2019年09月13日

凍天(しみてん)の木乃幡倒産も原発事故のせいだ (水俣公害、成田闘争と原発事故の相違)


凍天(しみてん)の木乃幡倒産も原発事故のせいだ

(水俣公害、成田闘争と原発事故の相違)

●すべて原発事故のせいにされる

当社は、1965年(昭和40年)創業、84年(昭和59年)インターネット販売、「もち処木乃幡」や「しみてん木乃幡」の店舗名による小売りも手がけ、2006年6月期には年売上高約3億8700万円を計上していた。

 ドーナツのような生地の中に凍餅が入っている主力商品の「凍天(しみてん)」は、全国ネットのテレビ番組で取り上げられるなど知名度を高めていたが、2011年3月の東日本大震災に伴い工場が被災したため外注依存の製造となったうえ、本店工場(福島県南相馬市)が福島第一原発事故による避難区域内であったこともあり風評被害から売り上げが落ち込み、震災以降は業績悪化を余儀なくされていた。

しみてんは高速のSAで売っていた、でもやめたのでどうしたのかと思った
高速のSAは場所がいいから売れるていると思ったからである
でも私がカレーパンを買ったら量が少ないのに高い思った、300円以上したみたいだ
それが特別なカレーパンだとも思えなかった

「政経東北」で事業を拡張したことも失敗の原因だとはしていた
でもその主な原因が原発による風評被害とかにされている
つまりこの辺ではみんなそうなっているのである

原発事故のせいだ、東電のせいだ、国のせいだ

これですべてが終わりである、そして地元にも責任があると言うとバッシングされる
お前は「傷に塩ぬって楽しいか」とか特に原発事故で避難した人たちに言われる
原発事故の被害が大きいしそのことも書いた
今度はすべてが悪いことがあれば原発のせいだとして補償金をどれだけ多くもらうことだけに力をそそぐようになった
それを批判すればお前は同情しないのか、お前は人間なのかとまで言われる
それで「政経東北」とがでも絶対に原発避難者とか被害者のことは批判しないのである
なぜなら読者であり本を買ってもらえるお客さんだからである

今でも原発被害者が何かしているのか?同じようにパチンコとかギャンブルで遊んでいる補償金暮らしなのであり浪江町住民でもさらに月の補償金を十数万上積みしろと要求しているのであるそういう権利があるとても何か納得がいかない  

何かこのしみ天の会社でもこれとにたものがあったともなる
すべて原発事故のせいだとなる、他でも旅館でも会社でもなんでも福島県ではそうなりやすいのである、本当はすべてがそうでなくてもそうしてしまえば経営責任は問われないからである、そしてマスコミも応援するからそうなる
それは原発避難者と津波被害者でも原発避難者側についたものそうである
そのことで原発避難者が思い上がったということはあった
ただそれはタブーとなっていたから言えなかったのである

●水俣病公害闘争、成田闘争との相違

例えば成田空港をめぐる三里塚闘争、水俣病公害があったがこれらは性格が違っている

三里塚空港反対同盟」が結成されたのは「新空港説明会」から僅か3日後の1966年6月28日のことである
1978年5月20日。今から39年前の今日、千葉県成田市に新東京国際空港(現・成田空港)が開港した。

1966年7月に千葉県三里塚に空港建設が閣議決定されてから12年かかっての開港だった。地元住民による反対運動が起こり、死者も出た。当時のようすを写真で振り返る。

なぜ成田空港に反対する強力な反対運動が起きたのか?

それは左翼が学生運動家が入ってきたためだった、左翼全盛時代だったからである
それは水俣公害でも左翼運動家が入ってきた、それで大がかりなものになった
ただこの時は時代が違う、農業というのが工業化するなかで衰退産業化しつつあった
でもこの時は農民が農の大事さを説いていて反抗していたのである

でもこれも原発とくらべると原発の方がその公害でも事故が起きれば今回のように住めなくなるというほど被害が大きくなる
でも原発に反対する激しい運動が起きなかったのはなぜなのだろうか?
その時の農業の環境が違っていたからなのだろうか?

むしろ原発は出稼ぎに行かなくても地元で働けると地元民から歓迎されたのだから反対運動も起きなかったのである
成田の闘争では空港になることで田畑が奪われるということで農民が前面に出て戦ったのである
だからなぜそこまでして戦ったのか?
空港では騒音とか公害があることはわかる、でも原発とかの被害とは違うのである
もちろん騒音で住みたくないというふうにもなる、騒音公害も深刻である
でも田畑をその時維持していても時代が変わりつつあり、金銭に変えた方がいいともなっていた農家もいたかもしれない、ただその時はとにかく農民が全面的に主役となってそこに全学連とかが左翼が加担したのである

その時も「森と里の思想」という本で対談していた知識人がいたがその人たちは農業というものが人間にとって別なものとしてアイディンティティとなるものとして見ていた
それには自分も書いてきたように共感するのである
この時はそうして農業に思入れある人が農民自身が農婦でも全面に立って抵抗していたのである、それが原発事故を起こしたこの辺とは違っている

現実に東北電力で原発ができるというとき小高で工事がはじまるというとき小高の大工さんは景気良くなるよと喜んでいたのである
おそらく農家の人も歓迎していたとなる
なぜなら小高の人から聞いたからである、親に農業は継ぐなと殴られたと
それだけ農業は金にならないと嫌っていたのである
そして20キロ圏内にも入る原町市でも何か反対運動は起こっていなかった
左翼の人たちもいても運動していなかった不思議である
小高には左が多く自民党の代議士になった人が住んでいられない原発事故の後に九州の方に住むようになったとも聞いた
それは定かではないがそれだけ左の人が力をもっていたのになぜ原発反対運動が起きなかったのか?それもわからないのである

ここでも原発事故の被害者と同じようなことが起きていた

私らが裁判に勝ったら、一任派の人たちも千八百万円もらいなすった。それはまだいいのやけど、お金が出たばっかりに、自分もそげんとじゃ(そういう症状だ)≠ニ言う人の出てきたとです。それも、以前は伝染病やとか言うとった人やら、あそこの家は貧乏やから、魚しか食うもんがなくて病気になった≠ニか、陰口叩いとった人に限って我も我もと申請ばするとです。ろくに魚も食べんのに水俣病になった人やら、四十年になった水俣に越してきた人やらが、水俣病や、水俣病や′セうて・・・・。絶対、焼酎飲みすぎてアル中になった人やら、中風やらの人が申請しとるとです

水俣の公害闘争は知らないまに子供に重篤な症状がでてそれが目だったので注目された
ただ当事者が補償金闘争になりだめになったと後で述懐している
原発事故でもそうだった、あとはどれだけ補償金を東電ても政府からでもとるかという闘争になったのである
だから公害になったらみんなだめになると反省していた 

●成田闘争は国民の感情から離れ終わる

ただこの辺で成田闘争とか水俣との相違はもともと原発によって地元の経済が成り立ち
恩恵を受けていたことである
その規模が大きいのである、成田闘争とか水俣との規模が全く違うものであった
いくら水俣病の被害でも百人くらいが実数の被害者だったのである
たしかにはそれは目だったがこの辺は十数万という規模で被害を受けた
そして住めなくなったということが被害だったのである
だから成田でも水俣でも被害はあるにしても規模が違っていたのである
だから死人が出なかったというけど住めなくななったことが最大の被害だったのである

でも何かこれらの公害問題は違ったものだった、原発事故では一時東北に住めなくなるという危機感をもたらしたほどである
でもそれがなぜ成田闘争や水俣公害闘争のようにもならないのだろうか?
第一原発が建つ前にそうならなかった、左翼が力をもっていた小高でもならなかった
その原因は明らかに地元の人たちの危機感の無さとか原発が金になるということでそうなった、その抵抗する動機がなかった
農業していても親が子を農業だけはするなと殴ったように農業自体を卑下してそこに価値を置かなかったのである
成田闘争では農民が前面に立って農業を守ろうとしていたのである

成田闘争では何か農業を守りたい農業をここで継続したいという意志があった
それで農婦までも全面に立って戦っていた、それは必ずしも左翼運動家に強制されたものにもみえないのである
その差がどうして生まれたのか?そこも追求する課題だとはなる 

京成電鉄を筆頭に地元の列車内では反対派が事実上占拠しており、車内では竹槍をかざしながら対立組織に対する「検問」が日常茶飯事に行われていた[9]。地元住民の生活の足である『京成電鉄へのテロ行為』は、もはや空港反対運動の枠を超えた地域の社会基盤そのものへの破壊活動であり、空港周辺部以外の京成線沿線の住民からの反対派への白眼視を招いたのみならず、この頃始まった新左翼そのものの衰退や、当初の目的である開港阻止が叶わなかったことで『成田空港粉砕』を唱え、より先鋭化の傾向を見せる反対派に対して、国民感情は加速度的に乖離していった。

左翼運動家は過激でありそれが国民感情とずれていたのは学生運動でもそうだった
何か青春のエネルギーそこで発散するために暴れていたのかともなる
だからどうしても農民が主体となっていてもこのとき左翼の力が強くそれによって大々的に社会問題化したとなる

1956年(昭和31年)5月1日に熊本県水俣市にて公式発見され、1957年(昭和32年)に発生地の名称から命名された。その後、類似の公害病にも命名されている。

1978年(昭和53年に開港した新東京国際空港(現・成田国際空港)を巡っては1960年代初め頃から候補地等の検討が進められていたが、その建設に当たり、開港を急ぐ政府の強硬姿勢と当時の世相と地域固有の事情が相俟って、空港用地内外の民有地取得問題や騒音問題をめぐって近隣住民らによる激しい反対運動が社会問題化した。

●なぜ原発では反対運動が起こらなかったのか?強力な電事連があったからか?

この闘争は長かった、1960年から始まっていた、ちょうど学生運動とだぶった時代だったのである、だから左翼運動家が問題を大きくした側面もあったのだ
でもなぜ原発に関してはこうした激しい反対運動が起きなかったのか?
左翼でもしなかったのか?

その原因の一つは電事連にあったのかもしれない、この電気連合体は強力なのである
800億円の宣伝費をマスコミに流していたからである
だからその組合は原発に反対はしない、飯の食い上げになるからだ
利権と一体化しているからできないのである
水俣病公害事件とか成田闘争はこうした強力な組合とは関係ない、学生がかかわっただけだったとなる、それでも何か大きな問題として取り上げられたのはなぜなのか?
1960年からはじまったとなるとまだ農業が衰退していない時代だったからなのだろうか、それで農婦でもただ左翼運動家に押されて前面に出て来たともならないのか?
そういう時代の差があってそうなったのか?

でも今度は原発だと双葉とか大熊地域は福島県のチベットとか言われた
出稼ぎ地帯であり地元で働きたいという意向が地元に強かったから積極的に誘致された事情がある、だから反対運動は起きなかった
ただ原発では左翼でもこれまでのような強力な反対運動は起きていないのである
それでも巻町と能登では原発を作らせなかった、それは左翼運動家がいて反対したからではない、地元民が協議して作らせなかったのである
だからそれほど強力な運動しなくても原発を作らせないことはできたとなる
全く地元民が無力だとはなっていない、ただ福島原発は日本では第一号原発でありアメリカの要請と政府の意向が強く働いたのでまた事情が違っていた
福島原発と他の原発ではまた事情が違っていたのである
そこに一千万都市の東京都民の圧力もあったのである、新潟県の柏崎原発でもそうである東電の原発でありその電力は東京都民が利用するからである、また原発第一号ということで政府が強く後押ししたからだともなる

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原発事故の処理にあたる従業員650人を退避させた (事故処理する人がいなくなっていた、保安院もいなくなっていた!)


原発事故の処理にあたる従業員650人を退避させた

(事故処理する人がいなくなっていた、保安院もいなくなっていた!)




証言によれば、吉田所長は福島第二への退避を指示してはいなかった。約650人の作業員の退避は、「伝達ミス」によって起こった、ということになる。それを、朝日新聞は「命令に違反した」と報じたわけだが、確かにその表現は正確ではないだろう

「事故対応にあたるべき人員までが現場から離れていたことの深刻な意味を、我々は振り返る必要がある」と強調した。

 「もし、(福島第二から)あのまま誰も戻らず、線量も下がらなかったら、東日本は壊滅状態になっていた。チェルノブイリでは、沢山の原発作業員が命を捨てて、鉛を投げ込んだことによって、最終的な破局を免れた。東電はそこまでやる気はなかったし、政府も覚悟はできていなかった。次に事故が起こったときに、そういう労働を命じられるのか、誰がやるのか

浪江町の東電で働いていた人が事故当時電気工事関係者が1000人働いていた
でも事故になり退避させた、それが悪かったと言っていた
そのことはこのことだったのである
あの人は現場にいたからわかっていた

事故対応にあたるべき人員までが現場から離れていたことの深刻な意味を、我々は振り返る必要がある」と強調した

事故に対応する人が650人もいなくなっていた、それは命令させられたのかその人は東電の命令が絶対で逆らえないから退避させられたとなる

事故になり吉田所長とか50人くらいは残った


最も大変な事態が進行しているときに、原発を操作できる唯一の組織である電力会社が収束作業態勢を著しく縮小し、作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった。


外国メディアは残った数十人を「フクシマ・フィフティー」、すなわち福島第一原発に最後まで残った50人の英雄たち、と褒めたたえた。
 しかし、吉田自身も含め69人が福島第一原発にとどまったのは、所員らが所長の命令に反して指示とは別に福島第二原発に行ってしまった結果に過ぎないだった。
 所長が統率をとれず、要員が幹部社員も含めて一気に9割もいなくなった福島第一原発では、対応が難しい課題が次々と噴出した。

 「フクシマ・フィフティーの真相」朝日新聞〈吉田調書)


事故になった時、東電の所員の一番心配したのは原子炉だったという、周りの住民の安全とか命を考えない、住民を避難させることに頭が回らなかった
でも東電の事故に当たるべき所員は避難させることを第一にしていた
残った人はほめられたがそれはたまたまそうなったとここで報告している

チェルノブイリでは、沢山の原発作業員が命を捨てて、鉛を投げ込んだことによって、最終的な破局を免れた。東電はそこまでやる気はなかった


日本はチェルノブイリのことを批判していたけど日本の方が対処が悪かった
例え上からの命令でも命がけで事故を収めようとしていた、実際に20人以上死んだ
その時日本ではいかに避難させて従業員の安全を計るしか考えていなかったのである
保安院はいち早く避難していなくなった、政府の代表がいち早く逃げたともなる

つまり誰も事故を起こした原発を診る人がいなくなった!

混乱していたにしろ日本には英雄などいなかった、政府でも東電でも無責任だったとなる
ではなぜそうなったのか?

そもそもが福島に原発を作ったのはそうした危険を回避するものとして東京から300キロ離れた福島に造ったことにもあった

もしこれは東京に原発を作っていたらどうなるのか?

もう東京の人が危ないとなれば必死にならざるをえない、みんな騒ぐからである
そうしたらみんな作業員を退避させることなどでできない
一千万の東京都民が危険にさらされるとなれば真剣にならざるをえない
国でもそうである、国の機関も東京にあるからだ
そして東電でも福島とか離れた所ではないから直接指示できたのである
そこからして間違っていたのである
ただ東京に原発を作れなかった、みんな反対するからである
そして福島に造らせたのである
そこに東京都民も責任がありずるいともなる
福島に原発を作らせて自分たちの安全を計ったのである

原発がどういうものかどれだけ危険なものかその自覚がなかった
東電の人は専門家だから知っていた
それで浪江の人が津島に避難した時、そこに東電の社員がいて街の方に引き返した方がいいとしてみんな引き返した、津島だと今でも放射線量が高くて帰れない、もっとも高い場所になっていたのである
東電の社員は知っていたが対処しなかっただけである
専門家はやはり専門家である
一番関心したのは10メートル以上の津波が来ると東電では調査報告されていた
でもその対策を東電の幹部はコストがかかるからしなかった
その他電源を地下に置いて津波がきて使えなくしたとか不備があった
危険を考慮せずにわざわざ高台に建てる計画だったのに低くしたことも津波の被害にあった原因だったのである
それだけ原発の危険に備えていなかったのである

ただ東京には作れない、これだけは最初からの至上命令だった!

あとは福島だ、離れているからいいやとかなっていたのである
福島が事故になったら処理すればいいんだとしかならなかったのである
そうしして福島では事故のために住民が住めなくなったのである

これは本当かどうかわからないが前の南相馬市長の桜井氏が原発が爆発した時北海道に逃げたとか噂になった、それは本当かどうかわからない
それをしきりに言う人がいた、それも保安院が真っ先に逃げたというのとにている
ただ南相馬市では原町区は全員に避難命令が出て実際に避難したからだ
その隣の鹿島区でも半分は避難した
その時もうバスには乗れないとか騒いでいた、人数が多いから用意できないとしていた
そういう混乱状態のとき危機か感じる人は感じていた
そして南相馬市立病院の看護婦などもいち早く避難した
患者を置いて避難した、それはやはり危機感を他の人より医療関係者でもったからだとなる 

私は何が起きたわからなかった、だから危機感がなかった、それで20マイクロシーベルの放射線量がでていたとき外を出て歩いていたのである
外に出るなと警告されていたのにそうしていた
だからそれだけ放射能とか原発のことが日ごろから知識としてないからそうなった
津浪だってそもそも危機感がなかったからかえって老人がこの辺は津波は来ないよとして死んだ人が多いのである
つまりどうしても危機感をもって生きること備えることが人間は苦手なのである
今回の千葉県の停電でも一週間くらいの停電には各自備えておけというのもそうである
それは住民の責任だと言っている
要するに何でも政府が自治体でも他でもしてくれないからそう言っているのである
ただ原発だけはどういうものかわからないから備えることもできなかったのである


浪江町で原発の現場で長年働いていた人の発言の検証 
〈その指摘は現場の経験で的を得ていた)






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2019年09月11日

敦賀の原発でも漁業権を売ったことと同じことが起きていた (ワカメが放射能に汚染された方がいい、補償金がもらえるからとなった)


敦賀の原発でも漁業権を売ったことと同じことが起きていた

(ワカメが放射能に汚染された方がいい、補償金がもらえるからとなった)

敦賀の原発が放射能漏れ事故を起こした
それで養殖しているワカメから放射能が検出されて出荷停止になった
すまと原電から補償金が入る、そうなると働かずにお金がもらえる
そこで〈敦賀の漁民たちはこういうことが年に一回くらいあればいいのにとみんな思っていると」言っているのです
(属国民主主義論ー白井 内田樹の対談)

この対談は面白かった、そこにこういうことを内田樹が言っていた
この人は原発避難者を前から批判していたのである
津波被害者と分けて批判していたのである

このことは漁業権を東電に売り渡した漁業組合のことを指摘してきた
ここが何か一番の原発事故を起こしたことの地元の矛盾が現れていたからである
そして最近放射性物質に汚染された汚染水を海に流すということを政府で決めたことに反対している
そうして反対すると補償金が水増しされたりする、海を汚して魚がとれない、売っても売れない、放射性物質に汚染されているのだから売れないからもんと補償金をよこせとなる
それは原発事故前からそうだったのである、船主は特に権利があり東電に漁業権を売り渡した、それで原発御殿を建てていて回りからうらやましがられていたのである
それは海を利権化した暴力団と変わりないと他の人たちも言っているのである
そもそも漁業権は資源保護のために与えられている
東電に漁業権を売った時点で資源保護は保証されなくなっていたのである

だからこの敦賀の原発でも同じことが起きていた
ワカメの養殖が金が入るより事故になって汚染されて補償金を出る方が金になるからそう正直に言っている
そもそも漁業でも金にならないとか跡継ぎがいないとかずっと不満を言っていた
それで原発ができることで実際は金になるということで地元では歓迎されていたのである反対運動もしていないし原町の隣の20キロ圏内に東北電力の原発が工事がはじまるときでも小高の大工さんが景気良くなるよと喜んでいたのである
でも事故になったら今度は原町まで住めなくなった、それも恐ろしいことだと思った

この対談では明治維新になったのも江戸幕府が腐敗してみんないやいやしていたから明治維新になって日本人は変わることができた
その体制そのものに嫌気をさして変わる方がいいとみんな心の中で思っていたからそうなったと言っている、戦争も実はやめたかった、でもしぶしぶ仕方なくしていたから戦争に負けたときかえってそうした不満が解消されたとか解放されたとか言っている
何かそういうことがあったことは確かである

生業を返せーという裁判があったとしても生業とは何なの、生業とは漁業であり農業であり林業である、こういうものはみんな金にならないと不満が大きかった
もう全体の一割くらいしか従事していないのである
そして農業している親に子供が農業だけはやるなと殴られたと言った子供は原発とか建築現場で働いたのである

生業を返せ、補償しろ、金を出せ

となるけど第一生業そのものを嫌いそれに価値を見出していない、金に価値を見出しているだけだったのである
今になってそういうことを主張するのが矛盾なのである
だから外から見ると金が欲しいからそういうことを理由にして訴える、金が欲しいだけだとなる

つまりもし生業そのものに本当に価値があるものとしてこれまであれば批判はしないのである、そういう人はいないのである
そうなると山尾三省のようにパンは贅沢だとかなりパンすら食べられない生活であり
まるで生業に捧げる殉教者のようになる
山尾三省はそうして生業そのものの価値に生きて早死にしたとなる
この辺でそんな人は一人もいないのである、生業を捨てて金をもらい楽して贅沢したいしかなかったのである

でも人間の価値とは何なのか?そうして生業を捨てて補償金をもらっていい車を買いギャンブルに興じる、それは仮設暮らしとか原発避難者がそうなったのである
その時むしろ生業の価値を知るべきだったとなる
生業に従事することこそ人間の価値だったとなる
別に金をもらえばそれも辛いから金だけもらって贅沢してギャンブルしていればいいとなる、でも外部の人からそうしていて顰蹙を買ったのである

つまり人間の価値とは何なのか?

漁業であれ農業であれ林業であれ・・生業に従事していることこそ価値だったのである
ただ補償金をもらって贅沢して消費者になりギャンブルしていることが人間の価値になるのか?
そういうことが問われたのだがそのことを深く考える人はいない
要するに金の社会になれば金さえあればいいんだ、金を持っている人が価値があり何しようが関係ないとなったのである
そのことは上級国民下級国民でも別に金さえあれば上級国民になれると言っている
それが例えば株でももうけようが何しようが金がある者が一挙に上級国民になる社会なのが資本主義の原理だとしている
人間の価値は金だけで計られる、それで年収とかが階級化して目安となる
金意外に何か価値づけるものがない
もともと生業とかは金にならないとなっていた、だから価値がないとなっていたからこういうことが起きているのである

ワカメを作っているより魚をとるより米や野菜を作るより原発から補償金もらった方がいいとなっていたのである
だから原発は莫大な金を生み出すからそうなったのである
事故後でも除染費用が7兆円とかになり飯館村でも一億円もらった方がいいとか言われたしそれなりにもらった人がいた
前の土地が田んぼから住宅地になった農家の人は新しい豪華な家を新築していた
その人も原発事故を喜んでいた一人だともなる
飯館村は山菜をとれるとしても貧乏だったからである
それが外部からみれば素朴ないい村だとなるが内部ではそうではない
やはり今の時代は金がものいうから巨額の補償金が入ることで村は分断されてしまったのである

要するに生業を返せといっても山尾三省のような田舎の本来の生活に価値をもともと否定していたのである、そうなると田舎の殉教者のようになるからである
そんなことができるのはよほどの変人だとなってしまったのである
車もない、パンも食べられない、囲炉裏で生活している、そういう生活が田舎だったのである、その貧乏から脱するために経済成長時代が築かれたのである
そこから原発か積極的に誘致されて事故になり住めなくなったのである

ただ不思議なのは山尾三省のような生活は特別なものではなくみんな田舎ではそういう生活をしていたのである
その時は変人でも奇人でもない、常人であった
それが時代が変わって変人、奇人にされるようになった
テレビ番組ではそうした貧乏の極限を生きる人が変わっているから放送して視聴率をとる
もしそれがみんながそういう生活していた時代にそんなことを放送しても話題にもならない
何にも変わったところがないからである、当たり前のありふれた人だから話題にもならない
だから時代が変わるとこれだけ価値とか物の見方が変わってしまうのである

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2019年09月10日

南相馬市の財政の不安(震災復興の援助が10年で切られる) (震災以後に県支出金が5パーセントから50パーセントになっていた)


南相馬市の財政の不安(震災復興の援助が10年で切られる)

(震災以後に県支出金が5パーセントから50パーセントになっていた)

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南相馬市の予算(震災前と震災後の比較)

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市税が34パーセントであり震災後は5パーセント

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県支出金が5パーセントから47パーセントに

 この支援のお金の出所はどこかというと、国や地方自治体です。日本は雇用維持という大義名分のもと、助け合いのシステムになっているため、国や地方自治体が助けているのです。現在、国や地方自治体からなんらかの支援を得ている職場で働いている人は、なんと全就業人口の約50%にも上っているそうです。

インターネホットでこの記事に注目した
日本はなぜ会社中心になるのか?それは今回台風でも電車がとまるといっても出勤していた、まさに社畜だとことを証明した
その原因をここの記事で書いている
地方自治体だけではない会社でも国に依存てしいる、国から会社に金が回ってきて成り立っているという、それは地方でも同じである
地方自治体でもそうだし農協とか地銀とかでもそうである、そこには国からの資金が回っていて成り立っていたのである

国の依存体質がありそこで今までは会社が安定していた、特に大企業となるとそうであるこの辺で除染の事業でも請け負ったのは大手のゼネコンでありそこに7兆円の資金がつぎ込まれたのだからその収入は大き大きかったのである
そしてゼネコンでは自民党への献金が多くなったという、政権党になればそうした利権を得ることになる、利権構造ができあがっているからその利権構造の中にゼネコンでも大企業でも入るから会社に社員は依存していれば安泰だと分析している
それが今国全体が経済的に衰退してゆくときそうした今までの構造が維持できなくなったと書いている 

南相馬市で今みんな心配しているのが10年後は復興支援の金が国から出なくなることである
継続して金を国から出されない
まず県に金は入ってこなくなる、地方自治体の金は国から県経由で入ってきている

予算の約半分が国から入る復興資金である
それで南相馬市の震災前の平成22年の予算と震災以後の予算を比べるとこれも一目瞭然である

県の支出金が5パーセントから50パーセントにもなっている

つまりそれは国からの資金なのである、10倍になっている
だからもしこの県支出金が減らされると相当な南相馬市の財政の負担になりそれが福祉とかにも影響してくる
それは私だけが言っているのではない、みんな心配しているのである
これまでは苦しくても復興資金が国から入ってきたから市の財政状態は良かったのである
それが打ち切られるとき南相馬市は危機的状態になるのかと心配するのである

南相馬市の市が税金をとってまかなっていたのは35パーセントであったが震災以後は5パーセントになったのである
それだけ国からの援助資金に頼るようになっからである
しかしあと一年くらいでその復興資金が入らなくなると相当に苦しくなるのがこの数字からも明瞭である
それは南相馬市全体に福祉関係でも影響する、なぜならこの辺は他より若い世代が流出して経済活動が衰退したからである
そして小高のように老人ばかりが取り残されてシルバータウンのようになったりしている
それを維持することが大変になる、金もかかるからだ
つまり復興そのものの資金が入らなくなる、補償金をもらったとしてもそれだけで経済をまかなうことはできなくなる
個々人でも補償金でもいづれは底をつく、だからこそ霞が関の官僚は津波被害地の三陸にはジジババしかいないと金をつぎ込んでも無駄だと言ったのであくる、これには批判があってもこの辺でも老人が若い世代が流出して取り残されているから同じなのである
介護ても働き手がいないから青森に送られているのである
立派な施設があっても働く人がいない、飯館村でも立派な学校でも施設を作ってもそこに通う生徒がいない、子供は村外から通っているし親が住んでいないのである

ともかく日本の会社でも実際は国への依存体質があり金が回ってきて成り立っていから会社に依存して社畜に甘んじていたのである
そういうことでも成り立っていた社会だったのである、それが日本全体の経済が衰退する時成りたたなくなってきたのである
だから地方で安定していた公務員とか農協と地銀とか他でも国からの支えがなくなた窮地にたたされる未来がある
自治体が破産するということを言う人がいるのもわかる
それは国への依存によって成り立っていたからである

インタ−ネットで調べた表では依存と自立を分けていたのでわかりやすかった
今やこうした情報はインタ−ネットで得られる、すると弱小ではあるが何か市民に知らせたり追求できる
一個人でもできるのである、今まではマスメデアを通じてしかできなかったのである
今は南相馬市であれ相馬市であれ他の都市でも市町村でもこうして個々人でも問題点を指摘して市政に参加するべきだとなる
もうマスメデアにまかせる時代は終わった、ただそうなるとやはり相当な知識が必要になるのである
それは一個人では無理になる、でも情報化社会とは政治も変えるということはありうる
まず情報自体得るのもむずかしかったしもうそれを追及するとなるとマスメデアしかなかったからである
もしこうして追求することをしていれば原発でも誰か一個人でも地元で危険を指摘して報告していたかもしれない
民主主義には報道の役割が大きいのである、それができなかったがある程度は個人でも今はできる
それは民主主義を発展させる強力なツールともなる

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2019年09月04日

「大災害時代」に突入している、地方の死はこの大災害 〈大事故)によって加速される―広域化社会の復興を考える


「大災害時代」に突入している、地方の死はこの大災害

〈大事故)によって加速される―広域化社会の復興を考える


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確かに原発事故周辺地域では実際に町や村の死が現実化したのである
南相馬市だと小高区との影響が大きいから営農再開でも45パーセントとか低いのであるでも原町市と鹿島区は山側をのぞいて営農が再開されている
でも小高区の面積が広いのでまだ45パーセントとかなる
南相馬市では小高が負担になっている
それは残されたのが老人が多いからである、まるでシルバータウンのようになっている

そして意外と老人でも南相馬市内に原町区とかまたは相馬市とかに住んでいる
若い人は仙台方面に移住しているが老人は南相馬市とか相馬市とか新地でも住んでいるのである
また浪江の人たちも復興住宅が作られた、原町は四階建ての団地が10くらいも作られた感じになる

だから今この辺がどういう状態になっているかというと小高は確かに3割とか帰ったとなるが老人がほとんどである、浪江は一割とかであり双葉大熊はまだ避難解除されていないのである、その人たちも補償金をもらったから原町とか鹿島でも相馬市でも新地でも立派な家を建てているということがある
それをとやかく言うのではなく現実だということである
その現実からこれからどうするのかと考えざるを得ないのである 

ここで取り上げたサイトで警告していることは地球が大災害時代に入ってその影響が地方に深刻であり地方の死が加速されるということである
それは原発事故周辺とか津波被害地域でそれが起きている、それは将来の予測ではなく現実化した問題でありその対応をどうするか深刻な問題となっているのだ
必ずしも政府が計画した街作りは成功していない、宅地を高台に作っても肝心の人が住まないのである
それは飯館村でも立派な学校とか施設とか作っても肝心の人が住んでいない、小学校でも立派だけど生徒は村に住んでいない、村外から通っているし第一村長も住んでいない
村長の孫も村外から通っているのである
そういう村が成り立つのうという問題がそもそもある

そして広域化した社会ということでこの辺は仙台に人口が集中している
山形の人口が減って仙台が増えている、山形県人が仙台に移動しているともなる
それは津波の被害や原発被害で加速して増えたのである
小高の人が仙台に二〇〇坪の土地を買いアパート経営している
仙台は不動産価格が阿武隈川を越えると二倍になると言っていた
岩沼とか名取とかになると高くなる、そこは仙台圏内だからである
名取に小高の若い人は移住して立派な家を建てた、そこで父親の部屋も作ったからそこに住んでくれという言われたがその人は小高に住んでいる

何かこうして浜通りはいわき市に浪江とか双葉とか大熊とかから2万人近く移住した
それから仙台方面へと広域的に人が移住したのである
そして小高の田んぼは草ぼうぼうであり営農は開始されていないのである
それを見たときもう小高でも浪江でももちろん双葉とか大熊なら余計にそこに住めるのか住みたいことがわかるにしてももう若い人たちは帰ってこないし、老人だけがまるでシルバータウンのようにして住めるのか?
それが疑問になった、前は復興ししてもらいたいと書いたがそれも時がたつにつれてこうした現実があるときもう捨てるほかないのかとも見た
それはかえって南相馬市だとそういう小高区のような地域をかかえると負担になるからであるそこに予算をつぎ込んでどうなるんだ、町は復興できないとも見るからである
今や復興を願っても現実問題としてそこを捨てた方がかえって楽になる
社会が広域化しているから仙台方面と移住したのである
すると復興というのは一地域ではなく広域的に考えざるをえなくなる

農業を復興してもらいたいと自分自身は思っていた、そういう願いがあった
でも現実は農業は維持できない、前から農業をになっているのは六〇以上の老人だったからである、それが余計にこういう状態になって担いなくなったのである
だからそういう場所に労力と金をつぎこむことが無駄なのではないか?
それより現実に南相馬市だったら原町、鹿島に人も移住している
すると原町と鹿島中心の市を作っていくとなる、それが現実的だともなる
小高は捨てた方がいいともなる、それは負担になるし介護でも福祉でもそうである
原町と鹿島区にそうして老人を集中させると効率的になるからだ
それはコンパクトシティにもなる

何か仮設の効用として女性などはいつも近くで会えるし話しできると喜んでいた人もいたのである、もちろん狭いから嫌だったという人もいた
ただ一時的に隣り合う長屋のような住まいになりそこでコミニュティが形成されたのである、だから仮設が悪いというだけではないいい面もあった
ただそのいい面は指摘されなかった、なぜなら被害者だということでそのことばかりを全面に出して援助を乞うようになったからである
原発被害者に援助が必要でも過剰になっていたのである

結局復興をどうするかとなると今の時代に適応したものとならざるをえない
つまり広域化した社会では復興でも広域的に考えざるをえない
だからこそ仙台方面へと移住したということは広域社会だからそうなった
そして復興とは被害にあった一部ではなく仙台方面とか広域的に考えざるを得ないのである、もともとここは仙台圏に近いから交流も多かった
それで仙台方面に移住した人が多いのである
何か市町村の枠を越えた連携が必要であり広域的復興の施策が必要になる
それはすでに現実がそうなったいるからそう考えるようになったのである
常磐高速ができたことでもそうである、ユニットバスを百万で作ったのも仙台の会社だった、もう地元だけでは生きられない社会である
それに自分自身が抵抗があってもそういう社会が現実なのである
それを否定していは生きていけない社会になっているからどうにもならないのである

大災害時代は広域化社会では一小地域が維持できなくなる、それは今の生活が昔のような村の自給自足生活とはあまりにかけ離れているからそうなったのである
インフラの整備でも過疎地域だと八〇倍かかるととんでもない金がかかるのである
だからこそコンパクトシティとか人を集中させて効率的生活をするとなる
それはこの辺ではすでに現実である、原町でも鹿島でも相馬市でも新地でも移住しているからである
そしたら小高を復興しようとすることがいいものなのか?
そうなってもらいたいと外からでも思っても現実がどうにもならない
すでにこういう時代は切り捨てざるを得なくなるのかもしれない
これから南相馬市は来年とかで十年とかなれば国から復興費用の援助がなくなる
その時苦しくなるというから余計にそうなる、負担になるのを減らすことが必要になるからだ

ただ自分がそういうことを言えるのかとなると問題なことを自分も承知しているのである市政というものに通暁していないからである
ただ現実を見るとすでに人はもう広域的に住んでいるから広域的に復興を考えざるを得なくなっていると見たのである
小高でも浪江でも復興してもらいたい、でも現実問題としてそれが不可能になっているとも見る、そこに費やす労力でも予算でも無駄とならないか?
それで霞が関の官僚が三陸などの津波被害地域にじじばばばかりの地域に予算を費やしても無駄だと言って顰蹙をかったのである
それも現実がそうだからあえてそうい言ったともなる
でも大規模な高台の土地の造成してもそこに人が住まなかった、そしたらその労力も無駄だったともなる、除染でもそうである、莫大な金が使われたがそれはゼネコンとか官僚の利権化しただけだとかきもなる
なぜならゼネコンから自民党への献金が増えたというからである
そういことのためにゼネコンに除染をまかせたのかともなる

広域化しているという時、南相馬市とか浪江とか双葉とか大熊でも広域的に政策を考え共有しなければ復興できない、それぞれの自治体単位ではどうにも処理できなくなっているすでに広域的に住民が移住しているのだからその対応も広域的にならざるをえないのである、そして現実に浪江でも小高へ帰らないと決めている人が多いからである
老人は小高に帰らないと原町とか鹿島とか相馬市とか新地でも住み仙台圏へと人が移住しているからである
そして少子高齢化や人手不足時代になり地方のまた小地域が維持できなくなっている
それが大災害自体に原発事故の人災でもそうなっているからそういうことかと読んだのである



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2019年08月31日

「震災バブルの怪物たち」を読んで 補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した


「震災バブルの怪物たち」を読んで

補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した

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この本は今までプログで自分が書いてきたとダブル、8割が自分自身が言ってきたことだった
ただ場所がいわき市ということでそこに2万人近くの人が避難して家を建てたことが違っていた、それで地元の人と軋轢がひどくなり嫌がらせとか事件になった
補償金の額が多すぎた結果としてもらえる人ともらえない人の差が大きすぎたのである
いわき市の津波の被害者は何ももらえない、でも原発避難者は特に双葉とか大熊地域は一億円とか普通にもらっている
浪江町でも財産がある人はもらっている、仮設住宅とかに入ってもいわき市と近くに住んでもその差が大きするぎのでうまくいかなかった
それは南相馬市だと原町区までは30キロ圏内でそれなりにもらった
小高は避難区域になったのだから多くもらった
それで仮設住宅に隣り合わせになったが付き合わなかったと小高の人が言っていたのも当然である
今でも補償金の後遺症があり復興と言っても南相馬市では協力しにくいのである

いわき市の人たちの間では一部の原発避難者の生活を見て「レクサス、焼き肉、スシ、ソープ」揶揄されたこともある
高級車に乗ってうまいものを食い、女を抱くという意味である

この本に書いてあるがそういう小高の人を知っている、もちろん全部ではない、今日聞いた話でもそうである

小高の人だから金をもっているとおもったがもうない

フィリピン女につぎこんで仙台に店を出させたかということでなくなったというから頭に来る、ほかでもそういう人が小高にもいたのである
そして腹ただしかったのは仮設には毎日のようにボランティアが来て援助していた
だからかわいそうな被害者として来ているから補償金もらうことも援助されることも当然でありなぜ鹿島の人は不満なのだと協力できなくなったのである

そしてNHKでもマスコミも原発避難者側について放送した
NHKでは相馬市のトマト農家が飯館村の人を雇わずに津波被害者を雇ったということで暗にこの農家を批判していた
冷たい農家だと批判していた、でも実際はそれは極人間として当然のことだったのである飯館村の人は被害者であることはまちがいない、でも現実に飯館村の補償金も他より多い一億とかもらったとなれば人間どうなるのか?
何かここに外からも誤解があり内部でも補償金で分断されたのである
それがいわき市だと極端なものとして現れたからそれにじかに接した不動産の仕事をしている人が報告したのである
ただこういうことは私がプログで報告してきたことであった

そして小高の若い人が自分のことを「傷口に塩ぬって楽しいか」と攻撃してきた
この小高の人はおそらく補償金をもらい何もしていない、補償金暮らしになっていたのだろう
この本でもあまりにも多額の補償金をもらい若者も働かなくなってあそびほうけていると報告しているからだ
他からはニートは得したなとかとも言われた

何が荒廃したのか?補償金はもらえる、かわいそうだと全国から思われて援助される
そうなると原発避難者様という意識になり何かそれに文句言うとお前は同情もしないのか?それで人間なのかとまで言われる、それを後押ししたのがNHKとかマスコミとかボランティアは悪くないにしろそういうことに加担したとなる

この辺で複雑なのは原発避難者と津波被害者は根本的に違っていた
その差があまりに大きすぎたのである、でも同一に扱われた
現実は隣の仮設では一億円もらっていても津波被害者ほぼゼロだったとなる
そうしたらもう隣同士口をきかないとなるのは当然である
そしてそうして原発避難者は周りの人に気配りをしない、なぜなら俺たち被害者であり原発避難者様とされたからである
それを批判すればNHKをはじめとしてマスコミで許さない、NHKでマスコミでこう言っているのになぜお前は原発避難者様を批判するのだとなっていたのである
だからマスコミの力が今までは強すぎた結果としてこういう問題がここでも起きた
報道するとなるマスコミになるからである
ただインタ−ネットができて別な見方もあるのだと知った人はいる
ただ仮説を去るにあたって周りに餅を配ったというとき何かしら配慮があった、そういうものを最後に感じたとなる

そして今になって遊び女につぎこんで金がなくなった助けてくれとかなればふざけんなよとなる、そんな奴らとつきあえるのか?
そして復興のことを考えても無駄だともなる、その人は一部にしてもそういう人こそ糾弾すべきなのに私のように復興を考える人はなんで原発避難者を批判するのだとなる
だからこの辺は原発事故前から補償金がもらえていた
特に双葉とか大熊地域はそうである、飯館村などは違っていた
でもその後の補償金で経済感覚が狂ってしまってモラルが崩壊したのである
もう頭には補償金のことしかなくなったのである
何か地域を元に復興しようとかなくなった、もちろん放射能汚染とかあるがその前に心が復興するということがなくなったのである
また協力するという絆も消失したのである 

そこに元から住んでいる人はもう金しかないのである、金の亡者となり補償金をいくら東電からふんだくるしかない、それを見ている若者でも補償金でも遊び暮らしていればいいとしかならなくなる
そして何か相手を批判することには被害者だとしてたけてくる
それは沖縄と韓国と一面共通しているのである、常に被害者だということで賠償を要求してくるからである
そして現実はその金で遊び何にも復興のことなど考えないししないのである
補償金で仙台で大きな家を建ててアパートの経営までした人がいたしそういう外に出て復興した人がまた多いのである
つまり故郷のことより家族が復興すればいいのである
それは場所を選ばない、それだけ今は広域社会であり金さえあれば優遇される社会だからである
だからこの辺でも外部から入った人たちが本当に多い、その人たちは立派な家を建てた
それはいわき市と規模が違っていても同じだった

こうしてそもそも復興とは何なのか?
それすらわからなくなった、復興とは補償金をもらい各自自由に移動しても生活することだとなる、あとはさらに東電であれ補償金を積み増しさせるかとかである
浪江町でも一か月35万を東電に要求した、それは実際は20万くらいになればいいとしている、一人一か月20万であり5人家族だと百万になる
この辺では小高の人が家族か多いので一か月150万になっていた人も現実にいたのである、だから億の金をもらった人は普通にいるのである

とにかく鹿島の貧乏人は本当に避難区域に住んでいたらと思っているだろう
その人は明日食うものもないからである、避難区域になったらそこに住むことなど関係ないのである、それで普通の生活ができるとなったからである
別に避難区域に住む必要はない、南相馬市内でも相馬市でも仙台でも住めるとなるからである、老人でも別に南相馬市だったらどこに住んでいいからである 

結局補償金で復興も協力もなくなった、絆もなくなったというとき水俣病でも補償金でだめになったという、ここでも補償金闘争になりだめになった
ここも同じだったのである、モラルは多額な補償金で崩壊したし協力して復興することもなくなったのである
その一番の荒廃が補償金を外国人の女にとかシニアとかがつぎこんで遊んでいたということである、そういう所に最大の暗黒が現れたのである
その人にとって故郷は何だったのか?そんなことなんの関係もないのである
金さえもらえればどこに住んでもかまわない、補償金もらって遊べるから良かったとしかなかったのである
それで一方で外部から来て復興に尽くす人がいるのだからそういう人は外に出るべきである、そんな人いたって何もならないからである、かえって邪魔になるだけなのである
真面目に復興に尽くしている人にとってはまた外部からでもそんな人に援助する気になるだろうか?

