2026年01月17日

南相馬市が原発事故でなぜ分断されたのか 【合併してかえって元の町、市が意識されるようになった】

南相馬市が原発事故でなぜ分断されたのか
【合併してかえって元の町、市が意識されるようになった】

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飯館村合併の歴史

この村は、何度も複雑な合併を繰り返し、現在の名前に落ち着いている。

まず、町村制施行の1889年(明治22年)に飯樋村と比曽村、大倉村と佐須村が合併し、合成地名でそれぞれ飯曽村、大須村となった。

つづけて、1942年(昭和17年)に飯曽村が石橋村(この地名も合成地名である)を編入し、同年、大須村と新舘村が対等合併し、合成地名で大舘村となった。

最後に下記の年表にあるように、飯舘村という合成地名に落ち着いた。かろうじて、飯樋村と新舘村の一文字だけが、現村名として存続している。


そもそも歴史をたどると日本は村が単位であり藩がありその中で生活していた
村にしても小規模であり村同士でもあまり交わらないのが普通だった。
それで明治以降合併があったが例えば大倉村と佐須村が
合併するとき民情が違うと合併しなかった。その距離は5,6キロくらいしかないのにである。これは頻繁に車で行き来している今の時代とはあまりにも違っているからそうなる。5,6キロでも歩けば遠いのである。
それでも民情が違うと合併しなかった

民情(みんじょう)とは、国民の心情や実情を指します。 具体的には、国民の気持ちや生活状態を表す言葉であり、時代や社会の変化に応じて変わることがあります


今ならこんなことはありえない、それだけ近くの隣の村でも人々は交わることなく暮らしていた。言葉でも微妙に違ったりする。それが日本だったのである
そもそも日本だけでなく人間は集団化して住む。するとその集団で争いが起きる
ささいなことでも起きる。その最たるものが土地の争いである
入会権の争いが戦国時代の原因だったというとき、人間は土地をめぐる争いが基本にある。それは世界的にもそうである。領土をめぐる争いが国と国の大規模な争いに発展する。入会権ではそこに大名が介入して戦国時代になったというのもわかる
また資源をめぐる争いがある。丸森の森林、木材資源をめぐり伊達藩、米沢藩、相馬藩が三つ巴の争いとなった。それは木材は炭にもなるし資源として重要だったからである。それは今の石油と同じだったのである。

ともかく南相馬市でも小高町、原町市、鹿島町が合併した時同じようなことが起きた
それは原発事故で起きた。かえって南相馬市と合併しても前の市町村が強く意識されたのである。それは原発事故の補償金の分配で争うともなった。
なぜなら小高区、原町市、鹿島区で補償金の額が違ったからである。
でも原発は合併される前に作られていてその時南相馬市は関与しなかったのである
だから小高に東北電力で原発が作られるとなってもそれは小高町の問題であり原町市や鹿島町は関与しない、それよりそうした重大なことでも知らない人が多かった
自分たちとは関係ないと見ていたのである。これも怖いことだった

そもそも原発は一市町村とか狭い範囲で決められるものではなかった。そして危機感をもたなかった。
一市町村で決められるものではなかった。でも原発のことを理解できないから政府や東電のおもいのままにされたのである。そして地元でもかねになればいいとしかなかった。だから東北電力の原発が小高に建設されるところだった、工事も始まっていたのである。するとそれは小高だけの問題ではない、南相馬市や相馬市や広く福島県の重大な問題として検討すべきものだった。それが全くなかったのは原発が何なのか理解できなかったからである。それで小高では景気が良くなると建築土木関係の人が言っていた。
これだけの事故が起きてもそれが金いなるとなればいいとなる

いづれにしろ南相馬市が合併して返ってその前の市町村が意識されるようになった。
それは原発事故の補償金が小高―原町市ー鹿島で違っていたからである
小高は避難区域になったから一番高い、次に原町区も高い、鹿島区は30キロ外であり少なかった。つまり合併前の市町村がかえって意識される結果になった
そもそも原発は一市町村で決められないものだった。今回の事故でそれが判明した
30キロ内は住めなくなるから一市町村だけで決められない。でも原発を作る方にすれば一市町村を相手にした方がいいのである。その方が補償金でも少なくてすむからである。それは原発のことをみんな理解できないということでそう仕向けられたとなる
別に一市町村と交渉すればいいとなれば楽である。ここに原発の問題があった。

そもそもなぜ東電では福島県に原発を作ったのか、それは東京に作れないからである
場所としては東京湾があり立地的には良かったのである。管理するのにも良かった
本社から遠くなれば安全管理もしにくいからである。それで福島原発事故の時連絡がうまくいかず指示もできなかった。そのために吉田所長が悪戦苦闘したのである
責任回避のために福島に原発を作ったことが返って裏目に出たのである
原発はこのように常に危険でありそれを隠蔽して責任を回避するように働く。そして権力で安全神話を作り事故は起きないとするから避難訓練もしなかった。

ともかく事故から14年もすると冷静に振り返る。何か混乱して何であったのかわからなかった。原発がいかなるものか今になれば国民でも理解する
それでも野党でも原発を増設しろとなっていることが理解できない。それは事故当時者のことがあまり語られない、その当事者も国民に訴えないことも原因している
補償金もらって喜んでいるとかその被害でも大したことがなかったと見られる

むしろ東京の人が福島県民のために苦しみ福島県民が悪いという人もいる
国民でもなんでそんなに補償金を税金から払うのだと怒る人達もいる
国民には責任などないと思うからそうなる。国民が推進したのにそういうのも勝手だとなる。だからこそ野党でも原発増設になる。原発事故はたいしたことではないとなるからである。その責任は原発事故の当事者にも原因がある。補償金をもらうことに血眼になり補償金もらって喜んでいるとかなればそうなる。もし原発事故で人がばたばた死ぬようなことになったら原発増設など国民が認めないだろう。

確かなことは事故から14年も過ぎれば冷静に振り返りそのことの良し悪しを判断する、そのためには当事者のことを知るべきだとなる、そのために地元から発信することに意味がる。やはりその当事者でないと実感できないことがある。でも当事者でも地元でも一様ではない、南相馬市でも一様ではない、だから空間軸だけで鼻時間軸で歴史を振り返ることが不可欠なのである。



posted by 天華 at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2026年01月15日

人間の歴史は個々人でも国家でも失敗の記録 【失敗は歴史の教訓となる】


人間の歴史は個々人でも国家でも失敗の記録
【失敗は歴史の教訓となる―福島原発事故の失敗の教訓】

ジャーナリズム」の定義と目的

ジャーナリズムを一言で説明すると「社会で起こる出来事を取材し、事実を伝える活動や、その成果物」を指します。

私たちがテレビや新聞、雑誌、インターネット上の記事などで日々接している情報源は、ほとんどがジャーナリズムの産物といえます!

その役割は、単にニュースを伝えるだけでなく、社会の不正を暴いたり、市民の疑問や問題意識を掘り下げたりすることにより、民主主義を支える大切な柱になることです。

ジャーナリズムの根本には「真実を追究する」という強い使命があり、正確かつ公正な情報を提供することで、社会に貢献しようとする姿勢があります。

人間の一生も失敗の記録になるが大きく国家であれ世界史であれ失敗の記録である
失敗が後の教訓となる、諺がことわざがなぜ今でも活きているのか、時代がこれほど変わっても活きている。それは人間は同じように失敗を繰り返しているからである
人間は本質的には変わらないからである。それでみんな老人になり失敗を語り後悔する
だから人間が歴史から学ぶという時失敗から学ぶとなる、なぜ失敗したのかを知ることが歴史を学ぶことになる。意外と人間は成功したことから学ばないのである

原発事故でも大きな失敗であった。ではなぜ失敗したのか?それを追求することが後世のためになる。でもその真実が記録に残されず語られないと後世の人が誤解する甚大な事故でも10年20年と過ぎるとあいまいとなり真実がわからなくなる
そして戦争で300百万人死んでもそれが美化される。西欧列強のアジアの植民地化に対抗するための植民地から解放するための戦争だったとかなる。
でもそんな思いで戦い死んだのかとなるとそうではなかった。それは後から美化されたのである。

原発事故でも同じである。もし50年とか百年過ぎたらその事故の真相もわからなくなる。その時事故にかかわった人達がどんな思いでいたのかもわからなくなる
だから事故で補償金をもらってかえって喜んでいた人がいたとなればそれは何なのだとなる、理解できなくなる。第一そんなこと公にされない、マスコミでも常に被害者として見てその被害を語る。事故で喜んでいたとか書かない、でも地元に住んでいればそれは作り話でもない、現実なのである。でもそれが50年でも過ぎればその真実は不明になる。事故の被害者の惨状のみが語られる、記録される。被害がいかにひどかったか、被害者としてのみ語られる。だから事故でも補償金もらって喜んでいたとかありえないとなる。要するにこうして過去のことは不明になりその解釈も誤ったものになる
また事実を真相が語られ記録されないことがある
何か語るのにも記録するのにも権力がないとできない、マスコミだけの語る物を鵜呑みにしていたら誤った解釈になる。でも新聞でも記録としては後世に残る

私がなぜ原発避難区域の被害者の真実をあえて不評なのに語るのか?それは真実だからである。ただ補償金でも原町区のようにもらっていたら書かないし批判しない
批判できない、あなたも十分に補償金をもらったではないかとなるからである
逆に確かに補償金が少なかったから敢えて原発避難区域の人達であれ責められても書いているとなる。すると後世の人が読んだらそういう事情があったのかとなり理解が深まる。でもマスコミや官報だけの情報を見ていたらそうはならない、第一そのことは語られないし記録されないのである。すると後世の人達に誤った情報を伝え誤解させる
すると歴史でも誤った解釈をする、300百人戦争でも死んでも美化される
戦争でもいいものだったとされる。そして戦争に加担した人達の責任は問われなくなる

いづれにしろ原発事故の失敗は教訓を残した。その真実を知り後世に伝えるべきだとなる。それが私の使命であり書いているとなる。

避難区域の拡大(30kmゾーン)
4月27日:プリピャチ市(約5万人)を避難。
その後、30km圏内の村々から約11万5千人が1986年中に避難。
1989年以降、汚染が高い地域が再評価され、最終的に約35万人が移住を余儀なくされた

ここはチェルノブリの事故から学んでいた。30キロ圏内が避難したからである
ただ十分には学んでいなかった、なぜなら事故になったらどうなるのかを想定しなかった、それで事故が起きないという安全神話が成立したのである
だから事故は起きないのだから避難訓練もしなかった。それで一番放射性物質に汚染された山の方の津島に避難したのである。今でも津島は森だと30マイクロシーベルトとかか信じられない馬鹿高く森には入れないのである
その時東電の社員がいて海の方に避難すべきだとそれに従った人は汚染されなかった
そうなったのは余りにも安全神話が強固なものとして信じていたことにある
それは戦争なら日本は神の国だから絶対に勝つというのと同じだった
つまり科学者でも神がかりになっていたのである

ともかく今になると原発中止ではなく増設しろというときその安全対策が問題になる。
それがルーズであり危機感がなくまた甚大な事故が起きるかもしれない。
それは歴史の失敗の教訓からの失敗から学ばないからだとなる。
戦争でもそうである。過去の戦争の失敗から学ばなければ同じ失敗を繰りかえす
カルマの意味は繰り返すだからである。人間の失敗はカルマであり繰り返すということである。それは個々人でもそうであり国家でもそうでありだから歴史を学ばねばならないのである。また真実を後世に伝えねばならないのである。

●歴史の証人になる意義


1. 出来事を“生きた”人
戦争、災害、革命、社会変動などを実際に体験し、
その体験を語ることができる人々。

2. 記録の外側を伝える存在

公文書や新聞には残らない、
・恐怖
・喜び
・葛藤
・日常の細部
といった「生の感情」や「肌で感じた現実」を伝える。
3. 歴史の継承者
証言は、後世が同じ過ちを繰り返さないための重要な手がかりになる。
特に戦争や災害では、証言が社会の記憶を支える。

4. 時代そのものを体現する存在
その人の人生が、時代の構造や価値観を映し出す。
個人の物語が、社会の大きな流れとつながる。


公文書や新聞には残らない、
・恐怖
・喜び
・葛藤
・日常の細部
といった「生の感情」や「肌で感じた現実」を伝える。

これはマスコミや官報では伝えられないし残らない、すると誤って歴史を見るから真実が隠されて美化されたりすると危険である。戦争は意義がありいいものだったとみることもありそれがまた戦争になる危険を孕んでいる。死者は美化されやすいのである。

恐怖、喜び、葛藤、日常の細部ーこれが語られること読むことが大事になる、でもこれを読み込むことは難しい、古文書でも読むのが困難でありそれは学者がすることになる。
原発事故の恐怖は放射性物質汚染の恐怖であり、また葛藤は原発は金になるということで反対できないという葛藤である、また喜びは手厚い補償金を避難区域ではもらったことである。そのことは公にできないものである。被害を強く訴えれば訴えるほど補償金でも高くなり国民の同情も得られるからである。被害者が原発事故でも補償金もらって喜んでいるとなると支援されなくなるからである。常に被害者として訴えていた方が支援されるし補償金でももらえるとなる。
こういうことは地元でないと実感できない、人間は実感することが本当に知ることである。だから事件があればその現場に行って実感して報道する
外国でも実感することが知ることである。百聞は一見にしかずとなる。




posted by 天華 at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2025年11月15日

南相馬市を原発事故で分断させた補償金 【鹿島町、原町市、小高町の歴史は長いが南相馬市は短いので一体感がない】

南相馬市を原発事故で分断させた補償金
【鹿島町、原町市、小高町の歴史は長いが南相馬市は短いので一体感がない】

原発事故で問題になったのは一つの問題ではない、複合的に起きた
第一に科学技術の核の問題があったがそれだけではない、あらゆる問題が噴出した。
その要因として南相馬市が合併してまだ月日が浅い

2006年(平成18年)1月1日、原町市と相馬郡小高町および鹿島町が合併して誕生した。旧市町の区域ごとに地域自治区となっており、各々「原町区」「小高区」「鹿島区」に移行して住所に名称をほぼ残している

それでも合併して20年くらいすでに過ぎたのである
それでもどうしても「原町区」「小高区」「鹿島区」がありその歴史が長いから南相馬市民という意識が醸成されない。
原町区はもともと5万くらいの都市でありそこでは原町市民意識があった
南相馬市になってもやはり原町区が中心になっている
でも小高町民とか鹿島町民としての歴史が長いから南相馬市民という意識が育たない、つまり簡単に共同性は作れないのである
南相馬市という命名も問題があった。相馬市の南となり相馬市に付属する感覚になった。何か市としての特性が感じられなかった
つまり簡単に名前を変えただけでは共同性は作れない
ヨーロッパの市民意識は中世から作られてきたものである
それでパスポートに国だけではない市の名前が記される
あなたどこの国のものですかだけではないどこの市の出身ですかが問われる、このことに違和感を感じるのはそもそも市民意識、シテズンシップが持てないからである
それはヨーロッパの歴史から生まれたものであり日本は村が共同の単位だったからなじみがないのである
そもそも村意識があっても町民意識すら明治以降に作られたものである
ましてや市民意識など持ちようがなかった
また国民意識すらもっていなかったのである。江戸時代は藩に属していて藩民意識はあっても国民意識はなかった。相馬藩があり伊達藩があり藩に属する意識が基本にあった。

明治以降はその藩がなくなり天皇の臣民とされ過剰に国民意識が上から強制されたのである。それは日本が国際社会の一員となるとき強制的に国民意識を持たされたのである。
それまで天皇のことなど意識されない、藩中心だから殿様は日常的に意識しても天皇のことなど知らなかったのである

そもそもこうした共同性は簡単に作れない、だから南相馬市と名前を変えても実質が伴わないのであ南相馬市の一体感が持てない
何かそこで原発事故でその不自然な状態の矛盾が表面化したのである

小高区は避難区域となったが補償金の額が大きい。それで他の土地に移住したとしても新築の家を建てた。それでいわき市とかではその移住した人達が多かったので問題が起きた
地元の人達は家を建てられないのに次々と家を建てた。補償金で建てたのである。だから反発されて暴力沙汰にもなった。
つまりもともと住んでいる人達が家を建てられないのに原発避難民は補償金で家を建てるというのは何かおかしいことにもなった
もともと住んでいた人たちは羨ましいとなったのである
そのことは南相馬市内でも起きている

補償金が30キロ圏外だと同じ南相馬市でも鹿島区は原町区の三分の一しかもらえなかった。この補償金の多寡で南相馬市は分断されたのである。だから小高であれ避難区域になった所では返って原発事故で得したとなる。それでその他の地域では羨ましいとなった
だから小高の人でも原発はいいものであり別に被害があったとも見てないのである

いづれにしろ南相馬市自体が合併して日が浅いのに原発事故で分断された。ただ小高区と原町区はうまくいっている。補償金で不満がないからである。鹿島区でも相馬市でも30キロ圏外になるとわずかしか補償金がもらえないから不満になる
たしかに小高の人でも原発は言いものだったあからさまに言う。でも30キロ圏外の人達はそう思っていない。
何か原発事故では避難区域になった地域では荒廃したので同情されるが現実はそこに住む人たちは返って良かったとまでなる
それは全部でないにしろそれもまた事実である

ともかく南相馬市として合併しても共同するには長い時間がかかる
そこに原発事故が起きて南相馬市の試練となったのである
これにどう対処するかはむずかしい。そこに利益利権が金がかかわり分断された。骨肉の遺産争いのようにもなったからめんどうなのである。
posted by 天華 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2025年11月14日

原発事故と民主主義 【原発を作るにも十分な議論はされなかった】

原発事故と民主主義
【原発を作るにも十分な議論はされなかった】

市民とは政治的な主体だ。 身の周りの世界が同組織されているかに、自分たちの生活がかかっていると折にふれ自ら言い聞かせる人間だ。使命は、常に、社会における自分たちの運命についても。 もっと理解を深めようと努める。 
時に不正に対して憤り自分で何とかしたと思い立って 社会問題に自ら深く関わっていく。 消極性は市民の立場の死を意味するのだ。
(カレルバアン ウオルブレンー 人間を幸福にしない日本というシステム) 



民主主義とは何なのか、まだわかっていない、それは別に知識人だけのものだはない、庶民レベルで民主主義が実践されることである
例えば原発でも何かこれが地元でその是非が議論されただろうか?
それがほとんどなかったように見える
原発事故になり庶民でも主張するようになった。
ただ主張したのは原発事故の補償金のことである
補償金をもっとくれということで主張するようになった。
原発が建つときはそれが危険だからとか地元でも議論はされていない
ただ金になるということで批判はしなかった

つまり人間は一番敏感なのは利益になる金になることである
だから避難区域になった南相馬市の小高区の人でも事故後も反対しないし東電であれ批判しない、ただ避難区域の人がみんなそう思っているのかどうかわからない、その人は特殊なのかそれとも原発事故は補償金をもらったから別に悪いものではなかったと見ているのかわからない
ただ極端にしろ民主主義ではそれぞれ主張することはできる

原発はいいものだった、補償金をもらって事故後悪いものではなかった。それで自分に対して原発のことで反対するとそんなこというなと食ってかかってくる。そして自分を責めてくる。
これは意外なのだがそうした主張は原発避難区域で一定数いることは確かである。浪江町でもまわりの田んぼでも草茫々でもその人は電気関係で原発でも働いていたから何か年金のように補償金をもらって良かったと言っていた

何か外から見ると常に原発の被害が放送されるが地元では極端にしろ原発はいいものであり批判しない、だから地元でも原発に反対すると怖いとなる。
ただ民主主義は誰でも意見は言える。だから別に原発はいいものだったとかでも主張できる
第一小高であれ浪江であれ原発はいいものだったというとき外部の者がとやかく言えるだろうか?
何か外部から見ると常に被害者として見ている。でもその地元の人は補償金をもらって良かったとなっている。
だから地元でも原発に事故後も反対できないとなる
すべての人がそうなのかどうかはわからない、でもそれがまた現実でもある。
それを主張するとき原発をもっと増設しろということでも原発は事故になっても十分な補償金が出ますから困ることはありません
それは福島の原発事故でも避難区域の人達が証言してくれますとかなる

でも原発避難区域の人達がみんなそう思っているのかどうかはわからない、ただ私に対して強くそういい私に食ってかかってくる
それは民主主義なのだから一人一人意見を言うことはできる
極端であれできる。それをとめることはできない。
それでもその自分の言っていることに責任を持てるのか
いくら一個人でも小高であれ浪江であれ何か代表して強く主張したのかと感じた。民主主義は何であれ誰であれ意見を言い主張できる

原発はいいものだった
原発には反対するな
補償金をもらってみんな喜んでいる

ただこの喜んでいるのは南相馬市なら小高区であり原町区である。鹿島区とか30キロ圏外は補償金では不満である。それで私は30キロ圏外だから原発に反対できた。もし補償金をもっともらっていたら反対を東電でも批判できなかった。人間はこうして金が利益が第一となり左右される
それはあらゆることでそうでありいくら正論のようなことを言っても利益になる金になることが優先される。

民主主義でも利益が優先される。それはそれで主張できる
金になるからいいじゃないかというこを主張できる
でもこの辺では何か原発に関して議論すらされなかった
だから何故新潟の巻町で原発を拒否できたのか、原発推進派の方が多かったも見るからである。そこでは議論もされた。それにしても反対できたのはどうしてだろうとなる。そこでは民主主義が機能していたからなのか、反対派が多く原発が建てられなかった。全国的に見るとそれは例外的なことである。どうしても利益第一になる、金になるとなれば反対できないのが普通である。

確かなことは原発問題でも民主主義が試されたのである。地方自治の方が何か民主主義でも身近になる。それぞれ住んでいる場所であり原発事故なら住めなくなることにもなったからである
それでギリシャの一万くらいのポリスで民主主義が生まれたことが理解できる。国単位となると大きすぎて身近にならないからである、それくらいだと一票の重みがある。そして責任も自覚する
国家レベルとなると責任も自覚できない。だから原発は言いもものだったと言うことはできる
でも責任は課せられる。狭い範囲だと反対であれ賛成であれ熾烈なものとなり昔だったら戦争にもなる
そもそも戦争が戦国時代であれ起きたのはやはり土地争いとか水の利権とか利益をめぐる争いだった
それは今の時代でも変わらない、血で血を争うのは利益利権をめぐってそうなる。

いずれにしろ民主主義と言っても利益第一主義になる。利益になるとなれば危険は無視される。そのことはあらゆる分野でそうでありカルト教団でも御利益追求しかないことでもわかる、つまり人間は利益になる金になるというとき反対はできなくなる。それは原発は危険だとしても目の前の利益が優先される。これは人間社会に共通している。









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2025年11月05日

原発に何故反対できないのか? 【地元でも国民でも原発推進になっているから】

原発に何故反対できないのか?
【地元でも国民でも原発推進になっているから】

原発事故の議論で誤解しやすいのが電気なしでやっていけるのかという極端な主張である。電気自体を否定はしなくても原発に反対するとそう見られる。電気でも石炭石油で発電できる。水力発電もあり今ならソーラーパネルも風力発電もある
でも電気という時原発が拒否されるのは福島の事故のように危険だからである。別に電気を必要ないとは誰も言わないのである
でも原発に反対する人は電気はいらないのかお前は電気なしで暮らせとかなる

そしてなぜ原発が反対できないのか?

それはそれを支持する勢力がありそれが圧倒的に多いのである
事故を起こした地元ですら事故前でも事故後原発反対にならない
むしろあからさまに原発はいいものだという人達もいる
故郷にすめなくなった被害でもそうなのである
その理由は補償金が手厚いから東電でも政府でもあまり批判しない
地元でもその事故のことより補償金を追加してもらうことが最優先課題である。
だから小高の人でもこれだけの被害があり本人も小高に住めなくなっても家族がばらばらになっても東電とか政府を恨んだりしない、ただ補償金をもっとくれとなっていた。
浪江の人も周りの田んぼが草茫々でも補償金をもらって老後の足しになるから喜んでいるともいう。あれだけ街が荒廃してもそうなのである

それは国民でも原発反対かというとそうではない、むしろ原発の再開どころではない、原発の増設しろとなっている
それは野党でも同じである。なぜなら電気組合の電事連は強力な団体であり選挙では野党も頼る。だから参政党でも原発推進派なのである。
選挙の票田になるからそうなる。
つまり国民でも9割くらいは原発推進派であり反対は一割くらいだろう
それは事故を起こした地元でもそうである。
そうなるととても原発に反対できない、故郷に住めなくなった地元の人すら原発に賛成だとしたら誰が反対するのかとなる
だから原発事故で人がばたばた死ぬようなことにならないと国民も深刻にならないからたいしたことないとして原発を容認するだけではない推進派にもなる。

ともかく原発の利権は余りにも大きなものだった。何兆円という国の予算がつぎ込まれた。その金に群がる人達も多かった。
地元でもその金に目がくらんだ。危険は無視され金になればいいとなった。それで地元でも原発反対はなかった。むしろ原発に反対すると周りが賛成なのだからこの土地に住めなくなったかもしれない。それほど原発は金になるからそうなったのである。
別に地元でもこれだけ被害があっても原発に反対しないのである
そうなれば国民でも大した被害でないとして原発を増設しろとなることに抵抗がないのである。民主主義は多数決で決まる。9割が賛成なら一割の反対は無視できる。それは地元でもそうなのである。

この辺では原発事故で大被害を受けたとか言わない、ただ補償金をもっとくれと言うだけである。原発自体に反対しない。だからこそ国民でも同じであり野党が参政党でも原発増設しろとなっている。
つまり原発は止めようがないのである。一割が反対しても全く無視されるのが民主主義である。そこに民主主義の大きな問題がある
肝心な被害にあった地元でも原発賛成となれば反対しにくい、原発事故になっても困りませんよと言えるからである。

ただ誤解しやすいのが原発に反対すると電気無しでいいのかと言われることである。その議論が間違っているのである。電気をいらないとは言っていないのである。なにか議論になると感情的になる
だから暴力にもなり議論することもできないとなる
荒っぽい人がいてそういう人は正論でも言論を無視する。理屈を言うなとかなり力づくで暴力で解決しようとする。それで民主主義は破壊されるのである。
ともかく発言は自由である。でも自分だけに言うのではなく地元であれ国民に向かって言いそれで判断させるのが民主主義である
目の敵のように自分にだけ言われるのが納得できないのである






posted by 天華 at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2025年09月04日

なぜ半農半漁になったのかー漁業だけでは生活できないから 【原発であれ火力発電所でもその経済効果大きから反対できなかった】


なぜ半農半漁になったのかー漁業だけでは生活できないから
【原発であれ火力発電所でもその経済効果大きから反対できなかった】

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東北電力の火力発電所

ここは石炭を外国から運ぶ港にもなる

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津波の前の磯部村

●半農半漁になった原因

南相馬市で津波の後右田浜には家がなくなり砂浜もわずかになった
でも河口では釣りをする人が常時いる。釣りするにはいいとなる
でも砂浜が狭いし何か海の景観としてはみすぼらしくなった

一方烏崎の砂浜は結構広いと見た。津波の被害が大きく家が集中してあったところは何も無くなった。草茫々になっている。そこは狭い土地であり後ろは小高い丘になり土地が狭いのである。

なぜそうした狭い場所に家が密集したのか?港のあるところは海に面して密集している。それは漁業に便利だからとなる。すぐ海でありその港が仕事場になる
だから三陸とか他でも海に接した場所に津波の被害の後にも戻っていたのである
要するに三陸とか明治にも一万人も死ぬ被害があった。
それなのにやはり海に接した便利な場所に移っていたのである

もう一つの原因が漁業でも半農半漁であり海岸に接して狭い場所でも住んでその後背地は田畑として利用する。つまり農業するための土地を確保するために狭い場所に住んだ。それは磯部村でも海岸に接して密集して家がありそれが津波で消失した。250人とか死んだからその被害が大きかった。
そこは原始状態は砂州のようになっていた。

農業と漁業の両方を営むことが、漁業の安定性を高めるために必要であるという認識が広がったこと。
持続可能な漁業を営むために、農業も必要であるという考え方が普及したこと。
漁業の進歩により、漁業権を持つことが重要視されるようになったこと。

これらの要因が相まって、漁業の安定性を高めるために、農業と漁業の両方を営むことが求められるようになったのです。

ホッキガイの資源管理型漁業を実施している福島県磯部地区(現在の相馬市南東部)の漁業者は果樹栽培(ナシ)を、静岡県駿河湾のサクラエビ漁業者は茶栽培を兼業しています。

また三重県では、漁船漁業と果樹栽培(ミカン)、養殖業(真珠・魚類)との三種を兼業している地区もあります。一業種だけでも十分生活できますが、三業種全部が当たった年は笑いが止まらないという話を聞いたことがあります。

半農半漁が「資源管理型漁業」のために重要な理由

磯部では丘陵地帯で梨を栽培しているので有名である。磯部だと何か松川浦と違い
大きな漁港がない、松川浦の船溜地区に港があったが小さい

●磯部はメガソラー地帯にその会社のこと

 磯部地区は、300戸以上あった住宅が、すべて津波で流されたり壊れたりした地域だった。「特定被災区域」となり、さまざまな減免や特例措置を受ける一方、新たな施設や建物の建設には制約が課されていた

地元密着に徹する、相馬市の津波被災地のメガソーラー

メガソーラーとかは景観的には好ましくない、ただ相馬市の玉野村とかの山全体をメガソーラーにするのは問題である。災害も起こりうる
だから海岸地帯のメガソーラーは経済的理由でやむをえないのかとなる

なぜか私は景観が気にする。まず景観が悪いと嫌なのである
それで磯部村にある喫茶店がメガソーラーの会社が経営していた
でもそこは海も見えないし道路が見えるだけだから魅力がない
つまり喫茶店とレストランでも景観が良ければ価値がある
価値が総合的だからである。もちろん料理も大事だが海を見て食事をすると最高だとなる

●南相馬市の烏崎の漁業者は火力発電所と原発の補償金で金持ちになった

ともかく漁業だけではもともと生活すことが困難だった。だから半農半漁になったことが理解できる。漁業はいつも定期的に魚を獲れるわけではないからである
つまり漁業は零細なものが多い、特に福島県ではそうである。宮城県から比べると
その規模は十分の一に過ぎない。
だから福島県の浜通リが原発が建てられ火力発電所が建てられ電源供給地帯となった。零細な業者はそれで原発事故前も補償金をもらい原発御殿が建ったとかうらやましがられていたのである。それは港に住んでもみんなが漁業者ではないからである。

烏崎となると東北電力の火力発電所ができてその後に双葉に原発ができた
火力発電所ができたときも補償金をもらい原発でも漁業者はもらっていた
それで津波で家を流された人が街の方の復興住宅に住んだ
その人は海外旅行にヨーロッパに行っていたという。

ハワイ7泊9日間の旅で料金は36万4000円だった。大卒の国家公務員の初任給が1万9000円の時代、現在の物価では約400万円になる。庶民には高根の花だった。

ヨーロッパ旅行はもっと高かった。だから私は海外旅行は行けないと思っていた。それが先入観になっていたのである。それにしても

公務員の初任給が1万9000円の時代、現在の物価では約400万円になる

これだけ高額なもなものだったのである。烏崎で呉服屋が高額な着物が売れたというのもそのためである。

要するに漁業は電力会社から補償金をもらうためにあったのかとまでなる
漁業権は大きな権利であり漁業者から許可されなければ火力発電所でも原発でも建てられないのである。
ただ別に火力発電所なら事故もないし問題にされなかった。それでもなぜ漁業者だけが特別恩恵を受けたのかとはなる
発電所の経済効果は大きい、働く場を供給するし税金も入るしそのために地元でも反対はしなかった。

●火力発電、原発の利権が巨大すぎて反対できなかった

この辺では原発に反対はできなかったことを身に染みて理解できる
そもそも補償金とかの金が大きいからである。また経済効果も大きい、するともし反対したらそういう金を得ている人であれその利権にかかわる人たちがいて暴力団も関係して怖いとなる。検察とか警察まで関係している。なぜならそこに天下りしている官僚がいたからである。そうなるともう反対することは不可能だった

地元でも建築土木関係でもかかわるからそういう人達の中に荒っぽい人もいるから
怖いとなり反対できない、事故後はこうして言うことができるが事故前は言えなかった。それは地元の人でも賛成であり反対することは命がけにもなり住めなくもなる。そういうことを事故後でもひしひしと感じた
ただわからないのは新潟県の巻町で原発に反対して建てさせなかったことである
これはどうしてそんなのことが小さい町でできたのかと不思議になる

いづれにしろ原発の問題は地元すら賛成なのだからとても反対できなかった
それは国策であり戦争でもそうであり戦争に反対すれば特高がきて刑務所に入れられる。それと同じだったのである
そして金になるとなれば目の色を変えるのが人間である。そこで殺人まで起きるのが普通にある。今でも原発事故の被害者でも東電でも政府でもそれほど責めない
ただもっと補償金をくれとなっている。









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2025年08月05日

なぜ野党でも原発推進になったのか 【もはや原発は止められないどころか新設されて増えるー福島原発事故も忘れられる】

なぜ野党でも原発推進になったのか
【もはや原発は止められないどころか新設されて増えるー福島原発事故も忘れられる】

原発「命」と言ってよいほど、その姿勢は突出している。もちろん、支援団体の連合傘下にある電力総連や基幹労連などの票と金欲しさの政策だが、既存原発の再稼働だけでなく、原発の新増設にも熱心だ。参政も次世代原発開発を唱えるなど、これに近い考えを持っている

石破首相退陣で待ち受ける「高市早苗・右翼連合政権」の恐怖…最悪の未来に突き進む「3つのシナリオ」 古賀茂明

福島でこれほどの原発事故の被害があっても全国的に見れば原発賛成になっている
それはなぜなのか、それは原発で飯を食っている人達がいる。原発だけではない電力事業全体の中に巨大な利権化になるから
福島の原発事故でも全国から見れば一部のことで無視される。
でもその廃炉のための金が20兆円とか延々と続く、原発は一旦事故になったらこうなる。それは庶民感覚の金銭感覚では理解できないのである

過去約40年で原発推進のために使った「普及開発関係費」と呼ぶ広告宣伝費の総額は、約2兆4千億円といわれています。これを1年当たりに換算すると約600億円。例えば、トヨタのようなグローバル企業ですら、国内単体の広告費は年間500億円程度といわれていますから、それを上回る額です。

世界のトヨタを上回る2兆4千億円。原発再稼働の流れに沿って息を吹き返す「原発広告」の特殊すぎる実態
週プレNEWS

例えばこうした電力関係の組合の電事連から800億くりが宣伝費に使われたという、この額も余りにも大きすぎて感覚的にわからない、何か金の額が大きくなると理解できなくなる。私は職にもつかず小遣いを親からもらって暮らしていた
それで旅するにしてもいかにホテル代を減らすかで苦労した。他で何か贅沢はしたことがない、ただ自由な時間が与えられていたのである。だから百万とかの金を自分の裁量で使ったことがない、だから金銭感覚としては日々食えるという感覚である
そうして貧乏性となり遺産が多少入っても同じである。つまり金銭感覚は変わらないのである。
だからこうした巨額の金となると何か実感として理解できないのである

だから参政党でも原発賛成であり投票した。でもなぜこれほど原発に賛成なのだろうか、野党でも立憲でも国民民主でも参政党でも賛成である。それはやはりまとまった票を得るためには電事連などの巨大組織に頼る。浮動票だけではまとまった安定した票が得られないからである。結局野党であれ原発賛成でありもっと原発を作れと主張しているのには驚く、福島の原発事故でも反省していない、その理由が電力関係で飯を食っている人達が多いからそうなる
それが利権集団となるから今や原発推進になっている。

それは原発事故でこれだけの被害を受けても原発避難区域になった所では補償金が多額だったからそれほど東電を政府でも批判しない、かえって補償金をもらって助かった良かったという人達も多いのである
それだけ原発事故前から地域経済にとって原発は金になるものとして地元でも推進されたのである
だから原発反対などの運動など左翼関係でもしていないのである。小高は共産党系が強い場所でもそうだったのである。
その時反対することはいじめにあったり暴力沙汰にもなったかもしれない。

それは何故なのか、金になるから止められない!

地元でも金になるとなれば止められない、事故後でもそうである。その背後に巨大な電事連とかの組織がありその人達もまた原発推進なのだから止めることはできない。それで原発推進派が多数であり政治に反映される
もう野党もこれだけ原発も積極的な推進派になっていればもう止めることは不可能である
地元でこれだけの被害があってもそれは一部の事として忘れられる。
原発推進派はどちらかというと右翼だと見ていたが立憲でも国民民主でもそうだった、参政党は最右翼でもある
こうなるともう原発はまた作られるとなる。

やはり飯の種になるものを奪われるとなればこうなる。そもそもこの辺で原発が作られたのは双葉辺りに仕事がなく出稼ぎ地帯であり地元で働き住みたいとなり原発が作られたからである、つまり金になるとなり積極的に誘致された
またその経済的波及効果は大きかった。近くの土木業者は原発建設で砂利とかを集めて売り大きな会社に成長した
だから歓迎されたもなる。原発で働くと普通の三倍の金がもらえるというので飯館村の人でも働いていたのである
原発は金の生る木だったのである。

そのことは依然として原発であれ電力関連で働く人たちが多くそれが反対しない利権になり飯の種だから反対しない、それが政治に反映される、だからこれだけ野党でも積極的原発推進派になる
だから一見驚きだがそれだけ電力関係で働き生活する人達が多いからそうなる。
だからその支援で議員になる人は反対しない、でも積極的推進派になりもっと原発を作れと言うのには驚く
もう福島の原発事故のことは忘れられたのかとなる

でも地元では依然として故郷に住めなくなったとか傷痕が残り悲惨である。原発避難区域の回復はない、その現状を見れば原発の積極的な推進に変わったことに驚く、むしろ補償金もらって良かったとか浪江の人が言うのにも驚く
回りの農地が草ぼうぼうになってもその人は電気関係で働いていたからそうなる
つまり農業社会ではない電気社会になれば農業より電気が大事だとなる。その社会の変化でそうなった
だからどうしても第二の原発事故が避けられないともなる。原発の安全を守る技術が進歩しても完全ではないしやはり何かで事故は起きる。日本は地震も多いし地盤が安定していないからである。

いずれにしろ津波原発事故から14年過ぎると忘れる、この忘れることが大きな問題になる
天災は忘れた頃にやってくる・・・となるからである。福島の原発事故は一部のものとして忘れられる
それにしても野党も原発推進派だということはもう止めることは不可能である。
立憲もそうであり参政党は最右翼にもなるとなれば不可能である。それも怖いことだが国民も電気関係で働く人たちも自分たちの生活優先だからそうなる。もはや止める方法がないとなる
そして将来破局的事故になるかもしれない、福島原発事故の教訓は活かされないとなる







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2025年07月07日

原発事故の責任を再度問う―金から見るとわかりやすい 【距離に比例して責任があり金を多くもらった人はそれだけ責任があった】


原発事故の責任を再度問う―金から見るとわかりやすい
【距離に比例して責任があり金を多くもらった人はそれだけ責任があった】

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責任から考えると双葉であれ大熊など原発に近ければ責任があった
その分金をもらっていたからである
そして南相馬市だとなぜ鹿島区の三倍ももっらったのか?
放射線の被害はそれほど変わらなかったからである
距離にして責任があったとなれば原町は原発に近いのだっから責任が大きかったとなる
それを言えば相馬市は30キロ以上離れていてわずかの補償金しかもらっていないのである
だから責任論から言えば東京都民が大迷惑だったと同じになる



●東京都民が福島県民が原発を作り大迷惑だったの主張

原発の責任というと誰にあったのかなかなかわかりにくい。何が責任なのかがまたわかりにくい
それで加治将一氏が原発事故で迷惑なのは福島県であり東京には責任がないという
これも暴論とまなる。

ならばなぜ東京に作らなかったのか?

送電線でも遠いから金がかかる、一番いいのは東京に作ることだったのである
意外と東京湾があり大きな湾だから津波も大きなものにはならなかったろう
安全を考えた時東京に作るのが合理的であり安全でも計られたのである

ではなぜ福島に作られたのか?

それは東京だと一千万人住んでいて国家の中枢でありその安全を計らねばならなかった。
それよりその一千万人の東京都民が反対するから東京に作ることは不可能だったのである
それで東京から離れた福島県はいいとなった。茨城県だと近いからややはり危険となり福島県がいいとなった

そもそも東京に原発を作るべきだと本を出した人がいたがそれは何か荒唐無稽のものとして無視されたのである
確かなことは東京には絶対に作れなかったということである
東京都民が猛反対するからである
でも理屈から言えば東京の電力は東京でまかなうべきだとなる。東北の電力は東北電力が供給している
それは地元であり理にかなっていたとなる。それで女川原発は東北電力が作り三陸津浪で明治に一万人が死んでいる被害があり
高くして作って間一髪助かったのである。それは東北であり地元だからできたのである

だからなぜ福島県に原発が作られたのか?

それは明らかに東京都民の責任もあったとなる。福島県は原発を自ら作り東京都民が迷惑だったというの暴論になる
大迷惑だったのは福島県だったとなる。

●福島県内でも浜通リでも責任の軽重があった

ただ福島県にしても広いから浜通リに作られたが福島県全体からすると迷惑だったとなる
なぜなら金を原発ではもらっていないから恩恵がなかったからである。

ではまた浜通リにしてもその責任は原発からの距離で計られた。30キロまでが放射線の被害があるとして認定された
それで南相馬市の鹿島区は補償金がもらえなかったのだが南相馬市ということで少なくても補償金はもらえたのである
でも原町区の三分の一だったのである。30キロからはずれているから本当はもらえないということもあった

でもこの補償金の配分も責任論からすると理に合わなくなる
東京都民がと理に合わなくなる。東京都民が福島県に原発を作って大迷惑だたと言っているのと同じように福島県内でも
ハマナカアイズがあり会津でも風評被害があり浜通リになぜ原発を作ったのだ迷惑だったとなる
何故なら原発の恩恵を受けていないからである。

結局原発の恩恵を一番受けたのは金をもらったのは原発のすぐ近くの浪江町とか双葉町大熊町である
それで大熊町の町長が津波で金庫が流されてそこに5億円入っているから探してくれとなった
それだけの金が町長となれば入った驚きである
この辺でも原町火力発電所が建てるとき烏崎の漁師は高額な補償金をもらった。それで40年前なのかヨーロッパ旅行に行ったというのも驚きである。その頃の海外旅行は馬鹿高いものだったからである

また火力発電所だけではない、原発でも漁業関係者には補償金が入っていたのである
この額は相当なものである、だから津波の被害があっても一早く新築の家を建てたのは漁業関係者である
原町区でも菊池スーパー近くに立派な庭の家が建てられたがそれも漁業関係者である
また相馬総合市立病院に入院した人は漁業関係者であり新しい家を建てると豪語して特別室に入っていたのである

●金の多寡で責任があった

でも原発の責任が誰にあるのかとなると一番金をもらい恩恵を受けた人だともなる
だからこれも反対されるにしてもむしろそうして原発を建てる前から十分な補償金をもらっていた人達に責任があるともなる
要するに原発の責任は原発からの距離に比例して責任が重くなり金の多寡で計られるともなる
金をもらわなければ責任はないともなる。金をもらったことが責任になる。それが現代ではわかりやすいのである

その他いろいろ責任を問うても複雑でわかりにくいからである。だから東電でも高額な給料をもらっている幹部は責任があり天下りして金をもらっていた官僚でも責任があるからその金を返せともなる
そこには海上自衛隊の幹部でも警察関係の幹部でも検察でも天下りして金をもらっていたのである
つまり金から見るとわかりやすくなる。犯罪でも必ず金の出入りを銀行の通帳から調べる
なぜ月ごとに高額の金が定期的に入っているのかと調べるとそれが証拠になるからである。

原発事故でなくても現代の責任は金から見るとわかりやすいのである。金を多く得るものはそれだけ責任が大きくなる
金を得られない者は責任もないとなる。
そういう自分にしても家族が公務員であり金の恩恵があった。公務員は得するようになっているのである
だから他者のことをとやかく言えないという面もある

ともかく貧乏は自己責任だなどない。別にたいしたことをしなくても金が入る人はいる。努力しなくても金を入る人はいる
それが自分自身だとなる。だから人間はそもそも不公平なのである。
いくら苦労しても働いても金にならない人もまた多いからである

原発事故の責任は誰にあったのか、それを問う時も金からみるとわかりやすいのである、その他になるとわかりにくいのである
だから反発されるが加治将一氏が言うように福島県民が事故の責任者であり大迷惑だったのは東京都民だというのも責任を問うとそれなりに成り立つ、福島県内でもそうである。浜通リの人達は強欲であり危険な原発を誘致して作り大迷惑だったとなる

だからなぜ原発を誘致して作らせた浪江であれ双葉であれ大熊であれその近くは一番責任があったとなる
また漁業関係者が反対すれば建てらなかった。それなのに原発を作る前から多額な補償金をもらっていたから一番責任があったとなる。金の面から見ればそうなる。
ただ津波の被害に関しては責任を問うことはできない、だからもし津波の被害だけだったら同情したとなる

原発事故の問題はこれは戦争で3百万人死んだようにその責任でも誰にあったのかとなり問われ続ける
原発事故でもそうである。それだけの甚大な被害だったからそうなったのである
確かなことは人間とは何であれ常に責任が課せらて問われ存在でありそこに住んでいるだけで責任が問われていたのである
ただそういう自覚を持つ人はまれだとなる。金をもらえれば何でもいいとなる。その金に責任があることを自覚する人は少ないのである。民主主義は民は主になる制度である、でも民が主になりそこで責任を自覚する人は少ない
選挙でも一票など何の効果もないとなり責任もないとなる。それがやはり大衆民主主義の問題である
それでも必ず責任が問われるようになっているのが人間なのである






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2025年03月17日

加治将一氏の原発問題の意見−誰に責任があるのか? 【福島県民が悪いー金の多寡で問われる責任】【2】


加治将一氏の原発問題の意見−誰に責任があるのか? 【福島県民が悪いー金の多寡で問われる責任】【2】



原発事故の責任は誰にあるのかそれが、依然として問われている。加治将一氏は福島県に責任がある、千葉県でも茨城権でも迷惑だった。福島県では別に原発を拒否できたのにしなかった。その責任は東京にもないし政府にもないとなる
選択したのは福島県である。
この論でゆくと私でも常に指摘したのは原発の責任は誰にあるのかという時原発の距離に比例して責任が課せられていたとなる
また距離に比例して責任があり漁業権を持っていた組合とか特に船主とが責任あると追求した
それはなぜか、つまり一番金をもらっていたからである。事故前でも手厚い補償金をもらい原発御殿が建ったと回りからうらやましがられていたのである。事故後も補償金が手厚いから何ら困ることがないのである

でも事故が起きてその責任が問われるようになった.漁業組合が拒否すれば原発は作れなかったとなるからそうなった。
だから一番金をもらっていた漁業組合関係が責任あるともなる
ただこの辺では火力発電所もありその時も漁業関係者は補償金をもらい原発でももらったからその時ヨーロッパ旅行にも行っていたのである。その費用は当時では50万としていてそのことがあり私は円高でみんな海外旅行している時でも行かなかったことを悔いている。これも自分場合は遅かったのである。

何か加治将一氏の論になると原発事故の被害区域内でも同じようなことが起きていると思った
特に原発から近い所ではなぜ反対しなかったのか、小高や浪江や双葉や避難区域になった所はそうである
小高には現実に東北電力で原発が建てられるところだった。それで小高の人は景気良くなるからいいとしていたのである
でも南相馬市では小高区は避難区域になり住民が離散して衰退して回復しないのである
ある人は息子が仙台市に移り仕事するようになった、その親も一時原町区に空家を買って住んだが病気になり息子のいる仙台市の病院に入院したのである。それは結構厳しい結果になった。熟年離婚もしていたからである。

ともかく原発事故の責任を問う時、金の多寡で責任が問われた。漁業関係者は一番金をもらっていたのだから一番責任があり
とのされた。また距離に原発からの比例して責任を問われた。でも補償金もまた原発からの距離に比例して決められた
30キロで区切られて原町区となると鹿島区より三倍の補償金をもらったから不まであり相馬市になるとわずかな雀の涙というくらいしかもらっていないのである。放射線量は同じなのである

だから何か現代社会は金が責任がある。金の多寡で責任が課せられている社会である。ただ江戸時代でも五両盗んだら打ち首だとあり金の多寡によって責任が課せられていた。だから銀行で貸金庫から億の金を盗んでいた銀行員は江戸時代なら打ち首なのである。でもそれほど責任はとわれないのである。、また東電に天下りした官僚なども警察や海上自衛隊でも責任がとわれないのである。その人達も東電から多額の金をもらっていたのだから責任がある。それを問う人がいないというのもわからないのである。また金をもらっていたとなればマスコミも電事連から莫大な金を宣伝費としてもらっていたのである
だからマスコミにも責任があるとなる。

何故なら金をもらっていたからだ!

