2025年02月12日

人間は自分自身に関しても未知であり何になるのかもわからない 【遺伝より環境の作用が大きいー体験が人間を作る】


人間は自分自身に関しても未知であり何になるのかもわからない
【遺伝より環境の作用が大きいー体験が人間を作る】

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●大都会ではない小都市で生まれたルネサンスの偉業

この人は生物学の分野でノーベル賞を受賞した科学者である。
その科学者でも人間の体のことが未知であり分からないと言っている、つまり科学者でも人間の体のことでもわからないというとである。
人間を作るものまた作られる者は何なのかということである。

●遺伝的要因
●環境的要因
●経済的要因
●時代的要因

人間はどうしてもベースになるのが遺伝的要因である、これはどうしようもない、でもそれだけですべて決まるのかとなればならな、ただ天才というときは遺伝的要因が強力である。それでもやはりそれだけでは天才だとしてもその能力を発揮することはできない、なぜ天才が生まれるのかという研究もなされている。

何か大都会からは天才が生まれないのである。ということは環境が確かに影響している。その理由が大都会には自然がないことにある。自然から霊感を受けることがないからである
なぜまたフィレンツェのような5万くらいの都市国家からルネサンスが生まれたのか、ラファエロ、ミケランジェロ、レオナルドダビンチが生まれたのか、5万となれば小さな都市なのである。
それだから自然に囲まれていたのかとなる

確かなことは百万とかの現代文明の都市からそうした天才が生まれない、また育まれないということである。何かそういう社会では有機的に社会が結合されていない、余りにも規模が大きすぎて
一つの連関する有機体となりにくいのである。そこはカオスであり統一されたものとして自分自身でも認識構築できない、余りにも巨大であり人間的感覚から逸脱しているからである。

人間はやはり自然から学び自然とアイデンティティ化することにより精神を形成する。だから一千万都市は人間的感覚から逸脱しているからそこで精神の人間的形成は不可能になる
何か高い山が独立峰のようなものがある場所に偉人が出やすいというのも日々そうした山を見ていれば心に反映してくるからである、この辺では阿武隈山脈は高原であり山でないともなりそれでものたりないとなるが山形県の蔵王ははっきり見えるのである

だからと言って村落のような所でもルネサンスのようなものは生まれない、都会的なものが必要なのである。そこでは職人であれ商人であれ多様な人と交わるからである。農民だけではあのようなルネサンスは華開かないのである

●遺伝より環境の影響が大きい

環境というとき一番影響を受けるのはどんな家族に生まれるかであり育つかである。その家族構成とか経済状態でも一番影響受けやすいのである。私の場合は父親が早く死んで中学の時死んでそのあとを姉と母に育てられてそれが60才までも一緒に暮らしていたのである。その環境の影響が大きいものだった。
何か普通の母親であれ父親であれ両親がいる家族とは違ていた奇妙な家族だったとなる。

姉は性格的に陽気であり男優りであった。でも母親は内気な性格であった。この二人の異なる性格の影響を受けたのである
やはり姉は大らかでありその方が影響が大きかった。母は神経質で陰の性格であったからその性格を私は受け継いでいる
遺伝的素質は変えられないし受け継ぐしてもそれだけでは決まらないのだる。
家族の相互関係の中で育つからその影響は大きのである
それで一人っ子は社会になじめず稼ぎも悪く結婚しない割合が大きいのである。そのことはいかに環境が影響しているかるかを証明している
双子でも別々の国で育てばまるで違った人になることからもわかる。

人間は一般的は総合的に人間関係の中で刺激を受けて育つ、だから家族の影響は一番大きいとなる。カルト教団で育てられた人は全く親のロボットとなるしそこから脱出できなくなる。
また門前の小僧習わぬ経を覚えるとなる。そういう環境にあれば自ずとそうなってしまうのである。
また時代の環境の影響も大きい、戦後店をしていた時私の父親は酒屋の丁稚だったから配達とかソロバンを習わされた、つまりそういう時代であった。でもソロバンはなんの役にもたたなかった、計算機になりコンピューター時代になったからである、今なら子供でもコンピュウターのプログラムを習わせる。つまり時代も影響しているのである
コンピュウター関係は進歩していて生成AIの時代になる時これに適合できないものは現実生活で取り残されるものとなり収入も得られないとなる。

また余りに貧乏だと知的な開発ができなくなる。そういう例は多い。それもやはり環境が影響したとなる。
私の母は働きずめであり継母に育てられたから生け花などならわせれられないし花など必要ないとを豆を植えていた。それも悲しいことだった。それは経済的なものが貧乏だからそうなったのである。もしそうでなければ文学的才能があり短歌などを作っていたかもしれないのである
経済的にこうして才能を伸ばせないことは今日でも相当に多いことは確かである。
また家という建物も影響する、狭い家にいると何か心まで狭くなる、広い八畳間に寝ていると眠れるとなる
知的活動には明らかに広い家がいいし書斎があるといいのである。そういう点でも私は恵まれていたのである。

●人間を作るのは体験である

そして人間を作るのは基本的にはどんな体験をしてきたかである。何故なら体験しなければ基本的にわからない、実感できないからである。
山にしても遠くから見るのもいいが山は登ってみないとわからない、実感できない、山の厳しさは登ってみてわかる、それで岩手山に三回くらい登ってわかるものがあった。まさに体で感じる体感したのである。一番感じたのは真っ赤に山頂へ紅葉が染め上げたが一転して真白の新雪に覆われたことである
それは山の厳しい美だった。そういうことは実際に山に登らないとわからないのである。

旅でもそうであり特に外国旅行は実地にその場を踏まない限り実感できない、本をいくら読んでも分らないのである
それで50才からバックパッカーになり外国を回ったのが良かった
ともかく北海道でも梅雨の時期に十回とか行っている
電車なら全国の線に乗っている。それも体験であった。
あとは自転車旅行でありこれも相当に乗った。それも体験であった。自転車に乗り感じることは電車に乗り車に乗り感じるこのと違ってくる。その体験が後に活きて来る

だからこうして体全体で感じたことは後年にその体であれ脳であれ刻まれるものがある。その体で感じたものが後で活きてくる
でも車だと感じられないものがあり記憶に残らないから損だともなる、何か電車だと駅名だけを覚えているということがあった
やはり電車でも通り過ぎてゆくだけで記憶に残らないことがあった。
このことは遊びに過ぎないとしてもやはり体験として残る
つまり人間は何でも体験なのである、会社員でもそもそも何十年と働くのだからいくら社畜と自ら言ってもそれが体験であり人生だったとなる

●引きこもりも体験であり無駄ではなかった

私の人生は旅の人生だったが後は引きこもりがだった
なぜそうなったかというと大学を出て就職もせず家にいた、でも底辺で働いた、それは東京に出て働いた。それが過酷であり建築現場では4階から落ちて死ぬところだった。それだけ厳しいものだった。零下20度の冷蔵庫の中でも働いた、ここも危険だった
底辺は危険な所が多いのである。またあとは流れ作業でありそれもロボットだと思い嫌になった、それ以来労働するのが嫌になり引きこもりになった。自分にはそれが許されていたのである

親は何も言わない、返って旅に行くこと勧められていたのである
だからこれも特別私の場合は家族に恵まれたのである
それがマイナスの面もあったけど好きなことをしてきたのである
そういう生活が自分にあっていたのである。私が嫌だったのは高校までの窮屈な場であった。何か体までおかしくなっていた。
その時試験が常にあり自分の興味で勉強したことはないのである
それでも私立の東京の三流大学に入って親元を離れたのが良く作用したのである、やはり一度親元とか故郷を離れる経験は自立のために必要である

ともかく自分にとって引きこもりは自分の性にあっていたのである。そこではマイペースで自分の興味あることを追求できたからである。ただ私の場合はゲームなどはしていない、勉強していた本を読んでいたのである

小さかろうと一つのグループは会員たちに軍隊や修道院の規律を象った行動規則を課すことによってその時代の社会の悪影響を避けられる。
中世の文明はこのようにして進歩したのである。修道会があり騎士団があり、職人たちの組合があった。宗教集団の中である者は修道院にこもった。しかし会員が厳しい精神的肉体的規律に従っている。
個人の進歩のための二つの基本的条件とはある程度孤立していることと心身を鍛錬することである

つまり現代にはこうした場所が喪失した。だから家に引きこもることに成った。それは脱落者であり社会から無用のものとみられ迫害されることもある。ただどうして60万なのか引きこもりが現実にいるということはその原因を知る必要がある
過去には寺とか修道院とかあり社会不適合者でも居場所があったとなる
私は引きこもりとなり禅宗のように一人沈黙業をして自然とアイデンティティ化することを試みて来た、それを詩にしてきたのである

●ネットで独学できるから学びも変化する

今恵まれているのはネットでもyoutybeでも独学ができることである。知的刺激を受けられることである、自分自身でも一人で延々と講義しているようなものである。それも無料なのである
それからAIとかも先生になるから独学する環境ができている
そしてyootubeで放送するのは一線で活躍する優秀な人たちなのである。学校の先生よりずっと優秀である、講義でも面白いのである。だからこうした環境も整備されれば時独学するのにはいいし別に引きこもりでも学べるとなる
だから教育はこれから大きく変わってくる、別に学校に行かなくても学べるしそれよりネットであれ別な形の学びの場もできている、そうなるとそこから真の天才が生まれて才能を発揮する人達が出てくる

何か仕事に就くにしても職業が業であり必ずしもいいものではない、銀行とか硬い職業と見ていたがそうでもなかった。何か金融業はうしろめたいものがある。人をだます職業なのかと銀行は空気を売っているとか社会の寄生虫とか言われるとそいう場で働くのは金になってもいいことではない、それが老人になった時そいう場で働いた人は何も語りたくないとなる。そもにうしろめたいことをしてきたからそうなる。

そうならかえって引きこもりの方がいいともなる。そこにも問題があるにしろなぜこれほど引きこもりが多いのか?
それはまず自分にあった仕事などない与えられない、だからこそ社畜だというのである。そうなるとそれは精神衛生上でも悪い。し老人になって何も語るものもないとなる
その人生は金を稼いでも実は失敗だったなる

ともかく人間は自分自身にとっても未知なるものである。その自然にしろ世界にしろ未知なるものが無限に広がっている。だからいくら科学が発達しても人間の体であり脳のことでありそれは解明できない未知なのである
老人になっても依然として人間が完成するわけでもないし未知なのである。その探求は終わることなく続くのである。だからこそ長生きはこうして健康に生きれる人にはさらに無限の可能性が生まれてくるのである

とにかく人間は何をするにしても時間がかかるからである。何かを理解するにも本当に時間がかかる。膨大な本を買ってそれが理解できなかったからである。だから長生きすれば天才でなくても大した能力がなくても一角のものになれる可能性がある。それは時間を活かせるということになるからである
大器晩成になる。長寿の良い面はそういう人たちを多く作り出すということである。天才でなくてもそれなりに能力を発揮する人は多数出てくる可能性があるということである。

一方でこの本の著者は優生学を唱えている、何か一人の精神障害者であれ発達障害であれその負担が大きすぎることである
それでも兄弟でも障害者にエネルギーを注ぎすぎて他の兄弟の世話が疎かになり、大人になり介護したくないとなる
一番手をかけた長男が世話できないとなっている
それも不幸なのだが今や高齢化社会とは障害者社会にもなる
認知症になる人が膨大だからである。これはだから老人は自殺しろというとき余りにも多くなりその負担で社会が維持できないとなる。それが高齢化社会の負の面である










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posted by 天華 at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2024年08月21日

家庭環境と能力形成 【家庭環境が生まれつきより重要な理由】 家庭環境と能力形成 【家庭環境が生まれつきより重要な理由】

家庭環境と能力形成

【家庭環境が生まれつきより重要な理由】

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家庭環境とは家庭の経済的な豊かさや親の社会的地位の高さには関連しきれないより質的な家族との日々の何気ない総合作業という側面が枢要な役割を占めることになる

家庭環境と能力形成の過程 阿部悟志

●遺伝因子より環境因子の影響が大き

人間をどう見るかというと本当に難しいと思う。それはさまざまな因子と関係していて複雑だからである。確かにその人の生まれついた遺伝子というのは基本的にベースとして作用する。それは変えられないと思う。内向的性格があり外交的性格がありそれを変えることはできない。内向的な性格の人に外交的な仕事とか付き合いをすることは苦痛になる。

だから基本的に人間はその人の性格に合った資質にあった人生を送れれば幸福だとなる。でも現実社会ではその人の性格とか資質出とかを考慮しない場合があるまた必ずしもその人の性格とか資質にあった仕事など用意されていない。どうしても実社会でわ内向的性格の人より外向的性格の人が好かれるからである。いつもニコニコ笑っているような人は好かれるがむっつりとしてとしている無口な人は好かれないからである。

ともかくひとりの人間を見るときその家庭環境はどういうものであったかということがベースにあるもちろんその人の性格もそれは生まれつきのものとしてある。そういうものは変えられないから常にその人に作用してくるのである。
ただ家庭環境というのはみんな違っている。兄弟が多い家庭もありその中に姉とか妹とかいる家庭がある母子家庭もあり一人っ子家庭もあだからその家庭環境によってその性格また才能もつくられてゆくということはありえる
つまり人間とは常に相互作用の中でつくられてゆくのである
その相互作業は一番影響するのは家庭の家族関係だとなる。
なぜなら日日そこで生活しているのだから当然だとなる
だから人を見るときその家庭環境はどういうものであったかを見ることが基本にあるかもしれない。もちろん生まれつきものがベースとして作用していることは変えられない

●母より姉の影響を受けた自分

私の事になるが私のような家庭環境にあったものも珍しいかもしれないそれは成り行き上そうなったのである。父親は中学生の時死んでから姉とと母が家族を私を支えたのである
姉と言ってもねんれいてきに20才以上離れているから母親にもなる。一方で実の母親はその姉と比べると内気であり何か女中のようになっていたのである。姉は大らかでて陽気であり外交的性格の女性だった。いつもニコニコと笑っていたのである。

そして私は返って姉の影響を知らず知らずのうちに受けていた。それは姉が結婚せず60まで私と一緒に暮らしたいたことで余計にそうなったのである。つまり私が一番影響受けたのは母ではなく姉だったなる。まず母の影響を受けていたら母は神経質で繊細であり何かせせこましい性格でありその影響を受けていたら私自身の性格も何か抑圧された性格的にもいい形成はできなかった

結局姉は鷹揚であり私を責めることがなかった。何でも容認していた。それが悪い面として影響したことまある。つまりそうして何でも容認して責められることがないから私自身がだらしない野放図な我ががままな性格となった。それも二人が母親でありそれで一人っ子であり何か何をしなくても何でもしてくれる、殿様のような状態で過ごしてきたのである。ただそこで私は会社に勤めず自由の自分のしたいことを興味あることを追求してきたのである。
その成果をプログで発表している

●一人っ子は他者とのコミュニケーションがとれない

確かなことは一人の人間を見るとき複雑な因子が遺伝因子であれ環境因子であれ作用している。その環境因子で一番影響が大きのが家庭環境なのである。ただ家庭環境でもみんな違っているからわかりにくいのである。わかりやすいのは兄弟がいて姉妹がいるというとき確実に長男と長女はその顔からして見分けがつく。

何かおっとりとした顔つきになっているからである。そして一人っ子となるとそれは兄弟がいないのだからなかなか人間関係が築けないだからこそ一人っ子34パーセントぐらい結婚していないというのもそのためなのである。親とのコミュニケーションはできるが同年代とはしにくいということである。他の人は20パーセントくらいだからである。氷河期世代が結婚しないのは社会環境のためだが一人っ子が結婚しないのもともと家庭環境が影響したのである。

ともかく一人っ子はマイペースだというとき何か人と協力して仕事するというより一人することに向いたいる。芸術家だとマイペースで打ち込むから向いているとなる。また何か興味あることマイペースで追求することに向いている
だから学校とか会社に集団に適応できないのである
いずれにしろ家庭環境の影響はあまりにも大きいと思う

●家庭環境で一番問題なのは宗教2世

それでカルト教団家で育った人は悲惨である。その付き合う家族もカルト教団であり自分自身のことがまったく見えなくなる。それが宗教にもなっているから絶対的なものとなるその人はまるでのナチスのヒットラーユーゲントとか文化大革命の紅衛兵とかと同じだった。完全に子供の時からカルト教団にはまり学会っ子とか言われそれ以外のものが見えなくなっていたのである。何かその人はそのまま外のことは関係なく聖教新聞社とかに入った。何か疑問も反発もないのである。

その人はそうしてその組織集団以外の人を対照的に見ることもできなくなっていたのである。だから宗教二世とかいうのは一番厄介なものとしてある。
つまりそういう家庭で育てばそれしか見えなくなるからである。付き合う相手もみんなそういう人たちでありそれしか見えないから偏ったものとなるのである。要するにいかに家庭環境がその人を形成するに影響するかということである。それが一番顕著に表れているのである
つまり家族でもさまざまでありそれを外部から理解することがなかなか難しい。

●多様な人間の中で育つのがいい

家庭環境で問題なのは宗教二世問題もあるがやはり一人っ子とか母子家庭とかはその人間関係も極端に狭めたもので多様な人間と付き合わないから人間形成にとってはいいものではないやはり家庭環境というとき兄弟がいて祖父母がいてとか大家族の方が良かったとだそこで多様な人間と接するから人間形成にとってもよく働くのではだから一人っ子とか母子家庭というのは社会でもよく見ない。会社としてもそういう人を採用したくないともなるのである何か性格的に組織的集団的に適応しないということはあるからだと思うなただ人間は何であれどんな環境であれ良い作用と悪い作用がある。

別に一人っ子でも私のようにマイペースで自由に興味あることを追求できるような環境にあった。それは特殊な状態でそうなった特殊な家庭環境でそうなったのであそれは自分にとっても悪いものでもなかったのである。ただ偶然恵まれたということである。ともかく人間の本命とか運命とか人生とかには不可解なものは常にある。何がよく作用して悪く作用するのか明確にはわからないのである。それだけ人間というのは生まれつきだけで決まるものでもないし複雑な環境の作用がありそれがその人間をつくる。だから生まれつきよりももしかしたらそうした環境の影響の方が人間にとっては大きいともなるのである
いくら生まれつきの資質が才能があったとしても環境に恵まれない活かされないのである。

質的な家族との日々の何気ない総合作業という側面が枢要な役割を占めることになる

家族は何気ない意識もされない総合作業がありその中で形成されるものがある。それは兄弟であれ姉妹であれ祖父母であれ親戚であれ複雑な総合作用として形成される
家族というのが血縁関係だけだと見ているが違っている。血縁関係がなくても家族として育てば影響が受けるし家族として育たなければ兄弟とか母親父親の意識がもてないのである。だからいくら血縁関係があっても一緒に育たない兄弟姉妹は他人なのである。私も姉とは60年間も一緒にいたから血縁関係がなくても深い影響を受けたのである


我が姉や夏の満月輝きぬ

姉は血縁関係ないが同じ夏生まれなのである。何か夏の満月のように輝いていたとなる。




posted by 天華 at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2024年08月15日

教育の変化に対応できないー専門化して教える方も対応できない 【なぜ藩校から優れた人材が輩出したのか】


教育の変化に対応できないー専門化して教える方も対応できない

【なぜ藩校から優れた人材が輩出したのか】
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●江戸時代に学校はなく読み書きソロバンができれば良かった

教育とは何かとなれば教育だけが別個にあるわけでなく社会自然とか家庭が教育の場であるというときにそうである
教育というとき学校が教育の場としてありそれ以外考えることもできなくなった。教育というのは学校のみでするものになったのである。でも学校がない時代があり江戸時代なら学校は無いのである。それでも寺子屋などがありそこで習っていたの読み書きそろばんである。それは実生活に必要最低限のものでありそれ以上の高等な学問は教えていなかった。何か教育というとき今の時代は相当に高等なものであり寺子屋とかいうレベルとはあまりにも違っていたのである。

寺子屋の教育というのは暗唱が第一であり何か創造的なものをはぐくむ教育というのはなかったと思う。あくまでも実用主義であり社会に出てすぐに役に立つものしか教えていない。だから教える方にしても今のような高度なものは無く簡易なものだから誰でも先生になれたという。その先生に望まれたのはれたのは人格的にいい人であったという。今の時代は先生といえばそうした人格的に良いとかよりその専門に優れているかどうかである。例えば英語だったら英語を自在に使える人である数学だったら数学の専門家でありその人の人格など関係なくなったのである

その教えることも読み書きそろばんとかとは格段の相違があり教える方にして相当な専門家でないと教えることもできない。そこで人格などというものは関係なくなったのである。先生にしてもどれだけ専門的な知識に通じていて結果で判断されるのである

今医者でも医は仁術ではなく人格など無関係である

だから江戸時代の医者に要求されたのは医は仁術であり病気が治せないものとしてありそれより大事なのは仁術でありモラル的な患者を思いやる心だったのである。
現在の医学で要求されるのは病気をまず治すことであり病気を治さない人医者は必要ないとなっている

その医者の人格はどうとかこうどかそんなものは関係ない。手術がうまいとなればその医者は特別な医者として尊敬されるのである
その人の人格など関係ないのでありもしかしたら外科というとき人の体を切り裂くのだから冷酷であって冷静な人が要求されているかもしれない。そこに愛とかは必要ないのである。人の体を切り裂いて病気を治すことが第一なのである。むしろ冷静で冷たい人がいいともなる。

そしてそれは人間の力でできなくなっているから機械がロボットが手術してコンピューターの指示によって手術までするようになったのである
ロボットとかコンピューターには愛とは必要ないし必要ないのである。だから戦争になる時最も力を発揮するくれ人がいくら殺しても何の良心の呵責も感じないからである。そこにコンピューターかAI化して行くことの人間の恐怖がある。つまりコンピューターには情というのはないからいくら人を殺して良心の呵責というものを感じないからである

そもそもなぜ日本にアメリカが日本に原爆を落とすことができたのかそんな非情なことをできたのかということでもそれは現代の戦争は機械戦争になったときそうなったとも言える。空から爆撃するとき人間の小さな姿など見えないからである。もし一対一で殺し合いとなれば相手を殺したとき相手は苦しんで死ぬからそれを見ていたとき何か人間的な感情が起きてくる。
でも機械戦争になれば人間が大量に死んでもそうした人間的な感情は生まれにくくなる

それよりAIとか命令でロボットは戦場で兵士となると相手は人間でないと人間とか見えないし物体としか見ないからいくら殺して良心の呵責何か人間的な情を感じないので
近現代の近代の戦争は大量に無惨に人が死んだ。でも何か古代の戦争であれ戦国時代の戦争であれ人間的なものを感じない、ただ人が物のように消尽されるという感じになる、例えば戦争でも古代ならアレキサンダーなどの英雄叙事詩とかなり歴史に残る。でも近代の戦争ではそうした人間的なものが剥奪されて何かそこに戦場に残されたのは破壊された兵器とか何かが目立ちそこに人間的な何かが残されないのではウクライナ戦争出るその主役はドローンとかになり人間が主役ではないのである

いずれにしろ教育というのやはり現代文明の一部としてありだからこそいくら一人の人間が優秀であっても教育をすることは不可能である。教育というのは社会という地盤があってできるものであってその地盤がなくなれば教育できなくなる
今や知識的なものならばAIの方は先生より優れているAIと対話した方が先生より理解力理解が深まる。英語の先生がいたとしてAIのように翻訳できるかとなったらできないとなれば英語の先生も必要ないとなってしまうので
ただ知識の面からすればそうなれば全人間として人間をつくるのにはコンピューターだけはできないのである
そこに必ず人間的なものが関与する必要がありだからそこに人間の先生を必要になってくるのである。それはただ今までの先生とは違ったものになってしまうのである。まずこれだけ複雑高度な知識社会になればそんなすべてを知り尽くす人などいないからであるい。

●なぜ学生運動が起きたのかー大学の大衆化とエリートの喪失

ともかく何故団塊の世代などは大学に入った時学生運動が起きたのだろうか?それは私自身が経験したことでは大学というところ教育の場ではなかったということである。ではそこは何の場だったのだろうかマスプロ大学であり大量の大衆化した若者詰め込むだけの箱ものだったのでありそこは公園でもあったとかレジャーランドであったとか言われるのもそのためである
特に私が入った私立の三流の文系など何か教育の場として機能していないのである。それは高校とはあまりにも違っていたので千人でもつめこむ大講堂で教授が抗議するというのもあまりにも違ったものだった
ゼミにしても教授にあったのは一回くらいしかない教授というの講義を休講する。生徒を教育するというのではなく自分の研究をしている人なのである。生徒に何かを教えるということでもないのである。だから何か大学というのは何だったのか奇妙なものになる。もちろんその時ほかの一流大学は違っていたかもしれないが私が入った大学はそんなものだた。ただ共通していたのは大学というのはエリートでもなく大衆化したということだった
それは戦前大学を全く別物であれ旧制高校でありそれはヘリ本当のエリートであり将来を約束された人たちで選ばれた人たちだったからである違っていた

とても戦後の団塊の世代の人たちが入った大学特に文系の私立大学などとにかく数が多く大衆化した大学でありそこが何か学びの場とは思えなかった何か教授がいたとしても直接何かを教えたりもしないのだからマスプロ教育でありそれが不満でで学生運動が起きた原因だったのである
青春のエネルギーをそこで発散したのでではなぜ私がカルト教団などに入ってしまったのかそれ大学という場所は教育という場ではなくただ学生を詰め込む箱ものであったに過ぎないということである。その不満があって学生運動は起きたと思える。ただ東大とかなればエリートなだからなぜあのような激しい学生運動になったのかよくわからない東大となればやはり戦前のように選ばれた人たちだったからである

●なぜ藩校から逸材がでて明治に指導者となりえたのか

なぜ教育が機能しなくなったかというとそれは教育者がどうのこうのとではなくその教育のとなるべき地盤が社会が喪失したことである
なぜなら江戸時代に藩校があってその藩校がある所に逸材が生まれノーベル賞をもらった人が出たとされる。でも藩校と科学者が関係しているのか理解できない、確かのことはなぜ明治時代によう導く逸材が多く出たのかということである。それは江戸時代という社会があり侍という指導する人たちがいてその人たちがやはりその社会に育まれて社会を導く人となったらだと思う。

つまり何か伝統というのがあるそれで人間を育まれていくだからこそ内村鑑三はなぜ武士道キリスト教とかを唱えたのかと言うことでもわかる。内村鑑三は侍のででありだからこそ武士道に備えていてそれにキリスト教は接ぎ木されたところだ。

ともかく教育といってもその背景に地盤に社会がある現在ではそれがなくなったから教育自体ありえない。その教育で高度な専門化した時代でありとても一人の先生は優れていて教えるということなどありえないからである。AIから学んだほうがましだとなっているからである。ただなんらか人間には生身の人間に接して学ぶということは残る。生身の人間から学ぶことは何なのかとなるのであるそれを江戸時代には医が仁術とされたように何か人間的なものがモラル的なものが備わった人格的なものとなるであろう。でも現代文明からすればそういうものは全く無視されて専門的な知識に優れた人しか先生にはもうなれない。

そして現代というのは現代文明というのはなぜナチスとかカルト教団が生まれたのか。大衆化して大衆が主役となりそこに地の塩とあるべきものは育てることはできない。カルト教団などは教祖が偶像化してその配下に兵隊のように組織化してただ権力奪取することを目指すだけだとなそして一人一人など関心ない。十人より百人百人より千人より1万人百万人を会員を獲得して勢力とすることでである。ただ数を増やすことが目的化しているのである。そこに教育などはそもそもない。ただ上からの命令に従うロボットの大量生産なのである。

要するに現代文明で教育は不可能である。その地盤たる共同体とかコミュニティは喪失しているからである。だから一人の人間がいくら優れていても教育は不可能である
それでドイツのハイデルベルクというときその大学は中世からあって古いのでそれだけの歴史がありそれは学徒としてあり町全体が教育の場ともなるそれは日本の学園都市とは違って中世からの歴史があるのだからそこで自ずと育まれるものがある
そういう場所で青年の理想に燃え未来を語るとき今の大学とは全然違ったものになるのである。ただ教育といってもそれは現代文明ではどこの国でも学校で教育するのであり同じようなものになっている。何かそこで志操を育むとかそうしたものは無いのである

教育でも大学でもそれが実利と結びつき金儲けの手段と化しているのである
宗教でもカルトとなるとビジネスであり権力を得る為の組織団体でありそこに宗教的なもは何もないのである
つまり教育というのは実利的なものとかそういうものが入ってくる時歪められるのである。青年なら理想に燃えるたとえ実現しなくてもそこに実利的なこのことから離れて理想のを目指すのではそこに大学という実利に密着した社会とは違った世界がある。そこで友情を育むともなるのででも現実はそんな大学などあるのかと全ての実利のための大学であり何か全体的に志操を育むば社会から喪失したのだ
そのためにカルト宗教団体などが社会を席巻してナチス化してしまったのである。




学都ハイデルベルグ

ハイデルベルグ 中世より古き学びの場
知識はここに蓄積されぬ
最古の石の橋、古き門、丘の古城
ネッカー河畔の公園の散策の道
静かに落葉を踏み歩む
ドイツに思索を深める哲学者
石一つ黙して根を据えよ
文化を育むその土地柄
学びと弛まぬ研鑽と質実のあれ
理想に燃え志高く友誼を深める
重々しく楽は鳴りカノンはひびく
荘厳なゴシックの大聖堂に重々しく
祈りは厳かにもの寂し石の柱に
ドイツの大地に根を張る樅の木に
ゲルマンの古風千年の歴史に成りぬ
晩秋の木々の間の落葉を踏みて
ベンチに座り赤き薔薇の心に沁みぬ
ここに共に休み古の思いに耽る
川は緩やかに流れ船の行く
その岸辺に学都ハイデルベルグは古りぬ

大学でもヨーロッパ人になれば中世から始まっているからそれだけ古く伝統がある日本にはそうした伝統は無いからなかなか大学は何かを理解できないとなるのである。私は三流の私立文系で経験したことをこうした大学とはままるで違ったものだったからである
何か学都といっても日本にはそうしたものはないだろう。仙台が杜の都どこ行っても学都といってもそうした伝統はなく自然もないのでだから人間というのは歴史的にその風土があり自然があり形成されたものその人を作るのであるむしろ大学というとき地方の方が自然に恵まれているかそれで思想が育まれるともある。
私自身が1万くらいの田舎町に住んで育んできたのは自然とのアイデンティティ化であったということでもわかる
そういうものが東京とか大都会になるとないから返って学都というとき自然に恵まれた場所がいいともなるのである。

Heidelberg, the City of Learning

Heidelberg, a place of learning since the Middle Ages
Knowledge does not accumulate here
The oldest stone bridge, the oldest gate, the oldest castle on the hill
The paths of the Neckar riverside parks
Stepping quietly through the fallen leaves
A philosopher deepens his contemplation in Germany
A single stone silently sets down its roots
The land that nurtures culture
Learn, study, and be true to yourself
Burning with ideals and deepening friendships with high aspirations
The music rings loudly and the canon echoes
In the majestic Gothic cathedral, prayers are solemn and silent
Prayers are solemn and silent on the stone pillars
on the fir tree with its roots in the German land
Germanic ancient style, a thousand years of history
stepping on the fallen leaves between the trees in late autumn
I sit on the bench and feel the red rose in my heart
here we rest together, lost in thoughts of the past
The river flows gently and the boats go by
On its banks, the academic city of Heidelberg has passed away

Translated with DeepL.com (free version)

posted by 天華 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2024年07月02日

地の利が薩摩長州佐賀藩などに有利に働いた 【なぜ明治に優秀な人材が輩出して日本を導いたのか】


地の利が薩摩長州佐賀藩などに有利に働いた

【なぜ明治に優秀な人材が輩出して日本を導いたのか】

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テレビでは放送できない!薩長土肥の実態とは?
江戸時代に培われた人間の育成
江戸時代からの海外貿易で国際性があった
地理的に海防意識と外国人との直接接触

●まず地理が人間を作る

なぜ明治にあれほどの優秀な人材が生まれたのか?もちろん佐賀藩の殿様がすぐれていたということがある。でも何か人物が出るというとき忽然と一人出ることはない、その背景となるものを知る必要がある。
その理由の第一にやはり地理があった。もともと薩摩でも佐賀藩でも貿易が行われていた。特に伊万里焼は有名であり外国に輸出されていた。もともと韓国中国に近く貿易が行われていた
たとえ鎖国していても長崎の出島を通じて外国の物産とか知識とかでも入って来ていた。だから佐賀藩は長崎に近いから学ぶことができて有利だったのである。

狭い地域の方言ですが、鹿児島県の頴娃町(えいちょう)の頴娃弁は、日本一難解な方言として、テレビでも紹介されていました。
頴娃町は、江戸時代は薩摩藩が治めていました。
薩摩藩は江戸幕府の監視の目が届かないので、琉球など外国と密かに貿易をしていました。
その時に他の人たちに悟られないように、暗号のような言葉を使っていました。
その暗号が頴娃弁の起源だと伝わっています。

密貿易のことでドラマのことと見ていたが現実にあり言葉までこうなっていたということはどれだけ密貿易が行われていたのか
その証拠だとなる

基本的には薩摩長州土佐とかは海に面して外国にじかに外国に接するということで有利だったのである。海と言っても私の住んでいる福島県の浜通リなどとはまるで違っている。毎日海を見ているが大きな船は太平洋フェリーが一艘くらいであり船影が見えないのである。
瀬戸内海とではそこは海路であり頻繁に大型の船が通る。驚いたの瀬戸内海の狭い海峡を大きな船は通過したことである。目の前に大型の船が迫って来たことで驚いたのである
そんな光景をこの辺では見れないからである。この辺の海とは根本的に違ったものである。海とはただ茫漠として広がるものではなく常に船が行き来する海の道なのである。

また島が多いからそこにも人が住んでいるから海は島が中継点となり島を通じて繋がれているとなる、つまり孤立していないのである。この辺の太平洋とは違い人間的な海だとなる。それは地中海と多少似ている。地中海も太平洋とか大西洋とか違い内海であり古代から船の行き来があったからである。
そのためにその地中海の周りにギリシャの植民都市が生まれたのである。ギリシャのコインがそうした植民都市から発掘される。ナポリとネオポリスでありギリシャに由来している。フランスの保養地ニースなどもそうである。新しいという意味だからである。ギリシャは海に進出して一時期栄えたのである。ギリシャは島が多いということで瀬戸内海と似ている。
ただオリンポス山などは2000メートル級であり山国であるのもギリシャなのである。デルフォイの神殿は相当に高い山の上にある、春の日に雪におおわれたオリンポス山を見た時は感動した
まさにゼウスが住む聖なる山にふさわしいと見た
つまり日本のように山彦海彦の国とも似ていたのである。

●藩校とか土着的環境で人間も育まれた

いずれにしろ世界を理解するには地理を知ることが不可欠である。世界となるとその地理が余りにも広くなるので実感できなくなる。それで一回だけでも行った国は何とか大雑把に地理を理解できるとなるから海外旅行しない限り世界を知ることは不可能である。本を読んでもまたテレビを写真を見ても地理はわからないからである。

ともかく明治維新の謎はなぜあれほどの人材が生まれたのかである。それは一人のことではない多くの人材が生まれたのである。
それはあらゆる分野で輩出したのである。宗教界であれ科学であれ芸術であれ教育界であれあらゆる分野で錚々たる人物は輩出したのである。だからそれはなぜなのだろうとなる
そこで意外と見逃されているのは江戸時代250年とかあるそこに蓄積されたものが実は明治時代に実ったとなる。確かに鎖国はしていても長崎に出島がありオランダから外国の文化を取り入れていた。でも一方で江戸時代日本の国風文化は作られたのである。それで藩校というのがありそれは7才なのか一貫してそこで学んでいた。中高一貫教育であった。

それよりその地域に根差したものとして同朋として一貫教育は全人的なものとして行われていた。それは今の部分化された生まれた土地とも結びつかない教育ではなくその土地に根づいた土着的な教育だったのである。
ただその時代を社会を理解することはむずかしくなった。つまり教育とは必ずしも先生と生徒だけの関係ではなくその土地であれ社会であれ全体と切り離せずある。今の学校とは相当に違っていたのである。ただその教育は侍だけに行われていたのが今の学校とは違っていた。教育とは全体があってありうるもであり社会と分離してはあり得ないのである。

学校とは知識を詰め込むものとして全体から社会から分離したものでありそこで人格形成などありえない、ただ膨大な知識だけが詰め込まれる場なのである。

だから意外と見逃されているのが江戸時代のそうした土着的な教育なのである。不思議なのは藩校があるのは西が多くそこからノーベル賞をもらう人がでているというのも何か因果関係があるのかとなる。東大からノーベル賞をもらう人がいないというのも不思議なのだる。

●小都市のフィレンツェに天才が生まれルネサンスが生まれた

いずれにしろ何か土着的なおのから離れてしまったのが現代である。職業でもなんでも土着的な物から離れている。意外とそれが人間形成できなくなっているということもある。天才が生まれるというときこれも大都会から生まれていないというときもそうである。フィレンツなどは5万くらいの小都市なのにあれほどのルネサンスの芸術が花開いたことに驚くのである。
小都市でもレオナルド・ダヴィンチの絵が幽邃な洞窟の聖母とか描いているように回りにそうした自然があったからだとなる。
小都市だと人間関係も密になりそこで育まれるものがあった。それは江戸時代の藩校で有為な人材が育まれたのと似ている
東京のような一千万の大都会とかまた大学にしても何千人も入れる講堂で抗議するとかすでにそこに人材を育むものが消失していた。また東京のような大都会からカルト教団が生まれたように
異常なナチス的なものが生まれる大衆社会だからそうなった
それは江戸時代の環境とは余りにも違っていたのである。

人間を育むという時それは家族であれその時代であれ環境であれ複雑に影響して作られてゆく。もちろん生まれつきの才能もあるがそれだけではとてもその才能でも花開かないので
そういう条件を満たしていたのはフィレンツェであったということもありうる。東京のような一千万の都会からは文化的な面では不毛なのである。つまり耕すcultivateする土着するものがないあからcultureも生まれないのである。そこからうまれたのはカルト教団とか大衆を扇動するナチスのようなファシズムだとなる。日蓮でも親鸞でももともと山岳宗教である比叡山で学び天台宗を基にしているのである、山伏にも由来するとなる
一千万の都会となればそこに自然はなく群衆と人工的空間じかない異常な世界なのである。そんなところから文化など生まれようがない。だからこそそこから異様な怪物がカルト教団が生まれたのである。

佐賀藩に伊万里焼が外国に輸出され知られる
長崎の出島の近く外国の知識得る
薩摩なれイギリスの船と直接一戦交える
桜島噴火して煙はき溶岩の熱く噴き出す
英傑はそこより生まれ日本を変える
開聞岳に春の夕陽が染め船は去る
土佐の沖に春の太陽が昇り大阪へと船は進みぬ

(初燕赤絵の街や旅路来ぬ)

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2023初春日本列島栄華の詩 
(鹿児島から船で大阪城へそして富士山を見て小田原から江戸へ)









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2024年05月05日

人間は相互作用で作られる 【師でも友でも異質なものと交わることが必要‐奇貨置くべし】


人間は相互作用で作られる

【師でも友でも異質なものと交わることが必要‐奇貨置くべし】

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●兄弟姉妹の中で作られる性格

人間の特徴とは何か?それは生まれつきのものもその基礎をつくるのだがそれよりも環境が人間をつくる。例えば人間関係でも家族でもなぜ兄弟がいて長男は長男らしくなり長女は長女らしくなる一人っ子は一人っ子らしくなる。
これはその生まれた親が同じであり遺伝的にも影響するにしてもその兄弟関係の中で人間の性格がつくられてゆく。だから一見してみると長男は長男らしく長女は長女らしく何かおっとりとしているのである。
でも兄弟でも長男ではない人は弟なりそれは弟なりの性格がつくられてゆく。何か動物には子供は何人か生まれた何匹か生まれたとしてそんな性格が変わるものともならないだろう。確かに動物にも性格がありでもそれは遺伝的なものが大きいだろう。

でも人間になるとともかくその環境は必ず影響して人格でもなんでも形成されていく。それが人間の一番の特徴である。だからその人の性格を見るときどういう家庭で育ったのか見るとわかることがある。そもそも兄弟がいない姉妹がいない一人っ子というのは特殊だと思う。

だからこそ一人っ子は40%も結婚していないというのもそれはその環境から人間関係からそうなったなっているのだと思う。私自身が一人っ子だからわかるのである。人間が一番影響するのはやはりどういう家族に生まれてどういう家庭環境で生まれたかである。そこでその人の人間形成が行われ性格でもつくられてゆく。もともと確かに遺伝的なものはあり陰気な性格と陽気だ性格がありそれはもともと違っている。

でも人間というのはなんでも固定されないので一つの出来上がったものとして人間が存在するわけではない人間というのは可変性があり一つの型に収まるというものでもない。ただ人間をまた一方で組織集団化して一つの型にはめようとする。でも本質的に人間は柔軟性がありフレキシブルな存在である。だからその人が生まれた性格とか思われたものだけで遺伝的なものですべてが決まるわけではない

●人間関係でも相互作用【相互浸透】が働き人間は作られる

もちろん天才となるとそれは生まれつきのものであり常人とは違ったものはある。それは子供の時から現われているのである。子供の時既に大人の読む小説を理解したとかいうときそれだけませていた。なぜ石川啄木が20代であれだけの短歌とかを作ることができたのか?それを自然とを深く理解していたしそう自然を深く理解し一体化することは普通の人は本当に長い時間がかかる。私が俳句とか短歌を作ったとしてもそれはただ575とか並べただけだったのである。
でも既に石川啄木とかなると自然に深く通じていたのである。それがなかなか理解できないのである。

とにかく人間とは相互作業の中で相互作用、相互浸透の中でつくられてゆく。それが一番わかりやすいのは兄弟姉妹がいるときその相互作用でそれぞれの人格がつくられてゆく。だから人が見てこの人は長男だとか長女だとか分かるのでだからだからこれもこれ不思議なのである。人間がそうして相互作用の中で作られる基本的なことはここにある

そしてなぜまた何か大きな功績を残した人は文学関係であれ芸術関係であれ長男が多いのも不思議である。確かに兄弟でも別に何人かいてその人の中に優秀な人も出てくる。でも概して統計的に見ても長男が何か功績を残している。

例えば長男になるとなぜほかの兄弟とは違ってくるのか?

