2017年04月26日

復興大臣が辞任 それぞれの言い分があった


復興大臣が辞任

それぞれの言い分があった


調子に乗るなよトウホグ土人が。焼け太りの乞食の分際でほざくな。 
東京が無事だったからこそ、今、お前ら土人が生きていられるんだろうが。 
同時期に東京が大規模災害に遭っていたら、お前ら三日で全員野垂れ死んでいるわ


人間はみんな言い分がある。こういうことも東京の人たちだったら言い分としてある
東京の経済力があって東北でも他でも恩恵を受けているとういことも事実としてある
ただ必ずまたそのプラス面があるとしてマイナス面もある。
巨大な東京があることで迷惑になることもあるのが今回の原発事故にもなった
東電では東京に原発を作るのが効率的だけど事故を恐れてフクシマに作ったからだ

東京という膨大な人口が経済力ともなるがそれが圧力となり原発にフクシマに作らせたりする、一方で東京があったから援助が受けられているという側面はある
ただフクシマ原発の場合は津浪とは違って東京の責任も大きいからこの人の言うことはあてはまらない、ただこういう言い分はある

例えば南相馬市でも小高と鹿島区が補償金で争ったとき双方の言い分があり小高の人たちが避難させられたのだから補償金が高くさせられて援助されるのは当然だということにもなった、でも自分が言ったように鹿島区の人たちの言い分もある
なんであいつら毎日パチンコやギャンブルで遊んでいるのだということはここだけではない、他でも言われていることだからである。

今回の震災の被害では地域的対立が東京と福島とか東北とかで鮮明になった
内部でも補償金で争って地域が分断されたことがあった
なんであれそれぞれの住む所や地域が違ったり立場が違うとそれぞれの言い分が生れてくる、それはどうにもならないことである。
だからこういう発言でも一方的に否定することはできない
結局それぞれの言いたいことを言う、言い分を聞くことが民主主義になる

ところがマスコミとかがそうした様々な地域や立場の人たちの生の言い分を取り上げるわけではない、直接民主主義ではない、マスコミによって拡大化される民主主義なのである確かに今回の復興大臣のは発言には問題があった。
ただそれがマスコミによって過度に報道され糾弾される、それが民主主義をゆがめているのだ。
それでトランプ大統領はマスコミを嫌い拒否したのである。一方的に糾弾されるからである。
実際は国民の移民に対する反発は大きかったし中部の製造業など自動車などの工場は閉鎖されて失業しているとかそういう人たちの言い分はマスコミによって無視されていたのである。ただ移民を攻撃していることだげが拡大化されて報道される
それは感情的にまでなる、それはアメリカの国情を正確に伝えていなかったのである。
要するにマスコミは何か一部分でもそれが拡大化して放送される
そういうマスメデアなのである。

双方の言い分を言わせることはマスコミではあまりしない、マスコミで判断して一方的に報道している、そもそも報道されないことに重要なものがある。
何を報道するかもマスコミで決めているからである。すると重要でみんなに知らされるべきことも知らないとなってしまうのである。

ただ言い分というとき個々人でも言い分がありその言い分を聞いていたらきりがないとなる、個々人にも事情があり言い分があるからだ
いづれにしろ民主主義でも直接民主主義ではない、広い範囲になるとそうなる
するとマスコミの報道に左右される度合いが強くなるのである。
でもインターネットでもそれはマスコミを通さない発言だから直接民主主義になる
その生の声が今までとは違っていてもそれがマスコミのようにまだ小さい声にしかならないから影響力が弱い、でも対抗メデアとなったのは民主主義にはいいことだった
第一今までこうして民衆の生の声を知ることができなかったからである。

この辺では津浪の被害者がいて津浪と原発被害者がいて原発避難者がいてとか複雑だったのである。その人たちはみんな利害が一致しないことがあった、それで分断されたのである。だから被害者の言い分だけを聞くというのも一方的になる
原発避難者については言えたのである。

いづれにしろアメリカでもそうだが民主主義でもすべてが公平になることはない、ある集団は地域は無視されて報道もされないことがある。するとそこには援助がいかないとかの問題が起きている、だからアメリカの不満層が無視されていたことなどわからなかったのである。南相馬市内だと一応みんな補償金はもらっているが隣の相馬市になるともらえない、それで不満を言っている人がいたことなど誰もとりあげない
別に放射線量など変わらないのである。
相馬市では真野ダムの水を利用しているとなるとやはり飲み水は利用できないとペットポトルを利用しているかもしれない、するとやはり被害があるとなるからだ
でも相馬市の被害は放射能汚染に関しては何も補償もないのである。

ただわからないのは飯館村でも放射線量で区分けされて補償金の差があったことである。それで除染員が石をぶつけられたとっばちり受けた、どうして飯館村でも補償金の差が起きたのか理解しにくいのである。一様に高かったとみていたからである。
だから一様に補償金は払われていたと思っていたからである。
隣同士を放射線量で補償金に差をつけることがおかしいことだったのである
隣だったら放射性物質だって移動してくるからである。
そういう放射線量で地域を細分化して分断したこと自体が過ちだったのである。

要するに海側は浪江ですら低い、とすると山側と海側に分けるのが放射線量からすれば理にかなっていた、ただ30キロ圏で分けたのがいいのかとなる
それによって生活そのものができない町や村が存続できないような状態になったからだ
科学的根拠があっても何かそれだけでを基準にして良かったのか?
小高などはみんな避難させたのは失敗だったと思う
一旦あのようになると回復できなくなってしまったのである。
避難した人は若い人でも別な暮らしになりそこでなじみ移住先で暮らすことが復興になったからである。補償金もそのために使われて村や町の復興には使われなかったのである。いづれにしろこの辺ではいろいろ問われた、様々な問題が実際的な問題として問われたのである。



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2017年04月25日

国造(くにのみやっこ)が最初のクニ そのクニ(郷)が原発事故で破壊された


国造(くにのみやっこ)が最初のクニ


そのクニ(郷)が原発事故で破壊された


●鉄道の上り下りの感覚

毛野国」は分割され、都に近いほうを「上毛野国(かみつけのくに・こうずけのくに)」、遠いほうを「下毛野国(しもつけのくに)」とした。

奇妙なのは常磐線が開通してもいわき市までは通じていない、上野までも通じていない、上りと下りというとき都に近い方が上りになり遠い方が下となる
東京を中心になるとき東京に近いが方が上りになり東京より離れることが下りになる

現在は地方から東京に行くことを「上京」と言いますが、江戸の頃は「東(あずま)下り」と称しました。
天子様のおわす京(大坂)が千年の都で、江戸は発展途上の振興地扱いだったからです。
ですから、都会から運ばれてくる洗練された品物を「下りもの」と呼び、それ以外の地方産出のものを「下らないもの」と呼びました。

この感覚は今でもある、でも常磐線が開通して違和感を感じたのはいわき市から東京へ通じていない、仙台にしか通じていない、すると仙台へ行くのが下りになっている
仙台へ行くのは今は上りという感じになる。
駅にいると本当に仙台から行き来する人が多いのである。それはいわき市から通じないということもあるがそれだけではない、新幹線で仙台から行き来する人が多いからである。もともとここは仙台とのつながりが多いから仙台が東北の中心となると仙台へ行くのが上りとなる感覚になる、そもそも東京やいわし市方面から人が来ないから余計にそうなったのである。

「京に上る」というとき何か意気込みがあった、前は東京に行くことでてある。
実際に経済的には地方の会社でも工場でも本社が東京にあるのが多い、それで出張して来る人が結構多いのである。東北サッシの社長は本社は神奈川県にあるとかなる
ホンダとかイスズとか自動車会社も本社から出張してくる人がいた
工場でもそうである。だから実際は上りとなると東京であり下りは東京から東北の方へ離れる時下りになる。
でも常磐線がいわき市から東京へ通じないのだから仙台経由になると仙台へ上りとなる感覚になる。一方通行になったからである。

国造(くにのみやっこ)が最初の国

白河国造
石背国造
阿尺国造あさか
道奥菊多国造みちのおくのきくた
信夫国造 しのぶ
石城国造いわき
染羽国造しめは
浮田国造うきた
伊久国造
思国造

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「国造本紀」の国造系譜 - 国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ

この国造で注意しなければならないのがと染羽国造浮田国造である。
染羽国造は「標葉」になって今の浪江町である。
国造みると浮田-染羽が最初の国である。
だから相馬氏が支配して相馬市とか南相馬市となる前の国は浪江町と鹿島であり鹿島には浮田という地名がありそこが浮田国造の置かれた地域だとなる
そこは海から離れた所であるから地域的に住みやすい所であった。
そもそもなぜ鹿島区に古墳が多いのかとなるともともと浮田国造とあり最初の国が設置されていたからである。
それは毛野国と関係していた、毛野は大きな勢力でありそれで毛野系統の国造が置かれた
相馬市であれ南相馬市であれ中心は浮田国造が置かれた鹿島区が中心であった。

このことは注意せねばならない、なぜなら古代にはここに生活の中心があったからであるだから古墳が多いとかなるし寺内の前方後円墳から金銅双魚佩(ぎょはい)が発見されたりしている。万葉集の真野の草原もこの地とされているのはそのためである。
この国造は中央の政権があったとしてそれによって記録に残ったのではない、もともとそこが人口が多いとかクニとしての力がありそれで中央政府から認められて記録に残されたとなる、でも古墳だと原町の桜井古墳が大きいのだからそっちに国造があっても不思議ではない、しかし小さな古墳は小池とか横手に多いのである。

最初のクニというときそれは生活感覚で最小のアイディンティティをもてる範囲を示していたのかもしれない、クニとして意識するということは上からのおしつけではない、何らかの共通の共同の世界がコミニュティが形成されたからクニとなった。
このことは現代にも関係している
鉄道では磐城太田駅があるがなぜ磐城になったのかとなる、もともと高駅という名だった高という地名があり和名抄では高郷のことだろう。
そして浪江町から双葉、大熊とかは車でもいわきナンバーなのである。いわきの勢力下に入っている地域だともなるし相馬氏と岩城氏が争った時は境目にあったとなる

いづれにしろ国造はその範囲が地理的にも生活でもクニとして意識されたのである。
人間は地理が大事だというとき共通のアイディンティティがまず土地から形成されるからである。理念などからは形成されないのである。
アメリカとかは余りに大きいから理念から国家が形成されたs 人工国家になる
でも自然村とか自然国家となるとまず土地から形成されているのである。
土地に根ざしたものとしてクニが起こっているのである。
第一大和というとき山戸であり山の入り口とかであり狭い村の範囲が大きな国となったことでもわかる、ヤマトとはもともと国造のような小さな村の範囲だったのである。
そこに形成されたアイディンティティが国の基になったのである。

ただ地理からみると浜通りとかは地形の変化がない、ところが飯館村とかなると高原になり山に囲まれているから別世界になる、それは地理的には別な国の感覚になる
丸森もそうである。伊久国造になり地理的には別な世界であり別なアイディンティティが形成されるのである。
古代とかなると交通が発達しないから地理的に隔絶して生活していた。
そういう時代でも中央からの大和政権がかかわっていたことも確かである。
縄文時代には国はないからである。つまり国造が置かれたとき中央で国として認めたとなるのだ。だから国造には天皇の系統が記されているのである。
だから古代から中央と地方のかかわりがありそれが現代にも引き継がれている
国家と地方自治体の対立がありそれが原発事故で露になったのである。

●人間はそれぞれのクニを基にアイディンティティを形成していた

奄美の郷(クニ)
奄美の郷人(くにびと)
沖縄の郷(クニ)
沖縄の郷人(クニビト)
アイヌの郷
アイヌの郷人
ホピの郷
ホピの郷人
郷という言葉と
郷人という言葉を
心をかめてつぶやく
統治のない 郷(くに)
原子力発電所のない 郷
核兵器のない郷

(山尾三省)

山尾三省の不思議は原子力発電所のない郷を志向していた
核兵器のない国にするとかは誰でも言っている、連合でもカルト宗教団体でも盛んに言っている、創価でも言っていた、でも創価の聖教新聞では東電の宣伝を一番していたのである。宣伝費を一番もらっていたとなる
核兵器には盛んに反対しているが原発にはほとんどあらゆる団体が推進派だったのである朝日新聞すらそうだった、なぜなら原発事故が起きたとき、中国旅行に朝日新聞社などマスコミの幹部が全部招待されていたからだ。

だから原子力発電に反対しているというのはまれだったしほとんどそれに注目している人もいなかったのである。なぜだから原子力発電所のない郷(クニ)を志向していたのか不思議だとなる、ここに注目している人はまれだったと思うからだ。

いづれにしろ現代の感覚ではこういう郷(クニ)となるとグローバル化でもありえないとなる、だからこそ原発事故だから町や村が離散状態になったというわけでもない、国家の中にグローバルな大企業の中にみんな所属しているからそうなった
みんな田舎でもその土地によって生活していない、みんな会社員として生活しているからである。
つまり郷(クニ)に所属している感覚が薄れているのである。国家に所属しているという感覚より大企業に所属している会社に所属しているのである。
戦争のときは国に命を捧げたのだから国家に所属していた、それが今はそうなっていないだから愛国心なども薄れているのである。
愛国心の基は愛郷心でありその郷とはクニのことだったのである。
人間はアイディンティティを形成できるのは国造(くにのみやっこ)が最初の国だったように狭い範囲だったのである。

そして原発事故ではその郷(くに)は奪われて離散したのである。そしてその郷を回復することが望まれているがそれが不可能にもなっているのだ。
なぜそうなのか?郷というものがすでに喪失していたということもある
グローバル経済でもそうである。
米でもいろいろ食べてみる、会津のひとめぼれを食べたから次とつやひめを食べてみるかとなる、これはやはり一番人気で売れていた、次は何を食べようか、最近は北海道の米もうまくなっているのか?今度は秋田小町を食べてみようと思ったらこの辺で売っていない、無洗米は売っていない、自分はめんどうだから無洗米しか食べないからだ
それがアマゾンの通販で売っていたのである。それも送料込みで値段は高くないのである味噌でも近くに作り売っている、でもそこではダシ付きの味噌ではないから自分は買ってない、時間がないしめんどうになるからだ
こんな生活自体が郷(クニ)が喪失させている原因になっている
お袋の味とか故郷の味はない、どこの郷でも味わえるからだ
ただ会津でも秋田でも山形でも故郷の米を食べればそれが故郷の味だとはなる
ただもともとそういう郷(クニ)の感覚は希薄化していたのである。

ただその土地に生きるものは地理的にはその土地からアイディンティティを形成するのは変わりない、そこに地域地域の文化がcultivate-耕されてculture(文化)になったのである。
それは大きな単位になるときドイツでもそうだがゲルマンの文化が形成されたとなる
国単位で違った個性の文化が醸成されたのである。 
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2017年04月23日

巨大企業などが地域社会をつぶす (原発事故も東電による地域破壊)


巨大企業などが地域社会をつぶす


(原発事故も東電による地域破壊) 

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先進国の人たちが使う紙や木材の量が増えるにつれて、熱帯雨林などの森林はどんどん切られていく。 
日本も、国内に森林があるが、発展途上国から安い木材を輸入し、使い捨てしている。 東南アジアのラワンなどの南洋材は日本に輸出されている。 日本の商社は、フィリピンの森林を伐採しつくした後、インドネシア、マレーシアへと相手を変え、東南アジアの熱帯雨林を食いつぶしてきた
environment_problem/sinrinhakai_sabakuka.htm

これはグローバル企業による森林破壊である。この森林破壊によりそこで昔から暮らしていた地域の人たちも動物も被害を受ける、動物は駆逐される
なぜ原発事故が起きてきたのか追求してきた、それは東電とかの国家並みの巨大企業によって地域社会が破壊されたのである。
東電というのは全く自分などがイメージできない巨大会社だったのである。
国家並みというより一つの国家だったのである。
だからこそ政治家も官僚も検察官も天下り先となりマスコミも何百億という宣伝費を投入できた。それで支配できたのである、実質に権力をもっていたの東電だったのである。
電気を産み出すのは東電であり政府ではないからである。官僚でもないからである。
実質の富は東電が大企業が産み出している、だからその富を産みだすものに従うようになる、地域でも漁業権を売り渡すだけではない、農業の基となる土や水まで売り渡して買い取られたとまでなった、なぜなら土とか水とか森林でも放射能汚染されたからである。
そうなったらもうそこには住めないと町ごと村ごと避難させられて住めなくなったのである。

これまでの地域社会は農業が基でというときどうしても自然環境と適合した生活になる
その生活は自然環境を配慮したものとなる、でないとそこでは生活できないからである。でも大企業はそうした地域社会とは違うものとして巨大化したものである
ゼネコンなら建築を主にして巨大企業になりトヨタなら自動車を作る会社として巨大化する、製薬会社なら薬を売る会社として巨大化する
アメリカだったら軍需産業が発展して巨大化して兵器を売るために戦争まで必要になる
会社は物を作るとしてそれを売って利益をあげねばならない、それが巨大なのだから問題が起きてきているのだ。
自然環境と適合して長年生活してきた歴史とか文化も簡単に破壊してしまうのである。
そしてこの巨大企業が国家と結びつく、東電でもそうだしアメリカだったら軍需産業だったら国家と結びつく、そして国家に戦争しろとまで要求できる
それでアメリカは戦争をしかけて兵器を売るとまでなる
そういう巨大化は何でも社会に弊害をもたらす、社会自体を破壊してしまう力をもっている

それは一つの軍隊でもある、だから政府では戦争準備して兵役にゼネコンの社員をつかせようとしたのもわかる、そこは軍隊組織になっているからだ、建設は戦争するとき不可欠だからである、それだけ巨大だと会社にしても社員に給料を払うのだから仕事が必要になる、その時地域の共同体とか自然環境など考慮しないのである。
森林でも根こそぎ破壊してゆく、それをとめるものが大企業にはない、なぜなら森林を破壊したら水が供給されず田に水が流れないとか農民のように心配しない、ただ木材を得ればいいとうだけになるからだ、その土地の自然環境はそれで根こそぎ破壊されるのである原発事故による放射能汚染も同じだったのである。

力関係では大企業ゝ国家ゝ地方自治体とかなる、この大企業の力は国家をも支配する
そして報道でもマスコミでも支配できた、巨額な何百億もの宣伝費がマスコミに支払われていたからである。そういうマスコミがとても批判などできないのである。
それによって「安全神話」が作られたのである。
内部の人は原発にたずさわる科学者でも技術者でも実は何らかの懸念があり不安があったでも強固に安全神話が作られたのはなぜか?
その前に巨大な権力として構成されてしまったからである。
人間は巨大な権力をもったときどうなるのか?その権力で何でも通すことができるようになる、すべてを支配できるようになる、だからこの辺では地方自治体などその大企業にたちうちできなくなっていた。
東電の幹部に浪江町長が怒っていたけどこれも力関係では東電が上だから腹いせにしかならない、東電と国家は一体となっているから国家と地方自治体では力関係では国家に従わなければならないからである。

そして報道関係でもマスコミは安全神話を作ったのは大企業がスポンサーになっていたからである。福島民報でも民友でも原発に賛成していたし批判はしない、推進役になった。福島県の報道関係はみんな原発の安全神話に加担していたのである。
それだけ報道といっても雑誌を一カ月一回くら発行してどれだけの収入があるのかとなる報道だけではそもそも収入にならない、すると宣伝費にたよるほかなく、東電のような大会社の宣伝費になると報道会社など養うことができるとなる
インターネットとかなるとこれも無料だからできる、でもまだこれはマスコミのような力をもっていない、宣伝力がない。

この大企業との問題はそれか巨大であるために社会への圧力も大きくなることである。
ゼネコンでもやはり仕事が欲しいとなる、社員を養うためにはそうなる
するとオリンピックでもそうだが請け負いたいとなる、オリンピックなどしなくてもいいがゼネコンにとっては必要だとなり圧力となる、そこに国民の税金が湯水のように使われることになる、原発事故でも除染でゼネコンに莫大な金が流れたが復興のためには使われなかったとかなる
こうして巨大企業は一国だけではない、地球全体にグローバルに圧力となっているのだ。多国籍企業が世界を支配するというときもそうである。
製薬会社でも薬を売るために病気を作り出さねばならないとかまでなる、みんな健康だったら薬も売れないあがったりとなるからだ。それは戦争でも言える、戦争がなければ軍需産業では飯の食い上げになる。だから国家に戦争をしてくれと圧力をかける
そういう恐ろしさと矛盾が巨大企業が産み出しているのである。

これは巨大なもの団体組織がもっている害悪がある、例えば創価の墓地建設で自然環境が破壊される村の伝統が破壊されとかで裁判沙汰になったことでもわかる
巨大なるものの弊害が大きいのである。カルト宗教団体も巨大なること自体が社会に圧力をかけてゆがめる、創価は特にそうである、福島民報では聖教新聞を刷っているし毎日新聞でもすっている、そしてマスコミに批判できないようにするのは東電したことと同じなのである。そして大成建設と創価は結びついているのもそうである
創価は宗教とは何の関係もない、なぜなら組織が軍隊組織になっているからだ
参謀とかいたり軍隊の階級制の組織になっている,これは組織化したところではどこでも起きている
そこで目的としているのは人数をただ増やして一票をえて政治権力をもつことしかないのである。

つまり巨大な会社とか宗教団体も危険なものであり社会をゆがめるものなのだ。
それが危険なものとしてあっても巨大なるが故に権力をもっているが故に批判できない、そして東電のような原発事故が起きてとりかえしのつかないことになる
そしてそうした巨大なるもの会社でも宗教団体でも制御することはできないのである。
それでロシアではエホバの布教を禁止したことでもわかる、それは国家にとって危険だと認識したからである。国家がのっとられという危険を感じたからである。
実際にエホバでもそれが数をひたすら増やそうとして権力化してゆく、それは創価と同じである。そうして国家も乗っ取られるのである。
オウムは極端なものとしてオウム王国を作ろうとしていたし創価も創価王国を作ろうとしている、巨大化した権力化した団体組織はみんなその権力故に弊害となりやすいのである巨大なるが故に権力がある故に制御できなくなるのである。
国家自体を東電がとりこんだようになったのもそのためである。

いづれにしろ現代文明はこうして地域社会とか自治体は破壊されやすい、その力関係に大きな差があるからだ、その時どうなるのか?この辺のように故郷にも住めなくなるということである。水も土も森も山を汚染されて住めなくなる、そして故郷からも追われて漂流者になったのである。
だからこの巨大団体組織を制御するものが必要なのだが現代文明にはない、国家すらないすると巨大企業や団体組織が国家となり国民をも蹂躙することになるのである。
もちろん巨大企業でも必要でありそこに勤める人は国民に尽くしているとうこともある。ただ巨大なるが故の弊害がある、その巨大なるが故に国家を左右して大企業が国家となっていることが問題なのである。それはグローバルに起きてきている現代の問題である。

巨大企業は恐竜のようになっている、それらは地方の小さい自治体とか地域社会をふみつぶす、それに抵抗する術がない、自然環境すら根こそぎ破壊される、そんな力は江戸時代まではなかった、現代文明が何かゴジラによって破壊されるように都会だけではない、
地方の自然環境すら破壊する力をもっているのだ
巨大企業もそうだが東京というときその巨大都市が地方自治体とか地方の自然環境でも破壊する圧力になっているのだ
なぜなら東京に供給するものが一千万ともなれば莫大なものになるからだ
だから東電もその電気を供給するために原発をフクシマに作ったり新潟に作ったりしているのである。

東京の人口圧力がそうさせているともなる、その巨大さ故にそれが自然環境破壊になる
もちろんそれで経済力があるともなるがその巨大さが怪物的になり文明を破綻に導いているということもある
だから東京が大地震がきてどうなるのかとか不安なのはその巨大さ故にそうなっている
その被害も莫大なものとなからだ。巨大なるが故にそれが崩壊するときは恐怖となる
地震でも各地に小村があるようなら被害はさほどではない、あまりにも巨大なるが故に
そういう巨大災害で都市そのものが滅びてしまうということもありうる
再建不可能になってしまうということである。そして脱出するほか方法がなくなってしまう畏れがある。ソドム、ゴムラが神に滅ぼされたように脱出するほかなくなるのである。
posted by 老鶯 at 11:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年04月20日

新しいキクチスーパー開店 鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている



新しいキクチスーパー開店


鹿島区は人口も減らないし前より便利になっている

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前とは違って明るいし見やすい、品物も多い



キクチスーパーが今日開店した、中は原町のキクチスーパーと同じようになっていて品物も増えて見やすくなっている
シシドスーパーもできたし競争になると買う方にとっては便利である。
隣にも新しく店ができるらしい、どういう店かわからない
南相馬市では鹿島区は震災以降かえって良くなっている、人口も減らない、他からわからないけど双葉郡地域からも移ってきて家を建てた人がいるからだ
シシドスーパーの隣に復興住宅ができて浪江の人たちが入っている
経済というときやはり人口がものをいう、一人でもいればそれだけ消費するということがあるから二つのスーパーができたのである。

それで昨日小高の人は人口が多い方が力もつんだよなとか言って嘆いていたのもわかる
小高とか浪江は本当に復興するのがむずかしくなっているのは極端な人口の減少なのである。それも帰ったのは老人がほとんどだからである。
なぜ自分が小高の人は放射線量も低いから帰らないのかと言っていたが
まず回りが豊かな便利な生活をしているとき人間はその生活レベルを下げたくないのである、戦後十年くらいまでは炭を使っていたし水道もない生活だったがみんなそういう生活だからいいわけである。誰もが同じような生活をしていたからいいのである

北海道に土砂崩れとか水害で北海道に移住した十津川村の時代は明治であり結局その村にいても別に豊かな生活などできない、北海道に開拓に入ってもたいして変わらない生活になっていたのである。
なぜこの辺で復興をむずかしくしているのか?それは今回の津波被災地では同じ課題をかかえている、人口の流出であり若い人の流出である。
それは結局とどまるにしてもそこでまず復興すること自体が重荷となるからだ
そうなると便利な所が回りにいくらでもあるのだから原発避難者は補償金をもらったのだから移住した方がいいとなって若い人は帰らないのである。

逆に戦後十年のような生活だったらみんな不便で貧乏な生活をしていたのだから外に出ても同じだとなり残っていたかもしれないのである。
そういう時代の影響が大きかった、町でも村でも復興するということの意義を書いたが
回りに南相馬市だったら原町でも鹿島でも前と同じような生活をしているのだからこっちでもいいやとなってしまう。
鹿島などは前より良くなっているしこっちの方がいいとなってしまう。

いづれにしろ鹿島区ではまだ大東圏建託がアパートを建てている、15棟くらある、だから他から移り住む人がいるから建てている、いわきナンバーが多いから双葉郡の方から移っている、人口はへらないのである。
今回のキクチスーパー開店もこれも買い物にはいいなと思う、毎日買い物が仕事になっているからだ。料理などしていない、何を買うかの方が家事では問題だったのである。
買い物の方のコツがわかれば料理もそれに応じてできる、簡単なものでもそうである。
だから今は品物の数が多いから買い物が一仕事になるのである。

鹿島区でたりないのはレストランとかであり一人暮らしで利用できるものである。
そうすれば一人暮らしでも楽である。何か自分で作ったものがうまくない、外食した方が食堂でもレストランの方でもうまいのである。
ともかく鹿島区は小高と比べるとその差が大きい、鹿島が震災前より良くなっている
もちろん津波などの被害も大きかったのだが人口が減らないのが大きい
人口が減ると一万を割ったりすると相当に影響がでてきていた
全体にしぼんでゆく感じになるからだ。
もう一つなにの店ができるのか楽しみだともなるのが鹿島区である。

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2017年04月13日

話し合いが意思疎通ができない社会 (原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


話し合いが意思疎通ができない社会


(原発事故でも話し合いの住民自治がなかった)


山梨から来た人の言っていることはまともだった、経営に失敗した人だけどその教訓を学んでいた。

「人間は信用できなくてもまず信用するほかないんだよ、それで自分も失敗したんだけど」
「それもそうですね、信用しなければ人も使えないから」
「もっと話し合いすべきなんだよ、相手のことを知るべきなんだよ、今は政治家でも話し合いしなくなったんだよ、選挙民とも話し合わないんだよ」

これは言えるだろう、経営するにしても人を使うにしても最初は信用しなければ何もできない、でもその人は裏切られた、自分もそうだった
話し合いしないとだめなんだよはというときこの辺でも原発事故でも補償金問題でも良く互いに話し合っていない、相手のことも知らない
話し合いといっても日頃から話し合っていないと気持ちを通じ合わせていなとできない

その人が言うには今は政治家でも何でも話し合いをしないと言っていた
政治家は信用できない、ただ利権だけで自分を得することしか考えていない、政治家はあてにならないと言っていた。
この辺では渡辺恒三とかも自分の利権だけを考えていたのだろう。
息子はアメリカの原子力会社のGEに勤めていたし原発は自分の利権として考えていた
それは地元でもみんな金になるものとして誘致していたから同じとはなる

地元で話し合いができていないと結局こうした利権政治家とかマスコミとか政府の権力で自治体が破壊されることにもなった
つまり自治体とは議員とか行政とかの自治体ではない、基本的には住民の自治のことだからである。

補償金とかで市民みんながばらばらになったというとき住民自体に話し合いができていなから国の言いなりになり対抗もできないのである。
だから住民自治が問われたのである。
ただそうした住民自治といっても日頃からしていなと何かあったからと簡単にはできないだろう。

むしろ江戸時代の方が住民自治があったというのも不思議である。封建制で身分制で住民の自治などない社会だと思われているがそうでもない
村という自給自足の社会では互いに親密な話し合いが常に成されていただろう。
そうしなければ生活もできない、みんな農民だとすると利害が一致しているからである
水を使うことでも自然と共生する社会である。

現代が話し合いができないというとき職業も無数に分かれて広域社会であり会社員社会であり会社が違うと相手との交流もなくなる、農業社会とは違う、農民だとやはり常に自然と密接に密着して生活しているから生活感覚も一致している
アイディンティティが一致しているのだ
村社会だと鍛冶屋があってもそれは農民の鍬とか鎌とかを作っていたから農民と一体化する、個々の農民に応じて道具を作っていたりしたのである。
だから村自体がみんな何をしているか知っているし関係しているから話し合いもできるとなる

現代のように広域社会となりグローバル社会になると地球の裏側からチリとかメキシコとかから野菜でも果物でも入ってくる、そうなるともうその人たちとの話し合いなどないのである。そこに介在するのは金だけだとなる
そこで金が重要になってくる、金さえあれば食料でも何でも手に入るとなるからだ
そこには互いの交流もない、話し合いもない、ただ金があればなんでも手に入るという社会になる、つまり金が話し合い、交流する媒介するものとなり生身の人間が交流することはないのである。

そういう社会は民主主義といっても何かその根底に話し合う素地がないから日頃から互いに知らないものとしてあるから話し合いができないとなる
だから皮肉なのは住民自治は江戸時代の方があったともなる
庄屋とか大家でも村の人々を熟知していたから話し合いもできたのである。

原発だって誘致するにしてもただ政治家は利権であり地元の人たちも金になるとして積極的に誘致した、補償金でも個々人ができるだけもらえばいいとしかならない、そこに話し合いはない、その金を市町村の復興に使うことはなかった
個々人に配られそれは一過性のものとして使われて終わるだけだともなる
そもそも自分たちの市町村でもどうするべきかなど考えられないだろう。
その範囲が広すぎると考えられなくなる、村社会とはあまりにも規模が違うからである。

現代とは話し合いとか意志疎通が会社社会とかグローバル社会になれば一番むずかしい、ただ金を通じて経済が結びあっているだけである。
だから金が神のようになってしまう。それはマルクスが指摘したことである。
でも実際は趣味程度の畑を作っている人は何かあったら食料が高くなって買えないとかいうけどそこでとれるものはごくわずかであり一人分にもならない、他人分けるものなど全くとれない、それが地元にあるとしても全くあてにならないのである。

だから金をもっていて買った方があてになる、でも確かに金は紙屑になることはある
でも現実にその畑からとれるものは全く期待できないのである。
そこに金をつぎ込んでもネギ一本すらもらえないのである。
ただ聞いているのは草むしりの苦労から鳥に食われるとか虫にやられたとか
モグラに荒らされるとか盗まれたとかそういう話だけなのである。
だからこれも矛盾だと思った、そんな畑は無駄ではないにしろ全くあてにできないのである。

いづれにしろ現代は連関性なき無数に部品化した社会でありそれがナチスを生んだというといピカートの思想もわかる、ファシズム化しやす社会である。
それは相互のつながりがない社会であり話し合いのない社会である。
ただ金を通じて社会が維持されている社会なのである。
カルト宗教団体もそういうナチスとにているのである。
そこでは一人一人相談になどのらない、何百万もいたらできるわけがない
だから指導は何かあれば題目を唱えろ、一票を入れろ、念仏を唱えろとなるだけである。
それはハイルヒットラーと同じなのである。
それが指導するのには一番楽だからそうなっているのである。

そしまず金だとなる

原発も事故前もそうだし事故後もまず金だとなり補償金をもらうこだけになる
肝心の市町村の復興には使われなかったのである。
その前には話し合いができなかったのである。まず金だとなりそればかりになる
そういう社会だからそうなったともなる
もし江戸時代の村のような自治があれば話し合いがありそうなっていなかったかもしれない、だから何が進歩なのかもわからないのである。
社会は変化はしたが進歩したわけではないのである。

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2017年04月11日

publicとprivateの対立が原発事故の根底にもあった (補償金問題にもあり争いの元になった)


publicとprivateの対立が原発事故の根底にもあった


(補償金問題にもあり争いの元になった)


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明治以降は入会権とかの共同性は喪失した
privateは奪うことでありpublic(公共性)を破壊した


privateの語源を調べると、
「stem of privare "to separate,deprive," from privus "one's own, individual,"」とあり、奪う、分離するという意味があるようです。

不思議なことは近代化というとき西欧文明に習えばprivateではなくpublicが社会の規範になりpublicの社会作りが行われるはずだった
しかし日本では明治維新後privateが私権が私益が追求される社会になった
日本では過剰に私的所有権を認める結果となったのである。
だから近代化が進歩したものとしてとらえることにも問題があった
江戸時代から明治となったとき進歩したというのではない江戸時代にあった文明が否定されて後退したということもあったのである。

なぜなら日本でもpublicがあった、農業社会だからそこでここの一画が自分の土地であり自由にしていいとかならない、村では共有の上に成り立つからである。
山から流れる水を利用するときも共有である。自然のものは共有なのである。
それを私的に奪いとるprivate社会になったのが明治以降の社会だったのである。
だから明治維新で社会が進歩したのではない、ただ変化したのである。
変化というとき悪く変化することもあるから変化がみんないいわけではなかった

江戸時代は一つの文明を形成していたしその中の価値観で生きていたのである。
この辺で葉山、端山信仰があるのは稲作と密接に結びついたものである。
山から水が供給されて田に流れて稲が実る、だから山の信仰があり山には先祖がいて
春には里におりてくるというときもそれは自然と密接に結びついた信仰となっていた
要するに一つの世界観が形成されていたのである。
エジプト文明でもマヤ文明でも必ず世界観が形成されて文明が成り立つのである。
だからそれらの過去の文明が現代から比べて遅れているとかならない、ただ文明は変わるのであり進歩するのではないのである。

江戸時代は農業中心の稲作文明だからそれは共有するpublicの社会である。それは西欧とは違ったものでも日本的publicなものである。入会権などもpublicなものだった
山の資源は共有されたものである。漁業権もそうである。それは自然の保護にも通じていた、ところが明治になったとき入会権はなくなり私的所有に無数に分割されたのである。そして山でも森でも土地でもつながっている、分割できないものとしてある
それがここが俺の土地だから売ろうとなにしようと勝手だという私的所有権を強固に主張できるようになった
この土地の公共性を無視した私的所有権を強固に認めたとき弊害が大きかった
公共的なものとして利用できなくなったからである。
今でも農地は勝手に宅地にできないとかあるがそれでも私的所有権がありpublicなものが土地の面では失われた

江戸時代は封建制の時代であり土地の上に成り立つ社会である。土地に依存して生きていたからである。土地から実りを得ていたからである。だから土地は共有するものであり私有はできないものだったのである。
土地の私有を強固にすると今度は個々人ではない大企業がその土地を買い占め私的所有権を強固に主張する、そしてその巨大な企業は漁業権でも買うことができたし現実にこの辺では東電に漁業権は売られたのである。
そして自治体すら買収された、入会権でも山林も森も土地も買い取られたとまでなっている、それがわかったのは原発事故で放射能で汚染されたからである
その時、木材も山菜も水さえ利用できなくなったからである。

巨大企業の権力はそれだけ大きいのだからその害も自治体を破壊するまでになる、江戸時代にはそんな大企業はなかったからである。そこが江戸時代とは根本的に違う社会である巨大企業がグローバルに進出するときそれは世界でこういうことが起きてくる
小さな部族社会など簡単に破壊されてゆくのである。
巨大企業が森を買い取ってしまい木材として伐採して森がなくなってしまうことも起きているからである。

要するに江戸時代は自然の生態系の中で生活していた、それが東電のような巨大企業がその生態系すら破壊したのである。地域というのは自然の生態系に生きていたしそれを越える生活はできなかった、しかしその生態系すら無視して破壊することができるのが巨大企業であり科学文明だったのである。
生態系というという時や弥生文明も稲作文明も実は生態系を破壊して成り立っていたのである。
海を入江などを干拓して田んぼにしてそれで人口を増やしてきたからである。
それが津浪で破壊されたことに驚いた、縄文時代は入江になった所には住んでいない
津浪が来た所には住んでいない、第一住めなかったからである。
稲作のために干拓した所が元の海に元の生態系に回復したとなったのである。
だから人間は生態系を破壊することは自然から復讐を受けるということもある
干拓したことがやはり自然破壊だったという驚きである。
なぜなら白砂松原の景色は実際は人工的の景色だったのである。それが根こそぎ津浪で破壊されたのである。

そしてこれらのprivateがこの辺では復興にも影響していたのである。
国であれ東電であれ莫大な補償金や復興資金でも除染費用でもみんな個々人の私的権利として主張されて市町村全体の復興資金に使われなかった
避難区域になって避難した原発避難者にはありとあらゆる補償金が支払われたのである。そして個々人の私的権利として主張されて莫大な資金が国からも東電からも支払われた
そして自分の家の前にも権利があるとか私道にもあるとか仏壇には40万とか補償されたりありとあらゆることに補償金が支払われたのである。
それは私的な個々人の権利として支払われた、そこで放射能量の多寡で補償金も多くもらったり少なくなったり全然もらえないとかこの辺では争いになったのである。
南相馬市は合併した小高,原町、鹿島で補償金の額が違って分断されたのである。

これも異常なほどにprivateが私的権利が主張されたためである
結果的に復興というとき市町村全体の復興とかにそうした資金は活用されなかった
個々人が故郷を出て家を建てたり個々人の復興に使われたのである。
肝心の市町村の復興には活用されなかったのである。
除染でもゼネコンから暴力団に一兆円もの除染費用が流れたとかなった
肝心の市町村の復興資金としては活用されなかった
もしその資金が市町村の復興資金に使われていればまたこの辺は違った状況になった

例えば鹿島区にはもともと30キロ圏外だから補償金はもらえない地区だった
それでは不公平になるとして市長が交渉して補償金を出した
その仮払金は100億円だった、この時だから原町区の人で強固に反対した人がいた
そんな金を鹿島に払うなとなったのである。
その後も今度は小高から避難して来た人たちとも争うようになった
ともかく原発避難者は何でも手厚い補償があり補償金をもらったからである。
ただそれはあくまでも個々人にでありそれを小高だったら小高の復興には活用されていない、原町でもそうである。

そのことが分断された原因でもある。もし小高でも私たちの補償金は街の区の復興に使うとなればまた違った見方が生れた、でも実際は個々人が勝手に補償金を私的に使い外に家を建てたりして帰らないということになった
それは小高の街や区全体の復興として活用されなかったのである。
もし小高全体の復興のためにその金が使われていたら他でもあまり文句は言わなかったかもしれない、なぜなら南相馬市全体をみたとき小高の土地も活用して復興してもらわないと市としては困るからである。
それは小高だけではない、原町でも鹿島でも言えたことだった
鹿島が仮払金百億円をもらったとき個々人に配布されたがもしそれが鹿島区の復興資金に活用すればまた違ったものとなった

そういう提案をする市の担当者もいないし商工会でもしない誰もしない、それは国からの東電からの金が県とか市町村で指導権をもたずゼネコンとかに一兆円の金は流れた
もし県とか市町村ですれば半分くらいの資金でまにあいあとの半分はそれでも5000億は市町村の復興資金、新しい街作りなどに活用されたかもしれないのである。
そういう指導とか提案さえなされなかったのである。
鹿島の仮払金は100億円というけどこれは大東銀行が所有している金と同じなのである。
大東銀行がもつ金か鹿島区に配布されたとなるのである。それはただ個々人に配布されて鹿島区の復興に例えば駅前の開発などには使われなかったのである。
だからその金は一過性のものとして消えたともなる、もし駅前でも開発がなされればその区域の繁栄が長くつづく資産として活用されたともなるからだ

いづれにしろprivateなことに終始してpublicなものが追求されなかった
それで市が分断されたり村も分断されたのである。
ただこのprivateなものとpublicなものの対立はどこでも起きている
大きく言えば国がpublicなものであり戦争とかなればpublicなものが優先され国のために死のことが犠牲になることが強いられる国なくして個々人もないとなるからだ。
ただ現代社会は私的な権利、所有権とか過剰に主張される時代でありその弊害が大きくなったのである。


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2017年04月08日

自治体とは何か? (原発事故で崩壊の危機に瀕する自治体ー文明の崩壊でもあった)


 自治体とは何か?


