2026年02月09日

中道改革の衆議院選挙の大敗はなぜ 【創価票が機能しなかった、買い被り過ぎたのが失敗】


中道改革の衆議院選挙の大敗はなぜ
【創価票が機能しなかった、買い被り過ぎたのが失敗】

中道改革がなぜ大敗したのか、大きな原因は期待した創価票が入らなかった。
なぜそうなったのか、選挙の準備ができなかった。創価というのは巨大な団体であり
でもみんなが熱心な会員ではない、そこで何百万人の幽霊会員がいる。その人達は会合にも出ない、それで選挙の時その人達に一票を入れさせるのが幹部の仕事になる
それは半年前であれ一年前であれ運動する、だから今回のように時間がないと対応できない、つまりこれだけの巨大組織を動かすとなるとそれなりに時間がかかる
そして創価の会員は池田大作会長時代とは違い熱心な人は減った。一種の憑き物がとれたようになった。

幽霊や霊が取り除かれ、正気に戻った状態

「憑き物が取れた」とは、幽霊や霊が取り除かれ、正気に戻った状態を指します。この表現は、集中しすぎた状態から解放され、元の自分を取り戻したことを示す言葉です。例えば、何かに夢中になっていたときに、ふと我に返ったときに「憑き物が取れた」と表現されることがあります

カルト宗教団の会員はこんな状態である。一種の憑依現象でもある。本来の宗教とは何の関係もない、それは精神異常でもあり社会病理学的に見るべきものである
ナチスの全体主義―ファッシズムである。社会自体がそうなる時がある。今創価であれカルト教団は憑き物がとれたようになっている。洗脳から覚めたともなる
だから創価でも会員を操作できなくなった。なぜ選挙運動ばかりさせられるのかと疑問に思い嫌になっていた人も多いからである。
池田大作が死んだこともカルト教団にとって教祖は神であり仏でもあるからそれを失うことは求心力を失うのである。なぜなら池田先生のために選挙運動するとなっていたからである。

とにかく巨大な組織でありその人達は自主性はない、だからこそ選挙でも必ずしも集団で一致して行動するわけではない、つまり上からの働きかけが必須である
そうしなければ動かないのである。浮動票のようにその時々の情勢で動かないのである
今や組織自体が一つとなり動かない、動かすにもかなりの時間が必要なのである
今回はその時間がなかった。だから立憲も期待したが期待外れに終わった
もはや創価票は幻想であり期待できない、むしろ創価と組むと逆効果になる
現実に自民党から公明が離脱してもかえって右寄りの人達が票を入れて自民が大勝した
公明党が離脱してかえって良かったとなる。公明創価を買いかぶりすぎていたのである

それは立憲でもそうだった。創価票がごっそり入ると見たがそうはならなかった。それが誤算だったのである。今や創価公明は衰退してゆくだけである。そこと組んでも伸びることはない、そもそもカルト教団と組んだことが間違いだったのである

溺れる者は藁をもつかむ

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溺れる者は藁をもつかむ」とは、困窮した状況に置かれた人が、全く頼りにならないものにまで必死にすがろうとする

立憲はまさにこれだった。公明党もそうだったのである。新党でも何ら新鮮味がなかったのである。互いに沈んでゆくだけだったのである。

2026年02月01日

世界で多党化が進む主な理由 【民主主義そのものが問われているー民主主義が独裁を産む理由】

世界で多党化が進む主な理由
【民主主義そのものが問われているー民主主義が独裁を産む理由】

1. 社会の価値観が細分化した
かつては「労働者 vs 資本家」「保守 vs 革新」といった大きな対立軸が政治を規定していました。


しかし現代は、

環境問題→参政党
ジェンダー
地域アイデンティティ
移民→日本保守党
デジタル社会→チーム未来

多党化は「混乱」ではなく、
社会の多様性が政治に反映され始めた結果とも言えます。

ただし、多党化が進むと、
連立政権が複雑化する
政策決定が遅くなる
ポピュリズム政党が台頭しやすい


今までは昭和でも平成でも二大政党で分かり安かった。自民党と社会党とかで分かり安かった。これだけ多党化するとわけわからなくなる、だから政策でも何にに重点を置くのかを見る。わかりやすいのは日本保守党が移民問題をチーム未来がデジタル社会を若者向きの問題を重点にするのはわかりやすい、他はわかりにくい。
消費税はほとんど賛成であり区別できない、ただそのやり方の方法が違うとなる
知識人に受け安いのが反グローバリズムの参政党である。ただ庶民受けにはならない、
共産党と創価は問題でも庶民に受ける。めんどうな知識は必要はない、身近に接して話だけでも聞き援助してくれる党に入れる。だから一定数の票が確保できる

中道改革は何かあいまいであり浮動票は入らない、組織票が頼りである。でも創価でも何か入れにくい。やはり公明党でないと入れにくい、組織票としてまとまりにくい。
原発に賛成とかで私は入れない、宗教政党はそもそも中道でも一つにまとまりにくい、どうしても排他的になる。そもそも信者や会員優先でありそうでないものは重要ではない、会員には利益を与えるがその他は無視される。少しでも批判して逆らうと謗法だとか仏に逆らうから罰当たるとかなる。

だから一般人からすると近づきがたい。ただ議員でも落選すると罰あたったと逆に言われる。何でも宗教で判断するからである。ではなぜ創価でも共産党でも一定の支持者がいるのか、それは最下層の人達がいてその人達の頼る党がないからである。他の新党は庶民にはわかりにくいのである
結局宗教政党はカルトは詐欺集団である。得する御利益があるのは議員とか幹部であり
その他にはない、選挙でもただ働きをさせられるだけだとなる
かといって最下層の人達が一定数いて今は増えていると勢力が増すともなる

いづれにしろ多党化になるのはそれだけ社会が細分化されて複雑になったからである
極端になると一人一人が一党ともなる。日本保守党などがそうである。保守自体が多党化している、だから選ぶ方になると困惑する。個人への人気投票なのかともなる。
高市首相自体がそうである。私が首相としてふさわしいかを決める選挙と言い、国民い問う、それは人気投票だとなる。当選すればやはり私は人気があるとなり認められたとなり喜ぶ、多党化でも個人への人気投票になる。そこに民主主義でももはや成り立たなくなる。民主主義の問題は一人一人の言い分を聞いていたらきりがない、それに答えることはできない、そこに限界があり何かを判断して決めることもできなくなる
ワーワーと騒ぐだけで何も決められなくなる。必ず反対の人がいて批判がありそれをまとめることができなくなる。結果的に良い政策でも実行できずに国民が損するとなる
とにかく支離滅裂であれ自己を主張するのが民主主義である

この辺で原発事故があっても原発いいものだと堂々と主張する。それは原発事故で避難区域になった地域であり補償金が手厚いからいいものだったと主張する
そういう人が一人いても原発事故でもそんなものかと信じて原発が増設される
その発言には責任が伴う、でも責任を自覚しないでとにかく自己を主張する
戦後こうして民主主義的人間が育成された、それは知識人だけではない庶民でも本当に自己を主張する、支離滅裂でも主張する、そして俺とお前は同じだとなる
水平化される、そこで多数が正義であり多数に従えとなる。つまり多数がすべてを決めるのでありいかに多数に支持を得るかがも問題になる、だから逆に民主主義は独裁になりカルト宗教団体とかが力を持つようになる

そこもただ一票を得ることであり人を選ばないからである。
民主主義→ファッシズム→独裁となる。トランプ大統領のような独裁的人物が出るのも
民主主義だからである。何か明快でありすっきりする。一人一人がゴタゴタ言っていたら何も決められない、だから民主主義自体が問題なのである。
それで選挙しても無駄だとなり選挙に行かなくなると民主主義が崩壊する
そいう危機的状態にもなっている、投票率が低すぎるからである。









2026年01月28日

人類の終末が何故言われるのか 【聖書は人類のために書かれたもの―一民族のためではない】


人類の終末が何故言われるのか
【聖書は人類のために書かれたもの―一民族のためではない】

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終末時計の時刻が今年さらに進んだ理由について「核兵器、気候変動、破壊的テクノロジーのリスクが全て増大している」と語った。

なぜ終末が言われるのか、それはグローバル化して常に世界のことが報道される
それで日本より外国に注目される、日々外国のニュースが入ってくる
そうなると不安が百倍にも増大する、江戸時代に生きていた人ならせいぜい狭い村のことくらいしか知らず生きていた、現代は否応なく世界のことを意識する
それは別に悪いことではない、その結果として今や人間は人類のことを意識する
それぞれの国家や民族ではなく人類を意識する

核兵器、気候変動、破壊的テクノロジーのリスクが全て増大している

気候変動で人類は地球に住めなくなるとか核戦争で滅びるとか意識する
終末がきて人類は滅亡するとなる。そういう感覚は百年前とか千年前とか意識できない
狭い世界で生きていれば意識できない、でも聖書になるとその人類を意識していたのである。たしかに神はへブル人を選んで導いた。でも一民族の神ではなく人類の運命を決める神であった。だからノワの箱舟は人だけではない、動物も滅亡から救うために乗せられた。人間の罪が動物まで影響したのである。人間の罪のために神は動物まで滅ぼそうとしたのである。そこに人間の罪深さがあった。

人類が滅亡するという時、神が人間を滅ぼすともなる。そこに明確な神の意志があり滅ぼす、その力が神にはある。ただ核兵器、気候変動なども人類が滅びる原因になる
ともかく人類と意識するのはグローバル化の結果である。それは別に知識人だけではない庶民でも意識する。江戸時代なら村民としての意識しかないし日本国民意識もなかった。終末観は人類を意識して起きる。

聖書は一民族のことではなく人類の聖書でありそれだけの大きな視野を持って書かれたのである。そして人類の未来を予言したのである。
人類は滅びるのではなく神により滅ぼされるのである。だから必ずしも気候変動とか自然環境の変化で滅びるとはならない、それは防ぐ方法がある、でも神が滅ぼすとしたら防ぐ方法がないのである。そう考える人はない、そもそも神などないと見ているからである。でも聖書は神の業が現実に現れて人間を導いた記録である
それは一民族ではない、人類を導く書である。

第一ノワの箱舟などありえるのか、荒唐無稽なものに思える。そんなことイメージすらできない、ただそれも人類を救う生き残させるために神が命令してノワに作らせたのである。その時すでに人類が意識されていた。一民族が生き残るのではない人類が生き残るためにノアが選ばれ箱舟を作ったのである。まずその頃多様な民族が存在していた。それらを人類と意識できなかった。そもそも人類と意識されたのはここ百年くらいである。それまでは個々の国家があり民族がありそれ以外のことは視野に入らない。

今終末が言われるときそれは一民族国家の終末ではない、人類の滅亡だとなる。一民族一国家が滅亡しても人類が生き残れば人間の歴史は継続される。アメリカが滅びても今でも移民が大量に流入してくるからアメリカから人間がいなくなることはない。それは日本でも同じである。少子高齢化で日本人がいなくなっても移民が入ってくれば日本から人間がいなくなることはない、ただ人類が滅びたらどこの国でも維持できない
ともかく人間の歴史は多様な民族抗争の歴史であった。でも今は人類を意識する
民族の存亡ではなく人類の存亡が問題になったのである
それで核兵器は一つの国家滅ぼすだけではない、人類を滅ぼすから問題となった。
人類の存亡のために核兵器を廃止しろとなる。

. “終わり”は実は“転換点”の比喩でもある
終末という言葉は、破滅だけでなく「大きな変化の前触れ」を示すこともある
価値観の転換、社会構造の再編、技術と人間の関係の再定義
つまり「終わり」ではなく「別の始まり」を語っている場合も多い

これも言える。何か社会が荒廃して行きずまった時終末だとか末世だとなる。それは今までも言われたのである。ただそれは一国家で言われた。人類の終末を言われるのはグローバル化したためである。国家民族意識から人類意識を持つようになったためである

2026年01月27日

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか? 【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】

民主主義国家からなぜ独裁者が生まれるのか?
【民主主義の行き詰まりー理想になりすぎた】


意見が多様であるほど、社会はしばしば分断し、対立が深まります。

経済格差
治安悪化
既存政治への不信
複雑化する社会問題

こうした不満が蓄積すると、人々は「強いリーダー」を求めやすくなります。


民主主義と独裁国家は正反対である。でも民主主義国家から独裁国家が生まれやすい
それは何故なのかとなる。アメリカは民主主義の国家であり模範である
でもトランプ大統領な独裁的な人が出た、人気がある
その理由はアメリカは移民が多く多様な人の集まりである、言葉でも英語だけではない
ヒスパニック系が多く言葉が通じない、肝心な言葉すら通じないからコミニケーションできない。でも民主主義国家では言葉が通じなくても一票を持っているからそれぞれの個々人でも話を不満でも聞かざるえない、それは大変な重荷ににもなる
日本であれ民主主義国家ではそうなる。一人一人の言い分を不満であれ訴えであれ聞かざるをえない、それをいちいち聞いていたらとても処理しきれない

別に学問無い人でも職業に関係なく民主主義国家では自分の主張を言うことはできる
それは悪いことではない、でもその人達の言い分をいちいち聞いていたらとても処理できない、聞く方で嫌になってしまうのである
その人は原発事故の避難区に住んで移り住んだ人だが原発について私が反対意見を言うとそんなこと言うな、みんな補償金をもらって喜んでいるといって食ってかかる
それだけではない、とにかく自分を主張する。だから戦後に育った人達はみんな民主主義国家で育ったからそうなった。戦前だったらそういうことはなかった。
言っていることは支離滅裂でも私にくってかかり自分を主張する
では何を言いたいのかとなると原発のことで補償金であれ批判するなということである
補償金をもらって何が悪い、当然だとなる
つまり人間利益になること金になることになると敏感であり譲れない、そのためにいろいろ言うことになる。それを批判すると烈火のごとく怒る

民主主義国家ではどんな人でも自分を主張する。仕事でもどんな仕事でも自分を主張して自分は価値ある存在だと主張する。その価値を認めるべきだとなる
でもいちいちそれを聞かされる方になると嫌になる。掃除する人であれ何であれ延々とその仕事のことを不満でものべつとなく言われると嫌になる。それが無駄とか価値無いというものでもなく一人一人の言い分を聞くことには限度がある
そして上に立つ人であれまたみんなも勝手に言いたいこと言っていたら終始がつかなくなる。そのためにかえって独裁者が現れやすい、一人一人の言い分を聞いていたらきりがないし何もできなくなる。必ず不満があり反対があり批判がある
すると結局何もできないとなる。だから民主主義国家では独裁者が出やすい
要するにとても一人一人の不満でも主張でも聞いてそれにかなえることは不可能である
誰かに良いことは誰かにとっては悪いことになる。誰かに得することは誰かの損にもなる、みんなが得するということはない、民主主義は自分は利益を得たい得したいとなる
でもみんなが一様に得するようにはなりにくいのである

