2020年05月10日

科学の時代でも科学が無視される (マスコミの報道で真実が歪められるー武田邦彦氏の主張から)


科学の時代でも科学が無視される

(マスコミの報道で真実が歪められるー武田邦彦氏の主張から)


現代は科学の時代である、科学技術なしではありえない社会である
だから科学技術者が一番重要な役割を果たしている
昔は預言者とか聖職者とか僧侶とかが力をもっていた
それは会津で8世紀とか早い時期に大きな寺院が建設された
それは病気を治すための加持祈祷のためである
ウィルスでもそうだけど科学技術が発達しなければ神仏に祈るほかないからだ
それでた村では様々な病気を直す地蔵がいて目が悪くなれば目を直す地蔵とか
腰が痛くなれば腰痛を直す地蔵とか耳が悪くなれば耳を直す地蔵とかに祈る
それしか方法がないからである 

江戸時代でも医者は仁術というとき医者は病気を治すことができない
するとやはり仁術ということは病気を治すというより慰めるということになる
そもそも直せない病気が多いからである
今のように病気は直せるものとして医者にも期待していないのである
今はみんな病気を治せるものとして医者にも科学技術者にも期待している
それはもう信仰なのである、医者を神様のように頼っているのである
そして医者は科学者は全能のように見ている、今直らなくても将来は必ず治ると期待されている

だから今一番無能化している役立たずと見られるのは宗教者である
仏教でも神道でも僧侶でも神主でもキリスト教の牧師でも何か現実社会で何に役立っているのかとみる、ただ戒名料を馬鹿高くとったり神主でも何を祈っているのか良くわからない
ただ賽銭だけはとっているとかなる
要するに宗教に何ら効能が認められないからである
その割合にしてはなぜこんなにカルト教団でも多いのか?
その理由は宗教は効能がなくなったけど利権団体化して政治団体化して力をもつ
それは創価だけではない、宗教者は宗教団体として組合化して税金をかけられないように宗教が違っていても協力していることでわかる  
利益第一主義であり集団化組織化すればみんなそうである
その利益のために一致団結している
そして何かしらそうした利権から利益から脱することができないのである
あらゆるもものがそうして組織化組合化集団化しているからである

なぜこうなったかというと宗教者が無能化したかというと科学技術の時代になったからである
科学者が医者でも神官であり聖職者になったのである
現代人が崇めるのは科学でありそれに通じたものである
政治家とかマスコミとかはそれに付随して利益を得ている、たいだいそこは文系なのである

だから原発事故でも東電の科学者が十数メートルの津波が来るからそれに備えろと進言していた
そして本当に津波が来たから驚きだった
でもそのことは「安全神話」が権力で作られていたから公にも知らされていない
第一マスコミが知らせないからである

つまり科学的に追求されたことは信用できる

だから科学者や技術者は信用できる

そうなっているのだがその通りには社会は進まない、社会は科学で追求されたことを無視する、それで武田邦彦氏がダイオシキンは無害だったのにマスコミが危険を騒ぎ過ぎた
そのために社会が歪められたとてマスコミを怒っている
科学的真理も社会によってこの時はマスコミによって歪められた
でもその反省もなく罰せられることもないとしてyoutubeで訴えている

ガリレオでもカトリックに科学者として追及して来たことを主張しつづけた
それで否定されても「地球はそれでも回っている」と言ったのである
現代社会は科学技術社会である、それなくしてはありえない社会である
だから武田邦彦氏はコロナウィルスでもこれは普通の風邪だから普通に過ごせばいいとしている、インフレインザと変わりないとしている
ではなぜマスコミでも政府でも経済が破綻するようなことまでしているのか?

そんな過剰を防衛をしているのか?

何か得があるのか?政府にあるとは思えない、原発では警察から検察から海上保安庁から天下り先として役得を得る利益があった
コロナウィルスでは一体誰が利益を得るのか?
政府も巨額の財政支出があり医者でも必ずしも得するとはなりえない
医師会に予算を回すとしてもそれほどの利益にはならない
医師会が検査を拒むのは利権にならないからだともしている

ただマスコミは危険を言うと視聴率があがる、すると宣伝費をコマーシャル代を会社からもらうから視聴率をあげることは利益になる
その利益のためコロナウィルスは日本ではさほどの危険がなく風邪と同じだとしているがそれではテレビを見る人が増えない
だから毎日何人感染者が増えたとか恐怖をあおっている
その手法はナチスのゲッベルスと同じだとしている
つまり何回も同じことを言いいつつげるとそれが真実に見えて来る
恐怖をあおることを何度も言っているとそれが本当に恐怖として洗脳されるのである
カルト教団も恐怖で洗脳するのとにている

人間に恐怖を与える、おびえさせる、それが効果的なのである
人間はそうした恐怖に敏感であり地震のことでも科学的ないにしろ実際はわからないのだから何か恐怖して注目するのである
だからマスコミはそうしして危険をあおり社会を歪めたから罰せられるべきだという武田邦彦氏の主張に共感する
なぜならこれまでは六局しか放送できなかったからである
その影響力はあまりにも大きかったからこそその責任も重大だったのである

でもマスコミはNHKでもそれだけ影響力がありメデアを独占していたのにその責任を自覚していない、だから技術を手に入れるものが誤ると核でも原発として甚大な被害になる
マスコミも放送する機械を道具を与えられたものとして責任を自覚すべきだがしない
それは大きな間違えを報道したとしても誰も責任をとらないからである
ただ原発事故でも誰も責任をとらなかった、政治家も官僚も東電も科学技術者も全マスコミも責任をとっていない
ただ必ず戦争でも3百万人死んだように責任はとらされる
原発事故で周辺の町がゴーストタウンになったように責任をとらされる  

だから報道にもマスコミにも責任をとらせるべきだとなる
なぜなら報道の権利と武器になるメデアを機械を道具を与えられたからである
権利を与えられたものには責任も課せられていたのである
でも一切責任をマスコミはとらないのである
コロナウィルスでも経済破綻するし自殺する人もでた
だからこの影響も大きいから経済をとめることも慎重にすべきである
ただインタ−ネットで個々人にもメデアが与えられたからある程度は報道の公平さがもたらされた、でもまだ依然としてマスコミの影響が大きい
でもテレビ自体がyoutube化するようになるとテレビの影響が大きくそがれる
とういのはそんなにいろいろなものを見れないからである
youtubeを見ているから最近テレビを見る時間が減ったからである

ただコロナウィルスは科学者にとっても医者にとっても未知である
それで対処できないということはわかる、でもその未知なことをいいことにマスコミが誇大に危険をあおり視聴率を稼ぐことは許されないのである
要するに社会は利権とか利益ばかりを追求すると本来の使命が失われる
マスコミでも事実を正確に報道してその判断は国民にまかせる
マスコミが判断して裁判官になり私刑にする、リンチするようなことをしているから問題なのである

また危険を言う学者が医者が選ばれて放送する、マスコミの意図は危険をあおりコロナウィルスで視聴率を稼ぎ宣伝費をくれる会社のために貢献するということでそうなる
その利益も巨額なのである、だから原発事故が起きたとき朝日新聞でもマスコミは全部中国に招待されていた、その時事故が起きたのも因縁だったのである

 原発事故で十数メートルの津波が来る!

こう警告していた科学者集団がいた、でもそれも無視された、利益を第一として原子力村の利権集団に無視されたのである、安全神話はどれほど強固に作られていたか?
これが報道されていたら津波の被害も少なかったかもしれない
なぜなら仙台から宮城県の海岸線は津波の警戒がなかった
それは400年前に津波があったとしても忘れていたからである
それで津波は来ないという確信までになって避難が遅れた、津波を甘く見ていたことがある
だからこの科学者の指摘したことをみんな衆知していれば頭にそのことがあり早く逃げたかもしれないのだ、でもそういう危機感がないから死ぬ人が多かったともなる

安全神話もそうして強固に作られていた、事故はありえないとしていたのである
それで地元の人たちでもそれを信じていたのである
それはとても崩せないものであり津波でしか崩せないものだったのである
民主主義とはそうした原子力村とか利権団体の主張を通すことである
だからそうした利権団体に入らない者は利益を得られないのであるその利益を得るために常に社会が歪められるのである
原発事故では漁業組合は利権団体となり事故前も事故後も利益を得ていた
それだけでない、農協とかでも利権団体でありあちゆるものが利権団体化している
その利権団体を調整するのが政治だともなる

でも公正さを報道とかに求めるとそうした利権団体に組み入れられるとできない
必ずその利権団体に票を得るからと忖度する
そしてテレビとか六局が独占していたがそうした公器を手に入れたマスコミが宣伝費で成り立つから宣伝費を出す会社に忖度する
それは原発事故でもわかった、電事連から800億円とかの宣伝費が出ていたのである
原発は金のなる木だからみんな群がったのである
だからこそその危険性は地元でもみんなによって無視されたのである

だから科学で追求した真理でも事実でもそれがその通りに社会に通用しない
隠蔽されたり科学の真理がそのままに報道されることもない
コロナウィルスでも複雑なのだけどそういうことがある
聖書が予言の書だというとき現代では預言者は科学技術者になった
それで津波を警告するというとき科学者は預言者と同じだとしている
コロナウィルスでもこれからどうなるのか?
それを予言するからである、でもそれが当たらないとしたら科学者の信頼は失墜するのである
預言者は神の言を伝える者であった、でも殺されたりしたのは必ずなんらか不興を買うものがあったためである
科学者でもいくら科学的に追求しても正確にその将来を未来を示すことはできない

つまり未来は神の掌中にある、人間は知ることはできないのである
だから人間の未来を握っているのは人間ではない、神なのである
なぜなら神は人間界でも地球でも滅ぼすことができるからだ
創ることもできるか滅ぼすこともできるのである
人間の未来を決めるのはAIでもなんでもない、神が決めることなのである
そういう権能をもっているのは神だけである
科学技術者でも限界があり実際すべてがわかるわけではないからである
だからこそ何かあるとこうして不明な未知のことが出てきて混乱するのである 

takedacolona1.jpg

posted by 老鶯 at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月08日

東京にコロナウィルスに地震頻発の恐怖 (福島原発事故でカルマを作った東京)


東京にコロナウィルスに地震頻発の恐怖

(福島原発事故でカルマを作った東京)


なぜ今東京が危険地帯となっているのか?

コロナウィルスでも東京から拡散する、南相馬市でも自分の住んでいるすぐ近くで東京のライブハウスに行った人が感染したのである
東京が危険なのは人口が多すぎるからである、その周辺の神奈川とか埼玉とかでも東京圏の人口が多すぎる、その影響が大きすぎる
そこで人の流れも止めることができない、それでコロナウィルスでも伝染するのが止めることができない、そのことは前から言われていた

そして福島に原発を作ったのも地理的なものだった、茨城県だと近すぎる、確かに東海に原発があっても実験用とかで規模が小さいが福島は大きすぎた
それで甚大な被害となった
福島県は東京から遠からず近からずという場所にありそれで東京圏ではないが疑似東京圏にもなっていたのだ
東京の影響が地理的に受けやすい場所にあったのである
それで経済的には東京の恩恵を受ける面があったが逆にまた原発のように被害を受ける面もあった、岩手県とか秋田県とか青森県になるとこうはならなかったのである
でも青森県でも核燃料貯蔵庫とかができているからかえって辺鄙な所に危険なものが作られることはあった

何かカルマというとき個人的にも家族的にもその場所であれカルマをかかえている
時間的にも空間的にもカルマがある、カルマとは繰り返すことであり自然災害も地震でもコロナウィルスがあったがこれも実際は百年前とかスペイン風邪とかで大被害が世界であったことなのである、だからまたカルマとして繰り返すとなる
カルマを意識するのは苦しみとなった時である
それは津波でもそうだった、それは余りにも凄惨なものでありこんなことが起きるのか?そうみて震撼としたがそれも過去に同じようなことが起きていたのである
相馬地域では400年前に700人溺死とありやはり起きていたが忘れていたのである
だからつくづく災害は忘れたころにやってくるとなっている
カルマは必ずめぐってくる、それは空間的にもそうなのである
世界で起きたことが関係ないようで日本にも起きて来る、カルマは空間的にも時間的にもめぐってくる

今なぜ東京が危険なのか?

何かそこにカルマがめぐるような状態になっている、東京はカルマを積んだのである
それは福島原発事故でカルマを積んだ、東京電力が福島に原発を作った時カルマの因を作ったのである
それで一時福島から放射性物質の汚染を恐れて東京に避難した人たちが放射能がうつるとかいじめられたとかあった
今度は東京の人たちが地方にコロナウィルスをうつすから来るなとち拒否された

放射性物質をうつすから福島の人は来るな!

コロナウィルスをうつすから東京から來るな、出るな!

これも何なのか?これもカルマではないか?そうして人にしたことが今度は我が身にふりかかってくる、それが個人的にもそうだし家族でもそうだし地域でもそうだしあらゆることにカルマが適応されるのである

東京が今地震が頻発して恐れている、東京は何か今の時期一番危険になっている
なぜならコロナウィルスと地震が重なったら阿鼻叫喚のようになる
コロナウィルスをうつすから東京から出るなとか地方から言われて今度は避難することもできなくなる、地方で受け入れないからである
地震が起きたら東京内でも密集するから避難場所もなくなる

東京から脱出したい、でも脱出もできない

その時東京がパニックになる、まさに生き地獄になる、東京にカルマがめぐり東京に今そういう危機が集中している
そしてカルマの解消は苦しまないと解消しないのである
それは個人的でも家族でも地域でもそうなのである
それは自分自身が死ぬような苦しみを受けた、介護とか自分の病気とかでそうだった
つまり死ぬような苦しみを受けないとカルマは解消しないのである
それだけのカルマを東京という地域が積んだのである
これは科学的でないにしろカルマには明らかに法則性がある
だから今東京がコロナウィルスとか地震とか一番危険になっているのだ

ではその他は安全なのか?

それもわからないにしろ福島は安全ではないか?、なぜなら津浪地震とか原発事故とかでその被害を受けてカルマを解消したと思えるからだ
ただ放射性物質はこの地に残り依然としてその後遺症が残りつづけている
人は住めなくなるゴーストタウンになったままの地域もある

だから不思議なのは

福島の原発周辺がゴーストタウンになった

コロナウィルスで日本でもゴーストタウンになった

世界中がゴーストタウンになった

これも何かカルマが関係してそうなったのかともみる、世界が村となったというとき距離に関係なく悪いことも広がるからである

ともかく何かこういう時不安がらせるということがある,マスコミは不安をあおっているという、視聴率のためにそうである

巨大地震が連続して起きた慶長時代とにている (東北と九州(熊本)に起こり今度は関東へ迫る恐怖)

ここにアクセスがそれなりにあったということは東京で危険を感じる人たちが多いからである
正直脅かすわけではないが、東京にはカルマがたまっている、それを一度出さないと治まらないのではないか?
そういう時期になっているのではないか?
だから東京を脱出する人が地震の無いところに移住しようとしている人が増えるのもわかる
かなり不安になっているからだ、そもそも東京は災害には弱い
あれだけ人が密集していること自体が危険なのである
それはコロナウィルスでもわかった、だからそうして警戒するのはわかる
つまり東京から人が地方へ分散する、それが日本の国土にとってもかえって東京と地方のバランスをとりもどす契機となる
あまりにも東京一極集中になりすぎたからその弊害が大きくなったからである

人間は危険を察知することが大事

人間は命が助かるためには危険をいち早く察知することである、それは津波で原発事故でもそうだった
危険を察知しないで甘く見ていた結果大被害になり多くの人が無惨に死んだ
だからソドム、ゴモラでもロトが危険を察知して脱出したことにより危機一髪助かったのである
でもその妻はその光景を見て石と化してしまった、それほど恐ろしい光景だったのである
だから東京が危険だと察知して脱出した人たちが命が助かるということがある
それだけそもそも東京は人が密集してビルが密集して危険なのである
逃れる場所もなくなるからだ




posted by 老鶯 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月07日

小川未明の「眠い町」の童話と似ているコロナウィルスの状況 (神がコロナウィルスをばらまいた?)


小川未明の「眠い町」の童話と似ているコロナウィルスの状況

(神がコロナウィルスをばらまいた?)


そこで少年は、袋の中なかから砂を取とり出だして、せっかく敷しいたレールの上うえに振ふりかけました。すると、見みるまに白く光ひかっていた鋼鉄のレールは真っ赤かにさびたように見みえたのでありました……。
 またある繁華な雑沓をきわめた都会をケーが歩あるいていましたときに、むこうから走ってきた自動車が、危く殺すばかりに一人のでっち小僧をはねとばして、ふりむきもせずゆきすぎようとしましたから、彼かれは袋ふくろの砂なをつかむが早はやいか、車輪に投なげかけました。すると見みるまに車の運転は止とまってしまいました。で、群集は、この無礼な自動車を難なく押おさえることができました。

 またあるとき、ケーは土木工事をしているそばを通りかかりますと、多くの人足が疲かれて汗を流ながしていました。それを見みると気の毒になりましたから、彼は、ごくすこしばかりの砂を監督人の体にまきかけました。と、監督は、たちまちの間あいだに眠気をもよおし、
「さあ、みんなも、ちっと休やすむだ。」
といって、彼は、そこにある帽子を頭に当あてて日の光をさえぎりながら、ぐうぐうと寝ねこんでしまいました。
 ケーは、汽車に乗ったり、汽船に乗ったり、また鉄工場にいったりして、この砂をいたるところでまきましたから、とうとう砂はなくなってしまいました。

コロナウィルスで起きたことも不思議である、この辺では津波とか原発事故とかがありこれも不思議であり恐ろしいものだった
このコロナウィルスで人間の活動が止まったことである
それも世界的に止まった、一番それを象徴していたのが空港とか鉄道とか交通関係が止まった
こんなに交通関係が停止するのを見たことがない、結果として交通事故が減り空気がきれいになった、それだけ人間の活動がもう限界に達していたのかもしれない
それで神がこの童話のように活動を止める砂をまいた
その砂とはコロナウィルスである、これをばらまいて人間の過剰化した活動を止めたとなる

だから何かこのコロナウィルスは何なのだろうと考えると不思議になる
本当にこの童話のように過剰化した人間の活動をとめるために砂をまく、すると人間の活動はとまり「眠い町」になる   

汽車に乗ったり、汽船に乗ったり、また鉄工場にいったりして、この砂をいたるところでまきましたから・・・

この時は飛行機はない、空港がなかった、車もあまりなかったがそれでも自動車は走っていたのである、何か今と比べるとその時代は牧歌的でさえあったともみる
東京でも百万とかであり市電が走っていたり何か今とはまるで違っていた
その時代こそ実は「眠い町」になっていたとなる、現代から比べるとそうである

とにかくは神が天から人間界を見下ろして「大気を汚すな、車でも多すぎる、煩さい、静にしろ、そんなに移動するな、もっと落ち着いて生活しろ、人口密集する大都会などに住むな広い田舎でソーシャルデスタントにフィズカルデスタントをとって静かに悠々と暮らせ」
東京のアパートかで騒音殺人が起きるのはフィズカルデスタンスがとれないからである
田舎でも市営住宅では隣に変な人がいてそれで悩まされている人を知っている
それは離れて住めないからである、常に隣に密着している、そして自分を見ているとなっているからだ
田舎は田舎で誰も見ていないようで見ている、窮屈さがある、でもフィズカルデスタンスがあり離れて住んでいる人が多いからそういう騒音問題は比較的起こりにくい、ただ密集して近接して人間が住めばそういうことはどこでも起きるのだ

何かそういうことを神が天から見て人間界にコロナウィルスをばらまいたのかもしれないそれが童話では魔法の砂だけどコロナウィルスがそれとにていたのである

原発にしてもなぜ津浪に襲われて爆発して人が住めなくなったのか?

