2026年03月07日

イラン戦争とアメリカの宗教の影響

イラン戦争とアメリカの宗教の影響

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福音主義と総称される保守的プロテスタントはトランプの主な支持基盤の一つだ。ピュー・リサーチ・センターによると、2024年大統領選挙で白人の福音主義者の81%はトランプに投票した。福音主義以外のプロテスタントの58%、カトリックの50%と比べても際立っている。

今回のイランとアメリカの戦争で宗教が深くかかわっている。キリスト教とイスラム教の宗教戦争の様相も帯びている。となると宗教を理解しないと本質的なものがわからない、
でも宗教となると複雑であり理解しにくいのである。石油をめぐる争いという時わかりやすいが宗教による争いは複雑怪奇になる
そもそも宗教から見れば戦争はもっともあってはならないものである、なぜなら人を殺すことを国家レベルでも容認するからである。人を殺すことを奨める宗教は世界で容認されない、だからアメリカでも大方のキリスト教の宗派はイラン戦争に反対している

2024年大統領選挙で白人の福音主義者の81%はトランプに投票した。福音主義以外のプロテスタントの58%、カトリックの50%と比べても際立っている。
福音主義はトランプ大統領を支持している、イラン戦争も支持している
でもカトリックは支持していない、それで伊藤貫氏はプロテスタントに批判してカトリックの方がまともだとしている。プロテスタントは一種の新興宗教でありそれで宗教右派となり過激化する。カトリックは2000年の歴史伝統がありそこに自ずと重みがある、だから法王は戦争には反対する。でもプロテスタントは宗教右派となり過激化する。私自身もエゼキル書を引用したりとどうしても聖書に基ずいて判断する
世界最終戦争のハルマゲドンになるというのも信じやすいのである

ただカトリックがまともなのかとなると2000年の歴史がある、その中で過ちを犯してもキリスト教の基本的なことは伝えて来た。そこは間違っていないということになる。いかなる戦争にも反対する。ともかくアメリカは世界一の軍事国家でありその軍事力の使い方を誤ると世界的大惨事になる。それを宗教が支持することは危険でありカルトにもなる。イスラエルが宗教原理主義でありアメリカがそれに同調して同盟して戦争するとか過熱化する、またイランでもイスラム教右派になると同じように過熱化して危険になる。なぜなら宗教は絶対であり妥協をしないからである

不思議なのはハメネイ師が殺害されたのは自ら死を選んだという。それは年であり最後に名を歴史に残したいからそうしたという、確かに80以上になり望むことは名誉である、すでにあらゆるものを得たとしても名誉は得られない、だからトランプ大統領でもノーベル平和賞をもらいたいとなり同じなのである。でも個人の名誉のために多くの人が犠牲になるのは問題である

ともかく宗教がかかわると奇々怪々になる。それは日本ではカルト教団が跋扈して問題を起こしたことでもわかる。そこでは殺人も肯定されて実際に殺されてもいるからである。狂信的な物となる危険がある。









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2026年03月01日

世界第三次戦争の構図−エゼキエル書の予言の現実化 【イランへのアメリカの爆撃の目的は中国をつぶすため】

世界第三次戦争の構図−エゼキエル書の予言の現実化
【イランへのアメリカの爆撃の目的は中国をつぶすため】

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エゼキエル書
ゴグはマゴグの地にあり、メセクとトバル(英語版)の大君(口語訳、新共同訳では「総首長」)とされる。 ゴグの軍隊は強力な大軍であるとされる。

人の子よ、メセクとトバルの大君であるマゴグの地のゴグに、あなたの顔を向け、これに対して預言して、言え。

主なる神はこう言われる、メセクとトバルの大君であるゴグよ、見よ、わたしはあなたの敵となる。

わたしはあなたを引きもどし、あなたのあごにかぎをかけて、あなたと、あなたのすべての軍勢と、馬と、騎兵とを引き出す。彼らはみな武具をつけ、大盾、小盾を持ち、すべてつるぎをとる者で大軍である。

ペルシャ、エチオピヤ、プテは彼らと共におり、みな盾とかぶとを持つ。ゴメルとそのすべての軍隊、北の果のベテ・トガルマと、そのすべての軍隊など、多くの民もあなたと共におる。あなたは備えをなせ。あなたとあなたの所に集まった軍隊は、みな備えをなせ。そしてあなたは彼らの保護者となれ。(口語訳聖書:エゼキエル書38章2-7節)


ゴグとはロシアでありその背後にある中国にもなる。その時代にはロシアとか中国は存在しなかった。でも中国の歴史は古いから現実にすでに存在していた。
今なぜエゼキエル書が問題になるのか、それは現実の世界の問題として現れて来たからである。そして核による世界最終戦争、ハルマゲドンが現実味を帯びてきたからである

戦争の原因は合理的に見れば

●土地の争奪戦
●資源の争奪戦

等が基本的にある。だから今度のイランへのアメリカの爆撃も原因は資源争奪戦でもある。イランの石油は中国がほぼ輸入している、それが止まると中国は崩壊する
それは石油はありゆる産業を支えている。戦争するにも飛行機であれ車であれ石油がないと燃料がないとできない、日本とアメリカが戦争になったのはアメリカから石油が輸入できなくされたとか経済制裁が原因だったともある。
ゼロ戦でも石油がないと飛べない、それで片道しかガソリンがなく帰ることができなくても特攻して行った。帰ってくる燃料がなかったのである。
アメリカは中国を叩くためにイランの石油を使わせないようにするそのためにイランを攻撃した。つまりロシアの背後に中国が存在してイランの背後に中国が存在する
その背後にあるものをつぶさない限り勝てない、確かにそう見るとわかりやすい
現代はグローバル化しているからグローバルに見ないとわからない、世界はもはや一国では成り立たない、否応なくつながっている。

ただ聖書から現代の国際状況を見るということはいかに聖書が世界的であり一民族とか国家を越えたものであることに驚く日本の歴史なら日本しか視野に入らないからである。2000年前とかに指摘されたことが現実化することを予言していたことに驚く
いずれにしろ第一イスラエルがユダヤ人が離散し2000年後に再興されること自体ありえるのかとなる。それでそのことが聖書が予言の書であることを証明している
つまりイスラエルが2000年後に再興することは大きな意味を持っている
それで人類の最終戦争がハルマゲドンが起こりそれを契機として神の約束が現実化する
キリストの再臨があるというのもそのためである

それでは日本はどう関係するのか?地政学的に日本の位置は東西を結ぶ位置にある
西側とヨーロッパからアメリカがあり東のロシアと中国とつなぐ位置にある
だから日本は重要な位置にあり日本を無視できない、東西を結ぶつなぐ位置にある
イスラエルが神が定めた場所のように日本もまた東西を結ぶ場所として神が定めたとなる。日本も大きな役割を担っている。日本を無視できないのである
だからそういう自覚を世界のの中で持つべきだとなる。小国でもその位置が役割が重要なのである。
posted by 天華 at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年02月21日

生育環境で将来でも決まる人間―家庭環境が人間を作る 【山上徹也被告の無期懲役は妥当なのか?−その過酷な家庭環境】

生育環境で将来でも決まる人間―家庭環境が人間を作る
【山上徹也被告の無期懲役は妥当なのか?−その過酷な家庭環境】

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【見えない貧困】増加する若者の“ホームレス” ネットカフェなど利用で
「見えない“貧困”」に 支援受け再スタートする男性に密着取材

生育環境は植物の成長において非常に重要な要素です。植物はその環境条件に基づいて生育し、適応する必要があります。例えば、植物は光合成に必要な日照量や栄養を吸収するための土壌の質に依存します。また、植物は光合成によって多くの養分を得るため、光の波長や温度も重要な要素です。 
筑波大学

これは植物のことでも人間が影響が大きいのはどういう家庭で育ったかである
それは遺伝より影響する、若者でもまともになれないというとき生育環境が悪かったからだとなる。なにか親から愛されていない、それが致命的なのである

植物は光合成に必要な日照量や栄養を吸収するための土壌の質に依存します。また、植物は光合成によって多くの養分を得るため、光の波長や温度も重要な要素です。 

光合成という時光を受けて育つという時、光は愛であり養分を得るのは家庭からなのである。そこで愛の光を受けないと吸収しないとまともに育たないのである

それで養護施設出の人が多いというのもそうである。そこでは親からの愛情を受けるのとは違う
ともかくどんな家庭に育つかでその人の運命はほぼ決定されるともなる
ただ家庭でも多様でありどの家庭がいいとか一概に言えない、確かなことは家庭の影響は一生を左右する、例えばカルト教団にのめりこんだ親の下で育つとどうなるのか、純粋な子供の頃から洗脳されるのでそれ以外のことが見えなくなる。それも一種の虐待にもなる
でも親はそれがいいものとして強制する、子供は従うほかないから問題なのである
子供は完全な教団のロボットとして育てられる。全く他のことが見えなくなる
ただ親は良かれと思いそうする、それは親の勝手な一方的な思いであり強制になる
そしてまともな人間人格形成ができなくなる。

とにかく家庭の影響が大きすぎる、そして家庭も多様であり理解しにくいのである。
こんな家庭があったのかと驚くのである。それは自分の家族と比べてあまりにも違っている。だから不幸だと見る。ただ恵まれて育つのがすべていいのかとなるとそうはならない、苦労していないと人生の困難を乗り越えられない、何か金に困らないで育つと人に金を借りるとか人に頼ることができない、その人は事業に失敗して借金をした
でもそれを深刻に考えない、だから自分に一千万でも貸してくれと要求する
つまり金で苦労していないからそうなる。一万でも借りるでも大変になる、でもそういう経験をしていないから金など簡単に得られると思っている。
だから苦労しない人は何か困難に合うと乗り越えられない、その術もわからないからである。でも金で苦労してきた人はその術を心得ていて何とかする。
つまり苦は楽の種にもなる。逆に楽は苦の種にもなる。余りにも恵まれた家に育てば世間の荒波に放り出されたらたちまち沈没してしまう。

いづれにしろその人を見るときどういう家庭で育ったかを見ると理解する.でもその家庭も多様だから理解しにくいのである。家庭ほど複雑なものもないからである
職業でも多様でありそれを理解するのがむずかしい。いかに他人を理解することがむずかしいかである。特に現代は多様化して複雑化しているから余計にむずかしい。
こんな家族がいたのか職業があったのかと驚くのである。零下二十度の冷凍庫の中で働いたことがありそれは厳しかった。そいう仕事もある、ビルの上で働く人もいる。その仕事も多様だから理解できなくなる。ただ土木建築関係の仕事は田舎に多いからある程度は理解できる、とにかく仕事でも家庭で親の仕事から社会を知ることがあるという仕事は親が警官なら身近になりその仕事を家族の中で理解する。犯罪者ともかかわり犯罪者も理解するとなる。それで家業が多かった時代は家でじかに仕事でも理解していたから家族でもわかりやすいことがあった。家族と仕事が一体化していたからである。
今は仕事が家族と分離しているから理解しにくいのである

刑事責任の評価は結果の重大性のみによって決せられるものではなく、被告人の動機、人格形成過程、犯行に至る経緯といった主観的事情もまた、量刑判断において考慮されるべきである。本件においては、被告人が極めて過酷な家庭環境のもとで成長し、社会的に孤立した状況で犯行に至った点が注目される。

山上徹也被告の無期懲役は妥当なのか?

家庭環境を考慮することは必要でもそうしたらすべて家族が悪いとなり個人の罪は問いなくなる。でも
被告人が極めて過酷な家庭環境のもとで成長し、社会的に孤立した状況で犯行に至った点が注目される

ただ過酷な家庭環境に育っても犯罪者にみんななるわけではない、だから考慮すべきでも罪を逃れることはできない、情状酌量となると一体罪の責任は誰にあり誰に問うのかとなる。それで家族が悪い社会が悪いとなれば罪が問われないし罰することもできなくなる。



posted by 天華 at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2026年02月15日

ファシオンからファシズムになる危険 【高市首相のファシオンが注目されたことについて】

ファシオンからファシズムになる危険
【高市首相のファシオンが注目されたことについて】

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今回の衆議院選挙で注目されたのが高市首相であった。その着るもの
高市首相のファッションを真似する「サナ活」が広がっている
手に取りやすい価格帯のアイテムが多く、幅広い世代が購入
実用性が高く、寒い屋外での活動にも向いている

ファッション(fashion)の語源は、ラテン語で「作ること」「行為」「なすこと」を意味する「factio(ファクティオ)」です。この言葉が古期フランス語の「faceon(顔つき、形、作り)」を経由して、英語の「fashion」となり、現代の「流行」「流儀」「様式」という意味に変化しました。

高市首相が注目された選挙だった。その着るものまで注目された。女性に特に注目された
何か高市フェーバーは熱狂は何だったのか、民主主義は政策を見るとかめんどうである。するとその時々のファシオン「流行」で判断する。今回のファシオンは高石首相だった。女性でもあり余計にファシオンに注目された。
子の危険性はファシオンがファシズムになることである。その時々のファッションによって人も選ばれ政治の動向をを決める。民主主義はファシズムと全体主義と正反対のものでも大衆民主主義は全体主義にファシズムになりやすい、一般的に大衆は議論することを嫌う、そこには知識が必要であり面倒になる。特に女性は嫌う、女性は感覚的に判断する、だからファシオンを作るのは女性である。政治のファッション化になった。

古期フランス語の「faceon(顔つき、形、作り)」を経由して、英語の「fashion」となり

まさに「faceon(顔つき、形、作り)」をまず見る、だから着る物でも注目する。今回の自民党の勝利は女性を首相にしたことである。中道改革でも女性を党首にすれば結果は違っていた。なぜなら創価の実働部隊は前は婦人部であり女性であったからである。女性に訴えるものを打ち出さないと票が集まらないのである。現代は女性に訴えるものがないと物も売れないし政治でも女性に魅力がないと賛同されない、そのことでも人選が誤ったとなる。

ただファシオンになると一過性で終わる。その時々に流行で常にファシオンは変わる。そこに一貫性がなく継続されない。ただ現代は何でもファッション化する。
常に新奇なものを求め次々に消えてゆく。宗教すらカルトとなりファシオンになる
大衆民主主義はその時々で人の好みも変わる、ファッションも変わる。
だから高市人気も一過性で終わる。そしてなぜあんなに熱狂したのかと冷めると反省する。そういうことは歴史で起きていた。戦争でも国民が熱狂的に支持していたのである
まさにファシズムになっていた。だから大衆が熱狂することは危険もあるし後で反動がある。熱狂から覚めると途端に人気も喪失する。そこに堅実なものが無いからである

いずれにしろ民主主義は様々な弊害も生んだ。戦後の日本の民主主義はアメリカから押し付けられたもので熟成されていない、だからファッション化してファシズムになる危険がある。そして政治家でもどうしたら選挙に勝てるかのかとなるといかに大衆を扇動するかを考える。自民党はその扇動を高市首相にして成功したのである。
ただその反動もあり一過性でその人気も消失することもある。ともかく現代は長期的視野で見れない。短期的ファッションで終わる。長期的に継続的に見れない、実行できない、その時々のファッションで終わる。派手なことばかり注目して地味なことは無視される。でも選挙に勝つにはその時々のファッションになる。そこに民主主義の問題がある。


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2026年01月29日

帝国主義の時代への回帰【アメリカ、ロシア、中国の帝国主義の時代】


帝国主義の時代への回帰【アメリカ、ロシア、中国の帝国主義の時代】

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アメリカの西半球中心主義はヨーロッパも入っている。でもヨーロッパからは距離を置くとトランプ大統領は言う
地政学的にはどうなるのか?

帝国主義(ていこくしゅぎ、英: imperialism Caesarismまたはインペリアリズムとは、一つの国家または民族が自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して[4][1][5]、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・支配・抑圧し[1][5]、強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策[4][5]。「帝」という字は「最高の神」、天下の「きみ」を意味し[インペリアリズムimperialism)は「帝国主義」、「帝政」「皇帝制」「広域支配主義」などと和訳される。

何か人間は古き良き時代を懐かしく思い回帰する。老人は特にそうなる。昔は良かったななつかしむ。それは今と比較するからである。70代の老女がしきりに昔は隣近所でもわずかなものでも貧乏でも分かち合い助け合っていたとかしきりに言う。今はただ金を求めるしかない、近くであれ米であれ何か足りないものくれとかありえない、すべては金であり極端になるとこうして金がない者はその人の責任であり貧乏人はなまけていたからそうなったのだと助けたり協力しない。その役割は役所が担うことになる。
だからそういう貧乏な人は生活保護になり福祉の世話になる。奇妙なのは私が困って相談すると福祉に相談しろという、その人は生活保護なのである
つまり福祉関係のサービスがありそれを知ることが第一である。隣近所であれ困っても相談しても無駄なのである。

昔に回帰するという時、大きな歴史でも昔に回帰する。何か今帝国主義の時代に回帰する。帝国主義とは世界史では常に古代から2000年前とかでもあった。ローマ帝国は有名である。その後も帝国主義はあった。ペルシャ帝国とか中東にもあり中国も中華帝国である。中国は広いから中国国内で強権国家の帝国主義になる。
今は中華帝国の再現を目指す、日本でも戦前は日本帝国主義があった。

帝国主義の特徴は領土を拡張することである。だからアメリカはカナダでもアメリカになれグリーランドはアメリカの領土にするとなる。ロシアでも帝国主義でありウクライナに侵攻する。七つの海を支配したイギリスも帝国主義だが領土を拡張するというより植民都市を世界に作った。だから貿易で儲けることができた。ただ中国に売る物がなくアヘンを売ったのである。そこでアヘン戦争になった。貿易となるとこれも戦争にもなる。

アメリカでもデールと称して自国の有利な商売をする。政治も商売となる。
そこでイギリスがアヘンを売りつけたように暴利を得る。その背後に強力な軍事力があるから逆らえない。帝国主義は経済でも支配する。何故ならドルが基軸通貨になっていることでアメリカは労せずして金が入ってくる。ドルと交換しないと石油が買えないからである。もともと通貨は支配の道具であった、なぜなら通貨には王の肖像画が彫られている、それは王が支配する象徴なのである。アメリカだったら大統領の肖像画がドル紙幣に描かれる。つまりアメリカの王が支配するということである
カンボジアとかネパールの紙幣など持ち帰っても何の価値もない、ただの紙屑だとなる
帝国主義は経済金融でも支配する、その富は世界でも帝国に今ならアメリカに集まり巨大な富を得る。グローバル経済でも富は帝国主義になれば覇権国に集積される

今はその帝国主義が復活してきたのである。アメリカ帝国主義、中国帝国主義、ロシア帝国主義・・・である。その帝国主義同士が覇権を争うのである。それらが衝突するとき第三次世界となり世界最終戦争ハルマゲドンとなり人類滅亡になる
だから帝国主義は危険である悪しき過去の再現なのである。
ただ帝国主義と民主主義は相いれないのである。アメリカが帝国主義化して民主主義を推進する指導国となっていることが矛盾になる。帝国主義はアメリカ独裁になる。アメリカでもトランプ大統領が独裁者になる。私が王であり法律だともなる。私に逆らうものは許さないとなる、ヨーロッパの絶対君主のようになる。つまり悪しき昔に逆戻りする。善き昔に逆戻りするならいいが悪しき昔に逆戻りする、それはナチスの再興にもなる。ただ歴史もカルマがあり

同じ構造が別の形で現れる(歴史の類型性)
まったく同じ出来事が起きるわけではない。
しかし、

帝国の興亡
経済の循環
社会の閉塞と改革

似たパターンが周期的に現れる。

同じ構造が別の形で現れる(歴史の類型性)ここに注意すべきである、同じことの繰り返しではなく別な形で現れるから誤解しやすいのである。同じ現象に見えても違っているからである。
いずれにしろ帝国主義が再現されることは良いことではない。悪しき過去の再現になるからである。



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2026年01月23日

情報戦争の時代−膨大な情報を処理できない判断できない


情報戦争の時代−膨大な情報を処理できない判断できない

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現代の特徴はインターネットが普及したことで世界でも情報化した。テレビでも情報化したがインターネットの情報化は世界が細部まで情報化した。個人が情報の発信者になった
そうなると膨大な情報が日々流れてくる。それを追いかけ知るだけで容易でなくなる
ベネゼエラがアメリカの急襲で大統領が瞬時に逮捕されアメリカに連行された
それも周到に準備されていたのである。まるで007のスパイ映画であった
中国のイギリスの大きな大使館建設でも光ファイバーが地下の部屋の側を通っているから情報を盗むとされている。

イギリスのシテイ(シティ・オブ・ロンドン)は、ロンドンの中心部に位置する重要な地域で、商業活動や金融取引において重要な役割を果たしています。シティは、ロンドン証券取引所やイングランド銀行、ロイズ本社などの金融機関が集まる世界有数の金融センターであり、英国の国内総生産の約2.5%を占めています

中国がここに目を付けたのはそのためだとなる。証券とか金融も今は情報である
株でも情報であり情報で左右される。一早く情報を得れば巨額の利益を得るのである
最も情報に左右される場である。なぜなら悪い樹報が流れれば株が下がる、その情報によって大損する人大儲けする人が出てくる。
株は今や情報でありその裏付けとなる現物でも金銀でもない、情報なのである
だから空箱に石コロしか入ってなくても金銀が入ってるという情報を流せばみんな投資してその空箱でも株が上がる、なぜならその情報でみんな投資する株を買うからあがる
実体のない者でも情報に左右さてそうなる。それが情報社会なのである。

そしてあらゆる分野で専門家がいてその情報を流す、それを信じるのが現代社会である。
それは例えば医療の分野でも情報が大事である。癌についてはまだ解明されていないから様々な情報が入り乱れ惑わされる。不思議なのはれっきとした癌専門の医者でもガンには生きがいを持ち目的を持ち生きろとか精神論を言う人が結構いる。それは文系にもなる。
ただ最近では分子治療方とか最新の科学技術の治療法が出てきている。
それでも精神論を言う医者が普通にいる。正に病気は気からでありその気が滅入ると早く死ぬという。しかしそんなこと誰でも言える。癌でも他の病気でもやはり膨大な情報が専門家でも素人からでも流れる。それで迷いかえって病気を悪くする人もいる
自分もそうだった。何を信じていいかわから無くなるからである

情報を選別することがむずかしいのである。そこに専門用語が出てくると理解できなくなる。それは現代社会でどこでも起きていることである
それだけ複雑になっているからである。また世界の情報となれば簡単に理解できない
ベネゼエラとは何なのだとなれば一応地理的にはわかる。でもどうしてベネゼエラという国が形成されたのかとなるとわかりにくいなじみがないからである。日頃関心をもってい見ているわけではないからである。

情報を選別して自分なりに判断できない!
膨大な情報にふりまわされているだけ

こうなりやすい、いづれにしろ世界に起きることを理解することは簡単にできない
空間軸と時間軸で知ることがむずかしい、特に時間軸で歴史を知ることがむずかしい。
そこで必ず誤解するのである。それは別になじみがないベネゼエラとかでなくても隣の中国でもむずかしい。韓国でもむずかしいのである。今だけを見ても理解できないからである。アメリカがグリーンランドを自国の領土とするというときグリーンランドとは何かとなる。そこはロシアに近くまた中国も進出するからアメリカは防衛上必要だとなる。アメリカファーストになり自国防衛が今や先決だとなり西半球中心主義になる
モンロー主義からドンロー主義になる。そこで世界も変わる

ともかく膨大な情報が日々流れるが今や消化できないのである。それはあらゆる分野で起きている。そこで判断が誤る。別に専門家でも一部を知るだけだからその判断が正しいとはならない、つまり専門家も膨大な情報を処理できない、それでAIに頼るとなる
人間では処理できなくなっているからである。
怖いのは情報パニックになりかえって単純化した扇動に乗せられる、フェクニュースでも信じる、そして単純化したものナチスのヒットラーでありカルト宗教になる。そこでは難しいことは言わない、題目を唱えればいいとなるから庶民でも理解する。それはハイルヒットラーにもなる危険がある。余りにも複雑化した文明のアンチテーゼとしてファッシズムが生まれた
つまり現代の情報社会はもはや処理できない情報洪水に飲み込まれているのである




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2026年01月19日

公明と立憲が合同した中道改革とは何なのか―名前だけ変えたものに過ぎない 【小選挙区制は政権交代するためのものだった】

公明と立憲が合同した中道改革とは何なのか―名前だけ変えたものに過ぎない
【小選挙区制は政権交代するためのものだった】

中道とは仏教用語だからわかりにくい、何か現代社会で仏教はなじまない、葬式仏教になり言葉が残っていてもそれが現実社会で意味あるものとして働かない。
そもそも創価が仏教の信者とも言えない、政治団体である。なぜなら会合があればそれは選挙のためであり一票獲得するためなのである。完全に政教一致なのである
一票入れることが信仰の証だとなる。だから立憲と組んでも中道となりなじみがない
右でも左でもないということで両方の支持を得る方便だとなる
そもそも創価でも公明党でも方便なのである。

仏教における方便は、衆生(生きとし生けるもの)を救済するために仏が用いる巧みな手段を指し、難解な教えを分かりやすく伝えるための比喩やたとえ話も方便の一種とされています

方便はサンスクリット語の「ウパーヤ」に由来し、元々は仏教用語として用いられていました。法華経をはじめとする大乗仏教では、難しい教えを人々に理解してもらうために、たとえ話や比喩を用いる方法として発展しました。現代では「嘘も方便」のように、目的達成のための一時的な手段という意味で使われることが多いですが、本来は仏様が人々を救うための智慧に満ちた方法を指す尊い言葉です。法華経では創作劇のような物語形式で教えが説かれており、それ自体が読者に気づきを与える方便として機能しています。

創価の目的は権力奪取である。異常なほど現世利益を福運を説く、でもいくら拝んでも得られない、それで政治で権力を持ち現世利益を与える。そのために選挙が仏法の戦いになる。選挙でも仏が味方するから勝つとなる。選挙が最大の信仰を試すイベントなのである。正に創価はそのための組織であり方便だとなる
つまり目的は権力奪取でありそのための方便なのである
立憲と合同したのもそのための方便なのである。だから政策でも矛盾していてもかまわないのである。あくまでも方便だからである。

ともかく仏教を現代の社会に適応させることむずかしい。それで言葉だけであり中味がないのである。仏教民主主義とか言っていたのもそうである。言葉だけであり中味はない、中道改革でもそうである。言葉だけなのである。
創価の場合はすべて権力奪取を目的にしている。そのための方便としてあらゆるものを利用する。立憲も利用されるとなる。ただわからないのは自民党から離脱したことである。国土交通省の大臣の権力は大きいものなのにそれも捨てた。権力に執着するにしては損だとなるから理解しにくい、ともかく三国志を経典のように読んでいる。それは権謀術数を教える本である。いかにして権力を得て権力を操作するかが最大の目的としている、そのための経典なのである。だからそのためには何でもする。あらゆるものを利用する。それは方便なのである。票に結び付くならなんでもいいのである。
政策でも相入れないものがある。自民党でもそうだった。でも権力奪取が目的であり矛盾していてもかまわなかった。つまり方便であり何でも利用するとなる。それはマキャバリズムである

マキャバリズム(マキャヴェリズム)とは、目的達成のために道徳よりも現実的・合理的判断を優先する政治思想で、イタリアの思想家ニッコロ・マキャヴェッリの『君主論』に由来する概念です。

一般には「目的のためには手段を選ばない」と理解されます
仏教自体権力奪取の方便として利用する。何か美辞麗句を並べてもその目的は権力奪取なのである。だから中道もそうである。そこに中味はない、方便なのである

こうなるのも小選挙区制にしたのはアメリカのように二大政党制にするためだった。
アメリカでは民主党と共和党が大統領でも4年ごとに交代する
その時大幅に変わる。政権交代して変わる。だから二大政党制になった

権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する アクトン

権力を持つと既得権者となりそれで賄賂を受け取ったり民間から様々な利便を得る
だから政権交代が必要であり二大政党がいいとなった。日本でもそれに習い小選挙区制になった。でも多党化してどこに入れていいのかわからなくなった。二大政党ではないからである。立憲と公明の中道改革が二大政党制を目指すことはそういう理屈があることは理解できる。ではただ政権を取るということの方便だとなると問題である
そもそも政党でも新しい政党はわかりにくい、名前だけを変えても中味がない
いずれにしろ選挙民からするとどこに投票していいのか迷ってしまう。

中道改革とは何なのかを今理解できない、ただ二大政党制を目指すことは理解できる
かといって中道改革を支持するかとなるとできない。その中味がわからない、選挙に勝つための方便の新政党だとなる。だからいづれまた分裂する。多党化がまねがれない
そもそも政教一致の政党が政治を歪めたのである、宗教と政治の役割は違う、それを同一化したから歪めたのである。






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2026年01月13日

南相馬市市長選挙ー原発になぜ反対できないのか 【野党でも原発増設の危険】

南相馬市市長選挙ー原発になぜ反対できないのか
【野党でも原発増設の危険】

桜井氏は見向きもせず「脱原発をめざす首長会議」世話人として各地の現・元首長たちと脱原発に向けた活動をするなど、一貫して地方政治の立場から国に物申してきた。

桜井前市長が原発反対を訴えても選挙で票にならず負けた。その理由は何だったのか?
それは地元ですら原発に賛成だからである。原発の被害があっても返って補償金をもらったから得したとなっている
特に30キロ内はそうである。原発の補償は30キロないだからである。それで鹿島区は除外されたが南相馬市ということで補償金はもらった。でも隣の原町区の三分の一だった、小高区になると家族が多いと追加補償が一千万になった人も普通にいる。その差が大きかった。それで小高の人で原町区に移り住んだ人は原発も反対しない、むしろいいものだったとしている
浪江の街中で原発で働いていた人もみんな補償金もらって喜んでいると言っていた
私は小高の人でも常に原発の被害を言うのでそうなのかなと同情していた。それよりちょっとでも批判するとお前はなんなのだ・情もない人間なのかと猛烈に批判されるから怖くなり今はしない、身の危険を感じたからである

何か被害者特権化した。俺たちは被害者と常に訴える、でも一方で補償金もらって喜んでいるというのも矛盾である
発達障害者の子供を持つ兄弟でその弟は障害者の兄はつねにいい子にされる。弟は福祉関係者から弟が悪いと常に責められると私に訴える、よく理解できなかったがこれとも似ていると感じた。
原発事故の避難区域になった人達を責めることはできない、そうすると地元だけではない、マスコミでも批判しないから何で批判するのだとなり何も言えなくなる。
なにか腫物にさわるようになり厄介である、だから私は関わらない、怖いからである
こうことでそもそも原発は反対できるものではなかったのである
これだけに事故後でも変わらなかった。むしろ補償金が手厚かったから原発はいいものだったとなっている
地元でも原発に反対しないとなればもはや誰も反対できない、だから立憲であれ最近勢力を増大させた参政党でも原発再開だけではない増設しろとなっている。国民民主でもそうである。何かこれだけに事故だからこんなことありえない見るがいかに金の力が大きいかか、金になれば危険でも不都合でも目をつぶるとなる。

