2020年04月08日

コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか? (原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか?

(原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


変なんだけど飯館村はもう田畑は利用されていない、そこの住民は住んでいない
ただこじんまりした平屋の新しい家を建てた、それは援助があり建てないと損だとして建てた、でも人は住んでいないのである、だから別荘だとしている
学校がはじまったとしても子供の親は住んでいない、他から通わせているのである
二割くらいは帰って住んでいるとしても広大な土地が利用されていない
するとそこを誰が利用するのかとなる
までい館の案内所も外部から来た人であった
他でも外部から來る人が結構いる、なぜなら肝心のそこに住んでいた住民がいなくなったからである、別荘にきて畑で野菜作りに来ている人がいるという
何かそれも補償金で他に家を建てて別荘にくるというのも贅沢だとはなる
それだけの補償金が入った人が結構いるからだとなる

だからこうして人すら住んでいないとなると外部から來る人はそこが住みやすくなる
なぜなら田舎は人間関係が濃密だから入りにくいからだ
そういう人間関係のわずらわしさもない、そこが無人の地だったら自由に活用してくださいとなる、一種のフロンティアに未開の地に入るようになる
そこには縛られる人間関係はないのである、北海道とにたような状況になる
そこちはアイヌにしても新天地となって移住してきた、その生活は厳しいのもであっても明治維新で侍だった人たちが新天地として移住した
それはアメリカに移住してきたヨ−ロッパの人たちもそうである
それで新天地としてホイットマンの詩が生れたのである

今回のコロナウィルス騒動でも社会を変える世界を変えることの驚きである
第二次世界大戦なみの変化だという人もいる、国際関係も変わる
アメリカは衰退して日米同盟、安保条約も維持できないとも言われる
ヨ−ロッパは明らかに衰退する、EUは維持できない、崩壊する
それでロシアが勢力を伸ばすとしている、その兆候はすでにあった

いづれにしろコロナウィルスが社会を変えるというとき何かその前にそういう兆候があった、それがコロナウィルスで加速されたのである
東京一極集中は限界になっていた、だから首都移転が言われたが実行されなかった
でもコロナウィルスで真剣に考えて実行しなければならなくなるかもしれない
東京から地方に脱出しているのもそうである
何か島根とか鳥取とか岩手県が感染者が出てないので注目されている
島根鳥取は最も過疎地域なのである、だからこれも不思議だとなる

人間社会には何か逆転がある、人生でもそうである、何か不利なことが有利になる
有利なことが不利になる、大都会は東京でも有利なものとして働き人口が集中した
それがコロナウィルスで逆転した、東京は最も不利な状態になっている
そして意外と会社に直接行かなくても通勤しなくてもテレワークも使えるとして
わざわざ満員電車にもまれて行く必要もないと気づいた人たちもいる
つまりもしテレワークでも会社に行かずとも仕事ができるとなると地方でも田舎でも仕事ができるとなる、そうなると東京に住むということにこだわる必要もない
そうしたら地方で田舎に住んで仕事をして暮らせるともなる
そういう人たちIT関係ですでに実践している人たちがいる
つまりテレワークとかITの発達はどこに住んでも不利にならないのである
田舎でも今はそのインフラが普及している、アマゾンでも買い物はできるから不便はないのである
それで一週間に一回は一応東京でも会社に集まるとかする
そういうし働き方がITで可能になる

deseinとはseinを否定した意味である、deは否定である、つまりこれまであるものを否定して新しいものを作ることである
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すると飯館村のようなまたは原発避難区域などは家も土地も格安でありそこで悠々と住んだ方がいいというふうに考え方が変わるかもしれない、そこで農業をするにしても
収入は別にあるからいいとなる、農業だけでは今は収入にするのは無理だからである
ただ今回のコロナウィルスでは農業も注目される、農業の大事さが東京の人たちにも実感される、なぜなら外国から食料が入らなくなる
外国ではじこくを優先して食料の輸出を制限したからである
こういう事態になることは前々から予想されていたのである
でも東京の人たちは日本の食料が入らなくても外国から輸入すればいいとなっていた
高い食料はいらないとしていたのである
そういうことでも変化する、やはり食料は地産地消が理にあっているのだ

ともかく人間社会の変化でも自然の影響が大きい、原発も津波で崩壊したとかあり
自然の影響で社会自体が変わる、人間だけでは大きな変革はできないのである
人間よりもっと大きな力が自然なのである、それに逆らうことはどんなに科学技術が発達してもできない、むしろその科学技術すら自然の前に破壊される
人間の科学技術が自然を破壊することはないという、自然はもっと大きなものでありごついものだというときそうなのかとも思う
それを武田邦彦氏は盛んに言っている、だから温暖化はないのだという
つまり自然は人間がイメージするよりもっと大きなものであり自然を人間の力では壊せないという、人間は何か科学技術とかを過信してそうなっている
それが錯覚を与えている、人間は依然として自然の前に小さなものだということなのである
posted by 老鶯 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月07日

自由社会は安全に弱い、自由はアナキーにもなる (津浪、原発事故、コロナウィルスの対処)


自由社会は安全に弱い、自由はアナキーにもなる

(津浪、原発事故、コロナウィルスの対処)


自由社会をみんな望んでいる、だからこそ共産主義より資本主義の自由競争社会がいいとなった
でも人間は何でも自由になりえない、人間はそもそも住む場所でも地域でも限定される
その場その場で与えられた場所で生活してきた
それは地域から国から国家からと大きくなってもそうした地理の制約に限定されて生きざるをえなかった、それが宿命だったとなる
人間は住む場所でも制約されているし生きる時間も限られている
その限定された中でアイディンティティを見出して生きてきた
人間には無限の自由はありえない、むしろ制約された限定された中で精神も形成される
だからグロ−バル経済という時、もう限定されていない、制約のない社会なのである

それで皮肉なのはなぜ共産主義国家の中国が破綻する破綻するといってもしないのか?

それは国家統制があり強権でもって株式でも操作するからだとしている
共産主義には自由がないとしても利点もある
自由資本主義になるとそれはアナーキーになり統制できない世界になる
それで資本主義では必ずバブルや恐慌が来たりして制御できなくなる
自由主義といっても自由にしていたら経済も破綻する

つまり人間社会は無限の自由などはない、どこかで制約される
自由資本主義の問題はそれがアナーキーになることでありまた逆に自由が行きすぎると制御できなくなるり一党独裁とかになり最も強権な政府ができる
その自由と制約のバランスをとることがむずかしいのである
無国籍人間とかが現代では普通に言われるけどその人の安全は誰も保証しない
保証するのは国があるからこそであり外国に行けばそのことが痛いほどわかる
どこの国にも所属していなかったら外国で殺されても誰も見向きもしない、金も盗られてもそうだし安全は全く保証されない、そうしたらとても外国など旅行できないのである
中国は経済が破綻すると言っても実際は破綻しない
かえってアメリカが破綻すると言われるのは自由資本主義の結果として極端な格差社会になり数パーセントの人たちが富を独り占めする
つまり自由とはそうした異常な富の偏重でもそれは自由競争の結果であり正当だとされてしまうのである

そして津浪、原発事故、コロナウィルスで経験してきたことは「安全」の問題である
この安全がないがしろにされるのがまた自由資本主義社会である
なぜなら資本主義社会では利益にならないものは無視されるからだ
それでワクチン開発は金にならないとして日本では遅れたという時もそうである
製薬会社では薬の開発に莫大な金がかかるから利益にならないとしたらやらないからだ
でも今回のように安全を計るならその資金は国が提供すべきだとなる

それは原発でもそうだった、「安全神話」を権力で作り上げて絶対の安全を計ったようでもそれは権力で作ったものであり安全ではなかった
数十メートルの津波が来ると東電の科学部門で割り出して警告していた
そのとき防潮堤を作らなかったのは安全は金にならないからである
安全はどこでも金にならない、利益第一にする会社ではどうしてしも安全はおろそかになる、そこにやはり国が関与して安全を計る、それが国の務めだとなる
つまり自由資本主義社会でも国が安全を計る役目がある
みんな自由勝手にすることはできない、ただそこで矛盾なのは自由な経済活動が制約されると経済も停滞する
そのバランスがむずかしいのである

ともかく人間は歴史でも何でも自由には生きられなかった、生きる場所も限定されていた関所があり生活する場は限定されていた、その制約された中で生活して精神的アイディンティティを作り生きてきたのである、それが人間の宿命だとなっていた
もちろん外との交流とかは必要である、貿易でも必要である
ただそれがグロ−バルに世界的に拡大しすぎたのである、そして自らよってたつ場が見失われた
どうしても自由を求めるにしても必ず制約されるのが人間である
人間が定着して生きることは制約された中で生きるということである
経済でも何か無限の自由を地球に求めた、国境も民族もないということになり国際資本とか多国籍企業が地球を所有するようになる、そんな障壁は必要ないとして風土と歴史の中で築かれた社会をアイディンティティを壊してしまったのである

それを加速させたのが科学技術だった、それは何か危険なものだった
原子力でも核でも危険なものだった、でもそこにタブーはなくなっていた
科学にも制約はない、自由にやればいいとなり巨大な災いをもたらしたのだ
科学技術だってなんらか制限される必要もあった、科学技術も諸刃の剣なのである
遺伝子組み換えとかも危険なのである
それによって人間そのものが生存が危機にさらされるとしても科学技術は万能を追及するのである、でも絶対に万能にはなりえない、万能なのは全能なのは神しかありえない
人間の知恵で作った文明でもそれも遂には原発事故のようになり甚大な禍根を残して終わる、そこに人間の限界がある

コロナウィルスにしてもウィルスにしても人間がそれに対抗するにもできない
必ず新種のウィルスが10年くらいの間隔で現れる、それでまたワクチンの開発が強いられる、でも新種が生まれるからそれに対応できないのである
こうして人間はいたちごっこのようなことを永遠にしているのかとなる
結局人間の問題は永遠に人間で解決しないともなるのである

posted by 老鶯 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月06日

コロナウィルスで食料危機 (外国から食料が入ってこない)


コロナウィルスで食料危機

(外国から食料が入ってこない)


新型コロナウイルスの感染が世界規模で広がる中、世界の食料貿易に影響が出始めた。
大規模な移動規制や物流混乱の広がりを受け、一部の国が小麦や米などで輸出制限措置を導入した。
穀類の国際相場は上昇基調になっており、緊急時に自国の食料をどう確保するかが問われそうだ。

露が先行 小麦や米 国際相場 上昇基調

 米や小麦、食用油などの基礎的食品の輸出を差し止める動きが出始めたのは3月半ばから。
国連食糧農業機関(FAO)が発行するオンライン穀物情報誌MNR最新号の「食料輸出制限情報」によると、ロシアとセルビアが先行し、下旬になってベトナム、カザフスタンなどが追随した。

 ロイター通信などによると、世界最大の小麦輸出国のロシアは国内供給を優先し、4〜6月の穀物輸出量に制限を設けた。
通常は無制限だが、上限を700万トン(前年同時期の輸出実績は約720万トン)に設定。
既に穀物加工品などは停止し、輸出業者は一層の規制強化を懸念している。



ほらね、こうなるのは目に見えていた。
日本は大豆をほとんど輸入に頼っている。
醤油、豆腐、納豆はほとんど入手困難になる。
小麦も入らなくなったら、もうおしまい。
日本は完全に終わる。
古米、古古米を食うしか無くなる。


使ってなかった農地をいきなり使える訳ないだろ……
そして日本はそんなに農地は多くない

福島産を散々罵倒した東京の連中は少し痛い目見ろ

休耕地をマトモに作物育つようにするには数年かかる
その間売れる物は何も作れないから収入がない
誰がやるの?

こういうのも全部「今のうち」なだけだし、どこかが輸出制限したら他のとこから買うわけで結果高騰する(もう始まってる)

家庭菜園は土の処理がめんどくさくて手が出せないわ
室内でカイワレ大根やってみるかな

ビル壊して農業だね
失業者が多数になるし
国民全員農民になればいい
自給率が一番低い日本が終わるわ
ITも一番遅れてる示唆

安部とあきえに潰された日本
馬鹿みたいな五輪やカジノや
観光に金使って、世界中に日本の金ばら蒔いて国民には渋る金出さない

自分の座を守るため株価つりあげたり、残ったものは借金と食糧難

「心配するような世界的な食糧危機など起こらないから国内農業潰してもヘーキヘーキw」

起きたぞどーすんの?
農業従事者の殆どが65歳以上だ
名うての老人キラー、コロナウイルスが彼らを一掃すれば今年中に飢餓が始まるぞ

穀物以外の農家と漁師は、外国人の労働力に依存してるところが多いから、
コロナで外国人労働者が帰って戻ってこなくなると、生産能力はガタ落ちだろう

食糧難になると真っ先に東京が陥落する
戦後のように闇市もありえる話
白い粉も小麦粉になる

国会議事堂前

ちなみにいつもならレジまで混んでも4〜5人程度なんだけど、今日は10人以上並んでた
これで非常事態宣言とか出たら、買い物客が殺到してスーパーに食料品がなくなるわ
安倍・小池、その辺良く考えて言葉を発しろや

鳥肉や豚肉も無くなると思うよ
鳥や豚や牛の飼料が輸入だからね!
野菜も肥料が輸入だから昔の様に糞尿を撒くしかないよね 

米作も農薬は輸入だからなー
農薬を使わないと害虫にかなりやられて不作になりそう!
後、トラクターや田植え機は軽油やガソリンで動くから石油の輸入が止まれば手作業での米作は大変で量も取れないと思うよ

因って日本人は半分は餓死かな?

地産地消最高 


5chをコロナウィルスのことで読んだ、前からこういうことで私はグロ−バル経済批判していた
東京でも食料が外国から入るからいいとか日本の地方とか農家はいらないとか言っていたからだ
それがあまりにも傲慢なことだった、外国頼りにしていたら今回のように食料が入らなくなる                      

その時東京はどうするのか?

東京ではすでに品物がスーパーが消えてパニックになるとかある
首都閉鎖になったからまず食料確保が最優先される、しかし外国からは入ってこないのである
だからなんかこのコロナウィルスの不思議は今までの社会の在り方を変える作用をしている
観光とか飲食業とか歓楽街とか何かライブハウスとか芸能関係にも被害が大きい
南相馬市で渋谷LOFT HEAVEN(ロフトヘブン)に行った女性が感染した
その女性はすぐ近くだったのである
このライブハウスから感染する人が多い、そこは密閉した狭い空間だからである

それから東京では港区とか上級国民の富裕層が住む地域に感染者が多いとか分析しているその人たちは飲み歩き遊んでいるからだという、そこで濃厚接触しているからだという
そうした大きな歓楽街は都会にある、それで仙台の国分町でも困っている
ただ観光系とかでもバス会社の人が仕事がなくなったとyoutubeで訴えていた
これは同情する、なぜなら観光バスで稼いで路線バスを運営しているというからだ
つまり路線バスだけでは成り立たないからである
でも地元の人にとって日常利用する路線バスは必要なのである

このコロナウィルスによって世界でも社会でも変わる
それはみんな悪いとはならない、そもそもグロ−バル経済というのは一見いいようでも
それが過剰化して本来の人間の生活からかけ離れたものとなっていたからだ
本当は池産地消が本来の人間の生活の基本なのである
ただこれだけ交通が発達したのだからある程度の広域化はやむをえない、それが外国まで広がったことが問題だったのである
だからこういうとき外国から食料は入ってこないとなるから地元で生産して消費するということが見直される

つまり何かあれば外国では食料は輸出しないのである
自国の方が優先するからである、それは当然なのである
でもそういうことを考慮せずにグロ−バル化が極限まで進展していたのである
結局グロ−バル化の行き着く先は中国の大国の世界支配に通じていた
それでアメリカがその利益を独占していたが今度は中国が変わって一帯一路で世界支配を拡大したとなる

グロ−バル化は別に公平な経済の原理で機能しない、そこに信じられない格差を生むのである、アメリカ自体の格差はもう異常である、数パーセントの富裕層が独占する
中国よりひどいということはアメリカはそうしてもう国を運営できなくなる
今回のコロナウィルスでも保険が馬鹿高いから貧困層は医者にみてもらえず死んでゆくとなる、それはコロナウィルスになったからではない、前からそうだったのである
まともに金がかかるから医者に診てもらうこともできなかった
その点日本の保険が平等だから優れていたとはなる

いづれにしろコロナウィルスが社会を世界を変える
それが全部悪い方に作用するともならない、一時的には犠牲者がでる
でも社会の変革をうながす面もある
だから何か農業とか見直されるかもしれない、誰もやりたくないとなっているがもう仕事がない人があぶれたら戦後に引揚者が農業するために不便な土地に入り開墾するようになった、それは仕事がないからである
それは過酷でもそうするほかなかったのである

だからコロナウィルスで仕事を失ったり東京に住むことは危険だとなり命にかかわるとかなれば地方へ田舎へとにかく食料を確保する場所に人が移動することもありうる
すると原発避難区域などは荒地になっているから入り安いとはなる
ただそれは農業するだけとは限らない、現代はどうしても農業だけとはならないからだ
でも地方へ田舎へ人が都会から東京から逆流することもありうる
それをうながしたのがコロナウィルスだったとなるかもしれない
何かこれもカルマだったのかとなる

福島産を散々罵倒した東京の連中は少し痛い目見ろ

福島では原発事故で散々な目にあった、その放射性物質の汚染地域でも食べられなくなったらそこで農業して食料を作り食べざるを得なくなる
それが東京都民のカルマだったとかともなるのか?
とにかく未来は何が起きるのかわからない、一寸先は闇だった
自分の一身上にも次々に対処できない病気、認知症とかで介護になり次は津波原発事故とか災難の連続だったのである
そして今度はコロナウィルス騒動になった

必ず人間社会には70年周期くらいで大きな変化が起きる
明治維新から70年で第二次世界大戦があった
そこで日本人は3百万人死んだのである、そして焼野原から高度成長時代がありこれまでは比較的平和だったのである
それが70年過ぎて大きな変革の時代になった
世界的にももうグロ−バル経済とかは元にもどらないだろう
それは悪いことばかりではない、経済でも正常化することにもなる

ただ本当に未来はどうなるかわからない、思わぬ意外な結果となってゆく
第一今年がコロナウィルスのことを予想した人がいるのかとなるからだ
何か2020年は変わり目で大きな災いが起きることは予想していた
でもそれがコロナウィルスだと予想した人がいたのか?
だから未来は誰も予想できないし予想できないことが起きるのである



国会議事堂前

国花議事堂前で畑にして野菜を作っていたことは驚き
戦後は食料がなくて食料第一になりこうなった
posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月05日

南相馬市のコロナウィルスの感染者の情報混乱 (感染源は東京のライブハウスに行った35歳の女性)


南相馬市のコロナウィルスの感染者の情報混乱

(感染源は東京のライブハウスに行った35歳の女性)

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この情報が混乱した、最初の情報が間違っていた

50代の男性が東京のライブハウスに行って感染した

実際は

50代の娘の35歳の女性が東京のライブハウスに行って感染した

そこから家族に二次感染したのである

最初聞いた時、なぜ50代の男性が東京のライブハウスなどに行くのかと疑った
おかしいと思ったが実際に行ったのはその人は父親であり娘が東京に行って感染したのである

そのことを昨日しきりに土地の情報通の女性が言っていたからだ
それは私の家からも街内からでもすぐ近くの家だったからだ
だからそれを伝えた女性のいうことは間違いではなかった
でも何か民友新聞の情報の方を私は信用した
どうしてもなぜ50代の男性が東京のライブハウスに行くことが信じられなかった
これは正確な報道ではなかったのだ
新聞でも間違って不正確な報道でも伝えると思った

近くの人の言う情報の方が正しかった!

ただこれは噂とかなり私は信用できないとも思った

確かなことは南相馬市の鹿島区内でありすぐ近くでありその感染源となったのは東京のライブハウスに常磐高速を使い車で行った

そしてその女性の家族にうつした、その家族は外から移住してきた
原発避難民であり新しく家を建てた家族の一員である
それで遊びに行っていたとなる
だから予想したことはある程度はあたっていたのである

ともかく新聞でも間違ったフェクニュースを流すときがある、それは裏がとれないということである
だからかえって地元の人が詳しいとなることがある
でもまた地元の人も噂に左右される
また勝手にデマを流す人もいるから情報が混乱するのである

東京のライブハウスに行った南相馬市の50代の男性が感染した!

このことが情報の混乱をまねいた、50代の男性の娘の35歳の女性が東京のライブハウスに常磐高速を利用して東京で感染してその父親と母親と20代の弟に感染させたのであるこれなら納得がいくのである

いづれにしろ感染経路はわかったし二次感染も判明している
そこでおさえれば広がらないということがある
でも外から来て住んだ原発避難者ということで問題になる
金があり暇があり東京まで遊びに行っていたのかとなる
それにしても前も東京のライブハウスが感染源になっていた
結構遠くから集まる、音楽は生の迫力にはかなわない
それで東京まで行ったのである


コロナウィルスの情報が混乱する
放射線についてもそうだった、低放射線はかえって体にいいとかなんとかいろいろなことが言われた
今回もコロナウィルスの正体がわからないからいろいろいう
専門家でも言うことが別れる
だから正しい情報を事実を知ることもむずかしくなる
そしてこういうときはフェクニュースでもどうしても信じてしまう
それは判別できないからである
情報が錯綜するからである、そして誰を信じていいかもわからなくなる
御用学者もいるから何を指標にしていいのかわからなくなる


posted by 老鶯 at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月04日

南相馬市のコロナウィルス感染者はすぐ近くの人


南相馬市のコロナウィルス感染者はすぐ近くの人

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感染経路不明者が多くなると危険になる

田舎だと感染者が特定するとその交友関係が追求できる

大都会になると群衆とかにまぎれわからなくなる

それで増えてしまうことがある


福島県で新型コロナ感染「9人目」 南相馬30代女性、二次感染か
2020年04月04日 08時00分 

県は3日、新たに南相馬市に住む30代の会社員女性の新型コロナウイルス感染を確認したと発表した。女性は1日に感染が確認された同市に住む50代の無職男性と習い事教室で一緒になり、濃厚接触者に当たるとされていた。女性は軽症で、入院する予定。二次感染の疑いがある。県内の感染者は計9人となった。


50代の人が東京のライブハウスに行って習い事している仲間だった35歳の女性にうつした、その女性はすぐ近くの人だったこと驚いた
前にコンビニの前ロードに乗っている若い女性がいた、その人の住んでいる場所が感染者を出した所である
するとその女性が感染したのかとなる、これが田舎なのである
地域は明らかにしていないが今日聞いたからその場所であるこことは間違いないだろう
そんなに身近なのかと驚いた
それで一時スーパーシシドが閉鎖したという
どうしてもスーパーには行くしコンビニとかにも行く、そこでの感染が怖いというのもわかる
今日スーパーシシドに行ったらマスクしている人が多かった、警戒するようになった

コロナウィルスは交通と密接に関係している、交通の盛んな場所から拡散してゆく
だから東京は日本で一番交通が人の行き来がある場所だからそこから全国に拡散する
東北では仙台市が一番危険であり現実に仙台市から秋田の方に拡散したからだ
浜通りの相馬市とか南相馬市は行き来が頻繁である
特に常磐高速道路ができたとき一層交流が頻繁になった
私のユニットバスを百万で作ったのも仙台の会社だったからである 
50代の男性も常磐高速を利用したのかもしれない、それで母親にもうつした
その50代の人が感染源となり拡散されることが怖いとなる

それと復興したと感じた常磐線全線開通にコロナウィルスが水をさした
東京直通であるからどうしても東京とかかわるから乗りにくいとなる
また東京からも人が来るから困るのである
ただ車社会になるとどうしても常磐高速のように高速道路を利用する人が増える
車だと電車のようには人が乗り合わせないので感染しないが東京に行ったということで感染したのである

会津の明治のコレラの伝染が陸路で会津若松市に集中してそれで交通のあまり交流がない交通がない田島の方に広がった、そして桧枝岐(ひのえまた)は交通が閉ざされた場所だったから被害が全くなかったのである
交通度合いに比例してコロナウィルスの感染者が増えることは間違えないのである
だから南相馬市とか相馬市では仙台からの感染者が一番注意すべきだとなる

やはり東京都知事が注意したように若者が警戒せず出歩き集まりそれが感染を増やす結果となった、
そして一旦感染者になると田舎では針の筵(むしろ)に座らせられたようになる
みんなが注目していじめにもなる、つまり田舎では隠せないからである
東京のように人口でも規模も大きすぎるともう隠してもわからない、だから症状が出たからと病院に行って検査している人もいるがいない人も多い、どれだけの人が東京では感染しているかわからない
あれだけの人口密集地帯なのだからもう感染はとめることができない

もうすでに相当数に広がっている、発表した10倍以上広がっているかもしれない
東京のようなところでは感染者を見出すこと自体むずかしいからだ
ただそれが全国に拡散するから東京だけの問題ではない
それで東京封鎖が言われた、でもこれは不可能だとしている
つまり東京封鎖とか都市の封鎖が言われるのはコロナウィルスがその都市中心に拡散するからである
それは福島県でも会津若松市に集中して拡散したからである
東北だと仙台から一番拡散しやすいのである、そこが交通の要になっているからだ
だから仙台市に行くのが危険だとなってしまう
花見すらできなくなっているのも淋しいとなる

とにかく50代の男性から感染した35歳の女性は発熱症状が出た、でもそういうことは風でもあるから判別しにくい
検査しにくいから福島医大に送られた、それは感染経路が50代の男性が感染したことがわかっていてその径路をたどって習い事仲間として接触していたので医者にみてもらうようになった
つまりウィルスでは感染経路が極めて大事になる、その径路をたどると隔離するとか感染をとめることができる
でもすでに感染経路がわからないのが多くなっているからこれも危険なのである
まず東京はあれだけ人が多いのだから交流があるのだから感染経路などわからなくなっている
するとこれから爆発的に感染者が増えて来るのか心配になる

posted by 老鶯 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月02日

南相馬市50歳の男性が東京のライブハウスでコロナウィルスに感染 (東京から拡散するのが早いから注意)


南相馬市50歳の男性が東京のライブハウスでコロナウィルスに感染

(東京から拡散するのが早いから注意)

2020年3月14日(土)より常磐線全線が運転再開、特急「ひたち」の仙台〜上野・品川間直通が開始されます。

南相馬市50歳

3月20日に東京都内のライブハウスに行っているようです。

南相馬市で一人コロナウィルスの感染者出た、これを知って身近だなと思った
そして広がるのが早いなとも思った
仙台市から秋田に広がったのもわかる、仙台市からせ広がり安いからだ
それで何かここも不安になった、仙台との交流が頻繁だからである
何か原発事故で双葉ー大熊ー富岡が不通になったとき仙台には行っていて南相馬市とか相馬市とかは不便を感じないのである                  

もし南相馬市から仙台方面が不通になると不便を感じる
それで仙台行きが下りになっていたのが違和感があった
仙台が東北の中心であり上りという感覚になっていた
第一いわき市方面にはここからあまり行かないからである
ただ東京に行くときは特急「ひたち」を利用することになっていた
だからそれにはもう若い時から東京に行くのに乗っていた
その時は上りだと感じていたのである
ただ私はもう十年以上東京には行っていないのである

この感染した人が東京のライブハウスに行っていた、常磐線全線開通したのが3月14日であり3月20日に行っている、だから全線開通した特急「ひたち」を利用して東京に行ったのだと思う
私も特急「ひたち」で東京に行きたいとも思うからである
他でもこのライブハウスに地方から行った人が感染している

東京から感染して拡散される

そして拡散するスピードが早いのである

仙台市から秋田へ拡散したり東京から青森とかに拡散したりするのは新幹線が通っているからだ、山形県から秋田の方にも新幹線が通っている
それは従来のレールを使うにしてもやはり通っていて早いのである
現代はこれだけ交通が発達していると人が高速に移動している
だからたちまち遠くに人が移動して拡散する
それも世界だと飛行機で世界中にたちまちに拡散するのである
つまりコロナウィルスでも直通で遠くまで結ばれて拡散する

とにかく地方だと田舎だと一人で感染者が出ても衝撃である
それで周りで話題になる

誰なんだ、どこに住んでいるんだ、どうして東京まで行ったんだとか
噂でももちきりになる、だから市では名前を出さないのもわかる
もう田舎だといたたまれなくなることは確かだからだ
自分自身も何か隣の人が感染したようにすら思えた
それだこけ東京とか大都市と田舎の感覚は違うのである

だからこそ東京の人が地方に田舎に来ることは拒まれる、東京だと広いから特定できない田舎だとすぐに特定される、南相馬市は6万くらいにしてもそうである

ただ南相馬市のどこに住んでいたのか?     

小高区なのか?原町区なのか?鹿島区なのか?

これによって相当に感じ方も違ってくる、どういう人なのわからないけど「無職」となっていることも気にかかる
なぜならこの辺では原発避難民が今は仮設に住んでいないにしろ復興住宅などでかなりの数が移り住んでいるからだ
だから知らない人たちが二三割移り住んでいる  
そして原発避難民は補償金をかなりもらっていて仕事もしていないのが多いのである
それはもう十年過ぎてもそうなのである、むしろもう働かないで補償金で暮らしていこうとしている人たちも多い、60代くらいになればそうなる
それで年金十万を補償金として東電で国で出すべきだとして要求したからである
だからもしかしたらこの人は原発避難民なのかとも思う

ともかくコロナウィルスが伝染する広がることはこれだけ交通が発達しているのだから早い、でもまだ危機感がたりないことは確かである
何かいろいろ言うから放射線と同じく判断しにくいのである
でも自分の住んでいる場所で感染者が出たことは本当に驚いたしこの辺では危機感をもつようになる
日本全体でまだまだ危機感がたりないことは確かである
たいしたことないとみている、またそんなに怖いものではないとも見ている
でも地方では田舎では大都市で感じるのとは違う

いづれにしろ東京からコロナウィルスは早いスピードで伝染する!

だから東京閉鎖も必要なのかとも思った、それに近い措置も必要である
そこで経済的混乱が生じるからできないというのもわかる

でも一人でも身近に感染者出ると変わる

危機感が出てくる、もしもっと死ぬ人が増えて身近でも死んだりしたら地方だと大都市より敏感でありパニックになりやすいと思った
何か疑心暗鬼になる、田舎の人間関係は濃密だからそうなりやすいのである
それが大都市との違いでありだから感染した人は針の筵(むしろ)に座るようにもなるのである
結局村八分のようにされてしまうのである、それが田舎の怖い所なのである


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コロナウィルスに強い国は先進国の小国 (管理しやすくなるから?ーグロ−バル経済はもう管理できない)


コロナウィルスに強い国は先進国の小国

(管理しやすくなるから?ーグロ−バル経済はもう管理できない)

南相馬市でも東京のライブハウスに行った50歳の人が感染


そもそも感染経路追ってる国ってどんくらいあるの?

なんか昨日の専門家会議の会見だどほぼ無いみたいね
欧州も米国もやってない

シンガポールは国土の狭さと独裁国家故の徹底管理が吉と出たよな


シンガポールとか香港とかは台湾はコロナウィルスにうまく対処している
それができるのは一応医療体制が整っているし先進国だからなのか
それはやはり小国になると人も管理しやすい、それと台湾だと水際作戦ができる
空港でも検査を徹底して管理できる
第一感染経路を追えるということは小さな国でしかできないだろう
まず中国とかアメリカとなるともう国自体大きいからできないのである
日本はなんとかできるという範囲にある
つまり国が余りにも大きいと何でも管理できなくなる

だから何か今回のコロナウィルスの不思議を追及ししてきたけど国境とか江戸時代なら
関所が見直されたことである
そんなものグロ−バル経済で無くせとなっていた、それでグロ−バル経済とは国家とか民族とかも障害になるからなくせ、ただグローバルの多国籍企業が活動しやすいようにしろとなっていた
それがコロナウィルス反作用が起きている、その反作用が現実化している

アメリカ人が新型コロナウイルスを持ち込むとの不安がメキシコで強まり、国境近くの住民たちが検問所を封鎖する事態となっている。

これまでメキシコから命がけでアメリカに越境していたのにこんなこと言うのも驚きだともなる
大陸というのは人間の流入をとめられないのである、だからこそここでも国境の壁を作っている
だから万里の長城も大陸国家だと必然的に生まれた
ヨ−ロッパも大陸国家で陸を通じてつながっている、するとヒトの流れでも遮断できない
またEUでも国境をなくしたからあのように広がったともなる
つまりコロナウィルスではEUは裏目にでたとなる
とにかく大陸だと民族移動も起こりやすい、陸続きだから止められるのないのである
日本は海が障壁となって民族移動をとめた、モンゴルの攻勢も海によってとめられたのである

それからヨ−ロッパとかアメリカでも田舎に避難する人たちが出ている
でも田舎に来るな、コロナウィルスをうつすなと拒否している
日本でも「東京から出るな」コロナウィルスをうつすなと地方では言っている
なにしろ東京から大都会からコロナウィルスは拡散しやすいからである
武漢が閉鎖されたのはそのためである
福島県でも福島市で感染した人も東京から移動した人だとなる
青森などもそうである、だから東京から拡散するから東京閉鎖が言われる

今回のコロナウィルスでは何か今までしたことが問われる
ヒト、モノが世界的にグロ−バルに自由に行き来する、そのことが全面的にいいことだとしてそうなった
それがなぜかその反作用なのか反動がコロナウィルスで起きている
私自身はグロ−バル経済に批判の立場で評論してきた
それは経済面だけではない、人間の心、魂、精神面から批判していた
世界的に自由にヒト、モノか流通することはいいことだというのは一見肯定される
否定はされない、だからますます推進させればいいとなっていた

でも心とか魂と精神面からすると何かそんなグローバルにアイディンティティとか心が通じ合うとか精神が形成されないのである
人間の精神が心が通じ合う範囲は限られているし限られている中で培うのが人間だったからである
だから江戸時代の藩単位などが経済単位でもありそこでその土地に根ざした土着化したものとして精神も形成された

グロ−バル経済の一番の問題はすべてが金で紙幣で換算される世界になったことである
金の力が余りにも強くなりその金を例えば日本の金がゆうちょでも農林中金でも地銀でも日本の年金の金まで何かあやしいCLOにつぎ込まれて奪われるとしている
国際金融資本に日本の貴重な金が奪われる
それは結局グローバル経済化した結果としてそうなったのである
だから投資などにしても世界市場がギャンブル化して国際金融資本家に吸い上げられているとかなたる、つまりそこが胴元になっている巨大なグロ−バルな詐欺だとしている
そこに公平な市場の原理など働かないのである
それができるのはグロ−バル経済というのはそういう仕組みでありシステムがありもう人間がモラルをもって操作することがすでにてきないからである

日本語の「経済」は英語の"economy"の訳語であるが、この語は古典ギリシャ語の οικονομッα(家政術)に由来する[3]。οικοツ は家を意味し、νομοツ は規則・管理を意味する[3]。従って、economyの本来の意味は家庭のやりくりにおける財の扱い方である
                
「経国済民」もしくは「経世済民」の略。 「経国済民」「経世済民」は、国(世)を治め民を救済することを意味し、現代でいう「政治」の意味に近い語である。

こういう経済を全く越脱している、規制管理もてきないのがグロ−バル経済である
民主主義でも一、二万の直接民主主義がギリシャのポリスで始まった
そこはあくまでも人と人が顔を見て通じ合う直接民主主義だったのである
今の規模はもう一千万倍とかなっているからもうそこに民主主義といっても機能しなくなる、すると何をもって規制するのか、それもできない

結局グロ−バル化とは経済的無政府主義でありアナーキーだとなる

ここからしてもう限界だったのである、何か人間の操作する範囲をはるかに逸脱したものでありもう制御不可能なものになっていたのである
だからそこで濡れ手で粟を巨万の富をえる国際金融資本家とかが生まれた
その格差は天文学的になっていたのである、そんな世界が成り立つこと自体そういう人たちは悪魔的だとなっていたのである 

いづれにしろ自分自身が追求してきたことは「相馬郷土史研究」とか「相馬郷土学」とかは地域に根ざしたアイディンティティを求めた
一地域に国に土着して一つの世界観を形成するアイディンティティを求めたのである
それは精神的な面もあるがそのベースに経済がある
ただこの地域でもグロ−バル化はまねがれない、そして原発事故でその肝心のアイディンティティの基となる土や水や森林でも空気まで放射性物質に汚染されて住めなくなった
避難区域がある
これも自分自身が求めたアイディンティティが根本から破壊された
それは科学技術工業社会から起きたことである
つまり科学技術がすべて否定できないにしろ何か行き過ぎがあった
グロ−バル経済というのもすべて否定はできないにしろ行き過ぎがあった
それがコロナウィルスで止められ是正されるのかとなり不思議になったのである
だからコロナウィルスが一時的には犠牲があってもすべて悪いものとして必ずしも作用しないのかと不思議になったのである


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2020年03月30日

原発事故と比較したコロナウィルスの対策 (過剰自粛が社会を破壊するー京都大学の研究)


原発事故と比較したコロナウィルスの対策

(過剰自粛が社会を破壊するー京都大学の研究)

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99%の日本人が知らない自粛要請の罠0政府が決して言わないもう1つのリスクとは?

