2018年07月13日

無関心が原発事故の原因にもなった (「安全神話」が無関心にさせて作られた)


無関心が原発事故の原因にもなった

(「安全神話」が無関心にさせて作られた)

原発に関しては 「見ざる、聞かざる、言わざる」だった
見ようともできない、聞くこともできなし言うこともできない
「安全神話」が政治家、官僚、東電とマスコミが一体になり強力に作られていたからである。
原発に勤めていた人も「安全」だと言っていたから常に脅迫的に地元でも安全を言っていたのである、だからそうして原発で働いている人も多いからそういう人たちが身近に回りにいるから地元でも何も言えないし聞くこともできない

自分の住んでいる場所はちょうど30キロ圏外であった、でも30キロ圏外でも放射能の影響はあった、でも遠いから関係ないと関心もなかったのである。
それより福島県全体で関心をもたされなかったのである
それで今になって関心をもたないということが怖いことになることを知った

無関心・無視はやがて罪になり自分に襲い掛かる『なぜナチスを阻止できなかったのか−マルチン・ニーメラー牧師の告白−』

はじめにやつらは共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげなかった。 

つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。 

そして、やつらが私に襲いかかったとき、私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。 

原発も同じだったのである。関心をもったのは補償金とかそこで働くと金になることしかなかったのである。また関心をもたされなかったのである
誰も警告もしないしただ「安全神話」になり日本の技術者は優秀だから日本では事故にならないとかなっていた、それは津波でもそうである、スマトラであれだけの被害があったのに日本ではスマトラなどでは津波のことわからないからあんなに被害があった
日本だったあんなふうにはならないとか言っていたのである。

国家規模になるとわかりにくいが自治体はいろいろなことで直接関係してくる
だから政治を学ぶには適している、具体的に身近に利害にも関係してわかりやすいのである。
ただ南相馬市でも原発にはほとんどみんな無関心だったのである。
なぜなら東北電力で小高に原発を作られることでも無関心だった、知らない人すらいた、自分も知らなかったのである。ただ家で庭を作ってくれる大工さんが原発できるから景気良くなるよと言っていてそうなのかと思った
でも小高にできるということはかなり危機意識をもつ、いくら原子力のことを知らなくても小高は近いからである。わからないにしても不気味だとなる

ともかく漁業権を東電に売り渡して土地を確保してそれで知事の許可で原発が建てられるということが今になると信じられないとなる
これだけの広範囲な被害になるのが原発事故だという認識がないからそうなった
そんなことを教えられらないそうなった
第一東電では事故の時、スピ−ディで放射能を計ることができた、風向きでもそれで計りどこが放射線量が高くなるか知っていた

しかしそれを浪江町とかに知らせないで浪江町民は一番放射線量が高い対馬に町長の命令で避難したのである。
そのことを教えたのはアメリカだったのである、つまり日本は事故になっても何ら対策できない、アメリカに教えられているだけだったのである。
それで「安全神話」が作られていたのだからそれは権力によって作られたものだった
これは共産主義国家と同じだったのである。
中国の最大の問題は共産党一党独裁であり習近平にさからえば刑務所送りとなる
北朝鮮ではただちに銃殺になる、それと原発に関しては似たようなものだったのである。
民主主義はとにかく賛成と反対がある、一人でも反対する者があれば一応その意見を聞く言わせるというシステムである、なぜなら多数がすべて正しいとはならないからである
反対でもその意見を言わせて判断する,それだけも民主主義になりうる
それすら原発ではなかったのである。
反対意見を聞けばそういうこともあるのかと思う人がいるからだ
でも全くそういう反対意見も言わせないとなるともう民主主義はない、中国や北朝鮮の独裁国家と同じなのである。原発に関してはそうなっていたのである。

それで何もなければいいが事故になり住めなくなったりナチスのように大被害になる
その死者数も膨大なものになるから怖いのである。
ともかく情報でも権力があるものに握られて知らされない、第一権力をもっているのが官僚であり警察でもそうだかそういう人たちとかかわるとき簡単に情報も得られない
それで権力に従うだけだとなる
福島民報は官報と同じである、県で50パ―セント出資しているからである
そういうところに完全に国とか官僚の言いなりになるだけなのであり全く期待できないのである。
だからマスコミとかNHKすらあてにならないのである
みんな「安全神話」に加担したからである、科学者は技術者は御用学者と化していたからである 

いづれにしろ無関心というのは怖いと自分でも思った、原発に無関心だったからである
また無関心にさせられていたともなる、そういうなかで「安全神話」は形成されていた誰も危険を言うものはいなくなっていた、議論すらしない、議論も大事だと思ったが反対を言うこともできないのだからどうにもならなかったのである。
確かに危険を言う人がいたがそれが何か「安全神話」の前に冗談なのか奇異に見られていたことでもわかる,今になると原発は東京に建てるのが筋だったのである
危険だと思っていたからフクシマに建てたのである。
それだけ「安全」というのなら東京に建てても良かった、送電線も作らなくてもいいからコスト面でも良かった、それをしないのは東電でも政府でも危険と思っていたからであるそういうことを議論にすらならなかったのである。
議論もできなかったのである。ただ一方的な安全神話だけが権力によって形成されていただけなのである。

ともかくこの辺は民主主義が何か問われたし自治体とは何かも問われた、政治にかかわらざるをえない場所になった、それは具体的に見えるものとしてかかわらざるをえなくなったのである。
漁業権に疑問を持った人もいなかったし無関心だった,でも今になるとそんな権利があるのとかなる、ただまず漁業権がどうなんだとか言うと漁業組合の人たちににらまれるから事故前はまず言うことすらできない、そこだって権力をもっているからである。
今だから言えるようになったのである。
結局情報も権力によって左右される、操作される、そしてそれが大事故になり後で真実が暴露されるとなるのが人間社会であり人間の歴史だともなってしまう
ともかく無関心だということが大きな罪であり大きな事故につながることは確かだったのである。
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2018年07月12日

原町の菊池ス−パ−の回りの豪邸は船主 (庭だけで1千万以上かかっている?)


原町の菊池ス−パ−の回りの豪邸は船主

(庭だけで1千万以上かかっている?)

菊池ス−パ−の回りの立派な家は庭が広くそこに置かれた石が大きい
だから石が好きだから自分は感心していつも見ていた
でも今日その家が船主の家であることが分かった
車を見たらその中に・・・丸とか書いてあったからだ
これは船の名前だからである。

それでなるほどこれだけの庭と家を作れるのだなと納得した
この辺では新築の家が次から次と建った、そしてそこはニュータウンとなった
その家を見ていると2500万タイプの建売住宅と5000万クラスに見えるもものがある
でも庭だけであそこう見たら二三千万かもしれない、石が意外と高いからである
一千万は軽く越えているだろう

ただ鹿島区にはあれだたけ立派な庭はない,それなりの家はあるが庭にはあんな大きな石はない、ただそこでも船主の家がある、それはやはり車で・・・・丸と書いたものがあったからだ、ただニュータウンには鹿島区の人が建てた人もいるがどうも外部から来た人たちが建てたらしい、磯部の人が建てたは聞いた、どういう人が住んでいるのかわからないのだ、他にも小高とか浪江でも双葉とかでも建てているかもしれない
補償金を一億とか軽くもらっている人がいるからだ
だからあれだけの庭を作れるとやはり船主だったのだと納得した

とにかく船主とか漁業権の問題は法律的にどうなっているのか疑問である
なにかそこを追求していない、なぜ漁業権を東電に売り渡すことができたのか?
そして事故前も多額の補償金をもらえたのかというのも納得いかないのである。
それで原発御殿が建ち回りからうらましがられていて不満があった
それは何か漁業権というのが本来の権利ではない、東電に売るための漁業組合の利権化していたのである。
そしてそもそも漁業権は資源の保護とかのための権利であり法である
東電に売り渡して多額の補償金を得るためのものではなかった
なぜそんな権利があったのかということ行使できたのかも納得いかないのである
原発は漁業権を得ることと原発を建てる土地を確保するだけで知事の許可で建てられたというのも信じられないとなる

なぜこういうようになったかというと事故が起きてそうなった、事故が起きなければとやかくあまり言わないしわからなかったのである。
ここに全く民主主義が機能していなかったのである。
原発を建てるとき漁業権が漁業組合とか船主のものでなければ自治体のものだったらそれは自治体に属する人たちの賛同が必要になる
議会でも議論することが必要になる、そこには賛否両論があるがともかく議論は議会でする、そして最後は市長選となり原発賛成と反対の政策を主張して決着する
その手続きを踏むことが民主主義なのである。
それがないことは民主主義が全く機能していなかったのである

ただ漁業組合の漁業権が自治体と別に設定されていて自治体から認可されていたわけでもない、そして東電に漁業権を売り渡す権利があったかどうかもわからないのである。
それはいろいろな解釈があったとしてもそれが正当な権利として認められるかは疑問だったのである。一つの過去からの慣習してあったのでありだからといって東電に売り渡す権利があったとは思えないのである。

別に金持ちがいてもは正当なものであれば回りでは何も言わない、それは地元に貢献したとか共同体で認めるものとして金持ちもいるからだ
例えば500万かけて石を組んだ庭を作った人がいた
その人は歩合制でトラック一台分でいくらとかもらっていた、その人は倍もそうして荷物を運んで金をためて若い時に家を建てて庭を作ったのである
そういう人には別に誰も文句は言わないのである。
パソコンを発明したビルゲイツとかジョブスとかそういう人がけた外れの金持ちになってもアメリカにそれだけ貢献したのだから誰も言わないし認められているのである。

でも船主とか漁業組合で漁業権を盾にして金持ちになったとか原発の補償金で金持ちになったというのは納得いかないとなる、他でも被害した人たちがいても大方は何にももらっていない、なぜそれほど手厚くするのかということでもめたからである。
原発御殿から原発長者になったと人がいてそれが回りから承認されるのか?
それは国民からの眼もあり許されるのか?なぜならそれは国民の税金も入っているからである。
相馬市の総合病院でも特等室に入って家を建てると言っていた人もやはりそういう船主だったのである。
請戸の人だったからである。

まず船主とか漁業組合に加入している人でも生活には困らない、魚が一匹もとれなくても困らない、事故前もそうだったし事故後も手厚い補償金をもらいつづける
それは廃炉までとかなるし多分30年とかも継続されるのである。
だからこそ生活は保証されているから豪邸を建てることができたのである。
原町だと鹿島より地価が高い,でも原町だとあれだけの家を建てても目立たないかもしれない、原町は広いし家も多いしいろいろな家が建っているからである

いづれにしろ金になればいいとかしか今は考えなけどそれだけで社会がみんなが認めるのか?そうはならない、自分も石が好きだから庭を見て感心するけど認めることができないその庭でも汚れたものに見えてしまうのである。
この世の中金の世界になっても金ですべてができる通るとはならないのである
回りから共同体からの承認が必要なのである。
共同体というとき大きくは国家でもそうだし小さいと村単位にもある
そういう共同体の承認があって金も許容される、それがなくなると世の中に不満が鬱積していつか爆発する、格差社会と階級社会はだから金持ちにとっては非常に危険になる
下層階級化した人々が襲うようになる、一揆のようなことが起きるからである

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2018年07月10日

土着性が失わた現代の生活 (万葉集の歌から学ぶー原発事故の原因も)


土着性が失わた現代の生活

(万葉集の歌から学ぶー原発事故の原因も)

あをによし 奈良の山なる 黒木もち造れる室(むろ)は 座(ま)せど飽かぬかも
  〜聖武天皇 『万葉集』 巻8-1638
  
黒木取り草(かや)も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず ?大伴家持

人間の生活の充実感というとき金があれば何でも満たされると今ではなるが本当の充実感は得られない、都会だったら田舎でも今は買う暮らしである
何を買うかが暮らしである、その買うということがグローバルになる
例えば庭で葡萄か何か果実でも野菜でも育てわずかでもなるときそこに充実感を覚える
エデンの園ではエデンの園の中に果実でも木の実でもふんだんにあった
それは遠くの外から金で得るものではなかったのである。

それで飯館村の人が山菜などとって暮らしていたがそれができなくなりすべて金で買う生活になった時不安になるというのもわかる
何か生活の充実感がなくなる、それは土着的生活がなくなったからである。
今なぜ故郷とかに愛着がなくなったのか、それはすべて金で買う生活をするようになったこともある、もし農家が8割とかの社会だったらその土地でとれたもので生活していれば
親からその土地でとれたものを与えられて生活していれば親のありがたみとかその土地のありがたみとかを実感して暮らしているから自ずと愛郷心が生まれる
そしてみんなが農業していれば同じ心情になるから連帯感が生まれる

黒木取り草(かや)も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず

一方でその時代でも平城宮とか都が生まれるとき農業は軽んじられてきていた
現代は農業や漁業や林業は軽んじられていた、それに従事する人は一割にも満たない
たから親でも農業などやるなとか跡継ぎいなくなっていた
田舎でも土着的生活をしている人は少ないのである。
商業的工業的生活しているのが現実でありみんな会社員なのである。
サラリーマンなのである。だから土着性が薄れている
すると愛郷心でも起きにくい、物は金で買うことでありその土地のもので生活するということでもないからである。

家を建てるにしてもそうである、外材であり大会社が一週間くらいで家を組み立てるだけである、昔は半年くらい普請にかかっていたから一大事業になっていた
大工も土地の人でありその材料もその土地から提供されていたのである
自分の家も柱を橲原(じさばら)からとれたもので作ったといつも姉が自慢していたのである。すると橲原と結びつく土着的なものしとて自覚する
農業でも右田の人は馬車で橲原に入会権として土地をもっていて草を刈り運び肥料にしていた、ここでも右田と橲原は山と結びついていた
水でも山から水が流れてくるから田んぼは山と結びつき葉山(端山、羽山・・・)信仰が生まれた、羽山とは低山なのである。それは田んぼと関係して生まれた稲作と関係して生まれた信仰である。

そういうふうにその土地にあるものをできる限り活かして生活していたとき故郷はありえた、ふるさとの山はありがたきかなという心情で啄木でも一致していたのである
それが失われたときまたふるさとというものはただ一時的に滞在するような感覚になる
それで原発事故で簡単に町でも村でももぬけのからのように人がいなくなったのである。もちろん放射能の影響のためだともなるがそんな簡単に故郷を離れるということはやはりそういう社会になっていたからだともなる

ともかくこの歌のいいのは何かその土地に生活することの充実感が満ちている
それに共感したのは自分の家がそういうふうに作られたことで感じた
自分の家でも広い八畳の間がありそこで寝ていると家は安らぎの場となる
家を建てるその土地に家があるということはやはり土着したことなのである。
その土地に根を張ることなのである、そして家というのは実は人間の寿命より長い
人が死んでも家は残る、家の方がつくづく寿命が長い、古い家は百年とか二百年とかもっている、外国だと石とかなると千年でも存続し続ける
人間の寿命は短い、家の寿命の方が長いから遺産として残るのである。

だから家は一代で終わらない、万代(よろずよ)までとなっている、そのように家の寿命が長いことで充実感がある、そこに住んで飽きることがないとなる
しかし人間は死ぬ、しかしその家は残っているのである、二代目三代目として住んでいるだから家は一代だけではない代々受け継がれるものとして残る
ただ現代の家はそうした重みはなく何か一時的組み立てて後は分解するという感じになっている、土地の材料でもないし土地の大工もかかわらないのである。
そこにどうしてもその土地に暮らす充実感が得られないのである。
そういうことで原発事故を契機に簡単に離散して分散して帰らなくなり誰も住まない土地となってしまったのかとも考察したのである

海でも魚をとっても暮らせない、農業しても生活できない、林業は外材であり金にならない、では何で暮らせばいいのか?
原発がいい、それで漁業者は漁業権を東電に売り渡し金にした、農業でももともと金にならないから農業だけはやるなと子供が親に殴られたという話も極端でもそうなっていたのである。その子供は原発や建築現場で働いたからである。
そして原発事故で漁業も農業も林業も一番痛手受けた、でも前々らかそういう一次産業は金にならないとなり誰も熱心にその生業にたずさわろうとはしなかった
それで生業を返せと抗議するとき矛盾しているものを感じたのである。
あなたたちはどれだけその生業を大事にしてきましたか?
なんとかその生業をやめて金にしようとすることしか考えていなかったでしょう
それを今になって生業を返せというときそれはやはり補償金を欲しいしかない
ちょうどこの際これを口実に金を東電とか政府からむしとればいいとさえ極端になればなる、金をもらうだけもらう、それを堂々と主張できるともなる

人間はともかく何か矛盾した存在なのである。お前は何なのだ、ただ金があるからのんびりとしている、風流とかで旅したりしているが農業とか漁業とかの苦しみをわからない
そうしてし必ず人は責められるところがある、そして矛盾してくるのである
だから三野混沌などは極貧のなかで農業してきたのだからそういうことはない
でも山尾三省になると何か貧乏を売り物にしているというふうに見られるのである
パンが贅沢だとなれば現代生活では何なのだとなるからだ
どうしても共感するものがあっても現代では受け入れられないのである。
三野混沌になるとそういうものではない、農民はそうして生きたのでありリアリティがありその言葉も重いものとなるるのである。
ただそんな厳しいことを習う人は現代では一人も農民ですらありえないのである
それだけの時代の差が生まれてしまったのである。
逆にわずかな土地にしばりつけられて奴隷のように働くしかないとも見れるのである。
農業でも過酷でありそこから脱するために苦労してきたのが人間だともなるからだ
ただ先人の求め苦労したことから現代を対比させて学ぶということは常に必要なのである現代をしるためには歴史を知らねばならないとなる、歴史から学ばねばならないとなるのである。

精神的損害は金では賠償できない (原発事故でも犯罪でも他でも同じ)

三野混沌の土着的生活が現代に問うもの (原発事故で故郷まで失ったものへの教訓)

我ながら自分の文章を読んで感心しているのも不思議である。
ここから発展して続編として書いていることがわかる
ただ自分の書いたものでも忘れているのである。

われわれの文化を悩ませる、「駆り立てる衝動」は、現代にとどまることへの躊躇となって現れる。より多くを求め、よりよくなるために過去を捨てていかなければならないわれわれには落ち着きだけではなく、根もない、われわれは同じ場所にとどまってはならないのである。それは職業や生活水準だけのことではない、家族や共同体さえも知らぬ間にだが確実にわれわれがとどまってはならない場所になりつつある
上向きの社会移動性とは単に地位的、階級的、物質的な上方移動を意味するのではない、それは地理的な離別、すなわち両親の価値観や趣味からも遠ざかってゆくことも意味する。(豊かさの貧困ーポール・L・ワクテル)

この引用文はなるほどと再確認した、

地理的な離別、すなわち両親の価値観や趣味からも遠ざかってゆくことも意味する

まさに三野混沌とかの親や祖父母の価値観など受け継ぐ人はいないなのである。
ただ豊かさを求めて金だけを求める価値を求める社会になっているからだ
だからこそこんなに簡単に町でも村でも解体したともとれる
どうしても放射能だけの影響だけこんな簡単に町とか村が解体して荒地と化することが考えられないからである。
現代文明は土着性の失った社会であるから他でもこういうことが何かをきっかけに起こるのではないか?
明治でも三陸津波でも一万人死んだとかあるがその後もそこで漁業して人々は暮らしていた、なぜなら土着した生活だからそこを離れて生活しえようがなかったから危険な港の近くで便利だから生活をつづけたのである。
結果的にはそうして津波の被害があっても元の状態に戻ったということがあるからだ

そしてなぜ原発事故では老人だけが取り残されて若い人が流出したのか?
放射能のためだとなるがそこに若い世代と老人の断絶があったからかもしれない、そもそも今の老人の親の価値観を受け継いでいる人はいない,三野混沌などの言葉など知る人もいないし伝えてもいないだろう
ただ金を求めて原発を積極的に誘致したのである。
結果として今度は金になり豊かになっても原発事故で今度はその親が子供から捨てられたともなる
でも子供は実は原発て親が働いて豊かな暮らしをしたとい矛盾がある
そして親を故郷に残して捨てたというのもまたそうしたカルマがやがてカルマがめぐってくて苦しむかもしれない
カルマの法則が常に人間社会には適用されるのである。カルマから人間は逃れられないのである。
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2018年07月09日

なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男. (東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


 なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男.

(東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


東京電力 は 26 日、 中央省庁 や 地方自治体 など 役人 OB の 天下り を 51 人 受け入れ て いる と 明らか に し た。 内訳 は 嘱託 が 48 人、 顧問 3 人。 警察 OB が 32 人 と 最も 多く、 海上保安庁 出身 も 7 人 いる と いう。


前掲 ニュース で 東京電力 に 警察 OB が 32 人 いる と 報道 さ れ て い ます。 東京電力 の グループ 会社( 約 100 社) も 含めれ ば、 さらに 大勢 の 警察官 が 天下り し て い ます。 全国 の 電力 会社 でも 同じ よう な 状況 です。   関西電力 の グループ 会社 に「 きんでん」 という のが あり ます。 電力 インフラ 設備 の 工事 を する 会社 で、 私 の 元 同僚 を はじめ、 警察官 が 何人 も 天下り し て い ます。


警察 を 退職 すれ ば、 年金 が 月額 20 万 〜 30 万 円 支給 さ れ ます。 そもそも、 きちんと 人生設計 を し て い て、 見栄 を 張ら ない 生活 を し て い たら、 不労所得 の よう な 天下り は 必要 ない はず です。

 しかし、 報道 さ れ なかっ た ん です。   事件 でも 事故 でも、 日々、 マスコミ は 警察 から 情報 を もらっ て い ます それ を 止め られ たら、 商売 あがっ たり です。 だから、 基本 的 に 警察 を 批判 する 報道 は でき ない と 考え て ください。 

警察は巨大な実質的力を行使できる力をもっている武装暴力組織である。権力とは何なのか?それが常に自分の課題になった
なぜならカルト宗教団体でも権力を追求している、すると最も権力があるのは実質的権力を持っているのは警察組織にゆきつくのである。だから警察権力を動かせばなんでもできるとまでなる
確かに法律とかがあり勝手にできないことはあってもこの元警察官が警察官が犯罪しているのが日常的だという
それで正義感の強い警察官は自殺するのだという、若い警官が自殺したとかあるのはそのためなのだろうか?
それは警察組織を守るために闇に葬られるという

原発事故がどうして起きたのか?なぜフクシマ原発が作られたのか?
そういうことを追求するとその原因も複合的である、一つにはならない、だから文明そのもののが原因しているとも考察した
ただここに追求していけば原発は国の権力であれあらゆる権力がかかわっていたのである。
そもそもなぜこんなに東電に天下りしているのか?
警察権力が東電や政府の下僕として使われていたのかとまでなる、まず警察となれば庶民でもみんな恐れている、自分も関わりたくないので充てる。
警察とは誰もかかわりたくないからだ、マスコミすら警察から情報を得ているから批判する報道はできないと言っている
マスコミが朝日新聞社でも原発には反対したり報道できなかった

原発の「安全神話」はこうして国家権力であれ様々な組織権力で作られたのである。電事連があるとしたらそれは組合であり原発推進だからその組合には共産党系だって参加しているとしたら野党すら反対できない構造になっていたのである。
原発に反対することはもう不可能になっていたのである。
要するに原発というのは想像を絶する巨大利権の塊りだったのである。
それは原発事故以後でもそうである、巨大ゼネコンに除染とかで何兆円とかの金がつぎこまれる,その金を賠償金にあてた方がいいとも思った、補償金にしてもこんなに莫大なものとなる、そういう巨大な金を動くということに驚いた
百円とか千円の金勘定しかできないものにとっては想像を絶するものだったのである。
東電自体が子会社がありその利権も巨大なものだったのである。

政治家+官僚(検察警察)+マスコミ+東電+電事連(組合)とかの合体した権力が一体となっていたのである。
こういうものにもはや反対も批判もできない構造になっていたのである。
民主主義社会は国民が主権者であり権力は国民のものだというシステムなのだけど実質の権力は官僚機構にあり中でも警察は武装組織であり一番権力の中枢にある,検察や警察を監視したり裁いたりできないからである。
本当は国民が検察や警察を監視したりすることがあって正常に機能する、でもそれができない構造になっているのである。
庶民でも警察は一番怖がっているからである。自衛隊は日常的にはかかわらない、警察は交通事故でもなんでも庶民の生活に深くかかわって存在して権力を振るう立場にあるからだ
警察は庶民を常に監視できる立場にあるからだ
だからカルト教団でもオウムでも警察に会員を入れるとかする、創価でも警察を抑えようと会員を警官にしようとしたりする
権力を操作しようとしたら選挙で議員を増やせばいいともならない、実質の権力は検察や警察がもっているともなるからだ 

そして巨大な権力と権力は結びつく、警察組織が暴力団から上納金のようなものを巻き上げているというときもそうなのだろう
暴力団といっても警察組織には頭があがらないからだ、警察を動かせることは一番大きな権力になる
ただ庶民は警察組織のことはわからない、巨大な組織のことはわからない、それらがどういうふうに動いているのか?
庶民はそうした巨大な警察権力とはかかわりたくない、だから警察に反抗するようなことはしないのである。
ただなぜ原発事故が起きてこんな悲惨な結果になったのかと追及してゆくと何かこうして警察までかかわっていたのかとなる
その証拠がなぜ検察であれ警察であれ海上保安庁まで天下りしていたのかということである。
そもそも東電と海上保安庁がどんな関係にあるのか?これも不可解なのである

原発事故は原因が一つではないにしろこうして巨大組織権力が結託して起こしたものである。
「安全神話」はこうした巨大権力が結託して作られたのである。
これに反対したり批判したものはどうなるのか?
検察でも警察でもかかわるとしたらどうなるのか?
反対して批判する者は公安とか警察の監視に置かれて何でもいいから犯罪者にされて捕らえられとまでなる
実際はそうなっていたのである、その結果としてとりかえしのつかない原発事故となり故郷を失い住むことすらできなくなったのである。その責任者は誰なのか?それは地元の人にあったとなるがやはりこうした巨大権力が結託した犯罪だから誰も罰することはできない,ただ津波がそれを明らかにして罰したともなると私は追求したのである。

人間社会でもこうしてもう罰することはできないものがある
それで天が神が罰せなければもうどうにもならないということがある
原発にはアメリカもかかわっていたとすれば背後にアメリカがあるとしたらまたもう反対は不可能である
原発はそういうものとして作られた、それが津波で崩壊したのである。
とすると津波は人間の悪を正すものだったという見方を出てくるのである。
いづれにしろ戦争であれ人間が個々の悪ではない、国家の悪とか人間社会で正すことはできない、それでこの世の滅びが最後に来る最後の審判が来る、この世そのものが神によって罰せられる裁かれるのである
そもそも検察とか警察とかも悪だというときどうにもならないのである。罰することも正すこともできないのである。

利権ばかり追求する巨大組織会社により歪められる

 (権利はrightであり日本にも中国にもその意味はない)
そこに人間の組織の限界がありそれが原発事故につながったのである。


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2018年07月01日

小規模漁業と農業の崩壊 (原発事故で漁業権の矛盾が露呈された)


小規模漁業と農業の崩壊

(原発事故で漁業権の矛盾が露呈された)
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管理の分断化と規制の弱体化は、最も身近にある海岸線においてでさえ、共通した課題となっています。そしてその海岸線を越えたところにある公海(海域の70%に相当し、国の管轄を超えて毎年11万トンもの魚が収穫される海域)は「未開拓」のままです。

公海の管理がなされていないという事実は、トロール漁や他の破壊的な漁業手法による、持続”不可能”な搾取を可能にしてしまいます。10億人以上の人々が、魚介類を主要なタンパク源としており、沿岸部に住んでいる数百万人もの人々の食料は、彼らの地域の漁業に完全に依存しています。

しかしながら、破壊的な漁業が原因でそれら沿岸地域の漁業は減少し続けており、地元の人々は食料と生きる術を他で探すことを強いられています。これは既に西アフリカで起こっており、「ヨーロッパへの不法移民」という前代未聞の形で、沿岸漁業が崩壊した結果として現れています。

 Okineの夫はアックラ沿岸の小規模漁業に従事する数千人の漁師のうちの一人だ。彼らは沖合いで操業する近代的な外国漁船にはとてもかなわないのだ。
ジェームスタウンの漁民集落の頭のAto Sartohは「多くの仲間が犯罪やおかしな仕事に手を染めた、政府や関係機関が, 我々を見捨てているからだ」とIRINに語る。

弱い立場の、零細漁民の立場に配慮することこそが「漁業の民主化」であって、漁協の利益確保のために、漁民の営業を圧迫することは「民主化」への逆行です。
☆ 漁民あっての漁協であって、漁協あっての漁民ではない。
主客の転倒は、お国のための滅私奉公と同様の全体主義的発想ではないでしょうか。



海は理解しにくい、海は境界がない、海をまず所有するということになじまない、土地だと境界を作りやすいし土地でも国として所有できる、海は所有しにくいのである
だから公海の方が多くそこで自由にどこの国でも魚をとっている
それを可能にしたしのが技術の発展だったのである
社会を変えるのが技術だということは歴史で示されてきた
原発事故も技術の発展で起きたことである。

江戸時代でも戦前までも基本的には日本でも自給自足地産地消が基本的な生活であり地元密着型である、その土地からの養分で生きている植物とにていたのである。
だから零細な漁民がいて漁港が日本の海をとりまき点々とあった
それは沿岸漁業であり遠くにはいかないが遠洋漁業とも発展した

漁業というのもその土地に根ざしてあったのはその土地でしか暮らせない、技術がないから暮らせないのである。
でも技術が発展するとそうした小規模の漁業でも農業でも破壊されるのである。
点々と地域に根ざした漁業より大規模な資本と技術で大きな船で大量に魚をとる
遠洋漁業もする方が金になるとなる、小規模な漁業は効率的でないとなる
それは小規模農業が成り立たなくなるのと似ているのである

技術の発展はいいように見えてもまたその反動がある,悪い面を必ずもたらすのである
だから何か技術の発展がなんでもいいように見えても必ず悪い面をもたらすから本当はそれも考慮しなければならないのだが人間はしない、技術はどんな分野でも全面的に肯定されるし推進することを要求されるのである。
核の開発などでも発明などでもそもそもしない方が良かったという判断もありえたが人間はそういうことをしないのである

この漁業の問題も技術の発展と関係していた、大型の船が根こそぎ魚をとり魚が減るということもそうである、技術の発展がなければこうはならなかった
そして海には境界がないから余計にそうなったのである。
つまり地域に根ざした零細な漁業でも資本主義社会では成り立たなくなる
大きな資本で会社を作り大型の船で大量に魚をとる方式になる
農業でも大規模農業しか成り立たなくる、零細な農民はすでに田でも委託している
田舎が農民から成り立っているのかとなると今はそうではない、一割にも満たないのが農家でありそこで成り立つのはトマトをハウスで作るとか花を作るとか果物を梨を作るかとなる、この辺では梨農家は農家として成り立っているのである

漁業でも小規模な零細漁民は後継者がいないとか成り立たなくなっていたのである。
ただわからなかったことはこの辺では港のある所に原発御殿が建っていた
漁業権がありそれを東電に売り渡して補償金をもらっていたからである。
だから別に魚をとれなくてもいい生活ができていたのである。
そして矛盾しているのは原発で汚染水がとまらないと漁業組合が抗議する、すると補償金が増える、だから実際はもっと汚染水を出してくれとまでなるとまで言える
つまり漁業組合でも原発事故でも金には困らないし真っ先に近くでも新築の家を建てた
金には困らないから立派な家を建てたのである。
それは避難区域の人がいわき市に2万人も避難して次々に新しい家を建てたのとにている
そして家の前の海にも権利があるとして主張して補償金をもらおうとしていたのである。

NHKで新地の漁民のことを放送していたが魚が放射能汚染で売れないとかなんとか同情していたがそれがしらじらしいとなる
漁業組合では別に魚がとれなくても補償金がもらえる、それも廃炉まで30年とかなると長いのである。ほかの人は確かに補償金をもらったがすでに打ち切られているからだ
これも元を正せば技術の発展の結果として起きたことである
核の技術がありそれが地域を根こそぎ破壊するようにもなったのである。
でも漁業権というけどそれはもともと漁民がその土地で暮らせるための権利である
東電とかに売る権利などなかったのである。
それを法律的に見たらそんな権利がないのである。
そういう権利が漁業権ではないからだ、だから今になるとなぜそんな権利を漁業組合がもって東電に売り渡したのかと怒りにもなる
それは権利の乱用だったのである。
NHKはいい放送してもここでも真実を報道していない
ただ報道するときもし自分のようなことを報道したら誰も取材してくれないのである

でもNHKの怖さは見る人が多いからそうなのかとなってしまうことである
そのことが誤解を生み危険なものとなる、真実が報道されないことは原発事故につながったからである。「安全神話」が作られて事故につながったからである。
問題は漁業組合だけに漁業権があるとしてそれを乱用されたことである
自治体がその漁業権をもっていたら東電でも政府にノーと言えたからである。
漁業権は自治体のものであって漁民のものではない、そうした権利は時代とともに変わるのである。

法律はルールは絶対ではない、サッカーでフェアプレーの差で日本が最後は攻撃しないでも買ったけどそれこそフェアプレーではなかったという批判にさらされた
これもルールを作ったのはいいが乱用された例である
法律とルールは絶対的なものではない、時と場合によっても変わる
それは警察が一方的に職務質問するのもそうである。時と場合によるがそれも無視されるのである。

いづれにしろ船主などはあまりにも優遇されていた、権利が濫用されていたのである。
ただ大きな視点で見れば技術の発展が社会を変える,技術は常に肯定されるからそれをとめることはできない、零細漁業とか零細農業は資本主義社会では破壊される
つまり巨大会社組織となりイオンが進出して小商店がつぶれてシャッター通りになったとかそういう時代の流れがあり漁業でも農業でも小規模なものは成り立たなくなる
「小良ヶ浜」など双葉にあったけどそこは狭い場所であり港もなく船を海岸にあげていたのである。三陸辺りでも点々と小さな漁港があった、それはその土地に根ざした漁業だったのである。
小良ケ浜とは「おらがはま」であり俺の海だという主張していて名付けられたのである

原発でも核の発電も小さい原子炉で発電すれば事故になってもこんな大災害にならないというとき何か大きなものは何でもいいという発想は問題なのである。
何か風力発電は自然に作用されたものでありそれほど悪くないなと見た
風景としても風で回るから自然的だなとも見る
ただソーラーパネルは景観とか土地を悪くするから問題である
山だと土砂災害などが起きて危険なのである。
ただ自然エネルギーは恒常的にエネルギーをとれるから尽きることがないからいい面はある、石炭でも石油でも枯渇したりするし値段が高くなったりするからである。

技術の発展が何でもいいということはなかいことを歴史は示している
その反作用がかならずありそれが社会を破壊する、その時今回の原発事故のように甚大な被害をもたらすのが技術である。それはコミニュティや社会そのものを破壊するのであるそして小農主義とか地域主義とかが見直される、地方創生などというのもこうして今まであったものが破壊された結果として志向されるようになったのである。
技術発展が科学がすべて社会に良いものとしてもたらされないのが人間なのである。
その認識が希薄なのである。大規模なものがすべていいともならない
なぜならもともとあったコミニュティが破壊されることは深刻なものとなる
それがこの辺で原発事故で証明されたからである。

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2018年06月23日

金のことまであけすけに話す復興住宅に住む浪江の人 (補償金で老後は金で困らない)


金のことまであけすけに話す復興住宅に住む浪江の人

(補償金で老後は金で困らない)


浪江の復興住宅に住んでいる大工の人は話すきである
だからなんでもあけすけに話すのである。
金のことまであけすけに話している

「俺は3千万円くらいもらったんだよ,それで金があってもしょうがないから新しい車買ったよ」
「車買った人が多いみいだ、それでねたまれたこともあるからな」
「俺も気をつけているよ,この前ジュースのぺットボトル盗まれたからな、それで警察に行ったけど相手にされなかった」
「警察は大きな盗みで証拠がないと相手にしないよ、この辺でも貧乏な人がいるから気をつけたほうがいいよ、近くでも今は安心できないよ」

その人は金のことをあけすけに言う

「この復興住宅は7年間家賃払っていると自分のものになるんだよ」
「そうなの,相馬市の津波被害者の復興住宅もこれとにているけど1200万とかで宇わなければ自分のものにならないと聞いた」
「でも電気でも水道料でも払わなきゃならない、俺は毎日風呂に入るからガスの風呂だと金がかかるんだよ、8000円とかかかるな」
「でもそのほか年金もらっているのか」
「大工していたからその時積み立てていたからもらえるよ、11万だよ
その積立ししていたとき高いとは思っていたがな」
「国民年金よりはいいよ,原発で補償金ももらったから金に困ることはないな」
 「知っている人だけだよ、妾もって暮らしている人いるよ」
 「ここでもフィリピン人の女を仮設に呼んでいた小高の人知っているよ、金回りが良くなってそうなった、厚生年金の上に補償金だからな」

何か金では補償金では浪江の人の方が恵まれている、浪江の人はまた小高とも違う、全部避難者にされたからである

「今度町長選挙あるけど浪江町長は病気だったんだ」
「癌だったんよ,外から来る人が町長候補になる,後は地元の農協の人だな」
「こうなるとかえって外部の優秀な人がいいということがあるな、何かとめんどうだからな、ここでも南相馬市長に不満が多かったからな
「浪江は町の通りをイノシシが歩いているよし家は荒らされている
ハクビシンとか他の野生化したものも増えている、復興住宅が建って帰った人もいるけど買い物に原町まで来るのが大変だと言っていた」
「買い物できないと生活できないよ,小高では小さいスーパーできるらしい、浪江はその点厳しい、原町まで車でも30分かかるからな」

最近その復興住宅がある近くの小高が住んでいた復興住宅は壊されて整地されている

「あそこにコンビニできるらしいよ」
「ええ、本当なの,ここにも家が増えたからそれを見込んでらしい」
「シシドのスーパ−できたのも鹿島は人口も減らないし新しいが今でも作られているからな、寺内で仮設が建ったときすぐにセブンエレブンができたんだよ」
「ここからは近くていいよ,歩いて行けるからな」

こんな話をしたが金のことまであんなにあけすけに言う人はいない
あういう状態だから原発避難者は仕事はしないのである。
でもあそこを見ていても中のことはわからないなと思った
車持っている人が少ないというが車が前に置いてあるのが多いとみていた
実際は老人がほとんどであり車を運転できない人が多いという
その人は娘と一緒に暮らしているがほとんど老人なのである。

