2020年03月18日

現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない


現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない

コロナウィルスから守るにはどうしたらいいのか?
それが現代では至難である、それはなぜか?

宅配の行かない場所がない

宅配が行かない所があればそこは秘境になる、でも日本ではそういう場所が今はない
宅配は山の奥まで行っている、するとどうしたってモノを運びヒトも入ってくる
そこで感染から逃れられないとなる

なぜ桧枝岐(ひのえまた)でコレラの感染を逃れたのか、そこは交通がない、閉ざされた村だった、そういう秘境の村というとき必ず平家落人伝説がある
そういう伝説が生まれたのは人々がそういう人たちと交流しないかったからである
木地師の椀貸し伝説などでもそうである
それは一つの沈黙交易だともしいてる、人が交わらず物を交換したことが伝説になった
これももしかしたら伝染病をうつされることを恐れたためなのかということも今なら考えられる
ただ物でもそこにウィルスが付着したりするから危険だとはなる

ともかく伝染病は接触することからうつる、だから直接の接触はさけることが第一になるすると外部からの人とと接触しないようにするには宅配とか現代のようにどこまでも物が運ばれる社会では不可能になる
でもそれが外部との交流を断った中でもし暮らしていければ伝染病からはまねがれる
それで東京から八丈島とか小笠原に一時的に退避して暮らす人がでてくる
そこは隔離されているから安全だとなる

現代では秘境が存在しないという時、秘境のような場所があっても必ず宅配が車で配達するからである、桧枝岐でもそうである
昔なら隔絶された隔離された村だった、それでソバを主食として米は食べられなかったとかヤモリを焼いて燻製にして食べていたとなる
つまり秘境という時、外との交流を断ってもそこで自給できなければありえないのであるそういう場所が四国の祖谷(いや)とかにあっりそこは平家落人伝説がありそこは歴史的事実であったとされる

秘境という時、昔は江戸時代辺りだと隣の村すら秘境になっていたかもしれない、交流がないことがある、小さな村で自給自足して交わらないからである
それでこの辺で麦つきに来た若者が大蛇だったとかの伝説がある
それは隣の村だったのである、隣の村すらそうして全く交流がないとそうなる
現代ではその差が大きい、別にそうした労働者は外国からでも来るからである

コレラは日本に中国から伝染した、港から入ってきた、そして北前船を通じて日本海側に青森まで増えたのである
日本海側から今度は会津若松市の方に伝染した、でも桧枝岐までは伝染しなかったのである
そういうふうに閉ざされた場所は今はない、するとどうしても物が運ばれて人も入ってくる、また物が入って来なければ生活できなくなっている
桧枝岐は今は尾瀬の観光の入り口でにぎわっていたからだ
観光で暮らす村となっていたからである、観光となるとどんな所からもくる
それで北海道が感染者が増えたのである

昔から伝染病は相当に怖いものとして意識されていた、エジプトのミイラにもウィルスに感染した痕跡がでてきた、こういう記憶は人間に刻まれて伝承される
村の入り口にそうししたばい菌が病気が入らないように大きな藁人形を置いたりするのはそのためである、現実に村の前で大きな刀をもって仁王立ちになっていた写真が中国のコロナウィルス騒ぎで見た

ともかくコロナウィルスてもウィルスに交通がこれだけ発達したことが裏目になった
たちまち世界中に拡散したのである、それは止めようがないのである
だから閉鎖されて暮らすことにもメリットがあった
でもそうなると外から物資が入ってこないから飢饉とかには弱くなる
人間は二つも三つもいいものとしてありえない、何かいいと思っているものも悪く作用するのである、それがコロナウィルスで証明されたのである
世界中の交通が遮断されて引きこもるほかなくなったからである

これはグロ−バル経済を見直すものとして起きたともみる
東京などでは中国から野菜でも輸入して安く入るから日本の農業を軽くみる
でも中国から野菜でも入らなくなったときどうするのかとなる
交通が途絶えるとお手上げになる、原発事故のときは放射線被害を恐れて物が入ってこなくなったから危機だった
そして水も土も空気まで汚染されたから危機だった、つまり水も飲めない、ペットぺットボトルの水も入ってこないとしたら死んでしまうとなっていたからである
ガソリンも入らず車も使えず身動きできなくなっていた
外からガソリンでも物資でも入らなくなったら生きていけないのである

でも不思議なのは秘境があるとする、そこでは自給していたから外から物資が入らなくても生きる術があった、燃料は炭であったり最低限は自給していたのである
現代は交通が途絶えたらお手上げであり何もできなくなる
そうして考えると外から物資が入らなくても自給して生活できることが凄いともみる

外から物が入らなくても人間は暮らせるのか?

それが可能であったというとき今では時代を比較するとイメージもできなくなっているのだ
それだけ交通に頼る世界になっているからだ
それもグロ−バルにそうなっていて中国から物が入らない工場だと部品が入らないとかなり何もできなくなっていた
だから工場でもなんでも中国に作り頼ることは問題がある
いくら安く作れるからと言ってこういうときには緊急の時には物が入ってこなくなる

だからコロナウィルスが世界に提起した問題はこれからも社会をどうするかということで再考するべきである
中国に頼りすぎてイタリアやヨ−ロッパに蔓延した、そしてヨ−ロッパから日本に帰った人が感染していた、逆流してきたのである
だからヨ−ロッパは相当に感染が広がっていたのである
日本はも検査していないから数は少なすぎるのである

いづれにしろコロナウィルス騒動で外にも出れなくなる、封鎖される
それも世界中でそうなっている、こういう経験は今までなかった
サーズとかでもあったがそれは全世界には及んでいないのである
コロナウィルスは全世界的問題として提起されたのである
今はその解決方法がない、逃れる場所もないのである

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コロナウィルスと現代文明 (過剰な人間の活動への歯止、警告か?)


コロナウィルスと現代文明

(過剰な人間の活動への歯止、警告か?)

魚の伝染病のコイヘルペスウイルス(KHV)病の対策と、各漁協から提出された種苗(稚魚など)の放流量の変更希望について審議し、それぞれ決定しました。

 コイヘルペスは2003(平成15)年に茨城県霞ケ浦で発生してから各地に広がり、長野県では翌04年度に34市町村で発生を確認。

  2015年度以降は県内で発生していませんが、全国の発生状況はここ数年11〜13都道府県と横ばい状態で一定の発生があり、他自治体の持ち出し禁止の解除もここ数年ないため、長野県は引き続き2017年度も持ち出し禁止とすることにしました。

 こうした病気対策に加えて委員会を困惑させたのが県内河川の魚の減少。この日申し出があった各漁協の増殖変更の説明でも「昨年6月に300キロのアユの稚魚を放流したが、試し釣りをしてもアユの姿が見えない。釣り客も少なく、不調だった」「川によっては10年来、アユを放流しても解禁日に数匹しか釣れない」

鮎が見かけない、それは最初放射性機物質の汚染だと思っていた、それでこの辺でも稚鮎を放流した、でも鮎はみかけないし育っていない、前は小粒になっていたが鮎は夏には遡上していたのである
子供の頃鮎は大きく父親がとってきていいオカズになっていたのである
それから鰻もとれていたが全くとれなくなっ、ドジョウとかメダカも田んぼがコンクリートの水路化していなくなった
何かそういうことで淋しいとなる

この辺では原発事故で一時田畑が荒地に変わった、そして海側は津波で湿地帯に変わった大きな沼にもなって釧路湿原のようになったことに驚いた
原初の自然状態に変わった、とういうより原初の自然にもどった
八沢浦は明治になって開拓されて田んぼにされた所だったが入江になったのには本当に驚いた、波が太陽の光できらきら光り打ち寄せたのである
それは奇跡のように思えた、でもそこで人が死んだからそれを報告したとき怒られた
でも原初の状態がいかに美しいものだったか再現したのである
私は田んぼで生産される米より常に景観を重視してみていた
なぜなら米は減反でいくらでもあるとなると余っているとなると価値が低下したからである、むしろ景観の方が価値があるとして見る
でも日本の自然は相当に破壊されてきた、特に高度成長時代から大規模に破壊されてきたのである、第一大都会自体が自然破壊の結果できたのである

原発事故では田畑が荒地になったとき田んぼにいた蛙がいなくなりそれを餌とする鷺がいなくなった、蛙の餌となる水生生物とかは田んぼにいたから蛙も生きられていた
でもそうした生の連環が断たれると生きていけなくなる、生態系が破壊されると生きていけなくなる
そして田んぼが回復して鷺が帰ってきたとき感動した、鷺集まる巣とするとこすやに50羽くらい集まったからである
人間は生態系が破壊されると人間も住めなくなる、水も土も森も空気まで放射性物質で汚染されて住めなくなりゴーストタウンになった

これがコロナウィルス騒動と何か関係あるのか?

鮎でもコイヘルペスとかあり伝染病にかかりいなくなったのか、魚も伝染病にかかる
でも全国の川から鮎が減少するとかいなくなるということはなぜなのだろうとなる
その原因はここでは放射性物質だと思っていたが他でも同じだから原因は違う
やはり生態系全体に異変が生じていなくなった
そういうことが人間にも影響してくる、やがて生態系が破壊されて人間が住めなくなるとうこともありうる
文明の過剰な活動はどうしても生態系を破壊する、世界の森でもグロ−バル経済で破壊される、そしてオラウータンの住む森が減少して住めなくなる
それが人間にはねかえってくる、環境は汚染されて人間も住めなくなる

コロナウィルスが中国で蔓延して生産活動をとめたら交通でもとめたら二酸化炭素がへり空気がきれいになった、そもそも中国は大気汚染でコロナウィルスの十倍も死んでいる
汚染大国なのである、黄砂とかあり自ずと汚くなり穢れに対して無感覚なのである
日本では江戸時代でも中国より清潔だったと外国人が報告している、
日本の神道は穢れを嫌うから神社でも掃き清めて塵一つない、そういう伝統があり文化があり清潔だともなる、第一中国で川で禊(みそぎ)するなどできないからである

コロナウィルスの不思議はグロ−バル経済でも過剰な生産活動でも交流でも一時的にとめた、結果的に起きたことは日常の静寂と大気汚染などが減って空気がきれいになったとかある

それは何を意味しているのか?

それは文明化による活動が過剰になっていたとういことである
そうして文明の過剰な生産消費活動を抑制するためにコロナウィルスが生まれたのかともなる、世界的生産消費活動がもう限界に来ていたのである
自然から見るともう耐えられないという状態になっていた
それでコロナウィルスで一時的にその生産消費活動が止められたともなる
これがつづけば自然はますます破壊されて人間も住めなくなるからである

何か外に出るなと人が集まるなとかなるとこれは中世の時代に逆戻りなのかとなる
ニーととか引きこもりは有利になるのか?
修道院で引きこもるような生活になる、そこで内面の世界に生きる、心を修養するとかなる、そういう時代への逆行がコロナウィルスによってもたらされるのかともなる
時代を変えるのかとなる
不思議なのはなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた人が検査して感染者が増えている
そんなにヨ−ロッパで増えているのか?
それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本では検査していないから実際の感染者は十倍とか百倍になっているかもしれない
死者もインフレインザで死んだ人がコロナウィルスになっていてもわからないからだ
それで政府は重大なことを隠蔽しているとなる

いづれにしろなぜこんなに災いが続くのか?
個人的にもそうだった、それを書いてきた、今度はコロナウィルスかとなる
次にまだ来ていないのが戦争と飢饉だとなる、ただこれは人類は克服したとされる
でもこんなに災禍がつづくのは何なのだろうとなる
時代の変わり目でありこうなるとあらゆるものが変わる
明治時代とか戦争の後のようなことが起きて来る
それで預金封鎖とかなるとかいろいろ心配の種が尽きない時代になったのである
ただコロナウィルスを契機として世界も変わるからそれがすべて悪いものとして作用するとは限らない、一時的に痛みがあっても犠牲があってもその後に新しい世界が時代が生まれるともなるからだ
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2020年03月17日

コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議 (グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議

(グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


●グロ−バル経済の歯止

●中国の一帯一路の歯止

●アメリカの金融資本主義の崩壊の危機

●ヨ−ロッパのEUの分解

●密集する都市の被害⇒分散化

●格差社会の医療不備のから蔓延(アメリカなど)

●老人が感染して死に安い


何かこのコロナウィルスが不思議である、これの正体が不明なのこともある
ただその結果として現れたものから考察すると現代社会が築いてきたものの崩壊現象が起きていることである
それはこの辺でぱ原発事故から起きた、土も水も森も空気まで汚染されたら息すらできなくなる、そして町はゴーストタウンとなり今でも回復していない町がある

そもそもウィルスの災いも歴史的に甚大だった、それはヨ−ロッパのペストなどで象徴されている、人口の三分の一とか消失した、死体の山が築かれた、この世の終わりかとも見えた、だからヨ−ロッパで今回も恐れることはわかる

またアメリカのインディアンとか南米のメキシコのマヤ文明とかインカ帝国とかを滅ぼす原因となったのが白人がヨ−ロッパからスペインとかからもたらされたウィルスであったそれで壊滅的な死者を出したのである
日本がでもコレラが流行したのは幕末にあり明治にも増えた、それは外国人と交わるとそうなりやすいのである
免疫ができていないからそうなりやすいのである

このコロナウィルスが結果的にもたらすものを見るとこうして世界自体を変えるのかとなる、これらがすべて悪いものとして働くともならないのが不思議なのである
世界の人たちがこうなくことに反感することも多かったからである
私自身もそのことで批判してきたのである
トランプがアメリカファーストとかイギリスがEUから離脱するとかそういう傾向がすでにあったからだ

そして今株価が下がり世界の金融システム自体が危機にさらされる、崩壊の危機にさらされている、ということはグロ−バル経済を牛耳る金融システムを牛耳る金融資本家への攻撃ともなる
世界のそうしたシステムの中で暴利をむさぼっていたものの凋落ともなるのか?
そうなることは世界にとって悪いことではない
何かこういう時代の大変化の時は必ずどこかが誰かが犠牲をともなうのである
そしてその激変の後に新しい時代がはじまる
それは日本だと明治維新とか太平洋戦争後に起きた
それはだいたい70年周期で大変革起きて来る、それが2020年である
ここが節目の年なのでそうした激変が起きて来る

例えばコロナウィルスの結果中国では生産活動が一時停止して二酸化炭素が減り大気汚染の度合いが急激に減った、結果的に大気汚染で死ぬ人が相当数減った
コロナウィルスで死ぬより十倍もの人たちが中国では大気汚染で死んでいたのである
つまりコロナウィルスより大気汚染の方が深刻だったのである
ということはコロナウィルスが大気汚染を公害をとめたとまでなるから不思議なのである
それがコロナウィルスは密集する都市でたちまち蔓延する、それで一千万都市の武漢が閉鎖された、つまり人間が密集して住む都市は危険だったということになる
もし人間がこんなに密集して住んでいなければ武漢肺炎として風土病で終わっていたという、ウィルスは密接に交通と関係していたのである

コレラでも日本では日本海側から伝染して青森とかで増えた、でも内陸部はそれほど増えなかったのである
しかし福島県では会津若松市が二つの街道があり内陸部からと日本海側の新潟から感染者が入ってきて増えた
それから逆に田島の方へ感染が移っていたのである
つまり交通で人の流れに比例して感染者が増えていた、だから桧枝岐(ひのえまた)は秘境だったから感染者は出なかったのである,ほとんど交通がなかったからである

いづれにしろこのコロナウィルスの謎は子供とか若い世代は比較的感染しても軽症ですむが老人は60以上になると重症になり死に安いのである
これとは逆に放射線被害は若い世代へ子供とか次代のまだ生まれていない人たちまでに影響する、遺伝子が破壊されることで恐怖だった
老人は放射線を恐れなかった、なぜなら20年後に癌になるとしても何かしらの病気になって死んでいるからである、だから放射線は関係なかったから避難区域に帰ったのであるでもそこに若い世代がいなくなったから自治体を維持できなくなっていたのである,今回は老人がこれだけ増えすぎたのだからかえってコロナウィルスは減らす、するとこれは自然が与えた淘汰現象なのかとまでなる
だからコロナウィルスは本当に不思議なのである
自然からの天からの神からの人間の警告であり作用なのかとまで思ってしまうのである

そして日本では感染者が増えないとしているが外国から帰った人がヨ−ロッパからでも
感染している人が多い、それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本国内では検査していない、だから実際は十倍なのか百倍なのか感染しているともみるまた死者が少ないという時インフレインザの肺炎で死んだ人は見分けがつかないという時実際はコロナウィルスで死んでいるのかもしれない、その数は多くなるのである
老人はインフレインザの肺炎で死ぬ人が多いからである

ともかくこのコロナウィルス騒動というのが何なのか不思議である
原発事故も様々な問題を提起した、そのことを追及して来た
原発事故は大きくみれば文明崩壊の現象だったのである、なぜなら故郷でも住めなくなったからである、ゴーストタウン化したからである
そして廃炉まで40年かかるとかもう回復不可能のような状態に陥ったからである
だからコロナウィルスでも世界に蔓延してそうした崩壊現象が起きて世界自体を変えてしまうとなると一体これは何なのだろうとなる
それが確かに一時的には甚大な被害となり犠牲者が出る、でもそれは新しい時代を作る痛みなのかもしれない、グロ−バル経済でも金融資本主義でも一旦崩壊することは新しいシステムの構築へすすむとなるからだ


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2020年03月16日

コロナウィルス騒動が人間に問うもの (人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

                                                      
コロナウィルス騒動が人間に問うもの

(人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


人間はどうしてもある制約が課せられている、それは生態系を無視して越えて生きられないとか地理の制約がある
ただ技術の発達で交通の発達でそういう制約を無視して克服して船であれ電車であれ車であれ飛行機であれ自由にヒト、モノが流通するようになった、グロ−バル化するようになった                            

ではコロナウィルスとは何なのか?

こうして交通が発達してグロ−バル化したことに歯止をかけた、ウィルスというときそもそもおそら侵入してはならない密林とかにひそんでいた所に人間があえて侵入して伝染したとかなる
自然があったとしても人間は技術力があり入ってゆき森でも何でも資源として利用して喪失させた、そしてオランウータンとか森がなくなり住む場所がなくなったとかある
それはオランウータンが住む生態系が破壊されたために起きたのである

生態系から文明をみるとき日本は中国の江南辺りから雲南辺りからの照葉樹林帯の共通の文化圏を形成しているとみる、原町のスダシイ神社とかあるのもそうである
それで不思議なのは韓国と古代から日本は交流が深い、その半島の先端に伽耶国があり
ここは日本と一体化したようになっていた、日本府任那があったからだ
そこで料理は禅宗の精進料理のようなもので質素だったという
肉食はモンゴルが侵入してから習慣化したのでありその前は南は照葉樹林帯の文化だったのである

人間は生態系を離れてありえない、でも現実に東京とかなるとそこに自然とか生態系を感じない、人工的空間に生活している、東京に住んでいたら米がどこでどういうふうにとれるのかわかならい、田んぼがないからである
ただ中国であれ外国からであれ入ってくるものであれスーパーに行けば買えるものだと思っている
でも中国から今回のように食料すら入らなくなるとどうするのかという深刻な問題が生まれる、それは私はグロ−バル化経済批判で再三指摘して来た
なぜならこういう時、食料が不足したらまず自国優先になる、その土地土地に住んでいればその住んでいる土地が優先になる
すると東京とか大都会ではどこから食料を手に入れるのかという問題が生れて来る
それは深刻なものになる、外国は頼りにならないのである
そこにグロ−バル化の限界がある

今回のコロナウィルス騒動で不思議なのは様々な文明の弱点、グロ−バル経済の弱点、
または世界の国々の弱点が露呈されたことである
医療でもそうである、アメリカは保険がないから貧困層は医者にもかかれない、病院ち行けないから感染者が増える、インフレインザでも一万人以上死んでいる
貧困層が医者にかかれないことは感染も拡大してそれが上層部にも波及する
つまり格差社会は上層部もまきこみ被害になってゆく
だから極端な格差社会の国は国自体が脆弱なものとなる
ウィルスの攻撃には弱いことが判明した

それはイタリアでも顕著なのである、ここはそもそも病院の数が日本の十分の一とかに減らしてないのである、これは国全体が財政的に厳しく医療とか福祉にまわせなくなったからである、中国に頼るようになったのもそのためである
そのイタリアからヨ−ロッパ全土に広がった、EUでは行き来を自由にしているから余計に
そうなる、スイスにも広がったという時、スイスからイタリアへの鉄道があり交通が張り巡らされているからそうなる、スイスに広がり隣のオーストリアにも広がる
ヨ−ロッパは一つの大陸で交通が発達しているから広がりやすいのである
日本はもともと海に囲まれているから水際でとめられるということがある

そしてなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた日本人が感染していたのか
それは空港で検査が必ずあり厳しいから判明したのである
日本は明らかに検査する数は少なすぎる、もし空港で厳しく検査するようにしていれば数は百倍になるかもしれない、そこに日本の不安があり疑問がある
ただ死者数はそれほどではないとしてもこれインフレインザで肺炎で死んだ人をコロナウィルスでもそうししていないのかもしれない、何かここは不安なのでアク

いづれにしろ人間は何らか常に制約がありタブーがあったがそれを破ってきたのが文明であり科学技術なのである、でもその制約を越えられないものがある
原発事故で致命的だったのは生態系を破壊されて土や水や森や空気まで汚染されて住めなくなったことである
田んぼとかは生態系に依存してあった、でも一時田んぼでも稲作を禁止されたとき荒廃して原野になった
その時田んぼから蛙が消えた、蛙が消えると鷺が消えた、蛙を餌としていたとかあるからだ、田んぼには水生生物をもいて蛙の餌となっていたからである

つまり生態系はこうしてつながっている

田んぼがなくなる⇒蛙がいなくなる⇒鷺がいなくなる・・・人間がいなくなる

この連鎖が生まれた、人間も町から消えてゴーストタウンになったからである
生態系を破壊すれば人間はその土地に住めなくなるのである

だからコロナウィルスの不思議はこうしたグロ−バル経済とか生態系無視の経済の拡大とかに警告したのかともなる、それも天の作用だったのかともなる
社会自体を見直すものとして生じたのかともなる
津浪でも原発の危険性を警告した、その惨状はあまりにも強烈だった
でも津波が来なければまた以前として原発は安全だとなり日本中が原発だらけになっていた、誰もとめることができない、金になるとなればこの辺でそうだったように目の色を変えて危険は無視されるからである

自然災害は人間の傲慢さを打ち砕くものである、人間は自然を越えられないのである
必ず台風でもそうである、新たな自然災害でその不備が問われるのである
そして自然災害は必ず人災だともされる、それはそうした危険を無視しているからである安全には金をかけないからである、コロナウィルスだってそうである
医療関係に金を使いたくないとして医療が脆弱になりアメリカでもイタリアでもそこをつかれて蔓延をとめられないとなる
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2020年03月14日

放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ (不安の人間の社会心理)

                                                                          
放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ

(不安の人間の社会心理)


放射能に怯える余り、科学的に十分安全だった除染の基準を無駄に引き下げ、除染した土の持って行き場に困り、無駄に金を使い、結果どこも安全にならない。子供たちは、必要以上に屋内に閉じ込められ、精神的な安定性を失い、バランスからすれば被害は拡大した農作物や魚の風評被害についてはいうまでもなく、僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

コロナウィルスは原発事故の放射能汚染と似ていることを考察した
恐れる人はものすごく恐れた、それは放射性物質の汚染が何かわからないからである
それで専門家でも二つに分かれた

危険 限りなく大

危険 小

危険を言う専門家は限りなく危険だとして怖がらせた、また逆に危険でないという人は低放射線は健康にかえっていいのだという人もいた
それが両極端になった、それで地元では今度避難区域に指定された所は住めなくなった
30キロ内に指定された区域は一時的に避難された
それから一部は5年くらい避難区域にされて住めなくなった
でも今から考えると

南相馬市は避難させるべきでなかった

小高地区は街の方は放射線量が低い

全部を避難させるべきでなかった

そもそも30キロで区切って避難させたのが間違いだった

結果的に人が住まないゴーストタウンにした

これと同じことがコロナウィルスでも起きているのだ
専門家会議を開きそれでここ一二週間が感染拡大をとめる瀬戸際だとして休校したりイベントの自粛を要請した
結果的に日本自体が経済活動が委縮して倒産する会社もでてきた
それはこの辺で街がゴーストタウンになったのとにている
この被害の方が甚大だったのである
30キロで区切られ避難区域に指定されて人が5年も住まなくなると若い世代は他で生活基盤を築き帰らなくなったからである
つまり避難区域にすることは慎重にすべきだったのである

その後は補償金でこの辺はもめて市町村が分断された、市町村内でもこまかく放射線量で補償金に差をつけたからである、30キロで区切られて隣の家は補償金で格段の差がついてしまった、そこでもめるようになったのである
今回も大企業の正社員は8000円とか休業補償されて非正規とかフリーランスはその半分の4000円だとしている
これもこの辺の原発事故の補償でもめたのとにている
必ず割を食う損する人たちがでてくるのである

結局なぜこうして放射線でもコロナウィルスでもうまく対処できないのか?

それはこれらが未知でありどう影響するかわからない、すると過剰に反応するようになる怖がる人はものすごく怖がる、それをあおる人もでてくる
第一専門家でも放射線の被害と同じように言うことが違っている
危険を強く言う人は言うしそれほどでもないという専門家もいる
そしてどうして判断していいのか一般の人はわからなくなる
どう対処していいいのかもわからなくなる

そしてかえってあまりに恐れ過ぎて会社を倒産したりすることの方が影響が大きくなる
つまりそしたら仕事がなくなり食べていけなくなるから深刻にもなる
ここではゴーストタウンになり元に戻らなくなったようになる
その被害の方が大きかったのである、小高などは放射線量が低かったのである
だから街内は避難させるべきではなかったのである
それがとりかえしつかないことにした

だから政府の判断はどれだけ国民に影響するのか今回のことでもわかる
政府の判断は強制なのである、それによって後戻りできないものを作り出す
ただ政府にしても未知なるものにどう対処していいかわからないということがある
もし手をこまねいて感染を増やしたらまた批判される
それでやむなく決断したとなる

ともかく専門家すらわからないことを素人がわかるはずがない

そしてやたらと専門家によって混乱させられてしまうだけなのである
だから専門家の統一した意見を言うべきだがそれもできない
すると国民は混乱するだけでありどう対処していいのかわもわからない
そうして政府の判断で日常生活もできなくなる被害が大きいのである
それによって弱者の被害が大きく生活そのものが破壊されてとりかえしつかないようになる

でもなにかにやいっても社会全般に広まった恐怖の感情は増幅されている
それがととまらない、そういう恐怖の心理が優勢になり社会を覆ってしまうのである
それを止めることはできない、その恐怖心を取り払うことはできなくなる
そういう社会心理が人間心理が怖いともなる
それで何か得たいの知れないものに遭遇して魔女狩りとかが生まれた
そこでユダヤ人がスケープゴートにされた
社会の不安心理がそうさせたのである
だからそういう人間の心理とか社会不安を過度にあおるものが怖いともなる
それにマスコミは便乗して視聴率をとろうとするのもまた不安をあおるのである

でも一方で安全だといってもそういう未知のものへの不安をかき消すことはできない
だからこの対処方法は本当にむずかしいのである 

僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

あまににも安心に過敏になった結果としてこの辺の農業とかは破壊された
その影響の方が大きかった、風評被害もあった、こういう時必ず風評被害が起きる
恐怖が増幅されて安全なものでも安全でないとする
わずかでも安全でないとなると騒ぐ、コロナウィルスでも過敏になると空気すら吸いなくなる、現実に放射線被害ではそういうことがあった、空気が汚染されているのだから空気すら吸いなともなるからだ

いづれにしろ日常生活が破壊される方が危険の場合がある
食料が入らない物が入らないとなり奪い合いとなり殺し合いまでになる
そっちの方が怖いのである
社会そのものか停滞して破壊させられる方が怖いことがある



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2020年03月07日

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)


正確な情報とデーターを知らされないのか?

(コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

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原発事故でもまず情報が隠蔽されて「安全神話」が作られた
それを作ったのは政治家であり官僚であり東電でありマスコミでありとすべてが一体となり作り上げた虚構の「安全神話」だった
そこで正確な情報とデーターは知らされない、だからまずそこからして判断しようがなくなる、科学者なら学者ならデーターがないと何も言えない、データーをまず把握しないと何も言えない、だからデーターに基づかないことは言うなと一般人に警告している

そしてこのデーターを握るために独占して利権化するために国立感染症の団体が開業医とかに検査させないという、ここでも利権なのかとなる
様々な研究所ではデーターを把握すれば正確な情報が発信できて権威をもつ
それが利権につながる、他の研究所で勝手にデーターを解析されて発表されると国立感染症では権威がなくなり予算もとれないとしている
また厚生省の官僚も検査をしたくないとしている
それで検査がすすまないとしている

こうして様々な団体で利権がからんできて肝心なことが安全でもおろそかにされる
原発事故では漁業組合が漁業権で利権を得たからそれで補償金を事故前も事故後ももらっていて何ら生活に困ることはなかった
その利権は大きなものだった、ただ漁業組合だけではない、様々な団体組織がありそれは利権団体なのである、カルト宗教団体でも利権団体で一致している
だから政教分離となると創価であれ神道団体であれ仏教団体であれ一致協力するのも不思議だとなる
宗派争いとも熾烈になるが利権のためなら協力する、それはそもそもそれぞれの団体が利権団体だからである、労働組合でも利権団体化していたことはわかる
労働貴族などが生れていたからである
これが社会を歪めていることは共通している

今回のコロナウィルスでも国民のために何をするか安全を守るために何かをするというよりまず国立感染症だと利権が先だとなっていた
それは原発がさまざまな団体の利権化したこととにている
原発の利権化した団体組織は数も多かったからである、そこで官僚の利権ともなる
その利権が先になるとどうしても肝心のことが安全のことが後になる

なぜ検査できない?

このことがわからないのはその背後に常に利権がからんでいるからである
そういうことがあってもマスコミでは追求できない

マスコミも大きな利権団体だからである

マスコミ自体が宣伝費をもらって成り立つ巨大な利権団体なのである
様々な組織団体から宣伝費をもらっているからその組織団体に反することは言えないのである、東電だったら電事連とかあり莫大な宣伝費が出ていたからである
つまり利権にかかわらないかぎり公正な報道などできないのである
でもこれまでの報道は必ず背後にこうした利権とかかわりそれで真相は闇の中になる

だから意外とyoutubeを何かわからないで見ていたが真相を追及している
それはプログとかyoutubeでも手間はかかってもほとんど無料だからできている
別にスポンサーがつかなくても放送できるからである
テレビとかマスコミではできないのである 

いづれにしろこの利権団体は社会を相当に歪めている、でも人間は利権から逃れられないそこに人間の矛盾がある、相克がある、金のためには悪魔に魂も売るのが普通でありそれが社会の実相でもある、金でなんでも買収されてしまうのである
今の時代になると金で買えないものはないとなってしまっている

しかしそれが原発事故やコロナウィルスとか問題が起きるとなぜそうなったのかとかいつも追求する、そして利権が背後にありそれでまた歪められていたのかとなる

現代の民主主義といっても一票など何の意味もないのだ
むしろ票がまとまってないと当選できない、すると様々な利権団体組織に忖度する
そこには種々の宗教団体も入っているのである
宗教も団体組織なると利権化するのである、その利権をめぐって宗派が熾烈な争いになるのが歴史でもあった、それは宗教の正当性を追及するより利権争いだったのである
歴史的に寺があるとするとそこは一つの国であり城であり利権化していた
だからその寺から侍が出たというのもわかる、僧でも僧兵がいたからである
そこから武士になっても不思議でもない、ヨ−ロッパでも騎士団がいたからである

ともかく民主主義といってもそこに様々な弱点欠点がある
特に民主主義は危機に弱いという面がある、一本化できないからである
危機の時はやはり一人の人間が首相でも権限があり実行させるのがいいとなる
でも中国の共産党一党独裁はまず情報は最初から隠蔽される
そこからして真実は明らかにされずすでにコロナウィルスでも蔓延した後になっていた
また日本でもインパウンドの中国人観光客の収入とか習近平の国賓招待を優先課題として早めの手を打てなかった

結局危機に対しては一眼となって対抗しなければならないが様々な利権団体があり官僚でも厚生省の利権だとか財務省の管轄の利権だとか省ごとに利権があって一本化できないのである
戦争でも海軍と陸軍が対立して一致して行動できなかったとかにもなる
つまり民主主義は危機に弱い、一つにまとめることがしにくいからである
そして様々な利権団体が足かせになり一本化できないのである

だからなぜ検査ができないのか?

それを追及する時、マスコミでも真実は追求できない、国民でも何なのだろうとなってもどこにそれをぶつけていいかもわからない、第一阿部首相自体が厚生省の方に力がありその厚生省の役人が力がありそれらの許可なしでは何もできないとしている
それは「検査しろ」という鶴の一声で決まるはずだができないことでもわかる
官僚の方が力がありなにかにと言われるとできない、専門的なことを首相でもわからないからである
アメリカではCDCとか危機に対応する機関がありそこで一括して対応する
危機の時そうしなければ迅速に処理できない、こっちがどうだあっちでこうだとそれをいちいち聞いても首相でもわからないからである

そして危機には迅速に対処しなければならない、だから原発事故では避難指示が遅れたり住民が浪江だったら一番放射線量が高い山側の津島に避難した
トップが何の支持もできなかったのである,トップが支持できないのだから住民は右往左往しているだけだとなってしまったのである
民主主義というけど危機の時第一話し合っていても時間がかかるしそれではもう時間がない、津波のように逃げるか逃げないかなど話し合っていたらみんな死んでしまうのであるとにかく人間そのものが危機に弱い、急激に来るから判断しようがなくなる
その時頼りにすべきものはなになのかとなる、トップも原発では頼りにくならなかった
何が起きていたのかもわからなん、それで自分は爆発したとき20マイクロシーあったとき出歩いていたのである
でも外には出るなと支持はあった、でも放射線とか見えないから危機感がなかったのである
こうして危機は突然に来るから対処が誤るのである


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2020年03月06日

コロナウィルスと原発事故の対処の経過 (科学的判断より政治経済的判断が優先された)


コロナウィルスと原発事故の対処の経過

(科学的判断より政治経済的判断が優先された)


今回の阿部首相が判断した過程を見ると次のようになる

政治的判断⇒習近平国賓招待

経済的判断⇒インパウンドの中国人観光客の収入

科学的判断⇒コロナウィルスの正体不明ー若い世代は重症化しない

政治経済判断>科学的判断になる

科学的判断がまず最初に来てもいいと思うがならない、原発でも科学的判断なら日本では操作する技術がないから危機管理ができないからやめるべきだとなる
また十分に技術を習得してからやるべきだとなる
湯川秀樹は日本ではまだ原子力を操作できる技術がないとして早いと判断していたからである
技術が未熟なままにアメリカの古いマーク1という原子炉を買ったのである

そこには政治的経済的判断が先にくる、第一アメリカでも日本に原子炉を売りたい
もうけたいという政治的経済的判断が優先された
また軍事的にも日本に核兵器の原料をのプルトニウムを生産させて備えるということでアメリカの圧力があったからだ

科学でも技術でも科学者でも技術者でもその人たちが権力をもつわけではない
その金を出したり判断するのは政治家である
科学の上に政治がある、だから東電の科学者集団が10数メートルの津波が来るとして備えるべきだとしたときそれは無視された
経済的コストの関係で金がかかるからとできなかった
経済的判断でできなかったのである

だからコロナウィルスにどう対処するかも科学だけで判断できない
つまり学校の休校とか集会の禁止とかなると二兆円なのか経済的損失が生まれる
そのために会社が倒産したりするとその影響の方が大きくなり問題である
しかし一方でコロナウィルスを拡散することをとめねばならない
こういうジレンマに陥ったのである

第一科学的判断が正しいとしても原発事故でも放射線の影響がどうでるか不明である
コロナウィルスでも正体がわからずどう対処していいかわからない
科学者自体がすべてわかっているわけではないからだ
必ず二つの説に分かれるからそれを素人がどう判断していいかわからなくなるからだ

今回の科学的判断基準として

若い世代、子供などは感染しても重症化しない

老人や病気をもっている人は重症化しやすい

これだけは科学的にわかっている、そうするとここから判断するのがいいとなる
まず若い世代や子供が安全だということは次代を担う者が生き残るから社会は維持できるでも若い世代に影響する次代にも影響する放射線は社会自体が維持できなくなさせる
なぜなら遺伝子を放射線が破壊して奇形児が生まれるとか言われたからである
だから放射線の方がコロナウィルスより怖いものだともなる

つまり奇妙なのだけど若い世代は普通に暮らしてもいい、でも老人は隔離して若い世代と子供でも接しないようにするともなる
だから全面的に平等に社会活動を停止させることは経済的判断から損失が大きいからしなくてもいいという判断にもなる
放射線の被害はこの逆だったから自治体が老人ばかり残り崩壊したのである

とにかく子供でも若い世代も感染しても重症化しないとういうことは確かである
だからその点を考慮して対策して判断するべきだったとなる
それを全部同等に考えて判断して対策するべきではなかったとなる

                

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2020年03月05日

コロナウィルスと原発事故の対処の共通性 (政府の判断指令によって混乱させられただけ)

コロナウィルスと原発事故の対処の共通性

(政府の判断指令によって混乱させられただけ)


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何か今回のコロナウィルス騒動は原発事故の放射線に対する処理とにている

放射線が何か良くわからない

わからないから怯(おび)える人は過剰におびえる

怯えない人はそんなものたいしたことない

低放射線はかえって健康にいいとか言う人もいた
でも過剰におびえる人はおびえる

専門家の意見でも二つに分かれる

御用学者は放射線はたいしたことがない、恐れる必要はない

また左寄りの学者は危険を言う

こうして素人は何を基準にして決めていいかもわからなくなる

そして政府では30キロで線引きしてその内は手厚い補償したのである
今でも30キロ内は南相馬市だと原町区でも小高区でも医療費無償を伸ばしてくれと言ったら一年伸びたのである

30キロ外になった南相馬市の鹿島区は医療費無償は半年で打ち切られた

この差は本当に大きかった、高速も30キロ内は無料だったが市長が代わりやっとここも無料になった
これはここだけではない30キロで区切り線引きしたり放射線量の多寡で細かく線引きして補償金で争いが生じたのである
飯館村でも一律にすればいいのにここでも補償金で争い二分してしまった
他でもそういうことがありもめたのである
その後遺症も大きいのである

今回のコロナウィルスでも同じである

これは別にインフレインザと変わりない、そんなに恐れるものではない
それより正常の経済活動を止める方が社会にとって深刻だ
だから社会の活動をとめるべきではなかったと言う人たちがいる

放射線が何かわからない⇒コロナウィルスがわからない

そして政府が何か決断する⇒学校は休校、集会の禁止

原発事故のときは30キロ内は避難と一時避難で補償する、その他は補償しない

科学と社会の問題がコロナウィルスでも放射線と同じように問われる

この時科学者は医者でも専門家が指揮をとればいいのだが実際の指揮をとるのは科学者や専門家ではない、政治家なのである
だから阿部首相は専門家に相談せずに決めたとしているからだ
つまり専門家でも意見が二つに分かれる、すると政治家でも判断に悩むのである
でも何か手を打たねばならないから原発事故では30キロで線引きして避難させた
それも科学的に見れば海側は放射線量が少ないとか一律に決められるものではなかった
それを30キロで線引きしたのである
ただ飯館村は例外だった、これで混乱したのである

今回も何か同じようなことが起きている

コロナウィルスはそれほど恐れるものではない

だから過剰に反応して社会活動を止めることはない

一方で専門家は防衛策が必須でありやむをえない

こうして二つに分かれる、それは放射線と同じくコロナウィルスの正体がわからないからなのだ

でも社会活動を止めることの被害の方が問題になる、原発事故では一瞬にして人がいなくなりゴーストタウンになり若い世代は別に生活基盤を築き帰らなくなった
この被害の方が大きかった、だから南相馬市だと避難させる必要はなかった
いたずらに混乱させて自治体を分断させただけだともとれる

いづれにしろ二つに意見が分かれる、その判断をどうするのか
その時国の運命すら決めることがある、戦争となるとそうである
そして3百万人死んだのである
そういう政府の決断とかは国民の生命も左右するものとなる

民主党政権の時、政府の判断ではなく自治体の判断にまかせたという
津浪はそうだったのだろう
でも原発で30キロに線引きして避難命令を出したのは自治体ではない
当時の政府の命令だったのである
もし自治体で判断したら私たちは避難しないということもありえた
でも政府の命令は絶対だからみんな避難したのである
その代り30キロ内には政府で手厚い補償をしたのである
30キロからはずれた人たちはわずかの補償で終わった

今回は政府の命令でも自治体で学校を休校にしない所もでている
ともかくその経済活動を停止させたことでまた補償金問題が生れる
そしてみんなに平等には支払われない、必ず誰かが損する、割を食うのである

こうしてなぜ混乱するのか?

