2017年09月05日

核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む (すでに原発の危険は予見されていた)


核文明の恐怖(H・コルティコント)を読む

(すでに原発の危険は予見されていた)

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福島原発の歴史
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この本は1979年発行でありすでにほぼ40年前のことにもなる
ただその時から事故がありフクシマと同じようなことが起きていたのである。
それはスリーマイルとかでもない,それ意外にも事故がありそれは火災事故だったのである。

この統計は1978年である。フクシマの第一原発は1971年3月に1号機の営業運転を開始しである。

図を見ても日本は原発を作るの早かったしその時すでに世界で3番目の原発国になっていたのだ,それはやはり人の技術力が高いから受け入れることができたのか?
アメリカの強引なおしつけがあったのか?その辺はわかりにくい。

この本の題名が核文明の恐怖とあるとき現代の文明が核文明になるということを予想して書いていたのである。
この時東ドイツとあるからまだ東西ドイツが統一されていない,その時ドイツも原発が多かった,その後はやめた,フランスが日本より原発が少なかったというのも意外である。やはり日本はアメリカの影響があって原発が多くなったのではないか?

原子力産業は比較的歴史が浅いことを心にとめておく必要がある。
アメリカでは商業利用がはじまってからわずか25年であり,核兵器生産がはじめられてからも35年しかたっていない,癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがあるから私たちはやっと放射線の影響を経験したばかりなのである

様々に放射線の影響が言われる,

癌の潜伏期間は12年から40年でありまた遺伝上の突然変異は何代も現れないことがある

こういうことがあるとする母親などは異常に心配するからもう故郷には原発避難区域には帰らないとなる,最も危険なのはプルトニウムだとこの本で著者は言っている
要するに核のことは人間はわかっていないしその危険性を無視して原発は造られたのである。歴史が浅いというとき未熟な知識ではじまり今でも放射線がどういうふうに人間の身体に環境に影響するのか正確にわからない,だからこの辺はモルモットにされているのである。放射線の影響は長期的なもの次の代とかその次の代にも影響するとなるから深刻なのである。

原子力発電所の設計は著しくこみいっていて自分の専門分野以外の人の仕事を理解しない-お互いに話し合おうともしない-実際原子炉を建設したり運転したりするのにその全体の過程を統合するような役割の個人やグループは全く存在しない

これはフクシマ原発でも同じであった,肝心の吉田所長が復水器のことを知らなかった,それは自分の専門分野ではないからだったと言っている
そして東京の本部との意思疎通もできなくなっていたのである。
要するに誰ももう原発を制御できるものがなくなっていたのである。
最後は自動化しているから機械が暴走して破綻するとなるのである。
人間の力では制御できない代物になっているのが原発だったのである。
それは現代文明全体に言えることである。その全容を知るものはいない,何か巨大な事故があったらもう何もできないのである。

ブランズ・フェリー原子力発電所はいまだかつて火災に対する安全検査をやったことがない,この事故で誰も地域の役所に事故を知らせなかった,実際緊急避難措置はいっさいとられなかった

「安全装置は絶えず工夫が施されているが莫大な金がかかったり原子力産業のスケジュールに都合があったり政治的圧力がかかったりするために安全装置の効果について評価を正しく行うことはほとんど不可能になっています」

これもこの辺の事故と同じだった,浪江の人達は津島の山側に避難した,そこは一番放射線量が高い地域だった,町民には自治体には何も知らせられなかったのである。
ただ東電の社員がいて山より街の方が安全だとそれに従って街にもどった人達がいた
それが正しい判断だったのである。放射線のことを知っていればそうなる
実際はスピーディでそれがわかっていても知らせなかったのである。
アメリカにいち早く知らせていて自治体には知らせなかったのである。

安全装置にしても原子力村とかが形成されて政府の安全委員会など何もできない飾りだったのである。要するに何もしないで多額の金をもらっていた人達が原発には多いのであるそういう人達にとっては原発はいいものだったのである。
東電から巨額の宣伝費が電事連からは800億もの宣伝費が流れていた
そしてそまマスコミの幹部が東電によって中国に招待されていたとき事故が起きたのである。朝日新聞社加わっていたからマスコミで原発に反対するものはなかったのである。
創価系の雑誌でも東電から宣伝費を二番目くらいにもらっていた
原発は金のなる木だったのである。地元でも金がばらまかれた,特に漁業権のある船主は原発御殿が建っていたとかあとでわかったのである。
それも今になると罪深いものだったとなる

原発はまだ歴史が浅く未熟な技術だけでその効果が大きいから安全を無視して作られてきた,それがまた核兵器と結びつき軍事力としての相乗効果があり作られてきた
電気を作るだけではない軍事力として欠かせないものとして作られていたのである。
だからこそこの本では核文明としているのである。
そしてこの辺の事故では核文明の崩壊したと自分が書いたのである。
土や水や空気や人間の基本になるものが汚染されたら住めないしそして放射線の影響はどうでるのか何代も見なければわからないという恐ろしいものだったのである。

なぜそれだけ危険なものを作ったのか?それは核の魅力が大きいからそうなる
北朝鮮を見ればわかるだろう。あのような小国でも核をもてばアメリカと対等に戦えるからである。だから実際は人間は核を操作できないものでも無理して操作していたのであるそれが大事故で核文明そのもの崩壊となりこの辺は住めなくなったのである。
湯川秀樹博士が原発を作るのはまだ早いとして作るべきではないとしていた
つまりまだ日本でも原発を作り操作できる技術はなかった
原子力の歴史は浅いしまだまだ操作できる状態にはなかったのである。

でも無理やり作ったのは政治的な圧力とかアメリカの圧力とかいろいろ科学的技術的問題ではないものがあり作られてきた,
文明の崩壊までになるようなものをなぜ作ったのか?
文明が崩壊したらもとこうもない,終わりだとなるからだ
それなら人間は極端になるが炭をエネルギーとして細々して生き延びる方がいいともなるからだ,文明が滅び水も土も空気も汚染されたら住めないからである
そして遺伝子が損傷して何代にもわたり影響するとなると種の滅亡ともなる
人間はもう絶滅するということである。

そんな恐ろしいものを科学者もとめられなかったしそれ突き進んで行ったのはなぜなのか?
何かそこに人間の業(カルマ)があり人間滅亡,文明滅亡の宿命を核によってもたらされるだからさけられないのか?何かそういう人類史の最後に核が現れ文明は崩壊するのかとなる
posted by 老鶯 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年09月02日

意思疎通できない連関なき社会 (そしてコミュニティが破壊される)


意思疎通できない連関なき社会

(そしてコミュニティが破壊される)


話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


ここでも書いたけど田舎だったら意思疎通できていたように見られる,でも高度成長以後はやはり田舎でも会社員化して意志疎通ができなくなる
自分の家で店をしていたとき野菜は近くの農家から買ってきた,それは自転車で買ってきていたのである。姉は力持ちだから大きな箱に積んできたのである。
すると近くの農家と親密な関係が生れる,そしてその頃は店が個人の店であり狭い範囲にあった,するとその狭い範囲で暮らしているから親密になる
一方でいいろいろかんぐられるので嫌な面もでてくる

大工でも地元の大工が家を建てるから地元の大工と親密になる,今建て売りであり外部からきた人が建てる地元の人とは関係しない,建売は組み立てるだけである。
この辺では新しい街が一つできるくら家が次々に建った
それはみんな外部から来た人が建てたのであり地元の人は関係ないのである。
するとそこでも地元の人でも意志疎通がなくなる

意思疎通ができないというときタニコウはこの辺で大きな会社である,でも友伸エンジニアリングも建物を見れば大きな会社であり工場である,それはすぐちかくの小池にあったでもタニコウの人は知らなかったのである。
それはなぜなのか?何らか仕事でつながりがなければ共同しなければ近くでも無関係になるのである。
現代とはそういうことが非常に多いというときそういう文明社会だとなる
ピカートの言う連関なき社会でありそこからヒットラーが生れた,ナチスが生れというとき無数の部分になりそれらがどう結びついているかなどわからないのである。

鉄道があるとして車をもっている人は乗り方さえもわからなくなる,すると鉄道を残せといっても車の人は利用しないから関係ないとなる
ただ車で駅前に来ることがあり駐車したりして駅に来ることがある,ここでは道の駅がないからランドマークとして来るのである。駅にはそういう機能がある
そこで関連してくることはある

こうして江戸時代なら村とかで濃密な意志疎通していた,しなければ生きていけないような社会と今の社会はあまりにも違いすぎる
広域化グローバル化社会になればそうした狭い範囲の意志疎通より金が大事になる
金があればどこでも生きられる時代である。人間の意思疎通は金になったともなる

大量の物は野菜でも遠くから来る,外国からも来るからである。
すると自分の家で小さな店をしていたときのように近くの農家も関係なくなる,関連しなくなる,こうした小規模な店とかは戦後増大した,それは大きな資本が無くてもできたからである。でもスーパーになったときそうした小売業は姿を消した
そしてシャッター通りになった。

ここで問題なのは大資本が介入してくると小さなコミニティは破壊されやすい,そうして根こそぎコミニティが破壊されたのが原発事故であった
そこには国家権力もかかわり巨大企業である東電がかかわりそれに付随してマスコミとか検察とか警察までもかかわるとなる
国家権力によって自治体が崩壊させられたのである。

そういう巨大資本とか会社とか国家権力でもマスコミでも小さな自治体に介入してくると根こそぎコミニュティは破壊される,マスコミで自治体の争いに介入してくる
そもそもそれは自治体内で解決するのが望ましいのである。
内部の事情に通じない場合があるからだ

そのことで自分が駅で警察に職務質問されたのもそうである。誰かがあやしい人がいると通報したのだが警察まで来て介入すると田舎の平穏な生活がコミニュティも破壊される
つまり大企業でも国家権力でも力が強すぎるからそうなる。
それに小さな自治体は抵抗できない,そしてコミニュティが破壊される
この辺はズタズタに破壊されたのである。

巨大な国家権力機構,大企業とかかかわると一自治体はもろくも破壊される,
狭い範囲内の意志疎通もできなくなりただ巨大な権力によって自然まで破壊されたのである。
それは東南アジアの森林が巨大企業にかいしめられてオランウータンが住めなくなったのとにている,その企業が日本にもあり銀行が融資しているとき銀行もかかわっている

とにかく意志疏通がない社会とか連関性がない社会は文明は最終的にどうなるのかと思うピカートよればナチス化する社会になる,カルト宗教団体もそれとにている
それは疑似コミニュティであり本当のコミニュティではないと言っている
そういうものはナチスのようになる危険がはらんでいる

いづれにしろ意思疎通がない連関性なき社会は文明は何かの調子で崩壊するかもしれないそして自動化社会というのも意志疏通が連関性がなくなる社会なのだ。
一見確かに便利だがすべて現代文明は機械化自動化しようとしている
人間の意志に関係なくそうしようとしているからだ
するとすべてが機械化自動化するとその自動化することによって機械でもコンピューターでも制御不可能になり暴走して自滅するともなる

文明社会が核分裂状態にあるというのもわかる,無数の部分に分裂して連関がなく意思疎通がなく自滅する自壊してゆく,その例がこの辺の原発事故による惨事だったのである。

posted by 老鶯 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月24日

なぜ復興ができないのか? (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)


なぜ復興ができないのか?

 (戦後の焼け野原からの復興と原発避難区域の相違)

戦後の焼け野原からなぜ日本が復興できたのか謎である。焼け野原になった写真を見たらあまりにも絶望的だからである。津浪の被害でも原発事故の被害でもあんなふうにはなっていない,津浪の被害も悲惨だったがまだ一部なのである。
そんなところからなぜ戦後の復興ありえたのか?ふりかえるとその当時を生きた人達は団塊の世代の親やその前の人であり死んでいる人が多くなった

ただ団塊の世代は子供時代の貧乏を経験している,みんな家には電化製品はなにもない,飯台一つしかなく炭であり竈でご飯を炊いていたから手間だったのである。
洗濯は近くの小川でしていたし洗濯板でごしごし洗濯していたのである。
そういう時代があったということが今になるとはるかに昔になってしまった
それは自給自足の生活の延長だったのである。
だから卵は贅沢であり玉子焼きが食べられるようになったとき豊かさを実感したのであるただその時農家は鶏を飼っていたら卵を食べていた,農家の方が贅沢だったのである。
物がない時代,自給自足しているような農家がかえって豊かだったのである。

日本がなぜ戦後焼け野原復興できたのかというとき朝鮮特需とか軍需経済から民間経済にシフトした,軍需に労力を費やすことをしなくて良かった,世界の環境でもアメリカがソビエト連邦とかを敵視するようになり共産主義の驚異を感じていたので日本をその防波堤としようとした,何かそうした世界情勢が味方した。
それにしてしもなぜあの焼け野原が10年とか20年で復興したということは驚きである。
日本の底力があったということになる,日本は戦争でも一丸になるし挙国体制では得意である。切り換えも早いということがある,日本の国民性が復興をできた推進力だったというのもわかる

それに比べてなぜ津浪とか原発被害地域が復興できないのか?
それはその当時の情勢とあまりに違う,なにもかも豊かになりできあがった社会が崩壊した,戦後の焼け野原も同じじゃないかというがその時は回りもみんな同じ状態だった
今は回りはみんなやはり同じように豊かな便利な生活をしている
するとゴーストタウンのようになった町や村を見て愕然としてしまうのである。
何か住めないという感覚になる,それは理屈ではない,実感である。

戦後焼け野原になったとき戦地から帰ってきた引揚者がこの辺だと町内から近い小池でも開墾に入った人を知っている,引揚者は浪江でも対馬とか飯館村でもそうだしどこでも不便な不毛な地域に入ったのである。
今ならそんなところに開墾などに入らない,でも仕事となるものがないからそうなった
食料も何もないとなるとそういう難儀な場に人は入ってゆくほかないのである。
もし今のように回りが豊かな生活していたら別である。
人はそんな所に入って行かないのである。対馬では中国人の嫁が夫を都会に出たいと鉈(なた)で襲った事件があった,あんな山の中だとは思わずそうなった

なぜ原発避難者が帰らないのかというときこうした時代の影響が大きい
何でもある便利な豊かな社会に生きていたときそれが突然ゴーストタウンになったとき
もう帰らないという選択をするのも当然だとなる
小高だったら隣の街に行けば前と変わりない便利な豊かな生活をしているからここに住んだ方がいいとなる,飢饉のとき越中からの移民がなぜ来たのか?
それはその時越中などの移民も苦しい生活をしていた,それで土地があるなら与えられるならと移住してきたのである。農業が主の時代だと土地が与えられるならそうなる
今は農業主体の生活ではない,みんな会社員なのである。

ただ故郷に老人だけが取り残される,老人ホームも立派な建物があっても小高では人手が集まらないので再開できないのである。
そのことはここだけではない,ここでは何でも極端なものとして起きている
第一老いた親を残して肝心の子供たちは去り他で別な生活を築くようになったから帰ってこないのである。
でも親を捨ててその親を今度は残った人達がめんどうみろというのも勝手に思う
親を引き取るならいいが残された人たちがめんどうみろというのも勝手だと思う
親は故郷に住み死にたいという気持ちはわかる
でも誰が最期に世話するのかとなると残った人達になるのか?
帰らない人達は親を捨て残った人達が世話するというのもまた勝手だとなる

結局街はどうなってゆくのか?ゴーストタウンとなり残された老人が幽霊のようにさまようとなるのか?
外から見ればそういう街は面白いとか興味本位の対象にされてしまう
そういうことで面白いかとか楽しいかとか小高の若い者は批判した
廃墟趣味のような人も来ている
実際にそれは個人的にも自分は経験している,介護から自分の病気になったとき人はよりつかなくなる,社交的だった女性が認知症になったとき誰も来なくなった
そうして苦難にある家には人が近づかない,近づいてくるのはカルト教団くらいである,それはなぜかとなるとへたに近づくと自分もその苦難を負わせられるしそうでなければ近づいてもかえって嫌がられる

お前はただ俺たちの苦しみを面白がり楽しんでいるだけだとなるからだ
実際はそういう人が多いのである。
そういう苦しんでいる人とかかわるとき自分もその苦しみを背負わされるという覚悟も必要になる,それができるかとなると簡単にできない,ボランティアでも一時的になるからだ。その苦難を共にする人はかかわってもいいとなる
それで関心したのは女川だったのかそこに住み着いた若者だった
それは一時的なボランティアではなかったのである。そこに住み復興を一緒にずっとするという仲間になったからである。そこまで覚悟するとなると簡単にはできない

それより誰が復興の主体であり復興しようとしているのか?
外からの支援ばかりを望みもう死ぬまで支援してくれ補償してくれとなる
そこに残り住んでいる人すら外部からの支援が頼りなのである。
外部から来た人がボランティアでもいくら復興の支援となっても肝心のそこに住んでいる人が復興する気がなかった復興できるのかとなる
肝心な人は故郷を捨てて出て行っているからである。
それなら外部の人が移り住んで復興の主体になればいいと思ってしまう
その方が復興しやすいともなる

戦後の焼け野原の時は苦しい場所でも開墾に入った,それはそう強いられていたのである他に生きる場所がないからそうなっていた,今ならどこでも生きられるとなるからそんな所に入って苦労はしないのである。
そんな貧乏の時,団塊の世代のように子だくさんになった
それは高度成長となり労働力として供給されたのである。

何かこうした時代の相違で復興できない,少子高齢化も影響している
ジジババに予算をつぎこんでも復興できない,無駄だと官僚が本音を言ったのもわかる
ただ復興した例としては新地町は津浪があってかえって前より良くなった
駅前は開発されて新しい街が作られる,相馬市にすらエレベーターがないのにあるのは贅沢だとなる
もともと駅前は何もない所だから開発しやすかったのである。

戦後の焼け野原になったときもかえってそれで新しい街作りとか国造りがしやすくなった戦前の既得権者もいないなくなり日本は新しい国造りに邁進したのである。
そういう場所には何か今までにない新しいものが生れるということもある
要するにその復興の主体になるものが誰なのか?。残された老人なのか?。
そこが戦後の焼け野原になって復興したとき根本的に違っているのである。
posted by 老鶯 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月21日

支援がすべていいように働かなかった (復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援がすべていいように働かなかった


(復興団地も住宅も一時的な住まいなのか?)


支援すると、意図的に弱い立場に固執する人が生まれてくる

この辺でも津浪の被害地域でもこのことは起きていた
そのことはずいぶん書いてきた
支援されるのはいいとしてそれが自立に向かわない,かえって一方的にいつまでも支援されるものとなり支援を延々と要求するだけになる
支援する人が悪いのではないが人間は楽な方に向かう
支援してくれる人がいれば楽だからいつまでも支援してくれとなり自立をしない

この辺ではそういうことが極端に起こった,原発避難者は常に支援されるものであり外からボランティアがいつも来ていた,そのボランティアが悪いというのではない
常に支援されるものであり自助努力を失っていった
現実は毎日パチンコでありギャンブルしていたのである。
だからボランティアの人達も矛盾を感じたというのはここで言っているのと同じだった
特に地元では支援する気持ちもなくなってしまった

だから例えばこの辺では小高の人達はみんなこんなに支援しているのに地元の人は支援しないのかと怒りにもなっていたのである。
補償金をもらえるのは当然でありそんなことで文句言うなとなって分断されてしまったのである。それをマスコミが後押ししたから余計にそうなった
だから地元の人はおおっぴらにはそのことは言わないのである。

原発避難者が大量に入ってくることは何であれ摩擦になった
それは移民でも大量に入ってくると摩擦になる
これはどこでも当然なのである。どこにもそれなりに共同体があってそこにそれだけ大量の人が割り込むと摩擦が生れる
ただ外から支援する人は歓迎された,でもここでは支援する人も必ずしも自立させるものではない,いつも支援されるとその支援が当たり前となり遂には要求するようになる
それが人間の性質である。楽をしたい,もっとくれとなる

そういうことはこの辺では放射能被害とかいろいろあり要求しやすかったのである。
それは当然の権利となったからである。その権利は認めるにしてもそこから自立するとなるとかえって自立をはばむものにもなった
だから人を援助するものもむずかしいものがある
一見いいようでもその援助に甘い常に援助されるものであり楽をしたいとなり自立はできなくなる,結果的にはそうなってしまったともなる

最近は復興住宅というのが福島県の各地に建てられた,原町の復興団地は五階建てであり数が多いのに驚く,一つの街ができた感じにもなる,他にも三階建ての団地があるから数が多い,ほとんど浪江の人達である
でも復興団地は復興するものとしたら浪江だったら浪江に建てられるべきものではないかそうしなければ復興はないからである。
放射能のためにやむをえないからそうなっているにしても何かこれも違和感を感じるのである。

復興団地に住んでいる人は将来は地元に移るものとして住んでいる?
そのための復興団地である。でもその復興団地はもう地元に帰らないでいつまでも住めるそうしたら移住することになるのか?
移住したとしたらいつまでも補償金に頼るわかけにいかないから就職して移住先にとけこむ必要が出てくる,そして移住先で仕事があれば地元には帰らないともなる
だから何か復興団地というのもあいまいな宙ぶらりんな感じにもなる

もしこれが地元に建って住むとなるとまさに復興団地になる,そこで生活しなければならないからである。地元で生活するから地元を復興させようと自ずからするからである。
しかし地元から離れて住んでいればそういう気持ちが薄れる
ただ近くなると土地を見に行ったりして行き来しているから徐々に地元に帰還するようになるのか?
ただますます帰らない人も増えているのが現実である。

ただ移住先でもこの先補償金がいつまでももらえるわけではないとなる移住先で仕事をするとなると厳しいものがあるかもしれない
何か大工のように技術をもっている人は他の人は簡単に職につけるのか?
そして老人が多いということは復興の最大の障害ともなっている
老人は苦労できない,楽をしたいとなるから支援してほしいとかしかなくなるからである

復興団地も住宅も支援なのである。その支援が有効に働くのか?
地元の復興に役たつのかとなるとまた疑問になる
老人だったら復興住宅でもいつまでも住んでいようとなってしまうかもしれない。
そのために補償金を要求するし支援を要求するだけだとなってしまう。
でもまたそういうことを移住先で許容するのかとなると全面的にはならない
小高の住民は南相馬市だからまだいいとして浪江とかなるといつまでも浪江町民になる
とすると税金を南相馬市に払わないとか他でも問題になった
いつまでも住むとしたら南相馬市民とか他でもその市民や町民になるがなかなかなれない補償金をもらうためになれないということがある。
これもだから宙ぶらりんになっている

不思議なのは仮設に住むというのでも仮りの住まいであり何か何でも仮りの状態になったそれは住宅でも借りている人は仮りの家に住んでいるという感覚になる
それか大規模に仮りの状態で住んでいるとなったのかもしれない
街自体が仮りの街にすらなっているという感じになる
漂流者のような感覚になってしまったかもしれない。
どこにいっても仮(か)りの住まいであり仮りにいるだけだとなる

そしてこの世は仮りの世だというように宗教的にもなる,すべてが仮の世界になってしまう。一時的にいるのでありいづれはいなくなる
ただ最近小高の人はほとんどいなくなったし浪江の人のこともわからない
だからもどった小高でどういう生活をして何を感じて暮らしているのかわからなくなったこれも問題である。だんだん内部でも外部でも関心が薄れ忘れられてゆく,いつまでも関心を外部の人でももていなからである。
するとそこにもどり残った人はそこでそさなりに自立して生活する他なくなる
不便でも不満でもその現実を受け入れざるをえなくなる,それが嫌な人は子供のいる移住した先に親も移るとなる
ただ今になるとみんなどうしようとしているのかわからなくなった
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2017年08月20日

鷺がもどり川に群れて眠る (生態系の回復が復興でもあった)


鷺がもどり川に群れて眠る


(生態系の回復が復興でもあった)

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白いのが鷺である。数えれば50羽以上いた



霧雨やあまた鷺もどり眠るかな


数えたら五〇羽以上いた,白い点が鷺である。前はこうして群れて巣を作っていた,鷺は夕方になると一カ所に集まり眠る,烏もそうである。
これを見てこの辺では生態系が回復したと見た
田んぼが増えた結果,そこに蛙なども増えて餌になるものが増えた結果である。
田んぼは水が流れるから生態系を形成するものだったからである。

復興というとき街の復興だと前のような街並みとか住宅地の復興となるのが田舎では生態系の回復が復興ともなる,田んぼは生態系の中にある,だから田んぼがなくなった原発避難区域では鷺はいないのである。
鷺でも蛙でもいないことは生態系が破壊されたからいないのである。

南相馬市は小高と山の方をのぞいて生態系が回復した
夕方に鷺が十羽くらい飛んだのを見たときはうれしかった
それは六年ぶりのことだったのである。

ともかく復興というとき田舎では自然の回復があって復興がある
放射能は目に見えないが森でも川でも汚染したのである。
その自然の復興は先が長いのである。
三〇年でセシウムが半減するとかその他放射性物質は消えない

飯館村辺りでは田んぼの土は削り取られている,それは無惨である。
だから鷺は田んぼが回復しないかぎり見ることはできない、
でももう飯館村では田んぼを作る人はどれだけいるのか?
あれだけ荒廃したらもうあきらめる人も増えているだろう。
そして鷺がもどらなければ生態系は回復していないのである。

蛙が夏の夜空に星々に向かって鳴いたとき復興を感じた
復興は人間のみにあるのではない,自然と共にある
それが都会などとの大きな相違なのである。
放射能汚染はその生態系を汚染したから罪深いのである。
蛙でも鷺でも住めないところはまた人間も住めないなのである。

この生態系を東京とか大都会になるともう無視されている
ビルと家の密集しかない都会では鷺や蛙を見ることができない
だからあたかも生態系などと無縁に暮らしているようになる
でも人間は生態系を離れてあり得ない
空気も生態系であり水もそうである。土もそうである。
そういうものが汚染されたら生きてゆくことができないのである。

都会にも放射性物質に汚染された水や食料しか提供できなくなるのである。
だから都会も生態系とは無縁でいられないのだけどまるで無縁のように生活しているのである
何かそのことが大災害が来て知らしめられるかもしれない,東京に住めなくなるかもしれないのだ。それは空想ではなく現実的問題となっているが危機感がないのである。

ともかくこの辺では当たり前にあったものが今になると貴重だったとなる
鷺もその一つである。鷺がもどって生態系が回復したことを示しているのである。
posted by 老鶯 at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年08月06日

津浪の原発事故の後の生態系の変化 (チョウトンボを見た)


津浪の原発事故の後の生態系の変化


(チョウトンボを見た)


チョウトンボは今まで見ていない,津浪が起きてまもなくチョウトンボを見た,それはどこから飛んで来たのか?
山元町の海岸地帯に湿地帯が残っていてそこに貴重なトンボが生息していた
その辺から飛んできたのか?この辺では今までみかけたことがない
一時異常に蝶が一面に津浪の跡の原っぱを埋めつくすように集まった
あの現象はなんであったのか?
塩分が多くなってあんなに集まったのだろうか?

今日チョウトンボをみかけたのは六号線から塩崎の方に行く道である。
一瞬見た,津浪が起こったときから見ていない,とするとこの辺に生息しているのか?
今年は長か少ない,キャベツ畑が減っているからだとも言う
アゲハチョウも少ない,ただ海老の所の湿地化したところで赤とんぼが一杯飛んでいた
赤とんぼが群生して飛んでいるのも最近みかけなかった
トンボは沼地があると繁殖しやすい
一時津浪の跡に沼地化して糸トンボなどが繁殖した
でも今は埋め立てられから沼地は消えてイトトンボもみかけない

何か魚釣りの餌をとるために網で堀りをすくっている人がいた
何にもいないと言っていたが堀といっても下も両側もコンクリート化していれば生物は棲めないだろう,みんなコンクリートの堀にしたからメダカもドジョウも生物が棲めないのである。

鷺はもどってきている,蛙も田んぼに盛んに鳴いた,その時復興を感じたのである。
田んぼは生態系としてありそこで生物が生きていて鷺などの鳴き餌にもなっていた
原野化したときはノスリが集まった,原野にカヤネズミなどが増えたのたろう。
しかし人間の肉眼では見えない,ノスリには見えるのだろう。

ともかく蝶はへった,前は小さい蝶でも揚羽類でももっといた。今はたまにしかみかけない,ただ森とか山の方にはまだみかける,放射能の影響などはわからない。

人間は今高度に文明化して生態系を意識しないで生活している
エネルギーが石油とか原子力になると今生活している生態系とは関係なくなる
石油をとりにゆくのは中東であり日本の地元とは関係ないのである。
そのために中東の紛争にもまきこまれる

江戸時代から戦後十年は自給自足の生活がつづいていたのである。
エネルギーは蒸気機関車だと石炭であってもそれは日本でとれたものだったからだ
あとは炭焼きとなれば地元の森林を使っていたのである。

それで入会権というのはもともと森を守るものとしてあった
それはその山で炭であれ山菜であれ山の幸を分け合うものとして山や森を守ってきたのである。
ところが明治維新で私的所有権が過度に認められたとき山は割り山になった
無数に分割されてしまったのである。
入会権として山を守ってきたのはそこで生活をしていたからである。
日本の森や山を利用しなくなったときかえって森も山も維持できなくなったのである。
間伐もしないのは木を利用しないからそうなる
そして利用しないからかえってそこを利用しようとするとき今ならソーラーパネルになるのである。
森でも山でも田畑でも利用しないと廃れてゆき荒廃してゆくのである。

自給自足の生活は自然の生態系で生きることだった,その生態系が原発事故の前から文明化によって破壊されていたのである。
だからこそ今や田舎でも生態系を意識して生活していないのである。
田畑があり森があり山があっても農民は一割にも満たないから生態系を意識して生活している人は田舎でも少数派なのである。
自給自足の生活なら別に意識しようとしなくても意識していたしそうでなければ生きていけなかった,今は田舎でも生態系を意識しなくても生きていけるのである。

むしろ石油や原子力の方を常に意識する,そこから電気が生れるから電気は欠かせないものとして意識する,電気があれば別に森や山などのことを考えないですむ
東京で一千万住んでいてもその人たちは生態系など意識しない
ただ水不足になったりするとき山から流れる水を意識するのである。
石油や原子力から水は作り出せないからである。

原発事故では何が起きたかというと生態系が破壊された
結果として空気も水も汚染された住めなくなったのである。
東電などで原子力発電にかかわった人は地元の生態系など関係ないのである。
ただ事故になった結果,地元の生態系を破壊したから東電の人も田舎が何で成り立っているのか生態系を意識したとなる
でも東電の人達はここに住まないし東京に住むから生態系とは関係しないのである。
だから今回の東電の原発事故は文明のありようまで問われたのである。

それは日本の大企業でも多国籍企業でもインドネシアのオラウータンの住んでいる森を破壊する,それは生態系を破壊するからオラウータンも住めなくなるのである。
それは人間も住めなくなるのである。
最低限生態系が維持できれば水でも飲めれば田畑でも維持できれば森林でも利用できれば生き残れる,でも生態系を破壊されたら住むことはできなくなるのである。

津波によっても生態系は破壊された,でもまた元に自然はもどる,自然には回復力がある
でも原発の放射線はプルトニウムなら二万年消えないとかなる
生態系にそういう毒が残り続けるのである。それが自然の災害と科学技術の災害との相違だったのである。
ナイル川の定期的な氾濫は土を肥えさせる泥を運んできた
だからそれは害あるものではなかったのである。それがエジプト文明を作ったともなっていたからである。
それは自然に従う文明であり現代文明は原子力発電とかなると自然に逆う文明だったのである。


17:51 アップ

チョウトンボはハグロトンボだったかもしれない,ちらっとみただけであり確かめなかったのが失敗だった,なぜならチョウトンボが一羽だけ生き残ることは考えられないからだ
まちがいなく震災直後に津浪の後に見たのはチョウトンボだった
追いかけてみたからである。今回はちらっと見ただけだからである

夕方に十数羽,鷺が飛んでゆくのを見た,五六羽は見たことがある。
こんなに多く見たことはない,前には鷺の巣があった
これだけ鷺ももどってきたということである。
それは田んぼが増えて生態系が回復してきたからである。
生態系が回復することが復興でもある


十数羽鷺の群れ飛ぶ夕暮れや久々に見て心地よしかな
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2017年07月24日

金と責任(カルマ)は一体だった (原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金と責任(カルマ)は一体だった

(原発事故でも金をもらった結果責任が課せられていた)


金をもらえば今はなんでもいいと思っている
ところが金には責任が課せられている
金は具体的に責任がわかりやすい、金を借りればカルマとなりきっちりその金を返すことをカルマが要求される、それも利子付きになっているのだ
じは自分が借りた金を他人に負わせることは自分のカルマを他人を負わせることになる
そういうことを経験した、借金した人は苦しくなりそれが動機で犯罪にもなるし
殺人までなっている、自分で背負ったカルマを他人に負わせることでさらなるカルマを積む

つくづく今になると実家はなくなって墓だけがあるが墓を守ってくれと頼まれた親戚がいた、3百万円で頼まれた、その金は灯をともすようにしてためた金だった
頼まれた人は何か遺産とか金が入る人だったからそんな金は必要でもなかった
でも墓を維持するために3百万円というのは実際は安い
墓は墓というものではなく死者がそこに何人も埋まっているからだ
ではめんどうだからと放棄もできなくなる
つまり供養し続けねばならないとなる
それはたいした手間ではないにしろそれなりの責任が課せられていた
自分も母の実家だからかかわっていたがその責任は課せられなかった
だから気楽だともなるが墓に埋まっている一人は関係しているから責任がある

金というのは原発事故では常に補償金でこの辺ではもめた
でもまたその金もカルマとなりすべて良いものとしては働かなかった
みんな金がもらえればいい、多くもらえればいいとしか思っていない
それは自分だったそうである。でもその金に責任が課せられていたのである
特に船主は原発事故前も多額の補償金をもらっていた
原発御殿が建つほどの金をもらっていた
事故後ももらっていち早く立派な家を建てた
それで回りからう批判されるようになった
みんなそんなに港でも金をもらっているわけではなかったからである。
そして漁業権をもち東電に売り渡したということでも批判がある
今ではいくら金をもらってもその金をもらったことで批判されるから苦しいとなる

誰でも金をもらえればいい、多くもらえればいと考える、自分もそうだった
でもこの辺ではその金で補償金でもめた
なぜ原発避難民だけがそんなに金がもらえるのか?
それは避難民となったから当然の権利だとはなっていた
でもそこにも責任が課せられることになる
お前たちは十分な補償金をもらった、だからその金でお前たちだけで復興しろとかなる
俺たち金はもらっていない、だから協力もしないとまでなる

実際に浪江の会社経営している人が仕事くれと原町なのか仲間に頼んだらあなたは億の金をもらったのだから仕事しなくてもいいと言われた
それはNHKの放送で本音がちょっともれたのでわかった
実はそこにこそ大きなこの辺の問題があったのである。
金をもらったものともらわない人がいてそこで分断された
そして金には責任が課せられていたのである。

逆に金をもらわないと責任も課せられないのである。そもそも原発でも地元では金をもらったし事故前も得をしているのだから恩恵があったのだから責任があるとされたのだ
それは金をもらっていたからである。その金の額も大きかったからである。
だから必ずしも今となると金をもらうことがいいことばかりに作用しなかった。
つまり金には責任が課せられていたのである。
お前たちは東電から金をもらった、だから責任がある、責任をもって原発に同意したとなる
もし金をもらわなかったらその責任もないしその責任を追及できるのである。
でも金をもらったということで厳しい責任は追及できなくなっていたのである。
事故後も多額の金をもらったからそれも責任であり厳しく東電か国家でも責任は追及できなくなる、国民でもそれだけの補償金をもらっているのだから責任を果たしたとみられくからだ。
もし補償金でもそんなにもらえなかったら国でも東電でも厳しく責任を追及できたともなる

金とは誰でももらいたい、多ければ多い方がいいと思う
でもそこには責任が課せられていることを自覚する必要がある
何の謂われもない金をもらったりすると責任が問われる
金が落ちていても拾ったりするいいと思うがそこで責任が課せられているから危険になる金は具体的でわかりやすいカルマであり責任となっている
その額も多ければ多いほど責任が課せられているのだ
だから金からみるとわかりやすいのである。

だから金をもらえばもらうだけいいとか簡単に考えたのは危険だった
金にはなんでも何かしら責任がつきまとっているのである。
原発避難民は多額の補償金をもらったからその責任が課せられたいた
お前たちは十分な金をもらったのだからそれで復興しろとなる
地元では分断されて協力しないとかなる
ただ公平に補償金でも払われていたらこうはならなかった

いづれにしろ何がなんでも金をもらえばいい、奪ってなんでも金を得ればいいことだとなっている、でもそこには必ず金には責任が課せられている
おそらく3億円盗んだとかでもそれが責任となっているからうまくいったとはならない
3億円分の責任が課せられた結果になったかもしれない
だから金と責任は一体だったのである。
責任をとりたくなかった金をもらわないことだったのである。
原発でもそうして地元で金をもらわなかったら責任もなかったが多額の金をもらっていたから責任が問われたのである。

仕事でもこれくらいの金だからこれくらやればいい、大工でもこんな金じゃまともにやっていられない、手抜きしてやろうとかなる
金で仕事でもどれだけやるか計られる、金が多ければそれだけの責任を感じているのである。だから金と責任は一体なのである。
危険な仕事だと金が高くなるのも当然だとなる
それが資本主義社会のルールなのである。
これがかみあわないことがあっても金と責任は一般的に一体である。
ただ官僚とか政治家が巨額の金が入るときそこにも責任が課せられている
何かあったら責任をらされる、だから東電の幹部は死刑に値するような責任がある
でも責任をまねがれいるから国民の批判が大きいのである。
ただ日本には住んでないらしいからそれが責任なのかともなる