浪江町の復興住宅でも住んでいるのは老人だし飯館村でも立派な復興住宅に住んでいたのは老人だったのである。
若い人たちは子供とともに方に移り住んで帰ってこないのである。
何かこの辺でおかしなのは前にも書いたが補償金をもらいすぎてもう仕事はする気ないのは浪江町の人でも同じである。特に老人ならしないのである。60代以上ではしない
こんな状態で復興などできるのかと前から書いてきたのである。
この大工さんなら一応年金をもらっているしその上に補償金をもらうし娘とも暮らしているし楽だとなる,老後の暮らしに困ることはないのである。
小高より補償金では恵まれているのである
ただそれが移り住んだところで貧乏な人もいるから良くは見られないのである。

とにかく原発避難者は恵まれている、相馬市の松川浦近くの復興住宅はにたような作りであり安物である。その大工さんもわかっている、これを作ったのは東京の会社であり復興住宅の見本として作ったとある
安上りに作る見本だと言っていたからだ
それでも7年間家賃を払って住んで自分のものになるのだから恵まれている
津波の被害者にはそういうことがないからだ
浪江と小高の人たちはにたような状況なのだが浪江の方がもっと復興することがむずかしい、ほとんど人が住んでいないくてイノシシが街を歩いているとなるからだ
そして帰るのは老人だけなのである。
まるでゴーストタウンに老人が住んでいるだけだともなっているからである

何か疑問なのは小高の人は一応南相馬市だから別である
浪江の人たちの問題は南相馬市民ではない,とすると介護でも市民サービスでも南相馬市でするほかなくなる
でも浪江町民だからそれがどうるなのか?
南相馬市民になればいいと言っても補償金とかの関係でなりにくいこともある
でもそこも何かわからない、南相馬市ではこうして老人ばかり残されても介護関係などで金がかかる、ただ別に浪江の人でもわずかでも若い人たちもいる
現実にその大工さんは娘と暮らしているからだ、他にもそういう人はいる
だから南相馬市の力になることはありえる
ただ行政的にはかなり問題をかかえているのである。
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2018年06月20日

荒地が回復しないのはなぜ (村の共同性が失われたため)


荒地が回復しないのはなぜ

(村の共同性が失われたため)

この辺では原発事故以後荒地が増えた、一部は回復しても依然として荒地が多い、周りに荒地が多いと草が伸び放題であり畑にも影響してくる
草刈は今では村の農家の共同作業になっている
田んぼでも畑でも荒地になると困るから村の共同として荒地にしないことを村の共同体があったときはしていた
村の土地は農業中心の時は共同地の性格が強かった
明治以降の私的所有はなかったのである。
土地とかとは自然環境と一体だから私的所有になじまないのである。

飯館村は離れているから放射能が関係ないとはできない
回りの山や森から放射性物質が流れてきてダムにたまりさらにセシウムが泥に付着して川から流れてくる
それで放射性物質の貯蔵庫として土地を売るのがいいと飯館村の人はなる
なぜならもう住めないとなり一億円もらって村を出る方がいいという人が多いからである飯館村だとまだ昔の村落共同体のようなものが残っているようにも見えるが実質はその考え方でも生活でも変わりない面があった
腰化に山菜を食べるとかでは違っていたが工場もありそこが働き場所ともなっていたからである。原発事故後その工場では人が働いていたが牛を飼うと農業はできなくなったからである。
今も帰って生活している人は別に農業している人ではない、会社勤めの人だった

江戸時代の村は自然村でありまさに自然から自然に成り立った村であり人工的要素は少ないのである、生態系に制限されて作られた村なのである。
右田の農家の人が橲原(じさばら)に所有する山をもっていた、入会権をもっていた
それは草など運び肥料とするためだった、だから農業でも山と密接に関係していたのが日本の農業だったのである。
そして津波で家が流されてたので橲原に土地をもっていたので右田村の人はそこに家を建てているというのもそのためだったのである。
農業中心の社会ではそうして生態系に依存する社会だから自然から離れてありえない社会だったのである。

なぜ荒地が回復できないのか?
それはすでにそうした江戸時代からつづいていた村落共同体は喪失している
欠入りとかあるとき欠けた土地に外からでも入る人が江戸時代にはあった
この辺では天明の飢饉のとき越中から大量に移民がその欠けた土地に入ってきて荒地を開墾して元にもどしたのである。
それが今荒地のままなのか?避難区域でもない南相馬市では依然として荒地化したところが多い、放射能の影響がそれほどでもなくても荒地が多い
それは結局すでに農業社会から工業商業社会に田舎でもなっていたからだとなる
農業の生産力は一割にも満たないとか田舎が農民なのかというとほとんど会社員なのである。近隣でも何をしているのか働いているのかわからないのである。
最近ではトラック運転手が多いなと気づいた、田畑があってもすでにそれがしめる役割は十分の一とかに低下していたのである。
つまり田畑をもっていて耕作していても割にあわない,現金収入になりにくい、そして田でも委託する農家が多い、その家はサラリーマンになっている
農業だけでは暮らしていけない時代なのである。

大原の前田という地名のある所の農家は草分けだったのだろう、前田というときそこが最初に開かれた地名だからである。
なぜなら遠田という地名もありそれは前田からかなり遠くの山の中に田があったからである。村の中心がありそこが前田であったのだその家は古い家であり今は空家となっている、他にも三軒くらい空家になっている
その家の息子は市役所に勤めているから空家化したのである。

こうして共同体が喪失することの影響は実際大きい、それをあまりにも極端に現れたのが原発避難区域だったのである。もう農業は回復しない、田畑は数軒とかで回復してももともと農業はそんな数軒でなりたつものではない、村で共同で維持してきたからである。
水の管理でもそうだし草刈でもそうだしそれがもうできないから荒地になるだけだとなった

そしてもう一つ重要なことはそうした共同体が喪失したとき、歴史も消失するということである、農家では戦国時代が終わり百姓が家として成立した
それまでは農家は存在しなかったという、そこで文書の保存がなされた
それが郷倉に収められて保存されつづけてきた、その文書は重要なものでありだからこそ火事で焼失したりするから村人で郷倉に収めていたのである
郷倉とは村の歴史の保存蔵だったのである
それは図書館のように事務的に保存するのではなく村人の意志があって保存された
図書館には何かそうした村人の市民でも意志があって存在するとなっていない
図書館の成り立ちは本当は郷倉にあったとなる

それから江戸時代の村では先祖を大事にする、それは一つの土地に代々土地を受け継いで生活してきたことによる
現代のように人が移動するのか普通の時、先祖のことは考えなくなるからだ
先祖のことを考えないということは歴史的に長い目で社会を見れないことに通じている
今というときからしか何も考えられなくル、過去はそこには存在しなくなるのである。
その時ものの見方が浅博になってしまうのである。 
原発事故避難区域でもそうした共同体も丸ごと失われたのである。
するとその土地の歴史も断絶して喪失する、先祖がどう生きて何を残してくれたかも不明になる
その時先祖も死んで何もなくなったのではない、実は死者はその土地でも家族でも生き続けているものなのである。
でもそこに生きる人がいなくなれば死者もさらに二度死ぬことになる
そうしてそういう場所では死者も幽鬼のように彷徨うようになる,それは廃村化した村ではすでに起きていたのである。

この辺ではそれが大規模にそうなったのであり今まで経験しないような悲惨なものとなったのである。
津波の被害地でもそういうことが起きた、村ごとなくなれば同じである。
ただ津波だとまだ原発事故のように二万もいた住民が一斉にいなくなるようなことはなかった
だから原発事故の被害は計り知れないものだったのである。
ただその原因が放射能被害だけではない、そもそも昔からあった農村共同体の崩壊があり原発事故で拍車をかけて喪失してしまったと自分は見ている
だからこのことはどこの田舎でも現代だと起こり得る、村に人がいなくなり廃墟化して、土地は荒地化してゆくのである。
それを回復することができなくなるのである。   

この辺で起きたことも現代という時代を反映して起きたのである、避難して来た人が「私たちはここにきて回りの人も金を使って助けているのよ」こういうことは一見おかしいように見えてもそうではない,それは現代を反映しているからである。
消費者は王様だというとき金さえあれば王様なのである。その人が特別変わった人でもないのである。
都会では東京などでは田舎なんかインフラに金がかかるから俺たちの税金が無駄に使われるから田舎などなくてもいいと言う時もそうである、食料は外国から金で買えばいいとなっているからだ
江戸時代だともう食料はその土地でとれなければ飢え死になる、他から食料を簡単に得られないからだ
相馬藩が飢饉になっても伊達藩が援助しない、今ならかえって遠くの人が援助する

この辺では仮設に入った人たちを絶えず外部から来た人たちが応援し援助していたからである
肝心の仮設に入った人たちは毎日ギャンブルにパチンコ通いだったのである。
これも現代を反映した矛盾であり光景だったのである。
そして南相馬市は避難区域となった小高と鹿島に仮設に暮らした人たちとは補償金でもめて分断されて協力がなくなったのである。
小高の人たにすれば俺たちは困って苦しんでいるのに鹿島の奴らは何なのだ、情も何もないのか、遠くから来た人たちは同情して援助してくれるのに近くでも援助もしない、金のことで文句いうだけだとなっていたのである。
村が江戸時代のようにあればまず村人が共同しないかぎり生きていけない、今は金さえあれば共同はする必要ないとなる
だから一億円補償金もらったら若い人はみんな出て行って帰ってこないのである。
放射能の被害だけではない、こういう社会に生きているのだから何か万一こうした事故でも村でも市の単位でも崩壊することの見本なのである゜

百姓の力(江戸時代から見える日本)−渡辺尚志

この本はいい本だった,何かわからないことでもこうして本を読むと一気にわかることがある
これまでは田舎だとまず本が買えなかった、それで学問するには相当に不利だったのである。
仙台まで行かねばならないとなるとそれだけでもう学問できないとなる
今はアマゾンで古本がボタン一つで買える
それが安いから前より本を買っているのである。
今はインタ−ネットもあるから知的環境としては田舎が不利になっていないのだ
郷土史を研究するにも全国と連携できるからいいのである。

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2018年06月02日

南相馬市では補償金で分断された (他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


南相馬市では補償金で分断された

(他の地区のことは配慮しないのが問題だった)


原町の人が鹿島に商売に来ている,鹿島で商売している,鹿島の人に買ってもらっているそれで原町の人は医療費とか高速はまだ無料になっていると言う
それは差別ではないかとか言うとそんなことしりません,私にはどうにもなりませんからなにかそっけない返事である。

それは小高の人達もそうだった,極端なのは私たちは買い物して鹿島の人を助けているのよ,と言っていたのである。
これには驚いたけどみんなそんなものだったのである。
私たちは何か鹿島の人に世話になっているのただ土地を借りてあとは金を使って助けているのよというくらいのものだった
だから小高の人に補償金のことを言うと怒っていたのである。
故郷に住めなくなったのだからそんなこと当然だから鹿島の人が不満を言うのはおかしいとなっていたのである。

それは原町の人が仮払い金と市の予算から財政から100億円を出すというときネットで凄く反対していた人がいるのである。
それはあまり目立たないものだったから知っている人は少ない
でも原町区ではそう思う人が結構いたのかもしれない
なぜなら市の財政となると直接影響するからである。
ただその時仮払金だから後で別に東電とか政府から支払われるものだったからそんなに反対する必要もなかったともいえる
ただ何か仮払金のことが自分はのみこめなかった
ただその時市の財政から金が出るということで反対だったのである。

その後原町区では30キロ圏内なので医療費とか無料であり高速も今まで無料だったのである。それはずいぶん長いものだった
なぜなら医療費など鹿島区では一年もみたないくらいで打ち切られたからである。
これも早かったと思う,高速も無料にならなかった
これも大きな差別だったと思う
それは30キロで区切ったから政府の責任だったともなる
それでここだけではない都路辺りでも30キロで分けられたからそこで補償金で争いになったのである。
だから政府が悪いといえばそうである。

ただなんというか原町でも小高でももらうのは当然でありそのことで文句は言うなとなっていた,そのことを言えば険悪なものとなる
でも鹿島とかで商売したり関係がある,それでなにかしら考慮していいとも思った
ただ一人あった真野川でシジミをとっていたばあちゃんはしきりに鹿島の人はかわいそうだと同情していたのである。
真野川までシジミとりにきていた,真野川は鹿島区に入るから勝手にシジミとっていいのかとも思った,ただその時は震災後まもなくであり何か管理するものがいなくなっていたのだろう
その女性は例外的な人だったろう,普通は鹿島の人が補償金で差別されたことなど考慮しているものはいないのである。

だからそのことはを言うと怒る人が多いのである。
30キロ内でもらうのは当然だということであり鹿島は30キロからはずれたのだからもらえないのはしかたがないとなっていたのである。
でも問題はそうだとしても何か鹿島の人に対して全く配慮しないし原町でも小高でももらって当然でありそれに文句言う奴は許せないとなっていたのである。
だからNHKでも飯館村の人が補償金をもらっているから相馬市のトマト栽培農家で雇わないというときそれはなんなのだと暗にそのトマト農家を批判させていたのである。

でも相馬市のトマト農家では補償金がもらえない津浪被害者を優先しただけなのである。その辺のマスコミの報道でも常に小高の原発避難者でも優遇されていた
だからなんで補償金のことで文句言うのだと怒るのである。
お前らは同じ相馬に住んでいるものなのに冷たいなとなっていたのである。
現実に毎日のようにボランティが原発避難民の仮設に来ていたからである。
すると外から来る人の方が同情してあたたかいなと思っていたのである。
そのこともあって余計に地元の人に不満だったのである。

でも地元の人でも鹿島でも自分でも苦しいことを書いてきた,病気でも介護していて苦しんでいた,でも介護でも小高の人達が優先だったのである。
だから迷惑かけたということもあったがそんなこと関係ないとなっていた
何かそうして鹿島区は除外されたし配慮されなかったのである。
何かそういう気持ちがなかった
自分たちは苦しいのだから鹿島の人達は同情して助けるべきであり補償金もらえるのも当然でありそれをとやかく言うのは許せないとなっていたのである。

小高でも原町でも今では浪江でもそうして原発避難者には何か回りの人への配慮が欠けていたのである。
自分たちは被害者でありかわいそうであり同情されるべきであり補償金もらって当然でありいくらもらっても足りないとまでなっていたのである。
それだけの被害を受けたのだから当然だとなる
でも原町区となると一旦避難したが割と早くもどった
鹿島区でも避難した人達が半分ほどいたのである。
だからそれなりに被害があったし今でも自分は水道の水は飲まないでペットボトルを飲んでいる
それを言えば相馬市でも同じである。原発避難者には常に不満を言っていたからである。現実には毎日バチンコ通いでありギャンブルだったのである。
だからそんなふうにして遊んでいるのが何でかわいそうなのかということになったのはまた当然だったのである。

確かに原町は30キロ内であり小高は避難区域になったのだから補償金をもらっても当然だったしそう政府で決めたのだからどうにもならないということはある
でも原町区のばあちゃんでも鹿島はかわいそうだとよとか配慮していた人はいたのであるだから問題は補償金問題もあるし医療費高速無料とかの問題もある
しかし最も大きな問題は鹿島であれ回りの人への配慮がなかったのである。
それでいわきでは原発避難者を排斥するいたずらなどが起きた
その時は混乱していてもう原発避難者様様になっていたからである。
原発避難者の言い分は何でも通るともなっていたからである。
それに何かを言う奴は非難されたのである,マスコミもそうしたから余計にそうなったのである。

それでも混乱していたから二三年はしょうがなかったかもしれない,でもその後7年間とか同じ状態だったのである。
やっと回りの人に配慮して仮設を出るときモチを配ったというのはよかった
それがたいしたものでくてもそういうことを配慮できるようになったと思ったからだ
鹿島にも金をよこせといわないにしろ何かしら配慮が必要だったのである。
同じ南相馬市民としての配慮が必要だった
そういう気持ちが全くなかったということが問題だったのである。
少しでも原町区の人とか小高でも鹿島の人には補償金などで申し訳ないことです
何かそうした気持ちが少しでもあれば良かったのである。
そういう気持ちが全くなかったことが問題だったのである。

また鹿島の人でもそれを押しつけることは出来ない
だから表立って言う人はいなかった,でも不満が鬱積していたのである。
やはり人間は気持ちが大事でありそれが争いの元になる
他者への配慮がないと人間関係はうまくいかない
これは行政にも問題があった
なぜ鹿島区の議員が仮設の小高の人を応援して選挙の時回って歩いていたのか?
南相馬市だからそうなったが鹿島区の人達の不満をないがしろにしていたのである。
ともかくこれも南相馬市として合併したからこそ生じた問題でもあった
同じ南相馬市民じゃないかとなり協力せねばならないとなっているのだからそうなったのである。

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2018年05月30日

南相馬市の鹿島区の不満 (高速と医療費は無料にすべきだった)


南相馬市の鹿島区の不満

(高速と医療費は無料にすべきだった)

なぜ鹿島区が同じ南相馬市なのに差別されたのか?
それは30キロ圏内と外で区別されて補償金ももらったが少なかった
30キロ内だけは手厚く補償されたのである。
それは政府でそうしたのだからしかたがないということはあった

でもなぜ医療費とか高速とかが無料にしなかったのか?
その面だけでも南相馬市として平等にすれば良かったのである。
医療費でも一年以内とか早い時期に鹿島区は打ち切られた
ところが原町区では高速でも医療費でも無料化していたのである。

それで最近市長が変わり秋から高速が鹿島区でも無料になるという
それも遅かったなとなる
この資金も実は市の財政から出るから市の支出になるので問題なのである。
なぜなら一時鹿島にも補償しようとしたときネットで鹿島には市の財政から金を出すなと言っていた人がいるからだ
その時一時的に市の予算から100億円を仮払い金として出すことに桜井市長が決めたからである。
それは市の財政から出るから反対していたからである。
今回だって市の予算から高速無料の金が出れば不満な人が出てくる

なにかこうして合併したのはいいものの小高,原町,鹿島でうまくいかなくなったのである。
鹿島では小高への反発は大きい,小高でも鹿島への反発は大きいのである。
つまりどこに金を出すか,福祉関係でもその他でもそうである。
そこでもめたのである。一番得したのは原町に予算が集中するから得だったとなる
今度は小高にしても病院でも金を使っていいのかともなる
その負担がまた大きくなるからである。
帰っている人は30パーセントくらいだから維持することインフラでもなんでも予算が使われるからである。
前のようであればいいが限界集落のようになっているからだ
そこに金をつぎこむと南相馬市全体の予算がへり影響するからである。
これは全国的にみても限界集落などに金使うなとジジババしかいない津浪の被害地に金をつぎこんでも無駄だ官僚が本音を言ったことと同じである。


30キロで国が区切ったのはそんなに補償できないからそうした
別に放射線量の問題ではない,30キロの内と外で別に変わりないからである。
政府の都合でそうなっただけなのである。
それでその境目に住んでいる人は女性が泣いて訴えていた
子供も喧嘩しているとかなっていた

これも今頃そうしたのはおかしいのである。
最初から医療費と高速無料とかは平等にすべきだったのである。
補償金にしてもやはり区別してその差が大きかったのである。
原町区は30キロ内だから手厚くされたのである。
それより相馬市の人も絶えず不満を言っていた
相馬市では一人6万とかもらって終わったからである。

いづれにしろこの辺は合併したのはいいにしても小高と原町はいいとしても鹿島は除外されて不満になり協力できないような状態にしたのである。
その責任は誰あるのか?市政にあるのか?
鹿島の議員にしても仮設に入った小高の人を応援していたのである。
これもやはり南相馬市の議員だったら小高の人も同じ一票だからそうなったのである
それが合併したことで変わったことなのである。
タグ:原発補償金
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2018年05月29日

真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28) (放射能の心配はあるが・・・)


真野川で鮎の稚魚を放流(2018-5-28)

(放射能の心配はあるが・・・)


「アユ釣り完全復活へ稚魚放流」 (NHK福島 2015/6/2)


アユは華奢で骨が細く柔らかく、丸ごと食べるのが普通ですが、骨にストロンチウム90が
蓄積されている可能性もあり危険です。

広大な太平洋で獲れたベニザケでさえ、無視できない量のストロンチウムが蓄積、検出されているのです。

ある福島県庁職員がこういったとも伝えられています。
「阿武隈川の底は原子炉なみで、とても公表できません」 
(原発問題 2013/2/17)


昨日南相馬市鹿島区の真野川で郡山から来た人が鮎を放流していた,稚魚といっても大きかった,若鮎という感じである。
真野川ではしょっちゅう水質検査していた,でもその数字は教えない
何か放射線量とか原発事故前から公表されないのである
したとしてもマスコミが福島民報などでも大きく報道しない,それは福島民報が県の出資が50パーセントだから原発の不利な情報は報道しないのである。
それがいろいろ問題を引き起こしたのである。

危険が知らされない→危険が現実になる

津浪でも東電は10メートルの津浪が来ると試算していた,それを知っている人がとれだけいたのか?
危険が報道されないしわからなかったのである。
それで報道の役割を果たしていなかったと気づいたのである。
報道するにもまず権力がないとできないのである。
マスコミは巨大な権力である,だからこそ権力をもっているからこそ東電からでも莫大な宣伝費が流れていたのである。
世の中は銀行でもそうだがそれも権力を持っている,ただ金を右から左に流すだけの仕事ではないか,そんなことで利益を得るなら楽だとはいう見方もある
そういう権力がある所には金が自ずと回ってくるのがこの世である。

鮎は子供のとき父親がとってきて食べていた,その時鮎は大きかったのである。
父親は鰻釣りと鮎釣りとかしていた,それがいいオカズとなっていたのである。
その頃貧乏だからそうなっていた,その後鮎は何か小さくなった
鮎釣りをしていてもその鮎は食べてもうまくない,実がほとんどない感じである
久慈川の鮎を買ってきて食べたがこれもうまいものではなかった
冷凍したものだったのだろう
鮎でうまかったのは新潟県の小出の魚野川の塩焼きだった
その川の前に食堂がありとれたばかりの鮎を出していたのだ
別にそれは高いものではない,魚野川に鮎がいくらでも泳いでいるからだ

真野川とか原発事故周辺の川の放射能汚染はどうなっているのか実際わからない
ただ阿武隈川河口で泥としてたまっていた放射線量が相当に高かった
泥についてセシウムなどが流れたからそうなった
今は溜池の除染をしている,これもやっかいでありどこまで効果があるのかわからない
回りから泥はいくらでも流れてくるから焼け石に水だとなってしまうからだ

時間がたてば放射線量が減ってくるのか?それもわからない
部屋のなかは0・2で今も減っていない,だから放射線量というのは減らないともなる
鮎はこれまでも食べれるようなものではなかった
今釣りは食べるというより釣りそのものを楽しむようになっている
釣ってもまた放している,海の方ではまだ釣った魚は食べていた
右田の松原のあるところではいつも釣りする人がいた
でもやはり釣りをしている人はいる,川ではいなくなった

放射線の問題はなかなか真実が素人にはわからないことである。
わからないから危険を言う人は極端になるし安全だよという人も何か目安かあっていっているわけではない,そして放射線の問題はそうして隠されやすいのである。
どこまで危険なのか見極められないから困るのである。
そして過剰に反応する人はするししない人はしないのである。
別に老人だとそんなもの関係ないと飯館村では山菜まで食べていたのである。
老人の場合は奉仕斜線はほとんど関係ないのである。

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2018年05月24日

一度の失敗が致命的にもなる (回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度の失敗が致命的にもなる

(回復することができないことも-人間は信頼が大事)


一度失敗したら取り戻すのに二・三年かかります。

事務的なことでもこう言われる,失敗はなんでも尾をひく
失敗にもいろいろある,軽い失敗も大きな失敗もある
まず原発事故のような大事故があるともうその信頼は回復することは不可能である。
科学者が政治家が何を言っても信じられない,マスコミもそうだった
その人たちは「安全神話」を作ったからである。

だから原発にたずさわった科学者でも事故現場に行ってガレキを拾ってこいとネットで言われた
武田邦彦氏などは科学者であり原発の仕事にも従事していた
だから責任があった,その信頼は失墜したのである。

では原発をそれでも海外に輸出するとかするのもわからない,日本で失敗したのを外国に輸出するのかとなる
その信頼を回復することはもう不可能に近い
確かに一回くらい事故はあるだろうとなるが原発ではそれが許されなかったのである。
その被害はあまりにも大きすぎたからである。
だからどうしても日本で原発はできないということを証明した事故だった

一回の失敗でそれは決められないということはある
でも一回の失敗が致命的になることもありうる
原発の場合がそうだった,そもそも事故があってはならないから「安全神話」が作られたのだ,それが一回の事故でもろくも崩れさった
その信頼は回復できない

日本も戦争で負けて3百万人が死にうちのめされた,もう天皇が神だとか神国などと誰も信じない,天皇への現人神(あらひとかみ)信仰は完全に崩れ去った
天皇自体は自分は神ではないと宣言して国民の信頼を得るために歩いて回ったからであるこれだけの大敗北と失敗があれば誰ももう日本は日本が神国だとか強いだとか信じない
原発でもそうである。日本が技術が優秀だという奢りは打ち砕かれたのである。

人間は失敗すると何か信頼を失うとそこから立ち直ることが容易でなくなる
まず事業などは普通は一回失敗したら終わりである。
立ち直る人もいるがほとんどはできない
そして失意のなかに終わり死ぬともなる
それだけ一回の失敗の重みは大きいのである。
それを自覚されない,一回くらいどうってことないとも思う
でも人間にはチャンスは人生の中で何度もないのである。
何かチャンスは与えられても何回もはないのである。
ビジネスでもそうだし他の人でもそうである。
人生は長いから何度も挑戦できるとはならない
たいがい一回で終わりやすいのである。
だから逆に一回のチュンスで成功するということもあるのだ

銀行員でもそうだった,まかせられたがその能力がなかった
分散投資するのがいいというがその銀行員自体が銀行側のノルマ達成のために自分がもっていたリーマンショック前の株を売って投資信託に回して損させた
もしそれを分散投資しているのがいいからと投資信託に回さなかったらかなりの利益が出たのである。
つまり客をもうけさせて営業の銀行員も銀行ももうかる方法はあった
それは株を売らないことだったのである。投資信託に回すことではなかった
もしここでそうしていれば損した分の穴埋めもできたしもうけたとうことでまた投資に回した,投資信託に回した,そうすれば客でも銀行側にとっても利益をあげていたのである。
こうして投資で一回失敗するとあとはまかせる気分になれない
自分はまかせたがその金を有効に使い利益を出せなかったということで営業担当にも銀行側にも不信感をもつようになったからである。

もちろん知らないでまかせた自分にも責任があったが自分は素人だし知らないからまかせたのである。だから自分だせけに責任があるとはならないのだ
実際にまかせてくださいと胸を張ってすすめたからである。
その営業担当の人がもっとうまく説明していれば自分でも決めることができたし
その営業担当は客に説明してそうさせるべきだったのである。
分散投資といっていのにもっていた株を投資信託に回したからである。
そのことで信用できなくなった
もう二度と頼むことはできなくなったのである。

原発でもどうしても科学者でも政府でもマスコミでも信用できなくなる
マスコミでも広告費をもらって安全神話を作った方だからである。
そういう人達を信用できるのか?
戦争のとき朝日新聞が一番戦争をあおったとしきり言うときもそうである。
そういうことがあると信頼できなくる
信頼できないということがやはり致命的なのである。
アメフトでも一回の反則ですべてだめにしたとまでなる

人間は万能の神ではない,だから絶対ということはありえないけど「安全神話」が作られた,絶対に安全だと言っていたのである。
銀行員にしても私にまかせてくださいといっていた
その投資の仕方も素人とほとんど変わりなかったのである。
ただ分散投資の考え方は間違っていなかったがそれを破ったのである。
だからもう信頼してまかせることはできない

原発でもビジネスでも一回の失敗が致命傷になる,それを回復することは至難になる
だから人生に何度もチャンスがあると考えてはならない
チャンスは一度限りでありこれを逃したらあとがないとまで考える必要がある
一度成功した人は逆にまた成功しやすいのである。
ただこの世で失敗したとしても人間として失格することはない
事業に失敗しても別に人間として失格したわけではない
ただ社会が認めないというだけである
ただそういう人は世間体を一番重んじるから耐えられないのである。
どこまでも見栄を張ろうとしている
借金してまでも見栄を張ろうとしている,失敗しても認めない
そういう人は人を殺しても成功者になろうとするから怖いとなる
その人にとっては世間に認められることがすべてだからそうなる
つまり事業の失敗=人間失格とはならない
人間の存在価値は事業がすべてではないからである。


いづれにしろ人間は信頼が第一だというときどこでもそうだろう
家政婦とか家に入ってくる人は一番信頼が大事である。
だから本当はよほど信頼がないとまかせられない
現実に家捜ししていたり家政婦はその家の人となり悪いとなると相当な災いとなるからだそして信頼そのものが簡単には築けないのである。
それで十年とかある家に勤めている人は信頼できるとなる
また他でもその人は信頼できるとなる

会社でも最近信頼を失うことがいろいろある,信頼を失うとその信頼を回復するにはもう並大抵のことではできない,れだたけ人間というのは人間会計でも信頼が大事なのである人間社会はそもそも信頼関係があって成り立っている
それがなくなるともう商売でも人を雇うこともなにもできなくなる
「あなたは信頼できる人です」となったときその人にはやはりいろいろ重要なこともはまかせられて金持ちになる下地ができたともなる
信頼がなかったらまず重要な仕事でも何でもまかせられないからである。
だから本当は信頼を失うことは怖いことなのである。





タグ:信頼が大事
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2018年05月20日

南相馬市に双葉准看護師学校できる (人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)


南相馬市に双葉准看護師学校できる

(人手不足が深刻でそうなった-他の新施設)

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この風車はドイツから船で運ばれた

鹿島駅ではドイツ人とあったからそういうことだった

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消防隊殉職者の碑

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防災用の備蓄倉庫
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こじんまりして小さいと見た
中でみんなで食事していた


双葉郡内8町村で運営する公立双葉准看護学院が10日、東京電力福島第1原発事故による休校から6年ぶりに南相馬市原町区の仮設校舎で再開し、26人の学生を迎えた


これだけ医療レベルが高くなっているのに、
一番患者さんに身近な存在が准看護師でいいのでしょうか。

医師に言われたことだけをするのなら、
“医師助手”を養成すればいいではないですか!
私は ずっとそう感じています。

看護師は医師の助手ではなく、医療チームの一員です

正看護師と准看護師の給与の違い

30代とか40代が多い,資格がとりやすいからである。
人手不足を補充するにも好都合なのである。



rさもこの辺では人手不足のためである。,看護師はひっぱりだこであり原発事故で流出した
それで病院では下働きのような人を働かせている
准看護師は看護師の助士であるが人手不足で必要としている
看護師の仕事を減らす必要があるからだ

NHKの縮小ニッポンで舗装していたようにもう日本は働く人が減少している
シルバーセンターではもう生きがい探しどころではない
若い人に求人しても人が来ないからシルバーセンターに来ている
そうして若い人と同様な過酷な労働を強いられて死んでいる人もいる

ただ老自転車はできる限り働きたくない,働かない人が膨大にいる
その人たちはどうしているのか?
毎日パチンコでありあとはパークゴルフである。
そこは老人でにぎわっている,あのように過酷な労働をしているのはまだ一割にも満たないだろう
人間はもう働きたくないのだ
家に来た人も前は介護施設に働いていたが嫌だとやめた
その人は盗んだ方いいとなり実際に盗んだ
もう一人の67歳くらいの人も小さな畑は一生懸命しているが後は何もしたくない
病院通いと金をせびりにくるだけである。
40代の息子は東京に出稼ぎに行って帰ってこない

日本に外国人を呼ぶにも今や日本はそれほど魅力的ではないから来なくなる
ベトナム人も台湾に行っている,言葉をしゃべなくても介護労働している
もう人がいないのだからそういう余裕がないのである。
だから日本のしている日本語を学んでから介護などといっていたら誰も来ない
外国人すらもう日本には来ないのである。

相馬の里という介護施設ができた,介護でなくても元気な老人が住めるものでもあるらしい,そういうものも増えてくる
建物を見たら中で老人がみんなで食事していた
個室はあるにしてもあれだと共同生活だからうまくやれるのかと思う
でも一人暮らしだと家を管理するのがめんどうになる
近くであういうもの直接見たのは参考になった

とにかく原町にもいろいろ新しいものができた
原町は広いからわかりにくい,原子力センターもできた
それはこの地域らしいものである。


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2018年05月16日

人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる (判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)


人間は必ず歴史でも何かで判断が迫られる

(判断にいたる理由を問い-原発も同じだった)

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

原発を作る判断をしたのはなぜなのか?その理由は何なのか?
それは読売新聞の社長の   の私的利益追及もあったのと政治の問題として日本がアメリカに支配されたからいわば一時植民地のようになったのだから原発が日本では導入するのがまだ技術的には早かったが作られた
その理由は政治的経済的理由なのである。経済的理由になると一番多い,常に判断は経済理由が多いからである。
原発でも盛り土して高くしたのも削ったのは地下に電源を置いたのはコスト削減のためだった,それが命取りになった

原発はアメリカとの関係で政治家が判断したものでもあった,科学者は湯川秀樹博士などは日本ではまだ原発を作るのは早いと反対していた
それだけまだ日本は原発について技術的に導入できるものではなかった
それでアメリカのお古のマーク1型の原子炉を買わされたのである。
後進国がソビエトのお古の武器で戦争させられているのとにている

では住民はどうかというと住民も原発に賛成した,それは経済的理由で判断した
双葉や大熊地域はその頃出稼ぎ地帯であり貧乏地帯だった
それで積極的に原発を誘致したのである。
だから原発をただおしつけられたというのではない,それだけの利益が得られるから賛成したのである。
漁業者は補償金を事故前も事故後ももらっていた,それで漁業権を東電に売り渡した
それは経済的理由でそうなった
原発はそれだけ経済的効果が大きいからそうなった

人間は常に判断を強いられる存在である。日常的に何かを買うにしても判断を迫られる
買うべきか買わないべきかと判断が迫られる,判断をしないと「あるべきかあらざるべきか」となり躊躇しているうちに判断する機会を逃してしまう
ではどうして人間は判断するのだろうか?
それは必ず理由がある,その動機がある
歴史的にも大きな判断成される,それにも理由があって判断している

太平洋戦争に日本が突入した理由はなになのだろうか?


政治家の判断
軍人の判断
天皇の判断
経済的判断
マスコミの判断
住民の判断
科学技術的的判断

この時は軍人の判断が優先された,それに天皇の判断もあったから今とは違っている
科学技術的判断とは軍事力になっていた,どれだけの軍事力をもっていたかで戦争の判断になる
また良く言われるのはアメリカに石油がとめられて経済制裁されて戦争に追い込まれたという理由である。それは経済的理由で判断したとなる
では住民はどうか,戦争をはじめるとは関係ないとなるのか?
住民をも熱狂していたというから住民も戦争に賛成していたのである。
そして盛んに朝日新聞は戦争をあおったということもあり戦争の理由になる
そして日本の場合は天皇も関係して宗教も関係して日本は神国だから負けることがないという神がかりにもなった,そのことも戦争をおしすすめたのである。
これだけ十代なのことを判断するにはそれを押し進める理由があったと今では解析する

歴史は何かが起きる,何かが判断されてその結果として歴史が動く
でもただ闇雲に判断されるのか?。そこには必ず理由がある,犯罪でもなぜ起きたのか?
その理由がありその動機をまずみる,それが歴史に学ぶことであり個々の人生に学ぶことである。

失敗したらなぜ失敗したのか?

その理由を問う,そこから人間は学んでゆく,二度と失敗しないのにはどうしたらいいのかとなる
事業に失敗した人は多い,ではなぜ失敗したのか?
その理由は何なのか?それを学び事業起すことが必要になる
人間は判断して失敗することが無数にある
卑近なことでも失敗する,買い物でもそうでありまた結婚とかでもそうである。
結婚の理由としてただ好きになったとかもあるが金持ちだからとか地位があるとかだとかいろいろある,戦国時代ならみんな政略結婚である。
そういう条件をつけて結婚しても離婚が多い,その判断をどうするのかとなる

人間は至るところで判断を迫られている,何かを判断せざるを得ないのである。
あるべきかあらざるべきかとなる,原発もそうだったのである。
ただ原発に関しては深く考えられて作られたのではない,危険があることを深く考えていない,経済的理由と政治的理由とが科学的理由より優先されたのである。
そういうことは常にある,人間は現実に力をもつものが金だからである。
いくら金を否定しても現実に金で動く人がほとんどだからである。
逆に金で動かない人は金に余裕がある人なのである。
そうすると意外と成功するかもしれない
投資でも余裕資金でしいれば意外と失敗しないかもしれない
自分が投資に失敗したのは銀行側が銀行の利益を優先していたからである。
株が上がっていたのに投資信託に回したのは銀行側が手数料でもうかるからであった
もし銀行側に余裕があるなら投資信託をすすめなかったともなるからだ
それは原発をすすめた理由と同じなのである。
原発は金の成る木だったからその経済的効果が大きいから目がくらんだのである。



タグ:判断の理由
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2018年05月15日

原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか? (科学者,政治家,住民なのか?)


原発事故後の避難区域の判断を誰がするのだろうか?

(科学者,政治家,住民なのか?)

科学者が判断するのか?
政治家が判断するのか?
住民が判断するのか?

原発事故の解決の複雑さはどこから生じているのか,科学者が科学的合理的判断でできればそれにこしたことがない,数学の数式のようにできればいい
それができなくなった,武田邦彦氏が事故前は一ミリシーベルを厳守を言っていた科学者が事故後は100ミリシーベルトまでいいとか言うようになった
全く科学者が白だったのが赤というようにもなった
それは戦争が終わるとアメリカ一辺倒になったのとにている
第一科学というのは人間社会と違って変わらない真理を追及している
それもころっと変わることがおかしいというのは確かである。

そもそも原発は科学者の意図だけで作られたのではない,政治的意図が強く働いて作られていたのである。
政治的意図が働けば科学者の科学に基づいた判断も無視される
日本には地震があるから原発は向いていないとしても作られたのはなぜか?
それは政治的意図が働いていたのである。
アメリカの要請もあり日本でも核武装のために原発が必要だということもある
プルトニウムを生産しておく必要がある
日本ではすぐに原発があれば核武装できるからである。
それは政治的意図でそうなっている
だから原発は簡単に危険だとしても廃止できないのである。

科学的問題
政治的問題
経済的問題
社会的問題

原発というのは事故でも複雑である。四つくらいに分類できるがさらに複雑である。
経済的問題は常に人間には日常的につきまとっている
原発もその時社長だった人がコスト削減を押し進めて功績があり社長になった
一時土台を高くして削って地下に電源を置いたのはコスト削減のためだったのである。
それが致命傷になり津浪が来て事故になった
経済的問題は常に人間社会では最優先される,世の中金だとなるのが現実である。

原発の複雑さはこれらのことが複合的に関係しているからである。
科学だけでは判断できない,処理できない,政治だけでは処理できない,判断できない
経済的問題としてだけで判断できない,社会的問題としても判断できない
社会的問題というとき自分が追及したのは文系だからそこを重視したとなる
つまり故郷という場に住んできて歴史的アイディンティティを築いてきた
老人は特にその場で生きることが人生だったとなるから離れがたい,それで放射線が危険
でももどりたいとなる一方で若い人は放射線が危険だから帰らないとなる
チェリノブエリの事故の20年後の調査報告を読んだら恐くなる
それは科学的問題なのである。
自分が主張したのはそうあってもでは故郷を閉鎖してチェリノブエリのように人を住めないようにしていいのか?

