏は確かに医学とか経済学とか他は専門ではない、でも科学全般に一応通じている、それで科学音痴でもその解説がわかりやすいから納得する
そして文系分野にも歴史でも通じているしモラルも言うからそこで象牙の塔にこもる科学者とか学者とは違っている
つまり社会性があって常識がありそううして専門の分野以外を語るからこそ共感しているのである、専門用語ばかり使っていたらもう原子力の専門家のように素人はかかわるなひっこんでいろしかならないからである
経済のことでも言っていることはそれなりにまともだと思う
むしろ専門用語でむずかしく言う人こそ実は御用学者であり権力側に金持ち側について利益を得るとなる、弁護士でも貧乏人についても金にならないから弁護しないともなるからだ                    

要するに現代文明社会は専門家がいたとしてもその人でも一部分であり全体に通じるものはないなのである

40万人死ぬとウィルスの専門家が言えば社会は混乱する、恐怖でパニックになる

専門家の時代だからそうなる、おそらく普通だったらこんな恐怖を与えていいのかと
考えるかもしれない、でもそれを考慮しない専門家だからそうなった
科学が社会にどう影響するから考慮しないのである
もちろんそれを言うなら核を研究して原子爆弾を作りだしたアイシュタインなどはそれを反省している、現代は科学技術の影響力が大きくなりすぎたのである
そういうことによって社会を恐怖に陥れることにもなった

逆に原発でも全く危険がないと「安全神話」を作ったのも専門家集団である
それでインフレインザと比べて日本では患者数も重症者や死者が少ないのにこれほど騒いで経済でも混乱させているのかとなる
原発には電気を作るとか将来の核兵器を作るために備えるためだとかの明確な目的があるでもコロナウィルスには被害が少ないのに騒いでいるのだろうとなる
マスコミは視聴率を稼ぐ目的で恐怖をあおるのはわかる
でも他は良くわからない、専門家でもコロナウィルスについては見解が一致していない
未知だから対策しようがないということもある
でもそれからすると原発は明らかに危険を専門家はわかっていたしただ対策をとらないから責任が重かったとなる
コロナウィルスは未知なのだから誰も専門家でも責任がとりようがないということがある素人にも何なのか説明できないからである
原発は明らかにわかっていても専門家以外は説明してもわかないから専門以外の人は従えばいいとしかなかったからである 

いづれにしろ武田邦彦氏が専門以外のことを軽々しく語るな!

これこそ一番専門家の傲慢さがででいる、それを批判するのはいいとしても私には詳しい内容がわからないにしてもそのことは傲慢だと思う
そのことから「安全神話」が作られて故郷にも住めなくなったからである
それは専門家集団の責任でもありその責任をとればいい、でも放射線の被害はすでにチェルノブエリでも証明されていた、だからコロナウィルスのように未知ではなかったからである
武田邦彦氏が言っていることはすべて正しいとはならないことは言える
でも専門以外のことを言うな語るなというのはまさに専門家社会の傲慢が如実に現れている、ただ私は正直科学的な反論となるとわかりにくい、だからといって素人でも何も言うな、知っても理解できない、従えばいいというのは納得しないのである
もしそれを専門家の人が言うなら、事故になったりしたら腹を切れ!と約束するならいいそれは覚悟あって言っていると見るからである
でも実際は誰も責任をとらない、検察官僚でも天下りして東電から利益を得ていただけでありなにも責任をとっていないのである

こうなるとこの世の中は政治家でも官僚でも科学者でも政治家でもマスコミでも信じられない!

結論はこうなってしまうのである、専門家でも絶対ではないからである
では何を信じればいいのか?それは自分で考え判断するほかない
また全能の神により頼むほかないともなる
それで聖書ではこの世からの脱出をテーマにしていたのである
この世とは誰も支配者でも科学者でも大衆でも信じられないということである  


注意

私は武田邦彦氏を批判しているサイトを良く読んでいないしわからない面がある
科学にうといのでわからない
それにも一理あることは言える
でも私がいいたいたことは専門家以外の人は何も言うなとか知りえないとかのことであるそれは原発事故の当時者にもなったから批判しているのである
そうしたらただ専門家以外の人は無力でありただ従っていればいいとなる
でも原発事故のようにそうしていたら故郷にも住めなくなった
でもその責任は誰がとるのかとなるからだ
そこが一番の問題でありそれで追求しているのである



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2020年08月08日

災害で村人が助け合った江戸時代の話に共鳴 (原発避難民は補償金で町も村も家族もばらばらに分断された)


災害で村人が助け合った江戸時代の話に共鳴

(原発避難民は補償金で町も村も家族もばらばらに分断された)

「妻なき人の妻となり…」237年前の土石流、生き延びた村人の決断 「日本のポンペイ」伝える災禍 


〈妻なき人の妻となり〉〈主なき人の主となり〉……。つまり、同じ境遇の93人が一族になる契りを結んだ。

そして、「士農工商」の時代にもかかわらず、身分財産に関係なく、親を失った子には子を失った親を、老夫婦だけになった家には若者を、と家族を補い合って、10世帯に再構成した。そして、村の土地を、短冊状に平等に分けて住むことにした。

今なら、そんな恐ろしい場所を離れ、それぞれに移住してしまうかもしれない。しかし江戸時代は自由な移動は許されない。その場で生活を再建させるしかなかった。


この話は不思議である、これはその時代だからありえたことである
なぜこれに興味にもったかというと一つは津波や原発事故で町とかが一家離散になったとか村民も町民もばらばらになったことがあったからだ
もう一つは一身上の事だが70くらいの男性が妻をなくした
それでそのことをずっと嘆いていた、そこにその女性が来ていろいろと世話やくとかあった、また自分が親をなくしたときその女性が来て世話やいた
ただその女性は金がないのでそれで支援した

だから

〈妻なき人の妻となり〉〈主なき人の主となり〉

ここに奇妙に共鳴したのである、ともかくこの辺で津浪であれ原発事故で結局多額の補償金をもらってばらばらになった、隣同士でも30キロで区切られて隣はもらってるのにこっちはもらえないと泣いて訴える女性がいたからだ
飯館村でも多額の補償金でももめて分断して村に住む人がなくなり5人のために50億で建てた立派な学校があっても村外から子供は通っている
その費用も馬鹿にならないのである、でもその補償費が多額だから村の財政でできるようになったのである

今避難区域では小高とかでは子供たちは流出して他に住みもう帰ってこない
別な土地に家も建て仕事ももち子供もすでに十年もその土地に住めば故郷は移り住んだ土地になってしまう
だからそのことをずいぶん書いてきたけどその原因は何だったのかとなる
もちろん放射線の被害があり住めないということがありそれを言われれば何も言えない
でもまた別な原因があった
それは前から今の社会は金さえあればどこにでも住めるということが最大の江戸時代との相違だったのである
江戸時代は移動が許されない社会だったからである
だから多額の補償金をもらったときいち早く小高でも浪江でも飯館村でも他でもそこで
復興とかめんどうなことよりほかに移った方がいいとなったのである
それで南相馬市でもいわき市でもみんな移り住んだ、そして次々に新しい家を建てたのである
この辺でも新しい街が三つくらいで来た感じになり外から移り住んだ人たちが多いのである

江戸時代が村でも特別に情がある社会だったというのではないかもしれない、長屋では人々は助け合ったというとき助け合わないと生きていけいなという事情があった
福祉とか何もお上で援助したりしないからである、すると長屋に住む人たちが助け合うほかないとなる、それは村社会でも同じだったのである
江戸時代と比べるとあまりにもその背景が違いすぎるから江戸時代を一方的に賛美することは危険になる

それにしても逆に現代社会というのはそういうものが人間の結びつきが失われた社会になっていた、震災以後、絆のことを盛んに言われた、それがどうなっていたかというと地元では補償金で分断されて絆が消失した、でも外部からボランティアが毎日原発避難者の仮設住宅に来て励ましていたのである
だから外部との絆は生まれたが内部ではかえって補償金でもめて絆は失われていたのであるだから金ですべては解決されないと思った
でも金がなければどうにもならないともなっていた
地元でもう食料でも汚染されてとることもできなくなったからだ、水さえ飲めなくなったから買うほかなくなっていたからだ

現代は地方とか田舎でもグロ−バル経済の中に組み込まれている、バナナとか安く入り食べられるのもグロ−バル経済があってこそである
外部との広範囲なネットワークの中で生きている
江戸時代のような狭い村だけで生きるのとはあまりにも違っているからだ
ただそうして江戸時代がまた見直されるのは江戸時代の村の絆は強かったということである
それはは日ごろから農村だったら田植えでも稲刈りでも協同作業が多かったからにもなる機械もないから共同しないとできないからである
そこでそうしてもともと共同して助け合い生活していたからそういうことが自然とできたとなる
今ならどこでも金さえあれば生活できるとなればこれだけの金があれば他で移って暮らした方がいいと即座に判断した人が多かったとなる
だから多額の補償金が村の絆を消失させて外部に移り住んで若い人たちは帰ってこない
残されたのは老人だったのである、その老人でももう子供もいないし若い人がいなくなったのだから跡を継ぐ人もいない、そしたらそういう町村が維持できるのかとなる

人間は金だけを価値としていると何か本当に大事なものを失うということにもなる
でもそういう体制の中で金なしではありえない社会である
現実に空気も水も土も汚染されても金が与えられてここで生活できたとなるからだ
ただ空気が汚染されたとき空気は買えないから住めないとなったのである
空気を入れ替えることができないからである
ただ放射性物質がまじった空気を大規模に吸い上げるという技術があればまた違っていたでもそれはできないものだった

ともかく人間はすべて金だという時代に今は生きている、でも金がなくても村人が助け合ったということに感動する、ただそれは時代が違う価値観で生きていたからである
それはそうしないと村が維持できないという切実なものがあり助け合ったなるから今の時代と比べることはできないのである
そしてグロ−バル化広域社会となるときかえって外部との絆は生まれたが内部の絆は消失したのである
現代は運送社会でもある、もう毎日車がひっきりなしに通る、物でも人でも常に運ぶ移動する時代である、だから人間も何かあったら移動してゆく
車一台あればそれが家ともなり現実にホームレスでも車を家にしている人たちもいるからだ

それでもこうして原発事故で避難区域になった所は人々はばらばらになり家族さえばらばらになった、絆は失われたのである
それを回復することはできなくなった、それは原発事故がすべての原因だったとも思えないのである、もともと市町村でも何かの切っ掛けがあれば簡単に崩壊するという現実を見た、そこに住んでいても人々の絆は希薄であり金があればどこにでも住めるとなると
何かあったらみんな町でも村でも捨てて脱出してゆく
そして全国に散らばりばらばらになるという危険性を秘めていたとなる
市町村とかあっても自治体のつながりは絆は弱いのである
ただ外部との絆があるというときかえって外部に流出しても歓迎されるともなる
江戸時代だったらできない、金さえあれば歓迎されるとなるからだ
それで金持ちはアジアでも移住するのが歓迎されるのである

ただそんな社会でいいのかとなるとそれを私はプログで追及して批判して来た
グロ−バル経済批判をしてきた

金にならないものの価値

これが人間にありそれが失われたのである、それが絆をも作っていたのである
村というときそこで食べて寝るとか雨露をしのぐ場として家があるとかではない
そこで村が一つになりともに生きるという生き死にの場所としてアイディンティティの場としてありまた代々祖先がいて歴史があり継続してその場に生きる
それが絆を作っていたのだが金だけを価値にするとそれが失われるのである
でも現実にはそういう社会に生きている、グロ−バル社会と資本主義社会に生きているということでそういうことが起きて来る

それで不思議なのはコロナウィルスだった、これが人々のグロ−バルな交流を止める働きをしたから不思議なのである、つまりアフターコロナの社会とはそういう社会ではない
人々が東京のように密集する場ではなく、分散して地域地域でなるべく基本的なものを自給する江戸時代の生活なのである
現実に食料だって外国から入らなくなり食料不足になるとか飢饉になるとか言われる
だから都会の金持ちが田舎で野菜など作り自給しろとかなるのはもう金をいくらもっていてもそこに安心がなくなったからである
そしてあれだけ密集していることはウィルスには危険だったのである
また地震でも災害になる大被害にもなる危険な場所なのである

原発事故で起きたことでもやはり過去を参考にする、歴史を参考にする
すると見えるものがある
だから人間にとって一生は短いからそれだけの経験で知りうるものは少ない
津浪がそれを証明した、400年前にこの辺で慶長津浪で700人溺死していた
でもそれは全く忘れられてここには津波は来ないという確信になって大被害になったのである、歴史とは百年ではない千年でも二千年でも長い時間で人間をみることてのである
だからカルマは人間の業は消えずありそれも継続されることが苦しみをとなって現れる時嫌でも自覚されるのである 



悲愁−大和十津川郷から北海道の新十津川へ

十津川町の開拓記念館に忠臣楠木正成の家紋である菊水の旗指物を展示し、菊水公園を造成しているなかもうかがえます。「故郷の残夢」なる詩は、十津川を旅立ってからの道程を詠ったもので、「夢な忘れそわらはべよ 家を富すも君の為め 家を富まして大君の 深きめぐみに報はなん 夢な忘れそわらはべよ 村を富すも君の為め 村を富して大君の 深き恵みに報はなん」とむすび、「恩賜の村」なる誉れに生きんとの思いを吐露しております。


第一條(移住住民は、故郷を去り、親や兄弟と別れ、絶海の地に移住してきて、移住者同士しか頼れるものはいないのだから、これまでにも増して一致団結し、お互いに助け合い、猜疑や軋轢を生むことなく、新村の隆盛と勤王の由緒相続を目指そう。)

このことを追及して来た、この相違はあまりにも大きいものだったのである
なぜ南朝以来の尊王がこの村で活きていたことも不思議である
南相馬市の鹿島区は霊山の落ち延びた南朝の子孫が多い、その代表が只野氏という姓が50人くらいいることである
でも別に南朝の尊王が活きているとかはない、だからなぜこうした小さな村に尊王が活きていたのかとなる
明治になっても江戸時代が継続されて村は協同していたから一致団結して北海道に災害があっても移住できたとなる

ここでは補償金に感謝刷る人は一人もいない、補償金がたりないたりないまたもらえないと争うだけだったのである、自分もその一人ではあった
ただ30キロ内からはずれたからもらったのはわずかである
手厚かったのは30キロ内である、今でも医療費と高速は10年間無料だったからである

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2020年08月04日

南相馬市の鹿島区の溜池除染 (除染費用は莫大であり無駄?)


南相馬市の鹿島区の溜池除染

(除染費用は莫大であり無駄?)

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 放射性物質を取り除くための除染作業の予算はどんどん積み増されてきた。2014年度予算案には4924億円が計上され、これまでの総額は1兆8899億円にのぼる。しかし、除染作業は計画通りに進んでおらず、費用の総額は5兆円以上になるとの試算も出ている。

 単純作業を繰り返して年間1ミリシーベルト以下という目標値を目指していくのだが、「雨が降れば道路や排水溝などは再除染が必要になる」(同前)といったことはざら。つまり1ミリシーベルト以下は“終わりのない旅”なのである。

 「作業員はみんな、『なんでこんな無駄なことをしているんだろう?』

●大熊町/清水建設・大林組などのJV、契約額151億2000万円
●南相馬市/大成建設などのJV、241億2900万円
●富岡町/鹿島建設などのJV、573億3000万円 

単純作業ばかりの巨額事業、競争相手もいない入札で業者はボロ儲けできる仕組みなのだ
※SAPIO2014年4月号
 

水無河原を下り小山田に出る細道の小さい溜池で除染がはじまる
そこで驚いたのはその除染する期間である

来年の3月までする!

そこの溜池は本当に小さいのである、四方5メートルくらいしかないかもしれない
だからそこがため池とも見えなかったのである
ただの沼かとも見ていた、それほど溜池にも見えなかったのである
それに8月からはじめて来年の三月までかかる
それが信じられなかった

こんな小さな溜池にそんなに時間がかかるのか?

溜池は大きなものがある、あまり大きなものは除染はしない、できないのである
そして溜池は本当に多い、大小の溜池が無数にある
この前は屋形の方で溜池除染していた、そこは隠れたよう場所にあった
だからわからない場所にも日本では溜池がある
でもここよりは大きいのである

そもそも溜池の除染は有効なのだろうか?それに疑問を呈している人もいる
放射線を計ったら減っていなかったとか郡山市でも300億円かけて減っていないとか報告している
それを私が感じたのはここは良く通る秘密の場所でもあった
お気に入りの場所でもあった、小高い丘がありそこに樅の木が立っていて実はそこは荒れているが鹿島区ではいい場所なのである、でもそれを発見したのは最近だったのである
別にこの道を舗装するとかではない、ただ来年の3月までかかることに驚いた
そんなに時間をかけることは費用もかかる

それでこんな小さな溜池を除染する意味があるのか?効果があるのか?

それは結局人間はその場に立ち実地に見なかいかぎり実際はわからいと思った
その溜池がいかに小さいかは実感できないのである
それはテレビで写してもわかりにくい、それでテレビの放送は常に映像で誤った情報を流しているのである
その場のことはその場に住んでいるか立ってみないと実感できないのである
広い場所でもテレビでみるのは狭い画面だけだからである
狭い場所でも広い場所と勘違いすることもある

とにかくいかに場が重要なのか、それは「場の現象学」を読んで納得した
報道でもなぜ誤解が生まれるのか、それはその場を実感できないことから起きていたのである
場とは一部を切り取ったものでもない、全体から意識しないとわからない
部分を映してもわからないのである、何か事件があって一部分を映してもその周りは実は何もない日常の風景がある、でも一部分だけを取り上げるとそれがわからなくなる
全体が甚大な被害に見えてしまうのである
それがイラク戦争で油まみれの海鳥一羽を映しただけで世界に大反響がありイラク憎しとなったのである
ところが回りは何も石油に汚染されていなかったのである
それも作られた映像だったのである、テレビの報道はこれだけ誤解されやすいのである
でも影響力が大きいから問題になるのである、それでテレビの報道を鵜呑みにするなとなった、まさに鵜が海鳥一羽の油にまみれた映像が世界にイラク憎しという印象を植え付けたからである、つまり映像の時代は映像に左右される、それが誤解を生むのである

いづれにしろそこの溜池がいかに小さいか実地にその場所に立たない限りわからない
自分自身もこんな小さな溜池を半年以上も除染作業するのかと驚いたからである
その費用も大きい、ここだけではない除染費用は莫大なものになった
それで潤ったのは大手のゼネコンでありまたその下請も恩恵にあづかった
でも必ずしも除染として効果があったかどうかは疑問なのである
するとなぜそんな莫大な金を国で税金で使ったのかということ疑問になる
除染という目的よりゼネコンに仕事を与えて金をくれるかとまでなる
除染だけではない、何か国で使う金は巨大な無駄がある
オリッピック自体が無駄であるともなっていた

ではなぜオリッピックをするのか?

それは電通とか様々な会社組織団体が金になるからだとなる、もちろん観光でも外国人を呼べるということもあった
オリッピックで景気を良くするという狙いがあった
でも別に福島の復興とかは関係なかったのである、福島を聖火ランナーを走っても別に福島がそれで復興したとはならないからである

ともかく今回のコロナウィルスでも金の使い方が無駄だったと指摘される
GO TO キャンペーンも旅行する人もそれを受け入れるや旅館でもとまどった
それも自民党が観光業者から献金されるからそれで予算から金を与えたともなる
だから何か国の事業でも無駄がある、その無駄は巨額になるのが国の事業なのである
そもそも原発自体が国の事業として必要だったのか?
それ自体必要ないものだったのである、だから肝心なことに金は使われず莫大な無駄なものに金が使われて効果を発揮しないのである
それは飯館村でもそうだった、5人の生徒のために50億円の立派な建物を建てても村の復興にならないとかなった
だから金をいくら使っても必ずしも効果があるとはならないのである
医師会の会長なのかテレビで言っていた、いくら装置とか機械とか病院という建物を用意してもそこで働く医師と看護師とかがいなければ何にもできない、そのためにはそういう人の訓練ができていてできる
予算で建物とか機械を用意してもそれ利用する人間が問題だと言っているのも同じである
ただ政治は利権で動く、予算を金を回して自民党の有利なようにする
それが権力をもつものの役得だとなる

人間はこうして巨額な無駄には気づかない、毎日十円でも損だとか心配しても気をつけてもこれだけ巨額な金の無駄使いには注意しないのである
そしてまた人間は自分自身が得か損かしか関心がない、得になればいいしかない
だから原発は得になる金になるということで誘致されたからである
そこに政治の問題がある
報道するというときやはり現場からその土地に住んでいる人から報道するのが効果的である
そこで「相馬新報」の意義がある、外から見えないものが見える
もちろん外の人がかえって見えるものがある、でも実地にその場を踏まないと実感できない、これだけは確かである、旅でもその場に立たない限りその場のことがわからないからだ、地域としても多様でありわからないことがある
ただ溜池の除染は他でもしていた、でもこんな小さな溜池で半年以上も除染の仕事をしていることに驚いたのである
一か月くらいで終わるとも見たからである

ただ水で放射線を遮蔽するとかそこをコンクリートにするとか放射線を防ぐ工事は無駄とは言えないだろう、そうしないと依然として放射性物質からの放射線を止めることができないからだ                                            
屋根の除染などは効果的だった、なぜなら樋の下の土が7マイクロシーベルトとかあったからである、屋根には雨とともに放射性物資がたまったていたのである

それにしてもその除染費用があまりにも莫大なことに驚く、それで他から来た人が別なものに復興のために使うべきだったということもわかる
新しい街作りとかにである、ただその人も事業に失敗した人でありそんな街作りができるのかとなれば疑問ではあった、でも何か復興とかで莫大な除染費用は必要だったのかは言える、それより卑近になるのが南相馬市で補償金とかで鹿島区は差別された
10年間小高、原町は医療費無料であり高速も無料だったのである
それは30キロで区切ったからそうなる、同じ南相馬市でも鹿島区は半月で医療費無料は打ち切られたのである、だからこの差は大きかった
ただこのことを言えばきりがなくなる、福島県全体が被害にあっても補償金はみんなに
払われなかったからである、必ずこうして不公平が生れるのが政治なのである


南相馬市復興事業協同組合 の入札結果・落札情報(落札の傾向)

これがネットでていた、発注したのは南相馬市と福島県だった
でもその金はやはり国の事業として出ているのだろう
環境省の管轄でありそこで予算から配分されて県と自治体にでる
ただ地元の会社だということは大手のゼネコンではないから
地元に金が回っているということが違っているみたいだ

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2020年06月27日

原発とソーラーパネルは似ていた同根のもの (人間は景観に無頓着になった、花より団子になった)

原発とソーラーパネルは似ていた同根のもの

(人間は景観に無頓着になった、花より団子になった)

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この馬頭観世音の社に蛍袋が一杯咲いていた
だから珍しいと見ていて今日色づいたのかと写真とりにいったが全部刈られていた
この近辺の草は全部刈られていた
他で見つけようとしたが蛍袋は見つからなかった
意外と蛍袋は咲かない花なのかもしれない
一部でも残すという心がないからこうなるのである
花に関心がなかったからだともみる




新田川ユッサの裏の道の大原に行く所に蛍袋が一杯咲いていたのを紹介した
今日行ったら草とともに刈られていた
それが残念だった、このように何か花でも無頓着であり刈ってしまう
一部でも残せばいいだそういう配慮もない
その草を刈った人は花に関心がなかったからなのとも見る

人間は景観とかあまり重要に見ない、人間は花より団子なのである
もし景観を重視していたらこんなに自然の景観が破壊されるはずがないのである
だからこそ大都会に人は密集して住んでいる
そんな所に住めること自体が人間が何か異常なのである
田舎でも実際は景観とか花とかに関心があるとは限らない
ただ田舎の場合は自然の中で暮らすほかないから自然が保たれていたのであり
意外と田舎でも何かあれば都会化することはありうる

この辺では原発事故以後に風景が大きく変化したからだ
ソーラーパネルとか風力発電の景色となったからである
なぜそうなっているかというと小規模の田畑は維持するだけで手間がかかり何かとれるということもないのである
道具だけでも金がかかる、今度は草刈機を買うために4万だとか人に畑をうなってもらうために5万だとかなんとか金ばかりかかり収穫は正直ゼロなのである
小規模の田畑の方が手間がかかり金もかかるからやめるのは当然なのである
私はただ農業というものを知りたくて金を払っているともなる

ソーラーパネルになるとただ土地を貸すだけで何もしなくて金が入るから楽なのである
何かソーラーパネルも原発とにていた
原発も漁業権を売り船主は原発御殿を建てたとか楽だった、一方で魚をとるとなると船でも高いし金がかかる、すると採算が合わなくなる、苦労も多いし危険もある
すると漁業権を売って金持ちになった方がいいとなったのである
でも結果としてそのために原発事故となりとりかえしのつかないことになった
生態系が水でも土でも空気すら汚染された、森も汚染された
そして住めなくなったのである

この辺では他でもソーラーパネルが問題になっている、これも増えすぎたのである
森の斜面に作りそれで大雨で土砂災害なったときそのソーラーパネルが壊され何らか山を汚染する、もともと景観を汚すことは破壊することは自然にとって問題なのである
自然の景観を壊されることは自然そのもの生態系を破壊するのである
そういう宿命が業(カルマ)が人間にはある、職業とはなんらか業なのである
人間はいくら自然を破壊するからといってやめられないのである
現実に原発で働いていて豊かになった人もいる、そこで働いていた人が地元でも多かったからである、ソーラーパネルでも地元にも会社がありそこで働いている地元の人も相当数いるからである

とにかく山の方に行くとこの辺は依然として荒地が多い、耕作放棄地は回復しない
かえってそういうところはソーラーパネルになりやすいのである
ただ土地を放置しても一文にもならない、かえって税金をとられるだけだとなってしまうからである
ただ田畑は手間でもやはり生態系の維持とか田舎の景観を作ってきたのである
だから田んぼが荒地なになったとき蛙がいなくなり鷺もいなくなったのである
つまり田んぼ水を貯えてそこに虫や蛙がすみ鷺が食料としていたからである
田んぼとか畑は一つの田舎という小宇宙のミクロコスモスでありそこで一応完結した自給自足の世界を形成していた
それは江戸時代から戦後十年くらいはそうだった
なぜなら燃料は山の木材を利用した木だったからである
そういうときは外部に都会に頼る必要がなかったのである
田舎は田舎で自立して生活していたのである

でも現代は電気にたよる、石油に頼る、インフラの道路の整備が必要だとかなり東京都は税金収入が多いから地方交付税として地方に金を回していたのである
すると地方で自立した生活をしていないから東京の人に地方は田舎はいらない、食料も外国から入るからいらないというようになったのである
グロ−バル経済であり日本の税金かかるだけだからいらない、過疎地などは切り捨てろとなったのである
それがコロナウィルスで東京が密集をさけられないということで分散が必要になり地方が見直される結果になった

いづれにしろソーラーパネルは経済的にも電力として有効ではない、なぜならその電力は税金から国民が一割でも二割でも払っていから高くつくのである
そして石炭で火力発電より高くついているのである
それからソーラーパネルは自力で発電できないのである
電力を流して発電させる仕組みなのである
それも効率的ではないのである
だからこれも原発ともにている、自然エネルギーではなかったのである

風力発電も自然エネルギーではない、それは武田邦彦氏などが優秀な科学者が言っているから間違えない、つまり何らかそうした人工的なものは必ず自然そのものではないのである、ただ人間はこうして自然を歪めるのが職業であり業(カルマ)なのである
そのカルマから逃れることができないのである
そういう仕事がないと田舎には住めないともなるからだ
それはだから原発と一見自然エネルギーだなどといっていたが似たものだったのである
つまり景観を破壊する汚すこと自体が自然ではないのである

だから本当の自然は万葉集時代にあったとなる、その清浄無垢の自然の中に本来の神道が生れたのである、それは国家神道とは違ったものである、政治色はないのである
政治だと必ず権力と関係してくるから世俗的なものであり汚れるのである
いづれにしろ人間は景観に無頓着だというときそれだけ美の感覚に欠けているともなる
特に現代文明になるとそれが極端になったのである
日本語が世界の言葉と比べたとき極めて美的だというときもそうである
その特殊性は日本の自然に育まれて生れた醸成された言葉だからそうなった
それが万葉集に残されたから万葉集は貴重なのである

それで神は人間の暮らしを隠したというとき自然の美は景観を損なわれることがなかったのだ
今や東京とか見れば一目瞭然である、むき出しの醜い姿であり人工物に覆い尽くされてその景観は異様だからである
そこがとても地球とすら思えない景観なのである
でもそこに一千万以上が生活している、それが地方と田舎と関係ないならいいが原発をもってきたり今度はコロナウィルスをもってきたりするから問題なのである
ただ地方でも田舎でもまたそういう景観とかは金にならないとして破壊するのである
田舎の場合はただ自然というものに制約されてその中で暮らすほかなかっただけでありやはり景観などに関心かないのである
米と野菜をでも作りそれがいくらになるかは関心があっても景観自体に関心がある人はいないのである
だから景観が破壊されてもそれほど感じないのである
景観自体は金にならないからそうなるのである


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2020年06月05日

浪江町の帰還率が10パーセント以下 (9年半過ぎても帰らない現実ー コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)


浪江町の帰還率が10パーセント以下

(9年半過ぎても帰らない現実ー
コロナウィルスで東京も住めなくなるカルマ)

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帰還率




復興住宅に住んでいる人は浪江の人であり大工さんしていたという
娘と二人で住んでいる、家が狭いと嘆いている、二階にはトイレもないとか不便を言う
たいがい田舎でぱ大きな家に住んでいたからである
自分の家でも家で法事したりしているから人が集まるために広い家作った
小高の人は十八畳なのか広い家に住んでいた
だからまず仮設に住んたり狭い家だと窮屈に感じる

その復興住宅でもう一人の浪江の人は毎日釣りに行っている
何もすることがなく遊んでいるだけだとなる
その大工さんもいつも土手の所に暇そうにしている
何かすることがない、金は5000万近くもらっているから余裕がある
でも何か失った方が大きい感じになる

10年も避難暮らししている人のことはわかりにくい、感覚的にわからない
何か喪失感が今になって大きくなっているかばしれない
その人たちは帰らないと言っている
取り残されたのはこうして老人なのである

ただ浪江町が2万くらいいて一割も帰っていない、これは深刻である
現実に浪江駅前でも閑散として人も住んでいないし店もやっていない、確かに電車は通るようになっても人が住んでいない
でも小高は50パーセント帰ったから浪江町とは相当に違っている
高校でも通っている生徒が500人とかいるからだ
ただ問題は若い人がいない、子供がみかけないというのは本当である
子供が他から町が用意したタクシーで通っている
小高とかでも原町区は5万くらいの人口が今でもありそこに移り住んでいる人が多い
だから原町からでも小高の学校に通うとなる
飯館村でも人は住んでいない、でも新しい立派な建物の学校があり他から通っている

何かはっきりしなけど浪江町の町長自体が中通りの町に家を建ててその後死んだとかある飯館村の町長も福島市に住んでいる、つまり肝心の町でも村でもそのトップが住んでいないのである
ただ何か飯館村でも人が住んでいると自分は錯覚した
なぜなら新しくこじまりとした家を建てていたからである
現実はそこに住んでいない、それはときたま帰ってくる別荘だというのでそうかと納得した
浪江町がなぜ10パーセント以下という低さなのか?