 (原発事故で崩壊の危機に瀕する自治体ー文明の崩壊でもあった)


そもそも「自治」は前述のとおり「自分たちのことを自分たちで処理すること」です。であれば、処理するための会則なり、法則なり、理念なり、何なりを共有してしかるべきだと思うわけです。「自治体」というならば、その「自」が共有すべき会則等があってしかるべきだと思うわけです。共有とは自分達で決めることです

この辺で起きたことは本当に様々なことが具体的に問われたのである。
それは学問的な問題ではない、具体的にどう解決したらいいかが問われた
第一自治体が崩壊する、町が村がなくなるなどということは誰も想定していないからだ
でも現実に町や村がなくなるということに直面したのである。

そもそも自治体とは何かと問うとき相当にむずかしいテーマでありその解答は実は法律だけの問題ではない、それはむずかしくいえば人間の実存にかかわるものである。
自治体も歴史的に生れたものであり歴史をたどらなければわからない。
日本では村が自治体の基本としてありつづけたのである。それが明治時代で変わったが江戸時代は村中心の自治が行われていたのである。

そして江戸時代をふりかえるとき封建制の時代だとなる、封建制とは何かとなるとそれは土地を基本にした支配制度である。土地が領主から与えられることによって支配が成り立つ、なぜ土地が基本になるかというと農業中心の社会では土地が実りを産み出すものであり土地なくして農業は成り立たないからである。
だから江戸時代までは国単位でも農業中心だから政治でも政り(まつりごと)でも天皇は大嘗祭をして米の豊作を願っていた、豊作を祈ることが天に祈ることが政り(まつりごと)だったのである。

六年甲戌(ねんかふじゅつ)、海犬養宿祢岡麻呂(あまのいぬかひのすくねをかまろ)の詔(みことのり)に応(こた)ふる歌一歌一首

御民(みたみ)われ 生(い)ける験(しるし)あり 天地(あめつち)の 栄ゆる時に あへらく思(おも)へば

天地が栄えるときに民も栄えるというのは農業中心の社会だからその政りごと祭りがありえたのである。それは自然と調和する社会があって成り立つものである。

確かに自治体とは近代的概念として生れた、だから自治体というときヨーロッパの歴史をたどることも必要になる、ヨーロッパにも自治体がありその歴史は古い、それはギリシャのポリスにはじまる、それは城壁げ囲まれた都市のことである。
それがヨーロッパでは自治体体なのである。だからパスポートにあなたはどこの市民ですかと書いてある、citizenが記され、でも日本では村とか町があり市に住まない人もいる
だからなじめないものなのである。

自治体とはな何か問えばそれは人間の根源的な生存にかかわるものである。
なぜなら原発事故でその人間の根源的な生存基盤が破壊されたこともわかる。
水や土や森や山やその生存基盤が喪失したことでもわかる、そうなるともう人間はそこに生きられない、生存基盤が失われたのである。
だからこれほど深刻な問題はなかったのである。

自分のテーマは自然とアイディンティティ化する文化的なものとして故郷を追求してきたその文化すらcultivate(耕す)-cultureだからその土地と密接に結びついて作られてきたものである。ヨーロッパでも葡萄の種類が多い、その葡萄に土地の名前がつけられているそれはその土地で産み出されたものだからその土地の名前がつけられている、それが文化なのである。日本でも米などがそうである。土地土地の米がブランドとなり売り出されているのとにている
文化というときそういう土地土地の地盤があってそこから芸術でも生れてきている
芸術というときそれは個人的なものではない、トータルなものとしての文化であり文明にもなる

木があるとしてその木はギリシャなら神殿の柱となりドイツだとゴシックの大聖堂の柱となる、それはモミの木をイメージしたものでありドイツの森を象ったものとなる
自然を基にして文化文明が生れる、例えば言葉でも日本語は日本の自然から産み出されている、日本の自然と密接に結びついたものとして生れている
それがネティブの言語である。だから日本語がなくなると日本の自然と切り離されたものとなり日本の文明そのものが消失するともなる

ともかく自治体の基本はそうした自然と一体化したアイディンティティ化したものとして築かれてきた、それが人間の存在基盤としてあった、国自体もそういう日本の自然との
アイディンティティ化してあった、だから天皇の政り(まつりごと)があり二宮尊徳の思想が生れた、それは農業中心の社会だから生れたものである。

それが明治以降工業社会になったときそうした基本となる自然から離れたものとして社会が築かれるようになった、その変化があまりにも大きかったのである。
そのために公害が起きたり原発事故では自治体の基盤である水や土や木や森や山が海が汚染されたのだから生きることすらできなくなる
それは文化的なことだけではない、生存するできなくなる深刻なものとなった。

つまり自治体があるとしてその構成するものは基本に自然がある。海があり山があり森かあり水があり土があり空気があるとなる
そういうものが根こそぎ汚染されたときその土地でどうして生きていけるのかとなる
今でもこの辺では水はペットボトルで買うほかない、山の方では自然の水をとって生活していた所がまだあった、それは無料だった、それもできない。
企業が巨大化するときそうした自治体が買い取ることができる、現実に東電は国と一体となり漁業権を海を買い取り自治体の存在基盤である自然も買い取っていたのである。
そして企業は利益だけをみるから人間の存在基盤である海であれ土であれ木であれ森であれそういうものを無視して利益を産み出すことだけを考える
企業にはもともと自治体が成り立つ自然など見ていないのである。

そもそも東京を見ればわかる、そこには田畑がないし水でもどこから供給されているのか意識しない、山から水が供給されていることを意識しない、でもその山も実は放射能で汚染されていたのである。利根川の上流も放射能で汚染されていたのである。
ただ東京にいれば自然はじかに意識しないのである。
そういう社会に生活しているとき自然は意識されない、電気をエネルギーとするとき自然より電気があれば生活できるとなる社会である。
そうなると電気文明となり原子力文明ともなりそれに依存するのであり自然に依存する社会ではない、でも東京すら放射能で水は汚染された生きていけないのである。
大企業は今やそうして自然を無視して破壊する力をもった、それはソーラーパネル工場と化したこの辺でもわかる、それは太陽をエネルギーとしてもやはり森を破壊してそこで水が産み出されるがそれがなくなるとかも言われるからやはり自然破壊だった
それと同時に景観も破壊されるから文化は消失するのである

ともかく原発事故で意識されたのは巨大企業によるまたは科学文明による自然の破壊でありそしてそれが自治体の崩壊になったのである。
法律的に自治体と県と国の関係がありそこで原発事故の問題は処理されねばならないものだった、ただ根源的に歴史的に問う時、これは文明文化というか大きな問題としてクローズアップされたのである。
科学文明工業文明原子力文明の崩壊だったのである。
そういう大きな視点で見る必要もある問題だったのである。
だから個々の問題としていろいろあるがそうした文明論的観点からみて対処することも必要なのである。
そうなると確かにむずかしくてどうすればいいのかわからないとなるが原発事故はそういう人間の存在基盤をゆるがす問題だったのである。
だから文明の転換すら考慮する問題であり個々の問題だけを追求しても解決しないともなる


タグ:自治体とは
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2017年04月04日

原発事故周辺の怖い話 (飯館村にも骨が埋まっている?)


原発事故周辺の怖い話

(飯館村にも骨が埋まっている?)


いわき市と西郷村で死体が埋まっていた、いわき市では借金のことでもめごとがありそれで争いになり殺されたと報道した
西郷村も放射性廃棄物場に死体が発見されたから除染とかの関係者だろう
なぜ殺されたのか?
山梨の除染員が言うには飯館村にも骨が埋まっているという
その人は除染していて石ぶつけられてショックだったと言っていた

飯館村で除染というと裏山などを除染して木を切ったりすると一億円かかったとか言われる、
除染の費用も莫大なものなのである。
だからそんな金を除染などしないで個々人でもらった方がいいというのもわかる
その金は実際はゼネコンとか暴力団とか利権化して地元の人に有効に使われていないのである。
結局自治体で有効に使うべき金がゼネコンだとか政治家だとか暴力団に流れて地元の復興には役に立たないとしきりに言うのもわかる
自治体で除染でもとりしきれば相当な莫大な金が浮く、それが復興資金になる
それもしなかったので肝心の復興のために金が回らなかったという。

何かこの辺は除染関係者や工事関係者とともに暴力団関係も入ってきた、郵便局に若い人が腕に入れ墨をした人が堂々とそれを見せて窓口にいたのは驚いた。
そういう人もかなり入ってきたのがこの辺だったのである
韓国系だかなんだかわからないが売春婦も入って来たとか言うのはそれだけの需要が生れたのがこの辺ではありそれとともに治安も悪くなったのである。

ともかく飯館村などというとそんな話題もない、平和な村だったのである。
今は村を二分して補償金でもめていたりする、原発周辺はみんなそうである。
その巨額な金のために政治家が官僚が利権化してゼネコンとか暴力団に金が流れて肝心の復興のためには使われていないともなる

この辺は正常ではない、異常化した世界にもなった、それは原発誘致してから東電は金のなる木だったから政治家から官僚からマスメデアから地元の人たちも群がったのである。漁業権者は一番金が入っていた。漁業権を売り渡したからである。
そういうふうに原発は巨額な金を生むものであり事故後もそうだった
かえって事故後の方が巨額な金が補償金として支払われたのである。
それで水俣病になった所では補償金で村は破滅したとその経験を書いている
金がみんないいものとして働かないのである。
補償金もらったら働きたくないとかなったりして毎日パチンコとかギャンブルになったりしたのもそうである。

モラル的には相当にこの辺は荒廃した、かつての平和は失われた、前から別にこの辺の人たちがいい人だとか素朴な人たちだったということは今ではない、やはりどこでも今は金、金、金を求めているのは変わりないのである。
ただ飯館村などでも暮らしが隠されていたので見えなかっただけである
それが補償金のためにその醜い人間の欲がむきだしになってしまったのである。
でも除染も終わりになり工事関係者もすでに少なくなっゆくと今度は市町村自体が高齢化社会になり衰退してゆく、南相馬市でも高齢者が65歳以上の人たちが他より10パーセント増えている、災害復興住宅に浪江の人たちが移ってきたとしても老人が多いのである。
若い人は流出しているからだ。
その若い人たちも補償金もらったら仕事はしないとなる
そんなことで復興できるのかとなる、だから金だけでは問題は解決しなかったのである。国では金をやればいいとしてもそれを有効に復興のために活用できなければなににもならない、かえってその補償金のために争い復興の障害になってもいたのである。
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2017年04月03日

原町のタクシー会社がつぶれた原因? (補償金もらって働く人がいなくなったから?)


原町のタクシー会社がつぶれた原因?

(補償金もらって働く人がいなくなったから?)


山梨の除染に来た労働者は元経営者だったらしい、その経営に失敗して除染員になったのか?
だからいろいろこの辺の事情を知り言えるのかもしれない
駅前を開発するには土地と家を持っている人にオーナー制にして補償する
そして駅前開発をやる、そんなことを言っていた

その人が言うには原町のタクシー会社がつぶれたのはタクシーに勤める人を確保できないからだという、補償金をもらった結果働くのが嫌でそうなったと・・・
これは事実関係がどうなっているのかわからないが現実にそういう状態がこの辺にはあった、多額の補償金をもらった結果、毎日パチンコとギャンブルになったのである。
だからありえていことではないが、これを聞いたときこの辺の荒廃が深刻なんだと思ったそこまでなっているのかそこまで補償金が悪い方に作用しているのかということである。
この辺は特に人手不足といわれ、スキヤでは自給1200円で全国一高いと言われた、それだけ復興事業で外から来る人が多かったからである。
特に若い看護師が流出したとかで不足して病院が維持できないとか深刻な状態になった
介護士も不足している、人を募集しても人が来ないということがある
それは実は補償金のためだともなる、補償金をもらったら働かないとなっているからだ
そしてタクシー会社までつぶれるとなると異常事態なのである。

その人がなぜ飯館村で石ぶつけられたのか?そのことがショックだと今回も言っていた。
それは飯館村でも放射線量が高いところと低い所がありそれで補償金の差が大きいから低い所の家では除染している人に石をぶつけた、でもなぜ除染している人にそんなことするのか?それは除染してもらっても金にならなからやつあたりしたのかとなる
飯館村は一般的に放射線量が高いからみんな同じように補償金をもらったと思っていた
でもやはり差がありその差が大きい所で不満が大きくなっていたのである。

いづれにしろもめごとのあるところに入ると危険になる、NHKの放送で自分もなぜ原発避難民側についているのかと不満になったからである。
だから飯館村が村に残す村長派と補償金をもらって外に出る派と分かれて争っているというのは公平に報道していたのだろう。あからさまに争っているということは南相馬市では報道していないからである。
まずシリアみたいな紛争地に入ったらわけわからなくなり危険になるのとにている
事情が複雑でありわからなくなりとばっちりを受けるから報道機関も慎重さが要求される一方に味方したりしたら危険にもなるからだ

普通だったらこういう危機的状況になったら本当は率先して市町村のために働き復興しようという気持ちになる、それは金の問題ではない、市町村でもそうしてもらわないと困るからである。タクシーだってやはり外から来る人も多かったし必要だったからである。
9人乗りのタクシーで小中学生を小高に送迎するのもやはり学校を維持して教育のために尽力しているとなるからだ。
こういうとき何かそれぞれできることをしないと市町村が衰退して消滅する危機になる
それが小高とか浪江とかで起きているからだ。

自分もだからもともと働いていないが介護とかでできなかったが駅とかが無人駅になったのでボランティアしているとかプログで発言して方策を考えるとか提案し情報を伝えている、そんなこと復興に役に立つのとなるがまずいろいろな人の状況を知り話を聞くとういことからも復興がはじまる、だから役にたたないとはならない
何が問題で何をどうすればいいのかわからないからである。
だから外からの提案も参考になるから聞いているともなる

つまり実際は小高の人はお前は何もできないなら何も言うなとか言うけどこれも傲慢なのである。
南相馬市の一市民だったらかかわらざるをえない、財政負担にもなるからだ
そして補償金は国民が負担しているものなのである。なんでその補償金で遊んでいるだけなんだと批判されるのである。
補償金をもらったからタクシーの運転手などしてられるか、そしてタクシー会社がつぶれとなると一体補償金とは何なのだととなるからだ
もちろんその真偽ははっきりしないが現実にここでは補償金でそういうことが起きたからまるっきり嘘だとも言えないのである。

だから補償金で水俣病でもだめにしたというときにているのだ、補償金が必ずしもいい方面に働かない、その利用を誤るとかえってこのように荒廃して市町村自体が荒廃してだめになる、飯館村だってギャンブラーになったとかだめになるのだ
人心が荒廃してゆくときさらに危機的な状態になり市町村自体が衰退して消滅の危機にさえなってゆく、それが今回のタクシー会社が人手がなくてつぶれるということにもつながる、それは相当に深刻なのである。
でも原町ではそんなにもらっているとは思えないが山側でもらっている、また小高の人でも働いていたかもしれない、その辺の詳しい事情はわからないから明確に言えない
でもありえないとも言えないのがこの辺の状況なのである。
タグ:原発補償金
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2017年04月02日

再開した浪江駅に行く (鉄道マニアが多かった)


再開した浪江駅に行く

(鉄道マニアが多かった)

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5万の放射線量を計る機器

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この愛知御津駅がなくなるとか言っていた

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学校の時計は3時30分でとまっている、震災以来とまったままである

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立派な眼科だけど震災前につぶれていたというのは意外
それだけの患者がいなかったのか? 
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飲み屋

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子供部屋がありベッドがある生活があった

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引っ越しの車


浪江まで開通するや草萌ゆる


原町から乗った老人は5万の放射線量を計る機械をもっていた、それはわかりやすいいいものだった、あれだと放射線量は計りやすい、それを見ていたが浪江に来ても0・3にしかならなかった、浪江は市街は意外と低いのである。
浪江におりて歩いたら通りの店はどこも開いていていない、町の役所まで歩いた。
浪江は広い街であり様々な店や医院もあった、でも眼科があったのでめずらしいと思ったが後で聞いたらあの眼科は震災前からつぶれていたというのも意外だった

大きな病院もあったがむずかしい病気は南相馬市立病院に来ていた、実際に浪江の人が入院していて同じ部屋だった、その人は農業で賞をもらうほど優秀な人だった
それだ大学に娘を三人出したのである。昔の平に野菜などを売っていた。
車で毎日来ていて30分かかると行っていた、その人は重体でありしゃべることもなにすることもできない、わずかに妻が来ると手をにぎるだけであり反応がない
植物人間の一歩手前だったのである。だから見ているだけで悲惨だった
でもそれだけした人だから妻と娘は来ていたのである。

浪江で今仕事はじめたのは警察署と消防署であり消防では訓練していてその声だけがひびいていた。あとは仮設の商店が二軒ほど開いていた、カフェが一軒開いていた、後はなにもない、人はまだ住んでいない、引っ越しの車が見えたりしたからこれから移ってくる人がいるのだろう。

何か6年も人が住んでいないとそこは死の街になっていた、小高もそうだったが浪江は小高より広いから余計にそうなる
小学校なのか中学校なのか時計が3時30分で止まったままになっていた
浪江はこの時計がとまっていらい時間がとまってしまったのである。

浪江駅に来ていたのは仙台からの鉄道マニアが多かった、仙台とかなるとそれだけマニアも増える、しきりに車両の写真をとっていた。
切符を集めている人がいてこの駅はなくなるんだよとか言っていた。
鉄道マニアにはいろいろな人がいる、そういう人と話すると確かに面白い
自分もマニアの一人だからである。それは年齢とは関係ないのである。
仙台に直通の電車が日に三本くらいでる、自分が乗ったのも帰りは直通で仙台に行く二両の電車だった、電車の中で近くの鉄道マニアなのか

「磐城太田は昔は高駅と言っていたんですよ」
「磐城太田はずっと磐城太田だよ、それはいつのことなんだよ」

そんなことを言う若い人がいたので調べてみたら確かに高駅として開業した、当時は立派な駅があり駅員もいて繁盛していたらしい。
高という地名があり字地名でありそれが駅名となった
双葉駅の前は長塚駅でありそれは長塚村が江戸時代の宿場町としてあり長塚駅になった
この長塚駅時代に自分の家が酒屋に父が勤めていて関係していてその話を聞いているから何か親しいのである。

高駅の高は古代の郷名に由来するものらしい、そうなると相当に古い地名でありこの辺は古くから人が住んでいたとなる、このように駅名にも歴史がある

それから原町に下りて原町の通りを歩いた、そして鹿島に帰って今度はシシドスーパーの隣の復興住宅の人がいたので話を聞いた、その人があの眼科は震災前につぶれたのだと言って教えてくれたのである。
その人は車を入念に手入れしていた、車庫がないので車が傷むと言っていた。そしてここに駐車しているだけで1500円とられると言っていた。
その人は室原の人でその親は豚を飼っていた、それは品種のいい豚でありキクチスーパーとかで売っていたのである。
伊藤忠商事とも関係して売っていたという、高速ができたので豚を運ぶのにいいとか言っていたがだめになったといっていた。た
でも伊藤忠商事とかと関係していることはそれなりに大規模にしていた
なぜではその人は原発でも働いていたのかとなる
何かこの辺ではそうして原発で働いたとしても農業していたり二つの職についている人も多かった。手間賃稼ぎに原発で働いていたともなる

その人は室原に帰るために拠点を作るのでそのために室原に時々帰っている、他の原町の人も浪江に一町の畑があると時々見に行っている、ここからだと近いからできる
それも確かに復興になっているのだ。すぐに帰って復興するのではなく時々見に行っては復興してゆく、拠点を作るのは帰ることを前提にしているからである。
5年後辺りには全部避難解除になるというからである。

ともかく浪江の前途は厳しい、まず人が住んでいない、人が帰らないのは小高と同じだが小高は住んでいる人がみかけたが浪江ではいない,これから帰るというがそれも一割程度とかなるととても街を復興することはむずかしい。
ここは原町とも離れているから買物でも不便になる、買物バスとかが出るというけど遠いから不便になる、だからここで帰って来る人は少ないし小高と同じく老人が多いのである
ただ浪江の人との軋轢は南相馬市ではまだ生れていない、鹿島と小高は犬猿の仲になったのは補償金のためだった
ただ浪江の人でも工場を経営している人が仕事をくれと原町の仲間に言ったらお前らは補償金たんまりもらっているからと断れた、だから浪江の人でも南相馬市の人とももめたとなる、現実に浪江の人が南相馬市に住んでいればそうなるのである。
シシドスーパーの隣の復興住宅に には浪江の人だけではない、他から来た人も住んでいるという、どこから来たかはわからない。

それでも県で建てた復興住宅で前の駐車場まで金をとっているというのもやはりもうそれだけ県でも国でも補償できないということなのか?
いつまでも補償できないということはあるだろう、県とか国では早く帰って復興してもらいたいのである。南相馬市でも小高の人に帰って復興してもらいたい
それがなかなかすすまないのである。小高は小高工業が300人とか通うようになるから電車でも駅でもにぎわうようになる、浪江はそういうものがないから復興となるなにか起爆剤が必要なのである。
それが何になるのかこれから模索することになる
観光だったらどうしても高瀬川に行けないのは致命的だとなる
あそこが避難解除されれば外から観光だけにでも来る人はいる、あそこは本当にこの辺ではめずらしい名勝の地だからでる



行方郡は陸奥国だけではなく、同名の行方郡が常陸国にあり、後述の『和名類聚抄』中の多珂郷は常陸国の多珂郡(多賀郡)と同じ名である。在地の国造ではなく、常陸国から来た移民を中心にして郡が建てられたのであろう。
古代の郡衙の場所は新田川の河口付近、現在の南相馬市原町区泉にある泉官衙遺跡と推定されている[3]。位置は不明だが行方団という軍団も置かれていた。『和名類聚抄』による読みは「なめかた[4]」で、吉名・大江・多珂・子鶴・真野の5郷があった。
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2017年03月30日

自治が問われた原発事故周辺 巨額の国からの補償支援金は自治体の復興に使われなかった


自治が問われた原発事故周辺

巨額の国からの補償支援金は自治体の復興に使われなかった

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今日山梨の駅で話した人は結構いろいろ要点をついたことを言って共感した。
何か病気になって仕事できないので医者にみてもらいにきていた。
除染の仕事をしていた。

「この辺では復興として国からおりた金をみんなゼネコンとか暴力団とかに流れて肝心の市町村を復興するためには使われなかったんだよ、区長でもなんでもみんなでその金を使って復興しようとしなかった」
「その国からおりた金でもみんな個々人におりたので個々人が勝手に使い町全体とかの復興のために使われなかった」
「除染費用など自治体で使えば良かっただよ、そうすれば市町村の復興のために新しい街作りのために使うことができた
除染でもこの土地の人がやりそれを復興の街作りに回せば良かったんだよ」
「それはいえるな、結局この辺では6年間住民は何もしなかった、ただ個々に補償金をもうらことしか頭になくなった、それで家族でも地区でも市全体でもばらばらになってしまったんだよ」
「俺は飯館村で除染していたけど石ぶつけられたんだよ」
「ええ、なぜ、そんなことをしたの」
「その家は補償金はその時そんなにもらえない所だった、隣の家は高くもらっていたとかで頭にきて除染している人が怒っていた」
「そういうことはこの辺ではあった、国で放射線量を計り補償金を決めた、それでどこでももめた、地区でも隣がもらってこっちはもらえないとかもめた」
「それより自治体で一括して除染費用をもらって自治体主導で除染すれば良かった
そして復興のための街作りに使えば良かったんだよ」
「それは自分も感じていた、個々人に補償金もらったらみんなかえって町を出て外に家を建てたよ」
「莫大な補償金とかは街の復興のために使うべきだったんだよ」

この人の言っていることは全うだった。飯館村で除染している人に石をぶつけているとういことは飯館村でも補償金で分断されていたのである。今でも大きくは二つに分断されている、補償金をもらって外で生活再建する派と残る村長派である。
この辺は事故後ずっと補償金でもめて分断されてきたのである。
家族すらその一億円の補償金でもめて分裂したとかもある、額が大きくなると奪い合いになる。

その人が言うには区長でもいいからともかくみんなが集まって市町村のために全体の復興のために使うべきだった、そういうふうな仕組みを作るべきでもあった。
一括して自治体でも除染費用を受け取ればそれを極力自治体の力でやればその金は除染だけではない市町村全体のためにも使われたし自治体の人々が俺たちが復興しているんだという気持ちなり復興に精神的にも通じていた

ところが実際はほとんど6年の間住民は何していたかといえばパチンコでありギャンブルに興じていただけなのである。その時精神は荒廃して復興など関係なくなっていたのである。そして補償金しか興味がなくなっていたのである。
もし除染でもしていたら自分たちの土地を自分たちで除染している、復興しているんだという前向きな気持ちになったのである。全部でなくても自治体主導でしていればそうなった、一部では除染もそうしたところもあったがほとんどはゼネコン主体であり地元住民は何もせずにパチンコきギャンブルしかしていないのである。

南相馬市だと小高でも南相馬市内の仮設に住んだから近いのでできたのである。
でも実際は補償金をもらうことしかなくなった
それよりも除染だけではないなにかしら自分たちで復興しているんだというものがないと精神的にももう復興などどうでもいいとなってしまった
ただ補償金をもらえばいいとういうふうになり復興の気力もなくなっていった
だからいくら国から巨額な金が出てもそれが有効に回らなかった。
地区でも市町村単位でも補償金でもめて分断されたのである。

つまり民主主義の自治がなくなっていたのである。みんなでこの困難に立ち向かう下からの力が喪失した、自治体というとき自ら治めるということである、その自ら治めるがなく国からの一方的な指導しかなくそれが自治させなくさせたのである。
それは国だけに責任があるのではなく強力に自治体の住民が結束して立ち向かうことができなかったからである。

ではなぜできなかったのか?
それは震災前からすでにそうした原因があった
それが原発事故を通じて明確化されたというだけだとも見える

農民→農業したくなかった→土地は汚染されて農業はできなくなった
商店→シャッター通り→やめたかった→補償金が入ってやめた
若い人たち→田舎町から出て行きたかった→補償金もらって都会へ出た
若い妻たち→姑といたくなかった→別々に暮らせて良かった

何か前々からこうして田舎ではそういう状況があり原発事故がそれを促進させたのである
いづれにしろ復興というときこの辺では町でも村でも全体の復興には向かわなかった
みんな個々人が補償金をもらいそれを個々人が利用して町全体の復興には向かわなかった精神的にも一致して復興に向かわなかった、復興というとき本当は一年くらいはしかたないにしてもその辺からすでに何らか個々人が復興のために動き働いていないとできなことだったのである。その復興は個々人は故郷が出て家を建てたりして個々人の復興のために6年は費やされたのである。
6年すぎたらもうそうして若い人は流出してもう帰らない、もともと町から出たいということもあり他の都会で住みやすい所で生活しはじめて6年とかなると境遇も変わり簡単に元にもどれないし故郷の復興には関係なくなっていたのである。
人間は6年くらい音信不通になると相手のことがわからなくなり誤解が生れる
6年はやはり短いようで長かかったのである。

ともかく様々なことが問われたが自治体が自治がなかった、その自治とは市長とか議員の自治でもない、村民の町民の市民の自治がなかった、下から押し上げる力が不足していた補償金を要求するにしても個々人ではなく町全体を復興させるにはどうするのかということでその活用を議論すべきだったのである。
そしてその山梨の人が言うにはそうした新しい街作りをしないと若い人も住まない、そこに希望がないから住まない、そして全体が衰退してゆくというのは本当だろう
ただでは都会的な街がみんないいかといったら嫌な人もいる
自分の価値観は性分は都会向きではない、静かで人がいない方が落ち着くのである。
でも一般的にはそうではないから街が衰退してゆくことはいいことではないのである。



メディアが報じない原発禍の街の真実 <第6回>4人世帯で1億1000万円…賠償金で家族がバラバラに(日刊ゲンダイ)

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水俣病でもここと同じことが起きていた、補償金しかなくなったのである。
何か復興もない、昔の村は全くなくなったとある。


市町村でも全体が喪失したことが深刻だった (復興には個々人ではなく全体が一致協力しないとできない)


補償金、義援金で南相馬市の一体感は喪失 (原町の人が義援金も鹿島区に払うなと言うことの傲慢)

過度な原発避難者への援助がかえって不和をもたらし復興させなくした (内村鑑三の指摘の再考)

posted by 老鶯 at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年03月29日

震災から6年の間に変わった原発避難者の境遇 (震災関連死数が物語るもの)


震災から6年の間に変わった原発避難者の境遇

(震災関連死数が物語るもの)


震災関連死数 2086 65才以上 1880


復興住宅に入っている浪江の人は一人は室原でその人は母が避難している内に死んで一人暮らしになった、今日あった人は兄と一緒に住んでいたがその兄が死んで一人暮らしだという、何かそれは関連死だったのかもしれない
要するに避難している6年の間に様々な変化があった、その中に震災関連死があった
兄が死んだ人は子供がいないから一人である。
子供がいた人もその息子は東京に出てその子供はその地元の高校を出て就職して帰らない妻も息子の所に帰っていないという、一町ばかりの畑があり通ってみている
近くになったのでそれができるから何か故郷と通じるものができてくる
すぐにではないが故郷とその土地を通じてつながっているという感じになる

ともかく6年という歳月が意外とこの辺りを実際は凄まじく変えてしまったのである。
津浪の被害もそうだけど原発事故の避難でもそうである。
家族でも地域でもばらばらになってしまったのである。
その中で境遇がみんな変わってしまった。身内が死んだりするのは大きな変化である。
自分も母親が死んだから同じである。

だから原発避難者が故郷に帰れというときその6年の間の変化でむすかしくなった。
なぜなら東京まで出てそこで中学校3年と高校3年を過ごすほど長かった
普通はそういう思春期は一番思い出にの残る時期かもしれないからだ。
小学生でも一年生が六年生になっていたからである。
その境遇の変化が既成事実となり重いものとなり帰れなくさせたのである。

ともかく人間の境遇も変化をまねがれない、自分は30年間くらいは変化がなかったが急速の変化に襲われて介護十年して身内はみんな死んだ
人間は別に震災がなくても境遇が変化する、親が死んだ人もいる、妻が死んだ人もいる、夫が死んだ人もいる、様々である
その境遇の変化のためにショックを受ける、世の無常を感じる

つくづく人間は一旦境遇が変化すると既成事実化すると簡単に元にもどれない
それが復興をむずかしくしている、6年も避難している内にみんな境遇が変わってしまったのである。
若い人は若い人で避難している間に生活でも避難した先で合わせる他なくなった
ともかく意外と老人になると境遇が変わりやすいのである。
それがショックになる、あちらこちら病院が変わったり施設が変わったりする人もいる
終の住処(ついのすみか)が得られない漂流老人になる
震災避難者はあちらこちら漂流した、そして震災関連死になった人も多い
そういう安定しないことが老人にとっては最大の不幸なのである。

いづれにしろこうした境遇の変化はもう一旦変えられると元にもどすことが困難になる
これは最初の内はそんなに大きな問題に見えなかった
しかし6年過ぎてその重さに気づいたのである。
一旦変わってしまった境遇はもう簡単には変えられない、町にしても村にしても簡単に修復して元にもどらない、それが大きな誤算だった
若い人でもそれぞれの生活が避難した先ではじまりそこで6年間過ぎたからである。

災害復興住宅の畳みは本物たたみでないらしい、外壁も塗装されていないとかヤハな作りになっている、やはり外観はいいのだがそれだけ安い材料とか手抜きしていたともなる
そうせざるをえない事情もある。
だから建物は外観を見ただけではわからないものだと思った。

復興は様々な悪条件で困難を究める、それぞれの境遇が変わってしまい、それも復興をむずかしくしていた、そして残されたのは老人が多い、福島県内からすら流出しているからである。復興住宅に入っている人すら老人が多い、一人暮らしも多いのである。
だからそういう人たちが帰って何ができるのかとなるし帰っても世話する人もいないのだから復興自体無理だとなる
何もできない、介護とか病気予備軍の老人が帰っても復興はできないからである。


タグ:震災関連死
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2017年03月27日

また建つ大東建託のアパート (鹿島区内で10数棟建つ相馬市も多い)


また建つ大東建託のアパート

(鹿島区内で10数棟建つ相馬市も多い)

賃貸経営は30年以上の長い事業です。
世間で言われている人口減少がこのまま改善しなければ、多くのアパートオーナーは首をくくることになるでしょう。

練馬で建築と不動産をやっています。やめましょう!
嘘です。820万戸も空き家があり10年で180万戸増えました。
失敗は大家のせい成功は大東建託です。

中々売れないような土地にアパートを建ててもすぐに空き部屋が目立つようになります、、そしてオール借金ですと手元には何も残りません、、赤字にならなければましと言う程度の物です



この辺では様々な変化があった、その一つが大東建託のアパートが次々に建ったことである。それは他所から原発事故で避難して入る人がありその需要が見込めたからだろう。
いわきナンバーが多いことでわかる、それにしても未だに建てられ続けていることの驚きである。
そこでちょうど建築中の場に人がいたので聞いてみた
そこは田んぼだったのだけど端になっていた

「ここは自分の土地なんだよ」
「田んぼだと簡単に宅地にはできないよな」
「ここはできる土地だよ」
「ここは土地を売って大東建託が建てるのか」
「違うよ、自分の土地に自分で金だしてアパートを建てる」
「じゃ、,金がかかるよな」
「一億かかるよ」
「ええ、そんなにかかる、そんな金が用意できるの」
「息子もいいというし借金だよ」
「借金では大変だな」
「15年くらい返すのにかかるよ」

大東建託でアパートを建ててもそれは土地をもった人が金を出して建てる、大東建託は売っているだけである。ただそこには

大東建託でのアパート経営を検討中です。
16戸×平均家賃5万円で初年度の月の収入が約15万円だそうです。
建築費用1億をすべて銀行による借入で30年返済、大東建託は
30年一括借り上げするのでリスクはないと言ってるみたいです。
10年間は家賃の値下げはしない、修繕費は大東建託持ちらしいです。

ここに問題を指摘している、そんなにもうかるものではない、一面危険がある。
こういうことを知ればそんなに大東建託が建っていいものかといぶかる
でもこの辺の特殊な事情がそうしたと自分は見ていた、津浪の被害者とか原発の避難者とか流入しているから需要があるから建ったと思っていた
それにしてもこんなに建っていいものだろうかという素朴な疑問が常にあった
これもかなりのリスクだなと思った。

ただこれももし15年間くらいで返済できればあとは楽になるかのかもしれない、アパート経営とかは千葉県だったかしらないが家賃収入で海外旅行が盛んでない時代からしていた人がいた、その人はそうした早い時期から海外をぶらぶらしている人だったのである。
それができたのは家賃収入で暮らすことができたからである。
だから地主とでアパート経営していた人は不労所得で余裕で暮らせたし働く必要もなかったのである。そういう時代もあった。
人間社会は何かそういう恵まれた人は必ずいる、それは自分もそうだった、親の遺産で暮らせる人もいる、でも自分は海外に気楽に行けるほどの金はなかった
海外旅行は一時航空運賃が馬鹿高い時があったからだ
それでシベリア回りの鉄道でヨーロッパに行った人を知っている、それだけ航空運賃が高かったからである。

賃貸アパートは供給過剰状態だと言っていましたね。マイナス金利政策で行き場を失ったお金が、賃貸アパート建設の融資に向かっているようです。

これと言えるだろう、投資信託などに老人が金をつぎこんでいるのもそうである。その一人が自分でもある
これももうかるとは言えないし危険なものでもマイナス金利になっているからである。
結局これも銀行が高い手数料をとりもうかるが預ける方はもうからない、この大東建託でももうかるのは大東建託で借金してももうからない、損したという人も多いとなる
何か世の中の仕組みはそうなっているのである。
会社とか銀行とかは損をしてまで他人の金を増やしてはくれないのである。

この辺ではともく新しい家がどれだけたったのか、数百個は建った、新しい街が三つできるくらい建った。その中でも目立ったのが大東建託のアパートだったのである。
相馬市だけで28軒ある、鹿島区でも相馬市の半分もある大東建託の数は全国で凄いものとなっているのだ。目につくのはまず大東建託なのである。
ただ原町区は何か少ない、検索できない、他の会社の方が多いのかもしれない。
相馬市は多い、何か理由があるのか?この辺はわからない、鹿島区と相馬市は特に多いことは確かである。

タグ:大東建託
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2017年03月26日

原発事故の国民負担50兆円 (なぜ国民は怒らないのか?)


原発事故の国民負担50兆円

(なぜ国民は怒らないのか?)