いずれにしろ民主主義国家が独裁国家になりやすいのは民主主義自体にその原因がある
かといって共産主義がいいのかとなればそうではない、何か余りにも民主主義が理想のようになりすぎたのである。そのために混乱する、アメリカ自体がもはや国として統一されず分裂するとかなる。多様性が悪いものでないとしてもとても国家として統一できなくなっている。民主主義が余りにも理想のように常に語られけどそこに限界があり
その矛盾が噴出している、だから暴動が頻発して独裁が生まれる。
では何がいいのかとなるとわからないとなる。確かなことは余りにも民主主義が理想化されたことである、それは理想に向かう一形態制度に過ぎない、それを自覚すべきだとなる。


2026年01月25日

南国の楽園の詩【ゴーギャンの絵より―文明は人間を不幸にした】


南国の楽園の詩【ゴーギャンの絵より―文明は人間を不幸にした】

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村の女が集う
その肢体はのびやかに
石のようにどっしりと腰を下ろす
あたたかいので着飾ることはない
その着るもの差別はない
ただ豊満な肉体が誇らしい
人々は集まりなごむ
そこに時計はなく時間に追われることはない
車もなく騒音もない
波の音が響き涼しい風が吹きそよぐ
海の幸がすぐ近くにあり
種々の果実は豊かに実り
どうぞ食べてくださいと
神の手からもたらされる
またココナツのミルクを飲む
日々の糧は労せずして与えられる
そこで金に時間に追われることはない
太陽は輝き昇り赤々と海に沈む
その自然のリズムに合わせる
大輪の花があどけなく咲き開き
大きな蝶が紋もも鮮やか舞い休む
村の女が和やかに集い憩いぬ
信頼に充ちてただ共に安らぐ
そこに上下関係はない
家族のような団欒がある
何故か大きな石の貨幣がある
それは使われない貨幣である
金に追われて暮らした人には
その貨幣の意味が価値がわからない
ただの飾り物に過ぎないから
そんな大きな重いものを持ち運ぶことはできない
ここには金持ちも貧乏人もいない
人々は相集い笑いなごみ寄り合う
そこには赤裸々な身体のみが映える
その身体はふくよかに大きく映える
そこに過酷な労働はない
なぜ長いトンネルを作る必要があるのか
山をくりぬきその過重な労働を強いるのか
人間は文明を作ったがそこに安らぎはない
人々はなごみ安らふことはない
日々時間に金に追われ機械に使われて疲弊する
その体は点のようになり存在感がない
背広を着て何か常に窮屈である
そこでは伸び伸びとできない
時計は一分ごとに刻まれ機械の時間に追われる
たえず金を数え数字に追われる
その心は休まることがない
自然の時間ではない機械の時間に追われる
南の国に楽園あり
そこに過酷な労働はない
労苦なく日々の糧は与えられる
神の手からじかに与えられる
文明人は労働を善として休むことを知らない
巨大な山にトンネルを作る
その労働で死ぬ人があっても成し遂げる
それが人間の文明の成果と誇る
でもその労苦の跡は消える
残された巨大建築の礎石の跡
その建築物も消えた
文明は膨大な労働の集積
でもそれを誇るにしても虚しく消えぬ


エデンの園は寒い所にはないだろう、寒ければ頑丈な家が必要であり寒さを防ぐ衣服も必要である。また食料を得るため労働が必要になる。南国のように果実を労苦なく得ることはできない、絶えず働かなければ得られないのである。
人間が作った文明が果たして人間を幸福にしたかどうかはわからない
ゴーギャンがパリとか文明の大都市から逃れてタヒチに来たのもそうである
文明批判という時画家でもそうだが宗教でも文明を否定する。仏教でも中国の老子の思想でもそうである。キリスト教でもそうである
老子は鍬を使うことすら否定した。それによって失うものがあると警告したのである

花は働かず、紡がず、それでもソロモン王の栄華より美しく装われている

人間は営々と働き文明を作り出した。でも野の一輪の花ほどの美もなく殺伐とした大都会を作りそこで人々は和み憩うこともない。みんな疲れている。巨大なビルとか山をくりぬくトンネルとか海底トンネルとか作る必要があるのか、それに費やす労働も資金も膨大でありそれほどの犠牲を払い必要なものなのかと今は思う

山が崩れそれを直すためにまた過重な労働が強いられる。確かなことはそれほどまでに働いても人間を幸福にはしない。むしろ過重な労働で苦しむだけだともなる
人間は自ら苦しみを作り出して不幸にする。文明は人間を幸福にしたとはならない、不幸にもした。だから今は何かを成すより成さないという選択も考える
それが宗教であり哲学でありそういう時代にもなった。文明によりみんなが幸福になったわけではない。むしろ不幸に感じる人が多くなったのである









2026年01月10日

盛岡市の詩


盛岡市の詩
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精緻に組まれた盛岡市の城の石垣
赤々と紅葉は映えて散り
岩手山輪郭鋭く聳え迫りぬ
陸奥を貫き北上川の滔々と流れぬ
その岸辺ケンジは足跡の化石より
太古の生物、牛を生き生きとイメージする
川にのっそりと浮かび沈む
その足跡は泥に残されていた
盛岡市は陸奥の古都
街中を中津川の流れのひびき
晩秋の日はさし静か
その音を古木と石は聞き入りぬ
ここにおもむろに人は交わり
ベンチに座り一時盛岡の人となる
せわしく過ぎゆくなかれ
奥深く記録に刻み帰るが良い
明治の古風な煉瓦の銀行
その庭に三色の薔薇の咲きぬ
秋日さしその色合いを深めぬ
ここは明治からハイカラな都会
そこにモダンな感覚の養われぬ
プラタナスの広葉の散る街路
若い人等が未来を語り歩む
いくつかの橋は古り
江戸のように行き交う
まるで浮世絵や版画のように
古い商家の壁に夕日さし
長々と柳は垂れぬ
夜青い街灯が灯り
メルヘンチックな旅情に浸る
この市街を離れて小岩井農場に
森に踏み入れば新雪は深く積もり
アカゲラの木をたたく音のみがひびき木霊する
醜き人の顔は見ずただしんしんと雪は降り積もりぬ
ここに沈黙は深く物音一つもなく
心洗われ浄められる
ここに自ずと絶妙な楽は奏でられる
その街も雪の降りメルヘンのようになる
銀河鉄道に乗り天の駅にとまる
それも一時常に場面は変化する
その駅は幻想の駅となる
雪はふりしきり赤く青く信号が点滅する
列車は雪降る中を走り過ぎて行く

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盛岡市が外国人に人気があるのもわかる。都会でも風光明媚であり歴史もある
そして賢治の詩とか啄木の短歌で価値を高めたのである
岩手県自体が魅力がある風土である。海山川と地形に魅力がある
盛岡市でも真正面に岩手山がまじかに聳える、あの独立峰を見るとまるで額縁に見事に収る。また小岩井農場とかメルヘンチックになる
あそこの森に雪の時に行った。アカゲラが木をたたく音のみが木霊していた
盛岡市でも近くに小岩井農場があり森がある。都会でも身近に自然がある
こういう場所こそ住むにはいい、田舎でも今は村のような所には住めない
様々なものが不足するからである。





2026年01月01日

2026年新年に思う 【時代劇でなぜ侍は殿様に忠誠を誓ったのか?−城は聖堂と同じ】

2026年新年に思う
【時代劇でなぜ侍は殿様に忠誠を誓ったのか?−城は聖堂と同じ】

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年明けて我が目覚めれば赤々と椿の咲きて寒き朝かな

白百合の一輪開き間もなくもまた一輪の我に向き咲く

年明けて天守に望む我が国の栄えあれかし心直しも

時流れはや花散りぬ人の世をいかに生きるも心残りも

時流れはや花散りぬ人はみな心ならずも死ぬものなりしも

浅野内匠頭の辞世の句は「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」だった。
久しぶりで忠臣蔵を見た。今に時代からみるとなぜそこまで忠誠を殿に誓うのかとなる
でも別に幕府は個々の家では仇討ちを奨励していた。それが武士のすべきことであり悪いとも思っていなかった。むしろ仇討ちをしないものは武士ではないとか咎められていたのである。ただそれは個々の家ではそうでも藩全体で仇討ちとなると別だった。

なぜ殿のためにそこまでしたのかとなればやはり当時の時代背景があり社会があり当時にしてみれば変わったことでもなく必然だった。藩は一心同体であり城はその象徴だった。城は単なる建物ではなく武士の精神的象徴拠り所としてあった。ヨーロッパの聖堂とも似ていた。城は心を一つにする場であった。その時代殿様がなぜその忠臣にあったのか?別に殿様でも優れた人とは限らない、でも殿様を神のごとく奉る。忠義というとき殿への忠義なのである。だから義といっても狭い社会の範囲のものであり今の正義を実現するものとも違う。何故なら殿様で悪い殿様がいた。別に殿様が聖人君子でもなかった。そもそも侍ではない一般庶民は侍とか殿様をどうみていたのか?

それは雲の上の人でありその姿すら見れない人だった。篭のにっていれば見えないのである。直接御目通りなどできないのである。それは天皇とも似ている。だから一般の人は殿様と言ってもどいう人かなどわからない、だから殿様への忠義などない
そのために会津では年貢で苦しめられていたから明治維新で薩摩長州に攻められても城が炎上しても無関心でありそれより年貢が安くなると喜んでいた。
つまり侍と庶民ではその差が大きい。だからここは侍と庶民を分けて考える必要がある
侍と庶民は別個の存在だった。それで会津でも城が燃えた時白虎隊が自刀したが庶民は城が燃えてもたいして感じなかったのである。城と一体となっていたのは侍であり庶民は関係なかったのである。何かドラマだとそこが抜け落ちているから庶民と侍を同一のものと見るから誤解する。ドラマは真実を歪める。何か美化される
歴史は現実を見る目が必要である。でも今はドラマが真実に思えるのである。

ともかく大晦日から時代劇とかテレビを見ていた。影武者とかも面白かった。戦国時代はドラマになりやすい。この辺では野馬追があるから戦国時代が再現されるからなるほどと見る。現実武田の旗印も出る。戦争でも見ているだけなら面白いとなる
今年の正月は午後から霙にもなりぱっとしない、今年はどうなるのか
私の場合生きているかもどうかわからない、それで人間は

心ならずも死ぬものなりしも・・・

人間はいかに偉大な人でもみんな心ならずも死ぬ、百歳生きてもそうである
何かそれぞれ心残りがあり死ぬ。そもそもそれがこの世を生きることである
この世では何か達成されることがない、心ならずもともなり心残りになる
ただ多少生きる時間に差があるだけである。この世に生きて完成されることはない、未完で終わる。完成されるのは神の国でしかありえないのである。

昔から馬は、縁起の良い動物として親しまれてきました。
これは、馬が後退せず力強く前に向かって走ることから「前に進む象徴」であることや神様の使いとして奉納されていたこと、農作業や移動など人の生活を助けてくれる身近な動物であったことが大きな理由となっています。
現在、神社でよく見られる「絵馬」は、もともと神様に奉納されていた馬だったといわれています。

馬という時相馬野馬追がこの辺であるから馬には親しみがある
でも私はとても馬のように行動できない、今年生きているのかとも見る
ただ確かに馬は前進する力を象徴している。ということは全体的には前進するのかとなるがとてもそうは思えない、これも個々人では違ったものになる

ともかくよいお年であることを願います



2025年12月23日

寒さ身にしむ一人の暮らし【冬薔薇、冬タンポポ、冬の朝、冬紅葉、寒烏、枯野、・・】

寒さ身にしむ一人の暮らし【冬薔薇、冬タンポポ、冬の朝、冬紅葉、寒烏、枯野、・・】

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路地裏のいつもの道や冬薔薇
鉄道冬タンポポや浜通リ
玄関に重なり散りぬ冬紅葉
餌あれや枯野見ているノスリかな
故郷や墓地に枯野に寒烏
葉隠れに山鳩来たる冬の朝
姉と母遺影を見つつ年の暮
一人身に寒さ染み入る買い物に
古い家寒さ身にしむひとりかな
今日も見ゆなお散り残る冬紅葉
寒鳥の鋭く枝に止まるかな

冬の浪ひびきかなたに雪おおう蔵王望みて山形思ふ
白鳥の姿美し凍てる空鳴く声ひびき朝翔けゆきぬ


ノスリはネズミを探しているのか、必ず電線とかに止まっている。ネズミが枯野に見えるのかとなる。田舎の景色として枯野と墓地と寒烏となる。
福島県の浜通リは雪はほとんど降らない、それで鉄道に沿い冬タンポポがさいていた
でも今日は寒い。買い物が必ずありそれが一仕事になる
めんどうなので料理はほとんどしない。だから買い物は必須である

冬の浪が打ち付け響く、かなたに冠雪の蔵王が望まれる。蔵王が見えるから山形県が近いともなる。福島県でも吾妻山は磐梯山は浜通リからは見えない、だから返って山形県が近いともなる。やはり見えるか見えないかは相当に影響する
福島県でも広すぎる。ハマ、ナカ、アイズでは気候でも違い見える景色も違う
福島市は阿武隈山脈に遮られて全く見えない、だから福島県は地理的に一体感が感じられないのである。むしろ宮城県だと牡鹿半島でも金華山でも見えるから地理的には親近感があるとなる

故郷の風景は枯野と墓地と烏だとなる、何か墓地が目立つ、それで墓地を調べていたのである。冬は白鳥が飛ぶから気持ちいい。今年は冬が長い。ただ一人は寒さが身に染みるとはなる。それでも一人は自然に感じやすくなるから俳句でも短歌でも作るのにはいいともなる。毎日狭い所を同じ道を行き来している。冬は遠出するのがむずかしい
遠出するなら鉄道の旅になる。
ともかく今年も終わりになる。晩方になり寒くなった。












2025年12月22日

金沢の冬の俳句【冬桜、冬の水、冬深む、冬の川、冬の月・・・・】

金沢の冬の俳句【冬桜、冬の水、冬深む、冬の川、冬の月・・・・】

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水流れ古松に寄りぬ冬桜
冬の水めぐり流れて日は暮れぬ
金沢に金箔の技冬深む
金沢や技を伝えて冬桜
金沢の橋の古りにし冬の川
金沢の茶室や池に冬の月
冬深む古都に伝えぬ職人の技
金沢に買いし茶碗や冬深む
古都なれやともしび静か冬の暮
犀川の流れのひびき寒の朝
金沢に買いし茶碗や冬深む




