2018年05月18日

震災後常磐線乗客数が相馬駅原町駅で半分に減る (鹿島駅は378人から318人へ)


震災後常磐線乗客数が相馬駅原町駅で半分に減る

(鹿島駅は378人から318人へ)
     
        相馬駅                    鹿島駅               原町駅

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相馬駅より原町駅が減り方が激しい
やはり原発事故で小高とか浪江からの人の流れが鉄道利用が減ったためだろう
ただ2016年になると多少回復しているから2018年ではもっと回復しているだろう


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山下駅                    新地駅

山下駅の減り方は激しかった,新地駅はそれほどでもない
駅自体が津浪で流されたし山下は仙台の通勤圏だった
その人たちが利用しなくなったのだろう
震災前は山下駅は851人で多かったからである。
ただ2016年では増えているから今後も増えるのだろう

新地駅と山下駅が逆になっていましたので訂正しました(6時31分)



なぜ原町駅と相馬駅で半分にも減ったのか?原町駅はもっと減っている
この理由は何なのだろう。
これは小高とか浪江とか双葉とか大熊とかから仙台方面を利用する人がいなくなったためだろう,それしか考えられない

それが裏付けているのが鹿島駅である。
それほど減っていない,鹿島では相馬とか原町方面へ行く人が多いからである。
ところが今回原発事故で避難区域になったところは原町とか相馬でも来る人が多かった
それが全く途絶えてしまった結果こんなに減ったのである。

一時震災で工事関係者が流入して三倍に増えたと聞いたから増えたかと思っていた
実際は減っていたのである。
常磐線はいわきまで通じない限りこの乗降客の数は増えない
いわきまで通じるのは後2年かかるのである。
これでも大きな痛手だったことがわかる
ただいわきまでは二両の電車とかなり余りのる人は前から少なかった
でもやはりいわきまで通じないことの影響が大きかったのである。

これでわかることは鉄道は途中で途切れると乗降客もへる
常磐線は廃線になるような線ではないがやはりいわきまで通じてこそ乗降客も増える
だから鉄道でも復興していないのである。
ただ只見線とか三陸鉄道と違って意外と早く復旧できたのは新幹線でJRがもうけて400億円出して復興したためである。
只見線とか他の線はも復旧できない,それだけの金を出して継続することができない
それだけ乗降客が減っても廃線ぎりぎりで運営していたからである。

JR東日本は27日、一部区間が不通となっている只見線の復旧費用について、工法などの見直しにより81億円に圧縮できるとする新試算を公表した。直近の試算よりも27億円少ない。復旧費の3分の1をJR側が負担する新提案も明らかにした

これだけの金がかかるから復旧できない,まず二三時間置きとかになると電車はほとんど利用できなくなる,常磐線はまだ一時間置きであり仙台に通じているからこの辺はいいのである。まず簡単に廃止路線にはならないだろう。
名取までの空港への足とも最近はなっているからだ
仙台への通勤列車ともなっているからだ

2018年05月10日

無人化した駅の問題 (市役所の人,JRの下請,地区の人・・が来る)


無人化した駅の問題

(市役所の人,JRの下請,地区の人・・が来る)


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つばめの巣のことでアサガオの人が文句言う

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自転車置き場の拡張工事のための調査

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JRの下請の人がホームの長さを計る



障害者のアサガオで毎日トイレ掃除している,そのトイレは市で作り運営している
だから市で金をだして掃除させている
駅舎内でホームの掃除はJRに頼んだ業者と商工会の観光部の婦人がしている
それはJRが頼んで金を払っている

今日は自転車置き場を広げる工事のために市の人が来ていた
それからJRの下請の人がホームの長さを計っていた

市で運営するトイレは燕の巣で汚れた,それを掃除するのを嫌がっていた
掃除しにくいからである。
去年は駅舎の中に燕の巣を作られてそれをJRの人が掃除していた
燕は何度もいい場所を見つけると巣を作ろうとする
それでネットをと張ったりして防いだ
トイレでも何回も燕は巣を作るため入ってくるのである。

とにかく駅にはこうして業者の出入りがある
今は駐車場の隅に電気関係なのかJRの鉄道運行のための小さい施設をつくっている
要するに駅はこれだけ手がかかっているのである。
それはJRだけではない,市でも商工会でも地区の人もかかわっている

駅は無人化したがそれでもこれだけの人がかかわっている
そして無人化することは何か管理するものがいなくなるからそこが無法地帯にもなる
なぜなら自由にホームにも出入りできるからである。
JRの人が除草していたがホームに入って何しているのか聞いたらここに入るなと言った
これもまた無人化しているから勝手に出入り自由になっているからそうなる

つまり施設でも人がいない施設は誰が管理するのか守るのかということもある
空家が増えているがそこを所有している人はいても出入り自由になり犯罪者の住処にもなるし何かそこで問題が起きることもある
それは管理する人がいないからである。
原発事故の避難地域ではそうなった,街に人がいなくなり無法地帯になったのである。

だから無人化することは経費の節約だがそこに問題がある
確かにJRで人を置かなくても管理はしている,でも無人化していることは勝手にされるということもある、駅に何かを勝手に置くなというが人がいないからそうなる
それが駅にとって地域にとっていいことでもそうである。
だから無人化した駅はJRだけでは管理できないのだから勝手にされてもしかたがないということもある
確かにJRで権利があるのだが一部なくなるということもある

要するにもうJRだけは管理できないから市でも地区でも管理してくれとなっているのだ
だからJRだけが何か権利があるのではない,市とか地区とかも権利があるともなる
無人化するとはこうして権利を失うことにもなる
人がいないということはそういうことである。
それは原発事故の避難区域で人がいなくなったことともにているのである。
タグ:駅の運営

2018年05月05日

特別列車が止まる (セディティは連休で最高のにぎわい)


 特別列車が止まる

(セディティは連休で最高のにぎわい)

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 団体用の特別列車が止まった,ただ二両だった
記念に写真をとった, これも連休で出たのである。

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それにしても今日も夕暮れに常磐高速のサービスエリアは連休最後になるし天気もいいから本当に混んでいた
あそこだけはにぎわい都会並になっている,あんなに人が出入りしているのが不思議になる,そういう光景はこの辺で見ないからである。
たこ焼きを売っている人を知っているけどあれだけ人が来れば売れる
人の流れがあるからだ,それは人の流れというより車の流れなのである。
車時代だから車の流れが人の流れを作っている

警備員が十人もいることに驚く,それだけ人の流れがある
駅と比べるとあまりにも違いすぎるのである。
百倍とか千倍も人の流れが違うようにも思える,現代は車を離れてありえていことをここで実感する,あれだけ人の出入りがあれば商売になる
でも難点はまずサービスエリアから鹿島の街の方へ来る車はほとんど見かけないのであるつまりここで休息して去って行く人が多いのである。
だから街とは関係なくここだけが休息所としてにぎわっているだけだとなる
ここにくるとここだけが都会なのである。 

2018年05月03日

トイレの燕の巣を掃除した人 (駅はみんながかかわる場)


トイレの燕の巣を掃除した人

(駅はみんながかかわる場)


近くの人がトイレの燕の巣を掃除していた,あそこは市で建てたものであり障害者団体の人達が毎日掃除しているのである。
でも今回は近くの人が掃除していた、去年は駅舎の中に巣を作って汚れた
その時原町から来た駅員が苦労していたのである。
やはり今頃になると必ず燕の巣の問題が起きるのだと思った

駅は地区の人も相当かかわっている,花壇の手入れなどしているし前の自転車屋ではプラタンの花に水やりをしている,駅内の掃除はJRに頼まれた商工会の観光部の婦人がしている,このようにすでにいろいろな人達がかかわっているのである
駅は公共的空間であり人が交わる場所だからそうなっている

駅の特徴は外部の人がくるから外部の人とも交わる場所なのである。
それが駅の特徴である。外部の人を招く場ともなっている
つまりはじめてくる人だと駅に第一印象をもつ場だとなる
ただ外部でも意外と鹿島出身の人達もくる
外に出た人達である。だから親戚がいて来るのである。
そういう人達はまた違っている

今日駅であったのは自転車で知り合った変な人である,知的障害者なのかしらんがニートであり仕事をしていない,そういう人も今はどこにでもいる
ただあれはこの辺では目立つ人である。
その一人は兄であり後から弟が来た
その兄もなにか弟とにた感じである。
なんでも鮎川まで牡蠣の仕事で行った,それで交通費をとられて金にならないと騒いでいた
電車で仙台まで行きそれから石巻で行きそこから鮎川までバスで行くという
三時間以上かかってしまう距離である。鮎川までも遠いのである。

なぜそんなところまで働きに行っているのか
この辺には仕事ないんだよなという
でもそんなところまで仕事に行くだろうか?
その人はやはりまずコンビニなどで働けない人である。人と接してはとても働けないのである。そういう人は東京に出て建築の仕事をしている人もそうである。
あの人も仕事がないと東京に行ったのである。
何か仕事がこの辺ではなくなってきているのだろうか?そうなっているのだろう
もともといい仕事はなかった所である

一番いいのは東電の仕事だったのである。
あれはほとんど仕事しなくても金になる
まず現場に行ったら放射能が危険なので5分も仕事できない,すぐに交代であり休む時間の方が多いのである。それで休んで寝てばかりいたとか言う人がいた
意外ときついようで楽なのである,それで金は二倍とか三倍になる
だからこの辺では東電で働いた経験のある人が実に多いのである
それだけ金になる仕事だったのである。
そうして東電の影響が大きかったのである。
田舎の問題はまともな仕事が少ないということである。
農業とか漁業では金にならないということで漁業者は漁業権を売り渡して補償金で暮らしていたことが事故後にわかったのである。
それも結局金になる仕事がなければそうなってしまうのである。
そこに危険でも原発が建てられた事情があったのである。
いくら農業がどうだと言っても現実問題としては金が欲しいからそうなったのである。
原発はそれだけ金になる場だったのである。

あの人たちは参考にできない,スマホを弟が使っているし知的障害者とも違う,ただ知的障害者でも器用にゲームをしたりスマホを使いこなしている人がいる
だからどうなっているのかわからない,あの人達はなんらか問題があり福祉の対象になっていて金はもらっているのだろう。
ただそんなところまで仕事に行ったのは父親が死んだとかなり行かされたのである。

とえく駅はみんながかかわる場所だから意外とその街のことも情報も集まる場である。
みんながかかわるということはみんなの駅となりみんなが良くしようとすることで街も良くなる,何かそうした場が今は街でもない
やはりみんなが街を良くしようとすると街は良くなる
そういう意識が大事なのである。そういう意識がまずないと街は良くならない
ただ何かするにも人間は動機が大事である。
自分は鉄道の旅が長いから鉄道がマニアではないにしろ好きなのである。
それで鉄道会社に世話になってるから恩返しだともなる
そういう動機があってしているのである。
まずボランティアになると金もらえないのだから何か動機がないとできないとなる

ただ正直高速のセディティは警備員が十人もいる,この差は本当に大きい
それだけあそこは人の出入りがあるということなのだ
だから商売にもなる,駅はそれで無人駅になる
でも何か駅は人間的な場所でありかえって人が少ないから案内したり何か人間的交流できる場だなと思った
駅でも大きな駅だとできない,すでに原町のような駅は専門に掃除する人もいる
だからあういう場所ではなかなか人間的交流はできない
ただ人が通りすぎるとういだけになりやすいのである。

タグ:駅の役割

2018年05月02日

鹿島駅とセディティの記録 (セディティでナンを食べる)


鹿島駅とセディティの記録

(セディティでナンを食べる)

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東京から来て浜でキャンプした人

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除草している人

駅では重い荷物をもった人がいて弁当を食べていた,右田の浜か海老浜でキャンプした
津浪の前は右田浜にキャンプ場が実際にあったが今となにもない
あの荷物をもって浜まで行ったから体力がある,40代なのか50代なのかわからない
体が大きいのである。東京から来た人だった
それ意外はは何者かわからない,話を聞きたいができなかった

駅ではあと除草剤をまいていた,前にもしていた,今回はコンクリートの割れ目に除草剤をまいていた,聞いたらこれはJRでしている
商工会に委託してはいないのである。商工会で草むしりとか除草はしていないのである。商工会の観光会の人がしているのでありその人たちはJRから委託されているから金をもらってしている
ただごみ箱のゴミをなげるくらしかしていないのである。

次に行ったのが常磐高速のセディティである。
出店がでていてナンとカレーの店だった
ナンは良くインドでも外国旅行でも食べた,このパンは好きである。
アジアではご飯と同じである。
カレーと一緒で500円だった,福島市と仙台市ではナンを出すレストランがある
仙台市では食べたことがある,福島市ではない
でも仙台市にはすでに一年も行っていない,自分は遠くに外出しなくなった
介護十念して旅もしていないのである。それでも二三回はその間に行った
その店をしていたのはインド人だった
カレーはインドのものであり日本のカレーとは違っている,本場のカレーである。
今はいろいろなものを食べるのが楽しみである

なにかこんなことを書いているのは何の意味があるのだろうか?
それは記録することに意味があるかもしれない
新地のガス会社の人と駅で話したのは三年前かと思ったら2017年のはじめのほうだった
それを読んであれ三年前頃だったと思ったがそうではなかった
プログは日にちが記されているから記録するのにいいのである。
プログの大きな価値は記録することにもある
まず自分の書いたことを何でも忘れているのである。
つくづく人間ほど忘れやすいものない
もう一年前でも忘れているのである。

記録が価値あるものとなるのはやはり日付が明確なものなのである。
郷土史研究で良く古い碑とか墓の年号を調べる,江戸時代の年号であれば価値があるのだがそれが例えば


1805年文化2年乙丑  
1818年文政1年戊寅4月22日改元 
1830年天保1年庚寅12月10日改元 
1847年弘化4年丁未  
1848年嘉永1

こんなふうに短い間に元号が変わる,すると文政が先で文化が後の時代だとみているときが普通にあるのだ,これは大正を明治より先にしない,それが江戸時代では時代の後先がわからなくなるのである。
明治大正昭和は時代的に区分されるが平成となると何か今一つ時代区分が明確でなくなるそこに何か特徴がないからかもしれない,天明というと飢饉があった時代だからイメージしやすいのである。

個人的な記録でも人生でもどういう時代を生きてきたのか?それがわからなくなるのである。

記録となると江戸時代の記録なら何でもただ記録しただけで貴重になる
記録は年月がたつと貴重になる場合がある

この駅の記録でももし今日重い荷物をもって駅で弁当を食べていた人がこの写真をみると自分がここにいたということを確認できて驚くかもしれない
なぜなら本人自体忘れるからである。
自分もどこの駅にいたのか覚えていないのである。これだけ旅しても駅のことを覚えていないのである。

ただこういう記録を読んでも他の人は興味を覚えないかもしれない,でも歴史の記録となるかもしれない,なにかつまらないことでもそれが後で意味を帯びてくるかこがあるかもしれない,親は大正生まれだったけど記録したのはわずかでありそれで死んだからわからなくなった,それがもったいなかったなとなる
自分の生きたことをもっと記録でも残していれば親のことをふりかえることができたからである。
今はプログとかで膨大な記録をしている,写真でもしている
でも今の時点ではそれが重要なものとして見ない
ありすぎてもいるし見ないのである。

セディティのナンとカレーの店

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セディティは駅とは全然違う

警備員が10人いた!

これには驚いた,車を誘導する人がいたり他にもこれだけいたことには驚いた
給料はどこで払っているのか?高速の収入で払っているとなるのか?
この差は大きい,駅は無人駅だからである。
それだけ人の出入りが本当に多いのである
一日数千人単位になるのか?まずひっきりなしに人が来ているのである。

2018年05月01日

駅から相馬市まで歩く人


駅から相馬市まで歩く人


今日は駅から相馬市まで歩くという人がいた,前にもいた,年配の人であり今日は暑いから楽でないと見た
旅行すると今は便利になりすぎている,だからかえって旅しても何か後で思い出してし記憶に残ることがなくなる
六号線を行くと早いが歴史のことがわからなくなる

日立木から松並木を通って相馬市に入れば相馬に来たなと思うだろう
六号線だとそういう感覚がなくなる,旅はそれだけ便利になりすぎて通りすぎるだけになったのである。

七ヶ宿街道を自転車で行ったときの思い出は残っている
芒の原の道を行き鏡清水で夕暮れになっていた,上山に暗いなかを走っていた
その時旅情を感じたのである。あそこに電車で行っては旅情はあまり感じないのである。鉄道と街道はまるで違ったものだからである。
鏡清水に来るともう上山の城は近いなと感じる,だからここで姫が化粧するために顔を写したというのがリアルなのである。
七ヶ宿となると今は鉄道も通らないし辺鄙であるからかえって当時を偲ぶことができる

七ヶ宿の旅(俳句、短歌-自作)


七ヶ宿街道
鏡清水

今日相馬市まで歩いた人はインターネットでプリントしたものをもっていた
おそらくそれが出ていたのはこのサイトだろう
ここは良くできているからだ,ここまで詳細に見るのは地元でもしていないからだ
旅の問題としてそこがどういうところかわかりにくいのである。
本は二冊ももったりしたら厚いとしたらもてない
第一その場に詳しい情報はないし調べられない,今はスマホをもっているから調べやすいが
それでもその場の情報を得るのはむずかしいと思う
検索すること自体めんどうになるからだ,旅は急いでいるしゆっくり検索できないのである。

百街道一歩の道中記

ともかく歴史を偲ぶなら昔の街道を行くことだがそれが今はなかなかできないのである。車で来た人などただ通りすぎるだけになってしまう

後は福島市から来た夫婦である,福島市から来る人も仙台についで多い,その人は松川浦を見に行った
連休だから観光目的の人が増える,駅では無人駅でもあり案内することがありそこで全とした会話が成り立つのが面白いとなる

それからゴミが落ちていたので拾ったりしてホーム内のごみ箱に投げた
あそこにごみ箱があるのを知らない人がいる,気づかないのである。
喫煙所になっている所には今回はボール箱のようなものを置いていった人がいた
それはかなりゴミであったからごみ箱に投げた
仕事といってもそんなところである。
でも自分は毎日一回は駅によって見て回り案内したりしている

ともかく駅の役割には外来の客を旅人を迎えることがある
駅(うまや)は厩(うまや)ともあり馬が休む場所であり旅人も休む場所だった
旅人を迎え見送る場なのである。
鉄道の駅も迎え見送る場である
ただ常磐高速でもそういう場になっていない,ただ車が休息によるというだけでありそこで迎えたり見送ったりすることはないのである。

駅を出て街道歩む旅人を我が見送りぬ夏の夕ぐれ

駅から鉄道で見送るのと駅から歩いて行く人を見送るのは感覚的に違う
あの人は街道を歩いて行くのだなとイメージする,相馬市までは15キロであり遠いのである。
だから常に街道では迎えたり見送ったりする人がいたのである。
そこに出会いもあったし分かれもあった,それが街道を行くことだった
駅にはその感覚がまだ残っているが歩いて旅する人を迎えたり見送ったりするのは違うのである。

2018年04月26日

駅で会う暇な老人 (人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


駅で会う暇な老人

(人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


今日案内した人は鹿島の寺に墓参りに来た人だった,そこは桜で有名な所でありでも桜は散っていた帰って行った
年配の女性二人であり何か観光にも来ていた,それで多少鹿島を案内した
その人もタクシーの番号のある場がわからなかったので教えた,タクシーの番号を聞かれるのは駅内に表示していないからである。
駅から出た所ではわかりにくいからである。
それで前の自転車屋に聞きに行ったのである。
その人はいろいろバスの交通とかを聞いていた,鹿島からも原町回り飯館により福島市に行くバスがあると教えた