原発事故の国民負担(武田邦彦プログ)


原発事故で驚いたのは補償金がこれほどに出せるものなのかということだった
この辺ではだからいくら補償金をもらうかしか関心がくなった
金さえあればどこに暮らしても変わりがない、スーパーに行けばなんでもある
金さえあれば何でも買える、消費者王様だという社会である。
それで仮設に避難した小高の人は「私たち鹿島の人たちを買物して助けているのよ」と言っていた。鹿島の人が補償金が少ないの何の関心もなかったのである。
要するに別に鹿島の人に助けてもらえなくても何にも困ることなく生活できたからである
もし食料もない、何もないとなればそれをもらったりしたらそんなことはないからだ
そういう不便は全く感じないからだ、ただ土地は無料で借りていた便宜を計られたくらいである。でも別に鹿島の人に助けてもらっているなど微塵も考えないのである。
それは別に小高の人が悪いというのではなくそういう社会になっていたからである。
消費者が王様であり金がもつものが一番偉いというのが今の社会だからである。

ただ補償金というのは特別なものであり普通の生活で正当に得たものではない、それが一番露骨に現れたのは漁業権者だった、漁業権を東電に売り渡して事故前も多額の補償金をもらい事故後もさらに損害があったから補償金が増額されてゆき汚染水が海に流れたとなればまた補償金が上積みされる、原発事故の結果としてさらに補償金が増大してというのは何なのだろうとなる、ただ津浪で大被害にあったが漁港に住んで船主ではない人たちは天罰だとか言っていたのはそういう事情があったからである。
そんなふうにして得る金は何なのだろう、回りの人が許すものかとなる

補償金でかえってつぶれかかっていた商店とかはこの際借金でも払ってやめたとかある
跡継ぎもいないとかすでにもう経営ができない状態になっていた
そういう店などはかえって補償金をもらって良かったとなる
補償金はすべて悪い面だけに作用してはいない、それでかえって得したという人たちもいたのである。でもそれは避難区域になったはところであり一部である。
原発被害地域は広い、浜通りだけでもいわき市は30万として相馬市でも4万とか中通りでも被害があったしそこは人口が多いけど補償金はもらっていない、確かに事業者の補償はあったとしても一般の人はないしその補償金も打ち切られるから倒産する会社が増えるだろうと予測している

漁業権者の場合は極端にしてもそういう金でありだから回りの目が厳しくなった。
だから最近そのことに気づいたのが飯館村でも避難した人は出身を言わないという、回りから補償金もらっているだろうと言われるからである。
小高の人の場合は前はそういう遠慮もなかった、かえって自分でもそうだが文句言うなとか責めてきていたのである。そこに根深い対立が生れたのである。
その対立は地元を分断した。浪江の会社経営している人は原町の仕事仲間に仕事をまわしてくれと言ったとき、あなたは補償金もらっているんだからと断れたという。
それも一理ある、なぜなら事業者となると補償金の額が軽く億とかなるしその額が大きいからである。するとうらやましいなとなる
でも今になると浪江の人たちは県で建てた災害復興住宅に住んでいる、すると原町であれ補償金をあの人たちはたんまりもらっているだろうなとなる
だから補償金が必要でもその金によって地元でも協力できなくなったのである
ただボランティアはそんなことないから歓迎されていた、しかし地元で心が分断されたのであり地元はかえって冷たいというとき補償金のためだったのである。

ともかくそもそもこんなに補償金が出るということの驚きと廃炉事業でも除染でも原発事故の処理には武田邦彦氏が50兆円かかるというから驚きである。
その負担は国民がするのである。そもそもそんな金がかかるとしたら

50兆円もかかる、原発なんかやめろ

国民が怒るはずである。でも国民は原発避難者に対して子供のいじめとかになっているがそんなに税金を負担することに怒らないし原発をやめろとも抗議しない、それは国民的運動になってもいいはずだかそうともならない、議論すらしていないとも言っている
争いになるから議論はしないという、いくら争いになるからといっても50兆円となると国が傾くような金なのである。それになぜ国民が怒らないのかわからないとなる
人間は余りにも大きな金とか大きなことには関心がなくなるのかもしれない
隣の人の月給とか近くの人がとれだけ金をもっているとか何に使っているとかいい車をもっているとかなると異常に気にしてもそういう大きなことは無関心になる

電力会社にしても一年に5000億円くらいしか全部で利益を出していなとしたら50兆円という金はその百倍の途方もない金である、そんなものを経営として成り立たないしやらないでも別に会社でその損失を払うわけではないから原発をやめないという。
その損失は全部国民が払うからいいとなる、そしたら電力会社でも普通だったら東芝であれシャープであれ大企業でもつぶれて社員は路頭に迷う、だからこそ会社経営でも真剣になる、親方日の丸だと真剣にならないということがあり現実に東電の経営者は罰せられないからである。
もちろん武田邦彦氏も実は原発事業に参画していた責任者だったという指摘がある。
そして原発推進者だったという責任者でもあったのだから罰せられ方の側にいた人であり今になって原発反対を言うのはおかしいと言う科学者もいる
原発の御用学者の一人だという批判があるからそんなこと今になって言えるのかということもある。

とにかく補償金は必要にしてもそれが地元でいい面にすべて作用したとはいえいない、悪い面マイナスとして作用した面も大きいのである。
だから原発事故を金だけで解決することはできないものだった
ズタズタに地域が分断されて回復不可能にさえなっているからである。
その後遺症がまた大きかったのである。
復興するというとき地元の人が協力しあうということが必要であり金だけではない、協力しあう助け合う気持ちが必要になる、それが補償金問題でなくなった
すると避難した人たちも金をもらっても肩身を狭くしているからいいものでもない、どっちにしろいいものとはならなかった
第一原発の被害地域は広いけど補償金をもらったのは一部である、するとその回りのものは不満になる、そんなに補償金が払えるものではない、国がつぶれてしまうほどの額になるからだ、そこに国民の不満があっても鬱積して子供のいじめになるだけでありもう原発はやめろと国民運動にもならないのである。
何であれ人間は金にはシビアだから50兆円もの金を湯水のように使う原発に抗議しないというのも不思議だとなるのである


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2017年03月25日

避難した人が帰らないのは既成事実化したから (家を建てたり学校でも6年も他で通ったため)



避難した人が帰らないのは既成事実化したから


(家を建てたり学校でも6年も他で通ったため)


小高区と鹿島区の対立はわかるが原町区はそうではないと思っていた
ただ小学生と中学生を送迎する9人乗りのタクシーの運転手が
「小高は甘やかしているんだ」というのを聞いたとき原町でも小高の人への不満があることを知った
なぜ原町は小高について不満がないと思っていたのは原町は鹿島区からする3倍くらい補償金がもらっていると思ったからだ、ただこれは地域によっても違うからわからない。
ただ原町でも不満だというときやはり小高への不満は南相馬市全体としてそうなのであるそれは第一市長自体が小高の人に自立してやってくれと言っているからである。
それが何か表立って言えないのはマスコミでもボランティアでも常にまだ来ていて小高の人はかわいそうだとして支援しているからである。

そもそも小高の問題は30キロ圏内で避難区域にした政府の指導に問題があった。
それは放射線で科学的根拠があったからやむをえない処置ということもあった。
ただ現実の生活を破壊してしまったことが問題だった
何か放射線のこともあるがその放射線問題と現実の生活をどう折り合いをつけるかが課題になっている
いくら放射線が問題でもでは現実の生活を破壊していいのか?
それは飯館村でも他でも起きている、結局今になると町が一旦避難区域になり人が住まなくなるとどうなったのか?6年も人が住まないともう回復できなくなった

第一6年も避難した人たちは外で生活していたというとき学校でも小学一年だったものが六年になっていたのである。すると外での生活になじむ、親でも外で生活することを考える、それで補償金をもらったから家建てたりしたらもう故郷には帰らないのである。
家を建ててそこで仕事をもったりして生活がそこでできていたらもう帰らないのである。農業している人に聞いたら3年農作業しないと体がなまってできなくなるという。
となると毎日パチンコとかギャンブルしていた人たちは農業をしない、補償金をもらうことだけを考えるようになったのである。

だから避難区域に指定して6年もすぎたとき回復できなくさせた、それは国の指導で成されたものだけどそれも大きな問題だった。
避難区域にしてもせいぜい3年くらいだった良かったともいえる
もう6年とかなると回復不可能になっていたのである。
避難した人たちにしてももう外での生活が既成事実になっていたのである。
一旦そうして既成事実化するともうそれを簡単には変えられない
現実問題として家を建てたりしたら帰ることはないのである。
そのことが予想していなかった、避難区域にしたときそこまで予想しなかったのかもしれない、回復できると思っていたのかもしれない。そこに誤算があったともなる

飯館村でも補償金で村を出る組と残る組が分断されたというときもうすでに外で生活する、家を建てて生活している既成事実がある、そうなるともう簡単に帰ることはできない
帰ることは不可能になっている、いくら帰れといっても村長の孫が飯館村の学校に通わないというのはそのためである。
帰るとか帰らないとか分断されたときすでに帰らない人は帰らないのであり分断されたのである。その人たちに帰れというのは無理になっていた
結果的に残されたのは老人だけだったとなる
帰った人の8割くらいは老人なのである。町自体が村がうば捨て山のようにもなる
でもそのためには市町村でも負担が強いられる

南相馬市では復興団地が作られて主に浪江の人たちが入るようになった
5階建ての団地が5つくらいできたのには驚いた
その主に浪江の人たちを南相馬市でかかえることになった
それはいわき市に二万人とか移住して家を建てた大熊とか双葉とかが問題になった
原発の問題はこうして広範囲に影響するものだったのである。
そういうことは全然協議もなにもされていなかった
現実に原発を建てた土地の所有者と県の許可で決められていたのである。
その出発点からして現在の問題が起きる要因を作っていたのである。

ともかく帰れとか言う時、既成事実化しているからそれを言っても無駄だとなる
逆に今度は今の生活を破壊するのかと避難した人たちには言われる
6年の間に回復できない、規制事実化したのである。
例えば石が置かれているとしてその石を他に移すと労力がかかる
でも一旦移すとまた石は重いから他に移すことはできなくなる
既成事実化するということはそういうことだった
だから避難区域にして避難させたことが町を破壊したとなる
回復しようにも既成事実化しているから回復できなくなってしまった。

だから出て行った人をもどすことはできない、するとどうしたらいいのか?
外部から住む人を呼び込むのか?
ともかくすでに規制事実化しているのだからそれを前提にして議論しないと解決方法はない、第一小学校でも中学校でもタクシーで通わせるにも市の負担になる
実際は小高に住んで通わせるのがいいのである。でも小高には住まないのである。
それは飯館村でも起きている、立派な学校を建てても村外から通わせるというのは何なのだろうとなる、そんなら外の学校に通った方がいいともなる
何かそうした矛盾があり苦しむ、単純に帰ればいいと思ったが既成事実化していることが重いものとして今になると影響したのである。




タグ:原発避難者
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2017年03月21日

巨大会社が国家化して原発事故を起こした (巨大企業に自治体も統治されつぶされるもする)


巨大会社が国家化して原発事故を起こした


(巨大企業に自治体も統治されつぶされるもする)


「国家ではなく企業が世界を統治する」

イギリス東インド会社によるインド統治や東清鉄道、南満州鉄道の鉄道附属地が有名な例だが、イギリス東インド会社以外の植民企業や新しい島を企業が開発した場合など、ほかにもいくつかの例がある。

ある地域を企業が地方自治体に近いかたちで統治することは、現在の日本でも不可能ではない。ある地域をある企業が買い取って、その地域に大規模な集合住宅とともに上下水道や学校、警備、インフラ整備のようなサービスを提供し、同時に契約により毎月の管理費や契約違反時の違約金のようなものを定めればよい

企業には解散ということがありうると考えられているのに対して、国家の解散というのは通常考えられていない

この辺では様々なことが問題になった。とてもそれに答えを出すことはできない、
ここで問題にしているのは

国家と企業

国家と地方自治体

自治体と企業(会社)

これが問題になる、これも大きなテーマであり簡単に答えは出せない、このサイトで注目したのは

企業には解散ということがありうると考えられているのに対して、国家の解散というのは通常考えられていない

これはこの辺のことを考えると市町村とか故郷を解散すること消滅することはありえない市町村とか故郷とかは永続するものとしてある、それが解散とか消滅の危機に瀕している現代は会社社会であり企業社会である、俺は南相馬市の市民だとか浪江町の町民だとか普通生活していたらあまり意識しないし意識しないでも生活できた
ただ原発事故以後はそれぞれの市町村が補償金などをめぐり過剰に意識されたのである。そして避難区域になった町村は消滅の危機に瀕している
それは津浪の被害地でも人口流出でそういうことがある。

そもそも日本人の生活単位が村にあったときそれは自給自足で生きていたからそうなったそこに今のような大きな会社はないからみんな村に属していて村という小さな単位を世界として生きていた。だから会社を社(やしろ)に会するとなり村の延長のように訳したのである。江戸時代には会社はない、でも・・・・屋とか屋号がありそれが会社とにていた
あとは職人でも個人で仕事をもらいしていたのである。

明治以降は会社の存在が大きくなった。会社が国家を左右するまでになって巨大化したのである。だから昨日のトヨタの紡績会社から自動車を作ること戦前からはじめていた
そしてそれが国家ともかかわっていた、トヨタはそれだけ大きくなって経営が苦しくなったときその影響が失業者であふれるとか国家自体もトヨタがつぶれると傾くとまでなり国営会社になった、国家で管理することになった、日銀もかかわり金を出して支えたのである。

このテレビドラマではしきりにトヨタの社長が国を発展させる、国を豊かにするということで国家意識をもっていた、国のために働くのだという意識をもって会社を運営していたそして人員整理をしないということに固執していたのは会社が家族のようなものだからできないとしていたのである。
会社も巨大化すると国家と同じなようなものになる、巨大なるが故につぶすと国家も危うくなるからである。銀行でも日銀の命令で融資させていたのである。
国家と銀行も結びついて資金を調達するのである。

このことを原発事故からみると東電がトヨタにあたる、東電が国家なのか国家が東電なのか区別がつかない、なぜならやはり事故後の20兆円の廃炉資金は国の税金から出るからそうなる、東電の原子力事業は国家もになっていた。
東電も巨大企業だから国家ではつぶすことができないから税金を注入する。
そして自治体とはこの国家と一体化した東電の前に小さいものであり従うほかないものとしてもあった。

ある地域を企業が地方自治体に近いかたちで統治することは、現在の日本でも不可能ではない。ある地域をある企業が買い取って、

東電に明らかに富岡町とか大熊町とか双葉町はかいとられていたのである。それ故に自治体は財政的には豊かになっていたのである。
昔の村のような農業中心の社会でもないし出稼ぎをなくすためにとか貧乏を脱するために原発が作られたからである。
その時自治体は東電に支配される結果になっていたのである。
だから東電が原発事故を起こしたときそれと同時に自治体も崩壊した、消滅の危機にひんするようになったのである。

要するに昔のようにこの辺でも故郷という意識は希薄化している、そもそも故郷は何かなどというと別に意識していないのである。
むしろ今は田舎でも会社員がほとんどだというとき会社を意識するが故郷とか自治体を意識しない、それで浪江町の人が会社が二本松に移りその人も移住したとなる
故郷とか自治体に属しているより会社に属しているからそうなる

ただ自治体とはなになのか?そういうことが意識させられた
自治体とはトータルなものとして機能するものである。
だからこういう自治体の危機になったとき病院を維持するには福祉を維持するには教育を維持するにはとか深刻な問題になったのである。
つまり現実にそうしたものも崩壊してゆく危機にさらされたのである。
でもそもそも故郷とか自治体は会社のように簡単に解散できるものなのか?
それが根本的に故郷とか自治体は会社とは違ったものである。

確かに車でも電気でも現代ではなくては困るもの欠かせないものである。
でも車でも電気でもない時代がありそれでも村とかは存在していたのである。
村とかの寿命は千年とかある場合もある、会社のように解散できないものとして継続されてきた
だから山に先祖が眠り守ってくれるとかという意識が生れた、先祖が守るというときそこに代々継続された時間軸としての故郷が形成されてきた。自然と一体化したアイディンティティが形成されてきた。
会社はそんなに継続されない、トヨタの車だった売れなくなり会社もつぶれるかもしれない、でも自治体はそんな簡単に解散したり消滅したりできないものとしてあった

だから故郷でも自治体体でも消滅するということは人間としてのアイディンティティを奪われることでありそれは経済的ものだけでなく人間として生きる場継続する場の消滅だとすると深刻なものになる
それは国家が消失するともにているかもしれないのだ。
だから国家とは何かとなるときも巨大会社と一体化してそれが国家だとなるとき同じなのである。国家は巨大会社の一部門なのかとなってしまう。
国家とは何かと考えるときもむずかしいが何か根本的な問題としてそういうことが原発事故で問われたのである。

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2017年03月20日

霧が勝敗を決した関が原の戦い (原発では先が見えていたのに備えなかった)



霧が勝敗を決した関が原の戦い


(原発では先が見えていたのに備えなかった)


風雲!関ヶ原の戦い!C激突開始

このサイトはわかりやすい小説になっている



誰か勝敗をにぎる
神の関与して歴史は動く
関が原深く霧のおおいぬ
家康の東軍霧の中を進む
小早川秀明の裏切り
三成は敗れぬ
霧深く先は見えぬ
誰が勝敗を握るのか
神のみぞ知る
天の時、地の利、人の和
天候に地の利に人の和
裏切りにより人の和は敗れ
天候に左右され敗れぬ
誰が先を見るのか
霧に深くおおわれ
時ならぬ異変
先は見えずに敗退す
誰も先は見えぬ
勝敗をにぎるものは何か
その采配は誰がするのか
神にしありや知らず
人知を越えるものがかかわる
先が見えぬに故に無謀の暴挙
無惨に屍の虚しく積まれぬ

天の時、地の利、人の和というときこれは必ず影響している、関が原は東西を分かれる地の利の場所であった。
あそこを新幹線でも通ると雪が残っているから寒い感じになる、でも関が原をぬけて近江に出ると景色も変わる、実際にあそこは地理的にもそういう場所である。
だから古代にも東西の戦いがあり雌雄を決したのである。

テレビで見たのでも霧が勝敗を決したというとき勝ち負けはどっちに転ぶかわからなかった。三成の西軍が優勢だったからである。霧がそのとき深くおおい東軍が有利になった
これは信長の桶狭間でもそうである。天候の影響が勝負を決める
要するに霧がかかり先が見えないというときまさに歴史でも人生でも同じなのである。
先を見ることができないのである。

もし先を見ることができたらそれは超能力者であり最高の権威をもつことができる、だから卑弥呼の権威は日食を予言したことから起きていたという説もあるしマヤ文明でも天文学を究めたのは先を見るためである
宇宙を知り天候を知り先を知るためにテクノクラートが支配した
常に文明にそういうことがある、つまり未来を将来を知ることが生死を決するからである
ただ歴史でも個々の人生でも先を見ることができない、深く霧がおおい先が見えない
もし先が見えたら日本でもアメリカと無謀な戦争などしない、その時日本はアメリカに勝つと確信して戦争したのである。負けるとしたらしない、先が見えないことは無謀なことができるとなる

いかに先を見ることが大事かというとそれが生死にかかわり国の運命にもかかわり個々の運命でもそうである。
運命を左右するから先を見ることが大事なのである。
津浪のことだってもしその先を見ることができたら防ぐことができたからそれを警告して実行させたら救世主にもなった。
ただ津浪の予測もできないことはなかった、それは実際は予測できたことだったのである相馬藩では記録がないにしても伊達藩ではあり海が近いのだから危機感をもってもよかったが危機感をもたなかった
人間は危機感をもたない、平和がつづくと危機感がなくなりそれが危険なものになってゆく、何か戦後は平和がつづき永遠に平和つづく感じになる
アメリカが日本を守ってくれるという安易な気持ちになっている
でもその危機感のなさがまた危険なことになり戦争にもなるかもれない

今は予測となると科学である、だから科学だと実際に相馬市でも奥の方に津浪が来ていたことはボーリング調査で震災の7年前に証明されていた、海の砂が発見されていたからだ
ただそれが400年前の慶長津浪かどうかはわからない、貞観津浪のものだったらしい。
それから現実に東電では科学者の集まりだから10メートル以上の津浪が来ると予測していた、このことはやはり科学の時代だということを如実に示していたのある。

30年以内に10メートル以上の津浪が来る!

このことをみんな知識として知れば津浪に警戒して多くの命が助かったかもしれない
津浪に対してほとんど無警戒だったからである。
これを大々的に報道していればこの辺でも自覚して助かった人がいたかもしれない
そうなると東電でも科学者は今でもそうだが神様のようになっていて権威を高めることができたのである
先を見ることが歴史でも個々人でも何でも大事なのである。それは命にかかわってくるからである。

会社でも経営でも先を見ることができないから失敗する、東芝のうよな大会社でも原子力に頼り未来を託した結果、巨大な企業が傾いむいてゆく、先を見る力がいかに大事かこれでもわかる、でもその時は原子力は未来だったのである。
フクシマの事故が起こりもう原子力発電は世界でも見捨てられるようになった
先を見ることが誤った結果としてそれが膨大な命を失いまた社員でも路頭に迷わせることになる

歴史でも会社でも個々人でも先が見えないのである。自分でもさんざんな目にあったとこを書いてきたけどそれは予測されていたし自分も不安だった
こんな恵まれた生活がつづくと思えなかった、それが現実化したのである。
まず結婚していないとか人が増えているけど家族がいないとかなると悲惨な結果が待っている、病気になったり親の介護になったりしたら自分と同じ運命になる
金もないとした自分より悲惨なものとなる
自分は親が心配して保険とかもかけていたし金も残していた。
それもないとすると目もあてられないものとなる、それは実際は目に見えてそうなることはわかるものだったのである。
そういうことを若くても見ている人はいるし賢いとなる、自分はのんびりしすぎていたのである。

もちろん明日のことを心配してもどうにもならないということはある。でも先を見て備えることも本当に大事である。それが生死にかかわってくるからである。
もちろん株でも何でも先を見ることは至難である。何が起きてくるか予測がつかない
でもその予測できないことが致命的になる
東電はその先を予測していたけど備えなかったのである。
そういうことは個々人でもある、個々人だとかえって見えやすいことがある
ただそういう危機感があっても本気にならないからいざそういう危機に瀕したときどうにもならなくなっているのだ。

事業に失敗した人も先を見ていない、そこで本当に無謀な経営だった、自分はかかわならいにしてもなぜそんな無謀なことをしたのかと今ではなる
もちろんそんなに先を気にしていたらなにもできないということは言える
でもあまりにも人は先を見ないで無謀に事を起こしすぎるのである。
原発などはよほど慎重にしないとどれだけ危険なものか科学者はわかっていてもそれに備えなかったのである。
結果的にはもう取り返しのつかない大惨事になったのである。



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2017年03月17日

原発訴訟で東電と国の責任を認める 津浪を予測していたし対策をたてなかった


原発訴訟で東電と国の責任を認める

津浪を予測していたし対策をたてなかった

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今回の判決は別に補償金をもらえない人にも大きい、国と東電に過失があり津浪という自然災害で不可抗力に起きたのではないという判断は大きい

東電は科学者のエリート集団だから津浪を予測していた、30年以内に地震が起きて津浪が起きることを予測していた。

地震が起こり津浪かが起こることを東電は予測していた

ただその対策をとらなかった、それが責任

自分は科学に弱いから変だけど東電は科学者集団だから地震が起こり津浪を起こることをこの辺でも予測していた事である。それも10メートル以上とかの大津波のことを予測していたのである

第一この辺でそんな津浪のことを一般の人は関心がない、津浪など来た事がないから来ないと確信していた、恐れる人もなかったのである。
自分なども津浪のことなど考えたこともない
ただ海岸沿いに住んでいた人は海とは関係なく何か怖いという感覚はあった
それで鹿島だと小学校前まで津浪が来たがそこで浪にのまれる夢を何回も見たのである。あの辺は家がないからそういう夢を見やすかったのである。
だから海岸沿いに住んでいた人たちは夢で浪がおしよせる夢を見ていた
それは津浪とは限らない、高潮でも現実に八沢浦の湊では防潮堤が破壊され水びたしになったことがあったからだ。
海岸沿いには津浪でなくても常にそういうことがあった
それで磯部の佐藤氏は相馬氏が支配する前の中世の豪族で館を構えていたが同じように高潮のために危険だと今の日立木の鬼越城に移ったのである。

ただ夢とか伝説とかなると誰もそれを信じて行動には移しにくい、でも今なら科学者の言うことは信じやすいし信憑性が高くなる

だから東電の科学者はチームは津浪が来ることを予測していた

そのことを知ったら、ええ津浪が来るのか、この辺ではそんな話聞いたことないけど
科学者が言うなら本当かもしれない、警戒しないといけないな

津浪のことをこの辺で相馬でも津浪が来るんだということ大きな津浪が来るということを東電から知らされて警戒する、するとそういう知識がすりこまれるとあれだけの地震だったらもう津浪が来るという知識がすりこまれているから咄嗟に避難した
でも津浪のことをこの辺では知らないし経験がないから警戒しないで避難しないで死んだ人が多い、特に65歳以上の老人はそうして逃げないで死んだのである。
老人でも津浪はこの辺では経験していない、今回の津浪で相馬藩政記に400年前津浪が来て700人溺死という記録があったことが発見されて驚いたのである。

だから東北電力では津浪が来ることそれもかなり高い10メートルも15メートル以上の津浪がくるとして対策をして高い所に建てたから辛うじて助かったのである。
10メートルでは危ない、16メートルにしろと当路の副社長の人が言って高台に作られて助かった。そこは津浪が前にも来ていたからそうなった。

ともかく怠慢だったのは報道関係にもあった
何か危険を知らせる、事前に情報を知らせる、知識を与えるのも報道関係の勤めである。
報道関係者が東電で30年以内に震度8以上の地震がきて10メートル以上の津浪が来ると
予測した

そういうことを新聞でもテレビでも伝えていたかとなると伝えていないだろう。
伝えたとしても読者も無関心だったかもしれない、自分なども原発でも津浪のことでも無関心だったからである。
でもやはり報道関係者にはそうした危険を警告する、知識を情報を与える役目があった
でも福島民報でも民友でも原発は安全だという「安全神話」に組みした方だからそんな危険を警告する報道はしなかったともなる
ただ安全、安全しか言わせなかったからである。それは東電で働く人にも楯にして言わせていたのである。そこで働いている人は今でも東電は批判できないんだよなと言っているからである。

今回の事故のことでももし東電が東北電力のように地元で津浪を警戒して実際に対策をとっていればこうはならなかった
むしろ津浪を警告して東電に助けられたとなり東電様様になっていただろう。
東北電力の女川原発にはそこに避難した地元の人がいて助かったともあるからだ
東北電力のように東電も株があがったのである。
放送というとき自分は今回インターネットがありプログで発信した。
それはインターネットがあったからできたことであり自分の発言などマスコミでは取り上げられない、それは他の人でもそうである。
マスコミは取捨選択する権力をもっているからである

ところが報道する権利はマスコミだけではない、このように庶民さえもてるとなるとまた違った社会になる、自ら報道することはやはりなにかしかの責任と関心を喚起するからである、報道することが実際は興奮することであり金がもらえないとしてもやりたいことがわかった。
こうしてマスコミの記者だけではない一億総記者になる時代である。
そしてこのように号外が出た、そしてそれに対して即座にコメントしてプログで発表するというのもインターネットが速報性に優れているからそうできる
ただまだまだ個人でとは権力がないから追求力が弱いのである。

要するに今回の原発事故は政府と東電に大きな責任がありそれを検察も認めたとなる
地震や津浪の自然災害のためではなくそれに備えることができたのに備えなかった
ただ「安全神話」を作り肝心の備えのためには金もださない、対策をたてていなかったのである。過失致傷の責任があったともなる。
それを裁判で認めた意義は大きい、ただそうなると現実に賠償金の支払いを命じられた
でもその賠償金はまた裁判を起こした人たちだけのものではない
被害を受けたのは広範囲であるからだ、その賠償金をもらえない人の不満も大きいのである。ただ国でもそんなに賠償金を支払えないというのも現実なのである。
それをあまり訴えると今度は国民の反発でいじめとがが起きてくるからだ。


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2017年03月16日

原発事故や津浪で人が住まなくなった土地 (メガソーラー場とか放射性物質の廃棄場になる危険)


原発事故や津浪で人が住まなくなった土地


(メガソーラー場とか放射性物質の廃棄場になる危険)


地球は誰かの所有するものではない、神が造り神の所有するものである。ところが人間が生れて人間が土地でも海すら所有するようになった
そこで何が起きてきたのか?

津浪や原発事故では人が住まなくなり荒地化した、その土地は自然にもどったようでももどらない、その土地は人間が所有していたから今度はその土地の所有者がソーラーパネルの会社に売ったのである。
ただ荒地としておくより金になるからそうする
つまり自然は自然のままではないし自然にもどらない、自然が所有するというとき人間がいなければそれは自然にもどるし自然のままである。

例えば津浪でもこの辺は八沢浦でも元の入江になったので驚いた、それは浦浪がよせてきて朝日がさしてきらきらさしてきたときは奇跡のように思えた
そこで人が死んだのだが津浪でも美を作り出していたのである
凄惨な光景ばかり津浪では見てショックだったが八沢浦などは家があまりなかったのでそういう光景はなかった。他にもそういう光景は生れたのである。

そもそも八沢浦でも開拓して田にしたのだからそこは自然を破壊してできた場所だった
そういうところは日本には多い、土地がないので埋め立てて田にしたところが多いのである。それが日本に住むものの宿命となっていた、カルマとなっていたのである。

そして松原というのは美しかったがこれも人工的な自然だったのである。
それが津浪により根こそぎ破壊されて流されてしまったのには恐怖した
でも自然から見れば自然にもどったのである。
自然はだから常に美を作り出すから美しい入江にもどったし北海道の釧路湿原のようになったところもあった自然のままだったらそうなったのである。
その光景は美しいものだったのである。

そして今度は磯部でもそうだが右田でもメガソーラー場になった
それは景観の破壊になる、なぜそうなるかというと自然は自然にもどるわけではない
結局土地は誰かの所有地なのである。自然の神の所有ではないのである。
するとその土地をもっている人はその土地をいかす利用して金にしたいとなる
特に津浪で流されて土地があっても何にも役にたたなくなったからである
そして金がほしいとなり土地をメガソーラー会社に売る

もし自然がもどるというとき人間が所有していないなら美しい入江として自然にもどる
人間がいる限りそうはならない、なんとか土地を活かして金にしたいとなるからだ
だから海さえ漁師の組合によって所有されていた、漁業権をもっていたからである。
つまり人間によって海すら所有されていたからその権利を主張して金にしようとする
そして東電に漁業権を売り渡して多額の補償金を事故前も事故後も船主などはもらっているのである
自分の家の前の海にも権利があるとして主張していた
それは金を要求できるからそんなことまで主張する

要するに人間はそもそも自然景観を保つことには無関心である。
なぜなら金にならないからである。土とった所がむきだしになっているのが嫌だと書いたがそれだって金になるから業者に売る
人間はなにかしら利益にならないと生活できないからそうなる
自然が誰も所有されないものなら美しい景観は保たれたままだったのである。
なんとか米が食べたい、土地がない、では海だったところを干拓しようとなり八沢浦でもどこでも埋め立てられたのである。

一番景観を重視していたのは自然そのものでありか自然を作った神だったともなる
人間は生活するためにどうしても自然を破壊しなければ生きていけなかったのである。
稲作だって大規模な森林破壊とか自然破壊であり松原も塩害を防ぐために作られた
人間の歴史はこうして自然破壊の歴史、環境汚染と破壊の歴史でもあった
そうならざるをえないものだったのである。文明そのものがそういう環境破壊を必然的にひきおこした。

それは人間が土地を所有している、海さえ所有しているために自然破壊も起きた。
そもそも漁業権とか山の入会権となるとそこで魚を獲り木材をとるにしても山菜をとるにしてもそこで生活していたら自然を破壊しない、自然を保全しないと成り立たない
そのために漁業権があったし入会権もあった
それを今度は原発に漁業権は売る、津浪の跡は金にならないからメガソーラー会社に売るとかなる。それはそもそも人間が所有しているから必ずそうなる

では個人が村でも所有しないとなると誰が所有するのか、自然にもどるのか自然のままになるのかとなるとならない、今度は国が所有するようになる
誰も所有しないということはありえないのである。
そこで飯館村ではもう放射能汚染で住めないから個々人の土地を売って他で生活したい
その気持ちもわかるのだがでは飯館村とか限界集落など人が住まなくなるとそこが自然にもどるということはない、以前として誰かの所有になる、そこが中国人とかが買い占めるかもしれないし最終的には国の所有になる
国の所有になると今度は放射性廃棄物処理場ともなるしメガソーラー場にもなる
なぜなら人が住んでいないことは国のものとなり反対するものがいないから景観なども気にする必要がないのである。
だからこの土地は俺のものだ、俺の勝手だ、俺も生活しなければならない、一文にもならない土地をもっていても何もならないとなる
それもわかるがそうなると他の人も困る、その廃棄物から南相馬市に放射性物質が流れだしてくる、現実に飯館村でフレコンバックが壊れて川に流れだしたからである。

原発事故でも津浪でも様々なことが問われたが一体土地が誰のものなのか?
海は誰のものなのかということも問われたのである。
土地にかかわらないものでも海で魚をとらないものは何に言うな、海は魚をとる漁師のものだとはならない、ではなぜ東電に海を売り渡してそれで原発御殿とか建てて贅沢していたのか?それは魚をとることと関係ないことである、漁業資源の保全とも関係ない、むしろ漁業資源を汚染したからである。

土地でも海でもつながっている、地球はつながっている、その一区画を所有するということがなじまない、国が所有するにしてもこれまた勝手に国の都合いいようにされてそこに住む住民は困る、だから飯館村でも補償金をもらって土地を売って外で新しい生活をしたいという人と残る人に分かれ争っている
でも人が住まないと飯館村にもソーラーパネルが作られ景観が破壊される、破壊されるだけではない災害にもなるとなり反対運動が起きている
それはそこに人が住んでいるからである。
磯部でも右田でも人が住まないとなるとたちまちメガソーラー場になる
おそらく小高などももう人が住まない領域が広大になるからそこがメガソーラー場になるかもしれない、なぜなら金にしたいと所有者は思うからである。
生活するには景観がどうだとか言っていられないからである。

ともかく人が住まないことで起きることはどうなるかわからないことがある。
でも飯館村だけで決められるのも土地はつながっているから困るのである。
海だってそうである。海もつながっているから一区域だけではない、広範囲に汚染されたし魚は遠くでとれたものも汚染されていたのである。
だから人間が自然を所有する、国でも所有することは問題が起きる
だから土地でもオレの土地だから自由にしていい、海も俺たちの海だから自由にしていいとはならないのである。

太陽光発電と環境・自然破壊:メガソーラー規制は待ったなし

危険な山に作られたメガソーラー

ソーラーパネルの利用としては携帯用のが役に立つかもしれない
ネバールのような電気のない所でも電気が作れるとなるとその利用価値が大きいとなる
ただメガソーラーにしても日本では土地が狭いから自然破壊になる
大陸のような土地があればそうはならない、やはり技術も風土が関係する
風土にあった技術を考える必要がある
原発は日本の風土にも向いていなかったのである。地震が多すぎるからである。


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2017年03月15日

分断された原発避難地域 それぞれの意志を明確にせよ!


分断された原発避難地域

それぞれの意志を明確にせよ!

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原発避難者にも言い分がある。小高の人にも言い分がある。鹿島と同じにするなというときそういう反発はすでにあった。
鹿島の人の言い分とまた原町区の人の言い分も違うのである。
だから本当に複雑なのである。

そもそも避難区域となった小高でも飯館村でも他でもその内部でも分断されている
帰った人は一割くらいであり老人がほとんどである。
そしてその気持ちでも分断されている、帰る人と帰らない人で大きく二つに分断された
でもこれもまた二つとはならない、様子を見て帰る環境が調ったら帰るという人たちもいる。

もう帰らないとして家を現実に建てて避難区域の外で生活をはじめた人たちもいる
その人たちはもう避難区域になったところと関係ない、関係したくないと現実的になる。そういう人もかなりいる、その割合はわからないが調査すれば家を建てた人は確実にそうである。その人たちは復興とは関係ない、何かまだ補償金をもらいたいというだけである
ある人は名取に家を建てた、その人は別に親不孝でもない、親の部屋まで作ったから住んでくれと言っているそうだ、でもその親は小高に帰って住んでいるのである。
でもこうして外に家を建ててそこで仕事をはじめ子育てしている人にとって小高でも避難区域になったところとは関係なくなる
それでも矛盾しているのは親が残っているのに子供は帰らない、するとその親を世話するのは小高だったら南相馬市であり避難区域になった町村なのである。
それでも親が介護状態になったら名取に引き取るようになるのかもしれない、世話する人がいないしもう南相馬市民でもないのだから南相馬市で福祉でもサービスを受けるのはむずかしいからである。

現実にすでに南相馬市では介護のサービスを受けられないとして移り住んだ場所で福祉のサービスを受けている老人が結構いるのである。
東京の多摩に子の家族が移り高校生はそこの学校を出て就職したとかあり浪江の老人は原町市の復興団地に最近一人で入ったのである。
南相馬市では福祉のサービスが人手不足とかで受けられないとなりそうなった。
だからさらにそういうことはこれからも起きてくる

つまり帰りたいといっても避難区域には病院もないとか商業施設もないとか帰れる状態ではないとなり帰らないとなる
その前に現実問題として子供の教育も外で避難した6年の間に他の市とかでした。
6年となると長いである。すでに子供は他の土地になじんだとなる

ともかく帰った人と帰らないとしている人ははっきりしているのだ。帰らないという人と帰った人とは別個のものになったのである。
原発避難者というとき何か未だに浪江だったら浪江町民として考える、飯館村でもそうである。どこでもそうである、それは補償金と関係してその町村に籍を置くとういうだけなのである。
だからこの対処方法は図のように分けて対処するしかない
帰らないという人を帰れといってもできない、それはそれでいいとしてもうその人たちは復興とは関係ない人たちとしてみる
そこがややこしくしているのである。そして帰っている人、帰るつもりの人とが復興の対象となる。でも帰るつもりの人もまたあいまいである
放射線量が低くなったら帰るとか帰れるような状態、医者とかスーパーなどできて環境が調ったから帰る、それまで補償しろ、金をだせ、市長村でも国でもめんどうみろとなる。帰るつもりというのもあいまいなのである。
あなたたちは本当に復興をする気かあるの、あなたたちは補償金をもらいつづけていればいいというだけじゃないの、現実に老人が多いから国民年金で少ないから補償をつづけてもらいたいとテレビで主張した小高の老人もいるからだ。

ともかく何であれ帰って住んだ人はそこに住むのだから復興を目指す、その他の帰るつもりの人はあいまいなのである。自ら何かするのか?ただそこに住める環境が調えば帰るとなる、自分たちはそうしてお膳立てされたとき帰るとしている
そのお膳立てするのは誰なの、それは回りの人であり外の人であり国が被害を与えたのだから国でしなるとなる、南相馬市だったら南相馬市全体だともなるし県だともなる


一方でそうして原発避難民が被害を主張するのはいい、でも今度は国でも国民でもそんなに補償金を払うこと払い続けることに不満になる
それは国民の税金だからである。国策で原発を建てたのだから補償は当然だとなる
でもそうして補償ばかり要求すると国民の反発も大きくなりいじめが起きた
原発避難民は南相馬市内でも分断された、国でも県でもいつまでも期限なく補償はできないとなる
帰るつもりの人たちといってもその人たちは帰るという強固な意志がある人はどれくらいいるのか?それもよくわからないのである。
何かそれぞれの心が分断されたともなる、一致しなくなった。
でもこれはいつまでも避難民が一つとして考えるから複雑になる
図のように分けて対処する、それ意外方法がない、避難民を一つの市や町や村の人として考えるから複雑になり解決できない



放射線量問題があっても帰る人は帰りそこで生活して復興してゆく

帰るつもりの人は帰るものと帰らないものに分ける

あいまいなものを許さない

帰らない人たちは帰らない人たちとして対処する


こうして分けて対処しないといつまでも解決の道が見いだせない

結果的に帰らない人が多くなり避難区域はインフラでも維持できない、もう消滅するほかないとなるかもしれない、現実に人口が減って水道料金がえられないので維持できないという問題も起きている
限界集落化して夕張市のようになりそこでは現在の便利な生活が維持できなくなる
そうなると南相馬市でも財政的負担が大きいから小高を切り捨てるほかないともなる
自分がそうしたいのではないし小高は維持させたいとしても財政的に労力でも人手もたりないとなりそうなる。

要するにそれぞれの意志を確認してはっきりさせてそれで解決の道を見いだしてゆく
飯館村でも一億でも補償金をもらって外に出る人はでる、それを引き止めようとしてもできない、そして残った人は残った人で復興に努力するほかない
でも遂にその限界が来たらまさに限界集落として消滅するほかないとなる
それがいいのか悪いのかわからない、でも何か他に解決方法があるのか?
何かそこに明確化して対処するほかない、いつまでもだらだらああでもないこうでもないとしても解決するのだろうか?
そして国でも国民でもそういうことを許さない、鹿島と一緒にするなというけど南相馬市民でもそういうことを小高の人ははっきりさせて市でも市民でも対処するとなる

実際避難区域の外の人も南相馬市でも県民でも国民でも困る、いつまでも補償金を払い続けることはできない、どこかで区切りをつけなければならない
それが冷たいと言われても現実を解決する方法は他にあるのか?
もちろん様々な立場の人がいるしその言い分を聞いていたらまたまた複雑化する
限りなくそれぞれの言い分はあるからだ。そしたら解決するのは延々ともめてできないのである。

【知に働けば角が立つ,情に棹させば流される】

「意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい」と続く〕
理知的でいようとすると人間関係に角が立って生活が穏やかでなくなり、情を重んじれば、どこまでも感情にひきずられてしまう。 

 情に流されるというときいつまでもかわいそうだかわいそうだとしていると情に流されて補償金をいつまでも出し続けろとなり
知に働くと理詰めで言うとお前は冷たい奴だとなる
一体どうしたらいいのか、それぞれの解決策を提示してください



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2017年03月14日

国家は国民に犠牲強いる-原発も同じ (国家とクニの相違ー心の青雲に欠けていたクニ)


国家は国民に犠牲強いる-原発も同じ


(国家とクニの相違ー心の青雲に欠けていたクニ)


国家とクニは違ったものである。「心の青雲」の著者にはクニが欠けていたのである。
それは東京とか大都会だとクニがない
「あなたのおクニはどこですか?」と問うとき、国家のことではない、故郷とか狭い範囲の一つのクニである。会津ならそういうクニとしてのまとまりがあるから
「会津嶺の国をさ遠く・・・・・」とかの万葉集の歌が生れた。
防人は国家によってクニから筑紫とかまでも兵隊として行かされた
その時クニからでて国家を意識したのである。それは防衛のためであり戦争のためである