「京都大学レジリエンス実践ユニット」が「医療崩壊」を回避しつつ、新型コロナウイルスによる「死亡者数」「重症者数」
の抑制を重視すると同時に、その対策による「自殺者増」を含めた社会的経済的
被害も踏まえた上で、長期的な国民的被害の最小化を目指すための対策動画です。
                                      

ここでこれまでのコロナウィルスの症例をみて合理的に判断している
それで自粛をどうするかを説明している

まず症例からみたとき

高齢者(60以上)基礎疾患者が重症化している

60以下は重症化せず軽症で終わる

すると対策として高齢者の集合することや家庭内で濃厚接触を避ける

高齢者は家族でも社会でも隔離する

60以下は特にさらに50以下で基礎疾患がないものは普通に社会活動を維持

過剰な自粛を都市封鎖などしたら社会活動が停止してかえって倒産が増えて社会麻痺するそして自殺者が増える
だから60以下特にさらに50以下の社会活動を極端に停止することは危険である
なぜならそれで都市機能とか首都機能が麻痺するからである
そこでかえって自殺者が出て被害が拡大する

これを原発事故の場合と比べると

過剰な自粛、都市封鎖⇒避難命令⇒ゴーストタウン化⇒復興不可能

この辺は原発事故でそういう過程を経過した、原発が爆発した時恐怖して30キロ内を避難させた
それは政府の強制命令だった、でもそれはあくまでも30キロ内でありそれは補償などは政府で責任をもったのである

もし過剰な自粛とか都市封鎖したら政府で補償する責任をもて!

こう言っているのもわかる、でも東京などは規模が大きすぎるからそれができるのかとなる、原発事故の時は局所的だったから補償でもできた
その補償でももめた、30キロで区切られてその中と外では差が大きくなった
南相馬市でも30キロからはずれると三分の一になりさらに相馬市だとなけなしの金しかもらっていない、補償されたのは30キロないだけである
その補償は本当に手厚かったのである
医療費はもう十年になるのに無料であり高速も無料である
しかし同じ南相馬市なのに鹿島区は医療費無料は打ち切られたのである
この差は本当に大きな差別だったのである

だから補償するにも限度があり政府では公平にはできない

必ず不満なものがでてきて恨みとなる

また本当は避難させるべきだったのは浪江でも実は山側であり海側は0.5マイクロシーベルトとか低くかったのである、だから山側の津島に知らずに避難したが東電社員の人がいて
街の方に避難した方がいいと誘導された、それが正しかったのである
ただ政府ではなんら指示を出さなかったのである

政府の指示決定は重大な結果をもたらす、避難命令を出した結果としてこの辺は大混乱になり自治体は復興できない、ゴーストタウンになり若い世代は帰らなくなり復興できなくなった
今回のコロナウィルスとの相違は放射線は若い世代に遺伝子でも次世代までも被害があるということで若い人たちは故郷を出て帰らなくなった
今回は老人が被害にあう、老人が死ぬのである
放射線は老人は被害がないから関係なかったのである

だから若い世代の活動をとめるべきではないという症例からの分析で指示したことは理解できる
つまりこの辺でもそうだったが確かに放射線の被害も恐怖だった
またコロナウィルスの被害も未知でありどう影響するかわからない
でも社会活動を止めることの方が甚大な影響がある
ゴーストタウン化することが恐怖なのである
だからこの研究報告でそのことを指摘して過剰な自粛よりそれによる被害の方が大きくなるというのは理解できる

だから老人こそが引きこもるべきであり60以下とか50以下は普通に活動すべきだということは妥当な結論なのである
そして学校を休校にしたのは過剰自粛だったという指摘もわかる
子供は感染しても重症化しない、要するに軽い風邪とかで若い世代は終る

とにかくこういうときただ得体のしれない不安のみが増大する

それを合理的科学的に判断したというのは参考になる
つまりパニックになることがかえって怖いのである
もし都市封鎖などしたら食料の奪いあいとかになると殺人までになるから怖い
無政府状態のようになるのも怖いのである

過剰自粛や都市封鎖は慎重すべきだとなる

社会の混乱やパニック状態にすることがかえって被害を拡大する

だからこの報告で老人がひきこもる、家族内でも濃厚接触しないということが
最も合理的なコロナウィルスの対処方法だと見た
なぜなら重症化するのは老人であり死ぬのもそうである
ここに注目して対策する
原発事故では逆であった、若い世代に次世代にも被害が及ぶからその対策も違ったものとなった、結局若い世代は流出して自治体はゴーストタウンになり回復しなくなったのである

ともかく政府の判断とその実行は甚大な影響を及ぼす、それを間違えると多大な犠牲者が出る、でも政府ではそうした犠牲者にすべて補償はできないのである
その判断を誤ると今回は全国的だから政権も転覆することは間違えないのである

この報告は評価できる、テレビは何か不安をあおることが多い
映像でもそうである、スーパーの棚が空になった映像を写すだけでみんな恐怖になり買占めに走るのである
こうして冷静な見方を提供すべきだがテレビは何かエキセントリックに報告して不安をあおるのである
だから今はyoutubeの方を見た方がいいとも思った
ただそこにもいろいろな見方があるので迷うのである
私の場合は原発事故で経験したことがありその対象で判断している
やはり原発事故の対処というのは本当にあとあとまで尾をひく
その判断で実行で取り返しのつかないものとなったからだ
posted by 老鶯 at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスによるとキリスト教カルト教団やイタリアの牧師の死について (集団礼拝は神の意にかなわない)


コロナウィルスによるとキリスト教カルト教団やイタリアの牧師の死について

(集団礼拝は神の意にかなわない)


韓国、新型コロナ集団感染の新興宗教「新天地イエス教会」とは?

イタリア北部で、危篤に陥った新型コロナウイルス感染者らの臨終の際、祝福を与えた司祭少なくとも28人が3月19日までに、ウイルス感染により死亡した。亡くなった司祭の半数以上は80歳を超えている。一方、最も若年の司祭は54歳だった。カトリック系の「CNA通信」などが同日伝えた。


 防護服などは着ません。司祭の正規のガウンで、顔は出したまま、素手で患者の額に触れ、頬に触れ、死に行く人の罪を除き、祝福する・・・。

 宗教者ですから、当然、そのようにします。

 そもそも聖職者自身が高齢者であることが少なくありません。そして、末期の人や死亡直後の遺体に、敬意をもって接することで濃厚接触者となり、かなりの高確率でウイルスに感染してしまう。

 イタリアで神父を感染させる「終油の秘跡」
 

韓国のキリストのカルト教団の教祖がコロナウィルスで集団感染させたことで土下座して謝っていた、その映像を見ると信者が集団で結婚式したり統一教会ともにている
カルト教団の特徴は何か、とにかく数を会員を集めることが最大の目的なのである
信者を集めることではない、どんな人でもいい数を集めることである
創価がその最たるものであり数を集めて一票に結びつける、そして権力を得ることしかない
それはこの韓国のキリスト教カルト団体でも同じである
それは厳格に言えばキリスト教会ですら集団礼拝すると数として多いとまでなる

なぜそれほどまでにして宗教は会員を増やすことを第一とするのか?

数は権力だし数を増やせば会員から金をとれる、そしし教祖としてあがめられる
つまり数でもって社会に誇示するのが目的であり社会はその数にひれふす、民主主義社会では特にそうなる、すべてが数であり一票が政治権力を得ることだから当然そうなる
するとその数がいることで自民党も宗教団体と結託するのである
創価であれ統一教会であれ票として見るのである  

二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:18020)

キリストはこう言っている、それも全く宗教では全くありえないのである

たった二三人なのか? 

そんな数で何の力を得られるのか?

こうなるだげでありそんな団体に社会では見向きもしないのである、政治的経済的にはなんの効果もないからである
だから真実の信者は社会から知られないし全く無視されるのである
イスラム教でも必ず集団礼拝である、それでメッカにおしかけた群衆で将棋倒しのようになり多くの死者が出たりする、これも旧態依然として変わらないからイスラム圏は世界から遅れをとったのである
宗教と政治の分離、政教分離ができていないのである

宗教と政治、宗教と経済、宗教と科学とかは常に問題にされてきた
今回のコロナウィルスでもそうである、イタリアはカトリックであり牧師が50人とか死んでいる、その牧師が宗教儀礼で濃厚接触して伝染させたとしている
だからここでも宗教と科学の問題が再燃したのである
コロナウィルスを恐れずにバチカンが患者に接することを強要したのである
それで犠牲になっても神の意にかなうとした、殉教だともした
でも実際は伝染を広めたのである

宗教と科学の問題はこれだけ科学が発達しても消えないのはそもそも人間がいくら科学が発達してもこの世の事のすべてに通じることができないからである
それで原発事故になって放射線で苦しめられたりコロナウィルスも不明でありどう対処していいとかわからないからである
そうなると宗教に依然として頼るとういことがある
何か解決しない問題が依然として人間にある、すると神に頼るのはいいとしても神をある意味で商売にして会員を獲得する教団に入るのである
つまり教団を通じて神仏に頼る、そのことが問題なのである
それでカトリックを牧師を拒否したプロテスタントが生まれたのである
直接に神への信仰を個々人で結びつくものとしてプロテスタントがルターの宗教改革で生まれた、でもカトリックの勢力はその後も世界に継続されたのである

とにかくコロナウィルスが社会にもたらした影響が大きい、社会自体を世界を変えるということで大きいから不思議なのである
それは今はマイナスの方が大きいがプラスとなってゆく面もあるから不思議なのである
つまり社会全般に世界をも変える力があることが不思議なのである
そんなこと普通は人間だけではできないからである

つまり信仰はそれぞれ隔離して神に個々人で祈れ!

こう強いられたのである、家族ですら濃厚接触するから老人は隔離して暮らせともなったからである、家族で祈るより個々人で隔離して祈れとまでなった
これも何なのだろうとなる
とにかくコロナウィルスがもたらしたものはこの隔離することである
それで平安貴族が御簾を介して謁見する、直接接しないのはただ身分を分けるというのではなくウィルスに感染しないための知恵から生まれたというのもそうである
伝染病はそれだけ怖いものとしてすでに認識されていたからだともなる   

集団化密集化が拒否される!

これがコロナウィルスに対処する方法なのである、だから集団礼拝はそれは実は社会に対して威圧するためのものであった、数で社会を威圧して権力を誇示するためのものであった、いわば宗教ファシズムなのである
社会は一人二人は相手にしない、数を集めて抗議すれば相手にするからである
政治家でも一人の一票なと何の関心もないからである
そういうふうに集団化密集化がコロナウィルスで拒否されることになった
第一大都会が東京の密集化こそがコロナウィルスの最大の問題である
東京から日本全国に拡散するから都市封鎖になる、だから東京遷都が再び言われるのもわかる、超過密都市は限界になっていたけど遷都はできなかった
また集団化というとき会社も集団化したものである、それも個々人に分離してテレワークがすすめられるなど通信の発達でできるようにもなる
何かそれがスムーズに変換できなくてもそういう時代の変革をコロナウィルスがうながしていることが不思議なのである

いづれにしろコロナウィルスがもたらしたことは悪いことばかりではない、様々なことで社会に世界を変えることの不思議なのである
まず東日本震災と原発事故を区切りにこの辺ではまるで変ってしまった
その前と後で時代が区切られるようになった
このコロナウィルスでも時代が区切られる、コロナウィルス前とその後では時代が変わってしまうのかとなる
これも天変地異の一種でありそれが局所的ではない、世界に及び世界を変えてしまうというこが不思議なのである


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2020年03月29日

コロナウィルスが変える世界と社会 (それがすべて悪いものとはならない不思議)


コロナウィルスが変える世界と社会

(それがすべて悪いものとはならない不思議)


今回のコロナウィルスはその影響を見る時、それが必ずしも全部が悪い方向に向くとも見えないのだ
確かに小売りの人が窮状を訴えていたし死活問題ということもわかる
その小売りの卸業の人がその商売にしている商品をみせた
その中に中国産の食料が多かった
これが輸入できないと困る、日本産もあるが高くなるから困ると言っていた
外国産に頼るのは価格の問題が大きい
外国産が何でも資材でも安ければ外材でも日本よりはいいとなり日本に本来あったものが活かせないのである
それで農業でも地方が衰退した原因になった
グロ−バル化が実は地方の衰退の大きな原因となっていた

2020年03月29日07時50分


これもどういう事情が正確にわからない、でも若者が東京封鎖があるとなれば実家に帰るすると若者が田舎に地方に帰って活気づくともなる
これも何か東京一極集中超過密都市から脱却する方向に向かうとなる
実家に帰るという時、戦前までは農業中心の社会であり東京でも何かあれば田舎に帰っていた
そこで一応食べることだけはできたとかある、実家があり農業していて養われたともなる
そういう避難場所としても田舎は実家があり機能していたとなる
それで実家を守る長男が大事にされたのである

何か不思議なのはこうしてコロナウィルスが世界に社会にもたらす影響が必ずしも悪いとみれないのである
それは天からの作用でそうなったのかとまで思う

グロ−バル化経済の拡大⇒自然破壊、地方経済の破壊、国々の風土文化の破壊・・・・

東京一極集中の崩壊⇒地方へ若者が帰る⇒地方の活性化

こういうことになっていた、それが回復するかもしれないという不思議である
もちろん東京封鎖とかで困窮する人たちの援助は必要である
ただ社会全体を見直す契機ともなっているのがコロナウィルスなのである
こういうときどうしてもお前は被害者になっていないからそんなことが言えるのだと批判される、困窮する人にはそんなことを言っていられない、今収入がないなら死ぬほかないという人がいる

でも何か東京一極集中が日本全体を歪めてしまった
それが原発事故が起きた大きな原因でもあった、東京という超過密都市を維持するために莫大な電気が必要でありそれで安全を図るために東電が福島に原発を作ったからである
それはまた東京一極集中の経済のために地方は公共事業とかを高度成長の時はもたらして均衡を計った
それで双葉とか大熊は浜通りでは働く場所がないから出稼ぎに行っていた
それで地元で働きたいとなり原発を積極的に誘致したのである
それは東京一極集中の弊害が地方に影響してそうなったのである
東京一極集中と地方のアンバランスな経済がそうしたのである
そして結果的には肝心の働いて故郷に住んでいたいという願望すら失われた
故郷に放射線被害で住めなくなったからである

そしてコロナウィルスで起きていることは何なのか?

そういうグロ−バル経済の歪を東京一極集中の歪を是正しようとするものとして作用していることも不思議なのである
例えば通信が発達するとリモートワークとかテレワークとかが推進される
そのインフラは田舎でももうすでに整っているからやり安いのである
情報の差はなくなっている、いろいろな多面的な情報に接することができるようになった
まず何度も言っているが私の住んでいる町は一万くらいでありまともな本がない
まずこうした田舎では本がないから勉強自体できなかった
隣に4,5万の都市があってもたいして変わらなかったのである
古本も仙台に行かないと買えない、そうなるとまず研究自体できない
古本で東京の水道橋とか神田の古本屋街でしか買えないかったのである
つまりまともに地方では本を買えなかった、読めなかったとなる
そのハンディキャップが大きかった、それで「冠婚葬祭」とかの本が百万部もベストセラーとして売れた、そういうベストセラーが売れるから地方のしょぼい書店でも経営できた今は私の住んでいる町には書店はないし書店は消えてゆく
それは本の数が極端に少ない、アマゾンからしたら百万分の一くらしか置いてないとまでなっている、それだけ本の数が多かったのである 


そういうふうに知的な面でも情報の面でも格差が大きかったのである
今なら教育でも無料でyoutubeとかで学べるのである
youtubeの説明の方が学校の先生より優秀だしAIの方が優秀な面がある
そういうことで地方でも教育格差がなくなりつつある
物流でも宅配があるからアマゾンでもボタン一つで何でも手に入る時代である
そうしたら別に仙台でも東京まで行く必要がないともなる
確かに手にとって商品をみるということと通信で買うだけなのは問題が起きる
でも前からすると田舎と都会の東京の差がなくなっている

ただ東京に若者が集まるのは仕事があるからであり田舎で地方では仕事がないことが致命的になっているのだ
だから地方で仕事を作る必要がある
そういうときコロナウィルスの影響で東京封鎖など起きてこれなら田舎の実家に帰るのが安全だとかなり田舎で地方で暮らすことを志向するようになる
それは悪いことではないのである
そこで見直されるのは農業になる、つまりグロ−バル経済で食料でも輸入していたから日本産が高いから売れないとなっていたからである
もし外国産が入らなければ高くはなっても日本産を買わざるを得ないのである
すると地方の経済は活性化するようになる

そういう社会の変化をうながしているのがコロナウィルスだということで不思議になる
それは世界全体でそうなのである、グロ−バル経済の矛盾が大きくなっていたからであるもう限界になっていたからである、そこでコロナウィルスがその歯止となり世界を社会を変えるとまでなるとすると不思議だとなる
コロナウィルスは悪いことだけではない、異常化した世界を社会を元の正規の状態に戻すものだとまでなる
それが理論上ではなく現実にそうなるようなことが起きていることである
それだけの力をとても人間がいくらしようとしてもアメリカでも世界となるとできないからだ、それでコロナウィルスとは何なのか?
天が地球を正常の状態に戻すために送り出したのかとまでなる

天変地異というのは何なのか?それは津波でもそうだったが何か天の作用が自然の作用でありそれに逆らえない、それはむごすぎるということがあった
多くの死者が犠牲者が出た、だからその時天まで憎んだ人がいた心境は理解できる
愛する家族を奪われたからである
常に歴史上天変地異はあった、それは自然の作用である

それによって社会も世界も変わるということがあった
これまでの政治が転覆する、易姓革命として中国ではとらえていた
それで腐敗した政権が交代できて新しい時代が生まれた
絶対的権力は絶対に腐敗するというとき権力を長く維持しすぎると必ず腐敗する
中国では賄賂が横行して腐敗するのが常だったからである
それで度々ウィルスが蔓延して腐敗した政権が交代して刷新されたとなる
つまり天変地異とウィルスが社会を世界を変える役割があった
そんな大きな力をもう人間社会だけではできないからである
何かコロナウィルスにはそういうものを感じるから不思議なのである



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コロナウィルスは東北では仙台が一番危険 (仙台で感染して秋田で確認)

       
コロナウィルスは東北では仙台が一番危険

(仙台で感染して秋田で確認)

秋田県由利本荘市に住む外国籍の男女2人が、新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。2人は仲間とともに今月、仙台市に滞在していたということで、県は詳しい行動などを調べています。

秋田県によりますと、感染が確認されたのは由利本荘市に住むいずれも外国籍の20代の女性と30代の男性の2人です。

仙台は半分くらい感染済だよ
年明け頃から電車のなかはげふげふ
咳してるやつが大勢いた

このウィルスはとにかく交通と深く関係している
人の行き来があるところと比例して伝染が広がる
それで前から仙台が危険だなと見ていた、そして仙台でまず感染者が報告されたのもわかる
東北では仙台は交通の要であり東京であれ人が遠くから集中する場所なのである

それでコレラの伝染では日本海から阿賀野川の交通がありまた内陸部だと白河からの街道などがあり会津若松が交通の要となっていたからそこから逆に田島の方に伝染した
交通の盛んな所から確実に伝染が広がるのである

私の知っている人二人も目の手術のために仙台に行った、その人と接したから不安になった、福島県の浜通りは仙台と交通でも密接な関係がある
だから仙台からコロナウィルスが東北全体にも広がってゆくのが不安なのである
常磐線でも全線開通した、スーパーヒタチも走るようになって復興したと感じた
でも東京と直接通じるとなるとそこに人の行き来が生れて危険になる
これも困ったとなる、電車の中は密閉しているから伝染しやすいのである

それで感染者のいない鳥取と島根が人気になっているというのもわかる
そういうかえって辺鄙な場所、隔絶された場所がウィルスから守られるのである
例えば福島県だと桧枝岐(ひのえまた)がそうである
そこは本当に平家落人の里として有名であり交通がない場所だった
そんな奥地でも昔は自給自足していたのだ
そこでは米が食べられないから蕎麦が主食となる、ヤモリの燻製とかも食べていた
だからそんな辺鄙な場所で良く生きられたと思う
そういう秘境が昔は相当数あった、交流がない場所が多かったのである
今になるとそこは尾瀬の観光の玄関口になっているからまるで違ったものになった

いづれにしろ東北は仙台から拡散してゆくことは間違えない、その仙台に近いし交通が頻繁だからこの辺も怖いとなる
すでに仙台は相当数感染しているともされる、そして増えると都市封鎖になるのか?
何かウィルスは交通遮断する他が手がないのである
コレラは江戸時代でも広まった、コロリと言われた、だから江戸時代なら交通が今とは比べようがない、今の交通なら百倍以上もの人が鉄道でも車でも行き来している
するとたちまち伝染するのである、それは飛行機でも外国から入ってくる
だから防ぎようがないのである

仙台には行かないことである、私自身は去年も一回しか行っていない、私はもともとひきこもりだから引きこもりは得意なのである
今は通信が発達しているから情報でも不便は感じないのである
世界全体が引きこもり化しているのも不思議である、グロ−バル化社会は人の行き来が過剰にありすぎた、だからこうして時代が変わるのかとも思う
インパウンドでも過剰であり観光公害が生まれたからコロナウィルスがすべて悪い方に作用するともならない、何か現代社会自体見直して未来社会の在り方も問うとなる
まず超過密都市はもう生物として生きる環境ではない、そもの改革もうながされる
時代が変わることをうながすともなるから不思議になる

そこで農業社会だと先を考えて生活していた、今は工業社会であり長い時間で先を考えられない、今という時間しか眼中になるなる、株が上がった下がったとか今だけにエネルギーが集中される、でも農業とか林業とかなると先が長い、すぐに作物は実らないからだ
木にしても50年とか成長するにかかる、するとその時間感覚が違うから人の心に影響する、一代ではとても維持できないからである
すると未来の世代のことを自ずと考慮するようになる、今の時代は今さえ良ければいいとか刹那的になる、未来を見据えることができないのである
そして時間もそうなら金がすべてになったとき金になればいいとしかない
そこでこの辺では原発事故で自治体に一挙に人がいなくなりゴーストタウンになった驚きがある

それは田舎でもすでに農業社会ではない、それは持続型の農村社会ではなくなっていた
だからその土地に執着することもないから簡単に分解して故郷でも捨てたとなったのかとも見た、放射線の被害もあるがそんな簡単に町村でもゴーストタウンになって崩壊することが信じられなかったのである
そして今東京が封鎖されるとか世界でも大都市でも封鎖される
そして一時的にゴーストタウンのようにもなっている不思議がある
いづれにしろこのコロナウィルスの不思議は世界的にでも人間の在り方を問うものとなっている、社会を世界を変えるということがありそれに驚くのである
世界まで変えることは人間の力では不可能だからである

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)

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2020年03月28日

呪われている東京とオリンピック? (コロナウィルスと福島原発事故の関連性)


呪われている東京とオリンピック?

(コロナウィルスと福島原発事故の関連性)

このコロナウィルスは何なのか本当に不思議である、それが世界でも日本でも作用した結果が不思議なのである
いろいろいうけどこれもカルマ論があてはるのかともみる

福島原発事故ではこの辺はさんざんな目にあった、故郷も住めなくなり荒廃した
その原因が東電が東京は危険だからは福島に原発を作ったことである
そのことからして大きな身勝手があった、そして強固な「安全神話」を作り有無を言わせなかった
でも原発事故では東京自体は大きな損害は出さなかった
福島ではこの辺ではずたずたにされたのである
それで東京は関係ないとしていて今度はオリッピックを招致して復興五輪など馬鹿げたことを福島におしつける
この辺は復興などしていない、原発周辺はまだゴーストタウンになっている

だからこれも腹正しかったのである、でも地元のマスコミはテレビでは五輪の聖火リレーが
福島の復興のシンボルになるとか言っているのである
それにマスコミは批判もしない、地元の報道関係もしないのである
正直地元でも何か本当に地元を思っている人たちがいないのである
ただ金になればいいというだけである、それは事故前もそうだったし事故後も補償金をどれだけ多く長くもらえばいいしか関心がないのである
愛郷心などもないのである、金しか関心がないのである
だからこそ原発でも何でも金になるものならいいとして住めなくなったということがあるだから必ずしも東京か全部悪いとはならない

でも東京は呪われているというときオリッピックも呪われているというときそれはカルマなのかとも思う
つまり福島原発事故の呪いが東京にコロナウィルスを通してふりかかる、オリッピックにもそうである、オリッピックは最初からもめていた、だからコロナウィルスの前からいろいろうまくいかないものがあった、それがコロナウィルスで頓挫したとなる

東京が封鎖がありえるというとき東京もゴーストタウンになるのか?

武漢のようになるのか?

それは福島の町村がゴーストタウンになった⇒東京もゴーストタウンに⇒世界の都市がゴーストタウンにとかなる
つまり福島原発がカルマとなり世界に波及しているのかともなる

東京遷都が再びもちだされるのもそうである、一時は福島もその候補にあがっていたのである、東京はそもそも超過密都市であり限界がきていたからである
世界でも一千万とかの大都市は過密都市はコロナウィルスとかに弱い、それは本来生物が住む限度をはるかに越えている非人間的な環境である
そして生物は人間でももともと生態系をベースにして生きるようにできている
日本がでも江戸時代ならそうして地方中心の経済でなりたっていた
世界的にみても日本は日本の風土の中で長い時間をかけて風土に適応した生活をしてきたそれで体まで穀物中心の食料であり腸が長くなったとかある
また白人などは狩猟民とか遊牧民であり肉中心の食だから肉を消化する酵素が出るというのもそうである
そういう生態系をベースにして人間の生活は作られてきた

ウィルスというのももともと風土病だったのである、その土地土地から生まれていた病気である、でも世界的に人間が交流した結果として世界中に広がった
もしその土地土地に風土に適応して生活していれば交流がなければ広がらなかったのである、コレラがインド産とか何かその土地土地から生まれている、今回のコロナウィルスは中国産で武漢ウィルスとかなる
つまりコロナウィルスでもそうだがそれぞれの風土から生まれた病気であり交流しなければその土地から拡散はしなかったのである
だからそれぞれの生態系に準じて生活していれば世界には広まらなかったのである

いづれにしろコロナウィルスが提起した問題はいろいろある

●超過密大都市と地方のアンバランス

●過度なグロ−バル経済化

●高齢化社会

東京のような過密都市はウィルスに弱かった、それは超過密都市になっているからだ
たちまち蔓延してパニックになり東京封鎖になりそれがゴーストタウン化する恐怖になるそれも福島原発の呪いなのか?またカルマなのかとまでなる
何かカルマというのは必ず人間個々人にもあり社会全体にもある
福島の復興とオリンピックなど何の関係もないからである
それはコロナウィルスでとめられたというのはやはりカルマだったのかとなる

それは東京中心の思考である

原発も東京中心の思考で東京では危険だとして福島に作ったからである
だからこそ今コロナウィルスで呪われているのか、カルマが東京に回ってきているのかとまでなる
現実に東京遷都が再び言われているからだ、何か古代でも飛鳥とか藤原京とか平城京とか遷都を日本ではくりかえしてきた、小さなくに京とかでもそうである
その原因は必ずその土地が汚れるとかありそれは公害ではないにしろ人心が腐敗する
それでその腐敗を一掃するために別な土地に遷都したのである
何か縁起をかついだということもある
そういうことができたのは古代には遷都すべき土地がまだありその規模でも小さいからできたのである
東京とかなるともう遷都するとなるとその規模が大きすぎて簡単にできなくなったのである

5年で遷都4回、聖武天皇、唐まねる?聖武天皇の遷都図
 「続日本記」によると、聖武天皇は740年に平城京を離れ、恭仁宮の建設をはじめる。
 742年には紫香楽宮の造営も始めたので、国家財政を圧迫し、743年末に恭仁宮建設を止めた。翌年、焼失後に再建中だった難波宮を都と宣言。ところが、天皇はその直前に紫香楽宮へ移っており、745年正月、紫香楽宮が都となった。だが、山火事や地震が相次ぎ、4ヶ月後には平城京へ戻った。



そもそも巨大な文明都市は何か生態系と分離してそれ自体が自壊するようになる
不自然なものでありとてもありえないように巨大化している
そこからしてもう持続できないようになっている
だからそれは世界の文明都市にも言えることである

他に高齢化社会というのがコロナウィルスにより衝撃を受けた、老人がコロナウィルスに弱い、実際死んでいるのは高齢者なのである
若い世代はほとんど影響がない、老人キラーウィルスなのである
それは人類に高齢者が増えすぎたからだとなる、そこで自然の淘汰が起きたのかとなる
つまり高齢化社会は不自然であり人類にとって好ましくなとなり淘汰が起きたのかとなるただ長寿そのものは個々人を見れば悪いものではない
ただ全体的にみたときあまりにも老人が増えすぎたのである
それが人類という種の維持にとって好ましくないから減らす、それがコロナウィルスとして作用したのかとまでなる
だからこのコロナウィルスは本当に不思議なのである








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2020年03月27日

コロナウィルスの情報公開しない怖さ (原発や津波で警戒しなくなっていた)


コロナウィルスの情報公開しない怖さ

(原発や津波で警戒しなくなっていた)

コロナウィルスでもなぜ日本が感染者が少ないのか?
それは検査しないかだとか重大なことを隠蔽しているとか言われる
この隠すこと情報を公開しないことが怖いことに通じていた

原発事故では「安全神話」が強固に作られていたから隠蔽は完璧だった
第一何かを知らせるマスコミ自体が巨大な原発マネーの利権を得るものだったから
原発はブラックボックスになっていた
そして情報を公開しないということは必ず国民に被害が及ぶ

東電では科学者が10数メートルの津波が来るということを科学的に割り出していた

それで東電に警告していたのである

このことは地元にマスコミにもその報道がゆきわたらない
何か報道でも注目させないと関心をもたない

10数メートルの津波が来る!

これを大々的に報道していたら驚いたろう
それより10数メートルの津波とはどういうものか?
それを知ることも知らせることも大事だった

現実に南相馬市の鹿島区の海老浜では海に面した高台が避難所として指定されていた
そこでそこに避難して30名くらい死んだ
崖があり高いから津浪が来ないと思ったのである

それよりそこは市で指定された避難所だった!

南相馬市の方でも行政でもなぜそこを避難所としたのか?

もし南相馬市の行政で東電が報告した10数メートルの津波が来るということがわかっていたらそこを避難所にするだろうか?

ただ津波自体がこの辺では来ないものとして関心もなかった
海老村などは10メートルくらい歩いても走ってでも逃げれば津波の来ない所に避難できたのである
だからわざわざ一番危険な避難所に指定された場所に逃げて死んだのである

それはなぜなのか?

情報が公開されない、隠蔽される

まず十数メートルの津波が来るとしたら行政の方でそうした試算をした科学者に聞けば良かった

ここを津波の避難所に指定するのですが安全でしょうか?

ここは危ないです、十数メートルとなれば危ないです

他の場所にしたらいいでしょう

こんなふうになった、そしたらいくらでも周りに避難する場所があった
そこは10メートルくらいの距離でもある
それはその高台から森に逃げた人が助かったからである

これも正しい情報が公開されず市の行政でも科学者に聞くこともなく決めたからだともなる、つまり専門家の科学者に聞いていなかったからだともなる

コロナウィルスでもそうである、これは未知なものだから対処がむずかしいことはわかるでもまず日本では検査数が圧倒的に外国と比べて少ないのである
そこからして正しい情報を知ることができない、それで数字を見るとたいしたことがないと判断する
どう判断していいのかわからないのである
あまりに警戒しすぎるのも良くない、普通に生活していた方がいいのだということもわかる
でもそれは正しい情報が公開されて判断できる
外国では検査しているから数が多い、それで被害の実態を把握できる
日本では情報公開されていないから判断しようがないのである

緊急事態で政府で東京都を封鎖する

それをするとしても情報を公開されないと急にされると困惑してしまうのである
日本は外国と比べて検査の数が圧倒的に少ない、だから安心できない
ドイツではあれだけ感染して死者数が少ない
だから日本でも感染者が増えても死者数はそれほど増えないかもしれない
でも情報を公開しないということが後で大被害になる
それは原発事故でこの辺では経験してきたのである
                                              
政府の問題は不都合な情報を出さない、不利になる情報を出さない、国民では知ることができない、結果的に国民が被害を受けて責任をとらされた

人間は知らなければ判断できない

もし正しい情報が公開されて検討されていれば政府の責任でもない、その責任は国民にもある、でも正しい情報が公開されなければその責任は政府にある
原発の場合は地元住民にも知らされない、国民に知らされない
それはアメリカとかの圧力とか権力によって知らされない
そもそも原発自体が危険なものであり隠そうとする、常に隠そうとするからまた隠さなければできないから最後は大惨事の事故となった

この情報を知る、知らされるということが報道の役目である

でもマスコミには莫大な広告費が電事連とかから流れていた、それで原発に不利な情報は知らされなかったのである
今回のコロナウィルスでもそういうことがある

政府では検査させない⇒実態がわからない⇒国民は判断できない

民主主義は確かに情報が公開されるて全員で検討して決めるとういうことがある
しかしそれがない、それは中国の共産党政権と同じなのである
科学者は正確な情報が数字が出ないので判断できないとしているからだ
中国の方が一応数字は出していると評価しているからだ
なぜなら日本の感染者数はすでに百倍にもなっているということを言う人がいるからだ
それは検査した数は少なすぎるからである

なぜ検査しないのか?

それはいろいろいなことをいうが医師会の圧力だという人はマスコミではいない
なぜなら医師会と薬剤関係は相当な権力があり宣伝費ももらっているからできないのである、そうして何か国民は正確な情報を知って判断できない
それが感染が拡散して遂にはもうイタリアのように医療崩壊が起きて手遅れだとなる

何でも理解することはむずかしい、でもまず情報が公開されて国民が検討しなければ判断もできないのである
ただ緊急の時は即断しないとまにあわないのである
あれやこれやと言っているうちに津波にのみこまれたり原発事故で手がつけられなくなったりコロナウィルスで感染者が増えて医療崩壊が起きて手が付けられなくなる
ただコロナウィルスの場合は急に未知なものとして世界中に広がった
だから事前の情報はない、原発にはすでにあったが情報は公開されなかった
そのことで大惨事になりとりかえしがつかなくなったのである  

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平成の大合併で自治体の耐災力が脆弱に

posted by 老鶯 at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月25日

英観光地、ゴーストタウンに イタリアに次ぐ医療崩壊の危機 (リンク-クリック) (原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)



(原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)

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このコロナウィルス騒動は原発事故の放射線被害と共通性がある
ただこれが広範囲で世界中の問題になっていることである
だから津波被害でも原発事故でも東北という局所で起きたことである
すると全国対応ではなく局所対応になった
それでなんとか全国的には東京とかまで波及しなかった

放射線の被害の度合いが危険の度合いが専門家でもわからなかった

コロナウィルスでもその危険は専門家でも明確ではない

すると住民でも判断できない


住民はただ右往左往するだけである、それで浪江では山の方が安全だと思い津島に逃げたそこは街から相当に遠い奥だったのである
でも東電の社員がいて海の方へ街の方へ逃げる方が安全だとして住民は従って街の方ふ逃げた、この時明らかに東電の社員は専門家であり知っていたから指示できたのである
その専門家の指示に従い安全な方に逃げたのである

今回も危険を言う人がいるしそれほどでもないとか明確に言わない
今回は武田邦彦氏はこれはインフレインザと同じだから普通に生活している方がいいとしている
それは日銭で商売している人のことを恵まれた月給取りは知らないから仕事をしないで引きこもっているのがいいのだと言える
でもそうしたらもう生活ができない、飲食店などは日々の稼ぎでなんとか経営しているからだと同情している
つまり不思議なのは今回はコロナウィルスはたいしたことがない
騒ぎすぎる、それよりたいして被害ものないのにかえって自粛して仕事を停止させる被害の方が大きいとしている

だからこれもわかりにくい、なぜなら武田邦彦氏は一ミリシーベルトの放射線量を越えてはならないとしつこく主張していたからである
この一ミリシーベルトは相当に厳しいものでありそうなると原発事故周辺の広範囲に住めなくなる、30キロはなれてもそうである
でも今回は逆である、コロナウィルスはインフレインザと比べても危険ではないから普通に生活していた方がいいとしている

原発事故の経験からすると自治体をゴーストタウンにした方が被害を拡大した

避難させた結果として自治体は崩壊して元に戻らなくなった
ただ避難させたから国でその分は補償された、でも30キロから離れた住民はほとんど補償されなかった、南相馬市でも鹿島区は少なかった、30キロ内は三倍の補償があった
でも手厚く補償されたのは30キロ内でありその中でも住民が避難した地区は補償が手厚かった
でも結果的には自治体は元にもどらなくなった、若い世代は別な土地に移りそこで生活するようになったからである
それで帰ってきたのは老人がほとんどである、つまり若い世代がいないから自治体を維持できなくなったのである
その大きな要因に放射線というのが若い人に特に子供に母親だったら遺伝子に放射線被害があり奇形児が生まれるとか言われると相当に恐れたからである
今回は逆に老人がコロナウィルスで死に若い世代とか子供はそうはならないから逆になっている

ともかく専門家でも科学者でもその言うことにこういう時は注目する、でも危険を言う人とそうでない人がいて素人は判断しにくくなる
それで混乱する、そうして今度は政府のいうまました結果自治体は崩壊してゴーストタウンになって回復しなくなったのである

ただ原子力は核の技術は危険なものでけあることが前々から科学者は知っていた
でもそれを隠して政治の力で原発は福島に作られたのである
だから科学者とか専門家は原発の危険性を知っていても政治の力で歪められたとなる

コロナウィルスの場合は突然生まれて未知なものとして世界中をパニックにさせた
これも放射線とにているがコロナウィルスは科学者も専門家も不明なものとして対処を迫られたことが違っている
だから的確な指示を出せないのである

でも原発事故の場合は科学者でも専門家でも的確な指示を出せた!