それは放射線でもコロナウィルスでもわからないからそうなる
結局そこで決断するのは判断するのは専門家でもない政治家である
専門家だって二つの意見があるから正しい判断できるとはならないからだ

でも原発事故の経験からすると社会活動を停止させることの影響が大きすぎたのである
それで自治体の機能は崩壊して回復しなくなった
その影響の方が大きかったから今回も社会活動を停止させるのは限定すべきだったのかとなる、ただコロナウィルスに対処するには全国的世界的になるから伝染を防ぐためには
一国だけではできない、結局その判断が結果的にどうなったかでまた評価することになる

ともかくコロナウィルスがインフレインザと同じでありそれは毎年起きている
アメリカでは一万人以上死んでいる、だからこれほど騒ぐものなのか?
それがまたわからないからどう対処していいかわからない

だからつくづく原発事故と同じようなことが起きている
原発事故のこの辺の対応を見れば政府の政策は甚大な被害をもたらした
自治体が崩壊したからである、そうなったらもともこうもないとなる
だから社会活動を停止するのではなくみんながコロナウィルスに抗体をつけるべいいとかなる、ただ持病とか高齢者は保護すべきだとなる
つまり若い人はコロナウィルスに感染しても重症にはならない、風邪と同じであり恐れることはないとなる

それで不思議なのは放射能は逆に老人には影響がないとされた
それで飯館村のような放射線量が高い所でもキノコまでも今までのように食べていた人がいたのである、また松川浦では貝でも魚でも食べていた
その人は80才越えていたからである、つまりいづれろその歳になれば放射線でガンになるにしてもそうでなくてもガンになる人が多いから関係ないとなる

今回のコロナウィルスは若い人には子供にはさほど影響がないということで逆なのであるこの場合は社会全体からみれば社会は維持できる
かえって多くなった老人が減って社会全体にとってはいいことだとまでなってしまうのである、つまりコロナウィルスそのものではなく社会全体から見る時別な見方になる
すべてが放射線だげでなくコロナウィルスだけを見ても解決しないのである

放射線被害⇒老人が残されて自治体が維持できなくなる

コロナウィルス⇒老人は被害があっても若い世代は残る⇒社会は自治体は維持できる

もしこうして判断するとコロナウィルスは放射線の被害より社会は維持できるから社会維持という点では放射線より恐れることはないとなる
つまり社会の維持のためには若い世代を優先するべきだともなる
だから高齢化社会というのは本来は自然からみたら何か不自然だともなる
人口構成も歪であり自然に反するものだともなる
自然界の種の維持にも反するとなる





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2020年03月04日

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


グロ−バル科学技術文明の批判

(生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)

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●生態系を無視した科学技術文明

コロナウィルスの問題はグロ−バル経済の結果が起きてきた
中国人が世界中に散らばり災禍を広げた
イタリアとかヨ−ロッパにもたちまち拡大したことでもわかる
イランでなぜ増えたのとなれば中国人とイランの関係が深いからだとなる
もし交通も発達しないグロ−バル化していなければこんなに世界中に広まらない
だからグロ−バル経済とは一見いいものとして見えた
世界中が交流して世界の人々が理解を深める、多様化した世界と交わりいいものだとなった、それも一面言える、中国人でも日本に大挙おしよせて日本の現実を見れば理解が深まるから反日がおかしいとなる
そういういい面はあるにしても何か行き過ぎたグロ−バル化だったのである

人間は生物の一種である、するとどうしてもその土地土地の生態系に依存して生きるのが基本である、その生態系を無視して生きることはできない
だから原発事故でこの辺はその生態系が破壊されたことで住めなくなった
水も土も空気まで放射性物質で汚染されたら住めないからである
そういうふうに過度な工業化科学技術化が生態系を破壊した
それで皮肉なのは武漢から人がいなくなったとき二酸化炭素の濃度が下がり空気がきれいになったという、つまり人がいなくなると自然環境が元の状態にもどる
経済活動が活発化すると自然も汚染される
原発事故周辺でもイノシシが増えたりした、別に放射性物質汚染で自然が荒廃して住めなくなったというのでもない、かえって自然が甦るとういこともあった

コロナウィルスの不思議は過度なグロ−バル経済への警告として現れたともみる
ウィルスにはグロ−バル経済は弱かった、たちまち全世界に広がり人類の危機とまでもなる恐怖があった
人間は生態系を基にしてそれぞれの国を作ってきた
特に日本をみればわかる、日本は島国であり一つの別個の生態系にあり宇宙として国を作ってきたのである、海に囲まれていてそうなったのである
日本というのはだから世界から見たら本当に特殊なのである
その特殊性が日本人自体理解できない、それで外国生活した人は実感としてわかる
外国と対比して日本を見れるからその批判も的を得ているのである


●科学技術も生態系を越えることはできない

とにかく人間は生態系を基本にして生きている、それから離れては生きられない
でもそういうことを現代文明は無視してきた、科学技術で人工的環境を作り出してそれで生きられるとなる
太陽光でも野菜工場で電気の光で成長させるとかなる、でもここで肝心なのは電気を作るにも石油とかを使っているのである
電気でも石油とか石炭がないと作りだせないのである、そこを錯覚している
原発のエネルギーはウランとかから作り出していたけどこれも実際は石油をかなり使っていた、そして石油というのは自然が作り出したものであり自然エネルギーなのである
風力発電は台風以来ここではとまったままだったが昨日動いていた、5カ月くらいぶりに動いた、だからこれもあてにならない、ソーラーパネルでも風力発電でも緊急時に弱いのである、だからこれもあてにならないとなる
一番あてになるのはやはり太陽光だとなってしまうのである
これは切れることがないからである

現代の地球はすでに許容人口を越えている、それに拍車をかけたのが科学技術の発達である、それによって地球環境が破壊される、汚染もされる
その分りやすい例が武漢から人が減って経済活動がとまったら空気がきれいになったことである、これがいかに一千万の都市があることで大気までどれだけ汚染していたかわかる武漢に工場も多いからである
それでコロナウィルスはイルミナティの陰謀説が出て来る
地球環境維持からすれば別にそれが現実なだけなのである
現実を誰も陰謀とはできない、武漢の空気がきれいになったのは現実を証明しているのである、人口が地球規模で増えすぎる、環境が汚染される
それで自然からの作用として警告してウィルスが生まれたかもしれないからだ

●自然のタブーを無視した文明の危険 

国を区切る障壁として基本的にはこれらがあった

●言葉の相違(文化の相違)

●歴史の相違

●気候風土(生態系)の相違

日本国内でも峠を越えて異界に入ることは容易ではなかった

佐保過ぎて寧楽の手向に置く幣は妹を目離れず相見しめと (長屋王)

こうして境界を越えるだけでも切実なものとして無事を祈り見送っていた
この時目離れず(めかれず)とはずっと遠くに去って行く姿を見続けていたのである
現代はどうしても電車でも車でも見送る時、電車に乗り車に乗った時見えなくなる
つまり機械によって心が遮断されるともなる
どうしても電車を車という車体を見送ることになるからだ
そこにかえって人間の心が通じなくなったということがある

現代では境はない、自然が障壁となった境でも山でも川でも海でも簡単に越えて行くからである、自然とかもともとそういうふうに自由に往来できるものとして作られていない
風土とか生態系とかまたそれを基にして作られたの国である
つまり国境も自然の境界も技術が交通発達して簡単に越られる、でもそれは技術力とか
文明の結果なのである
風土とか生態系は同一ではない、だから同化できない、共通化できないのである
生態系を無視したのがグロ−バル経済であり科学技術の発達である
ウィルスも風土病のようなものがあり別な生態系に入ると免疫がなくて被害が大きくなる生物だと外来種を滅ぼしてその固有の生態系を破壊してしまうのである

自然には何らか制約がありタブーがあった、それはアダムがその禁をタブーを破ったことで人間は呪われた者となった
自然でもしてはならないことがありタブーがあったがその禁を破ってきたのが人間だった核を発見したとしてそれが原爆の犠牲になった
原発事故で故郷に住めなくなったとかある

つまりコロナウィルスもやはり人間がタブー破ったためである
原因はわからないにしろ中国では食べてはいけない動物を指定していた
でもそれを食べたとかある、イスラム教で豚を食べないという時、それもタブーである
豚からうつる伝染病を恐れたのかもしれない
何かグロ−バル経済で世界中のあらゆるものを食べるようになった
中国ではもともとあらゆるものを食べる悪食があった
食べてはいけないというタブーがなかった、それでコウモリとか蛇とかなにかからウィルスが生れて伝染したともなる

つまりそれぞれの生態系内で生きていたものがその生態系を越えたとき何かそこにタブーがあり越えてはならないものがあり生態系を壊すから危険になる
ウィルスでも一つの生態系から別の生態系に入る時そこに免疫がないからインカとか文明そのものを滅ぼすともなる
いづれにしろコロナウィルスは自然からの警告でありしてならないことをしたことでタブーを犯したことで災いが起きてきた
科学技術が万能化して起きたことなのである
それは原発事故でも同じだったのである

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2020年03月03日

コロナウィルスでも危機管理が備えができない (郷倉の意味の再考)


コロナウィルスでも危機管理が備えができない

(郷倉の意味の再考)

各地方の郷倉が相続いて解消したにも拘らず東北地方にのみ現存することは、同地方は天恵に薄く全く備荒貯蓄が必要に迫られている事を物語って余りある、即ち東北地方の農村の歴史を繙く時は殆んど凶作と農業恐慌の文字によって綴られ、涙ぐましい祖先受難の跡が余りにも痛々しく目に立つ


郷倉と現代社会 (緊急時の備蓄機能として維持されるべき農林漁業の見直し)

ここがなぜ昭和になってから作られていたのか?
それは東北では明治になってからも昭和になっても依然として恐慌とか不作の恐怖がつづいていたのである
東北地方では不作になり東京に娘が売られたとかもあった、それは戦前のことである
東北は明治になっても貧窮地帯だったとなる
東北の兵隊が太平洋戦争で勇敢に戦ったが西の方は大坂などはそうではなかったとか言われる、もしかしたら東北の兵隊は日ごろか貧しい、それで戦争のような極限状態でも耐えられたとなるのか?
アメリカ軍でもイラク戦争の様なとき、国らか認められるために若い移民が志願したりまた黒人が多いということもある
そういう人たちは戦争という場だったら活躍できたともなる

ともかく郷倉というのを今見直すかと言うと東日本大震災でもそうだった
物が入らなくなる、その物流が途絶えることが現代では一番怖いのである
食料でもなんでも外から入るもので買うものに頼っているといざ入らなくなったら万事休すになる
二週間は外から物資が入ってこなかった
車があってもガソリンがなく使えなかった、二週間後に隣の相馬市に物資が入って自転車で買い物ができた
その時たまたまあった米をたいてしのいだ、二週間なら米があればあとは味噌汁くらいあれば耐えられる、でもそういうとき郷倉があり古米でもいいから供給されると助かると思った

こういう危機管理は安全のための備蓄などは自治体ですべきである
でも郷倉というとき小さな村単位なのである、これが町とか市になると範囲が広くなり備蓄するにもそのための倉庫まで必要になる
一万人分の米を備蓄すること自体できないのである

今回のコロナウィルス騒動でもそうである、トイレットペーパーが全国の店からなくなった、実際はあるといっても交通の問題がある
遠くから運ぶからその人員とかが足りないとかすぐには配達されないのである
特にトイレットペーパーはがさばるから在庫として置くのに限度がある
それで店に在庫として置くの限られている
ただトイレットペーパーがなくても死ぬことはない、食料がなくなったら死に直結する
スーパーから食品がなくなったら恐怖である
でも別に弁当も惣菜を売っていたから安心したのである

現代は物は豊富である、でもその物が実際は遠くから入ってくる、外国からも入ってくるそれでその交通が途絶えると物流が途絶えるからパニックになる
原発事故の時ガソリンを運ぶのに鉄道で遠回りしてやっと運んだとかあった
二週間ほど完全に物流が途絶えた津波で被害を受けた村とかもあった
その人たちは裏山の清水を利用して木材を燃やして米をたいてしのいだのである
そういうときはいくら金があっても何の用もたさない、紙切れになってしまうのである
トイレットペーパーを転売して馬鹿高い値段をしして買うということも起きるがそれより交通が途絶えると運ぶことすらできなくなる
つまり現代のグロ−バル経済とか広域社会は交通がライフラインでありこれが途絶えると何もできなくなるのだ

普通は便利な生活を享受しているのだが一旦交通が途絶えるともう何もできなくなる
そこに脆弱性がある、かえって危機に対応できないのである
危機という時、国単位とか市でも大きな単位になるとその量が多くなるから備蓄でも限度がありできないとなる
トイレットペーパーは工場にある、でも配ることができなくなるのだ
それがグロ−バル社会とか広域社会の弱点になる
利点なものがまた弱点になるのが人間社会である
でも現代はそうしたグロ−バル社会に広域社会に生きていてもそれが自覚できないのである、それが一旦途絶えたときしか自覚しないのである

だからコロナウィルスはそうういことを自覚させられたのである
それは全国に世界に及んだからである、他でも食品がなくなっているというのもそうである、それは世界で共通している
そういう危機に備えられないのである
ただ江戸時代辺りだともし現代のように交通が発達していれば飢饉にならずにすんだ
全国のどこかで米があったら流通できたともなるからだ
江戸時代だと藩単位の国で関所もありできないから被害が大きくなった

ともかく現代の文明社会は意外と危機に弱いのである
もし二週間でも電気がなくなり水道が使えなくなり道路が遮断されてしまったら何もできない、死を待つばかりだとなる
東京とか大都会ではそういうことになりやすい、それが恐怖なのである
だから東京をいち早く脱出することだとなるがそれも簡単にはできない
車は渋滞になるし建物でも倒れたりするから道路も使えない
外からの援助も二週間とか来ないとかなるとそれまでもたないとなる

そしてトイレットペーパーならまだ死にはしないが食料だとなる奪い合いになったら争って死ぬようにもなる、地獄になる
大都会というのは一番便利な場所なのだが一番危険なものと一瞬にして変貌するのであるそれが武漢の都市封鎖で起きた、そこでは食料はどうしているのか?
何か真実はわからない、そこは食料もなく死ぬ人も出るとかなる
だからいち早く富裕層は脱出したというのもわかる
そういう都会に残された人は恐怖である、この辺では原発事故で一瞬にしてゴーストタウンになったからである

大都会はそれ以上に危機に弱い、外から何も入らなかったら本当に万事休すになる
その備えにも限度がある、だから東京のような一局集中は危険なのである
それがわかっていても手を打てない、そのうちに大地震が来て地獄と化している
人間は危機意識をもてない、今なにもなければこのまま何もないと思ってしまうのである
阿部首相も頭にあったのはオリッピックの成功であり習近平の国賓としての招待であり
また中国人のインバウンドの収入だった
それがコロナウィルスの突然の発生で危機感をもてなかった
頭を切り替えることができなかった、中国人の観光客の入国禁止を即座にできなかった
インパウンドの収入ばかり計算していたからである

そういうことは個々人にもある、何かに固執してとらわれる
つまり人間は緊急事態に危機に弱いのである
何か危機かもわからないのである、津波とか地震とか原発事故でもそうだった
突然襲いかかってくるから理解できない、対処できないのである
コロナウィルスも正体不明のものとして襲いかかってきたからである
だから最初何なのかわからず甘くみていて初動で中国人の入国拒否ができなかった
そしてそれが手遅れとなって致命的にもなる
これが一国の首相ともなると責任が問われる結果となったのである

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コロナウィルスの不思議 (これも自然災害で神からの作用なのか?)


コロナウィルスの不思議

(これも自然災害で神からの作用なのか?)


コロナウィルスというかウィルスとは何かといろいろ言う人がいる
ウィルスも必要なのだとか言う人もいる
それはわからないにしてもウィルスの結果として起きていることも不思議なのである
例えば原発事故で起きたことは

原発は停止しろ、地震が多いから日本に合わない

こういうことだった、それは結果としてそうなった、それは天の意志とか神の意志だとかなった、中国では政治でそういうことが起きた
君主に徳がないと社会が乱れる、だから君主を交代しなければならない
易姓革命である、それとにたことが起きている

コロナウィルスで結果的に起きていること

●中国の勢力拡大の歯止

●グロ−バル経済の縮小

●オリンピックの中止の危機

●若者から高齢者への感染

●世界人口を減らす


これらのことが結果的に起きている、中国の勢力拡大は一帯一路政策が行き詰まらせる
どうしてかイランとかにも感染者が出たしイタリアとかヨ−ロッパにも出た
そこに中国の影響が世界的に拡大したからだとなる
これはまたグロ−バル経済への警鐘だともなる
グロ−バル化を際限なく進めるとウィルスも拡大しやすくなる
だからグロ−バル経済の負の面がウィルスで現れたとなる

オリンピックの中止もこれも実際は電通とかマスコミの利権でありまたゼネコンの利権であり商業主義のオリッピックでありもう何か行う意義が失われてたいのである
もともとの意義が失われたからもうオリッピックなどやる必要がない
それは国民の意志であり世界の人たちもそう思っている
日本だったら他に予算をつぎ込む所があるからだ

そして不思議なのはなぜかこのコロナウィルスは若い人は感染しても重症化しない
軽症で終わる、でも60以上の人は若者からでも子供からでもうつされて重症化する
これも不思議である
これだけ高齢化社会になって若い世代は老人は死ねといつも言っている
まさに若い世代の意志がコロナウィルスとして現れたのかともなる
若い世代の念がコロナウィルスとなったとまでなる
だからこのコロナウィルスは本当に不思議なのである
また世界の人口は限界にきていて減らさないともうもたないとも常に言われている
するとどうしても減らすことが必要になる、そのためにウィルスをばらまいたともなる
それは陰謀論になるがそれだけではないそれも天の意志なのかともなる
現実に世界の人口はもう限界でありそのためにいろいろな問題が起きているからだ
これが必ずしも悪いばかりのものではない、何か現代社会の警告であり是正するために現れたのかとまでなる

ただこれでアメリカは打撃になっていない、これも何なのだろうとなる、ただアメリカにもこれから打撃になるのか?
いづれにしろ何かこうしてウィルスも世界の社会への警鐘として生まれるのか?

自分にとっては原発事故でこの辺は住むことさえできなくなったことで原発はいらないなっても依然として原発は廃止できない、日本全体でもそうである
これだけの事故になっても廃止できないのことに憤りを感じる

ともかく世界的にも国内的にも生活そのものを見直すことが強いられている
まず日本人のモラルがいかに低下しているか?
それは今度のトイレットペーパーが日本中から一切になくなったことでもわかる
ただ我先にと自分だけが安全を計ろうとするだけでありエゴむきだしなのである
日本人はお互いさまとか助け合うことなどなくなった
ただ金のためなら自分のためなら相手を蹴落としてでもまずトイレットペーパーを確保しようとする
日本人の美徳とかはもう消失したのである

それは個人的にも嫌というほど介護とか病気になり経験して来た
他人はもう人間でもない、金えるためのものでしかない
だから相手が苦しんでいる時でもこいつから弱っているから金を得ようとするだけである人は今苦しんでいる時、自分には金はあった、でも相手が借金しているからその人はまず借金を返すことしか頭にない
こいつは金をもっているから今とるのがチャンスだとなり責めてきたのである
つまり借金しているから余裕がない、今金が欲しいんだ、後ではだめなんだ、今トイレットペーパーが欲しいんだ、後ではだめなんだとなる、今食べ物がないから今欲しいんだ、そのためには人も殺すとなってしまうのである
人間は余裕がなくなるとみんなそうなるのである

そうしてこれから日本人が貧乏になるとそういう人がさらに増えてきて南米とかと同じ犯罪が増える、格差社会にもなり治安が悪くなる、それはすでに日本でそうなりつつある
トイレットペーパーの奪い合いで暴力沙汰になっているのを見ればわかる
日本人同士がお互いさまとかない、もう自分だけが助かればいいと殺しあうとまでなる
日本では犯罪が少ないということで外国からほめられていたがそういう時代はすぎた
日本人はどっぷりと戦争に負けてから金崇拝者になったのである
アメリカととも中国とも同じようになったのである
だから日本社会の再構築が必要なのである、そのために津波とかコロナウィルス騒動が起きているのかとなる

posted by 老鶯 at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月02日

ここでもトイレットペーパーはなくなった (現代は危機のとき物が入らなくなり万事休すになる)


 ここでもトイレットペーパーはなくなった

(現代は危機のとき物が入らなくなり万事休すになる)


昨日はまだティシュペーパーがツルハにあった、ここにあるのか明日もあるのかと思い買わなったのが失敗だった
今日見たら全くなかった、これは鹿島区内ではなく外からも来た人が買っていったのだろう
原町とか相馬市でもなくなっているからあるところ車で探すからである
原町ではインスタントのラーメンとかでもなくなっているという
今やトイレットペーパーとティシュペーパーはこの辺ではない、いつ入るのかもわからない
これも車時代になると遠くからでもあるなら来て買うということになる
だからいくらあってもすぐになくなる

例えば鹿島区とかで制限すればそこでは確保できる
でも原町とか相馬市となると人口が多いからたちまちなくなるのである
それはグロ−バル経済のことを批判して来たけど広域社会でもそうである
モノでもヒトでも自由に入ってきているときはいいのである
でも一旦このように入らなくなるとどうにもならなくなる
今の社会は物流が途絶えると万事休すになる

というのは戦前とか江戸時代までさかのぼれば自給自足の生活をしていた
外から品物が入るというのは少ないのである
そしてトイレットペーパーなど使っていないかった
外の便所であり紙は新聞紙とかでありトイレットペーパーなど使っていない
ティシュペーパーにしても鼻紙とかいって何かそうしたものは使っていなのである
つまり外から買い入れということはなかったのである
そうなると別にそういうものがなくても死にはしないとなる

でも食料が入らなくなったら即死につながる、物流が途絶えると死につながる
そういうことが中国で特に武漢で起きているらしい
ここでも3・11の震災の時はそういうことが起きた
たちまち物がなくなったのである
それで自分は米がたまたまあったのでそれで電気と水道は正常だったので使ってしのいだでも二週間近くになると米もなくなった
その時地元で古米を配ったのである
これで助かったとなる

その後は相馬市にスーパーが開いているということで自転車で行った
その時車はガソリンが入らないから長蛇の列になっていた
そういうとき結局自力がいい、自転車がいいとなる
でもその自転車は電動自転車だから電気を使っていたとなる
でも電気がなくても行けることは行けたのである
車はガソリンがなければ使い物にならなかったのである

今回のコロナウィルスもこうして一見便利な生活が何でもいいものとして受け入れた

でもそれが一旦途絶えるとどうなるのか?

この問題を提起したとなる、文明生活できなくなる、サバイバルできなくなる
特に原発事故は放射能物質の汚染で水すら飲めなくなったからだ
これは相当に怖いことだった、もしさらに長く物流が途絶えたらそうした水でも飲まないと死んでしまっていたからである

だから便利な生活していてもそれが一旦途絶えるとその社会が崩壊する
コロナウィルスで外国から物資が入らない、食料も入らないとなったらどうなるのか?
東京では日本の地方は食料基地になっていたとしても中国があるからいいと言う人が多かった

では中国から食料が今回のように入らなくなったらどうするのか?

そのことを何度も私はグロ−バル経済批判で指摘してきた
そしてなぜ熊本のようなかけ離れた所からトイレットペーパーがなくなっていると言っただけで日本中がパニックになりすべての店からトイレットペーパーとティシュペーパーが消えたのである
それはインタ−ネットなどのSNSの伝播力が日本であれ世界につながっているから起きた
江戸時代とか戦前でもそんなに遠くと経済的にもかかわっていない
情報的にもかかわっていないからそんなことで動じなかった
でも今はたちまち情報社会になり波及してくる
そして日本全国でトイレットペーパーなどがなくなったのである

今回は震災の時と違って全国的なものとして日本がパニック状態になる
台湾での対応は世界から評価されているというとき物はあるとして安心させる方法を一人のITの天才がいて即座に実行したからだとういう
また台湾だとまた国が大きくないからそういうことがやりやすい
国が大きくなるとそうして一括して統一したことがしにくいのである
だから大きな国が必ずしも危機に強いとはならないのである

何か逆説なのだけど今回のコロナウィルス騒ぎでも高度な便利な文明生活は意外とこうした危機に弱いのである
それは水道が使えないとか電気が使えないとか車が使えなくなったとき露骨にかえって
その弱さを露呈するのである
それで原発事故のとと蝋燭を使っても故郷で家族と一緒に暮らせるならいいと言った人がいた
そういうことが何か危機の時起きる
意外と文明生活はもろいものをもっている
グロ−バル経済とか広域社会が交通が便利でどこからでも品物が入ってくるという社会がいいとなっているが何かこうして危機になると途端にお手上げになってしまうのである

だから実際はそのための対策をする必要がある
備蓄も必要だとなるが実際にそれだけのことをできない、限度があるからだ
だから備蓄というとき燃料でも地元にある森の木がいいとか何か地元のもので利用できるものが備蓄であり一番いいともなってしまうのである
現実にカナダであれアメリカであれ中国であれそんな遠くから危機の時は物が入らないからである
ただそういう危機にはみんな備えていない、だからパニックになるのである
posted by 老鶯 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

放射能の影響とコロナウィルスの影響の共通性 (一様には作用しない―社会の機能停止も怖い)


放射能の影響とコロナウィルスの影響の共通性

(一様には作用しない―社会の機能停止も怖い)

この辺で政府の政策の実行で失敗したのは放射性物質が30キロまで影響するということで線引きしたことである
それはどうしてしたのかとなるともし放射性物質の過多で判断すればきりなくなる
現実に福島市の方が放射性物質では汚染度では高かったこともある
別に南相馬市と相馬市とは変わりないのである
それより山側と海側の差が大きかった
だから浪江の津島とか飯館村の被害が大きくなった
それは放射性物質は風の影響を受けたからである
3月頃になると海から東風(こち)が吹きそれが爆発した時吹いて山の方放射性物質を運んだ
だから浪江から双葉に行くと7マイクロシーベルとか急に高くなっていた
でも浪江だと0.5マイクロシーベルトだったのである
浪江だったら請戸から原発の煙突が見える距離である

ともかくなぜ30キロで政府は区切り避難させたのか?

それは科学的根拠も確かではなくその時政府では放射性物質がどう影響するか
判断できなかった

そして30キロで線引きして補償しないと決めた

この理由で判断したのだと思う
放射性物質の過多で補償するとなるときりがなくなるしめんどうだからである
でも30キロ内では放射性物質の過多で補償金も決めたから今でももめているのである
30キロの外で内で差がありすぎたのである
現実に南相馬市では小高、原町区と鹿島区はまず医療費でも差が大きかった

鹿島区は半年で医療の無料が打ち切られた
小高と原町はその後も9年目になっても補償されていたのである
これも大きな差である、小高は避難区域になったから抗議したらまた一年医療費のく無料が継続されたのである
これは別に放射能の被害があるからというのではない、避難区域にされたのと30キロで線引きしたことによっていたのである

このことがコロナウィルスとどう関係してくるのか?

政府が学校を休止したり人の集まることを禁止したりすることこれが正しいのかどうかである
つまりコロナウィルスがどう影響するか不明である
放射性物質がどう影響するか不明だったのと同じなのである
予防策としてそうしたのだがこの結果はいいか悪かったのかは結果を見ないとわからないのである
それで商売ができなくなると政府で補償するとかなるのもにている
でも中小企業は補償されないとかでここでも不満になった
つまり政府の補償には限界があるからこうなる
全員に十分な補償などできないからどこかが犠牲になるのである

だから学校の休校が果たして正しいことだったのか?

それは結果をみないとわからない、原発事故では政府の政策は失敗だった
様々な問題を引き起こしてその後で地元では補償金で分断されてしまったからだ

それは結局放射能でもコロナウィルスでも社会にどう影響するかわからないことによる
これによって倒産する中小企業もいるとか実はその影響の方が大きいとなる
ただコロナウィルスが放射性物質と同じようにどう影響するかわからない
政府でも何か政策を出して実行せねばならない
世界からも要求されているとかなる、そういう圧力があり遅くなったがあえて実行した

要するに現代は科学技術社会になっているときこういう問題が起きやすいのである
科学技術というのが社会にどう影響するのかを事前に考慮しない
科学技術はみんないいものだと金になるとかしか考えないのである
それは国民自体がそうである
その影響について事故になったらどうなるのかなど国民自体が真剣に考えないのである
国民でも金になればいいとしか地元でもなかったからである

コロナウィルスでも科学と社会の問題が起きている
それは放射性物質と同じくコロナウィルスがどういうものか社会にどう影響するか不明だからである
でもそのつまにしておけずなんらか政策をする予防でもする
でもそれが社会が止めてしまうとまたその方が影響が大きくなり被害が拡大する
その兼ね合いがむずかしいのである
この辺では原発事故により人が住めなくなったりずたずたにされたからである
だから結果的には30キロで区切ったのは失敗だったとなる

それでコロナウィルスでも学校を休校までしてよかったのか?

それで社会の活動が止まったりしてその影響の方が大きかったとかなる
それは結局コロナウィルスも正体不明でありそれで対策できない
ここにいくら科学技術が発達しても科学者すら対処できないのである

だからトイレットペーパーがなくなったりとその影響がでている
何かそうした影響の方が大きくなる、実際はトイレットペーパーはあってもパニックでそうなる

そのパニックを起こさせているのは政府の政策だともなる

それは本当にどこまでコロナウィルスか影響するのかわからないからなのだ
それは放射能問題と同じだった、一体放射能はどれくらい影響したのかわからない
20年後にガンが増えると言ってもわからない

それより避難させて人を住めなくなさせ自治体を崩壊させた結果が重大だった

ただこういうことは国民のコンセンサスが必要になるのが緊急時にはいろいろなことを言う人がいるからまとめられなくなる、民主主義ではもう緊急事態で話し合って決めるなのどできないからだ、即断しなければならないからだ

ただ原発事故から考えると学校を休校とすることが社会の影響が大きい
その他グロ−バル化して広域社会になると交通が大事でありこれがとめられると物流が止められてその被害が大きくなる
今回は一部ではない、東北だけではない全国に及ぶ、その被害が全国規模になる
そして社会全体が麻痺したような状態になることが怖いともなる
だから一律に休校するとか何か日本全国をパニックにするようなことしていいのかとなるただそれも結果をみないとわからないのである

でも原発事故の対応を見ると社会を混乱させたり機能を停止させたり自治体を崩壊させたりすることになるからその点を考慮すべきだとなる
というのはコロナウィルスはインフレインザより被害が少ないともしているからである
その判断はむずかしいにしろ過度に恐れて社会を麻痺させるパニック状態にさせることの方がかえって悪いともなる                                    
病院でもどう対処していいかわからない、金にならないしコロナウィルスに感染した人を引き受けると病院が倒産するとかなるからだ
でもそのままにしてもおけないジレンマがある、それも結局原発事故でもそうだったが
コロナウィルスがどう社会に影響するかわからないからないからなのである

でも社会機能が停止するとトイレットペーパーでも奪い合いになる

暴動の様なことが起こるのも怖いのである、今回は全国の問題になっているから全国的にその影響が拡大して日本全体がパニックになることが怖いのである


「直接、専門家の意見を伺ったものではない。判断に時間をかけるいとまがない中において、私の責任において判断させていただいた」と述べた。

専門家の意見を聞いたわけでもない、専門家でも意見が分かれる、そしてじっくり検討する時間がないからこうなる
それは福島の原発事故でも同じだったのである
posted by 老鶯 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月28日

社会を歪めたあらゆる利権団体(医師会も) (なぜコロナウィルスの検査ができないのか?)


社会を歪めたあらゆる利権団体(医師会も)

(なぜコロナウィルスの検査ができないのか?)

【武田邦彦】耳を疑う発表がありました!日本最強団体の異名もあるあの団体がついに“正体”を隠さなくなったようです・・



普通の各種検査は病院経由でやる
初診料の莫大な医師会利権
コロナは面倒くさいから、開業医がやりたくない
検査増えない
病院通さずに検査する
医師会が認めない
検査増えない


なぜコロナウィルスが検査できないのか?それはたいして金がかからないのにできるという、民間にまかせればできるという
でもそれに待ったをかける利権団体がいる
それが強力な日本医師会だとしている
その医師会と薬剤会社は密接に結託している
相互依存であり利権化している、これはいろいろ言うが確かにある
医療は金がかかる、それが莫大な利権になる
日本が一億総病人社会のようになっているからだ

本来は日本人の健康を守る病気を治すことが目的

でも利権が先になり医療を歪める

医も算術となった

妊娠検査キットの販売を禁止した、なぜならそうなると産婦人科の患者が減るからだ
妊娠の検査は医者だけができる医療行為であるとして反対した
それは漢方とか東洋医学を否定して西洋医学一辺倒にした
そこで医師会が強力な利権団体と化したのである
もう自民党でも医師会には絶対に逆らえない、武見会長がそのボスであり政治家などでも見下していたのである、医療はあたかも聖域であり最高峰の学問であり他はくだらないとしていた、それだけ傲慢になっていたのである
今でも医者だけは民主主義社会でも異常に尊敬されている
医者には逆らえないとなっている、命をあずけるからである

なぜコロナウィルスの検査キットを配り検査させないのか?
それは医師会の承認が必要になり勝手にできない、そこには必ず利権がかかわってくるからだ、医師会の損することはしないとなる
医師会というのも利権にまみれている、江戸時代なら医は仁術だったがそれもまるで変ってしまった
そして医療マフィアがというときそれが日本軍の細菌部隊と関係していたのである
それでコロナウィルスでも中国でも武漢の生物兵器でも作る細菌研究所がありそこからコロナウィルスが製造されてもれたという噂も中にこの日本軍の細菌部隊とも通じているものがある、つまり中国軍がかかわっていたとみられるからである
何かこうして社会の構造は世界で同じである  

アメリカこそが最も医療マフィアだとベンジャミンフルホードは批判している
医療関係薬剤関係の会社が巨大でありその利益が莫大だからである
つまり利権によって歪められているのが薬剤会社だからである
薬を売るためには病気にしないとだめだとなり病気を作り出すとまでなる
またアメリカの武器製造会社もアメリカの主な産業だというとき戦争を作り出さないと
もうからないとなりアメリカは戦争を作り出すとなる
それは現実としてある、つまり利権のためにそうなる

原子力村でもそのことはさんざん言われて本でも次々に出た
原子力村の利権はもの凄いものだった、国家予算にも匹敵するような金がでる
その利権に金にあらゆる人が群がったのである
地元でも船主とか漁業組合は海は俺たちのものだとして東電に漁業権を売った
その利益は大きかった、だから原発御殿を建てていたとうらやましがられた
その後も事故後もかえって金が海を汚したとして前より入ってくる
それで立派な家建てたのをみると船主が建てた家なのである
それで俺の家の前の海に権利があるとか主張している人もでた

とにかく原子力村を例にするといかにここが巨大な利権と化してあらゆる団体がその利権に群がったかわかる、検察とか警察も東電を天下り先として憲兵のような役目になっていた、だからとても原子力村に逆らうことは不可能だったのである
ただこうした社会構造が社会を歪めて大災害になり国民が苦しむ結果となった
それを暴きだしたのは人間ではない、自然災害だったとなる

利権とういとき利権団体というとき今はあらゆる団体は利権団体である
宗教団体もそうである、創価は最たるものだけど神道団体もそうであり他の仏教団体もそうである、それも巨大な利権団体でありそれで税金をとられないように争っていても協力している、つまり宗教を縦に税金をまねがれているのである
それも巨大な利権団体なのである、そういうことを言えば農業だって農協だって利権団体でありあらゆる団体は利権団体だとなる

何か本来の目的と違って利権が金が優先されるようになる
漁業だったら資源の保護が目的で漁業権が与えられている、でも海は俺たちのものだとして東電に売り渡し補償金をえる、でも現実はその海を汚したのは実際は漁業組合でもあったのだ、資源の保護だったら海を東電に売り渡すべきではなかったからだ
またそんな権利もなかったのである

その団体の目的が本来の目的と遊離して利権化して金だけを追及する

それが今の社会を歪めているのである
コロナウィルスもまず医師会の利権を守るとなり検査させない、本来はまず国民の健康を生命を守ることが先決なのだけでまず利権であり損することはしないとなる
それはどこでもまず利益だとなり本来の目的と遊離する

そしてマスコミでは核心を言わない、言えないのである
それはマスコミも利権団体であり製薬会社から宣伝費をもらっていたし東電から800億円とか電事連から金がでていた、だから何も言えない
それはあらゆる団体が創価でも宣伝費をもらうために原発に賛成していたし奨めていたのである
団体というときあらゆるものが団体化して組織化する、するとマスコミでは盲人団体がいてめくらだとかいうと抗議されるから何も言わない

マスコミは肝心なことを言わないから追求しないから見ていても無駄だと思う
とても日本医師会などに逆らうことなどできないからである
それは原子力村と同じ巨大な利権団体であり批判はできないからである
現実に朝日新聞ですら原発事故が起きたとき中国にそのマスコミの幹部が招待されていたからである、マスコミも実はテレビでも六局しか放送する権利を与えらなかったから
利権団体であり共同していたのである

つまりこうした巨大な利権団体から離れることはできない、それを正すこともできない
それが社会を歪める、そして原発事故とか今回のコロナウィルスでも検査すらできない状態になり最悪は必ず犠牲者が生まれる、誰かがそのために犠牲になる
これからどうなるかわからないにしろ何十万が死ぬということもありうる
その原因が利権が優先されてウィルスに全員一致して立ち向かえない
特に医師会が利権を優先すればそもそも素人では何もできないとなるからだ

killhospital1.jpg

posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年02月27日

コロナウィルスで何が起きているのか? (利権で縛られて動かないー穏便に過ぎるのを待っているだけ)


コロナウィルスで何が起きているのか?