その原因は何なのか?町の半分くらいがまだ高い放射線量があり敬遠した
ただ飯館村の方が帰っている人が多い、だから帰還者の比率では低い
隣の小高は50パーセントだからかなり帰っている、しかし子供は見ないというのは共通している、見かけるのは65歳以上の老人でありなんとか働けるのは50代からだともなる、田舎ではもう50代は相当に若い世代であり働く世代である
第一農家の年齢が67才というときもう田畑を維持する限界なのである
それでも日本では8割は専業農家が農産物を生産しているから実はそうした零細な農家がつぶれても外から入ってくるから困らないのである
でも地元の農家でも田畑でも荒廃する、草ぼうぼうになる
それを見ると何か荒涼とした風景になる

つまり今なら田んぼでも蛙が鳴いている、今日の夜は満月だった、それで自転車で夜風を受けて走る、涼しくて気持ち良かった
おりしも満月がでていた、植田にその満月が映っていた

満月の植田に写り蛙鳴く

こういう光景になるが小高とか浪江では草ぼうぼうなのである
だからそういう風景は原自然でもない、もとも人工的に作られた第二の自然であり
人間が作った光景なのである、それが失われたときかえって荒涼と感じる
それで飯館村とかではもう神社まで死んでいた、誰もお参りするものもなく捨てられていた、つまり神様も人が住んでいて活きていたのである

とにかく原発事故でも避難区域でも日本国民は忘れるようになった
今はコロナウィルス一色である、でも原発事故と同じようなことがコロナウィルスで起きていることも不思議である、政府の対策でもそうである
何か検査をしないとか被害の正確な数字を出さないとか隠ししている
原発事故でも放射線量を低くしていたとかある、それは自分が計ったからわかっている
それが大成建設の社員がモニタリングポストの下の土を掘っていたからである

そしてこういうことが今回のコロナウィルスでも起きている
何か支援金が電通とかに700億円くらい流れているという、それは除染費用の3兆円とかが大手ゼネコンに流れたとかあったのと同じである、ただ地元の建築業者にも流れたから大手だけではない、そしてここで補償金でもめたように支援金で不公平がありそれで
不満になる、それはここでも嫌というほど経験したからである
つまり人間は何か同じことをしている、カルマになる
政府でも原発事故のことを忘れさせ同じようなことをしている、福島を反省していないとなる

まずオリンピックの復興だとか聖火リレーだとかであたかも福島の復興がありとか政府で世界に装うとした、何にも復興などしていないからである
だからオリッピックなどなぜするのか理解できなかった
そのオリッピックもコロナウィルスでつぶれたとなるとそれは神意だったとなる
また何かしらコロナウィルスはカルマであり神の意志が働いたのかともなる
それは東京が一番人口が密集して被害になったからである

それで東京の人は来るな!

これは放射能うつるから福島の人が来るなと言われたのと同じである、カルマなのであるさらにこれからどうなるのか?
東京の人は東京に住めなくなる、そして一部であれ人がいなくなった原発避難区域に住まざるを得なくなる、そこは人がいないのだから田舎のめんどうな人間関係もないのだから住めばいいとなる
放射線のことを気にしているどころではない、東京にはさらなる災害が地震でも何でも襲ってくるからだ、その前に地方に特に人の住んでいない原発避難区域に住むのがいいとなるからだ、それがカルマなのである
東京がもたらした災いを福島が受けた、その償いを福島でしなければならないのだ
そうしてこそカルマの清算ができる
何らかで個々人でも必ずカルマの清算を強いられるからだ
それなくして東京の人からカルマが消えることはないのだ

そういうことはアメリカにも言える、原爆を落としたカルマは消えることはない、その人類的罪はカルマは消えないのである、だからアメリカは一番核に恐れていなければならないのだ、核兵器を世界で一番もっているがそれで安心は来ない
カルマは清算されないのである、むしろ自ら核で原爆のように苦しまない限りそのカルマは清算されないのである
とにかく東京の人はそういう自覚をもつべきである
福島を忘れてももう忘れることはできない、必ずカルマとなり襲いかかる
コロナウィルスがもしかしたらその一つのカルマなのかもしれない
次にはさらなるカルマが襲ってくる、それが地震なのかミサイルなのかはわからないがそれは確実なのである、だから東京脱出しないと危険なのである

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2020年05月26日

暮らしがあるのとないことの差の大きさ (原発避難区域と磐城太田駅で感じたこと)


暮らしがあるのとないことの差の大きさ

(原発避難区域と磐城太田駅で感じたこと) 

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菜の花畑があり隣は麦畑であり田植えで水張る田もあり鯉のぼりもなびいている
ここに暮らしがある、ただスーパーヒタチにはコロナウィルスで人がほとんど乗っていない
ただ写真をとる場所としては良かった


磐城太田駅でスーパーヒタチの写真をとった、そこは今の季節だと田んぼに水が張れている、菜の花畑がありそこでしきりに雲雀が揚がりさえづる
隣は麦畑であり麦の穂が風にそよぐ、それが気持ちがいい
五月だから駅前の家に鯉のぼりがなびいている
ということはそこに子供いるということになる
田んぼで農作業する人もいる、ただ磐城太田駅は無人駅であり人が乗るのが見えなかったあそこでどれくらい人が乗っているのか?
日立木でも一人二人くらいしか乗り降りしない
だから駅自体が成り立つのかという問題がある
またコロナウィルスでスーパーヒタチに一人しか乗ったのを見なかった
ただスーパーヒタチが走っている光景が絵になる
しかしただ写真をとるだけに走っているというわけではない
とにかくこの光景は暮らしがあって風景も自然も活きている

これと比べたとき原発避難区域は暮らしが失われている
田んぼは草ぼうぼうで荒地であり人が戻ったとしても子供はいない、だから鯉のぼりもないとなる、小高はある程度帰ってたとしても浪江町とか飯館村は子供が住んでいない
飯館村だと立派な学校を建てても村の外から通っている
町長自体も村に住んでいないのである
新しくこじんまりした家を建てていたので人が帰って住んでいるのかなと見た
でも住んでいないのである、補償金をもらったから援助があるから建てたらしい
それは別荘だというときときたま帰っては畑などで野菜を作っているらしい
だからそこには暮らしがないのである

そこで生業を返せと裁判に訴えて認められたした
つまり生業が暮らしが奪われたのである
その生業とは何なのか?それはそこにもとからあった暮らしなのである
田んぼがあり畑がありそこで仕事していることなのである
それはこうした風景を作っていたのである
それがなくなると草ぼうぼうになり子供もいないから鯉のぼりも見ないとかなる

例えば菜の花があるとする一面の菜の花畑があった時、その菜の花畑は菜種油の材料として菜の花があり暮らしがあって活きていたのである

菜の花や油乏しき小家がち 蕪村

菜の花は菜種油をとるものとして植えられていたのでありただ鑑賞するためではなかった油ともしきとうとき菜種油でもとるに手間だからそうなった、油は貴重だった、何でも貴重な時代だった、小家がちというとき小さな家が農家でも多かったということである、小家という表現が多いからである
菜の花はまさに生業としてありそれが風景を作っていた
それはただ菜の花が鑑賞用に見ているのとは違っていたのである
ただ小高でも菜の花を植えて菜種油作りしていても現代ではいくらでも油は作れるからそういう風景にならないのである
油を作るのに効率的ではないからである

いづれにしろ原発事故の避難区域になった所とのそうでない場所の差が大きいことを子の光景を見て感じた
第一磐城太田というけど隣はすぐ小高なのである、それで小高から原町に来る山側に田んぼだった所がソーラーパネルがしきつめられていた
海岸ではあまり感じなかったが狭い田んぼはソーラーパネルになった所が多い
もう誰もそうした田んぼでも跡継ぎもなくやる人がいなくなっていた
それで手間ばかりかかるからやめる、ソーラーパネルなら土地を貸すだけで収入になるからである、ただその時田舎の風景はなくなる
つまり生業がなくなったからである

ただ生業を返せというとき別にソーラーパネルになる前から農業は金にならないとして
その生業自体を放棄してやめたい人が多かったのである
だから耕作を放棄した耕作放棄地が日本全国てぬ膨大になったのである
でもそれなりにまだ磐城太田駅付近で農業が続けられているから耕作放棄地だらけにはなっていない
それで田に水を張り田植えがありと暮らしが続けられて田舎の風景が保たれているのである
それは原発避難区域と比べると一目瞭然なのである
風景は自然の風景と違って人間によって人間の暮らしによって何代にもわたり作られた風景がある、それで南相馬市の鹿島区の松原もそうして作られた風景である
米を潮の害から防ぐために作られた松原だった、それは江戸時代からあったらしく松が太かったのである、それが根こそぎ津波で消失したときはショックだった
今やその風景は全くなくなったからだ
白砂松原という風系は暮らしがあって作られた風景だったのである

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2020年05月18日

原発事故で問われたもの-取り残された老人が語るもの (補償金だけでは償われない生の意味が失われた)


原発事故で問われたもの-取り残された老人が語るもの

(補償金だけでは償われない生の意味が失われた)

原発事故ではいろいろなテーマが広範囲に生まれた、それを追及して来た
コロナウィルスでもそうである、何か大きな事件が起きると様々な面から追及される
テーマが生れる
第一一つの町や村が消失すること、ゴーストタウンのようになることは歴史上でもなかなかありえないだろう
戦争中であれほどの被害、300百万人死んで市町村が消滅するようなことがなかった
これも不思議なことである
かえって人口が焼け野原からうなぎ上りに増えて高度成長時代になった
戦争の引揚者がわずかの土地を求めて開墾に入った
飯館村の木戸木のような四方山に閉ざされたところでどうして生活していたのかとなる

その時車もないし七曲りの峠道があり村の中心部の草野に出るのも容易ではない
大倉に出たとしてもそこも街から遠く離れているのだ
ただ林業が盛んでありそれで生活していた面はあった
それで大倉であったばあちゃんが私は相馬の女学校出たんだよと自慢していた
つまりその当時林業が盛んであり山持ちに裕福な人がいたのである
その木材は原町機関区から東京に運ばれたのである
日本全国で森林鉄道が網の目のように張り巡らされていた
だから山には山の暮らしが成り立っていたともなる
そういう時代からここでも東京となのつながりが深かったのである
でもその時東京までは蒸気機関車で8時間くらいかかっていただろう
だから今の距離感覚とは相当に違っている

原発事故が起きて町や村が消滅するような事態は大事件である、なぜなら戦争でもそういうことなかった、爆撃を受けても消滅しなかった
つまり市町村でも原発避難区域でも江戸時代からその前から人は住み続けていたのであるそれが途絶えることは信じられないことだとなる              

それがどうしてそうなったのか?その意味することは何なのか?

もちろん放射線被害のためだとなればそうである、ただ私が追求してきたようにそれだけではない、社会と時代の変化でそうなった
高度成長時代を経て社会が大きく変貌してししまったのである
社会の変化をみるとき江戸時代と比べるよりわかりやすくなる
原発避難民が資本家になったと考察したが江戸時代だったらそんなことありえないからだ

●藩より外に自由に移動できない

●金が万能ではないー貨幣経済ではない

この2つの制約が大きかった、何か藩内であっても藩の外に自由に出れないのである
ただ天明の飢饉のときはやむなく藩の外に流出した、それで荒地が増えて越中などの移民を呼び込んだのである、農業社会だったから土地を与えるとなるとそれでも来た
でも藩の外にでることは命がけだったのである
第一飢饉で人が流出したような所に住む人はいない、でも当時は農業社会だから土地が一番価値がありそうなった

明治以降は鉄道が発達して関所もなくなったから自由にヒトでもモノでも出入りできるようになった、そこから金が大きな力を持つ貨幣経済となり資本主義が普及したとなる
その時村の共同地である入会の山なども各自に私有権が与えられて無数に分割されたのである、それで共同地を所有するということがなくなり各自が私有する山となった
今でも山は所有している人がいるが山が荒れて管理する人がいない
それは共同して所有しているわけでもないからである、その所有者すらわからなくなってその所有者の許可がないと自由にできないということで困るとなる
江戸時代は社会主義的共有の共同体だった、村ごとに自給自足の社会が基本だった

そういう社会から私有を私権を拡大する社会と明治の時から変貌したのである
でも一応村としての共同体は継続されていた、それは農業社会が基本にあったからである養蚕が盛んでもそれは農業なのである、だから今でもいたるところに兜屋根の養蚕をした家が残っている、どれだけ養蚕が盛んであったか今でもわかる
私の母親は原町紡績で糸取りしていた、農家では養蚕をしてその材料の糸を提供していたのである
その時代はやはりまだ村の共同体が維持されていたのである

それから農業社会から工業社会に変貌したのが高度成長時代でありその時からグロ−バル経済へ社会がまた大きく変化したのである
なぜなら電機製品を外国に売ることで日本が豊かになったからである
つまり農業中心だったらグロ−バル経済にならない、工業社会になったときグロ−バル経済になる、交通が発達してまたITとか発達ててもなる、つまり世界の流通が盛んになるにはそうしたインフラが発達しないとできない、グロ−バル社会はそうしてインフラが整備された結果として生まれた
日本の国内の広域社会でもそうである

グロ−バル資本主義社会というときそれは何なのか?

それが原発事故の避難者が多額の補償金で資本家になった、事業家のようにもなったというときそうである、1億円とか入れば銀行にもなる、それで投資家にもなる
山元町の津波の被害にあった土地を安く買って農業をはじめる
仙台市でアパート経営をはじめるとかで成功したとかなる
つまり原発事故になりその補償金であっというまに外に流出したのである
それができたのはグロ−バルなまた国内でも広域社会でありどこに住んでもいい、金さえあればどこに住んでもいい、むしろ金があればどこに住んでもいい暮らしができる
そうなれば別に荒廃した市町村を立て直そうとかもしない
なぜなら多額の金をもらって便利な所で生活すればいいとなるからである
それで飯館村では福島市に家を建てたり仙台市に住んだりしたとなる
東京に出て東京で生活するようになった人もいる

そこで失われたもの、取り残されたものは何なのか?

それで象徴されていてのは老人が取り残されたのである
最近あった人でもそうである、津波で被害にあった家を直した、でも息子夫婦は仙台市に移り住みその妻も仙台市に行って一人残されたのが老人の親なのである
ただその人は60代で元気だから仕事もしているからまた違っている

でもこのことは何を意味しているのか?

それは老人とは何なのか?そのことを知らないとわからない
老人とは自分の親でもそうだが自分のこれまでしたことを自慢する
それで認知症になっても常に自慢していた、この家は俺が建てたんだよと常に言って自慢していた、俺はこうこうしたんだよと認知症になっても過去のことを覚えているからしつこく100回でも言うのである
それはなせかというとそれが親の人生でありその苦労を語ることで自分の存在感を示すからである
そういうことは自分でもわかるから親を大事にするとなる
それは実は親をその土地の先祖になるとするときもそうである、別に血縁でなくても
そうしてその土地を切り開いて苦労して作ってきたのが先祖だからである
それは越中のような移民は特に苦労して相馬藩の土地に根付いた歴史があるからそうなるまた苦労して浪江町の津島で開墾したとかもそうである、だから団結しているというのもそうである

でもその土地から離れたら便利な都市に福島市でも仙台市でも移り住んだらそうした親の歴史でも先祖の歴史でも失われてしまうのではないか?
ただ補償金をもらった、金はもらった、でもそこで問われるのが意味なのである
老人はこの土地に生きて何かを残したということで存在感をもつ
ただ近くに住んでる人も若い時苦労して家を建てた、そして立派な庭を作った
ただ今そこに住んでいるのは一人なのである、ただ娘は相馬市に住んでいるから近いとはなる、でも親が苦労して建てた家には住んでいないのである
だからその家のことを自慢しても一緒に住んでいないから感じることがなくなる
私の場合は親が建てた家にずっと60年も住んでいてそのことを語るから感じるものがある
この柱は橲原(じさばら)の木を切って作ったとか常に言っていたからである
ということはその土地とも深く関係してこの家があったとなる
ここに親とかその土地と深く結びつくものがあり生きる意味があるともなる
それは先祖とも結びつくものがあるとなる

ただグロ−バル広域社会というのはただ金さえあればいい、金が万能の社会である
資本主義でも資本というとき金のことなのである

でも金があっても生きる意味が失われた

これは言えるのかもしれない、そこまで深く考えることはない、単純に金があればいいとなっている社会である
だから毎月電気代もガス代でも水道でも止められる貧窮者はそんなことより金だとなっている、一般的にはそうである
ただそこにも失われたものがあった
それが象徴しているのは故郷に取り残された老親である,跡を継ぐものもいないのである
自分が苦労して築いてきたことも原発事故でも無益化されたともなる
そして市町村でも死者とともに生き続けるということがある
生者と死者は切り離されていない、一体化しているのが村であり町でもそうだった
ただ何か失うものがあり得るものがあるのが人間である
だから今失ったものを一番感じているのは故郷に取り残された老親だともなる
もしかしたらその祖父母でも先祖でも悲しんでいるともなる
ただそういうことは経済的利益にならない、だからどうしても今を生きる人は経済的利益を追求する、今食べるものが欲しい、金が欲しいとなる方が切実だからである
ただそこにまた失われるものが生まれる
それを痛感するのは個々人でもある、常に人生は老人になって後悔するからである
あくことなく金を求めたとしても何かむなしいものとなる
そこに意味がないとそうなる「パンののみに生きるにあらず」を感じるのである


この人は何か浪江町に住んで生きていればこうはならなかったかもしれない
復興団地に閉ざされて孤独したというのも共同体から土地から切り離されてこうなったのかもしれない、確かに金には困っていなかったとしてもこういうことはありえる
孤独死ということはそういうことになるのかもしれない、ただ別に孤独死は増えている
だからそれが特別なものともならない
ただ人間はパンのみで生きる存在ではない、そういうことは原発事故でも問われたしあらゆる所で問われるのである 

とにかく人間は得るものがあれば失うものがある

常にこうなっていることは確かである

復興住宅で60歳代男性が孤独死…コロナで見守り訪問中止、棟の管理人決められず
5/17(日) 8:52配信


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2020年05月17日

補償金で資本家となった原発避難者 (故郷の復興はない、取り残された老人)


補償金で資本家となった原発避難者

(故郷の復興はない、取り残された老人)

近くの復興住宅には主に浪江の人が住んでいる、他に大熊とか双葉の人も住んでいるという、昼曽根とかの人が一人で住んでいるけど夜は電気をつけず水で節約しているという
でもそこでいつも会う人は5000万近く補償金をもらっている
その相違は何なのか?それは良くわからない
土地をもったり補償する財産があると高くなる、それはまた個々に違ってくるから外からわかりにくい
わかっていることは

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こうなっている、とにかく30キロ以内の補償は手厚かったのである
でも別に30キロが特別放射線が高いわけではない、便宜上補償のために国で区切った
そこに不公平が生まれた、特に30キロ内と外でその補償金の差が大きくなり泣いて訴えていた女性がいた、隣とも仲が悪くなったとも言っていた

南相馬市というと小高町と原町市と鹿島町が合併してできた
小高町と原町市は30キロ内で本当に補償が手厚かったのである
それは金だけではない、医療費は10年間無料
高速も無料だったのである
同じ南相馬市でも30キロはずれた鹿島区

半年で医療費は打ち切り、高速も有料

この差も同じ市なのに大きかった、せめて医療費とか高速は同じ市なのだから同じように補償するのが筋だった、市長が変わって高速は無料化した
でも補償は10年で打ち切りであり財政援助も打ち切られるとなると苦しくなる
南相馬市は政府の言うままになんら対策をしていない
それは結局民主主義は数だからである、原町と小高の人口で8割くらいになると多数決なり少数派は無視されるとなる
でもこの補償金で南相馬市の一体感は喪失した

でもこの補償金は飯館村でも浪江町でも小高でも復興には使われなかった
個々人に家族に補償されたのでありそれは自由に使っていい金だったからである

福島県最大手の東邦銀行の個人預金残高は震災前の2010年度時点で2兆2698億円
2011年度末で3兆748億円、2012年は預金残高は4兆335億円となり前年度比でおよそ9587億円の増加  

一兆円の預金が増えたことに驚く、それたけの補償金で銀行に金が増えた

それで仙台市に行ってアパート経営で成功した人がいるという、まさか知っている人ではないと思うが不動産関係の仕事をして息子夫婦は仙台市に行ってしまいおばあちゃんも仙台市に行ってしまい夫の老人が一人残されている
何かそういう人が多いのである
小高の人が津波の被害にあった山元町の土地を買って農業をはじめたという
山元町の土地が津波の被害で安くなったから買いたたくということもあったのかもしれない、山元町の津波の被害が大きいものだったからだ
それもなにかあこぎだともなる、なぜなら小高でも津波の被害があるしその被害を知っているからである、原発避難者は特別待遇だったのである

復興住宅の浪江町の灯とも5000万近くもらったと言っていた、同じ浪江町の人が土地を買って家を建てたという、それは売るための貸すための家であるとかいっていた
すると自分の家は建ててその外に新しく家を建てたのかもしれない
とにかく原町と鹿島には新しい家が次々に建った、鹿島だと新しい街が二くらいできたくらい建った、そこはみんな外から来た人たちである
復興住宅には大熊と双葉町の人も入っているという,大東建託でも15棟くらい建ったのには驚いた、それだけ外からの流入者が多かった、それらは原発避難者なのである

つまりそれだけの金が人間はいるとどうなるのか?

資本家になる、銀行にもなる

仙台市でアパート経験できたのは資本家になったからである、資本家とは金をためているだけではない、その金を利用して何か新たに金を産みだす仕事をする人である
銀行は資金を調達するのはそういうふうに金をもうけてくれる人がいて利子を払うことができた、ところが銀行は今金を貸す会社がない、それで地銀で半分つぶれるとか言われるのである
江戸時代なら金貸しにもなる、銀行は金貸しでもあるから江戸時代の継続がある
ただ補償金を遊興費に使ってなくなる人もいる

どちらかというとそうした金が本当にバブルであり消失安いとなる
そして結局それも親のカルマであり因果応報となる
なぜなら80才くらいの人が親が農業していたが農業だけはするなと殴られたというからだその頃農業はそういう状態だった、そして双葉大熊地域は出稼ぎ地帯だったのである
その出稼ぎをしないで地元で暮らせるように原発を積極的に誘致したのである
それが裏目に出たのである

親が農業をするな⇒子供を殴る⇒その子供が原発で働く⇒原発事故⇒その子供が故郷から流出⇒子供は帰らず⇒老親が残される

これも因果でありカルマなのかもしれない
人間は親の影響が本当に大きいのである、何かその家が栄えるのは先祖とか親が関係している、とても一代では裕福になれない、二代三代とつづくことで富が貯えられて栄えてくる、でも親が悪いと栄えることはないのである
私は親が苦労したことを知っている、だから今の自分があることを常に自覚して親に感謝している
でもそういうことがないと親は捨てられたりその苦労も報われないとなる
親が苦しんで育ててくれたということを知れば子供もまたそれに報いようとする
子は親の背を見て育つというのはそのことである
それで意外と金持ちの親は必ずしも大事にされない、たいがい高価な老人ホームに入れられてめんどうみないのである

ともかくどうしてもこの補償金は震災バブルの金でありそれはたちまち消失してしまうのではないか?金の恐怖は紙切れになるということである
現実に戦後そうなったのである、母は前の夫が事故で死んだ、その時一生楽に暮らせる補償金をもらった、でも戦争が終わり預金封鎖になり本当に金は紙切れになった
残ったのはわずかの土地でも買った分だけだった
だから金に価値があるわけではないのだ
それでそうして補償金で一時的に金があってもそれは持続しない、あぶく銭となってた消える

いづれにしろ親に感謝しない、先祖に感謝しないとかなるとその家でも土地でも栄えるように思えないのである、果たして他の土地に行って一時的には栄えても継続して栄えるとも思えないのである
だから農業するにも三野混沌とか猪狩満直とか赤貧のなかで農業をして死んだ
でもその人たちは何か未来に残した、その苦闘自体が未来に残す遺産だったともなる
確かに富を残さないにしてもそういう心を残したともなる
ここではそうして補償金をもらっても心は荒廃している、故郷も荒廃してしまった
金だけですべてが活かせたり復興できたすりするわけでもない
人間は何か大事なのは心なのである

それで十津川部落では国らか金を援助されたがそれは部落の者全員でありがたくもらい無駄にしない、全員で心が一致して北海道に移住して新しい町を築いたのである
この辺では逆に補償金で争い分断してばらばらになり故郷に残されたのは老親だけだったのである、それもカルマだったのかとなる

「震災バブルの怪物たち」を読んで 補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した

津波原発避難民の復興とは何なのか? (十津川村の北海道移住と比べる(2)




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2020年04月29日

東京との関係は戦前から深かった (福島原発もその延長上に作られた―地理が歴史を作る)


東京との関係は戦前から深かった

(福島原発もその延長上に作られた―地理が歴史を作る) 

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浪江葛尾村森林鉄道

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歴史をみるときいろいろな視点がある、人間の活動は多様だからである
グローバルな視点でみれば世界史を見なければわからない、これも容易ではない
でも現代をみるとき欠かせない、自分の国を見るには他国と比較しないとわからないからだ
では世界史をどう理解するかとなると難題になる
ただ項目的に一つの視点から見ることがわかりやすい

●交通の発達、移動の視点

交通の発達という時、常にそれが世界を変えたということである
それは交通するのが徒歩から牛から馬から馬車から鉄道から車から飛行機へと変わったことでわかりやすい、つまり徒歩社会から馬社会から鉄道社会から車社会へと変化したということになる、つまり交通の手段が発達が社会を変えたということである

江戸時代は確かに馬が利用されていても実質は徒歩社会である
歩いて異動しているのが主だった、だから今でも理解できないのはどうして歩いて荷物を運んでいたのかとなる、天秤棒で担いで歩いていたとなるが長距離でそんなことができるのか?
何か近くの人が川俣まで鰻売りに天秤棒担いで行ったという
川俣は絹織物で有名で金持ちがいたとなる
でも今でも八木沢峠をみればわかる、あの峠を天秤棒担いで越えられるのかとなる
そこからして移動すること自体がいかに難儀なものか知る
だから今になるとイメージするのがむずかしくなっているのだ

ただ近くの人が鹿島の横手辺りから相馬市まで梨売りにリヤカーで行ったというのを聞いた、それだって15キロくらいあるとして大変な労働となっていた
馬車があったからそれも利用していたことは確かである
それにしても馬車だって相当に時間を労力がかかるのである
つまり明治時代でも移動して運ぶことはいかに容易なことではなかったかを示している

移動できないことから何か起きていたか?飯館村とか何か不便な地域だとどうなったのか医者に行くにも距離があり行けない、そこで何か危急の病気にかかれば救急車も呼べないだから死ぬほかなかったということである
何か北海道の雄冬という地域で赤ん坊が病気になり医者に行こうとしておんぶして運んでいる途中に死んだとかあった
それはその時用意に移動できないからである

移動するということから社会をみれば社会が歴史が見える
福島県でも意外と東京との関係が深いのである、それは戦前からそうである
それは鉄道が深く関係していたのである
常磐炭田の石炭は最初船で東京に運ばれていた、その港が小名浜だった
次に鉄道ができて平駅が機関区となり石炭が東京に運ばれた
それから木材とか石材も運ばれた、鉄道は人間を客を運ぶために使われたのではない
最初は物資を運ぶためである、それで森林鉄道が日本に隈なく発達した

驚くのは浪江の高瀬川とかの岩盤を掘って線路が作られていた、葛尾村まで森林鉄道ができていた、森林鉄道は日本を毛細血管のように網の目のように作られてたいのであるそれは木材を運ぶためだったのである
だから山村というとき今は活気がないが昔はあった
昔は山持ちが金持ちになっていた、木材資源をもつことは金持ちになることだった
それで大倉のばあさんが私は相馬の女学校に行っていた、それは鹿島の親戚の家から鉄道で相馬市へ前の中村市へ通っていた
相馬女学校というという本当に極わずかの金持ちの家しか入れなかったのである
それで私の姉は頭が良かったので女学校に入れないことを悔しがっていたのである
つまり相馬女学校に入れたというだけで女性では別格になっていたのである

ただ不思議なのは戦前でも東京との行き来が結構あった、私の姉は看護婦の免許をとるために新宿辺りに一時行っていた、つまり東京まで行かないと免許がとれないとなっていた看護婦になるにもその当時は近くでなれないともなっていた
それから私の母の実家の姉は家が破産して東京に横浜に出て行った
それから私の母も東京に出て女中になり東京の人と結婚したのである
それから近くの人に聞いた話では私は東条英機を見たことがある、車に乗ったのを見たという人がいた、その人も東京の工場で働いていた
つまり戦前というと東京まででも蒸気機関車であり東京まで8時間とかかかった時代がある、そうなると東京に行くということは一大事になる
遠い世界に行くことになっていた、でも東京とのかかわりその当時でも深かったのである家族でも明治生まれの父だけが葛尾村から双葉町の新山で酒屋の丁稚になり東京とは関係していないだけである

その後も戦後も東京との関係が深い、なぜなら全国的にも出稼ぎ時代があり東京に出稼ぎに出る人が多かったからだ、また中卒の集団就職時代であり東京に労働力が吸収されたのである
だから私の家族では父親しか東京と関係していないだけだった
私自身も東京の大学に行ったのだから東京と関係していた、兄は集団就職で東京ではないが静岡の方に行ったからだ
出稼ぎというとき双葉とか大熊は原町市とか相馬市から離れている
そこで働く場所がなく出稼ぎ地帯だった、それで地元で働きたいとして東電の原発を積極的に誘致したのである、それか事故で裏目になった
原町機関区はそもそも東京に物資を運ぶためのものであった、木材とか石材を運ぶものとして作られた、平駅は石炭であるが全国的には木材を運ぶものだった
北海道の鉄道は小樽があるとしてそれも石炭を運ぶものでありほとんど石炭を運ぶものとして北海道の鉄道が作られたのである
日本の燃料はその時石炭が主だったからである、第一鉄道自体が蒸気機関車だからその燃料は石炭だったからである

要するになぜこの歴史をふりかえるかというと原発がどうして双葉とか大熊地域に作れたのか?
それは東京と福島県が特に浜通りでもその関係が実は戦前からも鉄道で物資を運ぶことで関係が深かったのである
またいろいろな面で東京がやはり中心で福島県はそれほど遠いともならないから意外と密接な関係があった                              

だから歴史をふりかえるとなぜ原発ができたのか?

それが東京都と遠からず近からずという地理にあったのである
人間はいかに地理に左右されるかである,地の利に左右されるのである
それは宿命までになる、だから歴史は地歴になる、地理と歴史になるのである
身近な所から歴史を見てもそうなるのである
だから家族の歴史は一番身近でありそれが歴史のベースになる
何か家族が死んでからいろいろかえってふりかえる、その残した物を深く考えるようになった
だから今の時代をなかなか家族でも生きているときは家族のことでも理解しにくい
死んでからいろいろふりかえりその残した物の意味を深く理解するのである

コロナウィルスにしても東京のライブハウスに行った人が感染したのである
それもすぐ近くの人だった、その人はただ遊びに行ったのだから昔とは違う
昔は切実な生活に強いられて行ったのであり遊びで行くなどないからである
第一鉄道で観光できた人はわずかである、家族から聞いた話で鉄道を利用したとしても
運賃が高いから意外と利用していない、それは贅沢だったのである
それで姉が親戚の葛尾村まで行ったことを何回もしたのである
何か途中に森林鉄道があったことを行っていたことでもわかる
いたるところに森林鉄道があったのである

いづれにしろ自分自身が人生を旅にを費やされたという時、交通に興味をもつ、地理に興味をもつ、その地理が実は学問の基礎になり地理がわからないとあらゆるものが理解できないのである
原発がなぜ誘致されたかとなるとやはり地理が関係していた
東京から遠からず近からずという距離にあったことなのである
それだけ東京の影響は関係ないようで戦前から関係が深かったのである
それは自分の家族からの歴史でもわかる、それは自分だけではない他の家族でも同じようなことがある


原発事故の原因も東京と地方の問題 (戦後の東京一極集中などの国土のアンバランスによる)


浜通りは東京の影響が大きかった (戦後の歴史をふりかえる原町-津島から葛尾村まで)
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2020年04月10日

家族をばらばらにした原発事故 (原発避難区域は姥捨て山になる?)