要するに補償金でモラルが崩壊して復興できなくなった

これは水俣病で補償金でだめなになったと同じだったのである
だからつくづく人間とはわからないものだと思った

例えは浪江町の津島とかでは戦後開墾に入った人たちがいて苦労した、この辺では特にそういう人たちの割合が多い、でもそうして苦労したから結束が強いというのもわかる
その時何もない貧乏な時だったからである
でも今回のように多額の金が入ったときみんなそれで良かったのか?
協力したのかとなるとかえって反目しいがみあいまた多額の補償金でかえって故郷を出てその補償金で200坪の家を仙台に建ててアパート経営までしたというやり手の人もいたのである
その人にとっても故郷の復興など関係ないのである

つまりこの人だけではないそういう人の方が多かったのである
だから復興はもう不可能だとなる、逆に浪江でも小高でも飯館村だって自分は賛成できないが放置する他ないとまでなる、それで飯館村では一億円以上もらって外に住むべきだという人と菅野村長は残るべきだ住むべきだと二つに分かれて争うことになった
村長が村に住むべきだとしているのはそこで村長の職を維持して金にするためだともなるからだ
現実にはもう故郷を放棄してそれぞれが補償金でどこでもいいから自立した方がいいとなる、自分自身はむしろ昔のように飯館村に人が住んでもらいたい

でも現実は補償金のためにできなくなっいる
多額の補償金でそういう気持ちにさせたのであり補償金でだめになったという水俣病被害と同じになったのである 
つくづく金は恐ろしい、そうういことを自分の家で起きたので延々と書いてきた
もう借金している人から金のない人から盗まれるだけならいい殺される目にあったからである
最近の事件で塗装会社の経営者が従業員を養子にして保険金をかけて殺された
その社長も私的なものに女とかに金をつぎ込んでいたとかが動機だった
原発避難者でも思わぬ金が入って金銭感覚が狂った、レクサスとか一番この辺では売れた、いわき市では特にそれが目立った
これとは違っても金に狂った異様な世界がこの辺でも現実化したのである  

いづれにしろ何かモラルが喪失してこの辺は荒廃した、金の恐ろしさがこの辺ではまざまざと悪いものとして現実化した
もちろん補償金は必要である、ただ額が多すぎたしいくらでもまた要求するという欲が生まれた
それは株とかと同じである、自分自身が株とか投資信託が人間の欲を刺激するのである
結果的には地銀にすすめられて損した、何かそれで株とか投資信託も怖いなと経験で知った
この辺でも補償金でも交渉すればもっともらえるとかなる、欲を刺激されるのである
そしてもう復興とか地道なことはしたくなくなる、働きたくなくなる
後はギャンブルたと女で遊んでいればいいとなった、全部ではないにしろそういう暗黒が生まれた
それは一部だとしてもそういう人を知ったら復興に協力するのも馬鹿らしいとなってしまうのである  


1次産業と工場が支えだったのが、漁業は壊滅、農業は落ち目、工場の雇用は細々。貧しくても助け合ってきた村はなくなった。水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

 命や健康は返らない。補償金を取るしかない。でも今度はカネで村が破滅する。公害は起こしたらおしまいということです。 
 これが人間の性(さが)なのだと思います。

 埋め立てなどで漁業権を売り渡して多額の補償金をもらった漁民でも同じことが起きたようです

こういうことがここでも起きたのである、だから人間のことは地域に関係なく時代に関係なく同じようなことが起きるのである
漁業権については何度も私のプログで書いてきたことだったからである 


posted by 老鶯 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年08月28日

海は誰の者かー漁業権を東電に売り渡した組合 (生態系が原発で破壊されて住めなくなったことが最悪)


海は誰の者かー漁業権を東電に売り渡した組合

(生態系が原発で破壊されて住めなくなったことが最悪)

 高級魚を密漁したとして、長崎県警が指定暴力団山口組系組長の男(51)(長崎市)や組員ら6人を漁業法違反などの疑いで逮捕し、長崎区検は26日、組長らを同法違反などで長崎簡裁に略式起訴した。密漁した魚は組長の親族が実質的に経営する飲食店でワンコインの海鮮丼などとして提供。年間約3000万円を売り上げていたという。

 県警幹部によると、組長らは数年前からオオモンハタやスジアラなどの密漁を繰り返していたとみられ、海鮮丼を売りにするJR長崎駅前の飲食店で提供。500円の海鮮丼もあり、周辺の相場の半額ほどの安さで、観光客や地元のサラリーマンらに人気だった。

そもそも国民共通の財産である海岸をなぜ特定の漁師だけが独占してるの? 
むかしからエラい疑問。 
稚魚を放流してるから密漁されたら損害だとか、そんなん知らねーよ 
勝手に公共の海に放流してるおめーらの都合だろうがと。 

なぜこんな意味不明な制度になってんのか、まったく理解できん。 
海の家もそうだけど、既得権すぎるだろ。

外国とか協会なり団体が漁業権持ってて、それを各人に振り分けてる感じ 
日本は個々人が持ってる 
団体が持つと、個人個人で取り分巡って殺し合いがあったから 
漁師=ヤクザだから 
個人から漁業権取り上げて現代風にしたほうがいい

密漁ってことは他の漁師が割食うわけだからよくないことだけど 
実はこの値段で出せるのにボロ儲けしてるやつがいるのを日の目に出したのはよかった

個人の釣りでも逮捕されねーよw 
釣った魚は個人で販売もできる 
漁業権ってのは養殖とか網漁ができたり、指定の魚介類(たことか貝とかエビとか)の漁が解禁されるやつ 
要は>>1のように漁業を生業にするレベルで獲る人以外には漁業権なんてほぼ無関係なんだよ

人手不足で困ってるのになぜ漁業権をもっとオープンにしないのか? 

跡継ぎがいない漁師が漁業権を譲りたいと知り合いに話を持ち掛け、知り合いもその気になって手続き勧めてたら 
そこの漁師組合ほぼ全員(正確な数字は忘れた)の承諾がいると言われ、初めに挨拶に行った漁師に反対され 
譲ってもらう話が即終了した話思い出したわ 

閉鎖的すぎるんだよ

魚の消費量が落ちているから漁師増やして儲け減らしたくないってのもある 

漁業権って事故や災害や(港湾)工事の漁業保証で利権発生するから(派閥)対立等も絡めて面倒臭いぞ 
*北九州では利権で工藤会が2〜3年前に発砲事件起こした 

漁業権欲しいなら手離す人見付けて買い取るか養子が早い 
*暴力団組員とかは買い取っても無効


日本の農業政策は、国(農水省)が経営者で、農協が中間管理職、農家は労働者だとの位置づけで、“上に従え”という論理です。本来ならば、市場メカニズムで新陳代謝が進むべきところを   

農政利権の歪んだ視点

これは農業でも同じだった、日本の農業は競争力があるが政府とか農協とかによって牛耳られて利権化している、つまり漁業組合とか農協は利権団体化する
それだけではない民主主義といっても団体民主主義であり団体が組合が組織がなければ政治は動かない、そもそも人間は利を追求しているのであり利権化するのをとめられない
選挙でも一票など何の価値もない、そこに数を集めなければならない、すると必ず利権団体が組織化するしそこに政治化は頼り優遇することになる
それで票が得られて政治家になれるからである 

それはあらゆるものが利権団体化する、宗教でも創価の利権団体化して票を集めて力をもつ、そこにまとまった票があるから政治家が頼る
前は自民党は農家の票を頼っていたのである、それは農協が利権化して農家を牛耳り票を集めることで成り立つからである
ここではそうした政府ー農協によって自由な競争がばばまれ利権化してかえって利益が個々人の農家にまわらない、そこで収益が吸い上げられていることを指摘している
つまり中間搾取されている、それが政府がかかわってくると強力になるから政治を変えないと変わらない、それで民主党時代に個々人の農家に直接に補助金を配ったことをここでは評価している

漁業権のことを私はプログで追及してきた、それは原発と深く関係していたことが原発事故で判明したからである
海が資源保護とかではない利権化して海を東電に売り渡したからだ
資源保護などということは無関係に海自体が利権化して東電に漁業権を売り渡した
そこで船主などは原発御殿を建てたとか回りでうらやましがっていた
事故後も補償金が確実に入るから裕福なのである、だから真っ先に立派な家を建てたのは船主だったのである
第一海が放射せ物質で汚染されたからと漁業組合が交渉してもっと補償金を出せというのも変であり矛盾である
漁業権を東電に売り渡したのだからそんなことを言えないのである
あなたたちから私たちは{東電)は海を買ったのです、それで海を汚しても文句言えますかとせなる
そもそも海は誰の者なのか?漁業権は漁師たちだけの漁業組合のものなのかとういときそうではなかった
あくまでも資源の保護とかのもののために漁業権は与えられているのであり東電に売り渡すために与えられていなかったのである

暴力団が密漁したときそれは漁業組合を無視してとって安く売ったからだとなる
つまり漁業組合が実は暴力団でもあった
俺たちの許可なしで魚をとってはならない、海は俺たちのものだから勝手にとることは許されないとなっていた
それは資源保護の名のものとにそうなっていたのである
でも現実はこの辺では海は利権化して漁業組合のものになっていた

それで魚は消費者のものだという漁師がいた、海の魚は海は漁師だけのものではない
そこを利権化して漁業組合のものだとするとき矛盾が生まれた
それは自然自体が実は農業者のものでも林業者のものでも漁業者のものでもない
土地でも山でも海でもまず自然の景観として成り立っているし生態系として成り立っている、またそこをそうした人たちの利権化したものとして所有すると山でも山林が荒れるとか農業でも土地を勝手に宅地とかソーラーパネルとかにされると困ることがあり管理されている
海とか山とか土地でもそれは神によってというか漁師に農民にキコリとかに委託されたものであり所有して勝手にできるものではなかった
だから山林でも入会権がなくなり無数に私的所有が明治以降認められたとき山を管理できなくなった、そこで山は荒れて宅地造成が勝手にされて大雨で被害を受けたことが広島であった、海と大地とか山は生態系に属していて誰が私的に所有することはできない
その生態系が破壊されると今回のように原発事故で住めなくなるからである
そこに住んでいる人たちが海でも大地でも山林でも関係している

ただ都会の人は東京とかではそうした海とか大地とか山とか関係ないように生活している生態系から隔離されたようにしして生活している
でもその水源の山でも放射性物質で汚染されたら水も飲めなくなったのである
食料でも日本から得られなくなることもあった
だから人間は生態系から離れて生きられない、何か文明が発達しすぎて生態系のことがわからなくなっている、実感できなくなっている
電気が太陽替わりにでもなるように錯覚される、そういうことはありえないのだけであまりに文明が発達してそう錯覚するようになる
そこに文明の危険性が落とし穴があった、それが原発事故で証明されたのである

原発事故で田畑が荒地になったとき蛙が消えた、蛙の鳴き声が聞こえなくなった
そしてそれと同時に鷺も消えた
でも田畑が特に田んぼが回復したとき蛙がもどってきて鳴いた
その蛙の鳴く声を聞いたときなごんだのである
田畑は自然と一体化したものであり生態系の一部だったことを知った
ただ無惨だったのは松原が根こそぎ津波で消失したことである
それもまた自然だともなる、それで八沢浦が元の美しい入江にもどったと報告した時顰蹙をかった、そこでは人が死んで幼児でも泥から掘り出されていたからである

でも現実は本当にあそこが入江にもどったとき波がきらきらと太陽の光で光っているとき奇跡のうように思えたのである
その後でも湿地帯になり釧路湿原のようになったのである
津波も自然の作用だったのである、それはあまりにも大きいからどう理解していいかわからないものだった、でも津波は明らかに一つの自然の作用である
地震でもそうである、だから天を恨んでもどうにもならないということである
それで縄文時代だったらそうした危険な場所には住んでいないから津波の被害には会わなかったと思った

とにかく文明人はここでは生態系より原発を神のように崇めていた、科学者を神官として崇めていたのである
なぜなら常に漁業でも農業でも林業でも生態系に依存するものが金にならないと否定されてきたからである、原発は金のなる木でありそれに市町村が依存するようになったのである、結果的に原発事故になりその土地に住むことさえできなくなった
住むことがてきないということは最悪だったのである
たとえ貧乏でも生態系に依存して生活していれば一応なんとか住むことはできた
それが住むことさえできない悲劇になった

津波や原発事故が問うたものは何なのか?
それを追求してきた、それは津波とかなぜこんな災いを人間をにもたらしたのか?
それが不可解だともなるが原発事故だとこれは人間がもたらしたものであることは確かである、自然がもたらしたものではない災いだったのである
だからそれはとめることはできた、津波は自然の作用だからとめることはできない、地震でもそうである、ただ耐震建築とか何か防ぐ手段を備えることはできる
だからいくら自然の作用でも人間は無力とはならない

原発がなくても人間は死なないその土地に住めないことはない、それで山尾三省が言っているように最低限のもの、水とか土とか空気があれば生きられるということもできる
その最低限のものが原発事故で失われたから住めなくなったのである
もちろん電気もなにもない原始時代に還れというのは飛躍である
別に原発無しでも人は生きられる、その被害が余りにも大きかったからそういう反省になったのである
ただ東京とかなるとまず生態系とか意識されない、そういう文明が果たして維持できるのか?何か大きな災害がきてもう東京でも住めなくなるのではないか?
それがどういうふうにして来るのは予想できない、大都会となるとどうしても生態系から遊離しているから何か大災害があるともうそこも住めなくなる
そういう恐怖が常にのしかかっているのが東京のような大都会なのである
その東京に電気を供給するために地方がフクシマが犠牲になったともいえる
その巨大な大都会を維持するためにそうなったともなるからだ

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2019年08月26日

津波や原発事故以後仙台市に移り住んだ人が多い


津波や原発事故以後仙台市に移り住んだ人が多い

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若い世代がこれだけ流出している

総務省が28日まとめた2012年の住民基本台帳人口移動報告で、仙台市の人口集中が鮮明になった。東日本大震災の避難者らが流入している仙台市の転入超過は9284人となり、東京23区に次いで全国で2番目に多かった。


福島県は人口流出が縮小したが、転出超過が多かった全国の上位20位に郡山、福島、いわき、南相馬の各市が入った。宮城県と東京都に各2000人以上が転出した。 


昨日シシドスーパーの前で話した人は小高の人であり家族が多い、7人とかいたと言っていた、それで小高の家を30坪くらいのが売れたと喜んでいた
30坪では狭すぎる、でも何か田舎に住みたいという人に売ったという
ただそんな狭い家で7人もいたのか?
土地持ちとか農家ではない、財産をもっているという人ではない
ただ7人とかなると一人でいくらと補償金をもらえるからかなしりもらったとみる
10人もいた人は一か月百万以上もらったと言っていたからである
まだそうして田舎では大家族で暮らしている人が多いのがいるからそうなる

その人は今は相馬市に住んでいる、家族は仙台に住んでいる
この辺では人口が相当に移動した、その移動先が仙台市が多いのである
ある人は名取に移り住んだときいた
そこで小高に残っている親に部屋も用意したから住んでくれと言われているがいかない
名取というときすでに仙台市のつづきなのである

とにかく人口が移動しているというとき南相馬市でも小高の人がかなり住んでいる
知っている人が帰ったのかと思ったら小高に住んでいたのである
南相馬市では小高意外の原町、鹿島に移り住む人が多い、また相馬市でもそうである
新地でも山元町にも移動している
山元町に土地を買って農業をはじめた人もいる、山元町の被害が大きかったからである

とにかく仙台市に人が集中する、他県から東北でも移る人が多い
青森の津軽鉄道の終点の中里でタクシーに乗ったらその人の息子は仙台に住んでいるという、仙台市となると図のように山形の人口が減り仙台市に移住する人も増える
そして私の家のユニットバスを百万で作った人の家は面白山とかの手前に住んでいた
そこでは春だったが雪が残っていると言っていた

もともとここは仙台は鉄道でも近い、仙台中心になりふすい地域だったのである
福島市はクルマでしか行けないから不便なのである
それず病院でも仙台へ行く人が多かったのである、今でもそうである
震災以後今度はさらに仙台へ人口が移動した

現代は広域社会であり人が移動しやすい、仙台だと遠く感じない、日帰りでも普通に行き来できる距離なのである、東京になると遠いから行き来できなくなる
それで仙台だと故郷から遠く離れた感じがなくなる、移動しやすいのである

ただなぜ福島市とかいわき市で転出が多いのか?
転入が多いはずだが転出が多いのか?この理由がわからない
いわき市には双葉とか大熊辺りから二万人移動して家を建てたとかあった
そこで軋轢がありもめた、ここでも小高の原発避難者と津波の被害者は口もきかなかったというのはわかる、津波の被害者は補償金はもらえなかったからである
一時は転入者が多かったが逆に転出者が増えている
南相馬市では老人は南相馬市内と相馬市とかに移住している
そして若い世代は仙台に移住している
老人はやはり故郷の近くにいたとなりそうなっていることはわかる
つまり小高の人は原町とか鹿島でも相馬市でも移住して住んでいる
それも老人が多いのである

いづれにしろ広域社会になるとその住む範囲が広くなり移動もする
仙台市となるともう仙台圏になり南相馬市でもそういう圏内に入る
だから仙台とゆ行き来は盛んであり移住も多いとなる
常磐高速ができた結果、ユニットバスの会社も工事をしにきていたとなる
仙台市のような大きな都市は拡張し肥大化してゆく、その周辺をまきこんでそうなる
そして周辺地域は山形のように人口が減り吸収されてゆくのが現代なのである




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2019年08月24日

原町と鹿島の比較 (原町に小高の人が住んでいた、原町も鹿島も復興している)


原町と鹿島の比較

(原町に小高の人が住んでいた、原町も鹿島も復興している)

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原町駅前の丸屋の十階建てのホテル

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サンエイとは相馬市に本店がある海苔店である

隣にそのその店があった

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ここはニトリの家具店になった
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鹿島区の障害者の学校

これは大きいものである




今日は電池で使うデジカメをもっていった、その単三の電池がなくなっていた
それで電池を買おうとコンビニに入った、でも高いと思い百円ショップに行った
そこで単三の電池が四本でアルカリでも百円だった
それを今までダイユーで買っていたので失敗した
400円とかになる、ダイユーの中に百円ショプがあってもわずかのものしか売っていない、こういうところが鹿島では不便である

そしてキクチスーパーで売っているのものが原町のキクチで売れ残ったものなど新鮮でないものを鹿島に置くとか言われる
品ぞろいも鹿島は悪い、前はシシドスーパーがなかったので独占していたから余計に品物が悪いとか高くついていたのである
原町だと競争があるからいいもので安いものを置くとなる
今度大木戸にシシドスーパーができる、新鮮な野菜を置くからこれも便利になる
それから駅前にヨークベニマルが再開する
そして今度廃業したスポーツ店から家具のニトリが8月30日に開業する
だから原町は相当に前の状態に復興している

それから六号線にサンエイ海苔店がありその隣にサンエイという6階建てくらいのホテルができた
ホテルはこの辺でまだ増えている、というのは小高とか特に浪江や双葉大熊の原発事故関係の仕事がありそういう人達が外部から来るからかもしれない
一時はホテルが不足して困っていた、それでプレハブの宿泊所が相当数できた
ホテルと言えば小池にも外部から来る人たちのためのホテルができたことには驚いた
それだけまだ需要があるということなのだろう
そして一番目立ったのはマルヤの駅前の十階建てのホテルである
これもやはり外からまだ来る人が多いためなのか驚く

道の駅で休んでいたら知っている人にあった、小高の人だった
小高に帰らず原町に住んでいたのである、意外と今は原町に住んでいる小高の人が多い
それから浪江の人もあれだけの復興団地があり住んでいる人が多い
原町では人口は小高の部分で減ったが実際は外部から入ってきている人が多いから減っているように見えない、なぜなら浪江町民だと南相馬市民になっていないから人口にならないからである
鹿島でも外から入って来ている人が本当に多い、それはちょっと話すとわかるからである新しい街が二つくらい町の中にできた感じだから当然だとなる

原町だと住むには便利である、一人暮らしでもスーパーも多いし惣菜も多様になるからいい、鹿島では弁当屋さえなくなったからである
外食でも原町だとしやすいのである
ただ別に車をもっている人は関係ない、すぐに原町でも相馬市でも行けるからである
だから私は自転車でしょっちゅう原町に行っている、でもそれにも限界がある

そして思ったことは今の時代はどうしても原町くらいの人口がないと標準の生活ができないと思った、百円ショプがないと高くつくからである
それと原町に住んでいれば車が必要なくなる、自転車で十分に買い物でも用をたせるからである
小高の人は女性だけど車をもっている、でも小高の人でも今はあまり金に余裕がなくなっているみたいだ、今は何の援助もなくなっているからだ
どういう家に住んでいるかはわからないが仮設のように無料ではないから金がかかる
車をもっているとまた金がかかる
その人は仕事で車を使っていたが今は仕事していないから車は必要ないかもしれない
車は金がかかるしこれからさらに年取ると危険になり免許を返納せざるをえなくなったりするからだ
でも原町に住んでいればまず車がなくても生活には困らないのである
遠くに行くのには困るとしても別に原町内で十分用はたせるからである
そこで節約もできるからいいとなる

何か老人は街中に便利な場に集めて暮らさせた方がいいような気がする
駅前とかにコンパクトシティ化して施設も作りそこに老人を集めた市があった
そうなれば別に車も必要がないのである
なぜその女性が小高に帰らないのか?
それは年だし不便だからそうなっている、老人はまず復興の足しにならない
むしろ世話される方になっているからだ
そこで南相馬市は介護士でもいないから青森にみんな介護される人は送られている
看護師だってたりないのである
介護する時一軒一軒田舎だと広いから回ると不便になる
一か所に集めると介護しやすいとなる

とにかくどうししても街作りでも高齢化に適したものが必要になる
高齢者を優遇するというのではなく負担を減らすために必要なのである
でも人口が一万くらいだとそういうコンパクトシティは作れない
原町くらいの人口規模がないとできない、実際に作ったのはもっと大きな都市だからである
社会が広域化するとき広域的に街作りも計画するようになる
ただ小高でも鹿島でもいい面はあった
特に夏は鹿島だと右田の松原は日影になりそこで自分はいつも夏は浜風を受けて休んでいたのである
今は川岸の土手の道が木陰の道になっているのでそこをいつも通っている
一万の規模だとさらに静けさがある、原町は比べると都会になる
だからなんでもいい点と悪い点がある
今思うと右田の松原がなくなったことはショックだった、その損失は大きい
憩う場がなくなったからである

ともかくこの辺では小高とか浪江とかは依然として復興していないのである
ただ原町になるとヨークベニマルでもシシドスーパーも新しくできるとか復興している
それは人口そのものは減っていない、浪江でも外部から入ってきた人たちが多いからである
原町でも鹿島でも復興している、鹿島でも障害者の学校が建設中でありまもなくできる
それが大きいのである、障害者がそれだけ多いということである
全国だと一千万いるとか本当に障害者は多いのである
これも相当に負担だと思った
障害者であれまた介護する人であれかえている人が本当に多い、そういう時代なのであるそれが日本を圧迫しているのである
posted by 老鶯 at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年08月04日

近くの自転車屋で20台が原町火力発電所から注文される (この辺の近況)

近くの自転車屋で20台が原町火力発電所から注文される

(経済効果大きかった原発火力発電)


小型の自転車が東北電力から20台注文されたという
東北電力は大きい、千人くらい働いているとかいわれる
原発はそれ以上だった、その経済的効果は大きすぎたのである
社宅の団地もあり中に入ったことがないが外から見ても大きいビルである
その20台の自転車は小型であり安い感じになる、ただギアはついている
値段ではどのくらいなのか?とにかく20台の注文は大きい

これでわかるようにいかに東北電力とか発電にかかわる会社が大きいかわかる
その経済効果が大きいからこそ原発は誘致されたのである
原発の経済効果は石炭石油の比ではない、だからこそ浪江町が二万人の人口にしても
そこに東電社員とか他の工事関係者でも入ってきている

事故の時千人の電気関係者が働いていた!

これも驚くがそれだけ経済的効果が大きいのである
この辺では二つ発電所がある、原町と相馬市と新地と重なる所にもある
その経済的効果が大きいのである
最近はガス基地として松川浦の港も利用されている
そして将来有望なのはガス発電だとしている
太陽光だとか風力発電は意外と自然破壊するものでありその弊害が出てきているからだ
山に太陽光発電ができて泥が流れ出して川が汚れて岩魚がとれななくなったところもある太陽光発電はこれから景観も破壊しているし自然破壊されてもう作れなくなる
家の発電などは小型化したものは良かったみたいである   

ともかくこの辺では新しい街がいくつかできたように変化が大きかった
今日聞いた話ではシシドススーパーの土地は買ったのではなく借りているのだという
その辺りは田んぼであり前は70坪で700万円と立て札がでていたが私はいつもそこを通っていて知っているが売れなかったのである
それがたちまちその辺は新しい街になってしまった
そしてその土地は田んぼでありある人が60パーセントくらい所有していた
シシドスーパーというと駐車場が広いからそれを貸すとなると金になる
ある一人の地主に相当な金が入るということにもなるっていたのである
その変化にも驚いた、何か子供の時住んで遊んでいた人が帰ってきて変わったのでがっかりしたとか言っていた
川で遊んでいたがそこも草ぼうぼうになっていたからである
砂利があり岸辺で遊ぶ場があったことを覚えているからである

この辺で東北電力の火力発電所があることは経済的には大きい、そこの税収入も大きいからだ、原発はそれ以上に税収入をが大きいものだったのである
そうなるとどうしても原発に頼る街作りになったのである
ただ発電所でも火力発電所とかだと今回の様な原発事故とは違うから安心だとなる
多少空気が汚れてもしかたないとなる
それより経済的効果が大きいから受け入れたのである
ただ景観が破壊されたことは確かである
あそこが砂浜だったときを知っているからである 

ただ烏崎村では東北電力の火力発電所ができたときも多額の補償金をもらったのである
その後も漁業関係者は原発でももらったのである
だから30年前頃にヨ−ロッパ旅行していた人がいたのには驚いた
その頃一ドル240円だったから飛行機代が40万とかしていたの知っているから私は
外国には行けないと思っていたのである

でもそういうときどうして外国に行ったのか?
それはロシアのウラジオストックからシベリア鉄道回りでヨ−ロッパに行ったのである
そういう人と旅で会ったからである
それだけ発電所とか原発は経済効果大きいのである
それは別に烏崎だけではない、周りにも波及する、例えば烏崎村に呉服屋がいて高い呉服が売れたのである、それで呉服屋では旅行に無料で連れて行っていたのである
そういうふうに火力発電所でもましてや原発になると経済効果が大きいのである

とにかくこの辺は原発とか火力発電所とか津波とか原発事故で大変化がありそこで大きな金を動いて成金が生まれたのも確かである
大熊で牛を飼っている人が五億円もらったとか富岡町長の津波で流された金庫に5億円入っていたとかも嘘ではないだろう
それだけ原発となれば金になるものだった、最近では除染で地元の土建会社の幹部に億の金が入りそれを野球に使ったとかなんとかあったからである
それだけの金が動いたということである
自転車20台というのも驚くがたいした金ではない、でもそれだけの注文するのはやはり東北電力の発電者だということなのである
その経済的効果が大きすぎるから原発を地元で積極的に誘致したというのもわかる
その誘惑があまりにも大きいものだったのである 

福島県の除染基準要項によれば戸建て住宅1軒の除染費用の目安は70万円で、「1軒の除染に4日、5〜6人でやったとして一人で一日3万円弱稼いだ計算」(同前)ということになる。現場作業員は地元の三次、四次下請けの業者に雇われていることが多いという。業者が各段階でマージンを取っても十分に利益が出る。

 これら除染事業は大手ゼネコンを中心としたJVが見事な棲み分けで落札している。2013年度発注の事業でいくつか例を挙げると、

●大熊町/清水建設・大林組などのJV、契約額151億2000万円
●南相馬市/大成建設などのJV、241億2900万円 
●富岡町/鹿島建設などのJV、573億3000万円


除染でも莫大な金が流れたしそれがゼネコンに流れて地元には流れていない
そんな金があるなら移住するための金として与えた方がいいという人がいたのもわかる
一軒で一億円はもらえたからである、また他にも補償金として回した方が良かった
そうすれば南相馬市でも補償金で争うこともなかったのである
得したのは地元の下請けの土木会社とかであり上の人に何億もの金が入ったとか野球とかで無駄使いしたとか報道された
何かこうして何兆もの金が動き無駄にしたともなる、復興にその金は使われなかったからである
自転車20台注文されるのとはあまりにもその差が大きいものだったのである
その額自体何兆円になるともう計ることはできない金だったのである


相馬のLNG基地

将来はガス発電が有望らしい、だからガス基地になることは浜通りでは大きな経済的効果がある






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共同することとは何なのか? (原発は地域共同体が強固に共同して作らられたものだった)


共同することとは何なのか?

(原発は地域共同体が強固に共同して作らられたものだった)

共同するということは何なのか?、また共同体とは何なのか?
無縁社会とか孤独死とか孤立が盛んに言われるのもわかる
では共同したいということはわかる、自分自身も共同したい
でも簡単に共同できるだろうか?
つまり家族でも夫婦でも共同したいから作られている
でも離婚が三分の一とか共同は破綻しているのである
だからいかに身近な所ですら共同しにくいかが人間の現実なのである

グローバル社会になってでは世界が共同しているかとなると全くしていない
かえってグロ−バルに経済活動が行われると人間が無機的な経済単位となり孤立化する
地球の裏側から物が入ってきてもその人と共同しているとなるのか?
ただ物を通じてつながっているだけである
それならグロ−バル経済だから世界共同体となっても不思議ではない
現実はそんなことはない、グロ−バル経済は地域経済を破壊して地域の共同体を破壊したということもある

そもそも共同とは何か?それがわからないからこうなる
例えば同じ地域に住んでもちょっとした考え方が違っても共同できない
その人はまず事業を起こしたのはただ自分が優秀だと見せたいからだとかそれで都会の金持ち相手にもうけようとした
それで贅沢したいとかなり事業を起こした
まずそういうことかして賛同できるだろうか?
その人は自分の苦しい時、荷物一つも持ちたくない人だったのである
ただ借金しているから金を要求してきただけである
他の人も自分が苦しいのを幸いに盗むとか責めてきたのである
そもそもそういう人と共同できるのか?近くにいても共同できない、同じ南相馬市民でもできない、だから共同するとは何かとなったらこうして別に近くに住んでいてもできないのである

ある人は毎月水道とめられた、電気とめられた、ガスとめられたとくる
金がないとくる、この人と共同できるのか?
その分を払わなければならないからだ、共同するときこうした極貧の人と金持ちが共同できるのか?金持ちはこういう人とは普通は付き合わないのである
金持ちは金持ち同士としか付き合わない、特に格差社会になり階級社会になるとそうなるつまり金持ちと貧乏人は共同しないで暮らすようになる
でもお手伝いさんなどが金持ちの家に入ってくるとやはりそれは共同することになる
そこで問題が起きることはありうるのだ
全く金持ちでも同じ土地に国に住んでいれば排除できないからである
結果的に襲われることがあるし現実に自分がそういう目にあったからである

例えば共同するというとき原発問題でもそうだった
原発をいらないとする人はゼロだった、そういう地域で原発をいらないということは住めなくなることである
本当にこの辺では原発に反対したら住めなくなっていたのである
なぜなら原発を作り金になることで共同一致していたからである
そしたら共同することは原発を作り豊かな生活を送ることである
それが共同することなのである

そして例えば山尾三省のようにパンがぜいたくだなと極貧の生活をして原発に反対する人などと共同できるのか?
パンでもなんでももっともっとおいしいものが食べたいからこそ共同するのが普通であるだからこそ原発は共同してみんな必要だったのである
漁業関係者になれば漁業権を東電に売って船主など原発御殿を建て津波や事故後でも立派な家を真っ先に建てた、そして補償されているから何ら生活に困らないのである
その人たちも原発を作ることで強力に一致共同していた
組合があり今でも東電と交渉して補償金を要求できるのである
なぜなら海を放射能で汚染したのだから権利があるから補償金を要求できる
ただそれは漁業組合とか特に船主とかが優先になる
これも共同ということで矛盾していたのである

なぜなら共同というとき地域共同体とか言うとき、それは海だけではない、地域全体のことだったからである、それで漁業者は海は消費者のものだったというときそこに住んでいる住民のものだったということもわかる
農業でも農業をしている土地をもっている人だけではない、そこに住んでいる人たちのものだということもできる
だってそこに住んでいれば今回のように放射能に汚染されれば住めなくなるからである
住めなくなることは最悪だからである、何をして暮らそうが住めなくなるのは最悪なのである
だから共同とは何なのか?それがわからないのである

家族自体から身近な所から共同しようとして共同は破壊されるのが常である
絆とか叫んでも実は原発事故周辺では補償金で分断されたのである
伊達市などは関係ないと思ったがそこも放射能で汚染されていた
わずかだが補償金が支給された、農家の人は土地が汚染されて補償金が多く支給されたかもしれない、それで親戚同士で補償金をめぐって争い喧嘩になった伊達市の人が言っていた、そんなところまで金の問題になるとうるさくなり深刻になるのである

絆を盛んに言われたが実際は内部の絆はなかった
グロ−バル広域社会になり外部からボランティアとかが来て絆を言っていたのである
それも現代社会を象徴している、外部の方との絆があり内部ではかえって分断されていたのである
だから共同とか言ってもどれだけそれがむずかしいことかわかる
まず豊かな生活をしたいというのが普通である
そしたら原発が金になるということで共同する、それに反対する者は共同体から排除されて住めなくなっていたことでもわかる
では山尾三省のようにパンが贅沢だなとという人と誰が共同するのか?
だから共同するということが何なのかほとんど不可能になるのである

農村社会が共同していたのは共同で草刈したり共同せざるをえないから協同していたともなる、そういう村社会がってその中で生きざるを得ないから協同していたともなる
今の社会を見れば金さえかあれば別に他人などはどうでもいい、村社会など関係ない
ここで米がとれなくてもどこからでも外国からでも米まで買うことができる
そうなれば大事なのは金であり金さえあればどこでも暮らせるとなる
現実に原発事故以後多額の補償金をもらってみんなすぐに故郷を町を捨てたことでもわかる、そもそもそこに共同体は消失していたからである

グロ−バル広域社会では第一そうした地域共同体が意味がない、協同より金の方が大事なのである、だからこそ金をもらったらみんな町を捨てたのである
そして一挙にゴーストタウンになったのである
そういう絆もなにもない社会がグロ−バル広域社会なのである
そこで頼りになるのは共同体でもなんでもない、金だとなってしまうのである
その矛盾が顕著に現れたのがこの辺だったのである

一見原発は上から外からおしつけられて作られたように見える
地元の人たちもそう思っている、でもよくよく考えてみると実際は地域共同体が強固に共同して作られたものである
例えば小高に東北電力の原発の工事がはじまる、それは原発事故で中止されたが工事がはじまる時だったのである
それで小高の大工さんが景気が良くなると喜んでいたのである
その小高に原発ができたらもう大きな人口がある原町とかはもう住めなくなっていたのである、10キロくらいしか離れていないからである
でも原発を反対を騒ぐ人を知らなかったし第一小高に原発を建つことすら知らない人がいたのである、自分自身も知らなかったのである
そしてマスコミも騒がないので容認していた
マスコミでも共同体に参画するものであり共同体の方向性を示すものであり危険を警告するものだがそんな役目は何もないのである
東電でも巨額の宣伝費を出しているからその恩恵を受ければいいしかないのである
それはみんな同じだとなる

だから何をもって共同するのか?それ自体がわからないのである
そもそもこのように利益があれば共同する、利益に反すれば共同できないとなるからだ
もし原発に反対すれば利益にならないとなり共同体から排除されて住めなくなっていたのである、人間は何であれ利益になること、金になること、豊かになることなら共同する
それ以外は共同しないともなる、とにかく贅沢できればいい、そのためには金が必要だとなりあくことなく金を求めるのである
お前もそうじゃないかとなればある程度はそうである、でも自分自身はそんなに贅沢はしていない、旅したとしても最低限であり温泉宿に泊まったことなどないのである
後は勉強に費やしていたのである、家はもともとあったから家に金を使ったりはしないですんだともなる

ともかく貧乏のために、山尾三省のようにパンが贅沢だなとという人と協同する人はいないことは確かである、そんな暮らしなど誰もしたくないからそこから脱するために働いてきたのが戦後だからである、それで高度成長時代になったからである
だから共同するということは何なのかわからない
修道院とか僧院とかで共同するというときそこなら質素に暮らして神に仕える仏に仕えるものとして貧乏でもいいとして共同がありうる
他ではそんなことありえないのである第一そんなことで共同などできないのである
そうして共同したいなら修道院と僧院に入れとなるからだ

この世とはあくことなき欲望を追求する世界である、むしろ資本主義だったらその欲望が奨励されているのである、もっとうまいものを作れ食べさせろとかあらゆる欲望の追求が奨励される、それで今の若者は欲望がたりないとされて批判されているのである
だから共同するというときそうして限りない欲望のために共同することだとなる
だからこそ原発はそうした欲望をかなえてくれるから地域の人たちが共同で望んだものだったのである、そのために一致共同して作られたものだったのである

生業を返せとか裁判したけど生業とは何なのか?

それは漁業とか農業とか林業とかになるがそれが金にならないからこそ原発が金になることで東電でも政府にでも売り渡したとなっていたのである
その責任は政府とか東電だけにあったとはならないのである
もちろんその責任は大きいにしてもやはり地域にそうして協同して原発を望むものがあったからそうなったのである
ただ別に原発でなくても豊かになる方法があった、もしそれが提示できればこうはならなかった、そのために協同することはありえたのである
原発はそうあってもあまりにも魅力あるものであり金になるものだから違っていたのである

それでも新潟県の巻町と能登半島の一部では原発を建てさせなかったのである
そこでは共同して建てさせなかった例外的なものだった
この辺は全く反対運動すらほとんどなかった、ただ強欲な地帯だったともなるのである
そして原発事故前も得して事故後も補償金で得しているとかさらに補償金を要求しているとか原発乞食だとか揶揄される
そういう一面は否定できないのである、ともかく人間は金となると目の色を変える
それは自分が株なとをしてそうなったのである、もっと金を欲しいとかなりそうなった
だからそれが危険だったなと結局損して気づいたのとにている
だからそれを責めるというとき自分自身もそうなるのから共通していたとなる
でもそれが実際はこれだけ危険なものだったのが原発事故で身をもって知ったのである
posted by 老鶯 at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2019年08月03日

東電が原発を作る前から地域の共同体は崩壊していた (技術者が新参者が上に立ち貨幣により支配されるグロ−バル社会)


東電が原発を作る前から地域の共同体は崩壊していた

(技術者が新参者が上に立ち貨幣により支配されるグロ−バル社会)


東電が原発が地域を破壊したとしている、でもその前から地域の共同体は崩壊しつつあった
農業は金にならない、漁業でも生活にならない、苦労ばかりだとかなってもう農業も漁業をやりたくないとなっていたのである
だから東電に漁業者は漁業権を売り渡して多額の補償金をもらって生活するようになった事故後も津波の後でも立派な家をすぐ建てたのである
それはここだけでない、日本全国が農業社会から工業社会に移る過程にあったからであるそれで原発で働いた人が親に農業だけはやるなと殴られたという、農業をすると息子が言ったからなのかその親は農業でさんざん苦労しているからそう言ったとなる
その人は原発や建築現場を渡り歩いて働くようになった

東電が原発を建てる前から双葉大熊辺りは特に働く場がなく出稼ぎ地帯であり地元で働きたいという要望を強くもっていたのである
それにかなったのが原発だったのである、原発だと三倍の賃金をもらっていたからだ
だからこの辺では原発で働く人が多かったのである
原発成金地帯みたくなっていたのである

東電が無理やり来て地域を破壊したのとも違う、地域にそういう要望があったからであるだから確かに東京に原発を作ることこそ一番ふさわしかった、でもそうなると福島県には金が下りないとなってしまった
それが矛盾なのだけど東電が原発を作り地域をすべて破壊したように見えるけどそれも違う、農業社会から工業社会へ移ることで起きて来た問題である
なぜなら戦前だと80パーセントが農民とかの世界である
戦後はもう今なら一割にみたない、第一団塊の世代だと山の木材を利用して炭で暮らしていた、ということは電気は裸電球一つしかなかったのである
エネルギーは地元の木材であり炭だったのである

そういう場所に高度成長時代となり電気時代ともなったのである、また石油時代ともなったのである、電気を何で作るかというと石油だったとなるからだ
そして原子力で電気を作るとなったのである
そういう時代の変化の中で地域は農村共同体とかは崩壊していった
だからどういうことになったかというと東電という技術集団が入ってきたときその人たちが地域の支配者になったのである
先住民の地域で暮らす漁業関係者でも農民でも炭を作る林業関係でもその時工業化してのみこまれたとなる

何か技術が社会を変えて支配することは世界の歴史でもあった
第一日本の天皇は実は伽耶国から出てきて伽耶は鉄の産地であり鉄を作る技術集団が日本に渡って来た、そして鉄の生産に従事した、それが渡来人である
稲作でも鉄の道具とかあってできるものである、縄文時代のつづきとして石包丁で稲刈りしていたということもあるがそれでは効率が悪いから鉄の鎌とかにして飛躍的に生産力をあげた、稲荷(いなり)様とは狐のことではない、鋳成りであり鋳とは鉄なのである
そして天皇は鉄の王だという時まさに技術者集団のトップの人が王になったとなる

ここでは東電が王の立場になったのである、だからもともと住んでいる人たちが力を持つとは限らない、それは農民社会でもそこに技術が関係していたのである
あとは馬とかも関係していた、相馬氏自体が騎馬軍団であり馬の操作にたけていて相馬地域を支配したとなるからだ
結局先住民とかが力をもつとは限らない、そうした技術集団であれ移動してくるとインディアンのように虐殺されたりするからである

でも原発事故でそういう優位性が崩壊した、東電の権威は失われた
そしてそこに住む人たちも何か今まであった生活を見直すことになった
それで生業を返せと裁判を起こしたのである、それも補償金をもらいたいからだけであるその前に生業自体を捨てていたのである、その象徴は親に農業するなと殴られた人だったのである
それは時代の変化でやむをえないということもあった、でもそれが何か間違っていたと気づいた時は事故後であり遅かったとなる

いづれにしろこういうことだけではない、もう先住者が何か価値あるとか力をもつことができない
この辺では津波や原発事故以後、特に原発事故以後大量に人が移動した
そして新しい一つの街ができた、そこには立派な家が立ち並んだのである
でも今は移動する自由があり金があればどこに住んでもいいのである
だから故郷を離れても別にその土地の人に気遣うことなどない
むしろ金があれは金がある人が威張っているのが現代社会である

それで小高の人が私たち金を使って鹿島の人たちを助けているのよねと言っていたのである
そんな感覚であり何かよその土地に移っても金ある人の方が威張っているのである
別によその土地でも金さえあれば生活できるからである
それは何もここだけではない、グロ−バル社会になると金さえあれば世界のどこでも暮らせるとなる、それで大金持ちは日本を脱出して暮らす算段をしている
それは日本だけではない、中国の共産党幹部は莫大な富があり中国国内で何かあったら外国で暮らせるようにしているからである
日本で土地などを買っているのもそうかもしれない、金さえあれば外国で暮らすことができる、そうなると国家など関係ないともなる
それが実はグロ−バル社会なのである、もともとその土地に住んでいても何の力にもならない、新参者が威張り金で力をふるう社会である
そこに旧来の共同体は破壊されていたのである

第一家を建てるにしても外材であり家自体が地元の大工とかかわったのは極わずかであるみんな大手の住宅会社がかかわり一週間くらいで組み立てて建てたものであり地元とは関係ないからである
そうしたら何か地元の人に世話になるという感覚もないのである
それが広域社会でありグロ−バル化社会である
ただそこで力をふるうのは金であり金のない者はいくら前からその土地に住んでいてもなんの力もないとなる
それで小高の人が鹿島の人を消費して助けているのよねというときまさにそうだったのである、それは原発避難民がいわき市に二万人移動して家を建てたとき数が多いから起きたことである 

なぜもともと住んでいた人たちは新しい家を建てられないのに後から移った人たちが次々に家を建てられるのか?
それも矛盾だった、でも金のある人がグロ−バル化広域化社会では強いのである
何かその土地についてもともと住んでいる人が知っていて教えられることがあってもでは農業するのではないから草分けの家に教えを乞うなどないからである
むしろ金をもっているから移動してきた人たちの方が権利があり力をふるうことができるそれがグロ−バル化社会である
そして田畑を売って金に換えたいということが強い、田畑をもっていても手間がかかり金にならない
それより今は移住する人が多いから土地の値段が上がり売った方が得だとなるのである
それげこの辺は一時移住者が増えて土地の値段が高くなり売れたのである
汗水たらして農業するより売って金を替えた方がいいという社会なのである


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つまり農村共同体のような小さな共同体を破壊するのがグロ−バル経済市場の中に組み入れられるとき貨幣の力が大きなものとして現れる、農村共同体の中で機能していた価値観は破壊されるのである

貨幣というのが今のように万能ではない、むしろ封建時代とかは土地の方が価値があった農業社会だとそうなる、土地の資本が食料を生み出すからである
工業社会になれば土地は価値の基準にならないのである
工業化は技術化社会であり技術が最優先される社会である
世界的に自動車でITでも技術競争にしのぎをけずることでもわかる

現代グローバル化社会の最大の特徴は土地からあらゆるものの債権化と株式化と科学技術化なのである
だから土地を基準とした封建社会とかからのこうした大きな変化の中で共同体は失われる変容する、それがグロ−バル化社会でありグロ−バル市場社会となる
その土地の支配者が王だったり殿様だったりするがグロ−バル資本主義では実質の支配者をすべての財が債権化されたなかで貨幣化された株式化された世界で価値をもつのであるだからその土地に長く住んでいても力をもつことはできないのである

この図のように社会そのものの変化がもともと住んでいる人たちの力を消失させた
債務とか債権化されるとは実体としての財が貨幣化したことなのである
債務とか債権は貨幣のことでもあるからだ、貨幣はそこから生まれというのもそうである貨幣によって財は抽象化してそこに住まなくても所有できるというのがグロ−バル社会でありだからこそ証券市場とはあらゆる財を債権化したのである
そこで唯一最大の力は貨幣となり地域の共同体などは無視される
グロ−バル化した世界で債権化して富が移動しているのである
だから一か所の土地に定住するということは実際は価値あることにはならない
そこに長く住んでいたからと価値ある者に力をあるものとはならないのである
土地をもつより土地を債権化したものを証券でももっていることが力をもつことになる

ただそうなると文化的見地からするとその土地を耕す(cultivate)がcultureになったのだから文化はグロ−バル化によって破壊されるのである
つまり文化は債権化貨幣化しにくいからそうなっているのである
でもグロ−バル化資本主義も投資先がなくなるというときまた銀行が農業に投資するとかなるときそこで変化しているのである
なぜなら農業とはただ食料を生産するだけではない、文化と深く関係しているからであるそこでグロ−バル経済の転換が地域から起きているともなるのである

ともかく前になぜこんなに簡単に原発事故で放射能問題があっても簡単に一挙に街自体が捨てられてゴーストタウンになったのかそのことを考察した
農業社会だったらもう簡単に他に移れないのである
この辺で越中などの農民が飢饉の時三分の一に人口が減った時移住してきたがそれ自体命がけであり草分けという古い農家に草鞋をぬぎここで荒野を開墾して苦労して農業をして住みついた
そういう時代をふりかえると全くそういうことはない
むしろ他から移住してきた人たちがたちまちに立派な家を作り長くこの土地に住んでいても金がないなら何の力をもないのである
何か教えてくれということもないから先住者としての価値はないのである
むしろ金がある新参者が威張る起きているのである
それは別に金があればいくらでも世界から物でも食べ物でも入ってくるからである
そして長くその土地に生きていても価値がない、そのことは老人に価値がないとなる社会である、だから老人は価値ない者として邪魔者扱いされるのである

江戸時代でも戦前でも食料はそんな遠くから入ってこないのである
それはいいとしてそのマイナスが共同体がすでに崩壊していて原発事故があってそれで
もう簡単に分解したともなる、共同体というが現代のグロ−バル経済はこうした一地域のミクロのことなど無視した点を無視したグロ−バル経済なのである
だからこそこうして簡単に町でも崩壊して一時ゴーストタウンになったのかとなる
グロ−バル経済としてつながっているがその住む地域のつながりは希薄化していた
そしてどこにでも金さえあれば住めるとなればかえって移動した方がいいとなり
その故郷の復興など考えなかったのである
だからこういうグロ−バル広域社会のなかでこういうことが起きたことを認識すべきである、そのマイナス点を認識すべきだとなる


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2019年07月23日

巨悪が津波で暴かれた原発事故の真相 (原発の巨大利権に群がった人たちの国家の犯罪だった)


巨悪が津波で暴かれた原発事故の真相

(原発の巨大利権に群がった人たちの国家の犯罪だった)

「一号機では津波より前に地震の揺れで圧力容器や配管に損傷があった」と東電で認めた

地震で配管が壊れる、放射能がもれるということがあった
津波だけではない地震で迷路のように配備された配管が壊れるのである
この配管について東電の幹部の人など知らない、知っていたのは現場の労働者だった、
それで上の人にそのことを言うこともできなかった
なぜなら東電の幹部の命令は絶対だったからである
何か言うとやめさせられるから死活問題になり何も言えなかった
事故があったとき1000人もの電気関係者が働いていたのである
その人たちを事故があった時返したので何もできなくなったという

いろいろ検討すると原発は何か危険な割にはずさんなのである
なぜそうなっていたのか?そんな危険なものなのに危機管理がずさんだったのである
第一配管がまず壊れるというのは確実だったからである
このことで広瀬は指摘している

どうしてでは原発が日本に50基も作られたかのか?