それもなんらか神の関与があったのかとなる

そんな危険なものを作るな!

そういうことがあって神が津波を起こしたのかとまで思う
そして私が安全神話を作った権力集団、政府とか官僚とか科学者とかマスコミが一体化した利権集団を暴いたと追及して来た
何かこの世には人間だけがすべてを決めるのではない、神の関与がある
バベルの塔がなぜか単なる作り話ではない、事実に基づいていると感じるのはまさにそうである、人間は言葉が通じなくなるということは心が意志疎通がてきなくなることであるそれは何か原発事故でも起きた、人はみんなばらばらにされたからである
家族もばらばらになり自治体も補償金で争ったり世代でも若い世代は流出して老人だけが取り残されたりしてばらばらになったのである

だから何かコロナウィルスでもこれは一体何なのだろうとなると不可解になる
それは何かしら人間を越えた神の関与があってそうなったのかとも見る
つまり人間の活動が過剰化して限界に達していた、地球は人間の文明活動で大気を汚して大地も汚した、だからそれを戒めるためにコロナウィルスをばらまいたのかとなる

人間は生態系から離れて生活しえない、だから世界の大都会化はもう限度を越えていた
生物がそこで生きるということが不可能な状態になっていた
だからニューヨークとかが一番被害があった、もともと武漢風というように大都会から世界に広がったのである
だから一千万とかも密集して生活していること自体生物として限界でありそんな生活は続けられない、それでコロナウィルスをばらまいて人間を分散して生活させる
そういう働きがあったのかとなる

私の場合は常にこうした文明とか都会生活の逆に志向してきた、それで秘境を求めて来たのが自分だったのである
そうして大地とか森とか山とか岩石とかと精神的に一体化する、アイディンティティ化すること追及して来た
そういう文明否定をアウトサイダーはニーチェとか上野霄里氏とか他にも現代ではまともな人間ならそうなる、東京のような所に生きられ人は人間でもないとなるからだ
そこでもう生態系として生物として人間でありえない状態になっていたからである

いづれにしろどうしてもこの世に起きることはいくら科学が発達しても科学者が神のようになっても解明されていないのである
科学者が神のように何でも解明していると見ている、でも解明されていないのである
だからコロナウィルスというのもいろいろ言うがそれが何なのか解明されない、未知のものなのである、未知の侵入者なのである
つまりこの世には未知なものがまだまだあるし永遠にこの世界は解明できない
未知の世界である、全能の神のみがすべてを知っている
だから何らか神からの働きがこの世に人間界に起きる
それは不可解な不思議なものとして起きる
そういうことはなくならないのである、つまり絶対に人間はこの世のことを自然界を解明できないからである
だから科学者でも専門家でも何か解決してくれる、ワクチンができるとか言う
でもまた未知のウィルスが生れて同じ繰り返しになる

ではどうすればいいのか?神に祈って助かるのか?

実際は助かる道はそれしかない、なぜなら聖書ではノワの箱舟とかソドム、ゴムラから救出した、神に滅ぼされる前に救出した、つまりこの世が滅ぶことは定められている
しかし神の子とされたものは最後の日に救出されるからである
だからこれからも文明が滅びるような空恐ろしいことが起きる
人間は神に罰せられる、その一つがコロナウィルスであり未知の侵入者なのである

もはやこれだけ科学が発達したから未知なものはないということが傲慢なのである
人間はまだまだ未知の世界に生きている、その未知は永遠に解明されないのである
一つの未知が解決してもまた新たな未知が生まれる、そういう繰り返しであり科学者も実際は絶望しているのである
人間の限界を感じているのである

posted by 老鶯 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月04日

コロナウィルスの感染者数は大都市圏から拡散 (地理と深い関係がある)


コロナウィルスの感染者数は大都市圏から拡散

(地理と深い関係がある)

virusmap111.jpg


江戸時代の福島県の会津のコレラの伝染径路から考察した
すると会津若松中心に拡散した、そこが交通の要だからそうなった
意外だったのは田島の方へは会津若松の城のある所から拡散した
大内宿があり栃木県の方へ行く街道である、ここは深い山の道でありそれもかなり高い
不便な道である
一方新潟県からは日本海側から阿賀野川とか交通路があり北前船も通っていたから交通が頻繁だった、また白河街道でも会津若松に人と物流があった

そして桧枝岐(ひのえまた)はその時閉ざされた秘境になっていた
米も食べられず蕎麦が主食でありヤモリを焼いて燻製にしたりして貧しい地域だった
最近は尾瀬の観光の入り口として豊かになったのである
そんなところだからコレラは全く伝染しなかった
伝染病は交通が盛んな場所から必ず拡散してゆく
人から人へと伝染するのだから当然だとなる
桧枝岐は全く人の行き来がないのだから伝染しようがないのである

飛脚が運んだはやり風邪

こういうことが言われたのも飛脚は遠くへ移動するからである
人がウィルスを運ぶからである

感染者の数を見ても明確である、大都市圏から拡散してゆく
一時は青森とか秋田に感染者が出たので驚いたが秋田は仙台市から移動した人が感染させたのである、青森でも東京から移動した人が感染させたとかある
新幹線で今は行けるから拡散したのかと見た
でもその後は秋田とか青森は少ない、増えないのである
そして謎は岩手県だけが感染者が出ていないのが不思議である

このコロナウィルスの伝染地域を見ると何か地理で見ると大都市圏から拡散していることは明確である
名古屋からなぜ岐阜県などが多いのか?
それは名古屋から岐阜県の白川郷とかに通じしている、名古屋市から拡散するのである
名古屋市から白川郷まで自転車で行ったことがあるからだ

それからどうして石川県とか富山県とかに多いのか?
これもここは大坂と京都とかと交通があり結ばれている
大坂京都圏内に入るということで増えたのかともみる
つまりウィルスは交通と深く関係しているのである
今回は沖縄と北海道は別である、そこは中国人観光客が多く来た場所だからである

だから最初の内、なぜ茨城県に感染者が出ず増えないのかともみた
その後はやはり東京に近いのだから増えたのである

それは確実に地理から予測できた

どの地域に感染者が増えるかはウィルスは予測できる、安全な地域は大都市圏から離れた地域である

だからこそ

大都市をロックダウンする、都市封鎖する

これが必要であり外国ではそうしたのである
そしてニカラグアとか台湾とかニュージランドでは国自体を閉鎖したから伝染を防げたのである
もう大国はこの感染を防ぐことは不可能であった
ガバナンスもできない、それで関所があった江戸時代なら関所を閉ざして閉鎖して守ることができたとなる
それでも江戸時代でもコレラが蔓延したのである
だから関所となるとそんなもの不便だとなり効用がないとなってなくしたがそれなりの効用があった、ウィルスに関しては効用があったとなる

いづれにしろ社会を見る時必ず地理が関係してくる、地理を知らないと理解できないことが多いのである、外国が理解できないのは基本的に地理が理解できないからである
例えば福島県の地理を理解するだけで大変になる
福島県はハマ、ナカ、アイヅとありそこで風土も違っている、とても風土的地勢からして全く別な地域になっているからだ

例えば棚倉があるがあそこは水戸街道があり水戸と通じている
でもあの地域は古代ではヤマトタケルの伝説があるように蝦夷軍と大和王権軍が戦った場所である、だから古い場所なのである、つまりそこが蝦夷の地域に入る東北に入る入り口だったのである、白河の関所があるがそれより古い東北の入り口だった

ともかくウィルスの伝染は江戸時代のコレラでも交通と深く関係していたのである
だからグロ−バル化すると交通が発達すると瞬時にウィルスが世界中に広がった
つまりグロ−バル化と交通の発達がウィルスには弱かったのである
もう飛行機で同時間に結ばれているのだから発見したときは時遅しになり伝染がグロ−バルに拡散していた
それは情報が瞬時に同時間に世界を駆け巡ると同じである
マクルハーンの言うように世界が村となった、ウィルスでも情報でも瞬時に同時間にグロ−バルに拡散して感染するのである    

もう地理の障壁がインパウンドになっりバウンドがないからである
それがコロナウィルスでinbound⇒boundに逆行したのである
これも何か過度なグロ−バル化が世界で公害とかいろいろ問題が起こしているからその歯止のためなのかとも見る、神の働きなのかとも見てしまうのである
そもそもなぜウィルスが生まれたのか?
それを探ればboundしていた世界を破るinboundになりオーバーになった、限度を越えた
聖なるサンクチャリーでずかずかと入りすぎて本来の生態系を乱したからウィルスがそこから出てきて感染したともされるからだ

要するに人間にタブーというものがなくなったのである
あらゆることでタブーを破ることが文明だった、科学技術でもそうである
原子力で核を故意に破壊したりすることは危険だと科学者さえ言っていた
遺伝子操作も危険だとしてもそれも金儲けのためなら何でもするとかなる
経済が優先される、だからウィルスとは何なのか?
それは津浪と同じように自然作用であり自然を乱したものへの人間の攻撃なのかとまでなる
人間はいくら科学が発達しても未知なものがありそれは解明できない
神の領域というものがある、そこにかまわず侵入してゆく、そこに災いがもたらされるのである
posted by 老鶯 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月03日

コロナウィルスでダウンサイズ化する (江戸時代への回帰かー社会の変化の対応が迫られる)


コロナウィルスでダウンサイズ化する

(江戸時代への回帰かー社会の変化の対応が迫られる)

downsize1.jpg

コロナウィルスのキーワードとなるものがダウンサイズのような気がする
本当に驚くのはあらゆるものがダウンサイズする
交通を見て鉄道をみて驚くのは人が乗っていない、スーパーヒタチがせっかく今年になって運行されたのに乗客がほとんどない、だから鉄道好きだから写真をとった
でもその中に人が乗っていないのである
鉄道がこんなになるとは信じられないとなる
他でも空港もがらあきであり運休している
観光は大打撃である、観光公害までなり騒いでいたのが昨日のことだった
それがどこも観光地ががら空きになっている驚きである
一体これは何なのだろうとまた理解できなくなる
これはこの辺で原発事故でゴーストタウンになったことと似ている
新宿の歌舞伎町とかでも歓楽街でもゴーストタウンのようになっている

アフターコロナの世界がどうなるのか?

そのキーワードはダウンサイズという言葉である
あらゆるものがダウンサイズ化する、交通でもグロ−バル化だと世界に自由に行き来する拡散であり拡大である、それで世界からインパウンドとなり日本でも京都とかで観光公害になった、それが今ばったりとその人が一瞬にして消えたのだから驚く
インバウンドとはバウンドしていることを否定することである

境界,限界(内); 立ち入り許可区域.
限度,範囲; 境界線,限界.

このバウンドを否定してグロ−バル化したのが現代の世界だった
境界を破る、限度を越えるのがグロ−バル化である
地理的物理的バウンドを破る、越えることがグロ−バル化だったのである
コロナウィルスで起きたことはこの逆行である
バウンドを再び作ることなのである、ウィルスが入らないように境界を自ら作ることなのである、関所でも作ることなのである
そこで検査をして感染を防ぐことなのである
つまりバウンドを取り去ることからバウンドを再び作ることを強いられたのである

だから江戸時代の回帰なのとなるとき、江戸時代なら関所があり地域で自由に人でも物でも行き来できない、狭い範囲で自給自足の村で生活していたのである
それは経済的には貧しいものとなるがそれでも人間は生活して来た
もしかしたらそうした生活が本来の人間の生活でありグロ−バル化経済というのは異常なことだったとアウターコロナでふりかえることになるかもしれない

何か一番目に見えて現象が顕著なのが交通関係だからである
グロ−バル化広域化とは交通の発達があったからこそできた、鉄道であれ飛行機であれ自動車であれ交通の発達があってインパウンドが境界を越えることができたからだ
それができなくさせたのがコロナウィルスである
ただ交通に関しては自動車は依然として重要なインフラとして機能している
物流を支えるものとして自動車はより活用されている、ただ自動車にしても自粛となれば相当に減ってかえって空気が汚染されず大気汚染がなくなり空がきれいになったとなる
それだけグロ−バル化とか広域社会とかは交通に頼る社会だったからである

アフターコロナというとき前の社会には戻れないというとき、それは明らかに時代が変わる、ただそれがどういう社会なのかは急激に変わるからイメージできないのである
また対応もできないのである、つまり社会構造が変わるのだからその変化が余りにも劇的でありそれでイメージできないのである
戦後の焼野原のように茫然としてたたずむというまでにはなっていないにしろそうした急激な大きな変化には対応できないのが人間である

ただ津波とか原発事故を経験したからそういうことがあるのだとこの辺では意識しているただこうして日本全国とか世界同時に大変化するのとは違っていた
震災とか原発事故では局所的でありそれでその傷口を全国でカバーすれば回復するとなっていた、でも今回は全国であり世界的になると回復することは簡単にできないのである
だから新しい生活様式にしろとか新しい時代の社会を構築して適応しろとかいう
でもそれが何なのかもう一つ明確ではない、ただテレワークとかはその一つだろう
でもこれは前からそうしろと言われてきた、それがこの際現実化したということである

また鉄道にしても常に車社会になり乗る人が少ない、ローカル線はみな赤字だとかされていた、それがコロナウィルスでこうして鉄道はさらに利用しない
これも信じられない変化である、常磐線のスーパーヒタチは恰好いいので写真をとったが人が乗っていない
その写真をとった場所は実は津波で田んぼが草原化した場所である
だからこれもなんともいえぬ変化なのである

原発事故以後は常磐線は双葉とか大熊間不通になっていた
それで仙台が下がりで東京方面が上りとなっていたが仙台へ向かうことで上りという感覚になっていた、なぜなら東京は上りでも常磐線では東京に直接行けなくなっていたからだとにかく交通関係はもう鉄道でもバスでも飛行機でも利用者が激減した

これからどうなるのか?

これは簡単に回復しない、インパウンド⇒パウンド社会にもどる、それはあらゆる面でダウンサイズすることである
交通でもそうだし生活そのものが倹約とかになりリサイクルとか大量生産とか消費がなくなる、江戸時代のようなリサイクル時代の復帰となる
江戸時代にはならないにしろ感覚的にダウンサイズしたバウンドした縮小社会に戻るとういうことである
だから資本主義自体がすでに金余りで投資する先がなくなり銀行も用なくなるとかでつぶれとか言われた
それがさらに極端化してゆく社会になる
あらゆるものがダウンサイズする、芸能人とかスポーツとか何かエンタメとか興業でも
いらないとなる、三密だから危険だとしてできなくなる
何か無駄が省かれる社会になる、ならざるをえない、だから娯楽的なものは真っ先に切られとなる

そしてコロナウィルスで一番不利なのは東京とか大都会だった、そこは常に三密の世界でありそれか。さけられないからウィルスの蔓延を止めることができない
そしてその周辺に拡散してゆく、南相馬市でも東京のライブハウスに行った人から感染したからである
だから東京とかその周辺の人口過剰密集地帯は危険であり非難される場所となった
交通の発達でそこからの人の流れが止めることができないからである
コロナウィルスに強かったのは小国で隔離されたような国だった
ニュージランドとか台湾とかまたニカラグアは小国であり国境をいち早く閉鎖した
閉鎖できたから感染者を抑えることができた、つまりその地図をみると細長く回りが海であり閉鎖しやすい地形にあった
これがメキシコとか大きくなると国境自体長いのだから閉鎖できないのである

ともかくヨ−ロッパの中世だと内に籠もる闇黒時代と言われたし江戸時代でも鎖国でそうであるでもそこにもメリットがあった、日本はその狭い国土でも平地が少ない資源がない国土でも節約して工夫して自然を活かして生きてきたからである
江戸時代が実は日本の骨格を作ったとされる、日本が日本がになったのは江戸時代だと言われるからだ、江戸時代300年が日本を作ったとされるからだ

つまり日本は再び江戸時代ではないにしろ歴史が逆戻りする
それで前から国風文化の時代だと時分は主張してきて表現してきたのである
グロ−バル化も批判してきたのである
それがコロナウィルスでそういう時代に具体的に変化してゆくことまではイメージできなかった
人間はとても未来をイメージできない、世界は未来は誰も予測できないことが起きる
ある程度イメージしても実際の世界は驚くべきものでありそうなってみないとわからないこの辺でそれが津波とか原発事故で経験してきたのである

だから自粛でゴーストタウンになったことは経験している、見ているから同じことが起きたのかと見た、だから何かカルマというのはどこかで起きたことが別な場所でも起きる
地理的に制約がなくカルマとして起きて来るのかともみる
第一津波でもそうだか過去にもありただ忘れていただけなのである
伝染病でも実際は百年前に明治にもコレラが蔓延して苦しんだ   

  とりわけ長崎や横浜のようなコレラがひどい猛威をふるった場所では、住人10,000人に対し61人の死者が出て、致死率は80%にのぼった。
男性の患者数は女性の3倍に及んでいる(男性 10,214:女性 3,496)」
場所によっては致死率8割超え。「コロリ」とあだ名されたその恐ろしさが、決して大げさではなかったことを物語っています

江戸時代の末期と明治時代にコレラが猛威をふるった、どっちも十万人死んだ
人口が少ない時代だから割合としては多い
男性と女性の割合で女性が少ない、今回のコロナウィルスでもそうである
女性の割合はこの割合のように少ないのである
女性は強いというとき子孫を残させるために女性は弱いようでも病気の耐性が男性より強いのかもしれない、子孫を残し種を保存するために女性をウィルスに強くしているのかもしれない、それは神の働きとしてそうなっているのかとなる 

とにかくアフターコロナのキーワードはダウンサイズである、それは交通でもそうだしあらゆるところで起きて来る、そうしなければ生きていけなくなる
だから江戸時代の逆行現象が起きて来る、大量生産消費とかではない
あらそるもののダウンサイズであり無駄を省き自国にあるものを活かして生きる社会である、もちろん外国と貿易がなくなるということではない
でも現実に外国から食料すら入らなくなるかもしれない、バナナすらそうらしい
自国優先になり食料でも自給自足の方向に向かうほかないからである

・・・・・・・・・・・


高齢化社会の価値観 (高度成長時代の価値観は終わる―節約の時代に)


前に60万人死んだとか書いたが実際は江戸時代のコレラでも十万にであり明治でも十万人だった、
でも人口比からすると多くなる


posted by 老鶯 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月02日

多すぎる大学(コロナウィルスで淘汰されても仕方がないのか―文系と理系の問題)


多すぎる大学(コロナウィルスで淘汰されても仕方がないのか―文系と理系の問題)


782校で私立大学は603校です

河合塾が出しているBF大学だけ見ても500校以上。日東駒専の偏差値以下と定義していますので520校ぐらいは行くのではないでしょうか?