家族をばらばらにした原発事故

(原発避難区域は姥捨て山になる?)

小高の人は息子夫婦と一緒に住んでいた、孫もいたから大家族である
家は立派だし庭も立派である、大工とか庭作りをしていたから当然だともなる
その求めることが高いレベルになる
でも聞いてみるとその男性は一人で直した家と大きな庭がある家に住んでいるという
息子夫婦と妻は仙台市に住んで帰ってこない
こういう人が浪江にもいた、何か原発事故は地域でも家族でも分断してばらばらにしたということがあった
だからこういう人はめずらしくない、浪江とか小高とか飯館村とかでもそうである
一時的には補償金が入ったとしてもかえってその補償金で家族でも地域でもばらばらになったということがあった

そして同じ地域に住んでその大工さんの補助役として働いている人はやはり大家族であるそれを対象的に見ると明確に原発事故が残した傷痕が明らかになる
大きな立派な家に広い庭に住んでもそこで一人で老人が住んでいる
別にその人は金には困らないとみる、ただ補償金を使ったから贅沢な生活とはならない
ただ人間の幸福の基本が家族にあるという時、その家族がいないということが不幸なのである
そういうふうに家族がばらばらになった例は原発避難区域では結構あった
その被害が二人を対照的にみて明確になる
それで大熊の人だったか原発事故で故郷に住めなくなったとき蝋燭を使っていいから
家族とともに暮らしたいと言っていた
そういう状況で極端なものとなったのである
そもそも家族とともにまた故郷に暮らせないとしたら幸福の基盤を失われたことになるからだ

ただそうはいってもあまりにも贅沢を限りない贅沢を求めていた
原発が危険だということを全く考慮しない、金になればいいしかないというのが現状だった、それだけ稼ぐ腕があったから欲望も大きくなっていたとなる
資本主義社会だととにかく欲望が無限に増大して拡大してゆくのである
その欲望の歯止めがなくなる、すると豊かになる金になるなら原発でも何でもいいとなってしまう、それはみんなそうなのである
それで津波で大熊町の町長の金庫が流されて見つけてくれとかなった
まさにここにこの辺の問題が象徴されていたのである
5億円が本当に入っていたのかもしれない、町長ともなればそれくらいの金が原発から入る、現実に牧場を経営している大熊町の人が5億円の補償金をもらったということを聞いたからでありそれは単なる噂とも違うだろう
何兆円もの金が除染とか補償金に使われたからである

ただそこで金は得たとしても失われたものも大きかった
それが原発避難区域に一人取り残された老人たちである
一番被害にあったのがそういう老人たちなのである
例え金があったとしても家族がいなくなって一人取り残されたからである
その人は腕のいい大工だから仕事しているからいい、でも仕事できなくなったらどうなるのか?
介護になったらどうするのか?
めれはここだけの問題ではないが避難区域に住んでいたらやがてそういう人ばかりになる若い世代がいないのだから介護ができなくなる

おかしなのはでは老親を避難区域に残して子供は仙台市とかで生活する
介護になったら地元の人が世話をするといってもそれすらできない
なぜなら介護する人がいない、老人は老人を介護できない、それで現実に南相馬市では介護士などがいないから青森の施設に送られているのである
ただそうなったら引き取る子供もいることは確かである
でもそうしたらいづれは後継ぐ人もいないのだから自治体は維持できなくなる

何か自分でも庭に夏蝋梅が伸びて木陰を作っていたので夏になるとそこで休んでいた
でも今回庭作りを頼んで失敗したと思ったのはその夏蝋梅の木を短く切ってしまったことである、それを残念に思ったのは伸びるまで時間がかかるからである
何年もかかる、すると老人の場合はその待つ時間がないともなる
その未来の残された時間がないのである
それでつくづく老人は復興に向いていないと思った
これだけの被害となると復興まで十年ではたりない、20年、30年ともかかるからである
第一廃炉にするにも40年かかるとなるからだ
だから早く成長するものならいいが木となると成長するのに時間がかかりすぎるのだ
だから何か木を植えたいのだがそれが成長するのを待てないのである
別に20歳くらいだったら30年先でも見て木を植えることができる、その成長した姿もある程度見れる、でも老人はできないのである
だからどうしても時間がかかるのは敬遠するのである

いづれにしろ津波とか原発事故の傷痕は消えない、町自体が崩壊したということはあまりにも大きな被害だったのである
だからもう親族でも息子でも娘でも流出したから帰ることはない
でも何か不利なことが有利なことに逆転するかもしれない
それはコロナウィルスなどで東京脱出が起きて空いた土地とか家を求めて住むように時代が変わるかもしれない、広大な未使用の土地があり家もあるからだ
仕事がないということも問題だが何かそれも解決する方法ができるかもしれない
だから結局未来はわからない、この十年の変化をみればわかる

ともかくこの問題は津波とか原発事故で起きた地域だけではない、限界集落とかすでに問題になっていたからである、そこにはやはり老人だけか取り残されるようになっていたからである
そして日本が貧困化しているというときもそうである 

若い女性は風俗嬢、老人は姨捨て山…一億総貧困時代が来た

これもまた日本の現状なのである、だからここで起きたことはここだけの問題ではなかった、日本全体のも問題でもあった、それだけ限界状態が起きているのが日本なのである
津浪ー原発事故ー水害ーコロナウィルスとここ十年は災難の連続だったのである
コロナウィルスは世界的災厄でありつくづく人類の限界状態になった
それがコロナウィルスで現れたともなる
だからこれまでの生活を見直して新たな世界を作ることが強いられている
それは世界的になるからコロナウィルスの影響は大きいのである
津浪や原発事故は地域的だがコロナウィルスはグローバルに影響したからである

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2020年04月09日

原発避難区域に取り残される老人 (9年ぶりに仕事してもらった小高の大工さん)


原発避難区域に取り残される老人

(9年ぶりに仕事してもらった小高の大工さん)

なぜ9年ぶりに庭作りとか家の修理をしてくれた大工さんが来た
どうして来たのかわからない、なぜなら9年間も来ていないからだ
その時小高区と鹿島区は補償金でもめていてそれが原因だったかもしれない
その人は庭作りのプロであり大工であり壁塗りまでできる
そんなにいろいろなことが一人でできる人はいないと感心していた

ただなぜまた来たのかわからないけど庭の木の剪定とか家の修理をまたしてもらった
何か仕事がないかと来たので頼んだ、今は家を修理できる大工さんはなかなかいない
ハウス会社で何か家を組み立てるだけであり大工の技をもった人はいなくなっている
だから家を修理する時は困るとなる、その人は腕がいい大工でもある
何か体も有段者のようにがっしりしている
ただその人の年齢を知って驚いた

66才です

そうだったのか、10歳くらいは離れていると思ったがそれほど自分の歳と離れていないことに驚いた、老人だったのである、9年前以上に仕事をしてもらったときは50代であり
50歳くらいだと思っていたから意外だった
それで何か仕事するのも辛いともみた
でも後5年は仕事をするつもりですと言った
一応年金とか何か原町区で宿舎の管理をしていて合計すると15万くらいもらっているのかと見た、だから普通にもらっているから金には困らないとも見た
ただそもそも前は金を使う生活していたからたりないとなる

その人は立派な家を建てていたが津波で半分が浸水した、それを直して住んでいるというそれで不思議だったのが私は一人で住んでいるんですという
前は息子が結婚して子供いる、一緒に住んでいたから大家族だったのである
それも津波や原発事故で残されたのがその人一人だった
奥さんもいたが今はいない

息子家族は仙台に行き一緒に妻も行った

仙台市に息子と嫁と子供と妻まで仙台に行って暮らしているという
こういう人を浪江の人でも聞いた、原町の復興団地にやはり一人残されて暮らしている
その人の息子と嫁と子供は東京に行った、その人の妻も東京に行ってしまったのである
だからその老人一人が残された
その息子も嫁も東京に生活を移したので帰ってこないのである
小高であれ浪江であれこういう人が多いのかもしれない

男性の老人だけが取り残されている

そして小高でも浪江でも飯館でも避難は解除されても帰ってこない

何か淋しくはないかと聞くと淋しいという、私も家族を失ってその淋しさを知っているから同情した
いづれにしろ原発避難区域になった所では老人だけが取り残されているのが多いとみる
それは前からそうだったがその後あまり事情がわからなくなっていた
ただその人は金銭的には金に困るという人ではない
でも小高区とかでも一時は補償金をもらったがその後使ってしまい困っている人がいる
金に困っているからまた仕事をするために自分の家に来たのかもしれない
私としてはその人に作ってもらった庭だからまたみてもらったとなる

ただ今回はどういうわけか地元の近くの庭作りをする若い人とと一緒だった
その若い人に指示して仕事をした、塗装などもした
その若い人でも十年くらい庭作りしている人でもその他の仕事を覚えたいために一緒に仕事をしたらしい、何しろいろいろその人はできるからである
ただその若い庭作りの人が言うには今仕事がなくて困っているという
庭作りでも仕事がないのかと思った
私の家のユニットバスを百万で作ってくれた人は仙台市の人たちだった
その人たちも震災ですでに仕事がなくなっていて高速道路がてきてこっちの方まで仕事を探しにきていたのだ
前ら仙台と交流があったがますます交流が増えてきたのである
だからコロナウィルスでは仙台市が増えるとここも影響するから危険だと見ていた

建築とか土木関係とか庭作りでも仕事がないと困る、仕事を探すことが仕事だとも若い庭作りの人が言っていた、何か自営業としてガーデンニングをしているから仕事をもらわないと苦しいと言っていた
こういうことで結構忙しかった、明日で一応終わるがまた庭とか見にくる、仕事をしてやるとか言っていた
でも体はもともとがっしりした人でも66才となるときついと思う
なぜなら高い所で危険な仕事をするからである
家の屋根の上に足場を組んで壁をぬったりするから危険である

だからそんな仕事はもうつづかなくなるともみた
それで近く電気工事をする人は今でも設計だけを頼まれるてしているというのもわかる
体力を使わないからできるのである
体力仕事はもう60以上になると辛くなるとみる
私のような頭の使う仕事なら老人でもできる、かえって評論とかに向いてくるのである
それで金にはならないが毎日プログに文章を書きづつけている、創作もつづけているのである

仙台市には小高の人がアパート経営して成功したとかも本に出ていた、仙台市に移り住んだ人が震災以後多くなった
それは原発事故で避難した人だけではない、宮城県の津波の被害者も仙台市に移っているのだ
その息子は不動産関係の仕事をしていた、成功した人も不動産関係の仕事をしていたのかもしれない
何かもともとこの辺では仙台市に住みたいという人が多かったのである
そこは都会だからである、ただ生活費が高くなる、山元町でも不動産屋をやっている人が亘理の阿武隈川の向こう側は
土地の値段が倍になるというのもわかる、そこは仙台圏になるし仙台の影響力は実は自分の住んでいる場所まで及んでいる
東京は遠いようでも福島県になると東電の福島原発ができたように経済でも影響がある
ここは仙台市と東京の影響が結構ある場所なのである




ここでも仙台市で成功した小高の人のことが書かれている
仕事をしてくれた大工さんは別に遊んでいた人とは違う、ただ何か一時的に金に狂わされたという人が多かったのである
でも今ではそういう金でも使ってなくなり金に困っている人が増えているともなる
それで小高の老人が年金を10万くれと東電に交渉したのである
それだけ高齢化社会だからそうなったのである
とにかく老人だけが原発避難区域に取り残された
だから復興ができるのかとなる、そして南相馬市の場合は原町に小高の人でも浪江の人でも相当数住んでいる、それもまた老人が多いのである
若い人は東京とはか仙台市に流出したのである


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2020年03月11日

波立海岸から浜通りの復興(詩) (震災から原発事故から9年)


波立海岸から浜通りの復興(詩)

(震災から原発事故から9年)

seasigelineopen11.jpg

波立海岸に白波がうちよせる
磐にしぶきがはねて
若い女性のスカートが風にひるがえる 
鴎か飛んできて岩にとまる
沖に船の行くのが見える
夏の日白波が打ちよせる
夏の日がまぶしい
波はしきりに磐に打ち寄せる
小さな熱帯魚も見つけた
そこに千葉からやってきた若者
黒潮でいわきはつながる
鴎はまた海岸線を飛んでゆく
かなたにつづく太平洋
そこは海を通じて結ばれている
のっそりとフタバスズキリュウが
海から長い首を出して見ていた
そしていつしか化石となった
その長い地史の歳月よ
しかし海は怖い
津波があまたの命を飲み込んだ
恐ろしい記憶がここに刻まれた
しかし人々はなおここに生きる
ここが我らに与えられた場所
我らの命はここに刻まれる
海とともに我らの命もある
原発に我らの命はない
その過ちを繰り返すな!
苦しくとも海と大地と山に生きよ
悲劇を乗り越えて新たな故郷を作れ!
海から東風がふきわたり
樹々は芽吹き再び活動の時が来る
海も大地も山も蘇る
恵みは再びもたらされる
その自然からの恵みこそ
真実の実りなるを知るべし   

今回の津波で感じたことは津波の被害にあったところが太平洋海岸線が地理的に共有する場だったということである、それが意識されたのである
福島県といっても会津となると一つの別な世界である
でも太平洋岸は海で繋がれていたのである

第一福島県は大きくて地理的に一つの世界として意識しにくい、アイディンティティがもてないてのである、やはり山に遮られると山の向こう側は別な世界として意識する
海はそうして遮るものがないから一つの世界としてみる

だから常磐線全線開通は復興になる、結局いろいろ震災と原発事故では考えさせられることが多かった、でも9年も過ぎてしまったとき記憶も風化することの恐れがある
今の関心はコロナウィルスであり東日本震災の被害に関心が薄れている
もう津波のことを知らない世代が小学生から中学生でもいる
地元でも何か関心が薄れる
人間はつくづく忘れやすい、十年一昔というとき本当にそうである
震災の記憶も一昔になったとき昔のこととして語られるようになってしまうのである

正直何が実りなのか?

それが誤った、原発こそが豊かにする実りだとして地元でも積極的に誘致した
それが裏目に出て生態系まで破壊されて住むことすらできなくなったのである
でも原発に反対したらこの土地に住むことすらできない状態だった
もう欲に目をくらでいる、金になるのならなんでもいいという時代になっていた
そういう時代になり回りもみんなそういう貪欲になっているからそれを止めることはできない、それに反対したらここは住むことすらできなくなっていた
そして逆にそれを推進した人たちが住めなくなったのである

人間の欲はとめることができない、ブレーキをかけられない、それが原発事故の原因でもあった、国家予算並みの金が事故前も事故後もつぎこまれたのが原発だったのである
そこに人間の欲がむきだしになった、「安全神話」を作った人たちも上層部もみんなそうだったのである
政治家から官僚から御用学者でもマスコミでもいかに原発が金になるということで全部一体となり「安全神話」を作ってきたのである
これは本当に強固なものでありそれを否定すればその土地に住めなくなった
それはオリッピックなどでも継続している

本当にオリッピックが必要なのか?国民が望んでいるのか?

これも電通とかマスコミ関係の収入になるとか阿部首相の肝いりでなんとか成功させねばならないとかやはり原発と同じ構図があり同調圧力を上から作られているからだ
だから五輪の聖火リレーで復興だというのも地元でも参加させられる
五輪のために人手が奪われ資材が入らず復興の工事が遅れているというのもそうである
それがどうして聖火リレーとかが復興になるのか?
これもマスコミが宣伝する、地元で疑問を言う人もいないのである
だから原発事故で上から安全神話を作られて同調圧力が作られたのにているのである
日本は権力で同調圧力が強くなり支配者にとって都合のいい国なのである
オリッピックならオリッピック一色になる、それに文句いうやつは非国民になってしまうのである
                  

参考(詩のAI翻訳)

(Poetry for reconstruction)

White waves hit the Namidate coast
Splashing on the rock
Young woman skirt flutters in the wind
A seagull flies and stops on a rock
I see a ship going offshore
The white waves of the summer day
Summer day is dazzling
The waves rush to the rocks
I found a small tropical fish
Youth who came there from Chiba
Iwaki is connected with the Kuroshio
The seagull flies again on the coastline
The Pacific Ocean following the distance
It is connected through the sea
Futabazuki Ryu is soft
I was watching my long neck out of the sea
And one day it became a fossil
That long history of earth history
But the sea is scary
The tsunami swallowed another life
Horrible memories are engraved here
But people still live here
This is the place given to us
Our lives are carved here
There is our life with the sea
Nuclear power has no lives
Don't repeat that mistake!
Live in the sea, the earth, and the mountains
Overcome tragedy and create a new hometown!
The east wind blows from the sea
The trees will sprout and the time of activity will come again
The sea, the earth, and the mountains are revived
Grace comes again
That blessing from nature
Know the fruitfulness of the truth



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2020年03月10日

原発事故とコロナウィルスが問うもの (科学技術と過度なグロ−バル化広域社会への警告)


原発事故とコロナウィルスが問うもの

(科学技術と過度なグロ−バル化広域社会への警告)

人間は常に現状に不満をかかえている
その女性は最底辺の生活である、でも医療は一応無料ではないがそれに近い
それで腰が悪いとかといって東京の高価な機械のある病院でみてもらった
まず仙台に行きそれから紹介されて東京まで行った
次に目が悪いと仙台で手術した、半分は援助があったがない分は自分が払ったりした

でもその女性はこうして医療を受けられることに何の感謝もないし不満ばかり言う
それはわかるにしてもアメリカだと絶対にこういう女性はそんなことで医者にもかかれない、もし目の手術をしたら何百万もかかるという
そもそも保険に入っていないし金持ちだけが高額な保険に入って医療サービスを受けられるのがアメリカである
日本人は保険料を納めるにしても安いからみんな医者にかかれる、また福祉で無料で受けられるとういこともある

だからこういうことを知れば日本はいい国だ

こういうふうになるはずだがそうはならない、アメリカのことなどわからないからであるまた日本だと水は無料で飲めるが外国だとほとんど水は有料である
水道の水があるにしても飲めない、汚れていて飲めない
それで日本がに来た外国人は無料で水が飲めるということで助かるという
でも日本人は水を無料で飲むのは当たり前だとしているからそのことで感謝しないのである、私自身も外国で暮らしたことがないからなかなかこうして比較できないのである
それでyoutubeでも外国生活した経験のある人は違うな参考になるから見ている

外国ではオリッピックに関心がないという、みんな個人主義だから関心のない人は全然話題にもしないという、でも日本人だとみんながオリッピックでも関心をもたされる
同調圧力がありそうなる
でも前から私もオリッピックは反対だった
現実に原発地域の双葉とか大熊とかの避難区域では復興の工事が進んでいないという時
資材不足とか人手不足で進まないという
オリッピックのために復興が進まないのである
それなのに復興のためのオリッピックとして聖火リレーのことで宣伝している
常磐線全然開通は先行復興でありただ駅ができたというだけで街は何も復興していないのである、店すらないのである

人間はとにかくいつの時代でもどこの国でもそこに住んでいて不満がある
現代でもどれだけ豊かな生活しても不満がある、人間そのものはまず自然に感謝したりしない、神に感謝したりしない、実りがあるのは当然であり常にたりないたりないしかないのである
だからこそ生活に不満だからこそ地元の人により積極的に原発が誘致された
出稼ぎに行くしかないより地元で働き暮らしたいということでも誘致された

でも不思議なのは戦前でも江戸時代でもその時代なりに人は生活していた
その時は貧乏でもどうしようもなかったとなる
原発は確かに豊かさをもたらした、でも原発事故になり一転した
故郷に住むことさえできなくなり一転して廃墟の町となってしまったのである
こうなことになるなら蝋燭でも家族一緒に生活した方が良かったという人がいた
要するに人間はともかくどんな時代にどこの地域にでも国でも生活しても必ず不満があるでもその不満があってもそこで生活するほかないしできていたのである

漁業でもこの辺ではその幸は恵まれていた、新鮮な魚が食べられるからである
会津の方では新鮮な魚が食べられない、それで会津の人に石鰈を送ったとき喜ばれた
石鰈は地元でも高いのである、漁師は魚をとっても二三日内の魚しか食べないという
活きのいい魚しか食べないのである、それが贅沢なのである
でも現代ではそれだけではたりないから原発を作る時東電に漁業権を売り渡したのである事故無ければそれは最高の生活だったともなる
それが事故後は一転してしまった、放射性物質の汚染で魚をとることも売ることもできなくなったからである
ただ補償はされているから同じように贅沢な生活は一応できたのである
でも漁師がなぜここに何もしないで自分はいるのだと自問するようになったのである

もし貧しくとも漁師が地元に新鮮な魚を提供していれば地元の人たちに感謝されていた
その土地に生きる重要な役割があるとして認められていた
そういうことは農業でもあった、米や野菜や食料を提供してくれるということで農家の役割は重要なものとなっていた
でもまたグロ−バル化広域社会ではそうならない面があった
魚でも新鮮なものを東京に運んで高く売っていたとかある、地元より金になる都会に売るとかなる、それは今はどこでもそうである
そうなると地元より都会の金持ちのために働いているとなりまた違った見方になる
ただ今は今回のコロナウィルスでわかったように中国から食料でも入らないと東京では騒いでいる、野菜でも中国産が多いからである
すると国内の食料が貴重になる、でも高くなると騒ぐ、でもまた国内でとれて東京に供給されるならましてある
供給されなくなることだってあるからだ

こういうことになるからと私はグロ−バル経済を批判してきたのである
奇妙なのはおそらく地元で食料でも供給されなくても困らない
金さえあればいくらでも買える、どこからでも食料でも品物でも入ってくる
その時大事なものは金だとなる、でも第一物自体が入らなくなったら金は紙切れになってしまうのである
そういう恐怖がいくら金をもっていてもある
だから最近食料でも備蓄しておけというのもわかる
金では買えなくなる、店には品物がなくなるからだ、トイレットペーパー騒ぎでそうなった
だから蔵がありそこに米俵でも積んで品物を貯えるのがいいとなる

何か原発事故でもコロナウィルスでも現代社会の悪い面をついてきた
原子力発電でもそれは現代の科学技術の粋を集めて作られた
それが崩壊した時、社会全体が生態系でも自然すら汚染されて住めなくなったのである
ともかく人間はまず住めるということが基本である
縄文時代でも人は森に住んでいた、そこで不足しているものが多かったが一応定着して住んでいたのである、そこに住めるということはその場所に住んで生きられる実りが恵みがあったからできる
ただそれは最低限の生活としても一応住むことができたとなる

原発事故では過度な危険な核の原子力に頼り事故になりもともこうもなくなった
コロナウィルスでは世界のヒトでも自由に行き来してモノが自由に外国からいくらでも入るという時代になった
でも不思議なのはコロナウィルスはそのヒトの自由な行き来やモノの交流をとめたのである
これもなんのだろうとなる、つまりグロ−バル経済をとめたのである
それはもしかしたら神からの自然からの過度な行き過ぎたグロ−バル経済の警鐘だっ
たのかもしれない、そういうことを書いてきた
貿易は悪いものではない、否定できない、ただそれが自分の所で地域で国で満たされるものを外国に頼るということは行きすぎていたのである

それで中国頼りになったとき日本は経済で中国のいうままになり中国の属国化する
それはイタリアでもそうだしイランでも交流が深くなり経済依存度が高くなるとそうなるそこが一番コロナウィルスの被害が大きくなったからである
何でも外国に依存することは危険なのである
労働者でも外国に依存することはいいとはならない
なぜならそういう人たちは一時的に金のために働いているだけだからである
何か危機があったら戦争でもなったら戦ったりしない、命をかけたりしない
自国に帰るだけだからである、でも日本国籍をとって住むとなると日本人になるから違うホンダで働くネパールの人はそうなっている
それは一時的に金のために働く人たちとはちがうものとなるからだ

原発事故とかコロナウィルスが日本だけではない世界に問うものがあった
それは科学技術社会への警告でありグロ−バル経済の警告である
それが過度になった現代社会の警鐘であった
だから社会自体を見直すものとなる、世界でもそうである
それは中国の巨大化台頭でもそうである、それに歯止めをかけた
そういうことでコロナウィルスというものが何なのか不思議になるのだ
それが悪いものでも現代社会の世界への人類への警告となっていることである
社会を見直して世界を見直すものとなっているからだ


東京オリンピック反対!】既得権によるスポーツ美化 -masakazu kaji-

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なぜ原発事故周辺は復興できないのか? (そこの住人がその意志もなく働きもしないから?)


なぜ原発事故周辺は復興できないのか?

(そこの住人がその意志もなく働きもしないから?


福島県民に9年間、聞き続けた「質問」 結果が語るシビアな現実「もう前のような社会に戻ることはない」

3/10(火) 7:00配信withnews  

40代、50代が厳しい受け止め
どんな人が「20年より先」と答えているのか、今年の調査結果を詳しくみてみます。

そして年代別で見ると、40代や50代で「20年より先」と答えた人の割合が高い傾向がありました。

いま40代、50代の人は事故当時は30代、40代でした。一般的には家庭を持ち、働き盛りの世代。そして今から20年後となると、60代や70代になっています。復興の中枢を担ってきた世代の多くが、自分の代で復興を遂げるのは難しい、と受け止めていることがうかがえます。


復興というとき地元の人でも20年後先とかにしている
とういうことはそういう人たちは何か復興のために働いていない
復興などあきらめている、または別な地域に移りそこで定着している
他で移り仕事をはじめてうまくいっている人は帰らないというのもわかる

何かそもそも原発事故だと津波もそうなのかもしれないが地元の人がかかわり何か復興のために働いたということはあまりない
みんな外部から来た人たちが働いていたのである
一番働いたのは自衛隊だとしている
膨大な瓦礫をかたづけるにしてもそうである

地元の人たちは何をしていたか?

毎日パチンコ通いであり競馬であり他にも東京とか遠くまで風俗とか遊びに行っていた人もいた、確かに中には復興のために働いた人はいたとしてもわずかだったのである
それで漁業している人が何もすくことがない、なぜ自分はここにいるのだろうと疑問になった
でも漁業関係者の矛盾は

あなたたちもともと働かなくてもいいんじゃない

がっぼり補償金が震災前も後でも入ってきた贅沢な暮らしが保証されているから

何かそういう矛盾があった、漁業関係者は真っ先に立派な家を建てたからである
津浪の被害は悲惨だったが生活的には困ることはないのである

そしてまた「生業を返せ」と裁判起こすにしても補償金をよこせという訴えにもなる
要するにそもそも生業とは何なのか?
これも良くわからない、農業のことなのか、漁業のことなのか、林業のことなのか?
第一あまり今は生業などという言葉自体使わない
何かの特定の職業のことである、会社員が多いから倒産したら会社を復興してほしいとかなる
生業というなら漁業なら魚をとることであり農業なら米や野菜を作ることである
でも漁業なら十分な補償があるのだから補償金のために訴える必要はないのである

それよりなぜ復興ができないのか?
それはみんなそもそも初めから他人まかせ外部まかせであり地元の人が復興のために何か働くことがなかったからかもしれない

俺は地元のために故郷復興のために汗流して働いているんだ

そういう感覚がみんなもてなかったのではないか?
つまりその人なりに復興のために尽くすことがあったとしてもしなかった
そのこと自体が復興より補償金をもらうために訴えてもっと補償金をくれと運動するのが復興の主な仕事になってしまったのである
だから外部からもそういうことで原発乞食だとして批判される
十年もたつのにまだ要求するだけであり税金泥棒だとも言われる

ただそうなったのは地元の人たちだけが悪いともならないのかもしれない、
今の社会はグロ−バル化社会であり広域社会である
家を建てるにもこの辺で二週間くらいで大手のハウス会社がプラモデルのように建てて
この辺で新しい街が二つくらいできた感じになる
昨日も近くに新しい家でできて中学生の服のことで仕立て屋を探していた
何か外部から来た人が多い、二割以上はそうなっていると思う
どこから来たかわからないがどうしても津浪の被害とか原発避難者が小高や浪江や双葉や大熊とかから移り住んだのである
そういうふうに移り住んで家を建てた人はもう戻らないのである

とにかく今何か復興のために地元の人で働き復興のために働いていて俺は復興のために働いているんだという自覚をもつ人はまれなのである
それで人が住まなくなった地域に外部の人に人が住んでくれと頼んでいるのもそうである本来は地元の人が住むべきなのに住まないからそうなる
外部に移り住んだ人たちはもう故郷を捨てたからである

ではお前はなにか復興のためにしているのか?

私は何か直接力仕事などしていない、でもこのプログで現地の状況とか発信したりどうしたらいいのかとか書いているのが復興の一助なのである
現地のことをいろいろ書いているからだ
それで自分も何か復興のための一助となることをしているのだと自覚できるとなる
復興のために知的労働をしているともなる
なんでもいいからそういうことをしなければそもそも他人まかせであり補償金をもっともらいたいしかなくなる
でも10年過ぎると国からの財政援助もなくなる
それですでに福祉でも厳しくなっている、これは全国的だが日本自体が経済が落ち込み
福祉に金を回せなくなっているからだ
何かこの辺はみんな全体が福祉地域であり自ら何かするということがともしい
帰ったのは老人がほとんだというときまさにそこは復興より福祉の対象地域になる
だからただもっと援助してくれ援助を伸ばしてくれということで医療費無料が一年また伸ばされたのである
そして南相馬市の鹿島区は半年で医療費無料は打ち切られた
そういうことで南相馬市はまた復興ということでも協同しにくくなったのである

いづれにしろ復興が20年先だというときもうその頃老人は死んでいる
ただその時海岸に松を植えたからそれが成長しているから復興を感じるともなる
ただその時でも避難区域になった町や村は復興していないかもしれない

何より人は住まないということは致命的なのである
復興するには人が住むことなのである、なぜなら住むことが復興であるからだ
住まないとしたらいくらそこに立派な駅なり学校なり施設ができても復興にならないのである
そもそもがその土地に住むことがはじまりである
なぜならその土地に住むことが自ずとその土地を復興させることに徐々に通じてゆく
家に住んで庭を手入れしたり花を植えたり荒れた地に畑としてまた野菜を作り米を作るという行為を通じて復興しているんだとなり力が湧いてくる

復興とはそうして自ら何か成すことにより力が湧いてくる、でも他人まかせでは外部頼りでは補償金頼りでは力も出てこないのである
そこで暮らすようになれば暮らしいいように自ずと向いてゆく
でも住まないとなればそんな所は廃れようが何なろうが移り住んだ所の方に関心が向く
近くに家を建てて移り住んだ人が孫の中学生のための服のために仕立て屋を探しているのもそうである
でもここには仕立て屋はなくなっていたのである、そしたら仕立て屋があってほしいとかなる
もう住まないとその町に関心すらなくなる
そこで生活しなければならないからそうなる
だからそこに住まないということが原発事故でも津浪の被害地域でも致命的だったのである

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2020年03月08日

学校とか駅とか施設とかの建物は立派 (でも肝心の人が住んでいない)


学校とか駅とか施設とかの建物は立派

(でも肝心の人が住んでいない)

復興という時何か不思議なのは公共的建物は立派なのである
飯館村でも学校とか施設とか立派なのである
双葉町でも3月14日に常磐線が開通する、その駅が立派なのである
おそらく新地駅のように立派になっている、都会並みの駅である

でも飯館村でもそこに肝心の人が住んでいない、子供でも他の避難した地域から通っている、小高でもそうである
双葉町でも駅は立派でも人が住んでいないのである、その周りには人が住んでいない
これから帰ってきて住むというが復興団地に入っていた60代の人はめんどうだしここで落ち着きたいとしている、老人だともう復興などめんどうだとなる

だから建物だけが立派にしてもそれで復興になるか?