(利権で縛られて動かないー穏便に過ぎるのを待っているだけ)

koronavirus123.jpg
【武田邦彦】金の為にいつまで夢の中に居続けるんですか?このままでは本当にまずいことになってしまいますよ

コロナウィルスで何が起きているのか?
政府も医師会もなにもしない、検査できるのにしない
マスコミは騒ぐだけでありあおるだけで視聴率を稼ぐ
また薬剤会社とか医療関係者から広告費をもらうので医師会などを批判しない
本当のことを報告しない

責任ある人達がなにもしない

ただ穏便に過ぎることを待っているだけ!

これでいいのだろうか?。騒ぎ過ぎてもまずいことは確かである

でもコロナウィルスはただ何もしないで二週間くらい待っていれば終息に向かうかの?
図にしたように武田邦彦氏が利権で動けないとういことを指摘している
検査は別に病院に行かなくてもできるという、検査キットを家に配ればできるという
それをしないのは対面で初診料が入らなくなるからしないという
つまり金の問題なのである
医師会では金にならないことはしない
検査できるが金にならないのと病院経営にもひびくからしない

つまり安全よりも利権が優先される

それは原発でも同じだった、様々な危険を指摘したがコストがかかる金がかかるとしてしなかった、津浪も数十メートルのが来る警告されても結果的に津波になり大被害になったそれは東電の頼んだ科学者集団が割り出していた、科学者は優秀でありその科学者の警告も金がかかるとして津波対策はしなかった

つまりコストがかかる金がかかるということで安全はないがしろにされる

コロナウィルスでもそうである、安全対策がされない、現実に被害が出ていてもされない金にならないから医師会でも動かない

ただ原発事故と違うのは住民は利権を得ていた、船主などは特別優遇されていた
また大熊町の町長が津波で5億円入った金庫が流されたとか話題になった
つまり原発は金のなる木であり利権の宝庫だったのである

でもコロナウィルスでは利権を得る人はいない、もうけにならない、これを防ごうとすると政府でもしたくない、出費したくない、むしろオリッピックや習近平の国賓招待をやめたくないため防疫のために金は使わないとなる

ただ穏便に過ぎることを待っていて何もしない

その結果として感染が拡大して犠牲者が増えたらどうするのか?

責任が問われることは確かである

ただこれはインフレインザより患者数も少ないし大きな被害にならない
だからそれほど騒ぐことはないということも科学者が言う
ただ新型のウィルスだからどうなるかわからないというのが科学者の言い分である
要するに不確実なものでありそれでをと対策するかがむずかしくなる
もし過度に政府が対策すると都市封鎖とかするとその影響の方が大きくなる
食料とかの奪い合いになりかえって混乱してパニックになることも怖い

この判断はどうすればいいのか?

ただ責任をとる人たちは誰なのかどこなのか?

ここでも政府でも官僚でも医師会でもマスコミでも責任はとらない

誰が責任をとるのか?

もし蔓延して犠牲者が拡大したらその犠牲者が国民が責任をとるのである
原発事故でも政府とか官僚とか東電でもマスコミでも責任はとらない
国民がとらされるのである、直接犠牲にならなくても国民の莫大な税金がとられたからである
今も廃炉事業で何か無益なことで莫大な金が使われている、その金は国民の血税である
また住民は故郷に住めなくなったということも責任を取らされたのである
必ず誰かが責任をとらされる、これだけは確かなのである
それは戦争で責任をとらされたのは国民であり3百万人が死んだ

何か人間のすることには責任がつきまとっている、責任とはまたカルマなのである
コロナウィルスでも手を打たないとしてそのまま収まればいいがもし拡大したりて犠牲者が増えたらその犠牲者が国民であり国民が責任をとらされるのである
そういう自覚が原発事故でもなかった、住民にもなかった
ただ利権化して金をもらえばいいとしかなくなっていた
事故後も補償金をもらいたいとういだけになった

人間は何か最初から責任を自覚していない、民主主義になれば指導者は国民が選ぶのであり国民一人一人に責任がある、でもその責任が自覚しにくい、せいぜい一票を投じても
10万分の一だとかなり責任を自覚しにくいのである
第一一票いれたところで何も変わりないとなっているから投票しない、50パーセントの投票率なのである、だからいくら民主主義だとして責任をとらない
十万分の一だとか百万分の一となれば責任など誰も自覚しないのである

要するに今の社会は無責任社会なのである、誰も責任はとらない
でも結果的には誰かが必ず責任をとらされるのである
だから侍だったら切腹して責任をとったからそういう人にこそかえって任せた方がいいともなる

結局無責任社会が日本が自ら自滅してゆくのかとなる
そうこうしているうちにコロナウィルスでばたばた人が死んでゆく事態もありうる
それは津浪でもそうだし原発事故でもそうだったけど

危機感と責任感がない!

これによって自滅してゆくとなるのか?
そうは言っても自分自身が危機感を感じないのである、直接コロナウィルスにかかり肺炎になり死ぬかもしれないとならないかぎり危機感を感じないのである、人がばたばた死なない限り危機感を感じない
コロナウィルスはインフレインザよりも怖くないとかなっている
もし本当に危機感を感じたら金より利権よりコロナウィルスに一時は損して防疫のために真剣になるからだ、医者だってその家族だって生死にかかわってくるからである
人間の弱点は常に危機感を感じない、責任をもたないということにある
ただ確実に責任を誰かがとらされることは覚悟する必要がある
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2020年02月26日

コロナウィルスとグローバル経済 (その負の部分が拡大した)


 コロナウィルスとグローバル経済

 (その負の部分が拡大した)

 なぜコロナウィルスで日本政府が初動で中国人の出入り禁止できなかったのか?

 それは中国に忖度したからだ

 それはなぜなのか?

 中国人にグロ−バル経済で観光客やらサプライチェーンで日本の経済が中国依存になっていたからだ

 これが大方の見方である、つまり経済と政治は切り離せないのである
宗教と政治も切り離せないという問題があった
でも政治と経済はより密接である、国民でも経済重視になる
また安全を計るより利益が優先だと常になっているからだ
原発事故でも地元の利益が優先されて安全は無視されて福島に作られたのである

そしてグロ−バル経済の負の部分がここにきて大きなものとなって現れたのである
中国に依存することは中国がかかえる問題でも負の部分をふりかかる、共有することにもなる、経済でも中国依存が国内経済を支えているとなると観光でもその打撃が大きくなるすると中国の意向に逆らえなくなる
だからこうして中国の負の部分をもろに受けることになる

中国の負の部分というとき共産党一党独裁とういこともあり言論の自由はない
中国依存になればなるほどそういう政治体制も受け入れるほかないとなり
遂にはウィグルのような思想宗教弾圧にもなる
それを言う人が右には多い、でも経済優先になり抑えられるのである
つまり日本経済は衰退しているから余計にそうなるのである
そしてますます中国に依存する経済となり政治でも従うほかないとなる

それで今度は中国の悪い負の部分をもろに受ける、コロナウィルスは中国から生まれたからである、前にもサーズとか中国から新種のウィルスが生まれやすいからである
外国から入るものが交流することはすべていいものとはならない
必ず悪いものも入ってくる、そういう警戒が明治維新以来なくなったのである

とにかく石油でもエネルギーでも中東に依存すると今度は中東をめぐって争いがありその紛争に巻き込まれる、イラク戦争がそうだった
日本はやはりこれまではアメリカに経済を依存していたからである
それで戦争をさけることもできなくなる、アメリカのいいなりになる他ない
それがグロ−バル化なのである

江戸時代の不思議は3百年国内でも対外的にも戦争がなかったことである
韓国とも友好的であり中国でもそうである
日本はアジアのどことも争っていなかったのである
それがペリーがきてヨ−ロッパ人が入ってきて好戦的な国になった、させられたとなる
欧米が確かに新しいものを思想でも技術でいろいろもたらした
でも反面悪いものもまたもたらしたのである
なぜなら20世紀は戦争の時代でありグロ−バル化戦争の時代になった
結果的に何千万人も戦争で死んだのである
日本がだったら3百万人が死んだしヨ−ロッパは第一次世界大戦から第二次世界大戦で何千万が死んだのである
グロ−バルの結果世界最終戦争になるのがその結果だったともなる
それもこれからも起こりえる、それがグロ−バル化の結果だともなる

それで老子の思想の小国寡民の思想が生まれた

国民が昔ながらの生活をし、食事や着ている服、住んでいる家や習慣に満足をしている。このような環境下であれば、例え隣国が目と鼻の先ぐらいの距離にあったとしても、国民は自分たちの国に満足をしているので、わざわざ他国まで出かけて行くこともない。結果的に、他国と比べることがなくなり、自分たちに無いものを求め、自分たちよりも持っている人たちを妬み奪おうとする心が芽生えなくなる。また、領土を拡大しようとする欲求も生まれない。そんな世界が理想である。

グロ−バル化とはこのまさに逆なのである 

自分たちに無いものを求め、自分たちよりも持っている人たちを妬み奪おうとする心が芽生えなくなる。また、領土を拡大しようとする欲求も生まれない。そんな世界が理想である。

これと逆なのがグロ−バル化である、自国にないものでも外国にあるとなればそれが欲しいとなり奪う、日本は海に囲まれていて海洋資源で食料をまかなっていた
でも今度は食でもグロ−バル化すると中国人がサシミでもサンマでも食べるようになる
そこで日本の近海でもサンマがとれなくなったとかなる
中国人の胃袋はどんな動物でも食べるし貪欲でありその数が多すぎるからあらゆるものを食いつくすという恐怖になる
とにかくグロ−バル化するとあらそるものを食べるようになる
日本はそもそも牛とか馬とか羊がいないと魏志倭人伝にあり動物は鹿をのぞいて食べていなかった
だから何でも肉を動物を食べるようになったのはグロ−バル化の結果なのである
それでもともと日本食だったち風土にあったものでありそれで欧米人がかかる病気も日本人がかかるようになったと言われる

とにかくグロ−バル化すると人間の欲望は無限に肥大化してゆく、食べるものでも世界中のものを食べる、それは飽くことがなくなる、中国にはもともと何でもある一つの世界だった、

楊貴妃は、唐の玄宗皇帝の妻で、寵愛する妻のために、早馬で八日八晩かけて、広東から都の長安まで運ばせたそうですが、

現代は庶民でもこうした贅沢をしている、今なら飛行機で一日でも運ばれる
世界の美味を食しているのである
つまりそうした贅沢を世界中が覚えてその欲は限りなく世界大に拡大するのがグロ−バル化なのである、だからその欲のためにグロ−バル化に戦争も起こるとなる
サンマの味を中国人が覚える、するとサンマを食いたいとなり日本人と争うようになる
つまりサンマをめぐって戦争になる
だから本当はどこかで人間の欲は抑えねばならないのである
金持ちの老人はワインの蘊蓄がありこれも無駄だっとしている、ワインなど日本には合わないものでもある、ただ今度は外国では日本酒を好むようになる  

野菜を食べて愛し合うのは、肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。聖書(『箴言』)

つまり肥えた牛を食べるために争いになり戦争までなっているのが現代でありグロ−バル化であった、欲望が限りなくグロ−バル化で増大したのである

だから江戸時代は貧乏でも世界的にみれば小国寡民であり外国とも交わらず三百年間戦争もない平和がつづいていたという世界ではありえない時代だった
もちろんその負の部分も大きい、ただいくらグロ−バル化だとか欧米化がいいとしても三百万人も死ぬよりはまた中国と韓国とも争わない友好な世界があったのである
それは結局経済でも依存しない、それぞれの国で自給的にまかなう経済だったからだともなる、貿易でもあったが今のようにもう何かあると経済が成り立たなくなるということはなかったのである
だから石油に頼れば石油のために戦争になり命が失われる

そして最大のグロ−バル化の悪い点は

常に他国の侵略におびえていなければならない!

グロ−バル化だから経済的に協力して恩恵もあるとなればいいがその反面は他国がアメリカでもロシアでも中国でも恐怖の対象となる
いつ攻めてくるかわからないという恐怖の中で暮らすことになる
またこれだけヒト、モノが交流する時、ウィルスでもたちまち蔓延してそれが命とりになる、でもそれより経済優先になり中国人でも入国を止めることができなくなるのである
だからコロナウィルスでもなんでもグロ−バル化の負の部分が増大して拡大してきたのである、だからグロ−バル化は見直す時期になったのである

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2020年02月24日

グロ−バル化とコロナウィルス (生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)


グロ−バル化とコロナウィルス

(生態系と風土を無視したグロ−バル化の危険)

 生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方が新自由主義的経済観ですので、 そもそも矛盾が生じているのです

グローバル化と3つの危機
―私たちはどんな世界に向かっているのか


コロナウィルス騒動は何なのだろう、これが問題なのはグロ−バル化した社会にある
中国人はどこにでもいる、だからイタリアの方にも観光に行くからイタリアでも都市が封鎖された、そんなに早く伝染するのも交通が発達したからである
飛行機で毎日のように世界のヒト、モノの交流があるから中国から遠くてもコロナウィルスが伝染した、そのスピードが早いのである
たちまち世界中に感染してしまう
中国人は世界中にアフリカでもどこでも拡散している、それも原因だとなる

それから人間はその土地の風土と生態系に依存して生活してきて
そして体でも生態系に依存して長い年月をかけて作られてきた
それでそれで肉食民族の牧畜民族の白人は欧米人は肉を消化する酵素がでる
日本人は穀物を消化するので腸が長くなったとかなる

日本の特徴は魏志倭人伝にあるように牛・馬・虎・豹・羊・鵲無しとある
鵲(かささぎ)は韓国にいるが日本にはいない鳥である
だから鵲を韓国で見ていたが日本に来たら見ないとなり記したとなる
そこに生息している鳥でもその相違を見ていたのである
とにかく牛・馬・虎・豹・羊・無しということで日本の特徴をとらえていた
牛とか馬とか羊ならどこでもいたし今でも見られるからである

縄文人だったら木の実の採集でありそれを貯えるために縄文土器を作った
狩猟もあったがこの辺で貝ばかり食べていた巨人伝説があるように魚介類が食料だった
人間は人種によって分けるべきではない、確かにアーリア人が凶暴でありそのために世界が支配されたという意見もある
でも生活形態の差が人間をそれぞれ特質あるものとして作った
例えば草食動物と肉食動物は見た感じからして違っている
肉食動物は牙があり獰猛である、でも草食動物は大人しい感じになる
ただ草食動物でも野生のものは獰猛である
でも草食動物と肉食動物は基本的に性質でも違っているとみる

なぜグロ−バル化が今問題になっているのか?
その弊害が具体的に世界規模で現れている、生態系を破壊することは何らか人間にも影響してくる、テレビでダッシュ村とか何か池とか川の水をぬいたら外来の魚がアマゾンにいた魚まで出てきたのには驚いた
そういう魚は元からいた在来種を食いつくしていたのである
そこでもともとあった在来種は食いつくされて外来種だけになりもう池に川に生物はいなくなる、植物もセイタカアワダチソウが繁茂して在来の芒などが駆逐される

グロ−バル化だといろんなものが混交して共存するのがいいとか文化多様性がいいとかなる、でもそれは人間も生物の一種だから問題が起きて来る
いい見方としては異人種間で交配すると種のいいところが遺伝することがある
それで日本人と黒人が結婚して子供をうむと体力的に優れたものが遺伝されて百メートル競走に出たりする
それは精神的なものでも起きて来る、様々な人種がいて国があってその人たちが交わると創造的なものが生れて来る
それはあくまでもエリート層で知的分野で起きることであり今のように単純労働者でもなんでも入れる世界ではなかった

コロナウィルスももともと中国の海鮮市場が生まれたという時、何か人間はそこで生態系を乱すようなことをしている、また食べてはならないものまでも食べている
それでなぜイスラム教徒が豚を食べないかというとやはり豚からトンコレラとかがばい菌かウィルスが出てくるから警戒したともされる
動物はウィルスを媒介しやすいからである

グロ−バル経済にはタブーがない

何か禁忌というのものがタブーが人類にはあった、それは長年の経験で危険なものを禁止していたのである、それがグロ−バル化で破られた
もうヒト、モノの交流は全面的にいいとしかなくなったのである
そこに落とし穴があった、グロ−バル経済などもともと成り立ちようがないものだった
それが金融資本家であれアメリカであれ強国が暴利をむさぼることでもわかる
数パーセントの人達に世界の富が収奪されていることでもわかる

生物圏の中に経済システムが存在するという考え方ではなくて、 経済システムありきというような考え方

まさにグロ−バル化経済システムがまずありそこにもともと生命誕生から長い年月をかけて作られてきた生態系を無視したものとしてグロ−バル化経済がその上に世界を支配するようになったのである
それはそもそも無理なことだったがあえて世界をそのグロ−バル経済システムにはめ込んだのである
そうすると自然界からも生態系からも反乱がある、何かコロナウィルスでもそうなのかもしれない、核でも放射線被害も人間が操作してそれが操作不可能になり大被害になった
これの最大の被害は生態系が汚染されたことにより土でも水でも空気でも汚染されたことにより人が住めなくなったことである
土とか水とか空気まで汚染されたら人間はどんなに技術が発達しても住めなくなる
住めなくなることはすべてが終わりだということである
他の星にでも移って住むほかないともなる

それで今盛んに富裕層が日本から脱出を計っているという、福島の原発が爆発した時も
外国に脱出した人がいた、何か真偽はわからないがこの辺では市長が北海道に逃げたとかも噂された、また国会議員も外国に逃げたとか言われる
だから今回もコロナウィルスを恐れて逃げるとういことがありると噂する
でもこれだけグロ−バル化するともうウィルスが逃げようがないのだ
イタリアでも死者が出たとかなるとヨ−ロッパでもたちまち広がるのかとなる
要するにグロ−バル化するということはウィルスもたちまちグロ−バル化することなのである

いづれにしろ文明は必ず滅びることは予定されている

それはなぜなのか?

人間の知恵ては文明を操作できないからである、それで核も操作できなから事故になり
福島では住めなくなったことでもわかる
文明は必ず自滅するのである、それだけの人間に能力がない智慧もないからである
人間は全能でないからである、神は全能だからこそ人間のようにはならないのである
だから神の国はこの世には作れない、人間の作った文明は滅びる
その滅びる原因がウィルスもその一つになる、何かそうした正体不明のものによってグロ−バルに拡散して滅亡にいたる

だから江戸時代の日本の鎖国の在り方が一見批判されるにしてもその風土にマッチして自給自足していたから外国とは出島を通じてしかかかわらないから外国から侵入するウィルスには強かった
でも国内でも疱瘡とか天然痘とか麻疹とか伝染病に苦しんだのである
そこで村の入り口は大きな藁人形を置いて悪いものを入らないようにした
それが今中国の村で行われているから歴史はかカルマは繰り返すとなる
でも江戸時代の後期に幕末になるとコレラが入ってきた、明治には70万も死んでいるのである
つまり外国と交わることがすべていいものとはならないのが歴史だった
そして日本は海に囲まれていたら外国と直接交わらないですんだ
取捨選択して日本人に合うものを取り入れていたのである
それが日本と大陸の根本的な差異だったのである

posted by 老鶯 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスでイタリアで10都市を封鎖


コロナウィルスでイタリアで10都市を封鎖

(日本は危機感がなさすぎる?)

イタリアでは初めての死者が出た。さらに15人が感染。10都市を封鎖。
(欧州は大丈夫かと思ったが、もうそうではない)

なぜイタリアで10都市も封鎖したのか?
日本は大坂や京都でも一人とかで検査もしないらしい
あれだけ中国人が来ているのありえないとしている
北海道は中国人の観光客であふれているから重体者もでている
かなり広がってきている
大坂とか京都では隠しているという
それは専門家でなくても状況からして誰も思う
つまり日本でぱ検査もしないのである
それは検査すると感染した人が増えて日本がパニックになることを恐れているのかもしれない
日本は過剰にそうなりやすい、同調圧力が強い国だからである
それも問題なことを指摘した

でもオリンピックに浮かれている時なのか?

この頃オリッピックのことが騒がれている、オリッピックを盛り上げるためにマスコミでも報道する、福島県でも聖火リレーのことで報道している
でもそういう時なのだろうか?

そもそもイタリアで10都市を封鎖していることは深刻である
日本の対応はその正反対である、たいしたことないとして対策をしない
検査もしない、オリッピックの宣伝をしている

もちろん福島で起きたように厳しい措置をすると社会活動もできず町や村が避難区域になった所はゴーストタウンになった、それは放射線がどう影響するかわからなかったからである、それで地域社会を崩壊させて回復できないようにした
これも問題だった
だからどういう対策をとるのかはむずかしいことはわかる

ただ日本は外国からみるとあまりにも無策でありのんびりしすぎている
危機感がないということは確かである
オリンピックとか習近平の日本を訪問も今の時期にできるのか?
習近平の国賓としての訪問は公明党が後押ししたとされる
とにかく公明党は中国ともとから友好を計ってきた
それで公明党のプロパガンダとなっている田原総一郎とかマスコミ関係者とかがそれに賛成する創価を応援する本も出している、また佐藤優とかも外務省でありここは創価の牙城ともなっていて一時は池田大作を外務省の人がかかわり外国訪問を応援していたのである

もちろん中国と友好関係を保つということはアメリカを牽制するためにも必要である
でも今この時期にそんなことができるのか?
それはオリッピックでもそうである、そんなにオリッピックが大事なことなのか?
今は日本人の生命の方が大事である
ただ都市封鎖とかなると影響が大きすぎる、そこで混乱してもまずいのである
原発事故で起きたように社会活動が停止すると機能不全になりこの辺のようにゴーストタウンになる恐怖がある

でもオリッピックとか習近平を国賓として招くということができる時期ではない
やはりなんらかコロナウィルス対策をしないと大事になるのではないか?
専門家は警告している、ただ福島の原発事故では放射線では過剰に対策して自治体を崩壊させてしまった、もちろん放射線対策のためにしかたがなかったとはなる
でも地域社会を自治体を崩壊させるより維持させることが大事だったともなる
それは科学だけの問題ではなかった、第一放射線のことは科学者でもわからなかったからである

今回もコロナウィルスについてもわからないのである
だから過剰に対策すると失敗することもありうる
でもしないとまた大失敗となりとりかえしのつかないことにもなる
だからこの選択はむずかしい

でもオリッピックに浮かれている時なのか?習近平を国賓を招く時なのか?
これは疑問である、そんなことができる状態なのか?
日本は危機感がたりない、これだけ自然災害の国なのに危機感がなかった
津浪原発事故でも危機感のなさが大被害をもたらした
やはりこの責任は専門家がもっと発言すべきなのだが警告すべきなのだがそれをしても
岩田医師のように抑えられる
それは中国でもいち早く警告した医師が自らもコロナウィルスにかかり死んだ
それも政治家がおさえたからである、情報は隠蔽されたのである
科学技術の社会になるとどうしても科学者や技術者の役割が大きくなる
だから責任も大きくなる

だから感心したのは東電では学者が津波の来る前に10数メートルの津波がくると報告して警戒するように提言していた、それは伝説とかではない、科学者が科学的事実を基にして警告していたのである
でもコストがかかるからと対策をしなかったことが致命傷になったのである
そのこともマスコミでは地元でも大きく報告しなかった
もしそのことをマスコミで大きく報告していたらみんな津波に警戒して命が助かった人もいたかもしれないのだ
つまり科学者や技術者がもっと発言してそのことを社会でも重視すべきだったとなる
でも政治とかが関係してそうした情報はおさえられる
正しく恐れるということが大事なのである

ただここで科学と社会の問題がありすべて科学優先にもできないことなのである
この辺で自治体が地域社会が崩壊したように過剰に恐れさせると自治体が地域社会が崩壊するのである
でも放射線でもコロナウィルスでもどう影響するかわからないとういことでその判断がむずかしいのである

でも初期の段階で中国人の入国を禁止しなかったことは失敗だった
そこからまた検査もしないで隠蔽している
それで拡散がとめられなくなる 

ジャーナリストの田原総一朗氏は筆者との対談(『激突!遠藤vs.田原 日中と習近平国賓』所収)で、「日本はアメリカとも中国とも同じ距離を取って、その中間にいるから素晴らしいのだ」として「習近平の国賓来日は大賛成だ!」と豪語した。それが今般の新型肺炎の水際対策失敗とクルーズ船の失策の両方と重なって見えてならないのである

確かなことはオリッピックとか習近平の国賓として招くことは中止すべき

そんなことに浮かれている状態なのか?過度に反応するのも問題だがそういう状態ではない、それは専門家も指摘しているからである
田原総一朗と佐藤優は創価のプロパガンダである、資金もそこからでているかもしれないなぜならマスコミでも支配できるのが創価だからである
自民党と創価が一体となっていることがこうして国を歪めるのである
それは国家神道化したことでもそうでありそれが日本を悲惨な戦争の原因にもなった
宗教が政治とかかわると禄なことかない、それはカトリックなど歴史が証明している
だから政教分離の法律が生まれたのである
ただ政治と科学技術、政治と宗教という問題は人間の歴史とともに常にあった問題だったそれが原発事故で起きてまたコロナウィルス問題で起きているのである

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やはり情報が隠蔽されている、感染者が小出しにしている
それはオリンピックを中止させたくないからだというのもわかる

韓国がなぜ増えているのか?
それは日本が韓国と裏取引して日本だけが増えているのではないと見せるためだという
これも政治的な取引とかが科学とか事実は歪められるのである

習近平の国賓招待も中国人を入国拒否しないのは政治的配慮でありそれで感染者数を低くおさえている
つまり事実より政治のために隠蔽されるのである

武田邦彦】新型ウイルス 最新解説!3月を越えたぐらいの時期に日本で“大きな動き”が起きると私は見ています!

福島原発では風向きが一番大事だった、その風向き政府では教えなかった
外国ではその風向きを知っていた、日本人は知らなかった
これも情報が隠蔽されたのである
これも政治的配慮でそうなった
科学者は事実を言うべきであり政治とは違う、ただ武田氏はコロナウィルスはたいしたことがないとうい
インフレインザと比べると患者数は少ないからたいしたことがないとしている
これも一つの参考である、つまり正しく恐れることができないことが問題なのである




 


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2020年02月23日

武漢で都市封鎖され500百万人が脱出 (東京も封鎖されてこうなったらどうなるのか?)


武漢で都市封鎖され500百万人が脱出

(東京も封鎖されてこうなったらどうなるのか?)

厚労省の想定では新型インフルエンザが国内で大流行した場合、従業員の欠勤は最大4割になる。自衛隊に緊急要請してもトラックドライバーら物流従事者の不足は深刻で、食料・生活必需品などの流通、物流に影響が出る。そのため厚労省は「2週間程度の食料品の備蓄」を推奨。海外からの輸入食材が滞ることも考えなくてはいけない。


津浪と原発事故でこの辺は物流がとまった、それで南相馬市の隣の原町区は30キロ圏内で避難命令が出た、そこで一時はもぬけのからとなり人がいなくなったのである
それは市が封鎖されたのとは違う、そこに住むなとして避難させられたのである
でも都市封鎖となると武漢のようになる
それは他に移動させるのではない、都市自体を封鎖する、交通も封鎖する
隣の河南省では武漢から人が入らないように道路を遮断している
村々でも人が武漢から人が入らないように独自にバリケードを作っている

そこでこうして封鎖された一千万都市の武漢がどうなっているのか?
その実態はわからないが5百万人は武漢から脱出したという
それも凄い数である、そしてカラスが増えて集まっているのは死体を漁っているからだと見ている報道がある
何か人がいなくなると動物に異変が起きて来る、この辺でも津波の後に以上に蝶が津波の跡地に増えた不思議があった、何か塩分が増えてそうなったとかも言う
一千万都市の半分の5百万が消えることはそれだけ何か自然にも異変が起きる
ただこの辺の規模とは違うから想像すらできない

一千万都市の封鎖→5百万脱出

この規模の大きさを想像できない、それで早めに脱出したのは共産党の幹部とか金持ちであり残されたのは貧乏人だという
中国ではそのことが良く言われる、あれだけ巨大で人口が多いと助け合うということがしにくい、国として国民として一体感がもてないからだ
人口が多すぎるから一千万殺しても死んでもどうってことないともなる
そういう国柄である

とにかくこれが日本と関係ないとはならないことが怖いのである
つまり東京を封鎖するという事態になりかねないとか警告する人がいるからだ
それは武漢と同じようになるのか?
武漢で起きたことが日本にも東京にも起きるとなると怖い

ただこれもカルマだったともなるのか?
東京のためにこの辺では福島に東電が原発を作った
もともとそうしたのは東京では危険だから誰も賛成しないから福島に作ったからである
それで東京に原発を作るのが筋だったのである、あれほど「安全神話」を作り原発を作ったのだから東京に作ってもいいはずだったのである
でも東京には作れないとしたのは危険を感じていたからである

そして今コロナウィルスで東京封鎖となったらそれがこの辺で起きた悲惨なことを経験することになる

東京から脱出せよ、東京は封鎖だ!

でも脱出するにしてもコロナウィルスが怖くて受け入れる自治体があるのかとなる
放射線の場合はまだ移ることがなかったがそこでも差別があったからだ
ウィルスに東京のような超過密都市は弱い、封鎖するにしてももし食料が入らなかったら飢え死にしてしまうからだ
都会は食料が外から入ってくるからもし入らないとすると飢え死にしてしまう
中国の野菜が入らなくなっているというのもそうである
そこで買いだめすることになりスーパーとかコンビニとかでも食料が消える
ここではそういうこと起きた、でも米があり水道が使えて電気が使えたので二週間はしのぐことができた
でもガソリンも入ってこなくなり車は利用できなくなったのである

それにしても武漢で一千万の人口の半分の500万が脱出した、そういうことが東京で起きたらどうなるのか?
それは福島に起きたこととは比べようがない、それは日本全体が麻痺するようになるかもしれない、あらゆる機能が東京に集中しているからである
そうして社会が機能しなくなることも怖い、なぜならグロ−バル社会であり広域社会であるから交通が遮断すると物流が絶えるからである
一千万も住んでいる都市に食料を供給するだで膨大なものになる
それは福島に起きたことと比べようがないのである
だから今武漢で起きていることは想像がつかないとなるのだ
何か死体をカラスが集まりあさっているという光景は映画のようでもあり5百万人が消えたということも想像できないのである
そこは人類終末のような光景にもなる
死体を焼く黒い煙が立ち上っている、それがおおっている、それは異様な光景である

ともかくこのコロナウィルスが正体不明なことが最大の恐怖を与えている
致死率はさほどではないといっても正体不明なのである
放射線では何とかそれがわかっていたから対策でもありえた
でも実際は放射線でもどう影響するかは明確ではなかった
だから対策がしにくくかった
今度のコロナウィルスも正体不明だから対処しようがないのである

ただ東京封鎖になったりしたらこれもカルマだったのかともなる
とにかく人間は自分が苦しんで見ないと相手のこと他者のことを理解できないからであるそれはあらゆることに言える、福島の原発事故とか津浪でもそうである
その苦しみを受けない人は他人事になるからだ
そのためにそうして常にカルマとして苦しみを与えるのかもしれない

歴史にしても疫病で人類は苦しんできた、こういうことがあるとまたその苦しみを知ることになる
津浪でもこの辺で400年前に700人溺死と記録されていたが忘れられていたが見直されたということがある
カルマというのは空間的にも時間的にも起きて来る
一つの場所で起きたことは他の場所でも地球規模でも起きて来る
また時間的にはカルマはくりかえしであり自然災害は必ずいつか過去に起きたように起きるのである
そのカルマの苦しみを受けて他者を外国でも理解することになる
このコロナウィルスは地球規模に拡大するかもしれないからである

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福島の原発事故とコロナウィルスの対処 (社会活動をとめることの方が危険?)


福島の原発事故とコロナウィルスの対処

(社会活動をとめることの方が危険?)


日本人は基本的に欧米人に対して放射能に強い、古来日本人は海藻類を食料にし体内で消化出来る酵素を持っている、海藻は被爆した放射能を体外に排出するヨードを体内で作る元々海藻類を摂取する習慣の無かった欧米人はその酵素を持ってない、

このことは福島の原発事故でも言われた、放射線がどう作用するのか?
それがわかっていなかったのだ、チェルノブエリであったとしてもでは日本人にどう作用するのかは別になる
それで何度も言っているが白人には肉を消化する酵素が出るという
肉食をしていた牧畜民族だから体が習慣で歴史的に作られてきた
日本人が穀物とか魚中心の食生活だから腸が長くなったというのと同じである
人間の体はその土地の風土によって作られてゆく、だから放射線とかでも一様に作用しない
だから科学というときも風土と関係しているから世界共通の真理ともならない
数学だと普遍的になるが地球であれ国であれみんな風土も違えば歴史も違う
そこで同じように適応できないのである

だから最近放射線がウィルスを菌を殺すに有効だというのもそうである
真偽はわからないにしても放射線にも何かそうしたいいものとして働くことがある
そもそも原発自体が日本の風土にあっていないものだった
地震とか津浪とかいろいろ自然災害があるし国土も狭いからである
ロシアとか中国でもアメリカでも広いということで事故があったらその場所を放置して
閉鎖して別な土地に移ればいいとなる

でも日本は福島の原発事故でも町や村が一挙に避難区域にしてゴーストタウンにした
その被害の方が余りにも大きかった

なぜそうなったのか?

それは放射線が実際はどう作用するのか被害になるのかわからなかったからである
人間は科学社会になってもでは科学のことが何でもわかっているのかというとわかっていない、専門家も科学者もわかっていない
だから放射線の影響についてもいろいろ言う、でもその意見も二つに分かれる
安全だ安全でないと学者も科学者も言う、だから素人は判断できなくなる

では日本の原発事故の結果としての被害は何であったのか?

チェエノブエリでも動物は帰って増えて来たとか、今まで住んでいなかったヘラ鹿が帰ってきたとか、福島でも野生の動物は増えているのである
すると放射線は怖いということがわかるにしても社会を地域社会を崩壊させた方が被害が余りにも大きかった
先祖代々住んでいた地域が故郷を失うということの方の被害が大きかったのである
現実は放射線の被害で死んだ人は一人もいないのである
これからガンになるといってもそれはあくまでも予想であり確実なものではない
でもガンが増えたらどうするのかということはある
でもそれより地域社会を崩壊させた方が被害を大きくしたとみる
それは回復しないからである

コロナウィルス騒動でもにたようなことが起きている
コロナウィルスも正体不明なのである、放射線の被害も実際はわかっていなかった
医療関係者が科学者がいろいろ言うけどこれもわからないのである
そのわからないことで都市封鎖とか社会活動を停止するようなことをするとどうなるのかやはり福島原発で起きたように社会そのものが崩壊して維持できなくなる
中国では作付の時期なのに人手が確保できないとかコロナウィルスのために社会活動ができなくなり食料すら得られなくなるかもしれないのだ

いづれにしろこのコロナウィルスの問題は正体不明だということである
だから対処方法もない、そして正体不明だということは恐れも大きくなる
過度になる、放射線被害でもそういうことが起きた
でも現実に放射線で地域住民が死んだということもなかったのである
この兼ね合いがむずかしい、早いうちに手を打てば感染が拡大しなかった
それで中国人の医師がウィルスのことを警告したがそれで罰せられた
その後に自らもコロナウィルスで死んだ悲劇があった
常に情報は隠蔽される、原発でもそうだった、そして「安全神話」が作られて誰も反対することも何もすることができなかった
その情報の隠蔽が致命的な結果になったのは同じだったのである

ともかく正体不明なものにどう対処するのか?

それに過度に反応して社会自体の機能を麻痺させていいのか?

今それが問われている、それは福島の原発事故でも起きたのである
どこまで予防措置をとるのか?学校を休校にするのか、人の行き来を止めるのか
そのタイミングをどうするのか、それは福島の原発事故とにていたのである
会社を休みにしたら休業補償をどうするかというのもそうである
それは福島の原発事故では補償金問題として起きて地域は分断された
それは地域社会を避難区域にして崩壊させたから起きたのである
だからこの兼ね合いをどうするのか判断がむずかしいとなる
過度に警戒して社会活動を麻痺させるとその後遺症が大きなものとなる
物流も途絶えて食料の奪い合いになったりするかもしれない
その方の被害が深刻だともなる、原発事故では30キロ内を避難区域にしてそういうことが起きた、それは地域社会を崩壊させたのである

ただこの選択判断は非常にむずかしい、なぜならどっちにしろその結果によって後で批判されることになる、コロナウィルスの被害が拡大したら批判されるしまた過度に警戒して社会活動をとめてもその後でその方が問題だったと批判されるからだ
たいしたことがないのに過度に警戒して社会活動をとめた結果、その方が被害を大きくしたとかなるからだ、それは指導する人の責任でもあるが民主主義になるとみんなの責任にもなる、どっちにしたらいいのか?
コロナウィルスはそれほどの被害がないから社会活動をあまり制限しない方がいいともなる
何か自分は社会活動をあまりにも過度にとめるとその方が被害が大きくなるともみる
それは原発事故でそうだったからである、ただ相手が正体不明なのだから判断しにくいのである、それを科学者でも医者でもわからないものだからである

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2020年02月21日

コロナウィルスに放射線が有効? (原発事故で散々だった福島が安全ー東京過密都市が被害を拡大?)


コロナウィルスに放射線が有効?

(原発事故で散々だった福島が安全ー東京過密都市が被害を拡大?)


照射による滅菌が発生する可能性がある1つの方法は、電離放射線が使用される場合です。
滅菌の文脈では、電離放射線は、滅菌中にすべての微生物を破壊するために使用される
短波長高強度放射線の一種です。 滅菌に使用される電離放射線の形態は、ガンマ線照射、
電子線照射、およびX線照射として知られています。


これは何かわからないけど放射線が菌を殺す、するとコロナウィルスも殺すとなるのか?それで福島が安全だとして面白がっている
これも何かわからないにしろ放射線というのはレントゲンとかでもわかるように毒にも薬にもなる、この世にあるものは毒にも薬にもなる
水だって津波になる水害になる、光だって強すぎれば紫外線で病気になるとか必ず両面に働く、だから放射線だって両面に働くのが自然界だとなく
放射線も自然界にもあったからだ

とにかく福島は自分の住んでいる場所は津波や原発事故でん散々な目にあったまさに人はばらばらになり住まなくなりまさに散々になったのである
未だに避難区域になった所は帰ったのは老人だけであり回りの田畑は草ぼうぼうである
そして空家だらけである

だから何かこんなふうに故郷が町が村が簡単に捨てられることが信じられなかった
確かに放射線というのは怖いというのはわかるからそれに文句は言えない
でも若い人が親を捨てていち早く故郷を捨てて去ったのである
故郷を捨てるにも何かもっと葛藤があってもいいとも思った
それが補償金をもらうことに奔走してあとは外に出て新しい暮らしをすることが優先されたのである
一瞬にして町時代がもぬけの殻にゴーストタウンになってしまったのである

今回のコロナウィルス騒動は何なのか?
これも不可解なのだけどこれが拡大して起きるとどうなるのか?
これは今の社会に対する警告なのかもしれない

グロ−バル経済、過密都市、地方の無視・・・とか現代がかかえる問題への警告なのかもしれない。
なぜならグロ−バル経済というとき日本の地方は食料を供給するものとしてある
でもグロ−バル経済になると中国でも外国から輸入するから日本の地方の田舎の食料は高くつくからいらないとしていたからだ
でも一旦中国からこうして食料が入らなくなったらどうするるの?
どこに食料を頼るのか?