その時防人に出された人の悲哀を歌ったのが万葉集に残された、その時思ったのは自分の住んでいた故郷、クニであり家族である。親であり妻である。
国家は古代からこのように非情なものなのである。クニとは違ったものであり対外的に国家は意識される、だから国家と戦争は一番密接に関係している
外国の戦争のとき一番国家を意識するからである。
だから太平洋戦争のとき一番国家を意識して国家のために300万人が犠牲となったのである。

 久慈川は 幸くあり待て 潮船に ま楫しじ貫き 我は 帰り来む

久慈川はクニを象徴するものでありその故郷にクニに帰ることこそ望みだった。
でも国家のためにそのクニから引き離されてゆく、
クニとはそれは自然発生的に生れたものであり国家は人為的人工的な要素が大きく働く、だからこそstateというときクニとは別な意味になる。
それは国家というとき民主主義でも社会主義国家でも一つのイデオロギー国家になる
それはロシアの前のソビエト連邦でもそうだし中国でも共産主義国家でありアメリカもまた主義の国家である。それはクニとは違ったものである。countryではないのである。

防人でも戦争に出されたが帰ってゆく場所は久慈川が流れるクニである。川というとき大きな川になるとライン川が父なる川というときクニを象徴するものになる
日本の場合は確かに日本を象徴するものとして富士山がある。それは大きな国の象徴として聳え立つことは確かである。
それは国家と違ったクニ意識となる、ただそうして自然とアイディンティティをもつとき戦争とは相いれないのである。富士が優美であってもそれが戦争とは結びつかない
それより何であれ戦争と自然の美は結びつかない,戦争は何であれ自然をも破壊するからだ。
「心の青雲」では戦争に何か英雄的なものを求めている、それは古典的な英雄であるが現代ではありえないし太平洋戦争でもそこに英雄的なものを見いだせるのかとなると疑問になる。ただ喧嘩両成敗のように日本にも理があった

国家を維持するときそれはシリアでもそうだが国家が喪失すると難民化したりする、すると家族もなにもない、ばらばらになってしまう、流浪の民となる。
それは大陸では陸続きで絶え間なく民族間でも国でも戦争が起きていたからそうなった。ユダヤ民族がそうである。国そのものがなくなってしまうのである。
そうなったら小さなクニも家族もないとなるから国家が最優先になる。

クニというとき故郷的なものがありそこには家族がいて死んだ先祖がいるという場所にもなる。国家というと軍隊があり何か重々しいものになる
ただ一庶民でも外国にゆくと日本人ということ日本国家を意識させられる、だから国家意識は別に平和なときでも外国にいるとき意識させられる、外国人から常に日本人とも見られるからである。一庶民でも日本を代表するようにもなる、それは国内ではそういう意識はもたされないのである。

でも外国だと「あなたのcitizenはどこですか」とかパスポートにも記される

 citizenとは市民である。市が外国では国になっている、もともとギリシャの国家というときポリスであり市のことだからである。中世になるとburgessでありburgは城だか城下町とかなり江戸時代の藩単位のクニだとなる、相馬市民とか会津市民とかなる

ある国、または、別の政治共同体に属する生来の、または、帰化した構成員
(a native or naturalized member of a state or other political community)

国家とは political communityであり政治的結合体という要素が強い、それはローマ帝国ともにている、ローマ帝国はどうしてもあれだけの広い領土を治めるとなると政治的結合体となるからである。そこで法律も重んじられ公正さが求められる。
ローマ法が今でも通用しているのはそのためである。それはアメリカ合衆国ともにているのである。

このことが原発と何の関係があるのかとなるとある。原発は国家防衛の視点から国家的政策として作られたのである。それはアメリカからのおしつけがあったというときもそうである。
核装備のために準備のために備えのために原発が国家にとて必要だということがあった。エネルギー政策は国家的なものになるとしても原発は核武装という備えのために国家的政策としてあった。国家防衛のためだというときそれは戦争とも結びついているのである。国家は対外的に成り立ち戦争と一番結びつくのである。
だからこそ「心の青雲」の著者はそうした国家論を語っている

そして国家はクニを破壊したのが原発事故だったのである。国家的政策として原発が建てられクニが破壊された、そして故郷はクニに住めなくなった。クニは放射能物質に汚染されて肝心の水も飲めなくなり作物を育てる土でも汚染されたのである。
つまり防人の久慈川が幸(さき)くありまてというクニが故郷が消失したのである。
帰る場所がなくなったのである。帰る場所があって遠く筑紫まで兵士として遠征した。
でもその故郷がクニが喪失したときもう帰る場所がなくなったのである。
国家によってクニが故郷が破壊されたのである。
「心の青雲」の著者には他でも都会にはそもそもクニ意識はない、育たない、ビルの谷間では川もなにもない、そのクニがなくて国家がある、そうなるとクニは無視されるのである。
しかし人間の生存の基盤はアイディンティティはクニにある、国家とは別でありそれは自然発生的に生れたものなのである。

第一ヤマトというときそれは狭い範囲の村から発祥していた、それが奈良全体となり国家意識が生れた、それはクニが基であり日本語でもそうしたクニから生れたものである。
文化はクニから生れた、国家にはだから常に非人間的なもの冷酷なものが非情なものがある。それはどこの国家でもそうである。
だから国家により戦争でなくてもクニが犠牲にされるということが今回の原発事故でもあった、ただではそのクニを意識すること、守ることがクニに住んでいる人にあったかというとこれもなかった。
第一クニといっても故郷とといってもそれが何なのか、その大切さを意識してたのかとなると疑問だとなる。

いづれにしろ「幸くありまて」というとき何か待つ場所、待っている人がいないと人間は根なし草にもなる。難民になるとそうである。また家族がいなくなると旅しても待っている人がいないから根なし草のようになるのがわかった。
だから故郷とはクニには誰かが待っているという場所だったということも意識したのである。


国と地方の歴史を見直す (原発は国策であり地域を破壊した)

「心に青雲」の著者の都築氏の病気の回復を願います

思想的には一致しないが共感することが多々あったからです
そこには一貫した主張があったからです

ともかく60代は病気になる人が多い、自分も一時腎不全になって入院したからである。
ただ自分は腎臓の病気ではなかった、一時透析になるとか医者から言われたのである。
腎臓の病気も怖いのである。

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2017年03月12日

原発避難者の長期補償の主張の問題 地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


原発避難者の長期補償の主張の問題


地方創生の正体(山下祐介)が出ていたNHKの「被災地の現状について」議論


「地方創生の正体」を書いた山下氏の主張はすぐには帰れといっても帰れない、時間をかけて帰還をすすめるべきだという、だから二重の住民票をもち権利をもたせるべきだとか社会的弱者に陥らないために長期に補償すべきだという
この本には自分は共感したが地元の現実になるとまた違っている

南相馬市内でも小高の原発避難者があまりにも様々な手厚い補償をされたのに鹿島区では補償金がわずかしかもらっていないとか不満が大きかった
それより隣の相馬市では六万くらいしかもらっていないからさらに不満が大きかった
そして避難者は何をしているかというと毎日補償金でパチンコだ競馬だとか東京と仙台まで遊びに行っているというのは本当である。

自分は自分の病気と介護で苦しんでいるとき事業に失敗した遠い親戚の人が来たが借金のためにパチンコ屋で働いていたのである。その時避難者はなにもすることがなくパチンコ屋におしかけた、その後避難者はギャンブルであり仮設にいた6年間もそうした生活をししていただけなのである。

ではさらに長期補償したらどうなるのか?そのまままたギャンブルの生活をつづける、本当にその人たちが帰還して故郷を復興する気持ちがあるのか?
若い人はもう移った先で仕事をもく子供は学校にゆき6年もすぎたのである。
時間はたちまちすぎたのである。その時大きく気持ちで何でも変わってしまったのである
国の方針としてまず放射線量で分断させたことが問題だった。小高と原町と鹿島と相馬市で浜通りならほとんど放射線量は変わらないのである。
だから小高を避難区域にしたことが大きな誤りだったのである。
結果的にもう若い人は流出して帰らなくなったからである。
帰ったのは老人だけでありその負担を南相馬市全体で負うほかなくなったからである。

なぜそうんな放射線量で区分けしたのか?そこに国の算段があった。そうして原発事故の被害者を放射線量で分断して一致して国に反対させないよちうにしたのである。
それは飯館村でも起きていた、飯館村ならほとんど放射線量が同じなのである。
そこでも放射線量で補償金の額の違いがあった、これも国が村として一致させないように放射線量で分断したとなる、分割して治めよという手法だった。

避難解除して無理やり帰らせるのは国では補償金をこれ以上払いたくない、国民の意向でもそうである。そして問題は避難した人がギャンブラーになったとかなっていることである。何もすることがなくそうなった。
それが回りの人の顰蹙をかっているし自分のようにその人だけではないが実害を受けている人もいたのである。
その問題を指摘しないのは山下氏の主張にも問題あるなと議論で感じた

確かに避難解除して一年くらいで補償金を打ち切られることはそうした人たちが社会的弱者となり今度は県とか市町村でそれを引き受けねばならない、すでに南相馬市では小高が負担になる、帰ったのは老人がほんとんどであり病院であれ福祉であれ負担になるだけだとなる、生産的活動をする若い人は流出したからである。
他の津浪の被害地でもインフラの整備はしても肝心の住む人が帰らない、若い人が流出したことが最大の問題だったのである。

ともかくいつまでも補償は国でできない、どこかで時間を決めて打ち切る他ないとういのも国の主張としてわかる、でもだらだらといつまで補償するのだということもまた困る
その反発が実際は大きいのである。
そのことも原発避難者は苦しいとしても自覚するべきだがただそういうと怒るだけでありお前は苦しい人をみて非難して楽しいかとなるだけであり、一体感は失われたのである。
飯館村でも分断されたのは意外だった、結局原発事故は家族でも地域でもばらばらにしたというが本当にそうだった
若い世代と老人世代はばらばらになり地域の連帯もばらばらになりいがみあうようなったそのことが精神的に一体感がなくなり復興できなくさせている要因にもなる

NHKでは影の部分は報道しない、テレビでは影の部分は報道しない
でもそれを報道しないと真実はわからないし誤ったものとして全国でも受け取られるのである。
だから山下氏の意見には共感があったが長期補償とか時間をかけて復興させるとかなるがいつまで補償するのだ、あと何年なのだ、その間避難者はギャンブルで遊ばせるだけなのかともなる
それより原発避難者は老人が多いから国で補償しろとなる、実際に小高の人たちはテレビでそれを主張していたからである。すると原発避難者が特別恵まれた特権を得たとなるのである。別にその人たちにとって故郷の復興より年金とかで補償される方がいいのである長期補償とは死ぬまで補償される方がいいとなるのだ。
長期補償にはそうした危険性がある、復興に結びつくとは限らないのである。

ただこの問題は深刻だから時間をかけねばできないということも言える、急いでやれとしてもできないことがある。でもまたそれが補償金をもらうということと結びつくと問題が生じる、それは南相馬市内でも反発が大きいからである。
国民の反発も大きい、いつまで補償金もらっているんだとかなる
だからその点が議論されなかったのは不満だったのである。

posted by 老鶯 at 10:41| Comment(1) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2017年03月11日

シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除” 〜福島でいま何が〜を見て


シリーズ東日本大震災避難指示“一斉解除”

〜福島でいま何が〜を見て


飯館村でもそうだが分断された、それはもう住めないから補償金をもっともらい村には住まないという組と菅野村長は村に住みつづける人を優先的に考える
菅野村長の考え方は原発事故の時、村人が避難すると村が崩壊するということに危機感をもち避難させなかったのである。
ここから酪農の友達だった人とも分断されて合わなくなった。
飯館村には飯館村の事情がある。やはり一番の問題は放射線量が高いことである。
避難困難区域の近くの蕨平でまだ除染しても2シーベルト以上あった。
2以上になると今では高いとなる、山側の森は3以上あるといっていたが自分も計った時そうだった。そもそも庭とか平地を除染しても飯館村は山が7割以上なのだから山や森を除染しないかぎり減らないのである。一時しのぎに除染しているだけなのである。

だから反村長派の言い分もわかる、そんな無駄な除染するより一億円でもいいから補償金をもらった方がいいという意見である。
実際に除染するだけで一億円の金がかかっていた、家の裏の木を切ったりするとそうなった。
飯館村でも補償金が高い処とで額が違ってもめた分断された、これも国の方針であり国がむしろ村民を分断させるためだったのかともなる、それは南相馬市でも小高のことで分断された。飯館村全体で一つになるより国が分断させたのである。
それは南相馬市でもあったことであり飯館村でもあった。それは国によって成されたともなる。
飯館村の問題は放射線量がもともと高かった、佐須ではホットスポットがあり泥が20マイクロシーベルとあったのだ。それには自分も恐怖した。
なぜならその泥がやがて真野ダムに流れて真野川から下流の南相馬市でも鹿島区でも流れてくる、そのダムの水は相馬市でも利用しているからだ。

だから飯館村の問題は飯館村だけではない、南相馬市にも影響しているし相馬市にも影響しているのである。
だからもう住めないのだから一億円でも補償金をもらって他に移り住んだ方がいいという意見もわかるがまたそうなると人が住まないとそこが荒地になり今度は何に利用するかとなるとすでにソーラーパネルが作られ景観は破壊され森が破壊されて災害が起きるとそこに住む人が反対していることでもわかる。
それは飯館村だけの問題ではないのである。現実にフレコンバックから放射性物質をふくんだ泥が川に流れだしていたからである。
そしてそうして荒地になる、人が住まないとどうなるのか?
そこは国の管理化になり放射性物質の処理場などにされるのである。
住民はそうして補償金をもらえばいいとかなる、それもまた問題なのである。

NHKでは飯館村の問題を飯館村に限ったものとしてしか報道していなかった。
実は南相馬市とも相馬市とも密接に関係していた問題である。
その視点が欠けていたのである。ただ今回は公平に報道していた感じはする
どっちに味方しているとも見えてない
南相馬市などの原発避難者については明らかに原発避難者側にたつ報道だった。
要するに飯館村が二つに分断されたように南相馬市でも補償金で分断された事実があるし他にもある。その分断されたことを隠して原発避難者側にのみ立って報道していた。
原発避難者に文句は言うな、かわいそうのだから言うなという方針をもち放送していたのである。

いづれにしろ復興というとき市町村の復興というとき津浪被害地なら津浪の被害を受けた市町村の復興である。
原発事故の場合は何か違っている、もう放射線の被害で住めないから戻れないとなる。
だから復興を飯館村のような酪農とか牛を飼う村では仕事もできないからあきらめて補償金をもらって他に移り住む組と村に残り生活する人とに分断されたのである。
村長はなんとか村にひきとどめようと学校を新しく作ったり住宅を作ったりインフラを整備している。でも村長の孫自体がその学校に入らないと批判されているのである。
前は村長は福島市にマンションを買ったなどということを言う人がいたが夫婦で普通の住宅に住んでいる、ただそれがどういうものなのかわからない。
福島市に拠点をもち飯館村に帰れというのも矛盾したと思っていたが今はどうなるのかわからない、NHKではマスコミでは何か裏のことは報道しないからである。

飯館村だけではない、なぜ避難区域となり一旦避難した人は避難解除になっても他でも楢葉でも富岡でも南相馬市なら小高でも帰るのは一割程度でありそれも老人だけなのである小高はまだ南相馬市のガバナンスがあり他とはまた違っている、他では水道とかインフラも補償金が払われないと維持できなくなる、人口が極端に減ったから水道料金も一割に減ったらもう維持できない、それはまさに限界集落化しているのである。
インフラを維持できなくなるのだ。それで水道料金が一万になるとか馬鹿高くなりる公共サービスも受けられなくなる、ただこういうときもし自給自足の生活だったら別に山の清水を飲み山の木を燃料としたり炭を使って自給できたのである。
今はそうはいかいならかもう限界集落化するとその地域は消滅する

だから合併を考えているというのもわかま、一つの町や村でももうガバナンスが機能しない、自治体が成り立たなくなっているからだ。
小高はまだ南相馬市としてのガバナンスが機能しているので救われている
でも南相馬市でも小高は負担になっているからみんな帰って仕事をして村を復興させてくれとしているが帰るのは一割にもみたないし老人がほとんどなのである。
ただ4月に小高工業とかが再開すると多少活気がもどってくる、300人くらい生徒がいるし原町とか鹿島や相馬市からも工業専門だから通う人がいるからである。300人は結構多いなと思ったからだ。それも若い人たちだから老人とは違うから活気が多少もどると思ったのである。

津浪でも原発事故でも人口流出が一番の問題だった。やはり市町村というのは一定の人口がないと成り立たなくなる、そして少子高齢化も打撃に拍車をかけた、何かNHKのメッセージをよせていたのは若くても40代でありほとんど60以上の人たちである。
60代になると将来のことを考えるどうせ後何年か生きるだけだとかなるからである。
そして仮設に暮らして6年間すぎたら津浪の被害地では原発事故の被害地と違って補償金がでないから家を建てる気力もなくなったというのもわかる
仮設でもいいとかなる、そういうものだとかともなってくる
その気持ちも老人だとわかる、自分ももうかえって大きな家が負担になっていることでもわかる、老人はいろいろなものをもつことでも負担になるのである。
だから金ものないに家を建てるというのは容易ではないとなる

そういう少子高齢化の影響は今回は相当復興の足かせになったことは確かである。
なぜなら戦後焼け野原になったとき子供が多かった、それが今の団塊の世代なのである。その子供の多いということが日本にとって復興となったのである。
集団就職とかでも田舎から東京に労働力を供給できたからである。
それで高度成長となり日本は復興したからである。
でも今はその団塊の世代も老人となり負の存在となり社会の負担となってゆくとき日本社自体が衰退になってゆくのである。
この少子高齢化が今回の津浪であれ原発事故であれ復興がすすまない最大の要因だともなる

ともかく飯館村でも避難解除するというとき国ではこれ以上を補償金を出したくないから避難解除する、国民でもこんな莫大な補償金を廃炉の金を使うことに賛成したくないからである。ただ国民にしてもこれだけの金が税金が廃炉にはかかる、原発事故が起きたら致命的となり国さえ傾くのだということを自覚すべきである。
原発それだけ他の事業とは違った国家さえ傾けさせるものだったということを自覚すべきだったのである。


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国と地方の歴史を見直す (原発は国策であり地域を破壊した)


国と地方の歴史を見直す


(原発は国策であり地域を破壊した)


● 国と地方の歴史

国と地方の問題は人間の歴史がはじまってからある問題である。
もともとクニというのが一つのアイディンティティを育む単位になっていた
それは自然発生的なものでありだから自然と深く関係してアイディンティティ化したのがクニである。

会津嶺の国をさ遠み逢はな はば思ひにせもと紐結ばさね

この万葉集の歌の会津はクニでありこれはすでに大きなクニの感覚である。クニの前にサトとかムラとかがある。ムラは群れるからきてきるから人が群れるだけではクニにはならない、何か一つの連合体ができたときクニになる。
それは外国でも同じである。countryはクニのことだからである。

ここで注意しなければならないのはクニと国家は別物なのである。クニは自然発生的に生れたアイディンティティをもつものである。だからこそ文化的歴史的なものに根ざしている、歴史より文化に根ざしている、cultureはcultivate(耕す)から来ているからである。その土地に根付いて耕したものが文化だからである。

だから自然発生的に生れたのがクニであり何か親しみがある。方言では訛りでクニがわかるというとき方言はやはり文化的なものでありその土地に根ざして生れたものだからそうなる、だからクニに根ざしてこそ文化があり人間的なものとなる
国家というときそれはクニとは別物である。国家には非人間的なものがありまた仰々しいとういか威厳あるものとなる、英語だとstateなのである。
それは威厳あるものでありcountryとは全然違う、countryは田舎でもあるからだ。

ただ国家でも日本ならもともとヤマト朝廷というときヤマトという山戸という一地域のことである。それが拡大して日本になったのである。
だから奈良という地域に最初の国家をが形成されたとき

大和は 国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 大和し 美し

青垣山とはまさね山が垣根としてある、山に区切られたものとしてクニのまほろばがあるとなる。日本は山国だから山で区切られる、盆地のような処をクニとして意識していたのである。
このクニの感覚は封建時代まで江戸時代までつづいたしその後もつづいている。
封建時代もその土地に根ざしているから自然発生的国の意識になる。
だから江戸時代までは多様なクニがあった、それは自然条件でもそうなったのである。

●原発は国家と地方自治の問題を浮き彫りにした

原発というのはこれはクニとしてあるもののなかに地方の自治体に国家が深く関与していた。なぜなら原発は国策でありそれはまたアメリカの強制としても日本に押しつけられたという側面があるからだ。
核戦略として原発を維持しなければならないとか日本の技術力を維持するために原発が必要だとかあったからである。
クニというより国家的意識が強く打ち出されたものだった。
東電でもあれだけ巨大な会社でも国の支援がなければ原発は建てられなかったからであるだからこれだけの20兆円もその後始末にかかるということに驚いた。その補償金の額にも驚いたのである。そんなに補償できるのかともなる
それは国策だったからできたのである。国家的事業としての原発だったのである。
国家がかかわるからこそこれだけの巨大事業が成される、補償もされたということである

でもそれだからこそクニという一つの自然発生的アイディンティティ化されたものは大規模に破壊されたのである。国家が対外的に生れた、外国の驚異、外国に攻められるという驚異から生れたというとき戦争になり戦争は最大の国家的事業でありそのためにこそ300百万人も国家のために死んだのである。
国家なければ家族もない地方もない、クニもない、ムラもないとなる、国家がなければ国の存亡がかかるときそれだけの人が国家のために死なねばならなかったのである
原発は確かにエネルギー政策としてある。でも火力発電所でもいいのだし他にもエネルギーが求められる、でも核戦略がありアメリカの意向もあり原発が作られたのである。
それは国家の政策であり一企業が利益を出すというのでもなかった
そこに原発の特殊性があったのである。

地方と国の関係はそれは人間の歴史がはじまってからある。原始時代になればクマ族だとサル族だとかイヌ族だとかトーテムがあり種族がありやがてそうした種族の統一の象徴としてトーテムポールが生れた。クニとクニの争いはどこでも常にあった。
それを統合するのがまた大きなクニである。会津はそうした大きなクニとして意識された領域だったのである。それは江戸時代でもそうであり今にも継続されるクニなのである。クニは自然と風土と一体化しているから文化的なものとしてアイディンティティ化している、国家は必ずしもそうはならない、だからアメリカとか中国とかロシアとかになるとその国が巨大になるから法治国家とか主義の国家とかなる。
民主主義と社会主義が違うようでもやはり一つのイデオロギーで国家を作るのはにている自然発生的国家ではない、だから何か人間的なものを逸脱してくる、それは戦争になることでわかる。戦争のとき一番国家を意識するからである。

●国策の原発により破壊された地方自治体

結局この国策により地方自治体は破壊された、復興でも防潮堤とか道路とかソーラーパネル事業でもそれが住民にとっていいものというよりは公共事業のようになされていて実際の住民の復興にはつながっていない、住民の自主性がないやはり国策としての押しつけだと「地方創生の正体」では指摘している。
この本では昔のなつかしいクニという意識を基本的にベースにしているのである。
そこが自分も共感するのである。自分も相馬藩というクニの中でも自然発生的クニとしてのアイディンティティを追求してきたからである。
それはその土地の山でも樹でも石でも川でも海でも一体化したものとしてのアイディンティティの形成なのである。

そういうものが国策によりやはり原発事故のあとも破壊されているのである。
もちろん白砂松原の景観は人工的なものだと津浪で意識した。景観を破壊したのは自然自身でもあったという驚きである。
ただ松原も人工的なものだったから自然が破壊したともなる
元の自然にもどったともなる、それが馬鹿高い防潮堤を建てたり何か巨大な公共事業で景観が破壊されたし不自然なものとなる、ソーラーパネル事業でも景観が破壊されるだけではない、飯館村で反対運動が起きたように災害の要因にもなる
自分は何か景観にこだわる、なぜかというと日々そこに生活しているからそうなる
それで屋形の処が土をとってむきだしになったのを毎日見ていると嫌になった。
それは馬鹿高い防潮堤を見ていたら嫌になるだろう。本当にそんなものが必要だったのかともなる、それは不必要な国策による公共事業だったのかともなる
それで女川は防潮堤を作らない街作りをしたのである。
それでも人口流出が大きいからいかに復興が困難なのかわかる

この辺でも人口流出があり小高でも浪江でももう避難した人は10パーセントくらいしか帰らないのである。浪江でも廃炉事業のための宿泊施設の街として復興させるというときそれが町なのか?廃炉事業が終われば生活の糧がなくなり町が消滅する
廃炉事業だけに特化されたものが町なのかとなる。
町であれ村であれ千年とか継続してきたし継続するのが町であれ村であり市なのである。だから昔のクニの復興が問題である。それはやはり漁業でも農業でも林業でも総合的な場としてのクニの復活が必要になる。
国家からのおしつけとしての事業には問題があるとしたとき自分もそう思う
またガバナンスがなくなったというとき小さいコミニュティなど村とか部落でもその上の町とかのガバナンスが自治体が喪失すると維持できないとも言うのもわかる
小高はまだ南相馬市のガバナンスがあるが浪江とか双葉とか大熊や富岡でももう失っている

これも結局現代の社会が広域化しているグローバル化している、田舎でもそうである
村が自給自足していた時代とは余りにも違うのである。
その結果として国家とか巨大会社とかが田舎にもかかわっている
炭焼きでエネルギーを供給していたとき中央の国家にも頼らない自給自足の生活していたから都会でどういう生活をしようと自分たちには関係ないとしていたのである。
そういう生活ができていたのである。

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

富んでいる都会のことなど知らないことだ、炭焼きの煙は絶えずのぼりここに自足した生活があるとなっていた。
この時代とあまりにも違う社会になったからこそこういう問題が起きた。
でも人間は過去には戻れない、過去は参考になってもでは未来はやはり別な未来を志向する、だからエネルギーだとソーラーパネルとかなったり風力とか志向したりする
でもそれもまた自然破壊であり同じことの繰り返しだなともなる
いづれにしろその土地から自主的にわきあがるものがないと復興はできない、国家頼りではできないというときそもそもクニの形成とは何なのか?
そういう根源的な問題も問われているからむずかしいとなる


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2017年03月09日

地方創生の正体(山下祐介、金井利之)を読む (国家と科学技術の編の解読)


地方創生の正体(山下祐介、金井利之)を読む

(国家と科学技術の編の解読)


この本はかなり原発事故で起きたことを深く考察して書いている。
ここで起きたことは本当に様々な問題がありだから地方自治体とかが何なのかとか故郷はなにのかとか問われた。
市町村の関係と県との関係や国との関係、東電の関係である。
これが複雑にからみあった問題だったのである。
そして科学技術というのも問題になった。それを多角的に検討している
だから自分が追求してきたものと同じだと共感した。
ただいろいろあるのでこれは検討に値する

科学技術と政治権力とかの関係を説いていることも興味深い
それは自分も追求してきたことである。
基本的にはいろいろあっても科学技術と政治権力が結びついて一体化して原発が建てられ事故を起こしたのである。
要するにテクノクラート支配の崩壊だったのである。
事故が絶対に起きないとしてテクノクラートが原発を建てて事故を起こしたからである。

権力志向の技術者は科学技術を脱ぎ捨てられません、すると結局、すべての人は科学技術に縛られるわけです,科学技術はあたかも自身が権力体のように為政者や技術者も制御し為政者や技術者も制御し、゛為政者や技術者は科学技術を制御できなくなってきます
(国家と科学技術)

科学技術は現代文明を作った、科学技術は現代の信仰であり宗教なのである。
科学技術者が現代の信仰でありそれにたずさわる学者や技術者が神官なのである。
専門家が現代の神官でありリーダーである。でもそこに落とし穴があった。
科学技術を操作するのは人間でありその人間が万能でないから事故も起きる
巨大な複雑な原発のようなものの操作しているが操作しきれずに自壊してゆく
そもそも原発を操作する能力が人間には科学の専門家にもなかった

でも科学技術は信仰であり大衆も核のことなどわからない、そのわからないことをいいことに科学技術で大衆を支配するものとなる
今になると以前として福島産の食品が売れていない、安全だと言っても信用されないのは科学技術者も嘘をつくといことで信用できなくなったのである。
あれほど安全だといっていたのに事故が起きたからである。
科学技術は信用をなくしてしまったのである。学者も技術者も信用をなくしてしまったのである。その影響は計りしれないものがあった。
いくら検査していても安全だといっても信用されないのである。

つまりバベルの塔のように人間の業は崩壊する、原発事故ではそうだった。天まで達するようなバベルの塔の奢りは砕かれたのである。
結局人間の成すこと科学技術には限界があることを知るべきなのである。
絶対に事故が起きないということは絶対に言えないことなのである。
人間は自然でも何でも神のように知ることができないからである。
もし知ったならまさに人間は神となる、でもそれはできないから限界がある
その人間の限界をわきまえないと今回のようなとりかえしのつかない事故になる

文明自体はそういう科学技術の限界で崩壊する、マヤ文明も高度な科学技術の知識をもっていた、天文学の知識をもっていた。それも最後にはその知もゆきづまり世界が何年に滅びるとかカルト的なものとなり崩壊した、
人間の知の限界から滅びたのである。科学技術も極端に押し進めるとカルト的なもの怪しい宗教になってしまう。そこに科学の限界がある。
世界が崩壊する日にちまでマヤ文明では割り出していてそれが現代人がおびえたというのもまた同じである。
世界が滅びるとしてもいつ滅びるからは神のみぞ知るからである。

要するに政府とか東電とかが絶対に事故は起きない、数学の確率で計算したら百万年に一回し事故が起こる確率だと真面目に科学者が言っていたのである。
どんな計算をしたのかわからないがそれを真に受けた人もいるだろう。
その科学自体がカルト宗教のようになっていたのである。
安全神話でもそうである。日本では事故は起きないという神話まで形成されたのである。それがもろくも一挙に崩壊した、科学技術者の専門家は信用できないとなったのである。
この本は原発事故とか原発避難者とか国家とか地方自治体の関係とかを追求しているので自分が追求したことと一致するので順次検討してゆきます

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2017年02月26日

2015-2017 相馬地方のニュースのまとめ


2015-2017 相馬地方のニュースのまとめ



2015-12月 母死亡

2016-1月 母の供養

2016  南相馬市鹿島区にシシドスーパー開始

新鮮なので評判がいい

隣に復興住宅(五〇戸くらい)完成

主に浪江の人、外部の人が入る

原町のキクチスーパーの隣に三階建ての復興団地完成

雲雀が原に五階建ての復興団地完成

全部で一〇〇〇人くらいの規模か?

鹿島区の川子に大きなパークゴルフ場完成

鹿島の仮設食堂のあつみ食堂やめる

野菜食が多かったので自分には打撃

鹿島区のローソンの向かい側の屋形の土とる場所から古墳発見

相馬市の入母屋風の市役所完成

公共の施設は入母屋風に統一しているのが相馬市
城下町としての情緒を大事にした街作りをしている

常磐線が仙台まで開通

新地、坂本、山下の駅前開発

新地には温泉がでて施設ができて駅前に大きな駐車場ができていた
山下に大きなキクチスーパーができる

2017

南相馬市立病院にヘリコプターの着陸場がある脳卒中センター完成

ここの担当の副医院長は手術がうまいと評判

同級の人が脳卒中になり一命をとどめる、他に癌で一人、糖尿病で一人死んだ

新田川の岸辺の公園の脇にテニスコート六面を作る工事開始
運動場を拡大する

原町区の六号線のダイユーの仮設の宿泊所を撤去



津浪と原発事故以後の相馬地域の変化は大きい、それが今もつづいている
ただ仮設の宿泊所が撤去されたということでも除染関係とかの仕事は相当に減っている
地域のニュースとういとき毎日の生活で直接ひびくから中央のニュースより身近なのである。

復興住宅も原町区だと本当に大きいから驚く、1000人規模で大熊とか双葉とか主に浪江の人が入る、ここからだと浪江が近くだから見に行けるから便利だと言っていた。
仮設に住んだり復興住宅に住んだり原発避難者も津浪の被害者も大きな変化を経験した

脳卒中センターなどが完成したのも大きなことかもしれない、同級の人が脳卒中になったが早くみてもらったので助かった、つまり脳卒中はどれだけ早く治療するかで生きるか死ぬかになる、他に近くで癌で死んだり糖尿病で死んだ同級の人がいた。
なんか病気とか死とかが身近になる世代になった。

一番の変化は自分にとっては常磐線の仙台までの開通だった。
それで毎日のように鹿島駅が無人駅になったのでボランティアの案内をしている
なんか自分は鉄道には世話になったし好きだからである

新地駅も新しくなり駅前が開発している、温泉も出たというからその施設もできる
でも駅前にはまだ空き地が多く開発されていない、鹿島区だと三つくらい新しい街ができた、そこに新しい立派な家が建てられたのである。
それはやはり原発の補償金をもらった人たちが建てたとなる
新地では津浪の被害であり原発の補償金はもらっていないから建てられないかともなる

新田川の運動場のある所から拡大してテニスコートが六面できる、これも広いと見た。
それからすでに鹿島区の川子にパークゴルフ場ができてあれも広いのである。
あそこは憩いの場所となると思った、景色もいい場所なのである。

ともかく他にニュースはある、建物も建っているからこの辺の変わり方は大きい
それは新しい施設ができていいことでもあった、ただ小高とかはさびれてしまった。
でも高校が開始すれば多少は活気がもどる

浪江の人たちが主にあれだけの数の復興住宅とか団地に移る、だから原発というのはそもそも広域的に相馬地方全体の問題として最初から検討しなければならないものだった。
今になって補償金でもめるのは双葉とか大熊と富岡とかの一地域の問題としていたからである。
今になればこうして相馬地域でも中通りでも福島県全体をまきこむ問題だったのである。だから最初から広域的に考えて検討していれば共同責任となり補償金でももめなかったのである。
今になってなんだ補償金をもらう人ともらわない人が争うこともなかった。
なぜなら原発はそうして相馬地域全体でも決めていたら責任も全体にあるからだ。
何か原発事故以後こうした責任がそれぞれに問われたのである。
漁業権でもそうだった、漁業組合の責任も大きかったのである。

いづれにしろ地域は密接にそれぞれの生活がかかわりあいがある。
昨日はキクチスーパーでマグロの解体をしていてトロとかが売れていた。
人で一杯でありこんなに南相馬市に人がいるのかと思う
土曜日はイオンでもそうだが混むからねそう見る

津浪原発事故後でいい面はいろいろな施設が作られたことである。
ただこれからは仮設のプレハブの宿泊所が撤去されたように仕事も減ってゆく、外からくる人もすでに減っている,除染も減っている、つまり仕事がなくなってくる
でも人手不足なのは少子高齢化のためである。
まずこの辺は他に10パーセント高齢化している、若い人は流出して帰ってこない、看護師なども子供を連れて流出して帰ってこない、だから脳卒中センターでも看護師不足とかなっているだろう。

ニュースというとき一地域でも様々なものがある。要するにニュースというとき一人一人がニュースなのである。狭い地域だとそうなる。
東京のことなどそこに何ができても便利でもここでは関係ないのである。
仙台なら多少関係はあるが毎日の生活には関係しない、自分は毎日買物している
スーパーとコンビニとツルハとかによる、意外は買物が一仕事なのである。
それだけ買うものが多い、料理するにしても何を買うのかわからなかった
どこに何を売っていることを知ることの方が料理するより先に知るべきことだがそれがわからなかったのである。
それでシシドスーパーができたので良かったなとなる

ともかく自分は良く介護していたとなる、今も家事に追われているから良く介護していたなと思う、それは母の場合はあまり手がかからなかったからだと思う
そうでなければ自分は不器用だしずぼらだからとても介護などできなかったからである。自分の一身上でも10年間は四苦八苦してのりこえたのである


「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない、
唯一生き残るのは変化できるものである」ダーウィン

この辺で起きていること自分に起きたことでもこのことがあてはまるのかもしれない
あまりにも大きな変化のためどまどうだけになる人もいる
何をしたらいいのかもわからない人もいる、老人は特に変化に弱いからそうなる

今までの過去がなくなるとき一体どうしたらいいのか?
街作りでも全く新しい発想が必要になる
変化することができる者がこういう所では生き残るとなる
変化できないものは街自体でももう維持できないからである。
それは津浪の被害地でも起きているのである。

インターネットなんかでもそうである。新しい技術が生れるときそれに適応できなくなるそこでは新しい発想が必要であり変化が求められるからである。






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2017年02月21日

三本の老木が語ること(詩) (原発事故で故郷を喪失した老人を想い・・・)

  

三本の老木が語ること(詩)


(原発事故で故郷を喪失した老人を想い・・・)



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三本の老木

三本の老木はそれぞれ何かを語る

北風の吹く長き冬の日を

村に根付いて生きにし老木は語る

ここに生きたる昔を・・・・・


Three aged trees talk about something each

The long winter day when the north wind blows

I root in the village and make vigor and talk about the aged tree

It is ... here in old days as the vigor


今回の津波でも原発事故でも故郷が問題になった。故郷は何かなど普通は問わない、故郷を失って故郷を問うことになった。
故郷とは何かというとそれは老人にとってはそこで生きたということでありそこに人生が刻まれた土地だということがある。
故郷というとき農業をしていたときは八割も農民だったときは余計にそうだったのである土地に根ざして生きていたから当然だったとなる

今は農民ではない農民は一割にも満たない漁師でもそうであり山での生業でもそうであるほとんど会社員でありそれを象徴していたのが飯館村で今村を支えているのか菊地製作所だということでもわかる。農家が支えているわけではないのである
昔だったら燃料も炭だから炭焼きがどこでも行われていて山村もそれで生活していたのである。森林資源がありそれがエネルギー源となっていた。
そういう生活をしていれば余計にその土地と一体化していた。
それは万葉集に歌われたような自然との密着した生活であり歌が生まれた
だから故郷にそこに長く生きるものは愛着が自ずと生まれていたのである。

老人は故郷でも長くいた場所を離れにくいというときその土地に根付いた老木のようになっているからである。
そして老人はみんな昔を語る語り部になる、その語ることが老人の仕事にもなっていたのである。そして老人の語ることは次の代の人でも同じ土地で同じように農業をしていれば聞くに値(あたい)するものとしてあった。
つまり聞く価値があるものだったのである。つまり老人は昔を語ることでその土地に生きてゆくことの意味を語り知恵を教えていたのである。
だから老人は何も意味もないものとはならなかった。

それもみんなが会社員になったとき会社をやめれば昔を語るにしても会社のことでありその土地のことではない、それは農民ではないからである。
何か現代はそうして世代の断絶が生まれたのである。老人は役にたたない不用なものとされる、それは生活そのものが変わってしまったからである。
農業だけはやるな継ぐなと子供を殴ったということがあり極端にしてもそういう時代になったとき原発は歓迎されたのである。出稼ぎをしなくてもいいとかなったからである。 
それが裏目に出たというのがこの辺である。

人間が故郷に回帰するというとき鮭とかが生まれ川に帰ってくるのとにているきかもしれない。故郷にはそういう強い本能的アイディンティティをもつのかもしれない。
ただ故郷は生まれた場所ではなく長く住んだ場所なのである。
そこで生きたということを記憶されて語る場所である。
老人は最後に記憶に生きるのである。語り部になるのである。
自分も家族も全部死んだとき家族のことも語るようになる、死んだ人のことを語ることがまた勤めのようにもなるのである。
なぜなら死んだ人のことを語るとき死んだ人もここに生きるという感じになるからであるそれが故郷を失ったとき喪失する、そのことが精神的損害であり金では埋められないものがあった。賠償金は別な問題としてあるのだが老人が帰りたいとういときそこが生きた場所、記憶された場所だったからである。