その問題は政府では東電でも補償金を払いきれないし移住させることもできなということで避難区域を解除して住まわせようとしている
でも現実は若い人は流出してもどってこないのである。
そのことを批判してもどうにもならない既成事実になっているからである。
科学として見ればチェルノブエリを参考にしたら帰れないとなる
年間一ミリシーベルでは帰れないからだ
そして報告では放射線が低くても時間がたつと蓄積され病気とか奇形とか遺伝子に影響されるという報告がある
そういう報告に知るとまた恐怖になるのである。

つまりこの原発事故の問題の複雑さはどう対処していいのか判断つかないのはこの四つの問題が複雑にからんでいるからである。
例えば浪江町から避難した人が復興住宅に住んでいる
そういう人は帰らないという,でも時々は浪江に帰り見に行っている
では帰らないとして避難先で今度は毎日昼間から酒を飲みアル中になっている人もいる
避難先でそういうことをつづけていたら回りから非難される
でも実際は老人が多いから何もしない,ただ補償金がたりないというだけである。
補償金をもらって暮らすということしかもうないのである。
だから復興とは何なのかそれも外から見てわからないのである。

この四つの問題がありどういう判断をするのか?

科学的判断で決着するのか

その場合はチェルノブエリのように閉鎖区域を作りそこには人を住まわせない

政治的判断で決着する

それは避難区域を解除して人をなるべくもどし住まわせる,それを政府ではすすめている
ここには経済的判断もある,そんなに補償金を払い続けることができないからだ

住民によって判断させる

これは帰る人,どっちつかずの人,帰らない人に分かれる
でも住民にしてもどうしていいのか?
科学的判断なら帰れないのである。
でも老人なら最後は故郷で死にたいとなるのが生物としては自然なのである。
何か家というのは単なる箱ではなく思い出が詰まった精神的なものなのである。
だから老人は帰ったのである。
チェリノブエリでも老人は避難区域でも帰って農業していた
でも病気になって取り残された老人が苦しんでいたからここでもそうなる
でも若い人は帰らないのである。世代が分断されたのである。

何かこうして中途半端な状態のままになっている,だからチェリノブエリのように避難区域には住まわせないとしたらすっきりしたともなる
ただ30キロ圏内だと無理である。この辺では南相馬市なら人口の一番多い原町区が入るからである。その移住は日本では不可能だからである。
矛盾しているのは浪江町長でも飯館村の村長でも二本松とか福島市に新しい家を建てている,マンションを買っているとなるとこれまて矛盾しているのである
復興を指導する人がすでに住まないでできるのか?
何かこれも四つの問題で複雑化しているからである。

科学者が判断するのか
政治家が判断するのか
住民が判断するのか

それがわからないのである。科学者は事故後は科学的判断をひるがえしたからである。一ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで変わったのである。
政治家が判断するのか?
それも政治家は経済的コストを優先して補償金をこれ以上払いたくないから避難区域を科学的判断を無視して解除したとなる

では住民が判断するのか?

若い人は帰らないと判断した,住民が判断してそうなったのである
要するに科学者が判断するのでもない,政治家が判断するものでもない
誰が判断するのか?
それは住民しかない,いろいろ自分も外部から言ったけどそれは判断の材料にすぎないのである。
だから避難区域の人から批判される,それはそこに住む人が苦しんでいるとしても関係ないから面白がっている,傷に塩ぬって楽しいかとしかならないのである。
ただ現実に避難者が住んでいるからその人たちが昼間から酒飲んだりしたりギャンブルしているパチンコ屋に通っていたら非難されるのも当然なのである。
そのことすら避難者は批判すると怒る
そして俺たちは被害者でありかわいそうな人達でありいつまでも永遠に補償されるべきだとなっているのだ
それを批判する奴は非情な許せない奴だとなる,それをマスコミは応援するから認めるからそうなる

ともかくこの問題の解決がむずかしいのはこうして科学的問題だけではないものとして政治的問題から経済的問題から社会的問題から故郷を失うことはどういうことなのかとそうしたものが複合的になって現れたから複雑であり解決策が打ち出せないのである。
要するに科学的問題でも低放射線量でも時間で蓄積され危険だというチェリノブエリの調査報告がある
その科学的判断を重視すれば住むことはできないと住民は判断する
一方で老人などは別に先が短いからそういう判断は無視して住むことを決断する
若い人は科学的判断を重視して帰らないのである。
政府では補償金をはらいたくないとなり避難した区域を解除して住まわせようとする
自分は外部からコミニュティとか歴史とか重んじると帰って復興して欲しいともなるし
経済的問題でもやはり復興してもらわないと財政的にも困るとなる

こうした思惑が複雑に入り組んで混乱しているのがこの辺なのである。
科学者がこうしろ,政治家がこうしろ,では住民はどうすればいいのか?
結局住民が最終的に判断するのか?
若い人は現実にしている,帰らないと判断した
ただ老人は残った,それは自分が前々から主張していた,コミニュティの維持とか歴史の維持とかその場で築いてきたものを重視する立場からである。

いづれにしろ科学的判断も政治的判断も住民の判断もどれも正しいとはならないだろう
ただそれを選択するのは住民しかない,現実に帰らない人は帰らないのである。
そこですでに住民が判断したのだからそれをくつかえすことはできない
あとは帰るのか帰らないのかわからない人だがそういう人は帰らないだろう
なぜならおそらく10年すぎても20年すぎてもそういう人はそう言っているからである。
そのうちもう年とるから帰れなくなるからだ
するとこの先帰るのは老人であり老人だけで復興できなるのかとなる
外部の人が応援するにしてもそもそも老人しかいないとなると復興できるのかとなる
やはり何か強い住民の意志がないと復興とか無理なのだろう

自然災害で北海道に移住した十津川部落の人達は一致団結して移住したからできた
ここにはそういうことはない,住民自体がばらばらになっているから復興は無理なのかともみる,それはそれとしてではこれからどうするのか?
それは別に内部だけの避難した人達避難区域の問題だけではない
現実に避難した人達がここに住んでいるし南相馬市では小高区は以前として南相馬市であり財政負担があるからだ
一体病院を再開したとしてその負担はどうするのか?
いろいろな負担があるから一層原町とか鹿島とかに住まわせた方がいいという政治的判断もありうるのだ,経済的問題としてそうなるのである。
いつまでも補償金の援助はない,後三年で援助がうちきられるときそういう経済的問題も深刻なものとなるからだ
もう住民は分断され復興の意志もないというときもう見切りをつけるという判断もありうるとなる,そういうところにいつまでもかかわっていることは経済的にもできないし政治的にもできないとなるからだ
そういう判断を強いられる時が否応なく来る,それは後三年が目安となる


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2018年05月11日

原発事故に対しての理系と文系の対処方法 (文系も問題解決には不可欠な場になった)


原発事故に対しての理系と文系の対処方法

(文系も問題解決には不可欠な場になった)

津浪とか原発事故が提起して問題はあまりにも多様だった,主要なものは放射線被害だから理系の科学者がその解決の任にあたるものだった
そもそも原発そのものが理系の優秀な人達が運営していたからである。
現代は科学の時代だというとき理系が支配する社会だともなる

理系の原発事故の対処方法として放射性物質を出したのは理系が運営している原発でありその処理をするのもやはり理系である。
放射性物質は目に見えないからその対処方法を文系は知らない,でも文系でも絶えず放射線量をマイクロシーベルとかで計ることを強いられたのである。
だからこの辺では毎日その数字を見ていたのである。

放射線量とは数字でしか計れないからでる,だから文系でも理系の方法を学んでいたのである。ただ詳しく理解するのは本当にむずかしかった
でもなんか放射線は水でさえぎられるとかセシウムは泥について付着しているとか放射性物質は減らないというのも知った,事故のときと同じように放射線量が計られるからである。
放射性物質が泥についているというとき樋の下は屋根から集められた放射性物質が付着して高かった
放射性物質については限りなく詳しく研究されているが素人には文系に理解できない
そこで自分には原発事故を追及できないものがあった
その対処方法にしても今度は田畑の土をはがしてとりのぞき除染するのも理系の仕事である。そういうふうに理系の仕事が多いのである。

でも一方で文系的なものからも原発では追及された,まず歴史というのが津浪に関係していたからである。
自分は理系の人に原発を運営する人に一番感心したのは津浪が10メートル以上くると東電の理系集団の人が科学的に予測していた
その予測していたことでそれを防ぐ対処をしなかったことで裁判になったのである。
でも津浪が10メートル以上のものが来るということを予測していたことに感心した
ただそのことは大きく伝えられなかったのである。
マスコミでも伝えられなかったのである
もしそのことがだいだい的に放送されていたらそんな津浪が来るのとこの辺の人は驚き恐怖になっていたはずである
だから東電の専門家以外でそのことを知っていた人は少なかったろう

そもそも原発は秘密裏に行われていて隠蔽されているものでありそうした危険情報も表に出なかったのである。
そのことが今になると一番の問題だったのである。
そこにマスコミの責任は果たされなかった,福島民報でも民友でも危険性は指摘しなかった,福島民報は官報と同じであり50パーセントが県の出資で成り立っている
だから国の言いなりであり危険は伝えなかったのである
マスコミは文系でありそもそも科学にうといから役に立たないというときそうだと自分も思う,原発のことなど放射線のことなどでもそれを扱える理系の人がいないのである。
マスコミはほとんど文系だからである。

ただ文系でも原発に関してはいろいろ追及するものがあった,それは避難区域化したことなどで起きた,それを自分はこれまでプログで追及してきた
郷土史の面からまたは哲学的な問題としても追及してきた
自分の一番の大きな疑問はなぜこんなに簡単に町とか村が解体して廃墟化したことの驚きだった
浪江町だと二万人とか人口があった,それが一挙に廃墟の町となった驚きである。
それは確かに放射線というのが怖いとういことをすりこまれた,遺伝子が破壊されて奇形が生まれとかも怖いことであり限りなく恐怖が与えられたからしかたがないという面はあった

でも自分はなにか放射線だけではない,現代社会の問題もあったのではないかと追及した現代社会は絆のことを津浪や原発事故後盛んいに言われたがそんな絆が田舎でも希薄化していたのではないか?
何よりも便利な生活をしたい,金があればいいという社会になっていた,それは田舎でも同じである。
だから漁業者は東電に漁業権を売り渡して補償金で事故前も裕福な暮らしをしていたのである。農業はただめんどうで苦しいだけで金にならないからやりたくない,後継ぐ者もいないとかなっていた,農業の価値は田舎でも全生産の一割にもみたなくなっていたのである。林業も外材で山をもっていても金にならないとなっていた
そういう社会は農業とか漁業でも林業でも軽んじるのである。
ところが田舎で生きるということはそうした第一次産業の上に成り立っている
それは自然の中に生態系の中に生活しているのが田舎である。
それが都会と東京などとの大きな相違なのである。田畑は生態系の中に組み入れられた第二の自然だからである。
東京とかなるともう生態系というのはないのである。
ただ放射性物質で東京の水源のダムも汚染されたとき生態系を意識したとなる
東京でも生態系から無縁では生活できないのである。大気も生態系の中に入るからである

津浪でもそうだが原発事故となると余計に事故後でも文系として対処する問題があった
その問題は多様になっていたのだ,だから蛙が鳴いた時何か復興したと自分が書いた
それは生態系の復活であり蛙も共に生きていた仲間だったと意識したのである。
それは鷺がもどったときも感じた,生態系から考察すると理解になるが文系的に文学的に表現したのである。
そして故郷とは何か?その根源的な問題を避難区域になった所で否応なく普通の人でも考えてしまう,廃墟化した町とは何なのだろう,一体故郷とは何なのか,故郷は当たり前にあるものだと思っていたからである。
だから故郷について考える,故郷を哲学的に考えるようになった
こんなこともありえないことだった,ただ自分は故郷は生態系とかからアイディンティティ化して詩などを書いてきた,ただそれは故郷に住んでいる人にも関心ないものとなる
経済的利益としての故郷は考えるが自然を森や木や岩や石を精神的象徴として考えることは故郷の人でもあまりないからである。
ただそうしたものは自明のものとしてあった,自明のものとしてあるから意識されていなかったのである。

自分は未だにそのことは考えているしなぜ故郷でもこんな簡単に捨てられるものだったのか?もちろん放射線の影響があるからこそだからしかたないとはなる
でもそれだけでも納得いかないのである。
この辺では江戸時代の前から人が住み続けている,歴史もある,そういう場所が簡単に捨てられて廃墟化したということが納得いかないのである。
故郷とはそんなものだったのか?便利な生活が金があればどこでもできるということで故郷の価値は消失したのか?何かそういうことが納得いかなくていろいろ追及して書いてきたのである。

自分が住んでいる場所は30キロからはずれているから避難区域にはならなかった
だから本当にこういうことを感じるのは考えるのは避難区域になった人達でありその人たちが今どういう気持ちでいるのかとなる
故郷から離れた人でもそうである。結局今は金があればどこに住んでもいい,ならば便利な所に住む,そういう社会であり故郷の価値は消失したともなるとも見る
ただそこに以前として深く考えさせられものがある
それは極めて文系的なものなのである。それは科学とは理系の思考とは違うのである。
何かそこに理系と文系の問題が具体的に現れた場だとも思った
だから理系が主にしても文系的な問題の追及もこの辺では重要なものとして現れた

それで理系と文系のことを考える場として原発事故周辺は適していると思った
なぜなら具体的問題としてありその対処方法は理系的なものが主としても文系的なものとしても追及せざるを得ないからである。



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2018年04月27日

原発事故で荒地化したことの問題 (占有権から考える)


 原発事故で荒地化したことの問題

 (占有権から考える)


賃貸マンションについて所有権があるのは大家さんで、占有権があるのは賃貸契約をしてそこに暮らしている住民といったイメージです。


住宅の所有権が自分にあることに気づかないまま、Aさんが20年間(※)、所有の意思をもって、平穏かつ公然とその住宅を占有した場合、Aさんはその住宅の所有権を取得することができます

占有権【せんゆうけん】

自分が利益を受ける意思で、物を現実に支配している事実状態を占有といい、占有に基づく権利のことを占有権といいます。
例えば、実際は他人の土地なのに、先祖代々自分の土地だと思い込んでいる人が、その土地に家を建てている場合、その人は土地を占有していることになります。また、自分の土地に家を建てている人も、占有者です。このように、法律上の所有権の有無にかかわらず、物を事実上支配している状態そのものを保護しようとする権利が占有権です。

@の段階においては、物を貸しているだけなので所有権は山田から変わりません。しかし、Aの段階で正式な手続きを踏んで物をお店に売った場合、物の所有権が店に移ることになり、こうなると山田はゲームを取り返すのが難しくなってきます(第192条:即時取得)


法律となるとめんばどうであるが「占有権」というのは意外と生活の中で生じる問題かもしれない,ここで一番わかりやすいのが借りた本を古本屋に売ったとしらもうとりかえせないということである。
つまり借りた人に権利が移っているのである。
これが理屈的に変だ納得しないとしてそういうものしとて法律が作られてきたのである。だから貸しても返さない人には貸すなとここではしている

占有権は例えば誰だかわからない土地を耕して野菜を作ったとする,それを土地をもっている人が何も言わないとしたらその土地は20年とかたつとその土地を勝手に耕した人のものになる
だから荒地がありそのままにしているとそこの土地の所有権もなくなるということがあるつまりその土地を利用した人に価値があり権利があるとなる
それで地主よりそこで耕作している小作に権利があるとなったのが戦後で土地は小作のものになったのである。

なぜこんなことを考えるかというとこの辺では荒地が多くなったからである。
それより町自体が住めなくなり荒地化したのである。
でもそういうふうにして人が住まなくなるとその土地は管理するものもなくなる
荒れ放題になる,とすると誰かが勝手にその土地に住んで耕作した場合どうなるのか?
所有者がまだいるから勝手に耕作するなと言う,でも荒れ放題でありそこを耕作する人の方が価値あるとなる,第一そんな荒地をもっていても何の価値も意味もないからである。ただ土地をもっている人はそれで金にしようとしている
放射性物質の廃棄物処理場にするとか何かそうした金になることがあると思って所有している、だから自分の土地を勝手にはさせないとなる
でも利用されなければ荒地のままであり何の役にもたたないのである。
そういう問題がこの辺では生じている,荒地がいたるところでふえたからである。

「まわりがこんな葦原ではうっとしいでしょう
この葦原をどうにかならないものですかね」
「この田んぼをつくりつづける以外のことが私にできようか」
日本の国家にとって日本本の国民にとって数枚の田んぼにどんな価値があるでしょうか
だからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです
日本国家その荒廃を防ぐこともできませんでした
(農本主義が未来を耕す-宇根豊)

この本ではこう語り農の大事さを説いている、ここでは荒地化しているなら隣の国の人が来て耕すことも歓迎されるとも言っている
これをとりあげたのはまさに原発事故でこの辺が田んぼでも畑でも荒地化したからであるもう土地を所有しても何の価値も意味もないのである。
だから誰かがここに入ってきて田んぼでも畑でも耕作地にすることが土地を活かすことになる
ただ土地をもっていた人は土地をもっている意味も理由もなくなっているのである。
土地をもっている人はすでに多額の補償金をもらった,でもそれで土地を活かすことではない,放棄して別な土地に移り帰ってこないのである。
だからそもそもが町自体に住む権利もなくなったのかもしれないのだ
ただ町に住んだそれで被害にあった、だから永遠に補償しろとまでなっているのは変なのである。

だから復興というときそうして他に移り住んだ人にはその土地や町に住んだ権利を放棄したともなる,だから外からでもいいからそこでその土地を利用して活用する人が権利があるともなる,それは本を借りた人がその本を売っても占有権で罰せられないと同じなのである。何か理不尽に見えても占有権の思想はそういうものなのである。

つまり復興というとき現実問題としてそこに住んでいた人達でも帰らない人が多数なのである。ではその後ををとするのか?
還ることを待てっていても帰らないのである。ではその町とか土地の権利があるのかとなる,もう所有権も放棄したのである。
だから誰かが勝手にその土地を利用しても文句は言えないとなる
むしろ歓迎すべきだともなる,ただ時々自分の土地を見まわりしている人はいる
浪江でも近くに住むとそうしている,だから全く放棄したわけではないのである。
でもその土地を所有してもそれを活用できないものには権利がなくなるのである。
いつまでも荒地化している所があるがその土地を活かせないならその土地をもっている所有権も消失する,でも避難区域にならなかったところでは原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも他でも土地をもっていれば住宅地とかなり売れるから手放さないとなる
ただ荒地が以前として多いから困るのである。

要するにもともとだからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです
日本の国家にとって日本本の国民にとって数枚の田んぼにどんな価値があるでしょうか
だからこそその周囲の田んぼは放棄され荒れた「耕作放棄地」と化しているのです

それは日本の国家でもない国民でもない,その土地に住んでその土地をもっている人がそういう考えになっていたのである。
だからこそ東電に漁業権がある漁師は海を売り渡し補償金をもらい,東電で働いた方が金になるとして歓迎したのである。
農業だけはするなと親に子供が殴られたというのもそのためである。
親が全く農業の価値など認めていないからである。
それだけ農業だけで生活することは豊かになるとむずかしくなっていたからである。
でもそういうことが仇(あだ)となり全く町自体が荒地化したのである。
それはまさに農業を軽視した結果としてそうなっているのかもしれない
そこに住んでいる人達が農業が常に金にならないから跡継ぎもいないとかなっていたからである。
そういう人々の心の反映が現実化したともなるのかもしれない。
農業と電気を比べるとその差があまりにも大きいからである。
まず収入の多いのは電気とかガスとかのエネルギーか関係で働いている人達だからである農業関係では金にならないからである。

ともかく復興を考えるとこの荒地化した問題がある,それは避難区域になったところだけでない,荒地になっているのが多いのである。
それより全国で農業は継ぐ人もいなくなり過疎化して限界集落化して日本全国が荒地化することが多くなるのである。
そして少子高齢化で空家が膨大に増えてゆくし土地は荒地化してゆくのである。
この辺ではそうした未来を先取りして極端なものとして現実化した場所なのである。

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一番高いのがエネルギー関係でありそれから通信関係であり金融業とかなっている
その他は低いのである。だから当然東電社員の給料は高い,事故後も高いのである。
でも金融業とか高いのはおかしいかもしれん、株とかで大儲けしているのは何か理にあわないのである。そのことで格差社会になり社会をゆがめているのである。
いづれにしろこの辺の状況は何か現代の問題を極端化して反映した場所なのである。



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2018年04月22日

水田の効用は米がとれるだけではない (風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の効用は米がとれるだけではない

(風土に根ざした生活がないと原発事故のように住めなくなる)


水田の役割はイネを育てることだけではない、日本各地に無数にある水田はダムの三倍もの貯水能力を持っている
森林につぐ第二のダムなのである。

水田に貯えられた大量の水は洪水を防ぐばかりでなく、土壌を保温することによって例外を防ぐ効果もある
微生物の活動を促進し,土の生命を守る
・・・他の作物と比べて非常に連作性が強いのが特徴である。
(農に還る時代-小島慶三)

この本でも指摘しているのは水田の効用である。自分は景観から田んぼを見ていた,でも水田は自然環境と融合したものであり様々な効用がある
水田というとき米というとき米を買う人は米を食料としてしか見ていない
だから米が高いとか安いとかうまいとかしか見ていないのである。
それは田舎に住んでいてもそうである。
ただこの辺では津浪とか原発事故で田んぼが荒地化したとき景観が変わったので自分も田んぼとはなんなのだろうと見た
田んぼは別に田舎で普通にある景色だからである。それがなくなったということが信じられないことだったのである。
田んぼは自然景観の一部のように見ていたからである。

俳句の季語で春田というとき春になって田になる前の状態である。
でも田んぼが荒地化したらそうはならない,そこは田んぼにならないからである。
田植えもしないしただ荒地になっているだけである。春田とあればこれから田んぼになるものとして生活感覚で春田となっていたのである。
俳句となると何か実際の生活と離れたような鑑賞するだけのもののように見えるがそもそもそうした稲作とかと深く結びついて生まれてきているのである。
だから芸術が実際の生活から離れてありえないのである。

「げんげ田」で春。「春田(はるた)」に分類。昔の田植え前の田圃には、一面に「げんげ(紫雲英)」を咲かせたものだった。鋤き込んで、肥料にするためである。いつしか見られなくなったのは、もっと効率の良い肥料が開発されたためだろう

この本でそうした農についてその重要性を指摘している,水田は保水能力、第二のダムというのもそうである。
これも意識しないがもし回りに水田がないと乾いた大地だけのもの,畑だけになるどうなるのか?
土があたためられて熱くならないか?水田は水だから空気を冷やすことになる
例えば海側だと夏は海の影響で涼しい,盆地になると福島市のように異常に夏は暑くなるのである。でも水田があると水で冷やす効果があるとなる
土壌を保温することそうである,畑は農作物は土地の温度に敏感なのである。
土の温度によって生育が作用されるのである。

そして連作できるというのがやはり稲作の水田の大きな強みである。
なぜなら麦とか畑を作ることはヨーロッパなどで連作できない,土の栄養分が維持できないから連作できない

農業には連作障害というものがあります。
同じ土地で、同じ作物を作り続けると作物の生育がだんだん
悪くなっていくという現象です。
これは別にヨーロッパだけでなく、世界のどこで農業を行っても
起きる現象です。
(現在の日本でもです)
そのために、一部の土地を休ませて地力を回復させようというのが
三圃制のポイントです。

今は化学肥料があるからしていないとここでは書いてある

日本の米文化は特殊
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牧畜は乳をミルクを利用する,そこからバターとかとる,そして麦文化と牧畜は一体である。なぜなら麦はパンとして食べるしかないし牧畜で利用する乳とかバターとかが食文化になるからである。麦文化は米文化より古い,文明が起きたのは麦文化地帯である
エジプトもそうでありすでに麦からビールを作っていたからである。
広大な麦畑が大陸には見られる,土地が広いことが三圃制農業などを発展させた
稲作は土地集約型農業でありそれが日本では山が多く森林が多く保水能力があるから適していたのである。土地が狭くてもまずどんな山奥までも田んぼがある
こんなところにもあるのか,それは隠れるようにあるからわからないのである。
それで隠し田として税金逃れしていたということを実感する
つまり日本の地形が複雑でありそうして隠された場所があるからそうなる

そして麦文化牧畜文化と肉食文化も一体である。麦だけではまかないえない文化であり肉食が必然的に発達したのである。日本の特殊性は邪馬台国の時代から馬,牛,羊がいないとういことだった,だからタンパク質は魚からとっていたとなる
魚と菜の文化だったのである。そういう風土であり大陸的な荒々しさのない文化がはぐくまれたとなる
例えば馬を飼い馴らすのと田んぼで米をとるのとは人間の気質まで影響する
それは今でも海で魚をとる漁師と水田で米を育てる農民とでは気質が違うのとにている
漁師の性格は荒っぽくなるし一攫千金を目指す,大漁になればそうなるからだ
そういうことは日本では各地で見られるのである。

自分は風土から世界を見るということに興味をもっていた,風土に根ざす生活から人間をみる,世界をみる,ただこれも風土というと世界を見ないとわからないし大陸のことは日本ではわかりにくいのである。
多少海外旅行して理解することがあったがなかなか日本人には大陸のことが理解できないのである。風土は一年を経験しないとまたわからないのである。
冬と夏ではまるで違ったものとなるからである。
最初に文明が発達したのは麦文化と牧畜文化が発達した所でありそこから都市が生まれたのである。川の側だったというとき川にもいろいろ効用があり貿易もあって都市が生まれたのである。

この風土に適合してこそ人間の生活がありうるしそれを無視すると今回のような原発事故とかで自然環境が破壊されて住めなくなった
文明は自然環境の破壊からはじまっている,焼き畑農業でもそうである。農業の一番の問題は肥料だからである。肥料をどうするかということで森を焼き払って灰を肥料にして畑にしたからである。土の栄養がなくなるからヨーロッバでは三圃制農業になったのであるだかち土というのを注目していないけど土が文明を作っているというのもわかる

それでソーラーバネルとかでも必ず自然破壊になっている,まずソーラーパネルで光りさえぎられるからその下の土が死んでゆく,すると農業はできなくなる
ソーラーパネルでは住宅地の側にあるものがあり反射して熱くなる
森の中に作ると土壌が雨で流出するとかになる
だからこれも自然破壊でありいいものではない,ところがなぜいたるところにソーラーパネルが作られるのか?

それはグローバル経済のためだったのである。森の木材はグローバル経済で外材を利用するから無用となる,すると山の森をも荒れる,山をもっていても金にならない,役に立たないとなりソーラーパネルにして金にしようとなる,それはグローバル経済が影響してそうなっていたのである。
つまりグローバル経済はこうした国々の風土とかに育てられた文化を破壊するのである。地産地消ではないからだ,グローバル経済になったのは高度成長時代からである。
自分の子供時代は炭がエネルギーだったからである。まさにエネルギーも地産地消だったのである。もちろん木材もそうだった,それで橲原(じさばら)のキコリから自分の家の柱を使ったとか自慢していたのである。
高度成長からグローバル経済になったとき風土に根ざした生活が破壊されたのである。

ただ江戸時代でも東北地方で飢饉があったのはグローバル化経済とにた現象が起きていたのである。
伊達藩では伊達政宗が米を江戸に石巻とから船で運び売っていた,米が商品作物となり
地元の人が米を食べることができなくなっていたのである。
まず米を売ることを第一にしていたからである。

伊達藩では藩をあげて北上川水系の改修と湿地の新田開発に取り組み,江戸への産米輸送に力を注いでいました。当時,伊達藩では「買米制」という制度をつくり,お百姓さんが年貢を納めたあとの余った米をも藩が買い上げ江戸へ送っていたのです。このため米どころであってもお百姓さんは満足に米を食べることができませんでした。「百姓食物常々雑穀ヲ可用食之事」(米を食わず雑穀を食うべし)という「百姓法度」が出されるほどでした。

ご法度(はっと)から生まれたから法令でそうしたとなる,こういうことはグローバル経済で起きている,タイでは海老養殖して売るために地元では食べないとかなっているしコーヒーだけを作らせて安くなって地元では食料飢饉が起きたとかある
グローバル経済は何かこうして外国からいろいろなものが入ってきていいようでもその肝心の地元で暮らすのに必要なものが喪失する
それで森林でも木材が利用されなくり荒廃するのである。それは日本だけではない世界的に起きている現象なのである。
アメリカでは売るものがないから牛をもっと買いとかオレンジを買いとかなる
それはもともとあったその国々の風土に根ざした文化を破壊するのである。

原発事故はまさにこうしたその土地の自然を破壊して住めなくしてしまったのである。
農業でも漁業でも金にならないと地元の人は東電と政府に金をもらってこうした人間の生活の根幹となるものを売り渡したのである。
それはこの辺だけの問題ではない,そんな農業や漁業より外国に売る車が大事だと国家ではなる,車を売れるからバナナでも食料も輸入できるのだとなる
だから都会では地方の農業などいらない,税金の無駄だとしている
食料は外国から輸入すればいいとしている,その時どうなるのか?
日本の国土は荒廃してこの辺のようになる,人が住めなくなるのである。
そして結果的に都会もやがて荒廃して廃墟化してゆくのである。
外国から食料も入らないということは別に国と国の関係が悪くなればある
何か工業文明がすべてのようになっている,そこに落とし穴があり遂には人間は住めなくなる,それをこの辺は原発事故で証明したのである。




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2018年04月17日

「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・ (原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)


「農本主義が未来を耕す」宇根豊著を読んで・・・・

(原発事故で問われた農の大切さ、でも農民も金が第一だった)

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仕事の相手としての生きもの(自然)との関係を意識していることです
それは近代化によって滅びてゆいくものの最たるものが自然だったからです

国益のために在所の人間と自然,人間と人間のつながりまで成長を求めるのはおかしい

農は食料を生産しているのではなく自然からの恵みをくりかえし引き出しているのに世間の人はわかっていない

農は過去から引き継いできたものを責任もって未来に引き継ぐことを重視しているのに
現代人は現世のことばかり考えている,それにこの継承は社会と共同責任を負うべきではないか

農は自然からの恵みの一部(食べ物)をカネに換えるが生き物,草花,風景など食べ物以外の恵みを繰り返し持続する限りにおいてそれをカネに換えることなく無償で国民に提供しているのに気づいてもらえない

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです


震災6年後にもどった故郷の景色 (ふるさとの秋(詩)

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


この本は自分の考えてと全部が一致していた,農本主義とかむずかしい思想のことではない、誰が読んでもわかりやすい,ほとんど知識が必要ないのである。
なぜこの本が手にとるようにわかったのはこの辺が現実にこの農が人間の基本となるものが原発事故で破壊されたからである。

田んぼが荒れればその一帯は完全に百姓の手から村の手から離れてゆくのです,人間と自然と向かい合う場が消え自然と人間の共同体が消えてゆくのです
もう一つ大切なことは自然への情愛と村の情愛が滅ぶのです

まさに現実としてこの辺はそうなったのである。今は避難区域になったところはそうなっている
でもそもそもこういうことは津浪や原発事故前から農民自身がそうした生活を嫌がっていたのである。金にならない農業などしたくないとなっていた
それで農業していた親から農業だけはやるなと殴られたという話を聞いた
その子供は原発とか建築現場で働くことになったのである。

そして今になって生業が奪われた補償しろとか抗議している,そもそも農にかかわる人達でも農を生業を大事にしていたかその価値を重視していたかとなるとないのである。
そもそも原発事故になる前にも農業をやめたいとなっていた,だから事故で補償金もらえればかえって都合いいとかまでなっていた
後継ぐ人もいないからこの際補償金をもらってやめた方がいいとなっていたのである。
すでに漁業で東電に政府に補償金をもらって海も売り渡していたことでもわかる
漁業も農業と同じであり金にならない,跡継ぎがないとかでやる人がいない
すると東電に補償金をもらって生計が成り立つ,船主などは特別補償されていて
原発御殿が建っていたのである。事故後も船主は格別であり補償金が海が汚染されたといっては抗議すれば確実に増額されてゆくのである。
だからいち早く新築の家を建てたのはと船主だったのである。

生業(なりわい)とは米の生産だけではなく,生活全般なのである。農業とういだけではない,昔の自給自足の生活はそうだった,納豆まで家で作っていたからである。
昔の農家は自給していて何かを買うということはまれだったのである。
だから何かしら絶えず料理するにでも水は井戸だし薪を燃料にしたり炭もそうだし自給自足を基本としていたのである。それが生業(なりわい)だった
そしてその生業を奪われたから補償しろと今になり農民でも叫んでいるのに違和感がある現実に何もすることなく仮設に住んだ人達はパチンコ通いだったのである。
それで回りから批判された,一部は仮設の前で畑を作っていた人はいた
ただほとんど毎日パチンコ屋通いであり昼間から酒飲んで何もすることがなくなったのである

生業より,金をくれ,一億円くれたら土地も生業もいらないよ

前からこうなっていたのである。生業といっても今は何かあいまいだからである。
原発事故でそれが補償金要求するのに見直されたのでありもともと一億円もらったら原発事故無くてもそういうものは価値がないから売り渡していたのである。
畑や田んぼがを道路になったり住宅地になって金になればいいと常に言われていたからである。

だからこの本で農本主義のことを熱く語るのは心から理解できる,でも肝心のその農にたづさわる人がそうだったのかというとそうではないのである
やはり農に関してはそれにたずさわる人だって田舎でも少ないし第一田舎に住んで農のことがわからない人が多いのである。
自分でも農業がわからないのである。ただ自分は自然と一体化するアイディンティティ化することを詩など書いてきてしてきた
それも農が基本にあって成り立つものでもあった

だからこの本で蛙でも雀でもなんでも自然と一体化して農があり農民にはそうした生き物への愛情があるというのには共感する
つまり農とは自然と密接に結びついているから自ずとそうなるのである。
生き物と蛙でもなんでも直接仕事の中で接するから愛情が自ずと生まれる
ペットでも犬でも猫でも直接接していると愛情が生まれる
なんか淋しいから猫を飼ってそれを経験したのである。
だから津浪や原発事故以後,蛙がいなくなり鷺もいなくなった
蛙の鳴き声も聞こえなくなったし鷺も飛んでいなかったのである。
そして蛙の鳴き声が夜空の星々に木霊したとき復興したなと感じたのである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ


それは白鷺が五〇羽くらい近くの巣に集まった時もそうである。
蛙でも白鷺でも田んぼがあってそこに蛙などの生き物がいて生きることができていたのである。自然と密接に結びついているのが農なのである。それは漁業でもそうである。
そして一番美しい光景は人間の営みが自然の中にあり調和していることなのである。
それは農だけではない,例えば海を見てなにも見えないと淋しと思う
でも船が航行していると海も活きて見えるのである。
だから農だけが自然と調和するということではない,風力発電などは風の力で回り電気を起すとして自然と調和しているのかともなる
でも森とかには風力発電は調和しない,ソーラーパネルだってそうである。
科学技術はなんらか自然を破壊するものなのである。

そしてこの本の著者は放射能に汚染された米を食べるべきだという,それを食べることによって農が守られ共同体が守られるからだという,そういう観点から汚染された米を食べるということをしている人はいない
でも農が共同体を維持していたときその米を食べないことは維持できないことになるからだ,だから老人などは食べるべきなのである。
ここでは放射能に汚染されることよりそうした共同体の維持の方が大事だとしているのだそのことは飯館村などを見たらわかる,そこで学者が放射能の除染して田んぼの表面の土などをとる必要がなかったとして自ら飯館村にすみついたのである。
自分も飯館村の惨状を見たら愕然とした,土ははぎとられて田んぼも畑もない,ただ放射能に汚染された土のフレコンパッグとかソーラーパネル工場とかになる
景観が壊されたのにはがっかりしたのである。
飯館村はまさに生業(なりわい)が根こそぎ破壊されたのである。
山菜をとって暮らしていたのが普通だったし所得が低いが自然との共生がまだあったからである。
ただ今では補償金で村は二分されているし人はほとんど住んでいないのである。

なぜこれほど補償金のことしか原発事故以後話題にならないのか?
もっとどういう暮らしがあったのか語られるべきなのだが語られない
ただ生業を返せというがそれ以上に補償しろ金をよこせとかしかない
そもそもそんなに生業を大事にしていたのか,そこに価値を置いていたのか?
それ自体が疑問なのである。
やっぱりそんなことより金だよというのが農民が求めていたものだともなる
第一農民というが田舎で農業している人は一割にもみたない,農業のことを知らないのである。ただ都会と違うのは農業しなくても田んぼや畑がありそれを見ているから違っているのである。別に農業しなくてもそれで農業と結びついているのである。
だから津浪や原発事故以後田んぼがなくなったから田んぼがない田舎は田舎なのかと思ったのである。

いづれにしこの本は深く共感した本だった,自分の追及してきたことでもあったからである。だからさらに検討してゆくことにした

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2018年04月04日

浪江の人がアル中で入院する (浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)


浪江の人がアル中で入院する

(浪江に帰らないとして一体何をして暮らすのか?)