そこに肝心の人が住んでいない

駅でも人の乗り降りがないと無人駅化する、建物が立派でも人の出入りがなければその用をたさないとなる
だから不思議なのは役所でも役所があって役人がいて住民がいるのではなく住民がいて住民によりそうことが必要だという時もそうである
奇妙なのは住民がいなくなれば役人も必要ない
役人は住民がいて役人でありえる、国でも国民がいてその上に政府がありうる
それはあまりにも人が住んでいないからそうなった
警察だって住民を守るためでありその住民がいなかったら役割がなくなる
でも避難区域では肝心の住民がいない、あまりにも少ないのである

こんな立派な建物が作りました、住んでくださいと言っても住まない
そこに復興の主役となる住民がいないのである
駅を立派にできた、でも住民がいない町に降りても意味がないとなる

老人施設でも介護士がいないからこの辺では青森に送られている
立派な施設があっても肝心のその施設を利用できない、活かせないのである
結局建物だけではない、広い土地もある、でもその土地も放射性物質に汚染されて利用されない、双葉とか大熊になるとその土地は放射性物質の廃棄場となるだけである
ただ補償金はもらっているからそこに住んだ人は別に故郷に帰ることもない
別な土地で家を建てた人も多いのである
南相馬市とかこの辺でも二つくらいの街が新しくできたからである
それだけの家が建ったのである

何か双葉駅とかでも立派になっても誰も住んでいない駅におりるのは奇妙だとなる
無人の街を歩いて帰るとなるのも変なのである
これから帰る人があるにしても浪江でも一割しか帰っていない
双葉になると避難解除はされていない、すでに十年を過ぎるのである
10年間誰も住まない街があり周りの田畑も放置されたのである

復興というとき町全体を元のようにまた新しい町として復興することである
でもその主役の住民がいないのである、それもこれからも帰ることはあてにならないのである
役所でも警察でも肝心の住民がいないとしたら守るものがないのである
建物は前より立派になってもそれで住民が帰るわけではない
まず人が住んで自治体が成り立つ、その肝心の主役の住民がいないのである
映画の猿の惑星では核戦争で滅びた後に猿が人間の代わりに住んでいた
ここでやはり核を使った現場事故の後に町が無人化して一時はイノシシとかが歩いていたまた猿でも人間を怖がらずに逃げなくなった
人間がいなくなったとき動物はかえって住みやすくなるし増えるのである

何かこの辺は依然として映画のような状態がつづいている
イオンを例にすると巨大資本でありそれは市町村の街をシャッター通りにしたと言われるそういう外からの巨大資本会社は利益をあげられないと撤退する
そこの住人ではないからである、利益は東京に住んでいる会社の人に吸い上げられる
それは中国人の観光でも中国人が経営する旅行会社が来て利益はもってゆくから日本人は利用されているだけだと嘆いている
外資が入ると日本人のためより外国人のために尽くすしもうけるとなる
北海道のニセコとかは外国人の富裕層の街であり日本人はそこでもうけているともならない、外資が入るとそうなり安いのである

だから人間はどこであれまず住むことが第一の要件としてある
ただ住むことは自ずと責任と義務が生じている
これを住んでいる人は理解しなかった、自分自身さえ別に住むことだけにそんな責任とか義務があると思わなかった
でも原発事故で住めなくなったときそういうことがあるのかと自覚したのである

第一に住むことがその土地に対して責任と義務を強いられる

つまりそこに住んでいる人たちは自ずと今回の原発事故でも住めなくなったようにそうさせた責任の一端は住民にあったからだ
金に目がくらんで原発を積極的に誘致したからである
でもそこに住んでいる人に一番被害があった

故郷に住めなくなることが最大の被害だった!

責任を感じないにしても必ず誰かが責任をとらされるのである
責任はカルマでもあり逃れることができないのである
最も責任があったのはそこに住んでいた人たちなのである
ただそういうふうに自覚していた人はいない、金になればいいじゃないかという軽い気持ちだったのである
とにかくその場所に住むということはすでに責任と義務が生じていたのである

そして住むことは否応なく責任をとらされるのである
住んでいる場所が放射性物質とか公害とかで汚染されればそこに住んでいる人たちが一番被害を受けるからである、責任をとらされるからである
だから住まない人には責任とかも感じない、それが東電でも幹部は東京に住んでいるから安全だとして安全に真剣にならない、東京に住んでいれば安全だとなるからだ
事故になっても東京まで被害にならないだろうとみるからだ
だからこそ原発は東京に作るべきだったとなる
それは東京の人たちの責任となるからだ






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原発事故とコロナウィルスの被害の相違 (放射線は若い世代に次世代へ被害で復興できなくなった)


原発事故とコロナウィルスの被害の相違

(放射線は若い世代に次世代へ被害で復興できなくなった)

jyobanline2020.jpg

原発事故とコロナウィルスについて時事問題の深層で書いてきた
ここにも共通性があったからだ
その比較で一番大きかったのは

放射線⇒若い世代(次世代)への被害

コロナウィルス⇒老人への被害

ここが大きな相違だった、そして放射線被害の方がより大きなものだったのである
なぜなら全体からみれば種の保存とか生態系の保存とかからみれば放射線の被害は次世代まで影響するということで恐怖だった
遺伝子が破壊されて次世代も影響して奇形が生まれるかなれば子供を産む母親は恐怖となり一番恐れたからもう住めないと決断したのである
だから母親が一番恐れたから次世代までも影響する放射線はもう自治体を維持できなくさせた
今でも帰ったのは老人がほとんどである
そして老人は放射線など関係ないのである
それて20年後なのかガンになるとか言っても放射線の影響でなくてもなんらか病気になって死ぬからである
それで飯館村では老人がキノコでも平気で食べていたし松川浦では牡蠣でも貝でも平気で食べていたのである

生物でも次世代の保存にこそ種の保存にこそ最大のエネルギーが払われている
大量の卵を産むのもそうだし生命の維持のためにはそうなる
人間も生物の一種だからやはり次世代へ子供へエネルギーが注がれるのが常態だとなる
だから貧乏人の子沢山というのも多く子供を産んでいた
貧乏だと医療が発達しない時は子供は死ぬことが多かったからである

なぜ原発事故でこの辺が復興できなくなったのか?
それはコロナウィルスと比較すると子供とか若い世代とか次世代までに放射線の影響が大きかったからである
これが致命的になったのである、何かコロナウィルスの不思議は若い人人の集まりにでてきて酒飲んで俺は陽性だとか言ってウィルスをわざと拡散するようなことをしていた

それは日頃から若者は老人は死ねと叫んでいたからである
高齢化社会で老人や病人が増えすぎたからである
現実に福祉でも病院に通う老人が多い、その負担が大きいからである
もう医療でも福祉でも日本経済が停滞して落ち込んでいる時そこに金を出すことができなくなる
だから「老人は死ね」と若い世代がなる
老人はもう重荷でしかなくなる、老人を敬うなどない社会になっている
それは若い世代から見れば負担でしかなくなっているからだ

だから奇妙なのはコロナウィルスである、これは増えすぎた負担だけの老人を殺す
老人キラーウィルスなのかとなる
自然の摂理で増えすぎた老人を減らす殺すウィルスなのかとまでなる
つまりこのコロナウィルスによって社会全体からみれば自治体とかは崩壊しない
かえって老人が減って社会が健全化するとまでなるからだ
あくまでも全体から見てそうなる

とにかくなぜこの辺ではこのようになったのか?

原発に頼る⇒事故⇒自治体崩壊

観光に中国に頼る⇒コロナウィルス⇒観光産業崩壊

この辺は原発に頼りすぎたのである、原発一辺倒になったことは観光が中国人頼りになったのとにている
それもコロナウィルスで見直しが迫られている、そこで倒産する会社もでてきた
何か投資でもそうだが一つのものに頼るとそれが崩壊すると全体が崩壊する
分散投資が投資の基本である、一つがだめでもまた別なものでもうけるとかなる

とにかく原発事故の放射線被害で致命的だったことは生態系全体が汚染されたことである水から土から空気まで汚染された、そしたらそこに住めなくなったのである
おそらくコロナウィルスだったら一過性で終わるかもしれない
そして子供や若い世代に被害が少ないから自治体は維持できる、みんな避難しなくてもいいのである
だからコロナウィルスはそれほどの被害がないともみるのである

原発事故から十年も過ぎるけど何か復興していないというとき肝心の次の時代を担う若い世代が流出してしまったことである
その人たちは10年も別な土地で過ごしていたらそこが故郷ともなり帰ってこなくなったでも小高では50パーセント帰ったとなると多いと見た
ただ若い世代は少ない、老人の街になっている
一部外部から移り住んだ若い人たちがいる、またそういう人たちが農業をはじめた人もいる、でもまず全体からみて浪江とか飯館村でも一割くらいしか回復していなのである

そして避難区域になった所から回りの復興住宅に移り住む人も多いしまた新しく家を建てた人も多い
だから南相馬市だと原町区とか鹿島区に立派な家を建てた人が結構多い
補償金を一億円くらいもらった人もいるからだとしている
だからもともとここに住んでいない人が多いのである
まず二割くらいはそうかもしれない、だから原町とか鹿島とか相馬市でも新地でも移り住んだ人たちが多い、それで人口は減っていないのである
でも肝心の自治体は復興していないのである

何か希望としては常磐線が3月14日に全線開通することである
これも9年ぶりなのである、これは明るいニュースである
あと原町区のロボティクス工場は最先端の技術を開発しているからいいとなる
そして問題は10年過ぎる国からの補償がなくなる
これは大きな問題になる、南相馬市でも相馬市でもそれほど財政は良くないからである
南相馬市では特に財政的に苦しくなる、一時は補償金で潤ってもそういうものは長続きしない、継続しないのである

そしてこの辺の問題は復興より補償金頼りになったことである
老人になればもう補償金に頼り老後を過ごそうとなる
何か苦労して復興のためにやる気力もなくなっているのだ
戦後戦地から帰ってきた引揚者が仕事がなく開墾に入った土地が多い
でもその時代だからそういうことができた、でも半分くらいはそれではやっていけず撤退したのである、でもその後高度成長時代になり仕事が増えたからそっちの方に吸収されたのである
今はそういう時代ではない、結局老後は補償金頼りであり復興の力とはならないのであるだから若い世代へ次世代まで放射線の被害があっことが致命的だったのである
今になると10年もすぎると外部の関心も薄れる、地元でも関心がなくなる
だんだん忘れられてゆく、風化してゆくことも怖いのである  

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

時事問題の深層で原発事故とコロナウィルスの比較検討してきました
一連のものとして読むと共通した問題があり対処をどうするかのヒントになる

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2020年02月25日

なぜ南相馬市の原発事故対応が誤ったのか? (科学と社会の問題で誤った―コロナウィルスも同じ)


なぜ南相馬市の原発事故対応が誤ったのか?

(科学と社会の問題で誤った―コロナウィルスも同じ)

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コロナウィルスというのも正体不明である、これも科学の問題であり素人にはわかりにくいからどう対処していいかわからない、なぜなら科学者も言うことが一様ではないからだ原発事故でも御用学者がいてその人は低放射能はかえって体にいいとか言っていたからである
まず原発事故でも最初に科学の問題が全面にでる、でも放射線とはなにか素人にはわからない、科学者でも同じことは言わない
御用学者は政治家や官僚や指導層によって正直に発現できない
科学が公正であり科学は科学に基づいて正直に報告すべきだとしてもしないのである
だから科学者の言うことがすべて真実だともならない
第一放射線が現実に人間の体に自然に社会に影響するか統一された見解はないのである
だから危険を言う人とそうでないという科学者がいて判断できなくなる

コロナウィルスでもそうである、危険だという人とそうでもないという学者が医師が研究者がいる、そこに一つの統一された見解はない
第一コロナウィルス自体正体不明であり科学者も医師もわからないからである
そこで様々な憶測が出て混乱してゆく
それは原発事故の放射線の被害で起きたことである
ただ放射線の場合、コロナウィルスのようにすぐに死んだ人はいないのである

それよりも

避難させて無理させて関連死した人が多かった
何千人と死んだとされる

放射線で直接死んだ人は原発事故の処理をしない人たちにはなかった
被害として甲状腺が子供に若干増えたとういことは報告されている
でもそれは特別チェルノブエリのように増えていないのである

だから原発事故の政府でも官僚でも科学者でもその対応が正しかったのか?

それが疑問なのである

30キロで区切りそれで避難区域にしてそうでないものと分断させた
その判断が正しかったのか、確かに科学的根拠があるとしてももっとも大事なことは
風向きだったと科学者が言っている
その風向きを地元の人に知らせなかったから浪江の人たちはもっとも放射線が高い山の方の津島に逃げたのである
でも海側の原発の煙突が見える請戸は0.5マイクロシーベルトとか本当に低かったのである、それは風向きに影響されていた
今頃になると春には海から東風が吹きそれが飯館村とか福島市の方に流れたからである
その時雪とか雨もふり放射性物質が蓄積されたのである

その時東電の人がいて浪江の人たちと津島の方に逃げようとしたが海側の街の方が安全だとして引き返した、それが正解だったのである
つまり東電の人は放射線がどういうふうに影響するか知っていたのである
だからなぜ浪江町長にそのことを進言しなかったのか失敗だった
それは東電でも政府でもそういう支持を出さなかったのである
そしてアメリカにいち早くスピーディの結果を知らせていた
風向きでも知らせていた、でも肝心の住民には知らせなかったのである
このことはコロナウィルスでも同じである
政府は検査もしないし住民のこと国民のことよりオリッピックが大事だとなっている

原発事故をふりかえるとまず30キロで区切ったことが失敗だった

なぜならそうして区切れるものではなかった、放射線の影響はむしろ距離ではなく風向きに影響されていたからである
そこから何が起きたかとなると南相馬市の分断だったのである
放射線で小高は避難区域に指定されて避難した
そこで小高は今でも田畑は荒れ放題であり回復しなくなった
老人だけが取り残されて若い世代は補償金をもらっていち早く故郷を捨てたのである

それが政府の命令でも自治体は南相馬市では何の抵抗もなく受け入れた
ここに中央政府と地方の問題があった、それは中国でもコロナウィルスで起きていた
共産党一党独裁で武漢市は自治体ではない、ただ習近平の意向に逆らうことはできない
絶対服従だから何も言えなかったのである

ただ一人の医師が12月にすでにコロナウィルスの危険を察知して報告した

でも上から抑えられて発言されないようにされた、その後に自らコロナウィルスにかかり死んだのである
ここに科学に忠実だった医師がいてそうなったのである

いづれにしろこの辺で原発事故の後結果的にどうなったか?
それは南相馬市でもそうだが他でも放射線量で区切って補償金を出したことで分断されたのである、浪江とか飯館村とかでも補償金は一律にすれば良かった
でも激しく補償金で分断されて二つの勢力に分断されたのである
南相馬市でもそうである、小高と鹿島は険悪な状態になり分断された
思うに南相馬市は一つとしてあるべきだった
小高は避難させるべきではなかったのである
それが政府の命令でそうさせられた、南相馬市では何の手も打たなかった
ただその当時の桜井市長が鹿島区は保証対象外していたが当面の必要な金として市から100億円出した、それにも原町区の人で反発する人がいたのである
鹿島には金をやるなとしていたのである

でもおかしいのは鹿島区は医療の無料化が半年で終わったのである
これは本当に理不尽だった、なぜなら医療の保証は小高と原町は今の二月までつづいていたからである、医療の無償化がこれほど差があった
ただ最近市長が変わり高速は無料にしたのである   

科学的見地から確かに放射線量によって地域を細かく分けることはかえって地域を分断させたのである、第一放射線といっても土地はつながっているのだからそんなに細かく分ける必要はなかったのである
それは今になると政府が地域を分断させるためにしたのかとされる
なぜなら地域で内部でそうして争っていると政府に向かって統一して団結して抗議しないからである、結果的には内輪もめで終わってしまったのである
それで政府ではほくそえんでいるかもしれない、東電でもそうである

南相馬市は南相馬市で団結して一体感をもつべきだった

そのためには南相馬市独自の対策が必要だったのである
ここでは中央政府と地方自治体の問題が浮き彫りにされたのである
結局こうして分断された後遺症が残り南相馬市は未だに分裂していて一体になれないということもある
これはまた合併して起きたことでもある、合併しなかったから起きない問題でもあった
南相馬市として合併したら小高とか原町とか鹿島で分ける必要ない
同じ待遇をすべきだったのである、そうでなければ合併した意味がないのである
現実は合併する前の状態に分断されただけだとなる

コロナウィルスでも何か同じようなことが起きている
科学としてコロナウィルスにどう対処するかという問題がありまたでは社会でどう対応するのか?自治体でどう対応するのかが問題になる
その処置を誤るとまた福島のこの辺のようになる
ただその判断は科学がかかわり複雑になりむずかしくなる
それは放射線問題と同じくコロナウィルスも正体不明だからである
それがどれくらいの被害を出すのかわからないからである
ただのインフレインザだとか風だとして過剰な対策をすべきでないともしている
それもこの辺の処置でもわかる
地域社会を自治体を崩壊さするようなことをしていいのかとなる

実際にこの辺では放射線で死んだヒトはいなのである
若干の被害があっても今はない、20年後とかにガンになるとかいってもそれも不明なのである
それより地域社会を崩壊させたことの方が問題だった
なぜならもう若い世代をは帰ってこないし復興できなくもさせたからである
そしたら放射線に警戒するのもいいとしても地域社会を崩壊さけたらもともこうもないとなってしまったのである
確かに科学という事実はありそれも大事だけどそれでは地域社会を崩壊させてしまったら何もならないともなる
放射線でもコロナウィルスでもわからないということでそういうことが起きる
でも政府であれ自治体であれ放射線の対処は誤っていた
それがもう修復できなくなったからである

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2020年02月02日

コロナウィルスと原発事故の共通性 (原子力村の情報統制による事故とにていた)


コロナウィルスと原発事故の共通性

(原子力村の情報統制による事故とにていた)

正しい情報から疎外された国民は、そもそも判断材料がないのですから、情報に基づいて自らの頭で的確に判断することはでず、国民は、情報を独占する国家の判断に従うしかなくなるからです。つまり、情報の独占は、国家が国民から思考、言論、行動等のあらゆる自由、あるいは、能動的な自発性を知らず知らずのうちに奪う手段でもあるのです。

新型コロナウイルスの災禍が示す‘知らされない怖さ’


中国の問題点をコロナウィルスで指摘している
このことは原発事故で起きた
原子力村によって情報は常に隠されていた、住民には何も知らされない
ただ「安全だ、安全だ」としか言わされない
それに逆らうことはできない、なぜなら政府と政治家と東電と学者でもマスコミでも
強力な原子力村を形成していたからである
電事連とかの組合すら東電と一体化した団体だった
原発に関しては創価の発行する第3文明とか他の雑誌でも東電の原子力推進の宣伝をしていたのである

なぜそうなのか?

その広告料が大きいからである、広告料をとるためにマスコミとかある
それが先にあり報道は二の次なのである
それは本当に右寄りの雑誌でも全部そうだったのである
原発推進派で固められているからそうなるし広告料が入るからそうなる
それは朝日新聞でもそうだったのである
なぜなら原発が爆発した時、中国に東電からマスコミ関係者が招かれていた
その中に朝日新聞の人もいたからである

これほどの強固な原子力村が形成されたらもう住民でも国民でも判断することは不可能である

だからこそ「安全神話」が形成されたのである

日本には言論の自由があるなどと言っているが実際は原発に関してはなかった
それで原発が爆発した時、浪江の住民はどこに逃げていいかもわからなかった
それで一番放射線量が高い山の方の津島に逃げたのである
でも浪江でも東電の人が住んでいて街の方に海の方に逃げた方がいいとして
引き返した人たちがいたのである
それが正解だったのである、なぜなら海の方が放射線量が低いからである
原発の煙突が見える請戸でも0.5マイクロシーベルトとかかなり低くかったのである
だからこれは意外だったのである

とにかく中国は共産党独裁であり習近平独裁である
言論の自由はもともとない、逆らう者は牢屋にぶちこまれ獄死させられるという
それで香港では恐れている、命がけの戦いをしているのだと香港に二年間住んでいた人がyoutubeで訴えている

今回のコロナウィルスではそうした共産党一党独裁の情報統制が裏目に出たのである
だからそれは原発事故ともにていたのである
中国は共産党独裁であり利権でも共産党幹部が得るシステムである
共産党幹部が経営する会社には金がつぎこまれる、自由競争のシステムが機能していない会社が利益を出さなくても共産党幹部が経営するから金がつぎこまれるというのもそうである

そして武漢市の市長でも中央の命令に従わねばならないから勝手に避難命令を出すことができなかった
常に中央の幹部からの習近平の命令がすべてでありその独裁体制を築いてきた
そこに自由な発言は許されないのである
情報も開示されない、何か不明でも生物兵器を研究していてそこからウィルスがもれたというときもそうである
それは放射線がもれていたと同じなのである
それは秘密裡に行われていたからである

共産党一党独裁とは国民でも住民でも判断材料をも情報も提供されないからこうして一旦原発事故になりウィルスがもれて蔓延しても処置する方法がなくなる
そして原発事故でも未だに放射性物質のトリチウムとかを海に流すとか空中に流すとかでもめている
だからこういうことは中国だけの問題ではないのだ
日本は言論の自由があるとしているが実際は中国の共産党一党独裁と同じだったのであるマスコミは完全に原子力村の一員に全員なっていたからである
それは地元の新聞とかテレビでも同じだったのである
地元だからもっとその危険性に敏感になり注意を喚起する勤めがあった
そんなことは関係ない、ただ広告料をもらえばいいとしかなかったのである
原発はそれだけ巨大な利権だったからである
事故後でも除染に何兆円とか補償に何兆円とか驚く金が動いたからである
それで潤った人もまた多いのである

何かコロナウィルスで中国国民が右往左往しているのが現場事故で住民とかが右往左往しているのとにている、それは情報の混乱である
政府が情報を統制していたが自分たちの命が危ないとして武漢から500百万人避難したというのもそうである、その真偽はわからないにしても政府の統制がきかなくなったのである
それは最初から政府が危険だとして情報を開示したり命令をしなかったからである
疎で自治体の武漢市長が攻められたりして責任逃れしているのである
なぜなら自治体の市長でも政府の命令は絶対であり逆らえないからそうなったのである
ただそのことで辞めさせられた
責任が政府にあっても自治体にあるとか責任転嫁がされたのである

こうした問題は歴史的にもカルマとして同じことがくりかえされる
それと同時に他山の石というように必ず他国でも同じようなことが起きる
だから外国で起きることに無関心でいると自国にも同じことが起きるのである
チェルノブエリの原発事故でもそうである
日本は技術が優秀だから事故にならないと言っていた、でもその管理は本当にずさんだったのである、原子力の技術でも最初はアメリカのお古の原子炉ではじめた
管理する技術もなかったのである
これも慎重さを欠いていたのはとにかく原発がアメリカ主導で作られて国家的なものとして導入された
そして読売新聞社の正力松太郎とか死んだ中曽根首相の肝いりで導入された
国策として導入されたのである
だから地震の巣である津浪もある日本に50も作られたのである

それも強力な原子力村が形成されたためである、そして「安全神話」はもろくも崩壊したのである
住民は故郷に住めなくなったのである
コロナウィルスでも習近平一党独裁が終わるとか言われるようにそれだけの衝撃的事件になった
つまり共産党一党独裁から必然的に起きた事件である


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2020年02月01日

イケハヤのyoutubeの田舎暮らしの案内 (田舎の事情の説明と原発事故周辺の田舎)


イケハヤのyoutubeの田舎暮らしの案内

(田舎の事情の説明と原発事故周辺の田舎) 

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イケハヤのyoutubeで田舎に住んでいる、田舎の移住をすすめている
田舎と言っても意外と場所によって相当に違う
地方都市が奨めるとして一番になっているのはわかる
そこはもう今は東京と変わりないのである
たいだいそろっているからだ、ただ医療関係はまだそろっていないことは確かである
それで知っている人は糖尿病になり白内障の手術とかで入院した
また通ったりする人がいる
やはり高度の医療となると仙台市とか福島市にしかないのである
まず仙台だったら優秀な医者にかかれるからだ

田舎という時なぜこうして彼は住めたのか?
それはyoutubeで一億とか何か飛びぬけて収入があったからである
それには驚く、つまりインタ−ネット関係の仕事が増えたしどこでもIT関係だと場所を選ばないからである、でも相当に金をかけている
土地でも家でも安いにしても何か金かけて城作りのようなことをしている
地方豪族になるというのはその金でインフラを作り自治区を作るとか言っているからだ
限界集落とかなるともう人が住めない、それて耕作放棄地がありそれは無料で使えるともなる
ただ土地を手に入れることがめんどうだとしているのはわかる
でも別にただ同然で農地は借りられるのが原題である
それは全国的に耕作放棄地が膨大になっているからだ

その自治区ということで何かこの辺の原発事故で避難者が故郷から若い人がいなくなったそしてそこには空家だからけであり田畑は荒地となり草ぼうぼうの無人の土地となった
南相馬市だったら小高から浪江とか方面はそうである
特に浪江になるとほとんど一割も帰っている人がいない、街もゴーストタウン化した
小高でも帰っているのは老人がほとんどである
子供をもっている世代は帰らず原町辺りに住んで通うとなる
飯館村でも若い世代は帰らず通っている、立派な校舎を建てても帰らないのである
それは放射線を恐れているからである

そしてこうして人が住まず田畑でも荒地になるとそれで何か農業の会社を作って農業を始めるにはいいとなり実際に若い人が始めてる
でもその若い人は仕事を原町でしている、原町は5万くらいの人口があり都市だからである、工場も会社もある、最近目立つのは最先端のロボット工場が津波の被害にあった萱浜にできた、そこは現代の最先端の技術を開発する場なのである
だから原町区になると仕事はある
フジクラのゴム会社も最近新しい工場に建てなおしたし二年後にアイリスがこのロボット工場と連携した工場を作る

アイリスオーヤマ(仙台市)は需給データを基に自動で生産ラインを組み替えられる工場を福島県に新設する。在庫データから自動で発注量を割り出し、需給に応じて1日単位で様々な商品を柔軟に生産できる。あらゆるモノがネットにつながるIoTやロボットを活用し、生産効率を高めて早期に売上高1兆円の達成を目指す。

福島県南相馬市にある復興工業団地に建設する

他に相馬市でも工場があり松川浦の港があり物流もあるし大規模なガスラインが作られたそれは新地にも雇用を生み出すとなる
それはも大規模なものだからである
だからここは田舎でも都会化したとつくづく思う
海側はソーラーパネル工場になり風力発電場にもなっている
ここは田舎は田舎でも何か本物の田舎という感じでくなくなったのである
第一田舎という時原発ができたとき田舎という感覚は消失していたのかもしれない
自分自身は田舎だと思っていても変わっていた

田舎という時実際はいろいろであり私の住んでいる一万の町でも町の中心部とそれから一キロもみたない500メートルくらい離れても違ってくる
そこは回りが田んぼがありそこの市営住宅に住んでいる人を知っている
その人は絶えずネズミが入ってきて困っている、カヤネズミという小さいネズミである
またそこに社があり部落があって祭り参加させられたり寄付がとられるのである
その女性は最底辺であり金がないのである
田舎では市営住宅に住んでいる人は最底辺なのである

田舎だと人との付き合いとか人がかかわるから嫌だとなるが町の中心部だとそういうことはない、私はほとんど組に入っても付き合いがない、何か会合もない
一人暮らしは組長にならなくてもいい、没交渉でも住めるのである
そもそも田舎でも隣が何している人なのか、どこで働いているのかわかないということがある、それだけ田舎といっても多様化しているからそんなに濃厚な人付き合いがないのである、ただもともと農家の部落だとそういうことがあった

とにかくこの辺では隣の原町とか相馬市になると都会なのである
専門のパン屋もあるし一応何でもそろっているのである
そしてここでも車さえあれば十分くらいで行けるから何か不便にはならない
ただ町の中心部から離れるとどうしても車が必要になる
買物だけで大変になるからだ、スーパーも二軒あるから別に買い物でも困らないのであるあとは時々原町に行けばいいとなるからだ

田舎にもいろいろある、まず限界集落のような所には住めない、田舎に住んでいても住めない、車もないから住めない、つまり一万の町でも町の中心部とそこから500メートル離れた地域では違っているのである
だから住む場所さえ選べば人との付き合いにそんなに縛られないのである
現実に都会から来た人が街のど真ん中に住んでいた
その人は薪を積んで薪ストーブをして住んでいる
だから町の中心部でもそういうことはできるし別に回りがそんなに干渉しないのである
ただ中心部から離れると干渉されることがある
それで知人は親戚が周りにいて誰が家に来たとか監視されているとか嘆いているのである

都会から来た人の発想は面白いと思った、世代的にも相当に差があるから考え方も時代も変わったからである、田舎に対する考え方とか見方とかも変わった
それより田舎自体が人が住まなくなるとか危機的状態になったことも影響している
子供と一緒にすむと大歓迎だというのもそうである、第一子供がいなくなっているからだ
原発事故周辺でも避難地区域になった浪江とか小高とか飯館村とか人がいなくなったからである、ただそこに荒地が広がっているだけだとなる
だかちこそ外から来た人が自由にその荒地を利用できるという未来が生まれたという発想は面白いと思った
この辺でもそういうことで若い人が入ってきたからである、つまり歓迎されるということである

子供の教育が心配しているがこれも変わった、不登校でも政府でその対応をしている
自由に教育をできるように応援しているのである
それがそうした田舎でもそういう自由な教育をしているというから変わった
それはインタ−ネットの普及で変わったということもある
インタ−ネットはyoutubeが生まれてさらに情報化がすすんだ
youtubeで語る時何かテレビとは違っている、そこに実際住んだ本人が感想を語るからである、取材しているのではないそこに住んでいる人が語るからである
その場所と密接にかかわり土着して語っているからである

私は全国を旅しているからそこがどういう場所なのか見当がつく、高知県の大豊町の近くなのかと地図をみると平家落人村として有名な大歩危小歩危があった
あそこに行ったから相当山奥だということがイメージできるのである
そんなところで住めるのはyoutubeで一億とか収入があり会社まで設立しているからできた、それで子供いるから歓迎されたのである
だから田舎で誰でも歓迎するということはない、そこで自力で生活できる人ならいい
また地域にもよる、そこは外人が多いというとき他と違っている
外人を受けいれているのはそれだけ開放的な場所だとなるからだ

ただ今は田舎でも都会化している、本当にインタ−ネットとかでアマゾンを利用してから本でも自由に買える、これは自分にとって大きな変化だった
古本ならいくらでもあり安く買えるしすぐに小さな自分用の図書館でも作れるのである
まず私は本を買うことで苦労したからである、田舎にもともと本がなかったのである
専門書などはないのである、それで「冠婚葬祭」とかのくだらない本が百万部も売れた
それは田舎の本屋にの目立つ所に置けば売れたのである
なぜなら田舎の本屋には本がないから置けば売れたとなるからだ
仙台にすら本は本当になかった、だから本を買う読むとういことでは相当なハンディが田舎ではあった
それはアマゾンを利用するようになって一番感じたことである