なぜなら放射性物質の影響は風に影響されることを専門家は知っていたからだ
でも実際は最初に報告したのはアメリカであり日本の政府ではなかったのである
だからこの責任は政府とか東電にあった
事故が起きたことは想定しない、する必要がなかったからだ
強固な「安全神話」作っていたから事故があったことの場合を想定しない、だから事故が起きた場合の訓練も対策もしなかったからだ
そもそも「安全神話」作ったのは危険だというと作れないからである
でも安全神話を言うなら東京に作るのが筋だったのである
それだけ安全を言うならコスト面でも東京が最適だったからである

いづれにしろもしかしたら今回のコロナウィルスはやはりカルマが関係しているのかもしれない、東京都知事が東京都民に自粛を要請するとか重大な危険の局面にあると訴えたのもそうである
それで世界でも外出禁止令のような厳しい対策がとられている
〈東京封鎖)もささやかれる、そういう重大な局面にオーバーシュートになる危険を言われる
それが外国でもゴーストタウンになる、それはこの辺で避難区域が一時的にではない
ゴーストタウンとなり回復しなくなったと同じである
これもカルマが関係しているという時、原発事故でもこの辺がゴーストタウンになったことが放送されたからである
東京がゴーストタウンになる危機だともなるからだ

だから原発事故では放射線被害のために自治体を崩壊させるより
その被害はわからないのだから自治体を維持すること崩壊させないことを第一とする
そういう選択もありえたのである

だから今回も経済活動を停止するとそのために生活すらできなくなり店でも会社でも倒産することの方が被害が拡大する、それはコロナウィルスの感染より甚大な影響が出る
それは原発事故で証明されているのである

コロナウィルスを恐れ過ぎて委縮して生活自体が崩壊してゴーストタウンになる

放射線を恐れ過ぎて自治体が崩壊してゴーストタウンになった                

私自身は放射線を恐れ過ぎた結果として自治体も崩壊したのだからこっちの方が被害が大きかったから経済生活を停止すること委縮する方が危険だとなる
ただ二週間くらいはやはり様子をみて警戒して自粛する、外出でも禁止するとなる
その間の生活は収入は政府が東京都が補償する
つまり経済活動を止めるとしてもそれだけの補償が必要になる
そうしないと自殺者が出たりかえってもう生活できなくなりパニックになり食料の奪い合いとかなるとかなるとその方がかえって怖いのである
原発事故は局所的だったから全体でカバーできた、今回は世界中になっているからカバーできないのである





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2020年03月24日

グローバル経済とコロナウィルス (国々の文化を破壊したら生きる意味もなくなる)


グローバル経済とコロナウィルス

(国々の文化を破壊したら生きる意味もなくなる)

 グロ−バル経済とか資本主義がなぜコロナウィルスでブレーキがかかったのか?
その矛盾がまさにグローバルに大きくなった
そこでそれを一旦ブレーキをかけて新たな世界を構築させる
天からの神からの作用だったのかともなるから不思議なのである

グロ−バル化のことを私が批判する時、それが国々の文化を破壊するからである
そこで注目するのは経済的な側面だけであり文化的側面は追求されないからだ
人間は経済的側面だけに生きるのではない、パンだけに生きるものではない
会津のことで書いたけど人間はその国に土地にまず生きる
その国の自然と風土の中で生きる、その国というとき会津は万葉集時代から国だった
東北では会津が国だったが他は国とはなかったのである
つまり国とは相当に広い範囲なのである
だから会津は明治までも大きな国であり藩であり最後は薩摩長州軍と戦ったのである

文化という時、cultureはcultivate(耕す)である、その土地を耕すという時、食料をその土地から作り出すということが基本にある
もしそうして食料でも外部から輸入していたら文化を作りだすことができるのか?
ワインもその土地が作りだしたものである
それはもともとパンと合うものなのである、日本の料理とは合わない
ワイン自体が種類が多くその土地の名がついたものもある
その土地の土と光とか風土が違うから違った葡萄が生れ種々のワインが生まれる
何か川とか湖の側だと光が反射したりして美味な葡萄ができるとかなるといかにその土地土地の風土が作りだすものなのかわかる
日本でもその土地の名の付いた野菜がいろいろありそれはその土地から作り出されたものである

グロ−バルというとき一面何かそうした土地土地の風土とは関係なくなる
グロ−バルというとき一様化であり何か数学のように共通化する
でも人間社会は数学では統計とか数字だけではわかりえようがないのだ
そんなふうに一様化したら土地土地の味わいもなくなり文化もなくなってただ定型化した個性もない社会になりつまらないとなる
それは日本語でも英語にした方がいいというときもそうである
日本人から日本語を取り去ったら日本人でなくなる
なぜなら日本語だけは密接に日本人を根源的に作っているものだからと言う人がいたから日本語は外国語とは違った特別な言語だとなる
その起源は不明なのである、つまりほんの一部が大陸起源だったり海洋系のオーストロネシアと共通だとか言ってもその謎は全く解けていない
つまり日本語は混成語にしても縄文時代から早い時期に日本人の共通言語となっていた
それはもう他の言語が入ってきても共通性が見いだせないくらい独自の言葉として成立していたのである

グロ−バル化というとき日本語を英語とすべきだとかエスペラントが必要だとかなる
どうしてもグロ−バル化すれば共通語が必要になるからだ
だから現代では英語が共通語化している、そして感心するのはグーグルの英語翻訳であるある程度文章でも8割くらい正確に翻訳しているのである
そこでインタ−ネットでは世界共通の言語として英語がまた言語の壁が取り払われるということも起きている
でも依然として国々の言葉がありそれは文化の基なのだから世界が一つの言語にすれば
文化を失うことになる、その時自国のアイディンティティを失う
それは相当に深刻なことになる、人間は経済人間ではない、経済的単位ではないからだ
統計的数字とも違うからである
グロ−バル経済と日本国内の広域経済でも人間はただ量として数として計算されるだけになる、政治でもそうである、一票は十万分の一の数でしかない

宗教でもただ数が問題にされるだけである、会員数でそのすべてが図られる
そこに生きる意味などない、数として計算されて処理されるだけなのである
そういう文明社会に反発する者としてアウトサイダーが生れたのも必然だとなる
そしてイスラム教の集団礼拝とか韓国のカルトキリスト教団がコロナウィルスの伝染を拡散してしまった、クラスター伝染の源となった
宗教は本来はそんな大衆的集団的なものではない、そこでは常に数のみが誇張される
それは権力を追及している、数は権力である、一人だと何の力もない、それが十人でも集まれば力となる、注目する、宗教が外部に対して数で認めさせる
それがまた民主主義で権力を得る方法となっている

グローバルというときグロ−バルとローカルを合わせたグロ−カルという言葉が生まれたグローバルな言語が英語でも必要である、でもローカルなナショナルなもの歴史と文化に作られた世界を否定したら人間の生きる意味すらなくなくなる
人間はただの一記号のようになる、現実にすでになっている 

グロ−バル化でサプライチェーンを担う中国から部品などが入らず電動自転車まで品不足になったという、春には自転車が売れるから困るとなる
つまり何でも中国に頼りすぎるとこういうときどうにもならなくなる
グロ−バル化というときやはり自国の需要中心にして自国の生産消費を守るべきだとなる世界が第二次世界大戦のようなナショナリズムで分裂していた時代に戻るとういけどそうともならない、時代の逆行になるというがそうともならないだろう
むしろ各国が独自の文化を再発見してそれぞれの国の文化を追及するということにもなるそれをうなかすものとしてコロナウィルスが作用したともなる

グロ−バルというとき宗教でも仏教でも中国に入ると禅宗が生まれたようにより実践的なものとして用になるものとして追求される
韓国に入ると美的なものとして追求される、日本がでも優美なものとして美的なものとして追及される、仏像でも塔でも違ったものとして作られる
その理解も違ったものとなる、解釈もその国によって違ったものになる
それはキリスト教でも同じである、イスラム教でもそうである
宗教はユニバーサルなものグロ−バルなもの普遍的なものとしてある
でもその国々の風土歴史によってまた違ったものになったのである
そうであってこそ人間はそれぞれの価値を作りだしてまた価値を持つのである
経済とはただみんな同じものを型にはまったものを大量生産することではない
人間がみんなロボットのようになり同じ言葉を話する、そのとき文化を失うのである
ただ共通なものは英語でもインタ−ネットの言語でも追及される
つまりグロ−バルでありローカルであってこそ世界に価値がある

だからコロナウィルスが何かそうした一様化としてのグロ−バルではなく各国独自の文化をはぐくむ契機となるのかもしれない、人間は国境でも関所でも必要なのは人間を精神的な面から見ると制約された場所でないとアイディンティティが作れないことである
グロ−バル化といってもそれはただ物流が自由ということであり物と精神は別物なのである
自動車の部品でも中国に頼りすぎると今回のように作れなくなる
電動自転車車でも中国に部品を頼っていて入らなくなる
日本の中で作る体制があればそういうことはなかったのである
自動車はABCDEFG...とか無数の部品をから成り立つとしてそれらを組み立てて車を作るということができる、でも文化とかにはそういうことはできない

その風土とか歴史と密接に結びついて一つの文明でも日本文明でも作られているからである、それを無数の部品があり解体したり組み立てたりできないのである
グロ−バル経済にはそうした無理があった、それは国々の文化を破壊することにもなっただからコロナウィルスはそういう社会をとめる働きをした
確かに一時的には犠牲がともなうが次の新しい社会への変革への契機ともなる
だからコロナウィルスは天の作用なのかともなり不思議なのである

ともかく今回のコロナウィルスは社会全体に世界全体に影響するから世界を社会全体を変える作用があることに驚くのである
これだけの影響力を世界に与えることはアメリカですらできない、特にエンタテーナメントとか観光業とかが打撃を受けた
でもそれは本来の社会の脇役であり主流ではないから芸能人が政府に援助を要請したがそれを河原乞食など今は必要ないとか言われる
普通だったらそういう人たちはに大金稼いだとか言われる
社会全体に何か価値の選別が起きている、だから社会全体で価値観が変わるとういことにもなっているのである

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この本はコロナウィルスで今社会が変わることを予見していた
ローマ帝国は物財を量の富を追及した
グローバル化してローマにあらゆる富を集中させた
しかし中世になるとそういう過度な物財の追求はしなくなった
人々の価値観が変わったのである
そこで修道院にこもり瞑想するとか物財の追求する価値ではない
精神的価値が追求されたのである
その状態が今とにている、そういう時代の兆候が見えていたのだかコロナウィルスによってそれが早められたともなる
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2020年03月23日

コロナウィルスで国境や関所が見直される (歴史的に生じたものには何か意味があった)


コロナウィルスで国境や関所が見直される

(歴史的に生じたものには何か意味があった)


江戸時代まで関所があったが無駄としてなくなった、だから明治から鉄道がはりめぐらされた交通の要となったとき切符一枚で日本全国に行けるようになったときそれを経験した人は特別な経験をした
また電車でも全然見知らぬ人が乗り合わせる光景もなじみのないものであった
人間は知らない人とあまり交わらないの生活をしていた
関所があることは見知らぬ人を入ることを拒んでいたのである
だから商業となると不便になる
第一江戸時代は物流も人の交流も少ない、自分の住んでいる村からほとんど出れずに一生終わった人が相当数いたことは確かである
そういう狭い範囲で濃密な人間関係の中で暮らしていた

それが明治から急激に変わった、関所はなくなったからである
その変化も大きかった、別に関所がなくても他の村に入るだけでも何か簡単にできない
別な領域に異界に入るという感覚になっていた
それで隣村に来た麦つきの仕事をしていた若い男性が大蛇とされた伝説がこの辺で残っている、今になると外国人が突然隣に入って来たりするから驚くのである
それは本当に突然の異界からの侵入なのである

関所というとき今回のコロナウィルスで中国の村で村の入り口を閉ざした、青龍刀をもって村に入るなと仁王立ちになっていた映像が放送された
それは今でも村の入り口に巨人の藁人形を置いている日本の村にも通じている
それは疱瘡などの伝染病を入るのを恐れていたともなる
伝染病は恐ろしいものでありうそういう記憶が村に伝えられて残る
相馬市の玉野村は伊達藩と相馬藩の境目でありそこに若木神社がありこれは疱瘡を防ぐ神なのである
伊達藩から入る人たちが伝染病をもたらさないように祀った神である
江戸時代には関所があり他藩のものはそこで区別されていた

人間の社会を歴史をふりかえるとこれほど人間は自由に行き来して交わる社会はなかったそれがグロ−バルにそうなったのが20世紀だったのである
モノでもヒトでもこれだけ自由に流通して交流することはなかったのである
そのことがすべて人間社会にとっていいものように思えた
でも何かそこに人間社会にとっていいものとして全部は働かないものとして見るようになった
だから関所とか国境とかはマイナスのものとしてしか見ていなかった
しかし関所とか国境とかは人間が生きる歴史の過程で必然的に生まれたものでありそこに意味があった、つまり歴史的に生まれたものは何か意味があったのである
現代文明社会はそうした過去の歴史を全否定して成り立つように見る
でも関所にも効用があり見直すということがコロナウィルスで生まれた            

そしてなぜ空港でヨ−ロッパから帰ってきた人がコロナウィルスと判定されたのか?

それはそこが関所となり確実に検査するからそれだけコロナウィルスの陽性だと発見されたためである、日本国内ももう関所などないのだから鉄道でも車で行き来するのだから
調べようがないからいつのまにかに蔓延するとなる
だからこうして便利すぎる交通の発達した社会がコロナウィルスに弱いということがあった

それでヨ−ロッパがなぜあんなにスペインまでたちまち広がったのか?

それはヨ−ロッパはEUになり国境がないと同然になったからである
そこでいちいち入国審査もしない、国内と同じように行き来するようになったからである貨幣でも両替する必要がなくなった、私がヨ−ロッパに行った時はいちいち国が変わるごとに両替することがめんどうだったのである、ただめこで国境を意識されたのである
外国だと言葉が変わるから今でも否が応でも国が変わることを意識させられる
でも国境がない世界というのはこれも人間社会にとって問題が起きることをコロナウィルスで意識させられた

つまりこのコロナウィルスの不思議はグロ−バル化経済とかを停止させるとか現代社会を見直すものとして作用していることの不思議なのである
オリッピックなども中止させるときもそうである
もともと私はオリッピックなど必要ないものとして見ていた
商業資本主義で利権にあづかるものはいいがそうでないものは何でするのかわからなくなっていた
東北の復興などと関係ないからである、未だにゴーストタウンがありそこを聖火リレーしてどうなるのか?全然復興などしていないからである
復興五輪などありえないからだ、もっと東北の復興の方に力をそそげとなるからだ

どういうわけかさくらTVのような右側がコロナウィルス活気づいているのも不思議である、右側がナショナルなものを追及する、反中国のためでもある
私自身のスタンスは日本文化を重んじる再興を願うからどっちかというと右側になる
だからグロ−バル化には反対であった
まず経済でもナショナルなもの国を基本にして作るべきでありまた地方だったら地方の経済を基本にするべきだと思うからである
だからグロ−バル化というのは日本の地方でも破壊したということがあった
米すら外国から輸入するようになったら日本そのものがなくなっていくという恐怖があった、現実に中国から食料を野菜でも輸入していたしそれが東京で入らなくなった

その時東京ではどうするのか?

日本国内の生産に頼るほかないのである、だから日本の農家はいらない、外国からいくらでも食料が入ってくるということはどれだけ危険なのかコロナウィルスで実感したとなるだろう
外国人労働者もコロナウィルスで来ないというとき奴隷のように使っていたのだから農家はそんな人に頼らず自力でやれとか言うのもわかる
また芸能関係者が政府の援助を要請したことについて批判している
芸能者は河原乞食でありこんなときにそんなものは必要ないというのも芸能関係者にはショックだとなる

つまりコロナウィルスでは何か社会にとって必要なものなのか、大事なのかも問われる

病院は感染するから行かないというとき病院経営が苦しくなり倒産するとかいう
それは今まで医者にかかりすぎる人が多すぎた、かえっていらない患者が減って国の負担が医療費の負担が減っていいものだとかもいう
それも変なのだが日本人は医者にかかりすぎて薬を飲みすぎるのである

そしてコロナウィルスは高血圧と喫煙している人が重症化しやすい

これも高血圧の薬を飲むとその副作用で重症化しやすいということがわかった
これも武田邦彦氏が盛んに高血圧の薬は危険だ副作用があると言っていたからそうなのかとも思った
とにかくまた老人がこのコロナウィルスにかかり死に安いのも不思議なのである
それはイタリアでも増えすぎた老人を減らすためにコロナウィルスが生まれたのかとまでなる
これだけ社会に影響すること自体、社会を変えてしまうとういこと自体不思議なのであるそれが一時的には犠牲者もでるが社会全体にとってそれも世界的にみても悪いことばかりではないというのが不思議なのである
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2020年03月21日

コロナウィルスで問われたこと(2) グロ−バル広域経済の見直し-東京と地方(福島)


 コロナウィルスで問われたこと(2)

グロ−バル広域経済の見直し-東京と地方(福島)

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富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて

炭焼きというのはどこの山で盛んであった。信州の山の中を旅したら次から次と炭俵背負った女性とあったとか炭は生活の中心にあった。子供のころ炭を使っていたから信じられない、炭で栗なんか焼いていたのである。その囲炉裏で親父というのはどかっと座っていて存在感あるものだった。 

おちこち(紀行文集)(明治) 大和田建樹を読んで

富めりとも・・・とは山で炭焼きして暮らす人には外のことは都会のことはわからない
ただこの山里に住を焼いて暮らしている、その煙は絶えることがないという意味である
この歌の象徴していることは何なのか?
つまり戦前から戦後十年くらいは自給自足の生活だったのである
私の家は小さな一万くらいの街中でも囲炉裏があった、炭を燃料として利用していた
水は井戸水をもらっていた、水道もなかったのである、電気は裸電球一つとかである
家にあるものは飯台一つとかである
それはみんなそうだったのである、戦争に負けてから日本はみんな平等に貧乏だったからである

でも不思議なのはこの歌のように外部のこと都会のことは自分には関係ない、山里で炭を焼き暮らしていればいいとなっていた
それは外部の人に都会の人に頼ることもないで自立しているという誇りの歌でもあったのだ
だから今になるとそういう心情になっていることが不思議なのである
その生活があまりにも違ったものとなってしまったからだ
誰も山で暮らして農村でも俺たちは都会の人に頼らないとはならないからだ
地方交付税が道路とか電気とかのインフラに東京の人たちが税金から払っているとか不満である、つまり東京の人に頼っているということになるからだ
電気でも水道でもガスでも道路でもなんでも別に山里でも自給自足していれば都会の人になにやかやと文句は言われないからだ

結果的に現代の地方というのはどうなったかというともう地方だけでぱ田舎だけでぱ生活できない状態になった
さらに一次産業は衰退した、農業でも漁業でも林業でも今度はグロ−バル経済で衰退した林業でも外材があり日本は森林が多く木材があるのに使われないのである
それでなぜ原発が双葉とか大熊地域にできたのか?
そこは浜通りでも前の原町市とか5万とか大きくて工場などあったがその辺はなかった
それで出稼ぎに出ていたが地元で仕事して暮らしたいとなり東電の原発を積極的に誘致したのである

ここで考えなければならないのは東京というのは一見地方で田舎で暮らしていると関係ないように見ている
でも実際は東京には周辺でも何千万の人口がありそれを経済的効果からみると巨大なのである、だからその巨大な経済の圧力が実は地方にもその周辺に及んでくる
電気にしても莫大な電気の量が必要になる、すると東京に作ると危険だからと福島に作られた、福島は東京から離れているようで近いのである
現実にいわき市まで東京までの通勤電車でている
私は節約のためにその通勤電車に乗ったことがあるからだ
だからいわき市までさらに東京まで近いとなるのだ

東京圏がこれだけ巨大な政治経済都市となっているとき実はグロ−バル広域社会になると福島の田舎でも無関係ではなかった
俺たちは東京と関係ない、炭を焼いて燃料にして暮らしている、東京の人がいくら豊かに暮らしていても関係ないとはならない
現実にそもそも電気でもガスでもそうだけどそれなくして暮らしていけない
炭焼いてだけではもう生活が成りたたないからだ
またみんな車をもっているしガソリンでも入らなくなると生活できなくなる

東京というのはそれだけ周りに福島でも重圧となっていた、昔のように都会は都会で田舎は田舎でそれぞれ自立して生活していればいいとはならなくなっていた
これは江戸時代も江戸は百万都市と言われて大消費地だったから伊達藩では米を作り米を商品作物としてそこに特化して生産量をあげて石巻から船で江戸に運んで売った
そして東北の飢饉はそうして江戸に送る商品作物の米ばかり生産していろいろなものを作っていないから飢饉になったとしている
それはアフリカ辺りでコーヒーばかりを商品にするために作り他の作物を作らないでコーヒーがとれなくなったり売れなくなったりして飢饉になったとにている

それは大量消費地の江戸が優先されて地方はそのために商品作物の基地とされることにより飢饉になったのである、冷害があったとしてもそこに人災という側面も大きかったのである
だからそういうことが歴史でもありやはりカルマとなってくりかえされる
江戸は東京となりさらに巨大化したからである、するとその東京の影響が全国にも及ぶ
地方でも田舎でも関係ないとならない、密接に一体化してゆく
それは日本だけではない、グロ−バル経済は中国のコロナウィルスでわかったように中国に生産も消費でも頼る、そうするとそれが今回のようにたたれると甚大な影響を受ける
不思議なのはもし自給自足生活をしてしいたら貧しいにしても影響を受けないのである
だから何か経済を見直すことがこのコロナウィルス騒動で起きたのである

そうは言っても昔のようにもどることはできない、でも人間の本来の生活はまず地元であるものを供給して消費することが基本としてある、商業とか貿易は限定的なものとして発展してきたのである、貨幣自体が実は貝が貨幣であったように外部の珍奇なものを手に入れるために貨幣が生まれた
つまり生活の基本は江戸時代は貨幣は米だったように貨幣はそれほど通用していなかったのである、米があれば安心だとなっていたのである
貨幣というのは何かあると紙きれになる、だから今預金封鎖だとかなんとかもう金があっても安心な時代ではなくなった、だから貨幣の価値は今までのようにならない
いつ紙切れになるかわからなくなったのである

ともかくコロナウィルス騒動は様々なものを見直す結果となっていることが不思議なのである、何かグロ−バル経済はいいようでもそれが人間の基本的生活に反するものがあった中国に生産でも消費でも頼れば中国が東京のようになる
その影響力が巨大化して中国無しで日本はありえないとなりやがては中国の属国化する
観光でも中国人が来ないとやっていけないとなり政府にた助けてくれとなり中国政府に忖度して中国人の観光客の入国拒否できなかった
それで対策が遅れたり甚大な被害を受けることにもなるところだった
だから日本の経済は内需中心にすべきだとか経済通が言うこともわかる

このようにコロナウィルスの影響は悪いことばかりではない、グロ−バル広域社会とか
そ危険性を見直すとかを強いられたからである
コロナウィルス騒動を契機に一時痛みがあってもノーマルな経済体制が作られる契機となる、いろいろな今の社会を変える契機となる、それは社会全般にグローバルに起きているから不思議なのである、これも天の意志なのか作用なのかとなってしまうのである
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2020年03月20日

コロナウィルスと原発事故の共通性 (専門家より科学より政治が優先される)


コロナウィルスと原発事故の共通性

(専門家より科学より政治が優先される)


コロナ危機、“科学を軽視する”安倍政権の「限界」
3/20(金) 6:01配信現代ビジネス

それは、この新型コロナに対する政府および厚生労働省の対応が、あまりにも原発事故への対応に似ているということである。

 私たちはこの「想定外」で始まった大災害の教訓をほとんど生かせていない。私たちはこの震災・過酷事故にきちんと学べていないようである。

、原発事故も、新型コロナも、いずれもその検査体制が不十分であり、(1)リスクの原因体の可視化に失敗しているという点である。

東日本大震災・原発事故のその後の対策をずっと追っていったとき、この政権ほど、科学研究の成果や意見を無視し、政治的決定を政治的決定として純粋化した政権はないように思えるからである。


私は原発事故とコロナウィルスを比較して評論して来た
何かこの問題は共通点が多いからである、そして社会のあらゆる問題と通じている
それは社会全体の問題であり政治家とか官僚とか科学者(専門家)とかマスコミでも
あらゆる人たちが関係して事の解決に当たらなければならない

この記事ではそういうことを指摘している

現代社会の問題は科学技術社会でありそこが複雑であり専門家が重要な役割を果たす社会である、そして放射線の問題にしても今回のコロナウィルスの問題にしても同じことが起きている
放射線の被害にしてもコロナウィルスでもそれが未知なものでありそれにどう対処していいかわからないことである

原発事故がなぜ起きたのかとなると科学技術と政治とかあるとして科学技術が優先されたとはならない、湯川秀樹博士とかは日本ではまだ核についての技術が習熟していないから時期相応だとして提言していた
それは科学者として専門家としての提言だったのである

でも専門家より政治経済的決断が優先される

そもそも原発が日本に作られた経緯を見ればわかる、読売新聞の正力松太郎がアメリカの意向に従って原発を作る推進者として選ばれた
CIAのエージェントでありスパイだともしている
アメリカの意向が強く働いて原発が作られたという時から政治優先だったのである
その後は中曽根首相に受け継がれたのである
そして経済的なものが科学技術よりも重視されるということもあり専門家も学者でも御用学者が原発を擁護するようになる
科学という時、それは科学技術でも政治経済が優先になり押し曲げられるのである

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こうなる、コロナウィルスでもそうである、阿部首相は専門家の意見を聞かないで学校閉鎖などを決めたからである、ただ専門家でも意見が二つに分かれるとかありもともと未知なものだから正確に判断できないからそうなる
いくら専門家の意見を聞いても素人には分らない、阿部首相にしてもそうである
文系になるとわからない、でも理系でも専門家でも未知なものに対して判断できないのである

原発事故ではこの辺はずたずたにされた

放射線の被害というのは30キロ内とか距離に比例していない、風向きに一番影響されたのである、その時東風が吹いて山側に吹き飯館村が大きな被害になった

専門家はそのことを判断できた

でも自治体にはその事を一切知らされなかった

それで浪江の町長は自ら判断して一番放射線が高い津島とか山側に町民とともに避難したのである
その東電社員がいて街の方が安全だとして引き返した人たちがいたのである
つまり東電社員は専門家であり風向きが影響することを知っていたのである
そして東電ではまずアメリカに報告していたのである
スピーディという放射線を計ることができる装置があり放射線を計っていたからそれをアメリカにまず報告した、アメリカの助言を得るためにそうしたのである

つまりその時どうなったか?

専門家は科学技術者は学者でも何も成すことができなくなっていた!

そして政治家は放射線被害と関係なく科学技術を専門家の意見を無視して決断した

30キロ内に避難命令を出した

それは科学的技術的専門家の意見ではない、政治家の決断だったのである

なぜなら風向きが一番影響したとき距離ではないからだ、それで30キロ内は政治家が決断したから手厚い補償金が出された
それは今でもつづいている

30キロ内は医療費とかは9年過ぎても無料

30キロをはずれると医療費は半年で打ち切られる

この差は本当に大きかった、補償金も30キロ内は外の三倍にもなった
全くもらえない人たちの方が多かったのである

それが科学的根拠に基づき差別したのなら納得がいく
でも実際は政治的な恣意的な決断でそうなったのである
ただ爆発したとき混乱状態になりパニックになったから早く決断せねばならないということでそうなった
今回もコロナウィルスにどう対処していいのかわからない、でも早めに決断しなければならない、すると専門家の意見をゆっくり聞いている暇がないのである
ただその決断がのちのちまでも影響する
もうこの辺は復興できない地域があり自治体でもずたずたにされたのである

日本では原発事故からやはり学んでいない、そこで何が起きたのか?
それを私はプログで報告して来た、でもやはりどうしてそうなったのか国民に衆知するようになっていない、こうした科学技術に関することはこれからも起こりうる
なぜなら現代文明は科学技術文明だからである
科学技術無しであたえない社会である、そして科学技術でも一旦誤ると巨大災害となり自治体でも自然でも破壊して住めなくなったりする
原発事故の場合はもう復興とか回復できなくなったからである

コロナウィルスにどう対処するか、それも原発事故と対比するとわかりやすい、同じ問題が起きている、過度に経済活動を制限するとかえってそのために被害を受けて生活が破壊されて自殺したり被害者がでる
この辺では過度な対処で避難しなくてもいいのに避難させた地域がありそこはゴースト
タウンになり復興もできなくなったからである

ただコロナウィルスと原発の相違は原発は元から危険なものとして専門家でもわかっていた、それが政治家によって無理やり作られた経緯がある
コロナウィルスは生物兵器として作られたとかありそれはわからない
それも科学技術の問題であり専門家が深くかかわる問題として提起されたのである
原発事故は局所的だったが世界中をまきこんだことで今回の問題の方がグロ−バルでありまさにグロ−バル経済自体の崩壊まで及ぶものとなったのである




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2020年03月19日

東京オリンピックは開催するべきでなかった (福島の復興はしていない―阿部政権の化けの皮がはがれた?)


東京オリンピックは開催するべきでなかった

(福島の復興はしていない―阿部政権の化けの皮がはがれた?)


東京オリンピックを前から今の時代に必要なのか?
それを国民が望んでいるのか?
そう思いなかった、第一オリンピックを開催する意味がわからなくなってきていた
平和の祭典というけど実際は商業オリッピックでありそれで利権にかかわる人たちだけが潤うとなる
電通とかゼネコンとか東京中心に潤うとなる
つまり何でも日本は東京中心になる
地方は今回もまだ復興などしていないのに置き去りにされる

ただそういうことを私が批判しても何かわからないままに地銀からすすめられたリートに投資していたのである、これは東京オリッピックまでは景気が良くなり地価もあがり建築にも投資されるということで入った
私自身は株とか投資のことはわからない、ただ地銀にまかせたのである
利子がどうせつかないのだからとすすめられているからだ
オリッピック景気というものがありそれで潤うということを政府でもすすめた
インバウンドでもそうである、それがコロナウィルスで砕かれてしまったのである

地銀でもゆうちょでも農林中金でも何かアメリカのCLOとか危険なものに巨額の金を投資しているという、それが損になると農林中金は倒産すると言われる
地銀とかゆうちょとか地元のために経済活動を活性化するためにある
でも今はそういうことがなく東京中心のオリッピック景気にあづかるということだけであり何か地域のために投資するとか活性化するとかはなくなっていた
東京の経済規模が地方からすると比べようがない莫大なものとなっているからそこで投資して利益を得るとなる、地方からは利益が得られないからそうなる

それで浪江の牛飼う人が抗議しているのもわかる
オリッピックで現地のことを復興したしとして忘れさせる
お祭り騒ぎで忘れさせる
でも現実は聖火リレーでも廃墟の街を走ることになるだけである
小高から浪江から双葉とか大熊などは何にも復興していないのである
そして地方のテレビでも聖火リレーのことを宣伝する
だから今回オリッピックに反対する浪江の牛飼いの人のことを記事にした政経東北は評価できる

とにかく今回の東京オリンピックにしても原発にしても東京が優先されていたのである
福島に原発を作ったのも東京に危険で作れないから福島に作ればいいということであった「安全神話」を作るほど安全を言うなら東京に作るの筋だったのである

それだけは絶対にできない

東京都民が絶対に反対するから

それなら福島がいいとなった

東京中心の経済政治でありそれで決められる、また地方でもその政策に対して従うだけだとなる
東京というとき日本のエリートが上級国民が住んでいる場所である
するとエスタブリッシュメントとか既得権者が住む場所であり当然自分たちの住んでいる場所が優先される、そこに権力が集中しているから意のままになる
そういう構図が原発でもありオリッピックでもありそれが政治になる
人間は住んでいる場所に一番関心がある、離れると人でも何でも無関心になる
本当にもし東京に原発を作ったからどれだけ厳重に都民でも関心をもち安全を計ったか
そうなれば東電だってごまかすことなどできなかった
安全を「安全神話」でごまかすことはできなかったのである
その前にとても反対されるから作れなかった
原発そのものが東京に作れないということ自体がいかにそれが危険なものだったか証明していたのである 

意外ともしかしたら東京というのは原発でも安全だったかもしれない、今回の様な大きな津浪は入江になっているら安全だったかもしれない。
ただ地震はどこでもあり日本の原発はどこも危険なのである
福島原発でも最初の地震のゆれで配管などが壊れたりして他にも地震が津波の前に影響して事故につながったとそこで働く現場の人がそのことを暴いた
日本は地震があるからもともと原発は向いていなかったのである
そしてアメリカの方が西側は地震とか海岸線は津波があるとかで東側に多く作られていたのである、アメリカの方が地震に考慮して作っていたのである
日本は全国的にどこでも地震が起きる国なのに地震のことを考慮していなかった

いづれにしろ原発事故から9年過ぎてもまだ復興はしていない、廃炉にもいつまでかかるかわからない、40年かかるとか途方もないのである
ただ地元にも矛盾がある、海にトリチウムを流すのを漁業組合が反対してもそれでまた補償金をとる交渉するのかとなるからだ
ただ原発事故周辺は補償金をもらう要求するだけなのかと今度は国民から見られているのである

そもそも政府の政策は国民に甚大な影響をもたらす、戦争を決断したことで300百万人が死んだということもそうである
それは政府だけの意志ではないとしてもそういう甚大の犠牲がともなうことである
コロナウィルスでも政府の政策が庶民の死活問題となってくる
その影響もまた大きいのである
政府で30キロで区切り避難地域になった人たちには手厚い補償があった
でも30キロ内に入らない人は補償金でも三倍の差があった
それより医療無料は30キロ外の鹿島区は半年で打ち切られた
高速無料もなかった、その差別が大きすぎたのである
また要求したら30キロ内は一年伸びたのである

何かこうして政府の政策は大きな影響ももたらす、南相馬市は分断されたし他でも放射線量で細かく区切られて補償金でもめて分断されたのである
それは深刻であり内部で分裂した、それを目論んだのは政府なのかとまでなる
なぜなら攻撃する対象が内部になったから政府に向かわないから政府にとってはいいとなった

とにかく消費税をあげたことやオリッピックが今度はコロナウィルスで見直される
それは国民の意志より神の天の意志なのかともなる

消費税失敗

オリッピック中止

株価暴落⇒アベノミックス崩壊

何かそれが安倍政権の化けの皮をコロナウィルスがはがしたともなるのか?
政治はこうして天災とか伝染病とかでも大きく変化する
易姓革命が起きる

阿部首相に徳がないから災いが起きる!