それを駅内に勝手にはっていたが駅に許可なしでは置けないとして撤去された
その案内があれば説明しやすいことはあった
だからそんなにルールにこだわることもわからないことだったのである。
ただなんらかのクレームがJRに来るのを嫌がっていたのである。
その年配の女性も暇な人達であり何かいろいろ聞いた
何かを鹿島町とかこの辺のことを知りたいからである。
年配の女性が60以上だからこの人たちも暇な人が多いのである
それだ白河の城でもそういう歴女にあったことがある
その女性は大阪の人だったのである。

駅で良く会うのが暇な老人である。その人は大崎市の温泉に行っているという
前も見かけた人である。ただ大崎市はどこというときわからなくなっていた
鳴子のことであったが大崎市は古川市でも合併しているからわからなくなったのである。このことからやはり原町市が合併したとき南相馬市というのは良かったともなる
なぜなら相馬というのは知られているから相馬といえば場所がわかるからである。
ただ相馬市と南相馬市は同じに見られてしまうのが問題になった
やはり大崎市はどこなのとなる,鳴子とか古川だったらなじみがあるから場所がわかるからいいのである。

今日は前にも会った老人と話した,この人たちも実は暇なのである。どうも毎日相馬市とか山下の方に通っているみたいだ,ある人は原町の図書館に電車で通っている
そこで暇つぶししているのである。だから図書館に老人が集まっていることは確かである一番集まっているのは川子のパークゴルフ場である。
そこでは昼間は食事もできるようになったからである。

ともかく日本全国でどれだけ暇な老人が増えたのか?それはもはや全国的な老人の問題である。高齢化の問題はいろいろあるが暇をもてあます老人もまた問題なのである。
なにもするたことがなく妻の後についてゆくというのもなんか淋しい
その人はプロ野球のことを延々と話した,ある人は相撲のことを延々と話した
それは若いときから子供の時からテレビで見ているから今も見ている
まず60すぎても若いときしたことをしたいのである。
だからバイクもするしスキーもするし登山もしている
そういう快感が忘れられないからするのである。

人間は継続的に生きているのであり若いときと断絶するわけではないのである。
若いときしたことをまた80すぎてもしたいしするのである。
人生はそうして老人になったからといって変わるわけでないのである。
今は盆栽いじりなど老人でする人はかえってまれである。
若いとしたことをまたしたいのである。
自分の場合は自転車旅行をまたしたいとなるのである。

ともかく趣味でも若いときからしていないものは老人になってもできない
若いときから継続していたものができる
ただ自分がしているパソコンでの抽象画は最近しているものである。
だから60の手習いというのはある,でもパソコンを継続しているからその延長として抽象画もあったとなる

つまり人生百年時代は金銭面もあるがいかに残りの人生を有益に過ごすかというのも大きな課題なのである。これも若いときからそうした趣味でも遊びでもしていなとできないのである。
とにかく人生百年時代はライフワークが必要になる
何かを素人でも学者のように探求することが必要である。一つのテーマをもってすることが必要になる,そうでないと退職してから暇をもてあますようになる
人生の時間が百歳となればもう一回人生があるともなる
これも経験していないことなのである。
自分の場合は作品の完成をライフワークがある
それは若いときからしてきたことである。会社に勤めていなくてもそういう仕事はある
ただ金にはならない,でも作品化する集大成する仕事がある

でもそういう仕事がもてない人は相当に暇になる,どうしたら暇つぶししたらいいのかとなる,そういう人はただ普通に会社員とかで働いた人だからである。
そうして趣味もない人が多いのである。
すると暇をもてあまし生きがいもない老後になってしまうのである。
老人は何か家にいても一人暮らしが多くなっている,そこで家に一人いるのも嫌だとなる何かそこに一人暮らしの問題がある
ただ集団生活となるとまた簡単にはできない,何かしら人間関係でも問題が起きるからである。
駅でちょっと話すくらいはいいとして駅に行って案内したり話したりしているのである。

タグ:暇な老人

2018年04月08日

駅前の花壇の詩


駅前の花壇の詩

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駅前の花壇に二色のパンジー
黄色は外来者の来て
紫は内にいてその色濃くも待つ
出会い見送りて
120年の歴史を刻む駅舎かな
八重桜のなきしは淋しも

鹿島駅の歌壇は二つ整備された,黄色のパンジーは外部から遠くから来る人を象徴している,明るい花である。
一方で紫の花は内部にいて待つ花なのである。
それが対象的であり駅というのが外部のものと内部の者が交わる場になっているのである
こういうことは駅だからありえる,でも案内したのはセディティであり鹿島で一番にぎわっている常磐高速のSAである
そこにおみやげを一杯売っていると案内したのである。
その女性は車に乗せられてそこに行ったのである。
駅前ではおみやげは買いないからである。

鹿島駅の花壇は大きいしそれなりに映える,二カ所花壇ができたのもいい
それだけで何か駅でも明るくなる
ただ八重桜がみんな切られてないこきとは淋しいとなる
駅は何かわかったことは人が交われる場所なのである。
一時でもそうである。そういう場所は今はあまりないのである。
第一大きい駅になると人が交わる場所ではない,ただ通りすぎて行く場所だからである。だから小さい駅が人間的になる,つまり小さいということは何でも人間的なものにするのである。

現代の社会が何でもあまりにも大きすぎるのである。大きくなれば人間は群集と化して
数だけになる,でも田舎駅だと一人一人の人間になるということもある
ともかく自分は毎日一時であれ駅に寄っているのである。

タグ:駅前の花壇

2018年04月06日

発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)


発行元がわからない南相馬市時刻表(交通案内)

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クリック拡大-鹿島の時刻も出ている
(鹿島の時刻も出ている)



この時刻表は新聞折り込みで配られていたという,だからこれを張っている店が原町にはある
でも不思議なのはこれを発行したのがどこなのかわからない
原町の商工会にも聞いた,市の方にも聞いた,JRにも聞いた
JRでは自分が鹿島の簡単な時刻表を作って置いたが駅舎内にはJRの許可ないと置けない
それは他のパンフレット類もそうであり撤去された
理由は文句とか聞かれると嫌だしJRの責任になるからだという
でもこの時刻表にくいてはJRは関知しないという
つまり勝手に配っても問題ないのである。
でも時刻が間違っていたりしたら苦情が来るかもしれないがその発行元がわからないからそれもしようがないのである。

この時刻表には鹿島の時刻表も付随して記してある,だから便利なものだから鹿島区にも配ってもいいものである。
でも鹿島区でこの時刻表を配っていない,見ていないからだ
そもそも新聞の折り込みでも配ると金がかかる
その金をどうして得たかというと回りに宣伝がありその宣伝した店とからもらって誰かが作ったのである。無料で誰かが配ったのではない
ただではそういうことを誰がしたのか?それが全くわからないから奇妙だとなる

こういうのは商工会とかがするのかと思っていたが違っていた,原町の商工会では全く関知していないしこの時刻表について知らないのである。
ともかくこういうものが鹿島区にも必要である。
これは別に鹿島区でも役に立つ,でも無料では配られない
原町区だけに配られたとなる
それは一般の人も新聞の折り込みで配られてもっているというからだ

時刻表ではいろいろ自分も作っていたから関心があった
今でも駅に時刻を見に来る人が必ずいるのである。
すると時刻表を欲しいという人は鹿島区に相当数いるのである。
だからこうして作ればいいと思う誰もしていない
それは原町のように金をだして宣伝に使うという人もいないからだともなる
会社とか店で金を出し合い作ったとものなるからだ
こういうのはやはり人口が多いとできるとなる
小規模だと店でも会社でも少ないからできないともなる










2018年04月03日

駅前に開業120年の花文字を作る (地区の人と駅長などが共同で作る)

駅前に開業120年の花文字を作る

(地区の人と駅長などが共同で作る)

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駅前の花壇に黄色のパンジーや紫も見て電車待つかな


今日は駅長もきて駅前に新しい花壇を作っていた
地区の人と一緒に花壇作りをした
駅は鉄道だけのものではない地域が深くかかわっているのである。
あのように共同作業しているのを見ているとそうである。

鹿島駅が開業して120年とあり120と花で花文字を作った
120年となると長い,時々この駅舎を写真に撮りにくる人がいる
それも鉄道で来るのではなく車で来て写真だけを撮ってゆくのである。
この前は神戸から来た人であり遠い所からも来るのである。
でも鉄道で来なくては何か様にならないとなる

もう一つの前からある花壇には黄色のパンジーと紫のバンジーが咲いている
それでその花を見て電車を待つというのが鉄道の旅の楽しさなのである。
なぜなら必ず鉄道の旅は駅で待つ時間があるからだ
その待つ時間が人間的なものを作り出しているのである。

待つということが今はなかなかない,新幹線だともう待つ時間なく来る
その感覚に人間的時間がないのである。
旅すらならやはりこうして待つ時間を楽しむことである。
すると駅前とかに花壇があり花があればそれを見るからである

ただ残念なのは八重桜は一本も残らなかった,切られてしまったのである。
前は何本も咲いていたのである。それが残念である。
何か虫がついて飛んでくるとかで切ってしまったのである。
その八重桜もすでに思い出の中にあったものとなったのである。

何かこの辺ではそうして右田の松原も津浪でみんな消えたし一本松も枯れて切られた
思い出となるものが消えてゆく,ただそういう記憶は残っている
でもそこに木がなくなればこれからの人はその八重桜でも松でもなかったものとして生きるのである。

駅というのは120年もあればそこに実際はいろいろなことがあった
自分が無人駅で一年ほどボランティアのまねごとをしてもいろいろあったのだから120年の間にどれほどのことがここであったのか?
出会いがあり別れがありといろいろあった,集団就職列車もここから出た
第一その前にもいろいろあった,姉から聞いた話では仙台に買い出しに行ったということも聞いた,物不足でそうなっていたのかもしれない,原町駅は戦争のとき空襲された、そうした人間の営みが鉄道とともに駅と共にあった,ただ車時代になりそれが忘れられていったのである。

1893(明治30年)

4月3日:磐城線 原ノ町 - 中村間開業。原ノ町駅、鹿島駅開業。

故郷の駅の八重桜(詩) 思い出のある場所が故郷

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2018年03月26日

鉄道員(ぽっぽや)の映画と無人駅


鉄道員(ぽっぽや)の映画と無人駅

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この映画は国鉄時代のものであり国鉄時代を知らないと理解できないだろう。
駅が人情の駅になっていた,それはそこに人間がいたからである。
国鉄時代という一時代があった
国鉄で働く人が地方でも多かった,国鉄で働く人も地方では実際は恵まれた人達だった
近くにも鉄道工夫をしていた人を知っているし国鉄職員だった人も近くでいた
それは国鉄時代はどこでもそうだったのである。
小学生の時親が鉄道に勤めていた人が鹿島駅でも今の駐車場になっている所が官舎になっていたのである。

鉄道はそのように働く人も多いしそれで社会党があってそれは国鉄の組合をバックにしていたことでもわかる,それだけ国政を左右するものですらあったのだ
だから中曽根首相の時民営化するとき反対したが実はその時は高度成長時代であり
民営化するにあたり退職した人達は労働組合で運動して退職しても困らない金をもらったのである。それは高度成長時代の恵まれた時だったからである。
それだけの資金を出す余裕があったのである。
そして社会党自体もなくなったのである。

つくづく国鉄は一時代を築いたのでありその時の物語だったとなる
自分は蒸気機関車で原町の高校に通っていたがその時あまり鉄道に興味がなかった
だから記憶があまりない,トホネルをぬけるとすすけたとうことはあった
鉄道は今の感覚とは違う交通の要であり大動脈として日本全国に活きたものとして縦横につながっていた,それは血管のような働きをしていたのである。
鉄道の時代は明治時代からであり長いのである。

ただ国鉄時代のことがわらないとこの映画もわかりにくいだろう。
今の人には理解しがたいものともなる

しかし、民間では大手企業でもたくさんの募集があるのに、国鉄職員採用の就職情報が高校に入ってこない。当時は「国鉄一家」と呼ばれていて、いわゆる「コネ」がないと就職できないと言われていた。実際は「局報」と呼ばれる国鉄内の新聞に職員採用の募集が載っていることが多く、一般には知らせることがあまりなかった

まさに「国鉄一家」であり強いつながりをもっていたのである。
鉄道病院が仙台にあり全国にあったことでもわかる
鉄道一家として病院ももっていて支えていたのである。

国鉄というとき最初は炭鉱があり石炭を運ぶものとして鉄道があった,貨物輸送が主だったのである。北海道などはほとんどそうである。石炭を運ぶ貨物輸送のために鉄道が作られたのである。
つまり乗客を運ぶというよりは石炭などの貨物輸送のためだったのである。
それだけ車がない時代は輸送は鉄道に頼っていたのである。
子供のとき貨物の車両を数えていた,それだけ長い貨物列車がいつも通っていたのである何かその辺が今の鉄道とは違う,今のロジステックであり社会の縁の下の力持ちのような役割を果たしていた

ともかく鉄道の歴史は長いのである。明治からだからすでに150年とかなる
だから鉄道に愛着が生まれのも当然だとなる
鉄道には鉄道員だけではない代々働いた人達がいてその人たちの汗と涙もしみついているともなる
それが鉄道員の映画にもうまく表現されていた
最後はホームに雪にうもれて死んで一両の車両で棺が運ばれた
駅には何か伝説にもなるような幽霊が出るような古い歴史がある

結局この映画を見て無人駅と比べると駅長がいてその駅長が主人公なのである。
そこには人情味がありストーブでみんながあたたまんていたり人情がある
人の情が伝わる空間だった,人の情がしみこんだ空間だった
それで駅前の食堂でも今とは違っている,駅前がにぎわっていたのである。
駅の延長として駅前の食堂もあった

無人駅で自分が経験したことはそこに無機質な空間と化している,すべてが機械化自動化している,すると主人公は誰なのか?ロボットなのかともなる
そして将来的には駅には人がいなくなる
ロボットが送り迎えするのである。果たして人はそういう世界でいいのかともなる
その差があまりにも大きい,小さな駅に駅長がいてその駅長が物語の主人公になる
今やその駅長も駅員もいない,主人公は機械になりロボットになる
そんな世界に人間は耐えられるのか?それはどこでもそうなりやすいのである。

別に鉄道員だけではないのである。人間の一生は働くことにするとそこで費やされた時間が人生になる,だからそこに仲間がいてそこで働いた思い出が人生になる
それは鉄道だけではない,倉庫係としてフォークリフトを使い働いていた人が癌になり死ぬというときもう一度仲間と倉庫で働きたいというのもわかる
それは鉄道員と同じ心境なのである。
なぜならそれが人生だったからである。人生の愛着がそこにあり遂にそこで死ねば本望だったともなる

駅とか鉄道は何か伝説にもなるような場になっているのか?それはそこが出会いと別れの場であり人間的なもの情が通う場であり人間的なものがしみついているからである。
それが機械化自動化されるときそういう人間的なもの極力省いてしまう
人間はいらないんだとなる,それがコスト的にもそうした方がいいとなる

この映画の鉄道員は妻をなくした,子供もいなかった,何か淋しい,そこで誰かが幽霊が死んだ子供が成長して女高生になり鍋物の食事を作ってくれる
何かそれが自分も家族がみんな死んでそういうことをしてもらいたいなとなり共感する
それは妻をなくした人がいて今でも妻を思っていることを知っている
その人も一人で暮らしているからである。
この映画にはこうして共感することが多い,その気持ちがわかる
ただあまりにも感傷的に作られているとも思った
そんな鉄道員が現実にいるのかと思う,それほど鉄道一筋の人がいるのかとなる
自分が鉄道で旅しても駅員のことをこんなふうに見ていない
ただ通りすぎるだけだともなる

実際に自分は鉄道の旅が長いから鉄道に愛着がある,それはただ乗せられたものとして鉄道を経験していた,でも乗せる方として鉄道は経験していない
この映画では電車に乗せているのは機械ではない人間なのである
だから人間が人間を運んでやっているということで感謝していると言う人がいた
でも電車に乗せられる人が感謝などしないだろう
自分も全然していなかった,それはなぜか?
人間ではなく機械が運んでいるという感覚になるからである。
こんなに人間が主人公になっていることはないからだ,それは今の社会はそうである。
人間がこれほど主人公になることはない,人間味のない情のない社会である。
金だけが頼りともなり人間は非情化している,人間の心は情は通わない社会になっている便利でいいのだが反比例して人間の情は失われるというのも人間を幸福にするのだろうか?

そうはいっても人間は技術が進歩することがいいことだし追及してゆく
ますます鉄道でも新幹線になり早くなりゆっくり見送ることもできなくなっている
新幹線だとそこには人間の情をはぐくむものがないのである。
ただ一地点から一地点に早く移動する機械でしかないのである。
それは人間が運んでいるのではない,機械が自動化して運んでいると同じなのである。
そこでは人間的なものが余計なものとして排除されているのである。
ただ技術とかは人間の幸福など考えないない,人間の幸福は技術とか科学の進歩と比例することはないのである。
でもそういう情もない世界に人間は生きたいだろうか?
そういう疑問が無人駅で案内して感じたのである。


消えた鉄路

北の果て一本の線路が通じている
それは人と人を結ぶ道路
それははるか遠くまで通じている
駅には駅長が待っている
そして一両の車両を見送る
風の日も雨の日も雪の日も
一両の電車は客を乗せ走り
人と人をつなぎ運ぶ
駅には雪にうもれても
あたたかい灯がともっている
それは人間のあたたかい心の灯
しかし遂にその鉄路も消えた
その鉄路は荒野に帰り雪に埋もれる
その駅も駅長のいたことも忘れられてゆく
それが人の世である
でも聞こえてこないか?
ぽっぽっと笛の音が
辺りにひびきわたる
それは幻覚なのか
一両の電車が走ってくる
何か人間のように懸命に走ってくる
そしてそこに人間の駅長が待っている
手動で操作して電車を迎える
そこには人間がいる
機械ではないロボットが待つのではない
人間が待っている,人間が見送る
人が人を待ち見送る駅
そして鉄路が消えても
そこにいた人間を思い出す
機械やロボットは道具である
主役は人間なのだ
主人公は人間なのだ
その人間がいなくなるとき
機械や道具は必要なのか
人間いてこそそこは活きる
いつまでもそこにいた人間を思い出す
またそこに人間はいつまでもいたい
人間が仕事していたのだ
機械やロボットではない
人間の一生がそこにあり
人間の喜びや悲しみとともに
鉄道はあったのだ
鉄路は消えても人間の記憶はとどまる
無人駅には人間がいない
だから人間が主人公ではない
だから記憶にもとどまらない
もともと人間がいなかったから


二両の電車

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駅淋し二両の電車や眠る山

冬の山二両の電車や暮れてゆく

冬の山二両の電車浪江まで

しぐるるや二両の電車あわれかな

山に没る冬陽や二両の電車かな

.................

なにかこうして二両の電車が一時津浪で途切れたとき相馬市と原町を行き来していた
それも不思議な光景だった,なぜか二両と四両と六両とかで感じが違ってくる
二両となると人間的になり一両だったらそれは本当に人間に見えるのである。
それでこの映画では一両の電車であり哀愁がにじみでていたのである。
急行とか新幹線になるともう人間的なものを越えて哀愁などなくなるのである。
機械化は何か人間の情を抹殺してゆく,それは老子の時代から言われてきたことである。文明は人間的なもの人間の情を抹殺してゆく,文明は何でも便利でも効率的でも人間の情はそこで失われてゆくのである。
自分は車には鉄道とは違って人間的なものを感じないのである。
なぜ鉄道にはこうして人間的なもの感じるのか?
鉄道の歴史は古く人間の情的なものが結びついているからだろう。
ただの便利な物でも人間でも運ぶ道具ではないものとなっていたのである。
鉄道というのはそれだけ人間の歴史とともにあったからだともなる
150年もあればそうなる,ただの機械とか道具ではないものになっていたのである。

枯野(人間的な二両の電車)



2018年03月23日

駅は誰のものか? (JRだけのものではない,みんなが利用するから)


駅は誰のものか?