ただ民主主義は誰でも自由に発言できる、別に原発はいいものである、もっと推進すべきだと言うこともできる
だから小高の人はあからさまに言う。それをとめることはできない。でも小高の人がそうなのかとなり意外だったとなる
何故なら常に原発の被害を訴えていたからである。それでかわいそうな人達となり援助しなければならないとなっていた
ちょっとでも批判するとお前は情もない人間なのかとなり責められる。そうして被害者として常に訴える。でも南相馬市でも全部が原発に賛成ではない,小高区と原町区は賛成である。ということは大半が賛成だとなる、補償金が多くもらったからである。
人間は金で動く、金をもらえれば許すとなる。また民主主義は数で決まる。多数決で決まるから南相馬市なら原町区が一番人口が多いのだから原町区で票をとれば当選できる。だから原町区と小高区は原発に賛成であり批判しない、でも多数決の判断の問題は責任を誰がとるのかとなる。原発に賛成とするのもいい、でも事故になったら誰が責任をとるのか?
実際は多数決だと誰も責任はとらない、それが問題なのである。

実際原発事故の責任は国民にもあり国民が推進したのである。それがわかったのが国民民主でも立憲であれ野党が原発推進である。もっと原発を増やせと訴えている。電事連とか電機連合組合は強力である。その団体の意向に逆らうことはできない
つまり国民が原発推進なのである。としたら国民全員に責任があるとなる
だから原発事故の被害者に補償金を税金から払うことに不満を言えない、責任を共有するとなるからである
でも国民となると責任を感じなくなる、それは責任がないと同じにもなる、戦争でも国民に責任があったとしても国民の責任は問いない、結局誰も責任はないとなっている

桜井前市長が原発反対を訴えても選挙で票にならず負けた。その理由は何だったのか?
それは地元ですら原発に賛成だからである。原発の被害があっても返って補償金をもらったから得したとなっている
特に30キロ内はそうである。原発の補償は30キロないだからである。それで鹿島区は除外されたが南相馬市ということで補償金はもらった。でも隣の原町区の三分の一だった、小高区になると家族が多いと追加補償が一千万になった人も普通にいる。その差が大きかった。それで小高の人で原町区に移り住んだ人は原発も反対しない、むしろいいものだったとしている
浪江の街中で原発で働いていた人もみんな補償金もらって喜んでいると言っていた
私は小高の人でも常に原発の被害を言うのでそうなのかなと同情していた。それよりちょっとでも批判するとお前はなんなのだ・情もない人間なのかと猛烈に批判されるから怖くなり今はしない、身の危険を感じたからである

何か被害者特権化した。俺たちは被害者と常に訴える、でも一方で補償金もらって喜んでいるというのも矛盾である
発達障害者の子供を持つ兄弟でその弟は障害者の兄は常ににいい子にされる。弟は福祉関係者から弟が悪いと常に責められると私に訴える、よく理解できなかったがこれとも似ていると感じた。
原発事故の避難区域になった人達を責めることはできない、そうすると地元だけではない、マスコミでも批判しないから何で批判するのだとなり何も言えなくなる。
なにか腫物にさわるようになり厄介である、だから私は関わらない、怖いからである
こうことでそもそも原発は反対できるものではなかったのである
これだけに事故後でも変わらなかった。むしろ補償金が手厚かったから原発はいいものだったとなっている
地元でも原発に反対しないとなればもはや誰も反対できない、だから立憲であれ最近勢力を増大させた参政党でも原発再開だけではない増設しろとなっている。国民民主でもそうである。何かこれだけに事故だからこんなことありえない見るがいかに金の力が大きいかか、金になれば危険でも不都合でも目をつぶるとなる。

ただ民主主義は誰でも自由に発言できる、別に原発はいいものである、もっと推進すべきだと言うこともできる
だから小高の人はあからさまに言う。それをとめることはできない。でも小高の人がそうなのかとなり意外だったとなる
何故なら常に原発の被害を訴えていたからである。それでかわいそうな人達となり援助しなければならないとなっていた
ちょっとでも批判するとお前は情もない人間なのかとなり責められる。そうして被害者として常に訴える。でも南相馬市でも全部が原発に賛成ではない,小高区と原町区は賛成である。ということは大半が賛成だとなる、補償金が多くもらったからである。
人間は金で動く、金をもらえれば許すとなる。また民主主義は数で決まる。多数決で決まるから南相馬市なら原町区が一番人口が多いのだから原町区で票をとれば当選できる。だから原町区と小高区は原発に賛成であり批判しない、でも多数決の判断の問題は責任を誰がとるのかとなる。原発に賛成とするのもいい、でも事故になったら誰が責任をとるのか?
実際は多数決だと誰も責任はとらない、それが問題なのである。

実際原発事故の責任は国民にもあり国民が推進したのである。それがわかったのが国民民主でも立憲であれ野党が原発推進である。もっと原発を増やせと訴えている。つまり国民が原発推進なのである。としたら国民全員に責任があるとなる
だから原発事故の被害者に補償金を税金から払うことに不満を言えない、責任を共有するとなるからである
でも国民となると責任を感じなくなる、それは責任がないと同じにもなる、戦争でも国民に責任があったとしても国民の責任は問いない、結局誰も責任はないとなっている

広告費の増加例: 関西電力は美浜、大飯、高浜の3原発を擁するが、年間広告費は2015年度の31億円から翌16年度に92億円と実に3倍増

赤信号みんなでわたれば怖くない

戦争もみんなで賛成すれば怖くない

原発もみんなが賛成すれば怖くない

多数が正義であり多数には逆らえない。でもその多数は責任をとらない、国民が責任をとれといっても国民となれば数が多いから責任をとらせようがない、でも人間のすることは必ずなんであれ責任をとらされるようにできている
戦争でも3百万人死んだとか原爆の被害は空恐ろしいものだったとかその責任はさけることができないとらされるのである。
そこが自覚されていないのである。誰でも発言できるのが民主主義である。小高の人でも原発雛区域の人でも原発はいいものだったと主張できる。でも責任がともなう、小高の人が一人でも原発はいいものだったと主張するとき小高区を代表して主張していると感じた、主張するのはいいとして責任を自覚しているのかとなる。

極端な言い方すれば原発事故でおめでとうございましたとまでなる。でも現実は常に被害を訴えている、つまり同情しろ南相馬市でも小高区に優先的に予算を金を出せとなる。俺たちは被害者なのだと訴える。常に援助されるべきだとなる
発言するのは自由にしても責任がともなう。その責任が自覚されない、それが民主主義の問題である
独裁政権だと一人の人間の責任が追及されるからわかりやすい、でも大衆民主主義になるとその数が多いから国民に責任があるとしても結局誰も責任を問いないのである。みんなに責任があるということはみんなに責任がないとなる
赤信号みんなでわたれば怖くないとなってしまうのである。つまりそのことが最も怖いことなのである。それがファッシズムとなり暴走するナチスになる。そこに牧者はいず家畜が暴走して全部死ぬともなる。民主主義とファッシズムは相性がいいのである。ナチスは選挙で選ばれたからである

いずれにしろ原発事故から14年過ぎても原発問題は解決しない、廃炉にするにしてもその費用であれ時間でもかかりすぎる
それほどの被害でも原発増設しろとなっているのが理解できない、それは原発事故の肝心の被害者が原発賛成になっていることにある。原発事故になっても補償金をもらえるから返っていいものだとみてしまう。その危険も見逃される。だから確実に次の大事故につながる。原発が止められないというより増設されるからである。






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2026年01月08日

今年はどうなるー次々に起きた世界の事件の感想 【貧乏でも助け合った時があった】

今年はどうなるー次々に起きた世界の事件の感想
【貧乏でも助け合った時があった】

●ベネズエラのアメリカの攻撃

事件はまず空間軸で認識する。起きるはtake place になる。まず場所の認識になる
アメリカの裏庭という地理の認識になる。アメリカはそれだけ今や自分の国を守るこことで精一杯になった。キューバ危機がありその時はソビエト連邦がかかわりアメリカはキューバに危機を感じてケネデイ大統領が戦争まで覚悟した。この時は核戦争も辞さないと決断したので世界が緊張した。米ソ冷戦時代でありアメリカは喉元に核基地を作られるとなり許さなかった。

1962年10月から11月にかけて、ソビエト連邦がキューバに核ミサイル基地を建設していることが発覚、アメリカ合衆国がカリブ海でキューバの海上臨検を実施し、米ソ間の緊張が高まり、核戦争寸前まで達した一連の出来事のこと。

今回のベネズエラのアメリカ攻撃はこれと似ている。違うのはソビエト連邦に代わり中国がその背後にあり中国をベネズエラの石油権益をアメリカに取り戻すのも狙いだった
またベネズエラの石油の大半は中国に輸出されているので中国を追い出すのが目的でもある。これもキューバ危機と同じように中国が軍事基地化される、核基地化されることを事前に止めるためである。ソビエト連邦に代わり中国がアメリカを脅かす国となった
米ソ冷戦時代から米中冷戦時代になった。

そしてパックスアメリカの時代は終わる。アメリカは自国を守るだけで精一杯なのである。だから西半球にシフトする。アジアは関わらない、そうなると台湾有事でもアメリカは関わらない、その時日本は一国で中国と対峙する。これは日本の存立危機になる
北朝鮮も中国と一体化して攻めてくる。それに対抗できるのか、つまりアメリカの西半球重視の政策は日本にとって現実的に恐怖となる。
世界が戦争になる時必ず核が問題になる。核が使われる恐怖になる
それは世界最終戦争になり人類滅亡のハルマゲドンになる。核が抑止力というが戦争になれば使われる。プーチン大統領が核を使うぞと脅したことでもわかる。

アメリカのベネズエラ攻撃は世界的に波及する。ただベネズエラという国が独裁国家でありベネズエラ国民がマドゥロ氏を支持しているわけではない、独裁国家では国民が政府を支持するとはならない。

2021年9月に公表された最新のEncoviによると、ベネズエラにおいて1日あたり1.9ドル以下で生活している「国際貧困ラインを下回る生活を送る人」の割合は76.6%で、前年の67.7%から約9ポイント上昇しています。つまり、現在のベネズエラでは国民の4人に3人以上が極度の貧困状態に置かれていることになります

その後は2015年に2万人超、2016年に5万人超、2017年には15万人超と増加ペースが徐々に加速し、2018年には一気に300万人超にまで膨れ上がりました。2019年に450万人弱、2020年に500万人弱と、その後も難民などの大規模流出は続いています。

これは異常な状態である。国家破綻の状態にもなる。こういう国では別にアメリカに支配されてもいいとなる。国家でも国民が支えるのでありその国民が国から脱出することは政府でも国家でも維持できなくなる
これは愛国心とかの問題でもない。まともに食えない状態では愛国心ももてないとなる
それは会津で薩摩長州軍に攻められていたがそこの住民は侍以外はむしろ歓迎していたのと似ている。年貢が安くなるとして歓迎していたのである。つまり庶民が国民がまともに食えないような国では政府が支配者が変わることが望まれている

現実に会津では明治維新後にヤーヤー一揆が起こった。国民に支持されない政府は別に他藩に外国に支配されてもいいとなる。独裁政権では取り巻きは利権を得ている
また麻薬販売でも利権を得ている。大統領がアメリカに逮捕されても依然として権力を維持しているのは旧勢力である。その人達はその権益を手放さない。
ただ国民であれ住民に支持されなければいずれ権力は維持できなくなる
そういうとき外国勢力が侵略してくる、でもベネズエラのような国では自国を守れない、もともと独裁者によって苦しめられた人たちが他国と戦う意志が持てない。
つまり国家を支えるのはその国の住民であり国民である。独裁国家にはそれがないから自国でも守れないとなる。

これは小国だけではないロシアであれ中国であれアメリカであれ貧富の差が大きいと国のために命を賭けて戦うことはしない、一見アメリカでも中国でも領土が馬鹿でかくても国意識が希薄であり意外とそこが弱点となり大国でも強いとは限らない、国を自ら守る支える意志がない国は弱いとなる。
ともかくアメリカはもはや世界より西半球、自国第一主義になる、その方向を明確にした。アジアは中国にまかせるとなるとアメリカが介入しないとなると日本はかなり危険な状態になる。確かなことは政府が国を守るのではなく国民が国を守る意志をもたないといくら政府で守ろうとしても守れない。そのためには貧富の差が大きいと国は分断されて他国に対抗できない、

●香港の九龍城砦の暮らし

このテレビ放送でそこで暮らした人たちがなつかしむ。その理由が自由があり助け合いがあった。住民はスラム街でもそれが全部悪いものとはなっていなかった
自由に商売もできて互いに貧乏でも助け合い生きていた。
何かスラム街だと悲惨に見えるがそこにもいい面があった、そんな所で暮らしてなつかしむということはないとみるがそうでもなかった。
それは戦後みんな貧乏であっても醤油とかわずかなものでも分け合い協力して生活していた、そのことをしきりに言う老女がいる。その人は今も貧乏なのである

貧乏人同士が助け合うが金持ちは助け合わない、金持ちは助けててもらわなくてもいいとなるからである。それで傲慢になる。インドでも乞食に恵むのは同じ貧乏人なのである。貧乏の苦しさを知っているから助けようとする。今日本でも助け合うということがない、何か貧乏でも自己責任にされる。怠けていたからだとなる。
でも貧乏人同士はわずかなものでも助け合うことがある。そいうことがかつての日本人にあった。貧乏がいいとはならないが貧乏でも人間は助け合うということがある
貧乏から学ぶものがある。日本人は豊かになってかえって非情になったともなる

ともかく人間は心が大事である、国を守るにしてもその心がなければいくら兵器を備えても守れないとなる。また豊かになってもかえって心は冷たくなる、助け合うこともなくなった。誰も貧乏にはなりたくない、でも貧乏でもわずかなものでも分け合い助け合い生きていた過去があった。そういう国だったら国を愛して守る意識が自ずと育まれる
愛国心が育まれる。
確かに今日本が貧困化している。でもそれが全部悪いものとなるとはならない
なにかいいと思えることが悪く作用する。この辺では原発事故で補償金をもらったが
復興という時補償金をもらうことが目的になってしまい補償金の多寡で争うようになった。補償金をもらえるのはいいことのようにみえてもそこにも悪く作用するものがあった。
日本は今経済だけではない何か戦後80年とかで見直すものがある
余りにも経済一辺倒になり金だけを求めるようになった。貧しくても助け合って生きていた時代を見直すべきだともなる。

今年の正月はテレビばかり見ていた。それでも結構面白い番組があった。
今年も様々な事件が問題が起きる。新年早々すでに起きている
それらをどうみるか、時事問題の深層のテーマになることは多い、
時事問題でも様々な視点がありた多角的に分析する時代である

honkonndoll.jpghonnkonnflower.jpg

バウヒニアは、香港原産であり、このことから、香港の象徴として1965年に香港の市花として選ばれ[2]、また香港に関する様々な旗や徽章、紋章に描かれる。

この花は香港原産なのか空港でこの花模様のコインと交換した、それが記念だった
香港には寄っていない、でも一時でも寄れば興味を持つ
それでもこうした花とは無縁の都会であり何か魅力がない、ビジネスにはいいが観光では魅力がない、








posted by 天華 at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年12月29日

吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐の犯人は福島県石川町の人だった 【当時の時代は背景を知る・・・】

吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐の犯人は福島県石川町の人だった
【当時の時代は背景を知る・・・】

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1963年(昭和38年)3月31日 - 16時30分 - 17時40分、東京・台東区入谷町に住む建築業者の長男・村越吉展(当時4歳。以下「被害者」という)が自宅近くにある台東区立入谷南公園(台東区入谷町)に遊びに出掛けていたが行方不明になった。両親は迷子を疑い警察に通報。新聞などで「誘拐」ではなく行方不明として報じられる。

吉展ちゃんの両親のもとに小原保から身代金50万円を要求する電話があり、両親が警察に相談しその後何度か小原保から電話がかかってきたことで録音することに成功しました。

4月1日 - 警察の聞き込みの結果、公園

「吉展ちゃん誘拐殺人事件」の犯人である小原保は、事件を起こした1963年当時上野御徒町にて時計店の修理工をしており、多くの借金を抱えて生活に困窮していました。

親族にお金を無心するために故郷である福島県石川町に向かった形跡もあり、お金は借りられなかったため何とかお金を工面しようと焦っていました。

小原保は福島県の貧しい農家の出身で、11人兄弟の10番目の子供でした。

小学5年生の時に骨髄炎を患って片足を悪くした小原保は、座ってでもできる仕事として中学を卒業した後に時計の修理工として仙台の時計店で働き始めました。

その後上京し上野にある時計店で働き始めましたが、月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていたところ時計店にばれてしまい解雇され無職となりました。

小原保はその後貴金属のブローカーやヒモなどをして生活していましたが、借金がかさんでいき次第に生活が困窮していきました。

東京オリンピックを翌年に控え、高度成長の真っ只中だった日本の闇を写したような事件だったと言えるかもしれませんね

月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていたところ時計店にばれてしまい解雇され無職となりました。



小原保の故郷は福島県石川町

白井弁護士は受任すると、東京拘置所に通い、小原と接見を重ねた。金に困って重大な事件を起こしたが、小原はおとなしい人物だったという。

身の上話も色々聞いた。福島県石川町で貧しい農家の五男として生まれた小原は、子供の頃に患った病気のために正常な歩行ができず、いじめにも遭っていた。不遇な少年期は山に登り、山並みを眺めている時が唯一、気分が安らいだと語っていたという。

「私も子供の頃、母親の実家がある福島県の会津に疎開していて、当時はよく山に登っていました。その話をしたら、小原は心を開いたようでした」


月給2万4000円では生活は苦しく時計を横流しして生活を補っていた

その頃の金銭感覚で2万円はどのくらいだったのか?50万の身代金を払ったがこれは今の感覚では少ないと思った、身代金だと軽く一千万とか要求する
50万でも当時だと5百万くらいになっていたかもしれない
そのくらいもらわないとこんなきけんなことはやれなからだ
ともかく借金が犯罪に結びつくことが多い。
何故私がこの事件に注目したのかとなれば福島県の石川町に自転車で行っている
そこまで阿武隈高原をたどり行っている、そこは郡山市に近くても山また山の土地である。その山にまだ萬屋(よろづ)があり寄ったら味噌汁をご馳走してくれた
これは今時めずらしいことだった。何か昔の素朴なものがまだ残っていたからだとも見た。第一萬屋(よろづ)というのがなくなっていたからだ。山の村では店でも品物を仕入れるにも難儀でありそれで萬屋(よろづ)が貴重だった。

和装館 よろづ屋 南相馬原町本店

これなどももともとよろづ屋だった。ただ元の原町市だから辺鄙な場所ではなかった
そのころスーパーなどないから何でも屋になっていたのである

いずれにしろ事件は時代を写す鏡になる。ただその時私は東京の私立の大学生であり恵まれていた。その頃貧しい時代であり中学生でもその時から10年前は集団就職があり中卒で東京とかに働きに出た、団塊の世代はとにかく数が多い、でも高度成長時代でありその多い人達を吸収できたのである。ただこの人のように犯罪を犯す人もいた
犯罪の動機で一番多いのはやはり貧乏である。その時代はまだ貧乏な人が多かった。
それでも高度成長の波に乗った人達は豊かになっていた。だからこの時代でも明暗がありすべて時代のせいにはできない。高度成長の時代だから成功した人も多いとなる
この人は足が悪いとか個人的事情でうまくいかなかったようである
だからすべて時代のせいともならない、それでもその時代を象徴していたとはなる
なぜなら小原保は脚が悪いから障害者だった、すると今なら国の支援があり援助されていたとなるからである。

何か借金を返すために故郷に帰り金を無心に来たらしい、それで実家の納屋の倉の凍み持ちのあるところにいたとか外の藁の中で寝ていたとかなる。
母親がいたが母親とは会っていない、母親は息子のことを脚が悪いから不憫だと思い他より目をかけていたのである。だから別に親が冷たいとはなっていないのである
ともかく古殿から石川町がありそこから
いわき市に自転車で下ってきたことがある。ただ地理的に郡山市に近いから郡山市で働くということもあった。でもその頃は東京や静岡県の方に工場が多くそこで工員になった。その頃また地方では働く場がなく農家では出稼ぎに出ていた。その頃農業だけであは生活が成り立たなくなっていた。原発のある双葉とか浪江辺はその頃出稼ぎ地帯でチベットとも言われた、働く場がなく出稼ぎ地帯になっていた、それで地元で暮らしたいとなり原発が誘致された経緯がある。つまり貧困が原因でもあった。人間の主な問題が貧困にある。人間は経済で動く利益を求めて動く、それは変わりないのである
江戸時代でも江戸への出稼ぎがありムクドリと呼ばれていた。

ムクドリがしばしば登場しますが、「椋鳥」は冬の季語と定められています。江戸時代、江戸っ子は冬になると集団で出稼ぎにやってくる東北人たちを、やかましい田舎者の集団という意味合いで「椋鳥」と呼んで揶揄していました。俳人小林一茶は故郷、信濃から江戸に向かう道中にその屈辱を受けて、「椋鳥と 人に呼ばるる 寒さかな」という俳句を残しています。

こういうことがあった。それだけ出稼ぎ者がいたということである。歴史は繰り返すと言うがこれもそうだった。ムクドリは大群で群れて飛ぶ。だからいかに江戸でも出稼ぎ者が多かったかわかる。出稼ぎは慣れないと都会で家もなく働くのだから辛いとなる
でも家に帰れるからいい方だともなる。小原保は故郷に帰っても迎える人がいなかった
母親がいても会えなかった、それが時代が違っていてそうなっていた。でも共通な面はある。
いずれにしろこれも時代を象徴する事件だった。個人的事情もあるが時代背景をみないとわからない。それでも50年も過ぎると記憶もあいまいとなりその時代のことがわからなくなる。また忘れてしまうのである。







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2025年12月15日

来年はどうなるー第三次世界大戦の恐怖【世界最終戦争―ハルマゲドン】


来年はどうなるー第三次世界大戦の恐怖【世界最終戦争―ハルマゲドン】

何か高市首相の台湾有事の発言で中国が激怒して日中関係が悪化した。それから中国軍のレーダー照射で日本が抗議してアメリカ軍が具体的に後方支援する、空母のリンカーンを現実に配置する、それは核弾頭を持つ、これはかなり緊迫した中国と日本アメリカの対立が具体的に軍の一触即発なった。何が恐怖かというとどちらも核を持つ、核戦争の恐怖が具体化するからである。そしてウクライナ戦争でもロシアが核を使うと西側をNATOを脅す、つまり核戦争の恐怖を具体的に感じた。ロシアでも中国でも膨大な核を保有している
もちろんアメリカは世界一核を保有している、その核を空母からでも航空機で使用できる
潜水艦でも使用できる。つまり台湾有事は核戦争になる恐怖がある
何か今回は日本が外交の主役になるとかいう。ヨーロッパとも一早く連携することになったからである。でもそれが第三次世界大戦への恐怖となった。
その中心に日本があるということは日本が最も危険な状態になることでもある

昨年、米国防総省が公表した中国軍に関する報告書には“台湾での軍事作戦で敗北し、中国共産党体制の存続が脅かされる場合は、核兵器の先制使用を検討するだろう”と明記されています」

中国を守るというより共産党を守る、共産党一党支配を守ることが優先される、中国人民はその盾になる
そもそも共産党と中国人民は別である。だから中国でも人民が共産党に習近平に抗議して失脚させる。それを習近平でも共産党も一番恐れている。共産党は今や保守であり既得権者でありその既得権を死守する、中国人民を守るわけではないのである
だから中国人民が反乱してデモを起こすことを恐れている。政権交代は民主主義ではないから暴力であれ人民の反乱で起きる
それによって共産党内の権力闘争が起きる。それが軍部とかかわり内乱にもなる。それが中国の歴史でもあった

来年はどうなるのかというとき世界的には第三次世界大戦へ進む恐怖の年にもなる
ここ二十年親の介護や自らの病気でいいことがなかった。悪いことが重なり続けた
それが継続して来年は最悪になるかもしれない、癌が悪化して死ぬかもしれない
でもこういう危険があるときむしろ死ぬことは悪いことにはならない
核戦争になりそんな世界で生きたくないとなる

なぜこんなに災難が多く続くのだろうかとなる。この世は火宅の世であり災難の世であり地獄である。それで聖書のテーマがこの世からの脱出救出なのである
ノアの箱舟でも出エジプトでもソドムゴムラからの脱出でもそうである
災いのこの世からの脱出なのである。神は災いのこの世から選んだもの脱出救出することがテーマである。ともかくこの世はいつか滅びることは確実である
遅かれ早かれ滅びる運命にある。この世に天国は生まれない、人間の手では作れない
神の国は神自ら作り治め恩寵として与えられるものである
だからなんであれ核戦争であれこの世は滅びる。
だから自分としては来年でも死ぬことは悪いとはならない、核戦争の悪夢を見ずに死んだ方がいいとなる。悪いことばかり続くとなれば死んだ方がいいとなる

いづれにしろ来年でもいいことがない、個人的にもそうである。なぜか私には親の介護か20年過ぎても悪いことしか起きない。そして最後は死である
これも自分のカルマだったとなる。30年くらいは家族に恵まれて極楽だった
それが介護から一転して地獄と化したそれも自分のカルマだった。恵まれることはいいようでも悪いことにもなる。何か悪いことで苦しみ苦労していれば苦難に耐えられる
でも楽ばかりしていると苦難に耐えられないとなるからである
苦は楽の種―楽は苦の種になるからである。

とにかく来年はどうなるかとなればどうしても個人的にも世界的にも日本でも何か良くなるとは見えない。物価高で苦しみ戦争に脅えるし地震津波も年末にあり来年ももっと大きな地震があり津波もありえる。災難はつづく、こんなに災難が個人的にも自然でも続くのは何なのだろうとなる。人心の乱れが自然にも影響して災害が起きることもあり得る。相当に日本であれ人心は乱れモラルは消失している。それぞれがエゴむき出しになり金だけを追い求める加熱する。金を持たない人だけではない金を持っている人も安心できない、常に金が狙われる。親子でも親の遺産の金が目的となる
それで大金持ちがそうした子供に金を残さず猫に遺産を残したというのもそうである
子供でも親に求めるものは金である。親は死んでもいい金をくれとなるのが現実である
こうした世相は来年でも次の年でも延々と続く。線路は続くよ地獄は続くよとなる
つまり親鸞の言う地獄は一定の住処であることは変わりないのである。







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2025年12月02日

安倍首相殺害の山上の統一教会の恨みの背景 【その責任は広範囲になる、一個人の問題ではない理由】


安倍首相殺害の山上の統一教会の恨みの背景
【その責任は広範囲になる、一個人の問題ではない理由】

旧統一教会にのめり込んでいた母親の殺害を考えたかを問われ、「考えたことはあります」と語った。実際に行動に移さなかった理由としては「母の行動は教会の教義に従ったものですし、母個人というわけでもないと思いますので」と語った。【林みづき

母の行動は教会の教義に従ったものですし、母個人というわけでもないと思いますので・・・・

一体だれが悪いのか責任あるのか?カルト教団が悪く会員の個人は悪くないのか?
明かに強制されるわけでもないから選択したのはあくまでも個人である。
個人が責任がないということはありえない、自由社会では何でも自由に選択できる、拒否もできる、でも選択した判断したのだから責任は個人にもある
とにかく億の金を寄付すること自体異常である。別にそれは強制されない、税金とかと違うからである。ただそういう場にいるとそれが信仰の証みたくなりその場の雰囲気にのまれ寄付した。それにしてもそんな金を寄付することは尋常ではない

問題は会社であれ組織集団になるとその責任とか悪でも問いにくくなる
その組織集団に所属している人もその組織の意向に従わざるをえない、そうしなければ会社であれ集団組織から排除される。でもそうしたカルト教団は会員が逆らうことができない、それでオウムでもサリンをまくという暴挙でも従った。
創価でも選挙のために日々活動する。それがおかしいと思っても組織集団全体の意向であり反対できない、その組織団体の指針に従わざるを得ない、それがサリンをまくとかでも従う。それが国家規模になれば戦争でも従う。国家の場合は警察とか軍隊がかかわり強制力があるから余計逆らえない。

この場合責任は誰にあったのか?その標的は自民党の安倍首相に向けられた
統一教会と結託していたからである。統一教会は時の政権とかかわるということは庇護されていたとなるので狙われた。その責任は安倍首相にあるとなり殺された
自民党は統一教会の支援を受けていた。本来それはあってはならないことだった。
統一教会を容認することになったからである。国家が承認したからである。
それで安倍首相が狙われた。本当は統一教会の幹部を狙っていた。カルト教団は幹部の責任が重い。幹部が支配するために寄付金を得るために信者を増やして勢力を拡大する
それはカルト教団に共通している。宗教の組織化集団化が問題の根にある
それでカトリックは免罪符を売ったのと同じように巨大な権力を持つようになった
神の名を語りサタンにもなる。サタンに乗っ取られたのである

この事件が一個人の恨みとかから起きたとしても社会的問題になったのはカルト教団を時の政権が容認したことである。それは政教分離に反する行為であった。
民主主義社会では信教の自由はある。でも政教分離の法律もある
政治と宗教が一体化することは危険であるからヨーロッパの歴史から生まれた法律である。それはカトリックが政治権力と深くかかわる歴史があったからである
日本でも天皇を神として戦争で3百万人死んだから政教分離が戦後行われた
宗教はあくまでも間接的に政治にかかわってもじかに権力とかかわり権力を持つことは危険のである。創価が危険なのは権力を得ることが目的になっているからである
だから祈れば選挙に勝つ仏が味方するから勝つとなる。それは日本は神国だから戦争に勝つも同じである。
確かなことは組織集団になると良心とかなくなる。すべて組織集団の意向が絶対化する。それはナチスにもなる。ひたすら題目でも唱えることはハイルヒットラーにもなる
天皇陛下万歳で死んでもゆくとなる。

いづれにしろこの裁判も一体誰に責任があったのかを問うと広範囲になる
本人の責任が重大でもカルト教団を時の政権が容認したことで政府にも責任がある
ただ組織集団になるとその責任もあいまいになる。個人なら厳しく問われても巨大な組織集団になると責任を問いない。権力を持つから問いないのである
原発事故でも電事連の責任のことをマスコミでも言わない。電機連合となれば現代の文明を支えるものでもあるからそうなる。