●原発利権
●アメリカの軍事的要請(主権なき日本)
●地元の要求


まずなぜ原発が作られたのかとなると最初は読売新聞の正力松太郎がアメリカと掛け合って原発を導入した、テレビ局を作るためにアメリカのCIAの手先となり日本テレビを作ったのである、つまり一人の欲望のために原発が作られた経緯がある
その時あまり原発の危険性は検討されなかった
湯川秀樹博士がまだ原発を作るには時期が早いとしてとめたがすすめたのである
まだ日本は原発の技術が進んでいない、成熟していなからだった

そして科学者も賛成したのはなぜか?

それも利権だったのである、研究費を出してくれるのが政府だから学者も御用学者となり原発を作ることをすすめたのである
どうしてしも原発とかなるとわからないから御用学者のお墨付きが必要になったからである、だから科学者でも危険なものでも利権があれば嘘もつくのである
でも今は専門化社会だというときそこが権力を握っているともなり従うとなる

そして日本はまだ独立した国ではない、アメリカに戦争で負けてアメリカ軍が日本に駐留しているように外国の軍隊が駐留している国は独立国ではないとなると日本は独立国ではなくアメリカの従属国でありアメリカの許可なしでは重要なことはできない

いくら脱原発を言っても米軍基地の問題と同じく日本側だけでは何も決められないようになっている
専門家に言わせるとアメリカ側の了承なしに日本で決めていいのは電気料金だけでだそうです

日本は独立国ではない、戦争に負けたときからアメリカの従属国なのである
なにかここに原発問題の裏の事情がありそれで原発は廃止できない
核武装としてのための原発がその備えとしてあるから廃止できないのである
人間社会は必ず表と裏があり原発となると平和利用だからすすめられた
でもその裏の顔は核武装のための備えとしてある
まさに人間社会はジキルとハイドなのである

そして原発は巨大利権なのである、事故後をみればわかるこんなに国民の税金が使われていいのか?
何十兆円もの金が使われる、除染でも実際は3兆円は無駄な費用だったというとき地元でもそう思う、その金は地元の建設土木会社に流れたことを前に書いた
その額が大きいのである、そして地元で老人が毎月水道とめられたとか電気とめられたとか苦しんでいる人がいる、そういう人には金は回ってこないのである
清水建設でその困窮者の息子は除染で働いたが幹部だけが上の人だけに金がばらまかれたとなる、だから地元でもそういう人が復興に役立つことをするならいいがその利権にあづかるだけだったとなるから腹正しいとなる

それは地元の敵なのだが地元では別に関心がないし何か言うこともないのである
地元でも結局利権に食いつくことに懸命だっただけだともなるからだ
南相馬市では鹿島区が割を食ったから不満なのである
完全に差別されたのである、医療費が原町と小高では今でも無料なのである
鹿島区は半年くらいで打ち切られたのである、最近高速を無料化したのである
これも相当な差別だったのである
それで南相馬市はまとまらなくつなったのである
3兆円も除染費用を無駄にしたのならその分を平等に配るべきだったとなる

原発はなぜ廃止できないのか?            

なぜこんなに国民の税金をかけていいのか?

電気がたりないというのは嘘である、十分にまにあう、またこれからの発電はガスが主流となるとしている、小型化した発電を東電だけではない、普通の企業でできるとしているだから原発はあまりに危険だから廃止すべきなのである
でもできないのは日本がアメリカから独立していない、日本だけで決められないことがそのことを語っている
日本で決められないとしたら独立国ではないからだ
アメリカ軍が駐屯しているのもそうである、それは敗戦国だから70年過ぎてもそうなっているのである、だからここも変わり目なのである
憲法を改正していいかどうかは別にして独立国になるべく日本国民が自覚すべき時が来たとなる、ただそれはまた相当な重荷になるから覚悟が必要だとなる

私自身は別に右でも左でもない、ただ津波の被害とか原発事故の当事者になるからそのことで何なのか知ろうとしてきたし追及し続けてきたのである

知らないことは支配されることである

人間知らないことは支配されることである、しらしめすというのがそうである
知らなければしらしめられる、支配されるのである
政治家でも官僚でもマスコミでも専門家でもそういう人達に支配される
そういう人たちが利権を得る、利権のために魂を売る、それは学者でもそうだし
みんなそうである、地元の人でもマスコミでもそうだった
だからまず知ることが大事になる
また知らせることが報道機関で大事になる、むずかしいにしろそのことを怠っていると今回のように故郷にも住めなくなるのである

地元の人がただ上からおしつけられただけでそうなったともならないことは書いてきた
何しろ地元の人でも3兆円除染で無駄にしたというときその金は地元の建設土木業者に流れたからである、そういうことは他にもあった
それだけ原発はそもそも巨大な利権だった、結果的に国民でも税金で払うのだからその損失は莫大なものであり国民の大損失だったのである
でも国民自体がそのことで騒がないのである
それは原発がアメリカが背後にあり拒否できないとかある
そういう権力構図がありそこでそれに反対する者は排除される

何かここに大きな闇がある、渡部恒三議員などもその原発の利権を最も利用した人だったのである、そういう人が福島県のドンとして君臨していたのである
そのことを原発で明らかにされた、後は福島県の報道機関は新聞でもテレビでも雑誌でもなんにも役立たなかったのである
ただ利権を得たいというだけだったのである

そして地元の個々人でも欲望がふくれあがる、小高に原発ができると大工さんが景気が良くなるとか喜んでいた、それは双葉、大熊でもそうである、競って原発を誘致したからである、それも原発派それだけの利権があり金のなる木だからそうっないたのである
電気がたりないというのではない、別に今はガス発電の時代だというときそうである
電気がたりないといのではない、原発の闇はアメリカとも背後にかかわり大きな国の政治とか防衛の問題もからんでいるから廃止できないのである

いづれにしろ津波とか原発のことを延々と追求していたがその真相はまだ不明である
でも津波とかがその闇を暴いたともなる、悪がそこに露骨に見えてきたとなる
その悪は隠されていたのだけど津波とかが明らかにしたのである
でもその当事者は何ら責任はとっていないのである
国にしても司法とかでも検察でもかかわらない、責任を問わない、それは東電に官僚が天下りしているからである、そこで余裕の金をもらえるからである、その数も多いのである

国家的犯罪は巨悪は罰せられない!

罰するのは神だ!

こうなってしまうのである、誰も罰することがてきないものだったのである
つまりこれはもう国家ぐるみの犯罪だったのである、でも誰も責任は問われないし責任を感じていなのである
官僚でも政治家でも科学者でもマスコミでも責任は問われないのである
それは日本の戦争と同じである、やはり誰も責任は問わない、みんながしたことで終わりであるただ巨悪はこうして見えないのである、資本主義というシステムも崩壊しつつあるその時暴利をむさぼっていた数バーセントの人たちやり玉にあげられて訴追されるかもしれない、いくら巨悪でもいつか暴かれるとういことなのかもしれない
それができたのは津波とかの巨大自然災害が暴いたともなるのである
悪というのは巨悪になると見えない、罰することもできない、でもその巨悪の結果として必ず責任は誰かがとらされる
戦争では3百万人が死んで国民が責任をとらされた、原発事故では故郷に住めなくなったということで責任をとらされた
必ず責任を誰かがとらされるのである
国民の莫大な税金も無駄に使われたということでその責任は税金の徴収として国民に課せられる
電気料金があがるからだ、でも国民自体が真剣にこのことを自覚していないのである
右とか左の争いでもない、党派を越えた国民的課題でありそれに向き合っていないのである

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2019年07月22日

除染では3兆円が無駄だった? (真実を追求していなと国民でも住民でも大被害になる)


除染では3兆円が無駄だった?

(真実を追求していなと国民でも住民でも大被害になる)


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「お金ならなんぼでもある」除染で“利益率”5割超…“国民負担”3兆円の闇

 

  • 役員報酬77億円…従業員100人の除染会社の実態
  • 会社幹部「お金ならなんぼでもある」
  • 元請け幹部と結びつき独占的に1次下請け受注

除染というのは何か効果があったのか?
今でも溜池の除染をしている、でも溜池でも周りからまた放射性物質が流れてくるとしたら効果があるのか?
徒労のような気もする、でも莫大な国の金が使われている
3兆円減らすことができたというのは本当だろう
ゼネコンとか地元の一部の土建会社に流れた
それでその金を湯水のように使ったというのも地元でそれを許せるだろうか?

そういうことを地元の雑誌でも新聞でもあまり指摘していない
何かそこに土建会社からなどの苦情がくるから記事にしないのかもしれない
地元の会社の悪口は言いにくいのかもしれない
それは船主が東電から多額の補償金をもらって原発御殿を建てていたというときからあった
それを指摘して批判している人はマスコミでも地元でも新聞でも雑誌でもなかった
まずできないのである、漁業組合だって強固な利権団体であり批判できない
何か利権団体に抵触すると必ず抗議がくるからテレビでも放送禁止用語に指定される

板前さんやおまわりさん、運ちゃん、坊主、土建屋、町医者、郵便屋さん、潜水夫、パーマ屋、床屋、散髪屋、日雇いなんてのも放送上適切ではない、放送倫理規定に反する言葉とされます。

この背後に必ず団体とか組合が存在するからその組織団体から苦情がくるから何も言えなくなる
そういうことから今回のような原発事故とかが起きて故郷にも住めなくなったとかの大被害になったのである
まず原発事故前だったら漁業組合が強固だからとても漁業権を東電に売り渡していいのかとか補償金をもらって悠々暮らして豪邸たてていたなど言えない
そしたらどうなるのか?
身の危険に及ぶ、組織とか組合は利権団体は暴力団とは違っていても何か権力をもっているから怖いものなのである

なぜ三兆円も除染で無駄にしたのか?そのことを国会とかでも追及できないのか?
自民党とゼネコンは一体だったからだとなる、利権で結びついていたともなる
そこに公明党も利権として一体化していた、第一国土交通大臣が公明党なのだから利権を得る場にあったからである
そしてもともと大成建設とかと創価は強い結びつきがある、それで選挙の時票をいれてくれと頼まれて大成建設社員が運動していたのである

こうして利権団体があり選挙でも利権で固めちれていて決まるというときもそうである
それは野党にだってある、それが政治だともなるからだ

なぜこれが問題なのか?

それはこの辺の復興に役立たなかったからである、ゼネコンに復興の資金がもっていかれたとなる、地元にはその金が一部の土建会社に流れて全部にはまわらなかった
復興資金として利用されなかったからである
だから地元の人も怒ればいいのだがそれもない
そして結果的に地元が疲弊してゆくのである
この辺で南相馬市では補償金の分配でももめた、それで南相馬市は一体化できなくなっただからそうした金を利用して平等に配分すればそういうこともなかった
そういう政治が成されなかったのである
そして暴力団関係者がここは国でやるからおいしいと言っていた
つまりおいしい所もゼネコンや暴力団にもっていかれたのである

その額が3兆円だった!

ともかくマスコミとか報道の役割はあっても果たせなかった、それはマスコミ自体が一つの利権団体であり営利会社だから損することはしないのである
むしろ利権団体と結びつき利益をあげているのだ
例えば福島民報などは半分が県の出資であり新聞社内では創価の聖教新聞を刷っている
密接にこうして利権団体と結びついて利益をあげている会社なのである
こういう新聞社にもう何か真実を追求するものは皆無である
だから新聞をとって金をはらうこと自体無駄だとなる

何か住民にとって重大なことは報道されない!

東電で津波が13メートル級か襲うということを報告していたがそういうことも新聞でもテレビでも報道していたのか?
何か報道するにも隅の方で目立たなくしている
その結果として

大被害になる、膨大な死者が出た

そのことがすべて原因ではないにしろそういうことがあるから真実を追求していないと怖いということをこの辺では恐ろしい事実で知らされたのである
そういうことはその場所に住んでいる人たちに大きな災いとなってふりかかってくる
だから見逃すことはできないのである
でもそういう意識が住民にあるかとしたらない、それでただ関心もなく見逃していると後で大変なことだと気づいたのである
民主主義では報道の役割が大きいのである、ます知らされなければ知り得ようがないのだから何も言えないからである
でもこうして大事故があり大犠牲があっても遅いとなる
津波で死んだ人の数が膨大であり放射能の被害からも回復できないとなったからである
その前にすべきことがあったが時すでに遅しとなっていたのである 

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鹿島区の二つの公園で放射性物質が埋められた、これは南相馬市内で埋められている
ただ一時的であり後で掘り出すとしている
でもそれがいつになるのか?
この放射性物質をどこで処理するのか問題になる
でも公園とかに捨てられている、それでいいのか?
それで原町の方へ行くとこういう立て札があった
他でも放射性物質が埋められている、それは公園だけでないかもしれない
そういうものが後でどう影響するのか不明なのである

何か知らないうちに危険なことか行われている!

無関心だとそれが今回のように大きな被害として現れるたら怖いのである
何でも無関心なことが危険になるのだ
だから危険を知らせる役目が報道関係にあるのだがそれができていないのである
そういう報道でもそこに住んでいる人が関心もち育てない限りできないからである
でも実際はただ地元の利権団体と一体化して何も危険は知らされない
不正も知らされないとかある、ただなかなか地元に住んでいるとそこで波風がたつから
できないともなる
でも今回のように本当に住めなくなるという危機感をもつべきだったのである

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2019年07月16日

魚は人間の手では作れないー 原発で苦しむ漁民」の立場からの本を読んだ感想


「魚は人間の手では作れないー
  
 原発で苦しむ漁民」の立場からの本を読んだ感想

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川辺茂著

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この著者は羽咋であり結局原発が近くに建った
ただ珠洲の方は反対して建てられなかった
北陸沿岸には原発が多い
ともかく反対した人がいたことが貴重だった

1993年7月30日 - (1号機)営業運転開始


この本の著者が優れているのはフクシマ原発事故が起きる前に能登に原発が建つとなり
それを漁業を生業としている立場で反対していたことである

海は誰のものか?

それは消費者のものだ

消費者を第一に考えるべきだ

それで新鮮な産直で売る運動をした

私自身も漁業者を原発事故以後批判してきた、それは船主などが特に漁業権を売り原発御殿が建ったとか回りからうらやましがられていた事実を知ったからである

何か今になると松川浦の人がプログで漁業が苦しいということをしきりに訴えて報告していた、今になるとみんなそのときは漁業は苦しいんだな、魚もいつもとれるとは限らないし売るにも大変だなとか同情していた
おそらく地元ですらそうなの田からそのプログを見た人は余計にそう思ったかもしれないこの著者は魚は鮮度が大事だから産直をするようになったと言っている
漁業者の特権は二三日すぎた魚は食べないとか言っていた
新鮮なものを食べるのが習慣となっている
農家でも自分の家でとれるものは新鮮なものを食べているのである

生ものは新鮮なものがいいのである、キュウリでもスーパーで売っているものは固いのである、それは日にちが過ぎると固くなるという、水分も蒸発してそうなるのかもしれないそれで近くの畑でとれたキュウリは柔らかいからうまかった
ただそのキュウリは一本一万もするものだったのである
なぜなら肥料とか種代とか道具でも援助していたからである
それだけ実際に農業して野菜をとることは今は金がかかるのである
普通ならその人は金に困窮しているのだからしない、ただ援助されたからしているとなる
このことは漁業にもあてはまる、金にならないと嘆いていたからである
ただ漁業については私は詳しくないし知らないから発言して何か間違ったことを言っているかもしれない、漁業者と直接接していないからである

ただこの辺では石鰈というのがとれてそれは大晦日に食べる贅沢なものだった
前は石鰈は普通は食べていない、その魚は新鮮なので身がしまってうまいのである
そしてその魚を烏アとかから売りにきて私の家では食べていたのである
それから今度は小高の女性が松川浦でとれた魚を行商して売っていた
車で回っていたのである、その時も高かったが買っていた
魚に関してはそれが一番の思い出だとなる
その石鰈をみしらず柿を送ってもらった代わりに会津の友人に送ったとき相手の人が喜んでいたこともわかる、会津ではまず新鮮な魚は食べられないからである
石鰈の方が相当に価値があったからだ

とにかくこの辺ではこんなに海が消費者のものだとか考えた人などいない
消費者など存在しか海は俺たちのものだとしかないのである
だからこそ原発事故が起きてから補償金をもらうために家の前の海に権利があるとして東電に主張したりしていた、それは小高では私道がありそれも権利があるとして補償金を主張していた
ありとあるゆることに補償金をもらうために権利を主張していたのである
まずこの辺ではこんなに海のことを考えて原発に反対した人はいない
それでそういうこを主張すれば孤立したとなる、それも福島の原発事故前だから感心したのである
年齢でも大正13年生まれであり1924年生まれであり95歳になっているのだ

漁業は生命に直結する産業であり、工業などより優先する

これからの漁業をは沿岸漁業が中心となる

海は生きものであり、環境さえ大切にすれば無限の生産力がある

海は人類への天与の資産であり、売ったりしてはならない

獲る魚は消費者のものであるとの認識にたたなねばならない

何かこれは私自身が主張してきたことでもあった、これは農業関係者にもあてはまる
そのことを書いてきた、ただ自分は自ら米をとるわけでもない野菜を作るわけでもない魚をとるわけでもないから主張としてリアリティがなくなることがある

ただこの著者を言っているように漁業権を東電に売らなければ原発は建てられなかった

このことは非常に重要であった、それとはまるで正反対に海は自分たちのものだから売ろうと何しようと勝手だとこの辺ではなっていた、それだけの権利が与えられていることはそれだけの責任もあったとなる
権利を主張するのはいい、でもそれとともに責任が課せられていたのである
原発を作るのはいい、でも事故があったら責任がとれるのか、国までつぶれてしまうともなっていたのである
そんな責任のことは思わずにただただ金を欲しいとなっていたのである
だから誰も回りの人などその漁業権を売ることに疑問すらなかったのである
それよりもしこの辺で漁業組合であれ漁業者にであれ漁業権を売るなとか言ったら大反発があり身の危険にもなっていたろう
だからマスコミであれ地元の人であれ漁業権がどうだのとか一言も言っていない
ただ漁業権で補償金をもらい船主が原発御殿を建てたことを周りの人はうらやましく見ていたのである、ただそのことは口には出さない、今になってそういうことを言うようになったのである

親戚の浪江の人でも原発の下請けになっていたから「原発は絶対安全だ」と言っていた
それで原発は少しでも危険だとか言っただけでも村八分になり住むことさえできなくなることもありえた、それほど原発が金になるから利権化していたからそうなったのである
人間社会利権化するともう善悪もなにもない、利権を手放さていからである
だからこの辺では原発が危険だということすら口にも出していない、疑問をさしはさんだ人もいないのである

そして小高に東北電力の原発の工事がすでに始まる寸前だったのである
その小高に東北電力の原発が建つことすら知らない人がいたのである
私の町からもう20キロ内に入るから事故が起きたら住めなくなっていたのである
それほど原発に無警戒だったのがこの辺だった、権力でマスコミとも一体になっているから危険だということを一言でも言えない状態だった
それで小高の大工さんが景気良くなるよと言っていたからである
そして何かこの辺の人は強欲だとも感じる、ここだけではないにしろもう金のことしかない、それは漁業とか農業が工業から比べるともう金にならないとして捨てられていたからである、跡継ぎもいないとかなっていたからである

だからこの著者のようにフクシマの原発事故前にこれだけ原発に自ら漁業する立場で海のことを大事に思っていた人はあまりにも希少だったとなる
それだけ原発は日本では安全だという安全神話にこりかたまっていた、権力でそうさせられていたしみんながそう思っていたから反対する人もいないし口にすら出さない状態だったし危険だと言えば村八分になり住めない状態になっていたことは確かである
だからこの著者のように原発に反対したはゼロだったとなる
むしろ積極的に原発を誘致して原発で金になるとして熱狂していたともなる

だからこの著者がここまで原発に自ら漁業者の立場で反対していたことに感心した
能登というと過疎地域になる、能登線とかも廃止になった
私もそこにも電車で行っていたからである、それだけやはり生活的には厳しい場所になっていたからそこで原発騒ぎが起きてくる
それは福島県の双葉大熊でも相馬市とか前の原町市とかから離れている場所だからそうなったのとにている

この著者はまた養殖漁業に造る漁業にも反対している、それも海を汚すとか自然なものでないから自然に反するものになると反対していた
これも自ら漁業しているからリアルに訴えるものがある
沿岸漁業がいいというときも資源保護のためにそう主張したのである
だからこの辺は何かあまりにも強欲になり原発事故前もそうであり事故後もただただ補償金が欲しいとしてもめて分断されたのである
矛盾しているのは船主などは事故後はさらに補償金が増加した
すべてではないにしろ船主は特権があるからそうなった、だから豪邸を建てたの知っているからである、例えば原発の汚染水で問題になったが漁業組合が交渉すればまた補償金を積み増しされるのである

汚染水を出すな

補償金をもっと出せ

これも矛盾している、もともとこの著者のように海を大事にして消費者を大事にしていうならいい、それも全くない、ただ金取りだけになったのがこの辺の漁業者だともなる
つまり海は俺たち漁業者のものでありそれを東電に売ろうが俺たちのものだから当然だとなる、補償金をもらうのも当然だとなる
そこからしておかしかったのだがではこの辺の人はそういうことにも気づかなかったのである、海に無関心になっていたし農業でもそうである
金にならないから跡継ぎもいないしやめるとなっていたしこれは全国でそうである
耕作放棄地が膨大なのである、農業でも金にならないとしてそうっなっていたのである
そういうことが原発事故にもつながっていた

なぜなら漁業でも農業でも消費者は無関心だったということがある
人間は自らに利害で関係しないと無関心なのである
それで私が無人駅でボランティアしても第一駅は地元の人でも無関心である
乗り方すらわからなくなった人がいる、それだけクルマ社会だからそうなったのである
それで何か注意を喚起しても全く無関心なのである
それで自分は邪魔者扱いされたとだけである
つまり利権になるとか金になるとかならないかぎり人間はたいがい無関心なのである
それでも鉄道が廃止されるとかなるとようやく騒ぐとかなる、その時鉄道のことを考えるようになるからだ、町がますます衰退するとかなるからである
とにかく原発に関心があるというとき金になるからだったのである
その危険性を問うよりまず金になることしか頭になかったのである

だからこんなふうに漁業を考え自ら仕事していた人がいたことは貴重だったとなる
この辺ではそんな人がゼロだったからである、一人くらいてもいいと思うが一人もいなかったともなる
マスコミでも漁業権を東電に売ることはおかしいとかも言わない
何か組合に反対されるから怖くて言えないとなる、そういうことが今の世の中には多い
だからテレビではタブー語が増えて何も言えなくなるのである

この著者はキリスト教徒でありその信仰の面からも発言している
私もそういう面からも発言してきたから共感する
とにかく原発事故以後に東京に原発を作るべきだとか本を出した人が見直された
それも今になると至極当然のことだったかその時はSF小説のように見ていたのである
マスコミでもまともにとりあげてはいないからである
ここでマスコミの責任もある、マスコミはとにかく何か重要な問題でもそれをつっこんで批判したりしない、いろいろな団体とか組合であれ苦情がくるから何も言えなくなるのである、そこで真実は明らかにされず今回のような大事故になったのである
だからマスコミは何のためにあるのか?それも問題になったのである

東電で13メートルの津波が来るとその部門の人が警告していた

でもこれも報道もはされない、したとしても隅の方にあり知っている人もいなかったのである
これを知っていればみんな津波に警戒していたはずだからである
東南海トラフではしょっちゅう警戒することをマスコミでも報道するから警戒しているからである、原発があるところはもっと警戒すべきだったからである
それは東電でも知っていたのである、ただ津波の対策はしなかった
金がかかるからしなかった、そして地元でも眼中に金しかなく危険情報など関係なかったのである、完全に権力によって作られた安全神話をそのままに信じていた

それも問題だったのである、まずこの著者のように考えていた人はいない
一人もいない、ただ金のことしか眼中になかったのがこの辺の人たちだったのである
だから今になって東電を批判したりしても政府を批判しても国民は原発乞食だとしか見ない、どれだけ金が欲しいんだとしか見ないのである
だから他の人と協力して原発反対するにしてもできない
他の人は金目当てではない、原発そのものに反対しても地元の人は金が欲しいから運動すると見られるからである、そうではないとしてもそう見られてしまうのである

結果的にはこの著者の住む近くに滋賀原発が建った、珠洲の方は反対して建てられなかった
でもこうして一人でも反対した人がいたことは貴重である
この人は漁業組合長でもあった、だから責任ある立場だったが原発は作られた
でも反対して作らせなかったのが新潟県の巻町と能登半島の珠洲があった
だからいくら権力があっても住民が反対すれば原発は作れないのである
この二つの例は貴重である、それだけ原発は住民でも反対することがむずかしいものだからである
この辺ではそういう人がいなかったからである


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2019年07月03日

気づかない人間の異常性 (原発事故にあった浪江の人の異常性)


気づかない人間の異常性

(原発事故にあった浪江の人の異常性)


震災以後一身上でも異常なことがつづいた、それは信じられないことだった
確かに家族が認知症になったのだからそれは本当に異常な病気だった
でも何か人間は異常性に気づかないのである
人のことなにかや言う前に自分自身の生活もつくづく異常だった
引きこもりだったということで異常だったのである
それを別にとがめられないから遂に人生の終わりまで引きこもりだったともなる
そううい人生を送れたのも異常だったともなる

こうした異常なことは震災以後その前の家族の介護からはじまっていた
自分自身自体が自分の異常性にそれで気づいたとなる
何もなければ自分で異常性を感じないとういことがある
人間の異常性は本当に気づかないのである
自分自身が異常だったが自分自身が気づかない
だから他人の異常をとやかく言えないこともある
人間は何か特殊な環境に住んでいてもそれが常態化する
するとその異常性に気づかないのである

社会自体が異常になることがある、それで実際にナチスが生まれたりカンボジアで200万人が共産主義思想の実践で粛清されて殺された
これも異常なことなのだがその時はそういうふうに見ないのである
日本の戦争だってやはり異常なものだったがその異常性には気づかない
そういう雰囲気に巻き込まれれば社会全体がそうなれば異常なことではなくなる
戦争に反対した人こそ異常になり特高につかまり刑務所に入れられたからである

仮設に避難した人たちが小高の人たちでも多額の補償金をもらい毎日パチンコ通いであったのも異常なことだった
なぜならその時自分自身が病気とか介護とかで苦しんでいたけど一切無視だった
もう仮設にはボランティアが毎日のようにきて応援していたからである
その時仮説の人たちは何をしていたかというとパチンコ通いだったのである
これも異常なことだった
そして借金に苦しむ事業に失敗した親戚の人がパチンコ屋の掃除をしていたのである
これも本当に異常な状態だったのである

そして常に原発避難者はかわいそうだかわいそうだとして特権者になっていたのである
自分は苦しくても金を要求されて責められるだけだったのである
ただそういう異常性にそういう当事者は気づかない、その時は気づかないのである
何が異常かもわからない、俺たちは被害者なのだから当然だと思うし避難する奴は人情もなにもない非情な奴らだとなっていた
それをマスコミも後押しするから何も言えなくなったのである

何が異常なのかは本当に人間は気づかない、別に原発のことでなくてもその人は異常人格者なのだけど社会ではそうみていない、その人は別に特別不幸な環境で育ったわけでもない、でも異常人格者になっていた、育ての母親が病気になっても捨てたのである
そこに事情があったとしてもその人はもう人間とは言えない
私の母親は継母にいじめられたが最後に施設でおかしくなったとき見舞いに行ったからである、そしてその継母も悪かったなと言って死んだのである

とにかく人間の異常性は気づかない、いつも戦争ばかりして人を殺すことばかりしていたらそれが日常になりその異常性にも気づかないとなる
何が異常か正常か平和な時代でも気づかない、カルト教団などでも異常なのだけどそれを異常とはしない、それだけの人数がいれば異常とは見ない
でも数が何百万人となるそれが異常だということは恐怖になる
誰も異常とは言わないからだ、そんなこと言ったらその何百万人が罰当たるとか攻撃してくるからだ

そしてまた一人異常な人を発見した
それは浪江の原発で働いている人だった
最初はわからなかった、異常ということがわからなかったのである
その人は原発に働いていたから詳しかったからそういうことがあったのかと聞いて納得した、原発の内部のことに詳しかったのである
ただなぜ廃墟の街に住んでみんな老人になって年金などもらえないのにそれに相当するものをもらった、良かった良かったいいことだけだとか言っているのはなぜだろうとふりかえる
廃墟の街でそんなことが言えるだろうか?
その周りの田畑は荒地になって荒廃しているのである
第一廃墟の街に住んでどこがいいのか、良かったのかとなる

そんなところで街が維持できるのか?電気でも水道でも整備できなくなる
そのためにも費用がかかるのである
それよりその人は根っからの都会人となっていたのだろう
回りの田畑が荒廃しているのが関係ないとなっていたからである
私の場合はそのことが一番ショックだったからである
いつも見ていた田畑がなくなったことがショックだったのである
確かに田畑で作物を栽培しているわけではなかった
でも田舎の風景は田畑があることで成りたっていたからである

その人は全くそういうことに目を向けていない
回りの自然と田畑に関心がないのである
それでこんな浪江の田舎町に二万人住んだのは原発があるからだったと言っていた
原発で成り立っていたと言っていた
つまり原発とともにありその他のことは関心がなかった都会人になっていたのである
東電に勤める会社員でありその周りのことには関心がなかった
なぜなら田畑があったとしても自ら生産にたずさわらない、その作物でも買うのはスーパーだから田舎でも都会人と同じなのである
そういう人がまた田舎でも多いのである、みんな農民でも漁民でもないからだ

ただそれも異常なことではなかったか?
その田畑に無関心だということが異常だったのである
そして田んぼが草ぼうぼうの荒地になったとき一番荒涼としたものを私は感じた
それで田んぼが回復して鷺がもどり蛙が鳴いた時感動した
蛙の啼き声がひびいたとき復興したのだと思った
それは田舎では蛙でも鷺でも自然とともに生きるというのが田舎だったということを再確認したからである、蛙などどこにもいんるではないか、でも一時蛙も田んぼなくなったときいなくなったのである、蛙の声が聞こえなくなったのである
つまり蛙が鳴いているとか鷺がいるとかは当たり前の風景である
でも田んぼがなくなったときそれらがいなくなったことで田んぼが蛙とか鷺とか他の生命とも一体となっている存在だと気づいたのである

その浪江の人は補償金ももらって老後も補償されたとかいいことばかりだったというのも異常である、廃墟の街に住んでそんなこと言えるのが異常だともなる    
もし食料でも他から入らない時代だったらこうはならなかった
自分たちの食べるものがない、食べるものが汚染されて食べるものがなければ住めないとなるからだ、でも金があれば食料が他から入ってくるから感じないのである
つまり周りの田畑が荒地になっても関係ないとなっている
それは都会人になっている、都会には周りに田畑がないからである
でも食料は外国からでも全国か入ってくるからまわりに田畑がなくても関係ないのであるだから今はみんな都会人になっている

ということは全く周りの自然とか田畑とかはないのだから無関心になる
食料は世界中から入ってくるから日本の農業も関心ないとなる
それは田舎でもそうなのである、農業にたずさわる人は一割もないとか少ないからであるただ大都会で地震とか大災害になったときどうなるのか?
水もないとか食料もないとか燃料もないとかなる
2011の震災では津波の被害にあった所では裏山の清水を飲み木をきって木材を燃料としてしのいだ、それが都会ではできないのである
たしかに外からの援助があるとしてもその間にしのげないともなる

ただこの人も自らの異常性に気づいていないのである
人間はとにかく自らの異常性に気づきにくいのである
何か正常化のためには対比しなければ気づかない
戦争ばかりしていたら戦争のない所で国で暮らして正常を知るのである
クルマ社会でも異常とも見る、それと対比するにはクルマのない社会を知ればわかる
またクルマのなかった時代へもどってみるということでその異常性に気づく
そうでないとクルマ社会になっていればそれは当然だとなってしまうからである
そしてこの世のこともわからない、天国があるとしてその天国と対比してこの世がある
この世がいいものだというときそれはこの世にある悪とか暗黒が見えなくなっている
この世で崇められる人間は実はサタンであるというときそうである
この世で力を得るのは神ではない、サタンだとなるからだ
だからこの世が住み心地いいというときその人はサタンの一族に組み入れられているともなる、普通はこの世では苦しむ場であり悲しむ場になっているからだ

ともかく日本人を的確に見れるのはかえって外国で暮らした人である
その時日本人を外国の対比でみるから見えるのである
日本人の異常性とか特殊性とかいろいろ対比して見えるのである
日本のいい面でも悪い面でも明確に見えるのである
日本人の中に暮らしていたら異常性も見えないのである
それは日本で暮らしていたら正常なことになるからである
また地獄があり天国がある、常に対比してしか見えないのである
善と悪でも善ばかりの世界にいたら善そのものも意識できないのである
異常と正常も同じである、何が異常なのかそれも正常と対比してしか見えないのである

自分のことは他人を通じてしか分からない

まさにこれだったのである

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2019年06月17日

人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない (津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は自ら被害者になり困らない限り関心をもたない

(津浪や原発に無関心だったのもそのため)


人間は無関心なのか、津波で原発でもこの無関心から起きて大被害になったともいえる
それで災害は忘れたころにやってくるとなっていたのである
津波が400年前にあったとしても関心を持ち続けられない
それを伝えられないのである
そして400年前は戦国時代であり為政者の関心が戦争にあったから津波のことは相馬藩では700人溺死としか記されなかったのである
これは政治的問題としてあった、為政者が今のように選挙で選ばれるわけでもないから庶民は二の次になるからだ

ただ本当に津波と原発事故ではその無関心さが致命的結果を生んだのである
スマトラ津波であれだけ被害があったときもそうだった、津波がないところだから警戒を怠ったとか日本人自体が言っていたのである
日本の問題はとにかく島国であり外国に関心がもてないのである
陸続きの国は何かあると必ず陸続きだから影響する
食料がなくなれば襲われるしそういう恐怖から都市でも城壁で囲み万里長城が作られた
都市とは城壁で囲まれた場所をさしていたのである
大陸では常に外部に対して敏感だったのである、それは陸続きで攻められるからである
日本は海で囲まれているからそういうことがないからのんきだとなる
そして鎖国のように国を閉ざすこともできたのである
大陸では国を閉ざすことができない、陸続きで難民が流入してくるのを防げないからである
民族移動があればもうそれを防げない、戦争する他なくなる

日本は孤立した島として世界から離れてあった特殊な国だったのである
中国とかなるとそもそもが多民族国家であり絶えず他民族に侵略される国だった
それで外国に常に関心をもたざるをえない、それは自分たちの身を守るためにそうなったそれで「他山の石」という言葉が生まれる、他山の石でも関心をもてということである
日本は地震国なのに2014年スマトラ地震の津波でも危機感をもっていなかったのである
それは今回の津波の7年前だったのである

なぜ人間は関心をもたないのか?それは自分の身に及び困ったり苦しんだりしない限り無関心なのである、鉄道が無人駅になっても別に困らなければ無関心である
でももし他で鉄道が廃止になっている線がある、だからここもなるようなことがあれば困るとなるが実際はみんな車社会だから鉄道に関心がないのである
それで廃線になるとかなれば騒ぐのである

人間の弱点はとにかく体でも健康である限り病気に関心がない、病気になるとも思わないのである、でも実際は病気は知らずになっている場合がある
ただそれが苦しみとなり症状が現れない限り放置される
そして気づいた時は手遅れになっていることが多いのである
人間は自ら困ったり苦しんだりしないかぎり何でも無関心なのである
つまり病気になれば病気に異常に関心をもつ、なんとか直してもらいたいとなり関心をもたざるをえない、でも健康であれば病気に無関心なのである
そして何か苦しみがないかぎりカルマでも意識しない
何も苦しみがなければカルマがないと思うし第一意識しないのである
苦しみとして現れたときカルマを意識するのである

人間は自分が困ったり苦しまない限り無関心なのである、だから身近に病気の人がいても貧乏な人がいても何か困っている人がいても無関心である
でもそれが一旦自分の身に及ぶとき困ったり苦しむとき関心をもつのである
てもその時はすでに時遅しとなっているのだ
それが津波と原発事故だったのである
関心がないからこそ20キロ内に小高に原発の工事が始まるのにそれすら知らなかったのである、また知らされなかったのである
その知らせる役目がマスコミにあったが福島県の報道機関は知らせないのである

それで東電で13メートル以上の津波が来るという試算をして備える必要があると報告していたが東電はしなかった
そして地元の人たちそんなこと知らなかったのである
13メートルの津波が来るということをみんなに知らせていたら科学者が言っているから信用したからである、そうしたらこんな大被害にはならなかったとなる
この辺では津波の話など海に面していて聞かなかったのである
そうして老人は津波が来ないとして逃げないで死んだ人が多いのである

人間が関心をもつべきことはいくらでもある、芸能人に関心を持っている人もいるし様々なことに関心をもつのである、それは多様であり人によって違ってくる
でも逆に最も大事なことに無関心だったということがある
津波とか原発がそうだった、これは最もこの辺では関心を持つべきものだったのである
ただ大被害になって関心をもつようになったのでありそれまでは無関心だったのである
また無関心にさせられていたともなる  
すぐ近くのゴミを置く場所でも網をかぶせるが烏につつかれて散乱することがある
そのことを言っても困っていると言っても知っている人がいても何とかしようということがない、市役所ではゴミを入れるものは場所を決めれば置いてくれというが本当に困らないからそのままになる、私自身もいくら言ってもみんなで何とかしようとはならない
一人がいくら言ってもみんなでなんとかしようとしないかぎりどうにもならないからやめた、それは無人駅でも同じである、みんなが本当に困りなんとかしようとしないかぎり改善されないのである
そしてそういう無関心さが今回のような津波とか原発事故の大被害につながるから怖いのである

例えば灯台下暗しというのもそうである、本当にいつも住んでいる場所に関心をもたない見過ごしているのである、最近自分自身でもいつも原町に行く高平とか相馬市の道の駅の日立木とかに興味をもった、そこは一番身近でいつも通る場所だからである
でもそこでも良くみていないし無関心だったとなる
関心をもつには意識して関心をもたないと関心をもてないというのも人間なのである
ただ正直あらゆることに関心はもてない、でも無駄なことに関心をもつのも人間である
肝心の一番身近なのことに関心をもたないいことがあった
それが海に面していれば津波に一番関心をもっていもいいし原発に関心をもつのは当たり前でもそうならなかったのである
そして大被害になったとき関心をもつようになったが時すでに遅しとなっていたのである



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2019年06月11日

東京に原発を(広瀬隆)を読む (東京は原発と運命をともにすべき、そして地方はどうするのか?)

東京に原発を(広瀬隆)を読む

(東京は原発と運命をともにすべき、そして地方はどうするのか?)


東京に原発を作れというとき何かそれがありえないものとして無関心だった
そもそも原発がある地元でも無関心だったのである
だから衝撃的でも関心がないし関心がないようにさせられていたのである

東電では科学者がいて専門家が13メートルの津波が来ると試算していた

でもそのニュースすら大々的に取り上げられない、福島県の報道機関は全くあてにならないものだったのである
福島民報は県の出資が50パーセントであり県の広報と変わりないのである
そんなところで報道の自主性は完全に奪われていたのである、民友でも自主性はない
それから雑誌でも東北政経とかふくしま財界とかあったとしてもあてにならないものだったのである
東北政経はなぜ渡辺恒三のことを伝えている、何か後ろ盾になっている
日刊現代でも小沢が後ろ盾になって資金援助しているとかなる

マスコミとか報道機関がなぜ自主性が独立性がないのか?

それはそもそも会社と企業の広告費でなりたっているからである
それは報道に新聞でもテレビでも雑誌だって一か月一回だして金になるのかと疑問になるからだ、そんなことで生活できるのかと疑問になるからだ
するとこうして報道機関はマスコミの資金は大企業とか中小の会社とか政治家とかの援助があって成り立っているとしたらもうそこには何かを真実を追求することは不可能であるだからただ官報のようになっていたのである

そしてマスコミの90パーセントというか百パーセントに近く原発には反対していないのである、広告費をもらっているから反対しないし追求しないのである
それで朝日新聞社の幹部まで東電から中国に招待されていたとき事故が起きたのも象徴的だった、電事連合から800億円が宣伝費広告費として支払われていたのである
その額に驚く、それでマスコミは何も言えなくなったのである
今自分でもインタ−ネットだから報道できる、そうでなければ金がかかりすぎてできないのである
新聞などは本当に紙に刷って配るだけで莫大な金と手間がかかるのである、そんなこと一個人ではできないからだ
      
でも新潟の巻町で原発反対で住民が拒否して建てさせなかった、それを新潟日報は応援したのである

笹口町長のもとで八月に住民投票を実施。東北電力の買収・供応、利益誘導、締め付けと、国も乗り出しての激しい切り崩しがおこなわれました。しかし、投票率が89%に及び、反対が61%(一万二千四百七十八人)を占め、賛成の39%(七千九百四人)を大きく上回りました。

これは日本では例外的なのである、だからどうしてできたのかとなる
なぜならこの辺では積極的に誘致して危険をかえりみないことでわかる、ただ金になればいいしかなかったからである
小高で東北電力の原発の工事がすでに開始されるところだったのである
そのことを自分も知らなかったが家に来た大工さんが「小高に原発が建つから景気良くなるよ」と言っていたがそうなのかとしか思っていなかった、危機感がなかったのである、何かこの辺では報道もされないし反対もしないのである
この辺はとにかく金、金、金であり貪欲なのかともなる
だからどうして巻町で反対するだけではない原発を建てさせなかったのか不思議だとなる 
そして恐怖はこうして原発がまだまだ増えてゆくことだったのである、事故がなければ歯止がなく日本に原発が増えていた
するとどうなるのか重大事故がその中で起きれば日本が壊滅とまでなる、そういう恐怖も何もなかった
この本では日本が壊滅すると警告していたが福島原発ではそうはならなかったが事故がなければまだまだ増えていた
そういう危機感が日本全国でまるでなかったのである

第一報道するにも原発は政府で立ち入り禁止にしているから入れないのである
厳重に閉ざされた秘密の空間なのである、すぐ近くにあっても何をしているのかも皆目わからないのである
原発自体が専門家でしかわからないものなのだが何か核分裂させて熱をだしてタービンをまわすということでは原理としては石油でも石炭でもソーラーパネルでも風力でも同じなのである、だから必ずしもわからないということでなかったのである
熱をだしてエネルギーを電気を作り出すということは誰でもわかることだったのである

この本で本当にその危険性を鋭く指摘していた、それが原発事故前だったからやはりその功績が大きいとなった、その評価が大きくなった
この本が出たときはほとんど注目されていなかったかもしれない
ただ東海原発のことを中心に被害が東京に及ぶとか日本全体が汚染されるとか書いてあったが実際の範囲は東京まで福島原発でも影響がほとんどなかった
チェルノブイリの事故がありそれを例に誇大化されていたことは確かだが地震のことや津波のこともでもわずかだ書いてあった
パイプとかパルプでも1000とかあり津波の前に地震の揺れで壊れたとされる
そして日本の原発は老朽化しているから危険としている
東海原発は東京に近いということで危機感を感じていたのである

いづれにしろ

東京に原発を作り運命をともにしろ!