日本の古都は京都と金沢だろう。奈良は日本の建国の場所であり古都とはまた違っている。それは現代に継続していない。京都と金沢は継続している古都である
いろいろな伝統の技が職人を育んだ。そのことで現代まで活き続けたのである。
京都も奈良も川があり水路があり庭が文化の象徴となる
金沢は兼六園があり魅力的である。水が街中を流れるということで盛岡も東北の古都になる。でもそこに伝統の技はないから物足りない。
ともかく金沢は遠いので一回しか行かないからわからない。ただ金箔など職人の技が受け継がれているから京都のように古都として活きている、どちらも冬もいいのも共通している。


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2025年12月21日

京都の冬紅葉の俳句とAIの絵

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京都の冬紅葉の俳句とAIの絵


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味わいぬ京の老舗や冬紅葉
京の道しとと雨濡れ冬紅葉
京の庭苔に散りたる冬紅葉
茶室にて京に交わる冬紅葉
抹茶呑む黒茶碗重し冬紅葉


京都は日本の文化を凝縮した千年の都である。だからどこでも絵になる
歴史の重みがある。庭はその象徴である、家庭というとき家と庭となるのも日本的である
それも文化である。外国のガーデンの由来は

「garden」の語源は、13世紀後半に古北フランス語の「gardin」から来ています。この「gardin」は、フランク語の「*gardo」(柵で囲まれた庭)に由来し、さらにゲルマン祖語の「*gardan-」に遡ります。最終的には、印欧祖語の「*gher-」(囲む)に由来し、囲まれた土地や庭を意味するようになりました

柵に囲まれた私有地の意味で日本の庭の感覚とは違う、何か柵で侵入する者を防ぐが基になっている。他者が入ってならないものになる。それは絶えず異民族が侵略してきた歴史があり庭でも柵で囲み侵入できないようにした。

いずれにしろ京都は日本の文化を象徴する場である。ただ本当の京都は住んでみないとわからないだろう。住んで実感する。ニ三回旅してはわかりにくいのである
それはどこでも外国でも同じである。だから外国に住んだ経験がある人はささいなことでも日本との相違を知る。そこから理解を深められる



2025年12月20日

冬の日家に籠る日々【冬紅葉、短日、年の暮、冬薔薇、木の葉散る・・・】

冬の日家に籠る日々【冬紅葉、短日、年の暮、冬薔薇、木の葉散る・・・】

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数枚の散り重なりぬ冬紅葉
短日や近間を回りはや暮れぬ
近くなれ空家と化すや年の暮

山鳩の家に来たれる冬の日や我は静かに家に籠りぬ
冬の薔薇一輪咲きしも今日見れば散りてなし我は家に籠りぬ
一枚の木の葉庭に散るそを見つつも我は静かに家に籠りぬ


何か今年の冬は11月で冬になりすでに長い11月から3月くらい冬だとすると5か月もある、約半年にもなる。どうしても冬は家に籠る日が長くなる
日も短くあっというまに暗くなる。それで近間を行くだけになる
直ぐ近くの組の人の家が空家化した。二人の老夫婦が住んでいたが車が二台あったがそれもなく空家化した、どこに行ったのかどうしたのかわからない。ただこうして空家だけがどこでもふえてゆく日本である。そこは子供の時からあった家だからそれなりに古い。これからも空家は増える。

山鳩が一羽庭に来る、それでなごむ、やはり窓から庭がみえるのはいい
そこに自然があり四季の変化がある。でも山鳩が来たのはめずらしい。
冬紅葉が重なり玄関に散る。それは老人に見える。
俳句は写生である。それをどう見るかはその人によって違ってくる。私はその冬紅葉が老人に見えたのである
とにかく今年はすでに冬が長く12月で冬深むともなる。
冬は瞑想して内面化して過去を回想するのに向いている。だから冬もいいとなる

2025年12月08日

石の倉の俳句【冬椿、冬の草、冬薔薇、冬紅葉、冬桜・・・】

石の倉の俳句【冬椿、冬の草、冬薔薇、冬紅葉、冬桜・・・】

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冬椿古木一本石の倉
狭き土地貧に苦しむ冬の草
古寺にそ今年も咲きぬ冬桜
冬薔薇一輪見つつ籠るかな
石の倉いくつかありぬ冬紅葉
定期的に我が家に来る人冬紅葉


南相馬市の鹿島区の北海老の宝蔵寺の紅葉は江戸時代から有名だった。相馬の殿様も見に来ていた。そこには冬桜も咲いている。
ともかく石の倉は多い、石だと重厚なものを感じる。日本には石造りの物が少ない、それで昔を偲べない、ヨーロッパだと2000年前でも石造りのもものは重々しく残っている。それで今でも歴史を感じる。倉でも日本では木と土壁の倉であり明治以降に石の倉になった。だから歴史でも新しいのである。

俳句は写生である。説明していたら短いからである。それで写真と相性がいい、写真は見たままを映すからである。それで【写俳】という分野が生まれた。現代は映像の時代であり写真は欠かせない、技術の変化進歩で新しいアートが生まれる
アートそのものが技術の意味であった。

冬紅葉もいい。何か人が信頼するには時間がかかる、定期的に来る人は親しくなり信頼するとなる、今年は晩秋がなく冬になった。冬が長いとなる





2025年12月06日

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

冬深むの俳句【冬椿、冬薔薇、冬深む・・・】

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これは外国になったけど煉瓦の家である、石の家もあるだろう。


十数本根付き冬深む
姉と母我見守るや冬深む
冬深む古木一本に石の倉
石一つここに変わらず冬深む
冬深む桜井古墳に眠る人
冬椿垣根に咲くや街の裏
原町に新しき店冬椿
冬薔薇一輪咲くや籠る家


冬深むというとき一月頃かとなる。でも今年は晩秋がなく冬になった。11月も冬であった。すると冬が11月から2月までになるのか長くなる。だから冬深むというのが12月でも不自然ではない。紅葉でも冬紅葉になった。
姉と母とは60年とか一緒に暮らしたから忘れられない。人間は親しくなるというとき愛し合うという時時間がかかる。誰と一緒に暮らすにしろ一人の生きる時間は限られている。だから老人になって気づく。一緒に過ごす時間が貴重だったと誰と過ごすかも大事でも誰であれ限られた時間をともにする。
それで熟年離婚は損である。なぜならまた新しい人と共に過ごす時間がもうなくなってしまうからである。
人間は金のことは四六時中考えるが意外と共に過ごす時間のことは考えないのである
まず親子でも共に過ごすことが無ければ親子にも兄弟姉妹にもならない。
そして長く一緒に暮らした人は死んでも忘れられない、やはりいるように思えるのである。

ともかく冬深むというときなにか老人に似合う。しんみりとしていいいのである
やはり季節を感じるのは田舎である。冬は過去を回想するとか深く思考するのに向いている。
石の倉は石だから何か冬に向いている。石と木では感覚的に違う。石は重みがある
重厚になる。そこに古木が一本立ち農家がある。そこに存在感がある
冬椿もいい、まだ寒椿にはならない、でも寒いのである
冬には冬の美がある、簡潔な美がある

「簡潔」とは、無駄がなく分かりやすいことを指している言葉です。
「簡」には「省く」「減らす」、「潔」には「いさぎよい」「余計なものがない」という意味があり、熟語が持っている余計なものがなくすっきりとまとまっているさまを示しています。

「簡潔」であるためには、単に短いだけでなく明瞭さが必須です。無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残すのですが、削り過ぎて意味が分からなくなっては本末転倒となります。

女性でも何かそういうふうに見える。冬は無駄なものを削ぎ落し必要なものだけを残す
冬にはかえって花の美でも空気も澄んで映える。冬は何か彫刻的にもなる。無駄なものをそぎ落としてシンプルになる。冬も自転車で走ると気持ちいいい。でも風が吹くと苦しくなる。桜井古墳に眠る人は二人なのである。その二人が誰なのかとなる

2025年12月03日

冬薔薇、冬紅葉、冬あざみ、の俳句と写真 冬薔薇、冬紅葉、冬あざみ、の俳句と写真

冬薔薇、冬紅葉、冬あざみ、の俳句と写真

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冬薔薇蕾一つや開く待つ
冬薔薇庭に一輪今日も見る
冬薔薇ここに一輪散りにけり
道の辺の四五輪目にとむ冬あざみ
墓地の道広葉一枚散りにけり
雨の後夕月光り冬紅葉


今庭に見るのは冬薔薇である。その一輪を見ていたが散った
でも蕾が一つ出てそれがふくらみ咲く
庭に咲く花は経過を見る。何か冬はしんみりと見る
今日は午後から雨が降った、そのあと雲に月がにじみ光る
自然は変化する。
冬紅葉が映える。今年は晩秋がなく冬になった。

2025年11月30日

冬の俳句−丸森、松島など【冬椿、冬の菊、冬鴎、冬の暮、冬の灯、冬の月】

冬の俳句−丸森、松島など【冬椿、冬の菊、冬鴎、冬の暮、冬の灯、冬の月】

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つつましく仕えし女や冬椿
塵つかず美しきかな冬椿
冬の灯や老舗の菓子屋村にあり
冬の灯や大内村を通り去る
(城の句)
城に松白壁に映え冬の菊
松島や障壁画古り冬鴎
鐘の音の魚も聞くや冬の暮
冬の月天守にかかり光るかな


冬の方が花が美しく映える。寒さの中で空気も澄んで映える。12月までは冬椿であり一月から寒椿になる。丸森の中心から離れた大内にも菓子屋があった。お菓子屋は原町でも街から離れた長野村とかにもある。それは老舗でありそこでしか売ってないものがある、その味はその店独特のものである。だから文化なのである
丸森の中心部から結構離れた所に街があり夜に自転車で通ったが冬の灯がともりそこは街を形成している。そこに死に絵の味を守り続ける老舗がある

松島の観瀾亭は松島を庭にしている。そこでお茶を飲める。安土桃山時代の障壁画があり秀吉の大阪の伏見城から移譲したものである。伊達政宗は武将であり文化人だった
松島は海も穏やかであり庭に見える。瑞巌寺の鐘が鳴りそれが海にひびく
冬に行くのもいい、仙台市から近いから気軽に行ける
冬には冬の良さがある。

2025年11月27日

冬深む老舗は文化【冬紅葉、冬深む、冬の鳥、冬夕焼け・・】

冬深む老舗は文化【冬紅葉、冬深む、冬の鳥、冬夕焼け・・】


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玄関に吹き散り入りぬ冬紅葉
老女来て玄関に散る冬紅葉
我が家に貧しき老女来て冬紅葉
京都なる老舗の味や冬深む
交差して朝に飛びける冬の鳥
みちのくの冬夕焼けや光る月


老舗という概念は、日本の商業や文化の中で特に重要な位置を占めています。
江戸時代には、同じ場所で長く商売を続けることが信頼や格式の証とされ、老舗は地域社会の中で特別な存在となりました。
老舗は、単なる商売人ではなく、地域の伝統や文化を守る役割も担ってきました。

この酒蔵は江戸時代から続く老舗です。
老舗の味を守り続けています。
伝統ある名店として知られています。
歴史ある企業の信頼性は高いです

long-established, heritage brand

和菓子伝統製法・地域密着
酒造長期熟成・家族経営
旅館おもてなし・歴史的建築
工芸品手仕事・技術継承


老舗は和菓子屋がそうである。これは辺鄙な村にさえある
そしてそこでしか買いないもので独自の味がありそれは代々伝えられたものである
だからスーパーができても残っている。商店街が廃れても残っている
その理由は独自の味を伝えるものを自家生産しているからである
ただ他から仕入れて売るだけではないためである
それで辺鄙な所でもお土産になる。その土地のお土産なのである
その老舗はやはり街中にあるのが似合う。それで京都とか城下町に似合う

スーパーでは何かそうした文化的価値が作れない、それは歴史と一体化してある
価値は様々であり複合的に作り出される。それがスーパーには作れない。
老舗は文化である。スーパーは便利でも文化は作れない、現代は街の魅力が失われた。
魅力を作るには文化を作ることである。それは歴史であり独特の味わいを作り出すことである。今はただ食べるだけではない、文化を求める時代なのである
茶道はただお茶を飲むというのではな生け花であれ建築であれ掛け軸を鑑賞するとか複合的な文化なのである。




2025年11月26日

冬の暮の俳句(2)−山寺の対面石【冬紅葉、冬の鴨、残る柿・・・】

冬の暮の俳句(2)−山寺の対面石【冬紅葉、冬の鴨、残る柿・・・】

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この薔薇はまだ散らないで咲いている





我が老いて対面石や冬の暮
冬の鴨今日も寄合いつ里に老ゆ
山寺の対面石や残る柿
姉と母我が家に偲ぶ冬の暮
茶を飲みぬ対面石や冬の暮

The one stationary stone
with no motion
a winter day close

誰か見る一輪赤き薔薇にあれ冬の暮我が庭に咲き隠れ棲むかな
根を下ろす冬の木々かな日々歩み心通じぬ木の葉の散るかも



この大石は対面石といわれ、貞観2年(860)慈覚大師が山寺を開くにあたり、この地方を支配していた狩人磐司磐三郎と大師がこの大石の上で対面し仏道を広める根拠地を求めたと伝えられている。自然の景観を生かし、山岳仏教の霊場を築きあげるため、動物を殺すことをやめてほしいという、慈覚大師の尊い心に感動した磐司磐三郎は、生業としていた狩猟をやめたうえ自ら仏道に帰依して立石寺開山の基礎づくりに協力したといわれている。狩人をやめたことを喜んだ動物達が磐司に感謝して踊ったというシシ踊りが、山寺磐司祭で奉納される。山寺の歴史を開いたこの大石に、左手をあてて願いをこめれば、良いことに対面できるともいわれている

山寺の対面石のある場所は言い、清流も流れている。料理だけではない場所が価値を作る、喫茶店は場所がいい見晴らしがいいいと価値がる
その景観を見てコーヒーを飲む、その価値は倍加する
あそこは最高に場所がいい、山形県も最上川があり日本海もあり温泉もあるから魅力ある、山寺で動物の殺傷を禁じたというのもそれだけ狩猟を生業とする人達がいたとなる。その頃は山で暮らすとなると鹿でもイノシシでも食べないと暮らしていけない、だから殺傷を禁じたしたら何で生活したのかとなる、これはそもそも僧侶とかが山で何を食べて暮らしていたのかとなる、それは他でもそうである。食べなければ生きていけない、その肝心なことがわからないのである。
第一あの高い所に食料を運ぶだけで相当な苦労である
それがイメージできないのである

冬の暮というとき何か1月以降なのかと思っていた。でも一日が暮れることである。冬深むとなると一月以降である
人間は基点となるstationから世界を見る。私の住んでいる場所は福島県の浜通リでありそこから周りを見る
福島県でも会津は別世界である。でもその辺まで地についてイメージできる。山寺は仙台から仙山線でいつでも行ける距離である
だから山形県は視界に入る。蔵王も見えるからである。