何かこの事件が一個人の私怨ではなく公憤ともなった。それはカルト教団の悪を知らしめたからである。それで政教分離が強く言われるようになったことはいいことだった。





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2025年11月20日

佐賀関の火事は空家が影響していた 【少子高齢化、人口減少で思はぬことが起きる】

 佐賀関の火事は空家が影響していた
【少子高齢化、人口減少で思はぬことが起きる】

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延焼拡大の大きな要因となったのが空き家の増加だ。市の2020年の調査では、同地区の空き家は561棟。避難した住民は「(火災が起きた)地域の半分は空き家だった」と証言する。

同地区の空き家は561棟

豊予海峡は瀬戸内海と太平洋の境界に位置しており、水温の変化が少なく餌となるプランクトンが豊富で、潮流が速いため、この海域で生育するサバは肥育がよく身が締まっている[2]。体色は金色がかり、腹部に線が入る。脂肪量の季節変化が小さい。

市の2020年度の調査では、市内の全世帯数のうち、佐賀関地区は2%程度にあたる約4200世帯。これに対して同地区の空き家は561件で市内全体の約16%を占めた。

 背景にはこの地区の急激な人口減がある。25年10月末時点の住民基本台帳人口は6937人で、10年前から3割近く減った。世帯も600近く少なくなっており、家主のいなくなった住宅がそのまま放置され、空き家になっているおそれがある。

急峻な山が海岸線へと迫るリアス式海岸 
特有の地形をしています。そのため、住宅地は狭隘な土地に形成され、特に漁港周辺地域は軒を連ねるように住宅が密集しています。急速な人口減少のもと、適切に管理されていない老朽空家等も増加しており、地域住民の生活環境に影響を及ぼすことが懸念されます


●地形的要因
●空家が多く木造で燃えやすい
●地域経済の問題ー漁業だけで成り立たない




なぜこんなに空家が多いのか?関鯖とか関あじは特産品として有名でありテレビのドラマでもそのことをテーマにしていた
観光旅館を舞台にしていた。
そういう場所でなぜ空家がこんなに多いのか、ということは観光だけでは生活が成り立たないとなる。
何か漁港でも魚を獲るだけでは生活が成り立たない
それでこの辺では烏崎では火力発電所がまずできて次に原発が作られた時住民は漁業権があり事故前でも補償金をもらい原発御殿が建てられたとかうらやましがられた。それで海外旅行が馬鹿高い時ヨーロッパ旅行に行っていた。もし漁業だけなら零細でありそんな金は稼げない
漁業だけでは稼げない、松川浦は漁業より火力発電所がありま最近はガス基地となっている。もともと漁業だけでは成り立たず半農半漁になっていた。だから漁業の町でそんなに空家があったのかとなる

つまり経済的にその地で成り立たないから他に移住するとか空家化したのか?その土地で生活できないと他に人が移り空家化する、また後継者がいないことでも全国的に空家が増える
それにしても空家が火事の原因になるのも意外というか危険とは見ていてもこんな大きな被害になるとは予想しない、だから空家は放置できないとなる。

もともと漁業は水物でもあり漁業だけでは生活できないから半農半漁になった。ただこの佐賀関は後ろが山であり平地が見えない、でも柑橘類を栽培しているから漁業だけが産業ではない
それにしても空家が多すぎる過疎化した地域であった。
この問題も漁業でも全国的な問題である。だからこそ原発であれ火力発電所であれ作られる、能登半島にも原発があり危険でもあった。原発から入る金は余りにも大きく魅力でありそれに頼るようになった

いづれにしろ空家も大きな問題であり放置もできない、地形的には狭い場所で細い道しかなく消防車が入れなかった。都会だとそういう住宅密集地が多い、だから家事になると延焼を食い止められない、それは神戸の地震でも大火事になったことでもわかる
地震でもありで怖いのは火事なのである、あのときアナンサーが焼けた人間の骨を手にとっていたのには驚いた、あれも凄惨な光景だった

ともかく人口減少少子高齢化は災害に弱くなる、消防隊員になる若い人もたりないとなる、ただ人口減少は予想もつかないことが起きてくる
熊騒動でもそうである、ハンターも減り跡継ぐ人がいないから問題になる。何か佐賀関の火事もこうした少子高齢化漁業だけでは生活できない現代の問題が現れたのかとなる
何か人間の生活が縮小してくると自然が襲いかかるともなる
なぜなら強風が吹いて燃え広がったからである。
ただ火事でも日本ではどこでも大きな火事があり記録されている
これもカルマである。何かカルマが次々に現実化しているのか、災難が多すぎるのである




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2025年11月19日

自然は依然として驚異である 【津波からコロナウィルス、熊騒動が語るもの】

自然は依然として驚異である
【津波からコロナウィルス、熊騒動が語るもの】

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八木沢峠へゆく薔薇坂に出て来たカモシカ
ここの農家が原発事故で空家化した結果カモシカが出てきた
カモシカなどはこの辺で見たことがない
つまり自然に生きる野生の動物は人間がいなくなるとそれを素早く感じて警戒しないで
出てくくる

●人口減少で農山村が維持できなくなり熊でも出てくる

熊の問題が人口減少と関係していた。人口が減ると山村でも過疎化して熊が警戒しなくなり里にでて来る
この辺では原発事故で放射線被害がありそこに人が住まなくなった時
イノシシでも猿でも増えて田畑を荒らすようになった
イノシシは耕作放棄地の田んぼでも掘り起こしていた
驚いたのは空家化した農家にカモシカが出てきたことである
カモシカなど見たことがなかった。野生動物は何か人間に無関心なようで実際は自然に生きているから敏感なのである。人間の生息地域を避けていても一旦人間がいなくなるとその生息域を拡大するために出てくる
だから人口減少すると野生動物がその生息の場所を広げるために出てくる
それで人口減少がこうして熊騒動として現れたのは意外だというのもわかる。それは意外と誰も言っていない、予想していなかったからである
現代生活は都会中心になり地方の農山村は過疎化している。そのことが熊の問題として現れることが意外だったのである。

まず今はそうした農山村にもともと住んでいる人達も住みたくない
なぜ女性の流出がとまらないにのか?そこには仕事がなく何か現代の平均的暮らしを享受できない、自分の住んでいる町でも一万くらいだと足りないものが多い、でも隣の町が5万くらいあるから助かる、距離的にも8キロもないので自転車でも行けるからである

最近トライアルという店もできた。何か常に新しい店ができる
そこでは食料品から弁当から日用品から衣服類とかなんでも売っているから便利である。つまり現代の生活は昔の農山村ではできない
現実に一万の町で一軒の自転車やもなくなり修理に困るとかなった
最低5,6万の街が近くにないと不便になる
そういうことで秋田県でも秋田市とか市部に人口が集中する
東京に出るとかではない、県内でも大きな市に移住するとなる

●佐賀関の大火事は空家も原因

地獄絵みたい」大分・大規模火災、被害拡大なぜ? 住宅密集…初期消火難航か 離島にも“飛び火”
八割が空家だったことに驚く、漁村でもそれだけ過疎化になっている、漁業だけでは生活が成りたたないとなる

九州の佐賀関の大火事の原因に空家があったというのも現代を象徴して意外だとなる、家が密集して延焼したのだが空家があり密集した結果だった。空家が壊されて空地化していれば延焼しない、江戸の火事でも延焼を食い止めるのに空地を作った、ともかくこの空家問題もどうするのかそれが今回の火事の延焼にもなったから放置できない、でも空家でも必ず所有者がいるから勝手にできない、それで柿の木がありその実を熊が食べるから柿の木を切るとしても所有者がいるからできない
だから人口減少というのは思わぬことが起きてくる

江戸は火事になったら消火するのではない、家を壊すのは延焼をとめるためだった。家が密集すること自体が危険である。でもどこでも家が密集している場は普通にある。だから大都会では火事であれ大被害になるから怖い、道も狭く消防車が入れない、大都会は大地震で火事になると止められない、関東大震災も地震で火事になり大被害になった。
神戸の大地震でも火事で大被害になった

ともかく人間の危険は現代では文明化都会化することにある
でもどうしても便利さを求めそうなる
そこで壊滅的破局が起きる。それにしても空家問題がこうして火事の原因になるのも思わぬことにもなる。少子高齢化は社会全体に影響する。

●人間は文明化しても自然は驚異であり畏れるべきもの

人口減少、人間の営みが消失すると野生動物が人間の生活圏に侵入してくる。何か野生動物の方が自然に適応して生きるから人間より生命力があり強いのかとなる。文明化した人間は強いようで弱いともなる
一旦人が住まなくなると雑草に覆われたり自然が繁殖する
自然の繁殖力は強力である。人間が減少すると野生のものが勢いずく
草でも植物でも繁茂する、動物も人間の生息域に進出する
田舎では草取りが仕事のように何もしないと雑草で覆われる
いくら文明化しても自然の生命力は強力である。

文明と自然の戦いなのか、南米のマヤ文明の遺跡でも結局元の森に埋もれてしまった。つまり自然の繁殖力が強いから圧倒される
自然は何か無抵抗で弱いようで強い、だからまた森は復活して森に覆われる時代でも来るとなる。例えば田畑でも放置するとそこに雑草が茂り木が生えて森になる、そこに野生動物が棲むようになる

一見自然は人間により操作されているようでも自然が人間を操作する
自然の力にはかなわないとなる。何か今起きていることは自然の力を見せつけられているのかもしれない、自然から遊離して文明的生活で覆うようになった時自然の本来の力を見せつけられる。人間の文明に対して自然の驚異を知らしめられる。それが津波であり熊騒動にもなる
人間は文明化して自然を畏れなくなったけど依然として自然は未知であり自然は驚異である。













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2025年11月13日

家を一人で切り盛りする負担 【掃除から金の管理からその他あり苦しく疲れた】

 家を一人で切り盛りする負担
【掃除から金の管理からその他あり苦しく疲れた】

今日は朝から農協のヘルパーが4人くらい来て掃除した
一時は脳出血で倒れたからゴミ屋敷のようになった
その後整理したが全部は整理できなかった。4人かかりでも掃除が結構大変だった。
親の介護から私は家を一人で切り盛りするのに四苦八苦してきた
今までは二人のの母親がいて世話しててくれたから楽だった
それは極楽であったが一転して地獄と化した
全部一人で切り盛りするほかない。それもカルマだった
人間は楽してもかならずその楽が苦に変わる

「苦は楽の種」とは、現在の苦労が将来の楽を生むという教訓を示す言葉です。具体的には、現在の苦労は将来の幸福のための種まきであり、逆に現在の楽な状態は将来の苦労の原因となることを意味します。このことわざは、徳川光圀によって残されたもので、人生の因果応報の考え方に基づいています

これは本当である。そもそも苦しんでいればその苦が楽を作り出す
貧乏で苦しめば贅沢しなくても食べれるだけで幸福だともなる
ホームレスのように寝る場所も無かったら雨露をしの場所があることだけで幸福だとなってしまう
だから「苦は楽の種」になる。でも贅沢な生活をしていた人は様々なことで苦しくなると耐えられなくなる。楽な生活をしていた時と比べるとからそうなる。だから零落するのが一番つらいとなる
そのことは60以降自分が身を持って経験した。食事の用意から何でも自分一人でやるほかない、それも病気でもそうだった。誰も代わりにしてくれないからである。

何か一人暮らしが増えたとしてそのリスクも困難もあまり考慮しない
一人がどれだけ大変になるか考慮しない、それがわかるのは病気になった時である。もうお手上げになってしまう。親の介護でも一人であり私は病気でも介護した。誰もしてくれないから自分がするほかなかった
それも自分一人が特別良くされたから楽したカルマとして苦しむようになったのである。

一人暮らしは様々なリスクがある。金の管理にしてもそうである
盗まれたことがあり大東銀行の貸金庫を利用したが使わないので解約しようとしたら鍵を返してもらいたいとかできなければ4万もらうとか言われた。何か他でも解約がむずかしいのである。それは手続きをめんどうにして継続させるためにそうしている

契約は容易にしても解約はむずかしくする

それでまたハンコをなくしたので新しく登録するので手間になる
何か銀行とかの役割は何なのか、前は投資信託の勧誘があり私は大東銀行でしていた。それで儲けたことがない。銀行でも何かかかわると金だけをとられるのかとなる。大東銀行で便利なのはビザカード作れたことである。普通は無職だと作りにくいが作れた。それは重宝したが後は投資信託でも損だったとか何か金をとられるだけだったともなる
貯金でも利子はつかない、でも貯金すると金があると銀行では証券会社と組んで投資信託を奨める。そこで必ず手数料入るし銀行では株でも下がって絶対損しない、損するのは客なのである
株は上がったり下がったりしますからと言えばいいだけである
今や銀行に金を預けるメリットがなくなった
むしろ客の金を奪うのが銀行だともなる
貸金庫でも銀行員がその金を盗んでいた事件があった。
つまり銀行に金をあずけても奪われるとまでなる

今回は前のハンコをなくしたので新しくまたハンコを登録する
農協のヘルパーが口座から引き落とすのにハンコがあわずできなかった
それで再登録するのに手間になる
ハンコは本当に面倒である、アメリカなどではハンコなどない、署名だけでだけでいいのである。ハンコの本場の中国でもハンコは使わずデジタル化している。日本は依然としてハンコなのである
何か日本が世界から遅れた原因がこういう所にもある

また日本では部屋を借りるにも入院するのにも保証人が必要であり
一人暮らしの人は困る。アメリカでは保証人は必要ない
なぜ日本だけ保証人が必要なのか?
それは村人が米を税金として納めるとか五人組が形成されて村人が連帯責任を負うことに由来しているかもしれない。
個人に対する契約ではないからである。契約という時個人間の契約が基本である。この契約というのも日本人にはなじめないものだった

だから神と人間の契約するという聖書の教えもなかなか理解できないものだった。神が契約するのは集団ではなく個々人と契約する
そもそも契約は個々人間での契約である、これもなかなか理解できないものだった。そもそも神と契約するとか思いもつかない、そこに文化の相違がある。ただ日本では契り(ちぎり)となるが

「契約」は法律的・ビジネス的な合意を指し、形式的な意味合いが強いのに対し、「契り」は感情的で人間関係の深さを伴う約束を指します。

ここに法律と感情的で人間関係の深さを伴う約束とは違う、法の精神がある。法治国家というときこれも日本人には理解できないものがあった。法律という時感情的なものを返って否定する、情的になると公正な裁きができなくなる。一方で情状酌量とかもあり情を無視することでもない。

ともかく一人ですべてを担うことは負担が大きい、人間は家族であれ共同する。人間は何か共同して生きる。それが家族なのだがその家族でも数人単位であり何か介護とか病気になると足りなくなる
それで家族の崩壊が起きてくる。

posted by 天華 at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年11月11日

自然の効用と人間の効用の対立−無用の用の老荘思想から見る 【人間は文明化して自然のことがわからなくなった―熊とは何者なのか?】


自然の効用と人間の効用の対立−無用の用の老荘思想から見る
【人間は文明化して自然のことがわからなくなった―熊とは何者なのか?】

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熊の害を問題になる時熊を駆除すればいいとなる。それは人間側から見た対処方法である。害になるものは排除しろとなる。
この問題でも大きな自然の作用とか効用を無視する人間側の論理で解釈するから問題になる。ブナの木を橅としたのはこれも人間側からみれば木材として使用しにくいから無用の木となった。
自然からすればブナの木は必要なものである。何でも人間側の都合で効用で見るとその反作用が生まれる
熊問題もそういう面があるだろう。害獣でしかないとなる。だから駆除すればいいとなる。それは人間側からだけの論理でありそれが自然全体か見た時生態系のバランスを崩すものともなる。

養老孟司氏は、サルやイノシシが畑を荒らす理由は、野犬の不在に起因していると考えています

野犬狩りである。野犬がいなくなったから、役所は野犬狩りをしない。同様にして、野犬がいなくなったから、サルだのイノシシだのの天下になった。まさに納得。

野犬というのは、里の近所をウロウロしているもので、そんなものがいたら、私がサルなら人里近くには出ない。なにしろ犬猿の仲、私がかつて飼っていたサルはイヌに尻尾を噛み切られたことがあった。

野犬など邪魔で有害と見たがそれもそうでもなかった。これも何が有用なのか無用なのかがわからないからそうなった。
野犬は今でもインドとかネパールとかに多い、それで怖かった。その野犬が役に立っているということも意外だとなる。

なぜ熊は犬に負けるのか?


狼が熊の天敵であり犬がそれを受け継ぎ天敵となった。つまり自然界では天敵が必要でありそうしないとバランスがとれない、狼でもいなくなったことが熊が増えた理由にもなるのはそのためである。
人間は人間側の論理で都合で自然を計るけで計り得ないのが自然である
むしろ神であれ自然に計られる方が人間なのである
だから何か人間が自然を征服して自然を計る操作するという時自然からの反作用があり災いが生まれる
人間の業(わざ―技)が災いを産む、それは科学技術文明でもその科学技術が災いを産む、それが原発事故でもあった

それで無用の用の老荘思想が生まれたのも東洋が自然を深く見ていた。
なぜなら西欧には用の思想しかない。無用の用などありえない、そういう発想が生まれないのである。
とにかく熊の問題でも大きな自然全体が関係しているから簡単に熊を排除すればいいとはならない、それはあくまでも人間側の論理である
そうして人間側の論理や都合で自然に対処するとき必ず災いが生まれる
熊でも狼とか天敵がいなくなり増えた。自然のバランスが崩れて天敵がいなくなり増えた。

ともかく人間側の論理で都合だけで自然に対処するとそこに自然からの反作用があり危険になる。つまり人間の知恵は神の自然の知恵には及ばないからである。人間は自然を操作することはできない、操作される方だからである。人間が作った文明でもか科学技術でもそれがバベルの塔のように崩壊するというときそうである。自然は依然として未知であり
熊問題でもそうである。第一熊など見たこともないし熊のことがわからない、熊は何なのだろうとなる。ただ熊でも自然の一部だから熊を意識するようになった。それは津波でもそうである

津波でも何百年に一度くらいに起きないとそれを常に意識することがむずかしいのである。その時間のスケールが幅が人間の寿命が百年でも短いからである。自然の時間のスケールも人間の時間感覚と余りにも違うからそこで自然を見誤る。400年前にこの辺でも津波の被害があっても全く忘れられていたこでもわかる。

どうしても人間は自然のスケールと違いすぎるか対処できない、熊問題にしてもそうなのである。熊がいたの熊は何なのとなる。
今根掘り葉掘りいろいろな人が言うのもやはり人間が自然から離れて生活していう結果だとなる。自然のことがわからなくなっているからだとなる。ただ驚くのは東京の都心部まで熊が出ていることである
その熊はやはり自然の何らかの異変を伝えるものでありそれが東京でも意識されたとなる。東京でも自然の一部だからそうなったともなる。



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2025年11月03日

今の医者はパソコンの画面ばかり見て判断する 【メデアを通して知る社会の問題―そこに誤解が生まれる】


今の医者はパソコンの画面ばかり見て判断する
【メデアを通して知る社会の問題―そこに誤解が生まれる】

いまどきの医者はパソコンの画面ばかり見ている、この根本的な問題は、医者が診療に必要な情報は我々が見たり聞いたり触ったりできる患者本体ではなく、パソコンの中の画像や数字にあると考えていることである

ガンでもパソコンの画像で判断する。医者は常にパソコンを見て説明する
でもそれで本当にわかるのかという疑問がある
患者本体が目の前にいるのにパソコンを通して診断して説明する
それは役所でもどこでもその本人を確認するのに必ず車の免許証とか身分を証明するものを提示せる。それで本人がいるよりそうした書類であり見ないと本人と認定されないのも変だというのもわかる

ともかく現代はあらゆることでメデアを通じて認識する
情報でもテレビであれインターネットであれ直接知ることはできない
人間にしても直接面と向かって会って知るのではなくメデアを通して知る。するとそこに必ず誤解が生まれる
テレビで見るのと写真で見るのでは印象が違うとなる。
メデアを通して見るとき錯覚が生じる。
何かテレビであれ映像時代になると本物に接するよりメデアの映像から接する、でもテレビであれ写真であれ人間であれその場のことを伝えることはむずかしい。

それでイラク戦争で油まみれの海鳥がテレビを通じて放映されてイラクはひどいことすると全世界の人達がイラクに対する印象を悪くしたのである。その効果は余りにも大きかったのである。
でもその映像は一部分でありその回りは油に汚染されていなかったのである。だからテレビの映像でも全体を知る。その場のことを知りえないのである。本当に知るにはその場に立ち人間の五感を働かせないと知ることができない。現代はメデアによって現実が歪められる時代である
本人が目の前にいても写真であれ書類で本人確認をする

だから医療でも医者が患者が目の前にいてもパソコンの映像を見て説明して判断する。そうなると膨大な映像を分析するAIの方現物の医者より優れているとなる。医者がAIに教えられて患者に伝えるとまでなる
それは現代社会に全般的に起きている
メデアを通じて何でも知るのであり人間でもメデアを通じて知る。
不思議なのはテレビだとまず顔を見る。顔の印象が第一になる
それでラジオの人気のアナンサーが見栄えが良くないとしてテレビでは採用されなくなった。でもラジオの声だけでの時代は人気だったのである。

いずれにしろ映像だけから知ることはできない。その土地土地でもその場に立たないと実感できない、人間の体で五感で知る時本当に知ったとなる。だから確かに世界の映像があふれていてもそれで知ったとはならないのである。
目の前に患者本人がいるのに医者でもパソコンの映像の方が本人より実体のように見ているのも変だとなる
その目の前にいる本人から得る情報の方が本物だとなる
ただそいうことがあらゆる分野で多い時代である。そこでどうしてもフェクニュースとかを真実と見る。最近ではAIが進歩して動画まで作れる。それで問題になる。AIの画像を本物と見る。そしてそうした偽物の情報により操作されることが危険になる
だから医者でもパソコンの映像だけに頼ることでいいのか信用できるのかとなる。それで生検で実物を検査する。映像だけではわからないからそうなる。

ともかく現代社会はメデアを介して知る時代である。銀行もメデアだというとき金融もむずかしいから銀行であれ証券会社に頼らないとできない、人と人が直接やり取りする社会ではない、またデジタル社会でも対面的にやり取りしない、だから人間そのものメデアを通してしか認識できない、そして人間は抽象化されて数値化される
人間の体は個々に違っているからその対処する治療も違うという
ガンの場合特にそうであり複雑になる。そのために伝染病のワクチンのようなものを作れない、個々に対応する治療が必要になる
そのためにガンの治療は難しいとなる


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2025年10月31日

病院の科が多くてわかりにくい 【老人には総合的に見る医者が必要−部分化専門化した文明は迷路化する】

病院の科が多くてわかりにくい
【老人には総合的に見る医者が必要−部分化専門化した文明は迷路化する】

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病院内を三つの科でみてもらう、泌尿器科、腎臓高血圧科、第一内科、第二内科・・・
病院内で迷ってしまう、とにかく何度も検査する
検査漬けになる。またそれで理解できなくなる。腎臓と血圧とどう関係するのかとかその関係が理解できない
それぞれの科に専門家がいて検査する。

これは現代社会ではいろいろな分野で起きている現象である
人間の体でも臓器ごとに専門家がいて判断する
でも体を総合的に診れる医者はいない
【その分野は私の専門ではないのでわかりません・・・】となる
それはどこでも起きている
福島の原発でも吉田所長は私は材料が専門なのでわかりませんと言っていた。復水器のことがわからないと言っていた。でも復水器が大事な機能があった。だから事故の時それを知らないことは致命的にもなった

とにかく現代はこうして何でも専門化して細分化してゆく
そして全体を知る人はいないとなる。老人の医療では必ずいくつかの疾患を抱えている。一つだけではないから総合診療が必要だとなる
その75才の老女でも糖尿病で脳梗塞になり脚が悪くなり立つことも歩くのも苦しい。目も悪いとかなっている

この世界でも自然でも有機的に関連して生態系を維持する
それを様々な部分に専門化すると理解できなくなる
人間の体は機械のように部品を集めたものではない
有機的に自然のように関連している
だから一つの部分、パーツをみてもわからない
その部分は全体があって機能する、自然でも細分化して見れない
だから地球という惑星でも宇宙全体と関係しているとなる

ただこれ以上分化できないものとして原子を発見した。
それが西洋科学であり医学でも臓器ごとに見るとか人間の体を一つの体というより部品化して診る。それは西洋的手法だとなる
臓器移植でも人間を機械のように見て部品化して見るからできるとなる
でも人間の体は個々人によって違うという時簡単に人間を機械のようにはできない。
いづれにしろ老人はいくつかの疾患を抱えている、一つではない
それは総合的に体が老化して弱っているとなる
人間が死ぬときは一つの疾患ではなく合併症で死ぬ
一つの臓器が他の臓器にも影響する。だから一つの臓器だけを診ていても直せないとなる。

学問でも地名一つを知るにも地質学から地形から歴史から多様なアプローチが必要になる。つまり何でも一部分でも必ず全体と関係してくる
ともかく現代の問題は無数に部分化細分化して専門化して全体がわからない迷路化する。その迷路から抜け出せなくなる

病院でもいろいろな科を回らせられて患者でもどう理解していいのかわからなくなる、それはどこでも起きている
私はその部門の専門家ではありません、他の専門家に診てもらってくださいとなる。そういえば責任から逃れられる。私はその部門の専門家ではありませんから責任は持てませんとなる
学問でも学校でも様々な教科に分かれて専門の先生がいる
それで総合的に全体を見て教えられる先生はいないとなる
宗教が宗が旨なるものとして統合するものとしてあった
それは古代でも人間は早い時期から様々に分化部品化専門化していたから宗なるもの旨なるものを求めた

自然でも海があり大地があり山があり宇宙がある、それらは別々のものではない一体のものとして働いている
文明人はあまりにも部分化して専門化して迷路化する
A−B−C−Dと回りまたB−A−D−Cと回り訳わからなくなる
それは文明社会でどの分野でも起きている
そもそもあらゆる分野に通じる人などいない。大都会が迷路だというとき誰もその全体を知る人はいないからである。
こうして互いに意思疎通できないのが現代文明なのである

















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2025年10月29日

癌になる原因【私の場合は遺伝と老化が有力―紫外線も影響】

癌になる原因【私の場合は遺伝と老化が有力―紫外線も影響】

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癌になる原因は今でもわからない、肺結核もわからなかったが伝染病とわかり予防できるようになった。だから癌がなぜ防げず直せないのかとみんな言うのもわかる。

紫外線を浴びると、皮膚細胞のDNAは傷をつけられます。
細胞にはつけられた傷を修復する機能がありますから、すぐに問題が起こるわけではありません。
ですが、長いあいだ紫外線を浴び続けていると、くり返し傷をつけられるうちに間違いが起こり、突然変異につながることがあります。
そしてその突然変異が、がんの発生に関わる遺伝子に起こった場合、次々とがん細胞が増殖し、がんになる可能性が高くなってしまうのです。

共同推計によると、2019年に 16 億人の労働年齢人口 ( 15 歳以上 ) が屋外で作業中に太陽紫外線にさらされ、これは全労働年齢人口の 28 % に相当します。 2019年だけでも、183 カ国で 19,000 人近くが、屋外で太陽の下で働いたことが原因で、非黒色腫皮膚がんで死亡しています

過度な日焼けに要注意。紫外線とがんの関係

紫外線: 紫外線は皮膚がんの一種である悪性黒色腫の発症リスクを高めます。オーストラリアのように紫外線が強い地域では、皮膚がんの発生率が高くなります

癌になる原因は一つではない、複合的な原因で起きる。病気でも体全体が関係して起きる。わかりやすいは皮膚がんかもしれない、肌に直にし紫外線を受けるからだ。肌が黒くなることはそれだけ紫外線の影響が大きいとなる
私自身を振り返るとが外国旅行して顔などがかなり黒くなり驚いた
外国は大陸はカラッと晴れる日が続く、じめじめしてない。
それで紫外線でも受けやすいとなり皮膚がんも多いのか?
また私は自転車旅行してかなり紫外線を受けた
推測として私の場合は遺伝と老化が原因とみる
父親が肺癌で死んだからである。それと老化も確実に原因になっている
60以上になると癌になる人が急に増大するからである

とにかく癌になる原因はわかりにくい、一つの老化現象となれば直しようがないともなる。
原発事故の放射性物質とか大気汚染は関係している。
事故後の10年後20年後に症状が現れるとしているからである
中国では大気汚染が工業化経済成長でひどくなり癌が増えた
大気汚染は確実に影響している。ただ危機感を感じないのが問題である
特に原発事故の放射性物質の被害は表面化しにくい
それで見逃されやすいのである、因果関係を知るのが難しい、十年二十年後となると余計にわかりにくくなる。事件なら時効にもなるからだ
でもまたそのことが原発の危険を隠蔽しやすいものとする

癌は将来的には解明されるのだろうか?
科学者は研究している。認知症も治るのだろうか、これも難題である
ともかく病気との戦いは終わらない、新しい病気も出てくるから終わらない、そもそも老化による病気は直せない。人間は老化して死ぬ。
それでその老化の過程で癌になるとしたら直せない、人間を死なせるために癌にする、そうしたことは自然なことであり止めることはできない
でもいつか癌でも直せるという期待を持つ、科学が医学が進歩して直せると見る。でも人間が死ななくなるの問題になる
世代交代もなくなり社会が進歩しなくなる





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2025年10月28日

癌が増えている原因の謎−大気汚染は確実に影響している 【福島原発事故の大気汚染も影響している?】

癌が増えている原因の謎−大気汚染は確実に影響している
【福島原発事故の大気汚染も影響している?】

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肺癌だけがそもそも増え続けている

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中国でも癌が相当に増えて死者が増加している
その原因が喫煙であり大気汚染であり公衆衛生が悪いためだと推察する
何かそういう国であり納得する。
大気汚染は急激な工業化経済成長で起きた
黄沙なども飛んでくるので中国は汚れやすい、汚れることに関心がない
ただ大気汚染という時、日本でもあり日本だと東京と神奈川県に癌が増えているのが関係している。特に肺がんは汚染した空気を吸うのだから影響しやすい、また福島原発事故の影響も考えられる
ただこの因果関係を見極めるのはむずかしい
そもそも何故癌になるのか医学でも明確ではないからである

●遺伝
●老化
●環境(大気汚染)−原発事故の放射線の影響

子の原因があるとすると私の父親は肺癌で死んだから遺伝の要素がある
でもまた老化の影響もある。老人は老化して癌になりやすい
だから死んだ人を解剖すると必ず癌が見つかる、何らかで人間は癌になる。それは老化と関係している。
次に大気汚染も関係する。問題は福島原発事故の放射線被曝が関係しているのか?それはわかりいくい、なぜなら原発関係は常に真実が隠蔽されてきたからである。

ただ私は福島原発が爆発した時外を歩いていた。家から出るなというのに外を歩いていた。もしかしたらその時被曝したかもしれない
そしてその症状は10年後に出るとか言われた。するとすでに14年も過ぎて影響が出ているかもしれない、甲状腺が出やすいと言われたこれは若い人でもなる。でもこれは因果関係があるのかどうかむずかしい
問題は原発関係は常に隠蔽されてきたことである

確かなことは大気汚染は関係している、肺に空気を吸うから肺癌になりやすいというのは何か素人でも納得がいく。つまり大気が原発事故で放射性物質で汚染されてそれを毎日吸っているのだから体に放射性物質が蓄積されたとなる。十年以上汚染された空気を吸っていたからである
それで十年後と20年後だともう生きていないと見ていたからあまり注意しなかった。そんな後のことを考えられなかった
それより女性の場合子供産むと遺伝子の異常で奇形児が生まれるのかと騒いだ。つまり10年後20年後でもさらに子孫にも影響するということで恐怖した。でも時間がたつと忘れる。

ともかく癌が中国でも増えているという時大気汚染は確実に影響している。それは世界的な問題でる。

核燃料が核分裂を起こす。つまり、1日約3kgの核分裂生成物、いわゆる死の灰が生まれるので、
1 年365日では約1000kgの核分裂生成物が蓄積される。一方、広島・長崎の原爆で生じた核分裂は約1kgである

約1000kgの核分裂生成物となると広島の原爆の比ではない。だからその影響は甚大である。でも目に見えて可視化されないので恐怖にならないのが問題なのである。バタバタ人が死んだりしないからである
10年後に10年後に影響があるとしても忘れるからである。

水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。

セシウムは水に溶ける溶けないの問題 (飲料水は安全なのか?)