 東北会病院(仙台市青葉区)に8月から3カ月入院し、先日退院したばかり。52歳の時にアルコール依存症で入院した経験があるが、それ以降は断酒会に入って酒と縁を切っていた。眠っていた病を呼び覚ましたのは、震災による生活の激変だった。

 被災者を支援している「ふくしま心のケアセンター」によると、平成24年から26年までの間に約2万人からの相談があり、その多くが精神的に不安定な状態から身体に異常をきたす「身体症状」や、一時的なイライラ感など「気分・情動に関する症状」を訴えているという。


復興住宅に住んでいる浪江の人と良く合う,その人は陽気な人で大工をしていたという
いつも昼間から酒を飲んでいるので赤い顔をしている
大工をしていたがその道具も親戚の人にくれたとか言っていた
そして知っている浪江の人がアル中で入院したという

この辺でも原発避難者でも昼間から酒を飲みパチンコ屋通いでありギャンブルであり遊んでいる人が多かった,そのことに回りの人は不満だった
自分も介護など苦しんでいたのでそうだった
介護でも優先されたのは避難者だったからである。多額の補償金をもらえたことにも不満だった
それで鹿島と小高は仲が悪くなった,今でもそのことを尾をひいている
お前らずいぶん補償金をもらったのだからいい思いしたのだから今度は自分たちで町を復興させろとなる

男性はそうしてギャンブルとか酒を飲んでいたが女性はかえって仮設暮らしを楽しんでいた人達も多い,なぜなら長屋のような暮らしになり隣近所と親しくなって話するから女性はそれほどでもなかったのかもしれない,そして大金も入ったからほくほくだったということもあった
なにしろ毎日のようにボランティアが来てかわいそうだと応援していたからである。
だから自分たちはかわいそうであり支援されるべきものだという意識になった
だから鹿島とかで回りの人がなぜ支援しないのだと怒りになって分断されたのである。
それは今も尾をひいている

今度は浪江の人達が復興住宅に入った,だから良く浪江の人とあう,それも病人とか老人が多いのである。大工をしていた人も年であり大工をこの際やめたとかなる
浪江の人は帰らないというしではその後どうするのか?
結局補償金とかで暮らして帰らないとなるのか?
何か宙ぶらりんになっている,帰って復興してゆくんだという気持ちがない
たいがい帰らないとなっている,では移住先で何をするのか?
何もせず毎日酒を飲んでいるのか,そして入院してまた迷惑をかけるのかとなる

ただそういう人と接してではその回りの人はどう接していいのかわからないだろう
回りの人の目はあいつらはただ昼間から酒飲んで遊んでいるだけだと見られる
でも浪江は近いから車で通っている人もいる,その人は浪江に帰るためにそうしているのかもしれない,ともかくなにか宙ぶらりんな状態になっている

もし大工をしていた人がここでも大工をつづければ別に問題はない
でもそれができない,年でもあるとかできない,では何をするのだろう?
毎日昼間から酒を飲んであとはやはりパチンコ通いだとかなる
そういうことが回りから許されるのかとなる
もう7年も過ぎているしそんなことがいつまでだらだらつづくのかともなる
農業でも3年していないと体がなまりできなくなるという
もう7年も過ぎたら何もできないとなる
それは宮城県の津浪の被害者でも同じである。
アル中になって入院している

ただこれは退職後の人生が長くなり何もすることがない人が増えたのとにている
それが深刻になったのが津浪や原発被害者である
その解決方法は何かとなるとむずかしい,第一復興といっても浪江の人でもやる気がなくなっている,帰らないという人が多い,若い世代はもう別に暮らしがあるから帰らない
その間で宙ぶらりんになっている人達も多い
それも老人が多いのである。その大工さんは娘とかと一緒に住んでいるみたいだからまた違っている

そもそもではそういう津浪の被害者とか原発避難者とかと回りの人がどう接していいのかそれを現実に感じる,あなたはこうしなさいと言うことも簡単にできないだろう
現実問題としてはそういう生活をしている人を回りの人が受け入れことはないことは確かである。帰らないにしてもそうである。
そして小高の場合は南相馬市民だが浪江の場合はそうではない
だから復興住宅に住んでいる浪江の人が行政に不満を言っていたがそういうことも言えるのかときついことを言えばそうなる
そうした権利とかもあるのかとさえ言われるだろう

ただそもそも復興は誰がするのか?誰が主体になるのか?
そのことが自分には前から疑問だった,いくらなんだかんだと外野から言っても一体復興るのは誰なのか?
お前がなんだかんだいうならお前は復興の主体になれといってもなれない
何もできないからだまっていれという人もいた
それも確かである。だから自分は実際は何も言いたくない
でも小高でも南相馬市であり経済的負担とか市政として直接関係してくる
現実に鹿島に補償金を一時的市の財政から出すときそれに強く反対する原町の人がいたのである。それは同じ南相馬市民だからである。
では小高に今度は復興させるとしてやはり病院とか再開すると市の財政から金を出すことになる,そういう要求があるから無下にはできないのである。
同じ南相馬市民だからである。

結局この津浪被害でも原発事故とかでも回りを全体をまきこむものとなった
第一南相馬市に何千人という浪江町民がいることがそうである。
もう浪江町民だからと分けることもできない,一体となっているし生活でもそうである。つまり原発事故はこうして広い範囲の人をまきこむのである。
自分は30キロ圏外だから原発は関係ないと思っていたのである。
でも30キロでも40キロでも鹿島と相馬市でも実際の放射線量は変わらないのである。
それで相馬市の人は補償金をもらえないから不満なのである。

もう浪江町民だからどうのこうのというより福島県でもその被害にまきこまれている
でもその主体となるのは誰なのか?
肝心の浪江町民であれ飯館村民であれ村長は外に出て村の中では暮らしていない
孫でも学校ができても村外から通わせているのである。
ただいつまでもそうして宙ぶらりんな状態にいることができるのか
30パーセントはそういう状態にある,もう若い世代で帰らない人は帰らない
その人たちはかえってすっきりしている
故郷を捨てたとわれてもそれですっきりしているのである。
別に帰るとか帰らないとか悩む必要もないからである。
問題は宙ぶらりんになっている人達なのである。

復興住宅でも浪江町に住んでいれば別だが町外にありそれも復興しにくい状態にしているともかくそういう人達が現実に身近に暮らしているし関係せざるを得ないのである
ではどうしたらいいのかとなると回りの人でも困惑しているのである。
いつまでも昼間から酒飲んでぶらぶらしていては困るとなる
しかし実際はそういう状態がつづいているのである。

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2018年03月20日

老人と病人ばかり増えてくる (夕張のようにこの辺もなってくるのか?)


老人と病人ばかり増えてくる

(夕張のようにこの辺もなってくるのか?)


夕張で見たのは辺境の貧しさではなく、唐突に終わりを告げた豊かさと、偽りの希望の残滓だった


昔は市立の総合病院だったものが財政破綻で縮小して診療所に改組したのだ。いまは市内にCTやMRIが1台もなく、人工透析も廃止して、病床数は171から19に減ってしまった。

そもそも貧しい山村であれば、このようなかたちで破綻しない。石炭産業が盛んで人々が集まったからこそ、夕張は他の地域よりもずっと豊かだったし、国のエネルギー政策転換の煽りを受けて急激に寂れてしまった訳だ


夕張と原発事故周辺はにている,そもそもエネルギー政策として石炭産業に頼った街だったからである。10万から一万に人口が激減した
石炭産業により異常に繁栄した結果だった
それはこの辺でも原発ある所は原発に頼る,でも一旦事故になったり石炭から石油とかにエネルギー政策が変わると一挙に衰退する
だからこれは限界集落とまた違ったものとしてそうなったのである。
エネルギーが石炭から石油に変わる,鉄道でも車に変わるというときこうした大きな変化が起きてくる

夕張のような状態が避難区域で起きている,もう町は運営できないような状態になっている,医療でもゴミ収集でも水道でもサービスが受けられない,受けるとしても馬鹿高くなる,すると若い人中心にここには将来がないと移住してゆく
住民がいないと公務員の役所に勤める人も失業したり月給が減りやめる人もでてくるそういうところで働きたくないともなる
それは浪江の人と良くあうけど浪江の人は浪江町であ南相馬市とか相馬市でも相当数復興住宅とか団地に住んでいる
浪江の人達を南相馬市でかかえるようになったのである。
小高はまた別であり南相馬市民としての問題だった
小高は浪江の人から言わせるといいとなっているのだ
実際浪江で電車で行ったとき街中には誰も住んでない,廃墟の街になっていた
あれを見ると帰る気がなくなるのがわかる

この辺の問題は全国的な問題,少子高齢化とかがあるが極端になる,それは夕張とにてくるのである。
ただまだそうした深刻な状況にはなっていないがいづれそういう深刻な状況になってくるなぜなら老人と病人が多いのである。
駅に来た人も浪江の人だった,病院に来る
杖ついてっと歩いている,妻が補佐している,子供たちはみんな散り散りになった
南相馬市でもなく遠くに去ったとなる,つまり老人と病人が南相馬市に移った人でも多いのである。
そうした人達を南相馬市でもかかえることになったのである。
そういう人は補償金で金をもらっているから老夫婦でも家を建てたという
でもそういう人達はもう生産労働をしない,ただ介護とか医療とかで南相馬市の人達に世話になるだけなのである。
一応金をもっているにしても人手不足人的負担も大きくなる
なぜなら浪江町でも若い人が南相馬市に移るというのではなく他に移住してしまっているからである。
そして取り残された老人達が復興住宅や団地に住んでいる

それから浪江町にしても土地があっても固定資産税がとられるとかありそうした家でも土地でも負の遺産になる,補償金がもらえるときは土地や家の賠償があった
でもそれがなくなればもうない,そして生産活動はできないのである。
果たしてそういう社会が成り立つのだろうか?
それは日本全国の少子高齢化の問題が夕張でもそうだが極端なものとして現れている
自分の家に来ている人も毎日のように病院通いである。
それで自分に負担を強いる,つまり老人と病人の街と化しつつあるのだ
そういう人達増えすぎればかわいそうだとか愛だとかも成り立たなくなる
その負担の大きさに個人でも家でも市町村でもつぶれてゆくともなる
もう夕張では透析もないとすると生きるためには外部に出るほかないとなっている

愛とか同情とかが成り立つのは余裕ある場合なのである
現実自分は全く余裕ない人が自分が介護の時とか自分が病気の時来た
だから犯罪にあい,事業に失敗して借金に追い詰められた人は金を欲しいというだけで迫ってくる,死んでくれれば金が入るとまでなってくるから恐怖だった
つまりそういう状態に市町村全体が追い詰められる
財政的余裕もなくなれば今まで受けていたサーヒスすら受けられなくなる
馬鹿高いものとなるからその金も払うことができない

南相馬市ではあと3年で原発の国からの支援が切られる、それで財政的に苦しくなる
それは市全体に影響する,この辺は何かと原発事故でも国からの支援がありかえって潤っていたということがあった
それもなくなる,だから夕張のように深刻な状態になる
それが最も顕著に現れるのが医療とか介護関係でありそういうものは負担が大きいからである。人的にも財政的にもそうである。
それは国全体でもその医療費が膨大なものとなり国がつぶれるとまでなる
つまり老人と病人で国がつぶれる危機とまでなる

そうなると老人を尊ぶ人などいない,今でもいない,早く死んでくれとなり病気になったら治療より早く死なせろとかなるかもしれないし現実になっている所もある
何かこうなるとかわいそうだとかいっていたら若い人たちとか世話する人からみると
もうその負担に耐えられないとなるのだ
それは自分が家族二人の介護で経験したことである。
一人はひどい認知症だった,一人は最後まで死ぬ一週間前まで立ってポータブルトイレに行っていて寝たきりでもなくオムツもしないから自分のようなルーズなものでも介護ができた
そして介護が終わったから自分ではふりかえり恩返しができたから良かったと思っているでもみんながそうはいかない,みんな介護でも事情が違ってくる
それは家族だけで処理できればいいが自治体とか国の負担にもなるし若い人の負担にもなる,実際に介護しなくても税金でひかれるからである。

いづれにしろ地方はさらに疲弊する,地銀も投資信託であこぎに稼ぐほかないとか銀行がなくなるとかあったりこれから地方はさらに衰退する
最大の問題は老人と病人が増えてそれがプレッシャーとなり自治体すら維持できなくなるそして老人が老人をめんどうみれない,頼れないのである。
老々介護とかなると過酷だし老人は将来の街作りをしようにもできない
それで小高に帰った老人が死ぬことしか考えられないという言っていた
こういう人が帰って何するのか,ただそこで死を待つだけにしかならない
そこは墓場の街になるのではないか?

ただそうして老人がみんな無用なものかといえばそうでもない,経験があり次世代に教えることができるものもある
でもとにかく老人と病人が多すぎることなのである。パークゴルフ場では元気な老人がいることはいる,でもどうしても老人はやがて病気になりやすいし介護状態になる人が増えてくるのである。
街に出ると杖ついて歩いているような人が目立つ,そういう人が増えることはとても活気ある街にはならない,地域振興の協議会などがあっても年配の人が多いだろう
すると何か街の将来を考えるとしてもできない,ただ老人クラブのようになってしまうかもしれないのである。

結局病気になったとしても一二週間で死ぬ,介護を最低5年とかさらに十年とかなるともうできなくなる,そうはいっても見捨てるわけにいかない
そういうジレンマにおちいる,家族を介護してもそういうことが起きているからだ
いくら愛だとか言っても限度がある,若い人がそれで人生を犠牲にされたらあとで親だって恨まれるのである。
そういうけど自分でも病気になり介護になれば頼らざるをえないのである。
ただ団塊の世代などは数が多いので2025年ころはもう負担が増して自治体でも国でもつぶれるというほどまでになる
そういう時期はすでにもうすぐであり始まっているのである。





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2018年03月11日

帰還しない原発避難者 (老人だけが取り残される)


帰還しない原発避難者

(老人だけが取り残される)

なぜ原発避難者が帰還しないのか?それにはいろいろ理由がある
7年過ぎた結果移った先で家建てたり子供も7年過ぎたらその移った先で別な暮らしになった,故郷のことを知らないという子供すらでてきている
津浪のことを知らない子供すらいる
それから放射能が怖いということもある
放射能は実際はどういう危険があるのかわからないものだからである。
もし心配すればきりなくなる,なぜなら遺伝子にどういう影響与えるのかもわからないからである。何世代も見ていないとわからないとしたら長く時間がかかる
それよりそんな長い時間を生きている人は考慮できないのである。

とにかく家を外に建てた人は帰らない,家建てた人は多いのである。
浪江の人でも老夫婦でも原町に家を建てたとか聞いた
そういう人も帰らないのである。
帰った人でも小高で30パーセント帰ったとなると多いがその中味はほとんど老人なのである。
それで困っているのが病院と老人ホームで介護士などで働く人がいないということであるそれはどこでもそうだが老人ホームが人手がなくて運営できないのである。
それは若い世代が流出したからなのである。
でもおばあちゃんとかおじいちゃんとかが住んでいる
すると家族として町を考えるとそういう若い世代が世話するのが責任がある
でもこの際,姑と一緒に暮らすのが嫌だから外に出たという話も聞くのである
そして取り残されたの老人だったとなる
そうした老人の町が成り立つのか?それでもう町は存続できないとみている人が70パーセントとかいるのもわかる
少子高齢化の影響とかが極端なものとしてこの辺では影響している

それはここだけではない,宮城県でも岩手県でも被害にあった人達は65歳以上の高齢者が多いのである。津浪の被害で死んだ人達も高齢者が多いなというときもともと65歳以上の人達が住んで多かったからそうなったのである。
若い人は少ないというときそれだけ少子高齢化であり地方は農業でも漁業でも跡継ぎがいないとやめる人が多かったのである。
大原の農家の人はそうだった,5町の田んぼをもっていても一人で農業していて息子は跡を継がない,公務員になっていて街内に住んでいたからである。
そして今は空家となっている
漁業の場合は事故前から原発の補償金をもらっていたからそれで生活も成り立っていた
事故後も補償金がもらえるから生活には困らないのである。
そうでなければ農業のように廃業する人が多くなっていた

それはここだけではない女川でも原発再稼働してくれとなっている
それだけ原発頼りの町になっているからである。漁業では暮らしていけないからそうなる
また復興できないというとき時代も影響している
復興というときそのレベルが高いのである。病院も必要だ,買い物のためにのスーパーも必要だ,介護施設も必要だ,・・・今まであったものが当然あるべきだとなるからだ
戦後の焼け野原から復興したとき何もない,でも若い人が戦地から帰ってきた不便な所に開墾に入った,そういう所で苦労した人はそこに特別の愛着があるというのもわかる
本当にそうして開墾に入った場所が多いのである。
その時なぜそういう過酷でもそこで生活したかというとそれしか方法がない,職がない
もともと戦争で生きる死ぬかを経験して来た人達だから苦労をいとわないということがあった
今は違う,生活レベルが高く設定されている,元のような町でなければ用意しなければ帰還しないとなっている
そこで自分たちは一からやり直すようなことはしないのである。
それなら外で便利な場所がいくらでもあるのだから移った方がいいとなる
老人はその土地に長く住んだから愛着があるから帰りたいとか帰っているのである。

何かこの問題は津浪でも原発事故があったからというよりその前にそういう問題をかかえていた、それが津浪原発で致命的になったともなる
限界集落とか少子高齢化とかがすでにありそれに津浪原発事故が拍車をかけた
そして立ち直れなくなったともなる
そしてこの辺では補償金をもらった結果,それが頼りになりもっと死ぬまで補償してくれともなる,現実に特別国民年金では足りないからと小高の人達は要求した
それより老人が多いけど補償金を打ち切られれば生活保護にしてくれとなる
そういうことを要求しやすいのである。
それは宮城県でも岩手県でも所得の低い人達とか国から援助されて金を借りたが返せないからその期限を延期してほしいというのも同じである。
それは事業している人達でも利益を上げられないから借りた金を返せないとなっているのと同じである。

それで今までの発想を変えてコンパクトタウン化する縮小経済になる,その規模に見合ったものにして再建を計るというのもわかる
今までのような規模でも経済を維持することは不可能だからである。
それは少子高齢化ではそういうことが全国的に言われた
それがまたどういうものか明確にはわからない、ただ今までのような市町村は維持できなくなる,だから発想を変える必要が生まれているのである。
今までと同じような市町村の復興はありえないということである。

ただ女川でも新しい街並みを作ったが商売にならない,地元の人達ではなく外から来た人を相手にしているとかなり原発再稼働してくれとなっているからいかにいくら発想を変えて新しい街作りしてもうまくいかないこともあるなと思った
つくづくそれだけ復興が困難なのである。
それは日本という国自体が衰退の方向に向かっていてそれも津浪や原発事故で拍車をかけたともなる
でも何かしら希望がある,その希望とは何なのか?
その希望があればそこにみんなで向かっていける
では戦後の焼け野原のときみんなどんな希望をもっていたのか?
不便な地域に開墾した人達も希望があって入ってきた,そしてそこで暮らしが成り立ったということもある,その後高度成長時代になり日本は世界に誇る経済大国になるという希望があったとなる,それは一時的なものとしてもあった
そういう時代を生きたのが団塊の世代だったともなる

ともかく後三年で国からの援助も切れるとなるとさらに厳しいものになる
外部からの工事関係者もいなくなる,今も減少しているのである。
飲食関係でも外部から来た人を相手にしていたところが多くなっていたからである。
それで仙台からユニットバスの会社がこの辺まで仕事を求めてきていたのである。
それは百万だから安かった,普通は二百万する仕事だったのである。
知っている人の40代の息子も除染していたが東京に仕事を求め帰らないという

こうして何か避難区域に残されたのは老人だけというがそうでないところも老人だけが増えてくるのである。
東京辺りから帰って移り住む人も増えているがその人達も老人なのである。
この問題はここだけではない少子高齢化の影響は全国的だからである。
だから市町村のダウンサイズ化,縮小化,コンパクト化を考える
またそうせざるをえなくなる,そうしないとインフラとか百倍もかかるとかなるからだ
そういう限界集落的な所はもう維持できない,それも税金になるので都会からそんなところに税金を使うなとなるからである。
自分としてはそうした地域の中の小さな地域でも人の暮らしがあり継続されてきたからあるべきだとなる,双葉町でも地区ごとに神楽がありその面が違っていたということでもわかるそういう狭い地域でも文化があり歴史が継続されてきたからである。
コンパクトタウンとかなるとそうした地域の中の地域性も失われるから多様性が失われるから文化的な面ではいいものではないのである。
ただ経済効率を考慮するとどうしてもコンパクト縮小化の街作りになってしまうのである




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2018年03月10日

一番の支援は町に人が住むこと (原発避難区域の復興)


一番の支援は町に人が住むこと

(原発避難区域の復興)


富岡町で帰ったのは450人くらである。でもショッピングモールとかができたから買い物はできる,その他の医療関係とかはできていない
そこで人をなんとか集める工夫が必要だと言う,クリエター系とかはパソコン一つで仕事ができるとか原発の廃炉作業員を住まわせるとか外国人でも呼び込んで観光地にするとか都会の老人を移住させて住まわせるかとの提案があった

つまり人が住まなければもう町自体維持できない状態に追い込まれているのである。
自分もそのことを思っていた,いろいろ外部から支援があった

一番の支援は何か

それは町に住んでもらうことである

これだと自分は思っていたのである。人が住んでくれないことにはどうにもならない
450人くらい帰ってどうするのだとなる
小高はそれでも3000人くらい帰ったからいい方なのかとなる
小高の有利な点は原町が近いから車があれば買い物でも何でも困らないのである。
原町は大きい街だから富岡とは違っていたのである。

外部から人を呼んで住んでくれといっても今の状態で町の人も帰りたくないのだから無理である
第一クリエター系というけどそういう人はしっかりと町に生活する人がありその上に存在できるものではないか?
クリエターだけの町とか老人だけの町とか観光地化して外国人だけの町とかなるとそんな街が成り立つのかという疑問もある
ただそれはそれで一つの提案であり何か模索せざるをえないのである。

まずいくら帰りたいといっても家を建てた人は帰らないことは確かである。
それは一つの大きな決断をしたのである。
そういう人達にまた帰ってもらいたいとはならないだろう。
7年もすぎた結果もう仕事をもち生活基盤を築いたとなれば帰らない
その中間で復興住宅とかに住んでいる人はまだ帰ることを模索しているが
実際は帰りたくないと言っている
一方で帰りたいというとき他に移り住んでも居心地が良くない
賠償金で暮らしていけるからいいねとか新しい家を建てたことで移り住んだところで軋轢が生まれる
それでナンバーを見て嫌がらせを受けたというのもわかる

何か今の世の中のことも影響している,金があれば何でもできる,いくら文句言っても金があれば家を建てることができる,第一家を建てているのは地元の大工に頼むわけでもないからである。大手の会社で家を組み立てるだけなのである。
だから地元の人に気を使う必要もないから家を建てられるのである。
ただ移り住んだ所にもコミニュティがありそこで軋轢が生まれる
つまり金が万能になったことでそうしたコミニュティとの軋轢が生まれる
金があればどこにでも住んでいいしそこで家を建てようが買い物でも金があれば何不自由ないとなる社会である。

だからこそ賠償金をもらっていち早く移り住んで家を建てたのである。
金はそもそもそうした人間のコミニュティを破壊するものとしてもあった
グローバル経済になって金だけが世界で通用してなんでもできるとなるとコミニュティも破壊されるのである。金が絶対になると暴力的になるのである。
いちいちコミニュティの許可など必要ないのである。
セキスイハウスでは69億円くらいだましとられても何の影響もない
一兆円産業になっている,それだけ住宅建設でもうけているのである

社会が広域社会になるとそもそもそうして一カ所に代々住むということがなくなる
この前駅であった人は陸前高田で働いて神戸に行くとか福岡に行くとか日本中飛び回って仕事していた,その人は沖縄の人だったのである。
仕事自体が広域化しているから一つの町だけで暮らすという社会ではなくなっいる
そういう社会の影響もあって逆に一つの町でも村でもコミニュティが崩壊しやすいということもあった
それもまたいい面と悪い面をもたらしたのである。

ただ移り住んだ人も苦労している,別な土地に溶け込む必要がある,それをうまくできる人とできない人もいる,何か仕事もしないでぶらぶらしているとあの人達は賠償金で遊んで暮らせるからいいねとかねたまれたりするから受け入れられない
ただ移り住んだ土地で何か貢献するもの仕事でもできる人は歓迎される
会津で職人の技を活かした人とか大工とかはスキルをもっているから歓迎される
農業でも土地を借りてしている人もいる
移り住んだ人は人で苦労していることになる

ともかく7年も過ぎたらもう帰る人とか帰らない人でも固定してしまったと思う
その中間で迷っている人も実際は帰らない方に傾いている
浪江とかに行くと帰りたくなくなるというのがわかる
駅前にも誰も住んでいない廃墟の街になってしまったからである。
あれを見たとき心もなえてしまう,でも人が住まない限り復興はない
その人がそこに住むことが最大の難関になっているから復興はむずかしいとなる

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2018年03月09日

震災から7年目の原発避難区域の復興 (分断されてしまって復興はすすまない)


震災から7年目の原発避難区域の復興

(分断されてしまって復興はすすまない)


浪江町内の帰還困難区域から中通りに避難している女性(60代)の目は、怒りと同時に哀しみに満ちていた。
 「避難先に家を建てるのは当然でしょ?かつての自宅と同じような規模の家に住みたいと考えるのは当たり前でしょ?それなのに、周囲からは『賠償金をもらってるから、あんなに立派な家が建てられるんだ』なんて陰口を叩かれる。直接、言ってくる人もいますよ。5年8カ月が経ったって、いまだに言われます

原発避難者からみればそうなる,一方でその原発避難者を受け入れた方にするとそうはならない,原発避難者は補償金をもらい立派な家を建てられた
地元に住んでいる自分たちは建てられない,かえって病院は混むしなど不便になった
なぜあの人達だけがなんでも優先的にされ優遇されるのだろう?

何かそれはここでも起きた,小高の人達が大勢避難して仮設に住んだとき同じような問題が起きた,いわきの場合二万人も移住したから問題が大きくなった
ここでも小高の人が鹿島に移り住んだ時,同じような問題が起きたのである
自分も介護していたから介護でも何でも優先になったからだ
それで手厚い補償金を小高の人達はもらっているとういことで鹿島の人達は不満になった小高の人達にすればそんなこと当然である,鹿島の人達には人間の情もないのか
冷たい奴らだなとなって南相馬市は分断されたのである。
そしてともかく仮設にはボランティアがきて応援したから余計にそうなった
みんな遠いところが来て支援している,それなのに近くなのに支援しないのかとなった
ただ仮設すまいが狭いにしてもそれで毎日顔合わせて話ができるかなどばあちゃんが喜んでいた人もいたのである。
それで離れて暮らすより老人は集まって暮らすのがいいのかなとも思った
田舎だと離れて暮らしている人が多いからである

自分でもふりかえれば高速とか病院は一時的ではなくずっと無料にすべきだったのであるそれも早い時期に打ち切られたのである。小高はずっと支援があった
それも小高の人にしてみれば当然だとなっていたが鹿島の人などは不満だったのである。ただ小高の人は鹿島の人に何か考慮したことはない
支援されるべきであり鹿島の人も支援するのが当然だとなっていたからである。
鹿島だって生活が苦しい人もいるし自分のように介護で四苦八苦していた人もいたのである。自分の場合はただ責められるだけだったから不満になったのである

原発避難者にしてみれば失ったものが大きい,そのことは書いた,でもそれは理解するにしてもよその土地に移ればそれはそれとしてそればかり考慮できないのである。
元から住んで家も建てられない人がいるのに次々に新しい家を建てられて住むとなると
何なのだとなる,原発特権者と化してしまった
かわいそうだとなり何でも許されるということになってしまった
そして何か文句言うと失ったものがどうのこうのとかかわいそうと思わないのかとかなるから何も言えなくなる
そして原発を建てたのはお前らの責任じゃないか,お前らは金欲しくて原発を建てたんだから責任があるとか言われる
そのことは外部でも言われている,結局原発避難者は勝ち組なんだよなとされる
実際に双葉とか大熊とか一番被害があった町は一番原発の恩恵も受けていたからである。親子関係でも一番かわいがられたものが子供がめんどうみるべきだ介護すべきだとも言われる
一番得したのは双葉とか大熊なんだ,だから責任がある
それなのにまた補償金で潤っている,いわきではそれを指をくわえて見ているだけだとなる

南相馬市でも原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも相当に新しい家が建ったのである。
特に船主だった人はいちはやく家を建てた,まず原発事故前も事故後も生活には困らな一番手厚く補償金をもらっていたからだ
海に汚染水が流れればまた補償金が追加されるからだ
これも矛盾だったのである。なぜなら別にその回りの人はみんな漁師でもないからであるそれで事故前ら原発御殿が建っていて不満だったが何もいえなかったのである。

ともかくこの辺は原発事故などで補償金をめぐって複雑な対立の場にもなったのである。震災7年すぎても何か復興とは何なのかわからないのである。
町が元通りに復興することなのか,個々人が家族が他に移って復興することなのかわからない,ただ他に移って家を建て仕事ももって生活している人はそれで復興しているのである。だからそういう人にもう支援する必要もないのである。
補償金はそのために使われ復興したとなる

復興というとき結局町自体を復興すること元にもどすことなのである。
それがもうできなくなっている,7年もすぎたら生活が別になっているし家も建てたのだからもう故郷にはもどならないからである。
それで取り残されたのが老人だとなる,その人たちは復興住宅に住んでいる
人間はまず自分のことを先に考える,町をどうするのかなどなど考えない
手伝いさんなどでもまず他人の家のことだからゴミ一つ拾わない
ただ金をもらっているからするだけである,皿を二三枚洗う意外何もしない
これもしてくれと命令するとしかたなくしているだけである
でも自分は家に住んでいるから家族が住んだ所だから愛着があり一人で掃除もするし
死者を供養もしている
故郷に住んでいても町に住んでいても自分の家はそうして掃除もするしきれいにしたいと思う,でもあとは金をもらわないかぎり何もしないとなるのとにているのである。
「絆」を盛んに言われたが実際は外との絆は生まれたが内部の絆は分断されたのである

つまりそもそも人間は故郷といってもまず家族であり家族を優先的に考える
まず町があって家族があるのではない,家族があって町がある
それは国家があって家族があるというより家族があって国家がある
国家というのは大きすぎて家族のようにはならないからである。
でも緊急の時,危機の時は国家のために人は戦争で死んだのである。
もし町でも故郷でも家族のように思っていたらこうはならなかったかもしれない
放射能汚染のこともあるがまず家族を優先して他に移り住むことを考えた
それでいち早く他に家を建てそこで住む算段をしたのである。
だから町からは人は消えたし帰ったのはほとんど老人である。
つまり老人は故郷でも家でもそこで暮らした愛着があるからそうなった

いづれにしろ震災から七年すぎて復興は町自体でも帰らない人がいて帰ることを望む人とか帰った人とか分断されている,心は一つになっていない分断されたのである。
そうして分断されたから7年過ぎても復興はしていない
ただ原発避難区域意外では復興している,原町でも鹿島でも復興している
常磐高速ができたり風力発電ができたり新築の家が増えて新しい街ができたようになっている,何か都会化したのである。
明かに原発避難区域以外は津浪があったがそれなりに復興しているのである。

ただ浪江とか小高でもそうだけど一旦町が破壊されてしまうと何か住みたくない
それを再建する気力もなくなる,何かそれは人間の心理的なものが影響している
一旦町が破壊されるとまた同じように復興する気力がなくなる
もしどこかに北海道にでも移り新しい町を作るんだというなら気持ちも違ってくる
そうして移住して新しい町を作った人達がいた
でも一旦あのように廃墟のようになるとそれを復興する気力がなくなるのである。
今まで普通にあったものがなくなる,でも前のように復興することが苦痛になる
もともとあったのにそれをまた同じようにすることでは復興ではない
それは人間の心理的な影響がある

もっといい町を復興させるとなると違ってくる,その点で女川町などはある程度成功しているのかもしれない,全く新しい町に生まれ変わろうとしているからである。
それでも人は流出している,石巻でもどこでも本当に復興自体がむずかしい
だから不思議なのはなぜ日本はあれだけ戦争で破壊されても何もないところから復興できたのかということである。
それはやはり時代の差だったのだろう。あの頃はまだ日本は貧乏であり豊かな生活をしていないからである。
そして時代にも恵まれた,高度成長に向かう時代だったからである。
今の時代は衰退の時代でもありそれも影響している

兵隊として戦った人達はやはり苦労している,だから苦労をいとわないということがあった,今の人は贅沢を覚えているからそんな苦労をしていないから苦労したくないのであるそういう時代の影響もあり復興できない,そもそも誰が復興の主体になるのか?
外部で一時的に支援しても帰っていった,山木屋の人がいっていたが大学でいろいろ一時に来たがあとはこない,残って継続して支援しているのは一つだけだとか言っていた
外部の支援はそんなにつづかない,では誰が復興してゆくのか?
残ったのは老人が多いしその復興の主体になるものがいない
戦争の引揚者は若い人が多かった,焼け野原に帰ってきても若いから労働力となったのである。それで過酷な開墾地に入った,そこで半分はやめたのもわかる
でもそれだけ若い人が戦地から帰ってきたということは今とは違っていたのである。



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2018年02月25日

自己責任とは何なのか? (原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのか?

(原発事故や株,投資信託の自己責任)


自己責任とは何なのだろうとなる,民主主義社会は自己責任社会である。職業でも選べるし住む場所も選べるし自由である。
ただ自己責任というのを今は必ず問われる社会である。
その自己責任が問われる前提というものもある
民主主義社会だと情報が開示されているとか十分に事前に納得してもらうとかある
原発事故でも自己責任が問われた,事故を起こしたけど原発を積極的に誘致したのだから誘致した村でも町でも県でも責任があり自業自得だとなる
そのために十分な金を支払われていたのだからそんなに補償金を要求するな
それは税金だから国民に要求するなという批判があった

でも自己責任というとき自己責任をもちうるものが情報が開示されていて責任がもちえたまず政府とか官僚とか東電やマスコミでも「安全神話」を作ったのだから何か原発に対して危険を感じても質問すらできない状態だったのである。
「お前ら原子力のことなどわかるのか,専門家に政府にまかせておけばいいんだからひっこんでいろ」
「お前らには十分な金をやる,飴をやるから黙っていろ」
とかなっていたのである。そして地元では原発が危ないというだけで地元にいずらくなっていた,なぜなら三分の一も原発にかかわって生活しているとなるとそうなる
事故が起きて今度はお前たちの自己責任だというときその自己責任になる条件が欠けていたのである。
つまり民主主義社会が自己責任だというときそのためには情報開示が必要であり何かそれを充たすものが必要なのである。
「安全神話」になればもう何も言わせない状態を政府と一体になり作り出されていたのである。
だからどこまで自己責任なのかそれが良くわからないのである。

民主主義社会ではあらゆる所に自己責任が問われているのである。
交通事故でも必ず自己責任が問われる,ルールに違反していた信号を無視してわたっていたとか落ち度があったら責任が厳しく問われるのである。
何か知らなかったとかでは通らなくなる
何でも知らなかったでは通らないのであり知らないということが自己責任にされるのである。
でも人間はあらゆることに通じることはできない,一部しか知らないのである。
でも自己責任にされるのが民主主義社会なのである。
何かそうなると万能性すら要求されているのである。そんなに知識がある人などいないのである。

今回の株や投資信託の問題でもそうだった、損したのは別に銀行のせいでも証券会社のせいでもない,知らなかったお前が悪いのだとなる,お前の自己責任だとなってしまう
ただ自己責任というのは何かわからない,完全に自己責任というのはないようにも思う
株でも一番ふりかえり失敗したのは株があがってきているのに売って投資信託に金をつぎこんだことである。
それは銀行員がそうしたのである。その時強引にそうした
ただ自分は銀行員でもその人がプロであり知っているからそうしているものとしてまかせたのである。
でも損したら全面的に自己責任になる,証券会社も銀行員も悪くはない,知らないお前が悪い,まかせたお前が悪いとなる,でも何かこれも納得いかないのである。

ただ今反省すると株とかでも実際は自分の判断ですべきものであった,それをまかせたことが失敗だった,なぜなら自分の判断でしていたなら損してもあきらめがつく
それをプロだと思いまかせたから失敗したのである。
まかせたということは銀行員にも責任が生じていたのである。
でも銀行ではその責任は一切とらない,顧客が損しても銀行や証券会社は絶対に損しない仕組みになっている,つまり銀行や証券会社は手数料は確実に入り損はしないのである。自己責任を言う前に確実に人間は失敗の責任をとらされるのである。
原発事故でもそうである。そこに住んでいた人達は故郷に住めなくなる責任を負わされたからである。

株でも金持ちならヘッジファンドとかに投資して損しない方法がある
またプライベートファンドとかに頼む,そういう人達が本当のプロだったのである。
その人たちはもうかったらそのもうかった分から報酬をもらうのである。
もうからなかったらやめさせられたり一文の金にもならないのである。
だから真剣にもうかるように努力するのである。
投資信託などとはまるで違ったものとなっていたのである。
その人たちは責任をとらされるから真剣になっているのである。
投資信託はそんなことはないい,ただ金を集めて適当にやっているだけである
別に損はしないからである。責任をとることもない,責任をとらされるのは顧客だけである。
ただそうはいってもやはり銀行などはもともと信用があって成り立っていたからその信用を失うこともありもう地道な前のような活動ができない,信用されなくなるからである。「なんでこんなもうからない投資信託を売りつけたんだ,もう信用しない」
こうなるからやはり何らか責任が問われるのではないか?
原発事故では責任を問われたから国では莫大な補償金を支払ったのである。
それだけの理由があったためである。

自己責任というとき例えば何か人を仕事でも紹介するときでも紹介した人が責任を言われる,お前の紹介した人は何なのだ,仕事ができないとか言われる
その人は何か仕事についてルーズであり紹介した大工も何か支払いについてルーズだったのである。責任というとき親戚とかなると意外と連帯責任のようにされる
事業に失敗したらそのことと関係ないと思っていたが自分が苦しいとき借金を迫ってきた関係ないと思っても事業失敗の責任が回ってくるのである。
他人がしたことで関係ないと思っても責任が回ってくる場合もある
親戚関係になるとそういうことが逃れられないようになるから怖いのである

ともかく自己責任といっても全部が自己責任にはなりえない,そうなことを言っていたら人間は万能人間になるほか生きていけない,万能人間なら責任をとれるからである。
それは神にもなってしまう。
社会自体が連帯責任で成り立っている,保険などはそうである。
あらゆる責任をとれないから保険でみんなで責任をとりあっている
交通事故が起きたからと何千万円の金など払えないからである。
みんなで責任を負うことで自己責任を軽くしているのである。

だから自己責任を言いすぎるのが現代だと思う
自己責任は確実にある,病気でも不摂生で病気になったのだからお前の責任だといわれてもしょうがないことはある
病気でも自己責任が問われる,何か知らないで失敗すればお前は勉強しないから自己責任だとなる,株でもそうである。
でもすべて自己責任など負いようがないのである。
人間はあらゆることについてしりえようがないからだ
放射能のことを株のことを簡単にわかるかといえばわかりえようがないからだ
法律のことがわかるか?それも複雑だからわかりえよがない
そうして複雑な社会でわからないことが多すぎる,それで自己責任を問われるとなると
こういう世界に生きていけるのは万能の超人,神のようになってしまう

原発事故だと国民にも責任があった,原発を造ることを許したのは国民だからである。
選挙で自民党を勝たせて原発を造らせたともなる
戦争でも同じでありあらゆる人か責任になる,戦争を望んだのは国民にも責任があるとされる
だから自己責任でなんでもかたづけるのは疑問なのである。
株や投資信託でも銀行がすすめれば全部ではないにしろ責任が生まれる
わざわざ銀行まで行って投資信託をしますなどと言う人はまれだからである。
銀行員が一軒一軒回って話してすすめるから買うとなる
だからそこまですすめる方にも責任が生じる
銀行員にもすべての責任があるわけではない,ノルマを課してすすめさせる銀行とか会社が責任があるのも確かだからである。
全部を個人に自己責任としておしつけるのは疑問になる
ただ自己責任もいろいろあり海外で危険な目にあい死んだ人は自己責任だとされる
そこに国民の同情はない,勝手に警告している危険な場所に入り死んだから自己責任だとしてかたづけられていた,そこは政府でもそもそも戦場なのだからそんなところで死んでも自己責任であり人質になっても助けない,金は払わないとなったのである。
自己責任もケースバイケースだからちがってくるからいちがいに数式のように判定できないのである。
タグ:自己責任
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2018年02月19日

南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える (国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)


南相馬市は若い世代が流出,老人が増え,生活保護が増える

(国からの補助金も三年後に打ち切られ財政難に)


知人の母と息子が住んでいた家は息子が40くらいでありいわきの方に正社員として建築関係で仕事していたが仕事がないとなりその息子は決断した
東京に仕事探しに行きアパートを七万で借りて帰ってこないという
東京だと仕事がないということがない,建築関係でもそうである。
そして七万の家賃でも今は建築関係は人手不足だからやっていけると踏んだのだろう。

この状況からみてこの辺は意外と復興関係の仕事も減り仕事がない状態になっているのかその人は前はここで除染の仕事をしていた,それも終わった
まだ外部から来ている人がいるが大分少なくなっているだろう
統計的にも一段落して復興関係の仕事はもう減ってゆくだけである。

仙台のユニットバスの会社がまた家のリホームをしないかときた
その会社は百万でユニットバスを作った,ガス屋に聞くとこれは二〇〇百万かかると言っていた,確かにそれだけの仕事であり安いと思った
地元で知っている人に頼んだら三百万はかかっていた
その人の知っている大工でも仕事してもらったが何かいいかげんだった
だからあてにならないと思い頼んだのである。
この辺は何か家でもほとんど大手の住宅会社が建てている

仙台でも震災関係の仕事がなくなったからこちらの方に進出してきたとなる
つまり仕事がないということが仙台周辺でも起きているのだろう。
大きな仕事もなくなっている

そうなるとこの辺では若い世代の流出が震災直後から問題になっていた
原発避難区域ではそうなって若い世代が帰ってこないとなった
だからその知っている人の息子もそうなったのである。
その人は別に原発事故のために地元にいられなくなったとかではない
ここで仕事がないということで東京に出て帰らないという
それはここで仕事がないし生活できないと決断したのである。

まだ40くらいだからそれができた,50代とか60代になると東京とかに出て働くのもむずかしいとも思う
自分はもともと田舎志向だから東京などにごみごみした所にゆきたくないとなる
介護十年でもう東京には10年以上行っていない,そして仙台にも去年は一回しか行っていないのである。
旅ばかりしていたがここ十年は近間を回っているだけなのである。

この辺で人手不足というとき介護とか看護師とか飲食関係とかが深刻であり建築関係の仕事はなくなっている
ただそうして若い世代が流出してゆくことはここには老人ばかり増えて働き手が減少するすでに他の県より市よりこの辺は高齢化率が10パーセントくらい高くなっている
それがさらに増えてくる,南相馬市だと小高は老人の街となりそれを補佐するのは容易でなくなる,だから立派な老人ホームがあっても介護士がいなくて運営できなくている
親が住んでいても子供たちはその親を見捨てて流出したから帰ってこないのである。
親は帰ってくるというけど一旦流出したら別な土地で暮らし始めたら仕事をはじめたら簡単には帰れなくなったのである。
それで妻まで子供の方に移り住んで老人が一人小高とか復興住宅とかでも浪江の老人が残される結果になったのである。
つまり浪江の人が南相馬市にも住んでいるから実質の老人はさらに多くなっているのだ

あと三年後に国からの援助もなくなるとか補償金もすでにもらえないとかなり苦しくなる本当にこの辺は危機的状態になるかもしれない,ただそういう危機感はない
人間はそうなってみないと何でもリアルに感じないのである。
そして個々人でも介護でも病気でも自分がそうならないかぎり他人事なのである。
でも市全体が疲弊したら必ず個々人にもその影響がでてくる
だから後三年後というのはこの辺では具体的にその影響が現れてきて苦しみ感じる人々が増えてくる、生活保護だって増えれば財政負担が増えるし老人は病気になりやすいし介護になりやすいからそれが負担になる

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2018年02月16日

故郷意識国意識とは何なのか? (南相馬市の共同体意識は原発事故で分裂した)


故郷意識国意識とは何なのか?