私立大学には助成金が支払われます。平成30年では支払われたのでしょうか?

答えは平成30年度で約2727億円です*2。大学によって支払われるお金は違いますが平均して約45億円貰っています。有名大学のことを考慮しても1000億はFランク大学に支払われているのではないでしょうか?

1000億だとして、このお金でどれだけの本当に学びたい学生に投資できるのでしょうか?Fランク大学で遊び呆けている大学生より有意義に使うと思いますし、優秀になると思いますよ?

では、私立大学が何のために助成金を使っているか想像できますか?

学びたい学生や教授の研究設備の増強ですか?遊びたい学生用の設備の増強ですか?それとも、経営者の私腹の為ですか?

多分、Fランク大学になるほど後者だと思うんですけどね。実際、官僚等の役人の天下り先に私立大学がありますし

以上のことからFランク大学はこれからの日本にとっても邪魔でしかならないと考えています

大学というときどうしても理系と文系との差が大きすぎることである
理系のFランでも文系の上位の慶応とか早稲田とか国立でも何か優秀に思える
この差は数学ができるかできないかで最初に生まれている
要するに数学の能力というのが実は能力のバロメーターになっていると思う
だいたい学習能力は数学でつまづいている、数学嫌いか好きかで別れる
だからFランの理系だと最低の数学の素養がないとそもそも授業にもついていけないだろう
たから文系の自分は文系自体がみんな同じように見える
ただもしかしたら経済学があるとしてそこに統計分析がありそこで数学を使う、微分積分などを使うとするとそこに理系の知識が必要になりそれができるとなれば文系であっても理系の知識をこなせるとなれば違ったものとなる
つまり理系の知識があってこそ評価されるとなる

自衛隊とかでも理系が多い、有名な髭の隊長の国会議員は化学部隊だから理系だったのである、自衛隊は様々な機械を使うし技術系だから理系なのである
だからコロナウィルスでも専門家として発言している
社会に出たとき社会を構成しているのは理系と文系がある
原発事故でわかったことは東電の専門家集団は理系である、放射線とか原子力のこと核を知っているのは理系である
だから事故が起きたとき理系の専門家がまず発言する
ただ御用学者は低放射線は体にいいも発言して顰蹙をかった

そして文系となると政治家であり官僚でありマスコミとかなる
こういう人たちは文系であり科学的知識に欠けている、それはコロナウィルスでも同じだったのである
まずコロナウィルスでも感染学の専門家が意見を言う、それに政治家が従うという構図は原発事故とにていたのである
専門家会議が開かれてその意見を聞く、ただ判断して決めるのは政治家なのである
だから専門知識がない文系の人が判断するということで疑問になる

でも専門家が科学技術者がすべてを判断できるのか?

それができない、科学が技術がすべてを決することはできない、そこに社会があり生身の人間が生きているからだ
経済でもそこに生身の人間が生きている、物として経済的単位として数字としてすべて扱うわけにはいない

だから30キロ内で区切りゴーストタウンにしたのか?

そのことが疑問になる、そこに何か科学的根拠があったのかとなると定かではない
ただ便宜的に30キロ内は補償する、後は政府ではしないとして決めた
それで30キロ内は10年過ぎても医療費が無料なのである
でも30キロをはずれたら鹿島区は同じ南相馬市でも

半年で医療費無料は打ち切られた!

これは別に放射線量とかで科学的判断したのではない、政府では便宜的に30キロで線引きして後は補償しないためにそうしただけなのである
これは理不尽なのだけど南相馬市の市政では何の対策もしていなかった
なぜなら原町区と小高区で30キロ内で補償金をもらえばいいとなったからである
ただまた20キロでも区切られていたし伊達市とか他でも放射線量で補償金の差がありもめたのである

それは科学的根拠とは関係なかった、政治的判断だった!

このようにすべてが科学で判断されないのである、それでも地球は回っているという
ガリレオの言はカトリックの司祭が権力をもっていた、宗教と政治が一体化して権力をもっていたから科学的真理であっても否定されたのである

つまりこうして宗教的でも政治でもその判断は文系がしているとなる
第一大学というときそれは仏教なら僧侶集団から生まれたしキリスト教団からイスラムでも神学が基本として生まれた、だからもともと文系から始まったのが大学なのである
そこに医学が組み入れられた、医学というのは仏教でも最初は医学がその中にあった
なぜならそもそも人間は感染病でも病気に悩まされてきたからである
それが深刻だから当然宗教でも医学が起きる、ただ祈るだけではだめだと薬草とかを飲ませるようになるからである
会津でなぜあれだけ古代から仏教が盛んになったかというと病気を治すために寺が建立されたのである、つまりもともと様々な病気と宗教は結びついていた
病気になったら祈るほかないとになっていたからだ
それで腰が痛いとか耳が悪いとか目が悪いとか何か体が悪くなるとその悪い病気に効く地蔵に祈っていたのである

ともかく大学というとき文系大学がいらないというとき科学社会になったからである
科学技術の効用があうまりにも大きくなったためである
すべてが科学技術で計られるから科学者が技術者が神官となりかつての宗教者の威光は仏教でもキリスト教でも失ったのである
第一イタリアでは牧師でもコロナウィルスに感染して死んでいるからだ
神に祈っていたらそんなことにならないともなるからだ
するともしコロナウィルスのワクチンを作り直すとなるとその人がそんな牧師とか僧侶より神の如く崇められるのである、現実になぜ医者がこれほど尊敬されているのかをみればわかる、病気を治してくれるからそれだけ尊敬されるのである
何か牧師とか僧侶は役立たずの無駄飯喰らいのようにしか今は見られないのである
ただ何か訳の分からないお経を唱えているだけだとなる
でももしそのお経を唱えて病気を直せば今の医者のように崇められるのである

いづれにしろ理系と文系の問題はコロナウィルスでも起きている
専門家からすればもっと警戒して自粛する、経済活動を止めているべきだとなる
ただ一方でこのままではもたない、倒産する会社も増えて失業してそのために自殺する人が増える、そうなるとコロナウィルスで死ぬ人と自殺とか経済的活動をきめたために苦しむ人を計りにかけたら経済活動を再開すべきだとなる
それは外国ですでに起きている、つまり専門家の意見があっても政治家が経済活動を再開するように踏み切るべきだとなる
それは政治家の判断であり専門家の判断ではないのである
だから何でも科学技術社会でも理系の論理がすべて決めることではない

最終的判断をするのは誰なのか?

専門家なのか、政治家なのか?

結局政治家だとなる、その政治家は文系なのである、阿部首相は成蹊大学だからである
そして民主党の時、菅首相は東工大であり理系であり原発事故の時陣頭指揮をとったが
それが成功したとはならなかった、現場を混乱させたとかとも言われる
まだ鳩山由紀夫は東大の理系であり宇宙人として揶揄されて何か政治家として評価されなかった、でも民主党のときトップが理系だったのである
だから必ずしもトップが指導者にふさわしいともならない
経営者でも理系でも必ずしも指導力が発揮できていないのである

結局理系でも原子核とか細胞の一つを仔細に探求するのと社会そのものを見るのとは相当に違っている、だから必ずしも原子核がわかっていてもコロナウィルスがわかるとしても社会の問題として解決することはまた違っていてそれは文系の分野だともなる
ただこれは理系文系に別れる問題ではなく総合的な問題としてある
でもどう判断するかはむずかしい

人命を優先すべきだ⇒コロナウィルスに感染しないことを第一とする

         ⇒経済活動を再開して自殺者を出さない
         
どっちも人命を優先することに変わりないのである、コロナウィルス対策で自粛をつづける、
経済活動を停止させているとそのために死ぬ人もでてくるからだ
その判断をどうするのか?それは理系だけではなできない、それは原発事故でも起きた
放射線の被害をあまりにも恐れるためにゴーストタウンにしてもう回復しないようしたからである、それは科学者が専門家がそうさせたのである
ただそこには根拠があるから従わざる得なかった
しかし自治体の村の歴史とかアイディンティティの場を失った被害も余りにも大きかったのであるそれはコロナウィルスでもその判断が迫られている

どっちを優先するのか?

ゴーストタウンにするよりは経済活動を止めて大量の失業者を出して社会が混乱して
治安も悪くなりその被害の方が大きくなることの方が問題ともなる
だからもう一か月が限度でありそれ以上をつづけたら経済でも死んで社会自体が維持できなくなりコロナウィルスで死ぬより経済の死で死ぬ人でも社会自体がゴーストタウンになる恐怖の方が怖いのである

第一原発事故のように手厚い補償はできないから路頭に迷う人も出てくるからだ
原発事故では本当に手厚い補償金が出たから何とか収めることができたからだ
今回はそうはいかない、国全体が混乱して犠牲者が出て外国のように暴動でも起きる
失業者が行き場をなくして犯罪者になってアナキーのような状態になる
戦争状態のようになるかもしれない、その時安定している上級国民にも及んでくる
米騒動のように襲われるようにもなるから怖いのである
ただこういうふうに社会が混乱する時、下剋上のようになり下のものが這い上がり上の者の富を奪って成り上がったりする

ペストではかえって下級階層が上流階級が死んだのでその富を労せずして得たのである
それて豪華な貴族の衣服を着たりしていたという、土地だって無料で手に入ったということである何かそういう逆転が起きてくるかもしれない
時代が大きく変化するとき上下が逆転したりするからである
不要不急というけどコロナウィルスで力をもつようになるのは戦後の焼野原と同じように農家だいうのもそうである、食料が一番大事になるからである
そういう逆転が大きな変化がコロナウィルスで起きるのか、それで新しい社会がまた生まれるのか、それだけの影響がコロナウィルスにあったとしたら驚きだったとなる

何かいろいろな問題が噴出している、大学をアルバイトの収入がなくなりつづけられずやめるとか言う学生もででいる、2割くらいでている、それだけ大学でも数が多いからである、そもそもFラン級の大学に奨学金で借金して入ること自体おかしなことである
国立の理系ならわかるがそんな価値がFラン級大学にあるのかとなるからだ
コロナウィルスの不思議は何か無駄なものが淘汰してゆく、飲食点とか風俗とか歓楽街とかは密になる場だから避けられるしつぶれた方がいいというのもそうである
そんなものなくてなっても社会は維持できるとかなる
社会にとって不可欠なものは何かをコロナウィルスによって決められる、無駄なものはこの際、淘汰すべきだとなる、それがFランとかあまりに増えた文系の私立大学なのである
自分もそうだったからあまり言いたくないがそういう者でも社会に効用があるとは思うがやはり余りにも増えすぎたということである

自分の時はFラン大学はなかった、日東駒専が最低クラスだったろう
それに自分も入っていたのである、でも自分の時代は第一大学に入る人が中学だとクラスだと50人いて5名くらだから少なかった、後は中卒で集団就職の時代だったのである
その後大学が300くらいから800までに増えて半分が大学に入る時代になったのである
その差も大きいのである、だから小学校の学力もない学生もいるとかなる
ただ自分も高校でも卒業できないような学力だったからきついことは言えないのである
自分の場合は大学を出てから相当に勉強した、もともと自分は自ら考える傾向があった
それで暗記だけの教育にはなじめなかった

学ぶとは何なのか?

考える力を身につけることである

これは思考脳とかyoutubeで言う人がいたがまさにそれである
自ら考えることのために学問がある、自ら考えない人間は理系でも文系でもその人は誰かの支配者でも奴隷になるのである
宗教でもカルト団体でも奴隷にされるのである、オウムでは理系の優秀な人が道を誤ったのはなぜなのか?

自ら考える力がなかったからである

そのことが人生を無駄にして死刑になりあえなくその才能も活かされず死んだのである
そのことは肝に銘ずべきだとなる

posted by 老鶯 at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年05月01日

コロナウィルスが起きた原因 (グローバル経済で統制ができないからー経済と人間の乖離)


コロナウィルスが起きた原因

(グローバル経済で統制ができないからー経済と人間の乖離)


コロナウィルスが同時間に世界に拡散したのはグロ−バルに世界が結ばれるようになったからである
それを象徴していたのがいろいろ研究者に言われるから定かではない
でも最初中国人が入ってきてそれで日本人が免疫ができたとかその後に欧米から人が入ってきて感染者が増えた、そして日本人が感染しているのは変異したヨ−ロッパ型とういのも複雑である
それがいかにグロ−バル化しているかを物語っている
世界がもう瞬時に交わる世界になるとそのように拡散する
だからグロ−バル社会はウィルスには本当に弱いものだったことが判明した

これが一時代前だったらそんなに世界に拡散しない、ヨ−ロッパのペストにしても三分の一が死んだとしても世界的には広がらない
今なら世界にたちまち広がる、そうなると空恐ろしいとなる
ペストでもヨ−ロッパ内に留められたのである
今までなら世界中に広がることはなかなかありえない、ただ江戸末期にコレラは日本にも広がり70万人死んだとかある
その時代でも伝染病は世界に広がるものをもっていた
ただ世界中が同時に瞬時に広がるということはありえなかった

コロナウィルスに強かったのは小国である、台湾とか香港とかニュージランドとかまた今のところわからないがスエーデンでも免疫をつけるようにして普通に経済活動をしているこれらの小国がこうしてウィルスの封じ込めに成功したというときなぜなのか?
それは小国であり台湾とかニュージランドは島国である
すると水際作戦とかを徹底するとかできた、つまり小国なるがゆえに統制できる
社会のガバナンスが統治がしやすいのである
これがアメリカとか中国とかになるともう国が大きすぎて統治できなくなる
ヨ−ロッパでもEUという一つの国境なき連合国となりアメリカのようになるとき統治しにくくなる、それでヨ−ロッパとアメリカはたちまち拡散したのである          
日本は比較的まだ広がらないのは良くわからないにしても島国でありそれで防げているのかともなる、ただ日本は島国でも一億以上あるから他の小国とは違う
それで今の所は判断がつかないのである

だからこのコロナウィルスは現代社会の一見いい面としてグロ−バル化があった
でもそれが実はウィルスには弱かった、その原因が社会にあったともなる
今回のコロナウィルスはこうしたグロ−バル化した社会を問うものとなったのだ
人間はそもそも国として一体感をもてるのは国が自然と一体化して血肉となりアイディンティティ化できるのは大きな範囲ではない、会津は会津峰の国をさ遠み・・・という万葉集の歌で東北では国として認定された唯一の国である
国(くに)という範囲がやはり一体感をもてるものとなる
ただ県となるとこれは明治に無理やりに政治的行政的なものとして区割りされたから一体感がもてない、福島県をみればわかる、ハマ、ナカ、アイヅと分かれて地理も風土もちがっているからだ、会津のように冬は雪に埋もれてしまう世界と浜通りのように雪が冬でもほとんど降らない世界ではまるで違ったものなのである
つまり会津は浜通りからしたら理解できない風土に生きているのである

ともかくグロ−バル化社会というのは何か無理があった、人間的に無理があった
人間というものがどういうものか無視してモノでもヒトでも自由に流通できるものとして生まれたのである、結果的にマスクにしても自国で生産していないから世界で中国頼りになったとか緊急時には自国にないとかなる
それは食料でも自国中心になり輸出が禁じられるようになる
もし緊急事態になれば本当はグロ−バル化社会でも世界が協力するとなれば別だが実際は自国中心主義にならざるをえないのである
外国でも文化の交流とかならいい、でも日本でワインを飲みまた外国に日本酒を輸出するそういうことが果たしていいものなのか?
食べ物でも世界中のものを食べることはいいように見える、一面は言える
でも料理はその国の風土から歴史から生まれている、日本の地域地域からも生れている
だから日本料理は日本の風土にあって旬なものを追及するとかある
そして外国料理でも何でも食べるということに疑問なのである
牛肉でもなぜこんなに日本人が食べるようになったのか?、それは体質的に合わないともみる、そして狂牛病もイギリスで牛を媒介として起きたし日本でも起きた
牛肉を食べる習慣は日本にはもともとなかった、ところが世界中であらゆるものを食べるようになった結果として特に家畜類とか動物経由で伝染病が広がったのである

いづれにしろ何かグロ−バル化とかまた日本の中でさえアイディンティティを失った
地域的な国としてのアイディンティティを失った
まず東京となると巨大なメガシティであり自然と乖離した非人間的怪物都市となる
だからコロナウィルスには弱かった、都市封鎖をするような状態になった
東京中心にウィルスが拡散されるからである
そしてそもそもウィルス問題の前に東京とかなるとそこは自然と乖離した統制できない
社会である、一千万都市ともなるともう統制できない、統治できない
そしてそういう大都市はウィルスでもそうだが災害に脆弱である

だから今回のコロナウィルスでわかったようにパニックになってしまう
だから人間がまともに暮らすには統治できるのはアイディンティティをもてるのは国なら小国であり地方都市であるとなる
東京があまりにも巨大化した結果として地方も歪めたのである
そもそも地方都市を充実して地方に拡散した方が国土を利用するにはいいのである
ただ田舎に分散するとしても一万とかの田舎では無理である
どうしても4,5万の都市の規模がないところでは文化的生活は不可能なのである
だから田舎に移り住んだ方がいいというとき限界集落のような所ではない
そんな極端な変化には人間は耐えられないのである

自分はそういう地方で芸術などでもアイディンティティを追求してきたのである
国というとき自然と調和した国である、もちろんそこに工業もあってもいいが東京とか川崎とかなるともうそこは国とは言えない、国とはそこが生き死ぬ場所としてのアイディンティティをもつ場所である
人間が生きるということは経済的単位ではない、全人間としての意味をもつものとして生きる、それに値するものとして生きる場が必要なのである
コロナウィルスの不思議は何かそういうことを問うものとなりまた具体的にそのように人間社会を見なおして生きるように具体的にすすめるということがある
人間的な本来の生活に回帰させるという働きがあることで不思議だとなる

つまり全部が悪く働くとも思えない、確かに一時的には混乱して犠牲がでたり混乱があるでもその後に社会が変えられてより人間的なまともな社会が生まれるのかともみる
それだけの変化をさせるというのも神の働きなのかとまでなる
ともかく人間は人間だけでは改革できない、そこに外圧とか易姓革命があることをつくづく感じる、原発がとめられたのも津波だったし「安全神話」を打ち砕いたのも津波でありか自然災害だった、安全神話の悪は権力者が既得権者が結託して作られていたのである
それは強固だからとても人間だけでは暴かれることがなかった
でも自然災害がそれを暴いたとなるからだ、だから人間社会は人間だけによってすべて動くものではない、自然が神の働きが作用しているともなる
ウィルスは謎でもやはり一つの生命体でありそれと共存しなければならないというときもそうである
何か人間側に問題がありそれが蔓延しているともなるからだ

posted by 老鶯 at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月29日

なぜコロナウィルスでも判断を誤るのか? (一つのことに頭が占領されるて他のことが考えられない)


なぜコロナウィルスでも判断を誤るのか?