現代は地位によってより金によって責任が課せられている
金を多くとるものはそれだけ責任が重いのである。
だから金が多くもらえればいいとなるがいちがいには言えない
それだけの責任をになえるのかということを考慮する必要がある
でも実際は金を多くもらえればいいとなっているのだ
それで後で後悔することになる
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2017年07月23日

蓮月が経験したことから歴史をふりかえる (津浪や原発事故の動乱ともにていた)


蓮月が経験したことから歴史をふりかえる

(津浪や原発事故の動乱ともにていた)


生後すぐ、京都知恩院の寺士、大田垣伴左衛門光古(みつひさ/てるひさ)の養女となる。。文化四年(1807)、十七歳の時、大田垣家の養子望古(もちひさ)と結婚。一男二女をもうけたが、いずれも夭折した。文政二年(1819)、二十九歳の時、大田垣家に入家した古肥(ひさとし)と再婚し、一女を得たが、四年後夫は病没。養父と共に知恩院で剃髪し、蓮月を称す。二年後、七歳の娘を失い、さらに天保三年(1832)、四十二歳の時、養父を亡くすその後は岡崎・粟田・大原・北白川などを転々とし、急須・茶碗などを焼いて生計を立てた。やがてその名は高まり、自作の和歌を書きつけた彼女の陶器は「蓮月焼」と呼ばれて人気を博するようになる。明治八年(1875)十二月十日、八十五歳で逝去した。


京都の経済が大きな痛手をこうむりました。これ以前から,京都の最先端技術が地方に伝えられ,その地で生産された品が全国に出まわり,京都の産業を圧迫していました。桐生(きりゅう,群馬県)の織物や銚子(ちょうし,千葉県)の醤油はその代表です

この寛政二年に四か所の遊所が公許になる二年前、京都では天明の大火があり、京都の市街の八割を焼き尽くしました。当然京都の財政は逼迫しており、


京都の歴史をふりかえれば戦乱がありこうした大火もあった、鴨長明も京都の大火があって『方丈記』生まれた。
その天明の大火もそうだが天明の飢饉もありその時相馬藩の三分の一人口が減った
その減った分を越中の移民などが来て補って復興した。
この時各地の大名が京都に来て復興のために尽力した、そうして外部から人が流入して花街が賑わい生まれたのが蓮月だったという。
そういう動乱の中に生まれたのである。
津浪や原発事故でもそうだった、外部の人が大量に入ってきたのである。
それで韓国系のバーができたとか水商売の風俗関係の女性も外部から入ってきた。

何か歴史では同じようなことが繰り返される、大火というのは日本では木材の家だからどこでも起きていた、その記録はどこにでもあるからだ、一旦火事になると延焼しやすいから街ごと燃え尽くすのである。京都とか江戸になると凄まじいものとなる
関東大震災でも火事の影響であれだけの被害になった
神戸の地震でも火事になって燃えた時は恐ろしかった、その時アナウンサーがこれは人間の骨ですよとかいって手にもっていて放送していたから異常だった

経済的にも京都で発明されたものが地方に普及してかえって京都が経済的に衰退したというのも興味深い、それはグローバル経済で日本でも起きている、日本の電化製品が売れていたが今はまねられて中国とか韓国の製品が売れて日本の経済が衰退したからである。
何か必ず歴史では同じことが繰り返されているのである。
日本では自然災害が多く繰り返されていることである。
国内でも戦乱がありグローバル化すると世界大戦になる、そして日本では300万人が戦死した。
京都の寺の柱に応仁の乱の刀傷がついているのが残っている
京都は政治の中心だからそうした騒乱にもまきこまれる

蓮月が経験したことはそういう自己自身でも苦難があり悲劇があった、子供が三人死んだとかもそうである。全員死んだとなる、でもその頃子供は死ぬ子供が多かったのである。それだけの手当てができなかったからである。
それで必ず墓を見ればわかる、生まれてすぐに死ぬ幼児が多かった、童子の名前が記されているのである。子供が死ぬ率が多いから子だくさんになっていたのである。
それは蓮月だけのことではなかったのである。

人間は戦後は平和だったというけど70年生きると必ず動乱が生まれる、それは自然災害だったり昔だったら大火だったりする、現代でも自然災害はこの辺の津浪のように起きてくる、この辺では原発事故になった、その動乱は今でもつづいている
自分も書いてきたように家での介護とか自分の病気とかで惨憺たるものになった
そして外部でも動乱になったのである。
そういうことは何か人生70年の間には必ず起きてくる、平穏に70年を過ごせることはありえないのである。それが人間の歴史だったのである。
だから平和な時は長くつづかないのである。
日本の歴史でも明治維新が大動乱であり70年すぎて太平洋戦争であり大動乱でありそして70年くらいすぎるとまた東日本で津浪や原発事故の大動乱が起きた。
まず70年間平和でありえることはないのが人間の歴史なのである。

蓮月個人のことになると蓮月焼とかはたいした芸術性はなかった、でも売れたのは歌などを茶碗に記したことなど女性が作ったことなど話題性があったからである。
美人だということも影響したという。今でも女性の芸能人は美人を売りにしている
それでマスコミでとりあげる、話題性があるととりあげる、蓮月は美人である故に苦しんでいたというのもある、男が尼になってもいいよる男がいたのでそうなった
だから蓮月の焼き物や短歌はそれほど評価されていない

そして京都というとき京都で有名になると全国的になる、蓮月焼はその品物がたいしたものでなくても売れた、それで地方でもお土産に買っていったのである。
京都ではやるものは地方にも普及する、逆に地方ではやってもそれほど普及しない、京都は日本の都だからなんでも影響力が大きくなる
例えは検索でも京都と入れる人が多い、地方は検索に入らないのである。
俳句とか短歌でも京都とか鎌倉と検索で調べる人が多いが他は少ないのである。
それは京都とか鎌倉は古都であり知られているからである。
この辺はただ津浪や原発事故で世界まで知られたのである。

蓮月は明治維新の動乱にもかかわっていた、それで西郷隆盛に歌を進呈したという

あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へば

このあだみかたというとき日本には敵味方塚とかあり敵味方も同じように葬っている
明治維新でも九州の藩の戦死者の墓が相馬藩でもあり東北にある
日本人にはそうした心情が昔からあった、これが大陸になると敵をそんなふうにはあつかわない、敵の墓を掘り起こしてまで侮辱を加えるのが中国だった
異民族との争いと徹底して過酷なものになる、人種差別などでもそういうことは引き継がれている。国内でも差別が厳しいのである。
逆に日本では異民族との徹底した戦いは太平洋戦争でしか経験していないのである。
世界の歴史では常時異民族との戦いが歴史だったからである。

これが江戸城無血開場に影響したという、そ真意は実際わからない、でも明治維新にもまだ生きていて歴史とかかわっていたのである。
ともかく一人の人間がこれだけの動乱の中に生きたのである
別に蓮月だけではない、大正生まれの人などもまだ90才以上で生きている
その人たちも動乱を生きたのである。戦争も経験しているからである。
何らか動乱を個人の人生でも歴史的なことでも経験しない人はいないのである。
人生の最後にきて自分も経験したしこの辺の人たちはそうである。

自分の母親も家が事業で破産して一家離散になったとか東京に女中にでて夫が事故で死んだ一人の子供交通事故で死んだとかそういうことは蓮月だけのことではない、そういう波乱を生きた女性も多いのである。だから蓮月だけが特別苦しい人生を生きたとはならないそういうことはみんな女性でも経験しているからである。
人間の一生をみれば聞けばそういうことは常にありめずらしいことではないのである。
一生平穏な人生などないのである。

いづれにしろ自分自身もここ十年は介護や病気で来た人が異常な人たちだった、苦しみに苦しみが加えられたのである。人格異常になった女性もいてそういう人が来ることの恐ろしさを味わった、家の中も認知症の人をかかえたら狂乱状態になった
そして外部では津浪や原発事故になったのである。
津浪では自分は被害はないから良かったが他の人は家族も死んでいるからまたこれも苦難だったとなる、この辺では家族が分離するとか地域が分断されるとか様々な混乱状態になったのである。一種の戦争状態にもなったのである。
それはまだ解決していない、混乱はつづいているのである。

そして今望むことは

静けさや窓にのぞきぬ夏の月事もなきしに夜もふけなむ

こんなふうになってしてまう。事もないことが幸福なことだった、30年間くらいは自分もそうだった、異常な家族でも自分にとってはそうだった
それが一転して事がありすぎて不幸になったのである。
それは自分だけではないこの辺ではみんなそうなってしまったのである。

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2017年07月22日

科学と政治の問題 (放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)


科学と政治の問題

(放射線量ですべては決まらない-汚染土の問題も)

再び温暖化問題(武田邦彦プログ)

武田邦彦氏の言い分だと科学はガリオレの例があるように科学の真理だけで決まるわけではない、それは今でもつづいているという、ガリレオが科学の真理を主張したのだがカトリック教会は当時の政治を支配していたから反対した
政治のために科学の真理がねじまげられた。

それは今でもあるというとき科学者を牛耳っているのは金をくれる国家だからという、科学には実験などで金がかかる、理系は文系の5倍とか金がかかる、文系は本さえ読んでいればいいくらいだが理系は実験をするから金がかかる
つまり金に支配される、政治でも官僚でも一番力があるのは財務省だというとき金をにぎるからである。家でも金をもつもの管理するものが一番力をもつ
なかなか金をもっているのもが次世代に譲らない、すると力をもたされないのだから何もできないのである。
遺産でも今や60代でようやくゆずりうける高齢化時代である。
それで実質的世代交代が成されないのである。

温暖化問題でも科学的には温暖化を主張する学者の割合は少数である。それが科学より政治化している、政治の判断で決められる、原発も政治がかかわっていた
科学的のものを判断の基準にはしていなかった。アメリカとかの核戦略もかかわり日本に古い型のマーク1が売りつけられた、それは商売であるから経済的な圧力で買わされたともなる、科学的に安全という前に政治や経済がかかわる

原発事故が経済的コストを優先したとき高く設置するはずだったがその高く作った土盛りしたのをわざわざ削って低くしたのである。それはコストからすると安くつくからである人間の成すこと科学がすべてに優先されることはない、佐藤栄佐久知事時代にプルサーマル問題が起きて指摘したがこれも拒否された、それで佐藤知事は政界から追いやられたとかされる、それも政治的圧力だから科学より政治化した問題になっていた

政治と科学の問題を考えるとき原爆を発明したのはアイシュタインもかかわっていた。
科学者としては核開発が危険なことを知っていた、それであとで反省した
それを使うべきではないとしても原爆として使われたのは政治の圧力だった
政治と科学の問題もあり政治と経済の問題もあり政治と宗教の問題もある
それは密接に相互作用している、それは歴史的にもそうである。

南相馬市の除染土のことでNHKで放送していた、公共事業に利用するという、高速道路の4車線化で道を広げるのでまずそこに利用するという、それに地元で賛成する人と反対する人がいる、科学的には害はないという、でも反対する人は結果的には地元で責任を負うことになるから反対だとなる
それが一方的に国でその事業を計画してはじめていた、それに自治体ではかかわることもできなかったのである。
それは原発と同じである。国家権力によって地方自治体は逆らうことができず相談も無く一方的におしつけられるのである。
そこに話し合いがあればと学者が言っていたがそれもないのである。
そして事故が起きたら地元が責任をとらされるのである。
それで不安だから子供たちは帰ってこないという、それは科学的には判断しにくい、でもあとの責任は地元がいやおうなくとらされる
この辺では水も土も森も空気まで汚染された、そしたら住めなくなるのである。

ここにも汚染土が大量であり早く仮置き場をなくしたいというのも地元でもそうである。これも景観を害しているからだ、経済的コストとしては高速や公共事業に使うのがいいとなる、でも何か何十年後かにあっても地元が責任をとらされる
だから国と地方自治体で地元で話し合いが必要だとなるが実際は国で一方的に決めて事業をはじめているのである。
それは原発でもそうして地元の人と自治体とも良く話し合わないで了解をとらないで作られていたのである。ただ地元では金になるからと許可したのである。
金になっても今回のように責任をとらされるのは地元なのである。
戦争でも戦争するということを国が国民に納得させてしたかとなると疑問である。
でも結局3百万人が死んだという重い責任をとらされたのである。
何か必ずこうして責任問題が人間の社会にはつきまとっているのである。

科学の真理があってもそれをすべてとして受け入れられない、社会的にも受け入れられない、医者にかかりたくても貧乏でかかれなくて死んだ人も現代社会にいる
それは経済的問題でそうなった、
武田邦彦氏が一ミリシーベルを一年の被爆量として提示してもそれも社会的には実行できない、それにみんな従うこともできない、みんな住めなくなるからである。
そしたらどこに住むのかとなる、それを用意してくれるのかとなる
だから老人ならもう先がないのだから故郷に住んで死にたいとなる
それでチェルノブエリで老人は細々として畑を作り遂に医者にもかかれずに死んでゆく
それでも故郷に帰り住んでいたいとなりそうなったのである。

だから科学によってすべてのことは決められない、三陸では明治にも大きな津浪の被害があったが海側に住んだのはそこが便利だからである。
そこが危険なことをわかっていてもそうしていたのである。、それは経済的コストもある原発にしても科学だけではない政治や経済や社会の問題がある
それを受け入れるとどうなるのか?生態的問題としてもあった
地方は生態的に自然の中で生活してきた歴史かある、そういう生態系とか歴史も関係していたのである。
国家とか科学の力が巨大化したときそうした地域は多国籍大企業によっても簡単に破壊される、東南アジアの森林が日本の企業でも破壊しているというときそうである。
オラウータンの住む場所がなくなるというのは生態系が破壊されたからである。
そのことはひいては人間が住めなくなるのである。

いづれにしろ老人の場合は山尾三省のようになる

  • びろう葉帽子の下で


びろう葉帽子の下で
山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰で汚染されているとしても
わたしはほかに還る所がないのだから
山に還る
びろう葉帽子の下で
死期を迎えた動物のように
山に還る

飯館村に住んでいた老人も山菜までとって今でも食べているという、もう死期がせまれば放射能など関係ない、山に還る、そこが死に場所だとなる
科学的にどうのこうのというのは関係ないのである。
だから科学だけがすべてではない、ターミナルケアでもそうである。
もう科学的に医療の問題ではなく精神的な問題になる、どうせ死ぬのだから最期にその人の望むようにさせる、癌でも登山した人もいる、それで満足して死ぬということになる




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2017年07月21日

人間は暇になると博打になる (原発事故の避難民も同じだった)


人間は暇になると博打になる

(原発事故の避難民も同じだった)

 「学校」を意味する英語「school」の原義は、ギリシア語の「余暇」を意味する「schore」に由来していると言われています。古代ギリシア・古代ローマの市民が、音楽、スポーツ、芝居、議論などを楽しむために過ごす、「暇つぶしのための時間や場所」を表す言葉でした

上州の農村では、生糸をつむぐ女性が、一家の稼ぎ頭でした。
そのため、亭主は金と暇を持て余したのです。その暇を潰し、
更に金をもっと大きな金に変えてイイところを見せようと思っ
て、多くの男性が当時思い浮かべたこと。それは、博打だった
のです。


上州というと今の群馬県とか栃木県になるのか?群馬県の方だろう。
人間の暇の問題は実際は大きい、暇をどう使うかで人生も決まることもある。
ギリシャに哲学が生まれたのも暇が生まれたからである。
それは奴隷がいて暇が生まれていた、スクールがもともと暇の意味だったからである。
暇があるからスクールが生まれ学ぶことになった
それはいい面として暇が作用したのである。

それが悪い面として作用すると博打になりギャンブルになり風俗とか遊びになる
人間は暇というのが意外と大きな問題としてある
つまり暇をどう有効にもちいるかどうかが大きな問題となるしそれが人生を左右する
一見裕福な家に生まれると恵まれたとなるが放蕩する息子も生まれてくる
それは金があり暇があるからである、それが悪い方向になると遊び人になってしまうのである。遊びに費やされてしまい何か実りとならない、社会に貢献もしないとなる

この辺で原発事故で起きたこともいろいろある、それは常に自分が言ってきたけど避難して仮設に住んだ人は何もすることなく暇になった、そしたら何をしたかというとパチンコとギャンブルになったのである。風俗も通いもあった。
それでイワキなどでは顰蹙をかって落書きされたことなどが問題になった
今まで手にできない補償金をもらったからそうなった
その金を何か復興に使うとういことはない、ギャンブルに費やしていたのである。

人間は暇を有効に過ごすことはむずかしい、そのためには訓練も必要である。
学問でも芸術でもそれは暇を有効に使うためのものとして発達した
なぜならスクールが暇を意味していたからである。
だから自分が大学に行って驚いたのは大学が遊び人養成の場なのかと思ったことである。ほとんど授業には出なくてもいいのである。私立文系の場合はそうである。
朝からマージャンしていいる人も普通にいる、講義に出るということを馬鹿にする人もいる、講義に出ないのが大学では恰好いいものとされていたのである。
真面目な奴は嫌われていたのである。

だから高校と大学ではあまりにも違っていたのである。
大学は高校とか毎日授業しているのとは全く違った世界である。
授業に出なくてもいいのである。そしたら遊びたい者は遊ぶとなる
その遊ぶにしても何か有効な遊びならいいが毎日マージャンしているとかありパチンコすらしていた
だからそもそも大学とは何なのだろうと疑問になるのも当然である。
それである人は全学連とか学生運動に生きがいを見いだすようになったり自分のようにカルト宗教団体で活動したりするものがでてくる
それは大学が勉強する場ではないとなっているのだからそうなった
今でも一流大学の医学部の学生が強姦したとかあるがそれも大学になると高校とは違って解放的になるから起きてくるのも当然だとなる
大学になると大人にされる、勉強することも先生から学ぶのではない自分で学びなさいとなっているからだ。文系の場合は遊びを覚える場が大学なのである。

それで不思議なのはなぜそんな遊び人養成のような大学から真面目な企業戦士と団塊の世代がなったことである。それはほぼ全員である。大学ではあれほど自由に遊びを覚えたのに真面目な会社に尽くす企業戦士となったのである。
普通はそんな遊びを覚えると真面目に会社で働けなくなる
自分などはそうなった、就職もせず底辺労働者となってさまよっていたりしていた。それも結局大学に行ったことが影響していたのである。

だからこの上州の人が女性が絹織物産業で稼ぎが良くて男はヒモになっていて働かない
それで博打打ちになったというのも理解できる。それは男が暇になると博打になるからだこの辺では飯館村などは素朴な人が住んでいるように見えたが実際は馬券売り場とかありギャンブルする人はどこでもいる
今でも鹿島区の競輪の券の売り場に通う人がいる
ただ仮設に住んだ人は何もすることがなく金があるからパチンコ通いでありギャンブラーになった、何百万円もうけたとかそんな博打打ちになったのである。
それも結局暇があってその暇を有効に使えなかったことにあったのである。

「小人閑居して不善をなす」というとき小人とはみんな小人なのである。
自分もだから会社員にもならないから働かないから不善を成したのである。
今のニートとか働かない者は必ず不善を成す、何か変な方向に舵をきる
やはり普通は社会で働いて訓練された方がいいのである。
自分の場合は暇を旅に費やしたともなる
だから大学とはいうのはそうして不善を成す場だというのも奇妙なのである。
自分で勉強しろといっても普通はできない、その課題を見つけることもむずかしいからである。
大学生になって文系の場合、人生が狂るわされたということもあるだろう。
高校生だとたいがい就職してそういう暇をもたされないからである。

人間は金があっても暇があってもそれで堕落する、ローマ帝国は贅沢で滅びた
ローマ帝国はもともと質実な農民の国だったのである。
それが富を集めて贅沢で滅びたのである。
この辺も復興など関係なく仮設に住んだ人は暇をもてあましギャンブルーになったのが多い、金をもらったからといってそれが有効には使われるとは限らないのである。
フィリンピンの女性を連れ込んだとかもある、それも金が余ってそうなったのである。
そうして5年6年も過ごしていたらどうなるのか?
もう真面目に働く気もなくなるのである。
また老人が多いことでも働く気がなくなったのである。

日本でも平安時代になると宮廷で貴族は暇だから源氏物語のようなものができた
短歌でも万葉集とは違う、貴族が暇であり恋愛などで遊戯人間のようなものに化していたからである女性と遊んでいたとなる、ただそれが遊びでもかなを作ったの女性だったとか文化に貢献したのである。暇を与えられたものは何か文化に貢献するものとなるとそれは無益なものとはならない、万葉集と古今集が全く違ったものとなっていたのはそうした時代背景かある。万葉集には働く農民の歌があるが古今集にはないからである。
平安時代は時代的には堕落した時代とされるのは贅沢にふけったローマとにているのである。

ただここは特殊な事情でそうなったけど現代は全人口の三分の一が働いていない、ニートや老人でも多いし働いていない
すると老人でもここが特別ではなくパチンコとかしている、パチンコしているのは老人が多いという、それは暇だからである。
暇を有効に使うことはそれだけむずかしいのである。
そして老後の問題は平均寿命でも長くなると暇をどう使うということが問題になる
趣味に費やすとしてもこれも老後にすぐに身につけることはできない、今までしていればできるがそうでないと簡単にできない、では何か生きがいをることをしたいとなりボランティアになる、そのボランティアでもなかなか簡単にはできないのである。
老後になって暇になりそれが大きな高齢化社会の問題にもなっている
ただそれは人類がはじまってから起きていた問題なのである。
古代の天皇がサイコロをしていて博打をはじめたということでもわかる

結局避難解除になっても何か復興の仕事をしている人は少ない、以前としてギャンブルしている人が多いだろう。でもだんだん補償金も使うとできなくなる
そうなるとお前らはそうして遊んでいたのだから援助はしないとなるかもしれない。
でも今度は生活保護を要求する、それも原発のためにそうなったのだからという理由で許可されやすいかもしれない、つまりそうして堕落してゆく人が多いかのがこの辺だったとなる

人間は何か仕事が必要なのである。それは退職してもそうである。
何か仕事をしていないと怖いのは認知症になることである。
自分の家族の一人は公務員を退職してから全くなにもしない、家事もしない、趣味をしていてもそれはあっていないただのつきあいだった
家事は結構頭を使うから家事を94歳頃までしていた人は95ではぼけたとしてもそれまでぼけなかったのである。
高齢化社会というのは退職後でも長いから暇の問題があり生きがいをどうするかというのが大きな問題としてクローズアップされているのである。

暇を有効に使うことはやはり何か訓練が必要なのである。
そもそも暇からスクールが生まれたのだからそれは暇が文明を作ったともなるのである。
これからはAI化に機械化で人間の余暇は増大する、それは人類的課題にもなる
現実に家事は機械化して昔のように女中を中産階級で二人も雇うようなことは必要ない
そしたらどうなるのか?女性の仕事はなにになるのか?
家事も必要ないとしたら何になるのか?そうなると女性でも余暇を有効に過ごすことが課題になる
習い事とか何か余暇を有効に過ごすことが課題になる、平安時代の宮廷の女性のようになるのである。
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2017年07月15日

原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩 (わたしは故郷で待っている)



原発事故で離ればなれになり故郷に帰る人を待つ詩


(わたしは故郷で待っている)

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わたしは待っている
あなたの帰るのを待っている
木の根のように
わたしはその土地に根付き
あなたを辛抱強く待っている
帰って来いよ
あなたのふるさとに
あなたを待つ人がいる
死者もあなたを待っている
ふるさとは荒れ果てていいの
あなたのふるさとはどこなの
わたしはふるさとに根付いて
一本の樹のように
あなたを待っている
帰ってこいよ
あなたはここに育った
あなたはここにはぐくまれた
愛する人がここにいた
深い愛がここにはあった
わたしはここに根付いている一本の樹
その根元に藪甘草が五六輪咲く
わたしはここに待っている
あなたが帰ってくる日を
辛抱強く待っている
わたしはここの土地を離れない
わたしはここでこの土地に朽ちてゆく
それでもわたしはあなたを待っている
辛抱強く待っている
わたしはここに生きてきた
ここを離れてわたしの生きる場はない
人はある場所に深く根付く
そこを終の住処と根付く
人も石や樹と同じだから
そこに人は安心立命する
あなたの思い出はここにあり
ここにまた生は受け継がれ
また新たに織りなされてゆく
わたしは待っているいつまでも・・・

なぜこの詩ができたのか?それは結局自分は常に故郷が嫌なことがあり出て旅していた
それも待つ人がいた家族がいたからできたことを知った
なぜなら家族はみんな死んで誰もいない、今になると旅に出ても待つ人がいないのであるそのことは本当に悲しいことだった
旅に出ても故郷に帰ってきても待つ人がいないのである。
そうなると故郷すらないのかもしれない、故郷は基本的に家族がいて家族の愛のある場としてあった、子供のときから家族の愛に育まれてあった
ただそうして家族に恵まれない人もいた、すべての人が家族に恵まれてはいない
自分は恵まれていた、だからその家族を失ったとき本当に悲しい
待つ人がいない、毎日それで駅にゆく
すると娘を待つ母親とか妻を待つ夫とか待つ人がいる
するとうらやましいとなる、自分は誰を待っているのか?
来ない人を死んだ人を待っているともなる

この待つというのは女性的である。女性は常に待っている存在だった、息子でも娘でも外に出しても故郷で待っている存在だった、愛をもって迎えるのが家族である。
それがこの辺では原発避難区域では家族はばらばらになってしまった
それは悲劇だった、なぜそうなったのか?
それはすべて原発事故だけのせいではないことも自分は考察して書いてきた
原発事故だけでそんなに簡単に家族とか故郷とか捨てられるものなのか疑問だからであるもちろん放射能が怖いとかなれば理由になる、でもそれだけでこんなに家族がばらばらになり故郷も簡単に捨てられるものなのか?それが疑問なのである。
故郷がすべていいとかではない、でも故郷自体が捨てられるものなのかという疑問である故郷とは何かとなればこれもわからない、ただ家族の愛あるホームがあった場所である。そういうものが簡単に捨てられるのか?それが疑問なのである。

この詩は女性の心情にも通じている、これは簡単な歌にもソングにもできるかもしれない自分は一本の樹でもみると石でもそうだがそれが人間化したものとして書いてきた
それは単なる樹ではない、人間化した樹であり石なのである。
だから人の住まない原発事故の避難区域の樹を見たときなんとも不思議であり
その樹がいかにも淋しく人が帰ってくるの待っているように見えたのである。
森の中の樹々にはそういうことは感じない、いつも人が通る田舎の道端の古い樹とか一本の樹とかにそういうことを感じる、それが人間に見えるからだ
それは自然の森の中の樹とは違う、庭の樹とか石になっていたのだ
長い歴史のある村だとそういうふうに人間化したものとして自然もなっている
だから石とかにも名前がついているし伝説も残っている

故郷というときそこが生まれた場所でもない、長く住んでいるそこは故郷になる
それは人間も生物だから樹や石のようになってゆくからである。
そこに根付くものが生まれる、そしてそこが終の住処になりその土地に果ててゆく
その土地の土になるという感覚になる、それは人間も生物の一種だからそういう感覚は自然なことなのである。

ともかく小高でも帰ったの二三〇〇人いる、結構多いとなるのか?
でもその半分は六五歳以上でありさらに六〇以上となるさらに多くなる
そういう人口構成で町が成り立つのかとという疑問がある。
でもどうしても老人は故郷に帰りたいというのが心情なのである。
そして故郷で死にたいとなる、土に還る、山に還る、森に還るとなるのが生物の本能であり自然なのことなのである。
ただそのためには若い人も帰ってこないとだめなのである。

この詩は別に原発避難民というのではなく自分がそういう立場になったから書いた
でもその心情は原発避難民と共通していることに気づいたのである。
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2017年07月13日

事業の経営の成功と失敗 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


 事業の経営の成功と失敗


 (戦争や原発も国家事業としての経営に失敗した)


何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

なぜなの人はそんな事業を起こしたのか?それもよくわからない、ただ技術者であり資格をもっていて自分はできるという自信をもっていた
だから独立してもやれると思っていた。
しかし会社で技術者として働くのと自ら会社を経営する事業を起すとなると全然違った世界になる、ただその人は頭がいいとされ頭が良かったから成功すると思ったのである。

事業というとき経営というときマネジメントというときそれは国家レベルでもそうだし技術を究めるのとはかなり違う世界である。
国家とか今なら企業でもグローバルに展開するから世界的に影響するものとなる
だから事業理念とかミッションとかが問題になる
その事業はもう国家を越えてさえ影響するものとなるからだ

それが戦争とか原発経営でも起きていたのである。
事業理念とかミッションとかが原発にもあった、それは電気を供給することそれは現代の社会に不可欠だからである。これに反対するものはいないのである。
ではなぜ戦争でも原発でも失敗して多大な犠牲を産む結果となったのか?

戦争とか国民が3百万人も死ぬとかになると一番大事なのは事業理念であり、ミッションになる、死ぬための動機が最大の眼目になる、企業だと利益優先だけどでも死ぬとなると動機がそれ以上に大事になる、だから戦争になると必ず神頼みとか宗教がかかわってくる国家が一つの神聖なものとなるとき国家のために死ぬことは英霊となり国の守り神とされる、そして天皇が国の神となり天皇のために死ぬことは英霊とされるとなり納得する
死んだら靖国で会おうというときそういう動機づけがあって死ぬことができた
ただ企業なら利益を上げればいいというだけでは死ぬまでの動機をもつことができない

そういうことはカルト宗教団体でも起きている、それもすでに会社を運営すると同じである。ただ違うのは宗教を利用するとき日本の戦争と同じく選挙でも信心のための戦いになり一票をとることは成仏することだとまでなる
それは間違っていても動機づけになっているのがカルト宗教団体である。
選挙で票を得る方にすると好都合だとなる
でもそんなことで戦争でも英霊になるとか成仏するとかを保証はできないものである。
それでもイスラム国などでもカルトととなりアラーのために自爆してそれで天国に行けると信じる、それがカルト宗教でもある
そんなこと誰も保証できない、神すら保証しなくてもそう信じる者があれば動機になる

原発はやはり国家的経営の一環として事業が起されていたのである。
原発は核武装に備えるために国家防衛の見地からも必要として作られた
またアメリカの戦略としても押しつけられたという面があった
アメリカとは同盟国だから当然だとなる、もう一つはアメリカが古い型のマーク1を売って利益をあげるということもあった
武器でも明治維新のときでも古い型のものが売られるのである。
ロシア製のものなどが出回るのもそのためである。
原発はとても一企業ではいかに大きくても運営できない代物だったのである。

そして原発が戦争のときのように神がかりにまでなっていた
「安全神話」が国家と東電とか官僚とかマスコミと一体となり作られたからである。
戦争のときも天皇は神であり日本は神国であり負けないというときやはり神話が作られて300百万人が犠牲になった
神話とか宗教は利益を越えたものとして人間の動機を作る、日本は神国だから負けない、原発なら事故も起きないとなる
創価なら選挙で常勝する、それは仏を信じる宗教だからそうなる
それは政教一致としてそうなっているのである。
他でも宗教がかかわればそうしたカルトとなり動機づけとなり国民がその犠牲になる

結局日本は戦争に負けて天皇は人間宣言した、そして政教分離になったのである。
でも現実は政教分離にならない、宗教が背後で票を操作して権力を動かしているのである自民党の阿部政権の背後には統一教会がいるとかなんとか常にある
つまり権力+宗教となるとき危険な状態になる
原発でも権力によって国家権力によって安全神話が作られていたのである。
国家権力というときそもそも国家自体が危険なものとしてある
国家は権力をもっているから国家でありえる、国家で軍隊をもたないものはない、軍隊は最大の権力であり警察機構もそうである。検察でも国家権力である。
それらを支配することによって国家は運営されている

法律は個々のものとしては公正を追及しているか国家レベルのことになると通用しない
時の国家権力に従うのである。自民党ならその政治体制に従う、そして東電の幹部の責任は検察でも問わないことになる
そもそも国家の犯罪は誰が裁くのかとなったら実際は誰もできないのである。
それは神しかありえない、アメリカだって犯罪国家だからである。ロシアでも中国でもそうである。アメリカが裁けないのは巨大な権力をもっているからである
国家自体が犯罪を犯したとしても裁きようがないからだ

シオンは公平をもってあがなわれ、そのうちの悔い改める者は、正義をもってあがなわれる-イザヤ

つまり国家レベルになると神しか公平に裁けない のである。

いづれにしろ事業を起す、経営することは国家運営とも通じている、それは一個人の問題でなくなる、なぜなら失敗したら親戚とか回りにを巻き添えにするからだ
戦争でも3百万人が死に原発でも一人も死んでいないとか言うが故郷に住めなくなるというのは最大の被害だったのである。水も飲めないとかもう最悪は空気すら吸いなくなったからである。土も汚染されて食料さええられなくなる、さらには遺伝子がやられて子孫すら残せなくなる、ということはこの地域では人は住めなくなるということである。
それだげの甚大な被害が原発ではあった
だから戦争並の被害がある、失敗したらそうなったのである

何のために新規事業へ取り組むのか。それによって社会がどう良くなるのか。といった事業理念・ミッションをメンバーへ繰り返し語りかける

だから事業はこのことが大事になる、動機づけである。原発などは失敗したことのことを考えたら簡単にできないものだった、戦争も同じである。
それは国を滅ぼすものにもなる、つまり戦争でも原発でもやるのはいい
でも国民がその事業理念とかミッションに納得すればである。
一私益として事業をするのではない、国民の納得の元にする
それは何でもそうである。政党でもそうである。
俺は政治家になるのは金になるからだ、地位が得られるからだとが動機になる
そういうミッションがないものが政治家になり権力を得るとどうなるのか?
ただ自分の利益のために国家権力を利用し私腹をこやすだけになってしまうのである。

原発だったら電気がたりない、電気がなくなれば文明は維持できないということが動機になる、また核武装の備えとして国家防衛として必要である。
ではそれで国民を納得させられるのか?こんな甚大な被害にあっても納得させられるのかとなる、そうした納得の作業が民主主義なのだろう。

でも結局権力によって一方的に押しつけられる、それが歴史でもある
原発の問題は一企業の問題ではない国家権力がかかわっていた
だからこそ戦争のときのように「安全神話」は作られたのである
いくら大企業ではそういうことはできないだろう。
戦争のときのように国家権力がかかわったからできたことなのである。
国家権力がかかわっているらか誰も罰することもできない
国家の犯罪は誰も罰することができないのである。





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2017年07月11日

震災原発事故の反省 (外部との絆は生まれ内部では断絶した)


震災原発事故の反省

(外部との絆は生まれ内部では断絶した)


津浪原発事故では外部からの力が大きかった、そこに絆が生まれた、原発でも避難した人たちは新潟などでは特に親切にされたとかある、ボランティアも来たり外部の人との接触があり日本という国を意識した
日本はつくづく災害列島であり天皇の役目がこうした災害を鎮める被災者を慰める役目としてあった。その災害を通じて日本人としての絆や連帯感が生まれた
ただ江戸時代辺りだと交通が発達していないのだから藩が違えば協力しえようがない
相馬藩では飯館村が飢饉になったとき藩全体で援助している
そういう歴史があり藩内だと助け合うということはあった
藩が違うと敵対関係にもなるから助け合わないのである。

交通が発達したとき関所がなくなったとき自由に日本を行き来できるようになってもそれで日本人という意識が生まれたのかとなると疑問である。
日本人として意識するようになったのは明治維新のとき西南戦争で政府軍が武士と戦ったとき国民軍となり国民意識を庶民がもつようになったという。
平民が戦って旧来の支配層の武士に勝ったからである。
その時日本国民としての軍隊が生まれたのである。それまで藩の軍であったからだ

つまり日本でもただそこに住んでいても必ずしも連帯が生まれる訳ではない
戦争は否定されるが戦争によって日本人としての意識が生まれた
それは古代では朝鮮半島をめぐっての争いがありその時日本人としての意識が生まれる
何かそうした絆とか連帯が生まれるのは戦争であれ災害であれ一致協力するときである。家族でも夫婦でも困難を共にするとき連帯が生まれる、家族でもそういう経過を経て本当の家族となる、いくら血縁でも夫婦でも親子でも家族とはなるとは限らないのである。

村でも何か連帯する、村として成立するには共同の歴史があり村が成り立つ
浪江の津島辺りは街から遠く離れているけど共同で戦後入植して切り開いたから連帯感が強いというときそうである、それは苦難をともにして連帯が生まれたのである。
連帯とか絆はそうして苦労を共にしたとかなるとき生まれる
戦国時代とかなると生きるか死ぬかの戦いでありそうなる臣従関係が強いものとなる
会社でもそうした利益だけを得るというとき強い連帯が生まれない
連帯は何かあってその過程で作られるものである。
それが歴史であり日本人としての連帯が生まれてくる

この辺の問題は外部との連帯は絆は生まれた、でも内部では絆とか連帯が生まれなかったむしろ原発事故では補償金などでもめてかえって分断されたのである。
そして内部のものはパチンコとかギャンブルで遊び外部の人が働いて復興していったのである。実際に建築土木関係は外部の力でできた、もちろんもう内部だげでは復興はできなかった。でもその時地元で復興して協力して連帯することはなかった
ただ補償金でもめて分断したのである。
苦しいときだったが協力するということもなく連帯もつちかわれなかった
ただ避難民は仮設などでそれなりに連帯感をもったことは確かである。
でもその回りのものとは連帯感をもつことはなかった