これからは仕事さえあれば都会と田舎は変わりがなくなった
アマゾンで何でも買えるというのもそうである、山の中まで配達してくれるからだ
だからインタ−ネットのスキルがありコンテンツが作れるとすると田舎でも生活できるとなる
子供の教育でも困らないとか情報も田舎と都会の差があいとなるとかえって田舎がいいとなる

これが現代の社会である、それをすすめたのがインタ−ネットである
そこにyoutube長者が生まれた
これまでの長者は炭焼き長者とか山持ち長者とか地元の資源とかを活かしたものである
現代の長者はIT長者とかなったのである
でもそのスキルがない人はやはり豊かにはなれない、それは世界でも同じだからである
でもyoutube自体は今や誰でもできる、でもその内容がコンテンツが作れるのかとなる
まずインタ−ネットではせいぜい一パーセントくらいしか自活できないだろう
そして長続きしない、数が増えているから飽きやすいのである
そこで収入と結びつけることは一パーセントくらいだとなる

なぜ田舎がいいとなるかというとこれからの時代は都会中心ではなく、田舎志向が強くなるからだ、都会が若い世代でも嫌だという人が増えて来たし田舎でも仕事があれば住んでいいという人が増えたのである       

ローカル→広域社会→グロ−バル

田舎では感性とかは磨かれる、また瞑想するには田舎がいい、とても都会だと瞑想とかはしにくい、一見何もない方が瞑想に内面化に向いているのである
だから宗教でも哲学でも学問でも芸術でも田舎の方が向いているのである
そしてパソコン一台あれば何でもできるとなる時代である
ただyoutubeで一億とか稼ぐのは至難である
てもそうして稼げるとなるとかえって田舎の方に住んだ方がいいのである

ただ誰でもいいというわけではない、やはり人によりけりだとういことがある 
田舎の事情もそこに住む人も一様ではないからそこに適合できる人とできない人がでてくる、ただどこでも外からの人を求めている
ここでも原発事故以後荒地が増えて求めている
だから若い人が歓迎されやすいのである
でも老人は歓迎されるとは言えない、それはかえって荷物になるからである
若い人はここで何か新しいことをしようともなるが老人にはできない
何か世話してくれ介護してくれとなると負担になるからだ
いくら金をもっていてもそうなる、だからこの辺では介護士がいないから青森に送られているのである

何か30代であれば田舎に自治区を作るという発想は面白い
田舎にかえって都会の人が希望を見出すというのも逆説である
特に原発避難区域ではそういう人が望まれている
ただここの問題は放射能問題なのである、田舎の良さがこれによって害されてしまったことが致命的になったのである
それでも耕作放棄地でも土地を利用する人がいれば歓迎されるからチャンスだともなる
また仕事は別に原町区とかは都会だからあるとなるからだ







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2020年01月15日

小高の医療無料は2月まで (南相馬市もこれから福祉医療サービスは厳しくなる)


小高の医療無料は2月まで

(南相馬市もこれから福祉医療サービスは厳しくなる)

小高は医療がまだ無料だった、それで医者が無料だからたいしたことなくても医者に通っていたとか言われる
それは今までも病院が老人の社交の場だとか批判があった
それはここだけでない、もう医療でも保険でも維持できなくなっている

70歳以上75歳未満の高齢者は所得により2割または3割負担となります

医療機関の窓口では、かかった医療費の1割から3割を負担します。これに対してドラッグストアなどで薬を購入すると全額自己負担です。例えば、1000円の薬、医療機関で処方を受けると、自己負担が3割の場合ですと300円。一方、ドラッグストアでは全額自己負担で1000円になります。

医療費が削減されるのはやむをえない、これだけ医療費がかかっていたらそのために日本自体が国家が破産するとまでなっているからだ

でも薬を薬局で買うと10倍とかなるから問題である、もともと薬は高いものだったし医者には簡単にかかれていものだったから今までは恵まれ過ぎたともなる

小高の問題は老人ばかりが残されて世話する息子や娘がいなくなったことである
このことも疑問だった、では残された親は誰がめんどうみるのか?
子供たちはかえって姑と離れるし補償金をもらいたし別に住むようになっても良かったとかも言う、でも残された親は老人は誰がめんどうみるのか?
そしてあとは生活保護になればいいとしている人がまたいる
それは被害者特権化してそうなる、被害者なのだから今まで医療費も無料だったからである、その被害者意識はぬけないしそれを言うと今の社会は許されない
つまり韓国や沖縄のようになる、常に被害者だとして訴えるからである

でも南相馬市だと相馬市でも全部がそうした援助があったわけではない
30キロで区切られて不満があった、それで小高と鹿島の人はうまくいかなくなった
今も医療費で低所得層が苦しんでいるからだ
それが異常だったのは医療費無料は半年で打ち切られたことだった
やっと今になって鹿島でも高速無料になったのである
その差別がありうまくいかなくなったのである

でも小高はどうなるのかなっているのかわからない、医療費が二月で打ち切られることは大きいことかもしれない、病気とか介護になっている人が多いからである
ただ小高の場合、老人だけが残されてそういう町が成り立つのだろうかという疑問である限界集落のようになっているからだ
だから小高病院を元にもどすより南相馬市立病院に移すということで反対された医者がやめたのである

小高の人は原町に住んでいる人が多いのである、原町だと現代の標準的な生活ができる
鹿島で困っているのはいろいろある、、百円ショップでも大きな店がないのは不便であるそれがイオンにある、ココアの缶が50円でそこしか売っていない、そういうものがかなりあるからだ、ただ自転車だと遠すぎるのである

ともかく南相馬市は10年で援助が打ち切られる、10倍もの援助資金が県から国から入ってきたがなくなる、だから9年過ぎて10年目となると後一年なのである
そこから財政が相当に厳しくなる、福祉に回すのも厳しくなる、もちろん医療でもそうである
それは全国的な問題である、ここは極端な現象として起きているのだ
2025年問題がある、団塊の世代が介護とかになったり病気になる人が増えるからである
さらに苦しくなるのは団塊の世代の子供世代である
そこに氷河期世代とか非正規が多いからである、その人たちが1000万とかなんとか生活保護になるというからもう絶望的だともなる

そういう兆候は現実化している、その人は親を青森の施設に入れたのはいいとしてその後に備品などのため金を送っている
その人は土建関係の仕事であり非正規ではないにしろボーナスをもらっているにしろ楽ではない、自らがけがしたとかあり父母に仕送りするのも大変である
つまり今の非正規とかがそうして親の負担に苦しんでいるのである
それは団塊の世代とかが介護とか病気になるとそうなるのである
子供世代に余裕がない人が多いからである

小高でも老人は子供が引き取るという人もいる、でも小高に住みたいとして住んでいるがそれもできなくなるかもしれない、そういう人たちは青森の施設に送られる
なぜならこの辺では特に若い働き手がいないのだから余計にそうなる
そして青森に送ったからそれで終わりではない、備品のことなどで定期的に金を送らねばならないのである

だから南相馬市になると財政的にも相当に厳しくなり福祉でも医療でも簡単に受けられなくなる、その時どうなるのか?それは全国的問題でもあるのだ
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2019年12月15日

自然とはそもそも何なのか? (自然に逆らう破壊しないと生きられなかった人間の業)


自然とはそもそも何なのか?

(自然に逆らう破壊しないと生きられなかった人間の業)

自然という時、その自然という概念が何なのかとなる
自然エネルギーは自然を破壊しないからいいという
ところが人間が存在したときから自然は破壊される運命にあった
なぜなら人間以外の動植物は自然を破壊したりできない
動植物自体が自然の中でしか生きられないからである
つまり人間が存在しなければ自然は神が創造した時のままだったのである
そういう世界では神の知恵で自然は治まっていた
自然の天の則(のり)は越えることがなかった
越えることはできなかったのである

でも自然とは何かというときそれが正確に把握されていないのである
何が自然なのか?何が自然でないのか?
ただ人間の業(技術)は自然に逆らうものとして生まれたのである
また自然に逆らわないと人間は採集狩猟時代にとどまって発展しなかった
縄文時代に日本列島に20万人くらいしか住んでいなかったとなる
そこでは鬱蒼とした森で覆われていて人が住んでいるとしてもほとんど森に隠されていたのである、そういう光景を見たら息をのむような自然そのもの美しさに驚嘆したとなる
つまり人間の生活が隠されていたときこそ自然は最も美しく映えていたのである

なぜ神道が生まれたかというとそういう太古の息をのむような日本の自然があって生まれたのである、その手つかずの自然の清浄圏で日本の神道が生まれた
その時、建御雷(たけみかづち)の神のような武神は存在しなかったのである
縄文人がなぜ一万年も平和に争いもなく暮らすことができたのか?
その謎は逆説的だけど動植物のような暮らしをしていたからだとなる
動植物は自然と和合しないかぎり生きていけないからである
それは神の則(のり)の中でしか生きていけないからである

でも採集狩猟時代から農業時代になると自然破壊が起きたのである
農業こそが文明であり自然破壊の張本人だったのである
なぜなら原始的な農業の焼畑でもそうである、それは肥料とするために森林を燃やして灰を肥料としたからである
農業にとって肥料が最大の問題だからそうなった
大規模な自然破壊は農業からはじまったのである

縄文時代に森林におおわれていたこところが農地になった、縄文時代には日本列島に20万人しか住めなかったのが農業時代になると飛躍的に人口が増えた
それは森林の破壊があったからである、たいだい今田畑になっている所は森林だったからである
とにかく日本の原始時代をみれば森に覆われているから暗黒なのである
森の中は暗いのである、それで遮光土器の土偶の目があんなに大きいのか?
これはやはり森が暗いから大きく目を見開いて見るために目が大きくなったのか?
ただ目が人間にとって重要なものとして認識していたためであることは間違えない
今でも見ることはseeは知ることだからである、それは外国でも同じなのである

そして農業が飛躍的な人口の増加をもたらしたというとき農業は一見自然のように見えているけど違っていた
農業と鉄器は密接に結びついていた、石器の鍬と斧とかではまず農業は発達しない
石器で稲を刈っていたりしたことがあったがそれでは農業は発展しない
そこでどうしても鉄器が必要でありその鉄器の発明で飛躍的に農業が発展して人口が増大したのである
だから鉄器が農業文明を作ったとなるのである

だから古代からの歴史を調べるといかに鉄がかかわっているから古代史のことで延々と書いてきた、そして南相馬市の鹿島区の真野の草原(かやはら)は鉄の一大生産地として
奈良の都に知られて万葉集に残ったということを書いてきた
鉄の発明がいかに人間にとって重要だったかである
だから古代史は鉄をめぐる争いであり鉄を中心にした歴史なのである
伽耶国(かやこく)からツノガノアラシトが来た、渡来人が来たのは鉄を生産する技術をもっていたからである

そしていかにツノガノアラシトが東北で最初に地名化したか、この辺だけでも神社でも
角(つの)とつくのはツノガノアラシトなのである、津神社が多いがこれはツノ神社のことだった
相馬市の津神社もツノミツ神社のことでありツノガノアラシト系でありツノとなればここに由来しているのが多いのである
荒巾木(あらはばき)とか蝦夷の原住民がいたとしてその荒もツノガノアラシトのアラなのである、つまり蝦夷とはいろいろな人がいたにしろツノガノアラシトと原住民が合体したのが最初の蝦夷だったともなる
それだけ古くからツノガノアラシトが入ってきて東北にその痕跡を残したのである
ただこのツノガノアラシトは伽耶国の王子としても日本の一部だったからこそ日本と一体化していたからこそこれだけの痕跡を残したのである
第一稲荷神社というとき稲荷は鋳成りであり鉄を祀ったものなのである
農業は稲作は鉄と不可分に結びついた文明だったのである

農業は大規模な自然破壊だったのである
それを証明したのが津波だった、海側を干拓して田を作った、そこに塩害を防ぐために
松原を作った、鹿島区の右田の松原は本当に幹が太くいい松原だったのである
それは江戸時代にできたから成長してそうなっていたのである
その松原が津波で根こそぎ破壊されたのである、これも信じられなかった
そこで気づいたことは松原が人工林だったということである

松原は自然ではなかった

つまり自然とは何かというとき田畑も松原も自然ではない、果樹園でも自然でないとなる人工的な産物であり自然そのものではない
そして松原は津波には弱かった、根が強く張らないからである
もし自然林だとするとそこにいろいろな種類の木が生えていてあんなふうに根こそぎ流されなかったかもしれない、自然林だったら松だけの森はない、ただ林というときこれもハヤスであり人工林になる、人間は生やして作ったものだとなるからである

ともかくこの自然は何か?そこが最初に問題になっているのだ
人間は生きるために自然を破壊しなければ生きていけないという業(ごう)を持っているそれが人間の歴史であり世界共通なのである
人間の業というときそれは世界共通なのである、だから世界の歴史もそうして人間の業からみれば共通しているから理解できるとなる
同じ人間であるからこそ同じことが歴史上に起きて来る
だからギリシャ神話などでもそれが日本人でも人類なら理解できる


プロメテウスはそれでも、どうして人間に火の贈り物をしたらいけないのか、教えてもらいたかった。ゼウスは「もし人間に火を持たせたら、人間は神同様、強力な存在となろうとし、オリュンポスを荒らしにやってくるだろう」と答えた。しかし、プロメテウスは、この回答に満足せず、翌朝、日の出の火を少し盗んで人間に渡した。

火を与えられて、人間は幸福になっただろうか。人間は洞窟から外に出た。夜道を照らす松明。調理された食物。赤々と燃える鍛冶場。鋤、剣、槍を作る。兜をかぶり、戦争に出かける。プロメテウスは人間に文明と技術をもたらした。

プロメーテウスをカウカーソス山の山頂に磔にさせ、生きながらにして毎日肝臓を鷲についばまれる責め苦を強いた。プロメーテウスは不死であるため、彼の肝臓は夜中に再生し、のちにヘーラクレースにより解放されるまで拷問が行われていた。その刑期は3万年であった

ゼウスから神から火を盗んだのが人間である、そのために過酷な刑罰が課せられた

その刑期は3万年であった!

原発事故でプルトニウムの毒がが二万年たたないと消えない!

まさにこれと同じだったのである、それほど過酷な刑罰でありそれが原発事故で起きたのである
だから神話というのはこれだけ先の人間の運命を暗示して生まれたのである
人間の業は必ずやがて苦しみとなって現れる、それは個々人的にはカルマである
かならず60以降は人生のカルマが苦しみとなって現れる
人間は過酷なカルマを課せられたものだったのである

そして自然というとき何なのか?
エネルギーを考える時自然とは何なのか?
必ず自然に逆らうもの自然を破壊するものとして科学技術もある
水力発電が水の流れを利用するからいいとかダムがいいとかなるがそれも自然に逆らうものだから自然エネルギーではない、それは今回の洪水で証明された
ダムは自然の流れをせきとめるから自然ではないのである
そこで放流して下流で6人死んだとか現実にあった、ダム自体が実は危険なものだったのである

そして太陽光発電とか風力発電も自然に逆らうものであり自然エネルギーではない

それは偽善エネルギーとして武田邦彦氏が指摘している
風力発電が一見自然の風を利用しているから自然エネルギーでいいとみるがそうではなかった、風というのものの自然での働きはいろいろあり風力発電はそれを阻害するのである思うに自然に逆らうという時、景観を破壊するのは自然ではないと見る
風力発電でもソーラーパネルでも何でも自然景観を破壊するのは自然ではないとみる
田畑が自然だと見るがそれももともと森林を破壊したものだった
何かしら必ず自然に逆らうものは自然を破壊しているのである
素人でも風土的にソーラーパネルとか風力発電とかは日本のようなな狭い国ではなく、とてつもなく広い土地がある所に向いていると直感する

自然界には「エネルギー保存則」があり風のエネルギーを電気に変えればその分だけ風のエネルギーが弱まる
つまり風車の風上と風下では風速はかなり違ってくるのです
樹木が育つのも葉の表面から水分が蒸発するからです
風が弱くなればそれだけ樹の成長は抑えられます
土も乾燥するのも風が吹くからです
風が弱くなったら土の表面はいつもべとべとして苔が生えるでしょう
「偽善エネルギー」武田邦彦

植物の呼吸

体温調節

水分の発散

植物は昼間に葉から水が水蒸気となって蒸発することによって水を吸い上げる力を生ずる

つまり葉でも植物でもぬれたままでは水分を蒸発できない、すると新たな水分を吸収できない、水分を蒸発させるためには風が必要だとなる
だから津波で破壊された所にソーラーパネルが敷き詰められて風力発電の風車が作られた場所に植林してもその木が育つのか?
それが疑問になったし景観的にもそこはもう回復しないのである
いづれにしろ風力発電も自然のそうした作用に逆らうものなのである

そして石炭とか石油は自然のエネルギーだという、なぜならそれは石炭ならもとは木であり石油も自然の植物であれ動物であれ有機物が貯えられたものだからである
だから武田邦彦氏は石油と石炭のエネルギ―利用は肯定しているのである
それは自然エネルギーだからとなる

ともかく原発事故も石器時代から鉄器時代と文明の発展の結果として必然的に起きてきたのである、だからこそプロメテウスの神話がこの辺で現実化したことの驚きだったのである
自然エネルギーというとき言葉からして誤解を生みやすいのである
ソーラーパネルも風力発電も洪水でこの辺ではとまった
風力発電の風車は台風以来とまったままである
電源装置が水をかぶったので動かくなくなったのである
ソーラーパネルも一部分低い場所にあり湖のようになり水につかってとまった
あれも意外だった、だから必ず人間の作った人工物は自然災害にあう宿命にある
それはそもそも自然に逆らうものだからである

とにかく文明が発達した時、縄文時代なら自然に逆らうことはほとんどないから一万年持続したとなる、農業文明も一応自然に逆らうものとしても自然と調和する面があったからエジプト文明でも3000年とかマヤ文明でも中国文明でも日本文明でも2000年3000年と長くつづいたのが特徴である
でも20世紀からの産業革命では加速度的にエネルギーの消費が天文学的に増大したのである
だから百年でエネルギーを農業文明の何百倍何千倍何万倍なのか計り知れないエネルギーを消費するようになりその行く着く先が原子力に頼るようになりこの辺で人が住めなくなる事故になったのである
だから文明自体がそうして自然に逆らい神に逆らい加速度的にその進歩もとめられないから最終的にはその業のために滅びるとなる
そういうことが現実化したのがこの辺であり原発事故だったのである

windpower111.jpg

台風以来泊まったままの風力発電の風車

電源装置が水にぬれたのである

ソーラーパネル自体が水をかぶった所もあった

結局自然災害でこれらも使い物にならなくなまことがある

あくまでも本体の補助であり主役にはなれないのである




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2019年12月07日

グロ−バル化広域社会化で失われた絆と連帯 (原発事故が家族や地域の分断をもたらした訳ー真宗移民と比べて)


グロ−バル化広域社会化で失われた絆と連帯

(原発事故が家族や地域の分断をもたらした訳ー真宗移民と比べて)

現在の居住地が 5 年前の居住地と異なる人は 24.7% であり,
居住地が,出生時からずっと同じ人の割合は約 1 割にしか過ぎない(国立社会保障・人口問題研究所 2013).

風雪帯びた樹々の連帯

大地に根付く樹々は
風雪を帯びて定着する
そのためには長い時間がかかる
木の生長が50年とかかかるように
一代でその実りを見ることはできない
そして人々が連帯するということは
風雪を帯びた樹々のように
大地に深く根を張り
その土地に連帯を深める
そこに一つの連帯の殿堂が生まれる
それがその土地の歴史である

盛んに震災以後絆のことが言われた、その絆とは何であったのか?
それは外部がそういって外部との絆が生まれたのである
なぜなら実際に復興させたのは外部から来た人だったからである
そこにはいろんな職業の人たちがいた
その時内部の人は何をしていたかというと何もしない
ただ仮設に住んでギャンブルに興じていただけである
だから奇妙なのは外部との絆が生まれても内部ではかえって分断したのである

その分断は市町村内部でもそうだが家族だと若い世代が流出して親子とかでも分断されたのである

外部とは絆が生まれる

内部は分断した

それは地区によって状況が違っている、ただ原発事故は放射能汚染は人を住めなくさせるから分断される
それと多額な補償金をもらったことでも深刻な分断が起きたのである
それは飯館村などは牛を飼っていると軽く億の金をもらったとされている
大熊では牧場経営者が5億円もらったとか噂が飛んだのである

そして南相馬市だと鹿島地区と小高地区は分断された
鹿島の仮設に小高の人たちが住んだとき補償金を小高の人は多くもらっているとして分断された、小高の人たちはそういうことは避難したのだから当然だと思っていたから
なぜ苦しんでいる時そんなことを言うのかと分断されたのである
そして毎日のように仮設には外部から応援に来る人がいたのである
つまり外部との絆は生まれたのである
外部の人にとってまず仮設に住んでいる人が援助の対象になったがその他の人は関係ないからである

でも連帯とか絆を考える時それがどうして生まれるのだろうか?
農業社会だったら村中心の自給自足経済だからそこで自ずと助け合うとなるしそうしなければ生きていけない事情あったろう
でもグロ−バル経済広域社会になるとその経済交流の範囲は地球全体になる
その差がまた大きかったのである
だから南相馬市で一番問題だったのは外部から放射能汚染を怖がり物が運ばれなくなったことだったのである
つまり外部からの流通が断たれるともう生きていけなくなるのが現代である
それで三陸なのか裏山の清水を汲んで薪を用意して米を炊いてしのいだ部落があった
それは交通が遮断されたからそうなったのである
そこでまだ水があり裏山から木材をとり燃やして燃料にできたから生き延びた
でも都会だとそういうことはできないからお手上げになるということがある
グロ−バル社会が広域社会がいい悪いという前に今はみんなそうした中で生活しているのである、だから流通を断たれると生きていけなくなる
そういう社会だから外部との絆の方がここで生まれたというのはそういう社会だったからである

一方で絆とか連帯はどうして生まれるのだろうか?
内部的にはとうしても樹々のように大地に根を張りそこで風雪に耐えて成長するとき連帯がありうる、それで浪江の奥山の津島に開墾に入った人はともに苦労したので連帯が絆があったということになる
しかし今の社会は移動が自由だし農業社会ではないからそうした絆とか連帯は希薄化している
つまりコミニュティはつながりは希薄である
第一家を建てるにしても地元の大工はもう関係ない、大手のハウス会社にみんな頼む
それで大手のハウスは部品を組み立てるように一二週刊で家を建てるのである
すると地元の人に世話になったという感覚もないのである
そして人は別にどこに住んでも金さえあればできる
故郷でもこだわる必要はないとなる、結果的にそうして若い世代は流出したとなる

ただ人間の絆とか連帯は簡単に生まれない、それで農民は三代つづかないと仲間になれないというのもわかる
農業は共同作業なのである、それで限界集落に入った都会の人はうまく協同できずに去って行ったのはそのためである、そうした狭い世界の村社会に耐えられなかったのである
でも相馬地域だと天明の飢饉からさらにその後でも飢饉があり三分の一が流出したのである、その後の欠け地に越中の真宗移民などが入ってきて開墾して住んだ
なぜそんな厳しい場所に来たのかというと土地をもらえるからだった
越中などではもう生活が成り立たなくなっていたためでもある

ただどうしてそこで相馬地域に根付くことができたのか?
それは地元の農家に指導を仰ぎそこで耐えて土着するようになった
それは苦しいものであり加賀泣きということが伝わっているからだ
つまり地元の人たちに泣かされたとういことである
でも都会から限界集落に来た人はそういういじめにもあってすぐにやめて都会に去ったのである
でもそうした移民は帰る場がないから必死でこの土地に生きようとして土着したのであるそういう移民は大熊とかにもいたという
広範囲に相馬地域に土着した、三分の一はその人たちの子孫なのである
これは他の土地とは違うこの相馬地域の特殊な成り立ちであり歴史である

shinshuuimin11.jpg

移民はここでは地元の人に指導されて従った


これと比べると現代は移動社会であり条件のいいところに住めばいいとなる
それは中国でも起きている、移動が楽になると人は住みよい場所に住む
海南島などはいつもあたたかいから北方の寒い所に住んでいる人は移り住んでいるというそれは日本だんたら沖縄に移り住むとにている

ただ人間は本質的に絆とか連帯はただ楽をしたいかとして楽しみたいからと連帯が生まれるだろうか?
樹々が風雪がありそこで大地に強く根を張る、そういうことがないと連帯は育まれない
それは家族だってそうである、家族は共に助け合うからこそ連帯が生まれているからである、そうでなければ家族ではないとなるからだ
だから移動が自由でありどこに住んでもいいとしてもそれで連帯をかえってつくりにくいコミニュティを作りにくいからこそ孤立人間が増えているとなる
人間が家族でもばらばらになっているとか地域社会もないとかなる
つまりグロ−バル社会の負の面が増大してきたのである

そして金といかのも人間を分断してばらばらにする、遺産相続のように兄弟でも醜い争いになる、それと同じようなことが原発事故の補償金で起きたのである
金に目がくらみ他のことは見えなくなる、もう絆も連帯もない
ただ金さえもらえばいいしかなくなっていたのである
そうして若い人は親世代を置いて流出した、若い世代は故郷に戻ってこないのである
何かそこにグロ−バル社会の広域社会の資本主義の矛盾が露骨に現れたともなる
街すら仮りの街だったのかとも思えるほどあっけなく人がいなくなり回復しなくなった
それは今でも避難区域ではつづいているのである 

話は変わるが中村哲氏がなぜあれほど貢献したのに殺されたのか?
それはニュース解説では灌漑事業で何もとれない砂漠に作物がとれるようになって
そこで利益を生んだので争いが起きたと解説している
何かこれもわかりにくいがこの辺で起きたことと似ている面があると思った
何もない砂漠で作物がとれた、利益を生んだ、それで何かその利益をめぐって土地の人が争いになった
ここでも補償金でももめたのとにている、何か善だと思ってもそれが必ずしもその土地の人にとって全面的に受け入れられないのである

つまりその土地のことは外部の人にわかりにくいということである
だからそういうことに手をつっこむと意外なことが起きてくる
ここでもなぜ原発避難者の仮設に住んでいる人ばかりに注目して援助したのかとなる
外部から見ればそういうことは全面的に受け入れられると思ってそうしていたのである
でも地元にすると複雑なものがあった、それが無視されたのである
NHKでもそういうことで私は批判した
マスコミでも地元の事情がわからずに介入してくることは一面危険なのである
見方が一方的になっていた、原発避難者側に完全になっていたからである
利害争いがあるとやはりそこで公平に見れないのである
その是非をマスコミが判断してしまうことが危険なのである
なぜならそのためにそれが全国で放送されて正しいとなるからである
今はその反論をネットでなんとかできるがマスコミの影響が強すぎるからそうなっていたのである
マスコミによって格付けされたり価値づけされる、それが一方的になる
なぜならそれを何百万人とか千万人でも見るからである
ネットだと百万見るようなyoutubeはほとんどゼロだからである

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ともかくその土地土地にはこうして歴史がありそれがその土地から離れればその歴史が失われる
私の家は真宗移民でありこの土地に苦労して根付いた暮らしてきた
そういう先祖をもっている、でもその土地を離れたらそういう歴史は消失する
この土地に生きてこそその歴史が意味をもつからである
先祖が苦しくても頑張ったからここに根付いて暮らすことができたということがなくなるつまり歴史を失うということはそういうことである
その根となるものを失うことである
ただなぜこんなにもいくら原発事故であり放射能被害があるにしても崩壊したのかは解せないことがある

言えることはいろいろな社会の変化でそういうことになりやすかったとは言える
でもそんなに簡単に町や村から人がいなくなるということが意外だったのである
それは金の唯一の力となった社会だからこそともなる
つまり人々の結びつき希薄化している、だから何か事があったら今回のように連帯することもなくばらばらになり市町村でも消失してゆくという不安も他でも感じるだろう
内部での絆がむしろなくなっている
いくら外部の絆が生まれたとしてもそれは一過性である、長くは継続しないからである
現代は孤立社会孤絶社会無縁社会ににもなっているのはとそのためなのである








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2019年10月11日

実りの季節に農業を考える (田畑の復興があって原発事故からの復興があった)


実りの季節に農業を考える

(田畑の復興があって原発事故からの復興があった)

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実りに映えぬ
あざみ
われもこう
草の花
などか心なごみぬ
それぞれの味わい
紋の違う蝶
この道今日も我は行く

実りがないとあるとでは相当違うと思った、それはこの辺では一時稲の実りがなくなっていたからである
草ぼうぼうになっていたからである、今でも避難区域になった小高とか浪江は田んぼは草ぼうぼうである
浪江の人は原発で働いていた、それで補償金をもらったかさ老後の心配もないから良かった良かったと言っているのも理解できなかった
その人はおそらく原発で働いていてそれで暮らしになっていたからそう言ったのだろう
別に米がとれなくても金があれば今買えばいいからである
つまりその人は周りの田畑とかは関係ないとなっていたのである

実際は今は田舎でも農業している人は一割にもみたない、専業農家だとそうなる
あとは補助金農業と言われる兼業農家である、そういう人はもう退職金を出すからやめてもらって大規模農業する人に土地を売ってほしいと国でしてもらいたいと言う人がいる
現実には一千万も収入がある農家が全生産の八割を作って市場に出しているのである
近くの畑を趣味でしている女性もすでに70くらいになると腰が痛いとかで草むしりすらできない、それで草むしりを機械を持っている人に頼むと一万以上かかる
それかうなってもらうのにも金がかかる、そうして何かとれるかとなるとほとんどとれないのである、その他農薬から種から肥料から金がかかるのが農業である
だからそんな零細農業は普通だったしないのである

ただ農業は前にも書いたけど食料を生産するというだけではない、生態系を維持するものとしてもある、それで田んぼが草ぼうぼうになったときそこに蛙がいなくなった
そして鷺もいなくなった、田んぼは水田は蛙とか餌になるものがいて鷺がいる
水田は生態系を維持していたのである
そういう役割もありただ食料を生産するというだけではないのである
都会の人はそれを見ていない、ただ食料として見るだけである
そうなら外国の米でも安いしうまいからいいとなってしまうのである

だから実りがない風景は異様だったのである、荒廃していたのである
そこにはまた暮らしもないのである、今実りの季節であり黄金色に染まっている
そこに秋の花が咲いている、それも実りがあって映える、暮らしがあって映える
田んぼが草ぼうぼうだったら映えないのである
農業は軽視されてきた、金にならないと軽視されてきた、そして誰も後継いでやるものがいなとなった、ただ現実は8割の一千万収入がある農家が8割を生産している
そしてそういう農業は将来性がありかえって投資の対象になっている
そして日本の農業はきめこまさがありその技術が優秀なのである
だから果物でも輸出したりしているし米でもうまいのである

それより農業の特殊性は自然と密接に結びついている職業であった
自然の一部として機能していたのである
だから田んぼがない田舎が田舎になるのかと田んぼが荒地になったとき思ったのである
その変化は信じられないものだったのである
確かに街がゴーストタウンになったのも驚きだったが田畑も荒地化したことにも驚愕した一時北海道のような湿原地帯にもなったからである
海岸地帯は釧路湿原のようにもなったからである

ともかく田舎だと田畑がない世界は考えられない、それで自分の見方としては田畑が回復しないと復興したとはならないともみる
そこに新しいドローンとかロボット工場ができるのはいいとしてそれだけで田舎は復興したとなるのか?それは必要でもそれだけで田舎は復興したとはならないのである
もともと工場地帯だったら復興したとなるが田舎は田畑がまずあって生態系かあって暮らしがあって復興したとなる
だから小高でも浪江でも飯館村でも復興していないのである
そもそも飯館村だと立派な施設を学校を金をかけて作ってもそこに住んでいる人が帰ったにしても1000人とか少ない、また若い世代が帰ってこないから子供は村外から通っている、それも不自然なのである、何か全体が不自然なのである
そこに暮らしがあって田畑があり実りがあって自治体でもありうる
その基本が失われているから実りもないとなる
実りという時稲の実りだけではない、いろいろな実りがある、文化的な実りもある
それなくなるのである、だから荒涼としたものとなっている