そんなふうにされる、阿部首相は長期政権だったけど幸運だったのである
それが今一気に不運に見舞われ存亡の危機にある
やはり人間個人でもそうだが幸運とか長くつづかない
そして安倍政権は今この危機で試されているのである
試練なのでありこれをのりきれば国民の信頼を得るしその実力を本当に認められるとなる
でも実際は阿部政権の政策そのものアベノミックスでも株価の下落で崩壊して化けの皮がはがれたのである

だからこのコロナウィルスは何なのか?本当に不思議だとなる
それは世界的にも様々な変革をうながして時代を世界を変えるとなるとこれが全部悪く作用するだけなのかとなるとそうでもないのである
グローバル経済の世界を見直すものとしてコロナウィルス騒動を起きているのかとなるからだ



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2020年03月18日

現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない


現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない

コロナウィルスから守るにはどうしたらいいのか?
それが現代では至難である、それはなぜか?

宅配の行かない場所がない

宅配が行かない所があればそこは秘境になる、でも日本ではそういう場所が今はない
宅配は山の奥まで行っている、するとどうしたってモノを運びヒトも入ってくる
そこで感染から逃れられないとなる

なぜ桧枝岐(ひのえまた)でコレラの感染を逃れたのか、そこは交通がない、閉ざされた村だった、そういう秘境の村というとき必ず平家落人伝説がある
そういう伝説が生まれたのは人々がそういう人たちと交流しないかったからである
木地師の椀貸し伝説などでもそうである
それは一つの沈黙交易だともしいてる、人が交わらず物を交換したことが伝説になった
これももしかしたら伝染病をうつされることを恐れたためなのかということも今なら考えられる
ただ物でもそこにウィルスが付着したりするから危険だとはなる

ともかく伝染病は接触することからうつる、だから直接の接触はさけることが第一になるすると外部からの人とと接触しないようにするには宅配とか現代のようにどこまでも物が運ばれる社会では不可能になる
でもそれが外部との交流を断った中でもし暮らしていければ伝染病からはまねがれる
それで東京から八丈島とか小笠原に一時的に退避して暮らす人がでてくる
そこは隔離されているから安全だとなる

現代では秘境が存在しないという時、秘境のような場所があっても必ず宅配が車で配達するからである、桧枝岐でもそうである
昔なら隔絶された隔離された村だった、それでソバを主食として米は食べられなかったとかヤモリを焼いて燻製にして食べていたとなる
つまり秘境という時、外との交流を断ってもそこで自給できなければありえないのであるそういう場所が四国の祖谷(いや)とかにあっりそこは平家落人伝説がありそこは歴史的事実であったとされる

秘境という時、昔は江戸時代辺りだと隣の村すら秘境になっていたかもしれない、交流がないことがある、小さな村で自給自足して交わらないからである
それでこの辺で麦つきに来た若者が大蛇だったとかの伝説がある
それは隣の村だったのである、隣の村すらそうして全く交流がないとそうなる
現代ではその差が大きい、別にそうした労働者は外国からでも来るからである

コレラは日本に中国から伝染した、港から入ってきた、そして北前船を通じて日本海側に青森まで増えたのである
日本海側から今度は会津若松市の方に伝染した、でも桧枝岐までは伝染しなかったのである
そういうふうに閉ざされた場所は今はない、するとどうしても物が運ばれて人も入ってくる、また物が入って来なければ生活できなくなっている
桧枝岐は今は尾瀬の観光の入り口でにぎわっていたからだ
観光で暮らす村となっていたからである、観光となるとどんな所からもくる
それで北海道が感染者が増えたのである

昔から伝染病は相当に怖いものとして意識されていた、エジプトのミイラにもウィルスに感染した痕跡がでてきた、こういう記憶は人間に刻まれて伝承される
村の入り口にそうししたばい菌が病気が入らないように大きな藁人形を置いたりするのはそのためである、現実に村の前で大きな刀をもって仁王立ちになっていた写真が中国のコロナウィルス騒ぎで見た

ともかくコロナウィルスてもウィルスに交通がこれだけ発達したことが裏目になった
たちまち世界中に拡散したのである、それは止めようがないのである
だから閉鎖されて暮らすことにもメリットがあった
でもそうなると外から物資が入ってこないから飢饉とかには弱くなる
人間は二つも三つもいいものとしてありえない、何かいいと思っているものも悪く作用するのである、それがコロナウィルスで証明されたのである
世界中の交通が遮断されて引きこもるほかなくなったからである

これはグロ−バル経済を見直すものとして起きたともみる
東京などでは中国から野菜でも輸入して安く入るから日本の農業を軽くみる
でも中国から野菜でも入らなくなったときどうするのかとなる
交通が途絶えるとお手上げになる、原発事故のときは放射線被害を恐れて物が入ってこなくなったから危機だった
そして水も土も空気まで汚染されたから危機だった、つまり水も飲めない、ペットぺットボトルの水も入ってこないとしたら死んでしまうとなっていたからである
ガソリンも入らず車も使えず身動きできなくなっていた
外からガソリンでも物資でも入らなくなったら生きていけないのである

でも不思議なのは秘境があるとする、そこでは自給していたから外から物資が入らなくても生きる術があった、燃料は炭であったり最低限は自給していたのである
現代は交通が途絶えたらお手上げであり何もできなくなる
そうして考えると外から物資が入らなくても自給して生活できることが凄いともみる

外から物が入らなくても人間は暮らせるのか?

それが可能であったというとき今では時代を比較するとイメージもできなくなっているのだ
それだけ交通に頼る世界になっているからだ
それもグロ−バルにそうなっていて中国から物が入らない工場だと部品が入らないとかなり何もできなくなっていた
だから工場でもなんでも中国に作り頼ることは問題がある
いくら安く作れるからと言ってこういうときには緊急の時には物が入ってこなくなる

だからコロナウィルスが世界に提起した問題はこれからも社会をどうするかということで再考するべきである
中国に頼りすぎてイタリアやヨ−ロッパに蔓延した、そしてヨ−ロッパから日本に帰った人が感染していた、逆流してきたのである
だからヨ−ロッパは相当に感染が広がっていたのである
日本はも検査していないから数は少なすぎるのである

いづれにしろコロナウィルス騒動で外にも出れなくなる、封鎖される
それも世界中でそうなっている、こういう経験は今までなかった
サーズとかでもあったがそれは全世界には及んでいないのである
コロナウィルスは全世界的問題として提起されたのである
今はその解決方法がない、逃れる場所もないのである

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コロナウィルスと現代文明 (過剰な人間の活動への歯止、警告か?)


コロナウィルスと現代文明

(過剰な人間の活動への歯止、警告か?)

魚の伝染病のコイヘルペスウイルス(KHV)病の対策と、各漁協から提出された種苗(稚魚など)の放流量の変更希望について審議し、それぞれ決定しました。

 コイヘルペスは2003(平成15)年に茨城県霞ケ浦で発生してから各地に広がり、長野県では翌04年度に34市町村で発生を確認。

  2015年度以降は県内で発生していませんが、全国の発生状況はここ数年11〜13都道府県と横ばい状態で一定の発生があり、他自治体の持ち出し禁止の解除もここ数年ないため、長野県は引き続き2017年度も持ち出し禁止とすることにしました。

 こうした病気対策に加えて委員会を困惑させたのが県内河川の魚の減少。この日申し出があった各漁協の増殖変更の説明でも「昨年6月に300キロのアユの稚魚を放流したが、試し釣りをしてもアユの姿が見えない。釣り客も少なく、不調だった」「川によっては10年来、アユを放流しても解禁日に数匹しか釣れない」

鮎が見かけない、それは最初放射性機物質の汚染だと思っていた、それでこの辺でも稚鮎を放流した、でも鮎はみかけないし育っていない、前は小粒になっていたが鮎は夏には遡上していたのである
子供の頃鮎は大きく父親がとってきていいオカズになっていたのである
それから鰻もとれていたが全くとれなくなっ、ドジョウとかメダカも田んぼがコンクリートの水路化していなくなった
何かそういうことで淋しいとなる

この辺では原発事故で一時田畑が荒地に変わった、そして海側は津波で湿地帯に変わった大きな沼にもなって釧路湿原のようになったことに驚いた
原初の自然状態に変わった、とういうより原初の自然にもどった
八沢浦は明治になって開拓されて田んぼにされた所だったが入江になったのには本当に驚いた、波が太陽の光できらきら光り打ち寄せたのである
それは奇跡のように思えた、でもそこで人が死んだからそれを報告したとき怒られた
でも原初の状態がいかに美しいものだったか再現したのである
私は田んぼで生産される米より常に景観を重視してみていた
なぜなら米は減反でいくらでもあるとなると余っているとなると価値が低下したからである、むしろ景観の方が価値があるとして見る
でも日本の自然は相当に破壊されてきた、特に高度成長時代から大規模に破壊されてきたのである、第一大都会自体が自然破壊の結果できたのである

原発事故では田畑が荒地になったとき田んぼにいた蛙がいなくなりそれを餌とする鷺がいなくなった、蛙の餌となる水生生物とかは田んぼにいたから蛙も生きられていた
でもそうした生の連環が断たれると生きていけなくなる、生態系が破壊されると生きていけなくなる
そして田んぼが回復して鷺が帰ってきたとき感動した、鷺集まる巣とするとこすやに50羽くらい集まったからである
人間は生態系が破壊されると人間も住めなくなる、水も土も森も空気まで放射性物質で汚染されて住めなくなりゴーストタウンになった

これがコロナウィルス騒動と何か関係あるのか?

鮎でもコイヘルペスとかあり伝染病にかかりいなくなったのか、魚も伝染病にかかる
でも全国の川から鮎が減少するとかいなくなるということはなぜなのだろうとなる
その原因はここでは放射性物質だと思っていたが他でも同じだから原因は違う
やはり生態系全体に異変が生じていなくなった
そういうことが人間にも影響してくる、やがて生態系が破壊されて人間が住めなくなるとうこともありうる
文明の過剰な活動はどうしても生態系を破壊する、世界の森でもグロ−バル経済で破壊される、そしてオラウータンの住む森が減少して住めなくなる
それが人間にはねかえってくる、環境は汚染されて人間も住めなくなる

コロナウィルスが中国で蔓延して生産活動をとめたら交通でもとめたら二酸化炭素がへり空気がきれいになった、そもそも中国は大気汚染でコロナウィルスの十倍も死んでいる
汚染大国なのである、黄砂とかあり自ずと汚くなり穢れに対して無感覚なのである
日本では江戸時代でも中国より清潔だったと外国人が報告している、
日本の神道は穢れを嫌うから神社でも掃き清めて塵一つない、そういう伝統があり文化があり清潔だともなる、第一中国で川で禊(みそぎ)するなどできないからである

コロナウィルスの不思議はグロ−バル経済でも過剰な生産活動でも交流でも一時的にとめた、結果的に起きたことは日常の静寂と大気汚染などが減って空気がきれいになったとかある

それは何を意味しているのか?

それは文明化による活動が過剰になっていたとういことである
そうして文明の過剰な生産消費活動を抑制するためにコロナウィルスが生まれたのかともなる、世界的生産消費活動がもう限界に来ていたのである
自然から見るともう耐えられないという状態になっていた
それでコロナウィルスで一時的にその生産消費活動が止められたともなる
これがつづけば自然はますます破壊されて人間も住めなくなるからである

何か外に出るなと人が集まるなとかなるとこれは中世の時代に逆戻りなのかとなる
ニーととか引きこもりは有利になるのか?
修道院で引きこもるような生活になる、そこで内面の世界に生きる、心を修養するとかなる、そういう時代への逆行がコロナウィルスによってもたらされるのかともなる
時代を変えるのかとなる
不思議なのはなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた人が検査して感染者が増えている
そんなにヨ−ロッパで増えているのか?
それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本では検査していないから実際の感染者は十倍とか百倍になっているかもしれない
死者もインフレインザで死んだ人がコロナウィルスになっていてもわからないからだ
それで政府は重大なことを隠蔽しているとなる

いづれにしろなぜこんなに災いが続くのか?
個人的にもそうだった、それを書いてきた、今度はコロナウィルスかとなる
次にまだ来ていないのが戦争と飢饉だとなる、ただこれは人類は克服したとされる
でもこんなに災禍がつづくのは何なのだろうとなる
時代の変わり目でありこうなるとあらゆるものが変わる
明治時代とか戦争の後のようなことが起きて来る
それで預金封鎖とかなるとかいろいろ心配の種が尽きない時代になったのである
ただコロナウィルスを契機として世界も変わるからそれがすべて悪いものとして作用するとは限らない、一時的に痛みがあっても犠牲があってもその後に新しい世界が時代が生まれるともなるからだ
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2020年03月17日

コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議 (グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議

(グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


●グロ−バル経済の歯止

●中国の一帯一路の歯止

●アメリカの金融資本主義の崩壊の危機

●ヨ−ロッパのEUの分解

●密集する都市の被害⇒分散化

●格差社会の医療不備のから蔓延(アメリカなど)

●老人が感染して死に安い


何かこのコロナウィルスが不思議である、これの正体が不明なのこともある
ただその結果として現れたものから考察すると現代社会が築いてきたものの崩壊現象が起きていることである
それはこの辺でぱ原発事故から起きた、土も水も森も空気まで汚染されたら息すらできなくなる、そして町はゴーストタウンとなり今でも回復していない町がある

そもそもウィルスの災いも歴史的に甚大だった、それはヨ−ロッパのペストなどで象徴されている、人口の三分の一とか消失した、死体の山が築かれた、この世の終わりかとも見えた、だからヨ−ロッパで今回も恐れることはわかる

またアメリカのインディアンとか南米のメキシコのマヤ文明とかインカ帝国とかを滅ぼす原因となったのが白人がヨ−ロッパからスペインとかからもたらされたウィルスであったそれで壊滅的な死者を出したのである
日本がでもコレラが流行したのは幕末にあり明治にも増えた、それは外国人と交わるとそうなりやすいのである
免疫ができていないからそうなりやすいのである

このコロナウィルスが結果的にもたらすものを見るとこうして世界自体を変えるのかとなる、これらがすべて悪いものとして働くともならないのが不思議なのである
世界の人たちがこうなくことに反感することも多かったからである
私自身もそのことで批判してきたのである
トランプがアメリカファーストとかイギリスがEUから離脱するとかそういう傾向がすでにあったからだ

そして今株価が下がり世界の金融システム自体が危機にさらされる、崩壊の危機にさらされている、ということはグロ−バル経済を牛耳る金融システムを牛耳る金融資本家への攻撃ともなる
世界のそうしたシステムの中で暴利をむさぼっていたものの凋落ともなるのか?
そうなることは世界にとって悪いことではない
何かこういう時代の大変化の時は必ずどこかが誰かが犠牲をともなうのである
そしてその激変の後に新しい時代がはじまる
それは日本だと明治維新とか太平洋戦争後に起きた
それはだいたい70年周期で大変革起きて来る、それが2020年である
ここが節目の年なのでそうした激変が起きて来る

例えばコロナウィルスの結果中国では生産活動が一時停止して二酸化炭素が減り大気汚染の度合いが急激に減った、結果的に大気汚染で死ぬ人が相当数減った
コロナウィルスで死ぬより十倍もの人たちが中国では大気汚染で死んでいたのである
つまりコロナウィルスより大気汚染の方が深刻だったのである
ということはコロナウィルスが大気汚染を公害をとめたとまでなるから不思議なのである
それがコロナウィルスは密集する都市でたちまち蔓延する、それで一千万都市の武漢が閉鎖された、つまり人間が密集して住む都市は危険だったということになる
もし人間がこんなに密集して住んでいなければ武漢肺炎として風土病で終わっていたという、ウィルスは密接に交通と関係していたのである

コレラでも日本では日本海側から伝染して青森とかで増えた、でも内陸部はそれほど増えなかったのである
しかし福島県では会津若松市が二つの街道があり内陸部からと日本海側の新潟から感染者が入ってきて増えた
それから逆に田島の方へ感染が移っていたのである
つまり交通で人の流れに比例して感染者が増えていた、だから桧枝岐(ひのえまた)は秘境だったから感染者は出なかったのである,ほとんど交通がなかったからである

いづれにしろこのコロナウィルスの謎は子供とか若い世代は比較的感染しても軽症ですむが老人は60以上になると重症になり死に安いのである
これとは逆に放射線被害は若い世代へ子供とか次代のまだ生まれていない人たちまでに影響する、遺伝子が破壊されることで恐怖だった
老人は放射線を恐れなかった、なぜなら20年後に癌になるとしても何かしらの病気になって死んでいるからである、だから放射線は関係なかったから避難区域に帰ったのであるでもそこに若い世代がいなくなったから自治体を維持できなくなっていたのである,今回は老人がこれだけ増えすぎたのだからかえってコロナウィルスは減らす、するとこれは自然が与えた淘汰現象なのかとまでなる
だからコロナウィルスは本当に不思議なのである
自然からの天からの神からの人間の警告であり作用なのかとまで思ってしまうのである

そして日本では感染者が増えないとしているが外国から帰った人がヨ−ロッパからでも
感染している人が多い、それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本国内では検査していない、だから実際は十倍なのか百倍なのか感染しているともみるまた死者が少ないという時インフレインザの肺炎で死んだ人は見分けがつかないという時実際はコロナウィルスで死んでいるのかもしれない、その数は多くなるのである
老人はインフレインザの肺炎で死ぬ人が多いからである

ともかくこのコロナウィルス騒動というのが何なのか不思議である
原発事故も様々な問題を提起した、そのことを追及して来た
原発事故は大きくみれば文明崩壊の現象だったのである、なぜなら故郷でも住めなくなったからである、ゴーストタウン化したからである
そして廃炉まで40年かかるとかもう回復不可能のような状態に陥ったからである
だからコロナウィルスでも世界に蔓延してそうした崩壊現象が起きて世界自体を変えてしまうとなると一体これは何なのだろうとなる
それが確かに一時的には甚大な被害となり犠牲者が出る、でもそれは新しい時代を作る痛みなのかもしれない、グロ−バル経済でも金融資本主義でも一旦崩壊することは新しいシステムの構築へすすむとなるからだ


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2020年03月16日

コロナウィルス騒動が人間に問うもの (人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

                                                      
コロナウィルス騒動が人間に問うもの

(人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


人間はどうしてもある制約が課せられている、それは生態系を無視して越えて生きられないとか地理の制約がある
ただ技術の発達で交通の発達でそういう制約を無視して克服して船であれ電車であれ車であれ飛行機であれ自由にヒト、モノが流通するようになった、グロ−バル化するようになった                            

ではコロナウィルスとは何なのか?

こうして交通が発達してグロ−バル化したことに歯止をかけた、ウィルスというときそもそもおそら侵入してはならない密林とかにひそんでいた所に人間があえて侵入して伝染したとかなる
自然があったとしても人間は技術力があり入ってゆき森でも何でも資源として利用して喪失させた、そしてオランウータンとか森がなくなり住む場所がなくなったとかある
それはオランウータンが住む生態系が破壊されたために起きたのである

生態系から文明をみるとき日本は中国の江南辺りから雲南辺りからの照葉樹林帯の共通の文化圏を形成しているとみる、原町のスダシイ神社とかあるのもそうである
それで不思議なのは韓国と古代から日本は交流が深い、その半島の先端に伽耶国があり
ここは日本と一体化したようになっていた、日本府任那があったからだ
そこで料理は禅宗の精進料理のようなもので質素だったという
肉食はモンゴルが侵入してから習慣化したのでありその前は南は照葉樹林帯の文化だったのである

人間は生態系を離れてありえない、でも現実に東京とかなるとそこに自然とか生態系を感じない、人工的空間に生活している、東京に住んでいたら米がどこでどういうふうにとれるのかわかならい、田んぼがないからである
ただ中国であれ外国からであれ入ってくるものであれスーパーに行けば買えるものだと思っている
でも中国から今回のように食料すら入らなくなるとどうするのかという深刻な問題が生まれる、それは私はグロ−バル化経済批判で再三指摘して来た
なぜならこういう時、食料が不足したらまず自国優先になる、その土地土地に住んでいればその住んでいる土地が優先になる
すると東京とか大都会ではどこから食料を手に入れるのかという問題が生れて来る
それは深刻なものになる、外国は頼りにならないのである
そこにグロ−バル化の限界がある

今回のコロナウィルス騒動で不思議なのは様々な文明の弱点、グロ−バル経済の弱点、
または世界の国々の弱点が露呈されたことである
医療でもそうである、アメリカは保険がないから貧困層は医者にもかかれない、病院ち行けないから感染者が増える、インフレインザでも一万人以上死んでいる
貧困層が医者にかかれないことは感染も拡大してそれが上層部にも波及する
つまり格差社会は上層部もまきこみ被害になってゆく
だから極端な格差社会の国は国自体が脆弱なものとなる
ウィルスの攻撃には弱いことが判明した

それはイタリアでも顕著なのである、ここはそもそも病院の数が日本の十分の一とかに減らしてないのである、これは国全体が財政的に厳しく医療とか福祉にまわせなくなったからである、中国に頼るようになったのもそのためである
そのイタリアからヨ−ロッパ全土に広がった、EUでは行き来を自由にしているから余計に
そうなる、スイスにも広がったという時、スイスからイタリアへの鉄道があり交通が張り巡らされているからそうなる、スイスに広がり隣のオーストリアにも広がる
ヨ−ロッパは一つの大陸で交通が発達しているから広がりやすいのである
日本はもともと海に囲まれているから水際でとめられるということがある

そしてなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた日本人が感染していたのか
それは空港で検査が必ずあり厳しいから判明したのである
日本は明らかに検査する数は少なすぎる、もし空港で厳しく検査するようにしていれば数は百倍になるかもしれない、そこに日本の不安があり疑問がある
ただ死者数はそれほどではないとしてもこれインフレインザで肺炎で死んだ人をコロナウィルスでもそうししていないのかもしれない、何かここは不安なのでアク

いづれにしろ人間は何らか常に制約がありタブーがあったがそれを破ってきたのが文明であり科学技術なのである、でもその制約を越えられないものがある
原発事故で致命的だったのは生態系を破壊されて土や水や森や空気まで汚染されて住めなくなったことである
田んぼとかは生態系に依存してあった、でも一時田んぼでも稲作を禁止されたとき荒廃して原野になった
その時田んぼから蛙が消えた、蛙が消えると鷺が消えた、蛙を餌としていたとかあるからだ、田んぼには水生生物をもいて蛙の餌となっていたからである

つまり生態系はこうしてつながっている

田んぼがなくなる⇒蛙がいなくなる⇒鷺がいなくなる・・・人間がいなくなる

この連鎖が生まれた、人間も町から消えてゴーストタウンになったからである
生態系を破壊すれば人間はその土地に住めなくなるのである

だからコロナウィルスの不思議はこうしたグロ−バル経済とか生態系無視の経済の拡大とかに警告したのかともなる、それも天の作用だったのかともなる
社会自体を見直すものとして生じたのかともなる
津浪でも原発の危険性を警告した、その惨状はあまりにも強烈だった
でも津波が来なければまた以前として原発は安全だとなり日本中が原発だらけになっていた、誰もとめることができない、金になるとなればこの辺でそうだったように目の色を変えて危険は無視されるからである

自然災害は人間の傲慢さを打ち砕くものである、人間は自然を越えられないのである
必ず台風でもそうである、新たな自然災害でその不備が問われるのである
そして自然災害は必ず人災だともされる、それはそうした危険を無視しているからである安全には金をかけないからである、コロナウィルスだってそうである
医療関係に金を使いたくないとして医療が脆弱になりアメリカでもイタリアでもそこをつかれて蔓延をとめられないとなる
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2020年03月14日

放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ (不安の人間の社会心理)

                                                                          
放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ

(不安の人間の社会心理)


放射能に怯える余り、科学的に十分安全だった除染の基準を無駄に引き下げ、除染した土の持って行き場に困り、無駄に金を使い、結果どこも安全にならない。子供たちは、必要以上に屋内に閉じ込められ、精神的な安定性を失い、バランスからすれば被害は拡大した農作物や魚の風評被害についてはいうまでもなく、僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

コロナウィルスは原発事故の放射能汚染と似ていることを考察した
恐れる人はものすごく恐れた、それは放射性物質の汚染が何かわからないからである
それで専門家でも二つに分かれた

危険 限りなく大

危険 小

危険を言う専門家は限りなく危険だとして怖がらせた、また逆に危険でないという人は低放射線は健康にかえっていいのだという人もいた
それが両極端になった、それで地元では今度避難区域に指定された所は住めなくなった
30キロ内に指定された区域は一時的に避難された
それから一部は5年くらい避難区域にされて住めなくなった
でも今から考えると

南相馬市は避難させるべきでなかった

小高地区は街の方は放射線量が低い

全部を避難させるべきでなかった

そもそも30キロで区切って避難させたのが間違いだった

結果的に人が住まないゴーストタウンにした

これと同じことがコロナウィルスでも起きているのだ
専門家会議を開きそれでここ一二週間が感染拡大をとめる瀬戸際だとして休校したりイベントの自粛を要請した
結果的に日本自体が経済活動が委縮して倒産する会社もでてきた
それはこの辺で街がゴーストタウンになったのとにている
この被害の方が甚大だったのである
30キロで区切られ避難区域に指定されて人が5年も住まなくなると若い世代は他で生活基盤を築き帰らなくなったからである
つまり避難区域にすることは慎重にすべきだったのである

その後は補償金でこの辺はもめて市町村が分断された、市町村内でもこまかく放射線量で補償金に差をつけたからである、30キロで区切られて隣の家は補償金で格段の差がついてしまった、そこでもめるようになったのである
今回も大企業の正社員は8000円とか休業補償されて非正規とかフリーランスはその半分の4000円だとしている
これもこの辺の原発事故の補償でもめたのとにている
必ず割を食う損する人たちがでてくるのである

結局なぜこうして放射線でもコロナウィルスでもうまく対処できないのか?

それはこれらが未知でありどう影響するかわからない、すると過剰に反応するようになる怖がる人はものすごく怖がる、それをあおる人もでてくる
第一専門家でも放射線の被害と同じように言うことが違っている
危険を強く言う人は言うしそれほどでもないという専門家もいる
そしてどうして判断していいのか一般の人はわからなくなる
どう対処していいいのかもわからなくなる

そしてかえってあまりに恐れ過ぎて会社を倒産したりすることの方が影響が大きくなる
つまりそしたら仕事がなくなり食べていけなくなるから深刻にもなる
ここではゴーストタウンになり元に戻らなくなったようになる
その被害の方が大きかったのである、小高などは放射線量が低かったのである
だから街内は避難させるべきではなかったのである
それがとりかえしつかないことにした

だから政府の判断はどれだけ国民に影響するのか今回のことでもわかる
政府の判断は強制なのである、それによって後戻りできないものを作り出す
ただ政府にしても未知なるものにどう対処していいかわからないということがある
もし手をこまねいて感染を増やしたらまた批判される
それでやむなく決断したとなる

ともかく専門家すらわからないことを素人がわかるはずがない

そしてやたらと専門家によって混乱させられてしまうだけなのである
だから専門家の統一した意見を言うべきだがそれもできない
すると国民は混乱するだけでありどう対処していいのかわもわからない
そうして政府の判断で日常生活もできなくなる被害が大きいのである
それによって弱者の被害が大きく生活そのものが破壊されてとりかえしつかないようになる

でもなにかにやいっても社会全般に広まった恐怖の感情は増幅されている
それがととまらない、そういう恐怖の心理が優勢になり社会を覆ってしまうのである
それを止めることはできない、その恐怖心を取り払うことはできなくなる
そういう社会心理が人間心理が怖いともなる
それで何か得たいの知れないものに遭遇して魔女狩りとかが生まれた
そこでユダヤ人がスケープゴートにされた
社会の不安心理がそうさせたのである
だからそういう人間の心理とか社会不安を過度にあおるものが怖いともなる
それにマスコミは便乗して視聴率をとろうとするのもまた不安をあおるのである

でも一方で安全だといってもそういう未知のものへの不安をかき消すことはできない
だからこの対処方法は本当にむずかしいのである 

僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

あまににも安心に過敏になった結果としてこの辺の農業とかは破壊された
その影響の方が大きかった、風評被害もあった、こういう時必ず風評被害が起きる
恐怖が増幅されて安全なものでも安全でないとする
わずかでも安全でないとなると騒ぐ、コロナウィルスでも過敏になると空気すら吸いなくなる、現実に放射線被害ではそういうことがあった、空気が汚染されているのだから空気すら吸いなともなるからだ

いづれにしろ日常生活が破壊される方が危険の場合がある
食料が入らない物が入らないとなり奪い合いとなり殺し合いまでになる
そっちの方が怖いのである
社会そのものか停滞して破壊させられる方が怖いことがある



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2020年03月07日

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)


正確な情報とデーターを知らされないのか?

(コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

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原発事故でもまず情報が隠蔽されて「安全神話」が作られた
それを作ったのは政治家であり官僚であり東電でありマスコミでありとすべてが一体となり作り上げた虚構の「安全神話」だった
そこで正確な情報とデーターは知らされない、だからまずそこからして判断しようがなくなる、科学者なら学者ならデーターがないと何も言えない、データーをまず把握しないと何も言えない、だからデーターに基づかないことは言うなと一般人に警告している

そしてこのデーターを握るために独占して利権化するために国立感染症の団体が開業医とかに検査させないという、ここでも利権なのかとなる
様々な研究所ではデーターを把握すれば正確な情報が発信できて権威をもつ
それが利権につながる、他の研究所で勝手にデーターを解析されて発表されると国立感染症では権威がなくなり予算もとれないとしている
また厚生省の官僚も検査をしたくないとしている
それで検査がすすまないとしている

こうして様々な団体で利権がからんできて肝心なことが安全でもおろそかにされる
原発事故では漁業組合が漁業権で利権を得たからそれで補償金を事故前も事故後ももらっていて何ら生活に困ることはなかった
その利権は大きなものだった、ただ漁業組合だけではない、様々な団体組織がありそれは利権団体なのである、カルト宗教団体でも利権団体で一致している
だから政教分離となると創価であれ神道団体であれ仏教団体であれ一致協力するのも不思議だとなる
宗派争いとも熾烈になるが利権のためなら協力する、それはそもそもそれぞれの団体が利権団体だからである、労働組合でも利権団体化していたことはわかる
労働貴族などが生れていたからである
これが社会を歪めていることは共通している

今回のコロナウィルスでも国民のために何をするか安全を守るために何かをするというよりまず国立感染症だと利権が先だとなっていた
それは原発がさまざまな団体の利権化したこととにている
原発の利権化した団体組織は数も多かったからである、そこで官僚の利権ともなる
その利権が先になるとどうしても肝心のことが安全のことが後になる

なぜ検査できない?

このことがわからないのはその背後に常に利権がからんでいるからである
そういうことがあってもマスコミでは追求できない

マスコミも大きな利権団体だからである

マスコミ自体が宣伝費をもらって成り立つ巨大な利権団体なのである
様々な組織団体から宣伝費をもらっているからその組織団体に反することは言えないのである、東電だったら電事連とかあり莫大な宣伝費が出ていたからである
つまり利権にかかわらないかぎり公正な報道などできないのである
でもこれまでの報道は必ず背後にこうした利権とかかわりそれで真相は闇の中になる

だから意外とyoutubeを何かわからないで見ていたが真相を追及している
それはプログとかyoutubeでも手間はかかってもほとんど無料だからできている
別にスポンサーがつかなくても放送できるからである
テレビとかマスコミではできないのである 

いづれにしろこの利権団体は社会を相当に歪めている、でも人間は利権から逃れられないそこに人間の矛盾がある、相克がある、金のためには悪魔に魂も売るのが普通でありそれが社会の実相でもある、金でなんでも買収されてしまうのである
今の時代になると金で買えないものはないとなってしまっている

しかしそれが原発事故やコロナウィルスとか問題が起きるとなぜそうなったのかとかいつも追求する、そして利権が背後にありそれでまた歪められていたのかとなる

現代の民主主義といっても一票など何の意味もないのだ
むしろ票がまとまってないと当選できない、すると様々な利権団体組織に忖度する
そこには種々の宗教団体も入っているのである
宗教も団体組織なると利権化するのである、その利権をめぐって宗派が熾烈な争いになるのが歴史でもあった、それは宗教の正当性を追及するより利権争いだったのである
歴史的に寺があるとするとそこは一つの国であり城であり利権化していた
だからその寺から侍が出たというのもわかる、僧でも僧兵がいたからである
そこから武士になっても不思議でもない、ヨ−ロッパでも騎士団がいたからである

ともかく民主主義といってもそこに様々な弱点欠点がある
特に民主主義は危機に弱いという面がある、一本化できないからである
危機の時はやはり一人の人間が首相でも権限があり実行させるのがいいとなる
でも中国の共産党一党独裁はまず情報は最初から隠蔽される
そこからして真実は明らかにされずすでにコロナウィルスでも蔓延した後になっていた
また日本でもインパウンドの中国人観光客の収入とか習近平の国賓招待を優先課題として早めの手を打てなかった

結局危機に対しては一眼となって対抗しなければならないが様々な利権団体があり官僚でも厚生省の利権だとか財務省の管轄の利権だとか省ごとに利権があって一本化できないのである
戦争でも海軍と陸軍が対立して一致して行動できなかったとかにもなる
つまり民主主義は危機に弱い、一つにまとめることがしにくいからである
そして様々な利権団体が足かせになり一本化できないのである

だからなぜ検査ができないのか?