自分の一身上でも自分の病気や介護で苦しんでいたとき何の助けもなかった。だから一身上でも連帯は生まれなかった、これは自業自得だといえばそうである。
ただこの時助けられていたらやはり一身上でも連帯が生まれた
仮設の人たちには外部から常に来て援助があったがその回りには無関心だった
そしてギャンブルに興じているだけであり腹正しかった
内部の連帯というとき避難民化した人たちの内部でも補償金でもめたり故郷に残る人と残らない人の分断が生まれた
そこでは困難に一致協力するという絆や連帯がそこなわれていたのである。
その内部でも連帯は生まれなかったともなる

ただ小高の人でも外部からの人が来てその人たちは話するのが面白いというとき外部とはうまくいっていたのである。そうした矛盾は今も継続しているのである。
ともかく南相馬市として合併したがそこで津浪原発事故が起きてもしその困難に一致協力するなら市民としての連帯とか絆が生まれた、それがないから南相馬市の歴史は築かれなかったとなる、負の歴史として記されたともなる
南相馬市とか市町村の連帯でもそれは歴史的に作られるものだった
何もなくて市民としての連帯は生まれないのである。
それは家族でも困難なときに協力しなければ家族でないと同じなのである。
プラス面とマイナス面はあるゆることに生じる、マイナスと思えることもやりようによってプラスになる、困難でも一致協力して乗り越えれば強い絆が連帯感が生まれる
それはプラスとして作用する、それが内部でなかったことが反省されるのである。

内部の分断は実際は相当深刻である、順序としては内部で協力して連帯して外部の援助を受ける、そうでなければ外部の援助も有効にならないだろう。
内部で分断すれば敵にだって勝てない、だから内部の分断は戦略的に最大の効果を発する右寄りの人がしきりに左は中国韓国のスバイであり分断工作をしている
マスコミがその最大の日本分断の手先だというのもそうである。
マスコミには在日や中国のスパイが入り日本の分断工作をしている
確かにマスコミは一方的に報道が多いのである。
そして日本が分断されるとき危険なのは内戦状態になり国が滅びかねないということである。
いづれにしろこの辺でもそうした分断されてしこりが残った
それが南相馬市全体に波及する、するといくら外部からの援助があっても内部で協力関係が築かれなければ復興はできない、そもそもそこに住んでいる人が争っているのでは内部の援助には限界があるからそうなる

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2017年07月07日

北海道化した原発事故周辺 (その対処方法にも共通点が・・・)


北海道化した原発事故周辺

(その対処方法にも共通点が・・・)

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1月1日時点の北海道の人口(日本人)は前年比3万3593人減の534万2618人と、減少数が全国最大となった。 
高齢化による自然減や道外流出によって減少ペースが加速した。10年前と比べた減少数は約26万人に上り、道内で3番目に人口の多い函館市の人口規模が消失した計算だ。 



廃墟と更地だらけ、これからも変わらない 
老人がドンドン消えていく、若者などいない


いっそ道東あたりをベーシックインカムの実験地にしてみたらどうだろう 
最低限やるから1から街作ってみろやみたいな

韓国より少し狭いけど北海道は面積が韓国に近いくらいあっても 
韓国は人口が6000万人だっけ?いるよね?北海道は530万人てほんと少ない

廃村に熊が住み着いて自炊を始めるのですね

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

生活保護なら北海道の太平洋側は間違いなく魅力のある土地だよ。 
釧路の生活保護率が全国一なのも生活保護世帯が釧路を離れたがらないから。 
函館はもっとそうで本州のホームレスが函館に定着して生活保護を受給したりする。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

無理に過疎の自治体を維持するよりも重要でない自治体は移転して重要な地域へと統合した方がいい

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います。 
財政が破綻するだけだから、無理して大きな規模を維持しても仕方がない。


最初にこの辺で驚いたことは津浪で北海道のようになったと報告した、それに原発事故が加わって田畑が放射能で汚染されて放置され原野化した、津浪と原発事故の二重の影響で原野化した
海岸地帯は一時釧路湿原のような湿地帯にもなり縄文時代にもどった
その光景は驚くべきものだった、今でも海岸地帯は一部田んぼになったが草原化したままである。
そこに雲雀がないているとき雲雀は田んぼより草原にふさわしいものだったことを知ったまず自然までがこれほど変化するのに驚嘆したのである。

北海道というとき自分は十回くらい行っているからしほとんど回っている、最初は電車でまわり次に自転車で回った、確かに5月から6月はじめで根室の方はストーブをしていた。稚内は6月になっても桜が咲いていた、それだけ寒い地域だった
ただ今は気候的は温暖化しているからどうなっているのか?やはり根室辺りは寒いだろう。

そして北海道のようになったというときこの辺も以前として北海道とにた状況がある
北海道は札幌に200万住んであとは350万ほどが他に住んでいる
札幌に極端に人口が集中している、札幌はそれだけ住み安いのである。
でも函館から札幌までは電車でも遠いなと感じていた、普通電車で行ったからそう思ったのか遠い、それだけ広いということである。
なにか途中に黒松内という駅があり黒松内というペットボトルの水を飲んでいる
その土地をイメージして飲んでいるのも不思議である。
自分は全国隈なく旅しているからその土地のことがイメージできるのである。

時々2chでも面白い深い議論がある、表面的なものが多く深い議論はない、でも今回の議論は面白かった、なぜ函館と釧路に生活保護が多いのかということが気になっていた
釧路では生活保護の収入が市を運営する財源となっている、国から支給されることもあり財源となる、太平洋側は魅力ある土地だというのはその理由なのかとなる

ともかく北海道の現状はこの辺とダブってみえる、津浪と原発事故で人が住まなくなり原野化したのはまさに北海道のようになった、そこの住人はイノシシやサルにもなった
北海道になると熊になってしまう。熊のために高速道路作るのかと揶揄されたのも北海道である。

ただ北海道の状況は全国でも少子高齢化で起きている現象である。限界集落が各地に増えて維持できなくなり廃村にもなって廃墟になってゆく、その全国的日本の現状が北海道に顕著になり津浪原発被害地では極端化したのである。
小高でも帰って住んでいるのは老人がほとんどであり浪江ではまだ人がほとんど住んでいない、一体そこをどうするんだというとき北海道の現状とにているのである。
それはここだけではない、もともと農業が衰退してそうなったのである。

農業なんて低賃金、勤務地田舎、勤務時間勤務日不定期、力仕事、汚い・・・ 
自分でやるならまだしも、雇われてやりたいと思う要素がないもんね

農業は極端にしても跡を継ぐなと子供が殴られたとか聞いた、それだけ割りにあわない
例えばベーシックインカムでも畑をやってくれと言ってもやりたくないだろう。
金を払うからやってくれといっても毎日草取りであり天候に左右されて虫に食われる鳥に食われる、この前は虫に食われたから薬が必要になりまた金がかかる
結局いろいろあって土地にあわなかったとかネギもみんなだめなになったとか収穫がない金だけかかる、その金を自分が払う、それはまさにベーシックインカムで農業をさせているのである。
でも実際はそうしてまでも農業はしたくないとなる、その女性はもともと農家の出で農業が好きだからしているのである。
ではそんなことをして無駄かとなるとそうでもない、回りは荒地が多いのだから荒地にしているとまずいのである。土地を有効に利用する必要があるからだ。

一次産業を大事にすりゃ良かったのに乱獲でそれも殺した 
北海道で食える美味い海産物なんてほとんどロシア産だよ

これだってこの辺と事情は違うがにている、漁業では生活できないと東電に漁業権を売り渡して船主などは原発御殿を建てて成り金になっていたのである。
事故後も手厚い補償金があり船主は真っ先に高級住宅地に家を建ててすんだ、明らかに船主関係の家が立派なことは確かである。
ともかく補償金の額は違うし継続して補償金が出るから生活に困らないのである。
北海道だってどうすればいいんだとなり原発でも建てれば裕福になるとなっていたかもしれない、現実に泊原発などはそうである。そこの周辺は豊かになっているからだ。
双葉大熊とかこの辺でも過疎地域だったというとき原発で町作りしたからである。
それは一時的には成功したが悲惨な結果になった、いくら船主か補償金をもらっても今では回りの目があるかから苦しい、住みずらいとなる

ただこの辺と北海道の相違は新し家が次々に建ったということである。新しい街がいくつかできた感覚になる、だから南相馬市でも鹿島区などはかえって発展したのかとさえ思うのである。それは人口が原発避難区域から流出してきたからである。
その人たちは補償金で金があり家を建てたりアパートに住んだりする工事関係者が住んだりする特殊事情のためにそうなったのである。
ただそれで思ったのは

石破 私が地方創生担当大臣の時には、「コンパクトシティ」と「小さな拠点」(コンパクトビレッジ)を

一つの拠点化して期せずして「コンパクトシティ」が生まれたのである。現実問題として小高でも浪江でも避難区域になったところはそういう街を構想している
そうならざるをえない、中心部にコンパクシティ化して浪江だと廃炉の作業員のため宿泊所の街を作るとかである。
小高でも農業するにしても会社運営にしたように街に住んで郊外の田畑は会社が管理するようになる、そもそも人がいないのだからそうならざるをえない
そして人がばらばらに住むとコストがインフラでも水道でも何でもかかりすぎる
福祉にしても田舎だと一軒一軒回るのが手間なのである。まとまっていれば車がなくても回れる範囲にあり効率的になるのである、看護でも楽になる
それよりもう小高でも浪江でもあれだけ人口が減り若い世代が帰らないとしたらもうそこに人が住むというより原町とかに統合して住むという選択もありなのかとも思う、現実に復興住宅に住んで今はそうなっているからだ
それは北海道の現状とにている、とてもインフラでも維持するだけで容易でくなる、現実に水道は金を払う人がいないなくなり維持できないともなっているからだ。

ニーズの乏しい住宅地は、いっそのこと「山林原野に戻す」という選択もあると思います

そういうこともこの辺では現実としてそうなった、飯館村などはもう元の森にかえるほかない、蕨平とかでも40軒あっても一軒しか帰らないとなればそうである。
元の森に還ってゆくく他ないのである。
自分の住んでいるすぐ近くでも海側は草原化したままである。
ただメガソーラ場になっているのは北海道とは違っている、北海道に向いているのはメガソーラ場なのかもしれない、ただ観光面からすると景観を破壊するからいいとはならないというのは北海道は外国人の観光地として人気がありリゾート化しているからだ
観光の面では北海道はもともとそうだったけど外国人がかかわりさらに有望になっているからだ

いづれにしろ少子高齢化の問題はさらに深刻化する、近くの中学校で野球の練習をしている生徒を見ていた、そこは小高の生徒も入っている仮設のプレバブがとりさられて広くなった、でも生徒数がへればスボーツでもチームでやるのは人が集まらなくなる、もちろん人が少なくなれば優秀な人もへる、すると強いチームが作れないのである。
隣ではサッカーをしているがこれも人数が必要でありそもそもそれだけの人数を集めるのが苦しくなる、つまり人数の多いチーム編成のスボーツはしにくくなるのである。
だから小高の生徒と一緒の方がスボーツでは良かったともなる
少子高齢化は教育にも影響してくる、それは様々な分野に影響してくる


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2017年06月27日

復興住宅に移り住んだ浪江の人 (真野川の橋の上で話す)


復興住宅に移り住んだ浪江の人

(真野川の橋の上で話す)


復興住宅に住んだ人は日立木に行ったことがなっかのか?日立木という地名がわからなかったのである。日立木に行ったのだがその地名がでてこないのである。
近くの鹿島の地名などは出にくいと思っていた
地名は意外と原町でも相馬市でも狭い地域になるとなじみがないのである。
自分にしても浪江などわかりにくいのである、室原の場所が山の方だと錯覚していたのもそのためである。小高も浪江も実際はわかりにくいのである。

その人は請戸の出身だというとき請戸は港だけではない、広い土地がある。だから南相馬市立病院で同室だった人は10町の畑で野菜を作り昔の平に売っていて財を築いた、表彰されるような優秀な人だったので習いに来ていた人たちがいた
その人は農家の人で大工をしていたという、何か話がちんぷんかんぷんな所があった
大工とか肉体系の仕事の人にはそういうことがある。
小高の一人親方は話がうまいし庭作りもできたし何でもできた、商売さえできる
そのなんでもできることで仕事を広げすぎたということはある

その人はこの辺の事情を知るために車で回っている、人間は浪江となるとまた近くてもわからないことがある。
何か川が木で覆われているので気にして市役所に連絡して木を切ってくれと頼んだ
川が狭いし土手のすぐ近くだから氾濫することを恐れたのかもしれない
でも真野川はもう氾濫しない、洪水にはならない、河川改修したからである。
それまで二回水害にあったから危険な川だったのである。
ここで問題になるのが浪江の人は南相馬市の市民ではないことである。
税金も払っていない、するとそういう要求が市にできるのかとなる
これは避難民が他の市町村に住んだとき起きたことである。
二本松市に浪江の人たちが住む一画を作る町を作るというときもそうである
やはり税金の問題が生じる、税金を納めないとしたら権利もないとなるからだ
そういうふうに今回はいろいろな問題がこの辺では生じた
実際に近くに浪江の人が家建てたり住んでる、でもおそらく南相馬市民になっているのかどうかはわからない、浪江町民になっていて補償金がもらえているからである。

その人は農家であり大工していたという、それで近くに立派な入母屋作りの家のことを言っていたのはそのためだった、その家は大きくて目立つ古風な作りの家だからである。
それは一目見ただけで相当に金がかかっていることがわかる、建売住宅がほとんどなのにこれは違っている、その家は建築関係の仕事しているから金持ちだったのである。
ということは特別注文できる家だったとなる

その人が言うには土地が誰の土地でもなくなってが利用できないようなことを言っていた土地の持ち主が死んだので利用できない、死んだ時点で利用できないと言っていた
でもその土地を受け継ぐ人がいないということはそれは市町村のものになるのである。
身寄りのない人などの財産は遺産は市町村のものになるのである。
なぜその土地のことを言ったのかというとそういう土地が避難区域では増えているということである。誰の土地なのかわからない、権利を消失したような土地が増えている
死んだ人もいて誰の土地かわからなくなっているのである。

空家が増えたのもそうだが土地でも誰の土地かもわからないものが増えたためだろう。
今日のテレビでそうして所有者がわからない土地が九州くらいあるというから驚きであるこの辺では特に増えた、その理由はやはり少子高齢化とか土地が安いとか土地を維持する利益がなくなっている、それで土地を受け継ぐ意志がない人が増えたためだという。
避難区域になったところはまず土地の価値はほとんどなくなっている
ただそこが放射性物質の処理場になるとき価値が生まれる
定期的に収入が入るからである。だからそうした所有者のわからない土地はやがては市町村のものになり国のものなり放射性物質とか廃棄場にされる可能性が高いしまたソーラーパネル場にされやすいのである。または中国人にいつのまにか買われていたとかも起きている、それは北海道で顕著なのである。

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土地に手をつけられないというとき土地所有者がわからなくなっているからだ
勝手に開発したりすると後でもめたりするからだ

そして明治以降土地の私的所有が認められて無数に細かく土地が分割されたのも問題だったのである。
それで開発するにしてもめんどうでできないという状態になったのである。

(所有権の取得時効)
第 162 条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その
占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得す
る。

誰の所有かわからないで放っておくとそれは誰かが利用しているとその人のものになる
何かそういうことがこの辺では空家や空地だらけになっているのだからそういう問題が起きる、市町村とか国で利用しても文句言う人もいなくなる
そこで勝手に放射性廃棄場にされたりするのである。


それから浪江の町長は本宮に新しい家を建てたとか言っていた、浪江に住まないでそんな所に新しい家を建てるのはおかしいとか言っていた、飯館村の村長でも福島市にマンションを買ったとか言われ批判されたこともあった
ただこの前のNHKのテレビではそうではなく狭い借りた家に住んでいるとか写していた
しかしNHKでもそういうことは装うからわからない、実際は違っていてもそうなる場合があるからだ。確かに本宮に新しい家を建てて浪江の復興をするというのも変である。
そもそも浪江の復興は人が住まないとはじまらないからである。
イノシシが街の中を歩いているとかなっているからだ
ともかく小高でもそうだが人が住まないと荒れるだけなのである
だから帰るのは老人だけにしろ住むことから復興がはじまる、だからこれはおかしいというのもわかる、とにかく復興を考えると人が住まないとだめだと思う
老人でも人が住んでいる町と住まない町には相当に差がある
浪江は街中が人がほとんど住んでいないからだ

何か市長村長でもいろいろ言われるのはやむをえないだろう。それだけこれも責任が重くなっているからである
なんとか復興しようとするときその指導するものが別な地域に家を買って住んでいるのかとなると指導される方もやる気がなくなるだろう。
浪江の人はすぐ近くに家を建てたりして住んでいる
空家に住んだ人もいた、浪江の人は今は目立つようになった
ただ浪江は本当に街中に人が住んでいない、小高はまだ住んでいる人がいるからましだとなる、浪江の復興ははじまったばかりである、でもやはりこの復興は長期戦になる
だから確かに近くになれば浪江まで見に行けるから二本松とかとは違う状態になる
身近に感じるからである。
ボーリングして井戸を掘っているのは水が使えないためである。
この辺でも水は飲んでいる人は少ないだろう、自分も飲み水はペットボトルである。
洗濯するにしても水が使えないとなると苦しい、浪江だと山の方が高濃度に汚染されているからだ、だから住むような環境にまだなっていないのである。
そもそも少子高齢化で水道のインフラ維持に金がかかりすぎてもう維持できない自治体が増える
だから浪江とかになるともう水道のインフラを維持できない、他でも人口が極端に減少すると維持できなくなる
そしたら井戸を掘って自家用でまかなうという昔にもどるともなる
原発避難区域ではこうして少子高齢化とかの日本の未来の極端なものとしてあらゆるものが現れているのである。


いづれにしろこういう思わぬ状態になったとき上に立つ人の苦労も大変だと思う
今までは公務員は楽で収入がいいとか地方では言われねたまれたけどここではそういうことはない、それで公務員をやめたいという人がいるのもわかる
様々な問題があり事務処理でも増えるし過酷だとなってしまったからである。
何か外から援助に来た公務員が自殺したなどがあったからだ
それほど追い込まれたということでもあった。
要するに放射能でもなかなか消えないのだから復興は長期戦になる
でも長期戦になるなかで離脱してゆく人も多いし現実若い人は帰らないのである
時間がたつにつれて復興するより復興から遠のいて忘れられてゆくということもある
ただまだ浪江から近くに移り住んだ人は浪江が近くなのだから身近になり復興を考えるということはある、そういう点では近くに移り住む効果はあるとなる

災害のときの公務の業務量は3倍から5倍になります。震災の前から、公務員を削り続けて、普段でも業務を回すのはギリギリの状態でした

クレーム処理のために公務員が存在するような状況になって、どんどん、どんどん、メンタル不全など体調不良が多くなって仕事ができなくなってしまう公務員が増えてしまう

公務員は恵まれていると言われてきたけどこの辺では違う、やめたいとなるのもわかる
特に避難区域になった所はそうである。
クレームが多いということは震災地域では不満が多くなるしその不満の捌け口が公務員になっているからだ。
でも公務員とは気軽な仕事ではなくもともとそういう責任があった仕事だったのかもしれない、市町村民を守る仕事で責任が重いから優遇されていたとなる

つまりこれも今になるとその責任の重さを自覚されたのである。
公務員が倒産することはない、でも市町村自体が倒産の危機になる、そうなるとその責任も重くなってくるのである。その責任を引き受けるからこそ優遇されていたともなる
だから公務員は楽だからとして入って今になって苦しいから嫌だというのは勝手だという意見もあるだろう。
ともかくこの辺では様々な責任が問われたのである。
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2017年06月26日

AI化と原発事故 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AI化と原発事故

 (人間の判断も必ず誤るそして責任を問われる)


 AIの判断でも人間の判断でも必ず誤る、でもAIの判断は機会の判断はミスは責任が問われない、間違いましたとかで終わりである。人が死んでもそうである。
人が何万人とか死んでもAIの判断が間違っていても責任はとらない
責任をとるのはAIを作り操作する人間なのである。

医療関係では病院では医療ミスがさけられない、だからそのミスに備えている
人が医療ミスで死んでも責任が問われないようにしている
医者の責任はそれだけ重いから責任逃れをする体制を整えている
だから医療ミスがあってもたいがい病院が権力があるので逃れられるようになっている
医療ミスで死んでも裁判で勝ち目ないとなっている
それだけ医療ミスを恐れているからそういう体制をとっている

これを原発事故で考えると一旦事故が起きたらこれだけの重大な被害があり責任が問われる、でも原発事故では病院のように医療ミスが起こることを想定していない
「安全神話」が作られて事故は起きないとなっていたから病院のようにそうしたミスが起きたらどうするのかということは念頭になかったのである。

でもAIでも人間の判断は必ず誤る、ミスは起きる、これはどんな世界でも確実なのである確率的にも医療ミスでも交通事故でも飛行機でも工場でもなにかしらミスがあり事故が起きる、それはもうさけられないのである。
原発だけが事故が起きないなどありえないことだったのである。
でも事故が起きたらどうするのか?そういう対策は全くしていなかったのである。
なぜなら事故は起きない「安全神話」を作っていたからそれに備える必要がないからだ

これだけの被害にあったときその責任が70兆円も廃炉にかかるとかもう日本が傾くくらいの責任があった、となると原発を作るとき簡単にはできない
医者は医療ミスが起きても問われないようにしているから手術もできる
それだけ命にかかわるからそうしているのである。

ともかくAIが判断するにしても人間が判断するにしても必ず誤りがありミスがある
するとそのミスに備えることが不可欠なのである。
そのために保険をかけることもある。
でもなぜか原発はそういうことをしなかった、備えなかった
それは「安全神話」を作ったためにそうなったのである。
安全神話となればそれは宗教ともなる、信じるか信じないかになる
要するに事故のために備える必要をなくさせたのが安全神話だったのである。
それは政治とかマスコミとか科学者が一体となり作ったものだったのである。

そもそも原発は一旦事故が起きたらもう国が滅びるほどのものだからそれに備えることもできない、だからこそ安全神話が作られて行われた
それは戦争でも神国だから勝つというのではじめられた
負けることは想定しない、でも負けることもありうる、でもそれを想定しない
なぜなら神国だから勝つとなるからだ
だから負けたらどうなるのか戦争したらどうなるのか、その犠牲は甚大になるものを想定しないのである。
そういうことを想定したら戦争も原発もできないからである。

どんなことしたってAIであれ人間であれ判断は誤る、ミスはある

これこそ確実であるからこそもし戦争に負けたらどうするのか、その責任はどうするのかを考えねばならなくなる、現実に3百万人の死者の霊をどうするのか未だに議論されるのもそうである。その責任をどう果たすのかということが問われる
どこの墓でも戦死した墓があり階級が記されている、それは日本のために戦い死んだという誇りがあって当時は墓に記したのである。でも今それが誇りになっているかというとなっていないのである。

要するに何をしてもいい、でもその責任の重さを自覚してやるならいい、一旦事故が起きてもその責任とれるならいい、でもその責任がとれない、保証しないとなるとどうなるのか?AIだったら責任は問われない、人間は問われるのである。
戦争でなくても原発事故でなくてもAIが判断しても人間が決めるのだから人間は責任から逃れることができないのである。

だから人間の判断は誤る、ミスが起きる→それに備える

このことが必要であり保険が生まれる、もしそうしたことが備えもできないとしたら責任を負えないとしたらやるべきではないとなる
病院で死ぬのは社会的にその家族とか怒りになるだけかもしれない
でも戦争とか原発事故になると被害がその国土にも及び原発事故だと水も飲めない、土は汚染されて食料もその土地から得られなくなる、木材も使えないとか生活の基本になるのものが汚染されるから住めなくなるのである。
人は死んでいないと言っても人は住めなくなるのだからその被害は甚大なのである。
その責任をとれるのかと今になると問われる
もはや実際にその責任はとれないのである。元にもどるには何十年かかるとかそれよりプルトニウムの毒が放射線が消えるには二万年かかるとかなると住めなくなるほどの被害だったのである。

これからも日本で原発をつづけるというときこれだけの責任が負う覚悟でするのかと問われる、科学者は実際に原発にたずさわった学者は武田邦彦氏は今度は住民も原発を作らせるときその覚悟が必要だと言っている
この辺のようにもう故郷に住めなくなる覚悟で作らせて事故が起きたら今度は今回のような手厚い保証ないという覚悟でするべきだと言っている科学者がこういうのも無責任だが住民にもそういう覚悟で責任をとってもらうということなのである。
でもその責任の範囲は広範囲になるしさらなるもっと大きな被害になったら日本の国土が汚染されて住めなくなるのである。

つまり戦争の時のように日本国民がその責任を負わせられるのである。
その覚悟が国民にあって原発を継続するのかともなる
結局責任は戦争の時と同じように指導者は戦争をすると判断したものはとらない
国民がとらされるのである。3百万人の死がその責任だったのである。
国民自体がそういう重い責任があり覚悟しているのかとなる
責任が希薄だから戦争でも原発でもはじめる、でもその後に戦争に負ける、事故があり
その責任が国民にも回ってくるのである。

責任が比例して地位があり給料が高いのも仕方がない、それは責任ともなっているからである。政治家でも科学者でも官僚でも東電の幹部でもなんでも責任が重いから給料が高いのである。それは責任をとるということでそうしている
掃除している人とかいろいろな仕事があってもたいして責任がないものもある
銀行とか会社でも大金が横領すれることがしばしばある、でも責任はそれほどとらない
一方で百円盗んでも刑務所に入れられたりもする、江戸時代は五両盗んだら首が飛んだ
金の額でそうなっていたのである。
だから金をもっているだけでまた責任が問われる、遺産でもなんであいつはあんな金を親からもらえるのだとなり責任が問われる
実際に仕事でも10万で仕事させるのと20万で仕事をさせるとき20万の方が責任が重くなるもし五万で引き受けたとしたら何か手抜きとかまずいことがあっても5万なんだからしかたがないとなるのである。金の多寡によって資本主義社会では責任が問われているのである。

それで江戸時代の侍には庶民はなりたくなかった、侍は切腹して責任をとらされるからである。それを見ているから気楽な庶民の方がいいとなっていたのである。
いくら地位があっても嫌だとなるのが普通なのである。
現代ではそうした責任感覚が希薄になったがやはり以前として責任は必ず生じる
AIは責任をもたないが人間は責任をとらされるのである。
そこがAIと人間の根本的な相違だったともなる。

いづれにしろ人間には責任がつきまとっている、犬猫を飼うにも捨てないでちゃっと飼いとか言われるから簡単に飼いないともなる、発言するにもインターネットなどは責任がないとういけど何か読まれる数が増えると責任が出てくるとなる
それでマスコミでは大勢の人が見るから影響力が大きいからマスコミ自体が批判されるようになったのである。
報道するとか出版するとか何かを公にするとき責任が生まれる
ただ普通はそういうことはできないから発言もできないから発言できない人は責任もないとなっていたのである。

今になるとマスコミが批判されるのはそれだけ大勢の人に発言する権利をもっていたからである。マスコミはただの媒介するメデアではない、マスコミ自体が大衆を操作する洗脳するメデアだったのである。だからこそその責任が問われる
発言できないものは責任はないからである。
批判は自由である、でもまたそこに責任がともなってくるのである。
インターネットは責任がないという時代もあったがやはり責任を課せられるようになっている、発言する権利を得ればそれとともに責任も生じてくるのである。



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2017年06月24日

南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ! (供給過剰な住宅?)


南相馬市鹿島区建売住宅500万値下げ!

(供給過剰な住宅?)
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また新しい住宅地がすぐ近くに作られている



とにかくこの辺を見ていると家が次々と建てられつづけたし今も建てられている
津浪とか原発事故で家を建てる人が多いことはわかる
外からも家を建てる人が多い、最近は畑に小高の人が家を建てるとかある
大東建託は今も建てているし15棟くらい建っている
なんか多すぎる感じがする、そんなに入る人がいるのかとなる

今日見たらフォレストホームの建売住宅が1900万になっていた
前は2400万とか2500万だった、同じような住宅である。
500万も下がったということはやはり供給過剰になって売れないのか?
こんなに値下げするのはなぜだろうとなる

日本は全国的に空家も膨大であり近くでも四軒くらい空家があるが入っていない
それももったいないと思う。
実際マンションでもアパートでも建て売りでも供給過剰になっていないか?
税金対策で無理やり大東建託などがアパート経営しても部屋が埋まらないで借金をかかえたとかある、近くでも大東建託のアパートを建てた人は一億円かかるという
それを15年でかえす計画だというが本当に成り立つのだろうか?
この辺で家が建つのは特殊な事情であるからだと思っていた
でもここももう家が建ちすぎるのではないか?

だから500万も値下げして売り出している、入る人がいないから安くして売り出す
500万となると大きい、2400万だと高いな見ていた
でも1900万となると安いと今では見る、建物は同じだからである。
これなら買うという人が出てくるようにも思える

何か今は家でもなんでも供給過剰の時代になっている
高度成長の耳朶はマイホーム時代であり売れたが今は少子高齢化になれば家もあまってくる、現実に空家が膨大にあまっているからだ

自分はビルとか土地関係の投資信託を銀行に頼んでいるがなかなか経済とか株でも理解できない、ただここは具体的にわかりやすいからピンときた
500万も下げるとということは土地の価値とか家の価値が下がっていることである。
この辺は一時土地の値段が三倍にもなったとか言われた
それだけ家を建てる人が増えたからである。今になるとそれも一段落して値下げになった土地の値段も下がったのかとなる

前は西町の区画された土地は70坪で700万円だった、でもいつまでたっても売れなかったのある。それをいつも見ていたからわかる、今やそこは新住宅街になっている
鹿島では高級住宅地がありこうした安い建売住宅地ができた
安い住宅地はやはり庭がとれない、窮屈なのである。
高級住宅地は庭が広いし家も大きいのである。値段的には三倍はしている感じになる
それだけの金持ちが建てている、船主が多いとか言われるが誰が住んでいるかわからないここには子供に聞いたら烏の人なのか住んでいる
津浪の被害にあった人も住んでいる、外部から来る人も住むのでその辺はわかりにくい。
部屋を見ると狭いようで広いとも思った。居間が15畳もあるし6畳の部屋が三つに八畳の部屋もある。だから狭いようで広いのである。子供をもっていても住める広さなのである市営住宅でも狭いように見えても中が意外と広いのである
だから家は外から見てはわかりにくいのである。

場所的には小学校は近いし駅も近いとあるが駅は歩いて10分くらはかかるだろう。
でも遠いとも言えない距離である。そういう点では便利である。
でも2400万とかで買った人は今は損したと思っているかもしれない
値段は時価だからこんなに変化するのも驚きである。
株だってこうして急に値下がりするから怖いのである。
これは身近だから具体的にわかりやすかったのである
なにしろ自分は毎日街を巡り歩いてるので気にかかるのである。



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なぜ復興がむずかしいのか? (Designの意味)


なぜ復興がむずかしいのか?

(Designの意味)


de-signでsignがドイツ語で存在するという意味でdeは否定する接頭語になるという解釈だ興味深い

この辺でなぜ復興がむずかしいのか?それはデザインすることの意味に通じている
今まで存在していたものがsignしていたものが消失した
避難解除されても街自体が空家だらけである。
つまりザイン(存在)していたものがなくなったからである。
ではその後どうするのかとなると街をどうデザインするのかとなるとお手上げだとなる
存在したものザインしたものがなくなった後にどうするのか?
それがDesign(デザイン)の意味だったのである。

浪江町とかでは廃炉作業員のための宿泊所のコンパクトシティにするとかある。
それは今まであったものがなくなる、ではどういう街をデザインするのかとなると
そうなったのである。
それは津浪の被害地でもそうである。
街が消失してその後にどんな街を作るのかとなるとき今までの発想では作れなくなったのである。デザインするとは今まであったものがなくなりその後にデザインすることであるだから復旧と復興は違う、復旧なら今まであったものと同じものを作ればいいとなる
でも復興となると新たに興す作業が必要になる、デザインすることが必要になる
だから復興がどこでもむずかしいのである。

つまり何もなくなった、この跡をどう活かすのかとなると今まであったものを復旧するのとは違うからとまどうのである。
人間の発想は今まであったものを基にして考える、それも必要だが歴史的継続としての復興もある、でもまたなんなにもなくなったときそこにデザインすることも必要になる
そもそもこのDesignという言語自体不思議である。
デザインとは今まであったものsign(存在)を否定することがデザインになっているからだ
ただ津浪であれ原発事故の被害地であれ現実にそういうことが起きているのだ。
今まであったものが存在したものザインしたものがなくなっているからだ。
そこに新たな街をデザインすることが要求されているからだ。

浪江町の駅前が壊されているというときそこに新たなものデザインする、それはどういうものになるのか?
復興とは前より良くなってみんな帰りたい住みたい街になることだというとき新地駅前は開発されてそうなった、人口も減少していないのである。
駅と駅前は新たにデザインされて復興したとなる

別に鹿島などは前より良くなっている、スーパーが一つ増えて古いスーパーも新しくなったとかツルハドラッグが二つできたとか最近新しいラーメン屋ができたとか
コモドインホテルができてランチが食べられるとか老人の施設ができたとか街には次々に新しい家が建ったとかある。
ただ津浪の被害地とか原発事故の避難区域になったところは今まであったものがなくなったからそこに新たな街を村をデザインすることが要求されているのである。


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2017年06月21日

原発事故で問われた自覚された重い責任 (しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故で問われた自覚された重い責任

(しかし誰も責任をとっていない、でも地元では責任を負わされた)


原発事故ほど責任が問われたことはない、責任の重大さを問われたことはない、それはあまりにも被害が大きかったからである。
戦争でもそうである。三百万人死んだのだから一体その責任は誰にあるのか未だに問われている

東電は原発をしたくなかったのである。でも国で責任をもつということで請け負ったのである。東電は原発は危険なことを知っていた、だから東電だけではしたくなかった
国で責任をもってくれるということで原発事業をはじめた
そして東京に作らずに福島に作ったのは危険だからそうしたのである

株式会社の責任というとき株主も責任がある、ただ株に投資した分だけの責任である。
会社が倒産すれば株はゼロになる、でも会社は借金するとその分の責任がまだある
中小企業では社長がその責任を負い家族までまきぞいになり悲惨な結果となる
事業して失敗した人など無数にいる、自分の身近にもそういう人がいて自分が苦しんできたことや事業で失敗して除染の仕事に流れてきた人もいる
中小企業だと家族までまきぞいになり家族も崩壊することが普通にある

何でも責任がつきまとってる、それで法律で契約するとき会社でも個人でも私たちは責任をもちませんということを明示しているのである。
あとで責任を追及されるからである。ただ被害を受けた人はその契約のことをあまり見ていない、そして会社でもその責任はとらないと条文に書いてあることを知るのである。

事業で成功する人がほんのわずかなとき二十人に一人とかなると本当は誰も責任とるとなると簡単にはできないはずである。その責任があまりに重いからである。
回りのものにも失敗したら迷惑をかけるし家族も塗炭の苦しみを味わうからである。
でも意外と安易な気持ちで事業をはじめる人が多いのである。
戦争でも三百万人も死んだというのは戦争の結果であり責任になった
その後始末をどうするのかと七十年たっても解決しないのである。
国で英霊として祀りその霊をなぐさめるとなっているがそれで死んだ人が報われるのかともなる、天皇も責任を問われたから天皇という立場、空恐ろしい責任を負わされていたのである。そしたら天皇になどなりたくないとなる

責任というとき一代で終わらない、戦争責任を中国や韓国で追求されるのもそのためである。個人的にも親の責任を子供がとらされる、自分にしても親がいていい長くいい思いしてきたが介護とかなり今度はいろいろ親が残したものの責任をとらされたのである。
親の代の責任が子供に課せられるのである。もともと原発だって誘致したのは親の代の人だったからである。でもその責任は確実に子にその責任が引き継がれるのである。
そして子や孫に恨まれることにもなるのである。
親の因果が子に報いになるのである。

責任の重い仕事は立場の人は責任の重さをしりその責任を回避しようとする
病院は医者は責任が重いから医療ミスも多いから組織ぐるみで医療ミスを隠蔽できるようにしている、そうしないととても医療ができないからそうなっている
医療ミスは実際は膨大にあり裁判にもならないのが多いのである。
実際に手術してガーゼが体に残っていて一年後にとりだしたとかした人を知っている
でもなんら病院から謝罪すらなかったのである。
そういうことは病院や医療関係では普通のなのである。それだけ医療ミスが多いから責任をとらない体制ができているのである。

医療関係では常に日々そうした医療ミスが起きているからその責任を回避するためにそうしていた。ところが原発ではそういう重大な責任があるとしても危険がわかっていても対策をしなかった、安全神話を作り必死になり隠蔽しようとしていたのである。
それは地元でもその責任を自覚しないことがあった
漁業権者は海を東電に売り渡したというときそうである。漁業権は北朝鮮では魚をとる船がないということで漁業権を日本など外国に売り渡して年に七十億とかの収入を得ている漁業権は大きな権利なのである。
だからこの辺では漁業権をもっている船主などは事故前も事故後手厚い補償金をもらっていたのである。それが今回りのものから反発される
なぜ漁業権など東電に売って補償金をもらっていたのだとなる
つまり責任が今になって問われたのである。

つくづくだから今になると責任は分担するのが一番いいとなる、漁業組合だけで漁業権をもっているからそれで利益を得るより市町村単位で漁業権をもっていればそうはならないみんなの責任だとなるからだ、ただその時は補償金はかなり少なくなるからそうしなかったのである。
ただ事故前に漁業権を東電に売り渡したことが責任を問われたのであり事故があったら補償を要求するのは当然である。その前から手厚い補償金をもらっていたことが問題だった権利を主張するのはいい、でもそこに責任もともなっていたのである。

ともかく責任というとき分担するのがいい、大企業になると大きいからもう簡単につぶすことができない、それで国が援助したりする、その影響が大きくなるからだ。
戦争は結局は国民の責任だとなり三百万人が死んでも国民の責任だとなれば誰も責任を負う必要もないとなる
原発でも国の責任だということは国民の責任でありその賠償金は国民の税金で払われることになる、本当は政治家や官僚や東電の責任が大きいにしても問われないのである。
学者や科学者や技術者の責任もあったが問われない
武田邦彦氏が一ミリシーベルトを守れというときそれが原発事故の前にそれだけ危険なものだと警告していればいいが今になってそんな厳しいこと言われてもできない
みんな住めなくなるからだ。それは科学的根拠があってもできないのである。
だからそんな厳しいことを言うならその前に原発の危険性を言うべきだったが言っていないのである。

責任というときどうしても上に立つ指導者が一番責任が問われる、それで侍はその責任を自覚していたから切腹した、切腹を覚悟して事にあたっていたとなる
そういう立場を自覚していたとなる、でも現代ではそういう自覚がない、上に立ちいい思いをして利益を得る、でも責任はもたない、現実に東電の幹部は何の責任もとっていないからである。裁判にすらならない、結果的に誰も責任をとらないのである。
責任をとらされたのは地元の人たちだったとなる
ただその責任として補償金を与えるだけだとなる、それも国の税金であり東電が全部ではないのである。

すると国民ではなんであんなに補償金を払うのかと不満になり原発避難者のいじめとかなる、お前たち事故前もいい思いした、金をもらっていたではないかとなり批判する
つまり地元の人たちへの責任論である。それがわかりやすいのは漁業権者への手厚い補償がわかりやすい。結局原発を作った方が勝ち組なんだよとかなる
何かこうして責任問題になると責任の転化になる、誰も責任を負いたくないからである。そして戦争のように誰も責任をとらない、国民が悪かったのだとなればみんな悪いのだから責任をとらないのである。赤信号みんなでわたれば怖くないとなる

それは集団組織が大きくなればなるほどそうなる、だれも大企業であれ巨大化したものは責任をとらない、カルト宗教団体でもあれだけ巨大化すれば責任は全員にあるから問われない、巨大な権力集団になったとき責任は問われないのである。
それが誤っていてもそうである。それがナチスのようになって国民にもその責任が及んでもその巨大な権力集団の前には何もできないとなる

原発事故はその被害が甚大でありその責任も無限大にもなってしまうものだった
なぜならプルトニウムが二万年消えないとかなる空恐ろしいものだったからである。
その責任を誰がとるのか?結局地元の人が一番とらされているのである
そういう重い責任となると人類的なものになる

 その地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
 さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました。しかししばらくして開放されたようです

このような過酷な刑罰が課せられていた、核を開発した原爆を作った人類にもその罰が課せられたともなる、三万年で解放されたというとき二万年プルトニウムの毒が消えないのとにているからだ。、放射線が遺伝子に影響すればその土地では生きていけない、子孫も絶えるとなるからだ。
アダムの原罪もありエデンの園から追放されたのもにている
それは人類的カルマだったのである。人間は個人的にも集団的にもカルマから逃れられないのである。集団に属していてもそれでカルマから逃れられるわけではない
責任を集団で分散してもその責任から逃れられないのである。




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2017年06月19日

武田邦彦氏も原発推進派だった (でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)


武田邦彦氏も原発推進派だった

(でも謝罪がないし科学者の責任は問われない)

生活を奪う罪と責任

武田は,原発推進派として日本国の原発行政に「協力」してきた過去を精算せずに,国民の前では耳ざわりのいいことを言い,合間の要所では,巧妙に原発を養護(擁護・・・)する,たとえば,プルトニウムは恐くない,連休明けの東京は安全だ,表土を削れ! 等々,武田邦彦は,日本の原発推進派のトップ・インテリジェンス(謀略知識人)なのだ.