では福島とか地方は原発を拒否してなくなればどうなるのか?
それを考える人はまた少ない、そこにはやはり経済的に地方にも痛みがくる
電気はどうするんですかとか地方の財政はどうするんですかとか金の成る木の原発がなくなると地方はどうなるのですか?
何かそういうことが深刻な問題になる、なぜなら双葉とか大熊辺りは相馬地方だと都市部から離れていたからである、それで出稼ぎに行かないように地元で働き住みたいということで積極的に誘致したからである、その結果原発成金などが生まれたのも事実なのである
船主などは原発御殿を立ったとかり津浪で流されて罰あたったとか言う人が磯部とか海岸部に住んでいた人が言っていたのである
よほどその家を見てうらやましいからそうなった、今でも津波の後でも漁業関係者は特に船主は補償金が入るから豪邸を新しく建てたの知っている

ただ原発で働く人がこの辺では多いから経済的に相当な打撃になる
何も石炭でも石油でも今ならソーラーパネルでも風力でもいいじゃないかとなるが
それだって輸入すると金がかかる
太陽光とか風力は景観を壊すから自分自身は嫌なのである
ただではどうしたらいいのか?
それで家族一緒に暮らせるなら蝋燭でもいいやとか言った人がいた
つまりそういう極端な変化でもいいとかなったのは原発事故で家族が住めなくなったからである

とにかく原発とは一企業だけでできるものではない、国策として防衛としてやっている
原発からプルトニウムが生産されて核兵器に使用できるからである
そういう核の潜在力をもつことで韓国であれ中国であれロシアであれ威嚇できるということでそうしている、だからこんなに50基も日本に原発があるとなる
それは日本の防衛のためだからだとなる
そうなると日本の防衛をどうするのかという問題にもなる
核を持たないで国を防衛できるのかとか議論になる、そうなるからこそ原発は単に電気のためだけではないからこそやめられないとなる
電事連だって多くの人が働いているからこそ共産党でも原発自体には反対していない
ただ安全に稼働してくれということで追及していたのである
原発を日本からは石炭でも石油でも自然再生エネルギーでもいいとはならないのは日本の防衛問題があるから簡単ではないとなる
日本が回りは核兵器をもっているのに丸腰で守れるのかとなるからだ
だからさ右派は核兵器を持つべきだとなり原発をやめるなと言っているのである

いづれにしろ東京に原発を作れとういとき何か送電線問題だけではない、熱がでるからスチームとしても利用できるとか極めて効率的なのである
その場所がないというけどあると説明している
東京は一千万とかその周辺地域で神奈川県とかで3000万人とか住んでいればそこに原発があるのは極めて効率的なのである
そこが一番日本で電力を昼夜必要としているからである

では地方はどうするのか?それは地方の課題としてつきつけられている
経済が衰退しているのにこれ以上衰退していいのかとか地方の問題があるからだ
ただまず東京に原発を作れというのは正論でありその後に地方は地方で考えるとなる
その時地方にも痛みが生まれる、そうなると地方に住みたくないという人もでてくる
それはそれでやはり地方に住みたい人は住む、でも今までのような豊かな生活はできないともなる、ただそれでもいいという人は住むとなる
そして東京に住んで原発とともに運命を共にするのは嫌だという人もでてくるから何かそこで二つに分かれるかもしれない、何かそこで価値観が分かれる

そこで住み分けが生まれるかもしれない、何か映画で核兵器を原発を守り神のように信仰までになっているのを見た、それが東京になる
それが嫌だというとう人は地方に逃れるとかなるかもしれない、それもまた社会を変える日本を変えるものとなる、確かなことは東京に原発を作ってこそ原発は容認されるとういうことである、そうでなければ容認はできないのである 
地方の守り神を原発にしてはならないのである
東京は原発と運命をともにする、でも重大事故になったら東京に住めなくなり今度は地方に移住するようになる
それも大量の移住でありそれでようやく東京一局集中が消失するのかともなる
その未来はわからないが原発を作りたいなら東京に作れというのが一番効率的であり合理的判断なのである
できなければ原発はやめろ、地方には作らせないとなる

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2019年06月07日

風力・太陽光発電の無駄―原発が一番効率的 (ならば東京に原発を作るべき)


風力・太陽光発電の無駄―原発が一番効率的

(ならば東京に原発を作るべき)

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日独大失策か!?増えすぎた太陽光・風力発電がもたらす未来予測[H30/2/19]

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津浪の時に原町火力発電所が火事になる


ヨーロッパは一年中台風でもないのに 
平均的に風吹いてくれるけど 

日本は台風ですごく強すぎたり全く無風だったり 
極端すぎる  

本当は地熱なんだけど温泉利権屋がうるさい

電気ってのは必要な時に必要なだけ発電しなきゃならんからな 
風力発電だったら、大きなバッテリーをもれなく付けないと役に立たん 
夜中にブンブン回っても無駄だから、それを溜めて日中に出力しないとね


桜チャンネルでの専門家の説明はわかりやすかった
いつも風力発電を見ているし浜通りは電力の供給地である
だから関心がある、松川浦に火力発電所があり原町にありすぐ近くで見れるからである
こうして見える範囲にあれば理系でなくてもじかに脅威を感じる
毎日見ているからである
原町の火力発電所は一時津波で火事になったのである、その煙を出たのを見た
もしあそこにも原発があったら大変なことになった
でもすでに小高に東北電力で原発を建てて工事はじまるときだったのである
でもそれすら知らなかったし誰もそのことを危険だとも言わない
マスコミも騒がなかったのである

そして小高の大工さんが「原発できるから景気良くなるよ」と言っていたがそうなのかとしか思わなかった
その大工さんは金のことしか考えていない、そもそも金になればいいということしかないそれは小高でも浪江でも原発立地地域でもそうだったのである
頭の中が金、金、金になっているときそこに原発が来れば飛びついたのである
おかしなのは浪江の人が街中に住んでいたけどもその人も原発で働いていたけど
老後の資金をもらったからみんな良かったとか言っていたことである
あんな人もいない街に住んでいいものだろうか?

あの人は町全体のことを考えていないのだろう、そんな極端な過疎化した地域に電気とか水道とかインフラを整備するだけで莫大な費用がかかる
それで葛尾村とかでは介護費用が倍になったとかある、一万とかになったとかある
介護費用は65歳の人口が多ければどこでも高くなるし自治体で差があるのだ
南相馬市などは老人が多いから高くなる
ただまだ葛尾村の用地なはなっていないがこれかはなってゆく

あの人の言っていることは何なのだろうと思った
何にも悪いことがないとしているのも全く理解できなかった
回りを見たら田畑でも草ぼうぼうでありそんな所に住んで金をもらったからとしてもいいものだろうか?それだけ金さえあれば後はどうでもいいという社会になっているからだともなる

このyoutubeの番組では太陽光とか風力発電はかえってコストがかかるということをわかりたやすく説明している、ドイツの例をとって説明している
ドイツが再生エネルギーの先進国だからである
でもそこにもいろいろ問題があることを指摘している
南相馬市の右田に風力発電が4基作られた、その時駅で会ったのはドイツ人であり技術者だったのだろう、風力発電でも先進国だったからである
原町の火力発電所にもドイツ人が来ていたから電力関係ではドイツが進んでいるのかもしれない、だからドイツを例にしてこの番組でも説明していた
つまり太陽光発電とか風力発電は効率的ではない、またそれで電力料金に付加金が課せられていて実際は高くついているだけである
蓄電できないので一時的に風が強く吹いたりしてもそれを利用できないのである
ドイツではそうして余剰化した電力を他国に金を払って売っているという
電力が余ると放出しなければならないからそうなっている

風力発電というときドイツとかヨ−ロッパでは一定の風が吹いているという、日本は台風とか何か風が極端に強く吹いたりする、でもその電力は過剰になり利用できない
何か風力発電とか太陽光発電は砂漠のような所に平原のような所に向いているのかもしれない、ただ砂漠だとは砂嵐とかあるから太陽光でも影響を受ける
そもそも風車というのは中東から生まれたのである、そこはやはり風が一定して吹くからいいとなる
技術でも必ずその土地の風土と関係して生まれているのである
日本でトンネル技術が発達するのはこれだけ山が多ければ当然だとなるからだ

送電線の問題でもこの番組で指摘していた、ドイツでもその距離が長くなるから莫大な費用がかかるとかドイツにはもともと森がありそれで環境に影響するかと反対する人達がいるとかある
再生エネルギー自体これも本当に環境破壊だった、丸森のところのメガソーラーでもそうである、第一日本では平坦な土地がないからあのように山の斜面とか利用するから環境破壊になる、中国とかアメリカとか大陸だったらどこまでも平坦な土地があるからいいのである
それで日本では北海道と秋田とか日本海が風が吹きやすいのでそこがいいとなっているが問題はそこは人工的過疎地域だから需要がない
需要があるのは東京だから東京まで送電線を作る必要がある、その費用が一兆円以上になるのである、そのコストも馬鹿高くなる
この番組では

原発は一番安上りなんだよ

このことを暗に言いたいことがわかる
右は未だに原発賛成なのである

それはそれでいいとしてそうなら

原発は東京に作れ!

それが一番効率的でありコストもかからなかったのである
送電線をわざわざ福島まで300キロありそれを作るだけで馬鹿高いコストになったからである
原発は安上がりだなどといいたいのである、その後始末に20兆円とかかかるのである
一旦事故になったらこの辺のように住めなくなるのである
この辺の惨状を見たら原発は何が何でもいらないとなるのが普通である
それでこの辺で田畑が回復して田んぼに蛙が鳴き鷺が帰ってきたとき復興したと感じた、田毎に満月が皓々と輝き映った時元に戻った感じたのである
田は自然の一部であり生態系を形成していたのである
だからその蛙の声を聞いた時人も動物も植物でも復興したと感じた

風力発電にしろ原発を作っても東北と北海道では需要がない、東京にはある、でも送電線のコストが高くつくという
そうなら東京に原発を作れとなるのだ
でも危険だから誰も賛成しないから作らないとなるのがずるいのである
そして事故になって福島の原発立地地域は住めなくなったのである
故郷を消失したのである、生態系を破壊されたのである
これは東京一極集中の弊害がエネルギー分野でも生まれていたのである
一千万も住んでいるからである
ただ東京という地域は意外と土地としては狭い、その隣の神奈川県は広いのである
すると神奈川県でもいいではないかともなるが東京に隣接しているから原発は作れてなかったのである

とにかくエネルギー問題は日本だと地熱発電いいとしても温泉で観光で生計をたてる所で反対がある、岩手山の麓あたりで地熱発電の工事なのか調査している人にあったことがある、地熱発電は日本の風土にあっているのだがこれも問題がある
ではお前はなにかエネルギーの将来像を提示できるのか?
それはできないとなる、ただ日本を東京中心に考える、東京中心の経済が歪みをもたらしているのである、だから長い送電線を作るのでもコストがかかる

では原発が結局いいんだというとき

原発は東京に作れ!

これが最も合理的判断なのである、それができなければ別に考えるべきだとなる
そこに右の原発をまだつづけるべきだという矛盾がある
そのリスクを引き受けるのは東京であるべきだしコストとして東京に作るのが一番効率的なのである
それができないならやめろとなるのである

そういうことを指摘していたジャーナリストもいたがこれも無関心だった
原発は「安全神話」てすりこまれて地元でも危機感を感じていなかったのである
ただ求めていたのは金だけだとなっていたのである
今でも結局補償金をいくらもらうしか頭にないのである
そういう人たちは容易に金さえばらまけばなんでもできると政府でも東電も見てしまうということである
だから地元では原発反対を言える立場にあってもできないというのもわかる
あいつら原発乞食であり金が欲しいだけなんだよとなる
一緒に反対運動もできないよ、原発乞食にまた補償金を追加させるだけなんだよとなってしまうからである

ヒロシマの原爆被害者は原爆反対を言える立場にある、それによって多額の補償金をもらったともならない、それよりその犠牲が20万死んだとかあまりに大きかったからである
なぜ原発が対外的にそんなに被害がないと見られないのか?
それは原発事故で誰も死んでいないとか見られているからである
でも故郷の自然が生態系が破壊されたことは大きな被害だったのである
そんなもの都会に住んでいる人は関係ないともなる
そういうことでその被害が見えないのである
でも田舎だと田畑があって田舎でありその景観が安らぎを与えていたのである

とにかくエネルギーは必要でも原発しか効率的に作れないというのは危険である
コストがかからないというが莫大な国を傾けるほどの税金を使っているのである
そしてまた東京から来た人たちゼネコンに除染で何兆円も使われて地元にはその金が回らなかった、復興費用に回らなかったのである
結局日本は東京一極集中で地方は収奪されてきたのである
人でも若い人が中卒で金の卵で送られたようにその後も東京に地方から出稼ぎとかで人が送られてきた
そしてまたオリンピックとかで東京中心に経済がまわる
復興には回らなくなっていたのである、つまり東京中心になんでも日本はなっているから歪(いびつ)なのである
そして東京には何か文化が起こらない、ただ貪欲な胃袋となっている
一千万の怪物都市となっているだけでありそこに安らぎもなにもないのである
何かそういう点地方中心に江戸時代が国土を利用するのには良かった
新潟県で百万といて東京も百万とかだったのである、それは大正時代とかでそうだった
もし東京が百万の規模だったらこんな問題は起きなかったのである





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2019年06月02日

原発事故の復興は田んぼの復興なくしてありえなかった (蛙の鳴く声を聞いた時それを感じた)

        
原発事故の復興は田んぼの復興なくしてありえなかった

(蛙の鳴く声を聞いた時それを感じた)


陽はゆっくりと落ちてゆく

陽はゆっくりと落ちてゆく
急いではいけない
街からら離れた所
田んぼに苗は植えられた
あとは育つのを待つ
水はここに流れめぐる
蛙がのんびり鳴いている
黄菖蒲に光がそそぐ
明るく一日映えている
私はここで休む
陽はゆっくりと落ちてゆく
時計の刻む時ではない
陽のめぐる時に合わせる
ここは安らげる場
あなたは何を望むのか
その欲は限りなく
安らぐことはできない
ここは安らぐ場
一時は田んぼも蛙も消えた
また田んぼに蛙の声が聞こえる
それが田舎の幸せ
ここに落ち着くがよし
陽はゆっくりと落ちてゆく
私の生きる時間はもう少ない 
光を惜しみ時を惜しむ
そここそ汝のいる場なりしを・・・・


田んぼの畔の所にいたら陽がゆっくりと落ちてゆく、それほど暑いということもなかった何か蛙の声がこうして鳴いているのを聞く、蛙と田んぼは実は一体だったのである
なぜなら田んぼが一時は消えた、草ぼうぼうになって放置された
放射能汚染でそうなったのである
だから蛙の声も消えた、そして二三年前だったか、それより前だっか、蛙が一斉に夜鳴いて夜空にひびいたとき復興したなと感じた

田舎は第一田んぼがない田舎は考えられない、その田んぼは千年とかあるとなればもう田んぼは自然なのである、ただ今の世の中都会に住んでいる人も多いのだから別に田んぼを身近に感じないし、蛙の鳴く声が聞こえなくても普通である
でも田舎だったら蛙の声が聞こえなくなったら田舎なのかとなる
それで満月が出て田毎に映っているのを見るとなごむ
そういう風景は当たり前だったがこの辺では一時消失したのである
今でも原発避難区域だったところは無惨である、草ぼうぼうで田んぼは回復していないからだ
そこに荒涼としたものを感じる

田んぼ米をとるというだけではない、それはもう自然なのである、なぜなら田んぼがあって蛙が生きることができるし田んぼには多種な命が育まれているからだ
そこは詐欺の餌場になっている、それで鷺すら原発事故でいなくなったのである
それで50羽くらいの鷺が河原の竹藪に止まって寝ている時この辺は復興したと感じた

農本主義の未来を耕す(宇根豊)よりの抜粋

「蛙の鳴き声なんて一銭にもならないよ」
「今年から蛙が良く鳴く田んぼには、税金から対価が払われます」
「蛙の鳴き声を金に換えるほど堕落していない」
受け取りを拒否する百姓が少なくありません
「その金はあなたにあげるのでなく、蛙にあげるのです」
「この金を蛙がちゃっと鳴くことができるようにあなたが使ってくつださい」

ここでの例え話は蛙に金を払うというのは外からの目線である

「ああ、今年も代かき、田植えが始まったな、 蛙の声を聞くと張り合いがあるというか今年も忙しくなるなと思うな」

蛙が鳴くということに対価を払うのは外からの実際に田んぼを米を作る百姓の目線ではないとしている
確かに田んぼを回復したいというとき米を作り収入にしたいということがあった
原発事故ではもう放射能汚染で米を作れないという深刻な状態に陥ったからだ
今でも溜池の除染をしている、どうしても放射性物質が水として流れてくるからだ
米粒が白くセシウムに汚染されている写真を見た、また二本松の方で米を作る農家の人が原発事故以後農業ができないと自殺したこともあった

ここで著者がとりあげていることは自ら農業しているから内からの目線で語っている
ただ田んぼを回復することはただ米を元のようにとれるようにする経済的効果だけではない、蛙も生きられる場を再生することでもあった
田んぼとは人間が作ったものでもない、第二の自然と化していたからである
蛙でも多種な虫でも田んぼに生きていたからである、それを餌とする鷺が帰った来たというときこの辺は復興したと感じたことでもわかる
自然の復興でもあった、田んぼの持っている意味は米が食料がとれるというだけではないのである
まず田畑がない田舎は田舎なのかとなる、畑に花が映えているときもそうである
カンナは大きな花だから特に映えたのである、そこになごみがある
ただ自分自身が実は田舎に住んでいても農業しているわけではないから外からの目線で見ている、だからこの著者のような内からの目線になっていないのである、田舎に住んでいても今農業にたずさわるものは一割と実際は少ないから農業のことを知らない人が多いのである、でもいつも田畑を見ているということだけで都会の人とは違っているのである

ただこの辺が原発事故で放射性物質に汚染されたとき田畑も作れなくなったときかえって外からの目線も必要になった
蛙も住めるようにする田んぼの回復が必要であり蛙が生きるために金を払う必要もこの議論で感じた、外からの目線でもそこに金を投資して自然を維持するという感覚をもつべきだとなったのである
それで趣味で畑で野菜を作ったいる女性に肥料代とか種とか道具類とか援助したのはやはり畑でも田んぼと同じように見ていたからである
回りが草ぼうぼうになっているとき畑があった方がいいと思ったからである
でもそこでとれる野菜はわずかでありキュウリ二三本しかもらっていない、そしてその人は腰が悪いとかなんとか草むしりでもするのが負担になっている
その畑から収入にはならないからである
その人は第一いつも金に困っている人だからわずかでも金になる仕事をすればいいと思っている、でもその人は農業をしたいのである
ただそれを援助するとなると自分自身も大変なのである、何もしてもらわないのに金だけ要求されているからだ

でもなぜ草ぼうぼうの荒地にしておくのか?土地はほとんど無料で貸ししてもらえる
でもやる人がいない、ただ浪江の復興住宅に住んでいる人が土地を借りて野菜を作っていた、あの人たちもなにもしないから畑で野菜作りすればいいとも思う
いづれにしろ田舎だとまず田畑が復興しないと復興したという感覚にならないのである

もちろんロボット工場とドローン工場とかを作り工業地帯にするのもわかる
でも基本的にベースとして田舎だと田畑を復興しないと田舎の復興はないと感じるのである、それが草茫々の荒地となっていることが荒涼としてくる
だから川岸に黄色の菖蒲が一杯咲き畑に女性の笑い声がひびいたとき何か元に戻ったなとか平和が戻ったとか感じたのである
ただここだけではない耕作放棄地とか跡継ぎがないとか日本全体の問題である
でもこれから農業の復興があるかもしれない、なぜなら日本は電気産業とか他に科学技術のグロ−バル競争に敗れ貧困化する
すると食料すら輸入できなくなる、すると自国で生産するほかなくなるからだ
その時荒地でも利用して食料を生産するほかないとなる、それは戦争に負けたとき引揚者がそうしした荒地に開墾に入ったからである、そういうことがこれから起きてくるかもしれない、つまり日本の貧困はますます厳しくなってくるからである


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2019年05月25日

原発事故の原因ーその地に住む者と住まない者の差 (責任は住む者に強いられるー東電の人は住んでいないから無責任)


原発事故の原因ーその地に住む者と住まない者の差

(責任は住む者に強いられるー東電の人は住んでいないから無責任)


原発事故の原因とか責任を追及してきた、その原因は一つではないし多様なものがある
だからこれだけの大事故だともう国全体の責任として国民全体の責任として波及したし世界的責任にもなっていた
何故なら海とか大気まで汚染されたからそれは一国とか一地域の問題でなくなっていたからである、原発は日本だけではない世界的な影響があるものとして事故が起きた
それはチェエルノブエリですでに証明されていた、ヨ−ロッパ全土に波及したからである
福島の事故ではそれがなぜ起きたかとなるいろいろ原因はあり追求してきた
人間は住んでいる場所に一番関心があり住んでいる場所を良くしようとする
住んでいる場所が何であれ汚染されたりすると住めなくなったりするから敏感になる
毎日使う水でもなんでも汚染されたら住めなくなるからである

つまり何であれ住んでいればその住んでいることだけで責任を強いられているのである
そういうことは自覚されないが今回のような原発事故とかなるそこに住んでいた人が住めなくなり責任を強いられたのである
だから住んでいること自体責任が課せられていたのである
生れたときすでにその土地に責任をもたされていたともなる
なぜなら親がいて先祖がいて次の代もありうるからである

家だって住んでいると汚れればきれいにしよとかなる、放っておくとゴミ屋敷になってしまう、だからすでに家に住むこと自体家に責任が生じて掃除することを強いられているのである、責任を持たされているのである
何かを所有することは責任をもたされる、土地をもっていればそこを荒地にしていれば土地を有効に使わないとして土地をもつ権利すらなくなる
現実に山でも明治以降無数の権利者がいてその山全体を有効に活用できなくなった
ただ名前だけで土地を所有されているのはもう権利がないと法律もできる

原発でもそもそも東電では東京に作るのが筋である、送電線の費用もいらないし合理的だったのである
それを福島にもってきたことが災いになったのである
まず離れているということで無責任になる、東京には300キロ離れているから事故があっても安全だとなる
そこに東電の幹部とか社員が住んでいて福島に一部は住んでも住んでいない
すると住んでいないから無関心になり真剣に原発の安全など考えないのである
だからこそ東京に原発を作ることが安全を守ることだったのである
なぜならそうなればすぐ近くにあるのだからもう絶えず監視して安全を守るからである
ただそうなると反対勢力が大きくなり原発は建てられなかったとなる

そして事故になった時、離れているから的確な指示を東電の経営者はできなかったのである
そこで吉田所長の肩にその責任がのしかかったのである
実質的に原発の責任者になっていたからである
でも東京と離れているので意思疎通ができなくなっていた
それは東電の幹部でもそこに住んでいないからである

何かそうして離れていると支持もできなくなる、日本の戦争でも満州の陸軍が中央の指示を無視して暴走したとか他でも大帝国になると地方の支配がままならず反乱が起きてくるそれは離れているから中央の指示が通らなくなるためである
何かかならずそこに行き違いとか生じてくる、意志疎通がスムーズにできないのである
そうして大帝国でも崩壊してゆくことがある

そして東電にしても福島原発でも上の人がいて現場をで働く人たち、電気関係者でも千人もいたというのである
その人たちは原発の危険性を現場から見て知っていたが東電には逆らえない、東電の命令は絶対だとなっていてその危険性があっても上の人は聞かないし抑えるだけだったのである
つまり絶大な権力をもてばそうなる、その権力者に逆らうことはできなくなる

こうして東京の幹部と現場の福島の吉田所長などの乖離が起きた
いくら情報がやりとりできるとしても現場との乖離が生まれた
それは住んでいないから危機感がもともとなかったからである
福島原発の回りに住んでいたら危機感が違っていた、そのことから危機感がもともとなく大事故になった
一方で女川原発は東北電力であり地元である
それでその時東北電力の副社長が10メートルの高さに原発を建てようとしたとき15メートルにした結果すれすれで助かったのである
それも危機一髪だった、ただ女川とか三陸地域は津波が明治にもあったからそういう危機意識があったからそうできたともいえる
だからもしかしたら東北電力が原発を建てていれば危機意識があるから違ったものとなっていたかもしれない、東電は東京であり離れているから危機意識を持たなかったからである

いづれにしろそこに住んでいる人は原発がすぐ近くにあるのだから放射線とかのことがわからないにしろ危機意識を自ずともつはずだったのである
毎日原発の煙突を見ていたからである
ただ私の住んでいる所は30キロ離れていたから関心がなかった
それが福島市とか中通りまで影響したのである
福島県民も離れていると思い関心がなかったのである

いづれにしろ人間は住んでいる場所に一番関心があり責任が強いられている
だから駅でも鹿島駅のことを書いてきたが鹿島の人が高校生の見守り役でもかかわるべきだったとなる
なぜなら鹿島に住んでいる人とまた原町に住んでいる人は違うからである
鹿島に住んでいれば鹿島のことに一番関心がありまた責任が強いられるのである
そして一番駅に関心をもっていたのは駅前の自転車屋だったのである
なぜなら四六時中駅を見ているから一番詳しかったのである
私はただ毎日買い物帰りとかに昼間寄っていた、それで関心をもつようになったのであるそこはすく近くで住んでいるからである

ともかく住む場所に一番関心があり責任も強いられる、そうでないものはやはり関心がない、外から来る人でもその駅に継続的に関心はない
一時的であり一回くらいしか寄らないとすれば関心がない
そこで何か駅に要求することもない、でもそこに住んで鉄道を利用するとなると違ってくるのである、日々利用していれば鉄道に関心をもつからである
ただ車時代では鉄道を利用する人が少ないから関心がないのである

グロ−バル経済でも物が入ってきてもその物を作る人に関心などない
そこに住んでいないというより国外なのだから関心をもちえようがないのである
だからそこに住む者と住まない者の差は本当に大きい
関心の持ちようが根本的に違うし責任も強いられる
そうして現実に多数の人が故郷に長年住んだ場所に住めなくなったからである
住めなくなるということが最悪だったのである
住むということがまずできてこそその他のものがありうる、住めなくなるればもうすべて終わりだともなってしまうからである

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2019年05月19日

原発事故の責任問題 (責任は地元から周辺から国自体、世界まで波及していた)


原発事故の責任問題

(責任は地元から周辺から国自体、世界まで波及していた)

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原発事故でわかったことはその影響が大きい、影響というとき責任も世界まで拡大していたのである
海が汚染されたことは世界的環境汚染でもあったからだ
一時は東北にはもう人が住めないとか吉田所長が言っていたからそんなに怖いものだとはみんな知らなかった、知らされていなかった

そしてその責任の範囲が原発を誘致した地元にありさらに周辺地域と拡大して日本全国から世界まで拡大するものだったのである
たいだい事故だったら一地域にしか影響しない、火力発電がこの辺では津波の時火事になった、それは原発事故とは違うから騒がなかった
でも原発事故が火災になり爆発したらすぐ近くにあるのだからここも避難させられた
もちろん30キロ圏外でも避難した人が半分いたのである

まずこんなに怖いものだと地元でも認識していなかったしさせられなかったのである
だから「安全神話」が形成されて信じていたのである

普通はそんなに重大な危険があるものは手を出さない、なぜなら事故になったらその責任があまりにも大きくなるからだ、いかに会社でも責任を回避することを第一としている
保険でもなんでも細かく法律で規定しているがそれは責任を逃れるためである
責任はとりませんということで細かく規定している

だからなぜなのかわからないが駅の切符売り場に人を置くようになったが「駅の業務はしません」と張り紙がしているのはなぜだろうと思った
そこにいること自体必ず運行のことやらなにやら聞かれるからだ
駅員のいる場所だから聞かれるのである
だからなぜ駅の業務をしないのだろうと不思議になる
それも責任をとりたくないからそうしているのだろうとなる
また業務委託しているのは信号の操作などでもさせるというときJRに責任がないとしてまかせる、責任は業務委託した人だとしている
つまり大きな会社では責任を意識するからそうなる
もし事故があるとJRがとらされる、そこは大きな会社だから巨額の賠償でも請求できるからである

それで東電は原発はとても東電では責任が負えないから国が責任を負うとういことで原発を作った、国という時、それは国民のことなのである
国民が責任を負うということなのである、国民が許可したからできるのである
それはその時の政府が責任を負うということではじめたことでも国民が投票で自民党なりにまかせたからできたとなる
結果的には原発事故の巨額の賠償は国民が税金として払うことになったのである
でもそこまで国民が意識していたかというとしていない
それまで意識していたとしたら日本のような地震国に原発を作らせなかったからである

とにかく何か社会というのは人間個々人でも常に責任を負わされる立場にある
恋愛だと責任がないが結婚だと責任があり簡単にはできない
恋愛なら嫌になったら別れればいいだけだが結婚はそうはならない、離婚となればめんどうであり責任が生じて金を払わされる
契約自体が責任を明確にして責任をとらせるためにあるともなる

地銀で投資信託をすすめる、私にまかせてくださいと言う
では損した場合の責任はどうなるのですか?

一切責任はとりません、お客様の責任になります
でも手数料だけがいただきます

これもおかしいのである、私はプロですからまかせてくださいと言うからまかせた
そしたら責任が生じている、でも地銀では一切責任はとらないのである
ただ別に株でも上がり下がりがあるのだからすへてが銀行の責任というわけではない

これは原発と同じなのである

「安全神話」で絶対に事故は起こりません、まかせてください

こう地元の人たちに言っていたからである、では責任はどうするのですか?
結果的にはもう責任もとりようがなくなった
放射性物質で汚染された土地はもう30年なのかわからないが元にもどらないとなったからだ、責任は必ず誰かがとらされるのである
日本の戦争だって3百万人も死んだという時、そのことはなぜそうなったのかわからないにしろ責任だけとらされた、国民がとらされた、その責任は今でもあまりにも重すぎたのである、ただ戦争始めたとき誰も3百万人も死ぬと思った人はいないのである
戦争ともなればその責任はあまりにも重いものとなったがそれを自覚しない
そして戦争をどうして起こしたのか?その責任はと言ってもわからない、でも3百万人が死んだということで責任をとらされたのである

その責任はどうするんですか?

そして政府でも東電でも確かに賠償金は払ったとしてももう街とか自然が元にもどらなくもなったからである

ともかく「安全神話」でも地銀でも(私はプロですからまかせてください)とういうとき

責任はどうしますか?損したらどうしますか?

銀行では手数料はもらいますが損してもなにもできません

一切の責任はお客様がとることになります

最初からこういえばわかりやすいのである
そういうものなのかと客でも認識するからである 

原発でも「安全神話」を形成してその危険性を一切教えもしなかったのである
だから原発が爆発した時どうしていいかもわからず混乱するだけだったのである
もともと「安全神話」で事故は絶対に起こらないと言っていたからそうなったのである

ともかく人間は常に責任を課せられている、そして責任から逃れようがないのである
生きてきたことは責任をとる、とらされることであり責任はカルマだともなる
その責任は必ず周りに波及してとらされる

事業を起こして失敗した人が親戚にいたが自分自身は関係ないと思っていた
ところが自分の家が介護になり自分が病気になったとき相手は借金で苦しんでいるから
弱味につけこんで金を要求してきたのである
だから別に自分が関係ないと思っても他者の過失であれなんであれ影響してくる
交通事故などが一番わかりやすい、自分に何の過失もないのに事故を起こされて無惨に死んだ人などいくらでもいるからだ
必ず回りに責任が及んでくる、自分は関係ないと思っていてもそうなのである
世界のことでも遠い国だから関係ないと思っていると戦争に否応なくまきこまれたりもする、つまりこの世の中何であれ連帯責任の中に生きているのかともなる

ただそれが自覚できるのは現実にこうして苦しみがあり被害があったとき意識するのである、そういうことがないと意識できないのである
カルマでもそうである、なぜこんなに苦しむのだというときそこに何かしらのカルマがありそれが現れて苦しみになるとき自覚するのである
何もなければ自覚できないのである



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2019年05月18日

藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで (南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 藻屑蟹 (徳間文庫)赤松利市(kindle版) を読んで

(南相馬市などの除染で金が乱れ飛んで荒廃した話)


 
  過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 「俺たちは、 それに乗せられた、という ことなのか」
   原発避難民に心底から同情を寄せる市民が、どれだけいるでしょうか?」

   ゼロかもしれないと思ったが、口にはできなかっ た。 「おそらく ほとんどいないでしょうね」   
  「莫大な補償金を得ることで、 原発避難民は孤立してしまっ た」

原発避難民の帰還事業が始まった、帰還した避難民への補償金は原則打ち切られます
高額の補償金で持ち上げられるだけ持ち上げておいて、帰還できなるからといきなり梯子をはずした
避難民は当然不平不満を口にします
その声が一般市民に届かない構造が出来上がってしまているのです
本来は避難民は脱原発を身をもって声高に主張できる立場にあったのです
しかし彼らが主張しているのは補償金の継続です
そんな彼らを脱原発派の人間が仲間として認めるのはむずかしい

このことは私も前に書いた、この小説はめずらしく原発避難民のことを非難している
小説だからできたが今でもなかなかできない、原発避難民からの抗議が出てくるからだ
でもこの小説で指摘した

「過剰とも思える賠償金の狙いが、原発避難民と一般市民との分断を意図した施策だと考えればどう でしょ う」 

こんなことを政府とか東電で意図して過剰な補償金を出したのだろうか?
確かに原発避難民は過剰な補償金をもらったし今でも足りない足りないとして裁判にでも訴えている、それはもういくらもらってもたりないとなる
そういうことを延々と要求すると補償金をもらわない人たちはあいつら金の亡者だとか見るようになる、原発を誘致したときも金が欲しいからであり原発事故以後も金をむしりとるだけむしりとる奴らだとかなってしまった

そのことで別に原発と関係ない人たちもいいものとは見ていなかったのである
ネットでは(原発乞食)とか非難されていた、ただマスコミとかではNHKでも常に原発避難民側にたって放送していた、補償金のことは言わなかった
そのことでさらに原発避難民は冗長したともなる
またボランティアでも絶えず仮設にきて応援していたから原発避難民はかわいそうな人たちとして見られていた

ところがその仮設に住む周りの人は補償金を全然もらっていないのが多かったのである
南相馬市だと原町区は30キロ圏内でそれなりにもらっていたが鹿島区は一人70万しかもらっていない、それでももらっているからいいとなる
相馬市になると何にももらっていないのである
別に放射線量は同じなのである
でも相馬市にも相当な原発避難民が仮設に住んでいたのである

そういうことで鹿島区の人たちは不満であったが表立ってはそのことは放送されなかった私がそのことを書いたら「お前は傷口に塩ぬって楽しいか」とか言われた
それだけもう原発避難者の被害者意識はこりかたまっている、それに一言でも批判すればお前らは情もなにもない人間なのかとなっていたのである
それを助長したのは政府とか東電とかマスコミだったのかともなる
それからボランティアすらそうだったともなる、別にボランティアに悪気がないにしろ善意でも原発避難者様にしてしまったのかともなる

でもこうさせたのは政府とか東電とかマスコミとかであり何か別な施策があったのかともなる
でも原発避難民にすれば被害があったのだから金をもらうのは当然だとなり周りの人たちの配慮が全く欠けていたのである
それは俺たち被害者だから当然でありなぜそんなに文句言うのだとなっていたからである
そこで政府や東電の意図したように深刻な分断状態が生まれた

反原発を言える立場でもいくらその人たちが反原発を訴えても聞かれない

あいつら金だけがほしい原発乞食なんだよ

そういうふうに見られる構造ができているから通じなくなったのである
あいつらが欲しいのは金だけだと見られようになったのである
そのことを私は前に書いていた、もしそんなに補償金をもらわなかったら強力な生き証人であり反原発を主張できたのである

そして鹿島区では底辺の人が家族が三人いたから不満が本当に大きいのである
もし小高区のように補償金をもらったら相当に喜んでいた
一人に十万が払われるしその他ももらえるからそんな金をその人は手に入れたことがないからである、そういう底辺層は小高の人に不満を強く言っていたのである
他でも相馬市とかでもそうである、放射線量は変わらないのに補償金はゼロだからであるそれは政府とか東電の分断政策だったのかともなる
それが首尾よく成功して地元では反原発にならず政府とか東電に一致して反原発と反政府とかの勢力にならなかったとなる

だから外から来た人は会社経営していた人は失敗したにしろ個々人に補償金を払うよりその金で市町村の復興に使うべきだといっていたのもわかる
個々人に補償金を払った結果どうなったのか?
その多額な補償金でいち早く他の街に移り家を建てたりしたからである
まずそんなに補償金がもらえなかったらそう簡単に移住はできなかったのである
だから小高などは失敗だった、そもそも30キロ圏内だからは移住させる必要がなかったのである、それは賛否があるにしろそれほど放射線量が高くなかったからである
これも30キロ内で区切られてそうさせられたのである

国を治める時、分断して治めろというときそういうことがここにもあったのか?
何かそれがここでは成功したとなるのか?
本当に怒りをぶつけるものが仲間内であり肝心の政府や東電にはむけられなかった
例え向けられて裁判になったとしても国民からあいつらはただ金が欲しいだけだよと見られるだけだったからである
第一そもそも南相馬市内で小高とか原町とか一致しない
原町の人が鹿島に来て一致して補償金をもらうために戦おうと集まったが原町は三倍ももらっているのだから協力などできなかったのである
もしその時原町と鹿島が同額の補償金をもらうために戦うならできた
それがないからできなかったのである

つまり南相馬市は30キロで区切られて政府とか東電の思惑通りになったとも見れる
何かそこで自治体としての対策があっても良かったが何にもなかった
そしてみんな補償金をもらうために血眼になっていただけだとなる
この小説ではこの辺が多額の補償金で狂わされたらことを書いているのもわかる
それは石巻でもそれと似た状態が起きていたことも書いている
仙台の国分町などが舞台にてるのもわかる
津波の復興事業で作業員が流れてきて金を手にしたから散財したともなるからだ
その中に刑務所に入っていた人もいたとかもわかる
暴力団も入ってきたからである
そして除染では建設業で莫大な金を手にしたとも聞く、それが報道もされたのである
ついまりこの辺では非日常の世界が生まれ田舎ではもらえない金か乱れ飛んでその金で狂ったともなる

でもその熱気がさめたとき金もなくなったとき後はどうなったのか?
復興はすすまず流出した若い世代は帰らずゴーストタウンになったままだともなる
でも何か補償金問題でのしこりがあり一致して残った人でも協力できないとかある
とにかくこの小説はこの辺の現実を書いている
きれいごとではない現実を書いている    

震災後の一年で石巻の人口は一万人以上減少している
故郷を見限った人の気持ちもわかるよな、弔慰金で大金もらって仙台さ住んでいる人もいるけど石巻に残って故郷の復興のために汗流している人間としては地元を見限って安穏と暮らしている人間に一言謝ってほしいよね」

石巻の人に聞いたけど何か保険とか一億円入ったとかでやはりあそこでも大きな金が入った人たちはいたのである
でもその金をもらって仙台に出て行った、だから仙台の人口は増えたのである
とにかく南相馬市辺りでも仙台から親戚でも来る人が多いのである
それだけ仙台と関係深いのである、今の時代はどうしてもこうして移住しやすいから大きな金が入れば出で行ってしまう
故郷に愛着をもたないことはグロ−バル経済のことで書いてきた
広域社会からグロ−バル経済になると故郷に対する意識は希薄になる
小さな畑で作物がとれなくても野菜でも米でもいくらでも買えるじゃないかとなる
金があれば不便な所に住む必要はない、他に移り住めばいいじゃないかという気持ちになっているからだ
そのこと自体が故郷の価値が低下してまたそこに住む人の価値も低下する
仲間意識もコミニュティ意識も田舎だって希薄化しているのである
だからこそ簡単に街自体が分解してゴーストタウンになったとか私は指摘したのである

何かこのことは私も指摘してきた、津波原発とか自分自身の一身上の介護とか病気のこと自体が小説だった、こんなことがあるのかという信じられないことの連続だったからである、小説を書く能力があれば賞ももらえたのかとなる
それだけの体験をしたからである
小説は一般向きの娯楽にもなる、ただ詩となると理解できるのはわずかである
でも小説にはそれほど価値はない場合がある、通俗小説が多いからである
とにかく私が書いたプログは長編の小説にもなるドキュメントだったのである


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2019年05月11日

人間はなぜ関心をもたないのか? (原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)


人間はなぜ関心をもたないのか?