金は現代では責任になっている、金の多寡で責任が問われる社会である。だから金持ちは責任がありその金を有効に使わない人は責められのである。金のない人は責任もそれほど問われないとなる。
だから加治氏が福島県で原発を作られて迷惑したのは千葉県とか茨城県だという時原発から近い所は恩恵を受けたから

責任があるとなる。だからなまた手厚い補償金がもらえるのだともなる

原発を積極的に誘致したのは双葉町でありその近隣の浪江町であり小高区だともなる
そのために迷惑したのは南相馬市の原町区であり鹿島区であり相馬市であるとかなる
でも原町区は補償金が手厚かったから不満はない、でもなぜ原町でも原発を批判しなかったのかと問われる
鹿島区は30キロ離れているから関心がなかった。それで奇妙なことは責任もあったとしても小さなものとなりその代わり
補償金も原町区の三分の一になっていたのである。それで私自身は30キロはなれた地区だから何かこうして責任を問えるともなる。原町区だと補償金が手厚いから問いにくくなる。返って喜んでいる人いる。
でも鹿島区であれ相馬市であれその周りの市町村であれ不満になる。

原発事故の責任はその権限がある人にある。何故ならどうして決められたのか?県とその土地所有者だけで決められたのかとなる。そんな重大なことが協議することもなく決められたことが問題だったとなる
だから一万くらいの新潟県の巻町で原発が拒否できたのが不思議なのである

ともかく原発事故の責任は原発からの距離に比例してあったことも不思議だとなる
だから30キロ離れた鹿島区とか相馬市は補償金は少なくされた。それは責任もなかったからだとなる
でも鹿島区は南相馬市だから一応原町区の三分の一でももらえたとなる
本当はもらえないということもあった。もしもらえなかったら30キロ離れている市町村は原発の責任がない、でもそれなりに被害があるから補償金が払われた。だから原発事故の責任となると金をもらった多寡によって責任も比例して問われたとなる
原町区は鹿島区の三倍もらったから三倍の責任があったともなる。でも別に原発に反対する人はなかったとなる

いずれにしろ金の多寡で責任が問われたのが原発事故である。そして原発事故の裁判で東電が無罪になっているのも解せないのである。そんなことがありえるのかとなる。むしろ司法関係者が問われるともなる。何故なら検察関係者が天下りしていたからだる。そしてそれは財務省でも同じだった、なぜマスコミが財務省のデモを報道しなかったのか、NHKでも報道しなかったのかとなれば財務省の人が天下りしていたからだとなる。金をもらっていたからだとなる
だから現代社会の責任は金で判断される。金の多寡で判断される。金を多くもらった人はまたそれに比例して責任が課せられていたのである。石破首相が議員に10万の商品券を配ったことで問われたり裏金問題でも常に金のことで責任が問われるのである。

posted by 天華 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2025年03月16日

原発事故で失われた価値は何だったのか―土地と共にあった価値 【浪江の津島村は廃墟の村となった】


原発事故で失われた価値は何だったのか―土地と共にあった価値

【浪江の津島村は廃墟の村となった】

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消えゆく故郷の姿を残したい〜浪江町・津島の全記録

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白藤長垂
谷間夕月
山中営為
一村惜春

荒れ果てし家をし見れば悲しかな思いはここに残るべしかな

津島は本当ゴーストタウンに村になった。ここも浪江から上ってくると大山祇の社の跡があったから安曇系統の人たちが焼畑に入った地域である。だからそれなりに古い歴史がある、ただ相馬市の玉野村は江戸時代に開墾された場所であり比較的新しいとなる。津島村から葛尾村に行く道があり柏原村がありそこは私の祖父が住んでいた所だった、私の父は明治生まれであり双葉町の酒屋で丁稚奉公していた。おそらく山では生活ができないので町に出て働いた

ただではなぜ山でも暮らしが成り立っていたのかというと木材とか炭焼きで成り立っていた。田畑もあったが土地が狭いからなかなか現金収入を得られにくいからである。だから山持ちで木材が売れて山でも長者になった家がある
飯館村の大倉では相馬女学校に親戚の家から通ったという女性がいた。相馬女学校というときその当時相当な金持ちでないと入れないし特別の人でそれだけで注目された。私の姉は頭良かったけど貧乏だから入れなかったと悔しがっていた
だから別に山の村でも金持ちはいたのでありそれで長者伝説残っているのである

津島のある家は長屋門があり中庭があり広い大きな家だった。そこには白藤が覆い幽霊屋敷のようになっていた。でもそれなりに金持ちだった家なのである。だからすべて山村が当時の感覚で貧しいとはならないのである。
津島には小中の学校もありまた高校の分校もあったからそれなりに子供でも生活していた
小さくても診療所もあった
それでテレビで学校の先生していた女性が写真を撮って記録として残すと言っていた
また孫がいて柱に成長の記録を残していたそれだけは家を壊すのだが残してくれと壊す人に頼み残した
その柱は移住した先の仕事場に置いた。

こうして原発事故で何が失われたのかそれが問われた。それは日常的な暮らしであり別に変ったことではない、でも一旦村自体が消失して長年家族と暮らした家が壊され失われたときその価値を問うことになった
何か人間はありふれたことを特別意識しない、家族のことでもいつもいるとなり意識しない、でも死んでしまうともう逢うこともできないとなり意識して偲ぶとなる。
それは村でも町でも市でもそうである。それがなくなるなど考えもしないのである。ただ村自体でも街でも消失することは考えることは今までなかった。それは余りにも衝撃的なことだったからである。

ここで考えたのは人間の生きる価値がどうして作られるかである。それはその土地土地に風土とか地理から基本的に作られる
人間はその土地の産物であり景観でもその人を作るものというのもそのためである
津島は浪江町からも相当離れている。だからあそこに一つの村が作られたのかとなる。むしろ三春藩の方に近いからである
葛尾村でも鉄を製鉄して長者になった葛尾大臣が三春藩と関係していたからである。
でも葛尾村まで相馬藩だったのである。

ともかく原発事故で失われたものは何なのかそれがこの辺では14年すぎても依然として深刻に問われている
確かに補償金で便利な土地で新しい家を建てて暮らせるかから返って良かったとも見る人もいるし津島に住めなくてもいいという人もいるだろう。何故なら津島で記憶に残っているのは中国人の嫁がこんな所に住んでいられないと夫を鉈で襲った事件があったからだ。あまりに辺鄙な所だったのでそうなった。

でもその当時そうした不便な所に嫁に来る人がなく外国人がフィリッピン人でも住んだのである
それで原発事故で牛を飼っていた人も妻がフィリッピン人であった。また飯館村の大倉の近くの木戸木【ことぎ】には今でもフィリッピン人の妻が住んでいる。すでに40才過ぎているのである
だからこうした山村にはこうして相当な数の外国人が嫁になった家がある
そういう一時代があった。また必ず戦後の引揚者が開拓に入った所が多いのである。そこに代々住んでいた人かと思うと戦後開拓に入った家とか多いからそれで錯覚するので注意する必要がある

人間は確かに失うものがあり必ず得るものもある。原発事故は手厚い補償金がもらえたし便利な場所で新しい家で住むこともできた。だから返って良かったという人もいるだろう。でも失われたものもありそれはなかなか当たり前のことであり意識されないことなのである。津島とかでも戦後引揚者が入って開拓したとかありそこで苦労したとか連帯感は強い、でも新しい場所に移ればそうした絆は失われることになる、つまり短いにしろ歴史的価値が失われたのである。何故なら人間には必ず祖父母であれ
両親であれ築いてきたものがあるそれが歴史的価値である。それはその土地と共に築かれたものでありその土地を離れると失われるとなる。心とはここのことでありその土地と一体としてある。
その心がその土地から離れれば失うということである。ただそれは全国的に限界集落が増えて起きている、原発事故地域は極端なもとして現実化したのである。

ひさかたの天道(あまぢ)は遠しなほなほに家に帰かへりて業(なり)を為しまさに 〔巻五・八〇一〕 山上憶良

おまえは青雲の志を抱いて、天へも昇るつもりだろうが、天への道は遼遠だ、それよりも、普通並に、素直に家に帰って、家業に従事しなさい、というのである。「なほなほに」は、「直直なほなほに」で、素直に、尋常に、普通並にの意

これは津島で「なほなほに」に働いていた、そこから離れて街に出ていい暮らしをしているが津島で共に働いていた仲間を思い出しなつかしいとかなる。何か平凡なことが返って貴重な日々だったとなる。なぜならその平凡な日々が返って来なくなったからである。それは家族でもいつか死んで別れて永遠に逢えなくなるのと通じている

ただ何か家とかその土地には死者も依然として生きているしまた生きようとするのかもしれない、要するに老人になると残るのは思い出だけだとなる。その思い出はその土地と一体化してあった。その土地から離れたら思い出も希薄化してくる
家でもそこに死者でも生き続けている感覚になる、家がなくなると死者のいる場所もなくなる
だから家は単なる物と言えないのである。それで御先祖様が田植えにに時期に山から下りて田植えを手伝うという時まさに死んでもその土地から離れず業(なり)を行い続けるとなる
生業を返せと運動したがそれは必ずしも生業を重んじたからともいえない、ただ生業の大事さに気づいたその価値に気づいたということはある。

しかしその土地から離れたらその業(なり)も消失するのである。だから何か得ても必ず人間は何かを失っているのである
また逆に何かを失っても何かを得るということもある。ただ価値というのはなかなかわからないのである
すべて金で価値は計れないからである。老人になると思い出に生きるからそれは金をいくら貯めても思いではもはや作れないとなることに気づく、思い出を作る時間が失われたからである。つまり人間の生きる時間は限られているからそうなる
もし人生二百年生きるなら思い出をまた作れる、でもそうでないからいかに時間が貴重だったか知るのである
人間が体験する時間は限られているのである





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2025年03月11日

原発事故から14年でも復興はできない 【補償金が多くもらったから返って外に人が流出して帰らなくなった】

原発事故から14年でも復興はできない
【補償金が多くもらったから返って外に人が流出して帰らなくなった】


過度な原発避難者への援助がかえって不和をもたらし復興させなくした (内村鑑三の指摘の再考)

「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない 実際のところ、彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
 そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。


原発事故でこの辺で起きたことはいろいろあったがやはり保証金の必要であってもあまりにも手厚くなり復興というより保証金をもらうことが復興になってしまった。

小高に住んでいた人で津波の被害にあった人はそういう面があった。なぜならその人は原発事故の避難区域の小高に住んでいて補償金がかなり高いものになったからである。それであまり東電を批判しないのである。
ただ、一方で原発事故の補償金は?30キロで区切られて南相馬市でも鹿島区になると原町の1/3になっていたのである。
放射線量などは。別に。距離的なものでは測れなかった。海側だと浪江町であれ 0.5マイクロシーベルトとかマイクロシーベルトとか、かなり低いものだったのである。でも一方同じ浪江町でもずっと、奥の山の方の島津になると。信じられない。放射線量であり。 90マイクロシーベルトとか山の中は今でも30マイクロシーベルトとかほとんど除染もできない。住むこともできない状態であった。そして津島の集落は廃墟の村となってしまったのである。

つまり市町村ごとに補償金を割り当てたのは間違いだった。海側は低いし、山の方はこのように非常に高いものになっていたからである。だから、山の方に住んでいた人には保証金を高くしてもそれは仕方ないものであった。
そもそも放射線量によってその多寡によって補償金が決められたわけではない。
現実に相馬市では市内でも私が測った時0.6、マイクロシーベルトとかあり鹿島区より高かったのである。だから。地区ごとに補償金を決めることは。不公平になっていた。それでこの辺は分断されたのである。
そして相馬市の人は一人六万とかしかもらえなかったのであり不満だった

その小高の人は息子が仙台市に移住して仕事を始めた。それでその父親は地元に残っても小高から一時原町の空家を買って移り住んだ。何かスポーツカーなどを買って贅沢もした。他の人もレクサスなど買ったとか話題になって車が傷つけられたとかあった。何か急に思わぬ金が入って浪費したともなる。風俗に東京まで遊びに行ったとか何か復興と言ってもそこに住んでいる人たちが力を尽くしたということでもなかった。現実は日々ボランテアが来て援助していた
それで肝心の地元の人たちがパチンコなどをして遊んでいるのを見て怒っていた

小高の人は今は病気になり熟年離婚にもなっていたが息子のいる仙台市の病院に入院した。この変遷も激しかった
避難先を転々として精神的に苦しくなり死んだ人もかなりいたとかなる
ただなぜ14年も過ぎるのに復興できないのかとなると14年も過ぎたら他に移り家を建てたとしたらそこで14年間も生活したらそこで生まれた子供の故郷はその移り住んだ場所になる
つまり14年の歳月は長い、生活が別々になってしまった。だから故郷に帰って復興するというのもむずかしくなった
それだけの年月が過ぎてしまったということである。

何か補償金が必要でもそれが全部いい方には作用しなかった。補償金をどれだけ多くもらうことが復興でありその金をもらったら他の土地を買い家を建てるとなった。それだけの補償金をもらったからである
もし補償金がそれほどもらえなかったらそうはならなかったかもしれない、苦しくても金がないのだから地元に何と生きる算段をしなければならないとなったからである

でも補償金が手厚かったから地元に留まるより他に移り住んだ方がいいとなって帰らなくなったのである
だから南相馬市なら原町区鹿島区に家を建て住んだ人たちが多い、相馬市でも新地でもそうであり仙台市にも移り住んだ人がある。それは補償金が多くそれを元手にして他で暮らすようになった。だから補償金が必要でも復興ということになるとそれが良く作用したとはならなかったのである。そして補償金の多寡でこの辺は分断されたのである。

そして現実として復興の主役は外から来た人達だともなる、若い人でも住むようになったのはこれまでのように地元の人たちがいなくなり空白になりそこに縛りもなくなり外から入ってくる人たちが若者でもあるというとき外から来る人が歓迎されているからである。何とかしてくれとなれば外から来る人が頼りになる。飯館村でも一割くらい外から移り住んだ人たちなのである

ただ年配の人が多いからそれも問題である、つまり年配の人たちが問題なのはいづれ老人化して働けなくなる
若い人なら長く働けるから復興には若い人が来てもらいたいとなる。子供もいなくなり若い人もいなかなるとやがて町も村も消滅する。それは少子高齢化で日本全国で起きていることである。この辺は、そのことが極端なものとして起きているのである。
どうしても。老人になると先を見れない。あと何年生きるだとかなり死ぬだけだとなってしまうからである。

それで庭に木を植えようとしたがそれが育つのが8年かかるとかなるとそれまで生きていないかもしれないとして植える気になれなったともなる。後継ぎがいない人も多くなるから何か復興ができないということにもなる
そして廃炉には40年もかかるとしたら先が長いと驚く、それだけ原発とかは厄介なものだったのである
とても40年先を見れない、それより他に移った方がいいとなってしまう。

ともかく震災から14年は本当に長い、忘れる人も多くなり地元でも関心がなくなる。浪江町などでも駅前に商業施設を建てるとしてもそれが5年後にしか完成できない、このように時間の影響があり復興がむずかしくなる
そして一番の問題は肝心の人が住まないことなのである、確かに立派な施設建物は箱モノは作っても肝心の人が住まなければ
賑わいはうまれないのである。でも14年も過ぎたらもう帰って来ないのである

そこに外から若い人が入って来て新しく街作りするにしても人が足りないとかなる、日本は人手不足になっている
だから補償金が余りに手厚かったからかえって地元に留まる人もいなくなった。その補償金を元手に他に移り方がいいとなったんである、別に農業しているわけではなっから土地に依存するわけではないから移動しやすい社会だからそうなったのである
だからこそ内村鑑三が言うことがこの辺のことにもあてはまっていたのである。

浪江町では町づくりも本格化している。2020年3月にゼロカーボンシティを宣言し「なみえ水素タウン構想」を発表。同年に水素製造工場もでき、就労のための移住者が増加した。浪江駅前の整備事業も行われており、27年3月に商業施設や交流拠点、集合住宅などの整備を完了する予定だ。

やはり働く場が必要でありそれで戻る人が出てくる、現代は農業社会ではないから勤め先が必要である
農業は今では地方でも一割にもみたないからである。それで原発で働いていた人が周りの田んぼが草茫々になっていても
関心がなく補償金もらって老人は喜んでいると言っていた
別に食料は金があれば買えばいいとなっているからそうなる。おかしいと思ってもそういう社会でもある
金さえあれば何でも買えばいいという社会だからである









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2024年12月23日

まだ新しい施設が建つ―大東建託のアパートも建つ 【南相馬市鹿島区の街の変化】


まだ新しい施設が建つ―大東建託のアパートも建つ
【南相馬市鹿島区の街の変化】

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これは障害者の施設なのか?8人くらいしか入れないとも見る
でもこじんまりしていいとも見る。最初大きな家と見ていた
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隣の新住宅地

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鹿島小学校に行く所踏切を渡ったすぐ近くに新しい施設が作られた。人数としては個室になり8人くらいなのか少ない
最初は一見の家とも見ていた。それにしては大きいと見た
障害者の施設だとか言っているがこんな小規模のものがあるのか、これだけのものを作るのにも相当金がかかる
他に大きな障害者の学校が鹿島区にできた

それから今日見たら鹿島厚生病院の脇に結構大きな建物が建つと見たら大東建託のアパートの建物をまた作る
何か大きく見えた。すでに十数軒建っている、まだ建てるのかそんなに入る人がいるのか?一万くらいの街にしては多すぎる
でも依然として原発事故の避難者が移り住んでいるのかもしれない、そんなにここに住む人がいると思いないからである

ともかく原発避難区になった所は南相馬市だったら小高区などでも復興はむずかしいとみる。それより浪江とか双葉とか大熊になればもっとむずかしい
原町や鹿島区などのように新しい家が建つこともないだろう
それより補償金もらったからそれで近くなら新しい家を建ててて住めばいいとなる、だから復興が難しいとも見る
それにしても大東建託のアパートが多すぎる。だからまだ原発避難区からの移住者があるのかと見る
posted by 天華 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年12月15日

グローバル〔広域〕経済と原発事故 【魚も米も地元のもでなくていいー金で買えばいいだけ】


グローバル〔広域〕経済と原発事故
【魚も米も地元のもでなくていいー金で買えばいいだけ】

●石鰈から原発事故を考える

原発事故の原因を考えてきたけれどもまた漁業権を東電に売った漁業者のことを批判したけれどもそもそもなぜそうなったのかとなればグローバル〔広域〕経済が影響していた。
スーパーに行ったら石鰈が千円くらいで売っていたので安いと見た。石鰈はこの辺では正月に食べる贅沢なものである
でも原発事故で海が放射線に汚染されて一日魚もとることもできず地元の魚を食べることもできなくなった

でもそれで何か影響したのか

別に魚でも米でもいくらでも外から遠くからでも入ってきているのである。外国からでも金さえあれば何でも買えるし果物でも野菜でも買える。現実に外国から入ってきてスーパーに並んでいるのである。地元産のものも並んでいたがそこで品質価格競争があり地元のものより遠くから入ってきたものでも選ばれるのである。

そこで何が起きたかというとそもそもこの辺では漁業にしてもその生産高は宮城県からすると1/10にすぎなかった。零細なものであった。農業にしても今その経済に占める割合を1割くらいしかなかったので。何か田舎だと田んぼや畑が多いから農業に従事している人が多いように錯覚するのである。
実際はこのように別に農業で生計を立ててる人は1割にも満たないのである。やはり全国的に見てもみんな会社員になっているのである。それで浪江の人が原発事故でどうなったかというと二本松方の方に会社が移りその人も二本松に移住するようになったのである。でももし農業や漁業や一次産業だったらば他に簡単には移住できない。

●漁業でも農業も金にならない―原発は金になる

つまりグローバル〔広域〕経済とは地元密着型経済ではない。交通が発達して常に外部から物でも入ってくる。そうなるとどうなるかといえば第一農業であれ漁業であれ別に地元で取れるものを食べるわけでもない。そうなるとどうなるかとなれば地元に取れるものに頼ることもない。その結果としてどうなるかとなれば金さえあればいいとなる

それが極端な現象として現れたのが漁業者が漁業権を持っていてそのために原発を建てる前から多額の補償金をもらって原発御殿が建てたと回りで批判されていた
事故前にももらう権利があったとなる。それで浪江の請戸の漁業者が相馬市の病院に入院して特別室に入りまた新しい家を建てると豪語していたのである。

要するに漁業者がもし漁業だけをしていたら大した収入にならない。でも原発ができて金持ちになったということである
では地元の人はどうなるかというと別に魚などいくらでも外部から入ってくる。それで地元で魚がとれなくても他からいくらでも入ってくるのだから地元の漁業者のことなど関係ないとなるのである。何か戦後まもなくの子供の時代の時はそんなに外部からいろいろなものが入ってこない。だから正月に食べるイシガレイは地元で取れたものであり地元の漁業者に感謝して食べていたとなる。

それは農業でも同じでありたいがい地元の米でも野菜でも食べていた、私の家で店をしていたときは野菜でも地元のものを農家から仕入れて売っていたのである。外国のものなど滅多に入って来なかったからっである。
ここで何が起きてきたかというと地元のものを食べられなくても買えなくても別に外から外国からでもいくらでもものは食糧でも入ってくる。米さえでも今は外国産でもうまいものだできて安く買えるとなれば今米が値上がりしているから倍にもなっているとしたらみんな生活が苦しくなっているから外国産の米を買って食べればいいとなってしまう
そのときどうなってしまうのか?米まで外国産に頼り日本で自国で地元でコメなど作らなくてもいいとなってしまう
それより原発の補償金をもらって暮らした方が得だとなる

●漁業するより原発の補償金もらった方がいい

福島県の場合漁業の従事者はその生産高は宮城県からすると1/10にすぎないからであるだから別に魚でも米でも外部から買って食べる。それより原発を誘致してそれで金になってそれで外部から食糧でも買えばいいとなるのである。
実際にこの辺の港である烏崎で最初に火力発電所ができて次に原発が双葉にできて二重に補償金をもらっていたのである
それで早い時期にヨーロッパ旅行に行っていた聞いて驚いた
何故ならその頃飛行機代航空運賃でも50万くらいしていたからである。それで普通は海外旅行は高嶺の花となっていたのである
だからいかに火力発電所であり原発が漁業者を金持ちにしたかである。原発御殿も建ったのもわかる

その原因がグローバル〔広域〕経済にもあったとなる。零細な漁業や農業より金になる火力発電所であり原発が大きな経済力になったからである。それは漁業関係者だけではない原発で働く人も増える。原発で働くと給料が三倍とかになっていて飯館村で放射線の被害が大きいにしてもやはり原発で働いていた人がいたのである。だから原発の影響はどれだけ大きかったかということである。

そしてグローバル〔広域〕経済のなかに組み込まれた結果としても漁業者であれまた農業関係でも大きな影響を受けた
何より一番被害を受けたのは漁業関係者であり農業関係者だった
海が土地が放射線で汚染されたからである。その除染にしても6兆円もの金が使われたのである。この金の額にしてもイメージできないものだった。ただその除染費用は大手のゼネコンに流れた。地元でも補償金は入って来たが例えば相双リッテクとかでは
除染で幹部に何十億と入り銀座で豪遊していたとかで問題になった。また大熊町長の5億円入った金庫が津波で流されたとかも話題になった。

●グローバル〔広域〕経済の矛盾

ともかくとんでもない金が原発ができることでばらまからたのである。だから小高の人が津波の被害にあったが津波では補償金がでないが原発事故の補償金が多額でもらったので助かったとまで言っていたのである。だから東電などあまり批判しないのである。

ただ原発事故は地元破壊して再建できなくもさせた。その原因がまたグローバル〔広域〕経済にもあった。漁業など全体から見れば本当に経済に寄与していない。農業よりもっと零細である
だから別に漁業者などいらないとまでなっていた。その恩恵も地元でも感じないのである。別にいくらでも外から魚でも米でも入ってくる、それより大事になるのは金になるもの原発であるとなってしまっていたのである。

それは日本全体で見ても本当に米であれ食料であれ外国から入ってくる、それを買えばいいとなる。すると重要になるのは外国に売れるものであり自動車産業とかだとなる。
そうなるとどうなるのか?つまり今度は輸出するものがなくなると地元の米も生産しないから食べられないとまでなる

つまりグローバル〔広域〕経済がどれだけ影響したかである
貿易は必要でも何か根本的な所で破綻してしまう恐怖がある
それは日本だけではない世界的に起きていることである
一見グローバル経済は公平に見えてもその市場でも必ずしも公平ではない、ドルが基軸通貨になっているのも実際はアメリカに世界の富が財が集まるシステムなのである。だからロシアでも中国でもドル支配に反抗することはわかるのである


posted by 天華 at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年11月11日

原発事故の責任は誰にあったのか? 【責任は必ず誰かかが取らされるのがこの世ー現代は金が責任になる】


原発事故の責任は誰にあったのか?
【責任は必ず誰かかが取らされるのがこの世ー現代は金が責任になる】

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国民は官僚が悪いといい、官僚は軍部が悪いといい、軍部は政治家が悪いといい、政治家は国民が悪いといって元に戻ってしまい、責任の所在が消えてしまう。そのうちに「空気が悪い」「時代が悪い」ということになる。総・無責任体制と表現できるだろう
なぜ日本はここまで「衰退」したのか…意外と知らない、多くの人が取り憑かれた「病理の正体」

●責任の範囲が広すぎる問題―責任の大小を明確にする

東電が悪い、政府が悪い、東京都民が悪い、福島県民が悪い、双葉であれ大熊であれ原発を受け入れた自治体が悪い、科学者が悪いー国民が原発に賛成だから悪い・・・その時代の空気であり空気が悪い

こうして誰も責任をとらなくなる。

例えば東京都民が悪い、福島県民が悪いとかいうけどその範囲が広すぎるのである。国民が悪いとなればさらに範囲が広すぎる
それは結局時代が悪いとかなり誰も責任をとらない、それは太平洋戦争の日本と似ている、誰が責任者なのかわからなくなる。
責任のなすりつけになる
ただ人間社会は必ず責任から逃れられないようにできている
誰かが責任を取らされる

300百万人戦争で死んだ!

それが責任だった、だから責任は空恐ろしいものとなる。
原発事故でもそうである。故郷に住めなくなったということが最大の責任として地元の人たちがとらされた
ただそれは避難区域になったところであり南相馬市なら小高区がそうである、つまり原発からの距離に比例して責任をとらされたのである。ただ一方で補償金が多額でもあり返って良かったという人までいる、そういう人は別に東電を恨んだりしないのである。

ある人は補償金でいい車を買った遊んでいたとかある。小高から原町に移り住んだ、でも病気になり仙台市に息子が住むようないなりそこで移り入院した。だからこうして補償金をもらっても浪費した人もあるし苦しいことになった人もいる
その人は別に東電を恨んでもいなかったがいろいろ苦しいことがあれば恨むことにもなる。
むしろ恨まないことがいいとはならない。原発は悪いものではないとなり今はどうしても安上がりの電気が必要だとして原発推進になっている。躍進した国民民主が自民党より原発推進だったのには驚いた。結局エネルギーが不可欠だからそうなった。でもそのリスクが大きすぎるのである

●原発の距離に比例して責任が課せられていた

いずれにしろ誰が責任があったかとなると全部では時代のためだとかしたらすべてあいまいになる。確かなことは責任には優劣がある。福島県民が悪いというが福島県でも広いのだから全部が悪いとならないし第一浜通リにしても被害の濃淡がありそれに比例して補償金が払われた、南相馬市では30キロ離れた鹿島区隣の原町区と比べると三分の一だった。この差は大きかったし鹿島区は医療費でも半年くらいしか無料でなかった。原町区だと10年くらい無料だったし高速も無料だったのである
これが納得いかなかったのである。放射線量は山側が高かったが海側は浪江でも低かったのである。つまり放射線量は一律ではなかったのである。でも補償金は距離で区切られたのである

そもそもどうして原発が作られたのかわからない。国が指導して県がまた地元の地権者の許可があれば作れたととまなる
そして一番の障害が漁業権を持っている漁業組合だともなった。なぜなら事故前も多額の補償金をもらい原発御殿が建ってていたとかうらやましがられていたからである。
それで浪江の請戸の漁師が特等室に入り家を建てると豪語していたのである。それだけ手厚い補償がなされていたのである
だから責任となれば漁業組合が反対すれば原発は建てらなかったとすると漁業関係者にある。事故後ならしかたないがなぜ事故前にも補償金をもらっていたのかと問われることになったからである。

結局責任とは何か?
権限を権力を与えられた者にある

なぜなら権限も権力もなかったら何もできないともなるからである。ただ金をもらえばいいとはならない、その金には責任が付きまとっている。つまり現代の責任は金なのである。金の額に比例して責任が課せられている。金を多く持つ者はそれだけ責任を持たされている。それがわかりやすいのである。だから東電に天下りした官僚などはその金を返還すべきだとなるがそんなこと指摘もしないことが不思議なのである。

●漁業者が事故前も補償金をもらっていたことの責任

とにかく責任の大小があることは確かである。責任は一様ではない、その目安として東電であれ政府であれ金を貰っている額で責任の多寡を見るとわかりやすいのである。現代社会の責任は金にあんったからである。地位があっても金がさほどもらわなければ責任はないとなるからである。
だから責任を負いたくなければ極力金をもらわないとなることだがとにかく金をもらえればいいとなる。だからこそ漁業関係者は事故前も多額の補償金をもらっていたから事故後のその責任をとわれることになったのである。
もし事故前に金をもらっていなかったら事故後に金をもらっていたらそれほど責任は問われなかったとなる、だから安易に金を受けとなるが金をもらえばいいとしかないのが現実である。
そこに金の怖さがある
ただ言えることは責任は必ず取らされる、誰かが取らされるのこの社会である。戦争で300百万死んだというのも国民自体が責任をとらされたのである。責任が誰にあるにしろ必ず責任を誰かが取らされる

原発事故でもそうである。故郷に住めなくなったということで責任をとらされたのである。小高の人が原町に移住して病気になり息子が移住した仙台市の病院に入院したというのもそうである
その人は東電のことを悪く言っていない、むしろ津波に被害にもあったが津波の被害には補償金が出なかったが原発の補償金が手厚かったということで批判しないのである

とにかく国民にしても責任があり原発事故で莫大な国民の税金がとられた。それは国民にも責任があったためである。福島県民だけを責めるのは筋違いだとなる。責任はまねがれないとなる
posted by 天華 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年11月09日

加治将一氏の原発問題の意見−誰に責任があるのか? 【東京から見れば福島原発は迷惑だった―福島県民が悪い?】


加治将一氏の原発問題の意見−誰に責任があるのか?
【東京から見れば福島原発は迷惑だった―福島県民が悪い?】

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山本太郎VS福島の農家バトル動画!東電の思うツボ!】
熱い思いだけでは、解決にはならない。核心を捕まえ、根本を動かして

加治将一チャンネル

●東京や近辺も県で福島県民は原発を作ったことに怒っている

加治将一氏がまずい何をいをうとしてるのか正確に把握す射る必要がある、youtubeの問題は意外と話すことでありそれでなかなかその言ってることが一回聞いても分らない、つまり文章化するとわかりやすいし考えることもできるとなる

加治氏の原発の視点が何なのかまず要約する必要がある
東京でまた近辺の県で茨城県でも福島に原発を東電に作らせて迷惑だったと言っている、これは意外だった。東電はミカドが天皇がいる場所には作らない、作れないとしている
東京はそもそも日本の首都だからここに行政であれあらゆるものが集中してあるから事故が起きたら大変なことになる
現実に一部の人が会社でも大阪に移住したり移転した。

でもわからないのは

福島の県民は原発を作ることに賛成したのだから迷惑だった!

こんな風に見ていたのかと
なると意外だった。一番迷惑しているのは福島県民だったとなるからである。

お前らが原発作らせて迷惑だった、福島県民が悪かったのだ!

それは浜通リにしても被害状況が違っているし原発事故の被害も違っている。それで南相馬市では小高が避難区域になった
そこでなぜ小高の人は原発に反対しなかったのかと南相馬市内でも被害者意識が生まれた、不思議なのは原発の距離に比例して責任が問われたことである。鹿島区だと30キロ離れている、30キロまでは放射線の被害が大きい、だから一応30キロで線引きされた。
でも実態は相馬市の市街の方が0・5マイクロシーベルトとか高かったし確かなことは山側は高かったのとホットスポットがあり一様ではなかった、だから補償金で不満があった、30キロで区切られた鹿島区は原町区に比べると三分の一しかもらっていないのである。それより相馬市になると一人6万くらいしかもらっていないのである。

おそらく原発事故がなぜ起きたのかという責任論として常に追及されることなる。東京の人は別に福島県に原発を作りたいわけでもなかった、福島県民が引き受けたから建ててやったのだともなる。むしろ経済的な面から豊かにするために原発を作ってやったのだともなる、だから事故がなければ東電に感謝せよとなっていたのである。

●原発に関わっていたのは大企業でもありその労働者でもあった

また原発を推進する勢力は政治であれ大企業であれ大きいものだった。大量の電気を安く使うには原発がいいとなっていたからである。その大企業がゼネコンも加わり原発は推し進められた
それで電事連となるとそこで働く組合の人達も原発に賛成だったのである。そのために800億なのか宣伝費がマスコミに支払われたとか言われる。その額に驚くのである、事故後6兆円と除染に使われそこに大手ゼネコンが参加して利益をあげたのである。つまり大企業が参加した国家的大事業であり戦争するのとも似ていた。そのためになかなか反対できない構造ができ上っていたのである。

ともかく原発は大企業でも参加していたということは電気関係する人々も労働者も関係していたのである。そういう背景があるとき原発をやめるということは簡単にできなかった。でも新潟県の巻町では小さい町なのに原発を拒否したから福島県民でも拒否できた、でもしなかったのはお前たちの責任だとすることもできる
だから原発事故の責任は一体は誰にあるのかとなる
もしかしたら原発を作ること自体に作る者に責任があるともなる
核戦争になればその責任は原発を作った科学者にあるともなるし現実に日本に原爆を落とした責任は原爆を作った科学者にもあるとなったのである
原発事故の責任を問うとわからなくなる。大企業もあるとするとなるとそこに働く労働者にもあるとなる。また原発を容認した国民にもあるとなる。でも原発は電気を作るのだから電気文明自体が問題だともなってしまうのである。

原発と核の問題はそもそもその核兵器を作り出すこと自体が問題であり原発も同じである。それが便利でもどれだけ危険な物かということである、それで核自体を知ったことが災いの元だったともなる、核を発見してそれを作り出すこと自体が問題だったともなる。それは人類滅亡にもなるものだからである。
だからその危険から逃れるには核を廃棄する他ないともなる
エネルギーは別に他に安全な方法で作れるからそんな危険なものは作るべきでないとなる。

●農業漁業の被害があっても5パーセントしかいない

農業でも漁業でも放射線被害で福島県産が売れないというとき
それに携わる人たちは5パーセントしかいないというのも事実である。ただ広い範囲が田んぼである畑だというとき何か面積から見ると錯覚する。

でも浪江の人は原発の電気関係で働いていて補償金もらって返ってよかったというとき周りが田畑が草ぼうぼうになっても関心がないのである、それだけ農業とか漁業にかかわる人が少なったということである。
そしてグローバル化広域化社会になると地元の農産物で米でも買って生活するわけではない。いくらでもうまい米でも入ってくるから金さえあればいいとなった社会である。
だからこそ農業でも漁業でも金にならないとかなり漁業の場合は事故前でも多額の補償金をもらっていた、事故になって批判されるようになったのである。

加治氏は移住すればいいというが老人になると簡単にできない、
ただ奇妙なのは老人は先が短いから放射線被害などどうでもいいから故郷に住みたいとなる。10年でも20年先のことを考えてもしょうがないとなる、癌になるといってもどうせ死んでいるとなるから飯館村で80才過ぎた人がキノコを食べていると言っていたのである。

確かに農業が主体の時代なら明治維新で侍が北海道に移住したように可能である
でも今の時代は第一次産業に従事するのは一割に満たないから耕作放棄地が膨大になっている
戦後引揚者が辺鄙な所に開拓に入ったのはやはり農業中心の社会でそうなった

第一満州に進出したのも広大な土地で農業するためだった、農業には土地が不可欠だからである、満州は寒冷地帯で稲作には向いていないけど米作りを日本人はしたのである、それは農業中心の時代だからそうなったとなる
そこに時代環境が違っているから敢えて他に移って農業をすることは簡単にできないだろう
北海道自体が農業したり牛を飼う人が減っているからである。だから簡単に移住することも難しいとなる
ただそれぞれの見方がありそんな見方があったのかとなり何かのヒントにはなる


















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2024年07月13日

NHKのユイのハマが教えてくれた―民俗学者の福島の6年を見て 【海を汚すなと漁業者が言っても説得力がなかった―多額の補償金をもらっていたため】

NHKのユイのハマが教えてくれた―民俗学者の福島の6年を見て

【海を汚すなと漁業者が言っても説得力がなかった―多額の補償金をもらっていたため】

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●漁業組合員だけ原発事故前も手厚い補償金をもらっていた

NHKのテレビで民俗学者と新地の漁師について放送していた。その学者は実際に船に乗って漁の経験もしている。 72歳なのに実際に船に乗って漁師と同じ経験をしているのは感心した
でも私は漁業者について批判してきたがそのことは一言も触れない。もしそのことを放送したらそもそもは取材すらできないということである取材は確実に断られる

なぜ漁業組合は原発に反対しなかったのかその事が一番疑問だった。それより原発が作られた時すでに事故前から手厚い補償金をもらっていたのである。それでその地元の人はみんな漁業組合に入っているわけでないし補償金をもらってるわけでないから羨ましがっていたのである原発御殿が立ったとか羨ましがられていたのである

そもそもこの辺の漁業は零細であり規模が小さい。福島県は宮城県からすると1/10の規模だったのである。だから漁業だけで暮らしていけることは難しくもなっていた。だから跡継ぎがいないとか問題になっていたのである。経済的にやはりやっていけないということがあった。それで松川浦の人がネットでそのことを訴えていた。
でも原発事故後は事故前からすでに補償金をもらっていたということで見方は変わってしまった。
周りの人は別にみんな漁業をしているわけではない漁港に住んでいても必ずしも今日漁業をしているわけではないだからなぜ漁業組合に入っている人だけがそうして補償金で優遇されていたのかとなる

原発事故後はさらに補償金が大きなものとなり特に船主とかになると多くのお金を貰ったとも言われる。それは事故後だったらやむをえないことがあった。
でも事故前から金を補償金をもらっていたということ海は汚してならないとか神聖な場所とかその漁師が言っていたが実際はお金を貰うことを優先していたのである。
それより漁業というのは津波で確かに大きな被害がありクローズアップされたが全体の経済から見れば農業は1割とすれば漁業などはすでに5%なのか全体の経済に占める割合は極端にこの辺では少なくなっていた。

●農業林業漁業は全体の一割の経済規模にすぎない

そしてで漁業にしても地元で捕れた魚を食べているかといえば全国から魚は入ってきて外国からも入ってきている。なんでもグローバル化しているのだから地元で魚は獲れなくても困らないとなってしまっていたのである。
その点でも漁業であれ農業であれ日本全国ど競争したり外国と競争しなければならなくなったのがグローバル経済だったのである
するとまず地元の農業であり漁業であれ林業でありその従事する人はわずかでしかなかったそして地元でも浪江の人は電気関係で働いていて東電で働いていたりしたら原発事故で避難区域になって周りが草ぼ茫々になってもまったく無関心だったのである。そして補償金が入ったから老後の足しになるとか助かったと言っていたのである。

つまり今の農業とか林業とか漁業は全体の占める経済の割合は1割とかにも満たない。実際の収入は会社に勤めているとか東電に勤めていてお金をもらっていたとかなるのである.漁業となると1パーセントくらいになるのか全体に占める割合はわずかななおである。確かに松川浦だと大きな港がある。漁船も多い、でもガスの基地にもなっている相馬市と新地町の合同の火力発電所もある。それの方が経済規模が大きいともなる。

むしろ漁業関係者などは東電社員の一員になったのではないかと思う。漁業権を売り渡すことで原発が作られてその代わりとして事故前も手厚い補償金をもらっていたし事故もそうである。
つまり明らかに東電社員になっていたのである東電という巨大企業は一地域自治体に入ってきた時東電城下町になってしまったのである。ただ事故になったとき盛んにその被害が海とか土とか森に放射線被害がありそれで話題になり放送されたのである

●放射性物質の処理水を海に流すでも補償金を要求するのか

だから矛盾しているのである。なぜなら放射性物質の処理水を海に流すと漁業組合は反対する。
でも現実問題としてそのために補償金が割増されるとなるのである。それはあくまでも漁業組合にでありそこに入っていないものはもらえないのである。それだけの特権が漁業権として持っていたのででもそれだけの特権があるからこそまた責任が問われたのである、

つまり新地の漁師も金の為ではないと言っていた。海を汚してはならないと言っていた。つまり金のために反対するのではないと言っていたことでも何か漁業組合関係でも常に優先的に補償金がもらえるということで気にしていてそういったのである。
もともと漁業組合が原発に反対したら建てることができなかったからである。つまり漁業権という権利を持った時そこに大きな責任も課せられたということが事故後に自覚されたのである
ともかくNHKの放送はきれいごとで終わった。本当の問題の核心に迫ることはなかった。またそんなこと放送したら取材さえ許されないからである

この辺の津波のことで一番大事なことは何回も私が指摘している慶長津波で生波(津波)で700人溺死したという相馬藩政記に記されていた二行の記録だったのである。
このことを民俗学者であれ郷土史家であれ指摘する人がいなかった。民俗学者は津波のことで何もできなかったことと反省しているがこの二行は全く忘却されていたことが大問題だったのである。それで郷土史というのもただ単に好事家がするものでもないと知ったのである。生死にかかわる重大のものが郷土史でもあったということである。

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2024年07月05日

東電でも政府でも原発事故で謝罪する気持ちがなかった 【原発は一方的権力で作られた―住民は無視され批判もできなかった】


東電でも政府でも原発事故で謝罪する気持ちがなかった

【原発は一方的権力で作られた―住民は無視され批判もできなかった】


●東電と政府に事故の謝罪の気持ちがなかった

そもそも原発事故で東電である政府である住民地元が謝罪するという気持ちはあったのかとなう。ただ賠償金を払えば金で片付く問題だとしているのかもしれない。むしろ地元住民金を要求するだけのものとして嫌悪しているかもしれない。それが追加賠償とかでまた直接東電の人に接したときその人が若い人であったが傲慢であった。だから東電の社員でも地元の住民に何か謝罪する気持ちというのはないのかもしれない。ただ全ては金で片付くと見ているもちろん地元の人にして住民にして賠償金をもらうことでそれが第一となる東電が謝罪するより金でもらって方が良いともなっている