いずれにしろ俳句は季語に芸術であり季語を極めることである
だからが外国人は日本の四季を実感できないから俳句を作るのがむずかしい。季語の意味を深く知る必要があるからである。
残る柿とか木守り柿とかでもそうである。木守り柿などわかりにくいのである。

ふるさとの生家これきり残る柿 (執印寛子

これなどいい句になる。




2025年11月25日

冬の暮の俳句ー京都の茶室

冬の暮の俳句ー京都の茶室

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京菓子に抹茶を飲むや冬の暮
代々に技を受け継ぐ冬の京
京都なれ老舗の暖簾冬の暮
客の去り茶室に一人冬の暮
京に住み交わる人や冬の暮
石一つ位置を変えずに冬の暮
茶室にそ交わり深く冬の暮

二上山姉弟や冬の暮(奈良)




京都は冬もいいだろう。やはり四季がありその変化を味わうのが日本である。ただ今年は何か秋でも晩秋とか秋深むが感じられず冬になった
今の京都は行きたくない、人を見に行くことにもなる
風情がなくなる。茶道はわび、さび、・・・とかの日本の風土から生まれた。そうなると枯野とか冬がいいとなる
でも京都でも枯野とかはない、何か京都は自然でも文化にした庭にした人工的空間を演出した場である。だから日本の文化を凝縮した所となる。
ただ京都をニ三回行ってもわからない、景色を見るより人間の作った文化を見るとなるとわかりにくいのである
京都はそこに住んでみないとわからないとなる

不思議なのは京菓子という時古いが全国になぜお菓子屋だけはスーパーがあっても残っている
小さな町でも必ずあり何か独特のものを売っている、大量生産されるものとは違ってその店独自のものを作る
生産するのが違っている、だから大量生産されるものではないから独自のものとして売れる
一様化した商品とは違うのである。それはまさに文化だとなる。日本の菓子は確かに文化である
中国にはない文化である。それでお土産にいいとなる
老舗となると京都とか古い城下町に似合う、ただ文化という時なかなかわかりにくい。料理も明らかに文化である
郷土料理がそうである。それは別に贅沢なものではなくその土地でとれるものを工夫して作り出したものである
でもそれを味わうとなると高くつく、でもそれはその土地の文化を知ることになる


2025年11月23日

冬紅葉の俳句【寒菊、冬の滝、冬深む・・・】

冬紅葉の俳句【寒菊、冬の滝、冬深む・・・】

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清流の大石にひびき冬紅葉
忠実に仕えし女や冬紅葉
石すえて色濃くなりぬ冬紅葉

【会津】

冬深む会津に古木根づくかな
寒菊や会津の城を守るかな
冬の滝轟き山の朝明けぬ

【盛岡】

北の城松に石垣冬紅葉

街中を冷たく流る川にあれ我が休みて古木に日のさす


土着的になるのは会津になる、盛岡市は外国人に人気があるのもわかる
市内を二つの川が流れ岩手山が真直に聳え迫る
また盛岡城の石垣は整然として魅力がある
会津と盛岡の感じは相当に違う、盛岡は都会である
その都会でも歴史があり自然がある
とにかく今年は秋からすぐに冬になった。それで季節感が狂った
冬は回想の時期である、家に籠り旅を回想する。この辺だと会津でも盛岡でも行ける、それで記憶が蘇る


2025年11月21日

冬の相馬の城跡【冬紅葉、冬柳、冬薔薇、冬の菊、冬の暮、冬の灯、枯野・・】

冬の相馬の城跡【冬紅葉、冬柳、冬薔薇、冬の菊、冬の暮、冬の灯、枯野・・】

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黒橋や相馬六万石冬紅葉
冬柳六万石の城下町
冬薔薇なおも散らずや庭に咲く
誰か行く木の根っ子に冬の菊
冬の暮何か残さむ木の根っ子
我が前に数枚散りぬ木の葉かな
誰か住む冬の灯二軒野は暮れぬ
相馬の街の老舗や冬の暮
みちのくの枯野に落ち着く我が老いぬ
みちのくの枯野に月や都跡


相馬の城跡と言っても見るべきものがない、ただ黒橋は上り坂になり急でありそこだけが城に行くという感覚になる
何かそこで語るべきるものもない、だからそこが城下町なのかとなるが
城下町なのである、原町と比べるとわかる。原町は明治以降常磐線の機関区として生まれた新興の街である。鉄道の開通によって生まれた街である。相馬市はもともと城下町でありその成り立ちが違っている
だから感覚的に原町と相馬市は違っている。でも外から来た人はその相違でもわかりにくいだろう。
雰囲気が違うのである。相馬市は入母屋式の建物で統一する、市役所でもそうである。それで歴史の街だとなる

でもなぜ相馬野馬追があれほど華麗なのにそんなものを相馬市で感じるものがない、第一野馬追はほとんど農家からでる郷士が馬を飼っていて出る。農家の郷士に鎧兜や旗印が伝えられ残されたからである
もともと相馬藩は貧乏な藩だったのだろう
ただ馬を飼い常に軍事訓練を原町の雲雀が原でしていた
それ強大な伊達氏に対抗するためだったのである。
でも六万石であり豊かな藩ではなかった。その軍事訓練のために金を使ったことで民の暮らしは楽ではなかった

ともかく冬となった。朝は相当に寒かった。そして枯野である
枯野の季節も好きである。何もないことで心休まる
東京とかでは一年中心が休まらない、それで江戸時代に枯野見というわざわざ枯野を見にゆくことになる。
自分に合っているのは人も見かけない枯野で瞑想することである
醜い人を見たくない、何か合いたい人もいない、どうしても醜い人が多いからである。
こうした枯野も必要である。そこで心が休まるからである
そして山眠るとなる。冬は休息の時になる。
冬の灯がともる二軒が見えその前は枯野なのである。そこに存在感がある。

2025年11月18日

津浪から原発事故からコロナウィルスから熊騒動 【自然と人間の関係から起きたことで共通するもの】


津浪から原発事故からコロナウィルスから熊騒動
【自然と人間の関係から起きたことで共通するもの】

●自然と人間の生活の乖離

これら一連の問題は関係あるのか?何か自然と人間の関係で生まれた
津波も巨大な自然から定期的に起きていた。その周期が何百年とかの間隔だと初めて起きたように見る、でも津波でも地震でも定期的に周期的に起きている。ただその時間間隔が長いから初めて起きたように見える
コロナウィルスでもウイルスの被害は過去に繰り返し起きている
だからこうした災難は人類から無くならない、でも時間の間隔が長いから初めて起きたように見る。それで災害は忘れた頃にやってくるとなる
人間の一生が百年になっても短い。その間で経験することは限られている
でもここ十数年でこれだけのことを経験した
いづれにしろこうした災難はカルマのように繰り返し起きる

人間と自然の関係から起きて来た災難である。津波でも甚大な被害となったのはそもそも人間側の自然に関わり方に問題があった
もともと海であった所を干拓して田んぼにした。その田んぼが津波で元の海になったことには驚嘆した。でも自然から見ればそれはただ海だったから海に戻したとなる、自然の再生回復だった。人間が自然を無視して田にしたことが問題だった。縄文人は津波の来る場所には住んでいなかったからである。だから縄文人は津波が来ても被害はなかった
その時代は自然に則って生きるほかなかった、その後人間側の力が増大して自然を改良するようになり問題が起きるようになった。
コロナウィルス、ウィルスもももと風土病としてあり一地域にしか広まらなかった。それが交通が発達してグローバル化すると世界に拡散されるようになった。交通がが発達して文明化した結果なのである
文明というのは自然に逆らうものでありそれが災いを産むのである

熊騒動でも人間と自然のバランスが崩れて本来は人間の生活圏には出てこない熊が出るようになった。これも自然側ではなく人間側の問題にもなる。自然に異変が起きるとき人間側の異変もあり起こる
熊の生息圏と人間の生息圏のバランスが崩れ起きる
それで森に餌がドングリが足りないからクヌギの木を森に植える

●くぬぎはドングリの木

「くぬぎ」は、広葉樹の一種であり、その実(どんぐり)は、熊が好んで食べるものの一つです。くぬぎのどんぐりは、比較的大きくて食べ応えがあり、栄養価も高いです。これらの実は秋に落ち、熊はその栄養を求めて積極的に集めます。

橡とは、ブナ科クヌギ(櫟)の古名。染め色に使われていたドングリ一種であるクヌギの実の色で、一般的には黒味がかった茶を指します。橡と一言で表しても、灰汁やアルミで媒染した黄橡や鉄で媒染された黒橡などがあり、昔から日本人と関わりが深い色として知られています。

 紅はうつろふものぞ橡(つるばみ)のなれにし来ぬになほしかめやも

「紅は 色あせるもの 橡(つるばみ)染めでも 着なれた衣に やはり及ぼうか」です。そしてこの歌の眼目は、紅と橡の染色の色合いと色持ちの違いです。

 クヌギ、またはその実のどんぐりの古名。〈和名抄〉
2 1の実またはその梂かさを煮た汁で染めた色。灰汁あく媒染して薄茶色、鉄媒染して焦げ茶色や黒色に染める。また、その色の衣服。
㋐奈良時代、家人・奴婢ぬひの着る衣服の色


明確に着る衣服の色も身分でも違っていた。ともかく自然のことがわからなくなった。自然からとれるものを自覚できない
日常的に自覚できない、ただ買うものとなったから自覚できない
それだけ人間は自然から遊離して生きるようになったためである
そこで自然と人間の乖離が生まれて様々な問題が生まれる

熊騒動ももその一つである、熊とは何者なのかわからないからである。
だから害になるものは駆除すればいいということにしかならない、
でも森に熊がいなくなったらどうなるのか?それが未知だから問題なのである。何か未知の領域がまだある。原発事故でも核を操作してエネルギーを作り出してもそこに危険があった。そこに依然として未知がありそれが災いを産んだのである
つまり自然であれ人間の体でも未知が残されていてわからないから問題が起きる。

2025年11月16日

冬薔薇、寒菊、山茶花の俳句

冬薔薇、寒菊、山茶花の俳句

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原町に映える三色の冬薔薇
散り残る花びら赤く冬薔薇
誰か知る月影さして冬薔薇
我が庭に愛しむむあわれ冬薔薇

前畑に朝働くや冬の菊
寒菊に日のさし農家に石の倉
寒菊や今日も生きなむ一人かな

ほの赤く山茶花ひそとはや暮れぬ


原町は原町の個性がある。やはり都市でありそこに映える花も違って見える。石の倉には寒菊が映える。山茶花のほの赤く咲くのも冬らしい
冬は深く見るのがいい、なぜなら外が寒く出にくいからである


2025年11月10日

今年の冬は早く寒い【冬タンポポ。寒菊、冬薔薇。時雨、残る虫。木の葉散る、柿】

今年の冬は早く寒い【冬タンポポ。寒菊、冬薔薇。残る虫。木の葉散る、柿】

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浜通り冬タンポポや癒されむ
寒菊のかたまり咲きて日のさしぬ
冬薔薇今日も見につつ家籠る
今日も来ぬ路地裏散りぬ木の葉かな
路地裏に営みあれや残る虫
何残す空家に岩や柿なりぬ
狭き庭朝の時雨や薔薇あわれ
寒菊の赤紫の色沁みぬ
寒菊の塊り咲くや日のさしぬ

人なれば命を惜しむ誰にしもなおこの世にそ見知るものあれ
我が家に北風唸るこの家と共に過ごせし歳月思ふ


11月にしては寒いのか、今日は風が強く木枯らしだったもだろう。
何か外に出ると時雨でもあった。その時雨に薔薇の花が濡れた
今の時期まだ寒菊ではなく冬の菊になる。
何か赤紫の冬の菊が温かみを感じる、この辺は冬でも暖かいから冬タンポポが咲く。でも今日は風も吹き寒く本格的な冬である
私の家は昔風の家で大きいが寒いのが問題である。老人とか病人は良くない、ともかくこうなると外には出にくい、冬籠りにもなる。
いずれにしろ11月にしては寒い、秋は早く過ぎて急に冬になった。

家というのは単なる物ではない、そこに生きた人がいて思い出が刻まれている
大きくなれば家に歴史が刻まれている。そこに苦しみ悲しむまた喜びの生が刻まれている
だから家は単なる物ではない、でも空家が多くなるとわびしいとなる
一つの家の歴史でも失われるとなるからである

2025年11月04日

冬になる【残る虫、冬薔薇、刈田、冬満月、日短き】

冬になる【残る虫、冬薔薇、刈田、冬満月、日短き】

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誰か知る月影さして冬薔薇
隣り合う家々暮れぬ残る虫
家数軒刈田に月や烏かな
この道や日短きも我が知りぬ
短日や老いの身あわれ一人かな
今日も窓に月の見えしも雲隠る
田舎町冬満月やなごむかな
我が家の二階の広く冬満月
窓に月雲に隠れてすぐ消える

朝明けて真青の空を白鳥の翔けりゆくかな海も広しも


日がかなり短くなった。満月が出ていた。満月は心にも体にも影響するかもしれない、自然のリズムがありそれが人間にも影響する

「tide」の語源は古英語の「tīd」に遡り、元々は「時間」や「季節」を意味していました。この言葉はゲルマン祖語の「*tīdiz」から派生しており、時間の経過や区切りを表す概念でした。中世になると、特に海の満ち引きという時間的に規則的な現象を指すようになり、現代の「潮」の意味が確立されました。面白いことに、「tide」は「time」と同じ語源を持っており、両方とも時間の概念から発展した言葉なのです。

月は満ち欠けして変化する、それで太陰歴が最初にあった。月の満ち欠けの方が月は身近でり変化するから歴になったことは理解できる
潮の満ち引きとなると海側に住む人は注意するが海が見えない所ではわからない、でも月ならどこでも見れるから歴になった
自分は蟹座生まれであり何か潮の満ち引きとか月と関係しているかもしれない、

癌はどうして英語でCancer (カニ)なの?
癌が英語で「cancer」と呼ばれる理由は、古代ギリシアの医師ヒポクラテスが癌の形状をカニに例えたことに由来しています。癌の進行がカニの足を広げていく様子に似ているとされ、

私が蟹座でありガンになったことも関係しているのか謎である、星座で人間を見る占星術がありそれも不思議だとなる
確かなことは潮の満ち引きと月は関係して起きる。だから蟹座は月と関係する。蟹は敏感に潮の満ち引きを感じる場に生きているからである

月となれば秋の季語である。今年は窓から月が見えるのだがすぐに雲に隠れて消える。これも不思議な感じになる。

残る虫が鳴いている、その声が田舎だとひびく、静かだから響く、都会だと騒音の世界になりひびきにくい、今日は寒かったから冬であった。
朝に白鳥の飛ぶのを見るのは気持ちいい、ただ数羽だからものたりない
ともかく冬になった。何か時間が過ぎるのが早い、あっという間に一日が終わる。