(JRだけのものではない,みんなが利用するから)

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JRで張ったバス停の表示-時間などはでていない


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自分の作ったもの

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北郷タクシー 電話番号 0244-48-4135

これがわかりにくい,スマホでもわかりにくくすぐ呼び出せない,駅舎を出た所でわかりにくい,
このことをタクシー会社に言ったが変えていないのである。



二カ所駅からバス停の案内を駅にはってあった
自分がはったのは撤去した
ルールだからと他のパンフレットも撤去した
そしてバス停の案内をだしていたがこれは時刻などは書いていない
自分のには「鹿島駅の交通案内」として詳しく表示していた

でも想像するには自分の鹿島駅交通案内を参考にして
バス停を表示したのかもしれない
何かJRは駅を管理するのはJRであり他の人をかかわらせたくないのである。
自分の表示の方がみんなにとってわかりやすいことは確かだからである
ただ別に申請して許可されれば張ることはできる

でも何かJRではJRの縄張り意識がある,それはどこでもある
自転車屋でも医院でも他の医院にかかるなとか占有したいとなる
でも個人経営ならわかるがJRとなると相当に公共性が高い
みんなが利用するからである。
駅という空間は公共性が高いのである。
ただホームとかに入ると危険なこともあり勝手に入るのは問題かもしれない
ヨーロッパでは出入りは自由である

ともかく何かJRは駅はJRで管理するから他のものをかかわらせたくないのである。
それは間違いないと思う
でもなんかJRでも例えば警察でも大きな会社になると公共性が高くなる
それで東電なんかは本当に公共性が高いものであり一旦事故を起こしたら
とりかえしつかないものだから東電とか政府とかだけにまかせておけないものだった
そこは東電のものしか立ち入りできないとなると危険も指摘できないのである。

では外部のものが立ち入るというときマスコミとか記者とかがたちいる
なにかその内部を知らせる人が必要なのである。
それができなかったら内部で何をしているのか?
東電のように外部のものが立ち入ることもできないとき今回の大事故になりとりかえしのつかないようになる
だから誰かが監視する必要があったのだができなかった
できないようにされていたのである。

まず外部から監視するといっても一個人がそんなところに入ることもできない
つまりなんらかの権力をもたされないとできないのである。
それは警察でもそうだしどこでも権力をもつ組織に一個人など入り込めないのである。
ただ記者とかの役目はそうした大きな権力をもつ内部のことを知らせる役目があった
そうしなければ権力の成すがままになり暴走する
原発事故では実際にそうして原発内部のことはしりえようがないからそうなった
原子力のことがわからないから教えても無駄だとか危険だとか立ち入れることはできないマスコミも原発については宣伝費をもらうから追及しなかったのである。
そうして大事故になったのである。

JRはまた別だが駅はJRで管理するから他の人はかかわるなというのがポリシーである
でも駅は公共性が高い,みんなのものなのである。
ただもしJRだけで管理するとなる駅を二分化することが必要になる
駅の待合室は市で管理するとかそこから切符とか鉄道にかかわることは別にするとかなる管理するものを市とJRに分けるのである。
実際はトイレは市で作り毎日掃除を金を払って頼んでいるからである。
そしてホームの内部のトイレはJRで頼んで掃除してもらっているのである
そういうことが可能でもある
ただめんどうになることは確かである。

いづれにしろ自分のしていることは一プライベートな記者なのだろう。
だからなんの力もない,ただプログで報告はできるからしているだけである。
今はそれほどすることはない
ただ良く聞かれるのはわからないのはタクシーの北郷の電話番号である
駅舎を出た所に表示してあるからわかりにくいのである。
そのことを何回も自分はタクシー会社に言ったが変えていない
スマホとかでタクシー会社を調べてもわからない人がいる
スマホだとインターネットでもそうだが検索がめんどうになる,時間がかかる
それで急いでいるとき役に立たないということがある
それは津浪とか緊急時に検索している時間がないということがあり役に立たなかったともなる
一方で緊急時にインターネットが役に立つこともあるからすべてはそうではない
緊急にわからないことがあるとき検索で即座に出てくることもあるからだ

ともかくJRとなると公共性が高いからJRだけで管理することはできない
駅前の広場でもそこはJRの土地だがではみんなが車で利用する場でもある
公共性が高いということは自治体がかかわることになる
その地区の人もかかわる,だから公共性が高いものはみんなが利用するものは
外からの意見とか要望とか監視が必要になる
それがJRではJRで管理するから他の人は立ち入るなという縄張り意識になっている
危険があれば別だがそもそも無人化しているのだから
監視カメラを四台あるとしてもそれで立ち入るなといっても自由に出入りしているのである。
もしJRだけで管理するとなると駅員を置いた方がいいとなる
その人は四六時中監視しているからJRで全部管理できるとなるからである。
タグ:JR 無人駅

2018年03月20日

鹿島地区協議会で駅の活性化を考えていた (駅を視察もして予算が市より出ていた)


鹿島地区協議会で駅の活性化を考えていた

(駅を視察もして予算が市より出ていた)

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これも知らなかった,駅の活性化を図る駅を視察していたのである。その予算は市からでていた,ここの協議会では10人くらい人が集まり鹿島区の活性化を推進する
その一貫として駅が入っていたのである。

しかしこの会で駅のことを無人化した鹿島駅のことをどさだけ知っているのか?
何かしたのか,要望を聞いたのか?
一番駅に関係していたのは駅前の自転車屋とか商工会で掃除した人とか地区で花壇の手入れをした人とがである。
ではこの協議会で何をしていたのか?
それが知らなかったのではっきりしない

無人化した駅で今何が要望されているのか?
それはいちいち時刻表を見に来る人がいるから大きな時刻表である
それを自分は無料で駅に置き配った
でもそれはJRの許可がないと置けない,パンフレットも置けない
だからそういう要望があるということをまず知らない
それはなぜか?
駅に直接かかわっていないからである。
自分は駅で案内しているからそれがわかったのである。

何か案内のパンフレットなど置けばいい,それは団体になるとしやすいのである。
なぜ駅に置けないかというと責任が生じるからである。
時刻表でももしまちがっていると駅に置くとJRに文句がいくばあいがあるからだ
ただパンフレットに関しては連絡先があるし関係ないと思う
でもルールだからとして食堂の案内をしたものも撤去された
これもルールにしばられた温情もない地域のサービスとか人のサービスを考えないJRだからこそである。

確かにここの協議会ではアンケートとかとり要望を調べている
でも駅に関しては直接関係していないとわからない
それで自分がJRにはじめてくる人が仙台行きと原町行きの番線がわからないので良く聞かれると言ったら表示板を作ったのである。
だから何か要望があれば別に個人でもしてくれたのである。
ただ要望しないとしてくれないのである。
時刻表についてもそれを必要な人がかなりの数いても要望としてまとまらないと作ってくれないのである。

でも自分はそのことを地域振興課に何回か言った,でも関係ないと何も教えてくれなかったのである,ではなぜ他の駅の視察に協議会で行ってそこに市の予算が使われているのか?
十人分の視察費用ならそれなりにかかるのである。
それなら時刻表とか案内とかのパンフレット置くようにJRと交渉すべきだとなる

つまり金をもらうことは責任が生まれているのである。
それは市から出たものとなると南相馬市民から出たものだからである。
勝手にそれを使うということはできない
ただ駅だけではないからそこにも金を使うことはありうる
でも駅の視察まで行っているのだから駅の活性化を計るとしたらやはり駅前の自転車屋と直接駅にかかわる人の意見を聞くべきだとなる

では市はどう関係しているのか?
その人たちの活動を認めて予算をだしている,ではなぜ時刻表が欲しいという要望があるその要望を知るべきだとなる,それはなかなか直接駅にかかわらないとわからないのである。
第一駅長すら鹿島駅に来るけど仙台行きとか原町行きがはじめての人にはわからないということを知らないのである。
なぜなら無人化しているからである。それを伝える人もいないのである。
それは外部からの要望でもあり内部の人もわからない
その駅にいた自分だけが知ったということにもなるのだ
つまりJRでは無人化をすすめている,その数も多い,でも無人化しても困ることがあってもその要望が何かわからないのである。
鹿島駅からの交通案内とういうのも置いたが撤去された
それもやはりはじめてくる人でも地元の人でもわからないことがある

ただボランティアでもなんてもしいいとはならない,何か責任が生まれている
無料でしても責任が問われるからJRでは駅に許可しないと置かせないのである。
ただパンフレットなどは何の責任もとる必要がないのである。
だからこれも置けいなというのはおかしいとなる
杓子定規に考えすぎるとなる
JRはまず人のサービスを全く考慮しない会社だからうそなっているのである。

ともかくこういう団体があるということすら知らない,でも広報誌に入っていたので知った
まず活動を知らせるということも市の予算からもらっているのだから必要となる
ただ報告はだしている,これも印刷などすると金がかかるし知らせるのに金がかかるとなる
インターネットはともかく無料なのである。だからやりやすいのである。
でもみんながしているわけではない,特に年配の人はしていない
そしてその地域活性化協議会でも老人が多いのである。
そこが少子高齢化の問題である。
小高でも浪江でも帰るのは老人であり駅で浪江の人にあうが杖ついて病院に来る人とか良くあう,そうした老人社会だから復興ができないのである。
若い人は外部に流出した
そして原町とか鹿島で相馬市でも新地でも周辺に移住したがそれも老人が多いのである。でも補償金で金があるから二人とも原町に家を建てたという
でもその子供は外部に流出しているのである。
つまり南相馬市とか相馬市とかでもそういう避難している老人をかかえてますます福祉にかねがかかるとなっているのだ

まず地域活性化というとき若い人がいないとむずかしいだろう。
ただ老人でも経験があるし何か教えることはある
ただ地域といっても意外と身近なことを知らないのである。
だから駅でも実際無人化してどうなったかを知らない
知っていたのは駅前の自転車屋と直接かかわった自分だったともなる
その他地区の人とか商工会とかになる
市の職員も知らない,でもそういう協議会に金をだしている
どうしてその金がてるのかというのも政治なのかもしれない
つまりそれも民主主義なのである。
市民が自発的に市政に参加するということである。

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これだけ無人化しているのである。
JR西日本でも東海でもそうなのである。これは多すぎると思う

タグ:駅の活性化

2018年03月11日

動労は常磐線の浪江から富岡の開通に反対している (放射能汚染の中で働かせられるし人がいない所に通しても無駄)


動労は常磐線の浪江から富岡の開通に反対している

(放射能汚染の中で働かせられるし人がいない所に通しても無駄)

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動労水戸ブログ
12・10常磐線開通反対闘争に際して訴えます!


被曝か貧困かを迫る避難指示解除

安倍政権は、17年3月までに帰還困難区域を除くすべての避難指示を解除しようとしています。対象となっているのは、全村避難となっている飯館村、川俣町山木屋地区、富岡町や浪江町の一部です。富岡町については、地元の意向をまったく無視して、1月に前倒しをして避難指示を解除しようとしています。さらに、年間50ミリシーベルトをこえる帰還困難区域についても「すべての避難指示を解除する


いわき運輸区の運転士や車掌、保線区や電力区の労働者が被曝労働を強制されます。労働組合として当然反対すべきです。しかし、東労組も国労も富岡延伸には一言も言っていません。
 今後、車両の検修問題が大焦点になってきます。いわきから北を走る車両のメンテナンスをするのは勝田車両センターです。車両に付いたたくさんの粉塵を労働者が吸い込む。動労水戸の組合員が被曝するリスクが高まってきます

 動労水戸・會澤憲一君は「私はライフサイクルで水戸駅にいるが、徹夜勤務が一つで4人いればすむのに、5人がライフサイクルで行ったために日勤が発生している。日勤で、毎日除草とペンキ塗りだ。

 すべての業務の外注化―水平分業とローカル線を切り捨てて要員を合理化する、第3の分割・民営化ともいうべき体制を作ろうとしている。


このことは知らなかった,今日テレビで鉄道の復興のことを放送していたとき浪江駅開通の時,そこで反対する人達が騒いでいたのである。
その人たちは動労の人達だった,みんな浪江であれ双葉や大熊や富岡まで開通することは賛成していると思ったのである。
なぜなら駅にいるといわき市まで通じないことで不便を感じている人が多いからである。
それでなぜ労働組合では反対しているのかとなる,それは被爆するのとそもそも避難解除をする必要などなかったということがある
なぜなら人が住んでいない所に電車を通しても無駄とと言っている
それから被爆するから避難解除すべきではないということも言っている
でもそうしたらいわき市まで常磐線が通じなかったら復興はないのである。

労働組合とすると被爆してまで働きたくない,避難解除はするべきでなかった
被爆の危険がまだあるしもう帰らない所に常磐線を開通しても無駄とと言っている
それから外注とかありそれにも反対している,それでは安全が守れないとか正規の社員が言っている
自分が駅で毎日見ていたが本当に安全のためとか除草とか点検保守が大変なのである。
それで外注して下請けにさせているのである。
JRの正社員がしているわではない,外注して極力正社員を使わないで費用を削減しようとしている,その一貫として無人化自動化をすすめているのである。
労働組合としてはそれに反対している

でも鉄道の問題はコスト的に厳しいのである。第一三陸鉄道でももう維持することが前らかコストとしてはむずかしかった,鉄道の維持は保守管理の手間と金がかかりすぎる
鉄道の保守管理は大変なのだから当然それだけの費用がまかなえればいいがまず電車に乗る人が少なすぎる
だから切符を買って乗ったこともない人が多い,みんな車を利用しているからである。
常磐高速のSAのセディティ鹿島に行ってみるとわかる
その数は鉄道と比べると比べようがない,その数は多い,百倍にもなるかもしれない
そのように鉄道がりようされていれば問題は起きなかったのである。
当然コストがかかるからそれでは維持する費用をどうするんだとなるからである。
鉄道を維持したいという町の人が運動していても肝心の町の人すら鉄道をめったに利用しないのである。その費用をJRに負担させるのは無理だとなる
JRからすれば勝手だなとなってしまう。

只見線とかでも観光鉄道として維持するのも無理がある,日常の生活路線があって観光がある,日々の暮らしがあって芸術もありうる
観光だけの路線ではそもそも基本的に成り立たないと思う
ただ将来を見据えたとき一旦鉄道は廃止されたら元にもどらないというのは深刻である。現実に北海道ではそうなっている,もう電車は走らないのである。
そうなると観光としては影響が大きいとなる
地方の活性化にも大きな影響があるのは確かである。

ともかく常磐線開通に反対しているのは意外だった
そうしたら街の復興はない,では街を見捨てて廃止するのか?
そして避難解除しないとなると国では補償金を払い続けなければならない
それが嫌だから避難解除を無理やりにしたということもある
でもそんなに避難し続けているのも矛盾なのである。
なぜなら近くで浪江の人がすることもなく昼間から酒飲んでぶらぶらしているからである補償金をそうして出し続けたらそんな生活が延々とつづく
そしたら避難先でも迷惑だともなる,そのことは小高の人達が仮設で暮らしていたとき毎日パチンコ屋通いでありギャンブルで遊んでいたのである。
それと同じように原発避難者には厳しい視線が向けられる

だから何か動労の主張も全部是認はできない,復興をどうするのか?
では住むことをあきらめるとして鉄道も通さないとしてどうなるのか?
途中で切れると鉄道は活きてこないのである。
バスにもできるししているがそれでは鉄道が活きてこないのである。
だから動労の主張も復興についてどう考えるのか疑問である
では浪江とか富岡間とか住めないとするなら街全体を取り壊してそこに住まないようにするのか?
どうせ帰らない人が多いんだからということで街を捨てるのかとなる
現実を見たときそういうことも決断するのかとなる

鉄道の旅は長いからもともと関心があった,ただ自分は乗せてもらう方であり乗せてくれ人達が働いていて旅できたがそういう人達を考えたこともなかったのである。
だから世話になったと思い今になって無人駅でボランティアのまねごとをしたとなる
鉄道の運営をどうするのかとなるとこれは相当な難題であり自分にはわからない
でも無人駅で鉄道の運営のようなものにかかわったので関心をもったのである。

2018年03月10日

駅に表示された上り下りの番線はわかりやすい (民主主義はみんなの要望を代表者が伝えること)


駅に表示された上り下りの番線はわかりやすい

(民主主義はみんなの要望を代表者が伝えること)


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駅で常に聞かれたのが仙台行きのホームと原町行きのホームである。
地元の人はそんなことわかりきったことである。
でもはじめての人などはわからなかった
それで最初に向こう側に渡る階段に表示してもらった
それでもわかりにくいと改札口に表示してもらいたいと
駅長に言ったら今回表示してもらった
その表示はわかりやすいものだった

何か要望がありそれを言わないと何もしてくれないのである。
その要望がわかったのは自分がいつもそこにいて案内していたからである。

それから一番要望が多かったのは時刻表なのである。
小さい時刻表は置いてあるがその字が小さいから見にくいのである。
それで自分で大きな時刻表を作って置いた
これは勝手に置くなということで撤去された
何かそれで聞かれると嫌だからという
駅を管理しているのはJRだからである。
それも一理あるが自分がしていることは常に無視されている
邪魔扱いなのである。

なぜそれが必要だと自分が思ったのか?
それは必ず毎日のように時刻表を見にくる人がいる
それは電車を利用してくる人いたり時間がわかる必要があるだ
ただJRでは小さな持ち歩きの時刻表は置いておく
でもそれが字が小さいので家に張っておくには大きな時刻表が必要なのである。

その要望はあるのだがではそれを自分だけでコピーして置くことはできない
一枚コピーすると十円かかるからである
それはJRに要求してもしない,すでに小さな持ち歩きの時刻表は出しているからそれでまにあわせろとなるからだ
ただ必ず駅に時刻表を見にくる人がいる
その人の数は本当に多いのである。
すでに自分が作った時刻表でも何百枚とかなっていたろう
でも置くことを拒否されたのでこれからは置かない
というより自分でも金がかかるから置きたくないとなっていた

ここで考えたのはこれだけ大きな時刻表が欲しいという要望がある
でもそれは個々人としてあっても全体として要望しないのである。
それを自分は駅にかかわり知っているからみんな欲しいとなれば
みんなで要望すればいいのである。
それが民主主義だなと思った
みんなの要望を聞きそれをしてくれる人に訴えることは民主主義の基本だなと思った
そういうことは別に駅だけではないあらゆるところにある
でもその要望をまとめて訴える人が代表者がいないと実現しない
その代表者となるのが議員とかなる
そういう仕組みが民主主義だなと思った

いづれにしろ仙台行きと原町行きが何番線かはわかりやすくなった
駅長にここに表示してもらいたいと自分が言ったとき
時刻表があり一番下に何番線とかでている
でもそんな小さなものを見る人はいないのである。
だから駅というのもその場にいないと何が必要なのかもわからないのである。
確かに自動化しているから地元の人はわかる
でも駅は外部からはじめて来る人も多いのである。
だからはじめてくる人は自動化してもわからなかったのである。
そこが自動化の盲点だったとなる
でも交通とかなるとはじめて来る人がいるからそのことに対して自動化しても対処できなかったとはなる,自動化は万能ではないのである。

そして駅はJRだけのものではない,広場とか待ち合わせとか交流するとか何か街とかかわり活かされる,その意識がJRに欠けている
ただ自動化して通りすぎるだけのものと考えているのだ
人へのサービスが抜け落ちているのがJRだったのである。
だから人のサービスなど考えないからこそ自動化をすすめているのである。

タグ:時刻表

2018年03月01日

駅の保守点検は毎日のようにしている (駅前の活性化をどうするかが課題)


駅の保守点検は毎日のようにしている

(駅前の活性化をどうするかが課題)
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人のいるところに車がとまっているのを見たことがない


駅では何かしている,電気系統の保守点検も常にしている,掃除はJRの委託会社の人が駅舎の中を掃除するようになった
商工会はホームのゴミとトイレを掃除する,周に一二回である
だから掃除の問題はかたづいた