1) このぐらいなら安全という合意点ができれば原発を動かす、

2) その代わりそこで約束したことを守る、

武田氏は文系の知識が豊かだから驚く、理系と文系の両方を備わっているから現代の知識人としては強みになる、現代社会は科学無しではありえない社会だからである。
それで科学技術者は現代の聖職者であり科学者は批判できない社会である。
カトリック社会と同じく聖職者は批判できない、神の使者となるからだ

今回これだけの大事故でも科学者は批判されない、確かに御用学者として批判はされたがでは科学の研究は常にすすめられるものとしてあることには変わりないのである。
だからいつかは原子力でも核でも安全に操作されるものとして見られている
そして死んだ人を生き返らせるとかの実験も行われたとか科学者が万能になることを夢見ているのである。
それはまさに科学者が聖職者だからそうなっているのである。

武田氏のことは原発に対してどういうスタンスなのかわからない、ただ原発を指導した人であることは確かである。
でも原発事故に起こしたことに対して謝罪はないのである。
今回の原発事故でも戦争のときと同じように責任をとった人はいないのである。
東電の幹部は海外に逃れ優雅な生活をしているとか言われているからだ。
実際は腹を切るほどの責任があった、これだけの被害があったらそうなる

そして不思議なのはこれだけの被害なのになぜ地元の人は怒らないのか?

それは東北人はおとなしいからだとか言われる、また東電で働いていて世話になったという人が多いから怒らない、追求しないとなる
人間はともかく利益を受けると弱い、それで急所をにぎられる
マスメデアでもほとんど会社の宣伝費で成り立つとすると批判はできない
東電は巨大な国並の会社だったからよけいにそうである。800億円とかをマスメデアに宣伝費としてつぎこんでいたからである。
それで朝日新聞まで原発には反対していなかったのである。

でもこれだけの被害があったら地元では怒りになる、それが賠償金だけで贖われるものではない、生活の場を奪われたということが深刻だったのである。
それは金で贖えないものを失ったのである。
ただ地元の人たちもそういう自覚がない、だからこそ漁業権でも売り渡したし自分たちが生きる場が何か?その価値を自覚していなかったのである。

だから武田氏が矛盾しているのは日本の森林は木材を伐採するべきだ、地球温暖化とかで森を守るということは地元の生活を奪うものだと言って講演して割り箸をもらったというこれも何か変だと思った。
原発事故で環境が破壊されてその木材さえ汚染されたからだ。木材さえ売れなくなったのである。樹皮にセシウムが付着して3マイクロシーベルあったからである。
今では減ったがそれだけ森林は放射性物質で汚染されたのである。
それで浪江が森林火災になったとき放射性物質がまた拡散したのである。

地球温暖化などと言って森林を保護するためとかで日本の木材を利用しないことがかえって地元の生活を奪った、そのことはわかる
でも原発事故では水すら飲めないとなり農業している人だけではない、生活の場を奪われたのである。
そういうことに対して地元ではもっと怒ってもいいはずなのだがそれほどでもない

ただ怒りといっても賠償金だけを要求するとあいつらは原発前も補償金をもらっていたし利益を得ていた、事故後もまた多額の賠償金を獲得した価値だと言われる
だから実際は本当に反対に効果的なのは賠償金などいらない、俺たちは自分たちの生活の場を奪われたことに心底から怒っているのだ。
賠償金もらなわくても俺たちは俺たちで生活するとかなれば一番効果的なのである。
でもただ賠償金をだけを要求すると逆効果になる
結局は金なんだよ、金ほしいだけなんだよと見られてしまうのである。
補償金でも内部でももめて一体感が失われたこともある
だから人間の問題は何でも金で解決できない
金がかえって逆効果になる場合もあるからむずかしいのである。

原発を推進した科学者にも責任があったが追求されない

地方の人の生活の場である森林を地球温暖化を楯にして木材をとらせないの間違っているということ言い割り箸をもらったと喜んでいる
これも矛盾ではないか?
原発事故を起こした責任は科学者にもあったのだから地元には謝罪すべきだとなる
でも科学者で学者で謝罪した人はいないのである。

その後に年間一ミリシーベルトを守るべきだと厳しいことを言っている、それは科学的根拠があってもそれを地元で守ったらもう誰も住めないのである。
移住しろというのならわかる、チェルノブエリのように移住地を与えてくれて移住しろとなればわかる、でも地元に住んで一ミリシーベルトを守れということはできない
だから科学的根拠があっても社会的現実の問題として通らないこともある
だから科学的なことですべてが人間の社会の問題が解決されるとは限らないのである。
医療でも最後は治すというよりターミナルケアでは痛みをやわらげて治療より精神的なものを重視するとかになる
つまり科学的なものもすべて社会に適合できないし解決できないのである。

ともかく人間は矛盾した存在である。自分だって株でもうけようとしたりしているから何か資本主義社会を批判してもその中で生きるためにそうする
武田氏は地方の地元の生活を奪うことは重大な罪だとうことを言うけど原発事故で地元の生活を奪われたことに対してはどうなるのかとなる
そこに科学者でも良心の呵責のようなものがあってもいいように思う
でも科学者にはそういうことはない、アイシュタインでも広島に原発を落としたことで反省した、原発の危険性を知っていてもそれを言わない科学者にも責任があったのである。責任というとき地元の人にもあった、自分にもあったともなる
ただ科学者の責任も重かったともなる、でも謝罪も反省もそれほどないのである。
それは医療ミスともにている、医療ミスは膨大でもあっても隠蔽される
そうしないと医療の発達はないからである。実験として科学があり医療もそうなのである原発でも危険であっても実験としてやる、それが科学の発達になるとして容認されるのである。
現代は科学の社会だというとき科学者の責任も重くなっているが自覚されていないのである。

それにしてもあれだけの文系までの知識があることには驚くし参考になる、「心に青雲」でも賛成できないことがあっても首尾一貫したことがあるので参考になる
人間は何か首尾一貫することが大事なのである。
それは右でも左でもいい、首尾一貫するものがあるとき何でも筋が通ったものとなる
対立するものがあっても首尾一貫したものがあると共鳴する
侍の果たし合いでも強力な敵になるとこいつはできるなとか一目置くことになる
だからあいまいな人よりそうした強力な敵の方が学ぶ方が多いのである。


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2017年06月15日

要になる祝島の漁業権問題(上関原発問題) 権利には責任が課せられている  


要になる祝島の漁業権問題(上関原発問題)

権利には責任が課せられている  

fishright111.JPG

漁業権放棄をするためには総会の3分の2以上の同意が不可欠で、なおかつ一人一人の組合員に書面同意を取り付けて補償金を分配しなければ「完全決着」にはならない。
kanameninaruiwaisimanogyogyoukenmondai.html


漁業権というとき権利である。それは法律的な権利というより慣習的な権利である。
ここではその権利を楯にして原発を作らせないように戦っている
原発を押し進めるのは県と国と電子力会社なのである。
その大きな権力に抵抗しているのが漁業権を楯にした漁業組合になる

この辺ではこの逆だった、漁業権は東電から金をもらうためにありそれを売り渡した、そして県と国が許可したのである。だから事故前から船主などは原発御殿を建てたとか補償金と関係ない人は回りで不満だったのである。

漁業権はシジミのことでもわかるように小さなシジミをとるとシジミがとれなくなる資源保護が目的だったのである。そのためのに権利でありそれを東電とか県と国に売り渡すためではなかったのである。

そもそも何でも権利を主張する時代だけどなぜ権利が与えられているのだろうかとなる
権利とは何かを守るために何かのために与えられている、ただ権利だけを与えられることはないだろう
漁業権は魚資源とかその環境維持のために与えられている
だから海が汚染されて魚もとれないとなれば補償されるのは当然だとなる

ところがこの辺では

漁業権者   私たちは漁業権を東電に売ります、だから補償金をもらいます

東電や県や国側  一切あとで文句は言わないでください
                       私たちは海を買ったのですから

海が売り買いできるものならこんなふうになる、だから海は誰のものなのか?
海を所有して売り買いできるものなのかとなる
漁業系権利はあくまでも資源の保護とかの目的のために与えられているのであり海を売り渡す権利として与えられていないからである。
法的にそこに権利が認められるのかとなる

土地でも家でも何でも所有はできる、でもその所有することには必ず責任とか義務が生じてくる、土地を所有していればこの辺では原発事故が荒地が多くなった。
そうするといつまで荒地にしていていいのかとなる、土地の所有者がいてその荒地を何もできない、もう畑にすることも田んぼにすることもできない人たちなのである。
それはいくら土地をもっていても迷惑だとなる、ただこの辺では宅地化しているから宅地として利用すれば金になる、それを待っているのか何なのか地主がいて権利があるからと何もできない、そして荒地のままなのである。
空家問題でも家の所有者がいるから勝手にできないが市町村全体からすると迷惑になる
誰かに住んでもらった方が活気がでる、いつまでも空家になっていてもそれは市町村にとって負の遺産になっているのである。

戦後地主が廃止されたのはむしろ田畑を耕す人の方に権利が移ったからである。ただ土地をもっている人が得することは良くないと廃止された。
ただ当時地主には地主の役割があったこともいえる、土地を管理していたことは確かであり有効利用もしていたが小作に配分されないので小作は不満だったのである。

いづれにしろ権利が与えられるとき責任も同時にもたされているのである。
ゴミを投げるのはできる、でもゴミを投げるにも権利があっても利用者は責任も課せられている、烏などに食い荒らされて困るというとき利用者も一人一人責任がありその対処方法を考えねばならないのである。
何か利用する権利があってもまた責任も負荷されているのである、だから権利ばかりに眼がゆき、権利だけを主張するのが民主主義だと誤った理解があった。

第一海を所有するというけどそんな責任をもてるのかとなる、どうしていろいろな権利が与えられるのか?その権利には責任が課せられている
大きな権利になればなるほど大きな責任が課せられている
その責任の大きさから権利を放棄したいとまでなる
責任をもちきれないからである。それで東電では原発でもしたくなかった、事故が起きたら責任を持ちきれないからである。
でも国で補償するということで原発を作ったのである。国家的事業として原発はあった。責任は国で負う、国民全部で負うとなっていたからできたことなのである。

契約は基本的にいかに責任をまねがれるかを条文にしている、それだけ責任が問われることを恐れからである。ましてや原発だったら事故が起きたらもう東電のような巨大企業でも責任をとれないからである。
だから漁業権者でもなぜ海を売り渡すような権利をもったのかとなる
もしその責任を問われたらどうするのかと考えたら簡単にできなかったかもしれない
今はこの辺では船主とか漁業権者に対する風当たりが強いからである。
こうなるいくら補償金をもらっても苦しいとなったからである。
つまり責任問題というのは本当に重大なものとしてある

金でも多くもっている人はそれだけで責任を問われている
なぜそんな大金をもっているのだ、その金はお前だけのものではないないとなりその金の使い道が追求されるからだ。
資本主義社会では金をもっている人が一番責任がある社会なのである。
その金が何に使われているのか厳しく追求されてもしょうがないのである。
いくら地位があり尊敬されるとしても金がついこないなら今の社会は意味がない
なぜなら老人を見ればわかる、誰も尊敬もしないが金があれば力をもつことができるからだ。老人を尊敬するという社会そのものが喪失しているからだ
権利が大きければ大きいほどそれにら比例して責任も重くなっともかくているのである。

その責任は一代だけで終わらないのである。子供にも責任が問われる、お前の親は漁業権を売って金持ちになった、お前の住んでいる家は海を東電に売り渡して得たものだとか言われる、そうなると子供の代まで責任が負わされることになる
借金は相続放棄すればちゃらにるながそうした責任は子供の代まで消えないとなるのだ。それはあまりにも責任が重すぎたからそうなったのである。

もしそういう責任があるとういことをありありと知れば簡単に海を売り渡したりできない他で大きな責任を自覚したら相当に緊張するし簡単には引き受けないだろう。
それより権利だけに眼がゆき利益を得ようとする、でも責任は自覚しないのである。
原発などその責任の重大さを真剣に考えたら誰も引き受けないものであったのだ。
科学者でも技術者でも会社経営としても引き受けたくないものとなっていた
電器製品、家電を作るようなものとはまるで違った代物だったのである。
そういう自覚に欠けて原発を作ったこと自体が間違っていたとなるのだ
原発は何かその危険なのに安易に作られた、だから事故が起きたらどうするかなども検討も準備もされなかったのである。
ただ「安全神話」のみが権力で作られていただけなのである。
それが一挙に津波とか地震で崩壊ししてしまったのである。
そしてその責任の重大さを自覚させられたのである。
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2017年06月14日

真野川の河口にて(川の漁業権の問題) (シジミとりする原町の人と会う)


真野川の河口にて(川の漁業権の問題)

シジミとりする原町の人と会う

shijimi11.JPG

真野川の河口の方に行ってみた、シジミとりする人が二人いた、聞いてみたら小さなものしかとれないという、昨日も上の方でとる人が5人くらいいたという。
シジミがとれるようになったのか?小さいシジミしかいないことは川が津浪で川が変わってしまったためかわからない、そこは浅瀬になっているからシジミがとりやすい
深くなると船が必要になる。
右田の河口ではシジミはかなりとれた、自分もとったことがある。
右田のシジミはうまいいいシジミという評判だったのである。
でも漁業権をもっている組合からシジミをとることが禁止された
小さいシジミをとることがあり資源保護のためだった
そういうことはやはり漁業権の正当性が認められる

ただ今回の海の漁業権は東電に海を売り渡して補償金を前からもらっていた
それは多額であり事故の後ももらっているのは納得いかないと書いてきた
それで海は誰のものかという議論をした
漁業権は資源の保護などで必要なのであり東電などに売り渡すものとして漁業権はないのである。何かそうした明確に法的なものが漁業権にはない、慣習のようなものがあるだけである。法律として規制していればこうはならなかったかもしれない。
そもそも海を東電に売り渡す権利が船主とか漁業組合にあったのかという疑問があるからだ

無数の小魚が川に上ってきていた、ボラの子なのか?

幼魚のうちはしばしば大群を成して淡水域に遡上する

これだろう。その数は膨大である。前にも金沢で見たことがある、河口の状態が環境的に津浪の後どうなっているかわからない。魚は6年間もとっていないとすると増えたことは確かである。

シジミをとっていたのは原町のおばあちゃんだった、なぜかこの人はしきりに鹿島の人はかわいそうだという、補償金がわずかしかもらえなくてかわいそうだという
その人を最初はそんなに言うから鹿島の人だと思っていたのである。
自転車で原町から来ていたのである。新田川でもシジミはとれるという。
真野川は川が大きいからシジミは多かったことは確かである。

この川は県で管理していてもっと上流でアサリをとっていたら県の担当者に禁止されたという、それは放射性物質に汚染されているからかもしれない、

 福島県相馬市松川浦産のあさりから放射性セシウムが52ベクレル/kg出ています。(2013年11月27日 福島県農業総合センター調べ)位置としては、はやま湖からの水が流れ込んでいる可能性があります

6年ぶり、港に活気 相馬・松川浦アサリ漁再開

こういうニュースがあるからすでにアサリやシジミでも食べられるのだろうか?
ただ河口というのはセシウムのついた泥が大量に流れる所でありそれで阿武隈川の河口では放射線量が異常に高かった、だから河口では放射性物質がたまった泥が堆積している場所だからなんともいえないのである。
アサリをとることを禁止されたのはそのためなのかよくわからない。
別に老人は飯館村でも山菜を食べているから気にしない人は食べていたのである。

ともかくなぜ原町のばあちゃんは鹿島の人をこんなにかわいそうだというのかわからなかった、その人は原町だから何の不満もないが鹿島の人はかわいそうだと言っていたのである。
実際に鹿島の人の不満が大きいのである。そのことはプログで書いてきた
それは自分だけのことではない、鹿島の人の全員がそうなのである。
一番言っていたことは病院とかでも無料になっていたが鹿島の人はすぐに打ち切られたのがかわいそうだと言っていた。その人も病気で病院に行っていたからそこで鹿島の人が不満を言うのを聞いたからかもしれない、そうでなければそんなに原町の人が鹿島の人に同情することはないはずである。
それは相馬市の人も不満を言っていたからわかる。

鹿島の人で原町の人を悪く言う人はいない、そして原町の人がいくら補償金をもらっているからわからない、それがまた不思議だとなる、地域によっても違うからである。
石神辺りは放射線量が高いからそれなりにもらっている
それがわかったのは古い家を新築した人がいたからである。
それは明らかに補償金もらったからできたのである。

いづれにしろシジミでもアサリでも勝手に誰でもとっていいというわけではない、それは資源保護があるからだ、だからこそ漁業権は必要なのであった
シジミでも小さいうらからとっていたから増えなくなるからである。

あのばあちゃんは元気である。原町から自転車で来るくらいだからである。原町といってもすぐ隣だから遠いとは言えないが今なら車で来るからである。
シジミとりはこの辺では夏の風物詩である。何かこの辺でもそうした海の幸の恩恵があっていいとなる

大洗の船溜まりにボラの大群

ボラは数が多い、魚はこういうふうに大量に河口とかに入ってくることがある。


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2017年06月12日

田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか? (田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


田んぼが回復しないと復興を感じないのはなぜか?

(田んぼと蛙は生態系で一体化したもの)


農家としては花を買って来て植える方をオススメいたします。『地力』とは地力が高いか低いかで野菜や果物の実の美味しさや大きさが決まります

田んぼは約2年作らなければ、床!、トラクターが剝くところより深く入りますのでトラクターは煮え込んでしまいます。
上部から50cm位で床、即ち足が入らない所を床と言います。
これが崩れると大変なことになります。
正規に作った稲でも毎年、下草、雑草を田んぼに入れればこれが肥になります。
休耕田は最低の田んぼですから、誰も作ろうとはしませんし、草の管理が1年大変なのです。

1年放置しただけで樹が生えてきますし
草も当然生えますので
休耕田の管理は面倒なものがあります。


休耕田は最低の田んぼですから、誰も作ろうとはしませんし、草の管理が1年大変なのです。

こういうことだったのか、田んぼの方が回復がむずかしかった、だから畑は原発事故以後もすぐに作る人はいた、田んぼはそうはいかなかった
飯館村は田んぼがほとんど回復していない、無惨に表土がはがされている
田んぼも肥料が必要であり肥料がなければ米でも育たない
それで右田の部落が橲原(じさばら)に肥料となる草刈り場の山を10町とかもっていたのである。そこに今住宅を建てて右田の人が移転しているという。

農家で苦労しているのが肥料なのである。それで角田の方に言って鶏糞を買って畑をしている人がいる、それは趣味の畑である、畑は趣味でもかえって金と労力もかかるのである
田舎では田んぼがない、田舎が考えられないのである。それはもう自然景観と同じとなり心も一体化している、田んぼは田舎では単なる米がとれるということではないのだ
オーストリアとかアメリカでも米は作られている、北海道でも作られている
でも日本の本州の田んぼはもう米をとるというだけではない、一つの心の原風景となっているのだ。だから田んぼがない田舎は田舎なのかとまでなる

それを一番感じたのは田んぼがこの辺で回復して蛙の鳴き声が盛んにひびいたときだった田んぼと蛙は一体化していたのだ、そこに蛙を餌としてとるために鷺がやってきていたのである。ただまだ鷺は今年はあまりみかけない、これから飛んでくるのか、前は鷺の巣が川の藪にあったりした、だから田んぼは自然景観と一体化した原風景なのである。

それで南相馬市は田んぼが作れなかったが相馬市に行くと田んぼがあり松の木がありそれが日本の原風景だと感じた、南相馬市では田んぼは荒地となり草原化したからである。
その草原化した風景は北海道の風景だったのである。
その草原に雲雀が鳴いたとき草雲雀というように雲雀は田んぼより草原にあっていたのかと実感したのである。これも不思議な経験だった。

いづれにしろ田んぼが復興しないと復興がないと感じるのはそのためである。

ケロケロケロ、田んぼがもどった、ケロケロケロ
俺たちはここに住む、俺たちの生きる場がもどった
ケロケロケロ、うれしいな、仲間ももどってきた
みんなで思い切り合唱だ
夜空には星が一杯輝きここが俺たちの生きる場だ

なんかこんなふうに蛙の鳴き声が盛んにひびいていた、そのひびく音が静寂の夜の田舎にひびわたったのである。
田んぼはそうして生態系と一つになった自然景観を形成していたから違っていたのである人間の生活の復興も蛙とか動物とともにもあったのである。
生態系というとき人間も動物でも生物でもその中に生きているからである。
だら蛙でも生きられないとなると生態系自体が破壊機能しなくなっていたのである。
原発事故はそうした生態系を汚染したからもうその土地に生きられないと帰れなくなり脱出したともなる、それが原発事故の罪深さだったのである。

まだ除染してもその効果は無駄だったとかなり4兆円の除染費用も浪費されたとかいわれる、土と水とか森の木とか汚染されることは生態系にとって致命的になる、動物も生きられないし人間も生きられなくなるのである。
浄化するためにはもう30年とかプルトニウムが消えるのは二万年とかなってしまうのが原発事故の過酷さだったのである。
原発事故は一回こんな大事故が起きたら住めなくなるということである。
それをこの辺では実際にそれを証明したとなる

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2017年06月07日

原発事故は理系が起こしたもの (理系と文系を原発事故から考える)


原発事故は理系が起こしたもの

理系と文系を原発事故から考える


●文系大学廃止論の問題

「戦時日本は、・・・・理系の応用的な学問を中心に戦争遂行に総力を挙げて、大學の知を動員し、・・・その結果全てが灰燼に帰し、・・・」と記している。まるで、理系の人間が、文系人間が押しとどめるのを振り切って、無謀なアメリカとの戦争に邁進し、その結果敗れ、すべてが灰燼に帰してしまったが、それを改めて新しい価値観を文系人間が与えたとでも言いたげな記述である。これは著者による理系に対するとんでもない誹謗である。
対米戦争を発案し、推し進めたのは、当時の日本国政府であり、その構成員の恐らく9割以上は文系人間であったはずである。即ち文系人間が実権を持ち全てを支配していたのである。中には冷静に状況を判断する理系人間もいたはずであるが、それらの主張は「天皇陛下万歳」「鬼畜米英」「満蒙はわが国の命綱」などといった文系支配者の声にかき消されたのである

「文系学部廃止」というレビューの一部である。この本は読んでいない
この論議をつきつめると原爆を作ったのは理系であり理系の責任だとなる
ところがこの人の論は文系が原爆を作らせたのであり文系の言いなりになったのが理系だとなる、これも何か変な議論である。
科学技術の発明は負の面ももたらしている、公害とかはそうである。
すると理系が悪いのだともなる、そんなこといったら何も科学技術の発明は起きないのである。それで原爆を発明したアイシュタインとかがヒロシマの原爆で反省している
理系の人でも責任を感じていたのである。
このことはレオナルドダビンチもいろいろな発明、大砲なども武器の設計図を書いたが
戦争のためには使ってはならないとか言っていた、これは殺傷道具だから危険だと自覚して警告していた、そういう自覚があった
レオナルドダビンとなると理系でもあり文系でもある天才である。
そういう人はまれである。日本では宮沢賢治くらいだろう。文系には理系の素養が欠けているのだ、もしかしたら実は文系でも学問は考えるということが基本にあるとき共通なものはある

●原発事故は理系の責任か文系の責任か?

例えば原発が全く理系的なものとして考えられていた、でもそこにも文系的なものもかかわっていたのである。
まずなぜフクシマに建てようとしたのか?それは理系の人はどう考えたのか?
東京より遠くに建てた方が安全だというときそこには理系的合理的根拠があったのではない、それはかえって東京に事故が起きるとまずいからフクシマに建てたのである。

フクマシに原発を作った理由は何か?

科学的根拠は何もなかった、東京では反対されて建てられないとかでありその根拠は理系的に理詰めで決めたものではない、そこからして間違っていた
では理系の人はフクシマに建てることを反対したかとなるとしない
フクマシに建てたのは文系の政治家などの言いなりになったとなるのかもしれない
それは北朝鮮でミサイルを作ったのは理系だけど命令したのは文系の政治家であり軍隊であるとなる、理系がただ従っただけだとなる
すると理系の人はただ文系の政治家に軍隊であれ従うだけだとなるのか?
そして理系には責任はないのか?
原発でも不思議に理系の科学者や技術者は責任が問われないのである。
「安全神話」というけどそれは文系だけではない、理系も加担して作られていたのであるそれで御用学者の科学者はメルトダウンしたときしていないと主張しつづけていたのである。その責任は明らかに理系の技術者にもあったのだ

ただもともと原発を建てる時、高い場所に建てる予定だった、それをわざわざ削って低い場所に建てた、電源が近い場所に建てた、それはなぜなのか?
安全性を考慮すれば高い方が良かったのである。そうしていれば津浪の被害からまねがれた、それをしなかったのは清水社長など文系の社長でありコストカッターとしてのしあがったというときそこにコストを考慮した、それは経済学が入ってくる
コストというのは経済学であり文系の分野なのである。
物を作るのは理系でもコストが必ずかかわってくるのである。
コストが高くなれば採算がとれないから中止もありうる、津浪を防ぐ壁も作らなかったのはそのためである。
では文系の社長が決めたから文系が悪いとなるのか?
理系の人はそれに反対することができなかったのか?文系のせいで事故になったとなるのか?つまり理系には責任がないのかとなる
そういうことは社長だけで決められるのか?理系の幹部もいるのだから合議で発言権をもっているから社長だけでは決められないだろう。
ただ東北電力では副社長が理系でありその人がこの辺では津浪がくるということで女川の原発を10メートルくらいでいいというの15メートルの高さにして辛うじて助かったのである。理系の副社長がいて助かったとなるのか?
副社長も幹部であり社長もいたしどうしてそう決定されたのか?
副社長はこの辺での津浪の伝説を知っていてそうしたというとき伝説とかなると文系の分野なのである。

東京電力は24日、福島第1原子力発電所に最大10.2メートルの津波が来て、押し寄せる水の高さ(遡上高)が15.7メートルになる可能性があることを2008年に社内で試算していたことを明らかにした。東日本大震災後、東電は福島第1原発を襲った津波の大きさを「想定外だった」と説明してきた。試算を踏まえて対策していれば原子炉が炉心溶融するという最悪の事態を回避できた可能性があった。

●津浪も東電では理系が予測していだが備えられなかったのはなぜか?

こうして理系では計算していたことはやはり東電では予想できる科学力があった
文系だと伝説とかなりあいまいとなるからこの予想は科学者が出したのだから信頼できるとなる、もしこのことが大々的に発表されていたらこの辺では津浪が来ないと確信のようになっていたものが警告となっただろう。
でもこのことが広く知られないというのは文系の責任だったともなる
マスコミは文系でありこの重大な研究成果が発表されても大きく伝えられないから警戒もしなかったのである。

戦争でも神がかりにするのは文系であり理論的に考えれば兵器の差とか経済力とか理系的な統計とかで考えればアメリカとは国力に差があるから戦争するべきではないと理系は結論したろう、でも神がかりになり文系の指導者によって理系は戦争に狩り出されたとなる
何かを予測するとき科学的な予測の方法と文系的なオカルト的な予測の方法がある
津浪でも神からの罰だとも考えるが一面長い時間で考えれば400年500年さらに1000年間隔になると必ず津浪が来るというのは法則として見れる、それは理系的な見方である。
東電の調査では理系がそれを割り出したのである。
それからボーリング調査などで津浪の痕跡を見つけているのも理系の科学者なのである。
今はそうした理系の方が信用される、オカルト的なものはまさにオカルトなものとして信用されないのである。それは確実にそうなると言い切れないからである。

しかしいくら優れた科学者でも未来は予想できない、その未来を予想できれば世界の支配者にもなれる、邪馬台国の卑弥呼が日食を予言して王の権威を作ったというのもそうである。マヤ文明が天文学が発達したのも未来を予測するためである。
そしてマヤ文明が2015年9月3日滅びると予測する記録を残して消滅した
それも何か象徴的だった、予測することが文明にとっても大事だからそうなった
「聖書」も予言の書ということで仏教などとは違っている
予言とは将来確実に起こることなのでありその未来を決するのは人間ではない、神だとなる、未来を予測したり決めることが人間にはできないという思想があるためである。
それは理系が理詰めで考えてもできないからそうなる

いづれにしろ原発一つとってもこの世のことは理系的なものと文系的なものが相互作用して成り立つ、そして科学でも未来は予測できない、キューリー婦人とがが放射線のことを発見したのは偶然だったのである。科学の発見には偶然がつきまとっっていることも予測できないことなのである。
ただすべてが予測できないとなるのかというとならない
現実に理系の科学者が15メートルの津浪を来るということを予測した
としたら高い所に原発を建てるということは理屈にかなっていてもできなかった
それはコストがかかるとしてわざわざ高くして整地していたのに土地を削り低くしたからである。
その時の決定をしたのは文系の社長だから文系が悪いとなる、文系は役にたたないとかなる、結果的に悪いことが起これば文系が悪いとなり理系は責任がないともなる
これも理にあわないのである。

●理系の責任は明確にされていない

例えば原爆でも理系だと物理学からそのもののために追求する、でもその物が作られたとき社会的にどう影響するのか?それは文系的な思考であり学問だともなる
だから原子力などそもそも危険だからそんな研究はするなと文系が警告することもできるそうなれば悲惨な事故も起きなかったとなる、でもそのことを決めるのは理系なのか文系なのかとなると明確ではないしわからないのである。

大学でも本当に文系は独学できる、だから文系大学はいらないということは言える
自分も遊んでいただけであり毎日マージャンして終わった人もいる
何のために大学に来ているのかもわからないのである。ただ大学という名があるだけなのである。理系のように目的がはっきりしないし何を学ぶのかもわからない
語学と法学ははっきりしているかもしれない、語学だったから外交官になると役立つし法律は検察や弁護士としての道に仕事に明確に通じているからだ。
他の文系となると経済学とかは何なのだろうとなる、その応用範囲は広すぎるからだ。
実用的になるかとなるとそれも明確ではないのである。

でも銀行とか証券とか株とか投資金融関係は多少役にたつのかもしれない、そこにも理系と文系分野がある、良く予測するためにチャート図をみる、これは上昇曲線にあるから買いだとかすすめられる、それは理系的手法なのである。
でも予測となるとこれも政治的変数があり何か世界的事件が起きると急速に下落するのである。それは予測できないことなのである。
予測するということで理系も文系も確実にはできないのである。
ただ原発に関しては予測できていたのである。ではその予測に備えることができなかったのはなぜなのか?コストがかかるから科学的予測を無視してそうしたのである。
ではそれは誰の責任なのか?理系の技術者なのか科学者なのか、学者なのか?
それもすべて文系の社長が悪いのか?その責任は一体誰にあったのかとなる
理系はただ原爆を作れといえば作る、例えばオウムでもサリン作れといえば作る
それが人を殺すことでも作る、では理系の技術者には責任がないのかとなる

科学技術でも何かを作り出すものが責任がある、普通の人はできないからだ。
何か権力をもつというとき権力をもつものに責任がある。権力とか権限はそれが実行できる力を与えられているからだ。だから地位あるものは責任が重くなってくる。
理系はただその専門分野だけを研究して責任がないともなるのか?
だから金をもつものともたないものがいてもっている人は責任があるとなる
いくら遺産だとか金がなんであれある人はない人より責任が生じる
その金を有効に使わないと責められる、その金はやはり社会があり国があり得たものだからそうなる、金も公共的なものとしてあるからだ。


この議論は「文系大学廃止」の批評ではないです、本は多すぎて読みきれない
文系大学廃止の本はまた別に読んでみないと批評はできないです
やはり部分的な発言で議論するようになるのがネットである。
その発言が多くなると議論は活発になる
ただ多すぎるからもう議論しきれないともなっている
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2017年06月05日

南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)


 南相馬市鹿島区の最新のニュース(2017年6月)

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 ●橲原(じさばら)に右田の人が集団移転

 ●寺内の発掘した場所に相馬市の養護施設が建つ

 ●新しい消防署を建設中

 ●駅前に仙台からくるリホーム会社の事務所を開設

 ●近くに風力発電会社の駐車場

 ●大東建託のアパートが二カ所建設中

 ●新しいツルハドラッグが元のスーバーキクチを改装して開店


橲原(じさばら)の大原へゆく新しい道の方に右田の人が集団移転するという、
すでに家が相当建っているという
なぜそこに家を建てたのかというとそこは右田の人の土地であった
入会権をもって山を所有していたのである。
一〇町くらい山を所有していた、そこで草を刈ったりして右田に運び飼料とか肥料に利用していたのである。
それを運ぶのに苦労したことを復興団地にいる右田の老人が語っていた
あのころは車もないし道も舗装されていないし橋が土と木の橋でゆれて怖かったのである右田から橲原(じさばら)だと馬車やリヤカーで草を運んでもかなりの距離なのである。あの老人は復興団地は狭くて嫌だ嫌だと言っていた
9つくらい小屋がある広い土地に住んでいたという。そういう所が右田には普通にあった馬も飼っていたし牛も飼っていたからである。

この辺の農家は広い土地と家に住んでいたから狭い所に住むのは嫌がる
小高の人は50畳もする部屋があったというから驚きである。
そこで集会などが開かれていたのだろう。
右田の人は他に小池に集団移転して家を建てている
ただ海側から山側に移り住むというのも同じ地域で感覚的にはまるで違ったものとなるだろう。そこで田などは作れないだろう。
何をして生活するようになるのかはわからない。