長男というのは必ずその家を継ぐ者でありその家に関心を一番持っているのである。だから旧家に生まれた人はその家に関心を持ちそこで歴史にも興味を持つとなる。長子はもともと特別重んじられていた。なぜなら家には必ず二代であり三代でありさらに十代とかまで続く家系があり歴史があるからである。

自分の育った家庭環境というのは不思議であった。母がいたとしても母は目立たない人であり陰の性格であった。もう一人の母と言うべき姉は太っていて外交的であり陽気であった。その二人と私は一緒に一つ屋根の下で暮らしていた結果それは私自身の性格までに影響したのである。
これも普通ではないのだがそうした人間関係の中で60年間も一緒にいた結果その相互作用で私に影響してしまったのである。それは既に姉とか死んでから13年とか母でも既に八年とか過ぎてももやはり心に影響してその二人は私の中に生きているのである。だからいかに家族というのもの家庭環境は人間に影響するかである。

だからこそ家庭環境が悪いと人間はまともに育つことはできない。愛もない家庭環境であったらまともに育つことはできない。私の場合は異常ともなるそういう家庭環境の中で私という人間も形成された。私自身は母の遺伝受け継いでそもそも内向的であり陰な性格である。
でも一方の姉は太っていて陽気であり朗らかであり母とは全然違っていたのである。それで私は姉の影響深く受けたのである。実は私と姉は遺伝的には別のものである。

ただ人間というのは別にすべてその親の遺伝的なものによって影響されるわけでもない。つまりむしろ何にしろ遺伝的なものはあるにしてもその家庭環境はどういうものなのかの方が影響を受けるのである。
例えば黒人であれ日本人の血を受け継げばその血統より日本で育つことによることの方が影響が大きいのである。時々日本人と結婚した黒人の人を見るが確かに黒人なのだが別に日本語を普通にしゃべり日本人になっているのである。
だから例えば双子でも一人は日本人として土地一人はアメリカ人として育てば全く別な人になってしまうのである。それだけ人間というのは環境の産物であり環境の影響の方が大きいものとなる。また人間は人間関係でも相互に影響しやすいものでありその人間関係の中でもその人間はつくられてゆく。
15年もアメリカで仕事していた人は明らかにアメリカ人になっていたのである。それは環境の影響でそうなったのである。
日本人そのものがアメリカに戦争に負けてからアメリカ人化したのである。生粋に日本人とは何かなどわからなくなったのである。

●師には必ず師がいる―人間は自分にない異質なものを求める

だから必ず人間というのは誰かの影響を受ける。師であれなんであれ友達であれ影響を受けるのである。なぜ上野霄里氏があれほどヘンリーミラーの影響を受けたのかとなる。それは天才であり天才は天才と通じ合ったということである。ただ人間というのがまた師の影響も大きいのである。
必ずどんな優れた人でも天才でも先人がいて誰かに学んでいるのである。学ぶとは真似ることでありその後にそれなりにその人なりの創造育む育むからである。
でもなぜあれほどヘンリーミラーに傾倒したのかどうなるのわからない。人間の教育を考えるときその人の遺伝的な素質とのしというのも相当に影響するがやはり人間関係でも師と弟子がいて相互作用がありで芸術でも作らてゆく。

先人に学ばない人は一人もいないのである。それは釈迦であれキリストでももともとヒンズー教徒か旧約聖書がありそこからまあ飲んでいたのでは。そこに既に経験の集積があり教訓が生まれていてそれを学んだのである。
だからどんな偉人でも天才でも先人をから学んでいるのである。上野霄里氏にしてやはり先人から学んでいる。詩人にしても常に批判の対象にはなっているが吉田一穂だけは賞賛しているからそこに本来の詩語があるとしてあれだけ称賛している。つまり上野霄里氏がまだ学んだのはまさに吉田一穂でもあったのだ
ただ他の詩人は原生人間の観点から断罪しているのである。

ともかく人間は自分にはない異質なものに惹かれる
その愛たるものが男性が女性に惹かれるのは男性にないものを持っているからである。

永遠に女性的なるものが、われらを引き、昇らせる ゲーテ

反対のものに引力が魅力がある
反対のものは磁石となってあなたを引っ張る
反対のものはあなたを自分自身の中から連れ出す
反対のものはあなたの監獄を破壊する
反対のものはあなたを広くする
バグワン-ラジニー【虚空の船】

女生とは男性の反対のものであるからこそ永遠に惹かれるのである。つまり人間というのは人間関係で相互作用の中で生きているもし男は男だけで生活して女性は女性分離して生活していたらそれはどっちにしろ異常化してしまう。
また世代的にも老人は老人だけ青年は青年だけ子どもは子どもだけで生活して交流がなければその社会も異常化していく。現在ではそうした大家族もなくなり核家族となり一番悪いのは母子家庭となってしまう

そこに母親と子供一人となると何か異常化してしまうかもしれない一人っ子がなぜ異常化しやすいかといえばそこに親と子しかなく兄弟姉妹が無いということは人間関係でも相互作用がなく異常化してくるともなる
ただ正直人間というのは何か異常化してないか?私自身の家族でも異常でもあったが他でも何か異常なのである。それよりも人間自体が異常でもあるが。超人とか原生人間から亜人間としし断罪したのはそのためである。

●奇貨置くべし

価値の創造

異貌なるもの
奇岩なるもの
異質なるもの
そこに価値がある
同質なものに価値がない
奇貨置くべし
同じ人間に価値はない
ありふれたものに価値はない
天才の価値はそこにある
十羽ひとからげに見ない
新しい見方をアイデアを出す
新奇なものに価値を見出す
独創があり新企画がある
異質なものに触れて
新たなものが生まれる
赤と青が交わり
緑と黄色が交わり
・・・・・・・
多様な多彩な交わりが
この世界を豊かにする

つまり天才に学べきはこうした異質性であり異貌ともなるが超人、原生人間、真人から見るときそういう人間が亜人間にみえる
それは本来の人間ではない、実際人間はそもそも完成された者ではない、何等か欠けていて人間であっても本来の人間に作られていないのである。なぜなら人間が欠けているし必ず病気にもなりその体も完全でないからである。
完全な人というときキリストは神の子として完全だったのである。神の似姿たとして完全だったのである。いくらニーチェでも超人を唱えても狂気化して終わったからである。
ただ誰しも超人になりたい強くありたい、病気なりまた弱々しくありたくないというのが普通である。自分自身が平凡でありいろいろ欠けたものがあり体力的にも貧弱であるからそういう強い人に超人に憧れるということがある。でも結局人間は超人にはなれない。

ただ神から直接永遠の命を与えられて神の子となることができるのである。ただ現実この世に生きている限り人間というのは未完成であり完成したものではないのである
だからいろいろと欠陥があり足りないものはありそれで互いに補う必要がある
その補うものとして相互作用は必要なのである。だから必ずどんな天才でもやはり先人がいて師がいて学んでいるのである。
ただ師は絶対的なものではなく一時的なものでありその人なりの人間形成はさまざまな相互作業の中でつくられてゆくのである。それは大きくはその生まれた環境であれ家庭環境であれまた時代も大きく影響するのである。

●AIが人間の創造に深くかかわってくる

なぜならコンピューターというのはAIというのは急速に進歩して人間の頭脳にも追いついてくるからであるそれはそれが人間にしかできない芸術にも相当影響してきたことがわかってき。絵など全然描けなくても才能なくても言葉を入れるだけでその絵が作られてくるのである。
ということは人間の相互作用ではなくコンピューターとの相互作用で新たな想像が生まれてくるともなる。このように技術の進歩でもまた人間というのは変化し作られていくのである

とにかく中国とか大陸になるとなぜ独創的だぜ創造的なものが生まれてきたとなるとやはり相互作用がありそれが影響したのだと思う。アメリカだったら才能ある人を集めてコンピューターを作りAIでも作りそれで世界をリードするまでになっている中国でももともとそういうことがあり発明の国だったからである。
日本という国は海に囲まれてそうした相互作用がない結果としてやはり創造する発明するということは難しい国だったということである
高度成長があったとしてもそれは日本人が発明したものではなくまねたものであり今や韓国中国台湾でも日本より優れているとなったからである。
同じことができて作られて今や電器製品でも追い抜かれてしまったということである

日本というのはやはり多様性がなく異質なものを受け入れない国である。どうしても海に囲まれて閉鎖的になってしまうからである。だから奇貨置くべしなどという発想が出てこない
みんな同じでなければならないという同調性が高く何か学校教育からしてみんな同じでなければならないというロボットを大量生産するようにもなってしまった
そのことがやはり世界から遅れたものとなったのかもしれない。相互作用がないからどうしても新しいものが生まれなかったということである。




posted by 天華 at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2024年03月29日

人間の性格はどうしてつくられるのか 【人間は環境が大きく作用するー時代の変化で教育も変わる】


人間の性格はどうしてつくられるのか

【人間は環境が大きく作用するー時代の変化で教育も変わる】

●家庭環境の影響は大きい

私が興味を持ったものは地理である。高校まで何か興味を持って勉強したことはなかった。。大学でも自らほとんど勉強していない。でも大学出てから旅ばかりするようになって地理に興味を持つようになったのである。地理というのはそもそも地図を見たりテレビを見てみても実感できない。本を読んでも実感できない。特に外国になると本当に実感できないからおかしなことを言っていたのである。いくら本を読んでいても実際に一回でも外国の土を踏みちょっとでもいいから外国人と話したりすれば外国を実感するのである。だから百聞は一見にしかずとなっていたのである
それで50歳になって遅かったがバックパッカーになって世界を回ったことがで実感できたことがお大きな収穫だった。

それで人間というのはどうして作られてゆくのか?

もちろん一番根幹になるのは親からの遺伝だということはある。この影響はエッセンスとなっているからどうにもならないということはある.でも人間は全部それだけでは決まらない。動物ならもうすでに遺伝とか生まれた状態で生きるすべを身につけている。すべて本能で生きるのである。でも人間というのはさまざまなもので影響されてつくられてゆく。

その影響の一番大きいのは家庭環境である。それで兄弟姉妹を見ると不思議にこの人は長男だとか長女だとかなんとなく見分けられる。何か長男とか長女はおっとりしているとか性格まで兄弟間で違ったものとなる
特に一人っ子などは兄弟がいないからその性格かなり違ったものとなる。つまり兄弟がいないと何か食べ物でも争って食べるということもなく何でも与えられるから競争もなくおっとりとしている。何をしなくても親が与えてくれるからそうなってしまうのである。

だから外見を見ただけでこの人は長男なのか長女なのか弟なのかとか見分けられるのは不思議である。それは別に遺伝的な生まれつきなものではなくそういう家庭環境で性格も作られたともなる。ただ性格にしても遺伝的なものは根幹にありどうしても社交的な性格というか外交的な性格と内向的な性格がありそれは基本として変わりなくその人を形成してゆく。

私の場合は家庭環境が異常だった。母と姉がいたとしても母親が二人いたと同じであり性格的にも二人は正反対だった。姉は陽気で明るく外交的な性格であったが母は内気なおとなしい女性だったからである。だからこの二人の女性の間で長く生活していたことが影響した。何か勤めることもなく野放図になり社会性もなくなたっていたことが問題だった。
でも別に勤めてもいなのだからとがめることなかったから自分にとってはいいものだったのである。母親だけだったら内気になり何かかたぐるしいものになり才能も発揮できなかったことは確かである。

●地域的特性で作られる人間

でも人間というのは環境の影響が大きいのである。その人がどういう地域に生まれているかも相当に影響している。例えば暑い国に生まれた人と寒い国に生まれた人は相当に性格的にも違ってくる。そして文化自体も違ってくる。それほど気候の影響というのは大きいのである。それは植物にしても暖かい地域で育つものと寒い地域で咲く花とは違っているからである。また木にしても南方性とか北方性があり違っている。

こうして地理的気候的な影響は人間にも大きなものとなる。例えば日本でも雪国に住んでいる人やや山に囲まれている地域に住んでいる人や海に面して住んでいる人などは違ったものになる
海に面してる人はやはり開放的になるかもしれない。なぜなら毎日山に囲まれていて山に閉ざされていた場所に住んでいる人とは性格まで違うようになるかもしれない。
私自身は福島県の浜通りに住んでいて海に面しているから毎日海を見ているから山に閉ざされた地域に住む人は違った感覚になる。現実に飯館村とかなると海も見えず標高も高く寒い。そこはやはり山に閉ざされているから海に面している地域とは違った感覚になるのである
福島県というのは海があり山がありと広すぎるのである。会津は本当に山国であり2000m級の山がひしめく。だからそこに住んでいる人の感覚も相当に違ってくる。そしてなかなかそういうところに住んでいる人の感覚が理解できないとなる。

また地域性というときそうした自然環境が元としてあっても何かその土地で育まれたものがある。例えば日本だと大阪人というのはその言葉使いからして違っている。そこは商売人の社会でありその挨拶ももうかりまっかとかなる。大阪は江戸時代からでも商売の国でありそれが日常でありその世界に居ればそういう気質になってくる。それで外の世界の人も外国人でも受け入れやすい。それで外国人にも人気があるというのが分かるのである。
ただいまは使われていないとも地元の人が言っている。

でもまた京都になると何かやんわりとその言葉は優しいのだがまた棘がある。そのやんわりとした言葉遣いはそこは公家のこと言葉である権力者がいてそれに媚びるような言葉なのである。おいでやとか一見歓迎しているようでそうでもないのである。
だから一見その言葉からだけだともてなしされているという感覚になる。そこはそれはあくまでも表面的なことであり実際は冷たいのである。だからそうした言葉遣いでも方言にしてもそれは地理的なものもあるな歴史的に作られた性格だと思う
つまり大阪と京都ではその言葉遣いからして相当に違っているのである。それはどうして作られたかというと歴史的なものとして商売の社会と公家を相手にしていた社会がそういう言葉遣いまで違ったものとなってしまったのである。だから人間の性格というのは生まれつきの物は基本としてあってもその環境からも作られるということが分かるのである。

●東北人の気質の問題‐自信がもてない―個性を発揮できない

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東北などはもともと農民が多いのだから農民社会だから商売には向いていないのである。でも不思議なのはなぜ伊達政宗のような人が生まれたのかということである。その人は芝居気があり何か商売人的なところがあ
ただ仙台市となるとその言葉は東北弁はズーズー弁でありんだんだとか口ごもる言葉である。仙台弁はだっちゃっちゃと押しが強いものでありズーズー弁でもないのである。それはやはり仙台市が商売人が集まるところだからそうなったのかとなる。

ただ伊達正宗は別に仙台は商都となる前に地方で育ったのでありなぜそういう東北人には相応しくない人が生まれたのか不思議である。それで奇妙なのは丸森は伊達藩に属して居たがそこに金山に一時は相馬藩が支配していた。
それで相馬市の病院に入院していたときその時金山城の麓に住んでいる人がんだちゃ言ってたのである。これはんだちゃはんだとだっちゃが結びついたのかとなる。つまりここで言葉でも地域的に交わり合成されたともなる
方言には地域性があるから面白いのである。だから訛りは土地の手形だと言われたのである。その訛りは簡単に消えないからである

狭い地域の方言ですが、鹿児島県の頴娃町(えいちょう)の頴娃弁は、日本一難解な方言として、テレビでも紹介されていました。
頴娃町は、江戸時代は薩摩藩が治めていました。
薩摩藩は江戸幕府の監視の目が届かないので、琉球など外国と密かに貿易をしていました。
その時に他の人たちに悟られないように、暗号のような言葉を使っていました。
その暗号が頴娃弁の起源だと伝わっています。

こうして言葉というのも歴史的に作られたものである。何かドラマで常に密貿易のことで取り締まり取り締まりが厳しくされていたがそれは薩摩藩でその貿易が盛んでありこういう事情があったということもこれそれが現実のことだったのである。何かドラマとして作られたものばかりと見ていたがこういう事実があったということでそれはただドラマでないということで関心を持つようになる。歴史は作り事ではない。事実としてあったことでありそこに重みがあるからである。ただテレビのドラマとか見ていたらそれはただ作り事ように見ていたののである。だから歴史というのは常にその背後に事実があるその事実を知ることが大事なのである。

●東北人の屈折した感覚ー自信の無さはなぜ

東北人の魂は傷ついたその肌をはっきりと肯定しているそのために劣等感や痛みを彼らをいやおうなしに締め付け圧し潰す。その暗さは彼らの表情や鈍い態度で行う行動の中に歴然としている。抑圧のされた方や痛みの感じ方は我々の想像以上に激しい。そういった硬質な顔には表現力を漂うことも定着することも許されない。顔の表情を軸としてその人間の生活はその人独得の回転をする。 
くがねのゆめ 上野 霄里

このように確かに東北人気質というのはある。一般化される気質はある。でもそれをすべて東北人とも言えない。近くの大工さんは全く東北人らしくないのである。なんでもあけすけに語り饒舌であり商売人でもある。職人となれば無口でありただ一筋仕事に励んでいるう感じだがそういうこともない。だからその人はどうして地元の人ではない東北の人ではないと見てしまうのである。

確かなことは東北人だからと言ってすべて公式のようにおさまるわけでもないのである。ただ一般的には確かにそういう性格はその土地から気候から歴史によって作られたことは確かであるなぜ関東地域にとみちのくとなると接している地域でも相当に違ったものになる。関八州となると上野霄里氏が生まれた栃木県の出身だからその範囲内にある。その性格もまた東北とはは違ったものとなる。
だから人物にしても内村鑑三とかが生まれたり個性的な人物が生まれている。だから関東と東北では歴史的にも違ったものとなっているのである。なぜなら300年徳川幕府が日本を支配していたということでそれがやはり影響しているのである
もし東北に政治的中心があったなら性格的にも違っていたものとなったかもしれない。だから仙台市は特殊であり言葉もで何か押しの強い商売人的なことばになったということである。

いずれにしろどうして人間がつくられてゆくのか例えば天才にしてもどうしてつくられてゆくのかそれは一個人の問題ではなくその背景にあるものがあり地域性があり風土があり歴史がありもちろん家庭環境もありさまざまな複合的な要因によってその人はつくられてゆく。また文化というのもその風土や地域性や歴史の覚えにつくられてゆくのである。

●時代で作られる人間ー画一的教育の終わり

だから一人の人物が生まれるという時それはその背景を見なければならない。いろいろなもの総合作用して人も作られていくからである。ともかく人間はさまざまな環境の中で作られすべて遺伝的なもので決まるわけではないそれは確かである。
例えば私の子供の時家に一冊の本もなかったとすれば何か自分自身で興味あり勉強するということはなかった。だから家庭環境の影響はその生まれつきよりも大きいものかもしれない。
私の父親は酒屋の丁稚であるだからこそ私を丁稚にしようとしていたのかもしれない。店をしていた時絶えず配達をさせられていたからであるそしてそろばんを習わされてそのそろばんを結構できていた。それで自慢していたがそれは何の役にも立たなかった。だからまた時代の影響とか環境の影響とかで人間も作られていく。

今子供にさせるべきはコンピューターのプログラムだということにもなる。コンピューターなしではありえない社会になってしまったからである。そのコンピューター社会になった時そこでまた別な能力が必要となり才能発揮されるとなる。そもそもこうして私がプログで発信できるのもコンピューター社会になったからである。そうでなければ発表する場もなくその才能も埋もれてしまったということである。
そういうこともまた人間社会には多いのである。いくら才能はあってもそれを発揮する場所がなく発揮することもできなくて終わった人も相当数だからである。そういう場すら与えられないのは人間社会でもある。

ともかく自分自身を相当に恵まれたので学校には適応できない性格だったが大学を出てから自主的に勉強してきたのである。そういう環境を家庭的に家庭で与えられたからである。それは社会に適応できないということで引きこもりになり家で一人勉強していたのである。でも性格的には陰の性格だからそうなっていたのである。そこで自分自身の能力開発をして自由に生きることが出来たのである
それは親に恵まれた結果だったのである。だから私は親に特別感謝しているのである。そこにはまた欠けたものがあり問題があったが自分にとってはいいものだったのである。やはり人間は家庭で育つからその家庭はどういう家庭なのか職業でも農業の会社なのか商売人なのかでその人の人格形成であり思考であり趣向でありそういうものまでも深く影響してくるのである。

だから教育というとき何かを教えるというか先生もいて先生も大事だが何か自主的に学ぶ環境の方が大事なのである。なぜなら人間というのはただ強制的に教えられるのではなく自主的に学ぶことをしなければ身につかないからである。その学び方にしても千差万別でありその人にあった学び方がありそれは学校のような画一的だ教育でわできないのである。だからなぜヨーロッパで天才が生まれたかというと家庭で家庭教師がいてそこはすでに学ぶ場となっていたから構成的な個性的な人が出てきたのだと思う。

つまり天才でも環境から生まれるのでありいくら遺伝的に才能があってもそういう環境がなければ才能も伸ばせないし第一発表する場すらはないであろう。芸術にしてもそれを鑑賞する人たちがなければ芸術を発展しないのである。貴族社会の場合やはり芸術を鑑賞する人たちがいて応援したからあれだけの芸術が生まれたともなる。

これからの教育はもはや集団的画一的教育は不要になる。なぜなら少子化であり子供の数が激減していてその少人数で社会を形成するとなるとその少人数でも優秀な人を作らなければならないからである才能を伸ばさなければならないからである。数が多ければどうしても画一的に大勢の人間を画一的に教育するということになってしまうからである。それは戦後の教育はどうしても数が多いから一人ひとりに合った個性的な教育などできなかったからである

私の場合なぜこのように何でも理解することが遅かったのか?

それはやはり天才でもないしたいして能力もなかったがまた環境にしても自主的に学ぶということもく学校時代から興味を持って勉強することが少なかったなかった。それから何か理解するのも遅々として進まず60過ぎてとか理解するようになったのである。
何かこの世界自体を理解することが時間はかかりすぎるのである特にグローバルからすると日本だけではない外国を理解するとなると簡単にはできない。外国を理解するにはとにかく住んでみない限り実感できないからである。
だから何か発言できる人は国際関係でも外国に実際に住んだ人達なのであるそれはいくら本を読んだにしても実感していないからわからないのである。第一中国にしろアメリカにしろロシアにしろあまりにも広すぎてその地理すら知ることは簡単にできないからである。

まず地理を知ることが第一という時日本ですら簡単にできない私は自由な時間が与えられてまず日本は隈なく旅したから地理を理解した。でも外国人になるとそれはもうあまりにも広すぎてその地理を理解することは不可能になる。だからこそ人生百年の時代は何か芸術を創造するにしても有利になる。世界を知るとなったらとても時間がかかる知りえないからであるそれは人生百年でもできない。だから長寿社会というのは学問とか芸術とかその他でも極めるには有利な社会だとなる。

●ネット社会とコンピューター社会で変わる教育環境

またインターネット社会になると世界的につながりができてそこでまた新たなものが生まれてくる。何か引用するにしてもいちいち図書館に行って調べることは容易ではない。でもネットで調べるとそれに見合ったものが出てくる場合が今回でも鹿児島の頴娃町(えいちょう)の頴娃弁は、についての話は面白いと思った。だから知の世界は世界的にも広まりチャットgptかでもそれは知的対話が出来るのだから芸術にも影響してくる。というのは身近に何か自分の場合学問的でも芸術的でも話ことができる人もいないからである。

でもネットに検索したりネットで発表もできるからその点ではそれぞれの個性的なもの才能を発揮しやすくなるそれより一地域相馬をベースとして世界にも発信できるのである。それが津波や原発事故を地元から発信できたのもインターネットができたからなのである。こうしてやはり常に時代が変わり技術も進歩してくるからそれによっても人間は影響きされ人間をつくられてゆく。

だから人間のはさまざまな時代の影響や家庭環境やら地域の栄養やらやら風土の影響でそもそもがつくられてゆくものでありすべて生まれつきで決められる訳ではないのである
だから実際は才能があった人も埋もれたの人が多いのである。発表する場すらなくてそうなったのである。出版などは特別なものであり出版社の方が力があり簡単にはできないし私は何もできなかった。こうしてインターネットから気楽に自分なりにいくらでも書いて発表することができるこの変化もまた大きいものだったのである

そしてマスコミからとかは文化は生まれない。それはなぜかといえばその地域とか関係なくただ大衆を相手にしてその時々の話題を放送する。そして次々に連関性もなく時間的につながりなくその時々の話題になるものを放送しては消えていくのである。
でも私の場合は相馬藩という地域に根ざして歴史的にまたその土地と一体化して放送している。だから私のプログを読めば相馬地域のことが全体的に総合的にわかる

なぜならそこでは時間的な継続性がありまた具体的な地域と結びついて発信しているからである。それができたのはインターネットがあるからでありできたからであり報道の質も変わったからである
マスコミのように別に百万以上とかのアクセス見る人がいるから見る人などいなくても特定の人に対して一人に対して放送することが可能になったからである
その相違もまた大きい物だったのである。大衆を相手にすればどうしても浅薄なものとなりただその時々の話題で流されて次々と連関性もなく歴史性もなく消えてゆくだけになるからである。

でもう一つの地域に根ざして発信していればちがった報道にもなったからである。だからグローバル化社会でグローカルというときグローバルなものとローカルもののものが結びついてゆくそういう学部が大学にもできているということもやはり時代である。ローカル的なものもやはりグローバルなものと結びつくのである。でも人間は日々生活している場所が大事でありそこからものを見るからそこを基盤にして放送するということは違ったものになるのである。そういうことがやはりインターネットやコンピューターの進歩でできるようになったのは大きな変化である。

情報社会の変化ーマスコミからインターネットへ
 【相馬新報の意味するもの】




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2024年02月02日

学生運動の時代【失われたエリート教育―大衆化した大学】ー三菱鉱業爆破事件の桐島聡の一生


学生運動の時代【失われたエリート教育―大衆化した大学】ー三菱鉱業爆破事件の桐島聡の一生

●マンモス大学で大衆化して地の塩たるべきエリートは消失した

今回の桐島聡の50年近くも三菱鉱業爆破事件から氏名指名手配されても見つからなかった。大概50年前になると何があったのかも忘れてしまう。ただそれらは左翼の革命運動として一連のものとしてあった。それは学生運動の延長として赤軍派があった赤軍それが悲惨な結果になった。

1968年(昭和43年)頃から東大闘争、全学共闘会議(全共闘)と呼ばれる運動形態が現れた。
1970年3月31日、JA8315号機(愛称「よど号」)は日本航空351便赤軍派を名乗る9人(以下、犯人グループ)によってハイジャックされた。犯人グループは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へ亡命する意思を示し、同国に向かうよう要求した
1972年には連合赤軍による12名のリンチ殺人事件(山岳ベース事件)が発覚した。こうして学生運動は急速にその支持を失っていった。左翼学生運動同様「民族派」学生運動も次第に衰退していった。

これらは学生運動の延長としてあった。だからこの運動にの主役はもともと学生であった。その学生が連合赤軍とかなりハイジャックして北朝鮮に逃れたり亡命したりした。連合赤軍は仲間割れして仲間を惨殺したり悲惨な結果になった。そもそもなぜこうした学生運動は起きたのかそれは大学が大衆化したことも原因していた。文系の大学とかなるとマンモス大学になり講義を聴くにしても千人くらい詰め込む行動でしていたとかだから大学に入った時高校とはあまりにも違うので戸惑ったのである。そして大学の不思議なのは授業に出なくてもいいのである。大学の教授というのはまたゼミで一回くらいあったがあとは会っていない。

だから大学とは何か教育する場だったのか教える場だったのか文系の場合はわからない。大学というのはそもそも自主的に学ぶことがなければ何も学べないところだったのである。そこはただのキャンパスがあってもそれは公園と同じだったと言う人もいるのも分かる。なぜならそこでそこが教育の場というにも持っていなかったのである。授業には出なくてもいい。教授は講義を休むことがある。そして朝から下宿で麻雀をしていた人も結構多いのである。文系の場合そうして大学とは遊びの場であり勉強する場でもなかったのだ

ただこうしてマンモス大学で学生を集めてその学生も戦前のエリートになるものでもなかった。国立大学の東大とか京大とかトップになればやはりエリートの道をゆくことにはなっていた。でもそのほかは私立の文系とかになると慶應とか早稲田とか別にしても他はそれほどエリートでもない大衆化した大学になっていたのである。
だから大学は何をする場なのかということも分からなくなった人もいると思う。その不満が学生運動の原因にもなっていたことが確かである。そうした大衆化した大学に対して不満がありそれが学生運動にもなったのかと思う。何か社会を変えるということでもなかった。第一学生は社会のことなどわからないその極端な例が中学校で金の卵として集団就職した人たちがかなりの数たからである。

大学に行けた人は地方ではクラスで5、6人であり恵まれた人だったのである。だからその時代に大学に入ったということ自体そういう人たちと比べると相当に恵まれた人たちだったのである。その人たちは学校では遊んでいたともなる。でもその時集団就職した人たちは工場下町の工場で下積みとして働いていたのである。その差も大きいものだった。
そのときまだ高校卒でも少ないものであった。それで警官と衝突してゲバ棒で大学生が戦ったがそのとき警官は高卒でありその大学生に対して不満が大きかった。お前たちは大学生になるくらい恵まれていたとなっていたからである。なぜお前たちは恵まれてるに暴れているのかともなったのである。

要するに学生の不満でありそれは社会全体に影響するものでもなかった。なぜなら社会人と学生は別の別の者であり学生だけが運動したから社会全体を巻き込むものはならなかったこれ。だからマルクス主義という理論だけが先行して現実の社会人の生活は観ていない。だから革命になるということはなかったのである。そのとき創価なども会員を増やしていた。創価というのは問題はあるにしろ現実に生活している社会人でありその社会人に根ざして運動していたから違っていた。学生運動の場合はみんな学生でしかなかったのである。だから理論だけが先行する現実社会を見ない運動になっていたから破綻したのである。

例えばそのあとのオウム真理教でもそれもう理系の学生が中心となっていて現実社会とはかけ離れたところで運動するようになっていた。だからそれは社会的に影響して社会的広がりを持つものとはならなかったのである。何か創価などはみんな社会人でありそうして社会で苦しんでいる人たちを相手にしているから学生運動とは違っていたのである。だから困って苦しんでいる人と庶民を相手にしているから何か泥臭いものとして庶民にじかに接していた。そういう人はなかなか相手にする者もいない。

それは共産党と本当に似ていたのである。最底辺の人はやはり同じように相手にするのは共産党くらいだからである。ただ共産党の違いはそういう最底辺の人たちを相手にするから学生運動とは違っていたのである。確かにマルクス主義を基にしているのだが理論にしていた。でも現実社会では最底辺の人を相手にしているからそういう理論だけでも成り立たないものとなっていたのである。底辺層のいる地域では市営住宅地とかでも創価かか共産党に入る。そして票の取り合いになり争っていたことでもわかる。学生運動とはそうした現実社会とかけ離れて理論だけになりそれで破綻したのである。

明治維新の日本は、日本の未来に危機感をもつすぐれた人物が多く登場した時代といえる。ローマの繁栄がそのすぐれた人物が統治したことから生まれたように、日本がアジアの中で西欧に対して少なくとも独立し、アジアの雄として一矢報いることができたのは、こうした先見の明をもつ人々が、当時次から次へと登場したからである。

西欧においても、すぐれた政治家が排出しているとはいいがたい。むしろエリート層の能力の衰退が顕著である。そうしたエリート層では、未來へのかじ取りができるはずもない。

日本はこのまま「国家の衰退」を黙って待つだけか

●明治時代に依然として侍がいて指導者になっていた

私は、藤島高校、福岡高校、松山東高校など藩校の流れを汲む高校から、ノーベル賞の受賞者がでているのは、このような歴史に負うと考えている。それぞれが独自の価値観を熟成し、その独自性が国際的に通用する人材を育成している。