原発は確かにそこが金になる働き場所として地元では歓迎された
飯館村の人まで働いていた、そこは三倍くらい給料が高いからである
それで職を探している人が15万ではやっていけないと言っていることでもわかる
その人も原発で一時働いていたから失業すれば原発で働けばいいとなっていた
それだけの効用が原発にあったから地元に恩恵をもたらしていたから反対する者はいなかったのである

ただそこに落とし穴があった、事故になってこんな状態になるとは思いもよらなかったのである
そして農業でも見直すものとなった、漁業でもそうである、もう漁業になると事故前から多額の補償金をもらっていた、漁業権は大きな権利だったからである
そして魚が汚染されてとることもできなくなった
何か田舎に暮らす基本的なベーシックライフというか基本となるものを見失っていたのである
ただ農業している親が子供に農業だけはするなと殴ったというのもそうである
それだけ農業とかは金にならないということで後継ぐ人もいなくなっていたのである
それで大原の古い農家は一人残された父親が死んで跡継ぎの息子は市内で働き空家化したのである
つまり金にならないということでそうなったのである
でもその人は5町とかの田んぼを請け負ったりして農業をつづけていたのである

いづれにしろ人間の暮らしというのは今や金だけしかから考えない
そこにも大きな落とし穴があった、人間が生きるということはどういうことなのか?
そういう基本的なことベーシックライフを考慮しない、ただ金になればいいとしか考えない、でも現実問題として金が優先される
そのことでまた故郷にすら住めないとまでなってしまったのである
そして今農業が見直されているというのも皮肉である
ただこの農業は大規模農業だから今までの農業とは違っている
もう機械化ロボット化IT化された農業になる
でも農業が日本では成長産業だということも電器産業などが衰退すると注目されているのは皮肉だとなる

ともかく実りの季節がもどりいいものだと見た、すでに原発事故から8年以上過ぎた
そしてようやく実りを感じたともなる
ただこの辺の米は飼料米となっているのも淋しいとはなる
何かそれでは作り甲斐がないとも農家ではなるかもしれない、でも補助金とかはもらえるとかなっている、それも問題なのだけどやはり農業の価値は食料だけではないということを考えないのである、特に都会の人はそうなっている
でも田畑がなくなることは日本の自然が失われることであり延々とつづいた文化すら消失するのである、もうすでに一部は消失している
村の御先祖様になると言ったいた人がいたがそれが村という共同体があってこそである
それがなくなったからもう御先祖様にはなれないのである
太原とかでは現実に跡継ぎもいなくなった家が空家になっているからそうである
息子は跡を継がすに市街で暮らしているからである

ただこの御先祖様になるということは実は大きな重みが意味があった
なぜなら考えてみると会社があったとしても退職するともうその縁は切れる
その仲間とも交流がなくなる、それで地域で何か役割を果たすにしてもそういう地域がないのである、それで生きがいも役割もなくなるから問題なのである
でも村とかの共同体があるとそこは死んでからも御先祖様になるという文化がある
そして村には共同墓地がありホトケッポとかありそこに村人は一緒に葬られたのである
そういうふうに代々受け継がれる生活があった、継続された生活があった
だから御先祖様になれたのである
それは宗教というより文化でありそこに重みがあり生の意味があった
会社は社(やしろ)に会すというとあるがそれはもう継続しない、今の時代は技術革新が速いから継続しない、だから会社にアイディンティティを求めることは無理である
それは一時的なものなのである

村の生活のアイディンティティは死んでからも御先祖様として生きつづける長いものなのである、そういう文化が失われたとき生きる意味も失われたことを知るべきなのである
ただ食料だけを生産するものではない村で生きることは人間のアイディンティティを作った場所だったのである
現代はそうしたアイディンティティを作る場所がない、根無し草にみんななってしまったのである、だから生きる意味も持ちにくい、ただ金が神のようになり金に操作されて生きているだけになる、まずグロ−バル経済では文化は育たないし生きる意味なども作りえないのである
だからといって昔の村にはもうもどれない、歴史は逆戻りできないようになっているからだ、ただ復古があったとしても別なものになった復古なのである
でもまた日本の農業が見直されているということはやはり新しい復古なのである



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2019年10月05日

原発マネーの怖さ (高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


原発マネーの怖さ

(高浜原発で起きたこと福島で起きたことは同じだった)


断りを入れても、バッグの中に物品を無理やり突っ込んでくる。正直、怖かった」(関電関係者)。「歯向かうものに威圧的な態度を見せることもあった」(町議)

「偉大」「怖かった」高浜町元助役の素顔は

父は漁師だった。だが船が小さく、満足な漁獲も得られない。土木作業で日銭を得る毎日だった。

 町は小さな農村や漁村ばかりで、主だった産業はない。企業誘致もままならず、働き口を求めて若者は都市部に流出した。


人口約1万人の高浜町では、100億円ほどの一般会計のうち原子力関連収入が50%を占める


あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発マネーは巨額なのである、この辺も小さな農村漁村であり零細である
それは双葉町や大熊町辺りはチベットだとかこの辺でも言っていて出稼ぎをしなくてもいい地元で働ける所が欲しいとして原発が建てられた
その時原発を誘致した実力者はやはり森山助役のように町の功労者になっていた
こういう土地で生活するとなるともう原発に反対できない
その原発マネーが巨額であり町の財政の5割が原発マネーだったのである
その波及効果も大きいのである

この辺でも小高の人だったが親に農業はするなと殴られたということを聞いた
それだけ農業だけではやっていけなくなった時代になる
漁業でもそうである、漁業だけでは成り立たない時代になっていたのである
それで今になるとおかしかったのは松川浦の漁師が魚がとれないとか売れないとか生活が苦しいとかプログで報告していたことである
それを見ていて漁業は苦しいのだなと見ていた
現実は補償金をもらっていたからそういうことはなかったのである
ただどのくらいもらっていたかはわからない、船主は高額で原発御殿を建てたとしていてもその他はわからないからだ
でも漁業組合には東電から補償金が入っていたから生活が苦しいとまではなっていなかったと思う

高浜町でも零細な漁業であり出稼ぎに出ていた、地元で仕事をして安定したいということがあった、その要望が大きいから原発を積極的に推進する森山助役の力が大きくなった

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

原発の経済的効果がこれだけ大きいからそうなる、この辺で南相馬市でも話を聞くと本当に原発で働いた経験のある人が本当に多いのである
それだけ原発は他の仕事より金なにからそうなった、必ず原発で定期的ではないにしろ働いた人が多いのである
その恩恵が大きいから反対できなくなる

国内初の「プルサーマル」(プルトニウムとウランを混合した燃料、MOX燃料を燃やす原子力発電)に固執する“高浜原発の天皇”。ことごとく“天皇”に反発する地元高浜町の町長……。「喉元を犬にくいちぎらせたれや」。“天皇”から、完全犯罪を命じられた警備会社幹部が町長を追尾する

これも怖い話である、プルサーマルではこれだけ連日福島県ではテレビで放送していた
それは関心がなくても毎日のように放送していたから覚えている
ただこの内容が良く自分はわからなかった
そして前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚した、それは渡部恒三議員が福島県のボスであり
その圧力がかかり何か他の弟の会社が摘発されて失脚した
その構図が似ているのである

原発の問題はそれが危険なのものでありだからそれを作るには何か正当なものとして主張できないからそこに闇が生まれる、闇の勢力にも頼るとなる
地元の人に正当に説得できないしそれもめんどうだとなり地元の有力者に頼る
その地元の有力者が森山氏だったとなる

田舎では土建会社が主な働き場でありそれが地方の実力者になる、するとそこで働く人が多いのだから逆らうことができなくなる、だから津波や原発事故で工事が増えて地元の土建関係はかなりもうかって豪邸を建てた社長もいるとなる
津浪の被害でも関係なく船主は立派な家を真っ先に建てたからである
原発マネーは莫大なのである、土建関係というときゼネコンでも除染の費用として7兆円とか使われたのにも驚いた、大手のゼネコンでもそれだけ金が国から入るのである
そして自民党の献金が大手のゼネコンから増えたとなる
つまりこれも原発マネーの還流だったのである

いづれにしろ今回の構図は福島原発と似ていた、それは原発そのものが正当に住民に納得させることができないものだからそうなっていた
それで国とか政治家でも官僚でも御用学者でも自治体でもマスコミでも一体として安全神話を作ったのである
それは絶対に安全だと言えないからこそ安全神話を作り上げて安全を強制されたのであるその根本にやましいものがあったからこそそうなったのである
そして住民に対しても原発マネーの恩恵が大きいのである
高浜町というとき一万とかの人口であり原発が誘致されて2000人とか人口が増えたことでもわかる、その波及効果も町の財政の5割が原発マネーだというときそうなる
もはや町全体が原発に依存するものとなってしまう
そうしたら原発に反対できない、そして森山氏に逆らうことはできなくなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

これが実感である、この辺でもそうである、原発マネーの恩恵が大きい、するとそれに逆らうものはこの辺では生きていけないとなっていたのである
ただ南相馬市とか大きいから事情は違っていた、それなりに工場とか会社はあったからである、すべて原発に頼るということではなかった、でもその波及効果は大きかったのである、浪江で二万人の人口があるというとき原発関係でそれだけの人口を維持できていたというのもそうである、浪江は隣が原発なのだから余計にそうだったのである

でも逆にこの辺では  

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない

原発事故で住めなくなった

まさか住めなくなるのがその住民になるとは思いもよらないことだったのである
そんなことを考えることもなかった、でもこれが原発事故が起きたら現実になる
もし地元に住めなくなるとしたらそういう危機感をもったらなんらか原発をなくても生きる方法を見出すだろう、故郷に住めないよりはいいとなるからだ
それで蝋燭でも家族で地元に住めるのがいいと言っていた人がいたのである

ただプルサーマルで暗殺計画までしていたとなると怖い
それは福島県でもそこまでいかなくてもそういう圧力がかかっていたのである

とにかく原発マネーを今度は関西電力の幹部に還流していたというのも何なのだろうと思う、その金を受け取らないと森山氏から脅迫される

なぜ脅迫されたのか?

それはやましいことが関西電力にあったからだ

だからそれは長い間そういうことが行われていたのである
原発というのはそういうものなのである、だから福島原発と同じ構図だったのである
原発マネーの毒が回っていく

そして金をもらうということはそれが具体的なカルマとなる
それでヤクザが金をもらったからと殺人までする、そこまでしなくてもいいとなるがやはり金をもらったということでそうなった
だから金とは怖いものなのである、金をもらえばいい、ただもうければいいとしかない
でも金を受けとったことがカルマとなり追求される
もし受け取らなかったらこんなことにならなかったからである

結局これだけの事故が起きても依然として原発マネーは力があり住民は危機感をもたない現実に地元に住めなくなった人たちを見ているのに危機感がないのである
人間は危機感をもてないのだ、それは津波でもそうだったし危機感が欠如するのである
それが人間の習性なのである、何もなければ何も起きないとなってしまうのが人間なのである
津浪でもこの辺で400年津波が来なかったから津浪はこの辺には来ないといんう確信までになって逃げないで死んだ老人が多いのである

いづれにしろ原発事故はまた必ずいつになるかわからないにしろ起きることは確かであるその時地元に住めなくなるのである、そういう危機感をもたなければならないのである
でも戦争でも70年無ければないと思う、それでも戦争が起きない保証はないのである
人間は個人的にも社会的にも何が起きるかわからないのである
その危機に備えることが必要なのである
でももし原発事故でもこれから30年起きなければ起きないとなってしまうのである
人間はそういう習性がありそれが大きな災いをもたらすのである




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2019年10月03日

関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった (原発利権の闇は深すぎる-原発マネーの毒がまわる)


関電と東電の疑惑と不正の構図は同じだった

(原発利権の闇は深すぎる)

 
関西電力幹部に渡った裏金は3億2千万円どころじゃない! 関電の隠蔽工作と高浜原発をめぐるさらなる闇

10年ちょっと前、関西電力が原発反対派の高浜町長の「襲撃」、さらには「暗殺」を下請け業者に命じていたという告発をされたことがあるのだ。この告発が書かれているのは『関西電力「反原発町長」暗殺指令』(斉藤真/宝島社)なる本。証言しているのは、1999年から2007年頃までの間、福井県の高浜原発の警備を請け負い、その暗殺指令を受けたという警備会社の社長と従業員だ。

 当時、関西電力内の高浜原発ではプルサーマル導入を進めていたが、これに高浜町の今井理一町長(当時)が強硬に反対。プルサーマル計画は頓挫し、そのまま数年にわたって導入が見送られ続けた

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原発については追及してきた、今度は関電で全く吹く福島と同じ構図で不正が起きていた暗殺まで計画されていたというから原発は利権にかかわり暴力団化していたのである
その利権が巨額になるから原発にたかることになる

原発がそもそもがやましいものだから不正に通じる

原発はなかなか自治体から受け入れられないものだから余計にそこで闇の勢力がはこびるその闇の勢力とは自治体の町長の助役が暴力団化していたのである
だから今になって前の高浜町長が原発に反対していたので見直されたとなる
その当時町長が原発に反対することは容易なことではない
なぜなら原発の経済的効果は自治体にとってあまりにも大きいものだったからである
それは土木関係とかで田舎は仕事になる、たいがい原発とみんな関係している
必ず南相馬市でも働いた経験のある人が本当に多いのである

地方はそもそも田中角栄時代に公共事業をして地方に金を回していたのである
その延長として原発があった、そこから回る金は事故後も除染に7兆円とか驚くのである今日の深層newsでもそれを放送していた、ただ日テレであり読売新聞だから原発を最初に日本に作った正力松太郎が創業者なのだからここも追求するにしても限度があるだろう、それで電気連合会のことを言ったとき口を閉ざした
つまりこの電気連合会(電事連)はマスコミではタブーになっているし前面に出てこないのである
そこから宣伝費が2000億円とかでていたからである
とにかくゼネコンに巨額の金がまわりその下請けに回る、そして地元の土建業者に回る
その金は検察までもまわる、それで検察では東電の幹部を罰することができない
天下り先として東電があるからだ
そのことを今になってマスコミで問いただしているのは国民の怒りがもう収まらないとなったからである
もう政府を変える革命すら必要にもなる、それだけ国家自体が放射能に汚染されただけではない、どす黒い金によって汚染されていたのである

この記事からすると福島県の前の知事の佐藤 栄佐久氏が失脚したのはそういう大きな力が上から働いたためなのか?
福島県のマスコミでテレビで連日プルサーマルについてしつこく報道されていたからである、知事が強く反対していたから目障りになったためだったのか?
高浜原発でも同じ構図だったからそうだったのかとなる 

とにかく自治体の町長の助役までが暴力団化して殺人まで指示していたということは怖いと思った
でも福島県でも同じなのである、巨額の利権で暴力団化する、利権に食いつき金を得ようとするのは同じだったのである
漁業権のことでも漁業組合が利権化して海を売り渡して東電から補償金をもらっていた
そして原発御殿が建っていた、助役はその御殿よりすごい邸宅だったのである
そして助役自体が関電を脅迫していたというのも驚きである

そもそも土建業者とかは何か怖いというイメージがある、また漁業組合でもそうである
漁師となると荒っぽいと感じるからである
それでまず事故前だったらそういうことを言ったら怖いと思った
本当に小さな地域では住めなくなると言ってきたがそれは高浜でも同じだった
ここは一万くらいの人口しかないのである
そして人口が二割くらい増えたからその経済効果が大きいから反対することはできなくなる、だからどうして前の町長は反対したのか不思議だとなる
富岡町長の5億円入った津浪で流されて探してくれと頼まれたとかあった
自治体にもそうした巨額の金が回っていた
でもなぜ助役はそんな力をもったのか?議会とかもあり承認を得なければならないはずだがそれも暴力団化していて機能しなかったのか?
また議員にも金を回っていたのかともなる

あの人に逆らったらこの地域で生きていけない。

ここでも同じである、土建業会社でも漁業組合でも地域では力をもっている
一種の暴力団化することがある、この人たちににらまれたら地域で住めなくなると書いてきた
とにかく何度も言っているけど原発は国家ぐるみの犯罪と化していたのである
検察もその国家犯罪を裁くことはできない
なぜなら利益を得るからできない、つまり検察にも助役から贈り物が贈られていたとなるからだ、共犯者だったのである
ただそういうことは津波の前に原発事故の前には隠されていたのである
これも税務署の調査でわかったのであり検察は関係していない
検察も国家ぐるみの犯罪に加担していたともなるから裁きようがないとなっていた
本当に東電の幹部が無罪となり堂々としていること自体がもう日本国家に正義も司法もないとなってしまっているからだ

だから検察はあてにならない、世論を喚起して裁かない限りもう日本国家は放射能で汚染されるだけではない、人心も汚染されて国も保てなくなる
新しい日本国家再建をする革命すら必要になっているのかもしれない
ただそれは容易ならざることである
それは地元でもその恩恵が大きかったからである
だからその地域でこうした暴力団化した地域のボスに逆らうことはできないとなっていたのである

何かこれが江戸時代の悪代官とかの時代劇とにている、人間はこれだけ科学技術が発展して情報が自由になっていも実際は変わっていない、同じように人間は欲によって不正が行われている、つまり上級国民は何もしないでも得する仕組みは変わらなかったとなる
そして上級国民は罰することができなというときもそうである

一体誰が罰することができるのか?

国家ぐるみの犯罪はもう罰することができないのである、原発そのものがなにかそうした国家的犯罪を内蔵していた、そういうやましいものだった
それは原子力とか核とかがかかわり核武装するためだとかアメリカの意向だとかかかわりアンタッチャブルになっていたのである
そのアンタッチャブルから事故が起こりまた関電の不正が暴かれたのである
ただこのような国家的犯罪は裁くことはできない、のうのうと東電の幹部は無罪になっているからだ、検察もグルのだからうにもならない、検察はいらないとまでなる
国民は怒るべきなのだがその大きなものに対して対抗できない

「そのまっくらな巨きなものを/おれはどうにも動かせない/ 結局おれではだめなのかなあ」宮沢賢治

この闇を作り出すものは何なのか?賢治の場合は閉鎖的な田舎のことだった
この闇の世界はアメリカとかもからんだ余りにも大きなものだったのである
なぜなら検察はアメリカの言う通りに動くとか言われるからだ
検察自体がそうなると原発に関してはアンタッチャブルになる、また国内にしても電気連合組合は強力でありそこは労働組合も関係しているというとき左翼も関係しているから追求できないとなる
野党も原発に関しては追求できないのが日本なのである
そして東電とか電気連合組合から2000億円もの金がマスコミに宣伝費として出ていたのである
その額も大きいから批判は封じられていたのである

原発は放射能で日本の国土を汚染しただけではない、その心まで汚染したのである、それが深刻だったのである
その闇は深くは金の額でもまだまだ明らかにされていない、それだけ巨額の金が動くのが原発だったのである

ブルータスお前か-関電お前もか

こういうふうに次々に原発に関しては同じことが起きる、権力闘争でも起きる、それが人間の業(カルマ)だからである


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2019年10月01日

原発の汚染水問題の判断の難しさ (大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)


原発の汚染水問題の判断の難しさ

(大阪で海に流すことは痛みを分かち合うことになる)

汚染水を大阪に流すという提案は悪いものではない、福島だけにすべてを押し付けるのは納得いかないからだ
だからあえて大阪で汚染水を引き受けるということはなかなかできないことである
だからこれは評価できる、でるできないにしろそういう気持ちを大阪でもてってくれたということである
実際は東京湾に流すべきものなのである、東京が一番責任があるからだ

とにかく原発というのは様々な問題がからんで複雑なのである
第一原子力からして核からして素人は立ち入れることができない
それで汚染水を海に流したらどのくらい影響があるのか?
それ自体素人にはもう判断できない
なぜなら科学者でもトリチウムすら非常に危険だという学者もいるしまたそうでもないという人もいる、ただ汚染水の中には他の核種がありプルトニウムなどがあるからそれを排除しないと危険だとしている
それは反対する者でも賛成する者でも一致している

ただ原発となるとこうして汚染水問題でも科学者でも判断が違ってくる
すると素人はますます判断できないものとなる
そして科学者でも実際汚染水を海に流してどれだけの影響があるのか?
それも定かではない、科学者もわからないのである
それは結果をみないとわからない、何十年後かに影響がでるとか遺伝子に影響するとかなるとますます判断しにくくなるのである
そしてすべてが科学では判断できるわけではないのである

経済(利益)判断〉政治判断〉科学技術判断〉司法判断〉生態系生業判断

つまり原発は最初から経済(利益)判断で作られてきたのである
そこに何兆円という国家規模の予算が投入される、だから湯水のように金が出る装置だったのである
その経済的効果が大きいから自治体でも誘致する、福井の高浜原発でも小さな町でも1600人くらい人口が増えたとなる、この辺でもそのことを書いた、浪江町で二万人いたのも原発があったからだとされている
漁業権を東電に売り渡した結果、船主は原発御殿を建ったとか大熊町長は津波で5億円入った金庫が流されたとか噂になった
そういうことは今回福井の原発でも自治体から関西電力の幹部から地元の建築土木会社に金が回っていた、つまりそうして原発マネーというのはあまりにも大きいものだったのである、その金に人々は魅了されて狂わされたのである
事故後でも今度は多額の補償金が支払われてもめたりその金がギャンブルや女性のために使われたりした、そこで復興などない、その金がの額が大きいから復興とかはただ家族のためとか個人のためにしかない
それでその補償金でかえって自治体から若い世代が流出して崩壊するようになった

南相馬市というと原発から離れているからそんなに関係していないとみていたが本当に原発で働いていた経験のある人が本当に多いのである
それだけそこはいい働き場所になっていたのである、給料でも三倍くらいになるとかなるそして今でも東北電力の原町火力発電所はこの辺では大きな経済的効果をもたらしているのである

人間は今は特に経済(利益)がどこでも最優先される、それしかないのである
それで小高の腕のいい大工さんでも小高に東北電力の原発ができるということで景気よくなると喜んでいたのである、それは南相馬市でも経済的効果が大きいから反対できなくなる
原発立地自治体ではみんなそうなっているのである、別に事故が起きなければ金になるからいいとしかないからである
つまり経済的利益判断が最優先なのである、次に政治判断があり科学技術判断があり司法判断とかとかある
最後に生態系判断とかになる、その生態系判断というとき一次産業である
漁業とか農業とか林業とか自然と結びついた産業である
でもそれは一番無視されていた、それは今は金にならないからである
結果的にその生態系に依存する生業が一番被害があり放射能汚染で土も水も空気まで汚染されて住めなくなったのである

また原発で非常にやっかいなのは政治的判断というとき背後にアメリカがありアメリカの指示で原発は決められていた、それは日本がアメリカの属国の立場にあったからである
その圧力がありそれが政治判断となる、それは科学技術判断より優先されていたのである第一アメリカでも古い型の原子炉を日本に売りつけたということは経済利益優先でそうなったからである
今の社会は本当に経済(利益)優先になる、地銀でもゆうちょでもそうだった
もうなりふりかまわず投資信託でも売ればもうけになる、毎月分配型とか仕組みとして作られたのはごまかすためである
月々利子が給料に入ると錯覚させられるものだからである
それは元金から魅かれていたのである、そして確実に手数料だけはとれる絶対に地銀とかでは損しない商品だったのである
こうしてあらゆるものが経済{利益)優先で歪めれているのが現代の資本主義社会だとなる

そもそも安全より経済(利益)判断が優先されて事故になった、コストカッターの東電の社長がそうだった、それはみんな安全よりコストカットが優先される
社会全体でそうなっている、それに歯止をかけるものがいない
司法というけどこれもあてにならないことが判明した
裁判でも東電と政府側につき政治判断になるからである、司法は公正な権力を監視する役目だがそれもできなかった
原発に関してはできなかった、なぜなら検察はアメリカの指示で動くという時そうなる
原発というのは他の産業とは違って国が深く関与しているからそうなる
政治判断が優先されるのものだったのである

ともかく大阪で汚染水を引き受けて海に流すということはやはり責任分担であり痛みを分かちあうということで好感をもった
たしかに科学判断が私にはわからないにしてもそういう責任分担をあえて引き受けたことである
つまり原発は日本国土を汚すものだということを知らしめたということである
それは国家全体の責任だから分担することになる
原発というのは一地域の問題ではないのである、日本国土の問題でありまた世界の環境問題にもなるから一国だけのも問題ではないのである
だからあらゆることに関係してくる、総合的なものとしての判断が必要になる
ただそうなるととても一個人では手に負えないものとなる

でも何を最優先さこせるべきなのか?

やはり科学技術判断なのか?これにしてもどれくらい放射性物質が海に流されて影響するのか?それが素人には判断できないしまた科学者でもその結果がどうるなのかは判断できない、そうなると誰も確かな判断はできないとなる
ただ何が起きるかわからないものだから危険が予想されるから流すなとはなる
でももうタンクが限界だというときどうするのかとなる
だから大阪でも政治家の政治的判断がありそれを優先させるべきだともなる
科学者だけで確実に判断できるものならいいが実際には科学者でもできない
となると最後は政治的判断になるのか?
何かそうして原発の問題はもともと作る前からアメリカとかかわり政治的判断がありそれが優先されてきたのである
その結果が事故につながったともなるのである

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2019年09月29日

原町のキクチスーパーで話す (東北電力の火発と原発で働いていた人)


原町のキクチスーパーで話す

(東北電力の火発と原発で働いていた人)

キクチスーパーの前のベンチに座り話した人は東北電力と原発で働いていたという
今は仕事がないので探している、ダンプとかの運転免許がないので採用されないとかも言っていた、年なので免許とるのもめんどうだとも言っていた
見た感じはそんなに年とったように見えない、50くらいなのか?
まだ十分に働けると見えるが何か肉体労働がきつくなっている

東北電力をやめたのは階段の上りおりがきつくなったからだという
確かに東北電力の火力発電所は外から見ても高いのである
あそこの内部に入って上り下りしたら相当な肉体労働かもしれない
登山のようになっているかもしれない

とにかくこの辺では東北電力の火発とか原発で働いていた人が多いのである
それだけ経済的効果が大きいのが原発と火力とか電気関係なのである
その人は15万でぱ生活できないとかいって職を探している
でもそうした職は見つかりにくい、ダンプとかトラック運転手だった人には良く会う
その仕事は金になるから田舎でも多いのである
田舎で金になる仕事が限られているからそうした仕事につく

その人が年だだというとき肉体労働はきつくなる
それでそこでも若い外国人労働者が歩いている、その人たちはかえってそうした40、50とかの人より20代の若い人がいいとなっている
それでしきり40くらいでおっさんだおっさんだとyoutubeでそのみじめさを訴えている人がいる、それは底辺で働いているからそうなっているのだ

とにかく火力発電所であれ原発であれ周りに及ぼす経済的効果が大きいのである
するとみんな原発でも火力でも頼るようにな
それで原発は危険なものとなったのである
ただこうして経済的効果大きすぎるからもうそれをやめるということもできなくなる
どうして生活すればいいのだ、15万くらいではやっていけないとなれば原発でも働くとなるのである、そこの仕事は意外と楽なのである
放射能物質に汚染されるから三分ごとに交代するとか長くいられないからである
後は寝ていたというから楽だとなる
かえって建築現場とかはきついのである

確かに今は人手不足だけど給料がいい職場となると地方では少ない
そこが問題なのである
でもlove and freedom   で東京の労働環境を言うので参考にしている
東京では家賃とか高いし給料も安いからかえって田舎で帰って暮らした方がいいとなり帰っているという、それは非正規とかで働いても金にならない、東京生活の方が金がかかるからそうなる、東京で生活するメリットがなくなってきているからだ
どうせ貧乏なら田舎の方がいいとなる

地方経済も私のプログの一つのテーマである
労働問題もテーマである、だからこうして時々話するとわかることがある
東北電力の火力発電所で働いていた人か階段の上り下りがきつくて年だからやめたというとき実感なのである
そうした実感の話がひびくのである

それでyoutubeで経営の話をしている人が酔っ払いの便掃除するのがひどかったというのも実感である、そういう仕事をしていたのである
でも経営で成功したのはそういう下積みとがあったからだともなる
そういう仕事をしたくないとして経営者になったとなる
まず経営者になって成功するには俺は優秀で資格をもっているから成功するとか簡単なものではなかった、何かそうして下積みしていたりすると上昇志向が強くなる
外国人がそうなのである
ネパールの人がバス停まで何時間かかりそれからま何時間かかりとかバスを見たこともない人がいたとかなる
そういう人は豊かになりたいという上昇志向が強くなる
それは団塊の世代が高度成長したときそうだったのである
豊かになりたいということで一心になって働いたからである

いづれにしろyoutubeは何かそうした個々人の体験が語られるときためになる
何かしら人間は経験を積めば語るものがあるからだ
だから良く私は家族を亡くしてからちょっとでも話してみるとそこでこの辺の事情がわかったりするのである

なんか新田川の河口でマラソンしている人をみかけた
それが元の市長の桜井市長だった、あの人はマラソンすることで有名だったからだ
あの辺に家があるのかとなる、体力は相当にあった人だとなる
でもわずかの票の差で選挙に負けたのである
そういう人とも狭いとなれば会っても不思議ではない
私は南相馬市の全体について関心をもぷろぐて書いている
ただ原町は広いからなかなかわからないのである

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2019年09月28日

烏崎の漁港で魚をとるなと言われた (海は誰の者かー漁業権をたてに暴利をむさぼる漁業組合)


烏崎の漁港で魚をとるなと言われた

(海は誰の者かー漁業権をたてに暴利をむさぼる漁業組合)



一定の水域は「物権」とみなされており、土地に関する規定が準用されています。
漁業を営むものの団体が都道府県の許可を受けて設定された区域で、それは漁業法で定められています。
「そもそもみんなの海なのに漁業組合に入ってないと魚を採ってはいけないと言うのは理不尽」と言いますが「みんなの土地」と置き換えれば納得できませんか ?
少なくとも、法律は、海と土地は同じ考えで成り立っています。

判りやすい所は「淀川は漁業権が無い」でっせ!
判りやすく言うとやな
あんさんでも構わんのでっけど「淀川の漁業権」取得すると、左手団扇で
残りの人生安泰っちゅう事ですわ。
銭がガッポ!ガッポ!入って「もぉ〜銭要らんわ!」になりますわ。
釣り糸垂れとる輩から「釣り代一万円」取れる権利が国で保障してくれるっちゅう事でんねん。
一つ問題なんは「我が見回らんと銭にならん」だけでんな!