(原発でも自分に危害がない限り関心をもたなかった―報道は関心もたせること)

人間はなんでも自分自身に家族でもまたその住んでいる場所でも何か危害あり不便を直接感じないと関心を持たない
なぜ今駅のことで書いたが鉄道を人々があまり利用しないからである
だから駅が自動化されようが何になっていても関心がないのである
そこでボランティアしても必要がないとなる
JRでそんな余計なことをするな、地元の人も必要がないとなり誰も注目もしないのである
でも車社会になると常に車のことに人々関心をもっている、どういう新しい車が出たとか高速道路の方が鉄道より関心がある、だからもっと道路を便利にしろとなる
常磐高速の4車線化を要求している
でも鉄道になると一時間おきでは不便だから30分おきにしろといってもそもそも乗る人も少ないし不便を感じないから要求もないのである
ただ遠くから来る人は一時間おきだと不便となるがそれで遠くから来ている人は日常的に利用していないからそれは要求とはなりにくいのである

近くのゴミ捨て場として網をかけている所でも烏につつかれて困った
ゴミが散らかったりするがそれで市に問いあわせたらゴミ箱は場所が確保すれば市で設置するという、でもその場所が確保できない
近くに最近そういう場所を発見した、でも近くの人に言っても関心がないのである
別に今の場所でいいと思っているからみんなの切実な関心がない
もし何かもっと切実なものとしてあればみんな関心をもつ

人間は切実なものとならない限り関心をもたない

人間はなんでもそれが自分の身に降りかかり切実なものとならない限り関心をもたない
鉄道でもなにかぎりぎりで廃線になるとかなり存続しろとか関心をもつのである
でもその前はみんな車を利用しているし鉄道は利用しないのである
廃線となることで街が衰退するとか関心をもつ

それは人間自身が常にそうなっているのである、例えば体でも健康な時は体に関心をもたない、でも一旦病気になるとその病気に異常なほど関心をもち調べる
なぜなら生死にかかわるからである
でも考えてみれば体に関心をもたないときそれが平和な時だったのである
また犯罪とかに自分自身が会えば治安に異常に関心をもち警察に頼むとかなり警察に関心をもつのである、もし病気にもならない、犯罪もなければ医者も警官もいらない
実はその時こそ人間社会に平和があるとなる

でも関心をもたないことで非常に危険なことも起きてくる
それが原発事故だったのである
原発は本当に危険極まりないものだったのである
でも不思議に地元でも原発に関心をもっていなかった
私自身は30キロ離れていて遠いから関係ないと思っていた
その関心のなさがすでに小高地区に原発が建てる工事を東北電力で開始するところだった小高になるともう20キロ内にも近くになるし原町は10キロとかなるから危険極まりないが小高に原発を作ることで原町があれほど人口が多いし反対する人がいてもいいのにそうしたものも聞こえなかった
もちろんこれにはマスコミが危険だと報道しないことも原因だった
マスコミは原発のことで危険だとなど報道していない、原発推進であり広告費をもらっていたからである、それは大手のマスコミでもそうである

そうして原発事故には地元でもただ金をもらえるから景気が良くなるからいいとしかなかったのである
福島市とか二本松とか白河まで放射性物質が流れて影響されるとは思えなかったのであるそれもつくづくカルマだと思った
福島市には県庁があるからだ、だからその時福島市の人たちも原発は遠いから関係ないし誰も関心をもたなかったのである

こうして関心をもたないことは重大な事故や被害をもたらす
津浪にしても2011の震災の7年前とかにスマトラで津波があり大被害があった
でもその時日本とは関係ないと見ていた
なぜなら日本では津波を経験している歴史があるから津波対策しているからスマトラとは違うと国民も見ていたのである
その後にこれだけの大地震と津波に襲われたのである

人間の弱点は自分に直接危害が起きなければ関心がないのである
何か自分自身にとって不便なことや危害があったりしないと関心がない
そんなこと自分には関係ないとなっているのである
それはあらゆることでそうである
鉄道を利用しないものは鉄道に関心がないのである
私自身は鉄道に関心をもったのは鉄道で長い間旅していたからである
遊びでも鉄道を利用していたからである
これが車で旅していたら鉄道には関心がないのである

ただこの関心がないということが上からの為政者とか支配者には好都合なのである
そこで重大なことは見逃される、すると原発でも容易に作られる
実際は原発建てる土地を買収して県の許可がおりるだけで原発は建てられたのである
ここでは誰も反対していないのである、ここで関心があったのは金とか景気が良くなるとかしかなかったのである
だから小高に原発を建てる工事がはじまるのにそれすら10キロくらいしか離れていな原町ですら知っている人がいなかったのである
つまり原発に関心がほとんどなかったということなのだ
それがこれだけの事故になり関心をもつようになったのだが時遅しとなったのである

人間の弱点は自分の身に及ばない限り関心をもてない

そのことが重大なことにいつのまにか発展している
例えば体でも実際は病気になる芽がある、でもそれに気づかない、そしていつのまにかもう手遅れだとかるなる、早期にその芽をつんでいれば病気でも直ったとかもっと延命できたとかなっている
でも人間は病気になってはじめてその病気に異常に関心を持つ
原発など核のことなど普通はめんどうだから調べもしないのである
それでも一旦こんな事故になると科学のことはわからないにしろ関心をもつのである
つまり病気と同じく生死にかかわるからである
残念ながらその時関心をもってもすでに時遅しとなっていたのである
それは人間社会には常にそういうことが起きているのだ

ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
 それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。  

こういうことはローマ時代からあった、「パンとサーカス」なのである、パンとか金であり馬鹿な大衆にはパンを与えればいい、サーカスはマスコミとかのテレビで芸能人の馬鹿騒ぎを見せていればいい、あいつらは原発のことなど何もわからない
あいつらが欲しいの金だから金をばらまけばいい、テレビとかの害悪は何か政治的問題でも重大なことがあっても真剣に検討されないのである、それは大衆が国民が無関心だからである、いくら大衆が馬鹿でもこのように故郷にも住めなくなったら関心をもつからである、でもその時はすでに時遅しとなっていたのである
それは歴史では常にあったことである

結局自分の身に危害が及ばない人間は無関心なのである、体でも病気にならない限り無関心である、それはいいことなのだが人間は誰しも病気になるから病気に本当は無関心でいられない、認知症などについて無関心だった
でも家族の一人が認知症になったとき無関心ではいられない、関心をもちなんとか対処しようとする、それは強いられてそうなったのである
結局いくらグローバルな情報社会になっても何かあってもあらゆることに興味を関心をもてない
ただ本当に重大な原発のようなものにはもっと関心をもつべきだった
それをマスコミでも地元の新聞でもしていない、報道は関心をまずもたせることなのである
ニュースでもそうである、重大なニュースでも報道されないことがあるからだ
それでインタ−ネットでyoutubeなどで個々人が報道されることはいいことである
非正規の派遣労働者の苦境を語る人には共感したりしたからである
そういうことはマスコミではとりあげてもそうした苦しんでいる本人に語らせないからである

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2019年04月17日

浪江町で原発の現場で長年働いていた人の発言の検証 〈その指摘は現場の経験で的を得ていた)

        
浪江町で原発の現場で長年働いていた人の発言の検証

〈その指摘は現場の経験で的を得ていた)


所長が統率をとれず、要員が幹部社員も含めて一気に9割もいなくなった福島第一原発では、対応が難しい課題が次々と噴出した。
 まず、爆発は、2号機でなく、無警戒の4号機で起きていたことがわかった。
 定期検査中で、核燃料が原子炉内でなく燃料プールに入っている4号機の爆発は、原発の仕組みを知る世界の人を驚かせた。

 28時間以上にわたり吉田を聴取した政府事故調すなわち政府がは、このような時間帯に命令違反多くの所員の離脱行動があったのを知りながらことを、報告書でまったく言及していないのは不可解だ。
 東電によると、福島第二原発に退いた所員が戻ってくるのはお昼ごろになってからだという。吉田を含む69人が逃げなかったというのは事実だとして、4基同時の多重災害にその69人でどこまできちんと対応できたのだろうか。政府事故調も東電もほとんど情報を出さないため不明だ。


  仮に、この「GEマーク1」という炉が全電源喪失時には燃料棒破損を起こすとします。その際に、水蒸気爆発を防止するためにベントするとして、同じく全電源喪失時には「排気筒からのベント」が不可能であり、建屋上部に排気するしかない、その建屋上部で水素爆発が起きるのを防止するには「ブローアウトパネル」を開放するしかないが、全電源喪失時にはマニュアル対応となり「決死隊」が必要だとします。仮にそうであれば、この炉は「欠陥炉」ということになります。
 
原発事故はなぜ起きたかー原因と背景にある抜本的問題

小石原健介


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●事故が起こり大量の現場で仕事する人が強制的に退避させられた

浪江の原発で長年働いていた人の指摘は的を得ていた、やはり現場を体験しているからだそのことはインタ−ネットで調べてみてもわかった
なかなか詳細は科学の複雑な知識はないから理解できないと思ったが要点としては理解できるものがあった
この事故は一つの要因ではないから、様々な複合的要因で大事故になったのである

28時間以上にわたり吉田を聴取した政府事故調すなわち政府がは、このような時間帯に命令違反多くの所員の離脱行動があったのを知りながらことを、報告書でまったく言及していないのは不可解だ。
 東電によると、福島第二原発に退いた所員が戻ってくるのはお昼ごろになってからだという。吉田を含む69人が逃げなかったというのは事実だとして、4基同時の多重災害にその69人でどこまできちんと対応できたのだろうか。政府事故調も東電もほとんど情報を出さないため不明だ。

浪江の人は電源が喪失したというけど東北電力の送電線から電気はとることができたという、それがどうなっていたかわかりにくい、でもこういうことが後でかるとそうだったのかともなる
つまり東電で吉田所長と69人が免震棟に残ったというけどそれはその時の事情でそうなったので英雄でもなかったという、それより浪江の人が言うように千人も電気工事関係者がいたが強制的に退避させられた、危機的状況で退避させた結果として他でも人員が不足して事故に対処できなくさせたのである
それは確かのようだ   

ベント作業などの決断あるいは意志の疎通を欠く東電撤退問題や情報寸断され大きな混乱をまねいた
東電がその事故の時肝心の事故処理あたる現場の技術者でも担当者を撤退させた、結果的に事故処理あたる人がいなくなったのである電気工事者が千人もいて電源は東北電力の送電線からとれたということはそういうことだったのかとなる
要するに東電はもう事故処理をあきらめたともなる   

4基同時の多重災害にその69人でどこまできちんと対応できたのだろうか。政府事故調も東電もほとんど情報を出さないため不明だ

●現場技術者を無視した東電の上層部

これは浪江町で現場で働いていた人がそれをしきりに言っていた
その人は科学者ではないにしろ現場のことに通じていた
ずっと現場で働いていたからである
意外と上層部は指揮する人が知らないことが多いのである
駅でもその現場にいないとその現場のことがわからなかったのである
原町行と仙台行きのホームがはじめての人にはわからなかったのである
だから表示てくれと言ったらしてくれたのである
その現場にいないとわからないことがあるのだ
そして原発となるとその現場で働く人は二万人いるとかなるとその現場を全部上の人でも命令する人も知らないのである
そして現場の人の意見など上では取り上げない、東電は特にそうであり上の命令は絶対でありもし逆らうと下請けの会社自体が潰されるから何も言えなかったとなる
このことが甚大な事故につながったのである
東電では事故の後でも調査に応じていない、それだけ絶対的権力を国家権力よりもっていたのである

東電の責任は重かった!

確かに政府の責任もあった、かえって政府が介入して混乱して東電では的確な指示ができなかったこともある、でも東電の体質は上の命令が絶対であり現場で実際に仕事している人の意見など聞かなかったのである
それは別に技術者でもない、普通に底辺労働している人でもその現場にいる人の方が知っている時があるのだ
無人駅でも風で遅れる、確かにインタ−ネットで連絡はできる
ところが新幹線に乗って帰るのに急いでいる人が日立木まで電車が来ていると間違って聞いたのである、それで私が聞いてみたら山下駅まで来ているとわかったのである
つまりその人はあわてているから間違ったのである
確かにインタ−ネットで連絡はできる、でもそれだけではわからない
だから駅員がいる原町駅に行った方がいいとなり車で連れてきた人は原町駅に行ったのである

このように緊急時はあわてるから的確な指示ができないのである
そしてそういう時は現場に常に仕事している人がわかっているが上の人はわからないのである、吉田所長自体が復水機のこともわからなかったからである
吉田所長自体が的確な指示をできなかったのである
免震棟に69人残ったというけど千人もいた電気工事関係者が退避させられて何もできなくなっていたのである
結果的にその時運よく最悪のメルトダウンはまねがれて10マイクロをあびても30マイクロをあびても体には異常がでなかったのである

ただその時の判断がむずかしかったからすべてを責めることはできない
でも現場で働く人の意見を事故前から全く聞かないのが東電だったしその後も調査しても応じていないのである
それはその現場で事務で書類を担当していた人が東電の言いなりに書類を書いていたと言っているからだ、だから調査しても誰もわからないようになっている
その書類から証明できないから証拠となる者がないからだと言っていたからだ
「安全神話」が作られたのはそうした現場の技術者がかかわりその意見を取り入れていたらこうはならなかった
現実に東電を訴える裁判で東電の科学者が10メートル以上の津波が来ると予想していたでもそのことを東電の幹部は聞き入れなかったのである
つまりそうした様々な人の現場で働く人の意見すら東電では聞かない
絶対的権力をもっていて聞かない体質だったのである
要するに外部でも内部の現場で働く人の意見すら聞かない、そういう経営体質が甚大な事故につながったとなる

●どんなに優秀でも専門家でも一部しか知らない

原発事故は様々な要因で起きた、富岡の第二原発は電源を別系統で確保して辛うじて事故にならなかったとかアメリカのGEのマーク1の原子炉は古いものでありガスをだすブローアウトができなかったとか指摘されている、ベントしてガスを屋根から偶然に出た原発はそれができたからである
だからその原因は複合的であり一つではない、でも東電のあまりにも上の幹部の命令の絶対的なこと権力の集中で下の現場の意見を取り入れられなかったことも致命的だったのである、だから何でもそういう巨大なものは権力集中すると怖いのである
それはナチス的体質とかにもなる、一局に権力が集中して絶対化することになるからだ
そしてそうした権力は誰もそれをとめることはできないからだ
政府からかかわっていても原子力となると専門家が牛耳りわからなくなる
それで政府の保安院でも何の役にたたなかったのである
そこにも現代の複雑化した世界の問題があった、専門家が絶対化して素人でも別な分野の人の意見でも聞かないからである、お前らに原子力のことがわかるかとなり何も聞き入れないからである
でも原発の問題は理系だけではない文系的にもかかわれるものであり人間の総合的な問題として起きたのである

ではこうして事故がありその後の対策をしているのかとなるとそれもまた疑問なのである管理は厳しくしているにしてもこの事故によって根本的なものが変えたかとなるとまた疑問なのである、そもそもまた事故が起きる時は別な要因で起こるかもしれない
だから人間の力では対処できないともなる
神のような万能な人が入れなけれできないともなっている、それが原発だったのである
人間の社会だった今やそれぞれがいくら優秀でも専門家でもほんの一部しか知らないのである
だから東電の幹部は知らないということで下々の現場の仕事をしている人の意見を取り入れる必要もあったが絶対にそれはしなかったと浪江の人が言っているがそのことが甚大な事故につながったことは言える
それで現場で働いた人の言うことには説得力があるとなる
それは例えば現場というとき良く私が地理のことに興味をもって語るがその地理でも近くでもそこの地元に住んでいる人が別に学者でなくても一番そこで日ごろ生活していて知っているのである、地理だけは地図をみても学者でも実地に踏んでみないとわからないからである、その場を踏んでも地理は簡単にわからないからである
そういうことが人間社会には自然でも常にある、つまり人間の知の限界がある
一人の知っていることまた一会社が知っていることでもそれは一部にすぎないからであるそこでどうしても必ず人間社会には事故でも起きる失敗でも起きる原因がある
つまり事故はさけられないから原発のような危険なものは扱わない方が無難だとなるのだ









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2019年04月16日

浪江に住んでいた原発で働いていた人の話 (何の困った様子もないあまりにも楽天的だった)


浪江に住んでいた原発で働いていた人の話

(何の困った様子もないあまりにも楽天的だった) 

●駅前の喫茶店で休み駅で請戸に住んだ人と話す

今日は旧街道を通り小高のマルシェで休み浪江に向かった
小高のマルシェは立派である、食堂と軽食喫茶があり中庭があり子供の遊びとか催し物をする建物がいくつもある、あれは休むのにはいい場所である
何か飯館村でもそうだが建物は立派になっている

そこから浪江に向かった、駅前の新しくできた喫茶店で休んだ
あそこには何もなかったから休む場所ができていい、でも駅前にはあとは何もない
殺風景のままである                              
駅で会ったのは請戸に住んでいていわき市に家を建てた人だった
その人はなまりがない、だからもともと浪江に住んでいた人なのかと見た
まるで東京の人のように見えたからだ

いわき市では土地が5倍くらいに高くなったとか言っていた
二万人とかが移り住んだという時そうなる、ここでも二三倍になった所がある
原発のことで東電では海の方に放射性物質を流そうとしていた
でもその時民主党政権であり官首相が消防隊に水をかけるとかなんとか邪魔してできなかったとか言っていた、何かあのとき官首相が原発のことをわかるようなことをいいそれがかえって東電でも適格な支持を出せなくなったとかあった
確かにベントを早くして放射性物質を海の方に流せば良かった
何かその辺で適格な支持ができずに被害を拡大させた
その人はバスでいわき市に帰った
その人は何か浪江町に愛着があるとか感じない、苦しいとか悩んでいる風にも見えなかった   

2号機からは1〜3号機の中で最も多くの放射性物質が放出されたと推定しています。これは、1, 3号機では、圧力抑制プールの水によってある程度放射性物質を取り除いてから格納容器の外へ気体を放出する「ベント」という操作が成功したことに対し、2号機ではベントのラインを開放することができず、ベントに失敗、格納容器から直接放射性物質を含む気体が漏洩したためと推定しています。

このことを言っていたのだろう

それから裏の路地を回ったら一人歩いている人がいた
その人に話しかけたらその人はいろいろととにかくしゃべる人だった
前にここで書いたが浪江町長が津島に避難した時は爆発した原発の前のことでその時は放射性物質は津島の方に流れていなかった
爆発したのは津島の方に避難してからだった
だから町長の指示は間違っていないと言っていた

その人は原発で長く働いていた、浪江では人口二万は多いと言ったらみんなこの辺は原発の仕事だよ、東電の人も多いしその原発関係者が飲み食いするから店でもはやっていたんだよとか、この辺では4000人も人口があればいい方だよ、なんにもないんだから
そういう人を知っている、原発の掃除など下請けをしている人だった
何らか浪江では原発にかかわっていた、町自体が原発の町になっていた
他に産業がないからである

●原発の現場で働いていた人は知っていた

それからその人は電源がなくなったとき実は電源は東北電力の送電線がありそこから電気をとることができた、電気で仕事する関係者千人くらいいたとかとも言っていた
東電ではその電気関係者を帰したという、そのことをしきり言っていた
電気とれたが東電ではそれをさはなかったという
そして東電の会社というのは上の命令が絶対だったという、それに従わないものは下請けの会社から排除されて潰されたという
その権限が絶大だったのである、だから決して東電には逆らわない、何か現場では不具合があることに気づいたがそれも絶対に上の人には言わない、そうすると東電の仕事をもらえず会社がつぶされるからだとういう

そしてその人は事務のような書類も書いて提出していた、それも東電の都合のいいように書き換えていたという、つまりその提出書類は東電のいいように書き換えられていたのである、それをその人は知っていても何も言えないと言っていた
そうしてそれが証拠となるからそれを指摘して追求できる人は誰もいなかったという

プルサーマルのこともしきりに言っていた、プルサーマルは危険なものでありあれのために被害が大きくなった、プルトニウムと関係していてそれが危険だったのである
それで前の知事の佐藤 栄佐久知事はそのプルサーマルに反対していてもめていたのである
その人は現場で働いているから知識がないにしろ何か外部のものより知っているのである
津波の前に地震で配管が壊れたというのもそうである、津波のせいにしているが地震で配管が壊れてそこから放射性物質がもれることがあった
だから原発は複雑であり大きな地震でも壊れるのである、まず配管は老朽化してくるからである  

プルトニウムはウランに比べ、中性子をよく吸収し、核分裂を起こしやすいなどの性質があります。つまり、ウラン燃料よりも制御が難しく、また、ひとたび事故が起これば、よりたくさんのプルトニウムが環境中に漏れ出す可能性があります。使用済みMOX燃料棒の発熱時間も、超ウランとよばれる寿命の長い放射性物質を含むため、通常の使用済み燃料棒より長くなります。つまり、いったん事故が起こればウラン燃料より暴走しやすい燃料であるといえます

第3号機は実はプルサーマル原子炉である。この原子炉では、ウランとプルトニウムの混合物をMOX燃料と称して、発電に利用しようとして国と東電が近年、強力に推し進めてきたプロジェクトだ。不思議なことに、NHKなどメディアでは、この事実を正しく報道していない。MOX燃料を使用済み核燃料とだけ報道しているのだ。

 たしかに、このプルトニウム239は、ウラン238の原子力発電の過程で生成される人工的な放射性物質なのだが、「京都大学原子炉実験所 小出裕章によれば、プルトニウムは、『人類が初めて作り出した放射性核種』」であり、『かつて人類が遭遇した物質のうちでも最高の毒性』を持つとされる。


この現場で働いていた人はこのことを言っていたのである
とにかくその現場で長年働いていたその人の話には説得力があった
明らかに東電の指示が間違っていて的確な指示が成されなかったのである
だから現場で働いている人はこうすれば良かったのには今は言っている
しかし東電の命令は絶対で逆らえないと言っていた
そして社長とか会長でも原発でもわからないと言っていた、確かに吉田所長すら復水器のことがわからなかったのだから適格な支持は出せなかったのである

みんなその現場でもその担当している場所については詳しかった、それは吉田所長とか東電の上の人より詳しかったがみんな部分部分の担当であり全体はわからなかった
現場というとき私自身が無人駅で案内していてなぜ原町駅と仙台行きのホームのことが外から来た人がわからないのか不思議だった
そのことで駅長に言ったらその表示を出すようになったのである
それは現場でそれを良く外から来た人に聞かれたからそのことに気づいたのである
つまり現場の人が上の人より気づくことがある

だから原発でもそうだったのである、ある部分については現場を担当して人が詳しかったのである、それでなぜ電気が別に東北電力の送電線が近くにありとれたというのに千人とか電気工事関係者が待機していたのにしなかったのか?
これもわからないことである、そして原発には二万なのか三万なのか凄い数の人が働いていたという、これも凄いと思った、それだけの人手が必要なのが原発なのである
5分しか放射線の高い所に入れないとか聞いたからそうなると相当な数が必要になる 

●放射線は5マイクロでも8マイクロでも被害はない、私は現場で10マイクロで働いていたが被害がない ?

それからその人は放射線量のことについて延々と話しした
私は免震棟の前にいた、10マイクロとかで何にも影響はなかった
みんな30マイクロシーベルトの所で働いていたが死んだ人はいなかったよとか言う
だからその人は8マイクロシーベルトでも体に影響がない

ええ、この辺では0・2で騒いでいるのにそんなことがあるのか?
その人はしきりになんの被害もないという

5マイクロでも8マイクロでも被害はない

私は10マイクロの原発で働いていたけど何の被害もないとしきりに言う
他の人は30マイクロの所で働いていたという、でも死んだ人は一人もいないという
その人はそういう現場にいて被害がないからそうしきりに言っていたのである

それにしてもこの辺では0・2でどうだこうだと騒いでいた、今も基準ではそうである
だから飯館村などは0・7とかあると高いな見ていたのである
これもこの人の言い分からすると何なのだろうとなる
この人の言い分は何か基準からはずれすぎているのである
こんなふうに見ている人は普通はいないと思った
ただ実際にサルでもイノシシでも被害がないとするとき人間も被害がない
そのことをしきりに言うのである

放射線の被害は科学者でも誰も人災のことはわからなかった、ただ推測で言っていたのであり何か実証的なものとして言っていたのではない、どう影響するかわからないものだった、それで避難させたが今になるとそんなに被害がないとなったのである

ともかくあの人の言っていることは極端にも思った、でも現実に被害がないということは言える、被害がでているという人もいるにしろ例えば武田邦彦氏の年間一ミリシーベルというのは厳しすぎる、現実に原発の現場で働いていた人が5マイクロでも10マイクロでも被害が出ていない、死んでもいないというからだ
それをあてはめることができないにしてもその基準にあてはめて避難させた結果として町自体を再建できなくなさせたのである
つまり放射線の被害がどうでるかは科学者すらわからなかった、でも強行して避難させた、そのことがとりかえしのつかないことにした、住民の意志を重んじて決めるべきだともしたが政府とかの意向で強行されて避難させられたのである
それはそもそも放射線の被害がどういうものになるかわからなかったからである
別に広島で被爆した人が80でも90でも生きているのである

ただこの人がこう言ったからといってそれを全部鵜呑みにはできない、5マイクロとかでも8マイクロでも大丈夫だと言ったらどうなるのか?除染に費やした何兆円は何だったとなる
その人みんなに配れば良かったという、私もそのことは言ってきた
南相馬市で対立したがそんな除染に何兆円も使うなら金をある程度平等に配れば争うこともなかったからである
飯館村でも裏の森を除染するのに一億円かかったという、それならその金をもらった方が良かったとなる
そう外からだった思うのである、
ただこの人の言うことは本当に現金なのである、まさに金をもらえばそれでいいとしているのだ

そのことを何度問いただしてもまず8マイクロでも5マイクロでも被害はないよ
私は10マイクロで働いていても何でもないよ、誰も死んでもいない
サルでもイノシシでも何の被害もないよ、元気だよ
第一年間一ミリシーベルとかいう基準で避難させる必要もなかったとか何度も言う
そのことは自分も疑問に思っていた                                

なぜ30キロ内で海側では0・5以下なのに避難させたのか?  

それは政府でも科学者でもどう被害がでるかわからないからそうしたとなる 
それはただ混乱をまねきゴーストタウンにして取り返しのつかないことになったからだ

●補償金をもらって老後が保証されてかえって良かった?

そして除染なんかする必要がなかった、その金は一億でも配れば良かったとか言っていた補償金の話になるとまたこれもその人はまさに現金である
浪江では大堀の方では7百万多くもらっているとか言ってた
それからあんな人も住んでいない浪江町に住んでいて困った様子もない
かえって補償金をもらって老後が保証されてよかったとか言っていた
みんな国民年金くらいでは暮らせないからとか言っていた

あんな店もなにもない浪江町に住んで困った様子もないのも不思議だった
病気になったら困るでしょうと言うと別に今までだって原町の病院にみんな行っていたんだから車で行けば困らないよと言っていた
店だってスーパーができるよ、あんなところにいて何か困ったとならない
何か住みたくないとも言わない、その人は家族三人で住んでいるという
あんなところに住んでいて嫌にならないのかと思うがそうはなっていない
なんとも拍子はずれの言い分に不思議になった
さぞかし不満とかあると見たがそうではない
老後など国民年金もらったてたりない、だからその分くらい補償金もらったんだからかえって良かったんだよとしきりに言う

これはなんとも意外だった、確かに電気がないと水道がないとかにはなっていない
でも店もないあんな人もいない街に住めるのかと思う
淋しくならないのか?そんな素振りは何もないのである
これは飯館村の人と話しした時もそうだった
その人は前の土地が住宅地になりその土地を売ったり補償金で潤ったから蔵を直したとか言ってなにか困ったとか苦しむ様子もなっかのである

それで仮設に入った小高の人を外から来た人たちがホランティアなどで同情して援助したその時実は鹿島の人は小高の人は補償金をもらっていいとしきりに言い仲悪くなったのである、対立するようになったのである
実際確かに仮説は狭くて苦しいこともあった、でもなんか長屋のようになり楽しんでいた女性もいたのである、いつも会えるからいいし絶えずボランティアが来て援助していたからである
だからそのこともおかしいなとも見ていたのである
補償金はもらいボランティアは毎日のように来ているから何なのだろうとなる
それは津波の被害者と比べる時相当な差があったのである
そのことは前にも指摘した、津波の被害者は家族も死んだ人が多い、原発避難者は家族が死んだりした人はいない、確かに関連死とかはあったからそうでもないと言う人もいる
とにかく原発避難民は厚遇されたのである
あらゆる補償を受けたのである、介護でも優先的に厚遇されたのである

このことを考慮すると宮城県など原発の補償がない所は津波の被害者でも悲惨だったみる今の世の中はなにやかにや言っても割りきれば金がないとどうにもならない社会である
それでしっょちゅう電気代がガス代が水道代が払えないと泣きつく人は小高の人が補償金をもらったことを羨ましがっていたのであるそれも当然だったとなる

その人の割り切り方は何か徹底している
浪江町などは全員町に住ませないで別な所に住まわせた方が金がかからなかったとかも言う、そして放射能の被害などないとまで言っていた
だから除染も必要がなかった、8年くらいすぎたら相当に放射線量は下がっていたのである、そういうことも意外であり科学者でもわからなかったからみんな避難させたりして失敗したのだという、それは自分自身も常にそう思っていたのである
なんでこんなに町を荒廃させるような避難をさせたのかわからなかったのである

でも水も地下水からとっていると電気もとまるわけではないとか言うけどそんな人間のいないような所で電気とか水道でも維持するのは金がかかりすぎる、それで限界集落なとでもインフラを維持するのに普通の80倍かかるとかなり東京の人が批判する
それは地方交付税とかを東京の人の税金で払うからそうなる
もしそうでなければ自給自足のような生活をして入れは都会の人も何も言わないのである
いづれにしろ今回の話は意外だった、そんなに金だけ割り切り何の困ることもないかえって良かったというのも理解できなかった
そういう面があったとは見ていたがあれほどまでに金で割り切った人がいるとは思わなかった
店もまともにない所で住んでいて嫌になると思ったからである

ともかくこれはもっと深く検討すべきものである
つまり何が原因で事故になったのかを良く調べたり知らないとまた同じ事故が起きるからである

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2019年04月12日

相馬の城跡から坪田の都玉(くにたま)神社を回る (相馬藩の悪因縁がカルマとなり原発事故につながったのか―足尾銅山と関係していた?)


相馬の城跡から坪田の都玉(くにたま)神社を回る

(相馬藩の悪因縁がカルマとなり原発事故につながったのか―足尾銅山と関係していた?)


相馬の城跡で写真をとっている人がいたのでその人と話した
その人は高校の歴史の先生だった

「この石垣が野面積みですか」
「これは会津の侍が来て教えられて作ったんですよ」
相馬駒焼があるけどあの跳ねた馬の絵を工夫したのは外から来た絵師だったんですよ」
「ええ、そうですか、知らなかった」
「そうですか、外から来た人が何かを教えてそれが残ることはあります」
「城の石垣というとき穴太(あのう)衆が有名です」
「それは近江ですね」
「信長がそのあなう衆に安土城を作らせて有名になったんですよ」

それから私は気にかかっていた、相馬の城の桜は何か大きくない、成長がとまっている

「染井吉野は60年が寿命ですよ」
「なぜここの桜は大きく成長しないのか」
「土地が悪くて栄養が悪いからかもしれません」
「そういうことあります、とにかく土地が悪いと作物も育ちませんし花も咲かないですから」

それから津波の話をした、その人は松川浦の津(つのみつ)神社を津波の神社と言っていた
それは違うと私は強く言った、それは渡来系きツノガノアラシトから出ていると言った
そのことは私が最近津波のことを調べてわかったことだったからである
それは私が発見したことでもあった
なぜなら津神社とは松川浦にもあるし烏崎にもあるし原町の雫(しどけ)にもある
津波の神社がそんなにはない、本当にまれにしかない、名取の波分神社くらいが由来がはっきりしているのはないのである

高校教師だったその人は由緒ある相馬藩士の子孫だった

「私は伊東であり相馬藩士の子孫です」
「野馬追に出ているのですか」
「出ていますよ」 

この伊東という人の姓は多い、でも途中伊東という墓が成田にあったのも不思議であり具体的く狭い地域だとつながるのである

それから足尾銅山とか麻生副総理とかの話になった

足尾銅山が本格的に稼動し始めたのが1877年(明治10)経営が古河市兵衛になってからです。古河市兵衛は1875年、新潟県草倉鉱山を政府からの払い下げを受け順調な経営をしていた。1877年、古河市兵衛は鉱山業に専念する事を決意し足尾銅山を買収することになった。古河市兵衛は小野組(市兵衛の養父が幹部を務めていた)に属していた頃に縁があった元相馬藩藩主(この時相馬家)を買取り、名義人として立て足尾銅山を買収した

1610年から明治に至るまで幕府の御用銅を生産していました。そしてその銅は日光東照宮や江戸城の建造の際にも使用されています。その他にも寛永通宝にも使用されています。足尾銅山で採掘された銅の寛永通宝は年間約400万枚も鋳造されていました。1枚3グラムで使用されていた銅は400万枚で12トン、もちろん寛永通宝以外でも銅は使用されていたことを考えるとそれ以上の銅が産出されていました。足尾銅山で産出され作られた一文銭の裏には足尾を意味する「足」の字が刻まれ「足字銭」と呼ばれています。 なお、この寛永通宝は足尾以外で作られた物を合わせて、現在100億枚近く残っているそうです。

第三十三代当主和胤の母雪香は日本の民主主義の父と言われた尾崎行雄の娘であり、認定NPO法人「難民を助ける会」の創設者。妻雪子は、麻生太郎元内閣総理大臣(92代)の妹である。

旧領地は、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震による津波で被災した。縁のある麻生太郎は、相馬市長立谷秀清の要請も受け、震災後、国会議員として初めて現地入りし、被災見舞いと現地視察を行った。

インタ−ネットで麻生副総理のことがいろいろ出ていた
麻生氏は財閥であり天皇と縁戚にありそれで力をもった
その裏のつながりも出ていた、麻生氏にはあまりいい印象を持たない人が多い
知り合いの女性も威張りすぎていると言っていた
女性は直観で判断するがそれが当たることもある

何かこのつながりは一つの相馬藩の歴史としてあった
それは必ずしもいいものともならないものだった
相馬藩の歴史という時何か野馬追がありほめたたえられることがあるが暗黒の面もある
それはどこにでもある、どうして山口県に首相が出るのが多いのかというと長州閥が歴史的に継続しているからだと指摘する人も多い、そこが未だに政治的力をもっているのはなぜなのかとその裏を暴いて指摘している人もインタ−ネットにはいる
天皇家とは必ずしもほめたたえられるものではないと非難する人もいる
インタ−ネットで「心の青雲」のプログで最右翼の都築詠一氏があれほど昭和天皇を批判したのは意外だった、そのように天皇家でも権力と関係していて権力と関係する者は何か陰謀論につながるのである
天皇とは日本の権力構造の中で必ず祭り上げられて利用される存在だったからである

当時、日清戦争・日露戦争のさなかであった政府としては、鉱山の操業を止める事はできず、反対運動を食い止めるため、政府は運動の盛んだった谷中村の廃村を決し、1907年強制破壊が行われる。その後、村民は主に隣の藤岡町や群馬県板倉町にあたる地域、下都賀郡の他の町村、古河町(現在の古河市)、那須郡、北海道常呂郡佐呂間町に移住した。また、元谷中村民以外も一緒に移住したが、実質的には元谷中村民救済の意味が強かった。なお、佐呂間町にある「栃木」という地名は、この移住の際につけられたものである

足尾鉱毒事件(あしおこうどくじけん)
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何かこれもつながっている不思議がある、足尾銅山と内村鑑三も関係していた

田中正造が釈放された後の12月27日、学生約800人によって、鉱毒被害地学生視察団が組織され、内村を団長として谷中村はじめ渡良瀬川流域の村々を回った。内村は、行った先で「毒塚」(鉱毒の混じった泥を集めて積み上げた塚)の一つに駆け上がり、学生や地元参加者を前に朗々と演説を行ったという。

 ところが、翌年になると内村の鉱毒事件への関与は格段に小さくなる。その理由は詳らかでないが、運動から離れ聖書研究へと没頭していく。

 ともあれ、今から112年前に書かれたこの文章が、福島第一原発事故を経た現在にそのまま通じることに、複雑な思いを抱くことを禁じざるを得ない。われわれは何も学んでいないのか、それともただ歴史は繰り返すものなのか


ここに内村鑑三の文が出ている

最も耐え難き災は天の下せし災に非ずして人の為せし災なり、天為的災害は避け得べからず、人為的災害は避け得べし、而して、鉱毒の災害は後者に属し、而かも、其の最も悲惨なる者なり。
 悲しむ者は一府四県の民数十万人なり、喜ぶ者は足尾銅山の所有者一人なり、一人が富まんが為めに万人泣く、之を是れ仁政と言うべき乎。

 これも原発事故と通じるものがあった不思議である、相馬藩の殿様がこの銅山の所有者の一人でもあったのである
歴史はここで継続したものとしてふりかえることができる、相馬藩の殿様がこの足尾銅山にかかわり富を得た、その財閥と麻生氏が継続して天皇もかかわり原発事故とも関係してくる、今回の原発事故はそうした相馬藩がかかえるカルマだったのかとも思う
それは天明の飢饉とも通じている、カルマとは何か必ず苦しみとなって現れるのである
それは個々人でもそうだしある土地でもそうしたカルマが苦しみとなって現れるからである、つまり一つの事件であれ事故でも突然偶然に起きるのではなくこうした歴史の継続としてカルマがあって起きてくるのではないか?
相馬地域がかかえたカルマ(業)があって原発事故でも起きたのかともなる
そうした過去の罪業がカルマとなり相馬藩の地域に原発事故や津波ともなったのか
天罰だったのか?

というのはなぜ相馬藩では相馬藩政記に二行しか700人溺死としか記録されていなのか?
それも津波の後に発見された二行だったのである
そのことを問うてきたがそれはその時相馬藩がこの地を支配していない、戦国時代の争いの渦中にあり津波の被害が甚大でもそれにかまっていらないということがあったとも推測した、だから記録もそれだけですませたとなる
その時民の苦しみは隠されて表に出さなかった、そして相馬氏が権力を得るために支配するために没頭していたからだともなる
何か相馬藩にも暗黒の歴史があったことは確かでありそれが津波や原発事故としてカルマとして現れたのかもしれない、それは私の家でもそうだしどこの家でも必ず暗黒の面をもっているからである、それが私自身が塗炭の苦しみにあったのはそのことが原因してきたと書いてきたからである

インタ−ネット時代になるとこうした暗黒面を盛んに指摘する人がいて陰謀論をいう人が多い、それにも閉口するが何か暗黒の歴史が必ず人間にはありそれがカルマとなって個々人でもある地域に災いとなりカルマとなり苦しみとなって現れるのではないか?

そこから今度は線路に沿って坪田の方に行った、いつも見ている線路脇の神社は「都玉神社」である、それはいつも車窓から見ていたがその由来を尋ねることもなかった
今日地元の人に聞いてわかった、それは(国魂)クニタマ神社であった

正徳五年(1715年)、第五代藩主・相馬昌胤公の息子・都胤がわずか五歳という年齢で亡くなってしまう。
都胤公を寵愛していた昌胤公は嘆き悲しみ、現在の社殿のある場所の裏山に石室を築き、都胤をそこに埋葬する。
その後、享保三年(1718年)には神社を建立。
都胤(くにたね)公の御魂(みたま)を祀ったので、『 都玉(くにたま)神社 』と称するようになったのだとか。
さらに、昌胤公の死後、天保十三年(1842年)には昌胤公も合祀される形で都玉神社

だからこそ都の字がついていたのである、これも歴史としてつながっている
その子のために神社を建てるというのはなぜなのか?
国魂(くにたま)とはこの地域の魂だともなる、でも庶民だってそういう人はいくらでもいた、その息子がかわいいとしてかわいそうだというのもわかる
でも庶民でもそういう親はいくらでもいたからそれを特別供養して地域の人に供養させるというのはどうかという理屈も成り立つ
それは現代だから言えることになる、当時にしてみればそれに文句を言う人などありえないとなる、侍と庶民は別でありましてや殿様の子となれば別格だからである
ここには子安神社もあるから子の安かれとなるし子安神社も多いのは庶民でも医療が発達しないから死ぬ童子が多かったからである

そこから坪田の道を行き歩いてくる人がいたので聞いた 

「この辺は何村ですか」
「坪田です」
「なかなかどの辺までは坪田村なのかわかりにくいです」
「坪田があり八幡があり成田がある、八幡は八幡神社があるからだよ」

なぜ村の範囲がわかりにくいのか?それは江戸時代なら村ごとに年貢を納めていたし村が行政の単位であり村ごとに人は結束して生活していた
それがなくなったとき村の範囲はあいまいになったのである

「柚木(ゆぬき)は南柚木と北柚木がある」
「柚木が相馬市でも鹿島のように思う人もいる、まぎらわしい」
「柚木は南柚木と言って北柚木とは言わない」
「方角地名となるとどこが中心かで方角が変わる、相馬藩は小高にまず相馬氏が城を置いた、だから小高から北が北郷になる、相馬市に(中村に)城を移した時、その城が中心になって南になるから南柚木となった、北柚木とは言わない」
「そういうことか」
「それで鹿島は北郷であり北郷と宇多郷が野馬追の時、雲雀が原に出陣するとき一体化して合流して向かうことになった
南相馬市となったのは相馬市の城から南だからそうなった」
「なるほど・・・」

こうして何かその場で話すると会話すると会話が活きてくる、それはその場にいるからである、そして地理は相馬市でもわかりにくいのである、鹿島ならだいたい村でもどの辺までか見当がつくが原町とか相馬市なるとつかないのである
だから地理だけはその土地に住んでいる者しかわからないから別に知識がなくても地理だけは土地の人がわかるのである
常にそこに住んで体でわかっているからである、それは地図を見てもわかりにくいのである

いづれにしろこれだけの歴史をふりかえることができた、今はインタ−ネットをしていないと情報弱者になる
なぜなら古代のことでも学者の論文を最近読めたことや慶長津波のことが記録がないにしろ慶長津波の前と後ではやはり天明飢饉のように石高が激減していたことをインタ−ネットで読めた、それが学者の論文であり数字から確実に慶長津波の影響があったこと証拠ともなるからだ
そういうことで今はインタ−ネットにアクセスしないと情報弱者になりわからなくなる
高校の教師だった人もそういう点でインタ−ネットをしていないから情報弱者となり知識的に遅れるのである










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2019年03月28日

南相馬市の給料の相馬市との比較 (ラスパイラル指数が低いと福祉とかのサービスが低下)


南相馬市の給料の相馬市との比較

(ラスパイラル指数が低いと福祉とかのサービスが低下)

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ラスパイラル比較



ラスパイラルというのがわからないにしても公務員の給料の比較する目安である
全国平均では99である、南相馬市は意外と低い、94となると低い
その差はどこから生まれているのか?