大学受験の最難関「東大理3」からノーベル賞受賞者が出ない理由

ノーベル賞が藩校と関係しているのか理解できないけど江戸時代に培われた武士の教育が明治維新を成し遂げ指導者を輩出させた。それは幕臣だった武士も活躍したからである。
様々な分野で日本を導く者となったからである。西欧文明の挑戦を受けた日本だったがそれに対応するものが鎖国した日本にはあたとなる。他のアジアでもヨーロッパの植民地化したことでもわかる。それだけ西欧文明に対応できるものがなかったからだとなる。なぜ明治に様々な分野で指導者になる人が綺羅星のごとく輩出したのか?例えば武士道キリスト教を先導した内村鑑三などがそうだった。そのとき幕臣だった人たちが指導者になっていたのである。大学であれあらゆる分野で指導者になっていた。

そうなり得たのはやはり江戸時代に培われたもの。藩校で教えられた人たちが指導者になったことである。その人材は江戸時代に培われたものから生まれていたのである。その伝統の上に西欧文明を根付かせたと取り入れたとなる。
だから藩校のあるところから優秀な人材が生まれたという時もそうであり藩校のあるところは大藩であり福島県だと会津になっていたのである。相馬6万石には藩校はなかった。会津には日進館があったからである。だから明治維新でも会津から政府に雇われて活躍した人がいたということでわある。不思議なのは幕臣である人はその子孫は現代でも薩摩長州よく思ってないのである。

内村鑑三でも絶えず藩閥政治を薩摩長州の政治家を批判していたからである。そういうところにやはり歴史があり歴史が伝えられているということでもある。つまり明治にさまざまな分野で人材が輩出したのは江戸時代の伝統があってそれでそこから培われたものは指導者になったのである。そして文化でも明治時代に一番漢詩が興隆したのである。和魂洋才があった。和魂があって洋才があったのである。
だから明治に漢詩でもってその志を述べる人がいたということである。蝦夷共和国を主張した榎本武揚などがそうである。武士は漢詩を作れる教育がなされていたから漢詩を作れたとなる。今の政治家でそいう言う人いない、短歌すら作る人もいないのである。短歌なら武士のたしなみとしてみんな作っていたからである。

そうした人材が大正時代頃になると消失して行った。結果的にその後は昭和になり太平洋戦争へと進むことになる。それは明治の時のように人材が枯渇して侍の伝統を受け継ぐ人たちがいなくなった。だからこそ軍人であって侍の真似をしてもその中身は本来の侍の心を持った人でもなかったのである

●医は仁術でありすべてが算術に金儲けになった

おそらく藩校とかでは江戸時代ではまずモラルを重視し人間はいかにあるべきかということを最初にその教えられた。その後に知識を教えた。それはあらゆる分野でそうだったかもしれない。医者だったら医は仁術であり算術ではない。医者もまたモラルを優先していたのである。職人ですら職人気質となりモラルがそこにあった。 算術だけではないものはそこにあった。それはやはり社会の中で侍がモラル的に模範とされるべきものとしてあったからである。

だから商人と違って算術にはならなかった。何か社会には地の塩となるべきものが必要なのである。それが消失したとき社会は荒廃する。明治時代には地の塩となったのは侍だったのである。その侍がいなくなったとき大正以降は日本の伝統的なモラルが消失して太平洋戦争に向かい300万人も死んだということである。戦後にしてもアメリカ軍に占領されてアメリカ的価値観が押し付けられてそれですべてが算術になってしまったのである。

ただ地の塩が消失したというときそれは日本だけの問題ではない。世界的に大衆化が起きて経済だけが優先される金だけが優先される社会になった。資本主義がキリスト教の修道院から生まれたというが今やそれはただ金を得ればいいというだけの世界になったのである。グローバル経済とは道徳なき経済でありただすべてが算術になったのである。
日本の高度成長時代一時は日本は世界から注目されてジャパンアズナンバーワンとかになりなっていたがそれもたちまち失われた30年となり今や日本は日本の悪い点ばかり言われるのである。高度成長時代は日本の良い点ばかり言われたの大違いである。

なぜ日本はいまや衰退するだけなのか。それは地の塩たるべき人が作れなくなったということがある。ただそれは世界的に起きていることであり大衆化でありただ全て算術でありお金を儲けるということしかない社会になってしまったのである。だから戦後の教育でも大学でも何かモラルというのはない。人間はどうあるべきなのかという根本的なことは教えない。それより膨大な知識を詰め込まれその点数を稼ぐことで受験戦争がありそしてただ得するということだけを目指したのである。

●大衆化社会で真のエリートが養成できなかった

だからこそ東大であれ有名大学に進学してそこでエリートになり得するということしか考えない人になった。それはなぜかといえば大衆に支持されるには利益を優先しなければならないからである。それでカルト宗教も大繁盛したということでそこ宗教となればモラルが中心になるあそんなものは微塵もない。狂気のように御利益を得るために集団化して祈っているだけである。それはただ巨大な利権集団に過ぎないのである。これもやはり大衆化社会から起きたことでありそこでは地の塩などはない。また育てないのである。それが極端になるとナチスのようになってしまうのである。その教祖はヒットラーにもなるのである。

これは日本だけの現象ではない。世界的に起きたことである。なぜドイツのような歴史が古いモラルは高いプロテスタントが生まれたような国でナチスが生まれたということが理解できない。確かなことは大衆化現象というのは世界的なことでありそこで地の塩は失われてまともな指導者は大衆社会からは決して生まれないということである。だからカルト教団のような教祖は悪質であっても大衆は求めているものは御利益であり何か高等なものではない。

また大衆というのはモラルなどを求めていない。だから現代とは大衆社会でありその大衆とは何なのか知らなければ理解できないとなる。大衆が主人公となり大衆によって決められる社会だとなるからである。マスコミでもその大衆を相手にしているからモラル的には腐敗しているのである
学生運動とは何であったのか。それはやはり大学の大衆化であり地の塩たるべき人たちがただモラルもなく利益を求めて真のエリートではなくなったということである。それに反発したとしても大衆社会自体を変えることはできないのである。そういう社会自体の問題として学生運動も起こりそれも挫折したとなる。

●老人になって明らかにされる個々人の価値

いずれにしろ老人になるとその人の人生の人生が何であったのかおのずと問われ明らかにされる。誰でも老人は自分が生きてきたことを語るからである。戦争を経験した人は忘れられないから認知症になってもそのことは忘れず死ぬまで語り続けたとなる。戦争で300万人も死んだというときそのことが何であったのかとうことになる。その命が犠牲にされてもそれが意味もないとされたら死者は浮かばれないとなる。ただ老人になっても何をしてきたのか語らない人もいる。その語らないということは語りたくないということである。どうしてもそこにやましいことをしてきて語りたくないのかもしれない。たしかにその人は戦争で18歳で志願兵になってそれで人を殺したみたいだよある。でもそのことを語ることをしない口をつぐんだのである

それにしても桐島聡の一生はなんであったのだろうか。爆破事件から50年も生きていたということの驚きである。その人の一生は爆破事件で終わっていない。それから50年も生きたということでありそこにその人の人生があったと思う。そこでやはりともも何か音楽に熱中していたらしい。その人と語り合った人もいるしそこで何か生活がありそれは人生となっていた。でもなぜ最後に自分の名を名乗ったのか。何か自分の人生を振り返りそのまま誰だかわからないものとして消えていくのは嫌だったとなるのかもしれない。何か自分自身でありたいとして死んだのかもしれない。

ともかく人間の一生は何であったのか老人になるとおのずと明らかにされる。その人間の価値はその一生はなんであったのか明らかにされる。ただ人間の価値といっても多様だからその人の価値を見ることは難しいとなる。ただカルト宗教団体でもある団体組織団体に所属していたときはその組織団体の価値がその人の価値にもなる。会社に所属していればその会社の価値がその人の価値にもなる。でも会社を退職した時今度は会社の価値がその人の価値にはならない。その人の個人の価値が何なのか問われるのである。ただ会社で働いてそこで何か価値あるものを身につけている人はいる。でも会社を辞めたら退職したらその人の価値が消失してしまうということもある
ともかく人間の一生は何であったのか自らも他者からも価値づけされることは確かである。ただ組織団体に属しているとその組織団体の価値がその人の価値になる。でも組織団体の価値がは焼失したりするし会社を辞めたらその人の価値は何なのかとなってしまう。







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2024年01月20日

集中力がないと勉強も創作もできない 【勉強するには環境が影響する―特に家が大事になる】


集中力がないと勉強も創作もできない

【勉強するには環境が影響する―特に家が大事になる】

●自らの意志で集中しないと何もできない人間

何か勉強でも何かをしでも文章でも書くとき集中力がないとできない。才能も必要なのだがあることについて知識でも集中力がないと活かすことができない。集中力は一つの意志によって作り出す。だからそれは才能の前に自ら意志でもってあることに集中しなければまた鍛錬しなければ何か創作もできないし学者になれば論文でも書けない。それは文系だけでなく理系でも同じである。集中力がないと成果が現れない

集中力は自らの意志によって作り出すのである。勉強するにしても集中力がないと進まない。例えば勉強するにしてもいろいろと気が散る。すると勉強も進まないのである。何か性欲の妄想は出てきたり他でも気が散るということがいろいろある。あることに集中しなければ何か勉強でも進まないしまた何かを創作するにしても進まないできない。ともかく人間というのは怠けやすいのである。だから自らの意志でもって集中しないと常に時間を無駄にすることになる。だから何か一つのことに打ち込むということは大事である。

またそれは特別なことでなくても人間の健康でもやはり自らの意志でもって運動しなければ体も作れない。いくら生まれつき体が丈夫で習慣的に自らの意志で体を鍛え運動しなければやはりもともと丈夫な人でも弱てくるし病気にもなくなるなってくる。だから人間はすべて生まれつきで決まる訳ではないのである。確かに生まれつきが影響することは大きい。でもいくら生まれつきで才能があってもそれを伸ばすためには自らの意志で作り出さなければ活きてこないのである

だから人間というのは何でもただ与えられるものではないし何かを作ることもできない。人間はたとえその人が大した能力がなくても何かを積み重ねて集中していけばその人はやはり何かを作りその人なりのものを生み出すことができる。天才だと努力などいらないとなるがその天才にしても異常な集中力があったりする。だから何かに集中できるということはそれだけその人は創作できるとなる。

●集中を邪魔するものが多い

何かに集中するというとき必ず周りからでも気が散らされるて集中できない。それは問題なのである。だから必要なのは集中する場の確保である。やはり個室を持たないと集中できない。その時家族がいても家族によって気が散らされると集中できなくなるのである。だから知的なこととか創作的なことをするときどうしても集中する場が必要でありそこで鍛錬して作り出す努力をするのである。

集中するにはどうしてもその人の意志が強くないとできない。なぜなら人間は怠けやすいし何か漫然として時間を無駄にしている。でも何かに集中すれば才能はなくても見えてくるものがある。だから集中力というのは何をするにしても大事になる。おそらく勉強ができないという人は集中力がないからだと思う。

その集中力を出すにはやはり何かに興味を持っていないとできない。強制的に集中力を作ることはできない。その人の意志で集中力を作り出さないと強制的ではできない。その強制するにするのも自らの意志でするとき効果がある。その人はその人なりのものを追求するとき集中するからである。

だから集中する場が必要であり色々なもので気が散らされるような場所に入れば集中できない。だから個室が必要でありまた家も大事なのである。住んでいる場所でも大事である。周りの環境が騒々しいとかになるとやはり集中できないからである。ともかく人間は才能の前に何かそうして環境も大事であり自らの意志も必要でありただ漫然としていて何か身につくことはないのである。ただ天才とは別であり普通の人はこうして何か意識的に集中しないと何もそれなりの人にはなれない。

例えばこの世界の美を見るにしてもやはりそこに集中力が必要なのである。さまざまなものはこの世には雑多にありそういうものによって自然の美も見えなくなる。まず大都会では自然の美は見えない。あまりにも雑多なものでごちゃごちゃしてスモッグのようになって美は見えないのである。
だから今白鳥がいるがその白鳥の美を見るにわやはりその白鳥に白鳥にみることに集中しなければならない。花を見るにしてもやはり花を見ることに集中しなければならない。生け花でもその花を目の前で何日か続けてみているとその美が映るようになる。つまり花でも花でもその花を見ることに集中しなければならないのである。

でも周りのものにさまざまな雑音があって気が散るとその美も見えなくなるのであ。まだ人付き合いで人は邪魔なものとなり集中力を削ぐものとなる。やはり何かに集中しないと何kを創り出すことはできない。ただ周りでもそれぞれに集中するものがあれば人がいれば別である。

とにかく人間というのは様々なものに気が散りまた無駄な時間を過ごしている。それは集中できないということがあるからである。テレビでもくだらない番組を見るときそれも何かに価値あるものに集中できないからそうなるのである。そして時間を無駄にしているのである。集中することはあるとき苦行になる。だから座禅とかは何かに集中するためにするのである。集中力をつけるために座禅するのである。
人間は何かに集中する時やはりたいして才能なくても何者かになってゆく。何かを作るにしても必ず意志が必要であり集中力が必要だからである。それは例えば医者でも患者を見るとき患者に集中しなければ見れないからである。

確かなことは人間はあることにことに集中できなければ何者かになることはできない。ただ受験勉強のようなものは強制されてしているからそれが身につかない。自らの意志で自らを強制してやるときは別なのである。何か芸術でも創作するにしてもどうしても集中しないと作品でも作れないからである。だから集中するということは粘りも必要であり忍耐力も必要になる。

●集中する場として家が大事―特に老人は大事

賃貸に住んでいる人のインパクトはそれ以上でした。老化のスピードは持ち家の人に比べ、年間0.045歳早い。つまり、1年に約2.5週間も老化していたのです

賃貸住宅に住むと早死にする」

若いときは家というのはそれほど影響しないかもしれない。だから狭いアパートでも学生時代に住んでいたが別にそれで苦しいということもなかった。若い人は適用力があるから体力もあるしそれで別にアパートのようなところでもいいとなる。
でも老人になると家が大事になる。その周りの環境も大事になる。老人はやはり落ち着いた場所が必要なのである。また家が狭いと何か心にも余裕が生まれない。狭い部屋だと圧迫されるからである。ただ認知症になった場合は狭い部屋でなんでもいつでもどこにあるかをわかっていることがいい。でもそうでなければ部屋は広い方が良いし余裕が持って住めるいいのである。

だから賃貸の狭い部屋に住んでいる人と広い家にゆったりと住んでいる人は寿命まで影響していたのである。それはたしかなことである。老人になるとあまり外にも出ず遠くにも行かず家に居ることが多くなる。だから家でいる時間が多くなるのだからその家が居心地が良くないと影響するのである。だからアパートとかに住んでいる人は寿命が縮まるというのもわかる。それだけ家の影響は日常的に影響するからそうなるので積もり積もって寿命まで短くしていただいたということである。

そして家で読書したり作業したりする時どうしても家というのは生活のベースになりその家が賃貸のアパートだったりすると何か落ち着かないとなるのである。そして知的作業をするにもかなりの本が必要でありその本を保管する場所も必要になってくる。書斎も必要になってくる。だから家というのは大事になってくるのである。何かに集中するにはやはり家が必要でありまた個室が必要なので外からの騒音を入らないようなところで精神を集中する必要があるからである

私の場合は広い家に住んでいる。だから寝室も八畳間がありそこで寝る時いつでも本を読んだり何かメモしたり作詩したりもしている。その部屋が落ち着いて外の騒音も入ってこないので家族もいないから集中できるのである。だから私の場合は知的作業をするのに恵まれた環境を与えられていたのである。つまりそれだけ家の影響が大きいということである。だからアパートのようなところに住んでいればなかなか知的作業もしにくいし寿命まで縮まったということである

ともかく自分の子供時代は高校まででも子供部屋もなく雑居しているような感覚であった。家には一冊の本もなく子供の時は店で毎日配達をさせられて働かされていたのである。読んでいたのは貸本の漫画であった。だから何か自分自身の知的興味で持って勉強したことがないのである。だから確かに才能というのは生まれつきもある。それに加えて環境が相当に影響しているのである。やはり学校だけでは足りないのである。学校は一人一人を観ていないし平均的に見るからその人にあったものが追及できないのである。返って家庭の中で子供向けの本でも揃えてあったり個室があってそこで自分の好きなこと興味あることを追求できる環境は必要なのである。

ただ不思議なのは私は大学出てから自分の興味あることを追求してきたのである。大学というところは実は何かその人が興味を持っていることがないと何も学べない。なぜなら授業に出なくてもいいからである。そこに教授がいたとしても何も教えないのである。だから自主的に勉強しない限り何も身につかないのである。その自主的な勉強の場としてただ時間暇自由な時間が与えられ図書館などがあったりして自主的に勉強そこで勉強自ら勉強しない限り何も身につかない。でもそれがない人は大学に行っても何も身につかないのである。大学は公園だというときもそうである。何か別に教える人がいるという感覚がなかったからである。だから文系の大学はいらないというのもわかるのである。

●寺は社会に適応できない人でも受け入れる場所だった?

だから奇妙なのは引きこもりというのは否定的に見られるがそういう面も大きいそこで社会から離れて隔離したような場所で何か自分の興味あることを追求したり私の場合はそこで自然と一体化するために沈黙の行をしたり詩作をしたりしていたのである。そもそも社会に出れば会社に入っても常に人と対応したりしてそこで人を騙したりするのは普通である。特に今は不景気になって金融関係ではゆうちょですら人をだます金融商品を売ったりしている。銀行でもそうである。そういう場にいればどうしてもそれを否定することはできなくなる。。

でも引きこもりの場合はこれも問題なのだがそうした人を騙すようなことはしなくてもいいのである。そもそもはなぜ寺があったりしたのか寺の役割はなんであったのか宗教とは何であったのか。職業というの業とカルマと見ていた。職業に従事することは何らか悪いことに関わるということにもなっていたのである。だから職に就くことを拒否することにもなったのである。それが寺という場所でありそこで座禅などをしているのはまさにそれが許される場所だったからである。私の場合は引きこもりになってそうした修業をしていたと思う。現在ではそういう場所がないから引きこもりとなりそういう人たちは社会の脱落者として批判されるとなる

要するに社会に適応出来ない人が人を受け入れるのが寺の役割としてあったのかもしれない。でも今になるとそういう場所がないから引きこもりにもの現象が現れたのかもしれない。これを全て肯定はできないにしてもやはり社会に適応出来ない社会を拒否する理由もあったとなる。何か社会ですべてが労働が決して良いものとなっていないからである。結局金になればいいとかしかならない仕事もいくらでもあるでもそこで金を稼げればその人はいうような社会の一員とされているのである。だから仏教では職業は全ていいもの観ていない。心を正常に保つためにわ社会から離れざるを得ない状態だったのである。それは現代社会にもありまた現在特有の事情も出てきてそういう引きこもりが多くなったとも言えるかもしれない。

ただ私の場合は引きこもりでも絶えず旅をしていたから家に引きこもっているというだけではなかった。だからそれももし私の場合でも私に合った職業が与えられればそれに励んでいたかもしれない。でも私はそういう職業が与えられることはなかった。自分に合わない職業はでも働かざるを得ない金を得るために働かざるを得ないという人が多いので。そもそも社会でその人に合った職業など与えられないだろう。その人の天職など与えられないし若いうちは何が自分に合ったものなのかわからないわからないこともある。

ただ私の幸運だったのは家族に恵まれて恵まれて自分の自由な自分で自由に興味あることを追求してきたことなのである。だから私は親には人一倍感謝しているのである。そして最後に2人を介護したことで親も喜んでくれたので自分のはただ尽くされるだけでないということで親も喜んでいたのである。まだこういうのは本当にまれだと思う。特殊な家族環境で私の場合はそうなったのである。



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2024年01月08日

人間を決めるものは作るものは何なのか 【環境因子の方が人間を作る影響が大きい】


人間を決めるものは作るものは何なのか

【環境因子の方が人間を作る影響が大きい】

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今日見れば一段と映える赤き花調和し美し心なごみぬ

●人間は環境の影響が大きい

人間を作るものとして

遺伝
生まれた家の職業
家族を中心にした人間関係
生まれた場所
生まれた時代
その人の努力
その人の行為行動

人間はとにかく親の影響が大きいなぜならその才能でも性格でも親から遺伝して受け継ぐからである。では人間が遺伝だけで決まるのかというとそうもうならない。その他のさまざまな因子が人間に影響するのである。その一番影響が大きいのはどういう家族に生まれるかである。
確かに親に親から生まれるのだが家族といっても両親がいて子供がいるとは限らない。シングルマザーとかもいるしまた逆に昔だったら大家族の中で育つということもあるし兄弟でも8人兄弟とかいてその中で育つ人と一人っ子で育つ人は相当に差がある。
また家族でもその家がどういう職業なのかその影響も大きい。農家に生まれた人は自ずとと農業に詳しくなる。それは農業についての知識を勉強しなくても日々の生活で農業ということはどういうものか身に付くからである。それはまさに生まれた時からある生業でありその影響もまた大きいのである。
だから人間というのはすべて生まれつきで決まるわけではない。動物の場合は本能で生きてる生きるのだからすでに遺伝によって決まるということである。人間は確かに遺伝の影響も大きいがさまざまな原因があって影響があって人間が作られる。

●花の多様性と人間の多様性

最近多様性をよく言われるがフラワーアレンジメントをしていると不思議なのは花がみんな調和して咲いている。黄色い花があり白い花があり紫の花があるそこに赤い花が一段とはえつまり多様性がありさまざまな花が必ず今日はして咲いている。多様な色の中でその色をさらに協調されるのではい。
でも人間社会ではそうした多様性が拒否される。変わった人間がいるとそれは排除される。また個性が強い人間がいるとそれも排除される。要するにみんな同じ色であることが人間界では調和することなのである

だから人間社会というのは一つの色に染められる。ナチスであったらまさに一色に染められる。それと同じなのがカルト教団なのである。そこではみんな同じ色でなければ存在し得ないのである。社会というものは多様性を認めない。個性も認めないので逆に一色の色になって多数になる時社会はその人達を認めるのである。認めるというより多数だからそれが権力となりそれそれに従うとなる。
特に民主主義は個性を育てるようで育てない。なぜなら大衆が主役でありむしろ大衆は同じ色として存在しなければ相手を認めない。何か個性ある人は返って規格化されないので排除されるのである。
だから返って貴族社会の方が個性を育てる社会であったというのもこともある。だからこそなぜナチスが生まれたかというとまた共産主義でもそれは一つの色に染めることでありこれはカルト教団でも同じなので多様性を認めないのである。

●生まれた家とか時代で人間は作られる

とにかく江戸時代あたりとかその前でもどんな家に生まれるかがその人の運命を決めてしまう。侍の家に生まれれば侍として育てられるからそれにその侍に会わなくてもなくてもそういう家に育てばおのずと侍になってゆく。それは今でも医者の家に生まれればおのずと医者になるように育てられるし医者というのはどういうものかその家にいて学ぶから何か特別勉強するというのでもなく医者とはどういうものかをおのずと直感的にわかるということである。

また家にしても家にはいろいろあり家には必ずそれが二代三代しか続かないにしろ歴史がありその家の持っているカルマがある。それは良いものと悪いものがある。だから必ず人間はどういう家に生まれるかでその影響が大きく人間がつくられるのである。それは確かに遺伝もあるがそういう環境で育つということがその人間を作ってゆく。人間はそうした環境因子が作用して作られていく。

だからすべて遺伝で決まるわけではない。確かにその骨格は遺伝で決まっていることはある。でも人間を見ればわかるようにいくら才能があって生まれてきてもその才能が開発できずまだ時代が悪くて戦争で早死にしたということもありすべて才能でも生かされないのである。
例えばその人に才能があっても家に一冊の本もないとしたら何か知的な刺激を受けるものがないとしたらどんなに才能がもともとあったとしても才能は開発されない。音楽の才能があってもピアノもないとしたら開発しようがないからである。だから有名な音楽家は家の中にそういうピアノでも親が音楽家だったりして幼少の時期から音楽に触れていてそれで後年その才能は平板となる。だからどういう親から生まれ家の環境がどういうものなのかの影響は相当に大きい。
それでカルト教団の中に生まれた人は家族がそこに全部ハマっているのだからその他は見えなくなってしまうのである。もうそこでは自主的に考えることもできないしただ家族全体ではまりその子供もカルトから抜けられなくなるのである。

●生まれた場所生まれた家の職業生まれた時代の差

教育機関の「成長」には時間がかかる。何世代にもわたる先輩たちの成功や失敗を、後輩たちが引き継ぐことで、ノウハウを蓄積していくからだ。私は、藤島高校、福岡高校、松山東高校など藩校の流れを汲む高校から、ノーベル賞の受賞者がでているのは、このような歴史に負うと考えている。それぞれが独自の価値観を熟成し、その独自性が国際的に通用する人材を育成している。

大学受験の最難関「東大理3」からノーベル賞受賞者が出ない理由

ここになぜ藩校とか出てくるのだろうか?それとノーベル賞はどんな関係があるのだろうかそれもわかりにくい。藩校というのは何かやはり伝統があり受け継がれるものがありそれがノーベル賞にも通じていたのかとなる。でもこれは理系のことであり藩校というときどういう教育をされていたのかそれもよくわからない。
でも人間を形成するものはやはりその土地土地の中で育ちそれが影響したのかとなる。東日本からノーベル賞者が出ないのはやはり西の方がもともと教育的にも優れていたからだとなる。
ただ私は郷土史とかその土地に根付いて詩の創作などしている。理系でもその土地と関係しているのかともなる。だから人間を形成するのは環境の影響が大きいのである。

また生まれた場所の住んでいる場所の影響も大きい。いつも海を見ている人と山に囲まれて住んでいる人の感覚は相当に違ってくる。海でもいろいろあり日本海側り瀬戸内海はりやはり違った感覚になる。そもそも人間はその住んでいる場所によって世界を見るからそのアイデンティティの基礎は住んでいる場所にあることになる。だから住んでいる場所によって世界の見方は違ってくるのである。
それは別にどんな親から生まれる遺伝を受け継ぐというのではなくその住んでいる環境の影響が大きいのである。その場所の違いというときそれを世界に拡大すればどんな国に生まれるかによって人はそれぞれ違った感覚になり世界の見方も違ってくるのである。

また生まれた時代によってもその人の人生は違ったものになる。縄文時代弥生時代などあるがそこで生まれたら例えば海側に生まれた人は一日中貝などを拾いまたしかな狩猟採集で生きていたとなる。だからそういう環境で生きていたら今のような複雑な時代とは違った人生を生きたことになる
だから時代によってその生きる体験は違ったものになる。今の時代なら車を運転しコンピューターを使いスマホを使い絶えず情報を摂取している。
でも江戸時代まではどうして情報を接して取り入れたかというと人に直接会うとか手紙でもそれを比較が運んだのだから時間もかかるしその金を高いものとなり簡単に手紙なども出せないとなる。

また交通など発展していないのだから人と人は離れていれば簡単に出会えない。一期一会というけどもそれはやはり本当に人間が合うというとき簡単に離れていれば遠くになれば会えないからそうなったのである。今ならいつでもどんなに離れていても外国に住んで離れていようと青木になれば会えるのである。だから一期一会というのは今になると何か合わないのである。会う気があればいつでも会えるからである。

つまり例えば旅であったとしても離れてしまえば遠くに離れてしまえば会う事はかなり貴重なことになるから一期一会という言葉が生まれたのである
だから時代によって相当人間は相当に感覚的にも違ったものとなりそれで江戸時代の人が生きていたということがなかなか理解できなくなるのである。歩いて生活していた人とクルマ社会になった人と人の感覚は生活感覚は相当に違っているからである
そして戦争などを経験した人としない人の差も大きいのである。戦争など普通は経験できない。だから戦後生まれの人と戦前生まれの人は相当に違っているのである。もちろん戦国時代もありその時代に生まれた人と江戸時代になり平和に生活下の人の差も大きいわけである。

●才能を開花させるのでも環境の影響が左右する

その人の努力というのも人間を作るということはある。学問でも天才でもない普通の人ならやはり知識の積み重ねであり絶えずそれを探求していればある部門で専門家になれることはある。それはその人の才能というものでもなく何か一つに興味を持ったらその部門の知識を深めていけば広げていけばそれなりの専門家にもなる。
だからいくら天才でも才能があっても何か積み重ねがないと才能でも伸ばせないのであ。それで田舎の方でそんだったのは本は買えないということだったのである。

文系の場合は本を読むことが知識を深め拡大することだからである。その本が買えないとしたらその差は相当に大きい。それで私はわざわざ東京の古本屋に行って全集を買ったりしたのである。暇ならどんな本でもアマゾンでやれ通信でボタン一つ押せば運ばれてくるこの差も大きいものだったのである。
だから今は田舎でも知的方面で遅れるということもなくなった。何か知的作業をするときどうしてもその資料とか本とかが参考になるものが必要になるからである。それが入れないとしたらどうしても才能でも伸ばせないのである

そして人間が意外と見逃しているのはその人の行為行動がその人の生まれつきの性格やいろいろあって変えてしまうということである。動物だったらネズミだったらネズミとしか生きられないしネズミがライオンになるようなことはない。とても人間の場合はその性格がネズミのようなのでも一回でも勇気ある行為とかで変質するのである。聖書の物語でも何か一回の勇気ある行為がありそれに神の力が加わり奇跡も生まれてそのネズミのような人もライオンにもなりる。

そもそも人間は塵に過ぎないともなる。でも神がその塵に霊を注いで人間を使って作ったとなる。人間にはそもそも何か足りないものが多く人間だけでやれることは限られている。でも人間には神の力が働く時その人間が一変するということがある。それが奇跡なのである。だから人間というのはすべて生まれつきで決まるものでもないし必ずしも環境だけで決められるものでもない。一つの行為行動はその人間変えてしまうということがある

人間は確かに遺伝子とかさまざまな要素であらかじめ決められて変えられないということもある。でも人間の特徴は生まれつきでもすべて決まるわけでもなく可変的要素が大きいということである。一つの形に一つの色に決まったものとして人間は生まれていない。人間は様々に変化するのである。なぜなら人間というのは時代によって違った人間になる。

y=(a+b+c+d....)x

つまり結びつくものによって人間は変容する可変的なものなのである。

江戸時代に生まれた人と現代に生まれた人ではまるで違ったものにもなるからである。侍の時代なら剣の修行を必ずしなければならない。その剣でその武道で秀でなければ上に昇ることもできないとなる。まだ村社会でも農民社会になれば力がないと村の一員としても認められないとなる。だから必ず村には比べ石があり石をを持ち上げことができる人が村の中で一人前と認められ村のの一員として認められたとなる。

ともかく人間というのはその特徴はむしろ遺伝子に作用されないさまざまな環境因子によって作られる。なぜ私の母が花にも興味持たなかったのか。それはママ母に育てられ花嫁修業とかもさせられなかった。教育にしても尋常小学校とか最低限の読み書きをする能力しか教えられない。でも生け花などを教えるたという女性もいるが母の場合はただ生糸工場で働くだけだったのである。だから何か花などでも鑑賞する余裕もなくただ働くだけで一生が終わってしまったのである。それは時代の影響もあり環境の影響もあってそうなった遺伝的には文学的な才能があったと思う。その文学的な才能は私が受けついたともなる。

でも母の場合でも恵まれた環境にあればやはり短歌とか作っていたと思う。それができなかったのはただ環境の影響であった。そういう人は相当に多いと思う何か才能があったとしてもそれを伸ばすことができないのである。それは貧困とか時代の影響があり戦争とかもあってそのために才能を伸ばせずに終わった人は相当数多い。むしろ何か才能は伸ばせた開いて花開いたという時それは逆に環境に恵まれた結果だとなるのである。
私の場合はまさに才能もないが自分の好きなことをやって生きてきたからそれなりに花開いたと才能が花開いた伸ばせ才能を伸ばせたとなるのである








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2023年10月31日

学歴コンプレックスの異常さ 【大学を出ない人は大学を異常に誇大化している】


学歴コンプレックスの異常さ

【大学を出ない人は大学を異常に誇大化している】


バブル期に有名国立大学を卒業、一流と呼ばれる企業に就職した「かつては自慢だった息子(56歳)」と暮らす及川清子さん(仮名・84歳)の場合。息子さんが人生につまづいたきっかけは「学歴コンプレックスの上司によるパワハラ」だった。

 「入社当時から目をつけられていたようで、二言目には『●●大卒のくせに』とか『●●大卒だもんな』などと因縁をつけられていたようです

私が死んだら息子はどうなるの…解決しない「8050問題」のあまりに辛いリアル

そもそも大学を出ていない人は大学がどういう場所だか大学は何なのかわからないのである。何か大学というだけで偉いというふうに見ているのかもしれない。そして何度も理系と文系のことをわかりやすく説明しても同じ大学なのかと見ているのかもしれない。つまり大学というところはどういうところなのか理解できないのである。

そして高校出の人はとにかく大学出た人に対してコンプレックスを持っている。大学でもいろいろあるのピンからキリまである。私自身は三流の文系大学を出ていて何の勉強もしていない。だから文系大学のことはある程度理解する。文系にはそれほど差がないようにも見えるのである。ただ私は理系となれば評価している。私自身が化学式とかそういうものが苦手でありそういうことを知り得る人は特別な人がこと見ているからである。

でも文系となると何かそこに大きな差はない。だから文系の一流大学でも優れた人と思えないのである。そして文系は独学できるのである。本を読めばいいのである実験などしなくてもいいからである。私自身こうして色々書いているとしても殆ど独学であり大学を卒業してから興味を持ったものはあり勉強したことを書いているのである。

なぜ学歴コンプレックスが起きてくるのか。それは大学が出てない人が大学のことがわからないからである。文系だとそこが遊びの場だということも理解できない。だからなぜここでその上司が学歴コンプレックスになっていたのかよくわからない。その部下が一流大卒だったから余計にそうなった。でもそういう会社で上司が学歴コンプレックスになっていることが理解できない。
とにかく人間は何かしら劣等感を持っている。その劣等感も大学学歴コンプレックスというとき大学という名前だけなのにその名前に幻惑されてコンプレックスを持っているのである。三流文系大学の場合私など大学で何も学んでいない。むしろ職人として体力であれ植木職人であれその技を身につけた人の方が自分自身でわ優れていると思っているのである。
第一大学は出たからといってその人は何ができるのかもし私は大学の建築学部学部などが出て設計などができれば別である。それで大工さんでも一目置くということがありうる。でもそうでなければ何コンプレックスを持つのか理解できないのである。ただ大学という名前に幻惑されているだけなのである。

とにかく人間は何かしらコンプレックスを持つ。絵が上手い人を見れば羨ましい歌がうまい人がいればそれも羨ましいとなりまた体力でもある人は羨ましいとなる。人間はみんな何か不足しているのである。才能にしても極一部のことであり職人であれその才能もれっきとした才能でありそういうことができることは羨ましいとなるのである。そんなこと比べていたらこの世の中キリがない。

でもこの劣等感の怖さはこの上司が学歴コンプレックスを持っていたように相手を別に学歴が高いからといってイジメていたことなのである。ここに大きな問題がある。例えばヒットラーは画家になりたかった。その才能もあったが実らず政治家になってしまったのである。そして抽象画などは絵ではではないとして禁止したりしたのである。
このように劣等感というのは誰にでもありでもそれが極端になると恐ろしいものとなる。例えば創価の池田大作は大学が出ていないとかコンプレックスを持っていた。なぜならその部下が東大とか出ていた人が結構いたからである。それでコンプレックスを持ったのでそのために世界中の大学に金をばらまいて名誉博士をの称号を手に入れた。それが何十もであり異常な執念をもってそれを手に入れた。一応富士短期大学卒はなっていた。なぜそれほど学歴にこだわったのか?それはおそらく戦前とかなると大学は特別な所であり社会のエリートだったからである。
戦後は大学も大衆化したのである。

そもそもそんな劣等感を持つ必要もなかったのである。それなり文才もあり詩を書いたりまた政治的才能もありだからこそ会長にまでもなったのである。でもなぜか学歴コンプレックスに陥っていた。それはやはり大学というものはどういうところかわからないから過大に評価していたのだと思う。ほかの人でも大学を出ない人は大学はどういうところかわからないからかえって何か幻想を抱いているのだと思う。

確かに東大とか出ていれば劣等感を持つのもあり得る。でもそのほかそんなに劣等感を持って持つって相手ではない。社会に出ればわかるわ多様な才能の人はいくらでもいる。学歴とは所詮学校で学んだこと受験技術に優れたことでいい大学に入ったというだけかもしれない。要領は良いということもことがあるかもしれない。何か私が反省すれば学び方というのは問題だったのである。自分なりに興味を持ち探求する心があればおのずと勉強する受験のために強制されて勉強するのは勉強ではない。だから学問とは学び学ぶまるなのだがとうということがまた重要なのである。この世には様々な疑問がありその謎を解いていくことが学問なのである。だから学問は受験のためなのではないさまざまな自然現象とか社会のことを知るためでありそれは数限りなくどんなところにもある