 寺内で古墳を発掘していたのはそこに相馬市の養護施設を建てるためだった、
養護施設となると確かに鹿島にはない、アサガオの障害者の工場などはある
養護施設がないとあるでは違うものとなるだろう。
鹿島にはデイサービスの厚寿園とかも新築された
消防署も新築しているから公共的な施設がいくつか建った
大東建託のアハートが二カ所まだ建設中である。15くらいできているかもしれない

スーバーキクチの隣には元の建物を利用して新しいツルハドラッグができる
駅前には仙台のリホーム会社が事務所を開設する
リホーム関係は仙台からも来る、自分が頼んだユニットバスも仙台のリホーム会社だった100万だったから安いと言われた そうゆうけんという会社だった
今度は台所をリホームをしないかとと電話があったが断った

風力発電事業も開始されてその駐車場があった
これもどういう事業なのか?そういう関係の会社が入ってくる
駅でドコモインに泊まる人が駅からタクシーで行った
その人は友伸エンジニアの人だった
この友伸エンジニアは元からあったから震災とか原発とは関係ない
でも鹿島にホテルができたということが変わったのである。
鹿島に宿泊所は民宿一軒しかなかったからだ

鹿島区は震災前より良くなった、新しい家が何百軒とたった、その数が多いのである。
小池などは都会の風景のようにもなった、こんなに変わるとは思いもよらないことだった海の風景もまるで変わった、ソーラーパネルとか今度は風力発電の風車の風景になるからである。景観がこれだけ変わるとまるで違った世界になったような気になる
未来のSF小説の世界が現実化したような感覚になるのである。


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2017年05月29日

原発事故と老子の教え (原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


原発事故と老子の教え


(原発事故は文明崩壊の現象をもたらした)


《老子・第六十四章》
「安定しているものは保持し易く、未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い。物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

老子と原発事故が何か関係あるのかともなる

未だ兆(きざ)していないうちは対処し易い

病気とかでもそうだろう、必ず何か兆しがでてくる、その早い兆しを察して治療すれば軽くてすむ、でも病気が顕在化したときはすでに時遅しということになる
原発事故でも実際はいろいろな小さな不具合があった、ただそれが大きなものとして報道されなかっただけなのである、それは「安全神話」を作るほどの権力をもつものによってそうさけられていたのである。
何かあってもたいしたことがないでかたずけられていたのである。
「安全神話」になるほどだからそうなる
おそらく内部のものもその安全神話が宗教のようになっていたのかもしれない、外部でもそうである。日本人の技術は優秀だからチェルノブエリのようにはならないとか思っていたのである。原子力など自分などもむずかしいからそういうことが信じやすいのである。

物事は顕在化しないうちに処理し、乱れないうちに治めよ。

これは今の原発事故周辺を見ればわかる、もう乱れに乱れて収拾がつかなくなっている
廃炉でもそうだし避難区域の復興にしてもそうである。
補償金の対立もあったしいろいろな問題が噴出して顕在化したとき収拾がつかなくなっいるのだ
病気だったら顕在化してもう手遅れでありあとは死を宣告されるだけだとなる
ある意味で文明崩壊現象を見る感じになる
これだけの問題が顕在化したときこれを解決することがもう絶望的だとなる

そもそも老子は2000年前に今日を予言していたのである。
道具を使うなとかまで言っている、道具とは原発も道具である
その道具故にふりまわされて収束がつかなくなる

最善のものは水なり、無味を味わうというとき現代ほど様々なものを味わっている時代はない、貧乏人さえ昔から比べれば考えられないほどグルメなのである。
でもいろいろなジュースを飲んでもその元は水なのである。水が最善のものなのである。ジュース類は飽きるが水は飽きないからである。その水さえ飲めなくなったのがこの辺なのである。

馬酔木なす 栄えし君が 掘りし井の 石井の水は 飲めど飽かぬかも 

水は飽きることがないのである。だからある一面様々なジュース類を生産して飲んでいるがそれも実際は老子流に言えば無駄だとなる、無為がいいというとき無駄なことをしているのが文明なのである。文明の労働には膨大な無駄がある
そのジュース類を生産するために費やされる労働も膨大なのである

多く貯めれば貯めるほど失うものは多い

金持ちが安泰かというとそうでもない、その金の心配をいつもしていなければならない、金がなくなるということを常に恐れているのである。
多く持っていれば失うものも多くなるからである。何ももたなければ何も失うものがないというのも逆説である
何かこうした教えはキリスト教とか仏教とかの教えと共通しているのである。
それはすでにそれだけ文明化していたからその反発から生れたのが宗教だからである。
今だけが文明ではなくすでに2000年前にも文明化したためである。

いづれにしろ原発事故は文明崩壊の現象だったのである。バベルの塔の崩壊のように終始がつかない状態なのである。右往左往して何か解決策もなくふりまわされているだけだとなる、バベルの塔が崩壊してあちこちにその破片が散らばり未だ収拾がつかない

終始がつかなくなっている、それは神から天から下されたカルマだったともなる

そのカルマはプルトニウムが二万年消えないというカルマをここに残したのである。

小国寡民の理想郷というのもそうである。それは実は江戸時代に実現していたのである。隣の村とは境がありそれぞれが自給自足して交わらないのである。
だから隣の村が麦踏みに来た若い男は大蛇とされた伝説がこの辺に残っている
もしかして江戸時代が300年も平和を維持したのはそうした村が基本にあり争わない生活だったかもしれない、それが今になるとグローバル社会になったとき地球の裏側とも関係する、村の規模から地球規模になったのである。
そういうことでどうなったのか?明治以降は世界大戦があり膨大な人間が死んだのである小国寡民ならそんな戦争しなくても死ななくても良かったのである。
グローバル社会にもプラス面があっても大きな負の面がある。
それが歴史で証明されたからそれもすでに老子によって予言されていたのである。

小国寡民というときこれも現代的に解釈すれば一万くらいの町がある、小高とか鹿島とか新地とか結構全国的にある。すると町の単位は一万くらいが適正規模なのかとも思う。
この辺だと原町だと回ってみると知らない所があり大きいなと思う
鹿島駅からいろいろ考察したが一万くらいの町は身体的にも一体化できる
身体的感覚で一体化できる、これが4万5万の人口になると相当に規模が違って一体化できなくなる
老子の考えた小国寡民は日本の村くらいの規模なのである。
だから今の感覚では一万の町さえ大きいのである。

いづれにしろ2000年前に今日の状況は予言されていた、キリストであれシャカであれ老子であれ同時代に生れている、それが鉄の生産がはじまったときだというときそれが文明を作るものとなったからである。
木の鍬から鉄の鍬になったとき生産力が飛躍的に増大したからである。
老子が鉄の鍬使わないで木の鍬を使えといったことでもわかる
その道具や機械によって素朴なものが失われるからである。
車社会のことで自分が追求したようにである。
その時社会も大きく変わりそれに反発する思想家が生れたからである。
それより古いとなると聖書のバベルの塔でありまさにそれは文明崩壊なのである。
この辺で起きたことはそうした文明崩壊の現象なのである。
だからもうその混乱を書いてきたけどどうにもならないという状態になったのである。
内部でも補償金で対立したとか争い混乱状態が収束しないのである。

バベルの塔は崩壊した
人々は言葉も通ぜず争う
そして散り散りに民はなり
ばたばたとなおその破片が落ちてくる
その災禍は限りない
百年後もまだ落ち着くことがない
ばたばたとなおその破片は落ちてくる

これくらいの災禍なのが原発事故だったのである。



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2017年05月26日

県庁を廃止して市が直接国と対話する (廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった)


県庁を廃止して市が直接国と対話する

廃藩置県は失敗だった-原発事故も県が許可したためだった

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インターネットでは本とかの解説が多くなり映画でも誰かが解説しているからその時その映画をアマゾンで注文して見たりする「アレキサンドリア」という映画をアマゾンで見たアレキサンドリアには自分も行ったことがある、エジフト文明の最後の場所でクレオパトラの時代でありローマにより滅ぼされた
関連したものでアレキサンドリアの映画が即座に見れた

今回の解説する雑誌はサピオと中央公論である。

中央公論で30万都市を日本全国に(村上誠一郎)

県庁を廃止して市が直接国と対話する

今議論されている道州制より、30万、40万の市を日本に300くらい作る、国と直接対話した方がよほど効率的である

県庁、道州制の「州庁」は必要ない、市が直接国と対話してこれがたりないから予算くれなどとやったほうがよっぽど早いんですよ

台風で被害を受けた伊豆大島でお年寄りに避難を呼びかけても応じない人が多い
そういう人たちに国や地方自治体が移れといえますか?
民主主義の国である限りそこに住みたい人は住ませてあげるほかないのです


このことで原発がなぜ建てられたのか?
それが双葉とか大熊の土地所有者と県の許可で決められたと言われる
県が介在した結果として変な方向にもっていかれた
そこに最も身近になる南相馬市とかいわき市はかかわられなかったということである。
国と県が結びついて肝心のその周辺都市の意向は省かれたのである。
おそらく県で決めたというとき福島市は距離的に50qから60qと離れているから原発事故になっても関係ないと思っていたのである。
それは自分の町も30q離れているから関係ないのかと思っていたからだ。
それか意外と福島市は放射線量が浜通りの海側より高かかったのである。
これも何かの罰だったのか、カルマだったのか因縁だったのかとなる

というのは福島市も放射性物質は風でどこに流れるかわからない、危険なんだよとなれば簡単に許可しないからである。福島市の人たちもかかわり原発を建てさせないとなっていたからである。そういう危機感は全くないから県で許可したのである。

そもそも明治維新の廃藩置県は無理な行政単位でありそれが弊害を生んだ、だから自分は江戸時代のことを良くとりあげるけどその江戸時代が遅れた前近代的なものとしてみる
でもよくよく比べてみると江戸時代に現代に失われたものがかえってそこにあり現代がおかしいなと言うとき江戸時代と比べると見えてくるものがある。
近代化とは様々な弊害を生んだ、その大元が廃藩置県にもあったのである。
それは無理な線引きで日本全国を分割したからである。

だからむしろ江戸時代の藩こそが自然を基にして歴史を作ってきたからそこにこそ自治体のよるべき習うべき継続すべきものがあった。県にはそうした歴史が積み重ねられていないのだ。県というのは単位が大きすぎから政治でも行政でも地域密着型になりにくいのである。何か本当に不自然なのである。

福島県は最初は会津県とか二本松県とか磐城県とかの構想があった。それは江戸時代の藩の継続としての県だったのである。だから福島県というのは不自然である。それは日本全国の県というのは不自然である、それは自然としてもアイディンティティをもてない広さである。会津とかは気候でも地勢とか浜通りとはまるで違ったものだからである。
文化形成も違ったものとなるし歴史の継続としてもそうである。

福島県は会津県、二本松県、磐城県とかなった方がわかりやすいし歴史的継続もあったのである。それは風土的にも一体感がもてる地域だったのである。
そして選挙区でも福島一区が相馬の方までありそこは阿武隈山脈でさえぎられているから地理的一体感がないのである。福島市と仙台より交通の便でも遠くなるのである。

地方自治というとき今は30万くらいの単位だとその土地に密着した政治でも行政でも文化面だってできる、県単位では県の歌を作るにしても会津も中通りも浜通りもあればそれらをふくんだ地域として作れないのである。
人間が身体と感じる範囲はやはりめんなに広くてはできない、ちょうど相馬藩くらいが範囲としては適当だとなる、会津は広いが一つの山国として地理的一体感がある。

原発は浜通りにとって一番身近なものだった、いわき市と南相馬市と相馬市でもそうだし浪江町とか双葉町とかは相馬藩内だからその辺も合併して広域化した市がかかわり決めるべきものだったのであ。その時は県ではなく国と直接交渉すべきだったのである。
県というのは自治体ではないから地に足をつけていない、だから簡単に離れているという感覚で許可したともなる、自治体とは市町村はその土地に継続して生きるものによって作られる、それは自然でも歴史でも継続したものとしてある

だからつくづく廃藩置県は不自然であり今になりまた江戸時代のことを見直すことになるそこに継続されるべきものがなかった、藩の継続というとき30万くらいの都市として市として継続してゆくことであった
そこで住民自治体が形成される、原発でもそうしたら30万の都市の内で検討された
一区画の土地所有者とか双葉とか大熊とかの町だけではない南相馬市でもいわき市でも検討される重大な課題としてとりくむ、事故後に現実にいわき市でも南相馬市でもその後始末をさせられる結果になったからである。
特にいわき市は二万人移住したとなりそこで軋轢が生まれたからである。
南相馬市でも復興住宅が建ち浪江の人でも他でも2000人くらい入ってくるようになった
まさにすでに現実はもう浪江とか双葉とかてはない、広域的な都市の住民となったのである。


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2017年05月22日

ゼネンコンの正社員は除染で3万円 下請け除染員は7000円の不満


 ゼネンコンの正社員は除染で3万円

 下請け除染員は7000円の不満

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除染などの費用 今年度までだけで3兆円以上の試算


2016年分だけでこれだけかかっている、途方もない金である



 よくわからなかったけど山梨の人はの不満はこのことだった
大成建設とかの正社員は除染作業で一日3万もらっているという
それで一カ月75万になっているという
下請けの作業員は7000円だからその差が大きいのである。
その人は7000円しかもらえないから不満を言っていたのだ

なぜそうなるかというとゼネコンで除染の責任をとりたくないから中間業者をへて下請けにまわる、その中には暴力団関係が人を連れてきて働かせて金がそっちにまわってゆく、責任とは除染をしてそのことで住民からクレームが来るとき困るからだという。つまり自分たちの責任ではない、下請け業者の責任にする
政治家が秘書に責任にしたりするの構造が同じである

そして除染は手抜きでありただ草刈っただげで終わっているのもあるという
実際にモニタリングポストの下の土をとっているからそこは低いけど回りはその倍はあるだからモニタリングポストの数字の倍はみないと放射線量の正確なところはわからない
だから飯館の佐須で0・7が計測されていたけどその倍となると1・4だから高いとなる
今は1以上だと何か高いとみるからである。飯館は全般的に高いのである
その飯館で大成建設が除染作業をしていたのを見ている

除染には国から兆の金がでている、その金がどこにいったのか?
それはゼネコンの大成建設とか清水建設とか大手の正社員に主に流れた
その下請けにも流れたが下請けだと7000円だったから安い
何かここに大きな悪が生れていた、この構造は今だけではない、前からあったことであるその原因はゼネンコに金が回りその金が今度は自民党に献金として回ってゆく構造にあったという。自民党員になっていれば献金はいくらでも可能だとか言っていた
そういう構造は前から言われてきた

よく格差社会のことを言うけどここに大きな格差を産むものがあった
大企業と政府とか大きな権力は結託して利益を得る利権構造があった
その下で苦しむものがいる、その人の不満はそこにあった

3万と7千円の差は大きい

その人は事業を失敗して家族を失ったとか苦しんでいることもあった
だから事業については詳しい、人を使うこともしてきたからそういうことを知っている
ただその人はまだ南相馬市にいて仕事を探すという
でも精神的ショックで病んだから仕事でも何でもできるわけではない
しかし何らか仕事を得ないとまずいということはある
山梨に帰れない事情ができているのかもしれないからだ

いづれにしろ兆もの金が自治体に回らずゼネコンとかその中間業者とか暴力団とかにまわって自治体の復興につながらなかった
つまりその人が言うように自治体で除染をすればそんなに金もかからないしその兆もの金を復興資金として使えば良かったとなる
なぜ自治体は市町村は何もしなかったのかとなる
二本松だったかほんの一部で地元で除染を請け負ってしていたところはあった
でもほんとんどは大手のゼネコン経由でしきられて除染したのである。

結局ふりかえるとまず原発を建てるときから自治体というのはその市町村は何の働きかけもなかった、そこに国の大きな権力が働き県と国でも一体化して原発は建てられたのである。
自治体というとき地元密着であり地元のことを優先する、そこに生活するのだからそうなる、ところが大手のゼネコンはここで生活するわけではないから除染にしても楽してごまかし金だけもらおうとする
もし自分が住んでいる場所だったら動機も違ってくる、放射線でも日々影響するとなるとなるべく減らして生活しようとなる
それは東電が建てた原発でも言えたのである。

東京の電気を供給するなら東京に原発を建てればいい、そしたら真剣に自分たちが危険にさらされるから管理することになる
それが東京から離れてフクシマに作ったのは自分たちの安全を計るためだったのである。東電の社員でも地元に住んでいれば意識が変わっていた
一部はそうだった、だから浪江の津島に放射線のことを知らずに逃げた
その時東電の社員もいて街の方に引き返した方がいいとしてそれに従い住民も引き返したのである。それはその人がここに地元に住んでいたからそうなったのである。
自分も被害者になったからそうなった,そして東電では東京本社から事故のとき指令を出していたのである。ここにも意思疎通がうまくいかなことがあった
それで吉田所長が独自の判断をして失敗したということもとりざたされた

結局自分たちが安全ならばいいということでフクシマに原発が作られたことがそもそも事故にもつながった、離れているから自分たちには被害がないという前提で建てられていたからである。
一方で地元というとそうした国と東電という大きな権力の圧力のもとで自治体でもなんら抵抗するものがなかった
肝心の自治体が自分たちの住んでいる住民を守らない、また住んでいる人たちも自分たちの住んでいる土地を守る意識がなかったのである。
事故後もそうである。ゼネンコの大手に除染をまかせる、そこで手抜きがされるのは外から来た人はそこに住まないから金をもらって適当にやりごまかしして楽したいとなるからだ、地元に住んでいる人とは違った意識になるからそうなる
今回のことで国と県と自治体の関係が問われた、それより自治体が市町村が何ら国とか県のなすままであった、復興するにしてもそうである。
自治体というときそこの住民も自治体の一員だったがその人たちもやはりよそ事のようにして原発が建てられたし事故後も自治体は有効に国からの金を活かせなかった

例えば補償金でも実は兆もの除染費用があるなら自治体主導すれば復興にまわせるし補償金にも回せたのである。南相馬市だったら鹿島区は百億円を支給した
それ以上の金はまわせた、そうなれば小高と鹿島区の対立もなかったともなる
これはいい悪いでないにしろ例えばでありそういうこともできる金が実はあったが活かせなかったのである。
それは自治体でもその住民でももっと一体となり働きかける力がなかったともなる

地元というときそこに住んで生活して死ぬ場所でもある、その土地と一体化してある場でありそれは今の世代だけではない代々受け継がれたものとしてある土地である
そこが汚染されて住めなくなるとかそういうことは地元の人にとっては耐えられないたことでてある。
でも地元の人にしてもそういう強いここが掛け替えのない土地だという意識もなっかのである。そういう危機感もなかった
自分たちで自分たちの住む場所を守らないとしたら誰が守るのか?
もしそういう意識がないとしたら自治体の住民なのかともなる
そんな人は住民としての資格があるのかとまでなる
そういう人は別に一億もらってどこにでも去ってゆくとなる
実際にそうなった面もあった、金の社会であり移動が自由であるときどこでもそうなりやすいのである。
ただそういう人は本当にここに住む自治体の一員としての資格があったのかとまでなる

話は変わるがベトナムではなぜアメリカに抵抗できたのか?アメリカが征服できなかったのか?
それはベトコンがその土地に愛着がありアメリカが外国人が侵略して支配されることに根強い抵抗があった、だから穴を堀り地下にもぐり抵抗したという。
南国だから芋がすぐに成長するから食料になったという。
そのパトリシズム(愛郷心)が根強くあったからあれだけの抵抗がありアメリカは敗北したのである。
それだけの愛郷心があったということ、そういう愛郷心がその土地土地に住む人にあったただ現代では便利なものを求めてそうした愛郷心が希薄化してきたことも事実である。
だからこそ不便になったらこれだけ荒廃したら流出してゆく、不便な所には住みたくないとなって流出したのである。
ともかくこの辺ではいろいろなものが問われた場所になったのである。

あの人の不満は大きいからその捌け口がどこになるのか?それが今度は共産党とかの支持につながる
共産党もまた幹部は贅沢しているし実際は同じ構造があるが刷毛口がないからそうなりやすい
こういう構造はアメリカでもある、大企業が刑務所に入っている人を安い労働力して使っていたのである。
これもブラックジョークとなるが一体悪い奴らは誰なのか?
ゼネコンの正社員なのか大企業なのかとなる
その大企業と結託した政府なのかともなる
正社員と非正規の格差問題でも同じである。
こういうことは歴史上常にあったことである。支配するものと支配されるものがいて支配されるものは悲しむ者となる
この世のとはそういうところであり何か変わらない、正直者は馬鹿を見るということでもある
ただ自分でもそうした得をしている方なのかもしれない、そういう人はやはりいつまでも得をするかとなるとならない
そういうカルマをもったからそのカルマを受ける時がくる
自分が苦しんだのはそのカルマが家族でも積み重なっていかからかもしれないからだ。
そういう社会がいつまでもつづくとは思えないのである。











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原発事故の避難区域の復興を担うものは誰か? (外からの人でも誰でもいいとはならない)


原発事故の避難区域の復興を担うものは誰か?


外からの人でも誰でもいいとはならない


●若い人

●技術を持っている人経験者

●何かを指導できる人(年配でも可)


「南相馬で復興を支えるエンジニアを求めている」。ITに詳しい市内の若者を紹介された。

地元の人間だけになったら、きっと原発の話とお金の話ばかりしていると思う。地元の人間だけでは、芋こじが開かれた場にならない。それでは続かないです。色んな人が来て、色んな人と会える。色んな人と話ができる。

ここで地元の人というとき南相馬市とか相馬市も入る、もっと広範囲になるかもしれないつまり福島市だってそうだし郡山市だって入る、するとそこで補償金のことで争うことになる、特に南相馬市は鹿島と小高が対立状態になった
だからかえって外からの人に期待されるのもわかる、何も土地のしがらみがないからいいとなる

でも移住するにしてもみんなが誰でもいいわけではない、ただ年寄りは若い人ならその土地にとっていいのである。先があるし時間をかける時間がある
年よりは時間がないので先がないので新しいことをはじめるのが苦手になるからである。山梨の人は事業に失敗した、その話は参考になる、人の使い方などを知っている
人がいいので人に裏切られらて失敗したのかもしれない。
だから十年その人も老けてしまったのである。あんまり人は苦労すると年とるのである。自分も若いときそうだった、若いとき苦労したので急激にふけたのである。
そんなもの苦労ではないと言えばそうだが自分にとって苦労だったのである。
その後30歳以後故郷に帰り楽したから体が弱くてもここまで生きたとなる
やはり人間はあまりにもきつい生活だと早めに死ぬようになる
パンも食べられないような生活でははやめに死ぬのはやむをえない

小高は今は外から来ている人が増えたという、小高は前よりは増えているだろう。
こういうときは人手を求めているから他からでも受け入れやすいのである。
だから小高では外からの人が来て元気がでてきているのもそうである。
でも誰でもいいわけではない、何か技術でももっている人がいいのである。
若い人は何ももってなくても若さがあるから受け入れられる、
山梨の人は急激にふけてもう何もしたくないとなっている
人を使うということが嫌になっている、それほどひどい目にあったともなる
人間不信になり病気にもなっているからだ
こうなるとこういう人は何か悪いが受け入れるにしても受け入れる側もその人に何かしてもらうのではなくしてやるという感覚になるから受け入れがたくなる

ただ内輪では帰る人と帰らない人がもめているし南相馬市内でも補償金でもめている
必ず鹿島の人に会うとその話になるのである。
だからかえって外の人の方がいいとなるのがわかるのである。
この辺では外部から入る人が今もそれなりにいる、駅にいるとそういう人たちが出入りしているからわかるのである。外部の人たちがまだ活気を与えているともなる
小池にコモドインとんうホテルができてランチも食べられるようになったのもそのためである。家も何百軒と建って都会化したのである。
駅というのは地元の人たちだけが出入りするのだとつまらない、外部の人が出入りしてくると活気がでてくる、その中には外人もいたからだ

避難区域になった所の復興は外部からの力が必要である。でもそれが誰でもいいとはならない、若い人は技術がなくても経験がなくても受け入れられる、体力はあるしその先が長いからである。
50以上になるとやはり技術をもっているとか何か経験があり人を指導できるとかの人でないと無理だろう。
だから変なのは東京辺りの介護が必要な老人を受け入れろとなるとそもそもこの辺では病院でも看護師がたりないし介護士もたりないのだからそういう人を受け入れるのは金をもらってもできない,人手不足がこの辺では深刻なのである。
そして老人が他より65歳以上が30パーセントとか多いのである。

そして今度は復興住宅に移って来た人も老人が多くその子供は流出して老人だけ取り残された人も多い、都会の老人を田舎で引き受けても例え金があっても活性化はしないのである、金でなんでもできるというわけでもないのだ
復興にしても実際は金が有効に使われずに兆の金さえ無駄だったかもしれないからだ
山梨の人は確かに経営者として経験しているがもう人を使う仕事はしたくないという
では何をするのか?農業するなどと言っても全く農業のことを知らない、だから簡単に考えている、となるとこういう人を受け入れても負担になるだけかもしれない
だから誰でもいいから受け入れるということはできない、ただ若い人は何もなくても受け入れやすいのである。それも40代とまりだろう。

結局これだけ老人が多いということそれが復興の障害となる
老人はこの先どうするかというとき補償金とかの方を先に考える、何か復興するというより楽したいとなる、だから小高の老人は国民年金ではたりないからもっと年金として補償していほしいと訴えたことでもわかる、老人は苦労したくないからそうなる。
農業を会社経営にしたとしても60以上が多い
するとどうしてもそこに若い血を導入する必要があるのだ
これはここだけの問題ではない、ここでは何でも極端なものとして現象化したのである。
ただ数万円の収入を得るために四苦八苦しているとかなると楽ではない、その分を農業していれば野菜とか米をもらいたりすればいい、でもそれも今はむずかしい
第一野菜をもらえばいいというがもらえるほど作るのか容易ではないのだ
今野菜が高くなっているからもらえればいいがその野菜を趣味で作っているだけでも労力が金さえかかる、そして何にももらえないのである。人にくれるほどとれていないのである。
現代は現金収入がないとどこでも生活が苦しくなる、飯館村などでは震災前は自給自足的な生活をしていたがみんな出て行ってしまったという、そういう人はまた愛着がなかったのかとか批判される、苦しいときこそ何か助けになることをすべきだと地元の人は思ったからだろう。

それは地元の人でもそうである。なぜ故郷を捨てて出たのか?外に出た人と残った人で争う、それで飯館村では外に出た人と残った人で草刈りをしたというのもそのためである。この辺では様々な対立が生れたのである。
第一飯館村では補償金をもらって外に出た方がいいという人と残る組が二つに別れて争いになったことでもわかる、その争いが深刻なのである。
蕨平の人は40軒あったが残るのは一軒であり牛を飼うことであれ農業が田んぼの管理でもできなくなっている、それで小高辺りでもあきらめるという人がでてくる
もともと後継者がいなくなっていたから余計にあきらめる人か多くなる
共同性が失われたからその共同性を具体的に意識されたのである。
個々の家というものは常に意識されるけど共同しているということは意識されないのである。
でも現実にコミニュティとかこのうよに破壊されると強く意識されるのである。
特に農家の場合は一軒一軒の家では成り立たないのが農業だったから余計にそうなったのである。

ただこういうときは外からの人も入りやすい、助けを求めているのだから外からの人は若いなら歓迎される、普通だとなかなか入りにくい、その外からの人が逆に指導的立場にもなりやすいのである。
なぜなら地元の人は老人が多く、出る人と残る人で分断されたり補償金とかでもめたりと一致していない、外からの人はかえってそうしたしがらみとかもないし新しいことをしやすいのである。何かこういう場所だからこそ生きがいを見つけやすいともなる
町や村をリードする立場にだって成りやすいとなる
地元の人が困り求めるているからそうなる、普通だったらそうはならないからだ。




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2017年05月17日

海は誰のものか? 船主や漁業権者の不満が原発事故で大きい


海は誰のものか?


船主や漁業権者の不満が原発事故で大きい



 特定の人(漁業協同組合関係者)だけが、漁業権の免許権者である都道府県知事から免許されることによって、一定範囲の漁業を独占排他的に営みその利益を享受することができる、


実際には、漁業権の譲渡は、例外的な移転を除いて禁止され(同法26条1項)、貸付は不能(同法30条)であり、抵当権の設定、使用方法に至るまで、漁業法は多くの制限を科しており、民法上の物権とみなしていると考えられる点は殆どない。

漁業権とは魚などを捕ったり養殖する権利のことで、海を占有する権利ではありません。ダイバーは当然、漁をしている場所で潜ったりしませんから何か捕らないかぎり、漁業者が「ここで潜るな」などと言うのはすじ違いなのです。


フクイチ事故でとん挫した上関原発計画であるが、何が何でも祝島漁民の漁業権を奪うつもりのようです。

10月11日、祝島漁協有志で山口県漁連に申し入れを行い、これ以上祝島漁民が漁業権を売らないという意思を尊重し、妨害しないことを求めました

地理的に限定することはきわめて困難かつ時間的に限定することが不可能であるという、
原子力発電所の特徴を考慮すれば、
そうした広範な人びとからの強い反応は当然だと私たちは考えますが、

祝島支店の32名 (過半数)の正組合員および8名の準組合員は今年3月、
この漁業補償金を受け取らないという意思を、改めて貴組合に申し入れております。

今この辺では補償金でもめている、原発事故で避難解除になったからだいたい支払いが終わっている、でもこの辺では船主とか漁業関係者への不満が根強い、それはもうみんな知っている、海岸に住んでいた人も別に船主でもない、漁業にたずさわらない人は多かったそういう人たちは何ら補償がないのである。
それで海老の人が家も流されて生活が苦しくなったからその不満を言う
しかし海岸に住んでいないものはわからなかったのである。
自分もわからなかった、ただ海岸に住んでいる人は漁業関係者が金があるのを知っていて原発事故前からその不満かあったが公には言っていないのである。

それで原発御殿が建ったとかは本当だった、ある人は船主の家に招待されて金の襖があったという、それは東京の職人を呼んで作ったものだったという、その御殿も津浪で流された、それは請戸の港の家だったという。
このことは例えば駅に東京などから帰省してくる人たちも家族から話を聞いて知っていたのである。もうこの辺ではみんな知っているしその不満がぶつぶつと溶岩のようになっている、だから一面そういう不満が爆発したら怖いとなる
いくらそれだけ補償金をもらっても漁業関係者も安穏としては住んでいられないともなる
そもそも漁業権とは何かとなると明確ではないのである。例えば一定水域での漁業にたずさわる権利というものがある。それは広い領域の漁業権ではない、そういうのは代々受け継がれた権利ともなる

貸付は不能(同法30条)であり、抵当権の設定、使用方法に至るまで、漁業法は多くの制限を科しており、民法上の物権とみなしていると考えられる点は殆どない。

これはそもそも漁業権があるのは認めていても漁業権を売り渡すことはできないとうことになる、ではなぜ東電に漁業権を売り渡したのか?
東電の原発のある場所の水域は東電のものであり他の人は立ち入れなくなったのである。その海を所有していたのは漁業組合だからそれができたのかとなる

不思議なのは今山口県の上関原発建設にあたり

原子力発電所の特徴を考慮すれば、
そうした広範な人びとからの強い反応は当然だと私たちは考えますが、

ここでは漁業者だけではなくその土地の広範囲な人々の協力を得て原発を建てさせないようにしている
ところがこの辺では原発を建てるとき漁業権者がその権利を独占して補償金をもらっていた、事故後も多額の補償金をもらっている、それでみんな立派な家を真っ先に建てたのである。一番手厚いの漁業権者にされたからである。

そもそも海は誰のものかというとき漁業権者のものなのか?市町村のものなのか?
県のものなのかとなる、ここでは意外と県が許可権をもっていて法的な権利をもっている原発を建てるときもその土地の所有者と県の許可で建てられたということになると
県の力が強いからそうなった。
その私的に土地を所有したり海を所有したり山を所有したりということが明治以降にありその弊害がいろいろ現れて原発にも及んだのである。

自然は海でも大地でも山でも川でも一つにつながっているからそもそも一区画を自分のものだという私的所有になじまないのである。
入会権から山を私的所有になると無数に山が分割されてその一部を誰かに売ることができる、するとそこがソーラーパネルにされて自然破壊が起こった場合、山全体に影響が出て村全体にも影響がある、土砂災害が起きるかもしれない、そして有害物質となりそれも影響してくる、自然とはもともと私的所有になじまないから国有になっていた。
そういうことは農業するものにとってわかっていたから田んぼは勝手に売れないものとして今でもある。

海は誰のものかというとき漁業権者はあくまでも市町村とか国からその権利を漁業資源保護のためにとか委託されたものである。
なぜならその許可は県とか国が出しているからである。
それよりそこに住む自治体のものであり漁業権者だけのものではない
その海を自分たちだけの権利にして東電に売り渡すようなことがそもそもできたのかとなる、それは法的にも検討されればおかしなものとなる

あなたたちはそこで漁業する権利を与えます
魚をとりすぎたりしないように保護もしてください
魚でも汚染されないようにしてください

それは言えるにしてもそれがどうして東電に売り渡して補償金を得ることができたのかとなる、漁業の保護とは何の関係もないからである。
むしろ海が汚染されて魚がとれないとか売れないとなるから拒否する
それならわかるが補償金をもらうために漁業権を売り渡すことはできない
第一東電の原発が建っている海岸を立ち入り禁止にしても汚染されたら事故でわかったように海全体に汚染水が流れて拡散されるからである。
それは福島県だけの問題ではない、日本全体のひいては世界の問題までに発展する
だから県だけの許可でもそんなことができたのかとなる

自然の権利となるとそれらは切り離されずつながっているからその権利の主体は広範囲になる、だから一区画を所有しているからそれを売って原発を建てさせて県が許可するなどあってはならないことだった
それも過剰な私的所有の権利を与えたために起きたことである。
俺の海の前まで権利があるとか補償金のために言う人もいた、小高では誰のものかわからない私道まで権利が主張されたりもした
これは人間の欲が限りなくなるから歯止めがきかなくなり自然を我が物にしようとする

猪苗代湖の岸辺の砂浜に自転車で入ったらここは入ってはいけないと言われた、所有者がいてバンガローのようなものを建てていたからである。
猪苗代湖の岸辺も私的に所有されているのか?そこで独占して利益を得ている
それは誰のものなのかとなる、そんなことして利益を得ているとしたらなぜそうできるのかとなる、プライベートビーチとんかのもそうである。
ホテルなどが所有したらそこに立ち入ることもできなくなるのである。
そういう場所が結構ある、すると自然を平等に楽しめないとなるのである。
そうしたかったら金を払いとなるのである。

そもそも土地を売買する投機の対象にした資本主義自体が誤っていたと言う人もいる
土地は全体とつながっているから区画して売ることになじまないのである。
海でも山でも川でもなんでもそうである、それを所有するということになじまない
ただ相馬藩内で小良が浜(おらがはま)という小さな港が双葉にあったりしたのはここはおらの浜だという意識はやはり江戸時代からあったとはなる

今回だけは漁業権者だけが手厚い補償金をもらう権利はない、それは市町村の住民にも権利がある、その海の権利はあくまでも魚をとるための権利であり海を売り渡す権利などないしそもそも法律的にも売るものとして物権とかにならないとあるからである
だから法律的にも違反していたから法的なものとしても裁判になるものでもある
ただこれだけ回りに不満があるとなると漁業権者でも船主でも苦しいとなる
回りがこれだけ不満であることは感じるから苦しいとなる

posted by 老鶯 at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年05月11日

浪江の山林火災で放射性量は上がっていた (常に隠蔽されるごまかす体質は変わらない)


浪江の山林火災で放射性量は上がっていた

(常に隠蔽されるごまかす体質は変わらない)



東京電力福島第1原発事故に伴う帰還困難区域に指定されている浪江町井手の十万山で起きた山林火災で、 
県は9日、周辺3カ所で8日測定した大気中を浮遊するちりの放射性セシウム137の濃度が前日の約3〜9倍に上がったと発表した。 

配信 2017年5月10日 

毎日新聞 続きは会員登録をしてご覧になれます 


浪江の山林火災で放射性物質が拡散して放射線量が上がった、やすらぎ荘で9マイクロシーベルとになっている、これは今だと高いとなる
そもそも飯館村でもあれだけ高かったのに草野で7マイクロシーベルくらいあったのにその半分以下とかなっている、0・5とかになっている
それがなぜなのか?除染した結果なのか?
ただ森の中は3マイクロとかありそれは変わっていない、森の周辺の樹木を切って除染した。でも森があるとそこから放射性物質が流出する
山林の放射性物質の放射線量は変わりない

放射性物質は減るのはセシウムだったら30年後でありその間減らない、ただ除染すれば減る、でも山林は除染できないことで浪江の山林火災でまた放射性物質が拡散した
除染するにはどうするのかというと泥ととか土についているからそれを除去する
溜池を今は泥と水を分離して除染している
でも回りから放射性物質の泥がまた流れてくると同じになる
それでも数学的には放射性物質が一定数ばらまかれたというときその一定数が変わらないその一定数を減らすには除染する他ないとなる

部屋の中の放射性物質は減らないのは除染できないからである。
屋根とかは洗い流して樋とか土にたまった放射性物質をとりのぞき減った
山林は除染できないからそこに一定数放射性物質が残存する
だからこれほどやっかいなものはないのである。