タクシーの乗り場と白線の字を消していたのは電気系統の小屋のようなものを建てるので車の置き場を確保するためである。
あそこにタクシーと白線で書いてあるから利用できない
ここは駐車場が駅前だけであり狭いから問題なのである
あの白線をさけてとめている
するととまる場所が限られるようになる
でも北郷タクシーではそこを確保するために金も払っているのかもしれない
でも実際にあそこにとめているタクシーを見たことがないのである。

自転車屋の人が一番駅を見ている,だからあそこが切符売り場とか駅を利用する人の便宜を計るのに向いているのである。
しきりになにかしたいと言っていた,ただおおがかりなことになると無理である。
鹿島区にも資金が援助されていたがそれも使ってあとつづきしなかったという
そのことをしきりに山梨から来た事業に失敗した人が言っていたのである。
あの人は経営のセンスがある人だったのだろう。
失敗しても事業のことを知っているのである
だから外部からそういう人を招きしてもらうこともいいとなる

地銀とか信用組合とかはそもそも地元に根ざした金融だとすると地域を良くするために活性化するために資金を投入することが本来の役割だったのだろう。
でもグローバル経済へ投資させて自分は損したのである。
自分で選んだことでもあるがグローバル経済には疑問が前からあった
地銀が生き残るにはグローバル経済とか投資信託を売るとなると
地域には必要ないものになるかもしれない
まず地域を良くしようとか銀行では考えないのである。
まず自分たちが損しないで利益をあげることを目的にしている
そしてたら地域の金融なのかとなる,証券会社なのである。
地銀としての役割はなくなったとなる

別に何か休息する飲み物を出す食べ物を出すような所はある
前にしていたところもあり空いている,使われていないか喫茶室とか休み場として利用できる,でもそうなると賃料を払わなくてはならない
人の流れが少ないからあそこで利益を出すのはむずかしいだろう
ただ休む待つ時間が電車の場合あり長くなる時があるからそういう場所が必要になる
小高辺りで事情があってお茶のみ場とか無料で提供している
小高の場合はいろいろ援助があってできたのである。

いづれにしろまず大きな事業となるともうできない
ただ小さなことはできる,自転車屋だって一部を休息所にできるかもしれない
そこでお茶やコーヒーやおにぎりくらい用意しておくのである。
そこでまず利益をあげようとすると失敗する
それほどの人の流れがないからである。
常磐高速のセデッティは人の流れがあれだけあれば商売になる

あそこで果物のジュースをミキサーで出していた,それを自分もまねして作ってみた
2500円のミキサーで簡単に作れた,リンゴだと材料がリンゴ半分でできた
あそこでは350円くらいで出していた,するともうかっているのかと思った
そのジュースをミキサーで出すのもいいかもしれない
なぜなら駅にある自動販売機は一番売れているからだ
必ず待ち合わせがありコーヒーとか飲んでいるからだ

今日は雨はあがったが後から強風になり運休になっていた
今日は風が吹かない前に磯部で始まったパン屋にパンを買いにいった
あそこだと鹿島からも近いのである。相馬市まで行くと遠いのである。
鹿島区ではパン屋がないので焼きたてのパンは食べられない
誰かやればいいとも思う,なぜか新地にはパン屋がある
焼きたてのパンを売っているのである。
磯部のパン屋は民家を改造してしている
まだパンの種類が少ない,だから期待したものとは違っていた
ただあそこから海が見えて眺めがいい所だった
復興住宅もありあそこの民家はもともとあそこにあった
磯部でも広いからあそこには行ったことがなかった

2018年02月21日

掃除は商工会の女性がしていた


掃除は商工会の女性がしていた

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商工会で掃除とかJRに頼まれたのを断ったというが今日はホームのゴミをかたづけたらしい
自分はゴミがはみ出したのでゴミ袋に入れてかたづけた
そのーとに制服を来たような女性が二人あと二人とか来て掃除したらしい
あそこは別に掃除といってもホームのゴミ箱にたまるのをかたづけるくらいである。
でも商工会に頼むとJRでは金を払っている

最近は駅であまりすることがない,ただなぜ自分が時刻表とか無料で配ったりしたのか?
それもカルマだったのである。自分は鉄道旅行が長いから相当にJRに世話になったとなるするとそこにカルマが生まれていたのである。
人間の一生をふりかえると必ずカルマが蓄積される
カルマをもたない人はいないのである。

それで介護とかもカルマなのである、親に世話になったから介護がカルマとしてのしかかる,カルマというのはなかなか気づかないのである。
でもどこかでカルマを返すことを要求されるのである。
それが強制される場合があるときは相当に重いカルマなのである

駅ではなにかある,今度は駅舎内にスーピカーをつけた,ホームにはあったが駅舎内にはなかった
何かこうして駅は仕事がある,ただ今はさほど仕事がなくなったことは言える











2018年02月11日

電車は風で遅れ鹿島駅前通りで交通事故発生!


電車は風で遅れ鹿島駅前通りで交通事故発生!

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原町から鹿島まで電車の赤い矢印が動かない
原町駅の人にインターホンで聞いてみたら徐行運転していたのである。
止まっていたわげではない,徐行運転して遅れていた



電車は風で遅れ運休になる,原町から仙台行きの電車が原町を出てもなかなか来ない
原町駅にインターホンで聞いたら徐行運転しているという
風になると風がやまないかぎり運転が再開できないから困る
あと仙台行きだと新地駅でとまり待つことにもなるから遅れるのである。

駅前通りで4時ころ交通事故があった
歩道に車がのりあげた
救急車が来たからなんなのかと思った
けが人が出たとのかと思ったがたいした事故ではなかったらしい
でも車は一部破壊された

交通事故は相馬地方で毎日のように起きている
この前は夜中の3時ころ女性が二人死んだ
20才前だった
その原因は雪が積もってアイスバーンになっていて
歩道を行かなかったからである。

車道の端を歩いていてもそこもアイズバーンになり雪が積もって避けていた
すると車道に入りそこを歩いていたのでトラックがきてはねられた
自分は自転車でそういう道路を歩いているからわかる
アイスバーンになると自転車はすべる,でも車道を行くと危険だとなる
だから歩きながらそういう道を来るほかないのである。

雪のせいで死んだとなる,そうでなくてもどこかで毎日こうした交通事故は起きているのだ
そのことを自転車屋の人と話した
いつもの人と近くの人が来ていた
あそこは人が集まる場でもある
駅を見ているのでそのことも話し合う

いづれにしろどこで事故にあうはわからない
あれが家の中につっこんでいたら大変だった
つまり家にいても危険だとなるのが交通事故である
家の中に入ることをさけてハンドルを切り塀にぶくかったのかもしれない
あんなところで事故が起きる,どこで起きるかわからないのが交通事故である

2018年02月09日

除草剤を線路や.ホームや線路沿いにまいていた


除草剤を線路や.ホームや線路沿いにまいていた

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ホースのようなもので水を出していた,何をしているのか向こう側のホームに行って聞いてみた
そしたら勝手ホームに入ってきては困ると言われた

でもなぜそうなっているのか?
ここが無人駅だからである。
普通にホームに自由に出入りしている
駅員がいないからそうなっているのである
それで見送りとか出迎いには便利なっている
ヨーロッパなどでは自由にホームに出入りできる
自転車もそのまま乗せることができるから便利である

二人来ていたが除草剤をまいていたのである。除草しているのをはじめて見た
結構雑草で鉄道は迷惑になっていた
そのことはインターネットで調べられたから便利である
雑草は鉄道にとってはいろいろな障害になっていたのである。
乗る方にするとそういうことは考えられなかった
乗るだけだとサービスを受けるだけだとサービスしてくれる人達の苦労がわからないのである。
駅でボランティアをしてつくづくそれを感じた
何かしら毎日駅に来て仕事がある,こんなに駅が手間がかかるものだと思わなかったからだ

今日は右田の一本松を見に東京から来た人がいた,駅前の自転車屋があってレンタルできると言ったが原町にも行くのでタクシーで行くと言った
あの一本松は切られた、前から枯れることはわかっていた
とても維持できるものではなかったのだ

一本松切られてここに松原のありしは遠く昔となりぬ

こんなふうになってしまうだろう。
今は風車とソーラーパネルと高い土手の風景であり全く昔の面影はなくなった
あそこに植樹しても自然の森にはもうならない
風車とかソーラーパネルと火力発電所の煙が出ているから工場地帯のようになってしまったからだ

ともかく駅とか鉄道を維持するのは手間であり金もかかる,だからとてもローカル線で廃止になるような線は維持できない,それを誰が負担するのだとなる
もっと乗ってくれといっても乗らないし維持しようがないのだ
観光といっても限度があるしJRだけではどうにもならないのである。
バスだと市とかで援助して一部運行している
鉄道はこのように費用がかかるからできないのである。
維持したいならそれだけの金をJRに払ってくれとなるからだ
それが自治体でも財政が苦しければできないのである。
タグ:鉄道の除草

2018年02月07日

踏み切り事故で遅れ一部運休 (監視カメラを駅前通り向きに設置)


踏み切り事故で遅れ一部運休

(監視カメラを駅前通り向きに設置)

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今日も踏み切り事故があり遅れた,一部運休になった

監視カメラを駅前の通りに向け設置した,駅長が来て業者と設置していた
その時見回りの駐在所の警察官が来た,その警察官は知っている人である。
何か警察に支持されて監視カメラを設置していのかと聞いたらJR独自でしている

すでに駅には三つ監視カメラがあるのを知っている,これで四つである。
今はどこでも監視カメラがありわからくても見ている
どこから監視されている社会である。

あれは駅前通りだから車などを写すことになる,車も写されるている
鹿島駅で振り込め詐欺の人が逮捕されたということではなかった
監視カメラに犯人が写っていたということなのだろう。

とにかく駅というのは何かかにかあり業者が来ているなと思った
人の出入りもある,それだけ駅というのは鉄道というのは手間がかかるものであった
保守点検にも手間がかかりしょちょうきているからだ

駅長に入り口に仙台行きと原町行きへの案内を表示してもらいたいといった
原町行きへの階段には設置してもらったがそれでもわかりにくい
外から来た人には意外と仙台行きと原町行きのホームがわかりにくいのだ
地元だったらわかるのだがはじめての人にはわかりにくいのである。

それにしても風意外でも故障とか事故で遅れる,こんなに電車が遅れるのか?
自分が乗っていたときはそんなに遅れがなかったように思う
風でも遅れていないしそんなに事故とか故障があるのかとも思う
ただ電車を乗るだけなのと駅員として常に駅を見ているのとは違う
だからそれなりに故障とか事故があったのかもしれない
毎日乗っているわけではないからたまたまそのとき事故がなければわからないからである。

タグ:監視カメラ

2018年02月05日

駅に張ってあった広告と働き手の募集 (人手不足は介護に多い)


駅に張ってあった広告と働き手の募集

(人手不足は介護に多い)

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これらは関係あるのかもしれない,街作りというのもこの辺の課題としてあるし駅からの街作りを駅にかかわり考えたりした
ただそれが大がかりになるととても手が負えないものとなる
駅でこの前電車が行ったばかりでまにあわず喫茶店とかで休みたいと言ったがそれがなかった,何か駅前にはそういうものが必要である。
近くに食堂がありもう一つあったみたいだが案内できなかった
今は喫茶店だけしているところはほとんどない,スナックみたいな酒飲む所とカラオケが併用になっている所である。

介護はもう小高でいい施設が建物があっても人が集まらない,介護する人が集まらないから再開できないと放送された
介護は給料が安いししたくないのはわかる,そして重労働の場合もあるから誰もしたくないとなる
でも仕事を考えるとコンビニであれその労働にやり甲斐があるのか疑問だし銀行員と接したがその仕事も今は株とか投資信託とかすすめるだけで何か職業としていいものとはならなくなった、前は郵便局でも銀行でも信用組合でも何か地方ではいい就職先だったのである。
だから孫は銀行に就職したと喜んでいる人がいるのもわかる

信用がないと就職できない所だった,今は変わってしまった,株とか投資信託をすすめる証券会社の支店なのかと思う
部長という人が来たけどその人も真面目そうな律儀な人に見えたのである。
その人は銀行員として真面目な仕事をしてきた
その人は退職した,退職して良かったなと思った,今の銀行はそういう律儀な固い地域に信頼できるものとなっていない,変わってしまったのである。
銀行そのものが存続できるかどうかの瀬戸際になっていたのだ
そういう時代なことも知らなかったのが自分の失敗だった,何か津浪原発事故以来時代が急速に変化して対応できなくなったのである。

職業の問題が重要なのは職業によって人格が形成されるからである。
銀行員であれば人間も律儀な真面目な人になっていた,証券会社化すればそうならない
それに比べると介護などはどうなのか?これもいろいろ問題あるにしろ介護に要求されているのは何なのか?
それは優しさなのである。常にやさしさが要求される職場というのも他にないだろう
銀行員だったら優しさなど関係ない,金をいかにして集めるがノルマになっている
そこでいかに手数料をとるしかなくなる
だから介護職がそういう職業と比べて悪いものでもないと外から見ればそうなる
ただ介護でかえって人格がゆがめられることもある
例えば障害者を相手にしてばかりいた人が遂には大量殺人になったのでもわかる
こんなやつら生きていて何の価値があるんだ,そういうことは老人の介護でもありうる、あまりにも増えたからそうなったのである。
そして介護する動機がもていないのである。

自分はひどい認知症の介護で最後は鬱病になたっけどももう一人も介護したけど自分には強い動機があった,特別自分は60になるまでも良くされていたのからである。
そういう特別な事情があったから懸命に介護したとなる
そういう動機が老人ホームではもていないからできないとなる

ともかく人手不足は深刻であり特に介護関係では深刻なことがこの募集広告でもわかる
駅はこの広告でもそうだが現実に人が出入りすることでも生の情報に触れる場所であることを書いてきた,そういう機能がある場だったのである。

2018年02月02日

人手不足は深刻


人手不足は深刻


昨日駅で会ったのは沖縄の人だった,岩手県の陸前高田市のことを言っていたから岩手県の人かと思った,なまりがあるので変だなと思ったら沖縄の人だった
その人が言うには人が沖縄で募集しても集まらないという
70以上の老人とかが多いと言っていた,確か東京から80の人が来ていたから人手がたりないので老人でも集めていることがわかる
ベトナム人が来たのもそうである。

建設現場では人手がたりない,でも知っている非正規雇用の人は東京に職探しに行った
この人はいわきの建設会社に雇われているのだが6月まで仕事がないから東京に行った
これはなぜかわからない,近くで人手がたりないと言っているのにどういうわけなのか
前はここで除染の仕事もしていたからだ
ベトナム人もいたが時間にルーズで働かないという
それは実は沖縄人でもそう言われる,南国の人はルーズなのである。
のんびりしているのである。気候でそうなるのである。

沖縄の人は夏に風をひくという,それはバイ菌が飛んでくるからだという,確かに暑いと山原とかの森林がありバイ菌が生まれやすい,それで風をひくというのも南国なのか?
東南アジアとか暑い国では男は働かない,それでもやっていけるのはバナナなどは働かずにとれるからだともなる,食うには困らないからだとなる
日本人はそういう国からすると異常に働く,外国でもそんなに働かない
バカンスとかも長くとる,日本人はなぜこんなに働くのかそこに日本人特有の文化があるという,でも江戸時代は二時で仕事が終わりのんびりしていたというのは何故だろうとなる

無人駅だと仙台行きと原町行きのホームがわからない,初めての人はわからない,それで今度は改札口にその表示をするといいと原町の駅員に提案した
何か欠けているものがある,それはその駅で働いてみないとわからないのである。
ともかく無人駅では困ることがある,それをここで書いてきた
地元の人もそのことを言っていた,老人がふえて電車を利用する人が増えてくる
すると駅からの足が交通も必要になる,バスなども必要になってくる
そういう対策も必要である。

タグ:人手不足

2018年01月28日

鹿島駅からの交通案内


鹿島駅からの交通案内



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印刷自由

この辺は交通が複雑になっている,そして変わりやすい
鹿島駅からいわき方面に行くのが双葉とか大熊が電車は通れないので不便になる
でも常磐高速道路で原町駅からハイアンズまで行くバスの便が最近出た
4便くらいでているから便利である。
ハアイアンズまで行きそこから湯本駅に送迎バスが出るが
帰りもやはりバスが便利である。

鹿島駅からは直接飯館村に出るバスが出るようになった
4便とか出ている,原町駅までも200円で行けるから電車と同じ料金である。
乗り場みっつくらいあるが駅通りの商工会館から十字路にでて右側にある
ここはわかりにくいつかもしれない

ともかく鹿島駅からは不便である。原町駅に一旦行くと便利になる
仙台行きの直通のバスがまだでている,ただ鹿島には止まらなくなった

2018年01月27日

今日も電車遅れて混乱 (ベトナム人を案内)


今日も電車遅れて混乱

(ベトナム人を案内)

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窓ガラス破損したというのはどういうことなのか?


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ゲームのような表示はアナログであり数字の表示はデジタルになる
数字だとわかりにくい,電車が動いている方がわかりやすいのである。


今日も電車が遅れた,風のためではなかった、ガラスの窓が破損したという,一時運休と出たが消えた,風のためではないから次々とは運休にならなかった
一人は浪江の方からいわきへ行くとかの人がいた,その人は急いでいるのかタクシーを呼んで原町まで行った
中国人も一人いわき市へ行くと言っていた
これも困った,原町駅から高速バスがいわき市まで出るようになった
それは一日四本くらいであるから時間をみないと乗れない
要するにいわき市まで通じないことで不便になっているのだ
この影響はかなり大きい,後二年いわき市まで通じるにかかる
その間はバスを利用するのがいい,原町から高速だと90分で行く

今日はベトナム人の若い人が二人きていた,小山に行くという,それも普通列車で行くというのでその説明にてこづった,一年はいるので多少は日本語は話せて通じる
でもまず小山まで普通列車で行くとしたら乗り換えが三回くらいあり簡単には行けないし時間がかかりすぎる、でもなんとか行こうとしていた
金がないのでなんとか行こうとしていた,でもあきらめて新幹線で仙台から小山に行くことにした
それでその行き方を説明した,乗車証明書のとり方を教え新幹線の乗り方を教えた
小山には止まらない新幹線もあるからだ
そこで間違うと通りすぎてしまう,その確認が必要だった
ただその人は通信のタブレットをもっていてそこに地図が出てくるのでそれで説明できたベトナム人でも今はスマホでもタブレットをもっているのは時代である。
何か連絡するのに必要になったからである。それは携帯とは違うのである。
その人は今日行くのではなく後日だった

外国人だと無人駅になると説明がむずかしくなる,でもあの人はなんとか日本語が通じていた,英語はできない,英語ができればもっと通じたとなる
一年いれば感である程度わかるようになる,若い人は順応性が高いからである。
自分は50代で海外旅行してひどいめにあった
ベトナムにもホーチミンからハノイまで電車で行った,あそこは高低差がかなりあったみたいだ
ベトナムは人間は親しみ安く面白い所だと思った,だから親近感があった

最近増えているのは中国人はフクソウとかで前から若い女性がいた,今もいる,中国人はめずらしくない,仮設の食堂にも中国人の女性が働いている,ただ中国は日本より都市部では豊かな所がでてきているから事情が違ってきた,ITでは日本より進んでいる
紙幣を使わずにスマホでしているから進んでいる
10年一昔というけど世界もこんなに変わるとは思わなかった
自分が行った十数年前はひどい貧乏国だったのである。電車でも家畜のように人間が積み込まれていたのである。命懸けで電車に乗っていたのである。
この辺にきているのは旧満州地域の人である

ベトナム人が増えたのは中国人は日本に来てもそんなにメリットがない
ベトナムはまだ貧乏だから日本に憧れて来る,でも問題はそうした貧乏国の移民はその生活の落差に気づいて犯罪を犯す,かえってその差を具体的に感じてそうなる
だからその人はなんとか新幹線が高いから普通列車で行こうとしていたのである。
それは日本人でも同じだった,知っている人は金がないから普通列車で帰ってくるという旅行なら普通列車でもいいが用事で行くとなるとめんどうである。
まず普通列車で小山まではあのベトナム人は行けない,それでしかたなく新幹線で行くとなった

もう一人地元の青年であり親が大工だけど最近仕事がないという,全般的に震災からの仕事が減っている,仙台の業者が100百万でユニットバスを作ってくれた,高速で来ることができたから進出してきた,イワタニガスでは二百万かかると言っていた
そこの会社は良心的でありいい仕事をしている
だから地元では競争できないということもある
ただ建て売り住宅のようなのは安いからそれなりのものだというのもわかる
土地こみで2000万くらいでも売っていたからである。

今日は混乱した一日だった,国際化した田舎駅でもあった,あういう時は案内がないと困る,これからは風で遅れやすくなるので案内が必要になる
駅員がいないと困るのである。ただ自分は一日のうち一時間いれば長い方である。
今日は混乱したので二時間くらいいた

電光掲示板の案内はゲームのように電車が動くのがアナログでありかえってこっちがわかりやすい,新地駅を出て次は相馬市にきた,日立木に来たとなりわかりやすい,これは時計の針のよう地アナログなのである。
一方数字はデジタルである,このデジタルの方がわかりにくい,なぜなら何分遅れたとかあっても電車がどの辺まで来ているかわからないからである。
アナログ表示だと電車が動くからわかりやすいのである。
数字だと遅れた時間も変わりわかりにくいのである。
つまりアナログ表示も必ず必要であり人間はデジタル表示だけでは頭に入らないのであるだから自動化した無人駅からはいろいろ考えることがあった


タグ:ベトナム人

2018年01月25日

最初は車両点検で30分遅れその後は風で運休?