相馬市の津波の被害が大きかった、だから財政的にも苦しいのかと思った
でもそうではない、あれだけの津波の被害でも全国平均よりうわまっているのはなぜだろうか?
何か津波以後に復興がうまくいったためなのか?
なぜなら松川浦などは港も再整備されて天然ガスのビルが建ったりしている
何かそういう面で税収が増えているからかもしれない
税収が増えなければ給料も上がらないし市全体でサービスも落ちる

南相馬市の財政が相馬市より厳しいのは津浪とか原発事故でそうなったがかえって国からの復興のための支援金が入ってきているから財政的にはいいと思っていた
その補助金も莫大なものだったからである
でも結果的に除染に何兆円も使ったとしてもその費用は東京のゼネコンに流れただけだった、自治体指導でやればその金が入ってきたとも言われる

そして南相馬市のアキレス腱は小高が避難区域となったことで人口が急激に減りそこが老人だけが帰って生産機能が消失したことである
そうなれば税収も入らないからである
そして福祉の予算だけがふくらみそのサービスも落ちる
もともと福祉関係は自治体によって相当に差がある
裕福な自治体は福祉のサービスもいいから東京の人などはそういう都市に移住しようとしているしすでにしている人たちもいる
その差も大きいのである
だから小高の問題は小高だけの問題ではない、それで若い世代が流出して老人だけを残したということが問題なのである
南相馬市全体からすると負担になるからである

それを象徴していたのが小高病院の再開である、入院もさせるということで医師が反対して辞職した、入院はしないで訪問して治療するのがいいとやめた
そう主張したのは入院するとそれだけ負担が増える、その負担をしきれない、看護婦だって不足しているのだからできない
それは財政的にもそうなのである、ただ新しい市長は公約だったからとこだわり小高病院の再開をしようとしている
南相馬市では原町区でも小高では特に補償金がかなり入った
それで何か財政的にはいいのかなと見ていたがそれも一時的なものである
年金のように定期的に入るものではない、でも結果的に補償金頼りであり小高では老人が多いのだから生産しないし税収にもならない
すると南相馬市の財政が苦しいから公務員の給料も減る
福祉とか介護サービスも落ちる
それで葛尾村では馬鹿高い介護保険料を払う羽目になったのである

また福祉施設は立派なものがあるとしてそこで働く介護士とかが不足している
それは福島県全体に言える、それで今は青森県でそういう人たちを引き受けている
青森県では仕事がないから介護関係の仕事をする人が多いからである
そして生活保護でもこの辺は支給するにしても減額される
医療費は補助されても一万しかもらえないとかそれは苦しいとなる
年金だって4万だからそれでは生活できないのである
何かそうして福祉の方にしわ寄せが来ているのである
公務員給料だって低く抑えられるのである

いづれにしろこの辺では浪江町とかでも公務員は過酷になったのである
仕事もそうだし自治体が崩壊するような状態になったら公務員だって今までのような恵まれたものにはならない
ただ日本全体の経済も停滞して低下してゆくとき公務員だって全国的にそうなる
公務員はAIで職を失うとかもいわれる地銀などもそうである
公務員とか地銀とか農協とかは地方では安定して就職先であり地方に生活するならそういう場所しか大卒とかなると就職先がなかったのである
でも時代が変わりこういう職業も安定はなくなった

それより10年で復興の補助金は国から打ち切られるそれも後二年なのである
そうなると南相馬市はさらに財政的に苦しくなりいろんなサービスが削られる
第一小高なら老人だけの街とか福祉を受けるだけの人たちになる
それから隣の浪江町でも双葉町でも大熊町でも広域的社会では経済的影響が大きいのである、自給自足社会で最低のミニマム社会なら影響がないが必ず全体的に影響しあっているから落ち込むのである

そういう社会になるとその中で田舎だと特定のものが金があるとしても豊かには暮らせない、回りが困窮しているとそれがじかに感じるし影響してくるからである
離れていれば別だか常に隣り合い暮らしていればそれが眼に見えて影響してくる
もうそうなると安穏としては暮らしていけなくなるのである
だから南相馬市から南はこれからさらに苦しい状態においこまれとなる
ただ相馬市が財政状況がいいのか?それは救いだともなる
相馬市も南相馬市の隣なのだから影響するからである  




福島県所得ランキング

1位 大熊町 515万5534円
2位 葛尾村 407万5632円
3位 双葉町 369万2776円
4位 富岡町 363万4576円
5位 楢葉町 332万6625円
6位 浪江町 323万8755円
7位 広野町 320万6765円
8位 飯舘村 313万8824円
9位 福島市 310万1910円
10位 南相馬市 310万1328円
11位 郡山市 307万6066円
12位 相馬市 303万2661円
13位 いわき市 302万4302円

一時的に補償金で上がったのである、ただこれが税収となったのか?
それは持続的な税収とはなりえないのである

課税所得

2017371福島県南相馬市854億6332万円310万1328円
2016315福島県南相馬市862億5797万1000円314万7411円
2015361福島県南相馬市816億3359万9000円307万1588円
2014453福島県南相馬市755億5567万8000円293万8080円
2013775福島県南相馬市678億5941万6000円271万3616円
2012995福島県南相馬市555億1948万9000円260万5570円
20111158福島県南相馬市694億5037万1000円253万7648円
20101190福島県南相馬市712億6074万9000円252万5543円

震災前より課税所得も上がっている、平均年収も上がっている
すると税収も増えているはずなのだがどうなっているのか?
ただこの課税所得があったのが震災関係の復興事業のためである
特に建築土木関係は特需になり息を吹き返したのである
でせ復興関係の仕事が減るとまた停滞して低下してゆく

すでに2017年で減り始めている






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2019年03月26日

原発事故でも天の時、地の利、人の和が関係していた (避難して失われた時間はもどってこない)


原発事故でも天の時、地の利、人の和が関係していた

(避難して失われた時間はもどってこない)


津浪と原発事故はいろいろな教訓を残した考えさせるものがあった
それを私は探求してきた
今ふりかえると一番の問題は人生でも天の時だと考察した
それも原発事故で起きていたのである

それはどういうことかというと今になりなんで復興できなくなったきか?
その一番の問題が復興する時を失ったということである
原発事故で避難した人たちは最低で5年とかもう8年過ぎてしまった
その間に何が起こったのか?
復興する時間を失ったということである

例えば時間というのは子供時代とか少年時代とか青春時代とかでその時間の価値が違ってくる
母親でも幼児から子供の時一緒に過ごさないと母親を母親としてみないことが普通に起きている
親戚の人は5歳ころまで母親と一緒にいたがその後は別な母親になった
それでその実の母親が年取って私が実の親だとして合わせてくれとかなった
でももう実際はその子供は大人になっていてその子供すら大人になっている年である
だから今さら私が実の母親ですと言ってもそうはならなくなっていたのだ
ただ不幸なのはその母親が認知症になったことである
金をもっていたからその実の娘はただ施設にあづけている保証人になっているだけなのである、それは金が欲しいだけでそうしているのである
つまり自分の母親だという感覚がないのである
つまりその女性は母親であるべき時間を失っていたのである

これと同じようなことが原発事故で起きた
若い世代は子供と一緒に故郷を出て避難して生活をはじめた
すると8年もたつとどうなるのか?
子供時代の8年間を別な土地で暮らしたのである
小学校でも中学校でも高校でも故郷ではない外で暮らした
そういう子供の時故郷で暮らしていないとどうなるのか?
かえってその8年間でも故郷の外で暮らしたのだからそこが故郷だともなる

つまりその時の時間はとりもどせないのである
その子供たちが過ごした時間は故郷の外で暮らしたから故郷と疎遠になる
そうしてもう故郷にはもどってこないとなり復興できなくなった
残されたのは思い出があるから故郷に残った老人がほとんどだとなった
老人だけでは復興はできないのである

だから失われた時間の問題はそれがとりもどせないのである
空間は別に故郷でもある、荒廃しているが故郷はなくなっていない
それで今度は浪江の高瀬川渓谷に行ってみようかなとなる
確かにそこにあった大堀焼の窯元が軒を連ねた場はなくなった
でも高瀬川自体はやはりこの辺では渓谷として景勝の地としてある
空間は失われていないのである
ただそういう故郷であれ場で過ごした時間が失われたのである

そして不思議なのは地の利でも人の和でも関係していた
地の利というとき原発事故から距離に比例して被害の度合いが大きかったのである
原発立地の町の大熊町とか双葉町は8年過ぎても住めない
浪江でも隣でありほとんど人が住んでいないのである
ただ距離に比例し補償金が配分されたのも地の利が関係していた
30キロ以内は手厚い補償金がもらいたからである

そしてまた人の和も関係していたのである
人の和が内部でも家族でも分断されたのである、家族がばらばらになってしまったのである、若い世代は外部に流出して老人だけが故郷に残された
それから補償金でもめて南相馬市では分断された
人の和が壊されるとこれも復興することがむずかしいのである
人の和がもっとも大事だということも言われるからだ
時を失い人の和も失われたのがこの辺なのである
それが深刻なのは失った時間は特にとりもどせないことなのである

それぞれこがすでに別な土地で過ごしている時間が8年とかなりもう十年とかなる
すると十年一昔とかまでなってしまうのである
その人たちは故郷にもどらない、疎遠となり子供たちでも故郷はその土地で時間を費やした場所だともなるからだ
つまり生まれた場所が故郷ではない、そこで育った時間を過ごした所が故郷なのである
また別に血のつながりがなくても実の母親でなくても一緒に過ごした時間があれば家族であり母親だという感覚をもつのである
ただ親戚の人は育ての親すら捨てた異常人格になっていた
それは何か確執があり異常化したから恐ろしいと思った
近づくのも怖いとなって縁は切れた
こういうことは長年一緒に暮らしていても熟年離婚があるからありうる
でもその一緒に過ごした時間が無駄に帰するのはもったいないとなる
なぜならもうその後に一緒に過ごす時間がないからである
他の人と一緒になっても時間が無くなっているから思い出でも作るのはむずかしくなる
失われた時間は取り戻せないことが深刻なのである

いづれにしろなぜ復興できなくなったのか?それは津波の被害地域でも同じようなことが起きている、被害地の故郷から若い世代が流出したからである
それで復興するのに高台を作るのに土地造成するのに時間がかかり待てないとして別の場所に家を建てたり流出したりしたのである
だから時間がいかに影響していたかふりかえるとわかる
それは個々人の人生でも同じだと書いた
時間が失われると取り戻せないことが深刻なのである
別に故郷という地は空間は荒れても残っているが時間は帰ってこない、とりもどせないから復興でもできないとなったのである   

 天の時 地の利 人の和 (天の時が一番大事だとも思う所以)

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2019年03月23日

原発事故の原因として全体を見れない社会があった (ただ個々人の利益追求と私的権利の追求になった)


原発事故の原因として全体を見れない社会があった

(ただ個々人の利益追求と私的権利の追求になった)


原発事故で起きたことは何なのか?その原因は何なのか?
それは複合的だからそれを解決することは簡単にできない
様々な現代社会の矛盾もそこに現れたからである

現代社会の特徴は何か?それは全体を見れない社会、全体を把握できない社会である
無数のパーツになって社会を構成している、その全体を見れる人は理解する人は一人もいない、そんな人はスーパーマンしかいないのだろう
だから原発でもその全部を知る人などいなかったのである

第一吉田所長が復水器のことを知らなかったのである
それは一番所長ともなればわからなければしもそも所長になれない
トップになれないはずである、でも私は資材の専門であり専門でないからわからないといっていた
他の会社でも私は…専門であり私には会社のことでもその分野はわからないとか社長が言っていた
それは今の社会でどこでも起きていることである

原発でもそうして巨大な複雑化したものでありそれを全部知る人は誰もいない
その時何が起きるのか?
今回の事故のようになったときもう手をつけることもできない
メルトダウンして全体が崩壊してしまうことになる
それはあまりにも巨大であり複雑だからである

そういうことは別に原発だけではない、あらゆるところに起きている
医療関係でも体でも体の一部分の専門家がいる、医者がいる、でも体全体を診れる人は一人もいないのである
でも人間は死ぬとき必ず合併症で死ぬのである、一つの臓器がだめになりそれから他の臓器も悪くなり死に至る、それは人間の体ももともと一つのものとして機能しているからそうなる、でも全体を見れる人は一人もいないのである

そうして現代では江戸時代から明治に変わる時、私的所有権とか私的権利とかを過剰に認めた、結果的に山でも無数に分割されて全体として管理できなくなった
いちいち土地の所有者を確定して管理しなければならないからである
それは他でも津波の後に土地を利用するにも遠くに住んでいたり細分化されて土地の所有者すらわからないとして利用できないのである

それは村が山を共同で入会権として利用していた時代とまるで違った社会になったのである、そういう弊害はいろいろな歪みとして現れたのである
原発事故後の補償金問題でもそうである
みんな個々人が金をもらい個々人が勝手にその金を使い個々人が復興すればいいとなっていたからである
江戸時代なら村全体という志向がある、まず村全体をどうしようかとなる
それは村が一つの自然共同体になっていたからである
個々人だけでは生きられない社会だったからである
入会権でもそこでみんな燃料となる薪でも分け合うということをしなければ生きていけないからである、そこに共同が自ずと生まれていた
全体があって個々人がありえたのである
それはまた自然の生態系に依存していたから小さな村で自給自足していたからそうなったともなる

なぜ原発事故で村でも町でもコミニュティが簡単に崩壊したのか?
それは放射性物質の汚染でそこに住めないからしかたがないとなる
でもそれだけではなく現代社会のコミニュティの脆弱性がありそうなったともみれる
資本主義社会とグローバル社会とかも深く影響している

人は自分自身の安全と利益だけを求めようとする。人が全く意図していなかった目的を達成させようとする見えざる手によって導かれた結果なのである

見えざる手で利己心がかえって社会全体の富をふやしてゆくというアダムスミスの考え方である
つまり利己心は資本主義では奨励されているし競争でも奨励されている

でもそうなると全体というのはコミニュティとかは本当に見えざる手で維持できるのか?それがこの辺で起きた問題である
補償金をもらって個々人で復興すればいい、市町村のことなどどうでもいい、別に金さえあればどこにでも住める、こうして簡単に村でも町でも崩壊したとなる

そもそも日ごろ人間は協力していなければ共同していなければ何か事があったとき協力するだろうか?江戸時代のような村であれば個々人の勝手は許されない社会である
その負の部分は自由がないということである
でも明治以降は自由を与えられてもそれは私的利益と権利の追求になった
個々人が良ければいいのではあり他人は個々人の利益のために犠牲になってもいい蹴落としてもいいという社会になった
そこで全体の志向は失われたのである、だから小高の農家の人は山元町で津波の被害地を安く買って農業をはじめたとなることでもそうである
小高では放射能被害で農業をできないから補償金で山元町の土地を買ってするとなった
肝心の小高では農業をする人もいなくなり老人ばかり残されたのである
何か事あれば今のコミニュティは簡単に崩壊する実例を作ったともなる

十津川部落では政府から援助金をもらったけどそれは村全体のためにもらったのであり
村全体が一致して北海道に移住したのである、それは個々人が勝手にできる金ではなかったのである
だから現代社会には全体という志向がない、個々人の利益と権利の追求がかえって奨励されているのだから今回のようなことがあってもまず個々人の利益や権利が優先される
そして回りでは同じようにいい暮らしをしているとなれば誰も崩壊した村や町に住まないとなるし復興もできないともなる
もちろん原発事故がそうしうたのだともなるが何かそれだけではない現代社会の歪がそうしたのだということもあると思った
現代社会は全体が見えないからいざこのような大事故が起きると市町村自体でも簡単に解体してしまう、全体をどうしようかとか働かないからである

まず自分が自分の家族をどうしよう

これが優先されるのである、ただ不思議なのは戦前だと国家の方がこうした個々人の利益や権利より優先された、それで国家のために3百万人が死んで犠牲になったのである
戦後はそうした国家すらない、ただ個々人の利益と権利のみが過剰に追求されてきたのである、原発事故ではそうした現代社会の矛盾とか脆弱性が露骨に現れたとも見れるのである
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2019年03月21日

原発避難民の補償金の使い方が間違っていた (小高の人が山元町で土地を買い農業はじめた矛盾)


原発避難民の補償金の使い方が間違っていた

(小高の人が山元町で土地を買い農業はじめた矛盾)


事情は詳しくわからないにしろ昨日山元町の不動産屋の人が言ったいたのは何を意味しているのか?
小高の人が山元町の土地を買いあさって農業をはじめている
その土地は津波の被害にあって売った方がいいと土地をもった人が考えた
津波の被害の土地は海老辺りでも国で買い上げるが安いと言っていた
国に売るよりは高く買ってくれる人に売ったのかもしれない

そこで山元町の土地を売る人の気持ちはどうなるのか?
「もうこの土地では農業はできない、土地をもっていても無駄だ、売る他ない
安くてもしょうがないな・・・・先祖代々受け継いだ土地だけどしょうがないな」
「ここで私たちは農業をはじめる、補償金があるから安くなった土地を買える
小高区はもう放射能汚染で土地は使えない、ここならまだ農業ができる」

こんなふうになったのかもしれない、これも矛盾なのである
だって小高区を復興するために補償金を与えられたのに実際はそうでとなかった

町全体の復興のために補償金は与えられない
個々人の復興のために与えられた
だからその補償金は個々人で自由に使えばいい

こうなっていたのである、だから避難した時点で他に土地を買い家を建てた人も近くにいる、それは個々人に補償金が与えられたからその補償金を使うのは個々人であり小高区とか南相馬市が決めるのではない、そうなれば今の世の中暮らしやすい場所を選ぶ
そういう場避難区域になったところよりいい場所はいくらでもありわざわざ放射能汚染で農業もできない、不便な所に住まなくてもいいとなる
これは時代でありどうにもならない

なぜなら十津川部落が水害で国から金をもらったときその金は北海道移住のために全員が一致して移住するために使われた、個々人の自由に使える金ではなかったのである
その時代は農業中心の時代だから北海道に土地があるから農業できるということで
みんな一致して移住したのである
そこでの暮らしは楽ではないにしろそれを受け入れざるを得なかったのである
それは相馬藩が飢饉のときも越中などの移民が荒廃した土地を与えられるということで
命がけで移住してきたのともにている

何かそういうこととにているのだ、一部が災害で大きな被害になるとかえって外部の人たちが入ってくることがあるのだ
ただここでは小高の人たちが農業をやるために資金があるから津波で安くなった土地を買いあさるとなる、小高の農業の復興のためにはその補償金は使われないのである
これも矛盾なのである、そういう矛盾は船主とか漁業関係者にも生じた
そのことは再三指摘してきた

なぜ復興できないのか?
それは補償金でもすべてが復興のために使われなかった
除染費用が何兆円とあるとしてもそれは東京のゼネコンに流れた
県でその金をもらい独自に除染をしたら良かったということがあったがそれもなかった
つまり金の使い方が悪いのでそうなったのである
そういうことを会社経営している人はしきりに言っていた
そういう人がまたなぜ会社経営に失敗したのかもわからない
ただ部下に仲間に裏切られたということは言っていた

そもそも小高と鹿島区も南相馬市で補償金でもめたからである
でもふりかえるとそのことを指摘すると小高の人は鹿島区の人たちはなんなのだ
かわいそうな俺たちをただ批判するだけなのか?そうして怒ることにもなる
でも内部でもそうした矛盾が生まれてそれも大きいのである
なぜみんな若い世代が出て行って帰らないのか?
それは多額の補償金をもらった結果としてそうなったのである
小高とか原発避難地域の復興には使われなかったのである
それは県単位でもそうだし市町村単位でもそうだったのである
そこになんら自治体の政治力も働かなかったし一体自分たちの住んでいる村でも町でも市でもどうするんだということを協議したこともないのである
ただ国の言うなりになり個々人の自由意志にまかされてそれなら補償金もらって外で生活しようとなってしまったのである

ともかく小高区を例にとればなぜきついことを言うかとなるとそれは南相馬市に住んでいれば当然予算とか税負担があり大きく影響するからである
つまり復興してもらなわないと南相馬市全体で困るからである
それは家族の一人が病気になったような状態になるからである
離れていればそうはならない、でもすでに外に出て家を建て仕事をもち子供も小中学校を高校でも外の学校に行った人は故郷と関係が薄れてしまった
いまさら戻るわけにもいかないととなる
既成事実化してしまったのである、でもそれでは親を残してその負担をどうするのか?
ただ金を払えばいいと言う問題でもない
現実にこの辺では立派な施設があっても働く人がいないから老人ホームでは介護を引き受けない、それで青森の施設に受け入れられた人もいる
それは全国的問題にしろこの辺では極端なものとしてなんでも現れたのである
                                                    

タグ:原発補償金
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2019年03月12日

小高には一年前より人が帰っていた (でも帰ったのは老人がほとんどだった)


小高には一年前より人が帰っていた

(でも帰ったのは老人がほとんどだった)

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六号線のキクチスーパーの近くのスポーツ店では何かはじまる
それで調査する人が何人か来ていた
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江井区とありここまでは原町区なのか?


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江井地区を越えると小高になりこんな家があった
やはり人が住まないで放置される家が増える
江井地区まではないからである、人は住んでいるからである

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新しく小高にできたカフェ


なんか小高の街に来て不思議だった、たか神社がある所、高村という所から丘を登り下りして小高の街に入った
家には車があり人が帰っていると見た、前はこんなふうではなかった
街中でも人が少なかった、それは一年前だった
だから帰る人が増えたと見た
それはおそらく仮設はもう住めないから終わりになったから家がある人はもどった来たと見た、ただ通りを歩く人はまれだし車も少ない
駅は高校生しか乗らないから淋しいのは同じである

でも街中にカフェができていた、それでそこに入った
そしてらそこは名古屋の方の女性がはじめたカフェだった、なんでも地元の人と結婚して開いたという、そこはカフェスタンドとなっているから座る場がない狭い場所だった
でも500円だったから高いとはなるがあの場所は貴重である

そこに秋田の東京の大学に行っている人が来ていた
やはりまだ原発事故のことで関心がある人が来ている
なんでもその人は二万人とかはいる武道館で卒業式だという
そこには親は入れないという、7万人くらい生徒がいるとか言っていた
それは良く聞かなかったが私の場合もとにかく3000人の前で講義するとか数の多さには驚いたのである
今でもそういうことがあるのかと思った

そういう学生は前も駅に来ていた、それで地元のことを教えた
今度会った学生はすでに新聞社に就職が決まっているという、つまり記者になると言っていた
そこでそういうことで調べに来る人の問題は案内人が大事だということである
知らない場所に来て案内人がないとういことは本当に皆目わからないとなる
それは外国旅行で自分は常に経験して大失敗していたからだ
外国だ余計に案内人、ガイドがないと皆目わからなかったからだ
でもガイドを雇う金がないからただ外国に来たというごけでいいと思っていたからそうなった、でもせっかく外国に来ても実際はただ来ただけだとなってしまう

それでフランスのリヨンでブション料理のことを紹介していた
それと貴族の料理を余した羊か豚か牛の内臓などを料理したものだったのである
ヨ−ロッパでは貴族と下層階級は明確に食べるものまで区別されていた
階級社会だったのである、そういう違いは食べ物にも残っていたのである
日本がでも郷土料理となると別に高価な材料ではない、その土地でとれるもので作っていたのである、つまり料理にもそういう歴史がある
ただ私はヨ−ロッパを旅してもそういう旅をしていないから全くわからない
それはテレビ放送のようにガイド付きではないからそういう場所には普通の人は行きにくいからである、なにか高価なレストランが目立つ所にありそういう場所はわかりにくいからである

日本国内だってとにかく地元の人は例えその人が学問がないにしても必ず詳しいのであるだからちょっとしたことがわからない、聞くとなるほどと思うのである
玉野村でもそうだった、古い屋並がありそこは宿場町だったとか聞くとそうだったのかと思う、地元なのだけどわからないのである
まして外から来るとなるとその土地のことを知ることは容易ではない
歴史もあるしそういうことは簡単にはわからないからである
それで案内人が必要になるのである

ともかくそこには大阪から来た人もいた、パソコンを教える部屋があって教えていた
そういう人がこの辺で前から来ていた
ただ最近そうしたボランティアは減っている
でも埼玉から夫婦が来たり外からまた興味があってきている人はいる
そういう人があのカフェに寄っている
小高になにもないからあそこに入るとなる

それから駅前の案内所でばあちゃんがいて話した

「大分人が帰ってきているように見えましたが」
「そんなことないよ、若い人は帰っていないよ」
「そういえば帰っているのは老人が多いのか」
「老人ばかりだよ、若い人が帰らないと活気がないよ」
「通りを通る人と車は少ないことは変わりないようです、駅だって乗るのは高校生だけのようです」
「老人は家にこもっているよ」
「車が家にあっても老人が多いのか」

確かに家には車がある家が多いとしても老人が多いということである
やはり人はあまり通らないようになっていも車は普通は通る
そこが違っていたのだとなる
ただ一年前と比べると人が帰っていると見た、街中でも人が住んでいる
それは仮設に住めなくなって帰って来たのかと思う
もう3月で仮説は終わりだからである

スーパーも小規模でもはじまった、ダイユーエイトも建物を修理してはじめるという
するとかなり復興してくるから人も帰ってくるのかと思う
でも実際は若い人は生活が別になったから帰らないと案内所のばあちゃんは言う
何かそのばあちゃんには私は親しみを感じたのである
前に知っていた女性と何か似ているのである

小高にそばあちゃん一人案内(あない)する通り淋しく春の日あわれ

そのばあちゃんのことが何か心に残る
それは私自身が家族をみんな失ったからである、それでたいがい子供を死んだとか親が死んだとか兄弟が死んだ人とか必ずそうして他人を親とか子供とかに兄弟でもそう思うようになるのである
だからあそこの駅前の案内所のばあちゃんにも私自身かそういうふうな感じになったのである
それはカフェの人は名古屋とか別である、やはり不思議なのは地元だと言葉とか何か暗黙に通じるものがあるのかと思った

いづれにしろいろいろ補償金とかで小高とはもめた、そこで険悪にもなった
それはやはり身内感覚だからそうなったのである
ただそういう時期も過ぎたともなる
小高はなんとか復興してもらいたいとなる、でも若い人が帰らないということが致命的なのである

学校の高低で子供が何人か遊んでいた、それが10人以下である
それは少ないと見た
なぜなら鹿島には保育所が二つありそこで運動会とか神輿を担ぐ祭りをしていた
親も参加してにぎわっていたからである
あの学校の子供は実際は小高に住んでいない、外から市で運営する車で来ているのであるそれは飯館村でもそうである、小高に住んでいないことが問題なのである
だから余計に老人だけの街になっているのである
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 小高区役所に置いてあった本に書いてあった

確かに子供がほとんどいないということは跡継ぎがいないということでありその街は老人だけになり死んでゆくとなる
限界集落化している、それが大きな町で起きている
でも子供を連れて新しいカフェに来た人がいた、それは本当にまれだとなる
校庭にいた子供は10人以下だったからである

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紅梅の貴船神社に咲きにしも夕暮れあわれ通り淋しき

こんなふうになる、

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椿咲く小高神社にたずねるも帰らぬ人や夕べ淋しき

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磐城大田駅に春の夕日没る
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2019年03月11日

故郷に住まなければ復興はない (そのジレンマに苦しむ)


故郷に住まなければ復興はない

(そのジレンマに苦しむ)


復興という時、すでに避難区域に指定されたところをでて外で生活基盤を持った人復興とは関係ないだろう、なにかしらあるにしても関係は薄くなる
例えば浪江の人は東京に出てそこで中学高校とか出た人もいる、その人は東京で就職したしまたその祖母は東京に住むようになった、そして原町の復興団地に祖父が一人残されて住んでいる
小学生一年でも震災以後8年過ぎればも学校すら地元とは関係なく故郷とは関係なく生活してきたのだからその関係が薄れたのである

そうして外部に出やすかったの多額な補償金をもらえたことだったのである
宮城県とか岩手県だと原発関係は関係ないから補償金はもらえないから県から企業でも援助されても融資されても返さねばならないとかで今になって事業がうまくいかず苦しんでいる、仮設の商店でも資金繰りで今は苦しんでいる
旅館でも再建したのはいいとしてもやはり復興特需が終わったら客が来ないと苦しんでいる、福島県ごと補償金をもらっているから違っていた
そうはいっても放射線の被害は大きいのだからその後の風評被害などで苦しんだのだからそれは当然だとなる

復興というとき

●市町村の全体の復興 

●個々人の家族の復興

この二つに分かれている、もう8年もすぎて所属した市町村から外に出て生活している人は家を建てたり仕事をもったりしている人はもう帰らない、するとその人たちは復興に関係あるのかとなる
残されたのはその親や祖父母である、だから関係ないとは言えないが実質的に故郷との関係は薄れてしまって関心もなくなっているともなる
それより移住した土地での生活で精一杯だとなる
ただ南相馬市は小高が避難区域になっても南相馬市民だし現実に原町区とか鹿島区に多数移り住んでいる、家も建てた人も多いのである
そこが事情が違っている、でも小高区だと40パーセントはすでに帰還しているのである仮設に住んでいたが住めなくなって家があるから帰ったという人も多いだろう

南相馬市で浪江とか他からの人たちが流入して家を建てた人が多いのである
だから南相馬市ではかえって人口が増えているように見える
そういう人たちは南相馬市民となっていないからである
それで手続きで鹿島駅から浪江まで行く人がいた、それもめんどうなのである
でも浪江町民から南相馬市民に籍を移すことはできない、そうすると補償金とかが関係してくるからそうなる

いづれにしろ復興というとき市町村の復興と個々人の復興は分けて考える必要がある
そして復興、復興といっているとき実際は市町村の復興のことなのである
つまり全体をどうにかしてくれということなのである
それを一番切実に思っているのはそこに帰って住んでいる人たちなのである
他に移り住んだ人はもう復興といっても関係ないとはならないにしてもすでにないともなる、ただ復興住宅とか団地に住んで帰るのか帰らないのかどっちにしていいのかわからない人たちもいる、ただ外に出て家を建てて生活の基盤を持った人は帰らないから復興とは関係なくなっている、そうしてそういう人たちが多いのである

それで今日のテレビで大槌町で新しくしして自転車屋を始めた人がいる
もともとしていたのだが新装して始めた、カフェもやるとか家を新しく作ったのである
でも4000人くらいしかもともといなかったのにさらに人がいないのだから商売なるのか?。
ここでも一万くらいの人口でなんとか一軒の自転車屋がやっているからだ
その人の願っているのは子供もいるしなんとかみんな帰ってきてくれ、客も来てくれとき切実なのである
だからそういう場に住んでいる人はなんとか復興してくれ人も帰ってくれ住んでくれとか切実なものとして復興を願っているのである

でも外に出て家を建てて8年もすぎたらもう故郷とは疎遠なものになってゆく
ただ南相馬市とか事情が違っている、また浪江とかでも近くの復興住宅や団地に住んでいる人は時折様子見に行っているから違っている、なんらか故郷とつながりがあり帰る準備もしているのかとなる
とにかく人が住まなければその土地とは関係が薄れる、住んでいる人はその住む場所をなんとか良くしようとする、でも住まない人は無関心になってゆく
そこに住む切実さもうすれてゆく、原発事故だって津波だって遠くの人は切実なものとはならないからだ
つまり関心の度合いが根本的に違ってくるのだ、そこにやはり報道でも土着的なものが必要だという時、その土地に住んでいる人と住んでない人では切実さが違ってくるからである、その土地の水でも土地でも汚染されることは命の危険につながるから関心度が違うからそうなる

だから復興という時、そこに住まないかぎりないのではないか?
そこに住んでいるからこそ復興してくれと切実なものとして訴えることになる
大槌町の自転車屋にしても人が住んでくれないことには商売にもならないからである
そしてそこに住めないということが帰還しないことが最悪だとなる
それができていないから復興はすすまない、何か絶望的にもなるのである

その例が愛媛県と小高で農業をしている二重生活者である、その人は故郷を避難して別な場所に住んで復興にかかわれないことにうしろめたいものを感じているという、なにかしらそういうことがあっても帰りにくい
でも小高で米を作り愛媛でミカンを作っている、でも妻は南相馬市の実家には小高ではない所には帰るが小高には帰らないという
そういう人がまた多いのである、小高の人たちは原町とか鹿島と相馬市とか新地でも家を建てて移り住んでいるからである
ただやはりそれでもうしろめたいものを感じているのだなとは見た
なぜならもうそうして新しく家を建て移り住んだら小高との関係はあったとしてもうすれてゆく、関心がなくなるのである
それで農業している二重生活も限界だというのも理解できる
そしてあまりにも遠すぎるのである、いづれはどっちかを選ぶ決断が迫られる

ただこの放送で貯金をとりくずして生活していると言うが小高ではかなり補償金をもらっているからそんなに金に困るというのではないと思う、その辺がテレビでは放送しないから誤解が生まれる
いづれにしろこの二重生活とか南相馬市でも小高区以外に住むなら妻も賛成するという気持ちがわかる
現実にそうしたことがここで起きているのを見ているからである
ただ小高でそこに住まない限り復興はありえない、そういうことが他の避難区域でもできないから絶望的になっているのである



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2019年03月09日

原発事故で問われたもの? (空気と水と土が汚染された生きていけない!)


原発事故で問われたもの?

(空気と水と土が汚染された生きていけない!)

原発事故ではいろいろなことが問われた
その中で何が一番問題だったのか?
それは空気と水と土が汚染されたことである
そういうものを大事だと普通は意識しない
ただ水は大事だと意識していた
空気と土は意識しない
空気という時、酸素だとか水素だとか二酸化炭素だか元素がいろいろある
そういう元素が地球からなくなったら植物も動物も生きられないのである
ただ空気を意識することは普通はできない
でもその意識できないものが一番生きるために大事だったのである

空気と水と土が汚染されたら生きていけない
水というとき塩水も入る、海は塩水でありそこで生物が生存できる
他にも確かにいろいろ必要なものがある
でも基本的に空気と水と土が汚染されたら生物はもう生きていけないのである
それは普通は意識しない、それを原発事故で意識させられた

つまりもうもうこれらが汚染されたら空気も吸いなくなったら生きられないからだ
住むこともできないからだ、他はなくても生きられる
例えば石油がなくても車がなくても鉄道すらなくても生きられる
他にもいろいろなものがあるけど生きられるし住むことはできる
それは江戸時代までそうして生きてきたからである
つまり江戸時代は極端化すれば空気と水と土があって生きていた社会だとなるからだ
その他の物がなくても生きることはできるしその土地に住むことはできたのである

でもこの三つが汚染されたときもう人間は生物でも生きていけないからその土地に住むこともできなくなる、そのように深刻なものを原発事故で自覚させられたのである
人間は現代は贅沢をする、電気がなくてはならないとか石油がなくてはならないとか
車がなくては生活できないとか言うがそれは別になくても生きられない、その土地に住めなくなるということではない、現実に江戸時代はそこで生きて生活していたという事実があるからだ、今になるとパそんな生活できないというけど現実に生きて住んでいたのである、エネルギーは炭だったとか薪だったとかなる
それも木があるから木が土があって育つからできた
その木すら使いなくなった、なぜなら木を燃やすと放射性物質が出てきて放射線が出るからである、木すら使いなくなったのである
その深刻さはもう生きられない、住めないということだったのである

でもここまでの被害になることに気づかなかった
今でも原発がある所はそんなに深刻に考えていない
原発がありもうそれで生活が成り立っているから原発をなくすことは死ぬことだ、生活できない、ここでは生きられないと逆に考えているのである
この辺でもそうなったからである
そこに原発がどういうものか深刻に考えていないのである

原発とともに核というものがどういうものかも考えていない
それを使ったらどうなるのか?人類が滅びるものでありどれほど危険なものか自覚していない、それを自覚するのは核で人類で滅びてからだとなる
「猿の惑星」になってからだともなる
原発事故でもそうだがそうなってみないと人間は意識しないのである、自覚しないのである

石油がなくなったらもう終わりだ生きられないとか車がなくなったら生きられないとか電気がなくなったらもう終わりだ、生きられないとかまでならない
なぜなら江戸時代を見ればわかる電気がなくても生きていたからである
それは戦後でも葛尾村などは電気がなかったのである
ネパールでも山の村では電気が通じていないのである
だから生きるということなら電気がなくても生きてきたし住んできた、電気を利用するようになったのはここ百年もみたないのである

原発事故はこうして最悪の結果をもたらしたのである
それを他の原発ある所ではここと同じように自覚していないのである
事故など起きないとしているからだ
でもその危険はあまりにも大きすぎたのである
人間は生きられない、その土地に住めないということほど最悪なことはないからである
ただそれはそうなってみないと意識しないし自覚できないのである

原発は別になくてもそれで本当に困るということはないのである
電気だってなくなることもないのである
なぜ原発があるのかやめられないのかは別な問題としてある
それは政治的軍事的問題とかアメリカの命令だとかありできないのである
核爆弾を製造するもののために備えているとかもある
原発はなくなっても電気がなくなることはないのである

田りここまで深刻に人間は考えない、でも本当にここまで原発事故は考えさせるものとして具体的な被害として現れたのである
ただ人間はこうして被害者にならないとその痛みとか自覚できないのである
戦争を経験しなければその痛みはわからないと同じなのである
そうなると戦争だって軽く考えてしまいまた戦争になる
核戦争が現実化するかもしれないのに核競争をしているというのもそうである
でも核そのものが人類を滅ぼすという恐ろしいものだということを自覚しない
いくら安全だといっても人間に完全なことはないからどうしても事故は起きる
核兵器だって使用することもありえるのだ
だからそもそも核を廃棄する使わないというのが一番いいのだがそれができないのであるそれで遂に人類が核で滅亡するという未来がすでに廃棄できないということで見えてくるのである

いづれにしろ日本でも原爆が唯一落とされた国なのに原発をやめられないというのは何なのだろうと思う、日本人が一番自覚するべきものだった
原発は平和利用だからいいというものではなかったのである
核そのものが非常に危険なものだったのである、そういうことがヒロシマの原爆被害者にもなかったことが問題だったのである
平和利用ならいいとなるものではなかったのである
こんなものを発明した科学者も悪魔的だったとなるのである
科学とか技術には怖いものがある、それを自覚していなかったともなる
科学技術がなんでもいいものとしては作用しないのである
つまり遺伝子組み換えとかでも何が起きてくるかわからないということである
核を発明した人でもそれは予測できなかったからである

原発事故から8年過ぎたけど以前として浪江とか双葉とか大熊とか復興していない
浪江では千人とか小中学生がいて五六人くらいしか帰っていないというのもショックである、もうほとんど若い世代は帰ってこないのである
そういう街を復興させることは本当に容易ではない
それはやはり空気と水と土が汚染されたことで住めなくなったことが最大の問題だったのである、空気は吸わざるをえないし水も飲まざるを得ないし土を利用しないでは生きていけないからそうなったのである


浪江町民登録の小中学生約1200人の1%に満たないが、
ふるさとの学舎(まなびや)での学校生活に期待を膨らませた。

これも少ないすぎる、何か絶望的になる



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2019年03月07日

生業を返せ、地域を返せ(2) (原発事故で奪われた人生の意味と価値)


生業を返せ、地域を返せ(2)

(原発事故で奪われた人生の意味と価値)

原発事故で奪われたものは何なのか?結局確かに多額の補償金を得たから外から見るとそれで贖われたとかかえって得したとか見る人もいる
地元でもそういう人はいる、みんな別にそんなに補償金をもらっていないからである
でもよくよく考えると金で贖い(あがなう)いないものを失った、奪われたのである
ただ前に書いたようにその生業とか地域に生きる価値が何なのか意識しないし自覚していなかった、そこには金にならないという不満が常にあった
現実問題として金がないと今は生活でもどうにもならないかである

でも何が大事なのか、人生とは何なのか?
それが原発事故で問われたのである、原発事故で奪われたもの失ったものが何であったか別にむずかしく哲学的に考えるのではなくても具体的に身にふりかかってそうなったのである
特に老人になると私の人生は何だったのだろうとどんな人でもふりかえる
その時金を残したとか財産を残したとか子供でもそう見る、親は財産も何も残さないから価値がなかったとはか今ではなる

でも親が残すものは財産だけではない、金ではない、その人がどう生きたかを伝えたいのである、本人にとっても自分の人生はこういうもので有意義だったとか伝いたいのであるそういうことが奪われて失ったことが大きな痛手だったのである
それはなぜか?そうした個々人の人生でももう一度人生を生きることはできないことが深刻なのである、人生は一度しかないからである

だから老人になると自分の人生とは何だったのだろうと誰でもふりかえり語る
自分の人生が無意味ではない、価値のないものではないということを伝いたいのである
戦争のことでもそこで地獄の苦しみを受けたからそのことを誰も無意味にしたくないのである
だって3百万人も死んだことが無意味となること価値なきことにされたらどうなるのか?それは空恐ろしいことではないか?
でもそれは戦争が終わったからこそ今になって70年過ぎても問われているのである
それが次の代ものものに負わされているのである
それでも戦争の時そうした価値と意義とか意味を追求してみんな戦争に参加してはいないほとんど国の強制でそうさせられたのである

このように何でも人間はその時の行為を明確な目的とか思想とかがあってしてはいないのである
原発事故だってそうなってはじめてみんな生業を返せとかなったがその前は生業のことなど考えない、むしろもっと生業より金が入る仕事をしたいとうだけだったのである
皮肉だけど生業でもなんでもそれを失ったときその大事さを自覚する、価値を知る
それは家族が空気のように思っているけど妻でも失ったときその価値をしるのとにているつのである          

60以上になればもう人生は過去に生きるようになる、これまで生きたことの価値を問うことになる、それがどういう意味と価値とか意義があったのかと問う
そしてその時もう人生はやり直すことはできないのである
たいだい高齢化社会でもうやり直すことはできない、それも補償金をたんまりもらったのだからいいじゃないかと外からは見る

ただ人生を奪われた

このことは言える、人生そのものが奪われたというときいくら金をもらっても人生の穴埋めはできとない、贖い(あがなう)ないのである
そこに深刻さがあった、生業を返せ、地域を返せというがそれは帰ってこないのである
つまりそういう農村であり山村でありそこに生きた人たちは長年、代々でもそこでアイディンティティを築いてきて生きてきたのである
その地域と土地と一体化して生きてきたことに意義があったのである
だから子供に孫に何か人生を語るときその土地に住んでいてこそその生きた場があってこそ語り伝えられるのである
人間の人生はその土地と一体化している、その土に帰る、土となる

人生を奪われた、地域を失った

そのことが老人にとっては深刻だった、若い人なら他の土地に遷ってもやり直すということができるが老人はできないからである
補償金をもらってもその人生の価値とか意義を奪われた失ったことが深刻だったのであるただ外から見れば金をたんまりもらったから良かったと見る人も多い
近くでもそうである、そんなむずかしいことを考えない人も多い
金あればいいんだと思っている人も被害者にもいる
だってもともとそういう場所は貧乏な地域だったからである
法外な金が入ったとき普通の生活から逸脱した者もいることがわかる

ただ一番この辺で矛盾していたのは漁業関係者なのである
魚をとることが生業であったが事故前も補償金で金は入っていたから魚はとれなくても十分に生活できていたのである
事故後さらに手厚い補償金をもらって立派な家を建てたのである
でも事故後は漁師が「俺はなんでここにいるんだ」と嘆いていた
これはまさにこの土地で魚をとり魚を与えることが生業であり役目であったのが奪われたでも生活は別に困らないという矛盾につきあたったのである
そもそも漁業だってそれだけは成り立たない時代になっていたからそうなった

そして浪江の
赤宇木(あこうぎ)
とかでもそうである、津島松とか百年二百年の松がありそれは一本2百万で売れるとかNHKの放送で言っていた、もともと林業が盛んだった時は木は財産でありそれで山でも金持ちになっていた長者がいたのである
確かに一本二百万となればそうである、それが外材の利用で林業が衰退したとき山林も価値ないものとされた
ただあこうぎでもその土地に場所に生きることで経済的にも精神的にもアイディンティティを代々築いて生きてきたのである
そのアイディンティティの場を失うことは人生を失うと同じだったのである
特に老人はその土地で長く生きたことがアイディンティティでありその土地と一体化しているからそこから切り離されることは人生も価値なきものとなる
次の世代に子供でも孫でもそこに生きたことを語れなくなるからである

その松を浪江の街の人に売って利用してもらいたいというときもそうである
私の家は橲原の木を利用して親が建てたものだからである
昔はみんなそうだった、地元の材料で何でも作っていたのである
そこに地元に生きる意味と価値があったのである

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

右は、聞かく「左大臣長屋王(ながやのおほきみ)の佐保の宅(いへ)に御在(いでま)せる肆宴(とよのあかり)の御製(おほみうた)なり」といへり。

山に住むものの役割はこうして百年ときか二百年とかで育つ木を提供することだったのである、それがグロ−バル経済で外材とかの利用でなくなったことからその役割が原発事故前でも喪失していたのである
そういうことが漁業でも農業でも林業でもあった
そして工業と電気とか石油の時代になったときそうなった
そして結果的にその住んでいる場の喪失だった、なぜなら空気から自ら土から汚染されたら住めないからである
これも何に価値を置くべき意味を求めるべきかということが原発事故で問われたのである
だからといって電気が悪いものではない、電気なしの生活など考えられない時代だからである、ただ農業とか漁業とか林業の価値があまりにも低くされていたのである
その仕事の持っている意味とか価値があまりにも軽んじられていたのである
なぜならそれらは自然と密接結びついている一体化しているから原発事故が起きたとき大打撃を受けた、人間は空気と水と土がなければ生きていけない
その基本的なものと結びついていたのがそうした仕事だったからである
そこに現代文明の危険性と矛盾があったのである

いづれにしろ森でも汚染度が強い所はもう百年は放置するほかないだろう
土を除染できないからである、まあ、津島松が百年二百年で育つというときそれくらいの時間がなければ回復はできなくなった
その時間もまた自然の営みでありその時間の中でしか回復しないとなったのである  

津島松百年二百年で育ちしと誇りにあれやここに生きなむ

津島というとき私の父の父の出身が葛尾村の柏原だったことが判明した、津島からの道を脇にそれた道である
津島では記憶に残っているのは自然の石で作った墓である
何かそこに生きた者の重みがそこにあった、津島石というものもある、津島と名がつくこと自体その土地の誇りになっているのだ
なかなか今は山の生活とかも理解できなくなっている、それは炭を街に供給していた時代が終わったり経済がグロ−バル化した結果なのである、燃料は電機であり石油になったからである
そういう時代に山村にも関心がなくなる、ただ憩いの場だと癒しの場だとかなり直接暮らしに結びつくものではなくなっていたからであ、でも改めて山林でも土でも川でも海でもそうしたものは生活の基本でありそれが失われたら住めなくなるということである
空気すら吸いなくなるということがあまりもに深刻だったのである

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津島石は中味が黒い、この黒さはなかなかないと見た
         

 東北石材

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浜通りは東京の影響が大きかった (戦後の歴史をふりかえる原町-津島から葛尾村まで)

あの自然石が貫禄がある




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2019年03月04日

生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟 (金が欲しいだけだとかその矛盾)


生業を返せ、地域を返せ!福島原発訴訟

(金が欲しいだけだとかその矛盾)

生業を返せ、地域を返せ!これは何なのか?
生業(なりわい)と地域とは何なのか?
この矛盾が一番現れたのは漁業関係者なのである
魚を獲ることが生業であった、でもそれでは今は生活が成り立たないから漁業権を東電に売り事故前も豊かな生活をしていたのである
それで周りの人からうらやましく思われていたのである
漁業関係者はそれでこんな訴訟とか何も言わない、事故前も事故後も手厚い補償があるからだ、なんら生活自体に困ることがないのである

その他の成業を奪われた人たちが農業とかその他牧畜とかの関係者がもっと補償金を出せと抗議しているのである、もちろんその範囲は今は広いから地域を返せというとき地域で暮らせなくなったのだから多いとなる
でもこれも矛盾なのである
農業であれ漁業であれ林業であれそうしたものはもう生活ができないと事故前から跡継ぎもいないとかもう誰もやりたくないものになっていた
そこで大原では古い農家だったが街の方で息子は働き家を継がない、病院で一緒になったとき猫をのことを心配していたのである
今は空家になっている、そういうことが日本全国で多いのである

ただこの生業というのは今ではみんな農民ではないから幅広い職業の人たちだとなる
でもなんか矛盾なのである、もし事故前でも一億円出しますよとなれば誰も生業などしない、こだわらない、みんなその金の方が大事であり完全にそうしたら生業を放棄しているのである
そもそも原発を積極的に誘致したのもそのためである
生業では生活できないからそうなったのである、ただ原発事故以後にその生業を意識したとはなる、何もしないで仮設に入り毎日酒を飲みパチンコだとギャンブルで生活するようになってこれも生業を原発事故で奪われたからだとなったのである
でもその前に生業といってもそれより金が欲しい、金があれば農業でも漁業でももうやめるよとなっていたのである、だから今になって生業を奪われたということを訴えてもそれは補償金をもらいたいからであり別に生業を重視しているわけではないのである

つまり生業というものを価値あるものとして意味あるものとして自覚していた人はいないむしろ金にならないからやめたい、金になればもう年だしやめたいとなっていたのであるだから生業を返せというけど地域を返せというけど本当に生業に地域に生きることに価値と意味を重んじていたかとなるとそういうことは自覚していなかったのである
原発事故以後生業を奪われたと意識するようになったのである
それもやはり補償金をもらえるということで訴えるようになったともなる

何かこういう矛盾がこの辺にはあり指摘してきた
それを言うと何かバッシングされる、被害者として訴える側につけとなる
でも南相馬市では小高はそういうふうに訴えることができる
それは避難地区にされたからである、被害者になったからである
一方で南相馬市でも原町は鹿島区の三倍の補償金をもらっているから協同で訴訟を起こそうとしてもできなかった、利害が一致しないからである

そもそも生業とか地域に生きる価値は何なのか?
そんなこと意識していた人はいないだろう
ただ豊かな生活をしたいというだけである、生業に価値があり地域に価値があるというときそれが経済的な豊かさをもたらすものとしてしかありえなかった
それを今の時代に責めることはできない、みんなそうして生きているのが現実だからである
とても山尾三省のような極貧を現代で生きるのは無理だからである
パンが贅沢だとなれば誰もそんな人の言うことを聞かないのである

むしろ人間は知っている人でもどれだけ貪欲になっているか見ている
立派な家を借金で建てる、大工だけではないサイドビジネスもする、事業を起こしては失敗しても借金しても隠して成功したようにみせかけ贅沢をしている
そういう贅沢が多いのである、原発周辺は相当に原発関係の仕事で潤っていたのである
だから原発に反対することはできない、もうその地域に住んで生きることすらできなくなっていたのである
なぜなら毎日の糧を得るのは生業ではない、原発で働くことだとすればそうなる
生業などは今では暇仕事みたいなものになっていた、それで生活が成り立たないから事故前でもそうなっていたのである

山尾三省の場合は極貧でも農業とか地域に生きる価値を求めていたのである
でも今の時代にそんなことを追求するのは変人であり誰もついていけないのである
だからそういう人は何か貧乏を売り物にしている芸人とかにも見られるのである
「俺はこれだけ貧乏で生きれるんだ」ということを売り物にするテレビの番組とにていたのである
それは現実離れしているからただ仮想のドラマのように見ていた、演劇しているのだと見ていたのである

でもそうはいっても山尾三省は島で暮らすことに山村で暮らすことに意味と価値を求めていたことは確かなのである
では今田舎でもそうした価値を求めているのかとなるとない
もっとうまいパンを食べたいもっといい家に住たいとかいい車を欲しいとか限りなく都会人とも同じような贅沢な暮らしをしたいというだけである
そういうお前は何なのかとなれば自分も同じようにそんな極貧の生活をしたくない、またしていないのである
だから自分自身もそんなことを言う資格があるのかとなればない

ただ私の場合はどうてしこうなったのか、その矛盾をいろいろと解明しようとしている
何に問題があったのか?それを追求してきたのである
そもそも様々な職業があり仕事があるとして生業だけではない、その仕事に意味と価値を求めてしている人は本当にまれだともなる
ただもうけをだせばいい、利益を出すことが至上命令だとなっているのが普通だから別にこうして地域の人とか生業を返せとか訴える人を批判はできない
銀行だって詐欺まがいの投資信託を売りつけて自分達の会社がもうければいいとかなっているしみんな会社とはそういうものだからである

人間はとにかくどんな人でも矛盾を生きている、生業を返せとか地域を返せというけど一体生業とは何なのか、その価値は何なのか、それを追求してきた人はいない
やはり金にならないとしたら生業も価値ないものとされていたのである
地域でも田舎でもあなたに一億円やるからどこにでも暮らしていいとなったら若者でも都会に出て行くようになったろう、しかたがないから田舎に地域に残っているというだけの人も多かったのである
積極的に地域に生きる価値を求めていた人はまれなのである

までいな生活を主張していた飯館村でもそこに住むことに価値を意味を見出すより今や一億円の金が入ったら村から出てゆくとなったのである
もちろん放射線とか問題があるから理由になるが何かこれだって貧しい不便な飯館村に生きる価値とか意味を求めていたとはならないからだとなる
そこにもともと住んでいた人はそこで生きることを強いられていただけだとなる
一億円もらえば外に出て都会で暮らした方がいいともなっていたのである

結局人間は意味あるものに価値あるものに生きることは理想論でありそれと現実が矛盾して苦しむ悩むのがどこでもあるのだ
カルト宗教団体でも宗教なのに現実は御利益を利益追求しかない、権力を得れば地位や金にありつくしかないのである、そこで理想を求めてもそんなものは全くなくなっているとか何かそういう矛盾が常に人間にはある
それがこの世の現実だとなる、必ずそうした矛盾につきあたるのである
理想と現実の乖離に苦しむのである

もし生業に地域に生きることにもともと価値と意味を求める生活をしていたら考えて生活していたならこんなことを書かない、何か自分たちの都合良く金を要求しているだけでありそれは前からそうだったとなり全面的に応援はしにくいのである
ただ人間は現金だからもし補償金ももらえる立場なら一緒に応援して訴えるとなる
どうせもらえるのは訴える権利のある人だけであるとなれば一緒に行動できないのである
ただ本当に価値と意味を求める戦いとなれば参加することができるかもしれない
それは別に補償金をもらう戦いではないからだ

本当に生業に価値を置き地域に生きることに価値があり意味がある戦いなのだとなれば共通した目的をもつからである
でもそうなると犠牲とか強いられたり利益にもならないとかなり追求できなくなる
パンすら贅沢となってそうした山尾三省のような理想とか価値とか意味を求めることができるのか?
それは実際に過酷であり若くして60代で夫婦が死んでいることでもわかる
それは今の現実の生活とかけ離れているからそうなったのである
戦前の三野混沌とかはみんなそういう極貧の生活だったから今とは違っていた
ただそういう苦しい生活をから農業だけの生活から抜け出したいとして戦後の経済成長時代を日本は築いたのである

ともかくどうしても生業を返せとか地域を返せというときそういう生き方をしてきたなら賛同して共同してもいいが実際はそうなっていなかった
そうできなかった現代という時代がある、こうした矛盾がありそれも前提にして見なければならないとなる
国民からもそうして訴えても必ずしも共感を得られないのはそのように見られるからである
あいつらは原発で豊かになったのに事故後もまた補償金を限りなく要求してくる
原発乞食なんだと言う人がいるのもそのためである
内部でも補償金をたんまりもらった地区とそうでない地区ではもめているからである
ただこういう矛盾はここだけのことではない、どこにでも世の中自体がそうなっているのである、その矛盾に苦しみ悩んでいるのである
医者だって金になるためにはいらない薬を与えたりやはり医療も金だとなるからだ
だからここだけで起きている問題でないのである


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2019年03月03日

震災関連死の考察(家の跡の松一本(詩)


震災関連死の考察(家の跡の松一本(詩)

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介護度認定では南相馬市の場合は全国平均と同じだった
ただ震災前より3パーセントくらい増えている
でもこれは意外だった、小高の避難区域をかかえていてもやはり市全体から見ると
そうなったとなる、南相馬市の場合はやはり大きな市だから影響がそれほどではなかったとなるのか?