モニタリングポストの値は下の土をとったりして設置されているし低い、モニタリングポストの近くでも倍とかありだから倍とかにして見ないとわからない
飯館村で0・5でも実際は1以上になっているから今では高いとなる
0・23以下が住める基準になっているからだ。

なんか放射性物質とか考えると数学的思考が身につくともなる、そもそも数値でしか計り得ようがないからだ。だからこの辺では放射能に興味をもつ子供でも若い人でもでてくることは確かである。現実にこれだけ被害があるからそれが直接かかわるからである。

原発の問題は浪江の山林火災でも同じようなことがおきた

放射性物質は拡散しないから安心してください

こうしたことが福島県の広報で発信された、原発も爆発したとき御用学者がメルトダウンはしていなとしきりに言っていたが嘘だった
今回も同じだった、真実を報道しないでただ安全です、安心してくださいという報道になったのである。
原発はこのうよに常に少しでも不安を与えることに異常に過敏なのである。
そこで真実の報道はおさえられ、安心です、安全ですという報道になる
それこそ「安全神話」を作ったことでもわかる
そして事故が起きるということも言えない、科学的合理的なことも追求されずねじまげられて報道される、そんなわからない危険なものには手を出すなとなる
原発にたずさわるもの科学者でも常におびえているからそうなっているのだ。
いくら安全を唱えても科学者でも不安がありそれでなんとか科学的合理的な追求ではなくごまかそうとする、それが原発にかかわるものの体質となっていたのである。

別に一部で放射線量が上がったとしてもそれを正直に発表すればそういうことはない、でも必ずごまかすからかえって信じられなくなりみんなを不安にととしいれているのであるかえってそのことが不安を拡大させている、不安になる人はその結果かえってふえる
不安になる人は東京でも九州辺りのペットボトルを飲むとかなる
そもそもモニタリングポストがその数値をごまかすものとして置かれていたのである。
だから何を信用していいかわからないのが原発だったのである。

つまり何か原発で起きるときメルトダウンはしないとか今回の火事でも放射性物質は拡散しなとか報道する、そういう体質は変わらなかった
だから今ある原発でも同じであり常に隠蔽されるし安全だ、安全だとごまかしてでも言っていなければならない、そこが原発の最大の問題だったのである。
そのことで拡散することを指摘した新聞社に謝罪させているというのも同じ体質である。
真実の報道をさせないのである。
原発の問題はそういうことが積もり積もって大事故につながっていたのである。
そもそも隠蔽されて真実が追求できないようになっていたからである。
「安全神話」つくれるほど強大な権力をもっていてタッグを組んでいたからできたことだったのである。




posted by 老鶯 at 08:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年05月10日

原発事故が現代に問うたもの (苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)


原発事故が現代に問うたもの

(苦闘に生きて死んだ戦前の農民ー猪狩満直など)

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そもそも自分は農民でもないしまずそうした戦前のどん底の貧乏の農民を理解できない
また戦争で死んだ人たちの苦しみも理解できない、何か理解するというとき同じような体験をしたとき理解できる
ある人は10年夫を介護していた、その時自分も介護していた
でも話したこともないから自分も相手のことは知らないからその苦労も知らない
だから相手も無関心だったし自分も無関心だったのである。
ただ互いにそのことを知ったとき同情しあわたのである。

貧乏でも貧乏を体験しない人はいくら本を読んだとしても理解できないのである。
何かをそのことをイメージしようとしても甘いものとなりできない
だから昔でも歴史でも常に人間は今の生活からしかイメージできないのである。
そこに錯覚が生れる、過去は何か今の生活からみるといい面だけを見るようになる
今からすると自然環境は良かったから昔の方がいいとかなる
でも現実にそこに暮らす人は食うや食わずだったとなりこんな所嫌だとなる
タイムマシンに乗って過去にさかのぼればそうなってしまう
そこは今から比べるとあまりにも過酷な世界なのである。

北海道の開拓にしてもあまりにも過酷でありだから
火のような呪いがあると満直が詩にした、そういうことばぎりぎりの生きる死ぬかのなかで生れた言葉である。普通呪うなどあからさまに言わないからである。
そこまで厳しい生活だったということである。
それは観念的には全く理解できない世界である。

戦争というのも何か美化するようになるけどあまりにも過酷な経験である。
だから姉は従軍看護婦として赤紙一枚で戦地に送られた
四年間シンガポールに今のマレーシアのジョホールバルで過ごした
死ぬときまで何かうなされるようにしてそのことを語りつづけていたのである。
それだけ忘れられない過酷な経験だったからそうなった
そういう過酷さをもう楽な生活をしている現代人には理解できないのである。
もちろん現代には現代の苦しさがありそのことを訴える
でもその時代の過酷さはとても現代では理解できないのである。

だからそういう人たちのことを書くとなると体験がないから書けないとなる
ただ原発事故でそういう農民であれそのことが何を今に語るのかと問われた
今は農業は辛いし金にならないからと常に否定的になり誰も跡も継ぎたくないとなった
親から農業だけはやるなと殴られたとしてその人は原発や建築現場で働いた
猪狩満直の時代はそもそも農業しか仕事がなかった
わざわざ北海道のような所に開拓には入らないが戦前までみんな農業しか仕事がない
そのことが戦争の原因にもなっていたのである。
満州に日本が進出したのは広大な土地を得て農業するためだったのである。
それであの寒い地で米まで作ろうとしていたのである。
農業には土地が必要だから満州に進出したのである。
その後も戦争が終わってもブラジルとかに移民したのも農業するためだった

ところが日本が工業化してゆくと農業に従事する人はどんどん減っていった、今や一割にもみたないし全体の生産額でもそうである。
そういう時代になると誰でも金になる仕事につきたいとなり会社勤めになる
田舎でもほとんど会社員であり農業だけで暮らしている人は一割にも満たないのである。だから人間は時代に適合して生きざるをえない
だから奇妙なのは山尾三省のようになるとパンも食べないとかなるとそれは何なのだ
テレビで良くやる貧乏を見せるための演技なのかとなる
この豊かな時代にパンも食べないとか食べるなとか何なのだとかかえって批判される
そんなことを受け入れる人は今の時代にはいないからである。

山尾三省と猪狩満直とか三野混沌などと昔の農民と比べるとまるで違ったものである。
それはまず観念的に自然と共生する思想があってそういう貧乏な生活を試みたのである。一方で猪狩満直とか三野混沌などはただぎりぎりで必死に貧乏を生きざるをえなかったのである。だからその貧乏を呪うとまでなっていた
それほど過酷だったからである。
自分もまた自然とか農業でも観念的に見ているのである。

では現代にそういう過酷な過去を生きた人たちは何を問うのかとなる
原発周辺はあまりにもその逆だったのである。
漁師は漁師で海を漁業権を売り渡して原発御殿を建てて贅沢していたし
飽くことなく現代の贅沢を求めていた、その欲は限りないものとなっていた
それはもう手段を問わないのである。原発が金になるならいい、それで景気が良くなるならいいとしかないのである。
借金して家を立派な家を建てる人が本当に多い時代である。
借金してまで贅沢したいのが現代である。猪狩満直は粗末な小屋に住んでいた
食うや食わずの生活だった、そういう農民が多いのが戦前だった
その生活の差があまりにも大きいものだった

だからそういう昔の人たちは現代の生活をみてどう思うのかとなる
この生活は何なのだと思うだろう、俺は食うや食わずで最後は病気で死んだ
ここの暮らしは何なのだ、こんな世界がありうるのかとなってしまう。
今から過去へイメージすることは現実にあったことだし一応記録もあるからイメージはできる、でもまた未来となるとこれはイメージできないのである。
ただ農業というのが楽ではないことは変わっていないのである

でも趣味でやっている人がいくら苦労を言ってもそれで生活するわけでもいな、みんなスーパーで買って暮らしている、野菜でもそうである。
だから金なくしては野菜も買えないし暮らしていけないのである。
それにしても人間の不思議はそんなぎりぎりの生活でも希望をもっていたということである。
余りにも満たされた生活では人間は自堕落になり希望すら失うというのも逆説なのか?

原発事故で避難した人たちが苦しいというけども毎日パチンコとかギャンブルしている人がどこが苦しいのかとなる、その人たちに言い分があってもそうである。
6年間はほとんど遊び暮らす楽な暮らしだったなと見るのである。
それは過去の過酷な生活を比べることやシリア難民とかと比べることはできない
それにしても自分は介護していたしその回りでも苦労していた人たちはいる
それを自分たちのみが苦しいと訴えていたのも納得いかなかったのである。
そしてなぜ同情しないのかと怒りになっているのも納得いかなかったのである。

その前にそもそも原発を誘致して贅沢をしたいということがありそれが事故となり漁業でも農業そのものもを破壊されてしまったとなる
その農業などでも飯館村などでは回復不可能にもなっている
水さえ飲めないとまでなっている、それは何なのだろうとなる
そして若い人が流出してもう町も村も維持できない状態になっている
飯館村ではこのままでは1000人くらいになるという、それも老人の割合が半分以上だからどうして村が維持できるのかという深刻な状態に将来なる
そこには希望もなにもなくなってしまうのである。

どんな時でも 仲間よ
俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう
どんなときでも 仲間よ
俺たちは新しい地を継ぐ子供のあることを忘れはしないんだ
(仲間よ、俺たちは戦っている)

俺たちは俺たちの瞳のような子供のあることを忘れはしないだろう

これは何か生きる子供の純粋な気持ちをもちつづけることであり
そして新しい地を受け継ぐ子供のあることとは何なのか?
そういうふうに親が苦労して生きていたときそのことを子供は知っていて受け継ぐ
だからそういう過酷な状態でも人間は希望だけは持ち続ける

一方で農業だけはやるなと親に殴られた人は親になり原発で働いて豊かになってもその地を受け継ぐ人がいなくなったのである。
双葉町では原発と未来を築く町としてあった、その未来は無惨に破壊されたのである。
だから過度な豊かさを求めてそれを得たとしてもそれが未来の希望になるとは限らないのである。
現実に子供たちはその地を受け継がないで去ってしまったということである。
子供が受け継ぐというときカルト宗教団体のうよなものも受け継がないだろう。
いづれその偽善にきづくからである。

だから不思議なのはそうした過酷な貧乏の中ででも人間は未来に希望をもっていたということである。その昔の過酷さと比べると原発事故はまた違った被害だけど楽だとはなる
でも若い人たちは次代を継ぐ人たちは去って行ってしまったのである。

どんな時でも 仲間よ

その仲間もみんなばらばらになって帰ってこなくなったのである。
どんなときという時というとき苦しい時でもとういことである。
それが家族ですらばらばらになり老人だけが故郷に取り残されたのである。
仲間といっても会社員の時代になると違うからそうなったともなる


参考にした本

猪狩満直と「移住民」-佐藤久弥著
posted by 老鶯 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年05月08日

なぜ原発事故で若い人は流出したのか? (郷土愛が希薄化した結果?)


なぜ原発事故で若い人は流出したのか?

(郷土愛が希薄化した結果?)

そこがどんなに寒く、どんなに乾燥し、どんなに湿潤な土地であろうともいやなのもはそこを去りそこを愛するものだけがそこに残って作った共同体を愛するものである。それが郷土愛であり祖国愛の源流だろう。

風土と郷土愛-藤井昭二


●自然環境(真善美)

●風土性

●家族(愛)

●郷土の人間関係(協力関係)

●豊かな暮らし(利便性)


この人の考察では自然条件がどんなに厳しくてもそこに人間は住んでいる、黄土高原のヤオトンなどもそうである。草木も生えていないような所に良く住んでいられるとなる
砂漠に住む人でもシベリアでも自然条件の厳しい所に人は住んでいる
そこに住んでいるのはその土地を愛しているというよりそこに住まざるをえないからだろう。

自然環境とか風土性で培われるものがある。それが文化文明を作ったというのもそうである。宗教でも一神教が生れたのは砂漠からである、それはイスラムでも共通している
世界を見ると日本のように山が木で覆われているのは少ない、木もない山も多い、
砂漠の山などもそうである。シナイ山といわれる所も木がない岩山である。
だから住むには厳しいとなる、日本ではそういう点では恵まれている

風土性は人間に大きく影響する、福島県でもハマ、ナカ、アイズでまるっきり風土が違う気候が全く違っている、福島市とかは夏は盆地で暑いからいやだとなる
阿武隈高原を越えると涼しい風が海から吹いてきてほっとした。
何か熱風の中から出てきた感じにもなった。
だから福島市には住みたくないし他にも会津も冬になると雪に埋もれるから住みたくない浜通りのいい点は寒からず暑からずなことである。
だから天候からすれば浜通りは老後のおすすめの場所であり浜通りに住みたいという人はいたし現実にいたのである。
老後を会津とか北海道を選ぶのは気候の厳しさを知らないからだとなる
体の弱い人は住めない、老人には住みにくいとなる
ただそこに住んでいる人はその風土に慣れているから住めるともなる

そもそもその土地が悪条件でも住むというとき郷土愛の前に家族愛というのは誰でももっているから家族がいれば住むとなる、ただ家族に冷たくされたというとき故郷に帰りたくないという人もいる、駅では東京などに出て行った人が女性でも帰ってくる、その時なつかしいとなるときまず家族に両親とかに会えることなのである。
駅では母親が待っていたりするからである。
自分も郷土愛というとき家族がいて家族の元に帰れるということであった
自然とか郷土の人間関係など全く関係なかったのである。
自然とか考えるようになったのはその後のことである。
自分は都会は向いていなかったからである。人ごみとか騒音の環境を嫌悪することがあったからだ

だから今原発事故で郷土から流出した若い人々は飯館村などでも回りの監視状態の人間関係から離れて福島市とか都会で暮らす方がいいとなっている
田舎の人間関係は相互監視状態になっていて窮屈なのである。
そして今は田舎でもみんな農民ではないから共同性も希薄化している
そうなると家族愛となると別に郷土にあるわけではない、どこに住んでも家族が入れば家族愛があるから郷土にこだわる必要がない
むしろ現代は豊かな暮らし利便性が優先されるとなる

だから石川啄木があれほど望郷になったのか不思議だとなる、それほど田舎で暮らしている人に自然への思いはない、自然の美にしても普通の人は農民でも意識しない
むしろ農民だったら苦労だけを言う、ただ自分のように外から見ていると楽だから自然の中に暮らしていることはいいとなる
現代は特に郷土と結びつけるものが希薄化している、だから原発事故で放射能問題があっても若い人たちはこれを契機にかえって流出したのかとなる
ただ老人は郷土に愛着があり残ったとなる
だから自然条件の厳しい所に住んでいるのは郷土愛とは限らないのである。
郷土を嫌っていてもしかたなくいるという人も多いのである。
それよりそういう外の世界を知らない時代はそこに住むほかないとなる

自分が自然環境を重んじるというとき自然の中にロゴスを形成する、アイディンティティ化するものとして追求してきた。そこに精神の調和と形成を求めてきた。
東京とかなると完全にロゴスは崩壊している、無秩序の世界、混沌の世界でありそこに精神の安定はえられない、だから良くあんなところに正常でいられるなと思う
そこに住むことができること自体異常になっているのかとも思うのである。

いづれにしろこの辺で原発を誘致したのも利便性でり豊かな暮らしをしたいためである。郷土愛というより利便性とか豊かさを求めることが強かったのである
逆に山尾三省の不思議は異常に自然環境、風土性を求めていたのである。
それを自ら実践したのである、なんでそこでするのか?
それは演技であり貧乏をショー化するようにも見えたのである。
何か現代はかえって不自然に見えてしまっていたのである。
田舎でも山尾三省のような人はいない、みんな利便性と豊かさを求めている
だから原発事故で放射能の被害もあるがそれだけではない利便性と豊かさを求めてまた田舎の人間関係のわずらわしさを嫌ってこの際都会に出た方がいいともなったともいえる
つまりすべてが原発事故が原因だったとはならないのである。
郷土愛が希薄化した結果として流出したともなる
もし山尾三省のような人がいたらそうはならなかったことは確かだからである。

つまりいい家をもちたい、いい車をもちたい、うまもいものを食べたい、・・・
そうした欲望が限りなくありそうなった、立派な家を借金してまで建てているとか
いい車に乗っているとか漁師は原発の補償金で事故前からぜいたくしていたし原発御殿と言われる家を建てていたり何か欲望のためには何でもするともなっていたのである。
それは別に漁師だけではないみんなそうだったのてある。それが現代の生活でありどこでも同じである。
ある人は見栄のために事業を成功していたとか装っていたけど借金していたのである。
借金してまで自分を良く見せる、そのためにはどんなことでもするというのが現状なのである。
お前も同じじゃないかといえばうまいものは食べたいというのはそうである。
でも家はあるし車はもっていないからそういう贅沢は求めていない
だから山尾三省と比べるとあまりにも違いすぎるのである。
ただパンが贅沢だとなると誰も今の世の中には受け入れられないのである。

山に還る
その山がたとえチェルノブエリの灰に汚染されているとしても
わたくしには他に還るところがないのだから

この人の不思議は別に原子力発電とか放射能の被害にあったように書いているのだ
老人はまさにこういう心境だから故郷に帰りたいとなっているのだ
若い人たちはそうはならない、若い母親だったら放射能の怖さが優先される
そこに世代が分離して老人だけが故郷に取り残されたとなったのである。


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2017年05月04日

ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎 除染しても放射線量が減らないから困る


ダムとか溜池とか湖に堆積したセシウムの謎


除染しても放射線量が減らないから困る

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溜池の除染作業

よほど郡山の市街地にある某公園の方が高いね。 
そこは池の水位が下がると3マイクロまで上がるし。

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

湖は森林とは違うよ。 
キミは福島の森林が年々セシウム濃度が下がって、湖等が上がってること知らないのか?

日本は世界でも最も降雨の多い地域で、通過する温帯性低気圧(台風等含む)で、放射性セシウムが洗い流されて土壌に染み込んだり、懸濁流水となって、湖沼河川へと集積されている。 
樹木植物に蓄積されている放射性セシウムは主に根茎に集まるので、火災にさらされることの方が希。 
土中には酸素が無いので根茎は燃えない。 


ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう


環境省はダムは管轄外。 
国土交通省はダムの汚染状況を調査中。 
小型のダムである農業用ため池は、農水省と福島県で調査した汚染状況の結果をHPで公表している。 
この結果を踏まえて、2017年度から本格的な除染を既に始めている。 
それまでは各地で実証実験を行い、湖沼の除染技術の確立していた。

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている。

ベラルーシ国立土壌研究所グループの調査で粘土分が少ない土の場合、 
土壌汚染の15倍もの放射性物質が牧草に蓄積されることが分かっていた。


科学に弱くてもこの辺では放射能のことを考えざるを得ない、文系でも理解しようとする的外れなことあるが事故周辺に住んでいると実際に回りの放射線量を計測しているから他の人より理解するということはある
これは2ちゃんねるの論議だからいいかげんなことはあるだろう。
ただあれでもヒントにはなる、あまり専門的になると手も足もでないとなるからだ

浪江で火事があってあそこは避難困難区域だから相当に放射線量が高い、飯館村で木の樹皮は3マイクロシーベルト4年前頃はあった。今は減っているただ山林の中も今も3マイクロシーベルある。
この辺で一番気にしているのは真野ダムの放射線の汚染である。水を利用しているからそうなる、だから飲み水はペットボトルになる、相馬市でもそうである。
するとペットボトル代くらいの補償は継続的にしてくれともなる

自分は溜池で除染しているのを見た、泥と水を分けている作業をしていた

ダムの底には相当量のセシウムが堆積しているはず 
ダムは流れ込む土砂を定期的に浚渫しないといけないし、 
放射性物質が含まれているとなると、それも考慮しないといけなくなる 
福島県内のダムはどうしているのだろう

ただし、流域面積(集水域)である森林の除染を行っていないので、降雨の度に放射性セシウムが染み込んだ表土が、懸濁水となって流出し、折角除染した湖沼でも3年で元に戻ってしまうことが、先の実証実験で明白になっている

実験してダムや溜池や湖の除染をはじめている、小池で見たからそれがそうである。
でもこのようにまた回りからセシウムのついた泥が流れてくるから同じだとなると何か除染も徒労だという感じになる
そしてその回りの森の領域が広いからその泥の流出をとめることができないのである。
だからダムでも溜池でも湖でもセシウムが泥が堆積されているから放射線量は上がっている、それは上が水で覆われているから放射線量を水でさえぎるから上がらないだけであるそれは原子炉を冷やしているのと同じ理屈である。

水を取り除いたらセシウムのついた泥の放射線量が高くなっている

家根から流れだしたセシウムは樋で高くなったと同じ

溜池とか湖でもダムでも泥は計れない、でもその水が取り除かれたときかえって放射線量は上がっているというのは怖いことである。
その溜池でもダムでも湖でも除染してもまた回りから泥が流れてくるのだから無駄というときそんなことに金かけて除染していいのかともなる
つまり除染は何か森や山林地帯では効果がないのではないか?
そこには常に泥が流れてきてたまりやすいからである。

浪江で火事では確かに樹皮は飯館村の佐須で3マイクロシーベルとあった、一部にホットスポットがあり20マイクロをこえていたところがあったので驚いた
その泥は確実に真野ダムに流れているのである。

これから政府で溜池とか沼とかダムとかの除染をしようにもできるのかとなる
確かにそうはいっても森自体が広すぎて汚染できないときセシウムのついた泥を取り除けば山林の放射線量は減ってゆくことは確かである。
でもそれは果てしない労役を課されることになる、そのカルマをとりのぞくには半減する30年とかともなり嫌になるだろう。
それが放射能被害の過酷さだったのである。

浪江の火事では樹皮は汚染されたが

汚染された木が広葉樹なら1年で葉は落ちてしまうから汚染されているのは樹皮のみ 
針葉樹なら5-6年で葉が入れ替わるからやはり汚染されているのは樹皮のみ 
山火事で落ち葉が燃えても拡散しない

樹皮は4年前頃3マイクロシーベル汚染されていた、これは自分で計測したから覚えている放射性物質が拡散するかしないかは議論されている
たいした影響もないのかあるのかまたわからなくなるのである。



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2017年05月03日

原発事故で機能しなかった地方自治 「安全神話」が権力と一体化して作られたため


原発事故で機能しなかった地方自治


「安全神話」が権力と一体化して作られたため


そもそも原発自体が一方的権力で作られたものだった、それはアメリカから押しつけられたということもある、アメリカの核戦略とかありそれはヨーロッパともフランスとかも関係してすすめられていた。
だから「安全神話」はこうした権力によって作られたものだった
それはカルト宗教団体とにているのである。
一時東電がオウムと同じだとか言われたのもそうである。
オウムがサリン工場を隠密裏に作り製造していたからである。
そこには理系卒の科学者が技術者がかかわっていたのである。
それが宗教と一体化していたからオウムというのはやはり現代の複雑な科学文明の鬼っ子として生まれたのかとみる

創価はどっちかというと庶民のカルト団体である。貧乏な時代に生まれたからそうなる
オウムはそういうカルトとはまるで違った極めて現代的なカルトだった
それから幸福の科学というのも科学とつくから現代的カルトである。
そして政府と東電(大企業)が一体化して「安全神話」を作りカルト宗教団体化していたのである。
だからこうしたものは現代の文明から必然的に生まれたものだったとなる
それはピカートが言うナチスを生んだ構造がありあのような恐るべき、表現し得ないような犯罪集団と化したのと構造はにているのである。

なぜそうなのかというと「安全神話」が成立したのは権力があったからこそできた
権力と宗教が結びつくときどうなるのか?
この辺では原発が安全ではないというと住めなくなる可能性すらあった
3分の一くらいが直接働かなくても原発と経済が関係していたからである。
大内村で三分の一が原発で働いていたとすると結構豊かな暮らしがあのような小さな村でもできていたとなる、飯館村でも住めなくなった長泥でも原発で働いていた人がいたのである。飯館村は県では咲いていれレブルの収入しかなかった。
何か今でも補償金で売るい、回りの人を気にしないで暮らせる都会生活になじんだとか報告されている、福島市などに家を建てた人もかなりいたのだろう。
桃源郷とか言ってもそれは外から見た人のことでありそこで暮らす人はまた違っているのである。

こういうふうに権力によって強力な「安全神話」が中央の政治と大企業によって作られたとき地方自治体は対抗も何もできなかった。
安全ではないというときそれを科学的に合理的に追求しても無駄である。
そこには専門家の科学者も御用学者としてかかえているしそれが「安全神話」の宗教とさえなっていたからである。
カルト宗教団体が罰があたるとか脅していたり自ら呪縛されているのと同じである。
つまり安全だ安全だと題目を唱えていれば安全だという感覚に原発にたずさわる人々も思い込んでいたのかもしれない、だから安全でないということはタブーになっていたのである。それが権力をもっているからできたのである。
情報もマスコミでも800億円とか電事連から広告料として払われていたから完全に安全でないとかの報道は片隅に追いやられていたのである。

権力と宗教でも一体化するとカトリックのように大きな害をもたらすことになる
人間は心の罪とかより権力に従うし権力を畏れているからである。
権力というとき経済力とか報道力とか政治力とか今なら科学力とか技術力とかありそれらが一体化したものである。それが「安全神話」を作ったのである。
科学とか合理性とかが安全神話を作ったのではないのである。
だからカルト宗教団体が批判できないというときお前ら神に仏にたてつくのか、罰あたるとかで何も言えないと同じなのである。だからこそ「安全神話」になり一種の宗教までなっていた。それは内部の人もそうなっていた、安全を作るより「安全神話」になり宗教のようにただ安全、安全と題目を唱えていれば安全だとまでなっていたのである。

原発が事故をおこしたあとも全くその事故の処理ができなかったのもそうした安全神話がありそれが一挙に崩壊したからである。
安全神話があれば第一事故が起こることを想定していないからである。
実際はスヒーディが風向きを測定して放射性物質が流れる方向を測定していたし東電の社員の人は知っていたのである。
それで津島の山の方に浪江町の人が避難したとき東電の社員の人がいて街の方に引き返した方がいいと言って引き返した人たちがいたのである。

東電の社員は知っていたが政府からも東電からもそういう指示は浪江町の町長にも自治体には報告されなかったのである。
なぜなら「安全神話」が作られて事故は起きないとなっていたからそうなった
そうなれば避難訓練などする必要がないからである。
だから政府と東電が一体化してカルト宗教団体化していた、権力があるから報道もおさえることができたからである。
そういうことはカルト宗教団体では今でもしているからである。権力をもっているからできる、そのことが今回のような大事故になりもう回復できないような状態にしたのである

そして地方自治体が機能しなかったいうとき中央政府から30キロ内は避難命令がでて住めなくなり6年もすぎてもう回復できないような状態になった
科学的には30キロ圏内ではない、風の影響によるから30q圏内で区切ることは必要なかったのである。それがまた南相馬市などでは混乱させられた要因である。
小高が避難させなければ補償金で三つに分断されることもなかった
南相馬市として一括してもらって分配を決める、その時個々人にすべてを配るのではなくその時こそ自治体の自治体を発揮して市の開発とか復興に使うべきだったとなる
そういう指導がなされていれば市は分断されなかったのである。
つまりなんら自治体としての自主性が機能しなかったのである。
その時住民自治もなかったのである。住民もただ金をもらえればいいとしかならなかったそれは一時的なものとして消費され消えてゆくがだけのものになる
後々の発展にはつながらないものとなって消える

また地方自治といっても日頃からそうした土壌がないならできない、急に自治でやれとか言っても日頃そうしてなければできない、そういうものもなかった
中央指導であり地方自治体は下請けであり決めるのは中央官庁だという構造もそうしていたとなる、地方自治も問われたの原発事故だった
市長が何もしないとか役所は何もしないとか言うのは簡単だけど住民も何もしなければ何も変わらないとなる、原発事故はただ科学的な問題だけではない現代社会そのもの文明から起こされたともなる、現実にカルト宗教団体でもそうだし現代文明から生まれた病的な現象でありそれが社会を破滅するほどの力をもつから怖いのである。それはナチスと同じ構造でありそういう社会に生きているからそういう異様なものが生まれてきて席巻してしまうとなるのである。と

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2017年04月30日

ふるさとの老木(詩) 原発事故で奪われた故郷


ふるさとの老木(詩)


原発事故で奪われた故郷


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ふるさとの老木

ふるさとの一本の老木
春の日をあびてなお生きぬ
春の花々に飾られ
広々とした田畑を見て
ここに根付きて長くもあれ
ここにやがて朽ちなむ
この土地に生まれ育ち老いしもの
そが朽ちてもなおここにあれ
在りし日を語りつつ
ここを愛しみつつありしかな


この老木は本当に生きているのか?どこの村でもこういう老木はある
原町区の大原にもあった、そして前田という所に農家があった
そこが空家になっている、その人と病院で一緒になったがまもなく死んでいた
それで死んだ後のことをしきりに息子に伝えていた
でも息子は街に出て働き帰り農業をするつもりはなかった
農業を継いでくれということがあったのだろう
それが悔しいということがあっのだろう。

その農家は相当に古い、前田という地名のある所は草分けの農家である。
前田からその村が拡大したのである。
老木という時、農民とか農家があるとふさわしい
農民とはその土地に根付き生きているからだ
商人とか工業に従事するとかなるといくら故郷に生きていてもその土地と密接に関係しないからである。
たでから農家は三代で農家として認められるというのはそのためである。

ただ一般的に人間は生物の一種だからやはり木や石のようになってゆく
年をとるとなにか動きたくない、定着志向になる
なんか自分も旅し続けたけど疲れて行きたくないとかなる
そして老人は生まれ育った所で死ぬのが幸いだともなる

その自然の生を奪ったのが原発事故だったのである。
そうして長く住んだ土地を離れざるを得ない、住めなくなったからである。
老人が故郷に帰りたいというときそういう自然な心情からそうなっている

ただ老人が帰りたいとしても若い人が帰らないと町も村も成り立たない
春の花々に飾られているというときそれは子供たちとか孫たちなのかもしれない、
老人がその土地で死ぬためにはやはり次世代の人が跡を継ぎその土地での生活の継続が必要になる、それが奪ってしまったのが原発だったのである。
それは酷いことだったのである。
それは金をもらっても補償しきれない問題である。

ただ農業というとき今は誰もやりたくないものになっていた、それで子供のとき親に農業だけはするなと殴られたと語った老人がいた、それは極端にしても親がそういうことを言っていたら子供が継ぐはずがない
その子供は原発で働くようになり避難させられたのである。
だから原発を誘致したというときその前の世代の親にも問題があったとなる
金になるなら原発を歓迎したとなるからだ。未来は原発とともにあるという標語まで双葉町ではかかげていたからである。

タグ:故郷 老木
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2017年04月29日

原発事故の再検証 (原発大崩壊ー武田邦彦の本を読む)


原発事故の再検証

(原発大崩壊ー武田邦彦の本を読む)


●30キロ圏内避難は科学的にも根拠がなかった

科学に弱いと原発事故について理解できない、自分は科学に弱いからとてもたちうちできなと見ていた、でもなんか自分が言っていたことがまともな面もあったなとこの本を読んで思った
素人の常識でも原発に対抗できるものがあったのかとなる

自分は30キロ圏内で区切ったことがこの辺の混乱をもたらした。
素人的にも小高の線量は30キロ外でも相馬市とかでも変わりなかったからである。
でもそれは30キロ圏内でも何か科学的根拠があるのかと思っていたのである。

放射線というのはむずかしくいえば、電磁波、簡単に言えば光そのものですから
直進します、山を越えればフクシマ第一原発は見えなくなりますがフクシマ原発見えない場所では放射線は直接来ることはありません
放射線は薄いものだとつきぬけますが山くらいになるとつきぬけません
距離で計れるのは直接の放射線についてです
半径30キロとかで避難区域を設定するなどほとんど意味のない行為です

ではなぜ30キロに政府では設定したのか?これも無謀なことだったのである。
なぜならそのためにこの辺では南相馬市でも生活が破壊されて住めなくなりもう町ごとゴーストタウンになり回復できなくなったからである。
そして南相馬市では鹿島区と原町区と小高区と補償金で分断されてしまったのである。

小高は避難区域にすべきでなかった

これは科学的にも言えたことなのである。放射能の被害はそこではなかったのである。
ではなぜそうしたのか?それは政府ではその30キロ圏内から20キロ圏内に核兵器のための核廃棄物処理場にする魂胆があったためだという説もある。
人が住まないとなると国のものになり反対するものもいなくなるから好都合になるからだ避難するのは3キロ圏内でも別に放射線量で被害はないという説もある
年間一ミリシヒベルトを守るという武田氏の主張に疑問も多いからだ。
第一そうしたら広範囲に人が住めなくなるからだ。それは科学だけの問題では解決しないからである。

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「現在の「30キロ避難区域」というのは悪例ですが風向き考えていない計画はほとんど意味がありせん

放射線量は風に非常に影響されていた、雲のようなブルームが塊りが流れたのである。
一様に拡散したりしなかったのである。なぜなら浪江では0・5マイクロシーベルなのにバスで双葉に入ったら7になったから驚く、その理由は雲のような塊りが風で流れて放射性物質をばらまいたからである。
赤い帯状の図がそれである。そんなに浪江と双葉が接しているのだから差があるはずがない
それは帯状の雲のようにブルームになって放射性物質が流れたためである。
一様に拡散はしなかったのである。

だからもしその時東風ではなく北風か西風だと海の方に流れて被害が少なくなった
それが不運だったのである。3月11日となると丁度春になり北風から東風が吹き交互に吹くときだったからである。

●ソーラーパネルも自然破壊だった

それからソーラーパネルは自然を破壊しないとして政府で推進したがこれもそうではなかった、水力発電すら自然破壊だった

魚や樹木は川の流れ新しい水が来ることで魚や樹木は生きることができる

ダムというのはやはり自然破壊であった。真野ダムなどもそうである。大倉村の一部、今のダムの底に沈んだのである。

ゆく川の流れは絶えずしてしかも、もとの水にあらず・・・鴨長明

もとの水ではない新しい水の供給がされるとき川は生きていたのである。
そしてあらゆるエネルギーのもとが太陽の光だというときその光を奪うのがソーラーパネルにもなる、

自然エネルギーを使うには山を削って埋め立てる、沿岸部を埋め立てる、平地を広げてゆく、太陽光発電も水力発電も平地が不可欠なのです

日本は森林面積が66ハーセントで世界3位、山地だらけで平地が少ない
日本は自然エネルギーを使うには不適切な国です

何か自然エネルギーがいいようでもこれも自然破壊になる、風力発電でそうである。
自分は科学的なことは弱いからわからないけど自分の判断基準はスタンダードは景観から常に見ているのである。
だから景観が破壊することが一番嫌なのである。
それは別に科学的なこととは関係ない、でも森が削られてソーラーパネルとかになるのは嫌である。風力発電も景観を破壊する、不思議なのは景観破壊からすると原発でも火力でも一部だけだから自然破壊に見えないのである。
ところがソーラーパネルになると広く土地を使うから景観が破壊される、それが飯館村で草野とかでなったのでがっかりした、森につつまれた桃源郷がソーラーパネル工事になってしまったことにがっかりした。
ただ津波で破壊された沿岸部は平地であり土地も使いなくなったからソーラーパネルには向いていたともなる
松原の方が景観的には良かったがしかたがないとかはなった

でも景観がいいということはそこが自然に恵まれたいい場所なのである。景観が破壊されることはだからその場所が本来の自然景観を破壊された悪い場所になったのである。
そういう自然景観を破壊してきたのが人間の文明だったのである。
その最たるものが東京とかの大都会である。自然が全くない人工空間に生きている
そこに自ずと非人間性が生まれてくる、そこには自然の美がないからだ、上野の桜はいいものではない
なんか汚れた感じなのである。大坂城の桜とかとはまるで違ったものである。
それは稲作文明も自然破壊してできたものだったことが津波でわかった。

文明とは自然景観の破壊が必然的に起きていたのである。
海側に開拓したところが津波で破壊されて元の海にもどったから驚いた
白砂松原の風景は実際は稲作のための人工的な景観だったのである。
だから人間の営みは自然破壊がつきものでありさけられないのである。
それがすべて悪いということは言えない、人間は全くの野生とか自然の中で暮らせるのは縄文時代がそうだったがそうなると人口も増やせないからである。
人間の理想は田園的な世界であり全く野生の世界でない、エデンの園も全く自然そのものではない、田園的な人間が手を加えた場所なのである。
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2017年04月27日

小池のため池の除染 泥と水を分離していたー真野ダムはできない?


小池のため池の除染

泥と水を分離していたー真野ダムはできない?