それを追及する時、マスコミでも真実は追求できない、国民でも何なのだろうとなってもどこにそれをぶつけていいかもわからない、第一阿部首相自体が厚生省の方に力がありその厚生省の役人が力がありそれらの許可なしでは何もできないとしている
それは「検査しろ」という鶴の一声で決まるはずだができないことでもわかる
官僚の方が力がありなにかにと言われるとできない、専門的なことを首相でもわからないからである
アメリカではCDCとか危機に対応する機関がありそこで一括して対応する
危機の時そうしなければ迅速に処理できない、こっちがどうだあっちでこうだとそれをいちいち聞いても首相でもわからないからである

そして危機には迅速に対処しなければならない、だから原発事故では避難指示が遅れたり住民が浪江だったら一番放射線量が高い山側の津島に避難した
トップが何の支持もできなかったのである,トップが支持できないのだから住民は右往左往しているだけだとなってしまったのである
民主主義というけど危機の時第一話し合っていても時間がかかるしそれではもう時間がない、津波のように逃げるか逃げないかなど話し合っていたらみんな死んでしまうのであるとにかく人間そのものが危機に弱い、急激に来るから判断しようがなくなる
その時頼りにすべきものはなになのかとなる、トップも原発では頼りにくならなかった
何が起きていたのかもわからなん、それで自分は爆発したとき20マイクロシーあったとき出歩いていたのである
でも外には出るなと支持はあった、でも放射線とか見えないから危機感がなかったのである
こうして危機は突然に来るから対処が誤るのである


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2020年03月06日

コロナウィルスと原発事故の対処の経過 (科学的判断より政治経済的判断が優先された)


コロナウィルスと原発事故の対処の経過

(科学的判断より政治経済的判断が優先された)


今回の阿部首相が判断した過程を見ると次のようになる

政治的判断⇒習近平国賓招待

経済的判断⇒インパウンドの中国人観光客の収入

科学的判断⇒コロナウィルスの正体不明ー若い世代は重症化しない

政治経済判断>科学的判断になる

科学的判断がまず最初に来てもいいと思うがならない、原発でも科学的判断なら日本では操作する技術がないから危機管理ができないからやめるべきだとなる
また十分に技術を習得してからやるべきだとなる
湯川秀樹は日本ではまだ原子力を操作できる技術がないとして早いと判断していたからである
技術が未熟なままにアメリカの古いマーク1という原子炉を買ったのである

そこには政治的経済的判断が先にくる、第一アメリカでも日本に原子炉を売りたい
もうけたいという政治的経済的判断が優先された
また軍事的にも日本に核兵器の原料をのプルトニウムを生産させて備えるということでアメリカの圧力があったからだ

科学でも技術でも科学者でも技術者でもその人たちが権力をもつわけではない
その金を出したり判断するのは政治家である
科学の上に政治がある、だから東電の科学者集団が10数メートルの津波が来るとして備えるべきだとしたときそれは無視された
経済的コストの関係で金がかかるからとできなかった
経済的判断でできなかったのである

だからコロナウィルスにどう対処するかも科学だけで判断できない
つまり学校の休校とか集会の禁止とかなると二兆円なのか経済的損失が生まれる
そのために会社が倒産したりするとその影響の方が大きくなり問題である
しかし一方でコロナウィルスを拡散することをとめねばならない
こういうジレンマに陥ったのである

第一科学的判断が正しいとしても原発事故でも放射線の影響がどうでるか不明である
コロナウィルスでも正体がわからずどう対処していいかわからない
科学者自体がすべてわかっているわけではないからだ
必ず二つの説に分かれるからそれを素人がどう判断していいかわからなくなるからだ

今回の科学的判断基準として

若い世代、子供などは感染しても重症化しない

老人や病気をもっている人は重症化しやすい

これだけは科学的にわかっている、そうするとここから判断するのがいいとなる
まず若い世代や子供が安全だということは次代を担う者が生き残るから社会は維持できるでも若い世代に影響する次代にも影響する放射線は社会自体が維持できなくなさせる
なぜなら遺伝子を放射線が破壊して奇形児が生まれるとか言われたからである
だから放射線の方がコロナウィルスより怖いものだともなる

つまり奇妙なのだけど若い世代は普通に暮らしてもいい、でも老人は隔離して若い世代と子供でも接しないようにするともなる
だから全面的に平等に社会活動を停止させることは経済的判断から損失が大きいからしなくてもいいという判断にもなる
放射線の被害はこの逆だったから自治体が老人ばかり残り崩壊したのである

とにかく子供でも若い世代も感染しても重症化しないとういうことは確かである
だからその点を考慮して対策して判断するべきだったとなる
それを全部同等に考えて判断して対策するべきではなかったとなる

                

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2020年03月05日

コロナウィルスと原発事故の対処の共通性 (政府の判断指令によって混乱させられただけ)

コロナウィルスと原発事故の対処の共通性

(政府の判断指令によって混乱させられただけ)


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何か今回のコロナウィルス騒動は原発事故の放射線に対する処理とにている

放射線が何か良くわからない

わからないから怯(おび)える人は過剰におびえる

怯えない人はそんなものたいしたことない

低放射線はかえって健康にいいとか言う人もいた
でも過剰におびえる人はおびえる

専門家の意見でも二つに分かれる

御用学者は放射線はたいしたことがない、恐れる必要はない

また左寄りの学者は危険を言う

こうして素人は何を基準にして決めていいかもわからなくなる

そして政府では30キロで線引きしてその内は手厚い補償したのである
今でも30キロ内は南相馬市だと原町区でも小高区でも医療費無償を伸ばしてくれと言ったら一年伸びたのである

30キロ外になった南相馬市の鹿島区は医療費無償は半年で打ち切られた

この差は本当に大きかった、高速も30キロ内は無料だったが市長が代わりやっとここも無料になった
これはここだけではない30キロで区切り線引きしたり放射線量の多寡で細かく線引きして補償金で争いが生じたのである
飯館村でも一律にすればいいのにここでも補償金で争い二分してしまった
他でもそういうことがありもめたのである
その後遺症も大きいのである

今回のコロナウィルスでも同じである

これは別にインフレインザと変わりない、そんなに恐れるものではない
それより正常の経済活動を止める方が社会にとって深刻だ
だから社会の活動をとめるべきではなかったと言う人たちがいる

放射線が何かわからない⇒コロナウィルスがわからない

そして政府が何か決断する⇒学校は休校、集会の禁止

原発事故のときは30キロ内は避難と一時避難で補償する、その他は補償しない

科学と社会の問題がコロナウィルスでも放射線と同じように問われる

この時科学者は医者でも専門家が指揮をとればいいのだが実際の指揮をとるのは科学者や専門家ではない、政治家なのである
だから阿部首相は専門家に相談せずに決めたとしているからだ
つまり専門家でも意見が二つに分かれる、すると政治家でも判断に悩むのである
でも何か手を打たねばならないから原発事故では30キロで線引きして避難させた
それも科学的に見れば海側は放射線量が少ないとか一律に決められるものではなかった
それを30キロで線引きしたのである
ただ飯館村は例外だった、これで混乱したのである

今回も何か同じようなことが起きている

コロナウィルスはそれほど恐れるものではない

だから過剰に反応して社会活動を止めることはない

一方で専門家は防衛策が必須でありやむをえない

こうして二つに分かれる、それは放射線と同じくコロナウィルスの正体がわからないからなのだ

でも社会活動を止めることの被害の方が問題になる、原発事故では一瞬にして人がいなくなりゴーストタウンになり若い世代は別に生活基盤を築き帰らなくなった
この被害の方が大きかった、だから南相馬市だと避難させる必要はなかった
いたずらに混乱させて自治体を分断させただけだともとれる

いづれにしろ二つに意見が分かれる、その判断をどうするのか
その時国の運命すら決めることがある、戦争となるとそうである
そして3百万人死んだのである
そういう政府の決断とかは国民の生命も左右するものとなる

民主党政権の時、政府の判断ではなく自治体の判断にまかせたという
津浪はそうだったのだろう
でも原発で30キロに線引きして避難命令を出したのは自治体ではない
当時の政府の命令だったのである
もし自治体で判断したら私たちは避難しないということもありえた
でも政府の命令は絶対だからみんな避難したのである
その代り30キロ内には政府で手厚い補償をしたのである
30キロからはずれた人たちはわずかの補償で終わった

今回は政府の命令でも自治体で学校を休校にしない所もでている
ともかくその経済活動を停止させたことでまた補償金問題が生れる
そしてみんなに平等には支払われない、必ず誰かが損する、割を食うのである

こうしてなぜ混乱するのか?

それは放射線でもコロナウィルスでもわからないからそうなる
結局そこで決断するのは判断するのは専門家でもない政治家である
専門家だって二つの意見があるから正しい判断できるとはならないからだ

でも原発事故の経験からすると社会活動を停止させることの影響が大きすぎたのである
それで自治体の機能は崩壊して回復しなくなった
その影響の方が大きかったから今回も社会活動を停止させるのは限定すべきだったのかとなる、ただコロナウィルスに対処するには全国的世界的になるから伝染を防ぐためには
一国だけではできない、結局その判断が結果的にどうなったかでまた評価することになる

ともかくコロナウィルスがインフレインザと同じでありそれは毎年起きている
アメリカでは一万人以上死んでいる、だからこれほど騒ぐものなのか?
それがまたわからないからどう対処していいかわからない

だからつくづく原発事故と同じようなことが起きている
原発事故のこの辺の対応を見れば政府の政策は甚大な被害をもたらした
自治体が崩壊したからである、そうなったらもともこうもないとなる
だから社会活動を停止するのではなくみんながコロナウィルスに抗体をつけるべいいとかなる、ただ持病とか高齢者は保護すべきだとなる
つまり若い人はコロナウィルスに感染しても重症にはならない、風邪と同じであり恐れることはないとなる

それで不思議なのは放射能は逆に老人には影響がないとされた
それで飯館村のような放射線量が高い所でもキノコまでも今までのように食べていた人がいたのである、また松川浦では貝でも魚でも食べていた
その人は80才越えていたからである、つまりいづれろその歳になれば放射線でガンになるにしてもそうでなくてもガンになる人が多いから関係ないとなる

今回のコロナウィルスは若い人には子供にはさほど影響がないということで逆なのであるこの場合は社会全体からみれば社会は維持できる
かえって多くなった老人が減って社会全体にとってはいいことだとまでなってしまうのである、つまりコロナウィルスそのものではなく社会全体から見る時別な見方になる
すべてが放射線だげでなくコロナウィルスだけを見ても解決しないのである

放射線被害⇒老人が残されて自治体が維持できなくなる

コロナウィルス⇒老人は被害があっても若い世代は残る⇒社会は自治体は維持できる

もしこうして判断するとコロナウィルスは放射線の被害より社会は維持できるから社会維持という点では放射線より恐れることはないとなる
つまり社会の維持のためには若い世代を優先するべきだともなる
だから高齢化社会というのは本来は自然からみたら何か不自然だともなる
人口構成も歪であり自然に反するものだともなる
自然界の種の維持にも反するとなる





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2020年03月04日

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


グロ−バル科学技術文明の批判

(生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)

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●生態系を無視した科学技術文明

コロナウィルスの問題はグロ−バル経済の結果が起きてきた
中国人が世界中に散らばり災禍を広げた
イタリアとかヨ−ロッパにもたちまち拡大したことでもわかる
イランでなぜ増えたのとなれば中国人とイランの関係が深いからだとなる
もし交通も発達しないグロ−バル化していなければこんなに世界中に広まらない
だからグロ−バル経済とは一見いいものとして見えた
世界中が交流して世界の人々が理解を深める、多様化した世界と交わりいいものだとなった、それも一面言える、中国人でも日本に大挙おしよせて日本の現実を見れば理解が深まるから反日がおかしいとなる
そういういい面はあるにしても何か行き過ぎたグロ−バル化だったのである

人間は生物の一種である、するとどうしてもその土地土地の生態系に依存して生きるのが基本である、その生態系を無視して生きることはできない
だから原発事故でこの辺はその生態系が破壊されたことで住めなくなった
水も土も空気まで放射性物質で汚染されたら住めないからである
そういうふうに過度な工業化科学技術化が生態系を破壊した
それで皮肉なのは武漢から人がいなくなったとき二酸化炭素の濃度が下がり空気がきれいになったという、つまり人がいなくなると自然環境が元の状態にもどる
経済活動が活発化すると自然も汚染される
原発事故周辺でもイノシシが増えたりした、別に放射性物質汚染で自然が荒廃して住めなくなったというのでもない、かえって自然が甦るとういこともあった

コロナウィルスの不思議は過度なグロ−バル経済への警告として現れたともみる
ウィルスにはグロ−バル経済は弱かった、たちまち全世界に広がり人類の危機とまでもなる恐怖があった
人間は生態系を基にしてそれぞれの国を作ってきた
特に日本をみればわかる、日本は島国であり一つの別個の生態系にあり宇宙として国を作ってきたのである、海に囲まれていてそうなったのである
日本というのはだから世界から見たら本当に特殊なのである
その特殊性が日本人自体理解できない、それで外国生活した人は実感としてわかる
外国と対比して日本を見れるからその批判も的を得ているのである


●科学技術も生態系を越えることはできない

とにかく人間は生態系を基本にして生きている、それから離れては生きられない
でもそういうことを現代文明は無視してきた、科学技術で人工的環境を作り出してそれで生きられるとなる
太陽光でも野菜工場で電気の光で成長させるとかなる、でもここで肝心なのは電気を作るにも石油とかを使っているのである
電気でも石油とか石炭がないと作りだせないのである、そこを錯覚している
原発のエネルギーはウランとかから作り出していたけどこれも実際は石油をかなり使っていた、そして石油というのは自然が作り出したものであり自然エネルギーなのである
風力発電は台風以来ここではとまったままだったが昨日動いていた、5カ月くらいぶりに動いた、だからこれもあてにならない、ソーラーパネルでも風力発電でも緊急時に弱いのである、だからこれもあてにならないとなる
一番あてになるのはやはり太陽光だとなってしまうのである
これは切れることがないからである

現代の地球はすでに許容人口を越えている、それに拍車をかけたのが科学技術の発達である、それによって地球環境が破壊される、汚染もされる
その分りやすい例が武漢から人が減って経済活動がとまったら空気がきれいになったことである、これがいかに一千万の都市があることで大気までどれだけ汚染していたかわかる武漢に工場も多いからである
それでコロナウィルスはイルミナティの陰謀説が出て来る
地球環境維持からすれば別にそれが現実なだけなのである
現実を誰も陰謀とはできない、武漢の空気がきれいになったのは現実を証明しているのである、人口が地球規模で増えすぎる、環境が汚染される
それで自然からの作用として警告してウィルスが生まれたかもしれないからだ

●自然のタブーを無視した文明の危険 

国を区切る障壁として基本的にはこれらがあった

●言葉の相違(文化の相違)

●歴史の相違

●気候風土(生態系)の相違

日本国内でも峠を越えて異界に入ることは容易ではなかった

佐保過ぎて寧楽の手向に置く幣は妹を目離れず相見しめと (長屋王)

こうして境界を越えるだけでも切実なものとして無事を祈り見送っていた
この時目離れず(めかれず)とはずっと遠くに去って行く姿を見続けていたのである
現代はどうしても電車でも車でも見送る時、電車に乗り車に乗った時見えなくなる
つまり機械によって心が遮断されるともなる
どうしても電車を車という車体を見送ることになるからだ
そこにかえって人間の心が通じなくなったということがある

現代では境はない、自然が障壁となった境でも山でも川でも海でも簡単に越えて行くからである、自然とかもともとそういうふうに自由に往来できるものとして作られていない
風土とか生態系とかまたそれを基にして作られたの国である
つまり国境も自然の境界も技術が交通発達して簡単に越られる、でもそれは技術力とか
文明の結果なのである
風土とか生態系は同一ではない、だから同化できない、共通化できないのである
生態系を無視したのがグロ−バル経済であり科学技術の発達である
ウィルスも風土病のようなものがあり別な生態系に入ると免疫がなくて被害が大きくなる生物だと外来種を滅ぼしてその固有の生態系を破壊してしまうのである

自然には何らか制約がありタブーがあった、それはアダムがその禁をタブーを破ったことで人間は呪われた者となった
自然でもしてはならないことがありタブーがあったがその禁を破ってきたのが人間だった核を発見したとしてそれが原爆の犠牲になった
原発事故で故郷に住めなくなったとかある

つまりコロナウィルスもやはり人間がタブー破ったためである
原因はわからないにしろ中国では食べてはいけない動物を指定していた
でもそれを食べたとかある、イスラム教で豚を食べないという時、それもタブーである
豚からうつる伝染病を恐れたのかもしれない
何かグロ−バル経済で世界中のあらゆるものを食べるようになった
中国ではもともとあらゆるものを食べる悪食があった
食べてはいけないというタブーがなかった、それでコウモリとか蛇とかなにかからウィルスが生れて伝染したともなる

つまりそれぞれの生態系内で生きていたものがその生態系を越えたとき何かそこにタブーがあり越えてはならないものがあり生態系を壊すから危険になる
ウィルスでも一つの生態系から別の生態系に入る時そこに免疫がないからインカとか文明そのものを滅ぼすともなる
いづれにしろコロナウィルスは自然からの警告でありしてならないことをしたことでタブーを犯したことで災いが起きてきた
科学技術が万能化して起きたことなのである
それは原発事故でも同じだったのである

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2020年03月03日

コロナウィルスでも危機管理が備えができない (郷倉の意味の再考)


コロナウィルスでも危機管理が備えができない

(郷倉の意味の再考)

各地方の郷倉が相続いて解消したにも拘らず東北地方にのみ現存することは、同地方は天恵に薄く全く備荒貯蓄が必要に迫られている事を物語って余りある、即ち東北地方の農村の歴史を繙く時は殆んど凶作と農業恐慌の文字によって綴られ、涙ぐましい祖先受難の跡が余りにも痛々しく目に立つ


郷倉と現代社会 (緊急時の備蓄機能として維持されるべき農林漁業の見直し)

ここがなぜ昭和になってから作られていたのか?
それは東北では明治になってからも昭和になっても依然として恐慌とか不作の恐怖がつづいていたのである
東北地方では不作になり東京に娘が売られたとかもあった、それは戦前のことである
東北は明治になっても貧窮地帯だったとなる
東北の兵隊が太平洋戦争で勇敢に戦ったが西の方は大坂などはそうではなかったとか言われる、もしかしたら東北の兵隊は日ごろか貧しい、それで戦争のような極限状態でも耐えられたとなるのか?
アメリカ軍でもイラク戦争の様なとき、国らか認められるために若い移民が志願したりまた黒人が多いということもある
そういう人たちは戦争という場だったら活躍できたともなる

ともかく郷倉というのを今見直すかと言うと東日本大震災でもそうだった
物が入らなくなる、その物流が途絶えることが現代では一番怖いのである
食料でもなんでも外から入るもので買うものに頼っているといざ入らなくなったら万事休すになる
二週間は外から物資が入ってこなかった
車があってもガソリンがなく使えなかった、二週間後に隣の相馬市に物資が入って自転車で買い物ができた
その時たまたまあった米をたいてしのいだ、二週間なら米があればあとは味噌汁くらいあれば耐えられる、でもそういうとき郷倉があり古米でもいいから供給されると助かると思った

こういう危機管理は安全のための備蓄などは自治体ですべきである
でも郷倉というとき小さな村単位なのである、これが町とか市になると範囲が広くなり備蓄するにもそのための倉庫まで必要になる
一万人分の米を備蓄すること自体できないのである

今回のコロナウィルス騒動でもそうである、トイレットペーパーが全国の店からなくなった、実際はあるといっても交通の問題がある
遠くから運ぶからその人員とかが足りないとかすぐには配達されないのである
特にトイレットペーパーはがさばるから在庫として置くのに限度がある
それで店に在庫として置くの限られている
ただトイレットペーパーがなくても死ぬことはない、食料がなくなったら死に直結する
スーパーから食品がなくなったら恐怖である
でも別に弁当も惣菜を売っていたから安心したのである

現代は物は豊富である、でもその物が実際は遠くから入ってくる、外国からも入ってくるそれでその交通が途絶えると物流が途絶えるからパニックになる
原発事故の時ガソリンを運ぶのに鉄道で遠回りしてやっと運んだとかあった
二週間ほど完全に物流が途絶えた津波で被害を受けた村とかもあった
その人たちは裏山の清水を利用して木材を燃やして米をたいてしのいだのである
そういうときはいくら金があっても何の用もたさない、紙切れになってしまうのである
トイレットペーパーを転売して馬鹿高い値段をしして買うということも起きるがそれより交通が途絶えると運ぶことすらできなくなる
つまり現代のグロ−バル経済とか広域社会は交通がライフラインでありこれが途絶えると何もできなくなるのだ

普通は便利な生活を享受しているのだが一旦交通が途絶えるともう何もできなくなる
そこに脆弱性がある、かえって危機に対応できないのである
危機という時、国単位とか市でも大きな単位になるとその量が多くなるから備蓄でも限度がありできないとなる
トイレットペーパーは工場にある、でも配ることができなくなるのだ
それがグロ−バル社会とか広域社会の弱点になる
利点なものがまた弱点になるのが人間社会である
でも現代はそうしたグロ−バル社会に広域社会に生きていてもそれが自覚できないのである、それが一旦途絶えたときしか自覚しないのである

だからコロナウィルスはそうういことを自覚させられたのである
それは全国に世界に及んだからである、他でも食品がなくなっているというのもそうである、それは世界で共通している
そういう危機に備えられないのである
ただ江戸時代辺りだともし現代のように交通が発達していれば飢饉にならずにすんだ
全国のどこかで米があったら流通できたともなるからだ
江戸時代だと藩単位の国で関所もありできないから被害が大きくなった

ともかく現代の文明社会は意外と危機に弱いのである
もし二週間でも電気がなくなり水道が使えなくなり道路が遮断されてしまったら何もできない、死を待つばかりだとなる
東京とか大都会ではそういうことになりやすい、それが恐怖なのである
だから東京をいち早く脱出することだとなるがそれも簡単にはできない
車は渋滞になるし建物でも倒れたりするから道路も使えない
外からの援助も二週間とか来ないとかなるとそれまでもたないとなる

そしてトイレットペーパーならまだ死にはしないが食料だとなる奪い合いになったら争って死ぬようにもなる、地獄になる
大都会というのは一番便利な場所なのだが一番危険なものと一瞬にして変貌するのであるそれが武漢の都市封鎖で起きた、そこでは食料はどうしているのか?
何か真実はわからない、そこは食料もなく死ぬ人も出るとかなる
だからいち早く富裕層は脱出したというのもわかる
そういう都会に残された人は恐怖である、この辺では原発事故で一瞬にしてゴーストタウンになったからである

大都会はそれ以上に危機に弱い、外から何も入らなかったら本当に万事休すになる
その備えにも限度がある、だから東京のような一局集中は危険なのである
それがわかっていても手を打てない、そのうちに大地震が来て地獄と化している
人間は危機意識をもてない、今なにもなければこのまま何もないと思ってしまうのである
阿部首相も頭にあったのはオリッピックの成功であり習近平の国賓としての招待であり
また中国人のインバウンドの収入だった
それがコロナウィルスの突然の発生で危機感をもてなかった
頭を切り替えることができなかった、中国人の観光客の入国禁止を即座にできなかった
インパウンドの収入ばかり計算していたからである

そういうことは個々人にもある、何かに固執してとらわれる
つまり人間は緊急事態に危機に弱いのである
何か危機かもわからないのである、津波とか地震とか原発事故でもそうだった
突然襲いかかってくるから理解できない、対処できないのである
コロナウィルスも正体不明のものとして襲いかかってきたからである
だから最初何なのかわからず甘くみていて初動で中国人の入国拒否ができなかった
そしてそれが手遅れとなって致命的にもなる
これが一国の首相ともなると責任が問われる結果となったのである

posted by 老鶯 at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスの不思議 (これも自然災害で神からの作用なのか?)


コロナウィルスの不思議

(これも自然災害で神からの作用なのか?)


コロナウィルスというかウィルスとは何かといろいろ言う人がいる
ウィルスも必要なのだとか言う人もいる
それはわからないにしてもウィルスの結果として起きていることも不思議なのである
例えば原発事故で起きたことは

原発は停止しろ、地震が多いから日本に合わない

こういうことだった、それは結果としてそうなった、それは天の意志とか神の意志だとかなった、中国では政治でそういうことが起きた
君主に徳がないと社会が乱れる、だから君主を交代しなければならない
易姓革命である、それとにたことが起きている

コロナウィルスで結果的に起きていること

●中国の勢力拡大の歯止

●グロ−バル経済の縮小

●オリンピックの中止の危機

●若者から高齢者への感染

●世界人口を減らす


これらのことが結果的に起きている、中国の勢力拡大は一帯一路政策が行き詰まらせる
どうしてかイランとかにも感染者が出たしイタリアとかヨ−ロッパにも出た
そこに中国の影響が世界的に拡大したからだとなる
これはまたグロ−バル経済への警鐘だともなる
グロ−バル化を際限なく進めるとウィルスも拡大しやすくなる
だからグロ−バル経済の負の面がウィルスで現れたとなる

オリンピックの中止もこれも実際は電通とかマスコミの利権でありまたゼネコンの利権であり商業主義のオリッピックでありもう何か行う意義が失われてたいのである
もともとの意義が失われたからもうオリッピックなどやる必要がない
それは国民の意志であり世界の人たちもそう思っている
日本だったら他に予算をつぎ込む所があるからだ

そして不思議なのはなぜかこのコロナウィルスは若い人は感染しても重症化しない
軽症で終わる、でも60以上の人は若者からでも子供からでもうつされて重症化する
これも不思議である
これだけ高齢化社会になって若い世代は老人は死ねといつも言っている
まさに若い世代の意志がコロナウィルスとして現れたのかともなる
若い世代の念がコロナウィルスとなったとまでなる
だからこのコロナウィルスは本当に不思議なのである
また世界の人口は限界にきていて減らさないともうもたないとも常に言われている
するとどうしても減らすことが必要になる、そのためにウィルスをばらまいたともなる
それは陰謀論になるがそれだけではないそれも天の意志なのかともなる
現実に世界の人口はもう限界でありそのためにいろいろな問題が起きているからだ
これが必ずしも悪いばかりのものではない、何か現代社会の警告であり是正するために現れたのかとまでなる

ただこれでアメリカは打撃になっていない、これも何なのだろうとなる、ただアメリカにもこれから打撃になるのか?
いづれにしろ何かこうしてウィルスも世界の社会への警鐘として生まれるのか?

自分にとっては原発事故でこの辺は住むことさえできなくなったことで原発はいらないなっても依然として原発は廃止できない、日本全体でもそうである
これだけの事故になっても廃止できないのことに憤りを感じる

ともかく世界的にも国内的にも生活そのものを見直すことが強いられている
まず日本人のモラルがいかに低下しているか?
それは今度のトイレットペーパーが日本中から一切になくなったことでもわかる
ただ我先にと自分だけが安全を計ろうとするだけでありエゴむきだしなのである
日本人はお互いさまとか助け合うことなどなくなった
ただ金のためなら自分のためなら相手を蹴落としてでもまずトイレットペーパーを確保しようとする
日本人の美徳とかはもう消失したのである

それは個人的にも嫌というほど介護とか病気になり経験して来た
他人はもう人間でもない、金えるためのものでしかない
だから相手が苦しんでいる時でもこいつから弱っているから金を得ようとするだけである人は今苦しんでいる時、自分には金はあった、でも相手が借金しているからその人はまず借金を返すことしか頭にない
こいつは金をもっているから今とるのがチャンスだとなり責めてきたのである
つまり借金しているから余裕がない、今金が欲しいんだ、後ではだめなんだ、今トイレットペーパーが欲しいんだ、後ではだめなんだとなる、今食べ物がないから今欲しいんだ、そのためには人も殺すとなってしまうのである
人間は余裕がなくなるとみんなそうなるのである

そうしてこれから日本人が貧乏になるとそういう人がさらに増えてきて南米とかと同じ犯罪が増える、格差社会にもなり治安が悪くなる、それはすでに日本でそうなりつつある
トイレットペーパーの奪い合いで暴力沙汰になっているのを見ればわかる
日本人同士がお互いさまとかない、もう自分だけが助かればいいと殺しあうとまでなる
日本では犯罪が少ないということで外国からほめられていたがそういう時代はすぎた
日本人はどっぷりと戦争に負けてから金崇拝者になったのである
アメリカととも中国とも同じようになったのである
だから日本社会の再構築が必要なのである、そのために津波とかコロナウィルス騒動が起きているのかとなる

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2020年03月02日

ここでもトイレットペーパーはなくなった (現代は危機のとき物が入らなくなり万事休すになる)


 ここでもトイレットペーパーはなくなった

(現代は危機のとき物が入らなくなり万事休すになる)


昨日はまだティシュペーパーがツルハにあった、ここにあるのか明日もあるのかと思い買わなったのが失敗だった
今日見たら全くなかった、これは鹿島区内ではなく外からも来た人が買っていったのだろう
原町とか相馬市でもなくなっているからあるところ車で探すからである
原町ではインスタントのラーメンとかでもなくなっているという
今やトイレットペーパーとティシュペーパーはこの辺ではない、いつ入るのかもわからない
これも車時代になると遠くからでもあるなら来て買うということになる
だからいくらあってもすぐになくなる

例えば鹿島区とかで制限すればそこでは確保できる
でも原町とか相馬市となると人口が多いからたちまちなくなるのである
それはグロ−バル経済のことを批判して来たけど広域社会でもそうである
モノでもヒトでも自由に入ってきているときはいいのである
でも一旦このように入らなくなるとどうにもならなくなる
今の社会は物流が途絶えると万事休すになる

というのは戦前とか江戸時代までさかのぼれば自給自足の生活をしていた
外から品物が入るというのは少ないのである
そしてトイレットペーパーなど使っていないかった
外の便所であり紙は新聞紙とかでありトイレットペーパーなど使っていない
ティシュペーパーにしても鼻紙とかいって何かそうしたものは使っていなのである
つまり外から買い入れということはなかったのである
そうなると別にそういうものがなくても死にはしないとなる

でも食料が入らなくなったら即死につながる、物流が途絶えると死につながる
そういうことが中国で特に武漢で起きているらしい
ここでも3・11の震災の時はそういうことが起きた
たちまち物がなくなったのである
それで自分は米がたまたまあったのでそれで電気と水道は正常だったので使ってしのいだでも二週間近くになると米もなくなった
その時地元で古米を配ったのである
これで助かったとなる

その後は相馬市にスーパーが開いているということで自転車で行った
その時車はガソリンが入らないから長蛇の列になっていた
そういうとき結局自力がいい、自転車がいいとなる
でもその自転車は電動自転車だから電気を使っていたとなる
でも電気がなくても行けることは行けたのである
車はガソリンがなければ使い物にならなかったのである

今回のコロナウィルスもこうして一見便利な生活が何でもいいものとして受け入れた

でもそれが一旦途絶えるとどうなるのか?

この問題を提起したとなる、文明生活できなくなる、サバイバルできなくなる
特に原発事故は放射能物質の汚染で水すら飲めなくなったからだ
これは相当に怖いことだった、もしさらに長く物流が途絶えたらそうした水でも飲まないと死んでしまっていたからである

だから便利な生活していてもそれが一旦途絶えるとその社会が崩壊する
コロナウィルスで外国から物資が入らない、食料も入らないとなったらどうなるのか?
東京では日本の地方は食料基地になっていたとしても中国があるからいいと言う人が多かった

では中国から食料が今回のように入らなくなったらどうするのか?

そのことを何度も私はグロ−バル経済批判で指摘してきた
そしてなぜ熊本のようなかけ離れた所からトイレットペーパーがなくなっていると言っただけで日本中がパニックになりすべての店からトイレットペーパーとティシュペーパーが消えたのである
それはインタ−ネットなどのSNSの伝播力が日本であれ世界につながっているから起きた
江戸時代とか戦前でもそんなに遠くと経済的にもかかわっていない
情報的にもかかわっていないからそんなことで動じなかった
でも今はたちまち情報社会になり波及してくる
そして日本全国でトイレットペーパーなどがなくなったのである

今回は震災の時と違って全国的なものとして日本がパニック状態になる
台湾での対応は世界から評価されているというとき物はあるとして安心させる方法を一人のITの天才がいて即座に実行したからだとういう
また台湾だとまた国が大きくないからそういうことがやりやすい
国が大きくなるとそうして一括して統一したことがしにくいのである
だから大きな国が必ずしも危機に強いとはならないのである

何か逆説なのだけど今回のコロナウィルス騒ぎでも高度な便利な文明生活は意外とこうした危機に弱いのである
それは水道が使えないとか電気が使えないとか車が使えなくなったとき露骨にかえって
その弱さを露呈するのである
それで原発事故のとと蝋燭を使っても故郷で家族と一緒に暮らせるならいいと言った人がいた
そういうことが何か危機の時起きる
意外と文明生活はもろいものをもっている
グロ−バル経済とか広域社会が交通が便利でどこからでも品物が入ってくるという社会がいいとなっているが何かこうして危機になると途端にお手上げになってしまうのである

だから実際はそのための対策をする必要がある
備蓄も必要だとなるが実際にそれだけのことをできない、限度があるからだ
だから備蓄というとき燃料でも地元にある森の木がいいとか何か地元のもので利用できるものが備蓄であり一番いいともなってしまうのである
現実にカナダであれアメリカであれ中国であれそんな遠くから危機の時は物が入らないからである
ただそういう危機にはみんな備えていない、だからパニックになるのである
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放射能の影響とコロナウィルスの影響の共通性 (一様には作用しない―社会の機能停止も怖い)


放射能の影響とコロナウィルスの影響の共通性

(一様には作用しない―社会の機能停止も怖い)

この辺で政府の政策の実行で失敗したのは放射性物質が30キロまで影響するということで線引きしたことである
それはどうしてしたのかとなるともし放射性物質の過多で判断すればきりなくなる
現実に福島市の方が放射性物質では汚染度では高かったこともある
別に南相馬市と相馬市とは変わりないのである
それより山側と海側の差が大きかった
だから浪江の津島とか飯館村の被害が大きくなった
それは放射性物質は風の影響を受けたからである
3月頃になると海から東風(こち)が吹きそれが爆発した時吹いて山の方放射性物質を運んだ
だから浪江から双葉に行くと7マイクロシーベルとか急に高くなっていた
でも浪江だと0.5マイクロシーベルトだったのである
浪江だったら請戸から原発の煙突が見える距離である

ともかくなぜ30キロで政府は区切り避難させたのか?

それは科学的根拠も確かではなくその時政府では放射性物質がどう影響するか
判断できなかった

そして30キロで線引きして補償しないと決めた

この理由で判断したのだと思う
放射性物質の過多で補償するとなるときりがなくなるしめんどうだからである
でも30キロ内では放射性物質の過多で補償金も決めたから今でももめているのである
30キロの外で内で差がありすぎたのである
現実に南相馬市では小高、原町区と鹿島区はまず医療費でも差が大きかった

鹿島区は半年で医療の無料が打ち切られた
小高と原町はその後も9年目になっても補償されていたのである
これも大きな差である、小高は避難区域になったから抗議したらまた一年医療費のく無料が継続されたのである
これは別に放射能の被害があるからというのではない、避難区域にされたのと30キロで線引きしたことによっていたのである

このことがコロナウィルスとどう関係してくるのか?

政府が学校を休止したり人の集まることを禁止したりすることこれが正しいのかどうかである
つまりコロナウィルスがどう影響するか不明である
放射性物質がどう影響するか不明だったのと同じなのである
予防策としてそうしたのだがこの結果はいいか悪かったのかは結果を見ないとわからないのである
それで商売ができなくなると政府で補償するとかなるのもにている
でも中小企業は補償されないとかでここでも不満になった
つまり政府の補償には限界があるからこうなる
全員に十分な補償などできないからどこかが犠牲になるのである

だから学校の休校が果たして正しいことだったのか?

それは結果をみないとわからない、原発事故では政府の政策は失敗だった
様々な問題を引き起こしてその後で地元では補償金で分断されてしまったからだ

それは結局放射能でもコロナウィルスでも社会にどう影響するかわからないことによる
これによって倒産する中小企業もいるとか実はその影響の方が大きいとなる
ただコロナウィルスが放射性物質と同じようにどう影響するかわからない
政府でも何か政策を出して実行せねばならない
世界からも要求されているとかなる、そういう圧力があり遅くなったがあえて実行した

要するに現代は科学技術社会になっているときこういう問題が起きやすいのである
科学技術というのが社会にどう影響するのかを事前に考慮しない
科学技術はみんないいものだと金になるとかしか考えないのである
それは国民自体がそうである
その影響について事故になったらどうなるのかなど国民自体が真剣に考えないのである
国民でも金になればいいとしか地元でもなかったからである

コロナウィルスでも科学と社会の問題が起きている
それは放射性物質と同じくコロナウィルスがどういうものか社会にどう影響するか不明だからである
でもそのつまにしておけずなんらか政策をする予防でもする
でもそれが社会が止めてしまうとまたその方が影響が大きくなり被害が拡大する
その兼ね合いがむずかしいのである
この辺では原発事故により人が住めなくなったりずたずたにされたからである
だから結果的には30キロで区切ったのは失敗だったとなる

それでコロナウィルスでも学校を休校までしてよかったのか?

それで社会の活動が止まったりしてその影響の方が大きかったとかなる
それは結局コロナウィルスも正体不明でありそれで対策できない
ここにいくら科学技術が発達しても科学者すら対処できないのである

だからトイレットペーパーがなくなったりとその影響がでている
何かそうした影響の方が大きくなる、実際はトイレットペーパーはあってもパニックでそうなる

そのパニックを起こさせているのは政府の政策だともなる

それは本当にどこまでコロナウィルスか影響するのかわからないからなのだ
それは放射能問題と同じだった、一体放射能はどれくらい影響したのかわからない
20年後にガンが増えると言ってもわからない

それより避難させて人を住めなくなさせ自治体を崩壊させた結果が重大だった

ただこういうことは国民のコンセンサスが必要になるのが緊急時にはいろいろなことを言う人がいるからまとめられなくなる、民主主義ではもう緊急事態で話し合って決めるなのどできないからだ、即断しなければならないからだ

ただ原発事故から考えると学校を休校とすることが社会の影響が大きい
その他グロ−バル化して広域社会になると交通が大事でありこれがとめられると物流が止められてその被害が大きくなる
今回は一部ではない、東北だけではない全国に及ぶ、その被害が全国規模になる
そして社会全体が麻痺したような状態になることが怖いともなる
だから一律に休校するとか何か日本全国をパニックにするようなことしていいのかとなるただそれも結果をみないとわからないのである

でも原発事故の対応を見ると社会を混乱させたり機能を停止させたり自治体を崩壊させたりすることになるからその点を考慮すべきだとなる
というのはコロナウィルスはインフレインザより被害が少ないともしているからである
その判断はむずかしいにしろ過度に恐れて社会を麻痺させるパニック状態にさせることの方がかえって悪いともなる                                    
病院でもどう対処していいかわからない、金にならないしコロナウィルスに感染した人を引き受けると病院が倒産するとかなるからだ
でもそのままにしてもおけないジレンマがある、それも結局原発事故でもそうだったが
コロナウィルスがどう社会に影響するかわからないからないからなのである

でも社会機能が停止するとトイレットペーパーでも奪い合いになる

暴動の様なことが起こるのも怖いのである、今回は全国の問題になっているから全国的にその影響が拡大して日本全体がパニックになることが怖いのである


「直接、専門家の意見を伺ったものではない。判断に時間をかけるいとまがない中において、私の責任において判断させていただいた」と述べた。

専門家の意見を聞いたわけでもない、専門家でも意見が分かれる、そしてじっくり検討する時間がないからこうなる
それは福島の原発事故でも同じだったのである
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2020年02月28日

社会を歪めたあらゆる利権団体(医師会も) (なぜコロナウィルスの検査ができないのか?)


社会を歪めたあらゆる利権団体(医師会も)

(なぜコロナウィルスの検査ができないのか?)