2025年10月29日

秋から冬へ【枯蟷螂、柿、朝顔、白鳥、秋時雨、残る虫】

秋から冬へ【枯蟷螂、柿、朝顔、白鳥、秋時雨、残る虫

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家の前枯蟷螂のあわれかな
石倉に松に柿なる農家かな
朝翔けぬ白鳥清しなお生きむ
遠山に日当たりあわれ秋時雨
北風やしきりに鳴きぬ残る虫
しきり鳴く余命数年残る虫

目覚むれば朝顔を見ゆ我が家に常にありにし母を想いぬ


俳句は基本は写生である。写生だから何か説明しない、俳句は短いから説明できない、母は目立たない女性でありいつも食事の用意をしてくれた。
でも今は一人でするほかない、朝顔は母であれ妻とかに似合う

死が近いとなると見るものでも違って見える
白鳥が朝飛んでゆくのを見た時私もまだ生きていると見る生きるんだと見る、朝は必ず自転車に乗り外に出る、足は脳出血でも麻痺しなかったのが
幸いだった、もう外は風が冷たく冬になっている。

遠山に日の当たりたる枯野かな 高浜虚子

枯野ではなく秋時雨だった。それは昨日の天候だった
今年は季節感が変調である。晩秋とか秋深むとかの感じがない
朝北風が吹きしきりに残る虫が鳴いていた。それは自分と重なる
余命いくらとかなり残る虫が鳴く・・・

2025年10月25日

白鳥来る(詩)

白鳥来る(詩)

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太平洋の波轟き鳴り
白鳥の美しく飛び来る
朝日は輝き大空に広げしその翼よ
喜々として連帯飛行
川は清らかに大地を流れて
そして川面を静かに優雅に泳ぐ
白鳥に衣服のなしも
天然の純白の衣を着せられて穢れなく
神の鳥のごとくその美の映えぬ
夜空に星々はきらめきあい
豊かに黄金の実りは刈り取られぬ
木々は大地に深く根づき
大輪の花は大らかに咲き
明日また大空に大海に向かい咲き開かむ
とりどりの菊の花々美しく
我が目に映りなごみぬ

タグ:白鳥来る

2025年10月24日

原町の秋の花【秋の蝶、公園のベンチ、秋深む、秋の蝶、コスモス、ひまわり、野菊,あざみ、秋薔薇】

原町の秋の花【秋の蝶、公園のベンチ、秋深む、秋の蝶、コスモス、ひまわり、野菊,あざみ、秋薔薇】

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千輪のひまわりにそ癒されぬ
秋の蝶舞いつつ分かれ去りにけり
分去(わかれさり)分かれし人や秋の暮
原町の通りにコスモス野菊かな
三色の秋の薔薇咲く原町に
十数輪秋あざみに草の花
公園に残る根っこや秋深む

公園のベンチに秋の陽ざしかな生きれる時を我が惜しみ座りぬ
はや散りぬ秋の薔薇かなその後に山茶花咲くや冬となるらむ
我なおもここに生きなむや千輪のひまわり咲くや癒されるかな


原町へ行ってきた。原町は8キロくらいだから近い。相馬市はその倍あるからなかなか行けない。買い物のためにも行く、原町には新しい店ができる。六号線にトライアルとかのスーパーができた。開店していないが場所的に入りやすい。
今の時代どうしても5万以上の都市がないと不便である
そこに住まなくとも近ければいいのである。みんな車をもっているから
距離は気にならないのである。

都市と言ってもコスモスが咲くのがあっているがそこに野菊も咲いていた。だから田舎が都市の中にももあるとなる
原町は新興都市であり城下町の相馬市とは雰囲気が違う
ただ外からくる人にはわかりにくい
でも何か原町という名が合っている。それはただ雲雀が原あり野馬追が行われた広大な原っぱだった。それでも地名としてなじみ合っている
南相馬市というのは新しいからなじまない、ただ相馬市の南というだけで相馬市に付属した感じになった。だから地名的に良かったかどうか疑問である。

余命一年とか二年とか言われて毎日死を意識する
秋の蝶が出会い舞いさる。それを見た時なんでもないことだがそうして出会い分かれる合わなくなることは死ねば永遠に会わないとなることに通じる。分去(わかれさり)という地名は道が分かれて去って行く所に名付けられた。

いずれにしろ道の駅の公園のベンチに休んでいても死ぬとなれば何か貴重な時間に思えた、おそらく余命一年とかなれば何でも感じることが違ってくる。ありふれたものが何か貴重になる。
別に自分一年後に死ぬとはならない、でも毎日死を意識するようになった。だから平凡な人でもこうして余命一年とか宣告されたら何か物の見方が違ってくるし人に対する見方も違ってくる
何かつまらないものでも愛しく感じるようになる。




白い花は死をイメージする【白菊、山茶花、白鳥・・・】

白い花は死をイメージする【白菊、山茶花、白鳥・・・】

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白菊や母は安らかに死ににけり

山茶花の朝に白しや死の近し

朝に飛ぶ白鳥美し波ひびく

とりどりに菊の花咲く朝日さし我が目に映りなごみけるか



右田浜に行く道路の脇の二軒が空家となり一軒は壊された
ともかく空家が増える、でも地域の人がは花を植えたのが良かった
どうしてもも空家となると荒廃した感じになるから問題なのである



何か白は死をイメージする、白装束とは

死者に着せる衣装でもある。この場合には死(に)装束、経帷子(キョウカタビラ)と呼ばれる

死者には白があっている、白は穢れがない純潔である
何か余命何年とかなると死を現実と意識する
ただ別に普通に生活できるから深刻にならない、他者が見てもそうである。人間の寿命はいくら病気になってもわからない、人間の未来はわからない、でも確かに死を宣告された影響は大きい
医者が死神だというのもわかる、余りにも軽々しく余命いくらだとか言うのは問題である、医者でも今後どうなるかわからないからである
余りにも平気で言うとなる。それがもし医者でも自分自身に言われたらどう思うかその心配りがない。何か嘘でもい余命一年でも5年とか言ってももらった方がいいともなる。嘘も方便だとなる





2025年10月20日

病気と療養【療養は自然環境のある田舎に向いている】

病気と療養【療養は自然環境のある田舎に向いている】

何か病気になると単に手術をするとか薬を飲むとかだけではなく日々が療養する場にもなる
また今度は南相馬市立病院に明日行く、結構時間がかかる
病人として生きているともなる。ただ寝たきりとかではなく普通に動ける。自転車でも乗れる、足は正常である
知っている人は脳梗塞から足を悪くして立つことから歩くのが相当な負担になっている。手も悪いから料理するのも難儀になる
こうなると日々の生活が療養になる

歩くのもリハビリになり現実にリハビリにも通っている
生活自体が療養になる。療養は英語に訳せばホスピスになるのか?
それは薬とか手術とか医療ではなくやはり治癒の効果がある
そうした病人には何かせわしい生活は合わない、第一まともに歩けないとなるとその人に合わせるとなるとスローになり寛容な対応が必要になる。

日々の生活が療養になる。病人だけではない、そもそも老人は動きが遅くなる、するとその対応もスローになる、現代の目まぐるしい忙しい生活とは相いれないものとなる。リズム的にもそうなる
そいう人がいると周りの人もその人に合わせるとなり全体的にスローな世界になる
その世界は大都会には合わない、そこはあまりにもめまぐるしいからである。療養はスローな田舎に向いている、ただ医療の面から見れば都会は先進的な医療環境がある。優秀な医者も多い。
ただ病気になるとそれだけでないものが必要になる


サナトリウム(英: sanatorium)は、長期的な療養(結核等)を必要とする人のための療養所。

Sanatoriumという言葉は従来からあったsanitarium(保養所)と結核治療施設を区別するため、「健康」を意味するラテン語のsanitasの部分を科学的な治療に、手当の意味を付け加えていることを強調するため、「治る」という意味の動詞sanoに置き換えることで作られた造語である。

かつては結核治療用の施設を指したが、その治癒率が高まった以降は精神疾患や認知症、脳卒中の後遺症など他の病気を含めたものとなっている。

結核治療のため、日当たりや空気など環境の良い高原や海浜に建てられることが多い


そこは田舎というのでもない、別荘地であり自然環境に恵まれた場所でありそこに癒しの効果がある
そういう場所としてふさわしいとなる。浜通リだと海があり海からの風が吹くから最近の異常な暑さを避ける避暑の場所としてもいい
飯館村も高原で涼しいから療養する場として適している
ただこの辺には温泉がないから注目されない、療養の場として田舎でも見直すことはありえる。問題は医療としては病院でも都会からすると劣っている。その両方を兼ね備える場がいいとなるがむずかしい
どうしても大都会に優秀な医者が集まりそこで習うために若い医者も集まる。

医療という時、広範囲に関係してくる。それで気の療法とかもある
自然が治癒力となる。自然の気を受けることは体にも影響する
つまり病気に対処するにもいろいろある。ただ薬を飲むと手術するとかだけではない。

漢方の基本は、“人間の体も自然の一部”という考え方です

こういう思想を基にするのもまた必要だとなる

ただこうして病人老人社会になること金を使うことがどいうことなのかそんな社会が成り立つのかということはる
障害者病人老人社会とかありえるのか?江戸時代であれその前でもそいう人達は切り捨てられた、なぜならそこに労力を奪われて正常な生活ができなくなったからである。足手まといになったからである
ただ現実には地方では介護関係の病気にかかわることを仕事にする人が増えている
金があれば最後は病気のために介護のために使うともなっている。老人はそうなりやすいのである。



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2025年10月16日

末期の目で見る世界【鶏頭、虫の音、残る虫、秋の海・・・】

末期の目で見る世界【鶏頭、虫の音、残る虫、秋の海・・・】

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一際に鶏頭赤し死の近し
秋の海鴎の二羽や波荒らし
隅に鳴く虫の音聞くやなお生きむ
強き人も病に弱りて虫の声
残る虫なお隅になくあわれかな

朝日さす秋の薔薇しもしみじみと我は見るかな死も近ければ

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癌が発見されて死を意識した。私の場合常に死を意識してきたが何か余命いくらとかまで意識しなかった
本当に死を意識することは余命一年とかなるとそうなる
ただ癌の場合はわからない、いくら生きるかはわからない、私はまだ症状がでていないから切羽詰まったものとならない
癌は別に仕事が継続できる。それで癌だからと会社を辞めさせるのは法律ができたできなくなった

人間はやはり生きる時間が限定されると何でも見る目が違ってくる
末期の目で見るようになるからである
朝日が薔薇にさして咲いている、当たり前のことでも何かその薔薇も見れなくなることで違って見える
当たり前のことが貴重なものに見える
死を前にして一段と鶏頭も赤いとなる、それは命の赤である
そこに日がさしているのも薔薇が最後の光を神から受けて咲いていると見る

隅になく虫の声は自分になるしみんなそうだろう。
ともかくまた烏浜に行けた。でも波が荒くそこに鴎が二羽飛んでいた
これはまさに写生俳句であり説明はいらないとなる








2025年10月15日

白鳥来るー【秋の蝶、冬の蝶、朝顔・・・】


白鳥来るー【秋の蝶、冬の蝶、朝顔・・・】


朝日眩し白鳥来るやなお生きむ
秋の蝶二羽舞いにけり美しく
冬の蝶羽根美しく死なむかな
冬の蝶隠れてひそと死ににけり

なおここに井戸水湧くや朝顔の咲きて清しも昔思いぬ
我が命残り少なくしみじみと秋の薔薇しもしみじみと見ゆ


白鳥が飛んできた、今年は早いと見た、シベリアに早く冬が来たのか?
北風も吹いたから冬になったのか、まだ生きて白鳥を見れることはいいとなる
何か癌を宣告されて死を意識した。
人間は生きている限り美しいものを見たいとなる、それが生きることにもなる
冬の蝶は美しい羽根をみせて死んでゆく、人間は死ぬ時どうなるのか
ただ醜いとなるのか?

子供の時そこに井戸がありその井戸水をもらっていた。水道がなかったからである
その井戸はまだあり水は出ている。そこに朝顔が咲いている

朝顔やつるべとられてもらひ水 千代女

この句は井戸水をもらう人がかなりいたからできた。そこに生活感がある
そういう時代背景を知らないと鑑賞できない
人間は自然と一体化するとそこに自ずと美が生まれる
今は便利になりすぎて自然から遊離しているから美が消失する
ともかく冬が来た、今年は早く冬が来て寒くなるかもしれない
秋は短く終わるとなる。

そして癌を宣告されて死がさらに身近になり末期の目で見るから違ってくる
ただ余命いくらとかはあてにならないという、つまり人間はいくら癌になってもいつ死ぬかはわからない
癌が消えた人もいるし医者でもわからないのである。ともかく症状もないからすぐ死ぬとは思えない
ただ冬の蝶のように死ねればいいとなる、人間はなかなかそれができない、たいがい醜さを残して死んでゆくからである




2025年10月12日

近辺の秋の俳句【桔梗、柿、木槿、虫の声、秋時雨・・】

近辺の秋の俳句【桔梗、柿、木槿、虫の声、秋時雨・・】

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蝉の声もはや聞こえじ森深し
日本なれ障子に映えぬ桔梗かな
石一つ村に変わらず柿なりぬ
田舎なれ柿と木槿になごむかな
虫の声幽かや去りぬ橲原を
顔にぽつり老いに病や秋時雨

大原から橲原の森の道を通ったが蝉の声は聞こえなかった
秋の蝉の声も聞こえない、もはや冬が近いとなる
ぽつりと顔を秋時雨が濡らした、確かに時雨は死をイメージする
自分が脳出血とか癌になりそれで死が近いともなり感じたとなる

障子には桔梗が映える、やはりそれが日本の文化だとなる
柿も外国でKAKIとして通じる。それは日本の文化でもある
ただ木槿は韓国の国花でもあり日本特有のものではない
中国でも延々と木槿が咲いていた

延々と木槿や中国の鉄路かな

なんか秋雨になり曇る日がつづく、秋晴れが少ない、季節的には秋でも10月では曇りで雨が多い。
何か季節的にも酷暑の後に変調した気候である





2025年10月11日

名取まで秋の俳句【柿、みちのくの駅、刈田、秋の灯、残月、

名取まで秋の俳句

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みちのくの駅々になりぬ柿にあれ
みちのくははや刈田かな我が老いぬ
蔵王に向きひまわり咲くや朝開けぬ
コスモスや新住宅地や電車に見ゆ
病院に岩の三つや秋の暮れ
秋の山名取に望み帰り来る
秋の灯や待つ人なしも我が家かな
夜の駅人々帰る虫の声
空地にそ残月あわれ隣かな