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小池の安養寺のあるため池でなにをしているのかと思ったらその下の方で泥と水を分離しして放射性物質をとりのぞく作業をしていた
最近ため池の除染をはじめた、セシウムは泥についているから泥と水を分離して泥を放射性廃棄物としてとりのぞく、その下に放射性廃棄物場がすでに広く作ってある

除染でもあのような作業を見たのははじめてである。
市に聞いてみたら農林課でしているという、田んぼの関係だとそうなる
なぜそうしているのかというとため池から泥と共にセシウムが流れだすからである。
泥についたままセシウムが流れだすからそれで米を作ると米が放射性物質を吸い込むからため池も除染しなければならない、これも大変な作業と見た
横浜とか相模のナンバーのが来ていた。

まだあのため池は小さいからできる、でもため池は多いし大きなため池もあるからそこまでやるのかとなる、ただため池も汚染されているのだとはじめて思った。
ため池までは注意していなかった、ため池はやはり田んぼでその水を使うから実際は危険なものとなる

米が放射性物質に汚染されている写真を見た、確かに白くなっていて米粒が汚染されていたのである。そういうものを食べると危険になる
放射性物質の汚染は計っているから安全だというがそれでも不安になる
それを証明していたのがため池の水も汚染されるから米も汚染されるのである。

ともかく本当に放射能汚染はあらゆるものを汚染する、やっかいなものである。
一番この辺で原発事故があってから心配だったのが真野ダムの水だったのである。
なぜなら飲料水として利用していたからである。
それは相馬市でもそうである。真野ダムは大倉であり飯館村だから余計に汚染されているからである。
自分も飲み水はペットボトルの水を飲んでいる、たいがいこの辺ではそうだろう。
すると相馬市だって被害者になるのである。

その一番心配な真野ダムはこのように除染できるのかと市に聞いたらその計画はまだないという、あそこは大きすぎてできないだろう、でもこのように明らかに泥にセシウムは付着しているのである。
例えば樋の下が屋根から集まったセシウムで泥に付着して放射線量が7マイクロシーベルとか高くなったのである。
ホットスポットでも飯館村の佐須村で泥が20マイクロシーベル以上あったのである。
その泥が真野ダムに流れていけば当然真野ダムの放射線量は高くなる
真野ダムの泥には相当な放射性物質、セシウムが泥に付着しているのである。

水は影響ないとしても何らかの影響はある、だから安心のためにはここのため池しているように泥と水を分離しなければならない、そして泥に付着したセシウムを廃棄することが必要なのである。
でもそれはあまりにもおおがかりになるからできない、森が除染できないと同じである。つまりお手上げだとなる、いかに放射能汚染がめんどうなものかわかる
完全な除染など不可能なのである。ただ時間がたって30年でセシウムなら半減するとかなる、でもプルトニウムは二万年消えないとかなるから恐ろしいのである。

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2017年04月26日

復興大臣が辞任 それぞれの言い分があった


復興大臣が辞任

それぞれの言い分があった


調子に乗るなよトウホグ土人が。焼け太りの乞食の分際でほざくな。 
東京が無事だったからこそ、今、お前ら土人が生きていられるんだろうが。 
同時期に東京が大規模災害に遭っていたら、お前ら三日で全員野垂れ死んでいるわ


人間はみんな言い分がある。こういうことも東京の人たちだったら言い分としてある
東京の経済力があって東北でも他でも恩恵を受けているとういことも事実としてある
ただ必ずまたそのプラス面があるとしてマイナス面もある。
巨大な東京があることで迷惑になることもあるのが今回の原発事故にもなった
東電では東京に原発を作るのが効率的だけど事故を恐れてフクシマに作ったからだ

東京という膨大な人口が経済力ともなるがそれが圧力となり原発にフクシマに作らせたりする、一方で東京があったから援助が受けられているという側面はある
ただフクシマ原発の場合は津浪とは違って東京の責任も大きいからこの人の言うことはあてはまらない、ただこういう言い分はある

例えば南相馬市でも小高と鹿島区が補償金で争ったとき双方の言い分があり小高の人たちが避難させられたのだから補償金が高くさせられて援助されるのは当然だということにもなった、でも自分が言ったように鹿島区の人たちの言い分もある
なんであいつら毎日パチンコやギャンブルで遊んでいるのだということはここだけではない、他でも言われていることだからである。

今回の震災の被害では地域的対立が東京と福島とか東北とかで鮮明になった
内部でも補償金で争って地域が分断されたことがあった
なんであれそれぞれの住む所や地域が違ったり立場が違うとそれぞれの言い分が生れてくる、それはどうにもならないことである。
だからこういう発言でも一方的に否定することはできない
結局それぞれの言いたいことを言う、言い分を聞くことが民主主義になる

ところがマスコミとかがそうした様々な地域や立場の人たちの生の言い分を取り上げるわけではない、直接民主主義ではない、マスコミによって拡大化される民主主義なのである確かに今回の復興大臣のは発言には問題があった。
ただそれがマスコミによって過度に報道され糾弾される、それが民主主義をゆがめているのだ。
それでトランプ大統領はマスコミを嫌い拒否したのである。一方的に糾弾されるからである。
実際は国民の移民に対する反発は大きかったし中部の製造業など自動車などの工場は閉鎖されて失業しているとかそういう人たちの言い分はマスコミによって無視されていたのである。ただ移民を攻撃していることだげが拡大化されて報道される
それは感情的にまでなる、それはアメリカの国情を正確に伝えていなかったのである。
要するにマスコミは何か一部分でもそれが拡大化して放送される
そういうマスメデアなのである。

双方の言い分を言わせることはマスコミではあまりしない、マスコミで判断して一方的に報道している、そもそも報道されないことに重要なものがある。
何を報道するかもマスコミで決めているからである。すると重要でみんなに知らされるべきことも知らないとなってしまうのである。

ただ言い分というとき個々人でも言い分がありその言い分を聞いていたらきりがないとなる、個々人にも事情があり言い分があるからだ
いづれにしろ民主主義でも直接民主主義ではない、広い範囲になるとそうなる
するとマスコミの報道に左右される度合いが強くなるのである。
でもインターネットでもそれはマスコミを通さない発言だから直接民主主義になる
その生の声が今までとは違っていてもそれがマスコミのようにまだ小さい声にしかならないから影響力が弱い、でも対抗メデアとなったのは民主主義にはいいことだった
第一今までこうして民衆の生の声を知ることができなかったからである。

この辺では津浪の被害者がいて津浪と原発被害者がいて原発避難者がいてとか複雑だったのである。その人たちはみんな利害が一致しないことがあった、それで分断されたのである。だから被害者の言い分だけを聞くというのも一方的になる
原発避難者については言えたのである。

いづれにしろアメリカでもそうだが民主主義でもすべてが公平になることはない、ある集団は地域は無視されて報道もされないことがある。するとそこには援助がいかないとかの問題が起きている、だからアメリカの不満層が無視されていたことなどわからなかったのである。南相馬市内だと一応みんな補償金はもらっているが隣の相馬市になるともらえない、それで不満を言っている人がいたことなど誰もとりあげない
別に放射線量など変わらないのである。
相馬市では真野ダムの水を利用しているとなるとやはり飲み水は利用できないとペットポトルを利用しているかもしれない、するとやはり被害があるとなるからだ
でも相馬市の被害は放射能汚染に関しては何も補償もないのである。

ただわからないのは飯館村でも放射線量で区分けされて補償金の差があったことである。それで除染員が石をぶつけられたとっばちり受けた、どうして飯館村でも補償金の差が起きたのか理解しにくいのである。一様に高かったとみていたからである。
だから一様に補償金は払われていたと思っていたからである。
隣同士を放射線量で補償金に差をつけることがおかしいことだったのである
隣だったら放射性物質だって移動してくるからである。
そういう放射線量で地域を細分化して分断したこと自体が過ちだったのである。

要するに海側は浪江ですら低い、とすると山側と海側に分けるのが放射線量からすれば理にかなっていた、ただ30キロ圏で分けたのがいいのかとなる
それによって生活そのものができない町や村が存続できないような状態になったからだ
科学的根拠があっても何かそれだけでを基準にして良かったのか?
小高などはみんな避難させたのは失敗だったと思う
一旦あのようになると回復できなくなってしまったのである。
避難した人は若い人でも別な暮らしになりそこでなじみ移住先で暮らすことが復興になったからである。補償金もそのために使われて村や町の復興には使われなかったのである。いづれにしろこの辺ではいろいろ問われた、様々な問題が実際的な問題として問われたのである。



タグ:復興大臣
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2017年04月25日

国造(くにのみやっこ)が最初のクニ そのクニ(郷)が原発事故で破壊された


国造(くにのみやっこ)が最初のクニ


そのクニ(郷)が原発事故で破壊された


●鉄道の上り下りの感覚

毛野国」は分割され、都に近いほうを「上毛野国(かみつけのくに・こうずけのくに)」、遠いほうを「下毛野国(しもつけのくに)」とした。

奇妙なのは常磐線が開通してもいわき市までは通じていない、上野までも通じていない、上りと下りというとき都に近い方が上りになり遠い方が下となる
東京を中心になるとき東京に近いが方が上りになり東京より離れることが下りになる

現在は地方から東京に行くことを「上京」と言いますが、江戸の頃は「東(あずま)下り」と称しました。
天子様のおわす京(大坂)が千年の都で、江戸は発展途上の振興地扱いだったからです。
ですから、都会から運ばれてくる洗練された品物を「下りもの」と呼び、それ以外の地方産出のものを「下らないもの」と呼びました。

この感覚は今でもある、でも常磐線が開通して違和感を感じたのはいわき市から東京へ通じていない、仙台にしか通じていない、すると仙台へ行くのが下りになっている
仙台へ行くのは今は上りという感じになる。
駅にいると本当に仙台から行き来する人が多いのである。それはいわき市から通じないということもあるがそれだけではない、新幹線で仙台から行き来する人が多いからである。もともとここは仙台とのつながりが多いから仙台が東北の中心となると仙台へ行くのが上りとなる感覚になる、そもそも東京やいわし市方面から人が来ないから余計にそうなったのである。

「京に上る」というとき何か意気込みがあった、前は東京に行くことでてある。
実際に経済的には地方の会社でも工場でも本社が東京にあるのが多い、それで出張して来る人が結構多いのである。東北サッシの社長は本社は神奈川県にあるとかなる
ホンダとかイスズとか自動車会社も本社から出張してくる人がいた
工場でもそうである。だから実際は上りとなると東京であり下りは東京から東北の方へ離れる時下りになる。
でも常磐線がいわき市から東京へ通じないのだから仙台経由になると仙台へ上りとなる感覚になる。一方通行になったからである。

国造(くにのみやっこ)が最初の国

白河国造
石背国造
阿尺国造あさか
道奥菊多国造みちのおくのきくた
信夫国造 しのぶ
石城国造いわき
染羽国造しめは
浮田国造うきた
伊久国造
思国造

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「国造本紀」の国造系譜 - 国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ

この国造で注意しなければならないのがと染羽国造浮田国造である。
染羽国造は「標葉」になって今の浪江町である。
国造みると浮田-染羽が最初の国である。
だから相馬氏が支配して相馬市とか南相馬市となる前の国は浪江町と鹿島であり鹿島には浮田という地名がありそこが浮田国造の置かれた地域だとなる
そこは海から離れた所であるから地域的に住みやすい所であった。
そもそもなぜ鹿島区に古墳が多いのかとなるともともと浮田国造とあり最初の国が設置されていたからである。
それは毛野国と関係していた、毛野は大きな勢力でありそれで毛野系統の国造が置かれた
相馬市であれ南相馬市であれ中心は浮田国造が置かれた鹿島区が中心であった。

このことは注意せねばならない、なぜなら古代にはここに生活の中心があったからであるだから古墳が多いとかなるし寺内の前方後円墳から金銅双魚佩(ぎょはい)が発見されたりしている。万葉集の真野の草原もこの地とされているのはそのためである。
この国造は中央の政権があったとしてそれによって記録に残ったのではない、もともとそこが人口が多いとかクニとしての力がありそれで中央政府から認められて記録に残されたとなる、でも古墳だと原町の桜井古墳が大きいのだからそっちに国造があっても不思議ではない、しかし小さな古墳は小池とか横手に多いのである。

最初のクニというときそれは生活感覚で最小のアイディンティティをもてる範囲を示していたのかもしれない、クニとして意識するということは上からのおしつけではない、何らかの共通の共同の世界がコミニュティが形成されたからクニとなった。
このことは現代にも関係している
鉄道では磐城太田駅があるがなぜ磐城になったのかとなる、もともと高駅という名だった高という地名があり和名抄では高郷のことだろう。
そして浪江町から双葉、大熊とかは車でもいわきナンバーなのである。いわきの勢力下に入っている地域だともなるし相馬氏と岩城氏が争った時は境目にあったとなる

いづれにしろ国造はその範囲が地理的にも生活でもクニとして意識されたのである。
人間は地理が大事だというとき共通のアイディンティティがまず土地から形成されるからである。理念などからは形成されないのである。
アメリカとかは余りに大きいから理念から国家が形成されたs 人工国家になる
でも自然村とか自然国家となるとまず土地から形成されているのである。
土地に根ざしたものとしてクニが起こっているのである。
第一大和というとき山戸であり山の入り口とかであり狭い村の範囲が大きな国となったことでもわかる、ヤマトとはもともと国造のような小さな村の範囲だったのである。
そこに形成されたアイディンティティが国の基になったのである。

ただ地理からみると浜通りとかは地形の変化がない、ところが飯館村とかなると高原になり山に囲まれているから別世界になる、それは地理的には別な国の感覚になる
丸森もそうである。伊久国造になり地理的には別な世界であり別なアイディンティティが形成されるのである。
古代とかなると交通が発達しないから地理的に隔絶して生活していた。
そういう時代でも中央からの大和政権がかかわっていたことも確かである。
縄文時代には国はないからである。つまり国造が置かれたとき中央で国として認めたとなるのだ。だから国造には天皇の系統が記されているのである。
だから古代から中央と地方のかかわりがありそれが現代にも引き継がれている
国家と地方自治体の対立がありそれが原発事故で露になったのである。

●人間はそれぞれのクニを基にアイディンティティを形成していた

奄美の郷(クニ)
奄美の郷人(くにびと)
沖縄の郷(クニ)
沖縄の郷人(クニビト)
アイヌの郷
アイヌの郷人
ホピの郷
ホピの郷人
郷という言葉と
郷人という言葉を
心をかめてつぶやく
統治のない 郷(くに)
原子力発電所のない 郷
核兵器のない郷

(山尾三省)

山尾三省の不思議は原子力発電所のない郷を志向していた
核兵器のない国にするとかは誰でも言っている、連合でもカルト宗教団体でも盛んに言っている、創価でも言っていた、でも創価の聖教新聞では東電の宣伝を一番していたのである。宣伝費を一番もらっていたとなる
核兵器には盛んに反対しているが原発にはほとんどあらゆる団体が推進派だったのである朝日新聞すらそうだった、なぜなら原発事故が起きたとき、中国旅行に朝日新聞社などマスコミの幹部が全部招待されていたからだ。

だから原子力発電に反対しているというのはまれだったしほとんどそれに注目している人もいなかったのである。なぜだから原子力発電所のない郷(クニ)を志向していたのか不思議だとなる、ここに注目している人はまれだったと思うからだ。

いづれにしろ現代の感覚ではこういう郷(クニ)となるとグローバル化でもありえないとなる、だからこそ原発事故だから町や村が離散状態になったというわけでもない、国家の中にグローバルな大企業の中にみんな所属しているからそうなった
みんな田舎でもその土地によって生活していない、みんな会社員として生活しているからである。
つまり郷(クニ)に所属している感覚が薄れているのである。国家に所属しているという感覚より大企業に所属している会社に所属しているのである。
戦争のときは国に命を捧げたのだから国家に所属していた、それが今はそうなっていないだから愛国心なども薄れているのである。
愛国心の基は愛郷心でありその郷とはクニのことだったのである。
人間はアイディンティティを形成できるのは国造(くにのみやっこ)が最初の国だったように狭い範囲だったのである。

そして原発事故ではその郷(くに)は奪われて離散したのである。そしてその郷を回復することが望まれているがそれが不可能にもなっているのだ。
なぜそうなのか?郷というものがすでに喪失していたということもある
グローバル経済でもそうである。
米でもいろいろ食べてみる、会津のひとめぼれを食べたから次とつやひめを食べてみるかとなる、これはやはり一番人気で売れていた、次は何を食べようか、最近は北海道の米もうまくなっているのか?今度は秋田小町を食べてみようと思ったらこの辺で売っていない、無洗米は売っていない、自分はめんどうだから無洗米しか食べないからだ
それがアマゾンの通販で売っていたのである。それも送料込みで値段は高くないのである味噌でも近くに作り売っている、でもそこではダシ付きの味噌ではないから自分は買ってない、時間がないしめんどうになるからだ
こんな生活自体が郷(クニ)が喪失させている原因になっている
お袋の味とか故郷の味はない、どこの郷でも味わえるからだ
ただ会津でも秋田でも山形でも故郷の米を食べればそれが故郷の味だとはなる
ただもともとそういう郷(クニ)の感覚は希薄化していたのである。

ただその土地に生きるものは地理的にはその土地からアイディンティティを形成するのは変わりない、そこに地域地域の文化がcultivate-耕されてculture(文化)になったのである。
それは大きな単位になるときドイツでもそうだがゲルマンの文化が形成されたとなる
国単位で違った個性の文化が醸成されたのである。 
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2017年04月23日

巨大企業などが地域社会をつぶす (原発事故も東電による地域破壊)


巨大企業などが地域社会をつぶす


(原発事故も東電による地域破壊) 

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先進国の人たちが使う紙や木材の量が増えるにつれて、熱帯雨林などの森林はどんどん切られていく。 
日本も、国内に森林があるが、発展途上国から安い木材を輸入し、使い捨てしている。 東南アジアのラワンなどの南洋材は日本に輸出されている。 日本の商社は、フィリピンの森林を伐採しつくした後、インドネシア、マレーシアへと相手を変え、東南アジアの熱帯雨林を食いつぶしてきた
environment_problem/sinrinhakai_sabakuka.htm

これはグローバル企業による森林破壊である。この森林破壊によりそこで昔から暮らしていた地域の人たちも動物も被害を受ける、動物は駆逐される
なぜ原発事故が起きてきたのか追求してきた、それは東電とかの国家並みの巨大企業によって地域社会が破壊されたのである。
東電というのは全く自分などがイメージできない巨大会社だったのである。
国家並みというより一つの国家だったのである。
だからこそ政治家も官僚も検察官も天下り先となりマスコミも何百億という宣伝費を投入できた。それで支配できたのである、実質に権力をもっていたの東電だったのである。
電気を産み出すのは東電であり政府ではないからである。官僚でもないからである。
実質の富は東電が大企業が産み出している、だからその富を産みだすものに従うようになる、地域でも漁業権を売り渡すだけではない、農業の基となる土や水まで売り渡して買い取られたとまでなった、なぜなら土とか水とか森林でも放射能汚染されたからである。
そうなったらもうそこには住めないと町ごと村ごと避難させられて住めなくなったのである。

これまでの地域社会は農業が基でというときどうしても自然環境と適合した生活になる
その生活は自然環境を配慮したものとなる、でないとそこでは生活できないからである。でも大企業はそうした地域社会とは違うものとして巨大化したものである
ゼネコンなら建築を主にして巨大企業になりトヨタなら自動車を作る会社として巨大化する、製薬会社なら薬を売る会社として巨大化する
アメリカだったら軍需産業が発展して巨大化して兵器を売るために戦争まで必要になる
会社は物を作るとしてそれを売って利益をあげねばならない、それが巨大なのだから問題が起きてきているのだ。
自然環境と適合して長年生活してきた歴史とか文化も簡単に破壊してしまうのである。
そしてこの巨大企業が国家と結びつく、東電でもそうだしアメリカだったら軍需産業だったら国家と結びつく、そして国家に戦争しろとまで要求できる
それでアメリカは戦争をしかけて兵器を売るとまでなる
そういう巨大化は何でも社会に弊害をもたらす、社会自体を破壊してしまう力をもっている

それは一つの軍隊でもある、だから政府では戦争準備して兵役にゼネコンの社員をつかせようとしたのもわかる、そこは軍隊組織になっているからだ、建設は戦争するとき不可欠だからである、それだけ巨大だと会社にしても社員に給料を払うのだから仕事が必要になる、その時地域の共同体とか自然環境など考慮しないのである。
森林でも根こそぎ破壊してゆく、それをとめるものが大企業にはない、なぜなら森林を破壊したら水が供給されず田に水が流れないとか農民のように心配しない、ただ木材を得ればいいとうだけになるからだ、その土地の自然環境はそれで根こそぎ破壊されるのである原発事故による放射能汚染も同じだったのである。

力関係では大企業ゝ国家ゝ地方自治体とかなる、この大企業の力は国家をも支配する
そして報道でもマスコミでも支配できた、巨額な何百億もの宣伝費がマスコミに支払われていたからである。そういうマスコミがとても批判などできないのである。
それによって「安全神話」が作られたのである。
内部の人は原発にたずさわる科学者でも技術者でも実は何らかの懸念があり不安があったでも強固に安全神話が作られたのはなぜか?
その前に巨大な権力として構成されてしまったからである。
人間は巨大な権力をもったときどうなるのか?その権力で何でも通すことができるようになる、すべてを支配できるようになる、だからこの辺では地方自治体などその大企業にたちうちできなくなっていた。
東電の幹部に浪江町長が怒っていたけどこれも力関係では東電が上だから腹いせにしかならない、東電と国家は一体となっているから国家と地方自治体では力関係では国家に従わなければならないからである。

そして報道関係でもマスコミは安全神話を作ったのは大企業がスポンサーになっていたからである。福島民報でも民友でも原発に賛成していたし批判はしない、推進役になった。福島県の報道関係はみんな原発の安全神話に加担していたのである。
それだけ報道といっても雑誌を一カ月一回くら発行してどれだけの収入があるのかとなる報道だけではそもそも収入にならない、すると宣伝費にたよるほかなく、東電のような大会社の宣伝費になると報道会社など養うことができるとなる
インターネットとかなるとこれも無料だからできる、でもまだこれはマスコミのような力をもっていない、宣伝力がない。

この大企業との問題はそれか巨大であるために社会への圧力も大きくなることである。
ゼネコンでもやはり仕事が欲しいとなる、社員を養うためにはそうなる
するとオリンピックでもそうだが請け負いたいとなる、オリンピックなどしなくてもいいがゼネコンにとっては必要だとなり圧力となる、そこに国民の税金が湯水のように使われることになる、原発事故でも除染でゼネコンに莫大な金が流れたが復興のためには使われなかったとかなる
こうして巨大企業は一国だけではない、地球全体にグローバルに圧力となっているのだ。多国籍企業が世界を支配するというときもそうである。
製薬会社でも薬を売るために病気を作り出さねばならないとかまでなる、みんな健康だったら薬も売れないあがったりとなるからだ。それは戦争でも言える、戦争がなければ軍需産業では飯の食い上げになる。だから国家に戦争をしてくれと圧力をかける
そういう恐ろしさと矛盾が巨大企業が産み出しているのである。

これは巨大なもの団体組織がもっている害悪がある、例えば創価の墓地建設で自然環境が破壊される村の伝統が破壊されとかで裁判沙汰になったことでもわかる
巨大なるものの弊害が大きいのである。カルト宗教団体も巨大なること自体が社会に圧力をかけてゆがめる、創価は特にそうである、福島民報では聖教新聞を刷っているし毎日新聞でもすっている、そしてマスコミに批判できないようにするのは東電したことと同じなのである。そして大成建設と創価は結びついているのもそうである
創価は宗教とは何の関係もない、なぜなら組織が軍隊組織になっているからだ
参謀とかいたり軍隊の階級制の組織になっている,これは組織化したところではどこでも起きている
そこで目的としているのは人数をただ増やして一票をえて政治権力をもつことしかないのである。

つまり巨大な会社とか宗教団体も危険なものであり社会をゆがめるものなのだ。
それが危険なものとしてあっても巨大なるが故に権力をもっているが故に批判できない、そして東電のような原発事故が起きてとりかえしのつかないことになる
そしてそうした巨大なるもの会社でも宗教団体でも制御することはできないのである。
それでロシアではエホバの布教を禁止したことでもわかる、それは国家にとって危険だと認識したからである。国家がのっとられという危険を感じたからである。
実際にエホバでもそれが数をひたすら増やそうとして権力化してゆく、それは創価と同じである。そうして国家も乗っ取られるのである。
オウムは極端なものとしてオウム王国を作ろうとしていたし創価も創価王国を作ろうとしている、巨大化した権力化した団体組織はみんなその権力故に弊害となりやすいのである巨大なるが故に権力がある故に制御できなくなるのである。
国家自体を東電がとりこんだようになったのもそのためである。

いづれにしろ現代文明はこうして地域社会とか自治体は破壊されやすい、その力関係に大きな差があるからだ、その時どうなるのか?この辺のように故郷にも住めなくなるということである。水も土も森も山を汚染されて住めなくなる、そして故郷からも追われて漂流者になったのである。
だからこの巨大団体組織を制御するものが必要なのだが現代文明にはない、国家すらないすると巨大企業や団体組織が国家となり国民をも蹂躙することになるのである。
もちろん巨大企業でも必要でありそこに勤める人は国民に尽くしているとうこともある。ただ巨大なるが故の弊害がある、その巨大なるが故に国家を左右して大企業が国家となっていることが問題なのである。それはグローバルに起きてきている現代の問題である。

巨大企業は恐竜のようになっている、それらは地方の小さい自治体とか地域社会をふみつぶす、それに抵抗する術がない、自然環境すら根こそぎ破壊される、そんな力は江戸時代まではなかった、現代文明が何かゴジラによって破壊されるように都会だけではない、
地方の自然環境すら破壊する力をもっているのだ
巨大企業もそうだが東京というときその巨大都市が地方自治体とか地方の自然環境でも破壊する圧力になっているのだ
なぜなら東京に供給するものが一千万ともなれば莫大なものになるからだ
だから東電もその電気を供給するために原発をフクシマに作ったり新潟に作ったりしているのである。

東京の人口圧力がそうさせているともなる、その巨大さ故にそれが自然環境破壊になる
もちろんそれで経済力があるともなるがその巨大さが怪物的になり文明を破綻に導いているということもある
だから東京が大地震がきてどうなるのかとか不安なのはその巨大さ故にそうなっている
その被害も莫大なものとなからだ。巨大なるが故にそれが崩壊するときは恐怖となる
地震でも各地に小村があるようなら被害はさほどではない、あまりにも巨大なるが故に
そういう巨大災害で都市そのものが滅びてしまうということもありうる
再建不可能になってしまうということである。そして脱出するほか方法がなくなってしまう畏れがある。ソドム、ゴムラが神に滅ぼされたように脱出するほかなくなるのである。
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2017年04月20日

新しいキクチスーパー開店 鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている



新しいキクチスーパー開店


鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている

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前とは違って明るいし見やすい、品物も多い



キクチスーパーが今日開店した、中は原町のキクチスーパーと同じようになっていて品物も増えて見やすくなっている
シシドスーパーもできたし競争になると買う方にとっては便利である。
隣にも新しく店ができるらしい、どういう店かわからない
南相馬市では鹿島区は震災以降かえって良くなっている、人口も減らない、他からわからないけど双葉郡地域からも移ってきて家を建てた人がいるからだ
シシドスーパーの隣に復興住宅ができて浪江の人たちが入っている
経済というときやはり人口がものをいう、一人でもいればそれだけ消費するということがあるから二つのスーパーができたのである。

それで昨日小高の人は人口が多い方が力もつんだよなとか言って嘆いていたのもわかる
小高とか浪江は本当に復興するのがむずかしくなっているのは極端な人口の減少なのである。それも帰ったのは老人がほとんどだからである。
なぜ自分が小高の人は放射線量も低いから帰らないのかと言っていたが
まず回りが豊かな便利な生活をしているとき人間はその生活レベルを下げたくないのである、戦後十年くらいまでは炭を使っていたし水道もない生活だったがみんなそういう生活だからいいわけである。誰もが同じような生活をしていたからいいのである

北海道に土砂崩れとか水害で北海道に移住した十津川村の時代は明治であり結局その村にいても別に豊かな生活などできない、北海道に開拓に入ってもたいして変わらない生活になっていたのである。
なぜこの辺で復興をむずかしくしているのか?それは今回の津波被災地では同じ課題をかかえている、人口の流出であり若い人の流出である。
それは結局とどまるにしてもそこでまず復興すること自体が重荷となるからだ
そうなると便利な所が回りにいくらでもあるのだから原発避難者は補償金をもらったのだから移住した方がいいとなって若い人は帰らないのである。

逆に戦後十年のような生活だったらみんな不便で貧乏な生活をしていたのだから外に出ても同じだとなり残っていたかもしれないのである。
そういう時代の影響が大きかった、町でも村でも復興するということの意義を書いたが
回りに南相馬市だったら原町でも鹿島でも前と同じような生活をしているのだからこっちでもいいやとなってしまう。
鹿島などは前より良くなっているしこっちの方がいいとなってしまう。

いづれにしろ鹿島区ではまだ大東圏建託がアパートを建てている、15棟くらある、だから他から移り住む人がいるから建てている、いわきナンバーが多いから双葉郡の方から移っている、人口はへらないのである。
今回のキクチスーパー開店もこれも買い物にはいいなと思う、毎日買い物が仕事になっているからだ。料理などしていない、何を買うかの方が家事では問題だったのである。
買い物の方のコツがわかれば料理もそれに応じてできる、簡単なものでもそうである。
だから今は品物の数が多いから買い物が一仕事になるのである。

鹿島区でたりないのはレストランとかであり一人暮らしで利用できるものである。
そうすれば一人暮らしでも楽である。何か自分で作ったものがうまくない、外食した方が食堂でもレストランの方でもうまいのである。
ともかく鹿島区は小高と比べるとその差が大きい、鹿島が震災前より良くなっている
もちろん津波などの被害も大きかったのだが人口が減らないのが大きい
人口が減ると一万を割ったりすると相当に影響がでてきていた
全体にしぼんでゆく感じになるからだ。
もう一つなにの店ができるのか楽しみだともなるのが鹿島区である。

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2017年04月13日

話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


話し合いが意思疎通ができない社会


(原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


山梨から来た人の言っていることはまともだった、経営に失敗した人だけどその教訓を学んでいた。

「人間は信用できなくてもまず信用するほかないんだよ、それで自分も失敗したんだけど」
「それもそうですね、信用しなければ人も使えないから」
「もっと話し合いすべきなんだよ、相手のことを知るべきなんだよ、今は政治家でも話し合いしなくなったんだよ、選挙民とも話し合わないんだよ」

これは言えるだろう、経営するにしても人を使うにしても最初は信用しなければ何もできない、でもその人は裏切られた、自分もそうだった
話し合いしないとだめなんだよはというときこの辺でも原発事故でも補償金問題でも良く互いに話し合っていない、相手のことも知らない
話し合いといっても日頃から話し合っていないと気持ちを通じ合わせていなとできない

その人が言うには今は政治家でも何でも話し合いをしないと言っていた
政治家は信用できない、ただ利権だけで自分を得することしか考えていない、政治家はあてにならないと言っていた。
この辺では渡辺恒三とかも自分の利権だけを考えていたのだろう。
息子はアメリカの原子力会社のGEに勤めていたし原発は自分の利権として考えていた
それは地元でもみんな金になるものとして誘致していたから同じとはなる

地元で話し合いができていないと結局こうした利権政治家とかマスコミとか政府の権力で自治体が破壊されることにもなった
つまり自治体とは議員とか行政とかの自治体ではない、基本的には住民の自治のことだからである。

補償金とかで市民みんながばらばらになったというとき住民自体に話し合いができていなから国の言いなりになり対抗もできないのである。
だから住民自治が問われたのである。
ただそうした住民自治といっても日頃からしていなと何かあったからと簡単にはできないだろう。

むしろ江戸時代の方が住民自治があったというのも不思議である。封建制で身分制で住民の自治などない社会だと思われているがそうでもない
村という自給自足の社会では互いに親密な話し合いが常に成されていただろう。
そうしなければ生活もできない、みんな農民だとすると利害が一致しているからである
水を使うことでも自然と共生する社会である。

現代が話し合いができないというとき職業も無数に分かれて広域社会であり会社員社会であり会社が違うと相手との交流もなくなる、農業社会とは違う、農民だとやはり常に自然と密接に密着して生活しているから生活感覚も一致している
アイディンティティが一致しているのだ
村社会だと鍛冶屋があってもそれは農民の鍬とか鎌とかを作っていたから農民と一体化する、個々の農民に応じて道具を作っていたりしたのである。
だから村自体がみんな何をしているか知っているし関係しているから話し合いもできるとなる

現代のように広域社会となりグローバル社会になると地球の裏側からチリとかメキシコとかから野菜でも果物でも入ってくる、そうなるともうその人たちとの話し合いなどないのである。そこに介在するのは金だけだとなる
そこで金が重要になってくる、金さえあれば食料でも何でも手に入るとなるからだ
そこには互いの交流もない、話し合いもない、ただ金があればなんでも手に入るという社会になる、つまり金が話し合い、交流する媒介するものとなり生身の人間が交流することはないのである。

そういう社会は民主主義といっても何かその根底に話し合う素地がないから日頃から互いに知らないものとしてあるから話し合いができないとなる
だから皮肉なのは住民自治は江戸時代の方があったともなる
庄屋とか大家でも村の人々を熟知していたから話し合いもできたのである。

原発だって誘致するにしてもただ政治家は利権であり地元の人たちも金になるとして積極的に誘致した、補償金でも個々人ができるだけもらえばいいとしかならない、そこに話し合いはない、その金を市町村の復興に使うことはなかった
個々人に配られそれは一過性のものとして使われて終わるだけだともなる
そもそも自分たちの市町村でもどうするべきかなど考えられないだろう。
その範囲が広すぎると考えられなくなる、村社会とはあまりにも規模が違うからである。

現代とは話し合いとか意志疎通が会社社会とかグローバル社会になれば一番むずかしい、ただ金を通じて経済が結びあっているだけである。
だから金が神のようになってしまう。それはマルクスが指摘したことである。
でも実際は趣味程度の畑を作っている人は何かあったら食料が高くなって買えないとかいうけどそこでとれるものはごくわずかであり一人分にもならない、他人分けるものなど全くとれない、それが地元にあるとしても全くあてにならないのである。

だから金をもっていて買った方があてになる、でも確かに金は紙屑になることはある
でも現実にその畑からとれるものは全く期待できないのである。
そこに金をつぎ込んでもネギ一本すらもらえないのである。
ただ聞いているのは草むしりの苦労から鳥に食われるとか虫にやられたとか
モグラに荒らされるとか盗まれたとかそういう話だけなのである。
だからこれも矛盾だと思った、そんな畑は無駄ではないにしろ全くあてにできないのである。

いづれにしろ現代は連関性なき無数に部品化した社会でありそれがナチスを生んだというといピカートの思想もわかる、ファシズム化しやす社会である。
それは相互のつながりがない社会であり話し合いのない社会である。
ただ金を通じて社会が維持されている社会なのである。
カルト宗教団体もそういうナチスとにているのである。
そこでは一人一人相談になどのらない、何百万もいたらできるわけがない
だから指導は何かあれば題目を唱えろ、一票を入れろ、念仏を唱えろとなるだけである。
それはハイルヒットラーと同じなのである。
それが指導するのには一番楽だからそうなっているのである。

そしまず金だとなる

原発も事故前もそうだし事故後もまず金だとなり補償金をもらうこだけになる
肝心の市町村の復興には使われなかったのである。
その前には話し合いができなかったのである。まず金だとなりそればかりになる
そういう社会だからそうなったともなる
もし江戸時代の村のような自治があれば話し合いがありそうなっていなかったかもしれない、だから何が進歩なのかもわからないのである。
社会は変化はしたが進歩したわけではないのである。

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2017年04月11日

publicとprivateの対立が原発事故の根底にもあった (補償金問題にもあり争いの元になった)


publicとprivateの対立が原発事故の根底にもあった


(補償金問題にもあり争いの元になった)


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明治以降は入会権とかの共同性は喪失した
privateは奪うことでありpublic(公共性)を破壊した


privateの語源を調べると、
「stem of privare "to separate,deprive," from privus "one's own, individual,"」とあり、奪う、分離するという意味があるようです。

不思議なことは近代化というとき西欧文明に習えばprivateではなくpublicが社会の規範になりpublicの社会作りが行われるはずだった
しかし日本では明治維新後privateが私権が私益が追求される社会になった
日本では過剰に私的所有権を認める結果となったのである。
だから近代化が進歩したものとしてとらえることにも問題があった
江戸時代から明治となったとき進歩したというのではない江戸時代にあった文明が否定されて後退したということもあったのである。

なぜなら日本でもpublicがあった、農業社会だからそこでここの一画が自分の土地であり自由にしていいとかならない、村では共有の上に成り立つからである。
山から流れる水を利用するときも共有である。自然のものは共有なのである。
それを私的に奪いとるprivate社会になったのが明治以降の社会だったのである。
だから明治維新で社会が進歩したのではない、ただ変化したのである。
変化というとき悪く変化することもあるから変化がみんないいわけではなかった

江戸時代は一つの文明を形成していたしその中の価値観で生きていたのである。
この辺で葉山、端山信仰があるのは稲作と密接に結びついたものである。
山から水が供給されて田に流れて稲が実る、だから山の信仰があり山には先祖がいて
春には里におりてくるというときもそれは自然と密接に結びついた信仰となっていた
要するに一つの世界観が形成されていたのである。
エジプト文明でもマヤ文明でも必ず世界観が形成されて文明が成り立つのである。
だからそれらの過去の文明が現代から比べて遅れているとかならない、ただ文明は変わるのであり進歩するのではないのである。

江戸時代は農業中心の稲作文明だからそれは共有するpublicの社会である。それは西欧とは違ったものでも日本的publicなものである。入会権などもpublicなものだった
山の資源は共有されたものである。漁業権もそうである。それは自然の保護にも通じていた、ところが明治になったとき入会権はなくなり私的所有に無数に分割されたのである。そして山でも森でも土地でもつながっている、分割できないものとしてある
それがここが俺の土地だから売ろうとなにしようと勝手だという私的所有権を強固に主張できるようになった
この土地の公共性を無視した私的所有権を強固に認めたとき弊害が大きかった
公共的なものとして利用できなくなったからである。
今でも農地は勝手に宅地にできないとかあるがそれでも私的所有権がありpublicなものが土地の面では失われた