梯立(はしたての) 倉橋川の 石の橋はも  男盛りに 我が渡してし 石の橋はも 

こういう場所だったのである。男盛りというとき青年時代であり壮年でありその時生きた記憶が生き生きとあり蘇る場所だとなる
ただ現代は広域的に生きているから会社人間だからその土地に密着して生活していないからまた違っている、だから故郷にそれほど愛着しないとういことはある。
なぜ川内村が七割りも帰還したのか?それはもともと老人の比率が四割とか高かったからである。老人は帰りたいとどうしてもなる、チェ ルノブエリでも老人は村に帰り細々として野菜を作り暮らしていた、そして医者もいないけど苦しみ死んでゆくようになる。
でも故郷の村に帰って死ぬというまでになる
それだけ愛着があったということにもなる、故郷が死に場所になっていたともなる
人間は最後はどこで死ぬのか死にたいのかというのも問題になる
老人はだからそんなことを思うとき復興には向いていない
死ぬことを考えていては復興できないからである。
でもそうなるのが老人では自然なことなのである。それが許されないということも原発事故がもたらした非情なことだったのである。




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2017年02月10日

ボランティアがまだ来ていた ボランティアとは何なのか自分もして考えた


ボランティアがまだ来ていた


ボランティアとは何なのか自分もして考えた


今日も駅に行ったら新潟からボランティアの人が来ていた。
「新潟に避難した人が言っていたけど新潟の人は親切で待遇が良かった」
そう何度も言う女性の人がいた。それで新潟の人と交流がつづいたりした
その人は前に来ていた、またもう一回くらい来るらしい
東京とか秋田とか他の人とも合流してボランティアに来ていた
焚き出しなのかなになのか仮設に来てしていた
でももう仮設に住んでいる人もめっきりへったからまだボランティアが来ているのかと思った。

この辺では相当にボランティアの人たちがきた、津浪の時も来た。津浪の被害があった家で泥をかきだしていた、そこに京都ナンバーなどがあり全国から来ていた。
それはありがたいことだった、津浪の被害は大きいから助かったのである。
原発避難者の仮設にも全国から来ていた、焚き出しなのか来ていた。
そういう人がまだ来ていたのかとなる
そういう時期は過ぎたと思っていたからである。

ただこのボランティアも本当にその被害地に有効に働いているかどうかはわからない
その善意はありがたいのだがそれが有効になくかどうかはまた違っている
津浪の被害の家で泥をかきだしていた人たちなどは有効でありありがたいとなっていた。では原発避難者となるとボランティアでも必ずしも有効なのかどうかとなるとわからないお前はいちいちそんなことまでケチつけるのかとまた批判されるが人間の世界は善意がそのまま通るとは限らないということである。
善意があってもそれが現実の場で有効になるかどうかわからない
それが世界の援助でも問題になる、その物資でも金でも上前がはねられて肝心の困っている人にゆきわたらないということが問題になる

ボランティアで何か役たちたいという善意はありがたいのだがそれが現場で有効に働くかどうかは別問題である。
ただ援助を受けられる人にとっては全面的にいいものなのである。
地元だと補償金でもめているからそんなことはボランティアには関係ない、親切にしてくれてありがとうとなるだけだからである。
自分でも補償金のことを言うと嫌がられるがボランティアはそんなことを言わないから全面的にいいものとして受け入れられるのである。
そしてなんだ地元の人は補償金のことを何かとうるさいだけで何もしてくれない、冷たいなとなっている
でも一面ボランティアがそうして避難民にまだ援助していることはかえって自立精神をそこなっているということもあるのだ。
それでなぜ地元の人はかえって冷たい補償金のことしか言わないとなっているということも複雑なのである。
外からの人はわかりにくいけどそういうことがNHKの放送でもあったことを指摘した。
この辺は津浪の被害者だとか補償金問題とか複雑になっているからだ。

だからまだボランティアがきていたのか?もう地元の人で復興しなければならないのにとも思う。いつまでもそうしてボランティアを頼っているのかともなる
地元の人は何か自立精神がなくなり他者頼みになり補償金をもらいたい、もっともらいたいだけになっているのも現実なのである。
自分はともかくごくろさまとして新潟のボランティアを駅で見送った。

奇妙だけど自分が駅員のボランティアになっていたのだ。実はこのボランティアは自分が望まれてしていたわけでもない、駅員がいないなくり自分が電車が好きであり鉄道マニアでもあり鉄道に世話になったということで鹿島駅が無人駅になったのでしていたのであるまだ案内しないとわからないことがありそれで案内していた。
それをしていてボランティアは意外と仕事としてやりがいがあり楽しいと思った。
自分は全国でも世界でも旅しているからたいがいの人と話を合わせられる

その新潟の人が新潟でも風が日本海から吹くと言っていた。それで糸魚川の火事が大火事になってしまった。ここでは冬は北風だが日本海から冬は風が吹くのは浪が荒れていることでわかる
自分は糸魚川でも長野県の松本から塩の道をたどり行ったことがある。糸魚川は長い塩の道の終点になっていたのである。ただ日本海となると太平洋と違うから風のことなどがわかりにくいのである。
でも新潟の人かとなると地理的にわかるから話ができる、それは日本全国でもそうである
人間の仕事はみんな奴隷なんだよとか社蓄なんだよとか言うのが多い、仕事したくてしていないのである。ボランティアは志願して仕事している、その仕事がしたくてしているのである。だから意外と生きがいになるのである。
でもそれが金をもらうとその金のために働かせられることになる
金もらっているんだから金を払っているんだからとその金にしばられる
それも当然でありそこに責任も生れるからである。ボランティアは生きがいになるといってもいい加減であり責任はもたないことが多い、そこにボランティアの問題がある。
だからボランティアだからはいってみんな有効に働くとは限らないのである。

でも新潟であれ東京であれ遠くからきてボランティアして何か有効に働かない喜ばれないとしたら実際は生きがいにもならないとなる、それだけの労力を費やしているからである
自分の臨時駅員にしても一日いるわけではない、一日一回くらいたちより案内する程度である。
でもこの前はタクシーに先約がありひどく急いでいた人を六号線に案内した。
あれはそれなりに役立ったなと思った。まだ他から仕事などで来る人があり案内が必要になっているのである。自分は何か案内することが楽しいのである。
何か苦労だということも全く感じない、普通の仕事だとそうはいかない、何かしら苦しいけど仕事をせざるを得ないしそうしていと社会は成り立たないのである。

農業している知人の女性もそもそも苦労を言うけど農業を好きだからしているだけであるかえって金もかかるとれるものは人に分けるものさえ作れないのである
それはだからいくら苦労だといっても生きがいであり楽しみでしているのである。
退職した人などはそうした生きがいが今必要になっているのである。
このプログでもそうである。これもボランティアであり生きがいだとなる
仕事でもあまりにも苦労だったらつづかない、だから仕事は何なのだろうと「経済、社会の部」で追求してきたのである

要するに人間の仕事はこうして生きがいとなり楽しいときその人にあった仕事をしているのかもしれない、ただ現実は仕事となるとみんなそんな楽しいとはならない、厳しいし責任もある、命懸けにすらなる、甘いものではない、でも退職した人とかのボランティアはそうした金とかから関係なく生きがいを楽しみで仕事するのがいいとなる
そういうものが高齢化社会で求められているのである。
また余裕ある社会になるとそうして仕事がボランティアになる可能性がある
自分のしたいことをする、それがひいては社会の役にもたつという仕事である。
ただボランティアはきつい仕事は無理である。だから津浪の被害の泥をかきだすなどは相当にきつい仕事だったのである。
ともかくまだボランティアが来ているがボランティアの時期は終わったと思う
これからそういうボランティアではなく原発避難地域に住み着くとかそういう人が望まれているのである。人が住まないで困っているからである。



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2017年01月30日

原発自主避難者のいじめは朝日の捏造だった (マスコミがシナリオ作り判断するのが報道)


 原発自主避難者のいじめは朝日の捏造だった


 (マスコミがシナリオ作り判断するのが報道)


 朝日女性記者がスクープした「原発いじめ」記事の悪評

朝日に限らず、マスコミは最初に売りたいシナリオを作って 
そこに事実関係や証言の断片をはめ込んでるだけだからな

新聞社の取材受けてみればわかるけど、 
やつら結論ありきで取材するからな。 
初めの想定通りにいかないと発言を切り取ったり、 
無理矢理それっぽい発言をさせて筋書き通りにする。 
取材に行って金かけてるんだから面白い記事かかなゃっきゃってのも分からんこともないが、 
それで「取材による事実」とか誇りにしてるんだから呆れたやつらだよ。 
事実を自分の主観や利益のためにねじ曲げてるのはどちらなのか… 

極左活動家と自主避難者とメディアはズブズブの関係 

差別でっち上げてボクチンはカワイソーな福島のみなさんの味方ですよー 
とすり寄る福島支援者 

なんで今になって続々原発イジメなんて話が出てきたかと言うと 
自主避難者への住宅無償提供打ち切りが近いから 
まだまだ問題はあると長引かせたいんだよ 
そのために受け入れ先の住民を差別主義者ということにする 


自主避難者は地元でも裏切り者とか批判されていた。なぜみんなが困っているとき出て行くんだとか批判があった。
それは原発避難者全般にあった、南相馬市の看護師など原発事故になったときみんな一斉に逃げた、それで批判された。今も南相馬市で避難した看護師は帰ってこないのである。それで病院では困っている、なぜ地元の人を見捨てて避難したのかとなる

それで大内村ではなぜ

C 「戻る」「戻らない」の対立構図を生み出さない
 (二極化が鮮明)

 こういうことを村の方針にした。避難して帰る者と帰らない者のの対立がかなりあるということである。それは自主避難者にもあった。
 それで避難した先でなぜいじめにあったのかというのがそもそも疑問だったのである。
自主避難者ということだと疑問になった。その人たちはそれほど補償金をもらっていないからである。地元でも批判されているのだから避難先でも批判されてもしかがないのかとか自分は思った。
この辺はこうして地元でも外に出ても分断されたのである。

それで前にもNHKの放送で原発避難者でも南相馬市内とかに避難して仮設に住んでいる人たちがいる、その人たちと地元の人たちとは補償金でもめていたことを書いた
NHKの放送で飯館村の人が相馬市のトマト農家に雇ってもらいたいと行ったが断られたとその怒りをぶつけていた。その時は自分もひどいなと見ていたのである。
でもよく考えてみると相馬市でも津波の被害者がいてその人たちは補償金をもらっていないのだから優先したというからそれなりの理由があって全うだったのである。

でもこれはNHKのシナリオでは原発避難者を非難するなということを公に報道して応援していたのである。
朝日の報道もそういうシナリオが意図があり報道していた。
マスコミは事実を報道していんるのではない、事実があってもそこでシナリオを作り編集して報道するのである。
なぜなら津波の被害者にも言い分がありそのことは言わせないからである。
それはいわき市でも同じ団地に住んだから起きたことである。
でも双方が仲直りすることなどを後で放送していた。
このことはなかなか外から見るとわかりにくかったのである。

マスコミの報道は事実を報道してもそれがどこまで事実なのか調べようもないからわからない、良く極端な貧乏の人のことを伝える、それも実際は嘘だったとかなる
こんな貧乏人がいるような社会にしている政府が悪いとして報道している
政権に打撃を与えるためにそういう報道をしている
それを常に否定しているのがネットなのである。
その事実が本当なのかということを問題にしている

今回の自主避難者のいじめ問題でもはじめに朝日がシナリオを書きそれにそって取材する取材することから事実をひきだすのではなくそのシナリオ通りに発言させることがマスコミなのである。
たからそのシナリオに反することは取り上げない、発言させないのである。
ともかく人間はもめているときは喧嘩両成敗なのである。
必ずどちらにもなにかしらの言い分がありどっちがいいと悪いとか簡単に判断できないのである。

ところが何かテレビは一方的になりやすい、心理的な問題としてもテレビは洗脳されやすいメデアなのである。
ネットのように「それ本当なの?」こう簡単なことだが疑問に思わせないでストレートに一方的にテレビで報道したものをそのまま受け入れる、そういうのがテレビでは特になりやすいのである。
裁判だったらどんな人でも双方の言い分を詳しく聞いているのである。
一方的になれば必ず裁判官にそうさせないように提言できる
でもテレビはマスコミは審判者になっていてマスコミの判断があって取材して編集して報道しているのである。それに見ている人は文句は言えないようになっている
ネットだったら絶えず否定できるし真意を追求する、それがマスコミの報道に対してはできない、マスコミの言うことが絶対だとなってしまう
それでトランプがマスコミから相手にもされずトランプはとんでもない奴だとかしかなっていなかった。それで当選したのだから驚いたのである。

ともかくこの辺は津波の被害者もいるし原発の補償金でもみんなが避難者のようにもらってはいないから複雑になっている。
原発避難者に対しての不満が大きい、何か鹿島区の人でもあうとそのことを言うのである別に自分はそれほど金にはこだわらない、でも他の人は自分よりもっとそのことに補償金のことにこだわっているのである。

いづれにしろこの辺では内部でも対立している、地元に帰るか帰らないかでも対立している、だから外から取材する人、マスコミでもこういう問題は相当に慎重さが必要だった。テレビは感情的メデアなのも問題なのである。

この油まみれの鳥を見ろ

イラク戦争のときがそうだった、あれは世界にイラク憎しという感情をもたせたのだ
それは世界的なものとしてその一枚の写真がイラクへの憎しみを作り出したのである。
それは本物の映像ではない、作られた映像だったのである。
ここに映像の恐るべき力を見たのである。
テレビは感情を刺激するものであり事実でもなくても事実として報道されることがあるのだ。

なんで原発避難者をいじめるんだ、差別するんだ

まず感情的にすることが危険なのである。それが朝日とかマスコミのねらいでもある。
そうなると今度は原発避難者でもマスコミでこう言っているとなるとそれが世論となっているように思わせる、みんながそう思っていると思わせるのである。
それでちょっとでも原発避難者を批判するとこいつは何なのだととなり自分も批判されたのである。
トランプでも全くそうしてマスコミに批判されていても当選したということが本当に信じられないことだったのである。
それは日本のマスコミもまたアメリカのマスコミと同じでありトランプを歓迎しないからそうなっていた。トランプが大統領になってもそうであり変わっていないのである。
トランプは結局つづかない、途中で投げ出すとかなんとか当選する前と同じである。
その政策にも過激でも一理はあるがそういうことを報道しない、全部トランプが悪いとなっているのである。

自分も原発に反対である。ただ左翼でもないし地元でこれだけの被害を受けたから原発反対になった。反対するにしても左翼のような意図はないのである。
むしろ自分は日本の伝統を重んじるから心情的には右寄りである
左翼は原発問題を自分の政治運動に利用するという方が多い、原発そのものの問題より今の政治を批判するために原発を利用するとなる、それが必ず反発される原因になっているのだ。
それで原発を批判した左翼系の人があいつは左翼なんだよ、だから原発に反対しているとされた、右からも政治運動に利用しているだけなんだとされて肝心の原発のことその危険性など追求されなかったのである。
原発が危険なのか危険でないのかという科学的なものより原発反対は左翼なんだと決められる
また原発を推進は右翼だと決められる、結果的に科学的に原発が危険のだというまさに政治的な右左の問題ではない、政治的力学のみが働くのである。科学とは関係ないもので左右される
それで左であっても危険を指摘したものは「安全神話」が作られ排斥されていた。
科学でどれだけ危険なのかということが追求されなかったのである。
それも右寄りの人もまたそうして政治運動として原発を見るから本当の危険性を追求できなかった。原発が政治運動の道具にされていたのである。






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大内村の復興の方針の検討



大内村の復興の方針の検討


@ 村に住み続ける誇りや意義をどう取り戻していくか
A 補償させることは重要だが、それ以上に生きる意欲や
目標を見失わないこと
B 短期的・集中的に投資
C 「戻る」「戻らない」の対立構図を生み出さない
 (二極化が鮮明)
D 戻るための新たな制度設計の必要性
 避難者のモラルだけでは解決できない
E 帰還に関わらず生活再建(バリエーションを認める)
F 新しい村づくり ⇒ コンパクトビレッジ

@村に住み続ける誇りや意義をどうとりもどしてゆくか

普通はこういうことは今までは考えないだろう。それを考えざるを得なくなった
何かこの辺ではそうした当たり前のこと故郷に住み続ける意義などを考えるようになった

A補償より意欲や目標を見失わないこと

これもこの辺では補償金でもめたからいろいろ言われたので同じだった。
どっちかというと老人の場合は無理できないから補償金をもらって暮らした方がいいとなる
そこで問題になるのは老人ばかりで村を維持できるのか?
それが原発避難者であれ津波被害者でも共通しているのである。
医療と介護をになうものは若い人だというときその若い人がいないからだ
双葉辺りでも高齢者の医者が死んで病院が維持できなくなる
南相馬市でも看護師不足は解消していない、そこが深刻なのである。
いづれは介護になったとき老人ばかり残ってもそれもできない
介護の負担は自分も経験したが過酷な面があるからだ

B 短期的・集中的に投資

これも老人が多いからこうなったのか?老人は先がない、庭に木を植えても育つの何年もかかるとなると待っていられないから自分もそんに育つのに長くかかる木は植えたくないとなる、そして跡継ぎが入ればいいがそれいないとなると余計にそうなる
原発事故で避難した地域も若い人が流出しているから跡継ぎがいないからこうなったのか?

C 「戻る」「戻らない」の対立構図を生み出さない
 (二極化が鮮明)

この問題も深刻なのだろう。自主避難者も地元の人に批判されていたのである。
故郷を捨ててゆくのとかなる、子供でも親を捨てるのかとなる。
そういう対立が深刻だからこういうことが上から指示されたとなる
江戸時代でも贅沢するなというとき贅沢になっていたからそうなる
禁止されることはそういうことがはびこるから増えるから禁止される
贅沢できることはいいことだったのである。

戻った人と戻らない人で故郷は分断されるからこう言っている
結局今の世の中強制はできない社会である。
ともかく補償金とか戻る、戻らない人でも故郷は分断された
その傷は大きいのである。

村に生きつづける意義というときそれは歴史の保存でもある、農民だと三代で一人前というように仲間に入れられるというとき土地に根ざしているからそうなる
農民は先祖を意識する、代々耕して守ってきた土地がありその土地に根ざしているからこそ先祖を意識する、それで先祖代々の土地は売りたくないのである。
商業とか工業となるとそうした先祖意識は薄いのである。
サラリーマンなども会社に勤めていても先祖意識などもたない、ただ会社から賃金をもらうサラリーマンだとなる、それは一代限りのものもだからである。

ここで問われたことはそれぞれに事情があるが共通している、津波の被害地にも共通した問題としてある。
コンパクトビレッジとかなると飯館村は草野中心にしてそういう村作りをしている、
にたような状況になっている。
小高とか浪江でもコンパクトタウンになる。農業は共同でするほかない、会社組織のようなものになる、若い人が流出したからもう一軒一軒では農業はできないからである。

この方針は良くまとめられている、それは厳しい現実から生れたからそうなっている
3000人の内半分帰っても本当に村が残るのか?消滅するのかという危機だからである。
それは葛尾村とか飯館村でもそうなる、存亡の危機なのである。
葛尾村はもっと人口が少ない、そしたら村自体維持できるのかとなる
それは限界集落と同じである。

農業の復興にしても老人が働き手となってしていたがこれも厳しいし長続きはしない、近くの仮設の食堂も70歳の女性がしていたがとても一人ではやれなくてやめた。
そういうことがこの辺では増えているだろ。それで人手不足になっている
このことは自分のプログで原発事故関連で追求してきたことだった。
だからよく問題をまとめた方針だと読んだのである。

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2017年01月29日

大内村ではなぜ人口の半分が帰還しているのか? (老人がもともと多く帰ったから?)

大内村ではなぜ人口の半分が帰還しているのか?


(老人がもともと多く帰ったから?)


大内村の人口3,038人

現在の避難者数

平成28年8月1日現在

920人 内訳… 県内734人、県外186人

郵便物の送付先を自宅住所にした方を帰還者とした人口:1,830/2,750(66.5%)(平成28年8月1日現在)

現在の帰還者数

平成28年8月1日現在

778世帯 1,830人

○川内村住基人口 2,756人(1,248世帯)
・65歳以上 1,062人
・高齢者率 38.53%
○村内生活者 1,779人(748世帯)
・65歳以上 717人
・高齢者率 40.30% ・生活者率 64.6%

大内村の復興の方針

@ 村に住み続ける誇りや意義をどう取り戻していくか
A 補償させることは重要だが、それ以上に生きる意欲や
目標を見失わないこと
B 短期的・集中的に投資
C 「戻る」「戻らない」の対立構図を生み出さない
 (二極化が鮮明)
D 戻るための新たな制度設計の必要性
 避難者のモラルだけでは解決できない
E 帰還に関わらず生活再建(バリエーションを認める)
F 新しい村づくり ⇒ コンパクトビレッジ



大内村は三〇〇〇人くらいの人口で1830人が帰っている、これは他と比べると多い、小高では一割もまだ帰っていない、この差は何なのだろうか?

一つはもともと高齢者率が40パーセント近くで高かった、それでこの辺でも故郷に帰りたいというのは高齢者である。高齢者の特徴は過去の思い出に生きることなのである。
するとその思い出はその土地に深く結びついている

自分も故郷とそんなにかかわらなくても家族が二人死んでもう思い出に生きているとなるそして何かこの思い出すということが不思議なのである。
死者は何なのか?それは今生きている人があると認めるときある、だから親子でも親にひどいめにあった人は親を思い出したくない、墓参りすらしないとまでなる

ただあの人はいい人だったなとか思い出すときその人が死んでも生きている感じになる
そしてその思い出が甘美なものになるのである。
なぜそうなるのか?人間は生きているときは何かしら嫌な点がある、そういうものを見ないでいい点だけを死者に見る傾向があるのだ。
だから死者は過去は美化される、江戸時代でもその暮らしは過酷だったのである。
でも何かその時代をふりかえるとき良く見えるのである。
それはその現実を生きる必要がないからである。
いつの時代でも現実を生きることはどんなに豊かでも苦しい面があるからだ。
今の時代は過酷な労働を強いられている、豊かでも余裕がないとかある

ともかく大内村は帰らない人が多いと思ったが実際は老人が多くかえって帰る人が多かった。人口の半分が帰っているのは多いなと思った。
その原因はやはり老人がもともと多く老人が帰ったからなのだろうとなる。
小高でも帰ったのほとんど老人だからである。
若い人は流出しているのである。
そして大内村とか3000人の山村とかなると人と人の結びつきが強い、みんな親戚関係とかなるかもしれない,それは一万の町とかとも違う結びつきがあった
そして何度も言っているように老人は自分もそうだが今や家族をみんな失って思い出に生きているのである。
その思い出すにしてもそこで生活していたところでないと思い出が活きてこないのである思い出はその場所に深く結びついているからだ。
それが故郷ともなる、それで子供が避難してから6年ともなると小学校は別な土地で過ごしていたのである。つまりもうそこに小学校の思い出はなかったのである。

村の再建の方針としてB 短期的・集中的に投資というのは老人が多いからかもしれない
若い人だったら長期的な視点でできる、でも老人が多いということは先がないからできない、それで短期的に集中的に成果を上げることを望まれたのかもしれない
ただこの方針を見ると意外と帰るとか帰らないとか強制していない、強制できないのだろう。
帰る人と帰らない人を分断しないためだろう。
この辺では補償金でもめたように心が一つにならないと復興できないからだろう。
強制しても強制したからといって不満が残ったらいろいろ残らさせられたとかなり村に生きる意欲もなくなるからだろう。

大内村は原発の煙突が見えたとか近かった、それで三分の一が原発で働いていたということは意外と豊かだったのかもしれない、現金収入が相当にあったからだ。
すると老人も蓄えがあり年金暮らしでもできるから帰ったのか?
その辺の事情がのみこめない、まず老人になると小高の人も国民年金ではたりないから一生東電で政府で補償してくれと実際に要求したことでもわかる。
老人はもう苦労したくない、楽したいのである。苦労もできないのである。

でも老人ばかり帰って村が維持できるのか?そのことが心配なのである。
老人だけが残り若い人がいないと村が消滅してゆく危機になる
三匹獅子舞いでも中学校と小学生ですでに20人もいないようだからである。
そういうところで村が維持できるのだろうかとなる

小高の場合は南相馬市内だからまだ医療施設もあり人もいる、それでも65歳以上の割合が全国平均より10パーセントくらい高くなったし、看護師でも震災当時の減った状態からわずかしか増えていない、ということは流出した看護師は帰ってこないということである。それでまともな医療も受けられないとなっているのがこの辺である。

ともかく思い出に生きる場所が故郷とするとき大内村で半分も帰ったというとき老人がもともと多くそうなったとみる。老人は慣れない場所には移りにくいのである。
特に大内村はそうした人のつながりの強い山村だからそうなった。
その仲間も死んでゆくが死者でもやはり思い出して村に以前としているような感じになる自分もそのことを経験している。ある死んだ人を思い出したときその人が以前としてこの町にいる感じになったのである。
まして人と人のつながりが強い大内村だったら死者とのつながりも深いものがあると見たそれでこれだけ帰る人が多いのかと思ったのである。
ただいろいろな事情があるからこれは本当はまだその理由はわからない、自分の推測である。




タグ:大内村
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2017年01月22日

原発避難者、津波避難者もパチンコ通いで同じだった


原発避難者、津波避難者もパチンコ通いで同じだった



業界大手のマルハンもその一つ。全国に300店以上を展開するが、7時開店は石巻店だけだ。「被災したお年寄りから、寂しいので早く開けてほしいという声が寄せられたのがきっかけだった」と相沢昇店長(38)は話す

 売り上げが震災前の水準に戻ったというジョイパークは昨年8月から低レートの専門店に切り替えた。人口が増える見込みのない石巻で生き残るには、自由に使えるお金が多いシニア層を取り込むしかない。


津浪の瓦礫をとりさったところにぽんぽんとパチンコ屋が建った

生活保護費や東日本大震災の賠償金などの 
莫大な税金が 
パチンコ屋に吸い取られる。 
日本人のやる気を奪う 

なぜ、パチンコ屋を廃止に追い込めないのか!!!!

60才以上のじいちゃん婆ちゃんが震災で生きる希望を無くして娯楽として安く遊んでるならわかるが・・・・ 
この中年ナマポ野郎は震災をネタにパチスロやってるだけじゃねーか! 
さっさと原発かマグロ漁船いけや

金はあるから働く必要なんてないんだってさ。かといってボランティアもあほらしいんだと。 
簡単に時間潰せて、運がよければ儲かるパチが一番楽しいんだと。 
競馬は考えるのがめんどくさいそうだ。あと競馬場までの移動。

これ、被災地の閉塞感っていうより、 
義援金や補助金のおかげで、 
仕事しなくてもパチンコしてられる人が増えた、 
ということなんだな。

いわきから宮城、岩手まで、 
パチンコ規制しないとだめだよ。 
機械相手にギャンブル、 
金が無駄になる、話さない、 
ギャンブル中毒、なにもいいことない。 
自治体で積極的に無料の 
公民館、しゃべったり、 
人相手のトランプでも、ボードゲームでも、 
単なるゲーム機でもおいて、人と人の関わり 
作らないと。被災者にパチンコとか、嘆かわしい。 
何にもよいことない。

仕事で行ったことあるけどコレ本当 
あいつら補助金でパチしかしていない 
福島の復興なんて諦めてさっさと核廃棄場所にするべき

義援金や再建支援といった全国(世界)からの善意や血税がパチンコに消えるのか

このことは地元だからプログにずいぶん書いてきた、これは嘘ではない事実なのだから否定しようがない。
この辺に小高の人が大挙避難してきて仮設に住んだとき何もすることがなくパチンコ通いになった。その他風俗とかギャンブルとか遠くに遊ぶ人もいた、補償金がたんまり入ったからである。
何もパチンコに通ったから回りに被害を与えているわけではないからいいじゃないかというけど実際はいわき市でも二万人も移住して家を建てたりしたら病院でも福祉関係でもそんな大勢の人間のサービスはできなくなっていたのである。
それで消費してくれるからいいじゃないかというのもあったがやはり地元の人は反発して実際に落書きとかで原発避難者を責めた。
これも当然だったのである。もちろん原発避難者側にも言い分はある。
でもこういうことはマスコミでは報道しなかった、テレビでは特に報道しなかった。
これはしかし隠しておけない地元では大きな問題だったし外部に対しても大きな問題だった。
そしてボランティアが来てはいろいろと仮設で援助してきたのである。
そして結果的には自分たちはかわいそうなんだから援助されるのが当然だという意識になったのである。マスコミも常にかわいそうな人たちとして外部に報道していたからである確かにかわいそうなことはあったがではパチンコやギャンブルで遊んでいていいということはないのである。

自分も迷惑をこうむった一人である。それは原発の避難者が全部悪いというのではない、親戚の人が介護の時来ていたがパチンコ屋で働いていた、借金してどうにもならなくなりパチンコ屋で働いていたのである。それなりに金になるからだろう
でも自分の家に来ては疲れた顔して何もしないのである。
一週間に一回くらい二三分いて帰るだけである。それも腹ただしかった。
もちろん何もしないというわけではない、なぜでもパチンコ屋にそんなに働いて自分が介護しているのに皿一つも洗ってくれないのか?それが腹ただしかった
ただその後も皿一つ洗ってくれる人が自分の所にはいなかったのである。
今はそのために10万近くも払っているとなる、それだけ他人は親戚でも何かしてもらうことは大変なことなのである。
だからこれもそんなに長くはつづけられないだろう
結局結婚していない人はそれでけ金ではらうと高くつくから損だとなる,でも一人だと何かと困るから金でもたのまざるをえないのである
介護では助けるときは意外と家事が男だとわからないから家事を家に来て手伝ってもらうと助かるのである。ディサービスなど母は嫌っていたし役にたたない、でも介護関係者にしては介護保険から金が出るからディサービスに誘うのである。
そしてそれも結構金がかかるし介護には役に立っていないから税金の無駄だともなる
介護というのは何かそうした無駄が多いのである。
金になっているからと有効に働いているとは限らないのである。

いづれにしろ原発避難者でも津波避難者でも同じような所があった、ただ原発避難者は多額の補償金をもらったから悪質だったとなる
その金もパチンコとかギャンブルに費やされたのかとなる
だからボランティアが来て働いていたけどそういう姿を見て怒っていたのもわかる
何か馬鹿らしくなるのである。
あまりにも過剰な援助であり精神的にもかわいそうな人たちとして認められたからであるそれで避難者は何でも許されると勘違いした人もいるだろう。
俺たちはかわいそうなんだよ、それにケチつける奴はなんなのだ、人間の情もないやつだとなったのである。
人間は援助は必要でもそれに度合いがあったのかもしれない、何でも援助されればいいとなりそれにケチつけるやつは集団で糾弾してくる、マスコミも味方にして糾弾してくるから怖くなるからしないとなる、それが鬱積するから全国的に避難者に対する子供のいじめになったりするのである。

もう一つの大きな問題は老人が避難した人たち多かったことである。老人は何か復興といってもしにくい、老人は楽したいのである。とてもきつい労働などできないのである。
それは自分もわかるから同情した。
でも結果的には復興すべき若い人が流出して老人だけが残されたとなる
そしてますます復興しにくくなったのである。
自分も介護十年もしたらもう介護なとしたくない、後はのんびりしたいとなった。
避難者でもそうして遊んでいたら働く気力もなくなるし老人が多いとなると余計にそうなのである、石巻でもかなりの補償金もらったのである。
保険で一億円もらったとかも聞いた、原発避難者ともにていると思った。
原発避難者と津波の被害者は違っていると思ったがにた所があったのである。

まあ、あれだけの被害があると原発避難者でも津波被害者でも復興というのが重荷になりすぎたのである。津波の跡は壊滅状態になったからである。
そして復興すべき若い人が流出したとき老人だけ残されたときとても復興といってもできない、するとヤケになりパチンコでもしている他ないという頽廃状態になった
ただこれは実は老人の問題として退職してやることがないとか老人が暇になったということもある、それが意外と大きな問題なのである。
老後も長いから相当な時間をもてあましている人が多いのである。
何か高等な趣味をもつことは若い内からしていないとできない
普通に働いている人は特にブルカラーの肉体労働者はそんな趣味をもてないのである。
だから一日暇をもてあまている人が多い
定番はカラオケでありあとはパークゴルフである。だから南相馬市に大きなパークゴルフ場ができたことはいいことである
とにかくこの辺では老人の比率が10パーセントとか増えたからである。

結局老人になると生産活動もしない人が多いし社会にとって負の存在になる。年金だって働いていたからもらえるといってもその金は今働いている若い人が税金からひかれているということもある、その若い人が貧乏なのだからそんな負担をしたくないというのもわかるのである。
そして津波の被害地でもジジババしかいない所に金をつぎこんでもしかたないと官僚が本音を言ったこともこういう状況を見ていたら全部は否定できないのである。
結局のんびりするとか自由になるとかいうときそれは自分だけではできない、誰かがそうさせてくれるからそうできる
自分自体が家族がいたからこそのんびりしていたし自由だったのである。
その家族はほとんど文句も言わなかったからできたことであり他ではできないことだと思う。

でも自分の場合は遊んでいたのとは違う、勉強もしていたし旅でも実際は労働だったということを今では思う、今になると何かそういう旅するエネルギーが消失しているからである。旅することは相当なエネルギーが必要だった、特に自転車旅行となるとそうである。その旅したことにより視野が広がり詩とかも書ける、歴史などの知見も得ることになったのである。
本当の旅は勉強であり注意力を注がないとあとでふりえることができない、記憶に残らないのである。あそこにいい女性がいるなとか気がそがれただけで旅は記憶に残らなくなる回りの景色などもその女性のために記憶に残らなくなるのである。
だから旅には相当な注意力が必要なのである。芭蕉のような旅をしないと旅にはならないのである。だから実際にこういう旅をできる人はまれだとなる
旅人となることは現代では一番むずかしいかもしれないのである。

ともかく現代は寿命が長いから退職してからも長いからそのことを考えねばならなくなった。それは金の面でもそうだし精神的にもその残りの時間をどう過ごすかが意外と大きな問題となっているのである。それは第三の人生となっているからだ
でも結局老人は人生のしめくくりであり総決算である。
それが否が応でもそうなる、自分の場合は旅でも何でもしてきたことなど学んだことなどを作品化することなのである。そのためにあとの老後の時間があるとなる



タグ:パチンコ
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2017年01月19日

原発反対するにはどうするのか? (補償金を要求すると逆効果になる)


原発反対するにはどうするのか?


(補償金を要求すると逆効果になる)


この辺ではこれだけ原発の被害があったから原発に反対になる。
ところがなぜ被害にあった人たちがいてそれを訴えても何か効果がないのはなぜなのか?あいつらは補償金が欲しいだけだ、原発乞食だとか言われる
内部でも補償金でももめて争った経過がある。
こういうことしていると外部でもあいつらは補償金でもめている、結局金目なんだよなとなる、外からもそう見られる

もちろんそれだけの被害があったのだから補償金をもらってもいいしもっともらいとう言う人もいる。でもそれにも限度がある。限りなく金がかかって廃炉には20兆円もかかるとか途方もなくなっている、それで国民の不満がある、税金からその金が出るからである。原発の金は途方もない、その金を福祉とかに利用したら介護なとでもかなり改善されるという。その金は一兆円にもならないのである。
ただ原発は実際はこれだけ金がかかるものだと知らしめたことは効果があった。

でも本当に原発に反対するのなら被害を受けた地元でも何か国民に訴える方法を考えねばならない

補償金が欲しい、もっと欲しい

そればかり言っていると効果がないし逆効果になる、どれだけ金が必要なんだとなってしまう。その金でギャンブルで遊んでいるだけじゃないかともなりますます批判が強まり子供のいじめになったりする。

一方で俺たちは補償金などいらない、もらったとしてもこれ以上は要求しない、俺たちは俺たちでなんとか生活する、必死でする、何かそうしたら国民の見方も相当に変わるだろう
そうなるともう地元の人も必死になる姿がありありと見える、原発被害者はあんなに苦労している、極端になると生きるか死ぬかで苦労していると見えたら相当な効果になる
原発被害者はあれほどまでして訴えているんだとなる
補償金をもらっている限りそうした必死さはない、もっと金よこせと言うだけならそういう必死さは伝わってことない、かえって国民からの反発が多くなる

とにかく補償金をもっとくれというとき国民から反発が多くなる
そのことは原発を作ったときから言われてきた。お前たちは金欲しくて原発を建てさせたその時から多額の補償金をもらって潤っていた。
そして事故後もまた補償金をもらえる、そうなるとこういう人たちが原発反対と言っても何か訴える力が弱いのである。
ただ「俺たちは被害者だ、弱者だ」だから援助されるべきだ、そして内部でも補償金でももめて争いがあり多くもらった人たちが少ししかもらわない人を非難する
それも考えてみれば何かただ少ししかもらわない人たちも結局金が欲しいだけなのだともなる、自分もそうだったから反省されるべきかもしれない、ただ額は多いとは言えないものだった、避難はしていないからそうなった。

つまり本当は原発被害者が一番原発に反対する立場にあった。それがかえってできないようになったのは補償金問題だったのである。
もっともらうべきだという人も外部にもいた、もちろん内部では補償金はもらえるだけもらうとなっていた。
極端にはなるが要するに被害というときシリア難民のようになれば世界にも訴えられる
子供が波に打ち上げられた映像とかみたとき世界が同情したからである。
原発の被害も故郷に住めなくなるということで実際は大きかったのだがそれがそれほど訴えないものだった。
なぜならいわき市に2万人が移り住んだとき次々に補償金で家を建てたりいい車を買ったりギャンブルとか飲み屋で遊んでいたりとかあったからだ。
もしシリア難民ともいかなくてもテント暮らしとかになったらどうか?
それを見た人たちは原発事故はひどいない、原発りてどやめるべきだとなっていたかもしれない、でもそんなことはない、なんだかえって贅沢しているんじゃないかと見られたところがあったことはいなめない、避難者にとっては苦しいとしても外からそうみられないところがあったのである。

結局原発に反対するにしても反対する人もただ反対、反対と言っても効果がない、何かそこに真剣さがないし口だけ言っても効果がない、何かそうした問題でも体を張って反対するような覚悟が必要にもなってくる。
それはその人の生活自体まで問われる、見られることになる
ただ補償金だけをもらいたいだけなんだと外部から見られていたら地元で被害があっても訴えない、もともとあいつらは原発でも金が欲しくて建てたんだ、そして事故後もまた金を欲しいだけでなんだとか見られる
だからそのことを書いてきたけど地元でも生活自体が問われたのである。
豊かな生活を求めてきたのが戦後だった、原発もその一つだった。
でもそこに大きな落とし穴が待っていたのである。

ただ原発の被害は故郷に住めなくなるということだけは知らしめたのである。
空気とか土や水とか基本的なものが汚染されるから住めなくなる、空気が汚染されてそれは何十年と減らない消えないのである。
部屋の中の放射能も減っていないのである。空気の中の原発は減らしようがないとかある水とか土が汚染されたら取り除くということがあるが空気はできない、ただ泥に付着したりするとその泥を捨てるということが除染になったのである。
それが原発の深刻な被害だったのである。
事故が起きたら今住んでいる所に住めなくなるということは知らしめたのである。
それが最大の被害だったのである。
タグ:原発反対
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2017年01月16日

豊洲市場と原発事故の問題は同じ構図 (専門家集団に会社でも素人は太刀打ちできない)


豊洲市場と原発事故の問題は同じ構図

(専門家集団に会社でも素人は太刀打ちできない)


これほど多くの東京ガス製造工場で、一様にシアンやベンゼンが検出されたということは「石炭の乾留技術は土壌汚染を前提に成り立っていた」と結論付けざるを得ない。

そもそもなぜ東京ガスの跡地に生鮮を扱う豊洲市場が作られたのか?
そこからしてこの問題が発生している
東京ガスがとても売りに出せるようなものでなかったとして東京都に売れておおもうけした。これもおかしな話だった。

「あんな汚染した土地を売っておおもうけした」

そんなことだったのだろうか?東京ガスの会社の責任も重いとなる、なぜならなんらか会社では専門集団なのだからそういう汚染のことを知っていたからである。
でも利益があるということでその土地を売りおおもうけしたのである。
その会社の責任は相当に重いとなる、なんでも利益になるからといってすべて是認されるわけではない、会社は大きな公共的なものであり社会的責任必ず背負っているのである。
そして何かこの問題も利権がからんでいてはっきりしないにしろ東京都議会の議員がかかわりその利権が金がまわっていた。だから手抜き工事が行われた。
その金はどこにまわっていたのか?石原慎太郎などがその手抜き工事を是認して金がまわっていたかと追求がある。別荘を鹿島建設に高く売ったとかなんとかある。
みんな生鮮食料を扱うことがどういうことか意識していなかった
まず生鮮食料を扱うことはそんな汚染していることが一番の問題になるからである。
それが東京ガスとか東京都議会の議員とか建設会社にゼネコンに食い物にされたともなる

この構図が原発事故と酷似しているのである。何か他の事故でも事故になったりこういう問題起きると原発と比べてきたが酷似しているのである。
そこには様々な人々が利権とかかわっていたのである。
ただここでは住民とかいないし生鮮食料品を扱う人たちは別に利権と関係していない
かえって苦しんでいる人たちである。利権はまわっていない
原発の場合は地元住民とか漁業関係者とか議員関係でもやはり利権があり多額の金がまわっていたのである。
原発は豊洲市場とは比べることもできない何千倍なのか?巨大な利権の巣窟だったのである。天下り先として検察とか警察関係も東電がお得意先だったとなる
こういう構図は何か問題が起きる事故が起きるとかいつでも問題になっているバターンなのである。

原発事故でもこれだけ危険なものなのに生鮮食料を扱う豊洲市場とにていたのである。
生鮮食料を扱うことはまず安全性が第一になる、原発は最初から門とも安全性を第一にするものだった。
でも地権者と県の許可で議論もせずに建てられたとなるとその時から今の災いになる原因があったのである、災いは起きたときすでにどうにもならないという状態になっている
その災いの根を断つのは事故が事件が起きてからは遅いのである。
ただそうした危険なものでも意外と簡単に作られてしまうことが問題だったのである。

民主主義はコンセンス得ることが根幹にある。みんなでそれなりに議論して合意することが民主主義の基本としてある。
では豊洲市場問題でそれが行われていたかとなるとされていない、肝心の豊洲市場で魚を扱う人たちが一番被害があるのだからかかわってもいいようだがそういうふうにも見えない、それは原発でも同じである。そこの住民が一番被害を受けるのだから積極的にかかわるべきであった。それも広範囲にかかわる必要があったが実際は地権者と県で基本的に許可されて建てられたということは今になれば信じられないものとして法律もあったともなる

豊洲市場問題でも地権者は東京ガスでありそこは東京ガスが危険な場所と専門集団だから知っていたのである。でも利益のために東京都に売りおおもうけしたのである。
だから日本でも土地の私的所有権が強すぎるのである。

「この土地は俺のものだ、会社のものもだ、どうしようが勝手だ」

この土地所有権の権利が課題に認められすぎたのである。江戸時代はみんな共有財産として土地でも山でも海でもあった。それが今度は会社だとか組合だとか集団でその権利を得るようになった。それから無数に私的所有権を得ることになり俺の土地は売るのは勝手だとなってしまった。
土地はつながっているから公共的なものとしての役割があるから細分化して私的に所有することになじまないのである。
だからそもそも豊洲市場でも東京ガスが汚染しているのを知っていたのに東京都に売っておおもうけしたこと自体が詐欺であり犯罪でもあったとなる
商品の欠陥を知っていて売ったとなるからだ。買った方も東京都も悪いとなる。
そこにまた利権がからんで東京都の議員などがかかわっていたとかなる

原発でも科学者は原発が危険なことを知っていた。まだ建てられた当初はフクシマ原発の時は危険をわかっていた。日本にはまだその技術がなかったのである。
それでお古のマーク1の原子炉をアメリカから買った、買わせられたともなる。
そしてその原発を利権として利用したのが正力松太郎とかだった、自分の会社読売新聞社をテレビ局を成長させるためにそうしたからである。
これも豊洲市場が利権の場所となっているのとにている
科学者の責任は余り問われないが科学者はやはり東京ガスのように専門家集団であり原発の危険は知っていても知らせなかったのである。
強力な安全神話を作った共同責任者だったのである。

そして日本の技術は優秀なんだとかばかり言っている科学者が国民をだましていたともなる、日本の技術は確かに家電とか他の分野で素材とかでは優れている
でも全部は優れていない、原発はアメリカが今でも優れている、だから日本の技術が優秀だから事故が起きないというとき嘘だったのである。
ただ科学の素人は「日本の技術は優秀なんだ」と科学者が言うとき原発でも同じだと思わせる、それが危険だったのである。自分でも科学に弱いからそう思っていたからである。そういう錯覚をうむからあまり日本の技術は優秀だというのも危険なのである。
ある部分については優秀だというのはいいとしても原発ではそうではなかったのである。そういう誤解をもたらしたのが科学者でもあったのだ。
ただ東京ガスと同じように危険な土地と知っていたのに知らせないことは原発にかかわった科学者でも同じだったのである。でも科学者の責任は現代では一切問われないのである
そもそも豊洲市場では魚を売買する人たちと東京都民でも一番かかわっているのだからコンセンスを得る必要があった。それもここではできていない、原発でもそうである。
広域的に住民のコンセンスを得る必要があったが原子力となると素人などわからないからそのコンセンサスを得る議論する席にすらつけなかったのである。
住民にしても利益を得ればいいとしかなかったのも問題なのである。
素人は素人なりに参加できたかもしれないからである、それは巻町でできていたからである。

素人的にも何か直感的に危険を感じることがある

東京ガスの跡地で大丈夫なの?