(一つのことに頭が占領されるて他のことが考えられない)

colonavirusjj1.jpg

今回のコロナウィルスでなぜ阿部首相とか日本の政府関係者が判断を誤ったのか?

●緊急事態に対応できない

●コロナウィルスが未知だったから

●頭が一つのことオリッピックのことに占領されていた

こういうことになる、人間は緊急事態とか未知なものに弱いのである
ここですでに判断を誤る、つまりまず緊急事態に冷静でありえない、また未知なものを恐れる、未知なる故にどう対処していいかわからない

そういうことを自分自身が経験して来た
家族が認知症になったときそれが何なのかわからないから怖かった
一瞬狂気になったのかとなり怖かった
それは全く認知症というのが何かわからなかったからである
少しでも認知症について知っていれば対処の仕方があった
でもわからないからただ戸惑うばかりだったとなる

でも相手の目をみて冷静にさせろとかインタ−ネットで書いてあってそれをすぐに実行した、水やお茶を飲ませて落ち着かせろとか書いてあったからである
その後認知症がどういう病気なのかかなり理解するようになり恐れなくなった
これは必ずしも狂気というのではなく正気の面がかなりある病気だと思うようになった
意思疎通はできる、これまでの長い時間を共にしたことで理解し合っている
そういうことがわかり安心したとはなった
つまり最初突然未知のものとして襲われる、次にだんだん理解して既知のものとなるとき恐れることも狼狽することもなくなる

コロナウィルスも同じなのである、他のこれまでの伝染病でもそうである
最初は何かわからないから怖がるのである
でもそれが科学的にわかってくると病気について理解すると恐れなくなる
そしてワクチンとかができるともう何も恐れる必要がなくなる
人間の歴史とは伝染病でもそうだが常に未知との戦いであった
何か未知なものがありそれに対処できない、でもだんだんその正体が判明すると既知となり恐れる必要がなくなる
コロナウィルスが今恐怖なのは未知だからである
いろいろ専門家が言うにしても本当の正体がわからないしワクチンもできないからである
またなぜ人間は判断が誤るのか?

それはコロナウィルスというとき突然襲いかかってくる、その時阿部首相の頭にあったのはオリンピックのことである、これに頭が占領されていたのである
だからオリッピックの成功のみが優先的になり頭がそのことに占領されていた
するとコロナウィルスがでてきても即座に対応できない
なぜならオリッピックが頭を占領しているからコロナウィルスのことは後回しになる
その時時遅しともなっていたのである
中国人とか外国人の入国を早く止める決断をしなければならなかったができなかった
それは中国人の習近平の日本訪問とかもしり中国に忖度したからである
つまり人間は簡単に頭を切り替えられないのである

人間が判断を誤るという時必ず頭が一つのことに目前のことに占領されて別なことに対応できなくなる、それが人間の弱点である
ある人は事業で失敗したから頭が借金のことしかない
するとそこに苦しみ困っている人がいてもその人の頭は借金を返すことしかない
するといくら苦しみ困っている人がいても無関心になる
実はその苦しみ困っている人は金をもっていたからもし世話したらそれなりのお礼が金銭的にもあったとなる
でも今金が欲しい、借金を返さねばならないとしてその人のしていたことはバチンコ屋の掃除の仕事をすることだった
苦しんでいる困っている人のことなどに頭が回らなかったのである
その苦しんでいる困っている人とは自分のことだったのである
つまり頭が借金を返すことに占領されて他人の苦しみも何も関心がないのである
でもふりかえれば実はパチンコ屋で働いてもそれほど金にはならなかったのである
むしろ金をもっている人を助ける工夫をした方があとで金になったともなる
ただ頭が今借金を返さねばならないと一杯になっいいるからそんな先のことは判断できない、要するに人間は今のことにとらわれる、でも先のことも考慮しなければならないのだができないのである、すべてが今に集中されるからである

コロナウィルスは危機であるパチンコ屋のことを述べたがなぜ原発事故で避難した人たちがパチンコ屋に入りびたりになっていたのか?
何もすることがなくそうなった、でも他の人たちはボランティアでも働いていたのであるでも避難した人たちは何もせずギャンブルに興じていんたのである
これも何か判断を誤ったとなる、何かすべきことがっあってもしなかった
それが最初はしょうがいなにしても5年とかつづいたのである
しかしそのことで責められることはなかった、なぜなら被害者だということで責められなかった、NHKでもマスコミでもかわいそうな被害者として常に応援してきたからである
マスコミは現代では判断を誤らせる

マスコミの力が大きすぎるからである、NHKが言っていることがまるで法律のようにもなっているからだ

ただ正直人間は必ずこうして頭が一つのことに占領されたら他のことに頭が回らなくなるそれはみんな経験していることだからなかなか責められない
そういうことは個々人でもり会社とか組織とか団体とか大きくは国家とかでも常にある
だから国家的にも必ず判断が誤るのである
日本の戦争でも真珠湾を攻撃したら奇襲したらアメリカも日本を恐れて攻めてこないとかとなり判断した
でも戦争は実際は長くつづき圧倒的に力の差があったアメリカに反撃されたのである

ただどうしてそういう判断になったのか? 

結局経済封鎖とかで追い詰められたからイチカバチカの賭けに出たのかもしれない
だから経済封鎖とかで追い詰められると判断をやはり誤る
人間は追い詰められるとみんな判断を誤る、もう冷静に考えることもできなくなっているからだ、だから借金した人は判断を誤り安いとなる

いづれにしろ人間は必ず個々人でも集団でも判断を迫れる
その判断が誤るのは最初にあげた三つのことで誤り安いのである

オリンピックだ、習近平の日本訪問だ

それが頭を占領しているとき突然コロナウィルスが襲いかかってくる
そのために水際作戦も遅れた、今解明されつつあるのが実は中国からではない
ヨ−ロッパ型に変異したコロナウィルスが日本に蔓延しているという
だからこれもいかにグロ−バル化してこうなっているかわかる
普通は武漢型のコロナウィルスだと思うが実はヨ−ロッパで変異したものが日本で流行しているウィルスだというのである
その時ヨ−ロッパからも日本人が帰ってきていてそれが広がったとなる
このようにグロ−バル社会になると複雑に世界が関係してくる

それは国際関係でもなんでもそうである、交通が発達すると昔のように時間差もなくなる世界同時にウィルスでも伝染するしとめられないのである
また情報でもフィクニュースでも世界中にたちまち拡散するのである
それでマクルハーンが世界は村となったというとき情報ではそうなる
世界は村でありその情報は村人に伝わるようにたちまち伝染するともなる
それでアメリカとイラクの戦争で油まみれの海鳥がテレビに写されたときイラクはひどい国だとして世界中の人にすりこまれたのである
テレビではそういう効果がある、映像の力で世界が支配されるともなる
そこに時間差がないから情報の力が極大化したのである


posted by 老鶯 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月28日

コロナウィルスでは経済活動とめる被害が大きくなる (すでに失業者が犯罪者になり治安が悪化する)


コロナウィルスでは経済活動とめる被害が大きくなる

(すでに失業者が犯罪者になり治安が悪化する)



容疑の男「コロナで失職、路上で生活」 横浜の女性刺傷

西山容疑者は昨年末ごろから今年3月末ごろまで、大阪府内の風俗店で勤務していたが、感染拡大の影響で働けなくなったと説明。横浜市内のインターネットカフェで寝泊まりし、金がなくなった後は路上で過ごしていたという。「約20万円の借金があった」と話し、逮捕時の所持金はほとんどなかった。

仙台でホームレス増加 若年層の相談が相次ぐ

「新型コロナのせいで、ようやく見つけた仕事がなくなってしまった」。列に並んだ男性(46)は肩を落とした。今月上旬から市中心部で路上生活を続けているという。

 男性は昨秋、職を求めて南相馬市から仙台市に移った。冬に東京都内で建設業の仕事を見つけて寮生活を始めた。

 今年3月になると一気に仕事がなくなった。貯金は早々に底を突き、歩いて6日かけて仙台に戻った。支援団体にもらったマスクを着け、感染におびえながら路上で暮らす。

 仙台でホームレス増加 若年層の相談が相次ぐ
 河北新報社 2020/04/27 06:05
 
コロナウィルスで失業者が増えることの方が怖い、水商売関係でも失業者が増える
そういうところは暴力団とかのように社会からあぶれたとういうかまともな職につけない人のセーフティネットともなる
それは建設工事とかもそうである、だからこの記事でも水商売と建築土木の人だった
南相馬市とあるがもともと南相馬市に住んでいるというよ工事現場を渡り歩く人なのだろう、この辺は原発事故とかまだ工事がつづいている場があるからである

つまり言われていることだが世界的にでもそうである、貧困層にコロナウィルスは襲い掛かり苦しめる、フランスでもアメリカでも移民と貧困層がいてその人たちはその国の中でも別な集団として暮らしている、そこはウィルスにも弱いし生活も底辺層であり失業しやすいし困窮する度合いが強い、生活が安定していないのである

第一驚くのは貯金がない人たちが本当に多いことである
たいがい貯金があって一年くらい暮らせるとか思う、でも実際は年齢が低下するほど驚くほど貯金がないのである、それが60代以上でも意外と貯金がないのである
それだけ貧困化しているのが日本である
やはり貯金がないといざというときは困ると思った、ただ若い人はなんとか職につける
でもこういう緊急事態になると失業して路上生活者にもなる

これを原発事故と比べると違うのは原発避難者には手厚い補償がされたことである
30キロ内となるとその補償は本当に手厚かった、今でも補償はつづいている
医療費がすでに十年にもなるのに無料なのである        

30キロから外になると半年で医療費の無料は打ち切られた

この差は本当に大きかった、そしてたとえ仮設暮らしになっても生活は十分に補償されたしそれで思わぬ金が入って喜んでいた人もかなりいたのである
それから仮設には毎日のようにボランティアが来て援助していたのである
だから仮設暮らしがひどいように見えてもそうでもなかったのである
もちろんそこに住んだ人は必ずしもそうとは思っていないことがある
でも今回のコロナウィルスはそうはいかない、かえって補償にしても十万くらいもらってもどうにもならないともなる
失業するということは収入がなくなることだからである
原発避難者は失業しても5年とかすでに8年とかでも十分な補償がされているからだ
その相違も大きい、ただ原発事故の被害が小さいとかではない
経済的にはコロナウィルスの方が全国的であり世界的であり厳しいと見ている

こうして犯罪が増えたり治安が悪くなることが怖いのである
ともかく追い詰められた人間ほど怖いものがないからだ
なぜそんなことまでするのと言っても追い詰められた人間は今食べるものがないとなれば野獣のように相手のことなどかまわず襲ってくるということである
自分も一身上でそういうことを経験してきたので追い詰められた人間と出会うことは怖い借金している人も怖い、常にそういう人は追い詰められているからである
犯罪予備軍になる

だから本当にこのコロナウィルスで経済を無視してコロナウィルスの対策だけを重視するとその結果の方が被害が大きくなりとりかえしのつかないことになる
それは原発事故でも避難区域にした所はゴーストタウンになって回復しないことでもわかる、放射線が怖いこともわかるがでも自治体自体が崩壊するということも問題だった
ただそこまでできたのは手厚い補償金が与えられたから別にそこに住まなくても生活できるということで他に移り住んだのである

ただこの選択はむずかしい、人命重視してコロナウィルスのために自粛する、経済生活を止めるということも否定できない、でも一方で経済活動を止めることで失業者が増えることも社会を不安定にして治安を悪化させることが怖い
つまり経済活動を止めることの方が悪い結果ともなりうる

その判断をどうするのか?

それは原発事故の判断とにている、放射線被害というのも素人には良くわからなかった
だから専門家に従わざるをえなかった、それは原発があるときから「安全神話」を作られて強制されていたのである
その過度な安全意識があり事故になり何の対策もできなかったのである

今回はどこまで安全を人命尊重を強調できるのか?

これも未知である、若い世代からすると老人が死ぬだけではないかとかまた危機をあおる専門家は何十万死ぬとか言う、これも放射線の被害を誇大化したときと同じである
それは専門家もどういうふうに被害になってゆくのか先が見えないからそうなる

だからすべて専門家だけに頼るのが科学者に頼るのがいいのだろうか? 

ここにも理系と文系の対立が生れている、第二次世界大戦で頭角を現した政治家は果断に実行した人だったというのもそうである
平時と緊急事態ではやはり強力な指導者がでて果断に実行しないと解決できないのである官僚主導型は平時では通用するがこのような緊急事態には通用しないのである
だから阿部首相は幸運で長くつづいたが緊急事態では対処できないとなった

まず長期戦であると専門家がいうときもう経済が崩壊した方が怖い、その例がすでに出ている、結局緊急事態で自粛をしてもまたゆるめると感染者が増えるとなるとめんどうである、そうしても援助もできない、全国民に援助しつづけられるのか?
それもできないとなるとどこかでいづれ経済活動を平常にもどすことになる
そうしなければ失業者であふれ治安が悪化して外国では暴動にもなった
社会自体が混乱して治めることもできなくなる
その時、危険が及ぶのは安定して生活している人たちもそうである
膨大な失業者がうろうろしてホームレスが街の中に増えたりしてその人たちにいつ襲われるかもしれないと戦々恐々として暮らすほかなくなる
そっちの方が悪夢だとなる

昨日自転車の電源がきれて真っ暗な中を帰ってきた
ライトがつかなくて真っ暗の中を走って側溝に落ちた、その時は危険だった
今でもその傷が消えない、そして一時はライトがついていたが弱くなっていた
でも前は多少照らしていた、でも遠くが見えないのである
ただ目前をわずかに照らしていた、こういうとき遠くが見えると安心する
車のライトで照らされたとき遠くが見通しがつくと安心する
つまり何か遠くを照らされて道が見える時安心する

コロナウィルスが不安なのは放射線でもそうだが先が見えないから不安になる
安全ですよということが確信できない
それは専門家でもそういうことを保証できない、この先どういうふうに展開するか闇なのである、ワクチンができるというとき放射線被害よりは対処する方法がある
でもそれがどれくらい先になるかわからない、だから闇はつづくのである
つまり真っ暗な道を行くとなると不安である
でも今回は前もそうだったが暗くても知った道だから安全に帰ることができた
事故になった場所も知っていたからさけたし慎重にゆっくりと帰ってきたからである
でも全く知らない真っ暗な道を行ったら恐怖である、事故になる度合いが大きいのである要するにコロナウィルスが未知だということが不安にさせて怖がらせる
放射線でも被害がどうなるのか次世代の子供に影響してし奇形になるとかいわれこ恐怖したと同じである、現実は何もないかもしれないが未知になると恐怖になる
その恐怖が何かと未知だから増幅されるのである

forsight111.jpg

posted by 老鶯 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月26日

なぜ新潟県が江戸時代から明治へと人口が多かったのか? (コレラでも北前船とかの交流があり会津の方に広がったー) コロナウィルスと人口問題)

なぜ新潟県が江戸時代から明治へと人口が多かったのか?

(コレラでも北前船とかの交流があり会津の方に広がったー)
コロナウィルスと人口問題)



popufuku1.JPG
populationn22.JPG

福島県が宮城県より多く島根県でも上位になっている、秋田県でもそうである

につい

nigatapopu33.JPG
新潟県がこれほど人口が常に多かった
江戸時代の継続としてあれば日本全体では人口は均等に分散されていたとなる
今はかたよりすぎているのだ
戦後で東京が400万になり一千万都市と成長した
東京も400万くらいだったら住みやすい場所だったのである

昭和30年県内総生産 単位:百万円
東京都 1,529,161(125,800円)
神奈川 *,319,290(*88,100円)
新潟県 *,203,771(*77,800円)
埼玉県 *,155,338(*75,500円)
福島県 *,152,646(*62,200円)
千葉県 *,152,093(*71,200円)
茨城県 *,148,911(*63,500円)
長野県 *,139,021(*73,900円)
栃木県 *,138,685(*69,000円)
宮城県 *,134,946(*67,100円)
群馬県 *,118,779(*66,800円)
秋田県 *,109,016(*70,300円)
富山県 *,*98,789(*80,800円)
岩手県 *,*94,061(*54,500円)
山形県 *,*92,047(*63,300円)
青森県 *,*91,267(*59,600円)
石川県 *,*88,360(*77,000円)
福井県 *,*69,410(*73,600円)
山梨県 *,*52,542(*56,900円)

()内はひとりあたり

新潟県と福島県が上位にある、農業中心だとこうなっていた
東北の生産量は高かった

virusufukumap.jpg

会津で感染者が出ていない

南相馬市は多いのはなぜなのか?