また過密都市というときコロナウィルスとか過密な都市でたちまち伝染して拡大する
それで武漢と同じように都市を封鎖するほかないという意見もででいる
でも東京のような巨大都市を封鎖できるのか?
それはもう不可能である、ここにもウィルスに弱い大都市の問題が露呈したのである

東京一極集中というのがここでウィルスには弱い、脆弱だったのである
確かに便利であり効率的であってもウィルスにはせ弱いことが露呈した
そしてグロ−バル経済になると食料が世界から確実に入るとはならない
一旦こうなるとヒト、モノの流通が止まってしまうからである
その時どうしてしのげばいいのか?
外国から物でも食料でも入らなくなったらどこから供給すればいいのとなる
地方は地方交付税を東京都民が払っているとか文句をいって過疎地域は消滅させるべきだとか言う人が普通にいた
でも逆にウィルスになると過密都市で蔓延して外国からは食料も物も入らなくなりどうするのかともなる

原発事故のときはもう東北には人か住めないとか騒いでいたし面白がっていた人もいた
それが今度は東京には人が住めないとまでなるのか?
何か必ずそうしてカルマが回ってくる、すべてグロ−バルにつながると他人事でなくなのだ
第一東京に原発を作るべきだったというのは正論だった
でも東京都民は事故になったら被害があると福島に作らせたのである
もちろん地元の事情もあったからすべて東京都民のせいにはできない
でも安全をあれほど安全神話を作るほど言っていたのだから東京に作ってこそそれが主張できたのである

ただこういうことは必ずカルマとなって返ってくる
グロ−バル経済で一時日本は豊かになり外国で女性を安く買うとかしていた
ブランド品買いあさったりもした
しかし今度中国人とかに逆に女性でも体でももてなすとかまた観光でもなんでもお客様となりサーヒスする立場になったのである
これもつくづくカルマだった、必ずこれは別に個々人でもそうだし世界でも同じ事がおきてくるのだ、それは法則のようなものである
他人にしたことが自分にはねかえり他国にしたことは自国にはねかえってくる
韓国でしつこく福島産の商品を放射能汚染されると今でも攻撃している
そして今度はコロナウィルス患者が増えているのもカルマだとなるのか?
そもそも何か行為することはカルマとなって返ってくる
それが人間の法則である、その法則、カルマから逃れられないのである

だから今の所東北地方にコロナウィルス患者がでていない、福島は特に放射能で観光客もすくなかった、中国人も少ない、それでかえって安全だとかなる
これは冗談にしろコロナウィルスには福島は安全ですから来てくださいともなる
また人が住む空家がいくらでもあるからここに住んでください、土地も耕作放棄地として誰も使わないので使ってくださいとかなる

とにかくウィルスで安全なのはかえってヒトと交流しない辺鄙な所だった
桧枝岐は本当に隔絶した場所だった、尾瀬の観光がないとき秘境だった
交通の便もない所だった、それで明治にコレラが流行して70万とか死んだとき
福島県は会津若松中心に被害があった、でも桧枝岐は被害がなかったのである
だからそうしてヒトもモノも交流しない所が伝染病には強い、ちょうど隔離された場所にあると同じだからである
それで中国では奥地の村でも村に入るのを閉ざした
でもそこで自給自足できればいいができなければもたないとなる
だいたい江戸時代から戦後でも自給自足経済だったのである
地元にあるもので暮らしていた、だから伝染病とかなっても村を閉鎖しても生きていけたとはなる
今はまず交通が途絶えると生きていけなくなる
だから伝染病とかには都会だけでなく地方でも弱くなっているのである

コロナウィルス騒動もやはりいろいろな社会の不備が現れた
政府の指導も悪く、早く手を打たなかった、中国人を入国拒否しなかった
それも観光の収入を第一に考えたからである
必ず利益優先になりそれで後で大けがをする、原発でも10数メートルの津波が来るとして科学者が警告していた、その報告書は科学的裏付けがあった
でも東電では津波対策にコストがかかるとして対策をしなかった
常に安全はコストがかかり無駄になると後手後手になるのである
そしてこうした不測のことが起きると騒ぐとなる

それから今もう安倍首相ではだめだ、自衛隊にまかせるべきだ、河野太郎に首相をやらせてし指揮をとらせろというときもそうである
なぜならこうした危機管理ができる実働部隊が自衛隊だからである
結局津波でもその後片付けは自衛隊が一番役にたったからである
その中で三人くらい死んだのである、殉職したのである
つまり阿部首相は指揮がとれない、厚生大臣もできない、それで防衛大臣の河野太郎が
クローズアップされたのである

そんな中、政府内においてネット上における存在感を発揮しているのは河野太郎防衛大臣だろう。彼は約126万フォロワーを数えるTwitterで、毎回厚労省の発表をもとに、2020年1月30日より国内感染者の状況を「新型コロナウイルス感染症対策本部のメンバー」としてツイートしている。

こうした緊急事態には機動性を発揮できるのは自衛隊しかないのである
ぐずぐずしていると被害が拡大するだけだからである
それに備えているのは自衛隊だけである、化学部隊とかもあるからだ
こういうとき指揮系統が一元化することも必須だから河野太郎が指揮すればいいとかネットで騒いでいる、つまり阿部首相には指揮できないから言っている
厚生大臣にもできないから言っている、緊急事態にはこうして誰かが率先して指揮する人がいないと後手後手に回り被害を拡大するだけだとなるのが問題なのである

「ウイルスは保持していても発症していない人が大勢いて、すでに蔓延していると考えてください。今後は大都市を中心にさらなる感染拡大が進むはずです。東京、大阪、福岡など、中国とは比べものにならないほど人口密度が高い地域は危険度が高い。特に満員電車は人と接するタイミングが圧倒的に多く、人混みなどを介して、どんどん感染が拡大します。感染者が増えて、東京などの大都市がパニックになるのは時間の問題です」(前出・上さん)

新型コロナ拡大、東京も武漢のように都市封鎖に至る恐怖-女性セブン-2020年3月5日号

 

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2020年02月19日

コロナウィルスの社会の影響 (過度なグロ−バル化経済から起きた問題)


コロナウィルスの社会の影響

(過度なグロ−バル化経済から起きた問題)


コロナウィルスが社会に提起した問題は何なのか?
ヒト、モノが自由にグローバルに行き来する社会に何の疑問もなくいいものとして拡大し進んできた
それで中国では世界の工場となり豊かにもなった
それでこれはいいものとして中国では世界の中国になるためにアメリカより覇権を奪い一帯一路政策でアフリカをも勢力圏に組み入れる
そこで覇権国のアメリカが待ったをかけたのが米中貿易戦争である

外国文明が文化でも技術でも入る時いろいろ問題になる
奈良時代だと唐との交流で中国文化を受け入れた、漢字を受け入れて日本語化もした
でもそれはあくまでも中国に留学したのはわずかのエリートにすぎなかったのである
一般の人は関係ないことだったのである
それで中国の文化をそのまま全部入れたかとなると違う
宦官制度とか入れないし何か入れたとしても中国そのままのものを入れていない
日本的に咀嚼して入れたのである
だから日本と中国が漢字を使っていてもその漢字の意味が違うのである

107年 帥升が、中国の後漢に、生口(せいこう)を献上します。
生口とは、奴隷の事です。

卑弥呼の邪馬台国時代に何も贈るものがなければ労働するものを送る、今なら外国人労働者であるただこれは職人のことで古代では違った意味をもっていたらしい。
ただ何も贈るものがなければ生口を奴隷を送る、それは奴隷が現実にヨ−ロッパでは常に存在していたからだ、それは近代になり黒人奴隷としてアメリカに連れられたことでもわかる
この生きた口というとき江戸時代に口入屋とありそれは労働者を斡旋する所だった
でも何かこの言葉には差別的な雰囲気を感じる
未だと非正規労働者とか日雇い労働者を雇う場所ともみるからである
ただ生口が技能者というとき技能労働者として日本で働かせられている外国人労働者がいるからその意味は確かではない

歴史をふりかえれば日本と外国との接触は特殊である、海に囲まれているから特殊になった、大陸だと陸つづきだから否応なく嫌だとしても万里の長城を築いても入ってくる
そして遊牧民のモンゴルとかに蹂躙されて支配される
外国人は来るなと言っても無駄なのである、無理やり入ってくる、そして食料でも女性でも奪われるのが大陸である、それが過酷なものとなっていた

日本は海に囲まれていたからそうして外国人が直接入ってくることはなかった
それは一部のエリートであり軍隊のように侵略するように入ってくることはなかった
そして日本では外国文化を全部そのまま入れたのでなく日本に適するもの取捨選択して
入れたのである、宦官制度は入れなかったのである
そのことが日本文化を維持して日本を作ってきたともなる

それが明治維新で崩れた、様々なものが無制限に入ってきたし受け入れたからである
日本の文化があり日本がに適したものとして咀嚼されずにそのつま入ってきたのである
宗教でもそうである、キリスト教があるとしてそれもヨ−ロッパのキリスト教であり日本化していないものが多かった
日本に宣教師でも多く来たことは大学にキリスト教系が多いことでもわかる
そういう宣教師でも日本化した武士道とキリスト教を一致させた内村鑑三とか現れた
また戦後は手島郁郎とかが良くわからないにしろ神道とも一致させたキリスト教を教えたそれは純日本的なキリスト教だったのである
キリスト教でもカトリックが入った国は経済成長もできていない、メキシコだとかブラジルだとか南米とかフィリピンとかそうである、そこに何かしらの問題がありそうなっている

いづれにしろコロナウィルス騒ぎで何が問われているのか?
それは文化でも技術でも何でも外国のものを無制限に入れるとそこに災いが生まれる
ヒト、モノでも何でも無制限に入れることは危険なのである
南米とかはその象徴ではないか、過去の文明が馬百頭とか銃をもった500人くらいの強盗団のようなものに乗っ取られたのである、これも悲惨だった
何らそこに抵抗できなかったのである、日本だけは明治維新で外国の植民地されなかったということは特筆すべきことだったのである
それだけの日本歴史があり文化がありそうならなかった唯一の国だったとなる

インディアンが絶滅寸前に追い込んだのはもウィルスなどであった

白人達が持ち込んだ微生物・細菌・バクテリア・ウイルスなどの病原菌や伝染病の為に、その集落は抹消されてしまったのだった。このように、ヨーロッパ人の征服者達は戦わずして勝利する場合が多々あった。この事で、原住民の人口減少に拍車が掛かった。メゾ・アメリカでは1520年代に25000万人いた原住民が、1620年代には100万人にまで減少した。

 森林に分け入って金鉱を探す者たちとの出会いは戦いに至らずに終わったが、彼らはワイアピの民たちに拳銃よりもはるかに致命的な武器を放っていった。麻疹(はしか)とイだが、こうした病気への自然免疫力を持たない先住民に対して、ウイルスは爆弾のような威力を持っていた。「ワイアピはそういう病気に慣れていなかったから、皆あっという間に死んでいった」「インフルエンザは治った。だから、はしかにかかったときも治ると思った。でも、はしかの方は強力で、死ぬまでに1日とかからなかった」と、ズァクーさんは語った。

白人がもたらした死の伝染病はしか、生き延びたアマゾン先住民の新たな戦い

ここで慣れていなかったというのは免疫がなっかたということである
そして2000人程度いたとされるワイアピの人々は、1973年にはわずか151人となってしまった 、これは最近のことなのである
日本でも幕末から明治になるとコレラが流行した、それで70万死んだのである

外国人と外国と交わることはそれがすべていいものではない、いいものばかり入ってくるとはならない、悪いモノもヒトも入ってくる
日本は海に囲まれていたから大陸のように海に阻まれるから大陸からの侵入に席巻されることがなかったのである
モンゴルが攻めてきたときが最大の危機になっただけだった

でも明治以降は全く違う、あらゆる外国のものが日本の文化などを無視して入りすぎたのである
食文化でも外国のあらゆるものを食べるようになった、これも日本人の体にいいものではなかった、日本は海産物とか米と野菜とか中心の食生活である
それが肉食中心の食生活になった、パンでも何でも食べるようになった
白人は欧米人は肉を食べると消化するため酵素が出る、でも日本人は出ない、すると肉食はあっていないのだ、そういうふうに人体が長年の習慣で作られてきた
そして穀物類を食べるから腸が長くなったのである
つまり体自体がその土地の風土から歴史から作られていたのである
だから外国のものを無制限に入れることは体にも影響するのである
まずなんらかのガンが日本人に多くなったとか他の病気でも食生活の影響がある

外国だとワインとかパン食とかチーズとか牧畜民族の食である
それが日本人にはあっていない、それでワインに詳しくなったがそんなもの無駄だったという金持ちの老人がいたのもわかる
日本人はなんでも取り入れすぎたのである、それで体をに病気を作ったともまでなる
コロナウィルスというのも何かわからないにしてもやはり日本が国外から入ってくる悪いものなのである
そういう悪いものも必ず外国と交流するとき入ってくるのである
だから貿易が悪いものではないというとき江戸時代のように鎖国しても長崎の出島で外国の物を取捨選択して人でも物でも入れるといいとなる
つまり外国貿易自体は否定できない、日本でも否定していなかったのである
ただ日本に合うものを取捨選択して入れていた
それが今は何の制限もない、あらゆるものが入ってくるからだ
それが日本文明でも文化でも破壊してしまうのである
だからコロナウィルスでも伝染病でもグロ−バル化に対する警告だとしてとらえることもできる

posted by 老鶯 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスで起きていること


コロナウィルスで起きていること

(それは悪いことばかりではない?)

コロナウィルスというときすべてが悪いとなる、いいことは一つもないとかなる
でもこれが何かわからないにしてもこれも世界に作用する
その結果としては

●グロ−バル経済の縮小

●オリンピックの中止

●中国とアメリカの大国の汚染

このことが起きている、アメリカが関係ないにしてもインフレインザで一万人以上が死んでいる、その中にかなりのコロナウィルス患者がいると調査しはじめた
するとこれは一体なんなのだろうとなる

良く推理小説で犯人が誰かという時、その結果として殺人でも誰が一番得したかということで割り出すことがある、もしそのことからたどると中国とアメリカのどちらがコロナウィルスを生物兵器としてばらまいたと言われる
でもそれでどっちが得するのか?
アメリカが得したとはしているからアメリカなのか?
でもアメリカのインフレインザがコロナウィルスだという時そうも言えなくなる
つまり両方が打撃を受けたとなるからだ

とにかく言えることはグローバル経済社会に対して警告の意味はあった
ヒト、モノが自由に行き来することはいいことのようでその反面マイナス面、危険なこともあるんだよということを警告している
江戸時代なら関所がヒトでもモノでも簡単に通れない、外国貿易はできない
すると鎖国状態でありウィルスでも入ってこない
どうしして江戸時代の末期にコレラが入ってきて被害があり幕末に拡大して明治で70万人も死んだのか?
それはその辺から人の交流がありコレラ菌が入ってきた
特に明治には外国人が入ってきたから大きな被害を出したとなる

とにかく人間社会は必ずいい面と悪い面が生れる、その極端なものが核だった、原子力発電として使えばいいものでありでも核兵器となれば人類滅亡になる
科学とは常に技術でもそういう側面があった
日本でも技(わざ)は災い(わざわい)となるからだ
それが人間の業(カルマ)だとなっていた

私はグロ−バル経済を批判して来た、世界的極端な格差を生んだのもグロ−バル経済であり金融資本とかにとって株式でも何でも操作されるようになる
そしてグロ−バル経済になると他国は利益を上げるものとしてしか見ない
それで食料でも危険なものでも売りつけてもうければいいとしかならなくなる
いらないもの危険なものでも買わされる
アメリカの牛肉を今アメリカでは危険だから食べないというとき日本人は平気で食べているとされる、遺伝子組み換えの食料でもそうである

福島の原発の原子炉でもマーク1というアメリカのお古を買わされたの事故の一つの原因だったとされている
アメリカでは別にその責任はとらない、離れているからいいとなるからだ
人間はそこから離れると無関心になるからだ
そこに住んでいる人は何でも住んでいる場所に無関心でいられないからだ
ただ中国だと一つの世界になっていたから(他山の石)という諺が生まれた

グロ−バル経済とか広域社会でもそれはいい面だけではなかったことは確かである
そのブレーキが今ウィルス騒ぎで起きているのかとなる
これはどうしてもヒト、、モノの交流をとめるからである
インバウンドの観光もとめられる、これだって確かに悪い面が多いとしても京都は元の静かな京都にもどったというときそこに住んでいる人には悪いことだけではない
日用の生活にも交通でも観光客によって乱されてしまたっからである

あまりにも他国に頼る生活をしていると何かあったときモノが入らなくなり生活もできない、中国の食糧でも物資でも入らないともはや生活できないとかなる
もし自国でまかなうようにしていればこういうときはもちこたえられる
それは津波の時、三陸辺りで裏山の清水を飲み、米を山からの木材でたき、みんなで協力しあってしのいだというときがそうである
交通が遮断されたからそうなった、でもそこにはまだ生き延びることができるものがあったから助かったのである
もう外国とかなると日本でもあまりに遠くなっているから何かあったときできなくなる
ガソリンが入らなくなったりしたら車さえ使えなくなるからだ
それで津波原発事故では私は二週間くらい過ぎて隣の市でスーパーをはじめたということで自転車で買い物に行ったのである
また町で貯えていた古米が配給されて助かったとなる

コレラの会津の流行は会津若松中心に被害がっあた、それは新潟方面からと白河街道とかからが会津若松で合流した、そこから田島の方の街道にさかのぼって蔓延したのである
だから人の行き来の多さに比例して明確に被害が大きくなっていた
それで桧枝岐(ひのえまた)は隔絶された秘境だったから被害がなかったのである
それもまた逆説だった、交流がなければウィルスの防御となっていたのである

結局あまりにも行きすぎたグロ−バル経済広域社会になってその欠陥が現れたのかとも思う
とにかくオリンピックなど中止されるのはいい、なぜならこれは国民の税金の無駄使いである、メデア関係が電通などがテレビ放送の利権でしているともされる
今第一オリッピック自体にスポーツに興味をもつ人は少ないからである
金メダルとることでもあまり関心がないのである
前のオリンピックとは全然社会状況が変わってしまったからやるべきではなかったのである

またこのコロナウィルス騒ぎは中国とアメリカへの大国への警告かもしれない
アメリカは中国の一帯一路政策がすすめられなくなるとか喜ぶ
中国の一帯一路は中国の世界支配のためであり日本がもその中に入っているのだ
またアメリカのインフレインザ流行も格差社会が貧乏人が医者にかかれていことから起きているとかアメリカの内政の問題でもあるからだ
つまり中国でもアメリカでもウィルスがその脆弱な所をついてきたのである
もちろん日本の社会にもそうである、何か常に日本でも情報を隠蔽する社会だからであるそれは原発事故で暴露されたのである
だからそれぞれの社会の脆弱なところをついてきたのである

結局グロ−バル経済とか世界政府とかはまやかしである、それは世界保健機構(WHO)でもわかった、中国の金によって中国の息のかかったエチオピア人がとりしきっていたからそうなった、つまり中国人のためのものだったのである
国連自体も世界のためではない、特定の国のためであり金を出す国が支配するとなる
世界政府とは世界が特定の大国なりに支配される体制でありそこに公平なとありえないのである
おそらく人間が意思を疎通される範囲は限られている
それで民主主義でも大きな国になると通用しなくなる
せいぜい一万くらいのギリシャのボリスのようだったら直接選挙で機能するとなる
それが十万だと百万だとかなるともう民主主義もなくなる
だから世界政府とはまるでナチス帝国とか中華帝国とかのことでありそんなものが作れるようがないのである
ただグロ−バル経済になるとそういうことが推進される
だからコロナウィルス騒ぎはそういうことをとめるために起きたのかとまでなる

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2020年02月17日

社会の脆弱性を攻撃するウィルス (アメリカは貧乏人が医者にかかれず、中国は言論の自由がない)


社会の脆弱性を攻撃するウィルス

(アメリカは貧乏人が医者にかかれず、中国は言論の自由がない)

向こうの貧困層は、その日暮らしが多いだろし
仕事休めば即クビだろう、そうなると病院いかず無理して、本人重症周りにウイルス撒き散らし
日本もこのまま貧困層が増え、格差拡がれば今以上に毎年インフルエンザ大流行で数万死ぬ社会の出来上がり

今回のコロナウィルスの正体はわからない、謎である
なぜアメリカにこんなにインフレインザで死んでいるのか?
こっちの方が怖いとなる
一万人も死んでいることの方が怖いとなる

その原因がアメリカでは簡単に病院に医者にかかれない、日本のような皆保険がない
医療費が馬鹿高いからである、それで医者にも行けず病院にも行けず死ぬ人も多い
これはアメリカは極端な格差社会であり金持ちは桁外れの金持ちである
数パーセントの人が富を独占している
そしてホームレスも多い、格差が極端なのである
結果的に医療がゆきとどかずインフレインザでこんなに死んでいるのかとなる
それはウィルスに対して社会の脆弱性がありそこをついてきたのかとなる
日本は貧乏人でも医者にはかかれる、病院に行けるからである

一方中国はどうかというと最初にウィルス説を唱えた人が警告した医者が習近平独裁体制のもとで言論の自由がなく自らもコロナウィルスにかかり死んだ
それは悲劇だった、ウィルスの攻撃で社会の問題が浮き彫りにされたのである
それは原発事故でもそうである、「安全神話」を作った議員や官僚や御用学者やマスコミがありそれは巨大な利権のために「安全神話」を作っていたのである
その安全神話が津波で崩壊したのである
日本にも言論の自由はなかったのである、安全だとしかなかったからだ
内部告発者もいなかった、実際は原発の管理はずさんなものだったのである
そこで働く電気工事関係者はそのことを言っていた
でもそれを言うと仕事がもらえないから東電の命令は絶対だからということができなかった、完全に「安全神話」によって言論は封殺されていたのである

だから社会の脆弱性というのが何か危機に現れる、それはそういう事故とか事件とかウィルスとかの危機に現れる
日本がで阿部首相が適切な処置をしなかったから中国人に忖度して観光で金を落してもらうために早急に入国拒否しなかったことが問われている
つまり常に利益が第一であり安全は考慮されないのは原発と同じだったのである

社会の脆弱性というとき格差社会になると社会全体からみると社会的紐帯がない意外ともろい社会であるとなる、そういうことが危機に現れる
アメリカでは極端な格差社会というとき、大金持ちは貧困層に無関心になる
でもその貧困層がいるということでその人たちがウィルスに感染しやすい
なぜなら医者や病院にもかかれないからである
するとそこからウィルスが蔓延してインフレインザが拡大して富裕層にも及んでくる
それは防ぎようがなくなるのだ

中国の様な共産党一党独裁は支配者層にとっていいが支配される下級国民にとっては
いいものではない、でも支配階級にとっても独裁政権が今回のように言論を弾圧する
するとそれが支配者層にはねかえってくる
医師がコロナウィルスを指摘したのに抹殺されてその時ウィルスが蔓延していたからである
中国では自治体の独立性がないから上意下達だから自分たちの生活する場所で知ったことを共産党幹部に伝えることができなかったのである


アメリカが中国を批判するけどアメリカでも社会の脆弱性が攻撃される
そして日本でも日本でのコロナウィルスの蔓延がとめられるかどうか問われる
日本の社会の脆弱性がここでも問題にされるかもしれない
ただウィルスは現代のようにグロ−バル化して人がこれだけ世界中を行き来していることで拡散することをさけられないのである
南相馬市の原町区のパリミキの人が福島市から通っているというのもそうである
相当に距離がある、でもそういうこともまた多いのが現代社会である
だから福島市で感染していたらすぐに南相馬市でも感染者が出るとなるのだ
もうその径路は追ってもわからなくなる、現実にそうなっている
それだけ広範囲に世界でも交わっているからである
それがグロ−バル経済の脆弱性として欠点としても現れたのである

例えば江戸時代なら関所が随所にありそこを封鎖すれば入れなくなる
食料とかどうするのかとなればもともと地元で自給自足なのだから貧困でも生活できる
貧しくてもできる、でも今はできない、世界でも結びついて生活が成り立っているからである
だから津波とか原発事故でも交通が遮断されると食料も何も入らずにお手上げになる
放射能が怖いから運送する人も入らない、津浪で道路は寸断されて運べないとなった
その時裏山の清水を飲みまたそれで貯えていた米をたきしのいだ人たちがいた
燃料は裏山の木とかなった、それは江戸時代の自給自足の状態に戻って助かったとなる
そこにセーフティネットがあったとなる
それが都会などでぱできないからもう生き延びることすらできなくなる

いづれにしろウィルスでもそうだが常にグロ−バル化しているからグロ−バルな問題として浮上する
アメリカのインフレインザだって日本に伝染するかもしれない、するとそっちの方が怖いとなる、何かこれはコロナウィルスではないかとアメリカで調べ始めたからである
アメリカも中国だけを悪者として批判できる国ではないのだ
そして日本のコロナウィルスの対応が悪いとういが自国でもどうなのかとなる
そんな極端な格差社会を作り貧困層が医者にも病院にもかかれないからそんなに多い死者をだしているとなるからだ

原発事故でもそうだったが何かこうして問題が起きると社会自体が問題になる
社会全体が問題になる、その国々の社会が問われる
中国とアメリカは巨大だからその影響が世界に及ぶことが多い
でもその社会の脆弱性がどっちにもありそれがウィルスの攻撃で攻められてもいるのだ
ということはこうしたウィルスも天変地異であり津波と同じように神の意志が働いてなっているのかともなる
これを契機に新たな社会形成を強いられるからである、つまり易姓革命となるからだ
だからこのようなウィルスでも神が働いているのかともなる
これはグロ−バルな問題でありグロ−バルな解決策が必要になっているからだ
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2020年02月14日

末世に起こる災難 (地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)


末世に起こる災難

(地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)

スペイン・インフルエンザが,植民地を含めた日本帝国で関東州を含めれば,推定75万人以上の犠牲者が出したことを指摘した。国内では内地に限っても,関東大震災の5倍近くの人命を奪った。

75万人も死んだ?これはどういうことなのだろう
何か津波と違ってこれだけ被害があってもこのことについて語られなかった
こんなに人が死んだのか、空恐ろしいとなる
                                            

巨大地震の連発を号鐘として、国家破産、異常気象、大飢饉、大疫病(感染症)等の災難が続発し、ついには亡国の大難たる
(国内の分裂抗争)と他国侵逼(たこくしんぴつ)(外敵の侵略)が起こるのである。

大地震に津波は来た、異常気象もある、そして次に来るのは何か?

大疫病→大飢饉→国家破産

今この大疫病の蔓延が開始されたのか?次に来るのが食料がなくなる大飢饉であり
次に来るのが国家の破産、経済破綻である
今そこに向かっているのか?

なぜつくづく東北では大地震が津波が来て原発事故があり台風の洪水被害もありこんなに災いがつづくのはなぜだろうとなる
自分自身も災いつづきだった、回りを見ると病気の人が多い、脳卒中で九死に一生を得た人もいる、ガンになっても仕事をつづけている人もいる
その手を見たら点滴した跡が痛々しいのである、点滴する場がなくなっているらしい
どうしても60代になると必ず病気がなんらか出てくるのである
また老人でも年金もわずかで暮らしが成り立たない人もいる
日本全体が貧困化しているのである、それがやがて国家破産になる
もう医療費が増大して払えきれない、消費税でも医療費でも何かと金をとることしかないそうして恐ろしいのは預金封鎖とかなんとかそんな噂をでてくる
地銀でも銀行が半分以上なくなるとか言われるし福島銀行は外資に併合された

確かに今は末世状況になっている、あらゆるものがうまくいかないのである
悪いことが重なり明るいものが見えて来ないのである
そもそもこんなに災難がふりかかってくること自体が異常なのである
末世には世が乱れる、天変地異が起きる
そういう末世状況が現れている
それだけ何か世が乱れて終始がつかなくなってあらゆる災いが襲ってくる
疫病もその一つなのである、これは75万人も死んだように深刻だったのである
医療が発達しているから現代は防げるのか?
このコロナウィルスの正体も実はわかっていない、未知のウィルスであり人類に襲いかかった未知の禍だとなる
何か手を打つことができない、薬でも直せないとかなる

ただこれは新たな時代を作るための痛みとして現れているのかもしれない
なぜならグロ−バル経済がこの疫病で歯止がかかりアメリカでも日本でも外国に労働賃金が安い所に工場などを移転できなくなる
国内で労働者を雇い国内でまかなうようになる
するとグロ−バル経済ではなくドメステックな国内経済中心の世界に戻る
それが人間として国として正常なことでありこのような極端なグロ−バル経済は天の理に反していたからこんなに災いが続いているともなる  
それはアメリカでもそうでありEUでもそうであり世界的傾向なのである
グロ−バル経済からの撤退現象なのである

地震でも津波でも天変地異でも天からの神からのサインとして起きて来る
地震や津波は原発をとめる、原発をやめさせるものとして働いたからである
それは人間社会に対しての警告だったのである
だから疫病でもそうである、これはわからないにしろ天からのサインでありそれによって社会が変わる、社会が正常に戻すための痛みなのだという見方もできる

それにしても人類には未知な災難がやってくる、それが予測できないのである
2020は変化の時であり災難の年になるとみんな言っていたが本当だった
この疫病でもコロナウィルスでももしオリンピックが中止になればこれも天の声であり
オリンピックなど無駄だからやめろということになる
災い転じて福となすともなる

ただ疫病というのも世界中の人が交わることで広がる、それをもはや止めることができないから起きる、何か西の方で東京とか都会でコロナウィルスが広がっている
東北の方は広がらないのか?東北には中国人でもあまり観光客が来ないということがあるそれで逆に東北は安全だとかなるかもしれない、ただどうしても仙台辺りだと人が交わる遠くからいくらでも人が来るから危険だとなる

何かインパウンドとかは問題があった、日本人は日本がゆっくり観光できない、旅できないとういのは本末転倒でもあった
外国人に中国人頼りになりおもてなしをする、ただこれは日本が高度成長時代に外国でしてきたことである、それがグロ−バル経済である
一旦世界的競争に敗れれば奴隷のようにされる、観光でも外国人にサービスしないと生きていけなくなるのである
それは日本のカルマだったのである、そもそも外国で同じようなことを日本はしてきた
それがカルマとなって今日があるとなるからだ
めぐりめぐって必ずカルマがなんでもある

いづれにしろ現代は2020年は末世である、だから災難が極点に達するかもしれない
もっと大きな災難が来て時代が変わる、ただ時代が変わるためには明治でも戦後の焼野原でもそうだが大きな痛みを強いるのである
それを覚悟せねばならないとなるが何ももう起きてもらいたくないとはなる

とにかく親鸞とか日蓮とか一遍が生まれた時代は末世であり題目を唱えて来世に行くことを願った
それは現実の地上が地獄になっていたからである
もう一心に題目を唱えるしかなぐさめもなかった時代である
それで異常に宗教が普及した時代である、まず医療に期待できるとか何か科学に期待することもできない
するとただ祈ることで来世に行くことだけが希望になった時代だったのである



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2020年02月13日

安全優先は国がしないとできない (コロナウィルスと原発事故の政府の対応)


安全優先は国がしないとできない

(コロナウィルスと原発事故の政府の対応)

中国でもそうだったけどコロナウィルスで対応が初動で遅れて蔓延した

●情報の隠蔽

●経済優先、コスト優先

医師がこれはウィルスとして政府に警告していたのにかえって無視されて罰せられるとかなる、政府にとって不利な情報は隠蔽される
権力でもって不利な情報は常に隠ぺいされる
原発は特にそうだった、何か内部で不具合があっても隠される
そして政治家であれ官僚であれ検察までも権力と一体になり隠される
マスコミはただ権力に従うものでそこから真実は伝えられない
原発は巨大な利権だった、それは事故前からそうであり事故後も除染で何兆円とかその賠償金でもそうである
そうなるとあらゆるものがその利権にあづかろうとするしかなくなる
それは地元でもそうでありそこで欠けたの安全が無視されるのである

安全というのはコストとして金をかけたくないのである
それで東電の社長でもコストカッターとしてのしあがったとされる
それから科学者が10メートル以上の津波が来るからそれに備えるべきだと報告しても
コストがかかるからしなかった
つまり何でもコスト優先になる、目先の利益がまず優先する
津波が来るとしてもいつ来るかわからないからだ
百年後かもしれない、そしたらその遠い未来に備えるのはコストのと無駄だとなる

とにかくなぜ安全がないがしろにされるのか?
安全に金をかけたくない、それは利益に直接結びつかないからである
でも一旦事故など起きると安全無視するとととりかえしのつかないものになる
それは今回のコロナウィルスでも起きた
安全より経済優先にする、阿部首相もインバウントの経済優先で中国の顔色をかかがい
思い切った手をうたなかった
それで今になり国内で死者が一人でた、これから蔓延してゆくのか?

安全は民間ではコストがかかるからしにくい、それは政府の仕事になる
あらゆる安全は政府の仕事になる、自然災害から守る国土の安全、食料の安全、他国から攻撃される軍備力をもつ安全とか安全は政府がしなければできないことがある
でも政府でも安全には金をかけたくない、何か経済成長するものに金をかけたい
つまり安全は無駄なものに思える、積極的に取り組むものではなく消極的に取り組むべきものになっている
安全を重視すると金にならないからだ、もうからないからだ

でも一旦会社の製品でも事故を起こすと大損害になり会社までつぶれるとなる
国だと国自体が危機にひんする、それがコロナウィルスで中国でも起きて日本でも起きるかもしれない、どうしても安全には積極的になりえないのである
攻めと守りがあり攻めは動物的に果敢に襲い掛かる
でも守りは何か目立たない、何か功績をあげるという感じでなくなる
前面に立って攻めてゆくのは目立つ、でも後方で守っているのは目立たない
攻めは男性であり守りは女性であり攻めは動物であり守りは植物である
二つの作用がありバランスが保たれる

今回のコロナウィルス騒動でも中国は軍事力で突出してアメリカに継ぐものとなった
でも中国社会全体に安全の意識は低い、医療関係ではまだ先進国ではなかった
それで中国社会の不潔な社会がウィルスに弱いことを露呈した
環境汚染とか黄砂とかとにかく中国はそうしてよごれ安い社会だった
だから汚れに対して不感症にもなる
日本は逆に神社でも塵一つでもないように清潔にする民族である
だいたい外国の川は特に中国の大河は泥川である、そこからして汚いことに不感症になる日本はまた異常に清潔を重視するのは川でも水が透き通っていてきれいだからともなる
だかち汚れに敏感なのかとなる、神道とはそうして汚れを拒否して川で禊(みそぎ)したことでもわかる、それが日本の文化なのである

とにかく原発事故でも危険を知っていても内部告発もできない
情報は権力で隠蔽される、それで大事故になってとりかえしのつかないことになった
「安全神話」をあらゆる権力が一体となり作り上げたからである
それは習近平体制ともにていたのである
原発に関しては情報は隠蔽され安全神話で何も言えなくされていたのである
だからそうした政治体制とか言論の封殺とかも原発にあった
科学は中立であり科学者が科学に忠実に発言していればいいができない
それで科学に忠実であった医師がコロナウィルスのことを早くから指摘したが封殺された
そして最初にコロナウィルスのことを伝えたのはアメリカだったのである
日本でも原発事故で放射能がもれたことを事故があったことを最初に伝えたのはアメリカであり日本でなかったのである
スピーディで放射線量を計測できていたが何も日本自身で対策ができない
それでアメリカに先に放射性物質に汚染されたことを伝えて対策を頼んだのである

結局安全ということでは日本は原発でもなんら対策もしていない
なぜなら「安全神話」を強固に作っていたのだからする必要はなかったのである
あたかも宗教のように安全神話に頼っていたのである
そこに御用学者がいて安全を言うから科学的客観的事実は無視されていたのである

そして今回もコロナウィルスは科学の問題としてあるがまたその国の政治社会の問題になっている共通性がある
このことで習近平体制がゆらぎ政権も危ういとなる、それは阿部政権にも波及してくるかもしれない、コロナウィルスについては未知なことが多いから予測できない
でも安全に関して政府はやはり中国と同じように遅れて対策をとらなかった
それで蔓延してゆくのか?
何か軽い咳がつづいたりすると不安になる
外出するのが怖いともなってゆく、でも東北だと大阪とか東京とから離れているから安全なのか?