大学で評価できるのは医者とか理系なら専門職業として就職できる。とても文系はそうゆう明確な知識を大学で身に着けていないのである。だからどうしても文系はたとえ一流でも大して差がないとみるのである。それで文系大学はいらないというのも理解できるのである。文系は独学できるからである。第一大学に行っても授業に出なくてもいいということが不思議だった。大学教授でも授業に出ないのである。休講というのは結構多いのである。大学の先生の仕事は研究であり学生に教えることでわなかったのである。だからゼミの教授と1 2回あったのあとは何も教えられてもいないだから奇妙だけでも私は大学の教授になりたかった。授業もするわけでもないただ自由な時間は与えられている身分なのかと見たからである。

結局人間はどんな人でも劣等感をもたない人はいない、なぜなら何かしら必ず欠けているからである。確かに頭がいいとしても体力がないとかがあり劣等感を持つ、あらゆることに優れた人などいないのである。要するに何か優れているというよりいろいろな色があり色が違うということである。花ならばみんな個性があり色も違っている。でもフラワーアレンジメントするときどんな花も必ず争うことなく調和するのである。人間にはそいうことがないのである。俺はお前より優れているとなり優劣を競っている
それが度を越していて危険なものにもなる。そして遂にヒットラーのように度を越したものになり一番偉いのは俺であれ従いとなる。そういう人が組織団体のトップななり人々を従い奴隷のようにされ崇めさせるようになるから怖いのである。
いずれにしろ人間は調和しない、常に争い競い熾烈な地位争いもあり平和そもそも戦争状態ではなくても人間界にはないのである。そこに絶望がある。この世から人間から劣等感をなくすことができないこと絶望なのである。






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2023年09月22日

利から離れた場が教育には必要 (宗教も学問も学校も利と結びつき堕落した)


利から離れた場が教育には必要

(宗教も学問も学校も利と結びつき堕落した)

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青年の特権

青年は利を語るなかれ
これをやれば儲かる金になる得する
青年は利得を語るなかれ
青年は純粋たるべし
世俗の欲にまみれざるべし
青年は大いなる未来を語るべし
それは成らずとも語るべし
青臭くとも大言壮語でもよし
喧々諤々議論するもよし
とにかく利欲より離れてあるべし
純粋にその理想を語り目指すべし
それは別に成らずともよし
それが青年の特権なり
大げさなことと批判されても良し
確かに現実がすぐに突きつけられる
でも青年は未来を語るべし
なぜなら未来は青年によって作られるから
老人はただ過去を回想するだけになる
青年には大いなる未来がある
未来を創るのは青年であり老人ではない
だから青年の特権は未来を語ることにある
それが大げさでも非現実的でもいい
とにかく青年は未来を語り利得を求めない
ともかく青年は大望を抱くべし
それがならずとも抱くべし
それは青年の特権なり
いずれはその大望も挫折するとしても
青年は大いなる大望を抱き未来を語るべし
利得を離れてただ純粋に大いなる未来を目指すべし
それが青年の特権であり
神は青年に永遠の命の霊を与える
その時青年は神を知り神の子となる
その先の人生も挫けることはない
神は汝を導き天の国に引き上げる
神の懐は深く大きい過ちも赦す
紆余曲折があっても神は汝を神の国に導く
神に敗北はなく勝利のみがある
汝を再び神の天地創造の技を見る
全能の神の技は尽きることはない
その大自然が神殿でありさらに天にに真の神殿がある
そこに聖徒たちが集い天使が神を賛美する
さらに神は驚くべき技を行うだろう
新しい天と地を見る
人はかくて神を讃え神と共にあり永遠の都に住む
朽ちざる都がありその成すことは虚しくはならない
そこに誠の実りがありその実りを刈り取る
そして神にその実りはは奉げられる
神と結ばれて栄があり神を離れて栄はない
永遠に讃えられべきは一なる神なり
その光は闇を払い消えることはない
永遠の光明のなかにあり悪は見ない
神を見たものはその神々しさに倒れる
全知全能の神を畏るべし



●明治から立身出世も学問となった

教育でもなぜ歪められたのか。それはすでに明治時代から始まっていたのである福沢諭吉が学問のすすめを書いたけどもそれは学問でもって立身出世をする。それが学問の目的と化した。
そこからして学問というのが利益と結びつき一体化した。
学問とは立身出世のためであり何か真理とかを追求するとかではない。社会に出て立身出世するための学問である。
つまり学問と勉強とは社会で得する有利な地位に就く。そのための学問であり勉強である。だから慶応大学とかは学閥が強力であり社会を牛耳っている。それは利権団体として強固なのでそれで慶応大学に入ると就職するにも社会に出ても学閥が強力であり得するとなる。
こうしてその出発点からして歪められていたのである。ただ戦前の大学は全く今の大学とは違って本当に選ばれたエリートでありそれでそこに自由があり青春が謳歌できたのである。だから利だけではないデカンショデカンショとか世の中に出ても役に立たない哲学でも追求していたのである。つまり社会の利から離れた場として大学がありそこでエリートとして育てられていたのである

でも戦後は大学はそういうエリートではない。大衆化したとしたものとなっていた。講義をするにしても千人も入る講堂でするとか高校とはあまりにも違っていたので特に文系は暇つぶしの場であり遊びの場になっていたのである。
だからゼミに入っても教授とあったのは一二回しかなかったのである。教授とかでも何か教えないのである。だから大学というのは何だったのかと何かを教えられる場として入ってきたのだが教えることもないしただそこに自由な時間が与えられていただけなのである。
でももともと何かを追求するために大学に入ってはいない。大学に入れば何か得する社会に出ていいポジションを得る地位を得る。ただそういう利得を得るものとして大学にも入り受験戦争もあり本来の学問の目的など関係なくりの教育であり純粋に何か興味を持って追求するということもなかったであろう。
学生運動というのも戦前の特別なエリートは違った大学になった時起きた。大学は大衆化して起きた現象だったのである。つまり戦後はあらゆるものは大衆化してゆく。そこに今までの選ばれたエリートとか特権階級というものはなくなったからである。だから戦前の大学と戦後の大学はまるで変わったものとなったのである。

●戦後の民主主義は利を求めるだけ

そして戦後は民主主義となりその民主主義でもただ権利を主張して利を得ることが目的化したのである。そこに責任は無い。ただ利を追求することでありそのために教育もあり学校もあり大学もあるとなった。
とにかく人間というのは利と結びつくと歪められ金と結びつくと歪められる。でも子供の時は純粋に遊ぶということが仕事にもなる。それは利と結びつかないのである。だから遊ぶということはもともとは神聖なことであり神は遊ばされるとなる。つまり神は利から離れて遊ばせられる聖なる存在なのである。

神社でもそこは賽銭箱があって利を得る場所になった。そもそも宗教はこの世の利から離れる場所としてあった。でもこの世にある限りそれも不可能であり利と結びつきついにはただ御利益を追求するような場となったのである。
カルト宗教団体となるとむしろ信者を集めて組織団体化して利権団体となり政治団体となり権力を得るためのものとなり完全に利益を追求する団体となったのである。カルト宗教団体は共通しているのはその内部でも出世争いがあり権力争いがありしのぎを削っている。そこは世俗的な場よりさらに世俗的な場所になってしまったのである。ただ共通しているのは利求めることなのである。

大衆化した宗教であり大衆化するということは利益を第一にすることである。利益というのは誰でもすぐに理解する。発達障害の人が簡単な計算すらできないのに利に聡いのである。それは日々の生活の中でいかに金が大事なものか身をもって知っているから金のことを第一にして理解しているのである。
つまり面倒な理屈などなくても知らなくてもいい。どんな人で学がなくてもこの利益だけは理解する。得することは何かを理解する。だから今の宗教はすべて御利益宗教なので利益になる得すると吹き込む金になるとそういうことばかり指導しているのである。だからこそあれだけ人数が増えてくるのである。難しい理論は一切必要ない。ただ利を説くだけなのである。

●教育する場の喪失

要するに大衆化した社会ではもう教育する場というのはなくなった確かに学校はある。それも必ず利益と結びつき利益を得るための学問であり勉強なのである。学校では常に試験がある。その点数を上げるための勉強なのだがそれもただ利になるからそうしているのである。それから逃れられないのはその学生が悪いというのではなく第一親がそう強いてるからである。親もまた常に利を求めているから得したいから子供をそうした得する場に楽に稼げる場に地位を得ること望むからである。だからいくら利から離れた教育をしようとしてもできないのである。

ただ教育というときそうした一部のエリートがしているものではなかった。教育というのはそもそも実用的なものであり何か高等な哲学などは普通の人にとって関係ないものだったのである。職人だったらその技を身に付けるものでありそれはあくまでも社会に出て稼げる力をつけるためにそうしていたのである。だから私の父親は明治生まれであり酒屋で丁稚奉公していた。
それで私も家で店を始めたとき絶えず配達とかさせられていたのである。つまり父親は私を丁稚として見ていたのである。そしてそろばんを習っていたのもそのためである。それは丁稚には必ずそろばんが必要だったからである。でもそういう経験をしているから上の学校に上げたら楽だとして上の学校に上げてくれと言って中学のとき死んだのでは。だから教育ということ自体何か利益を得る社会でも有利な立場に立つそういう観点からしか観ていない。親も子供にそうした立場に立つことを望んでいるからである。

結局なぜ人間は教育でもなんでもゆがめられるのか。それは常に利がが優先され本来の目的がそれによってゆがめられるのである。子供の時に純粋に遊ぶという時そこにには関わっていない。でも大人になればそうして純粋に遊ぶということもない。遊ぶこと自体にも利が関わってくる。そこで本来の目的とは違ったものとなり弱められるのである。

カルト教団などは創価でもひたすら御利益であり後は社会的地位を上げることであり得することであり利益を得ることでありただそのために毎日祈っている。ほかの宗教でもやはり利と結びつき本来の宗教性は何もないのである。そこで語られるのはただ得することであり御利益を求めることだけなのである。だからそこで何か利を離れて未来を語ることなど何もないのである。

●子供と青年の特権は利を離れて未来を望むこと

子供の特権は青春の特権は利から離れて遊ぶことにあり青春の特権は利から離れて未来を語ることである。その未来を語るのは青年の特権なのである。もしかしたら荒唐無稽なことでもいいとても実現しない未来でもいいそのことを語ることが青年の特権なのである。
何か青臭くても良いし大言壮語でもいい。とても実現しない未来を語ってもそれが青春の青年の特権だとなる。そういう場があってもいいのだが今は必ず利と結びつきそういう場が失われたのである。なぜ青春は大事な時かというとそこが人生の出発点となり後々まで影響するからである。その出発点が間違うと人生そのものは間違ったものともなり得る。ただ青春の時はさまざまなことが一気におしいよせる。その性の欲望であれなんであれ一番膨れ上がりその欲望に圧倒されて肝心なものも見えなくなる。

でもなぜ若き時神を知れということが大事なのかそれは若い時しか聖霊を受けることはできないからである。なにか老人になれば悟りが得られる。れは確かである。理解できなかったこと何か自ずとと不思議に理解できるようになるのである。
でも青春の時最も血気盛んな時その時神を知らなければもはや神を知ることはできなくなる。神を知るということはやはり青年の時しかできない。だから青春時代に何か放蕩三昧にして節制しないと神を求めないとその後は得られなくなるし真善美の世界も見えなくなるのである。だからやはり人生の出発点が後々まで影響するのである。そしてあっという間に青年時代も過ぎてしまい老人になってしまうのである。

もう35になったら人生はあとは余禄だというのも分かる。40歳で白髪が生えてきたりするからである。それだけ人生は過ぎ去るのが早いのである。そして人生は夢のようになって終わる。「人間50年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」人生となってしまう。ただ今人生百年時代だから違っている。それでも人生は短いのである。それで職人であれ普通に働いている庶民であれなんで働いてきたかわからないという人が多いのである。何のために金をためたのかもわからないと言っているのである。別に知識人でなくても普通に現場で働いている人もそうなっているのである。空の空になてしまうのである。だからこそ若き時神を知れいうことが重要な教えとなるのである。出発点を間違うと一生も間違うとなるかっらである。

詭弁学者は自分の知識を営利の目的をもって諸都市を巡回し謝礼を得るためにさまざまな科学や芸術中でも雄弁修辞のの学問を売りさばいていた。彼らの学問の目的は純粋な真理追求ではなく実利を目的としていたそれは宗教にも言える宗教団体の勢力を伸ばそうとして政治的に経済的に実利を目指す芸術の分野でも思想書くというよりは本を書く制作するというよりは絵を描いて実利をものにする方に進む
離脱の思考ー上野霄里

つまり学問でも芸術でも宗教でもすべて利を求めるものとなった。そのことを厳しく批判している。それは批判とより激しい糾弾になっているのは上野氏の特徴である。それは原野に咆哮する野生の動物とも似ている。
とにかく社会は利によって歪められ本来の素心はなくなったのである。素朴なる心を失ってしまったのである。ただどこに行っても複雑に利益がー絡みあって利から離れられないのである。あらゆるものは利益を目的として社会は機能する。それは宗教でも同じである。宗教はすべてご利益宗教になっているのを見ればわかる。だからこそ宗教はカルト宗教になり大衆宗教になり堕落したのである。でも世俗で認めるのは本来の宗教などではないそうして堕落した利権化した利を求める宗教こそ大衆でもわかるからそれは巨大化してナチスのようにもなる。

つまり大衆がそうしたカルト宗教を作り出し利権化してただただ利益を得るためのものとなってしまったのである。だからそこに本来の宗教を目指すものは何もない。ただ利益を得ることであり権力や地位をあくことなく求めているのである。そして政治化した利権団体となれば批判もできなくなるのである。
現代は個人など認めない。それは拒否するべきものでありそもそもこの世に存在させられないのである。この世で大きな声になるのは必ず背後に利権団体があり宗教でも必ず組織団体がありその団体よ社会は認めたとえそうかのように完全な政教一致でも数が多ければ世間はそれに従う。なぜなら選挙はすべて数で決まるからである。そこに法律も何もないのである。そこから全体主義ファシズムとなったのはナチスだったのである。

●老人でも最後は神の国に向かって前進する

いずれにしろ人間の一生は不連続なものではなく連続している。だからすでに老人になったとしても老人の中に青春があり青年がある。それで青春でも老人の中によみがえる。青春の冒険精神お忘れるなという時人間の一生は連続しているからである。
ただどうしても若いときは無謀であり欲望が溢れて何か理解することにかけている。理解する悟るというのは老人になってからで。ただ私の場合は遅すぎたということである。 70以上になってからようやく理解するようになっているからである。すでに天才ならば若い時に芸術でも何でも理解しているからである。

自分の耳に目に芸術的なものまた美術的なものを触れ示いまだ多くの人が思いもかけない未発なもの蓄える力を養うということが大事です
老いゆけよ、我と共に  手島郁朗

そうして日々蓄えたものが老年になって実りとなる。とにかく人生は連続していてその出発点が青年でありだからこそ若き日に神を知れとなることが大事なのである。出発点を間違うと一生間違った方向に行ってしまうからである。
そういう人たちは集団組織の中に取り込まれて自らの個を失い硫一生ただ集団組織のために生きるロボットとなるのである。そして教祖を偶像化して教祖のコピー人間となり終わる。
ただそういう集団組織の中で利を追求するから利益にはなる。

でも最後にわ普通の人でもただがむしゃらに利益のために働き金を残しても何のために残したのかもわからないと言っている。それは別に集団組織のために尽くした人だけではない。それは最初の出発点が間違っていたからそうなったともなる。ただ利益しか求めていない。そして他者より優れているものとして這い上がろうとして必死になる。集団組織の中でも地位を求め激しく争うのそれはオウムでもそうだった。そこには理系の優秀な人たちがいてその人たちに負けたくないとして高卒の人がサリンを撒いたと言っていた。その内部でも熾烈な競争があり地位を得るために争っているのである。

とにかく人生は連続したものであり若き日のことは老人になっても連続している。別なものではないのである。人生はやはり日々生きたものはその人のものとなる。日日蓄えたものはやがて老年になって実りとなる。ただそれは天才の場合は別なので天才は別であり努力しなくても会得するものはあるからである。
私が参考にしたものは内村鑑三でありキリストの幕屋の手島郁郎であり直接学んだ上野 霄里氏となる。ただ上野 霄里氏は信仰者とは違う。天才思想家行動者哲学者でありキリストの信仰者ではないのである。だからそれのその思想を理解できるのはやはり天才だとなる。でも普通の人は天才でないのだから偶像崇拝化する危険がある。
そもそも師というのは問題がある。なぜならどうしても天才だともともと優れているものを持っていて努力しなくても備わっているからである。だからそれを真似ることは出来ないのである。でも普通の人でも神から聖霊を受けてそれによって神を知り神の国に入ることができる。主と共にそのその生は終わらないのである。その生はさらに天の国に向かって神の国に向かって進んでいるのである。だから真の成果は神の国にありこの世では成就しないのである。

離脱の思考 ー原生人間復権のための試論ー (現代神話シリーズ第4輯) 単行本(ソフトカバー) 上野霄里 (著),

老いゆけよ,我と共に: 手島郁郎英詩講話R.ブラウニング「ラビ・ベン・エズラ」に寄せて 文庫 – 手島 郁郎 (著)
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2023年08月06日

文系大学はいらない、理系と文系とは何なのか (原発事故ではあらゆる学問が必要になった)


文系大学はいらない、理系と文系とは何なのか


(原発事故ではあらゆる学問が必要になった)


●中世の大学は神学部、法学部、医学部だった


米国において官職・公職に就く方法が次の2つだからです。ひとつは富を持っていること、もうひとつは適切な信用保証を持つことです。最も優れた信用保証が法学の学位なのですね。それゆえ、政治家になりたい人たちはロースクールに行くわけです。

予言者と呼ばれた進化人類学者が予測「米国には“終焉の時代”が訪れ、共和制は衰退する」(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース


文系大学がいらないと言う時それは社会に出てほとんど役に立たないからである。モンゴルが侵略して殺されなかったのが職人だった。職人はやはり役に立つから殺さなかったのである。また日本の戦争でも太平洋戦争でも学徒出陣があり理系の学生は強制されなかったのである。職人も理系でありそれは社会に役立つものであり認められたものである。

文系理系と簡単に言うけどそれは命にもかかわるものだったのである

そもそも歴史的にも物つくりは理系だからである。石器を作るにしてもその石を見分けねばならない、石器でも黒曜石が貴重だった。


ただヨーロッパの大学で中世からあったのは神学部であり法学部であり医学部であった。この三つから大学が始まっている。文系の場合は神学部と法学部なのである。ただ現代になると神学部は宗教となるがそれはなくなった。でも不思議なのは大学でも宗教系の大学は多いのである。ヨーロッパから文明が入ってきた時キリスト教系の大学は増えて作られた。また今でも仏教系の大学が多い。文系がいらないというときなぜこんなに宗教系の大学が多いのかとる。


そもそも文系がいらないというとき宗教などは無駄だからいらないとなる。医学部などは今でもそうだけ医者は特別尊敬されている。病気の問題が人間にとって一番深刻だからそうなっている。だから、もともと仏教でも病気を癒すと言うことがあり科学技術が発達しない時神にでも祈る他なかったのである。現実にキリストは奇跡で病気を治したからである。だから人間にとって医学は不可欠のものとなったのである。


それから法律というのも今でもそうだが現実社会で不可欠であり実効性があり弁護士資格を持てばそれは社会で実際に役立つものである。その他の学部は経済学部とかあってもそれは何か役に立つということはない。一種の教養となる。実業とは結びつかないのである。私は経済学部で何もほとんど学んでいない。なんだ何か知らないが。マル系の人がいてマルクス経済学が教えられた。でも実際は何か経済学といっても何を学ぶのかもはっきりしない?ゼミでも1、2回教授が来ただけであり。教授は授業にすらしない教授とは一体何をしているのだろうとなる。文系だと何の研究をしているかもよくわからないのである。結局、ただそこでは遊びの場であり時間潰しの場になっていたのである。


●文系は教養である―独学できる


私の場合は奇妙だけど実際は宗教学部に入ったと同じである。カルト教団に入ったからでそれは全く大学でないか教育するということがないからそうなったのである。そもそも教授でも一回くらいしかあっていないからである。


大学とは自主的に勉強する場合であり。何かを教えるという場でも無いのでだから高校から大学の変化があまりに大きすぎて文系の場合はおかしくなる人がいる。ギャンブルに費やされたとかカルト教団に入って費やされたとか学生運動で暴力となり青春のエネルギーを発散させたとかなる。もともと文系は何を学ぶのかも明確でなくて入ってくるからである。理系の場合は少人数で実験を必ずしなければならない。レポートをさなければならない。そこで遊んでる暇などないのである。それは職人でも同じである。知っている人は大工さんは十代から修行して技を身につけたからである。つまり職人は理系でありそれは実社会で役に立つ金になるからである。


文系というときそれが実社会でどう役に立つか見えないのである。経済学部に入ってマルクス経済学を学んで、何がそれで実社会で役に立つのそれもわからない。むしろ高卒で銀行に勤めた人の方が直に経済というものを学ぶのである。ただ法律は現実の社会で役立つものであり別なのである。文系は法学部を除いて教養なのである。一般常識を身に着けるだけである。それは社会で直接役に立つものではないのである。


建築関係なら経営できるようになれば設計できるようになればやはりそれは実社会で役立つのである。


「art」は英語だけど、さらに語源を遡るとラテン語の「ars」なのね。

この「ars」には、「技術」や「資格」「才能」といった幅広い意味があったの。


このうちの「技術」には、「人の手を施して装飾する」という意味合いも含まれていて、これが現在のアートの直接の由来になっている。


ただ、この時点では「人の手を施すこと全般」が含まれていたので、医術や建築工学、学問までもが含まれていたのよ。



人の手を施して装飾する」というときそれは職人であり意外なのは医者もartととして含まれていた。人の手を使い病人を見て直すからだちなる。

ともかく今のアートは実用的なものとしてあった。今のアートは実用から離れて画家とか音楽とか特殊なものとして見られる。でももともとはアートはあらゆる実用的なもののとしてあった。


何か時代をさかのぼれば遡るほど。一つの言葉で広い分野のものを指している。時代が進めば進むほど専門家して言葉も違って使われるようになったのである。


●宗教は宗はむねなるもので古代からあった


宗教は古代からでも原始時代からでもあった。縄文時代でも宗教はあった。それは祈る姿の土偶が発見されているからである。つまり人間は無力だから神に祈ることになる。病気は深刻であり医療も発達していなければ神に祈る他なかった。だから仏教とか神道でも加持祈祷があり民衆は頼ったのである。


中世の大学は医学部と神学部と法学部だということはそこに大学のオリジンがある。ただいまの大学と違っているのは神学部が重要視されていたことではそれは明らかに文系なのでる。文系不要論を言うとき今では神学部はいらないとなる。僧侶はあれ牧師など何か社会に役に立たないそして今は地位が低い。でもなぜ神学部が重要視されたかというと、やはり人間は生きる根本として宗教は必要であり。神を知るということは一番大事なことだからである。この世の中、神などなくして成立してなぜ神が必要なのかとなるからであるなっている。


実際奇妙だが私は大学に入っても創価などのカルト教団に入ったともなる。

そこもまた宗教とはなんの関係もない場所だった

そこは選挙をのためにすべてあり宗教は御利益のためであり人間がなぜ死ぬのかなど追求する人はいないのである。そこでは政治家になりたい人や現世でとにかく成功する地位を得る金持ちになるそれを異常な熱意で追求している。世俗より世俗的な場である。それは別に宗教を看板にしなければ社会ではそれをとがめたりしないのである。

その人は世俗で成功する、金でも女でも得るためにあからさまなのである。別にそれは世俗では普通のことでありとがめることもないのである。でも宗教を看板にすると矛盾してくるのである。


人間の最大の問題は人間がなぜ死ぬかということである。


ここは科学技術かいくら発達しても解決できない。なぜなら永遠の命を与えるのは神しかできないからである。だからいろいろな知識があっても技術があっても一番優先されるのは当然なのである。ただ宗教はいくら学問してもわからない。何も聖書を読まない人すら聖霊を受ければ一発で分かるのである。だから神学部などは無用だとなってしまう。いくらそこで学問しても神についてはわからないからである。それは文系が要らないと同じである。それ文系の学問はそもそも独学できるものでありだからこそ文系大学だと遊びの場に暇つぶしの場になっていたのである。。


むしろ教会とかに行っても牧師に説教されても理解できない体験からしか理解できないからである。理系の学問となると、それは現実社会と結びついて実効性がある。文系はそもそもそういう風に社会で役に立つものでもない。ただ社会で役に立たないからといってに無駄なのかとなれば、そうでもない。つまり人間が最初に知るべきものなの神がいるかどうかであり神を知ることであるからである。それは科学技術が発達しても同じで最上階に全能の神がいて全ては成り立っているからである。


とにかくドイツだと十才で職人の道を行くか大学に行くかきめられるという。学問に適しているかどうか10才できめられるという、それも早いと思うが社会では効率的になる。なぜなら職人でも技を身に着けるのは10代になりそれも早い時期だないと見に着かないとされるからである。文系の大学はそれで何の役にもたたないとなる。


●原発事故ではあらゆる学問が必要になった


ただこの辺で起きた津波や原発事故は理系が中心であっても文系的なことも必要であった。それは学問の全般的なものに及んでいたのである。そのことを私は追求してきた。でも理系でないから原子力の事、放射線のことなどわからなかった。でもそれ以外でも広範囲にあらゆることが関係していたのである。郷土というの特定の好事家が追求するものと思っていたがそうでもなかった。なぜなら相馬藩内で400年前にやはり慶長時代に慶長津波がありこの辺でも700人溺死したという記録が残っていたからである。それはたった二行だったけどそれがいかに貴重なものだったか津波が来て原発事故になり認識されたのである


そのほかにもこの土地特有の問題があり原発の時不運にも春になると海から東風が吹きそれが風に乗って飯館村とか福島市まで放射性物質が運ばれたのである。それで放射性物質が風に乗って流れるということを知らないので浪江町の町長は一番放射性物質が多く流れた津島に避難したのである。そもそも東電では事故はないと安全神話を作っていたのだから事故が起きたときの備えなど何もしていなかったのである。それで最初に頼ったのはアメリカだったのである。日本の技術者はお手上げとなり、何もできなかったともなる。


でも現実東電に働いてした人は避難するとき海の方は安全だとして山の方に向かったが、引き返して海の方に避難したのである。だから、やはり東電の人は放射線がどういうものか知っていたのであっる。でも地元の町民には知らせなかったのである。秘密のベールに隠されてのである。ただ安全神話を作りそれで安心していたというのも大きな怠慢だったのである。

このように津波原発事故でわかったことは理系文系だけで分けられない総合的なものして郷土でも見る世界でも見ることが強いられたのである。ただ、それを見るとしたら、とても一人の人間では不可能であった。そんな知識を持っている人などいないからである。 それを知りうるのは全能の神しか無いともなる。そこに人間の限界があり。原発は人間が操作するできるものでもなかったのである。


元々宗教とは旨(むね)なるものであり総合的なものとしてあった。現代は無数のもの分化してパーツ化して全体を見ることができなくなったのである。でも一地域であれそこに生態系があり歴史がありそこには地質学も関係してさまざまなことを総合的視点で見る必要があったのである。原発となると、やはり理系が中心にしても文系も関係していたのである。


だから理系と文系を分けて文系がいらないということにはならない。でも現実問題として文系大学などいらないというとき文系は独学できるからである。実験などもしないしただ本を読むということが基本になるからある。それでそれで現実それで大学文系大学は教授が何も教えないという場所だったというのも奇妙なのである。要するに文系大学には教授などいらないのである独学できるからそうなっている。するとただそこが遊びの場となり必要ないとなるのは当然である。ただ体育系とか友達を作るとか何か学問以外での遊びの場でもそれが人生にとって無用の場ともならないのである。でもそんなところに国で金を費やすのは無駄だとの今はなる。そんな余裕がもはや国にはないからである。


●文系大学は国で金をかけるのは無駄ーただ文系的なものは必要


 だからドイツのように十歳で職人になる人と学問を追求する人を分けるということも社会にとっては効率的になる。別に文系なら独学できるからである。それより文系の大学だと何かテーマも持って追求する場であり。そういう。テーマも何も持ってない人は大学に行っても何を学んでいいかも分からなくなる。私はむしろ大学を卒業してから学ぶ事が多かったのである。大学卒業してから旅に費やされた。それで地名に興味を持ったのである。そんなこと大したことない。実用性がないといえばそれまでである。


 ともかく文系理系というとき医療の分野でも関係している。医者は理系であり薬を飲ませ治療する手術もする。患者を見るときそこには必ず精神的なものは作用する。医者でもただ金を払ってくれる患者として金儲けのさせてくれる人間としてしか今は見て医は算術となっている。だから病院は無機的な空間であるそこに精神的安らぎがないのである。それで家で死にたいというときはなぜそうなるのか?家というのもまた単なる建物ではないのである。建物を建てたのは職人である。でもそこに魂を入れるのは人間だとなる。何か家は物的な建物というだけでないものがある。


ここで人間が暮らした歳月があり家にはただ雨露を凌ぐというだけではないそこには不思議に愛というものは通い合っている。家族が死んだ後も愛が通い合っている。愛は消えないのである。だから家族が死んで13年経っても必ずしもその人の形はなくなっても見えないところで愛が通じあっているという感覚を経験する。それは説明できないものでもある。でも家にこだわるのはそういうことがあるからだと思う。死んだ家族が依然としてその家の中に居るという感じになる。だから建物は物体でありでもそこに通いあうものは愛でありそれでそこに家は単なる物体だけとはならないのである。


だからそこでも理系と文系の問題があるかもしれない。それで物と心は一体であるというのは東洋的思想である。物に憑につくというとき心が憑くということになるからである。それはやはり科学でも説明できない問題なのである。だから理系と文系とかで明確には分けられない。ただ、文系は別に大学に行かなくても教養であり本を読んでいればわかるのである。それで文系がいらないというのはそうして特別に大学という場でなくても学べるからそうなっているのである。 









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2022年11月27日

発達障害の謎―計算できない、漢字が文章が読めない (抽象化が理解できないー人間を数字化抽象化する危険)


発達障害の謎―計算できない、漢字が文章が読めない

(抽象化が理解できないー人間を数字化抽象化する危険)

その人は精神障害とは違うようだ、知的障害であり何らかで文章が理解できない、また漢字が書けない、計算ができないとなった
でも不思議なのはしゃべることはできるのである
それは普通にしゃべることができる、だから会話ができる、またスマホもできるしラインで会話している、その時漢字を読めない書けないのに変換して理解している
その人は聾の人としゃべれない人とラインで会話している
これもどうなっているのか理解しにくい
漢字が書けない、読めない、計算ができない、数字がわからなくなるのは認知症でもそうなる、これはどういうことなのか?

おそらくこれは抽象的思考ができなくなっている、数字でも漢字でも抽象的思考ができないとわからない、漢字でも太陽を日とするのは抽象的思考である、でも漢字は実物と似せたものにしているから何か実物を連想することがある、でもやはり抽象思考になる
でも英語とかなるとsunなのだから完全に音だけであり抽象になる
だから音だけから実物をイメージするのはかなり高度にもなる、でもしゃべることはどの言葉でもみんなできている、でも英語でも英語を読んだりできない人が英語をしゃべる人でもいる、そういう人がまだ多く日本人はみんな新聞を読めるから優秀だとしている

ともかくなぜその人が漢字が読めないとか書けないとか数字がわからず計算できないとなったのか?
それは先天的なものでそうなったのか、それとも適切な教育をされないのでそうなったのか、というのはその人は父親にしょっちゅう殴られていたというからである
頭をけられたということも言っていたからである
こうして適切な教育を子供の時されないので理解できなくなったのか?
その辺がわからないのだが発達障害というのは意外と多くあるかもしれない
そもそも学校で何か理解できない人は相当数いる
それはこのように抽象的思考ができないためではないか?

そのことで自分自身が発達障害者だったことに気づいた、どうしても小学生のただ算数のように計算することはできた、だからソロバンができた、でもこれは知能とは関係していなかった、一切考える必要がないものであり頭を使わない、人間の脳を計算機にするものでありこれでは数字の意味とか何も考えないからわからないのである
私は文章は理解していた、でも理系的なものが理解できない、だから文系と理系とは何なのかとなる
でも漢字も抽象化したものであり数字も抽象化したものである
数字でも実際は数字ではなく具体的な物から理解する、一個のリンゴがあり一個のみかんがあるめれを一個とするとき二つをたすと二個になる、でも実質はリンゴとみかんは違ったものでありでも一個として一として認識する、抽象化するとそうなる
だから数字化することはそれですでに物が持っている様々な属性を省くことになる
リンゴがもっている味とか大きさとか色とかを省きただ一個として認識するのである
それは人間でも同じである、人間の属性は万物の霊長というように不可解なほどいろいろな要素で構成されているのである、でもただ一個として数字として認識するとその属性は奪われる、顔も体格も恰好も見ないで全部ただ一個としか見ないとなる

抽象化から何が起きたのか?

このように人間を数としてみるとき現代文明だと数だけでしか人間社会を見ない、民主主義が投票数で決まるというときでもそうである、そこには人間の様々な属性がはぶかれてただ一人一票でありそれしか見ない、若い人でも老人でも男でも女でも一票なのである
すでにこうして数しか見ないというときそれがナチスとかの全体主義になり人間を物のように数字として処理してガス室に送ったのではないか?
そこで役所の事務員は人間をただ数字として番号のようにしか見なかったからそうなったのかとなる、そこに全然罪悪感も感じなかったのである
でも人間を殺すことは怖いことである、一対一で果し合いして相手を殺すことは殺す方でもその殺される人を見たらやはり何か感じる、相手は物ではないからである
心苦しくなり罪の意識を感じるとなる、でもこさゃも数が多い戦いだと感じにくくなる
集団戦であり一人一人を見れないからである

ともかく現代の科目で人気なのは統計とかになるのは常に人間を数で見ているからである政治でも経済でも数で見ている、だからGDPとか国民総生産額とかが指標になる
すると数学がができない人は現代文明には適合できないともなる
だから文系はいらない理系だけで大学はいいとなるのもわかる
現実文系は大学で遊んでいるだけだとなるし本を読めばわかることだからである
でも理系でも何か物を相手にしていると相手が人間ではないから機械ばかり扱っている人は頭が冷たくなると理系の大学の教授が言っている
もし生きた人間とか動物でも相手にしていると情が通うから違ったものになる
現代とは情が喪失した時代だともなる
コンピュターとかAIがどれだけ発達しても人間のように情をもたけることはできない
機械が人を愛することなどありえないのである

だから宗教とはそもそも情を基本として愛とか慈悲を説いたのである
それは母親の母性愛がありその母性愛は動物でもある、だから情として愛は動物にもある程度通じるのである、でも知的なものはそうではない、全然愛がない人でも知的に優れた人はいるのである、その人はまたサイコパスとかフランケンシュタインのようにもなる
人間は今や情より知的な面からしか見ないともなっている
それでけ知的な社会になっているのである
そして人間は数字化されるというとき抽象化されて生身の血も涙もでる人間として生き物として認識できなくなる、だからこそ現代文明は原爆のように大量虐殺でもできる
そういうことは昔の戦争だったらしにくい、生身の人間が殺すことを目の当たりにするとなかなかできないことがある、でも現代の戦争は一人一人の生身の人間など見ていない
だから数のように見ているから大量虐殺でも機械でもできるのである
そこに現代文明の恐ろしさがありここに恐怖すべきなのだがそんなことしていない
宗教とはもともと愛とか慈悲を説いたのだから知的なものとも違っていた
そういうことは難しい数学とか科学の理論とは違っていたからである

だから人間とは何かというとき漢字が読めない書けない数字がわからない、計算できなくても認知症なっても愛はわかるのである、だからこの人は冷たいとかわかるのである
家族でもわかる、親だったら余計にそうである、それで愛情をもって接しないと親でも子供を恨んで死んでゆくから後味悪いものとなる
宗教などでも理論からしたらいくらでもむずかしいものとなる、特に仏教はそうである
でもキリストの教えはそれはほとんど学問がなくても理解できるものである
数の計算でもできない人ですら理解できる、中学生レベルでも理解できる
何もむずかいしいことは言っていないのである

神を知るということは聖書があってもそういうものを読まなくてもまた教会で牧師に教えられなくても聖霊が下れば一発で理解できる
これは別に頭がいい優秀な人しか理解できないものではない、普通の学問でもない人でも理解できるのである、でもかえって頭のいい人でも学問があってももし愛がないならその人は理解できないとなる、「心が清いものは神を見るだろう」それはむずかい理論でも何でもないのである、だから宗教だとその関係の本を千冊でも万冊でも読んでもわからないのである
むしろ苦しむ経験とか何か大きな経験をすると理解する、第一どうしても悲しむ者は幸いであるということは理解できない、そもそも人間は苦しみ悲しんで人間となるからであるむしろ涙を流す時何か尊いものを感じる、カルタシスとなる、涙には何か浄化するものがある、人間は泣く時もしかしたら最も人間的になっているのかもしれない

何かこの世で泣くようなことがあるときあなたは何が大切なのか知るともなる
私は悲しんだことがない苦しんだこともない、そういう人がいたらその人もしかしたら獣のような人かもしれない、なぜなら情がないとういことである
でも現代社会は確かに情が希薄化した時代である、知的なものが肥大化して情が失われた時代なのである、そこから起きて来る問題が山ほどあるとなる
いくら文明が機械化して豊かになっても情が失われるときそこは地獄にもなる
現実に孤独死が増えたりしているのはそうである、誰も知らずに見捨てられて死んでいるそういう社会が果たしていい社会なのかとなるからである

ともかく精神障害者知的障害者が人間ではないのか?