江戸期から家康の力で繁栄した、愛知県が日本一(1873年)

なぜ愛知が栄えたか。それは江戸・大阪につぐ城下町として地元出身の徳川家康が「6万人の街を丸ごと移転させる」など、過剰ともいえるほどの情熱を持って城下町づくりを行い、木曽の山林(御用林)も特別に与えたから。これにより財政が安定し、現在まで続く繁栄の基盤になりました。

19世紀までは経済の中心は第一次産業であったため、作物の王様である「米」を育てるのに適した環境であった日本海側が賑わいました。

 加えて、明治の途中で陸路が発達するまで、運送の主役は長らく「海運」でした。その中でも代表的な「北前船」という運送手段が活躍したのも日本海側です。

 1880年を例に取ると、今の鳥取県を含めた島根県が103.7万人(全国12位)、対して東京府が95.9万人(同17位)と、東京を凌駕していたのです。

 
 なぜ新潟県が人口が多かったのか?明治でも東京より新潟県が多い
それが今理解できないのは交通と関係していた
つまり江戸時代から北前船がありそれで日本海側は栄えていた
新潟県でた神社の数が日本で一番多いという時、様々な神様が新潟県に人ともに移動したとなる

そして福島県は宮城県より人口が多かった、東北では一番人口が多かった
つまり今の時点で見る風景と明治に見る風景は違っていた
明治は江戸時代の連続としてあり依然として日本は農業国家でありすると米の生産に向いた新潟県に人口が集中したとなる
その新潟県から阿賀野川を通じて会津までの交通がありコレラが江戸時代に流行した時の感染経路が新潟県から会津若松市へまた陸路では白河街道を通じて会津若松市へ人の流れがあり感染したとなく
でも田島の方は逆に会津若松市から感染が広がったのである 

このウィルスは港から侵入してきていた、港で水際作戦する必要があるのはそのためである、日本だったら特にそうである、回りが海でも港から外国人でも物でも入ってくるからコレラも入ってきた、passportというととまさにport(港)を通過するためのものだった今は飛行機で入るから違っている
日本海の港からコレラも伝染して会津若松市まで伝染したのである

歴史でも地理でも人口から見るとわかりやすくなる
人口が多ければそれだけ経済的に繁栄していたとみるしそれだけの人口を養う基盤があったとパるからである
東京が100万にもなっていなかった、ということは江戸が百万都市とはならない、明治に百万になっていないことはもっと江戸時代だったら少ないとなるからだ
何か歴史が変わるとイメージが変わる、日本海側は裏日本とか言われるようになり日本海に夕日が沈むようにその風景の感覚からなにかもの淋しい土地にみる
越後獅子とかありそれも新潟県が貧乏国だからそんな物語が生まれたのかとなる
でも実際は新潟県はもともと栄えた県だった
地理的には裏日本でも実際は表日本になっていた
それでコレラが流行したとき会津若松市に新潟県から感染したということでもわかる
ウィルスは交通と密接に関係しているからだ
交通の盛んな所から拡散してゆくのである

今回のコロナウィルスは東京から拡散してゆく、一千万の都市から拡散してゆく
そして今回不思議なのは福島県だと東北本線が新幹線が走る中通りと浜通りに感染者がでている
昨日は南相馬市でクラスターが生まれたから注意とかアナウンスがあった
でも会津で感染したとニュースでは報告されていない
東京と通じている会津鉄道もある、ただ東京から不便な地域にはなっている
でも会津とか岩手県に感染者が出ないのは不思議である
岩手県には出ているとみている、ただ検査数が少ないので出ないのである
福島県でも南相馬市の人が東京のライブハウスに行って感染した
だから仙台から一関とか盛岡は50分圏内だから感染者が出ないことはありえないのである

江戸時代でも明治維新でも会津があれだけ活躍したというとき大藩だったからである
すると経済力もあった、30万石というと伊達藩に次ぐ大きさである
だから京都守護職にもなりそれで長州や薩摩に恨まれたとかある
それだけ大きな藩であり江戸幕府を支える藩だったからそうなった
福島県は歴史的に会津県のようになっていた、なぜなら万葉集時代に国(くに)として認識されていたのは会津だけだからである

会津嶺《あいづね》の 国をさ遠《どお》み 逢はなはば 偲《しの》ひにせもと 紐結ばさね
     〜作者未詳(東歌) 『万葉集』 巻14-3426 相聞歌

この歌で国として意識されたのが会津だったかでらある

コロナウィルスは東京とかから止めようがなく拡散する
異常に人口密集地帯になった日本の風土を歪めたからこそコロナウィルスには弱かった
そこがウィルスに脆弱であり拡散させたのである
名古屋市からとか大阪市でも福岡市でもそうである、大都市から拡散する
それが現代では交通が発達して止めようがないのである
北海道は中国人観光客がおしかけて感染した、これもまた中国の観光客を呼び込んだの裏目となった
飯館村では1980で8000人いて6000人に減った、その変化も大きい、戦後は戦争の引揚者などが開墾に入った人たちが人口を増やした
戦後は地方に人が多かった、それが都会に集中するようになった
東北では震災以後、原発事故でも仙台市に移り住む人が多くなった
だから逆にコロナウィルスではそうして人口密集してくる都会が感染する度合いが高くなる
仙台市から東北に拡散されてゆくのである 
    

ただ福島県と新潟県を行き来しないように警告を出した、ただ江戸時代は交流が活発でも今は福島市でも郡山市でも東京からでも感染者が移動して感染する
仙台市でもそうである、でも今のところ会津には感染者が出ていないのである
岩手県にも出ていない、それはなぞなのだが会津は浜通りとか中通りからすると交通が不便だからともなる
つまりコロナウィルスは交通と密接に関係している、また人口密集地帯から都会から伝染しやすいのである
だから東京を封鎖しなければ拡散が止められないというのはそのためなのである

錆びついた中央集権社会から、生き生きとした地方分権社会へと移行することができれば、大きな起爆剤となるだろう。中央集権を目指した明治維新とは逆方向であるが、「一新」することにより、同じような強い力を発揮できるのではないか。

 「中央集権型の工業社会」から「地方分権型の生命社会」へのパラダイムシフト。かすかにではあるが、そんな気運が見えてきたような気がする。

コロナ禍はパラダイムシフトの契機か 「中央集権型の工業社会」から「地方分権型の生命社会」へ

4/25(土) 9:00配信

これには共感する、なぜなら私のプログを読めば(相馬郷土史研究)とか(相馬学)とかは地域に根ざした有機的ミクロコスモスのアイディンティティを追求してきたからである「地方分権型の生命社会」というのはそれは東京のような自然と乖離した世界ではない
自然に根ざしたアイディンティティをベースにした世界である
このコロナウィルスの不思議はそうした今までの世界の社会の在り方を変える
過度なグロ−バル社会も批判して来た、これもやはり地域から分離して世界へ結びつくということでいいようでも地域の地元の力を活かさないものとして地域を衰退させたのである

これからは東京とか大都市圏中心の社会から人口が流動化して地方にその生活の根拠を移すことになる変化が起きるかもしれない
それが大規模になれば社会自体が変わり地方が再び活性化する
とにかく土地とか家でも安価に手に入る、足りないのがそこに住む人なのである
原発事故で避難区域になった所は人が住んでいない、ただ膨大な土地が使用されないままに残されている、だから移住するにはいいとなる
放射線が問題にしてもそれよりそれだけの土地をどう活かすのかを考えるべきだとなる

そもそも東京のエネルギーをまかなうために東京電力が福島に原発を作った
ここからして方向が間違っていた、東京のエネルギーは東京でまかなうべきだったとなるし労働力でも地方から中央に集めて来て東京が異常に巨大化したのも国土のバランスからして不自然だったのである
ただそういうことはいくら言われても首都移転もできずに終わった
でもコロナウィルスとかで東京は危険であるとなれば本当に住民の移動が起きるかもしれない、それは国策として国土の利用をどうするか真剣に考えるようになる
だからコロナウィルスがすべてマイナスのものとして働くとは限らないのである

posted by 老鶯 at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月25日

人命重視か、経済重視か (コロナウィルスの戦いは戦争と同じかー原発事故との比較)


人命重視か、経済重視か

(コロナウィルスの戦いは戦争と同じかー原発事故との比較)

selectlife1.jpg

原発事故と比べるとコロナウィルスの危機は全国的世界的であり身に迫る恐怖がある
人が死んでゆくということで恐怖である
放射線ではすぐに人が死ぬということがなくそれで恐怖心が身に迫って感じなかった
別に爆発した時でも私は外を歩いていた、その時20マイクロシーベルトも一日であった時があり危険だった、なぜならそこで被爆して甲状腺癌になる危険があったからだ
ただそれは二三日で急激に放射線量は減った
でも飯館村とか山の方が長く放射線量が高かったのである
でも避難が遅れたのである
それは今回のコロナウィルス対策が遅れたのとにている
何か危機でも危機と感じないことがあるからだ

原発事故では経済とかは全く無視された、閉鎖命令、ロックダウンではなく避難命令が出たからだ、その時南相馬市では5万人くらいの原町区でも避難命令が30キロ内で出て避難したのである、それで一時ゴーストタウン化して自治体が崩壊するような状態になった
その後も小高とか浪江とか飯館村ではゴーストタウン化して回復しなくなっていたのである

経済を無視してゴーストタウン化した

放射線の恐怖もあったが原発事故では全く経済は無視された、自治体の維持でも無視された、それは政府の命令でそうなったのである
た強制的避難命令だったからである、そうできたのは局所的な被害であり東京のような一千万都市とは違っていたからである
だから一時的でも東京がロックダウンしたらゴーストタウンになりその経済的損害は莫大になり補償もできなくなる、それが外国で起きている
その経済的負担が原発事故とは比べ物にならないからである

つまり放射線の被害を重視するのか、それとも経済を重視するのか?

コロナウィルスの被害を重視するのか、経済を重視するのか?

こういう問いが同じように発せられる
この両方を並行して同時にするべきだという意見もある
なぜなら人命尊重といっても経済が破綻するとそれで死ぬ人もありその被害の方が大きくなるからそのバランスをどうするのかということになる
どっちに梶をとるのか?それとも両方を一緒にして解決を計る
経済活動停止しないでコロナウィルスでも防御しつつそうする
そこで確かにある程度の不具合が犠牲も生れるかもしれない
でも経済活動を止めるとそれによる被害も大きくなり人命も失われるとなる
それでアメリカでは経済活動を停止できないとして経済活動を復帰させるとしている
それでまたコロナウィルスが再び拡大するという不安がある

でも原発事故では経済活動とめて避難させて自治体を崩壊させたことの被害が甚大だったゴーストタウンになりそれが回復できなくなったからだ
若い人は流出して残されたのは老人だけにもなった
だから30キロ内でもいろいろ放射線被害の差があり一律にすべきでなかった
経済の崩壊、コミニュティの崩壊、自治体の崩壊の方が放射線被害より大きくなったからである

もしこれがコロナウィルスの戦争だとする戦争では仲間の兵士がばたばたと死んでゆく
でも戦争をやめるわけにはいかない、戦わなければならない
戦争に比べたらコロナウィルスの被害も大きいにしても戦争よりはましだともなる
つまりこうした緊急時には正常な状態のもきの考え方ができない
戦争という異常事態と同じになる
兵士が死んでゆくのが戦争では普通であり兵士の死をとめるべきだとなれば戦争を停止しして降伏するほかないのである


だから現実にアメリカではあれだけ被害があっても経済活動を再開しようとするのは
経済活動で失業したりしてその影響の方が大きくなったからである
それが一時的ならいいが長引くから暴動まで起きている
政府でも長期戦になったら援助できくなるからだ
ただ最初はコロナウィルスの戦いでは人命尊重になるのはしかたがない
それが長期戦になったとき維持できるのか?
すでに自粛は連休の後もつづくとされているからだ
だからアメリカと同じく日本でも長期戦はできないから経済活動を開始するようになる

今回は若い世代に影響がない、原発事故では放射線は若い世代に被害があるとして恐れられた、それも次世代に母親にも影響して奇形が生まれるとかされて若い世代は流出して
自治体は崩壊してゴーストタウンになったのである
だから若い世代にそれほど被害がないとしたら老人が死んでも自治体を維持して経済活動をした方がいいとなる
もちろん老人が死ねばいいとかではない、私自身も老人だから死にたくない
ただ原発事故でもそうだが戦争でも若い人が死ぬ
日本の戦争の最後の方ではもう兵士になる若い人がいなくなり妻子もちの40くらいの人まで兵士にされて戦わされたのである

とにかく危機の場合、平時の考え方が通用しないのである、人命を尊重しろといっても
経済破綻崩壊で人命が失われるのである
だからコロナウィルスと戦争しているのだという危機意識が必要になる
人命尊重でもその危機意識が徹底しないから依然として人と人の接触を減らせないのである
結局ベトナム戦争のように地下にくぐりこもり戦うとかそういう緊急事態にあるのだという意識がないとだらだらと規制も緩慢にしているとコロナウィルスの戦いに敗れるともなるとにかく人間は戦争なら否応なく人がばたばた死ぬのだから意識がまるで違ってくる
コロナウィルスでもそうだが放射線でもばたばた死ぬわけではないから危機意識がもてないのである、でもアメリカのように死ぬ人が増えると意識も変わる
それでもやはり経済活動を再開しないともう生きることもできなくなる
だからこれは世界的戦争状態ともなっている、どっちを優先することでもない
総力戦になる、どっちに梶をとっても人命が失われることになるからだ
posted by 老鶯 at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月23日

コロナウィルスで政府が判断不能に (津浪、原発事故でも判断不能になった!)


コロナウィルスで政府が判断不能に

(津浪、原発事故でも判断不能になった!)

colonawind111.jpg

浪江町長は自らの判断で山側の津島に避難させた

東電社員は海側の街に引き返すように指示した

こうして誰に従うかで生死を分ける場合もある


津浪とか原発事故の経験で危機に人間がどう対処するかを経験した
津浪原発事故だけではない、人間は危機にどう対処するつのか?

家族が認知症になったときも危機だった
自分にとっては最大の危機であり恐怖だった
身近な人が狂気になったと思ったからだ

それがなぜ恐怖だったのか?

認知症の正体が全くわからなかったからだ

それで対処する方法がわからずにただ狼狽して混乱するだけだった

その後認知症について勉強してある程度対処方法がわかってきて対処できるようになった

つまり得体のしれないもの、その正体がわからないからこそ混乱する
どう対処していいかわからなくなる

放射線とは何なのか?

それ自体もう素人には理解することは不可能だった、学者でも低放射線は体にいいという人もいたし御用学者もいた、そうなるとそうなのかと素人は思ってしまう

要するに判断不能になった!

コロナウィルスでもその正体がわからない
これはインフレインザでありその死者数を比べるととるにたらないと言う学者もいる
それが武田邦彦氏である、そうするとあれだけの実力ある科学者なのだからそうなのかと思う
でも不思議なのは原発事故では執拗に一年一ミリシーベルトをゆずらない科学者として有名になった、それはもう厳しい条件でありみんな住めなくなるものであった

だからなぜ今度は普通に仕事している人がコロナウィルスで自粛とか厳しくすると生活できなくなりその方が被害が大きくする、だからコロナウィルスはインフレインザより怖くないとしてむしろ普通に働かせる方をすすめている
でも原発事故のときは逆だった、一ミリシーベルトを守ったらもう30キロ内でも外でも誰も住めなくなった、だからこれはおかしいともみる

ただ危機は同じようには来ない!

だからまた対処が違ってくる

これは言えるのである、津波の危機でも原発事故の危機でも今回のコロナウィルスの危機も違ったものである、だから対処方法が違ってくるからだ
数学の数式のように社会の人間の危機には対処できないのである

でも今回も頼るのは科学者である、専門家である
つまりコロナウィルスの正体がわからないからそうなる
そして放射線と同じように大きく危険を言う学者と普通に生活してもいい、インフレインザよりコロナウィルスは怖くないとしている
むしろ自粛を強制したりする経済的被害の方が怖い、それでも人間は死ぬからである

結局人間はバベルの塔の崩壊のようにある時、危機には意思疎通ができくなるように思うバベルとは乱れという意味でありその乱れが来たとき対処できない、右往左往するだけであり遂にはばらばらになってゆく
原発事故でこの辺は家族までばらばらになったし今でもそうである

そして政府自体が判断不能になる、阿部首相はそうなった、おそらく何をしていいのかもわからなくなった、いろいろ言われてもどうしていいかわからないからのんびりと自宅にくつろいでいる姿を国民に放送して顰蹙をかった

阿部首相とか政府自体が判断不能に陥っている!

それは原発事故でもそうである、原発が爆発した時、政府では東電でも判断不能に陥ったスピーディで放射線量を適格に計ったとしてもそれを最初に連絡したのアメリカだった
アメリカに頼むのが先だったのである
アメリカに事故の処理の方法を教えてくれと頼んだのである

そうなると原発周辺の住民はどうしていいかわからない、判断不能になり浪江町長は自ら判断して山の奥の津島に避難した

そこは一番放射線が高い場所だった!

ところが避難した人たちの中に東電の社員がいて海側の街の方が安全だと引き返した人たちがいたのである、東電の社員がそういうからそれに住民も従った
それが正しい判断だった
なぜなら放射線は風に影響されたからである、風の方向を知れば山の方に逃げることはありえなかったのである
だから東電の一人の社員が放射線のことを知っていたからそれに従ったのが正しい判断だったのである

だから今回も何を信じていいのか?

誰を信じていいのか?

これが問題になる、科学者でも必ず意見が分かれるからである
つまり誰を指標にすればいいのかである
東電の社員のような人は誰なのかとなる?
その判断もまたむずかしいのである

武田邦彦氏を指標とするべきなのか?

確かにそうなのだろう・・・でもなぜこんなに自粛とか被害を誇大化しているのか?
マスコミでは危険を毎日あおる、だからテレビは見ない方がいいとしている
それもそうだとも思うが、では危険を全く無視できるのかとなるとできない

結局人間は危機にどうして対処していいのかわからない⇒判断不能になる

それは戦争でも起きたし危機では起きて来る、それが歴史をふりかえれば聖書の記述からすれば預言者が現れてイスラエル民族が危機から脱したとなる
つまりその時神の助けがあって危機から脱したのであり科学者とか専門家とか政治家とか様々な人ではない、第一危機の時民主主義など役に立たない
有識者を集めて話し合っても結論などでない、そのうち津波があっというまに来て飲み込んでしまったのである
大川小学校では前例で肯定に集めて協議して最も危険な川の側に避難した
生徒はすぐ裏山の山に逃げた方がいいとして逃げて助かった人もいた 

またテレビで放送していたが砂漠を旅した日本人の集団が水がなくなり水を求めて移動したのはそこに指導者がいた、経験者がいてその人に従い水のある場所に行って助かった
それは聖書の預言者が導いたのとにている
それは神に導かれたともなっていたからだ
ただ今回はその導いた人が経験して知っていたからである
ただここに運があったかもしれない、もし間違ったら水がなかった全員死ぬということもあったからだ          

つまり誰を信じて従うか?

それは集団でもなく、合議でもなく、一人の人間に従って助かる、また助からない

この時の判断は集団ではできない、また話し合っても時間がないからできない
すると誰かの判断に従い、それで助かる場合もあるがない場合もある
一つの賭けになる、でもどっちかを選ばねばならない
その責任はだれにあるのか、

導く人のなのか?選んだ人なのか?