(南相馬市の共同体意識は原発事故で分裂した)

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冬の樹の真澄の空に今日も立つ故郷に根付き支え立つかも

故郷意識とか国意識とかはそもそもどこから作られてきたのか?
それは自然に生まれたのではない,歴史の中で積み重ねられて作られてきた
相馬藩だったら戦国時代から相馬氏が支配するようになって作られてきた
それは支配者から上からおしつけられて藩民の意識が醸成されてきた
政治行政的なものとして作られてきた
国家でもそうである。政治権力とか行政として上から支配者によって作られてきた
最初の大和王権でもそうである。それは武力により蝦夷を征伐して作られてきたものである。
でも何か故郷というときそれは何なのか?
それはそうした上からおしつけられるものとは違うもともとその土地に住んで醸成されたものである。

会津嶺(あいづね)の 国をさ遠(どお)み 逢はなはば 偲(しの)ひにせもと 紐結ばさね 

このクニはそういう政治権力とも行政単位としての国ではない
会津という国に住んで民の中から生まれ作られてきたものである。

古代でも郡とか置かれたときはそれは上からの行政の区割りであり故郷という感覚ではないし国(クニ)という感覚でもない、オクニはどこですかというときそのクニは必ずしも行政的区割りではない,村というのは緊密な共同体であり行政的な区割りとは違うのである
一番わかりやすいのが家の共同体である。だから故郷というとき家の共同体から発しているのかもしれない,故郷の故は故ある地というとき血縁の地ということもある
でも日本では血縁よりその土地に重きをおいて生活してきた
だから日本人の姓は必ず土地に由来しているのである。
必ず姓をたどると村の土地の名に由来しているのである。
つまりその土地に土着してその土地の地名を姓にしている
外国では血縁をたどるのであり土地の名を姓にするのではないからだ
そこに村の共同体があり日本人のアイディンティティがあるとなる
血縁より地縁の方が大事だったとなる

故郷意識は明かにその土地に根付き家をもち生活をはじめたとき起きてくる
そこに父母がいて祖父母がいてと家族がいて故郷意識をもつ
だからヨーロッパでハプスブルク家が発展して大きな帝国に発展したことでもわかる
家が国の基となっていたのである。
有力な家が権力をもち国を作る,それが国家となる,だから家が強固な共同体でありそれが大きな国の共同体となる,そういうことは人間の歴史にあっても不思議ではないのである。

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

自分の家も姉の同級生の橲原(じさばら)の人に木材を切ってもらい柱にした
その柱のことを良く自慢していたからわかる
その土地のもので作りその土地の大工が作りそこに住むことで家意識が生まれ故郷意識が生まれる,その土地に家をもつことは土着することになる
木のように根付くことになるからだ

共同体とはそうして作られてきたものなのである。
civilzationとはcivilとは市民のことだからである。文明は市民によって作られてきたということはどういうことなのか?
それはヨーロッパでは塀に囲まれた中に外敵から守る市民共同体を形成していたからである。そういう歴史があったということである。
イタリアでフィレンツでも他の都市でも国家と同じであり戦争もしている
日本だと藩同士が戦争しているがヨーロッパでは市同士が互いに敵となり戦争していたのである。そこでマキャベリの思想が生まれた
その辺の歴史がわかりにくいから日本では市民というのを理解できないのである。

共同意識が歴史的に作られてきたというとき日本には日本国民という意識がなかった
それぞれの藩の中で暮らしていて藩の意識があっても日本国民の意識がなかった
その国民意識が作られたのは明治維新後のことである。
それは西南戦争によって国民意識が作られたのである。
武士階級と侍でない一平民が一致して政府軍となり戦ったことにより国民軍となり国民意識が生まれた,国民意識はそれから対外的に戦争によって強固なものになった
日清日露戦争に勝ったことにより国民意識がさらに強固になり太平洋戦争で国民が三〇〇百万人が国のために犠牲となり死んだのである。
その国民意識は日本だけではないフランスでもドイツでもヨーロッパでもなかったのである。ナポレオンが出てきてフランス国民意識が生まれた
国民というものも実際はもともとなく歴史的に作られたものなのである。

日本は戦争で負けてそうして日本という国民意識も失われた
そして今度は高度成長時代になり企業戦士とかなり会社共同体意識になった
会社が最も重要なものとなった,会社に生涯所属すれば自ずとそうなる
その会社の共同体意識も今度は社会が変わり会社が倒産するとかなくなるとかなると
共同意識もなくなる,銀行なども地方では安定した職業でありエリートだったが今は消えるという危機にまでなっていた
そうなると会社に所属してもそこで共同意識はなくなる
これまた時代の変化であり共同意識もそこで変わってくるのである。

ただなぜ原発避難地域では放射能の問題があっても簡単に故郷が捨てられたのか?
それはやはり故郷でも村とかの強固な共同体意識はすでに失われていた
田舎でも専業農家は一割くらいである。あとはみんな会社員なのである。
すると村としての共同意識は希薄化するのである。
そうしてグローバル経済とかなると金だけが唯一の頼りとなり力となる
金さえあればどこにでも住めるというのもそうである。
そうなれば補償金をもらってどこでも移り住めばいいとなったのである。
金というのは金があまりにも力ももつとそうなるのである。
その土地に執着しないからである。
また商業工業化した世界は農業のように土地に執着する必要もないからである。
それで簡単に原発事故で避難して帰らなくなったということもある
放射能だけで故郷は捨てられたのかというと疑問だからである。

共同体意識というとき南相馬市が小高と原町と鹿島で合併したが今回の原発事故で合併しても補償金で分裂してしまったのである。
小高が特別優遇されたことはわかるがそれでも鹿島での不満は大きかったのである。
小高で逆に鹿島の奴らは何なのだ,人の苦しみもわからないのかと不満が大きくなった
そして外部から来たボランティアの方がいいとなったのである。
でも小高の人達は原発避難民は毎日パチンコやギャンブル三昧だったのである。
だからその人たちがなぜ一方的にかわいそうだったのかともなり自分も不満だったのである。
行政的に合併してもいろいろな過程をへて市も形成される
それはヨーロッパの市を見ればそうなっている
だから行政的に合併しても市としての共同体が作られるのには時間がかかるとなる
その時間の中でいろいろなことがあり共同体が形成される
そういうことは一朝一夕にはできないことなのである。
つまり行政的なものと実質そこで暮らす人の乖離がある,実質的共同体はいろいろな困難を乗り越えて作られる,歴史はそうして作られてきたのである
今この辺は南相馬市は原発事故で危機的状態に陥った,それを乗り越えて修復して一体化できるのか?それが問われているのである。






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2018年02月09日

未来は予測できないのか? (常にリスクを感じていればできる)


未来は予測できないのか?

(常にリスクを感じていればできる)

自分の一身上でもこの辺で起きたことでもそれは予測できなかったことだとなる

家族が認知症になった,この病気は何なのだ?そこに恐怖がった
とっさにインターネットで調べて助かったことがあった
でも認知症については不可解なものであり恐怖だった
でも懸命に対処して症状はやわらいだ

次に自分の病気であり一人になり入院した,その時家に入れて働いた人に大金を盗られたこれも突然のことでありどうにもならなかった
でも不用意に家に入れることは一番危険だった,でもその時突然でありどうにもならなかった

次に津浪が来て原発事故になった
これも全く予測つかないし何が起きたかもわからない
こんなことがありうるのかということでただ茫然自失しているだけだった
放射能の危険もわからず爆発したとき外を歩いていた

自分の苦しいとき援助してくれた親戚の人はいい人だと思っていた
ところが事業の失敗で多額の借金をかかえているから金をとることしか考えていないのでひどいめにあった

次に銀行員が利子がつかないとかですすめられたので大丈夫と思い株のこととか投資のことを知らないのではじめて損した

これらのことは予測つかないことだったのか?

自分の一身上のことは自分の普通と違い異常の家族環境にあった
だからそういう不安があった,その不安が適中した

何か悪い予感が当たりやすいような気がする

そんなことで未来を見るのは危険だとも思うが馬鹿にできないものがあるなとは思った
いいことが起こるというのはあまり予感しないが何か悪いことが起こるなというのは当たり安いかもしれない
こういう感は女性の方が働くから占い師とか女性になっている

ただこれらのことが本当に全く予測できなかったのか?
認知症などはわけのわからない病気だから知りえようがないというのもそうである。
直接そうした人が家族にいて看病していればわかるが普通はわかりにくのである。
そして認知症については不可解だからいろいろなことを言う人がいる
それも自分で経験した限りでは間違っていることがあるなとも思う
でもなんらか認知症について知っていれば理解があれば対処しやすいのである。

家で働いてもらう人は家のことがわかるので一番危険になる
でもそういうことを知らずに家に入れた
そこで突然病気になり入院して家は認知症になった母と二人きりになってしまった
そこで大金を失った,その人のことを知らずに信用したためである。

次に津浪が来て原発事故になった
この辺では津浪は400年前に記録があるがその記録さえ知る者はなかった

この辺では津浪は来ない

そういう確信までになっていて逃げない人もいたのである。老人に多かったのである。
津浪に対する危機感が全くなかったのだ
ところが東電で津浪のことを調べていて10メートル以上の津浪が30年以内に来るとか予測していたのである。科学者がいて予測していたのである。
そのことを知っている人もまた地元でもわずかだった
それをマスコミでは公表していないし報道していないからである。
地元の新聞でも報道しない,なぜなら東電などから宣伝費をもらっていたからである。
原発が危険だということも知らせていない,安全神話に与(くみ)する方だったからである。

親戚の人は事業を成功したと吹聴していたから本当に成功していたのだと思っていた
これも実は失敗していて多額の借金をかかえていたのである。
それは家族すら知らなかったのである。
自分の家族が認知症になったりして自分が病気になったりして自分を助けてくれるのかと思ったらそんな状態だからできなかった

では全く事業が失敗したことをわからなかったのか?

何か夜酒を飲んで心配だとか家族が言っていたからその前兆があったがそれを問いただすこともなくわからなかったのである。

次に銀行の投資信託も自分にはわからなかった,調べもしなかった,ただyoutubeで見たらいろいろ詳しく情報はでていた,こういうのを見ていればわかりやすかった
ただその時あまりyoutubeは見ていなかった
こういう新しいものは普及するには時間がかかる
youtubeは意外と信頼性が高く勉強になるなと思った
これを見て判断すれは投資信託はしなかった,これも失敗だった
それよりもう資本主義が行き詰まり終わりだという時代に直面していることも知った
だからもう株とか投資ではもうけられない,そういう時代に来ていることも知った

つくづくこれらのことは何なのか?

すべて知らない,知識がない,情報がない,リスクを感じていない

これなのだろう。知らないから危機感を感じない,津浪は来ないとこの辺で確信していたのも津浪について知らないからである。
原発が安全だと思っていたのもそもそも原発について知らないし知らせられないからである。つまり知らせられないということが危険になる
ここが危険地帯だから入らないようにと警告の立て札があれば入らない
そういう立て札がないと安全だと人間は思うのである。

知らせられないということが危険になる

未来が予測できないというとき実はある程度は予測できる
現実に津浪が30年以内に来ると東電では科学者を集めて予測していたのである。
そしたらその対策をすべきだったがコストの関係でしなかった
防波堤を作らなかったのである。

ともかく自分の一身上のことでもある程度は予測できたことである
ただそれを考える暇もなくそういう現実に突入させられた,自分の場合は社会経験もなくのんびり過ごしていたから対処できなかった
だから社会経験がないということはまた危険なのである。
本ばかり読んでいても社会のことはわからないからである。
そこでニートとかはこれから自分のように悲惨な結果になる
社会経験がないから親が死んだときなどどう対処していいかもわからないからだ
それで金持ちのお嬢さん育ちとかなると危機の時には弱いのである。
社会経験を積んでいればそうはならないからだ
でも人間の弱点はあらゆることを知り得ないし経験でも一部のことだから危機に対処できない,まず認知症のことなどよほどじかに家族がなってみないとわかりえようがないものだからである。

情報社会というとき様々な情報にふれることができる,でも社会経験はできない,経験からしか得られないものも多いからである。そうするとニートなどは社会経験がないから危機になったときどう対処していいかわからず断末魔の苦しみを味わうことになるのだ

人間は未来を予測できない,何が起こるかわからないと言われる
一寸先は闇だというのもそうである。
ところが津浪でも何か前兆はある,予測し得るものはある
現実に東電では30年以内に事故が起きると予測していたからである。
ただその対策しなかっただけなのである。
パソコンは必ずなんらかでクラッシュする,するとデーターを失う,そういう経験を何回かしている
ウィルスとか例えばレンタルサーバーでも故障がありデーターが消える
するとその対策をみんなしている,しない方が悪いと今ではなっているからだ

人間は例え危機を感じても対策をしない,そんなことは起こらないと楽観的に考える
だからこそ生きていられるともなる,そんなに心配したら生きてもいられなくなるからだ明日は明日の風が吹くとなる,今日の重荷は今日で十分だとなるからだ

でもこうして自分の一身上に起きたことや回りで起きたことをふりかえると本当に予測できなかったのか,何も対策をしえなかったのか?
そうではない,できたともなる,ただしなかったのだとなる
それは自分の一身上のことだけではなく社会に起きることでも予測できないことはないのである。

人間は真剣に危機感を持てない,今が良ければいいとかなっている

ここに自分の問題もあり社会の問題もあった,ただ人間は万能ではない,どこかみんな足りないのである。だから社会はそうした足りないものを補足し合うものとしてある
でも社会自体こうした危機にリスクに弱いのはなぜなのか?

リスクを真剣に考えない

コストが優先されたりそんなこと起こらないとか楽観論になり未来の危機を感じなくしている,もしあったとしても目をつぶる,なるようにしかならないとかなる
そうしないと生きること自体苦しくなるし生きた心地もしないともなるからだ

ただ人間は死ぬということは誰でも知っている,とすれば一番の問題はそのことであり
すると求道するということが若いときの最大の優先課題なのである。
でも若いときはそんなことをしない,あらゆる欲望が最も肥大化する時であり欲望に溺れるだけだとなる,そしてもうすぐに年をとり求道しようにもできないのである。
これも人間が根本的な所で危機感を真剣に持たないためなのである。

タグ:リスク
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2018年01月25日

清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・ この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬


清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・
この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬


国の除染事業を請け負った清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬 FNNの取材で明らかに・国が民間企業同士の取引内容を精査できれば、除染費用を大幅に減らせる可能性がある 



震災利権を 
暴力団とかおいしくいただいてるもんな

国と自治体の除染費用は、東京電力に請求することになっていて、税金や電気料金が当てられる可能性がある。

連帯だの絆だの反対しづらいお題目を唱えて 
無理矢理に増税しといて 
草野球の応援に使われるてるとかありえん 
役員報酬も異常すぎる 
国会で必ず取り上げるべき問題だな

清水建設の名前は出るのに、問題の下請け企業の名前は出さない 
福島の会社だから忖度かい? 

原発作っては補助金で儲け 
原発壊れては補償金で儲け 
除染作業ではピンハネで儲ける 
それが福島県民

この会社の清水建設への依存度がかなり高いなら、清水の人間の関与なしにこの利益率や役員報酬はあり得ないな。 
当然、そっちへ金の一部が還元されているのだろう。 
清水建設だけでなく除染事業を管轄している国の関係者も絡んでいるのかもしれんが。 
そうだとしても利益率の異常な高さは何だかなあ? 
利益をもっと圧縮して何らかの経費名目で清水や国の関係者に還元する方がありそうだが。
43億円役員報酬の行き先を精査するととんでもないことになるよ 
国税局が動いてるだろうから政治家とゼネコン関係者の吊るし上げは時間の問題 
楽しみにしてたらいい

105億の売上で、役員報酬43億、利益が56億で残り6億。 
100人以上の除染作業員がいるようだが、仮に従業員100人として、6億全部を人件費にあてたとしての一人当たりの人件費600万。

半分近くが役員報酬って 
全員天下りだろう 
あんたら絶対バチ当たるよ


莫大な除染費用がどこに流れたのか?それは地元だったら下請けの会社でありその役員だった,官僚とかにも流れたし自治体職員にも流れたのかもしれない
第一こんな大きな金が役員に流れていたことの驚きだけど建築関係では普通にあるらしいだから地方で景気がいいときは豪邸が建っているのは建築関係だというのはわかる
現実にこの辺でもそういう人を知っているからである。

そして除染している作業員には回らない,上でピンハネされるからである。
その除染作業をしていた人を知っている,それが清水建設だったのである。
清水建設はいろいろと問題起こしていたのである。
建築関係には必ず暴力団が入ってくる,それで暴力団の組員らしい人が「おいしい仕事」だと言っていたのはそのことである。
芸能関係と暴力団,スポーツ界と暴力団,ゼネコンや建築土木関係と暴力団,自民党と暴力団・・・・なんかこの辺が必ず関係している
原発でもあそこで働かせられるのは暴力団が手配している
それですでに10人くらい現実に死んでいる,それも公表された分である。

役員報酬というとき官僚の天下りでもそうだがこんな高額になるのか?
時代劇で小判が積まれるのとにているのか?そういう構図は変わらないのか?
そして作業員には10分の一くらいしか金はやらないとかなっている

これは地元の人も怒るべきだ!

なぜなら除染は本当に効果あるのか?それも疑問だった,なぜこれほど除染はおいしいのか?それは建築物を建てるとその資材とかいろいろかかるのが目に見える
除染は何しているのかも良く外から見てわからないのである。
そこで手抜きしても全くわからない,放射線量を計るがそれもいいかげんなのかもしれない。現実に大成建設が設置したモニタリングポストの下は土をとっているから低いが回りは倍以上あった,そういう不正みたいなことが行われていた
だから飯館村では比較的まだ高い,でも0.7となればその倍と見なければならない,すると高いとなる,何か放射線量は数字でありまたごまかしやすいのである。
今溜池の除染をしている,これも回りから雨降れば泥が流れてまたたまるのだからどれだけ効果あるのか疑問なのである。

その除染の費用はどこに流れたのか?ゼネンコであり暴力団であり地元の建築土木関係であり地元には恩恵がなかったともなる,除染したというがその効果が疑問だからである。そして役員に億の金が回っていたというのも驚きである。
除染も実際は効果もないしずさんだがその金もずさんに使われていたのである。

そもそも原発は何か莫大な金がかかっていた,それができたのは国民の税金だから湯水が湧くように使われた,東電に要求しても後は国に東電が要求して国が支払っていた,
その国の金とは国民の税金なのである。
この構図は確かに自民党だとゼネコンの結びつきが前からあったからだというのもわかるだから今度市長になった門馬氏は自民党と公明党である。するとそうした不正を見逃すということもあるのか?
そこに確かに今回の選挙の問題があった。ただ自分は地方自治にはそうした国の政党より身近なその土地に根ざした問題の解決にとりくむべきだと思っていた
それで桜井市長がそうしたところに政治力を発揮できなかったのと思い不満だった

前にも書いたけど小高と鹿島の対立は補償金問題にあった,ある程度不満がないように配分すればこんな深刻な対立にはならなかった
実際に清水建設とか地元の会社にそうした巨額な除染費用が流れたからだ

地元の会社はその金を役員に回すのではなく地元に回せ!

お前らだけがうまい汁を吸うのか?

億の金が入って笑っているのか?

地元の人はこれは怒るべきである。それは原発が建ったときからあった
それで船主は事故前も多額の補償金を東電から特に船主はもらっていた
それで原発御殿が建っていたのだ,それで回りの人はうらやましくねたんでいたのであるそれで津浪が来て罰があたったとかその近くの回りの人が言っていたのである。

いづれにしろ桜井市長はこうした南相馬市内の対立に手を打てなかった,それが南相馬市の一番の問題だった,今回起きた問題もそうである。
それは自民党が政権にあるからだともなるのか?
やはり南相馬市長が政治力かないからでありいくら野党系でも市長にあれば権限があるからできたともなる,それで選挙に敗れたということもある

地元だと金にうるさい,田舎だと本当に金にうるさい,するとこうして除染でおおもうけした人への風当たりは強くなる,なぜなら地元に住んでいるからそうなる
それが船主が今は針のむしろに座るようなことになってしまった
あいつらだけが原発事故前もいい目をしてその後はいい目をして真っ先に立派な家を建てたとかなる,その不満は本当に大きいのである。
だから今回のことでも地元の人の不満はその会社に向けられるし経営者に向けられる
そういうことは地元では怖いのである。
東京に社長がいる場合はどんな暮らしをしているかわからない,そういう社長が東北サッシでも駅に来て社員が迎えにくる,そういう場合は地元に住んでいるからねたみの対象になりにくいのである。
地元に住んでいるとそうはいかないのである。

ともかく莫大な除染費用は地元に回らず復興の役にもたたなかった,除染は多少は効果があってもその莫大な金をもっと地元のために利用した方が良かったからである。
この辺は相馬市でも人口がへり相馬市と南相馬市は事業を継続できない人が多く
廃業が多い52市町村に入っている
だからあと3年して国からの支援もなくなる

その時どうなるのか?それが恐怖である。全体的に衰退して市町村すら維持できない状態になるかもしれない,すでに浪江町とか飯館村は復興がむずかしい
南相馬市はなんとかもちこたえても厳しい状態になる
地銀も経営が苦しく廃止になる,地元の会社の後ろ楯になるものもなくなる
その時この辺はどうなるのか?
そういうとき一会社が除染でおおうもけして役員がその金を懐に入れていたとなると地元の人は許さないだろう。それで地元に住むということはそういう怨嗟の目の中に生きることになるから苦しくなるのである。
第一補償金問題でもそうだった,小高でもなぜあんなに優遇されているのかと鹿島の人は延々と言っていたからである。
小高には当然補償されていいものがあった,ただ問題はそうして田舎では不平等になることが許されないのである。
ただ本当の問題は莫大な除染費用などがそうして地元の復興に使われなかった
みんなゼネコンとか暴力団とかに吸い上げられて復興には使われなかったのである。


タグ:除染
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2018年01月21日

<南相馬市長選>門馬和夫氏が初当選 「脱原発」桜井氏破る


<南相馬市長選>門馬和夫氏が初当選 「脱原発」桜井氏破る


200票の差でぎりぎりだった,そんなこと予想されていた,今回は強力な対抗馬だった
特に鹿島区の人は桜井氏に不満が大きかったから入れなかったかもしれない
延々と文句を言っている人がいたからだ
そして二期も市長になっていたから変わったもいいとか思った人もいたかもしれない
自分などはそうだった,それほど実績もないとする二期で十分だとなる

自分は「脱原発」というだけ主張して勝つことは嫌だった
自分も脱原発でもそれだけ叫んでいれば勝つというのは楽である。
それは国政レベルだったらそれを叫んでもいい
自治体レベルではやはり地元に密着した問題なのである。
それは政党ともあまり関係ないことである。

でも意外と投票率が60パーセントが低いなと思った,まだ避難している人が多いからなのか?市の選挙でこれだけ低いのかとなる。関心が低くかったのか?
どっちにしろ相馬市長選挙では70パーセントだからその影響がまだあったのかもしれない

そもそも桜井氏が脱原発だけ叫んで勝つと見込んだのは震災から7年もなるのに間違っていた,震災の復興の進め方がどうだったのか,その議論をすべきだった
それから鹿島区と小高区の対立がありそれも重大な課題だったが具体的なものは何も示していない,ただ小高に病院を再開するという門馬氏は主張しているからそれは実現するのか?
それでも小高の復興は進まない,そもそもそこの住民は復興すとる主体が老人がほとんどでありそれで復興できるのかとなる

いづれにしろ自分が言ったように「脱原発」を声高に叫んでまわり野党の脱原発議員が応援する,それは国政レベルならわかるが地方自治体ではもっと地元に根ざした問題の方が先決なのである。
だから無所属の方が地方自治体ではいいのである。
中央の政党争いを地方にもってくるべきではないからだ

ただ桜井氏との差が200票ということは次の選挙ではまた野党に変わる
何か成果をあげなければ簡単にそうなる,おそらく鹿島区の票が桜井氏に入らずに勝ったのかもしれない,それは開票結果を見ないとわからない
ただ門馬氏も小高と鹿島の対立にどんな施策があるのかわからない
それでまた不満になり次の選挙では野党側に変わるとなるかもしれない
政治は実績でありいくらいいことを言ってもも実行できなければ評価されない
桜井氏にはそういうことがあった,意外と飯館村とか相馬市長には批判があっても
評価が高いのは実行力があるからなのかもしれない

ともかく門馬市長に期待します

争点は脱原発では桜井市長が勝つ (他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)

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2018年01月20日

争点は脱原発では桜井市長が勝つ (他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)


争点は脱原発では桜井市長が勝つ

(他の問題がありそこに力点を置くべきではないか)

脱原発、脱原発,・・・これで勝ちでいいのか


30k圏外約2千余世帯の支給額は市長が要綱を規定し、それにより支給した金額で
総額8億5,593万円は不当公金支出であり市の損害金である。
その責任は全て市長にある事をもって、この金額を遅滞無く弁済を市長に要求する。

こういうことがあった,南相馬市では鹿島には見舞金であれ補償金も払うなということがあった,同じ南相馬市民でもそうだった,原町区の人に多かった
鹿島区は30キロ圏外で排除された,でも桜井市長は鹿島区に補償金を払うことに尽力したとある100億円を仮払いとして払った,一人70万の補償金だった
原町区は30キロ圏内だから3倍くらいもらっているとか言われた,場所によっても違うのか原町の人がいくら本当にもらっているのか言わないからわからない
ただ知っている石神の人が古い家がすみにくいからと新しい家を建てた
それは補償金で頭金が用意できたからかもしれない,でもローンなのだからその補償金で全部まにあうようなものではなかった

鹿島区の不満はその後も根強く残り小高とは反目する関係になってしまった
なぜ小高だけが優遇されるのか?それは避難区域になったから当然であり小高の人になればなぜ鹿島区は不満なのかということで反目しあう結果になった
この反目しあうことは市長の責任があったかもしれない
なにか融和策がとれなかった,これが実際は市政の一番の問題だった
とにかく何兆円もの除染とかいろいろ国から金がおりたのだから方法があったともみる
それがゼネコンとか外部のものに流出しただけだとなる
その構図は前からあり変わらなかったともなる

そもそもこの辺では脱原発は当たり前だと思っていた、いくら自民系でもこの地域で脱原発でないこと自体なんなのだとなる,これだけの被害を受けてまだ原発をしようとしているのか?
そのことが理解できない,脱原発でないかぎりこの地域では負けるのではないか?
ただ桜井市長は左系統であり中央との自民とのパイプをもてないから復興に支障をきたすそれは言えるかもしれない,ここにも政府与党と野党の対立がもちこまれている
自分は極力地方自治体の政治は中央の争いをもちこむべきではないと思う
地方自治体はそうういものではなく,福祉の充実とか雇用の充実とか教育保育とかの充実とかもっとその土地に根ざしたものが争点となるべきなのである。
もちろん脱原発はこの辺では当然だと思っていた
そういうものは争点にならないと思っていた

いづれにしろ明日選挙だけどっちにしていいのかまたわからない,国政選挙でもそうだった,自分はしょうがないから希望の党に入れたのである。
今回も桜井市長の応援に希望の党の議員が来たというから脱原発連合がある
ここでは脱原発でないとしたら勝ちようがないのである。
これだけの被害を受けてまた原発をはじめることはありえていと思っていたからである。争点を脱原発なら国政選挙でありここでは脱原発が当たり前として議論外のものとしてある,そうではなくて別なものが争点になるべきなのである。
国の中央の政治が地方でも行われるのは納得いかないとなる

ここでは脱原発を言うまでもなくそれ意外のことに重点を置き政策をすすめてもらいたいとなる
だから鹿島区と小高区が分断されたことの融和策は何かとか議論してもらいたいがない
それが政治のはずなのである。脱原発言うのは簡単なのである。
この辺ではみんなそうだからである,現市長に不満というとき脱原発ではない
鹿島区と小高区の融和策がとれなかったことなどが深刻だったのである。
脱原発なら鹿島であれ小高であれ同じである。するとそれだけを訴えることはこの辺では楽なのである。
それで勝てるということは他の政策を見ないということになる
国レベルとなると脱原発はかえって重要な争点になる,でも全国レベルでもそうならなかった,国民が求めているのは争点は別なものだったとなる
消費税とかなら国民で一致したものがあり争点になったのである。

ともかくここで中央の政治の争いをもってくるのは納得できない,脱原発だけ言っていれば当選するというのも納得できない,政治的課題は実際はこの辺ではそうではなかった
なぜ鹿島区と小高区など融和策がとれなかったということでもあった
この分断によって南相馬市の一体感がなくなったからだ
脱原発は当然としてそれで一体感はもちえないのである。

自分も脱原発というよりこの辺ではみんな脱原発自明としてある,これだけ被害を受けて原発をまたしたいという人はまれになる,それで選挙を勝つとしたら楽だとなる
それが評価されて当選するとしたらそれは地方自治体の長として楽であり他の政策の実行はないがしろにされるのである。
これが争点になるなら確実に桜井市長が勝つ,結果的にはそうなる勢いなのだとも言われる
でも桜井市長に対して不満な人は多いのは鹿島区と小高区の反目などのことである
そういう対立をなくして南相馬市を一体化するにはどうすればいいのかという問題なのである。

ただ門馬氏の主張もわかりにくい,具体的に小高で入院できる病院をつづけるというから小高の人にとってはいいことである。
ただ一方で小高は南相馬市では負担になっている
小高は帰ったのは老人が多いし福祉の街のようになりそこに生産活動する若い人は本当に少ないのである。
小高は今や重荷なのである。そこに南相馬市で予算をつぎこんだり援助することは南相馬市の財政でも苦しくなるのである。
復興しようとしても老人の街であり簡単にはできないからである。
ただこういうことを言うとまた鹿島と小高の対立になり批判されるのである。
原町区はその中間にありその舵取りをどうするのかとなる
そういう具体的なことを何も主張されていない,ただいいことばかりいう
脱原発だけを言うのは楽なのである。自分も脱原発でありそれは自明としてもっと別な深刻な地元の問題がある,それにエネルギーを注ぐべきなのである。

posted by 老鶯 at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年01月19日

南相馬市長選挙を前回の渡辺氏との政策の相違で考える (自民系と左(共産系)とかの戦いのなか?)


南相馬市長選挙を前回の渡辺氏との政策の相違で考える

(自民系と左(共産系)とかの戦いのなか?)


南相馬市の復興を考える

A 帰還困難区域については移住費用を支援。帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。 
B 除染一辺倒から、除染・インフラ整備・汚染水対策・廃炉を「大きな公共事業」とし、税金を投入する。

自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。

交通インフラの整備とは、企業誘致を当て込んで、道路などの基盤整備を行うということだ。しかし、住民の生活再建が依然として進んでいないのに、企業誘致のための道路建設に復興資金を使うことに住民が納得するだろうか。 
 また、その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。

 隣りの宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている。 
 これも、企業誘致のところで見た通り、外国や東京に本社を置く企業が、地域の契約農家を組織し、生産物の加工工場をつくり、それらを販売する店舗を設置するということをやったとしても、その利益は、ことごとく東京や外国の本社に流出し、地域には一部しか循環しない。

 火発も原発も、東京・首都圏への集中・集積やグローバル企業の収益には貢献するが、地域への分配はわずか。住民が受け取る所得は非常に小さい。電力会社の本社は、東京電力は東京に、東北電力は仙台にあり、その所得はこの地域の外に出て行く。むしろ長期的には地域の衰退を促進するものでしかない。 
 これは、脱原発ということで、再生可能エネルギーを導入したとしても問題は同じだ。被災地外の企業が発電設備を運営すればその利益は地域には残らない。

 横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた

 汚染を引き起こした加害者が、加害責任を問われていない。それどころか、彼ら自身、加害者だという自覚が全くない。

 福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。それを再び繰り返すのだろうか。そうではなく、その犠牲と教訓から、破産した政策を総括し、社会や経済や政治のあり方を根本的に見直すということではないだろうか。


帰還困難区域以外は「戻る」選択には賠償追加で支援。帰還困難区域以外で「戻らない」選択には支援しない。

これは前から自分も言っていた,補償金でいち早く原町であり鹿島であれ相馬市や新地でも家を建てた人がいた,そういう人に金を支払ったらもうもどらない人なのだから復興はありえないのである。でも現実はそういう人が多かったのである。
そして浪江町の人でも南相馬市とかに「浪江町」を作るとか構想があり二本松でもあったとういがそれは無理である。そしたら南相馬市民との軋轢が生まれるからである。

そもそも復興する主体が誰なのか?