認知症の人は人間でなくなったのかと考える時、やはり愛とか情的なものはわかっているすると愛は通じる、情的なものは通じるから人間として分かり合えるともなる
ただ正直現代社会は知優先であり課題に知の教育しかなくなったのである
学校でもただ知の競争なのである、そこで愛とか情など関係なのである
知を競わせるだけである、そして知に劣れば脱落者になるのである
だから頭がいい人ほど頭が冷たくなっているともなる、非情ともなりフランケンシュタインのような科学者となり怪物となるともなる
それが現実に起きたのがナチスの大量虐殺でありカルト教団の狂気的ファシズム団体なのである、そこで数しか見ていない、一人など個人は相手にしないからである
そこから人間は非情となり危険なものとなり人間を人間とも見れない、数字であり物のようにしか見ない社会となっていることの怖さなのである
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2022年09月16日

文系大学はいらない (職人なった方がましだーyoutubeで学んだ方がいい)


文系大学はいらない

(職人なった方がましだーyoutubeで学んだ方がいい)

アホ大なんかで数年潰してプライドだけ高くしちゃうより、高卒で頭柔らかいうちに技能を身につけるのもアリだと思う。
AIがなんちゃらとか言うけど、結局人が面倒見てやらないといけないんだし他にも人の手でしか回していけない仕事はたくさんある。
まだまだ職人は必要なんだよ。
アホ大入るくらいなら高卒で手に職つけたほうが賢いよね、みたいな風潮にすれば不必要な私大は潰せる

これはわかる、優秀な大工さんは15歳から大工修行していた
昔は18歳になると教えることはできないと職人になることは親方でも断ったという
つまり人間は何でも早い時期からスキルでも身につけないとできなくなる
それだけ時間が貴重なのである、時間はあっというまに過ぎてゆく、飛んでゆくのであるそして職業が人間を作るとういことがある、それでホイットマンは平民を職人をあらゆる働く人々を讃美していたのである
その大工さんも体でも仕事の中で作られていたのかとなる、もともと体の造りまで違っていたのかともみる、天性の職人なのかともみる

本当に文系大学よりほんの一部をのぞいて職人の方がましだとなる
理系だったら直接職業と結びつきやすいからである
文系はどんな職業と結びつくのか見えないからである
神学学んで牧師になるとかそんなのも変なのである、聖書でもそれをいくら読んでも実際はわからないからだ、経験しなければわからないからだ
だからプロテタントには牧師はいない、平民が直接神に結びつくのである
法学部とかると裁判官とか弁護士とか職業が見える、でも他はあいまいなのである

私は大学で何も身につかなかった、日東駒専だったからである
そもそも私は高校でもどうしてもなじめなかった、だから積極的に自ら勉強する気がなかった
それでかえって大学は勉強を強要されないので良かったのである
一日教室に閉じ込められることに耐えられなかった、また体でもそういう場所になじめないものだった、我がままといえばそうだが学校で勉強を強制されたから嫌だった
その後も会社とか団体生活でもなじめない、でも一時体育会に入った、それは体が弱っかたから強くしたいとういことで入った、それで何か積極的な姿勢が生まれたから良かったとなる、どうしても陰の性格だから積極性欠けていたからである
だからそういう点で大学に入ってすべては無駄とはなっていない

でも職業のスキルとか他に学問とかでもほとんど学ぶことがなかった
カルト教団に入ったがそこも教育などなかった、奴隷養成の場であり何の教育もない場所である、ただ正直今や大学でもそうだがカルト教団が増えたのはもう侍のようなエリート養成の場所がなくなった、教える場がなくなったのである
知識を教えるものがあっても全体的人格を陶冶する場は消失したのである
そして現代は必ず複雑な迷路に迷い込む、そこから抜け出せなくなる、そしてカルト教団のような所に迷い込む、それだけまともに学ぶがなくなった結果である

でもふりかえればただ貴重な時間を無駄にしたとなる

だからこそ職人の技を身に着けた方がましだったとなる、文系だと語学に熟達すれば仕事がある、ある人はドイツ人の技術者を火力発電所に案内していた
それは英語でしていた、つまり英語を流暢に話すことできれば仕事があるともなる
語学を身につけることは仕事になる、文系だとそこが専門職にもなる
でも大学では何か英語を習おうとしたができなかった
でも今はあらゆることで学ぶ環境ができたのである
youtubeの講義は解かりやすいと見ている、本だと文章を読むので疲れる
でも動画で図解で説明されるとわかりやすいのである
これは明らかに下手な大学の先生に教えられるより勉強になる
もう大学は知識教養を身につける場ではない、第一千人とか講堂に詰め込んで授業するより自宅でyoutubeでも何でも学んだ方がいいとなる
それはもう田舎でも可能なのである、どんな本でも手に入る、古本だったら自分の書庫もできる、どうしても一定の専門の本は揃えないと勉強はできないからだ

英語の勉強で失敗したのは

聞く能力を身につけることだった

それでテレビの英語放送でただ聞く練習を大学出てからしていた
それが意外と効果的だったのである、英語の音に慣れることが大事だったのである
つまり勉強の方法も大事だったのである、今なら無料でyoutubeで英語でも学べる
だから大学に行っても文系なら無駄だとも思った
ただ大学には大学の役目がある、何かそこで友達を作ったりとか人生を語るとかある
モラトリアムとの期間として与えられているとなる
でも正直そこに学ぶものがない、なぜ学生運動があったのかというともう大学はエリート養成の場所でもなくなっていた、つまり大衆化したのである
団塊の世代でもそこはエリートとして扱われない、無数の大衆の群衆の一人になっていたのである、文系ならまず授業すらまともに受けられない、教授とかなると何も教えない
時折顔みせるだけだとなる、だから大学は何する場なのだろうとなる

ただ4年間が遊びの場としてあり公認されているともなる
それも人生で意味がないとはなるが何かもったいなと思った
ともかく時間だけは容赦なく無情に過ぎてゆくのである
ただこうして大学が遊びの場になっているときそのまま遊びが人生になったという人がいるのもわかる、ギャンブルに興じてそのまま変な方向に行ってしまったというのもわかる私のようにカルト宗教にはまったとかにもなる
つまり大学の謎は教育する場所ではなかったのである
何か教育という機能が失われていたのだと思う
それより藩校とかが人格教育とが文武両道を教えていたからそこから明治維新でも人材がでてきていたとなる

なぜなら明治維新は民衆の革命ではなく侍が起こして成立していたからである
侍というのは江戸時代300年で培われて育てられた人達だったのである
真のエリートだったのである
でも明治にはその侍がいたが明治後期からはいなくなった
そして太平洋戦争になった、その戦争は国民化大衆戦争になった
それは外国でも同じである、ヒットラーのナチスがその最たるものだった
大衆ファシズムの時代になったのである
それまでは貴族がいて貴族が戦士であり戦争のプロでもあった、侍と似ていたのである
その貴族には城を館もっていて召使が大勢いたのと同じである
洗濯するものから食事を用意するものから婦人の身支度をするものとか分かれていたのである、まるで殿様だったのが貴族なのである
その貴族に使えていた人達もやがて別な職業につくようになった
侍と似ていることはその人達もエリートでありそこから国民を指導する人達が生まれたとなる、その階級制が今でもつづいているというのがヨ−ロッパだとしている
そこでは子供に家庭教師がついていた、そのためにやはり個性を伸ばすことができて天才が生まれたともなる
学校のようにな一律の教育ではないからである

いづれにしろ江戸時代には藩校がありエリートとして侍があった
明治になり学校化してエリート養成はなくなり教育でも大衆化した
現代ではもう教育する場所がないのである、そういう場が失ったのである
そうなるとどうなるのか?自ずと自分で自学しないと学べないとなる

そもそも強い学ぶ意志があればそういう環境がなくても道は開けるともなる
ただ受身的ではな何も身につかないのである
ともかく文系の大学はいらないとかそもそもなくなるともみる
youtubeとかででも無料で学べる時代になっているからである
大学の講義よりわかりやすいのである、これは本よりもわかりやすいのである
文系なら独学できる環境が整ったということである

教育はもう読み書きソロバンとかの時代ではない、思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳とかを育てることである、とても暗記脳とかでは何の役にもたたない、それはコンピュターが代わりにするからである
これも意外と天才でないかぎり訓練なのである
私自身は学問に興味がなかった、でも大学を出てから経験したり旅することによって地名に興味をもったりいろいろ興味をもってそれを育てていたのである
それは私は特別家族に恵まれていてそういうことをしていたのである
それは外から見れば遊んでいたとしかならない、でも今その成果を出しているのである







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2022年06月25日

親の背中を見て育つが活きていた時代 (身近な家業とかで職業を理解した時代)


親の背中を見て育つが活きていた時代

(身近な家業とかで職業を理解した時代)


どうして諺(ことわざ)が生まれたのか?
それは現実社会から必然的に生まれたのである、その諺は古代からでもつづいたものがある、それは人間の生活が綿々と継続されて来て残されたのである
諺を残したのは庶民であるがそれが依然として活きているのは人間というものが基本的な所で変わらないから活きている
もし人間がまるで違ったものになってしまったら諺でも通じなくなる

親の背中を見て育てというときもそうである、親は何も言わなくても日々の行動の中で子供に押しえるものがありそういう言葉が生まれた
また働くの語源が端を楽にするというのもそうである、それは身近で親が働くの見ていて子供ながらに辛いとも見ていたからで親を少しでも楽にしたいということで生まれた言葉である

ただ現代になると時代の変化で社会の変化でそうして伝えちれた諺でも格言でも様々な伝統でも失われてきた
「親の背中を見て育つ」ということでもそもそもそれは農民社会や職人社会で職住一体になっていた時そういうことを実感する
生業とか家業とかは代々その土地で家で伝えられたものを受け継ぐからである

ところが現代のように親が働く姿を身近で見ない、すると親の背中を見て育つというとき親は家ら分離して会社員になるのが普通となるとき親は家から出勤したらその背中は見えないのである、会社で何して働いているのかもわからなくなっている
身近な所でも働く姿が見えないのである
都会だと一時間かけて会社に通勤するとかなると余計にそうなる

そこで何が起きて来るのか?

子供は親から学べない、親の背中を見て育たつことにはならない
また戦後まもなくでも隣近所で何をしているから見えていた社会である
石屋は一日近くで石を削っていたとか塗り屋は一日漆塗りをしていたとか篭屋は籠を編んでいたとか何か仕事が近くで見えていたのである

それで子供の時でも何かこういう仕事があるのか見ていてそれでそういう仕事をしてみたいとかなっていた、近間でそういう職業が見えていたからである
そして農家でも子供は必ず働かさせられていた、人手がたりないので家業も多いので働かせられていた
私は毎日学校から帰ると店をしていたから配達をさせられたのである
自転車で卵買いにも活かされた、それで近くの橋が土橋でありゆれて怖かった
糠に卵子をいれていてそれが必ず割れるのである
その卵買いに行った場所は街から近い場所である、小池とかそんな近い所に戦後の引揚者が入って細々と農業をしていたのである
その時どれだけ戦争の引揚者が職がなく荒地を開墾したのである
でも厳しいので半分は撤退したのである
何か辺鄙な所に飯館村だったら木戸木となると山の狭間にあり平な土地がないのである
そんな所でも戦後引揚者が入って来たのである
それで共栄橋とかあればそういう名は地形と関係ないから戦後の引揚者の村なのである

ともかく戦後十年の生活は江戸時代からつづくまた古代からつづく原始的生活でもあった

まいにち、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに行きました・・
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柴とは雑木であり小枝とかでありそれを燃料としていたのである、だから子供の時近くの裏山に本当に落葉拾いとか柴刈りに行った経験がある、戦後は燃料は炭であり柴であり薪だったのである、それで便所紙は新聞だったり風呂の焚き付けだったりした
紙もまともにない時代だったのである、電気は裸電球一つくらいしかなかったのである
水道もないしガスなども使っていない
そして街中でも本当に裏の堀川で洗濯していた、これも信じられないともなる
だから継続された原始的生活だったともなる、そういう状態で良く生活できたとも思う
だから家の中に一冊の本もないし鉄腕アトムとか鉄人二十九号とか読んでいたにしろそれも買ったものではない、貸本屋から借りたものだったのである
本とかは高くて買えないものでありせいぜい教科書を買うくらいだったのである
だから知的興味を育てる環境とはなっていなかったのである
そしてあまり貧富の差はなかった、そもそも物がなかった

農家の人の話を聞くと家で納豆を作っていたとか栢木(かやのき)の実から油を作っていたとか油まで作っていたのである、農家は自給自足であり買うことはほとんどない、物がない時代は買う生活ではないからである
そういう時代は農家の方が豊だったのである、なぜなら卵すら食べていないからである
私が子供の時卵買いに行ったのは店で卵を売るためだったのである
農家の人は卵を鶏を飼っているから食べていて恵まれていたとなっていた
バナナすら私の父親が病気になって仙台市まで行って買ってきた、バナナすら売っていなかったのである

ただ私の家で店をしていたとき私は嫌だった、母親は食事すらゆっくりできないのである必ず食事中にお客さんが来るからである、そして家事もしていたから暇なく働いていたのである、それが自分には嫌だったのである、親の背中を見て育つというのは本当である
それで店というものを自分は嫌悪していたのである、そういう職業につきたくないとなっていた、まともにゆっくり御飯も食べられないとなればそうなる
親の背中を見て育つというとき逆に親の仕事を身近に見るからそんな職業には着きたくないともなる
ある人は小高の人だったが親に農業だけはやるなと殴られたという、農業は実際は労働が厳しいから子供に継ぎさせたくなかったからだとなる
その子供は成長して原発で働きまた建築現場で働くようになったのである

ともかく現代は職業が見えない、近くで何をしているのかわからないのである
それでも地震で壊れた家を大工さんに直してもらった時、その人の職業を具体的に理解する、それは補助役もしたので理解する
職人とはどういうものか理解する、職人が気にするのは水平器で計る

nageshi1.jpg

切りすかす長押(なげし)の子口すぢりくくいかに押せどもあわでこそあらめ

大工の仕事はこうして何か合わせることが多いからこうした歌が生まれた
今は水平器でも電子化している、精密に計れる
私の家は地震で沈下したり傾いているということでしきりに水平器で計っていたからだ

親の背中を見て育つというとき職人は親方であれ兄弟子であれ技を盗むとか見様見真似で仕事を覚える、だから下働きでも親方にでも兄弟子でもついて仕事をしていると自ずと覚えることがある
それで私自身が直接手伝ったので大工の仕事はこういうものかと多少はわかったのである
仕事をするときの職人の姿勢はやかましく言われた、それは職人のみだしなみであり見栄でもあった、結局正しい姿勢が正し仕事をするの不可欠なのである

年季は十二,三才から始まり、だいたい21才と兵役の年限にあける
そのくらいの年から入らないと仕事が覚えられない
一七,一八歳から始める者は中年者と呼ばれて歓迎されないし事実大成もしなかった
「職人」竹田米吉ー現代教養全集

何を志すにも早い時期にしないと大成しない、家を直した人は一五歳で親方に弟子入りしたという、それも早いようだがその位でないと遅いともなっていたのである
それで志すというとき「若き内に神を知れ」というのも同じだったのである
そのくらいから求道していないと神を知ることはできなくなってしまうのである
だからいかに若い時が大事なものが後でわかる、たちまち時間が過ぎてしまい何も身につかなかったとなってしまうからである
それで大卒でも新卒を会社で採用したいのである、なぜなら若い時期に仕事を覚えやすいからである
そして人間の一生は若い時の二〇代までその方向が決まってしまうから怖いのである
大工として大成するにも一五歳から始めないと遅いとなるのである
ここを肝に銘じないと後で本当に後悔する

それで今の学校教育というのは相当に問題がある、親の背中を見て育つはなくなった
学校という場で社会から分離した場で言葉と数字と記号ばかり習い試験ばかりさせられた優越を決められる、そこは社会と遊離した場所なのである
理系の場合はいいとして文系は何も身につかないのである
そこはただ遊びの場だったからである、それで文系はいらないとなるのも当然だとなる
弁護士の資格をとった人などはいいとしてもあとは実際は何ら社会に出て役にたつものを身につけていない、むしろ大工さんの方が現実社会でその技を発揮することができているのである
劣等生でまた性格的甘やかされたからでもあるが学校教育は問題が多すぎるのである
知識でも知恵となったり現実社会を生きるものが身につかないのである

それでもともと親方がいて弟子となり修行を積むのがいいとなる
学校は集団化して先生でも団体の世代のように五〇人学級とかなれば目くばせができないそこでは知識だけであり知恵として身につかないのである
親の背中を親方の背中を兄弟子の背中を見て育つことがないのである
何か抽象的記号の世界となりそれが現実社会と遊離していて興味も失うし実業として身につかないのである
そのために文系大学はかえって実業を専門学校化した方がいいというのもわかる
大学は遊びの場であり何も身につかないからである
もう文系大学はいらないとなる、文系大学出ても何の価値もないとなる
文系は別に独学できる、本を読んだり今ならインタ−ネットで無料でyoutubeでも勉強できるようになったからである

今の社会はとにかく活きた人間の姿を見て育つということがない、AIロボットに学べとかまでなる、そこに生きた人間が手本になることはまれである
そういうのは今度はカルト宗教団体の教祖とかなりナチスのヒットラーとかになってしまうのである、そうなるのは現代ではもう教育する場がない人もいないからそうなる
集団化であり組織化でありそこに模範となる個人は排除されている
つまり習うべき人はなく、独学するほかないのである
また師とかでも普通の人には必ず差が大きいので偶像化するのである
人間が偶像化しやすいのである、弟子とはただ師に従うロボットのようになってしまうのである、ほとんどの大衆カルト教団ではそうなっているからである
つまり現代では自己教育しかない、だから何か技術を身につけるにしてもそお模範となるものはないし学べないともなる、そこに社会の荒廃が生まれている

いづれにしろ人間は積み重ねである、知識でもそうである、何でもそうである
それで推理ドラマで悪いことを積み重ねた人は親からも実際は犯罪を犯していなかったのに犯罪を認めた、誰も日ごろの行動を見ているから悪い奴だとして信じてもらえなかったのである

人間日頃の行いが大事

家を直してくれた大工さんでも一五歳から修行して技を身につけた、それで原発避難地区から避難して別な街に来ても一応南相馬市内だがその技が優れているから認められるとなる、でも何も技もない特技がないとしたら歓迎されない
パチンコとギャンブルに明け暮れる、最初の内はうかたがないと見ていたが一一年も過ぎてもそういうことをしていたら回り人は嫌悪するとなるからだ

芸は身を助く

芸は技は身を助く

ともなっていた、老人でも何かを身に着けていれば敬われることはある
その一生で積み重ねた経験したことがありそれが参考にするということである


●本は理解しなくても買って私設図書館を作るべき

本を千冊くらい買っても消化していなかった
ただあの本に職人のことを書いたことがあったなと覚えていた
それでもう一度読んで引用したのである
ただ正直そこに書いてあったことは忘れていたのである
でも確かに職人のことを書いてあったなと探して読んでみたらなるほどと理解して引用したのである
本を理解するのは自分の文脈の中で引用したときなのである

でもとにかく本は理解しなくても買うことも大事だと思った
そして興味ある本をそろえるのである、私設図書館を作るのである
こうして時々拾い読みするとなるほどと理解するのである
だから本は買うだけでも後で役に立つとなることがわかったのである

家の修復も前半戦は終わってほっとした、でもまた直す所がありそれは秋になるだろう





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2022年06月21日

戦後教育の失敗 (資本主義欧米の競争原理でモラルなき教育ー個々の利益追求で崩壊した―原発事故避難地域)


戦後教育の失敗

(資本主義欧米の競争原理でモラルなき教育ー個々の利益追求で崩壊した―原発事故避難地域)

●江戸時代から明治から戦前は道徳が科目でも優先された

戦前と戦後と江戸時代と明治時代の相違が余りにも大きすぎたのである
何が変わったかというと技術的な面とかいろいろあるが社会のモラルが変わった
道徳が変わった、また消失した、でも不思議なのは江戸時代で一番重んじられたのは
教育でも道徳である、塾の先生でもその人がいい人なのかモラル的に優れているのかで
判断された、医者だと医は仁術となっていた、道徳的なこと人情的なこと心が一番重んじられていたのである
それが可能だったのは塾など読み書きソロバンであり今のような複雑多岐なことを教えることがないから道徳が重んじられていたのである
医者にしてもそもそも患者にしても病気は治らないものとして医者に行っていたから病気が治らないとしても医者が責められることがなかった
だから医は仁術であり心の方が重んじられたのである
そういう時代背景があって道徳がモラルが重んじられていた
その模範となったのは武士であり武士道があった、武士は人の鏡としてあった
日本の侍は貧乏でありたいし庶民の生活と違わないのである
それはヨ−ロッパの貴族階級とはまるで違ったものだった

そのために明治にキリスト教が入ってきたとき内村鑑三のように武士道キリスト教にもなったのである、でも日本が取り入れた西欧文明とは技術文明だったのである
ヨ−ロッパに派遣されたエリートが注目したのはその科学技術でありキリスト教ではないキリスト教文明ではなかったのである
そしてモラルというとき日本では天皇を鏡として


明治23年に教育勅語が発布されると、修身科は、教育勅語の精神を学校教育において具体化する教科として一層重視されるようになった。

戦前は、「教育勅語」によって国民にわかり易く「教育の日的」が示されていた。
「国民として」「人としての道」を、家族から友人、社会、国家という広がりの中で具体的に示した。
修身の授業を通して「偉人の生き方」などを示しながら具体的に子供たちに教えた。

戦前の教育と戦後の教育


江戸時代も明治以降もやはり道徳をモラル第一にしていた経過があった
それが戦後アメリカに支配されて民主主義国家となったとき日本はモラルなき経済となりモラルなき社会と変質したのである
そしてやたら個人の権利を主張するのが民主主義となりモラルはない私益の追求となったのである、結果的に日本に道徳はないしモラルなき経済ともなった
ただ他者は利益を得るための道具のようになった、もう人間とは見ていないのである
それは教育でも私益の追求であり知識はそのために身につけるのである
それで団塊の世代から受験戦争となりただ知識は立身出世のためであり知識はそのための最大の力となったのである、それは福沢諭吉の学問のすすめから始まっていたのである
一方内村鑑三などはキリスト教を基にしてモラルを説いていたのである
でも日本全体は福沢諭吉の学問のすすめの方向に向かった
だから戦後もやはり学問とは立身出世の道具となった、受験戦争が熾烈であれそこで仲間でも蹴落として上位に立つ、仲間との競争に勝つことが第一の教育となったのである
そうはあっても依然として修身とかモラルが第一とされていたのである

●自己を他者と比べて優秀さを異常に競うようになった戦後の教

その人は技術的に優秀なことがわかるが必ず人と比べて体力でも技術でも自分が優れていると自慢する、それが尋常ではないのである、でもそうして人と比べて競って優秀さを競う教育が過熱したのが戦後教育だとなる
他人を蹴落として上昇志向をもつ、団塊の世代はとにかく人数が多いから椅子取り合戦になっていた、そういう熾烈な競争社会を生きて来たのである
それでスポーツでも常に競争でありオリッピックで参加することに意義があるなど全く関係ない世界である、一秒でも一分で早く走り勝ち抜く人が勝者だけが尊ばれる世界であるそれでスポーツのことを加治将市氏が批判するのはわかるとなる
「俺はお前より上だ」こうして異常なほどに他者比較してマウントするのか現代人であり戦後の人間なのである、それは戦前と戦後の教育が社会がまるで黒から白に変わってしまった結果なのである

それは一部の高学歴とかエリートとかだけではない、庶民でも同じなのである
上か下かと異常に序列を気にするのである、俺はお前より上だとなり必死になっている
その評価として学歴をみたり大学を序列化するのもそうである
これも戦後教育の悪しき結果なのかもしれない、本来のヨ−ロッパの文明を取り入れたのではない、それを悪しく取り入れた、だから個々人の権利が異常に主張するが肝心の個々人の責任は無視される、権利と責任は一体でもそうである
私益が全面にでて公益は消失する、だからこの辺で原発事故になったとき簡単に町でも村でも解体して崩壊したことが信じられないとなる
こんな簡単に町でも村でも崩壊するのかという驚きであった
そこには何かすでに公益と公共性とかがなくなり私益のみがあり私益だから補償金をもらうことが第一となったのである
それであらゆることに補償金を要求したとなる、家の前の海は俺の物だとか私道でもそうであり仏壇から何から物品も保証しろとなったのである
でも肝心の全体の町とか村とかを復興しようとする意志はなく多額の補償金をもらったら若い人は町や村を捨てて流出して老人だけが取り残されたのである

これも戦後の社会の変化とか教育の変化があってそうなったのかともみる
ヨ−ロッパではパブリックなものがありプライベートとは奪うということが語源としてある、つまりこの私益のみの権利の追求が戦後社会だったのである

アダムスミスは、人の本性は利己的であるという前提に立ち、自分の利益のために働く個々の人間の利己的行為が社会的分業を成り立たせ、市場はうまく機能すると考えました。そのことを著書で「見えざる手」に導かれるとスミスは表現しました。

人間はこの前に公共性とか共同性とかがあってこうしたことも成り立つ、なぜなら現実に市とか町とか村とかがなぜ成り立っているのか?もしアダムスミスのように私益を追求するばかりになると市町村は維持できなくなる
ある人は優秀だからあくことなく私益を追求する、それは確かに悪いことではない
だから立派な家を建ていい車でもった、それは悪いとはならない、資本主義社会では誰でもいい自転車であれいい車を買うことは奨励されている、それこそ社会を発展させるものとされたのである、そういう人がいてこそ社会は発展する進歩すると奨励されたのである

●原発事故で提起された全体の問題

でもこの辺の原発事故で起きたことはその人は苦労して建てた立派な家でも庭でも津波の被害もあったが放射線被害があり住めなくなって放置した
それも大損だった、それより原発避難区域ではそうした立派な家でも庭があってもその町に住む気になれない、寂れてしまだからである、すると家が確かにまだあるし住んでいるでもそこに住む価値が極端に低下したのである
つまり町全体が村全体から人がいなくなり住めなくなりいろいろな施設でもスーパーでもなくなり買い物もできないとか不便になったときそこにいくら立派な家があっても価値がなくなり放棄してしまったのである
つまりいくら私益を追求しても町でも村でも全体が寂れてしまって不便になったときその価値も極端に低下したのである

でも何か小高の隣の原町とか鹿島とか相馬市でも新地でも移り住む人が多いからそこでの価値が上がったのである、今でも移り住む人が家を建てているからである
全体の価値が上がったという矛盾がある
これは日本全体を見てもそうである、日本全体が高度成長のときは個々の価値も上がっていたのである、貯金でも退職金が一千万あったとしても銀行にあずければ7パーセントもあり十年も過ぎたら倍になっていたのである
今は例え二千万退職金もらっても実質は物価高とか利子がつかないということで半分の価値しかないのである、貯金も価値がないのである、目減りするだけであり最悪は紙幣は紙きれになるという預金封鎖を言われるのである
それは日本全体の価値が低下したからそうなっているのてある

別に個々人の私益の追求をとがめることはできないことは確かである
でもそれも全体の市でも町でも村でも繁栄があって個々人の繁栄もある
それがこの辺では問われたのである、教育にしても同じである、ただ個々人の私益のための教育であり個々人の立身出世のためでありそのために手段も選ばない、とにかく何としても競争に勝たねばならないとなる
もちろん競争が悪いとはならない、でも全体が落ち込めば個々人の競争も成り立たない
それが現代の落ち込んだ貧困化した日本の実態なのである
戦後教育の失敗は過度な利己心の追求でありそれがモラルを荒廃させたのである
戦前は日本全体を統制するモラルが修身とか一応ありそれで競争だけの世界とはなっていなかった、共同体が第一としてあったともなる
その共同性がモラルが崩壊した時どうなったのか、この辺のように簡単に町や村が崩壊して消失したとまでなる、それは必ずしも放射線だけではない、何か戦後社会の矛盾がマイナスの面が極端に現れた結果だともみる
だから戦後70年であらゆることが教育だけではない社会全体が行き詰まりになった
教育といっても社会全体の一部としてあるのだから当然荒廃するとなる

アダムスミスのように利己心の追求が繁栄させるとしても全体が衰退すれば個々の繁栄もありえないのである、それで不思議なのは原発避難区域に豪邸を建て立派な広い庭を作っても回りに住む人がいなくなり町自体が寂れてしまい様々な便利なものスーパーでもなんでもなくなるとそこに住む価値がなくなる
そしてその豪邸は価値がゼロにもなり放置されてそこに住んでいた人は別な地域に移住した、利己心の追求はいいとして全体が寂れればそういう町に住んでいてもその豪邸も価値がゼロになってしまったのである

●町全体と国とか全体を意識された原発避難区域

人間は自己の利益を見るが全体は見ない見えない

人間の弱点はここにあった、自己の利益の追求には熱心でも回りを全体を見ないのであるそれが原発事故で一挙に避難した人が帰ってこずに廃墟のような街になった
そしたらそこで苦労して私益の追求であれ建てた豪邸の価値もゼロになったのである
売るにしてもそういう家を買う人もいないのである
だから全体を人は見ない、突然この町はどうなったのだ、誰も住まなくなるのかとまでなった、こんな所に豪邸があっても住んでいられないとなり移住するとなる
そこで問題になったのは全体なのである、町全体であり村全体なのである
市でも町でも村でもその全体が寂れれば個々の利益は追求できないのである
確かに個々に私益でも追及することは是認される、しかし市でも町でも村でもまた大きくは国でも衰退すると個々の私益の追及もできなくなった
ここでいくらいい暮らしを豊かな暮らしをしようとしてもできないからである

ただ人間は全体を大きなことを理解することが苦手である

目先の金とか利益を常に意識するが大きな全体を意識することができない
それで原発事故の避難区域で復興しようとしたとき全体を町を村を全体を意識せざるをえなくなったのである、個々人だけではもう復興できないからである
ただ現代社会は個々に分解してアトム化しているから全体を意識できない
江戸時代やその後農村社会でもそういう500人単位の共同体だと全体を意識する
でも今は職業も多岐にわたり分化しているので全体を意識しにくいのであ
だから原発避難区域では何か突然もぬけの空のようになった
それは本当に不思議な光景だったのである、あっという間に町や村から人が去り戻ってこない、家があってももう誰も住まない、空家の街とも化したのである

一方でその回りにも人が移住して新しい街が生まれた、新築の家が50軒くらい建ち
原町でも鹿島区でもまた相馬市でも新地でもそうであり新しい街が三つくらいできた感覚になったのである、その相違も余りにも大きかったとなる
簡単に町でも村でも捨てられたような感じになったのである
その時みんな全体を見るから全体を意識せざるをえなくなった、個々の私益の追求は是認されてきたがまず全体の復興なしで個々の復興もないとなったのである

このように国家とか市であれ町であれ村であれ全体としてある、その全体は意識しにくいのてある、まず国家となると大きいからもうわからない、でも戦前は常に国家を意識して日本人は生きていたのである、全体が国家が優先された社会だったのである
でも戦後は個々人の私益の追求が資本主義社会で優先された、個人と私益の追求だったのである、それが極端になりそれぞれの個々の利益を追求することが良しとされた
だから教育でもそれはあくまでも個々人が立身出世のためであり個々人の利益のためであり他者は眼中にない、他者は個々人の私益のためにあり利用するものだとなってしまったその矛盾が原発事故でこの辺で極端なものとして現象化したので驚いたのである

townbildblank11.jpg


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街はいろいろな色で埋まっている、でも空家化すると街全体が空洞化する
それが原発避難区域なのである
そこに立派な家を建てて住む気になれない、十億円もっていてもそこに家を建てようとする人はいない
そこに多様なものがあり人が住んでいる時価値があった
全体に価値がなくなると個々の価値も消失してしまったのである




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新しき街の通や立葵

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新しき屋並つづきて夾竹桃


新しい街がこの辺では三つくらいできた感じになる、新しい家もまだ建っている
そこで立葵とか夾竹桃も活きて咲いている
新しい家並みに街にふさわしい花ともみる

小高の方に行って奇妙だったのは道の辻にある馬頭観音が目についた、それは別にどこにでもある
でも何か車もあまり通らないから昔あった馬車を利用していた時代に還ったような気がしたのである
街の中でも車が通らないのである、だから何か車のない昔にもどったような不思議な気分になったのである
今は人は歩かない、車は通っているからだ、車が通らないから静かになったとはなる
でも淋しく感じるのである

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2022年06月05日

人間を作るものは経験である (農家の女性が草花に詳しい、庭に畑があり広い庭をもっていた)


人間を作るものは経験である

(農家の女性が草花に詳しい、庭に畑があり広い庭をもっていた)

●冬は増えるの意味ーそれは何故なのか?