最初は車両点検で30分遅れその後は風で運休?

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12 時45分で運休になる

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今日はまた改札口のスマホ用の自動改札機を直す人がいた,この前も直していたのである乗車証明書のも直していた。
何か駅というのはこうした点検が本当に多い,結構故障するものだと思った
これはソフトの不具合が起きたためである。

今日は電車が遅れた,そこで一時間以上駅にいた,5人くらい乗る人がいて案内した
遅れるときがわからなちなり困る,どれくらい遅れるのか?
それが問題になる,でも原町駅にインターホンで問い合わせて良くわからないとなる
時間は正確にはわからない
最初は車両点検のために遅れると電光板にテロップが流れた
だから風のためではなかった,30分遅れで電車がきて車両に雪ついていたから雪のために車両点検になったのだろう。

その次運行停止になったのは運休になったのは風のためだろう
車両点検では運行停止にならないからだ
車両の点検が終われば正常どおりになる
でも風の場合は一日吹いているので運休になる
風がやむまで運休になると長くなるから困るのである。
急いでいる人は原町からバスで行ったりした
まだ仙台までのバスは出ているからだ

いづれにしろこの遅れのために長く駅にいた,今日は寒いから暖房もないから待っているのは辛い
新地駅はエアコンがあるからこういうときは恵まれているとなる

以前として仙台行きと原町行きがわかりにくく聞く人がいる,それからタクシーの案内がドアをあけた所にあるのでほとんどの人がわからない,そのことをタクシーの運転手には言った,それが一番聞かれるからである。
この前は小池のコモドインに泊まる人に聞かれた,コモドインに泊まる人はそれなりにいる

その後は運休になっていた,やはり風の影響だろう。この運休は風が吹くとあるから困るのである。

2018年01月16日

駅にものものしく警官が来た (高校生に何かあった?)


駅にものものしく警官が来た

(高校生に何かあった?)

今日はばあちゃんが一人きていた,何でも鹿島の仮設に住んでいたから来てみたと言っていた,今は新地に住んでいる,息子が住んでいるのでそこで暮らしているという。
そのばあちゃんは電車に乗っていなかったので電車のことがわからないと言っていた
車の免許をもっていたけど今は乗らないという
80過ぎているからだ,そういう人が増えているのである。
その人は小高の井田川に住んでいたのである。
仮設の食堂には良く行っていたという,仮設は壊されている,残るのはわずかとなる

今日はものものしく警官が五六人駅に出入りした,知っている警官もいた
一人に聞いてみたらなんか丸坊主の高校生とかに何かあったらしい
それで通学しているから電車を待っていたのかとなる
何かものものしいから確実に高校生が問題を起こしたのかもしれない

まず駅にはいろいろあるものだと思った,駅がこんなにいろいろなことにかかわるとは思っていなかった
駅は広場の役割があり人々が交わる場でもある,だから生の情報が得られる
インターネットとかではない直接交わる情報が得られる場である。
外部からも来るから外の人と内の人が交わる場所でもある

小高駅はやはり高校に通う人が五〇〇人とかいるからそこで駅員が必要となり鹿島駅から移ったのか?
何か今日の警官のものものしい出入りではそういうものを感じた
詳しく警官に聞こうおうとしたが後はしゃべれないといった
何か推理ドラマでも警官と記者がやりとりするのとにている
自分はボランティアの記者にもなっているからだ

ともかく駅はいろいろなことが起きる場であるこを知った
それは社会といろいろかかわる場だからそうなっている
外部の人でも多様な人々が出入りして交わる広場の役割をしている
それで振込詐欺の犯人が監視カメラに移り鹿島駅でつかまったというのも驚く
駅は外部の人の出入り口にもなっているからだ
ただ今は車であり道の駅がそうなっている,車だと何かわかりにくいのである。
自転車で旅行していると目立つから職務質問などを受けやすい
車はわかりにくいのである。だから車の犯罪だと警官も追跡しにくくなる



2018年01月15日

駅前の公衆電話故障の原因 (十円玉がすりへって合わない,昭和の十円玉は使えない)


駅前の公衆電話故障の原因

(十円玉がすりへって合わない,昭和の十円玉は使えない)

公衆電話にも歴史がある,大正時代からはじまってるとすると古い

新潟県中越地震(04年)の発生の際には、公衆電話が減少していたため被災住民に不便となったことや、岩手・宮城内陸地震(08年)の際に公衆電話が最も通じやすかったことが、過去には報道されていた。

公衆電話が災害時に強いのは、NTTが設置する公衆電話が「優先電話」と同様の扱いとなっているため(総務省HPより)。

東日本大震災で帰宅難民があふれた首都圏で、公衆電話の前に長蛇の列ができたことはまだ記憶に新しいところです。停電や規制で携帯電話がつながらない中、優先的に通話ができた公衆電話はその価値を見直されました。

経済状況などによって硬貨の重さや大きさが変わると、公衆電話も対応する必要が出てきます。

新しい5銭硬貨が公衆電話で使えないことを伝える記事=1920(大正9)年12月17日付東京朝日朝刊5面
拡大新しい5銭硬貨が公衆電話で使えないことを伝える記事=1920(大正9)年12月17日付東京朝日朝刊5面
 1920(大正9)年、新しい5銭白銅貨がつくられました。当時の公衆電話ではこの硬貨が使えなかったため、逓信省と大蔵省で対応策が話し合われます。「旧5銭白銅貨と同じ形の金属をつくって、切手のように売る」などの案も出たようですが、最終的には電話機自体をつくりかえることで決着しました。

このうよな歴史がある

今回の故障の原因は十円玉が古くなりすり減ってあわなくなったためだという
そんなことがあるのか?硬貨自体が変わるとそれに合わせられなくて機械自体を変えることになったことはここに書いてある
でも十円玉がすりへって使えなくなり故障になったというのは驚きである。
十円玉がそんなにすりへるのか?それが機械に影響して使えなくなった

それはスーパーのお釣りがでてくる自動機械でもそうである。古い硬貨を入れて不具合になったことがある,何か使い古したものがそうなりやすい。
ただ十円玉がすりへって使えない,故障の原因になっているのとは思わなかった
昭和の十円玉は使えないという,それだけ硬貨でも使っているとすりへってくるのだ

そのNTTの警備員とかになっている人は浪江の人なのでいろいろ話した
その人も原発で働いていたのである,浪江だと三分の一なんらか原発に関係していたのである。
ともかく駅に関していろいろあるものだと思った
それはただ駅を利用して乗りおりするというのではなく駅員のようになり駅を管理するようになったからである。
奇妙なのはそのNTTの職員にごくろうさまとか言うのは駅員がすることである。
駅の管理者がすることである。JRの人がすることである。
この公衆電話も駅の一部なのである。

つくづく機械には弱点がある,昭和の硬貨はまだ使っていたはみたが平成のがほとんどになっているのかもしれない

29歳平成元年1989年
30歳昭和63年1988年

昭和から天皇が代わり平成になった,それは30年前だった,昭和から30年すぎたのか?
これも早かったなと思う,昭和は長かった,平成は天皇退位で来年は年号が変わる
これも時代だと思う,日本の年号は何なのか?
江戸時代などはめまぐるしち数年でも変わっている,でもその年号が郷土史とかでは貴重である。その年号から時代をみるからである。

ただ昭和の時代は平成の時代と比べるとどういう特徴があるのかとなるとわからない
昭和は戦前もあり戦後も長いからそれも長すぎて時代の特徴を出すことができなかった
時代区分では戦前と戦後になるからである。昭和というのがつづいたのは違和感がある
それは天皇の在位期間によって左右されていたのである。

いづれにしろ何か今回の駅前の公衆電話も一つの歴史だと思った
公衆電話は緊急時に役に立ったということはやはり必要なものなのだろう。
でもカードの時代になった,でもテレホンカードなど使っていない
みんなスマホを見ている,携帯を使っている
ただ携帯を忘れたとか,年寄りとかとかまだ使っている人はいる
でも三分の一に減ったとなるとこれも時代だなと思う

今回の公衆電話の故障では機械は万能ではない,十円玉がすり減ったら使えなくなったとかある,これもやっかいである,何か機械ではすべて対応できないものが出てくる
だからAI化とか自動化が盛んに言われるがそれが万能にはなりえないのである。
必ず不具合が生まれ故障したり事故になったりするのである。
それで駅員が必要だとなるがそれがコストの関係でできない,でも自動化してもたりないものがありそれを補うのが人間なのである。

タグ:公衆電話

2018年01月10日

公衆電話を直していた (浪江の人が働いていた)


公衆電話を直していた

(浪江の人が働いていた)


今日はnttの下請け会社が来て公衆電話を直していた
その下請け会社は原町にあった
そこに勤めていたのが浪江の人だったのである。

ちょうどばあちゃんがきてタクシーに乗りたいと電話したいと言った
ところが公衆電話は修理中でありできなかった
そのばあちゃんは携帯ももっていなかった
それでnttの人が携帯で連絡してくれた

今日はその他に車が二台保守点検の人が来ていた
結局三台も車が来ていたのである。
駅とは何かこうしてそうした保守点検の人が絶えず出入りしている場なのである。

公衆電話でも誰かが連絡しないと来てくれない,駅員がいれば連絡するからいいが無人駅だといないから困るのである。
つまり無人駅だけではやっていけないことがあることがわかった
公衆電話は使う人がまれでもやはり使う人もいる
だから廃止するわけにはいかない

浪江の人は原町に仕事を持ち会社に勤めたからいい,家も建てたという,そうして帰らない人が多いのである。その人も年だから何か仕事につくことがむずかしかったという
その人は幸運だったとなる

今日は風吹いたけど遅れていなかった,これから遅れることが問題である
これも人かいないととまどうことがある
インターホンで原町に連絡できてもそれがどこにあるかわからず連絡できないこともある慣れた人はできるが外から来た人はそういう装置があっても簡単に利用できないのである。

タグ:公衆電話

2018年01月09日

風で運休でこれから困る電車利用


風で運休でこれから困る電車利用

今日は昼間風で遅れたと表示がでていたら時間が伸びて赤字になりやがて運休になった
鉄道の問題はこの風による運休である
なぜなら毎日のように風が吹く季節になったからだ,去年もそうだった
新地から高架橋になったから風を受けるためになる

一人は足をひきづって歩いて来た人がいた、30分遅れるよと向かい側のホームに行って連絡した,スピーカーで連絡するのをJRで忘れていたのだ
それをインターホンで言ったらスピーカーから遅れをアナウンスした

でも足ひきづって歩いていた人はそのまま向かい側の待合室にいた
その人は歩くのがひどいから階段を上り渡るのが苦労なのである。
だからその人はそのままいたのだろう。
でも3時間くらいすぎて行ったらいなくなっていた
いくらなんでもそんなに待っていられないだろう。


それから仙台方面に行く人が駅に来て困った,バスで行くということで原町駅にインターネットから連絡した,原町駅から仙台のバスがまだ出ていた,もう鹿島には止まらない
それで行くことにした

何か案内することは駅にある,無人駅でもある,ここは結構まだ人の出入りがある
東京方面に行く人も多いからだ
この風による電車の遅れはこれから必ずあり毎日のようにある
去年もそうだったし今年も同じである。

あの足をひきづって来た人のようにこういうとき駅員がいないと困ることはあるなと思った,つまり無人駅では困ることは必ずある
こうした緊急事態がつづくこと余計にそうなるのである。

今日は知っている人が原町駅に行って帰ってきた
図書館に行ったという,他の人も一緒だった
何か暇な人が高齢者が図書館に行っているみたいだ
あそこは休めるようになっているし駅前だから便利なのである。
他でも図書館が高齢者が集まる場所になっているというのもわかる
高齢者のたまり場になっている
あとはゲートボール場に高齢者が集まる
ただあそこは車をもっていないと行きづらい
車のない人は電車で図書館で暇つぶしとなっているのかもしれない

自分は本当に図書館に行っていない
家事で忙しいし図書館に行く余裕がないのである。
そして調べ物はインターネットでしている
自分が疑問に思うことがインターネットに出ているのでそこから議論を深められる
図書館ではなかなかそういうことができない
だから図書館というのはただ本を読む場所ではなく高齢者とか学生とかのたまり場になっているのかもしれない,今はあまり本を読む人が少なくなっているからだ
ただそれにしても往復400円かかるからそんなに毎日は行けないだろう。

駅が不便なのは買い物ができないことである。
六号線の道の駅にスーパーがありイオンも離れているからだ
自分は買い物ののために自転車でいつも行っている
駅は利用しない,でもこれから高齢化が進んでくると電車を利用する人が増える
車は危険になるからだ,ただ駅の不便なのは駅からの足がないことである。
だからある都市では駅とか通りとかに老人を住まわせた,そこから食事でも買い物でもできる,車を利用しないコンパクトシティを作ったのである。
それは高松市であった,そんなことも高齢化社会では必要になる
ただあそこまでするとなると容易ではないし簡単にまねできないと見た

2018年01月06日

無人駅から無人駅にのると切符も買えず金も払えない


無人駅から無人駅にのると切符も買えず金も払えない

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今日来た人は駒ヶ峰が乗っていた,そこも無人駅なのである。そして鹿島駅におりた
その女性は乗車賃を払えず困っていた,それで原町駅にインターホンで連絡した
240円だから切符入れに金を入れてくれとなった

そのことは前もあった、その時は千円とかになっていた,その人も無人駅から乗っていたのである。無人駅が増えるとこのことが一番の問題になる
金が払えようがないのである。車内で車掌に払わないと払うことができない
でも車内だとめんどうで払わないことがある

それより感心するのはそうして別に金を払わなくてもいいの払おうとしていることである自分はそういうことがなかった,かえって得したとかなる
その辺が日本人ならではのものなのか?
外国人でもそういうことがないかもしれない
ただ外国ではヨーロッパなどではなぜ改札しないのか?
それは信用しているからだという,いちいち切符を確かめたりしないのである。
日本ではいちいち切符を検札しているのである。
だからホームに自由に出入りできる,無人駅で便利なのはホームに自由に出入りできることである。

いづれにしろ無人駅の最大の問題はここにあった,無人駅が増えればこのことが一番問題になる,まだ鹿島駅が無人駅になっていることが知らない人もいる
もし無人駅と知っていればこういう人は車内で車掌に金を払うだろう。
ただ無人駅を調べて無人駅から乗り無人駅からおりたら無料で乗れるともなる
無人駅が増えればそうなるのである。

鹿島駅では今日は近くの人がプラタンの花に水をやっていた,その人になぜ掃除をしなくなったのかと聞いたらみんなめんどうだからしないという,金をもらってもたいした金ではないからしないという
プラタンの花に水をやるだけでも手間なこと確かである。
でも掃除がそんなに手間なのかとなるとわからない,ゴミなどほとんど落ちていないからである。

とにかく鹿島の無人駅について書いてきたが他でもこういう問題は起きる
無人駅にはやはり問題が起きる
特に盲人などが乗る時は見ていないと危険ということもある
鹿島駅には一人だけ通う盲人がいる,でもなんとか乗っている
一回原町駅の駅員を呼びつけていたのである。

何か自動化してもそこを管理する人が必要にはなる,なかなか何でも無人化するのはむずかしいことがある,自動化してもコンビニなどでも問題が起きる
だから無人化はむしろ実際は利用する人の問題でもある
まず無人駅から乗って金を払うような人は一回覚えれば車内で払うからだ
無人駅になっても利用する乗客が助けるとやっていける
それで人件費がJRでは節約できるとなる
そして駅の掃除くらい地元の人達が無料ですればいいと思う
そうしないと鉄道そのものが維持できなくなるからだ
まだここはそうして廃止路線にまではなっていないが経営としてはやはり楽ではないからだ

タグ:無人駅

2018年01月04日

駅前の公衆電話が金を入れても落ちてくる (NTTに連絡した)


駅前の公衆電話が金を入れても落ちてくる

(NTTに連絡した)


今日まずタクシー呼ぶ人がいてわからなかった,ここに電話番号書いてあるよと教えた
そういうことは前にもあった,駅からタクシーで行く人がいるがその番号がわからない人がいる
張り紙していても気づかないのである。
その人は競輪のサテライトに行く人でありそういう人は前もきていた
そういう人はあまりいい感じはしないが一応駅の案内人なので教えた
そして公衆電話でタクシーに連絡しようとしたが十円入れても落ちてくる
それで連絡できなかった
普通は携帯とかスマホで今は連絡する
その人も実は携帯はもっていたが忘れたのである。
今はまず公衆電話を利用する人はまれである。

それで今度はNTTに連絡したらすぐにくるという,何かインターネットだとそういう連絡先が見つかるので便利である

なんか今は駅に行っても仕事がない,ただ今日は正月帰りの人で混んでいた
でも別に何か教えることもなかった,ゴミを拾ったりした
ここで人が集まるところが駅なので行っている

でも不思議なのはこうして何か用事があるということもある
だから無人駅では困るということもある,誰かが人が見て管理していないと駅が正常に利用できないということはある
公衆電話がそうだったが別にそれでその人が特別困るということではない
競輪場に行くだけだからそういうのは別に遅れてもいいだろう

仕事ならまずいと思うがそういう人は仕事ではないのだからどうでもいいと思っていた
実はその競輪場はいらないと反対運動もあったがおしきられた
底辺の人が掃除する場など仕事ができるからいいんだよなとか言っていた
底辺層になるとそんなことを考えるのである
経済的効果はあるが風紀的にはいいものではない
そういうとパチンコだってそうなる,ではまた東電のような原発だって実は金になってもいいものではなかった
ただ金になるということだけで経済効果を求めると後で失敗してとりかえしがつかなくなる

ただ駅で案内するときでもそれは何らか役にたつということはある,意外とわからないのは駅前に一軒食堂があるがそれがわからないのである。
駅前といっても少し離れているから看板がわかりにくいのである。
まず普通旅すると駅に来てもいろいろ案内があってもとっさにわかりにくいものだと思った,それは自分が旅してもそうだからである。
やはり駅員がいて案内してくれればわかりやすいとなる
だから駅員がいて案内役が必要なものとしてある
でもボランティアでそこで一日そんなことする人はいない
自分はちょっと通りがかりかかわっているに過ぎないからだ