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2025年10月14日

無駄ない医療費が10兆円―でも簡単に減らせない 【患者側の問題もあるー専門家の医者には逆らえない】

無駄ない医療費が10兆円―でも簡単に減らせない
【患者側の問題もあるー専門家の医者には逆らえない】

医師、医師会、製薬会社、医療機器メーカー、みんなが既得権益を守ろうとするからだ。
しかし、このまま放置したら医療保険制度が破綻するのは時間の問題だ。若い世代が、高齢者に使われるムダな医療費を負担し続ける構造なんて、持続可能なわけがない。

ホリエモンが警告「日本の医療費は5〜10兆円をドブに捨てている」風邪で抗菌薬、無意味な検査…誰も止められない“ムダ医療”の実態



名取の癌センターの検査も無駄だった
【治療方法がない、何もできない】

南相馬市の市立病院と同じような検査をして同じようなことをいい
転移して進んでいるから治療方法がないという。
それで何か症状は出たら南相馬市の市立病院で治療する
そのことを連絡した。
こんなことならわざわざ名取のガンセンターに来た甲斐もなかったし来る必要もなかった
要するに普通に生活して具合が悪くなったら何か南相馬市立病院で治療する
その旨の紹介状を私に渡した
一体これは何なのか、検査などする必要もなかったのかとなる
南相馬市立病院にまかせるとしたらここに来る必要もなかった
ただ私自身ふりまわされて疲れただけだとなる
金は7000円とかとられたが徒労だった

老人は検査などしない方がいいというのもそうかもしれない
病気を発見しても治療できないとなればそうである
南相馬市立病院で検査して治療すればいいだけだった
そもそも癌を有効に直す手段がない、だから放置しておくほかないともなる
そうなれば医者に行くこと自体無駄だったとなる

私たちはこれ以上何もできません、そんならそもそも診てもらう必要もなかった
神にでも仏にでも祈った方がましだとなる
それなら何もできませんと突き放されより可能性はありましだとなる
だからいくら科学が発達しても癌は直せないとなれば医者にかかっても無駄だとなる
要するにただ疲れさせられて金を取られただけだったとなる


医療には相当な無駄がある、でもそれを是正することは簡単にできない
命にかかわるし患者自体が無駄な検査をしなくていいとか言えない

私自身の検査は確かに無駄だったが他の人が無駄とはならない
癌の場合早期発見が大事になるからだ
薬の処方にしても患者がいらないとか絶対に言えない
そしたら医者は怒りあなたは診ないとまでなる
そこに専門家が絶対的力を持っている、逆らうことはできない
何であれ医者の言う通りにしなければならない、絶対的服従が強いられる

現代は専門家に支配された時代である
医療の専門家がいて法律の専門家がいて核の専門家がいて原発でも素人は地元の人でも立ちいることはできなかった
そして事故が起きたのである
イリイチが専門家によって無力化された時代としたのもわかる
何にしろ専門家に頼らざるを得ない時代だからである
医者であれ何か患者が言うこともできない。

ただここでそれが問題になったのは金の問題である
無制限に無駄な医療でも金を使えばそれが負担になり国民の税金となり跳ね返り
苦しむ。だから無駄できないとなった
でも何が無駄なのかは簡単に決められない、

日本の医療費は5〜10兆円をドブに捨てている

この額が大きすぎる。実際それは素人でもわかる。でも医療費は削減しにくい
それ患者側にも問題がある。保険があるから安易に医者にかかり薬でも飲みすぎるとかある
ただそれにしても人間は病気に一番弱いから簡単に止めることはできない
つまりこれは医者側の問題だけではない、患者側の問題にもなるからむずかしいのである










posted by 天華 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年10月13日

公明党が自民から離脱の影響 【創価と公明は一体でありそれが強みでもあり弱みとなっている】

公明党が自民から離脱の影響
【創価と公明は一体でありそれが強みでもあり弱みとなっている】

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自公政権になった経緯を知る必要がある
なぜ公明党を創価は作ったのか?それは池田大作が政教分離問題で証人喚問されることになり危機感を持った
つまり池田先生を守るために公明党が作られた
そして自民党にそのために攻められるから自民党に従うようになった
つまり公明党の役割は池田先生を守るために作られた
公明党はだからいろいろ政策があっても池田先生守ることを使命としていたのである
だから結党の理念などない、平和の福祉の党というがそれも実際は中身は違う
それはあくまで何か宗教だからそう見せかけるだけである

現実は創価が権力を握り日本を支配して池田大作が日本の王になることだった
そのために公明党は具体的に権力を得るための手段になる
だから選挙で勝つことが至上命令になる
池田先生のために戦うとなる、つまり公明党はその親衛隊である
それは具体的に権力を得ることができるからである
実際に国土交通大臣の権限は大きい、それで権力を行使して票を得ることがえきるし背後に中国がいていろいろと便宜を計る
でも高市氏はそうした中国の日本侵略と見て反対するから対立した
公明党は創価の権力奪取のための一部隊である

私を折伏した人は学会子でありまるで中国の紅衛兵でまありヒットラーユーゲントでもあった
それは親が市議会議員であり子供の頃から完全に洗脳されてっそうなった
宗教というけどそこに宗教性はゼロである
ただ御利益と権力を得るために毎日選挙運動させらるだけだった
奇妙なのは創価というと会員が膨大であるように見えるが中身は幽霊会員が膨大である
その人達は何の活動もしない、名簿上の会員である
その人たちを一票に結び付けるのが日々の活動なのである
比例区で800万票もあったのが500万票に減った時そもそもそうした幽霊会員が膨大だからである
とにかく創価はその票を会員の数がすべてであり数を集めて権力を得ることが目的なのである
最近は会員が減り増えないから外国で会員を増やしている
するとそこでまた外国に何百万人会員がいると誇示する
すべては数なのである、その中味は関係ない

奇妙だけどそこには一人も法華経信者はいないのである
そんなことがあるのか?ではなぜ宗教団体として認可されているのか?
それは利権団体であり利権(御利益)権力を飽くことなく追求する団体である
政治的に権力を得れば御利益を具体的に配分できるから選挙に熱心になる
ただそのために国民政党にはなれないから創価の会員が活動が鈍れば公明党も伸びずいずれは消滅する
そして確かに創価会員が必ず公明党に投票する、それは信仰の一環としてしている
完全な政教一致なのである、そのために自民党に攻められて池田大作が国会に証人喚問されるところだった
つまり創価会員が硬い票田になってもその他の国民の支持はえられない、野党に回ってもまた自民党から政教分離していないと統一教会のように攻められる
野党と組むにしてもそこがアキレス腱になる。それは強みでも弱みにもなる、野党にとっても公明党と組むことには危険がある
自民党も勝手なのだが政治は権力闘争だから相手の弱点を突き有利にする
その闘争が熾烈だからそうなる

ただ自民党から離脱したことは公明党にとっても相当な痛手である
政教分離していないと攻められる。だから野党共闘でも公明党と組むと危険になる
何か共産党とも似ている、共産党もイデオロギー政党でありそれは宗教でもあり似ているのである
その支持者も共通している最下層の人達になり票の奪い合いになったのである
ともかく政局は混沌としてきた。どう展開するのか先が見えない、ただ創価公明は衰退してやがて方滅することは確かである


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2025年10月09日

原発事故で癌が増えた?専門家に全面的に従うことの危険


原発事故で癌が増えた?専門家に全面的に従うことの危険

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統計では東京都と神奈川県で増えた、これは何の影響なのか?
福島原発事故と関連しているのか?
というのは私自身が肺癌と診断されたからである
私は30才でタバコでも酒でもやめた。ただ私の父親が肺癌で死んだ
だから遺伝なのか、問題は福島の原発事故と関連があるのかである
東京都と神奈川県でなぜ癌患者が増えたのか、その原因は何なのか
大気汚染が関係しているのか、そもそもその辺は原発事故と関係なく大気汚染地帯であった

でもこの辺は放射性物質で汚染された。東京とかになると遠いから放射性物質で汚染されたというのもよくわからない
なぜならもともと大気が汚染された場所だからである。
甲状腺癌は増えるとされて増えたらしい、でも癌一般になると原発事故が影響したのか因果関係がわからない
その因果関係を知ることが容易ではない、それで害がないとされる
でも日々汚染された空気を吸っているのだから何らか影響されるとも見る
とにかく福島の原発事故が癌が増えたことと関連しているとなるとそれは重大なことになる
原発は危険だとなり原発を新しく作ることに反対する人達が増える
それでも因果関係を証明することは容易ではない
そこに原発の問題がある、常に危険が隠蔽されてきたからである

科学でも明確に証明できないのである
MRIの写真を見ても本当の所はわからないともいう、それは医者が検査でも病気にしてもうけるためだという人もいる
それは原発でも専門家が安全だとして誤魔化したのと似ている
科学の時代になると専門家が神のようになる。でもそこに危険がる
ただ素人が簡単に判断できない、でも全面的に信用していいのかとなる
素人はなにもわからないのだから従えばいいとなる。そこに専門家時代の危険がある

いずれにしろ検査して癌と診断されればショックで返って悪くすることはありえる
自分もそうだったからである。それで意気消沈する。
病は気からともなる。何か現代の問題は科学技術の時代だからどうしても
専門家が力を持つ。ただ専門家も万能ではないのである。
専門家に全面的に従うことは危険になる
でもどう対処していいのかは本当に難しい。

名取の癌センターに行けばまた検査する。でも自分は手術などしたくない
それは強制できないと思う、でも反対するのもむずかしいとなる
検査だけでかえって悪くなった例があり検査にも相当な問題がある
特に老人の場合は検査すると必ず病気が発見される
それは老化の結果であり病気とも違うという
検査で病気が発見されてかえって体調を悪くするのも問題である
老人の医療と若い人の医療は違ったものになる






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2025年10月05日

老人は検査でも手術でもかえって体を悪化させる危険 【何でも医者の言う通りにしていいのかー専門家時代の危険】

老人は検査でも手術でもかえって体を悪化させる危険
【何でも医者の言う通りにしていいのかー専門家時代の危険】

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70歳を過ぎたら避けるべき5つの健康診断!あなたを助けるどころか害になる可能性があります!| シニア健康のコツ

人間ドックは受けない。自分の体の主治医は「自分」

検査であり治療であり老人になると危険にもなる
そして検査してもその検査自体に問題がありかえって体を悪くする
検査が体の負担になり体を悪くする
放射線を使うと被曝するとかある
老人は何でも負担になる、体の抵抗力がなくなっている
だから検査でもかえって体に負担となりまた手術したりすると後遺症があり
ただ苦しみを増やすだけにもなる

私が南相馬市の脳卒中センターでMRIの写真を見て医者が説明したが
脳に一部異常があるが私にはわからないから仙台市の専門医に診てもらうという
そして頭を切りその以上の部分を取り出して調べないとわからないという
その時頭を切るということで驚いた
そのことを知人にいったらおかしいという
頭を切ってその一部をと取り出してその後どうするのだ、元に戻すのか
そんなことできるのか、そもそもその医者は診断もできないい医者だと批判した
そんな医者に金を払う必要はないとまで言った

それもそうなのかとも思った。その医者は若いもしかしたら研修医かもしれない
だからそもそもその医者は何ももわからない医者だというのもそうなのかとも思った。
とにかく頭切って診ることは尋常ではない、それは検査のためなのである
検査のためにそこまでするのかとなる
何か検査で腸にポリープがあり切除したらその後にかえって今までしていた生活に支障ができてできなくなったとかあり検査自体に問題がある
そもそも老人は体に何らか異常がありそれは普通のことだという
それで手術してもかえって悪化するともなる

いずれにしろその医者自体が問題があり診る能力がないのだから診てもらっても無駄だというのもあおうなのかとなる
だから軽々しく言うべきではなかったとなる
その知人はそもそもその若い医者には診る能力がないと断罪した

ともかく医療にも様々な問題がある
ただ医者前にして何かを言うこともできない
現代社会が専門家の時代であり素人は何も言うな従いばいいのだとなる
それはあらゆる部門でそうなのである
原発事故でも知ろうとは核のことがわかるのかとなり専門家は説明すらしない
そして危険でも安全だと言って大事故になった
それは専門家の責任でもあった。それが問われないのである
コロナウィルスでも専門家が40万人死ぬとか物議を醸しだした
それでイリイチが専門家を厳しく批判した
専門家が力を持った時代である、専門家に逆らうことはできない時代である
でも原発事故であれ医療事故であれ生まれる
専門家の言うことを鵜呑みにすることも危険である
ただ専門家には逆らえないという時代でもある

私はそもそも年だからそんな手術はしたくない、そした看病する家族もいないのだから
しないほうがいいと思った。そんな手術して自分は苦しみ生きるより死んだ方がいいという考えになっている
ともかく老人と若い人の医療の対処の仕方は違ったものになる
若い人は手術して治るならその先が長いのだから手術してもいいとなる
老人はそ先がどうせ短いのだから無理な手術などしない方がいいという考えになる











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2025年09月25日

「人としての基本が欠如」杖をつく高齢者を放置して走り去ったタクシー運転手にSNSで怒りの声

「人としての基本が欠如」杖をつく高齢者を放置して走り去ったタクシー運転手にSNSで怒りの声

これは介護タクシーではなかったのか、介護タクシーなら指導されているからこうはならない
南相馬市原町区ののぞみタクシーは介護タクシーでもある
何か老人について詳しい、倒れると困るとか注意している
その運転士自体が高齢者であり話を合わせることができる
何か忙しくて人手が足りないと言っていた。それだけ老人が多く病人が多いのである
でも老人は老人をしるころがあり若い運転手よりいいともなる
何でも若い人いいとはならない、老人に老人を理解するからである。
何か杖ついている老人が多いがその人達のことをなかなか理解しにくい
それは自分自身が経験していないことは理解しにくいからである
だから介護となると力仕事は若い人がいいが話し相手となると老人いいとなり
役割分担する
何でも若い人がいいとはならない、老人でも活用方法がある

いずれにしろ高齢化社会の問題は多い。それは今まで経験しないことだから対処できないとなる
ただ高齢社会でもすべてが悪く作用するとは限らない、老人でなくても社会全体が他者に気遣うことは住みやすくなる
何か車はいいものでも高齢化社会に合わない面がある。
第一杖ついて歩いていると車社会では危険になる。第一車にとって歩行者自体が目障りなのである
もし老人でも安全に歩ければ街でも買い物したり活気がうまれるかもしれない

老人に優しい街として活気をとりもどすこともありえる
車社会はどうしても老人に合わないのである








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2025年09月10日

創価公明党の終わり―自民党から離脱するべき 【政教分離できない、現世の権力を得るための団体】

創価公明党の終わり―自民党から離脱するべき
【政教分離できない、現世の権力を得るための団体】

●創価と公明は一体で分離できない

公明党が維持できないという時何故なのか、公明党と創価は一体である
創価会員が増えれば公明党の票も増える
逆に公明党が議員を増やせば創価の会員も増える、力が増大する
何故なら政治の世界で権力を持てばそれによって御利益を配分するからである
だから国土交通省の大臣が常に公明党はそこで利権を得て配分して権力を拡大して票を得ることにつながる。だから建築土木関係ではそこに癒着が生まれる
仕事が欲しいから便宜を計ってくれとなる。
それでその地位を手放さないのである。

何か中国人に車の免許を取り安くするとかまた日本の土地を中国に売りやすくする
そういう法律も作る
創価は中国と池田大作の時代から親密なのである。中国との国交回復でも創価が働き成したと誇示している。だからその関係は長く続いている
ただ共産主義国家と宗教は相反するのに中国と一体化するのか、中国に日本が支配されたら宗教は禁止され民主主義もなくなる。そこが理解できないのである

それで自民党の右寄りは公明党と切るべきだとなる。高市氏が首相にしたくない中国寄りの石破がいいとなっていた。
創価とは何なのか、日蓮が法華経を国の宗教として国立戒壇をつくること王仏冥合の思想がある。王は政治であり仏は宗教である。それは鎌倉時代の中世に生まれたものでありとても現代には合わないのである。ただ日蓮宗の根幹に王仏冥合があるから完全な政教一致になり憲法違反なのである

そういう思想があるから必然的に公明党が生まれたのである
強烈に政治化する。創価というのは明らかに政治団体にもなる。なぜなら創価会員は必ず公明党に票を入れるからである。だから創価の会員から票の予測がつき配分して必ず公明党の議員を当選させていたのである
それが崩れた原因はそもそも創価の会員の減少であり高齢化で積極的に活動する人がいなくなったからである

●公明党の議員は政教一致の象徴ー権力を得て御利益を得る象徴

私が学生時代に創価に入った。その入れた人が家族が市会議員の人でありそれで貧乏な生活から豊かになり大学までは入れたと言っていた
それで異常に御利益と福運を言う。確かにそれがかなったからである
つまりここに創価を象徴するものがあった。政治に深くかかわるのはそうして御利益を利権を得るためであり議員になりそれがかなったことでしきりに御利益福運を他者にも言うのである。つまりその人は創価によってそれを得たからである
でも他の人は別に議員になるわけではないからそうはならない、ただここに創価が公明党が何なのか象徴的に現れていたのである

つまり創価の会員が公明党を応援すればそれが即創価の会員にも御利益福運が得られるとなる、だから題目を狂気のよう唱える
何か法華経となると余りにも高遠なものであり実行できない
虎が我が子の虎を飢えて食おうとしたとき自ら犠牲になり虎の餌食になる
その僧が生まれ変わり釈迦になったとかなる。そんなことをとても実行できない
現実は他者を利用して食い物にして幹部が御利益を得るものだとなる
ただ不可解なのはどうして兆にもなる金を集められたのかとなる
それが詐欺であるがそれでも人は貢ぐのかとなる。
数が膨大だからわずかな金を布施して莫大な金が集まったとなるのか?

ともかく他者を誰でもいい人格など関係ない、数を集める。そして目的は権力奪取である。権力を得れば御利益でも配分できるからである。ただだ題目を唱えるだけでは利益は得られない、商売繁盛でも繁盛しない。商売繁盛するのはそれなりの理由がある。お菓子でもその店独自のうまいお菓子をつければ売れる
たた拝んでいるだけでは作れないのである
創価は政教一致だけではなく政経一致でもある。

●世俗のことをすべて宗教に関係づける危険

あらゆることに宗教と関係ずけるのである。そして絶えず罰が当たるとか地獄に落ちるとか言う
そんなことを言える人間なのか、ただ自らの欲望をかなえるためでしかないのにそんなことが言えるのか、だからこそ公明党の議員が落選した時仏罰があたったと逆に言われる。なぜなら仏が味方するから絶対に勝つ常勝関西とかなったが今回は落選したからである
だから仏が神が味方するから選挙に勝つなどないのである。また天皇は神だから戦争にも勝つということも政教一致でありありえないことだった
要するに何か人間を支配するには絶対的権威が必要なのである
だから政教一致になったのである

この政教一致が大きな問題なのは共産主義もマルクス主義も宗教となり絶対化した結果粛清がありカンボジアでは200百万人も死んだのである
前のソビエト連邦でも膨大な人が粛清されて殺されてのである
つまりマルクシズムが宗教であり政教一致だからこそそうなったのである
それだけ政教一致は怖いものであるから政教分離がヨーロッパでは禁止されるものとなった。思想でも絶対化すると全体主義になり反対を許さなくなり粛清して殺すとなる。つまり平和的に政権交代できないのである

世俗のことを何でも宗教で判断して強制することは危険である
それは宗教が権力と一体化することが危険なのである
政治権力であれ警察権力であれ宗教が関わり実権をもてばどうなるのか
現実に罰あてることも地獄に落とすことも権力でできるとなる
それが神の名のもとにまた仏の名のもとに実行することができる
そして神仏は絶対だから逆らえない、それでヨーロッパではカトリックの歴史が長いからそういう呪縛を宗教で経験しているから政教分離の法律ができたのである

●宗教もサタンに乗っ取られて世俗化した

別に宗教は自由である。でもそれが現実に政治であれ経済であれ実行力を持つ権力をもつとどうなるのか歴史を見るべきだとなる
公明党は凋落するのは創価が衰退するからである。何か創価と公明党は二つの車輪であり一つが故障すれば回らなくなる。またサタンと天使は一体化したような奇怪なものとなる。ジキルとハイドのようにもなる。ただそれは他でもある。そもそも実は天使がこの世の魅力に負けてサタンになったとかサタンに乗っ取られたというのもそうである。
それはキリスト教でも言える。聖なるものが俗化してそうなる

いずれにしろ創価も公明党も終わりになる。だから自民党も公明党を切るべきだとなる。そこで新たな政治の刷新が起こる。今日本が危機的な状態にあるとき特にそうである。政界再編が望まれるからである
ただ自民党自体が長すぎて賞味期限が切れたともなる
ただもはや自民党だけではもう成り立たない時代になった
でも一つにまとめるものが野党にもないのが問題である

ともかく創価はもう会員が増えることはない、消滅してゆく。何か人間社会で異様に熱狂することがある。戦争でも国民が鬼畜米英とかで熱狂したとかある
それはナチスとも似ている。ファッシズムとはまさに熱狂することである
でもある時から憑き物が落ちたように冷める。そしてあれは何なのだったとなる
創価はまさに憑き物が落ちたようになっている
振り返り何だったのだろうとなり冷静に見られるようになる
一つの大衆ファッシズムだったとなる。


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2025年09月06日

一万くらいの街に未だに村八分がある 【そこでは選択ができないから買い物でも自由にできない】


一万くらいの街に未だに村八分がある
【そこでは選択ができないから買い物でも自由にできない】

私は何もしていないと近くの農協の店とか何か無用のものとしてさげすまれる
社会にとって不必要なものとして買い物まで断られた
でもその農協の店が必要なのかとなれば私にとって必要ではない
別に野菜はスーパーで買えばいいだけである
でもそこで仕事している人は重要なことをしている、だから仕事していない人は買う権利までないとなり売らないとなった。

つまり何かこのように人間は自分のしていることが社会にとって欠かせないであり重要なものと思い込む。特に狭い一万くらいの街だとそういう傾向がある
現実に村なような所でスーパーがなくなり地元の人がボランテアで働くようになった。それだけ狭い地域ではスーパーがなくなることは死活問題にもなる
村を支えるために必要だとなる。都会ではそんなことがありえない、一つの店がつぶれたとしても他にいくらでもある。隣の原町だと大きなスーパーが5つつくらいある。惣菜などを売る中規模の店もある。そういう所ではむしろ競争が強いられるから他店との差別化が必要になる

村に一つの店だったら競争はない、だから売る方が力を持つともなる
店を選ぶことができないからである。だからそこで村八分になればスーパーでも売らないとなり生活もできなくなる
都会だったらいくらでも選択できる、村のような所では診療所が一軒とかなり選ぶことができない、それで仙台市に眼科専門の医院がありそこで高度な機械があり手術するにはいいとなる。ただそこまで行くのが手間になる

ともかく地方の問題は選別がしにくい、選択する範囲は限られているから何か個人経営の医者でも店でも威張るとまでなる。それは教育でもそうである。
都会だとと私立も多いから選択する範囲が広いから自分に合った学校が選べると言うことがある。
つまり何でも選択することがしにくい、だから近くの農協の店でお前には売らないとかなる。何か仲間になるかとかその部落であれ一員にならないと買うこともできないとなる
ただそれは今や例外的なものかもしれないが現実にそういう場があった
原町だと人口が多いし規模が大きいから選別することができる

田舎暮らしに憧れる人は5万以上くらいの市に住め!

現実に村人間とか住んでいる。それは江戸時代の人間かと思った
仲間だけで仕事してよそ者は受け付けない、おそらくもしかしたら売る人も買う人も仲間内でしているのかもしれない、人の出入りを余りみないからである。
それでつくづく昔の村では商人が来ると神社を市場として許可して商売させた
つまり村の中に自由な商売はできなかったとなる
よそ者が入ると村の和が壊されるとなりそうなった
それは確かに言える。外から入る人は信用できないとかなる
でも現代でもそういう場があることは例外的かとも見た
一万の街でも地元だけで働いている人はいない、ここでは原発事故で他から入って家を建てた人が多い、そしてもともと職業でもわからない人が多いのである
車で職場に行くから地元では働いていないのである

いづれにしろ現代でも村(部落)人間がいる。ただ5万以上とになるとそこは多様化して選択できる。だから田舎に憧れて農業するとかなると仲間になることが第一になるからむずかしくなる。農民が結束が強いのはその土地に代々住んでまた仕事も共同でしているからである。そこで苦労を共にしているから団結する
ただ田舎でも農業のしめる割合は一割にもみたない、田畑が広いから農業で生活していると見える。実体は田舎でもほとんど会社員なのである
この辺で藤倉ゴムではゴルフ用品を作り世界に売っている
その駐車場を見たら車が50台くらいあった。その人達は田舎に住んでも別に農業とは関係ないのである。農業と直接関係している人は少ないのである

いづれにしろ限界集落のような場には外からの人は住めないともなる
ただこの辺は原発事故でもともと住んでいた人が外に出て行って人がいなくなったから外からの人が入り安くなったのである。そもそも人が外部から入らないとすると村でも町でも維持できなくなったからである
だから返ってこの辺は外から来る人は入り安くなったのである
特に原発事故の避難区域はそうなった。

marushe.jpg

marusheshop.jpg

最近はここで買い物している。惣菜類とか焼き立てのパンとか売っている
そこで弁当も売っていて一応用が足せる。だから中規模の店でも5万くらいの市だと成り立つ
スーパーとなると大きすぎることがかえって選びにくくしている
だから中規模の店でも成り立つとなる












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2025年09月03日

50%以上の会社が後継者不足ー人材不足で文明が崩壊? 【何が本当に必要なのか問題になる】


50%以上の会社が後継者不足ー人材不足で文明が崩壊?
【何が本当に必要なのか問題になる】


日本経済を支える多くの業界で、後継者不足が顕著な問題となっています。地方の医療施設から都市の小売店まで、多様な業種で後継者が見つからず、事業の継続が困難になっているのが現状です。この問題は、単に個々の事業者にとっての課題に留まらず、地域社会や国全体の経済活動にも大きな影響を及ぼしています。

原子力発電所は極めて高レベルの放射性物質を扱う上、構造も複雑なことから、知識や技能の継承が進まなければ、安全に運用することが難しくなる。廃炉完遂にも人材確保は欠かせない。

原子力人材「10年以内に継承困難に」…産学官連携で人材確保へ協議会、政府が月内にも発足コピーライトマーク 読売新聞


これはいいことかもしれない、なぜなら原発事故も14年過ぎて忘れられてきたからである。原発には本当に高度な人材が不可欠である。その人材を確保できなければもはや原発を増設することは無理である。ということは原発に反対しなくても作れないとなる

何かいろいろな分野で人材確保がむずかしくなる。また後継者がいなくなり事業が維持できなくなり会社が倒産するとかなる
この辺では一軒の自転車屋の人が死んで一軒もなくなった
原町のサイクルショップ湯原はロードを扱っているから高度な技術がある
息子が手伝っていても会社に勤めていて後を継ぐわけでもない、そもそも自転車自体が修理でも簡単にできないのである
経済的に成り立たないとか後継者になるとは限らない
今は店は開いていないが連絡すれば相談にのりやめたわけではないが店が開いていないことは困ることがある
それからもう77才とかになり病気であり仕事でも継続できない
つまりあらゆる場所で後継者がいなくなる。その兆候がすでに現れている

ただ原発が後継者不足で継続できないとなるときそれはいいことにもなる
そもそも有能な科学者とかは核とかを操作するから危険な面があった。
でもそうした高度な知能を持った人が不足して原発を作れない運転できないとなるのはいいことかもしれない、そもそも核兵器をかかえていることはそれ自体が危険である。その操作できるのは科学者でありその科学者が確保できないことは原発も維持できない、もちろん増設もできない、また核兵器でも作れないとなる

そうした高度な人材だけではなく少子高齢化でエッセンシャルワーカーも不足する
大工がいないから家を建てられないとまでなる。カナダとかではそうなって住宅不足で苦しんでいる。大工もやはり高度人材にもなる。それは修行が必要であり簡単いなれない、でもすべてを機械化することは不可能である
ロボットが機械がすべて人間の代わりをするとかはそういう人間の願望であり不可能なのである。人間の仕事がAIが代わりにしてくれるというのも幻想なのである

ともかく少子高齢化で空家と耕作放棄地が増大している、そして市町村でも後継者がいないとなる。だから限界集落など維持できなくなる。現実に祭りなども若い人がいないので維持できないとなる。だからこれは相当に深刻である
ただこの世には本当に別にその仕事はなくてもいい、そんな所で働かなくてもいいということも多い

例えばヤクルトの仕事はなに何なのだろうとなる
一週間に一回ヤクルトを配達する。それで一人暮らしの人が頼る人がなくてヤクルトの人に頼ったということがある。確かに区長が見回りしているが一年にニ三回とかであり一週間に一回など来ないからである。
すると自治体で福祉の役割をさせる、その金は支給する。つまりヤクルトを配るより福祉関係の仕事に適しているともなる。ただそこまでする義務はない
でもそういう役割をもたせる、そのために役所で金を払う。
人材が不足するから何らか役割を担うことが求められるとなる