要するに政府であれ東電である地元住民とのコミュニケーションはなかった。ただ一方的に政府と東電の巨大な権力に押し付けられていたのである。ほとんど住民に対してその是非とうということはなかった。ただ安全神話だけを執拗に住民に言っていたのである。だから本当に安全なのか東京東電にさえ言うこともできなか

例えば東電で働いている人たちを近くにその人たちのしきりに安全だと東電の人よってそう言わされていたとなる
なぜだ東電はそういう人たちに金を払うのであるそこでその強みがあり上下関係ができていたとなる
下請け会社もありもし東電で仕事できなければ会社でもつぶれてしまうからである。
つまり東電城下町になりその住民はその配下にあり従う他なかったとなる。その権力は絶大なものだったのである何か下請けとして配管とかを見ていてこれは危険だと思って仕事していた人が言っていた。それも東電に言ってもって全く取り合うことはなかった。

では政府では一応安全管理のため保安員を派遣していた
それは飾りに過ぎなくだからこそ科学者の集団十数メートルの津波がくると警告したのに何の対策もしないし無視したのであるである。政府では安全管理をするのだからそこで何らか対策命令することもできたのである。そこに政府の怠慢がある安全管理を怠ったのである

とにかく原発というのはこうして常に隠蔽されるものでありそれに対して何か言うこともできなかった。内部ので働いていた人がここは危険だとしても何も言うこともできなかったのである。
そして常にまるで宗教のように安全安全と題目を唱えるように言っていたのである。だから安全でないというときそれを東電であれ政府であれ絶対に許されないことにまでなっていたのである。例えばカルト宗教などは宗教なのだから宗教は絶対であり批判を許せない。それと似ていて原発絶対に批判を許せないものだったのである

●安全神話で批判をさせなかった

だから東電では傲慢になるのは当然である。だからこそコストがかかるとして十数メートルの津波が来ると科学者集団が警告したとしても簡単に無視できたのである。そこに政府が介入してもいいはずだわそれもしなかった。それはなぜなのかわからないのである。

ただ執拗にに主張していたのは原子力ムラによる安全神話だったのである。神話となればそれは宗教とも似ていたのである。科学技術者が宗教に頼り題目でも唱えて安全神話の題目でも唱えていればそれは安全だと思っていたのかも知れない。それは宗教にもなっていたのだからほかの人でも批判すれば神仏を批判するのかとなってしまう。
それは戦争でも天皇は神であり現人神でありだから日本は必ず勝つというものと似ていた。科学者集団なのに科学がま無視されたということであるのも解せないのである。

つまりこの世の中なんでも権力化すればその集団組織は対して何も言うことができなくなる。それはカルト教団でもそうなのである。巨大な組織集団化すればその権力によって何も批判できなくなるのである。結果的にファシズムになりナチスにもなってゆくということである。つまり東電と政府と一体化して巨大権力化して批判を許されないとまでなっていた

だから別に地元の住民コミュニケーションを図るなどということもなかった。地元の住民には経済的恩恵を金を与えればいいとしか見ていなかったのであるだろう。だから別に事故のあとでも住民に対して謝罪する気持ちもなかったのかもしれない
ただ金を与えれば経済的恩恵を与えればそれで済むということになっていた。そもそも東電であれ政府であれ何か地元の住民に謝罪する気持ちというのはなかったともいえる

というのは私の家族が交通事故で死んだのだがその相手の運転手は謝罪もしなかった。ただ保険保険金は払うと言うだけだったのである。つまり保険金を支払えば済むことでありそれですべて問題は解決するとなっていた。もう一つは謝罪すると何か賠償金のことなどで裁判で不利になるから認めないということもあった
とにかく一言の謝罪の言葉がなかったのである。その運送会社の社長も何の謝罪もなくただ保険金を払うというだけで片付けようとしたのである。

それと同じように原発事故でも賠償金で問題になり東電の過ちを認めるとさらに賠償金が取られるとか謝罪したらその事故の責任を認めるとなるから謝罪したくないとなったのかもしれない
いずれにしろどっちにする何か謝罪するという気持ちがなかったということでただ仕方がないから保険金で支払い金で片付けるという気持ちしかないのである
そして東電の社員というのは地元住民と違ってよそ者でありその本拠地は東京にあり一時的に原発のために来ているというだけである。だからそこに住んでると言う感覚もない一時的に派遣されているという感覚であったかもしれない。その生活の根拠地は東京にあったからでだからそれは土着的ではないので工業社会になったときこれまでの農民社会とは違う土着的なものが喪失している。

●工業社会になり土着的なものが失われたことも原因

地方でも別に農民が1割くらいしか居ないし農業のことを知らない人が多いのである。みんな会社員であり農業のことを知らないのでだから原発事故で浪江の人が会社が二本松に移ったからその人も二本松に移住した
つまり工業社会というのは会社社会というのは別に土着的なものではないからそうなってしまう。その地域に根ざして働いているわけでもないからそうなってしまうのである
何か子供時代遊んでいた人が岩沼に移り住んだというとき岩沼に東京の支店があったからかもしれない、つまり会社だとその土地に根づいて生活するということでもないのである。

だから土地と一体化した農民社会とは違ったものでありどうしても土着的なものとはならない。そこで現代社会の問題があると思うなつまりその土地に土着して滞在するという一時的に住んで仕事をしているという感覚になる。金さえあればどこにでも住んでいいとなっているからである。そうなると金がもっとも大事なものとなり金があれば別に他に住んでも良いとなるからである
そこで地方でも人と人とのつながりが希薄化する。村だったらまるで一つの家族のようになっていた。村から離れることは簡単にできなかったのである。現代ではその土地と結びつきが弱く常に移動する社会だからである。
東電の社員でも原発で働いても一時的に移動して住んでいる仮の住まいとなっていたともなる。

何かもし地元のに住民だったら原発でも事故になったならどうなるのかとか心配するが東電社員は別に地元に住むわけではないからそういう土着的仕事にならないのである。
意外と土着的などというと古臭い観念にみるが人間は基本的にやはり土着的であって生物的にそうあるべきがなのは基本である
なぜなら人間機械でもないしロボットでもないから生物の一種だから当然そうなる
だからだから教育というのも本当は土着的であるべきでなのである。江戸時代までは藩校とかあり土着的教育で人間が作られてきた
だからこそ明治になってあれほどの豊富な人材が生まれた。その原因はやはり土着的に育っていてそれが返って人間を作っていたということである。その後は人間をそうした土着的なものから離れて都会化して都会人間になった時何か人間を作る素地というものは失われた。ただ膨大な知識を詰め込まれその素地となる一番となる土着的なものは失われてその知識で血肉とならないものとなったのである。

ともかく人間はその生きる基盤は自然にあり自然から離れて人間も生きていけない。だから原発事故でその自然が汚染されたこと水であれ土であれ森の木であれ空気まで汚染されたらもはや住むこともできない。それでチェルノブイリでわ住民は移動する移住せざるを得なかったのである。それが最悪であった。代々住んでいた場所から離れて住まざるを得なくなったのである。ただチェリノブエリの場合はもともと住民は住んでいない森のようなところであった。今回の原発事故は原始時代から江戸時代でも人は住み続けていたのである。それが住めなくなったことが最大の被害だったのである

●権力を持つとことは人を傲慢にする

権力を持つことは人を傲慢にするだからこそ権力は絶対的に腐敗するとなったのである。原発は政府と東電が一体となって巨大な権力となってそれを誰も批判も出来ないしそのためにそのために甚大な被害となったのである。だから人間が権力持つということは常に危険なのである

それはカルト宗教団体にも言えるそれは本来の宗教とは何の関係もなくなっている。ただ権力を追求しているだけなのである。権力を持てばそれによって人間を従わせることができる。だから毎日創価などは選挙を最大の目的化しているのやはり権力を追求しているからである
権力によって人を従わせ支配したいということでそうなっている。原発神話もこうしたカルト教団とにたものがあった。だから事故が起きた時東電はオウムと同じだという人がいたのもうなづける
つまり何か権力化するとタブー化して批判できなくなる。原発神話も批判させないものとして権力で作られていたのである。それが一挙に事故で崩壊したのである。
巨大な権力でもバベルの塔のようにいつか崩壊する運命にある。

原発でそれは巨大な権力であり政府と一体化すればそれに逆らうことはもはやできない。だから人間社会で問題なの権力をいかにして操作する化させるかということであるだから民主主義社会では三権分立が生まれて権力一局に集中しないように分散して相互に監視するシステムを作ったのである

それでも権力をうまく制御したりすることができないのである
なぜ東電に対して政府は強制できなかったのか十数メートルの津波が来るとして科学書集団を警告したのに政府は何もしなかった。政府にはそれだけの権力がなかったとも言えないのである
政府に安全管理をする義務があったし権力でもあったと思えるからである。

ただ人間の権力は必ず崩壊する。カルト宗教団体でも崩壊する。
権力が永続することあり得ないのである。それは歴史をみればわかる。権力を持ってもそ権力は永続しないのである。秀吉の難波のことは夢のまた夢になりそ栄華は終るのである。

市町村長。視聴超嫌いの対応。詐欺周りの不明朗な土地買収。漁協などの意思決定に対する介入回4回鑑賞公聴会など動員などなど原発建設にまつわる不公正は電力会社は建設として目を付けた全国いたるところに繰り広げられた。モラルに反する行為なしに原発は建設されることなかった。警察はそうした不公正を怒る反対住民を監視した。地域社会は原発の賛否によって分断された
原発とメデア【上丸洋一】

権力をもつことは具体的なものとして警察を動かせるということである。自衛隊でも戦争になればそうなる。警察は時の権力者によって命令され動くのである。こうなると反対することは不可能になる。戦争中に反対すれば特高がきて刑務所に入れられる。権力の恐ろしさがある。別に警察などでも正義の味方でも何でもないのである。時の権力者に従うのである。だから東電には警察や検察の人が天下りしていたのである。つまり原発とはこれだけの権力によって作られたとしたら批判などできない。
批判するものを監視して警察がかかわるとしたら反対することはできない、そこから甚大な被害になっても警察は権力に加担したものとして罰せられるのかとなる。警官などは上の命令に従うだけだとなる。






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2024年07月01日

10数メートル津波が来ると警告されたのに対策しなかった 【東電が政府より上であり保安員は何の役目も果たさなかった】


10数メートル津波が来ると警告されたのに対策しなかった

【東電が政府より上であり保安員は何の役目も果たさなかった】

一般的には、政府は法的権限を持ち、国家の運営や規制を行う役割を果たしています。一方、大企業は経済的な影響力を持ち、雇用を提供したり市場を形成したりすることで社会に影響を与えています。

以下はいくつかの観点からの考察です。

政府の権力:
政府は法的権限を持ち、税金の徴収、法律の制定、国防、外交などの重要な役割を果たしています。
政府は国家全体を統治するための権限を持っており、その影響力は広範であり、国民の生活に直接的に影響を与えます。

●なぜ十数メートルの津波がくると科学者が警告したのに対策しなかったのか

国家とは何なのかそれがわかりにくい。具体的な例として原発のことで考えるとなぜ科学者集団は東電に対して十数メートルの津波が来るとして警告していたのに別に東電でわ全く無視することができた
東電の中には政府から派遣された保安員がいるのにその人たちも十数メートルの津波が来るということ知っていたと思う
としたらなぜ政府ではそのことで東電に対して何らか対策しろということ命令しなかったのだろうか?
保安院は飾りであり何の役にも立たなかったとされる
だからそもそも政府と東電力関係とはどうなっていたのだろうか。別に科学者集団は津波が来るとして警告してもそんなことは東電では無視できた。では政府ではどう考えたのだろうかそれもよくわからない。

そもそもが政府と東電の関係がどうなっていたのかもよく分からない。要するに政府は民間企業に強制できる力はなかったのかとなった。でも原発というのは国家的事業であり国家が深く関わっていた。国家がかかわるということは国民が関わることでありだからこそ事故になったとき政府は何十兆円という損害を引き受けるおける外なくなっていた

そのことは国民のその損失を負担するということになったのである。国民が地元民が補償金が欲しいとして要求することに対して原発乞食だとか批判した。
でも国民自身がその原発を容認したのである国民にも責任があったのである。なぜならいったん事故が起きたら大惨事となりその修復にも十兆円以上の金がかかる。それを東電だけではできないのだから国がその保障を担保して原発は作られたのである。

●なぜ政府では東電に津浪の安全対策を命令しなかったのか?

ではなぜ10数メートルの津波が来ると科学者集団が東電に警告したのそれは東電で取り合わなかった。でもその時なぜ政府ではそのことについて何ら検討する事も無かったのだろうか
政府では原発は国家的事業でありそれが事故になったら今回のように国を傾けるような大惨事になるからこそ国家で保証していたということである
ではなぜだからなぜもっと政府は東電に対して安全対策を命令しなかったのだろうかそのことはよくわからないのである。そもそもは政府にはそんな力がないのかとなる。

実質的に力があるのは東電であり大企業であり政府は何かを生産する作り出す能力はない。政府のやることは国民から税金を集めることだとなる。
政府は民間企業のように何か利益を出すようなことをするわけではない。ただ国民から税金を取ることが仕事だと思う
政府とは何か生産活動をするという訳ではないのである。だから実質的な力は民間企業は巨大な企業が持っているとなる。
それで原発事故のとき国民でも批判したが東電の人が電気を止めてやるとか脅したのもそのことである
つまり電気が止められたら国民の生活は成り立たなくなるからである。とすると東電の実質的な力を持っているのであり政府は東電に対して強制力を持たない。

でも今回のような大事故になると東電では補償しきれないとなったのである結果としてその負担は政府にありまた国民にあるとなったのである
となればその安全対策政府の方で厳しく指導していなければならなかったとなる。それは東電強制的に命令できるものでもあるべきだったのである
そうしなければ政府であれ国民である大損害をこうむるからである。だからなぜそれをしなかったかというので裁判になり政府は問われた.結局その裁判で責任が問われ国に責任があるとして追加賠償は行われたとなる。確かにその責任は東電にもあったが政府が管理する者でもあるから政府にもあったとなる
た国民でも原発を容認していたのだから国民にもあったから莫大な保証金がそこで使われその廃炉作業でも莫大な金を使うことになってしまったのである

●国の役割と権限は何なのか?

そもそも国の役割とか権限とかそうしたものがわかりにくい。むしろ実質的な権力が東電のように巨大企業にあるとしたら政府とは国家とはその巨大企業に従属するものともならないか
それは東電の社員の人が電気を止めたらどうするのかとかトヨタが車が売れなくなったらどうするのかとなると見ている。それは国家的問題でもあり国家を支えるものとして巨大企業がある
それが国家を守るためにも優先されるとなる。

だからその力関係は巨大民間企業にあって政府はそれに従う者にもなるのかとなる。ただ中国のように共産主義国家だと独裁者が一巨大通販会社の社長を逮捕して潰すこともできた
それは独占企業であり政府の命令で潰すこともできたのである。そこでは共産党政府の力が民間の企業より大きいからそうなったのである。民主主義国家で民間の力を活用して自由に活動するように整備されている。だから政府の権力が関わることを嫌われるのである。だから資本主義社会とか民主主義社会でも実質的な力政府より大企業にあるのかとな

確かなことは現実の生産活動をするのは企業であって民間企業であって政府は税金を取るとか何か安全を守るとか福祉に力を入れるとか教育とか金を使うとかするが政府自身はなんら生産するということはないのである。
だからこそ東電の場合は政府より力がある何か十数メートルの津波が来ると科学者集団が警告しても別に無視することができたそこで政府がそのことを取り上げて何ら命令するということもなかったのである。保安院が常駐してもそれも飾りである何の力も発揮していないのである。

だから原発事故の責任は誰にあったのか?危険を未然に防ぐ対策もしない政府にあった。だからこそもし東電などの大企業が大事故を起こした時その企業自身自体は責任を取り東電は潰すべきだという議論があったのはそのためである。でも潰せなかったのなぜなのかそれも責任を曖昧なものとして政府でも東電でも保証金を出して終わりにしたということである。

●大企業が政府より上であり実質的支配者?

東電というのは大企業となるとそれが地域に入ってきた時自治体より強い力を持つようになる。なぜならそこで雇用を作るし金も税金とれるからである。だから原発自治体ともなってしまう。原発はあれはまた企業でもその支配下に入り企業こそがその自治体支えるものとなってしまう。だから別にこのような被害を受ける地元の自治体で東電に対して何も言えなかったとなる
また政府関係者でも海上自衛隊から検察関係まで天下りして利益を得ていたとなれば公正な追求はできなくなっていた。
だからこうして権力の癒着は問題になる。公正な裁判を行う者が企業から利益を得ていたら公正な裁判などできないからであるないからである。

つまり巨大企業の城下町になったということでだから安全対策にしても東電に対して何か言えるということもなくなっていた。実質は東電様になり東電の支配者は東電社員であれその配下に地元の人たちがいるというだけになる。だから東電は当然傲慢になるのである。追加賠償で東電に交渉したら若い人が何か私に対してただ聞いただけで怒っていた。何か傲慢だったのである。ただ東電に対して東電の社員となど直接接することがないから無関心だったので30キロ離れていたから余計に無関心だった
賠償金問題などで東電社員と直接接したとき何か具体的に東電を意識するようになったのである

ドキュメント巻町に原発が来た小林はこう書いた【原発とメデアより―上村洋一】

上意下達式に原発問題を地域住民に押し付けていいものだろうか。仮に多少回り道の選択をしたとしてももっと住民に判断をゆだねるるべきではないか、長い目で見た時に下から支えられた開発でなくしてどうして地域との共存共栄が果たされようかやはり住民自身が原発の決定権を持つべきだと思う

こいうことが全然なかった。余りにも一方的に権力で強制されていたのである。そして原発は常に隠蔽されて地元の住民でも立ち入ることができなかった。ただ原子力村が安全神話を政府とかマスコミで作り肝心の安全対策をしなかったのである。
ただこの原発事故問題は様々なことが関係している。あらゆることが問題になり責任が問われたのである。
東電社員は地元住民ではない、地元住民とは何になるのかとなるとそこで暮らすのだから土から森から水から汚染されたら住むことすらできなくなる。一時は空気すら汚染されのだから空気すら吸いなくなったら終わりだとなる
東電の社員はここに住んでいるわけではない、だからまた東京に帰ればいいとなるが地元の人は他に移住するほかなくなる・
だから無責任にもなっていたのである。それで原発を作るなら東電は東京に作るべきっだったというのが正論だったのである。








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2024年06月25日

山火事も自然の作用であり必要 【人間は自然災害で滅びないー自ら作る文明故に滅びる―原発事故もその一つ】

山火事も自然の作用であり必要

【人間は自然災害で滅びないー自ら作る文明故に滅びる―原発事故もその一つ】

そのため森林は古い巨木だけが繁った状態で固定化され、新陳代謝が停止してしまうこともよく見られる。これはまさに森林の縮退なのだが、ここでしばしば大きな山火事が皮肉にもそこからの脱出を助けることがあるのである。つまり山火事がそうした古い巨木をすべて焼き払ってしまうことで、地表に一時的に陽が戻って若い苗木が育つことができるようになるというわけである。

巨大企業に富が集まる繁栄が健全と言えない訳

●山火事は自然の作用であり必要なものである

何か山火事というとただ悪いものとばかり見てしまう。でもそれを大きな視点で見れば自然の作用であり山火事は自然にとって必要なものだとなる。つまり山火事というのは新陳代謝を起こすものであり古い木が焼かれて新しい木が成長するために必要だとなる。つまり山火事というのは一つのおーきな自然の作用から起きてくる。。雷とかが落ちて山火事になるからである。つまり山火事自然の作用であり新陳代謝を促すものとして起きてくる。

何かそれが現在の少子高齢化からとも似ている。あまりにも老人が多すぎるということは森自体が古い木が多くなり若い木が成長できないということである。つまり世代交代がなく新陳代謝が行われないということである。だからそもそも自然の作用というときそれがすべて悪いものとは見れない。津波にしてそれは大きな自然作業でありすべてが悪いものとして働く働くとは限らない。

もしかしたらそもそも津波を防ぐために高い防潮堤を築くということより津波の来ない場所に住むという事の方は自然災害から招かれることだと思う。だから津波の被害にあったところでわ高台化して住むということは正しい選択だったともなる。つまりいくら高い防潮堤を作ったとしても必ずしもそれで津波を防げるかどうかもわからないからである。そのために景観も悪くなったりしている

●松原は自然の森ではなく津波で根こそぎ流された

ともかくこうした自然の作用はそれを防ぐよりその自然の作用を考慮して人間側が適応することが大事である。
でもどうしても松原などは塩害を防ぐために作られたのでありそれが悪いものとは思わなかった。その光景は日本的なものとしてあった。
でもそれは人工的な人間は作ったものであり自然ではなかったのである。何故なら松原がすべて根こそぎ津波で流されてしまったからである。こんなことがあるのかとただ驚くばかりだった。松原というのは松だけであり本来の森ではなかった。自然の森とは混成林だからである。様々な木が混じる合ったのが森である。だから本来杉だけの森というのは自然の森ではない、それは杉が人間側の都合で木材に利用できると杉にしたのである。
そして松は砂地にと良く根を張るものではなかったからである。

だからの「橅」木ははもともと森にあっても切られてなくななった
なぜならブナとは無用の木と字があてられて人間には必要ないものとされたからである。これはただ人間側から見たものであり自然から見ればぶなの木も森にとっては必要なものなのである。

「橅」とされるが、その由来は材が腐りやすく役に立たないからとされる 。 すなわち、「木では無い」という意味である 。

いずれにしろ人間の文明化というのは自然に逆らうものでありそれは何か災いを生むことがある。つまり文明自体が自然に逆らうものでありそれは必然的に災いを生む。原発事故もこの辺では人々が住めなくなったようにそもそもはが核を故意に核爆発させることが自然に逆らうものであり危険なものだった。それは人間の手で技術でそうしたからである。それが生態系を破壊して人間を住めなくさせたのである。

そもそも文明は自然に逆らうものとして生まれた。そこから技【わざ】が原因して災いが生まれることが予定されていたのである。持続可能社会を盛んに言われるが文明は持続可能ではない。
それは常に自然に逆らうものとして始まり発展したからである。
それ故に文明はいずれ崩壊するともなる。その一つの巨大事故が福島原発事故であり生態系が破壊されて人が住めなくなったからである。これは最悪であった。なぜなら別に戦前までも江戸時代から戦前までも人は住むことが山の中でもできたからである。自給自足で生きてきたのである。燃料は炭であり木でありそれは森にあったしあとはその土地でとれるもので生活していたからである。だから飯館村など最盛期で1万人くらい住んでいたのである。つまり人間はそうして電気がないとしても車がなくても石油がなくても持続して生きて来たのである。

●自然に逆らう科学技術―太陽光パネルも風力発電も

とにかく人間は自然に逆らい自然を無視しては生きていけない。文明は科学技術はいくら発達して自然を無視しては生きていけない。つまり科学技術ですべては解決できない。何か科学技術がすべてを解決できるように科学技術が神のようになってしまった
現代でもただそこに大きな落とし穴があった。その一つが原発事故だったのである。そもそも核を故意に爆発させるということが自然に逆らうものでありそのことを科学者は危険だと言う人もいた。それは自然エネルギーだとして太陽光パネルだとか風力発電もやはり自然に逆らうものであり自然を破壊するものがある。特に太陽光パネルは山全体に敷き詰めた時洪水とかの危険がある。景観でも問題になる。つまりこれも自然に逆らうものであり危険なのである。つまり科学技術振興時代でもそこには危険なものがあり取り返しのつかない事故にもなる。

つまりもしかしたら文明というのはそもそもが自然に逆らう者でありそのために文明自体が崩壊してしまう。文明というときそれが技術という問題だけではなく社会自体がもはや統制が取れないものとなり複雑怪奇になり文明自体がそのために崩壊してゆく。グローバル化の資本主義にしてもそれも成り立たなくなり自壊してゆく。それはバベルの塔の崩壊でもあり人々はそのために統制も取れなくなり散り散りにバラバラになり混乱して崩壊してゆく。

すでに文明というのはもはや誰も全てを知る人などはいない。それは原発事故でも起きていた。原発のことを全て知っていた人はいなかった。吉田社長すら復水器のことを専門外として知らなかったのである。それは重要なものでも知らなかったので要するに原発も文明のように迷路化していたとなる。誰もすべてを知る人は居ない。だからいくら社長でも指示することもできなくなった。それは文明というとき会社の社長であれ巨大になれば全てを知ることは不可能である。そこから崩壊してゆくということにもなる

●人間は自然災害で滅びないー自ら作る文明により滅びる

人間は自然災害によって滅びることはない。むしろ自ら作った文明自体によって滅びるのである。自然災害とは自然の作用であり自然にとって必要だから起きる。例えばナイル川が定期的に氾濫してその領域に泥が流れてそれが土を肥やして作物を育てる麦を育てる。そのためにエジプト文明は3000年間も継続されたのである。その理由は自然の作用に任せて自然をそのまま活用してそれだけの長い時間継続できたのである。現在の文明はそんな長い時間を維持できない。

せいぜい100年とか200年でありその間に膨大なエネルギーを費やして大都会が生まれそのために限界が来て自壊するとなる。それで持続可能な社会【 SDGs】ではないからこそそうなったのである。自然に則る生き方していればエジプト文明のように3000年も継続されるということである。現在の文明はその消費することも莫大でありせいぜい100年200年なのかそんな時間しか継続できないということであるそれだけ膨大なエネルギーを使い消費しているから地球を消耗させてしまうからである

天平6年(734年)聖武天皇の詔に応えて、以下の歌を詠んだ、とある。

 御民我(みたみわれ) 生ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思へば

天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思へば…天地が栄えてこそ人間も栄えるのである。天地から離れて人間も栄えることはないのである。

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2024年06月24日

原発事故の責任は誰にあったのか? 【政府―東電―住民のコミュニケーションがとれていなかった】


原発事故の責任は誰にあったのか?

【政府―東電―住民のコミュニケーションがとれていなかった】

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【AIが意見】福島原発事故は誰のせいなのか?AIが衝撃の意見を述べる!


●東電社員と補償金問題で初めて直接接する

原発事故があったとしてもでは南相馬市であれ何か直接的に東電とかかわり原発を身近に感じる事は無かった
ただ浪江町からでも原発の煙突が見えた。すぐ近くに原発があるということが日常的に認識されていた。た双葉町だと東電の寮とかがあり日常的に町民と接することがあったかもしれない。だから原発の町となっていて横断幕でも原子力未来のエネルーとなっていたのである。

でも不思議なのは別に東電の人と直接接するということはそこで働いた人でなければなかった。原発で働いた人たちはただ上の命令で働くのであり何か原発の危険性など指摘することもできない、何か原発はアンタッチャブルな閉鎖されたブラックボックスになっていたのである。そもそも東電の社員でも直接接することはないし同じ地域に町に住むものとしての連帯感があったのかとなる。
むしろ同じ住民というよりは特別な人たちとして住民は見ていて接していた。また東電は住民を下位の者として見ていたかもしれない。原発の町になれば当然そうなる。東電様になっていたのかもしれない。
だから補償金のことで東電の社員と直接接することで東電をこの辺では意識したとなる。実際は東電の社員と地元の人たちが接するべきであり町民として生活を共有するものがあっても良かったとなる

●地元では東電様に関われないアンタッチャブルになっていた

でも全く原発は特別なものであり政府と東電主導で経営されていた。そしてこのユーチューブで当時の管政権と政府と東電のコミュニケーションがとれていなかった。それで政府の対応が後手後手になったとしている。そもそもなぜ東電は危険を指摘されていたのに安全対策をしなかったのか?それは何か東電が傲慢でありコストの面から安全対策をしなかった。安全対策より安全神話のためにマスコミに宣伝費を払ったりして安全だと安全神話を作ったのである。

だから避難訓練などしない、それで津島に町民は町長の指示で避難した。ところが津島は最も放射線量は多い場所だったのである。一時90マイクロシーベルトとかになっていたのに驚いた。それは信じられないものだった。ただ一時的にこの辺でも30キロ離れても20−30マイクロシーベルトになったりしたから爆発したとき放射性物質が大量に拡散したのである。
でもそれはニ三日のことだった。でも津島に一時的であれ50マイクロシーベルトもあればそれが蓄積して山は依然として立ち入り禁止になっている。津島は13年過ぎても人の住まない廃墟の村となり回復していないのである。

津島地区は16日の測定で毎時58.5マイクロシーベルトの放射線量が計測され、4月22日に計画的避難区域に設定された。局地的に放射線量が高い場所も見つかった。7月26日時点で、赤宇木は最大毎時26.3マイクロシーベルト、南津島は同40.1マイクロシーベルト。避難の目安となる年間積算線量「20ミリシーベルト」を短期間で上回る線量が計測された。

そもそもなぜ原発が福島に作られたのか?そのことから原発事故は考えねばならない。つまりそもそもは東京から離れた場所に安全のために作ったのである。だから本来は東京に原発は作られるべきだったのである。あれほど安全神話を作り安全だと言うなら東京に作って安全だとなる。東京に作った方が東電の会社があるのだから直接近くで管理できるからである。

また東京都民の監視の目もあるから安全を怠ることはできなかった。だからむしろ原発はもしかしたら東京のど真ん中に作るべきものだったともなる。そして事故が起きたらその原発と運命を共にするということは返って安全を守ることにもなった。そもそもそれができないのは安全を守れないからこそ遠くの離れた地に作ったのである。結局それが津波の被害があり裏目に出てしまったのである。もし東京だったら津波が来てもそれほどの被害はなかったのである。

●東京の東電本部ともコミュニケーションがとれなかった

そして東電本社のある東京から福島原発は離れていた時そこでもコミュニケーションはとれなかった。そして吉田社長は独自の判断でするほかなかったのである。こうした緊急の時はなかなかいくら通信が発達してもコミュニケーションが取れない。そのことは私の家族が静岡で交通事故で死んだのだがそこで何が起きた起きたのかも理解できなかった。それは距離的に離れすぎていて何をしていたのか何が起きたのか理解できなくなっていたからである。

もし近くだったら近くで日頃行き来していたらその事情もわかるから訳のわからないことにはならなかったのである。つまり遠くになるといくら通信が発達したとしてもその事情が飲み込めなくなるのである。
でも現場にいた人は一番わかっていてだからこそ吉田所長が独断で決断する他なくなっていたのである。要するに東電は責任回避のために福島に原発を作ったのだがそれが事故になって対策立てることもできなかったのである。

つまり原発というの政府と東電コミュニケーションとれていなかった。また東電と地元住民のコミュニケーションも取れていなかった。東電は安全神話をいい何ら安全対策をしなかったのである。でも東電は専門家だから原発のこと放射線のことについて知っていたのである。なぜなら浪江の人たちが津島の方に爆発した時避難したのだがその中に東電の社員がいて海の方に避難した方がいいとしてそれに従った人たちは放射線の被害からまぬがれたのである。

海の方だと0.5マイクロシーベルトとか浪江町でもそんなものだったのである海の方に放射性物質が流れてしまったからである。でも島津だと90マイクロシーベルトもあったというから恐るべきものだった。だからそもそも東電でわ安全神話だけ多い放射性の爆発が起こらないという前提で町民に接していたから避難訓練なども全然全くしていなかったのである。

とにかく政府であれ東電であれその地元の住民であれコミュニケーションが取れていなかった。コミュニケーション取ると言っても東電は専門家であり何か住民が核のことについて尋ねてもできなかったのである。あなたたちは核のことがわかるのかといえばわからないとなってしまうからである。だからそこはブラックボックスとなりただ安全神話だけが強調される安全対策はしなかったのである。
だから責任が誰にあるのかというとき一番あるのはやはり東電なのかもしれない。次に政府にありその後に住民にありまた国民にあるとなるのかもしれな。原発は危険なものだからやはり政府はその安全対策のためにもっと関わるべきものだったのである
なぜ専門家が十数メートルの津波がくると指摘して東電でわコストがかかるとして防潮堤も何も対策しなかった


●なぜ政府は安全対策を強制しなかったのか?

そのことについて東電に指摘して注意して強制もしなかったのだろうか?
すべて東電のによって決定される力があったというのもわからない。なぜなら今になると信じられない10兆円という賠償金を除染費用でも払ったりしているからである。だから国民も不満になっているのである。なぜ政府はもっと東電に安全対策しろと言わなかったのだろうとなる。政府にはやはりそれだけの権限がありできたのであるなぜなら今回のように事故になったら政府の支出は膨大なものになったからである。

だからこそその前に安全対策を東電に強制されても良かったのである。それもできなかったというのはなぜなぜだったのだろうとなる。だから誰に責任があるのかとなるとやはり政府の責任も相当に重かったとなる。なぜ東電に安全対策を強制できなかったのかということである。その結果として政府では莫大な補償金とか除染とかで金を使わざるを得なくなったからである

一時は東電を潰すべきだと言う論調はあった。それも何かうやむやとなり結局東電の幹部たちが何か罰せられるということは何もなかったのである。でも莫大な補償金が支払われてそれが国民の負担にもなったのである。そして国民から地元の人が補償金をもらうことで原発乞食とか言われたのそもそもは国民自体が原発に関して危険なものでありいったん事故になったら国民でもその損失を負担するということの自覚がなかったのである。

ただ原発に関しては右翼は賛成している。なぜなら核武装しろと言っているから原発はそのために必要なのである。だから右でも問題なのである。原発は平和利用としているがその裏では核兵器を作るために必要だから原発をやめるわけにはいかないという事情もある。それがアメリカとの関係していて日本に原発を作らせているのはそうしたアメリカの強制があったのかもしれない。

とにかく原発に関してはそれがアンタッチャブルなブラックボックスになっていたことが問題だった。誰もそこに地元の人すら入ることもできないただ安全なのかと疑うと必ず安全だとして東電でも安全でないと言わせなかったのである。
でも安全対策をしていればいいのだがそれもせずにただ安全神話を作りそれを言うだけだったのではそして政府と東電と地元の住民とのコミュニケーションもうまく行かなかった

だから一民間企業が巨大化するときどうなるか?

それは政府の指導も聞かないし独走して暴走することになる。それはカルト教団とかナチスにもあったからである。つまり誰もそれを止めることもできなくなっていたのである。だから東電という一民間企業が支配者となりそれを政府を無視する権力があったのかとなる。
でも原発は政府と一体とならない限り作れないものでもあった。それを許可するの政府だからである。またカルト教団でも許可する宗教団体として許可する。ただ民主主義とかの社会では政府の力が強くなるとき反対される。ただ原発のような危険なものはやはり民間会社だけに任せるのはさらに危険なものとなっていた。なぜ東電が安全対策をしないことについて政府は見逃していたのかとなるからである。政府から派遣された官僚の保安院は何の権限もなく何の働きをしていなかったからである。ただの飾りに過ぎなかったのである。



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2024年05月18日

山村の暮らしを振り返るー原発事故は神からの罰だったのか (蕨平―長泥ー赤宇木(あこうぎ)ー津島を行く)

山村の暮らしを振り返るー原発事故は神からの罰だったのか

(蕨平―長泥ー赤宇木(あこうぎ)ー津島を行く)

●山村の自給自足の生活を振り返る

長泥とか津島でも随分遠かった。津島は三春とか川俣に通じる要衝の地であるが長泥となると奥深い山の中に閉ざされた村の感覚になる。こんな所にも人が住んでいるのかとなる。
そういう村でも江戸時代から人は住んでいた。なぜそんな所に人は住むことができたのか、それよりそこで生活できる糧があったから住めた、その糧とは何なのか?
木材がありそれは炭焼きにも燃料にも利用された・
つまり自給自足生活が基本としてあった。

第一あのような山奥になれば遠くから物を運ぶのも容易ではない、車もない時代なら運ぶこと簡単にできない、結果的に近くにあるものを利用して間に合わせるほかない。別に江戸時代であれ日本人はそういう辺鄙な村でも生活してきたのである。
ただ塩がないので飯館村まで相馬市の松川浦から塩が運ばれて塩の道があった。それは全国的に山間部は塩がないから塩の道があった。

野菜もやまでは場所によって作れない。春は山草(蕗(ふき)、うど、山わさび、ゼンマイ、ワラビ、イタドリ・・など食べるのが普通だった。)

蕨平(わらびたいら)もワラビが採れる場所となる。ただ私は蕨平蕨平荻平(おぎたいら)と見て萩の生える場所と勘違いしたのである。漢字から見るから日本の地名は間違いやすいのである。

ともかく飯館村であれ山間はキノコがとれる。それも食料となる。でも川で岩魚などはとれない、とれるという人もいたがあまり聞かない、縄文時代は鹿などの動物を狩猟して生活していた
栗とか採集するものがあってもそれだけでは栄養にならないからだ。鹿一匹をとればかなり食料として大きなものとなったからだ。戦後に原町区の大原で戦後食べ物がなく猿を捕って食べたと聞いた、戦後は原始的な生活でもあった。私の父親は田んぼの畔でウナギをとったり鮎をとりそれがおかずになっていた。何か原始的生活にもなっていた。その時水道もないし電気でも裸電球一つがあったくらいである。

長泥では平地があるから米も田を作り作っていた。畑も作りそれなりに自給自足の生活をしていた。ただ山の中でも養蚕がありそれで現金収入になっていたのである。だから養蚕というのが大きな役割を果たしていたことつくづく感じる、そもそも生糸をアメリカに輸出することで日本の国力となった。私の母親も原町紡績で働いていたからである。ともかく今でも養蚕をした兜作りの家がいたるところに残っているのでもわかる
養蚕は辺鄙な山の中でもできた。桑が取れれば蚕に食わせてできたのである。それが現金収入となったことが大きかった。また炭焼きも現金収入になり長者になる人もいた。また木材を売り長者になる人も必ずいて山持ちは財産家だったのである。

ともかく人間はこうした山間部でも生活してきた。最初に住んだのは縄文人だけど次に焼畑をする安曇族系統が入って来た。焼畑は木を焼いて灰にしてそれを肥料にする農業技術をもたらした。
だから山津見神社と綿津見神社が対になって飯館村にある
また津島で大山祇神社がありこれも安曇系統なのである。こうした山間部でも焼畑ができて食料が確保された。点々と焼畑が生まれそこが集落化した。佐須とはまさに焼畑地名だからである
どうしてそんな山奥で生活できたのだろうとなる時焼畑の技術がもたらされたからである。

●グローバル経済と科学技術(核)の甚大な影響

こうした辺鄙な山村が維持できなくなったのはグローバル経済が影響している。日本にはこれだけ森が多く木材があっても利用されなくなった。外材を輸入して利用するようになったからだ。
外材は太いので利用しやすいこともあり日本の場合山が森になっているから切り出すのに不便なこともある。ウクライナとか見ればわかる。広大な平地が森になっているからである。

いずれにしろグローバル化経済というのはこうして山間部の村でも維持できなくさせたものがある。
ただ何か原発事故で考えさせられたことは社会に歪みをもたらしたことは確かである。本来あるべき人間の生活を無視することになった。つまり漁業者は漁業者で魚捕ってだけでは生活できないと原発で事故前も補償金をもらい原発御殿が建っていたとかうらやましがられていた。それは漁業者だけではない、農民でも小高の人は父親に農業などするなと言われ殴られたという、それだけ

第一次産業となるものが嫌われて衰退したのである。
だから原発は金になるということで積極的に誘致したのである
それが裏目にでてしまった。なぜなら一番打撃を受けたのは第一次産業であったからだ。土も水もまた森の木材まで汚染された
海も汚染されて魚も食べれなくなった。木でも3マイクロシーベルトとか汚染されたのである。だから木材も利用できないともなった。

津島では依然として山は森は立ち入り禁止になっている。相当に放射性物質に汚染されているからだ。それも森全体に放射性物質が蓄積されて例えば葉が枯れて落ちてもそれが汚染されているから除染できな、循環するからだ。そもそも森全体を汚染することだからである。だから津島では山は森は立ち入り禁止に今でもなっている。つまりそこは除染できないとなるから深刻なのである。半減期は30年とかなるがプルトニウムだと一万年消えないとかなり空恐ろしいもになったからである。

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プルトニウム汚染拡大せず 福島、30キロ圏にとどまる

これで30キロで被害を区分けした。南相馬市だと原町区は30キロ内になり補償金が多くもらった。鹿島区は30キロからはずれたから原町の三分の一になった。でも山側にプルトニウムでも多かった。海側は低いのである。だからそれだけで決めたのではなく補償金を払いたくないとして国で決めたのである
実際は放射線量はそれほど変わらないからである。

●どうしても原発事故は天罰とも見る

原発事故を考えるとどうしても何かそれが天罰だったとか人間に対する神の怒りだったとか見てしまう。それはなぜなのかとなると人間の傲慢さが原発事故をもたらした。安全神話を権力で作り事故対策は何もしなかった。事故は絶対に起きないとしていたから避難訓練もしていないし津島とかの一番危険な場所に町町民は避難したのである。それは原発から遠いところだといいと思っていたからである
でも実際は海の方に避難した方が放射線量は0.5マイクロシーベルトとかかなり低いものだったのである。でも津島となると30マイクロシーベルトとかなり信じられない危険なものになっていた。飯館村でも一部泥が20マイクロシーベルトかになっていた。だからそもそも原発とか放射性物質汚染とかそういうのが何なのか教えられてもいないしただ安全神話だけが言われたのである。そのことが一番の責任であったと思う

とにかくこの原発事故は何か神からの罰であり呪われたものとなっていた。それはプロメテウスがゼウスから火を盗んだということで過酷な罰を与えられたのと似ている。
なぜならそれはもはや修復することはできないような状態になっているからである
まず水であれ空気であれ土である木であれ放射性物質に汚染されたらもはやそこで生活すること自体が不可能になったのである。除染しようにもできない、セシウムだと30年過ぎたら半減するとかあるがプルトニウムだと一万年も消えないとなるから空恐ろしいとなる。それだけの時間をまずほかないとなるが。

でもその前に復興することは不可能になった。そして山村とかはすでに限界集落になり維持することすらできなくなっていたから原発事故はさらにそれに打撃を加えてしまったのである。だから津島となると廃墟化してとても住めないとなる
ただ飯館村のような道の駅は必要になるかもしれない。でももはや復興するとなると高齢化も影響して困難を極める。
だからそもそも原発というのが問題だった。核というのが故意に原子を破壊して爆発させる。そのこと自体が何か神の領域に入りそれで神からの罰を受けたのかとなる。
なぜなら意外と石炭であれ石油であれそれは自然エネルギーなのである。核を故意に操作してエネルギーを作り出すのではないもともと地球に貯えられたものを利用しているからである。石油でも生物の死骸が蓄積した者であり石炭はもともとは木であり地球にもともとあったものであるから害がないと科学者は言っている

ただでは今度はソーラーパネル化して風力発電になっているがそれが害がないかとなればある。玉野村でも山ごとソーラーパネルにしたがどうなるのか、景観も破壊されたが何か大雨で水を貯える機能が消失して危険になる。風力発電でもやはり自然の風などと違うので自然破壊にもなる。
つまり焼畑でも自然破壊であったように人間の成すことが必ず自然に逆らうもでありそこで問題が起きてくる。だから何か海の神、山の神、森の神とか自然を恐れていて敬っていた時代であればこういうことにはならなかった。
その恵みに感謝して暮らしていればこういうことにはならなかった。では昔の生活に戻れとなるとできない、ただ原発は神からの罰、天罰だったことは言える。人間は核は操作できなかったということである。そして一旦事故になれば住むこともできなくなっていたのである。

長泥に燕巣作るも人住まじ

長泥に住む人あれやあわれかな我が訪ねて遠くも想いぬ




posted by 天華 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年05月16日

栃窪から塩の道―助の観音ー飯館村ー蕨平ー赤宇木(あこうぎ)ー津島へ 【10数年ぶりに飯館村から浪江の津島に行く】


栃窪から塩の道―助の観音ー飯館村ー蕨平ー赤宇木(あこうぎ)ー津島へ

【10数年ぶりに飯館村から浪江の津島に行く】

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山の中の墓地、松本の生は葛尾村では三分の一がいる、そこからの移住となる。


津島に着く

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町とあり無残である

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長屋門であり立派であり誰が住んだのか、山村でも長者がいた。材木が売れた時にはいたのである

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これは中学校であり結構大きい

栃窪から塩の道をたどり飯館村に出た、途中崩落した道は修復していた。でも今度は風力発電の工事中となり通行止めになっていた。ソーラーパネルの次は風力発電になる。
玉野村では山の木が切られて広範囲にソーラパネル化する。それも危険だと思う。自転車だと通行止めでもたいがい行ける崩落した場でも行けたから行ける。それで柵を無視していった。
工事していて通るなと言われたが無理やり頼み通った。実際は別に危険ではなく通れる。車は絶対に通れないのである。
自転車でも通れない場所はあったが大概は通れる

それから飯館村に出て津島に向かった。道が良く分からなくなっていた。なにしろ十数年ぶりだったからである。ただ蕨平という地名は覚えていた。それから長泥に出た。その辺から前に行った道とは違った道を行った。赤宇木(あこうぎ)の方に出たからである。途中清流が流れるところがありいい場所だとみた。
水は他は余り流れていなかったがここは結構流れていて気持ちが良かった。

それから津島に出たが下津島でありいつも行っていた町がある場所とは違っていたようだ。でもバス停に町とあり町場だたのだろう、津島は家がそれなりにあったが人は住んでいない、未だに人が入れない場所が多い、山は依然として放射線量が高い
原発が爆発したとき浪江ではここが離れているから安全だとして町長が町民を引き連れて避難した。それが大失敗だったのである。一番放射線量が高い所に避難したからだ
それも事故は絶対に起きないとして安全神話が作られてそうなったのである。絶対に事故が起きないとなれば避難訓練などしなくてもいいからである

でも東電の社員は山に方は放射線量が高くなるからと海の方に逃げた方がいいとして町民も従ったのである。それが正しかったのである。海の方は0.5マイクロシーベルトとかであり津島は