ともかく街を案内するということはやはり一つの仕事なのである。
何か仕事があれば必要とされているとなるからいいが何もないとしたら用はないとなってしまう。
ただ駅は街の広場の役割がありそこに外部の人と内部の人とが交わる場所なのである。
道の駅などだとここより外の人が頻繁に出入りするからそうなっている
今は道の駅の方が鉄道の駅よにぎわっているのである。

タグ:公衆電話

2018年01月01日

JRはサービス業ではない (国鉄からの習慣ー武田邦彦氏の論)


JRはサービス業ではない

(国鉄からの習慣ー武田邦彦氏の論)

コンビニにぶちぎれ

車掌は検札するだけで座席をきれいにしない,乗客が座席をきれいしろとしている,
車内の清掃は下請けと乗客にさせる魂胆

下請けにさせないから乗客が座席をきれいにしろとなる

車掌→下請け→乗客

国鉄時代からJRに変わっても客は乗せてやっているという感覚

だから乗客が掃除しろとなる,それは国鉄時代からの習慣なのである。

このことを指摘していたけど面白いと思った
それはなぜか?自分が無人駅でボランティアのようなことをはじめて知ったのである。
駅に関心ある人も駅のことで何かしてもJRの人はありがとうとか言わない
自分も言われたことがない,そんなことするのは当然だよとなっているのだ
それは国鉄時代からの慣習なのである。

俺たちは乗客を乗せてやっている,だから掃除くらい自分でしろ

そういう感覚なのである。無人駅でもそこの掃除は乗客が地域の人が乗客になるのだから掃除しろとまでなっているのだ,それが当然だともなっている
つまりサービス業だという感覚はないのである。

国鉄はまさに今の公務員とにている,公務員だとサービス業とは違うが市民にサービスするのだからサービス業の側面があるが実際は威張っているだけだとなる
国鉄もまさに公務員だから線路を補修するとか点検するとか車両を作ると安全を守るとかには意識が高いがサービス業をしているという感覚がないのである。
だから接客でも上からの目線であり民間のサービス業とは違っていたのである。

ただここでは前から地区の人に商工会を通じて掃除を頼んでいて下請けしていて金も出していたのである。最近それが断られたとかで掃除してくれる人を探していると問題になり自分も書いたのである。
それは水戸管理局で決めることでありかかわることはできなかった
でも自分は無人駅のゴミを拾ったり掃除もしている
ただ原町駅の駅員が掃除には来ているしそれほど汚れないからいいとはなる

ただなぜJRでも駅をこれだけかかわってしているのに一言もありがとうとは言わないのである。それは国鉄時代からJRでも乗客は乗せてやっているのだという感覚だからである。そしたら乗客は座席でも駅の掃除でもするのは当然だとなる
それに例を言う必要はないとなる,サービス業というと日本のおもてなしが有名だけど
外国などは売るのにそっけない,売っている方が偉いとかまでなる
日本はそれに比べると消費者王様だとなりそれも外国から見れば異常に見えるかもしれない,そんなにコンビニでも丁寧に礼を言われたりするのは過剰なサービスになる
自分でもコンビニなんかそっけなくていいのである。

でも買う人は日本人はうるさいのである。そういうクレームを言う女性が身近にいるからわかる,底辺層にかえって多いかもしれない,底辺でこき使われた人だからこそそういうふうにクレームをつけてその時優位に立つとなる
自分などサービス業などしたことがない,頭を下げて物を売ったりしたこともほとんどない,だから本当は自分は人のことでとやかく言えないともなる
鉄道の人にも旅したから世話になったから恩返しであり礼など言われなくてもするとはなる

ただ一般的にはそうはならない,JRにはサービス業の側面もあるがその感覚はない
自分たちは職人であり電車を動かすプロだという職人気質はある
でも客と接する場もあるからそこはサービス業なのである。
駅の面白いのは何かそこで社会と実際にかかわる社会が見えるということで面白かったのである。別に自分は怪しいと通報されたり警官が来て職務質問とかされなければ何も文句は言わないし要求もしない
ただ何か社会の一般常識とJRがはずれているところがあったのかと思ったのである。
だって道を聞いただけでいちいちありがとうと言う人がいたし自分はありがとうと言われる立場にあったことは確かである。
それでも自分はそれよりJRの職員にありがとうと言う立場にあった
鉄道で旅できたのもそこで働く人たちがいたからである。
ただ社会でまともに働き地位が高いとかなると不満があるのはJRにはサービス業の側面があることを意識されていないからである。

タグ:JR 国鉄

2017年12月26日

鹿島駅のイルミネーション


鹿島駅のイルミネーション

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青色が幻想的である

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鹿島駅のイルミネーションはそれなりにきれいだった,青色が幻想的である
海の色のような感じがして海が近いからあっていた

8時頃だったが外人がいた,英語で話しかけたら「日本語でしゃべってください」と言われた,日本語は本当に上手であり日本語で日本人と普通に話できるレベルの人だったのである。どこの人かわからないが前にドイツ人が3人来ていたからドイツ人かもしれない
すぐ近くに風力発電の事務所がありそこに来ていたからだ
あの時のドイツ人は日本語はしゃべれなかった

あの時間でも他に仕事に来ていた人が仙台行きにのった,まだこの辺は外から来る人がそれなりにいるのである。
二日前だったか橲原(じさばら)に18才まで住んでいたという人が東京へ帰る所だった
右田の松原が津浪で流されて残念だったというとその人はトラックにのせられて海水浴に右田まで来ていたという,橲原(じさばら)から東京へ住んだのもまた大きな変化である
今は小高でも浪江でもイルミネーションをしている,ただ駅だと電車が来て余計にファンタジックになる,これはいいものだった

駅は寒いと言ったので駅の中にで待っていろと言った,電車が来てからでもここは無人駅で乗れるからである。
ストーブがあればいいと思ったがそこまではできない,駅員がいないと管理できないしそこまでJRではサービスできない、ただ今日は寒い,新地駅はエアコンになっているからこの辺では特別であり津浪の結果、かえって良くなった駅だったのである。
原町駅でもエアコンをしていないし相馬市の駅にもエレベーターもていからである。

とにかく駅は自分にとって今年はいろいろと関係した場であり面白かった
やはり秘境を求めてきた自分だが人の出入りもないと淋しいとなる
特に家族が死んでから自分は人と話しかけるようになったのはそのためなのである。
家族がいないことの影響は本当に大きいものだったのである。

2017年12月15日

水戸管理局と原町の駅長が来る (無人駅の掃除する人を探していることは確かだった)


水戸管理局と原町の駅長が来る

(無人駅の掃除する人を探していることは確かだった)


水戸管理局の人が原町駅の駅長を待っていた,駅舎ないに入り電源かなにか点検するものがあるという,そこは鍵がかかっていて入れないからだ
水戸管理局の人は良く来ている,何かしら点検作業が常にある

まもなく原町の駅長が来た,そこで今まで聞いていた鹿島駅が無人駅になっこたことで、商工会の人に掃除を頼んでいたのだがそれを断られたことで新たに掃除してくれる人を頼んでいるのか?誰かNPO法人が申請しているのか?
そのことを聞いたらそれは水戸管理局でしかわからないという
契約は水戸管理局でしいるからわからないという

そこで駅前の自転車屋と話し合った

誰かが申請したことは原町駅ではわからない,水戸管理局の人が決めているからわからない」
「原町の駅長ではないのか?」
「でも誰かが申請したことは市役所ではわかるのではないか?市役所を通してしか申請はできない,直接水戸管理局に申請することはできないし聞くこともできない」
「まあ,掃除だけだから近くの障害者の施設の人が市で作ったトイレを掃除しているのだからついでにやればいいというものだよな」
「ゴミは落ちている,吸殻とか多い,自分は拾っている」

そんな話をした,でもこのトイレさえ外から来る人にはわからないのだ
それで郵便ボスとのところに小便した人がいたという
自転車屋の人はいつも見ているから知っているのである。
旅行するとすぐ近くでもわからないことが多いのである。
駅員がいればトイレどこですかと聞けるからいいのである。

そしたらスマホをもった人が来て,時刻表を見に来たと言って写真にとっていた
自分は時刻表を作っていたがしばらく置いていなかった,置くと必ずなくなっている
相当数刷って置いていた,やはり時刻表を見に来る人が多いことがわかった
原町と相馬市では時刻表を作って配っているのだろう。
浪江と小高行きの時間も出ていたから便利である。
鹿島の商工会では時刻表を作っていないのである。
時刻表の需要は確実にあることはわかった

今年一年は駅でのボランティアをしてきた,そこから見えものがあった
それはいい経験だった,やはり何でも経験である。
最近はゴミを拾うくらいで何もしていない,ただ掃除が一番の問題だからJRでは本当に掃除してもらう人を探していたのである。それは本当だったのである。
ただ水戸管理局でするもので契約もそうだから誰が申請したのかそれもわからない
市役所ではわかるはずだがそれもわかならいということでどうにもならない。
タグ:無人駅

2017年12月07日

原町の時刻表 (小高行きの時間が出ていた)


原町の時刻表

(小高行きの時間が出ていた)

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道の駅にあった原町の時刻表に小高行きの時間がでている,こさを見れば小高に行くときは便利である。浪江行きとはなっていないが浪江行きも小高行きだと行くのかもしれないこれは浪江駅が開通する前に作られたので出ていない

これも時刻表として自分の作ったものに入れればいいがめんどうでできなかった
自分が駅に置いた鹿島駅の時刻表は結構枚数を置いたが今でもなくなる
だから相当な量が必要になる,千枚とか必要になるのかもしれない,
それ以上必要にもなる,ただ最近駅でしていることはタバコの吸殻とか拾ったりゴミを拾ったりしているだけである。

駅舎のホームの蛍光灯が二つ点滅していので連絡した,それは了解したから交換するだろう。その他何かいろいろあったが話だけで終わった
ただ一年間ボランティアのまねごとをして面白かった

鉄道の旅が長いし世話になった,でも鉄道員のようなまねをしてみたら鉄道も違ったものにみえる,これは簡単にはわからないものだった
車掌に手をふって電車を見送ったときなんともいえぬ不思議なの気分になった
鉄道員としての鉄道を維持する連帯感を感じたのである。

人間の仕事はいろいろあってわからない,まず鉄道を利用するのと鉄道を維持するために働くのとはまるで違ったものとなる,鉄道会社で働くということは何か義務感とか大げさになれば使命感みたいものが必要になる,だから生きがいになるのである。
自分も鉄道を維持しているんだというものを感じる
それはボランティアのまねごとでも感じたからである。

自分は働いたことがないから会社員になったことがないからそういうことがわからなかったのである。鉄道員が映画になったように何かそこには人生そのものが鉄道とともにあったとなる,だからこそ愛着が生まれたのである。
どんな仕事でも長くしていればそれに愛着を感じる,ガンになった人が倉庫で働いた人とまた働きたいというときもそうである。
なぜなら仕事というときそれが給料をもらうとういだけではない,人生そのものになる
これもふりかえればそれが生きた証だとなってしまうのである。

2017年11月14日

複雑化した無人駅の鹿島駅の問題 (NPOが駅で事業するために申請していた)


複雑化した無人駅の鹿島駅の問題

(NPOが駅で事業するために申請していた)

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NPOやNGOを名乗る団体が増え、石を投げれば当たるほど増えた観があります。
ところが仕事や普段の生活で関わっている人以外で、これらが何なのか詳しく知っている人は少ない。
何となくボランティアしてそうとか、社会に役立つことをしているという程度だと思います。

NPO法人に認定されると税制で優遇されるので、同じ事をやるならNPOにした方が儲かります。

こうして石を投げれば当たるほど、日本にNPOが増えました。

NPO法人が胡散臭いという空気が生まれる理由

全ては法律の不備が原因だし、簡単に設立できるハードルの低さが胡散臭い連中を呼び寄せてる原因とも言える。こうして考えるとそもそもNPOに法人格を与える必要などないのではないだろうかとすら思えてくる。

NPO法人は設立時に最低でも10名必要である事や、平均的にも6か月の設立にかかる期間がある事、また、審査の厳しさがまるで比較にならないなどの点から、同じ法人であっても、社会的信用度が圧倒的に違います。
NPO法人と名乗る事が出来るだけでも、それだけで最大のメリットと言えるのです。


鹿島駅の問題は複雑になっていた,駅はどこでも駅だけでは成り立っていない,街全体が関係している,その自治体と地区と商工会とJRが関係していた
駅前のトイレは福祉関係の人が毎日掃除してぴかぴかに磨いている
それは市で金を出していたのである。
前の花壇は地区の人が花を植えて手入れしていた,そして駅の掃除は商工会の女子部がしていた,それはJRから金をもらっていたが理由がわからないがやめるとなりもめている
JRで金を払っているということが意外だったのである。
鉄道はもうからないから維持するのが苦しいから自治体とか地域でかかわり維持するために努力してもらいたいということなど放送されていたからである。

今日前の自転車屋から聞いた話ではタバコ吸う駅の外の部分を利用して何かやりたいという人が新潟県の人でいたという,それも良くわからないがもともと鹿島駅はそれなりに人の出入りがあるから商工会で観光関係が入る予定だったがしなかった
そこで最近何かに利用しようということで動きはじめた
JRで金を払うこともあり市の方でも実際はそういうこは知っていたのである。
ただ個人的に自分が聞いてもわからなかった,その担当者を自転車屋の人は知っていた

そしてNPOがすでに鹿島駅で事業するために市に申請書を出していたのである。
するとNPOとは何なのかとなる,何か評判が悪いこともある
ただこの辺の特殊な事情でNPOの人達が相当数入っている
その人たちはやはり利益になるものを探している
だから駅でJRからも金をもらえるとなればとなり申請したのかもしれない

ただNPOとは何なのか?Nonprofit Organization(非営利組織)となっている
この名称がまぎらわしい誤解を生んでいるのである。
ボランティアでもそうだがもともとボランティアとも共通しているものがある
今回の震災や原発事故の被害地域にはボランティアが多数働いたからである。
でもNPOはボランティアの組織された団体であるが個々人のボランティアもいる

つまりNPOは誤解しやすいのはボランティアのように見ているからそうなる
でもその動機はボランティアに由来しているともなる
ボランティア精神とはその人の自主的な意志でしいてる,老人が増えると何か社会に役に立ち生きがいをもちたいということが動機になる

ボランティアとはまず利益を考えない 自由意志でする

ここが営利的に仕事している大方の会社とその設立動機も違っているのである。
自分が駅のボランティアをはじめたのは偶然だった
駅が無人化したので困っている人がいて案内はじめたのである。
別に利益を求めていない,それが何か自分には面白かったのである。

●鉄道が好きである
●地元に住んでいて地元を案内する
●生きがいを見いだす

自分のボランティアする動機である。こういうふうにボランティアとはその人が自主的に強制されないでやるものでありそれをすること自体に興味と生きがいを感じるからする
別に報酬もいらない,そういうことがNonprofitだからこそそうなる
つまりボランティアの原点はそこにあり利益を得るためではないのである。

だから今外から来る人が多いというとき例えばそういう人がボランティアするとなると収入が必要になる,みんな自腹でやっていけない,老人などはそういう人がいたが若い人もNPOにはいる,すると収入になるものを探すとなる,それは市から金が出たたり税金も払わないでいいものとなりそれでNPO法人になるのも増えてきた,それだけ数が多いのだから不正もでてくる,それでNPOは何かうさん臭いとなってしまったのである。

でも市とJRでもそうだが信用されるには団体でないと許可されにくいのである。
自分も失敗したのは家政婦とか雇う時,組織化して団体化している法人だったら信用できる,そこでは共同連帯責任になるが個人的に雇うとその人にはそうした責任が生じないのである,組織として団体としてもそうした個人契約は責任をとらない
だからそうして雇った人が犯罪を犯しても盗んでもその責任は雇った人にあり自分は大損になり何の補償もなかったのである。
現代は見知らぬ人と頻繁に交わる社会だからどこで信用を得るかが問題になる

するとどうしても組織化した団体化したものを信用するとなる,個人は信用されないし責任をもてないなからである。大会社であれ市の職員であれ不正があれば会社が市が自治体が負うようになるから責任をもたされるから信用するとなる
ただNPOでもNGOでも組織化団体化すると政治団体化して政党の運動のようになる弊害がある
現実になっている,そういう場にはなんといっても巨大な政党とか宗教団体でもかかわりやすくなるからだ
NPO法人でも10人も必要であるからだ,それは一つの小さな会社組織になっているのである。

だから鹿島駅でNPOで申請を出したことはその人たちが駅にかかわりすることになる
そして金は市とかJRから出るようになる,NPOの有利なのはそうした優遇があることなのである。
ただ動機としては自分のような本来のボランティアいいともなる
地元に住んでいれば地元を良くしようと無理しなくても働くからである。
つまり土着的精神が自ずと発揮されるからである。
ただ外から来た人達でもこの辺では多いが違った視点でみるからこういう事態では必要なのである。

2017年11月07日

晩秋から冬(城の俳句十句) (城は季節でも周りの環境で印象が違ったものになる)


晩秋から冬(城の俳句十句)

(城は季節でも周りの環境で印象が違ったものになる)

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晩秋の熊本城や古木かな

和歌山城白壁に映ゆ朝の菊

晩秋にたずぬや大き彦根城

塩の道松本城や秋深む

足軽の長屋あわれや冬たずぬ

実りありここも一国秋田城

城外に虫の音あわれ会津かな

打ち曇り雪に暗しや鶴ヶ城

冬の日や老松残る盛岡城

二すじの冬の川流る盛岡城

弘前城雪に埋もれて門古りぬ

老梅の根を張り冬の弘前城

弘前の遠くや雪のしきり降る


長々と城の石段登りつつ白壁映ゆる秋の朝かな


標高約49mの虎伏山(とらふせやま)の上に建てられ白壁の天守閣の美しさから、別名「白亜(はくあ)城」、山の名前を取って「虎伏城」などとも呼ばれていました。

城は必ず旅したり観光すれば見る,その街の中心にある,城がわからないと歴史もわからないとなる,でも城がどういう印象が残るかというと城によって違う,それはその辺り景色とか季節によっても違う,今回は秋から冬の城である。

不思議なのはなぜ和歌山城が印象に一番残っていたのか?それは白亜の城というように白壁が映えることとその時季節が秋だったからである。秋に白壁が映えるからである。
それが鮮明な記憶となる,記憶として残っていた:それから石段が長く坂になっているのも記憶に残る,何か城というとき平城が多い,ここは平山城であり高い方の城だったからである。ただ城というのは全体を見るのがむずかしい,ここは天守閣が二つあったというのもわからなかった,事前にそうした知識がなかった
今はインターネットとかあるからそうした知識が得やすい

城といっても城だけではない周りの景色とか季節で印象が変わるのである。
熊本城をたずねたときは晩秋であり城の前の公園に太い古木があってそれが印象に残った彦根城はと大きな城だということが印象に残ったがここから琵琶湖が見えるのはわからなかった,ただここは関が原が近いから地理的に要衝だった

そんな松本城の特徴のひとつは、外壁に黒漆(くろうるし)を塗った「漆黒(しっこく)の城」であること。「これは、小笠原氏のあとに入城した石川数正・康長親子によるもので、豊臣秀吉の大阪城が黒で統一されていたことから、秀吉への忠誠のしるしと言われています」と林さん。それに対し、姫路城のように「白亜の城」は徳川家康の時代の城とされるそうです

そうなのか,秀吉時代の城だったのか?城というとたいがい白壁である。ここはだからめずらしい,松本は他に塩の道の終点として有名なのである。
相馬藩でも塩の道はあるがここは本当に日本海の糸魚川まで長いのであ。塩は牛で運ばれた,牛繋ぎ石などが市街に残っている,そういう観点からも松本を見ると違ってくる

新潟県の新発田城の足軽長屋は昔のままに残っている,これはまさに長屋である。長屋は庶民が暮らしていたのだからこれと同じだった,つまり長屋と武士の家の差が大きかったとなる,今はこの辺の市営住宅でも部屋数が三つとかあるがここでは一部屋くらいだったただこういうのは戦前でもあった。日本人はもともと狭い所で住んでいたのである。