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いわき市は原発事故もあるが津波の被害者が影響しているのか?
南相馬市が多いのは避難区域の小高がふくまれているのと人口が多いからである
ただこの表を見ると平均している
特別どこが多いというものでもない、つまり一定の割合で関連死がある
だから正確なのかもしれない、ただ飯館村は6000人いたとして少ないのではないか?
飯館村は一二か月避難しなかったのである
ただここには飯館村特有のものがありこうなったのか?
それも考察する必要がある


人間は生きるということは何か自分が生きるというのではなくエネルギーが自然からでも人間からでも例えば死んだ人からでも先祖からでもエネルギーが与えられて生きている
そういうことはなかなか当たり前のことであり気づかないのである
この辺では故郷に住めなくなったとか家族が避難してばらばらになったことで特別意識された場所になったのである
こういう経験はなかなかそうならないとわからないことである
私自身は別に避難もしていないし津波の被害にもあっていない
ただ自分が苦しんだのは一身上のことであり自分の家族の介護とか自らの病気のことだった、津波とか原発事故の避難とかの影響はあまりなかったのである

震災関連死がこれほど多いということはその喪失感がありまにも大きかったからだろう
何か人間はその土地とか家とか家族とかそうしたものは一体化している
意識しないが一体化している、それで死んだりこうして家でもその土地にでも住めなくなると痛切に意識するものとなったのである
だから放射線の問題があったにしろみんな一斉に避難させるべきだったのか疑問だった
小高などはそうししなくてもいい状態だった、それが強制的に避難させられたことが問題を生んだのである

なぜなら老人は長く慣れ親しんだ家とか土地とかから切り離されることは精神的に相当なショックを与えたからである
今でも避難区域だったところに帰っているのはほとんど老人だったことでもわかる
そして老人は意外と放射線の影響を受けないということでむしろ避難するのではなく故郷に残っていた方が良かったのではないかともふりかえる
ただそれは政府の政策でそうなったのである、政府が老人を故郷から切り離すことがどうなるかなど考慮しなかったのである

なんか漢字とか言葉には長い歴史のなかで培われた意味があって残っている
嫁とは家と一体なのである、男とは田と力なのである
これも男女を象徴している、嫁は家と一体化した存在であり切り離されない
家という時、英語だとハウスであり一方でホームもある
マイホームと言うがマイハウスとは言わない、ハウスとは単なる建物の意味なのである
ところが日本では家というとき建物だけではない、ホームのことであり一体化しているのである、だからこの家の感覚は外国人にはわかりにくい、家という建物がなくてもホームはあるとなるからだ

裁判で「生業を返せ」というときもこれ生業とは何なのか?
これは日常的に農家だったら家の仕事やら田畑の仕事やらなにかかにかある
そういうものはその土地と家が一体となってあったものである
会社勤めと違って生業とはそうして昔からあった土地と家とが一体化してあったものなのである
だからあえてそんなことを意識しないがそれが奪われてしまうと何もすることがないとなり生きがいもなくなった
仮設で酒ばかり飲みパチンコ通いとギャンブルになった
それも影響して体も心もむしばんだのである
そして仮設というとき外からあいつらは補償金で遊んで暮らしているだけだと言われるだけでありそれがいいということにはならない、何か肩身の狭い思いをする

ただでは仮設暮らしがすべて過酷であり悪かったかというとそうでないことはあった
女性の場合みんな集まり楽しいという人もいたのである
また大金をもらって喜んでいたこともあった、それを言うとまた反発されるが物事に様々な面がありある一面ばかりから見るべきではないのだ
テレビとかマスコミの問題はある一面だけを強調するのである
そしてなぜお前は仮設に暮らしている人を責めているから許せないとなる
それはNHKとかが放送すればそれがすべて正義だともなってしまい、マスコミに逆らう者は許せないとなるのだ
何かマスコミで取り上げてもそこですべてを語られることはないのである
マスコミの報道はそうして物事の一面だけを放送して誤解させるのである
そして映像だからインパクトが強くなるから問題なのである

誰々が犯罪を犯したと報道するだけでもその時その人はひでに裁判が下されたように放送される、でも現実は違っていることがありでも一旦そう報道されると何百万人も見るのだからそのことでその人はすでに断罪されてしまうのである
そうして報道される側の被害があまりにも大きすぎるのである
マスコミの報道は一方的であり暴力的なのである
こういう言い分もありまた別な言い分も常にあるけど一方的にのみ取り上げるのである
それはNHKでも他の放送局でも放送局の意図があってそうしているのである
決して公平にはならないのである

私は地元に住んでいるから地元からの見方がある、でもマスコミが一旦報道するとそれによってみんな判断する、するとあいつは何なのだとバッシングを受けるのである
つまりマスコミは今まで報道を独占してナチス的なものとなっていたのである
だから震災関連死でも様々なケースがありいちがいには語られない
現実にむしろ補償金をもらって喜んでいた人もいることが確かなのである
飯館村でも聞いたら何か苦しいとか感じなかった
ただその人は土地をもっていたり前が開発されたりして相当な金が入ってきたことは確かである、それは軽く億の金かもしれない、そういう金が入ってきたとき人間はどうなるのか?完全に今までの感覚を失うのである
それで飯館村は外に出る人と残る人で補償金で分断されたのである
それは南相馬市でもそういうことは深刻だったのである

ます震災関連死でも多様だからケースバイケースであり本当のことは直接聞いたものではないからわからない、ただ老人の精神的ショックは大きかったことは自分も老人だからわかる、老人になると慣れ親しんだ所と家でも土地と一体化しているからである
だから家族でもばらばらになったり家に住めなくなったりその土地から切り離されることはそのショックはあまりも大きかったのである
人間は私の家族はみんな死んだけどやはり死んだ人でも思い出とともに生きているとかありその家に愛着が生まれている、特に農家とかなると土地とも一体化している

それでチェルノブイリでも老人は帰って畑を作り暮らすようになったのである
それは放射線とかあってもそうである、老人はもう死ぬとなるときそれより長く慣れ親しんだ家とか家族でも仲間でも土地でもそういうものから切り離されることがショックになった、つまり若い人のように新しい場に適応できないのである
私ももうなんか旅すらしたくなくなった、それは何か疲れるとなったからだ
いつも同じものでもそこにあるものでもそこでの意味を深めてゆくというのが向くようになったからである

それで不思議なのは近くにあるつ家の跡の松一本なのである
そこに人が住んでいたのだが今残っているのは松一本だけなのである
誰が住んだかもわからない、近くなのにわからないのである
でもなぜかその松一本が人間のように見えるのである
松にはもともとそうして人間に親しいものでありそう見えることがあった
何かその松はその家に立っていていてその場を離れたくないここにくいつまでもいたいという感覚になる
そして何かその松は人間のように家族がいなくなっても待っているという感じになる不思議がある

家の跡の松一本

家の跡
誰が住みにしや
一本の松は立ちぬ
ここを離れじと
松はなお立ちてあり
その松の家族ありし時
その一人を待つらむ
春の日さして今あわれ
待つ人来ぬも待つなり
夏に昔の庭に菖蒲咲き
その色深めぬ
ここに人の情の残れる
ここに母あり妻ありぬ
秋となれば木の実もなり
冬には北風に耐えて
松はひたすらに待つ
家の跡に離れがたく立ちぬ

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ここは原発事故の避難区域ではないにしろ何かこういう光景をこの辺では避難区域では普通の光景である
なぜそれらの空家とはか人のいなくなった村とか街とかを見た
今でも空家が無数にある、それは確かに今の日本の光景でもある
そこで感じるのはなぜ一段と淋しく感じるのか?
それは木でも例えば庭の松でも石でもそれに人間の情が移っていたからなのである
人間化した石であり木になっていたのである

だから人が去った時いなくなったとき石や木でも人間のようになっていたから淋しさを一段と感じるのである、これがもともと人が住んでいないとしたらこうはならない
それは原生林とかなりそれは自然のままの木であり庭にあるとか町とか村にあるものとは違うからである、人間はこうして人が住まなくなり跡も継ぐものがなくなるときそこは一段と淋しいものとなる、ただそういう家があったとしても人が住みつづければそうはならないのである
本当にこうした限界集落の村とか廃墟化した場所は幽鬼のように幽霊がさまよっているという感じになる、それを面白がって報告している人もいる
それはなんとも不思議な感じを与えるからそうなる、人が住まなくなるとこんなふうになるのかという不思議があるからだ
人が住まなくなっても依然としてそうして人が長く住んだ場所には幽霊でも住みついて離れないという感じになるのである
そこに一旦人が長く住んだということはそれだけの影響があったともなるのである




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2019年02月15日

震災復興は、なぜ遅れるのか? (明治以降私的所有権など認めすぎた―共同できない地域になっていた)


震災復興は、なぜ遅れるのか?

(明治以降私的所有権など認めすぎた―共同できない地域になっていた)

正規の法定相続人をたどると、この土地だけで地権者の数は100人以上になったといいます。これらの地権者は全国に散らばっており、所在地を突き止めるだけでも困難を極めます。結果として、町は2012年11月にこの土地の取得を断念しました。大槌町だけでなく、こうした所有者不明土地の事例は被災各地で見られたのです。




ここにももう土地が個人所有に分割されて利用すらできなくなっていた
入会権でもそうである、江戸時代は共有したが山が無数の個人の所有に分割された
それで海ですら俺の前の海に権利があるとして補償金を東電に要求していた
そして避難区域になった所はあらゆるものに補償がついた
私道のようなものがありそれは自分に権利があるとして補償を要求した

つまり私的権利を認めすぎた結果として公共心がなくなり公共的なものを優先できない
共同性がかえって明治以降失われたのも逆説である
江戸時代というとかえって何か遅れたものであり明治以降は進んだものとして見ていたが実際はそこにも多くの弊害が生まれたのである

江戸時代はいろいろな見方があるにしろどうしても小さな村で狭い地域で生活するから共同する、それで伝統的なものを大事にする、村に伝えられた祭りとか行事などを大事にする、それは村を持続させるもはのとして必要だったのである
これまで述べてきた先祖がその生活した場に生きているというときもそうである
田植えの時期に山から先祖がおりてきて秋になると山に還るとかの感覚は別に宗教でもないが狭い村の中で共同して生きていたからそういう祭りが生まれた
それは宗教ではない、文化だったのである
そういうものが失われたとき人間の心は不安定になる
死者はどこにいるのかとなるときその死者の居場所もなくなる

ビルの谷間とか煤煙の工場地帯とかに住んでいればそうなる
そして現代人は近代化でそうした精神の不安定にさらされて故郷喪失者になった
戦前まではまだ村というのは維持されていたがもう戦後は消失した
核家族とか会社員となり工場で働き家族はその単位になったからである

前にも考察したがプライベートとは奪うというとき無数の私的所有権が与えられて公共的である共同的である土地も分割されたのである
そして金が唯一の価値となりすべてが金に換算される、それも私的なものとして奪うものしとて所有されることになる
公共的なものが明治以降であれ戦後には特に失われたのである
戦前は国家共同体で一体化したが戦後はそれも否定されて会社企業共同体になったからである

だからこれまでなぜ復興できないのか?
それはこうしたし時代の影響もあるとしてどうにもならないとも書いた
つまり共同体とか一体化していた村がすでにない、すると一致して共同して復興しようとするものがなくなっていた
それより補償金をもらって外で家を建てて家族のことがまず先決だとなったのである
かえって補償金で市町村は分断されたのである

それが何か共同で市町村の安全を守るべき消防所すら建てられないという現実があった
土地は本当に強固な私的所有権で細分化されている
村の共同の土地という感覚もなくなっているのである
それでこれだけ耕作放棄地が増えたというときこれはここだけの特殊な事情だけではない村の生活をみんなで守るという共同体の喪失があったからだとなる
そもそも農業は跡継ぎがいないとか金にならないとかで荒廃していたから全国的にも過疎になったり耕作放棄地が増えている、そこは荒廃してゆく

南相馬市の原町区でもそうである、大原では知っている人の家が空家になっている
息子は跡を継がない、街で家をもって働いている
そして病院に一緒にいたとき猫のことを心配していたのである
隣の村でも息子か娘が街で働いていて補償金で家を建てたとなる
そういう人がまた多いのである
補償金でかえって村が捨てられて町でも村でも捨てられたのである
これは津波の被害地でもそうである
過疎化していたのが一気にさらに過疎化して村や町を捨てて内陸部に移住して帰ってこないのである

だから本当に絆のことを盛んに言われたが第一内部でさえ絆がなくなっていたのに外部で絆、絆と強制されるように言われたというのは本当である
外部の人たちが入ってきたからそれが言われたが内部の絆は喪失していたのである
そういう社会に住んでいたからそうなったとなる
だから結局八年過ぎても復興はできなかったとなる
何か意外と絆がなくなったもろい社会に住んでいたのである
それでグロ−バル化と広域社会化しているからさらに人々は分散して帰らなくなったとなる
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2019年02月06日

大谷(おおがい)村の人と話する (そこには住んでなくて街に住んでいたー増える空家)


大谷(おおがい)村の人と話する

(そこには住んでなくて街に住んでいたー増える空家)

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大谷村はなじみがない、それは戸数が20個とか少ないからである
大原から新田川を渡った所が大谷村である
土地も広い所ではない、山間の中にも入っていくから広い土地ではない
だから戸数が少ない、深野(ふこうの)とか大原は平坦な土地が広いから戸数が多い

その人は山よりの森に接していてた、それでその人はここは暗くて日当たりが悪いと言っていた、場所が悪い土地なのである、とすると後から入って来た人かもしれない
後から入ってきた人は条件の悪い所に入ったからである
いい場所古くから住んでいた人である、家自体も何か古い感じはなく立派なものではなかった

その老人はすぎっぱを集めていた、これは昔は風呂に使っていた、昔はなんでも自給自足だからそういうものを使っていた
その人はその家に住んでいると思ったが住んでいない、空家だったのである
その人は息子か娘が知らないが孫もいて街で家族とともに住んでいる
ただ近いからこうして見にきている
こういうふうに時々空家でも見に来ている人は完全な空家とは言えない
遠くからでも全く放置されないで時々見にきている家は完全な空家ではない

完全な空家とはまさに時々も見にこない、完全に捨てられた家なのである
おそらく誰の家かもわからなくなっているのかもしれない、その家は荒れ果てて幽霊屋敷のようになっている
そういう家は不気味である、それが大原にあった、もう長い間そこには人が来ていない
でも壊すわけでもなく放置されているから幽霊屋敷なのである

この辺では震災以後原町の市街から離れた大原とかここの大谷とかでももう農業ができないから街の方に移り住んだ人が多いかもしれない
なぜなら大原とかこの辺は放射線量が高かったから長く小高のように避難区域になっていたからだ、それで仮設に住んでいたのである
石神でも放射線量が市街より高いから補償金が高かった
それで旧式の家から新築した人を知っている、それは補償金が入ったからである
でも実際はローンだから金持ちというわけではない、ただ補償金が入って頭金とかになるから新築の家を建てることができたのである
その家も農家だけど田んぼがあっても委託していて農業は全くしていないのである

そもそも大原でも知っている人がいたがそこは古い農家でも一人で暮らしていた
病院で一緒になったので大原のことを良く聞かされた
息子は役所に勤めていてその家には住んでいなかったのである
だから病院で猫のことを心配していたのである
一人で大原の家に住んでいたのである
第一もう農業の跡継ぎがいないというのは全国的であり田畑をしても生活できないからこそ耕作放棄地が全国で多い
この辺は原発事故後に極端にその傾向が強くなったのである
それは補償金をもらったことでもう農業をやめたのである
それはもともと続けるような状態になっていなかったからである

昔なら自給自足だからすぎっぱ〈杉の葉)とかも燃料として利用していた
そういうものを集め集めて風呂をたいていた、自分の子供の時もそういう経験があるからだ、新聞紙とかバターとか木材の切れ端とかを利用して風呂をたくことをさせられていたのである
今はそういう回りにあるものを使わないからゴミと化しているのだ
そして農業自体がもう金にならないと誰も跡継ぎがいなくなっていた
それは震災前からそうだっのだが原発事故で補償金などを多くもらった人は余計にそうなったのである

そこから国見山に登り片倉村の方に出たら溜池の除染をしていた、まだしていたのかと思う、溜池を除染しても後からまた放射性物質が森から流れてくるから無駄のように思う
片倉村は全部荒地化していた、田畑をしている人はいない
後は放射性物質を貯蔵する場だけが目立った、何かあういうものを見ると嫌になる

例えば春になると春田という俳句の季語がある、これから田んぼが春になり田植えするという感じになる、それが全くない、つまり生活が失われたのである
それで風流もなにもなくなる、春でも荒涼としたものになる
でもそもそも何か農業は常に金にならないということで跡継ぎもいなくなっていたのだから別に原発事故に関係なく将来的そういう荒地化することが予想されていたのである
ただ原発事故でそれが極端に早くなり現実化したともなる
                         
ともかくこの辺では新しい家が本当に多く建った、その数は本当に多い
それは補償金で建てられたとなる
ただこうして街から離れた所は田畑は荒地となり空家が増えやがて消滅の危機に瀕する
それは過疎化した村で全国的に起きていることである
ただこの辺では極端なものとして先取りして現実化しているのである
とにかく農業となると小さな畑をするにしも肥料代とか種代とか道具を買うとか金がかかりすぎるのである、だから後継ぐものもいなくなる
すると田園風景がなくなり荒地と空家の風景になってしまうのである

そこには風流とかもなくなくなる景観もなくなる
なぜなら景観とは長い間にそこに住む人によって生業があって作られてきたからである
それがなくなるときソーラーパネルとかになってしまう
土地を活かす方法がないからそうなるのである
それで田園の風景は消失するのである
それは別にその場に住んでなくても他から来て嫌な感じになる
都会の人がそうした田園風景を求めるけどなくなっているからである
それもまた矛盾である、そうさせたのは都会化したりグロ−バル経済になったりと時代の変化でそうなったからである


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2019年02月02日

原発事故でも自己責任はどこまであったのか? (専門家した複雑な社会ですべて自己責任をとれるのか?)


原発事故でも自己責任はどこまであったのか?

(専門家した複雑な社会ですべて自己責任をとれるのか?)


人間はそもそも責任を生まれたときから必ず課せられている存在だった
それで生れたときないて生まれてくるのは責任を課せられて生まれるから泣いて生まれてくるという人もいた
確かに人間はまず誰も責任から逃れられない、責任はまたカルマなのである

でも現代のような複雑な専門化した社会でどこまで自己責任をとれるだろうか?

原発(東電、政府)−住民
銀行ー顧客
医者ー患者
生産者ー消費者

こういう構図はあったとして原発になると原子力のことなど説明されても一般の人は住民はわからないのである
安全だと言えば安全になる、その中で大きな力をもつものは科学者とか技術である
一見ここでは表に出ないがそうした専門家が現代を牛耳っているというのもわかる
もし科学者でも技術者でも完全な安全などないということを言えば住民でも警戒する
でも科学者が技術者がお墨付きを与えれば信用する

その信用は政府とか官僚から来ているのだろうか?

それは違っていた、保安院などは飾りであり何も原子力について知らなかったからである原子力になるとむずかしすぎるから東電でしか知らないものだったのである
東電でも政府にお墨付きを与えられて原発を作ったのである
住民に責任があるとしてもではどこまで責任をとるのかとなるとむずかしい
そもそも原発は住民自体がかかわることができないから自己責任をとるにもとれないのである                                        

原子力に核について知らないものは立ち入るな何も言うな!

これで終わりだったのである、情報開示もなにもないのである
ただ現実に新潟県の巻町では原発を建てさせなかったことがあり住民が全部責任がないということではない、拒否はできたのである
もっと危機感をもって原発のことを素人なり知ることもできたとなるから自己責任があったとなる

結局住民は金に目をくらんで積極的に誘致した

だから自己責任があるとなる

これは地銀でも同じだったのである

まず株式のことなど世界情勢がからみわからない
そして外国でも国内でもリートは月々分配型だから何か利子が月ごとにつく感じになる
それでだまされるのである、それは元金から引かれていたのである
その投資信託の仕組みは複雑でわかりえようがないのである

それで地銀の営業マンが私はプロですからまかせてください

そう言われたのでまかしたのである
となると責任は本当は地銀にある
でも地銀は銀行は一切責任はとらない、投資信託を売った時点で手数料が入りまたその後も継続して入り売る時すら銀行に金が手数料として入る銀行にとっては願ったりかなったりなものだったのである

ただでは顧客に自分に責任がないかというとあった
何も知らないで専門家と思った地銀に一切まかしたからである
それは原発とにていたのである
違っていたのは地銀は支店長が来て証券のことなどわからないと言っていたから素人だったことである、何の知識もなかったのである      

それでプロですからまかせてくださいと言えるのか?

そして失敗したら損したらいくらでもいい訳がある、株が上がったり下がったりする原因はいろいろだからである、だから銀行の責任ではないとなる
ただそれで下がっても責任は一切取らない、手数料だけは確実にもらいますよというおいしい商売なのである

責任の一切は顧客にある!

そうなると顧客でも全部を知らないからといってまかすのは危険だったのである
原子力は皆目わからないにしてもなんとか証券とかは教えられればわかるということもあった
株なら上がったり下がったりするから下がったら上がったら売るというだけでありそれは自己責任でできるからである
でも投資信託は仕組みが複雑だからそういうことがしにくいのである
だからリーマンショクの時半分に下がった株を回復してそれからうなぎのぼりに上がったのである
でも地銀ではその株を売って投資信託に回したのである
確か損はしなかったがそのままにしていれば相当にもうかっていたから責任を問うことはなかったのである
そして分散投資はわからないにしろ投資の基本としてある
国債とリートと株とかに分散していればリスクを避けられることがあった
それも地銀ではノルマを果たすために株が上がっていたのに投資信託のリートに回して損させたのである

でも責任は一切とらない、手数料だけはいただきます

銀行がすすめるのは顧客がもうけるとかなんとか関係ないのである
今はやりの適当な商品を売りつけ手数料をもらうことしか頭にないのである
第一投資信託の数は多いから本当にもうけている人はそういう中から選んでもうけているでも素人にはそういう商品はわからないのである

いづれにしろ何かという責任が問題になる、そして責任をまねがれないのが人間なのである、その責任はもし本当に責任を果たすべき人でなくても回ってくる
誰かが必ず責任をとらされるのである
東電の幹部でも責任がないから責任をとらないにしても住民は故郷に住めなくなったとか重大な被害を受けた、環境も破壊されたてとりかえしがつかないとなった

例えば責任という時別に責任がない人でも責任をとらされる、そういうことは犯罪である暴力団の抗争で流れ弾にあたったとか何かもめごとがありそのとばっちりを受けるとか常にある、それは当事者だけではすまされない、誰かにとばっちりがゆく
関係ない人でも責任がとらされることがある
原発だって実際は栃木県とか広範囲に被害があった
それもとばっちりなのだか国民自体にも責任があったからである
原発は危険だから国民が反対して阻止すればそういうことがなかったとなるからだ
だから国民にも責任があったとなる
その責任は莫大な事故処理に国民の予算が使われたことでもわかる

つまり責任というのは何か全体に及んでくる、一部分にとどまらないのである
無人駅のことの責任でも書いたがJRに責任があるが乗客側にも鉄道を利用するとなると責任が生じていたのである
経営が苦しいから駅員を置かないの利用者側にも責任があるとなる
鉄道をもっと快適に利便性を高めろというときそうなら乗客でもっと乗って金を払いとなるのである
駅員を置かないのは無人駅にするのは経営上やむをえないとなる
後は乗客の自己責任で乗ってくれとなったのである

サービスを提供するものと受ける側でも責任が生じていたのである
もっといいサービスを受けたいというならそれなりの金を払いとなるからだ
金は金額の多寡はやとり一番わかりやすい責任なのである
千円と一万でサービスを受けるのは物でもやはり差があって当然だからである
1000円には1000円の責任しかない、その物の価値はそれしかない
千円だからまずいとか壊れたとかなってもそうんなものだとなるからだ
つまり金銭の多寡が責任の大小にもなるのである

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2019年01月27日

風力発電もソーラーパネルも自然破壊になる (南相馬市の海岸の植樹も無駄だった?)


風力発電もソーラーパネルも自然破壊になる

(南相馬市の海岸の植樹も無駄だった?)

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【武田邦彦】日立撤退、風力発電事業から。
しかしこうなることは最初から分かっていた

津波や原発事故以後この辺の風景は一変した、ただここだけではない風力発電でもソーラーパネルでも景観が変わってしまった
私は何か異常に景観にこだわる、だから八沢浦が元の美しい入江にもどったというときもそうだった、そこが田んぼでもその田んぼより入江になっていたら美しいと常に思っていたのである、イメージしていたのである
それが本当に入江になったときほど驚いたことがない
波が入江になったところ打ち寄せてきらきら太陽に光っていたのである
この辺には入江がないから景観的にはいいものではなかったからだ
その時津波で家がその入江となったところに浮いていたのである
またそこでは人も死んでいたのである
正直それより入江になったことに驚嘆したのであく
それでここで人か死んでいるのにお前は何を喜んでいるのかとコメントがあったのもわかる
何か自分は常に景観を気にしていたのである、景観が壊されるのは嫌だったのである

だからソーラーパネルとかでも風力発電の風車でも嫌なところがある
そして津波で右田の松原もなくなったし家もなくなった
そこにソーラーパネルと風力発電の景観になった
そこに松と木の苗を植えて元の松原とか森の再生を図ったがそれは将来的に無駄ではなかったか?
なぜなら風力発電があると木が正常に成長するのか?
そのことを科学的に調査して判断している科学者がいたのか?
武田邦彦氏は風車は植物の生長に影響するとしている

葉っぱから水が蒸発しなくなるとか下の土がじめじめするとかあるとしている
ここは詳しくわからないがそもそも水力発電でも結局自然を破壊することになった
アスワンダムでも水が流れずに下流から水があがってきて塩害になったとか必ず自然を破壊するからそういう人工物が自然にどういうふうに影響するかを慎重に調査して判断すべきだとしている
太陽光を利用するソーラーパネルでもそれはまず景観に影響しているし人家のすぐ前に作ったら素人でもわかる、光が反射して暑くなったとかなっている
風力発電では鳥がまきこまれたとか自然に確実に影響して破壊する
まずはっきりわかるのはと景観を破壊することである
山の森のなかに突出して風車がある風景は自然の風景ではないし
なにかしら必ず影響するのである

水力発電もそうだったのである、その反省もなかった
ではなぜまた原発と同じようなことをしているのか?
それは政府の政策であり補助金が得られるから業者も積極的に事業したいとなる
政府では自然環境に考慮することなどないという
そもそも現代文明人は景観に無頓着なのである
だからこそ東京のような自然がない人工都市の中で生きていられるのである
そこに森も山も大地もない、人工的空間だからである
そういう所に生きられる人間は何か美的感覚でもなんでも麻痺しているのである
それは別に田舎に普通にいるが田舎の場合は人が景観に無頓着でもどうしても自然の中で生活していたからそのことで自然が守られていた
農業でも漁業でも林業でも自然の中で生きていたから自ずと自然環境も守られていたのである
でも自然と遊離して工業化したとき自然と人間はすでに遊離するようになったのである

そして武田邦彦氏が指摘しているように日本の国土は狭い、森が70パーセントとか森が多く平地が少ないのが致命的なのである
そこで土地が利用できないから山とか森にも風力発電の風車を建てる
それが景観とマッチしないのである
そもそも前から私が指摘していたように技術すら風土とマッチして開発されてきた
砂漠とか平地が多い中東に風車が発明されたとか日本では山が多いからトンネルの技術が発達したとかある
つまり技術でも国々の風土にマッチしたものが生まれる、開発されるのである

だから良くその国の風土にマッチしたものを作らないと自然は破壊される
ではそれが何になるのか?それは私にはわからないにしろ水力発電でもダムでも風力発電でもソーラーパネルでも自然エネルギーとか言っているけど自然を破壊するものなのである

そして景観が破壊されると心にも影響する、風車とかソーラーパネルは人工物であり自然にマッチしない、それは森にも山の斜面とかにもいろんな場所に作られて景観を破壊しているのである
景観だけではない、実際に自然を破壊している
いづれにしろ植樹祭とか天皇が来てこの辺で海岸でしたけどそれも無駄だったとのかとも思う
なぜなら風力発電でありその前にはソーラーパネル工場のようになっているからだ
そしたらどうしてそこで木が正常に成長するのか?
したとしても景観として森にはならない、松原のような景観は永遠に再現できなくなったとなるのだ

だからなぜそういうことを科学者は考えないのか?市の方でも考えないのか?
それも疑問なのである
そこに自然の森にはもうなりえない、見たらわかる
後はソーラーパネルであり前は風車である
そこに自然の木や森が成長するだろうか?
ただその前に風車の々寿命が20年とかだとすると風車自体が使いないものになっているかもしれない、木が成長るには30年でも最低かかるとなるとそうである
何かこれも除染と同じように莫大な費用をかけたけど無駄になるのかと思う
それでも補助金が政府から出るから事業をしたいとなるのもかえって国民にとってもいいものではなかったのである
なぜこういうことをもっと議論して決めないのか?
これも政府の意図がありそれにのった利権構造がありやめられない
それは原発とにていたとなる

結局このしわ寄せは将来ここに生きる人たちに影響する、自然環境をそのまま受け継げないことである
工場地帯のような場所に生きることである
だから右田の松原で暑い時海からの天然の風で涼んでいたときは恵まれていたなとつくづく思う
それは何か牧歌的だった、今はその木陰になるところもないからだ
それは永遠に失われたとなる、なぜならあれだけのソーラーパネルがあるとやはり光の影響で暑くなる
風力発電の風車も影響するから森の再生にはならないからだ
だからここに生きる子供たちはそうした自然環境を受け継いで生きられないから不幸だともなる
それは今の大人たちがそうしたともなる

ただ田舎でも自然景観とかには無頓着なのである、農業とか林業でも漁業でもそれは自然と密接に結びついていたから
自ずと意識しないでも自然環境が景観が維持されていた、破壊されなかったのである
だからヘシオドスのように人間の生活を隠せとなる、人間の生活が自然の中に隠れるようにあるときそこに自然が一番映えていたからである、何度も言うようには飯館村がそういう村だったのである
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2019年01月24日

原発避難者を江戸時代と比較してみる (藩の外に出れなかった農民の絆)


原発避難者を江戸時代と比較してみる

(藩の外に出れなかった農民の絆)


時代劇で殿様が病気のために病気にさせられて家老が実権を握り藩を私物化する
過酷な年貢を課して農民からちしぼりとる
それに耐えかねて村の衆のためにと村の一人が直訴して死ぬ
その時庄屋とか名主も農民側に立ち戦う人となり死んだ人もいる
つまりそういう義民が

磔茂左衛門
(はりつけもざえもん)
(?―1682/86?)

義民の祭祀・顕彰―寛延三義民を事例に(福島県伊達の義民)
file:///C:/Users/yuichi/Downloads/1881-0187-2017-13-57.pdf

義民は非業の死を遂げたのでカミとして祭られる、地蔵としても祭られた
明治以降は自由民権運動が起こり義民が注目された

時代劇だと「村の衆のために」と犠牲になった、それを村民が死んだ後祭りカミとされるようになった
ではなぜこういうことがありえたのか?
それは当時の社会的状況が反映していたのである、何か事件でもその時代の社会的状況が影響している、芸術でも時代を見ないとわからないというときもそうである

江戸時代は移動の自由がない、藩から外に出れない、出ると殺されるということにもなるそれで相馬藩が飢饉のとき越中からの移民は藩を脱出するのに命がけだった
そねの物語が今にも伝えられている
つまりどんなに苦しくても不条理なことがあっても藩から村から出れない社会だったのである
そうなると年貢で苦しめられてもその村から出れないからそういう義民が生まれた

現代と比べるとこの辺の原発事故でなぜ村でも町でも避難区域にされてあっというまにゴーストタウンになったのか?
もちろん放射能の影響でそうなったといえばそれまでである
それ以上に現代は広域社会でありグロ−バル社会であり自由に行き来できる社会である
だから避難した先が淡路島だとか四国だとか日本全国に散らばったのである
嫁がそういう遠くの出身であることが当たり前になっている社会だったからである
江戸時代なら婚姻は近くの人である、戦前くらいでも近くの人が多い
広域社会というのは金さえあればどこに住んでいいという社会なのである

だから原発事故で避難したときその人たちが一番先に考えたのは村や町や市のことではない、まず自分のことであり自分の家族のことであった
だから多額の補償金をもらったときいち早く外に土地を買い家を建てた人が多い
その人は賢いとされた、なぜなら土地が後で高くなったからである
だからこんなに即断して故郷でも捨てるという判断ができたのはやはり時代なのである
土地に執着しない、みんな農民の時代とは違う、土地に縛られていないのである
だから逆に村であれ町であれ人の絆は希薄化ししていたのである 
つまりマイホームマイカーの時代である、マイカーとはどこにでも自由に移動する道具でありマイホームは自分の家族のことでありその家族とともにどこにでも移動するということで全国に散らばったのである
ただ家族と言ってもまた核家族化しているから親は老人は故郷に残されたのである
家族でも大家族ではないから家族の絆も夫婦とか子までの家族なのである

その矛盾として外部の人、遠くの人が助けるという矛盾が起きたのである
南相馬市でも補償金で分断された、内部は補償金でもめて絆はなかった
第一6年とか過ぎて東京からわざわざ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来ているというのも矛盾だったのである
何も近くの人に頼めばできたし補償金もらっているのだからそれで近くの人がやってくれる、頼むこともできた、引っ越しするだけでも必ずそのための金が政府から東電から出ていたのである、あらゆるもののに補償金がつけられていた、仏壇から何から何まで補償金をもらっていたからである 

ともかく震災以後、絆、絆とか盛んに言われたが内部の絆はなくなっいた
補償金でいがみ合いにもなったのが現実だった
ただではそれで原発避難民を特別なものとして非難することはできない
そういう時代に社会状況の中にみんな住んでいるからここだけに起きることではない
他でも一端こういうことが起きれば同じことが起きる
広域社会では金さえあればどこに住んでもいい、故郷であれその土地から逃れられない江戸時代とは違うのである
でも江戸時代だと義民が生まれたが今回の原発事故の避難民からそういう人は生まれないそれも時代であり非難することはできない、人間はみんな時代の子だからである
ただそのために村であれ町でも市でも絆はない社会である
だから逆に人の絆とか土地の絆とかもないから意外と村でも町でも市でも簡単にばらばらになり崩壊する社会に住んでいるのだとも自覚したのである
それがいい悪いとかではなくそういう社会に住んでいるということなのである



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2019年01月17日

粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域 (家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)


粘土社会から積み木社会になり崩壊した原発事故の避難区域

(家の重みとか土地とか先祖が一体化したものが喪失した現代社会)

前に考察したけどなぜ原発事故でこんなに簡単に町とか村とかが解体したのか?
確かに強制的に国によって避難させられたり強制されたことがあった
そににしてもこんなに町でも村でも自治体でももろいものだったかということである
放射線問題があるにしろそれだけがすべてだったのかという疑問である
それは何か現代社会の特有の問題として生まれた問題ではなかったのか?