10日までの17日間、仮に連続して屋外にいた場合の累積の放射線量は、原発の北西30キロ余りの浪江町の1か所で14.48ミリシーベルトとなりました。
また、原発から30キロ余り離れ、方角もほぼ同じ飯舘村の1か所で8.44ミリシーベルト、浪江町の1か所で6.43ミリシーベルトとなりました

これも異常に高かったからまだ山の中は立ち入り禁止になっている。相当な量の放射性物質が蓄積された。それは除染するにもできなとまでなってしまった
だから津島は壊滅して人は住んでいない、ただここはもともと浪江町から相当離れていたので小学校もあり中学校もあり高校までもあった。というのは分校にしろ浪江町まで通えないからである。そもそもなぜここが浪江町なのかわからない。ただ相馬藩内なぜ特にこの津島で山津見神社が多い、また珍しいのは大山祇神社神社もあった。これは今まで私がプログで考察してきたよ安曇族が焼畑で山の中にも入って来たからである。

山で生活するとなると縄文人は狩猟と採集経済になるがそれだけで生活するのは容易ではない、それで焼畑農業が安曇族によってもたらされたのである。だから山の中で点々と山津見神社がある。これは安曇族の信仰なのである。つまり津島の成り立ちはもともと焼畑があって生まれた。飯館村の佐須とは焼畑のことでありそこにこの辺の本山となる山津見神社があることでもわかる。

ともかく津島は悲惨だった。村全体が崩壊した。山を除染するにしてもできない、だから未だに立ち入り禁止になっている
こうして辺鄙な村でも喪失するのは大きな欠落になる
それは津島まで遠くそこに出れば町があるとか休めるとかある
それは自転車だと遠いからである。車だったら感じないことだが遠さを感じる、それで休みたいとなる、それは歩いて旅した江戸時代ならそうなっていたし車がなければそうなる。
それで津島に着けば休めるとかなる。それがなくなることは大きなもの失ったとなる。私の場合風流の旅になるがそれもありえなくなる。経済的価値と精神的文化的価値は違っている。経済的価値がなくても精神的に価値があることがあり東京な大都会は経済的価値はものすごいが精神的価値は無ともなってしまうのである。

ともかく浪江町の方には行かず小高の方を回った。すでに暗くなっていて原町の方に出たとき自転車が前が見えず堀のようなところに転んでしまった。それはかなり危険なものだった。前にもにもそのことを経験していた。今回はそれ以上に危険だった。でも幸いコンクリートではなく土手のところに落ちて軽症で済んだ。自転車の危険は意外とこの堀のような所に落ちることである。つまり自転車は脇の狭い道を通るからである。それで危険になる。自転車道路があればこうはならののである。

自転車は夜は本当に危険である。ただこんなに時間がかかるとわ思わなかったのである。何らかで自転車で死ぬということはある。ただ堀に落ちて死んだ人もそれなりにいる。だから夜は本当に危険だと思う。

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津島地区の「復興拠点」は来春に完成し、避難指示が解除される予定だが、面積は地区のわずか1.6%に過ぎない。

津島では線量が下がった地域もある中で、赤宇木はとりわけ高い」と木村さん。「このあたりの山は恵み豊かで、いいマツタケが採れたものだ」と佐々木茂さんは嘆息をついた

原発事故から11年の帰還困難区域・浪江町津島「ふるさとを返せ」
住民たちの終わらぬ訴え

次は津島への俳句と短歌で




posted by 天華 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年04月24日

東電の追加賠償金の死んだ人の相続 【権利がある人も連絡先もわからず払えないことに・・・・】


東電の追加賠償金の死んだ人の相続

【権利がある人も連絡先もわからず払えないことに・・・・】

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東電の追加賠償金で面倒になったのは死んだ人の賠償金である。それは遺産相続となり例えば私の場合母が死んで補償金をもらえるのだがそのは母の前の夫の子供がいてそれは母の孫にあたる。その孫に相続の権利があり二分の一はもらえる。
でも連絡が途絶えて連絡することができなくなった。母が死んだときは実際に来たこともあったしそこで遺産がやはり分けたのである。ただその娘は父親が死んで墓を建てたから墓参りしてくれと言っても来なかった。 10万円交通費とかで送ったのだがそれ以来音信不通になったのである。

もともと一回ぐらいしか会ってないから疎遠でありそれで静岡で兄は交通事故で死んだ時遠いところなので何が起きたか理解できずその運送会社にでもめた話を書いた。運送会社の人が乞食のようにしてきたから雇ってやった。墓を作ってやりから骨を骨をやらないとか何がなんだか分からず私は3日で帰ってきたのである。

その理由は静岡県は遠くて何が起きたのかわからなかったのである。ただ私の家では兄に良くよくしなかったのだけど母とは文通してたし連絡しあっていたしやはり金をもらいにきたこともあった。事故の前でも運転手も仲間と私の家に来ていたのである。
だから全然交流がなかったということではなかった
胃が悪くして手術をするとかで母が1週間以上とか兄の元に泊まって看病したりしたのである。だから全く交流がないということではなかったのである。だから母は孫娘のことを知ってるし遺産も分けてやると最後に私に遺言を残したのである。ただその後音信不通となって何しているかも分からなくなった。

でも東京に居る事は解っている。連絡つかないから結局8万くらいでも送ることもできないしただ住所がわかれば連絡すればもらう権利があることは確かである。
でも結果的には私の取り分は一人16万が追加賠償金であり8万は減らされたのである。私の分の16万はもらえることは確かである。。もともと南相馬市でも30キロから外れているから補償金は少ないのである。隣の原町区は3倍はもらっている。
つまり一人50万はもらってるそれ以上にもらっている人もいる何か近くで鹿島区でも避難した人があり200万もらったと聞いたからである。避難した人はそれほどもらったのかとなる。鹿島区でも半分くらい避難したからだよだからその条件が違っていて200万はずいぶん多いなと思った。原町区でも避難しているから避難した分は相当もらったと思う
なぜ私がこんなことを詳しく書くのかというと原町区と比較すると相当に少ないからである。だからこそ私は東電でも批判しているし原町区のように3倍もらっていたら批判も出来ないだろう。あなたは充分に補償金を貰っているのだから文句を言うべきではないとなってしまう。
現実に原町区まではそんなに東電に文句を言う人は居ないのでそれほど補償金の額が多かったということである。
ただ補償金というのは30キロ外れても南相馬市の鹿島区ではもらったとしてもそれから相馬市とかでもいくらもらったのか今回は多少多くなっても8万くらいもらったのか少ないのでだからまたそこに不満がある。

ともかく疎遠であっても連絡先が必要な場合がある。それはその人が得することであり面倒なことでもない遺産相続ということもあるからである。
だから年賀状でもよこしてその住所を知らせていれば連絡できたのである。ただその娘は静岡県で兄が結婚した女性がいたがその人も離婚して中学三年時なのか住むとこもなくなり一児童相談所に預けられたのである。それも遠いところなどで事情も分からなくなった。そのためにその娘は中学三年くらいでそうして苦しむことになったからである。ただ言えることは遠くになると事情も分からなくなりその人にその人がいくら子供であっても責任を持てなくなる近くだったら常に連絡取り合っているからわかるからである。だから遠くの親戚より近くの他人にとなってしまうのである。

いずれにしろ大した補償金ではないからあきらめがつく。損したのは連絡もよこさない兄の娘だったとなる。ただ死んでからもこの相続とは血縁関係は継続されて有効だということを知った。それで東電が補償金を払いたくなくてそんなことを言ってるのかとも見た。
でも追加賠償金の相談するところに電話したらその人はただ取り次ぐ人だけと思ったら法律のことを知っていたので弁護士ではないにしろ知っていたのである。それでその兄の孫娘が生きていていや1/2は相続する権利があると言ったから別に東電でごまかしてるわけでもないし法律にのっとってそういうことを言ったのである。

ただ連絡がつかなければ東電で得するだけなのかともなるとにかく相続になるとさまざまな人が関係してくるから面倒なのでそれは前にも経験しているから分かっていた。
でも連絡つかないのだからどうにもならないということである。その額も少ないから面倒だからもう関わりたくないということもある額が大きく大きかったらやはり放置はできない。 30キロ外れたら一人16万であり少ないのである。だからこそ東電に私は批判しているのである。原町区になればまた避難したところになればその補償金の額が大きいから意外と批判もしないのである。

結果的にそのことはいいのか悪いのかもし補償金の少なかったら東電に対してもっと政府に対しても批判していたはずである。そのことは補償金の額が多いことでそうならなかったのである。そこにも問題があった原発事故になっても補償金の額が多い。
だからそれでまた原発を再開すればいいとかなってしまうからである。でも補償金が少なかったら地元の人でも反対運動を起こして先頭にたつこともあり得たのである。それが無かったのは補償金が手厚かったからだと思う。

何かこうしてプログに書くことは欠けることは私的なものではなく公にもなる。今まではネットがなければこんな私的なことは書けないだろう、でも別に私的なことでも公にもなる。ただネットがなければ発表されなかった。一個人の私的なことが公表されることばどできなかったのである。


posted by 天華 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年04月05日

原発事故の被害と津波の被害の相違 【なぜ補償金が原発避難者には多額になったことで不満になったのか】

原発事故の被害と津波の被害の相違

【なぜ補償金が原発避難者には多額になったことで不満になったのか】

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原発の責任は世界に人類にあったともなる

●小高の人は追加賠償で一人300万ももらった?

なぜ原発事故で被害にあった人たちをかわいそうだと素直に思えないのか?それで私自身も小高の人を批判したらお前は傷口に塩を塗って喜んでいるのかと責められた。全国の人が同情しているのになぜお前はそん苦しい人たちを責めるのかと言われた。それも確かに理解できないことはない。でも原発の被害者と津波の被害者は何か大きく違っていた。津波の被害者はそれは全面的に何の障害もなくかわいそうだとなり助けるべきだとなった。

ではなぜ原発被害者に対してはそう全部がかわいそうだとならなかったのか?

地元にしてみれば南相馬市でも小高区では避難区域になり住めなくなったし実際に被害は大きかった。だからそういうことで同情するということは当然だとなった。
でも南相馬市全体で見れば特別補償金も大きいものだった。今度の追加賠償でも一人240万を確実にもらってるしまたその人の状態で追加されたものもある。条件によって300万もらった人がいるというのは本当だろう。

意外だったの鹿島区の人でやはり半分くらい避難したからその人は200万もらったという。それは一人ではなく家族全員なのだろう。詳細はわからない。ただそんなにもらったのかと驚いた。追加賠償では避難した人はかなり多くもらった。避難した人たちは避難しない人より相当にもらったということである。
私は一人16万しかもらえもらえないその前は一人70万だった。隣の原町区はその前も鹿島区よりも3倍もらっていたし今回でも一人50万やはり3倍はもらっている。それより避難した人が原町区ではほとんどだったからそれに追加してやはり相当な追加賠償金をもらったようである。

●補償金が多額になり政府とか東電に政府に抗議をしなかった

なぜ原町がそれほど全部が避難区域にならないのにもらったと言うことで得をした。ただ30キロということで区切ったことでそれは政府の命令であり仕方ない面もあった。だから小高の人たちが原町区に移住した人が多い。それは別に補償金で責められることもないからである。

なぜなら充分に原町区でも補償金をもらっているからである。とにかく意外と東電とか政府に対して不満を言わない抗議がないのは補償金の影響は大きいものだった。複雑なのは津波の被害と原発事故の被害を同時に受けた人が結構いる。津波の被害者には別に政府からも東電からも補償金は出ないのである。それで津波の被害者が原発事故では多額の補償金をもらったから助かったという人がいる。
とにかく補償金が大きかったから政府にも東電にも大きな抗議は起きなかった。むしろ補償金もらってよかったねとかまでなっている。それは額は大きかったからだと思う。ただ30キロから外れた鹿島区では不満が大きい。
それでも避難した人をやはり200万もらったのかと驚いた。それだけ貰えば鹿島区でも文句はい言わない。でも鹿島区ではやはりもらった人はそのようにもらった人は少ないと思う

ともかくなぜ原発被害者には何か津波の被害者と違って全面的に同情することができないというのはなぜなのだろうとなる
それはその原発を容認したのはやはりその近くの人たちであり距離に比例して補償金も大きくなったその被害も自分の故郷に町に村に住めめなくなったということで被害が大きかったのである。ただ飯館村だけは例外だった。原発は遠いところであり関係無いと見ていたからである。それでも原発で働く人はいたのである。その賃金が普通より3倍とか高いものだったからである。

全国の国民から見ても何か原発被害にあった人たちは原発乞食だとか批判される。それはなぜなのかというとお前たちはただ金が欲しくて原発を積極的に誘致させた。それはお前たちの責任なのになぜそんなにまた補償金をもらうことをに熱心なのかということもある。それは国民が払う税金だからそういうのもわかる。ところがその国民にしてもなぜ原発をに反対しないやはり原発推進させたのは国民だったともなるのではだから国民にも責任はあったのであるその責任を補償金として支払わせられているともなる。

●人間社会は必ず責任を取らされる

こうして何か必ず人間社会というのは責任を取らされる。別に原発を作ってもいい。その責任を取らされる。その責任とは誰なのかとなると国民でもあり政府でもあり東電でもあり地元の人たちでもありとあらゆる人が責任者となったのである。広くなれば人類の責任にもなる。なぜなら福島の汚染水を海に流したということで中国から批判されてホタテ貝などが輸入禁止になったからである。ただ本当に被害を受けたのは避難区域になった故郷に住めなくなった人たちである

でもまた責任を問えばその人たちは原発を積極的に誘致したのだから責任が大きいものだったともなる。でも事故後でも補償金は大きいからそれであまり政府であれ東電であり責めることはなかったとなる。返って得したと思っている人までいる。発事故の日避難区域になっているとその補償金が大きいからかえって助かったという人もいるのである。

いずれにしろどうしても地元の人でも原発の被害というのは何か津波の被害と違って全面的に同情するということにならない。それはその原発によって大きな恩恵があり金も入ってきたから地元の人たちはそれで利益を得ていたから事故が起きたからといってそれは地元の人たちの責任でもあるとなったからである。
だから不思議なのは原発の距離に比例して責任を課せられていた。ただ飯館村は例外だったのである。
つまりもしかしたら人間社会というのは責任に関して平等なのかもしれない。国民だって原発を推進したんだからそれで補償金を支払われるとしてもそれは国民にも責任があったからだとなるからである。民主主義社会ではそうしてみんなが権利があり一票を持っているからその責任をみんなにあるとな。

いずれにしろ原発というのは金のなる木であった。その反面事故になったりしたら国がつぶれるほどになってしまう。そのお金が莫大なものだったのである。そんな危険なもの一方的に作った政府であり東電の責任は重大である。
でも何か政府でも東電でも責任を取った人はいない。地元の人でも責任をあったとしても地元に住めなくなったという大被害を受けている。だから責任を取らされたのである。戦争になると300万人も死んだのだからその責任はあまりにも重大なものだったのである。

つまり人間社会は人間は何であれ責任から逃れないなれないようにできていたのである。そんな重い責任を負えないなら原発などは作るべきではなかった。技術的にもどうしても安全を図れないとしたら作るべきではなかった
確かにそれで電気の不足とか問題が起きて来るにしてもやはり安全を第一とするということになる。原発事故は一回の時期で事故でもう国がつぶれるほどになってしまうからである。そのリスクを負うということはあまりにも危険なことだったのである
原発事故では責任はその距離に比例してあり補償金も距離に比例して出された。でも本当に責任を負わせるならば地元の人たちにしろやはりその責任を自覚させるために必要があった。もし補償金が少なければ否が応でも責任を自覚させられた。でも補償金が多額になったからその責任も自覚できないようになったのかもしれない。

とにかく原発事故の被害者に対しては素直にすべて同情できない。それはやはり地元の人たちでも責任がありそれでその責任が問われたためだと思う。地元の人たちは全く責任がないとはならない。でも津波の被害者に対しては責任は問えないのである。
津波の被害者はそんな補償金はもらっていないのである。ただ石巻の方ではやはり何か保険をかけていて1億もらったとか人もいるからその辺はよくわからない。

●原発の責任は人類全体まで及んでいた【特に東京の責任は重かった】

なぜただ補償金に対しては30キロから外れたとかそういうところでは不満が大きい。その原因は双葉町でも原発と共に栄えるとか横断幕を町に掲げていたように積極的に誘致したのはお前たちではないかとなっているからになる。だから責任もとれとなっている。そこで全て素直に原発被害者に関しては同情できないとなる。その原因はやはり人間がしたことに対して責任を等からそうなったのである。そもそも原発は作らなくてもいいものでありそれで死ぬということもないからである。原発を作ったのはその被害はすべて人間側にありだからその人間が責められるともなったので津波の場合は人間を責められない。自然の作用であり人間はそれに従うほかないからである。

そして責任というとき東京電力がわざわざ福島に原発を作ったのだから東京の責任も重かったのである。だから本来は東京に原発を作るべきだったというのが正論だったのである。事故が起きても自分たちは安全圏だとして福島に作ったからである。ただ東北電力では小高に原発を作る予定であり工事も始まろうとしていたが事故になり中止になったのである。
とにかく責任を問えば原発を容認した国民にもあったしそもそも原発を作る人類にまであったとなる。いったん事故になればその範囲が広くなり地球全体にまでもなってしまうからである。だからその責任は重大である一国だけでは決められないものでもあった。現実にチェルノブイリではロシアだけではないヨーロッパまで影響したからである。だから原発は人類的にな問題であり一国だけで勝手に作れるというものでもなかった。それだけの重大な責任があったということである。
posted by 天華 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年03月08日

原発事故の責任は誰にあったのか? 【大衆民主主義は無責任体制ーでも責任を逃れることができない人間】


原発事故の責任は誰にあったのか?

【大衆民主主義は無責任体制ーでも責任を逃れることができない人間】

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●責任者が明確にならない

なぜ常に何か事件や問題があると責任者は誰なのかとなる。原発事故でもそのことは追求された。私自身も追求した。するとその責任者が誰なのかということが明確にならないのである。
それは東電に一番責任があったとしても政府にも責任があり地元の人にも責任があるさらに国民自体にも責任があったとなるからである。それで東電に責任があったとしても誰も責任を取らない。幹部が一番責任あったとしても責任も取らない。社長ですら責任を取らない。ただ莫大な賠償金が支払われたからそれで責任は果たしたとされる。その賠償金でいろいろともめた。それでその賠償金に対して被害にあった人たちは賠償金を要求するので原発乞食とか非難する人もあった。

でもその国民にしてもまた責任があったのである。原発は作るべきだとして容認していた国民も相当に多いからである。原発事故以後でも原発を作るべきだとする国民もまた右関係者とかに多いのである。だから原発事故が起きたがその責任が一体誰なのかとなると広範囲になるから分かりにくくなっているのである。それは太平洋戦争で300万人も死んだというとき一体誰が責任なのかということである。それもまたその責任は広範囲になるからわからなくなるのである。戦争でも国民に熱狂したとか言われ国民全部無責任があるとなるからである。

だから原発事故でも漁業組合のことなど追求したがその人たちは原発事故前にも補償金をもらって原発御殿を建てたとか言われていた。その補償金にしても原発事故以後だったら要求できたから請求できたからそれで高額になっても何も言われないということはあった。
でも原発事故前にももらっていたし漁業権というのは大きな権利であった。それを東電に売り渡したようなことになったから責任は問われた。つまり権利があればそれに伴い責任の課せられていたのである。だから金をもらえばいいとはすべてはならなかった。確かに事故になったら賠償金をもらうということは当然である。でもその前からも補償金は充分にもらっていたのである

●権力地位がある者は責任が重くなる

とにかく何であれ人間は責任から逃れられない。例えば結婚でも実は責任を課すためにその制度ができたのかもしれない。結婚して子供が生まれれば子供に責任が持たされる。恋愛だったら別れてもそれは責任を取らされるということはないからである。結婚とは男女が共同生活をする責任を分かち合い子どもを育てるということでさらに責任を持たされるのである。

権利も持つとしたら責任も課せられているのである。でも民主主義にしても権利を主張するばかりであり責任のことはないがしろにされているのである。赤信号みんなで渡れば怖くないでも責任から逃れることはない逃れられない。その全員が重い罰を課せられることもある。戦争だったら300万人も死んだ。その責任は一体誰にあったのかとなるとまたこれもその範囲が広範囲になりわからなくなるのである。ただその時の権力者はやはり責任の重いとなった。

つまり権力をもっているもの金を持っているものは責任が課せられている。権力のないものは実際は何もできないし責任も来ないとなる。だから権力を持ち地位があれば責任も大きくなっているのである。だから侍は責任が重く何か失敗したら切腹していたのであるそれで庶民は侍にはなりたくないとなっていたのも分かる。

でも現代はこうして誰が責任者なのかもわからない。戦争にしてもいまだにどうして起きたのか誰が責任者なのかもわからないのである。要するに赤信号みんなで渡れば怖くない責任も取る必要ないとなっているのが現代の大衆民主主義なのである
でも必ず責任はとらされるようになっているのである。だから300万人も死んだ責任は誰が取るのかとなる原発事故の責任は誰が取るのかとなる。それもまた明確ではないのである。

民主大衆民主主義の問題は権利だけは主張するがその責任を持たねばならないということが自覚できないのである。でも必ず人間は責任を取らされ責任を自覚させられるのである。責任から逃れることができないのである。だから神に誓うなと言った時人間はその誓いを守られることはないし破られるからである。
とても必ずその責任を果たすことができないからである。だから原発事故でも政府から東電から科学者から安全神話を作りマスコミでもそれを推進させた。人間に完全なものではないし全能でもないから事故が起きないということはありえないのである。

誰に責任があるかというときキリストを死刑にしたピラトでも私は責任がないと言ったのも理解できる。神の子を死刑にしたという責任をとることなどあまりにも大きすぎて責任はとれないとなったのである。
これは今の法務大臣でも死刑にする権力を持っていてその指示を出すがそれもその責任を負いとなったらできないのである。人間にはそもそも裁く能力がないからである。

ピラトが責任を逃れることはできません。彼だけがキリストを釈放する権限を持っていたからです。歴史はそのことを証明しました。

ある意味で地位とか権力を持っことは怖いこだという実例である。
そうなるとそんな地位につきたくない。確かに出世競争があり高い地位に着きたいとなるが逆に責任が重くなるからそういう地位にはつきたくないという人もいる。地位が上がれば上がるほど責任が重くなってくるからである。だから東電の社長となれば最高の権力者でも責任は最高に重くなってしまうからである。
そういう責任ある権力をもたされていたことが不運だったとなる。法務大臣でも死刑にする判子を押す、するとその責任も重大になる。だからそんな地位に着きたくないともなる。来世で裁かれるのは裁いた方になるかもしれないからである。人間にはそもそも裁く力がないからである。

●大衆民主主義は誰も責任を自覚しないが責任は取らされる

権力を持つ責任をもたされる

大衆民主主義の場合責任を取る人が明確ではない。一票の権利は持っていたとしてもそれはあっても無いようなものである。100万分の1の権利がどれくらいしかないとしたらば責任の自覚は持てないのである。だから赤信号みんなで渡れば怖くないとなる。それは大衆民主主義社会というのはただ数がすべてを決めるとしたら何も数を集めれば何でも通るし赤信号でも怖くないとなるのである。それが法律であれ怖くないとなる。

だからこそカルト宗教団体などは政教分離に反していても数が多ければすべては通るとなり創価などでも批判はできなくなる。つまり現代の権力とは金と数のである。それで結局ナチスになり悲惨な結果となったのである。それは誰も責任者としての自覚が持てない。すると誰も責任者はいない。でもその大衆が無責任となり惨禍になる。なぜなら組織化集団化したときその責任は分散されて数が多いから誰も責任を自覚しないしとらないとなるからである。
大衆民主主義は全体主義になりやすいことである。一見みんな自由だと言うけどでも無責任な自由だからである。

つまり今度は無責任な大衆でも責任を取らされるということである。それが日本であったら300万人戦死したとか戦争で1000万人くらい死んだとかなつまりいくら赤信号みんなで渡れば怖くないといってもその無視して渡った人たち全員が責任取らされて死んだともなるのである。
だから赤信号みんなで渡れば怖くないということこそ一番怖いことだったのであるそれはみんなが責任を自覚しないからである。権利は自覚しても責任を自覚しない原発でも利益になるとということでその後の事故になることなど考慮しない。責任が自覚されないのである。

原発事故の場合異常なほど安全神話を作りそのことには熱心だったが肝心の安全対策はしなかったのである。何か安全でないという時この辺でもそれは批判される。まるで非国民のようにされたの感じにもなる。ものすごくその安全でないと批判されることに過敏になっていたのである。でもその対策として安全神話を作り安全でないという人は返って批判されたのである。その安全神話は権力を持っている者たち政府であれ官僚であれ東電であれ科学者であれマスコミであれそういう人たちによって作られたものだった。

だから鉄壁のものとして安全神話が作られていたのである。それに逆らえる人はいなかった。何か契約するとき細かいことまで契約書に書いてあるのは何かあったとき責任を取りたくないからそうしているのである。でも実際は安全対策をする方が先決でありその方が実質的に安全を守るものだとなる。その安全対策を安全神話でごまかしたことが大きな問題だったのである

ノーブレスオブリージュというのは貴族は確か地位とか金があっても何かあったとき自分が課せられていて責任を持たされていたからそういう言葉が生まれた。戦争のときは率先して前線で戦う義務があった。イギリスの貴族となると今でも王族は兵士になって率先して前線で戦う義務があるためである。責任の自覚が持たされていたのである。現在の大衆民主主義は無責任社会であり誰も権利は主張する責任とか義務はないがしろにされる社会である。
でも人間は必ず責任を取らされる責任から逃れられないのである。それはカルマでもありではもあり逃れることができないのである。

何か所有することも責任の課せられている。土地を持つことでもい家を持つことでも責任が課せられている。だから耕作放棄地が増えた時その土地の所有者がその土地に責任がありそのまま放置しておくなとかなる草ぼうぼうになって周りに影響するからである。また家を持つにしてもその家に責任があり空き家のままにしていれば問題がある。誰か勝手に入ってきたり何か火事になったりと危険な場合があるから何とかしてくれとなる。

でもそのためにも金がかかり放置されているとなる。要するに人間はある土地に住んでるだけで責任が生じているのである。それが原発事故でその責任が問われたのである。そこに住んでいる人が原発に無関心であればそのことで事故が起きて責任は問われたとなる。
だから人間は生きていること自体すでに責任を課せられていて逃れることができないのである。ただその責任の自覚が無いのである。権利は主張するがその権利をと同時に責任を持たされてるということが自覚できないのである。でも必ず責任を取らされる。そしてその責任の重大さを知ったのは原発事故でもあったし他にもいろいろある。

親子でも夫婦でもそれは互いに責任を持たされた関係だとなる。共に協力し合って生活するという責任を持たされたものだともなってしまう。ただそういう自覚もなく好きだとか嫌いだとかで結婚したり離婚したりする。それも無責任だとなってしまう。すると子供が苦しむことになる。つまり本人は責任を取らないとしても誰かが責任を取らされるのでは。だから人間は責任から逃れられない。それはカルマだともなる。宿命というものもあるがそれも何らかの責任として負わされたものだとなってしまう。
posted by 天華 at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2024年02月15日

原発事故の責任問題−責任から逃れられない人間 【原発からの距離に比例して補償金の額が決められた】


原発事故の責任問題−責任から逃れられない人間

【原発からの距離に比例して補償金の額が決められた】

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原町区は確かに一時強制避難させられた、でも鹿島区と比べると多いと思う


●原発は地元の人たちが反対すれば作れなかった

原発事故でいろいろなことが問題になった。その問題になったことで原発事故の責任は誰にあるのだろうか?それが明確にされなかった。その責任は東電にもあり政府にもあり国民にもあった。
また原発を誘致した地元の人にも福島県にも南相馬市にもまた浪江にも双葉にも大熊にもあった。なぜなら原発というのは地元が認めなければ建てられないからである。
それは結局政府の力で国の力で強制的に作られたというふうにも見えた。でが新潟県の巻町でもまたは今回地震の地震の被害があった能登の石川県の志賀原発でもそこは地元が許可した。それでも珠洲市では反対して作られなかったのである。だから地元の人が反対すれば作れなかったともなる。それで珠洲市では助かったとしているのである。

だから責任というときそこに住む地元の人も深く関係して責任がとらされていたのである。でもそれを地元の住民が自覚していたかとなるとなかなかそうでもなかった。この辺ではむしろ原発を積極的に誘致したのである。それは経済的に発展しない場所であり南相馬市でも相馬市と前の原町市ではそれなりの人口規模があり働く場所もあった。でも浪江とか双葉大熊で働く場所がなく出稼ぎにも行っていた。それで地元で働きたいとなり地元に住んで働きたいとなり原発は積極的に誘致された。

そして確かに原発で働いたことで生活も豊かになった人も相当にいる。原発で働くと3倍の給料が得たとかあるからである。だから飯館村の人も原発で働いていたのである。それだけ原発というのはとてつもなく金の出る金のなる木だったからである。それがわかったのはその補償金の額の大きさであった。除染だけでも6兆円とかの金が湯水のように注ぎ込まれたのである。それで相双リテックとか除染を事業で幹部が何億というお金をもらい山分けしさとかされる。だから原発事故以後その使われた金の大きさにに驚いたのである

●金の多寡で責任が問われた

一番地元で金が入ったのは漁業関係者であり特に船主は巨額の金が入った。それは別に事故前補償金をすでにもらっていたのである。漁業権というのは大きな権利であり漁業者の許可がなければ原発は作れなかったからである。それで原発御殿は建ったとか周りの人が羨ましがっていたのである。
というのは港に住んでいてもみんなが漁業に携わっているわけではない。漁業者はやはりの農業と同じく少数者になっていた。とてもその漁業権というのは大きな権利だったのである。だからこそ政府でも東電でも補償を手厚くしていたわけである。

でも原発事故で問われたのはその責任が誰にあるのか?

そのことが厳しく問われたのである。ただその責任にしても明確ではない。それは政府にもあり東電にもあり地元の人にもありまた国民自体にもありマスコミにもあり県のの行政にもありとその責任の範囲は広いからである。でも漁業権持ってっていたところが事故前でも補償金をもらっていたからその責任も重く問われることになった。
つまり責任と権利とは一体だったのである。権利を持つことはそれと責任が一体であり大きな権利を持つとなるとその責任も大きなものになっていたのである。また権利とか権力でもそれを持つものはもともと責任は大きなものであった。

それで江戸時代でも侍が偉いとして上に立つ者として指導するものとしてあったからその責任は侍にあった。下々の者は責任を問われるということはない社会でもあった。
でもそういう社会は階級社会であり差別社会だともなる。一般庶民は何ら権利も権力ももっていないからである。でも逆に責任はもたされず責任があるのは侍だとなっていた。それで侍はその責任を果たすために切腹をさせられたのである。それで庶民は切腹などさしたくないそんな責任を負いたくないとして侍になりたくなかったのである。さすがに切腹のことを考えたらそんな責任を持ちたくないというのは理解できる。

●民主主義時代の責任はだれがとるのか?

民主主義時代になると責任はどうなったのか?いったい誰が責任を持つのか?その指導者を選ぶのは誰なのかとなると投票で決めるとなれば国民一人一人にあるとなる。でも戦前は女性は投票権がないから責任もないとなる。
民主主義では全員が一票という投票権を持っているのだから一人一人が責任があるとなる。でも実際は投票するにしても国政選挙では100万分の1とか10万分の一の責任しかない。すると投票するにしてもほとんど責任を感じない。どうせ一票など何の力もないと思っているからである。だから票にしてもまとまったものが得られられなければ何の力もない。

だからこそ実際選挙は様々な団体の票によって大方は決まっていて国民全体の半分くらいしか投票には行かないとなる。
でも宗教団体とかはまとまった票がありそれで創価などは力を持つのである。創価とは利権団体であり票でもって団結して権力を得ようとするからである。でも金にしてみればまとまった票得られるから頼りにするのである。一票などはほとんど何の力もないのである。だから責任も感じないのである。

いずれにしろ原発事故ではいろいろと考えさせられた。その大きな問題として誰が一体責任があったのかということである。その結果として地元の人は責任を取らされた。南相馬市だったら小高区は一時避難区域になりその後も人が流出して衰退して回復していない。浪江とか双葉とか大熊でも回復していない。だから誰に責任があるという前に人間というのは必ず責任を取らされるようにできているのである。

●責任から逃れられない人間

つまり人間は責任を逃れることができないということである。権利があり権力がありそれを言えたとしてもそこには必ず責任のつきまとっているのである。そして人間は責任から逃れることができないのである。いくら逃れようとしても逃れられない。だからもし江戸時代のような侍が指導者になっていた時代なら原発事故のような事故を起こしたらその幹部は切腹させられた。これだけの事故を起こして東電の幹部は刑務所に入るわけでもない罰せられないのである。

もちろん政府にも責任があったがその人たちも罰せられることはない。そこには実は検察庁とか警察とか自衛隊から海上保安庁の人も東電に天下りしていたのである。でもそういう人たちは何の責任を取ることはなかったのである。その人たちは飾りだとしてもやはり大きな責任があった。だから侍のように切腹をとれともなる。

たとえば太平洋戦争でも300万人も死んだのにその責任が誰なのか責任を取る人がいない。その責任は政府の政府にもありまたマスコミにもあった。なぜなら朝日新聞は一番戦争を煽ったとされているからである。もちろん政府自身にも責任があり国民にもあったとなる。国民も実は戦争を望んで熱狂していたとまで言われるからである。
でもその結果は重大な責任もたらしていてその結果が300万人も死んだということになる。つまり300万死んでその戦争の責任をとらされてそうなったのである。だからその責任も空恐ろしいものだったとなる。

それで天皇陛下が広島を訪れてその責任を問われた時たじたじになっていた。そんな重大な責任を天皇が負えるのかとなったからである。でも天皇が最高指導者になればその責任も問われるのである。そしたらそんな重大な責任を持つ天皇に就きたいとなるだろうか?
だから侍は責任を問われて切腹させられたから庶民は侍にはなりたくないとなっていたことも分かるのである。

●原発の距離に比例して責任が問われた

ともかく原発事故以後も今度は補償金問題がありそれでもめた。一回目の賠償金がありその次に追加賠償があった。その賠償金で原発事故周辺はもめた。不思議なのは原発の距離に比例してその補償金の額が決められた。南相馬市なら小高区が一番高いのは避難区域になったからである。
だからその額が大きいのは当然だとなる。でもなぜその賠償金で不満になったのか。それは南相馬市でも鹿島区は原町区に比べれば三分の一だったのである。原町区などは別に放射線の被害が放射線量が高いというわけでもなかった。ただ30キロくらいで賠償金が決められたから決められたに過ぎない。鹿島区は30キロから外れたから原町区の1/3になったのである。そこで奇妙なことは距離に比例して補償金の額も決められ高かったのである

だから追加賠償では小高では一人240万とか非難したり介護したりした人がいればさらに高くなり一人300万にもなったとされている。原町区は一人50万とかであ鹿島区は16万だったのである。だからそこに不満が生まれた。でもそれを抗議しても変わることはなかった。確かなことは原発のある所からの距離によって補償金が決められたからである。また避難区域になったところは特別であり小高区はそのために特別高くなったのである。その理由は理解できる。

でも責任問題を考えれば原発事故の責任は不思議なのは距離に比例して責任があったとなる。双葉とか大熊とかはすぐ近くなのだから一番危険でありそれで廃墟化して双葉などは十年間くらい誰も住まなかったのである。
でも責任問題を追求して行くとそれは双葉町などは原発と共に栄えるとかいう横断幕を町に貼っていた。だから積極的に原発を受け入れて豊かになろうとしていたのである。浪江でもそうだし小高でも近いからそうである。今度は小高に東北電力の原発が建つ予定だった。それも工事が開始されるようになっていたのである。とても事故が起きて中止されたのである。

だからそれを考えると空恐ろしいものだったとも思う。小高に原発が建つということ私自身を知らなかったのである。意外とそれで騒ぐ人がいなかったのも不思議である。報道関係でも地元の新聞でもテレビでもその危険性を伝えたということもなかった。そもそも原発の危険性を指摘する報道関係はあまりなかったのそれで事故が起きたとき朝日新聞をはじめすべての新聞社がの幹部は中国に招待されていたのである。

だからマスコミにも責任はあったとなる。なぜならまたこれも報道というのは誰もできない。テレビだったら六局しか報道する権利を与えていないからまた責任も重く問われるのである。でも今のようにインターネットで誰でも放送できるようになれば今度はやはりインターネットでも報道すれば責任が問われるようになる。
ただyotubeでもプログでもその視聴者が極端に少ないからその責任もその視聴者に比例しているのかともなる。ただ前とは違って誰でも報道できるとなるとやはり報道する人に責任が生まれてくるのである。

●権利と権力と責任は一体

ともかく民主主義とはみんな平等になり責任も平等になる。でももし一つの箱に真っ赤な色を入れれば真っ赤になっている。それでもその一つの箱大きな箱に入れてしまえば水で薄めてしまえばその責任もまた同じように薄められてしまうとなる。
投票しても百万分の一か十万分の一くらいしか責任はないのである。でももし十票分投票できるとなると責任は増大するのである。
民主主義の問題は誰もが責任を取らないということになりやすい投票しても一票など何100万の一ともなればそんなものに何の責任もないとなるからである。また赤信号みんなで渡れば怖くないというのも現代である。結局それがナチスになったのでありカルト教団でもただひたすら数を集めてそれで社会に働き掛けて権力を得ようとする。それが理屈に合ってるとか正義とかでなくても票を集めればそれが力となり正義にもなる。

その結果としてナチスが社会を設計して莫大な死者が生まれたのであ。だから民主主義でも大衆社会になりそれがただ数は正義となるとき空恐ろしいものとなるのである。誰もそこでは責任等自覚できないからである。烏合の衆となり大衆がは社会を支配してしまうとなるその人たちは何か責任等自覚しをしないからである。でも必ず人間も人間社会でも責任を取らされるようにできているのである。責任から逃れることができないのである。

だからむしろ責任を負わないなら権利も権力も与えるべきではないとなる。でも現実はただ権利と権力を要求してそこにつきまとっている。権利と責任は一体としてある。必ず責任を取らされる。 300万人死んだ戦争でもそうだった。戦争はどうして起きたのかよく分からないにしてもその結果として300万人が死んだという責任を取らされたのである。

また原発事故の結果として故郷に住めなくなったり街がゴーストタウンになったり廃墟化した。そうなったのは誰の責任なのか。その責任は地元の人にもあり東電にもあり政府にもあり国民にもあった。また天下りした高級官僚にもあった。でもその結果として一番責任を取らされたのはそこ原発の近くに住んだ人達だったのである。でもそれも積極的に誘致したのだからやはり責任があった。それでもなぜまた責任がそれほど自覚されないのか。

●補償金が少なかったらどうなっていたのか?

例えば逆に原発事故で手厚い補償金もらった人はそれでそれで良かったと言う人もいるのである。 1億円くらいもらった人もかなりいるからである。その金を持って外部に流出したともなる。そういうことを考えると逆に責任を自覚させるにはそんな補償金を払うこともなく復興しろいえばどうなるか。
そこで原発事故の被害者はなんでこんなに酷い目に遭うのだとしてその理由を追求するようになる。それは自分達にあったにしても政府や東電や厳しく追求することになったのである。でも補償金が手厚い結果としてそういうこともなかった。ただこの南相馬市でわ鹿島区であれ相馬市であれもっと補償金をもらいたいとなった。それで不満なのである。。

だから補償金等さほどもらえずに苦しんだらどうなるか?

政府であれ東電であれ天下りした官僚であれその人たちをなぜ起こりが向かっていたかもしれない。それが無かったのは補償金が手厚かったからだとなる。だから補償金っていうのは全て良いようには作用しなかったのである。よそからは原発乞食だとか言われるようにもなった。いくらでも補償金がもらえるとか見てそれは国民の税金だから国民はそう見たのである。ところがこのその国民で原発を作らせたので原発は反対ならやはり反対運動をするべきだからである。それは国民の責任にもなっていたのである。

だから責任というのは何でも問われて誰かがその責任を負わされるのである。地元の人が金が入ればいいとして原発を誘致しても事故になったら故郷に住めなくなったという責任を取らされたのである。ただまた補償金をもらったからそれでその責任をあまり自覚しないともなった。だから逆に補償金というのを少なくして苦しめば原発事故に対して根強く恨みを持ち反対して原発を作らせないようにしたとなる。それがこの辺では補償金が手厚くされてそれで原発に対して極端に恨みを持ちで反対するような人もあまり出なかったということである。

結局現在の責任とは金になる。それは今だけではなく江戸時代でも五両盗んだら打ち首になったとか金の額でその罰も重くなったりする。でも五両くらいで打ち首になるということは厳しいとなる。またドラマでも五両もらったから人を殺す事を頼まれて殺したとかあ金というのはこうして具体的な責任となっているから分かりやすいのである句句点
特に現代になれば責任は何かとなれば金になるの多寡でその責任が問われる。金を多く持てば持つほどやはりその人は金に比例して責任もあるとなる。

●なぜ遺産問題でもめたのか?

だから私が遺産が入った時なぜその遺産盗まれたりそのために攻められたりしたのか。額としても大きな額だったがそれを警察に言っても取り合わなかった。周りの人も自分を責めるだけだったのである。なぜそうなったのかというと金というのは必ずしも自分だけのものではない。だから遺産というときそれは必ずしもその人が働いて得た金でもない。だからその金は別に他人でも得る権利があるとまでなってしまう。

現実に盗んだ人は何の咎めもない咎められたのは自分だけだったのである。おそらく金というのはその人のの役割とか仕事があってそれ相当のものを得ていればそういうことはなかったろう。それはこの辺の原発事故の補償金問題でも金でもめたというときやはり正当に分配されなかったからそうなった。小高区は確かに避難区域になり荒廃したからそれなりのお金をもらっても当然だとなる。
ただ距離に比例して責任があったというとき原発から近いのだからやはり責任はあった。ただその責任はとらされて町は荒廃してしまったのである。そして小高に東北電力の原発たち工事を始める時だったということも大きな問題だったのである

ともかく現代社会の責任問題は金になる。金を多く持つ人はその金に比例して責任が課せられているとなる。だから東電に天下りした官僚などはやはりその金も返還するべきだとなる。でも全然そういうことは話題にもならないのである。そして現実に東電の幹部でも何か罰せられることがないしそれは検察でも天下りしているからできないのかとも見る。
何であれ人間は責任から逃れることができない。恋愛だから別れても別に責任はないが結婚して別れるとなると大変な労力が必要になる。そこで財産があればそれが責任として支払わなければならない。だから結婚というのもやはり責任を持たせるためにそういう制度ができたのかもしれない。何であれ責任は問われるのは人間社会だということである。



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2024年01月16日

能登半島地震と志賀原発の問題 【福島原発事故と同じようなことが起きていた】

能登半島地震と志賀原発の問題

【福島原発事故と同じようなことが起きていた】

「避難にあたっては、災害の状況に応じ、自家用車をはじめ、自衛隊車両や国、県、町の保有する車両、民間車両、海上交通手段などあらゆる手段を活用する」
当時原発規制について協議していた与党民主党と野党自民党には共通の利益があった。自民党は原発利権を守りたい。民主党は最大の支持基盤である連合(電力総連など原発関連の有力な組合を傘下に有する)の支持を失いたくない。両者の思惑が一致して、原発を動かすために避難計画を規制委の審査対象外としてしまった。

住民の反対で頓挫した珠洲原発の建設計画も、当時は地震でも大丈夫だという話だった。もし、計画が実現して珠洲で原発が稼働していたら、壊滅的な被害が生じ、周辺住民は避難できず大惨事となっていたことだろう。

能登半島地震でマスコミが映さない原発の「不都合な真実」 ずさんな避難計画を隠そうとする政府と電力会社 古賀茂明

原発事故があった際の避難ルート「のと里山海道」は複数カ所で陥没、一時、全面通行止めになった。石川県の激震地・輪島市や穴水町、七尾市は原発30キロ圏内だ。

「もし志賀原発の再稼働が認められていたら、どんな悲劇に発展したことか。この地震は、地震・火山大国日本への最後の警告だ」



志賀原発も相当に被害があった。でもその実態は隠されている。原発というのはとにかく隠蔽されるのである。ここで指摘しているように避難計画などされていない。避難対策などしていないのである。それはなぜなのかとなると原発というのは巨大な利権になっている。それは野党でもその利権にかかわっている。電事連というのは立憲民主党でも選挙のとき応援してもらう団体でありだから電事連から800億円もの宣伝費がマスコミへ出たというのである。その金も巨額である。

それは立憲民主党だけでもない公明党にも創価学会にも電事連から金が流れていた。なぜなら原発を推進する広告を潮に出したりしているし二番目くらいに広告出して宣伝費をもらっていたのである。創価というのはとにかく巨大な利権団体であり利権があるとなれば食らいついてゆく。その宗教自体が御利益宗教などだから何であれ利益になればいいだけである。そのために毎日祈っているのである。だからどこが宗教なのか理解できない。どこかに利益があるとなればそこに食らいついてゆく。一番利益になるのは選挙であり選挙で票が取れればそれが自民党と一体化して利権を得ることになるだからこそ国土交通大臣の利権が公明党に創価ににまわって行くのである。

つまり原発というのは巨大な利権なのである。それがわかったのは原発事故以後補償金にしてもその後始末の除染にしても6兆円かけたとかその金はその原発から湯水のように金が出てくるのである。原発で一番利益を得たのは漁業関係者である。特に船主は事故前からも巨額の補償金をもらっていたのである。だから原発御殿が立ったとその周りの人が羨ましがっていたのである。だから能登半島とかいうと何か不便な場所であり産業と言っても大したものは無い。

ただ漁業はありある。でもその漁業だけでは生活が成り立たないのが今の時代である。ただ今年は寒ブリが大量に取れて安く売られている。ただそうした漁業だけでは現在では生活できないとかなっている。そういう辺鄙な場所に原発は作られやすいのである。福島県の浜通りでも双葉とか大熊地域はチベットとか言われていた。そして出稼ぎ者が多く元地元で働きたいということで原発は積極的に誘致されたのである。
原町市とか相馬市がそれなりの人口があり仕事する場所もあった。でも双葉とか大熊とかその辺は仕事の場があまりなかったとなる。今回の地震でも怖かったのは珠洲市地域に原発は作られる予定だったのである。

珠洲市に原発が作られていたらどうなったのか?