結局双方にあるともなる

南相馬市の鹿島区の海老村では海に面した崖の上が高いからと避難場所に指定されていたそこに逃げて30人が死んだ、そこは海に面して危険な場所だったからだ
でも10メートル歩けば助かる所がいくらでもあったのだからそんな所に逃げる必要もなかったのである
そういうことは他でもいろいろあった、例え行政で安全だと指定しても危険な場所があった、だから行政すら危機には頼りにならないとなる

だからどう判断するのか?

ペストではヨ−ロッパで三分の一が死んだ、そこでカトリックとか神に祈っても効果なかったとしてキリスト教信仰からルネサンスとか科学とか現世欲望を肯定する社会に変化したとしている、今回もイタリアなどでは牧師が感染して死んでいるからだ


結局人間は危機にバベルの塔のようになり散り散りばらばらになり収支がつかなくなり茫然としているだけのなかとなる
それが人間の宿命でどうにもならないとなるのか?
そうしてボッシュの絵のように混乱の中に入り乱れそこに死神が君臨するようになる
いくら科学や文明が発達して人間の行く着く先はバベルの塔だとなってしまう
ただ最後は神を仰ぎ見る、神の助けなくしてなにも成せなくなる
世の終わりが来るともなるのだ

バベル(混乱)→収束不可⇒give up⇒神の来臨⇒選ばれた信者の救出

結局こんなふうになる、人間の文明の行き着く先はこれなのである
いくら人間の知恵を働かせても収支つかなくなり文明はバベルの塔のように崩壊する
神が神の知恵で治めない限り永遠の平和はない
人間の社会は(バベル)に終わる



posted by 老鶯 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月21日

原発事故とコロナウィルスの判断基準の共通性 (科学的理由、経済的理由、政治的理由の優先順位)


原発事故とコロナウィルスの判断基準の共通性

(科学的理由、経済的理由、政治的理由の優先順位)

reasonpolitics1.jpg

どれを重んじるのか?それが問われる

●科学的理由

●経済的理由

●政治的理由 


原発事故とコロナウィルス禍は似ていると考察して来た
これをどう判断するかでも共通な面が多かった

まず原発事故になったとき「放射線の被害」のことが真っ先に取り上げられて恐怖におののいた
コロナウィルスでも同じである、このウィルスが正体不明のために恐怖した
放射線でも実際はどう影響するのかわからず恐怖になった
ただ放射線はコロナウィルスと違ってある程度科学者でも理解していた
ただどれくらいの影響があるのかわからなかった

素人でも内部被爆が怖いことを理解した

体内で放射性物質が放射線をだして細胞を破壊して癌にさせるとかなり恐怖した

そして放射線の怖さは遺伝子を破壊して女性は奇形の子が生れるとか次世代への影響があり恐怖した

コロナウィルスは老人が死ぬが次世代の人たちまで影響することはもう社会を持続できなくなる、それで避難区域からは若い世代が去り老人だけが取り残されたのである

この三つの理由がどれを優先させたかどうかの判断はむずかしい

第一原発が日本に福島に誘致されて作られた理由は政治的経済的理由である
政治的には核兵器をもつ日本として欧米の要請がありまた技術先進国として認められるためである
そもそも科学技術となるとそれ自体に善悪はない、その利用する人間が間違えば核戦争になる、一方で原発も安全利用しようとしてももともと危険なものだからその危険性を承知していなければならなかった
でも政治的、経済的理由で無視されたのである

この三つで優先する順位は変わる

最初に原発でも科学的理由で判断する、でも実際はそこで生活している人たちがいてその人たちの生活が破壊され自治体が破壊される、だから一概に科学的理由だけで判断できるのかということが後で問題になった
もう自治体は経済的に崩壊してゴーストタウンになった
その被害の方が大きくもう回復できなくなったからだ
確かに科学的には年間一ミリシーベルトを守れという意見もわかる
でもそうなると住めなくなることの被害の方が甚大になった
現実は老人は放射線のことを気にしていなかった
それで飯館村で老人はキノコでも食べていたのである
別に十年後に癌になるにしても何かしらの病気になり死ぬのだから関係なかったのであるだからすべてが科学的判断が優先されることはないのである

今回のコロナウィルスでもそうである
武田邦彦氏は今回はコロナウィルスはインフレインザと比べてみても日本では自粛することもない、普通に生活していて大丈夫だとしている
これもマスコミでは危険を言うからわからなくなる、マスコミは視聴率をとるために危険をあおっているのだという
そんなことがあるとしたらマスコミは犯罪的であり罰せねばならないともしている
危険をマスコミがあおるのは視聴率を稼ぐことがテレビとかマスコミの目的だからとしている

また武田邦彦氏はむしろこうした厳しい自粛とかの命令は経済的破壊をもたらして飲食街とかを崩壊させて生活できない人たちを大量に作り出す、その被害の方が大きい
そういう失業した人たちが巷にあふれる時、危険な状態になる
外国でぱすでに暴動が起きているからだ
それは原発事故で30キロ内を避難させて自治体を崩壊させて回復できないようにしたとにている
つまり今回は科学的理由で安全⇒経済的崩壊を防ぐという言論に終始している

ともかく政治的判断にしても必ず科学的理由と経済的理由があって判断できる
でも公明党が10万給付を阿部首相に直談判したのは政治的理由だとなる
公明党の創価の協力なしで選挙に勝てないともなるからだ
またこの10万給付は国民には人気になる、生活保護者ももらえるからである
創価とか共産党系は生活保護者は相当数かかえているからだ

原発もコロナウィルスも科学的な問題が最初にくる
でもそれだけでは判断できないのである、必ず政治的、経済的な問題がからんでくる
科学を優先するにしてもそれだけでは解決しないのである
そもそも放射線でもどれだけの被害があるのかは確定しない、コロナウィルスでもそうである
コロナウィルスはすぐに死者がでるから外国では即恐怖になった
でも日本では死者数が少ないからそれほど感じない、ただ隠されているからわからない
こういうとき原発事故でも低く放射線を政府では操作したからである

モニタリングポストの下の土をとって低くしたのである
その周りを私が計ったら倍以上あったからだ

政府⇒大成建設⇒放射線量を低く見せる

今回は

政府⇒医療従事者⇒感染者と死者数を少なく見せる

こういうことが行われるから判断できなくなる

一方で科学的理由で医療関係者と一体になり自粛を強調する、緊急事態宣言をして活動をとめる、そのことで生活の影響が大きく経済的に困窮する人たちが増える
そこでは経済的被害の方が大きくなり失業者とか自殺者とかが出ることの方が問題だとなる
これによって社会の安定はなくなり不穏な状況になる

すると経済的理由の方を優先すべきだとなる

それは原発事故で自治体の経済が破壊されてゴーストタウン化した
それと同じことが起きている
10万の給付とか国の経済的支援でも補償でも原発事故とにている
ここでも今でも問題が尾をひいているからである
どうしても不公正になるからだ
南相馬市内では30キロ内は医療費が未だに無料である、同じ南相馬市でも30キロをはずれると医療費無料は半年で打ち切られた
科学的にみても放射線量は何も変わらないのである
それは放射線量で補償を決めたら政府で莫大な金を出すことになるから30キロ内だけは補償するとしたのである
それで30万円を補償する給付するというとき差別化を計ったのと同じである
それでは不公平になるからと10万円を国民に平等に迅速に支給することに変えたのである

韓国が今回コロナウィルスの対処で成功してムン・ジェイン(文在寅)が当選した
それはまず科学的理由として検査を徹底した、感染者の数もごまかさずに徹底した
そして政治的判断をして乗り切ったとなる
ただ国によって事情が違ってくるから日本は日本なりの事情があるから同じようにはできないことはわかる
でも日本は最初から科学的理由で判断していない
検査もしていない、そこからして政治的経済的判断が優先されたとなる
ただ日本の特殊な事情で本当に感染者とか死者数が少ないとしたらその判断は正しいとなる、でもそうでなければ失敗したとなる

とにかくこの問題は原発事故でもそうだったけど理系と文系の問題としてもあった
理系だと科学的に判断する、でもその科学的判断でもすべて科学者でもわかっていないから困るのである、原発事故では御用学者がでてきて安全神話を唱えつづけたからである
放射線は被害はたいしたことがないと言っていたからである
またコロナウィルスでもそういうことが起きている
被害を大きく言うものと小さく言うものがいるからだ
今回はコロナウィルスはインフレインザから比べると被害がずっと少ないとしているからだ、ただ一方で被害を大きく言う人も科学者でもいるから判断できなくなるのは原発事故と同じなのである

私としての判断は原発事故のように経済的崩壊、破綻することの方が怖い
ゴーストタウン化した方が怖い、そうなると回復しないからだ
それはそこで培った歴史の継続もたたれる、墓すら別な場所に若い世代移り住んだ場所に移されたりするからである
自治体の歴史自体が消失するのである、するとアイディンティティも消失する
その被害の方も大きいから経済的に破綻することの方が被害が甚大である
だから老人は死んでも若い世代にはそれほど影響ないのだから経済的破綻を崩壊を食い止める方をを優先すべきだとなる
今回は老人が死ぬとしても若い世代は生き残るから生は継続されるからである
ただこの判断は本当にむずかしい、結果でもまた違ったものとなる
結果をみてこうすればよかったとこうしなければ良かったとか必ずなる
でもそれは結果論でありその前にどう判断するかは今本当にむずかしいとなる
でもその判断の結果が戦争で3百万人死んだ重大な結果をもたらすから今の判断をどうするかが大事になる
そもそも原発事故の場合は日本に原発を作ったこと自体が間違っていたのである
コロナウィルスはまた別な問題てありまた新たな判断が対処が迫られているのである



原発事故を隠蔽したソ連は崩壊、中国の命運はいかに

MSNニュース











posted by 老鶯 at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月20日

コロナウィルスでゴーストタウン化 (原発事故周辺もゴーストタウン化したーこれもカルマなのか?)


コロナウィルスでゴーストタウン化

(原発事故周辺もゴーストタウン化したーこれもカルマなのか?)

原発事故は地域的なものであり一番被害を受けたのは福島県であり浜通りであり
相馬藩内が主だった、相馬藩内でも城のある相馬市は平常通りだった
原発事故とコロナウィルスと比較して考察して来た
そこに共通なものがあった

一番感じたのは

原発事故以後この辺がゴーストタウンになった

コロナウィルスウィルスでゴーストタウン化した

歓楽街などが一番被害を受けた、これも何なのだろうとなる
原発によるゴーストタウン化は今でも継続しているしその深刻さは今のゴーストタウン化とは違うにしろやはりゴーストタウン化していることは確かである

おそらく原発事故でこの辺がゴーストタウン化したときテレビで写されたとき面白がっていた人がいたことは確かである、他人事として見ていた
それは原発事故は一地域で起きたことだからそうなった
深刻な被害を受けたの原発の限られた周辺だったからである
だから全国的に深刻なものとして見れなかったのである

今回のコロナウィルスは全国的であり世界的である、だから世界中の人が日本中の人が被害を受けるから関心をもつ、そこが根本的に原発事故とは違っている

人間は自ら体験しない限りわからないことが多くある、人間の経験することはあまりにも限られている、だから相手を理解をすることがむずかしいのである
だから原発事故で避難を余儀なくされた人たちが仮設に住んだり家族がばらばらになったりすることでもそれを経験しない人は理解できないとなる
それは福島県でも浜通りでも南相馬市でも全部がそうなったわけではないからだ

ゴーストタウン化したのは原発から約20キロ圏内である
小高などは一時街灯もともらず通りは真っ暗になって不気味だった
今でも浪江とかは帰っているのは一割とかゴーストタウンなのである

このゴーストタウン化は世界中で起きたことも原発事故とは違っている
都市が封鎖されてそうなった、ここは小規模であり大都市が封鎖されるのとは違っていたでも何かここと同じようにゴーストタウン化することがどういうことなのか多少は理解する、他人事ではなくなる
第一人間は世界で紛争がありシリアとかのようになってもそれが自分のこととして理解できない、そこに苦しんでいる人たちがいても自分のこととして理解できない
安全地帯からテレビで見ているだけだから刺激があっていいとかしかならないのである
つまり何でも当事者にならないと相手のことが理解できない
だから多少でもゴーストタウン化することはどういうことなのか原発事故周辺のことが理解できるようになる

だから原発事故は局所的なことではない、一つの人類の呪いとなりカルマとなったことを知るべきである、それは全世界の問題なのである
なぜならその責任は日本国民全員にありまた世界に人類の罪だともなるからだ
だからどうしても核兵器を作り広島に原爆を落としたアメリカはこの呪いからカルマから逃れることができないと思う
それが我が身にカルマとなってふりかかる、つまりアメリカは一番核の恐怖に怯えねばならない国だともなる
だから小国の北朝鮮をこれほど恐れるのも自らの核の呪いカルマからだともなる

いづれにしろ人間は必ずカルマを経験する、親が苦しんだことを子がその苦しみを経験して親を理解する、その子の親は夫が若い時大病になり生涯苦しんだ
そしてまた今夫が事業地失敗して夫で苦しんでいる
その時親の苦しみを理解するとなる
親と同じような苦しみを子供が受けることはかなりの確率で起きていることは確かなのである
私の家で店をやっていたとき母はお客さんが食事中でも来るから必ず立たねばならなかった、それが嫌だった、でもそうしたことが今自分は経験している
一人で食事するといろいろ用意することがあり必ず食事の途中でも立ったりするから
何かゆっくり食事できないのである
これもカルマだったともなる、そこで母親の苦しみを理解することになるからだ

そういうことはみんな年になれば経験しているだろう、なぜこんな苦しみを受けるのかというときそれはカルマが関係しているのである
そもそも他人に何か苦しみを与えたものは自らもその苦しみが与えられる、そうしなければ相手がどれほど苦しんだか理解できないからである
それがカルマなのである

ともかくコロナウィルスでもこれを人類は経験している、この被害を甚大なものであり人類的災禍である、でも時間がたつと忘れられるのである
でもその苦しみがカルマとなって時間がたつと再現されてウィルスの恐怖におののく
そして当時の人たちがどれだけ苦しんだか理解する
つまり同じようなことを経験していくら文明が発達してもその恐怖は同じであり同じことが再現される、カミュの小説でもそういうことがありやはり同じことがくりかえされる
津浪でもそうだった、これも日本では歴史的に何度も経験したことなのである
でも忘れていたがそれが現実化するときカルマを知る、当時の津波で苦しんだ人たちのことを知るのである
まずそうして同じ苦しみを経験しないと歴史でもそういう事実があったとさえ人間は時間の中で忘れてゆく、だから忘れさせないようにこうしてカルマが再現されるのかともなる

posted by 老鶯 at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月18日

南相馬市のコロナウィルスの影響 (はらまちユッサは営業停止・・レストランは・・)


南相馬市のコロナウィルスの影響

(はらまちユッサは営業停止・・レストランは・・)

yusssaaa1.jpg
はらまちユッサ

restrantakami111.jpg
高見ホテルのレストラン

写真で見るより広い空間である


新田川のユッサは五月の連休過ぎるまで営業停止であった
これも結構長いとなる
ここはあまり利用していないから自分にとっては影響がない

レストランでは高見ホテルのレストランは一週間に一回くらい定期的に行っている
その理由はあそこが広いのである、悠々として食事ができる
それとメニューではサシミ定食がお得である
なぜなら料金が900円でも正味材料だけでも600円はかかっている
それはサシミの内容を見ればわかるからだ、スーパーでそれくらいだとなるからだ
だからもかっていないのである

レストランというとき特に街の古い食堂となると狭い敷地で経営している
場末の飲み屋でもそうである、場所が狭いのである
となると濃厚接触しやすいからコロナウィルスでは危険だとなる
すぐ近くに高見食堂がある、これは高見ホテルとは別だった
警察署の前にある、そこは料理はいいとしても狭いのである
何か狭いと窮屈になるから嫌である、でもそこは混んでいる、料理がいいからだろう
でも濃厚接触してしまうからコロナウィルスには弱いとなる
空間に余裕がない所はコロナウィルスには弱いのである
距離がソーシャルデスタンスが保てないからである

南相馬市ではまた一人感染者が増えたとか結構危険である
すぐ近くに感染者が出たのを知って驚いた
だからみんな今はマスクしている、相当に気を使っている

ただ東京はこのコロナウィルスに対処するには辛いだろう
外に出れないことは精神的にも鬱屈する
田舎だと別に一人で誰もいない所に出ることは簡単だから家に閉じこもることはない
第一そもそも東京とか大都会になるとまず人と接しないで生活すること自体不可能なのである
だから感染者が増えている、その原因がいくら減らすにも接触者を減らすことができないようになっているからだ
8割に接触者を減らすことは至難だとなる

となると感染者を増えるのを止めることができない
とにかく人が密集することで東京でも大都会は成り立っている
それを止めることはできない、だからウィルスには大都会は弱かった
そしてウィルスには危険だった、その点田舎はウィルスにはそれほど影響されないということがあった
ただ外部からどうしても入ってくるから感染者が増えてゆく

でも問題なのは東京を中心にして拡散してゆく、東京からの人の流れを止めないと感染者が増えてゆく、それで地方でも東京で止めてくれないと困るとなる
でもそれは密集して暮らしているのだから不可能にもなってしまう
必ず拡散されてゆく、仙台市からこの辺では拡散されたことでもわかる
あれだけ人が行き来すればどうしても仙台市から東北では拡散してゆくのである

コロナウィルスでテイクアウトがレストランとか食堂ではじめたのはいいことである
その食堂なりの料理があるそれを気軽に弁当として食べられる
なかなかなじみでないと入りにくいのが田舎だからである
つまり人と接しなくても弁当だけを買って食べるとなるなら気楽だとなる
引きこもりでもそれならできるとなる

日本では食堂でもレストランでも狭いから接触しやすい、だから高見ホテルのレストランは広いから例外的だともなる
そして意外と客が入らないのである、だからあれだけ広いのにもったいないとも思う
ただ料理はどこであれ何か飽きる、自分で料理しないと栄養も十分にとれないのである
特に野菜不足になる、だから料理はしていない
とにかくコロナウィルスでは密集しているとか密閉しているとか人と人が接触するのが嫌われる
飲み屋なども狭いのである、路地裏で狭い空間で商売しているから危険だとなる
それは田舎だとある程度可能でも東京とか大都会では不可能である
そこにこのコロナウィルスの問題がありそこが解決できないのである
だから人が集中する都会自体の問題がクローズアップされたのである
posted by 老鶯 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスと原発事故が似ているのはなぜなのか? (既得権者は悪くても罰せられない‐司法でも守られる)


コロナウィルスと原発事故が似ているのはなぜなのか?