江戸時代は封建制の時代であり土地の上に成り立つ社会である。土地に依存して生きていたからである。土地から実りを得ていたからである。だから土地は共有するものであり私有はできないものだったのである。
土地の私有を強固にすると今度は個々人ではない大企業がその土地を買い占め私的所有権を強固に主張する、そしてその巨大な企業は漁業権でも買うことができたし現実にこの辺では東電に漁業権は売られたのである。
そして自治体すら買収された、入会権でも山林も森も土地も買い取られたとまでなっている、それがわかったのは原発事故で放射能で汚染されたからである
その時、木材も山菜も水さえ利用できなくなったからである。

巨大企業の権力はそれだけ大きいのだからその害も自治体を破壊するまでになる、江戸時代にはそんな大企業はなかったからである。そこが江戸時代とは根本的に違う社会である巨大企業がグローバルに進出するときそれは世界でこういうことが起きてくる
小さな部族社会など簡単に破壊されてゆくのである。
巨大企業が森を買い取ってしまい木材として伐採して森がなくなってしまうことも起きているからである。

要するに江戸時代は自然の生態系の中で生活していた、それが東電のような巨大企業がその生態系すら破壊したのである。地域というのは自然の生態系に生きていたしそれを越える生活はできなかった、しかしその生態系すら無視して破壊することができるのが巨大企業であり科学文明だったのである。
生態系というという時や弥生文明も稲作文明も実は生態系を破壊して成り立っていたのである。
海を入江などを干拓して田んぼにしてそれで人口を増やしてきたからである。
それが津浪で破壊されたことに驚いた、縄文時代は入江になった所には住んでいない
津浪が来た所には住んでいない、第一住めなかったからである。
稲作のために干拓した所が元の海に元の生態系に回復したとなったのである。
だから人間は生態系を破壊することは自然から復讐を受けるということもある
干拓したことがやはり自然破壊だったという驚きである。
なぜなら白砂松原の景色は実際は人工的の景色だったのである。それが根こそぎ津浪で破壊されたのである。

そしてこれらのprivateがこの辺では復興にも影響していたのである。
国であれ東電であれ莫大な補償金や復興資金でも除染費用でもみんな個々人の私的権利として主張されて市町村全体の復興資金に使われなかった
避難区域になって避難した原発避難者にはありとあらゆる補償金が支払われたのである。そして個々人の私的権利として主張されて莫大な資金が国からも東電からも支払われた
そして自分の家の前にも権利があるとか私道にもあるとか仏壇には40万とか補償されたりありとあらゆることに補償金が支払われたのである。
それは私的な個々人の権利として支払われた、そこで放射能量の多寡で補償金も多くもらったり少なくなったり全然もらえないとかこの辺では争いになったのである。
南相馬市は合併した小高,原町、鹿島で補償金の額が違って分断されたのである。

これも異常なほどにprivateが私的権利が主張されたためである
結果的に復興というとき市町村全体の復興とかにそうした資金は活用されなかった
個々人が故郷を出て家を建てたり個々人の復興に使われたのである。
肝心の市町村の復興には活用されなかったのである。
除染でもゼネコンから暴力団に一兆円もの除染費用が流れたとかなった
肝心の市町村の復興資金としては活用されなかった
もしその資金が市町村の復興資金に使われていればまたこの辺は違った状況になった

例えば鹿島区にはもともと30キロ圏外だから補償金はもらえない地区だった
それでは不公平になるとして市長が交渉して補償金を出した
その仮払金は100億円だった、この時だから原町区の人で強固に反対した人がいた
そんな金を鹿島に払うなとなったのである。
その後も今度は小高から避難して来た人たちとも争うようになった
ともかく原発避難者は何でも手厚い補償があり補償金をもらったからである。
ただそれはあくまでも個々人にでありそれを小高だったら小高の復興には活用されていない、原町でもそうである。

そのことが分断された原因でもある。もし小高でも私たちの補償金は街の区の復興に使うとなればまた違った見方が生れた、でも実際は個々人が勝手に補償金を私的に使い外に家を建てたりして帰らないということになった
それは小高の街や区全体の復興として活用されなかったのである。
もし小高全体の復興のためにその金が使われていたら他でもあまり文句は言わなかったかもしれない、なぜなら南相馬市全体をみたとき小高の土地も活用して復興してもらわないと市としては困るからである。
それは小高だけではない、原町でも鹿島でも言えたことだった
鹿島が仮払金百億円をもらったとき個々人に配布されたがもしそれが鹿島区の復興資金に活用すればまた違ったものとなった

そういう提案をする市の担当者もいないし商工会でもしない誰もしない、それは国からの東電からの金が県とか市町村で指導権をもたずゼネコンとかに一兆円の金は流れた
もし県とか市町村ですれば半分くらいの資金でまにあいあとの半分はそれでも5000億は市町村の復興資金、新しい街作りなどに活用されたかもしれないのである。
そういう指導とか提案さえなされなかったのである。
鹿島の仮払金は100億円というけどこれは大東銀行が所有している金と同じなのである。
大東銀行がもつ金か鹿島区に配布されたとなるのである。それはただ個々人に配布されて鹿島区の復興に例えば駅前の開発などには使われなかったのである。
だからその金は一過性のものとして消えたともなる、もし駅前でも開発がなされればその区域の繁栄が長くつづく資産として活用されたともなるからだ

いづれにしろprivateなことに終始してpublicなものが追求されなかった
それで市が分断されたり村も分断されたのである。
ただこのprivateなものとpublicなものの対立はどこでも起きている
大きく言えば国がpublicなものであり戦争とかなればpublicなものが優先され国のために死のことが犠牲になることが強いられる国なくして個々人もないとなるからだ。
ただ現代社会は私的な権利、所有権とか過剰に主張される時代でありその弊害が大きくなったのである。


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2017年04月08日

自治体とは何か? (原発事故で崩壊の危機に瀕する自治体ー文明の崩壊でもあった)


 自治体とは何か?


 (原発事故で崩壊の危機に瀕する自治体ー文明の崩壊でもあった)


そもそも「自治」は前述のとおり「自分たちのことを自分たちで処理すること」です。であれば、処理するための会則なり、法則なり、理念なり、何なりを共有してしかるべきだと思うわけです。「自治体」というならば、その「自」が共有すべき会則等があってしかるべきだと思うわけです。共有とは自分達で決めることです

この辺で起きたことは本当に様々なことが具体的に問われたのである。
それは学問的な問題ではない、具体的にどう解決したらいいかが問われた
第一自治体が崩壊する、町が村がなくなるなどということは誰も想定していないからだ
でも現実に町や村がなくなるということに直面したのである。

そもそも自治体とは何かと問うとき相当にむずかしいテーマでありその解答は実は法律だけの問題ではない、それはむずかしくいえば人間の実存にかかわるものである。
自治体も歴史的に生れたものであり歴史をたどらなければわからない。
日本では村が自治体の基本としてありつづけたのである。それが明治時代で変わったが江戸時代は村中心の自治が行われていたのである。

そして江戸時代をふりかえるとき封建制の時代だとなる、封建制とは何かとなるとそれは土地を基本にした支配制度である。土地が領主から与えられることによって支配が成り立つ、なぜ土地が基本になるかというと農業中心の社会では土地が実りを産み出すものであり土地なくして農業は成り立たないからである。
だから江戸時代までは国単位でも農業中心だから政治でも政り(まつりごと)でも天皇は大嘗祭をして米の豊作を願っていた、豊作を祈ることが天に祈ることが政り(まつりごと)だったのである。

六年甲戌(ねんかふじゅつ)、海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

天地が栄えるときに民も栄えるというのは農業中心の社会だからその政りごと祭りがありえたのである。それは自然と調和する社会があって成り立つものである。

確かに自治体とは近代的概念として生れた、だから自治体というときヨーロッパの歴史をたどることも必要になる、ヨーロッパにも自治体がありその歴史は古い、それはギリシャのポリスにはじまる、それは城壁げ囲まれた都市のことである。
それがヨーロッパでは自治体体なのである。だからパスポートにあなたはどこの市民ですかと書いてある、citizenが記され、でも日本では村とか町があり市に住まない人もいる
だからなじめないものなのである。

自治体とはな何か問えばそれは人間の根源的な生存にかかわるものである。
なぜなら原発事故でその人間の根源的な生存基盤が破壊されたこともわかる。
水や土や森や山やその生存基盤が喪失したことでもわかる、そうなるともう人間はそこに生きられない、生存基盤が失われたのである。
だからこれほど深刻な問題はなかったのである。

自分のテーマは自然とアイディンティティ化する文化的なものとして故郷を追求してきたその文化すらcultivate(耕す)-cultureだからその土地と密接に結びついて作られてきたものである。ヨーロッパでも葡萄の種類が多い、その葡萄に土地の名前がつけられているそれはその土地で産み出されたものだからその土地の名前がつけられている、それが文化なのである。日本でも米などがそうである。土地土地の米がブランドとなり売り出されているのとにている
文化というときそういう土地土地の地盤があってそこから芸術でも生れてきている
芸術というときそれは個人的なものではない、トータルなものとしての文化であり文明にもなる

木があるとしてその木はギリシャなら神殿の柱となりドイツだとゴシックの大聖堂の柱となる、それはモミの木をイメージしたものでありドイツの森を象ったものとなる
自然を基にして文化文明が生れる、例えば言葉でも日本語は日本の自然から産み出されている、日本の自然と密接に結びついたものとして生れている
それがネティブの言語である。だから日本語がなくなると日本の自然と切り離されたものとなり日本の文明そのものが消失するともなる

ともかく自治体の基本はそうした自然と一体化したアイディンティティ化したものとして築かれてきた、それが人間の存在基盤としてあった、国自体もそういう日本の自然との
アイディンティティ化してあった、だから天皇の政り(まつりごと)があり二宮尊徳の思想が生れた、それは農業中心の社会だから生れたものである。

それが明治以降工業社会になったときそうした基本となる自然から離れたものとして社会が築かれるようになった、その変化があまりにも大きかったのである。
そのために公害が起きたり原発事故では自治体の基盤である水や土や木や森や山が海が汚染されたのだから生きることすらできなくなる
それは文化的なことだけではない、生存するできなくなる深刻なものとなった。

つまり自治体があるとしてその構成するものは基本に自然がある。海があり山があり森かあり水があり土があり空気があるとなる
そういうものが根こそぎ汚染されたときその土地でどうして生きていけるのかとなる
今でもこの辺では水はペットボトルで買うほかない、山の方では自然の水をとって生活していた所がまだあった、それは無料だった、それもできない。
企業が巨大化するときそうした自治体が買い取ることができる、現実に東電は国と一体となり漁業権を海を買い取り自治体の存在基盤である自然も買い取っていたのである。
そして企業は利益だけをみるから人間の存在基盤である海であれ土であれ木であれ森であれそういうものを無視して利益を産み出すことだけを考える
企業にはもともと自治体が成り立つ自然など見ていないのである。

そもそも東京を見ればわかる、そこには田畑がないし水でもどこから供給されているのか意識しない、山から水が供給されていることを意識しない、でもその山も実は放射能で汚染されていたのである。利根川の上流も放射能で汚染されていたのである。
ただ東京にいれば自然はじかに意識しないのである。
そういう社会に生活しているとき自然は意識されない、電気をエネルギーとするとき自然より電気があれば生活できるとなる社会である。
そうなると電気文明となり原子力文明ともなりそれに依存するのであり自然に依存する社会ではない、でも東京すら放射能で水は汚染された生きていけないのである。
大企業は今やそうして自然を無視して破壊する力をもった、それはソーラーパネル工場と化したこの辺でもわかる、それは太陽をエネルギーとしてもやはり森を破壊してそこで水が産み出されるがそれがなくなるとかも言われるからやはり自然破壊だった
それと同時に景観も破壊されるから文化は消失するのである

ともかく原発事故で意識されたのは巨大企業によるまたは科学文明による自然の破壊でありそしてそれが自治体の崩壊になったのである。
法律的に自治体と県と国の関係がありそこで原発事故の問題は処理されねばならないものだった、ただ根源的に歴史的に問う時、これは文明文化というか大きな問題としてクローズアップされたのである。
科学文明工業文明原子力文明の崩壊だったのである。
そういう大きな視点で見る必要もある問題だったのである。
だから個々の問題としていろいろあるがそうした文明論的観点からみて対処することも必要なのである。
そうなると確かにむずかしくてどうすればいいのかわからないとなるが原発事故はそういう人間の存在基盤をゆるがす問題だったのである。
だから文明の転換すら考慮する問題であり個々の問題だけを追求しても解決しないともなる


タグ:自治体とは
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2017年04月04日

原発事故周辺の怖い話 (飯館村にも骨が埋まっている?)


原発事故周辺の怖い話

(飯館村にも骨が埋まっている?)


いわき市と西郷村で死体が埋まっていた、いわき市では借金のことでもめごとがありそれで争いになり殺されたと報道した
西郷村も放射性廃棄物場に死体が発見されたから除染とかの関係者だろう
なぜ殺されたのか?
山梨の除染員が言うには飯館村にも骨が埋まっているという
その人は除染していて石ぶつけられてショックだったと言っていた

飯館村で除染というと裏山などを除染して木を切ったりすると一億円かかったとか言われる、
除染の費用も莫大なものなのである。
だからそんな金を除染などしないで個々人でもらった方がいいというのもわかる
その金は実際はゼネコンとか暴力団とか利権化して地元の人に有効に使われていないのである。
結局自治体で有効に使うべき金がゼネコンだとか政治家だとか暴力団に流れて地元の復興には役に立たないとしきりに言うのもわかる
自治体で除染でもとりしきれば相当な莫大な金が浮く、それが復興資金になる
それもしなかったので肝心の復興のために金が回らなかったという。

何かこの辺は除染関係者や工事関係者とともに暴力団関係も入ってきた、郵便局に若い人が腕に入れ墨をした人が堂々とそれを見せて窓口にいたのは驚いた。
そういう人もかなり入ってきたのがこの辺だったのである
韓国系だかなんだかわからないが売春婦も入って来たとか言うのはそれだけの需要が生れたのがこの辺ではありそれとともに治安も悪くなったのである。

ともかく飯館村などというとそんな話題もない、平和な村だったのである。
今は村を二分して補償金でもめていたりする、原発周辺はみんなそうである。
その巨額な金のために政治家が官僚が利権化してゼネコンとか暴力団に金が流れて肝心の復興のためには使われていないともなる

この辺は正常ではない、異常化した世界にもなった、それは原発誘致してから東電は金のなる木だったから政治家から官僚からマスメデアから地元の人たちも群がったのである。漁業権者は一番金が入っていた。漁業権を売り渡したからである。
そういうふうに原発は巨額な金を生むものであり事故後もそうだった
かえって事故後の方が巨額な金が補償金として支払われたのである。
それで水俣病になった所では補償金で村は破滅したとその経験を書いている
金がみんないいものとして働かないのである。
補償金もらったら働きたくないとかなったりして毎日パチンコとかギャンブルになったりしたのもそうである。

モラル的には相当にこの辺は荒廃した、かつての平和は失われた、前から別にこの辺の人たちがいい人だとか素朴な人たちだったということは今ではない、やはりどこでも今は金、金、金を求めているのは変わりないのである。
ただ飯館村などでも暮らしが隠されていたので見えなかっただけである
それが補償金のためにその醜い人間の欲がむきだしになってしまったのである。
でも除染も終わりになり工事関係者もすでに少なくなっゆくと今度は市町村自体が高齢化社会になり衰退してゆく、南相馬市でも高齢者が65歳以上の人たちが他より10パーセント増えている、災害復興住宅に浪江の人たちが移ってきたとしても老人が多いのである。
若い人は流出しているからだ。
その若い人たちも補償金もらったら仕事はしないとなる
そんなことで復興できるのかとなる、だから金だけでは問題は解決しなかったのである。国では金をやればいいとしてもそれを有効に復興のために活用できなければなににもならない、かえってその補償金のために争い復興の障害になってもいたのである。
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2017年04月03日

原町のタクシー会社がつぶれた原因? (補償金もらって働く人がいなくなったから?)


原町のタクシー会社がつぶれた原因?

(補償金もらって働く人がいなくなったから?)


山梨の除染に来た労働者は元経営者だったらしい、その経営に失敗して除染員になったのか?
だからいろいろこの辺の事情を知り言えるのかもしれない
駅前を開発するには土地と家を持っている人にオーナー制にして補償する
そして駅前開発をやる、そんなことを言っていた

その人が言うには原町のタクシー会社がつぶれたのはタクシーに勤める人を確保できないからだという、補償金をもらった結果働くのが嫌でそうなったと・・・
これは事実関係がどうなっているのかわからないが現実にそういう状態がこの辺にはあった、多額の補償金をもらった結果、毎日パチンコとギャンブルになったのである。
だからありえていことではないが、これを聞いたときこの辺の荒廃が深刻なんだと思ったそこまでなっているのかそこまで補償金が悪い方に作用しているのかということである。
この辺は特に人手不足といわれ、スキヤでは自給1200円で全国一高いと言われた、それだけ復興事業で外から来る人が多かったからである。
特に若い看護師が流出したとかで不足して病院が維持できないとか深刻な状態になった
介護士も不足している、人を募集しても人が来ないということがある
それは実は補償金のためだともなる、補償金をもらったら働かないとなっているからだ
そしてタクシー会社までつぶれるとなると異常事態なのである。

その人がなぜ飯館村で石ぶつけられたのか?そのことがショックだと今回も言っていた。
それは飯館村でも放射線量が高いところと低い所がありそれで補償金の差が大きいから低い所の家では除染している人に石をぶつけた、でもなぜ除染している人にそんなことするのか?それは除染してもらっても金にならなからやつあたりしたのかとなる
飯館村は一般的に放射線量が高いからみんな同じように補償金をもらったと思っていた
でもやはり差がありその差が大きい所で不満が大きくなっていたのである。

いづれにしろもめごとのあるところに入ると危険になる、NHKの放送で自分もなぜ原発避難民側についているのかと不満になったからである。
だから飯館村が村に残す村長派と補償金をもらって外に出る派と分かれて争っているというのは公平に報道していたのだろう。あからさまに争っているということは南相馬市では報道していないからである。
まずシリアみたいな紛争地に入ったらわけわからなくなり危険になるのとにている
事情が複雑でありわからなくなりとばっちりを受けるから報道機関も慎重さが要求される一方に味方したりしたら危険にもなるからだ

普通だったらこういう危機的状況になったら本当は率先して市町村のために働き復興しようという気持ちになる、それは金の問題ではない、市町村でもそうしてもらわないと困るからである。タクシーだってやはり外から来る人も多かったし必要だったからである。
9人乗りのタクシーで小中学生を小高に送迎するのもやはり学校を維持して教育のために尽力しているとなるからだ。
こういうとき何かそれぞれできることをしないと市町村が衰退して消滅する危機になる
それが小高とか浪江とかで起きているからだ。

自分もだからもともと働いていないが介護とかでできなかったが駅とかが無人駅になったのでボランティアしているとかプログで発言して方策を考えるとか提案し情報を伝えている、そんなこと復興に役に立つのとなるがまずいろいろな人の状況を知り話を聞くとういことからも復興がはじまる、だから役にたたないとはならない
何が問題で何をどうすればいいのかわからないからである。
だから外からの提案も参考になるから聞いているともなる

つまり実際は小高の人はお前は何もできないなら何も言うなとか言うけどこれも傲慢なのである。
南相馬市の一市民だったらかかわらざるをえない、財政負担にもなるからだ
そして補償金は国民が負担しているものなのである。なんでその補償金で遊んでいるだけなんだと批判されるのである。
補償金をもらったからタクシーの運転手などしてられるか、そしてタクシー会社がつぶれとなると一体補償金とは何なのだととなるからだ
もちろんその真偽ははっきりしないが現実にここでは補償金でそういうことが起きたからまるっきり嘘だとも言えないのである。

だから補償金で水俣病でもだめにしたというときにているのだ、補償金が必ずしもいい方面に働かない、その利用を誤るとかえってこのように荒廃して市町村自体が荒廃してだめになる、飯館村だってギャンブラーになったとかだめになるのだ
人心が荒廃してゆくときさらに危機的な状態になり市町村自体が衰退して消滅の危機にさえなってゆく、それが今回のタクシー会社が人手がなくてつぶれるということにもつながる、それは相当に深刻なのである。
でも原町ではそんなにもらっているとは思えないが山側でもらっている、また小高の人でも働いていたかもしれない、その辺の詳しい事情はわからないから明確に言えない
でもありえないとも言えないのがこの辺の状況なのである。
タグ:原発補償金
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2017年04月02日

再開した浪江駅に行く (鉄道マニアが多かった)


再開した浪江駅に行く

(鉄道マニアが多かった)

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5万の放射線量を計る機器

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この愛知御津駅がなくなるとか言っていた

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学校の時計は3時30分でとまっている、震災以来とまったままである

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立派な眼科だけど震災前につぶれていたというのは意外
それだけの患者がいなかったのか? 
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飲み屋

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子供部屋がありベッドがある生活があった

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引っ越しの車


浪江まで開通するや草萌ゆる


原町から乗った老人は5万の放射線量を計る機械をもっていた、それはわかりやすいいいものだった、あれだと放射線量は計りやすい、それを見ていたが浪江に来ても0・3にしかならなかった、浪江は市街は意外と低いのである。
浪江におりて歩いたら通りの店はどこも開いていていない、町の役所まで歩いた。
浪江は広い街であり様々な店や医院もあった、でも眼科があったのでめずらしいと思ったが後で聞いたらあの眼科は震災前からつぶれていたというのも意外だった

大きな病院もあったがむずかしい病気は南相馬市立病院に来ていた、実際に浪江の人が入院していて同じ部屋だった、その人は農業で賞をもらうほど優秀な人だった
それだ大学に娘を三人出したのである。昔の平に野菜などを売っていた。
車で毎日来ていて30分かかると行っていた、その人は重体でありしゃべることもなにすることもできない、わずかに妻が来ると手をにぎるだけであり反応がない
植物人間の一歩手前だったのである。だから見ているだけで悲惨だった
でもそれだけした人だから妻と娘は来ていたのである。

浪江で今仕事はじめたのは警察署と消防署であり消防では訓練していてその声だけがひびいていた。あとは仮設の商店が二軒ほど開いていた、カフェが一軒開いていた、後はなにもない、人はまだ住んでいない、引っ越しの車が見えたりしたからこれから移ってくる人がいるのだろう。

何か6年も人が住んでいないとそこは死の街になっていた、小高もそうだったが浪江は小高より広いから余計にそうなる
小学校なのか中学校なのか時計が3時30分で止まったままになっていた
浪江はこの時計がとまっていらい時間がとまってしまったのである。

浪江駅に来ていたのは仙台からの鉄道マニアが多かった、仙台とかなるとそれだけマニアも増える、しきりに車両の写真をとっていた。
切符を集めている人がいてこの駅はなくなるんだよとか言っていた。
鉄道マニアにはいろいろな人がいる、そういう人と話すると確かに面白い
自分もマニアの一人だからである。それは年齢とは関係ないのである。
仙台に直通の電車が日に三本くらいでる、自分が乗ったのも帰りは直通で仙台に行く二両の電車だった、電車の中で近くの鉄道マニアなのか

「磐城太田は昔は高駅と言っていたんですよ」
「磐城太田はずっと磐城太田だよ、それはいつのことなんだよ」

そんなことを言う若い人がいたので調べてみたら確かに高駅として開業した、当時は立派な駅があり駅員もいて繁盛していたらしい。
高という地名があり字地名でありそれが駅名となった
双葉駅の前は長塚駅でありそれは長塚村が江戸時代の宿場町としてあり長塚駅になった
この長塚駅時代に自分の家が酒屋に父が勤めていて関係していてその話を聞いているから何か親しいのである。

高駅の高は古代の郷名に由来するものらしい、そうなると相当に古い地名でありこの辺は古くから人が住んでいたとなる、このように駅名にも歴史がある

それから原町に下りて原町の通りを歩いた、そして鹿島に帰って今度はシシドスーパーの隣の復興住宅の人がいたので話を聞いた、その人があの眼科は震災前につぶれたのだと言って教えてくれたのである。
その人は車を入念に手入れしていた、車庫がないので車が傷むと言っていた。そしてここに駐車しているだけで1500円とられると言っていた。
その人は室原の人でその親は豚を飼っていた、それは品種のいい豚でありキクチスーパーとかで売っていたのである。
伊藤忠商事とも関係して売っていたという、高速ができたので豚を運ぶのにいいとか言っていたがだめになったといっていた。た
でも伊藤忠商事とかと関係していることはそれなりに大規模にしていた
なぜではその人は原発でも働いていたのかとなる
何かこの辺ではそうして原発で働いたとしても農業していたり二つの職についている人も多かった。手間賃稼ぎに原発で働いていたともなる

その人は室原に帰るために拠点を作るのでそのために室原に時々帰っている、他の原町の人も浪江に一町の畑があると時々見に行っている、ここからだと近いからできる
それも確かに復興になっているのだ。すぐに帰って復興するのではなく時々見に行っては復興してゆく、拠点を作るのは帰ることを前提にしているからである。
5年後辺りには全部避難解除になるというからである。

ともかく浪江の前途は厳しい、まず人が住んでいない、人が帰らないのは小高と同じだが小高は住んでいる人がみかけたが浪江ではいない,これから帰るというがそれも一割程度とかなるととても街を復興することはむずかしい。
ここは原町とも離れているから買物でも不便になる、買物バスとかが出るというけど遠いから不便になる、だからここで帰って来る人は少ないし小高と同じく老人が多いのである
ただ浪江の人との軋轢は南相馬市ではまだ生れていない、鹿島と小高は犬猿の仲になったのは補償金のためだった
ただ浪江の人でも工場を経営している人が仕事をくれと原町の仲間に言ったらお前らは補償金たんまりもらっているからと断れた、だから浪江の人でも南相馬市の人とももめたとなる、現実に浪江の人が南相馬市に住んでいればそうなるのである。
シシドスーパーの隣の復興住宅に には浪江の人だけではない、他から来た人も住んでいるという、どこから来たかはわからない。

それでも県で建てた復興住宅で前の駐車場まで金をとっているというのもやはりもうそれだけ県でも国でも補償できないということなのか?
いつまでも補償できないということはあるだろう、県とか国では早く帰って復興してもらいたいのである。南相馬市でも小高の人に帰って復興してもらいたい
それがなかなかすすまないのである。小高は小高工業が300人とか通うようになるから電車でも駅でもにぎわうようになる、浪江はそういうものがないから復興となるなにか起爆剤が必要なのである。
それが何になるのかこれから模索することになる
観光だったらどうしても高瀬川に行けないのは致命的だとなる
あそこが避難解除されれば外から観光だけにでも来る人はいる、あそこは本当にこの辺ではめずらしい名勝の地だからでる



行方郡は陸奥国だけではなく、同名の行方郡が常陸国にあり、後述の『和名類聚抄』中の多珂郷は常陸国の多珂郡(多賀郡)と同じ名である。在地の国造ではなく、常陸国から来た移民を中心にして郡が建てられたのであろう。
古代の郡衙の場所は新田川の河口付近、現在の南相馬市原町区泉にある泉官衙遺跡と推定されている[3]。位置は不明だが行方団という軍団も置かれていた。『和名類聚抄』による読みは「なめかた[4]」で、吉名・大江・多珂・子鶴・真野の5郷があった。
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2017年03月30日

自治が問われた原発事故周辺 巨額の国からの補償支援金は自治体の復興に使われなかった


自治が問われた原発事故周辺

巨額の国からの補償支援金は自治体の復興に使われなかった

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今日山梨の駅で話した人は結構いろいろ要点をついたことを言って共感した。
何か病気になって仕事できないので医者にみてもらいにきていた。
除染の仕事をしていた。

「この辺では復興として国からおりた金をみんなゼネコンとか暴力団とかに流れて肝心の市町村を復興するためには使われなかったんだよ、区長でもなんでもみんなでその金を使って復興しようとしなかった」
「その国からおりた金でもみんな個々人におりたので個々人が勝手に使い町全体とかの復興のために使われなかった」
「除染費用など自治体で使えば良かっただよ、そうすれば市町村の復興のために新しい街作りのために使うことができた
除染でもこの土地の人がやりそれを復興の街作りに回せば良かったんだよ」
「それはいえるな、結局この辺では6年間住民は何もしなかった、ただ個々に補償金をもうらことしか頭になくなった、それで家族でも地区でも市全体でもばらばらになってしまったんだよ」
「俺は飯館村で除染していたけど石ぶつけられたんだよ」
「ええ、なぜ、そんなことをしたの」
「その家は補償金はその時そんなにもらえない所だった、隣の家は高くもらっていたとかで頭にきて除染している人が怒っていた」
「そういうことはこの辺ではあった、国で放射線量を計り補償金を決めた、それでどこでももめた、地区でも隣がもらってこっちはもらえないとかもめた」
「それより自治体で一括して除染費用をもらって自治体主導で除染すれば良かった
そして復興のための街作りに使えば良かったんだよ」
「それは自分も感じていた、個々人に補償金もらったらみんなかえって町を出て外に家を建てたよ」
「莫大な補償金とかは街の復興のために使うべきだったんだよ」

この人の言っていることは全うだった。飯館村で除染している人に石をぶつけているとういことは飯館村でも補償金で分断されていたのである。今でも大きくは二つに分断されている、補償金をもらって外で生活再建する派と残る村長派である。
この辺は事故後ずっと補償金でもめて分断されてきたのである。
家族すらその一億円の補償金でもめて分裂したとかもある、額が大きくなると奪い合いになる。

その人が言うには区長でもいいからともかくみんなが集まって市町村のために全体の復興のために使うべきだった、そういうふうな仕組みを作るべきでもあった。
一括して自治体でも除染費用を受け取ればそれを極力自治体の力でやればその金は除染だけではない市町村全体のためにも使われたし自治体の人々が俺たちが復興しているんだという気持ちなり復興に精神的にも通じていた

ところが実際はほとんど6年の間住民は何していたかといえばパチンコでありギャンブルに興じていただけなのである。その時精神は荒廃して復興など関係なくなっていたのである。そして補償金しか興味がなくなっていたのである。
もし除染でもしていたら自分たちの土地を自分たちで除染している、復興しているんだという前向きな気持ちになったのである。全部でなくても自治体主導でしていればそうなった、一部では除染もそうしたところもあったがほとんどはゼネコン主体であり地元住民は何もせずにパチンコきギャンブルしかしていないのである。

南相馬市だと小高でも南相馬市内の仮設に住んだから近いのでできたのである。
でも実際は補償金をもらうことしかなくなった
それよりも除染だけではないなにかしら自分たちで復興しているんだというものがないと精神的にももう復興などどうでもいいとなってしまった
ただ補償金をもらえばいいとういうふうになり復興の気力もなくなっていった
だからいくら国から巨額な金が出てもそれが有効に回らなかった。
地区でも市町村単位でも補償金でもめて分断されたのである。

つまり民主主義の自治がなくなっていたのである。みんなでこの困難に立ち向かう下からの力が喪失した、自治体というとき自ら治めるということである、その自ら治めるがなく国からの一方的な指導しかなくそれが自治させなくさせたのである。
それは国だけに責任があるのではなく強力に自治体の住民が結束して立ち向かうことができなかったからである。

ではなぜできなかったのか?
それは震災前からすでにそうした原因があった
それが原発事故を通じて明確化されたというだけだとも見える

農民→農業したくなかった→土地は汚染されて農業はできなくなった
商店→シャッター通り→やめたかった→補償金が入ってやめた
若い人たち→田舎町から出て行きたかった→補償金もらって都会へ出た
若い妻たち→姑といたくなかった→別々に暮らせて良かった

何か前々からこうして田舎ではそういう状況があり原発事故がそれを促進させたのである
いづれにしろ復興というときこの辺では町でも村でも全体の復興には向かわなかった
みんな個々人が補償金をもらいそれを個々人が利用して町全体の復興には向かわなかった精神的にも一致して復興に向かわなかった、復興というとき本当は一年くらいはしかたないにしてもその辺からすでに何らか個々人が復興のために動き働いていないとできなことだったのである。その復興は個々人は故郷が出て家を建てたりして個々人の復興のために6年は費やされたのである。
6年すぎたらもうそうして若い人は流出してもう帰らない、もともと町から出たいということもあり他の都会で住みやすい所で生活しはじめて6年とかなると境遇も変わり簡単に元にもどれないし故郷の復興には関係なくなっていたのである。
人間は6年くらい音信不通になると相手のことがわからなくなり誤解が生れる
6年はやはり短いようで長かかったのである。

ともかく様々なことが問われたが自治体が自治がなかった、その自治とは市長とか議員の自治でもない、村民の町民の市民の自治がなかった、下から押し上げる力が不足していた補償金を要求するにしても個々人ではなく町全体を復興させるにはどうするのかということでその活用を議論すべきだったのである。
そしてその山梨の人が言うにはそうした新しい街作りをしないと若い人も住まない、そこに希望がないから住まない、そして全体が衰退してゆくというのは本当だろう
ただでは都会的な街がみんないいかといったら嫌な人もいる
自分の価値観は性分は都会向きではない、静かで人がいない方が落ち着くのである。
でも一般的にはそうではないから街が衰退してゆくことはいいことではないのである。



メディアが報じない原発禍の街の真実 <第6回>4人世帯で1億1000万円…賠償金で家族がバラバラに(日刊ゲンダイ)

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水俣病でもここと同じことが起きていた、補償金しかなくなったのである。
何か復興もない、昔の村は全くなくなったとある。


市町村でも全体が喪失したことが深刻だった (復興には個々人ではなく全体が一致協力しないとできない)


補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失 (原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)

過度な原発避難者への援助がかえって不和をもたらし復興させなくした (内村鑑三の指摘の再考)

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2017年03月29日

震災から6年の間に変わった原発避難者の境遇 (震災関連死数が物語るもの)


震災から6年の間に変わった原発避難者の境遇

(震災関連死数が物語るもの)


震災関連死数 2086 65才以上 1880


復興住宅に入っている浪江の人は一人は室原でその人は母が避難している内に死んで一人暮らしになった、今日あった人は兄と一緒に住んでいたがその兄が死んで一人暮らしだという、何かそれは関連死だったのかもしれない
要するに避難している6年の間に様々な変化があった、その中に震災関連死があった
兄が死んだ人は子供がいないから一人である。
子供がいた人もその息子は東京に出てその子供はその地元の高校を出て就職して帰らない妻も息子の所に帰っていないという、一町ばかりの畑があり通ってみている
近くになったのでそれができるから何か故郷と通じるものができてくる
すぐにではないが故郷とその土地を通じてつながっているという感じになる

ともかく6年という歳月が意外とこの辺りを実際は凄まじく変えてしまったのである。
津浪の被害もそうだけど原発事故の避難でもそうである。
家族でも地域でもばらばらになってしまったのである。
その中で境遇がみんな変わってしまった。身内が死んだりするのは大きな変化である。
自分も母親が死んだから同じである。

だから原発避難者が故郷に帰れというときその6年の間の変化でむすかしくなった。
なぜなら東京まで出てそこで中学校3年と高校3年を過ごすほど長かった
普通はそういう思春期は一番思い出にの残る時期かもしれないからだ。
小学生でも一年生が六年生になっていたからである。
その境遇の変化が既成事実となり重いものとなり帰れなくさせたのである。

ともかく人間の境遇も変化をまねがれない、自分は30年間くらいは変化がなかったが急速の変化に襲われて介護十年して身内はみんな死んだ
人間は別に震災がなくても境遇が変化する、親が死んだ人もいる、妻が死んだ人もいる、夫が死んだ人もいる、様々である
その境遇の変化のためにショックを受ける、世の無常を感じる

つくづく人間は一旦境遇が変化すると既成事実化すると簡単に元にもどれない
それが復興をむずかしくしている、6年も避難している内にみんな境遇が変わってしまったのである。
若い人は若い人で避難している間に生活でも避難した先で合わせる他なくなった
ともかく意外と老人になると境遇が変わりやすいのである。
それがショックになる、あちらこちら病院が変わったり施設が変わったりする人もいる
終の住処(ついのすみか)が得られない漂流老人になる
震災避難者はあちらこちら漂流した、そして震災関連死になった人も多い
そういう安定しないことが老人にとっては最大の不幸なのである。

いづれにしろこうした境遇の変化はもう一旦変えられると元にもどすことが困難になる
これは最初の内はそんなに大きな問題に見えなかった
しかし6年過ぎてその重さに気づいたのである。
一旦変わってしまった境遇はもう簡単には変えられない、町にしても村にしても簡単に修復して元にもどらない、それが大きな誤算だった
若い人でもそれぞれの生活が避難した先ではじまりそこで6年間過ぎたからである。

災害復興住宅の畳みは本物たたみでないらしい、外壁も塗装されていないとかヤハな作りになっている、やはり外観はいいのだがそれだけ安い材料とか手抜きしていたともなる
そうせざるをえない事情もある。
だから建物は外観を見ただけではわからないものだと思った。

復興は様々な悪条件で困難を究める、それぞれの境遇が変わってしまい、それも復興をむずかしくしていた、そして残されたのは老人が多い、福島県内からすら流出しているからである。復興住宅に入っている人すら老人が多い、一人暮らしも多いのである。
だからそういう人たちが帰って何ができるのかとなるし帰っても世話する人もいないのだから復興自体無理だとなる
何もできない、介護とか病気予備軍の老人が帰っても復興はできないからである。


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posted by 老鶯 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連