久しぶりに電車に乗って気持ちよかった
いろいろあって遠出できなかった、すでに田んぼはか刈田になっていた
季節の移りが早いと見た、曇って蔵王がはっきり見えなかったがひまわりの咲いている畑が見えた
ひまわりは真夏ではなく初秋に咲くようだ

この辺では蔵王がやはり山として高いし大きい
だから常に蔵王を望む、南相馬市からも鹿島区までは蔵王は明らかに見えるから親しい山になる
この辺では高い山がないのがものたりないからである

みちのくというときやはりアイデンティティの場である
それでみちのくに似合うものがある。駅々に柿が成るのもみちのく的光景にもなる
名取でも秋の山を望み見た。それも間違って仙台空港方面の電車に乗り次の駅で見たのである
あれは間違いやすい常磐線も乗り場に頻繁に入ってくるからだ

ともかく名取まで一時間だからそれほど遠くない、仙台市はさらに30分はかかる
帰りは秋の灯がともり何か待つひともなくなったが我が家に帰る
まず病気に成ると心細くなる。でも別に私は脳出血になっても手がちょっとしびれただけであり歩くのは普通なのである
だからまだ電車の旅はできる。だから女医さんが軽くて済んで良かったねと言われた
それは本当である。癌があってもそれが今は何の影響もしていない。
普通に生活できる、それで救われている。

残月は秋の季語だった、隣一帯が家が無くなり空地化した、そこに残月が出る
それも不思議である。


そこの家とはもめたことがある
でもその人は死んだ
今は何も無い
朝に残月が出ている
人は死んで何を残すのか
そこに良い思い出が残るのか
大人になるとそれがない
嫌な人が消えてせいせいしたとかなる
でも嫌な人はこの世から消えることはない
飛び鳥跡を濁さずとはならない
何かその後に怨念でも残す
今はただ幽かに虫が鳴き
そこに誰が住んでいたかもわからなくなる
束の間人は未練がましくあるが消えるだけ
だからこそいいとなる








2025年10月08日

柿の俳句ー病人同士が慰め合う家ー虫の声 【病院に飾ってあった絵】

柿の俳句ー病人同士が慰め合う家ー虫の声
【病院に飾ってあった絵】

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厚生病院に飾っていた絵が良かった。それでその絵の写真を撮りに行ったが見つからなかった
それでAIで画像を作った。こんなものではなかったがこれはこれで違ったものとして鑑賞できる
何か病院に飾る絵は見る人が病人だから特別なものとした見る
黒いバックに何か赤い椿は命の椿に見えた。病院は無機質な空間だが絵画を飾ることで和が生まれと思った。


誠実に生きるものなれ柿なりぬ
我が母に献げるものは柿なりき
田舎なれ蔵ある家や柿なりぬ
苦しくも共に生きなむ実のりかな

苦しくも共にいたわりあわれかな虫の音かそかなお生きむとす
黒地にそ赤き椿や病院に飾れる絵の心にしみぬ
我が部屋をのぞきし月やいつのまに消えて無しかも
隠れ棲む我を知れるや月かそかのぞくも消えて無しかも
秋の蝉一つひびきぬ森の中その声聞きて帰り来るかな
柿献ぐ大正生まれの我が母に貧に生きしを思うべしかな


柿は他の果物と違って精神的な意味を持つように見える
柿は日本特産でありkakiで外国で通じる
私の大正生まれの母は柿が好物だった。干し柿が好物だった。貧乏を生きたから果物となると柿になる

家に来る老女は足が悪くまともに歩けない、それでいたわる
その労わる自分も病気なのである。ただそれでも協力し合っているともなる
その女性は毎日のように来ている
病人でも互いに慰め合うとなる。

柿の俳句とエッセイ


2025年09月30日

地獄にも清浄の月は輝く―月涼し、新涼の月、・・・

地獄にも清浄の月は輝く―月涼し、新涼の月、・・・

無間地獄の苦しみと刑期
無間地獄の苦しみは、他の地獄と比べても桁違いに重く、罪人の寿命も長くなるとされています。無間地獄に堕ちる者は、死後に二千年間、たった一人で泣きながら真っ逆さまに堕ちていきます。この地獄にいる罪人は、地下深くにある阿鼻地獄まで、二千年間落下し続けて到達します。その間にも、地獄から聞こえてくる声を聞かされ続け、恐怖心を煽られます

脚が骨折したからその老女は立ち歩くの難儀する、そのことを毎日嘆く、それは地獄から聞こえる声でもある
それを聞かされる方もうんざりする。その嘆くことが生きることでもある
それは無間地獄なのかとも見る、その脚が直らない限りその嘆きはやむことが無いからである
地獄は来世にあるわけではなくこの世にある。なぜなら病気が地獄を作り出すからである
老人になると病気に成り安いからである
つまり確率的に人間は誰でもこうした地獄を経験しやすい
病気にもいろいろありそれで苦しみ嘆く、それは死なない限り終わりがなく無間地獄にもなる


我が部屋に嘆き聞こえず月涼し
この世の地獄を離れ月涼し
我が部屋をのぞける月や嘆き無し
新涼の月や地獄を離れ見る
地獄にも浄化の月や輝きぬ
一時や嘆きはやみぬ月清し

この世にそ生きるは苦し月見れば心静かに浄められるかな


この地獄の中に月が光る、今日もまだ暑かった、だから夏の季語の月涼しが生きているともなる
今に時期は新涼になる。でも暑さが残るから月涼しにもなる。
ともかくこの世こそ地獄である。でもその地獄を離れて月は涼しく輝いている
それが救いともなる、延々と嘆きを聞いていたら嫌になる
地獄にも風流があるともなる

世の中は 地獄の上の 花見かな 一茶

まさにこれである。
一茶的な物の見方になる。確かにこの世は地獄でも自然の美はあり慰める
地獄の上でも清浄な月は輝いている、それは汚れることはないのである



2025年09月29日

独身で終わっても家族を持っても人間は不満で終わる

独身で終わっても家族を持っても人間は不満で終わる

人間は何にしろ不足がある。結婚しない人は老年になり助け合う家族がいないとか嘆く
では結婚しても三分の一が離婚しているし子供にも老後が頼れないとかなる
つまり結婚しても子供を持っても不幸な人はいくらでもいる
昨今は家族の繋がりも希薄化しているからである
人間はどんな人でも満足な人はありえない、何かしら足りないし不満なのである
家族を持っても不満な人はあふれている。
だから独身で独身を嘆くのもわかるが家族を持っていても同じなのである
別に独身生活で終わってそれはそれでその人なりの人生だったとなり悪いとはならない
確かに老後は一人で苦しくなる。でも今は福祉の支援でも整っている
つまりそれだけ家族がいない人が増えれば対応せざるをえないのである。

いずれにしろ人間の不満が解消しない、人間は結局は死ぬということで不満になる
何やかにやあってもみんな死ぬのである。それで平等だとなる
人間は結局神の子に成らない限り不満である。神の子という時特別な人でもない
才能とか生まれつきものでなく神の子になれる

人間は神の子であり得ることが不満を無くすことである
全能の神の子であってこそ不満がなくなる。そうでないかぎり不満を無くすことができない
神の子だから死ぬこともない、また神の国に入る約束が得られる
そもそもこの世では満足はありえない、何かが足りないとか必ず不満がある
家族をもっても不満がある。結婚しても不満があり離婚する。老後を子供に頼れないとかある。
人間は何か必ず足りないのである。

もちろん自分自身が苦しんだように独身の老後は悲惨になる
でも家族がいても悲惨な人はいくらでもいる。
毎日息子のことで不満であり文句を言う女性もいる。結婚しても子供を持っても不満なのである
人間不満の無い人はいない。
人間は本当はあまり望まないのがいいとなる。限りなく不満があるからである
いくら望んでも自分のいいようにはならない、人間関係でもならない、満足することはない
はない。要するに人間はどこかで不満があっても諦める。
とにかく健康であればいいとしてあきらめる。そうしない限り幸福にはならない
だから欲望を抑えろとなる。欲望は限りないからである。そしてそこに満足はないのである。











励まし合う病人の家ー鳴き合う虫の声

励まし合う病人の家ー鳴き合う虫の声


盛んに鳴き合う虫や病人のともにしあれや励まし合うかな
苦しくも人は生きなむ我が家にはげまし合うかな
病人の慰め合い悲し虫の声我が家に響き合うかな
病人のなおも他者を思いやるその心の良しも人は悲しき
何故に人は苦しむ病なれ老いなり悲し秋の夜ふけぬ
我が庭にムラサキシキブ実るかな我が病も心なごみぬ
秋の雲山にとどまり流れざる我は病に家に伏せるも


なぜ人間はこうして苦しみ悲しむのか?何か十数年親の介護とかで苦しんできた
そして今度は自分の病気で苦しんでいる
人間の苦しみの最たるものが病気である
そもそも宗教は病気を治すものとして始まった。それは仏教でもキリスト教でも同じである
それでキリストが奇跡を起こして病を直したからである

とにかく病気が一番深刻なのである。私の父親は中学の時肺癌で死んだ、その苦しみを見ていた
姉は認知症になり苦しんだ、認知症も病気であったから苦しいのである。
その他に人間には様々な病気がある。そのために苦しむ人が膨大である。特に老人になると多くなる
病気に成りやすいのである
私も脳出血だが親しい女性は脳梗塞であり足が悪く歩けない、それでも気丈夫であり姉とかを励ましている
私の家は病気を慰め合う家にもなった。私自身が慰められているのである

そもそもなぜキリストが悲しむ者は幸いである・・・と言ったのか?
これがほんとうにわからない、ただここに人間の人間たる所以からからかもかしれない
自ら悲しむことはそれは他者の悲しみに通じることになる。
つまり悲しまない者は他者に同情できないとなる

ただ正直苦しみたくない、元気で暮らしたい。みんなそう思う
何か正岡子規でも肺病で苦しみ写生俳句短歌の創始者に成った
病気に成ると身近なものでもそれが貴重なものに見える
なぜならそれは常に病気でも寝ていても見れるからである
庭にムラサキシキブの実が成ったということで何か心がなごむ
ささいなことでも何か感じるようになる

人の涙は真珠ともなる
悲しむことで人間となる
その涙を神はぬぐってくださる
悲しむ者は幸いなり
その深き意味を知るべし











2025年09月27日

福島県浜通リの詩



福島県浜通リの詩

海は轟き鳴り
魚は跳ね飛び
朝雲雀が盛んに囀り
燕飛び交い
海岸線を鴎飛び来る
夏の雲が湧き上がり
大輪の花は海に向かい咲き
阿武隈山脈の青々と映えぬ
牡鹿半島に金華山も見え
躍動する生命をはぐくむ大いなる海よ
天地に轟く広大な海よ
天地創造の大いなる神の業は成りぬ
東風(こち)は涼しく吹きそよぐ
海にはなお知られざるものあり
海の底より打ち上げられた寄り物の怪
恐ろしい津波は村を飲み込み人をさらいぬ
自然の驚異を見せつけぬ
その家の跡や草に埋もれぬ無情
しかしまた逞しき漁師は魚とり漁船は帰り来ぬ
生きる力を与える大自然よ
天地に共鳴して生きよ、生命の海よ
汝は神の子なり
汝に与えられしはこの大自然なり
その天地と共鳴して生きよ
漁師は海に死ぬが本望
農民は田畑に死ぬが本望
画家は絵を描きつつ死ぬが本望
詩人は詩いつつ死ぬ
雲雀のように激しく命のかぎり
歌いつつ死にぬ
その声は亡き後も力強くひびきわたる
ただ長らえる命にあらじ
それぞれの生を生きる意味あり
神の御意に生きてそれぞれの命は尽きむ


何か病気になると病気を生きることになる。それもやむを得ないのだが本来は人間は病気に生きることではない
ただ病気になり死がまじかになると生を深刻に意識する
それぞれの生が何であったのか問うことになる
私は福島県の浜通りに生きた、ここは海と切り離せずある
でも福島県ハハマナカイズに分かれ風土が違う、特に会津は山国であり海に面した浜通リとは対象的である。
その感覚も相当に違っている。だから文化も違ってくる

ともかく私は浜通リを生きたとなる。ここは磐城国であり今のいわき市と通じる
磐城太田駅があり磐城という地名が残る
そして地理的には宮城県の方が一体感がある。なぜなら牡鹿半島でも金華山でも見えるからである
福島市があっても見えない、吾妻山も見えない、でも蔵王は見えるのである
だから山形県でも蔵王が見えれば視界に入れば身近になる
じかに見えるのと見えないのとでは大きな差がある
どうしても福島県は地理的一体感がもてないのである。だから県の詩を作りにくい
それはほかでもそうである。県が大きいからそうなる















2025年09月24日

病院で検査したら脳出血だった。

病院で検査したら脳出血だった。

鹿島厚生病院から原町の脳卒中センターに救急車で運ばれた
だから大変だった。
その原因は高血圧だった。血圧が高くなるのは注意である

脳梗塞より脳出血が危険ともある、だから意外と軽いものではなかった。
何か脳梗塞とか脳出血は成り安いから注意である
左手がマヒしたのもその後遺症である。
とにかく老人は病気になりやすい、それげ急激に来るので怖いのである
こういう時一人だと本当に困る、地域包括センターの人が病院にきてくれたので安心した
南相馬市立病院には10年前とか一か月入院した
腎不全になると言われ緊急入院した、今回も腎臓も関係していた

老人はは日ごろから健康に注意していないと病気になりやすい、
ともかく大変な一日だった。帰りはのぞみタクシーで帰って来た。
介護タクシーでもあり忙しいというのもわかる
老人が多く病気になる人が多いからである。繁盛するのはそういう分野だとなる








2025年09月22日

一人暮らしの安全対策は不可欠 【自治体で整備されていても知らないから問題】

一人暮らしの安全対策は不可欠
【自治体で整備されていても知らないから問題】

今日は厚生病院の整形外科で診てもらった。腰のレントゲン写真とか撮った
でもここだけではわからないから内科でもみてもらいとなった。
地域包括センターの女性は看護師であり体も診る

水分をとらないと血流が悪くなるから寝る前に水を飲むと言いのもそうなのかと思った。
いろいろ支援があってもわからなかった。何故わからないかとなると日頃サービスを使っていないからである
そしてわかりにくい面があるのが問題なのである
サービスが一か月になるとかも問題である。書類を書き審査があるからそうなる
ただ直接話を聞いたので安心した。一人暮らしの人はこういうサービスがあることを知らないと危険である
一人暮らしの人に対するサービスがある。そうなれば一人暮らしでも安全だとなる
だから何でも知らないことが致命的になる。
緊急の場合の装置もつけることができる。ボタンを押せば連絡できる
一人暮らしには不可欠だとなる