それにしても今年は不穏な幕開けだった
地震が昨夜もあり今日もわずかにゆれた、昨夜は震度4であり今日は択捉島辺りが震源でありマグニチュード7となると結構大きいからここまでゆれたとなる
こうして依然として震災から9年過ぎるのに何か不穏なのである
いづれにしろ2020年は不穏でありさらに大きな変化が起きるのか、事件が起きるのか
それはみんいな予測したことだから当たっていたとなる



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2020年02月10日

科学技術にたよる権力の文明の崩壊 (中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


科学技術にたよる権力の文明の崩壊

(中国の習近平体制も同じように崩壊してゆく)


チェルノブエリ原発事故→ソビエト連邦崩壊

福島原発事故→日本の安全神話崩壊

中国のコロナウィルス→中国習近平体制崩壊

これらに共通性があるとしたらやはり科学技術と関連していた
コロナウィルスでもこれも秘密裡に開発された生物兵器だともしている
それが放射能のようにもれて大惨事となった
現代が科学技術の時代だというとき密接政治でも経済でも科学技術と結びつく
そこで科学技術の問題から政治に影響して崩壊する
科学技術と一体化して権力が維持されているからそうなる

それを象徴していたのがオウムだった
オウムは仏教の信仰団体であってもカルトでありサリンとか生物兵器を作っていた
つまり科学技術と結びついて権力をもちオウム王国を作ろうとしていた
つまり現代は科学技術無しでは権力を維持できないのである
そのオウムを拡大化したのが国家になっている
現実にサリンという科学兵器を生物兵器でも開発していたからである
それを国家規模でしていたのが今の世界である
コロナウィルスが中国の武漢の生物研究所からもれたというのもそうである
そこから習きんぺい一党独裁が崩壊するという時も科学技術と結びついているから
それがつまづくと政権自体が崩壊する

そもそも科学技術がテクノクラート支配が社会にあった
鉄が発明されると鉄を得るものが武器を作りまた鉄器でも作り農業生産が飛躍的に増大する、すると国家も巨大化してゆく
夜郎自大というとき夜朗国は青銅器であり漢は鉄器の刀でありそれで技術の差で滅ぼされた
そういう技術の差で世界の国々の興亡がある、そういうことは人間の歴史が始まって以来あったことである 
他方、鎌倉時代なのか鍬でも堅い木が必要であり樫(かし)の木を柄にしてそれで生産力をあげて地主から解放されたということもある、それで樫という姓が生まれたというのは興味深い

科学技術の崩壊が国の崩壊になる、科学技術が権力を維持するには不可欠である
太陽の運行を知ることなどが歴が支配するために不可欠だというのもそのためである
元号が天皇によって定められるのはまさにそうである
天候を知ることは農業で不可欠でありそれを知ることが国を治めることだとなる
それが崩壊するとマヤ文明のようにやはり文明自体が崩壊する
何か迷信化して人類の滅びる日まで割り出していたのである
それはまさにカルト宗教のようになっていたのである
そうしてマヤ文明はジャングルに捨てられたのである

原発事故でも安全神話を作り権力が維持された
それが津波と地震で崩壊した、その後遺症は甚大だった
未だに回復できない、まるでバベルの塔の崩壊のようにそこに住んでいる人たちはばらばらになって住めなくなった
補償金でもめたし互いに意思疎通もできなくなった
言葉が通じなくなったということにも似ている
つまり科学技術はバベルの塔でもあった
人間は神に成ろうとするのが科学技術でありそれが崩壊したのである

中国はコロナウィルスで自ら製造したのか、生物兵器なのかそれで習近平体制は崩壊してゆく
何かそういう法則が歴史にある、科学技術は万能ではないからいつかそうなる
つまり文明自体が必ずいつか崩壊する
AIに頼ってもそれもまた何かで崩壊する、機能しなくなりコンピューター文明自体が崩壊してゆく
人間は科学技術もカルマでありそのカルマを背負っていてそれで文明は崩壊する
のような過酷な罰を受ける定めにある
カルマは個々人も受けるが国全体とか文明とか世界でも受けるのである
どうしてもそこに人間の力の限界があり必然的にそうなる
もし神のように万能だったらそうはならないからだ 
つまり歴史にも何らか法則性がある、法則性とはカルマのことなのである
それは繰り返して起きてくるからである、自然災害でも法則性がありそれがカルマなのである
だからこの法則性をカルマを知ることが歴史でも必要なのである

とにかく福島の原発事故の時、あれはオウムだと騒いだ
つまりオウムを大規模化したのが国家であり国家自体がオウムだったのである
それは中国でも同じでありアメリカでも現代の国家は同じである
だからつくづくオウムというのは理解できない、奇怪なものとしていたがそれを大規模化したのが現代の国家だったのである
だから別にそうみれば奇怪なもの、理解できないものではなかったとなる
そういう極端な団体が生まれたのは現代文明から生まれた必然だったともなる
なぜなら現代の国家自体がオウムになっていたからである

















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2020年02月07日

報道されないアメリカのインフレインザの脅威 (一万人がすでに死亡?)


報道されないアメリカのインフレインザの脅威

(一万人がすでに死亡?)


アメリカの疾病管理予防センター(CDC)が1月25日付けのインフルエンザ感染の推計値を発表。
2019-2020年シーズンの累計でのインフルエンザ感染者数は1900万人以上、入院患者数は180,000人、死者数は10,000人に達しています。 

2019年10月1日から2020年1月18日までの今シーズンの米国のインフルエンザを巡る状況

インフルエンザを発症した人] 2100万人

[インフルエンザで受診した人] 1000万人

[インフルエンザで入院した人] 25万人

[インフルエンザで死亡した人] 2万人


アメリカのインフルエンザ報道を見た後だと、
少なく感じてしまいますね。

死者が1万人を超えるって、
アメリカからの訪日客の方が脅威ではないのでしょうか?

アメリカで猛威を奮っている季節性インフルエンザB型が猛威を奮っている。

病疫対策センターの発表で既に2600万人が感染。
内31万人が入院。
死亡が2万5000人が死亡。
全50州のうち流行指定は41州。

現時点で過去10年で例を見ない脅威的な感染力でパンデミックを起こしている。

新型コロナウイルスよりも桁が違う感染者と死者数はもっと日本で報じても良さそうですが・・・。

このアメリカで流行しているインフルエンザも新型肺炎と同じように潜伏期間があるので自覚症状がなければ余裕で空港の検査にひっかかることもなく日本に来国してきます。


コロナウィルスで中国が世界から責められているけどなぜアメリカのインフレインザの恐怖が報道されないのか?
これは疑問になるのも当然だがその理由がわからない、インタ−ネットでもある所は削除されたとかもあった                      

何かこの真相をアメリカは隠しているのか?

中国も習近平が最初に医師が警告しても表ざたにしないようにしてかえって蔓延した
必ず権力者は不都合なことを隠蔽するのである
それは福島の原発事故でもそうだった、あまりアメリカのことを批判しなかった
古い型の原子炉をアメリカから買った、それが事故の原因とかになったともある
でもアメリカには何の責任もないとされた
何か技術関係でも国と国の関係になると信頼関係がないと危険である

アメリカにすると日本で事故が起きてもいいや、古い原子炉を売ってもうけろ

日本ではアメリカの植民地のようになっていて逆らえない、原子力を導入したいから何も言えないとなる
それがすべてではないにしろ事故につながった一因でもあった

今回のアメリカのインフレインインザの流行は一万人もの死者とか言われるのは何なのだろう

そしてマスコミでは一切報道しない!

このことがみんな疑問になりインタ−ネットに書いてあるがその理由が全くわからないのである
これもなんなのだろうとなる
中国の危険は言うがアメリカの危険は言わない、アメリカ人の日本への渡航禁止になっても不思議ではない、これほど死んでいたらこっちが恐怖となるからだ
でも政府でもマスコミでも一切報道しないのはなぜなのだろうとなる

そこに常に日本では西側よりアメリカよりになりアメリカの不利な情報は流されない
それがこうしたことでも起きているのか?
マスコミでもテレビでもアメリカのインフレインザを取材したり報道したりしないのである

つまりマスコミにテレビに報道管制がしかれているのだろうか?

そもそもなぜアメリカでこんなにインフレインザが流行するのか?
それは今年だけでない、数年前からである
中国の医療体制の問題を指摘するがアメリカの医療体制はとうなっているのか?
アメリカの医療は高いと言うがインフレインザとかでは安くワクチンが受けられるとかある

ではなぜこんなにインフレインザが流行しているのだろうか?

それもなぜこんなに死んでいるのだろうか?

そして日本は一切政府もマスコミも報道しないのはなぜなのだろうか?

ここに中国のことはコロナウィルスのことは過剰に報道するが一切アメリカについては報道しない
すると日本ではその危機感がない、アメリカ人も普通に入ってくる
そしたら菌をばらまくことがある
その注意もしないのはなぜなのだろうとなる

日本はアメリカから情報統制されているからそうなっているのか?

でも日本の危機になるとしたら日本国民にもっと知らせる義務がすでに政府にある
でも日本はアメリカに何も言えないとなるのだろうか?

そこに独立国ではないから日本が危機でも知らせることもできないのか?

中国でもアメリカでも大国に忖度して日本人の命がそこなわれることにもなる
そこに小国の悲哀があるとなるのか?
日本が習近平を招待するというのはアメリカを牽制するためだとも言われる
アメリカに一方的に押し付けられることに対して中国によって牽制する
それが大国の狭間にある国の外交だともなる

ただアメリカのインフレインザの情報がインタ−ネットですら少ない
だから知り得ようがない、その知らないことで国民が被害を受けることにもなる
原発事故は全く危険を知らされないことで大惨事になったからである
情報はだから権力者が操作できる、そこで常に危険でも隠蔽されてそれがいつか
原発事故のように明るみに出される
ただその時はすでに時遅しとなっているのだ
警告する人があっても無視されるからである

コロナウィルスでも危険だと早めに手を打てと警告した中国の医師が感染して死んだからだ
何か原発でもそういう人がいたけど無視されていた、マスコミでは地方の新聞社でも雑誌でも報道関係でも
報道しなかったからである

二三年前にもアメリカでインフレインザで大量に人が死んでいる、でもそのことをインタ−ネットで書いた人がいても削除された
その削除したのはグーグルなのだろうか?
グーグルはアメリカの政府と結びついている、それは中国でも言われた
中国のファーウェイがアメリカの標的になった、情報を独占するということでそうなった
情報で世界を支配するとことで技術の流出を止めることに躍起になった
つまり情報でも中国とアメリカの大国が争っていたのである
ただアメリカ側にある欧米側にある日本は中国のネガティブな情報が入りやすいが欧米のネガティブな情報は入りにくいとなる
だからアメリカが世界の権力者になっているときアメリカ側に利する情報しか知り得ないともなる
だから情報に公正さはないとなる、権力をもつものが情報も支配するからだとなる



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2020年02月03日

中国の最優先課題は常に政治 (いかに国内を一つに治めるかが課題)


中国の最優先課題は常に政治

(いかに国内を一つに治めるかが課題)


昔、中国人に詳しい人の著作を読んだ時
「中国人は中国人同士の争いだけが眼中にある。外国人と争ってるように見えても、それは中国人同士の争いを有利にするための前段階に過ぎない。中国人の本当の闘いは中国人同士の争いにこそある」って記述があった。

日本の古代の朝貢貿易の使者や留学生が厚遇して貰えたのもこれがあったかららしい。恭順の意思を見せ貢ぎ物を持って来た事が中華の支配者には国内外に自分の威光を宣伝する効果が高かったから、使者としての体裁を整えて来る日本の使節は大切にして貰えたと

いまだに感覚的に全て理解した気がしないけど、中国人同士の争いが本番って事なのかなとなると、中国人を攻撃するウイルスを中国人支配層が作ってても不思議じゃないのかね…否応なしに巻き込まれる世界は迷惑な話だ


5ちゃんねる見ていなけどこれは面白い
中国の習近平が天皇に会うというときこれなのだ
「俺は天皇とあった、天皇が俺に頭を下げた」とかなって中国国内で宣伝できる
日本もまた中国にこうしてたてると中国でも厚遇されるとなる
ただそこに危険性もある、中国の柵方体制とかに組み入れられるとかその工作として
北海道を一路一帯政策に組み入れるとかカジノで政治家を買収するとかを言う人がいる

ともかくこのコロナウィルスは政治に影響する度合いが大きい
それで陰謀論になる、なぜ陰謀論になるかいうと情報が開示されないしわからないからそうなる、でも状況証拠がありそこから陰謀論になってゆく

要するに正体がわからないものはいろいろな憶測となりそれが怪異なものを生んでゆく
明治時代とかの錦絵に外国人が富士山爆発を起こすとか描かれている
その時外国のことを知らないからそうしたことまで噂になり恐れられる

とにかく中国があれだけ大きいのだからもともと三国志になる
一つの国として統一すること自体が政治なのである
だから中国は政治の国なのである、すべてが政治になる
老子などの思想も一見政治でないようでも政治色の強い思想である
2000年前でも人口が多いとしてその頃一億くらいでもそうだった
それで「小国寡民」の思想が生まれた、他でも成さずして成るとか過剰な政治の支配があるからこそそうした無用の思想が生まれた

中国だと中国自体が世界でありその中で争いに勝つことが政治であり外国の事より優先されるというのがわかる
ただハーバード大学の生物のウィルス研究者が逮捕された
武漢の細菌研究所に勤めていた、高額の金をもらっていて二重スパイだっとして逮捕された
だから何かこのコロナウィルスの背景が複雑になりまるでスパイ映画のようになっている
武漢の生物兵器細菌研究所からもれた

故意に誰かがもらした

習近平に反対する人なのか

アメリカが習近平体制を終わりにするためなのか

生物兵器研究所が怪しいという時根も葉もないものではない 
火のないところに煙はたたないからだ

いづれにしろ中国とは邪馬台国の時代から日本では関係している
でも中国の歴史を知ることに疎遠になった、欧米化でそうなった
今になってまた中国が経済力で世界一にもなろうとしているから見直すようになったのである

中国の課題は必ず政治でありそれは2000年前から変わっていないのである
あれだけ大きい国を統一することが課題でありまた膨大な人民を飢えないように食べさせることなのである、それをしないと政権はもたないのである

ただあれだけの歴史があるのだから中国に学ぶことが多いし日本で利用する諺が中国由来なのが多いし漢字を使っているのは日本だけであり文化的には深いつながりがある
中国自体が世界であり物産でもないものがない
中国ですべて事たりるのである
そこで世界に通じる思想が生まれる

「他山の石」「夜郎自大」とか「一将成って万骨枯る」とか歴史から教訓が生まれた他山の石とは遠くの知らない石でも参考にしろ関心をもてということである
夜郎自大とは夜朗国が強大な漢の国を知らずに自分の国は大きいとして戦って敗れた
これも中国がいかにそもそも大きく世界だったかを知る
それはアメリカの大きさを知らずアメリカと戦ったこととにているのである

「一将生成って万骨枯る」でもそうである、習近平が一将であり独裁者になる
その下で取り締まりが厳しくなり従わない者は牢獄に入れられる
それは始皇帝の時代から変わらないのである、そういう国だということである
中国ではとても民主主義など不可能である、三つに国を分けたりしたら可能かもしれない
でも一つにするとなると独裁しかないのである

どこの国にも強みと弱点がある、それは人間でもそうである、人間に弱点がない人はいない、中国の弱点は強みである人民が多いことであり国土が広すぎることなのである
恐竜のようになっているのが中国である
その馬鹿でかさのために人民を支配できない、国を治めることができないことが歴史だった
だからその弱点としてコロナウィルス騒ぎとなった、前にもサーズとかあった
あまりにも国が大きいから制御できないのである
日本はそした馬鹿でかい国ではなく人口も多いが中国家として治めやすいのである
統一されやすいのである、そこが日本の強みだとなる

いづれにしろ日本に来た中国人にインタビューしても口をつぐんでコロナウィルスについては語らない
それは上らか命令されているからである、言論の自由がない国なのである
日本に来ても自由に発現できないのである、だからそれが怖いとして香港に二年住んだ人が日本に帰った
もちろん日本にも言論の自由があるとは言えない、でも中国とは違う、中国の言論統制は厳しい
すぐに警察がきて牢獄にぶちこまれる、そして獄死させられているというからだ
そういうことがコロナウィルスでは裏目にでたのである
そういうことから今の政権が崩壊してゆくという人もいる、それだけの衝撃がコロナウィルスにあった証拠である





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2020年02月02日

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)


福島県会津へのコレラの流行

(伝染病は交通と密接に結びついていた)

「日本の歴史災害ー菊池万雄]を読んで

江 戸 時代におけるコレラ病の流行
-寺院過去帳による実証 菊池万雄

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日本海から会津若松に伝染して一方白河街道からも伝染した
それが田島方面に南山通りに伝染した
白河街道と阿賀野川の方からの伝染が多いからそうなった
それより南山通りからは伝染していないとなれば
ここの道は行き来があまりなかったとなる

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山形、秋田、青森が多かったのは日本海航路があり北前船が通い交通が頻繁だった
宮城県15年に2361と増えたのはやはりか石巻とか港があったからだとなる
福島県とか岩手県が少ない、太平洋側は北前船のように交通が盛んでなかった
北前船は大阪とかから來るから遠くの影響を受けやすかったのである


この本を読んで伝染病がコレラの流行が密接交通と関係していた
交通が頻繁にある所は伝染病がコレラの被害が拡大したのである
それを福島県に会津に例をとった部分で解説する

なぜここに興味をもったかというと全国を隈なく旅しているからそれで交通に地理に興味をもつようになった
会津に何度も行っているがここほど地理が特に方角がわからない場所はない
海側だと海から太陽が昇るから東であり山側は西であり北とか意識する
つまり方角の目星がつくが会津とか山の中の盆地になると方角がわからなくなる
それで飯館村に行った時、方角がわからなくなり迷った
東に行こうとして西に行ったのである
その時太陽が西に沈むことでわかった
このように盆地になると方角がわからなくなるのだ

特に会津は広いし本当に方角がわからない、地理がわからないのだ
基本的には阿賀野川がありこの川を通じて日本海に新潟に通じている
ここに川運があり人との物流があり人との交流があった
そしてコレラでもこの阿賀野川を通じて会津にも入ってきたのである
日本海側には北前船が通い大阪とかから人も物も入ってくるからコレラも伝播して死んだ人が多い、その数千数人とかなっているのも驚く
それだけ当時は伝染病というのを防ぎようがなかったのである

その当時の交通は日本海を通じして北前船でありあと陸路は街道である
だから新潟県とか秋田県とか青森県にコレラで死んだ人が多い
福島県は内陸部だから死者はおさえられた
それでこれだけ死者があったということは当時の医療が遅れていたからである
伝染病というと黄熱病で猪苗代に生まれた野口英世が死んだというのも因縁である

とにかく本当に当時の交通とコレラの伝染が密接に結びついていたことはいかに交通が伝染病に影響していたかという事実である
だから今回のコロナウィル騒ぎで中国の辺鄙な村では村に入る道まで閉鎖した
日本がでも塞(さい)の神とか村の入口に大きな藁人形とかを置いてよそ者の侵入を恐れた、それは伝染病を疱瘡とかでも恐れたからである
だから同じようなことが人間社会にはカルマとして起きる
玉野村は伊達藩と相馬藩の境でありそこに若木神社があるのは疱瘡の神を祭っている
境とはそうして伝染病を入らないように閉ざした場所でもあった
それで桧枝岐は隔絶した場所だからコレラの死者が出ていない、それは隠れ里であり人とか物流がなかったからである
それで悪いものも入ってこない逆説があった

現代はグロ−バル化になり交通がこれだけ発達したらもう世界的にたちまち拡大する
それも防ぎようがないのである、それだけの人であれ物であれ流通しているからである
日本のコレラも江戸時代の末期から文久から明治時代にコレラが大流行した
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最初に中国の廈門(アモイ市)から長崎に入ってきた、そこから港から全国に伝染した

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

アモイは福建省南部に位置する。台湾海峡を隔て台湾と向かい合う港町で第二のヴェネチアと「東方見聞録」に記されている。アモイの歴史は約1000年とそれほど古くなく、もともとはビン越族と呼ばれる先住民族が暮らしていたが、のちに漢民族の移住が進んだ。古くからの港町で、特に北東部に位置する泉州の港は、宋、元の時代に「海のシルクロード」の出発点として栄えた。

ここは華僑の出身地でもあり故郷である、ここはそれだけ外国人も入ってきていたから
伝染病でもコレラでも入り安いとなっていた

福島県でコレラが伝染したとき南山道ではなく別な方向からコレラが伝染して会津の中心地若松で増えてそれが南山道から逆流した
この意味が理解できなかったが白河街道方面とか阿賀野川からも入ってきてそれで会津に集積してコレラが田島方面へ伝染した
これも何か当時の交通がどうなっていたか、物流が人の流れがどうなっていたのかを証明している

安政 におけ る当地方 の コレラ病流行 の実態を
第5図 の如 く,コ レラ病死亡者埋葬寺院 の分布
の面 か ら考察す ると,石 巻 ・塩釜 を中心 に半径
50km内 に流行 した もの とみ られ,そ の状 態は
近 きよ り遠 きにお よぶ同心円状をな して ノーマ
ルで あるが,仙 台藩支藩の一関や,三 陸沿岸 の
気仙沼 で,わ ずか なが らも流行 の傾向があ らわ
れ るなど,幹 線交通路 としての北上川水運 と,
沿岸航路 の重要 さを物語 っている面 もある

石巻から北上川をさかのぼり一関にも患者が増えたというのもそうである
この道は古代では鉄の道だった、それで産鉄集団だった真野氏一族が北上川を通じて登米に上ってその跡を記したのである
つまり歴史をみるとき交通の面から見ることが不可欠なのである
地理があらゆる学問の基礎ともなっているからだ
それで私は全国を旅行したからそこがどういう場所かイメージできる
そして地理に興味をもったのである
地理が基礎だという時、地理は地形とかは二千年単位でも基本的に変わらない
どんなに時間をさかのぼっても地理は変わらないからである
イスラエルでもエジプトでも何千年前と同じ場所にあった、例え国がなくなってもその
土地はなくならないからである、だからこそ二千年過ぎてイスラエルという国が復興したともなる

歴史がなぜあらゆることで事件でも問題になるのか?
それは人間は必ず同じことの繰り返しなのである、カルマの繰り返しなのである
津浪だって相馬藩政記に二行だけ生波(いくなみ)で津波で700人溺死と記されていた
でもこの辺ではここは津波の来ない場所だと思い込んでいた
ても確実に災害をカルマであり繰り返し起こってくるのだ
ただ400年前になると誰も生々しく語るものがいないから忘れてしまうのである

コレラだってこんなに明治になっても死者があったのかと驚く、それも忘れているからである、人間ほど忘れやすいものはない、人間個人でも次々に事件でも問題が起きて前騒いでいたことを忘れるのである
ニュースだって次々に新しいことを追いかけて昨日あったことさえ忘れてゆくのである
ここがやはり人間の弱点でありそれで何回も津波でも警戒しなくなっていたのである

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2020年01月30日

権力者は常に情報を隠ぺいする


権力者は常に情報を隠ぺいする

(コロナウィルスと原発事故の共通性)

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武漢のコロナウィルスは最初から情報が隠蔽されていた、中央政府からも情報が出されず隠蔽されて結果としてウィルスがたちまち蔓延した
そして一市民が危険を冒してyoutubeで発言して助けを求めている
また情報で混乱しているのも原発事故と同じである
浪江の人は一番危険な放射能汚染の場所に対馬に逃げた
津島が山の奥であり原発から離れているから安全だと思ったからである
そのことを原発関係者は知っていたが何も知らせなかった
ただ原発で働いていた東電の人がいて津島の山の方に逃げるより街の方が放射線量が低いと街の方に引き返した、それが正しかったのである
つまり東電に勤めている人が知っていたのである

武漢でもこれと同じような混乱が起きている、情報が錯綜して混乱している
インタ−ネット時代でありそれで様々な情報が出ている
ただ中国ではインタ−ネットも政府から規制されているから隠れて日本人の友達から放送して助けを求めている
もともと常に権力者は情報を隠蔽するのが常套である
危険な情報は出さない、でもどうしても人間がウィルスに伝染したりすれば隠すことができない、そういうときはすでに時遅しとなっているのだ

原発でも最初から強力な情報統制が行われていた
そして原子力村によって支配されていたのである
そこでは安全神話が作られて逆らうことはできなかった
政府ー官僚(検察)−労働組合(電事連)−自治体ーマスコミー地元権益者
こういうふうに強力な利権で結ばれたものは完璧とすら見えた
だからこそ安全神話は強力に作られたのである

でも原発内部で働いていた人たちは配管などで仕事していた人は壊れるとか見ていた
それを報告するにもできない、なぜなら東電の権力は絶対だからである
千人も電気工事関係者が働いていたがその人たちは東電の命令は絶対だとしていて何も言うことができない
言えば仕事がもらえないからである、東電は絶対的権力をもっていたのである
これは中国のコロナウィルス騒ぎとにている

なぜならコロナウィルすは生物兵器のウィルスがもれたためだとも言うからだ
それは秘密裡にされて作られていた、その証拠がないにしろ生物兵器工場が武漢にあったそこでフランスの技術者が協力していたのである
これは限りなく黒に近いともなる、火のない所に煙はたたないとなるからだ

とにかく原発でもそうだが常に権力者が隠蔽する、それは危険なものでありその危険を隠蔽する、そうせざるをえない、そしてその管理もずさんなのである
生物兵器でもウィルスがもれる、原発でも放射性物質がもれる
そういうことは事故がなくても現実に今でもあるのだ
原発のまわりではもともと放射性物質がもれていたのである

こうした政府指導のものは常に情報が隠蔽される、そうするこきによって危険が知らされない
なんとか指導者も権力者も隠そうとする
でもこうして必ず何か事故となり危険なものがもれてきて初めて大騒ぎして隠すことができなくなるのだ
これはウィルスでも原発事故でも同じだったのである
これは政治体制の問題であるが中国だげではない日本も同じだったのである
日本は自由なようで常に江戸時代から隠蔽社会だった
庶民は何も言うことができない社会だったのである

でもそうして情報を隠蔽すると事故になったりこうして危険が明るみに出てその時被害が拡大して止められなくなるのだ
その情報の隠蔽の結果として重大なことが起こり誰かが民衆でも国民でも責任をとらされるのである、今回はウィルスで中国国民が死ぬのである
これは中国の一党独裁とか政治体制の問題でもありまた世界的に日本でもそうだったように権力によって隠蔽される結果そうなる
権力者は都合の悪いことは表に出さないようにできる
でもそれが隠蔽されているといつしか必ずこうしてウィルスでも何でももれてくる
いつか明るみに出される
これはやはり真実がいつか明るみに出されて裁かれる、神から罰せられる通じている
時間はかかるにしろそうした隠蔽された悪が必ず明るみに出される
それが人間がするのではなく原発の場合は津波だったのである

このコロナウィルスが問題なのは中国だけの問題ではない、グロ−バル化しているからこそ世界の恐怖となる、この伝染病は本当に怖いものとしてあった
ペストでヨ−ロッパの三分の一が黒死病で死んだからである
これだけグロ−バル化して人が交わることはいいことのようでもそこに大きな危険が潜んでいたのである

何か世界が交わることはヨ−ロッパの大航海時代からつづいていた
でもその交わることで第一次第二次世界大戦となった
その死者は何千万人にもなったのである
江戸時代なら確かに遅れているし貧乏でも朝鮮半島とも中国とも争う必要もなかった
平和な時代がつづいていたのである
だから必ずしも人が国が世界が交わるグロ−バル化することは全面的にいいとはならないその負の部分がこうして拡大してきて歯止めが必要になったのである

老子の言うように平和を維持するには「小国かみん」がいいとか何か鍬までもつなとか
隣の村とも交わるなというのは人間の歴史の逆説である
国と国が世界的にグロ−バル化して交わった結果、世界大戦で何千万人も死んだとか
いいことばかりではなかったのである
鍬をもつなというとき道具をもつ延長として石器で殺し合っていたのが鉄の発明でより
殺傷力が強いもので鉄の武器で殺し合うようになったのも人間の歴史だったのである

ウィルスはやはりグロ−バル経済とかに対する警告なのである
神からの警告なのである、オリンピックももうそんなものに金をかけることは必要ない
それは平和の祭典とかではないからだ、マスコミとか利権者の金儲けのためだけなのである、何か意味があるわけでもないのである
オリッピック自体もうやめるべきなのである、別に技を競うならそれぞれの種目の世界大会で十分だからである

インタ−ネットの普及で情報社会になった、でも原発事故でもそうだが結局情報は権力者がにぎっていて表にでないのである、情報は統制されるのである
特にマスコミは政府であれなんであれ創価とか他の宗教団体であれあらゆる団体の圧力でタブー化する、そしてタブー化する結果、大きな事故とか災いを生まれて来る
これがさけようがないのである
民主主義の社会としても日本は情報統制がかえって強い、自由に発言ができるようでできないのである、その象徴が原発事故で起きたていたのである
その隠蔽のために故郷に住めなくなったり大惨事となってしまったからだ
それはコロナウィルスにも共通しているのである

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2020年01月28日

交通が発達すると伝染病が広がる被害 (江戸時代の伝染病も港からウィルスが侵入ー武漢も交通の要所)


交通が発達すると伝染病が広がる被害

(江戸時代の伝染病も港からウィルスが侵入ー武漢も交通の要所)


天然痘(疱瘡)は Variola veraというウイルスによって起こる感染力の強い伝染病である。『日本書紀』に天平7年に「幼い子供が多数死んだ」という記述があり、天然痘は天平年間に大陸から侵入したとされている。以降天然痘は19世紀まで大流行を繰り返した。1857年から5年間長崎海軍伝習所の医学教授を務めていたポンペ・ファン・メ−ルデルフォ−ルト(J. L. C. Pompe van Meerdervoort, 1829-1908)は「日本ほど痘瘡のある人が多い国はない。住民の3分の1は痘痕があるといってよい」と書いている


文 久2年 の流行は長 崎は も
ちろん,山 陰 ・山陽 ・江戸 ・越後 ・飛騨 ・信 州
か ら奥 州 までお よんで,ほ ぼ 日本全 域をおお う
ている ことが立 証で きる。 

安 政5年 の コレラ
病 は石巻 に侵入,局 所的に流行 し,さ らに北上
川本流を のぼって鹿又 ・飯野川 にお よび,一 関
付近 まで流行 の兆 がみ られ る。江合川 に沿 う古
川 に達 しないのは,河 川交通におけ る利用度
交通頻 度の差 に よる もの と察 しられ る。     

コロ リ病 ニ而人 死ス(飯 野川源光寺)
安政六年流行 コロ リ病 ニテ都合三人没 ス
八 月二十五 日 徳翁道教信士 赤岩 徳治事
八 月二十七 日 実相妙境信女 赤岩 徳治妻
九月五 日 宝台妙客信女 赤岩 徳治娘
(気仙沼観音寺 〔注13) 425頁〕)
な どがあ って,当 時いかに奇病 に困惑 したかが
うかがえ る。特 に,観 音寺 の記録 か らは,一 家
族 の大人3人 が,10日 間に病魔 で急死 した実態
を もうかがい知 る ことができる。

。雫石は南部藩城下町盛岡 の近郊
であるが,奥 羽山脈を越えて裏 日本の影響がみ
られ,八 戸は 旧盛岡南部藩 との関連や 海港 とい
う関係 もあって,西 廻 り航路の影響 よ りも,東
第6図 文久2年 東北日本諸地域に
おける月別死亡者構成
廻 りの影響が大で あった ことを示 してい る。


当時の川柳には、「はやり風十七屋から引き初め(飛脚問屋から流行性感冒が感染が始まるの意味)」や、


東ローマ帝国軍はカルタゴとアフリカ北岸のほとんどを奪い返し、シシリー島を奪還してイタリアに渡りました。ローマなどイタリア中部の都市を占領、さらにスペインの一部も奪還しました。540年にエジプトのペルシウムでペストが発生(エスティニアヌス疫病)しており、軍事行動によって拡散したペストは542年には首都コンスタンチノープル(現在のイスタンブール)にまで及び、毎日5,000〜10,000人の死者が出たとされています。


若木神社は東根市役所の南方、神町東の若木山(133)の西麓にある。若木神社は疱瘡(天然痘)の神様として知られ、元は若木山の山頂に有ったという。


若木神社は日本唯一の疱瘡守護神であり、神町の氏神様であると共に
若木大権現として東北一円の信仰を集め、東北の人々の加護した神様であります。

    coreranew11.jpg

 クリック拡大koreracopynew22.jpg



大君の都-オールコック

明治に来た外交官の日本見聞録である、日本は中国より江戸時代でも清潔だったというのは日本の文化ともなっていた
江戸時代だと不潔な感じがするがすでに外国人からみれば清潔だったのである

これだけインタ−ネットで調べられた、江戸時代から安政からコレラも流行した
それは港からだった、疱瘡は天然痘は最も恐れられていて歴史も古い
それで相馬藩と伊達藩の境の玉野村に若木神社があった
これは疱瘡を防ぐものとして祀られた
江戸時代は国内では船の運送とかが発達したから全国的に交流が盛んになった
ということは伝染病でも伝播しやすくなっていたのである

それで交通の面からすると興味深いのは主要な港からコレラが伝染した
それは石巻だと北上川をさかのぼり一関市にとか伝染した
それは交通があり人や物の行き来が盛んになったからである
それが裏目となりコレラが幕末から明治になり流行した 

当時の川柳には、「はやり風十七屋から引き初め(飛脚問屋から流行性感冒が感染が始まるの意味)」や

飛脚もウィルスを運んだというのもそうである、人が移動するとウィルスも移動しやすいそれが伝染病の怖さである
それで今回中国のコロナウィルスの発祥地が武漢だったということで納得した
そこは盛んに中国の交通の要所だと言っていたからである
赤壁の戦いもそうした中国の要所だから起きたのかやはり場所と何でも深く関係している
コレラの発祥地は島根の方だとか言われるから港から入ってきた
そして東北にも被害があった、石巻では一家の三人が死んだというのは衝撃だったろう
そこは交通の要所であり江戸に伊達藩の米を運んでいたからである
古代から石巻や北上川は川を通じた交流がありそれか裏目に出たのがコレラの伝染だったのである

伝染病が怖いのは免疫がないとかで被害が拡大する、村の入り口に藁人形とか置いたのは疫病防止のためだともされている
それだけ疫病は恐れられていた、江戸時代はなかなか交流はしない社会だった
関所があり出入りも自由にならない、そういう社会でそういうふうに警戒することは理解できる、よそ者を入れないという理由にもなった

何かグロ−バル化でも何でも広く人間が交わり物が行き来することはいいことだとされるでも必ずその負の面がある、そしてグロ−バル化がこれほど拡大するとその負の面が大きくなったのである
それは神からの警告でもある

グロ−バル化経済はもうこれ以上必要ない、縮小すべきだ

それは日本だけではない、世界でも移民問題があり限界に来ている
国が交わるとしても何か別な方法を模索する必要がある
なぜなら日本では古代から文化は取り入れたが労働者とか入れない
あくまでも中国だったら留学生が行って文化を取り入れたのである
漢字とかでもそうである、仏教でもそうである
ただ日本では中国に与えるものがないので生口を送った記録にあるがこれは奴隷だったのかもしれない、何も与えることができないので送ったのかもしれない。
今でも何も与えることがないとすると技術もないとすると資源もないとすると生口を奴隷を送る、それは今の底辺労働の外国人労働者なのである
でも今やベトナム人の優秀な人たちは日本に来ないという
日本が優秀な留学生の来る場所でなくなっているからである

このウィルスでも自然災害でも津波でもそうだったが神からの自然からの警告なのであるグロ−バル経済とか資本主義がもう成り立たなくなっているというのもそうである
一時は資本主義が有効に働いていた、でも今は違う
別なシステムが必要になっている、別な思想が必要になっている
資本主義ももともと思想だからである、その思想が現実に合わなくなったのである

何か事件があればそれを歴史的に見ることが必要である
今に起きることはすでに常に過去にも起きていたから歴史から学ぶことが必須なのであるカルマとは繰り返すことであり歴史は繰り返すなのである
交通が発達した結果の負の面が伝染病が幕末から明治に拡大したのである

中国人が観光でサーズの時より10倍以上来ている、その影響は大きいのである
つまり必ずしも経済的な面だけからグロ−バル化を見てはいけないのである
それは大きな災いも同時にもたらすのである
ペストもトルコに東ローマ帝国の拡大とともに広がった
ペストの猛威をヨ−ロッパではとめることができなかった
ヨ−ロッパで三分の一が死んだ、黒死病だった、だから疫病は怖い、疫病との戦いも人類の戦いだった
とにかくグロ−バル経済というのは資本主義でもそうであり見直すときが来ているのである、それは負の面が増大してきたからである

江 戸 時代 にお け る コレ ラ病 の流行
-寺院過去帳 に よる実証菊 池 万 雄   

この論文は興味深い、こうして学者の論文がインタ−ネットで読めることで知見が広がったのである





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2020年01月26日

コロナウィルスは神罰である (原発事故でもそうであり過度なグロ−バル経済の警告)


コロナウィルスは神罰である

(原発事故でもそうであり過度なグロ−バル経済の警告)


worldtime123.jpg

中国のコロナウィルスが神罰だという人がいた、そのことで私は原発事故もそうだったとプログでずいぶん書いてきた

核を使うこと→神への反逆→科学に頼り人間が神の如くになる

これを目指していたので神によってその企てが破壊されたとした
科学者でも核爆発を人間の手で起こすことは危険だと言う人がいた
何か科学者でもそれが何か人間の傲慢さに通じると思ったのだろう 

プロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な罰を受けたことからすでに人間は呪われたものとなっていたのである
人間は何か所有するもの自ら作り出すものはない、みんな神のものでありその神のものを盗むことから始まっている、科学技術でもそうなのである
そこにすでに神の呪いが隠されていたのである

そして原子力村が検察から官僚から政治家から科学者からマスコミから結託して利権を得るために結託して起こしたのである
それが津波によって暴かれたのである
そういうふうに権力化したらもう原子力村には逆らえないとなったからである
それを止めることは誰もできなかった
結果として津波がその原発をとめたのである
それは神が罰して神が原発をとめたとなる

もし原発をとめなかったらどうなるのか?

日本自体が滅びるとまでなるしまだその継続として可能性として原発は日本にある
つまりまだ日本人はこれほどの被害にあったのに原発をつづけているからだ

人類が滅びるものとてしてやはり核戦争が一番可能性が高い

そして今回の中国のコロナウィルスは何を警告しているのか?
罰しているのか?

それはグローバル経済である

なぜならこの細菌は人の交流をとめるからだ、グロ−バルに自由に国境をなくして人が
交流していたのをできなくさせるからである
それは今の過度なグロ−バル経済というのが何か神からみたとき神の意にそわないものがあるからだともなる
一見世界の人が交流して貿易するのがいいように見える
でも結果として極端な格差が生まれ、世界の富が金融資本に集中して奪われるている
それが世界にとってもう限界にきている

するとこうした細菌が出ると明らかにグロ−バル経済は縮小するのである
それは神からの人間への作用なのかもしれない
そして人間はもともとその風土にあって生活するようにできている
本当に人間は今なんでも貪欲に食べ過ぎるのである
中国ではもともと何でも食べる、それだけ生きる環境が厳しいし人が多いからそうなる
中国自体が一つのグロ−バル世界であり食でも南から来たから何でもある
だから別に中国では世界と貿易する必要もないのである
それだけの資源でも食料でももともとあるからだ 

日本にしても日本人は日本の風土に適合して縄文時代から生きてきた
だから腸が長いのは穀類とかを食べてきたからだとなる、肉食は狩猟で一部していたにしろあとは漁労民族なのである、肉の代わりに魚を食べていたのである
それがその国の風土にあって生活することなのである
それが神の意にそうことでありそれがその国の人間を守ることである

だからこのウィルスは過度なグロ−バル経済の警告である
観光にしてもこれだけ人が入ってくることはいいことでないのだ

そしてオリンピックは中止すべき!