【武田邦彦】耳を疑う発表がありました!日本最強団体の異名もあるあの団体がついに“正体”を隠さなくなったようです・・



普通の各種検査は病院経由でやる
初診料の莫大な医師会利権
コロナは面倒くさいから、開業医がやりたくない
検査増えない
病院通さずに検査する
医師会が認めない
検査増えない


なぜコロナウィルスが検査できないのか?それはたいして金がかからないのにできるという、民間にまかせればできるという
でもそれに待ったをかける利権団体がいる
それが強力な日本医師会だとしている
その医師会と薬剤会社は密接に結託している
相互依存であり利権化している、これはいろいろ言うが確かにある
医療は金がかかる、それが莫大な利権になる
日本が一億総病人社会のようになっているからだ

本来は日本人の健康を守る病気を治すことが目的

でも利権が先になり医療を歪める

医も算術となった

妊娠検査キットの販売を禁止した、なぜならそうなると産婦人科の患者が減るからだ
妊娠の検査は医者だけができる医療行為であるとして反対した
それは漢方とか東洋医学を否定して西洋医学一辺倒にした
そこで医師会が強力な利権団体と化したのである
もう自民党でも医師会には絶対に逆らえない、武見会長がそのボスであり政治家などでも見下していたのである、医療はあたかも聖域であり最高峰の学問であり他はくだらないとしていた、それだけ傲慢になっていたのである
今でも医者だけは民主主義社会でも異常に尊敬されている
医者には逆らえないとなっている、命をあずけるからである

なぜコロナウィルスの検査キットを配り検査させないのか?
それは医師会の承認が必要になり勝手にできない、そこには必ず利権がかかわってくるからだ、医師会の損することはしないとなる
医師会というのも利権にまみれている、江戸時代なら医は仁術だったがそれもまるで変ってしまった
そして医療マフィアがというときそれが日本軍の細菌部隊と関係していたのである
それでコロナウィルスでも中国でも武漢の生物兵器でも作る細菌研究所がありそこからコロナウィルスが製造されてもれたという噂も中にこの日本軍の細菌部隊とも通じているものがある、つまり中国軍がかかわっていたとみられるからである
何かこうして社会の構造は世界で同じである  

アメリカこそが最も医療マフィアだとベンジャミンフルホードは批判している
医療関係薬剤関係の会社が巨大でありその利益が莫大だからである
つまり利権によって歪められているのが薬剤会社だからである
薬を売るためには病気にしないとだめだとなり病気を作り出すとまでなる
またアメリカの武器製造会社もアメリカの主な産業だというとき戦争を作り出さないと
もうからないとなりアメリカは戦争を作り出すとなる
それは現実としてある、つまり利権のためにそうなる

原子力村でもそのことはさんざん言われて本でも次々に出た
原子力村の利権はもの凄いものだった、国家予算にも匹敵するような金がでる
その利権に金にあらゆる人が群がったのである
地元でも船主とか漁業組合は海は俺たちのものだとして東電に漁業権を売った
その利益は大きかった、だから原発御殿を建てていたとうらやましがられた
その後も事故後もかえって金が海を汚したとして前より入ってくる
それで立派な家建てたのをみると船主が建てた家なのである
それで俺の家の前の海に権利があるとか主張している人もでた

とにかく原子力村を例にするといかにここが巨大な利権と化してあらゆる団体がその利権に群がったかわかる、検察とか警察も東電を天下り先として憲兵のような役目になっていた、だからとても原子力村に逆らうことは不可能だったのである
ただこうした社会構造が社会を歪めて大災害になり国民が苦しむ結果となった
それを暴きだしたのは人間ではない、自然災害だったとなる

利権とういとき利権団体というとき今はあらゆる団体は利権団体である
宗教団体もそうである、創価は最たるものだけど神道団体もそうであり他の仏教団体もそうである、それも巨大な利権団体でありそれで税金をとられないように争っていても協力している、つまり宗教を縦に税金をまねがれているのである
それも巨大な利権団体なのである、そういうことを言えば農業だって農協だって利権団体でありあらゆる団体は利権団体だとなる

何か本来の目的と違って利権が金が優先されるようになる
漁業だったら資源の保護が目的で漁業権が与えられている、でも海は俺たちのものだとして東電に売り渡し補償金をえる、でも現実はその海を汚したのは実際は漁業組合でもあったのだ、資源の保護だったら海を東電に売り渡すべきではなかったからだ
またそんな権利もなかったのである

その団体の目的が本来の目的と遊離して利権化して金だけを追及する

それが今の社会を歪めているのである
コロナウィルスもまず医師会の利権を守るとなり検査させない、本来はまず国民の健康を生命を守ることが先決なのだけでまず利権であり損することはしないとなる
それはどこでもまず利益だとなり本来の目的と遊離する

そしてマスコミでは核心を言わない、言えないのである
それはマスコミも利権団体であり製薬会社から宣伝費をもらっていたし東電から800億円とか電事連から金がでていた、だから何も言えない
それはあらゆる団体が創価でも宣伝費をもらうために原発に賛成していたし奨めていたのである
団体というときあらゆるものが団体化して組織化する、するとマスコミでは盲人団体がいてめくらだとかいうと抗議されるから何も言わない

マスコミは肝心なことを言わないから追求しないから見ていても無駄だと思う
とても日本医師会などに逆らうことなどできないからである
それは原子力村と同じ巨大な利権団体であり批判はできないからである
現実に朝日新聞ですら原発事故が起きたとき中国にそのマスコミの幹部が招待されていたからである、マスコミも実はテレビでも六局しか放送する権利を与えらなかったから
利権団体であり共同していたのである

つまりこうした巨大な利権団体から離れることはできない、それを正すこともできない
それが社会を歪める、そして原発事故とか今回のコロナウィルスでも検査すらできない状態になり最悪は必ず犠牲者が生まれる、誰かがそのために犠牲になる
これからどうなるかわからないにしろ何十万が死ぬということもありうる
その原因が利権が優先されてウィルスに全員一致して立ち向かえない
特に医師会が利権を優先すればそもそも素人では何もできないとなるからだ

killhospital1.jpg

posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月27日

コロナウィルスで何が起きているのか? (利権で縛られて動かないー穏便に過ぎるのを待っているだけ)


コロナウィルスで何が起きているのか?

(利権で縛られて動かないー穏便に過ぎるのを待っているだけ)

koronavirus123.jpg
【武田邦彦】金の為にいつまで夢の中に居続けるんですか?このままでは本当にまずいことになってしまいますよ

コロナウィルスで何が起きているのか?
政府も医師会もなにもしない、検査できるのにしない
マスコミは騒ぐだけでありあおるだけで視聴率を稼ぐ
また薬剤会社とか医療関係者から広告費をもらうので医師会などを批判しない
本当のことを報告しない

責任ある人達がなにもしない

ただ穏便に過ぎることを待っているだけ!

これでいいのだろうか?。騒ぎ過ぎてもまずいことは確かである

でもコロナウィルスはただ何もしないで二週間くらい待っていれば終息に向かうかの?
図にしたように武田邦彦氏が利権で動けないとういことを指摘している
検査は別に病院に行かなくてもできるという、検査キットを家に配ればできるという
それをしないのは対面で初診料が入らなくなるからしないという
つまり金の問題なのである
医師会では金にならないことはしない
検査できるが金にならないのと病院経営にもひびくからしない

つまり安全よりも利権が優先される

それは原発でも同じだった、様々な危険を指摘したがコストがかかる金がかかるとしてしなかった、津浪も数十メートルのが来る警告されても結果的に津波になり大被害になったそれは東電の頼んだ科学者集団が割り出していた、科学者は優秀でありその科学者の警告も金がかかるとして津波対策はしなかった

つまりコストがかかる金がかかるということで安全はないがしろにされる

コロナウィルスでもそうである、安全対策がされない、現実に被害が出ていてもされない金にならないから医師会でも動かない

ただ原発事故と違うのは住民は利権を得ていた、船主などは特別優遇されていた
また大熊町の町長が津波で5億円入った金庫が流されたとか話題になった
つまり原発は金のなる木であり利権の宝庫だったのである

でもコロナウィルスでは利権を得る人はいない、もうけにならない、これを防ごうとすると政府でもしたくない、出費したくない、むしろオリッピックや習近平の国賓招待をやめたくないため防疫のために金は使わないとなる

ただ穏便に過ぎることを待っていて何もしない

その結果として感染が拡大して犠牲者が増えたらどうするのか?

責任が問われることは確かである

ただこれはインフレインザより患者数も少ないし大きな被害にならない
だからそれほど騒ぐことはないということも科学者が言う
ただ新型のウィルスだからどうなるかわからないというのが科学者の言い分である
要するに不確実なものでありそれでをと対策するかがむずかしくなる
もし過度に政府が対策すると都市封鎖とかするとその影響の方が大きくなる
食料とかの奪い合いになりかえって混乱してパニックになることも怖い

この判断はどうすればいいのか?

ただ責任をとる人たちは誰なのかどこなのか?

ここでも政府でも官僚でも医師会でもマスコミでも責任はとらない

誰が責任をとるのか?

もし蔓延して犠牲者が拡大したらその犠牲者が国民が責任をとるのである
原発事故でも政府とか官僚とか東電でもマスコミでも責任はとらない
国民がとらされるのである、直接犠牲にならなくても国民の莫大な税金がとられたからである
今も廃炉事業で何か無益なことで莫大な金が使われている、その金は国民の血税である
また住民は故郷に住めなくなったということも責任を取らされたのである
必ず誰かが責任をとらされる、これだけは確かなのである
それは戦争で責任をとらされたのは国民であり3百万人が死んだ

何か人間のすることには責任がつきまとっている、責任とはまたカルマなのである
コロナウィルスでも手を打たないとしてそのまま収まればいいがもし拡大したりて犠牲者が増えたらその犠牲者が国民であり国民が責任をとらされるのである
そういう自覚が原発事故でもなかった、住民にもなかった
ただ利権化して金をもらえばいいとしかなくなっていた
事故後も補償金をもらいたいとういだけになった

人間は何か最初から責任を自覚していない、民主主義になれば指導者は国民が選ぶのであり国民一人一人に責任がある、でもその責任が自覚しにくい、せいぜい一票を投じても
10万分の一だとかなり責任を自覚しにくいのである
第一一票いれたところで何も変わりないとなっているから投票しない、50パーセントの投票率なのである、だからいくら民主主義だとして責任をとらない
十万分の一だとか百万分の一となれば責任など誰も自覚しないのである

要するに今の社会は無責任社会なのである、誰も責任はとらない
でも結果的には誰かが必ず責任をとらされるのである
だから侍だったら切腹して責任をとったからそういう人にこそかえって任せた方がいいともなる

結局無責任社会が日本が自ら自滅してゆくのかとなる
そうこうしているうちにコロナウィルスでばたばた人が死んでゆく事態もありうる
それは津浪でもそうだし原発事故でもそうだったけど

危機感と責任感がない!

これによって自滅してゆくとなるのか?
そうは言っても自分自身が危機感を感じないのである、直接コロナウィルスにかかり肺炎になり死ぬかもしれないとならないかぎり危機感を感じないのである、人がばたばた死なない限り危機感を感じない
コロナウィルスはインフレインザよりも怖くないとかなっている
もし本当に危機感を感じたら金より利権よりコロナウィルスに一時は損して防疫のために真剣になるからだ、医者だってその家族だって生死にかかわってくるからである
人間の弱点は常に危機感を感じない、責任をもたないということにある
ただ確実に責任を誰かがとらされることは覚悟する必要がある
posted by 老鶯 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月26日

コロナウィルスとグローバル経済 (その負の部分が拡大した)


 コロナウィルスとグローバル経済

 (その負の部分が拡大した)

 なぜコロナウィルスで日本政府が初動で中国人の出入り禁止できなかったのか?

 それは中国に忖度したからだ

 それはなぜなのか?

 中国人にグロ−バル経済で観光客やらサプライチェーンで日本の経済が中国依存になっていたからだ

 これが大方の見方である、つまり経済と政治は切り離せないのである
宗教と政治も切り離せないという問題があった
でも政治と経済はより密接である、国民でも経済重視になる
また安全を計るより利益が優先だと常になっているからだ
原発事故でも地元の利益が優先されて安全は無視されて福島に作られたのである

そしてグロ−バル経済の負の部分がここにきて大きなものとなって現れたのである
中国に依存することは中国がかかえる問題でも負の部分をふりかかる、共有することにもなる、経済でも中国依存が国内経済を支えているとなると観光でもその打撃が大きくなるすると中国の意向に逆らえなくなる
だからこうして中国の負の部分をもろに受けることになる

中国の負の部分というとき共産党一党独裁とういこともあり言論の自由はない
中国依存になればなるほどそういう政治体制も受け入れるほかないとなり
遂にはウィグルのような思想宗教弾圧にもなる
それを言う人が右には多い、でも経済優先になり抑えられるのである
つまり日本経済は衰退しているから余計にそうなるのである
そしてますます中国に依存する経済となり政治でも従うほかないとなる

それで今度は中国の悪い負の部分をもろに受ける、コロナウィルスは中国から生まれたからである、前にもサーズとか中国から新種のウィルスが生まれやすいからである
外国から入るものが交流することはすべていいものとはならない
必ず悪いものも入ってくる、そういう警戒が明治維新以来なくなったのである

とにかく石油でもエネルギーでも中東に依存すると今度は中東をめぐって争いがありその紛争に巻き込まれる、イラク戦争がそうだった
日本はやはりこれまではアメリカに経済を依存していたからである
それで戦争をさけることもできなくなる、アメリカのいいなりになる他ない
それがグロ−バル化なのである

江戸時代の不思議は3百年国内でも対外的にも戦争がなかったことである
韓国とも友好的であり中国でもそうである
日本はアジアのどことも争っていなかったのである
それがペリーがきてヨ−ロッパ人が入ってきて好戦的な国になった、させられたとなる
欧米が確かに新しいものを思想でも技術でいろいろもたらした
でも反面悪いものもまたもたらしたのである
なぜなら20世紀は戦争の時代でありグロ−バル化戦争の時代になった
結果的に何千万人も戦争で死んだのである
日本がだったら3百万人が死んだしヨ−ロッパは第一次世界大戦から第二次世界大戦で何千万が死んだのである
グロ−バルの結果世界最終戦争になるのがその結果だったともなる
それもこれからも起こりえる、それがグロ−バル化の結果だともなる

それで老子の思想の小国寡民の思想が生まれた

国民が昔ながらの生活をし、食事や着ている服、住んでいる家や習慣に満足をしている。このような環境下であれば、例え隣国が目と鼻の先ぐらいの距離にあったとしても、国民は自分たちの国に満足をしているので、わざわざ他国まで出かけて行くこともない。結果的に、他国と比べることがなくなり、自分たちに無いものを求め、自分たちよりも持っている人たちを妬み奪おうとする心が芽生えなくなる。また、領土を拡大しようとする欲求も生まれない。そんな世界が理想である。

グロ−バル化とはこのまさに逆なのである 

自分たちに無いものを求め、自分たちよりも持っている人たちを妬み奪おうとする心が芽生えなくなる。また、領土を拡大しようとする欲求も生まれない。そんな世界が理想である。

これと逆なのがグロ−バル化である、自国にないものでも外国にあるとなればそれが欲しいとなり奪う、日本は海に囲まれていて海洋資源で食料をまかなっていた
でも今度は食でもグロ−バル化すると中国人がサシミでもサンマでも食べるようになる
そこで日本の近海でもサンマがとれなくなったとかなる
中国人の胃袋はどんな動物でも食べるし貪欲でありその数が多すぎるからあらゆるものを食いつくすという恐怖になる
とにかくグロ−バル化するとあらそるものを食べるようになる
日本はそもそも牛とか馬とか羊がいないと魏志倭人伝にあり動物は鹿をのぞいて食べていなかった
だから何でも肉を動物を食べるようになったのはグロ−バル化の結果なのである
それでもともと日本食だったち風土にあったものでありそれで欧米人がかかる病気も日本人がかかるようになったと言われる

とにかくグロ−バル化すると人間の欲望は無限に肥大化してゆく、食べるものでも世界中のものを食べる、それは飽くことがなくなる、中国にはもともと何でもある一つの世界だった、

楊貴妃は、唐の玄宗皇帝の妻で、寵愛する妻のために、早馬で八日八晩かけて、広東から都の長安まで運ばせたそうですが、

現代は庶民でもこうした贅沢をしている、今なら飛行機で一日でも運ばれる
世界の美味を食しているのである
つまりそうした贅沢を世界中が覚えてその欲は限りなく世界大に拡大するのがグロ−バル化なのである、だからその欲のためにグロ−バル化に戦争も起こるとなる
サンマの味を中国人が覚える、するとサンマを食いたいとなり日本人と争うようになる
つまりサンマをめぐって戦争になる
だから本当はどこかで人間の欲は抑えねばならないのである
金持ちの老人はワインの蘊蓄がありこれも無駄だっとしている、ワインなど日本には合わないものでもある、ただ今度は外国では日本酒を好むようになる  

野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。聖書(『箴言』)

つまり肥えた牛を食べるために争いになり戦争までなっているのが現代でありグロ−バル化であった、欲望が限りなくグロ−バル化で増大したのである

だから江戸時代は貧乏でも世界的にみれば小国寡民であり外国とも交わらず三百年間戦争もない平和がつづいていたという世界ではありえない時代だった
もちろんその負の部分も大きい、ただいくらグロ−バル化だとか欧米化がいいとしても三百万人も死ぬよりはまた中国と韓国とも争わない友好な世界があったのである
それは結局経済でも依存しない、それぞれの国で自給的にまかなう経済だったからだともなる、貿易でもあったが今のようにもう何かあると経済が成り立たなくなるということはなかったのである
だから石油に頼れば石油のために戦争になり命が失われる

そして最大のグロ−バル化の悪い点は

常に他国の侵略におびえていなければならない!

グロ−バル化だから経済的に協力して恩恵もあるとなればいいがその反面は他国がアメリカでもロシアでも中国でも恐怖の対象となる
いつ攻めてくるかわからないという恐怖の中で暮らすことになる
またこれだけヒト、モノが交流する時、ウィルスでもたちまち蔓延してそれが命とりになる、でもそれより経済優先になり中国人でも入国を止めることができなくなるのである
だからコロナウィルスでもなんでもグロ−バル化の負の部分が増大して拡大してきたのである、だからグロ−バル化は見直す時期になったのである

posted by 老鶯 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月24日

グロ−バル化とコロナウィルス (生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)


グロ−バル化とコロナウィルス

(生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)

 生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方が新自由主義的経済観ですので、 そもそも矛盾が生じているのです

グローバル化と3つの危機
―私たちはどんな世界に向かっているのか


コロナウィルス騒動は何なのだろう、これが問題なのはグロ−バル化した社会にある
中国人はどこにでもいる、だからイタリアの方にも観光に行くからイタリアでも都市が封鎖された、そんなに早く伝染するのも交通が発達したからである
飛行機で毎日のように世界のヒト、モノの交流があるから中国から遠くてもコロナウィルスが伝染した、そのスピードが早いのである
たちまち世界中に感染してしまう
中国人は世界中にアフリカでもどこでも拡散している、それも原因だとなる

それから人間はその土地の風土と生態系に依存して生活してきて
そして体でも生態系に依存して長い年月をかけて作られてきた
それでそれで肉食民族の牧畜民族の白人は欧米人は肉を消化する酵素がでる
日本人は穀物を消化するので腸が長くなったとかなる

日本の特徴は魏志倭人伝にあるように牛・馬・虎・豹・羊・鵲無しとある
鵲(かささぎ)は韓国にいるが日本にはいない鳥である
だから鵲を韓国で見ていたが日本に来たら見ないとなり記したとなる
そこに生息している鳥でもその相違を見ていたのである
とにかく牛・馬・虎・豹・羊・無しということで日本の特徴をとらえていた
牛とか馬とか羊ならどこでもいたし今でも見られるからである

縄文人だったら木の実の採集でありそれを貯えるために縄文土器を作った
狩猟もあったがこの辺で貝ばかり食べていた巨人伝説があるように魚介類が食料だった
人間は人種によって分けるべきではない、確かにアーリア人が凶暴でありそのために世界が支配されたという意見もある
でも生活形態の差が人間をそれぞれ特質あるものとして作った
例えば草食動物と肉食動物は見た感じからして違っている
肉食動物は牙があり獰猛である、でも草食動物は大人しい感じになる
ただ草食動物でも野生のものは獰猛である
でも草食動物と肉食動物は基本的に性質でも違っているとみる

なぜグロ−バル化が今問題になっているのか?
その弊害が具体的に世界規模で現れている、生態系を破壊することは何らか人間にも影響してくる、テレビでダッシュ村とか何か池とか川の水をぬいたら外来の魚がアマゾンにいた魚まで出てきたのには驚いた
そういう魚は元からいた在来種を食いつくしていたのである
そこでもともとあった在来種は食いつくされて外来種だけになりもう池に川に生物はいなくなる、植物もセイタカアワダチソウが繁茂して在来の芒などが駆逐される

グロ−バル化だといろんなものが混交して共存するのがいいとか文化多様性がいいとかなる、でもそれは人間も生物の一種だから問題が起きて来る
いい見方としては異人種間で交配すると種のいいところが遺伝することがある
それで日本人と黒人が結婚して子供をうむと体力的に優れたものが遺伝されて百メートル競走に出たりする
それは精神的なものでも起きて来る、様々な人種がいて国があってその人たちが交わると創造的なものが生れて来る
それはあくまでもエリート層で知的分野で起きることであり今のように単純労働者でもなんでも入れる世界ではなかった

コロナウィルスももともと中国の海鮮市場が生まれたという時、何か人間はそこで生態系を乱すようなことをしている、また食べてはならないものまでも食べている
それでなぜイスラム教徒が豚を食べないかというとやはり豚からトンコレラとかがばい菌かウィルスが出てくるから警戒したともされる
動物はウィルスを媒介しやすいからである

グロ−バル経済にはタブーがない

何か禁忌というのものがタブーが人類にはあった、それは長年の経験で危険なものを禁止していたのである、それがグロ−バル化で破られた
もうヒト、モノの交流は全面的にいいとしかなくなったのである
そこに落とし穴があった、グロ−バル経済などもともと成り立ちようがないものだった
それが金融資本家であれアメリカであれ強国が暴利をむさぼることでもわかる
数パーセントの人達に世界の富が収奪されていることでもわかる

生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方

まさにグロ−バル化経済システムがまずありそこにもともと生命誕生から長い年月をかけて作られてきた生態系を無視したものとしてグロ−バル化経済がその上に世界を支配するようになったのである
それはそもそも無理なことだったがあえて世界をそのグロ−バル経済システムにはめ込んだのである
そうすると自然界からも生態系からも反乱がある、何かコロナウィルスでもそうなのかもしれない、核でも放射線被害も人間が操作してそれが操作不可能になり大被害になった
これの最大の被害は生態系が汚染されたことにより土でも水でも空気でも汚染されたことにより人が住めなくなったことである
土とか水とか空気まで汚染されたら人間はどんなに技術が発達しても住めなくなる
住めなくなることはすべてが終わりだということである
他の星にでも移って住むほかないともなる

それで今盛んに富裕層が日本から脱出を計っているという、福島の原発が爆発した時も
外国に脱出した人がいた、何か真偽はわからないがこの辺では市長が北海道に逃げたとかも噂された、また国会議員も外国に逃げたとか言われる
だから今回もコロナウィルスを恐れて逃げるとういことがありると噂する
でもこれだけグロ−バル化するともうウィルスが逃げようがないのだ
イタリアでも死者が出たとかなるとヨ−ロッパでもたちまち広がるのかとなる
要するにグロ−バル化するということはウィルスもたちまちグロ−バル化することなのである

いづれにしろ文明は必ず滅びることは予定されている

それはなぜなのか?

人間の知恵ては文明を操作できないからである、それで核も操作できなから事故になり
福島では住めなくなったことでもわかる
文明は必ず自滅するのである、それだけの人間に能力がない智慧もないからである
人間は全能でないからである、神は全能だからこそ人間のようにはならないのである
だから神の国はこの世には作れない、人間の作った文明は滅びる
その滅びる原因がウィルスもその一つになる、何かそうした正体不明のものによってグロ−バルに拡散して滅亡にいたる

だから江戸時代の日本の鎖国の在り方が一見批判されるにしてもその風土にマッチして自給自足していたから外国とは出島を通じてしかかかわらないから外国から侵入するウィルスには強かった
でも国内でも疱瘡とか天然痘とか麻疹とか伝染病に苦しんだのである
そこで村の入り口は大きな藁人形を置いて悪いものを入らないようにした
それが今中国の村で行われているから歴史はかカルマは繰り返すとなる
でも江戸時代の後期に幕末になるとコレラが入ってきた、明治には70万も死んでいるのである
つまり外国と交わることがすべていいものとはならないのが歴史だった
そして日本は海に囲まれていたら外国と直接交わらないですんだ
取捨選択して日本人に合うものを取り入れていたのである
それが日本と大陸の根本的な差異だったのである

posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスでイタリアで10都市を封鎖


コロナウィルスでイタリアで10都市を封鎖

(日本は危機感がなさすぎる?)

イタリアでは初めての死者が出た。さらに15人が感染。10都市を封鎖。
(欧州は大丈夫かと思ったが、もうそうではない)

なぜイタリアで10都市も封鎖したのか?
日本は大坂や京都でも一人とかで検査もしないらしい
あれだけ中国人が来ているのありえないとしている
北海道は中国人の観光客であふれているから重体者もでている
かなり広がってきている
大坂とか京都では隠しているという
それは専門家でなくても状況からして誰も思う
つまり日本でぱ検査もしないのである
それは検査すると感染した人が増えて日本がパニックになることを恐れているのかもしれない
日本は過剰にそうなりやすい、同調圧力が強い国だからである
それも問題なことを指摘した

でもオリンピックに浮かれている時なのか?

この頃オリッピックのことが騒がれている、オリッピックを盛り上げるためにマスコミでも報道する、福島県でも聖火リレーのことで報道している
でもそういう時なのだろうか?

そもそもイタリアで10都市を封鎖していることは深刻である
日本の対応はその正反対である、たいしたことないとして対策をしない
検査もしない、オリッピックの宣伝をしている

もちろん福島で起きたように厳しい措置をすると社会活動もできず町や村が避難区域になった所はゴーストタウンになった、それは放射線がどう影響するかわからなかったからである、それで地域社会を崩壊させて回復できないようにした
これも問題だった
だからどういう対策をとるのかはむずかしいことはわかる

ただ日本は外国からみるとあまりにも無策でありのんびりしすぎている
危機感がないということは確かである
オリンピックとか習近平の日本を訪問も今の時期にできるのか?
習近平の国賓としての訪問は公明党が後押ししたとされる
とにかく公明党は中国ともとから友好を計ってきた
それで公明党のプロパガンダとなっている田原総一郎とかマスコミ関係者とかがそれに賛成する創価を応援する本も出している、また佐藤優とかも外務省でありここは創価の牙城ともなっていて一時は池田大作を外務省の人がかかわり外国訪問を応援していたのである

もちろん中国と友好関係を保つということはアメリカを牽制するためにも必要である
でも今この時期にそんなことができるのか?
それはオリッピックでもそうである、そんなにオリッピックが大事なことなのか?
今は日本人の生命の方が大事である
ただ都市封鎖とかなると影響が大きすぎる、そこで混乱してもまずいのである
原発事故で起きたように社会活動が停止すると機能不全になりこの辺のようにゴーストタウンになる恐怖がある

でもオリッピックとか習近平を国賓として招くということができる時期ではない
やはりなんらかコロナウィルス対策をしないと大事になるのではないか?
専門家は警告している、ただ福島の原発事故では放射線では過剰に対策して自治体を崩壊させてしまった、もちろん放射線対策のためにしかたがなかったとはなる
でも地域社会を自治体を崩壊させるより維持させることが大事だったともなる
それは科学だけの問題ではなかった、第一放射線のことは科学者でもわからなかったからである

今回もコロナウィルスについてもわからないのである
だから過剰に対策すると失敗することもありうる
でもしないとまた大失敗となりとりかえしのつかないことにもなる
だからこの選択はむずかしい

でもオリッピックに浮かれている時なのか?習近平を国賓を招く時なのか?
これは疑問である、そんなことができる状態なのか?
日本は危機感がたりない、これだけ自然災害の国なのに危機感がなかった
津浪原発事故でも危機感のなさが大被害をもたらした
やはりこの責任は専門家がもっと発言すべきなのだが警告すべきなのだがそれをしても
岩田医師のように抑えられる
それは中国でもいち早く警告した医師が自らもコロナウィルスにかかり死んだ
それも政治家がおさえたからである、情報は隠蔽されたのである
科学技術の社会になるとどうしても科学者や技術者の役割が大きくなる
だから責任も大きくなる

だから感心したのは東電では学者が津波の来る前に10数メートルの津波がくると報告して警戒するように提言していた、それは伝説とかではない、科学者が科学的事実を基にして警告していたのである
でもコストがかかるからと対策をしなかったことが致命傷になったのである
そのこともマスコミでは地元でも大きく報告しなかった
もしそのことをマスコミで大きく報告していたらみんな津波に警戒して命が助かった人もいたかもしれないのだ
つまり科学者や技術者がもっと発言してそのことを社会でも重視すべきだったとなる
でも政治とかが関係してそうした情報はおさえられる
正しく恐れるということが大事なのである

ただここで科学と社会の問題がありすべて科学優先にもできないことなのである
この辺で自治体が地域社会が崩壊したように過剰に恐れさせると自治体が地域社会が崩壊するのである
でも放射線でもコロナウィルスでもどう影響するかわからないとういことでその判断がむずかしいのである

でも初期の段階で中国人の入国を禁止しなかったことは失敗だった
そこからまた検査もしないで隠蔽している
それで拡散がとめられなくなる 

ジャーナリストの田原総一朗氏は筆者との対談(『激突!遠藤vs.田原 日中と習近平国賓』所収)で、「日本はアメリカとも中国とも同じ距離を取って、その中間にいるから素晴らしいのだ」として「習近平の国賓来日は大賛成だ!」と豪語した。それが今般の新型肺炎の水際対策失敗とクルーズ船の失策の両方と重なって見えてならないのである

確かなことはオリッピックとか習近平の国賓として招くことは中止すべき

そんなことに浮かれている状態なのか?過度に反応するのも問題だがそういう状態ではない、それは専門家も指摘しているからである
田原総一朗と佐藤優は創価のプロパガンダである、資金もそこからでているかもしれないなぜならマスコミでも支配できるのが創価だからである
自民党と創価が一体となっていることがこうして国を歪めるのである
それは国家神道化したことでもそうでありそれが日本を悲惨な戦争の原因にもなった
宗教が政治とかかわると禄なことかない、それはカトリックなど歴史が証明している
だから政教分離の法律が生まれたのである
ただ政治と科学技術、政治と宗教という問題は人間の歴史とともに常にあった問題だったそれが原発事故で起きてまたコロナウィルス問題で起きているのである

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やはり情報が隠蔽されている、感染者が小出しにしている
それはオリンピックを中止させたくないからだというのもわかる

韓国がなぜ増えているのか?
それは日本が韓国と裏取引して日本だけが増えているのではないと見せるためだという
これも政治的な取引とかが科学とか事実は歪められるのである

習近平の国賓招待も中国人を入国拒否しないのは政治的配慮でありそれで感染者数を低くおさえている
つまり事実より政治のために隠蔽されるのである

武田邦彦】新型ウイルス 最新解説!3月を越えたぐらいの時期に日本で“大きな動き”が起きると私は見ています!

福島原発では風向きが一番大事だった、その風向き政府では教えなかった
外国ではその風向きを知っていた、日本人は知らなかった
これも情報が隠蔽されたのである
これも政治的配慮でそうなった
科学者は事実を言うべきであり政治とは違う、ただ武田氏はコロナウィルスはたいしたことがないとうい
インフレインザと比べると患者数は少ないからたいしたことがないとしている
これも一つの参考である、つまり正しく恐れることができないことが問題なのである




 


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2020年02月23日

武漢で都市封鎖され500百万人が脱出 (東京も封鎖されてこうなったらどうなるのか?)


武漢で都市封鎖され500百万人が脱出

(東京も封鎖されてこうなったらどうなるのか?)

厚労省の想定では新型インフルエンザが国内で大流行した場合、従業員の欠勤は最大4割になる。自衛隊に緊急要請してもトラックドライバーら物流従事者の不足は深刻で、食料・生活必需品などの流通、物流に影響が出る。そのため厚労省は「2週間程度の食料品の備蓄」を推奨。海外からの輸入食材が滞ることも考えなくてはいけない。


津浪と原発事故でこの辺は物流がとまった、それで南相馬市の隣の原町区は30キロ圏内で避難命令が出た、そこで一時はもぬけのからとなり人がいなくなったのである
それは市が封鎖されたのとは違う、そこに住むなとして避難させられたのである
でも都市封鎖となると武漢のようになる
それは他に移動させるのではない、都市自体を封鎖する、交通も封鎖する
隣の河南省では武漢から人が入らないように道路を遮断している
村々でも人が武漢から人が入らないように独自にバリケードを作っている

そこでこうして封鎖された一千万都市の武漢がどうなっているのか?
その実態はわからないが5百万人は武漢から脱出したという
それも凄い数である、そしてカラスが増えて集まっているのは死体を漁っているからだと見ている報道がある
何か人がいなくなると動物に異変が起きて来る、この辺でも津波の後に以上に蝶が津波の跡地に増えた不思議があった、何か塩分が増えてそうなったとかも言う
一千万都市の半分の5百万が消えることはそれだけ何か自然にも異変が起きる
ただこの辺の規模とは違うから想像すらできない

一千万都市の封鎖→5百万脱出

この規模の大きさを想像できない、それで早めに脱出したのは共産党の幹部とか金持ちであり残されたのは貧乏人だという
中国ではそのことが良く言われる、あれだけ巨大で人口が多いと助け合うということがしにくい、国として国民として一体感がもてないからだ
人口が多すぎるから一千万殺しても死んでもどうってことないともなる
そういう国柄である

とにかくこれが日本と関係ないとはならないことが怖いのである
つまり東京を封鎖するという事態になりかねないとか警告する人がいるからだ
それは武漢と同じようになるのか?
武漢で起きたことが日本にも東京にも起きるとなると怖い

ただこれもカルマだったともなるのか?
東京のためにこの辺では福島に東電が原発を作った
もともとそうしたのは東京では危険だから誰も賛成しないから福島に作ったからである
それで東京に原発を作るのが筋だったのである、あれほど「安全神話」を作り原発を作ったのだから東京に作ってもいいはずだったのである
でも東京には作れないとしたのは危険を感じていたからである

そして今コロナウィルスで東京封鎖となったらそれがこの辺で起きた悲惨なことを経験することになる

東京から脱出せよ、東京は封鎖だ!

でも脱出するにしてもコロナウィルスが怖くて受け入れる自治体があるのかとなる
放射線の場合はまだ移ることがなかったがそこでも差別があったからだ
ウィルスに東京のような超過密都市は弱い、封鎖するにしてももし食料が入らなかったら飢え死にしてしまうからだ
都会は食料が外から入ってくるからもし入らないとすると飢え死にしてしまう
中国の野菜が入らなくなっているというのもそうである
そこで買いだめすることになりスーパーとかコンビニとかでも食料が消える
ここではそういうこと起きた、でも米があり水道が使えて電気が使えたので二週間はしのぐことができた
でもガソリンも入ってこなくなり車は利用できなくなったのである

それにしても武漢で一千万の人口の半分の500万が脱出した、そういうことが東京で起きたらどうなるのか?
それは福島に起きたこととは比べようがない、それは日本全体が麻痺するようになるかもしれない、あらゆる機能が東京に集中しているからである
そうして社会が機能しなくなることも怖い、なぜならグロ−バル社会であり広域社会であるから交通が遮断すると物流が絶えるからである
一千万も住んでいる都市に食料を供給するだで膨大なものになる
それは福島に起きたことと比べようがないのである
だから今武漢で起きていることは想像がつかないとなるのだ
何か死体をカラスが集まりあさっているという光景は映画のようでもあり5百万人が消えたということも想像できないのである
そこは人類終末のような光景にもなる
死体を焼く黒い煙が立ち上っている、それがおおっている、それは異様な光景である

ともかくこのコロナウィルスが正体不明なことが最大の恐怖を与えている
致死率はさほどではないといっても正体不明なのである
放射線では何とかそれがわかっていたから対策でもありえた
でも実際は放射線でもどう影響するかは明確ではなかった
だから対策がしにくくかった
今度のコロナウィルスも正体不明だから対処しようがないのである

ただ東京封鎖になったりしたらこれもカルマだったのかともなる
とにかく人間は自分が苦しんで見ないと相手のこと他者のことを理解できないからであるそれはあらゆることに言える、福島の原発事故とか津浪でもそうである
その苦しみを受けない人は他人事になるからだ
そのためにそうして常にカルマとして苦しみを与えるのかもしれない

歴史にしても疫病で人類は苦しんできた、こういうことがあるとまたその苦しみを知ることになる
津浪でもこの辺で400年前に700人溺死と記録されていたが忘れられていたが見直されたということがある
カルマというのは空間的にも時間的にも起きて来る
一つの場所で起きたことは他の場所でも地球規模でも起きて来る
また時間的にはカルマはくりかえしであり自然災害は必ずいつか過去に起きたように起きるのである
そのカルマの苦しみを受けて他者を外国でも理解することになる
このコロナウィルスは地球規模に拡大するかもしれないからである

posted by 老鶯 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

福島の原発事故とコロナウィルスの対処 (社会活動をとめることの方が危険?)