人間は何か学校でまず知識を教えられる、でもその知識と現実は結びつかないと抽象的なものとなってしまう、でもどういう家に生まれるかでその家の生業がありそれで身につくものの方が現実的に知識を得ているのである

例えばそもそも芸術とかある、でも芸術がどうして生まれたのか、俳句をみればわかる
その季語とか日本語自体どうして生れたのか?
春は張るから生まれた、万物が張ってゆく状態であり張り田とかがある
夏はなじむ、なつむから来たのかもしれない、夏になれば万物が植物でもなじんでくるとなるからだ、また秋は商う(あきなう)からきた、様々な収穫がありそれを商う季節だとなる
そして不思議なのは冬なのである、冬とは増えるのふゆなのである、それがどうしてのなのか?それを私は知識として知っていた、でも別に知識がない女性が畑で野菜を作っていた冬には一番作物が育つと言っていたのである

それがどうしてなのか、

いろいろなものを[殖ゆ]することを目指す祭りを[ふゆまつり(殖ゆ祭り) ―折口信夫

冬というのが増えるということが納得がいかない、万物が枯れて眠る時だともなるからである、その時になぜ増えるのか?それは冬は増えることを願うからそうなった説である

そもそも冬野菜は、どうして寒い時期に収穫の最盛期を迎えるのでしょうか?
それはルーツが寒い地域にあるからです。例えば大根のルーツは地中海近辺とされ、ネギのルーツは中央アジアとされています。これはどちらも北海道と同等以上の緯度にある地域であり、元々寒い地域で栽培されていた野菜なのですね。
それを日本で育てようとするならば、冬が旬となるのは自明の理です。

また寒い地域をルーツに持つ野菜には、寒さから自分の身を守るために水分を減らして糖分を増していくという特徴があります。

冬野菜がありその冬野菜は寒い所に育つのが多い、とすると冬に育つ野菜も多いから冬となったのか?。いろいろな野菜がとれるのは冬だとなるからだ
ただそれは土壌と関係しても生れた、寒い時期だからこそ育つ増えるからである

その農家の女性は私の家の庭の日影にエビネランと擬宝珠が密着して植えてあった
エビネランが咲かないんだと私が言うと擬宝珠に養分が吸われたためだという
それで離して植えたのである、これは山の中に咲くから日影で木漏れ日がさすような場所がいいのですと言う、そこは塀の下にあり日影になっていたから場所としてはあっていたからまた咲くという、それをめざとく見つけたのには感心したのである
他でも花について詳しいのである
そもそも農家で農業して野菜をでも作っていたのだから花にも詳しいとなる
そして生け花もしていて花嫁修業で生け花を習っていたのである
その人は74才になっているから生け花など花嫁修業として習っていた、その頃までそうして教える場所が結構あったのである

ともかく花がうまく育たないのは土の関係とか肥料とか日の当たり具合だとか水をどうやるかとか問題になる
それで花を植えても半分はだめになっている、要するに花でも大事なのはその花がもともとどういう場所で育ったかが問題になる、日当たりのいい場所なのか日影なのか湿った場所なのか乾燥した場所のなのかとかなる、特に外国産が入ってきているからそうなるとその原産地がわかりにくくなる、つまり風土というのも深く関係しているから植えても育たないとなる、高山植物なら栄養分がいいとかえって咲かない、なぜなちら高山の栄養分の少ない岩場などに咲いているからである
つまりどういう場所が原産地なのか知らねばならないとなる
花を知るには相当なこうして土から肥料から水のやり具合から陽の当たり具合とかめんどうなのである、それで失敗が多いのである
農業の知識と密接に結びついているからである

●知識は学校でも本読んでも身につかない

何かこうして知識というのは学校で習うようにただ現実の世界から離れた抽象的なものとして学ぶとつまらないとなる、知識自体が身に着かないのである
それで外国を知るには何も知らないでも一回でも実地を踏んだ人が知っているのである
それで私は外国旅行をしたのが遅いから失敗したとなる、何か全く通じない変なことを言っていたのである、つまり知識と現実がかけ離れていたのである
これは例えば弁護士とかでも法律の詳しい知識を身につけても現実の社会の場で問題に
直面したときその専門用語などをふりまわしても通じないとまでなる
専門家が現実の社会の場で専門馬鹿とかなるのはそのためなのである

宗教にしても知識として聖書であれ仏典であれ隅から隅までも読んでも理解できない
でも体験すれば一発で理解でることがある
例えば悲しむ者は幸いだというときそれがなぜなのかいくら聖書を読んでも理解することは不可能である、悲しむ体験をしないかぎり不可能なのである
悲しむ経験をすると悲しむ人に通じることがある、その女性は夫の介護を十年以上していた、脳出血でそうなった、自分も介護の経験をしているからその苦労がわかるとなる
でも経験しない人はその苦労がわからないのである、そういうことはいくらでもある
人間は知識が人間を作るとはならない、経験が人間を基本的に作る

だからどういう経験したかを見ればわかる、それで老人は姿は衰えるのだが経験したこがありこの人はこんな経験した人なのだと知り老人は若い人より価値があるともなる
若い人は経験が不足しているから語ることも浅薄だからである
だから老人がみな価値がないものではない、ただその差は大きい、その女性は美人なのである、農家に嫁いだとしてもそこは夫は会社員になっていてまず農業のことを全く知らない、野菜でも花も育てていない、そして関心がないのである
だからつまらない女性だとも見てしまうのである、何か生活感がないのである

芸術にしてもそもそもがそれは実体験を基にしている、小説だっけもともとは実体験が語られたものである、だから特別な経験した人は小説がうまく書けないにしても語ると重みがでてくる、戦争体験しない人が戦争を語っても重みが出ない、それは単なる知識として習得しているからである、仕事にしてもいろいろありその実経験から語ると重みが生まれるのである,切実なものとしてリアルなものとして訴えるのである
俳句でも農民の実生活から生まれたものである、その季語もそういうものが多いからである
農業は密接に自然と関係しているからである、また正岡子規の写生論でもありのまま見たままを俳句にしろというのもそうである
それは架空のことでイメージしたことではないからである、そこにリアルな実感が生まれるからである

その女性はまた津波の経験もしている、その人はやはり津波が来た時見て逃げたのである津浪は見てから逃げて助かった人が結構いるのである
津波が目の前に来て裏山に逃げて助かった人もいたしまた車で逃げて助かった人もいる
だから津波が見えるというときそれはじかに見るから逃げたのである
テレビでも津浪から必死で逃れる人が写っていた、津波が来てから逃げて助かったのである、それも恐ろしい光景だったのである
津浪と言っても私は津波の危険感じなかった、でもすぐ近くの川に津波が溯っておしよせていたのである、それですく近くで堤防から水があふれていたのである
だから知らないだけで津波は身近な恐怖だったのである

●教育は学校だけではできない

島木健作の「地方生活」では都会の知識人が満州で農業にたづさわりただ知識だけの人が現実に直面して知識だけではない現場を体験して知識がどういうものか肌でる、そしてそれは知恵となり本当に知識が身についたと語っている
何かそれでただ知識を語る人はもともと現場で苦労する人から嫌われたのもわかる
それで中国だと知識人は反対するから農村で農業を実習させられて苦労したとなる
それが習近平もそうでありその苦労を語ったりするのである
ホイットマンが讃美したのは知識人ではない、現場で働く多様な人々であった
そういう人達とじかに接して詩にしたのである、それは偉い地位ある人ではない
普通の平民だったのである、ただその時のアメリカ人は素朴な人達であり清教徒の模範のような人達でありその宗教を現実のの場で実践した人達だとしている

それで明治時代にクラークが北海道の札幌農学校で教えた時代はそういう時代でありその雰囲気がちょうど北海道であっていたので成功したとなる
その後のアメリカ人は違った人達になっていたのである
北海道で学んだことはその場の雰囲気が影響したのである
北海道に私が十回も行ったというとき仙台から船で苫小牧についたとき空気まで違っていたからである、その広い空間で解放された気分になる、心まで本当に変わる
日本にはない広大な空間で心が浄められるような経験だったからである
それは今でもそうである、人間は別としてその自然景観が全部が変わっていないからである、外国人で意外と北海道が人気なのもわかるのである

教育というときそもそも学校という場ではできない、不可能である、教育の範囲は広大なのである、私は学校は嫌いだし勉強も嫌いだった、でも大学でてから自由に旅行して地理に興味をもった、地名に興味をもった、そんなことたいしたとではないといっても大学までは勉強しなかったが自ら何でも興味をもつとき本当に自ら知識を積極的に習得するようになるのである、興味をもたないときは試験のために勉強するときは身につかないのである
学問でも宗教とかなる切実な問題から発している、私の場合はなぜ人間は死ぬのだろうと大きな疑問だった、それは中学の時父親が死んだからである、それが最大の衝撃となりそうなった、その問いは結局この世で一番深刻なのものである
その解決がなければあらゆることは虚しいともなってしまう
でもその問い答えられるものがあるかとなればあった、それは死から蘇り永遠の命を与える神だとなの、それを証明したのがキリストだとなる
ただでは聖書とかキリストでも理解するのは実体験からしかできない、学問してもできないのである、悲しむ者が幸いだといろいろ教えがあったとしてもそういう経験をしない限りいくら聖書を読んでも仏典を読んでも無駄だとなるのである
それはかえって害にもなるのである、それで都会人の知識人をインテリを中国の農村で農業させればその苦労がわかるということでそうさせたことはある一面では正しかったとなる、マルクスの理論だけ学んでも解からないからである

いづれにしろその農家で働いた女性には感心した、それは実経験から語っていたからである、だから老人見た眼は悪いがその語ることは奥深く味があるとなる
若い人は見た目はいいのだけど語ることも浅薄であり重みがない、それで老人は人生で様々な経験したとこを語ることで意味があるとなる
ただ全部とは言えない、その人の価値とか老人の価値は多様だからである



地方生活ー島木健作

この本は戦前の庶民の生活ことを書いている、農民中心に書いている
それで北海道のこととか、また満州のことでも書いている
ロシア人を悪くしか見ないが満州にもロシア人が住んでいた、それでロシア人のは生活を楽しむことができる人達だと言っている
そもそもロシア人が満州に住んでいたのかとなる、何かロシアからいいイメージがないのである、シベリア抑留とかいいイメージがない、でもこの本では別な見方をしている
だから人間社会を見るとき多面的多様な見方が必要なのである
その時人々がどういう経験したかでそれぞれの見方も違ってくるからである

これは良書である、こうして過去の本にもいいものが相当ある
今の本ばかりを読んでいてはわからないことがある
これもアマゾンで買えたのである、たまたま買ったともなる
今ならいろいろ奨める人がいる、youtubeでもいる、それで買う本でも増える、それで困るのである、人間の体験も限られているが読む本も限られている
だからくだらない流行の本を読んでいたら時間がとられてこれも時間の無駄になってしまうのである

posted by 天華 at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2022年05月14日

子育てはどうあるべきか? (体罰を容認する古い世代―厳しくしつけろはいいのか‐親ガチャの問題)


子育てはどうあるべきか?

(体罰を容認する古い世代―厳しくしつけろはいいのか‐親ガチャの問題)

その女性は団塊の世代だから同世代である、それでも古い年代の考え方がある
しきりに厳しく育てろ、体罰もしろとか言う、それが納得いかないのである
85歳くらいの人が近くの先生を恨んでいた、体罰を受けたとかひどく恨みに思っていたのである、ただその当時団塊の世代でも体罰はあった
男性は廊下に立たされたりして笑いものにされていた、でも女性はそういうことはなかったのである、ここに男性と女性の差があった
同世代の人でやはり団塊の世代でも8人兄弟の人が父親から何も口答えするなとか父親の命令に従っていればいいとして育てられた、逆らうようなことを言うと殴られたと言っていた、だから親を良く思っていないのである
私は学校でそういう経験しているから学校は嫌な場所だった、ただ私の場合はそもそも集団生活になじめないし一人っ子でわがままだったから特殊だから違っていた
自分の場あいは逆に厳しいことも必要だった
厳しく鍛えられることが必要だったのである、それで親元を離れてからそれなりに苦労したことが良かったのである、だから厳しいことがすべて悪いとはならない
でもどうしてしも厳しく育てられると人間は委縮してしまうと思う

だから奇妙なのは父親と母親がいたとしてそれが普通に子育てすることになる
でもそれがいいのかとなるとわからない、父親の役割があり母親の役割があって子育てする、でもそれだけでたりるのかとなると人間は複雑なのでそうともならない
本当に母親だけでもその母親に反発する人も多いし恨んでいる人もいる
それは母親一人だと母親の道具のように子供を見る、子供を自慢するためにあるとなる
自分の都合良いものとして子供を見る、そこで常に親の意向に子供はふりまわされることになる
だから不思議なのは人間の場合は両親がいたとしても子育てが必ずしもうまくいくとは限らない、もちろん片親とかいろいろ境遇が違っているからその人の事情があって複雑であり他人のことはわからないのである
それは人間関係でも人間は複雑だからそうなる、一人っ子だと兄弟がいないと人間関係をうまく築けない、一人っ子はそれで問題になる

とにかく人間は両親であれ家族であれその影響が余りにも大きいのである
それが人生を決めるとまでなる、別に両親がいてもカルト教団に入っていれば完全に洗脳されて遂に死ぬまでその色に染まって一生を終わった人も普通にいる
全くそれ意外何も考えられない、人生もその方向に行くことが決められていてそれしかないとなっている人がいる、そこに何ら疑問も感じないのである
全く自主性のないロボットとして一生を終わったのである、これも恐ろしいことだと思った、だから親の影響は余りにも大きいのである
いくら恵まれていても金持ちでも親ガチャはあるのだ、医者の子に生まれたら医者にならねばならないと不本意でも強制されるのも親ガチャなのである

ともかくその知っている女性は子育ては失敗したのだろう
ただその人は貧乏だったからそうなったこともあり同情する、何か金がなくて上の学校にもあげられなかったみたいだ、それで子供は結婚して今いい暮らししていても親とは絶交している、親か金が無くて苦しんでいても何もしない、というよりはもう他人なのである近くにいてもあいさつもしないとなっているのだ
だからみんな一応子供を産んでも親に感謝するかというとならない、親を恨んでいる人も相当数いるのだ、そういう人は墓参りもしないのである
だから親でもいろいろであり千差万別なのかもしれない、だから一概には言えない
三人の母親が代わり育てられた娘は信じられない人になっていた
非情になっていた、5歳まで育て母親は認知症になったが金を持っているので金だけが欲しいとなっていたのだ、これも悲惨であった、でも育ての親にも反発して病気になっても助けることもしなかったのである
何か親の言う通りにさせられて反発したらしい、ただこの人は普通ではない信じられない非情な女性となったことに驚くのである
この女性もまた複雑な家庭環境であり理解ができないということはあった

とにかく人間はそれぞれの家庭環境の影響が大きいのである
私自身も複雑でも二人の母親がいたとしてもそれが私にとってはいいものだったのである実際は私が実母だけから育てられたら私という人間形成はできなかった
私の母親はもともと貧乏で育って性格は几帳面でありささいなことにうるさいのである
貧乏だったら花に興味もない、ただ働きづめだった、それは同情する
でももう一人の母親ともいうべき姉は大らかな性格であり小さいことをなにかやと言わないのである、常に自分を肯定するものとしてあった、だから別に就職もしないで引きこもりになっても何も言わないのである、やりたいことをやりなさいとなっていたのである
何か自分に何かを望むのではなくただ肯定するだけだったのである
それは甘やかされたともなるがそれで自分は自由に自分のしたいことを追求して来たのである、だからこういうことはまれだと思った、そこにも大きなマイナスがあったとしてもプラスの面も大きかったのである

それで思うことは子育てすることは子供を否定することを言わない、常に肯定して見守ることがいいとなる、確かに厳しいしつけも必要でも肯定される、愛をもって見守るということがいいとなる、何かと親が子供に要求すべきではない、その人なりの人生を生きることを応援することである、自分は60歳までもそうされてきたのである

子供を否定する言葉を言うな

常に温かく見守り肯定する言葉をかけろ

人間は別に子供でなくても部下であれ相手を否定することが多い、お前はだめなんだとか女性でも否定される言葉が多い、あなたはここが悪いけどいいところもあるとか言わない一方てきに前はだめなんだとかしか言われない人はどうなるのか?
その人は常に自分自身を否定するようになり自信がなくなる、何するにもそうなるのである

ただ親元を離れて苦労したのは20代であり若い時苦労しろというのは本当である
そもそも人間は本を読んでも自ら苦しみ悲しまなければ何でも理解できないのである
経験の方だ大事なのである、仕事でもそうである、どんな仕事でもつくづく経験しないとわからないのである、実感できないのである
だから別に底辺の仕事でも経験することはいいことなのである、それはボランティアでもいい、金にならなくても経験することは貴重なのである
人間は何か経験することでも極わずかのことしかできないからである、また人間は経験から学べない、聖書でもいくら読んでもわからない、でも苦しい体験とかした人はわかる
悲しむ者は幸いである・・・こういうことは経験しない人しかわからないのである
まず悲しい苦しい体験をしない人は人を導けないだろう、また同情もできないからである
そして人間の不思議は家族でも死んだ時、その人の肉体は消えても何か魂のようになものは残る、愛は残る、その愛は消えることがない、太陽のように輝いている
またかえってその輝きが増すということもある
もし忘れられない人になるならこうして子供でも愛すなら、ただ子供に何も望まないで肯定するだけならその人は子供にも忘れられない人となる
子供でも何かと親がおしつけるて子供を自分のエゴのために利用するとかなるのが多いのである、そうなると子供でも親が死んでも心に残らないともなる
だから親を恨んでいる人も多いのである、愛とは無償の愛なのである
神の愛でも無償の愛だからである
ただ理想的な親など言ないだろう、私の姉にしても他人には冷酷であり別にすべてがいいとはならない、ただ自分に対しては良く作用したとなる
だからそもそも家族でも両親だけではうまく子育てができないかもしれない
そこには祖父母とかまた叔父叔母とかでも様々な人がかかわった方がいいとなる
だから核家族は閉鎖された家族だけの世界となりいいものとはならない
子育てにとってはいい環境とは思えないのである

私を育て肯定した女性は
死んで十年も過ぎても
依然として消えなかった
太陽のように輝いている
それは愛だからであった
愛は死んでも消えない
あなたの心の中に
その女性はいつもいる
愛は継続する
肉体は消えても愛は消えない
そういう人を持つことは幸い
その女性は常に離れず見守っている
優しい顔で見守っている

ともかく人生で忘れがたい人というとき極わずかである、結局最後は二三人くらいになるだろう、みんなたちまち忘れられるのである、親子でもそうなのである
でも忘れられないようになるにはどうするのか、それを子育てでも人間関係でも知らねばならないとなる、ただこの世ではそんな人間関係など築けない、ほとんど金の切れ目が縁の切れ目である、これだけの人間がいてそんな関係しか築けないというのは何なのだろと思う、余りにも淋しいとなる、非情だとなる、でも実際はこれがこの世の現実なのである結局この世は無常であり無情なのである、親子ですら無常であり無情になっていたのである
いづれにしろ人間は親子関係とかでもそれだけで閉鎖されているとうまくいかないとみる
親一人子一人などは良くない、そこに別な人でも他人でもかかわり育てることがいいとなる、一人の親ばかり影響を受けることは良くない、それは実母でもそうなのである、意外と性格が似ているから合わないということさえある
私はもともと神経質だから大らかな女性の方があっていたのである、細かいことささいなこと地こだわり注意されるのが嫌なのである、それは結局社会に適応できない人間になっていたということにもなる
でも自分にとってはそれが良かったのである、社会に適応できなくても自分らしい生をおくれたとなるからた

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2022年02月13日

これからの社会は暗記脳ではやっていけない-仕事がなくなる時代 (教育でも、思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳を鍛える)


これからの社会は暗記脳ではやっていけない-仕事がなくなる時代

(教育でも、思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳を鍛える)

時代が変われば教育も変わらざるをえない、これまでは読み書きソロバンが基本だった
それは戦前でも同じであり戦後の焼け野原でも同じだった
私の父親は明治生まれで酒屋の丁稚だったからソロバンを習わせた
それでできたので自慢にくなった、でもそんなものは今になると役にたたないしすでに社会に出た時でも役にたなくなっていた
ただ古いテレビドラマでソロバンを使っているとか見た、40年前頃ならまだ使っていたのかもしれない、今になると全くソロバンを使わない

するとどうなるのか?無駄な時間を使って大損だったとなる
貴重な金と労力の無駄になっただけであった
ただワープロを使ったのはコンピュター時代になっても役だっている
コンピュターでも文章を書くのは基本的にワープロと同じだからである
ここはまだ進歩していないのである
例えばタイプライターを外国人はずっと前から使っていたからワープロでもなじみやすいことがあった、それができたのは英語でアルファベットだったからである
日本語は漢字ありかなありカタカナありでできなかったのである

その後の教育でも受験勉強であり暗記することだった、高校まで自ら考えて勉強したことがなかった、思考脳が全くなかったのだ
例えば思考脳は小学校からでも鍛えられる
数学だと何か問題の解答を解くのに十通りとかあるとすれば一つのものを暗記することではないのである

10+20+30=60
10+10+10+10+10+10=60
10×6=60
10+10+10+30=60
10×3+30=60
30×2=60

この問題ではどうして解くかが問題になる、ただ暗記していたらソロバンと同じになる
こういうことは算数でも数式でも必ずあり数学が考えるものとして学ぶことである
算数数学が苦手でも考える教材として学ぶことである
教える方でも考えさせるものとして学ばせるのである、それが暗記だけだとできないのである
つまり今までの教育は暗記脳であり思考脳を鍛える訓練する能力を伸ばしていないのである、それは小学校から暗記脳でありソロバンと同じである
こうしたことも教育で訓練されていないのである

だから私が一番勉強したのは大学出てからである、大学出てからは独学しかないから
自ら興味をあるものを勉強したとなる、ただ田舎だから本が売ってないない、それで仙台市まで本を買うために一週間に一回とか行かざるをえなかった
だからまだ独学する環境が田舎ではなかったのである
今は独学する環境ができている、本でも古本でもあらゆる本がボタン一つ押すだけで届けられるからである、それで思考脳は鍛えられる、でも学校では鍛えられない
学校は集団教育ではあり個々人にあった教育ができないから最大公約数のような教育になる、でも個々人に対応するにはネットなどで学べる時代になったのである
youtubeなどであらゆるものが学べる時代にもなっている

なぜ今までの教育が暗記教育が役にたたなくなってくるのか、それはソロバンが役にたたなくなったことでわかる、そこにいくら金と労力を費やしても徒労であり無駄な貴重な時艱を失っただけだとなっていたからである
なぜなら子供時代の時間は貴重だったからである、そこが出発点になっていたからである
思考脳というとき別に数学とか理系だけではない、社会に出るのに不可欠なのである
それがないと人にだまされたりいろいろある、なぜなのかということを考えないからである、それでカルト教団とかにはまったりする、そこではナチスと似ていて人を考えさせないからである、そうして人生を無駄に消費して終わる
ただ題目を唱えていればいいとかなるとまた一人の師を神のように偶像化することで思考停止になってしまうからである
それより社会全体がもう無思考になって千万単位とか戦争で死んだとかなるから怖いのである、それは結局無思考人間、暗記脳人間の大量生産の結果なのである
それはすでに学校という集団教育の中で作られてきたのである
なぜなら学校というのは世界的なものとして作られて来た、その前は貴族だと個々人に家庭教師をつけて教えていたからである、学校は存在しなかったのである

いづれにしろ教育でも将来を見て対処しないと私がソロバンをしたのに二級くらいとっていたのに何の役にもたたなかった、労力と金の無駄になっただけである
こうならないために未来を見て教育する学ぶ必要がある
ただこの未来は簡単に見れない、だからこそ株でも簡単にもうけられないのである
10代の時すでに十年先見るのもむずかしいからだ
パソコンにしてもコンピュターにしてもこんなに普及してIT時代になると思わなかったからである、それで日本がではその未来を見ないためにデジタル化に遅れ韓国や中国より遅れた国になっていたのである

そうして時代に合わないと会社でも無益化されて仕事しないおじさんとか生まれる
会社でももう今までのように安泰ではない、変化が激しいから技術的にも追いついていけずもう会社にいても何もできない、邪魔になるものとなってやめさせられるとなる
グロ−バル化したことでも競争に負けると会社自体が成り立たなくなったからである
絶えず新陳代謝しないと競争に負ける、すると絶えずイノベーションしなければならないとなる、それは暗記脳とかでは対処できないのである

だから機械化IT化自動化がどんどんすすんで失業者が増える、仕事がなくなる
こうした未来はすでに現実化している、するとそれに対処する教育も必要になる
暗記脳ではもう成り立たない、仕事がなくなっているからだ
そして金のために働くという時代でなくなるかもしれない、ベーシックインカムとかなり働かなくてもいい時代くる、それは兆候として実際に働かない人がニートとか引きこもりとか退職した老人が何千万といる時代なのである
こういう世界も今までになかったのである、そういう時代に対処するにはただ戦前の人のように働き詰めの一生のうよなものにならない
まるで違った世界になる、女中にしてもいらないしでも必要な奇妙だが掃除洗濯ではない料理は難しいから必要になるがそれよりも生け花ができて鑑賞できるとかの能力になる
ただ農業をできる人はやはり花を栽培するとかで重宝される、また話がうまいとかの能力でも評価される、しかし掃除したり皿を洗ったりとか家事でも多くは自動化するから必要なくなるのである、そこで仕事を失うのである

だから本当にみんなアーティスになれというのが不思議なのである
それだけ価値観が変わったのである、ただもう金だけが価値とはならない、金は支給される、てもその人の価値は金で計れない時代になるかもしれない
ホテルでも旅館でもどういう人を歓迎するかと言ったら金がある人が待遇が良くなる
金で人の価値は計られる、でも私は貧乏旅行者だから歓迎されない、それで野宿だったとなる、高価なホテルとか旅館とか温泉とかに泊まったことがないからである
でもそれも変わるかもしれない、その人がどういう人かを見るようになるかもしれない
画家だったら絵にしてくれるから歓迎されるとかまた詩人なら詩にしてくれるとかその人を見て価値が計られるかもしれない、それは金だけをもっていてもそれで価値ある人とは見られなくなるともなる
ベーシックインカムとかなるとその人の価値を何で見るのかが問題になるからだ
金だけでその人の価値を見なくなる、収入はホテルや旅館に与えられるとなるかもしれないからだ、そうすると金だけ人の価値をみなくなるとなる
そういう社会もありうるようになるからだ、それが未来なのである

そうなればただ収入が給料がいいからとして会社に入ることが目的とはならない
何かその人自身の個性的な価値を作りださないと認められないとなる
そういう社会になると価値観ががらりと変わるのである
だから団塊の世代は高度成長時代を生きたのだから金の価値が大きかった
金をもうける人間が価値あるとされてきたのである、でもそれもなくなりその人の自身の価値が計られる時代になる、花にもいろいろあるようにその人の個性を出すことが求められる時代になる、それがインタ−ネットとかyoutubeの時代になる
一人でも個人でもテレビ放送局になる、するとその放送する内容がコンテンツが大事になる、今までのテレビ局は六局しか放送できないことで特権階級になっていたのである
それも終わりとなっていてコンテンツがくだらないから見なくなっている

そして大衆化の時代が終わり個々の人間を相手にした放送ともなる
視聴率優先ではない、何かその地域地域の個性とか変わったことでも注目をひくとなる
だから同じようなことを言っていても表現しても価値がないとなる
youtubeでも同じことを言っている人がいた、これはインタ−ネットの検索でわかった
何かインタ−ネットだと同じようなことを言っていることが出てくるのだ
するとこれはそのパクリなのかとも見てしまうのである、そういうことが多くなっているのだ、これはその人独自のものではないなり価値がなくなる

こういう時代ではもう暗記脳とか受験脳とかは役にたたなくなる
だからそれに備えないと人生を無駄にする、貴重な時間を無駄にすることになる
ただ未来に備えることは至難である、どうなるかわからないからである
ただソロバンが使わなくなったようにそういうことが常に過去にも起きてきた
そのために未来を見る目を持たないとそのために備えないと大損になり人生そのものを失うとまでなる、そうして現実に今の老人を見ればいくらでもそういう人がいる
未来を見る目がなくて今になると何の用もない老人に人間になっていたともなるから怖いのである






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2021年09月20日

思考脳、創造脳を鍛える時代 (数学も考える手段としてあった)


思考脳、創造脳を鍛える時代

(数学も考える手段としてあった)

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私は文系であり数学が苦手だった、その原因が必ずしも生来的なものではなく学校での暗記教育にあった、だから高校まで自分で考えて勉強したこともない
何か興味あって自ら勉強したこともなかった
まず家には一冊の本もないのだから家で自主的に勉強する環境がなかった
また成長しても30才以上になっても家に一冊も本がなかった
それでいつも本を買うために仙台市まで行くほかなかった
専門的な本がまず売っていない、そして仙台市でも本は限られていたのである
これは相当なハンディキャップがある、なぜなら文系となると本を読めば知識が広まるからである

本が買いないとすると知識を広め深めようがないのである
それで町の本屋では「冠婚葬祭」とかが百万部も売れてベストセラーになっていたのである、要するにそんな本しか置いていない、田舎では専門的な本を読む人自体極端に少ないからである
東京だと古本屋もあり本は手に入る、それでわざわざ東京まで行って全集を買ったりしたまず本を手に入れることが知識を広める深めることでありそれ意外にないとしたら
勉強しようがないとなってしまうのである
ただ田舎は感性を磨くのには適している、自然があるから適している
逆行に東京とかなると感性は磨けない、自然がないからである
すると俳句とか短歌でもなかなか作れない、季語が必要でありその季語は自然の中で農民が暮らしの中で作りだしてきたものだからである

勉強とは試験のためにしているのではない、でも実際は試験のためでありそれも暗記だけの教育でありそうなると何かに興味を持つこともできないのである
だから高校まで何か考えたことはなかった
人間が生きることは無数の疑問がありなぜかと考えることが人間たらしめている
それで宇宙は考えないが人間は芦のように弱い存在だか考えることで宇宙より優っているとかにもなった
考えない人間はそもそも人間でもないとなる、奴隷だともなるし機械だともなる
現実にこれほど文明化しても自ら考えない人は多数なのである
それでカルト教団とか大衆を洗脳するマスコミに支配されることになる

数学でも実際苦手でも考える手段として学べば専門家になれなくても興味をもつ
ただ暗記だけだったらそれは考えないのだからつまらないとなる
でも江戸時代辺りまでは実用として読み書きそろばんが必修であり自ら何かを考えるということはできない環境だった
でもそろばんができるとか子供のとき自慢になったがコンピュターがでてきて何の役にもたたなくその労力も無駄になった
活字拾いをして印刷していた文選の仕事も能力として認められていたがそれもコンピュター化して役たたないものとしてその技術で就職しようとしたが採用されず犯罪者になったというドラマを見た

人間社会にはこういうことが常にある、もともとあった技術が進歩して新しい技術になったとき不用になる、そのために職を失う
静岡では大井川の渡しの仕事をしていた人が明治になり失業した、その人達はお茶作りをするようになったのである
人間社会には常に技術とか時代が変わりこれまでの技術でも知識でも無用化される
そういうことは常に起っている
もし技術でも時代が変わらなければ経験あるものが歳の功となり偉いとなっていたのである、老人は尊敬されていたとなる、でも今は技術革新の時代であり老人の経験も活きてこないから老人はいらないとなるのである

要するにこれから大事なことは思考脳と創造脳を鍛えることである
ただ暗記していては世界の競争に勝てないからである、日本は暗記脳に優れていて明治維新とか戦後の高度成長を成すことができた
それもものまねに優れていたというにすぎなかった
日本で戦後電器製品が売れたのは別に発明でもなかったのである
日本で優れているのは改良改善だというとき何か全く新しいものを作りだしたことではないのである、日本人はそもそも自ら考えることがない同調民族でありみんな同じにしようとする、だから異質な者を特に嫌う、村社会なのである
だから何か変わった奴は嫌われて排除される
でも大陸となると違っている、中国でもあれだけ広いから変わった人間もいる
そういう人間も役立つとかとみる、寛容さがある
それで「奇貨置くべし」とかの格言が残る、変わった奴も何かに役立つとして食客として食わせておくとなる
こういう志向が日本人にはないのである

いづれにしろ自分はもともと学問とか好きだったのだが学校での暗記脳教育で自ら考えることをしないので興味を失った、私が自ら勉強しはじめたのは大学を出てからだったのである、それで何か理解することが遅すぎたのである
もはや死ぬ時期になり理解力と思考脳ができてきたのである
第一50歳からバックパッカーになって世界を旅行したことも遅かったのである
それで相当に時間を無駄にしたのである

例えばグロ−バル化を考える時、数学的に考える時どうなるのか?

距離、時間、スピードの関係で考えると距離は変わらないが時間は短縮できる
スピードを速くすれば短縮できる、10キロを一時間で行くとして徒歩で行くのと車で行くのと違ってくる、100キロを時速50キロなら2時間で行く時速70キロなら
100÷七〇=・・になる1・4時間とかなる

AからBまで行く時間は短縮できる、距離自体は変わらなくてもスピードが速くなれば短縮できる、そうして世界には相当な距離で隔てられていても世界の物流が早くなる
物を運ぶにしても船と飛行機では格段の差かある
百倍とか千倍の差がある、なぜなら船だと一か月とかかかってしまうからである
その差が大きくヒト、モノの交流が盛んになりグロ−バル化社会が生まれた
そして時間でもそれだけスピードによって変わった時、空間も拡大して認識する

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正方四辺形を一周する時間を図式化する、一辺一時間で行くすると一周するのに四時間かかる、次にその倍の面積になると二時間で一辺を回ると八時間かかる、次に一辺を三時間で回ると一二時間かかる
つまり空間軸が広がるとその広さを理解するにも到達するにも時間がかかる
ただスピードを速くすれば早く回れる到達するとなる
それで空間の理解が深まることはないのである
確かなことは空間軸が拡大することによって比例してそこを回り理解するのには時間がかかることなのである、空間軸が拡大すれば時間軸も拡大する、比例する
ただそれは数学的な思考でありその空間を理解することは数学のようには理解できない
ただ空間が拡大すれば時間も多く必要になることは確かなのである
でも飛行機で世界を回っても空間を理解することはできないのである

いづれにしろグロ−バル化するということは距離を短縮する、距離自体は不変だがスピードによって距離を短縮するとなる
空間が拡大してスピードが速くなるとどうなるのか、世界の経済成長とか技術が伝播する時間が極端に短縮したのである、中国が十年そこらで急成長したのも交通の発達で空間が狭められたからである、すぐに先進国に追いついたのである
飛行機がないような時代はそういうことは不可能だった、船で運ぶような時代では不可能だったのである
またインタ−ネットとかで通信で世界が結ばれるのもグロ−バル化を促進した
江戸時代のように飛脚で手紙でも運んでいたら時間がかかりすぎる
瞬時に世界と交信できるので世界が村となるというマクルハーンが言ったようになった
ただ通信でも映像でも瞬時に送られてもそこにはぞの場のこと空間を地理を理解することはできない、それで誤解が生まれて油まみれの海鳥を世界では誤解した
イラク戦争でイラクが悪い奴だとすりこまれて怒りになったのである
その周りは別に油に汚染されていなかったのである

ともかく文系であれ理系であれ思考脳を鍛えることが大事になる、数学をただ暗記だけで教えないことである、図形を使い考えさせる思考脳を鍛える教育が必要になる
思考脳と創造脳を感性脳を鍛えることが必要になる、これからのグロ−バル化世界では思考脳感性脳創造脳が求められているからだ、これは子どもの時から訓練していないと身につかない
簡単なことでも計算でも思考脳を鍛える、だからソロバンのようなものはもう役に立たない、それはあくまでも暗記脳だけのものだからである
そうなれば計算機とか機械に変わられたのである
暗記脳的なものはコンピュター化される、AI化される、翻訳でもAI化されている
ただ思考脳と創造脳は絶対にAI化できないのである
つまり思考脳と創造脳が人間たらしめているのである
結局人間の能力は実は見出されていない、開発されていないのである
何か素質があり生まれつきなものがあったとしてもそれが開発されないと埋もれたままなのである、その素質が遺伝で決まっているとしてもそれが見いだされ開発されなかったら才能も開花しないのである

これからの教育は一律に学ぶ暗記脳から思考脳と創造脳を鍛えることである
それは別に特別な人だけのものではない、鍛錬で身につくものでもある
もちろん天才とかはごくごくまれにいるが一般の人でも思考脳と創造脳を鍛える時代なのである、そもそもコンピュターとかAIとなれば機械的なことはしなくつてもいい、必要ないのである、だからコンビニでもスーパーのレジでも機械化されて人が必要なくなる
人間に必要なのは何かと問われるのであり今までの教育の仕方では現代のグロ−バル化には適合できないとなる


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2021年09月07日

思考脳を育てない教育-抽象化とは (暗記教育は奴隷人間を作る―学校は全体主義教育)


思考脳を育てない教育-抽象化とは

(暗記教育は奴隷人間を作る―学校は全体主義教育)

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人間の能力は抽象化能力だった、この世に具体的な事物があってもそれを理解するには抽象化能力が必要になる、抽象化能力とは外界のものをどうして理解するかとなる
例えば話する時でも実際は抽象化しないと話しができない
対話もできない、そこに山があるとしていちいち山がなんであるか説明していたら話しもできない、川があるのに川という言葉がないと話もできない
山という言葉があり川という言葉があるとき別にじかにそこに山がなくても川がなくても話しできるようになるからだ

ただ山と言ってもいろいろある、ネパールのように8000メートルの山もあるし川でも外国の川は長大である、だから山であれ川であれ多様である、ただ基本的に山とはこういうものであり川とはこういうものだという共通認識がないと話しもできないのである
一応外国人と川について共通認識があるから対話でもできる
それが言葉の力だとなる
例えば砂漠というとき日本にはない、それをどうして理解するのか?
どこまでも砂しかない世界というのをどうして理解するのかとなる
そこで外国を理解するのが不可能にもなってしまうのである

基本的に数字と文字は抽象化されたものでありこれが文明の基本にもなった
漢字だと象形文字であり具体的な外界のものを絵のように理解してそれを記号化したのである、だから漢字の方が具体性がある、他の言葉はみんなアルファベットが基本である
表音文字になった、漢字は世界では特殊なのである、韓国のハングルでもやはり表音文字化したものである、漢字は絵画的なものであり具体性があり表音文字のアルファベットなどより抽象化されていないから理解しやすいとなるか反面抽象化されないことで覚える漢字が多すぎるから複雑になる、それで韓国ではハングルにしたのである
漢字だけ覚えるだけ相当な労力が必要になるからだ

いづれにしろ人間の能力は抽象化能力でありそれが文明を作ったのである
例えば数字自体が抽象化能力であり何でも数で数えるという時、その属性を無視する
人間が一人いるとして男女がいるし背の高い人もいるし太った人もいるし黒人もいるし
見た感じはみな違っている、でもそういう属性を消去してただ一個として数字で数えるのは数字によって抽象化したということである、それは究極の抽象化なのである

それは四角があるとするでも四角ということでも面積が違ったりする、ただ四角ということでA=Bとなる、でも実際はA=Bはない、石があるとして全く同じ石はないからである、一つの属性をもって同類として分類する、それも抽象化なのである
数字化することは最も抽象化する作業である、だからエジプトでは穀物の量を計算して数字化した書記が神のように崇められ権力をもったのである、それは今の官僚に通じている抽象化能力が数字で数学で一番わかりやすく現れるからである

ただ抽象化の危険は実際はあらゆるものを数字化するとき人間の実体現実から離れたものになる、この人間の数量化抽象化から何が起きたのか?
それは人間自体が抽象化され数字化されてしまった
人間は数字であり番号であり人間という実体が抽象化されて喪失した
村の様な単位て生きているときは感じないがその生活する範囲が規模が大きくなると
日本のGDPはいくらだとか今年の経済成長率はいくらだとかあらゆるものが数字化するからである
カルト教団なども宗教とは関係ない常に数で計られ数が多ければそれが権力に結びつく
民主主義は選挙で決まるのだからすべて数で決まるから権力を得るために数なのである
人間一人で主張しても相手にしない、10人でも集まれば必ず相手にする
ボランティアでも20人集めないとできない、つまり権力をもたないとボランティアもできないのである

ここから何が起きてきたかというとナチスが生まれたのであるファシズムが生まれたのである、様々な人間の属性の多様性を無視してただ人間は数となった、すると人間は番号となもなり数と処理されるものとなり大量殺戮になっても何も感じなくなったのである
しょせん人間も数であり番号に過ぎないとなるからだ
それは民主主義でもそうであり数の民主主義であり百万票を得なければならないとなれば人間を数として見る、一人一人のことなど見ないのである、要するに人間は数であり番号にすぎないとなる、だから簡単に数として処理されてガス室送りにもなる
ガス室に送る事務官は人間を人間と見ていない、数として帳簿を見ていただけだとなる
でも一人一人の人間が苦しむのを現場で見ていたら恐ろしいとなったろう
でも別にそういう現場を見なければ人間も番号であり数として処理するだけなのである