オリンピックは意味がないのだ、前の東京オリンピックとは違って開催する意味がないのである
だからこれも神からの警告であるともなる
こうして神からの警告が罰がなければ人間はますます増長して滅びに至る
人類はそもそも滅びることは間違えない
それがいつになるかであり時期の問題だけである
その時期が近づいているのかもしれない、それはこれだけ世界が統一するような状態になっていることもそうである
世界国家ができるのかともなるからだ、それは実は世界崩壊に向かっている
バベルの塔のように崩壊に向かっているともなるのだ

人間はそれぞれの国の風土にあった生活するのが神の意なのである
何かそういうことで自然が荒れている、地球も荒れている
するともう人類滅亡の時期が迫っている
地球はもう限界だとなっているのかもしれない、だからグロ−バル経済でもグロ−バルに貪欲化した人間を細菌で罰しているということもありうる
もういいかげんにしろよ、グロ−バル経済などは縮小すべきだと警告している

だからこうした神意を示しているのが自然災害でありウィルスでもある
中国人が世界にちらばりウィルスをまき散らしたらどうなるのか?
中国人が世界に拡散したらどうなるのか?
アメリカに代わり中国に世界が支配される、ウィグルとかでそうなっている
それも悪夢なのである、だから中国の力もそがれるべきだとなる
アメリカでもそうである、何か一国が巨大化することは世界にとっていいことではないのである
それが世界の均衡を破り神の意に反する世界となり災いが生まれるのである

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2020年01月14日

ゴーンの別な見方もあるーマスメデアにより一方的見方の危険 (日本にも商法はあり良いものを明治から捨てた)


ゴーンの別な見方もあるーマスメデアにより一方的見方の危険

(日本にも商法はあり良いものを明治から捨てた)

カルロス・ゴーン海外逃亡事件を解説します

世の中のことはいろいろな見方がある、マスメデアは一方的見方しかしない、
なぜかそして必ず感情的にあおることになりやすいのである
コーンはまず悪い奴だとレッテルはる
第一テレビに出しただけでその影響が大きいのである
映像だからその印象が大きすぎる、すると考える暇がない
第一印象の映像のインパクトが強烈だからそれで判断してしまうのである
それが何百万人が見るから何百万人がテレビの映像だけから判断するから
そこに偏った見方になる
そしてそれでまずバッシングするようになる

常にあいつは悪い奴だ

その前提から始まっている、そして国民がバッシングする、私刑にリンチにする
その印象操作がテレビでは抜群なのである
だからテレビは一方的メデアであることが問題なのである
それだからこそマスメデアは第3の権力になったのである

武田邦彦氏の言うように司法でもそうだと思う、警察でもそうである
何か検察でも司法でも日本には裁判がない、一方的権力の押しつけで決まる
日本には裁判がないという時原発でもこれほどの事故を起こしても誰も罰せられないことでもわかる
東電とかに検察でも天下りしているとか出世がかかっているとかで検察自体が歪められている、賄賂はないにしてもやはり権力機構の中で自らの利益を出世を計るために公平な裁判はないとしている

私自身も今回は感情的になったのはなぜそんな巨額の金が得られるのか?

そのこと自体が理解できないから庶民として責めることになる
それは武田邦彦氏も前に言っていることであり一方でこんな巨額の金自体得ていることが搾取だともなる、裁判の前にそれ自体が納得できなかったのである

武田邦彦氏は日本の司法は99パーセント有罪だから裁判はないとしている
それは商法が悪いのだとしている、江戸時代の商法の方がまともだった
日本にもそうした商法があり慣習がありそれが活きていた
そして日本では従業員のために会社があり株主のためにではないと度々主張している
だから欧米型の資本主義の経済は必ずしも日本にとっても世界にとってもいいものではないのである

その原因は明治維新の時、日本のいいものを取り入れなかったからである
何か今になってつくづく明治維新で江戸時代からあったいいものが失われた
ただただ欧米がいいものとして日本が昔からあったものを否定してしまったのである
それはそうした経済でもそうだし法律でもそうだし医学でもそうだったのである

全国に数多くの蘭医学塾があったのに医学部へ昇格することを許されなかった
当然日本独自の徒弟制度による教育システムも許されず医療ギルドが決定した方式で
「医師資格」と「医学教育」導入した
それだけでなく江戸の医療を支えてきた漢方医、鍼灸はあん摩はすべて西洋医学より格下とされいや奴隷であって正規の医療ではないと位置づけた
(人殺し医療ーベンジャミンフルホード)

医学でもいいものがあったがそれも否定してただただ欧米流のものをいいものとして優先させて国造りしてきたのである
一方で変なのは政治になる古代の天皇制を復活したことであり矛盾していたのである
ただそれだけ明治維新となると全面的改革になったから混乱したものとなったのである

銀行でも最近地銀とかが窮地にたたされている、すると江戸時代にあった無尽を見直して取り入れて立て直す参考にすべきだとか金融関係の人が言うのもそうである
銀行は何なのか?それも江戸時代に銀行の前進になるものがあった
江戸時代がなんでも遅れたものとして見捨てられたのである
そこで今資本主義でも金融でも司法でもそうしたものは江戸時代にあったとしている
そのことを日本では習うことがなくなった結果なのである
この損失がどれだけこ大きいものだったか日本人は自覚していないのである
また自覚させられななかったのである
つまり江戸時代は劣ったものでありこれをみんりて捨てて西洋流のものがいいということになり日本がにあったよきものを捨ててしまった
するともうその捨ててしまたっものは不明となり回復不可能になったのである

それで私が日本の歴史をふりかえり国風文化の復活を唱えるのもそうである
モラル的にも日本的なものがありそれが侍にあったとするのもそうである
そういうものは江戸時代から明治になったとき日本人は遅れたものとして捨て去ったから不明になったのである
そしてアメリカに戦争に負けて今度は戦前にあった日本的ないいものも捨て去りアメリカ一辺倒になった、物質主義であり金だけを価値とする社会にしたし会社だと株主だけを優先するとかになった
日本というのはそうして変わり身が早い、一面もともとあった日本の歴史とか伝統でも大切にしない、簡単に捨て去るという傾向がある
そういう国民気質は自然災害がこれだけ大きな国だからかもしれない
津波のように今まであったものが村でも全部一瞬にして消失したり火事でみんな焼野原になったり台風で家が流されたりとつくづくそういう自然災害が日本人の心に影響する
何か継続するものがない、災害でみんな一瞬にして消失するという経験からそうなったのかとも思う

ともかくインタ−ネットでyoutubeでも多面的に考察できるようになったのはいいことである、テレビとか新聞でもマスメデアは一方的メデアであり発言もできないからである
ともかく何でも自分なり考えて発言してみることである
それが民主主義に通じている、テレビだけを見るのは本当に危険だった
それはテレビ局によって主導権をにぎられ洗脳されるからである
そこで一番目立ち主導しているのは司会役なのである
そしてなにかまず映像だから女性だとかならず容姿を見る、あんなブスを出すなとかともなる、その人の印象が顔から判断してしまうのである
これが声とか文字だけだったらそうはならないのである

いづれにしろ事件でも何でも何かを判断することはむずかしい
いろいろな意見を言う人がいるがそのことについての知識を深めることだいうのもそうである、いろいろな見方があり一つではないがマスメデアだと一つになってしまう
そうして第一印象で判断すると間違うことがあるしできない
だいたい一つの事件でもその背後関係を知るには膨大な情報がこれまでのいきさつとがありそれを知ることができないからである
だからあいつが悪いとか即座に判断するマスメデアは危険なのである

自分自身はゴーンをなぜそんな巨額な金を得ることができたのか?
そのことが一番関心かありそれで悪者にしたのだし今でもそう思っている
そんな金を一個人が得られること自体納得できないからである
でもそこにはいろいろな見方がありそれを知るべきだということである
ただそうなると相当な暇人でないとできないのである
だからニュ―スでも他人の判断にまかせる、本人は考えないのである
一つの事件でも問題でもそれを追及するだけで一人では時間がとられすぎる
だから表面的なことだけ見て判断する
それよりそうなら簡単には判断してはいけないとなるし裁いてはいけないともなる
そういうふうに見ないとただマスメデアの言うがままになり危険になる

posted by 老鶯 at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年01月11日

国際法が成りたたない (グロ−バル社会の限界ーゴーンは罰せられない)


国際法が成りたたない

(グロ−バル社会の限界ーゴーンは罰せられない)


ゴーンが日本を逃れた、それが莫大な金があってできた
そしてレバノンでその正当性を世界に向かって主張する
何も悪いことはしていない、悪いのは日本の司法関係者だとしている
そして治外法権の国に逃れそれで罰することもなにもできなくなる
そしてゴーンは二重国籍者でありフランス人なのか?レバノン人なのかわからない
そしてまたレバノンという国が国としても小国であり国とうし通用するのかも疑問であるそういう小国はゴーンのような金持ちは歓迎だとなる
結局盗賊なのだけど金があるから英雄となり次の大統領候補だとまでなっている

国際法が成り立たないという時、もう法律は通用しない
国際社会では国内で通用する法律が適応されないのである
だから外国で悪いことしても他国に逃れれば罰せられないとなる
そこに法律の限界がある

そして後に何が残るのかー何が世界で通用するのか?

それは力だけだとなる

つまり力が世界の法である、法律といっても強制力がなかったら意味がない
それでトランプ大統領がイランの司令官を殺害したのはテロだとう人もいる
それは正当な理由がない、大統領が殺害命令を出せば誰でも殺せるとなるからだという
アメリカは軍事力があり一番力をもっているからやり放題だともなっていた
イラクなど何も理由もなく一方的に攻めて壊してしまった

中国のウィグル族の迫害にしても中国が強大な力をもっているからとめることもできないチベット族でもそうである、チベット族がネパールに逃れて暮らしていた人たちがいた
そういうことにアメリカさえ今まで何も言わなかった
最近になって中国と貿易で対立するようになり言うようになったのである
でも国際法が成り立たないから強制力がないから世界で通用するのは力だとなる

現代の問題は法律であれ経済であれ政治であれグロ−バル化によって起きている
これだけ世界が複雑に交じり合った世界で起きている
経済でも絶えず陰謀論になるのはそのためである
誰かがグロ−バル化しした社会を支配している、それが必ずイルミナティだとロスチャイルドだとかユダヤ人だとか必ずなっている
でもそれで全部証明されるわ下でないのである
ただそれだけ複雑化しているからそう言うと何かそうなのかとなる

ただカジノとかにはラスベガスのカジノ王というか出資者がユダヤ人だとやはりそうなのかとかなる、そういうことはわかりにくいのである
カジノの問題もグロ−バル化国際化から起きてきている
カジノは何かうしろめたい金がそこで流通する、大金持ちのマネロンダリングの場だから問題なのだと指摘する
ギャンブルが正当化されてそこで金が合法的に流れてゆく
その手段としてカジノがある、だからカジノとはタックスヘイブンとかと同じだとなる
うしろめたい金が莫大な金がそこでカジノを通じて闇に流れる
その金は国でも把握できないとなるからだ

つまり国際法がない、そこで悪いことをしても罰せられない、特に小国がいいのである
キプロスとかでもロシア人の金が流入していたのである
それで一時預金封鎖になったとかある、ロシア人でも金をおろせなくなったのである
グロ−バル化は国際法がないのだから巨悪がまかりとおる
ゴーンにしてもそうである、金があるとして豪語している
金が現代の最大の力だからそうなる、金には国境がなくなっているからそうなる
アフリカの果てまでドルが通用するとなるとドルで世界が支配されることはアメリカによって支配されることなのである
だから中国でも他でもヨ−ロッパでもEUでも反発するのは当然なのである
それを許さないとしてアメリカが力でねじふせる、通用させる、ドルの基軸通貨を守るために戦争までになる
そこに国際的公平性はないのである、ただアメリカの利益が優先されるだけだとなる

そもそもアメリカの政府の重要な役職にゴールドマンサックスの人がなりウオール街と結託する、そして日本がゆうちょでも地銀でも農林中金の金がもうからない投資信託を買わされている、そういうことができるのはアメリカという国が背後にあってできることである、なぜなら日本は植民地だからである
なぜ植民地かというと北方領土が日本に返還されないかと言うとアメリカ軍が返還しても駐留することができる安保条約があるからだいう
それを知れば確かにロシアにして返還はできない
喉元にアメリカ軍が駐留される、それに対して日本は何もできない

つまりグロ−バル化して世界が公平に運営されるわけではない
かえって力あるものが世界から莫大な利益を得る、現実はグロ−バル経済でも帝国主義と変わりないとなる、実際は日本でも植民地化されている
奴隷というふうに目に見えていないが戦争に負ければ力の強いものの奴隷になるだけだとなる
現実の世界はグロ−バルになれば力が法であり法律はない、無法地帯だとなる
だからトランプがイランの司令官に殺害命令を出せば理由もなくできる
それが国際政治だとなる、国際法はそもそも通用しないからだ

国を越えた法律はない、力が法律だとなる、そして現代は金で何でも買うことができる
国さえ買うことができる、レバノンは小国でありゴーンのような大金持ちになれば他国から盗んだものでもかまわない、英雄となる、盗賊が国と国の関係ではほめられることにもなる、ではゴーンを罰するにはをどうするのか?
何らかの圧力をかけるほかない、それは外交になるとやはり力があるものに頼まねばならない、アメリカとかだったら外交で力があるから罰することができるともなる
つまりグロ−バル化社会は無法地帯なのである
力が法律であり正義であり富も力ある者に収奪されるのである

結局ここに人間社会の限界がある、人類に公正な法律はないし公正に治める者がいない

シオンは裁きをとおして贖われ
悔い改める者は恵みの御業によって贖われる。
背く者と罪人は共に打ち砕かれ
主を捨てる者は断たれる。
(イザヤ-27−28節)

神にしか世界を公平に裁くことはできないのである、最後の日に公平な裁きが全世界に民族に下るのである



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2020年01月09日

中東はイスラム世界はなぜ衰退したのか? (政教一致が原因だったーヨ−ロッパは政教分離で発展した)


中東はイスラム世界はなぜ衰退したのか?

(政教一致が原因だったーヨ−ロッパは政教分離で発展した)

中東というのはなぜわかりにくいのか?
それはイスラム教の国だからである
政教一致の国だからである

ヨ−ロッパの中世がカトリックの政治支配で暗黒の中世となったように
イスラム世界もそうなのである
イスラム世界は政教一致だからである

●カトリックと政治の一体化

●イスラム教と政治の一体化

●日本の天皇(国家神道)と一体化(明治維新ー大東亜戦争)

●共産主義(マルキシズムイデオロギー)と政治の一体化

宗教の面から世界を政治をみると何かここに法則がある
カトリックの政治支配からまねがれるためにルターの宗教改革があった
そこでヨ−ロッパもカトリックとプロテスタント派に分かれたのである
中世まではカトリック指導だった、その後はプロテスタント指導になった
ドイツとか北欧がイギリスが世界の主流となった
カトリックはラテン系統であり今の地中海沿岸のイタリアとかフランスとかスペインである、温暖な気候の国々である
経済発展したのはプロテスタン系であり寒い国だった
このイギリスを中心として派生したのがアメリカだった
カトリック系ではなくプロテスタント系だった
カトリック系はなぜか温暖な国々に広がった、南米はやはりスペインとかに征服されてカトリックになったのでありフィリピンもそうだった
そこは経済的に発展しないということで共通している

このように意外と宗教と政治は一体化している、そもそもマックスウェバーがプロテスタントが資本主義の基を作った、修道院で作ったというときもそうである
最初は道徳的なものがキリスト教の精神のもとに資本主義が生まれたとういう説である
経済と宗教と道徳が密接に結びついて資本主義が始まった説である
だからイスラムでは政教一致になるときイスラム世界独自の世界があり資本主義が受け入れられなかったのか?民主主義の基本である政教分離が受け入れられなかったのか?
何かそういう宗教がイスラム世界に宗教と関係している
そして王族が政治を支配しているとか近代化できなかった
石油の莫大な富も王族がにぎり王族とか部族支配なのである
アフガニスタンでも部族の争いがあり何か中村哲氏もそうした争いにまきこまれて殺された、そこはまだ部族世界だったのである、それはアフリカでもそうである

イスラム世界はオスマントルコでもそうだけで江戸時代の大奥のようなハーレムとかを作っていた、それも退廃した世界だった、それはイスラム教は一夫多妻を認めていたからそうなっていた
何か国際政治でも世界史でも宗教が意外と関係している、中東での最大の問題が宗派争いであることはカトリックとプロテスタンと同じである
それで分裂するから中東は一つになれないのである
明らかなことは政教一致であるとその国は経済的にも発展できないという法則がある
やがて行き詰まり国が衰退してゆく
ただ国が興亡したり衰退したりするのは他にも原因があるからそれだけとは言えない
ただ歴史をみればそういうことは確実にある

日本にしろ天皇を中心として国家神道化してそれが戦争に突入する原因ともなった
政教一致になったことは確かなのである
天皇は現人神(あらひとかみ)であり御真影として崇拝されていたからである
戦争が苛烈になったのは日本は神の国であり負けないということで妥協がなくなったからである、それは殉教と同じである
だから靖国神社に英霊とされて祀られているのである

中国だって宗教と関係ないようにみえても共産主義(マルキシズム)が宗教化していたのである、日本でも戦前から安保闘争あたりまでマルキシズムが宗教のようになって学者は崇拝していた、それでカンボジアでも二百万人が死んだしソ連でも一千万以上が死んだとか中国でも粛清されたとかなっている
それは宗教であるが権力闘争となり悲惨な結果となったのである
もちろん民主主義とか資本主義でも今やゆきづまっている
格差が数パーセントの国際資本家に世界の富が収奪されているということでもそうである
ただなぜ中東があのように紛争が絶えないのか?
それは政教一致とかが関係しているのである、宗教のくびきから解放されないからである政治と宗教が一体化するときどこでもそれは権力と一体化するから必ず権力闘争が起きて来る、それが宗教がかかわると熾烈になるのである
妥協できなくなるのである、今でも創価とか他でも政治とカルト宗教が一体化すると
常に逆らうものは地獄に落ちるとか呪詛したりする
それはイスラム世界、中東でも同じなのかもしれない

ともかくアメリカとイランの対立もそうした文明の対立とか宗教の対立もその底にある
政治(権力)が一体化すればどこでもそうなりやすいのである
宗教団体が政権をとったら御利益として大臣の地位とか社会の地位ある場につけることができる、それが御利益になる、逆に宗教団体に入らないものは世俗のそうした役得を得られない、かえって地獄に落ちろとか粛清されるのである
だから共産主義でもマルキシズムでもそれが宗教と化して悲惨な結果を生んだともなる
それは宗教自体が原因ではない、宗教を利用して権力化した結果なのである
だから宗教と政治は分離すべきだとして政教分離が法律になったのである

もともとキリストでも「心の中に天国はある」というとき政治とか社会を変えることを優先していなかったのである、仏教でもそうである
第一釈迦でもキリストでも家すらなかったからである
そういう人を見習えペというとき世俗の権力とかかかわらないことは確かなのである
イスラム世界は政教一致だから世俗と一体化するのである
それはそれなりの文明ということもあるがそこで社会が国が停滞するということもある
逆に中国はあまり宗教の縛りがないから共産主義のマルキシズムを基にしても経済発展したきかとなる
でも共産主義をイデオロギーにしているとやはりイスラム教世界のように政治と一体化しているからこれもどこかで行き詰まるともなる

ともかく宗教から中東を見ると世界史を見ることも必要である



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2020年01月07日

「ほら、日本ってめちゃくちゃでしょ」 ゴーン氏の逆襲をナメてはいけない 2020-1月7日ーmsnのニュース記事よりーその批判‐記事の下に窪田順生と記してある


「ほら、日本ってめちゃくちゃでしょ」 ゴーン氏の逆襲をナメてはいけない

2020-1月7日ーmsnのニュース記事よりーその批判‐記事の下に窪田順生と記してある

これはゴーンを擁護一方である、何かおかしいなと読んだ
日本の司法も国際的に通用しないとかいろいろゴーンに有利なことばかり言っている
私はビジネスのことはわからないにしても常識的に判断して庶民から判断して
この人のことを擁護することが理解できない

15億が保釈金だとか逃亡するにプロの警備員を雇っていたとか一体どれだけの金をもっていたのだろうか?百億なのかなんのかとなる
その金を使って今度はレバノンの政界とか有力者にも影響力もつ
この人は何なのだろうと庶民には理解不可能なのである
それがビジネスではありうるのかとなる

レバノンはその巨額の金で買収されたのかとなる
逃亡するにも莫大な金を使っているのである
この人はゴーンは金で何でもできる、金で逃れられるとしてそういうことをした
普通ならもう何もできないからだ

そもそも司法がどうのこうのと言う前になぜそんな巨額の金を得られたのか?

そのことの方が庶民から見ればわからないし問題なのである
それは今のグローバル経済で数パーセントの大金持ちが国際資本家が奪っているという問題と共通していないか?
そういう経済の仕組み自体が納得できない、庶民の常識的な見方ではそうなる
第一その人は王様でもなんでもないだろう
王様ならその国の外交などがありそれなりに経費が必要になるし認める
でも一体一私人で会社の経営者がそんな巨額な金を得るのかそのこと自体が理解できないのである,それこそ世界的に広がった格差の問題なのである

とても常識的に庶民から見れば一会社の人がそんな巨額な金を得ること自体が問題だったと思わないだろうか?
盗賊国家のことを書いたがこの人はそういう盗賊でそれが国ではなく多国籍企業だったという違いではないか?
つまり今は多国籍企業は国を越えて巨額な金を得るシステムがあるということを証明しているのである

この人は首切りしたことは評価できるとか支持する人がいる
でもそんな巨額の金を操作してグローバルに日本からトルコからフランスに行きレバノンに到達した
もちろん司法の問題もあるが郷に入ったら郷に従いという諺もある
つまり不合理でも納得できなくてもその国には一応法律がありそれに従えということなのである
もちろん日本の司法が不備であることもある、でも裁判は手続きにのっとてする
抗弁することもできる、でもその前にそんな金に物言わせて逃亡すること自体が許されるのだろうか?


日本で就労経験のある外国人2788人に職場での外国人差別について尋ねたところ、トップの「外国人であることを理由に就職を断られた」(25%)に次いで多かったのは、「同じ仕事をしているのに、賃金が日本人より低かった」(19.6%)となっている。こういう日本への不満は、祖国へ戻った人などのクチコミでじわじわ広がっている。それがゴーン氏の”ジャパンバッシング”で一気に火がつく恐れがあるのだ。

こんなこととゴーンと比べることができるだろうか?
何百億円も稼ぐ人と日本の平均賃金以下で働く人と比べることできるのだろうか?
何かこの記事を書いた人はゴーンを全面的に認めている

私はビジネスを国際的ビジネスをわからないにしてももう常識をはずれている
そこからもう思考できなくなる

なぜ何百億円も一個人が会社から得られたのか?

このことが全く理解できないとなる、それはアメリカでも会社の社長にそういう人がいた恐ろしいほどの格差社会になっている
そんな社会自体が異常だと見るのである
だからこそ世界中でデモが起きて格差社会に反発する人がでてきている
それは革命にもなりうるような状態になっているのだ

こんなことを書くのはインタ−ネット上だと必ず反論が言えるからなのだ
ただ対話はない、第一この記者が書いたものを読んだとしても普通だったら何も言えないからである
インタ−ネットだとプログでも気軽に書ける言えるのである
だから私は時々ニュースをとりあげてその批評を読み批判したりしているのである
つまりインタ−ネットは前からそうだったが対話的メデアなのである
それはパソコン通信時代からそうだったのである
今までのメデアはマスメデアであり一方的だったのである
それはテレビでも新聞でも何でもそうだったのである

インタ−ネットになると誰でも反論したり批評したり言えるのである
ただ対話にはならない、なぜなら相手が一方的に書いて終わりになるからだ
それでもこうして疑問や反論はできる
そういうことがこの世には多いのである
いろいろな人によって立場によって見方が違ってくるからだ
今回のこの記事の解説は何か納得できなかった

庶民からするとそんな桁外れの金持ち自体が何か罰せられたりしたら気分いいとかなるだけである
その金の差が天と地も離れているからである
それ自体その人は盗賊なのである、だからこの記事でゴーンを擁護しているような記事を書いている人自体に疑問をもったのである

大企業から何百億盗む→英雄

人を見たら泥棒と思え (国も政府も官僚も銀行も弁護士も・・・みんな泥棒?)

引用先(短縮できない)msnのニュース記事である

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2019年12月23日

私の十大ニュース(2019)


私の十大ニュース(2019)

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YPJ-XC(ヤマハ)
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星自転車屋では客の対応がいい、商売できる
普通他の店で買うと修理はしない
でもここでは引き受ける
原町の自転車屋ではあからさまにお前は来るなと言われたからだ
そういう人は自転車屋の商売には向いていない
一回は買ったのだからそこまで言うのには驚いた
ただやはり自転車は後で世話になるからどうしてもそうなりやすい
ただここではロードを買うのは向いていないかもしれない
相馬市とかで若い人が買っていたからである
ただ鹿島で一軒しかないのだから貴重なのである
ただここだって病気しているからいつなくなるかわからないのである
そうすると相当に困ったことになる




●ヤマハの電動自転車のJPJ-XCを一年間乗り行動範囲が広がった

●自転車で夜にライトがなく側溝に転んで傷

●カードなくして損したと思って赤になったのに自転車で横断して危険

●台風で家の中まで水が入った(近くで台風の被害)

●丸森の台風被害が大きかった 

●大熊双葉だけではない浪江とか小高とか飯館村はもう復興できない?

●仙台に一回しか行かなかった

●ゆうちょや地銀や銀行への不安がつのる

●家の中を電動のこぎりを買って改造した

●駅で高校生の見守り役で案内もあまりしなくなった


結局今年は自分にとって何か大きなことはなかった、あったとすれば新しく買ってヤマハのJPJ-XCにまつわることだった
これだけ本当に乗りやすく楽に遠くへ行けるので助かった
そもそも走り自体が軽快になっているから楽なのである
車がないからどうしても遠くに行くには自転車になる
今までの自転車だと体力がなくなっているから苦しい
でもこの電動自転車は楽に走れるから老人向きだったのである
だからマウンテンバイクなのに老人向きだったことが意外だったのである
だからこれは老人にすすめられる自転車なのである
ただこの自転車の最大の問題は荷物がのせられないのである
すると買い物で困るのである、スタンドもないことも困る
この二つでは困ったのである

ともかくみんな車が常に大事なのように車無くして生活できないように自分にとって自転車なくしては暮らせないから自転車がこのように大事になる
何十年前とかに新しい自転車に乗ってブレーキがきかず頭を打ち付けた
その時前歯が二三本折れた、この事故でぱ頭を打ったから死ぬこともあった
だから車もそうだが意外と自転車は危険なのである
側溝で転んだのも頭をうつと危険になっていた
車でもそうだが自転車でも死ぬのである                              

そして年末に自転車では危険な目にあった、赤信号なのに国道を渡ろうとしてトラックが来て止まったのである、年末はいろいろあると危険にもなる
これだけ車社会なのだから自転車もその中に巻き込まれるのである
ただ一回だけ大けがしたがその後は起きていない
実は自転車では二回死ぬ目にあっている
坂を下る時ブレーキがきかなくなった
その時一瞬足をついて自転車と一緒に転んだからよかった
そのまま坂を下ると急な坂を下り塀にぶつかり死んでいたかもしれない
それから25万のヤマはの電動ロードは何の役にも立たなかった
ほとんど利用せずに終わった
そしてこれも一回ブレーキがきかず転んだ
その時そこも坂でありそのまま下ると死の危険があったとなる
だから自転車だと安全なようで危険なことが結構あった
でも自分の一生は自転車とともにあったともなる

あとはたいしたことはなかったが台風は自分の家でも被害があった
家の中に水がかなり入ってきて水浸しになった
下に置いたものが水にぬれた、膝くらいまで水につかった
私の家は街で一番低い場所にあり水が入ってくる
二回も洪水の被害があった家なのである
水に苦しむ家であり土地なのである
ただ今回はこの辺でも洪水の被害があった
相馬市でも原町区の高倉でもダムの放流で被害があった
相馬市は千軒くらい床上浸水とかあったから意外と広範囲に被害があった 

仙台に一回行かなかったということもこれまではなかった
必ず一か月に一回くらいは行っていたのである
だからこんなに仙台に行かないことはなかった
それは何で本でも古本でも通販で買えるということがあった
そこであえて仙台に本を買いに行く必要がなくなったのである
また今年は仙台にも行かない、近間しか行かなかった
これもめずらしいとなる
家に閉じこもってプログを書いたり創作の仕事をしたりするのが主になった
いろいろまとめることがあるが整理できないのである
冊子とか本にしようとしているのだがこれもなかなかうまくいかない
めんどうになるのだ、でもそれが今や仕事である
実際はインタ−ネットだと出版から放送から配布まで全部一人でできるししている
それを紙で印刷したり書店に置いてもらったりしていたら一人ではとてもできない
そもそも出版とか書店に置くことはできない
だから本当は一人でこれだけしていることは今までならありえなかったのである

ともかく家事もあるし全部一人でやっているから忙しいのである
まず忙殺されるのである、家事でもまず料理にこったら何もできなくなる
料理はそれだけ手間だし専門的な技術が必要なのである
家は自分で改造した、自分なりに今は改造できる、ただ簡単な棚を作るくらいである
助かったのはユニットバスを百万で仙台の優創建という会社で作ってもらったことだったこれだけは得だった、風呂はやはり癒しになるし体にもいいのである
ただ私はあまり風呂に入らないのである、一週間に二回くらいになる

あとは金のことで銀行のことが心配になったのである
youtubeを見てもいいことを予測している人はいない
地銀でも半分はつぶれるとか預金封鎖があるとか株は暴落するとかいいことを言っている人はいないのである
だからJ-REITを売った、損はしなかったので良かった
でもその後どうしていいかわからない、備えることもできないのである
まあ、億とかの金はないからそれを心配してもどうしようもないとなる
今金持っている人は戦々恐々としいるだろう
まず預金封鎖になったらもう国に金は没収されるからこれは怖いことである
ただ金のない人は心配しなくていいとなるが日々金に追われているのである

傷浅く危険まねがれ年終わる

まだ年終るというけどまだ一週間とかある、この間にも何かあるかもしれない
つまり人間は一寸先は闇だとなっているのだ
それは津波や原発事故や家族の認知症やら介護やら自分の病気になってからそうなったのである、こんなに災いがつづくものかと苦しんできたからである

駅でぱ高校生の見守り役が常駐するようになって案内はあまりしなかった、仕事もなくなったとなる
来年は常磐線がいわきまで開通するからそれはかなりの復興になる
あとは避難区域なにった所はもう復興しないと見る
若い人は帰ってこないし飯館村でも小高でも浪江はさらに悪い状態でありそうした老人だけいる所に金をつぎこんでも無駄だという意見に同調するようになった
最初は復興してもらいたかったけどそれも今になると無理だとなる
私の場合は飯館村があんなふうになったのがショックだった
そこは何か森に包まれた癒しの場だったからである、双葉とか大熊にあまり何かそうしたものを感じなかった
飯館村はあんなになったのはショックである
そこで失われ精神的なものは余りにも大きかったのである
そこに住んでいなくても一つの貴重なアイディンティティの場が失われたのである

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2019年12月12日

中村哲氏の殺害事件の原因は何だったのか? (ボランティアは重大な責任ある仕事はしにくい―安全は確保されてする)


中村哲氏の殺害事件の原因は何だったのか?

(ボランティアは重大な責任ある仕事はしにくい―安全は確保されてする)


独善的になる

社会の一部に対する努力が社会の他の部分の利益や必要を妨害してはならない
社会の一つの年齢層、一つの職業、一つの部分の利益と必要ばかりを考えて
他の部分を無視してはならない
(希望と信頼に生きるーウィリアム・バークレーの一日一章)


中村哲氏が殺されたことはあまりにも衝撃的だった
だからこれは何なのだろうとなると相当にそこにかかわっていない理解できない
だから外から軽々には語れないのである
何かよほど込み入った状況があったとなる

援助するにのだからボランティアだから何でも受け入れらてほめられるとは限らない
何かボランティアというだけでその人は善人でありほめられるべきだなる
でも不思議なのは別に金をもらって働く人もほめられるべきなのである!
なぜならそういう人でも危険な仕事を命がけでしている人も普通にいるからだ
それがボランティアになったからとそれでその人が特別な人とはならないのである
だからむしろボランティアには金を支給した方がいいとなる
ボランティアの問題は無料であり無償であること故に問題が起きることが多いからである

無料ということ無償ということは→無責任なこと

こうなっている、社会で働く人は金をもらっているけど責任が課せられている
ボランティアには責任がないとなるといい加減だとなる
援助は継続的にしなければ効果がないというときもそうである
その時々で気まぐれではなく継続的なことが必要なのである

ただなぜこのボランティアが問題になるのか?
援助するにしてもそれがむずかしいからである
困った人がいるからとしてその人だけに金をやったり援助すると周りの人たちがねたんだりする
ある派閥だけに団体だけに援助すれば他の団体からねたまれて批判される
つまり公平であることが最高にむずかしいということである
障害者は一千万人いるとか数が多い、すると一人を援助することではなくそれだけの数を援助することが必要になる
でもそんなこと個人ではできないのである、しかたし地域にしてもそういう人達が多いから一人だけを対象にはできない
貧困問題にしてもそうである、一人だけを助けるとしてもその他の人たちはどうなるのかとなる
そして必ず一人を援助すると回りであいつは得しているとして周りに行ったり役所に言う人がいる
だから援助すること自体が何かめんどうなのである
それでしたくないともなる、めんどうだからかえってしない方がいいと実際に自分は思った
ただ自分の場合は何もできないのだからそういう前にそんなことも言えないとなっていた

現実に援助物資を送ってもその国の上層部の人たちのみに回り下層には回らないということが良くある、するとその援助はなんなのためだったのかともなる
今回の中村哲氏の事件も灌漑用の水路を作ったりしてそこに水利権が生まれて争いになった、何か一方に組みするようになった
それが原因だったとされる、利権争いが起きて巻き込まれた

でも明らかに中村哲氏に深い恨みをもった人の犯行だった

中村哲氏本人を狙って殺すことが目的だった、まだ死んでいないのかとしてそこでまた銃撃してきたからである
これも残酷でありそこまでするのかとなる
いくら恨みがあるにしてもそこまでするのかとなるとその事情はもう理解できない

中村哲氏は医者らしく医療のみの援助をしていればこうはならなかった?

灌漑事業に手をだしたためにこうなった

そこで水利権とにかかわり公平さを欠くようになった
でも中村氏は医療だけではこの悲惨な状況を解決しえないとしてそうなったのである
それが悪いとも思えないのである
ただ援助というのが何でも受け入れられていいものかとなるとむずかしい
駅の案内でも教えられることが嫌がる人が普通にいるからだ
私のしたことはほとんどとるにたらないことである
だから責任もなにもない、それで何をしているんだと警察に通報されて職務質問された
それも今思うとそんなものだったと思う
駅長にもとがめられたし何らそこでほめられることはなかった
ただうざいとされただけである
でも案内してありがとうと言われたことは意外だったのである
そもそもそんなことでありがとうと言われるとは思わなかったからだ
つまり自分には社会的経験が不足していてそういうことすらわからなかったとなる
ここにニートとか引きこもりの問題があったのだ

いづれにしろ今回の中村哲氏の事件は何を語っているのか?
ボランティアとか援助がそれが無償でも必ずしも受け入れられない
それが誤るとかえって反発される
ただ正直本当にそこまでして残酷に殺されるということは理解できない
つまりアフガニスタンの状況が理解できないということである
そこは想像を絶する場であり平和にのんびり暮らしている人には理解できない場だとなるそういう場にのりこんで働くこと自体が勇気あることだとなる

どうしても失敗したのは確かに灌漑事業が必要でもそうなるとそれはまた別な方法でしなければならなかった

その援助がどういうふうにその地域社会に影響するのか?それが問題だった
もしかしたら独善的になっていたのかもしれない、ボランティアでも何か俺はいいことしているんだとしてそれが独善的になりいいことしているんだから認められるべきだとしてかえってそれが嫌われることもある
灌漑事業は別な方法でするべきだったのかとなる

でも前に医者が一人死んでいる、その人はそういう灌漑事業と関係していたのか?
ただ医療に従事しただけで殺されたのか?
その詳しい事情はわからない、とにかくペシャワール会ではその時なぜ殺されたかの?。それを検討して中止すべきだったのかとなる
援助するにしても中村哲氏一人では独善的にしてもできない
結果的にガードマンが6人も死んだからである
その人たちの協力があってできる、一人ではできない、するとそんな危険な所に行くべきではないとなる、自分一人で死んだならそれで良かったのかもしれない
6人もまきぞいになり犠牲になっことは重大だった

なぜなら中村哲氏に深い恨みをもった人たちが殺害した

ガードマンはまきぞいになり犠牲になったことは確かである
それは中村哲氏が独善になったからかもしれないとなる

なにかボランティアはあまり責任の重いことはするのが問題がある
それだけの責任が生じるとういことはとてもボランティアではできないからだ
だからボランティアの領域を越えたものだった       

実は最近、アフガン社会に根差した活動をしてきた中村医師を取り巻く状況に、ある変化が起きていた。2018年2月にアフガン政府から勲章を、今年10月にはガニ大統領から「名誉市民権」を授与されたのだ。私はそのことが、中村医師が卑劣な犯行の“ターゲット”になった遠因ではないかと考えている。

あまりにも目立ち過ぎて標的になった、ガニ大統領に反発する集団がそれで中村医師を標的にした
だから目立つことも危険だと思った、現地の人を前に立て後方支援ならいいが率先して前に立ったということもあるのか?
でもそうしなければ灌漑事業などできない、だから政府支援でJICAで灌漑事業するべきだというのもわかる 
個人的には無理だということである、そんな危険な場所に行くには自衛隊も護衛として必要だとなる
それで中村哲氏を批判する人は9条信者だったが自分の命も守れなかった、9条信者でも結果的にガードマンを6人も道連れにして犠牲にしたとか批判している、これも一理あるとなる

とにかく何か援助するにしてもむずかしい、野良猫がかわいそうだとしても猫を飼うこと自体容易ではない、また野良猫に餌をやると増えてきて困るのである
だから地域で飼うことが必要だとしている、地域で野良猫をめんどうみる
それは去勢して増やさないようにする
それも協力ができてのことである、そうしないと迷惑になる
現実に一匹の猫を私は殺して始末したからである
猫の問題は増えすぎることなのである
結局かわいそうだと思っても殺すことに逆になったのである
そういう矛盾とかがある、それが中村哲氏にも起きたのかもしれない
ただこの事情はアフガニスタンを理解しなければわからないことである
だからそこまで行動した人を軽々には批判できないのである

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2019年12月09日

ボランティアの最大問題は責任問題? (中村哲氏に日本政府は警告していた、受け入れ側にも責任があった)


ボランティアの最大問題は責任問題?