原発って危険じゃないの?

こういう疑問は素人でももっていた、でもどっちでも素人は肝心の都民とか市場で魚を実際に扱う人たちは除外されていたとなる。
そこに現代の複雑な文明の問題があった。素人は科学にはかかわれない、法律でも専門的なことにかかわれないから一番被害を受ける人たちのことは無視される
会社だって専門家集団でありたちうちできない、安全だと言われればそうなのかとなり反論もできない,原発だってそうである。
マスコミがあったとしてもそういうチェックする機能は果たしていない、原発でも宣伝費をもらえばいいとかしかないのである。
専門家集団に現代社会は牛耳られていることが問題だということにもなる
一見議員などがいてもそうした人たちも科学には弱い、文系も多い、するとその人たちもチェック機能が働かないのである。別な科学者集団に頼るほかないとなる
現実に最近有害物質を調べたら80倍とか危険状態にあったと報告されている
つまりそこが危険でもその危険も報告されないしチェック機能がないのは原発でも同じだったのである。

科学者の責任は問われない科学万能社会
(日本人の技術は優秀だという思い上がり)




タグ:専門家集団
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2017年01月15日

本を作る構想ができた 「津波原発事後の教訓」


本を作る構想ができた


「津波原発事後の教訓」


津波原発事故についてはずいぶん連続して書いてきた。それで読み返してみて一冊の本を作る構想ができた。
「津波原発事後の教訓」である。いろいろ書いたが確かに原発避難者からは非難もあったそれもまたこの辺の事情であり原発避難者の見方は当事者として違っていた。
とにかく人間は金になるとうるさいのである。利害がかかわるとうるさいのである。
遺産争いをみればわかる、骨肉の争いになる。

今回のこの辺の津波原発事故は後世に大きな教訓を残したことは確かである。
それは歴史的教訓だった。その当事者となったことで外部から見るものとは違ってくる
前にも書いたようにまず原発は一旦事故になったら広範囲に影響する
30キロ圏内だけではない、飯館村とか中通り、福島市とか郡山市とか白河まで影響したのである。
すると非常に狭い範囲で原発を建てることを決めたこと自体に問題がありそれが後々まで尾をひいたのである。
原発を建てる地権者と県の許可だけで決められたということが異常だったのである。
それだけ回りのものも原発がどういうものか知らなかったのである。

それを知らせるのがマスコミとか学者とか他にもあったが協力な原子力村が形成され「安全神話」が形成されたのである。
原子力となるとわかりにくいから余計に何か危険を言うにてもしにくいのである。
「素人になにがわかる」これは現代は専門家の時代だから何も言うことができなくなる
それは医療関係でも法律関係でも何でもそうである。素人が立ち入れることができない社会である。
マスコミにはそうしたことで危険性を知らせる役目があっても宣伝費をもらってしなかった。マスコミというときテレビでも新聞でも何か公共的のようでも宣伝費で成り立つとしたらその宣伝費を払う会社を批判できない、東電は国並の会社であり宣伝費も莫大だったからである。市町村を買えるほどの大きな会社だったのである。
実際にこの辺では半分が東電の社員のようになっていたのである。
だから原発事故は現代の社会の複雑さから起きたともいえる。

一番怖かったのは日本が震撼としたのは吉田所長が東日本は人が住めなくなる、特に東北は住めなくなると言っていたことである。吉田所長が言うくらいだからそれだけの事故のとき危機感をもったのである。
だから原発は全国的なものとして日本の存亡にかかわる恐ろしいものだと認識したのである。それはチェルノブエリでもすでにわかっていたことである。
ただそれも警告とはならなかったのが日本だった。
原発はロシアとか中国とかアメリカとか大陸だったら広いのだから日本よりは適していた日本は狭いし他に移住することが簡単にできないのである。

武田邦彦氏が言うように一ミリシーベルトを基準にすべきだとしたらそこに住めないとしたらもう福島県の半分も住めなくなる,そんなこといくら科学的には正しいとしても現実問題としてできないのである。
要するに自分は思うにはもう放射能がどうのこうのよりもうその土地に放射能とともに住むほかない、それで病気になっても何になってもどうしようもないとまで覚悟しなければならない、それがた狭い日本だからそうなる、老人の場合はもう他に移り住みたくないということでチェルノブエリではそうなったしここでもそうなっている
それまでの覚悟をもって原発は作らねばならないものだったのである。
そんなに危険なものだったらなぜその前にその危険性を警告しなかったのかとなる
武田邦彦氏も原子力村の一員だったのである。

ともかく原発事故の教訓は後世に伝えられるべき歴史的教訓だったのである。
それは津波でそうだった。なぜこれほど無警戒だったのかというのも今になると悔やまれる、それは別に警戒するものが全くなかったということではなかった。
津波でもスマトラで起きた津波の時も日本だったら警戒しているからあんなことならないよなと見ていたし原発事故でもチェルノブエリのようにはならないよなと日本の技術は優秀だからなと見ていたのである。
今でも右翼系統は盛んに日本の技術の優秀性を言う、確かに日本の技術は優秀な面はあるでも原子力に関してはアメリカがずっと進んでいたし日本には原子炉でもお古のマーク1がアメリカによって買わされたのである。
日本の技術はすべてのもので優秀というわけではなかったのである。

なぜそれが危険かという自分も科学音痴だから日本の技術は優秀なのだなと単純に思う人が多いからである。すると結果的に原発も日本の技術は優秀だから事故など起こらないよなと思ってしまうのである。
それがいかに危険なことか人間の奢りがいかに危険なことかをそれが歴史を見ればわかるその奢りによって滅びたものがどれほどあるか、個々人でも奢りが一番危険なのである。俺は優秀だというときその人は確かに一級の資格をもっていたことで技術的には優秀でも経営はまた違っていて事業に失敗した。技術と経営はまた違っていたのである。
そういう奢りで滅びたことは歴史をみればいくらでもある。
俺は優秀だと身内でも言って最後は認知症になり銀行から金をおろせなくなった、そして最後まで優秀だと言いつつ死んだのも悲惨であり家族だから余計にショックだった。

いづれにしろここでも津波原発事故はそうした教訓を残した、それは歴史的教訓であり後世に伝えられるべきものである。それは世界に対してもそうである。
原発の恐ろしさを知らしめたのである。
しかしそういう教訓を人間は忘れるからまた悲劇が繰り返されてきた。
だからこの辺はそうした悲惨な現実から教訓の場となったのである。

本を出すというとき本を作るのめんどうである。まず流通させるのがむずかしい、電子本になると楽だがそのノウハウがまだわからない。
本は何か一つのテーマで追求したものとしていい、プログだといろいろなテーマに分かれてわかりにくいのである。
だから自分としても一つのテーマで一冊の本にすればわかりやすいとなる
自分にはそういうテーマがいろいろとある。
鉄道の駅の短歌をまとめるとかそれぞれのテーマによって分類して作品化する、それが多くなったから結構な仕事になっているのである。


科学者の責任は問われない科学万能社会
(日本人の技術は優秀だという思い上がり)
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2017年01月14日

小高区と鹿島区のうまくいかなかったことの反省 (急激に起きたことで原発避難者はまとまることができなかった)



小高区と鹿島区のうまくいかなかったことの反省


(急激に起きたことで原発避難者はまとまることができなかった)


近くの小高区の仮設の人がまもなく出るということでモチをついて回りに配ったとか聞いた、そこは回りともうまくいっていた。
別に小高の人にもいろいろいるからみんなが悪いとはならないし自分も話したりした。
基本的には補償金でもめた、でもそうだからといってみんなが悪いとはならない
でもどうしても補償金の問題は大きかった、なぜ小高ばかりが待遇されるのかと補償金をもらえない人たちは不満になった、それは相馬市でもそうだしどこでもそうである。
鹿島はまだ多少はもらっているからいい方だとなる。

そして毎日パチンコとかギャンブルで遊んでいたことも反発された、それも考えると急激に避難者になったことが原因していた。何もすることがなくなり金は入ってくる、やることがないとなりそうなった。
でもその時回りではなんだあいつら毎日ギャンブルで遊んでいるだけだと見られた
避難先では働く人たちがいたからである。そして避難者は常に外部からボランティアなどがきて援助していた、かわいそうな人たちとして援助していた、すると俺たちは同情されるべきであり援助されるのが当然となったのである。
だからそういう人に何か文句を言うとなんだと同情もしない奴なのかと怒る
それにお墨付きをつけたのがマスコミだった、テレビでは避難者のことなど悪く言わない、常に同情する立場にたっていた。
NHKでも原発避難者と津波被害者がいたとき原発避難者の側に味方して放送していた。
なぜ仲間に入れないのかとか放送していた。ただその後は双方が和解することなどを放送していた。

なぜ原発避難者がいろいろ問題になったかというと急激に避難者となったことで村でも町でも混乱したのである。自治体で一つの方向をもって共同して対処できなかった。
そしてどうなったかというと個々人が補償金をどれだけもらうかが問題になり自治体がまとまるとかはなかった。そして結果的には自治体のまとまりがなくばらばらになった。
小高の場合は小高町としてまともまることができなくなっていた。
なぜなら南相馬市として合併していたからである。それはいい面と悪い面に働いた。
ただ他と比べて小高自体のまとまりはなくなっていたかもしれない。

人間はそもそも急激に起こることに弱いのである。自分も一身上で介護だ、自分の病気だということに十年間苦しんできた。そこで事件にもまきこまれた。
本当に急激に起こることに人間は弱い、どう対処していいかわからなくなり混乱してしまう。そういうことでやはり自治体がばらばらになったということもある
第一放射能というのにどう対処していいかわからないからだ。
それが混乱の一番の原因だった。津波くらいだったら苦しくてもなんとか対処できたのである。

こういう危難の時は何か指導者が必要となるのかもしれない、みんなそれぞれに勝手に行動したらまとまりがなくなりそれが回りとの軋轢をうむ、いわき市などでは2万人も移住してその中で家が建てた人が多いというとき市が混乱状態になる
するとその2万人が非難の対象になる、つまり自治体としてまとまり行動しないと回りの顰蹙をかうことになる、その中でばらばらに行動していると何人かでも勝手に金あるんだからギャンブルしようが何しようがかまわないとなっていた
それが回りの顰蹙をかったのである。

そもそもこうして自治体がばらばらになったことが問題なのである。それは原発を建てる時から自治体は広くまとまり原発の周辺だけではなくいわき市でも南相馬市でもさらに広くまとまって原発に対処する必要があったのである。
その土地の所有者と県の許可で原発が建てられたということが異常だったのである。
なんら議論すらなく原発は利益になるというだけで建てられたのである。
そこからして現在の混乱を生む原因になっていたのである。

だから十津川村で土砂崩れとか洪水で大被害を受けて北海道に村が移住したときは村が一つになっていたのである。時代もあるがそういう危難の際にはまとまること団結することが優先されたのである。それを見るとギャンブルどころではない、徹底した節制を全員一致でしていたのである。政府からも援助金をもらったから無駄をしてならないとか全員で徹底して団結して危難に立ち向かったのである。
それだけのまとまり団結ができたのはなぜかとなると時代背景があり今とは比べられないともなるが参考にはなる
そういうふうに団結しなければも自治体は維持できなかったのである。

だから原発避難者でもそうしたまとまりが必要だったが第一原発避難者でも全国に散らばったり福島県でも広いから散らばった。そこからしてばらばらになってしまった。
どこかに一カ所に住めばまだまとまりやすいことがあるが最初からばらばらになった。
その後は何か町の再建するというよりもう町から出た方がいいとなった。
補償金もらってそれで家を建てた人も多いし若い人に多かったのである。
それで老人は故郷に帰りたいといっても町や村を維持できなくなった。
飯館村さえ補償金もらって外に出て牧場経営した方がいいともなったのである。

補償金をらうことにより個々人でその将来を考えるようなった

そうなると町や村を維持しよう、守ろうとか将来を考えることもできなくなったのであるそれは急激なことであり時代背景もある、現代は金があればどこにでも暮らしていいという時代である。
そして豊かな時代だから誰も放射能汚染した所に住みたくないとなった、人間は誰も豊かな時代に不便な貧しい生活など望まないのである。
十津川村の場合は貧しい時代であり北海道に開拓に入る人が普通にいた時代だからそこでの苦労をいとわなかったのである。戦後まもなく津島などに開墾に入った人たちもそうである。働く場所がないのだからそんな場所にでも入って働いたのである。
そういう苦労したから津島では団結していた人のつながりが強いと放送していた。

いづれにしろこの津波とか原発事故は自治体の在り方とか対処の仕方とか自治体とは何かとか問われたのである。普通だったらそんなこと問われない、でも例えばこの辺でとなくても夕張などでは自治体が破産するとかなり問われた、自治体が維持できなくなる
税金も入らなくなり住民もへってゆくから福祉関係で何でもサービスを受けられるなくなるのである。限界集落になっているところもそうである。

危難の時は国でもそうだが一個人のことを言っていられない、日本でも戦争の是非があっても一個人の自由はなくなる、国の存亡がかかっているからである。
それは自治体でもそうだったのだが今の時代は移動が簡単だし時代背景もありそうして十津川村のように団結できなかったのである。
それが原発避難者が各地に散らばり地元の人と軋轢を生んだりした原因だったのである。本当は原発避難者は一つにまとまり団結して対処すべきだったのである
それが急激に起こったことで対処できなかった、結果的に自治体がばらばらになってしまったとなる
だから十津川村と比べるとその差はあまりにも大きかったのである。

移住住民は、故郷を去り、親や兄弟と別れ、絶海の地に移住してきて、移住者同士しか頼れるものはいないのだから、これまでにも増して一致団結し、お互いに助け合い、猜疑や軋轢を生むことなく、新村の隆盛と勤王の由緒相続を目指そう。


これを読めばひしひしとその時の危機感が伝わってくる。その困難に際して人々がいかに一致団結したかわかる。その覚悟と決意の強さが復興の原動力だったのである。
人間はこういう危機のときでも困難のときでもこうした覚悟と決意があれば力を発揮するものだと思った。
だから避難民はここはかなり参考になると思う。
これを読むと相当なまず覚悟があったということである。原発避難者にはそんな覚悟もなにもない、補償金をもらえばいい、それしか頭になくなっていたのである。
それがまた当然であり回りでもそれは認められるべきでありボランティアでもマスコミでもそうさせたからである。それはしかたないにしても何か過剰な援助でもあった。
そうなると自分たちでなんとか復興しようとする気すらなく個々バラバラになり補償金をもらうことにだけ奔走する、それが回りとの軋轢を生んだ
だから人間は恵まれたからといって豊かだからと言っては限らない、金持ちが協力しあわないで貧乏な時代はかえってわずかのものを与えたりもらったり隣近所と協力していたのと同じである。今の時代はただ求めるのは金だけなってしまったのだからそういう時代背景があってまとまれなかったということもある。
ただ危難の際には普通の場合とは違った対処が必要だったのである。
それができなかったのが復興できなくさせた大きな要因だったともなる

十津川村の教訓ー移住する意志と覚悟と決意があった
(原発事故周辺は補償金だけをもらうことしかないので復興はできない)
タグ:原発避難者
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2017年01月06日

故郷に帰れないと嘆くのも因果応報、カルマだった (原発事故の結果楽を求めて苦を受けた?)


故郷に帰れないと嘆くのも因果応報、カルマだった

(原発事故の結果楽を求めて苦を受けた?)


この辺では本当に原発で働く人が多かった、原発がある双葉とか大熊とかそこから近ければ近いほど原発で働く人が多かった。だから浪江は相当に多かった。
南相馬市では小高は多かった。原町でもそれなりにいたが数はわからない
原町には工場もあり働く場所があったからだ。
相馬市となるとやはり原発は遠いから働く人はほとんどいなかったのかとなる
大内村は原発が見える位置にあり近かった、三分の一が原発で働いていた。
すると結構豊かな暮らしをしていたとなる、もし原発がなかったら限界集落のようになり過疎地域になっていた。原発があったから村が成り立っていたともなる
だから原発で働いていた人はみんな東電を悪く言えないんだよなと言っている
実際に東電で働くことにより生活が成り立っていたからである。
家を建てたとかなるとそうなる。東電が原発があって恩恵があったのである。

それが事故で一転した、その変わり方はあまりにも激しかったのである。
そこで問われたのは原発が悪いものとなり被害を受けたことである。
原発で働いたことが悪いとまでなってしまった。
そうなるとそうして生きたことの価値まで否定された
それは子供にも俺は東電で働いて家建てたんだよとうことも自慢できない
人生そのものを否定される

現実に息子や娘が子供が故郷を捨てて流出するとき、それが具体的に示されたのである。なぜ親を捨てて出て行くのかというとき

「お父さんは原発で働いていたけど原発なんかいらなかったんだ、そんなところで働くこともなかったんだ、こんな放射能汚染地帯に住めないよ、お父さんたちがそうしたんだよ、出て行くのは当然だよ」

こんなふうになってしまったのである。それは自業自得のカルマだったのかとなる

そしておばあちゃんとかが故郷に帰りたいと泣いているという、金をもらってもありがたくない、故郷に帰りたいと泣いているという。
だからこれも何を意味しているのか考えさせられる

というのは何度も書くが小高の人がもう80歳くらいになる人が親に

「農業だけは継ぐな、やるな」と殴られたというからだ。

このことは何を意味しているのか?ここに重大な過ちがあり原発事故へ結びつく原因があったともなる

もしこういうことがあっても

「農業は苦しい、金にならない、でも懸命にやればここで生きていける、この土地と共に生きていける、息子よ、苦しいけどこの土地を大切にして農業をやるのも生きがいだよ
金だけが人生ではない、苦しいけど今ならそれなりにがんばれば暮らしてはいける」

こんなことを息子に言っていたらどうなるのか?
これは漁業にも言えた、漁業だけでは暮らしが成り立たないと東電に漁業権を売り渡して贅沢をしていたのである。それは事故後もそうである。
漁業というのもどこでも跡継ぎがないとか生活できないとか農業と同じだったからである
双葉とか大熊とかは原町から離れていて働く場もなく出稼ぎに出ていて現金を稼いでいた場所である。
それで原発が政治家によって誘致されたのである。
お前には現実の苦しみなどわからないのだといえばそれまでである。

ただ人間はつくづく因果応報がある、自分もここ十年の介護でその因果応報、カルマを受けた、これは本当に苦しかった。なぜ病気なのに介護してさらに自分にかかわった人たちに責められるのか、本当に過酷だったのである。
同情は一切なかったからだ。それより弱みにつけこまれるだけだったのである。
そういうことも自分が結局楽しすぎたカルマだったと今では思う

そういうことは原発事故でも言える、原発は働く場となり楽をさせた、でもその楽が裏目に出たのである。原発は給料が高いし交付金も高く経済的に楽をさせたのである。
その楽が今度は苦になったともなる
そして息子や娘に言われる

「こうしたのはお父さんやおじいちゃんなんだよ、こんなところに住んでいられねえよ、俺はここを出て行って外で暮らすよ、子供いるし放射能を嫁が恐れているからな

これが因果応報なのか、故郷に帰りたくても帰れないとおばしちゃんが泣くときその息子でも子供でも故郷を壊したのはお父さんやおじいちゃんなんだとなってしまう。
それでも別に知っている人は名取に家を建てて親を暮らせるように部屋まで作っているから薄情なわけでもないのである。
ただ故郷に住めなくなったとうことなのである。
その原因はたどればそういうことを作り出したものが親や祖父にあったとなる

つまりカルマというとき因果応報というとき自分だけ一代で作り出すものではない、祖父母であれ先祖が作り出しているものを次の代のものがその因果をカルマを受けるのであるそれは悪いカルマだけではない、いいカルマも受ける、原発だってではそれで稼いだ金で大学とかに行った人もいるだろう、子供も恩恵を受けていたからだ。
そしして子供は別に故郷を出て外で暮らしてもそれほど苦痛でもいなということがある
やはり一番苦しみを受けたのは親である。帰りたくても帰れないとおばあちゃんが泣いているときそうである。どうしてもなじんだところに年寄りは住みたいからである。
若い人はそういうことをあまり感じないからである。

そうはいっても今は原発事故がなくても全国に散らばり住むというとき故郷にいつまでも住めるとは限らない、実際に近くでも病気になり娘の所に都会に引き取られたとか普通にあるし増えているからだ。だからこれは原発事故があったからだけだともいえない、こうした社会状況も影響している。
ただ人間には必ずなんらかの因果応報が必ずある、カルマを受ける、それは個々人でもそうだしその地域でもそうである。
そういうことがあからさまに具体的に現れたのがこの辺だったのである。



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2017年01月05日

復興は今まであった価値を見直すこと (感謝しないことが大きな災いを呼ぶ-津波,原発事故がそれを示した)


復興は今まであった価値を見直すこと


(感謝しないことが大きな災いを呼ぶ-津波,原発事故がそれを示した)


人間は普通ありふれたもの普通にあるものに感謝しない、それを感じたの常磐線が5年半ぶり開通したときだった。バスは疲れるし嫌だった。5年半ぶりに乗ったら楽だった、そしてまた仙台が近くなったと思った。自分の場合は鉄道の旅が長いので思い入れがあったのも影響していた。
その時何を思ったのか?鉄道があることに通じたことがありがたいなと思ったことである
電車なら何も普通に走っている、それに感謝などしたことがないのである。
その時何か鉄道を運営しているJRとか運転手とか車掌まで感謝する対象になった。
この人たちが鉄道を動かしていてこうしてまた乗れるのだと思ったからだ。
その前にこの鉄道再建した人たち工事にかかわった人たちにも良くやってくれたと感謝した。これも今までにはありえないことだった。ただ電車賃が高いとかばかりで文句言うことが多かった。でも今はそういうことは思わない、何か感謝したということである。

つくづく人間は感謝しないというとき普通に当たり前にあるものに感謝しないのである。家族を自分は二人失った,そして介護を十年していた。
その時思ったことは自分が今まで食べていたものは食べれない、それより自分で食事を用意するとかなり大変だった。
そして母親が死んで今年の正月でも雑煮が食べられないのでコンビニでもちスープを食べた、これはたいしてうまくない、だいたいコンビニには調味料とか化学薬品が使っているから体に良くないのである。他にも食べられないものがあり悲しかった。
ただ自分の母親は別に料理が得意ではないがずっと食べていたものが食べられないことが悲しかった。
それは結局食べられなくなったからこそそう思ったのである。
要するに人間はありふれたもの当たり前にあるものを感謝しないのである。
失ってみてはじめてその価値がわかり感謝するのである。

だから故郷自体などあることを感謝している人などいないだろう。それは当たり前にあるものなのである。故郷がなくなるなど想像することもできないことだったのである。
それが失ったとき故郷の価値を知ったのである。
そういうことが人間には本当に多い。何か失ってみて本当の価値を知る
妻と長年暮らしていて死んだりするとそうである。その時空気のよう地存在したものの価値がわかる。

人間は失ってみてその価値を知る

人間はそういう性質をもっている、それは何でもそうなのである。
科学のこと技術のことに否定的発言をしたが鉄道も技術である。技術の恩恵も実際は大きいのである。試しに電気がなくなったらどうなるのか?車がなくなったらどうなるのか?
石油がなくなったらどうなるのか?そういうことがこの辺では一時的に本当に起きたのである。電気がないともうご飯もたけなくなり食べることすらできなくなる、すると電気に感謝するのである。だから別に電気を作る原発が悪いものとはならない
電気が悪いとはならない、技術が悪いものとはならない、それは人間の進歩の証しでもあった。技術によって新しい価値が産み出されたのである。
グーテンベルグの印刷機の発明で聖書が一般の人が読めるようになって宗教改革があったそれは技術の力であり技術が新しい価値を作り出したのである。
インターネットなどもそうである。そういうことは人類の歴史でいくらでもある。
人類の歴史は一つは技術革新の歴史だったからである。

その技術でも今回の鉄道の開通でわかったようにその技術がないとすると不便になる、だから車社会になったとき車がなくなったらどうなるのか?
車があることに人々は感謝するようになる、車が交通事故などでマイナス面も大きいのだがそのプラス面もそれにまさって大きいからである。
技術でも科学でもそれがなくなったとき本当の価値を知るのである。
でも一方でそうした技術の価値もそうだがその前に人間は本当に価値あるものを見失っていた。それが津波や原発事故でわかったのである。

●一匹の魚や一粒の米でも感謝しないと危険なことに

南の島々で古くからの災害としていわゆる、シガリナミ(海嘯)の記憶の最も印象強く残っているのは自然である。これがただ一尾の魚を尊敬するかせぬかによってさういう恐ろしい結果を生じたざとつ伝えるのは考えて見れば不思議なことである。
(柳田国男全集-五巻-もの言う魚)

漁業者が一尾の魚を尊敬するなど今は全くないだろう。一尾ばかりとったってなになるのだ。大量にとらなければ商売にならないとか常になっている。そして漁業では金にならない、だから跡継ぎもできない、これは農業でもそうである。一粒の米に感謝していた昔とは大違いである。常にどれだけの金になるのかが問題になる。それもやはり買うものが増えすぎたからそうなる。家もほしい車も欲しい電気製品も欲しい子供は大学まで出すのが普通だとなると常に金がかかるのが現代の生活だからである。
ただそこに大きな落とし穴があった。何か大事なものが見逃されていたのだ。

それは一尾の魚でも神からの贈り物であり一尾の魚をありがたく食べさせてもらう感謝の気持ちが喪失していた。このもの言う魚は神の使いであり危険を告知するものだったともとれる。自然からの何らかの警告として生き物もみるべきものがある。漁業権者にももらろん自分のような魚を食う方にもそうした意識は皆無になった。ただ金を出せば何でも食えるし必要なものは手に入るという感覚になってしまった。そこに人間の奢りが生まれていた。一尾の魚に一粒の米に感謝する心はない、ただ足りない足りないという嘆くだけだったのである。

現代というのはまず第一次産業となるのものが軽んじられた。だから当然漁業でも一匹の魚でも農業でも軽んじられた。全然金にならないものとしてその当事者もやりたくないと軽んじられた。ある者は親に農業だけはやるなと親に殴れたという、その人は原発や建築関係で働くようになった。
要するにそれほどまでに一匹の魚でも一粒の米でも大事にしなくなった。それはすべてがそうである。金になるかならないかですべてが決まる、金になりさえすればなんでもいいとさえなっている。原発もいいじゃないか金になるんだからとなっていた。
その危険性は地元でも問われることもなかった。

そして津波や原発で何が問われたのかというと一匹の魚や一粒の米に感謝しないことだったのである。
科学技術が極端に価値あるものとしたとき一匹の魚に一粒の米に感謝する心を失っていたのである。農業中心のときはそれは祭りとして神への奉納として継続されたものがあったそれは神に対しての感謝を示す祭りだったのである。
つまり逆の意味でそういう本来基本的に欠かせないもの、土や水や木でも汚染されたときその大事さを知ったのである。
そもそも放射能汚染で土も使えない、水も飲めない、木も使えないとなったらもうそこでは生活もできない、住むことすらできないのである。
でも大地に水に木に感謝したりする人はいなくなっていたのである。
だから親は農業だけは継ぐなと子供を殴ったとかまでなっていたのである。

●本来の価値を見直すことにより復興がある

河がうたっている
家畜をはなす若者
ふるさとの土を守れと
わかものは合唱する
黒い虹のかわりに
白い翼の鳩がふるさとの空に帰る日の歌を
河は夕映えを写す
河は星を写す
歴史をいろどる

真壁仁詩集

この詩のように本来その土地にもっていた価値を見直すことから復興がはじまる
何か価値あるものだったかを見直すことからはじまる。
それをこの辺では痛いほど感じさせられたからである。
土に水に空気にさえ感謝せねばならなくった。なぜなら空気も放射能に汚染されたからである。

でも以前としてそうした本来の価値はおとひめられている,金にならないものは価値ないものとされる。
いづれにしろ一匹の魚に一粒の米に感謝しないものは危険になっていたことである。
金にならない、金にならないというばかりで原発は金になるとなってそれで漁業のことなど考えない、東電にすぐに漁業権をうりわたして原発御殿を建てたのである。
そしてそれが津波で流された、まるでそれは一匹の魚を軽んじたために起きた天罰のようにも思える
それはここだげの話ではない、文明社会自体が一匹の魚を一粒の米を軽んじる社会になっているからだ。そこに危険性があった。

確かに鉄道が開通したとき感謝した。でも一方で一匹の魚に一粒の米に水に感謝しないことは危険なことだったのである。そこに神が見ていて罰を与えるとういことがある。
感謝しないということは神が与えたものを大事にしないということでもある。
電気というのは悪いものではない、でも基本的生活に不可欠なものこそ大事であり感謝すべきものだった。
だからもともとあったそうした基本的なものの価値を見直すことが復興のはじまりにもなる。

ふるさとの土を守れと
わかものは合唱する
黒い虹のかわりに
白い翼の鳩がふるさとの空に帰る日の歌を

まさにこれなのだ。土を守るというのは土に感謝することなのである。恵みを与える土に森に山に自然に感謝することなのである。
それは千年とか祭りとして継続されたことだがそれが見失われたのである。
いづれにしろ感謝しないこと本来の価値を見失うことは本当は相当に危険なことだったのである。
でも人間は当たり前にあるもの普通にあるものは大事にしないし感謝もしないのである。だから復興というとき何が復興なのか?
そうした本来あったもの価値を見直すことでもある。
だからこの辺が放射能で汚染されてもう食料も生産できないというとき様々な技術を導入してそれで復興を計るのはいいことなのか、技術は悪いものではない、でも原発事故で起きたように本来あったものの価値を見直さないとまた同じことが起きる
一匹の魚に一粒の米に感謝しないことは危険なことだったのである。
ここで起きたことは人類への文明の警告であり教訓だったのである。
だからここだけの問題ではない世界的文明の問題だったのである。


権利ばかり主張して感謝しない社会





タグ:感謝の心
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2016年12月31日

利害関係を離れないと公正に判断できない (原発事故問題もそうだった)


利害関係を離れないと公正に判断できない

(原発事故問題もそうだった)

人間は客観的に見ること公平に見ることが一番むずかしい。それで判断が誤る
利害関係にあるとまた公平に見れない、だから親族だと証人にはなれない。
人間はまず損得を考えて判断する、人間の関係も損か得かしかなくなる
それで金の切れ目が縁の切れ目になる。
みんなそういうことを嫌というほど経験しているだろう

この辺で原発事故で補償金でもめたのもそうである。
小高は南相馬市で一番もらっているのに浪江だと5千万多くもらっているとか今度は浪江は浪江で放射線量で分けられたから補償金も違っていてもめる
それで一体感が得られなくなった
南相馬市の場合は小高と原町と鹿島に分断された

自分は30キロをはずれていたが補償金は一人70万はもらった、でもそれだけである。
それか多いのか少ないのかはそれぞれの判断である。なぜなら隣の相馬市だと6万くらいしかもらっていないからだ。
自分も利害関係があり発言したから公正とはならなかったかもしれない
でもそうした利害関係からはずれる所にあり比較的客観的に公正に見れる場所にあった。これが原町だと結構もらっているじゃないかとなりなかなか発言しにくくなった。
それだけ利害関係になると公正に見れないし外からも見られないのである。

要するに人が人を裁けないのは公正に見れないからである。何かしら利害関係があり公正に見れない、国同士の争いでもすでにどこかの国に属していれば利害関係があり自分の国を正しいと見てしまうのである。
原発事故でも今でも東電は悪く言えないというときそれだけ原発で東電で働いていた人が多いからである。本当に聞いてみるとこんなに原発で働いていたのかと驚く
飯館村など関係ないと思ったが十個実際に比曽などで働いていた人がいたのである。
浪江の室原もそうだがそういう山の辺鄙な場所は働き場所を求めて原発でかえって働いていたのである。何しろ給料が高いからである。

自分は東電とは直接何の関係もしていない、でも報道関係では福島民報でも民友でも原発を推進する側であり東電から宣伝費ももらっていたのである。こうした報道関係はとても原発の危険性など追求できない、まずマスコミのほとんどが東電から宣伝費をもらっていたからその危険性を追求できなかったのである。
ただ新潟日報だけは巻町の原発に反対して作らせなかったとある。ここは本当に例外だったのである。でも現実にそういうことも報道関係でできたのである。

マスコミは公正に見て報道すべきでもそれができない、トランプ大統領になったときもそうである。公平に見ていないからそうなる。ヒラリー派から資金が流れていたからだともなるのか?ヒラリー派資金が豊富だった。トランプ派は少なかった。
宣伝ではヒラリーが格段に勝っていた、でも負けたというのは意外だったのである。

自分がある程度公正に原発事故で見れたと思うのはそういう場にいたからである。
利害関係がそれほどない、補償金もらっていない、30キロからもはずれている、何かそれで中立的立場が維持できたのである。
もし避難民になっていたら避難民を批判などできない、自分自身が避難民なのだから悪くは言えないのである。補償金だってもらたいとなってしまうからである。

ともかく人間は利害関係で判断を誤る、人間は損得から離れられないからである。
もし損得から離れていれば別に学者でなくてもそれほど知識がなくても普通の人でも意外と正しい判断できるかもしれない、つまり欲がないということが正しい判断になる
欲をもつとまた正しい判断ができなくなる
人間は欲から損得から離れられないから正しい判断ができないのである。

神が偏(かたよ)りり見ないというとき人間が必ず何かしらの利害関係の中で生きている、損得を離れてありえないからである。偏(かたよ)り見ないというときそれができるのは神だけだとなってまうのである。
科学者だって技術者だって原発は危険だと知っていたが政治家とかの圧力があり言えなかった。度々軽い事故があっても報告されない事もあった。
原発は常に隠されてきたのである。それが権力をもっていたからできたのである。
それが積み重なって大事故にもつながった。

だから報道の問題は争っていれば双方の言い分を本当は言わせる事である。
裁判ではともかく争っている当事者の言い分は言わせているからだ。
てもそういうことが社会で成されていない、マスコミは一方的報道でありマスコミが白黒を決める裁判官になっているのだ。
ただネットでは絶えずそれが本当なのとか言う、そうするとそれだけでもそのまま受け取らないという習慣が生まれたのである。今まではマスコミの報道に反論の余地などないからである。

いづれにしろ原発事故の失敗は後々の教訓になった。補償金問題が起きたのも広い範囲が被害にあうから狭い範囲で勝手にできるものではなかった。
そして事故になったからとその狭い範囲だけが特別扱いになったのも補償金をもらったのも問題になった。
もし広い範囲で決めていたら責任もうまれて共同して助け合うとういことにもなったろうそうなればまたその狭い範囲での補償はかなり少ないものとなるから事故になったら損だと原発は簡単には作れないとなっていただろう。
リスクが大きすひぎるからだ。リスクが大きいと株でも投資信託でもためらうからである外から見て原発事故の避難者をみて確かに被害が大きいとしても補償も手厚いからかえってねたみまで起きてしまったのである。

今年も延々と原発事故の追求をしてきた、来年もそうなのか?
来年は南相馬市では3月なのか、仮設には避難民がでる、そして復興住宅にまた浪江とかの人が多数入ってくるから変わってくる
だから原発事故の問題は廃炉に30年かかるとかプルトニウムが二万年消えないとかその先が長いのである。自分の生きている間だけでもこの問題は尾を引いて遂には死ぬがその後もつづいているのが原発事故だったのである。
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2016年12月28日

海は誰のものなのか? (原発事故で明らかになった漁業権者の権利の責任)


海は誰のものなのか?