そこにもやはり津波が来たし今回の地震は相当に強かった。そしたらどうなったのかそれも恐ろしいことだった。この辺では南相馬市の小高に東北電力の原発は作る予定があり事故が起きた時すでに工事を開始するときだったのである。でも事故が起きて中止になったのである。でも小高に原発は作られるということを知らなかった。話題にもならなかった。何か反対するというも聞かなかった。でも小高にできれば前の原町市であれ鹿島区であれ相馬市であれ避難区域にもなり住めなくなることもあり得たのである。だから珠洲市原発を作る予定があったということは恐ろしいことでもあった。

そして原発というのは事故の想定をしていない。だから避難計画もしてないしその予行練習もしないのである。福島原発の場合は強力な安全神話が作られて事故が起きないとされたからである。だから避難計画はされていないので事故が起きたとき浪江町長は最も危険な放射線が高い場所に山の奥の津島に町民とともに避難したのではある。でもその時東電の人がいて山の方に行くより海側に行った方がいいとしてそれに従った人たちがいた。

東電の人は放射線のことを知っていたからそうなったのである。それは正しいことだったのである。東電の人は原子力の放射線の専門家なのだから当然そういうことを知っていた。海の方は放射性物質は風で流されて放射線量は低いものだったのである ただこういうことが起きたのはそもそも原発は事故になりということを想定しないからそうなったのである。だから避難訓練などはしない。ただ安全神話を作り安全だ安全だと題目を唱えるように町民と町民に言ってるだけだったのである。

ともかく福島原発の事故のように原発というの必ず隠蔽されて事故がないという想定で作れだから避難訓練などはしない。ただ一番力を入れるのは周りに金を配ることである。それは報道機関であれマスコミであれ金を配り批判されない危険を言わないようにするのである。また地元に対してはやはり金で黙らせる。地元の人でも原発は金になるから危険があったとしても無視するのである。ただ珠洲市に原発を作る予定だったが反対して造らせなかったというのはどういうことなのか分からないがそれで助かったということである。

原発でもやはり国の指導であっても自治体で反対すれば作れないということである。だから反対できないということはないのである。それはほかのことでもそういうことがあったからである。ただ地元にしてもどうしても金に目を目がくらんで原発の危険には目をつぶるのである。その金が巨額なものだからみんな金に狂ってしまうということである。の辺で追加賠償があったがそれで今度は小高の人が一人300万円もらったとか噂になっている。実際は240万となっているが何か噂になりそんな金がもらったと羨ましがられるのでは。それを前からあったことである。

とにかく原発というのは巨大な利権をうむ。それは野党でも電事連とかで関わり原発を反対するということができない。い。共産党ですら反対しているというわけではない。ただ安全を図ることは言っていたのである。こうなると原発というのは反対することがいかに難しいか。でも珠洲市では反対して建てさせなかった。新潟県の巻町で反対して建てさせなかったのであるだから地元で反対すればやはり建ててることはできなかった。原発を東京に作れつくれというときそれがまともな意見だったのかもしれない。東京なら津波でも大きなものは来ない。湾になっているからそこで津波が弱められる。だから東京のほうがかえって安全だということもある。では東京に作れないのはなぜかとなれば東京都民が絶対許さないしそこには日本を動かす政府要人とかがいるのだから強力な反対がありつくれない。

能登半島など辺鄙な場所に作るのではなく大阪に作ったらいいともなる。それもできないの大阪市民が反対するからである。その人数が多いのだから作れないのである。そして辺鄙な場所に原発は作られやすいのであるそういう場所は経済的に苦しい場所であり原発がただ作られれば金になるということで地元でも反対しないことが多い。今回の能登地震でもそこは相当に辺鄙な場所であり限界集落もあり道が破壊されて孤立してしまったということでもわかる。まさにそこも福島県の浜通りの双葉とか大熊とかチベットと言われたのと日本場所と似ている。
それから放射性物質を捨てる場所として青森県の六ケ所村とか北海道でも辺鄙な場所に作られ。そこはやはり経済的に苦しいから金が欲しいということでどうしてもそうなってしまうのである。危険より金がほしいということになる。でもそれが後々どうなるかは深く検討しないのである。とにかく金になることに優先されて危険は無視されるのである

核燃料再処理工場を誘致した六ヶ所村の村民所得は年1364万円

これだけ金が入るから地元では反対しないのである。


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2024年01月07日

天災(地震津波)と人災の原発事故の相違 【原発の距離に比例して責任がとらされた―人間は責任から逃れられない】


天災(地震津波)と人災の原発事故の相違

【原発の距離に比例して責任がとらされた―人間は責任から逃れられない】

●自然災害の天災と原発事故の相違

なぜ原発事故で南相馬市や他で複雑なものになったのか。もしこれが津波地震だけの被害だったらこんな複雑にはならなかった。原発事故は複雑にしたのである。自然災害だったら怨みようがない。でもあまりの被害なので三陸など津波被害に遭ったところは天を恨んだのである。
それだけの大きな被害だったからそうなったのである。その怒りをどこにぶつけていいかわからなくなり天まで恨んだということである。

ただ原発事故の被害というのは天災でもない人災であった。だからその起こりが東電や国に向かうのは当然だった。そのためにその補償金も多額なものとなった。それで津波の被害で破壊されたり消失た人は原発事故の補償金があって助かったという人もいる。それは小高区の場合がそういう人がいた。津波の被害があっても原発事故で避難区域になったから補償金が多額なものとなったからである。

今回の追加賠償でも小高区一人240万とかでありその額は大きなものであった。ただ原町区でも一人50万でありそれなりに大きなものであった。ただ30キロから外れた鹿島区は一人16万だったのである。さらに隣の相馬市となると今回は多少多くても8万くらいだったかもしれない。だからこの補償金の差があり不満になり地域が分断されたということがある。
おそらくもし津波の被害だけだったらこうした分断は起きなかった。むしろ津波の被害者に同情したとなる。飯館村の人などは別に原発事故の被害がなければ津波の被害者を同情していたと言っていたのである。

ただ原発事故で津波の被害にあった人たちは多額の補償金をもらった人たちがいる。それで助かったということも現実である。だから意外と東電とかをうらんだりしないということもあった。でも30キロから外れたりさらに南相馬市以外となるとわずかな彼しか貰えず不満な人がいたのである。

なぜそうした問題が起きたかというと何か原発事故というのはあくまでも原発事故と違って人災であるそれは人の責任でありそのために責める相手がいる。それは政府とか東電当然とかでありその責める相手がいるからこそそこに怒りををぶつけられる。
でも津波に地震とか津波になると怒りをぶつける対象がない。だから結局諦めることになる。でも原発事故の場合は怒る相手がいりそこに怒るよ不満をぶつけることになる。
また複雑なのは南相馬市内で補償金の額が別々でありそれで
分断されたのである。

●原発からの距離に比例して責任が課せられていた

結局人災というときそれは人が関わり人の責任になる。でも天災となるとそれはその責任は誰かとなれば責めることもできない。だから諦めるほかないのである。でも人災の場合は責める相手がありそれが国であり東電となると巨大なものだからそこから金を搾り取ればいいともなる。
でも複雑なのは不思議なのは原発というのは確かに政府と東電が主な責任者であるがまた地元でも責任はあった。それが双葉とか大熊とか原発に一番に近いのだからそれで被害が大きかった。

南相馬市では小高が避難区域になりそれで今でも人は帰ってこないし復興してないのである。そして小高には東北電力の原発の工事が始まる予定だったのである。だから何か距離に応じて原発からの距離に応じて被害があり責任があったのかとなる。
ただその被害に応じて補償金は支払われたのである補償金の額が決められ支払われたのである。 30キロから外れた鹿島区やその他相馬市でも補償金は額は少ないものだった。

だから何か距離に比例して責任が課せられていたのかとなる。でもその距離に応じて比例して補償金の額も決められたとなる。つまり原発というのは地元にも責任があり距離に応じて原発からの距離に応じてその責任も比例してあったのかとなる。双葉町などは町あげて原発を誘致して原発の町になっていたからである。。だからその責任も重く廃墟の街となってしまったのである。 

30キロから外れたことで鹿島区は16万であり原町区は一人50万である小高区は240万にもなっている。小高区だと原町区とかほかの地区に移住した人がそのために新しく家を建てたりしているから大きな金が必要だった。その小高区でも隣の浪江町の人が補償金が多いと羨ましがっていたのである。

●人間は何であれ誰であれ責任から逃れられない

ただ確かなことは地元にも責任がありそれは距離に比例してあったのかとな。原発に近ければ近いほど危険なのだからそれを認識して反対しなければならないということもあった。でも金が優先されてそういう反対もなかったのである。ただ人間というのは責任から逃れられないのである。日本の戦争で300万人死んだというとき一体その責任は誰にあるのかとなるがいくら指導者に責任があるといってもやはりその国民にも責任がありその代償は300万人もの死を出したということである。

それがまた日本だけの責任ともならないこともあアメリカの責任かもしれないからである。アメリカがなぜ日本に原爆を落としたり敵対する必要があったのかなぜアジアにアメリカが関わる権利があったのかとなればそれもわからないのである。だからアメリカにも確実に戦争の責任がある。でも東京裁判とかで勝った方は日本を裁いたけなのであるアメリカも本当は裁かれる方でもあったのである。

いずれにしろ30キロから外れた鹿島区補償金が少なかった。その少ないことで逆に原発のことを東電や政府でも批判することができるともなった。もし原町区とか50万ももらっていればなかなか政府でも東電でも批判しにくくなるのである。南相馬市の原町と鹿島の人が集まって政府や東電にと抗議するために戦おうと言うことがあったが原町区は3倍も補償金をもらうのだから一緒には鹿島区の人は共同して戦いなかったの抗議できなかったのである。

ただ私が政府や東電の責任を問うときそれはそれが補償金が少ないということでもあったのであるからできるともなっていたのである。それから国民は原発事故に対してどう見てるかというと原発乞食と言ってあいつらは補償金をもらいたいだけだと見ていたのである。
だから本当は補償金でもそんなにもらわなければ原発に反対することができたが補償金が多額であったのでそれで外部の人と共同して抗議できなくなったのである。

ともかく人間というのは何か国民なら責任がないようにも思える。でも必ず責任を取らされるのである。赤信号みんなで渡れば怖くないでもそれも必ずみんなが責任を取らせられる。みんなが渡るから怖くないということはありえないのである。みんなでやるんだからそれが正しいとかということでもないのである。悪いことでもみんなでやれば怖くないとかなりえないので必ずそのみんなが責任を取らせられるのである。

それは戦争で300万人も死んだということにもある。だからカルト宗教団体などでもみんながしていることであり責任がないということにはならない。みんながやっているのだからそれが正しいとはこの世でなり得ないのである。むしろみんなが正しくないからこそ原発事故でも起きたし戦争でも起きたしその責任を取らされて300万人も死んだとか故郷に進めた住めなくなったとかなったのである。

ただ人間はそんな責任など深く考えない。金になればいいとかみんながやってるかいいとかそんなことで同情して悪いことでも正しいとして実行する。でも必ずその責任は取らされるのである。一見そんなことで何か責任を取らされないように見えてもとらされる。
だから人間を考えると人間のした行為というのはかならず責任が伴っていて責任を取らされるともなる。それがその本人が責任を取らされないとしてもその子供とか子孫が今度は責任を取らされるのである。

この辺で放射能放射性物質に汚染されて土も水も空気も汚染された。プルトニウムは2万年も消えないとかなってしまったのである。それは親が原発を作りその子供にその責任が課せられたともなるだから親を捨てて故郷には済まず外に出たというのもそれが親の責任となってそうなったのである

とにかく人間が生きるということそれ自体が必ず責任を問われるのである。だから死後に裁かれるというときそれも責任が問われるからそうなったのである。人間は例えこの世で裁かれなくても何か悪い事したら来世で裁かれるとなる。その責任から逃れることができないのである。確かに別に罪を犯しても問われるこの世では問われないことがある。でも来世でわ確実にその責任を問われ裁かれるとなる。ただ人間はそうした責任を感じて行動している人はあんまりいない。

でも結果的にやはり責任を取らされるのでだから原発の距離から比例して責任を取らされたというのも何か責任が原発からの距離から比例してあったともなる。ただ現実は原町区などはそれほどの被害がなかったから補償金もらって得したということもある。だから原町区に住んでいた方が良かったという人もいる。原町区では別に人は住んでいるし変わらないからである。
ただ南相馬市は補償金でで分断されて一致して協力しにくくなったのである。それは確かなことである。
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2023年12月24日

原発は自治体を越えたアメリカと国家権力で決められた 【賠償金でも南相馬市で決められず分断された】 【沖縄の辺野古のアメリカ軍基地建設も同じ構図】


原発は自治体を越えたアメリカと国家権力で決められた
【賠償金でも南相馬市で決められず分断された】
【沖縄の辺野古のアメリカ軍基地建設も同じ構図】

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●原発はアメリカと日本国政府によって強制された

原発とは何であったのか。今追加賠償金の支払いが行われている。そこで東電の社員と直接に会う。でもこれまで東電の社員とかに直接会うということはなかった。そもそも南相馬市でも原発というのは遠いところにあり関係ないと思っていたのである。ただ原発の煙突が見える浪江とかはかなり身近に感じていた。また親戚の人で原発の下請けになって働いていた人もいたからそういう人はより身近である。だからその人は事故は起こらないと力説していた。東電から金を貰っているのだからそうなってしまったのである。危険より金をもらうことの方が大事になっていたからである。

ここで考えねばならないのは一体原発というのはどいうふうにして作られたのか。それは南相馬市とか原発周辺の町でも村でも何かそこに交渉があったのかというとそれも明確ではない。
原発で一番問題にしなければならなかったのはそれは国指導で行われるものであり国家権力が関わるものだったのである。それが日本の国家だけではないアメリカはその上に関っていたのである。だから強大な権力の圧力で原発は作られた。

ではそこで一番問題になるのは原発が作られる市町村の自治体である。でも何かこの辺で原発に対してで自治体でも市民でも何かまとまって反対するという運動も見えなかった。それより南相馬市だったら議会であれ何か原発に対してどういう態度をとるのか何か協議されたのかもわからないのである。それよりそもそもは自治体の市町村が原発に対して反対することが不可能でありだから協議するしなかったのかとなる。でも新潟県の巻町では小さな町でも原発を建てさせなかったのである。だからそのどうしてそうできたのかよくわからない。反対できないということはここでわなかったのである。

でも市町村の上に県の権力がある県の行政は中央の政治の権力と結びつきその配下にある。だから国と県がその原発が立つ市町村の自治体を無視して原発を作ったとされる。
だから別に自治体というのは原発に対して何ら協議することさえなかったのかもしれない。ただ地元の人にとっては原発が建てば景気が良くなるということしかなかった。何か危険というものを感じなかったのである。
私自身にしても30キロ離れているのだから何か遠い場所に思って関係ないと思ってたのである。それはそもそも原発というのはどういうものかわからなかったからである。だから危険も感じなかったのである。第一なぜ南相馬市の議会であれ市長であれ何か原発に関わることができていたのかどうかも分からない。ましてやそこに住んでいる住民などは東電のことなどまるで分からない。

●補償金でも南相馬市自体で決められず分断された

だから賠償金問題で東電の社員とじかにあったのは事故以後であってその前に東電の社員とかとはあっていないのである。ただ浪江から双葉大熊とかはすぐ近くにあるからより身近であり東電の寮などもあり東電の社員と町民でも直接接していたとなる。
でもその前に原発については住民に対して説明は必要だったのである。ただ南相馬市でも何か原発を立てるに当たっても協議したりその説明を受けて危険がないのかとかも問いただすこともなかったようである。そもそもそういうこともできなかったのかも知れない。なぜなら国の権力と県の権力が一体となりその肝心の原発は立つ地元のことが住民に対しては無視されていたとなる。

だから原発は安全だとか安全神話が作られて決して危険な情報は東電からなどから出なかったのである。本当はすでに配管とか老朽化して危険だと内部の仕事をしている人は指摘していたのだがそれも無視されたのである。常に安全だ安全だと題目のように唱えていて安全神話が国家と県とマスコミとかが一体となり強固な安全神話が作られたのである。

だからこそ東電にしても安全に対しておろそかになってしまったのである。それより安全神話を作ることに莫大な金を使っていたのである。それはマスコミでもそうである。そこに金を与えて危険なことは言わせなかったのである。
例えば電事連とかには800億円とかマスコミ関係に使ったとこも言われる。つまり電気とか原発関係の金は信じられない巨額なものだったのである。それは事故後除染だけで7兆円使うとかその額をとてもイメージできるものではなかった。だからその除染で相双リテックとかは大儲けして幹部で何億でも山分けして銀座で遊んでいたとかその金の巨額さがそうさせたのである。
その後の補償金の額にしても信じられない金これが国からでも出たのである。

その巨額の補償金が出たことで地元の人は東電にそれほど批判するということもなかったのかもしれない。金をもらってそもそもが原発で金になるとかと言って今度は事故になったらまた金をもらえばいいというふうになった。でもそこで失われたものは何なのかそれはやはり避難区域になって町に住めなくなった人たちが一番感じている。

●補償金で割を食った南相馬市の鹿島区

だからあまり東電とか国でも原発事故の被害者はそれほど批判していない。むしろ小高などは津波に被害に遭った人津波の被害は保証されないが原発事故の被害の補償が大きいので助かったと言っているのである。
でそれは南相馬市だったら小高区と原町区のことであり30キロから外れた鹿島区などはその補償の額が原町の1/3だったのである。現実に一人16万であり原町区は一人50万だからその差も大きい。小高は例外であり一人240万とかもらっているその差も大きいのである。だから鹿島区の人は東電と交渉してもっと補償金を出してくれと言っても応じられなかった。それで南相馬市が分断されたのである。

そもそもが本当は補償金であれ南相馬市に自治体に供給して自治体で協議してその補償金を分けるべきだったと思うな。そうすればともかく不満が出てくるどうして一応協議したということで別なものになっていたかもしれない。ただすでに補償金について何か鹿島区には払うべきではないという人はネットで盛んに行っていたのである。でも確かに原町区は3倍ももらっているのだから文句を言うこともなくなったのかもしれない。で南相馬市全体の全体で自治体で協議したら争いが起きていたことは確かである。

でもそれでもやはり南相馬市補償金を国で与え東電で与えそれを南相馬市民が協議して分配すれば自治体として機能していたとなる。ただ一方的に国と東電がその額を決めて分配したのである。だから鹿島区だけが除外される補償金の額が少なかったのである。それより相馬市になるとほとんどもらえない一人6万ぐらいからくらいしか貰えなかったのである。

ただ南相馬市と相馬市は違っているのだからそれなりに理由がありい諦める他なかったかもしれない。私が相馬市の市街を測ったら0.5リリーベルト代わりここより高かったのである。だから放射線の量で補償金の額が決まったわけでもないのである。ただ山側の方が放射線量は高かったことは確かである。

だから国で決めた30キロ圏内は特別視された。放射線量としてはそれほど変わらなかったのである。ただ便宜上払いたくないから30キロで区切ったということである。そこで南相馬市は分断されたのである。
でも私がこうして国とか東電を批判できるのはそもそもはその額が30キロから外れて少なかったからだともなる。これが小高区とか原町区とかなれば補償金の額が大きいのだから政府であれ東電に批判しにくいとなっていた。そもそもが原発事故は被害が大きかったのだがその補償金の額も大きかったのでその後政府とか東電を批判することがあまりなかったのである。だから追加賠償で東電の社員と直接会っても別に文句も言わないし親切だとかなってしまっている。

●沖縄と辺野古の米軍基地と原発は似ている

この問題はここだけの問題でわなかった。今起きている沖縄の辺野古に米軍の基地を作るという時もそうだった。地元の人でも反対する人もいたが沖縄県でも反対ということもあったが裁判で国が勝ったのである。それはアメリカと国が一体となった権力でありその圧力に逆らうことはできなかった。それは原発の構図とも似ていたのである。

辺野古という時山原から出てくる場所にあり辺鄙なところである。山原にはヤンバルクイナとか天然記念物がいるジャングルなのである。そこを自転車で回った事がある。そして辺野古の砂浜でテントはって寝たことはありあの辺の状況が分かっているのである。
辺野古にすれば原発アメリカ軍の基地ができれば町として豊かになることは確かである。でもそのために失うものもある。何らかで自然がに影響をする。ヘリコプターでも離着陸したりして騒音は出て平穏な生活が生み出されるということもある。だからそれは原発とも寝ているのである。金にはなるがそれで失うものもあるということである。

でもどうしてもアメリカと国が一体となり巨大な権力の圧力で抵抗できないということであった。それはこの辺の原発と似ていたのである。そして今言われていることは日本は主権国家ではない。アメリカの従属国家であり主権がない国だとしている.それもやはり戦後80年くらいになっても変わらない問題であり何らかの日本の国家最高の主権の確立が必要なのである。それができないと原発であれ沖縄の米軍基地であれほかの基地であれ日本はアメリカの従属国家でありそのために原発事故となりまたアメリカと中国では戦争に巻き込まれてしまうということである。

ただアメリカに従属してアメリカが守ってくれれば楽なのだがそうともならなくなっている。アメリカはもし中国と戦争になれば日本人を前面に出して日本に戦わせ犠牲になるのは日本人だともなる。もしアメリカが全面に出て戦ってくれるらばそれはそれでいいの実際はそうならないのである。アメリカと日本は戦争になれば一番被害になるのは日本なのである。
つまりアメリカの覇権を維持するために日本人が犠牲になってしまうということでもある。だから中国と手を組めばいいということでもない。でも日本主権国家ではないというときどうするか自体が日本では決められないのである。そこに一番の大きな問題があるとなる
それは原発でも同じであり辺野古のアメリカ軍基地でも同じなのである。



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2023年11月11日

漁業権は大きな権利だったー漁業者が反対すると原発は建てられなかった ー女川の原発の場合


漁業権は大きな権利だったー漁業者が反対すると原発は建てられなかった
ー女川の原発の場合

漁協は原発建設につながる漁業権の放棄を認めず、およそ10年にわたり着工は延期となりました。

しかし1978年、漁協と東北電力の間で漁業の補償協定が結ばれ、漁業権の一部消滅が決定。事実上、原発の建設が認められることになりました。

「機動隊が盾で殴るんだよね」“原発頼み”の町が強いられた50年前の分断と、迎える再稼働のとき

漁業権の問題を追求してきたが女川原発の場合は漁業権を盾に漁業者が原発を作ることに反対していた。つまり漁業者の許可がないと原発は作れなかったのである。だから漁業権というのは意外と大きな権利だったのである。それで原発を作るにしても漁業者の許可がないと作れないからそのためにこの辺では手厚い補償金を原発事故前ももらっていたのである。総額も大きく原発御殿建ったとか噂された。それは漁業者の周りの人が言っていたのである。

みんなが知っていたわけではない。自分自身も知らなかったのである。何か烏崎港からイシガレイとか売りに来る人がいた。金ににならないとか嘆いていたしインターネットでも生活が苦しいと業者の人は報告していた。だから漁業者も生活が苦しくて困っているという風に見ていた。
でも烏崎港となると原発ではなく火力発電所ができたときやはり補償金をもらっていたのである。それで高価な着物は売れていた。まだその当時ヨーロッパ旅行する人など相当な金持ちだった。なぜなら飛行機代だけで五十万くらいしていたからである。烏崎の人はヨーロッパ旅行に団体で行っていた。それだけの補償金が入ったということである。でも別に火力発電所の場合は原発事故とは違って被害もないのだから関心もなかったのである。

でもまた漁業者は原発建った時さらに補償金をもらっていたのである。から烏崎港になれば二重に補償金をもらったということにもなる。つまり漁業権というのは大きな権利だったのである。
だからここで女川で漁業者が漁業権を盾に反対したために十年間も延期されたのである。これはやはり漁業者でも危機感を持って対処していたからそのことはこの辺とは違っていた
なぜそうなったのかといえば宮城県とかは漁業が盛んであり水産業が盛んであり福島県の浜通りとかがと比べれば十倍もの漁獲高の違いがあった
それで原発で汚染されると相当な被害を受けるという危機感を持っていたから反対したとなる。

福島県の場合は漁業はお零細でありそれほど盛んではない。そのために原発に反対もしなかったともなる。補償金をもらって方が楽だとなった。
ただ問題なのは漁業権というのはそれだけ大きな権利があり権利があるということは逆に責任もあったということなのである。それを原発事故後に問われたのである。なぜならここで漁業者が漁業権を盾にして反対した結果十年も作ることは延期されたからである。漁業者が漁業権を盾にして反対すれば原発は作ることができなかったからだである。この辺で反対運動もなく建てられてしまったのである。
だから大きな権利があればそれだけ責任も比例して大きなものだったと言うことを自覚されたのである。ただ火力発電所の場合は別にそういう責任もなかったのである。だからそこで補償金をもらっても何も言う人もいなかったのである。そこに火力発電所と原発事故原発との大きな差があったのである。

今日のニュースでも相馬市の玉野村でキノコ栽培している人がようやく放射性物質を測っても食べられるということで市場に出した。 12年過ぎてようやくキノコを売ることができるようになった。キノコはは一番放射性物質に汚染されたからである。
ともかく原発事故の被害の影響が大きすぎたことである。そこで漁業権を持っていた漁業者の責任が大きく問われたのである。
ただ宮城県の場合漁業に占める海産物の割合が福島県の十倍もありそれも影響していたかもしれない。女川ではクジラを取っていた時もありその鯨を解体するの見たことがある。それだけ漁業に関わる係わる関わる割合が大きかったのである。そして女川の津波被害も大きかった女川原発でもギリギリで津波から逃れたのである。一部に被害もあり危機一髪であった。

それは東北電力の副社長の人がこの辺は津波が来るから5mを相手高くしたのである。それでギリギリで津波から生まれたのである。それも幸運だったのかもしれないでもあの辺りは津波の被害を経験しているから危機感があってそうなったのである。福島県側は津波の被害は400年前にあったとしても全く忘れられていたからである。その相違も大きかったのである

ともかく原発事故の被害は放射性物質に汚染されるということは簡単には解決しない。森であっても放射性物質が循環しているのだから除染すること自体も不可能なのである。ただ30年過ぎるとセシウムが半減するとか言われる。それだけの時間がかかるプルト二ウムトだと消えるのに1万年もかかるというからそもそも除染そのものは不可能なのである。結局原発の恐ろしさを認識できなかった。ただ女川では漁業者の漁業権を盾に反対してたということはこの辺とはだいぶ違っていた。いずれにしろ原発の問題は放射性物質の汚染はそれだけ被害が甚大だったということである。だから12年過ぎても解決していないのである



女川原発は高さを一五メートルにしてぎりぎりで助かった

その技術者は、平井弥之助氏です。東北電力・副社長を退任後、電力中央研究所に移り、そこで、女川原発の建設計画に直面しています。

平井氏の実家は宮城県岩沼市にあり、仙台藩に伝わる記録では、近所の神社に、慶長津波が到達した、とされるそうです。
東京帝大の後輩の大島達治氏によると、平井氏が「貞観津波くらいの大津波に備える必要がある」と言っていた、ということです。
1970年に国に提出された女川原発1号機の原子炉設置申請書では、周辺の最大津波高さの想定値は、3m だそうですが、平井氏は、敷地の高さを15m と主張したとのこと。


高くしてもそれもぎりぎりであり幸運だったとなる。


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2023年10月30日

こころはここにある(詩)ー浪江町津島のNHKの放送の感想【2】 ●こころの詩−場所の価値−自然のない大都会に価値がない

こころはここにある(詩)ー浪江町津島のNHKの放送の感想

●こころの詩−場所の価値−自然のない大都会に価値がない

ここに糧ともしきも
田を作り土を耕し牛を飼い
苦しくも生きにし者よ
ここに生き心はここにある
残されし重々しい岩の墓
ここの大地に根ずきしように
そは離れざるかも
こころはここにある
ここを離れて心はない
汝の価値はここに生きしことにあり
その岩の墓がその重みを語る
かたや林の小径にあわれ
草深く隠され月見草咲きぬ
柏原村へ通じる道なりしも
我が祖父の育ちし所なれや
津島を後に葛尾村に我は行く

人間の価値は多様である。価値という時その住む場所が価値を持つ。自然は多様で自然も多様でありそこに住む人間の価値も多様になるのである。山に住む人と海側に住む人の感覚もまた違ってくる。山にしても一様でないからその地形の変化の中で価値が違ったものになる。そもそも価値を作り出しているのは自然である。その場所さえ自然が作ったものだからである。

だから自然が無い所に本当の価値は生まれない。それで東京とかの大都会には自然がないので価値が感じられないのである。でも経済的価値とか工業的価値とか商業的価値とかは比べにならないほどある。でも自然的価値がないので魅力が今は感じる感じられないのである。
ただ人とビルの谷間で混雑して疲れるだけだとなる。そういう場所に豪邸を建てても価値あると思えないのである。ビルの谷間に埋もれてただ家ばかり見ていたらそこ美もない。でもいつも富士山が見えるような場所に豪邸が立てばそれは価値あると見る。

ということはあばら屋であっても自然の中にあれば美しいものとさえなり得る。日々そこに自然の変化があり自然の美に映えるからである。だからこそ時代がさかのぼれば遡るほど実は自然は美しいものとなっていたのである。一番美しかったのは原始時代だったということになる。そこには人間の手が加わらないから自然そのものがあったからである。
その美しさは息をのむような美しさであった。何一つ人間の手は加えられないから自然そのものが手付かずでこの世のものとは思えないように美しいものだったのである。そういう時代を歌ったものが万葉集である。

豊国の企救の浜辺の真砂地真直にしあらば何か嘆かむ

このような感覚になるのはやはりそれほど美しい浜辺の浜が広がっていた。砂の浜が手つかずの白砂の浜が広がっていた。そこでその美に触れてその心も真直であれば何も嘆くことはないとなったのである。これは逆説的である。
現在ではそういうそうした自然の美よりさまざまな贅沢を物質的な贅沢を望むからである。自然の純粋な美に打たれてただそこで真直に生きられればあとは何もなくてもいいとはならない。それが現在との大きな相違である。それが現代人が失った大木きなものかもしれない。それは現代人というだけではない文明人が失ったものかもしれない。

●文明大都会に美がない

ただ逆に文明というものは大都会を見ればわかるようにそこには美はないのである。それだけ経済的に繁栄しても美は無い。その大都会から生まれるのもまた宗教でもカルト宗教のように醜悪なものになる。中国でもそうだが宗教は天台宗から始まっている。
天台宗とは山岳宗教であり天の台で山を聖としてそこで修行したからである。日本だと比叡山がその始まりであり日蓮もそこで学んだのである。山伏とかなると胡散臭いとも見るがやはり山を聖なるものとして修行の場としたから大都会から生まれた今のカルトとは違っている。今のカルト宗教は何か異様なほど御利益にとり付かれたものであり清浄な雰囲気はゼロである。だからなぜそれが宗教なのか全く理解できないのである。ぎらぎらとどぎつい欲望を持った人たちに占拠された場所である。

とにかく一体東京とか大都会に何か価値があるのかとなってしまう。ただ経済的物質的価値はとてつもなく大きいのである
美的観点から見ればその価値はゼロにもなってしまうのである。だからかちとはさまざまであり人によっても価値観は違ってくる。でもどうしても美的観点からすると大都会には自然がないので価値が生まれないのである。
逆説的に田舎でも山村でも何もないとしても自然の中に暮らしているからそれで価値が生まれている。大都会だと自然は消失して人工物に覆われてそこに美は無いのである。だからなぜ人間の作り出した文明のそんなものでしかないというとき何なのだろうとなる。それでもその文明都市をつくり出すは膨大なエネルギーを費やしているからである。

このように大都市化とともに逆に限界集落が多くなりなり消滅してゆく。この辺は原発事故でそうなったのだが全国的にも辺鄙な山村などは消滅してゆく。でもそれはそこにも価値があった。その場所に生きる価値があった。大都会のビルの谷間にうずもれているよりそこに生きている人は一人一人は自然の中で生きているという感覚になっていた。だからそこで生きることは価値あることなのである。それは都会にはない価値がある。
何か村の人が死の時私はこの村の先祖になるというときそれはその場所に生き続けることを望んだからである。その場所に価値あるものとして存在しし続けることはを望んだのである。
その一つが浪江のの津島の岩の墓なのである。それはその村の中に残り先祖として重みを持って存在し続けるということである。都会だったらそんなことはあり得ない。納骨堂の一室を買いそこでお参りする。それは死者の団地のようにも見える。遠く離れて墓地の一区画を買ったものもありもともとその土地とは何の関係もないのである。

でもそうした山村の墓地はそういうものとは違う。村の先祖として生き続ける者として墓地もある。その墓地がなくなったにしろ今度は先祖の霊は山に帰るとして山が先祖の山になるのである。つまり先祖はその村に何でやれ消失してしまうのでなくいち続けるのである。
いずれにしろ一つの村が失われ村が失われることは何を意味しているのか。それはやはり継続された村の価値が失われることになる。それとともに先祖も死んでゆくのである。墓地があっても墓参りする人もなく先祖の霊は容器と化して行くのである。それで確かに都会に移り住んだ人が多い。補償金も多額だからそれもできた。でもそこで失われたものがやはりある。それが今自分が語っていることである。それは精神的なものでもありなかなか自覚できないかもしれない。でも都会に出ていい暮らしをしても何か物足りないものを感じる。それが失われたものなのである。

●人間は失ってみて本当の価値がわかる‐故郷も同じ

ただ私自身がそうは言っても外部から理想化して見ているだけであり現実そこに暮らすことはあまりにも厳しいとなっていた。つまり直接そこに住んで苦しまないのだからただ理想的に見てしまうのである。要するにそこで働き苦しむ人がいるけ絵を描いている人にもなるがにもなる。だからそこにそこに住むことの本当の苦しさを表現できないのである。
ただエゴマを作っているというときやはりそのエゴマが放射性物質に汚染されないで売れるようになればその村の復興の手がかりとなる。農業の場合種を蒔きその種子が実となりなり花となることが希望だからである。でもそこにはすでに老人しかいないということが若い人もいない子供もいないということはもう村を維持できないとなっている。それは全国的に起きていることである。

エゴマの種を植える
エゴマが育ち実り
そこに希望がある
村は継続され先祖もここに安らふ

いずれにしろ心がここにあるというとき確かに補償金で都会で楽な暮らしはできている。でも心はない。その心のある場所はやはり苦しくても貧しくても育ったその村にあったからである。だからその村にともに働き仲間と死ぬのは幸いでありそしてその村の先祖になることが幸いだとなる。都会に出てももはやそういうことはありえないからである。すでに1万くらいの町でも人々のつながりは希薄化して存在感がなくなっている。千人くらいの村だったら人一人の存在感があり一軒一軒ので家でもそうであり自然の中で四季折々に映える。
だから人間は失って見ないとその本当の価値は分からないということでもある。そこが人間の盲点なのである。当たり前にあるものは実は希少なものだったということが失ってみて初めて分かるのである。それは家族も全部死んだ結果私自身も痛切に感じたことだったのである。
啄木がなぜあれほど望郷の詩人となったのかそれをふるさと離れて若くして故郷に帰れず死んだからである。別にそこに住んでいればそんなに感じることはなかったのである。故郷にしてもそれは当たり前にあるものでありその価値はわからない。ただ失った時痛切ににその価値を感じるたのである。

やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに 啄木

つまりそれだけふ故郷の景色が東京の都会の人混みのなかで心に浮かび帰れないふるさとお忍び泣けとごとくにだったのである。
こころは東京にはなかったのである。それまで故郷は忌避するものでもあり脱出する場でもあった。でもそれが痛切な望郷の人なったのはやはり故郷は遠きにありて思うものともなっていたからである毎日住んでいる故郷は平凡なものしか見えないのである。視点を変えれば自然の景観も違うようにその価値もまた変わってくるのである。

●三野混沌の詩の語るもの

ふしぎなコトリらがなく
花が咲いている
どういうものか ひとのうちにゆくものではない
ひろいはたけにいけ
きんぞくのねがいするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでととまれ
あせってはならない
きたひとにははなししろ
それでいい
クサをとりながらつちこにぬれろ
いきもはなもつかなくなれ
これはむずかしいことだが
たれにもできることだ
いちばんむずかしいことをのこしておけ
いちばんむずかしいなかでしね
(三野混沌)

ひろいはたけにいけ
きんぞくのねがいするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでととまれ
あせってはならない
きたひとにははなししろ

そこでしぬまでととまれ

とは畑で仕事しながら死ぬということか、それほどその場所に生きることにこだわっていたのである。というのは農業は土地と不可分に結びついているから一体となるからである
そして最後はその土地の土ともなるのである。そして御先祖様になるのである。農民は土から離れたありえない、土に生き土に死にその場に生きその場に死ぬとなる


三野混沌の土着的生活が現代に問うもの 
(原発事故で故郷まで失ったものへの教訓)


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2023年10月29日

NHKの放送-絹江さんと春江さん 浪江町津島をあきらめない 【地理がわからないと何でも実感できないー津島の岩の墓】


NHKの放送-絹江さんと春江さん 浪江町津島をあきらめない

【地理がわからないと何でも実感できないー津島の岩の墓】

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津島にあった岩の墓

●隔絶した孤島のような地域

人間は地理が実感としてわからないからそもそもがその土地について理解し得ないのである。一応地図を見る。でも浪江津島となると街から本当に相当に離れている辺鄙な場所である。私がそこでそこに自転車で浪江からも飯館村からも行っている。どっちにしろその距離が相当にあった。むしろそこは三春に近い場所だったのである。だから私は自転車で行けばその感覚で距離を見る。その津島から三春へさらに葛尾村へと通じている。
津島が1400人いたという、村の人口としては一応維持できる人口だったのか、そこは隔絶した村である。

不思議なのは津島から通じて隣の葛尾村の柏原村がありそこがどうも私の祖父が出た地域のようである。なぜなら戸籍に江戸時代のものが残っていて祖父の名はあったからである。私の父親は双葉の新山の酒屋に勤めていた。そして暖簾分けこの地域に移ってきたのである。
だから意外と何か津島に因縁を感じたのである。それにしてもそこはなぜ浪江町に属しているのかわかりにくい。むしろ三春藩へ
近い、津島は確かに古い場所であっても開拓に戦後開拓に入ってきた人があった。だから苦労したので村の人の連帯感が強いということを語られていた。相当に辺鄙な所だから人々はどうしても助け合わなければ生きていけないような場所だったからだろう。
だから地元に帰りエゴマを育てることを始めた女性がいた
ところが土地を除染した後に砂を入れたので育たなかった
その土地はもともと地味豊かな土地だったのである。だからそこで農業を復活するのは至難である。愛着ある家も壊されてゆく

●フィリピン人や中国人の嫁が農村地帯に入って来ていた時代

もう一つ印象に残っているのが中国人の嫁がこんなとこにいたくないと鉈で襲ってきた事件であった。確かにあのような辺鄙な所だとは思わなかったのだろう。今にしてみると補償金も額が大きいから街で暮らすに充分になっていた。とても津島となると復興自体が無理に思えるからである。確かに中国人の嫁も驚く山中でありそれでその嫁は都会で暮らしたいとして夫を襲ったのである。
この外国人の嫁というのはフィリピン人も多い。相馬市の玉野村で牛を飼っていた人が原発事故で自殺して死んだ。その嫁もまたフィリピン人だったのである。飯館村の大倉村を越えたところの木戸木【ことぎ】もやはりフィリピン人なのか外国人の嫁がいたのである。一時農村の嫁不足でそういう外国人の嫁が結構入ってきた時代があった。だからこんなところにもフィリピン人の妻がいたのかとなる。でもすでに40過ぎている。

とにかく人間社会というのは先が見通せない。福島の原発事故被害は大きかったがもし中国人の嫁がその時そこに住んでいたら大歓迎だとなっていたのである。その嫁のことをどうなったかはあとはは報告はない。もしかしたら補償金をもらって街に住んでいるのかもしれない。
現実問題としてそうした辺鄙な山の村は限界集落化している。だから維持すること自体もすでに難しくなっていたのである。それが原発事故となり消滅してゆくようにも思える。ただ補償金は特別多いからそれで困ることはないかもしれない。

●老人は住み慣れた地域を離れたくない

ただ老人は長く住み慣れた場所離れたくない愛着があるということはわかる。でもそのような場所でも生活は成り立たないだろう。飯館村の木戸木などもそうである。町の方に移り住んだ人も多いだろう。この辺では小高すら原町に移り住んだ人が多い。小高なら買い物でも車で原町にいける。でも津島となるとあまりにも遠すぎるのである。だから村を維持すること自体が難しくなっていたのである。

何か奇妙なのは津島で印象に残ったのは墓地を見てそこに岩の墓があったのである。それが何か重々しく貫禄あるものに見えた。それはその辺鄙な村でも土着した先祖の墓でありそれがその墓を残して岩の墓を残して語っているとなる昔を語っているとなる。つまりそうした小さな村では墓でも村を支えた人たちの者でありその村にとって重みがあるとなる。それはその土地と密着して土着していたためなのである。つまり村が消滅することは先祖も死ぬということである。それも意外と深刻なことになる。
墓は荒れ果て先祖も捨てられるとなる。そしたらその岩の墓も存在感を失うのである。
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2023年10月09日

津波原発事故の前と以後で時代の雰囲気が変わった 【浜街道の小高の古い道標−プログの記録より】


津波原発事故の前と以後で時代の雰囲気が変わった

【浜街道の小高の古い道標−プログの記録より】

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2010年03月21日
浜街道を行くー小高ー浪江の高瀬川-春の俳句十句


人間は時間軸で見るのは本当に難しい。それがわかったのはこの辺では津波原発事故以後法域が雰囲気はまるで変わってしまったからである。これほどまで変わってしまうのかということが人間社会にあるのかと驚くばかりだった。
それは自分のプログを読んでそう思った。浜街道春に旅した。それは2011年が津波と原発事故が起きた一年前の春のことをここに書いていた。そのときは普通の状態でありそこには変わりない風景があり穏やかな春だった。
その小高の風景でありそこには江戸時代から続いたものがあり変わることのない風景だった。だから特別取り立てて何か感想を書くというものでもなかった。でも津波原発事故以後はありふれた風景でも違ったものになってしまったのである。

空間軸では別に空間が変質したということはないのである。でもその雰囲気は違ったものになってしまったのである。小高は原発の避難区域になり町自体がが寂れてしまった。そこは空家だらけであり住んでいるのは老人がほとんどである。
だから原発避難区域になった小高から浪江双葉大熊とかは全く違った雰囲気になってしまったのである。それはもはや元に戻らない前の雰囲気には戻らないとなってしまった。だからその変化はあまりにも大きなものだったのである。他でも津波の被害を直接受けた漁村も消失した。村ごと消失してそこに住んでいる人はいないのである。

南相馬市でも鹿島区となるとからす烏崎村と海老村とか湊村とかは消失してしまった。
だからそこで昔をしのぶということすらできなくなった。その変化辺かもあまりにも大きいものだったのである。
だから津波原発事故以後はその被害を受けた場所はその前と後でわまるで別な世界になってしまったのである。つまり歴史でも時代を見るとき明治以降と戦争に負けた戦後でではまるで違った世界となったと同じである。

要するに人間社会というのは空間軸と時間軸で生きている。でも空間軸というのは地史的なものになれば実際は何億年の単位でみれば空間軸でも変わっている。大陸が移動したとか海が陸地になったとか山になったとかある。なぜヒマラヤにアンモナイトの化石が発見されるのか。それはそもそもヒマラヤですら海だったからそうなのである。だから空間軸でも地史的に見れば何十億とかの間で見れば変わってしまうのである。

ここにヒマラヤのことを解説

●戦後の変化も大きかった

とにかく戦後の時代を見ても時代の雰囲気というのは変わる。戦後の焼け野原から団塊の世代が始まった。その子供の時を経験したの燃料は炭であり街の中で堀で洗濯していたとかまるで原始的な生活だった。街中では私の家には井戸もないから近くの人の井戸の水をくんで利用させてもらっていたのである。
ただその時子供だからその時代全体の雰囲気というのが大人は感じるものとは違っていた。要するに戦後十数年は極端な貧乏でありそれから高度成長時代がありその時代の雰囲気が変わってきたのである。東京オリンピックはあったとき原町の高校まで通うのが蒸気機関車だったということが今でも信じられないのである。その時すでにかなり鉄道でも変化して電気の時代になっていたと思っていたのである。だからその頃の時代の雰囲気というのは年齢でも感じることが違っていた。

高度成長時代の雰囲気というのは東京オリンピックで象徴されているように日本が急速に経済成長してジャパンアズナンバーワンとか世界を席巻する時代であった。その時代の雰囲気も失われた30年でガラッと変わってしまったのである。何かただそれからは日本の悪いことしか言われない。その変化もまた激しかったのである。そしてすでにまた高度成長時代の雰囲気というのも30年も過ぎれば分からなくなってしまうのである。

●時代の雰囲気とかはわからなくなる

だから時間軸で見る時人間社会は時代時代の雰囲気というのはわからなくなる。ましてや江戸時代でも300年続いたとしても例えば元禄時代がありそれは新田開発が各地で行われ経済発展して華やかな時代であった。でもそれをイメージすることはなかなか難しい。元禄時代に文化が花開いたというとき場所はみちのくの旅に出た。それで不朽のの奥の細道を残したのである。