(既得権者は悪くても罰せられない‐司法でも守られる)
kitokuken11.jpg


colonavirus222.jpg

医師会とかどういうふうに今回関係しているのかわかりにくい
ここは強力な団体だから誰もあからさまに言えないのだろう
特にマスコミでは言えない、医師会がどうだとかマスコミでは指摘しないからである



何かコロナウィルスと原発事故に共通性があるのはなぜなのか?
それを解説していたのが加治将一氏のyoutubeである
日本の根幹に既得権者がいてその人たちを守るためにすべてが機能するようになっているそれで原発事故でもなぜ東電の幹部とか政府でも明らかに過失があったのに罰せられなかったのである
重大な過失があったのに誰も罰せられていないのである
それは司法でも官僚でもマスコミでも既得権者の仲間だから罰しないとしている
司法関係者も東電に天下りしていたからである
東電に天下りした人々を見ればそこが既得権者として上級国民として利権を構成した人たちだということがわかる
だからその人たちは守られる
そういう構図がもともと日本にあるからコロナウィルスでも同じことが起きている

今回のコロナウィルスでもどうしても不可解なことがある

●なぜ日本では検査しないのか?

●なぜ病院で医療を拒否して医療崩壊を言っているのか?

まず検査しないかというより病院で検査させないのである
だから熱がでて病院に行って断られて50もの病院を回っても診てもらえなかったとなる門前払いされているのである
政府では検査したくない、コロナウィルス患者の数を増やしたくない、医師会でもコロナウィルスはもうからないし病院にとっても利益にならない、医師会でも利益にならないから検査しない、でも上級国民は検査するという、それでアナウンサーはマスコミは既得権者の仲間だから検査されて入院して治療できたとしている
一般庶民は診てもらうことさえできなかった

武田邦彦氏もインフレインザと比べて解説していたが十二分に診れる余裕が病院にはあるというインフレインザと比べるとコロナウィルスの数は比べものにならないほど少ないとしている
インフレインザと比べたときこんなに騒ぐ必要はないとしている
つまり医療崩壊など起きていないというのだ
ではどうして医療崩壊のことを盛んにマスコミで言っているのだろうか?
これもテレビばかり見ていたらわからなくなる

今回の謎は原発事故の時は東電という大企業と政府と官僚と司法とマスコミが既得権者でありそれで重大な過失があっても司法でも誰も罰することがなかった
第一司法関係者の天下り先が東電だったとしたらそこに忖度するからできない
この忖度とは既得権への上級国民への忖度だったとなる
これも極めて日本人的な用語でありその言葉が生まれる背景が日本社会にあった
常に忖度するという時、権力をもつものくとか上級国民の利益を守るということで忖度するのである
そこで庶民に忖度することはないのである

なぜ今回のコロナウィルス禍で理解しにくいことが起きているのか?
それはやはり原発事故では強力な原子力村が既得権者となっていてそれに庶民は立ち入ることができなかった
今回でも同じで今度は医師会という日頃お医者様として崇められている人たちの利権がかかわり何かそこで黒い霧がかかり見えなくなっている
医師会というのを庶民でも病気になれば世話になるのだから意外と最も身近なである
だからお医者様に逆らうことはできないとなる
でもお医者様も高額な給料をもらっていてももっと金が欲しいという医は算術にもなっている
ただ別にお医者様が悪人というのではない、そういうシステムとして既得権者の中に入っているから個々の医者も従わざるを得ないとなる

ともかくマスコミの報道からは真実が見えないのである
なぜならマスコミは既得権者の仲間であり利益を得るものだからである
東電でもまた電事連で莫大な800億とかの宣伝費をマスコミに払っていたのである
その時マスコミの幹部は東電によって中国に招待されて歓待されていたとき原発事故が起きたのである
このことがマスコミが既得権者の仲間であり原発の危険性を指摘できない、報道もできないことを示していたのである

だからテレビばかり見ていると真実がわからなくなる、ネットというメデアが生れて対照的に見るにしてもなかなか時間が普通はとれない、するとテレビだけを見て要点を知ろうとする、それだと真実を知ることはできないのである

どうして日本では検査しないのだろうか

どうして病院で熱が出たりしてもコロナウィルスの検査とかしてくれないのだろうか?

そしてなぜ医療崩壊をしきりに言うののだろうだろうか

このことがテレビばかりみていたらわからないのである
それで科学者の武田邦彦氏の言っていることで理解する
それにしても今回もまずウィルス自体がわかりにくいのは放射線がわかりにくいのと似ていた、ただ違っていたのは放射線は一応素人でも計ることができた
放射線を計る機械を買えばできた、そしてその数字を偽ることはできない
それでモニタリングポストの下の土を大成建設の社員が掘って捨てて放射線量を低くしていたのである
私がそのモニタリングポストから離れた所を計ったら倍以上の放射線量があった
つまりモニタリングポストの放射線量は実は半分くらいに抑えられている

このことでわかるのは

政府⇒大成建設⇒放射線を低く抑える

こういう構図があったとなる、政府と大企業とかゼネコンはやはり既得権者の仲間だとなるからそうなる
ただ原発事故とコロナウィルスの相違はその既得権者の仲間に入り利益を得ようとしたのが地元の人たちである、その人たちも利得を得たのである
地域でも自治体でも原発マネーで潤ったのである
コロナウィルスでは何か庶民では利得を得るという人たちはいない
緊急事態宣言で店を閉じたとういことでその損失分をもらえるだけなのかとなる
それすら全国民となると10万くらいだとするととても足りないとなる
このコロナウィルスで地域的に得した所はないのである 

どこかが特別利益を得るようにもなっていない、医師会でも得するわけではない、ただ損したくないとして診療拒否とか何かそういうことが行われているだけである
原発マネーだと地域でも利益を得た人たちがいたのである
だから既得権者の原子力村だけではない、その原発を積極的に誘致した地元の人たちも批判されたのである、原発乞食とか補償金にたかるものとして批判された
でもコロナウィルスではそういうことはない、みんな損する立場になっている
それで全国民に差別なく10万円を与えるとなったのである

kajommmcc11.jpg
加治将一

takedak222.jpg
武田邦彦

新型コロナ悲報 この“黒すぎる闇”(2020.2.29)

doctorsafty11.jpg

テレビでは医療崩壊を言うがyoutubeでは武田邦彦氏はないという

原発事故では「安全神話」がマスコミと結託して作られた
「安全」という報道しかないとにている




posted by 老鶯 at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月17日

阿部首相に危機の時のリーダーシップはなかった (今危機に求められるのは強力なリーダーシップ)


阿部首相に危機の時のリーダーシップはなかった

(今危機に求められるのは強力なリーダーシップ)

 自立心のない安全保障観は、アメリカと組んでさえいれば大丈夫という誤った信念を生む。つまり北朝鮮のミサイル対応や尖閣沖の中国船に強く出られるのも、「いざとなったらアメリカがやってくれる」と思うからで、その状態を保つこと、アメリカの要請に応えられる状態を保つことが日本における危機管理の柱になってしまったのである。


 コロナで露呈「危機に強い安倍晋三」神話はなぜ崩壊したのか
4/17(金) 11:16配信プレジデントオンライン

日本はアメリカに負けてから政府も国民も自立心がなくなっていた
アメリカ頼りでありアメリカがなんとかしてくれるというマインドになっていた
日本は独立国ではなくアメリカの従属国でありアメリカの一つの州だという人もいた
結局そのくらい日本は自立心がなくなり独立国でもなくなっていたのである
ソ連との冷戦の時とか高度成長時代はそれでけ良かったのである
それまで大きな危機が来なかったからである

それが津浪とか原発事故とかコロナウィルスで大きな危機が来たとき対処できなくなっていた                                            

日本は原発事故の時、最初に連絡したのがアメリカだった!

スピーディで計測したのを最初に連絡したのはアメリカだった、日本政府ではなかった
こんなことありえるだろうか?

アメリカさん、助けてください!

これしかなかったのである、日本自体で成す術もなかったのである

日本は戦争に負けてからそういう体質になった、危機に対処できないものとなっていた
ただそれが表面化しなかったのは大きな危機が来なかったからである
つまり幸運だったのである

阿部首相にもそうした危機が来なかった

つまり阿部首相の政権が長く続いたのは実力ではない、幸運だったのである
でもそうして幸運が長くつづかない、こうして危機が来て実力が試されることになった
その時阿部首相は対応できなくなっていたのだ

阿部首相が優秀だから長く政権がつづいたというのではない、それも幸運で錯覚していたのである
阿部首相は保守の強権派でもない、たまたまその血筋なのか何なのか実力なくても天皇のような地位に上げられたのかもしれない、それが危機に瀕して対処できなくなった
危機の時本当の人間の実力がわかる、そこで日ごろ隠された能力を発揮する人もでてくるまた全く無能をさらけ出す人もでてくる
おそらく阿部首相は危機に直面ししていないから右の硬派のように見られていたか実際は人格からして優しく見える、また苦労人でもない、血筋で上がってきたから危機に対処できないともなった

ただそれは阿部首相だけではない、日本人そのものが独立心を戦争に負けてから失ったのである
だから国自体が独立心がないのだから個々人も独立心がないと言われたのである
何か独立心を主張すると戦争のことがあり否定されてきた
ナショナリズムとかも否定されてきた、でも国の独立が今や危機的状態になったら必要とされる
現実にアメリカは後退して今度は中国が日本に侵略するような状態になっている
でもアメリカにもう頼れなくなるのである
そしたら否応なく日本は独立心がないと対抗できなくなる
それが右寄りであり戦争になるとか言っても現実問題としてアメリカに頼れなくなるのだからどうするのかとなる

いづれにしろ戦後70年となり時代が変わる波乱の時代になった
この時代の変化に対処することを日本全体が迫られている
まず阿部首相はとてもリーダーシップを発揮できる人ではなかったことは国民は知った
実力がなかったのだか幸運の結果そのことが隠されていたのである
ただそうなると強面のリーダーが軍人のような人がでてきてまた戦前に逆戻りするともなる

つまり日本は依然として戦後なのであり戦争を清算してもいないし総括もしていないし
ただ戦争をのことをあいまいにしてきたのである
だから危機になると戦争のことを見直して日本はアメリカ頼りから脱する
でもそれは大きな決断でありその舵取りするリーダーは強力でないとできない
そうなると戦前のようにファシズムのようなものとして国民の自由を拘束するようになる
でもそもそも危機になったら何か今回のように右往左往しているとますます傷口を広げてどうにもならなくなる
強いリーダーを望んでいることは確かである

日本という国は戦後独立心が消失したこと戦争のトラウマから70年過ぎても逃れられないのである
コロナウィルスでもそうだが日本は国際情勢でも大きな危機にたたされているという
中国とロシアが日本の海で活動を活発化しているというからだ
それはアメリカがコロナウィルスで混乱して衰退してゆく、太平洋から艦隊でも引いてゆく、そこにつけいっているという
日本は戦後70年で危機に直面している
でも日本国民でも独立心はないし政府でも阿部首相にもリーダーシップがないことは判明したのである

こういうとき新たなリーダーになるものが出て来ることが望まれているのだろう
それがまだ形とならない、でも本当に危機になったら中国でも攻めてきたら誰かが強力なリーダーシップをとって国民を導かないと日本は滅びるとなる
中国の属国になるとかロシアに占領されるとかなる
ただ日本は70年間平和でありこうした危機を経験していない、だからどうして独立心をもって国民自体が対処していいのかわからないのである

こういうときは40代とかでも首相になれるかもしれない、どうしても60代以上になるとできない、ただアメリカでは70代でも大統領候補になっているしトランプ大統領は70代だから時代も変わっている
だから現代だと60代以上でも政治でも戦力となる時代である
66歳の大工さん見たら全く体力が衰えていないことに驚いた
50代にしか見えないし体力仕事も高い所での作業をできている、だから今は年齢だけではその人を見れない時代となっているともなる
なかなか歳だけでは判断できない時代になっている
でもITとかなるとどうしても苦手でありテレワークについていけないというのもわかる
ITはいろいろなものがありyoutubeの動画とかなるとめんどうになる
それで老人は不利になっているのである


posted by 老鶯 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスで起きた社会の変化 (それがすべて悪いともならない―神の働きでもあるのか?)


コロナウィルスで起きた社会の変化

(それがすべて悪いともならない―神の働きでもあるのか?)

大気が浄化された

交通事故が減った

交通機関の利用が激減

(飛行機、船、電車、バス、車など)

歓楽街の灯が消えた

テレビの芸人の自粛

俳優や芸能人の収入減

密集化する祭りとかイベントの禁止

エネルギーの消費が減った

人が密集する場が激減

宗教の集団で祈ることの禁止

集団化する組織団体の働き方の見直し

直接人と人が接しない社会  


コロナウィルスで起きた社会の変化は何を語っているのか?
それが必ずしも全部悪いとはならない、もちろん世界の景気が経済が悪くなり恐慌とかなることは世界動乱になりいいものではない
ただ大気が浄化されたというのは人間の活動が止まった結果として二酸化炭素が減ってそうなったのである
これは悪いことではない、また交通事故が減ったのは車社会であり車がもともと多すぎたからである
そして交通機関の打撃も大きかった、鉄道でも乗りにくい、密閉空間だからである
そして駅は人が集まる所だからである

でも何か現代は移動過剰社会になっていた、インパウンドでも膨大な人間が移動する社会である、仕事でも過剰に移動する社会である
それが高速道路とか新幹線とか飛行機とかで加速された 
それが別に悪いということではない、でも過剰移動社会になったときグロ−バル経済になった時問題が起きた
移動が容易な社会だからグロ−バル経済が可能になったからだ
そこで自ら住む場所が軽視されるとか問題が起きた  

金があればどこにずも住めるということは金が第一となる社会でありそれは移動社会を加速させる
だから原発事故で多額の補償金をもらった人はもっと便利な仙台市に移り住んで人が結構いた、つまりどうしても大都市が便利だからそこに移り住みたいとなった
東北には仙台市に住みたいという人がもともと多かったからである
つまりなぜ故郷でも確かに放射線が怖いというのはわかる
でも一挙に若い人たちが脱出して帰らなくなったのか?
それは現代の金が唯一の価値となりどこにでも簡単に移動して住めるという社会のせいもあった
まず江戸時代のようだったら移動することすら簡単にできない、まして移住することはできない、この辺に越中とかから移住して住んだ人は命の危険があって移住してきたからである、それは世界の難民とにている
移住することは国内でも簡単にできなかったのである

とにかくコロナウィルスは人を移動さこせないように強制した、また人が密集しないように人と人が直接接しないように濃厚接触しないように強制した
現代はあまりにも人が密集しすぎたことがある
東京のように満員電車で詰め込まれるて出勤しているのは異様な光景だった
でもそれが日常化していた、今なら適度にすいているからそれが正常だとなる
テレワークになると会社に一週間に一回とか行く、すると自宅とかで過ごしてその住んでいる場所を快適にするようになる
それから東京一極集中しすぎたのである
東京圏に集中しすぎたことが自然の理にかなわないものとなっていた
そのことが日本全体でも世界で歪めるものとなっていた
原発でもそもそも東京の膨大なエネルギーを供給するために福島に作られたのである
福島県は東京から遠くもなく近くもないという場所にあった
それが不幸を生んだのである

このコロナウィルスの不思議は宗教でも集団で祈ることを禁止した
イスラム教などは常に大集団で祈る、メッカでは人が押しかけて将棋倒しで死んだりするそれが宗教なのだろうか?
宗教はそもそもそんなに集団化するものだろうか、そのことはずっと自分の課題として問うてきた
神が現れるのは絶対に東京のような人が密集する騒々しい場所には現れない
なぜなら何もない砂漠にまず神は住んだからである
そこには人はいないし雑多な建物もないのである
そこで一人の人間が予言者から神から啓示を受けたのである
集団はそこにいないのである、釈迦だって洞窟で一人悟りを開いたのである
イスラム教でもマホメットが洞窟で一人啓示を受けたのである
まず集団で神からの啓示を受けることは絶対にないのである

現代の宗教は全部集団化組織化したのもでありそれは政治化経済化したものである
だから本来の宗教は皆無なのである
つまり集団化した示威行為をして政治勢力として働きかけて利益を得ることも目的としているだけである、それは現代の宗教というのはほとんどみんなそうである
利権化権益化した宗教である
だからこそ集団化して密集化して数で示威行動をしているのである
それがコロナウィルスで禁止されたのはなぜなのかとなる
私は何か禅宗に惹かれるのはそれが集団化しないためである
日蓮宗とか真宗の念仏とかがただ題目を唱えて集団化して祈る、それはイスラム教とにている集団化することは権力化することなのである

サムエル記下」の24章で、イスラエルの王になったダビデが人口調査をした話です。

主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。主は「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われた。

民を数えたことはダビデの心に呵責となった。ダビデは主に言った。「私は重い罪を犯しました。主よ、どうか僕(しもべ)の悪をお見逃しください。大変愚かなことをしました。」

 現代の「人口調査」の意味ではなく、勢力を広げ権威や権力を持つ体勢の拡大を望み数えてしまうこと、それを戒めているのだろうと心に残ったのでした 

こういうことをカルト宗教団体がしている、毎日会員の数を数えている、数が増えればそれだけ勢力が増したとなるからだ
それが神から見ればどうなるのかをここで諭していた
神の見方と人間の見方は違うのである、だから神の見方は今の人間社会を見てどうみるのかとなる、宗教でもどこも数を誇る数で計算される
数を競い合うだけでありその中身は関係ないとなる、それが神にとってどうみられているのか?
神は砂漠に住んでいたように騒々しい場所は嫌う、そんなに数ばかり数えている集団を嫌うのである、それは神の意にそうことにはならないのである

自分自身は東京とかに学生時代いてもなじめなかった
もともと性格的に騒々しい所や人と交わることが苦手であり遂に家庭に恵まれていて60歳まで引きこもりだったのである
何か自然の中で黙想していたのである、自然と一体化するために沈黙の行をつづけていたのである
だから現代社会とは何か合わない性格だった、それでアウトサイダー化したとなる
それで秘境を求めていたのは自分だった、人のいない自然の秘境を求めていたのである
だから現代文明社会とは逆のことを志向していたのである
石と樹とか山とか自然と一体化することアイディンティティ化することを求めてきたのである
だからコロナウィルスで生じたことが不思議なのである
これは自分にとって必ずしも悪いことではないとも見たからだ
ただこれで困窮する人が増えることは必ず影響する、治安が悪くなるのである
すると平穏に暮らせないともなる

でもコロナウィルスとは何なのか?

これは神が現代文明社会を戒めるために送り出したのか?