(中村哲氏に日本政府は警告していた、受け入れ側にも責任があった)


退避勧告を知っていたとして、それでもその地域にボランティアに出向くことの是非はどのように考えればいいのでしょう。

 もしも武装グループに拉致されれば、人質を解放するのにかなりの費用が費やされます。そしてこのお金は税金によって賄われることになります。「我々の血税をそんな無責任なヤツらに使うのは許せない・・・」という意見が出てくることは間違いないでしょう

 車を乗り合いにしないといけなかったり(人を乗せての事故は怖い)
子供のプールの監視も、何かあったら監視の責任らしく、「ずる休みした人勝ちじゃん!」と思ったり。

 ボランティアの者に子供任せる保護者の方のなかにも、なんと無責任なことか!と思う家庭があります。


 まるで学徒動員…日本五輪委員会の嘘が招いた過酷ボランティア

 。無償ボランティアが貴重な経験とは聞いて呆れる。強制であろうがなかろうが、”タダ働き”というボランティアそのものが罪なのだ。

 役員の報酬が悪なら、無償ボランティアの精神も結局は悪なのだ。つまり、タダほど高く付くものはない。


ボランティアはなぜいろいろ問題になるのか?
ここでは危険があるからその危険の保証をどうするのかが問題になる
またボランティアを頼む人にも問題がある

ボランティアはなにかあいまいな無責任が問題

それは頼む方でも頼まれる方でもそうである、人間社会は必ず責任が問われる
だから駅で案内のボランティアしていたがそれも受け入れ体制もないのに勝手にしていたら怪しい奴だと誰か見ていて警察に通報されてみんなの前で職務質問されただけだった
でも自分の場合はなんの危険もないしわずか数十分の案内していただけである
それは無人駅になって駅に立ち寄ったら自然とそうなったのである
今はほとんどしていないけど私は駅でどんな人がくるのか興味をもった
それで話したりしていて後はたまに案内していた

でも相手が必ずしも案内を受け入れるとは限らないから声をかけるのをはばかるときがあった、そのかねあいがむずかしかった
結局案内できたときありがとうと言われただけである
それを認めている人はいない、あの人何しているのというくらいである
だから怪しいとして警察に通報されて職務質問されたのである

人間の社会は何か本当に責任問題が大きいのである、誰が責任をとるのか?
それは原発事故のような巨大事故でもそうである
原発を作るのはいい、でも事故になったら誰が責任をとるのか?
結局誰も責任をとらなかったのである、それは戦争するのもいい、でもこれも300万人死んでも実際は責任をとっていない
でも人間は必ず誰かが責任をとらされるのである
戦争では国民が300万人死んで責任をとらされた、原発で故郷に住めなくなるという責任をとらされた、地銀の人が私はプロですからまかせてくださいと投資信託を頼んだら
損しても絶対に責任はとらない
手数料は確実にもらいあとは顧客のことはあなたの責任ですとなる
つまり責任は銀行ではとらない、頼んだ人がとらされるのである
それは原発でも同じである、安全神話を作り絶対に事故は起きないとしていた
でも事故になっても責任は誰もとらなかったのである
でも地元の住民は責任をとらされたのである

おそらくボランティアの最大問題は責任問題なのかもしれない
それは危険な場合がある、千葉県で屋根にシートを張るにしてもそこに危険がある
子供の世話ですら危険がある、何か事故があったらボランティアがとらされることがあるでも頼んだ親も無責任だとしている

ボランティアをする方にもされる方にも問題がある

そのボランティアで深刻なことが起きたのが中村哲氏が殺されたことである
政府ではテロ組織が狙っているから危険だと警告して行くなと言っていてもあえて行った結果的に殺された、それもガードマンを6人とか道ずれにしたのである

この責任は誰にあるのか?

中村哲氏の行動はただ賛美されるだけであった
でも今回は何かそれだけではない、ボランティアの問題が浮き彫りにされたのである

まずそうした紛争地域にはボランティアが入れるような地帯ではない

つまり受け入れ体制がないのである、中村哲氏はアフガニスタンの英雄とまでされていたからあんなことが起きないと思っていた
でもすでに仲間の若い医師が殺されていたのである
そして政府ではテロ組織の危険を忠告していたがあえて行った
そしてガードマンを6人も道連れにして死んだのである
やはりここにはどうしても手落ちがあった、中村哲氏の責任が問われることにもなった
その功績はあったとしても何かボランティアの問題が浮き彫りにされた事件だった

ボランティアは何か軽いものならいいような気がする
それだって子供の世話だって何かあったら責任が問われるから簡単にできない
私のした駅の案内など何も危険がない、でもそうなると誰も認めない
あの人何しているというだけになる、でもただそうでも何かどんな人が来ているのか話すことで情報を得る、それが目的としてもあったからいいとなる

ボランティアはいかにも何でもいいように見えてそうでもない
だから何かつくづく昔の諺はここでも活きてくる

ただほど高いものはない

人間は無料ですることがかえって高くつくとなる、それはオリンピックのボランティアでもそうだとしている、熱中症の危険があるとしているからだ
だから金を払うべきだとしている
人間のむずかしさはただ無料でしているからほめられるとかにならない
そこに責任が問われるから簡単に何でもボランティアがいいとはならないのである

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これは何を意味しているのか?

駅の業務をしないとこれほどまで書いているのか?
それはJRでは責任を問われることを恐れている、駅の業務を頼むとJRの責任になるからだだから高校生の見守り役に限定してNPOをに頼んでいる
その金はJRでは払わない、市の方で払っているのである
でもなにかしら駅の業務が駅員いれば聞かれたりするし何か案内があったりする
それで盲人が一人通っているから案内をすることを言ったらその人はしたのである
別にそれは危険ではないのである

とにかくボランティアで最大の問題は責任問題なのである

一体中村哲氏が殺された責任をどうするのか、誰がとるのか?

ガードマンが6人殺された責任は誰がとるのか?

政府がとるのか?

何かそれが問われる、ボランティアだと別に政府でも責任をとらないということも問題になる、でも政府にしてもアフガニスタン側でも責任があった
アフガニスタン政府でも危険だらか断るということも必要だったとなる
でも日本政府はテロ情報を伝えていて警告していたから日本政府には責任はなかったとなる
こういうことは前も危険地帯に行って殺された人がいたから問題になっていたのである
ただこんなふうに問うと人間は何もできなくなる
現実に今や子供に声をかけもできない時代である
みんな怪しいとされる時代だというのもそうである、それだけ人間の信頼関係が喪失した時代だから

ボランティア自体が盛んなようで実行することはむずかしくなっている
それはあらゆることで責任が問われるからだとなる
そうなると何もしないのが無難だとなってしまうのである
この駅の高校生の見守り役のように仕事を限定してあとは何もしない
それより何もしないことがかえって安全であり責任も問われないからいいとなる
そういう何か窮屈なものにもなってしまうのである
とにかく人間は人を何かしら責めたい、その非を責めたいのである
マスコミ自体が常にそうして人を責めている、それが仕事なのである
でもそんな資格があるのかとなると無責任だからそうしている

ただ人の口に戸はたてられない

必ずなにかにと言う人はいる、そういう人たちはとにかく相手の非を責めることが快感なのである
そして良き行動でも難癖つける、それは自分にもある
そういう人はケチつけるだけで何もしないのである





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2019年12月07日

中村哲氏の殺害と原発事故周辺の事情とはにていた (マスコミの一方的報道も危険)


中村哲氏の殺害と原発事故周辺の事情とはにていた

(マスコミの一方的報道も危険)

この事件を見ても人間に起きることがいかに複雑なのかわかる
例えば毎日起きている事件でもニュースでも本当は複雑怪奇になる
その事情に通じることは事件が起きたらとしてもわかりえようがないのだ
だからマスコミでもただ事実を報道することはいいとして
何かわかったような解説はしない方がいいともなる

何かマスコミは必ず裁判官のように価値づけして格付けして事の善悪を判断する
それが何百万とか一千万単位で見ていたらそれをそのまま脳裏に刻まれる
何も考えないとそのままマスコミに誘導されてそのまま受け取るのである

マスコミの危険性はそうして一方的に報道することである
何をどのように報道するかをまず決めて報道する
そこでNHKの幹部が決める

原発避難者側にまずつくということでこの辺でも放送した
原発避難者様としてあつかった、ある意味で原発避難者に逆らうことは非人間だとまで言われた、そうしむけたのはマスコミである、NHKでもそうである
でもそこには複雑な事情があった
津浪の被害者も同じ場所に仮設に入っていたけど補償金がもらえなかった
そこで補償金を高くもらった津波避難者とは口をきかなかったとも言っていた

でもNHKではまず方針を決めていたのである
それで飯館村の人がトマト農家に採用してくれというとき断った
その時、NHKの放送を見ている人は全国の人でもどう思ったのか?
なんという冷たい農家だと見たのである
でも別に冷たくも何もなかった
津波の被害者は補償金ももらえないから苦しかったから当然だったのである
でもそこでNHKによってそのテレビを見る人は頭にすりこまれたのである
それがもしネットのように何も津波の被害者が優先するのは当然ではないですか
そういうコメントもあったらまた別だがマスコミは一方的なのである
その価値判断を優劣とか善悪をマスコミが決めているのである
ここにマスコミの危険があった、それは一千万との人間見ているからそれによって
その見ている人もそのように見るからである

だからなぜ中村哲氏があれほど命がけで貢献したのにアフガニスタンで殺されたのか?
それは中村氏本人を狙って銃撃していたのである
その解説がここでしていた
nakamuratetu1.JPG


不毛の砂漠で灌漑事業して作物がとれるようになった
そこでその利益配分をなのかで土地のものが争うようになったという
それがこの辺の事情と似ていたのである
中村哲氏が外部の者でありそれも外国人である
その人が善意でしたことは受け入れられると思った
だから実際に地元の人に英雄のように讃えられていた

ではなぜ狙われて殺されたのか?

これが本当に外部からするとわかりにくくなるのである
そこにボランティアでもそうだが複雑なものが地元の事情があった
ただこれは本当に外部からでは理解できないものである
ただ作物が取れるようになりそれでかえって争いになったというのも何かそこにアフガニスタン特有の貧困からそんなふうになった
それだけ貧乏だとなると少しの利益でも争うことになる
それは遺産相続でもわずかでも争っている時代になっているのとにている

とにかく人間の世界は善意がそのまま何でも受け入れられることはない
かえって反発する人も内部の事情でそうなる
だから外部の人がいくら善意でもかかわることは慎重さが要求される
マスコミにはそういう慎重さが欠けているのである
その影響力が大きすぎたのである

マスコミは価値づけとか格付けとか善悪とかを判断するべきではない

事実を報道するのはいいとして何かそれを意図的に操作している
だから番組を作る前に方針を事前に幹部で決めているのである
ただそれがわからないように巧妙にしている場合がある
つまりマスコミは何らか必ずマスコミの報道方針を決めていて報道しているのである

今回の事件は果たしてそんな危険な複雑な場所に善意であれ援助するということが正しかったのか?
それが判断しにくい、それはなぜこんな目に合わねばならなかったのかということであるそれは自分自身が駅でボランティアしていて怪しいとして警察に通報されて人前で職務質問されたことである
それであいつは怪しいとなりそこで駅にいることもできなくなったこととにている
自分のしていることはそんなものであったし中村哲氏の命がけの貢献とはまるで違っていた
ただ善意がすべて受け入れられるとは限らないことである
それが人間の世界なのである
だからなぜキリストが十字架になったのかもそういうことがある
愛を実行してもそれは受け入れられないことがあるし何でもいいことが受け入れられる
訳ではないのである

家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。
「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
 兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました
ごん狐ー新美南吉  

善意でししていたことだったが殺されてしまった
そういう悲劇を中村哲氏の事件で感じた
善意は必ずしも通らないしその逆にもなる、それが悲劇となる
何かそういうことがここにもあった、地元の複雑な知りえない事情があった
それほどもしかしたら深刻な貧困があり争いがあり荒れ果てた世界がアフガニスタンなのかとなる
絶望的地獄になっているのかもしれない、ただ日本では安逸に暮らしている時そうした
深刻な事情を察することができないのである
本当になぜそんなことをとこれは簡単に理解できないからである

今回の問題もいろいろ考えさせられる事件だった
それはこういうことを地元で経験したから外国でも同じようなことが起きるのかと思った
ただまずアフガニスタンとかシリアとかのことを理解することは不可能である
そこは奇奇怪怪な世界であり理解不可能になってしまうのである
だからそういうところに安易に入り何かをしようとすることは善意でもできない
善意が善意として通るような世界ではない
そのために敵に味方したとか殺されることもある
それだけ人間社会は複雑なのである
善意が善意としてそのまま通るような世界ではないのである
だからといって中村哲氏を批判するというのではない
そういうことを批判はできない

ただなぜ地元の人に殺されねばならなかったのか・・・・

これが本当に理解できない、そのことがやはりここがどれだけ複雑で深刻な事情をかかえているかわかる
そういうことを示した事件ではなかったか?
お前らは俺たちの本当の窮状を知っているのか?
そういうことを示した事件だったのかもはしれない、そんなことをとてもアフガニスタンの内部から起きるとは思えなかったからである
それは謎であるが自分の経験と照らし合わせてもそういうことが推理できるのである



 今回の件に関してはアフガン当局も日本政府も事前に“襲撃計画”を把握しており、
それを本人に伝達して注意喚起をしている訳だからね。
紛争地域で偶然に出会して襲撃を受けるのとでは、全く意味が違うんだよ。
だから、犬死とは言わないが… って書いたんだよ。
謂わば、周りが身の危険を案じ、忠告をしてくれている訳だから
理解をしていれば、死ななくて済んだ。

とあるイスラム学者が言ってたけどアラブの争いは基本的に水なんだと

この人がお花畑の9条信者じゃなくてもう少しリアリストだったら、

周囲にいたボディガードも死ななくて良かったかもな。
いくら仕事とはいえアフガン側の犠牲者の家族とかマジでかわいそうだよな。

こういう見方もあるのはわかる
水の利権争いは砂漠では一番深刻になる

そしてここで中村哲氏の死を大々的に日本では報道しているが
そこで巻き添えをくって死んだ5人とかはどうなるのか?
無謀な行動で六人を死に追いやった
ということは中村哲氏は軍隊なら上官だった
その部下のことをきづかな分ければならない
もし襲われたら部下も死ぬからである

自分自身だけではない、その人たちの命もあづかっていたとなる
そこで独りよがりな行動はつつしむべきだったとなるのか

だから独りよがりの行動が周りにも犠牲者を出した
もし一人だけで死んだらそうは言われなかった
ただ危険の中で行動して来たのだからそれに慣れていたのかもしれない
でもやっぱり慎重さを欠いていたのか?

俺はアフガン人にはアフガンでぱ襲われない

そういう自身が今までの活動で生まれていたのか?

そういう奢りが油断がまねいた事件だったのか?

これはいろいろと議論をになる事件だった






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2019年12月06日

中村哲氏はなぜそこまで行動できたのか? (ボランティアの行動とその動機、心の謎ー時にかなった死だった)

  
中村哲氏はなぜそこまで行動できたのか?

(ボランティアの行動とその動機、心の謎ー時にかなった死だった)

今回の中村哲氏の死にしてもそうである
まずその行動に注目している、アフガニスタンでなぜそんなに尽くすのか?
それは度がはずれている
なぜならすでに若い医師は死んでいるからである、殺されているからである
すると普通だったらその時点で危険だからとやめるのが普通である
ペシャワール会でももうこれではやれないとなり協議してやめるようになるのが普通である、そこまでアフガニスタンで働く必要があるのかとなるからだ
日本人の命をそれも医者の命を犠牲にしてまで尽くす理由があるのか?
何かそれが問題になったはずであり議論もしたのだろうがその後も続行したのである
それはペシャワール会の意志として一致して続行したのである

そこまでして続行する理由があったのか?

その行動からみれば感嘆することであり称賛されることである
ただすでに日本人が一人殺されている、そして中村哲氏だけでなくガードマンとかも六人とか射殺されている、その人たちはただガードマンとして金で雇われた人かもしれない
その人たちはアフガン二スタン人でもただ金のために働いたとなる
そういう場では生活が苦しいのだから金になればなんでもやるとなる
第一大麻を作っていたというのは貧しく売るものがないからそうなった
それからイスラム国のテロになったのは若い人でまともに働く場所がないから兵士となり金をもらうとなっていた
テロが生まれるのはそうした貧乏が原因になっている
それで中村哲氏がそういう人達のために水路をひいて自らその工事にたずさわっていた
医者だけでなく土木工事も指導していたとなる

ただその一人の行動は一人だけではできないから回りをまきこんでゆく、日本人でも寄付したり応援している、アフガニスタンでも犠牲者が出たのである
だからそこまでやるべきなのか?
それが疑問として残った、別にそういうことが悪いというのではない
つまりその動機とか理由がわからないのでそうなる

それは三島由紀夫の死でもそうだった
なぜそんな過激な行動をして自ら自死したのか?それが良くわからなかった
ただあの時三島由紀夫は老いることの恐怖を語っていた
それで肉体を鍛えてボデービルダーのような肉体を見せていた
そして老いる前に死にたいと思っていたことは間違えない
老いるということに耐えられなかった

つまりそれが自ら死ぬという決断になった

でもそんな理由であんな事件を起こして巻き込まれるのは大迷惑だとなる
外に向かっては確かに右翼で日本を守るべきだとか言うが現実問題として老いることの恐怖がありまた最後に有終の美を飾りたいということがあった
それは利己的な動機だったとなる、そんな個人的理由で華々しく死にたいということで
そんなことをするとなると大迷惑だとなる
だから彼に関しては独りよがりな行動であり評価できない
それがどんなに過激な行動でも評価できないのである

ただ正直人間は老人になるとわかる、そういう心境になるのである
もう生きる時間も限られている、そして病気で寝たきりとかになったら怖いとか介護状態になるのが怖いとかなる
その前に元気なうちに華々しく死んで生を全うしたと思う
ただそういう動機は社会にとって迷惑だとなる
それなら自殺がいいとなる、それが社会をまきこんでその死を日本の愛国心からであり
日本の国のために犠牲になったとはならない
何かだから独りよがりでありみんな演技だったのかと見たのである
それは三島由紀夫はテレビにしょっちゅうでていた有名人だったから余計にそう見えたのである、盾の会とかも演技なのかとも見ていた
何か滑稽で笑っている人が多かったのである
でもオウムでもそういうことがあった、何か漫画などで宣伝していたから何かあんなに怖いものだとは誰も最初の内は見ていなかったのである
でも殺人集団だったのである、そして優秀な理系の若者が浅原にだまされたとして叫び死刑になったのも重い事実だったのである

人間はなぜあんな行動したのだろうか?

それを問うときそれがわかりにくいのである、だから常にボランティアが偽善だと糾弾されている、それは何か純粋ではなく何か意図があるとかなる
それは善意であってもあからさまに表に現れてそれをまた強制するように見えるからかもしれない、なんだ善人ぶってとかなる
現実問題としてボランティアより自衛隊とかの方が金をもらっていても奉仕しているし役にたっている、震災で一番役に立ったのは自衛隊だったとみんな言っている
ボランティアはあくまでも脇役なのである
でも自衛隊を賛美する人はいないのである、税金もらっているんだからこんなときくらい働けよとか言われるだけである
おそらく戦争になったら真っ先になって死んでこいとか言われる、それが当然でありお前らの仕事なんだよなとる、今でそめういうことを言っているからだ

これと同じようになぜ中村哲氏でも自衛隊のように他国で援助している場合もある
でも自衛隊の人はその国の人に感謝されたり日本人からも称賛されないのである
それが税金で食っている、お前らの仕事なんだよで終わりである
だからなぜボランティアだけがそんなに称賛されるのか?
それで嫌われるということがある、、善人ぶってたいしたこともしないのにほめられたいのかとなる

ただ中村哲氏とかペシャワール会はすでに若い医師が一人殺されていたからボランティアにしても厳しいものだったのである
ボランティアでも命がけになったらやるのか?
第一建築現場とかでは仕事は命がけにもなる、そんなところで仕事できるのかとなる
安全な仕事の補助はできてもそういう危険な仕事は普通はできないのである

そしてなぜあのように称賛されたかというと外国で仕事したからである
日本でもいくらでも困っている人が苦しんでいる人がいるが日本でボランティアしても
称賛されることはない、だからノーベル賞をもらえる人だとなっていたのである
いろいろな賞をもらっていたのである
だから日本でボランティアしていたらそんなことはなにもないのである
だからこそ外国でボランティアをしたのかともなる

こんなふうに考えるのはその行動はあまりにも目立つものでありそんなことまでしてやれるのかという疑問になったからである
その人の心は動機がどういうことでそんなことまでできたのかと問うようになる
人間は行動は目立つし見えるからそれに衝撃を受ける
でもその人の心は見えないのである、だから心とか思想とかはどうだったのか?
それを理解することができない、ただそれだけの行動したということで称賛されるのである

いづれにしろ中村哲氏の行動はボランティアとかでもない、もう医者としてもそうだしプロとしての活動である、現実に医者が一人殺されてやめることもできたのに継続していたそれはもう国連の一員のように仕事として働いていたともみる
ただそうなると保証が必要になる、ボランティアも危険があるから保険に入ることが義務化されている
政府でも外国に阿部首相は特に援助している、それも莫大な金になっていた
それは政府主導でありそれは国民の税金なのである
それでダークネスでは貧乏人に援助する必要はない、税金を払っているのだからそこで
支援しているのだから何か援助する必要はないとしている

いづれにしろボランティアというのが何なのだろうというとき

俺たちは善意の人間であり俺たちはほめられるべきだ

ますこうなってはじめている、何も金を払って仕事するならそんな気持ちにならないのである、家建てるとか土木工事をするにしてもそれは金をもらってしていから誰も危険な仕事でも称賛したりしないのである
別に何も特別なことなどしていないのである、社会では金を払って終わりでありそれ以上のことを求めないのである
でもボランティアは最初から善人として認め称賛されるべきだとなっているのである
ボランティアでも社会が認めない限りまず続けることもできない
現実に自分の駅での経験ではそうだった、怪しい奴として警察に通報されただけなのである
そんな仕事であれそこまでされたら継続できないのである
あいつは何をしているんだ、必要ないことをしているとなったら続かないのである
それも中村哲氏のように命がけとはならない
そこに何かボランティアのむずかしさがある 
中村哲氏の場合はボランティアの域を越えていた  
ただ賞をあれだけもらい天皇とも合いとか並外れて認められたということは大きかった
そういうことがないならそんな命がけのことはできないのである
それだけの大きな仕事をしていたからそうなった
それが生きがいにもなったのである

だから危険な場所にあえて若者は行って殺されたりとか戦争に憧れるとかある
死地に生を求める、またその人生を命を有意義なものにしたいとして
73歳までも過酷な現場で働いたとなる
それが生きがいになっていたのかもしれない
高齢化の深刻な問題として金の問題もあるが生きがいの喪失がある
老人は無用だとか邪魔だから早く死んでくれとか現代では普通にある
それだけ老人が増えすぎたからである
それで死ねない人間が増えたのである、延命治療とかもそうである
そんなことに労力を医者でも費やす方でも嫌なものになるだろう
でもアフガニスタンで中村哲氏のように働けばアフガンの星となりたたえられるしその生が輝かしいものとなる、そうなるとそういう生を求めて選んだ死んだのかとなる

ともかく同じ年代なのでこんなことを考える
老人は死が身近だからである
では退職したからすぐにそんなものを見つけられないのである
中村哲氏の場合は継続してやっていたからそれができたとなる
第一73歳から始めたからできないからである
つまりそういう継続の中でできた行動だったとなる
だから不自然さはあまりないのである、そう望んでいて望み通りの死となったのではとないか?とすると何か後悔とかもなかったとなる
それはかなった死だったともなる
何かそういう死をなかなか今はできない、だらだらと長生きして後は介護でめんどうをかけ延命治療してようやく死ぬとかなっているからだ
そういう面から見れば時にかなった死だったともみる
そうなったのはそういう人生を送ってきたからだとなる

旅ばかりしていた自分などは旅で死ぬのがいいとかなる

ただ現代はそうして死ねる人はまれになっている、何か不本意に生かされる
もう生きなくてもいいのに生かされる、そういう死をニーチェは批判していた
                                                                        
時にかなって生きなかった者がどうして時に適って死ぬことができよう

われわれはもうあまりに疲れて、死ぬことさえできない、それでわれわれは目覚めたままで生きつづける
ー墓穴のなかでーツアストラ

現代の死はそうなっている、高齢化の膨大な死がそうなのである
本当に病院に入ったら入院したら死ぬことすらできなくなる、延命治療でそうなる
それを治療する医者よりアフガンの星となる医者の方がいいとなったことは確かである
ともかく高齢化社会というのは金もあるがこの生きがいが大事である
そして認知症になる原因が社会的役割の喪失が原因していることを書いた
家でも無用となり何も生きがいもなく脳も働かず痴呆化してくる
それも怖いのである、それが生きながらの死のようになるのがまた多いのである
でも継続したことができるが新たなことを退職したからとして簡単にできないのである
だから長生きはマイナス面として生き地獄のようにもなる時代なのである






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2019年12月05日

中村哲、アフガンで死すー「死地に生を求める人だったのか」 (アフガンの星となる?)


 中村哲、アフガンで死すー「死地に生を求める人だったのか」

 (アフガンの星となる?) 


 この人についてはわからないので語れない、でもこれだけのことをできたのはなぜなのか?
 よほどの動機がないと普通はできない、でも語っていることでぱパキスタンで貧民の医療活動をしていてそこから成り行きでそこまでなったらしい。
 だから何か強力な動機があるというものはなかったのかもしれない

でも感心するのは73歳で砂漠の暑いところで活動していたことである
73歳になったら苦しい、私は情けないけど海外経験がないからもう介護を十年とかしたら気力なくなったからだ
だからこの人の行動を見たら超人的にすら思える
なぜこんなことまで命が危険な所まで行って活動できたのだろうか?
その動機は何だったのだろうか?
それを知りたくても知り得ないからいろいろ言えない

そういうのは中村哲氏はアフガンで死にたいと自ら言って死んだからだ
そこまでアフガンへの思入れが生まれたのだろうか?
その動機がイマイチわからないのである
例えばあまり行動を評価するなということが宗教では言われる
なぜなら神はその心を見ているというとき実際の行動より心を重んじているからである

人間には善を成すにしても偽善的に必ずなっているのである
だからこその善の成したことを誇ったりしない、隠せとなる
ボランティアが問題になるのはそこにある
俺は善を成していると行動でも見せる、それで称賛される、称賛してもらいたいともなるからだ

この人は立派な人と言われてるが
日本にも困っている人はたくさんいるのに
何でよその国まで行って余計なお節介してるのかわからん
それほど立派なことなんだろうか? 

今はどんな人でもどんな立派なことをしても必ず難癖がつけられる
何でも一言でも言えるからである、つまりキケルゴールの言うように水平化するのであるもう生きている限り必ず批判がある、それは抑えることはできないのである
ネット時代になるとますますそうなった、youtubeで若い人が一言言って得意になっている
何か内容無くても批判したりして注目をあびようとしているのである

この批判となるとやはりなぜそんな危険な所に行くのか
身近でも困っている人はいくらでもいる

それは注目されたいためなのか?

イラク戦争まえにイラクとかに行って首切られて無惨に殺された人もそうだった
その人については批判しかなかった、なんでそんな危険な所に行くのだと自己責任だ迷惑だとして批判されるだけだったのである

でも中村哲氏の場合はこれとは全然違う、称賛のみがあるとなる
だからそこに疑問を感じている人がいないかとネットを調べたがあまりなかった
前にどこかで死んだ都筑詠一氏がやはり批判していたようだが死んでログも残らずわからなくなった

人間が行動するときどういう動機でしているのか?
それを追及して来た、仕事でもどういう動機でしているのか?
結局金だけなのが多いからそれが世の中の現実である、金を得ればあとは何でもいいとまでなっているのが今の社会である
でも中村哲氏はそうではない、なぜなら死ぬ危険をがあったからである
前にもペシャワール会の若い医者が死んでいるのである
すでに犠牲者が出ていたのである、それでもアフガンに支援に行っていたのである
すると命がけの仕事なのである

それはよほどのミッションがないとできない、使命感がないとできない
ただその行動に目を奪われる、ではどういう動機でそこまでできたのか?
それが謎なのである
ただアフガンでは英雄的存在であり讃えられる、でもそんな人をなぜアフガン人なのか殺したのかとなるのも解せないのである
そうしたらアフガン人全員に恨みに思われるからいいことがないからである
そして同行の六人とかも死んだことも犠牲になったとなる
犠牲に巻き込んだのかとなる、なぜなら外国人を標的にしたみたいだからである

ただアフガン人からすると

アフガンの星となり永遠に輝く
その命はアフガンに捧げられたり
その日本人は長く記憶にとどめられる
医者の鏡なれや、日本人の誇りでもある

なんかそうなふうにもなる
ただ一人の人間を知ることは容易ではない、だから知らないで人を語ることは危険である行動ばかり見ていてその動機を知らないと危険である

例えば三島由紀夫の行動は衝撃的であった、でもそれが本当に評価できるのか?
その動機は何であったのかわかりにくい、三島由紀夫は老いることを異常に恐れていた
それて肉体を異常に鍛えていた、自分も若い時体が弱いからそういうことをしていた
彼の行動を目立ち衝撃的だけど本当にどういう動機で行動を起こしたのかわかりにくい
だから人間は行動だけから判断できるのか?
でも人間は行動に目を奪われるのである

ただ人生は本当は行動した方がなんであれ勝ちだと思った
自分は何か旅したが外国を50歳でバックパッカーになり行動したことがひどい目にあったが良かったとなる、なぜなら今になるとできないからだ
親の介護になってからできなくなったのである
そしてその気力もなくなったから中村哲氏のような行動力には感嘆したのである

とにかくなにかにやと理屈とか言って行動しない人は後で損する、なぜなら肝心の行動ができなくなるからだ、だから間違っていても行動していた方がいいとなる
というのは人間の行動は経験は個人的にはわずかしかできないのである
そうして結局超緒していたら何もせずに終わったとなってしまうことが怖いのである
もう老人になると体力もなくなるし気力もなくなる、でも若い時には絶対にもどることができないからである
すると何であれ行動した方が勝ちだったとなるのである

ただ人間の評価とか判断は本当にに難しい
特に行動を評価することが一番むずかしい、例えば芸術作品だと絵画にしろ小説にしろ詩にしろその人の作った作品で評価できる、でも行動はどうしてそういう行動になったのかとか動機がわかりにくいし評価することがむずかしいのである
それで歴史上の人物でも評価が分かれるのである  

死の風に吹かれて (ハンス カロッサ)

鎮火半ばの煙の前に
兵隊たちは立ち尽くし
農婦は納屋の戸を開けて
耳に手をあてて外を窺う

窓は鳴り壁は震う
我らの立場いかなるか
今や君らにも知られよう
死の風に吹かれれば
おと 命の力いかばかりか増さむ!

理解されなかった存在の
あらゆる時が、聖なる愉悦 聖なる傷とともに
力強く輝き出るーーー
友よ 我らに役立つのはただ一つの事

われらは夢見つつ始めたことを
目覚めつつ築き上げねばならぬ
その勤め大いなれば
恐れが我らの勇気を殺(そ)ぐことなし


何かこの詩が中村哲氏にささげるのにふさわしい
なぜならハンス カロッサは戦場で働いた医者だったからである
それでそういう深刻な経験から詩を書いたからひびくものがある

つまり中村哲氏も死の風に吹かれればといいう状態で活動していた
それも73歳でも砂漠の不毛の地帯で働いていた、それも命をかけて働いていたとなる
ただそれだからこそ命の大切をその過酷な世界で感じることがある

今の日本はそうした惰弱な安悦をむさぼる社会である、でも日本でも戦争の時は若者はそうした生きる死ぬかのなかで戦場の露と消えたのである
だからかえって戦場に命のかがやきが瞬間的にも強烈に輝くことがあった
その負傷した傷でも聖なる愉悦ともなるということは逆説である
それだけ大いなるものに命を捧げる時そうなったのである

「死地に生を求める 」  

窮地に追い込まれたからこそ、そこに生きる意義を見つけ、経営者として本来やるべきことは何だろうか?と考える、

今はただ個々人の利益を追求するだけの社会である、あらゆることに金しかない
金を得て贅沢して安悦をむさぼるしかないのである
そこにかえって生が輝きを失っているのも逆説である
だから中村哲氏の死はそうして安悦をむさぼる死ではなく、輝ける死ともなった
そしてアフガンの星となり永遠に輝くとなる
ただその動機はイマイチまだわからないから称賛するのはまだ憚れるということがある
前らその人物に傾倒して追っていれば書けるがわからないからそこに正当な評価ができないのである

いづれにしろ現代は原発事故でもそうだった、ただみんな安易な道を求めている
だから多額の補償金をもらったら若い人は故郷を捨てた
そこで苦しむことが嫌だからである、他に移って楽に暮らしたいしかなかったのである
苦難の道をともに行くことはなかった、そして街は廃墟化したともなる
別な見方があるにしろ現代は何かそうして苦難をさける
日本人は戦後は特にそうだった、ただ経済の追求であり安楽の追求であった
だから中村哲氏は何なのだろうと理解できなくなったのである
そこまでなぜするのだとなるからだ、でもこの詩のような感覚があったのかもしれない
そこに生きがいを見出していたのかもしれない、また称賛されることもありあえて医者ということを活かしてそうしたとなる
実際73歳でもとにかくそんな過酷の世界に行くことは尋常な精神では行けないと思うからだ、自分の場合はとても行けないと思ったからだ










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2019年11月29日

カンボジアは中国人の植民地になった (それは十年前以上にも予測されていたー私の経験から)


カンボジアは中国人の植民地になった

(それは十年前以上にも予測されていたー私の経験から)

中国人の「ギャンブル」「詐欺」産業が集中するカンボジアのシアヌークビルに潜入したhttps://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191129-00016196-bunshun-int&p=1 

アンコールワットに行くなら覚悟したほうがいい。完全に「中国人の観光地」となり全然楽しめない。


これに共感したのは観光のバイクを経営していたのが中国人だった
そのバイクはホンダのものだった
5ドルとかで貸ししているとかバイクを地元でそろえられないから資本がないから中国人がバイクを貸してカンボジア人を雇っている
その時、ビジネスなど知らない自分ですらバイクを十台くらい買って貸せば経営者になるなと思った
つまり資本があればできる、でもその資本が金がカンボジア人にはない、それで中国人がバイクをそろえて貸して経営者になっている

それを見たとき私は外国旅行したのが50歳以後で遅かった
でもその時実感したのだ

中国人に支配されてしまうと・・・・・

それが現実化したのである、その後十年以上も過ぎるとめざましく中国が発展したからである、新幹線まで走っているのは信じられないとなる
その時鉄道では車両に中国人が家畜のように詰め込まれていたのである
現実に鞭で打たれていたというからまさに家畜扱いである
その時から出稼ぎ者が大量に移動していたからである

カンボジアは相当に貧しい、私自身関係していないが女性が5ドルで買えるとか言っていた、5ドルというと500円から600円だとなる
そんな値段なのである、カンボジアはそれだけ安いし後進国になる
内戦で二百万死んだとか骸骨が積み上げられた博物館もあった
そういうことで疲弊していたからである

こういう場所に次に中国人のカジノが作られる、それだけ金持ちも増えているから中国人が進出してくる、カンボジアなどは簡単に中国人に席巻されてしまう
何か奇妙なのはアンコールワットの壁画に中国人の兵士が描かれていた
するとカンボジア時代に栄えたとき中国人もここに来ていたとなる
タイとか周辺の国もここに集まり栄えたときがあった
でもカンボジアではアンコールワットだけが過去の栄光を伝えて森に埋もれてしまっていたのである

メコン川、トンレサップ川とバサック川の合流する地点に“ダイアモンド・アイランド”と呼ばれるコーピッチ地区があるが、ここは完全に“チャイナ・アイランド”。商業施設、ホテル、マンション、高級住宅など、ほぼすべてが中国資本により開発され、街中には簡体字があふれている。
 また、トンレサップ川対岸のチョロイチャンバー地区も高層ビル建設が進んでいるが、これもほとんどが中国資本が建てている。

アンコールワットは中国人が席巻しているというとき私が感じたことと同じになった
日本橋というのを日本で作ったがそれも中国橋が新しくできて目立たなくなったとかあるカンボジアには変な日本人の中高年がたむろししていた
何かそこで仕事を見つけようとしていたらしい、またそこが後進国でまだその時日本円が強かったとかあり優位にたつからそこに何しているのかわからないけどいたのである
日本では仕事ができない人がそこで何かしようとしていたのかもしれない

しかしそんな時代は終わった、そんなところで日本人は何もできない、中国人に席巻されてそこはもう中国人の街になり形見が狭くなるというのもわかる
カンボジアだったら優位になり日本人として友好もありうるが今はない
中国人の下でしか付き合えなくなったのである
日本は後進国になったとかなるとカンボジアまでいかなくても同じように中国人とかにいろいろおもてなしされる側になる
それもつくづくカルマだった、日本人が海外で威張っていた、それもできない、今度日本人が俺たちをもてなす番だとされる
それがグロ−バル社会の弱肉強食の世界なのである
経済でも技術でも負ければグロ−バル化の経済ではそうなるのである

2人が裁判で語った犯行動機や事件の詳細は次の通りだ 。中茎被告は銀行に借金があり、お金に困っていた。石田被告は借金はなかったが、「これから先何があるかわからないので、お金が欲しかった 」と話した

カンボジアのタクシー運転手殺害で、日本人の男2人を逮捕・起訴

これも信じられない、カンボジアで月収3万だというとき一応アルバイトでも20万収入があったという、だからなぜ殺すことになったのか?
殺す気でなくても暴れたので殺したとしているが強盗までするとは信じられないとなる
ただ日本の若者自体が貧乏になったというときこれもありえるのかと思った
かつての日本人ではない、貧乏な日本人であり海外で遊べる日本人でなくなっている
かえってインバウンドでは東南アジアからでも中国からでも大挙日本に観光に来て日本人がもてなす時代である

それにしてもこれほどまでに日本が落ちぶれたのか?