そして芸術というのも必ずその時代を反映したものでありその時代を見ないと芸術も分からないという。でもその時代を見るというのは本当に難しいのであ。それはこの辺で起きた津波原発事故でわかる。この時代に生きたものでそれを経験した人と経験してない人の差はまた大きくなる。その時代の雰囲気というのはわからなくなる。
だからプログを記録するとき後で役に立つことがある。それは時間軸で見れるからである。だから私自身のブログを自分で読み振り返るときそんな感覚で見ていたのかということがわかる。

津波原発事故の前の一年前のことをここに書いていたがやはりそのときは平和な時だった。その感覚も春の日のことでありこの辺は江戸時代からでもその前からでも変わらない風景であった。それが津波原発事故以後避難区域になったところは小高でもまるで違った雰囲気になっている。これほどに変わるものかと驚くばかりである。何か日常的当たり前の風景が消失してしまったのである。だから時代の時代が変わるというときこの辺でわ津波原発事故の前とそれ以後とわでわ全く違ったものとなってしまった。

確かに空間軸で見れば浜街道でも残ってるしそれは変わらないとしても雰囲気というのはまるで変わってしまった。どうしても寂れた淋しいものとなってその雰囲気がまるで違ったものとなったのである。なぜならここで道標のことを書いているがそういうものでもその先に行けば人も住まない空家が残りもともとあった家もなくなっている。だから原発避難区域でわどうしてもそこが雰囲気が変わってしまったのである。

●戻らなくなった津波原発事故前の雰囲気

それはもう取り戻せないものとなっている。町自体が一時は空き家化して廃墟化したからである。ただその隣の原町とかでは別に変わらないのである。その差もまた大きかったのである。別に南相馬の原町とか鹿島とか相馬市か昔の街道を行けば変わらないものがある。でも津波の被害を受けた所はは村自体が消失してしまったからその変化は大きかった。
でも田んぼは元のように回復したでが津波の被害があった所では農家でも村でも消失したのである。その変化の大きかったのは津波だけだったらそれほど出なかった。原発事故があり避難区域となったことが大きく影響したのである。

津波原発事故前の一年前のようにここ書いた昔の街道を浜街を旅してもこんな感覚にはならないからである。
ということでこの時春の日に旅したことの記録が貴重なものとなったのである。今同じ碑がは小高にある。でもその同じ碑を見て旅しても感覚的には全く違ったものになったのである。
何か荒涼とした感じでありその雰囲気はまるで変わってしまったのである。だから時代が変わるということはこういうことである。何かありふれた風景でも全然違った。風景となってしまったのである。そして深刻なのは決して元の風景に戻らないということである。もちろんこれから時代がまた変わりその雰囲気も違ってくるかもしれない。でも今のところそういう感じはないのである。だから時代を分ける時この辺でわ津波原発事故とその前とその以後では変化が激しく別の世界になってしまったのである
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2023年09月03日

原発事故の失敗の原因 (急ぎすぎたことや目前の利を優先した―人間は核を操作できない)

原発事故の失敗の原因

(急ぎすぎたことや目前の利を優先した―人間は核を操作できない)

論語に、「速(すみ)やかなるを欲するなかれ。 小利を見るなかれ、速やかならんと欲すれば、則(すなわ)ち達せず。 小利を見れば、則ち大事成らず。 

●原発は作るのに急ぎすぎたー小利を求め大利を失う

何か事業を始めようとするときすぐに成功する。そしてみんなから成功者として讃えられる。でもそう簡単には何でも事業でも成功はしない。正直自分自身でもそうだった。何かしようとしてもすぐには達成できない。でもみんな自分自身もそうだったが常に目の前の小利を追求する。儲からなければそもそも事業は継続できないからである。人間は大概毎日毎日目の前の小利を追求して生きている。毎日買い物するにしても安い物をいかにして買うとか計算している。そういうことから人間は逃れられないのである

そしてそうした日々の生活の金の計算はしている。それは発達障害の人でも数の計算ができない人まで金の事は知っている。それは日々買い物して数の計算ができなくても金のことはわかっている。だから金にさとい。数の計算ができなくても利益の事は分かり計算している。

でもこのお金の計算で盲点になっていたのはスーパーのカードで買い物していた。そこに1万円をチャージしていたでもそのカードをなくした結果1万円は戻ってこなかった。だから日々それをカードを出して多少の見返りはあるのだが1万円をもらうのにはもうどれだけの時間がかかるかとても一年二年で1万円を回収することはできなくなっていたのである。つまり時々300円かもらうにしてもそれが1万になるまではどれだけの期間が必要なのかとなる。ここで問題になったのは万が一なくした時それがチャージした分が丸損になってしまうということである
つまり安全策が取られていないからそうなったのである。

●安全はコストがかかるから無視した

だから安全というのは意外と大きな問題なのである。人は安全にはあまり金を払いたくない。ただ保険金かあり保険をかける人がいる。それは安全のためにためである。何か大きな災害はあったりするとそれを補うことができなくなる。何か原発事故などはそうであった。安全に金を掛けたくなかったのである。原発というのは相当に安全を図らないと運転できないものだったのである。
だから安全に金を使わなかったのである。科学者集団が十数メートルの津波が来ると警告していたのに東電ではれも聞かなかった。防潮堤を作るようになったのは事故以後であり津波に備えることしなかった。つまりここでもコストを考えて小利を考えて求めて大利を失ったとなるかもしれない。その損失は国家予算並みだったからである。私がカードをなくしても1万の損であった。でも原発はその被害は20兆円もかかるとか国家予算の雨なので。だからいかに原発は安全対策が必要なものだったかわかる。
そこに金を惜しんだ結果その損が莫大なものになったのである。

速(すみ)やかなるを欲するなかれ。 小利を見るなかれ、速やかならんと欲すれば、則(すなわ)ち達せず。 小利を見れば、則ち大事成らず。 

原発はそもそも日本では操作する技術がまだ未熟でありでも早めに原発を作った。湯川秀樹博士は日本ではまだ原発を作るのが早い戒めていたのである。
確かに日本では原発を操作する技術がもっていなかったし技術者もまだ成熟したものとなっていなかった。
そしてアメリカからマークワンという古い原子炉買わされたのである。そこにやはりアメリカがかかわって原発事故の一因になっていた。アメリカだったらそんな古い原子炉は危険だから使わないからである。ただ外国だからそういうことができる。明治維新のときも薩長とかの薩長と幕府との戦いがありその武器がアメリカの南北戦争で使われた古い銃が大量に入って来たからである。
何か後進国はそうして先進国から古いものは在庫整理のように買わされるのである。特に日本はアメリカに負けたからどうしてもアメリカには逆らえない。

だから原発事故の一端もアメリカにもあったかもしれない。でもその責任も絶対に問われないのである。アメリカには誰もが日本は敗戦国で支配されているのだから逆らうことができないからである。
そもそも原発は日本人の日本人の技術でわ操作できないものだったのだから作るのが早すぎたのである。
でも原発は利益が大きいから国でも早く作りたかった。地元でもやはり金になるから積極的に誘致したという経緯がある。つまり人間はその目の前の利を優先して追っている。そこで安全をないがしろにして大事故となり大損となったのである。

●人間は長い先を見て事業でもできない

これは大きなことではあるが個々人でもいろいろそういうことがある。人間は先を長く見れない。目の前の小利に目を奪われて安全をないがしろにして大事もならなかったのである。ただ民間になるとどうしても長い先を見て事業もできない。でも原発は国家が優先して作ったものでありだからそんなに急いだりする必要もなかった。そして安全を図るより安全神話作り安全だということをにして肝心の津波対策しないし安全を図ることをしなかったのである。

それは国家とか強大な権力がそうさせたとも言える。安全神話を作ったのはそうした政府とか官僚とかマスコミとか司法関係でも警察でもかかわり鉄壁の権力で安全神話を作ったのである。それが地震と津波で砕かれてしまったので。つまりそこに奢りがあり急ぎすぎたこともありただ目の前の利に心を奪われたということもありそれで取り返しのつかない事故になってしまったのである。
ともかくこの格言は人間に関してあらゆるところで適応される。
人間は目の前の事に奪われ目の前の利益に追われ長い先のことが見れない。そんなことをしていれば収入がなければ会社も経営できないとなる。
ただやはり国家となると国家百年の計とかはどうしても必要になる。原発はそういうものだったのである。危険なのだから急いで作るものでもないし目の前の利を求めて作るものでもなかった。

ただそういうことは人間には必ず団体でも個々人でももある。人間は常に利に追われそんな先のことを見ることができない。だから備えることもできない。安全を図ることは大事でもそれがすぐ利益にはならない。ただ三陸では何度も津波の被害があったから強固な高い防潮堤を作って被害を免れた町があった。やはりそれだけ津波の被害を経験していたからそうなったのである。
その費用は無駄なようで無駄でわなかったのである。

だからこそ安全を図るのは国家の仕事であり国家百年の計でもって土木工事でもしなければならない。日本は自然災害が多い所だからそれをするのは国家の役割なのである。中国でも常に大きな水害があり治水が国家百年の計となっている。水を治める者は国を治めるとなっていたのである。

●安全を図る国家の責任―国家百年の計

今回の中国の大水害の被害もそうだったからである。ただ中国のように巨大な国家になると先をを長く見る。それがやはり中国という巨大な国家のだからこそ長く見れるともなる。第一万里の長城などを造る計画をすること自体それを作ること自体途方もない時間をかけている。
そういう長い時間で見れるのは中国でもあったとなる。日本はやはり小さな国だから何かそうした長い先を見て計画して作るということがなかなかしにくい国でもある。
いずれにしろしろ原発は一民間会社が運営できるようなものではなかった。それは国家的事業であり国家百年の計のようなものがなければできないものだったのである。でも急ぎすぎたとか安全を図らずに安全神話を作ったりして国民を騙したのである。

その結果として20兆円もの国家予算並みのものを事故の後始末に使わざるを得なくなったのである。それは海も汚染されて処理水でも海に流すから中国からも韓国からも批判される。それほどの事故の影響が巨大だったし時間的にも長期間その後始末にかかる。だからこそ原発はどれだけ安全を図ることが必要だったか今になるとわかる。でもその安全を図ることにコストがかかるとか怠りそれが大事故となってしまってのである。

ただ人間は何か何でも余裕を持って行いない。絶えず何かに急かされる利に追われる。それも老人になればわかるが時間がたちまち飛んで消えてしまうからである。何か事業でも何でもチャンスを逃せば二度とそのチャンスはあるとは限らない。人間のチャンスは一度か二度でありあとは無い。何かゆっくりと構えてもいられないのであ。だから勉強でも絶えず自ら求めてするのではなく受験勉強とかで点数を取るために追われているのである。

会社を起こしてもまず利益だとなりそのためにどうしても不正なこともしたり弱められるのである。とても悠長に構えて事業もできないからである。だから高齢化の悪い面も多いのだが長い目で見て生きるという事にはいいともなる。もう60くらいで死ぬとなればやはり時間がないのだから何もできずに終わってしまうともなるからである。 60から90までも生きるとしたらまた30年もあれば先が長いとなり人間のなすことはそれで急ぐ必要もないとなってるのである。

●原発は核は人間の能力で操作できないから廃止するべき

事実私は60過ぎてからでも自分のしてきたことを旅にしてもその経験を書いていることでもわかる。何かを理解すること自体人間は時間がかかりすぎるのである。世界を理解するにしても実際に旅をしたりその後にいろいろ学ばないと世界など理解しようがないからである。でも人生200年になったらどうなるのか。世界をくまなく旅をしたりさまざまな経験をして知識を広めて理解が深ま。だから人生百年でも200年にでもなったら先を急ぐことはないとなる。だから長生きは必ずしもみんな悪いとはならないのである。人間はそれだけ成長するにも何か一つのことを理解するにも時間がかかるのである。

それより何かしようとしたら時間がなく人生が終わっていた

中小企業白書によると、 起業後の生存率は1年後で95.3%、3年後には88.1%、5年後には81.7% という結果が出ています

なぜそうなるのか、それだけ時間が限られていて事業でも簡単に成功しないのである。そして失敗したらまたやりなおす時間もないのである。ただ知的な研究などは積み重ねれば実りがある。でもそれでもそのことで収入があるうとはならないのである。
結局人間の成すことは時間が限られているためにやれることはわずかだとなる。要するに人間は時間切れで終わりになるということである。

だから原発にしても作るのは急ぎすぎた。それだけの日本には原発を作る技術もなかった。何か日本は特別技術にすぐれているということで安全神話が作られた。それは技術の未熟さを隠すためのものであり実質は簡単なことでも安全策とっていなかったのである。その理由は金がかかるからそうして頂けなのである。
何か安全神話というのは宗教のようになっていてただ唱えていれば安全だとなっていたのである。宗教の問題はただ仏に神に祈りは何でも叶えてやれる。そこであらゆる欲望が欲望を叶えてくれる。それが今のカルト宗教である。

だから東電が原発事故を起こした時あれはオウムだと言ったのも分かる。まさに安全神話では神話は宗教化していたからである。つまりオウムとわかると宗教であり今の宗教団体というのはほとんどカルトである。そこではあらゆる欲望が叶えられるとしてあれだけの人数が集まっているのである。
だからオームは科学を重視して科学者となる卵がそこに集まったのである。幸福の科学というのもまさに科学を重視しているからそうなる。創価でもやはりそこに医者などがいるとかえって信用される。
つまり現代とは科学が宗教となっているのである。そしてこの科学というのは人間の欲望なんでもかなえてくれるという幻想に陥っている。つまり科学は万能だという幻想に陥っているのである。だからあらゆる病気が治り人間は死ななくなるというまで言う人がいる。それはまさに人間が神の代わりに万能の力を持つということになる。でも人間には限界がありその限界があらわれたのは原発事故でもあった。

そもそも原発というのは人間の能力を超えたものとしてありまた原発は核のごみというか放射性物質というのは自然界にないものを作り出す。そのことは以下に危険なことだったか科学者はもっと考えるべきだった。それを考えていた科学者はいた。でもなぜか原発というのはそうして危険なのにやめられないのか。それは核兵器を持つために必要だからやめられないという人もいる。
でも原発というのは自然界にない物をプルトニウムのように2万年も消えないとかそういう危険なものでありそれを消す技術もなかったのである。処理水を海に放出したがそれは安全だと言っても信じられないのである。
だからそもそも世界でも原発を作るということは禁止すべきだともなる。それを操作する能力が人間には無いからである。そして放射性物質を自然界にはない物質を出すという毒を出すということが解決していないからである。そこに人間の能力の限界がある。それが大きな災いとなって人類が滅びるということもあり。つまり核というのは廃棄しなければならないものであり人間の能力でわ操作できないものだからである。



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2023年08月26日

処理水は安全なのかー 科学的公正さが追求されない (政治的経済的利権思惑が真実を歪める)


処理水は安全なのかー 科学的公正さが追求されない

(政治的経済的利権思惑が真実を歪める)


福島第一原発の処理水に関して難癖をつけているバカが多すぎるので解説します ホリエモン
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科学的公正さが追求されない

なぜ中国が日本の海産物の輸入を禁止したのか。それは放射性物質に汚染されているからという。でもこれも政治的思惑があり必ずしも科学的公正さを追求したものではない。ましてや韓国だとさらに政治的思惑があり日本を糾弾しようとする。だから科学的公正さより政治的思惑に働きそれによって左右される
つまり右と左に分かれて極端に右は安全だといい左は危険だとして追求する。その幅が大きいのである。それでさらに真実が見えなくなるのである。科学の時代になれば科学的に証明されればそれに反対することはできない。でもそこに政治的経済的な物が思惑が利権が働き科学的公正な真実は見えなくなる。

ここで穢れのことを言っているのもそうである。ケガレの思想というのは日本にあり一旦穢れたものは拒否される。それは別に科学的なものではない。いくら科学の時代でもその科学がどういうものか理解しにくい。だからそこに政治的経済的な思惑やさまざまなものの見方が生まれてくる。科学的なものだけを追求すればそれは理系なのかもしれない。一方で政治的経済的社会的思惑から見るのは文系なのであ。

何か原発事故でもコロナウイルスでもこの二つの問題が共通してあった。ウイルス学者がいてそれは極端なことを言って社会を混乱させた。一方で政治的社会的経済的からの発言があり社会を維持すること大事だということでコロナウイルスについて騒ぎすぎると言うことを学者が言っていた。ここにもやはり理系と文系の対立があるのかもしれない。

●政府でお東電でも安全神話を作りそれで信用できなくなった

もしただ科学的公正さを追求するならば問題は無い。でもそれは専門的知識がない人はなかなか判断しにくい。そしてなぜ原発に関しては政府のいうことでも東電の言うことでも信じられなくなったのかそれは科学的には正しいとしてもこれまでの政府や東電が嘘をついてきたことがあり信じられなくなったのである

権力で安全神話を強固に作りそれがあたかも完璧に安全だとして国民を騙した。そのことからして政府と東電が信用できなくなったのである。科学的公正でも信用できなくなってしまったのである。御用学者も嘘をついていたしさまざまな隠蔽もあった。
なぜそれほど隠蔽しなければならなかったのか。それは何かやましいことがあり隠すことがあり表に出さないようにしたのである。モニタリングポストでも大成建設だったかその下を下の土を削り放射線量低く見せたのでその周りを実際私が測ったら倍以上あったのである。
このようなことを政府と東電は原発に関しては常にしてきたのである。科学的に安全だというならすべての人に公開して御用学者だけではない審査させれば良かったのである
何かそうして隠蔽したりごまかすということは不都合なことを隠すということで原発に関しては信じられなくなったのでそこにこそ一番の問題があったのである。

いくら科学的に安全だと言っても処理水にしても確かに安全だとしても今までの経過があり信じられなくなったのである。そして危険でも政府と東電は無視してきたのでただ安全神話を言うだけだったのでは。ケガレの思想というけどもそもそも安全神話自体が科学的に追求されたものではなく虚構のものだったのである。本当だからこそ数値十数メートルの津波が来るという科学者集団は警告したのにそれも無視して防潮堤もも作らなかった。それは経済的思惑がありコストがかかるから作らなかったのである。

そしてただ安全安全だと安全神話の宗教のようなものになっていたのが原発だったのである。そしてこの原発というのは事故後で分かったようにその処理にしても20兆円もかかるとか信じられない国の金が使われたのである。そのためにこの金をめぐって利権化したのである。暴力団も参入して(おいしい)といっていたのはそのためである。利権とはおいしいものなのである。

●利権化した原発

だから再三私が指摘したように漁業組合があったとしてもそれが巨大な利権かしたものであり漁業者は事故の前にも特に船主は多額の保証金もらい原発御殿を建てたいたとか言われた。また大熊町長の金庫が津波に流されてその中に5億円が入っていたとかに噂にもなった。
その金の大きさが原発にはありその金に群がる人たちが存在した。天下りした官僚たちもそうだった。検事でも警察関係者でも海上自衛隊とかでも天下りしていたのである。その人たちはその金をもらっても責任も取らないし罰せられることもなかったのである

そのことはコロナウイルスでも同じだったのである。尾身会長とかは専門家として指導していたがその経営する病院はコロナウイルスで大儲けしたとされる。他でもコロナウイルスがウィルスは利権となりやはりここ原発と同じように飲食店でも旅行関係会社でも保証金がばらまかれてそれでやはり高級車を買ったとか言われる。それはこの辺と本当に同じだったので補償金の額が大きいので高級車を買った人が多かったのである。そこそこで不正に保証金をもらった人がいて裁判にもなった。
原発もその利権が莫大なものだったのでだからそれで得した人も相当にいる。もちろん被害もあったが損失もあったな例えば小高などは避難区域になり被害が大きかった。でも津波の被害に対しては原発の補償金は出ない。でも小高区に住んでいればその保証金は大きいものだったのでそれで助かったという人もいる。

変なのは今回の処理水放出にしても漁業者が騒ぐ時それは補償金をまたもらいたいためにそう言っているのかともみてしまう。危険だ危険だと言えば補償しろ補償しろとなりまた金が入ってくる。
ただその金は漁業関係者だけでありそこに住んでいる住民は関係ないのである。ただ30キロ圏外に住んでいる私の町でも一人16万もらいそれは少ないにしてもその金でもらえるからと金を貸してくれという人がいるのである。
こうして原発に関しては常に金が問題になる。その金が国家から出るから巨額なものとなっていたのである。でもそれをもらえない人は不満になる。それは国民の税金だからである。なぜあの人たちだけがあんなに金のもらえるだろうとなってしまったのである。南相馬市にしても小高はけた外れに多く鹿島区は補償が少なかった。それより相馬市とかなるとその額は余りにも少なかった。だからそこに不満が生まれたのである。

●政治とは利権であり利益の分配ー宗教団も利権団体

何か政治というのは基本的にこうして利権から成り立っている。その利権の公平な金の分配が望まれる。選挙だって結局はさまざまな利権団体が利権を得えようとして運動するわけである
それが政治なのかもしれない。宗教団体があったとしてもそれまた利権団体なのである。明治時代に廃仏毀釈が行われたのは江戸時代に寺は政府から優遇されたということで神道派はその寺に復讐したのだという。
なぜなら明治になった時天皇は復興して天皇中心の国家にもなったからである。その天皇の下に日本全国さまざまな神社ありそれが天皇と結びつくからである。

確かに寺というのは江戸時代は役所のようになっていたからである。政府の一機関のようにもなっていたのである。寺には今に置き換えると戸籍のようなものでも管理してたからである。
天皇は復興して神道派がはがこれまで不遇であったことに対して廃仏毀釈が行われた。仏像なども壊されたのである。宗教というのもこうして利権とは関係ないようで深く利権と結びついている。宗教団体が政治に関わり利権団体とかしたのはその代表は創価である。その会員の数が多いからその一大政治勢力となり利権を追求するのである。本来の宗教など何の関係もないのである。宗教を利用した利権団体なのである

それはほかのカルト宗教団体でも同じなのである。人間はそもそも金から離れてありえないように利権から離れてもありえないのである。それは外国でも宗教の争いがあるとき利権の争いもある。カトリックとプロテスタントが争い社会的にカトリックが優遇されているところで争ってもいたからである。イスラム教でも宗派がありどうしで争うそれはやはり様々な団体があって利権化してるからだともなる。

とにかくこの世の利権を得れば苦労せずとも金が入ってくる。官僚でも利権だとな公務員でもそうである私の親は公務員だったから公務員が得するということを知っているのである。
ただそれだけではないさまざまな利権がある郵貯なども利権があったし農協でもそうだし銀行も何か利権を持っている。これまではそういうところに勤めていれば田舎では安泰だったのである。ただ最近日本自体が貧困化してそうした特権階級は苦しくなりつつある。ただ政治はそうした様々な利権があり金を分配する。偏りがあると常に反対されるのである。つまり政治とは利権であり利権の奪い合いだともなる。戦国時代になればまさに土地をめぐってとか利権の争いでありそれは殺し合いになったのである

だから処理水が安全だという時科学的に本当に安全なのかもしれない。でもそうなると政府を責められないから安全でないと右寄りであれ左寄りであれそこに所属する者がいうのかもしれない。つまり学者でも科学的な公正を追求していても政治的経済的思惑でその真実を示さないのである。だから安全でないというときそれもまた政治的経済的思惑があるかもしれない。特に漁業者関係はそうであり既にそういうふうにして多額の保証金をもらっているからである。危険だという時保証金をもっともらうために言ってっているのかとかで見てしまう。
実際の漁業は零細であり補償金の額が大きいので別にだから保証金をもらえば魚など取らなくても充分に豊かに暮らしていけるのである。だから安全でないというと保証金がまたもらえるからいいとなってしまうのである。でも全国規模になれ補償金をはらうにしてもできない、福島県の漁業者にはらわれても全国となると払えないとなる。でも処理水は海は広いのだから広く流れてゆく、だから一地域の問題として処理すべきではなかったのである。

posted by 天華 at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年08月24日

処理水放出は安全なのかー東京の為に犠牲になる地方 東京が災いを生むー膨大な電気を消費する東京



処理水放出は安全なのかー東京の為に犠牲になる地方

東京が災いを生むー膨大な電気を消費する東京

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●六ヶ所村は年収1300万円

あなたは年収が1300万円もらえるなら、原発の町に住みますか?
六ヶ所村の1人あたり平均所得1363万円
青森県は、「市町村民経済計算」結果を発表し、1人当たりの市町村民所得が
県内で最も高いのは、六ヶ所村で1363万円6000円だった。5年連続1位。

でも、事故が起きれば半径何十キロもの地域に影響がでるのに、原発の恩恵を受けられるのはほぼその周辺の方だけでしょ?
おかしな話だよねぇ〜。
そりゃ〜原発推進派住民を妬む気持ちがわかるよ。。

処理水というとき放射性物質が薄められて安全だという感覚になる。でもそこにまた言葉による印象操作がある。いくら処理しても本質的には放射性物質は消えないし薄めるないと言う
つまり放射性物質のやっかいなのは核のゴミのの厄介なのは簡単には消えないということである。プルトニウムなら2万年も消えないと言われそれだけ簡単に消せないのは核のごみであり放射性物質なので核の恐ろしさがある。
そして膨大な核のごみの処理するために中間貯蔵施設が各地に作られる。青森の六ヶ所村ではすでに作られてすでに処理がなされているのがなされているがそれもうまくいっていないという
だからこの核のゴミをいかに処理するかということは原発ではまた大問題なのである。そのために中間貯蔵施設とか北海道でも山口県でも上関とか辺鄙な村にその施設をつくる。そこで驚いたのは六ヶ所村だと年収が1300万にもなっている。これはすごいと思った。原発というのはこうして辺鄙な村に立てたり中間貯蔵貯蔵施設でも作る。

なぜかというとそうした村は貧乏でありどうしても金が欲しい。その金によっていろいろあっても政府の言うとうりになり受け入れるのである。それは福島原発がそうして作られたからである。双葉富岡とかは浜通りでもチベットとか言われていた。いわき市とか原町市とは人口も多いし会社もあったし働き口があった。
でも双葉とか大熊とかは離れていて大きな会社もなかった。そのために出稼ぎで生計を立てる人は多く地元で働きたいということで原発を受け入れたのである。原発を建てようとする政府はそれを狙って金をばらまいて買収するのである。

現代では政府であれ大企業であれ小さな自治体など簡単に買収できるのである。そこの住民でも自治体も金で買われてしまうのである。つまり自治体はそうした政府であれ大企業に対抗できないのである。そして六ヶ所村のように年収1300万にもなっているのでそういう村はもう村という自治体が中間処理貯蔵施設の雇われていると同じである。
そうなればもはや何も危険でも文句も言えないのであ。なぜならそうしなければ生活すらできなくなるからである。その弱みを知っているからそういう辺鄙な貧しいところに原発を建てたり中間貯蔵施設を作るのである。
実際にこの辺で最低の生活をしている人は原発裁判で勝利してその補償金が16万でも入ってくることが大きいのである。その時住んでいて死んだ人が親族であればその分も入ってくる。それを担保にして金を貸してくれと言われたからであるこうして苦しい生活をしている人はどうしても原発の安全性より金になってしまうのである。

●村の共同性は消失していた、漁業者も大工も百姓だった

もう一つは現在の村と言ってもそれは一つの共同体というものでもない。例えば百姓というとき漁業する人も百姓だったという。つまり漁業者と農民は別なものではなかったのである。でも漁業者は原発を建てるに際して特別補償金を事故前事故前ももらって原発御殿が建てられていた。それはなぜなのかというと生活が分離してきたからだと思う。村に入会権の山があり共同で利用する生活があった。
でも明治以降は山でも無数に所有権が個人に分割されてしまったのである。そのように漁業者もまたもともとは百姓だったのだが漁業専門者となってその利権を独り占めしようともしたのである。つまり自治体が一つとなって原発に反対するなどできなかった。そういう村の基盤がなくなっていたからである。
明治以降の社会はこうしてやはり一体感がなくなり専門家となりここに分断されてきた社会である。だから自治体というものすら実際はそこで自治などもなかったのである

現代社会の問題はこうして一つの共同体として機能しない。だから本来は百姓というとき農民だけのことではなかった。そこにいろいろな職業の人もいてその人たちが百姓であり村を作っていたのである。それがバラバラにされたとき漁業者は漁業者だけの利益を追求する。原発でも補償金をもらえばいいとしかなくなる。その村内での議論もないし村全体で何か働きかけるということもなくなったのである。

でも巧妙なのは原発を建てる政府でも東電でも人口が多くなればその保証する範囲も大きくなる。
だから一部の者に補償して全部にはしないのである。一番いいのは人口の少ない辺鄙な村に原発を建てまた中間貯蔵施設を作ることなのである。。でもそうした核のごみの問題でも一地域の問題としてあるのではなくもしそこに何かあれば世界にも拡散されるそして世界から批判され責められることにもなる。だから一地域で金になればいいということで受け入れることに問題があるのであるなぜならもし事故があれば世界的な問題となり中国でも韓国でも海産物を輸入しないとなったからである。

現在の問題はこうして社会自体が部分化したり専門家したり分かれて統一がとれなくなる。ところが自治体というときそれはどういうものなのか。自治体とはやはりミクロコスモスであれ自然と密接に結びついて作られている。自治体とは本当は生態系と結びついていてそれなくしては存在し得ないものである。だからこそ放射性物質で空気であれ水であれ気すら土手あれ木であれそこにその自治体を形成する基本的なものが放射性物質に汚染された時住民が進めなくなったのである。これほど深刻なことはなかった。確かに飢饉で相馬藩でも住めなくなり1/3二人口が減った
でも越中からのの移民で埋め合わせて回復したのである。。それも深刻だがそれでもそれができたのは別に土地が汚染されていなかったからである。越中などの移民で埋め合わせて回復したのである。土地がありその土地を開墾して住むことが出来たのである。それができたのは生態系に基づいた基盤があったからである。土地自体が汚染されたら回復できないからである。

●東京など大都市の影響が大きく災いが地方に及ぶ

ただ現代というのは大都会を見ればわかるわ生態系から分離して生態系とは関係なく暮らしているようにも見える。でもその水がどこから来ているのか。それで東京の水が実際は群馬県などの山のダムから来ている。一時そのダムでも放射性物質に汚染されたとして危険ともされたのである。
だからそもそも人間社会というのは生態系から離れて生活できないのである。空気でも水でも土でも汚染されたら住めなくなるのである。だからこそ原発であれその核廃棄物であれ危険なので東京であれ都会に住んでいる人はそれほど自覚しない。でも生態系から離れて人間は生きていけないので。それは都会でも同じなのである。なぜなら空気であれ水で土であれ木であれ汚染されたら食料自体が都会に入って行かない。汚染放射性物質に汚染されたら食べることもできなくなるのであるか。

ただそういったは言っても東京を見ればわかる。1000万のとか都会で夜まで煌々と明るくして電気を使っている。その電気の量は膨大なのである。
そのためにどうしても原発が必要になってくる。別にすべての科学技術が悪いというものではない。ソーラーパネルでも何か小型だと電池も必要ないから防犯用として使ったらいいものだと思った。

だから原子炉でも小型原子炉にして使えば事故があっても対して被害にならないからいいとなる。ただそれにしても東京見ればわかる膨大な電気が必要なのである。ということは東京自体が1000万もの人間が住んでいるということが問題なのでその消費する電力が膨大なものだからであるとなると大都会自体が人間社会にとって危険なものだとまでなるなる。

東京の影響はその周辺でも福島県でも大きいものだったのでそれだけの人口を抱えていれば流通もあり影響は大きい。そもそも東京が人口が増えると常磐炭田があり石炭を燃料として東京に鉄道で運んだ。それが常磐線の始まりだった。南相馬市の原町機関区やはり木材や石材や物資をを東京に送るために作られた。それだけ東京の影響は前から大きいものだったのである。

意外と東京は離れているからそんなに交流がないように見えても大正時代からでも結構交流があった。大正以後になるとさらにあった。私の母は東京に女中に出た。そこで東京の人と結婚したからである。また姉は看護婦の資格をとるために東京に出ていたのである。このように東京というのはやはり中心的役割を果たしていたからそうなっていたのである。
だから東京に出る人は戦前でも結構多かったのである。そうしてあまりにも肥大化したのは東京でありその東京がやはり災いを作り出したのである。原発はその一つでもあった。その電気を消費するような莫大だからである。

でも東京でも別に東京湾あたりに原発を作ればいいのだが危険だから離れた場所に作ったのである。東京湾だと実際は津波でも弱められるから意外と安全だったかもしれない。
でも東京には絶対に作れなかった。それは東京が日本の中心であり政治の中心でもあるから経済でもそうでありその安全を図るために離れた場所に作ったのである。そして東京都の1000万以上の大都会はその電気の消費する量は莫大なのである。そこに何か元凶があったのかもしれない。

もし電気は来ないとしたら今年のような酷暑ではもうクーラーがなかったら耐えられないとなってたからである相当に死者数も出たかもしれないからである。それだけ電気が膨大に必要なのである。そのこと自体が既に大問題なのである。つまり東京は実は災いを作り出すものとなっているのである。そんな巨大な都市があること自体が問題なのである。
つまり現代とは電気社会なのである。電気が止まってしまうと社会活動まで止まってしまうのである。

中間貯蔵施設にしてもそれは安全なものにはなっていなかった。その処理には失敗していたのである。処理水でも実際は放射性物質は消すことはできない処理したから安全だということでもなかった。何か原発に関してはごまかしがある。素人でわそれを実際に知りえないからである。だからこそ隠蔽が続けられていたのである。もし早い時期にその隠蔽されたことを暴いていれば原発事故もおこらなかったかもしれない。たとえ地震が来て津波が来ても守られたかもしれない。でも学者たちが13mの津波が来ると警告したときも全く無視ししていたのである。それは金がかかるからしたくないからそうしたのである。

そして一番力を注いだのは安全神話を作り政治であり官僚であれ検事であれ海上保安庁であれ自衛隊であれ警察関係であれそういう権力の総体で安全神話が強固に作られたのである。マスコミも莫大な宣伝費をもらっているから何も言うこともなかったのである。
それを崩したのは津波であれ地震であったのである。何か中国でも北京を守るためにダムの水は放流されたやめにほかの都市が洪水の被害にあった。それもまた原発事故と似ていた。原発は別に東京湾に作ってもいいものだったが東京わには絶対作れないのである。そこには政府の要人やら経済の中心地だから北京と同じく守らればならないとなっているからである。それでほかの都市は犠牲になっても仕方がないということになる。

何か原発でも巨大であり都市でもでも1000万以上とかなり巨大になりすぎて問題を生んでいる。それだけの人口養うということがそれ自体が問題なのでそのために莫大な電気が必要となってくる。そのためには原発も必要だとなる。だから大都市というのはとても自然と調和するものでないしそこから大破綻が産まれてくる。それで東京に大地震が来て破滅的大災害が来ると警告するか科学者がいる。それは単なる脅しではないのである。だから東京脱出を真剣に考える必要がある。危険な場所に住んであること自体リスクだった。それは津波でも証明されたからである。
東京のような人口密集地帯で地震と大災害が起きたらもう大破局となりもう救済も不可能になってしまう。唯一助かるとしたら危険な場所から脱出することだとなる。
posted by 天華 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年08月22日

処理水が安全なのか信用できない (これまでも政府は嘘つき安全神話作って来たから)


処理水が安全なのか信用できない

(これまでも政府は嘘つき安全神話作って来たから)

処理水問題でなぜ安全だから海に流しても汚染は微量であり影響はないとしている。それを国際機関が認めた。お墨付きを与えた。でもそれが本当に信用できるかどうかはまたわからない。そしてトリチウムでも流してそれがどういう風な影響をするのか実際のところは不明である。

放射能放射性物質の問題の難しさはそれが目に見えないものであり匂いも色もない。それでそれはどのように影響しているしてくるのかも具体的に見えないのである。何かそのためにすぐに死ぬわけではないからである。
ただ内部被曝したとき放射線が長い間十年後細胞で放射線を発し続けたらそれがガンにもなるという。でも十年先となるとそもそもガスになったとしても果たしてそれが放射線被ばくの影響なのかどうかもよく分からなくなる。
だから放射線被害というのは隠蔽されやすいのである。そのために人がすぐに死んだり何か症状はすぐに出たりしないからである。だからそもそも原発というのはこうして隠蔽されやすいものだったのである。だからこそ安全神話が権力によって作られてきたのである。

それは放射線というのはどういうものかわからないし余計にそれで隠蔽されやすいものになったいたのである。
だから御用学者でも使い説明すれば誰もそれに反対もできないということもあった。この隠蔽というものが大きな問題だったのでそれは常に加治将一氏が指摘していることである。

例えばモニタリングポストをいたるところに設置したのその放射線量は少なくなっていた。なぜならその下の土を掘って少なくしたからである。私はその周りを測ってみたら倍の放射線量があった。そのことを飯館村の人も指摘した。0.7マイクロシーベルトでモニタリングポストに出ていてもその周りはその倍以上あったのである。別に科学に疎くてもそれはただ放射線量を測る機械でそれが出てくるのだから確かなのである。それを担ったのは大成建設とかでもあった。政府からの指示で大成建設をそうしたのかもしれない。大成建設自体が自らの判断でするとも思えないからだ。

このように科学的に正確なことでも歪められ。それは政府の指示で行われているのでありだからこそ大成建設でもその指示に従うほかないとなっていたのかもしれない。このように政府というのも必ずしも信頼できるものでもないのであ政府自体が何か重要なことを隠蔽しているのである。隠蔽する力がまた政府にはあるということである。だから科学的なことでもそれが正確に示されるわけでもない。そこに政府の権力の指示があり判断があり科学的のなものも歪められる。
特に原発とかは放射性物質とかはその汚染とかは分かりにくいから余計に隠蔽されるのにはいいものだったのである。その隠蔽されることから原発事故にもなったのである。

だから政府の言ってることは信用できなくなっているのである。政府にとってはどうしても放射線の被害を少なく見積もる。なぜならもし高いとしてもそれを世界に向けて発表すれば汚染水を流せなくなる。特に中国が批判しているしすでに日本の海産物の輸入を止めているからである。
ただこれも中国が日本に対して政治的圧力をかけて必ずしも科学的なものを正確に判断している訳でもないらしい。そもそも誰が正確にそれを判断して決められるのか?国際原子力機関(IAEA)の国際機関でもそれも政治的場であり必ずしも中立的な科学的科学による判断ともならないのである。

ともかく人間個人でもそうだが一旦信用を失うとそのそれを回復させることは困難になる。一回でも嘘をつくとまた嘘ついているなと見てしまう。そういうことが原発にはありすぎたのである。それは放射性物質の汚染とかが分かりにくいからである。その被害でも明確に示されないからである。だからこそごまかしやすいのである。モニタリングポストの放射線量倍以上にあるのに減らしたということはそのことそのそのこと自体が不正でありもんモラル的問題があった。それは科学以前の問題だったのである。
でも放射線量というのはこの辺で経験しているわ0.5マイクロシーベルトからその倍以上になると何か大きなものと感じていたのである。だからこそそこに住んでいる人にとっては放射性汚染というときその数字からしか判断しようがないからこだわることにもなる。その放射線量は計測器で計れた。だから化学に疎くてもその数字を見れば一目瞭然だったともなる。だからこそその数字をごまかしたのである。

だから今回のを処理水の放出にしてもごまかして海に流しているのかもしれない。処理水にしたのだから安全だということは言う。でもそれを信用できるのかとなるとこれまでの経過を見ると政府自体がモニタリングポストでもごまかして放射線量が高くても下の土を掘って低くしていたのである。
だからまた今回も信じられなくなるのである。原発事故はこうしてさまざまな隠蔽がありでもその隠蔽いんぺいされてもわかりにくいものだから効果的だったのである。だからこそ安全神話が作りやすかったのである。この世の中科学技術の世界になってもすべてが科学技術中心に動くわけではない。そこには政治的作用があり科学とは関係ないものとして働く。それが人間の社会だということである。そのために今回の処理水の海に放出する事に対してもどうしても今までの経過を見ると信じられないとなるのである。

posted by 天華 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年08月20日

放射性物質を海に流す問題 (漁業者は多額の補償金を事故前にもらったことで責任が問われた)


放射性物質を海に流す問題

(漁業者は多額の補償金を事故前にもらったことで責任が問われた)

石巻市寄磯浜では、原発事故後に多くの漁師が海を去りました。当時も補償はあったものの、出荷できない時期が続いて販路を失い漁業への意欲を無くした漁師もいました。
 遠藤さんは、補償があっても風評被害が続けば漁業は衰退するとして、国には消費者が安心して水産物を食べられる体制をつくってほしいと訴えます。

処理水放出迫る 「補償が出ても…漁師の思い」

これは石巻こうのことである。原発事故の汚染は福島県だけではない韓国とか中国まで日本の原発事故で汚染水を流すなど批判されている。だから原発というのを一地域の問題として処理してきたのは間違っていたのである。環境問題は国地球全体に関係しているから世界の問題となったのである。世界に対して責任があるということである。現在は何でもグローバル化しているから一国だけが勝手な事など出来ないのである。

だから日本全体の漁業者の全漁連を相手にして東電がその許可を得ようとしているのである。それは一地域の問題として処理できないものだったのである。でも補償金となると事故前もこの辺の漁業者は舟主は特別補償金が多くて貰って原発御殿が建ったとたとか言われたのである。今その責任が問われているのである。
なぜなら福島県だけが補償金をもらってほかの人たちはもらっていないと思うからである。多少は貰ったかもしれないなそれも少ないだろう。
だからもともと原発というのは汚染は広範囲にであり事故を起こし汚染したら影響する。ということは福島県の地域だけで許可できるものでもなかった。それが今現実化しているのである。何かこの辺で起きたことは金というのはただもらえばいいとしか考えなかったがそれが意外と怖いことでもあった。
現在では何が責任かというともう特別な地位にある人だけでなく金をもえあえばそれが責任となる。なんでもいいから金になればいい金をもらえばいいそれが実際は金が責任となっていたのである。

なぜ漁業者が今になって責められるのかのそれは金をもらったからである。それは事故前からも多額の金をもらっている。それであなたたちは許可したのだから何があっても文句は言えない。
だから原発を作るときそれは世界の問題のであり環境に影響するのだから原発自体を一国とか一地域とかで処理するものではなかった。ただ事故後にその金の責任を自覚されさせられたのである。
原発を建てるに対して大きま範囲で検討する必要があった。現実に石巻まで影響したのだから福島県の浜通りだけではない宮城県の漁業者もその是非を問うべきだったのである。
そして福島県の浜通りの漁獲高などは宮城県に比べると1/10ぐらいだったのである。だから零細業者であるそんなに収入はなかったのでだからこそ東電が出す補償金が魅力となったのである。
そして風評被害は続く、安全だと言っても本当なのかとなる。放射線の問題は目にも見えないからわかりぬくいのである。
近くの井戸の水は調べてもらったから安全だというから飲んでいる。それでも不安になるからである。

確かなことはもし事故前に補償金をもらっていなければ問題なかったかもしれない。事故後にもらっても批判することはない。事故後だとみんなもらっているからである。ただ問題は事故前に多額の補償金をもらってたということだったのである。
それだけもらっていたのは福島県の漁業者だけだったろう。だから汚染水を流すなという時あなたたちは既に事故前も金を貰っているのだからそれが言えるのかとなる。
つまり現在は金が責任になるのである。ドラマでは金をもらったからと殺人までした人はいる。その金をもらったことで人を殺すことになった。別に殺さなくてもよかったのだがやはり金をもらったことで責任となっているからそうしたのである。


とにかく何であれ金を巡って人間は争いがありそれだけ金が物言う社会だからである。でも金に関してはなんでもいいから金をもらえばいいとなっている。お金がくれるからそれを断る人は居ない。それがどんな金であれもらえばいいとなる。。それがたとえ盗んだ金でもそうである。もしかしたらその時誰かを殺しているかもしれない。そうしていた金をももらう時怖いことになる。その金は呪われた金でありそれをもらったとしてもやはり呪われるかもしれない。
だから金と言うのは何でももらえばいいとはならないのである。この世の問題は金を巡って争いがありでも金というのは責任が伴っていて怖いものなのである
でも常に不正があり金を得ることが優先される。それは銀行でもそうだし自動車は会社でも修理会社でも不正して保険金をだまし取っていた。つまり何でも金になればいいということがそういう問題を引き起こすのである。それはあまりにも金の魅力が大きすぎるのであ。例えばあなたに百万でもやれくれると言ったらもらっても構わないとなる。その金の出所が何であれもらうことになるのであるそこに危険がある。

ただ正直あまりにも金の力が強くなりすぎたのであ。この辺では最底辺の暮らしをしている人が常に金に困っている人が補償金は一応16万もらいる。その日暮らしをしている人にとってはそのお金は大きなものなのである。また原発事故があってから親でも死んだ場合その補償金ももらえるのである。となると32万円ももらえるから結構大きなものとなる。
だからその金はもらえるからと金を貸してくれとなったのである。こうして人間を金を巡って日々生活している。でも金には責任がつきまとっていたのである。
現在は平等社会であり必ずしも昔の侍のように責任を負うということはない何が責任かとなったとしたら金なのである
だから今回も漁業者が事故に金をもらったということで非難されることになったのである。別に事故後にもらっていたらそれは高くなっても文句を言う人はそんなにいないだろうそれだけの被害があったのだから当然だとなる。それを事故前に手付金として多額の補償金を貰ったことが問題なのである
そのことは事故があっても何も言わないでくださいということでで金が支払われたのである

だからその金が問題になったのであだから金がもらえるからといって何でもしていいのかとなるとならない。その金についての責任が問われるのである。おそらく自分自身もそうだった。遺産が入ったとしてもそれは自分だけの金ではなかった。親は公務員であれ特別恵まれて入ってきた金なのである。そのために大金を盗まれたとか金を巡って金を得たいために介護に苦しんでいる時そんな人しか来なかった。それもやはり何か親のカルマであり因果であるただ金はもらえたのだからいいと思っていたがその代償もあったのである。独り占めするなということがあった。