 そもそもみんなの海なのに漁業組合に入ってないと魚を採ってはいけないと言うのは理不尽な話だと思いますがなぜ日本人は納得しているのでしょうか!?
乱獲防止、漁業資源確保のためと思えば理不尽じゃないと思いますが。バカが後先考えずに海を荒らしたらおしまいでしょう。

>乱獲や災害事故汚染を防ぐのは行政が線引きし、ルール作りをすればよいはなしでは無いでしょうか!?
だからそれを漁業権として制度化したんでしょ?何をいってるんだか。


水産庁HPにあるように工作物の設置等によりという部分は、恣意的に解釈される傾向にあり、漁協の「既得権」となっている部分が少なくない。国策に基づく政策であってもこの「漁業権」を盾に様々な理不尽とも思える要求を過去「漁協」がなされてきたのかなどをみるべきである。「杭一本」打つだけで、潮流が変わると言い様々な金銭を要求する所があったり、関空などでもみられたように、にわか漁師が発言し、工事を止め、その費用を増大させたことなど枚挙にいとまがないほどある。



漁業権のことでは追求してきた
その矛盾とか理不尽が原発事故で一番露骨に現れたのがこの辺だったからである
今日、老人がキノコとりとか魚とりで話した
魚を烏崎の漁港でとっていた人が話していた、魚をとって天ぷらにするとうまいとか言っていた、ただ鮭が上ってくるとき魚をとるなとか禁止されるとか禁止されることがあると言っていた

そもそもなぜ原発事故周辺で漁業権が問題になったのか?
それは漁業権が既得権とかなり海は漁業組合の許可なくて使用できない、魚もとってはならないとなっていたからである
そして原発ができるということで漁業組合では東電から多額の補償金を事故前でももらっていたのである、特に船主のもらう額は大きかった、それで原発御殿が建っていたといわれる
つまり漁業とは関係しないことで既得権化利権化された海になっていたのである 

「漁業権」を盾に様々な理不尽とも思える要求を過去「漁協」がなされてきたのかなどをみるべきである。「杭一本」打つだけで、潮流が変わると言い様々な金銭を要求する所があったり、関空などでもみられたように、にわか漁師が発言し、工事を止め、その費用を増大させたことなど枚挙にいとまがないほどある。

海は公海なのだけどそうなっていない、漁業権があり漁業組合のものとして私有されている、だから趣味で魚とるにしても制限される
それが確かに本来の役割である資源保護とかそこで生活するための権利ならいいが実際は海を私有してそれを漁業と関係ないもので利権化して金をもらうとなっていた

だから原発事故でも海を汚すから補償しろとなり手厚い補償がされた
とにかく原発は巨額の原発マネーが湯水のように出てくる場所だった
それでまた電子力会社の幹部が自治体から一億8千万もらっていたとか報道があった
その金の額が常に大きいのは原発は金を産みだす装置になっていたからである

そうなると漁業組合でも単純に金をむしりとればいいとしかなくなっていたのである
自分たちの権利がなぜ与えられているのかなど考えないのである
それは関西の空港とか他でも起きている
洋上に風力発電とか設置すればまた起きるかもしれない。
世の中今や金になればいいしかなくなってしまった
そのことで原発事故以後問題になったのである

ただ海を私有化してそれを漁業のために資源保護とかのためではない、海は俺たちのものだ、俺たちの土地だとなりそれで金を要求するようになった
東電に補償を要求するにしても事故になる前から多額の補償金をもらうことはありえない事故が起きて海を汚して魚がとれなくなったりしたら要求できるとなる
それも事故前から多額の補償金が支払われていたのである

それで暴力団が勝手に魚をとって安く売っていたことで警察につかまったとかなる
そもそも暴力的に海を私有化していたのが漁業組合ではないか?
海の魚は俺たちのものであり他の物はとってはならないとなる
でもその海が自分たちの土地と同じであり何か空港でも何でも利用するとなると使用権を払えとなる、確かに魚をとることに影響することは言えるがそれは漁業組合だけではない自治体とか周りに住む人たちと協議すべき問題である
なぜなら空港でも現代社会では必要としている、むしろ社会全体からすると空港でも原発でも電気を供給するから必要としているからそうなった
それは社会全体の問題なのである、だから社会全体で協議するものであり漁業組合だけが海は俺たちのものだから許可なしでは使えない、金を払いというのはおかしいのである

もし魚をとることに影響するとしたら事故前だったら影響がないのだから放射能に汚染されないのだからそんな手厚い補償はいらないとなっていた
多少は公共事業とかに寄付はあっても個々人に漁業組合に多額の補償金を払うことが必要だったのかとなる

だから地元の人が魚をとっているときここは俺たちの海だから魚をとるなというのは今になるとおかしいのである
漁業組合が東電に漁業権を売り渡して金をもらった、それで放射能に汚染されて魚までとれなくなった、お前たちが魚をとれなくした張本人ではないか?
その自覚もないのかもしれない、汚染水を流すなというときそもそも漁業権を東電に売り渡したからそうなる、売り渡した対価はすでに得ていたのである

むしろ漁業組合は魚をとる権利もないともなる
なぜなら東電に漁業権を売り渡したのだからその時権利を放棄したとなるからだ
海は誰の者か?それは自治体のものであり国のものであり住民のものである
だからこそ漁業権を勝手に東電に売り渡したりできないものだった
それは土地にしてもそうである、ここは俺の土地だから東電に売り渡して原発建てさせていいとはならなかった、でもその土地を買い県の許可があれば原発は建てられるとなっていた、それはそこに住む住民で話し合うことが必須だったのである
そのために長年住んでいた場所に住めなくなったからである

そこにはただ私権だけを求め公共のものを求めない、プライベートというとき奪うとういことの意味でありただ私的権利として奪うとういことしか頭になくなったのが明治以降である、入会権でも公共のものしとて分かち合うということがあったが明治以降私的権利として無数に山は分割された、結果として山は放置されて管理できなくなったのである
何かを所有すること時代責任をもたされることだったのである
ここは俺が買った土地だからどういうふうに利用してもいいとはならないのである
すると都市計画の街作りでもできないからである

いづれにしろ漁業組合でも魚をとるなというとき理不尽である
お前たちが魚を放射能に汚染されてとれなくさせた責任もある
魚の安全を保つべきものが保てなかった
ただ海を私有化して利権化して東電に売り渡して補償金をもらったとなる
だから漁業組合のものでもないから魚をとるなとは言えない
もうあなたたちは魚を守れなかったのだからその役目はない、回りの者にわびるべきだともなる、でもそういうこともない、そして魚はとるなというのは何なのだろうとなる
だから暴力団でも魚を勝手にとって安く売っていてもそれはみんなためだとまでなる
漁業組合自体が暴力団と同じだったともなるからだ
だから法律にしてもどうして決められたのか?
そんなに法律に権利があるのか?それを考えるべきである
回りの人が誰も納得していないからである、そうして一方的に権利を団体でもなんでも要求することこそ今の社会では成り立たないとなる 

民主主義社会というけどその悪い面があるゆるものが利権化することである
それはカルト宗教団体でもそうである、宗教を盾にして利権化する、団体は何でも悪い面になると利権団体だからである
民主主義だと数を集めれば利権団体化するからである
その正当性が問われるのだが数が多ければそれも許されるとなり遂にナチスのようになるのが民主主義大衆主義のポピュリズムの弊害なのである、やはり確かに漁業権を必要でもその正当性から大きくはずれた権利となっていたから見直すべきだとなったのである
ただこの正当性となると うどう判断するのか?
そこに法律問題がからんでくるしどうして合意のするか?
つまり正当性をrightの判断をどうするかで問題になる、ただそれが本来の民主主義だったとはなる
民主主義の論理は数でありそれ以外が無視されることである、それで数が多いシルバー民主主義になり若者は選挙に行かない
すると日本の将来も若者が担うのだからますます危機的状態になり老人にも日本国全体の問題になるのである



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2019年09月26日

専門家集団社会が起こした原発事故 (住民が何も知らされないし参加できない秘密に閉ざされていた)


専門家集団社会が起こした原発事故

(住民が何も知らされないし参加できない秘密に閉ざされていた)

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専門家による人間の不能化は、幻想の権力を通じて完成される
宗教は結局のところ、国家によってあるいは信仰の衰退によってその地位を追われたのではなく、専門家エスタブリッシュメントにと、それを信じる顧客によって追われたのである
専門家の本拠となっているビル群は、これられの保険、健康、教育、福祉の新たな大寺院となった建物へ巡礼するために右往左往つづける群衆を見下ろしている
イリイチー専門家の時代)

原発事故でもそうだけど原発そのものが専門家集団の大寺院だったのである
そこの住民は何の力もない、その大寺院にお参りして御利益を得るだけである
ただ原発は秘密のベールにつつまれていてそこに住んでいる住民すら入れない
その内部は固く閉ざされていた
そして現代の専門家集団によってその原発の大寺院は作られていた
それは専門家集団である
政治家が権力をもっていても原子力のことがわからない、すると専門家集団にまかすほかない、それが東電であり東電の御用学者とか科学者とか技術者になる

その東電は絶対的な権力を持っていた
そこに下請けの人たちが1000人とかいても東電の命令に逆らうことはできない
逆らうと仕事がもらえないからだ、東電の権力は電気であり電気文明になっているからこそ電気なしで何もできなくる、だかち千葉で停電したとき麻痺状態になる
つまり電気に頼るが故にそうして東電とか専門家集団に牛耳られる
もし炭をエネルギーとしていればそういうことはなかったのである
でもそれはもうできないことである

そもそも一番肝心な生死にかかわる原発周辺の住民も原発内に入れないしそこで何が行われているのかわからないのである

そして結局、政府+官僚+原発専門家(科学者、技術者)+自治体+マスコミとか一体化してその大寺院を形成していたのである
2000億円もの金がマスコミにも流れていたからである

報道でも報道できるのはマスコミが報道の専門家しかできなかったのである
新聞であれテレビであれ雑誌でも報道の専門家なのである
それには金がかかるから東電から出る莫大な金が宣伝費としてもらえるから何も危険なことも知らされなかったのである

例えば東電という専門家集団が優秀でなかったのではない、優秀だったのである

10数メートルの津波が来ると警告していた

そのことで東電に過失があるとされたのである

でもそのことを地元に住んでいて知っている人がいただろうか?

住民側は注意していないということもある、自分自身にもある
でもそういうことを自分は聞いていないし関心がなかった
ただやたらプルサーマルのことは前の佐藤 栄佐久知事のとき言っていたのである

でももし住民が一番関心があるべきであり住民が今回のように住めなくなるような被害にあうのだから住民もそうした内部のことを知るべきなのである
でもマスコミが知らせないなら知らないとなる
そして何か知りたい聞きたいとしても東電では政府でも教えてくれない

お前らは原子力のことがわかるのか?

この一言で何も言えないし参加できない
そこに住む住民ですら参加できない

でも原子力のことがわからないにしても

十数メートルの津波が来る

それは本当ですか?、そうしたしらこの辺はどうなるのですか?
この辺ではチリ地震津波しか知らないです、だから津波は来ない地域だと確信している人がほとんどです、実際400年間相馬地域には津波は来ていなかった
だからこのことを言った科学者に驚いたろう
それは伝説でもなんでもない、科学者は専門家の言うことは信じるからである
科学的根拠があることは今の時代は信じるからである
つまり原子力の安全性に関していろいろあるにしてもそんな高い津波が来るということに驚く

するとどうなるのか?

みんな科学者の言うことだから信じる→それで津波が来るというときこのことを思い出す→そしていち早く逃げる→命が助かった

こうなったかもしれないのである、あまりにも津波に対しての警戒感ない、ほとんどゼロだったからである
もしそうなっていたら原発事故は悲惨だったけど東電の科学者が津波を警告したことで

警戒していたから命が助かった→東電はありがたい

ここまでなっていたのである、そうなると津波で命を助かった人は今回いろいろ被害を訴えたが逆に感謝するということまで起きていたかもしれないのである

だから情報を公開することがすべて政府とか東電に不利になるとはなっていないのであるそれが民主主義だとなる、住民が主人公であり政府とか東電ではない
なぜなら住民が死んだりするしその被害を受けるのは住民だからである
いくら原子力のことを知らないとしてもその肝心の住民をないがしにろして原発はありえないものだったのである

そして素人住民は専門家集団から排除されるだけだった、ただ御利益だけを与えられた
また逆に住民はその後利益に目がくらんでいたから住民にも責任がある
ただ住民は否応なしに責任をとらされたのである
その責任をとらされる住民が知ることさえできないのが専門家集団が牛耳る社会なのである

それは病院でも学校でも専門家集団によって人間は無力化される、それはイリイチが指摘したことである

お前は病気のことがわかるのか?お前は法律のことがわかるのか?
お前は金融のことがわかるのか?

こうして高血圧のいらない薬を飲まされたりする、法律家に相談したら相談するだけで百万とられた、これも詐欺だったのである
法律を知らなかったら裁判も何もできないよとなっているからだ
相談するだけだったら数万ですむはずである
これは明らかな詐欺だったのである
それかち地銀で投資信託を売りつけたのもそうだし郵貯でも保険を売りつけたのもそうである

あなたは株や投資について何かわからないでしょう、だからプロにまかせてください

こういったからまかせた、でもこれは地銀がただ手数料をもらうだけのものであり地銀は確実に手数料をとれるからすすめているだけである
実際に支店長が株のことはかりませんと言っていたからである
素人と同じだったのである
リーマンショックの時半分になった株が上がって来たもうかるというといそれを投資信託にまわして損したのである
つまり専門家といってもすべてを知っているわけではないのである
まず株式のことなど投資信託のことがなとその仕組みなどわかりえようがないからこそだまされるのである

それは原発でも同じだったのである、本当に原発のことを専門家集団が知っていたかというと今になると穴だらけであり何の安全対策もしていないずさんなものだったのである
そして地震ですでに内部の配管などが壊れていて津の前に炉心がやられていた
それを内部の人が東電をやめて報告していたのである
震度4くらいでも内部の配管は壊れると言っている
それほど脆弱なものだったのである、それで「安全神話」作っていたのだからこれも詐欺と同じだった

お前らは素人だから何も知らない
専門家集団にまかせろ
金はくれてやるから何も言うな
言う権利もないことを知れ!

これがイリイチの言う専門家集団社会の現実なのである
確かに素人には原子力のこと核のことはわからない
でもそれだけではない、津波ことなど他にもいろいろなことがかかわっていた
今になると理解できるのだから全部理解できないとはならないのである
津浪を警戒してたのか高台に原発を作っていたのにわざわざ削って低くして地下に電源を置いたことで水で冷やすことができず爆発した
そういうことは素人でも説明される今ではわかる
でも原子力の核のことなどはわからなから煙にまかれる
私は文系だから法律のことだったら何とか対処できたかもしれない
正直文系は理系的なことに弱いから余計に追求できないのである

いづれにしろ原発事故もやはり現代の社会とも関係してなった、複合的要因で事故が起きた、とすると科学だけではない、社会も関係してくるから総合的なものとして見るべきものだったのである、そこには郷土史も関係していた
なぜなら相馬藩政期で700人生波(津波)で溺死と記録されていたからである
それが二行にしろ貴重な記録だったか忘れられていたのである

人間は今トータルに考えること観察することができない、郷土史はトータルな学問なのである、理系的な地質学などでも自分にはできないにしろ関係している
そういうふうに総合的な学問がなくなっていることが現代の危険になる
自然災害でもそれは総合的に対処が迫られているからである



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2019年09月23日

東電の幹部の無罪判決の理不尽 (原発マネーでマスコミも政治家も地元も暴力団まで操作された)


東電の幹部の無罪判決の理不尽

(原発マネーでマスコミも政治家も地元も暴力団まで操作された)



朝日「腑に落ちない」産経「冷静な判断」 東電旧経営陣「無罪」各紙はこう論じた

 読売は、これまでの経緯や判決内容に触れつつ、6段落目で「刑事裁判の基本に沿った司法判断と言えよう」と評した。


 会見で、石田省三郎弁護士は「国の原子力行政をそんたくした判決だといわざるをえない。原子力発電所というもし事故が起きれば取り返しがつかない施設を管理・運営している会社の最高経営者層の義務とはこの程度でいいのか。原発には絶対的な安全性までは求められていないという今回の裁判所の判断はありえないと思う」と述べました。

 福島第一原子力発電所事故が発生した2011年、東京電力から連合会宛に年会費として18億円が支払われていた事が判明した(同時期には公的資金での財政支援が行なわれている)が、納入された会費の具体的使途を連合会は開示していない


 「これまでメディアを通じて原子力発電は安全だとPRするCMや広告を目にしたことがあると思います。電力会社の名前でなく、電気事業連合会(以下、電事連)というクレジットを目にした人も多いでしょう。

原子力ロビー「電気事業連合会」の力と実態

 この電事連こそ、露骨に原発推進を訴えにくい電力会社に成り代わって、豊富な資金量と政界へのパイプを駆使し、原発はなくてはならない≠ニいう世論を形成して 

 「文化人をはじめ各界に影響のある人物を広告に起用するなどして、原子力政策に理解あるサイドに立ってほしいという意味です。その人物がはっきりと原発賛成を叫ばなくても構わないんです。原発推進の立場の電事連のCMに名のある人が登場する。

福島が地元の渡部恒三(民主党最高顧問)が『農業の時代じゃない。これからは環境だ』と言い出したのは、まさにこの頃で、同じ田中派の小沢の動きを見て、CO2排出の少ない原発推進で電力業界との距離を縮めようとしたのだ」



 別冊宝島の最近刊『誰も書けなかった日本のタブー』の巻頭、川端幹人「金と権力で隠される東電の闇/マスコミ支配の実態と御用メディア&文化人の大罪」がまとめているところでは、東京電力の年間の広告費は約244億円、販売促進費は約239億円、その他に普及啓発費200億円弱で、計約680億円の多くがメディアに流れている

 関西電力の広告費は199億円、販促費は59億円、九州電力は同じく80億円、112億円など。他にも、電力10社が構成する電気事業連合会(電事連)も独自の広報予算を持っていて(非公開ながら)年間300億円以上と言われているし、さらには経済産業省・資源エネルギー庁や文部科学省の原子力関連の広報費もあって、それらすべてを合算すると「原子力界・電力業界がメディアに流している金は年間2000億円に迫る。現在、広告出稿量第1位のパナソニックが771億円、強大な広告圧力でメデイアから恐れられているトヨタが507億円だから、この金額がいかに大きいものであるかがよくわかるだろう」(川端)。

 マスコミだけではない。政治家には政治献金、官僚には天下り先、学者には研究費、地元代議士や地方政治家や暴力団には利権配分、自治体と周辺住民には電源3法に基づく手厚い交付金......と、あらゆる関係者に莫大なカネをバラ撒いて「原発は安全」という虚構を塗り固めてきたのである。



なぜ東電の幹部が無罪になったのか?
それは私のプログで追求してきた
原子力村というけどそれはもう村などというものではない、一つの別な強力な国家と同じだったのである、その利権が金が支配した結果そうなったのである
それでわかるのはなぜ東電の幹部に責任をとれとか右が右翼が街宣車とか出さないのか?このサイトでは暴力団にも金が流れていた、暴力団とかは右翼と関係して街宣車を出す
原発事故ではそういうこともない、なぜなら右翼はもともと原発の推進派だからである
それは核武装是認派だからである
ただ昭和天皇をあれほど批判していて最近死んだ都築詠一氏も原発推進派であり核武装派であった、右翼にもいろいろいるが全部原発には反対していない
また空手道場の師範でありそこには東電の人たちも来ていた、となると批判しにくいとなる、ただ文学の批評家としては私は評価していた

ただ原発に関しては左でも朝日新聞にも金が回っていた、ほとんどあらゆる報道関係に金が回っていた、その額が大きいのである
要するに金によってマスコミも操作されていたから原発の危険を言う人はいなかったのである、言えなかったのである、それは地元でも同じである
みんな原発から金が欲しいとなり現実もらっていた
漁業組合でも事故前にも補償金がもらって原発御殿が建っていたとか聞いた
それで漁業権を東電に売り渡したとなる
それは別に漁業組合だけではない、莫大な金が地元に与えられていたのである
そのことが実感したのは事故後に何兆円という補償金が出たり7兆円で除染だとかその金の額は天文学的なものであり驚いた
そんな金があるということ自体驚きだった、国家規模になるとその金をもう計算できないのである 

そして創価の聖教新聞でも潮でも原発推進をしていたのである、それは第三文明とかでしていた聖教新聞とか第三文明とかで最初に仕事するのは宣伝費を稼ぐことである
それは他でも同じである宣伝費を稼ぐことが第一の仕事なのである
新聞だってテレビでも放送すること自体に莫大な金がかかる、そしたらその金はどこから出るのか?テレビだったら視聴者からはでない、NHKは視聴者から強制的に徴収しているから特別なのである
福島県の民報でも半分出資しているのが県なのである、だから県の広報機関と同じであるまた聖教新聞も刷っている、そこが収入源になっている
創価は権力をとる総体革命を目指しているからその手法は同じなのである
どうして権力を抑えるか常に画策している団体だからである
それは東電にも通じていたのである、マスコミは宣伝費で金で抑える
つまり今の世の中金で操作されるということである

結局金が毒饅頭だったのである、みんな金が欲しいというのには変わりないからである
金になると目の色が変わる、でも金の怖さは具体的に金でもってカルマをつむということである、金というのはわかりやすいのである
それでドラマでヤクザが金をもらったからと義理を果たすために殺人までしたのである
金というのにはそれだけ具体的なカルマとなる
そのカルマを返さざるをえなくなるのである
そこに金の怖さがある、金をつかませられてマスコミでも何にも言えなくなったことでもわかる
それを象徴していたのが朝日新聞までは事故が起きたとき中国に呼ばれて歓待されていたのである、その時マスコミ全員がそこに参加していたのである

読売は、これまでの経緯や判決内容に触れつつ、6段落目で「刑事裁判の基本に沿った司法判断と言えよう」と評した

読売新聞がこういうのはなぜなのか?
そもそも読売新聞は正力松太郎がアメリカから原発を誘致させた最初の人だったのであるアメリカのスパイになりその代りに原発を誘致して日本テレビ局を作った創始者だったのである、だからこんなことを言っているのである
つまりマスコミはこうして権力側につくものであり民衆の味方ではないのである
それはマスコミは報道するにも金がかかりすぎるからそうなるのである
テレビで放送するにしても新聞でも雑誌だってそうである
それは視聴者とか購読者が払ってくれればいいがそれができない、だからスポンサーに頼るほかないのである、そして東電はとかはもう国家並みの権力をもっているから金も湯水のように出すとなるともう何も言えない
そしてたいがい文化人と言われた人たちが東電側につき原発を擁護していたのである

なぜ今回も東電の幹部は無罪になったのか?

それは検察自体が原子力村の一員だったからだともなる
検察でも官僚でも東電に天下りしているからである
最近交通事故を起こした元官僚の人を上級国民で批判できないとか騒いだ
検察でもそうして上級国民には忖度するとなる
そして結局誰も責任をとらないのである

本当は事故を起こしたら切腹するとか死刑にする

こういう責任を課せば誰も原発などにかかわらないのである
なんだ無罪かとなれば責任などないとなりまた原発を軽くみることになる
そうはいっても必ず誰かかが責任をとらされる
今回は住めなくなった住民が責任をとらされたのである

でも責任をカルマを逃れることはできない、東電の幹部にもいつかそのカルマが現れる
それはいつになるのか?必ずカルマとなって苦しみとなって現れる
それは国家的犯罪だから検察でも罰せられないけどそのままでなにもなく終わるとはありえないのである
一人でも死刑になるとかなり犠牲者になればその人に過失を押し付けることができたかもしれない、堂々と幹部は無罪だとして社会にのさばることが許されないのである
もう被害者でもがっかりする、善も悪もないと絶望してしまうからだ
国自体が信頼できないとまでなる

こういうときもうテロが起きてもおかしくない、でも右翼が東電の幹部にテロにならないのは暴力団にも東電の金が回っていたからだとなる
それでヤクザでも義理がありカルマをもつから殺しを請け負ったように何もできないのである
それは地元でもそうだが金の力がいかに強力なものか、カルマとなるか示しているのである、地元でも東電で金になっているから反対しずらいと言っている人がいたからである
金に社会がいかに曲げられているかわかる、金から犯罪を見えてくる
借金している人は犯罪者になりやすいからである
ただ金でもそれが悪い方に働くとカルマとなりそのカルマが苦しみとなって現れるのである、やはり不正な金で会社がつぶれたりもする
そこに金の怖さがあったのである 

要するに原発は国家的犯罪だった、でもこれも戦争と同じように裁くことができない
国家の犯罪となれば誰が裁くのか?そんな権力をもっているものはいないからだ
アメリカが悪いとしてもそれも裁くことはできない、そんなことができるのは神だけだとなる、原発事故もこうして国家的犯罪だから裁くことができないのである
ただ歴史の中で百年後とかにその犯罪が明らかにされるかもしれない、国家的犯罪になると戦争でもそれだけ時間がかかるとなる
今になって読売新聞の正力松太郎が悪人にようにされいたりするからである
その時は優れた実業者だと見られていたからである

福島が地元の渡部恒三(民主党最高顧問)が『農業の時代じゃない。これからは環境だ』と言い出したのは

これにしてもそうである、いかに農業とか漁業でも金にならないと後継ぎもいないとかなり政治家がこういえばとびついたのである、実際は農業はやるなと親に言われて殴られた息子がいたのである
(農業の時代じゃない)というときそこに福島県とか地方の見方に問題があった
今になると農業が成長産業だとしている、なぜなら日本では輸出産業が衰退しているからである
日本の農業は技術的にハイレベルだとかそういっている、だから時代により価値は変わる
農業を軽視することは危険だったのである
原発の推進派の理由として原発は石炭のようにCO2を出さないかから環境にいいということがあった
これからは環境だと言ってももその環境が放射能で汚染されて住めなくなったのである
第一この人も利権で動いていたのである、息子はアメリカのGEにつとめていたのもそうである

今報道はインタ−ネットでyoutubeとかで百家争鳴になっている
それはyoutubeなどでも手間がかっても金がかからない、ほとんど個人でできるからそうなったのである、そういうものがあれば原発の危険性を指摘されたかもしれないのであるだから民主主義には報道の自由がないと真実は隠されて今回のようにもう取り返しのつかないものになる
そして報道は反権力でないとだめなのである、権力側は金がありまた数の多さも民主主義では力となる、だからカルト教団ではとにかく頭数を集めて票に結びつける
数が多いことが権力に結びつくからである

つまり権力とは危険なものなのである、権力をもつものはナチスのように暴走したり危険なものでも危険でないとしたりできる
だからこの権力をどうして抑制するのか?それが課題なのである
それに報道の自由が必要なのだけどそれが権力によって操作されたから原発事故が起きたのである、だから反権力が報道の基本的な姿勢としてなければならない
福島民報のように出資が県の50パーセントだったら何も言えない
そういう報道機関は必要もない、だからインタ−ネットがそれを打ち破るものとはなる
ただ問題は百家争鳴で混乱する、何が正しいのか真実なのか見極めるのがむずかしくなってくる、でもそれが民主主義の有り方なのである

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2019年09月13日

凍天(しみてん)の木乃幡倒産も原発事故のせいだ (水俣公害、成田闘争と原発事故の相違)


凍天(しみてん)の木乃幡倒産も原発事故のせいだ

(水俣公害、成田闘争と原発事故の相違)

●すべて原発事故のせいにされる

当社は、1965年(昭和40年)創業、84年(昭和59年)インターネット販売、「もち処木乃幡」や「しみてん木乃幡」の店舗名による小売りも手がけ、2006年6月期には年売上高約3億8700万円を計上していた。

 ドーナツのような生地の中に凍餅が入っている主力商品の「凍天(しみてん)」は、全国ネットのテレビ番組で取り上げられるなど知名度を高めていたが、2011年3月の東日本大震災に伴い工場が被災したため外注依存の製造となったうえ、本店工場(福島県南相馬市)が福島第一原発事故による避難区域内であったこともあり風評被害から売り上げが落ち込み、震災以降は業績悪化を余儀なくされていた。

しみてんは高速のSAで売っていた、でもやめたのでどうしたのかと思った
高速のSAは場所がいいから売れるていると思ったからである
でも私がカレーパンを買ったら量が少ないのに高い思った、300円以上したみたいだ
それが特別なカレーパンだとも思えなかった

「政経東北」で事業を拡張したことも失敗の原因だとはしていた
でもその主な原因が原発による風評被害とかにされている
つまりこの辺ではみんなそうなっているのである

原発事故のせいだ、東電のせいだ、国のせいだ

これですべてが終わりである、そして地元にも責任があると言うとバッシングされる
お前は「傷に塩ぬって楽しいか」とか特に原発事故で避難した人たちに言われる
原発事故の被害が大きいしそのことも書いた
今度はすべてが悪いことがあれば原発のせいだとして補償金をどれだけ多くもらうことだけに力をそそぐようになった
それを批判すればお前は同情しないのか、お前は人間なのかとまで言われる
それで「政経東北」とがでも絶対に原発避難者とか被害者のことは批判しないのである
なぜなら読者であり本を買ってもらえるお客さんだからである

今でも原発被害者が何かしているのか?同じようにパチンコとかギャンブルで遊んでいる補償金暮らしなのであり浪江町住民でもさらに月の補償金を十数万上積みしろと要求しているのであるそういう権利があるとても何か納得がいかない  

何かこのしみ天の会社でもこれとにたものがあったともなる
すべて原発事故のせいだとなる、他でも旅館でも会社でもなんでも福島県ではそうなりやすいのである、本当はすべてがそうでなくてもそうしてしまえば経営責任は問われないからである、そしてマスコミも応援するからそうなる
それは原発避難者と津波被害者でも原発避難者側についたものそうである
そのことで原発避難者が思い上がったということはあった
ただそれはタブーとなっていたから言えなかったのである

●水俣病公害闘争、成田闘争との相違

例えば成田空港をめぐる三里塚闘争、水俣病公害があったがこれらは性格が違っている

三里塚空港反対同盟」が結成されたのは「新空港説明会」から僅か3日後の1966年6月28日のことである
1978年5月20日。今から39年前の今日、千葉県成田市に新東京国際空港(現・成田空港)が開港した。

1966年7月に千葉県三里塚に空港建設が閣議決定されてから12年かかっての開港だった。地元住民による反対運動が起こり、死者も出た。当時のようすを写真で振り返る。

なぜ成田空港に反対する強力な反対運動が起きたのか?

それは左翼が学生運動家が入ってきたためだった、左翼全盛時代だったからである
それは水俣公害でも左翼運動家が入ってきた、それで大がかりなものになった
ただこの時は時代が違う、農業というのが工業化するなかで衰退産業化しつつあった
でもこの時は農民が農の大事さを説いていて反抗していたのである

でもこれも原発とくらべると原発の方がその公害でも事故が起きれば今回のように住めなくなるというほど被害が大きくなる
でも原発に反対する激しい運動が起きなかったのはなぜなのだろうか?
その時の農業の環境が違っていたからなのだろうか?