福島の原発事故とコロナウィルスの対処

(社会活動をとめることの方が危険?)


日本人は基本的に欧米人に対して放射能に強い、古来日本人は海藻類を食料にし体内で消化出来る酵素を持っている、海藻は被爆した放射能を体外に排出するヨードを体内で作る元々海藻類を摂取する習慣の無かった欧米人はその酵素を持ってない、

このことは福島の原発事故でも言われた、放射線がどう作用するのか?
それがわかっていなかったのだ、チェルノブエリであったとしてもでは日本人にどう作用するのかは別になる
それで何度も言っているが白人には肉を消化する酵素が出るという
肉食をしていた牧畜民族だから体が習慣で歴史的に作られてきた
日本人が穀物とか魚中心の食生活だから腸が長くなったというのと同じである
人間の体はその土地の風土によって作られてゆく、だから放射線とかでも一様に作用しない
だから科学というときも風土と関係しているから世界共通の真理ともならない
数学だと普遍的になるが地球であれ国であれみんな風土も違えば歴史も違う
そこで同じように適応できないのである

だから最近放射線がウィルスを菌を殺すに有効だというのもそうである
真偽はわからないにしても放射線にも何かそうしたいいものとして働くことがある
そもそも原発自体が日本の風土にあっていないものだった
地震とか津浪とかいろいろ自然災害があるし国土も狭いからである
ロシアとか中国でもアメリカでも広いということで事故があったらその場所を放置して
閉鎖して別な土地に移ればいいとなる

でも日本は福島の原発事故でも町や村が一挙に避難区域にしてゴーストタウンにした
その被害の方が余りにも大きかった

なぜそうなったのか?

それは放射線が実際はどう作用するのか被害になるのかわからなかったからである
人間は科学社会になってもでは科学のことが何でもわかっているのかというとわかっていない、専門家も科学者もわかっていない
だから放射線の影響についてもいろいろ言う、でもその意見も二つに分かれる
安全だ安全でないと学者も科学者も言う、だから素人は判断できなくなる

では日本の原発事故の結果としての被害は何であったのか?

チェエノブエリでも動物は帰って増えて来たとか、今まで住んでいなかったヘラ鹿が帰ってきたとか、福島でも野生の動物は増えているのである
すると放射線は怖いということがわかるにしても社会を地域社会を崩壊させた方が被害が余りにも大きかった
先祖代々住んでいた地域が故郷を失うということの方の被害が大きかったのである
現実は放射線の被害で死んだ人は一人もいないのである
これからガンになるといってもそれはあくまでも予想であり確実なものではない
でもガンが増えたらどうするのかということはある
でもそれより地域社会を崩壊させた方が被害を大きくしたとみる
それは回復しないからである

コロナウィルス騒動でもにたようなことが起きている
コロナウィルスも正体不明なのである、放射線の被害も実際はわかっていなかった
医療関係者が科学者がいろいろ言うけどこれもわからないのである
そのわからないことで都市封鎖とか社会活動を停止するようなことをするとどうなるのかやはり福島原発で起きたように社会そのものが崩壊して維持できなくなる
中国では作付の時期なのに人手が確保できないとかコロナウィルスのために社会活動ができなくなり食料すら得られなくなるかもしれないのだ

いづれにしろこのコロナウィルスの問題は正体不明だということである
だから対処方法もない、そして正体不明だということは恐れも大きくなる
過度になる、放射線被害でもそういうことが起きた
でも現実に放射線で地域住民が死んだということもなかったのである
この兼ね合いがむずかしい、早いうちに手を打てば感染が拡大しなかった
それで中国人の医師がウィルスのことを警告したがそれで罰せられた
その後に自らもコロナウィルスで死んだ悲劇があった
常に情報は隠蔽される、原発でもそうだった、そして「安全神話」が作られて誰も反対することも何もすることができなかった
その情報の隠蔽が致命的な結果になったのは同じだったのである

ともかく正体不明なものにどう対処するのか?

それに過度に反応して社会自体の機能を麻痺させていいのか?

今それが問われている、それは福島の原発事故でも起きたのである
どこまで予防措置をとるのか?学校を休校にするのか、人の行き来を止めるのか
そのタイミングをどうするのか、それは福島の原発事故とにていたのである
会社を休みにしたら休業補償をどうするかというのもそうである
それは福島の原発事故では補償金問題として起きて地域は分断された
それは地域社会を避難区域にして崩壊させたから起きたのである
だからこの兼ね合いをどうするのか判断がむずかしいとなる
過度に警戒して社会活動を麻痺させるとその後遺症が大きなものとなる
物流も途絶えて食料の奪い合いになったりするかもしれない
その方の被害が深刻だともなる、原発事故では30キロ内を避難区域にしてそういうことが起きた、それは地域社会を崩壊させたのである

ただこの選択判断は非常にむずかしい、なぜならどっちにしろその結果によって後で批判されることになる、コロナウィルスの被害が拡大したら批判されるしまた過度に警戒して社会活動をとめてもその後でその方が問題だったと批判されるからだ
たいしたことがないのに過度に警戒して社会活動をとめた結果、その方が被害を大きくしたとかなるからだ、それは指導する人の責任でもあるが民主主義になるとみんなの責任にもなる、どっちにしたらいいのか?
コロナウィルスはそれほどの被害がないから社会活動をあまり制限しない方がいいともなる
何か自分は社会活動をあまりにも過度にとめるとその方が被害が大きくなるともみる
それは原発事故でそうだったからである、ただ相手が正体不明なのだから判断しにくいのである、それを科学者でも医者でもわからないものだからである

posted by 老鶯 at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月21日

コロナウィルスに放射線が有効? (原発事故で散々だった福島が安全ー東京過密都市が被害を拡大?)


コロナウィルスに放射線が有効?

(原発事故で散々だった福島が安全ー東京過密都市が被害を拡大?)


照射による滅菌が発生する可能性がある1つの方法は、電離放射線が使用される場合です。
滅菌の文脈では、電離放射線は、滅菌中にすべての微生物を破壊するために使用される
短波長高強度放射線の一種です。 滅菌に使用される電離放射線の形態は、ガンマ線照射、
電子線照射、およびX線照射として知られています。


これは何かわからないけど放射線が菌を殺す、するとコロナウィルスも殺すとなるのか?それで福島が安全だとして面白がっている
これも何かわからないにしろ放射線というのはレントゲンとかでもわかるように毒にも薬にもなる、この世にあるものは毒にも薬にもなる
水だって津波になる水害になる、光だって強すぎれば紫外線で病気になるとか必ず両面に働く、だから放射線だって両面に働くのが自然界だとなく
放射線も自然界にもあったからだ

とにかく福島は自分の住んでいる場所は津波や原発事故でん散々な目にあったまさに人はばらばらになり住まなくなりまさに散々になったのである
未だに避難区域になった所は帰ったのは老人だけであり回りの田畑は草ぼうぼうである
そして空家だらけである

だから何かこんなふうに故郷が町が村が簡単に捨てられることが信じられなかった
確かに放射線というのは怖いというのはわかるからそれに文句は言えない
でも若い人が親を捨てていち早く故郷を捨てて去ったのである
故郷を捨てるにも何かもっと葛藤があってもいいとも思った
それが補償金をもらうことに奔走してあとは外に出て新しい暮らしをすることが優先されたのである
一瞬にして町時代がもぬけの殻にゴーストタウンになってしまったのである

今回のコロナウィルス騒動は何なのか?
これも不可解なのだけどこれが拡大して起きるとどうなるのか?
これは今の社会に対する警告なのかもしれない

グロ−バル経済、過密都市、地方の無視・・・とか現代がかかえる問題への警告なのかもしれない。
なぜならグロ−バル経済というとき日本の地方は食料を供給するものとしてある
でもグロ−バル経済になると中国でも外国から輸入するから日本の地方の田舎の食料は高くつくからいらないとしていたからだ
でも一旦中国からこうして食料が入らなくなったらどうするるの?
どこに食料を頼るのか?

また過密都市というときコロナウィルスとか過密な都市でたちまち伝染して拡大する
それで武漢と同じように都市を封鎖するほかないという意見もででいる
でも東京のような巨大都市を封鎖できるのか?
それはもう不可能である、ここにもウィルスに弱い大都市の問題が露呈したのである

東京一極集中というのがここでウィルスには弱い、脆弱だったのである
確かに便利であり効率的であってもウィルスにはせ弱いことが露呈した
そしてグロ−バル経済になると食料が世界から確実に入るとはならない
一旦こうなるとヒト、モノの流通が止まってしまうからである
その時どうしてしのげばいいのか?
外国から物でも食料でも入らなくなったらどこから供給すればいいのとなる
地方は地方交付税を東京都民が払っているとか文句をいって過疎地域は消滅させるべきだとか言う人が普通にいた
でも逆にウィルスになると過密都市で蔓延して外国からは食料も物も入らなくなりどうするのかともなる

原発事故のときはもう東北には人か住めないとか騒いでいたし面白がっていた人もいた
それが今度は東京には人が住めないとまでなるのか?
何か必ずそうしてカルマが回ってくる、すべてグロ−バルにつながると他人事でなくなのだ
第一東京に原発を作るべきだったというのは正論だった
でも東京都民は事故になったら被害があると福島に作らせたのである
もちろん地元の事情もあったからすべて東京都民のせいにはできない
でも安全をあれほど安全神話を作るほど言っていたのだから東京に作ってこそそれが主張できたのである

ただこういうことは必ずカルマとなって返ってくる
グロ−バル経済で一時日本は豊かになり外国で女性を安く買うとかしていた
ブランド品買いあさったりもした
しかし今度中国人とかに逆に女性でも体でももてなすとかまた観光でもなんでもお客様となりサーヒスする立場になったのである
これもつくづくカルマだった、必ずこれは別に個々人でもそうだし世界でも同じ事がおきてくるのだ、それは法則のようなものである
他人にしたことが自分にはねかえり他国にしたことは自国にはねかえってくる
韓国でしつこく福島産の商品を放射能汚染されると今でも攻撃している
そして今度はコロナウィルス患者が増えているのもカルマだとなるのか?
そもそも何か行為することはカルマとなって返ってくる
それが人間の法則である、その法則、カルマから逃れられないのである

だから今の所東北地方にコロナウィルス患者がでていない、福島は特に放射能で観光客もすくなかった、中国人も少ない、それでかえって安全だとかなる
これは冗談にしろコロナウィルスには福島は安全ですから来てくださいともなる
また人が住む空家がいくらでもあるからここに住んでください、土地も耕作放棄地として誰も使わないので使ってくださいとかなる

とにかくウィルスで安全なのはかえってヒトと交流しない辺鄙な所だった
桧枝岐は本当に隔絶した場所だった、尾瀬の観光がないとき秘境だった
交通の便もない所だった、それで明治にコレラが流行して70万とか死んだとき
福島県は会津若松中心に被害があった、でも桧枝岐は被害がなかったのである
だからそうしてヒトもモノも交流しない所が伝染病には強い、ちょうど隔離された場所にあると同じだからである
それで中国では奥地の村でも村に入るのを閉ざした
でもそこで自給自足できればいいができなければもたないとなる
だいたい江戸時代から戦後でも自給自足経済だったのである
地元にあるもので暮らしていた、だから伝染病とかなっても村を閉鎖しても生きていけたとはなる
今はまず交通が途絶えると生きていけなくなる
だから伝染病とかには都会だけでなく地方でも弱くなっているのである

コロナウィルス騒動もやはりいろいろな社会の不備が現れた
政府の指導も悪く、早く手を打たなかった、中国人を入国拒否しなかった
それも観光の収入を第一に考えたからである
必ず利益優先になりそれで後で大けがをする、原発でも10数メートルの津波が来るとして科学者が警告していた、その報告書は科学的裏付けがあった
でも東電では津波対策にコストがかかるとして対策をしなかった
常に安全はコストがかかり無駄になると後手後手になるのである
そしてこうした不測のことが起きると騒ぐとなる

それから今もう安倍首相ではだめだ、自衛隊にまかせるべきだ、河野太郎に首相をやらせてし指揮をとらせろというときもそうである
なぜならこうした危機管理ができる実働部隊が自衛隊だからである
結局津波でもその後片付けは自衛隊が一番役にたったからである
その中で三人くらい死んだのである、殉職したのである
つまり阿部首相は指揮がとれない、厚生大臣もできない、それで防衛大臣の河野太郎が
クローズアップされたのである

そんな中、政府内においてネット上における存在感を発揮しているのは河野太郎防衛大臣だろう。彼は約126万フォロワーを数えるTwitterで、毎回厚労省の発表をもとに、2020年1月30日より国内感染者の状況を「新型コロナウイルス感染症対策本部のメンバー」としてツイートしている。

こうした緊急事態には機動性を発揮できるのは自衛隊しかないのである
ぐずぐずしていると被害が拡大するだけだからである
それに備えているのは自衛隊だけである、化学部隊とかもあるからだ
こういうとき指揮系統が一元化することも必須だから河野太郎が指揮すればいいとかネットで騒いでいる、つまり阿部首相には指揮できないから言っている
厚生大臣にもできないから言っている、緊急事態にはこうして誰かが率先して指揮する人がいないと後手後手に回り被害を拡大するだけだとなるのが問題なのである

「ウイルスは保持していても発症していない人が大勢いて、すでに蔓延していると考えてください。今後は大都市を中心にさらなる感染拡大が進むはずです。東京、大阪、福岡など、中国とは比べものにならないほど人口密度が高い地域は危険度が高い。特に満員電車は人と接するタイミングが圧倒的に多く、人混みなどを介して、どんどん感染が拡大します。感染者が増えて、東京などの大都市がパニックになるのは時間の問題です」(前出・上さん)

新型コロナ拡大、東京も武漢のように都市封鎖に至る恐怖-女性セブン-2020年3月5日号

 

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2020年02月19日

コロナウィルスの社会の影響 (過度なグロ−バル化経済から起きた問題)


コロナウィルスの社会の影響

(過度なグロ−バル化経済から起きた問題)


コロナウィルスが社会に提起した問題は何なのか?
ヒト、モノが自由にグローバルに行き来する社会に何の疑問もなくいいものとして拡大し進んできた
それで中国では世界の工場となり豊かにもなった
それでこれはいいものとして中国では世界の中国になるためにアメリカより覇権を奪い一帯一路政策でアフリカをも勢力圏に組み入れる
そこで覇権国のアメリカが待ったをかけたのが米中貿易戦争である

外国文明が文化でも技術でも入る時いろいろ問題になる
奈良時代だと唐との交流で中国文化を受け入れた、漢字を受け入れて日本語化もした
でもそれはあくまでも中国に留学したのはわずかのエリートにすぎなかったのである
一般の人は関係ないことだったのである
それで中国の文化をそのまま全部入れたかとなると違う
宦官制度とか入れないし何か入れたとしても中国そのままのものを入れていない
日本的に咀嚼して入れたのである
だから日本と中国が漢字を使っていてもその漢字の意味が違うのである

107年 帥升が、中国の後漢に、生口(せいこう)を献上します。
生口とは、奴隷の事です。

卑弥呼の邪馬台国時代に何も贈るものがなければ労働するものを送る、今なら外国人労働者であるただこれは職人のことで古代では違った意味をもっていたらしい。
ただ何も贈るものがなければ生口を奴隷を送る、それは奴隷が現実にヨ−ロッパでは常に存在していたからだ、それは近代になり黒人奴隷としてアメリカに連れられたことでもわかる
この生きた口というとき江戸時代に口入屋とありそれは労働者を斡旋する所だった
でも何かこの言葉には差別的な雰囲気を感じる
未だと非正規労働者とか日雇い労働者を雇う場所ともみるからである
ただ生口が技能者というとき技能労働者として日本で働かせられている外国人労働者がいるからその意味は確かではない

歴史をふりかえれば日本と外国との接触は特殊である、海に囲まれているから特殊になった、大陸だと陸つづきだから否応なく嫌だとしても万里の長城を築いても入ってくる
そして遊牧民のモンゴルとかに蹂躙されて支配される
外国人は来るなと言っても無駄なのである、無理やり入ってくる、そして食料でも女性でも奪われるのが大陸である、それが過酷なものとなっていた

日本は海に囲まれていたからそうして外国人が直接入ってくることはなかった
それは一部のエリートであり軍隊のように侵略するように入ってくることはなかった
そして日本では外国文化を全部そのまま入れたのでなく日本に適するもの取捨選択して
入れたのである、宦官制度は入れなかったのである
そのことが日本文化を維持して日本を作ってきたともなる

それが明治維新で崩れた、様々なものが無制限に入ってきたし受け入れたからである
日本の文化があり日本がに適したものとして咀嚼されずにそのつま入ってきたのである
宗教でもそうである、キリスト教があるとしてそれもヨ−ロッパのキリスト教であり日本化していないものが多かった
日本に宣教師でも多く来たことは大学にキリスト教系が多いことでもわかる
そういう宣教師でも日本化した武士道とキリスト教を一致させた内村鑑三とか現れた
また戦後は手島郁郎とかが良くわからないにしろ神道とも一致させたキリスト教を教えたそれは純日本的なキリスト教だったのである
キリスト教でもカトリックが入った国は経済成長もできていない、メキシコだとかブラジルだとか南米とかフィリピンとかそうである、そこに何かしらの問題がありそうなっている

いづれにしろコロナウィルス騒ぎで何が問われているのか?
それは文化でも技術でも何でも外国のものを無制限に入れるとそこに災いが生まれる
ヒト、モノでも何でも無制限に入れることは危険なのである
南米とかはその象徴ではないか、過去の文明が馬百頭とか銃をもった500人くらいの強盗団のようなものに乗っ取られたのである、これも悲惨だった
何らそこに抵抗できなかったのである、日本だけは明治維新で外国の植民地されなかったということは特筆すべきことだったのである
それだけの日本歴史があり文化がありそうならなかった唯一の国だったとなる

インディアンが絶滅寸前に追い込んだのはもウィルスなどであった

白人達が持ち込んだ微生物・細菌・バクテリア・ウイルスなどの病原菌や伝染病の為に、その集落は抹消されてしまったのだった。このように、ヨーロッパ人の征服者達は戦わずして勝利する場合が多々あった。この事で、原住民の人口減少に拍車が掛かった。メゾ・アメリカでは1520年代に25000万人いた原住民が、1620年代には100万人にまで減少した。

 森林に分け入って金鉱を探す者たちとの出会いは戦いに至らずに終わったが、彼らはワイアピの民たちに拳銃よりもはるかに致命的な武器を放っていった。麻疹(はしか)とイだが、こうした病気への自然免疫力を持たない先住民に対して、ウイルスは爆弾のような威力を持っていた。「ワイアピはそういう病気に慣れていなかったから、皆あっという間に死んでいった」「インフルエンザは治った。だから、はしかにかかったときも治ると思った。でも、はしかの方は強力で、死ぬまでに1日とかからなかった」と、ズァクーさんは語った。

白人がもたらした死の伝染病はしか、生き延びたアマゾン先住民の新たな戦い

ここで慣れていなかったというのは免疫がなっかたということである
そして2000人程度いたとされるワイアピの人々は、1973年にはわずか151人となってしまった 、これは最近のことなのである
日本でも幕末から明治になるとコレラが流行した、それで70万死んだのである

外国人と外国と交わることはそれがすべていいものではない、いいものばかり入ってくるとはならない、悪いモノもヒトも入ってくる
日本は海に囲まれていたから大陸のように海に阻まれるから大陸からの侵入に席巻されることがなかったのである
モンゴルが攻めてきたときが最大の危機になっただけだった

でも明治以降は全く違う、あらゆる外国のものが日本の文化などを無視して入りすぎたのである
食文化でも外国のあらゆるものを食べるようになった、これも日本人の体にいいものではなかった、日本は海産物とか米と野菜とか中心の食生活である
それが肉食中心の食生活になった、パンでも何でも食べるようになった
白人は欧米人は肉を食べると消化するため酵素が出る、でも日本人は出ない、すると肉食はあっていないのだ、そういうふうに人体が長年の習慣で作られてきた
そして穀物類を食べるから腸が長くなったのである
つまり体自体がその土地の風土から歴史から作られていたのである
だから外国のものを無制限に入れることは体にも影響するのである
まずなんらかのガンが日本人に多くなったとか他の病気でも食生活の影響がある

外国だとワインとかパン食とかチーズとか牧畜民族の食である
それが日本人にはあっていない、それでワインに詳しくなったがそんなもの無駄だったという金持ちの老人がいたのもわかる
日本人はなんでも取り入れすぎたのである、それで体をに病気を作ったともまでなる
コロナウィルスというのも何かわからないにしてもやはり日本が国外から入ってくる悪いものなのである
そういう悪いものも必ず外国と交流するとき入ってくるのである
だから貿易が悪いものではないというとき江戸時代のように鎖国しても長崎の出島で外国の物を取捨選択して人でも物でも入れるといいとなる
つまり外国貿易自体は否定できない、日本でも否定していなかったのである
ただ日本に合うものを取捨選択して入れていた
それが今は何の制限もない、あらゆるものが入ってくるからだ
それが日本文明でも文化でも破壊してしまうのである
だからコロナウィルスでも伝染病でもグロ−バル化に対する警告だとしてとらえることもできる

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コロナウィルスで起きていること


コロナウィルスで起きていること

(それは悪いことばかりではない?)

コロナウィルスというときすべてが悪いとなる、いいことは一つもないとかなる
でもこれが何かわからないにしてもこれも世界に作用する
その結果としては

●グロ−バル経済の縮小

●オリンピックの中止

●中国とアメリカの大国の汚染

このことが起きている、アメリカが関係ないにしてもインフレインザで一万人以上が死んでいる、その中にかなりのコロナウィルス患者がいると調査しはじめた
するとこれは一体なんなのだろうとなる

良く推理小説で犯人が誰かという時、その結果として殺人でも誰が一番得したかということで割り出すことがある、もしそのことからたどると中国とアメリカのどちらがコロナウィルスを生物兵器としてばらまいたと言われる
でもそれでどっちが得するのか?
アメリカが得したとはしているからアメリカなのか?
でもアメリカのインフレインザがコロナウィルスだという時そうも言えなくなる
つまり両方が打撃を受けたとなるからだ

とにかく言えることはグローバル経済社会に対して警告の意味はあった
ヒト、モノが自由に行き来することはいいことのようでその反面マイナス面、危険なこともあるんだよということを警告している
江戸時代なら関所がヒトでもモノでも簡単に通れない、外国貿易はできない
すると鎖国状態でありウィルスでも入ってこない
どうしして江戸時代の末期にコレラが入ってきて被害があり幕末に拡大して明治で70万人も死んだのか?
それはその辺から人の交流がありコレラ菌が入ってきた
特に明治には外国人が入ってきたから大きな被害を出したとなる

とにかく人間社会は必ずいい面と悪い面が生れる、その極端なものが核だった、原子力発電として使えばいいものでありでも核兵器となれば人類滅亡になる
科学とは常に技術でもそういう側面があった
日本でも技(わざ)は災い(わざわい)となるからだ
それが人間の業(カルマ)だとなっていた

私はグロ−バル経済を批判して来た、世界的極端な格差を生んだのもグロ−バル経済であり金融資本とかにとって株式でも何でも操作されるようになる
そしてグロ−バル経済になると他国は利益を上げるものとしてしか見ない
それで食料でも危険なものでも売りつけてもうければいいとしかならなくなる
いらないもの危険なものでも買わされる
アメリカの牛肉を今アメリカでは危険だから食べないというとき日本人は平気で食べているとされる、遺伝子組み換えの食料でもそうである

福島の原発の原子炉でもマーク1というアメリカのお古を買わされたの事故の一つの原因だったとされている
アメリカでは別にその責任はとらない、離れているからいいとなるからだ
人間はそこから離れると無関心になるからだ
そこに住んでいる人は何でも住んでいる場所に無関心でいられないからだ
ただ中国だと一つの世界になっていたから(他山の石)という諺が生まれた

グロ−バル経済とか広域社会でもそれはいい面だけではなかったことは確かである
そのブレーキが今ウィルス騒ぎで起きているのかとなる
これはどうしてもヒト、、モノの交流をとめるからである
インバウンドの観光もとめられる、これだって確かに悪い面が多いとしても京都は元の静かな京都にもどったというときそこに住んでいる人には悪いことだけではない
日用の生活にも交通でも観光客によって乱されてしまたっからである

あまりにも他国に頼る生活をしていると何かあったときモノが入らなくなり生活もできない、中国の食糧でも物資でも入らないともはや生活できないとかなる
もし自国でまかなうようにしていればこういうときはもちこたえられる
それは津波の時、三陸辺りで裏山の清水を飲み、米を山からの木材でたき、みんなで協力しあってしのいだというときがそうである
交通が遮断されたからそうなった、でもそこにはまだ生き延びることができるものがあったから助かったのである
もう外国とかなると日本でもあまりに遠くなっているから何かあったときできなくなる
ガソリンが入らなくなったりしたら車さえ使えなくなるからだ
それで津波原発事故では私は二週間くらい過ぎて隣の市でスーパーをはじめたということで自転車で買い物に行ったのである
また町で貯えていた古米が配給されて助かったとなる

コレラの会津の流行は会津若松中心に被害がっあた、それは新潟方面からと白河街道とかからが会津若松で合流した、そこから田島の方の街道にさかのぼって蔓延したのである
だから人の行き来の多さに比例して明確に被害が大きくなっていた
それで桧枝岐(ひのえまた)は隔絶された秘境だったから被害がなかったのである
それもまた逆説だった、交流がなければウィルスの防御となっていたのである

結局あまりにも行きすぎたグロ−バル経済広域社会になってその欠陥が現れたのかとも思う
とにかくオリンピックなど中止されるのはいい、なぜならこれは国民の税金の無駄使いである、メデア関係が電通などがテレビ放送の利権でしているともされる
今第一オリッピック自体にスポーツに興味をもつ人は少ないからである
金メダルとることでもあまり関心がないのである
前のオリンピックとは全然社会状況が変わってしまったからやるべきではなかったのである

またこのコロナウィルス騒ぎは中国とアメリカへの大国への警告かもしれない
アメリカは中国の一帯一路政策がすすめられなくなるとか喜ぶ
中国の一帯一路は中国の世界支配のためであり日本がもその中に入っているのだ
またアメリカのインフレインザ流行も格差社会が貧乏人が医者にかかれていことから起きているとかアメリカの内政の問題でもあるからだ
つまり中国でもアメリカでもウィルスがその脆弱な所をついてきたのである
もちろん日本の社会にもそうである、何か常に日本でも情報を隠蔽する社会だからであるそれは原発事故で暴露されたのである
だからそれぞれの社会の脆弱なところをついてきたのである

結局グロ−バル経済とか世界政府とかはまやかしである、それは世界保健機構(WHO)でもわかった、中国の金によって中国の息のかかったエチオピア人がとりしきっていたからそうなった、つまり中国人のためのものだったのである
国連自体も世界のためではない、特定の国のためであり金を出す国が支配するとなる
世界政府とは世界が特定の大国なりに支配される体制でありそこに公平なとありえないのである
おそらく人間が意思を疎通される範囲は限られている
それで民主主義でも大きな国になると通用しなくなる
せいぜい一万くらいのギリシャのボリスのようだったら直接選挙で機能するとなる
それが十万だと百万だとかなるともう民主主義もなくなる
だから世界政府とはまるでナチス帝国とか中華帝国とかのことでありそんなものが作れるようがないのである
ただグロ−バル経済になるとそういうことが推進される
だからコロナウィルス騒ぎはそういうことをとめるために起きたのかとまでなる

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2020年02月17日

社会の脆弱性を攻撃するウィルス (アメリカは貧乏人が医者にかかれず、中国は言論の自由がない)


社会の脆弱性を攻撃するウィルス

(アメリカは貧乏人が医者にかかれず、中国は言論の自由がない)

向こうの貧困層は、その日暮らしが多いだろし
仕事休めば即クビだろう、そうなると病院いかず無理して、本人重症周りにウイルス撒き散らし
日本もこのまま貧困層が増え、格差拡がれば今以上に毎年インフルエンザ大流行で数万死ぬ社会の出来上がり

今回のコロナウィルスの正体はわからない、謎である
なぜアメリカにこんなにインフレインザで死んでいるのか?
こっちの方が怖いとなる
一万人も死んでいることの方が怖いとなる

その原因がアメリカでは簡単に病院に医者にかかれない、日本のような皆保険がない
医療費が馬鹿高いからである、それで医者にも行けず病院にも行けず死ぬ人も多い
これはアメリカは極端な格差社会であり金持ちは桁外れの金持ちである
数パーセントの人が富を独占している
そしてホームレスも多い、格差が極端なのである
結果的に医療がゆきとどかずインフレインザでこんなに死んでいるのかとなる
それはウィルスに対して社会の脆弱性がありそこをついてきたのかとなる
日本は貧乏人でも医者にはかかれる、病院に行けるからである

一方中国はどうかというと最初にウィルス説を唱えた人が警告した医者が習近平独裁体制のもとで言論の自由がなく自らもコロナウィルスにかかり死んだ
それは悲劇だった、ウィルスの攻撃で社会の問題が浮き彫りにされたのである
それは原発事故でもそうである、「安全神話」を作った議員や官僚や御用学者やマスコミがありそれは巨大な利権のために「安全神話」を作っていたのである
その安全神話が津波で崩壊したのである
日本にも言論の自由はなかったのである、安全だとしかなかったからだ
内部告発者もいなかった、実際は原発の管理はずさんなものだったのである
そこで働く電気工事関係者はそのことを言っていた
でもそれを言うと仕事がもらえないから東電の命令は絶対だからということができなかった、完全に「安全神話」によって言論は封殺されていたのである

だから社会の脆弱性というのが何か危機に現れる、それはそういう事故とか事件とかウィルスとかの危機に現れる
日本がで阿部首相が適切な処置をしなかったから中国人に忖度して観光で金を落してもらうために早急に入国拒否しなかったことが問われている
つまり常に利益が第一であり安全は考慮されないのは原発と同じだったのである

社会の脆弱性というとき格差社会になると社会全体からみると社会的紐帯がない意外ともろい社会であるとなる、そういうことが危機に現れる
アメリカでは極端な格差社会というとき、大金持ちは貧困層に無関心になる
でもその貧困層がいるということでその人たちがウィルスに感染しやすい
なぜなら医者や病院にもかかれないからである
するとそこからウィルスが蔓延してインフレインザが拡大して富裕層にも及んでくる
それは防ぎようがなくなるのだ

中国の様な共産党一党独裁は支配者層にとっていいが支配される下級国民にとっては
いいものではない、でも支配階級にとっても独裁政権が今回のように言論を弾圧する
するとそれが支配者層にはねかえってくる
医師がコロナウィルスを指摘したのに抹殺されてその時ウィルスが蔓延していたからである
中国では自治体の独立性がないから上意下達だから自分たちの生活する場所で知ったことを共産党幹部に伝えることができなかったのである


アメリカが中国を批判するけどアメリカでも社会の脆弱性が攻撃される
そして日本でも日本でのコロナウィルスの蔓延がとめられるかどうか問われる
日本の社会の脆弱性がここでも問題にされるかもしれない
ただウィルスは現代のようにグロ−バル化して人がこれだけ世界中を行き来していることで拡散することをさけられないのである
南相馬市の原町区のパリミキの人が福島市から通っているというのもそうである
相当に距離がある、でもそういうこともまた多いのが現代社会である
だから福島市で感染していたらすぐに南相馬市でも感染者が出るとなるのだ
もうその径路は追ってもわからなくなる、現実にそうなっている
それだけ広範囲に世界でも交わっているからである
それがグロ−バル経済の脆弱性として欠点としても現れたのである

例えば江戸時代なら関所が随所にありそこを封鎖すれば入れなくなる
食料とかどうするのかとなればもともと地元で自給自足なのだから貧困でも生活できる
貧しくてもできる、でも今はできない、世界でも結びついて生活が成り立っているからである
だから津波とか原発事故でも交通が遮断されると食料も何も入らずにお手上げになる
放射能が怖いから運送する人も入らない、津浪で道路は寸断されて運べないとなった
その時裏山の清水を飲みまたそれで貯えていた米をたきしのいだ人たちがいた
燃料は裏山の木とかなった、それは江戸時代の自給自足の状態に戻って助かったとなる
そこにセーフティネットがあったとなる
それが都会などでぱできないからもう生き延びることすらできなくなる

いづれにしろウィルスでもそうだが常にグロ−バル化しているからグロ−バルな問題として浮上する
アメリカのインフレインザだって日本に伝染するかもしれない、するとそっちの方が怖いとなる、何かこれはコロナウィルスではないかとアメリカで調べ始めたからである
アメリカも中国だけを悪者として批判できる国ではないのだ
そして日本のコロナウィルスの対応が悪いとういが自国でもどうなのかとなる
そんな極端な格差社会を作り貧困層が医者にも病院にもかかれないからそんなに多い死者をだしているとなるからだ

原発事故でもそうだったが何かこうして問題が起きると社会自体が問題になる
社会全体が問題になる、その国々の社会が問われる
中国とアメリカは巨大だからその影響が世界に及ぶことが多い
でもその社会の脆弱性がどっちにもありそれがウィルスの攻撃で攻められてもいるのだ
ということはこうしたウィルスも天変地異であり津波と同じように神の意志が働いてなっているのかともなる
これを契機に新たな社会形成を強いられるからである、つまり易姓革命となるからだ
だからこのようなウィルスでも神が働いているのかともなる
これはグロ−バルな問題でありグロ−バルな解決策が必要になっているからだ
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2020年02月14日

末世に起こる災難 (地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)


末世に起こる災難

(地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)

スペイン・インフルエンザが,植民地を含めた日本帝国で関東州を含めれば,推定75万人以上の犠牲者が出したことを指摘した。国内では内地に限っても,関東大震災の5倍近くの人命を奪った。

75万人も死んだ?これはどういうことなのだろう
何か津波と違ってこれだけ被害があってもこのことについて語られなかった
こんなに人が死んだのか、空恐ろしいとなる
                                            

巨大地震の連発を号鐘として、国家破産、異常気象、大飢饉、大疫病(感染症)等の災難が続発し、ついには亡国の大難たる
(国内の分裂抗争)と他国侵逼(たこくしんぴつ)(外敵の侵略)が起こるのである。

大地震に津波は来た、異常気象もある、そして次に来るのは何か?

大疫病→大飢饉→国家破産

今この大疫病の蔓延が開始されたのか?次に来るのが食料がなくなる大飢饉であり
次に来るのが国家の破産、経済破綻である
今そこに向かっているのか?