会津の鶴が城は有名だが何か印象に残らない,平城だからかもしれない,何か特徴がない奇妙なのは城の外に田園風景が広がり晩秋に虫が鳴いていたことを記憶している
それは何を意味しているのか?会津だと白虎隊とかドラマ化されているけど庶民はそうした悲劇とは関係していないのである。かえって明治維新の時恨みをもっていた農民が一揆を起こしていたのである。会津の落城でも庶民には関係ないことでありそれで侍中心の
城があるところよりその北の喜多方が(きた)が商業で栄えたので蔵が多いのである。
どうしても旧来のものに縛られるから侍の街は新しい時代に適合できないからである。
ともかくただ冬になると毎日雪であり雪で暗かったという感じになる
雪国にはそういう暗さがどこにでもある

盛岡城は石垣だけであり中津川と北上川が流れて環境的にはいい,都会にしてはいい,
ただここの歴史は良くわからないが周りの環境がいいのである。
岩手山も見える,北上川がて流れているとか都会では景色に恵まれているのである。

建築年代を示す明確な資料はないが、いずれも江戸時代初期と考えられ、木部をあらわし古式を伝える遺構である。各門は、桝形ますがたを構成する土塁に囲まれ、雪を考慮してか下階の屋根をひときわ高く作るなど、配置や構造に工夫がなされている。

弘前城の城門は見るからに古い感じになる,雪を考慮していたというのも雪国らしい,弘前というとき青森は東北でもここからは東京より遠いという感覚になる
でも新幹線で近くなったこともある
青森は福島県からでも果ての国だという感覚になるのだ
弘前で見た雪は何か朝であり爽やかであり美しかった,雪の感覚は同じ雪でも相当に違っているのだ

心からしなのの雪に降られけり 一茶

この一句には一茶の深い思いがある,しなのの雪にふられるということはその土地に生まれて長く住んでその気候とともにあったからである。
そういう感想はその土地に住んだ人でないとわからないのである。気候の影響は人間には大きい,性格まで作る,雪国の人間が何か陰気になってしまうのもわかる
海に近いところは開放的になる,山国はどうしてもと閉ざされた感覚になるからだ
これは別に雪だけでなは,心からその土地になじめばそうなる,心(こころ)とはここのことでありここに長く住んだ人がもつのが心なのである。
それで原発事故で避難した人達はその心の場を失ったから悲劇だったのである。

しなのの雪に降られて一茶死ぬ

そこは終の住処でもあったからそうなる,人間は最後はみんなそうなってしまうのである。

青森の魅力は地の果てという感覚である。そこは冬には雪がしきりふり埋もれる,だから東北でも青森県は特殊の地理的環境にある,観光では魅力あるとなる
ともかく城というとき季節でも周りの環境でも違った印象をもつのである。
だから春とか秋とか二回くらい訪ねればいいとなる,たた全国になると城も多いからむずかしい,自分は恵まれたのでめぐり歩いていたのである。
今は何か旅行する気力がなくなったのである。

俳句という文芸は一句とかで鑑賞するのがむずかしい,短すぎるからだ,でもこうして城の俳句とかで十句とかを一つの作品として読むとそれなりに深い鑑賞ができる
これは一つのつながりがありそれで全国のつながりができるからである。
日本全国を一つのものとして見るのである。こういうことは現代はしやすいのである。
芭蕉の「奥の細道」が古典になったのはやはり一つのつながりとしたからでありその中に俳句があるからである。

今なら新幹線とかあれば何度も行けるということもある
だから季節ごとに行けばまた印象が変わるのである。
ただ問題は旅しても後で記憶に残るかが問題なのである。
自転車旅行を推奨したがこれもすべてだかいいとはならない,ともかく疲れるのでゆっくり鑑賞できないのである。電車で行けば体力的に余裕があるから見れるということもあるだから旅は電車でもいい,いろいろな手段ですればいい,でもそうなると自分のように一生が旅に費やされるとなってしまうのである。
それだけの時間が必要になるからである。そしてたちまちその旅も終わったとなる

2017年11月06日

JRでは掃除費用を商工会の女子部に払っていた (でも今は掃除しないともめている)


JRでは掃除費用を商工会の女子部に払っていた

(でも今は掃除しないともめている)

鹿島駅は商工会がJRに頼まれて掃除していた,女子部が掃除していた
無料でしていたのかと思っていた
掃除といってもごみ箱にたまるものをとりのぞくくらいである。
駅自体は汚れない,ただタバコ吸う場所に空き缶などがあるので自分がかたづけていた
駅構内にごみ箱があるのでわかりにくいのである。

地区では花壇などを手入れしていた,地区とか商工会が関係していた
それから前の自転車屋の人が言うには市の許可ないと掃除などして金をJRからもらえないという,それも団体などでないと許可しにくいという
老人会などである。でもわずかでも金が払われていたことが意外なのである。
ただなんらかで商工会の女子部は掃除したくないとなったのである。
この理由は良くわからない,金が入るにしても女子部に入れば飲み食いして終わりだろう
市の企画に電話したらJRからそういう相談したことは知らない,別な部署だったのか?
自転車屋の人は名前まで知っていたのである。その人が担当だったから直接話したから知っていたのである。
市が関係しているのはトイレである,毎日福祉関係の人があさがおが掃除している,だからぴかぴかなのである。

金が欲しいわけではないが掃除するだけで金をJRが金をはらっていることは意外だった
なぜなら無人化しているのは人を雇うことが金がかかるのでしているのかと思ったからである。鹿島駅は無人化する駅ではなかったが震災以後の事情でそうなった
ただ駅員でも相馬市でも制服着ていてもJRの正式の職員ではないのである。
委託された人である,何か委託する人が必要なのである。

だから切符を販売ずるとかも頼みたいとか言っていたがそうなるとめんどうになる
掃除だとあそこは楽である。それで金をもらいるとしたらボランティアとも違ってくる
委託されれば制服のようなものを着ることになる
ただ一時間くらいの掃除だとそういうものはいらない

自転車置き場を広げると水戸管理局の人が言ったが原ノ町の人は知らなかった
これもなぜだろうとなる,ただ今回は自転車置き場を見に来ただけだったのだろう。
駅は市も関係している,自治体も関係している,駅は街と直結していることと
駅が街のランドマーク,目印になっているからである。
ここでは道の駅がないからトイレも利用しているからである。

駅の機能は実際は電車を利用するだけではない,街の中心的なランドマーク目印とある,だから一応駅に来る人がいる,でも駅前は駐車場ではないのである。
一時的にしかとめられないからキクチスーパーにとめるとなる
それも駅の問題なのである。

ともかく駅からその街のことがいろいろ見えてくる,それは駅がその街の玄関口になっているからである。駅は本当に前は玄関だった,駅を利用する人が多いときは余計にそうなっていたのである。だから家でも玄関が大事だというとき人が出入りするところだから
玄関でその印象を決めることがあるからそうなる
玄関に花とか飾ればきれいになり入る人も気分良くなるからである。

タグ:駅の掃除

2017年11月05日

馬が好きで東京から来た女性 (野馬追いで馬を飼っているから馬が見れる)


馬が好きで東京から来た女性

(野馬追いで馬を飼っているから馬が見れる)


今日駅であったのは折り畳み自転車で旅する人だった
その自転車は小さいもので重さは12キロあった
それを袋にいれていた,結構そういう人はみかける
でもロードとかであり小さな自転車ではない

だからめずらしい思って話しかけたら,その人は馬が好きで馬を見るために三連休を利用してきたという
東京の人であり馬が好きというのもめずらしい,競馬が好きなのかとも思ったが馬自体が好きなのである。だから北海道とかにも馬を見に行っている
この辺は野馬追いがあるから馬を飼っているきで馬が見れるから来た

もう一人青森出身の人であり下北半島の尻屋崎に「寒立馬」がいると教えた
下北半島は鉄道で行ったが終点からかなり遠い,馬に興味があるとしたら行きたいとなるのか?

鉄道の問題は駅からの足がないことである。その人もバスがないかと探してもないとか言っていた,都会だと結構バスがあるからだろう
折り畳み自転車は鉄道で遠くまで行けるが自転車が重いしかさばるので嫌になるのであるその女性は相馬市まで行こうとしたが坂があるので嫌なので電車を利用して相馬市に行った

なぜか結構鹿島駅でも遠くから来る人に出会う,遠くから来た人は無人駅になったので
切符代わりの乗車証明書をとるのがわからないから教える
スイカをもっていればいいがもっていな人もいる
だから外から来た人には教えることがある

ともかく馬が好きで馬を見に来るという人はまれだろう,東京辺りではそもそも馬は競馬でしか接しられない,競馬が好きな人は馬も好きだいうことがある
確かにそこでは毛並みのいい馬を見れるからである。

馬が一番あっているのはモンゴルのような草原なのである。
そここそ馬が一番あっている場所なのである。
馬が好きだという女性になると遠野辺りの民話で馬と結婚したという話が伝わっているからそういう女性もいるのかと思った
ただそれは馬と一緒に曲屋で住んでいたからそうなった
東京だとそんなことありえないからなぜ馬が好きになっているのかわからないのである。
ただこの辺が野馬追いということで馬を見に来る人がいても不思議ではない場所である。ただ馬だけを見に来る人はまれだと思った

2017年11月02日

自分のプログの「検索方法」


自分のプログの「検索方法」

検索の窓でキーワードを入れてそれからそのタイトル,題名をグーグルの検索で探す
するとたいがいそのタイトルの全文が出てきます

量が膨大なので何を読みたいのか調べたいのかとなると結構むずかしくなっている
自分自身が自分の書いたものを忘れて探している

何らか整理しないとならないけどそう簡単にはできない

ホームページの方で整理したいがこれももう長い間書き込みしていないので使い方が良くわからなくなっている

インターネットの問題はいかにうまく効率的に検索するかにある
それが意外とむずかしい,そのノウハウがわからない,どこに自分の探すものがあるのかヒットしない,どこにあっても知らなければ価値もないということである。

ともかく今も整理はしている,今は一日二回アップしている
午前中に一回午後に一回である。

プログは書きやすいので書いている,でもまた読み返してそのつづきを加筆することができる,それがプログとかのインターネットのいい点である
完成したものとはならない,死ぬまで書き続けることになる

実際にそうして「心の青雲」の著者の都築詠一氏は死んだことに驚いたのである。
それは未完のまま終わったのである。途中で突然死んで途切れてしまったとなる
今やそういうこともある
プログはホームページでも自分の世界を作りだすことができる
本とか雑誌は紙のメデアだと普通はこんなふうにできないからである。

時系列だとここで自分のプログがタイトルごとに読める
タグ:検索

2017年10月31日

今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


今日の鹿島駅-短歌三首(山口から来た老人)


山口より来る老人我が駅に立ち寄り去りぬ秋のくれかな

木枯らしの駅に吹きにき季(とき)めぐる人も変わりぬ行き交ふ人かな

病より立ち直りしもその人の老いしやあわれ同じ街に住む


今日駅に来たの山口県から来た老人だった,何かぶらりと寄る人が結構いるのだ
今は老人が暇で金があるから自由な旅行をしている
退職して旅行する人はかなりいる,自由な時間が退職すると得られるからである。
それで驚いたのは鹿児島から歩いて青森まで行くとうい人だった
その人も退職したからこそそんなことをはじめたのである。
これからは退職してからの人生が長くなる
するとその時間をどう生きるのか問題になるのである。
自分は旅はあきるほどしたかから何かそんなに旅はしたくなくなった
それより介護十年間して家族もみなん死んで気がぬけたようになってしまった

どういうわけかこの前も山口から来た人がいた,その人は鉄道マニアで写真をとっていった,鉄道マニアは何気ないものを駅舎でも必ず写真にとる
結構この鉄道マニアもたちよるのである。
別に今回その山口から来た人から何か聞けるこはなかった
この辺のことをこちらで説明して終わりだった
親地駅が津浪で高きところに作られて金華山き牡鹿半島が見えるから行くといいと言ったら新地駅に向かった

でもこうして遠い所からふらっとたちよる旅人がいる,ここでの印象は何なのか?
その人は右田の一本松を見てきたという,これは宣伝なのか?テレビでも写したからか
見に来る人が多い,テレビに写るとそれだけ宣伝効果が大きいのである。
ただあの一本松も枯れてしまうと何か見るものもなくなる

最近は良く自転車で運動している同級生とあう,今日もあったので話した
なんか老けた感じに見える,脳梗塞で入院したとはかなりの衝撃だったのだろう。
この年だと急激に老ける人は老ける,自分だって病気で一カ月入院したり介護で苦しみ老けた,でも自分は歩くこととかスイスイ歩けるし姿勢からはまだ老けては見えない

老けたというとき前かがみになったり歩く姿がよぼよぼになったら本当に老けた老人とみられる,何かしゃんしゃんと歩いていると老人に見えないのである
ただ病気になったら60以降は急に老いることは確かである。
だから60以降は健康でるかないのか差が本当に大きいのである。
どんなに金持ちでも老いるとよぼよぼになったら人間としての価値が急激に低下してしまうからだ,だから本当に60以降は健康が大事になるのである。

ともかく駅は外部の人を迎える場所なのである。自分は旅ばかりしていたから迎えられることだけだった,今は迎える人となっているのも不思議である。
鉄道の旅が長いから何か駅員のまねをして盲人の安全確認して車掌に手をふったりするとき駅員になった感じになる
鉄道が好きな人は鉄道で旅するだけでない一日でも駅員になると鉄道が別な角度から見えるようになるのである。
人間はそもそもいろいろな仕事ができない,だからいろいろな仕事のことがわからないのである。鉄道員に一日でもなれるたとは鉄道好きなものにとって得難い経験となるのである。ただ現実の場ではむずかしいが自分が無人駅で駅員のまねをして案内したりしたことは本当にいい経験だったのである。

2017年10月30日

風で常磐線運休二本 (駅ではお土産を買いたい人が多い)


風で常磐線運休二本

(駅ではお土産を買いたい人が多い)

今日は風で常磐線が運休していた,仙台行きに乗る人はちょうど乗ることができた
次の仙台行きが運休になった
インターホンで連絡してみればいいと言って原町駅に問い合わせたら仙台行きは出る
その後は運休になった

その人はお土産買いたいといってテレビ画面の宣伝の映像を見ていた,そしたらネットで買うからいいと言っていた,パソコンの話をしていたから詳しいらし
原町駅でもチーズのみそ漬けは人気である。
あそこの売店にはお土産を売ってるからいい,ここでも売ればいいのにと言っていた
前もお土産を買いたいという人がいた,わざわざ六号線の香の蔵まで行った人もいる

何か駅ではお土産を買いたいということがある,だからお土産の需要はある
ここにお土産が売っている,菅野漬け物店はこの辺では有名である。
近くで世話になった人がここでずっと働いていたのである。
あの女性が働いていたなと時々駅から思ったりするのもここは狭い町だからそうなる

みそ漬け処 香の蔵

駅はまた自転車置き場を広げる,八重桜の木を切ったところを自転車置き場とする
その他また工事する場がある,この前はスイカの自動改札の機械を点検する人があった
無人駅でも人が来て保線とか電気系統の点検とか駅の建物とかその前の広場とかを見ている

鹿島駅前はJRの土地である。だから駐車場にはなっていない,一時的にとめるのはいいのだが駐車場ではないのだ,それで車をとめるところがないかと前の自転車屋の人に聞く人があった,キクチスーパーにとめるのがいいと教えたという
駐車場がないことが駅では困るのである。
地元の人は指定した駐車場を借りている,そこは停車できないからである。

いづれにしろこれから風が吹くと必ず遅れる,それが問題になるのだ
今日は木枯らしであり時雨たりした,風は冷たく冬になったのである。
もう冬なのか,秋がなくて冬が来たともなる,何か変則的になり変わってしまった
秋はもっと長く感じていたからである。
だから秋の季語には秋深いとか秋に関しては季語が多いのである。

2017年10月28日

法律は理由である、いかなることにも理由がある (理由を拒否するものは民主主義を否定している)


法律は理由である、いかなることにも理由がある

(理由を拒否するものは民主主義を否定している)

警察官から職務質問を受けることが
そんなに不愉快ですか?
私も今までに数回、警察官から職務質問を
受けたことはありますが、普通に応じたら
すぐ終わりました。何の不都合もありませんでしたけど。
正当な理由(犯罪に関わっていると疑われる相当な理由)がなければ、そもそも職務質問に応じる義務はない?
小賢しい法律知識を盾に不必要に警察官を
挑発する必要がどこにあるのですか?


この人がいかなる人かわからない、警察官かもしれない、全くこの人は理由そのものもを拒否している
つまり法律も否定している!この人は民主主義社会を否定する人なのである。
小賢しい法律知識を盾に不要に警察官を挑発するのか?
この発言にも強権的な警察の体質が露呈しているのである。

物を売り買いするのでも理由がある、物がリーゾナブルだというときreasonがあるからそれを買う方でも認める人間生活はあらゆるところで理由づけがなされているのである。
この前家の樋を直してもらおうと思って頼んだら高くなるというときそこは危険な場所だから高くなる
そういうことで理由が常にある,鳶職は危険だから給料が高いとなる

人間にはあらゆることに理由がつきまとっているのだ。別に難しいことでなくてもそうである。
金をくれと親に頼むとき何に使うのだなる,その理由も聞かれる
ただ金が欲しいから金をくれということで納得する者は親でもいないのである。
人間社会は一見理由など考えない,そんなめんどうなことを考えたくないとして生活している
だから法律などめんどうなものは関係ないとも思うし必要もないとも思い生活している

ところが法律と関係しなくても人間は理由から逃れることができないようになっている
例えば力があるものは力で押し通すことができるし暴力で通すことができる
なんで俺を殴るんだよとか言ってもお前が気にくわないから殴るんだとなっても力ある者はそれで通る
これが戦争になる時でも通用する,アメリカだったら理由なくても圧倒的な軍事力で戦争して国を破壊できる
それでは世界の人が納得しないので化学兵器をもっているとか難癖つけてイラクを攻撃したのである。

権力をもっていてもそれだけでは攻撃できない,理由が必要になるからである。
警察の危険は権力をもっているから押し通すことができることである。
職務質問でもあやしいと通報されたら駆けつけるという,それは決まりだからという
それを県の公安委員の人も相談したら言っていたのである。
その人はいろいろ親切に説明してくれた、でもあやしいというだけで職務質問する権限がどうしてあるのかが今も疑問なのである。

要するに自分もその理由に納得できないのである。そこに理由がないのである。
あやしいというだけでどうして誰でもその場もわきまえないで職務質問できるのか?
例えば劇場のようなところでみんなが集まるところであやしい人がいると警察に連絡したらその劇場に職務質問にくるのかとなる
その時と場をわきまえないことができなるのか?
それは極端にしろそういうこともあやしいと通報があればかけつけなければならないとはいうのはおかしいのである。
あやしいとあればそのあやしいという理由は聞かないというのも納得いかないのである。
つまりあやしいという理由が欠如しているのである。
だからここでも理由がともかく必要がとなる

与那国島では土地の人に木陰に休んているからあやしいとして警察に連絡されて職務質問された
その理由が木陰に休んでいるからだとなる、それには納得いかないにしろ理由は理由だったのである。
今回は一切その理由がない、ただあやしいというだけでかけつけてきたのである。
この辺では別に職務質問を受けやすい,避難区域になった所で自分は何回も職務質問を受けている
こういう事情だからしょうがないとなる,それも理由なのである。
でも今回はそうした理由がなかったとなる,ただ外部の人が入ってきているのであやしいと地元の人が通報したのか?それも理由にはなるがそれは言わないのである。