どうしてその金が得られたのかそれが問題になる。金は何か具体的で分かりやすいのである。だから何か事件があればかねの流れを見るとわかりやすくなるのである。だから金は責任なのである。とにかく不正で儲けてもそれで栄えるということはあり得ないと思う。原発事故はそうした不正とかは関係ないように見えていた。でも隠蔽するとかいろいろ技術的な問題だけでなくモラル的問題もあったのである。それは巨大な国家的権力を持っていたからできたのである。権力を持つということは責任を持つということになる。その責任の自覚が無くただ金をもらえればいいとしかなくなっている。

でも東電に天下りした検事とか警察関係とか海上自衛隊とかその人たちの責任は問われていないのである。でもその人たちは金だけはもらっているのである。また東電でも幹部なども責任は問われないのである楽それはなぜなのだろうかとなる。権力を持っているから責任をとわせないようにしているのかとなる。
そこには検事とかとかか警察とか自衛隊が関わっていればそんな権力に立ち向かうことができる人はいない。だからこそ津波がその悪を暴いたのである。中国にも易姓革命がありそうして大きなな災害が起きる時政府の責任が問われるからである。中国の大洪水でもそれが起きたのである。習近平体制がその責任が問われているからである
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2023年07月14日

原発事故の原因の真相 青山繫晴氏が国会で語るーyoutubeはマスコミより真実を語る

原発事故の原因の真相


青山繫晴氏が国会で語るーyoutubeはマスコミより真実を語る



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(4) 【電力産業の真実】あの国が原因で起こった福島第一原発事故。青山繁晴さんが全てを話してくれました【虎ノ門ニュース,高橋洋一,原子力発電所】 - YouTube


【電力産業の真実】あの国が原因で起こった福島第一原発事故。青山繁晴さんが全てを話してくれました



●原発事故の原因が明らかになる


原発事故の原因のことを追求してきた。それが単に地震と津波で不可避的に事故が起きたのであり。それはやむをえないことだった。そういう風にに見る人も多かった。でも今になるといろいろ。別な見方が出ている。それは私自身が追求したことでもある。このユーチューブで追求していることも共感した。 


津波と地震が原因ではない。

国の行政の対処は悪かった。

行政で癒着が生まれていた

保安院は何の役にも立たなかった

アメリカのお古の原子炉を買わされた 

東電内で若い人の意見を聞かなかった

科学者集団の十数メートル津波がくるということを無視した。

その無視した無視できた人は東電の幹部であった。

・・・・・・・・・・・


何か私自身が言っていたこと共通したことがかなりあった。それは事故後に言われたことでもある。ただこの人は危機管理の専門家である。 東電とかでも何か対策をしない。地震津波であれ事故に対して対策をしないということではなかった。

ただそれが実行されなかったので。だから若い人の意見をきいて防潮堤を高くして作りとか他でも対策は検討されていたのである。

専門家の科学者一団が津波が十数メートルの津波が来るとして警告もしていた。しかし、それも無視された。だからその責任がすべて地震と津波であり不可避的なものとして起きた起きたのでありその責任はないとなった。でもいろいろ検討すれば明らかにそれだけではない。責任があったのである。 

つまり危険なことが内部からも。外部からもすでに指摘されていたのである。

ただ、それが上層部や政府や関係者が無視したのである。


●権力によって必ず歪められる社会


そしてそこには必ず権力が持っている者がいてそれによって歪められる。


その権力をもっているものが。アメリカでもあった。


社会というのは必ず権力によってゆがめられるのである。権力を持てば得をする。悪い事しても咎められることもない。そして誰でも権力を持ちたいとなるなる。その権力にもいろいろあるが。金も最大の権力である。巨額のお金を使用できることが権力になる。それは原発でもそうだった。その巨額の金は想像もできないものだった。それは事故前でもそうであり事故後もそうだった。国の予算の何兆円という金が湯水のように使われていたのである。そのお金を使えば危険も無視される。誰でも金を欲しいから危険に眼をつぶる。地元の人でもお金をもらえば何も言わないとなる。こうして危険は無視されたのである。


その権力を持つものの最たるものがアメリカという巨大な権力である。これこそもう逆らうことはできない。だからアメリカでいらなくなったお古いのマークワンという古い原子炉に日本に売ったのである。それを買った日本にも問題はあった。でも相手がアメリカだとなると従わざるを得ないのである。このように原発は国際問題でもあった。原発は外国でも事故にあれば周りに影響するから周りでも監視しなければならないものであった。その国は勝手にできるというものでもなかったのである。そして今になってトリチウムの海への放水が世界で問題になっているのである。魚が汚染されるとかで問題になっているのである。


ともかくこの世で問題になるのはこの原発問題でもその事故の原因はなんであったかというと必ずしも地震津波ではない。人間側の問題としてあった。そこに人間側の不用意が問われたのである。

その人間側でも誰が責任があるかというと権力を持ったものなのである。若い人たちが防潮堤を作れとか高くしろとか東電内でも提言していたのである。また、科学者集団が十数メートルの津波がくると提言していたのである。

でも東電の幹部はそれを受け入れなかった。だから東電の幹部には重い責任があった。でも何ら責任をとっていないのである。財産没収くらいしてもいいのだが、それもされていない。つまり権力を持つものは責任をもつのである。実際に若い人たちが提言していたのに無視した。その無視する能力を持った者は権力を持つものだからである。だから、実際は権力を持つということは非常に責任があり怖いことなのである。


●報道も権力によって歪められる


でも誰も権力を持ちたいというのはそこで金になり得するからだ。結局全ては権力によって歪められる。そして人は権力に従うのである。マスコミでも実際は福島県の福島民報などは県の出資が半分であり創価の聖教新聞を刷っている。または宣伝で成り立っている。ほかの新聞も原発組合の電事連から800億円もの宣伝費が出ていたのである。

だから何も言えないのである。事故が起きていた時そのマスコミの幹部が中国に招待されていたのである。朝日新聞社でも招待されていたそのことでもわかる。いかに権力によって歪められるかである。というのは新聞を作り発行することは莫大な金がかかるからである。


するとその金をどうするのかとなる。 新聞を読む人から金を取るだけでは足りないからである。そこで宣伝費をもらい成立する。それで双相リテックとかを宣伝していたのは東北政経だったのである。双相リテックことは除染で大儲けした会社であり。大した技術がなくても幹部でその金を何10億のお金を山分けした。銀座で遊んでたりしていたのである。それもやはり雑誌を出すにしても金がかかるからである。つまり報道するにしても権力が必要なのである。金もない権力もない人は。何も言えないのである。ただインターネットができて発言できるようになったときある程度は報道の自由が生まれた。プログなど手間がかかっても金はかからないからである。でも別に写真とか動画でも出せるのである。そこが大きく変わったことである。


本にしても雑誌にしても私自身図書館にお前は個人というだけで本すら置けなかった、権力のないものは簡単に無視されるのである。

何か発言するにしても本を出すにしても、必ずその背後に組織団体があって発言できているのである。純粋な個人が発言すると言うことが殆どできないのである。一見個人が発言するように見えてもその背後には大きな組織団体があって発言できているのである。だから背後に組織団体の権力をもたないのは何も発言できない。ボランテアでも20人が集まらないとできないのである。現実に駅でボランテアしたら警察に公然と職務質問されてできなくなったからである。公務員とは、そういう権力を持った人であり図書館に本を置かせないということもできるのである。また出版もさせないということも簡単にできるのである。そこには警察もかかわてくるのである。東電には自衛隊でも幹部が天下りしていたからである、だから民主主義でも表現の自由などないのである。 

マスコミはたとえ発言ができても司会者が中心でありその脇役として多少コメントさせてもらう。


だから最近ユーチューブを見ているとテレビには出ていたがその本人がユーチューブに出て話しているのを聞くと何か違っているのである。今回でも青山氏はテレビにも出ていた。でもその人の言ってることはつけたしのようなものであり、その人の全体像はわからない。今回でもこの人は何の活動をしているのか?危機管理の活動をしている。そしてフランスにも実際に行ってその暴動のことを語っていた。そんな活動をしているのかとわかったのである。その個人のことは今まで報道されていない。だから分かりにくいのである。マスコミをとうして語るとき必ずマスコミの意向が反映するから。その個人のいうことが必ずゆがめられるそこで誤解をするのである。こうして個人自体がユーチューブで話す事は違っているのである。その辺が報道でも変わったことである。





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2023年07月06日

科学技術は万能ではない (地球はもう増えた人類を養いないー人口が減り森が回復する)


科学技術は万能ではない

(地球はもう増えた人類を養いないー人口が減り森が回復する)

●科学技術はいい点ばかり強調される

科学技術の時代である。科学という時技術でもいい点ばかり強調されるのである。それは利益にもなり金にもなるからである。そのデメリットの面はあまり強調されないあったとしても隠されるのである。そして科学技術が万能になり。科学技術振興が現代で生まれた。科学技術が全て良いものであり悪い点は指摘されないのである。そのために原発事故が起こったのである。

ソーラーパネルでも全て良いものとしては無い。景観の破壊がありすべて良いものとしては作用しない。山ごとソーラーパネルにしてそれが大量の雨が降った時崩れて木がなくなったので貯水能力がなくなるから川に水は直接流れて下流で洪水になるかもしれない。
ただ私も玄関にソーラーパネルを備えた。それは小型のセンサーライトでありそれをつけて便利なものだと思った。なぜならそこに電池を取り替えることなどしなくてもいいからである。だから科学技術というのは悪いものでもないのであるがいいものでもないのである。原発でも小型原子炉ならいいというのもそうである。。その利用方法によって悪くも良くもなるのである

ただいいことばかりが強調されやすいのである。空飛ぶ自動車とかでも技術が未来の技術として期待される。でもそこには必ず悪い点がある。必ず技(わざ)わざわいとなる。ブンブンと空飛ぶ自動車が飛んでいたら落ち着いて過ごすこともできなくなる。車の騒音で苦しんでいる、交通事故になる、何かそういうマイナスの面が技術には必ずあるのである。
だから神話ではゼウスから火を盗んだプロメテウスが過酷な罰を受けたのである。実際は危険なものが潜んでいるからである。それを証明したのは原発だったのである。もう取り返しのつかないものとなりプルトニウムが2万年残って消えないとかなったのである

●原発事故の原因も現代の科学技術信仰にもあった

とにかく科学技術はバラ色の未来を示す。そしてあたかも万能のように思わせるのである。そこに落とし穴がある。 何か科学技術には必ず反作用があり問題が起きるのである。農業にしても農薬の使い過ぎで土が疲弊して作物が取れなくなったとかある。つまり農業にしても科学技術が関わりそれが自然を破壊するということがあったのである。 
ただ科学技術は直接的にわかりやすく恩恵を与えるからそれはそれに反対する人はまれなのである。原発でもどれだけの金がそこに使われたか?事故後も何兆円のものの金が除染とかに使わわれたのである。だからその金の大きさに驚いたとなる。するとその金が欲しいとなり危険には目をつぶったのである。 
医療にしてもあらゆる病気が治されようになる。科学技術が万能のように思わせる。そこに人間の奢りがあり科学技術の崩壊が起


科学者、今や神官となり科学技術が信仰ともなっている。それはやはり神に対する挑戦でありうぬぼれであり神によって砕かれるのである。万能の力は神にしかない。人間は絶対に万能の力を持つことはできない。だから科学技術には必ずマイナスの面があり。技がわざわいとなる宿命にある。一見いいようでもそれが悪いものとなってしまうのである。 だから科学技術を全面的に受け入れるということは警戒しなければならないのである。
でも科学技術は全て良いものとして受け入れやすいのである。科学技術がもたらす災いを見ないのである。それは原発でもソーラーパネルでもそうだった。ソーラーパネルだと自然のエネルギーを利用するのだから。太陽光を利用するのだからいいものと思われていたのである。でも実際は自然の景観を壊したり。山を禿山にしてそれが洪水にもなる危険もあったのである。 

だから、そもそも原発にしても核兵器にしても核自体を発見して利用したことが危険だったのである。それで科学者自体が危険なを察知していた。でもそれは無視されたのでは?そしてその核によって核戦争によって人類が滅びるとまでなる。科学技術技術にはそういう怖いものがあるということを知るべきだったのである。
でもそのことは全く教育もされていない。科学技術とは完全な善だと思わされていたのである。だから遺伝子操作にしても危険なものがある。でもそれが便利なものであり利益になるからそれに反対する人は少ないのである。人間はそうした危険より利益を優先するからである。 科学技術を何か制御するというものがないのである。また、人間社会からタブーというのもなくなった。何か禁止されるものはない。ウイルスにしても実際は風土病であり一定のせまい地域でしか伝染しなかったものである。でも交通が発達して世界中にウイルスが広まるようになったのである。 

●人口が減れば自然が森が回復する

資本主義経済というものも限界に来たのはそれは拡大、拡散、成長、増産、増大をひたすら目指すものでありそこに減らすという思想がないのである。そこに現代の環境破壊と荒廃が生まれたのである。
だからこそ、資本主義は行き詰まり限界がきたのである。 人類の人口でも地球が養える人口は限界にきている。もうこれ以上人口は増やせないのである。それだけを養う食料もないのである。だから世界的に人口が減るのは自然の理でありそれを全て悪い物とはできないのである。もちろんいろいろ困ることはあるにしても大局的に見ればやはり適正規模の人口を目指してその風土、土地にあった社会を再構築するべきだとはなる。ただ人口が増えればいいと言うのはもう時代に合わなくなったのである。

動物を見ているとある。一定の地域で増えもしないし、減ってもいいないのである。ということは一定の地域で食料となるものがありその食料の分だけ動物がそこに住んでいられるのかもしれない。ある動物がネズミとかでも増え過ぎれば自然のバランスが崩れて何か問題が起きたということである。
確実に今や人類は増えすぎた。だから人口は減ることは全て悪いとはならない。なぜなら聖書でも人口は1/3になると書いてある。そのくらいが適正規模だということである。そのために三分の一にするために疫病なのか?天変地異なのか。戦争なのか?人口を神によって減らされると記されている。 

そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。
そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。
彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
(黙示録6)
 第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。
すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。
そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。
(黙示録8)

すでに地球の森の1/3は焼けている失われてしまった。今も失われ続けているのである。だから。人口が何かの天変地異とか戦争であれウイルスであれ減らされるこことはありうる。そこで失われた木の1/3地の1/3が回復するのである。草原も回復する。
日本だったら森に覆われていて。森の国だった。その森がさらに回復するのである。科学技術は万能の時代となったが。逆にその弊害も大きなものとなった。それで今森の回復が望まれているのである。大陸では外国では山でも一般に木のないところが多い
モーゼの登ったシナイ山などは一本の木もない岩山である。だから荒寥としているのである。他でも中国でもどこでも山に木がないのである。

SDGs(持続可能社会)が世界的に望まれる

だから日本くらい木があるところはない。森があるところはないのである。だからこそ鎮守の森がいたるところに残っている。それは縄文時代から日本は森に覆われていた国だからである。
また農薬などで土も汚染されたり過剰に使用されて酷使されて栄養分が消失している、そして遺伝子を操作することも危険がある
それも人口が増えて過剰に生産することに問題がある,地の三分の一が焼けとは土が使いないものになり食料が生産できないものとなる、SDGs(持続可能社会)が今のぞまれているのはそのためである。

 人口が減ればその森は再生回復するのである。このマイナス点も大きいのだが逆に成長進歩とかということは限界であり、それを続ければもう地球に住めなくなるのである。現実に原発事故でこの辺はゴーストタウンになり人が住めなくなったからである。
だからすべて科学技術に未来を見ることは危険なのである。科学技術を全部は否定できない。その利用方法が問題なのである。小型のソーラーパネル付きのセンサー付きのライトはいいものである他でもいいものはある。でも科学技術が規模が巨大になると。自然を破壊してしまうのである。だから科学技術も制御するということも大事になってきたのである。でもこれは何かマイナスであり。常に科学技術は人間が万能のことを示すものでありそこに危険なものがあっても無視されるのである。


持続可能社会というとき例えば子供の時水道がなく近くの家の井戸水をもらっていた。それは60年前以上である。そこの水が。依然として出ていた。この辺は原発事故になり。水すら飲めなくなった。でもそこの放射性物質を検査してもらったら飲めるという。それで飲んでもでもいいからと言われて今その水を飲んでいる。地下水絶えることなく水を供給するのである。夏だとその水は冷たいのである。だからこそスイカなどを井戸で移動で冷やしていたのである。その井戸水は今になると貴重に思えた。それはすぐ近くにあり絶えることなく水が出てた出ていたということで持続可能社会のSDGsの見本でもあった 


馬酔木なす栄えし君が掘りし井の石井の水は飲めど飽かぬかも


井戸の水は絶えることなくあり飲めど飽かないのである。その自然の恵みは絶えることなく持続可能社会(SDGs)の象徴だったなる



posted by 天華 at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年06月15日

2022年に漁業法が改正されていたー原発事故で問題になった漁業権 (漁業権は喪失して外部の参入が許可される)


2022年に漁業法が改正されていたー原発事故で問題になった漁業権

(漁業権は喪失して外部の参入が許可される)

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日本から魚がなくなる?『漁業権喪失』の危険な法改正


漁業権は、定置漁業や養殖業などの漁業を行なう主体が一定の海面を独占的に利用することを許可する免許です。漁業権の免許は、紛争なく、安心して沿岸漁場を利用するために必要なものです。
これまでは、この免許の交付にあたっては、地域社会などに配慮した優先順位が設定されていました。しかし、今回の改正でその優先順位は廃止されることになります。

代わりに、これまで免許されていた経営体が「適切かつ有効」に漁場を利用している場合に継続的に漁業権を免許するか、または「免許の内容たる漁業による漁業生産の増大並びにこれを通じた漁業所得の向上及び就業機会の確保その他の地域の水産業の発展に最も寄与すると認められる者」に免許がされると記されています。
ですが、この2つの基準はいずれも客観的基準にならず、判断材料として不明瞭です

2022年にすでに漁業権の法律が変わり施行されていた
この辺で原発事故があり漁業権の問題を私はプログで追求してきた。なぜそもそも漁業権が与えられたの慣習があり継続されたためでありそれなりの理由があった。
資源の保護とか海を汚染されることを防ぐとかの理由があった。
でも原発事故でその漁業権が問題になったのは矛盾したのは海を汚染から守るということが漁業権があってできたことでもある。東電ではそのために漁業組合に事故前も充分な補償をしてきたのである。それで漁業者は別に魚を取らなくても生活できていたのである。事故前も原発御殿が建っていたとか周りから羨ましがられていたのである。

ところが原発事故により海は放射性物質に汚染され魚もとることができなくなった。海だけではないこの辺の土地全体が放射性物質で汚染されて住めなくなったのである。そのことで事故前はそんなこと知らなかったのである。漁業者は生活に困っているとかネットで報告している人がいたからである。それを見ていて漁業者は苦しいなと同情していたのである。でも現実は補償金をもらっていたから苦しいということはなかったのである。

そもそも漁業権とは何なのかそれはその地域の海の汚染されるとか魚の資源を守ることがためであった。だからこそ原発ができる時まずこの漁業権を持っている漁業組合とか船主などの許可を得なければ作れなかったのである。
不思議なのは別にその土地の市町村の許可が必要であったというものでもなかったらしい。原発が建つということで何か議会で議論したことがあったのかそれも定かではない。ただ確かなことはその原発を建てるために障害となったのは漁業権を持っている漁業組合とか船主だったのである。だからこそ事故前でも手厚い補償をしていたのである。その時別に原発の周りの住民などには何の補償もなかったのである。つまり交渉相手でもなかったのである。
でも結果的にはその被害は広くおよびその責任を問われた。そもそもなぜ漁業権だけがこれだけ強い権利となっていたのかそれが問題になったのである
その強い権利のために原発事故になったとき漁業者の責任を重かったことになる。なぜなら東電が原発を建てるとき最初の交渉相手は自治体ではなく漁業組合や船主だったからである。
ただだからこそ自治体でも議会でも原発を建てるにあたって何か議論でもしたのかとなる。記録されているのかともなる。
でも原発事故前は個々人で補償金等もらった人はいないのである。ただ公共のものに予算として国から与えられたことはあった。でも個々人にはなかった。漁業社のみに補償金は与えられていたのである。
だからこそ事故になったとき漁業者に対して責任が問われたのである。

権利を与えられたものは権力を与えられたものは責任も課されていた

金を与えられたものには責任が課せられていたのである

つまり現代社会の責任とは金のことなのである。みんな金をもらえばそれでいいと思っているが実は金には責任が付きまとっていたのである。もし漁業者が事故前にでも金を補償金をもらっていなかったら責任も問われなかったからである。
原発事故になってその責任が重く問われたのである。ここに金の怖さがあった。金はもらえばいいとはならなかったのである。
今問題になっているトリチウムを海に流すということでも漁業組合と交渉するがそれを地元の人が見ているとまた漁業者は東電と交渉して補償金を積み増すためにそうしているのかともみられる。別にトリチウム海に流すからと周りの自治体には補償はされない。しかしトリチウムの問題は日本だけではない海を汚染するのだから日本は海を汚すのかと世界から批判されている。

特に韓国から批判されて他でも日本の魚は輸入できないとかなっているのであるつまり環境汚染とは一地域の問題だけではなく世界の地球の問題にもなっているからそうなったのである。だから原発は一国の問題ではない。世界に波及する問題だったのである。原発事故になればチェルノブイリのようにヨーロッパ全体が汚染されるということがあったからである。トリチウム問題も海全体を汚染するから問題になる。

ではなぜ外部の企業どうか外国資本までも地域の漁業権を廃止して参入できるようにしたのかそれはかなり大きいを改革である。も地域の漁業権が喪失したということは例えば原発を建てるとき漁業権を持っているのは地域の漁業組合とかではなくなる。では一体今度は誰が交渉相手となるのだろうかとなる
それも明確ではなくそもそもそんなに外部からの参入を許したらどうなるかというのは必ずしも検討されていない。

それは農業でも外部から企業が入ってきて農業をするときも問題が生じると指摘している。それは漁業でも起きてくる。養殖業とが大規模にされれば海が汚染されたり問題が起きてくるとしている。でも現実は漁業は零細であり農業と同じく跡継ぎがいないとかいうことで困っていた。特に福島県の浜通りの漁業は宮城県から比べれば1/10の規模に過ぎなかったのである。だからこそ原発でも補償金をもらえるから歓迎されたとなる。

とにかくこの零細だということが農業と同じく問題になる。その収入でも少ないしだからこそ跡継ぎもなく辞める人が多かったからである。ただ第一次産業というのは極めてその土地と密着したものであり土着したものだからほかの産業とは違っていたのである。大企業とか外部から参入してくると問題が起きるのは効率的に大量に魚でも収奪するとかそれで海の資源が守れなくなるとか言われる。

それは例えばイオンなどでもそうなのである。外部の大資本が入ってきて地元の商店街は壊滅した。でもそういう大資本はその土地で商売にならないとなれば撤退してしまう。イオンでわ今そういうことが起きている。相馬市のイオンが撤退したということもそうである。でも地元に住んでいる人はそこで商売するなり生活するにわ簡単に移住はできないのである。どうしても土着的となりそこで生きて行くほかないからそうした大資本のようにここはだめだからやめればいいとわなりにくいのである

いずれにしろ海は誰のものか。土地でも森でも山でも山林でも誰のものかとなるとそれは一私人とか一会社とか特定の一団体とかのものとなり得ないものがある。それは共有的なものであり私有には馴染めないものがあるからである
とにかく現代は民主主義社会では権利を何でも主張することになった。でも権利には必ず責任がともなっていたのである。ただ権利を主張して利権を得て得することが民主主義だとなってしまっていた。そこに落とし穴があり問題が露呈して重い責任が問われるようになったのである。

人間は一見権利を主張してとくすればいいと何でも権利だけを主張するようになった。その権利には重い責任が課せられていたのである。漁業権も権利でありその権利があったとしてもそこに重い責任が課せられていたことに無視していたのである。
だから漁業権でもで自治体の権利としてあれば別に漁業者だけがその責任を問はれることはなかったのである。でもそうなれば補償金を独り占めするというはけにはいかなかったのである。でもお金は責任であり金の怖さを知ったと思う
posted by 天華 at 14:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年06月08日

原発事故危害地域の予算は国がなお援助している (故郷を失うことの精神的影響)

原発事故危害地域の予算は国がなお援助している

(故郷を失うことの精神的影響)

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●依然として復興予算の割合が多い

福島県の予算を見ると南相馬市は復興予算が20%である
浪江町は80%である。双葉町は74%である。大熊は60%である。
相馬市は1%にもならない。いかに原発事故から12年過ぎても依然として復興予算が大きいと思った。
ただ南相馬市は20%になったから減少した。それでもそれなりに予算の2割となれば大きい。
飯館村は70パーセント とかでありそもそもそも放射線の被害が大きかったから補償金も多かったからである。でもやがては復興予算は消失する。すると南相馬市でも苦しくなる。

いつまでも復興予算を要求してそれでやっていくことはできなくなる。でも依然として裁判で補償金の増額がありそれで潤った人も多い。でももう復興予算とか国からは援助はなくなる。飯館村でもほとんどが残った人でも老人であり何か生産するということもない。補償金だよ頼りでありそれがなくなれば住んでいられるのかとなる。
南相馬市にしても2割が復興予算だとするときもしそれがなくなると福祉の面やその他教育にしても予算を回すことができなくなる。一時的に原発バブルでもあった。でもそれも終わりつつある。そして復興予算は国から入ってこない時もはや町や村でも成り立つのかという心配がある。なぜなら残ったのはほとんど老人であり若い人は極端に少ないからである。
だからそもそも浪江とか大熊とか双葉とか南相馬市の小高とかは維持できるのかという問題がある。
なぜなら現実として小高の人は原町に移住した人が多いからである。原町の方が何かと便利だから小高を復興させようとするのではなく移住した方がいいとなったからである。

いずれにしろ予算から見ればいずれは復興予算頼りだと立ち行かなくなる。
そうなるとむしろ小高だったら維持するにも返って無駄な金を使い南相馬市全体から見ればただお荷物になってしまう。すると現実として原町に移り住んだ人が多いように切り捨てた方がいいとまでなってしまう。もちろん小高でも浪江でもでも復興してもらいたい。でも現実は厳しいとなる。
ただ原町区は一人50万の補償金が加増されたので得したとはなる。鹿島区は一人16万だから不満がまた多いのである。それより相馬市などは復興予算もゼロであり今回の裁判の補償金は8万くらいなのである。
そのためなのかイオンなどが廃業して寂れたようになったのである。

●人が住まなくなるとどうなるのか、死者も幽鬼となり彷徨う

ともかく日本全国でもそうだが少子高齢化でこれから人口が減り日本は縮小してゆく。そして周りを見ると鹿島区とか相馬市では去年の地震の被害で家自体が壊されたのは目につく。
それも近いうちに空き家化する家だったかもしれない。跡継ぎがいな家だったかもしれない。それで自身で地震で破壊されて住むことを諦めたのかもしれない。
ただ村とか町とか人が住まなくなり消滅してゆくということはどういうことかまだよくわかっていない。
日本の村は日本人のアイディンティティの基盤としてあり何代も続いて住んでいた人たちがいる。そこに長い歴史があり重みがある。それが消失するということは何を意味しているのかまだそこに住んでいる人もよくわからないし自覚していないともなる。
なぜなら村で死んだ人はご先祖様となり日本ではその村に生き続けていたからである。それも消滅する時ご先祖様もそこには存在しなくなりその場を失い神社でも捨てられるのである。
そしてそこには死者も幽霊となって幽鬼となり行き場がなくさまようともなるのである。

それは農民社会でなくなったときそういうことがすでに起きていた。農村共同体は縮小して維持できないようにもなっていたからである。それに拍車をかけて原発事故で人が住めないようになり廃墟ともなったのである。
だから原発事故で故郷から移住した人たちはそのアイデンティティの場のルーツとなる場を失った。それが何を意味しているのかまだ自覚されていないのかもしれない。
ただ現代は広域化してどこにでも住んでいいという時代だから故郷にこだわる時代ではなくなっていた。
金さえあれば返って都会に住みたい。東北だったら仙台市に住みたいという人が多かったからである。それで津波もあり仙台に移住して人が増えて仙台はまた人口が増えたのである。
でもそうして移住した人たちは何かを失った。ただそのことを自覚されないかもしれない。特に若い人たちは移住した場が故郷になるので特にそうなのである。
都会とはみんなよそ者の集まりだから別にそれでふるさととか村にこだわる必要はないのである。でも確かに故郷を失うということが何なのか気づきその失ったものの大きさを知るようになるかもしれない。

●人間は歴史を生きる存在でもある―故郷を失うことの影響

なぜなら人間は継続するということは歴史に生きることは価値あるものとなってきたからである。それで近くの自転車屋は死んだときその自転車屋は町に一軒しかないなくなっていたから貴重な物となっていた。
そして死んでも駅前と結びついていて街全体とも一体化してあったことを意識するようになったのである。
だから原発事故で町や村は消滅して行くようなものになった時一体そこで人間の存在感を持つことができるのかとなる。
人間は依然として家族のために働くということは続いている。でも市町村はあってその全体のために働くとか存在するということは希薄化していた。でも人間は死んだら終わりとなるのではなく継続されることを願う。だからこそ村があったときは農業者会であった時は死者は山に葬られて眠り田植えの時期などに山に降りてきて手伝ったとかいうことになる。それは依然としてその村に死者も生き続けられているということなのである。

それが動物の生と違って人間は一代で終わるものではなく継続されたものとして生きる歴史的存在だということなのである。その歴史が消失することは人間の存在の意味の否定にもなる。ただ少子高齢化で限界集落は廃村になったり消失してゆく危機である。それが何を失うものとなるのかまだそこに住んでいる人も周りの人も自覚されていないのである。
それは経済的な面だけではない精神的な問題なのである。そのよって立つ基盤が消失するということである。それはかなり深刻なことなのかもしれない。でもそれほど深刻に思う人はいないともなるのか。ただ老人はそこに長く住んでいたのだからやはり自分のよって立つ基盤が失うということはショックになっていることは確かなのである。
posted by 天華 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2023年05月07日

なぜ危険な原発がやめられないのか (政治権力利権の判断と科学的合理的判断)


なぜ危険な原発がやめられないのか

(政治権力利権の判断と科学的合理的判断)


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地震があっても岸田は原発マネーがやめられない

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科学の判断ではなく政治利権の判断が優先される



青森の核燃料処理施設の危険を指摘するユーチューブを見た
活断層の上に作られていて非常に危険なものだと指摘している。
その影響は北半球に人が住めなくなるほどの悲惨なものとなると指摘している。それは想像を絶する最悪なものとなる。
人類滅亡にまでなるとまで指摘している。

福島原発の大事故の惨事があっても依然として原発をやめない。今回の能登方面の地震でもそこに原発があった志賀原発があった。それも危険があった。
青森の核燃料処理施設でも危険なのは耐震設計がされていない。それが内部に入れないほどの放射線量があり耐震設計をして建物を直すことができないのである

ではなぜそんな危険なものを作り福島県発のような事故があったのに依然として原発を再稼働してやめることがない
このユーチューブでは福島原発の場合津波の結果大事故となったのではなくその前に地震の揺れで原子炉が故障した。また配管などが破損して津波の前にすでに総称した損傷したものがありそのために大事故になった。そのことは専門の科学者も明確に資料が出たので指摘している。

つまり原発は巨大地震が来ればこのように巨大事故になる。津波が来たから巨大事故になったのではない。そうしているのは政府やその命令に従う原子力ムラがあって御用学者がそう言っているのである。
ということはここに科学的合理性から判断しないで政治的思惑や経済的利権から原発は危険を無視して作られたのである。
科学技術というのは必ずしも科学技術を優先して決めるのではない。そこに政治的思惑や経済的利権がかかわり科学の合理的な判断を無視するのである。

それは御用学者は政治家の命令に従い公正な合理的な科学技術の判断を弱めるのである歪めるのである
だから原発は科学技術の問題としてだけ見れない。極めて政治的経済的理由が優先されているともなる。その視点で見ないとなぜこんなに危険なものが再稼働されやめることができないのかが分からないのである。
まず人間の社会は利益が優先される。利権が優先される。それはあらゆるものはそうなのである。カルト宗教になればそこはもう御利益追求であり利権の追求であり本来の宗教などゼロなのである。誰でも金になるとなれば目の色を変える。
原発が建てられたのも地元に金が入るということでそうなった。

事故後でもわかったようにその利権は金はとてつもない巨大なものだったのである。除染だけに6兆円とかもかかるつぎ込んだのにも驚いた。それは庶民に取って想像を絶するものだったのである。
そして原子力村はその利権を握り政治家の命令でその危険性も隠す事ができた。安全神話を作ったのもそうした御用学者が集まり専門家が集まり実ははそれで危険を隠蔽したのである。

だからこれは科学技術の問題だけではなく政治的な問題でありまた経済的な問題であり科学は確かに合理的な公正を追求している。でもその科学の真理も公正さも政治的な問題になり歪められたのである。
必ずしも科学技術社会でも科学が優先されるわけではないのである。政治的思惑経済的利権が関わりそれが優先されるのである。
また科学にしてもそれが全部正しいとはならない。いくら専門家が科学者が言ったとしてもこの地球であれ宇宙であれすべてを知り得る人はいない。それは全能の神しかありえない。
それでいくら科学者が専門家がいても実際はわからないことがある。だからまた科学者を専門家の言うことでもすべて信じられないのである。

地震になるとそれはできないように予知できないように地下のことが地球の地下のことが海の底のことが宇宙のことでもわからない。科学者が専門家がすべてをわかっているわけではない。それはコロナウイルスでもそうだった。
専門家が正しい判断ができるとはならなかったからである。
そこには必ず政治的思惑や経済的利権が絡み科学的合理的公正な判断になるとは限らないのである
政治的判断というとき時の権力を持ったものが判断する、でも権力を付与するものは何なのか、誰なのかとなる、民主主義社会では選挙で勝ったものが権力を得る。

今なら自民党であり公明党ともなる。でも選挙で負ければ別の政党が権力を得るのである。ではその民主主義社会でも何が優先されるかとなれば科学的合理性とかではない。やはり利権であり金になることが優先される。そのために地元には金をばら撒き原発を作ったのである。地元でも金になればいいとなっていたのである。
そこに民主主義がまたすべて正しい判断をするとは限らないのである。数が多ければそれが正しい判断になるかとなればならない。そこに民主主義にしても限界がある。
ではどうして正しい判断をすることができるの?
そこに人間の限界がある。必ずそこに過ちが生まれるのである

人間は地の底のことをまたは海の底のことを
果て無き宇宙のことを知りえるのか
人間は全能の神の知恵には及ばない
人間はいかに科学技術が進歩しても
依然として知りえないことがあまたある
人間はこの世界のことをすべて知り得るとはならない
そこに人間の限界がある。
そしてその人間の技は崩壊して砕かれる
文明もまた砕かれて廃棄されるのである
人間のバベルの塔のように崩壊する
人は終始つかなくなり散りじりになる
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2023年04月27日

原発事故の多額の補償金が復興を阻害した (復興より補償金をもらうことことが第一になった)


原発事故の多額の補償金が復興を阻害した

(復興より補償金をもらうことことが第一になった)

●突然苦労しないで入った金は消失しやすい

突然入ってきた大金は身につかない。悪銭身につかずになる。
そういう例はいくらでもある。親の遺産を相続した場合などでもそうである。それも使いかたがわからず浪費してなくなってしまう場合が多い。その金は何か天から降ってきたような金でありあぶく銭でもある。苦労して得た金とは違うのである。
だからどうしてもなくなりやすいのである。有効に生かせないのである。それは自分自身でも親の遺産で経験しているのである。

この辺の原発事故でも多額の補償金を得た結果金銭感覚が狂った人がいたようである。もちろん補償金をもらう権利はあるしそれをとやかくは言わない。でもその補償金が返ってこの辺の復興をできなくなってしまったということもある。
その補償金も高額になるとそうなりやすかった。今まで手にしたことのないような大金が入ったことで金銭感覚が狂ってしまった。
その金を高価な車とか女遊びとかに費やされたようでもある。それでもしかしたらそのも大金もたちまちあぶく銭のように消えたのかもしれない。
補償金は必要でもそれがあまりにも大きなものとなって金銭感覚が狂ったともなる。それで故郷の復興とかより補償金をもらいそれで楽に暮らすという考えになったともなる。
というのはやはり避難区域の人で多額の補償金をもらってスポーツカーだとか女遊びだとか何かそういう復興のためというより浪費したというふうにも見えるからである。

●補償金も有効に使いなかった

だから今になってその補償金でも使い果たして苦しくなってしまったのかもしれない。何か大工さんでも仕事が欲しい。その人はいろいろなことができる才能ある人だから掃除とか家事手伝いとかそういうことで仕事をさせて欲しい。金も欲しいとなる。
そんなことで懸命に仕事をして金を得ようとしている。
でもその人のことは原発事故から十年くらいは音沙汰無しであった。その間に何をしていたかわからなかった。でもどうも補償金をもらったとしても使ってしまったのかもしれない。
それでなんとか働いて金を得ようとしているのかもしれない。
そのことは悪いことではない。自分の身ににつけた大工の技とかを活かして金を得ようとしているからである。

でもその補償金を浪費した人も多いだろう。補償金をもらうことは当然にしても額が多すぎたのかもしれない。もちろん少ないということででことでさらに要求してはいた。
結果として裁判で勝ったから避難区域の人は4人家族だったら1000万とかまた入ってきたのである。その額も大きいと思った。
私の地域では一人16万でありもともと少ない。 30キロ内たと原町だと3倍になっていたからである。今回の裁判でも買っても補償金は一人16万であり原町区は3倍の50万なのである。
その他相馬市とかでは8万くらいにしかならないのである。

おそらく補償金はもらうことは悪いことではないしその権利もあった。でも多すぎたのかとなったがそのために返って補償金を水増ししてもらうことが復興の目的にもなってしまたのである
とにかくなんとか金を得るための算段をしたかもしれない。もちろん放射能汚染とかいろいろな悪条件があり外に出ようとすることも分かる。

でも補償金が少なかったら外に出て家を建てたり簡単にできない。すると故郷に残ってなんとか苦しいがそこで生きる道を探すことになったかもしれない。もともと故郷に代々住んでいて愛着がある人が多いからである。農家だと先祖代々住んでいるからである。それでも多額の補償金をもらったとき故郷に住んでいるより他に移った方が良いとなり補償金を元にして仙台に移ったりして事業お起こして成功した人もいるのである。それは補償金の額学が大きかったからである。
でももし補償金がそんなに多いものでなかったらどうなったであろう

●補償金がかえって復興をさせないものにもなった

とにかく必ずしも原発事故の補償金がプラスに働いたともとは言えない。なぜなら補償金頼りになり自ら苦しくともなんとか故郷で生きようとすることがなくなった。
もちろん放射線被害などがあり住めなくなったということもある。でもいくら被害があってももし補償金がそんなに多いものでなかったら簡単に他に移り住むことは難しかった。
するとどうなるか?どうしても苦しくてもなんとかその場で生きる道を探していたかもしれない。それが多額の補償金でそんな苦労するしたくないとなり避難区域では移住した人が多いのである
でも何か今その補償金でも使い果たしてなくなった時なんとか金が欲しいから働かせてくれ何でもするから働かせてくれと来た人もいたのもやはり人間はそういうものなのだろう。人間はやはり金があれば働きたくない。金がなくなれば生きるためになんとかは働こうとするのである。だから人間は返って恵まれると堕落するのである。

それで双葉の人が鹿島区あたりでコンビニ強盗したと言うことをきいた。それは本当なのかと思ったが本当らしい。
双葉なら相当な補償金をもらったはずである。でおなぜ強盗までするようになったのか理解できなかった。でも補償金をギャンブルや女遊びなどに使ったことを聞いている。だからもしかしたらそうして金を使いすぎてなくなったのかもしれない。
だから補償金が必ずしも復興には繋がらなかったのである。
でも補償金は必要だったがそれが身の丈を越えて大きものになりすぎたのかもしれない。そして復興とはどれだけ補償金をもらうのか水増しさせるのかなになったのであるのである。

人間とはやはりいくら金をつぎ込んでも必ずしもいい方向に向かうとは限らない。かえって悪い方向に向かったということもある。その例が水俣病被害者にあった
そこでも補償金をもらうことが第1の闘争結果的にその地域は荒廃してしまったのである。
結局人間は楽を求める、苦労するにしても強いられてする。
でもその楽をすることが必ずしもいい方に働かないのである。
そこに人間の普遍的な問題があったのである。
ただこの辺では南相馬市でも30キロ内は原町区などはもらった。鹿島区だと30キロから外れたから少なかった、それでもやはり避難区域は多額だった。でもそれだけの被害があったのだからそれをとやかく言えない、結果的に補償金がみんなよく働いっとはならなかったろう。その額が問題だったのである。
それで金銭感覚が狂ってしまったことは言える

●少子高齢化社会も復興できない要因になった

もう一つの大きな要因は少子高齢化社会にあった。家に来た大工さんにしても70にもなるとしたらきつい仕事はできない、でも軽い仕事なら一日三時間くらいならできる。家事手伝いととか軽い仕事ならできる。
もしその人が若かったら運搬の車が欲しいとなっても利益を上げられるから投資することもありうる。
でも老人の場合は未来がないからできないのである。花の木を植えるにしても十年後に花が咲くとなると庭に飢えたくないのである。花がすでに咲いたにを見たいのである。それだけに待つ時間がないのである。
復興にしても津波の被害で喪失した松を植えても成長するのに50年とかかかるのである。
そこに復興のむずかしさがあったのである。
日本が停滞して衰退したのも失われた30年があったためである。何ら有効な手を打てないままに30年が過ぎてしまったのである。この30年は長かったのである。その時間の損失は簡単い取り戻せないのである。

コンビニ強盗で逮捕されたのは、南相馬市鹿島区の会社員・小松 悟容疑者(35)。

水俣病は政治によって、行政によって、企業によって、さまざまなかたちでの分断を生みだされてきた。現在も水俣でこそ、水俣病を語ることはときに難しく、口をつぐむ人もいる。水俣病によって起きた、地域の分断に対して、水俣では「もやい直し」という取り組みもおこなわれている。水俣病によってばらばらになってしまった地域のつながりを結びなおそうという取り組みだ

水俣の現状――生活支援と訴訟からみえる水俣の課題

「震災バブルの怪物たち」を読んで

補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した

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2023年03月11日

春の日大工とともに家を直す (仕事は利益だけを得るものではない、道徳なき経済と化して荒廃−原発事故から12年後)


春の日大工とともに家を直す

(仕事は利益だけを得るものではない、道徳なき経済と化して荒廃−原発事故から12年後)


ninomiya1.jpg

地元の大工が我が家を直す。
その往年の技を駆使して
その働くことに喜びあり
思案し図り組み立て成りぬ
里に芬々と梅匂う季
土地の大工の老いて示す技
天職に就きし男の良しかな
老いしもその技の衰えざれ
ただその体力の弱りゆくはとめがたし
我も共にてテコとなり働きぬ
温和なる春の日に共に働くも良し
百才の間に居てなお我の生きなむ

人間の仕事はなかなかわかりにくい。現代は社会があまりにも複雑化して他人の仕事が分からなくなった。ただ仕事でも自分がしなくても他人の仕事でも多少関わり見ているとじかに見ているとわかることがある。
大工さんの仕事は直に見ていて私自身も手伝った。そのことでともにい家を直しているという感覚になった。
家を作ることはやはり大工さんと関わる。ほかのものは例えばこの辺でも梨とかりんごを作っている。それは結構うまいものである。でもその果物でも作るということに関わることはできない。
それは米でも野菜でも作ることに関わることはできない。

だから意外と田舎に住んでいても農業のことがわからないのである。ただ農業している人のことを支援してわかった
それは苦労ばかりであったがいかに農業というのは大変なものかを直接聞いてわかった。
だから必ずしも直接仕事をしなくても聞いたりすればある程度はわかる。でも仕事は直接自分で関わり働かない限り理解できないものなのである。
人間は働くこと仕事することそれは金を得るためだけではない
働くこと仕事することによって人間自体が作られるのである
特に農業は自然と関わるから自然と体で通じ合うことなのである。それで私のようにただ外から見ているだけで直接土に触れるわけでもない鑑賞しているだけだから本当の自然というのは何かを会得できないのである
つまり消費しているだけの人間は何かを本当に理解することができない。自ら生産に関わらない限り何か本質的なことが理解できないのである。

一番いいのは自分で田畑を持ちそれをその実りを味わう時本当の豊かさを知るのである
ただ消費だけしていれば自然のことも深く知ることはできない。働くということはそれを売って金にするということではない
人間は働いてこそ人格も形成される。ただ金のために利益のために働くということではないのである。それが資本主義社会でわ常に利益追求が優先される。でももともと資本主義はウェーバーのようにキリスト教から起こった、修道院での労働から起こったというのもそうである。
その働く動機というのは宗教的な動機であり他者に尽くすということにあったのである。だから働くということは必ずしも利益を得る金のためではなかったのである。

何か今日東日本震災から12年過ぎてテレビで報道していた。
牛を飼う人が浪江でみんなやめたのに飼い続けている。それは売ることもできないがら無駄だということにもなる
でも人間には働く意味がないと生きていけない。牛も生き物であり人間の仲間であるから捨てられないとして一か月30万のエサ代はかかっても飼っている。応援する人もあってやってきたのである
そんなことしているのは何のためなのか?金を得るためでもないかえって金がかかっているのである。
ただそこで牛を飼う牛と共に生きる牛を捨てることができないそのために飼っている。
このようなことは原発事故で他でも起きている。