例えば原始部落のような少人数のコミニュティで暮らしていたら日本の村のような所で暮らしていたら人間を数字で処理することはない、一人一人が別であり数として見ることはないそもそも数として見ることは非人間的なことである、でもそれが文明を作ったのだから
抽象化するということがすでにナチスのような大きな災いを産む原因があったともなる
それで文明自体が滅びるということにもなる、現実の実体から離れて抽象化されてすべてを数字化することがそうなるのである
だから原発でも常に問題になるのが放射線量で数値化することでありコロナウィルスでも感染者を数値化することであり数で判断するのである
実際はすべての感染者が同じ感染者ではない、症状も違うし同じ感染者はいないともなるただ現代文明はあらゆることが数化する、数でみて人間は番号化されて管理されるのである、一人一人は番号にすぎないのである

文明社会はどこでも常に数の計算している、つまり常に数値化しているのが日常であり
そこで人間はただ数にすぎないとなっている
だからそうした文明が世界で共通化した、グロ−バル化したとき戦争になったとき何千万人も死んだとなる、それも人間が数字として処理されるだけのものとなったからだともなる、そもそも中国であれインドであれ十億の人間がいるというとそれは理解不可能になるそれはただ数とみて脅威だとなる
聖書では数を数えて神から罰せられたことがあった、数は結局常に権力となるからである十人より百人が集まれば権力となる、だから民主主義では数が権力なのだからカルト教団でも数を集めることが第一目的となる、その内容など関係ないのである
だから暴力団だろうが有象無象のものが雑多に入り込んでくる
一人一人などどうでもいい、数が集まれば選挙に勝てるとなるだけである

結局こうして現代文明社会でまともでありうるのは人間でありうるのはアウトサイダーになる、後は百万分の一とかの数にすぎないのである、数として番号として処理されるだけだとなる
ただ人間の能力は抽象化能力であり学問でもそうである、抽象化して思考できないことからその差が大きくなる、人間の学力の差は抽象化能力の差なのである
思考するのも抽象化できないから思考できないともなるからだ


私は数学とか苦手でありそのために劣等生であり大学を出たとしてもFランに近い
その原因は数学が苦手だったということである、それは学校が暗記ばかりの勉強だからそれで学問に興味をもてなかったのである
数学でもやはり暗記しているだけでは思考脳が身につかない、数学は高度なものでもないにしろ暗記脳ではできない、身につかない、応用となると思考脳が必ず必要になる
だから思考脳の訓練をしないとだめなのである、それが学校ではないのである
学校は軍隊であり工場なのである、ただ暗記して上の命令に従うだけだとなる
こうした学校教育が全体主義をナチスを産んだ素地としてあったのかもしれない
その学校からドイツのヒットラーユーゲントとか生まれたのもわかる
学校は全体主義を育てる場所ともなる、民主主義でありながら学校は全体主義てある
ただヨ−ロッパとかアメリカの教育はデベートとかあったり何か個性を育てるということがある、でも教育にしてもやはり大衆教育となると全体主義的になる

だからなぜヨ−ロッパから天才があれほど生まれたのか?その原因は貴族社会であり個人に家庭教師をつけていたからだともなる、学校がなければそうするほかない
学校ができたのは近代化されて大衆教育になったからである
そうなると一対一となると相手をの個性を見て教育するとなるからそこから個性を才能を伸ばした人達が生まれたともみる
そして何より教育される環境があったとなる、書斎があり本が家庭にあるのとないのとは相当に違う、私の子供の時高校までも家に一冊の本もなかった
ただ鉄腕アトムとか鉄人二十一号とかの漫画を貸し本屋から借りて読んでいたのである
つまり家で読んでいたのは漫画だったとなる
私が本当に勉強したのは大学出てからの方だった、それは日本全国を旅して地理に興味をもったからである、本の世界ではない実物の世界に接して興味をもったのである
だから教育は学校でも本からだけでも学べない、実物から経験から学ぶのである
それがないとただ本だけの世界とか学校のような無味乾燥なものの中では興味を覚えないのである、外国のことならいくら本を読むより一回でもその外国に行った人の方が実感をもつから知っているとなる、百聞は一見にしかずとなる

ともかく教育というと教えるというとき実はそれが創造的な作業である
どのように教えるかはその教師によってみな違ってくるということありうる
つまり教師が思考脳をもたないと実際は創造的教育はできないのである
ただ暗記教育だけになってしまうのである

学歴による社会の分断 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」

【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)
【2】日本人の3分の1以上が小学校3〜4年生以下の数的思考力しかない
【3】パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない
【4】65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない

数式として抽象化できていると解きやすい、それを図形化するとめんどうだともなる、ても具体的図形化するわかりやすいのである、図形には具体性があるから数字だけではない図形化して思考する
それが絵画は世界共通化している、絵の価値は世界で理解できる
言葉となるとむずかしくなる、それで私の抽象画でも理解されて世界で見ている人がいるとなる、それは全く絵の才能がなくてもソフトで変化させてできるのである
これはコンピュターがうまれてできたart(技術)だったと理解したのである
これは結構むずかしい、つくづく自分は数字に弱いから文系なのである
ただ抽象的思考と思考脳が人間の能力を作ったことは確かである

正直文系は数字に弱い、ところが文系でも言葉の抽象能力は優れている、ただ物を考えるというとき数学でも同じものがある、抽象化することで同じなのである
だから数学でもそこで思考脳を鍛えるものとしてやると興味をもつ、ただこれも先天的なものかもしれない、どうしても高度なものになるとついていてなくなる
ただ確かなことは思考脳を鍛えることが訓練することが大事なのである
でも学校教育は暗記脳一点張りだから思考脳が育たないのである
そうして理系の優秀な人でもオウムのようにロボット化奴隷化されたのである
ただあのようになるのはナチスとかまた現代的な文明社会から生まれたものだったのである、理系文系と分れるのではなく総合的思考脳が育ちにくいからである
もはや全体を総合的に見れる人はいない、だからコロナウィルスでも理系の細菌学者とか文系の政治家とか官僚がいてもそれを束ねる人はいない、そんな両方の知識を持っている人はいないからである


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2021年06月01日

立場が変われば見方が変わる(相互理解の難しさ) (男女でも見方が変わる)


立場が変われば見方が変わる(相互理解の難しさ)

(男女でも見方が変わる)

近くの人が80過ぎた人がしきりにいう、先生になぐられたことを根にもっていたのであるその先生も近くの人だったがじっと前に死んだ
その頃普通に学校は先生は生徒をなぐったり虐待していた
私も学校でそうさせられた記憶がありそれが心に残っている
何か人間を人間として見ないのである、奴隷のように見ているのが先生だった
またそうして厳しい先生が地域でも家族でもいい先生とされてもいた
今は逆に虐待だとか煩くなっている
ともかくそうしたことは意外と忘れない、根をもつことになる

ただ同世代の女性と話ししたらそういう厳しい先生の方がいいのだとしきりに言う
今は子供をあまやかしているという、これは女性から見た見方だと思った
女性はなぐられたり廊下に立たされたりしない、かえって笑っているだけだったとなる
そして厳しいししつけをするのがいいとされた時代だとなる
それで加治将一のyoutubeで団塊の世代の同期の人が子供は口答えするな、何も言えず飯を食えとしか言われないし何かというと殴られたとか言っている
その人は8人兄弟だというからそうもなるのかもしれない
でもそういうふうに地震、雷、火事、親父とか威張っていたのが昔の親だったのである

女の子にはそういうことがないからかえって厳しい方がいいとその母親となって年老いた女性は言ったのである、ところがその人には三人の息子がいるが一人は絶縁にもなっている、母親は苦しんでも何の関与もしない他人と同じなのである
そこには何か事情があるにしろ育て方にも問題があったのかともみる
ただ貧しい底辺の人だからそこにも問題があった
たいがい家庭では父親はこのように威張っていた、それが普通だったのである
だから大人になった時もそういうことを忘れない、それでその恨みを言うようになる
私の場合は早く父親が死んだからそういうことがなかったのである
もし生きていたらかえって恨んだりしたかもしれないのである

教育とは何か?それは自主性を育むことなのだが家庭でも学校でもそれができない
強制と体罰にもなる、人は何らかの才能を持っている、でもそれが伸ばせないのである
それは自主的に学べる環境が与えられないことにある
もしそれぞれか自主的環境が与えられれば自ら学ぶようにもなる、その時こそ学ぶことが身につくことになる
だから私の場合は大学を卒業していからの方が勉強したのである
大学ではほとんど勉強していないかったからである、勉強に興味をもてなかったからである
結局その後どうなったかとういうと就職もできないからアルバイトとか流れ作業のような底辺での仕事しかなくそれが嫌になり家庭環境に恵まれて旅ばかりしていたとなる
別に旅がもともとしたいというのではなかった、仕事に興味をもてないし就くこともないからそうなっただけである

結果的に旅ばかりしていれば自ずと地理に興味をもつようになった
また外国にも50代で行ったからさらに地理に興味をもつようになった
地理はまずいくら本を読んだり教えられたりしても興味をもてないのである
実地にその場に行かない限り興味をもてないのである
例えは詩とか作るにしても意外とその前にいろいろな体験をしておくことである
それで有効なのが登山とか旅とかになる
山を詩にしようとするとき山を知らなければならない、するとその詩を作る前に登山でも必要になる、でも登山となると体力がないので私は40代前にやめたのである
詩を作るというとき意外と体力がないと作れないとういことがある
なぜなら軟弱だったらとても荘厳な山を詩にすることができないのである
自然そのものが軟弱だったら詩にできないことがある
ただどうしても詩人というと体が頑丈な人は少ないと思う
ただ体が頑丈な詩人もいる、そういう人はまた別な感性に欠けるともなる

いづれにしろ立場が変わると見方が違ってくる、それで相互理解がむずかしくなる
男女間でもそうであり地理でもそうである
韓国から見た中国大陸からみた日本と日本から韓国や中国を見る感覚は正反対になる
日本は島国として韓国と中国をみる、それが固定観念となり世界を見誤るとなる
どうしても日本は島国でそうなりやすいのである
地理的に巨大な大陸的なものを理解できないのである
だから日本の太平洋戦争は無謀になった、西安まで日本軍が行っていたことに驚く
そこがどれだけ遠い場所かそんなところまで行っていたことは本当に無謀だったとなる
満州にしてもその広さを知らなかった、またアメリカでもその広さを知らなかった
知りえようがなかったともなる、それはその国の地理とかそこに住む人の立場を理解できなかったからだとなる
結局人間は自分の住んでいる場所がどこであれ中心として世界を観ているのである
だから必ずそこでその住んでいる場所が違うから見方が違い誤解が生まれるのである

人間が意志疎通ができないというときそもそも男女間でそうである
なぜこれほど離婚が多いのか、私の所に来た人が離婚が多いことに驚く
小高の人で二人離婚している、最近では67くらいになって離婚した
なぜか自分の家に来た人は離婚が多い、二回離婚した人もいる
熟年離婚も本当に多いのである、それだけすでに男女間でも意思疎通ができないということである
江戸時代でも離婚が多かったという時もともと男女の間でも意思疎通がうまくいっていなかったともなる
それは男女で基本的に相違が大きく社会でも世界の見方でも違っているからだとなる
その落差が大きいからどうしても離婚になる

また現代だと無数の職業がありその職業が違うと相互理解がむずかしくなる
それで鉄を作る人とか木地師とかは神秘的な存在になり伝説にもなった
天狗とかなんとかにされた人も何か意志疎通できない人だからそうなった
それより江戸時代なら隣の村の人との交流でも麦つきに来た若者が蛇だったとかされる
つまり隣の人すらなじめない異様な人とされたのである
それだけ隣の村同士でもなじめない交流しない世界だったのである
だから飯館村の大倉村と佐須村が明治になって合併できなかったのは民情が違うからとなっていたのである、民情が隣の村同士でも違ったのかとなる
それだけ人間が相互理解することは立場が違うと地理でも隣村ですら離れている相互理解が難しくなっていたのである
現代でも実際は相互理解することは本当にむずかしい、確かに情報が膨大になやりとりすることができても現実問題として相互理解する意思疎通することはむずかしい
グロ−バル化すると油まみれの一羽の海鳥でイラクを誤解したようになる
テレビの映像からだけでは実際は理解できないからである

人間が理解しあうことがどれだけむずかしいかは男女間で三分の一が離婚していることでもわかる、また立場が違うと見方が変わるからである
人間はそれだけ多様な立場がありそれで誤解も多くなる、現代はこれだけ複雑になると職業が多様化するとさらに理解がむずかしくなる
何か専門用語を弁護士でも科学者でも使うと理解できなくなる
まるで外国人と同じになる、現代とはこれほど他者を理解することがむずかしい時代はなかった、江戸時代なら農民が大半だったというときそこで理解しやすかったのである
侍にしても農民から税をとって生活していたから農業を理解することがあったからだ
現代はもう無数の職業がありさらにグロ−バル化すると理解不可能になったのである
ただ物が入ってきても相互に理解しているわけではないのである
そこでグロ−バルな争いにもなり世界大戦にもなったのが20世紀だったのである

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2020年09月26日

天才はどうして作られるのか? (ヨ−ロッパにはなぜ天才が多いのか)


天才はどうして作られるのか?

(ヨ−ロッパにはなぜ天才が多いのか)

そもそも天才とは何なのか?常人にはない異常なほどのエネルギーをもった人だとなる
そういう人はどこの国でもまれにいる、そういう人は何か生まれつきであり努力しなくてもたちまち理解できる、小説でも子供の時理解したとかなる
そういう人は実際は模範になれない、なぜならみんな普通の人だからである
そういう突出した人を模範にできないのである
それでキリストは大工として働き人間としての常識を身につけていたし天才ではない
普通の人間の思考をしていたのである
だから天才はクリスチャンにはなれない、それでニーチェのように自分が神だとなり偶像化するのである

ただ天才に魅せられ天才に学ぶことはある、そして人間社会を変えたのは歴史で功績を残したのは天才である、文学だと啄木はすでに中学生くらいから自然にも通じていた
何か青年になって芸者を相手にしているとかあっても自然と通じていたことである
普通自然と通じることは簡単にできない、それができていたのが不思議なのである

不来方のお城の草に寝転びて空に吸はれし十五の心

このように自由な心をもち自然と一体化する、そういうことはなかなかできないから不思議なのである、そのあともやはり自然を謳っている
第一そんなに若くしてそういうふうに自然と通じた歌を作れることが理解できない
なぜなら自分等は自然と通じるには老人になるまでかかっているからだ
それで啄木の著書の「雲は天才である」というのがわかる
夏の雲が様々に形を変えて大空に雲の峰となる、それをイメージして雲は天才であるとなった、その表現も的を得ているのである

ただ天才という時、ヨ−ロッパに天才が多い、そこには科学でも芸術でもあらゆる分野の天才が輩出した、世界で学んでいるのはヨ−ロッパの天才なのである
それはギリシャから始まっていた、そこには様々な天才が数学でもそうだし科学の基となるものも生れた、ピタゴラスとかアルキメデスとか多様な天才が生まれたとなる
それを基にして西欧文明が築かれたともなる

ただ西欧文明の前にイスラム文明があり学術的にも優れていた、ヨ−ロッパは中世がありその時はイスラムより遅れていたのである
第一ギリシャの文献とかはイスラム圏の人によって発見されてヨ−ロッパに伝えられたことでもわかる
その後イスラムの学問を代数学などをとりいれてヨ−ロッパは発展した
そして謎なのはヨ−ロッパにどうしてあれだけの天才が輩出したのかということである
それは一つの理由ではない、天才と言ってもその背景があり一人が忽然として生まれたりしないからである、その背景に歴史や文化で形成されたバックボーンがあって生まれる
それがヨ−ロッパにあったとなる

その理由の主なものはヨ−ロッパは帝政国家ではない、巨大な国家ではない、エジプトとかペルシャとかは中国とかは巨大な大陸国家であり強権的な国家となりやすい
イスラムでも一つの強権国家にスルタンの支配になる帝国になる
でもヨ−ロッパは確かにローマ帝国があったとしてもその後中世になり都市国家となり都市が中心の国となった、地域的でありそこに都市ごとに違った文化を育むことにもなる
そこに巨大な国であるペルシャとか中国のような圧制にはならなかった
ルネサンスでもフィレンツェとかの小都市の5万くらいの都市から生まれたことでもわかる、そんな都市からあのようなルネサンスが生まれたのかとなるからだ
そこで綺羅星のごとくミケランジェロやレオナルド・ダビンチとかラフェロとか生まれたそれが生まれのは小都市国家なのである

もう一つの原因はヨ−ロッパが貴族社会だったことである、その貴族が富を浪費するというのではない、学問とか芸術でもパトロンとなり育んだ
キリスト教会でも対立があっても芸術を育んだ、つまりヨ−ロッパの特性は地域社会の充実と貴族社会にあったともなる
貴族社会は特権階級で否定されるとなるがでもヨ−ロッパでは貴族社会なくして学問でも芸術でも科学でも育まれなかったのである
もちろんベルサイユ宮殿のように貴族の浪費とかはあった、でもその富で育まれたものがあった
だからどうして天才が生まれるのかという謎はそういう社会があり天才を育む社会があったことだともなる
貴族だとそもそも先生は個人的に雇われて教えたとなる、学校だと大量の規格品を一様なものを作るには適しているが個性を育むことはできない

だから日本でも天才は生まれない、最初高度成長時代があり電器製品が世界に売れた
それで日本は優秀だと見ていた、でもそれは日本人が発明したものではない、ヨ−ロッパ文明のコピーだったのである
要するに規格化された大量生産して外国に売ってもうけたというだけだったのである
それがわかったのは同じことを韓国でも中国でも欧米からまねてした結果今は経済成長して日本をぬいているからである
でも中国でもIT技術はアメリカの天才のベルゲイツとかジョブスとかがコンピュターを発明して生まれた、中国が発明したものではないのである
ただまねることは悪いことではない、最初はまねることからはじまるからである
日本では奈良時代に中国の漢字を取り入れた、次に平安時代になりかなを発明した
その基は漢字にあったともなる、だから最初はみんなまねでありその後に独創的なものが生まれる

いづれにしろ日本の高度成長は日本が発明した独創的なもから起こったのではない
日本の得意技は改善と改良である、他国の発明したものをまねて改善して改良することに優れていた、でも発明はできなかったのである
だから今になると韓国、中国でも電気製品が作れる、それもコピーだからできる
韓国でも中国でも独自に発明したものがないのである
だからコピーしただけでは国の繁栄も発展もないのである

ではどうしたら天才が作れるのか?

その謎の解明はヨ−ロッパになぜあれほど天才が生まれたのかということである
一つは多様な地域性であり一つは貴族社会があったということである
そこにヒントがある、多様な地域性というときその土地土地は必ず違って個性があるからだ、地形とか歴史が違っているからそうなる
もう一つは貴族社会があったということである、それは特権階級として否定されるがいい面としては例えば家が基本としてそこが学びの場となっていたら有利なのである
家庭教師がついていた方が有利なのである
なぜならその人にあった教育でもできるとなるからだ、なぜ医者の家では子供も医者になるのか?それは環境の影響が大きい、見よう見まねがあり門前の小僧習わぬ経を読むとかもあるからだ
江戸時代ならたいがい親の職業をついていたことでもわかる
第一家に一冊の本もないような所では何か知性が育まれるとは思えないからだ
団塊の世代の子供時代は子供部屋もないし家には一冊の本もなかった
本は鉄腕アトムとか鉄人28号とかを漫画を借りて読んでいたのである
そういうことではいくら知的好奇心があっても育まれないからだ
そういう点貴族社会では家が教育の場になり家庭教師がいて個性が育まれたとなる

もちろん天才は生まれつきがあるとしても環境に左右される
だからそういう環境が備えれば生まれやすいとなる、私の場合そういう環境に恵まれていたとなる、ただ残念だったのは田舎には本がなかったことである
今のようにアマゾンであらゆる本を買えていたらもう独学でも知識は習得できていた
専門書など田舎の本屋には置いていなかったからである
それで仙台市に通うほかなかった、その仙台の書店でも今わかったことは本当に少なかったことなのである、本の量は膨大だったのでありそれを読んでいれば専門家になれたということがあった

ともかく天才が生まれるというとき天才は生まれつきである
ただそうでなくても天才を育むものがあり環境に左右されるのが人間である
例えば今なら留学は普通にできる、金がなくても労働しながらでもできる
すると外国を肌で感じることができる、すると日本を相対的に見れる
だからたいがい日本を語れるのはそうした外国生活をした人なのである
それはささいなことでも外国生活で経験したことと日本で経験したことの相違があり
そこから考える思考脳をもつことができるからである
そこに留学とか外国での体験がないものの差が生まれるのである
ヨ−ロッパの特徴はまたヨ−ロッパ内での交流があり地域性があり多様な世界があり刺激されるものがあり天才が多く輩出したとなる

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成功する人々の法則ほマルコム- グラッドウェル

これによるとビルゲイツが1955生まれ,スティーブジョブス1955年生まれ・・・
ほかのコンピュター関係で成功した人は1954とかその幅が一二年なのである
つまりこの時代に生まれた人がコンピュター成功している
その幅一二年しかないのである、この時代からはずれると成功しなかったのである
だから人間はいかに時代の影響を受けるかを示している
日本でも戦争で才能があった人は20代でも死んでいるからそれか後の損失となったのである
だから現代はニートとか引きこもりとかいくらでもいる、そんなことして無職でいられるのは親に余裕があるからである
そういうふうに余裕があれば才能も育てられるのである
ただニートとか引きこもりは実際は何も才能もないのにただ無職となっている人かもしれない、ただヨ−ロッパの貴族のようになっていれば才能は育てやすい環境にあった
まず毎日非正規でも肉体労働でもこきつかわれていたら才能があっても伸ばせないからである  
そして人間の才能は多様でありそれも埋もれるのが数限りなくある
時代の影響もあるし環境もあるし才能が伸ばせないのが普通なのである

日本の問題は今や規格品の大量生産では豊かになれなくなったことである
人間でも規格品はいらないとなる、でも現実には日本は規格品を同じようなものでも作るのに適した国だった
同調圧力が強いから個性が強いとはじかれる、才能を育てにくい環境である
でもそのことか日本自体の衰退に通じている
だから今までの大量規格製品を作るのとは違ったものとして教育もある
そういうことでテレワークとかyoutubeとかは新しい才能を育てるツールになる
学校では規格品を作るのには適していても個性とか才能を育てるのには向いていないからである
そしてAI時代になると人工頭脳時代になると何かもっと人間の能力が試される
驚くのは翻訳のソフトは優れている、これほどに翻訳できる先生がいるのかとなる
それだけ機械の方がAIの方が優れているとなると人間はさらなる人間の身にできる創造性が要求されるのである
詩となるとAIで翻訳できないようにである、それは高度な人間にしかできないものだからそうなる、そういうことは他の分野でもそうなるのである

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2020年01月22日

体罰の是非 (団塊の世代は父親に普通に殴られていた)


体罰の是非

(団塊の世代は父親に普通に殴られていた)


その女性は田舎でぱめずらしくいろいろと語る、自分の思っていることを語る
高校も出ていない、団塊の世代になると中卒とか集団就職の時代だったからである
三分の一は中卒だったのである
だから今の子供には体罰も必要だとしきりに主張している
でも体罰とかを団塊の世代では受けている、それより家庭でも親父は怖い者であり
絶対服従だったからしょっちゅう殴られていたと同世代の人がyoutubeで語っていた
しつけは体罰が当然とされていた時代だったのである
体罰で教育するしつける従わせる時代だったのである
家庭でそうであり当然学校でもそうである

でも10歳くらい年上の人が近くにいた先生に殴られたとか恨みを語っていた
何かこうしたことは恨みとして残っているのだ
私自身も中学でそういうことがあり先生に対する恨みが残ったのである
それはどういうことかというと先生が男女の生徒の前で殴ったり見せしめとして立たしたり体罰が日常的に行われていたからそうなった
それで今のように親が文句を言う抗議することもなかった
なぜなら親がそもそも家庭で体罰をしていたのだから当然文句を言うはずがないのである
体罰とは女性でも見せしめとして人間をおとしめるものでありそれで何かを更生したりできない、上のものに対しての絶対服従を体罰によって教えられるのである
教育自体がもともとそういうものであり強制的にしなければならないとかあった
学校では古い時代からそういうものであったともなる
学校の校は縛るという意味だからである、縛り教えるのが学校だともなる

とにかく人間が人生を語る時、自分を語る時経験から語っているのだ
人間は経験からしか覚えない、本当に痛い目にあわないかぎりその痛さがわからないのである、それでなぜこの同世代の女性が体罰をするべきだとしきりに言ったのか?
それは女性だったからである

女性には体罰はなかった!

女性は男子生徒が先生に殴られていたり立たされていたりしているのを笑っていたのである、つまり男子生徒の痛みを女性だから理解できなかったのである
ここにも男女が理解し得ないものとしてもともとあったことがわかる
女性だと男性から優しく扱われるからそうなるし男子生徒が殴られていても痛みを感じないのである
ところが男子生徒は老人になっても近くの殴られた先生を恨んでいた
自分自身もそうである、そうして笑いものにされたことを忘れないのである
その先生とあったが挨拶もしなかった、でも女子の生徒にはそういう痛みがないから
男性のことを理解できないのである
それはまた逆に女性の出産などにしても女性が侮辱されることに対して男性は無理解なのである、その痛みを経験しないからそうなっているのである

人間がなぜ互いに理解しえないのか?
それは人間の判断は別に本を読んで判断するとかではない
それぞれの経験から判断している、経験の積み重ねで判断しているのである
今になると戦争のことは経験しないかぎり理解できなくなった
人が平気で殺したり殺される世界をとても経験しない限りわからないのである
すると戦争を甘くみてまた同じように戦争をしたいとかまでなる
それは経験がないからそうなるのである

学校の体罰は見せしめであり人間を侮辱することでありおとしめることなのである
それをみんなの前ですることが後々まで影響しているのである
ただ自分自身は甘やかして育てられたから厳しい体罰でも必要だったのである
それは自分の特殊な生い立ちからそうなった
だから大学で体育会に入り殴られても良かったのである
それは先生が女生徒がいる前でなぐられるのとは違っていた
そこで鍛えられたということはあったからだ
殴ったのは先生ではない、先輩だったからである
それはまた事情が違ったものとなっていた

人間の問題は相手を理解できないということである、それが地域とか国とかまた育った環境とか男女でも理解し得ないのは経験することが違っているからである
男性は出産を経験しないからここで根本的に女性を理解できないのである
人間は理屈を言っても理解されない、経験しないことを理解されない
様々な痛みを経験しないと相手を理解できないのである

男女共学は必ずしもいいものではなかった、なぜなら男女は体と心も別々のものだからである
女性は女性らしい教育をして男性は男性らしい教育をする
そして日本だと家庭では父親が威張っていた、そして何か子供が言うと殴ちれたというときその延長として学校でも先生が殴っていた
それが許されたの家庭でそうしているのだから親が学校でも体罰することを容認していたのである
アメリカでは父親がそんなことをしない、殴ったりしない、子供の話を良く聞くというときもそうである
欧米の家庭の方にこそホームがあり日本がにはなかったとなる
そういう家庭ではそもそも個性とか創造性が伸ばせないのである

私の家庭は特殊でしたいことをしなさいとなっていた
だからそのまま大学でも遊んで社会に出ても働かないで遂に旅ばかりして60まで遊んでいただけだともなる
ニートだったのである、でも勉強はしていたのである
それでその成果を今出しているのである



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2019年10月29日

相馬女学校のこと(時代によって変わる教育)


相馬女学校のこと(時代によって変わる教育)

例えば,「良妻賢母」主義を実用知たらしめる「裁縫」は高等女学校では必須の学科目であり,また,伝統的には近世以来の女性の徳目の一つである「婦功」(あるいは「婦工」)の意味が込められていたはずであった
娘を高等女学校へ進学させるような社会層─ 例えばその中核を占めた士族層 ─ にあっては家事や裁縫,料理などの実用知を修めていくことへの動機付けがあまりなかったのではないか。

多くの女学生の放課後,家庭生活での教養や嗜みは,琴曲や点茶などの「遊芸」であったり,英語や数学の「学問」であったりした事実がこれを裏付けている。つまり,彼らは幼少期から家庭で培われた躾によって形成された「実践意識」の水準で,「良妻賢母」主義に異議申し立てをしていたのである。
http://www.seiryo-u.ac.jp/u/education/gakkai/h_ronsyu_pdf/12_2/04_inoue.pdf

私がなぎなたを始めたのは女学校に通っている頃でした。当時、学校の正課、体育の授業の一つになぎなたがあって、面白くてね。先生も東京で勉強をなさった方が教えてくださっていたので、楽しく取り組んでいました

1903年(明治36年)4月 - 中村高等小学校校長の太田宗雄とその他有志により、「四行塾」が開設される。
女子への裁縫教育を目的とした私塾で、修業年限を1年とする。
1905年(明治38年)5月 - 中村町に移管され、「中村町立相馬女学校」に改称。
1907年(明治40年)5月1日 - 相馬郡に移管され、「相馬郡立相馬女子技芸学校」に改 称。修業年限を2年とする。
以後5月1日を創立記念日とする。
1911年(明治44年)3月 - 「福島県相馬実科女学校」(相馬郡立)に改称。修業年限 を4年とする。
1920年(大正9年)4月 -「福島県相馬高等女学校」


裁縫教育を目的とした私塾ということは習いものくらいのものだった、それも一年だからである、次に技芸学校となっているのもそうである
その後はも実科女学校だから実用主義である、それでも明治から始まり大正までさかのぼるというのは古いと思った

水害の状況を調べるために宇多川を下っていったら相馬東高校があった、ここは相馬女学校が基になっていた、これは相馬藩内では一番古い学校なのである
そこでクラブ活動になぎなたがあるとそこの用務員にあって聞いた
そんなものがまだあるのかと思った、弓術なら良くみかけるけどなぎなたはあまりももう聞かないだろう
明治となると江戸時代の継続がまだあった、だから第一明治維新で侍がいなくなったとき教師になる侍が多かったことでもわかる
なぜなら士族はすでに家庭で独自の教育をしていたからである
するとどうしても士族の教育が学校にも持ち込まれるのが自然である
つまり人間は全く新しいことはできない、必ず前の時代の継続なのである
だからこそ天皇制によって復古によって明治維新が成されたのである

たただ論文で裁縫のことを語り相馬女学校も裁縫教育から始まったとしている
その後も実用主義である、でもなぜ士族の子はそういうことになじまないというとき
何かそういうことは家でしてくれる使用人がいたからなのかとなる
裁縫を第一とするものに反発するものが芽生えていたとなる
それは女子が今までのただ結婚するということを目的とした花嫁修業とかに反発する新しい女性の芽生えだったのかもしれない
とにかく相馬女学校を出たとなるとそれだけ女性として格が高いものになっていた
女性としてのエリートだったのである、というのはまず女学校には入れない、金がかかるから入れない、それで私の姉は女学校に入りたかったと悔しがっていたのである
なぜなら頭が良かったし体力とか他の優れていたからである
だから学校は一番だったしマラソンでも一番になっていたかとなっていた
その後看護師の免許も東京でとった、それもなかなかできないことだったのである

そして飯館村の大倉に行ったら私は相馬女学校でたのよというばあちゃんがいた
つまり相馬女学校出たということは特別でありだからそれを自慢したかったのだろう
どうして大倉から相馬女学校に入ることができたのか、これもおそらく山では木材が売れて金になった時代だったからだとなる
その人は親戚の家から鹿島から相馬の女学校に通ったという
明治以降になると学校ができても必ずしもみんな入れない時代であった
字が書けない女性がいていつも人に頼んでいた、それで気がひけていたという人を知っている、ある人は子守りして学校に行けず小説読んで字を覚えたという大正生まれの人もいる、学校にまともに行けない人が結構いたのである

それは今の発展途上国をみればわかる、ネパールとかでは第一書くものボールペンすらないからボールペンをくれとなる
今でも裸足で歩いている人がいる国でありそういう国もまだ世界にはある
そういう時代が学校というのが貴重なものであり知識を得る唯一の手段だったのである
だから学校が重要な意味をもっていたのである
でもその後学校も社会の変遷とともに姿を変えた、あらゆるものが時代の変化にともない変わる、もうすでに団塊の世代から学校に対して不満が大きくなっていた
学生運動でも実際は大学の不満から生まれた面があった
マンモス大学となりまともな授業がないのが私立だったからである
1000人とか一つの講堂で授業するのだから学問に興味を失ったのである
そして文系となると本当に大学は遊びの場でしかなかった
毎日麻雀しているものとか授業に出ないことが自慢だったのだから変だったのである

つまり大学というのは高校とまるで違ったものであり独学する場所だったのである
何か知りたいことを独学する場所だったのである
そうなれば別に大学に行かなくてもいいともなる
ただ当時はそういう環境が整っていなかったのである
まだまだ教育環境は貧弱だったからである

それがインタ−ネット時代になると本当に独学できる、こうして学者の論文を読めるしいくらでも本が安くアマゾンで買える、すると非常に見識が幅広いものなる
それはAIのビッグデーターの思考方法と同じである
膨大な知識を集めてそれを編集するようなことをしているとそれは新たな創造物になるのである、自分はそれをしているのである
集合知ということがそうである
だから今の時代はインタ−ネットをしないと相当に遅れる、学校というのも知識の面ではもう時代遅れなる、youtubeでは優秀な先生が実際に教えているからである
すると学校で教えられるよりも理解が早くなるのである

教育も変わり目にきている、第一学校とか先生の役割も低くなる
なぜなら知識が自由化して膨大化しているからである、学校という閉じられた空間で学ぶだけの時代が確実に終わったからである
すでに学校は前時代の遺物のようになってしまうもしれない、そこにいろいろな問題が生まれてもう持続できなくなる
結局何でもその時代の反映としてあり学校も教育も同じなのである
でも相馬東高校が400人いてクラスが35名とかなると違ってくる、それは中学校でも同じである、一クラス30名だといっていた、団塊の世代だと50名くらいいたからである、少子高齢化時代は少数精兵主義にならざるうえないのである
教育でもそうである、世界に伍してゆくにはそうならざるをえない
そうして教育自体も変革を迫られているのである

私は学校とか集団になじめなかった、結局人間は自己開発しないかぎり何か身につかない何か求めるものがないかぎり何かを強制しても身につかないのである
信仰にしても求めよさらば与えられんとうなると求めないもの絶対に信仰が何であるのかその精華を得ることはできない、そもそも求めていないからである
学問でも何か強く求めるもの問うもの学びたいものがあれば雑学でも得ることがある
それで自分の場合は全国を旅行して地名に興味をもち地理に興味をもったとなる
だから学校を出てからの方が勉強するようになったとなる

どうしても学校では真剣な課題をもつことができないが社会に出る否応にも真剣な課題に直面するからだ
それには命がかかってくる、知らないと大損したり命まで失うから学ばないで得られくななる、でも学校だというそういう真剣に学ぶということがないのである
そうして時間の無駄になる、ただ人間は何でも経験である
例え間違ったとしても経験することの方が知識より先になる
学問はそうした社会での様々な問題に直面してから本物になる
それは津浪とか原発事故とか今回の洪水の問題でもそうなのである
どうしてそうなったのかとかその問題を解決するにはどうしたらいいのかとかそれは命にかかわるものとして解答を出すことを要求されているからである

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2019年09月07日

高度成長時代は平均的人間を大量生産する画一教育 (次の時代は自己啓発による創造的人間を作る自己教育)


高度成長時代は平均的人間を大量生産する画一教育

(次の時代は自己啓発による創造的人間を作る自己教育)

●田舎の小園の学び(詩)

畑に実りがある
畑に働く人がいる
二十日大根、四〇日大根
実りには時間がかかる
時節により種を植え
それぞれの花は咲き開きぬ
蓮の花のづぼみは大きくふくらみ
その花の赤味帯びて開くを待ちぬ
揚羽が優雅に舞い来たり
畑にカンナが映える
朝いつもの木陰に休み蝉が鳴く
この小園にも学び尽くせぬものがある
大事なことは急がぬこと
悠長な自然のリズムに合わせること
実りを早めることはできない
人の力に限りがあり
自然により自ずと育まれるものを知るべし
あなたの学ぶべきことは
教えられるべきことは限りなくある
あなたは学校という枠に閉じ込められてはいけない
その建物の中で学ぶ自由な空気は消失する
先生のみが教師ではない
近くに回りに学ぶべき人がいる
農民に学ぶがよい、教えられるが良い
大工に教えられるが良い
漁師に教えられるがよい
・・・・・・・・・
その周りの自然に教えられるがよい
あなたの学ぶきことは都会にあるのではない
田舎でもその周りにいくらでもある
ただ気づいていない、自ら見出していないだけ
あなたの学ぶきは教えられるべきは
現実の自然であり社会である
学校とはそのほんの一部であり閉ざされている
学ぶ場が限定されて記号のみを教える場となる
あなたの学ぶ世界は広い
故にせかせることではない
また点数で判断することではない
学ぶ時間と環境こそがその人を育てる

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●高度成長時代は大量に平均的人間を送り出すことが教育

教育を語る時むずかしくなる、教育はあまりにも教育されることに問題があったからである、教育過剰が問題だった、私たち戦後団塊の世代が受けた教育は人数が多いから教室がないとか何か高度成長時代の平均的人間を育てるものだったのだろう
大量に労働力を必要とした時代だったのである、それもあくまでも平均的な大量生産を担うベルトコンベアーで働く従順なロボットの養成だったのだろう
それがわかったのは日本人は高度成長時代を日本人が特別優れていたからとなってジャパンアズナンバーワンとして得意になっていた
でも日本人は高度成長を築いたのは日本人が何か優れていたからではなかったのである
確かに日本人には優れた資質とか文化を育む土壌はあった
でも高度成長時代というのは日本人が特別優れていたから成し遂げたということではなかった
なぜなら今や中国でも日本と同じように10数年で同じようになったからである
その時中国は後進国だった、でもみるみるまに日本を追い抜くようになったからである
ということは大量生産というのは電機製品でもどこの国でも作れるものだったのである
今は中国の方がITでは進んでいて日本は後進国になり貧乏国になったというのもそうである
戦後の教育はこうして大量生産時代に適した平均的人間を作ることであった

平均的人間を作ることで日本は適合した

日本人は同質になりやすい、でもまた共同一致することでは団結することは得意なのである、そういう平均的人間を大量に作ることで向いていたのである
でも何か独創的なものを作る、機械でも人間でも作るのには向いていなかったのである
現実にIT分野になると全く遅れてしまったからである
それはアメリカ主導になっていたからである、アメリカとかヨ−ロッパはもともと発明の国であり天才が科学分野でも学問や芸術分野でも排出してきたのである

なぜヨ−ロッパでこれほど天才が生まれたのか?