外部の人がいろいろ言ってもそこに住んでいた人のはずだがその人たち故郷を捨てているのである。その町を捨てる人に補償金を払っているのだからますます帰らない
もう自分たちはここに住む他ないとなれば覚悟ができて復興ができるかもしれない
それよりいかに荒廃した町から脱出するからが課題になってしまった
何か町を再生したいという町への故郷への思いがあまり見えないのである。
ただ離散分裂してなんとか一体になり復興しようとする気持ちが感じられないのである。
要するにこの辺でも言っていたが土地が安い時家を建てた人は賢かった
それは小高の人だったのである。
いち早く見切りをつけた人が勝ち組だったとなっている
つまり故郷の人のつながりなどは現代ではない,田舎でもない,金が支配するというとき金があったらどこに住んでもいいならそんな荒廃した町に帰る必要はないとなった
それは現代社会が広域化グローバル化したからである。
一つの土地に執着する必要はない,金さえあればいい場所にどこでも住んでいいのだという社会である。そういう社会は危難にもろく一挙にコミニュティも崩壊したのである。

自動車関連企業、成長産業である医療機器やロボット産業とは、グローバル経済に対応し、規模が大きく、成長を追求する産業だ。それらの企業は、言うまでもなく、東京に本社を置くグローバル企業、あるいは海外に拠点を置く多国籍企業だ。そして収益の最大化を目的にしている。地域で生み出した利益の大半は本社のある東京や海外に移転し、企業内に留保される。地域にはほんの一部しか循環しない。

この辺はロボットとかドローンの工場基地ができる,ではその収益はどこにゆくのか?
東京に本社があるグローバル企業にゆく,この辺の会社の社長は東京に住んでいる
地元に住んでいないのである。それで社員が駅に社長を迎えに来る
東北サッシでもそうだし友伸エンジニアでもそうである。
つまりその収益は地元に有効に回るとはならないともなる,地元に社長が住んでいればまた別である。
そもそも東電とか東北電力でもそうだというときそれは世界的傾向である

多国籍企業の力は絶大でありそれに逆らうことは不可能になっている
それは国より強力なのである。国すらどうにもならないのである。
地域に金が回らないというとき証券会社がもってきたのは地銀を通してもってきたのはこうしたロボットとか人工知能などのファンドである,だからこういう会社に投資してもうけようとすればそこに投資する
それがグローバル経済なのである。地域に金はおりないというとき矛盾しているけどこういうファンドに投資するほかないのである。地域というのこえてグローバル経済になっているということはそういうことなのである。


このことを感じたのは地銀もそうなっていたのである。東京の証券会社の人が地銀の銀行員を連れて投資信託をすすめる,そういうことができるのは地銀で地元で培った対面的な営業の信頼関係で顧客があるからだ,そうした継続として地銀は信用できるものとして地元で仕事していたのである。
それが東京の証券会社の下請けとなりその出向した証券会社の指示で動いているのであるすると証券会社の支社が地銀なのか?実質はもうそうなっているのである。
地銀はもう地元に貢献するものとしてありえなくなったから合併したり消滅すると言われるようになったのである。
ただ地銀ではつくづく金融商品が本当に少ない,そろえることができない
老人用の保険などが安全なものが作られているからだ
ここだけは田舎は不利だった,東京と田舎の差はここでは歴然としていたのである。
地銀もグローバル化して巨大証券会社の一支店のようにされる
その収入は東京に吸い上げられるともなる,そのおこぼれを地銀が受けるとかなってしまう。

宮城県では、農業への新規参入を積極的に進めている。野村ホールディングス、サイゼリア、カゴメ、IBM、GEなど、外食産業ばかりか農業に無縁と思われるグローバル企業が、農業生産法人を設立し、植物工場などを始めている

これも収入は地元にはわずかで東京にある会社に吸収される,それはイオンがそうである地元の商店街が壊滅してイオンだけが郊外に繁栄する,その収益は地元にはわずかだともなる,それが資本主義社会だとなればこういうことは世界中に起きているのである。
するとそもそもが資本主義とか反グローバルにならないと解決しえない問題である。
でもそれに対抗できるものがあるのか?
この巨大な怪物と化した大企業とかグローバル多国籍企業に対抗できるものがあるのか?
そもそもが東電の原発は何も強制的に国とか企業がおしつけたものではない

双葉とか大熊とか出稼ぎ者が多く地元で働きたいということで地元の人が積極的に誘致したものなのである。
もしその時貧乏でも別な志向が働いていれば今日のようにはなっていないのである。
そして現実に東電の原発依存の経済になっていたのである。
それで経済が成り立ってしまったからもうそれ以外のことは考えられなくなったのであるふりかえると本当は原発を誘致するときこそ地元の人が重大の判断と決断をしなければならないときだったのである。
でもほとんどそうした真剣な議論もない,将来の世代のことも考えない
ともかく金だとなり何の抵抗もなく原発は建てられたのである。
その後も原発の安全神話が作られてきた,地元で原発が危険だというと危険人物にされて住めなくすらなっていたのである。

福島が受けた原子力災害とは何だったのか。それは、中央や公共事業や大企業に依存したら、何かしらの恩恵が地方にもあるのではないかという幻想の行き着いた果てだった。

これは左でも同調する,ただではこうした大企業とかグローバル多国籍企業とかに対抗するものが地域にあるのか?
何をもって地域の経済を成り立たせるのか,漁業では金にならない,農業はだめだ,林業はだめだとなり一体何をもって地域の経済を成り立たせて復興がありえるのか?
それが問われた,何かその対抗策があれば納得するがない
そこに左系統の言い分に同調してもみんなの賛成が得られないからこそ原発でも企業の工場でも誘致されているのである。むしろ積極的に自治体が誘致しているのである。
働く場所がないからそうなる,漁業,農業,林業では成り立たない社会になっているからである。
ただそうしたグローバル多国籍企業とかの影響で今回のような悲惨なことにここがなったことは確かである。

その公共事業を受注するのが被災地外のゼネコンであれば、被災地の企業に回るお金は限られ、被災地の企業の復興は進まない。しかも、公共事業は一回限りの投資で、持続性はない。

その金をもし地元の復興に使えばもっと有効なものとなった,補償金にだってあてることができて小高とか鹿島とかが憎みあうこともなかったのである。
除染に何兆円もつぎこんでもその金はゼネコンに流れて地元に恩恵がなかったのである。

そもそも右は原発賛成である。左は反対である。そしてそれはそこで二分されてどっちかの陣営につかねばならない,それで武田邦彦氏は原発反対なのだが右であり左の人とはうまくいかないとなる,自分は心情は右である。国の文化と地域の風土とかに根ざした経済とか文化の町作りを推進する方である。
また原発は反対である。第一これだけの被害を受けて脱原発になるのがこの辺では普通である。それが自民系にはないのかとなる
それは党派の問題でもない,地域は党派越えたものがあるからだ
中央の政治の争いをもちこみにくい場でもある,だから無所属の方がいいとなる
今回の門馬氏は明かに自民公明だから保守系として出ているから渡辺氏と同じになるのか?
門馬氏の主張はアピールは何なのかわかりにくい,何が争点なのか?
脱原発になるとそれはこの辺では当たり前なのである。
そのことで勝敗が決まるのか?それも納得いかないのである。
復興の進め方なのか?そこに門馬氏と桜井市で相違があるのか?
右は自民の政権は除染は終わり帰還して普通の暮らしにもどるべきとしている
左はそうではない,除染は必要でありもっと放射能対策を継続すべきだとなる

横山、渡辺両氏らには、<福島の原子力災害問題はもう終わりにして、開発政策に舵を切りたい>という意志がはっきりとあって、それを進める上で邪魔になっていた桜井市長を落とそうとして動いていた

門馬氏は自民党だから渡辺氏とかと共通しているのか?
今回の選挙も自民と左系統の政党の争いが地方でも行われるのか?
これもどこに判断基準を置くのかむずかしい
ただ門馬氏の主張はもう一つはっきりしないから自民から出た渡辺氏の主張とダブルことがあるのかと検討したのである。





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2018年01月16日

南相馬市長選挙迫る (問題山積みは続いている)


南相馬市長選挙迫る

(問題山積みは続いている)


かねてから南相馬市に住んでいる人、震災後に避難先から戻って来た人、震災後に引っ越して来た人たちが暮らしています。皆、言葉に出すことは少ないですが、震災後に南相馬市に残ったか、残らなかったかという溝や受け取った賠償額の格差による溝ができているのです。

 市選挙管理委員会によると、有権者約5万3千人のうち、約5600人が避難などで市外に住んでいる。

 

津波原発事故の後遺症は傷は深い,津波の被害者がいて原発事故の避難者がいてさらに今南相馬市で問題になるのが浪江町などの原発避難者なのである
その復興団地を見ればわかる,その数が原町区では多いのである。
だから浪江町の人たちも実際は浪江に帰らないというとき南相馬市の住民になっている
ただ浪江町の住民だから選挙権がないのである。それで自分たちの利益を主張できないことはある
ただ税金は別に払っているから何も権利がないのとは違う,外国人でも生活保護の権利があるからだ
ただ今回の選挙で浪江町の人たちのことを考えると選挙権がないからこれはどういうことなのか?
浪江町の人に候補者は訴えることはしないとなる
選挙権がないということは市民権がないということなのか?何かそれに通じるものがある

そもそも浪江のことを考えると何なのだろうとなる、公務員だけが必死に働き町を復興させようとしている
職員がたりなくて新しく採用した人が仕事ができなくてはらはらになったとかある
実際に津波で被害にあった町に外から応援に来たほかの自治体の職員が三人死んでいる
過労になったのである。
不思議なのは公務員が必死になっても肝心の住民がいなくなれば公務員が成り立たなくなったのである。
王様がいて家来がいる、社長がいて社員がいる、住民がいて役所の公務員がいる
家来がいなくなれば王様もなくなる,社員がいなくなれば社長もなくなる,住民がいなくなれば役所は成り立たなくなる、公務員だけが残るともなる
現実に浪江ではそういう状況になっているのである
みんな帰らないと言っているからだ

そしてわからないが浪江の人とか原発避難者は立派な豪邸を建てているのが見かける
ケーズデンキの近くの家の庭が立派なのである。石が豪壮であり見惚れてしまう
自分は石に興味があるから見惚れる
その石だけでも一千万とかかかっても不思議ではないように見える
鹿島地区では新しい家が百軒以上建ってもあれだけの立派な庭は見ていない
ではなぜそれだけの庭と家を建てた人はどういう人なのか?
それはやはり原発避難者だろう、大熊、双葉、浪江とかになる、主に浪江とかかもしれない
一方で深野のユッサの庭はそういうのに比べる貧弱なのである。
あそこはみんなが外部の人も集まるから立派な庭にしてほしいとなる
自分は庭が好きだからそうみる、環境的にもいい庭を作るのに向いているからだ

その土地に市町村に住んでいれば誰でもこうあってほしいなと思うことがある。
ユッサは民間であれ場所的にはいいしもっと庭をいい庭にしてほしいとかなる
駅でボランティアしていると駅でも駐車場が整備されていないので外からの人が入りにくいとか
高齢鹿社会になるから車を利用できなくなる人が増えてくるから対策してほしいとかなる
争点が子育てとか教育になっているのはやはり未来を背負う人を育てないと市町村は将来つぶれてゆくという
ことで全国的にそうなっている
この辺では小高でもそうだが限界集落化したし浪江とか双葉とか大熊では町自体が消滅する危機なのである。
それで南相馬市だけではない浪江町も含んだ広域的なものとしての政治の対策必要になっている
それは県とか国でしているとなるがもう浪江町は維持できるか維持できないのかの瀬戸際なのである。
現実には浪江町の人が南相馬市に千人以上とか住人に実質はなっている
そういう問題も南相馬市にはある,相馬市とか新地でも移り住んだ人があるから同じようにあるが南相馬市は一番多く引き受けているから問題なのである。

桜井氏の評価はいろいろだろう。政治家は何で評価されるのか?芸術家なら作品で評価するからわかりやすい
政治家の実績は何なのか?前の渡辺市長の実績は駅前の図書館を作ったことである。
それは賛否両論があるにしろ実績としてわかりやすい,自分は今では評価していない、インターネット時代になり利用しなくなったからである。
そういう箱物は必要なかったとも時代でなる、街の活性化にも役立たない,ただ買い物するスーパ−とかが併設すれば活性化していたかもしれない
高齢化になると車を運転できない人が増え電車を利用する人が増えてくるかもしれないからである
高齢者対策も必要になる、一方で保育所とか教育とか仕事を作るとか将来のための政策も必要である。

国は東日本大震災の復興事業期間を10年として所得税等の増税により財源を確保しましたその10年の期間も復興創生期間残すところ3年になります

こうなると3年後はこの辺の経済状況はかなり厳しいものになるだろう
今まで復興のために金が入ってきたし工事関係者も入ってきて建築関係は活性化した
息を吹き返した,ただそれが本当に三年後で終わりになることは厳しい状態になる
なぜ最初は地元で除染で働きいわき市の方で働き次にまた働く場所がないとか東京に探しに行った非正規の労働者がいる
これも良くわからないが地元での仕事が減ってきていることは確かなのだろう。
例えば浪江町ではこの駅の公衆電話の修理であった人は浪江の人だけどやはり原発で働いていたのである。
浪江は三分の一は原発で働いていた,葛尾村でも働いていた人があるし飯館村でも原発で働いていた人がいたことには驚く
それだけこの辺は原発依存の経済になっていたのである。
それで船主が原発御殿を建てていたとか津浪で判明したのである。
だからこそ逆に怖いのは原発再稼働しないと経済的に成り立たなくなるということになることである。

その圧力は大きなものになる,そもそも原発は上からだけの要請ではない,地元の要請もあって作られていたからである。背に腹は代えられないとなりかねないのである。
ただこの辺は脱原発になりそれは当然の前提としてあるものだと思っていたが自民党系はそうではない,とるすとまた原発再稼働がありうるのである。
全国レベルでも原発は争点にならなかったがここではやはり脱原発になるのが当然であり前提としてあるものだと思っていた
ただそれをぬきにすれば二期勤めた桜井市長の実績は何だったのか,ただの人気取りパーフォーマンス市長だったのか,それが問われる
やっぱり二期は長い,実績があれば別だが変化を求める人が多いかもしれない

大学を見れば桜井市長とか飯館村の村長も畜産科であり農業になるが飯館村ではいいが門馬候補は東北大の工学部となるとそっちの方に強いのか?
この辺ではともかく理系の知識が必要になった,だから理系の市長でないと勤まらないということがあった,相馬市でも医者だから理系である。
ただ政治となるとこれはまた経営とか関係してくる,専門職とも違う総合職なのである。総合職になると文系的なものが必要になる
本当に総合的に見ると郷土史とかも関係してくるし自分の追及してきた郷土とか自然とのアイディンティティなども関係しているのである。
郷土をトータルに見ることだからである。だから市長の担当する範囲は広い,総合的に判断する能力が必要になるのである。

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2018年01月13日

避難している浪江町民などの問題 (けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


避難している浪江町民などの問題

(けじめの時期が来ている-いつまでも被害者なのか?)


小高のときも仮設に住んでいる人が問題になった,毎日パチンコやギャンブルしていて遊んでいた,それでもボランティアが来てかわいそうだからと支援していた
そして鹿島の人は同情もしない冷たい人だと互いにいがみあうようになった
小高の人は鹿島の人の気持ちなど全然考慮していなかったのである。

次に主に浪江町の人が今度は移住してきた,その人たちでもほとんど働いていない,老人が多いということもある
でも不思議なのは他でも問題になったが二本松市とかに移り住んでも以前として浪江町民なのである。だから税金など払わないということが問題になった
それで二本松市に浪江町を作るということを提案した

なぜそうなったのか?浪江町民とは何なのか?それがわからなくなった
漂流する流浪民のようになったからだろう,ただ県と国ではそうしたし人達を援助するから移住先の自治体に金を払うということがあった
だからそうした人達がすべて邪魔者というものではない,それより被害者なのだから保護されるべきだということがあり誰も何も言えないのである。

その保護されるにしてももう60以上は仕事できないから小高の人達は国民年金では足りないからもっと援助しほしてい,年金として死ぬまでもらいたいと現実に要求したのであるつまり被害者だというとき何でも通る,それに批判するのものはなんて非情な人達だとなりマスコミでも応援するから何も言えない
それでNHKでもそのことを言うから余計に原発避難民を非難するものは糾弾されるのである。

でもすでに7年もすぎて以前として同じ状態にある,避難民はどう考えているのか?
誰も小高でも浪江でも帰りたくないという,では他に移りそこで住むのか?
原町とかに家を建てた人が多いのだからすでに浪江町には帰らないのである。
だとするなら南相馬市民として税金も払いとなるだろう。
また南相馬市民として尽くし働いてもらいたいともなる
人手不足で困っているし浪江町の人でも病院とか施設とかその他利用するからである。
そこには金だけではない南相馬市民の労力も費やされているからである。
ただ浪江町の人も看護師とかで働いているとかこの前はnttで働いていたとかありみんながそうではない,それなりに働いている人はいる

ただそれは割合とすると極めて少ないだろう,一割くらいかもしれない,その割合はわからない,ただ小高でもそうだが浪江でも特権意識化してかわいそうであり被害者なのだからいいのだとなんでもなってしまうのも問題なのである。
もう7年もすぎてもそうなのである。

そもそもわからないのは復興するというとき小高でも浪江でも飯館でも誰が復興するのかまたしたいのか?
それもわからない,地元の人達はもうあきらめて家を壊して他の土地に新しく家を建てて生活も別になっている人も多いからだ
公務員などは残り復興したいとしてもその肝心の町民はもう住みたくないとなっている
では一体誰が復興するのか?外部の人がいくら支援しても肝心のそこに住んでいた人が復興とは関係ない,他に移り住み帰らないと言っているからだ

結局それも被害者なのだからどうにもならないとそこに住んでいた人達は言う
それは自分たちの責任ではない,国や東電や原発事故を起こした人達の責任である。
俺たちはもう死ぬまで被害者であり補償されるべきだとなっている
補償金が切られたらあとは生活保護だと遊び人は言っていたからだ

俺たちは被害者だ
俺たちに責任はない
俺たちは最後まで補償されるべきだ
俺たちは働く必要がない
俺たちは被害者だ
回りの人達が支援すべきだ

こうなっているのが原発避難民なのである。でもその責任は一体誰がとるのか?
そこに住んでいた人達にはないと主張するとき誰がとるのか?
そうなら浪江でも小高でも飯館でももうみんな住まない方がいいのではないか?
復興を支援すること自体徒労だとなる
第一そこに住んでいた人達がそこに住むことを拒否して放棄したんだからその人たちはその町村民でもないのである。
ただ補償金をもらうためにそこに土地があれば何か財産があれば金にしたいしかないのである。

それはそれでいいとして別な自治体に籍を移してそこで税金を払いそこの一市民や町民になるべきだとなる,でも現実は南相馬市の市長選挙があっても選挙権はないのである。
南相馬市民の一員ではないからだ,だから権利は与えられないない,でも別な自治体に住むのだからそこで補償金だけをもらいあとはまた生活保護くれとかなると困る
市の負担が増えるからである。

わからないのは浪江町の人が南相馬市であれ相馬市であれ他の市とか町に移り住んでも回りの人があの人達は浪江町民だとか見ていることなのである。
でも実質はもう浪江町とは関係なくなっているのである。
浪江には帰らないからである。家も建てて別な自治体で暮らしているからである。
何かそういうけじめをつける時期に来ている
いつまでもだらだらと訳わからなくしていることはできない
それは浪江町とかの自治体でも公務員でも処理に困る
この人は他に家まで移り住んだし帰ってこない,だから浪江町民ではない
では他の人はどうなのだとか悩むだろう
この人は帰ってくるからなんとか帰ってきてもらい新しい町作りなり復興に役立ってもらいたいとかなる

そういうけじめの時期が来ている
それは自分にも言えたのである。一時は同情してもその人も原発事故とは関係なく被害者でありかかわいそうということがあってもそれなりに援助したのだからだらだらと援助ばかり都合よくすることはできない
現実に一年の内半年も働かない非正規である。そこには確かに事情がある
でもそのために自分が援助するとなると個人的には無理である。
社会的にもなぜ人手不足の時代に正規にもなれるのに定期的に働ける場があるのに働かないのかとなる
自分にそんなに援助する金などないのである
人間はどこかでみんなけじめが必要になってくる,いつまでもだらだらと何か困っていても先伸ばしはできないのである。

タグ:原発避難民
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2018年01月12日

原町まで行く (南相馬市長選挙のことなど)


原町まで行く

(南相馬市長選挙のことなど)

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今日原町に行ったらいわきまでのバスが新しく出ていた,常磐道で行くから一度乗ってみよう,さくらのバスは鹿島からも出て東京まで行くが遠い
いわきまでなら90分だとある
常磐高速は乗ってみたいと思っていたからだ

それからイオンに行ったら南相馬市長選挙の期日前投票が行われていた
そこで取材していたのが福島民報の記者だった
出口調査しているというが一時間しかいないとういうからたいした取材はできない
鹿島の区役所でも期日前投票をしている

ただ月曜日に討論会したがどういう内容だったのかわからない
今回の選挙の争点とかが良くわからないのだ
ただわかっているのは桜井市長は二期勤めてそれほど実績を出せなかったから変えてもいいという人がいるかもしれない,自分もそういう動機になる
二期もつづくとマンネリ化して癒着したりするからだ
ただ対抗馬の門馬の人となり政策もわからない,だからどうして判断するのか?

桜井市長は脱原発であり門馬氏は自民公明指示であるから今度は保守が一本化したから手ごわいとなる,脱原発はこの辺ではこれだけの被害なのだから当然だとなる
しかし自民では脱原発ではないのである。前の自民の渡辺氏もそうだったのである。
桜井市長は野党系だから脱原発なのである。
第一この地域で脱原発にならないとしたらどういうことなのかとなる
つまりそれは当然としてこの辺ではありそれふまえて争点があり争う
復興の進め方で争うというのもそうである。
それから高齢者が多いから票になるのが高齢者だとなると当然そうなる
この辺は特に高齢化率が他の県より10パーセントとか高くなっているからである。
そして看護師不足も問題である。人手不足もこの辺は他の地域より深刻だからである。

今は取材しているマスコミをまた取材している人が出る,そして報告する人もいる
プログなどがあるからインターネットで報告する
この前はNHKの人と小高であった,そこでNHKの放送が原発避難者のことであまりにも小高寄りであり鹿島は無視されていて不満があるというと俺は下のものだから知らない
上の言う通りにするだけだと怒っていたのである。

今はこうしてマスコミは取材されて標的にされてプログなどに書かれる時代なのである。マスコミは監視されていていてインターネットで報告される
警官でも職務質問を警官に逆にしているのには驚いた
それをyoutube で流している,相手の名前とか役職とかを言いその警官のことを職務質問していたのである。ここまでやることは驚きである。


NHK紅白歌合戦の裏側【金・女・暴力団】を元NHK職員が実名付きで語ります。

これは迫力があり驚きである,こうしてインターネットで告発できる時代なのである。
インターネットでは一人一人が記者にもなれる時代なのである。
ただ影響力は宣伝力はやはりマスコミに以前としてある,インターネットでプログでも読まれているのはわずかだからである。

とにかく南相馬市では小高が復興できない,そこが大問題である
また原発の補償金をめぐって分断されたことも大問題である。
復興の進め方でも問題をかかえている,ここは問題が山積みであり変わっていないのである。

高齢者の住みやすい街作りというのでは高松市が参考になった
商店街に老人を住まわせてそこの狭い範囲で病院まであり何でも用たせるというのはいい高齢になると車も運転するのが危険になり迷惑をかけるからである。
自分もあういう街に住みたいともなる,ただあそこまでやるとなると大事業になってしまう,ただ高齢化社会の一つのモデルなことは確かである。

渡辺氏が作った図書館は立派だったけどそれが今になると十分に利用されているのか?
鹿島から電車で暇つぶしに行っている老人がいる
あとは高校生などのたまり場になっている
本を読むといっても今は少ない,自分は家事が忙しいので調べ物などはインターネットでしている,駅前で買い物ができるならいいが駅前には買い物する場がない
六号線の方とイオンとかは離れているからだ
それが問題なのである。つまり図書館ではなくスーパーとか買い物できるものが必要だったのである。また併設する必要があったのである。
そうすれば駅前が活性化できたが図書館だけではできなかったのである。

イオンで会ったのは飯館村の蕨平の人だった,パチンコに来ていた、この前は鹿島の競輪のギャンブル場に来ていた,原発避難者はパチンコ屋に以前として通っているのだろう。蕨平では女性の年配の人が帰って住んだとか放送されていた
一人住むとなると飯館では苦しいだろうし淋しいとなる

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ツタヤで「政経東北」を買った
浪江町の外郭団体でパラハラというとき浪江は公務員が苦しい状態に置かれて神経質になりパラハラになったとか書いてある,今回は応援に来た公務員が津浪の被害地で三人くらい死んだとかあった,公務員はもう仕事をつづけられるかどうかの瀬戸際まで追い詰めれているのである。仕事が増えすぎたのと職員がたりないから若い人を入れたのはいいが
うまく仕事ができないとなりパラハラとかなった
それもわかる,公務員でもそこで仕事するには経験が必要になるでも緊急事態でそうなったのである。
それは看護師不足でも経験がなくてもなんとか補充して病院を維持するために雇ったのとにている,みんなで経験がなくてもやれることをやらないと病院でもどこでも成り立たなくなるのである。
だからこの辺では何かやれることをしないと自治体を維持できなくなるのである。
ニートとか働かないことはここで責められる度合いが強いのである。
特に病院とかは深刻なのである。



「南相馬市民が被災地支援医者に苦言」の記事は医者が研究調査のためにきていて真面目に診療の方をしない,医者が来て助かるのだが調査や研究対象でありそれで一旗揚げようというのは困る
これもそういうことがある,今もまだ原発事故とかの影響があり医者は調査研究対象にしてそれで名を揚げようとかある
何か興味本位でこうした問題の場所に来る、それはマスコミでもそうである。
こういうとき地元を親身になって助けるというよりボランティアでも宗教団体などが来て売り込んだりもした,詩を書いて売り込んだ人もいる
それはなぜか?それが全国からも世界からさえ注目されるからである。
それで桜井市長は世界の有名人だと今回の市長選挙で宣伝しているのもおかしいのである桜井市長が何か特別復興のために尽力した,実績をあげたのならいいがそういうこともないだろう。
ただ原発事故の当事者で市長だったから世界で有名になったというだけなのである。

自分でも地元だけど何かマスコミ的になることがある
目立ってアクセスを稼ぐとかなる,何かみんな今はインターネットがあって記者になっているからだ,何か一目をひくものを出さないと目にもとまらないのがインターネットの世界だからである。
週刊誌でも「日本は滅びるとか株価が暴落するとか戦争になるとか」
何か一目につきそれを読まさせるような工夫をする
明日も平穏無事で何も起こらないとしたら週刊誌などでも読まないのである。
週刊誌は今は買わない,インターネットでほとんど読めるからである。




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2018年01月08日

放射能汚染のために復興できないのか? (農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


放射能汚染のために復興できないのか?

(農業で生計を立てている人は一割にも満たない)


江戸時代までは村という強固な社会で縛られていた,移動も移住もほとんどできない社会に住んでいた,今は金さえあれば都会に住もうがどこに住んでもいいのである。
そして不思議なのは放射能汚染にしても実際は田舎でも昔のように8割もの人間が農業して暮らしていたのとは違う,そのことをよくよく考えてみるとそうなれば別に田舎でも
農業で暮らしていない,みんなほとんど会社員とかであるというとき放射能汚染の影響は実は少ないものだったのかともなる

ただ飯館村とかになると牛を飼っていたからその影響は大きかった,牛の村として生計をたてていたから牧草などが汚染されると牛を飼いなくなったからである。
でも他の町では浪江町とか小高とかではそうではなかった,そこではむしろ原発で働く人の方が多かったしそれで経済的に成りたっていたともなる
つまり田舎だとは田畑があり農業で暮らしているというふうに見るが今はそうではない
そこが錯覚しているのである。自分の周りをみても街内だと農業で暮らしている人などいないのである。みんな会社員であり農業などしていないのである。
あとは何で生活しているのか働いているのかわからないような社会なのである。

原発事故では放射能汚染で水や土や空気や森とかが汚染された,それは生活の基本となるものでありそこが汚染されたら生活自体が成り立たないのである。
それはまた農業と深く結びついていたからそれで故郷に住めなくなったのだと自分すら思い込んでいたのである。
でも浪江でも小高でも原町でも鹿島でも他でも農業の生産高の割合は一割にも満たないのである。でも田舎を見れば土地としては田畑の割合が多いから田畑で暮らす人が多いかのと地元の人すら錯覚しているのである。

それで放射能汚染されたらとても暮らせないなと地元の人でもまた外からの人でもそう見るのである。でもみんながほとんど会社員であり工場とか会社で生計をたてているというとき別に地元の田畑でとれたものを食べなければ生きていけないという時代ではない
いくらでも外部から食料は入ってくるのである。
ただ水は飲めないのでペットボトルの水を買って飲んだりしているとその分金はかかる
でもみんな農業できなくなったから帰らない復興できないというのは違っている
工場とか会社に勤めていれば放射能汚染とは関係ないことだったのである。
もちろん工業製品も汚染されたから影響はあった
でもみんな農業できなくなったから帰れないと錯覚しているのである。
それは自分もそうだったし外部でもそう見ていることが多かったかもしれない。
田舎は昔の田舎とは違っている,同じように金が支配しているのは同じなのである。

だからよくよく考えてみると放射能汚染で暮らせなくなったというときみんな農業しているからしかたがないと錯覚する
それより田舎では農業は金にならないからしたくないとかそれで跡継ぎがいないとかなっていたのである。それは農業中心の社会ではなくなくなっていたからである。
漁業にしても同じである。漁業者は原発の補償金で成り立っていて裕福な暮らしをしていたのである,これも原発事故になってわかったことである。

会社員だとかなると浪江の人は会社は二本松に移動して再開したからそっちに移住した
それまでは鹿島からとか原町とかから通っていたのである。
その土地とは関係なく会社であればその会社とともに移動して移住することになる
でも農業だったらその土地に根ざして生活しているのだからそれができない
だからこそ放射能汚染されたから生活できなくなり帰らなくなり復興できないと見ているそれはしかたがないと見ている

すると帰らない復興できないのは別に農業ができないからではない,会社や工場がそこにあれば帰れるともなる,ただそういう場がなくなったなら帰れないとなる
放射能汚染は会社や工場ならそんなに影響はないのだから会社や工場があれば帰ってそこで働けるとなる,その辺がなぜ帰らないかのかと疑問になることである。

放射能汚染されているから帰れない

こういえばすべてが通る,理由になり何も言えなくなる
でも実際は農業している人は本当に少ないとするとその理由が成り立つのかとなる
もちろん避難して帰らない人達には言い分がある
ただ帰らない理由が果たしてすべて放射能汚染だけのためなのか?
それがよくよく考えてみるとそうでもていのかと思う
ただこの辺のことはなぜ帰らないのか,その本当の理由はわかりにくい
みんな帰らない人は街が廃墟化したときとても住めないとして帰らないと言う
それもわかる,もうここには住めないとその荒廃ぶりを見て決めた
それは放射能汚染だから住めないということではない?

だから復興というとき会社とか工場があれば勤める場があればみんな帰って復興できるともなる、つまり放射能汚染だけが理由ではなくて復興できない人々は帰ってこないとなるただなぜ復興できないかとなるとその理由はいろいろあるから自分にはわからないとなるただすべてが放射の汚染のためなのかとふりかえるとそうでもないなと気づいたから指摘したのである。

posted by 老鶯 at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2018年01月07日

広域社会や企業社会の弊害 (原発事故で離散して町は復興できない)


広域社会や企業社会の弊害

(原発事故で離散して町は復興できない)

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江戸時代からすると良く時代劇で良く家によって両親によって決められた結婚が嫌で恋愛した人と一緒になろうとする,でも駆け落ちするにしても江戸時代だととてつもなく困難なことである。
結婚自体が家と家の結婚であった,格式がありそれに見合った結婚をしていた
だから明治時代まで両方の姓を記した墓がある
つまり自由恋愛とかの結婚はむずかしいものだった

そして江戸時代は移動が自由ではない,藩を出ることは国境があり関所がありそこを出ることだから簡単には出れない,旅でもむずかしいのだから藩を出て別な藩で暮らすことはさらにむずかしくなる
それで相馬藩では越中の方から飢饉の時移住してきたがそれが藩から脱出することは命がけだったのである。そのことが語り草となり物語となった

そういう時代と今はあまりにも違いすぎる,人の移動は容易だして移住も容易である。
交通が発達して人の移住は自由なのである。どこに住んでもいいのである。
商業とかが発達すれば一カ所に農民のように自給自足で住みつづける生活をしなくてもいいとなる
江戸時代は農民は8割であり土地に根ざして生活しているから移動とか移住は滅多にない世界に生活していたのである。
そこにはよそ者は入りにくいしまたその狭い生活圏から出ることもできないものだった

なぜ原発事故で簡単に人々は離散して町に故郷に帰らず復興できないのか?
それは広域社会とかが関係していた,グローバル社会とかも関係していた
多国籍業とか大企業なども関係していた,農民が8割の社会とはあまりにも違う社会である。第一次産業の割合は一割にも満たないのである。

広域化社会は交通の発達で加速される,鉄道で全国が結ばれ日本国民という意識をもったというのもそうである。
最近では常磐高速道路ができてさらに移動が容易になり外部から仕事でも入ってくる
ユニットバスを仙台の業者が百万で請け負い作ってもらった,普通はイワタニのガス屋でも200百万かかるという,でも百万で立派なのができたのである。
そういうふうに広域社会で人はいま否応なく生活しているのである。

するとどうなるのか?別に故郷に住みつづけなくてもいい,どこに住んでもいいとなれば
容易に人は移動して移住もする,江戸時代のように一カ所に定住することもなくなる
故郷にこだわることもなくなるのである
だから一旦町に住んでいた人達が放射能汚染で避難したときもう住みたくないとなり外に移住したのである。なぜなら移住することが簡単だからである。
補償金はその移住のために使われて故郷の復興のためには使われていないのである。

この辺でも自分も経験しているが小高の人が大勢避難して仮設に住んだとき何が起きたのか?仮設の人達が小高の人達がかえって威張っていたというのもなぜなのか?
それは別に鹿島の人たちに世話になるわけではないからだ
何か食べるものにしても金があればスーパーで買いばいいとなっている
もしそれだけの人達が移住して食べるものもないとしたらそれで米でもめぐんで助けねば生きられないようだったらそんなことはなかった
別にそんなこともないから私たちは鹿島で金を使って助けてやっているのよねと言っていたのである。
これこそまさに広域化した社会なのである。金を払っているものが消費者が王様だとなる鹿島では土地を貸していたがその他何か小高の人達のためにしたということもないからである。全部仮設で設備も用意されたからである。

つまり他の土地に行っても別にかねさえあれば同等に住めるのである。
むしろ金があれば金を使えば消費者は王様となり待遇されるとなる
でもそうなると故郷も実はただ一時的にいる場所でありそんなに執着する場ではなくなるどこに住んでもいい,こんな放射能汚染されたところに住めないし住まなくてもいいとなる,補償金ももらったことだか他に移住すればいいやといわき市でたちまち膨大な新築の家が建ったという,それで地元の人が不満になったというのもわかる
それは金がものを言う社会だからどうにもならない,その家を建てるのは大手の建築会社であり地元の人が働いたわけでもなかった
昔はみんな地元の大工が家を建てていたのであるが今や一週間くらいで組み立てるだけなのである。つまり金さえあればどこでも家も簡単に建てられるのである。
またすでにできあがったものを建て売りの家も売られているから金を払えば即入れる
自分の家などはできるまで半年くらいかかったのである。

ともかくこういう広域社会は確かに悪いともいえないし江戸時代のように一カ所に縛られる生活でもないから自由でいいとなる
でも反面また人の絆とか土地の絆とか希薄化してこういう困難のときその絆も簡単に切れてしまう、盛んに津浪や原発事故で絆を言われたが実は絆広域社会でむしろそこに住んでいる地元で失われていたのである。
かえって外からの人達が入ってきて仕事もしたしボランティアもきて外との絆が結ばれたというのもまさに広域社会を象徴した出来事だったのである。
それは悪いことではない,広域的に人間が協力しあうこということだからである。

ボランティアはひっきりなしにきて仮設の人を応援した,だから仮設に住んでいる原発避難者は外部のそういう人達を歓迎して気分よくしていたのである。
でもその時自分は過酷な状況で介護や病気で苦しんでいたがさらに周りから苦しみを受けるだけだし誰も同情などしないのである。普通はそういうものであり特殊な事情でボランティアが全国から来たのである。
それが悪いというのではなく仮設に住んでいる人達はどういう気持ちになったのか?

なんで鹿島の人達はボランティアのように協力しないのだ
なんと冷たい人達なのか
かわいそうなのに同情もしないのか
そして補償金のことばかり言う
そんなこと苦しいのだから当然ではないか

こういう気持ちになっていたのである。でも実際かわいそうかというと毎日ギャンブルであり東京とか遠くに風俗とかで遊びに行った人達もいた,そういう人達がなぜかわいそうなのかと自分も怒りになったのである。
その時自分の状態は介護と自らの病気で苦しんでいたがただ借金している人からは責められるとか苦しいのに責められるだけだったからである。
そして犯罪にもあいさんざんな目にあったのである。そのことで自分は怒りにもなっていたのである。
そんな個人的な事情などこういう大被害になると無視されるのはやむをえないともなるが自分として不満だった

そこで問題はなぜ簡単に人々は故郷を町を捨てたのか?
広域社会だからこそそうなったともなるのではないか?
江戸時代は一カ所の土地に縛られた生活だけで人と人のつながりは強かった
広域化社会になればその人と人の絆も希薄化する
故郷意識も希薄化する,人と人の絆が言われたけどそれは外部との絆のことだった
内部の絆は消失して補償金とかでもめて分断されたのである。
普通だったら内部の絆が強く一致団結した,それがただ補償金でもめたというのは金が第一の広域社会に生きているからそうなったのである。

ただその広域社会のマイナスの点として老人には辛いものとなった,老人にとって今までそこで長く生きてきたし親しい友達もいたとか家族すら離散して絆が断ち切られたのである。そのことはここだけではない,東京のど真ん中でも起きていた
新しい道路ができて古い通りが分断されて団地に老人が住むようになって親しい昔からの友達もいないと嘆いている人がいたからである。
老人はなじみの場所に住むことが精神を安定させる,変化に弱いからだ
だからこそ老人はみんな故郷に帰りたい,家に帰りたいとなるのである。
そして現実に故郷に家に帰っているのは老人なのである。
だからここのところの被害が大きかったなとふりかえれば思う
その精神的被害が大きかったのである。ここはあまり注目していないのである。

自分が家の子とについて語ってきた,家族がみんな死んで家に一人になった
それでも家には家族がいる気分になるとか延々と書いてきたとき家は単なる寝起きする箱ではない,そこに家族が生きた思い出がつまっているからそうなる
そこになお家族がいるような気になるから家に帰りたいというときそういうことがある
それは老人になると特にその思いが強いのである。
だからここでも若い世代と老人世代の心の持ちようの分断が起きたのである
若い人は老人のように一カ所に住むことにこだわらないことがあるからだ
そこで祖父母とか親とかの世代の分断が起きたのである。

家族でもコミニュティでもそれは空間だけではない土地だけではない時間軸でも結ばれたものである。家族にも歴史があり土地にも歴史があるからだ
そういう時間軸で結ばれたものが絆が断たれたことも被害だったのである。
ただもう町自体が崩壊するようになるとそれを復興させることがいかに困難になるか思い知らされた,ただなぜこんな簡単に歴史があり故郷が見捨てられたのかということは
やはり広域社会とか現代の社会がもたらしたものだと思う
それはいい面と悪い面をもたらしたのである。

寒風に耐えて十本変わらぬ木

十本の木が寒風に耐えて立っているがそれが変わらないのである。
そのようにもともと農民社会だったら変わらなかったのである。その絆も土地と結びついて強いものだったのである。
それが広域社会グローバル社会,大企業や多国籍企業の進出,商業の発達,金が万能の社会とか・・・・いろいろな現代社会の要素が複合的に影響して復興をむずかしくしたのである。

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2017年12月30日

高瀬川の詩 (浪江の復興はいつになるのか?)