少子高齢化では無駄な仕事は事業はしないことも必要である
その仕事が本当に地域であれ社会で必要なものかどうかが問題になる
人材を割り当てるのは本当に必要なものだとなる。それを選別するのはむずかしい
そもそも何が無駄で有用なのか簡単に判断できないからである
水商売を無駄だからなくせとも言えない、それも社会の潤滑油的働きをしているとかなる。

ただ確かにこの世に無駄なものが多すぎる。例えば創価とかカルト教団が高齢化して後継者がいなくて維持できなくなるとかもいいことである
そんなもの元々必要ないものだったからである。だからそれはいいことだとなる
近くの農協の店も必要がない、無くても困る人がいないようにも思う
ただスーパーがなくなったら大変なことになる。それで村でスーパーがなくなると村の人がスーパーで働くようになったことでもわかる

だから少子高齢化社会では本当に必要なものは何かと問われる。無駄なものに費やすことができなくなる。でも何が無駄なのかは簡単には判断できない
それを誰が決めるのかとなるからである。何であれ社会に害があるようなものでも民主主義社会では数で決まるともなる。みんなが必要な物ならそれが一部の人が必要ないとしても数が多い方、投票で決まるともなる

とにかくあらゆる分野で人材不足になる。特に原子力とかIT関係とか高度なものは余計にそうなる。その人達が不足すると文明自体維持できなくなる
原始時代に戻るとまでなる。電気を作れないから炭で暖房とれとか時代が逆戻りする。それが人材不足で起こり得る。
自転車でも修理するのが大変である。今回のパンクでタイヤを直してもらったが
それが意外と苦労したと言っていた。何かメーカーと連絡をとらないと直せないことがある。星さんでは道具をヤマハの製造所から送ってもらってやっと修理できたとかある。

だか自転車でも人材がいなくなれば修理もできず乗れなくなる恐怖になる。何でもサイクルショップ湯原ではいわき市の方からロードの修理を頼まれたという、いわき市なら大きいから直せる自転車屋があると思ったがないのかとなる
今回のタイヤ交換も特殊なもので苦労したと言っていた
何らかで全国的に後継者不足になりそれが深刻なのである
自動車でも修理できないとかある。あらゆる所で人材不足になる
それは簡単に埋められないのである。
何かローマ帝国の煉瓦の水道管が修理できなくなりローマが滅びたという説を放送していた。つまり水道でも老朽化して水漏れが起こりそれも修理できないとかなる
トンネルでもそういうことが起きたとかある

そういうことが全国で起きてきて文明が機能しなくなる恐怖がある
どうしても高度化しているからそうした方面の人材は不足するからである
だから人材不足は軽く見れない深刻な問題になる
やはり少子高齢化の影響は大きい。人材が供給できなくなる
そもそも周りを見ても子供などいない、私の組では一人もいない、みんな老人なのである。

つまりローマ帝国が煉瓦の水道管が修理できなくなり崩壊した説が出て来た
それが何か現代にも当てはまるのかとなる。ローマ帝国より現代文明は複雑であり高度になっているからあらゆる分野で継承することが難しい
それで人材不足で文明が崩壊するというのも空想ともならない、
つまり少子高齢化の影響はそれだけ大きいのだがなかなか危機感を感じないのが問題なのである

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2025年08月30日

自然はすべて解明されていない 【熊だけを駆除することは危険ー自然は依然として神秘−アイヌの熊祭りを知る】


自然はすべて解明されていない
【熊だけを駆除することは危険ー自然は依然として神秘−アイヌの熊祭りを知る】

森林伐採により餌となる木の実が減少
生息域が分断され、熊の移動ルートが狭まる
山と人里の境界が崩れ、出没リスクが高まる
つまり、メガソーラーは熊を「人里に追いやる」間接的な要因となりうるのです。

なぜ熊が人里に出没するのか?その要因と冬眠の驚きの仕組み

自然を人間は何でもわかっているわけではない、でも科学が発達して何でもわかるという感覚になった。熊のことも実際はわからない、熊が冬眠してその間に子育てもする。なぜそんなことができるのか?それも実際は解明されていない、つまり自然には必ず神秘の領域が残される。科学ですべて解明されて説明されない。
それで気候変動も温暖化も解明されない、様々なことを科学者が言ってもすべてわかるわけではない。
そして自然を知る時その時間感覚が長すぎて実感できない。
何億年前がどうだとか実感できない、その間に温暖化もあり氷河期もありそれは自然の作用としてあった。ただその時間間隔が長いので理解しにくい

それで自然は人間にはすべてわからない
自然に必ず神秘の領域が残る

それはどんなに科学が発達しても解明できないものが残る
それで自然は不可思議神秘があるとして謙虚に接することも人間にとって必要である。熊の問題でもそうである。熊が自然でどういう働きをするのかも良くわからない。だから熊は危険だから駆除すべきだとはならない
つまり自然を見る場合熊という一動物を見ることではない
熊が生きる山とか森全体を見ることが欠かせないのである

生命は必ず連関しているからである。相互作用のなかで生きているからである
それで宇宙でも月が地球に影響しているとかなる
また太陽の活動にも周期性があり温暖化でも寒冷化でも起きる
ただその期間が長すぎるから理解できなくなる
人間の視野は狭いし時間的にも人間の一生が短いからそこで自然の対処が誤る

それで相馬地域で400年前に生波(津波)で700人溺死したという記録が相馬藩世紀に二行だけ記されてたけど学者すら知らなかったのである
だからこの辺では津波は来ないとなり老人でも逃げないで死んだ人がいる
400年も津波が来なければそうなってしまうのである
つまり自然の時間のスケールが人間の時間のスケールと違いすぎるのである
だからこそ天災は忘れた頃にやってくるとなる。
でも自然の時間間隔にしたら周期的に来ている。300年間隔であれ一千年間隔であれ周期的に来ている。ただ自然の時間感覚長すぎて人間は合わせられないのである。

人間は自然でもすべて解明されないし必ず神秘的なものが残る
すると人間は自然に対して謙虚になり畏敬の念を持つことも大事だとなる
昔なら海の神、山の神が存在してそれを畏敬する、現代ではすべて科学になり
科学で自然を操作できるものとなった。でも実際はできていない、地震でも津波でも温暖化でも気候変動でも実際はわかっていない。太陽の影響もわかっていない
ただ科学者がわかったようなことを常に言うからそうなのかとなるが実際はわかっていない。

要するに自然のことは部分的にしか見れない全部はわからない、だから熊の問題にしても熊が自然でどういう働きをしているか良くわからないから人間側で簡単に操作することが危険になる。原発でも科学者が核のことを全部わかっていた訳ではない、でもわかったように思わせていた。それで現代は科学者が神のようになる
でも科学者もわからないのである。自然は神秘でありすべて解明することはできない。だからこそ自然に対して畏れ抱くべきだとなる

昔なら熊も神であり畏れを抱いていた。そこには生命の神秘があり自然の神秘がある。その神秘を科学で解明されるとなったのが現代である
でも実際はすべて解明できないのである、熊は危険だからが害獣だから駆除すべきだとなるのは人間側で自然をコントロールできるという傲慢なものなのである。

熊を神に還す「イオマンテ(熊送り)」とは「イオマンテ」は、捕えた子熊を一定期間人間の手で育て、その後感謝と祈りを捧げて神の世界へ送り返すという、アイヌ独自の送神儀式です

この儀式は単なる祭礼ではなく、熊の霊魂を喜ばせ、人間界に恩恵をもたらしてもらうという信仰に基づいています。

自然界と人間の交流が祭りとなった。動物の肉でも殺すのだから痛みがありそれでただ物のように殺すのではなく神からいただくものとして祭りがあった
現代では動物でもただ肉を食べる物として機械的に効率的に殺すとなった。
そこに動物、生物に対する畏敬が喪失したのである
だから人間にとって危険な邪魔なもの殺して排除すればいいとなった
そこに生態系を破壊する危険なものがある
何か祭りとなると科学的ではないとなったが先人の知恵がそこにがあり継承されるべきものがある。確かなことは自然界でもすべて科学で解明されているわけではないことである。だから科学万能主義に陥ることは危険である。

だから橅(ブナ)の木が建築材料に適さないからと人工林の杉にしたことも問題があった
津波で根こそぎ松原が流され喪失したことには驚いた
それは自然のものではなく人工林だから根こそぎ流された
自然の森だったら多様な木があり全部流されるようなことはなかったかもしれない
つまり人間側の都合だけで自然に対処することは危険だった
何故なら縄文人は遺跡でも津波の来る場所にはなかったのである
本来津波の来る場所に住むべきではなかったのである。
それで老子とか荘子の無用の思想が生まれた
自然界に無用なものはない、人間の都合で有用なものだけにすれば人工林となり森全体が損なわれるとして警告したのである

「橅」は、材木として使い物にならない、つまり木では無いということにある。ブナ材は稀にパルプ、床柱、家具(椅子など)、玩具、杓子などに使うが、水分が多くて腐りやすいことや乾燥によって材が乱れやすいこと、変色しやすいことから扱いが難しく、火持ちが悪いため炭としての価値も低い

戦後の拡大造林政策による人工林の放置によってナラ枯れの大発生や荒廃を引き起こし、奥山の深刻な劣化を招いたのは紛れもない人間です 。

日本のクマを絶滅させたらどうなるのか?

人間は自然でも一部分は見る、でも全体は見れないのである。そこに盲点があり限界がある。だから視野狭窄に陥るのである。つまり自然は神秘的なものであり畏敬すべきだという感覚が科学時代になり喪失したのである
そこから様々な問題が起きてくる、原発事故であれ津波であれウイルスであれわからないことが起きてくる。それらをすべて人間が解明したわけでもないのである

熊の問題でも熊が危険だから駆除すべきだというとき熊が自然全体の中に生きていることを無視する。熊という単体を駆除すればいいとなる
それは全体を見ないから見れないからそうなる
要するに熊は神秘的なものであり熊が自然のなかでどういう働きをしているのかわからない、だから単純に駆除すれば解決するとはならない。
ともかくいくら科学が発達してもすべては解明できない、それで自然に対して畏敬の念を持つ、そこには全能なる神の働きがある
そして人間は全能の神になることはできない、いくら科学が発達してもである
その全権を握っているのは神なのである。だからその神を畏れなければならない、
人間の力ではどうにもならないからである。

神には科学を自然越えた奇跡が働く、自然は一定して決められたものではない、
神は新しい天と地を創る。つまりなぜこれほどの災い災害でもあるのか、それは
天と地が完全ではないからである。新しい天と地が造られて完全になる
そこではこんなに自然災害はなくなる。海が無くなるという時海は危険なものでありそこから津波など大災害が起きて来るからだとなる
ただ海が無くなるという世界もイメージできない、確かなことはこの世界は自然でも不完全なものとしてある。完全なものは神の国で実現するとなる



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2025年08月29日

阿武隈山地にも熊が出る―相馬市山上で目撃の写真

阿武隈山地にも熊が出る

【クマ出没情報】国道を横断する70センチのクマ…相馬市山上 27日午後7時すぎ 福島

警察によりますと、29日午前6時半ごろ、福島県南相馬市原町区萱浜で、70センチメートルほどのクマのような動物が目撃されました。

萱浜は海の方であり原町は大きな街である。そんな所に熊が出たことは何故なのか?
山の方ではないからかなり広範囲にうろついている。何か出くわす危険がある

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八木沢峠へ行くー薔薇坂ー原発事故の後にカモシカを見た

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ここに蝉が多く鳴いている


熊が南相馬市鹿島区栃窪村にも出たと注意をうながす看板を見た
それは集落のある所である。それがいつかわからないが相馬市の山上にも目撃されたことはこの辺でもうろついているのか?
阿武隈山地には熊は元々出なかった。最近出るようになったのはなぜか?
それは全国的にもともと熊が出ない所に出ている
いわき市でも目撃されている。

現時点では,中山間地域の過疎化・高齢化による人間生産活動の低下が,クマをはじめとする野生動物の進出を容易にしているという構図がひとつ考えられる

このことがあるのか、それは原町から八木沢峠に行く薔薇坂という所で原発事故で農家が廃墟となりそこにカモシカを見たのである
カモシカはこの辺では見られない、でも原発事故で廃屋かして人気がなくなると野生動物が活動しやすくなる。
猿でも人恐れず町に出てくる。それが全国的に過疎化して起きているのかとなる
それは一季節の問題ではなく最近は関係なく持続的に出てくる

山上に出たということは隣り合う栃窪にも飯館村にも出るとなる
特に飯館村は原発事故以後人口が6000人が1000人になり廃屋が多く耕作放棄地も多い、だから野生動物にとっては活動しやすくなっている
山間地域が過疎化することはこれからも野生動物にとっては生息しやすい
ただ原因は他にもあり熊の問題はわかりにくい、確かなことはカモシカがこの辺では見たこともないのに見たということは人が住まなくなると野生動物が生息しやすくなる。飯館村ではイノシシでも耕作放棄地の田んぼを掘り起こしていた
熊は全国的に生息領域を広げている。

いずれにしろ山上で目撃されて栃窪村で目撃されたことはこの辺りに生息しているのかとなる。だから山に入ることは危険にもなる
何かこれも人間の生活の変化と関係して起きたことであり人間と野生動物を分離して考えられない。人間に異変があり野生動物にも異変が起きる

何か今年は揚羽蝶などが少ないとか蝉が少ないとかある。一応この辺では蝉は鳴いている、でも例年と比べると少ないだろう。屋敷林があり蝉しぐれを聞いたがそれも聞かない、ただ南相馬市原町区の大原村から橲原村に通じる新しい森の中を行く道には蝉が盛んに鳴き響いていた、そこは今まで人の入らない森だった
だから街とか人家の近くで蝉が減ったのかもしれない
それも人間と人との関係で起きたともなる
つまり街と離れた深い森では蝉は減っていないのである

ともかく自然に異変があると人間にも異変がある、相互に関係している
だから野性動物でも熊でも出ない所に出るというのはどちらにも異変が起きてそうなった。


荒地化して羚羊がでて猿が増えた原発避難地域 
(橲原渓谷からバラ坂、大葦、大古林道から大原へ)

「阿武隈川より東側にクマはいない」とかつては言われていたが、中通り地方を流れる阿武隈川以東の福島県双葉町新山で8日午前8時50分ごろ、クマ2頭が目撃された。専門家は「エサ不足の影響では」と指摘する。

 双葉署によると、クマは体長1・5メートルと0・5メートルほどで親子とみられ、人的被害は確認されていないという。現場は震災前まで使われていた旧町役場の近く。

 県によると、クマのエサとなるドングリが育ちにくい阿武隈川以東はクマの生息に適さないとされている。ただ、ここ数年、年間数件程度の目撃情報が寄せられているという。

「阿武隈川以東にはクマがいない」はずが…双葉町で目撃情報

大熊町で初めてツキノワグマを捕獲 福島県が全域に注意報発令






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2025年08月28日

日本人もアメリカ化して金しか見なくなった 【庶民レベルでモラルがなくなったとき国家は滅亡する】


日本人もアメリカ化して金しか見なくなった
【庶民レベルでモラルがなくなったとき国家は滅亡する】

現代では、他人に尽くすことで感謝されるどころか、逆に「この人は自分より下だ」と見下されることがある。尽くすことは弱さの証とされ、利用される対象に変わる。さらには、手を差し伸べるとその手を引きずり下ろされるような経験もある。昭和の頃なら「徳の高い人だ」と評価された行動が、現代では逆の解釈をされてしまうのだ

昭和の時代は、隣人は友であり、社会は助け合いの精神で成り立っていた。しかし今や、多くの人々が他人を敵とみなし、少しでも隙を見せれば奪われる時代になってしまった。こんな社会では生きる喜びや希望を見出すことは難しい。
現代日本人の「嘘つき村」化に見る失われた美徳

このことを嫌というほど親の介護で経験した。そこで家自体が弱体化したから金を奪おうとする人たちが入って来た
現実に『金をくれ』と来て私が入院して留守になった時たまたま家に置いてあった金を盗まれた。その人は最近移り住んだ女性だった
ただ場所はそんなに遠くはない、でも最初から『金をくれ』とか言うのが冗談のようにも思った。その人は本当にそう思って家に来たのである
私は近くであり信用してしまったのである

金をくれと来て本当に私がいないとき家探ししていたのである

これが今の庶民レベルの人間なのである。そこに遠慮も何もない
ただ欲しいのか金である、その人が金に困っていたことはわかる、かなり金に困る生活だった。ただそれでもそこまであからさまに言ってその通りに実行したことに驚いたのである
今や庶民レベルでもかつての日本人は存在しないのだろう。他者は金になるかどうかしか見ていない、だから金を奪う機会があれば奪うとなる。そこに罪の呵責もないのである。金を持っている人は奪われてしょうがないということになる

何か問題はこうして庶民レベルでモラルが消失したことである。ただ金になればいいというだけである。だから金を奪うということになる。それが一部の人ではない。日本人全体に起きているから深刻なのである。すべては金であり他者は金になるかならないかしかない、だからその人でも弱者化すると好機になる。金を奪うチャンスになる。つまり今や日本人的良さは消失した
食うか食われるかの弱肉強食の世界である。相手が弱体化すれば襲ってくる好機となる

それがなぜ深刻かといえば庶民レベルで起きているからである。日本人的モラルが消失しているからである、もしそれが一部の上層階級とかに起きているなら矯正することはありえる。でも庶民レベルに共通して起きていることは深刻であり簡単に矯正できない。その国を作るのは上層部ではなく一般庶民である、その人達が正常なモラルを持っていれば国でも維持できるがその庶民のモラルが崩壊した時もはや国家は維持できない、他者は金を得るためにあり金の関係でしかない、そして金の切れ目が縁の切れ目になる。何だ金にならないのかおさらばだとなる

ただ昭和の時代に助け合ったということはそうでもない、でも戦後生まれた人は物がないときわずかのものでも醤油がないから分けてくれとか何か物がないのだけで助け合ったいたと良く言うのである。全部ではないにしろそういうことが確かにあったとなる。それは戦前にもあった。戦争中でも日本人が一つとなり助け合ったとかある。戦争というと負のものとして見ないが日本人が一致協力した面がありそれを懐かしむ人もいたのである

今の社会は物がなければ分けてくれとか言えない、それは怠け者であり働かないからそうなったとして突き放されるだろう
それでおにぎり食べたいと言って死んだ人がいた、確かに戦後まもなくであれ貧しいからおにぎりをくれと言えばくれた人はいた。でも今はそういう人は怠けていて働かないからだとか自己責任になる。

では何故こうなったのか?

それは戦争でアメリカの負けた結果、本来善きものとしてあったものまで否定されたからでもある。あらゆるものがアメリカに習ったからだとなる
だからすべては金でありデールだとなる。

そのことが実は重大なことでありモラルなき日本人社会となった
つまりその国のレベルは地位ある人達を特権階級を見てもわからない、その国を支えるのは一般庶民でありその庶民がモラルも情もなくなる時その国はもう維持できなくなるから深刻なのである、上層部が腐敗するなら入れ替えればいいとなるが庶民が荒廃すれば国を立て直すことは簡単にはできない、だから今の危機は深刻であり日本人自体が国家を維持できなくなり崩壊するとまでなる

要するに自分さえよければ同じ日本人でも金を得る対象でしかないとなる
日本という国は庶民レベルでお互い様とか助け合うことがあったが今はなくなった
むしろ金を得る対象であり金を奪いばいとまでなる。だから今の日本人は何か助けても感謝しない、その感謝は金を払えばいいとなりむしろ金を払った方が感謝すべきだとなる

このことこそが日本だけではない人類の危機となる。国と国も信用できずにまた国のなかでも同じ国民でも金を得る対象としてしかなくそれが奪いばいいとなる
だからあそうなると日本人は外国人でも盗んだりしないとなるが実際は国内で日本人同士でそういう感覚になっているのが実情である

すべてのことが金に還元される、それは地獄の沙汰も金次第とあったがそれが庶民レベルでそうなればもはや他国に攻められる前に自壊するともなる、そういう社会で安心して暮らせるのかとなる
国内で助け合わない国民が他国に対して一致協力して戦えないからである
実際自衛隊だけでは国が守れないからである。国民が一致協力しなければ守れないからである。そのことが危機であり核武装するとかではなく国民が一致協力できず外国に攻められる前に自壊するとなる

トランプ大統領がデールという時取引という時ただ損得で動く
利益になれば金になればで決める、そんな国が世界の指導国になれるのか
だからアメリカさえ良ければ繁栄すればいいとアメリカフアーストになる
そこに何らか正義とは追求しない、金になればかかわりもうけることだけを目的化する。それが世界の指導者としたら世界の国がついてゆくのかとなる
この国は金にならないとなれば切り捨てられる。金だけで計算して非情化する
そういう国に世界の人々がついてゆくだろうか?

いづれにしろ日本人も実はアメリカ化したのだから眼中にあるのは金だけだとなる
それでかつての日本人的良さは消失したとなる
ただ過去は美化されるからすべてはそうではない、でも今の世界は何か金だけの世界であり異常である。そういう社会はどうなるのか、それは自然災害より怖いものとなるかもしれない、弱肉強食の地獄になるしなっている。


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2025年08月26日

ロシアと中国は領土で対立もしている 【ロシア、中国、アメリカ、日本の関係を見る】


ロシアと中国は領土で対立もしている
【ロシア、中国、アメリカ、日本の関係を見る

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中露の友情は偽物だった!ロシア人が怒り、中国人労働者と殴り合いに!

中国とロシアがもめている、対立している。ウラジオスットクはもともと中国領土であり今でも中国人が相当数住んでいる
中国人労働者がロシアの開発で安く使われているとか不満がありロシア人と暴力沙汰にもなっていることが報告された。
ロシアという国は何かモスクワからウラジオスットクまであるとか日本の北方領土を領有しているのは不自然なのである。
それは中国でも感じている、それで満州里にロシア人の女性が電気製品を買いに来てひどく怒っていた。何か不満なことがあったのだろう
外国を知るという時大きなことではなくそうした子細なことからでもわかることがある。

アメリカに行って博物館に入るのに何か差別された。日本人ということで差別された。するとそういう公共の場所でも差別があることを知る、つまりアメリカは人種差別の国だということを実感する。何か国際情勢とか知るにはそうした実体験があり肌で知るとなる。本ばかり読んでいてはわからないのである
つまりそれが何か取るに足らないことでもやはり外国だと肌で感じるとなる

確かに外交的には政府では友好を演出するが中国人とロシア人は対立する
ロシアの領土はウラジオストックはもとも中国領であり北方領土は日本領である
それで中国が国力を回復して強くなるともともと領土であったウラジオストックでも返還してもらいたいとなる。
そもそもモスクワから遠すぎる。シベリアの人達はロシア人ではない、別な民族なのである。変だけどウラジオストックは中国に返して日本は北方領土を変化してもらうことで共同できるともなる。

ともかくロシアと中国と日本は太平洋戦争で複雑にからみあったのである
その時中国は弱体化して日本が進出したとなる。また日本が弱体化して敗戦となるとロシアが襲ってきたのである、ロシアはライオンであれ殺したものを奪うハイエナかとなる。世界史は弱肉強食の世界である
どうしてもロシアと中国と日本は国境接するから領土で争うようになる

こうした世界の外交で漁夫の利を得るのは今はウクライナ戦争で中国だとなる
ロシアは相当にウクライナ戦争で疲弊している、そこに一枚アメリカが加わる
何かまるでyoutubeで動物の食い合う熾烈な戦いを見る感じになる
獲物を得るために様々な動物の死闘がある。その獲物を狙う鷲とかもいる。
国際関係もそれと似ているのだろうか、弱肉強食の世界である
それぞれの思惑があり油断できないし信用できない、そういう駆け引きが行われる

いずれにしろロシアでも中国でも広すぎる、そのために理解できなくなる
領土の確定はどうして決められるのかとなる。日本は海が障壁になるので熾烈な領土争いには巻き込まれなかった。でも第二次世界大戦では満州に進出して東南アジアに進出して300万人が死んだのである
ロシア中国日本はじかに接しているから領土争いが深刻になる、領土得るために血を流すとなる。

ウラジオストックについては中国の主張に正当性がある。それは北方領土が日本領だと同じなのである。だからこの点で中国とは協力できるとなる
ともかくロシア中国日本とアメリカ、ヨーロッパと三つ巴四つ巴の争いになる
必ずしもロシアと中国は組むともならない、領土であれ民族的にも友好ともならない。中国が今はロシアを利用している。アメリカとは直接戦わないが援助する
そして虎視眈々と台湾を狙っている。それらの国々の思惑が入り乱れている。
だから動物の弱肉強食になる

ロシアの‘裏庭’中央アジアに中国は進出を加速している。
これは「ウクライナに忙殺されるロシアに代わって中央アジアの結束を固めるため」というより、ロシアの縄張りに本格的に切り込むためとみられる。
この地域は中国にとって死活的な重要性を増しており、米ロが身動きしにくい間隙をついてアクションを起こすのは中国の常套手段でもある

中国はロシアに協力するふりをしつつ裏切るか――中央アジア争奪をめぐる暗闘

ロシアと中国にはこうして争いの火種がある。中東地域をめぐり綱引きがある
こうして三者三様の思惑があり複雑に交錯する。権謀術数がある。その本音は何なのか、外交も戦争にもなる。でも互いに譲らないとなると戦争は終わらない
その裁定をするのは何なのかとなる、日本でもそういう大国同士の駆け引きがありどう対処するのかそれが問われる。
ただロシアと中国の領土争いがあるとき北方領土を返還させるチャンスにはなる
それより狡猾なればヨーロッパとアメリカが共同してロシアを敗北させて領土を奪うとなる。中国もロシアの弱体化で中央アジアに進出する

それからウラジオストックは返還させる。つまりロシアは食い物にされる
それはウクライナに侵略したためだとなる。それをアメリカが狙った節もある
トランプ大統領自体がデール外交だとしているからである
でも結果的どこの国の思惑も外れるかもしれない。どこの国が得するのか意外な結果にもなる。どの国も思惑通りにはならないで終わるかもしれない、いずれにしろ国際情勢も常に変化するから先が読めないのである

結局ロシアでもウクライナでも相当数の人が死んで犠牲になった。その代償を得たいとなり譲歩しにくい、それを国民も許さないとなる。それで譲れない妥協できないとなる。アメリカでも中国でも死ぬ人はいないしかえって得するとかなる
当事者ともならない。だからどうして決着するのだろうと見る
アメリカと中国でも傍観的で得をすればいいとかなる。トランプ大統領は外交はデールであり得になればいいとしているからである。犠牲になるのはウクライナとロシアだとなる。

つまり国民と関係なく指導者の思惑で動くとまなる。国民はウクライナでもロシアでも戦争をやめたい
でも指導者はやめない、メンツがたたないとか自らの指導者の自尊心がありそれでできない
戦争は必ずしも国民同士の戦争ではなく指導者同士の戦争だともいうのもわかる
双方の国民は戦争をやめてもらいたくても指導者がやめたくないとなる、そこに問題の根がある
日本の戦争も指導者の間違いから300万人が犠牲になったともなる

だから指導者の責任は重いとなる。でもその責任がいろいろ言われてわからなくなる
それは国民の責任だったともなる。そうなると誰も責任を取らない、結果的に誰かが責任を取らされる
それが日本なら300万人死んだとか死んだ人が責任を取らされる
それは原発事故でもそうであり東電でも政府でも指導者は責任をとらない、でも地元では故郷に住めなくなるとか責任をとらされた。でも指導者は責任をとらない、でも確かなことは必ず誰かが責任を取らされるのである
つまり人間は責任から逃れられないようにできているのである



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2025年08月25日

ひたすらー直土(ひたつち)の意味−日高見の国のこと 【気候変動の暑さは自然から遊離した文明から起きているから危険】


ひたすらー直土(ひたつち)の意味−日高見の国のこと
【気候変動の暑さは自然から遊離した文明から起きているから危険】



伏せ廬いほの曲げ廬の内に直土に藁わら解き敷きて」〈万・八九二〉

うちひさつ 三宅(みやけ)の原ゆ 直土(ひたつち)に 足踏み貫(ぬ)き 夏草(なつくさ)を 腰になづみ いかなるや 人の子ゆゑぞ 通(かよ)はすも我子(あご)

広く東北地方を「日高見国」とよびそこへ通う路、つまり日高見路が「ひたち」となり、常陸の字が当てられたとする説が有力視されている。「常陸国風土記」はさらに「それ常陸の国は、堺は是広大く、地も亦緬はろかにして、土壌も沃墳え、原野も肥衍えて、墾発く処なり。海山の利ありて、人々自得に、家々足饒へり」などと、国土について賛美する。

飛騨は稗田、飛田、日田、日高、比田、慕田、肥田、斐太、疋田、日多、飛駄、脛田、飛弾などと書かれて奈良や、伊勢に降りた人々が地名にその名を残しています。

斐太(ヒダ): 岐阜県高山市
・ 飛騨(ヒダ): 富山県黒部市飛騨
・ 飛騨国(ヒダノクニ): 
・ 美守(ヒダモリ): 新潟県妙高市美守
・ 日高(ヒダカ): 埼玉県日高市
・ 火高(ヒダカ): 確認できず。
・ 檜高山(ヒダカヤマ): 福島県の尾瀬


日高見の国は東北にあったというけど日高見はヒターカミであり高が出ているけど
高いと関係ない、ヒタなのである。
ヒタとは何なのか?ひたすらとかあり浸(ひた)るとかの動詞になる
そして日立ーヒタチとはヒタツチに直土に通じる

広く東北地方を「日高見国」とよびそこへ通う路、つまり日高見路が「ひたち」となり、常陸の字が当てられたとする説が有力視されている

そもそも直土(ひたつち)という表現は土と一体化して生きていた人たちの理屈抜きの表現である。ヒタスラとかはヒタツチのように土と一体化して生きることから生まれた。

なぜヒタが浸るでありひたすらになるのか?それは水と関係していた
田植えでも水に浸るであるから弥生時代の稲作に関係して生まれたのか
右左ー右は水際(みぎわ)であり左(ひだり)も浸ると水と関係していた
だからヒダというとき浸ると関係している

ともかく日本語自体が謎である。でも言葉はその土地と一体化して生まれる
ひたつちというのはまさに土と一体化して生まれた言葉である
土と一体化してひたすらに生きる姿がある

伏せ廬いほの曲げ廬の内に直土(ひたつち)に藁わら解き敷きて」〈万・八九二〉

というとき農家に土間がありそこは土でありその土間は夏は涼しく冬はあたたかくする。土の効果でそうなる。天然のエアコンだったのである
打ち水でも土にまけば冷房効果がある。アサファルトは熱くなる
それが都会を田舎でも暑くしている。文明化して生きることはどうしても自然から遊離する。それで都会がヒートアイランドになる。異常に熱がこもり暑くなる
ここは海に面しているから自然の冷房効果がある、だから35度にはならなかった

気候変動が自然の作用によって起きるならそれは避けようがないし自然だとなる
そういうことは長い時間で見れば起きていた
問題は人工的人為的文明の作用で起きるとしたら危険なのである
それは自然の作用が人為的に人工的に歪められるからである。

それで直土(ひたつち)にという古語が何か心惹かれた
つまり余りにも機械化人工化文明化したときそこに大きな歪が生まれる
東京であれ大都会は暑さが倍加する。それは自然から遊離した結果である
それをエアコンを使うとしてもそれがまた熱を作り出す、ソーラーパネルでもやはり自然なものではない、二酸化炭素を出すとか熱を作り出すのである。
気候変動ももし自然の作用であれば問題ない、それが人工的人為的に作り出されるとき問題になる、どうみても東京ともなれば熱が出て熱が籠る

東京湾があっても巨大都市となり冷房効果がない、だから逆に人工的に何らかと都市を涼しくする方法を考える。そうでなければもう都市には住めないとまでなる
人工水路とか何か都市全体を冷やす方法を考える
ただそうなるとその費用も莫大になるから簡単にはできない
でもこれだけ暑さが続くと住むこともできない、熱中症になり死ぬともなる危機になる

私は今年はクーラーの調子が悪く使わなかった、それでも卓上扇風機はいいものだった。電気もくわないし安上がりで体にも良いものだった
だから別に私は原始時代に戻れとかというのではない、それは不可能である
ただ確かに大都会がヒートアイランドとなり異常に暑くなることは危険になっている、それをクーラーで防ぐのも問題になる
また日本が貧困化して電気代も払えない人も増えている、そんなに電気を無制限に使うことも問題なのである。そうなると原発を再稼働だけではない増やせとなる
それが参政党も参政することは危険だと見た
意外と福島原発事故は14年過ぎて忘れられている。ともかく日本人は忘れやすいのである。原発事故も大したことなかったとなる。そこでまた大きな事故が起きる








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2025年08月23日

参政党は原発は賛成−最右翼と通じる 【既製の政党への不信があり政治でも改革を望む無党派層が支持】


参政党は原発は賛成−最右翼と通じる
【既製の政党への不信があり政治でも改革を望む無党派層が支持

参政党は国民に対して嘘やデマを駆使し、大衆の怨みや不満を煽って力を付けていく大衆迎合型の政党です。

ー文化的な不安、科学不信、そしてグローバリズムへの拒絶だ。

大樹総研という、自民党の浪人議員の面倒を見ているマル暴企業がありまして、そこが仕事にあぶれた自民党の浪人議員を寄せ集め、表向きは反・自民党を装わせ、裏では自民党のすすめる憲法改悪や原発推進に誘導するためにつくった党が参政党です。

自民党のすすめる憲法改悪や原発推進に誘導するためにつくった党

右でも極右でも原発推進なのである。自民党でも最も右寄りなのが参政党になる
それが原発で被害にあった地域に住んでいると理解できない
つまり自民党の最右翼が参政党であり自民党の浪人議員を集めているというのでもわかる。元自民党の議員だった人が入って来ている
だから令和新選組とかも違う、自民党の最右翼が参政党なのかとなる

何か自民党はリベラルになり平均化し中道化して特色をなくした
それで最右翼の人達の不満票が参政党に入れたとなる
そして自民党は公明党と一体化して票でも下支えされて維持された
でも創価も弱体化して公明も弱体化する、公明は創価の会員が減れば票も減るからである。それで自民党は危機になる。そこを参政党につけ入れられたとなる

立憲も伸びないのは電事連とか労働組合を票田として頼っていたからだとなる
それは規制の古い労働組合である。でも無党派となると利権にもならないから
参政党に入れたとなる。
つまり既製の政党は伸びないのはこれまで利権を得ていた人達ではない、無党派であり利権団体に入っていない人達だとなる

それをインターネットを通じて票として集めた、積極的支持というより不満票を集めたとなる。原発推進なのは自民党最右翼と労働組合の電事連とかが票田になる。
不思議なのは自民党と立憲が共同しやすいというと立憲も電事連を票田にする
また自民党も原発推進で政策的に組みやすいから連合政府ができると言われる
財政でも消費税に反対しないし税を増やす財務省と合同しやすいとなる
そこに大きな利権がありその利権が一致するからである

なぜ参政党現象が起きたのか?