むしろ原発は出稼ぎに行かなくても地元で働けると地元民から歓迎されたのだから反対運動も起きなかったのである
成田の闘争では空港になることで田畑が奪われるということで農民が前面に出て戦ったのである
だからなぜそこまでして戦ったのか?
空港では騒音とか公害があることはわかる、でも原発とかの被害とは違うのである
もちろん騒音で住みたくないというふうにもなる、騒音公害も深刻である
でも田畑をその時維持していても時代が変わりつつあり、金銭に変えた方がいいともなっていた農家もいたかもしれない、ただその時はとにかく農民が全面的に主役となってそこに全学連とかが左翼が加担したのである

その時も「森と里の思想」という本で対談していた知識人がいたがその人たちは農業というものが人間にとって別なものとしてアイディンティティとなるものとして見ていた
それには自分も書いてきたように共感するのである
この時はそうして農業に思入れある人が農民自身が農婦でも全面に立って抵抗していたのである、それが原発事故を起こしたこの辺とは違っている

現実に東北電力で原発ができるというとき小高で工事がはじまるというとき小高の大工さんは景気良くなるよと喜んでいたのである
おそらく農家の人も歓迎していたとなる
なぜなら小高の人から聞いたからである、親に農業は継ぐなと殴られたと
それだけ農業は金にならないと嫌っていたのである
そして20キロ圏内にも入る原町市でも何か反対運動は起こっていなかった
左翼の人たちもいても運動していなかった不思議である
小高には左が多く自民党の代議士になった人が住んでいられない原発事故の後に九州の方に住むようになったとも聞いた
それは定かではないがそれだけ左の人が力をもっていたのになぜ原発反対運動が起きなかったのか?それもわからないのである

ここでも原発事故の被害者と同じようなことが起きていた

私らが裁判に勝ったら、一任派の人たちも千八百万円もらいなすった。それはまだいいのやけど、お金が出たばっかりに、自分もそげんとじゃ(そういう症状だ)≠ニ言う人の出てきたとです。それも、以前は伝染病やとか言うとった人やら、あそこの家は貧乏やから、魚しか食うもんがなくて病気になった≠ニか、陰口叩いとった人に限って我も我もと申請ばするとです。ろくに魚も食べんのに水俣病になった人やら、四十年になった水俣に越してきた人やらが、水俣病や、水俣病や′セうて・・・・。絶対、焼酎飲みすぎてアル中になった人やら、中風やらの人が申請しとるとです

水俣の公害闘争は知らないまに子供に重篤な症状がでてそれが目だったので注目された
ただ当事者が補償金闘争になりだめになったと後で述懐している
原発事故でもそうだった、あとはどれだけ補償金を東電ても政府からでもとるかという闘争になったのである
だから公害になったらみんなだめになると反省していた 

●成田闘争は国民の感情から離れ終わる

ただこの辺で成田闘争とか水俣との相違はもともと原発によって地元の経済が成り立ち
恩恵を受けていたことである
その規模が大きいのである、成田闘争とか水俣との規模が全く違うものであった
いくら水俣病の被害でも百人くらいが実数の被害者だったのである
たしかにはそれは目だったがこの辺は十数万という規模で被害を受けた
そして住めなくなったということが被害だったのである
だから成田でも水俣でも被害はあるにしても規模が違っていたのである
だから死人が出なかったというけど住めなくななったことが最大の被害だったのである

でも何かこれらの公害問題は違ったものだった、原発事故では一時東北に住めなくなるという危機感をもたらしたほどである
でもそれがなぜ成田闘争や水俣公害闘争のようにもならないのだろうか?
第一原発が建つ前にそうならなかった、左翼が力をもっていた小高でもならなかった
その原因は明らかに地元の人たちの危機感の無さとか原発が金になるということでそうなった、その抵抗する動機がなかった
農業していても親が子を農業だけはするなと殴ったように農業自体を卑下してそこに価値を置かなかったのである
成田闘争では農民が前面に立って農業を守ろうとしていたのである

成田闘争では何か農業を守りたい農業をここで継続したいという意志があった
それで農婦までも全面に立って戦っていた、それは必ずしも左翼運動家に強制されたものにもみえないのである
その差がどうして生まれたのか?そこも追求する課題だとはなる 

京成電鉄を筆頭に地元の列車内では反対派が事実上占拠しており、車内では竹槍をかざしながら対立組織に対する「検問」が日常茶飯事に行われていた[9]。地元住民の生活の足である『京成電鉄へのテロ行為』は、もはや空港反対運動の枠を超えた地域の社会基盤そのものへの破壊活動であり、空港周辺部以外の京成線沿線の住民からの反対派への白眼視を招いたのみならず、この頃始まった新左翼そのものの衰退や、当初の目的である開港阻止が叶わなかったことで『成田空港粉砕』を唱え、より先鋭化の傾向を見せる反対派に対して、国民感情は加速度的に乖離していった。

左翼運動家は過激でありそれが国民感情とずれていたのは学生運動でもそうだった
何か青春のエネルギーそこで発散するために暴れていたのかともなる
だからどうしても農民が主体となっていてもこのとき左翼の力が強くそれによって大々的に社会問題化したとなる

1956年(昭和31年)5月1日に熊本県水俣市にて公式発見され、1957年(昭和32年)に発生地の名称から命名された。その後、類似の公害病にも命名されている。

1978年(昭和53年に開港した新東京国際空港(現・成田国際空港)を巡っては1960年代初め頃から候補地等の検討が進められていたが、その建設に当たり、開港を急ぐ政府の強硬姿勢と当時の世相と地域固有の事情が相俟って、空港用地内外の民有地取得問題や騒音問題をめぐって近隣住民らによる激しい反対運動が社会問題化した。

●なぜ原発では反対運動が起こらなかったのか?強力な電事連があったからか?

この闘争は長かった、1960年から始まっていた、ちょうど学生運動とだぶった時代だったのである、だから左翼運動家が問題を大きくした側面もあったのだ
でもなぜ原発に関してはこうした激しい反対運動が起きなかったのか?
左翼でもしなかったのか?

その原因の一つは電事連にあったのかもしれない、この電気連合体は強力なのである
800億円の宣伝費をマスコミに流していたからである
だからその組合は原発に反対はしない、飯の食い上げになるからだ
利権と一体化しているからできないのである
水俣病公害事件とか成田闘争はこうした強力な組合とは関係ない、学生がかかわっただけだったとなる、それでも何か大きな問題として取り上げられたのはなぜなのか?
1960年からはじまったとなるとまだ農業が衰退していない時代だったからなのだろうか、それで農婦でもただ左翼運動家に押されて前面に出て来たともならないのか?
そういう時代の差があってそうなったのか?

でも今度は原発だと双葉とか大熊地域は福島県のチベットとか言われた
出稼ぎ地帯であり地元で働きたいという意向が地元に強かったから積極的に誘致された事情がある、だから反対運動は起きなかった
ただ原発では左翼でもこれまでのような強力な反対運動は起きていないのである
それでも巻町と能登では原発を作らせなかった、それは左翼運動家がいて反対したからではない、地元民が協議して作らせなかったのである
だからそれほど強力な運動しなくても原発を作らせないことはできたとなる
全く地元民が無力だとはなっていない、ただ福島原発は日本では第一号原発でありアメリカの要請と政府の意向が強く働いたのでまた事情が違っていた
福島原発と他の原発ではまた事情が違っていたのである
そこに一千万都市の東京都民の圧力もあったのである、新潟県の柏崎原発でもそうである東電の原発でありその電力は東京都民が利用するからである、また原発第一号ということで政府が強く後押ししたからだともなる

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原発事故の処理にあたる従業員650人を退避させた (事故処理する人がいなくなっていた、保安院もいなくなっていた!)


原発事故の処理にあたる従業員650人を退避させた

(事故処理する人がいなくなっていた、保安院もいなくなっていた!)




証言によれば、吉田所長は福島第二への退避を指示してはいなかった。約650人の作業員の退避は、「伝達ミス」によって起こった、ということになる。それを、朝日新聞は「命令に違反した」と報じたわけだが、確かにその表現は正確ではないだろう

「事故対応にあたるべき人員までが現場から離れていたことの深刻な意味を、我々は振り返る必要がある」と強調した。

 「もし、(福島第二から)あのまま誰も戻らず、線量も下がらなかったら、東日本は壊滅状態になっていた。チェルノブイリでは、沢山の原発作業員が命を捨てて、鉛を投げ込んだことによって、最終的な破局を免れた。東電はそこまでやる気はなかったし、政府も覚悟はできていなかった。次に事故が起こったときに、そういう労働を命じられるのか、誰がやるのか

浪江町の東電で働いていた人が事故当時電気工事関係者が1000人働いていた
でも事故になり退避させた、それが悪かったと言っていた
そのことはこのことだったのである
あの人は現場にいたからわかっていた

事故対応にあたるべき人員までが現場から離れていたことの深刻な意味を、我々は振り返る必要がある」と強調した

事故に対応する人が650人もいなくなっていた、それは命令させられたのかその人は東電の命令が絶対で逆らえないから退避させられたとなる

事故になり吉田所長とか50人くらいは残った


最も大変な事態が進行しているときに、原発を操作できる唯一の組織である電力会社が収束作業態勢を著しく縮小し、作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった。


外国メディアは残った数十人を「フクシマ・フィフティー」、すなわち福島第一原発に最後まで残った50人の英雄たち、と褒めたたえた。
 しかし、吉田自身も含め69人が福島第一原発にとどまったのは、所員らが所長の命令に反して指示とは別に福島第二原発に行ってしまった結果に過ぎないだった。
 所長が統率をとれず、要員が幹部社員も含めて一気に9割もいなくなった福島第一原発では、対応が難しい課題が次々と噴出した。

 「フクシマ・フィフティーの真相」朝日新聞〈吉田調書)


事故になった時、東電の所員の一番心配したのは原子炉だったという、周りの住民の安全とか命を考えない、住民を避難させることに頭が回らなかった
でも東電の事故に当たるべき所員は避難させることを第一にしていた
残った人はほめられたがそれはたまたまそうなったとここで報告している

チェルノブイリでは、沢山の原発作業員が命を捨てて、鉛を投げ込んだことによって、最終的な破局を免れた。東電はそこまでやる気はなかった


日本はチェルノブイリのことを批判していたけど日本の方が対処が悪かった
例え上からの命令でも命がけで事故を収めようとしていた、実際に20人以上死んだ
その時日本ではいかに避難させて従業員の安全を計るしか考えていなかったのである
保安院はいち早く避難していなくなった、政府の代表がいち早く逃げたともなる

つまり誰も事故を起こした原発を診る人がいなくなった!

混乱していたにしろ日本には英雄などいなかった、政府でも東電でも無責任だったとなる
ではなぜそうなったのか?

そもそもが福島に原発を作ったのはそうした危険を回避するものとして東京から300キロ離れた福島に造ったことにもあった

もしこれは東京に原発を作っていたらどうなるのか?

もう東京の人が危ないとなれば必死にならざるをえない、みんな騒ぐからである
そうしたらみんな作業員を退避させることなどでできない
一千万の東京都民が危険にさらされるとなれば真剣にならざるをえない
国でもそうである、国の機関も東京にあるからだ
そして東電でも福島とか離れた所ではないから直接指示できたのである
そこからして間違っていたのである
ただ東京に原発を作れなかった、みんな反対するからである
そして福島に造らせたのである
そこに東京都民も責任がありずるいともなる
福島に原発を作らせて自分たちの安全を計ったのである

原発がどういうものかどれだけ危険なものかその自覚がなかった
東電の人は専門家だから知っていた
それで浪江の人が津島に避難した時、そこに東電の社員がいて街の方に引き返した方がいいとしてみんな引き返した、津島だと今でも放射線量が高くて帰れない、もっとも高い場所になっていたのである
東電の社員は知っていたが対処しなかっただけである
専門家はやはり専門家である
一番関心したのは10メートル以上の津波が来ると東電では調査報告されていた
でもその対策を東電の幹部はコストがかかるからしなかった
その他電源を地下に置いて津波がきて使えなくしたとか不備があった
危険を考慮せずにわざわざ高台に建てる計画だったのに低くしたことも津波の被害にあった原因だったのである
それだけ原発の危険に備えていなかったのである

ただ東京には作れない、これだけは最初からの至上命令だった!

あとは福島だ、離れているからいいやとかなっていたのである
福島が事故になったら処理すればいいんだとしかならなかったのである
そうしして福島では事故のために住民が住めなくなったのである

これは本当かどうかわからないが前の南相馬市長の桜井氏が原発が爆発した時北海道に逃げたとか噂になった、それは本当かどうかわからない
それをしきりに言う人がいた、それも保安院が真っ先に逃げたというのとにている
ただ南相馬市では原町区は全員に避難命令が出て実際に避難したからだ
その隣の鹿島区でも半分は避難した
その時もうバスには乗れないとか騒いでいた、人数が多いから用意できないとしていた
そういう混乱状態のとき危機か感じる人は感じていた
そして南相馬市立病院の看護婦などもいち早く避難した
患者を置いて避難した、それはやはり危機感を他の人より医療関係者でもったからだとなる 

私は何が起きたわからなかった、だから危機感がなかった、それで20マイクロシーベルの放射線量がでていたとき外を出て歩いていたのである
外に出るなと警告されていたのにそうしていた
だからそれだけ放射能とか原発のことが日ごろから知識としてないからそうなった
津浪だってそもそも危機感がなかったからかえって老人がこの辺は津波は来ないよとして死んだ人が多いのである
つまりどうしても危機感をもって生きること備えることが人間は苦手なのである
今回の千葉県の停電でも一週間くらいの停電には各自備えておけというのもそうである
それは住民の責任だと言っている
要するに何でも政府が自治体でも他でもしてくれないからそう言っているのである
ただ原発だけはどういうものかわからないから備えることもできなかったのである


浪江町で原発の現場で長年働いていた人の発言の検証 
〈その指摘は現場の経験で的を得ていた)






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2019年09月11日

敦賀の原発でも漁業権を売ったことと同じことが起きていた (ワカメが放射能に汚染された方がいい、補償金がもらえるからとなった)


敦賀の原発でも漁業権を売ったことと同じことが起きていた

(ワカメが放射能に汚染された方がいい、補償金がもらえるからとなった)

敦賀の原発が放射能漏れ事故を起こした
それで養殖しているワカメから放射能が検出されて出荷停止になった
すまと原電から補償金が入る、そうなると働かずにお金がもらえる
そこで〈敦賀の漁民たちはこういうことが年に一回くらいあればいいのにとみんな思っていると」言っているのです
(属国民主主義論ー白井 内田樹の対談)

この対談は面白かった、そこにこういうことを内田樹が言っていた
この人は原発避難者を前から批判していたのである
津波被害者と分けて批判していたのである

このことは漁業権を東電に売り渡した漁業組合のことを指摘してきた
ここが何か一番の原発事故を起こしたことの地元の矛盾が現れていたからである
そして最近放射性物質に汚染された汚染水を海に流すということを政府で決めたことに反対している
そうして反対すると補償金が水増しされたりする、海を汚して魚がとれない、売っても売れない、放射性物質に汚染されているのだから売れないからもんと補償金をよこせとなる
それは原発事故前からそうだったのである、船主は特に権利があり東電に漁業権を売り渡した、それで原発御殿を建てていて回りからうらやましがられていたのである
それは海を利権化した暴力団と変わりないと他の人たちも言っているのである
そもそも漁業権は資源保護のために与えられている
東電に漁業権を売った時点で資源保護は保証されなくなっていたのである

だからこの敦賀の原発でも同じことが起きていた
ワカメの養殖が金が入るより事故になって汚染されて補償金を出る方が金になるからそう正直に言っている
そもそも漁業でも金にならないとか跡継ぎがいないとかずっと不満を言っていた
それで原発ができることで実際は金になるということで地元では歓迎されていたのである反対運動もしていないし原町の隣の20キロ圏内に東北電力の原発が工事がはじまるときでも小高の大工さんが景気良くなるよと喜んでいたのである
でも事故になったら今度は原町まで住めなくなった、それも恐ろしいことだと思った

この対談では明治維新になったのも江戸幕府が腐敗してみんないやいやしていたから明治維新になって日本人は変わることができた
その体制そのものに嫌気をさして変わる方がいいとみんな心の中で思っていたからそうなったと言っている、戦争も実はやめたかった、でもしぶしぶ仕方なくしていたから戦争に負けたときかえってそうした不満が解消されたとか解放されたとか言っている
何かそういうことがあったことは確かである

生業を返せーという裁判があったとしても生業とは何なの、生業とは漁業であり農業であり林業である、こういうものはみんな金にならないと不満が大きかった
もう全体の一割くらいしか従事していないのである
そして農業している親に子供が農業だけはやるなと殴られたと言った子供は原発とか建築現場で働いたのである

生業を返せ、補償しろ、金を出せ

となるけど第一生業そのものを嫌いそれに価値を見出していない、金に価値を見出しているだけだったのである
今になってそういうことを主張するのが矛盾なのである
だから外から見ると金が欲しいからそういうことを理由にして訴える、金が欲しいだけだとなる

つまりもし生業そのものに本当に価値があるものとしてこれまであれば批判はしないのである、そういう人はいないのである
そうなると山尾三省のようにパンは贅沢だとかなりパンすら食べられない生活であり
まるで生業に捧げる殉教者のようになる
山尾三省はそうして生業そのものの価値に生きて早死にしたとなる
この辺でそんな人は一人もいないのである、生業を捨てて金をもらい楽して贅沢したいしかなかったのである

でも人間の価値とは何なのか?そうして生業を捨てて補償金をもらっていい車を買いギャンブルに興じる、それは仮設暮らしとか原発避難者がそうなったのである
その時むしろ生業の価値を知るべきだったとなる
生業に従事することこそ人間の価値だったとなる
別に金をもらえばそれも辛いから金だけもらって贅沢してギャンブルしていればいいとなる、でも外部の人からそうしていて顰蹙を買ったのである

つまり人間の価値とは何なのか?

漁業であれ農業であれ林業であれ・・生業に従事していることこそ価値だったのである
ただ補償金をもらって贅沢して消費者になりギャンブルしていることが人間の価値になるのか?
そういうことが問われたのだがそのことを深く考える人はいない
要するに金の社会になれば金さえあればいいんだ、金を持っている人が価値があり何しようが関係ないとなったのである
そのことは上級国民下級国民でも別に金さえあれば上級国民になれると言っている
それが例えば株でももうけようが何しようが金がある者が一挙に上級国民になる社会なのが資本主義の原理だとしている
人間の価値は金だけで計られる、それで年収とかが階級化して目安となる
金意外に何か価値づけるものがない
もともと生業とかは金にならないとなっていた、だから価値がないとなっていたからこういうことが起きているのである

ワカメを作っているより魚をとるより米や野菜を作るより原発から補償金もらった方がいいとなっていたのである
だから原発は莫大な金を生み出すからそうなったのである
事故後でも除染費用が7兆円とかになり飯館村でも一億円もらった方がいいとか言われたしそれなりにもらった人がいた
前の土地が田んぼから住宅地になった農家の人は新しい豪華な家を新築していた
その人も原発事故を喜んでいた一人だともなる
飯館村は山菜をとれるとしても貧乏だったからである
それが外部からみれば素朴ないい村だとなるが内部ではそうではない
やはり今の時代は金がものいうから巨額の補償金が入ることで村は分断されてしまったのである

要するに生業を返せといっても山尾三省のような田舎の本来の生活に価値をもともと否定していたのである、そうなると田舎の殉教者のようになるからである
そんなことができるのはよほどの変人だとなってしまったのである
車もない、パンも食べられない、囲炉裏で生活している、そういう生活が田舎だったのである、その貧乏から脱するために経済成長時代が築かれたのである
そこから原発か積極的に誘致されて事故になり住めなくなったのである

ただ不思議なのは山尾三省のような生活は特別なものではなくみんな田舎ではそういう生活をしていたのである
その時は変人でも奇人でもない、常人であった
それが時代が変わって変人、奇人にされるようになった
テレビ番組ではそうした貧乏の極限を生きる人が変わっているから放送して視聴率をとる
もしそれがみんながそういう生活していた時代にそんなことを放送しても話題にもならない
何にも変わったところがないからである、当たり前のありふれた人だから話題にもならない
だから時代が変わるとこれだけ価値とか物の見方が変わってしまうのである

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2019年09月10日

南相馬市の財政の不安(震災復興の援助が10年で切られる) (震災以後に県支出金が5パーセントから50パーセントになっていた)


南相馬市の財政の不安(震災復興の援助が10年で切られる)

(震災以後に県支出金が5パーセントから50パーセントになっていた)

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南相馬市の予算(震災前と震災後の比較)

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市税が34パーセントであり震災後は5パーセント

citymoneyyy111122.JPG

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県支出金が5パーセントから47パーセントに

 この支援のお金の出所はどこかというと、国や地方自治体です。日本は雇用維持という大義名分のもと、助け合いのシステムになっているため、国や地方自治体が助けているのです。現在、国や地方自治体からなんらかの支援を得ている職場で働いている人は、なんと全就業人口の約50%にも上っているそうです。

インターネホットでこの記事に注目した
日本はなぜ会社中心になるのか?それは今回台風でも電車がとまるといっても出勤していた、まさに社畜だとことを証明した
その原因をここの記事で書いている
地方自治体だけではない会社でも国に依存てしいる、国から会社に金が回ってきて成り立っているという、それは地方でも同じである
地方自治体でもそうだし農協とか地銀とかでもそうである、そこには国からの資金が回っていて成り立っていたのである

国の依存体質がありそこで今までは会社が安定していた、特に大企業となるとそうであるこの辺で除染の事業でも請け負ったのは大手のゼネコンでありそこに7兆円の資金がつぎ込まれたのだからその収入は大き大きかったのである
そしてゼネコンでは自民党への献金が多くなったという、政権党になればそうした利権を得ることになる、利権構造ができあがっているからその利権構造の中にゼネコンでも大企業でも入るから会社に社員は依存していれば安泰だと分析している
それが今国全体が経済的に衰退してゆくときそうした今までの構造が維持できなくなったと書いている 

南相馬市で今みんな心配しているのが10年後は復興支援の金が国から出なくなることである
継続して金を国から出されない
まず県に金は入ってこなくなる、地方自治体の金は国から県経由で入ってきている

予算の約半分が国から入る復興資金である
それで南相馬市の震災前の平成22年の予算と震災以後の予算を比べるとこれも一目瞭然である

県の支出金が5パーセントから50パーセントにもなっている

つまりそれは国からの資金なのである、10倍になっている
だからもしこの県支出金が減らされると相当な南相馬市の財政の負担になりそれが福祉とかにも影響してくる
それは私だけが言っているのではない、みんな心配しているのである
これまでは苦しくても復興資金が国から入ってきたから市の財政状態は良かったのである
それが打ち切られるとき南相馬市は危機的状態になるのかと心配するのである

南相馬市の市が税金をとってまかなっていたのは35パーセントであったが震災以後は5パーセントになったのである
それだけ国からの援助資金に頼るようになっからである
しかしあと一年くらいでその復興資金が入らなくなると相当に苦しくなるのがこの数字からも明瞭である
それは南相馬市全体に福祉関係でも影響する、なぜならこの辺は他より若い世代が流出して経済活動が衰退したからである
そして小高のように老人ばかりが取り残されてシルバータウンのようになったりしている
それを維持することが大変になる、金もかかるからだ
つまり復興そのものの資金が入らなくなる、補償金をもらったとしてもそれだけで経済をまかなうことはできなくなる
個々人でも補償金でもいづれは底をつく、だからこそ霞が関の官僚は津波被害地の三陸にはジジババしかいないと金をつぎ込んでも無駄だと言ったのであくる、これには批判があってもこの辺でも老人が若い世代が流出して取り残されているから同じなのである
介護ても働き手がいないから青森に送られているのである
立派な施設があっても働く人がいない、飯館村でも立派な学校でも施設を作ってもそこに通う生徒がいない、子供は村外から通っているし親が住んでいないのである

ともかく日本の会社でも実際は国への依存体質があり金が回ってきて成り立っていから会社に依存して社畜に甘んじていたのである
そういうことでも成り立っていた社会だったのである、それが日本全体の経済が衰退する時成りたたなくなってきたのである
だから地方で安定していた公務員とか農協と地銀とか他でも国からの支えがなくなた窮地にたたされる未来がある
自治体が破産するということを言う人がいるのもわかる
それは国への依存によって成り立っていたからである

インタ−ネットで調べた表では依存と自立を分けていたのでわかりやすかった
今やこうした情報はインタ−ネットで得られる、すると弱小ではあるが何か市民に知らせたり追求できる
一個人でもできるのである、今まではマスメデアを通じてしかできなかったのである
今は南相馬市であれ相馬市であれ他の都市でも市町村でもこうして個々人でも問題点を指摘して市政に参加するべきだとなる
もうマスメデアにまかせる時代は終わった、ただそうなるとやはり相当な知識が必要になるのである
それは一個人では無理になる、でも情報化社会とは政治も変えるということはありうる
まず情報自体得るのもむずかしかったしもうそれを追及するとなるとマスメデアしかなかったからである
もしこうして追求することをしていれば原発でも誰か一個人でも地元で危険を指摘して報告していたかもしれない
民主主義には報道の役割が大きいのである、それができなかったがある程度は個人でも今はできる
それは民主主義を発展させる強力なツールともなる

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2019年09月04日

「大災害時代」に突入している、地方の死はこの大災害 〈大事故)によって加速される―広域化社会の復興を考える


「大災害時代」に突入している、地方の死はこの大災害

〈大事故)によって加速される―広域化社会の復興を考える


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確かに原発事故周辺地域では実際に町や村の死が現実化したのである
南相馬市だと小高区との影響が大きいから営農再開でも45パーセントとか低いのであるでも原町市と鹿島区は山側をのぞいて営農が再開されている
でも小高区の面積が広いのでまだ45パーセントとかなる
南相馬市では小高が負担になっている
それは残されたのが老人が多いからである、まるでシルバータウンのようになっている

そして意外と老人でも南相馬市内に原町区とかまたは相馬市とかに住んでいる
若い人は仙台方面に移住しているが老人は南相馬市とか相馬市とか新地でも住んでいるのである
また浪江の人たちも復興住宅が作られた、原町は四階建ての団地が10くらいも作られた感じになる

だから今この辺がどういう状態になっているかというと小高は確かに3割とか帰ったとなるが老人がほとんどである、浪江は一割とかであり双葉大熊はまだ避難解除されていないのである、その人たちも補償金をもらったから原町とか鹿島でも相馬市でも新地でも立派な家を建てているということがある
それをとやかく言うのではなく現実だということである
その現実からこれからどうするのかと考えざるを得ないのである 

ここで取り上げたサイトで警告していることは地球が大災害時代に入ってその影響が地方に深刻であり地方の死が加速されるということである
それは原発事故周辺とか津波被害地域でそれが起きている、それは将来の予測ではなく現実化した問題でありその対応をどうするか深刻な問題となっているのだ
必ずしも政府が計画した街作りは成功していない、宅地を高台に作っても肝心の人が住まないのである
それは飯館村でも立派な学校とか施設とか作っても肝心の人が住んでいない、小学校でも立派だけど生徒は村に住んでいない、村外から通っているし第一村長も住んでいない
村長の孫も村外から通っているのである
そういう村が成り立つのうという問題がそもそもある

そして広域化した社会ということでこの辺は仙台に人口が集中している
山形の人口が減って仙台が増えている、山形県人が仙台に移動しているともなる
それは津波の被害や原発被害で加速して増えたのである
小高の人が仙台に二〇〇坪の土地を買いアパート経営している
仙台は不動産価格が阿武隈川を越えると二倍になると言っていた
岩沼とか名取とかになると高くなる、そこは仙台圏内だからである
名取に小高の若い人は移住して立派な家を建てた、そこで父親の部屋も作ったからそこに住んでくれという言われたがその人は小高に住んでいる

何かこうして浜通りはいわき市に浪江とか双葉とか大熊とかから2万人近く移住した
それから仙台方面へと広域的に人が移住したのである
そして小高の田んぼは草ぼうぼうであり営農は開始されていないのである
それを見たときもう小高でも浪江でももちろん双葉とか大熊なら余計にそこに住めるのか住みたいことがわかるにしてももう若い人たちは帰ってこないし、老人だけがまるでシルバータウンのようにして住めるのか?
それが疑問になった、前は復興ししてもらいたいと書いたがそれも時がたつにつれてこうした現実があるときもう捨てるほかないのかとも見た
それはかえって南相馬市だとそういう小高区のような地域をかかえると負担になるからであるそこに予算をつぎ込んでどうなるんだ、町は復興できないとも見るからである
今や復興を願っても現実問題としてそこを捨てた方がかえって楽になる
社会が広域化しているから仙台方面と移住したのである
すると復興というのは一地域ではなく広域的に考えざるをえなくなる

農業を復興してもらいたいと自分自身は思っていた、そういう願いがあった
でも現実は農業は維持できない、前から農業をになっているのは六〇以上の老人だったからである、それが余計にこういう状態になって担いなくなったのである
だからそういう場所に労力と金をつぎこむことが無駄なのではないか?
それより現実に南相馬市だったら原町、鹿島に人も移住している
すると原町と鹿島中心の市を作っていくとなる、それが現実的だともなる
小高は捨てた方がいいともなる、それは負担になるし介護でも福祉でもそうである
原町と鹿島区にそうして老人を集中させると効率的になるからだ
それはコンパクトシティにもなる

何か仮設の効用として女性などはいつも近くで会えるし話しできると喜んでいた人もいたのである、もちろん狭いから嫌だったという人もいた
ただ一時的に隣り合う長屋のような住まいになりそこでコミニュティが形成されたのである、だから仮設が悪いというだけではないいい面もあった
ただそのいい面は指摘されなかった、なぜなら被害者だということでそのことばかりを全面に出して援助を乞うようになったからである
原発被害者に援助が必要でも過剰になっていたのである

結局復興をどうするかとなると今の時代に適応したものとならざるをえない
つまり広域化した社会では復興でも広域的に考えざるをえない
だからこそ仙台方面へと移住したということは広域社会だからそうなった
そして復興とは被害にあった一部ではなく仙台方面とか広域的に考えざるを得ないのである、もともとここは仙台圏に近いから交流も多かった
それで仙台方面に移住した人が多いのである
何か市町村の枠を越えた連携が必要であり広域的復興の施策が必要になる
それはすでに現実がそうなったいるからそう考えるようになったのである
常磐高速ができたことでもそうである、ユニットバスを百万で作ったのも仙台の会社だった、もう地元だけでは生きられない社会である
それに自分自身が抵抗があってもそういう社会が現実なのである
それを否定していは生きていけない社会になっているからどうにもならないのである

大災害時代は広域化社会では一小地域が維持できなくなる、それは今の生活が昔のような村の自給自足生活とはあまりにかけ離れているからそうなったのである
インフラの整備でも過疎地域だと八〇倍かかるととんでもない金がかかるのである
だからこそコンパクトシティとか人を集中させて効率的生活をするとなる
それはこの辺ではすでに現実である、原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも移住しているからである
そしたら小高を復興しようとすることがいいものなのか?
そうなってもらいたいと外からでも思っても現実がどうにもならない
すでにこういう時代は切り捨てざるを得なくなるのかもしれない
これから南相馬市は来年とかで十年とかなれば国から復興費用の援助がなくなる
その時苦しくなるというから余計にそうなる、負担になるのを減らすことが必要になるからだ

ただ自分がそういうことを言えるのかとなると問題なことを自分も承知しているのである市政というものに通暁していないからである
ただ現実を見るとすでに人はもう広域的に住んでいるから広域的に復興を考えざるを得なくなっていると見たのである
小高でも浪江でも復興してもらいたい、でも現実問題としてそれが不可能になっているとも見る、そこに費やす労力でも予算でも無駄とならないか?
それで霞が関の官僚が三陸などの津波被害地域にじじばばばかりの地域に予算を費やしても無駄だと言って顰蹙をかったのである
それも現実がそうだからあえてそうい言ったともなる
でも大規模な高台の土地の造成してもそこに人が住まなかった、そしたらその労力も無駄だったともなる、除染でもそうである、莫大な金が使われたがそれはゼネコンとか官僚の利権化しただけだとかきもなる
なぜならゼネコンから自民党への献金が増えたというからである
そういことのためにゼネコンに除染をまかせたのかともなる

広域化しているという時、南相馬市とか浪江とか双葉とか大熊でも広域的に政策を考え共有しなければ復興できない、それぞれの自治体単位ではどうにも処理できなくなっているすでに広域的に住民が移住しているのだからその対応も広域的にならざるをえないのである、そして現実に浪江でも小高へ帰らないと決めている人が多いからである
老人は小高に帰らないと原町とか鹿島とか相馬市とか新地でも住み仙台圏へと人が移住しているからである
そして少子高齢化や人手不足時代になり地方のまた小地域が維持できなくなっている
それが大災害自体に原発事故の人災でもそうなっているからそういうことかと読んだのである



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