そもそも理由に関係なく怪しい通穂あればどこでも関係なく駆けつけると言っていたからである。
警察官らしい人がそんなに職務質問にこだわるのはおかしい、そんなの普通のことであり理屈を言う必要はないとコメントがあった、つまり警察官は職務質問に関しては強制的にどんな人でも場合でも理由もなくできることになっているしそれをやめないのである。
警察の方にしたらそんなことで理由を聞いていると犯罪者を捕まえられないということはある
だから数うちゃ当たるということで強制的に職務質問しているのである。
それが権力でできるのである
別にこのことは警察だけのことではない、人間のすることには必ず理由がありその理由が正当なら納得して認めるというのが法の起源なのだろう。目には目を歯には歯をというときそうである。目がつぶされたら目をつぶすとなる、復讐を正当化する法律だったのである。

ともかく法律とかは特にその理由の正当性がないと認められないのである。
学問自体もみなそうして理系でも理由を求めている、なぜそうなるのかという理由を求めているのである
これは一つの例にすぎない、人間社会のあらゆるところで理由が大事になる
株だってただ奨めて買わない、もうかる理由を言わなければならない
ところが銀行でも投資信託な説明されてもその理由を理解できないということがある
するとその理由知らない頼んだ人が悪いとなるのである。
自己責任になり銀行では責任をとらない、でも株とか投資信託の仕組みをしることはむずかしくて不可能だったのである。とするとそんな理解できないものに手を出すのが悪いとなり自己責任になるのである。

人間社会は特に民主主義社会はこの理由の追求である。一党独裁とか中国のような社会ではいちいち理由を言う必要がない、権力者が理由にこだわらず権力でもって通すことができる社会なのである。
法治国家というとき法で治めるのだから理由が大事になる、理由なしで権力があるからと通る世界になったら法治国家にはなりえないのである。
警察はこの法と深く関係している場である。暴力で治めるのではない、法で治めるとしたらそうなる
だから法を無視する警察を許していればもう法治国家ではないのである。
ただ法律というのはむずかしい、でも日ごろ日常生活で常に理由が追求される、だからそこで考える習慣をもつことが民主主義社会を生きることになる
理屈を嫌がる人がいるけどではささいなことでも子供に金をくれるとかでも理由なしでくれる親はいない
他にも何かしら理由がないと認めないのである。人間の行為には必ず理由がつきまとっている
それを否定できない、それが法治国家となっている故なのである。

駐在所勤務の警察官は地元に密着 (自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


駐在所勤務の警察官は地元に密着

(自分に職務質問した警官は駐在所勤務ではなかった)


最近駐在所勤務の警官を良くみかける,自転車で横断歩道を横切ったとき注意された,それは自分が悪かったからしかたがない,また職務質問かと思って嫌だった
その警官は最近地元を回っているからみかける
仮設の食堂で自転車をとめていたら倒れた,それを教えてくれた,なんかまた嫌な感じがしたがそうではなかった,それでありがとうと礼を言った

駐在所勤務のお巡りさんは地元をいつも回る警官である。この前駅で職務質問した警官は駐在所勤務のお巡りさんではなかった,原町の警察署にあやしいと連絡されてかけつけた警官である。
それがなぜプロ野球の試合があり駅が混んだとき来たのか謎である。
外部の人が通報したということもありうる
そういう場で職務質問されることは周りの人が何なのだとあやしいと見られるのである。つまり名誉棄損になるとき公の場でみんな見ているとなるのである。
もしみんなが見ていない場だったら名誉棄損にはならないのである。

みんなが見ている場で職務質問することはそういうことがありうる
でもあやしいと通報されれば警官が関係なくかけつけて職務質問する
持ち物の検査とかいろいろ強制的にするのである。
それは害悪の告知としても問題になる,通報した人も罪を問われる問題にもなる
なぜなら害悪の告知というとき害悪をしないのに通報したからである。
通報した人が名誉毀損として訴えられるのである。人権侵害なのである。
これを警察では軽く見すぎているのである。そういう事情など全く考慮しないのである。あやしいと通報があればかけつけてどんな場でも職務質問するのである。

ただ駐在所勤務の警察官はの場合は違っている,「何をしているんですか」とか聞いてコミニケーションをとるのは別にその土地の人のことを知るためでありいいのである。
職務質問とは違うのである。職務質問はすでにその人が何かしらあやしいということでしている,犯罪者ではないにしろそういう疑いの眼でみる
それは公の人が集まる場でしたことは明かに人権侵害だったのである。
それ以後自分は駅に自由に出入りすることができなくなったからである。

この辺は外部から警官が入ってきている,駅前でも今日は長野県の警官がパトロールしていた,遠い所からも来ている,それでそういう人が職務質問したのかもしれない。
ただ駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にも尽くしたとして表彰されたのは地元の人とコミニケーションをとっているからである。
地元の人と親しくなっていればそういうことはないのである。

これは一見たいした問題ではないように第三者からは見える,でも自分にとってはショックだったとなる
結局なんでもケースバイケースでありあやしいと通報されたから問答無用で職務質問するそれも人が集まる公の場でしたことが問題なのである。
それも警察では全然反省しない,権力があるから何でも通ってしまう
そこに権力の怖さがある,抵抗もできないからである。
一人の個人のことなど力がないのだから考慮しないのである。

そしてみんな自分がこんなことをいっても誰もとりあわないのである。
警察とかかわることをみんな誰でも嫌がっているからである。
スネに傷をもたない人はいないし警察とかかわらないという人が多いからである。
駐在員はいつも地元をまわりみかける人なのである。コミニケーションもとれる人なのである。
でもそうでない警官もパトロールしている,この辺では外部から応援でまだ来ているのである。そういう警官は駐在所勤務のお巡りさんとは違うのである。
だから通報あれば職務質問する,その人の立場など考慮しないのである。
そしてその被害は大きいこともある,でも権力によって通すことができるから警官を信用しなくなった人も多いのである。
ただ地元に密着する駐在所勤務のお巡りさんは地元の人にしたわれたりしているから違っている
それは地元の人とコミニケーションもとれているからそうなる
そこに長くいればコミニケーションがとれるから問題は起きないともなる

2017年10月21日

駅から社会の動向を見る (原の町駅は大きいから違う)


駅から社会の動向を見る

(原の町駅は大きいから違う)


昨日は原の町の歯医者に行った,30分くらい駅にいた,そしたらお土産を探しいる人が売店にいた,鹿島駅でもお土産を探している人がいてわざわざ香の蔵まで買いに行った人がいる,ここでも香の蔵のお土産を買った人がいる
何か必ずお土産は必要になり駅では買いやすいのである。
お土産が売れるのは中味もあるが場所なのである。駅がお土産を買うのに一番適しているからだ

次に不動産を探しいる人がいた,いくつもの不動産会社をあたっていて土地が買いないんだよと言っていた,その不動産会社の電話番号に通じないから売店のおばさんにたずねていたのだ
駅はこのように何か聞かれる場所なのである。道案内とかも必要なる
それは自分が鹿島駅で経験したことである。
つまり駅は人が集まるというとき情報のセンターになりやすいのである。
インホメーションが必要になる場なのである。
ただ駅は鉄道だったら案内所があるがそこは鉄道の案内しかしていないのである。
そこに問題がある

何かそうしてコオディネイトするものが必要になる,AとBとC・・・などをしりつなぐ人である。情報関係などマスコミはそうした仕事でもある
いろんなことを報道するからそれを説明するにはいろんな分野の人が必要になるからである。司会者もそういう役目だけどなんでも詳しい人はいないからコオディネイトするのもむずかしいのである。

駅前では立憲民主党が演説していた,あと原発に反対の市民グループが運動していた
定期的に集まり運動しているという。
それから不思議だったのは駅で桜井市長とすれちがったことである。
最初わからなかったが確かにそうだった
原町にいればそういうことはある

鹿島駅だと社会の動きがあるとしてもそれは狭い範囲である。
原町だと社会の動きは大きくなる,だから原町のことはわかりにくくなる
どういう会社があるのかもわからないのである。

社会の動きは肌で感じることも大事である。それで直接演説を聞きにくるという人もテレビで写されていた,今回の選挙でも結局福島一区での候補者を見たこともないし演説も聞けなかったのである。雨のせいもあったかもしれない,昨日はどしゃぶりの雨だったから今年の選挙運動はしにくくかった

ともかく駅から社会を見ることがある,歴史的に見ると原の町は昔のいわきの平機関区と原の町機関区があり原の町機関区だから前は一杯車両が並んでいたのである
その時は蒸気機関車の時代でもあった,その時高校だったから自分は通っていた
それから自分の大正生まれの母親は原町紡績で働いていた,その原町紡績に引き込み線があった,直接鉄道で運んでいたのである。
そして自分の異父の兄は集団就職だったから原ノ町駅から行ったとなる
でも40才で交通事故で死んで実家の墓に埋まっている

原ノ町は自動ドワにもなっていない,大きな梁が天井にあり古い建物のままである。改築していないのである。
ただ原ノ町駅と鹿島駅ではずいぶん違うなと思った
原ノ町駅だと人事的なものだけになってしまう
鹿島駅だと自然が反映する
駅前には切られたけど八重桜が咲くの特徴だった,今でも一本は残っている
今は秋薔薇が咲いている,ホームの近くに合歓の花が咲いたり今は柿がなっている
虫の声も聞こえたりする

それで俳句を作ったりする

駅に会う地元の人や柿なりぬ

これが原ノ町駅だと自然が反映しなくなる,都会の駅になる,その相違は大きい
そこに風流がなくなってしまうのである。
ただ社会の動向を見るにはいい,鹿島駅では限られているからだ
それで渡り廊下で桜井市長とすれちがったのもそうである。
小高の方から来たらしい,どんな活動しているのか?
何かそうした活動を肌で感じられば社会の動きがわかるとなる
人間は今は何か情報社会でも肌で感じることが少なくなっているからだ

南相馬市と合併して歯医者に行ったら後期高齢者ではないがカードが配られていた,今までは3割負担だったが2割負担になるカードが市役所から配られていた
それがないとうけつけできないと言われたが市役所がすぐ近くなのでそこで事務手続してくれとなった,でもハンコとかないのでできなかったが市役所の人が連絡して了解してもらった,これは南相馬市に合併したからできたことだったのである。
事務手続きは南相馬市内ならどこでしても同じでありできるからである。
そういう点は便利になっていたのである。
合併していい面と悪い面が生まれたことは確かである。

明日は選挙だけど何か今度の選挙は何が争点なのかわかりにくい,野党が一本化しなかったのもわかりにくい,この辺は原発では反対である。でもその他はみんなまちまちである駅前で原発反対していた市民運動の人は鹿島が補償金のことで分断されたことを言っていた,それは深刻なものであり南相馬市の一体化が失われたのである。

タグ:原ノ町駅

2017年10月18日

日立の風力発電会社の事務所にドイツ人三人が来る (駅からすぐ近くにその事務所がある)


日立の風力発電会社の事務所にドイツ人三人が来る

(駅からすぐ近くにその事務所がある)


まず一人はいわきからレンタカーを借りて駅に来た,その人は日本語をしゃべったしナビでも日本語のナビを車の中で聞いていた,日本に慣れた人なのだろう。

その後に土浦ナンバーの車がやってきた,ここで待ち合わせるするという人だった
その人たちはドイツ語で話しした,ドイツ人だった

なぜ三人も来たのかと思ったら車がすぐ近くの路次を曲がり入った,それで気づいた
「風力発電の事務所」が作られていたのだ
それで風力発電関係の技術者だということがわかった

ドイツの電力需要に占める風力発電の設備容量は2010年末時点で9.3%、2011年末時点で10.6%であった[2][3]。
国内に21,607機の風力発電機が設置されており、ドイツはさらに多くの発電機の設置を計画している[4][5]。2011年時点で、ドイツ連邦政府は特に洋上風力発電の利用に焦点を当てた再生可能エネルギーの商業化(英語版)を増大させる新しい計画に取り組んでいる

2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の後、ドイツ政府は特に洋上風力発電に焦点を当てた再生可能エネルギーの商業化加速を見込む新しい計画に取り組んでいる[17]。計画では、大型の風力発電機が陸上よりもより恒常的に強い風が吹き、巨大な発電機でも住民を気にしないで済む海岸線から遠く離れた場所に建てられる。
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日立ソリーシュンというの名の事務所があるから茨城県にあり駅で待ち合わせした人は土浦ナンバーなことも辻褄が合う

ドイツでは風力発電が進んでいる,太陽光発電も進んでいる,なぜなら原発を廃止したからである。それで風力発電でも技術的に進んでいたのである。

風力発電と太陽光発電を一体化した技術の開発も進んでいる

何かこの辺はそういう点では国際化している,ドイツ人が三人も来るなど普通はないからだ,前は東北電力にドイツ人が一人来た,一人は日本人の通訳だった

駅は何かこうしていろいろな人が出会う場所なのである。
この辺は外部からの人が入るようになって国際化したということもある
全国からも人がまだ来ているから前とは違った駅となっていたのである。

駅近くの事務所

株式会社 日立パワーソリューションズ 電源インフラ事業統括本部 新エネルギー本部
風力システム部  茨城県日立市幸町三丁目2番2号

2017年10月13日

鹿島駅に原の町駅方面の看板を設置


鹿島駅に原の町駅方面の看板を設置

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今日は原町サインという看板屋がきて原町方面へ行く案内板を設置した
いつも自分は駅にいて原町方面へ行くのはどっちのホームなのか聞かれていた
普通はどっちの方向に行くのか案内がある
それが意外と外から来た人にはわからなかったのである。

それで自分が原ノ町駅の人にそのことを言っていた
それでもずっとそのままにしていたから何もしないのかと思っていた
でも今日はその案内板をとりつけたのである。

それで自分が言ったからとりつけたのかと思ってうれしかった
何か一個人が言ったくらいでは大きな会社ではなにもしないだろう。
だから一個人でこうして社会にかかわればその言い分が通ることもある
ただ有効なのはみんなで言わないと通りにくい
何かを通す場合はやはり数がもの言うのである。

この看板にしたってそれなりに金がかかるからJRでは無視することもある
ただ無人駅だから駅員がいないのだから外から来た人がわからないで困る
だからこういう看板は無人駅では必要なのである。
何か必ず無人駅でも困ることはある

最近は長くはいない買い物帰りにちょっとよるくらいである。
でも駅は何か仕事があるものだと思った
大きな自分が作った時刻表はもってゆく人がまだいる
新しい小さい時刻表も置いてあるがそれもなくなる
ただ大きな字の時刻表も必要なのである。

ともかく何かそこに住む人が駅でも市町村でも良くしようという気持ちがあれば
良くなることはある
これも一種の小さな政治である。政治家はそこに住む人達の要望を聞きその政策を実現させるのである。

ただ鉄道でもみんなで維持しようとしなければ維持できなくなる
車がいいとして鉄道を利用しなければいづれはもたなくなる
だから只見線の復旧には県が三分の一の予算をだす,81億円もかかるからだ
つまりそうしたローカル線は県や自治体がかかわらないと維持できないのである。


2017年10月02日

南相馬市の横手の踏み切り近くで電車が20分ほど停止 (線路内に入る人がいた!-そこには危険の警告板が立ててあった)


南相馬市の横手の踏み切り近くで電車が20分ほど停止

(線路内に入る人がいた!-そこには危険の警告板が立ててあった)
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横手の茂手のローソンのある所の踏み切りで電車が20分ほど停止した
それで車が踏み切りに渋滞になった
それで踏み切りはちょっと上に行けばいいのでそこから行くように言った

それから誰かが携帯で駅に連絡した
まもなく来るという連絡があり車は待った
ただ20分くらい電車が止まるのは長いしめずらしいと思った

それで鹿島駅のインターホンで原町駅に聞いてみたら
誰かが線路内に立ち入り止まった

それで気がついたあそこに細い道があり線路をわたるようになっている
そういう踏み切りのない所に道があり線路をわたるようなものがある
それであそこに止まったのだと思う


 踏切遮断機が設置されていない踏切道に
おいて死亡事故が発生していること。

付近住民が生活道として利用している線
路を横断する里道等においても、同様に、
死亡事故が発生していること。

○ 踏切遮断機が設置されている踏切道(第
1種)に比べ、設置されていない踏切道
(第3種・第4種)は事故の発生率が高い
こと。



あそこは踏み切り道といえるのか?畦道から通じているような横断道である。
あそこを知っている人はこの辺でもいないだろう。
自分は自転車で行ってことがあり知っていたのだ
この辺だとそうした細い道まで入っているからだ

あそこは4種にもなっていない,なぜなら警報警標がないからだ
そしてJRではここは渡っては行けないと警告の看板まで設置していた
そこは渡っては行けない場所だったのである。
線路はどこでも渡れるわけではないのだ

だからなぜあそこで電車が止まったのか,原町の駅の人に聞いたそうだと思った
ここまで地元だと知ることができる
地元だとそこまでわかることがあるのだ

踏み切り道は他でも危険になっている,事故が一番多いというのもわかる
子供のとき線路に耳をおしつけて電車が来るのを待っていた
あのときは蒸気機関車の時代だったのだ,あれも危険だった

踏切道の危険は一応横断できるようになっていても急に電車は来るから危険なのである。それでやはり事故が一番多いというのも気づかないことがある
ただ踏切道は結構あることは確かである。そこで横断できるとしても危険である。
電車は早いから危険なのである。

これはJRには何の手落ちもない,渡った人が百パーセン悪かったのである。
そうなると損害賠償すら要求される,認知症の人すら事故を起こしてJRから要求されたからだ

いづれにしニュースは本当は無数にある,これだってニュースである。
ただ報道されるのはほんの極一部なのである。
例えば心に青雲のフログ主催者の都築詠一氏が死んだのも相当なニュースかもしれない,でも知られていない,芸能人のニュースなどどうでもいいということもある
ニュースは今やインターネット時代になるとさらに無数に増えるからテレビからの情報ばかりに接しているのはかたよるので危険でさえある
何に注目するかを選ばないと情報化社会では社会が見えなくなるのである。

まず線路を横断することは禁止であり危険でありこれを破れば責任をとらされる
みんなに迷惑をかけるからだ,車の渋滞ができたし仕事で遅くなり困るという人もいた
電車が20分も止まるのは外から見たことはない,人身事故はあり遅れることがあるが外から電車が止まるのは見たことがない,電車でも事故は起きる
とにかく危険の警告板までJRでは出していたのだから今回は百パーセントわたった人に責任が課せられる

夏の夜(summer night)


夏の夜(summer night)

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summer light

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summer mountain

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summer forest

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2017年10月01日

鹿島駅前は駐車場ではなかった (送迎のものしか止められない)


鹿島駅前は駐車場ではなかった


(送迎のものしか止められない)

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指定席の駐車場

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指定席の駐車場

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農協の駐車場



これはわからなかった,ちゃんと看板が出ていたのである。
これを見ている人は少ないだろう
道の駅ではないのだから駐車してはいけないとなっていた
ただ無人駅なのだからそさを注意する人もいないだろう
ちょっとの間なら止めてもいいとなる

でもここが駐車場になっていないことは意外だった
ただ送迎の人は止めている,ここには駐車しても長くは止めていない
道の駅ではテント張ったり車で車中泊する人が必ずいる
道の駅は駐車場だが駅前はそうではなかった

こうなると車で利用しにくいともなる,鹿島には道の駅がないからだ
車にとって駐車場は欠かせないからである。
それができないから街の通りは衰退して郊外のイオンとかになった

駅には待ち合わせ来る人もいるし車で来る人もいる
それが駐車できないとなると駅の活性化はむずかしいともなる
新地駅とか山下駅は駐車場を新しく作ったろう。
駅中心の街作りをしたのである。
それは津浪で根こそぎ駅がなくなったことでそうなった

駅前開発がまず駐車場の整備だということがわかる
指定席の駐車場はあっても外から来た人はとめられないからである。
そうなると車にとっては使いにくいとなる

つくづく駅などいつも行っているがわからないことがあるものだと思った
駅は意外と様々な使い道がありそれがわからないということがあった
それがボランティアのまねごとで駅員をしてみたらわかったのである。

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