文化的な不安、科学不信、そしてグローバリズムへの拒絶だ

文化的な不安というとき外国人労働者に対して不満があり科学不振という時、コロナウィルスなどのワクチンの疑問があった。コロナは何なのか解明されていない
でもそのために使われた金は莫大だった。そこに陰謀論が生まれた
私自身もワクチンは打たなかった、そのワクチンでかえって何らかに体の影響があり後遺症に苦しむ人たちがいる、でもその因果関係は明確にされていない

またグローバリズムへの拒絶というとき世界的に起きている、移民により自国の文化破壊される危機を感じる人が増えたからである。アメリカファーストになる。日本でも同じ傾向があり世界的にも起きている
アメリカが世界に関税を高くして自国の経済を守ろうとするのもそうである
グローバル経済でアメリカが一番得したと見ていたがそうではなかった
要するにグローバル経済が世界的歪みとなりそうなった。
グローバル経済を進めると日本は車だけを作りその代わり食料は米でもアメリカから買いとなる。そんな世界的分業は成り立たない、食料が自国でまかなえないとしたら何かあれば自国に食べる物がないとなる。グローバル経済を進めて行くと極端化するとそうなる。だからアメリカすら拒否するようになった。

いずれにしろ参政党はまだ理解にくい、でも原発は賛成でありそれは右翼でもそうだし立憲の票田の電事連でも賛成であり意外と福島原発事故でも本当に原発反対が少ない、それは何故なのか、それは電気文明となっていてその中に原発が組み込まれている。だから自民党と立憲の政策は共通していて合同できるともなる
自民党はただ政権を維持したい権力を維持したいという政党である
だから権力を維持するなら妥協する、一時は社会党とも組んだからである
原発は自民でも賛成だし立憲も参政だし右は賛成である。そうなるともう原発は止められないとなる。福島原発事故でも14年過ぎて忘れられてゆくとなる
そこに危険がある、それは別に自民党のせいでもない、立憲のせいでもない
電力事業に携わる人たちがその背後にいてその人達の生活利権が関わっている辞めさせることはできないのである、電気文明をそもそもやめることができないからである

それにしてもワクチンは反対だが原発は賛成となるのも理解しにくい
科学不信なら原発の御用学者も批判の対象となるがそうなっていないのは何故だろうとなる。その辺は新しい党なのでわかりにくいのである
ただ規制の政党は背後の利権団体と強固に結びついている
だから参政党に無党派層は入れたとなる。ただこの無党派層は流動的であり安定しない気まぐれでもある。だから参政党も一過性で終わるかもしれない。ただ失われた日本経済の30年とか既製の政党が対処できずに変革を望む人たちが参政党を支持したとなる。やはり政治でも時代の変革を望むからそうなった。








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2025年08月16日

戦後80年ーなぜ日本の戦争は起きたのか? 【文民統制がなく軍部の暴走−軍隊を持つことの否定の思想】

戦後80年ーなぜ日本の戦争は起きたのか?
【文民統制がなく軍部の暴走−軍隊を持つことの否定の思想】

日本にとっても軍縮は喜ばしいことのはずなのですが、対米協調路線を軟弱外交とみる立憲政友会や軍の一部にとっては面白くありません。

この問題はのちに統帥権干犯問題となり、経済問題での失敗もあって浜口首相は東京駅で暴漢に狙撃されるのです。

B統帥権を犯すべからず=軍部は内閣の制限を受けない

「天皇の統帥権を政府が邪魔してはいけない」という話は、「軍に命令できるのは天皇だけ」ということにすり替わり、のちに軍が満州で勝手に事件を起こしたり、戦闘を始めたりするのを政府が防げなくなりました。

軍隊という実力組織をきちんと管理するにはシビリアンコントロール(文民統制)といって軍を動かせるのは「政府だけ」と決めておくことが大事です。

この統帥権干犯問題によって軍部の独走にお墨付きを与えるような事態になってしまったのです。

ロンドン軍縮会議

●ロンドン軍縮会議がアメリカとの戦争の発端に

NHKでこのことをドラマ化した、ここでは山本五十六が主役でありその交渉に当たった。山本はアメリカに生活していて英語ができる。アメリカの事情に詳しいということで海軍から選ばれてその任に当たった。
山本五十六はその軍縮会議で英米とうまく調整して対立しないようにしたが海軍の命令でできなかった。でも国民はかえってこの軍縮会議で英米に譲らなかったとして山本五十六を熱狂して迎えた。山本五十六はそれをいいものとしてはいなかった
何故なら英米の力を肌で知っていたからである

その時代まだアメリカの力を日本では低くにていたからである。
この会議でアメリカが強硬だったのはそれだけの軍事力でも強国の自負があったからである、日本はまだアメリカの力を低く見ていた。だから山本五十六は英米に穏便に交渉して対立したくなかった

何故日本はアメリカとの戦争に向かったのか?

このロンドン軍縮会議の決裂が対立を避けられないものにした。日本は軍拡になりアメリカとの戦争に向かった。ただその時代はイギリスが七つの海を支配していて世界を植民地化していた。だからイギリスがアメリカより大国であり実質的にアジアでも植民地化していた
だから必ずイギリスが大きく関わって来ていたのである

それは中東でもそうでありイスラエルが建国されたのはイギリスが工作して勝手に国境線を作りユダヤ人に与えたのである、またシリアなどはフランスが植民地化していた。アジアでもベトナムはフランスの植民地だったのである
つまり欧米列強が世界を牛耳った時代でありそれに対抗する新興国として日本が世界の舞台に現れたのである
だから七つの海を支配したイギリスの後にアメリカが世界の覇権国となっていった
だから第二次世界大戦はアメリカが覇権国となる戦争だったともなる
その前に立ちはだかったのが日本だったのである

●シンガポールからジョホールバルで日本はイギリスに勝つ

最初は真珠湾攻撃で戦端が開かれたがその次はイギリスの植民地だったシンガポールとかマレーシアのジョホールバルとかが最初の激戦地となり日本はその戦争で勝利して日本が大英帝国に勝ったということで世界から注目されたのである
そのジョホールバルに赤十字の病院がありそこに私の姉が従軍看護婦として4年間地獄の苦しみを生きた。それは傷病兵を看護するのだから過酷だったのである。何かその傷病兵も苦しくて自殺した人がいた。それはドラマではなく事実だったのである、一番苦しかったのは戦争が終わる時ジャングルに逃げて食べる物もなく悲惨だった。ジャングルで生き延びて戦後に帰還した日本兵が話題になった

ともかく日本はなぜアメリカと戦争になったのか?

それが良く検討されていない、あいまいにしている、それは誰が責任だったとか問うことになるから日本政府でもしたくないからだとしている
それを問えば日本国民にも責任があったとかなるからである
確かなことはその時代軍部が海軍と陸軍が政府ともなり国民もそれに従ったということである。それが過ちとなり300百万人を死なせたとなる

陸軍【関東軍】ー満州事変で暴走
海軍ーロンドン会議で英米と対立

軍部がシビリアンコントロール(文民統制)から離れて暴走した。その軍部が統帥権を持っていた天皇を利用して国民を支配した、それが戦争に向かう大きな原因だった。天皇は実質の力はもっていなくても常に国民を支配するものとして利用されてきたからである
天皇は神であり神に従いとなる政教一致でもあった。それで日本は深刻だとなり負けないとなり多大の犠牲をはらったのである

もう一つの番組で特高のことを取り上げたが共産党員が戦争に反対して弾圧されて
拷問を受けた。それも女性もそうでありその時女性蔑視があり女性が生意気だとなり特高に拷問を受けた。この特高というのは警察権力であり戦争に反対する者を厳しく取り締まったのである

●文民統制(シビリアンコントロール)がなく軍部が暴走

ここで何が戦争に向かわせたのかとか振り返ると軍部であり警察でもあった
それは実質的に国民を支配できる権力を持っていたからである
シビリアンコントロール(文民統制)はなくなり軍部が暴力であれ従わせることができた。そうなると軍部の思いのままになる、それは暴力集団でもあるからそうなる。今でも警察には庶民でも怖がり逆らえないからである。ましてや軍部となるとそれより怖いとなる

権力の怖さはそれが暴走することである。それが満州事変の関東軍でありロンドン会議の軍縮交渉で海軍の言いなりになったことでもわかる。
そこにはシビリアンコントロール(文民統制)が全くなくなっていたのである
その時代軍人が一番威張っていたということを聞いた
庶民は軍人が一番威張っていて軍政の下で生活していたのである

なぜアメリカと戦争になったのか?

それは軍部の驕りからだったもなる、その軍部は暴力組織だから国民は逆らえなかったとなる。ただ国民も英米に対抗心がありアメリカの力を見くびっていたのである。つまり軍部が力を持つとき危険になる

草食動物が鋭い牙とか象が巨体とかなっているのはあくまでも肉食獣から守るためであり攻撃するためではない。なぜならそもそも草食獣は草を食べるのだから肉食獣を攻撃する理由がないからである。肉食獣は草食獣でも食べなけらば生きていけない、だから人間の場合敵から守るために軍事力を持つという理屈が成り立たないのである、草食獣ならわかるが人間は必ず軍事力があればそれが攻撃力になり相手を攻撃して肉を食らうとなる。相手も武器をもっていたらそもそも攻めてくるから武器を持つと見る。
だからキリストが剣を持つ者は剣で滅びると言ったのである。それが核を持つ国は核で滅びるとなる。

●軍隊を持つこと否定する老子の思想

いずれにしろ軍人が力を持つときは危険な状態になる、軍拡になるのもそうである
だから本当は自衛隊のようなものがいいのかもしれない。私たちの軍隊は攻撃はしません、守るだけとなる。それでも相手は他国はそう見ないのである
自衛隊でも確実に他国を攻撃する能力がある。こうしてお互いに軍隊を持つ限り平和はないのである

夫(そ)れ兵は不祥(ふしょう)の器、物或(ある)いはこれを悪(にく)む、故(ゆえ)に有道者(ゆうどうしゃ)は処(お)らず。君子、居れば則(すなわ)ち左を貴(たっと)び、兵を用うれば則ち右を貴ぶ。兵は不祥の器にして、君子の器にあらず。已(や)むを得ずしてこれを用うれば、恬惔(てんたん)なるを上なす。勝ちて而(しか)も美ならず、而るにこれを美とする者は、これ人を殺すを楽しむなり

軍隊を持つことはこのように否定されるべきものである。

而るにこれを美とする者は、これ人を殺すを楽しむなり

軍事パレードはするが武器を軍事力を誇ることは美とするは危険である
でも現実に中国でもアメリカでも軍事パレードをした。それを美とすることは危険なのである。

いずれにしろ戦後80年なぜ戦争になったのかを総括して知らないとまた戦争になる
戦争の悲惨さも80年も過ぎると忘れられるからである




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2025年08月10日

ソーラーパネルが多い地域が暑くなった? 【気候変動で大都会から涼しい場所へ移住する時代に】

ソーラーパネルが多い地域が暑くなった?
【気候変動で大都会から涼しい場所へ移住する時代に】

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家の前がソーラーパネルになっているのは暑い時嫌だなと見た
それがあるだけで暑いと感じた。ソーラーパネルは暑さと関係している
光が反射して暑くなる。何でも人工的な物は副作用がある
何故こんなに暑くなるのか、それは明確ではないにしろ人間が作った人工的な物が影響していることは否定できない、二酸化炭素が増えたのもそうである
原発事故以後ソーラーパネルと風力発電が全国的増えた、でもそれが自然エネルギーとは違っていた。人間が作るものは自然ではない、不自然になる
アサファルトの道路でも暑くなる。でも土だったら熱を吸収して水をまけば涼しくなる
農家の土間は夏は涼しくして冬があたたかくする。
自然のエアコンでもあった。つまり人間は科学技術が発達してもそれですべてが解決しない、必ず副作用があり不具合が生じる、太陽光パネルでもそうだった。

ただ暑い場所が太陽光パネルが多い場所だったというのはわからない、暑い場所は地形的に内陸で盆地になる場所である。福島県なら福島市でありそこは西と同じく異常に暑いのである。それに比べ海側は海からの風が吹くから涼しいのである
何か地理にしても必ずいい面と悪い面があり作用する。海側は津波の被害とか原発事故の被害があった。でも津波被害から14年過ぎて成長した松の影で休んだ時涼し風が吹いてきて救われたように気持ちよかった。砂漠を通りオワシスに来た感じだった
それは暑さも自然が作り出したものだが涼し風も自然から生じたものでありそこに不具合がないのである。

ただ科学技術がすべて悪いものではない、今年は卓上扇風機はいいものだった
風も自然であり音もしない、霧がでるのもいいし電気代もかからない、何か自然な風に感じた。クーラーは体全体を冷やして乾燥させて粘液がばい菌を防御できなくなるとか問題がある。それは自然ではない、何か自然でないにしても自然に近い技術がある
それだとさほど影響がないとなる、それで小型の原子炉ならいいということにもなった
科学技術も巨大化すると問題になる。それが事故になると甚大な被害になる
小型原子炉ならそうはならないのである。そうなると自然と科学技術が調和するとなる
ソーラー電球でも小型のもののソーラー発電はいいものである
今や科学技術の時代でも何でもいいものとして見るのではなく取捨選択が必要な時代にもなる

ただこれだけ暑いと他では卓上扇風機だけでは耐えられないとなる。
ただ科学技術でも自然を損なわない自然と調和するものが望まれる
そもそも大都市は自然に反した構築物でありそれ自体が自然に反するものだからヒートアイランドになる。その巨大な人工物が自然に反している
一時は福島県の三春町とかに首都移転が話題になったがそれもいつのまにかになくなった。でも余りに暑くなると真剣に首都移転でも考慮するとなる
その時どうしても涼し場所がいいとなる。すると東北の太平洋岸がいいと見た
日本海側も暑いからである。後は高原地帯になるがそこは地理的にむずかしい
いずれにしろこの暑さがこれからも続くとしたら移住でも真剣に考えるようになる
それは悪いことではない、ヨーロッパでもスペインなどの暑いい地域から移住するとかなる。ヨーロッパの場合は文化の共通性があり移住しやすい、それほど違和感を感じないからいいとなる。

 砂漠化の加速 水資源への圧力が高まりました。 スペインのような国では、国土の4分の3近くが砂漠化の危機に瀕しており、 すでに20%が劣化しているとされ

中米グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグアを横断する乾燥回廊は、事態の深刻さを如実に物語っています。長期にわたる干ばつは自給自足農業を破壊し、農村地域に選択肢を失わせ、国内避難や、特にメキシコやアメリカ合衆国への北方への移住を引き起こします。その数字は憂慮すべきもので、2022年には32万人以上の国内避難民が、主に水へのアクセス問題に起因する気候災害に直接関連していました。

気候変動による移住:地球規模の危機における人間の側面

気候変動は大規模な民族の移動移住になる。それが怖いのはかつてヨーロッパの方で民族の大移動がありそれで社会そのものが激変した。つまり気候変動は戦争にもなる
住むことできないとなればそうなる。それで命がけで移住するとなる
だからその移民の流入を防げないとなる
中国でも遊牧民のモンゴルなどが中国に侵入したのは食料を得られなくて必然的にそうなった。それで万里の長城を作ったのである
つまり気候変動は世界の歴史を変える。それほどのインパクトがある
水が不足することも大問題である。中国で水資源を得ようとして北海道の土地を買いあさるとかも問題なのである。

とにかく今日は涼しく秋を感じる、でも一時的小康状態なのかもしれない
この暑さはもはや一時的に終わることなく毎年続くとしたらその対策を真剣に考えざるを得なくなる。首都遷都が立ち消えになったのは簡単にはできない
余ほどのことが戦争の空襲で焼け野原になるとかでないとできない
そうなると真剣にならざるを得なくなる。それほどの暑さの恐怖を
もたらしたとなる


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2025年08月09日

戦後80年の危機−軍隊は自衛するためだけにはありえない 【少子高齢化で自衛隊に成る若者も減少で戦争できるのか】


戦後80年の危機−軍隊は自衛するためだけにはありえない
【少子高齢化で自衛隊に成る若者も減少で戦争できるのか】


防衛を考えるとき動物で見ると草食動物は肉を食べないとしても牙を持つ
それはあくまでも攻撃して相手を殺して食べるためではない、牙を持つのはあくまでも防御のためである。相手を威嚇するためである
でも肉食動物は相手を殺し食べるために存在する
草食動物は象でもサイでも相手を威嚇するものであり相手を倒して肉を食べるものではない。

これを人間にあてはめると武器を持ち軍隊を持つのは自衛のためであり攻撃のためではないと日本の自衛隊ならそういう、でも草食動物はそもそも肉を食べないのだから殺しても何の利益にもならない、何か日本の軍備は自衛隊はそうした思想として作られた
専守防衛だとなる

とはいえ必ず相手を殺すことに転化する。守るだけではない草食動物のように相手の肉を食べない、でも人間の場合は武器を持ち軍隊を持つことはそれが相手を攻撃するものとなり相手の肉を食うことにもなる。何か敵国を攻撃して利益を得る支配するとかなる
だからキリストが剣を持つものは剣で滅びると警告した
つまり軍隊の否定なのある。でもそうしている国はない、永世中立国のスイスでも強力な軍隊を持っている、また核でも実際に使わないとしても威嚇のためでも持っている
でも草食動物の防衛のための牙ではない、攻撃の牙に転化する

いくら自衛のためとはいえそれはどこの国でもそうでありでも攻撃のためにもなる
だから自衛隊がただ守るためにだけあるとは外国でも見ていない、軍隊があるかぎり攻撃するものと見ている。
草食動物のように威嚇とか守るためとはならない、では剣を捨てることができるのかとなればどこの国でもできない、核でもできない、それが防衛のためだと言ってもどこの国も信じない、攻撃するためである。だから平和がありえないのである
要するにどこの国でも剣を捨てることはできない、剣を持つ者は剣で滅びるというとき
核を持つ者は核で滅びる、人類最終戦争でハルマゲドンで滅びる

柔和な者が地を継ぐというときそれは草食動物のことなのか、AIではそうでないと答える。草食動物が制限なく増えればやがて食料が食いつくされてしまい草食動物自体が存続できなくなる。その調整のために肉食動物がいる
でも肉食動物は残酷だとみる。子供でも食べてしまうからである。だから地を継ぐ者は柔和なものであり草食動物なのかとなる

ともかくなぜ戦争が無くならないのか、なぜ日本でも戦争で300百万人も死んだのか
その戦争に参加した人ももう百歳となりいなくなる。そして死ぬほどの苦しみを受けたのに報われないという不満は戦後生きて帰った人達にあった
延々とその戦争のことを語るが何か報われないとなる
私の家族は従軍看護婦で4年間シンガポールのジョーホルバルで戦い過酷な経験をした
そのことが人生で一番印象に残ることだから死ぬ間際まで語り死んだ
認知症になってもその戦争のことは忘れなかったのである

ただあの戦争が何であったのか日本人自体が総括していないのである
何か臭いものには蓋をしろとなっている。それは300百万人も死んだことでありその人達の死は無駄だっとか言えないからである
余りにも大きな犠牲を払ったし死者に鞭打つことはできないからである
ともかくそれが歴史となり冷静に見て判断するべきだがそれもできない、日本は戦争に負けて戦争は二度としたくないとなった。それで戦後は経済活動に集中して高度経済成長時代を築いた。それはアメリカに守られたからできたという面があった
その復興の切っ掛けは朝鮮戦争の特需であった。その時鉄が不足していた
それで子供に時代鉄くずわ集めて金になっていたのである。

それからベトナム戦争でも日本はやはり戦争に参加せず経済的に得していたのである
つまりアメリカに負けたのだがかえって軍備に金を使わずに経済成長したのである
でも今はアメリカは日本を守らなくなる、軍備を増大しろとかアメリカファーストになった。だから中国の台湾進攻では日本自体が中国と戦え援護射撃してもアメリカ人は直接戦わないとなる。そういう時代の変化がありまた経済的困窮にもなり日本は内外的に危機になる

やはり戦後80年は一つの時代の区切りともなる。何か日本は大きな変革が望まれている
それは対外的にも迫られているとなる、でも日本は少子高齢化や経済の衰退があり対処できない、第一自衛隊に入る人も確保できず自衛隊員が高齢化している
駅前で自衛隊になる人を勧誘していたがそれが中学生だったのである。体が大きいから大人と見たのである。自衛隊員そのものを確保できないから守ることもできないとなる

団塊の世代は後期高齢者に75歳以上になりその団塊の子供が氷河期世代であり50以上とかなるとそれも戦争するには体力的に苦しくなる
この辺で太平洋戦争でも兵士不足で40代の親が徴収されて兵士になった
その人は親だから戦地の子供に同情していたのである
ただ40までなら戦争できるかもしれないが50過ぎると苦しくなる
日本は戦争できないのではないか、戦前は若い人がまだ多かった。今は若い人が少ないのである。

戦前の人達は何か大人でありしっかりしていた。でも戦後は日本人が幼稚化したというときでもとても戦争などできるのかとなる。
老人がどうしても保守化する。若者は過激にもなる。でも少子高齢化はそういう若者が相当に少ない、すると戦争などできるのかとなる。ロシアでも戦争しているのは若い人がまだ多いからという理由もある。
アメリカでも大統領が80才とかなる時代である。トランプ大統領でも認知症になるとか心配する、どうしても老人は保守化する。それは中国でも同じである。高齢化して若者は寝そべり族とかなる時代である。こういう時代に過酷な戦争ができるのかとなる。
そうなれば互いに戦争は避けるとなるから悪いことではない、とても血気盛んな若者でないと戦争はできない。それが自衛隊でも成る若者でもいないのだから戦争ができるのかとなる

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2025年08月08日

エアコンで換気が不良になり粘膜が乾燥してバイ菌を防げなくなる 【体でも原因がわかると安心するー因果の法則を知る】

エアコンで換気が不良になり粘膜が乾燥してバイ菌を防げなくなる
【体でも原因がわかると安心するー因果の法則を知る】

厳しい暑さの疲れによって免疫力が低下している。エアコンをつけると換気が不良になって粘膜も乾燥してしまい、ウイルスや、ばい菌などのバリアが効かなくなるという。
喉から始まる新系統のコロナ拡大-ヤホーニュース

去年は下から鼻の中がおかしくなった。それが今年の三月くらいまで治らなかった
今年はクーラーの調子が悪く使っていない、でもその結果として換気が不良になることない、それで去年よりいいのかもしれない
ただここでは今年より去年は暑かった。今年は去年よりいい、何かこう暑いと涼しい場所の価値が上がる
海側で松の影で休んでいると涼しい風が吹いてくる、それが本当に気持ちいいのである
広い海がありそれが天然のクーラーになる。

それと今年は卓上の小型扇風機が意外と役に立った、音も静かだし霧も出るし何か自然の風を感じた
クーラーは確かに部屋全体とか体全体を冷やすのだが

換気が不良になって粘膜も乾燥してしまい、ウイルスや、ばい菌などのバリアが効かなくなるという。

喉から舌が乾くとか鼻腔がおかしくなった。医者に行く予定だったが行かなかった。結構長引いたから悪くなったことは確かである。
その原因がクーラーで粘膜が乾燥したからかもしれない、自己判断だが何か当たっているようにも思える
現代は情報社会である。だから検索して病気でも知ることがある程度はできる
ただ自己判断には危険がともなう、なぜなら腎臓が悪くなり死ぬところだったからである
それで胃腸科の先生に診てもらったら内視鏡検査してすぐ入院して助かったのである
このように自己判断は命の危険にもなる。

ただ役に立つこともある、というのは家族が認知症になり感情的になり激怒して暴れた、それが狂気になったのかと恐怖した
そもそも何なったのかわからないから対処しようがなかった。でも認知症の人は異常に興奮することがありその時落ち着かせるためにお茶でも飲ませろとインターネットに出ていたのである。
それが確かに効果があった。ただその時その病気が認知症なのかわからないし認知症そのものについても知識がなかったのである。

何か人間は緊急に起きることに弱いのである。それは災害でもそうである、地震であれ津波であれ突然来るからパニックになる
対処できないのである。病気は本当に様々であり対処できない、その70才くらいの女性は私の所に来て眩暈するとかいろいろ訴えていた。その後脳梗塞になった。その症状が出ていたのだが医者でもわからなかった。
何か病気というのは家族が日々接しているから家族がその症状を見て確実ではないにしろ病気を知り早めに医者に診せることも大事である。その人は医者とか薬に普通の人より頼る人であった、私は医者に行くのが嫌でためらって危険な状態になった。
胃腸科の医院からすぐ近くの市立病院に入院して助かったのである、危機一髪で助かったのである
だから素人判断も危険である、なぜなら命にかかわるからである

でもまた病気に対する知識でも多少でもあるのとないのとでは違ってくる。そういう点でインターネットは役たつことがある
でもそれで自己判断することは危険がある。かといって実は医者でもすべてわかるわけではない、まず認知症については医者でもわからないかもしれない、認知症は家族であれば介護した経験のある人がわかる。その病気の何が問題なのかわかる
何か物を忘れた時それが記憶になく近くにいる人が盗んだとなり興奮して暴力にもなる
その相手が家族でも日頃仲が悪いと暴力にもなる。それは病気だったのである

何か去年の自分の暑さによる症状がクーラーの換気で粘膜が乾燥した

これが当たっていたとみる。舌とか口とか鼻の中が乾燥して粘膜でも乾燥してそうなった
それで今年の三月頃まで治らなかったのである。人間は何か何でも原因がわかると安心する傾向がある
原因がわからないと不安になる.気候変動でも原因がわからないから不安になる
ただ確実にすべての原因がわからないから人間から不安は取り除けないのである

いずれにしろ因果の法則があり必ず何でも原因があり結果がある。それは別に体の事だけではない
人間の行為(カルマ)が原因となり結果がある。例外があってもこの法則はあてはまる
科学のようにはならないけど人生にもあてはまる。

でもこの原因がわからないのである。体でも複雑で様々な要因がありわからないのである。
確かなことは原因がわかると安心する、去年は暑さで舌から口から鼻の中が乾いて粘膜が不良になったというので納得した
ともかく何らかこの暑さで体の不調になった人が多いことはわかる
最悪は熱中症で死ぬことである。