これも大きなテーマなのである、日本はものまねであり中国もコピー文化である
それでアメリカから批判されて対立するようになった
日本とか中国で独自に発明したものがないからそうなったのである
発明されたものを改良することは改善することは日本は得意でも発明することは不得意なのである、日本が高度成長時代を築いたことは日本人が特別優秀だったからではない
平均的人間を大量に生産することでは日本は適合した結果だったとなる
教育でも何か独創的な人間を育てることではないあくまでも平均的人間を大量に生産して物でも大量に同じものを作ることで高度成長時代になったのである
今になれば別に韓国でも中国でも同じものを作れるようになったから売れないとなったのである

何か日本人は特別優秀だということ科学技術でも優秀だという奢りが原発事故を生んだ
原発事故など日本では起きない、ロシアでチェルノブエリでも事故をが起きたときもそう言っていたのである
他にもスマトラで大津波が起きて10万人とか死んだ時でも日本では津波を警戒しているあんなふうにならないとか言っていたのである
それが東日本大震災で二万人近くが津波で死んだ、地震と津波の国で警戒していなかったのである
確かに日本人には日本人に優秀なものがある、でも何か本当に科学分野で技術分野で優秀だったのかというとそうではなかったのである
その奢りが原発事故で打ち砕かれたのである

●少数精鋭主義の創造的教育へ

いづれにしろ自分自身が教育というのに興味がある、教育は教え方でありその教え方が創造的でありうるからだ
ただまるでロボットのように教えるのではない、様々な教え方がありそれが創造的なものだからである
それはあらゆる分野でそうなのである
ただ学校だけが教育の場ではない、学校の先生のみが教師ではない
教育は明治以来国家教育になっていた、強力な国家の指導のもとに学校が作られて教育があった、戦後はそういう国家の縛りがなくなったようでも依然として学校という枠に教育は限定されてきたのである
団塊の世代は一教室でも50人とかいたし教室がたりなくなっていたのである

そういう時代には大量生産の平均的人間の生産に適していたのである
何か自分の様な三流大学になると講堂に三千人とかいて講義を聴くというのも驚いた
それで学生は講義がつまらないから学生運動に走ったという事情があった
マスプロ大学として話題になったからである
新宿で石を投げると学生にあたるとか大学は大衆化したのである
エリートでもなんでもない大衆化したのである
でも高度成長時代であり大学生は企業にみんな就職できたのである
それだけの受け皿が高度成長時代で生まれていたからである
こうした平均的大量生産の教育からこれからは変わる、すでに変わっている
中学校では一クラスは30人でありその先生は30人では多いといって少なくしようとしている、団塊の世代は一クラス50人だったからその相違がすでにある
少数精鋭主義になりそうなると今までの教育とは違ってきているのである
大学の先生が今の学生の方が優秀だという時すでに優秀な人は独創的な人が出ているのかもしれない、それは30人以下の学級と50人規模の学級で教えられるものが違ってくるのからである

いづれにしろ高度成長時代を築いたのは日本人が優秀だからではなかったのである
それはどこの国でもできるものだったが早くそれを成したということに過ぎなかったのである、今になれば韓国でも中国でも日本より先んじて最先端の物造りをしていることでもわかる、またIT技術では後れをとっていることでもわかる
本当に明治維新から70年過ぎてまた戦後70年過ぎて時代が変わる
それは教育にも及んでくる、もしかしたら学校というものがなくなるかもしれない

例えば学校でなんでもやるのは向いていない、スポーツだったら野球クラブでもサッカークラブでもやるのがいいとかなる
学校自体も今までの感覚とは違ったものになってゆく、そういうことはオランダとかアメリカで始めている
教育というとき人間は結局自己教育なのである
その人の自主性にまかせた方が伸びる、何かに興味を持つことがありそこから学問でも自ずからするようになる
それは自分自身がそうだった、就職もしないでただ旅ばかりしていたというのもそうである、そこで地名に地理に興味をもったりして学問するようになったからである
自分には特殊な家庭の事情でそういうことが可能だったからである
それ以後自分は自己教育をしていたのである 

ただ自己教育でも節制が必要である、どうしても人間の弱点は楽な方に傾く、怠惰になる、これが避けられないのである
そのために時間を無駄にするし精神も損なわれるのが多い、自由といってもそのために悪い方の自由に悪とか快楽の自由の方に向かい時間を浪費するのである、だから自由な時間をいかに過ごすかもむずかしいのである
社会での会社員でもそこで経験することはやはり貴重な体験なのである
それができない引きこもりとかニートとかは後で問題が起きる、事件を起こしたりする、小人閑居して不善を成すとなる
それを自分自身が経験しているしそれは今度は老人になって高齢化社会で起きているのである
長生きするからそうなる、老人になったからと快楽をやめたりできないのである
それだけ快楽を追求するのが人間だと思った、快楽は強力なのである、人間は苦しみとかを求めない、あくことなく快楽を求めているのである、それは老人になっても個人差があるにしても変わりないのである

●教育は自発的自己教育が基本

じっと思いをこらすことや、心の安らぎをえることや、知識を豊富にすることによって
確かさをゆっくり成熟させること、といったことはすべての本性に逆らって努力したところでどうにもなるものではない
そこに達するためには自然と文化がしっかりと結び合うような環境の助けによって深められ、その気になるのを待つだけで十分なのである
(何のための教師‐ジョルジュ・ギュスドルフ)

この本はいい本である、人間は教育できるものではない、自発的にならないかぎり人間は学ばない、それは小学校の段階からただ暗記するのではない、算数でもあくまで暗記するものではない、考える一教材として教えるべきなのである
ただ結局あまりにも多くなった知識のためにつめこむだけになってしまったのである
要するに時間がない、じっくり学ぶ時間がないのである
また時間が与えられないのである、音楽を知るためには一つの楽器を与えてそれを覚える時間と環境を与えることなのである
何か教えるということでないのである、何か教えることは強制的になりその人に合わないことを押し付けることになる、それがこれまでの教育だったのである

ただ正直教育は知識が増えすぎてもう一人の教師では手に負えないのである
英語だと高校だと英文法専門の先生がいたりと何か部分化してつまらないとなる
郷土史となると実はこれはトータルな分野だった
そのことで私はプログで追求してきたからである、ただ科学的知識に弱いから原発事故について追求できなかったとなる
まず近くの畑にしてもそこに尽きせず学ぶものがある、教えられるものがある
でも農業を実地にしていない人は近くに田畑を見ていてもわからないのである
だから田舎に住んでいても今は農業を実地にしている人は少ないからわからないのであるそのこと自体が大きな問題であり知るべきなのだがそれもしないのである
自分自身でも最近趣味で農業している人に教えられたからである
この年まで田舎に住んでいて農業のことがわからなかったのである

だからいかにこの世のことは知らないことが身近でも多いか知るべきなのである
この世は死ぬまで学びの場なのである、それだけ社会が複雑であり自然でもわからないことが多いからである
だから教育という問題は学校だけの問題ではない、生涯学習として継続的にある
学校を出てからこそ本当に現実問題として事業するなら命をかけるようにまでなる
事業に失敗すると自殺する人が多いからである
そういうふうに真剣に学び実践する場が社会なのである
ただ自分の場合は特殊な事情で60までもモラトリアムとして遊学したようになっていたのである

そこに達するためには自然と文化がしっかりと結び合うような環境の助けによって深められ、
その気になるのを待つだけで十分なのである

こういうふうにして田舎で生きてきたのが自分だったのである 
ただ田舎に生きていても農業を実地にしていないからわからなかったのである
そこに知識として肝心なものが欠けていたとなる
そういうふうに人間は身近な世界でも近くでもわからないのである
その結果として原発事故が起きたともなる、もっと近くに関心をもっていたらこうならなかったからである
その危険性を誰も教えなかったということにもあったのだ
だからその住んでいる場所自体人間は知らないことが多いのである
つまり学んでいない、また教えられもいないのである、教育されていないのである
学校は社会のほんの一部の閉ざされた機関にすぎないのである
その学ぶべき場所は自然であり社会そのものなのである

何のための教師―教育学の教育学のために (1972年)   古書, 1972(アマゾン)

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2019年07月31日

認知症の謎ー忘れるのはなぜなのか? (ただの暗記ではない、理解して覚えたものは忘れない!)

認知症の謎ー忘れるのはなぜなのか?

(ただの暗記ではない、理解して覚えたものは忘れない!)

アルツハイマー病治療薬の開発は「連戦連敗」を続けています。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事によれば、過去10年間に世界中で行われたアルツハイマー病の薬の試験のうち99.6%が失敗しているということです

これだけ認知症の患者が世界的にも多いのだからなんとか直そうとしている
薬も発明しようとしているができない、何か絶望的なのである
結局それだけ脳があまりにも複雑すぎるのである
それは神の領域にもなる、脳が一番複雑なのは精神と一体化しているからである
第一精神は目に見えないものとして意識する
ところがこの世にあるものは目に見えるものとして人間は意識させる
原子がアトムは目に見えないけど精密に数式化して化学式にして目に見えるものとして
現す、脳でも目に見えるものとしてとらえようとしている

だから海馬が一時記憶する場所としてありそれが老化で確実に衰える
自分自身でも老化していることがわかる
つまり名前が覚えられないのである、新しい人の名前が覚えられない
でも昔覚えた人の名前は覚えているのである
これも海馬の機能が衰えたからだともなる
芸能人の名前でも昔の人は覚えているのである
でも今の人の名前とかどういう人なのかは皆目わからない、また見ていないせいもある

「理解して覚える」ということである。「なるほど、だからこうなるのか」というように理屈で覚えたことは、長期保存庫に移って忘れにくくなる。それに対して、意味も分からず丸暗記したことは、たとえその場では覚えたつもりになっていても長期保存庫に移行しないためすぐ忘れてしまう

記憶することは最初は丸暗記である、その意味もわからないのに暗記する
それは英語の単語とかには有効かもしれない、でも算数とか数学では暗算のように覚えても忘れてしまうことがある
そこで分数とか掛け算とかは何かを理解する、ただ暗算するのではない、その意味を理解するのである、例えば15×12は(10+5)×12であり10×12+5×12であり120+60となり180となる、何かこうすれば暗記として計算するのではなく数の性質を理解して解いたとなる、でもこれを計算機でするともうもし計算機がないと暗記したものを忘れるとできないのである
実際には私は数学が苦手だからこれを計算できない、でも理屈として数を分解するとわかりやすくなりできるとなる

「なるほど、だからこうなるのか」というとき理解するのである

とにかく認知症は薬でも直せない、医者に行っても実際は直せない、医者自体が認知症のことを知っている人が少ないのである
一番知っているのは直接介護した人なのである
海馬が損傷して衰えて記憶できない、そこから感情的になり激怒するようになる
海馬と感情を司る偏桃体が結びついていることも影響している

そもそもなぜ認知症になると数の計算ができなくなるのか?
それは数というものがどういうものか理解できなくなる、理屈として理解できなくなるからではないか?つまりただ暗記したものは忘れるのである

だから今の教育は受験勉強など暗記ばかりに励むのは実際は算数でも数学でも理解していないから忘れるということがある
別に忘れても数がこういうものだと理解していれば数をわかりふぃすい単位に分解して理解できるともなる
私自身の経験としてこうして算数でも数学でも自ら考えて考察したことがなかったのである、またそのように教えてもらえないことがあった
ただ暗記ばかりが勉強になっていた、そして高度になると本当はじっくりわかるまで自分の理解できる範囲で理解することが必要だった
それができないので数学が苦手となり数式を見ることも嫌になったのである
これは考えることの訓練なのである、数学も考えることの訓練としてやれば面白かったし理解できたとなるかもしれない

要するになぜ認知症の人が計算ができないのか?
それはただ無闇に暗記していることは忘れる、それがある
教育の方法が悪いと実際は勉強にも興味がもてないのである、数学でも能力がなくても
何か手法というか数の原理というかそういうものを知れば興味を覚えて忘れないともなるそれで英語にしても文法が数学とにていて数式のようになっているから原理として覚えてそれに単語を付け加えて覚える
そういう作業が必要だったのだと思う
ただ認知症の人はそうして合理的な理解力もなくなっている、ただ数学の先生でも認知症になっているからその人が数学の理解力をまだ保っているのか?それも興味がある

教育ということに私自身興味を持っていた、教育とはただ暗記させることではない、
算数でも数学でも考えさせるもはのとしてある、そういうふうなものと学べば能力がなくても何かまず興味を覚えたとはなる
つまり天才でもないものはそうしてすぐに理解できないから理解する方法が必要だったともなる
だから教育には創造的教育が必要でありまた自ら創造的に学ぶことが必要なのである
ただ正直あらゆることに人は通じることはできない、そこに教育の限界がある

ただ絵の才能が全くない自分がなぜ抽象画を描けているのか?
ソフトで描けているか不思議だった、それが大量生産できるのはただ数式のように同じ手順でソフトを使い作りだしているのである
それは自分自身が絵の才能が全くないのに絵を描いている感じになるのが不思議なのである、だから生まれ持った才能だけではすべて決まるわけではないと今さらながら思ったのである
暗記させる教育は教育ではない、英語の単語などはしかたないにしろ算数とか数学はそういうものではない、ただそれはあくまでも数学が苦手な人のためのものである
別に数学の得意な人はたちまち理解するとなるからだ

いづれにしろ認知症というとき脳が老化によって退化することでもある
誰でも新しい人の名前を覚えられなくなるのである、それは共通しているからである
海馬の能力が衰えるのである、でも理解する能力は増してくる
なぜなら知識でも理解力でも今まで貯えたものが活きてくるからである
それはあくまでも暗記したものではない、理解して記憶したものだともなる
とにかく老人になると理解力が高まる、それで評論が向くようになる
評論は一段と高い視点から本でも読むことだし社会でも見ることになる
こういうことは若い時はできないからだ、とても本を読んでもそれを評価することができないのである、本はそれだけなんでも内容があるからそうなる
ただ別にインタ−ネット上にあるものでも理解できないのである

理解して覚えるということが忘れないという一文を読んで自分も共感したのでこうして書けたからである、自分の論をこの一文を引用して展開できたのである
だから引用してもそれはただの引用ではない、それを自分なりに独創的に展開したとなるのである
そして理解するには文章を書くことだと思った
確かにyoutubeでは話すことが主体となっている
でもそこでは深い理解につながらないのである、文章を自ら書いてみると理解することがある
それはインタ−ネットで自らこれだけのものを大量に書いた結果わかったことである
話を聞いてもそれは上辺だけのものとなり深い理解に通じない場合がある
だから文章にすべきであり本を読むべきだともなる、ただ知識は無限であり理解の限界がある
そして時間だけがまたたくまに過ぎてしまうのである
人間が理解できるのは極わずかだったとなって終わるのである


あとがき

私は何でも理解することが遅かった、学校にも適応できない劣等性だった、集団生活が苦手だった
でも人間に大事なのは自ら考えることであり理解しようとすることである
それはただ暗記していてはだめである、それは忘れてしまい役にたたないのである
理解して覚えるということである、それはあらゆる分野でそうである
あらゆることになぜなのだろうという疑問をもつべきである
それが科学にもあらゆる学問にも社会の理解にも通じるのである

何でも理解しようとする態度をもち耳を傾けることが大事

原発はむずかしいから理解できないとして専門家にまかせると専門家の言う通りになりわからないということで責任をとらされる、銀行でも株のことでも投資信託でもめんどうだから勝手にされて手数料だけとられて損する
専門家の言うままになり損する、その専門家が何でも知っているかと思ったら知らなかったのである
銀行員は株の事でも投資信託のことも素人と同じだったのである
そんな人にまかせたら損することはわかりきっていたのである
でも私自身が知ろうとしないとか時間がないのでまかせたのである

宗教にしてもそれをただ単純に信じればいいとかなるとヒットラーのナチスのようになる
それは人々が全く考えないことから起きた、ハイルヒットラーとなって盲従することから起きた
人間は弱い存在である、でも考える芦であるというのもそうである
自ら考えることができるものが人間の要件なのである

これまで天才のことなど考察した、それを教育のカテゴリーに移す、まとめる、教育はただまねるだけではだめである
自ら考えて想像する、創造することが理解することがないと身につかないのである

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冬の道、晩年の道


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2019年07月20日

人間の才能はないのではなく活かされない (Love & Freedomの底辺労働者もそうである)

人間の才能はないのではなく活かされない

(Love & Freedomの底辺労働者もそうである)

人間の才能とは絵を描くとか文章を書くとか数学が得意だとか体力があるとか話がうまいとかいろいろ多様なのである
しかし何かしら才能ある人はいる、それが発見されないとか活かされないのである
Love & Freedomの底辺労働者を語る40くらいの人がそうである
この人の正体はわからないにしても

●しゃべるのがうまい
●精神障害とか犯罪者心理に通じる
●自らの実体験を語ることで訴える
●ニュースなどの解説に向いている

この人はしゃべるのがうまい、わかりやすく説明している、今日聞いたのでは年をとると比例して男はプライドだけが高くなる
そういう心理を説明されれば誰でも納得する
みんなそうであるからだ、10歳違った人がその年齢で判断して下に見るというのもおかしいと思った、何かその人に功績があればだが何もないとしたら年でその人を判断できないはずである
また結婚して子供を育てたとかでそれも社会的自慢になるとも思えない
価値はあるとしてもそれで人の優劣を決めることはできないだろう
ただ何もない者でも男はプライドをもっている、それが年をとるほどプライドが高くなるそれで年下の上司に仕えることができずやめる人が多いというのがわかる
おばさんにはそれほどないから若い人ととうまくやれるというのもわかる
このプライドはやっかいなものである
それが年をとればとるほど高くなる、だからただ年をとっただけでも偉いと尊敬されるべきだとなる、それはこんなに老人が多くなければ自然とそうなっていたのである
これだけ老人が多ければもう老人は何か特別なものがなければ尊敬されることなどないのである、老人はただ税金を使うだけの無駄なものだから早く死んでくれとなる

でも人間の才能は活かされないことが多い
また人間の才能は自ら発見されることも他者から発見されることもなかなかない
芸術分野で不遇な人が多いのはそのためである
天才を理解できる人は天才しかないというときその天才は一時代に数人だとしたらもう理解されない、いくら才能あっても理解されない、ただ次代に天才が出て理解されるとなる天才でなくても才能は活かされにくいし不思議なのは自らの才能を自ら発見されていない開発されてもいないのである
天才は別にしても何か才能でも自ら開発して発見してゆくことが必須なのである
ただ何もしないで天才になり楽器でもひけるとはならないからだ
それには過酷な練習があって才能が開くからである

この人は相当に才能がある、そもそも私立の学校に入り大学でも大学院まで出て臨床心理学士でもある、すると他の人よりその時点でも優れていたとなる
ただ文科系は実際の社会で役に立たない、それで就職できないとかなり自殺した人までいた、つまりそういう人は学者になれない、大学で就職できないとそうなる
実際の社会では必要としないからである
心理学が実際の社会でどう応用されるのか?それはほとんどないだろう
それで一時臨床心理学士として病院で働いていたがやめて底辺労働者になった
最初に歯車が狂うとそうなりやすいのである
20代でだいたい人間が決まってしまうというのはそのためである

ただ思うにこの人は才能があるのだが活かされないのである
ニュースキャスターとか解説者とかに向いている、説明とかしゃべるのがうまいからである、人間の心理とかにも通じているからいろいろな事件の解説に向いている
でもそういう機会が与えられないだけではないか?

機会が与えられず才能は活かされない

結局こういうことが社会には多い、自分自身もそうだった、今プログで作品を出しているが認められない、認める人がいない、ただ今までは発表する場もなかったが今はプログでしている、何か自分ながらいい作品を書けるようになったと思う
もちろんもう死ぬ時期なのだからその作品も高度なものでないとどうにもならない
何か私は何でも理解することでも遅すぎたのである

とにかくこの人はニュースキャスターとか解説者に向いているし才能がある
ただyoutubeとして金を稼ぐようになればその才能は活かされるともなる
だから外国など行って見聞を広めるとかすべきことはある
留学となると無料のがあるとして年齢制限でできないということは問題でも外国旅行は今なら安くできる、そういう点では恵まれている時代である
そして人間は一生学ぶことは終わらないのである
他の仕事でも精進することは終わらない、何でも腕を磨くことがあり終わらない
そういうことでなくても平凡なことでも仕事をもって何か社会のためになることをすべきだとなる
定年になって無用化されると危険なのである、認知症になりやすくなるからである
そういう場がまた与えられないことも現代の問題なのである

この人は大学に今さら行っても無駄だとか留学もできない、何しても無駄だというがそんなことはないのである
それはただ社会で金にならないから無駄だとしている
そもそも人生で学ぶことはいくらでもある、絶えず学ぶことが人生なのである
だからこの人はただ実用的なこと金になること社会で認められことに腐心している
でも別にその人なりの価値を追及する精進することが人生なのである
それは死ぬまで終わりがないのである
だから40になればなにしても無駄だとはならないのである
それは社会的には金にならないとしても人間の価値は金にならないものでも価値としてあるだからそれぞれの価値をの追求は死ぬまで終わらないのである
それでベーシックインカムがいいとなるのはそれぞれの価値を社会では金にならないとか価値にならないとかなっているがそれでもその人なりの価値を追及できるからこそいいのである
そういう時代にもなりつつある、だから40才なればもう何もないというのはおかしいのである

ただこの人は実際は演技しているといときそうなのか?
その辺はわからない、本当は絶望をこれほど言っても絶望していない
一筋の光明を見出そうとしている、それが人間である
女性にもていなというけど本当はもてているのかもしれない
何かそういう演技して共感を呼んでいるのかわからない
ただ40というのは人生の終わりが見える年なのである
だから人生は本当に過ぎるのが早いなとその年になると思う
でももう引き返せない、もう社会からはずれたものはそのままはずれてゆくほかない
でもその人生でも無益だと価値ないとかない
その人なりの価値を追求したものがありそれは充実した人生であったとなる
ただ他者がその価値を認めないだけだったのであ




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2019年07月16日

天才は作れるのか?(教育、環境、時代が人間を作る)


天才は作れるのか?(教育、環境、時代が人間を作る)

天才とは何かがまず問題になる、科学者でも芸術家でも歴史に名を遺すような人が天才だとなる
天才とは凡人とは違い天才に生まれついた人で決まっているということになる
その説はショーペンハウエルが言っている
知性は母親から受け継ぐものだという説である
それがなぜ母親なのか?すると母親によって決まるのか?
母親の資質がDNAによってその人の知性も決まるのか?
それも確かにある、男性の場合その人の母親の資質がかなり影響している

ただ天才という時、努力しなくても天才であり何か成しうる人だともなる
そういう人を知っているが本当に普通の人よりエネルギーがありすでに小学校でも見分けられるほど優れている、それは知性だけではない、性格的にも大人びて早熟でありとか
何か普通の人とは根本的に違っている
だからその人は努力することを認めていない
そういう人はゴッホとかゴーギャンとか詩人にもいる
英雄にしても生まれつきそういう資質があって時代に適応したときなる
高杉晋作とかがそうである、もし明治維新という大動乱の時に生れなかったらただの暴れん坊で終わっていたのである

そもそも天才は作れるのかとなると資質論からすれば生まれつきでありできないとなる
私が問題にするのは天才が作れるのかとかのことではない
天才とは定義すれば何かの創造者である、それは科学の分野でも政治の分野でも芸術の分野でもあらゆる分野で新しいものを創造した人である   

すると天才は作れるかどうかという問題よりいかに創造的になりうるのか?

ここに焦点をあてるべきなのである

子供の時は遊びは何か創造的なものとしてある、何かいろいろ工夫したりする
つたなくてもそうである、それが学校とかに行くと暗記中心になる
とにかく暗記することであり計算でも考えるのではなくただ暗記することなのである
九九でも掛け算の意味を追求することはないのである
算数でも図形を使い具体的に割り算とか掛け算でも教えることができる
そして教えることが教育でもそれも創造的なものとして教えることができる
だから先生が創造的でないと学ぶ人はただまねるだけになり自ら考えることができないのである
つまり自ら考えることがあらゆることで教科でも必要なのである
それは社会に出てからでもそうであるあらゆる問題があり自ら考えることが根本にありそうしないとただ他者の言うままになるのである

単純な例として

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I go to を教える時、このように図形化して行く先を入れ替える、するとわかりやすくなる、ABCDの代わりに他の単語を入れればいいからである、これを実際に教育道具を作り矢印が回るようにすればいいとなる
そこで子供ならゲームのように興味を覚えることがある
つまり教えること自体が創造的なことが必要なのである、そのこと自体が学校にないから創造的な人間が生まれないのである
教え方にも無限のバラエティがある、創造的に教えることがある
天才は生まれつきだとしても創造的な自ら考えて工夫することを目指すべきなのだが学校教育に全くないのである
日本人は同質的になりやすいから日本人から独創的な人が生まれにくいのである
カルト教団に入ったりした全く創造性と自主性を奪われる、過去にキリスト教であれ仏教であれ芸術が生まれという時
今とのカルト教団とは別物だったからである

そして環境が人を作るというとき家の中に全く本も置いていないような家だと刺激を受けにくい、私の家には一冊の本も置いてなかった、だから家でなにか学問になるものや芸術になるものに興味を覚えなかった、見ていたのは漫画だったのである
でもそれはそれでその時代があり炭とか囲炉裏がある生活は貴重な経験だったのである
いづれにしろ人間は家庭環境を基本にして人を作る、何々心理学を学んだ人は親からの承認されないものは歪んでしまうというのもわかる、家庭環境が悪いと致命的になる、ヨ−ロッパだと家庭で天才が作り出されてきた
家庭が学びの場としてありそこで貴族の家から天才が育てられたからである

第一留学した者と留学しない者の差は大きい、外国生活したものとしない者の差は歴然としている
私の場合は50歳以降に海外旅行したから遅かったのである
今の時代に海外旅行しない者はもう何も発言もできないのである
たいだい知識人となっている人は海外体験した人である
天才いかんにかかわらず留学できた人としない人ではその人いかにかかわらず大きな差が生じている
それは資質の問題以前のものであり最低条件として留学は必須になるのが時代だからである

そしてまた時代が大きく影響する、戦争の時代だったら天才も戦場であえなく死んで才能が発揮できなかったのである
英雄も英雄に成ろうとしてもなりえない、三島由紀夫は英雄になろうとして自ら演出したが成りえなかった
そこに無理に英雄になろうとしたあがきがあった、つまり英雄は時代が作るのであり時代が悪ければなれないのである
だから三島由紀夫は英雄ではないし評価できないのである
明治維新に英雄がでたのは時代が作ったからである、戦国時代でもそうである
ただ新たな時代を切り開くのが天才であり英雄でもある、それは科学技術的な面でもそうだし様々な分野でそうである
明治をみればわかる、あらゆる分野でみんな創業者になっているからである
今のような成熟した社会にはありえないからである、できあがった社会だからである
何もない社会では一から作り出さなければならないから創造性が要求されて創業者になる

結局天才は何かというとき、絶えず自ら考え工夫して創意がありそこに遊びの精神があり問題意識をもち臨機応変に物事に対処する
ただ言われるままに従うものではないとなる、何か時代が変わる時、そうした天才的なものが要求される
銀行が不用になるというときもそうである、時代が変わる時、ではどうしたら銀行が生き残れるのか?
そこに新しい創意が工夫が必要になる、でもそれは簡単にできないのである
ただ時代が変わる時否応なしに変わることが要求される、それができないと銀行はいらないとなってしまうのである
でも今までは銀行に入れば安泰だ、大企業に入れば終身雇用で安泰だとなっていたのである
それがグロ−バルの競争でそうなくなったとき取り残されてしまう
ただこうした体質は簡単には変えられないのである、欧米の強みは絶えず新しいものを生み出す環境がありそれで天才も生れていたからである、ヨ−ロッパになぜ天才があれほど生まれたのか?それは環境の相違だったのである

天才への階段

これは簡潔に表にしている、これはまさに努力して積み重ねることをすすめているから普通の人が天才となる道程を示している
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2017年11月26日

人間はみんななんらかで異常である (でも異常を異常と意識できない)


人間はみんななんらかで異常である

(でも異常を異常と意識できない)

人間が異常だというとき何が異常なのか?異常と正常はどうして区別するのか?
異常の人は異常と思っていない,自分は正常だと思っている
そして人はなんらかでみんな異常性をもっている,自分ももっている
内向的な人は極端になると引き籠もりになり人と接しなくなる
自分はそうなっていた,そして社会性がなくなる

では自分の異常性はどうして生まれたのか?
それは自分の環境にあった,そういう異常性の中でも暮らしていけたことである。
親がいて三食用意されているし職につかなくても文句も言われないのである。
うるさく就職しろと言われて引き籠もりがニートが親を殺す事件がある
自分も一時はあったが30年間くらいあとは職につけなど言われたことがない
自由に旅行しても文句も言われないのである。
そういうことは普通にはなかなかないが自分の場合はあったのである。
それは異常なことだった,だから社会性がなくなっていた

これが自分の異常性だけど異常なことは環境の中で作られる,なぜならそういう状態にあることを許されなければそういう異常なことでありつづけることができないからである。もし貧乏な時代だったら引きこもっていたら飢え死にする,生活保護もなにもないからである。だからこれだけ現代が無職がいることは今までありえなかったことである。
「無業化社会」なのである。いたるところに仕事をしないでぶらぶらしている若い人がいる時代なのである。田舎でもそういう人はいくらでもいる
何か自分はそういう人と良く田舎で会うからである。自分とにているからそういう人と会うともなる

ただ異常というとき普通に暮らしている人も異常な人はいくらでもいる
そもそも異常だというとき人間はその持っているもの気質でも先鋭化すると異常になるのである。陽気な外交的な人は躁鬱病とかになり陰気な人は鬱病になる。
陽気な強気の人は異常に自信家でありそれが病気だったことを自分の家族の一人が認知症になったとき知ってショックだったのである。
認知症になっても「自分は優秀だ」と言い続けて臨終になったのである。
これは本当に異常なことだった,そこまで自分が優秀だとこだわっていたのである。
それが実は正気のときはそれで通っていた,本当に優秀だったからである。
でも認知症になったときはもうそうではないからである。
でも優秀だとして自分もそう思い死んでいったのである。
ちょうどニーチェが自分が超人だと言って狂気となり死んだと同じであったのだ

だから別にそうしてこれまで社会生活をかえって優秀なものとして見られていたものが実はそれが極端化すれば異常であ狂気になる,俺は超人だというときそれは異常と狂気に向かっていた,自分の家族の一人もそうして狂気となり死んだとなる

ところがこの異常性と狂気は誰でももっているのだ,自分が接した人はみんななんらか異常だった,自分もふくめてそうだったのである。
家族の一人は庭はいらないとか木はいらないと花はいらないとか狂気のように言っていたのである。それは異常なことである。そうなったのはやはり環境だった,貧乏であり働きづめでありそういう異常性がつちかわれていた,家では働かせられることしかなく何か花嫁修行などもしない,そういう余裕もなかったからである。
だから人間は環境で異常性が誰でも培われるのである。

ある女性も狂気となっていたことに驚く,ものすごく育ての親に反発して狂気と化していた,あれほど乱暴な女性に変身していたことに驚くのである。
子供のときしか接していないからそうなったとしてもその変貌ぶりには驚愕した
育ての親もひどい娘だわと言ってすぐに死んだから良かった,全く介護などできる人ではないからだ,だからすぐにあっけなく死んで良かったなとつくづく思う
今は今度は実の親を施設に入れているが何の愛情もないのである。
五年間とか子供のとき接していてもあとは関係なくなっていたから介護などできない
金が欲しいだけで施設に入れているだけである。実の親は金をもっていても認知症になっているからわからないのである。この親も悲惨だなとつくづく思う
そんな人に世話になること自体泥棒に世話になることと同じだからである。

それは人のことは言えない,自分もそういう目にあっているからだ
その女性がどうしてそんな異常な狂気の女性になったのか?それはその女性とは長い間接していなからわからない,別にその女性が愛されないことはないし経済的には恵まれて苦しんだこともないのである。
だからなぜそんな乱暴な女性になったのか不可解だとなる
女性的優しさが全くなくなっていたのである。
自分に対してはそれはわかるにしても育ての親は長い間一緒にいたのに非情にしたことがわからないのである。

今回は異常な女性になったのはこれも環境とかが影響していた,不幸な生い立ちがありそれは同情すべきなのだがすでに40越えて高校卒業する18にもなる娘もいるらだ
この女性がどうして異常性がつちかわれたのか?
それは東京で暮らして子供が幼児の時から離婚して生活保護だったということに由来しているのだと思う,その人は社会と接しなくても生活はできていたからである。
その女性はまたとても仕事ができる人ではない,今回話し合うにもそれもできない
何か文句言うばかりでありまともに会話できないのである。
こういう人が何か仕事ができるとは思えなかった,だからいろいろやってもやめている
長つづきしないのてある。
娘もむっつりとして愛嬌もない,そして娘と母はぴったりくっついて離れないのである。それも異常な人格を形成することになる
母子家庭とか一人っ子とは平均的に異常人格が形成されやすいことはいなめない

異常だというとき事業をしていた人も異常性があった,理系でありそっちの方には詳しいでも事業となると会社勤めとは違う,多様な能力が要求される,商売でもあるからそうした能力も必要とされる,ただ機械だけをいじっているのとは違うからである。
その人は事業をして何か異常化した,失敗して借金したからかもしれないが性格がやはり異常化したのではないか?
その人はこれまで資格もあり優秀な人として認められていた,何も異常性などない社会人だったのである。法律に詳しい理系の技術にも詳しい人だったのである。

でもその人だけではないその家族自体にも異常性を感じたのである。
この家族はおかしいという家族は普通にある,それは比べてみてそれを知るのである。
自分自身の家族もそうだから人の家族のことは言えない,でも一見普通の家族としてまた社会人として認められていても異常性がある人はいるのである。
別にその人は事業に失敗していなければその異常性に気づかない
サイコパスとか異常人格かいてもその人は事業に成功したりしている人もいるからだ
事業に成功しても異常人格と思われる人がいるのである。

ただ人間はどんな人でも異常性がある,個人的にもそうだが集団的にも異常性はつちかわれる,戦争中とか何か集団狂騒状態に陥っている,戦争中は何か催眠術にかかったように戦争に国民が一丸となって向かっていたのである。
それは今の北朝鮮のような状態だったのである。異常性は別に個々人でなくても集団でもつちかわれる,カルト教団ではなぜあれだけの人が集まり社会を圧迫しているのか?
これもその異常性に気づかないからだ

異常であっても異常に気づかない

そもそも異常なことに気づくにはそういう異常な集団だと客観的に見ることができなければわからない
異常な人はその異常性に気づかないのである。カルト教団の人はむしろ外部の人こそ異常と見ているかもしれないのだ。それだけの数の人が同調しあうことは異常なのである。
だからナチスが生まれファシズムが生まれる,つまりそこで異常集団が形成されてもむしろその異常な集団に入らない者はかえって異常なものとして見られるのだ
異常が正常で正常が異常になることは歴史でもあったのである。

人間は自らの異常性に気づかない,それは個々人でもそうだし集団でもそうである。
集団の異常がやっかいなのは数によって権力をもつからである。
いくら異常だと言っても権力をもっているとその権力によって異常が認められることになる,逆らえないことになるのだ,それがファシズムの恐怖でありそういうことは歴史上で共産革命とかナチスとかその他大量虐殺として起きているから怖いのである。
まさにこれこそ集団が異常化して狂気化して地獄になったのである。
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posted by 天華 at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など