漁師は原発事故以後魚をとることができなくなった
でも漁師は特に船主は別に働かなくても豊かな生活ができていたのである。
補償金が事故前も事故後も充分にもらっていたからである。
でも港にいて魚もとらない漁師はもう漁師でもない
一体何のためにいるのかという気分になった疑問になった。
つまり何のために港に居るのか何のために生きているのか何のために存在しているのかそれがわからなくなったのである。
別に生活には困らないのである。でもそこで生きる意味が見いだせなくなったのである。だから人間は利益を求めて常に働いているように見えても働くということはそこに意味があり社会的価値がありそのためにも働いているのである
だから牛とともに働くということに意味があった。だからそれで金にもならないのに金がかかっても依然として牛を飼って世話しているのである
ただそれはもう自分ひとりではできない。みんなの援助がないとできないのである

それで生業を返せとか裁判になった。その生業とは何なのか?
それは生きる意味を価値を奪われたのでそういうようになったのせある。でもそういう生業とは何かはっきりしない、生きるためには金が必要であり補償金をもらことが大事だとなっていた。
それは別にどこでもこうした矛盾をかかえて生活している
それがこの辺では極端な現象として現実化したのである。

とにかく人間はその人なりの天職について働いている人は生き生きしている。
そこで問題なのは退職したりすると仕事もなく何もすることなく社会的にも無用となり生きる意味も価値も見え出さなくなることである。
たとえ金にならなくても何か社会であれ有意義なことをしたい。
価値あることをしたいとなる。それが意外と切実なものになるのである。利益と金を追求するのはやむを得ない。でも人間は本当はそれだけのために働いているのではないのである。

人間の価値は金だけでは測れない。その人が何ができるのか。何を与えることができるのか。それが問題なのである。
金を与えただけでわ価値あるとはなりえない。大工さんだったら家を作る。家を与える。農民だったら食料をつくり与える。何かがあって与えるものはあって価値ある人間となるのである。
何も与えない人間は価値がないとなる。たとえ別に金があって働かなくてもいいとしてもそれでいいとはならない。
その人には生きる価値も意味もなるからである。
人間が生きるとは意味と価値を追求しているからである
それがなくなったとき生きていても無意味だとなり死んだ方がいいともなる。高齢化社会で老人は死ねというとき社会的に価値が意味が認められない、それが数が膨大だから問題になっている
それが現代の時代の大問題なのである。道徳なき経済は犯罪である、まさに現代の資本主義グローバル経済は犯罪なのである。
そこで常に陰謀論になるのはそのためなのである、働かないでも極一部の人たちに金が集まるシステムにもなっているからである。

直土(ひたつち))に我の心のおのずから養われつつ静けくありけり(開墾ー吉植庄亭)

天地は君と親とのめくみにて身をやすらわんコを報へや(二宮尊徳)

農業から会得するものがあった、それが現代は無視されて科学工業社会になったとき原発事故にもなり故郷にも住めなくなったのである。自然とも分離して道徳も失われたとなる。









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2023年03月07日

東日本大震災から12年 (避難区域は復興していない、避難した新潟県は親切だった)


東日本大震災から12年

(避難区域は復興していない、避難した新潟県は親切だった)

今日聞いた話では鹿島区で新潟に避難した人はしきりに新潟の人は優しかった、食べ物でもあんこう鍋とか出してくれたとか土地の物をたべさせてくれたとか言っていた、日本海で魚がとれるからそうなる
そもそも旅行しても土地の料理を食べることはむずかしい、食堂とかレストランでは決まりきったものしか出さないかである。
郷土料理となると特別高くなるのである。だからこれだけ旅してうまい料理だったなど記憶にないのである
ただ腹を満たせばいいとしかなかった。旅館にしても土地の料理を出すことはなかなかない、ただ今は食べることが楽しみだから料理に力を入れていることはある

だから「温泉丸秘大作戦」という推理ドラマでは温泉を立て直す仕事しているが必ず料理を改善する、その土地でとれた魚を利用して独特の料理を作ることに力を入れる
でも旅館でもホテルでも郷土料理を食べることはなかなかできないし私は食べたことなどないのである
貧乏旅行者だったんからでもあるがそうでなくても郷土料理など食べることはなかなかできないだろう
前にも書いたが料理で思い出すのは只見線で小出の食堂で鮎の塩焼きを食べたことである。前の魚野川で大きな鮎が泳いでいたし釣りもししていたのである
食べたものでそのくらいしか記憶に残っていないのである

だからあんこう鍋は食べられたとことは贅沢である。
他にも土地の魚の料理を食べた、そしてしきりに新潟県は良かったと言っていた、そのことは前も新潟に避難した人が言っていた、それで世話になったのでその人たちを招待するとか言っていた。
なぜ親切だったのか?
前に新潟県で大きな地震がありその時応援したからだとも言っていた、ただ県民性とかその土地によって人も違っているのである
新潟県には情の篤い人が多いかもしれない、今の時代は何か情というのも薄れている、金しか見ない社会である

なんでも道案内するにもわざわざその場所まで連れて行ってくれたとかも言っていた
道案内でも今はしない、適当に方向を指さすくらいである、だからみんなスマホを見ているのである
何か情は薄れている、ただ人も土地によって違っている
だから新潟県がまだ情が篤いのかともなる
やはりその土地柄があり新潟県は全国的にみてもめずらしいとなるのかもしれない、そういう場所に避難したは良かったとなる
でも一方で障害者が避難した山形県では断られたという
それは山形県全部が薄情というのではなく一部だとなる
たまたまそういう場所に行ったともなる

今の時代は総じて薄情になっている、情は薄れている
原発事故の時、避難した人は様ざまな経験をした、親戚に逃れてそこになじめなかったとかもある。
私は避難しなかった、30キロ離れていて避難は強制的ではなかった、でも30キロ内は補償金が三倍になっていた
ただ鹿島区は一人70万もらったが原町区は三倍もらっている、さらに相馬市は一人六万しかもらっていない
それでもめたし今回も裁判に勝利して補償金が追加でもらえる、今回は30キロ内は優遇されるのである

その人は原発で働いていた、試験もされて受からないと仕事ができないと、入念に放射線量の検査をするとかその厳しさを語っていた、でもそれは地元の人達だったからかもしれない、どこからかわからない人たちも働いていた、その人たちはそんな厳しい検査をしていただろうか?
いろいろな人が来ていたが事業に失敗したような人達が結構来ていた、何か借金とかで追い詰められた人達も来ていただろう
なぜなら暴力団の人達が目立ったからである、体が入れ墨だらけの若い人が郵便局に来たときは驚いた
他にも暴力団の人がおいしい仕事だと言っていた
その暴力団がどこからかわからない人たちを身元もはっきりしないまた何かいかがわしい人達も連れて来ていた
その人達は放射線のことを気にしていられない、金になるとなれば来たとなる、だからそんなに厳しく放射線量を計っていたか疑問である
そういうことをしていると仕事がはかどらないからである。

ともかく原発で働いていた人は多いと思った、飯館村の人も働いていたという、でも長くは働かない、被爆するから長くは働かない、短期間のアルバイト仕事である
でも賃金は普通の三倍くらいになるからみんな原発の仕事を経験していたのである
いづれにしろ放射線で被爆して重症化したとか死んだ人がいるとか言われた。それも表には出なかった
厳重に管理して出さなかった、何か福島医大でそういう人の死体がホルマリン漬けにして保存されて研究の対象にもされているということも聞いた
それはやはり原発で働いた人がそう言っていたのである

原発事故から12年になる、もう今の十二歳はただ親から津浪の話を聞くだけになっている。
時間が過ぎるのは早い、でも12年過ぎても避難区域になった所は回復していない、双葉では学校も再開されていない、残った人達でも老人が多い、若い人とか子供はまれでありもともと少子高齢化で若い人と子供は少なくなっていた。
ここでは特に極端なものとして日本の未来が現実化した地域なのかとも見た。
ある人は小高に5000万かけて二所帯の立派な家を建てた
でもその子供たちは仙台市の方に移り住みその人は離婚した、今は原町区に家を買って住んでいる

原町は便利であり一人暮らしでも楽である、だから小高の人でも原町に移り住んだ人が多く小高でも避難区域は回復していないのである
なんか淋しいとなる、その原因はすべて津波や原発事故になるとは限らない、何かその人なりの問題もありそうなった。だからすべて津波や原発のせいだとはならないのである
少子高齢化も影響してただ空家の街のようになった
ただ空家はどこでも増えている、自分の家の回りは最近数軒家が壊され空地化した、街の通でも家が壊されて空地化している
ただ原町とか鹿島とかだと移り住む人がまだいる、その人たちは新しい家を建てているのが違っている
そういう人達はもう故郷には帰らなのである
だから復興はしていないし将来も復興はむずかしいともみる、そもそも日本自体が少子高齢化で人口は減り縮小してゆくからである。それがこの辺では極端なものとして現象化したようにも見える

とにかく震災から十二年は変遷した、風景も変わった
海側はもう前の面影がない、村自体が消失した、この辺だと八沢浦の湊村とか海老村とか烏崎村とから消失したとなる、それはもう回復しないとなる
確かに漁業をしているが何か真野川の放射線を依然として計測している、その仕事を県から請け負っているとかなる
原発事故の後始末処理の仕事はつづいているのである、廃炉事業でもそうである、これは長くつづくなのである
だからそこに仕事があり残っている人達もいるとなる
でもこの被害は余りにも大きく回復できない、復興できない、放射性物質は依然として残っている、これはなかなか消えないプルトニウムだと二万年消えないとういから空恐ろしいとなる。
これほどやっかいなものであり原発事故の後遺症は末代までつづく空恐ろしいものだったのである。 









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2023年02月04日

福島6町村の復興再生計画、事業完了率10%台  (原発避難区域は復興できない)

福島6町村の復興再生計画、事業完了率10%台 
(原発避難区域は復興できない)

親の因果子に報いとなるのか、必ずカルマが人間は作るのである
外部から見ると税金の無駄だというその不満があまりにも大きい
それはやはり復興を見ていると一向に進まない、それは地元の人でも同じである
もう無理であると正直に思う第一人が帰らない帰っているのは老人だけである、ということはもう未来がないということである
立派な施設を建物を作ってもそこで働く人がいないとか学校でも地元に住んでいる、親がいないので外から通ってくるとかその数もわずかである

そもそもは少子高齢化でありそれが影響したのである
子供がいないということはもう自治体でも維持できないということである
それはやはり今の親の責任であり実際は今の老人の責任とも言えないなぜなら原発を作ったのは60代であれ70代であれその上の親が作ったのであるだから親のカルマが次世代に負わされたである
そしてまた今の親たちがその子供へカルマを負わせて負わせたのであるお

このようにカルマは受け継がれる回ってくるカルマは責任のことなのであるそれは逃れることができない
親の因果は子に報いなのである
とにかく現状を見てもとても復興できるとは思えない第一みんな外で新しい暮らしをはじめて始めており子供でもその新しい場所で生活しているからそこが故郷になっているただ老人はどうしても帰りたいその心情は痛いほどわかる
私自身も老人だからである老人は故郷で暮らした歳月が長いだから老人は例えば老木のようになりその土地に朽ちる人間も植物や生物の一種だから自然とそうなるただそれを奪ったのはが原発だったのである
その責任は実際は今の老人というだけではなくその上の親でもあったその親がカルマを作り出したのである
ただ老人が故郷に住めなくなったという原因は住めなくなったのは今の親世代にある
深刻なのは町とか村の歴史が消失するということである

ということはその住民は必ずしも今生きている人が作ったものではない父祖の先祖があり作られてきたのである
その先祖にしても江戸時代からでありさらにその前に遡るのであるそういう歴史が消失するということが何を意味しているのかよくそのことがよく理解されていないつまり先祖もそこに住めなくなるということである先祖も死んでもやはりその場に生き続けるのであるその継続が歴史なのである歴史が失われるということは何を意味しているのかそれをあまり考えない
だから因果応報となったのであるともかく莫大な金をつぎ込んでも復興できない現実問題としては原発避難区域になったところはもう維持できない南相馬市だったら移り住んでいるそれも原町鹿島相馬市新地どこかに新しく家を建てて住んでいる私の住む近くにも住宅地がありそこに四五件の新しいうちがまた立った家が建ったそれは原発避難区域から移住した人なのであるつまり原発避難区域にはもう復興する気がないのである住む気がないのである

だからこそもう住民には住む意志はない未来とはwillであり意志なのである、その意志が消失したらもう復興できない
だから外から見ても湯水のように税金を注ぎ込んでも復興できないそれはそこに住んでる人自体の問題でもあるその人たちに住む意志がないのである
そこに根本的な問題があるそれは心の問題でもありどうにもならないということであるいくら復興させてもらいたいしてもらいたいと思っても内部でも難しいとなる
どうしたらいいのかそれで飯館村などはもう村として維持できない村として
だから南相馬市と合併するべきだとなるいずれ補助金は打ち切られるからである

ただ問題は放射性廃棄物場になることは周りに影響する
何かあるとその放射性物質物質が流れ出してくる現実に飯館村でそういうことがあったからだ新田川でも山側でも放射性物質が流れ出してくるからである
そして河野放射性物質は減っていないなぜなら狭い範囲にありそこに残っているのであるもし海の方に流れだせばそういうことはなかった
放射性物質は風で海の方に流れたので海側放射線量が少なかったのである、山側は堆積したのである
いずれにしろとても復興することは難しい住民にもその意志が無くなっているでも老人は帰りたいという心情は痛いほど理解している故郷の土になりたい故郷で死にたいそれは生物として当然なのであるただそれそれすら原発は奪ったということである
その罪深さははかり知れないいくらよその土地でいい暮らしをしたとしてもその失ったものはあまりにも大きすぎたのである

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2022年12月25日

原発再稼働の問題 (まず東京に原発を作るべきーそこが議論もされない)


原発再稼働の問題

(まず東京に原発を作るべきーそこが議論もされない)

電気料金があがるとかで原発は必要だと主張する、政府主導でまた原発を稼働させる
技術的にも改良したとから安全だという、そういわれても原発の被害にあった所では
ああそうですかとはならない、これだけの被害があったらもうこりごりだとなる
原発の問題を追及して来たけどそれは技術的な問題だけではなかったのである
もう政府が技術者とか御用学者とか官僚とか検察とか自衛隊とかが一体となって作られたものなのである
そしてその人たちが「安全神話」を作ったのである

実際はいろいろな不備があっても権力でごまかすことができた、その問題をないがしろにして官僚でも責任をとっていないのである、天下りした官僚は東電からもらった金を返却するべきだし財産没収しろというのもわかる
それだけの責任があったからである、でも実際はそうした責任をとっていないのである
マスコミも一体となり「安全神話」は作られたがマスコミも責任があっても何も責任はとらない、そこで利益を得るというだけだったのである

本当に一番欠けている視点は原発を東京に作れ!

そんなに安全なら電気でもたりないならその電気を一番使っているのは東京なのだから
東京に作るのが筋なのである、そして意外と東京は地形的に津波にも安全なのである
入江が奥まで入り込んでいるから海岸にじかに接して建ててある福島とかより安全なのである

でも絶対に東京には作れない!

東京では一千万人以上の人間が住んでいて政治家でもあらゆる権力が集中している
一千万人の都民が賛成などしないのである

だから東京には絶対に作れない!

だから福島に作ったのである

このことが問題だったのである

東京に作るなら賛成する、でもそれは絶対にできない、、それがおかしいのである
原発は必要だということはわかる、ならば東京に作れ、それなら賛成するとなる
それができないから原発は危険でも東京なら害にならないとして地方に作る
地方は財政的に苦しいから援助するから作ってやるとなる
でも事故になったら東京は安全であり地元は故郷に住めなくなったとなる
このことが最も矛盾しているし議論もしない、東京に作れということは議論にすらならない、それはタブーなのである
だから事故前に東京に原発を作れと言っていた評論家は正しかったとなる
でもそれは注目もされなかったのである、東京に作れるとういことこそ安全を証明するものだからである、東京都民一千万人を危険にさらすからである
でも絶対に東京には作れないのである、このことが原発の議論で欠けていたのである
東京の自分達の安全を計るが地方は犠牲になれとかでは納得できないのである

そして安全管理でも津浪が来たから事故になったのではない、技術的問題でもない
コストの問題でもあった、その時の社長はコストカッターとして社長に成りあがった人だとしている
本当は高い場所に建てる予定だった、でもわざわざ高く土盛りしたのを削って低くして
地下に電源を置いたのである、それで津波の被害にあった
地下に電源を置いたのはアメリカでは竜巻があり地下に置いていたからまねたのである
またアメリカ主導で作られたこともある、まだその時日本では原発のことを技術的に理解していないかったからだ、それで古いマーク1の原子炉をお古をアメリカから売りつけられたのである

それで湯川秀樹博士は日本ではまだ原発を作れる技術がないからまだ時期早々だと言っていた、でも無理やりに作ったのである、原発の問題は技術的な問題だけではない、モラルの欠如もあった、奢りもあった、10数メートルの津浪が来ると東電が頼んだ学者たちが警告していたのである、それも無視したのである
そこには様々な問題が指摘されていても無視したのである
それで東北電力の場合は副社長が10メートルの高さから津浪が来るとして5メートルを高く所に作った、それで破壊を津ねがれた、三陸では度々津波が来ているので危機感があったからである、女川原発ではそうしてぎりぎりで助かったのである

原発は地元であれ第一その内部も知ることができないし立ち入り禁止である
アンタッチャブルな場所になっていた、そこに危険があった、素人が立ち入りもできない場所になっていた、でも安全管理はずさんだった、配管などが老朽化して危険だとも内部の技術者が指摘していた、でもそれを上の人に言うこともできなかった
なぜなら東電の人には下請けの人は何も言えない、仕事をもらえなくなるからである
でも原発のことがすべてわからないということでもなかった
なぜなら

巻町では1995年2月5日には、計画の是非を問う自主管理住民投票[6]が行われた。これは条例に基づく町役場による実施でなく、町民有志が設立した「巻原発・住民投票を実行する会」が取りまとめたもので、原発賛成474票に対して反対9854票であった[1]。
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このような限界集落があるような所で良く反対できたと思う
素人でも危険と感じてそうできたのである、だから別に素人だからわからないから何もできないということではなかったのである

要するにアンタッチャブルになり立ち入り禁止になり住民はそこに何ら関係すらできなかったのである、でも一番被害があるのが住民なのだから住民に例えわからないにしろ説明すべきだった
でも事故を全く想定していない「安全神話」を作り事故は起きないとして受け付けなかったのである、その権力が政府から官僚から議員から検察からマスコミが一体として「安全神話」は作られたのである、そしてそれが津波で砕かれたのである
地元の人達はただ金をもらえばいいとしかなかったのも問題だった
生業を返せとか裁判して勝利したとしてももともと生業が何なのか、金にならないとしてやめたいとなっていたのである、でもやはり責任は政府と東電とか官僚にあった
「安全神話」が作られて事故が起らないとなれば事故に備えることもないとなる
実際は安全だと題目でも念仏でも安全、安全と唱えていれば安全だともなっていたのである、科学者集団でもそうなっていたのである、それは責任逃れだともなる
科学の時代にそんなことが通用するのかとなる

とにかく原発再稼働昨今の事情で容認されつつある、これも危険である

まず東京に原発を作れ!それなら容認する

でもこれは議論にもならないのである、原発を何基か東京に作れ、そうならば認めるとなる、しかしそれは絶対にできないのである
そこが原発が認められないことにもなる、安全ならできるからである

そして一度失った信用は簡単に取り戻せない!

人間個人でもそうであり会社でも国でもそうである、事故の被害にあった所ではもう信用できないのである、政府も官僚も検察でもマスコミでも信用できないのである
このことが重大なことなのである、安全だとか技術改良が進んでいるとかなんとか政府が言っても信用できないである、そもそも政府の決めることかみんな信用できるのかとなるとならない、それを原発では嫌というほど知ったからである

つまりに人間のやることに絶対はありえない、事故は絶対にないとは言えない

でも絶対に事故はないとか安全神話を作ったことが大きな罪だったのである

絶対と言えるのは神しかいないからである、人間には必ず不完全であり不備がある、それを認識するべきだったのである
それを隠してただ安全だけを言っていたのである
絶対安全だからとして安全神話を作り事故にも備えなかった、そして浪江町では一番危険な場所に津島の方に避難して被害を大きくしたのである、でも東電の社員が海側が安全だとして山の方に向かって逃げていたが引き返したのである
東電の社員は放射線がどういうものか知っていたらできた、てもそうして事故が起きたのことの備えをしなかったし知らせることもなかったのである
それは「安全神話」作っていたからである、事故は絶対に起きないものとしていたからである
それが最大の問題だったのである

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2022年12月15日

政経東北はなぜ渡部恒三を持ち上げるのか? (メデアに中立はない、マスコミも原発事故では共犯者だった)


政経東北はなぜ渡部恒三を持ち上げるのか?

(メデアに中立はない、マスコミも原発事故では共犯者だった)

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なせか今の南相馬市の門馬市長は批判されている
でも桜井前市長は批判されないのである
この理由が良くわからないのである



●政経東北が渡部恒三を今も持ち上げるのは何故なのか?

ただこの福島第一原発は3〜40年が稼働限界だとされていました。
その前提に従い前福島県知事佐藤栄佐久は原発を廃炉にすべく手続きを行い徐々に機械を停止させようとしていた。
原子炉の寿命を延ばし能力を上げるプルサーマル計画も許可しない方針で、一時期には完全に停止させています。

この現福島県知事、民主党佐藤雄平という人物はナニモノなのか?
でちょっと調べてみたんですが、渡部恒三の甥なんですね。
つまり叔父さんが誘致した原子炉を自分の代で廃炉にしたくなかった、というかなり個人的な理由でプルサーマル計画を受け入れた可能性がある。
まあまんざら渡部恒三に原因が無いわけでもない

しかし、中曽根康弘、正力松太郎に源流をもつこの国の原発推進策に、なんら疑問をさしはさむことなく、福島はもちろん全国に「原発安全神話」を吹聴してきた一人こそ、渡部氏その人ではなかっただろうか。

「私の選挙区福島県は日本の原発の30%を占めているが、そこで育った私はこの通り元気いっぱい、健康そのもの。原発をつくればつくるほど国民の健康は増進し国民は長生きし厚生行政は成功してゆくのではないかと思う」。

ばかばかしくて、このブログにのせるのも憚られるが、渡部氏の支離滅裂な思考法や、おべっか使いの人間性を物語る挿話としては、なにがしかの意味があるかもしれない。

衆院や参院の議長といった名誉職に就くことだけが残された政治家人生の目標であるに違いないこの人物を、黄門様だのご意見番だのと持ち上げて、何かにつけてコメントを求めるマスメディアは、いまいちど、彼の言行録を総点検してみてはどうか。
https://ameblo.jp/aratakyo/entry-10881034842.html

渡部の甥の 佐藤雄平 は福島県知事で、
黄門さまと共同でアメリカ企業のご機嫌を伺って原発推進してました。
国会議員一人の力でここまでたくさん原発作った例は過去に一度も無い。
同じ原発王国の福井や新潟と比べてもその差は歴然。

しかも発注したのが米GE社製不良品だったからこのザマ。
そのうち渡部恒三が昔この原発宣伝してた映像が出回るようになって議員辞職確定だろうhttps://armchairanthroposophyst.hatenablog.com/entry/20110321/1300675636


福島原発事故は人災だ。渡辺恒三は誘致した責任をとり即時議員を辞職して放射の悪被疑者に詫びよ。日本の悪党たち(官僚。大手メデイア11社。既得権益勢力。など」と裏で連携し小澤さんをいわれのない(疑惑」で追い落とす民主党内の悪党の先導役をしていた渡部恒三のような裏切り者が福島県民を不幸のドン底へ追い込んだのだ。

渡辺恒三は福島県で一番力を持っていたんだろう
そいつが口だけではない、実際に第一原発の土地を持っていた!
これは責任を逃れようないよな
佐藤えいさく-前の知事は原発反対だった
それで甥を知事にした
そんなこと福島県のメデアでも誰も追求していない
福島県も原発利権にどっぷりととりこまれていた
それで外部から福島県が自業自得だというのは福島県民として辛い
福島県民も監視役もないしみんな原発の危険性を言う人はいなかった
南相馬市は原発から遠いと思っていたから自分も大丈夫だと思っていた
原子力には無知だったし無知にされていたのだ
それが今回の苦しみを生んだのだ

「原発で長生き出来る」などとほざいていたくらいだから。

事故以後にまったく顔を出さないのが甚だ怪しい。
自分の出身地であり選挙区でもある福島県が危機に瀕しているのにもかかわらず発言も聞かない。
普段なら出るなと言っても出しゃばる男なのに。
本人は原発利権と裏切りの人生、息子はCIA工作員、甥がMOX(モックス)知事・・この一族、終わってるな。
http://www.asyura2.com/11/senkyo111/msg/439.html

●なぜ政経東北では渡部恒三をもちあげるのか?

●南相馬市の前市長の桜井氏をもちあげるのか?

●相双リテックを裏表紙で堂々と宣伝していたのか?

政経東北の12月号で渡部恒三記念館ができたとか政経東北は原発事故前からその後でも持ちあげている、これは異常ではないか?
なぜそれほど持ち上げるのか、原発事故前ならまだわかる、そもそも原発については隠ぺいされてわからなかったからだ、その隠ぺいされたことは権力によってそうさせられていた
原発は国が主導して県に命令して南相馬市とか相馬市とか地元とか双葉町でも大熊町でも自治体に何ら反対することもできない仕組みになっていた
強力な国の権力と東電が一体になり作られていたのである
そしてその利権は余りにも大きいものだったのである、庶民には想像を絶するものだった原発事故以後も補償金だとか除染とかで十兆円とかの規模にもなる巨大なものだったのである、国家的事業であり太平洋戦争とも似ていたのである
だから地方自治体にどういうものか説明もされない、何か原発自体立ち入り禁止であり
アンタチャブルな領域になっていた、ブラックボックスになっていた

そこに政府官僚が検察でも警察関係者でも海上自衛隊でも天下りしていたのである
その強大な権力に反抗することもなにもできない、そもそもその内部のことなど立ち入り禁止であり知る術もなかったのである
そもそも国ー県ー自治体があるとしても自治体は関与できなものでもあった
そこに御用科学者もいてもう何もできない、調べることもできない、鉄壁の権力で作られていた
そこにマスコミでも福島県のマスコミは何ら危険を知らせるとかなかったのである
それより原発推進でありそのために電事連から800億円がありそれが宣伝費として回っていたのである、これも巨大な想像できない金である
そして原発事故があったときマスコミ関係者の幹部が中国に招待されていたのである
そこに朝日新聞社も招待されていたのである
つまりこれだけの権力を持っている組織が原発の「安全神話」を作っていたのである
これは鉄壁の布陣であった、それを砕いたのはマスコミでも何でもない、津波だったのである、とてもこれだけの権力になったら人間では破壊できないものになっていたからである

●読売新聞社の正力松太郎が最初の原発推進者だった

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読売新聞の日本テレビ系が創価の宣伝をかなりしている、宣伝費が相当に入っている


そもそも原発は読売新聞社の正力松太郎がかかわり作られたのである

 正力は野望実現のために、当時の吉田茂首相やアメリカとの交渉に奔走した。しかし、正力はほどなく一つの結論にたどりつく。それは、野望を実現するためには自らが最高権力者、すなわち日本の首相になるしかない、というものだった。そして、正力は同じく当時将来が嘱望されていた原子力発電は、そのための強力なカードになると考えた。しかし正力の関心はあくまでマイクロ波通信網であり、原発そのものは正力にとってはどうでもいい存在だった。
 当初はアメリカも、弱小紙だった読売新聞を大新聞に育て上げた

何かマスコミとかその背後関係はわかりにくい、正力松太郎はCIAのスパイだったという
戦後日本を支配するためにそうなった、戦後はいづれにしろアメリカに負けたのだから
アメリカに従属する他なかったのである、だからアメリカの力を借りて読売新聞社と日本テレビを作り育てたのである
こういう裏があってもマスコミは原発事故後はそれを明らかにしていない
読売新聞社でもその創始者を批判したりしない、そしていかにも事故後は原発事故の避難者とかを助ける方に回って援助していると積極的に加担したとなる
それが矛盾していたのである、自分達の会社の非を知らせずに原発避難者に協力している地元の人達はそれを知らないのか批判もしなかったのである

マスコミもこうして利権にあづかっていたから原発の危険を知らせることもなかった
例えば潮とかの雑誌を出している創価の聖教新聞でもそれがマスコミで二番目くらいに多かったのである、環境保護となにか原発を表に出さないでうまく原発推進の広告を出していたのである
創価とはともかく権力を得ることしか頭にない、だから利権となればどんものもでも食いついてゆく貪欲なのである、それが危険でもなんでもかまわないのである
創価の雑誌でもまず広告費をとることだと発破をかけている
新聞とかテレビで一番大事なことは真実を知らせることではない、広告費をとることなのである、その最大の広告費をだしてくれのが電事連とかになる
その額があまりにも大きいからである、つまりマスコミはそもそも報道するだけで金がかかりすぎるからそうなる、社員の月給でも払わなければならない、新聞だったらいちいち一軒一軒配達しなければならない、新聞をするだけで金がかかりすぎるのである
それで福島民報では創価の聖教新聞を刷っているのである
ここからして今統一教会が責めているが創価を福島民報では責められないのである

つまり福島県のマスコミ自体が完全に政府であれ官僚であれとりこまれていた
だから原発の批判できなくなっていたのである
福島民報は県で50パーセントも出資もしている、県や政府の広報機関になっていたのである、今ではインタ−ネットで盛んにこうした既得権益を持つものを批判するようになった、ただ11年前の原発事故だとまだyoutubeとかは盛んでなかったようである
何か権力を持っている批判しにくいのである、最近なぜあからさまに統一教会問題でカルト教団が批判されてそのために創価でも批判される
それはやはり会員数も減り票も減り弱体化しているからたたくようになったのである
これからますます弱体化すればその悪は暴露されてゆく、渡部恒三でも現代の水戸黄門様とかメデアでもてはやされていたことでもわかる
でもその黄門様が悪徳代官でもあったとなる、そうなったのは津波の力でもあった
もう人間の力ではその悪を暴露などできなくなっていたのである



●いかなる報道機関にもメデアには中立はない

マスコミが矛盾しているのは政経東北でも盛んに原発の責任とか情報発信して批判している、でも政経東北自体が悪の権化ともなく渡部恒三を未だに持ちあげているのか?
ここに何か裏がありもともと資金も入ってきたためのなのか?
そのことは相双リテックの宣伝をしていたことでもわかる、その会社は除染の費用何十億を幹部が山分けしていたからである、つまり政経東北もまたその利権にあづがっていたのである
それで原発関係のことで記事にしているけど矛盾がある、自らが襟を正さなければ真実の報道もできないとなる
ただメデアには中立という意味があるけど中立でありえないのである
どんなメデアでも人でも中立であることはむずかしいのである、その中立でありえないのは必ず利権がかかわるからである、人間はやはり金に左右される、金をくれるならおめこぼしするとなる、また積極的に宣伝もするとなる、それは費用がかかりすぎるからであるもしインタ−ネットで報道するならプログなどでするならまたyoutubeでもするなら金はかからないのである、手間はかかるとしても金はかからない、すると中立でも真実の報道はできるのである、私自身がそれをしている、誰からも金などもらっていないからである別にもらわなくてもできるからしているのである
それは影響力もたいしてないから注目もされていないからだともなる
でも原発事故では現場にいた一人だからやはり報道するには有利だったのである
内情がある程度わかっているし自分自身とも深くかかわるものとなったからである

原発事故では報道もマスコミも批判された、確かなことは報道は報道するものによって必ず偏る、自分たちの有利なように報道する、それはいかにも中立を装うNHKでもそうである、NHKは相当に偏っているのである、原発事故でも津浪の被害者より原発事故の被害者の方を優先して報道した、その数も多いからかそうなった
そして地元の人でない人は津波の被害者と原発の被害者が同じ地域にいた
仮設住宅にも団地のような所にもいた、そしていわき市の方で暗に津波被害者が原発避難者に冷たいと言わせていた、それは津波被害者は原発避難者のように補償金をもらっていなかったからである、そこに不満があり仮設でも一緒にいても話すこともなかったとなっていたのである
でもなぜ原発避難者側に味方する報道をNHKはしたのか?
それは幹部達が協議して今話題なのは国民の関心が原発避難者にあるは見たかららしい
とにかくNHKは金には困らない、余っているとしても中立ではないのである
そもそも中立な報道機関はないのである、何かしら偏っているのである
個々人でも争っているとき双方の意見を聞かないと判断を誤る
何事賛成反対がある、だから一方だけを話させるとき不公平になり判断を誤るのである
だからかえって赤旗であれ聖教新聞であれ偏っていてもそういうものだとして見ている
でもNHKとかは他でも中立を装うから偽善にもなる、実際は中立ではないのである

今年も終わりになるが原発事故関係ではあまり書かなくなった
日本全国でも関心が薄れている、でもこの原発事故や津波の被害は世紀末的な大きな事件だった、だからこれは歴史的にも大きな事件であり後々まで追求される
そして真実が明らかにされる、その時権力を担ったものが責任があり追求される
権力を持つことは大きな責任をともなっている、現代ではその責任は金になる
金を多く持っている人は責任がある、一万には一万の責任があり十万には十万、百万には百万、千万には千万、一億には一億とか十億には十億とか責任が課せられているのであるそして悪事は隠ぺいできない、いつか暴露される、それには時間がかかる
一世紀とかかかるとか歴史だともう千年前のことでも悪事がようやく暴露ささて語られるとかなる、でもいづれにしろ悪事でも隠ぺいされたままにはならない、いつか何らかの切っ掛けで暴露される
その悪事も暴露するのがマスコミなのだけどそれが何の役目も果たさなかったのである
むしろ悪事を推進する方にもっないたのである、だからマスコミは信じられない、その権威は失墜した、インタ−ネットでも問題はあるが報道もマスコミだけではない何も権力もない人でも報道して批判している、突出していたマスコミの報道も水平化されたのであるだから独占権力だったマスコミは驚異となった、もう新聞を見ない、テレビも見ないとなるとその役割は終わったとまでなるからである
posted by 天華 at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2022年12月02日

大アマゾン 最後の秘境―NHKスペシャル (森林破壊と原住民の抵抗ー原発事故との比較)


大アマゾン 最後の秘境―NHKスペシャル

(森林破壊と原住民の抵抗ー原発事故との比較)

●原住民が守るアマゾンの森

しかし、農民は作物や家畜を育てるために森林を焼き払っていて、ボルソナロ大統領も先住民の意向を優先していない。

2019年に入って火災が急増している背景には、ブラジルのボルソナロ大統領の方針もある。大統領は、先住民よりも農民を支援しており、先住民の土地をこれ以上、保護が強化される先住民族保護区に新たに指定しない意向を示している。大統領は先住民を動物園に閉じ込められた動物にたとえる発言さえしている。


ブラジルは(中略)かつては穀物の輸入国でした。しかし、1980年代、日本も協力した農業開発により、ブラジルは大きく発展しました。熱帯地域で初めて、近代的穀物農業を実現させたのです。

弓矢とスマホ,アマゾンの先住民のテンペ族の知られざる生活

アマゾンの森が破壊されている、火事になるのは放火らしい、火事にして森を焼き払いそれを耕地にする、広大な土地に大豆とかを作る、それに日本の企業も応援している
輸入するために応援している
それで森を守るために抵抗している原住民がいる
でもその原住民がYIFIで衛星通信ができていて世界中に発信している
これも不思議である、原始時代から21世紀の文明と結びついているとなる
良くパソコンを操作できると思う、それだけの知能があるのが不思議だとなる

また黄金がとりに無法者が集まっている、そして原住民が反対するので銃撃している
これはまるで映画を見ているようである
まずアマゾンの広大さは知り得ようがない、そこに何があるのかもわからない
でもなぜこういう問題が起きたのか?

それは依然として森に原住民が原始時代のままに生活していたからである

これがポイントなのである、森を守るというときそこに動物とか植物しかなかったら
そういう抵抗は起きないのである、誰も反対する者がいないからである
そうなると根こそぎ森が破壊される、木材もあるから取り放題にもなる
そして貧乏な人達はどうしても生活しなければならないから森を残すより金になることを第一とする
環境保護といっても金にならないとそれだけではできないのである
だからこそ農地にもするし黄金でもとりにゆくのである
自然保護というときただそこで観光するというだけでは成り立たない、自然保護というとき自然の中で生活している人達がいて成り立つのである

●原発事故では農業、林業、漁業でも衰退して守る人がいなかった

これを原発事故と比べると興味深いとなる、なぜ原発が福島に作られたとか、原発で住めなくなったのか考察してきた、それもいろいろあり複雑である
ただ原発に反対する人達が福島県の地元にはほとんどいなかったのである
その理由はそもそも農民とかもちろん狩猟採集して生活している原住民となるのか縄文人となるのかそんなものはいない、でも農民はいたし漁師もいたのである
その割合は一割くらいであり少ないのである、何か田舎だと田畑で囲まれているから農業で暮らしているように見えるけど違っている
みんな会社員であり工場とか会社で働いているのである

戦前とか戦後十年くらいは農民が8割とか6割の時代があった

すると農業だと自然と密着している生活だから原発で汚染されるとなれば危険となり反対していたかもしれない、なぜなら放射性物質に空気でも水でも土でも水でも森の木でも汚染されたら生活できなくなるからである、その頃森林でも木材は国産であり外材でなかったからである

ではなぜ原発に地元の人が反対しなかったのか?

アマゾンの原住民のように生活していない、農民は確かに自然と密着して暮らしていたとはなる、漁師でもそうである、でも農業でも漁師でも金にならないからやりたくないとなっていた、後継ぎもいないとか言われた、それで農業をやるなと親に殴られた子もいた
その人は原発で働くようになったのである
そして知らなかったが烏崎とかでは漁港があるが火力発電所が建ち次に原発が作られた
漁業組合では補償金が入り原発御殿が建てられたとなっていた
そこで回りの人達がうらやましがっていたのである

烏崎だと火力発電所が建った時にも補償金をもらいそれは40年前頃でありヨ−ロッパに旅行していた人がいたのである、その頃飛行機代が高くて50万していたとかできない時代でもしていたのである、そして次に原発が建ちそこでも事故前でも事故後でも億の補償金をもらっていたとかなる
だから魚をとらなくても十分に豊かな暮らしができていたのである、事故後でも十分な補償金がもらえているから事故後にすぐに立派な家を建てたのである

もし漁業だけではそんな豊かな生活などできない、だからアマゾンの原住民とは比べようがない、ここの住民はすでに電気でもガスでも電気でも車をもって都会と同じ文明の恩恵にあづかった生活をしていたのである
でもアマゾンの原住民は原始時代と変わらない生活をしていたのである
だからこそ森が破壊されると生活できなくなるからこそ激しい抵抗になったのである
ここではそういう抵抗がなく金になるとういことでかえって積極的に原発を誘致したのである

●農業社会から工業社会の変化で自然と密着した生活が少数者になっていた

双葉とか大熊とは浜通りでは僻地とかなり出稼ぎ者が多いので地元で暮したいとなり原発を誘致したのである
ただもし戦前とか戦後まもなくとか農民中心の社会だったら原発で汚染されたら生活ができないと反対したかもしれない、いくら補償金をもらうとしてもやはり生活そのものができなくなるとかなると反対する、だから東電に生業を返せと検察に訴えて裁判して勝訴したとなる
でもその生業自体がこの辺では全国でもその比率は一割とかしかなくちなっていたのである

それで浪江の電気工事関係の人は回りの田んぼが草ぼうぼうになっていても関心がない
かえって補償金もらって良かったとか言っていたのである
別に食料なら外国からも入っているのだから困らないかである
そういう社会の変化の中で原発に反対する人もいない、積極的に地元でも誘致したとなる人間は利益になるとなれば血眼になる、殺人すらする、黄金を求めて無法者が集まるのもそうである、麻薬でもそうである、黄金となれば原住民を殺してまで得ようとするのであるだからこの辺で原発に反対したりしら地元の人に殺されかねない危険なものになっていたかもしれない、なぜなら反対する人がいなかったからである

その理由はやはり社会の変化にあったともなる、農業社会ましてや漁業でも規模が小さい特に浜通りは宮城県の十分の一くらいしか魚でもとれていなかったからである
すると補償金をもらった方がいいとなっていたのである
人間は自然保護とかいってもそこで生活するとなると自然保護は金にならないのだから
積極的にはならない、でも原発は金のなる木だったのである、黄金を産む玉手箱ともなっていたのである、だから他の原発がある所でも同じようにその利権が大きいから金が入り裕福になっていたのである

ともかくこのアマゾンの問題は何か世界の現代の縮図ともなっている
二酸化炭素を制限するとき森が必要だとなる、その象徴がアマゾンにもなるからである
そこに牛を飼い農業をするために森が破壊される、でもそこに住む者にとっては何か金になるものが必要でありそれを無碍に否定することもできないのである
そもそも人間の歴史が自然破壊にあった、農業自体が自然破壊であった
なぜなら焼畑農業は森を焼いて灰を肥料として成り立っていた原始的農業だったからである

つまり職業とは人間の業(カルマ)なのである、何らか自然を破壊しなければ生きていけないのである
アマゾンの原住民は自然を破壊することがない、そこに農業すらない、狩猟採集時代から進んでいなかっんたからである、農業は大きな文明であり進歩である
それがトラクターとか機械で広大なアマゾンでもその森が破壊することができるようになったからである、もし手斧暗いて森を破壊しようとしたらあれだけ広大な森を破壊できないからである

●山尾三省は農民になることで幸せを感じていた(郷(くに)に生きるとは

それで不思議なのは山尾三省なのである、この人は原始人にもどり農業をしようともした人である、文明に逆らってそれを屋久島で実践した人だとなる
それはアマゾンの原住民と似ているのである、現実にこの辺でそうして「部落」とか言ってそういう原始時代の生活をまねてしていた人達がいたからである
それで不思議と原発のことを批判していたのである
それは批判だけではない、自ら実践していたのである
農業の尊さとか自然に暮らすことの意義とかを詩にしていたのである
そういう人は今ではテレビで話題にする変人となりまたテレビで面白い風変わりな人として紹介される
でもそいいう人は時代が時代なら当たり前の人だったのである、だからめずらしくもないのである

彼が求めたのは理想の国は大きな国ではない、小さな国である、日本全国にある小国の地名がありそこがそういう場だとなる

奄美の郷(くに)
奄美の郷人(くにひと)
沖縄の郷
沖縄の郷人
アイヌの郷
アイヌの郷人
・・・・統治のない 郷(くに)
原子力発電所のない郷
核兵器のない郷


何万年も消えぬ
スリーマイルとチェルノブエリノブエリの灰を足下に踏み
三十三基の日本原子力発電所の炎を足下に踏み
なおも
なおも
人間を希望として
わたくしとして
より深く ただいるここに 在るほかない

山尾三省の不思議は常に原子力発電所を拒否するものとして書いていたが実際に原発がなくても生活はできていた
ただそうなるとまねはできない、パンが贅沢だとも言っていたからである
そんな生活を良しとする人はいない、むしろ田舎の人達の方が今は都会人と変わりない欲望を持っているし金が欲しいとなっている
でもなぜ山尾三省がこれほど田舎の生活に恋い焦がれ実践者になったのかとなる
田舎に住んでいる人でもこんなに憧れということはない、別にそれが日常だからである
この人はアマゾンに暮らす原始人に原住民になりたかった人だとなる
その原住民が現実にアマゾンにまだ生き残っているのである
そしてアマゾンを郷としてその森を聖なるものとして破壊されることに抵抗しているのである、それは部族全体でそうなっているから違っている
文明社会ではそういう人は変わり者でありそういう生活をむしろ否定してきたからこそ
原発が金になるということで積極的に誘致したからである

でも故郷に郷(くに)に住めなくなったとき蝋燭でも家族と一緒に故郷で暮らしたいというようにもなったのである、郷(くに)があってそこに住むことの価値を見出したとなる
人間は確かに科学技術は様々な恩恵をもたらした、でもまた失ったものもある
それが原発事故で自覚させられたのである
空気が土が水が森林が木材が・・・・汚染されたら住めないということである
原発がそういうふうになることを知り得ようがなかったのである
郷(くに)というのは本当はかけがえのないものだった、そこが生き死にの場でありアイディンティティの場になるからである
それは国家とか行政的単位ではなく国(くに)とは精神的な場でも代々継続する先祖とともに生きる場でもある、でもその国を大事に思うより金だとなったのが現代である
だからこそ東電に漁業関係者でもこの土地に住む人でも金になればいいとして積極的に誘致したのである

もっとパンでもなんでもうまいものが食べたい
もっといい車がほしい
立派な家が欲しい
とにかく金が欲しい・・・・

欲望がきりなくなったのが現代である、だから山尾三省の生活とは何だったのだろうとなる、それは現代文明へのアンチテーゼとなった、その生活そのものがそうである
この人は何なのと理解しかねるとなったのである
農民でも漁師でもそんなこと思っていないからである、むしろ農業はしたくない、漁業でもしたくないと後継ぎがいなくなっていたからである
でもこれほど切実に農民になりたい自然の中で暮らしたいと思っている人がいて実践したということが重い意味がもっているともなる

現代社会でそれが奇異なものとなったこそ文明自体が問われているともなる
なぜならそもそもそういう生活が常民をしてきたからである
確かに貧乏ではあったがそれでも人は生きていたしその生活は継続されてきたのである
なぜなら不思議にその時飯館村でも一万の人口があったとか農村山村に人口が多かったのである、引揚者は開拓に入ったにしろそれだけの人口を養っていたのである
今はどこでも半減しているし限界集落にもなっているく
山尾三省がこの辺に飯館村とかに生活していたら記念になるものとなった
他にも部落とか山村の生活をあえてしていた若い人もいたが撤退したのである
いづれにしろ山尾三省の生活とか思想に共感する人は農民でも漁民でもいない
パンも食べれないのかそんな生活嫌だとなるからである




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