高瀬川の詩

(浪江の復興はいつになるのか?)


その上に渕なす淀み
碧々として静まりぬ
ごつごつの岩また岩の間を
激して轟きひびき流れぬ

その清流は山間深くも流れ
けたたましく翔る鳥の鳴く声
春の光に芽吹く樹々や風そよぐ
さらに流れは磐を打ち轟きぬ

重々しくも畳みかさなる巌
塔のごと千古の重み
紅葉の映えて神寂びぬ
誰か描かむこの仙境の地を

山の道一つの石ありぬ
その石の皺帯びて古り
春の日浴びてここに動かじ
梅の花咲き匂いのよしも

川は平地へと下りその岸辺
相馬焼の技を伝えぬ大堀
窯元並び新しき茶碗も作る
その一品の我が家にありぬ

高瀬川流れて二つの川は合流し
太平洋へとそそぐかな
かなた船の見え鴎群れ飛び
波は棚塩に打ち寄せひびく

請戸の港の春や船あまた
海の幸をここにもたらしぬ
田畑も広く実りも豊かに
健やかに子を育てし栄えし家

今浪江の人の散り散りに
故郷に帰らず荒れにけるかも
そこを訪ねる人もなしや悲し
高瀬川の流れは変わらざりしも

復興の日はいつになるや
情を育む家は壊され虚し
思い出も家ととも潰えしや
しかし心は故郷にあらむ



浪江というとき高瀬川はこの辺では景勝の地である。あれだけの急流で奥深く岩がありそこを激しく流れている,この辺では絵になる景色でありこれは外からきてみても誰でもわかる目立つ所なのである。
会津辺りだとこういう流れは多いがこの辺ではまれだからである。いわきの方の夏井川渓谷くらいである。
普通秘境を求めてきた自分のことを書いてきたが地元の人でないとそこはわかりにくいがこの高瀬川は別に外からきた人で車で来てもわかる
車で奥まで入って行けるからである。

浪江町はこの辺では相馬地方では自然の景観が一番いい場所になっている
確かに相馬市には松川浦があるし新地は海と山が迫っているとかあるから特徴はある
でも川になると平凡であり高瀬川は特別になる
高瀬川を下って請戸の港のあるのもいい,そして請戸は実際は港をイメージするが田畑が広いのである。だからそこで篤農家がいて野菜栽培して平(昔のいわき市)に売って栄えた家があった,三人の娘を大学まで出したのである。
その人が南相馬市の病院に入院したとき同じ病室だったのである。
その人は浪江から妻が通っていたが悲惨だった
やっと手をあげるだけで手をにぎりしめるだけでしゃべることも何もできなくなっていたからである。
いつも手をにぎりしめて去ってゆくのを自分は見ていたのである。

いづれにしろ自分の介護がはじまってから十年間は激動だった,こんなに人生が激動になるのは考えられなかった,それは津浪の被害や原発事故でもそうである。
浪江は未だに散り散りであり帰っている人もほんのわずかであり廃墟のようになっている3000軒の家が壊されたというのもそのためである。
そして浪江の人はもう帰らないと言っている,あれを見たら帰るのが何であれ正直帰りたくなくなるからだ

その原因はなんであったのか?まず浪江町は原発により依存していた町だった
三分の一はなんらか関係していたろう,だから原発で働いていた人は政府と東電から安全をたたきこまれていた,だから原発は安全だと他の人にも言っていた
まず浪江町とかなるともう原発が危険だと口にもできない状態だった
町自体が経済的には半場原発で成りたっていたからだ
そして漁業関係者は漁業補償で事故前も事故後も金には困らないのである。
それで船主は原発技御殿を建てたと周りではうらやましがっていた人がいたのである。
金の屏風を東京の職人に作ってもらったとかもきいた

津浪の被害だけだったらなんとか復興できたとみんな言っている,原発事故は致命的なったのである。だから二万もの町が廃墟化することはイメージもできないことだったのである。
ただ自然がなくなったわけでない,高瀬川はやはりか変わらず流れているし汚れたとも見えないし海も同じである。ただそこの魚が汚染されて食べられなくなったことはある
農業もできないことにもなった
でもそんな漁業より農業より原発の収入の方が町として大きなものだったのである。
つまり原発なしでは町すら成り立たないような状態と化していたのである。
双葉町とか大熊町とも事情は違うが浪江町はやはり原発に依存する割合が大きかったろうだから原発には反対した人はほとんどいない,もうできない状態になっていた

結局町自体が消失する廃墟化することになった,相馬の大堀焼の窯元も再建できなくなった,みんな各地に散って相馬焼の窯を作って移住したからである。
原発に依存する町は市でも一旦事故になったらこうなるのだということを見せつけたのである。その被害はあまりにも大きすぎたのである。
結果的には町民自体が町をみんな見捨てたのである。

それでも人間は技術をもっている人は強いと思った
移住しても相馬焼を焼き物を作れるから仕事として継続できるからである。
それは大工とかでも何か技術をもっている人は他の場所に移っても仕事ができる
小高のタンス職人とかも会津で仕事しているとかなる
何か技術をもっていて仕事ができればそこに定住できるのである。
何も技術ももっていない人は仕事もできないからあいつは遊んでいるだけで何の役にもたたないと見られるようになる
そしていつか補償金もなくなるから他に移っても苦しくなる
結局人間日頃していることがどこかで役にたつ,それもカルマだとなる

ただ高瀬川渓谷とかの景観は変わらないし海の景観も変わらない
だから外から見るとまた高瀬川を見たいとなる
だから観光としては人を呼び込めることは変わりない
ただ放射能汚染で今入れないのが残念なのである。

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相馬焼 ・ 緑釉そば猪口
  製作年代:江戸末期

wakakusa1.jpg

若草は大堀で買ったものである。
緑にしても多様な色合いがある

この色合いは草萌えるとか芽吹くとか春の感じがある,春の色合いを感じる
ただ新作でそうした春を感じさせる色の茶碗を買ったことがあったがなくなった
江戸時代にすでにこういうものがあったのである。
緑の色合いがなんともいえぬ,陶器にしか出せない色がありそれが多様なのである。
それは日本の文化なのである。

皺石の詩(浪江町の高瀬川近辺)

これは一回だけ春に見た石である。皺がよったようであり変わった石だと見た
これはまだ発見されていない石である。


タグ:高瀬川
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2017年10月30日

木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む (原発事故で避難区域となった街とにている)



木下夕爾の広島原爆忌の詩を読む

(原発事故で避難区域となった街とにている)

火の記憶

 広島原爆忌にあたり−
 
   木下 夕爾(きのした ゆうじ)

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ

町の曲がり角で
田舎道の踏切で
私は立ちとまって自分の影を踏む

太陽がどんなに去っても
あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

私はなお 強く 濃く 熱く
今あるものの影を踏みしめる

詩は比喩だからいろんな解釈ができる、広島原爆のことから詩にしている
この人の詩の不思議は何かこの辺の状況を詩にした感じになる
詩とか芸術は鑑賞する人によってその意味が深められる
これは原爆と関係している、その原爆とこの辺の原発事故は同じではないが放射能被爆ということではにている

この辺の一番の変化は町が故郷が住めなくなりゴーストタウン化したことである。
そのことが一番の変化でありそれがイメージもできないことだった
ただ広島だって原爆が落とされたとき廃墟と化したしその光景は地獄だった
人が二十万とか死んでいるから悲惨だった
ここではそういうことはないのだが町に人が住まなくなったことでこの詩のことがこの辺とマッチしているのだ

とある梢の
終わりの蝉がどんなに小さく鳴いても
すぐそれがわきかえるような激しさに変わる
鳴きやめたものがいっせいに目をさますのだ
秋も終わり蝉が鳴く声が聞こえなくなる、
でもまた一斉に蝉の声がひびいてくる

つまりこれは人が消えた町でもわずかに残っている蝉でもそれがまた一斉に蝉が鳴きだす
それは人がまた帰ってくるということなのだ
元の町にもどるということなのだ

あの日石畳に刻みつけられた影が
消えてしまっても

これも廃墟と化した町を歩いてみると同じように感じる
そこには人が住んでいて人の影が刻みつけられていたのである。
それはなかなか消えないということである。
そこになお生きてその影をふみしめ、そこに継続して生きるということである。
何かこの詩の不思議は復興する元の町が回復する詩となっているのである。
他にもこの人の詩はそういう不思議さがある

長い不在

かつては熱い心の人々が住んでいた
風は窓ガラスを光らせて吹いていた
窓わくはいつでも平和な景をとらえることができた
雲は輪舞のように手をつないで青空を流れていた
ああなんという長い不在
長い長い人間不在
一九六五年夏
私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし
『定本 木下夕爾詩集』(牧羊社)

この詩は全く廃墟と化した原発事故避難区域の街のことである。

ああなんという長い不在
長い長い人間不在

まさにこういう状態がつづいている、避難してから7年近くにもなるからだ

私はねじれた記憶の階段を降りてゆく
うしなわれたものを求めて
心の鍵束を打ち鳴らし

原発事故の避難区域になった街ではそこには記憶がこうして残っている
今でもその町に行けばこうして記憶をたどるのである。
うしなわれたものを求めて・・・記憶をたどるのである。
原発事故で失われたのは生きた記憶だったと書いてきた、記憶がいかに老人にとっては大事か、記憶そのものが人生になっているか書いた,町に人が住まなくなることは記憶が消えることなのである。
生きた記憶が消えことなのである。町にはいろいろなものが記憶されているのである。
道の辺の古い碑でもそうだし墓でもそうである。
それは過去の記憶であり過去がその土地に生き続けることなのである。
町に人が住まなくなることはその記憶を失うことなのである。
だから死者も実はその町に記憶とともに生きているが誰も住まなくなったらその死者の記憶も消えるのである。継続した生が消失するのである。
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2017年10月27日

こころ(心)はここの意味だった (原発事故で失われた心となる場)


こころ(心)はここの意味だった

(原発事故で失われた心となる場)

こころは
ここ
ここに生きる
ここに根付き
ここに生き抜く
ここに受け継がれる
代々の命
ここを離れて
こころはない
こころは失われる

こころとはどこにあるのか?まさにここあるとなる
こことはその人が住んでいる場所のことなのである。
そこに心は育ちはぐくまれる
言葉には何か意味がある、それが意外と見逃されている

人間のアイディンティティはどこで作られるのか?
それはそれぞれに住んでいる場所しかありえないのである。

人間の思考とか生物でもその土地土地に生きることが宿命づけられているからである。
だからその生きる場所を失うことは致命的だとなる
原発事故で避難区域になったところはそうしたこころになる場所を失ったのである。

ただではそこで心となるものを育てていたか、価値を知っていたかとなると知らない
正業(なりわい)を失ったというけどその生業にどれだけの価値を認めていたかとなると
ほとんどない、別にそれは意識されないものだからである。
たからそもそもその価値がどうだこうだと考えないし意識もしない
ただ避難してその心となる場を失ったとき意識したのである。

それで不思議なのはそうして心がある場所が失われたからこそその心があった場所強く求めるということも起きてくる
奇妙だけど自分の心はどこにあるのだろうともなる、それがほかの場所でありうるのか?
それが若い人なら他でその心を育てる場所をもつことができるけど老人になるともうできない
だから老人は心のある場所に帰りたいとなるのである。
その心はもう金では買えないものだった、取り戻せないものだった、第一その心がどういうものか気づいていなかった

人間はなんでも失ったとき意識させられるのである。
失ったときその存在を強く意識する、空気のようにあるものは意識しないのである。
故郷に住んでいるものは別に故郷など意識しないのである。
それは当たり前にあるものだからである。故郷がなくなるなどイメージすらできなかったからだ
心とはまたここで代々受け継がれる命のことでもあった、なぜなら故郷には先祖代々の死者もいるからだ
故郷がなくなればそういう死者の霊も代々継がれてきた命も失われる

つまり町であれ村であれその全体が消失するということなどイメージできなかったから対処できなくなっている
津波だったら被害が大きいにしろん一部でとどまって全体は維持できたのである。
原発事故は全体を喪失したから回復することがむずかしくなったのである。
どうしてどこから手をつけていいかもわからないような状態になったのである。
ともかく心がはぐくまれる場所はそれぞれが生きているここでありほかにはありえないのである。
だからこそここを失ったことがもう心もない状態になったのである。
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小耳にはさんだこと (避難区域での農業のこと)


小耳にはさんだこと

(避難区域での農業のこと)


昨日原町のレストランでで聞いた,詳しい内容はわからない,何か原発の避難区域で農業している人の話である,一千万で農機具を借りてしているがその一千万が収入となるという,そこにはからくりがあってそうなる,詳しいことはわからない

それで霞が関ではうまく仕事をつくるんだよな
そういったので良く「心の青雲」でそのことを言っていたのでそうかなと思った

原発はもの凄いた利権を生むものなのである。第一こんなに補償できること自体驚きだった,東電がこれだけ大きな会社ということともわからなかった
それは船主とかでは原発前も多額の補償金をもらって原発御殿が建てたとか周りで話題になっていた,ただそれは港近くに住んでいる人達がわかっていたのであり離れていればわからなかったのである。

だから農業関係でもそうした利権化して復興という名のもとに国から金がでる
もともと農業には補助金が出ていたりしていた,その詳しい内容はわからない。
でも何かこの辺はそうした補助金頼りになっていることは確かだろう
浪江の室原の人はヘリポートできる,そこが自分の土地に入れば土地代が入るとか言っていた,なんかみんなそうして帰って復興する気がなくなっているのだ
だから補償金をどれだたけもらうかということが最大の関心事となる

そういうことで復興というのはむずかしくなっている
何かこういうとき苦しいのだけど人間的ドラマが生まれるとういこともある
みんなで団結してがんばって苦難を乗り越えようとかなる
それは奈良の十津川部落で水害で集団して北海道に移住したとき起きた

ここでは何かそうしたことがない,ただ補償金をどさだけもらうかが問題になった
それは30キロ圏外になった自分の住んでいるところでもそうである。
そのしこりは今でもあり南相馬市の一体感は失われたのである。

結局避難区域では双葉大熊などでも帰ることをあきらめた人が多いだろう
するともっている土地を生かし土地代をもらうのがいいとなる
放射性物質の廃棄場になってもその土地代で暮らせればいいとかなる

だから何か避難区域になった所は復興がむずかしい
大切なものうを失った,精神的損害が大きかった
でもそれが何なのか?そのことを自分は追及した

それは金で代えられないものだった,日常の生業であり普通にあった日々の暮らしであるでもそういうものの価値は普通は意識しないのである。
人生でも老人になると思い出がいかに大事になるか?でも思い出などいくら金を積んでももう作れないのである。青春など帰ってこないのである。
それと同じように避難区域になった所で暮らした思い出はとりもどすことができなくなったのである。それは補償しようがないのである。

原町のイオン近くにまた三階建ての復興団地が7棟くらいできていた,原町は広いからすでに4カ所くらいできている,それも一大団地なのである。
そこには入っている人は半分くらいである。だからまたこんなに復興団地を建てる必要があるのかともみる,そして主に浪江の人達だと思うがその人たちは浪江に帰るのか?
もう帰らないという人が多いような気がする
だからその後の暮らしはどうなるのだろうともみる,いつまでも補償金をもらえないからである。

ともかく原町は広いから都会である。原町だとなんとか自転車で行ける,でもこの頃相馬市までは自転車で長い間か行っていない,倍の距離があるし疲れるようになった
原町には用事があるし自転車で行けるうちはいいが行けなくなったら不便になる
そういう不安が自分にはある
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2017年10月19日

原発事故で失ったもの (日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


原発事故で失ったもの

(日常の生業と暮らし-自作の詩より考える)


 被害者は、原発事故までに形成してきた人間関係を失い、それまで自己の人格を育んできた自然環境・文化環境を失いました。「ふるさと」を失うことは回復不能な損害です。


普通人間は日々暮らしていることに特別なものを感じない,それは当たり前にあることだから感じない,家があり街があり営みがある,毎日どこでもそうして暮らしている
それは特別なことではない,ただ平凡な日常風景である。



常なる道

人は生く
その場その場に
石のごとく
住みて変わらじ
秋薔薇
今日もこの家に咲き
同じ道行き
日は暮れぬ
営みのかくもあれかし
ありふれて目立たず
騒ぎもなしも
実りは刈りとられぬ
その生活すら
奪われることあり
ふるさとを失い
慣れにし家に住めず
ふるさとは荒野と化しぬ
その道を行く人もなく
花は散りにき


石のごとくにというとき石は定着を現している,一軒一軒家があるということは定着を示している,田舎だと持ち家に住んでいる人が多い,田舎は都会のように借りて住むことが少ない,だからその家を維持するのに金がかかる
それである程度の資産がないと田舎ではかえって住みにくい,家があり庭があることでその石は定着をしめしているのである。

原発事故で避難区域になったところはそういうありふれた日々の暮らしが生業が奪われたのである。空家と化した家の庭に石があっても肝心の人が住んでいないのである
庭に石を見ればその石から人を思うのである。
やはり家があればそれなりに長く住んでいると感じるからである。

浪江町に言った時,誰も住んでない家の間の道を行く,崩れたままの家もあった
小学校の校庭にあった時計は地震の時に止まったままだった
その時から6年も過ぎてしまったのである。

ある町の住宅に子供用の二段ベッドが窓から見える,しかしそこには子供いないのである学校には校庭には子供の声がした,ひびいていた,子供が路次で遊んでいた
人影はない,廃墟の街と化してしまった

今なら実りの季節であり街からちょっと離れれば稲穂があり稲が刈られたりしている
そんなこと当たり前であり誰も今までは注意しない,特別なこととは見ないのである。
そもそも何でもそうである。普通の暮らしは特別なことではない,平凡であり家事でもそうである。ただそういう暮らしが消えたときどうなったのか?

そこはゴーストタウンとなり廃墟の街と化したのである。
そうなるとその何気ないありふれかた平凡な生活は何なのだったとかふりかえる
何でもないことが実は貴重なこと価値ある意味あることに見えてくる

まず街に人が住まなくなるということそれをイメージした人はいないだろ
廃墟趣味とか確かにあった,でもこれだけの人口の街が廃墟のようになることは考えられなかったのである。

確かに庭には石があるし変わっていない,でもその石も実は人間化した石となっていた
だから人間がいなくなったとき余計に淋しいものとなったのである。
自然の石だったらまた違っていた,一旦人間が住むと石まで人間化していたのである。

一旦家に住むとやはりそこに定着する,長く住むことになる,老後もそこに住む
それが住めなくなるということはどういう心境になるのか?
そこで失われものは何なのか?
それは何の意識もしない何気ない暮らしであり生業である。

農家の人は畑仕事とか家のこととか庭の手入れとか普通にしている,それは日々していることである。
街でも商いをしていたり建築関係なら家を建てたりいろいろしている
そういう生活はどこでも日々しているありやれたことであり特別なことではない
でもその暮らしすら奪われた時,人間はどうなるのか?

そうした日々の暮らしの価値は意味は意識されなかった
それを失ってみて意識させられたのである。
何気なく日々してしいることの価値と意味を失ってみて自覚したのである。

もちろんそこに住まなくても他でも暮らしはあるがやはりそこに長く住んでいたから違っていた,そういう生活が根こそぎ奪われたとき人間はどう思うのか?
それは補償金で補えるものではないだろう。
そこで暮らし記憶がありそれを他でやり直すことはなかなか年取ればできない
若い人ならそこで新たな記憶を作ることもできるが老人はできないから
その記憶を刻んだ場所に帰りたいとなるのである。

老人は最期は記憶だけになる,生きた記憶が生きた証となっている
それで過去のことを認知症になると千回も話すのである。
若い人にとって聞く人にとってはうんざりするがそれが生きた証だから話すのである。
その記憶したことが生きた証になっているからである。

いづれにしろこんな経験はなかなかできないだろう。もちろん自分は避難してはいないからわからないことはある,でも身近だから察することができるのである。
それだから補償金どうのこうのは別にして何を失ったのか?
そのことが察することがある程度はできるのである。

原発事故の裁判で「生業を返せ」と訴えていたのが印象に残った,生業(なりわい)を失った時どうなったのか?
毎日パチンコだとかギャンブルに興じるだけだった
それは回りの人にとっても迷惑だったのである。
そんなことに価値や意味はない,でも生業(なりわい)には価値と意味があった
それが原発事故で意識させられたのである。

ただこれは金では補償はできないものである。補償金ではいろいろもめたしそれはまた別問題である。
ここではどういうことが失われたのかそれを再考したのである。
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2017年10月17日

原発事故の責任をとらない政府と東電 (自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき)


原発事故の責任をとらない政府と東電

自己責任を言うなら「危険」なことも知らせるべき


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事故にあったらあなたの責任です!



まず東日本大震災で東電が刑事罰を受けないというのがあり得なかった 
日本人のために原発が必要なのではなく、利権で飯食ってる一握りの屑のための原発なんだと言うことがよくわかったわ

自民党は東電とお友達だし、事故の処理でお友達に税金をばらまけるからね 
40年も最終処分場も決められない自民党が原発を継続させるのは無責任だ

東電は人殺し。 
人殺しを裁く法律をつくることなしに原発再稼働なんてあり得ない

何年も原発ゼロでやれてたろ? 

もし原発50基が最初っから無ければ 
今の電気代はせいぜい15円/kWhだよ 
原発のせいで電気が高くなった 
それに合わせてガスや石油などもわざわざ高値で契約してきた

原発ゼロの判定以前に 安部を 
証人喚問だろ何で安全神話を作った!? 
おかげで今も事故は起こらないと 
火災訓練すらしない業界には 
不信感しかないわ 全部安部の事故は 
起こらない これで自民党が再選されれば 
原発は動くことに為る

小池百合子・希望の党は、企業献金を拒否 
原子力利権産業は、金で言うこと聞かせられない希望の党の 
公約である原発ゼロに恐れをなして、マスコミを使って叩かせ始めた


原発の問題を追及してきたけど何が最大の問題だったのか?

 必ず責任をとらせられる

このことを被害にあった地域と人達は痛切に身をもって感じている
外から見ると死んだ人もいないからたいしたことないとかいろいろ言うけど
そうなら政府が避難命令など出さなければ良かったのである。
政府が避難命令を出したから避難して町や村に人が住まなくなり荒廃したのである。

世の中はつくづく必ず責任をとらされる,責任はカルマでもある,そのカルマを自覚するのは責任をとらされるときなのである。
だから本当にその原発というカルマの重さ業の重さを事故で知らしめられたのである。
職業は職の業でもあった,人間はともかく責任から逃れられない
生きることは責任を課せられていることでもある

そしてその責任を最も負うのは誰なのか?

それは原発事故では政府と東電の幹部などであった

しかし原発事故では誰も罰せられないのである。清水社長も天下りしてのうのうと暮らしている,政府関係者でも誰も罰せられないのである。誰も責任をとらないのである。
でも必ず誰かが責任をとらされるのである。

この辺では地元の人達が責任をとらされた,外から見たら死んでもいないからたいしたことがないというけど故郷の自然の中に住んでいたものが水も飲めない,土も汚染されて食物も作れないとか木材も利用できない,空気も汚染されて安心して住めないとかなった
補償金もらって良かったじゃないかとも言われるがやはり代々その土地に住んでいた場を奪われることの精神的被害が大きいし実はそのことを住んでいる人が自覚されていなかったのである。
こういう被害は経験できないからである。

地元の人も原発を建てる前から補助金などで潤っていた,恩恵を受けていた
地元の人も責任があるとなった,それも自己責任だとされた
ところが自己責任というときどういうことで自己責任になるのか?

ここに立て札がある,「危険」「安全」とあるとき危険という立て札があるのにそこに侵入して危険な目にあっても怪我をしても自己責任だとなる
一方で「安全」とあればそこに侵入しても安全なのだからそこで自己責任は問われない
むしろ「安全」とあるのに危険な目に怪我などしたらその立て札をたてたもの,役所でもなんでも責任が問われる
「安全」とあるのに入ったら危険な目にあい怪我までしたとなる
それで裁判にもなるのか民主主義の社会である。

原発では「安全神話」となり原発は「安全」という立て札をたてていた,それは役所でたてたと同じである。だからそこに立ち入っても地元の人たちは安全だと思うのは当然である。
そこで危険な目にあったらその「安全」という立て札をたてた役所の責任が問われるのである。

原発はこれだけ危険なものでもその内部の情報は何も知らされていない,ただ「安全神話」が形成されて「安全」「安全」というだけである。
だから事故になったときの備えもしない,そこで事故になって指示もできない混乱状態になったのである。
「安全」はという]立て札をたてるとき安全についての説明も必要になる
「危険」という立て札についてもそうである。その説明が全然ないのである。

いづれにしろ自己責任というとき鉄道でも「あぶない,線路の立ち入りを禁止する」と看板がたててあった,そこに侵入した人がいて電車が20分以上停止したのである。
この責任は侵入した人にありJRにはないのである。
それと同じように「安全」と立て札があればその責任が問われるのは役所だったり会社だったりする
医者でも手術するとき危険性は言っている,一応それで納得させてから手術しているのである。

だから民主主義ではそうして情報の公開がないと成り立たないのである。

「安全」「危険」も知らされなかったらどうするのか?

どうして調べるのか?原発は秘密のベールの中にあり知り得ようがないからできない
それは国家機密でもあるからできないのである。
するとその国家機密をにぎるものこそ最大の責任があったともなる
なぜならいくら知ろうとしても知り得ないからただ「安全」とあればそれを信じるからである。

ただ実際はこの世で絶対的安全は保証されない,なぜなら必ず今回のような不測の事態が生まれるからだ,でも危険と安全についての説明が必要なのである。
でもそれは国家権力によって隠蔽されてきたのである。

だから責任をとるべきは政府であり東電でありそれに対して何の罰もないとしたら誰も納得しない,でも必ず誰かが責任をとらされるのである。
今回は地元の人達が責任をとらされたのである。
戦争でも戦争を遂行した政府の役人がいたが国民全体が責任をとらされた,それも3百万人の死をもって責任をとらされたのである。
人間は責任か逃れられないようにできているのである。

原発で事故起こしたら死刑にするぞ!腹を切らせるぞ!

もしこれだけの責任を課せなければやれないのが原発だったのである。
それだけの覚悟あるならやれともなるのが原発だったのである。
それが結果的には誰も上の人は責任をとらない
そして責任をとらされたのは地元の人達だったのである。
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2017年10月11日

カルマは苦しむ時に自覚される (原発事故も人類のカルマでもあった)


カルマは苦しむ時に自覚される

(原発事故も人類のカルマでもあった)


天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる[4]。日本では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。
その名は、pro(先に、前に)+ metheus(考える者)と分解でき、「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。他にも、ギリシャ語から「Προμη:促進する、昇進させる」「θεύς←θεός:神、ゼウス」と解釈すると、人類に神の火を与えた事で「神に昇進させた者」との説も有る。
弟のエピメテウス(Ἐπιμηθεύς、Epimetheús)は、epi(後で)+metheus(考える者)と分解でき、「後で後悔する者」「後知恵をする者」くらいの意である。
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の地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました


個人的にもカルマを必ず人間はもつ,ただカルマは苦しみがないと意識されないのである自分が30年間苦しみがない平和な楽な生活を送っていた,でもその時でもカルマは知らずに積まれていたのである。
ただカルマは苦しみがなければ意識されないのである。
そして苦しむようになるとなぜ自分はこんなに苦しむのだとなりカルマを意識するのである。
家族二人を介護することは自分のカルマだった,それから逃れることはできなかった
そして誰の助けもないこともカルマであり自分自身が病気になってもそうだった
そういうカルマを積んでいたとなる

それは個人的にもそうだが今回の原発事故のようにこれは深く考えれば人類的カルマだったのである。火を盗むとは火は現代になれば原子力である,そしてその罰は過酷なものとなる

プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

この年数と符号しているのがプルトニウムの毒が二万年消えないということである。
それだけのカルマをこの辺で背負ったという恐怖である。
だからこそ神にまで昇進させるとなる,つま科学技術によって人間が神のごとくなるということである。科学者が神のごとくにもなるということである。
それだけの力を科学技術は人間に与える,その最たるものが原子力であり核兵器になる

そしてその科学技術もすべていいものとしては働かない,人間を苦しめるものとして働くようになる,その罰はプロメテウスのように過酷なものとなる

「後で後悔する者」「後知恵をする者」

結果的に新しい科学技術を作り出してもその結果を見て後悔する,科学技術にはそういう面がある,車社会になれば交通事故で苦しむ,かかって車が無ければと事故にあって死んだ人は思うのである。
人間はともかく科学技術でも先のことは考えない,核というものがどういう働きを人間にするかを考えない,まず科学技術はそういう社会的影響を考えないですべていいものとして推進されるのである。
そしてとりかえしつかないものとなり後悔する
カルマが苦しみとなりカルマを意識して後悔するのである。カルマとは人間の業であり
科学技術もまた人間の業として追及されてきたのである。
その結果として原発事故でありそのカルマに苦しむことになる

人間とは何かとなると道具を使うものというとき石を道具としたときすでに人間のカルマがはじまっていた,なぜなら石器は道具として生活で役に立つものでもまた武器ともなる殺人の道具ともなる,そういう人間の歴史は石器時代からはじまっていたのである。
ヨーロッパでは石のこん棒とか石の兵器が発達した,それは殺りく兵器として発達したことでもわかる
この殺りく兵器の発達が核兵器で頂点に達したのが現代なのである。

人間とはそういうカルマ(業)を背負ったものなのである。
そして科学技術文明は最終的に滅びることになる
マヤ文明は高度な天文学が発達したがカルト宗教のようになり人間が滅びる日まで割り出したが滅びた,知の限界に達して滅びた
核というのも原子力というのもやはり人間の知の限界に達して崩壊した
人間は全能ではないから限界があるからそうなる

人間は例え2000年前でも今日のことは予言できた,それがギリシャ神話とかなっていて警告していたのである。
それは宗教でも予言されていた,キリストの剣をもつものは剣で滅びるとは核をもつものは核で滅びるとなる
つまり人間のカルマ(業)はついには歴史的結果として現れるということである。
それはすでに石を道具としたときからそれは予想されていたのである。
石を道具とする人間の業(わざ)が業となっていたのである。
動物のようにそれができなければ今のような災いはないからである。
まさに災い(わざわい)は技(わざ)であり業(わざ)であり災いという漢字は火のことだったのである。これをみてもすでに人間が生まれてからその災いは予想されていたのである。
プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

プルトニウムの毒は二万年すぎないと消えないとかあるから同じである。
それだけのカルマをこの辺では背負った,それはこの辺だけではない,実際は広範囲に放物質で汚染されたのである。それはこのように消えないものとして毒が残る
それは人類的カルマだったのである。これはここだけではない世界でも起きることであり核兵器で人類が滅ぶというとき人間のカルマ(業)の帰結として起こる
そういうカルマを背負っていたのが人間だったとなる
原罪を背負っているというのもそうである。
人間は神の禁忌を破ったものとして罰を受ける宿命にある
それから逃れられない存在だともなる
それはこうして苦しみが現実化したとき自覚されるのである。
この辺はそのカルマを背負った土地になったということである。
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2017年10月10日

国と東電に責任 福島地裁が賠償命令 (今なおつづく原発事故の後遺症)


国と東電に責任 福島地裁が賠償命令

(今なおつづく原発事故の後遺症)


原発事故の補償は南相馬市でも避難区域になった所とならない地域30キロ圏内と外ではその差が大きかった,でも実際の放射線量はほとんど変わらないけど線引きされた
放射線量で決めたのではなく政府が勝手に線引きして補償金をおさえたのである。
補償金をそんなに払うことができないからである。

南相馬市でも30キロ圏外とその内でどれほどの放射線量の差があるのか?
ほとんどないのである。だから南相馬市内は一応補償金をもらった
でも相馬市でもほとんど放射線量など街内では変わらなのである。
だからその不満を相馬市で言う人はいた
南相馬市でも30キロ圏外になった鹿島区ではその不満が根強くある
それで小高の人とうまくいかなくなったのである。

そもそも小高は避難させる必要もなかったのである。
避難させたことがいたずらに混乱を招いたのである。
小高が避難しなければ南相馬市全体で一律の補償を要求すれば良かった
30キロとかで区切らないで南相馬市全体が一律に補償金を要求すれば良かったのである。そういうことは市政として市長でも率先してするべきだった
補償金で南相馬市の一体感は失われたのである。

今回の訴訟にかかわった人達は相馬市の魚屋をしている人と福島市の果樹農家だった
相馬市の魚屋さんは松川浦から魚を仕入れていたができなくなって売り上げが落ちた
この被害も大きいから補償してくれというのもわかる
松川浦の魚は新鮮だから高く売れるし前は行商にも来た人がいた
その女性は小高の人だったのである。
この辺での贅沢は松川浦の新鮮な魚が食べられることだった
ただ石鰈などは一匹2000円とかしたがそれでも新鮮だから価値があった
松川浦で漁師をしている人は二三日内にとれた魚しか食べないと言っていた
魚ではこの辺では贅沢していたのである。
それで会津の人に石鰈を送ってやったら喜んでいた
身知らず柿が送られたが石鰈の新鮮な方が価値があった

つまり漁業関係では漁師だけではない,それを売る人と食べる人もこの土地に生きる利点を失ったのである。それも被害だったのである。
ただ松川浦でも磯部でも右田でも烏崎でも請戸でも船主に対する不満が大きい
なぜなら松川浦に住んでいてもみんなが船主ではないから補償がないからである。
それは前から不満だったのである。
東電から補償金が定期的に事故前も入っていたし事故後も一番手厚く定期的に補償されるのである。だからいち早く立派な家を建てたのは船主だったとなる

ただそれでこの辺に生きるメリットは漁師だけではない回りの人も失ったのである。
だから魚では生活できないとかプログに出していた漁師がいたけどそれもなんなのだったとのかとなる
魚は高いから東京の方に出していたりしていた,地元ではそれだけ高いものを買う人がいないからだ,新鮮な魚はここでではない,高価に東京で買い取られて料亭で使われていたのである。
福島市の梨農家もそうである。贈答用の高級な梨で東京とかの方に売っていたのである。広域化グローバル化社会ではそうなるのである

相馬市でも請戸の人が船主だろう,特等室に入り家を建てるとか言っていた
それも相馬市で不満な人がいるのだからそんなことを言うと不満な人がでてくる
その時はそういうことはあまり意識していなかったのかもしれない
みんなが補償金をそんなにもらったわけではない,放射線量がたいして違わないのに
政府によって線引きされたのである。

とにかく原発事故は広範囲に被害があった,それはもう補償しきれない,だからその後でもなぜ除染に何兆円も使ったのか?
今放射線量を計ったらまた上がって同じになったとか報告があり除染はそんなに効果あるものでもなかった,そしたらそういう金を補償金にまわせば良かったとなる
何かそういう事故後の対策が誤っていた,金はゼネコンとか暴力団とかに流れたとされる政府の事故処理が失敗していたともなる
まず双葉大熊はしょうがないとしても浪江だったら全部を避難させたのかいいのか疑問になる,小高は避難させるべきではなかった
それがかえって復興できなくなさせたからである。
避難させた結果もう若い人達は生活は別になり帰らなくなったからである。
これは政府の事故処理の失敗だったのである。

いづれにしろ水は飲めないとかの被害はつづいている,ペットボトルを買うとなると金がかかる,それがいつまでも水が飲めないとなると金がかかる
それは相馬市でも同じでありその分だけでも補償しろとはなる
ただその補償金も国民の税金になるから今度は国民が非難する
そういうジレンマに陥っている
こうして南相馬市でも補償金のために分断されたのは政府で小高を避難区域にしたことや30キロとかで線引きしたことでそうなった
それに対して南相馬市では無策だったとなる
ただ鹿島区は補償金をもらえる地域ではなかったが南相馬市ということで少ないがもらったのである。でも鹿島の人達は不満が根強くある
小高の人達に対して不満が大きいのである。

一応政府と東電が津浪が予測できたということで責任が生じて訴訟で勝った
その文書が出てきたのは最近のことである。
それも隠されていたのである。もしその文書が公にされて問題になったらこの辺にそんな大きな津浪が30年以内に来るかもしれないとなると大騒ぎになったろう
この辺では津浪は来ないとされて関心がなかったからである。
それが隠されたのはなぜなのか?
政府ではその対策をしなかったのはなぜなのか?
金がかかるからであり知らせたくなかった
それが致命的結果になったのである。

科学者はやはり30年以内に8メートルなのか10メートルなのか大きな津浪が来ることを予想していた,だから科学者はやはり今の社会では大きな役目があるからこそ社会の中枢にあり指導者になっていることがわかる
またそれでけ科学者の責任が重い社会だということもわかる
そういうことが科学者にも自覚されていたのか?
核自体があまりにも危険なものだから科学者が扱うから科学者の責任も問われる
ただ政府とか東電とかの命令で何でもしていいのかともなる
湯川秀樹博士がフクシマの原発を作るとき時期が早いと言って反対した
でも技術的に未熟でも最初にフクシマに原発が作られたのである。
それはアメリカの命令でなったというのもあるだろう。
その時はまだ日本に原発を作るのは無理な面があったが強行されたのである。
そして安全性も無視されていたのである。

原発は国策だからどうしても政府の責任が重くなる,現実にその事故のしりぬぐいは税金でしている,国民がその膨大な補償金を支払っているのである。
結局政府の責任は国民の責任となり税金を支払わせられている
だから国民が原発に対して反対すべきなのである。
でも国民が全部反対ではない,電気連合なども核兵器には反対でも原発には賛成していたのである。なぜならそこで働いているから金をもらっているかそうなっていたのである。国民が反対すべきだといっても利害関係がありみんながそうはならないのである。