(原発事故で明らかになった漁業権者の権利の責任)


原発事故というとき被害者の面が強調されるけど加害者でもあった。避難民となり故郷に住めなくなった人たちも被害者だけど加害者だったのである。
だから今になると国民が負担を強いられるから不満になる
原発でいい思いしたのにあんなに手厚い補償をされていいのかと批判される
それは富岡とか大熊とか双葉とかは特にそうなる。そこがまた一番被害が大きかったからである。でも恩恵も一番受けていたのである。
福島県だって被害者だけど恩恵は受けていた。

今になるとおかしなのは漁業権をもっていた漁業組合は最も恩恵を受けていたのである。自分は知らなかったけど原発御殿が港には建っていたのである
金の襖を作るために東京の職人を呼んだという話も今は伝説にもなる
なぜなら津波でみんな流されてしまったからである。
だから港に住む人がみんな恩恵を受けていないからここでもまたその日頃の不満が爆発して罰あたったんだという人さえいる

そもそも海を東電に売り渡すというけど海は誰のものなのか?
釣りする人も自由に釣りできないからその不満を言っていた。それも一理あったのである漁業資源の保護だったからわかるけどそうではない、海を権利として漁師がもってそれを売り渡した、そして多額の補償金をもらっていた。
だから海とか山とか大地でもそれが誰のものかとなるとそういうものを所有できるのかとなる
入会権とはそもそも個々人で所有できない、みんなで所有するということで生れた

ところが明治になると私的所有権認められて山も個人所有となり無数に分割されたのである。そうなると何かするにも公共の工事をするにもいちいち個人の許可をとり土地を買うようになる。それで災害のための工事するのがむずかしくなる
それで大きな自然災害を防ぐこともできないとまでなる
自然はそもそも私的に所有しにくいものである。なぜなら山でも大地でも海でも一定区画を所有できないのである。みんなそれらはつながっているからである。
そういうものを私的に所有させるようにしたのが明治以降なのである。

だからそれが極端化すると自分の家の海の前まで権利があるとして所有権を主張していたのである。そうすれば補償金が東電からもらえるからである。
この辺では避難区域になったところでは私道とかまで権利の対象になったのである。
こういうふうに私的所有が極端化したのが明治以降だった。
今でも農家では共有の志向があり共同作業をしている、そして農地は簡単に宅地にできない、売れないというとき土地がつながっているからである。
例えば水にしても山から流れて田んぼをうるおす、そして山が神となり春に里におりてくるというときそれは自然から生れた信仰である。
つまり江戸時代までは私的所有権はなかった自然は共有だったのである。

だから飯館村で除染なんからするより自分の土地を売って金にしたいという、それもわかる、除染がそんなに効果あるようにもみえないからである。
除染する代わりに金をもらえば一億とかにもなるからである。
でもそうなるとその空いた土地は誰のものになるのか?
国のものになったりするとき放射性物質の処理場として使われるかもしれない、すると土地はつながっているから南相馬市まで流れてくるからその土地は飯館村だけの問題ではない、飯館村だけで決められることでもない、現実に真野ダムに放射性物質が泥として堆積して下に南相馬市に流れてきているのである。
放射性物質のつまったフレコンバッグが破れて川に流れ出したこともあったように飯館村でも土地は切り離せないからそうなっているのである。

だからいくら漁業権をもっているからといって東電に売り渡して多額の補償金を得るということはまちがっていたのである。
つまりそうなら南相馬市だったら南相馬市民とか相馬市民とかいわき市民とかこれも全体で協議するべきものだった。
俺たちが漁業権をもっているんだ,市民は関係ないとなったことがまた問題だったのである。
ではそうなら漁業権者が今になれば一番責任があるのだから責任とれとまでなる
でも実際は何の責任もとらない、かえってまた立派な家を補償金で真っ先に建てたのが船主などであったのだ。
請戸の船主も相馬総合病院の特等室に入り家を建てると豪語していた
これも回りの人がどう思うだろうか?そういうことを全然考慮していないのである。

つまり今になると何か私的所有権を認めるのはいいとしてもそれは相当な責任が課せられていたのである。確かに東電に漁業権があり売り渡しても自由だとなる
ではその責任は誰がとるのか、私有権を主張した漁業組合がとれとなる
しかし実際は何にもとっていない、かえってさらに事故後も補償金は特別にもらいつづけているのである。
「この海は俺たちのものだ、俺たちが権利があるんだ、だから東電に売ろうが俺たちの自由だ」
でも今になるとその権利がある故に重い責任も課せられていたのである。
その責任も全くとらないということもおかしなことになった。

今の時代はともかくどんなことでも権利を主張する時代になった。民主主義はともかく権利を主張すること私的なものであれ何であれ権利を主張することこそが民主主義だと教えられてきたからである。
それはいいとしてその権利には責任が課せられていたのである。
一体、海でも所有して山でも所有してその責任がとれるのかとなる
だから漁業権でももし市民とかに範囲を広げて所有していれば東電に簡単に売り渡すことはできなかったかもしれない、でももし市民の合意で売り渡したならその責任は市民全部が負うことになる。
だから別に漁業権者だけが批判されることはないのである。
市民全部が共同でその責任を負うことになるからである。そういう覚悟で原発を作らせることになるからである。

いづれにしろ明治以降平等になったとき権利はみんな主張しても責任をとる人がいなくなったのである。
侍がいた時代は侍が責任をとった。平民には権利がなかったからである。
「言わず、聞かざる、見ざる」だったからである。
権利がないなら責任もないのである。でも権利があると重い責任が課せられていたのである。
だから侍は責任をとるとき切腹させられたのである。
たがら侍になりたくないという人もいた。それは責任があまりにも重いことを平民でも自覚していたからである。
今は平等でも権利は誰でも主張しても誰も責任はとらないのである。
戦争でもそうだったし国民に責任があるとなり誰も責任はとらない、でも結果的に国民が3百万人も死んだかのだから責任をとらされる
この辺の原発事故だってやはり市民が町民が村民が責任をとらされた
故郷にも住めなくなったということである。
人間はつくづく責任から逃れられないようになっていたのだ




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2016年12月26日

原発事故の避難対応が失敗した (小高は避難させず南相馬市の補償金は一律にすればよかった)


原発事故の避難対応が失敗した

(小高は避難させず南相馬市の補償金は一律にすればよかった)


まず30キロの避難にこだわった、それには科学的根拠があってもチェルノブエリとは違う、ここには人が昔から住んでいる場所でありそれを簡単に破壊することはできない所だったのである。
そういう事情があり30キロを補償範囲とするのも間違っていた。

まず南相馬市の一体感を保つために補償金は極力一律にすべきだった

小高を避難させたのは政府の方針だから南相馬市の市長の責任でもない、その政府の対応が誤ったのである。スピーディでも放射能がどこに流れるわかっていたのに浪江では津島の方に、一番線量が高い方に避難したのである。
浪江町には政府からも東電からも何の情報も入っていなかったのである。
ただでは東電では知らなかったかというと知っていたのである。
なぜなら東電の社員が津島の方に避難しては危ないといって街に引き返した方がいいと引き返した人たちもいたからである。

つまり東電の社員は放射性物質がどこに流れるのか知っていたのである。
その罪も大きい、だから小高が避難させたのは別に小高の町民の責任でもなかった。
南相馬市の責任でもなかった。政府の責任だったのである。その時は民主党だった。
民主党政権の事故の対応のまずさがあった。ただ原発はもともと自民党によって誘致されたものであり民主党はそれを引き継いだだけなのである。
だからなんらか民主党では新しいことはしにくかったのである。

それより最大の失敗は今になるとわかるが原発は30キロ圏だけではなく広範囲にかかわるものだった。だから原発を建てる土地所有者と県で決められたということ自体が考えられないことだったのである。
結果としてこれだけ広範囲に被害者は散って各地で仮設に暮らしたり今度は南相馬市では2000人くらいなのか復興住宅に入る、その数も多いのである。
今になって広範囲な地域を具体的にまきこむものが原発事故だということを知ったのである。
だから原発を建てるのだったらそれだけの広範囲の同意が必要だったのである。
そして同意したなら事故が起きたときでも互いに共同責任になる。
だから避難してきたとしても互いの共同責任だから文句は言えないとなる
でもその時は補償金はこんなにばらばらにはなりえないだろう。
その時から共同責任となれば補償金だって対等になるからである。
特に南相馬市では一部をのぞいて一律に補償金を支給すれば良かったのである。
小高を避難させてそこだけが特に高い補償金にする必要もなかったのである。

ただ自分がこういうのは結果論でありお前が事故当初でそう判断できたのかとなるとできない、自分は放射能のことなど知らないし何がなんだかわからなかったからである。
だから水素爆発したとき外を出歩いていたのである。
その時20マイクロシ-ベルにも一時なっていたのである。
つまり放射能のことを知らない、知らされてもいないということもあった。
ただ近くでも安全神話を作り安全だとしか教えていないからである。

ただ緊急の場合はたいがい対応があやまる、どうしていいのかわからないのである。
それは政府でも東電でもそうだった。それだけの専門家がいてもそういう対応ができなかった。人間は緊急の対応には弱いのである。
その対応があやまったのはあまりにも「安全神話」を自ら強固にしてしまったからである安全だ、安全だと言っているうちに自ら暗示にかかり安全だと科学者まで思うようになっていたかもしれない、科学的には完全に安全ということはなかった。
まるで題目でも念仏でも唱えているとそれで陶酔して心の安定を計っているカルト宗教団体とにていたところがあったのである。「安全、安全」と外にも内部でも絶えず唱えていたのである。それは逆に原発は一旦事故になったらこのように市町村すら崩壊するからである。科学者はそれを知っていたが口を噤んで御用学者になっていたのである。
でも確率的に百万年に一回の割合でしか起きないとか計算していたのである。
ここでも人間は計ることができない、神によって計られるのが人間なのである
そういう科学信仰の傲慢が神によって打ち砕かれたのである。

原発事故の教訓はここでは得られた、でもまた事故が起きるとしても違ったものになるからその対応は同じにはならない、ただここでの事故は参考にはなる。
事前に協議して広範囲で決定して共同責任をとるということである
そうしておけばそういう覚悟でしたのだから共同責任でありこんなに放射性物質の多寡で分断して争うということはなかっただろう。
責任はあくまでも共同で分担するということであり補償金もそうなっていたからである。そうなると大熊とか双葉とかですらそうなるからそんなに多くは補償金はもらえないとなる、するとどうなるのか、一段とそんな近くに建てるのはリスクが大きすぎるとその地元では反対運動が起きる、今のように手厚い補償は無理だとなるからだ。
そうすると今回は大熊とか双葉でも富岡でも手厚い補償があったがないとなると考えは全く変わる、そんなリスクをかかえるのはごめんだとなるのである。
そうするともうなかなか原発は建てられなくなるのである。

そもそも20兆円も事故の処理にかかること自体国民ではやめた方がいいと世論になっている。原発は金のかからないものではない、その反対であり莫大な負担を国民にも強いるものだったのである。地域だけではない国さえ滅びるような危険なものだったのである。
国の存亡がかかっていたのである。そういう意識が国民にもなかったのである。
今も50基もある原発は日本を滅ぼすかもしれない危険なものだったのである。
それでもやめられないのはなぜか?それは逆に核武装のために必要だとか国防のためにやめられないなにかがある。右翼は核武装論者であり原発支持だからである。
だから原発は火力発電所のようなものではない、国の存亡にかかわるものとしてやめられないとなる。
でも逆に事故が起きれば国が滅びるのである。
そういうことを国民は意識しなかった、でも20兆円も事故処理にかかるということで国民自体が原発を維持するのかとなると否定的になっている
原発はともかく恐るべき魔物だったのである。ただ国民でも地元でも自覚できなかったのである。 

それから原発は責任体制をとっていない、何でも責任があるとして学校でも事故が起きたら責任が問われるとか会社でもそうであり万一の責任をとるために備える
責任問題だでたらうるさいからである。医者でも責任をとらされるからその備えをしておく、保険をかけるのもそうである。
何か原発はそうした責任に備えていない、なぜなら安全神話を作り事故は日本では起きないとしていたからである。 
原発事故は交通事故とも飛行機事故とも鉄道の事故とも他の事故とも違う。
一回の事故は致命的になる、飛行機事故もそうだが人命を失うが原発事故とは違う。
原発事故は土とか空気とか水が基本的な生活のベースが失われ住めなくなる
人命を失わなくても住めなくなるのだから甚大だとなる。
結局原発の責任をとるのは国民なのである。20兆円払うのは東電だけではない、国民なのである。責任は国民にあったとなるからそうなる
原発を容認したのは国民だからとなってしまう。だから国民も反省しなければならない問題だったのである。











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原発事故の自主避難者と小高はにている (放射線量は低いのに帰らない)


  原発事故の自主避難者と小高はにている

  (放射線量は低いのに帰らない)

福島に住むのも自由だし 戻らず避難先に永住するのもその人達の自由だから。
自主避難者ばかり サポートを付けるのはちょっと本来不公平な事でもありますよね。本来福島県のお金は 福島を復興させるために使うのが妥当だと思うし

避難していない人達は なんのサポートもなく自力で生活しているわけだから そろそろ自主避難した人達には自立してもらわないと

打ち切るのは当然・・そのお金は県内の復興の為に使うべきです

出て行った人に使うものではないと思います。請求するなら東電へ個人的に訴訟を起こすべきでは?

福島に戻る気もないのなら 各避難先に永住すべき!

↑自主避難者の方々は 福島県内でも線量の低い地域の人達ですよ?

実際の線量は0.1μsv/h以下です。放射線管理区域よりはるかに低い線量です。レントゲン1回取ったり 飛行機で海外へ行った方が福島にいるより被ばくします。


自主避難者というのもわかりにくい、ええ、まだいたのという感じである。
最初から自主避難者は地元でも批判されていた。それが5年すぎてもまだいるということは福島県民でも何か普通ではないと感じる

とにかく放射能が放射脳と言われるように放射能に過敏になればきりがない、またそれを責めるとお前は放射能のことを知っているのかとなりめんどうになる。
子供を守るために母親が必死なのにそんなこと言えるのかとなる
この放射能問題だからめんどうなのである。

小高でもそうである。俺たちは被害者であり高い補償金をもらうのは当然である。俺たちは同情されるのが当然である。故郷に住めなくなったのだからと確かにその精神的被害が大きかった。でもそれを言うときりがなくなるのである。

小高の人でも自主避難者を批判するこの人のようになっている
そもそも復興とはなになのかわからないのだ

個々人の復興→避難区域から出て自分の家を建てる

故郷の復興→故郷に住みつづけて復興する

この二つに分かれる、だからこの人は避難区域から出た人は
避難していない人達は なんのサポートもなく自力で生活しているわけだから そろそろ自主避難した人達には自立してもらわないと

こうなる、でも避難者は土地をもっていればその土地の賠償を要求するしその土地に住んでいたことで賠償を請求する、しかしもう故郷には住まないのである。
実際は放射線量が低い場所でも住まないで外に出たのである。小高などはこの辺と変わりないからである。
そして復興復興と言うけと肝心のそこに住む人がその町をになう若い人が流出したのである。
だから過剰な補償金をもらった結果、それを資金にしてみんな肝心の復興すべき故郷を捨てたのである。
もし補償金の額が少ないのなら、もう苦しくてもここで生活する他ないとなっていたかもしれない、でも補償金も多くもらった結果その資金で外に出て家を建てた方がいいとなったのである。

だから何のための補償金かもわからなくなった。故郷を復興させるためではない補償金が支払われたのである。
この辺はみんな補償金のことしか頭になくなったのである。
小高でも浪江は5000万以上ここよりもらっているとか浪江は浪江では補償金の額があっちは多いとかもめているのである。
何か故郷をなんとかこうして復興させるという声がほとんどないのである。
ただ補償金をもっと欲しいしかないのである。

ただ小高の場合は国の支持が間違っていた。三〇キロ圏内で区切り避難させたことがそもそもの間違いだったのである。ただ間違いといってもその時は判断することがむずかしかった。でも5年は長すぎたのである。3年くらいでも良かったのである。3年でも長かかったのである。そのうちだんだん帰る人がへっていったのである。
原発事故では避難するにもスピーディが機能しないとか政府とか東電が適切に判断しないことがこうしてあとあとまで地元民を混乱させたのである。

そしてなぜ原発避難者が批判されるのか?それは国民であれ周辺のものであれ負担を強いられるからである。
何も補償金もらっても消費しているから地元の人も助けているのよと仮設に住んでいる人がいう、それも補償金のせいだったのである。
消費者は王様だというのが社会にしても避難されてきた土地では負担になっている
病院でも福祉関係でもいわき市では数が多いからパニックになったのである。
鹿島区だってそれほどでないにしろそういうことはあった、避難先ではなにかしら負担になったことがあった。消費してくれるからいいとだけではなかったのである。

だから今度浪江の人などが相当二千人以上くらい南相馬市の復興住宅に入る
すると何が起こるのか?人口は増えるから消費は増える、でも一方で医療とか福祉関係は負担が増える、看護師不足でもあり病人が増えれば対応しきれなくなる
ただ移ってくる人でも看護師もいるから補充されることはある。
ただ近くの復興住宅に移る浪江の人も病気で医者の心配をしていた。
南相馬市に移り住む人はまた老人が多いしそういう人は病気もちがまた多いのである。
そうなるとますます市が高齢化して医療や介護などの負担が増えることになるのである。一般的に老人は60以上になると生産的活動はしない、そして補償金頼みの人もいるがそれも浪江だと打ち切られる、そうなるとどうして生活するのか?
小高の遊び人は生活保護だと言っていた。するとそれも市や国の負担になるのである。

人間つくづくかわいそうだと同情するのは悪いことではない、でも実際にそういってでは障害児を世話してくれとか老人を病人を介護してくれとなるととてもできない
金をだせといってもそれだって簡単にはできない
口でかわいそうだとは言えても実際に世話するとなると負担になるからできない
つまり補償金がもらえなくなった人は60以上が多くそうなりやすいのである。
生産活動しないから市町村の負担になってくる。
でも俺たちは被害者なのだとは強くこの五年ですりこまれたからそれも当然だと思う人が多い、それは権利だとまである。第一生活保護は今は権利なのである。
だからその権利を主張するのが当然だとなる、特に原発被害者などはそれを堂々と主張できる。俺たちは被害者なのだと迫れば受け入れられるからだ。
結局仮設に住んでいた五年でもほとんどの人はギャンブルとかで遊んでいたのである。
その五年間は他人まかせであり関心があるのは故郷の復興ではない、補償金だけだったのである。

だから復興というとき本当にむずかしい、復興するといってもその意欲もなくなっている放射能問題もやっかいでありそれを言われるとそれが理由になり反対もできない
何かそうしていろいろな悪条件で復興することがむずかしくなったのである。
南相馬市でも小高が復興しないと負担になるから復興してくれといっても帰るのは老人がほとんどである、ただ自分たちは被害者だとなりその権利を主張するだけだとなる
それもまた正当化されるから批判もできない、結果的にいづれにしろ負担が増えて負担を背負わねばならない人がでてくる。
それがすぐにではなく徐々に市民が町民が村民が感じてくるものだろう。
生産しないとなると税金も入らないし自治体の財政だって苦しくなってゆく
今は補償金とか国とかの援助があるけどいつまでもつづくものではない
だからこれから五年後とか10年後はさらに厳しいものとして現れる
その頃まで生きるとなるとここでは相当に苦しいとなるかもしれない。
夕張のようになってゆく恐怖がある。それは少子高齢化でそうなってゆく゛限界集落化してゆく、それがこの辺では極端になり現れ早めにそうなってゆく恐怖なのである。






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2016年12月22日

シリア難民と原発避難民はやはりにている面はある


シリア難民と原発避難民はやはりにている面はある


シリア難民と原発避難民は根本的に違うというのもある。でもにているところもある
シリア難民に関してはネットでは

なぜ自分たちの国なのに自分たちで守らないで他国に避難するのか?

命懸けで自分の国を守るために戦いという人もいる、でも命懸けで避難して実際に海で死んでいる人もいるのだからそれほどにして国を脱出するということは事態があまりにも深刻だからとなる

原発避難者に関してもなぜ自分たちの町なのに故郷なのに守らないのか?

なぜみんな脱出してしまうのか?そして補償金だげは要求する
その補償金で何をするのかというとき他に脱出して故郷を捨てて家を建ててそこで新しくはじめるのである。
補償金をもらって自分たちの故郷に住み復興するならわかるがその補償金は町に住んで復興することではない、他に脱出してそこで新しくはじめるための資金なのである。
だから何が復興なのかわからなくなる

そもそも故郷は何なのかとか国は何なのかということは普通はわからない、当たり前にあるものだからである。そんなこと普通は問わない
つまり故郷とか国となると故郷を失うとか国を失うとかそうしたぎりぎりの状態にならないと意識しないしわからないのである。

誰も普通は故郷を失うとか国を失うとか経験できないからである。
でもシリアなどでは実際に起きていることである。
そこで避難民とドイツの住民とが争っているのは対立が生れたのはこの辺の状況とはにている。なんだあいつらよその国からきたのに問題を起こしている
なんであいつらの援助をしなければとならないんだとなる
現実にテロも起きて人も死んでいる、そうしたらその対立は深刻になる

ここではそういう深刻さはないけどなんで自分たちの故郷を自分たちで守らないのだとはなる、小高の場合は原町や鹿島や他に移っても南相馬市民だからまた移り安いということがあった。小高の事情と他の避難した町の事情は違っている

シリア難民とは比べることはできないとしてもにている面はあるのだ。
そもそも故郷でも国でもそこに住んでいる人が守らないとしたら誰が守るのか?
国でも日本を守るのは最後は日本人しかない、アメリカ人が守ってくれるわけではない、最後は日本人が命懸けで守るほかなくなる、そうしなければ国は滅びる
するとシリア難民のようになってしまうのである。

補償金をもらったからそれを資金にして他に移り住む、もう小高とは関係ないとなっているのが変なのである。
復興復興というけど個々人にとってはそれが復興になっているのだ。
だからとにかく補償金だけはもらえるだけもらうとなっている
それは別に小高に住んで復興するためでもない
現実に名取辺りに若い人が家を建て住んだ、その家に親を住まわせる部屋まで作ったから一緒に住んでくれと言われているという、でもその老人は小高の復興住宅に住んでいるのである。老人は慣れ親しんだ町に住んでいたいからそうなっている
でも結局はやがて介護状態になったりしたら子供がひきとるようになるだろう。

自分たちが被害者だ被害者だとだからなんでも許される、被害者だから補償金も当然もらえる、小高ではなく他に住んでももらえるのは当然である。放射能で住めなくなった被害者なのだから当然だとなる
でもその放射能にしても線量は小高の場合,この辺と変わりなく低いのである。山の方では高いところがあっても全般的に低いからそこは住めない地域ではない
要するに小高に住もうが住まないでも同じ被害者として訴えるだけなのである。
小高に住む人ならある程度は理解できるが被害者だから他に移りそこで補償金を要求しているというのも理解できないのである。

シリア難民ならそこに故郷に国に住むことが命懸けになる、だからこそ命懸けで避難している,小高だったら放射能もこの辺とさほど変わらない,命の危険があるわけでもないでも帰らないのである。
それでも自分たちの国だから自分たちで守れという人がいる

だから原発避難民と地元で摩擦が起きたのはシリア難民ともにている
ただ小高以外は線量が高いからまた事情が違っている
そして難民はシリアだけではないアフガニスタンからパキスタンからいろいろな貧乏な国からきているのである。
そういう人たちが不満でテロを起す、それもお前らはお前らの国ににいて豊かになる方法を見いだせ、平和になる方法を見いだせともなる
他の国に来て不満だからとテロをしていいいのかとなる
そんな人を受け入れられるのかともなる

ただこの辺では原発避難者様になっている、そしてNHKでもなんで原発避難者を受け入れた人たちが文句を言うのだとなる。
それはいわき市で二万人も避難したから極端になり嫌がらせにもなるのも当然なのであるそれで逆に右翼のテロにもなる。それもシリア難民とにているのである。
ただシリア難民は命がけで脱出してきたのは違っている
そのシリア難民を擁護することはNHKが原発避難者を擁護する放送したのとにている

なんで原発避難者を批判するのだ、受け入れないのだとなる

避難民を受け入れたドイツであれ非難される、ただ違うのはシリア難民が生きる死ぬかの選択でありここでは安易だから違っているとなる
ただこうした摩擦が起きているのはやはり何かにているのである。
あんな過酷な状態でもお前たちの国はお前たちで守れと言う人がいる
そしたら小高などは放射線量も低いのだからそう言われたらみんなもどるだろう。
でももどらないというのが納得がいかないと外から見るのである。
そして他に移り住んだ人も被害者だ被害者だとして援助してくれとなっているのもおかしいのである。


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2016年12月21日

紛争地、事件現場とかに侵入する記者の危険 (事実は語れてもどっちかに味方することは危険)


紛争地、事件現場とかに侵入する記者の危険


(事実は語れてもどっちかに味方することは危険)


シリアとか取材に行って人質になって残酷に殺された人がいるけどその時、盛んに自己責任だ日本政府では金を払う必要がないと世論でもなった。
そんな危険な所に行くべきではないしそのために日本国民の税金を払うべきではないとなった。
確かにその現状を知らせる人が必要ではある。でもそういう場に入っても何がなんだかわからなくななるだろう。
それは別にそうした大事件ではない、世界的なものでなくてもみんな個人的に経験しているだろう。もめごとが争いがあるときその当事者になると何が起きたのか訳わからなくなる、そういうことを自分も経験している
急激に交通事故で死んだけどそこには様々な事情がありそれが理解できなかったのであるそれがまた離婚したばかりだとか運送会社で働いていたとかそれも複雑であり何か起きていたのかわからなかったのである。
そういう時判断することができない、結局得したのは弁護士が仲介に頼んだが何もしていない、百万で頼んだが実際に交渉したのは保険会社の人だった。
弁護士は裁判もなにもしない、ただ百万を受け取っただげだった。

もう一つは親戚でも最初は母親と娘がいて母親がひどい人だと思っていた。実際は娘が母親を虐待していたのである。全く逆だったのである。その娘は自分の家にきてとんでもない人間であったことがわかった。それは信じられない人間になっていたのである。
これは長い間交際をしていないからそうなった、どういう事情になっていたのかわからなくなっていたのである。時間がたつと事情が変わってしまうのである。
だから何かもめごとがあると争いがあったら両方の言い分を聞くことが鉄則である。
裁判で双方の言い分を言わせることでもわかる。
喧嘩両成敗なのである。喧嘩になるには何か双方に原因がある。一方的に聞いていると必ず判断を間違い,仲裁に入ってもその人が危険になり傷つく

だから取材というのもNHKでもここでは原発避難者を一方的に味方する放送だったと思うここでは津波の被害者もいるし両方の被害を受けた人もいる。複雑であるからこそどっちかの味方につくことは危険である。
そもそもシリアのような所ではもう踏み入れたらそこは何がなんだかわからない世界である。その現場に行ってももう何かを理解することはできない、ただ事実は報道できる
誰かが殺された、何人死んだとか、家が壊されたとか、そこに起きた事実は冷静に見て報道できる。でも誰が悪いかの何の原因なのかとそうしたことは簡単に報告することは無理である。それはもはやあきらめるほかない。

だから何か事件の現場でも紛争地でも第三者が入ることは危険になる。
何か伝えねばならないんだといってもその土地のことは簡単にわからないし紛争にまきこまれることになる、それが日本政府にも影響してくる。身代金を要求されるからである。何か伝えねばならないということはある、でもそれが日本国民にどうしても必要な情報なのかとなるとそうでもない、むしろ日本国民を危険に陥れる方になる
それはこの辺の原発事故周辺で起きていた。
何かそういう意図は放送では明確ではないから注意もしない人も多かった。
それはもしかしたら自分だけかもしれないとなる

相馬市のトマト農家に飯館村の人が働かせてくれと頼んだが断られた、相馬市でも津波の被害が大きいから津波の被害者が優先だとしてそうなった。
飯館村は同情すべきでも補償金をもらっているしその額も大きいのである。
相馬市の津波の被害者は補償金はゼロだから不満が大きいのである。
そういうことを考慮すれば別にその相馬市のトマト農家を批判すべきものでない
むしろ適切な判断をしたのである。
そして働きたかったら原発避難者こそボランティアでやるべきだと自分は言った。
補償金をもらい余裕があり病気でもない普通の体ならできるからだ。
それなのにギャンブルに興じているだけだったら原発避難者の方が批判されるべきなのである。
これには放送するNHKの意図があるのが見えにくいでも何か上の人の命令でしているというときその意図があり原発避難者側について放送していたのである。
そういう意図が上の人で決まっていて取材して編集して放送したのである。
トマト農家の言い分は放送していないからである。他の人の言い分も聞いていないし言わせないからである。

他でも浪江の工場経営の社長が前に仕事をしていた仲間が仕事をくれないいうときもそうである。
工場経営とかなると億の金をもらったかもしれない、そういう人が仕事をくれというとき仕事をくれないとテレビで訴えていかにも仕事をくれない前の仲間が冷たいとか悪いというふうに放送していたことになる。
双方に言い分がある、だから一方的に味方した放送は裁判官になっていたのである。
双方の言い分を言わせないからである。マスコミにばそういうことが多いのである。
マスコミが取捨選択して編集して自分たちの意図を通した発言をさせているのである。
ネットだと問題があるにしろ誰でも発言権はある、でもマスコミにはマスコミの意図にそったものしか発言できない、そこにかえって不満になり対立が深まるとなる。
NHKでそうしたことを全国報道することは影響が大きいのである。
全国の人に回りの人はなぜ原発避難者に冷たいのだとすりこまれるのである。

でも現場の事情は複雑なのである。だからマスコミのNHKの意図したことを報道するのではなく事実を報道することが報道の基本にある。
つまりこの辺の事実はどうなのかである。原発避難者に補償金で不満な人がいるとかは事実である。そういう事実を隠すことはできない、原発避難者にとってはそう放送されれば自分たちの不満を言わせてもらって良かった、見ろ、NHKでもそう思って全国に放送しているのだとなる、でもそれが本当に良かったのかとなると原発避難者に不満な人たちも現実に一緒に住んでいるのだからそうはならない、それでNHKがそう発言させてくれて全国にも放送したのだから回りのものを従うべきだ、原発避難者に文句を言うなとなる。
でもそれで解決するかとなるとならない、不満が鬱積してくるだけだとなる
そしてそのことで原発避難者は思いあがり原発避難者を批判すると誰もお前のような奴はいない,みんなが全国民も原発避難者に同情しているとかなる

そして極端になればギャンブルしようが何しようが補償金はもらって当然だとなる。
被害者なんだからどれだけ被害かあったのかわかるかとなりそれを言い続けることになる被害者特権化する。何でも容認されるとまでなる。俺たち避難者様に何も言うなとなる。そういうことを助長することにもなったのが今回のNHKの放送である。
津波の被害者は別にして原発避難者に対してボランティアでも一見いいようでもそれを助長していた。避難者は助けられるべきものでありそれが当然であると思いこむようになった。もちろん原発避難者の被害は大きいし深刻なことは書いた。
それとこれはまた違った問題になっていたのである。
ただNHKではそれだけではない、復興のために努力している人のことを放送している。
他にも復興のために寄与する放送はいろいろとしているのである。

鹿島出身の議員が小高の人を応援していた。それで選挙になればその人にいれる、同じ南相馬市民だからそれは自由である。
その時、その女性は鹿島の人がみんなやはり原発避難者を応援していると思っていたのである。それで私たちは鹿島では消費しているから鹿島の人も助かっていると言っていたのである。そういうことはあっても何か納得いかないだろう。
自分はその時介護や自分の病気で四苦八苦していたから余計に不満になったのである。
自分も苦しんでいるのに誰も助けるものがいなかったから腹ただしくなっていたのである

ただ自分は三回くらいそうして原発避難者と対立した事態がありその時必ず原発避難者側にたって放送していたのである。
いわき市とかで復興団地に入って地元の人が仲間に入れてくれないというときではそういう放送をして原発避難者側についた放送をしてその地元の人が納得するかというとしないだろう。NHKがそうしたのだから従うほかないとならないだろう。
ますます反発するということもある。
だから自分が原発避難者の方がボランティアやれと言ったのである
何か被害者だ、被害者だと特権のみをいい俺たちは同情されるべきであり援助されるべきでありしかない、ギャンブルして遊んでいようがそうである。
俺たちに文句言う奴は許せない、NHKでもそう放送している、全国民がそう思っているからそんな奴は許せない、糾弾すべきだとなる

そういうふうに思いあがらせたということがNHKの放送でもあったのである。
ただそれが気づきにくいことがあったからそれに何も言わない人が普通だろう
そして奇妙なのは小高の人たちがどうなっているのか?若い人は流出して帰ってこない
小高の復興が誰がするのか?外部の人でありボランティアなのかとなってしまう。
小高の人は被害者として補償金だけは要求する、それも当然だと思っている
それで原町であれ小高であれ新地であれ家を建てている
小高はというと老人が帰り一割も帰らない、その復興は誰がするのですか?
それは外部の人でありボランティアでしろとまで極端になればなってしまう。
だからボランティアにきてそういうことを知り怒っていた人がいたのも当然である。
お前らの街なんだからお前らで復興しろというのも当然なのである。
ボランティアはあくまでもその手助けをするだけである。
その主役がボランティアになったら変なのである。そのまま小高に住んでくれるならいいがみんな帰ってゆくからである。

だから紛争地では一方の言い分をだけを聞いているのは危険になるのである。
もしシリアとか戦争状態にあるような所で一方の言い分だけを聞いて放送していたら身も危険になる。ここではそういうことはないにしてもそうした一方的報道に不満が内向してゆく、それはNHKへの不満にもなりシリアような所になると攻撃さえされるようになる。
紛争地では裁判でも必ず殺人犯ですらその言い分を言わせているのである。
だからマスコミがNHKでも裁判官になって判決しているのはおかしいのである。
別に報道は自由だとなりNHKでもマスコミも一会社だから何を報道していいともなる
でもNHKでもマスコミでも地方新聞でさえ一つの権力機関である。
インターネットとなどとは違う、だから福島民報でも民友でも公共の放送機関のように見えてしまうのである。でも一私的営利機関であり自分たちが損するようなことはしない
別に新聞をとらなくてもいいからだ。でもNHKだと強制的に受信料を徴収している。
これもだからNHKがどういう機関なのか問題になる。一私的営利機関の報道会社なら別に問題がない、ではなぜ強制的に徴収しているのかとなる
別にNHKが勝手な私的営利追求しているだけではない、国民に役立つ放送はしているのである。ただそこには他でも不満を言う人がいるように逸脱した放送がある。


当時の政府はお金持ちから受信料を取って情報インフラの整備を図ったのです。
なので放送法にある「NHKが映るテレビがあったら受信料支払いの契約をしなさい」と言う法律は決しておかしくはなかったのです。

NHKはテレビを普及するために最初に必要だったからそうなった。今はテレビだけの時代ではない、インターネットもスマホも普及したからなぜ強制的に受信料をとられるのかが問題になる。
もし私的営利企業だったらその会社の方針で放送することにも文句は言えないかもしれない。NHKが何か国営放送のように錯覚している人もいるのである。
NHKの言うことなら確かだ、NHKの言うことは国民の声なのだと思っている人がいる
それは別に地方新聞などでもそうである。それだけまだマスコミは力をもっている
フログなどだと一私人のたわいもない発言にすぎないとされることがある。
テレビとか新聞を通じて発言されると何か重要度が違って見えるのである。
NHKが特にそうだから問題にされる、ただ今回の自分の発言には反発する人もいる。
だから自分がすべて正しいとはならない、ただ地元だから自分の事情も関係していたし発言したのである。
タグ:記者の危険
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2016年12月20日

なぜ原発避難者を批判するのか? (全国民が注視していることを知るべき)


なぜ原発避難者を批判するのか?


