2014年07月10日

合歓の花、月見草(変化した七月の相馬の風景)



合歓の花、月見草(変化した七月の相馬の風景)

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復興の田んぼに鳴きぬ夏蛙

甲高く喜び鳴くやここに田の復興しつつ夏の夕べに
月見草草むら深く咲きにつつ日影蝶舞い雨しととふる
大きなるでで虫一つ道よぎり遅き歩みや夏の夕暮
合歓の花月見草咲くこの道の草むら深く鶯鳴きぬ
蓬田の名こそありにし八沢浦津波の跡や夏の夕暮

津波と原発事故で相馬の風景は変わってしまった。
特に南相馬市は原発事故で田畑が原野となったから変わったことを報告してきた。
その原野の風景が不思議なのである。
田んぼが草原化した風景がなんとも不思議なのである。
その風景は北海道でありモンゴルのようにもなっている。
クローバーの野が広がるのは夏野である。

でも日本ではたいがい田んぼが広がっているのだ。
ただ草原化したとき、夏野らしくなる、夏雲雀などもあっている
そもそも田んぼは本当は原初の自然ではない、作られた自然だった。
もともとは草原であり森であったのだ
だから田んぼがなくなると元の森や草地に還る
いづれにしろ草はほうっておくとすぐにぼうぼうになる
だから絶えず草刈りが農家の仕事になる。

ともかく六号線でも道の脇が草が深く繁っている。
一匹大きなでんでん虫がよぎって歩む
小さいのは見ているが大きなものはなかなか見ない
今は合歓の花も盛りになっている。

南相馬市でも一部だが田んぼが再開している。甲高く蛙が鳴いた。
すると前の風景にもどりこれが復興なのかと思った。
ただまだほとんど原野の風景であることには変わりない。
蓬田は柚木なのか、八沢浦だと思っていた。
そもそも柚木は鹿島だと思っていたが相馬市になっている。
蓬田というのはあそこに津波の伝説が残っていたので注目された。
今回はこの津波で注目されたところがかなりある。
美しい八沢浦がもどった・・とかの自分のプログのページには相当アクセスがあった。
あれは衝撃的な写真だったしあまり津波で美しいなどと書いた人はいなかったろう。
八沢浦は古歌が残っているように美しい浦だったのである。

夏でも七月になると合歓の花や月見草や昼顔などがさきはじめる。
それから八月の盛夏になる。この季節は梅雨だからあまりぱっとしない季節である。
でもやはり花が季節の変化を告げているのである。
posted by 老鶯 at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の感想