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2025年08月07日

温暖化より寒冷化で生物は滅びる 【マンモスが滅びた原因−温暖化で滅びた?−長い周期で見る気候】

温暖化より寒冷化で生物は滅びる
【マンモスが滅びた原因−温暖化で滅びた?−長い周期で見る気候】



ビッグフリーズ(大冷却)
宇宙は膨張を続け、星々が燃え尽き、全てのエネルギーが絶たれて絶対零度の静寂が広がる終末

あとわずか100億年で宇宙の終焉が始まる可能性 やり残したことはありませんか

温暖化が騒がれるけど寒冷化の方が生命にとっては危険である。熱が出るというときそれはすべてのエネルギーの元である
人間は死ぬと冷たくなり硬くなる。熱が出なくなり死ぬとなる。それと同じように熱が出る光が出るということはエネルギーがあることになる。だから熱が無くなることは宇宙でも死に向かっているとなる
石炭であれ石油であれ熱を出すことでエネルギーになる。
だから温暖化はいいとはならなくてもそれで地球が死の惑星になることはない、むしろ氷河期が来ればそれは生物にとって生きられない状態になる

最終氷期末期の気候変動に伴う植生の変化を原因とする説がある。約1万年前に氷期が終わり、高緯度地域の気温が10度程度上昇した。この温暖化以前のシベリアは乾燥した大地で柳やイネ科の草が生息する黒土地帯のような肥沃な草原が広がっていた。シベリアで発見されたマンモスの胃の内容物からイネ科の植物がマンモスの主食であり、他にキンポウゲ科やヨモギ類などを食べていたと推測される。

ところが温暖化に伴って湿潤化し、一年の半分は大量の雪が降り積もる現在のタイガへと変貌した。針葉樹林がもたらす生産力の低い酸性の土壌がイネ科の草木を激減させ、マンモスに限らずケブカサイやオオツノジカなど多くの大型草食動物がシベリアから消えていった、という推定である


氷河期が終わり「間氷期(氷河期と氷河期の間)」に入り、気温が上がったことにより、細菌やウィルスがマンモスを襲ったものと思われている。

北極にいる白クマは、日本などで育てるのは大変なのだ。
小さな白クマは、細菌やウィルスに弱く適用する能力が弱いという


温暖化で植生が変わってマンモスが滅びたという、温暖化して湿潤化して水分が大気に増えてそれが雪となりタイガとなり食べるものが無くなり絶滅した。普通温暖化なら植物が繁茂しやすいから食料が得られると見たがここではそうではなかった。
どうしても寒冷化する方が生物にとってはいいものではないとみる
ただ別に寒い地域にも動物でも生きているからその寒さに適合していてもかえって温暖化して植生が変わった時食料が得られず絶滅した。ただ大型動物は恐竜が滅びたように適応しにくい、それだけ大きな体を維持すること自体が容易ではないからである
返って小動物は生き残る。

とにかく温暖化で寒冷地帯の植生が変化してもともと寒冷地帯に適合していた植物でも生物でも生きられなくなる
北海道は高山植物が平地に咲いている、ハクサンチドリでも宗谷岬に咲いていた。それは寒冷地帯に咲くものだからである
でも温暖化すると咲かなくなるかもしれない、北方系の寒冷地帯に生きていた動物も生きられなくなる
でも基本的に温暖化は植物でも繁茂しやすい。温暖化で東北でもミカンがとれるようになるとかなる

ここでウイルスが問題になるのもまたコロナウイルスを経験しているから生物にとってウイルスは驚異である
何かシベリアの永久凍土に閉じ込められていたウイルスが氷が溶けて出てくるというのも温暖化でそうなる
つまり温暖化の影響は様々な影響がある。人間はそもそもその土地土地に生きる風土がありそれで文化が生まれて来た
だから風土が変わることは大きな影響がある。
文化でも基本的に南方系と北方系に大きく分類できるからである。

生命はもともと熱がありエネルギーとなる。熱を出すことが生きていることになる。熱が出ないことは死に至ることにもなる
その最大の熱を作り出すのが太陽だとなる。その熱は光でもある。光は熱でもある。それで植物が光合成をして成長する
だから熱がなくなるとき太陽でも死に向かっているし宇宙でも星でもエネルギーが消失するとき死に向かっている
氷雪に閉ざされたところに生命はない、でもそこに光があたり熱で氷が溶けると水になりその水は生命の基になる

確かに温暖化で寒冷地帯の植生が変わりマンモスが滅びた。でも大方は温暖化では植物であれ動物であれ滅びないのである
シベリアのような地帯なら温暖化した方が住みやすいとなる
温暖化であれ寒冷化であれ長い目で見れば周期的に起きて来た、そのとき植生も変わった、動物でも北方系のナキウサギなど北海道に移り生きるようになったとかある。温暖化でもそれは自然の作用であり大騒ぎすることでないかもしれない、人間は今だけの事象に左右されるからである。

ただヒートアイランドは文明の大都市化から起きているから問題なのである。だからそれは人間側で対処すべきだとなる。
でも気候変動には対処する方法がないとなる。宇宙が消滅すらからと言っても人間の力でどうにもならないのである
聖書で新しい天と地を作るという時別の宇宙が消失しても全能の神は新しい天と地を作る
何十億年の後のことなど考えること自体無駄だとなる.
確かなことは宇宙も滅びないし生命は消失しない
何故なら永遠の命を与えることができるのは全能の神だからである。一時的に滅びたとしも新たに宇宙でも生命でも作り出せるからである。だからすべてが無に帰することはありえないのである、そもそも無から有を作り出したのが神だからである
第一太陽が数十億年後に熱を出さず光も消えることは確かでもそんな長く人類自体が存続できない。
だからそんなことを考えるのは杞憂だとなる。

あとわずか100億年で宇宙の終焉が始まる可能性 やり残したことはありませんか

こんなこと考えても無駄である。一億年では長すぎる、千年後でも長いとなる。一億年後の世界などイメージできないのである
10年後に死ぬとなればわかる。来年の事すら言えば鬼が笑うという時千年後とか考えようがない、
さらに一億年後はイメージもできないのである。そこに人間の限界がある


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2025年08月06日

地球温暖化では人類は滅びない 【人類は戦争でハルマゲドンの核戦争で滅びる】

地球温暖化では人類は滅びない
【人類は戦争でハルマゲドンの核戦争で滅びる】

地球温暖化の原因が何なのかわからない。原因が分からなければどう対策していいかわからない。
科学者は。人間の文明の活動で二酸化炭素が増えたからそれで暑くなった。それが原因ならば。二酸化炭素を増やさない。二酸化炭素を増やす文明の活動減らすのが対策となる。
でもそれが本当の原因なのかどうかも分からない。ある人は科学者は太陽の黒点の影響だなどという人もいる。
太陽の活動が活発な時停滞する時がある。それで温暖化でも氷河期でも起きてくる。
ただ、素人でも江戸時代は寒かった事は確かである。今のように40度になることはなかった。
私は70年以上生きていてこんなに暑いことは経験していない。つまり、江戸時代から最近の十年くらいの江戸時代から最近の十年くらいの暑さは経験していないのである。

ただ。福島県の太平洋側に面した浜通りは南相馬市あたりまで熱帯地域だったことがそれで海を泳ぐ海竜のフタバスズキ竜が泳いでいた。それから川の奥からサンゴの化石が発見されているから熱帯地域でありマルハシャリンバイが奄美大島から種が流れ着いてここで根ずき花開いた。それはここが照葉樹林帯の南限の地域だったからである
万葉集の真野の草原の歌はここが境界だったということで歌われたのである。つまり気候と風土の影響でそうなった
スダイシ神社がある時もそうである、それは南国産であり沖縄の山原(やんばる)に自生している熱帯の木だからである
だから暑いとか寒いとかいうときそれを千年とか万年とかで見れば違ったものとして見る
こんな暑さ経験していないというが千年に2千年とかの単位でさらに万年との単位で見ればそれは周期的に起きて来るのであり
別に人間の文明活動で二酸化炭素が増えたから温暖化するのとは違う
だから文明活動で温暖化したとなると文明活動を減らす他ないとなる。しかしそれも明確に証明できない。もし太陽の黒点の異常だとすれば人間はそれに対して何もできない。ただこの説も科学者が否定している

太陽黒点数の変化が温暖化の原因?

過去5千万年前の始新世高温期には現在の気温よりはるかに高く、シベリアの平均気温は 18度Cもあり、極地方には氷はなかった。現在の気温上昇など目ではないのである。ではその当時は死の世界であったかというと、まったく逆で、生命に満ちあふれた時代であった。二酸化炭素も現在の 10倍近くあったのではないかと言われている。二酸化炭素の多さと高温は植物にとって
好適なので、植物は繁茂した。するとその植物を食べる生物が繁栄し、さらにそれらをエサにする肉食動物も繁栄した。生命一般にとっても人類にとっても、 「温暖化は善、寒冷化は悪Jなのである。

地球温暖化の太陽活動原因説 松田卓也(神戸大学名誉教授)

地球温暖化より寒冷化氷河期の方が人類の存続の危機になる。素人から見ても暑い方が生命はは繁殖されやすいと見る
寒いと生命は繁殖しにくいとなる。だから暑さより寒くなる氷河期が来ることとの方が人類の危機だとなる
つまり暑くなることは北海道でも稲作ができるとか東北でミカンがとれるようになるとかなるから悪いだけではない
でも寒いことは植物にも悪いからいいことではないとなる。私自身は暑さが苦手であり歓迎はしないが暑さで人間が生きていけなくなるより寒さで氷河期のような寒さで生きていけなくなる確率が高いと見る
古生代からの何万年体位で気象をみれば見方が違ってくる。でも40度になったら人間の生命の危機にもなる。

ともかく地球温暖化対策は世界で一致して協力できない、トランプ大統領が温暖化は嘘だというときそうなる
つまり科学的に明確な原因も特定できない、そこに科学者の知の能力の限界がある
原因が特定できないのだから世界で協力もできない、それでトランプ大統領が温暖化は嘘だというときアメリカが大国がそういうとき協力は不可能になってしまう。

人間は暑い所から寒い地域に移住し拡散した。アフリカに人類が誕生したというのはそのためである
暑いところは植物も繁茂して食料も得られるからだる。東南アジアでは一か所で稲刈りをして隣で田植えしている二毛作になる
そうなれば食料で植えることはないとなる。人類は寒い地域は住みにくいから暑い地域に移動する
それが人類の歴史である。冷夏30度とかのシベリアに住みたい人はいないだろう、ロシア人がウオツカとか度の強い酒を飲むのは体をあたためるためである。アルコール中毒が多いのは寒いためなのである

ともかく暑いところにアフリカに人類が誕生して文明でもメソポタミア文明でも暑い所であり砂漠とかの地域でもある
エジプトでも砂漠に囲まれ暑いのである。ヨーロッパは寒いから後から文明化して発展した
ギリシャでもイタリアでも比較的地中海性気候で温暖なのである
だから暑いから人類が滅びることはないだろう、それなりに適応するかもしれない、むしろ寒いことで氷河期で滅びるとなる

シベリアの平均気温は 18度Cもあり、極地方には氷はなかった。

これも信じられないがシベリアでもこういう時があったとなる。その方が生命にとって良かったとなる
つまり暑さより寒さの方が人類にとっては危機になる。ただこの暑さが文明活動で二酸化炭素が増えて都市化で人工的に暑くなるとすると危機になるかもしれない、それは自然が作り出す暑さ寒さではないからである。
要するに自然の気候の変化は人間の活動で起きるとするとき危険になる、自然の活動なら暑い時と寒い時がありそれで人類は滅びることはない。それは限度内の調整だとなる。

地球温暖化というときこれも科学者が神でもないから対処できない、コロナウイルスでも科学者が専門家が対処できなかった
そこに人間の限界がある。とても気候であれ人間は操作できないのである。原発事故でもそうである、人間の能力で操作できないからこそ危険であった。でも科学技術が万能であり科学者が神官となり神ともなる
結局神の領域がありそこを知ることは不可能になる。科学技術には限界があり科学は万能ではないのである。

人類が滅びる原因として

●気候変動ー食料が得られないー飢餓
●ウイルス―感染病の蔓延
●戦争―ハルマゲドン

これらがあるとして最も多く死んでいるのは戦争なのである。確かに黒死病でウイルスで三分の一の人口がヨーロッパで死んだことがある。だから感染病も怖い、気候変動も作物などとれなくなり飢餓になるから怖い
でも一番危険なのは戦争でありそれが現代では核戦争になるから人類滅亡にもなる、それがハルマゲドンであるということはやはり聖書の予言は当たるのかとなる。つまり気候変動でもウイルスでも滅びない、核戦争で滅亡するとなる。
現代でもウクライナで戦争があり人が死んでいても止められない。戦争がなくなることがない。科学技術が発達してもその科学技術の核戦争で滅びるとなる。

気候変動とウイルスは自然の作用であるが戦争は政治が起こす人為的なものであり科学技術でも核を利用したもになるとき滅亡する。つまり自然の作用では人類は滅びないとなる。もちろんいずれは地球であれ宇宙であれ消失する
でもそれはとてつもない時間がかかる。だからそのことを考えても無駄になる
確かなことはいくら暑いとなっても気候変動で人類は滅びない、なぜなら日本だったら涼しい場所に移住する、東北の太平洋岸は今回の暑さでも涼しい、海で休んでいると海からの風で涼しかったのである。だから東京とかヒートアイランドで住めなくなっても移住すればいいとなるかもしれない、自然の変化作用では人類は滅びないとなる
北極の氷が溶けても海面が上昇しても日本は山国であり海に没するわけではないから存続できるという、つまり気候変動だけで日本が海に沈むことはない、むしろ戦争で人類が滅びるハルマゲドンで滅びるという聖書の予言が確率が高いとなる

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2025年07月25日

暑さで涼しさを求めて移住する―歴史的にも気候変動の影響は大きい 【東北の海岸は涼しいから住むにはいい】


暑さで涼しさを求めて移住する―歴史的にも気候変動の影響は大きい
【東北の海岸は涼しいから住むにはいい】

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仙台市は広いから全部がこの温度ではない

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●暑さを避けて人間は移住するようになるのか―東北の太平洋沿岸は涼しい

暑さは地域でも差がある、仙台市がなぜ35度とか高いのか?仙台市となれば相当に広いのである
だから海の方に行けばその中心部より涼しいとなる。海側は海風で涼しくなる
私の街でも街から出て海に向かうと海から涼しい風が吹いてくる、そこには田んぼしかないからである
もし家が密集していれば暑くなる、仙台市は家が密集している範囲が広い、それも暑さの原因になる

ともかく今日も暑かった、昼間は外に出れなかった。ぐったりとして寝ていた。
6時から7時すぎてやっと涼しくなった。熱気がこもり外に出れない、こうなると涼しさを求める
何か津波で家が村ごと流されたがその海岸が空地になっているからそこに避暑のために簡易な家を建てて住みたいともなる
ただ津波が怖いから建てる人はいないとなる。

でも海岸だったらクーラーなくてもしのげる、今クーラーが調子が悪く冷えない、それで困る
海岸だったら自然のクーラになるから健康にもいい、そんなことをどこに住むべきかとか考えるのもこの異常な暑さのためである
これは命にもかかわる。この暑さが長く続きこれからも続くとしたらどこに住むべきか考える
福島市が38度となれば住めるのかとなる。また盆地の場所は暑い、海側は涼しい、すると人が移住するともなる
つまり移住する条件が涼しい場だとなる。そうなると海岸地帯は有利である、それも東北地方の海岸は有利である

それにしても北海道が暑いことには驚いた。内陸部は暑くなる。でもオホーツクでも暑い、これは異常である
ヨーロッパではスペインが暑いから涼しい地域に移動するとか言われる
スペインとイタリアが砂漠化するとも報道される、それだけ異常な暑さなのである。住むことすらできなくなるという暑さである。何かトルコでは森林が火災で燃えている。それも暑さ故である

●南相馬地域は照葉樹林帯の南限の地

ともかく何か必ず住む場所でもいい面と悪い面が出てくる、津波の被害で東北沿岸は大被害になったがこの炎暑では見直される
移り住みたいという人も出てくるとなる。何が幸いするかわからないということになる。
気候変動は世界を変える。どうしても暑さを避けて涼しい場所を求める。涼しい場所が価値が上がる
だから福島市が38度となると住みたくないとなる。そこが県庁所在地になるのも適していない

いずれにしろ東京であれ仙台市でも人口密集地帯であり暑くなる。そういうな所には住みたくない住めないとなるかもしれない。それほどこの暑さは異常であり影響がある。電気も使いすぎるからエネルギー消費の面でも問題である
おそらく一千万の東京とか大都会は維持できなくなる。ヒートアイランドにもなり暑さで住めなくなる
そこを冷やすために膨大なエネルギーを消費するからである。大げさになれば文明を維持できないとまでなる
フランスでは暑くて原発が冷やすことができず停止したとかなる。
暑さのために文明の活動が減退して停止するともなる。それが世界的だから世界的変化が起きて来る

ただこうした気候変動は地球的地史からみればあった。東北の福島県の海岸は熱帯地域だったことがある
それで海にフタバスズキリュウが泳いでいたことがあったからである
また山の奥にサンゴの化石も発見されている。この辺は熱帯地域だったのである
だから気候変動は長い目で見ればありうることだったのである。また逆に氷河期が来るということもある

マルハシャリンバイは南相馬市の海老浜に自生したのか、それはここまで温暖な地域だったからである
照葉樹林帯の南限の地だったのである。スダシイ神社があるのもそうである。車輪梅は奄美大島から種が流れ着いてここに自生したのである。

●寒い時期ミニ氷河期は江戸時代だった―足袋は冬でもはいていなかった

 「マウンダー極小期」は1645年から1715年まで続いたミニ氷河期で、黒点の数が著しく減少したことで知られる。地球では寒冷化が進んだ。黒点を研究した天文学者エドワード・マウンダーにちなんで「マウンダー極小期」と呼ばれている。
 この時期は、英テムズ川が完全に凍結したことでも知られる

イギリスは寒いからそうなった。春にテムズ川の河口のベンチに休んだが寒かった

春寒しテムズ河口のベンチかな

イギリスは春でも相当に寒い、だからテムズ川が凍結したというのもイメージできる
ともかく人間の気候の影響は大きい、その気候の変化で世界も変わるとなる。

nakidwoman.jpg

1645年から1715年というと江戸時代が1600年から1867年だからこの時期に当たり日本も相当に寒かった
でも不思議なのは女性でも家の中でも外でも裸足であり寒い家で過ごしていた。

江戸時代は、靴下ではなく足袋(たび)を履(は)いていたが、それはもっぱら寒さしのぎの場合であって、庶民は病気でないかぎり裸足(はだし)の生活が日常だった。足袋は贅沢(ぜいたく)な履物で、多くの人々は裸足で下駄(げた)や草履(ぞうり)などを履いていたし、裸足で外を歩くことも珍しくなかった。

足袋(たび)は贅沢品だった

江戸っ子は雪が降っても素足で外を歩いていた?という話

江戸時代に寒い時足袋もはかないというのはどういうことなのか、何か原始的だったともなる。確かなことは足袋は贅沢品だったのである。だから裸足でいたとなる。

いずれにしろこの暑さをどうしのぐのかとなる。それで気候変動の影響を調べる。暑さと寒さではその対処も違ってくる
暑いと靴下もはかない、裸足の方がいいとなる。インドのリキシャの人は裸足だった。ネパールの山地の石の道を歩く人も裸足だった。だから意外と江戸時代でもそうであり原始て生活の継続だったとなる。でもそれをイメージできなくなっている
文明人はひ弱になっているとなる。そしてなぜ日本人が下駄をはいたのか、それは道が悪いから水たまりでも歩くとなると下駄の方がいいとなる。下駄が生まれたのは日本の風土に適合するものとして生まれたのである。



posted by 天華 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2025年07月24日

参政党へのSNS利用の批判の疑問ー金を目的にした切り抜き動画の拡散の問題 【マスメデアも宣伝費で成り立つ利益優先はどこにでもある】


参政党へのSNS利用の批判の疑問ー金を目的にした切り抜き動画の拡散の問題
【マスメデアも宣伝費で成り立つ利益優先はどこにでもある】

SNSで切り抜き動画が拡散されてそれがかなり効果があった。なぜそれをするのかとなれば視聴率をあげて金を得るためであり
それで規制されるべきだとなった。それにはSNSのアルゴリズムが関係していた。

総務省は29日、インターネット上の偽・誤情報対策を話し合う作業部会にSNSに関する論点整理案を示した。投稿者に報酬を支払う収益化の仕組みを災害時など特定の場面で停止することを検討すると盛り込んだ。作業部会は今夏に方向性を整理する。

広告収入を目的に偽情報を投稿しインプレッション(閲覧回数)を稼ぐケースが相次いでいる。収益化の停止によって歯止めをかける狙いがある。実質的な表現規制につながらないよう対象をどう限定するかが課題になる。

参政党はSNS利用にたけていてそれで躍進したとされる。その宣伝に大きな役割を持ったのが切り抜き動画を拡散して視聴率を再生数をあげる人達である。その人達の動機はただ金を得たいというだけである。何か参政党の政策とか支持するわけではなく金を得たいと言うだけの動機で拡散する。それが問題だとしている

この世のなか何か常に利益がかかわるとそれが本来の目的とは違ったものとなる。それがカルト宗教とかでも起きている
ただひたすら御利益になることを追求するとなる。本来の宗教の目的はまるで違ったものとなる
そして莫大な金が入ってくる。それは統一教会でその豪華な施設を作ることでもわかる。創価でもただひたすら御利益を追求して金になることを求める、そこで莫大な金が集まる。そして信仰の目的はどれだけ金を集めたかでその効果が計られる
選挙宗教になったのもそれが権力と結びつき具体的な御利益となるからである
それが宗教という名の下で公然と行われることなのである
それが許されているということも理解できないのである

ただそれだけではない、そもそも社会とは利益になれば金になればその人は評価される、その目的が何であれそうなる
だから銀行とか金融関係で働く人が何か変だと見た。そこでは金だけを見てモラルが消失してゆく。それで成功して金を残して勝ち組になってもその人格は歪められたものとなる、でも世間では成功者とされる
そういう矛盾が人間には常にある、それでジキルとハイドになってしまう。

そういういことがSNSでも起きている。そのことをインターネットがこれだけ普及する前に指摘されていたのである
つまり利益が金になるということでインターネットの情報空間が歪められると指摘されていたのである
その頃宣伝しても収入がなかった。会社もかかわらなかった。それは安価でできるものだから別に個人でもできるものだから
そうなった。マスメデアは莫大な金がかかるからこそ会社から宣伝費をもらえないとできない、だから個人ではできないものだったのである。ただ自由に発言できることでその当初から問題が生まれていた
そのはじめはBBSとかパソコン通信とかで問題になっていたのである
そこでの誹謗中傷が裁判沙汰にもなった。匿名空間でもそうなったのである。

ともかくこの問題は別にインターネットのSNSだけで起きたことではない、人間の普遍的な問題として起きている
どうしても利益優先となり金になることが何より優先されて歪められる。それは社会全体で様々な分野で日常的に起きている
金融業界はそうなりやすい、グローバル経済は余りにも巨大化されてそうした悪は隠蔽されてわからないからである
つまりSNSが特に標的にされるが他でどこでも金が利益が優先されて歪められる
それがカルト宗教団体で起きていることでもわかる。一番モラルが重んじられるところがそうなることで象徴的なのである
ただ目的は御利益を金を得ることになっているからである

だからそれは人間社会ではどこでも起きていてSNSだけで起きていることではない、それでSNSだけを標的にすることは不公平だとなる。それを目の敵にするのはオールドメデアのマスコミであり権力をもつ自民党とか時の政権である
人間は何らかで利益から離れられないからである。
そもそもマスコミ自体が会社から宣伝費をもらい成り立っている、としたらそれも規制すべきだとならないか?
その莫大な金で運営しているから宣伝費を出す会社には忖度するとなり不公平だとなる
それでマスコミは政府の広報機関だとされる。現実に福島民報は出資者が県であ50パーセントだして創価の聖教新聞を刷って利益を上げている。こうなると公正な報道機関ではない、規制すべきだとならないか、でもそれを話題にもならないのである

こういうことでSNSだけを批判するのはおかしいのである。もちろん問題はあるにしても一方的に制約することは問題がある
何の権力もない人達が発言できる場は貴重である。マスコミに牛耳られたら真実は見えなくなる
参政党にもいろいろ問題がある。でも他の党でも自民党でも問題がある。裏金問題とかあった。つまり人間の問題には必ず金がかかわっているのである。そこから歪められるのである
だからSNSだけを特別なものとして標的にするのは問題である。SNSだけではない常にそういう問題は社会にあるからである


【補足】

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これはいいものだった、音が静かでミストが霧がでるのもいい、機能的にもいろいろありいい

クーラーに具合が悪くなって冷えない、でも修理するとまた金がかかる。これは6000円でいいものである
私は別に宣伝するからと金はもらっていないから誇大宣伝もしない、宣伝しても金をもらわないのだから信用できるとなる
ただすべてはそうならないにしろ信用できるとなる

でも他では会社から金をもればそうはならない、忖度するしまた金をもらって宣伝すると悪いことは言わないからである。
それでマスコミが宣伝費で成り立つから返って問題なのである
でもなぜSNSで収益になることを批判するのか、マスコミはまさに宣伝費で成り立っている、それも批判しないのかとなる
その影響力も大きいからである。それも不公平なのである。

ともかく金は必ず歪める、でも金から離れてありえないのが人間であり社会だとなる




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2025年07月23日

気候変動と文明の成長発展の限界 【科学技術は万能ではない、気候は人間の力で操作できない】


気候変動と文明の成長発展の限界
【科学技術は万能ではない、気候は人間の力で操作できない】

この暑さはヒートアイランドだけではない、なぜなら北海道で異常に暑くなっている、これはヒートアイランドではない
大気の流れ偏西風とか関係している。地球規模で気候変動が起きている
もちろん大都会はそれにヒートアイランド現象がある。でも大きく見ると地球規模の気候変動が起きている
その理由が何なのか、二酸化炭素の排出量が増えたとかいろいろある
それは地球規模の文明活動が影響している
そうだとしても人間の力ではどうにもならない、文明活動を抑えろ減らせと言ってもそれを世界の国で一致してできない
例えば核兵器を減らせというときそれは核を廃棄することだから世界の国で協力すれば可能である

でも気候変動になるとそうはいかない、その原因も明確ではない、そもそも人間の活動量減らせと言ってもまた車を減らせと言っても簡単にできない、人間は何か減らすということが本質的に苦手である
増えることはいいことであり減らすことは経済でも歓迎されない、何であれ増やす思想が好まれる
だからGDの増減が常に言われる。

でもこの増やす思想が文明が限界に来たのではないか、少子高齢化は世界的に起きているという時もはやこれ以上地球で人口をふやしても養えないという状態になっている
大航海時代のような未知の世界ももはやない、あるとすれば宇宙になてしまう
だから資本主義の常に何か開発して新しい未開拓の世界に資本を投入して限りなく成長する思想は限界に来た

つまり地球は限られた世界で宇宙船でありその限定された中で生きることが要求される
そういう思想が東洋にあり仏教でもそうでありキリスト教でもそうなのである。必ずしも労働をいいものとしていない

なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。

こういう思想は東洋的である。それは老子の思想にも通じている。何か資本主義とは相いれない思想である
資本主義は無限に拡大成長を追求する。それはアングロサクソン系統から生まれた思想である
それはプロテスタントの思想でもある。労働して金を儲けることは隣人への奉仕であるというときそうである
そのことが気候変動と関係あるのかとなるとある
つまり無限に成長発展増大拡大化するのとは違った思想がキリスト教にもあった。つまりキリスト教も西洋的に解釈されたのである。

それが気候変動と関係あるという時、文明の活動量が増大して限界に来た。二酸化炭素が増える、それも暑さに影響した
だから人間の増大した活動量とかエネルギーの消化を抑えろとなる。ただこの思想は歓迎されない、でもこの気候変動が人間の過剰な活動にも原因があるとなればそれは現実社会の問題としてもある

現代は科学技術が宗教となっている、すべては科学技術で解決できるとなる信仰である
それは神に代わり人間が万能となり神になることでもある。でもそれが原発事故で人間は科学技術を操作できるものでないことを知らしめられた。明らかに人間の能力には限界がある。だからすべて科学技術で解決することはできない。
だから気候変動でもその原因でも明確ではないしまた気候を操作することはできない、もし操作してもその反動で地球の生態系が破壊されるとなる危険がある。

要するに政治でもそうだが人間の力には限界があり治められない、そしてバベルの塔のように崩壊する
人間の驕りが神により砕かれる、そこに人間の限界がある。
認知症でもその恐怖が優秀な人でも無能力となり馬鹿になるという恐怖である
だからそれは人間に対する罰だったのかとまで思った。
確かなことは人間の驕りは科学技術であれ限界があり砕かれる。決して人間は神のように万能になることはできない

いづれにしろこの暑さ異常でありそれに対処できず大変動が起きて人類の存続が危ぶまれるとまでなる
その原因は無限に発展成長増大するという思想にもある。だから逆説になるが世界的成長拡大ではなく江戸時代の閉鎖的環境で省エネ的生活がかえってSDGsになる。
しかしそれは誰も望まない、もっと多くもっと増やす思想が歓迎される
でも結果的にそういうことは地球が維持できなくなる。この暑さもそうであり様々な自然現象となり具現化する
つまり自然から人間の生活が制御抑制される。その大きな自然の作用に逆らうことはいくら科学技術が進歩してもできない
万能の神が治めるのであり人間は限界があり治められないのである
気候は操作できない、この異常な暑さは自然からの神からの人間への警告だともなる

ともかくいくら暑くても自然の中で涼しさがあるとき正に自然であり涼しいとなる。クーラーだと電気代もかかり不自然になる
海に行き津波の後に13年過ぎて成長した松の影で海からの風を受けたとき本当に涼しく生き返った気分にもなる
でも山側で36度とかなると耐えられない、でもここでは暑さでも一時でもしのぐことはできた

津浪より13年過ぎ成長す松影に休み海風涼し

津浪から13年過ぎて松が成長して影を成す、そこで休むとき風が涼しい、それで生き返ったようにもなる
つまりいくら暑くてもクーラーで冷やすのはいいとはならない、でもこれだけ暑いとどうにもならない、ここは海があるからいいのである





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2025年07月22日

ヒートアイランドで世界の大都市が異常に暑い 【都市計画は暑さ対策が必要だったー人工水路を作るなど】

ヒートアイランドで世界の大都市が異常に暑い
【都市計画は暑さ対策が必要だったー人工水路を作るなど】

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アスファルトなどの人工物は蒸発する水分が少なく、熱をため込んでしまいます。アスファルトやコンクリートは、真夏の直射日光を受けると表面温度が50〜60℃となり、地表付近の大気を加熱します。