(全国民が注視していることを知るべき)


お前はなぜ地元なのに原発避難者を批判するのか?そういう疑問も自分にもあった。
そんなことあえて言う必要もない、事をめんどうにするだけだ。
お前も補償金をもっともらいただけだろう。それで不満でそんなにこだわるのだろう。
自分は補償金にはそれほどこだわらない、地元で相当にこだわっている人たちがいる
貧乏な人はこだわる、でも自分が追求しているのは金のためではない

今回批判したNHKの放送など誰も自分のように見ていないかもしれない、原発避難者は被害者でありそれは当然だと見ている人が地元でも全国民でもそうかもしれない、国民といっても見方は意見はいろいろあるからだ。
人間意見を言ったらきりがない、意見は百人百様あるからだ。
それより事実とかその物事に問題があればその知識だという人もいる
何か事件でも問題は事実を知ることが先だとなる、その肝心の事実関係がわからないのである。それでマスコミではその事実とか知識を深めるよりマスコミの意見を言うからその意見に左右される
右でも左でも意見を言う、その時事実がないがしろにされる

この辺で事実というとき何か事実なのか?一番重要な事実なのか?
それは地元でもそうだが常に話題になるのは補償金の額である。
それは避難区域になって避難した人たちもそうであり放射線量で細かく分けられたので複雑になった。
自分の事実として一人七〇万であり二人だからその他で一五〇万はもらっている。
これは事実なのである。この額をどう判断するかは国民にまかされる、高いと思う人もいるしそれくらいかと思う人もいる。
南相馬市は小高区では避難区域で住めなくなったから高い、原町も三〇キロ圏内たから高いのである。その額がどうなっているかと事実はどうなるかというともう一つはっきりしない。
原町の人にいくらもらっていると聞いても教える人はいないからだ。

ただ避難者の額はそもそも桁違いである。医者は無料介護は優先高速は無料とか避難区域に帰宅する度に何万とか金が支払われていた。
ある人は小高だがどうも請戸の船主であり八人とか家族がいて着きに一五〇万もらっていたとかなる。船主は事故前も事故後も漁業権を東電に売り渡したからもらっていたのである。船主が五〇〇〇万で舟子が三〇〇〇万とかは事実だろう。
だからたいだい船主はすぐに新しい立派な家を建てたのである。
それもいいじゃないかとか意見はそれぞれにある。ただそういう事実があるということをまず知る必要がある、そのあとに意見がある。
要するにまず事実の重みを知ることである。国民でも金には関心があるからだ。

「事実は小説より奇なり」というとき本当にそうである。今回の津波でこんなことが起こるのかという事実に驚いたのである。事実こそ驚くべき事なのである。
歴史だって事実が驚くべきものなのである。戦争で三〇〇万人死んだというのは事実なのである。だからまず事実を知り事実の知識を深めることが大事になる
その事実を知ってそれぞれの理解があり意見がある、その判断はマスコミでするべきものではなく明確な事実を提供するのがマスコミの役割なのでありマスコミの意見は言うべきではとないのである。
だからまずニュースなら事実を知らせるべきでありマスコミは意見言いつ判断するべきではない、でも実際はマスコミで判断して国民はそれに従う、マスコミが世論を形成するのである。

原発避難者に対しても実際はいろんな見方がある、あれだけの被害があったから一億円もらってもたりないからいいじゃないかという人もいるしなんであんなにもらっているんだ、あいつらは原発で得していたのに事故後ももらっているから勝ち組だなと言う人もいるしいろいろなのである。
でも今回問題にしたNHKの放送は原発避難者寄りになっていた。それは上の人がNHKで方針を決めて作ったからそうなった。
それを見て気づかない人もいるしそれはそれでいいじゃないかと見ている人もいる
ただNHKは最初から事実を伝えるのではなく意見をもっていて番組を制作していた。
「最初に事実ありき」ではなく「最初に意見、判断、評価ありき」だったのである。
だから最初に自分たちの意見、判断、評価があって番組は作られていたのである。

ではなぜ自分が原発避難者を責めるのか?それは原発は国民全員の問題であり世界的な問題ですらあった。たから全国民が福島県であれその被害地を注視しているからである。
例えば原発避難民が多額の補償金で毎日ギャンブルでパチンコで遊んでいるとか報道される、それは嘘ではない事実なのである。
そうすると国民はどうみるのか?あいつらは原発を誘致していい思いしてきたのにその後もいくらでも補償金をもらうおうとしている、それは俺たち国民の税金なんだよ、腹正しいとなるからだ。そう思っている人の方が多いが公にはなかなか言わないということがあった。でも腹の中ではそう思っているから子供のいじめとかになった。

だからNHKでも避難者側にたつとそれが国民の世論なのだと錯覚しやすいのである。NHKの影響はそれだけ大きいのである。すると原発避難者は思いあがるのである。
もちろんNHKがすべて悪いのではない、NHKの報道もいろいろあり復興に寄与する報道や番組作りをしているし原発の危険性を言っている
では自分が原発避難者をなぜ批判するのだ、地元なのになぜ批判するのだとかなる
でも全国民が注視しているということを知るべきなのである。
一方でもしさほど補償金ももらえず何か一生懸命復興に勤めているとすると苦しんでいるとすると国民も原発事故はひどいな、こんなに苦しめるのかとかなる
そして原発はない方がいいとなる、でも今の被害者をみたらどう思うのか?
原発は結構地元の人にとっては事故前も後もいいものだったじゃないかとなる

うがった見方をすれば何兆円も補償金をばらまき原発を作った上の人たちの責任をあいまいにするその責任の矛先を馬鹿高い補償金をもらう原発の被害者に避難民に向けさせる魂胆があるのかともなる、実際そうなっているからだ。何か肝心の責任者のことは国民が追求しないのである。そのことは避難民に問題があったからである。
原発避難者でも被害者でも福島県でもただ賠償金を要求するだけでも良くなかった。
それは国民の税金の負担となりそれで国民が不満になるからだ。
ただこんなに20兆円もかかる原発なんてやめろという世論にもなった。
だから実際は補償金問題も複雑なのである。

だから原発の問題は全国民が注視している、世界的にも影響している、そういうことを感じないといけないが実際は補償金をもらったんだから別にギャンブルしようがなにしようが勝手だとはならないのである。そういう自覚がないのが困るのである。
そのことを言うとまたお前は冷たい奴だとかなり地元の人でも嫌がられる
でもこれは地元だけの問題ではなかった。全国民の問題であり世界的でもあった問題なのである。原発は世界中にあるからそうなる。
だから何かこの辺は政治としても具体的に関心をもつし世界的にもなり国際的にもなるというのもそうである。それだけ原発事故の影響は大きかったのである。

地元の問題でも被害者側でももともと原発は大熊とか双葉とか富岡とか立地した所だけの問題ではない、広い範囲がかかわる問題だった。
狭い範囲で決めたことにそもそもの問題があった。それが今の補償金とか事故後の処理に影響している。なぜなら今度は復興住宅に仮設から大熊であれ浪江であれ移ってきているからである。
原町の雲雀が原にある、復興のビルは五階建てでありこの辺では驚く高さである。
それも並び立っているから威容である。そんなに住む人がいるのか移る人がいるのかとなる、それは県営住宅であり県で建てたものである。
原町のスーパキクチの隣の三階建ての団地は浪江の人が多い。
今になると南相馬市でも原発事故もこんなに影響するのかとみる、事故前も飯館村の
比曽の人も原発で働いていた。それだけ事故前も原発の影響がこの辺では大きかったのである。 だから狭い地域で考えるものではなかった。
いわき市では二万人が移住して家を建てたというときその影響はあまりにも大きく避難者への嫌がらせがあった。
二万人も移住すればどうなるのか、もともとの自治体は混乱状態になる。
だからそもそも原発はいわき市でもそうだが三〇キロはずれていても一旦事故になれば広い範囲をまきこむのである。そしてその責任もその広い範囲にかかってくる問題だったのである。
だからこそそれは福島県だけの問題でもないし全国的な問題であり全国民が注視しているから自分は地元だけとあえて原発避難民を批判したのである。
タグ:原発避難者
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2016年12月19日

情報は権力によって操作される (トップダウン型とボトムアップ型の情報)


情報は権力によって操作される

(トップダウン型とボトムアップ型の情報)

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●トップダウン型情報操作

情報摂取の方法はこれまではトップダウンしかない、マスコミのみが報道する権利をもっていたからである。
だから大衆はマスコミに操作される、権力者はマスコミをおさえればいいいとなる
それで東電と政府は安全神話を形成しやすかったのである。
マスコミ金さえつかましておけばいいとなっていたからである。
それで安全神話は強固に作られていたのである。

つまり情報はトップダウン型になる、権力者がいてその方針に従わせるように情報を操作するのである。
安全神話でもそうである。原発を危険だと言わせないように情報操作する
ほとんどのマスコミがそうなっていたのである。
福島県でも民報でも民友でも原発安全神話に加担して安全だと宣伝して金をもらっていたのである。

権力者がいて情報は操作され民衆は知らされない、知ることもできないのである。
言わざる、聞くざる、見ざるになっていた
これだけの情報社会になっていてもそうだった。かえってテレビ時代とかなると百万人も見ているというときその効果は絶大なのである。
大衆は本などは読まない、テレビだと楽だしわかりやすいから洗脳されるのである。
大衆を操作するというときナチスの手法がいいのである。
大衆にむずかしいことをいっても通じない、簡単に単純化することである。
それが最後にはハイルヒットラーになるし題目を唱えればいいとかなり大衆化する
その時ラジオを百万人以上が聞いていたとするとその効果も絶大だとなっていたのであるラジオよりテレビはその十倍も効果あるものとなった。

それはトップダウン型であり大本営型である。一方的上からの権力側からの情報操作である。戦争に負けていても勝った勝ったとなり原爆落とされるまで日本が勝つと思っていたのと同じである。
原発でもその前にいろいろ事故があっても隠されて安全だ安全だと情報操作していたのである。強力なトップダウン型の情報捜査である。
なぜならそれに逆らうものは疑うものは特高につかまったからである。
トップダウン型は権力をもっているから情報操作できるのである。

今回のNHKでの原発避難者側に一貫して立つというのは上の人が決めたからである。
トップダウンで決めるのがマスコミなのである。
NHKは別に他にも原発避難民でも小高の家具職人とか復興に役立つようなことを放送している
だからNHKの報道をすべて否定はできないし復興にも寄与しているのである。
ただ原発避難者に関してはかたよっていたのである。

報道というとき情報を集めるがその情報と関係なくトップダウン型はなる、まず上の人が方針を決めてそれにそって情報を集め編集して操作するからである。
「地元には補償金などでもめていて原発避難民がギャンブルで遊んでいる不満もありますが」とか知っていしても方針が原発避難民側に立つと決めているのだから一切原発避難民のことは非難しないのである。
トップダウン型の情報操作や発信はそうなる
マスコミの情報はみんなそうである。トップダウン型である。
上の人が原発にも危険があるんじゅないですかと疑問をもつ社員がいても上の人が方針を決める、宣伝費の額が多いので東電にはさからえないとかなるのである。
そしてトップが方針を決めてトップダウンに情報を操作するのである。
そこでは事実もねじまげられる、事実があってもないとされるのである。
報道するにしても報道されないことも無数にあるからだ。
ニュースは一人一人が実際はニュースとなりうるから膨大なのである。

●新潟県巻町は新潟日報の報道で原発をとめた

インターネットは下からの様々な情報が発信される、それがあまりに多すぎるのでギブアップになる。網の目のように情報がつながるのだが多すぎるから選ぶことだけで苦労だともなる、その点トップダウン型の情報に接することは楽なのである。
だからこそ洗脳されやすいのである。
情報はやはりボトムアップ型が本来は民主的である。トップダウン型には権力側のほしいままになってしまうからである。
それで戦争のときも大本営発表でありそれとにていたのが原発の安全神話だったのである

本来情報は事実を報道することでにあった、その事実を解説したりすると事実より解説の方に左右される、コメテーターの言うことに左右される、そのコメテーターも主体性はない、マスコミの局の上の人によってすでに方針が決められていてそれに沿って発言しているだけなのである。マスコミを見ばみんなそうである。
そこで自由な発言が許されているようで許されていないのである。
そこには確実にタブーがありそれにはふれてはならないのである。

読売新聞社の正力松太郎が最初に原発を誘致したというの事実である。それで原発の父とも呼ばれている、でも読売新聞社の日本テレビがそのことを言ったら拒否されるし日本テレビには出れない、でも日本テレビでも原発被害者を応援しているのである。
だから自分たちのことは棚にあげて原発を推進させたのに応援しているというのも矛盾なのである、一般にマスコミは安全神話を作った仲間だったが反省していない
福島県でも民報でも民友でもそうである。最初から安全神話に加担して東電などから宣伝費をもらっていたのである。それも多額になっていたと思う
だから地元の新聞社とか地元にある会社などは何のためにあるのかとなる
地元に貢献するためにあるはずだがそうなっていなかった。
自分たちの会社が第一であり県民とかのことは二の次なのである。
要するに宣伝費が入らなかったら会社自体が成り立たなくなるからである。

読売新聞もテレビ局も正力松太郎本人もCIAからコードネームまで貰っている、とんでもない売国人なんですね。その精神は現会長の渡邊恒夫まで引き継がれており、読売グループ全体がアメリカの思惑通りに動いていると見られます。そんなテレビや新聞が信じられるでしょうか?日本国民のためになるようなことをするはずがありませんよね。読売りグループも電通も同じ穴のムジナです。もちろん他の新聞社やテレビ局も似たり寄ったりで、今日も嘘八百の情報を垂れ流しています。

マスコミはみんなにたりよったりなのである。金に支配されているのである。
もしインターネットのように無料で放送できたらそんなことはない、取材する力は格段に劣るし広報力も劣るが別に東電でも政府でも批判しても宣伝費とは関係ないからつづけられるということはある。
ただインターネットにしても個人になると非力でありどこまで原発の問題を追求できるのかとなるとまたむずかいしとなる
ただ報道がマスコミがいかに民主主義社会では重要な役割を果たしているか

それはなぜ新潟の巻町で原発を拒否して建てさせなかったか疑問だったがそれがわかった「原発プロパガンダ」という本を読んでわかった。
新潟日報が新聞社が原発の危険性を指摘してそれをゆずらなかったからだと書いてある。巻町とか小さな町で巨大な安全神話を作ったものに抵抗できるとは思えなかったからだ。つまりそれだけマスコミの影響が大きかったともなる
福島県でもむしろ積極的に安全神話に加担して東電などから金をもらっていたからであるその相違は大きかったともなる。それは本当にまれなことだと書いてあった。
するといくら新聞社でも宣伝費に左右されるとしてもそれだけの抵抗もできたということにもなる

そもそも報道はなんのためにするのか?娯楽の提供ということすらある、時間潰しにテレビを見ている人も多いからである。
今回の原発避難者の報道は三回自分は見た。どれも原発避難者側についた報道だった。
では何を言いたかったのか?

原発避難者を受け入れた側が責めるな、仲間に入れろ

そういうことなのか?それを目的にして指針にして番組を上の人が編成したのだろうか?
そうするとその報道が必ずしも地元の人たちに有効に働くとは限らない
なぜなら原発避難者に不満に思っている人たちがいるからである。
その原因に補償金問題があるからである。
だからそういう放送して原発避難者のためになるかというとそうでもないのである。
原発避難者はそれでいいと思ってもそうでもないのである。
ますます原発避難者に反発する結果になったともなるからだ。
そうした一方的な放送をすることによって原発避難者にも思いあがる人たちがでてくる

NHKではマスコミでは原発避難者に同情して放送しているのにお前は責めている
そんなこと良くできるな、楽しいかとか自分を批判する人がいた。
もしそうして原発避難者のことをマスコミでも多少は批判していたらはそういうことはなかったかもしれない、何だあいつは俺たちのことを原発避難者様のことを批判するんだ、そういうふうに思い上がった人間に仕向けたということもあるからだ。
そういうことがすでにあり反発していた人たちも地元にいたので火に油を注ぐ結果ともなる

●報道は事実を報道することが基本

つまり報道というのはまず事実を報道することである。原発避難者が団地ができてそこに住んでいるということは事実である。そして大熊であれ双葉であれ浪江であれそういう人たちが住んでいるのも事実である。
他に津波の被害者も住んでいたとかいうのは事実である。
そういう事実だけを報道していたら問題はない、そこで起きた対立がある、その対立している一方について報道することが問題だった。
別にそういう混在した人たちの間でうまくいかないとか対立もあるようですと言えばそれは事実だからしょうがない、でも回りの人が受け入れてくれないとかということを一方的に原発避難者に言わせるとなぜなのだ、冷たいなとか見ている人はなる
それは全国放送になるから影響がNHKの場合大きくなるのである。

むしろ報道してもいいが対立があれば地元の人たちが融和するような報道がふさわしいとなる、何かそれがなかったのである。だからその報道が地元の人たちにとっていいものとはならなかったのである
別に何かの被害を惨状を訴えるのは必要である。それを知りたいからである
でもその現場から事実を伝えることだけでも誤解を生むのが報道だと思う

熊本がいつまでも震災当時のままなのは、あまりにも、広いし、 
数多いし、実際車で走ると、延々とどこまでもブルーシート続くし、 
近所も、空き家だらけになるし、見た目よりダメージでかい。 
あのマンションも空き家になったか、この通りも住めんのか、 
一見街並みは普通なのだが、住んでいないし、 
じきに廃屋になるし、 
以前は、プールにもよく行ってたが、ほとんど休止してるし 
しかし、文句は言えん。大変な人たちがたくさんいるし 
まだまだ全体が集中治療室にいるようなものだ。 
ほんとに、来たんだな大地震が・・・・いまだに 
なじめん。まさか、ね、あの大地震がほんとに来たとは・・・・・ 


こういうふうに文章で読むのとまたテレビで見るのとは違う。この文章から熊本地震の影響は広範囲だと想像すると感じる
でもテレビだけだと何か一部分の惨状は見ているけど全体には感じないのである。
テレビの画面は何か一部分しか写しにくい、テレビは小さい箱にすぎないのである。
でも実態は空間は限りなく広いのである、その広い空間をテレビに写すとき狭い箱に写すことになるのも誤解を生む、だから全体の被害が見えないということはある
報道というのはそもそも実際に自分で見たものでもないし聞いたものでもないから常に誤解が生じているのである。
だからそもそも情報は操作されやすいのである。映像ですら今は簡単に素人でも作られる、それで勝手にテレビ局が作った映像を流して問題になったのである。
テレビの映像でも本当の映像なのかどうかもわからない場合がある

実際に見たものとは違うからである。自分もプログに写真をずいぶん出してもやはり実際に見たものとして感じることはむずかしいだろう。
それは他の人の写真でもそうである。写真だけの映像ではすべての情報ではなく一部の情報なのである。その写真をとったとしてもそこの空間であれ天候であれ暑さであれ寒さであれ風なども表現できないのである。
そこにどんな情報でもテレビでも映像でも伝えるには限界があることは確かなのである。
事実を報道するにもその事実を現場にいないのだからそこから誤った見方が生れるのが報道なのである。映像でも必ずしも真実は伝えられない、文章の方が真実を伝えることはありうるのである。だから本当は複合的に見る、文章でも映像でも人から直接聞くでもいい、複合的に見て聞いて判断するのが一番いいのである。

でもそんな暇ある人はいない、それこそ情報に追われて一日が終わってしまう。
だからインターネットは便利なのだけどみんなに読まれないから影響力が出ないのである検索するにしてもめんどうだからそうなる。
情報にしても同じ情報でもいろいろに比べると真実が見えてくるということもある
でもそういうふうに情報の真実を探るとういだけで手間になりすぎるのである。
第一自分のこんな長い文章を読むのも手間だとなる、疲れるともなる
でも2ちゃんねるにはボトムアップした発言があってもそれを深化する、深く読むことが欠けている、なぜなら短い文しかだせない、貴重な発言があってもそれが価値あるものとできないのである。
いづれにしろトップダウン型かボトムアップ型へ移行してゆるのが民主主義にとっていいい、進歩である。そのメデアとしてインターネットの普及がありマスコミを監視してゆくことは必要なのである。

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報道とは何なのか? (原発事故で問題になった報道、マスコミ)


報道とは何なのか?

(原発事故で問題になった報道、マスコミ)


報道というとき何なのか?報道は別に今だけでなく人間が存在したときからあった。何か知るということであり知らせることである、それは人間の基本的営みとしてあった。
井戸端会議でもそうだし噂話でも報道の役割をしていた。
何かそこで情報の伝達をしていたからである。
今でもそういうことが日常的にある、噂話がみんな嘘といえばそうではない、かえってそれが本当のことであり公にならないから噂となっているということもある
それで意外と田舎では噂話が広がりそれが大きな影響をする場合がある
ただ江戸時代は報道の自由もなにもないから今とは違っている
みざる、きかざる、いわざるとして自由の報道もなにもない時代だった。
第一庶民は政治に口だしできなかったからである。

明治以降に新聞ができて変わったのである。その時新聞の力が大きかったのである。
次にラジオでありテレビになったのである。今はインターネットがある程度の力をもつようになった。そしてラジオの時代を子供のとき経験しているけどあれがそんなに力があったのかと思う、でもナチスはラジオの宣伝で生れたといわれる、それだけメデアというのはメデア自体が力をもつのである。

ミディアム(medium)は形容詞で「中間の」、名詞で「中間、媒体、媒介者」などという意味になります。生でもなく、よく焼くでもない「中間」がミディアム。発信者を取材して大衆に伝える、その「中間」にいて伝達するのがミディアムで、たくさんの人が携わっているからミディアムを複数にすると英語ではミディア(メディア)。

メデアはここで複数形だということを強調している。複数の人が伝えるのがメデアであるするといろいろな人の意見を情報を伝えるのがメデアなのか?
情報はそもそも原発のことを取材するにも複数の人がかかわり複数の人の情報をとりあげることになるからそうなる。

だから原発避難者側だけの言い分を聞くことはおかしいとNHKの取材する人に言ったが上の人が決めることですから私にはわかりませんとなる
そして不快感を自分に対してもった。何か今やインターネット時代になるとマスコミがNHKでも批判の対象になる、プログだと簡単にできるしマスコミ自体が批判の対象になっている

むしろ報道の公平さを言うならNHKとか朝日新聞とか地方新聞でも会社に属していない人がその人の感じたことをそのまま伝えればそれが真実だとなる
そのNHKの取材する人がその地に行って聞いたことを感じたことをそのまま書けばかえって真実を伝えることになる。
でも会社の上の人が報道する指針を決めていてそれに従うだけだとなる真実は報道されない。

そういうことは会社とか団体に属していると何でも自由がなくなる、上の人の命令に従わなければならないとなるからた
いづれにし報道というときある地域に行ってみてそこで感じたことをそのまま伝える、会社の命令ではなくその人自身の感じたことを正直に伝えることが報道の基本としてある
でもそもそも原発のことでもその地域のことを良く知らないと報道できないということもある
だから外国になると複雑だから報道することはさらにむずかしくなる
シリアの難民のことを報道するとなるとイスラム国だをどうだ、クルド族がどうだ、トルコはどうだとか何がなんだかわからなくなるだろう。
そういうふうに実際はその土地で起こっていることは複雑なのである。
この辺だって津波の被害者がいるし原発避難民もいる両方の被害者もいるから複雑なのである。
だからそれを外に報道するときそういう事情を報道するべきなのだがNHKではしていない
原発避難者側にかたよった報道をしている
それは上の人の方針でそうなったとなる。だからその方針に沿って取材しているとなっているのだ。とすると真実は報道されないとなる

原発避難者の場合は一部でパチンコとかギャンブルで遊んでいる人はいるようです」

これは事実でありこれくらい報道してもいい、しかしそういう原発避難者にとって都合の悪いことは一切報道していないのである。
そして前にも書いたように原発避難者に対して回りの人が冷たいと暗にNHK自体が同調して非難する結果になっているのである。

ただ人間は今やグローバル化すると報道に影響されるのが多い、まず外国となると何が真実なのかもわからないからである。それでイラク戦争の時、海鳥が石油まみれになった写真を報道した。それが全世界で反響を呼びイラクはひどいとなったのである。
でもそれは真実ではない、作られた映像だったのである。
外国になると真実はわからないからそうなりやすいのである。
アメリカが権力をもっているというときアメリカの有利な情報だけが伝えられるのである
ロシアがシリアを支配していたときがかえってシリアにとってはいいことだった。なぜならトルコからシリアに入った人がしきりにシリアの人は素朴でいい人たちと言っていたからである。つまり社会主義政権で資本主義ではない国だから金がそれほど力がないからか素朴さが残る人たちとなっていたのかとなる
それでなぜあんなふうになったのかというとそれはアメリカのイラク戦争がイスラム国を作り出したからそれが原因だったともなる
自分はトルコにいたときそういう人にあったからそう判断したとなる
情報はメデアは複数のことであり複数の人の情報を伝えることなのである。
でもたいがい一方的に伝えているのが多いのである。

だから本当はテレビでも新聞社でも雑誌でも何でも報道というときそれぞれに感じたことを伝えればいいのだが何か一様になってしまう。
会社の方針で伝えるべきことも伝えられない、それで原発の安全神話も作られた
何かおかしいなと思っても上の人が原発は安全だと報道するべきだとなっていたからである。それは宣伝費を東電からもらっていたからである。
そしてほとんどの報道にかかわるものが新聞社でも福島民報でも民友でも安全神話に加担していたのである。それは多額の宣伝費が東電からばらまかれていたからである。
東電だけではない電事連盟からも出ている。その額が大きいからそれで報道機関の収入となり成り立つからそうなった。
テレビでも新聞でも報道するだけで金がかかりすぎるからである。
プログなどは金など全くかからないからそこにそれぞれの真実が報道されるとうことがかえってあるとなる、ただまだテレビなどからすれば影響力は弱いのである。

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2016年12月18日

夜の小高でNHKの取材の人にあう (真っ暗な街にイルミネーションだけが光っていた)


夜の小高でNHKの取材の人にあう

(真っ暗な街にイルミネーションだけが光っていた)

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夜の小高に来てみた。二カ所でイルミネーションを派手にしていた。
何人か子供が見て喜んでいた。
そして街灯に雪の結晶のイルミネーションがきれいだった。
今の時期にあっていいなと思って見てきた。

そこでNHKの取材する人にあった。それで聞いてみた。

「原発避難者にはパチンコで遊んでいるとか地元でも非難があるんですが
NHKの放送では原発避難者側の言い分を聞きすぎるのではないか
地元でも別に苦しんでいる人はいるんですけど」
「私は海老を津波のことを取材しているんです、そういうことがあっても私にはどうにもなりません、上の人が決めることですから・・・」

何でも聞くと必ず上の人がしなさいというからしているだけですとなる。でも上の人が決めるというときな確実に一つの方針を決めて取材して編集して放送しているとなるだろうそれを決めるのは上の人だとなり下はただ従うだけだとなる

これも変なのだけどともかく何かというと上の人が決めることですからと言う、その上の人とは誰なのだろうか?
上の人がそういうなら何でも従うのが下の人なのか?
おそらく上の人に聞いたらまた上の人がいて上の人に従うだけですからとなる
そして結局上の人は決めるのは誰なのかわからない
ただ上の人が決めることで私にはわかりませんとか責任はないですとなる
まず普通の人は第一その上の人に決める人には絶対に会えないとなる
合せてくださいといっても会えないのである。

下の人は

上の人が決めたことですからわたしは知りません、責任はないです

さらに上の人に聞くと

上の人が決めたことですからわたしはしりません、責任はないです

こんなことが延々とつづくのが社会になる。

そして最後は戦争でも誰が決めたのかわからない、上の人が決めたことですから私には責任はないですという無責任体制になる

原発などでもそうだろう、一体誰が決めて誰が責任を負うのかとなると戦争と同じようにない、上の人が決めたことですからとなってしまう
原発で作業している東電の社員でもみなんそうだろう。
私は上の人に従ってしているだけです、私にはわかりませんとなっている
東電の社員はみんなそうだろう。私は上の人に従って原発であれなんであれ仕事するだけです、電気を作り送ることが仕事なんです、事故が起きても私は上の人に従うだけですから責任はないですとなる

戦争でも私は敵を殺したのは上の人の命令でありそうしなければ自分も危険になり命も危ないからそうしたまでです、上の人の命令に逆らうことはできないです

でもこのこともおかしいといえばおかしい、取材というのは放送というのはただ上の人の命令のままに放送する、取材する人はただ命令に従うだけだとなる
何か取材する人の主体性はないとなる、上の人の言われるままにしているだけだとなる

NHKで、籾井勝人会長が熊本大地震の原発への影響について、"政府の公式発表以外は報道しないように"と指示していたことが判明したのだ。

上の人とはこの籾井会長のことだったのだろうか?この人がそう言ったので報道管制がしかれたからである。上の人に最後に決める人は会長なのか、社長なのか、全責任はそこにあるのか?でもその会長にしても政府の圧力があったとなると会長だけでは決められないとういこともある。報道とはこのように常に権力の圧力があり操作されるのである。


そもそも報道というのが何なのか?これも良くわからないのである。
自分でもプログで書いていることが報道であることを自覚したから報道は何かと追求する結果になったのである。
つまり今までも一個人は報道などできなかったのである。報道の権利はマスコミのみがもっていたのである。だからマスコミは第三の権力になっていたのである。

上の人が決めるというときその上の人に普通の人は関係できない、聞くこともできない、ただ権力があればできるとなる、権力がないかぎり何もできないともなる
だから重要な情報は隠されているし普通の人は知ることができないのである。

NHKだと報道することで大きな力をもっている、だからこそ原発避難者側について取材して報道したから誰も原発避難者を責めることができなくなったのである。
マスコミの言うことが世論であり体勢を決めているのでありそれに文句言うのかとなる
でも実際の問題は複雑なのである。原発避難者に反発している人も相当いたのである。
そういう声はNHKでも出さない、そもそも上の人がそういう方針で放送することを決めていたからである。それがどうも小高にいたNHKの取材する人はわかっていたみたいだ。

自分は何も特別小高の人に恨みがあるのでもない、小高の人とも良く話したからである。地元に生活しているのだから協力するのがいい、でもその対立の原因となっているものをないものにする、隠すことはできないのである。
そうしたとしても結局表に現れないでも対立することになる、子供のいじめにもなる
何らか和解の方策を模索することが必要なのである。
でもNHKで一方的な報道をすればかえって対立をあおることになるのである。
そこに慎重さが要求されたのである。

つまりそうした一方的な報道するとかえって地元にとっても困ることになるのである。
別に地元では争いたいということではない、協力してやっていきたいのである。
なぜならボランティアのようにそうして取材するマスコミのようにここに住む人とは違うからである。
地元の人になると争いがあると住みにくくなるからだ。
だから原発避難者でも対立はしたくないのである。
自分はそういう立場でプログに書いてきたのである。

ともかく小高まで電車に乗っていたのは行きは二人であり帰りも二人だった。
一人はボランティアだった。山林の仕事とか小高に帰る人のために働いているとか言っていた。東京から来たという。
千人は帰っているというけど実際は六〇〇人くらいで千人というのは帰ると役所に登録した人でありまだ帰っていない、ただ来年の三月で帰る人が千人なのかもしれない。
街の中は本当に真っ暗である。人の気配がない、田舎はもともとそうして静かなんだけどやはりその暗さが違っている。だから知り合いの女性は暗いから嫌だというのがわかる
灯がともっているのは本当にわずかであり真っ暗だという感じになる。
もしかしたら江戸時代だとあんなに暗かったかもしれない、それでも行灯の灯などがともっていたのだろう。この辺は一時江戸時代にもどったようにもなった。
街灯だけは華やかなことは違っていたのである。
タグ:原発とNHK
posted by 老鶯 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

戦争と同じ国家的大事業だった原発 (そして第二の敗戦になった)


戦争と同じ国家的大事業だった原発


(そして第二の敗戦になった)


原発は何かというとかかわらない人はあまり意識しない、自分でも確かに三〇キロ圏内からははずれていたし遠いと思っていたのである。
でもこの辺では飯館村のひそでさえ原発で働いていたのである。
川内村は近いから三分の一は原発で働いていた。
つまりあのような辺鄙な村が成り立っていたのは原発で働いていたからである。
原発での給料は他より高いからそうなっていた。

そして原発というのは何か良くかかわらない人には理解されていない
それは国家的大事業であった。国家的大事業ということは国家の命運もになうものとなるそれで原発を指揮するものはそうした自覚をもち戦艦ヤマトのような艦長のような意識をもたないとできないとも言う人がいた。
それは一会社を運営するものとは違う国家的大事業だからそうなっていた。
ただ原発にかかわった人たちも必ずしもそういう自覚がなかったのである。
なぜなら東電という一会社がやはりになっていたからである。
その人たちがどれだけ国家的大事業の意識をもっていたのか?
ただもうければいいとしか思っていなかったとしたらそれが事故になる要因にもなる
一会社ならコストが一番大事でありコストカッターと言われた清水社長が一番上に立ったのはそのためである。
もし国家的大事業だとしたらコストだけではやっていけないからだ

戦争がそうである。戦争は三〇〇百万人死んだようにコストではない、人命がそれだけ犠牲になったからだ。
戦争というのが何か今になると自覚できない、今は自分の利益となる会社のことは絶えず意識している。でも国家のことは意識しなくなった。
国家を意識することは戦争で敗北した結果悪いこととされるようになったからである。
だから戦後は自己や会社の利益のみを追求したのである。
それで高度成長があり日本は経済的には復興したとなる

ただこの国家的大事業だと原発を自覚したのはそれが今回のように事故になったからである。その廃炉費用でも賠償でも二〇兆円もかかるとか途方もない税金がかかることに驚いた。そして自分は東電があんな大きな会社だったということも知らなかった。
市町村さえ買えるような大会社だったことがわからなかった。
だからそういうものに対抗することは容易ではなかった。

ともかく人間は国家とか大きなものとなると自覚しにくいのである。
だから具体的に国家とは何かとかわかりにくいのである、観念的に国家を考える
でも戦争や今回の原発事故では国家を意識したとなる
戦争だったら国家のために戦争しているし命をかけているし現に三百万人死んだのだから国家を否が応でも意識させられていた
その国家とは世界での日本、アジアでの日本という国家になっていたのである。

だからこそ原発事故は第二の敗戦とは言うときまさに国家的事業に失敗したからだとなるその敗戦処理に途方もない費用がかかる、それは日本が戦争に負けたとき三百万人も死に犠牲になりまた財産を失ったのとにていたのである。
その廃炉のために二〇兆円もかかるとか賠償金でもそうである。
その労力も莫大なものとなる、現実にすでに原発作業員が八人死んでいるとか町村が壊滅状態になったのも戦争とにているのだ。津波もまたそういう国家的被害であった。
つまり津波でも原発でも国家的に大事業として立ち向かわねばならないものだったのである。

原発が国家的大事業とするとき右翼からみれば国威高揚の手段となるから原発推進派になっている、それは日本の技術の発展でも原発は欠かせない、世界に遅れをとってはならない、そして右翼は核武装派だから余計に原発はやめることができないのである。
つまり原発は国家的大事業と位置づけているからそうなっていた。
でも戦争のように敗北すると国家的大損失になる、戦争で三百万人死んだようになる。
だからこそ国家的大事業を指揮するもののせ帰任は重大だったのである。
国民の生命をあずかるものとさえなっていたのである。
国家的使命感ももたねばならなかった。
でも東電が原発を運営していたというときその自覚があまりなかった
自分の会社がもうければいいくらいにしか考えなかったろう
利益さえあげればいいとしてコストカッターと言われた人が社長になったのである。
それはやはり一私企業としての自覚しかなかったからともなる

でも企業でも巨大化すると国家なみになる、東電はそうだった。国家に匹敵する力をもっていたのである。ある意味で東電が国家となり政治家でも官僚でもマスコミでも従えたとなる、検察から警察まで東電に天下りしていたのである。
だから国家を運営するとは何なのか?何かそのことが問われた。
それは観念的にはではなく具体的なものとして原発から問われたのである。
だから一面わかりやすく具体的に国家を感じるものとなったのである。
つまり東電だけでは運営できない、国家がかかわったから東電も原発を運営できた。
補償は国家がすることになでいたからである。

「原発の父」と呼ばれる読売新聞社の社長の正力松太郎は、独占的な通信網欲しさから原発を日本に持ち込み、田中角栄は利権目的で原発を利用した。こうして日本の原発は、その本来の目的とは乖離した、いわば不純な動機によって増殖を続け、そしていつしかそれは誰も止めることができないものとなっていた。

原発は一個人の私的な利益追求からはじまったのである。それも不純なものだったのである。国家的事業という自覚など全くなかったのである。福島県では原発を建てる一私人の土地を買ってそれを県で許可して建てられたともなっていたのである。
一会社が工場を建てると同じようなものとして原発は建てられたのである

だから国家が何かというとき、国家の指導的立場にある人も東電とか一企業に利益を得るだけのものとしてあってはならなかった。
なぜなら国家の命運がかかわっいていることは国民を戦争のように犠牲にする、三百万人も死なせるともなるからだ。そういう自覚が国家を指導するものにもまた東電にもなかったし国民にも地元の人たちにもなかった。
ただ利益を得ればいいとしかみんな思っていなかったのである。
それが事故になってみてこれば何なのだ、こんな大被害になるのかと驚いたのである。
それは科学者などは事故が起きたらどうなるかある程度は予測できていた。
ただそれを隠していたのである。その罪も大きいとなる
原発が国家の命運にかかわるというとき戦争と同じよう国家が滅びるとまでなることなのだ。現実にこの辺では町村が存亡の危機になっているからだ。
これだけの事故が起きても未だに原発がどういうものか国民も自覚していないのである。





タグ:原発と戦争
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2016年12月17日

震災から五年八カ月すぎてふりかえる


震災から五年八カ月すぎてふりかえる


●五年八カ月の間に何をしていたのか?

津波原発事故から五年六カ月はすでに過ぎた。
その五年八カ月を何をしていたのか?
常磐線は開通した
電車にのって快適でありバスよりずっと楽だった。
当たり前にあったものだったが五年六カ月も乗らないから
その感覚を失っていた。
でも電車は本当に楽で仙台が身近になった
駅は近くすぐに乗れるからだ,バスのように乗り換えもなく行ける
五年八カ月の間に着々と工事はすすめられていたのだ
無為に時は流れてはいなかった。
そして高架橋の新しい鉄道が開通した
その喜びをみんなが味わった


五年八カ月というと長い、でもこれもたちまち過ぎ去った。
でもふりかえるとこの五年六カ月は何だったのだろう?
仮設に住んだ人はどんな気持ちだろうとなる
でも原発避難者はその五年八カ月の間何をしただろうか?
彼らに植えつけられたのは絶えず被害者として援助されるべき者として
あったことである。まわりもそうさせたのである。

そのことがわかったのは自分が原発避難者を批判したとき「お前は被災者の傷口に塩ぬって楽しいか」と責めてきたからである。
それは若い人だろう、若い人ですらその人は何をしていたのか?
それは全くわからないにしろともかく自分たちは被害者であり同情され援助されるべきものであるということがこの五年六カ月で会得したのである。
だから今でもそう思っているからこそこんな言葉で責めてきたのである。
「お前には人間の情がないのか、良くかわいそうな被害者を責められるものだ」となったのである。
それはずっとそう思い続けているから五年八カ月の間に何もしない人が多かったろう
やったことはギャンブルなのが多かったのである。無駄に時間は過ぎたのである。
ただいろいろ混乱してわけもわからずに過ぎたということもある
何かしようとしても何もできないということもあったろう。
ただ何であれ時間は容赦なくすぎてゆくのである

一方で復興住宅を建てていたとか、そこで暑い盛りに働いている人を自分は見ていた。
そして復興住宅はできてまた人がすでに住みはじめいてる
常磐線の仙台までの開通も成った。これも五年八カ月の間に働いていた人がいたからこそである。
でも原発避難者はこの五年六カ月の間何をしたのか?
ただかわいそうであり被害者の意識が植えつけられて補償金のことのみに追われていたのかもしれない,その間も常に援助があり援助されるべきものとして被害者として訴えることが仕事になったのかもしれない
また援助されるということは権利にまでなっていった。
だから自分が批判したとき若者でも責めてきた,ではその若者は何をしていたのか?
おそらくやはり遊んでいたのだろう、そして強固に被害者意識だけは植えつけられたのである。

俺たちは被害者なんだ、被害者様なんだ、なんでお前は批判するんだ、そんなことしている人は誰もいない、お前だけだ

こういう意識にこりかたまったのである。過剰な援助でこういう腐った人間が作られたともなる、だから必ずしも援助がいい方に働くとは限らない、自立の精神が失われるのである。これからも延々と放射能被害を言い訴え被害者意識は消えないだろう。
二万年プルトニウムが消えないように訴え続けるかもしれない
それも一面は必要でも自立の精神は失われ他者頼みになる、自分たちは被害者だからなにもしなくてもいい援助されるべきでありそれに文句言うやつは非人間だとかなり集団で責めてくる、そういう悪い根性ができあがった五年六カ月でもあった。
だからこうして被害者意識にこりかたまってしまうと自立して何かするということはなくなる
何かしてもらう援助されるべきだとなっているから自らは何か努力することもなくなるからだ。
それは中国の戦争被害を訴え続ける反日とか韓国の反日ともにている
その被害を延々と訴えて自分たちの国を有利にする、賠償金を未だに払わせることともにている
そのためにいつまでたっても対等の関係にならないのである。

●マスコミが一方的に原発避難者側についたのも問題

その一つに意外とそれが良くわからない、気づかないがマスコミの影響もあった。
特にNHKは影響力が大きいから原発避難者であれ国民にもその報道が大きく影響したのである。

何回も取り上げるがちょっと気づかないがNHKは原発避難者の側に常に立って取材していたのである。

飯館村の人が相馬市のトマト農家に仕事をしたいといったとき断られたと飯館村の人に言わせた、それがなんでもないようでもそれを見た人は相馬市の農家の人は冷たいなと見たのである。
飯館村だけの人の言い分を言わせたからそうなったのである。

それからいわきに避難した団地でも原発避難者が仲間に入れてくれとか言わせていたがなぜいわきの人は仲間に入れてくれないのだ、差別するのだと主張させていたのである。
それを見るといわきの人たちは冷たいなとやはりなる
それは一方的なことであり常に原発避難者の側に立って報道していたのである。
そのいわきでも津波の被害者がいたりしているから複雑になる。
でも原発避難者の不満だけが何か見ていた人たちの心に残るのである。

浪江の工場経営の人も「一緒に仕事していた人が仕事をくれない」というときそれも冷たいなと見ている人は感じる、それは常に被害者としてかわいそうな人たちとして原発避難者を見ているしNHKでもそう見ていてその側に立つからそうなる
つまりNHKは中立ではない、裁判官のようになっていたのである。
それはマスコミでは他の報道でも常にそうである。ただそれが良くかわらないのである。今回は自分が当事者になっていたからあれおかしいなと気づいたのである。
こういうNHKの報道などでも原発避難者の被害者意識を強固にして内部でも外でも批判できないタブーにしたのである。
マスコミは報道者は裁判官になってはいけないのである。
ところが実際はそうなっていることが多い、それでマスコミはネットから゛批判されるようになったことはいいことなのである。
報道することは自由にしても裁判官として報道するべきではないのである。
NHKだとその影響が大きすぎる、それがかえって悪い方向に働くこともある。
おそらくNHKでは原発避難者側に立ったたとが正しいしそれが原発避難者をかえって悪い方向にもってゆくなど考えていなかったのである。
実際にそれは和解にはつながらない、双方の対立を生み地元がさらに分断されたともなるからだ。
もし地元のことを考えるならそういう報道は危険だったのである。

もちろん原発避難者にも言い分はあるしそういうことを自分は想像してその側からも書いてきた。住み慣れた故郷とか家族が分散したとか老人だけが取り残されたとか同情して書いてきた。そうしたアイディンティティを失うことがどれだけ大きな被害だったかということも外からはわかりにくいのである。
おそらく原発避難者自体もそういう経験をしていないからはじめて経験したから気づかないとういこともあったのだ。
それは電車に五年六カ月ぶりに乗ったことでも気づいたことでわかる
当たり前にあったもののありがたさを気づかないのである。
なぜなら当たり前にあるものだからである。それは親でもそうである。それがいるのが当たり前であり食事を作ってくれるのも当たり前だったからである。
それが死んでいなくなったら全部自分でやるようになりそれも介護となる自分がその代わりをするようなった。その時はじめて親のあゃがたさがわかったとなる

いづれにしろ震災から五年八カ月すぎて今何か冷静にふりかえる時が来たとなる
ただいくら反省しても人生と同じで時は決して帰ってくることはないのである。
あの時こうしていれば良かったとか言っても帰ってこないのである。
貴重な五年六カ月はすぎてしまったのである。

今年もいろいろあったがだいたいもう終わりである。だから一年をまた震災から五年六カ月をふりかえるのにはいい時期なので書いた








posted by 老鶯 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連