つまり一人暮らしの人はこういうことを知っておくべきだとなる
助ける仕組みがある、かなりそういう点では整備されている
ただ盲点は知らないことなのである。日ごろ使わないものはわからないのである
人間は日常的に使うもの触れるものは利用しやすい、でも緊急の時となるとめったにないからパニックになる
こういうことは日頃の訓練も災害の時のように必要である

ともかく一人暮らしの安全対策は不可欠である。それは整備されているのである











2025年09月07日

夏から秋へ【夏菊、夕鷺、夕蝉、満月、涼し】


夏から秋へ【夏菊、夕鷺、夕蝉、満月、涼し】

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夏菊の切られてすぐに咲き覆ふ
夕鷺や流れのひびき一日暮る
夕蝉や今日も一日忙しく
満月に実りの平野広がりぬ
家ニ三消えて涼しき夜風かな

真直なる竹の伸びにき早きかな燕飛び交い流れ清しも
夏菊に朝顔咲きてなお暑し今日もこの道通りけるかな


昨日は涼しかったが今日は蒸し暑かった、まだ暑さがつづく
だから夏菊が切られてまた咲き覆う、そこは喫茶店があるがやめた
その夏菊に朝顔が咲いているから季節の変化がある

鷺は水辺にあり流れがひびく、毎日買い物が結構仕事になる
昨日は満月が出た、それは実りの平野に出たから秋を感じる

隣で三軒くらい家が消えて更地になった。それは結構広い
夜それで風は涼しい、そこにあった家の人とはもめたりした
その家の人にはいい感じをもてない、でも関わった人は死んでいる
もう一軒の家の人も何か嫌われた人だった

奇妙だけど家がなくなり嫌な人もいなくなり何か涼し風が吹いてきて気持ちいい
つまり人間は何らか嫌悪するものがある
だからその人が死んで家もなくなりかえって気持ちいいともなる
東京などでもそこに涼しさはない、家が密集して暑くなる
それでクーラーがある所がいいとなる、ただ自然の涼しさはなくなる

結局人間はいるだけで暑い、消えた方が涼しいとなる
でも空家空地耕作放棄地が増えるのは問題である

豊国の企救(きく)の浜辺の真砂土(まなごつち)真直にしあらば何か嘆かむ

この真直という言葉がいいのである。ただこれは今では死語になっている
自然の美があり人も自然と調和して真直であれとなる
その自然も消失して日本人の心も失うとなる。文明化してその心は失われたとなる


2025年09月05日

真夏の烏浜にて(詩)ー烏浜は砂浜が広く残っているー休むのにいい


真夏の烏浜にて(詩)ー烏浜は砂浜が広く残っているー休むのにいい

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白波寄せて
砂浜広く
夏の雲湧き
沖に船見え
漁船に漁師
サーファーの波に乗り
その肌焼けて黒し
何鳥や群れて飛び来ぬ
広々とした海よ
その彼方を望む
心よ、大きく広かれ
錚々と風は吹きそよぎ涼し
鴎は水面を飛び
浜昼顔は咲き微笑み
釣り人は魚を獲らむ
季節によりその魚は違い
海より漁船は帰りぬ
海を渡ると古墳にそ
10人ほど船漕ぐ板の線刻画
海を渡る掛け声やひびき
真野の地に来たりけるかな
その社も古りぬ
砂浜にニガナの花咲き
東風(こち)吹きて砂の紋残り
烏崎村津波にのまれ消えぬ
海は恐ろしも
その歴史の刻まれぬ
その傷痕のここに残りあれ
年輪刻む木の根っこ一つ
我はここに座りぬ
何か見知らぬ大きな鳥数羽
群れなし飛び来て去りぬ



烏崎村は歴史的には鎌倉時代から始まるからそれなりに古い。
津波に残った八竜神社は不思議だった、高台にありすれすれで津波い流されず残ったのである。
鎌倉から岩松氏が家来を引き連れて烏浜に上陸した伝説がある
岩松氏は家来に謀反で殺されたことで有名である。稚児も殺されたとして伝説化した。

ともかく古代では真野の古墳から10人ほどが船を漕ぐ絵が発見された
それが古墳から発見されたことはその船を操作した人達は誰なのかとなる
綿津見神社や山津見神社が相馬地域には本当に多い。その人達は安曇系統の人達であり海人族である。でもそれが古代にさかのぼるのは無理になる
でも確かなことは安曇系統の八木氏がその後を残している
相馬氏に八木氏がいた。八木沢峠とか霊山の方に犬飼(犬養)という地名がありそれは安曇氏系統なのである。ただ時代的にいつになるのかわからない。でも地名化することは古いとなる

右田浜は景観的には失われたが烏浜は砂浜が広い、ベンチなども置いてある
だからここの方がいいとなる。波乗りしている若者がいるが大きな波は来ない
ただこっちの方が砂浜があり休むにはいいと見た
津波で砂浜自体が消えたとかある。右田浜はそうだった。昔の面影が消失してしまったのである。

今日は雨降って涼しいけど暑かった。暑いと山の方に行きたくない、海の方が涼しいからいいのである。その点浜通リは恵まれている
どうしても涼しい場所を求めるからである






2025年08月21日

真夏の賛歌(詩)ー自然と調和する様々な鳥 【山鳩、カワセミ、白鷺、鴎、燕など】


真夏の賛歌(詩)ー自然と調和する様々な鳥
【山鳩、カワセミ、白鷺、鴎、燕など】

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真夏の賛歌(詩)

清流に沿い山の奥から
カワセミの飛び来る
その美しき羽根
たまゆら見えて消えぬ
楚々として白鷺は
川の中を田の中を歩む
その細い脚は優雅に
辺りを乱さずに餌を漁る
鮎は跳ね光りそを捕らむ
今実りそむ平野に
大らかに芙蓉は咲き
山鳩の幾羽か来たりぬ
その河口に鴎飛び来て
白波寄せて沖に船見ゆ
その長い海岸線よ
遠くからの便りをもたらせ!
広々とした海に燕は飛び交い
それぞれに自然に調和する
なお夏の雲は湧き昇り
夕陽は赤々と山に沈みゆく
波は天にも轟き鳴りひびき
深い森の中に一心に蝉は鳴き響き合う
夏にこそ自然の命燃え輝きぬ
太平洋の沖に船は行き漁船は港に帰る
その甲板に魚踊り得て喜び帰る
海の幸山の幸ありその恵みに感謝
人の営みも自然と調和する時
神はそれを良しとして恵みを与える
しかし津波の災いは何故なるや
その傷痕はなお消えざりしも
ただ14年過ぎて成長したる松の影
涼しき風吹き我はここに安らふ
災いの無きしを祈りつつ・・・


詩でもそうだが何の芸術でも基本は写生である。正岡子規の写生俳句もそうである
つまり自然をそのまま写すことが美である。自然は見事に過不足なく調和している
人間のみがなぜか自然と調和しないのである

人間が出てくるとそれが醜悪なものになる。田舎の自然は美しいにしても人間は醜悪なのである、かえって田舎の方が醜悪さが目立つのである。
都会だと人間が醜悪でも数が多いから紛れてしまう、田舎ではその醜悪さが露骨に現れるのである。
だからその暮らしを隠せというとき人間は田であれ畑であれそこにあるとき自然と調和する。でもその人でも向き合えば醜いものが現れる
何かかにか不満があり醜いものが現れるのである。

飯館村などでは前に畑があり庭が広くそこに花々が映えていた
それを天から神が見ていたともなる、でもそこに人間が現れると何か汚点のようになる。それはどこでも同じである、だから人間は隠れていた方がいいとなる

何か私は別に才能があるともならない、ただ子供の頃から近くの神社とかで祭りがあり何か踊りがあったときおんぶされてじっと見ていたという
何かじっと見ている観察するのに向いていたとなる
三つ子の魂百までとなる、この詩でもただありのままを見て詩にしていうるのである。そこに鳥とかいても人間はいない世界なのである
そもそも鳥の不思議はその糧を日々得ている、貯えることもしないで日々か糧を得ている。それが何でもないようで不思議なのである
例えば鳥の場合別のこの土地に餌がなかれば別な土地に行けばいいだけだとなる

 空の鳥をよく見なさい。 種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。 だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。 あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。 なぜ、衣服のことで思い悩むのか。 野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。 働きもせず、紡ぎもしない。 今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。


この聖書の言葉が鳥を見ているとある。何を食べているのかも不思議にもなる
でも日々糧を得て生きているのである、そして自然と調和するから美しいのである
人間は膨大な労働をしている、でもそれで何が作られたのかとなると東京のような一千万の住む世界でありそこに美はないのである。
田舎には何もないというけど何も見ていいないからだとなる

この見ることに特別な才能は必要ない、ありのままを見ればいいとなる
ただ絵にするとかなると才能がないとできない、でも自然には美がある、美しく装われている、カワセミは宝石のように美しい、山鳩はなんとも愛らしいとか白鷺は楚々として辺りを乱さずその細い脚で音もなく歩む、その衣は純白に野に光る
それは自然と調和するから美しいのである。

いずれにしろ田舎に何もないと言うがそれは良く見ていないからなのである
だから毎日大都会で高層ビルとか車の洪水とか見ているときその心はどうなるのか、何かおかしくなってしまう。おそらく美に対する感覚が消失するともなる
ただ田舎の人間は都会であれ同じである。それが都会より目立つから醜悪さあ露骨に現れる。つまりどこであれ人間は自然を汚して自然の汚点になっているのである
第一田舎に素朴な人達がいるとか全くない、むしろ都会人より醜悪な非常識な人達が普通にいてのさばっている。だだの暮らしを隠せというとき人間が自然の中で隠されるとき自然の美のみが映えるとなる





2025年08月20日

秋は一時的また暑くなる【蝉の声、芙蓉、カワセミ、夏つばめ・・・】

秋は一時的また暑くなる【蝉の声、芙蓉、ヤマセミ、夏つばめ・・・】

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蝉の声変わりてしきり鳴きひびく
沖に船海広々と芙蓉かな
山鳩に芙蓉に実り平和かな
カワセミや清流にそいて飛びて来ぬ
清流に朝に鮎跳ね光るかな
ノウゼンのなお咲き散るや残暑かな
夏つばめ海に飛び交い波響く


また暑くなった。三日ほど涼しく秋になった。でも今日は朝から暑い
日ざしが強い、何かこの暑さは異常である
ただあまり入道雲が見えない、去年はかなり見えて
何か一時秋の雲になった。これも空の関係だろう
水蒸気が多くなると湿ってむしむしする。それも雲と関係する
ただ偏西風とかなるとなかなかわかりにくい、ただ海水温度が上がっていることは確かである。

芙蓉は大らかでありゆったり咲いている。稲も実り山鳩が飛んでくる
それを見れば平和である。でもこれだけ暑いと苦しくなる、体調も悪い
カワセミが一瞬飛んでくる、清流にそって飛んでくる
宝石のようでもある、カワセミは涼しさの中にある
清流に沿っていつも飛んでいる、またカワガラスもしうである。
それを写真でとらえるのは難しい、一瞬で消えるからである

蝉の声が変わり盛んに鳴く、ただ蝉しぐれとかならない、今年は蝉と少ない、
揚羽蝶でも何か少ない、そこに自然の異変がる。

何か海の方に行っても涼しい風が吹いてこない、それでクーラーの調子が悪くた卓上扇風機を使う、これは風が自然な感じになり霧が出るのもいい
要するに機械でも自然的なものならいい、クーラーは部屋全体を冷やすにしてもそれが体に良くない、不自然だとなる
だから機械でも何か自然と調和するならいいのである。

2025年08月12日

なぜ老人はみんな後悔するの?−海外旅行も体力がなくなりできない 「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔


なぜ老人はみんな後悔するの?−海外旅行も体力がなくなりできない
「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔

「こんなはずでは…」楽しみにしていた年金生活に募る後悔

71歳の誕生日を迎えてすぐのことでした。長年の夢だった、夫婦でのヨーロッパ周遊旅行を計画しようとパンフレットを広げた時のことでした。

「妻が『長時間のフライトは、今の私には少しきついかもしれないわ』と、申し訳なさそうに言うんです。そういえば、妻もここ数年でめっきり疲れやすくなりました。私自身も、数年前から患っていた膝の痛みが悪化していて、若い頃のようにスタスタと歩くことはできません」

現役時代は、趣味の登山で日本中の山々を制覇してきた鈴木さん。増えた年金で、海外のトレッキングコースに挑戦することも楽しみの1つでした。しかし、今の体力では日帰りのハイキングさえ億劫に感じてしまうといいます

退職したら何?何しようとかそれがうまくいかないのはなぜなのか。 一番大きな問題は体力がなくなることや 病気になることである。それで予定が狂ってしまうのである 金を貯めて退職したら自由になるから外国旅行でも色々やってみようと計画しても体力がなくなり、できなくなる。 

私自身は職にも就かないつかずに充分な自由な時間だけはあった。
だから、日本全国を旅して 地理に興味を持ったのである。だから、日本ならほとんど行っているのである。ただ、失敗したのは外国旅行に行くことが遅かったことである。 
50歳からでは遅すぎたのである。
私は日本全国を旅したとしても常に金に困り安いホテルを探していたのである。
私は親から小遣いをもらって暮らしていたから旅行となると金が使えなかった。
ただ、充分な時間はありそれで自由な旅をしていたのである。

でも、外国旅行になると円高の時でも金がかかると思い行かなかったのである。
そこに偏見があり失敗したとなる。人間というのは偏見を必ずもつ。その住んでいる場所とか人間関係に影響されるのである。 私は引きこもりであり、付き合う人もなくそうなったのである。 
そして、親が死んで分かったことは親はかなりの金を残していたことである。 
それだけの金があれば充分に外国旅行はできた? それで、東南アジアを旅するのに。 

50万ものお金を持っていたのである。 それだけ金がかかると思っていたのである。 
その半分でも20万でも充分だったのである。 でも、私自身は彼をもっていない。 親からもらうだけだったのである。 となれば。 どうしても。 海外旅行は高くつくものだと見ていたから、していなかったのである。 もう一つは海外旅行一人は行けない と見ていたのである。これも偏見だったのである。 人間は必ず何かしら偏見を持つようになる。どうしてもその住んでいる環境とか人間関係に影響されるからである。

旅行する時実は金がなくても旅行できた。 例えば自転車旅行でもテント積んで野宿すればホテル代はかからないのである。 ただ、必要なのは体力なのである。
自転車旅行でも体力が必要であり、海外旅行でもまた体力が必要である。 
いくら金があっても海外旅行することは? かなりきつい。 だから長時間のフライトにも耐えられないとなってしまう。退職して自由時間と金はあっても体力が無くてできなくなる。それも誤算なのである。  