なぜつくづく東北では大地震が津波が来て原発事故があり台風の洪水被害もありこんなに災いがつづくのはなぜだろうとなる
自分自身も災いつづきだった、回りを見ると病気の人が多い、脳卒中で九死に一生を得た人もいる、ガンになっても仕事をつづけている人もいる
その手を見たら点滴した跡が痛々しいのである、点滴する場がなくなっているらしい
どうしても60代になると必ず病気がなんらか出てくるのである
また老人でも年金もわずかで暮らしが成り立たない人もいる
日本全体が貧困化しているのである、それがやがて国家破産になる
もう医療費が増大して払えきれない、消費税でも医療費でも何かと金をとることしかないそうして恐ろしいのは預金封鎖とかなんとかそんな噂をでてくる
地銀でも銀行が半分以上なくなるとか言われるし福島銀行は外資に併合された

確かに今は末世状況になっている、あらゆるものがうまくいかないのである
悪いことが重なり明るいものが見えて来ないのである
そもそもこんなに災難がふりかかってくること自体が異常なのである
末世には世が乱れる、天変地異が起きる
そういう末世状況が現れている
それだけ何か世が乱れて終始がつかなくなってあらゆる災いが襲ってくる
疫病もその一つなのである、これは75万人も死んだように深刻だったのである
医療が発達しているから現代は防げるのか?
このコロナウィルスの正体も実はわかっていない、未知のウィルスであり人類に襲いかかった未知の禍だとなる
何か手を打つことができない、薬でも直せないとかなる

ただこれは新たな時代を作るための痛みとして現れているのかもしれない
なぜならグロ−バル経済がこの疫病で歯止がかかりアメリカでも日本でも外国に労働賃金が安い所に工場などを移転できなくなる
国内で労働者を雇い国内でまかなうようになる
するとグロ−バル経済ではなくドメステックな国内経済中心の世界に戻る
それが人間として国として正常なことでありこのような極端なグロ−バル経済は天の理に反していたからこんなに災いが続いているともなる  
それはアメリカでもそうでありEUでもそうであり世界的傾向なのである
グロ−バル経済からの撤退現象なのである

地震でも津波でも天変地異でも天からの神からのサインとして起きて来る
地震や津波は原発をとめる、原発をやめさせるものとして働いたからである
それは人間社会に対しての警告だったのである
だから疫病でもそうである、これはわからないにしろ天からのサインでありそれによって社会が変わる、社会が正常に戻すための痛みなのだという見方もできる

それにしても人類には未知な災難がやってくる、それが予測できないのである
2020は変化の時であり災難の年になるとみんな言っていたが本当だった
この疫病でもコロナウィルスでももしオリンピックが中止になればこれも天の声であり
オリンピックなど無駄だからやめろということになる
災い転じて福となすともなる

ただ疫病というのも世界中の人が交わることで広がる、それをもはや止めることができないから起きる、何か西の方で東京とか都会でコロナウィルスが広がっている
東北の方は広がらないのか?東北には中国人でもあまり観光客が来ないということがあるそれで逆に東北は安全だとかなるかもしれない、ただどうしても仙台辺りだと人が交わる遠くからいくらでも人が来るから危険だとなる

何かインパウンドとかは問題があった、日本人は日本がゆっくり観光できない、旅できないとういのは本末転倒でもあった
外国人に中国人頼りになりおもてなしをする、ただこれは日本が高度成長時代に外国でしてきたことである、それがグロ−バル経済である
一旦世界的競争に敗れれば奴隷のようにされる、観光でも外国人にサービスしないと生きていけなくなるのである
それは日本のカルマだったのである、そもそも外国で同じようなことを日本はしてきた
それがカルマとなって今日があるとなるからだ
めぐりめぐって必ずカルマがなんでもある

いづれにしろ現代は2020年は末世である、だから災難が極点に達するかもしれない
もっと大きな災難が来て時代が変わる、ただ時代が変わるためには明治でも戦後の焼野原でもそうだが大きな痛みを強いるのである
それを覚悟せねばならないとなるが何ももう起きてもらいたくないとはなる

とにかく親鸞とか日蓮とか一遍が生まれた時代は末世であり題目を唱えて来世に行くことを願った
それは現実の地上が地獄になっていたからである
もう一心に題目を唱えるしかなぐさめもなかった時代である
それで異常に宗教が普及した時代である、まず医療に期待できるとか何か科学に期待することもできない
するとただ祈ることで来世に行くことだけが希望になった時代だったのである



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2020年02月13日

安全優先は国がしないとできない (コロナウィルスと原発事故の政府の対応)


安全優先は国がしないとできない

(コロナウィルスと原発事故の政府の対応)

中国でもそうだったけどコロナウィルスで対応が初動で遅れて蔓延した

●情報の隠蔽

●経済優先、コスト優先

医師がこれはウィルスとして政府に警告していたのにかえって無視されて罰せられるとかなる、政府にとって不利な情報は隠蔽される
権力でもって不利な情報は常に隠ぺいされる
原発は特にそうだった、何か内部で不具合があっても隠される
そして政治家であれ官僚であれ検察までも権力と一体になり隠される
マスコミはただ権力に従うものでそこから真実は伝えられない
原発は巨大な利権だった、それは事故前からそうであり事故後も除染で何兆円とかその賠償金でもそうである
そうなるとあらゆるものがその利権にあづかろうとするしかなくなる
それは地元でもそうでありそこで欠けたの安全が無視されるのである

安全というのはコストとして金をかけたくないのである
それで東電の社長でもコストカッターとしてのしあがったとされる
それから科学者が10メートル以上の津波が来るからそれに備えるべきだと報告しても
コストがかかるからしなかった
つまり何でもコスト優先になる、目先の利益がまず優先する
津波が来るとしてもいつ来るかわからないからだ
百年後かもしれない、そしたらその遠い未来に備えるのはコストのと無駄だとなる

とにかくなぜ安全がないがしろにされるのか?
安全に金をかけたくない、それは利益に直接結びつかないからである
でも一旦事故など起きると安全無視するとととりかえしのつかないものになる
それは今回のコロナウィルスでも起きた
安全より経済優先にする、阿部首相もインバウントの経済優先で中国の顔色をかかがい
思い切った手をうたなかった
それで今になり国内で死者が一人でた、これから蔓延してゆくのか?

安全は民間ではコストがかかるからしにくい、それは政府の仕事になる
あらゆる安全は政府の仕事になる、自然災害から守る国土の安全、食料の安全、他国から攻撃される軍備力をもつ安全とか安全は政府がしなければできないことがある
でも政府でも安全には金をかけたくない、何か経済成長するものに金をかけたい
つまり安全は無駄なものに思える、積極的に取り組むものではなく消極的に取り組むべきものになっている
安全を重視すると金にならないからだ、もうからないからだ

でも一旦会社の製品でも事故を起こすと大損害になり会社までつぶれるとなる
国だと国自体が危機にひんする、それがコロナウィルスで中国でも起きて日本でも起きるかもしれない、どうしても安全には積極的になりえないのである
攻めと守りがあり攻めは動物的に果敢に襲い掛かる
でも守りは何か目立たない、何か功績をあげるという感じでなくなる
前面に立って攻めてゆくのは目立つ、でも後方で守っているのは目立たない
攻めは男性であり守りは女性であり攻めは動物であり守りは植物である
二つの作用がありバランスが保たれる

今回のコロナウィルス騒動でも中国は軍事力で突出してアメリカに継ぐものとなった
でも中国社会全体に安全の意識は低い、医療関係ではまだ先進国ではなかった
それで中国社会の不潔な社会がウィルスに弱いことを露呈した
環境汚染とか黄砂とかとにかく中国はそうしてよごれ安い社会だった
だから汚れに対して不感症にもなる
日本は逆に神社でも塵一つでもないように清潔にする民族である
だいたい外国の川は特に中国の大河は泥川である、そこからして汚いことに不感症になる日本はまた異常に清潔を重視するのは川でも水が透き通っていてきれいだからともなる
だかち汚れに敏感なのかとなる、神道とはそうして汚れを拒否して川で禊(みそぎ)したことでもわかる、それが日本の文化なのである

とにかく原発事故でも危険を知っていても内部告発もできない
情報は権力で隠蔽される、それで大事故になってとりかえしのつかないことになった
「安全神話」をあらゆる権力が一体となり作り上げたからである
それは習近平体制ともにていたのである
原発に関しては情報は隠蔽され安全神話で何も言えなくされていたのである
だからそうした政治体制とか言論の封殺とかも原発にあった
科学は中立であり科学者が科学に忠実に発言していればいいができない
それで科学に忠実であった医師がコロナウィルスのことを早くから指摘したが封殺された
そして最初にコロナウィルスのことを伝えたのはアメリカだったのである
日本でも原発事故で放射能がもれたことを事故があったことを最初に伝えたのはアメリカであり日本でなかったのである
スピーディで放射線量を計測できていたが何も日本自身で対策ができない
それでアメリカに先に放射性物質に汚染されたことを伝えて対策を頼んだのである

結局安全ということでは日本は原発でもなんら対策もしていない
なぜなら「安全神話」を強固に作っていたのだからする必要はなかったのである
あたかも宗教のように安全神話に頼っていたのである
そこに御用学者がいて安全を言うから科学的客観的事実は無視されていたのである

そして今回もコロナウィルスは科学の問題としてあるがまたその国の政治社会の問題になっている共通性がある
このことで習近平体制がゆらぎ政権も危ういとなる、それは阿部政権にも波及してくるかもしれない、コロナウィルスについては未知なことが多いから予測できない
でも安全に関して政府はやはり中国と同じように遅れて対策をとらなかった
それで蔓延してゆくのか?
何か軽い咳がつづいたりすると不安になる
外出するのが怖いともなってゆく、でも東北だと大阪とか東京とから離れているから安全なのか?

それにしても今年は不穏な幕開けだった
地震が昨夜もあり今日もわずかにゆれた、昨夜は震度4であり今日は択捉島辺りが震源でありマグニチュード7となると結構大きいからここまでゆれたとなる
こうして依然として震災から9年過ぎるのに何か不穏なのである
いづれにしろ2020年は不穏でありさらに大きな変化が起きるのか、事件が起きるのか
それはみんいな予測したことだから当たっていたとなる



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2020年02月10日

科学技術にたよる権力の文明の崩壊 (中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


科学技術にたよる権力の文明の崩壊

(中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


チェルノブエリ原発事故→ソビエト連邦崩壊

福島原発事故→日本の安全神話崩壊

中国のコロナウィルス→中国習近平体制崩壊

これらに共通性があるとしたらやはり科学技術と関連していた
コロナウィルスでもこれも秘密裡に開発された生物兵器だともしている
それが放射能のようにもれて大惨事となった
現代が科学技術の時代だというとき密接政治でも経済でも科学技術と結びつく
そこで科学技術の問題から政治に影響して崩壊する
科学技術と一体化して権力が維持されているからそうなる

それを象徴していたのがオウムだった
オウムは仏教の信仰団体であってもカルトでありサリンとか生物兵器を作っていた
つまり科学技術と結びついて権力をもちオウム王国を作ろうとしていた
つまり現代は科学技術無しでは権力を維持できないのである
そのオウムを拡大化したのが国家になっている
現実にサリンという科学兵器を生物兵器でも開発していたからである
それを国家規模でしていたのが今の世界である
コロナウィルスが中国の武漢の生物研究所からもれたというのもそうである
そこから習きんぺい一党独裁が崩壊するという時も科学技術と結びついているから
それがつまづくと政権自体が崩壊する

そもそも科学技術がテクノクラート支配が社会にあった
鉄が発明されると鉄を得るものが武器を作りまた鉄器でも作り農業生産が飛躍的に増大する、すると国家も巨大化してゆく
夜郎自大というとき夜朗国は青銅器であり漢は鉄器の刀でありそれで技術の差で滅ぼされた
そういう技術の差で世界の国々の興亡がある、そういうことは人間の歴史が始まって以来あったことである 
他方、鎌倉時代なのか鍬でも堅い木が必要であり樫(かし)の木を柄にしてそれで生産力をあげて地主から解放されたということもある、それで樫という姓が生まれたというのは興味深い

科学技術の崩壊が国の崩壊になる、科学技術が権力を維持するには不可欠である
太陽の運行を知ることなどが歴が支配するために不可欠だというのもそのためである
元号が天皇によって定められるのはまさにそうである
天候を知ることは農業で不可欠でありそれを知ることが国を治めることだとなる
それが崩壊するとマヤ文明のようにやはり文明自体が崩壊する
何か迷信化して人類の滅びる日まで割り出していたのである
それはまさにカルト宗教のようになっていたのである
そうしてマヤ文明はジャングルに捨てられたのである

原発事故でも安全神話を作り権力が維持された
それが津波と地震で崩壊した、その後遺症は甚大だった
未だに回復できない、まるでバベルの塔の崩壊のようにそこに住んでいる人たちはばらばらになって住めなくなった
補償金でもめたし互いに意思疎通もできなくなった
言葉が通じなくなったということにも似ている
つまり科学技術はバベルの塔でもあった
人間は神に成ろうとするのが科学技術でありそれが崩壊したのである

中国はコロナウィルスで自ら製造したのか、生物兵器なのかそれで習近平体制は崩壊してゆく
何かそういう法則が歴史にある、科学技術は万能ではないからいつかそうなる
つまり文明自体が必ずいつか崩壊する
AIに頼ってもそれもまた何かで崩壊する、機能しなくなりコンピューター文明自体が崩壊してゆく
人間は科学技術もカルマでありそのカルマを背負っていてそれで文明は崩壊する
のような過酷な罰を受ける定めにある
カルマは個々人も受けるが国全体とか文明とか世界でも受けるのである
どうしてもそこに人間の力の限界があり必然的にそうなる
もし神のように万能だったらそうはならないからだ 
つまり歴史にも何らか法則性がある、法則性とはカルマのことなのである
それは繰り返して起きてくるからである、自然災害でも法則性がありそれがカルマなのである
だからこの法則性をカルマを知ることが歴史でも必要なのである

とにかく福島の原発事故の時、あれはオウムだと騒いだ
つまりオウムを大規模化したのが国家であり国家自体がオウムだったのである
それは中国でも同じでありアメリカでも現代の国家は同じである
だからつくづくオウムというのは理解できない、奇怪なものとしていたがそれを大規模化したのが現代の国家だったのである
だから別にそうみれば奇怪なもの、理解できないものではなかったとなる
そういう極端な団体が生まれたのは現代文明から生まれた必然だったともなる
なぜなら現代の国家自体がオウムになっていたからである

















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2020年02月07日

報道されないアメリカのインフレインザの脅威 (一万人がすでに死亡?)


報道されないアメリカのインフレインザの脅威

(一万人がすでに死亡?)


アメリカの疾病管理予防センター(CDC)が1月25日付けのインフルエンザ感染の推計値を発表。
2019-2020年シーズンの累計でのインフルエンザ感染者数は1900万人以上、入院患者数は180,000人、死者数は10,000人に達しています。 

2019年10月1日から2020年1月18日までの今シーズンの米国のインフルエンザを巡る状況

インフルエンザを発症した人] 2100万人

[インフルエンザで受診した人] 1000万人

[インフルエンザで入院した人] 25万人

[インフルエンザで死亡した人] 2万人


アメリカのインフルエンザ報道を見た後だと、
少なく感じてしまいますね。

死者が1万人を超えるって、
アメリカからの訪日客の方が脅威ではないのでしょうか?

アメリカで猛威を奮っている季節性インフルエンザB型が猛威を奮っている。

病疫対策センターの発表で既に2600万人が感染。
内31万人が入院。
死亡が2万5000人が死亡。
全50州のうち流行指定は41州。

現時点で過去10年で例を見ない脅威的な感染力でパンデミックを起こしている。

新型コロナウイルスよりも桁が違う感染者と死者数はもっと日本で報じても良さそうですが・・・。

このアメリカで流行しているインフルエンザも新型肺炎と同じように潜伏期間があるので自覚症状がなければ余裕で空港の検査にひっかかることもなく日本に来国してきます。


コロナウィルスで中国が世界から責められているけどなぜアメリカのインフレインザの恐怖が報道されないのか?
これは疑問になるのも当然だがその理由がわからない、インタ−ネットでもある所は削除されたとかもあった                      

何かこの真相をアメリカは隠しているのか?

中国も習近平が最初に医師が警告しても表ざたにしないようにしてかえって蔓延した
必ず権力者は不都合なことを隠蔽するのである
それは福島の原発事故でもそうだった、あまりアメリカのことを批判しなかった
古い型の原子炉をアメリカから買った、それが事故の原因とかになったともある
でもアメリカには何の責任もないとされた
何か技術関係でも国と国の関係になると信頼関係がないと危険である

アメリカにすると日本で事故が起きてもいいや、古い原子炉を売ってもうけろ

日本ではアメリカの植民地のようになっていて逆らえない、原子力を導入したいから何も言えないとなる
それがすべてではないにしろ事故につながった一因でもあった

今回のアメリカのインフレインインザの流行は一万人もの死者とか言われるのは何なのだろう

そしてマスコミでは一切報道しない!

このことがみんな疑問になりインタ−ネットに書いてあるがその理由が全くわからないのである
これもなんなのだろうとなる
中国の危険は言うがアメリカの危険は言わない、アメリカ人の日本への渡航禁止になっても不思議ではない、これほど死んでいたらこっちが恐怖となるからだ
でも政府でもマスコミでも一切報道しないのはなぜなのだろうとなる

そこに常に日本では西側よりアメリカよりになりアメリカの不利な情報は流されない
それがこうしたことでも起きているのか?
マスコミでもテレビでもアメリカのインフレインザを取材したり報道したりしないのである

つまりマスコミにテレビに報道管制がしかれているのだろうか?

そもそもなぜアメリカでこんなにインフレインザが流行するのか?
それは今年だけでない、数年前からである
中国の医療体制の問題を指摘するがアメリカの医療体制はとうなっているのか?
アメリカの医療は高いと言うがインフレインザとかでは安くワクチンが受けられるとかある

ではなぜこんなにインフレインザが流行しているのだろうか?

それもなぜこんなに死んでいるのだろうか?

そして日本は一切政府もマスコミも報道しないのはなぜなのだろうか?

ここに中国のことはコロナウィルスのことは過剰に報道するが一切アメリカについては報道しない
すると日本ではその危機感がない、アメリカ人も普通に入ってくる
そしたら菌をばらまくことがある
その注意もしないのはなぜなのだろうとなる

日本はアメリカから情報統制されているからそうなっているのか?

でも日本の危機になるとしたら日本国民にもっと知らせる義務がすでに政府にある
でも日本はアメリカに何も言えないとなるのだろうか?

そこに独立国ではないから日本が危機でも知らせることもできないのか?

中国でもアメリカでも大国に忖度して日本人の命がそこなわれることにもなる
そこに小国の悲哀があるとなるのか?
日本が習近平を招待するというのはアメリカを牽制するためだとも言われる
アメリカに一方的に押し付けられることに対して中国によって牽制する
それが大国の狭間にある国の外交だともなる

ただアメリカのインフレインザの情報がインタ−ネットですら少ない
だから知り得ようがない、その知らないことで国民が被害を受けることにもなる
原発事故は全く危険を知らされないことで大惨事になったからである
情報はだから権力者が操作できる、そこで常に危険でも隠蔽されてそれがいつか
原発事故のように明るみに出される
ただその時はすでに時遅しとなっているのだ
警告する人があっても無視されるからである

コロナウィルスでも危険だと早めに手を打てと警告した中国の医師が感染して死んだからだ
何か原発でもそういう人がいたけど無視されていた、マスコミでは地方の新聞社でも雑誌でも報道関係でも
報道しなかったからである

二三年前にもアメリカでインフレインザで大量に人が死んでいる、でもそのことをインタ−ネットで書いた人がいても削除された
その削除したのはグーグルなのだろうか?
グーグルはアメリカの政府と結びついている、それは中国でも言われた
中国のファーウェイがアメリカの標的になった、情報を独占するということでそうなった
情報で世界を支配するとことで技術の流出を止めることに躍起になった
つまり情報でも中国とアメリカの大国が争っていたのである
ただアメリカ側にある欧米側にある日本は中国のネガティブな情報が入りやすいが欧米のネガティブな情報は入りにくいとなる
だからアメリカが世界の権力者になっているときアメリカ側に利する情報しか知り得ないともなる
だから情報に公正さはないとなる、権力をもつものが情報も支配するからだとなる



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2020年02月03日

中国の最優先課題は常に政治 (いかに国内を一つに治めるかが課題)


中国の最優先課題は常に政治

(いかに国内を一つに治めるかが課題)


昔、中国人に詳しい人の著作を読んだ時
「中国人は中国人同士の争いだけが眼中にある。外国人と争ってるように見えても、それは中国人同士の争いを有利にするための前段階に過ぎない。中国人の本当の闘いは中国人同士の争いにこそある」って記述があった。

日本の古代の朝貢貿易の使者や留学生が厚遇して貰えたのもこれがあったかららしい。恭順の意思を見せ貢ぎ物を持って来た事が中華の支配者には国内外に自分の威光を宣伝する効果が高かったから、使者としての体裁を整えて来る日本の使節は大切にして貰えたと

いまだに感覚的に全て理解した気がしないけど、中国人同士の争いが本番って事なのかなとなると、中国人を攻撃するウイルスを中国人支配層が作ってても不思議じゃないのかね…否応なしに巻き込まれる世界は迷惑な話だ


5ちゃんねる見ていなけどこれは面白い
中国の習近平が天皇に会うというときこれなのだ
「俺は天皇とあった、天皇が俺に頭を下げた」とかなって中国国内で宣伝できる
日本もまた中国にこうしてたてると中国でも厚遇されるとなる
ただそこに危険性もある、中国の柵方体制とかに組み入れられるとかその工作として
北海道を一路一帯政策に組み入れるとかカジノで政治家を買収するとかを言う人がいる

ともかくこのコロナウィルスは政治に影響する度合いが大きい
それで陰謀論になる、なぜ陰謀論になるかいうと情報が開示されないしわからないからそうなる、でも状況証拠がありそこから陰謀論になってゆく

要するに正体がわからないものはいろいろな憶測となりそれが怪異なものを生んでゆく
明治時代とかの錦絵に外国人が富士山爆発を起こすとか描かれている
その時外国のことを知らないからそうしたことまで噂になり恐れられる

とにかく中国があれだけ大きいのだからもともと三国志になる
一つの国として統一すること自体が政治なのである
だから中国は政治の国なのである、すべてが政治になる
老子などの思想も一見政治でないようでも政治色の強い思想である
2000年前でも人口が多いとしてその頃一億くらいでもそうだった
それで「小国寡民」の思想が生まれた、他でも成さずして成るとか過剰な政治の支配があるからこそそうした無用の思想が生まれた

中国だと中国自体が世界でありその中で争いに勝つことが政治であり外国の事より優先されるというのがわかる
ただハーバード大学の生物のウィルス研究者が逮捕された
武漢の細菌研究所に勤めていた、高額の金をもらっていて二重スパイだっとして逮捕された
だから何かこのコロナウィルスの背景が複雑になりまるでスパイ映画のようになっている
武漢の生物兵器細菌研究所からもれた

故意に誰かがもらした

習近平に反対する人なのか

アメリカが習近平体制を終わりにするためなのか

生物兵器研究所が怪しいという時根も葉もないものではない 
火のないところに煙はたたないからだ

いづれにしろ中国とは邪馬台国の時代から日本では関係している
でも中国の歴史を知ることに疎遠になった、欧米化でそうなった
今になってまた中国が経済力で世界一にもなろうとしているから見直すようになったのである

中国の課題は必ず政治でありそれは2000年前から変わっていないのである
あれだけ大きい国を統一することが課題でありまた膨大な人民を飢えないように食べさせることなのである、それをしないと政権はもたないのである

ただあれだけの歴史があるのだから中国に学ぶことが多いし日本で利用する諺が中国由来なのが多いし漢字を使っているのは日本だけであり文化的には深いつながりがある
中国自体が世界であり物産でもないものがない
中国ですべて事たりるのである
そこで世界に通じる思想が生まれる

「他山の石」「夜郎自大」とか「一将成って万骨枯る」とか歴史から教訓が生まれた他山の石とは遠くの知らない石でも参考にしろ関心をもてということである
夜郎自大とは夜朗国が強大な漢の国を知らずに自分の国は大きいとして戦って敗れた
これも中国がいかにそもそも大きく世界だったかを知る
それはアメリカの大きさを知らずアメリカと戦ったこととにているのである

「一将生成って万骨枯る」でもそうである、習近平が一将であり独裁者になる
その下で取り締まりが厳しくなり従わない者は牢獄に入れられる
それは始皇帝の時代から変わらないのである、そういう国だということである
中国ではとても民主主義など不可能である、三つに国を分けたりしたら可能かもしれない
でも一つにするとなると独裁しかないのである

どこの国にも強みと弱点がある、それは人間でもそうである、人間に弱点がない人はいない、中国の弱点は強みである人民が多いことであり国土が広すぎることなのである
恐竜のようになっているのが中国である
その馬鹿でかさのために人民を支配できない、国を治めることができないことが歴史だった
だからその弱点としてコロナウィルス騒ぎとなった、前にもサーズとかあった
あまりにも国が大きいから制御できないのである
日本はそした馬鹿でかい国ではなく人口も多いが中国家として治めやすいのである
統一されやすいのである、そこが日本の強みだとなる

いづれにしろ日本に来た中国人にインタビューしても口をつぐんでコロナウィルスについては語らない
それは上らか命令されているからである、言論の自由がない国なのである
日本に来ても自由に発現できないのである、だからそれが怖いとして香港に二年住んだ人が日本に帰った
もちろん日本にも言論の自由があるとは言えない、でも中国とは違う、中国の言論統制は厳しい
すぐに警察がきて牢獄にぶちこまれる、そして獄死させられているというからだ
そういうことがコロナウィルスでは裏目にでたのである
そういうことから今の政権が崩壊してゆくという人もいる、それだけの衝撃がコロナウィルスにあった証拠である





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2020年02月02日

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)


福島県会津へのコレラの流行

(伝染病は交通と密接に結びついていた)

「日本の歴史災害ー菊池万雄]を読んで

江 戸 時代におけるコレラ病の流行
-寺院過去帳による実証 菊池万雄

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日本海から会津若松に伝染して一方白河街道からも伝染した
それが田島方面に南山通りに伝染した
白河街道と阿賀野川の方からの伝染が多いからそうなった
それより南山通りからは伝染していないとなれば
ここの道は行き来があまりなかったとなる

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山形、秋田、青森が多かったのは日本海航路があり北前船が通い交通が頻繁だった
宮城県15年に2361と増えたのはやはりか石巻とか港があったからだとなる
福島県とか岩手県が少ない、太平洋側は北前船のように交通が盛んでなかった
北前船は大阪とかから來るから遠くの影響を受けやすかったのである


この本を読んで伝染病がコレラの流行が密接交通と関係していた
交通が頻繁にある所は伝染病がコレラの被害が拡大したのである
それを福島県に会津に例をとった部分で解説する

なぜここに興味をもったかというと全国を隈なく旅しているからそれで交通に地理に興味をもつようになった
会津に何度も行っているがここほど地理が特に方角がわからない場所はない
海側だと海から太陽が昇るから東であり山側は西であり北とか意識する
つまり方角の目星がつくが会津とか山の中の盆地になると方角がわからなくなる
それで飯館村に行った時、方角がわからなくなり迷った
東に行こうとして西に行ったのである
その時太陽が西に沈むことでわかった
このように盆地になると方角がわからなくなるのだ

特に会津は広いし本当に方角がわからない、地理がわからないのだ
基本的には阿賀野川がありこの川を通じて日本海に新潟に通じている
ここに川運があり人との物流があり人との交流があった
そしてコレラでもこの阿賀野川を通じて会津にも入ってきたのである
日本海側には北前船が通い大阪とかから人も物も入ってくるからコレラも伝播して死んだ人が多い、その数千数人とかなっているのも驚く
それだけ当時は伝染病というのを防ぎようがなかったのである

その当時の交通は日本海を通じして北前船でありあと陸路は街道である
だから新潟県とか秋田県とか青森県にコレラで死んだ人が多い
福島県は内陸部だから死者はおさえられた
それでこれだけ死者があったということは当時の医療が遅れていたからである
伝染病というと黄熱病で猪苗代に生まれた野口英世が死んだというのも因縁である

とにかく本当に当時の交通とコレラの伝染が密接に結びついていたことはいかに交通が伝染病に影響していたかという事実である
だから今回のコロナウィル騒ぎで中国の辺鄙な村では村に入る道まで閉鎖した
日本がでも塞(さい)の神とか村の入口に大きな藁人形とかを置いてよそ者の侵入を恐れた、それは伝染病を疱瘡とかでも恐れたからである
だから同じようなことが人間社会にはカルマとして起きる
玉野村は伊達藩と相馬藩の境でありそこに若木神社があるのは疱瘡の神を祭っている
境とはそうして伝染病を入らないように閉ざした場所でもあった
それで桧枝岐は隔絶した場所だからコレラの死者が出ていない、それは隠れ里であり人とか物流がなかったからである
それで悪いものも入ってこない逆説があった

現代はグロ−バル化になり交通がこれだけ発達したらもう世界的にたちまち拡大する
それも防ぎようがないのである、それだけの人であれ物であれ流通しているからである
日本のコレラも江戸時代の末期から文久から明治時代にコレラが大流行した
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最初に中国の廈門(アモイ市)から長崎に入ってきた、そこから港から全国に伝染した

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

ここは華僑の出身地でもあり故郷である、ここはそれだけ外国人も入ってきていたから
伝染病でもコレラでも入り安いとなっていた

福島県でコレラが伝染したとき南山道ではなく別な方向からコレラが伝染して会津の中心地若松で増えてそれが南山道から逆流した
この意味が理解できなかったが白河街道方面とか阿賀野川からも入ってきてそれで会津に集積してコレラが田島方面へ伝染した
これも何か当時の交通がどうなっていたか、物流が人の流れがどうなっていたのかを証明している

安政 におけ る当地方 の コレラ病流行 の実態を
第5図 の如 く,コ レラ病死亡者埋葬寺院 の分布
の面 か ら考察す ると,石 巻 ・塩釜 を中心 に半径
50km内 に流行 した もの とみ られ,そ の状 態は
近 きよ り遠 きにお よぶ同心円状をな して ノーマ
ルで あるが,仙 台藩支藩の一関や,三 陸沿岸 の
気仙沼 で,わ ずか なが らも流行 の傾向があ らわ
れ るなど,幹 線交通路 としての北上川水運 と,
沿岸航路 の重要 さを物語 っている面 もある

石巻から北上川をさかのぼり一関にも患者が増えたというのもそうである
この道は古代では鉄の道だった、それで産鉄集団だった真野氏一族が北上川を通じて登米に上ってその跡を記したのである
つまり歴史をみるとき交通の面から見ることが不可欠なのである
地理があらゆる学問の基礎ともなっているからだ
それで私は全国を旅行したからそこがどういう場所かイメージできる
そして地理に興味をもったのである
地理が基礎だという時、地理は地形とかは二千年単位でも基本的に変わらない
どんなに時間をさかのぼっても地理は変わらないからである
イスラエルでもエジプトでも何千年前と同じ場所にあった、例え国がなくなってもその
土地はなくならないからである、だからこそ二千年過ぎてイスラエルという国が復興したともなる

歴史がなぜあらゆることで事件でも問題になるのか?
それは人間は必ず同じことの繰り返しなのである、カルマの繰り返しなのである
津浪だって相馬藩政記に二行だけ生波(いくなみ)で津波で700人溺死と記されていた
でもこの辺ではここは津波の来ない場所だと思い込んでいた
ても確実に災害をカルマであり繰り返し起こってくるのだ
ただ400年前になると誰も生々しく語るものがいないから忘れてしまうのである

コレラだってこんなに明治になっても死者があったのかと驚く、それも忘れているからである、人間ほど忘れやすいものはない、人間個人でも次々に事件でも問題が起きて前騒いでいたことを忘れるのである
ニュースだって次々に新しいことを追いかけて昨日あったことさえ忘れてゆくのである
ここがやはり人間の弱点でありそれで何回も津波でも警戒しなくなっていたのである

posted by 老鶯 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年01月30日

権力者は常に情報を隠ぺいする


権力者は常に情報を隠ぺいする

(コロナウィルスと原発事故の共通性)

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武漢のコロナウィルスは最初から情報が隠蔽されていた、中央政府からも情報が出されず隠蔽されて結果としてウィルスがたちまち蔓延した
そして一市民が危険を冒してyoutubeで発言して助けを求めている
また情報で混乱しているのも原発事故と同じである
浪江の人は一番危険な放射能汚染の場所に対馬に逃げた
津島が山の奥であり原発から離れているから安全だと思ったからである
そのことを原発関係者は知っていたが何も知らせなかった
ただ原発で働いていた東電の人がいて津島の山の方に逃げるより街の方が放射線量が低いと街の方に引き返した、それが正しかったのである
つまり東電に勤めている人が知っていたのである

武漢でもこれと同じような混乱が起きている、情報が錯綜して混乱している
インタ−ネット時代でありそれで様々な情報が出ている
ただ中国ではインタ−ネットも政府から規制されているから隠れて日本人の友達から放送して助けを求めている
もともと常に権力者は情報を隠蔽するのが常套である
危険な情報は出さない、でもどうしても人間がウィルスに伝染したりすれば隠すことができない、そういうときはすでに時遅しとなっているのだ

原発でも最初から強力な情報統制が行われていた
そして原子力村によって支配されていたのである
そこでは安全神話が作られて逆らうことはできなかった
政府ー官僚(検察)−労働組合(電事連)−自治体ーマスコミー地元権益者
こういうふうに強力な利権で結ばれたものは完璧とすら見えた
だからこそ安全神話は強力に作られたのである

でも原発内部で働いていた人たちは配管などで仕事していた人は壊れるとか見ていた
それを報告するにもできない、なぜなら東電の権力は絶対だからである
千人も電気工事関係者が働いていたがその人たちは東電の命令は絶対だとしていて何も言うことができない
言えば仕事がもらえないからである、東電は絶対的権力をもっていたのである
これは中国のコロナウィルス騒ぎとにている

なぜならコロナウィルすは生物兵器のウィルスがもれたためだとも言うからだ
それは秘密裡にされて作られていた、その証拠がないにしろ生物兵器工場が武漢にあったそこでフランスの技術者が協力していたのである
これは限りなく黒に近いともなる、火のない所に煙はたたないとなるからだ

とにかく原発でもそうだが常に権力者が隠蔽する、それは危険なものでありその危険を隠蔽する、そうせざるをえない、そしてその管理もずさんなのである
生物兵器でもウィルスがもれる、原発でも放射性物質がもれる
そういうことは事故がなくても現実に今でもあるのだ
原発のまわりではもともと放射性物質がもれていたのである

こうした政府指導のものは常に情報が隠蔽される、そうするこきによって危険が知らされない
なんとか指導者も権力者も隠そうとする
でもこうして必ず何か事故となり危険なものがもれてきて初めて大騒ぎして隠すことができなくなるのだ
これはウィルスでも原発事故でも同じだったのである
これは政治体制の問題であるが中国だげではない日本も同じだったのである
日本は自由なようで常に江戸時代から隠蔽社会だった
庶民は何も言うことができない社会だったのである

でもそうして情報を隠蔽すると事故になったりこうして危険が明るみに出てその時被害が拡大して止められなくなるのだ
その情報の隠蔽の結果として重大なことが起こり誰かが民衆でも国民でも責任をとらされるのである、今回はウィルスで中国国民が死ぬのである
これは中国の一党独裁とか政治体制の問題でもありまた世界的に日本でもそうだったように権力によって隠蔽される結果そうなる
権力者は都合の悪いことは表に出さないようにできる
でもそれが隠蔽されているといつしか必ずこうしてウィルスでも何でももれてくる
いつか明るみに出される
これはやはり真実がいつか明るみに出されて裁かれる、神から罰せられる通じている
時間はかかるにしろそうした隠蔽された悪が必ず明るみに出される
それが人間がするのではなく原発の場合は津波だったのである

このコロナウィルスが問題なのは中国だけの問題ではない、グロ−バル化しているからこそ世界の恐怖となる、この伝染病は本当に怖いものとしてあった
ペストでヨ−ロッパの三分の一が黒死病で死んだからである
これだけグロ−バル化して人が交わることはいいことのようでもそこに大きな危険が潜んでいたのである

何か世界が交わることはヨ−ロッパの大航海時代からつづいていた
でもその交わることで第一次第二次世界大戦となった
その死者は何千万人にもなったのである
江戸時代なら確かに遅れているし貧乏でも朝鮮半島とも中国とも争う必要もなかった
平和な時代がつづいていたのである
だから必ずしも人が国が世界が交わるグロ−バル化することは全面的にいいとはならないその負の部分がこうして拡大してきて歯止めが必要になったのである

老子の言うように平和を維持するには「小国かみん」がいいとか何か鍬までもつなとか
隣の村とも交わるなというのは人間の歴史の逆説である
国と国が世界的にグロ−バル化して交わった結果、世界大戦で何千万人も死んだとか
いいことばかりではなかったのである
鍬をもつなというとき道具をもつ延長として石器で殺し合っていたのが鉄の発明でより
殺傷力が強いもので鉄の武器で殺し合うようになったのも人間の歴史だったのである

ウィルスはやはりグロ−バル経済とかに対する警告なのである
神からの警告なのである、オリンピックももうそんなものに金をかけることは必要ない
それは平和の祭典とかではないからだ、マスコミとか利権者の金儲けのためだけなのである、何か意味があるわけでもないのである
オリッピック自体もうやめるべきなのである、別に技を競うならそれぞれの種目の世界大会で十分だからである

インタ−ネットの普及で情報社会になった、でも原発事故でもそうだが結局情報は権力者がにぎっていて表にでないのである、情報は統制されるのである
特にマスコミは政府であれなんであれ創価とか他の宗教団体であれあらゆる団体の圧力でタブー化する、そしてタブー化する結果、大きな事故とか災いを生まれて来る
これがさけようがないのである
民主主義の社会としても日本は情報統制がかえって強い、自由に発言ができるようでできないのである、その象徴が原発事故で起きたていたのである
その隠蔽のために故郷に住めなくなったり大惨事となってしまったからだ
それはコロナウィルスにも共通しているのである

posted by 老鶯 at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層