この暑さはなになのか、明らかに都市部が異常に暑くなるのはヒートアイランド現象だろう
一万の街でも街に近づくとむっと暑くなる、玄関を出るとアサファルトの道路が暑い
これは明確である。何か文明化というのも世界的過度になるとそれが人工物で暑くなる
ということはやはり都市化は世界的現象であり共通している。
大都市が暑くなるのはわかる。熱の逃げ場もなく都市内部で沸騰したようになる
アサファルトやコンクリートには熱が籠るがそれを発散できないのである

それでも大都市ではこうした暑さの対策をしていないのである。ただ京都だと街中を高瀬川とか大きな川も流れていて涼しいとなる、街中を流れる水は気持ちいとなる。京都は盆地で異常に暑いからあのような川が涼しさを作る
でも文明化するとそうした自然でも失われる。それは自然の生物の一種の人間でもそういう場所に住むこと自体異常である
何かそういうことを無視して都市がどこでも膨張した。そこでアサファルトの道路にコンクリートのビルに囲まれる
そこから発する熱がヒートアイランドを作る
だからそもそも不自然でありそれが暑さが地球的気候変動にして加速したとなる

ただこれだけ暑くなることは想定外だったことはある。これだけ暑くなるとなれば都市計画で暑さを防ぐ対策が必要だったとなる
中国ではデパートの中に運河を作った。あれは気持ちいいと見た。その発想は中国には運河が現実にあるから発想した
中国は異常に暑い、北京でも暑い、北京は寒い場所でも暑いのである。
どうしても大陸の内陸部は暑くなる。それは日本の盆地が暑くなるのと同じである
何か中国は暑さで危機的状態になっている、この暑さで建築現場で働くとなると地獄である

こうなったのは世界の大都市は自然から見ると異常なことだったということにもなる。
一千万の人間が密集して住み高層ビルの谷間で生活するのは不自然であるからこそこの暑さで人命の危機にもなる
そこには暑さ対策が都市計画で必要だった。ビルの中に運河を作ったようにそうした仕掛けが必要だった
むしろ土の道路だったら熱を吸収するとか自然のクーラーにもなったかもしれない。
例えば茅葺きの家がありその土間は玄関は土になっていると夏は空気を冷やす効果がありまた冬は温める効果がある
茅葺きと土間は古いとなるがそれでも自然と調和するように作られていたのである。

いずれにしろこの暑さで中国ではソーラーパネル発電装置が燃えたり電気自動車でも車内が暑くて充電できないとか
ボンネットが膨らむとか異常が出ている。アサファルトの道路で焼けてサンダルが溶けるとかある
中国は黄土高原とかでも森がない、また砂漠が近くにあったりして暑い。
ヨーロッパのスペインではもともと暑い地域だったがそこは砂漠化して住めなくなるという、人は他の国へ移住するほかないという、この暑さの影響は世界的であり人命の危機になる。

だから都市に緑を増やすことが勧められる。でも余りにも都市が大きすぎてそれも焼け石に水なのかもしれない
ただそもそも都市が自然から見ると巨大な人工物だからそれで何か大きな不具合が生じることは予想されていたのである
もう東京とか大都市には住めないということにもなる。暑さで命の危険があり住めないとなる
そもそも都市という時砂漠ならオワシス都市が生まれた、水のある所に都市が生まれたのである
だから水は欠かせないものとして都市が作られたのである。
ともかく灼熱地獄になり密集地獄になり都市には住めなくなるかもしれない。

こう暑いと水が恋しくなる、涼しい場所にいたいとなる。ただこの辺では山の方は暑くなっている。でも清水が流れていて涼し場所はある、でも自転車で行くとなると直射日光で熱中症になるので怖い、だからどうしても海の方に向かうのである

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2025年07月21日

アメリカが何故銃社会なのか?【広大な大陸を日本では理解できない―過酷な西部開拓の歴史】


アメリカが何故銃社会なのか?【広大な大陸を日本では理解できない―過酷な西部開拓の歴史】

人食いと虐殺:オレゴン・トレイルの暗い歴史

オレゴン・トレイルは、東のミズーリ川と西のオレゴン渓谷を結んでいた。1841年から1869年にかけて、約35万人がこの道に進み、推定2万人から3万人が途中で命を落とした。
移民が持ち込んだ一般的な食料には、小麦粉、砂糖、米、ラード、ドライフルーツ、コーヒーなどがあった。開拓者たちは道中で狩りや釣りをした。牛乳、卵、ベーコンは家畜から供給された

アメリカはわかりにくい、でも西部劇とかでなじみがある。その映画は何か不良の若者が広大西部の原野を放浪する
途中食べ物がないのでウサギを銃で撃ち殺してその肉を食う、それが残酷に見る、これは現実を反映している
なぜなら本当にそうして食べ物がないから狩猟して動物を殺して食べた
また食べるものがなく人肉を食べた、殺してまで食べた、それほど過酷だったのである

その映画では原野に一軒の農家がある、そこで食料を確保しようとする
でもそこの主人は銃を持ってでてきて食事を出しても銃を構えて食事させる
そうした原野では誰も守る者がいない、その辺で現実に野盗が徘徊している
銃は手放せないのである。その継続としてアメリカでは銃を手放さないとなる。

何か今日本でも盗みに入るのは街中ではなく人家が少ない辺鄙な所に住んでいる家であるという、そこは人の目がないから入りやすいのである。だからかえって危険だとなる。そこを狙ったのは外国人でもあった。
つまり外国人ということは他の国にきて犯罪者にもなりやすいとなる。ただ別に犯罪は近くの日本人でも常に起きている
今や生活が苦しくなると犯罪が増える。でも辺りに人家がない人の目がない一軒家は危険である
それはアメリカでは荒野の一軒家が危険なのと似ている

なぜアメリカでは銃が手放せないのか?それが常に疑問だったけどそういう背景があった。
つまり治安を維持するには自ら守らなければできない、自警団を持たなければ守れないのである
つまり相手を簡単に信用できないのである。
なぜアメリカには弁護士が異常に多いのかとなればやはりもめごとが多く相手を信用できないからだとなる
それは銃で自分を守るほかない歴史がありそうなった

約35万人がこの道に進み、推定2万人から3万人が途中で命を落とした。

西部開拓は命がけだった。西部劇を見ても常に危険がありインデアンに襲われるとか食料を得られないことがあり過酷であった
何かそれを映画で見ると娯楽になりその現実が見えなくなる。そこに映画などの問題がある
やはりリアリテイがないと真実は見えないのである。つまり日本でも時代劇になるとそこにリアリテイを見ないとただの娯楽になる。そこに映画や小説などの問題がある。

ただ三万人が死んだとかまた戦争で何百万人死んだとかなっても何かリアリテイがない。現実に思えないのである
そこに歴史を知る問題がある。別に過去は今生きている人にかかわらないから娯楽にもなる
その恐怖も感じなくなる。でも今でもやはり犯罪が増えるという時そういうことを自分でも経験した
だから今経済的に苦しくなると犯罪が身近になる。犯罪は常に存在した、なくなることはないのである

いずれにしろアメリカとは何なのか?それが理解できない、それは空間軸でもそうだし時間軸でもそうなのである。
空間軸(地理)と時間軸で理解するとしてもそもそも空間軸でもアメリカは広すぎるのである、他の国でもそうである
そこからして理解できなくなる。カリフォルニア州だけで日本より広いとなるとその広さを理解できなくなる
その中に砂漠がありあまりにも広大な土地がある。それが狭い日本で生活するのとそもそもが感覚的に違ってくる
それは中国でも同じである。その広さが理解できないのである

確かなことは広大な土地で生きることは守るものは自分だけだとか自警団を組織するとかなる。その意識が違っている
危機意識が違っている。何か大陸ではロシアとかでも常に侵略される恐怖がある。だからその前に攻めるというとき
それは侵略されてきたことがトラウマとなりそうなる。
日本は海が自然の防壁となり他国から侵略される危機感がもてなかったのである

ともかく西部開拓のアメリカの歴史がありそれがアメリカ人の気質アイデンティティを作ったことはある
過酷な荒野を移動して新天地を目指した、また大西洋を渡りアメリカを発見して移住した。そういう歴史があり
代々一つの狭い土地に定着して生活した日本の村社会とは余りにも違っているのである
アメリカは広いから移動社会でもありアメリカ内を移住する。それは西部劇時代の延長でもあるとなる
つまり一か所に定住するというのではなく広いアメリカを移動して移住する
その移動も過酷であり命がけだった。それは西部劇時代からの延長だともなる、何か日本人は村社会であり狭い土地にへばりついて生きる他なかった
そこからいじめとか村八分とか何か陰湿なものが生まれる日本とは違っている
それは良し悪しではなくそういう社会が空間的に歴史的に作られてきたということである








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2025年07月20日

狭い一地域でも温度差があるー天気予報の温度だけではわからない 【都会はアサファルトでさらに暑くなる】

狭い一地域でも温度差があるー天気予報の温度だけではわからない
【都会はアサファルトでさらに暑くなる】

温度は狭い地域でも違っている。福島県では福島市が異常に暑い、中通リは暑い
海に面している浜通リはそれほど暑くならない、でも仙台市を見ると結構暑いと見る
確かなことは一地域でも温度差がある、仙台市は密集している中心部は暑い
ヒートアイランドになり暑い、でも仙台市の温度が31度となっても中心部は相当に暑い
つまり仙台市でも広いからである。仙台市でも海に近ければ海からの風とかで涼しくなる
でもまた少しでも海から離れると暑くなる、このように温度差が一地域でもある。

ここから海までは4キロくらいである。でも海に近づけば近づくほど涼しくなる。
そして逆に海から離れて一万の街に帰ると何かむっとして暑さを感じる
それは肌感覚で感じる暑さ涼しさである。だから天気予報の温度だけを見てわからない
そこに盲点がある。天気予報の温度を見ても体感温度が違って表示される
つまりこの体感温度が実際の温度である。

街から海へ行く時近づけば近づくほど海から風が吹いて涼しく感じる
感じる体感温度は違ってくる。だから暑さでもすべて数値だけを見てわからない面がある
いくら温度を見ても福島県とか県単位で見ると誤解する
同じ県でも温度差がある、おそらく猪苗代湖畔は涼しいとなる。湖であれ川であれ天然のクーラーになる

逆にアスファルトの道路は相当に暑くなる。またビルがあればそれでも都会は暑くなる
だから都会は天気予報の温度より相当に高くなる、街中を歩くことは相当に暑い
中国では暑さで靴が溶けていたのである、アスファルトがそれだけ熱くなてそうなった

新潟県の方で水不足になっている、米の成長を危惧する、この辺でも雨が梅雨の時期降らなかった、でも水不足とはなっていないのか、それも心配になる
ともかく世界的に暑い、北海道でもオホーツク沿岸とかでも30度越えて暑いのには驚くのである
こうなると北海道も避暑地にならない、むしろここなら海の方へ行き涼む方がいいとなる
山の方は暑い、ただ飯館村とか標高が高いから涼しい、こうなるとどうしたら涼しくなるのか探す、でもこの辺では海側に行くことである。ただ津波で家もなく木陰がないので休む場所がないのである。

海に向き風の涼しく走るかな

自転車も陽ざしに弱い、これだけ暑いと熱中症になる。でも海からの風が涼しから海の方に向かうとなる

ともかくこれからこの暑さが続くと苦しい、去年は体に異変がありそれが今年の三月まで治らなかったからである
口が乾き鼻がおかしくなったのである。でも病院に行かず治ったのである

岬などは、風通しも良く、空気がこもらないので、夏は意外と涼しいです。
そして暖流が通過するとなれば、冬も暖かめです。

でも半島の先は発展しにくい、平地が狭いと発展しにくい、半島の根元が発展する。牡鹿半島とか唐桑半島とか能登半島とかそこは確かに発展していないのである
気候的にはいい場所でも経済的には僻地化する
ただこれだけ暑いとなると涼しい場所に住みたいとなる、群馬県の人が伊豆に移ったら5度違っていたというその差が大きいのである

いずれにしろ温度とか天候でも狭い範囲でも差がある。だからどうしてもマスメデアだと広い範囲の情報になる
それは福島県でもハマナカアイジとあっても広いし多様なのである。天候でもそうである
それがインターネットだとその細部が伝えられる。それは一地域でも気候が違い温度差があるとなる
相馬新報とかの役割はそこにある。つまり狭い範囲の情報を伝える役割があるとなる






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2025年07月17日

なぜ参政党が人気があり伸びるのか 【自公の既得権者の政治が変わる時に・・・】


なぜ参政党が人気があり伸びるのか
【自公の既得権者の政治が変わる時に・・・】

なぜ参政党が人気になり現実に政治勢力として食い込むのか、自民党を支持していたのは大きな利権団体である
最初は農民が多く大きな勢力を持っていたから農協とかが利権団体となり自民党はそこでまとまった票を得られるから
様々な利権を与える、何か米が高騰したのも農協が関係していたとかなる
他にも医師会は強力でありその利権を守る。あとは大企業は日本の屋台骨となるから守る
ただ大企業の労働組合が支持するのは立憲である。その組合も強力でありまとまった票を得ることができる
何か前の国有の郵便局があり民営化したがこれも利権団体であり自民党を応援していたとかなる
自民党を支えてきたのはこうした巨大な利権団体でありそこでまとまった票を得る

そこでそうした利権団体に入れない関われない人たちはいろいろ損するとなる
米が高騰したのは農協がかかわりそうなったとか医師会がかかわりそれでコロナウイルス騒ぎでももうけたとか健康保険でも医師会がかかわり利益を得るとある、そこは巨大な利権団体でありまとまった票が得られる
でもそういう利権団体に入れない人は損するとなる
そのために様々な党が生まれて利権を得られない人たちはそうした新しい党に入れるとなる
ただ浮動票だから一過性になりやすい、一気に伸びるがまた一気に下がる、それが維新だった
参政党もそうなり一過性で終わるかもしれない、ただ自公政権に不満な人達がそうした新しい党に期待する
それは自公政権に対する不満票でもある、積極的に支持するわけではなく不満をぶつけることができないから参政党とか新しい政党に期待する。それは海の物か山の物かわからないとしても不満票として入れる

とにかく既得権化した大きな利権団体を優先した自公政権にノーを言いたいから参政党は伸びる。参政党は意外と組織化して運動している。ただ参政党については未知の部分が多い、やはり新しく出るとそれを簡単に理解できないのである
だから不満票が入って増えてもまた急速に衰退することも考えられる
確かなことは今の窮状から何か脱する政治をしてもらいたいという願いがある。特に物価高を何とかしてもらいたいとなる
もう二割くらい何でも高くなっている。それは相当に厳しいのである
何か自公政権は賞味期限が切れた。既得権化してもう新しいことはできない、参政党でもれいわ新選組でも30代とかでも立候補している。ということは次代を担う人達でありそこに伸びしろがある。

既得権権化した自公は老人が多い、どうしてもそうなると革新的なことはできない、今までの体制を既得権を守るものとなる
つまり革命は明治維新でも既得権を破るものとして起こった。下級武士は強固な身分社会で上に上がることができなかった
その不満がありかえって下級武士が足軽あがりの伊藤博文が首相になったことでもわかる
身分制社会とは既得権社会でありそれを打破したのが明治維新でもあった
だから既得権者がその利権を失うことが政治でも起こる、世襲議員も既得権者でありそれは自民党に多い
それに対する不満が新しい政党に特に参政党に集まる。

いずれにしろ自公政権は風前の灯なのかも知れない、公明党も創価の会員が応援しないしまた高齢化でできない
自民党はもはや公明党と組んでも政権は維持できない、公明党は解散するかもしれない、もはや維持できないとなる
創価と公明は一体不二であり創価の会員が増えれば公明党の票が増える、また公明党が勢力をもてば創価の会員で利権を御利益を得られと励む。でもF票がとれないということはもう終わりが近づいている。
自民党と心中して終わるとなる。

いずれにしろ自公政権は見切りをつけられている。やはり既得権者になると保守になる改革はできなくなる
だから海の物か山の物かわからないにしても参政党に期待する。それも一時的に終わるとしても浮動票が動くとなる
ただ浮動票は気まぐれであり変わりやすいのである。組合のような組織にも入らないからである
ただ今回は物価高とか米高騰とかで浮動票が動く、それで参政党が急速に伸びる、それはやはりようやく日本の政治も変わる時が来たのかとなる、そもそもなぜ失われた30年があったのか、それはやはり既得権化してそれが硬直化して社会自体を変えられなかったからだとなる。30年は長いのである。

どうしても既成の政党には期待できない、自公でも立憲でもそうである。その背後に巨大な利権団体がいて動くからである。
そうした利権団体がいて選挙も安定して自公が勝っていたとなる。それが今破壊されて新しいものが生まれるのかとなる
やはり自公政権は賞味期限が切れたのである
でも不思議なのは労働組合の電事連とかの支持を得る立憲とか自民党でも既得権団体であり共通して協力するともなる
でもそうした利権の団体に所属できないものは参政党に入れるとなる、それはあくまでも不満票が多いということである

巨大な利権団体が政治を社会を歪める 【JA(農協)、電事連、宗教団体、日本医師会などの利権】
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2025年07月14日

「済州島(チェジュド)は中国の領土」 【中国韓半島日本の地理的宿命の問題】

「済州島(チェジュド)は中国の領土」
【中国韓半島日本の地理的宿命の問題】

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米国の大型ポータルサイト「グーグル」の衛星地図サービスである‘グーグルアース’に「済州島(チェジュド)は中国の領土」という説明があり、論議を呼んでいる

地理は実感しないとわからない、私は済州島に一回行った。それで漢拏山(ハンラサン) は1950メートルで高いのである
そこには上らなかったがそこに登れば中国を韓半島を日本を意識する。それは実感としてそうなのである
だからそこが中国の領土であるというときそうなのかとなるがまた歴史的には韓国の領土となる
三つの国を意識するのである、それは地理の実感としてそうなる。
だから地政学で国を見るのも基本にある。ただ中国はまず大きすぎて地理がわからないのである
その中に様々な国があっても理解できない、それはアメリカでも同じである。スケールが大きすぎてわからなくなる
カリフォルニア州だけでも日本より広いとなるからである

その広大な土地で農業するとき大規模なものとなりその収穫量も日本と比べると百倍も違うとかなりそれで外国に売らないと成り立たない、アメリカは農業大国であり輸出品が農産物になる。それが中国で関税を高くされて買わないとなることで窮地に立たされている、山積みになった農産物が倉庫にありそれが輸出できないので農家が困っている
ともかくこんな国と日本では基本的に農業で競争などできないのである
でも車を買うのだから今米でも日本で不足しているなら米を買いとなる、それもわかる
ただ買うばかりでは貿易は成り立たないからである。



済州島漢拏山より

済州島の漢拏山に春風吹き
その高き山を仰ぎ見る
中国を望み韓半島を望み
日本を望み一体となる
地理は神が創り歴史を作る
地理を知らずして世界を知り得ない
汝は今春風を受け海を望み
荒々しい溶岩の熱気を感じ
韓国に向き中国に向き日本に向き
堂々と力強くも聳えけるかも
済州島に立ちアジア創成の地理を体得す
視界を広げよ世界に東西南北に
太陽は未だ知らざる所より昇り沈む


この感覚はその場に立たないと実感できない、確かに韓国、中国、日本を望見する位置にある。漢拏山に登れば自ずとその感覚になる。

多遅摩毛理(たじまもり)を常世国(とこよのくに:海の彼方の異世界)に御差遣いになり、非時香木実(ときじくのかくの木の実)と言われる、香りの良く食べると不老不死になるという木の実を求めさせました。

これは済州島から持ち込まれたという説があるももわかる。距離的に近いし済州島は温暖だからミカンがとれるとなる
いずれにしろ中国韓半島日本はからの歴史があり地理的にも不可分でありそこにどうしても相克が生じる

相克の意味

五行説では、木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木にかつとされており、転じて、相反するものが互いに争うことを意味します。

ここにまら欧米がかかわりさらに複雑化したのである。ロシアもかかわり三つ巴から四つ巴にもなったのである。
第一李朝鮮とは明らかに中国になったのであり李と名乗るとき中国人だともなる。どうしても隣に巨大な中国あるからそうなる。在日韓国人の不思議は韓国に移住すればいいと思うがそうもしない、それでアメリカ国籍をとっている人が何人かいたのである。それもまた複雑になる、その人は差別するとして怒るけどアメリカ人になっているのだから別に差別されることもないのである。なぜ異常なほど差別に敏感なのか理解できないとなる。
地政学的には中国韓国日本は一体不二になる。その地理的宿命から逃れられないのである

この不同―の乾坤(けんこん)を建立し得るの点に於て」〈漱石・草枕〉

同じではない乾坤とあるけどその乾坤が結びつく、人間は離反しても地は結びつくとなる

地理はどうしても大国が隣だとその圧力が大きく支配被支配の関係になる。それでアメリカがメキシコをアメリカ湾にしろとなる。また韓国でも日本海は日本の海ではない、韓国からすれば東海になるから変えろとなる
隣り合う国はどうしても争うことが避けられないのである





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2025年07月13日

高島市は高齢化率が約38%と県内で最も高い・・・ 【琵琶湖中心にわかりやすい滋賀県の地理−地理からまず見る】

高島市は高齢化率が約38%と県内で最も高い・・・
【琵琶湖中心にわかりやすい滋賀県の地理−地理からまず見る】

高島市は高齢化率が約38%と県内で最も高く、農業従事者も年々減っている。中山間地の耕作地を見て回ると、お年寄りの姿しかなかった。

まず何でも地理を知らないと事情がわからない、高島市とはどういう場所なのかということである
それは湖西線があり日本海方面から琵琶湖を回り大津に出て京都に出るのである。
それでその高島市から東(あづま)の方から朝日が昇るのを見た。その辺りは関ヶ原であり東西の境でありそこで東西の戦いが雌雄を決める戦いがあった。旅をするとき陽が昇る方向と沈む方向を見る。それが基本になる
不思議なのは名古屋の伊勢湾に太陽が昇る、その太陽は関ヶ原からも昇るのである。

それが意外なところから陽が昇り沈むのである。太平洋岸だと海から陽が昇るが山の地域は山から上り山に沈むから感覚的に相当違ったものになる
方角的には東は明るい感じがする。湖東となれば明るい感じになる、湖西は淋しい感じがする
それはどこでも共通している面がある。でもアメリカのカリフォルニアの海岸に陽が沈むのは不思議だったとなる
海に陽が沈むのを太平洋岸に住んでいると見ないからである。だから日本海に陽が沈む光景はまるで違った感覚をもつのである

近江に出春光まぶし湖東かな

関ヶ原を出ると明るい平野が開ける。それは湖西とは感覚的に相当に違うのである

まず何か知る時その場所を知る。それで事件でも起きることをtake placeとなる。その場がどういう場所なのか知る
でもそれが地図を見ただけでもわからない、そこに実際に一回でも立てばその地理がわかる。だから地理を知るにはその場に立たない限りわからないのである。そこからして必ず誤解が生まれる。

高島市は高齢化率が約38%と県内で最も高く・・・というときまずその地理を知るべきなのである
私は一回行ったのでその場所を知る、そこは大津とかの都市からは離れていて辺鄙な場所と認識する
農業が主体であったが高齢化で従事者も減少している、それは全国的な問題であるが湖西だとさらにそうなりやすかったのかとなる。
ただ西という時陽が沈む方向だから淋しい感覚になる。東は陽が昇る方向であり明るい感じになるのは共通している。
比良の雪が近江八景になっているのも淋しい感覚になる。1200メートルだから結構高いのである

ともかく滋賀県近江の地理はわかりやすいのである。琵琶湖を中心に見ればいいからである。他は地理がわかりにくいのである。それは山が多いからだとなる。京都とかなると家が密集しているから余計にわかりにくい、大都会の地理はわかりにくいのである。信長が安土城を作ったのはやはり地の利だったのだろう。関ヶ原を越え近江に出て京を目指したとなる
ただ京都大阪になると地理がわかりにくいのである。

いずれにしろ地理が基本になる。高島市で高齢化が進み農業も維持できなくなる。でも大津市とかは都会であり京都も近い
交通の便もいいのである。だから通う人もいる。つまり滋賀県は近江は大阪京都の延長で大きな庭のような感じになる
風光明媚で歴史もある。それが魅力となる。ただ農業もあり衰退して問題になる。それは全国的に共通している

ここも新幹線が日本海から京都へ比良の山の向こう側で結ばれると余計に寂れたものとなる。それを問題視するのもわかる。粟津とかでも淋しいのである。さらに淋しい地域となる。ただ交通によって盛衰がまねかれないのである。









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2025年07月12日

後継者がいなくなり社会自体が維持できなくなる 【少子高齢化は戦争のような危機感を持てないから返って対策もしない】


後継者がいなくなり社会自体が維持できなくなる
【少子高齢化は戦争のような危機感を持てないから返って対策もしない】


現在は何とか第一線で頑張っている60〜70代の外科医の大部分は今後、次々に引退していくとみられる。眼が悪くなり手も震えるようになった高齢医師に執刀して欲しいという患者はそれほど多くないはずだ。

 分野にもよるが、一人前の外科医になるには最低でも10年はかかる。外科医不足がさらに加速すれば、緊急手術にも手が回らないし

深刻化する“若手医師の外科離れ”で加速する「医療崩壊」の現実 「がん手術が半年待ち」
「今までは助かっていた命も助からなくなる」


後継者不足で会社が倒産するとか身近な所では一万の町で自転車屋がなくなった。それでパンクでも修理できないとか様々な分野少子高齢化もあり社会が成り立たなくなる。例えばインフラが老朽化して橋でもトンネルでも水道管とか修理できなくなる
するとどうなるのか危険が放置されて事故になったりする。また農業でも後継者がいないと米を作る人が足りないとか米が高くなる。それも深刻な問題になる。

隣の5万くらいの街でも自転車が高齢化と病気でもう続けられないとかなる。医者の場合はより深刻になる。手術となると相当な熟練が必要であり簡単に医師免許を取ったとしてもできない、それで手術がうまい医者は手術を多く経験した医者だとされる
つまり実際に手術をしてみて会得する。それはいくら学校で習っても実際にその経験を積まないと優秀な医者にはなれないのである。医者も高齢化すると新しい技術を取り入れることができない、90歳まで現役で医者をしていた人もいる
それも問題だった。ただ開業医自体は減少している

要するに自転車屋でも結構高度な技術が必要である。何かスタンドを壊れたのを直してもらったがそれが結構難しかった
というのは私はコンクリートに自転車をぶつけたときスタンドを壊した。それでネジが切れていたのである
それを直すに容易ではなかった。ただ原町のサイクルショップ湯原ではそのネジをヤスリで削るとかした直した
それは技術的にむずかしいものだった。その人も77才とかなり病気で今はやめたわけではないが店は閉めている
ただ頼めば修理でもしてくれるがそうなるとめんどうになる。

自転車の問題は通販でいくらいいものがあっても後の修理があるので買いないのである
通販は便利でもそれですべてまかなうことはできないのである。
つまりそこでは息子がいても収入的にやっていけないとかなり後を継がせられない問題がある
またその技術を習得するのも簡単にみんなできるものではないからである。

そもそも周りを見ても老人夫婦とか一人暮らしの老人とかであり子供自体見かけない、つまり明らかに私の家の周りでも
跡継ぐ子供も若い人もいないということである。だからすでに空地化したりしているし空家が放置されている
空家化したのは医者だった家であるがその息子も78才で死んだ。東京で暮らしていてその息子の孫がいても帰って来ないからその新築の家でも地震があって屋根が壊れても直していない、それももったいないとなる
でも空家が多くても所有者がいて勝手にはできないのである

後継者難で倒産した企業を倒産時の社長平均年齢を算出すると、2024年時点で69.8歳に及び、過去10年でみても70歳前後で推移している


2023年度(4-3月)の「後継者難」倒産は456件(前年度比10.6%増)で、2017年度(249件)を底に6年連続で前年度を上回った

要因別は、最多が代表者の「死亡」の217件(前年度比2.8%増)で、5年連続で前年度を上回った


最近では大工でも後継者がいなくなり家を建てられないとかなる

大工不足時代に大工の技術失われる現実―職人が居なくなる未来を変える
大工になりたい人への大工修行と本物の大工とは

小高の大工さんは庭作りから壁塗りでも何でもできる人だった。でも70才とかなりややはり病気になり引退するとかなった
大工は力仕事もありまた屋根の上での仕事とか危険なのである。だから70才とかでは無理になる
そして日本の伝統的な技も継承されなくなると警告している。そういうものはコンピューターとか機械だけではできないからである。

何かローマ帝国が滅びたのは水道橋などインフラを直す技術者がいなくなり滅びたという説を言う人がいる
つまりそれだけインフラを維持することが大事だということである。それは今日本の水道菅が破裂する事故があり似た現象なのである。後継者不足はこれからますます増える、そもそも子供が減るのだから当然そうなる
極端化すれば日本国家も維持できないとなる
自衛隊に入る若者も減少する、それで原町駅で中学生に自衛隊員が勧誘していた、体が大人に見えたからである
自衛隊の人手不足も深刻なのである。

日本周辺の安全保障環境が厳しくなり、任務も多様化するなか、自衛隊が直面する最も深刻な問題は「人手不足」でしょう。2023年度の採用数にいたっては、計画していた数の50.8%にとどまり、1万人近くも足りませんでした。

静かなる有事?自衛隊の人手不足、待遇改善という課題

現代が進行しているのは静かなる有事である、少子高齢化でもそうである。戦争ではなくてもそれが静かに進行して国家すら維持できなくなる。戦争する前に戦争もできずに負けるということにもなる。

2026年度までに約25万人の介護人材が不足すると推計されています。 これは、団塊の世代が後期高齢者となり、介護サービスの需要が急増する一方で、担い手が大幅に足りなくなることを意味します。

介護の問題も深刻である、もう介護者が不足して介護も受けられず死ぬ人も増えるとなる。それは団塊の世代でも後期高齢者になり膨大に増えるからである。そしてとても家族だけでは介護でできず介護されず親も捨てられる家族遺棄社会とまでなる
医者にも手術してもらえない、診てもらえない、あらゆる場で後継者がいない、国家自体が維持できないともなる
それが静かに進行しているからまた対策も真剣にしない、そしていつの間にか戦争もしないのに国家が衰退して崩壊していたともなる。少子高齢化でもどうしても戦争と違い差し迫った危機感をもてないからそうなる
ただカルト教団とかが高齢化で維持できなくなるのは社会にとってはいいとなる。他はそうはいかないし深刻になる
それも静かに時間をかけて最終的に国家崩壊までになるとなるのが恐怖なのである





posted by 天華 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層