人間は結局老人になって、みんな後悔しているのである。退職して自由時間と金があるから全国を自由に旅して、海外旅行もしようそう思っても、今度は。 体力がなくなっているのである。 
また。 60以降になると、親の介護にもなる。 私自身、60になり親の介護で四苦八苦して。 近くすら旅もできなくなった。 それは十数年、そうなったのである。 そして 体力がないから、海外旅行でも登山もできなくなったのである。
だから人間は将来何かしようとかして計画しても、それが実行できない。 

若い時は金がないが体力はある
老人は自由な時間と金があっても体力がない

つまり人間は二つを兼ね備えることができない、その内時間切れとなり人生は終わる 
その時々に年齢で成すべきことをしないと結局できなくなる
たちまち時間は過ぎてしまうからである。 

結局

今は金もある自由時間も十分にある
でも旅する体力がない
病気になり何もできなくなった

何かこうなりやすいのである。例えば十億の金を持っていても寝たきりになり何もできなくなったともなる。その時金は何の役にも立たないのである
成すべきことをその時々にしなければあとでできると思ってもできなくなる。
それだけ人生は短いのである。だから将来に老後にやれると計画してもできなくなる

だから金が無くても旅できる時にするべきだとなる。別に自転車旅行でもバイクでも車でもできるからである。旅で一番金がかかるのはホテル代だからである
それを浮かせれば別に金が無くてもできる。海外旅行は日本旅行より安くついたのも意外だった、円高でもヨーロッパでも安いホテルが多いのである
老人でもユースホステルに千くらいで泊っているのである
スイスとなると高いがそれでもバクパッカー向けの安いホテルがある。一人部屋でなくてもある。日本だとユースホステルとか安い宿が少なすぎるのである

要するに海外旅行は円高であれば日本より安くできたのである
私自身がレストランとかには入らなかった。そこは入りずらいからである
外国のホテルでも高い所は高いのである、でも安いホテルはあるから旅しやすいと思った、日本では最低でも5000円であり今になるとその倍になっている
だからその時旅していない人は損だった。だからフリーターとか貧乏な若者でもヨーロッパを旅していたのである

人間はその時々の情勢があり円高であれば海外旅行のチャンスであった
でもこれだけ円安になると海外旅行は贅沢になる、だから時代によりできることとできないことがある。でも人生は短いから先が長いからできると思うのである
それが誤算になる。退職してからやりたいことをやろうとしてもできなくなることがある、その割合は大きい、病気や体力の減退や親の介護とかなりできなくなる
だから私は金が無くてもその時自由時間はありあまるほどあり旅して良かったとなる

ともかく金がない自由時間がないとかで海外旅行でもしなければできなくなることがある。人間に与えられた時間は限られている
やりたいことはその時々にしないと後でできなくなる。若い時は無理ができる
老人になったら無理はできないのである。それが誤算なのである
結局老人は誰でも後悔している、こんなはずではなかったと後悔している
金を貯めても病気になり親の介護とかで海外旅行であれきついことはできなくなる
それで宝の持ち腐れともなる。

若い時は金が無くても体力があり時間があればそれを活かしてやれるべきことやる
つまり金がなくてももしかしたらその時借金してでもやるべきことをやる。それがもう老人になったらできないからである。自由な時間がないとしたら作りやりたいことはやるべきだともなる、ともかく時間は限られている、体力も限られている
それが無くならないうちやるべきことはやる。そうしなければ遂に何もできないとなり終わる。ただどうしても人生は後悔で終わる。それだけ人生は短いし健康で体力ある時も短い、青春などあっというまに過ぎる。40才で白髪がでてそれから急速に老人に向かているのである
    
  

2025年08月11日

夏にかつての磯部村を回る―海の寄り物−寄木神社【蝉の声、夏草、夏の雲、木槿、うろこ雲、・・】


夏にかつての磯部村を回る―海の寄り物−寄木神社【蝉の声、夏草、夏の雲、木槿、うろこ雲、・・】

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これは変わった石である。これは相当価値があるのではないか?
何か河原で石を探して売るという人がいた。これは金になるかもしれない
というのはこれが花台になる。確かに海からの寄り物がありそれが吉兆だとした
これはその一つかもしれない



ミンミンや坂いくつか越え行かむ
蝉の声波の響きや社古る
夏草や松川浦の夕暮れぬ

海岸線白波寄せて打ち響く彼方に行かむ夏の雲湧く
朝静か白き木槿に雨しとと暑さの引きて秋に入るらむ
夏の日に波の音ひびき磯部村消えてなしかも残す碑あわれ
磯部村散りじりに去り今はなしここに生きにし人の語らむ
うろこ雲夕べ広がり秋めくや風の涼しく走り来たりぬ


寄木神社の由来  合祀稲荷神社 寄木神社

平氏没落後志摩国磯部に身を隠した落武者辰之丞一行は間もなく陸奥国石巻に下り寺島氏
を称して世を忍ぶ辰之丞を船頭として漁師となつたが 海面を混濁する北上川の氾濫に度々漁撈を妨げられ 遂に適地を求めて宇多郡大竹荘磯部の里に移つたと伝えられる

磯部村の寄木神社の謎(津波の伝説を調べる)

寄木神社は全国にある。海に囲まれた日本だから海に寄るものがありそれが吉兆として祭られたというのは理解できる。
それにしても

平氏没落後志摩国磯部に身を隠した落武者辰之丞一行は間もなく陸奥国石巻に下り寺島氏
を称して世を忍ぶ辰之丞を船頭として漁師となつたが

これも不思議な縁起である。平氏没落後志摩国磯部が地名の基になっている
地名は伝播する、それにしても磯部村では250人死んだから一番被害が大きかった
でも今はソーラーパネルになり何かかつての村を偲ぶものがない、するとここに村があったのかとなってしまう。それだけ津波は恐ろしいものである。

コイムンは、災いだけをもたらしたのでは必ずしもない。流木は薪木や建築資
材 としてたいへん貴重な生活財となった。さらに流木や石サンゴを漂着仏として大切にされ、恒常的に浜に打ち上げられる海藻は農家にとってたいへん重要な肥料となった5)。浜で集めた海藻をあらかじめ積んでおき、雨にさらして塩抜きをする。そして塩分の抜けた海藻はジャガイモ、サツマイモ、人参などの畑の畝に肥料として使われた

漂着物 とエコ・コモンズ

寄木信仰は海に囲まれた日本だから生まれた。海藻が肥料にしたというのもいかに農業に肥料が欠かせないかわかる。イワシは肥料として使われたことがあった
それで相馬から船で松前まで行きそのイワシを買い積んで帰った来たのである

ともかくお盆にもなり暑いけど秋めいて来た、うろこ雲も出たからである


2025年08月08日

原町(小川町)に雷鳴り虹かかる 【蝉の声、ヒグラシ、芙蓉、ひまわり・・】


原町(小川町)に雷鳴り虹かかる
【蝉の声、ヒグラシ、芙蓉、ひまわり・・】

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鹿島区の虹

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原町の小川町で見る虹

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小川町辺りの公園か

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早死にした児童を供養する地蔵か



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夕虹の色濃く映えて一日終ゆ
蝉鳴くや墓積み上げて街の中
ヒグラシヤ橲原村や十数軒

ひまわりと芙蓉の咲きて郊外の農家の庭の広々とあり
雷鳴りて虹のかかるや原町に流るる水の清しも
響き合うヒグラシの声森深し一村暮れて大石一つ
三色の菊の畑に咲きにつつ静かに秋に入るかも


立秋になっている。確かにアキツが赤とんぼ飛んでいた。今日は比較的涼しかった、山の方から風が吹いたのも違ってきたのか春から夏は海から東風が吹くのが普通である
暑いから季節的にはまだ夏が続くと見たがそうでもないのか?

今年は暑さの峠を越えたかもしれない、暑さが続くにしても秋の気配を感じる
去年の暑さの方が長く続き苦しかった。今年は暑いけどその暑さも峠を越えたのか?
自転車で原町から橲原とか回って来た。それほど暑さを感じなかった

蝉はかなり増えて来た感じだが揚羽蝶とか今年は少ない、あまり見かけないのである
これも異変なのかもしれない、やはり蝶でも飛ばないと夏らしくないとなる

ともかく夕方になると昨晩も虹がかかり今日も原町で虹を見た。
夏は虹がかりやすい、でもどこで見るかはわからない、それが原町で見たのもめずらしいとなる、原町と相馬市の感覚は違っている、原町は新興の街であり相馬市は城下町だからである。だから感覚的違うのである。でもここに住んでいない人はその見わけがつかない、そういうことは他でもある


2025年08月02日

八沢浦の消滅した港村の墓地【鬼百合、夕蝉、夏の雲、夏草、芙蓉、・・・・】

八沢浦の消滅した港村の墓地【鬼百合、夕蝉、夏の雲、夏草、芙蓉、・・・・】

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34才、15才、20代が二人である、いつの時代かわからない、おそらく戦前だろう
とにかくこうして若く死ぬ人が多かったのである。ここに無念がある



鬼百合に夕蝉鳴きて命燃ゆ

沖に船波頭立ち夏の雲

夏草や蛇を咥えてイタチ出る

我が姉や芙蓉の咲きて雷鳴りぬ

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大石に芙蓉の咲くや家四五軒変わらず長くもここにありなむ

津波より14年過ぎてなお立ちぬ枯木のあわれ浪打ちひびく

港村津波に消えてわわれかな残さる墓地我がたずぬかな

墓一つ倒れて記さる年若き生きざる人やここに埋もれぬ


鬼百合に海

海に浪打ちひびき鳴り
夏の雲が湧き上がり沖に船見ゆ
鬼百合の咲き夕蝉は一心になく
命は今この時燃える
芙蓉はゆったりと大らかに咲き
時に雷鳴りひびき轟く
夏はなお燃え盛り
太っていた姉を思い出す
大石はここに黙して休む
我が家は広く大きく休むに良し
夕立が涼しくその音を聞く
夏は夏らしくきる
命は輝き生きる




鬼百合が咲くと夏も佳境に入る、蝉が夕べ鳴き命が燃える、沖に船が見えて夏の雲が湧く
夏草の中からイタチが蛇を咥えて出てきたのもめずらしい、蛇を雉も食う、でも津波原発事故以後蛇は減った
でも蛇も餌になるからいないと困るとなる。

姉は太っていて大らかであり勝気でもあった。実の母はおとなしいが神経質であり私は姉の方にひかれていたのである
何か血のつながりと関係なく自分にないものを持っている人に惹かれる、母と私の性格は似ている
小心でおとなしくまた神経質でケチくさいとかなる、だから私は母を良く見てなかったのである、好きでなかったのである
姉は芙蓉であり大らかであり気が強く男勝りであるから雷鳴りぬとなった。
人間は性格でも自分にないものに惹かれるのである

今日は午後からまた海老村と津波で消えた港村に行った。そこに墓地があり5つか六つほどであり小さい
だからここに港村の墓地とも言えない、他にも墓地があった。
そこであわれなのは倒れかかった墓である。これは津波の前から捨てられた誰もお参りしない墓である
墓には本当に幼い子供でも若い人でも20代で死ぬ人が多いと見た
それは結核などが国民病としてありまた他にも医療が発達しないから若くて死ぬ人が多かったのである

2025年07月24日

海の方は涼しい【夏の雲、雲の峰、夏の海、・・】


海の方は涼しい【夏の雲、雲の峰、夏の海、・・】

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白波や海に湧き上がる夏の雲

夏の海松影涼し船二艘

三方に湧き上がりけり夏の雲

雲の峰ふくらみ厚く高くなる

雲の峰重なり高く夕陽映ゆ

六号線車の列や雲の峰


津浪より13年過ぎ成長す松影に休み海風涼し



この暑さは今日は乾燥している。だからからっとしているから蒸し暑いよりはいい、ともかくこの辺は海があるから涼しいとなる。だから夕方でも自転車で回る。相馬市の道の駅まで行った。そこで半額の鯛めし弁当を買った、あそこでは変わった弁当を出している、私は暑いから料理するのがめんどうになる。料理は手間であり簡単にできない

雲の峰が荘厳にも見えた。これからは夏の雲の季節である。やはり夏は夏らしいのがいい
でも福島市となると36度なのか蒸し風呂になる。そこでは風流どころではなくなる。灼熱地獄になり外も歩けないとなる
ここは海があるから海の方に行くと涼しいのである。

松影で休む時前は松原があり休んでいた、でも津波から13年過ぎて松が成長してその影に休むのが気持ちいい
ただそこは防波堤になっているから前とは違っている
暑くても家にばかりいるのは良くない、外の空気に触れると元気が出る
ここは夕方ならそれほど暑くない風は涼しからいいのである。




2025年07月22日

雷と虹とひまわりの詩【暑さの中で輝く大自然の命】


雷と虹とひまわりの詩【暑さの中で輝く大自然の命】

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我に向かいひまわりは咲きぬ
その赤裸々な偽りなき花よ
その時天より雷は轟き
美しき約束の虹はかかりぬ
汝は自然とリズムを合わせ生きよ
自然は変幻自在躍動する
雨に濡れ夕べなお燕は飛び交う
かなた大海の波は打ち寄せ轟き
天に地にひびきあい命は輝く
暑き日よ、命は燃え上がる
ノウゼンの花は咲きては散り
今芙蓉もゆったりと咲き
そはその側に安らぐ
ああ、愚痴を言い嘆くなかれ
汝はひまわりに向き誠なれ
沈黙の石に響いたのは雷の音
花々は天に向かい咲き
その花々は天なる神に献げられる
天に響かす雷神よ、天来の声よ
共鳴し合う大自然のシンホニー
汝金のみ数え囚われるなかれ
汝の心は歪み自然の美も見えじ
神の創造する自然の顕示するものを見よ
虹はかかりて神の約束は成らむ



暑いと自然の命が燃えるようになり輝くことがある。熱帯だとやはり様々な花が咲き充ちて一段と映える
この暑さは苦しいがそれでも午後に自転車で走る、昨日は雷が鳴り虹がかかる。一時自然の涼しさにふれると気持ちい
い、クーラーは必要でも自然の風が雨が気持ちいいのである
ただ陽ざしが強いと危険になる。だから曇った時とか夕方に出かける

山の向こう側の伊達市福島市は36度なのか灼熱地獄になる
ここは海が近いので救われている。ともかく熱帯化すると南国にいると同じになる、沖縄はここより本土より涼しいのは
海に囲まれて海からの風が吹くからである

この暑さはゴッホのひまわりを感じる、雷が鳴り虹がかかり太平洋の波が打ち寄せて燕が飛び交う
それは大自然が共鳴する音楽でもある。ここは35度以上にはならない、ただ体感温度は別なのである
何かクーラーでも涼しくならない、家自体に熱がこもっているのかもしれない、今日も朝から暑い。