でも結局人間は必ず誰かが責任をとらされる,戦争では国民が3百万人死んだとか責任をとらされる,この辺では水もまともに飲めないとか住めなくなるとか責任をとらされる
国民は莫大な補償金を税金でとられるとか責任をとらされる
だからそんなに責任をとらされるのなら原発はいらないと国民も言うべきなのだが全部はそうはなっていない,賛否両論がある
原発は一旦事故になったらこの辺のような甚大な被害になるということを知らせた
水も汚染されて飲めなくなる,土も汚染ささて食物もとれなくなる,森林も汚染されて木も利用できなくなる,空気さえ汚染されて住めなくなるのである。
そういうことを国民は知ったのだからそれで原発をまだ必要になるのか?
そのことが理解できないとなる
posted by 老鶯 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年10月07日

原発事故でも肝心なことは知らされていなかった (10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


原発事故でも肝心なことは知らされていなかった

(10メートル以上の津浪が来ることは東電で試算されていた)


不思議なのは東電では津浪が来ると予想していた,それも10メートル以上の津浪が来ることを予想していた,でもそれを知っている人は東電のみでありそこに住んでいる人は知らない,知らないというより知らせられない

肝心の情報が知らされない

今回の原発事故でその前に肝心な情報は知らせられない,事故が起きたときもスピーディで計測されたが知らせられない,浪江町は知らせられないから津島に逃げることを町長が決断した,そこは一番放射線量が高くなる場所だったのである。
ところが東電の社員がいてその人は放射性物質がどう流れるか知っていたのである。
それで街の方に引き返した方がいいと言ってみんなそれに従ったのである。

つまり街とか海岸地帯は放射線量は高くなかった,原発の煙突が見える請戸港などでも
0・5マイクロシーベルとだったのである。
山の方に避難するより街に留まっていた方が良かったのである。
要するに事前に放射能のことなど何にも知らされていなし地元の人はわからなかった
教えてももらえないしまず「安全神話」が作られていたのだから危険ということばタブーになっていたのである。
それは戦争で負けるという言葉がタブーとなっていたのと同じである。

原発というのはとにかくもともと教えられても理解するものがむずかしすぎる
すると専門家は素人にわからないものとして教えないし重大なことも知らせないのであるマスコミも莫大な宣伝費をもらっているから追及しないし重大なことも知らせない
福島民報は県で半分株をもっている官報なのである。福島民友でも原発のことは何も言わない,推進派になっているだけだったのである。

自分の住んでいるところなど30キロ圏外だから遠いから原発にそれほど関心をもっていなかった,ところが小高に東北電力で原発を建てることが決まっていたのである。
すでに工事がはじまるところだったが今回の事故でとりやめになった

小高に原発を建つことを知らなかった

実は意外とこれも小高となればすぐ近くでも東北電力で原発を建てること知らない人が
多かったのである。その時小高は合併前だから南相馬市ではなかった
ただ大工さんが原発建つから景気良くなると言っていたのはそのことだったと今ではふりかえる,その人は津浪で家は半分浸水して今は住んでいない

現代は情報化社会でも肝心なことが知らされないことがある
なぜ東電が科学者のチームで10メートル以上の津浪が来るということを予測していたのにそのことが報道されなかったのか?
それは原発はもともと隠蔽体質があり「安全神話」が作られていて重大なこと危険なことなど知らされなかったのである。

10メートル以上の津浪が来る

もしこれを知っていたならこの辺ではそんな津浪が来るのかと警戒したかもしれない
浜通りでは津浪は三陸の方にきてもここには来ないと確信すようにまでなっていた
まず津浪のことなど話題にもならない,チリ地震津浪は経験していてその時は海に見にゆくくらいだからそんなものとして意識されていなかったのである。

郷土史で津浪の後に津浪の伝説があったとか相馬藩政記に生波(津浪)で700人溺死とか二行ばかり記されていたがそれを知っている人などいなかった
津浪には全く関心がなかったのである。

だから東電で10メートル以上の津浪が来ると予測していたことは科学者はやはり今の時代では頼りになるものだと思った。
ただそれを知っていても備えなかったのである。
そして知らせなかったのである。

津浪のことでは相馬市で街の近くまでボーリング調査してその辺まで津浪が来ていたという報告が自分も時事問題の深層に書いていた。
それは津浪が来る前の7年前だった,でもそれは別に危機感があって書いてわけでもない
そんなことがあったのかという軽い気持ちであり津浪が来るなど予想しない
それは貞観津浪の時代のものだったらしい,慶長津浪のことは良くわかっていなかった

原発は「安全神話」で隠蔽されていたし報道関係も巨額の宣伝費で真実を伝えなかった
だから肝心なことを知らされなかったのである。

もし東電の10メートルの津浪が来るということをみんなが知って危機感を覚えたらそんな高い津浪がこの辺に来るのだと危機感をもちいち早く逃げて助かる人もいたかもしれないあんな高い津浪が来るなどこの辺では誰も予想しなかったし第一津浪はこの辺ではこないと思っていたのである。それは確信にもなっていたのである。

「安全神話」であらゆる危険情報を隠蔽していた

そさを知らせるものはいなかった,知り得ようがなかった
それは国家もかかわっていたから国家的機密ともなり知らされなかったのである。

もし10メートルの津浪が来ると東電が試算したとなると大騒ぎになる
でもその大騒ぎになることでこの辺でもそんな高い津浪が来ると警戒するから津浪に対する備えをするようになっていたかもしれないのだ。
もしそうなっていたら東電に今度は感謝したとなる
もちろん事故に対してはそうではないにしろ津浪のことを警戒して死ぬ人が減っていたかもしれないのである。その情報は命にかかわることだったのである。

ともかく民主主義は情報の公開義務がありそれがなされないと今回のような重大事故になっても事前にとめることもできない
「安全神話」になれば危険情報は一切出てこないからである。
そうなると事故がないのだから避難訓練などする必要もない
もし避難訓練などすれば原発は危険だとなり原発はやめろとなるからだ

ただ都政でも小池知事が情報公開を約束したが守られないないとか隠蔽される
権力があるところは真実を隠蔽する,警察などでもそうである。
そうなると誰も責めることができない,マスコミなどの使命はそうして真実を報道する義務があるのだが宣伝費をもらっているからできないとかその使命を果たしていないのである。それで民主主義も機能していない
そして肝心なことを報道しないでどうでもいいことを報道しているのである。

それぞれの職業にはそうした社会的役割使命が課せられている,でもそれが守られていない,金でゆがめられたりその使命が果たせないのである。
だから民主主義も機能しないから大事故にもなり誰かが責任をとらされる
今回は地元の人が否応なく責任をとらされたのである。
戦争のときは3百万人が死んで国民が責任をとらされたのである。
政治家とか官僚とか東電の幹部などは責任をとらない,戦争のときもそうである。
それで最近死んだ都築詠一氏が昭和天皇は責め続けていたこともわかる
一番の責任は天皇にあったともなるからだ,ただこれもタブーになっているから誰も責めないのである。
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posted by 老鶯 at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月29日

なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか? 本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む


なぜ東電の幹部は逮捕とか捜査も警察はしないのか?

本当にワルイのは警察〜国家権力の知られざる裏の顔 (寺澤 有)を読む 


電力関連に国家公務員71人天下り 福島原発事故後 経産省最多17人(東京) 電力業界と官僚の“癒着”を裏付け

経済産業省(17人)海上保安庁(16人警察庁(14人)・・・・

恥知らずな東京電力の清水正孝前社長は、東電が筆頭株主である企業の小会社に天下りしました!しかし、私たち皆で共に力を合わせれば、取るべき責任を果たしてこなかった前社長を、就任した新たな役職から引きずり出し法廷の前に立たせることができます。 

清水氏に天下りを許すということは、史上最悪の原発事故に対する説明責任に真っ向から対立するものです


東電に警察・公安から天下り多い理由 暴力団からの「用心棒」

関西電力の話だが、1990年代に進められた石川県の珠洲原発建設計画(2003年に中止)の用地買収に協力した暴力団組長が、見返りとして関電に30億円を要求したことが明らかになった。民間同士の取引なので事件化することはほとんどないが、この種の話は東電でも腐るほどあった」

 東京電力に警察・公安関係組織の天下りが多い理由もここにある。

 <東電:官僚天下り50人以上 ゆがむ原発行政(1)> 
東京電力に「嘱託」などの肩書で在籍する天下り中央官僚が47人。
「顧問」ポストも加えれば50人を超え、
出身は所管の経済産業省から国土交通、
外務、財務各省、警察庁、海上保安庁と多岐に。毎日


原発事故を追及してわからないことがなぜ検察はまた警察は東電の幹部を逮捕したり捜査したりもしないのだろうかということである。
これだけの事故を犯して何の罪にも問われない,海外の子会社に移ったり清水社長も天下りしている。
このことがどうしてもわからないことだった

●なぜ東京電力を家宅捜査しないのか?

通常一般企業では事故を起きたりすると列車事故にせよ,食中毒にせよ,すぐに警察は家宅捜査する,東電は一切そのようなことが行われない

細野豪志補佐官(当時-原発担当大臣)も追及していた

「警察から東電へ天下りしている元警察官が32人もいるのは多すぎないか。
しかも東電は栗本英雄顧問(元刑事)をはじめとして,彼らの職務内容を明らかにしていない,反原発運動の情報を警察から提供されたりそういう運動をおさえこもとして私兵として使ったりする見返りに業務と関係のない,元警察官を大量に雇用しているのではないか?」

22年前も電力会社を守っていた警察

核燃料サイクル施設の建設をめぐり強い反対運動が起きた
その中で反対派の中川登の車だけが駐車違反で検挙される事件があった
このような人気のないところで警察官に職務質問を受けるような事態になるとどのうようないいがかりをつけられるかもしれないと逃げた

●今も変わらない警察と電力会社の蜜月関係

「六ヶ所に原燃PRセンターがある,この施設に入場し,展示物に「反原発」などと記された名刺大のシ-ルを20数枚はったとして青森市の男性が野辺地署に住居侵入容疑で緊急逮捕された,ようきの変のへ辞し大制がど料ろっ。

たかがシールをはったくらいで本州の北端から東京まで捜査員を派遣する力の入れ方をみるとこれは到底野辺署単独の判断とは思えない
青森警察本部,いや警察庁としての意思を強く感じるのだ

またその一方で一民間企業でしかない,東電本社前を機動隊が警備して会長宅を多くの警察官が守っている,こんな現実が当たり前になっている現実を忘れてならない

今回の原発事故であきらかになったことはいろいろある。
東電とか電力会社がいかに大きな権力をもっていたか判明した,それがなぜそうなっていたのか?電力というのが今の社会では欠かせない重要なものであり要になっている
そこには莫大な金が入る,東電でも国家なみの巨大企業だったのである。

一見政治家とか官僚が力をもっているとみるがそうではないという,
実際の普通は目立たない,表に出ない人達だという,それは東電の幹部のような人だったのである。
なぜなら金の出所が電力関係の会社からでる,マスコミでも800億円とか電事連から出ていた,電力会社はそれだけ金を稼ぐのである。
その金で今度は政府関係者,政治家でも官僚でも検察でも警察でも雇うことができるのだ

検察も警察も東電(電力会社)の用心棒だった!

今の社会の悪は見えにくいのである。金持ちの商人でも良く役人にワイロをやったり用心棒を雇ったりしている,その悪はどぎつく明白なのである。
だからその悪はわかりやすいけど現代社会の悪は見えにくいのである。
むしろ警察などは正義の味方だと普通は思っている
悪い人も逮捕しているではないか?
でも本当の巨悪には大きな権力には警察も対抗できない,かえって用心棒になっていたのである。

太宰治の生家は有名である。そこは煉瓦の高い塀がある,それは小作人などが不満になり家におしよせて打ち壊しなどしないために作られた
そして警官はやはり太宰治の家を守るために配置されていたのである。
今でも東京辺りの金持ちは高い塀で囲んでいるし外国だと私設の警備員を雇っている
銃撃戦までしている,一見現代は何かそんな露骨な悪はないし警察などは庶民の味方だと見ている
しかし検察でも警察でも弱い者の味方ではない,かえって権力を笠にきて弱い者いじめをするのも警察なのである。強い者にはかえって弱いのである。
権力には常に権力の濫用が起きてくるのだ

それは政治でも今の自民党のように一党独裁のようになるとやり放題になる
警察にしても権力をもっているからその権力の濫用が起きてくる
権力というはそういうものである。
悪い人間が権力をもつと怖いことになる,警察では様々な警官の悪辣の事件が隠蔽されいる,警察の仲間意識は強い,それは公務員でもいえるし会社でも言える
そこで既得権をもち利益を得るのである。

警察はその他ハチンコ業界ともつながり金を得ている,それはもともと暴力団がしていたことである。何か警察と暴力団はにている面がある,座頭市では関八州でヤクザが警察の肩代わりをしていたからである。
警察でも何かブラック会社ともなる,それは東電の用心棒のようになったりする
そうして上のものだけが得して庶民は重税にあえぐ,それはいつの世もあったが現代というのはそういうことが露骨には見えない,わからないのである。
東電があんなに大きな国並の会社だと思わなかったからである。
だから賠償金でもその額が巨大なのだから驚くし除染作業でも国がかかわると莫大な金がでる,それはみんな税金なのである。
その税金は復興に使われたというのではなくゼネンコから暴力団に流れたりだまされたりもして最近では南相馬氏で10億円が復興事業に金が国から出たがだまされたというのがあった

ともかく警察は誰の味方なのか?

国民や市民や庶民の味方なのか?


憲法第15条第2項

すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
公務員に金を払っているのは国民である市民である。いかに東電が電力会社が大きくてもそれは一部なのである。その一部のものと利害関係を結ぶのは法律違反になる
公務員は警察でもそうであり国民に奉仕するものであり国民が主体であり国民を害するようなことはしていけないのである。
それが警察の場合,警察や警官自体が自覚していない,国民も市民も警察を怖がる
何かスネに傷もたない人はいないからである。
ただ警察に月給を払っているのは国民である。もし私的警備員のように会社が雇うなら別である。警察を雇っているのは国民だという自覚が国民側にも必要なのである。
警察側にも国民が月給を払い国民に雇われているという自覚をもつべきなのである。
それが東電に天下り先を確保するからと東電の用心棒になることは国民にとって許されないことなのである。
そんな警察ならない方がいいとなる,自警団を組織した方がいいとなるのだ。
なにか今の社会はそうした本末転倒が起きているのだ。

もしそうでないとしたら警察でも市民は監視して対抗措置をとらないと今回のような原発事故になったりしたらそこに住めなくなり責任をとらされるのである。
そういう自分たちの生きる場を奪われる,その危機感をもつべきだったとなる
警察は東電の用心棒であるときそれも国家権力なのだからどうして対抗できなるのかとなる
それは市民が自覚して対抗しないかぎりできないことである。
こうして本に出して訴えているのはこの本の著者くらいで他はあまりないというときそれだけマスコミ関係もとりこまれているし警察権力の前に何もできないとなる

権力というのが誰が本当はもっていて動かしているのか?

それは政治家とか官僚とかマスコミでもなかった
東電とか電力会社でありそこから金が出ていたからそうなっていた
そういう巨大企業は政権交代もないのだから権力が安定している
政治家は選挙で落とされるとただの人になる
東電はこれだけの事故を起こしてもつぶれない,それは国家をもとりこむ権力があるからだとなる,事故後もやはり天下りが海上保安庁と検察警察関係が一番多いことでもわかる権力構造は事後前となんら変わっていないし警察は東電は何もしないでかえって用心棒となり警備しているのである。






posted by 老鶯 at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月19日

文明は滅び生態系は残る (原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明は滅び生態系は残る

(原子力文明は生態系を破壊し滅びる)


文明とは何かというとき様々な見方がある。だからいちがいには言えない,でも幾多の地球上の文明は滅びたのである。

文明を作ったものは人間である

生態系を作ったものは神である

文明の象徴としてエジプトのピラミッドなどがある。エジプト文明は三〇〇〇年つづいたというから寿命が長かった,その寿命が長いのはもともとエジプト文明はナイルの賜物というとき生態系に依存して作られていたからである。
その生態系を壊さないように作られた文明なのである。
だから今になると様々な動物が神になっているのはそれは生態系の中でこそ動物は生きられる,生態系が破壊されたら動物は生きられないのである。
農業は生態系に依存している,そしてこの辺で鷺が一時いなくなった
それは田んぼがなくなったからである。田んぼには鷺の餌となる蛙とかがいたからであるその田んぼが回復したとき蛙も増えて鷺も増えたのである。
そして元のように川の竹藪の所に鷺の塒ができてコロニーが回復したのである。
飯館村では田んぼもないから蛙もいてもわずかだし鷺もいないとなる

生態系があって生物は生きられる,人間もその生物の一種だから生きられる,ただ現代はその生態系が文明の系統になっている
東京など大都会には田んぼもないし土も見ることもできない,だから生態系とは関係なく存在しているように見える
時々ダムの水が渇水状態になったとき水がなくなるということで生態系に依存しているということを意識する,でもなかなか大都会では生態系を意識するということができない
でも上流の水がやはり放射能で汚染されたとき生態系が汚染されたということを東京でも意識したのである。

生態系が破壊されたら文明も滅びる,なぜなら文明は人間の知恵で作ったものであり生態系は神の知恵で作ったものだからである。
人間は絶対に神の知恵を越えることはできないのである。
たからこそ人間の知恵で作った文明は滅びるのである
不思議なのはマヤ文明でもピラミッドに神殿が森に埋もれてしまった
同じように原子力文明も森に埋もれるというのもにている

チェルノブエリでは森が復活してヘラジカがもどりそれを餌とする狼がもどってきたのである。田んぼが復活して蛙が増えて鷺がもどってきたのとにている
ただ放射能汚染で怖いのは遺伝子が損傷すると次の代からさらに次の代まで影響するとも言われる,それはどうなるかはわからない未知のものとしてある。
原子力,核の恐ろしさは生物の種を絶えさせるとかなることにある
もうそうなるとその土地には人は生きていけないのである。

文明とは何か?それは人間の知恵で作ったものであり人間が神のごとくなることである。
神のごとくなるとはどういうことか?原子力文明では科学者が神のごとくなることである
マヤ文明ではやはりテクノクラートが天文学の高度な知識をもったものが支配階級になっていたのである。
文明が崩壊するとは滅びるということはどういうなのか?
マヤ文明は何か最後はカルト宗教のようになり迷信的になり滅びた
それはそこに知の限界が生じたからである。
原子力でも人間では操作できない,知の限界が生じたのである。
人間の知恵で作ったものが崩壊して滅びるということである。
ただ生態系に依存した文明は農業文明は長寿になる
でもその上に築かれた文明は崩壊して滅びているのだ

そして資本主義は農業に関しては土地に関してはなじまない通用しない,物を効率的に製造するようにはいかないというとき農業は生態系に属しているからである。
生態系を離れてありえないのである。資本主義は土地の生産性をあげようとしても生態系に依存しているからできない,二十日大根があるとすると大根を早く作ろうとしてもできない,それは土という生態系に依存しているからである。
資本主義もまた反生態系であり資本主義が生態系の環境を破壊するというのもそのためである。経済をすべてとする原理は生態系とは相いれないのである。

原発事故は原子力文明の崩壊現象が起きたのである。
なぜなら原発を支えてきたのは科学者であり政治家であり官僚でありマスコミであり今の支配体制を作るものが一挙に崩壊したからである。
その誇りも砕かれたからである。
それられの人達は国家を形成するものたちでもあったからだ
だから国家自体の崩壊現象が起きたのである。

つまり必ずしも国家と生態系は今や一致しない,江戸時代あたりの農業社会だったら一致していた。これだけの科学と技術とか大規模な経済をになうとなるともうそれは今までの農業文明などとは桁の違う世界に生きているのだ
この辺では国家権力によって地方の生態系が破壊されたのである。
国家権力が地域を破壊する,地域の生態系を破壊するのである。
それは一種の人間の奢りに対する神からの罰だったともなる
それはギリシャ神話時代から指摘されていたことである。

人間の知恵で作った文明は滅びる

神の知恵で作った生態系は残る

ただ神の知恵で作った生態系も実は完全ではない,弱肉強食の世界は神の御意にかなったものではないから是正されることを聖書では説いている
いかなる文明も砕かれその誇りも砕かれる
これからもそうである。AI文明人工知能文明だろうが何かの原因でつまずき崩壊する
AIといったってそれもしょせん人間の知恵で作ったものだからである。
神でもなんでもないからである。

人間はいくら努力しても理想社会は生れない,人間の知恵では作れないからである。
最終的には神による天国の創出であり神の業による天国の形成である
だから人間の知恵ではできないのである。
いくら文明が発達したといってもただ実際は変化しただけであり人間の心は罪に汚れ変わっていないのである。ただその形が変わっただけであり人間の悪はぬぐいされないのである。機械が発達すればその機械で悪いことをする人がいる
核を発明すれば核を悪いことに使い核戦争になり人類が滅びるとなる
いくら科学技術が発達して人類には平和は来ないのである。
そこに人間の限界がある。その限界の故に必ず文明は滅びてきたしこれからも滅びるのである。
posted by 老鶯 at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月05日

核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む (すでに原発の危険は予見されていた)


核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む

(すでに原発の危険は予見されていた)

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福島原発の歴史
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この本は1979年発行でありすでにほぼ40年前のことにもなる
ただその時から事故がありフクシマと同じようなことが起きていたのである。
それはスリーマイルとかでもない,それ意外にも事故がありそれは火災事故だったのである。

この統計は1978年である。フクシマの第一原発は1971年3月に1号機の営業運転を開始しである。

図を見ても日本は原発を作るの早かったしその時すでに世界で3番目の原発国になっていたのだ,それはやはり人の技術力が高いから受け入れることができたのか?
アメリカの強引なおしつけがあったのか?その辺はわかりにくい。

この本の題名が核文明の恐怖とあるとき現代の文明が核文明になるということを予想して書いていたのである。
この時東ドイツとあるからまだ東西ドイツが統一されていない,その時ドイツも原発が多かった,その後はやめた,フランスが日本より原発が少なかったというのも意外である。やはり日本はアメリカの影響があって原発が多くなったのではないか?

原子力産業は比較的歴史が浅いことを心にとめておく必要がある。
アメリカでは商業利用がはじまってからわずか25年であり,核兵器生産がはじめられてからも35年しかたっていない,癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがあるから私たちはやっと放射線の影響を経験したばかりなのである

様々に放射線の影響が言われる,

癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがある

こういうことがあるとする母親などは異常に心配するからもう故郷には原発避難区域には帰らないとなる,最も危険なのはプルトニウムだとこの本で著者は言っている
要するに核のことは人間はわかっていないしその危険性を無視して原発は造られたのである。歴史が浅いというとき未熟な知識ではじまり今でも放射線がどういうふうに人間の身体に環境に影響するのか正確にわからない,だからこの辺はモルモットにされているのである。放射線の影響は長期的なもの次の代とかその次の代にも影響するとなるから深刻なのである。

原子力発電所の設計は著しくこみいっていて自分の専門分野以外の人の仕事を理解しない-お互いに話し合おうともしない-実際原子炉を建設したり運転したりするのにその全体の過程を統合するような役割の個人やグループは全く存在しない

これはフクシマ原発でも同じであった,肝心の吉田所長が復水器のことを知らなかった,それは自分の専門分野ではないからだったと言っている
そして東京の本部との意思疎通もできなくなっていたのである。
要するに誰ももう原発を制御できるものがなくなっていたのである。
最後は自動化しているから機械が暴走して破綻するとなるのである。
人間の力では制御できない代物になっているのが原発だったのである。
それは現代文明全体に言えることである。その全容を知るものはいない,何か巨大な事故があったらもう何もできないのである。

ブランズ・フェリー原子力発電所はいまだかつて火災に対する安全検査をやったことがない,この事故で誰も地域の役所に事故を知らせなかった,実際緊急避難措置はいっさいとられなかった

「安全装置は絶えず工夫が施されているが莫大な金がかかったり原子力産業のスケジュールに都合があったり政治的圧力がかかったりするために安全装置の効果について評価を正しく行うことはほとんど不可能になっています」

これもこの辺の事故と同じだった,浪江の人達は津島の山側に避難した,そこは一番放射線量が高い地域だった,町民には自治体には何も知らせられなかったのである。
ただ東電の社員がいて山より街の方が安全だとそれに従って街にもどった人達がいた
それが正しい判断だったのである。放射線のことを知っていればそうなる
実際はスピーディでそれがわかっていても知らせなかったのである。
アメリカにいち早く知らせていて自治体には知らせなかったのである。

安全装置にしても原子力村とかが形成されて政府の安全委員会など何もできない飾りだったのである。要するに何もしないで多額の金をもらっていた人達が原発には多いのであるそういう人達にとっては原発はいいものだったのである。
東電から巨額の宣伝費が電事連からは800億もの宣伝費が流れていた
そしてそまマスコミの幹部が東電によって中国に招待されていたとき事故が起きたのである。朝日新聞社加わっていたからマスコミで原発に反対するものはなかったのである。
創価系の雑誌でも東電から宣伝費を二番目くらいにもらっていた
原発は金のなる木だったのである。地元でも金がばらまかれた,特に漁業権のある船主は原発御殿が建っていたとかあとでわかったのである。
それも今になると罪深いものだったとなる

原発はまだ歴史が浅く未熟な技術だけでその効果が大きいから安全を無視して作られてきた,それがまた核兵器と結びつき軍事力としての相乗効果があり作られてきた
電気を作るだけではない軍事力として欠かせないものとして作られていたのである。
だからこそこの本では核文明としているのである。
そしてこの辺の事故では核文明の崩壊したと自分が書いたのである。
土や水や空気や人間の基本になるものが汚染されたら住めないしそして放射線の影響はどうでるのか何代も見なければわからないという恐ろしいものだったのである。

なぜそれだけ危険なものを作ったのか?それは核の魅力が大きいからそうなる
北朝鮮を見ればわかるだろう。あのような小国でも核をもてばアメリカと対等に戦えるからである。だから実際は人間は核を操作できないものでも無理して操作していたのであるそれが大事故で核文明そのもの崩壊となりこの辺は住めなくなったのである。
湯川秀樹博士が原発を作るのはまだ早いとして作るべきではないとしていた
つまりまだ日本でも原発を作り操作できる技術はなかった
原子力の歴史は浅いしまだまだ操作できる状態にはなかったのである。

でも無理やり作ったのは政治的な圧力とかアメリカの圧力とかいろいろ科学的技術的問題ではないものがあり作られてきた,
文明の崩壊までになるようなものをなぜ作ったのか?
文明が崩壊したらもとこうもない,終わりだとなるからだ
それなら人間は極端になるが炭をエネルギーとして細々して生き延びる方がいいともなるからだ,文明が滅び水も土も空気も汚染されたら住めないからである
そして遺伝子が損傷して何代にもわたり影響するとなると種の滅亡ともなる
人間はもう絶滅するということである。

そんな恐ろしいものを科学者もとめられなかったしそれ突き進んで行ったのはなぜなのか?
何かそこに人間の業(カルマ)があり人間滅亡,文明滅亡の宿命を核によってもたらされるだからさけられないのか?何かそういう人類史の最後に核が現れ文明は崩壊するのかとなる
posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月02日

意思疎通できない連関なき社会 (そしてコミュニティが破壊される)


意思疎通できない連関なき社会

(そしてコミュニティが破壊される)


話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


ここでも書いたけど田舎だったら意思疎通できていたように見られる,でも高度成長以後はやはり田舎でも会社員化して意志疎通ができなくなる
自分の家で店をしていたとき野菜は近くの農家から買ってきた,それは自転車で買ってきていたのである。姉は力持ちだから大きな箱に積んできたのである。
すると近くの農家と親密な関係が生れる,そしてその頃は店が個人の店であり狭い範囲にあった,するとその狭い範囲で暮らしているから親密になる
一方でいいろいろかんぐられるので嫌な面もでてくる

大工でも地元の大工が家を建てるから地元の大工と親密になる,今建て売りであり外部からきた人が建てる地元の人とは関係しない,建売は組み立てるだけである。
この辺では新しい街が一つできるくら家が次々に建った
それはみんな外部から来た人が建てたのであり地元の人は関係ないのである。
するとそこでも地元の人でも意志疎通がなくなる

意思疎通ができないというときタニコウはこの辺で大きな会社である,でも友伸エンジニアリングも建物を見れば大きな会社であり工場である,それはすぐちかくの小池にあったでもタニコウの人は知らなかったのである。
それはなぜなのか?何らか仕事でつながりがなければ共同しなければ近くでも無関係になるのである。
現代とはそういうことが非常に多いというときそういう文明社会だとなる
ピカートの言う連関なき社会でありそこからヒットラーが生れた,ナチスが生れというとき無数の部分になりそれらがどう結びついているかなどわからないのである。

鉄道があるとして車をもっている人は乗り方さえもわからなくなる,すると鉄道を残せといっても車の人は利用しないから関係ないとなる
ただ車で駅前に来ることがあり駐車したりして駅に来ることがある,ここでは道の駅がないからランドマークとして来るのである。駅にはそういう機能がある
そこで関連してくることはある

こうして江戸時代なら村とかで濃密な意志疎通していた,しなければ生きていけないような社会と今の社会はあまりにも違いすぎる
広域化グローバル化社会になればそうした狭い範囲の意志疎通より金が大事になる
金があればどこでも生きられる時代である。人間の意思疎通は金になったともなる

大量の物は野菜でも遠くから来る,外国からも来るからである。
すると自分の家で小さな店をしていたときのように近くの農家も関係なくなる,関連しなくなる,こうした小規模な店とかは戦後増大した,それは大きな資本が無くてもできたからである。でもスーパーになったときそうした小売業は姿を消した
そしてシャッター通りになった。

ここで問題なのは大資本が介入してくると小さなコミニティは破壊されやすい,そうして根こそぎコミニティが破壊されたのが原発事故であった
そこには国家権力もかかわり巨大企業である東電がかかわりそれに付随してマスコミとか検察とか警察までもかかわるとなる
国家権力によって自治体が崩壊させられたのである。

そういう巨大資本とか会社とか国家権力でもマスコミでも小さな自治体に介入してくると根こそぎコミニュティは破壊される,マスコミで自治体の争いに介入してくる
そもそもそれは自治体内で解決するのが望ましいのである。
内部の事情に通じない場合があるからだ

そのことで自分が駅で警察に職務質問されたのもそうである。誰かがあやしい人がいると通報したのだが警察まで来て介入すると田舎の平穏な生活がコミニュティも破壊される
つまり大企業でも国家権力でも力が強すぎるからそうなる。
それに小さな自治体は抵抗できない,そしてコミニュティが破壊される
この辺はズタズタに破壊されたのである。

巨大な国家権力機構,大企業とかかかわると一自治体はもろくも破壊される,
狭い範囲内の意志疎通もできなくなりただ巨大な権力によって自然まで破壊されたのである。
それは東南アジアの森林が巨大企業にかいしめられてオランウータンが住めなくなったのとにている,その企業が日本にもあり銀行が融資しているとき銀行もかかわっている

とにかく意志疏通がない社会とか連関性がない社会は文明は最終的にどうなるのかと思うピカートよればナチス化する社会になる,カルト宗教団体もそれとにている
それは疑似コミニュティであり本当のコミニュティではないと言っている
そういうものはナチスのようになる危険がはらんでいる

いづれにしろ意思疎通がない連関性なき社会は文明は何かの調子で崩壊するかもしれないそして自動化社会というのも意志疏通が連関性がなくなる社会なのだ。
一見確かに便利だがすべて現代文明は機械化自動化しようとしている
人間の意志に関係なくそうしようとしているからだ
するとすべてが機械化自動化するとその自動化することによって機械でもコンピューターでも制御不可能になり暴走して自滅するともなる

文明社会が核分裂状態にあるというのもわかる,無数の部分に分裂して連関がなく意思疎通がなく自滅する自壊してゆく,その例がこの辺の原発事故による惨事だったのである。

posted by 老鶯 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月24日

なぜ復興ができないのか? (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)


なぜ復興ができないのか?

 (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)

戦後の焼け野原からなぜ日本が復興できたのか謎である。焼け野原になった写真を見たらあまりにも絶望的だからである。津浪の被害でも原発事故の被害でもあんなふうにはなっていない,津浪の被害も悲惨だったがまだ一部なのである。
そんなところからなぜ戦後の復興ありえたのか?ふりかえるとその当時を生きた人達は団塊の世代の親やその前の人であり死んでいる人が多くなった

ただ団塊の世代は子供時代の貧乏を経験している,みんな家には電化製品はなにもない,飯台一つしかなく炭であり竈でご飯を炊いていたから手間だったのである。
洗濯は近くの小川でしていたし洗濯板でごしごし洗濯していたのである。
そういう時代があったということが今になるとはるかに昔になってしまった
それは自給自足の生活の延長だったのである。
だから卵は贅沢であり玉子焼きが食べられるようになったとき豊かさを実感したのであるただその時農家は鶏を飼っていたら卵を食べていた,農家の方が贅沢だったのである。
物がない時代,自給自足しているような農家がかえって豊かだったのである。

日本がなぜ戦後焼け野原復興できたのかというとき朝鮮特需とか軍需経済から民間経済にシフトした,軍需に労力を費やすことをしなくて良かった,世界の環境でもアメリカがソビエト連邦とかを敵視するようになり共産主義の驚異を感じていたので日本をその防波堤としようとした,何かそうした世界情勢が味方した。
それにしてしもなぜあの焼け野原が10年とか20年で復興したということは驚きである。
日本の底力があったということになる,日本は戦争でも一丸になるし挙国体制では得意である。切り換えも早いということがある,日本の国民性が復興をできた推進力だったというのもわかる

それに比べてなぜ津浪とか原発被害地域が復興できないのか?
それはその当時の情勢とあまりに違う,なにもかも豊かになりできあがった社会が崩壊した,戦後の焼け野原も同じじゃないかというがその時は回りもみんな同じ状態だった
今は回りはみんなやはり同じように豊かな便利な生活をしている
するとゴーストタウンのようになった町や村を見て愕然としてしまうのである。
何か住めないという感覚になる,それは理屈ではない,実感である。

戦後焼け野原になったとき戦地から帰ってきた引揚者がこの辺だと町内から近い小池でも開墾に入った人を知っている,引揚者は浪江でも対馬とか飯館村でもそうだしどこでも不便な不毛な地域に入ったのである。
今ならそんなところに開墾などに入らない,でも仕事となるものがないからそうなった
食料も何もないとなるとそういう難儀な場に人は入ってゆくほかないのである。
もし今のように回りが豊かな生活していたら別である。
人はそんな所に入って行かないのである。対馬では中国人の嫁が夫を都会に出たいと鉈(なた)で襲った事件があった,あんな山の中だとは思わずそうなった

なぜ原発避難者が帰らないのかというときこうした時代の影響が大きい
何でもある便利な豊かな社会に生きていたときそれが突然ゴーストタウンになったとき
もう帰らないという選択をするのも当然だとなる
小高だったら隣の街に行けば前と変わりない便利な豊かな生活をしているからここに住んだ方がいいとなる,飢饉のとき越中からの移民がなぜ来たのか?
それはその時越中などの移民も苦しい生活をしていた,それで土地があるなら与えられるならと移住してきたのである。農業が主の時代だと土地が与えられるならそうなる
今は農業主体の生活ではない,みんな会社員なのである。

ただ故郷に老人だけが取り残される,老人ホームも立派な建物があっても小高では人手が集まらないので再開できないのである。
そのことはここだけではない,ここでは何でも極端なものとして起きている
第一老いた親を残して肝心の子供たちは去り他で別な生活を築くようになったから帰ってこないのである。
でも親を捨ててその親を今度は残った人達がめんどうみろというのも勝手に思う
親を引き取るならいいが残された人たちがめんどうみろというのも勝手だと思う
親は故郷に住み死にたいという気持ちはわかる
でも誰が最期に世話するのかとなると残った人達になるのか?
帰らない人達は親を捨て残った人達が世話するというのもまた勝手だとなる

結局街はどうなってゆくのか?ゴーストタウンとなり残された老人が幽霊のようにさまようとなるのか?
外から見ればそういう街は面白いとか興味本位の対象にされてしまう
そういうことで面白いかとか楽しいかとか小高の若い者は批判した
廃墟趣味のような人も来ている
実際にそれは個人的にも自分は経験している,介護から自分の病気になったとき人はよりつかなくなる,社交的だった女性が認知症になったとき誰も来なくなった
そうして苦難にある家には人が近づかない,近づいてくるのはカルト教団くらいである,それはなぜかとなるとへたに近づくと自分もその苦難を負わせられるしそうでなければ近づいてもかえって嫌がられる

お前はただ俺たちの苦しみを面白がり楽しんでいるだけだとなるからだ
実際はそういう人が多いのである。
そういう苦しんでいる人とかかわるとき自分もその苦しみを背負わされるという覚悟も必要になる,それができるかとなると簡単にできない,ボランティアでも一時的になるからだ。その苦難を共にする人はかかわってもいいとなる
それで関心したのは女川だったのかそこに住み着いた若者だった
それは一時的なボランティアではなかったのである。そこに住み復興を一緒にずっとするという仲間になったからである。そこまで覚悟するとなると簡単にはできない

それより誰が復興の主体であり復興しようとしているのか?
外からの支援ばかりを望みもう死ぬまで支援してくれ補償してくれとなる
そこに残り住んでいる人すら外部からの支援が頼りなのである。
外部から来た人がボランティアでもいくら復興の支援となっても肝心のそこに住んでいる人が復興する気がなかった復興できるのかとなる
肝心な人は故郷を捨てて出て行っているからである。
それなら外部の人が移り住んで復興の主体になればいいと思ってしまう
その方が復興しやすいともなる

戦後の焼け野原の時は苦しい場所でも開墾に入った,それはそう強いられていたのである他に生きる場所がないからそうなっていた,今ならどこでも生きられるとなるからそんな所に入って苦労はしないのである。
そんな貧乏の時,団塊の世代のように子だくさんになった
それは高度成長となり労働力として供給されたのである。

何かこうした時代の相違で復興できない,少子高齢化も影響している
ジジババに予算をつぎこんでも復興できない,無駄だと官僚が本音を言ったのもわかる
ただ復興した例としては新地町は津浪があってかえって前より良くなった
駅前は開発されて新しい街が作られる,相馬市にすらエレベーターがないのにあるのは贅沢だとなる
もともと駅前は何もない所だから開発しやすかったのである。

戦後の焼け野原になったときもかえってそれで新しい街作りとか国造りがしやすくなった戦前の既得権者もいないなくなり日本は新しい国造りに邁進したのである。
そういう場所には何か今までにない新しいものが生れるということもある
要するにその復興の主体になるものが誰なのか?。残された老人なのか?。
そこが戦後の焼け野原になって復興したとき根本的に違っているのである。
posted by 老鶯 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連