グローバル社会とか広域社会とかがそうである、そういう社会の構造の中で必然的に起きたのではないか?
現実に復興で働いたのはほとんど外部の人である、内部の人はただ助けられる存在であり自助努力もしない、一部はしてるにしろ外部まかせである
自分たちで復興する意志もなにもない、ただ補償金をできるだけ多くもらうことしかなくなったのである
その権利がありそれが当然でありそれに何を文句を言うのだとなる

でも何か現代社会というマクロ的な視野で見ると現代の社会は交通が発達して外部と世界的に経済でも関係する社会である
そのことが逆に中心的役割を果たす地元の絆を紐帯を喪失させたともなる
ここだけではない、現代の社会は過去の村のような粘土社会とは違う
いくら田舎でも地元に住んでいてもそれは一時的に住んでいるという状態になっていたのかもしれない、昔の村だったらそんな簡単に何かあれ村から離れられないからである
だからこそ繋がりが絆が強いものとなっていた
つまり粘土のように人と人がくっついて離れられないような社会だった

現代は何か市町村でも積み木社会のようになっていないか?
ただ一時的に積み木をして作った市町村のようになっているのではないか?
それは積水ハウスとか大東建託でもそうだがそうした大会社が積み木で家を作るように
ただ組み立ててたちまちアパートをこの辺では15、6棟を建てたからである
何かそれは積み木のように建てたとなる
積み木だからこそ壊すのも解体するのも簡単なのである

絆、絆と震災以後盛んに言われたがその絆は外部との絆であり内部の絆はかえって希薄化していたのである
積み木社会だから粘土のような粘着性のある市町村ではないからこそこんなに簡単に村や町でも崩壊してゴーストタウンになったりした
まず村とか町でも維持してゆこうとする絆がない、人と人の絆がないし土地との絆もない社会である
粘土社会とというとき木とか石に象徴される土着的とか土に根ざす社会ではなくなっていた
木は土深く根をはり栄養分をとる、でも花は深く根を張らないから栄養分がとれず枯れてしまうことが多い
木はその土地に深く根を張り動かない、そこに充実感があり生きる意義がある

そもそも現代社会はその土地に土着して深く根を張る生活をしていない
積み木のように壊れやすい社会だからこそ原発避難区域は簡単にゴーストタウンになったのかとなる、それは双葉とか大熊とか原発があった所ではない
その周辺である、浪江とか小高とか富岡とか30キロ圏内である
そこは避難区域にされたから放射線量でそうなった、国でそうしたのだとなるのもそうである

でもそれだけなのか?現代の社会は実際は一つの小さな土地にしばりつけるものではないそれはグロ−バルにモノでもヒトでも流通する時代だとなる
そこで起きたことは何なのか?
何かあったらそこにとどまり抵抗するとか一致して協力するとかではない
まずマイホームでありマイカーであり町や村のことは関係ないともなる
それでみんな強制されたにしてもその後もだらだらと6年も仮設に住んだり他に家を建てたのである

だから私はどうしてもこんな簡単に村でも町でも崩壊するのかということが納得いかないのである
現代社会はもう一時的な仮の宿なのかもしれない、ホテル家族などとも言われたことがあった、一時的に積み木のように組み立てられては街ごと簡単に積み木は崩されて破壊されるのである 

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

太上天皇(おほきすめらみこと)の御製歌(おほみうた)一首

はだすすき尾花逆葺(さかふ)き黒木もち造れる室(やど)は万代(よろづよ)までに  

家でもこういう重みがなくなっている、外部から来た積水ハウスでも大きな会社が積み木のように組み立てて家を建てる、そこに永続性とか持続性がないのである
田舎だとこの辺だとそうした永続性とか持続性のある家はあった
この家のもつ感覚が西洋と東洋では違っている、西洋といっても遊牧民になると砂漠とか草原の民となると常に移動するのだから家に重きを置かない、その土地にも執着しない
だから現代人は車で絶えず移動する遊牧民になっていて心情的にも変化したとなる
とにかく通販で絶えず物を運ぶ時代である、グローバルにも世界は交通が発達してモノでもヒトでも入ってくる流通する時代である
ただそこに何かが欠けてくる、もうその土地とか家とか人と人の絆とかアイディンティティとかでもその土地にない社会である
金があればどこにでも住んでいいという社会になる時人々は故郷でも長く住んだ所でも移り住む、それはアメリカではそういう傾向が強いというときやはり遊牧民的体質があるからだともなる

これは理屈ではない、最近60年一緒に生活した家族がみんな死んで家に一人残されていつも思うことである
農耕民にとって家というのは単なる家ではない、家には死者の霊だ訪れ宿るということがある、だからお盆というのはそういう何か根源的なものとして理屈ではないものとして伝えられてきて今日日本人に残っているのである
お盆には死者が家に迎えるというとき何か今の現代風の家ではなく古い長持ちする奈良の山なる黒木もちとかなるのである
こういう感覚は日本人特有というか農耕民特有のものである

家というのに思い入れが深いのである、でもその家すら簡単に捨てて町や村も捨てられたということが理解できないのである
家だけではない先祖の霊が山に眠り春には先祖が田植えのときに降りて来るという信仰でも死んだ人はともにまだその土地にいて生活を見ているとなる
その心情は理解できるのである
つまり家とか土地と先祖とが一体化しているのが農耕民であり日本人だとなるからだ
それは理屈ではない、死者は見えないにしても何かその霊魂というかそういうものが土地とか家に宿っているということを感じるからである
家であれその家の周りでも死んだ人の霊魂がいる、見ているようにすら感じるからである

中国の少数民族の瑶族は、家というのものを特に大切にする
出産はもちろん、死ぬ際も家の中であることを望む
それは家以外の場所で死ぬと、家族はその死体を家まで運ぶことができないという慣習があるためだ
それゆえ彼らは遠くで長い間働いたりすることを拒む
重い病気になったりしたら家へ帰りたがる
魂は必ず家へ戻れるようにとの想いは今でも根強く残っているという
「森林理想郷を求めてー平野秀樹」

これは理屈ではない、そういう心情は誰にでもある、特に日本人は家に対する思いが強いのである、昔なら農業が8割とかしていたとなると家と土地と人は一体だったのである
そして魂も一体化ししていたのである
こういう感覚は遊牧民にはない、ヨ−ロッパでもいろいろありかえって石の家があり何かそこには永続性がありその家はこうした農耕民の家とにたものがある

例えばマイホームとかマイカーのことで指摘したがマイホームというのはそういう家ではない、それは会社人間化工業化してできた単位であり本来の家でとなくなっていたのである、その証拠にマイホームとは東京とか都会に来た人たちが家を持ちたいとしてその言葉が流行になったからである
本来の家はそういうものではないからだ、マイホームというとき一代限りのものであり代々つづく農家のようなものではないからだ
一時的なものとしての住まいであり代々続くものではないのである
永続性とか接続性はないのである
それは近代化によって工業化社会で会社員にみんなが成ったとき生まれた言葉なのである
いづれにしろ病院でも老人ホームでも人はそこで安住しない、そこで死にたいとも思わないのはみんなそうだろう、家に帰りたいとかいうとき家に対する思い入れが理屈ではなくみんなもっているからそうなるのである
まず無機質な病院は死にたくない、老人ホームもまた家ではない
家とはただの建物ではなく精神的拠り所になっている所なのである


そんなに家にこだわるのは古いとかもなる、でもなぜこんなに簡単に家を捨て他所に移り故郷でもその土地でも簡単に捨てるというとき何かそれはただ原発事故だからしかたがないというだけでかたづけられるのか?
そこが常に疑問だったのである、現代の社会は積み木のようにもろい、簡単に何かあれば崩れる、ばらばらになるのではないか?
そういう社会にみんな住んでいるということを知らねばならない
なぜならそうなると市町村でも自治体でも何か大きな事故であり災害であれあると自治体自体がもろくも積み木のように崩壊する
それがグローバル社会であり広域社会でもある、それがいいとか悪いとかではない
そういう社会を作ったてきたのが現代だったということである


人間の存在を問うときその存在意義でも問うときそれでいいのか?
そういう根源的な問いをこの辺ではつきつけられたともなる
何か現代社会は実は積み木社会であり簡単に積み木は崩されて破壊されてしまうというのを知らしめたのではないか?
それはマクロ的に国家などでもそうなのかもしれない、愛国心とかもかえって常に戦後は悪いものとして否定されてきたからである
そしてただ経済一辺倒になり金になりさえすればいいという価値観しかなくなっていたからである、そういう社会は先祖でも家でも土地でもつながりがなく絆もなく壊れやすいということである、物質性があっても精神性がない社会だともなる
日本人の心情として東洋の心情として物はただの物ではない、物が憑くとか物心とかあり物は単なるものではない、物は魂と一体化したものとしてあった

西洋では物はobjectであり客観的魂のない対象物である
人間の心とは切り離されている、東洋では物と心は一体なのである
だから家とはただの建物ではないのである、心が先祖の霊でも宿っているとか感じているのである   
これは信仰とういのではなく日本人の共通した心情なのである、農耕民が長い生活のなかで共通の感情として持ったものなのである、だから遊牧民とかの心情とはかなた違っているからこの両者の文化の相違は大きい、それで理解しあえないということがある
どっちがいいとか悪いとかではない、そういう生活形態がありそれが理解しにくいのである


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ボランティアの矛盾 (遠くの人が助けて近くの人が助けない)


ボランティアの矛盾

(遠くの人が助けて近くの人が助けない)


東京の方から去年だったか、まだ仮設に住んでいた小高の人の引っ越しを手伝いに来たボランティアがいた
そんな遠くから良く来てくれるものだと感心していた
でもよくよく考えると交通費はどうしたのだろうとか、そんな遠くから自費でわざわざきてもらうほどなのか?それが今になり疑問になった
津波でも最初は京都とか大阪から来て泥をとりだしていた
その時は労働力が必要だったし地元ではできなかったからだ
その時は有効に働いていたのである

でも5年6年すぎるとどうなるのだろうか?
第一小高の人たちは津波の被害者と違ってそれほどの被害ではない、家を失ったり家族を失ったりしていないのである
それで補償金を多くもらったりして喜んでいた人もいるしまた仮設暮らしを楽しんでいた人もいるのである
でも毎日のように仮設に入った人はやることがなくパチンコだとギャンブルで遊び暮らしていたのである、補償金も入ってそうなったのである
だから外から来て働く人が怒っていたのである
そういう人たちを見たらやる気がなくなるからだ

そもそもなぜ5年とか6年過ぎてもボランティアが来ていて引っ越しの手伝いをしていたのだろうか?何も近くの人で小高の人たちが協力すればできることだった
そうして引っ越し費用も必ず援助されるのが原発避難者だったのである
そうすればその金で引っ越しを手伝う人もいただろう
金に困っている人は周りでいるからである
その事情はわからないにしてもこういうことは他にもあった

でも現代社会の矛盾は遠くが近くなり近くが遠くなっているという現実がある
そういう社会の反映でもある、例えば避難した先が妻の実家に行くとなると本当に全国に散らばったのである、この前会った人は淡路島に行ったとか四国に行ったとかなる
それだけ広域社会になっているからそうなったのである
その広域社会だからこそ遠くからボランティアでも援助に来る人たちが多かったのである
でも肝心な地元の人たちは協力しないというのも変だったなとつくづく思う
第一普通の生活で何か困っていても苦しんでいても協力などしないのである
むしろ苦しんでいるのを楽しんでいることさえあるのが普通である
近くの人は助けないのである、介護でもそうだし自分自身も苦しんでいたけど同情すらされないしただただ責められるだけだったのである
それも自分自身のカルマだったにしろ矛盾していたのである

仮設に移り住んだ小高の人たちは困っているからと常に外部から同情されていた
それで奇妙なのは自分が苦しんでいる時自分の家に来た人も事業に失敗して苦しんでいるから助けるところではなかった、それで借金もしているから金に困って自分が弱い立場になったことをいいことに脅迫までしてきたのである
その時その人の家ではパチンコ屋で働いていたのである
そのパチンコ屋には小高の人などが毎日つめかけていた
そして自分自身は何ら助けられることがなかったということで憤りにもなったのである
これも本当に矛盾だったのである

普通はまず困ったら家族が助け合う、次に近くで助け合うのが順序である
まず今は遠くの人が助け近くの人は助けない、これも矛盾していた
そして地元では補償金で助け合うところではない、心は一つになれない、分断されたのである、これも現代の矛盾なのか、まず内部で団結しなければ復興などありえないとなる
外部頼りならもう外部の人に一切まかせて地元の人たちは外に出た方がいいとなる
現実は若い世代は外に出て帰ってこないからそうなったのである

遠くから来るボランティアも必ずしも有効なものとなったとは言えない、その善意はありがたいにしろ何かボランティアが有効に働くのは自分の経験でもむずかしいのである
全然認められないこともあるしやはり社会で認められないということである
いろいろあったけどまず苦しい時は家族だったら家族でまず助け合う、次に近くの人が助け合う、次に外部の人に助けてもらうのが順序である
それがまず外部の人、遠い人が助けることになった
復興の仕事はほとんど外部の人たちがしていたのである一部は地元の人たちがしたとしてもほとんどは会部の人たちだった
家を建てるにしても何をするにしても外部の人が建てたり工事した
それは地元ではできないからそうなったのだからそれを批判することはできない
でも何か外部まかせとなったことがある

何も6年とか7年も過ぎたら自分たちできることはすべきだったとなる
そして結果的にどうなったかというと地元では協力しない、外部とは協力するがその外部の人も来なくなる、残されたのは地元の人たちでありその地元の人たちが補償金などで分断されて協力ひない、心ひとつになれないのである
それを言えば小高の人たちにすれば何で地元の人が協力しないのだと怒りになっている
俺たちは苦しいのに助けないのか、冷たい奴らだとなり怒りになっているだけなのである
こういう内部事情があり外から来るボランティアが悪いとはならない、でもそれが有効に働くかどうかは別問題になる、それは自分自身もそうだったからである
駅でボランティアしても何も認められない、それはそれとしてかまわない、道案内とかしてありがとうと言われるから気分いいからかまわない
ただボランティアがすべてうまく有効に機能しないことは言えるのである
それよりまず地元でやれるかとはやる、地元でまず協力しあうべきだったができなかったのである、それが一番の問題だったのである                                                  

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2019年01月03日

常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介 (環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)


常磐高速SAで南相馬市の津波原発事故からの今の現状紹介

(環境カウンセラーの原町区雫(しどけ)の長沢さんに聞く―復興は失敗)

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雫(しどけ)では鉄塔が折れ曲がった
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雫の道



常磐高速のSAで何か催し物がないかと行ってみた、そこで写真などで今の南相馬市の現状を紹介する女性がいた、なにか都会的な人であり話が上手でありいろいろ知っている
神戸から子供連れで来た人とかを案内した
その女性は原町区の雫(しどけ)の人であり津波が襲ってくるのを目の当たりにしたという、すぐ家の前まで津波が来たからである
津波の恐ろしい光景をじかに見たのである
津波はある程度距離があると見てすぐ逃げたら助かる、現実に助かった人がいた
鹿島区の大内となる二キロくらい海岸から離れているから津波が来るのを見てトラックで逃げて助かったとか八沢浦では百メートルくらい前が海であったが遮る丘がありすぐに裏山に逃げて助かったのである
つまりすぐに逃げれば津波が来たのを見ても助かることがある

雫ではあそこは萱浜などからすると高いと感じていたが一番被害が大きかったとか言っていた、鉄塔が無惨に津波に壊されていた記憶がある、南相馬市では700人近く死んでいる、ただ8年とかたつと何か津波の跡はソーラーパネルとか風力発電とか津波の生々しいものは消えている
何かそこで高台を作るためにかさ上げするのに高くするのにナンセンチかとかするに何千万かかるとか言っていた、その金も凄い金だと思った
ともかく津波の跡の土木工事でも除染でも何兆円とか莫大な金がかかった
でもここだけではないそんな金を使っても復興は進まなかったのである
その金は大手ゼネコンとかに流れただけなのである
だから飯館村の人でもそんな除染に金を使うより補償金としてもらった方がいいと言う人も多かったのがわかる
そして除染より飯館村に住んだ科学者が下の土を上にもってくることが良かったと言っていた、表土が無惨に削られて荒廃したからである

それよりその環境カウンセラーと意見が一致したのはそもそも住民の意志が全くなかったただ政府の言いなりになり30キロで区切られそこで小高と原町と鹿島で分断された
そのことでこの辺は復興できなくなった
そのことが復興できなくさせている一番の要因だと言っていたことには同感である

心を一つに

南相馬市の最大の課題がここにあると言っていた、でもみんなを集めても意見を言う人は少ないという
小高だけではない、南相馬市として合併したのだから市全体の復興をどうするかということを市民が協議することが大切だと言っていた
私も住民意志が全くなかったことを言ったのでそれで同意した
小高と原町と鹿島が合併したけどそれぞれでもどうしたら市全体を小高でも鹿島でも復興させるのか?
将来をどうするのかみんなで協議するということが全くなかったのである
ただ補償金をもらって個々人の家族の復興だけを考えたのである
つまり原発事故が起きたとき市であれ町であれ村であれ蜘蛛の子が飛散するように散らばったのである

確かに爆発したときは恐怖だった、だから極度に恐れたこともわかる、とうしていいかわからないということもあった、第一その時噂で前の市長が北海道に逃げたということがいわれたりした、南相馬市の病院でも看護師は逃げて帰らなくなったからである
ただふりかえればその時爆発しても海側は二三日で20マイクロシーベルトから0・5とか低くなったのである、だからその時点で科学者が危険でないと避難させるべきではなかったのである、ただ30キロということで科学者ではそこが危険地帯になっていることで科学的根拠があり言ったことであり素人にはわからないから避難したのである
でも二年とかたったらもうたいした放射線量でないすぐに影響するというものでもなかったのである、一ミリシーベルというのはあまりにも厳しい数字である
科学的根拠があるにしろ現実問題として市町村を自治体を維持することを優先させるという選択もあった
だから避難したとしても冷静になれば2年で避難解除して返すべきだったのである
これは政府の大失政だったのである、政府によってめちゃくちゃにされたともなる
それは他の津波被害地域でもそうである

それはなぜかというと住民の意志が全く無視されて政府指導で行われたからである
いくら土地を高くして人を住ませようとしても住民は住まないのは住民の意志を聞かない無視して政府指導でしたからである
民主主義は住民の意志が参加が基本の制度である、でもそれがなかったとすると民主主義はここにはなかったのである
そもそも原発自体が政府指導で成されたものでありそこに住民の意志はもともと全く無視されて作られたものなのである
住民には金を与えればいい住民が望むのは金しかないと見ていたからである
そこに住民自体の問題もあったのである

住民の意志がそもそもなかったともいえる、市町村でも心一つになどなっていない
グロ−バル社会のことを批判してきたが広域的にグローバルに経済的に交流があるとしても内部の結束が絆はない社会だったのである
だから市全体を町全体を村全体をどうしようとか協議したり何か議論したりもしない
ただ個々人が家族が金を得て生活すればいいとしかない社会なのである
だからこんなに簡単に町でも村でも崩壊したのかとも思う
それはここだけではない現代社会は確かに広域的にグローバルにつながっている
今日買ったのは熊本から来たトマトだった、これも熊本地震で被害にあった所から来たのかとか考えたがわからない、ただ物だけはどこからでも入ってくる社会である
となれば金さえあればいいという社会になる、今住んでいる所はただ金があれば一時的に住んでいるともなる、金が得られないなら他に移ればいい、金があるから別に故郷にこだわったり地元にこだわり住む必要がないとなる
ただ老人は愛着があるから帰ったのはほとんど老人なのである

いづれにしろなぜ復興に失敗したのか?
それは緊急事態にうまく対処できなかった、市長でも対応できなかった
そして政府の言いなりになり住民同士でも何の協議もしていない、市町村をどうすればいいのかとかみんなで意見を出し合うとか協議することもない
ただ補償金をもらえばいいとしかなかった、それも個々人のことであり家族だけを考えてそうなったのである、市町村全体をどうするのかということを考えた人はいないのであるそもそも市長自体が原発が爆発したとき北海道に逃げたという噂があるようにそのこと自体がこの辺のことを象徴している、市民のことなどどうでもいい患者のことなどより自分が先だとなり逃げたのである、後は補償金をもらえばいいしかなくなったのである

だから山梨県の笛吹市の社長経験者が言うことは筋が通っていた
市町村全体の復興のために金を使うことだと言っていた
その人は会社を経営しているから復興をどうするかとか意見が言えたのである
ただその社長は仲間に裏切られて社長をやめた、会社経営に失敗した人だったのである
でもやはり経験しているから言えたとなる
会社経営と市長運営の経営もにたところがあるからだ
前の桜井市長は役所の人とうまくいかなくなっていたことも影響したとも言われる
やはりこういう緊急自体にはトップの判断でその後も決まる
戦争の時だってやはりトップの判断で決まっていたからてある
住民が協議するにしてもやはり誰かが強引にでも引っ張らないと緊急事態にみんな意見を出し合ってもまとまらないからである

ただこれも今になると結果論である、ああだこうだと自分が言ってもお前もそういう緊急自体に何かできたかとなるとそうはならないからだ
ただ小高はギャンブルとかばかりしていたから二年くらいで別に放射線量が高くないのだから返すべきだったというのは誰でも回りでもむずかしいことでなくわかったことでありそれで協議もしないでだらだら五年以上仮設にいてそれで補償金をもらえばいいとか俺たちは被害者だとなり被害者意識だけが全面にでて何もせず終わったのである
その時町をどうするのか復興するのをどうするのかとか住民がみんなで協議したりしていないのである、ただ個々人のこと家族のことし考えなかったのである

NPOというとこれまた問題があり金の無駄使いだとか言う人もいる
また左が多いからそこで政治的に利用される、党派に利用されるとかもなる
ただ地元だからどうして復興できないかというとい心が一つになっていない、そこを指摘したとういことは同意する
何か津波でも原発事故でもあまり話題にならなくなった
なんでも関心はオリンピックのことでありそこが復興よりも大事になり人もそこにとられているとか、放送もしてくれないとか言っていた
確かに津波原発事故のことはあまり全国的には放送されていないようだ
それも政府の意図であり政府はオリンピックに国民の目を向けさせて震災のことは忘れさせようとしているともなる
その政府の復興政策は失敗だったからである、そのためにこの辺では荒廃したままだとなるからだ
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2018年12月31日

原発事故で問われた責任問題 (住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)


原発事故で問われた責任問題

(住民の意志も問うことなくただ政府の命令に従ったことの是非)

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住民の意志が全く無視され住民はばらばらになった


原発事故をふりかえると今になり様々な責任が問われる、どうしてこんな大事故とな大惨事になったのはなぜなのか?
その責任は誰にあるのか?それが問われる
東電の幹部が裁判で有罪になった、でも責任がないとして法廷で争いつづける
誰も責任を認める人はいないのである

これは何か戦争と似ている、300百万人が死んでも誰も責任はとっていない、誰に責任があるのかもわからない、日本は責任をとらない社会だという
戦争の時私の姉は突然赤紙一枚で招集されて従軍看護婦としてシンガポールに行き地獄の苦しみを受けた、青春時代でありその4年間は長いから死ぬ直前までそのことを語り死んだ、認知症になってもその戦争のことが忘れられなかったからである
そして母親と突然分かれて四年後に帰った時は母は死んでいたのである
それは突然に政府からの命令で有無を言わさずそうさせられたのである
そういうことは戦争の時みんなそうだった
抵抗もできない、何もわからずに政府の権力で強制されて地獄にほうりこまれたのであるこれも残酷だったなとつくづく思う、それはみんな国民がそうだったのである

では国民がみんな戦争に合意していたかというとそうでもなかったが納得して戦争に自ら参加したともいえない、今でも国民も賛成したとされるがみんな赤紙一枚で戦地に行かされて地獄にほうりこまれたのである
原発事故で起きたことでも原発は政府の強権で強制されたと同じである
前の佐藤栄佐久知事は政府の命令に逆らうことはできなかったと言っているからである

つまり原発は県とか自治体とか越えた強力な権力の力が働いていたからである
それを拒否することは地元でも許されないともなっていた
なぜなら地元では金のことしか考えなかった、金になればいいとしていたから地元で反対したり住めなくさえなっている
金になるんだから反対するなとなりその圧力が強いから反対できないようになっていた
そして原発関係で働いていた人は多かった、浪江から小高になると近いから余計に距離に比例して働いている人が多かった、原町でも飯館村でも原発で働いていたのである
それだけの経済的恩恵が原発にあったから地元でも拒否できなかったのである

だから責任を問うと地元の人たちにも自治体にもあった、戦争でも国民にあったとなると同じなのである
でもなぜ住民でも自治体でもただ一方的に政府の命令に従うだけで良かったのかという反省がある、それはなぜか?
戦争なら300白万人死んだとか原発事故では故郷に住めなくなったという被害が大きすぎたからである
政府の権力の命令に唯々諾々として従うだけになると必ずその責任は住民が国民がとらされる、政府では官僚でも議員でも命令する人は責任をとらないからである
権力をもつものに命まであづけるということは一大事である、でも有無を言わさず命令に従わさせられる、そして命令した人は責任をとらないのである
責任をとらされるのは命をあずけた人たちであり国民なのである
もしそこに国民が納得して国民の意志で戦争したというならいいが突然赤紙一枚で戦地に地獄にほうりこまれたのである

原発事故でも突然避難命令されて30キロ以内は住めなくなされたのである
それは政府の命令だったのである、でも住民側の意志は無視された
住民側にすればいろいろ問うこともありどうしたらいいのかと住民で話し合ったりもっと検討することがあったが緊急事態でありただ命令に従うだけだったのである
そして避難しても5年以上とか長くなりすぎたのである
小高などは放射線量も低いから早く帰すべきだった、長くいた結果補償金をもらいギャンブルとかに興じて復興する気も働く気もなくなったし若い世代は流出して外で生活基盤を築き帰らなくなったのである

避難するにしても二年くらいにして町や村の復興をみんなで協議して考えるべきだったかがそこで一番みんな考えたことは自分の家族のことであ個々人のことでありあとは補償金をもらうことにしかてなったのである
そうしていち早く他で家を建てた人がいた、その人は土地が安い時で賢い人だったと言う人がいた、もし補償金がもらえないとしたらこんなことにはならなかった
もらうの当然だとしても自治体の全体の復興のために使うとかなっていればこうはならなかったかもしれない、その時すでに大家族でもばらばらになり町や村でもばらばらになってしまったのである

結局これも結果論だからをとともいえない、自分自身さえそうである
今になってふりかえってそう言えるだけだとなる
ただ自分自身は何か最初からおかしいなとそれは科学知識がないにしても思った
別にすぐに避難するような状態ではなかった
原爆が落とされたのとは違っていた、確かに爆発したとき20マイクロシーベルに二三日はこの辺でもなったが海側はすぐに急激に低くなったのである
飯館村とか福島市の方が長く一か月くらい放射線量が高かったのである
そういうことは科学的知識がなくてもわかることであった

一ミリシーベルと越えたらチェノブエリでも避難させて住めなくなさせたからそうすべきだったという科学者の意見もある
それより町や村を維持することの方が大事だったのである
つまり今すぐに死ぬとかではない、先のことでありそれも放射線に関してはわからないから住民で決めることなのである
でも変なのは住民が今になって帰るのも帰らないのも住民の意志だとしているのである
そんなことを住民の意志で決めることだとしているのも変なのである
その前に住民の意志として決めなければならないのは町や村をどうするかということだったのである、個々人のことではない、そういうときはやはり市民や町民や村民の意志で決めることだったのである
ただそうなると責任は住民がとることになる、科学者の言うように何かガンになったり被害があるかもしれないからだ、その責任は政府にも科学者にもない、住民が決めたことだから住民がとれとはなる、でもそうしてもやはり町や村を維持することが住み続けることがいいとして決めることもあったのである

ただそれだけのものが絆自体が現代の市町村にはなかったともいえる、十津川部落のように一致団結して北海道に移住したような絆がなくなっていた、絆はかえって外部の人とはあったのである、それも広域社会とグローバル化でそうなっていた
地元に根ざして農業や林業や漁業でも生活していない、それは一割にも満たないものだった
だから絆でも物でも外部から入ってくるからそうなっていた、そして仮設に住んだ人はどう思っていたかというと
私たちはここで金を使って消費して助けているんだよ言っていた
全くその土地の人たちに関して何の関心もない、むしろ補償金をもらって喜んでいたのである

これは避難者を責めるというよりそういう金が第一の広域グローバル社会化した矛盾だったのである
だからグローバル化となると世界と絆があるとなっているけど意外と内部でも絆はないからもろい社会だともなる
簡単に市町村でも崩壊する、何かあったら金さえ持って逃げればいいとなるからだ
そしてどこにも金さえあれば豊かな生活ができるとなるからだ
江戸時代だったらもう外に逃れることはできない社会だからその場で苦しくても死ぬほかないからである
そういう社会がいいのかどうかも問われたのである
だからこそグローバル社会に対して批判する人がいる、それに私も同調するのである

結果論となるが自治体は崩壊したともなる、それを取り戻すことができなくなった
若い人たち別に生活基盤を築いた帰らないのである
残されたのはその親や祖父母でありその人たちは南相馬市だったら小高でも負担を強いられる、それで一時は介護士がいないとかで老人ホームがあっても立派な建物があっても開けなかったのである
そうなったのは最初の時の方向が間違っていたからだともなる
結局人生でもそうだが緊急の時があり方向を間違うともう元にもどれないということである、若い時判断が誤ると一生方向を間違えてもどれないのである
カルト教団に入っていたらそのまま誤った方向に進んでその方向を変えられないのであるだから緊急事態に対処することでも誤ったら誤った方向に行きもどれなくなるということである
そして後でいろいろ反省してもどうにもならなくなっているのである

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2018年12月29日

民主主義が機能しなかった (津波原発事故をふりかえる)


民主主義が機能しなかった

(津波原発事故をふりかえる)

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この図のように民主主義とは情報を開示する、提示する
それをとにかく原発でもわからないなりにしてもらう
最初から安全ありきで安全神話を押し付けさせられたら
そこにはもう住民の意志がないのだから否定しているのだから
民主主義はない、民が主になることはないのである
それは独裁政治なのである

その情報によって住民が決めるとなれば民主主義である
でもそうなると住民に責任がある
責任は必ずこの世の中人間は必ずとらされるのである
もし本人がとらされなくても誰かがその責任を負わされる
それはカルマとにているのだ、他人のカルマの責任をとらされている人が普通にいるからだ

今回の原発事故は政府や東電が官僚や科学者が強固な「安全神話」作って責任は住民がとらされたのである、住民がもし情報開示されて住民の意志が反映されれば今度は住民の責任になる
それは戦争でも同じである、独裁政治のように一方的に政府の権力で強権で戦争するとなるとその責任は誰にあるのか?
住民には情報は開示されていない、日本は神の国だから勝利するとかを理由にしている
それは安全神話と同じなのである、絶対に事故は起こらない、絶対に神の国だから勝利するとなってしまうからである
そこにもう住民の意志もなにもない、神の意志があったとなってしまう

だから情報開示と話し合いとか討論とか選挙とかで住民の意志を決めるのが民主主義である、それがすべて正しいとかにはならない、その手続きが大事なのである
手続きを踏んで決める、独裁政治にはもう手続きも何もない、独裁者によって決められるとなるからだ

ただ肝心なのは住民も民衆も理解していないのはそうして決められたことは住民の意志とされ責任は住民にあり為政者にはないともなる、議員もあなた達が選んだ人だから投票した人たちの責任だとなる
ともかく情報開示と議論とかそうした手順があり住民が決めるのが民主主義である
でもその結果責任は住民にある、為政者にはない
でも今回の原発事故ではその手続きでも議論もなされない住民の意志もないものとして作られた、なぜなら政府の強権で実行されたからである
そして情報は「安全神話」を形成したからそれで何も言うなとなっていたのである
だからこそ住民には責任はないとなる
ただ民主主義で言論の自由はあるのだからそれを怠ったとは言えるのである

原発では情報を提供することもなかった、マスコミもしていない、巨額の宣伝費がマスコミにばらまかれたからである、マスコミも情報を伝達する役目があったのだが全くしていなかった、ただ宣伝費をもらっていればいいとなっていたのである
情報開示しないとなぜそれが民主主義ではないのか?
それは判断しようがないからである、いくら原発のことはわからないにしてもそういう判断材料すら提供されないとしたらどうにもならないからである

それで銀行でも同じだった、投資信託についての説明がたりないのである
私はプロですから証券取引所に勤めていましたからまかせてくださいと言って勝手に株が上がっていたのにリートの方に回して損したのである
それは任せた方が悪いというのもある、でもその人はプロでありまかせてくださいというからまかしたのである
医者だってプロなのだからやはりまかせる、命をあずけるとなる
なんでもわからないし時間をさせないからまかせたのである
でもそれが間違っていたのである
地銀などは証券でも投資信託でも何もわからない、素人と何にもかわらないのである
かえって危険だったのは分散投資していれば良かったのにそれを言っていたのに自ら守らなかった、それはノルマを課せられているから自分の成績を上げるために株が回復して上がっていたのにリートに回したのである
基本的な投資のルールを自ら守らなかったのである

これも別に情報を提示して説明してそれで客に判断させれば客に責任がある
それがプロですから全部まかせてくださいと言っていたからまかせたのである
「私たちは投資のプロではありません、投資のことを説明しますからそれで納得したら投資してください」と言えば納得する
その責任は判断するのは客自身になる、でも損しても責任はその時客にある

ともかく原発事故で政府主導は強権的であり独裁と変わりなかったのである
そのために甚大な被害を受けた、その後の処理でもずたずたにされたのである
それはますで住民の意向とかも聞かない、住民との意思疎通ができていない
そこに住んでいる人の意向と違ったものをブルドザーで一方的に飯館村の田んぼを荒らして土を硬くして回復させなくした
だから津波や原発事故では民主主義がなかった、そもそも民主主義がもともとなかったからこうなったともなる
住民側でも責任が課せられている、一番被害を受けるのはそこに住んでいる当事者だという自覚がたりなかったのである
それはその後の事故後の避難などでもそうだったのである
いく30キロでも区切られても何か南相馬市だったら対策があっていいのだがなかった
そしてずるずると5年以上も仮設暮らしになり復興手きなくさせたのである

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失敗した原発事故後の政策と処理 (飯館村に移り住んだ田中俊一氏の指摘)


失敗した原発事故後の政策と処理

(飯館村に移り住んだ田中俊一氏の指摘)

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文芸春秋に2018−4月号で意見を述べていた

●早期に避難解除すべきだった

●除染は表土をはぐのではなく下の土を入れ替えるべきだった

●放射性物質は各自治体が管理処分場を作るべき

主な意見はこういうものだった、早期に避難解除すべきだったというのは別に飯館村でも双葉とか大熊を除いてはそうだった
避難生活が5年以上になった結果若い人たちは他で生活するようになり仕事も他で持ち子供の学校にも入り別な暮らしになってしまった
他の土地で生活基盤をもつようになったら帰れなくなったのである
そして大家族で住んでいた人たちもみんなばらばらになったのである

そもそも小高などは海岸部は放射線量が低かったから避難させる必要はなかったのである0・5マイクロシーベルとであり浪江すら海岸部は街中でもそんなものだった
でも双葉に入ると7マイクロになっていたのである
つまり明確にブルームとなって雲のような塊りとなって飯館村の方に流れたからである
でも浪江でも全部を避難させるとかさらに長く避難させたことが失敗だった
30キロで強引に区切ってそこに生活しているものを全く無視して避難させたのである

除染に何兆円もかける必要もなかった、田中氏は放射性物質は各自治体で処理すべきだというとき運ぶと金がかかるからその金が外部のものに使われからだという
そのことは原発事故周辺ではゼネコンだとか暴力団関係者が来たとか地元の復興のために役たたなかったのである

表土は下の土と入れ替えるべきだったというのもわかる
飯館村に行けばわかる、田畑の表土はけずられ無惨な状態になった、荒廃したものとなった

放射性物質が付着した土をとりのぞくために、田んぼの表土を無闇にはぎとってしまったのです、土建業者に頼ってブルドザーではぎとったため重機が踏んだ土は硬くなってしまい水田として再生するのは容易でくなったのです

まさにその土地のことを良く考慮しないで検討しないでブルドザーで表土をはぎとる
津波の被害地では高台を作って住民を住まわせようとしても住む人がなく街が成り立たない復興できないというのも同じなのである
強引にその土地のことを人たちを考慮しないでブルドザーを入れて一方的に工事をする
それが権力をもつものの怖さである、早く復興するというのも必要だがこれだけの災害だと簡単にはいかない、時間がかけてやるということも必要だったのである
だからすぐには原爆のように被害がないのだから中核メンバーでも放射線の被害が少ない老人でも残るべきだったとなる、それを全員を避難させたり強引なやり方で自治体ずたずたにされたのである

そして多額の補償金を出したがかえってそれでそこに住んでいる人たちが分断されたのである、30キロで区切った結果原町でも深野(ふこうの)では牛を飼っている人が不満を盛んに言っていた、30キロで区切られるとそこで補償金の差が格段に違ったものとなるからだ
ただ一時飯館村で放射性物質を入れたフレコンバッグが雨で流れだした
するとその放射性物質が南相馬市にも流れてくる
土地はつながっているから飯館村だけの問題ではないからここは疑問である

このことはずっと私自身も書いてきた、避難させなくていい人たちを避難させた
避難解除を早くすべきだったのにしなかった
その間に避難者はギャンブルとかに興じて働く気もなくなり遊び人と化してもう補償金で暮らすことしか考えなくなった、特に老人はそうなった
早く避難解除して帰らせて復興のために働くべきだったのである

そして避難生活が仮設生活が長くなりそれが心まで荒廃させたのである
町を復興させるより補償金をもらうことしかなくなったのである
もし2年くらいで解除されていればまた違っていたのである
なぜなら農業は三年していないともうできなくなる、体が動かなくなると二人の経験者が同じことを言っていたからである、だからせいぜい二年が限度だったのである
それが5年以上になったもう復興できなくさせたのである
政府の失策が町でも村でも崩壊させたのである
それは原発そのものがそうだったのが事故処理でもそうだったのである

例えば被爆するとうときものすごく怖いものとして爆発したとき感じた
原子爆弾のように感じたからその時の判断が誤ったのである
被爆といってもすぐに広島のように人が焼けただれて死ぬようなことはなかったのである
確かに爆発したとき20マイクロと高かった、それも浜通りでは双葉大熊以外では0・2とか0・5くらいまでしかならなかったのである
それでも年に一ミリシーベルを主張して避難すべきだという学者がいた
それもわかるにしても現実生活がありそれを一挙に崩壊させることが間違っていたのである 

確かにその影響が10年後とか20年後とかさらに長く放射能の影響がある、ガンにもなるとかいうのはわかる、それでもそれは先のことだから科学者にもわからないことなのである町や村を崩壊させたらもともこうもない、だからまず町でも村でも維持するために残る人たちがいて良かった
例えば老人は放射能とあまり関係ないから避難しないで町や村を維持すべく働くべきだったともなる、現実に飯館村の人が老人には関係ない今までのように山菜まで食べていたのである、一律にみんな避難させたことが失敗だったのである

ともかくこの辺は津波もあったが原発事故が重なり家族もばらばらになったとか補償金では心が分断されたとかもう若い人は避難区域だったところには帰ってこないとか自治体をずたずたにされたのである
そしてその後の政府の復興政策もずさんであり良く検討もしないで成された
緊急性があり30キロで区切り全員避難させた、それも大失敗だったのである
それは政府だけではない、自治体自体もそうだったのである
何の手も打たない、ただ30キロで区切られて政府の言いなりになるだけだったのである
ただここでは政府と自治体の意志疎通ができていなかったことが問題になった
なぜなら桜井市長が左寄りの運動家で自民党に政権が変わった時意思疎通ができないとかなりうまく対処できなかったとも言われる
結局個人的にも日ごろの意思疎通がうまくいっていないと緊急の時対処できないのである
そのことを一番示していたのが事故の時吉田所長と東京の東電幹部がテレビ会議をしても意思疎通できなくなっていた、吉田所長は現場の監督であるから自分の意見を言ったが東京に住んでいる人たちと意思疎通できなくなっていたのである
いくら通信が発達しても離れているとそうなりやすいのである
だから原発は東京に作るべきというのは正論だったのである

そこなら近いし安全を監視する都民がいて東電の本社で四六時中監視できるからである
それができなかったのは一千万の都民が反対するからである
安全神話を作るくらいだからそれだけ安全なら都民を説得して原発を作るべきだったのである、それできないなら福島までもってきて作るべきではなかった
だからこれは都民の問題でもあった、福島に都民が電気の必要のためにおしつけたとなるからだ

そのために原発周辺はずたずたにされたのである
それは津波の被害地域でも政府の復興政策は失敗したと指摘する人もいる
何かそこの住民と密接に話し合わないで一方に決めたのである
そこに住んでいる人たちの言い分を良く聞かないで復興事業を開始した
でも土地を整備して嵩上げてしても人が住まないということにもなったのである
そこに住んでいる住民の意志は無視されていた、十分な話し合いもなく政府が強権的に政策を実行したためである
そして自治体側ても政府のなすままであり何か有効な対策をたてることもできなかったのである
ただ緊急の時はえてして付け焼刃のようなことをする、じっくり互いに話し合い検討できないからである、だからこそ政府は実行力があり権力があるのだからその上に立つ人により下も影響されて甚大な被害になるのである

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2018年12月27日

漁業権が外国企業に売られる? (地元の漁業権は原発事故を起こした東電に売られていた)


漁業権が外国企業に売られる?

(地元の漁業権は原発事故を起こした東電に売られていた)

政府は6日、漁業権を地元の漁協や漁業者に優先的に割り当てる規定を廃止する水産改革関連法案を閣議決定した。養殖業への新規参入促進が狙いで、約70年ぶりの漁業制度の抜本的見直しとなる。臨時国会での成立を目指す。公布から2年以内に施行する。

 漁業法を改正し、漁業を営む権利である漁業権を都道府県が付与する際の優先順位の規定を廃止する。既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける。
 公共の資産である海が売られる。新自由主義政策で漁業権が投資商品になり、大手外国企業も参入して買い占められ、魚の自給率が低下していく(堤未果『日本が売られる』) 

 <漁業権開放>漁村の資源管理が混乱 生活基盤が崩壊する 「お友達」便宜供与の実態(日刊ゲンダイ)
  
そもそも漁業権は法律的にどうなっているのかわからない、都道府県のもの自治体のものとしてあったのか?
不思議なのはこの辺では原発事故でわかったことは漁業権が東電に売られていたことである
そもでわからないことは東電で事故を起こしても漁業権を売ったとしたらそれを放射性物質で汚染されても文句言えるのだろうか?

漁業法を改正し、漁業を営む権利である漁業権を都道府県が付与する際の優先順位の規定を廃止する。既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける

漁業権を都道府県が付与する

そうなのか?すると漁業権を付与するのは県にあったのか?

県→漁業権付与→東電に漁業権を売る→多額の補償金をもらう      

海が汚染されたことで東電と交渉→さらに補償金を増やしてもらえる

これも前から指摘してきたけど矛盾しているとなる
漁業権を与えたり売ったりできることが本来できるものかと疑問を呈している人がいた
それは釣りで楽しむ人だった、そういう人は漁業権がないから漁業組合に金をはらって釣りさせてもらっているからである
それで不満で言っていたのである

原発事故が起きるまで漁業も苦しいなと見ていたが実際はそうではなかった
原発事故前からも原発御殿が建っていたので関係ない人はうらやましがっていたのである原発は漁業組合の許可がないと建てられない、もして反対したら建てられないのである
でも東電に漁業権を売ったのである

既存の漁業者が漁場を有効に利用している場合には優先的な扱いを続ける

漁業権はそもそも東電に売るために与えられていない、とすると県でも自治体でも漁業権を売ることは許可されないはずである
県と自治体のものでありこの趣旨にそって保有できる権利なのである

漁業権を売ることは法律違反だった?

漁業組合でも県でも自治体でもそれを許可したことは法律違反だった?

このことを問題にしている人はほとんどないのも不思議である
なぜこれを言うかというと原発事故事故の被害が大きいからそうなった
誰に責任があるのかとも問われた
その裁判も行われて幹部が有罪にされたからである

そして今また漁業権が自由に外国人にも売買されるというのは何なのだろうか?

それは怖いことではないか?外国人に漁業権が売買されればどうなるのか?
原発でも建て安くなるという、なぜならそれを取得して売れば多額の補償金がもらえるからである
これも怖いことだなと思った,それに対して文句言うこともできない、権利を売り渡すのだからそうなる            

そもそも県とか自治体がなぜ東電に漁業権を売り渡したとき許可したのだろうか?

その辺の事情とか法律も明確化されていないのである

海は誰のものなのか?

土地は誰のものなのか?

これは私的に所有できるものなのだろうか?それは大きな疑問なのである
それは江戸時代にはなかったことであり山でも入会権があり共同所有で管理していたからである
明治になって過度に私的所有が認められて山は無数に分割されて公共的な安全工事も簡単にできなくなった、分割されているからいちいち所有者の許可が必要になったからである
海すら原発事故後に自分の前の海には権利があるとして主張したりした人がいた
避難区域では道も私道として自分のものだと主張して補償金を実際にもらった人がいた
それから猪苗代湖の湖畔の土地も所有者がいてバンガローなどを建てていた
そして自分が自転車で誤った侵入したら怒られたのである
なぜ湖の岸とか海でもプライベートビーチにできるものなのか?
その弊害が明治以降どこでも起きたのである、私的権利を主張してそれを認めすぎたのである

プライベートとは奪うという語源がありまさにそうなったのである、土地でも海でも山でも私的権利を主張されて公共的なものとしてあったのが所有されたものか私的に奪われて分割されたのである
第一海とか土地でも山でも分割できないものとしてある
だから私的所有になじまないのである、それは漁業者が海で生活しているのだから所有する権利があるというのはわかる、しかしそれは東電に売るものとしての権利ではなかったのである
だからどうして県とか自治体とかで許可したのか?
それとももともと漁業権者のもの組合のものだったのだろうか?
この辺の法律的なことがわからない
日本の資産が水でも水道でも民営化して外国企業にも売られるというのも危機であるというのもそうである
こういうことに意外と関心がない、水道も実際は運営するのに金がかかり政府では外国でもまかせてしまおうとしている
水でも公共的要素が大きなものでありそれでこれは日本の危機だとして指摘した本を出した人がいるのも理解できる






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2018年12月21日

カルマは公正に配分される (原発事故も同じだった)




自分がいろいろと苦しみ意識したのは意識させられたのはカルマでるある
そもそもカルマといっても苦しみがないと意識されないのである
カルマは苦しみとなったとき意識される
それが原発事故と関係があるのか?
やっぱりここにあった
何かカルマが公正に配分されたことである

双葉と大熊とか原発で一番恩恵を得た地域は一番被害があった、住めなくなった
その隣の浪江町も悲惨であり人が帰らないし崩壊した感じになる
その隣の小高は浪江よりましでもやはり帰ったのはほとんど老人であり被害が大きかったつまり原発があった場所から距離に比例して被害の大小があった

そして小高は東北電力で原発を建てる工事をはじめようとしていたとき事故が起きた
それを知っている人は意外に少なかった、私自身も知らなかった
小高に原発できたら原町でも相馬市でも30キロ以内になるから危機感をもってもいいはずだが知らない人が多かったのである
その危機感を伝えるものもマスコミでもいなかったのである
ただ原発を作るかどうかは小高町だったら小高町だけで決められるという恐ろしさを自覚した      

例えば極端になると双葉と大熊の土地の所有者が東電にその土地を売りあとは漁業組合から漁業権を買えばできたのである
現実にそうなっていた、そして県の許可が得れば作れたというからあまりにも誰も原発に恐怖感もなにももっていなかったのである
小高の腕のいい大工さんでも小高は景気が良くなるよ、原発が建つからなと喜んでいたのである、その人も全く利益のことしか考えていない、これはみんなこの辺の人はそうだったのである

そして県庁のある福島市など30キロからはずっとはずれているから関係ないと思っていた自分も30キロからはずれているから遠いから関係ないと思っていたのである
でも福島市はこの辺より放射線量が高かったのである、郡山市とか白河市まで影響したのである、これもカルマだったなとつくづく思う
県庁で知事が勝手に双葉大熊の土地所有者から土地を買い原発の許可を与えたということである、その責任は重く結果的にカルマがそこにも重く配分されたのである
そして補償金はもらえないから余計にそうだったとなる
ただ飯館村は例外でありとばっちりを受けた
事故とか事件があると必ず関係ない人でもとばっちりを受けるからだ
だからカルマは一人の人間だけにとどまらない、周りにとばっちりがゆく、それで回りも苦しむのである
ただその分補償金は高くもらえたからそれでかえって喜んでいる人たちもいた
被害がカルマの苦しみがあったが今回は30キロ内は補償金もらえたということでカルマが軽くされた
でも南相馬市などは30キロで区切られてその心は分断されて復興しにくくなったのである

カルマは家族でも必ず配分される、一人にとどまらない、誰かが借金で苦しむ、病気で苦しむ、何かで苦しむと家族全員が苦しむ、一人にとどまらないのである
親戚でもそのカルマが回ってくるから怖いのである
それは苦しみとなって現れないと意識されないのである
でも原発事故でカルマは公正に配分されたともみる
ただ今回は補償金がありそれでそまカルマは軽くされたことは確かである
でもこれから原発のリスクがこれだけ大きいことを知った、それを知っていて原発を誘致するとなくとそれだけの覚悟が必要になる、補償金はもうこんなには払えないとなる
それであまりにも原発の安全にコストがかかりすぎると外国への輸出は日本では中止したのである

ともかく家族の介護で苦しんだ自分のことを書いた、これも自分一人が良くされたから
カルマが自分一人にのしかかり自分一人が四苦八苦して援助されることもなかった
それもまたカルマだった、双葉大熊はそれだけのカルマを作っていたからまたそこはもう住めなくなったともなる
カルマは公正に配分されるともなった、だから何らか苦しみとなった時人はカルマを自覚する、でも苦しみがないと自覚しないのである
でもいつか必ずカルマは現れる、なぜこんなに苦しむのだろうという時やはりその人のカルマが現れたためである、それは必ずいつか現れる、おそらく人類の罪もいづれカルマとなって現れというとき滅びるというときもそうなのだろう
カルマが積もり積もって最後に滅びるほかなくなるということである

posted by 老鶯 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連