それを感じざるを得ない、中国は破竹の勢いであり日本は衰退の一途をたどるのかとなるただ反面中国も経済的には衰退局面に入り破局するとか言う人も多い
それは日本ともにている

いづれにしろカンボジアという国はもうカンボジアではない、首相からして中国の傀儡政権である、そして汚職にまみれている、金にまみれているという
ただこのことは日本にも波及してくる恐怖がある
アメリカ軍が撤退した時中国人が日本に戦争ではないにしろ中国人の金で様々なものが買われる、今は土地が買われている、水資源がねらわれている
アメリカと中国が対立してもアメリカ自体の力をも弱っている
だから日本がウイグル弾圧とかまたカンボジアのように中国人の植民地のようにされる恐怖がある、中国は日本から近いから大挙して中国人が移動できるからである
それは庶民レベルでできるし一部はそうなっている

だから何か不思議なのだけど日本が連帯するのは東南アジアとかインドだというときそれは巨大な中国に対抗するにはそれしかないからである
日本は中国とは戦争するべきではなかった、ただ東南アジアを占領してインドとも協力して戦ったように太平洋戦争の繰り返しなのかとなる
そういきう地理にあるともなる

とにかく旅行は介護になってから国内でもしていないし海外でもできなくなった
だから50歳でも海外旅行していなかったら自分はできなくなっていた
つまりこのように何かすべきときしないと後はできなくなる
体力もなくなるし気力もなくなったからである
だから何かすべきことはしておかないと後で後悔することになる
結局人間は何であれ失敗しても行動した方が得だとなる
なぜなら行動でも病気になったり何か介護とかなったりと不測の事が起きてできなくなるのである
海外旅行してなんとか国際性がわずかに身についたということで笑われるようなことを書かずにすんだ、今の時代海外旅行とか海外を知らないと知識人にはなれない
それでカンボジアのことを思い出したのである
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2019年11月20日

近間の最近の様子 (相馬市南相馬市新地の議員の年齢ーロボット工場のロボットの草刈機)


近間の最近の様子

(相馬市南相馬市新地の議員の年齢ーロボット工場のロボットの草刈機)

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最近新地と相馬市で議会選挙があった、そこで気になったのが年齢だった
50代だと若い、でも新地が平均年齢が61であり相馬市も同じ61だった
南相馬市は55だから若いとはなるが同じようなものである
50代だと若いのである 40代だと相馬市に二人とか南相馬市に二人とかなる
新地では57歳が一番若いからみんな60代以上だとなる
ただ72歳が上限でありその上はいない
やはりその辺が議員になる限界なのか?ただ72歳で当選した人が次もでればそれ以上の年齢の人になる
ここにも高齢化の現象が現れている
もう議員になる成り手がいないというのも言われる、限界集落では住民が直接参加して予算を決めるとかなり議員は廃止した
まだこの辺はそれなりの人口があるから議員もいるとなる

ただこういうふうに60代以上でしめられるとそこでは若い世代の要望とかが反映されないとかなる、市町村の将来を担う人は若い人になる時こういうふうに議員も老人ばかりだとどうなるのか?
だいたい60以上になると終活とか墓とかどう死ぬかなど考える
そういう老人は将来の市町村でも担うというのに向いていないともなるかもしれない
ただいろいろ地元には詳しいので経験があるので政治を担当するということもある

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鹿島区のログハウス風の仮設住宅は壊された、万葉の塔なども壊された
何かあれはもったいなかった、何か利用じてきたらとも思った
ただまだまだ大きな仮設がありそれは壊されていない、それだけ仮設が多かったのであるこれも一つの区切りである

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次に萱浜のロボット工場は広い、あれだけの広さを他に何に利用するのかと思う
あそこは全く変わり果てて前の面影はなくなった
ソーラーパネルもしきつめられている
それで今回の台風で水につかったのかとも思った
烏崎の港の前のソーラーパネルは水につかった
あそこがあんなに湖のようになるとは思わなかった、あそこは一番低いから水がたまったのである

ただ萱浜でも低い場所にあると見た、被害はなかったのか?
電源装置を見る人が何人もいた、あの電源装置が水につかったために右田浜の風力発電の風車は今もとまっているのである
あの電源装置はもっと高い所に置くべきだったとはなる
それは原発でも電源装置で大失敗したのである
地下に置いた結果、津波で水につかり使いなくなったからだ
つまり電気は水に弱いのである、だからそこを考慮すべきだったが後の祭りだった
ソーラーパネルも安全ではない、緊急時には弱いのかもしれない
その時電気は供給できなくなる

ロボット工場の草刈りのロボットは面白かった
あのように一日動いて草を刈ってくれると助かる
何しろ草刈りは田舎では日常的な仕事なのである
その手間が労力が毎日のようにしているから大きいのである

ただこのロボットの不得意なことは斜面は草刈できない、ここは平坦な地だからできているが斜面だとできない
それは田植の機械でも縁(へり)はできない、四角な面とか平坦な地とか機械が得意だけど何かそうではない土地は苦手になる
それで中国でもコンバインで麦刈りをするがそれは人間の手でやるより千倍とかの効率になる
でも依然としてコンバインの入れない土地がありそこは依然として出稼ぎ者が手で麦を刈っていたのである
だから機械が得意なのもあるが苦手なものもありそこは人間でしかできないのである
それはAIにも言える、莫大なビックデーターを処理することとかそういうものは得意でも全部ではないのである
そこに必ず人間がしなければならないものが残る
だから人間の仕事が全部なくなることはありえないのである
ともかくこの辺は津波原発事故以後激変した
その変化がまだつづいている、あのロボット工場はあれだけの広い土地が津波で使いものにならなくなったからできたとはなる







posted by 老鶯 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年11月17日

洪水で注目された中小河川 (川を考えるー川とともに人間の生活があった)


洪水で注目された中小河川

(川を考えるー川とともに人間の生活があった)

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地理的一体感をもつ領域

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クリック拡大−南相馬市の河川


今回の台風で注目されたのは中小河川である、田んぼの中を流れている小川でも氾濫して砂がでてきたというのも不思議である
そんなところにも砂があったのかとなる、山からも砂礫となり砂が出て来た
普通は砂をみかけないのである、大きな川には砂州とかあるら砂はあっても小さい河川だと砂が見えないのである

そしてそもそも砂がどうしてできたたきろうかとなる
それは岩がいろいろ作用を経て砂になる、岩が風化して石になりやがて砂になってゆく
でもそれをイメージすると岩がそうして石になり砂になってゆく過程はその時間は億年とかなる、その時間のスケールが長いからイメージできなくなる

その砂から植物などの有機物が苔などが交じり土となる、その過程にも時間がかかる
海岸の砂浜は川が運んできた砂でできている、つまり山にも土にも大量の砂が含んでいるそれが川の水が運んでくる、そうして扇状地ができる
そこは人間にとって暮らし安い場所だから人口が密集するのである

川で今回注目されたのは無数の中小河川だった、それがあふれて被害になったのである
丸森でも阿武隈川は決壊していない、そこに流れている中小河川の堤防が決壊して被害になった、それから大量の土砂が山から流れて来たのである
だから日本の国土には無数の川があり特に中小河川がある
それが山が多いからそこに水が蓄えられて川となり流れてくる

そしてその川にそって田んぼができる、水が川から供給できるからである
つまり川が田んぼを作り村や街を作る、ただ日本の川は大陸の川のようち長大ではないから輸送には使われない、ヨ−ロッパの都市は河によって作られた
川が輸送のためにあり荷物が運ばれるから商業都市ができてその都市と都市が川で結ばれていたのである

日本の特徴は今回の台風の洪水でわかったように無数の中小河川がクローズアップされたことである、だからそんな中小河川が危険だと自覚していなかったのである
真野川は二回大きな洪水になった、堤防が決壊して二回氾濫した
それで私の家は街で一番低い場所にあるので二回を床上浸水の被害になった
その後川幅を広くして堤防を強化したので氾濫しなくなった
でも今回は危険な状態だったのである

洪水はダムでは防げない、高の倉ダムはすぐに満杯になり放流した結果、被害になった
緊急放流して8人死んだ所もあった
また溜池も決壊して被害がでる、つまり溜池でも満杯になり決壊すると被害になる
それはダムと同じだからである
人間は自然の力を制御できない、それは津波でも証明された

原発事故でもそうだった、津波でも東電では十数メートルの津波が来ることを予想していた、でもその対策ができなかったのは人間側の都合だった
コストがかかるとかいろいろ考えてできなかった、そんな人間側の都合など自然は考慮しないのである、そこに人間の力の限界がある

人間は自然を計ることはできない、計られ存在である
いろいろ計ってみてもそれがうまくいかないのである、原発にしても本当にそれを運営するには超人間的なスーパーマンにしか運営できない、そういう人がいれば運営できる
いろんな専門家が集まっても政治家でも官僚でも科学者でも学者が集まってもできなかった
そしてそこには必ず金の問題があり金をかけたくないとなり津浪対策もしなかったのである、それは人間側の都合でありそんなことを自然は見ていない
そこに容赦なく自然の力が襲いかかってくる

結局洪水を防ぐにも多角的な対策が必要になる、ダムがあるから安全ではないしかえって緊急放流で危険になった、堤防の強化も必要だとか避難を速やかにする対策とかいろいろある、何かそうして総合的に見ることが大事なのである
ただ人間社会は総合的に見ることが苦手なのである
第一もう人間社会自体総合的に見れる人はいない、それはスーパーマンしかいない
それで対策不可能になっているのだ

郷土史というときこれも何か人間の歴史だけではないその土地の歴史を知ることでもあるただ郷土史というより私の探求していることは郷土学だとなる
これは総合的な学問だということを知った
地質学でもなんでもあらゆることが関係していたのである
一科目ではない、あらゆるものがかかわるものが郷土学だったのである
だからとても一人では追及できないものだった、そこに限界があった
私は科学的知識が欠けていたから余計にそうなったのである

まず身近な川を知るにしても川は一つのものとして下流からでも上流へとさかのぼらねばならない、すると全体としての川を知ることになるがこれも大変なのである
常に人間は断片として地理でも土地でも社会でも見ている
川全体を見れないのである、ても川でも地理でも全体を見ることが必要なのである
土地はつづいていて全体としてあるからだ
だから飯館村で放射性物質のフレコンバックが雨で流れだしたという時それは南相馬市に流れて来る、飯館村の放射性物質は真野ダムにたまり南相馬市にも流れて来る
他にも川がありそれを伝って流れてくるのである
だから別々のものとして市町村でも区切られないのである
そういうふうに断片的に部分的にのみ自然でも社会でもみるとそこに必ず問題が起きて来る、ただ人間は総合的に全体的に見れない、視野が常に狭いのである
そこで問題を解決できないのである

とにかく川というとき大きな川には注目している、小さな川には注目していないかった
でも地図を見ればわかる無数に中小河川がまるで血管のように流れている
その中小河川にそって田んぼができている
そういう風土として日本があった、川でもそうだが大きなものは注目するが小さいものは注目しない、でも小さい川も自然の体としてみるとき毛細血管のようにあり自然の中で機能していた、そういうふうに人間は自然でも全体を見れないのである
自然は全体でありなんでも全体として作用してくるのである
体でも一部分が病気になることは全体が悪くなり一部分が悪くなる
人間はトータルな思考ができない、それが人間の弱点でありそれで失敗する
原発事故だって誰もその全体を知るものはなかった、原発とは一見自然と関係していないようで関係していた、津波でも安全対策として必要だった
それを東電では予想していたのに対策しなかっただけなのである

現代は複雑化して専門化して全体を見る力がなくなった、郷土学というときそれは全体を見る学問だった、一地域でも相馬藩としても広いからである
全体をみたとき地域的に見たとき何か相馬藩は歴史的にも伊達藩と対立したが宮城県の方と地域的にはつながりが深い、阿武隈高原にさえぎられて福島市とかは視界に入らないからである
それと海を通じて宮城県とつながることが津波の被害でわかったのである

海底谷は日本の周辺にたくさんありますが、 じつは東北地方にだけは大きな海底谷を見つけることができません。
陸上には断層も多いのにまるで海底が調査できなかった時代の地形図のように川は海岸線で終わっているのです、これはいったいどういうことでしょう
その理由は東北地方の沖では絶えず海溝型の大きな地震が起こってるためです
地震が発生すると斜面にたまった堆積物が不安定になり地滑りや斜面崩壊などが起こります、そのため大量の堆積物が陸上から流れ込んできて海底の断層を埋め尽くしていまい、海底谷が見られないので

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藤岡換太郎. 川はどうしてできるのか 地形のミステリーツアーへようこそ (ブルーバックス)

このスケールも時間的に空間的にも億年とか地球の大陸が分離する前の川が海に残っているとかなり川のドラマを語っている
ここで注目したのがいかに東北地方とか三陸辺りとかがもともと地震の巣になっていた
そういう危険な場所だったのである、ただこうしたとてつもない地質学的スケールとなると人間は見れなくなる
ただ津波でそういう危険な場所だったということを自覚させられたのである
だから川と海も分離したものではなく地球は一つの総合体だということを知るべきなのである
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2019年11月15日

南相馬市原町区高倉の台風の被害 (川の流れと土手の関係ー土手が強固だと守れる)


南相馬市原町区高倉の台風の被害

(川の流れと土手の関係ー土手が強固だと守れる)


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片倉から馬事公苑に行く高台のソーラーパネル

なぜこんなふうに曲がったのか?

風で曲げられたのか?

水には濡れていないから直せくるけどこれも台風の被害だったとはなる

横川ダム

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大量の土砂が流れだしていた

高倉の被害

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 牛舎がある所が一番被害があった

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小さい橋はいくつか破壊された 
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奥の一軒家への道


水無川を下る

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水の流れが強く当たる場だったのか

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  土手が破壊されて住宅地に水があふれた



横川ダムから高倉の方へ回った、横川ダムでも回りの細い流れから土砂が大量に流れ落ちていた、自転車だから行くことができた
丸森でも被害が大きかったのは今回行けなかったが川の上流でありそこに大量の土砂が流れて来たのである、今回はいたるところ中小の川があふれて土砂が砂とか石でも流れたのである、その被害が大きかった
おそらく一時に大量の雨がふって土砂が流れた

高倉の水無川は二か所ほど決壊していた、上流の決壊は写真ではわからないが
実際に見た感じでは橋の所に流れがぶつかり圧力が増して決壊した
橋の下には土手の下に家があったが辛うじて助かった
その土手は広く厚かったのである
流れもまっすぐだった、その下になると土手は低くなり橋の所で決壊した

橋の所で決壊しやすいのか、橋で水がさえぎられるからなのか?
ただ上流の橋は橋の下になっていた
ただ流れが関係して土手が壊れた

だから確かに土手がしっかりしていないと破壊される
下流では一段と土手は低くなっていたのである
そこから水があふれて住宅地に浸水したようである

高倉ではダムを放流したことで被害になった、住民はそれを知らなかったとなって問題になった、緊急だからダムの放流は危険である
ダムというのも洪水を防げない、小さいダムはそんなに水をためる能力がないからだ
それでダムの放流で死んだ人もいたようだ

今回は中小河川が意外と危険だった、ほとんどあふれて田んぼにも土砂が流れたのであるこの高倉から水無川は新田川に流れ合流する地点で新田川の土手をあふれて4カ所くらい越水して半分土手が削られた、その土手は厚い広い土手ではなかった
またコンクリートで表面を強化していなかった
高倉の土手はコンクリートで強化していた

いづれにしろ今回の台風の被害は意外だった、これほどの雨がふり被害になるとは思わなかった、それは中小河川でも大量の土砂を石ころでも流した結果だった
木も倒して根こそぎ流したのである、それはまさに山津波というものだった
津浪でも木も根こそぎ流されたからである

横川ダムの道は一部破壊されて通行止めになっている
でも車が通っていた、道路を管理する車だろう
自転車だと別に道が悪くても行ける、マウテンバイクだと悪路でも行ける
とにかく自然も草と花とかも根こそぎ流された
これも回復するのに時間がかかる
自然はある時猛威をふるい流れを変えてしまう

ただ津波を経験すると丸森に行っても何かたいした被害でないと見てしまう
津浪だと家ごとなくなり人も二万人近く死んだとか村ごと消滅したとか被害が桁違いだったからである
だから津波の被害と比べると小さく見えてしまうのである





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2019年11月12日

天皇制の是非ー国も分断されると元にもどらなくなる (戦争負けて日本もドイツのように二つに分断される計画があった)


天皇制の是非ー国も分断されると元にもどらなくなる

(戦争負けて日本もドイツのように二つに分断される計画があった)

ドイツが戦後東西に分断された、それはソビエト連邦とアメリカによって分断された
それかベルリンの壁がとりはらわれて統一しても西と東はやはり依然として差別があり
統一されていないという、そして東の不満分子が移民の待遇より悪いとして政治的に働きかける、西ドイツのエスタブリッシュメントは依然として西側にあり変わらないからである
この東西の分裂、国が分裂することがいかに深刻なものになるかを証明している
それで日本もソビエト連邦とアメリカによって分断統治される計画があった
東は北海道をまずとりソビエト連邦が統治する計画である
西はアメリカが統治してドイツのように分断統治する計画があった

そうなるとドイツのような悲劇になった、ベトナムでもそうだし国が分断されることのく影響は甚大である、それは韓国と北朝鮮でも見ればわかる
一旦分断されとなかなか統一することが困難になる
ドイツのように統一してもその国民の間に亀裂が入ったままであり修復できないようになる

それで日本でも南北朝の争いで天皇が二人になったときその国を分断したことがいかに
国を乱れさせたか、それは本当に地方でもどんな田舎でも南北朝で争っていた歴史の傷跡が残されている、それだけ国が分裂することは影響が大きいのである
明治維新の時もその危機があった、国が二分して争う、そしてそこに外国勢力が入ってくるとさらにその分断は深まり収拾がつかなくなる
会津でもプロイセンと今のドイツ同盟して薩摩長州と戦おうとしていたことでもわかる
そこに外国勢力が入ると分断はさらに深刻化して修復できなくなる

日本には政治的に武力で制圧し統一するというより禅譲ということをする
それは国譲りの神話でもそうである、出雲国は強大だったが大和に国譲りした
それは日本では武力で統一するよりそうして平和的に治めるというのが文化だったのである、それで敵味方塚がある、明治維新の戦いで薩摩長州軍と戦っても福岡県の人の墓があったりする、東北では負けて悲惨でも敵方の侍を葬って墓まで作っているのである
そういう文化は大陸にはない、敵は墓からも暴き出して罰しているのが中国である
そこに融和するということはないのである
徹底して敵を打ちのめして二度と反抗できないようにするのが大陸国家である
それだけ異民族同士が争う時容赦のない争いになる
日本はもともと和をもっけ尊しとすべきというようにそういう徹底した争いはしない国なのである

天皇を考える時にどうしても日本をまとめて統治しえるものは誰なのか?
それは天皇がその役を担ってきた
江戸時代は鎖国300年で対外的に交渉しない時代だから天皇の力も弱いものだった
でもいざ外国が日本に襲ってくると天皇が持ちげられて国のシンボルとなる
民主主義だったら選挙に選ばれたものが大統領が国の王になる
でもあくまでも国民に選ばれたものであり天皇とか違う
なぜなら選挙に敗ればただの人になってしまうからである
天皇は絶対にただの人にはならない存在だったのである

民主主義にすればアメリカでもヨ−ロッパでも天皇のような存在はない、国王がいても国権を施行したりできない存在になった
日本でも同じなのだが何か日本の天皇はまた別である
以前として国権にかかわっているという学者もいるしそう思っている人もいる
ただの飾りとも違う、だから何か危急の時があると明治や戦争のときのように担ぎだされる
天皇に国権を行使する権限はないとして法律で定めていてもそこが明確ではない
戦前は明確に統帥権があったから問題だったのである

ただ天皇がこれからこれだけグロ−バル化した世界で通用するのか?
ヨ−ロッパのような飾りとしての王室ならいいが以前として国権にかかわるものとてしありつづけるのか?
それを国民が支持するのか?また国民が支持するから天皇はあるべきなのか?
なぜなら天皇は民主主義で多数決で決められるものではないからである
大統領は選挙で国民が決めることができるが天皇はできないのである

要するに人間社会には権力と権威がありそれは別物である
天皇は権威であり権力ではない、その権威の由来は何なのか?
それは長い日本の歴史の中で作られて来たものであり簡単には説明できない
ただ宗教となると天皇は現人神(あらひとかみ)となり神格化された経緯がある
天皇が神だとすることは天皇の絶対化なのである、誰も神には逆らうことはできない
だから天皇の命令は絶対でありそれに逆らうものは死刑にもなる、不敬罪として罰せられるのである
また天皇即位に対して大赦があるのも法を越えたものとして絶対的なものとして天皇がある
それは祭政一致でありまた政教分離ではないから問題だともなる
ただ天皇は権威であっ権力ではない、では権力をもっているもの権力を行使できるものは何なのか
軍隊に警察に命令して現実に動かせるものは何なのか?
三権の長も天皇の下にその許可を得てその地位につく、戦前は統帥権があり軍隊に命令することができた

日蓮の王仏冥合論では王とは権力を命令することができる実験をもつものであり裁判もできる
それでオスマン帝国の王は部下を死刑にもできたのである、それは王の一存でできたのである
だから創価は権力をにぎるとどうなるのか?
政教一致となり政治権力を行使できる、それに宗教が一体化するから誰も逆らえなくなる
つまり宗教は絶対なのだから権力をもつ王と宗教が一体化したら絶大なものとなる
もう反対はできない、宗教的権威は絶対なのだからそれに逆らうことはできなくなる
でも政治にもいろいろありそれにいちいち宗教で解決はできない
その矛盾がイスラム教で証明されている

神に逆らうのか
アラーに逆らうのか
仏に逆らうのか

宗教となると反対できなくなる、それで宗教団体の人たちが一団となって罰当たるとか攻撃してくる
それは何か共産主義と同じである、そこでは批判は許されないからである
全体主義であり自由な議論も討論も許されないのである、イデオロギーが絶対にもなるからである
政教分離できないから政治と宗教が一体化しているからそれでヨ−ロッパのように近代化ができなかったのである
つまり民主主義でも法治国家でも資本主義でもそうした体制は政教一致に反するシステムなのである
経済活動でも経営が失敗すれば宗教的にみると罰当たったとかなり成功すれば仏の功徳であり神や仏のおかげだとなる
だから戦争でも天皇が現人神(あらひとかみ)となれば別に戦争は戦争する前から勝つものとして行われたことになる
日本は負けないと決まったものとして戦争を行うから日本民族が絶滅するまで一億玉砕まで戦わなければならなくなる

つまり宗教であり信仰なのだから殉教と同じだとなる
今靖国に祀られている英霊は日本の国に殉じた殉教者だとなる
それはイスラム教の国とにているとなる
戦争では人を殺すことが肯定される、それも国によって推進される、戦争でぱ人を多く殺した人が英雄になるからである
だからそれ自体が矛盾なのである、「人を殺すな」というのが宗教では鉄則なのである
でもイスラム教でもキリスト教でも仏教ですら国と国が戦争になると人を殺すことが積極的に容認される矛盾がある

ではなぜ政教分離に創価だけではなく他の宗教団体でも反対するのか?
それは税金をかけられることで利害が一致しているから反対しているのである、それは神道派でも神社でも仏教でも寺でもそうであるそこで利害が共通しているから争っていてもここでは利害が一致するから税金をかけられないように共同しているのである
つまり人間は利害をはなれて利権を離れて存在し得ないのである
例えば今香港で自由の権利が奪われるとして中国政府に反対して若者が死んでもいる
でも中国と仲良くして金もうけている人たちも多い、すると何を求めてあれだけ過激な行動をしているのか?
それは民主主義の下で育った若者が自由を守りたくて命がけで戦っているとなるのか?
もし利権とか利害を考えればそんな馬鹿なことはしない、中国側に着いた方が無難だとなるからだ
そこでも国は分断されている

常に国家でも自治体でも家族でもなにかあると分断の危機に直面する、そこで苦慮する
小津安二郎の映画『小早川家の秋』で、中村鴈治郎の演じた道楽者のお父さんの葬儀の席で、娘が「たよりないお父ちゃんやと思っていたけれど、小早川の家が何とかもったのも、お父ちゃんのお蔭やったんや」と呟く印象的な場面があります。

天皇制はあったほうがいいのでしょうか?──内田樹

これも一つの面白い見方だとなる、つまり家族でも何の力もないような人でも

たよりないお父ちゃんやと思っていたけれど、小早川の家が何とかもったのも、お父ちゃんのお蔭やったんや

天皇もそういう役割があった、天皇は家族でも国家でもその要となり中をとりもつものとしてあった
ただ国家となると一体国家とは何か国家とはどうあるべきなのか?
それを考えるようになると非常にむずかしいものとなる
ただ人間は必ずなんらか国家に属しないではありえない、無国籍がいいとかいう人がいても外国に出るとなるとそんな人はいないのである、そして誰も無国籍となると守ってくれない、殺されても無国籍だから放置される
外国に出れば国に責任が生まれているからだ、国家に属していない人は誰も守る人がいなくなる
国家とは大きな共同体であり運命共同体であり生死をかけたものとして守らないと生存できなくさえなる
それでまた在日韓国人とか移民でもそういう人たちはただ経済的利益を得るために来ているのであり戦争とかなれば命がかかわると故国に帰るし在日だと日本に内部にいて敵対行為をして日本を不利にするとなるからそれを盛んに言う人がいる

ただ民主主義国家では国民が天皇がいらないとなれば廃止されるのか?
そねれを選挙で決められるのか?
その議論も深刻なものとなり国を二分するから危険なものとなってゆく、ただ天皇はいらないという国民がやはり多数になっていけば自ずと廃止されるようになる、それは天皇が決めるのではなく国民が決めるとなる
ただその国民の危険性はポピュリズムとなり大衆化したナチスのようなファシズムになる、カルト教団がそうである
カルト教団は政教一致だからである、宗教的狂信主義者となってゆく、そういう危険性が創価などにあった
オウムは極端でもやはり同じだった、宗教と一体化して権力を操作しようとしていたからである
だから政教一致は危険なのである、天皇もそういうものとてし権力側に利用された歴史があるからそこが問題なのである
でも大統領制になってもやはり日本でも分断される、その分断されることがやはり国家にとって最大の問題なのである





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2019年11月10日

天皇は維持できるのか? (日本は明治や太平洋戦争のような岐路にたたされる)


天皇は維持できるのか?

(日本は明治や太平洋戦争のような岐路にたたされる)

国民国家というものは、「歴史の法則」などによって、必然的に生まれてきたものではないんですね。
 北アメリカと西ヨーロッパに続けざまに起こった二つの革命によって、偶然に生まれた政治形態です。それが、世界中に広まったのは、国民国家の方が戦争に強い、という理由があって、国民国家にならなければ、生き残れなかっただけのことです。
 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=27808
 
 江戸時代には誰も日本国民と意識しない、領民でありその藩の藩主に殿様が君主だった
不思議なのは地方では天皇をどう意識していたのか?
天皇がどういう存在だったのか?ほとんど意識していなかったのではないか?
ただ無数の社が神社があるからそこでは祈り祭りが行われていた
でもそこから天皇を意識することはなかったろう

天皇を意識するようになったのは明治以降なのである
地方の神社でも国家神道化して天皇を意識させられたのである
江戸時代は寺の方が幕府の御用商人とか御用学者とか優遇されていた
寺は人別長とかあり戸籍係であり役所と同じだったのである
公務員的性格があった
その寺が明治維新で廃仏毀釈となり神社が優遇されるようになった
つまり神社側が江戸時代は不遇だからうらみをもっていてそうなったとかある
つまり宗教というのも利害で動いているのである
カルト宗教団体でもほとんど御利益宗教である
何か利益があるからとそうして団体に入り利益や利権を得ようとする
それは仏教側でも神社側でも同じだったのであ

明治以降は天皇が異常なほどに権威となり権力ももつようになったからである
天皇の神道が国家神道になったのである
これは民主主義とか人権主義とか近代国家となるものとは違ったものとして日本国家が成立したのである
それはヨ−ロッパなどの外国と対抗するために日本独自のものがあり天皇がそこで国をまとめてヨ−ロッパの列強に対抗しようとしたのである
つまり明治維新から太平洋戦争は日本の歴史として連続したものだった
だから太平洋戦争は明治維新を知らないとわからない、太平洋戦争の原因は明治維新にあったからである
欧米列強の植民地化の抵抗として明治維新もあったからである

だから国民国家というのは日本でも天皇を君主としても同じだった
なぜなら国民国家にならなければ対外的に対抗できないからである
日本には侍がいたのだから別に幕府だけでも外国と欧米列強と対抗できたのではないか?それだけではできないから国民国家になることが強いられたのである
それで西南戦争で侍の存在を継続を主張して戦ったのが明治政府が編成した国民軍だったのである
その時薩摩長州と戦って負けて辛酸をなめた会津の侍も国民軍として参加していたのである、そしてその国民軍として編成された侍でない人たちが侍集団に勝ったのが西南戦争だったのである 

侍だけではとてももう対外的にも対抗できないし日本国内でも平民が集結した国民軍が侍集団に勝った、その時日本は軍隊でも国民国家になったのであ
国家とか国民とかはそうして対外的に一致団結して戦うために生まれたのである
それはヨ−ロッパとかでも同じだったのである
東南アジアがヨ−ロッパの列強によって植民地化されたのは日本のように一致団結して国民国家として対抗できなかったからである
それは中国でも同じである、中国は共産党が指導して国民国家にして中華人民共和国が生まれたのである

明治以降の天皇は対外的にヨ−ロッパ列強と対抗するために日本独自のものとして復活したのである
天皇は日本国民を統合する力として強力に働きそれは太平洋戦争まで継続してアメリカに負けてその日本国民の天皇の霊力というか神聖性は崩壊したのである
現人神(あらひとかみ)信仰は戦争に負けて神通力を失ったのである
そして政治は政教分離になったが依然として日本では天皇は残ったのである

戦後は天皇の神聖性は失われた、天皇と平民とは同等だという感覚にもなっている
平成天皇が膝間ついて国民をねぎらっている姿がそうである
もう誰かが特別神聖で偉いとか世界的にもなくなったのである
どこでも王室でも皇室でも特別な存在と見ていない、国の飾りのようなものになっている今回天皇になった令和の天皇でもそうである
どうしてあの人が天皇なの?そう感じる、何か特別なものをそこに尊敬すべき敬うべきものを本当に感じているのだろうか?
ただ天皇家に生まれただけでどこが偉いのだろうかとなる?

明治維新からは権力で天皇の権威は押し付けられていたのである
日本の歴史が中心となる皇国史観になるのも世界でぱ特殊なのである
だからグロ−バル化したとは何か違和感を感じるのである
その統治形態は日本独自のものだから維持すべきだということもわかる
その危険性はやはり宗教がかかわっているからかもしれない、宗教という権威がかかわると政教一致となりそれが危険になる

創価だと教義自体が王仏冥合であり仏教と政治が一体化する、完全に政教一致であり
それで何かというと政治でも経済でも罰あたるとか地獄に落ちるとか言うのである
それは脅しにもなる、それが権力をもつとどうなるのか?
それが戦前のように天皇を現人神(あらひとかみ)御真影として拝礼してそれに逆らうものは特高がきて刑務所に送られるのである
宗教と権力が一体化するとそうなるから政教分離が生まれたのである

でも日本では国家を統合するものとして天皇が存在し続けた
そこには意味があった、対外的にヨ−ロッパ列強と戦うためには国が一つとならねばできない、内戦していたらそこにかならずつけ入れられて国力がそがれて植民地化される
分断されて支配されることになる、そのことが最大の恐怖なのである

つまり例えばアメリカ軍が撤退すると強大な中国が侵入してくる
ロシアも侵入してくる、そして日本が分断されることが一番怖いのである
その分断されたのが韓国でありシリアとかの惨状なのである
そうして弱体化した国は世界の草刈場になり国自体がシリアのようにめちゃくちゃになりそうなると国民自体がもう悲惨なことになる
そういう恐怖がまた実際に迫っている
それがこれからの最大の恐怖である、それを若い世代は真剣に考えねばならない
日本はだから統合して外国に対抗できる力を持つべきだとなる
そうしないと日本が韓国化してシリア化することが恐怖なのである

天皇は日本の歴史ではそういう政治的中心として役割があった
だから天皇が二人になった南北朝では本当に地方の田舎のすみずみまでその傷痕を残して語られている、それだけ内戦化することは国自体を疲弊させるのである
そもそも私の住んでいる地区ももともと南朝であり国府だった霊山城が燃えて落ち延びて来た子孫が住んで作られた町だったのである
だから天皇が日本にいなくなったらそうした内戦状態になり終始がつかなくなり国自体が滅びて外国の支配下に入る
ただその外国と対抗することで極端化したのが天皇制があったためだと反面なっていたのである

要するに天皇という問題だけではない、日本がこれからアメリカ軍が撤退して日本だけで独立維持して中国とかロシアとに対抗できるのか?
そのことがこれからの最大の問題になる、それは明治の時から富国強兵になったのはヨ−ロッパ列強と対抗するためだったからである
もし国内で分断したら日本は植民地化されて外国に支配されていたのである
そういう歴史がカルマとして再び日本はそういう立場にたたされる
日本の国は中国やアメリカのような大国でもない、また韓国とか他の東南アジアのように小国でもないのである、そこに日本が中国に対抗できる、ロシアにも対抗できる
戦争の時はアメリカにも対抗できるとなったのである
それは身の程知らずになった原因でもある

でもどうしたらアメリカ軍が撤退したらどうするのか?
それは今や遠いことではない、何年後かもしれないのである
そういう変化の時代に来ている、ただ日本国の実情はそういう対外的な厳しさに対抗できない、何か国全体が衰退しているというか経済力だけではない、軍事力だけではない
何かモラル的にもその強固さを失っている
明治維新の成功は何だったのか?
それも世界の不思議だとなる、それはその中核に日本の侍がいたからだともなる
明治維新を成したのは庶民ではない、侍だったからである
侍というのが志士となりまた明治政府でも敗れた側も侍でありその人たちが新しい日本国家を作ったのである
ただ国民国家となったとき日本はすでに侍はいなくなっていた
明治だと内村鑑三とか侍出身であり武士道とキリスト教の一致があった
何かそうして日本的なものとしてキリスト教も受け入れられてきたのである

いづれにしろ天皇制は維持できるのか?
それはむずかしくなっている、でもそれでは大統領制で日本は治められるのか?
それもかなり混乱してくる、
結局キケルゴールの言うように近代とはあらゆるものが水平化するから同列化するから
これまでの王様でも天皇でもそうしたものによる統治はむずかしくなる
要するになぜあの人が天皇で偉いのとなる
あの人はただの人間にすぎないとなるからである、つまり人間の平等化の力は凄まじいものがあるからだ、そしてそれが悪い方になるとポピュリズムとなりファシズムともなったのが近代国家だったのである
そういう矛盾が現れてナチスでも現れたのが20世紀だったのである
国民国家がかえって熾烈な戦争となり何千万とか死んだのである   
国民国家もまた悪い面としても働いたのである

ただアメリカ軍が撤退するというのは極めて厳しい現実であり日本はそれにをと対処するかは強いられる、決断を迫られる、そういう大きな変化の時代に直面している
それと天皇が維持できるのかできないのかもリンクしているのである
これからの日本は相当厳しい選択とかが迫られる、大きな時代の変革か迫られる
そのために津波とか洪水とか天変地異が起きているのである




posted by 老鶯 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2019年11月08日

テレビは映像で錯覚させる (丸森の被害は少なかったー阿武隈川は決壊しなかった)


テレビは映像で錯覚させる

(丸森の被害は少なかったー阿武隈川は決壊しなかった)
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この映像を見たとき被害が大きいなと見た

確かにここが堤防が決壊した場所だからこれは本当だった

でもそれほどの高さに水は来ていない

この映像からそう見えるの  である

阿武隈川の橋を渡った向かい側の舘矢間とかは被害が少なかった

ただ映像でその辺も被害があるように見えたのである

阿武隈川は決壊しなければそこもそんなに被害にはならなかった


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この支流が決壊したのでこのへん一帯か一番被害が大きかった

でも阿武隈川の堤防は決壊していない

支流の水があふれて被害になった


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阿武隈川の河川敷は広い

こうしてここから広くなっているからここをあふれることがなかった

堤防が決壊しなかったから被害が少なかった


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この高さは怖い、その水の量を見たら恐怖だったろう


金山地区の被害
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雉尾川の金山地区のここが一番長く堤防が壊れていた

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ここは老人ホーム



テレビで見たとき全体が広範囲に水浸しになっていた
でも今日行って実際に見たら第一川に近い斎離屋敷の通りは浸水してもわずかだった
だから観光案内所は開いていて普通に観光できる
何かテレピで見て被害が大きく見えたからただ見に行くことに気がひけた
でもそういうことはなかった平常に近い
ただそれは一か月くらいすぎたから片付けもほぼ終わったからかもしれない
ボランティアの人はまだ来ていた
トラックが多く通るから気をつけろというがそれも少なかった
この辺ではトラックが増えて危険だったがそういうこともなかった
おそらく意外と早く片付いてのである

今回の被害は丸森の支流は結構大きいからそれがいくつか氾濫して水をかぶった
でもそれもそれほどのものとは見えなかった
まず床上浸水した家屋は少ないように見えた、死んだ人は土砂崩れである
それはなぜかというと阿武隈川は決壊しなかったからである
でもその水の量は多いから水が堤防に押し寄せたから怖かったことは確かである
上流の川幅が狭い所ではかなりあふれた被害があったようだ

それでも川幅が広くなるところで堤防が決壊していないのでその水は町の方にあふれなかったのである
私は堤防が決壊してあふれたのだと見た、テレビではそういうふうに見えたのである
つくづくテレビは錯覚させる
丸森町の役所が水浸しになったのは阿武隈川は決壊してなったのではない
支流の堤防が決壊して水があふれて水浸しになったのである
それは支流が合流する地点で堤防が決壊したからである
丸森町の支流は大きいからそれがあふれた結果あのように水浸しになったのである

ともかくテレビは現実ではないというとき本当にそうだと思った
これは大災害だなと見た、だからただ写真をとるだけに行くのが気がひけたのである
前は津波のことでしかられたことがあったから気がひけた
でも丸森町の被害は津波からすれば千分の一万分の一とかになる
津浪の被害には比べようがない、家も壊れていないし床上浸水でもそれほど多くはないみたいだ
ただ片づけはほぼ終了しているから一か月過ぎているからわからない
ただ一か月くらいでほぼ片付け終わり終息しているということでもその被害はさほどではなかったと思う

ただこうして大したことかないとなるとボランティアも集まらないと寄付金も集まらないとかなるかもしれない、私も寄付しようとしたがたいしたことないなと思ってそれほどそういう気分になれなくなった
何か打ちのめされたようになっているのかと思ったからである
まず津波と原発の被害と比べると比べることもできない
その差が大きかった
とにかくテレビは錯覚させる、また何か被害があるとそこの場の事情がわからなくなる
それでテレビとか報道に頼らざるを得ない
でもそこに報道の危険があった、非常に誤解しやすいのである

小さいことが大きく見えたり本当は重大な大きいことが無視されたり小さく報道されたりする、それはテレビ局で報道側がそうさせるのである
するとそうして見せられたもので判断するから錯覚して誤解するのである
でも現実のそうした場に実際に踏み入れることはできないからテレビ局の報道が力をもつのである

だから何か災害でも事件があったらその場に行くことが大事になる
何かが起きることは場所と密接に結びついている
だからtake place(起きる)とは場所が問題になるのである
でもその場所をテレビだけからは知ることができないから誤解が必ず生まれる
世界で起きる外国で起きる事件はさらに理解できない
そこに誤解が生まれる、これは大問題なのである
そうしてテレビに写されたもので判断するほかないからである
それでイラクの海鳥が油まみれになった映像で世界中がイラクに対して怒ったということでアメリカが有利になった
でもそれは海鳥一羽だけでありそれは油をぬられていたのである
でもその一羽の海鳥をテレビに写されただけで世界中がその映像でイラクに怒ったのである

ともかく丸森は近いからまだ現実を確かめることができた
遠くなるともう確かめることもできない、だからテレビとかの映像で写真で判断する他ないのである
だからテレビでも写真でも本物とは違う、それはあくまでも一部分だからである
でも必ずそれで錯覚して誤解して見るのである
でもその現場に行くことができないのだから確かめようがないからどうにもならないのである

今回の私の失敗はてっきり阿武隈川の堤防が決壊したと思ったこと

このことがすでにテレビの映像を見たとき思いこんでいたのである
阿武隈川の他では堤防が決壊した所があったから丸森も堤防が決壊したのだと思い込んでいたのである
そういうふうに思い込みと何かあり誤解生まれる
だから真実を知るということは容易ではないのである

水ひきて阿武隈川のその岸辺鴨の憩いて我が見て帰る

それほどの被害でなくて何かほっとしたとなる

posted by 老鶯 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層