何かそうも感じるのは現代文明社会は神から見たとき何か異常であり神にとっても好ましいものではないと見ていた
神の前には静粛たれというのがどこの宗教でも同じである、神道でも同じである
ただ日蓮宗とか真宗の念仏は騒々しいのである、イスラム教も集団化してアラーとか念仏を唱えるのとにている、何か騒々しいので嫌いなのである

また本来歓楽街とか芸能人かがもうけて話題になっていることがいいものなのか
それは社会を歪めるている、そんな窮屈なことを言うなとかそれも経済活動であり社会にとって必要である、そんな硬いこと言っていたら生きることもできないとかもわかる
でも問題はあらゆものが限度を越えて過剰になっていたのではないか
あらゆるものがオーバーになりそれが地球的規模になりグロ−バル経済になり大気まで汚染していたのである
物には限度がありそれを鎮静化したのがコロナウィルスの働きがありこれは神から送りだされたのかとまで思った
もちろんこう言えば不謹慎だとかなる、職を失ったりして自殺する人までいる
そういう窮地にあることをお前は無関心なのかとしかられる

でも何かコロナウィルスでもそれは自然の作用なのだろうか?

津浪でも悲惨だったがこれも自然の作用である

自然に逆らった結果として被害があったともなる、なぜなら海岸沿いに住むことは危険なのにあえて住んだとかある、自然の作用として起きるものは人間の力ではどうにもならない、自然に逆らわない生き方が必要だとなる
ウィルスでも結局人間が生態系を無視して汚した、または動物を家畜化することは文明化でありそれで動物からウィルスが必然的に伝播したともなる
動物の家畜化自体が不自然だったともなるからだ
ただ人間には文明化することは不自然なことなのである
だからそこから災いが生れて来る、技(わざ)わいなのである
そういうことは神話でも語られているしそういきう業をもったのが人間だったとなる
だからウィルスでも自然から生まれたものだからそれは自然の作用であり全部悪く働くものとは限らないともなる
コロナウィルスの結果を見れば確かにそういう面があるのかと見たのである




posted by 老鶯 at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月16日

パンデミックが発生した時に有利な国ランキング (日本は第五位でウィルスには有利な国?)


パンデミックが発生した時に有利な国ランキング

(日本は第五位でウィルスには有利な国?)

liveworldmap1.jpg
 パンデミックが発生した時に有利な国ランキング」が発表、日本は5位という結果に
2019年10月3日

この世界地理から感染症を分析しているのが興味深い
どういう地域が感染しにくいか、それは文明地帯から大陸から隔離された地帯である
日本でも島根とか鳥取がなかなか感染者が出なかった、未だに岩手県は出ていない
そこは秘境だからともなる

ヨ−ロッパ大陸とかユーラシア大陸とか中国大陸とかロシアとかそこは陸つづきだからどうしてもヒトやモノの流れをとめることができない
だからウィルスには弱いのである、陸続きでどうしても感染が広がり安いのである

ただこの地図で見れば最も歴史が古く島国でも大きな領土であり文明が古いとなると日本がである、日本文明として分類されるくらい五大文明の一つとなるくらいの国だからである、他の国はオーストラリアを除いて小国である
その国が生き残るとしても世界文明に匹敵するものを作りだしえないのである

すると希望的観測として日本がウィルスからも生き残り荒廃した大陸に日本が進出して日本が指導権を握るのかともなる
この20か国では日本が一番その国にふさわしいとなるからだ
つまりコロナウィルスから生き残り日本が指導的立場になり新たな文明を再構築するのかとなる

とにかくこういうことを予想するのもコロナウィルスの影響の大きさ故なのである
それだけ世界的にグローバルに変化をもたらすとなるからだ
日本は大陸から孤立した地理にはなかった、大陸と交流があったが海を隔てていて江戸時代のように鎖国できる国だったのである
それが日本の強みである、他の国は小さいから新たな文明を作る基盤がないのである

ただこれはあくまでも希望的観測であり悲観的見方が多い中でこういう見方をすると日本がコロナウィルスでも有利な立場に立てるのかともなる
それだけの世界的変動がコロナウィルスがもたらすとなるとするとこれは何なのかとなる
コロナウィルス以後の世界はどうなるのか、その予測の一つがこの地図にあるのかとなる

この記事はコロナウィルスが流行する前の記事だったのである
でも今になれば世界的に流行しているからこの地図で現したものは意味がある
コロナウィルスに有利なのはこうした隔離された地域である
ただ台湾が入っていないのは納得できない、台湾も海で囲まれていて中国大陸から感染源から離れていてそれなりの文化もありコロナウィルスの対策で成功した国だからである
つまりコロナウィルスに強いのはこうして大陸から離れて海に囲まれていて閉鎖された地域なのである
こういう地域は閉ざすことがすでに海で閉ざされているからしやすいとなるからだ

これを誇大妄想的になると日本がコロナウィルス以後の覇権国家となるのかとまでになるコロナウィルス以後はヨ−ロッパで三分の一が死んだペストのような状態が再現されるのかとなる
そこでは貧乏人でも生き残った人たちは土地か富を手に入れてかえって豪勢な生活をするようになったとある、なぜなら三分の一が死ねばその人たちの財産が労せずして手に入ることになったからである
その変化はあまりにも大きく想像を絶するものともなっていた
革命が起きたと同じような状態になっていたのである

ただこの逆もありえる、日本は衰退国家になり中国の属国になっているとかにもなる
今はそういう見方が多い、コロナウィルスでアメリカが衰退して中国が覇権国家になり日本は属国になる、普通はそうみる、予測する
ただ中国はウィルスが発生しやすく弱いことは確かである、それは何度も起きるから中国が衰退すると言われるのである
結局未来はわからない、人間では個人でも地域でも不利となるものが有利になる
有利と思えるのが不利となる、そういうことが常にあり地理が世界史にどういうふうに作用するかわからない、大国だからそれがいつまでも栄えるということもないのである
大国がすべて有利になるとは限らないのである
そこに人間には計れない神の意志が働くということがある
地理には神の意志が働いているとなるのだ 

とにかく何でも学問の基礎は地理にある、日本は隈なく旅行したからわかるけど世界となるともう広すぎてわからないのである
ただコロナウィルスで有利だったのは最初は島根県と鳥取県であり今も感染者が出ていないのは岩手県だとかなっている、そういう辺鄙な場所がウィルスには強いのである
そこにヒト、モノの流れが希薄であるからだ
だから江戸時代のコレラでも感染が全国的でも福島県では会津若松市中心に感染しても
桧枝岐(ひのえまた)は隔絶していたから感染者が一人も出なかったのである
ただアマゾンの部族にも感染して危機だとされているのと意外と人が今は入って来ている宣教師とかも入ってきたためだとかともされる、そういう部族が大被害にあったことがある、免疫がないので被害が大きくなった歴史がある

つまりウィルスから防ぐにいいのは外界との交流を閉ざせる場所だとなる
でも日本で鎖国していても江戸時代にコレラが広がったのである
これをみるとウィルスを防ぐことがいかに困難なのかわかる
特に現代ではこれだけ交通が発達しているのだからほとんどウィルスを防ぐことは不可能になっている、最もウィルスに弱い社会になっていたのである




posted by 老鶯 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月15日

コロナウィルスと原発事故の比較 (医療崩壊で問われる医者の使命)


コロナウィルスと原発事故の比較

(医療崩壊で問われる医者の使命)


原発事故で起きたこととコロナウィルスで起きていることが似ている
大きく違っていることもある

コロナウィルス⇒老人が死ぬ

原発事故⇒若い世代へ次世代への被害


基本的にここが違う、より深刻なのは生物学的には若い世代とか次世代に影響するのが深刻である、種も保存できなくなる
だから高齢化社会は社会全体からみれば生物学的には生態学的には全体から生命の未来から見ればいいものではない
老人に膨大なエネルギーが費やされいるのが現代だからである
そこで未来のためのエネルギーが消失してしまうことが種の保存とかから見ればいいものではない
むしろコロナウィルスは老人キラーウィルスでありかえって種の保存のために生まれたのかとさえみる
老人が多すぎるからその老人を減らすために人口調節のために生まれたのかとも見る
だから原発事故の放射線被害の方がより深刻だったともみる
ただそれは局所的なものだからそういう認識が日本全国でも生まれにくかったし世界的な危機感をもてなかったのである

コロナウィルスと原発事故を比較すると共通点が多い

最初に問題になったのが感染症の専門家がマスコミの全面に立った

これは原発事故の時もそうであり放射線の専門家が全面に立った

つまり現代では専門家支配社会だという時必ずそうなる
放射線でも感染症でも専門家しかわからないとかなる                

すると素人は除外される

あなたにウィルスのことがわかるのですか?

あなたに放射線のことが核のことがわかるのですか?

これと同じことが起きている、そこに素人が立ち入ることができなくなる

そして何がまた問題になるかと言うと様々な団体組織の利権である
政府とか官僚とか学者の団体でも検察でも利権がからんでいてその利権を守ることが優先される
東電というのは検察でも警察でも海上保安庁でも有力な天下り先になっていたからであるだからこそ強固な「安全神話」がそうした利権化した団体によって作られていた
そこにはマスコミも宣伝費をもらって大きな利権を得ていたから批判できない
何ら危険性を報告すらしなかったのである

今度も利権というとき医師会がなんらか強固な利権団体として検査をさせなかったとかある、何か不都合なことがあり医師会の利権が壊されることを恐れて検査しないとか指摘する人がいた
だから千人でもいいから無作為に検査をしてどれくらい実際は感染しているから知らせるべきだというのは正論である
でもそれをさせないのは医師会の利権が関係してそうなっているとか言われる
つまり医師会という組織は自民党を左右する強力な団体だからである
第一医者というとき地域の有力者となりお医者様として庶民も頭が上がらないのである
だからとても医師会などにたてつくことがこれもできないのである
それは「安全神話」を作った利権化した団体に何も言えないのと同じなのである
何か今回の自粛のことで理髪店が省かれたのはここは自民党の支持団体だからと言う人がいた、そういうことで理髪店は省かれたのかと知った
でもそれを言うマスコミはほとんどなかった、どういうわけか舛添前東京都知事がそれをちらっと言ったのである

いづれにしろ今回のコロナウィルスの最前線に立つのは医者とか看護師である
ここでの院内感染で危険にさらされているから応援しようというのはわかる
原発事故とかでは最底辺の人たちが放射線の高い所での処理をさせられた
それは前からである、でもコロナウィルスでは最も地位が高い医者とかが最前線で犠牲にもなるということになった
そこで医者とか医師会でも問われたとなる

まず医師の利権を守れ!

こんなことを言っていたらとてもコロナウィルスと戦いないのである
戦争だとしたらそこで犠牲的精神が必要になる
コロナウィルスから国民を守り最前線で戦うのだともなるからだ
でもそんな犠牲的精神より利権であり一般人からみれば高額な収入でありそれでもたりないと医師会では医療の報酬を上げるようにと医師会が求めていたのである
果たしてそういう人たちが犠牲となることなどできるのだろうか?
今医者とか看護師が一番危険な状態にさらされている
そこで医療崩壊が起きる危険があり院内感染で医者がないて訴えていたからである

でも医者は高給取りだ、だからその給料によって責任の過多がある

何かそんなことにもなるのか?つまりそういう緊急時に自衛隊のように犠牲になることもある、だからこそ国民が税金で高額な金を払っているのだとされるかもしれない
ただ医者自体にそういう自覚をもっている人はまれだろう
医者はたいがい高給取りだし一番尊敬される職業だからなるというのが多いからである

ただ医者だけではない、危険な仕事をしている人は結構いる

その大工さんは常に高い所で仕事しているので命がけでやっている、だから金を多くもらって当然だとしている、絶えずそのことを自分に言うのである
それもそうだと思うから払う、実際大工でも建築関係でも土木でも危険なことがあるからだ

とにかく仕事には危険がある、特に危険な仕事がある、だから医者だけが危険ではない
ただコロナウィルスで高給取りなのだからその務めを果たせ、犠牲も仕方ないとされるのか?
そういう場に今まで直面しなかったから戸惑うともなる
つまり自衛隊が戦争になったら死んでも仕方がない、そのために税金を払っているからだともなる
医者は今その使命を果たすべきだとなるのか?
そのことを医者が受け入れられないというとき医者とは何か問われている

黄熱病と戦い死んだ野口英世とかいたり医者にもそうして犠牲になった医者がいる
でも医者に日頃感じているのはそうしたことより高給取りであり尊敬されることである
まず今の社会で尊敬されるのは先生などにはもうない、医者だけが特別尊敬されるものとしてある                                        

ではなぜそれだけ尊敬されて地位が高く高給取りなのだろうか?

それはそれだけ今回のようにコロナウィルスとかに命がけで戦い犠牲にまでなるということにあったのかとなる
ただそういう自覚がなかったが今回のことで問われたことは確かである

ともかく仕事はミッションがあって命がけになることがある、それは医者だけではない
あらゆる仕事にそういうミッションがあり命がけになることがある
ただそういうことを日頃は自覚していない、でも何かこういう危機の時自覚されるということがある
だから医師会とかでも医者でもただ利権を求めより高額な給料を要求するだけのものとなるときとてもこんなはずじゃない、医者にそんな犠牲が強いられのかと疑問にもなる
でも否応なく今そういうことが強いられているのかともなる
posted by 老鶯 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月14日

コロナウィルスの感染者は人口密度に比例? (人の交流度合いに比例している)


コロナウィルスの感染者は人口密度に比例?

(人の交流度合いに比例している)

colonamap111.jpg

これまでの感染者の数の全国の分布を見ると何か人口密度に比例している
埼玉、千葉、東京、神奈川は当然人口密集地域だからここが中核になって拡散する
群馬県より東京に近く栃木県はそうでないから群馬県の半分になっている
予想したのは仙台市は東北の中核都市だからここから拡散した
秋田の感染者最初仙台市の英会話教師とかが感染させた
そして福島県は宮城県の次に多いということも何か東北の地理とか人口密度を見ると比例している 

東北では宮城県と福島県は東京に近い、福島県はより近いからである
また仙台市と近いから仙台からの人の流れでも感染しやすいのである
青森県が22名でありこれも妥当だと見る
秋田県は14名にとどまり増えていない、山形県は三番目に増えている
山形県は宮城県と仙台市と仙山線を通じて交流があることが関係しているかもしれない
何かこの数字は東北を見ると人口密度でも人の密集度合いでも妥当だと見る
何か数字として数式のように感染者が現れていて分析できる不思議がある
これは科学的統計学として感染者を分析できるものなのかとなる

最初の時期ではなぜ茨城県が感染者が出ないのかと不思議だったが今になると101名だから多い、茨城県は明らかに関東圏だからである

ただ数字でみると静岡県とか39で少ない、岐阜県が多いのは名古屋市に近接しているからである
関西を見ると滋賀県が38で奈良が39である、京都、大阪、兵庫が人口密集地でありそこから多少離れているからそうなっているのか?
ただこの辺は交通でも一体化しているからどうなのかわかりにくい。

中国地方だと広島が56人と多いのはわかる、一番大きな都市であり人口密集している地域だからである
九州になると大分県42名で多いとなる、でも何か人口密度と比例して感染者が出ている
この傾向はこれからもつづく、つまり人口密度が低く、地域的に東京圏とか関西圏の大阪とかから離れていると感染者は少なくなる
それが何か正確であり数式のように割り出せるということは中核都市を閉鎖して交流させないことが感染を防ぐことだともなる
どうしても中核都市から東京から大阪から東北だと仙台市からとか拡散してくるからである、それで中国ではいち早く武漢を閉鎖したのである
                                                      

ただここでなぜ石川県と福井県とか辺鄙な場所が104名とか86名と多いのか?

滋賀県と岐阜県に隣接しているがここが多い、それは何らか外部から感染者が入ったのかもしれない、ここは数字的には地理と関係していない

それからなぜ岩手県は感染者が唯一出ていないのか?

これは仙台市から新幹線で50分で盛岡市になるのだから出ないのが不思議である
検査しないのか何か謎である、ただ人口密度は低い県である
例えば今回は福島県では会津が感染者をまだ出していない
ここでも交通は東京から乗り継ぐ会津鉄道がある、ただここはかなり不便な鉄道である
でも東京と通じているから東京からの感染者が来てうつすことがありうる
ただ福島県では辺鄙な地域となり感染者が出していないのか?

江戸時代のコレラの流行でぱ会津若松市が陸路の街道と新潟県から海路と阿賀野川とか通じて会津若松市に人の物の流れがありまた猪苗代湖の方の陸路から街道からヒト、モノの流れがあり集中して田島の方に伝染した
海路では日本海側に伝染して増えた、その時北前船とかが通っていたからである
でも桧枝岐(ひのえまた)は交通が隔絶していたから感染者は出さなかったのである

とにかくウィルスは人口密度とか交通と密接に関係していたのである
だから分散して住み交通が発達しないと防ぎやすいとなっていた
だから江戸時代だったら関所を閉ざせばウィルスの侵入を防げる
そして江戸時代は村々で自給自足だから閉ざしても村だけでも生活できた
今ならグロ−バル経済であり世界と結びついているからもうウィルスも防ぎようもないとなっていたのである

それでコロナウィルスではいろいろ今の社会を見直す結果となる
生態系に復讐されているとか日本はもともと自給自足できる国内需要型経済だとか言われる、つまり必ずしもすべて外国に頼る経済ではない、韓国は外国に輸出に頼るからコロナウィルスには弱いという時そのためである 

いづれにしろ人口が集中するとか密集する地域はウィルスに弱いし危険な地域だと判明した
東京は一番ウィルスに弱い危険な場所だったのである、それで東京から脱出する人もいたが地方から拒否された
そうなるともし流通が絶えるともう東京とか大都市は籠城できない、食料もなくなるからだ
コロナウィルスそういう東京とかの大都市の危険性を示したのである
      

kolionaaizumap1.jpg



posted by 老鶯 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月13日

原発の安全神話とコロナウィルス (日本人の同調圧力によって隠蔽される)


原発の安全神話とコロナウィルス

(日本人の同調圧力によって隠蔽される)

日本人には日本人の特質がある、それで原発でも強固な「安全神話」が作られた
政府、東電、科学者、学者、マスコミが一体となり安全神話が作られた
それに逆らうことはできなかった、地元民には金が与えられて金で操作された

今回のコロナウィルス騒動でも同じようなことが起きている

日本では極端に死者数が少ない、100人とかである

するとどうしして日本ではそんなに死者数が感染者が少ないのかとなる
でも感染者は確実に増えている、だから検査しないというわけではない
ただ死者数は少なすぎるのである、そこで隠蔽しているのではないかとなる

その隠蔽の工作が日本では巧妙に行われていると加治将一氏のyoutubeで指摘している
死者数は葬儀社関係でも隠されているという、コロナウィルスで死んだ人も他の死因にされているという、その辺のからくりが謎である

でも原発事故がなぜ起きたのかを追及する時、やはり危険を隠蔽されたことから起きた
原発はブラックボックスであり素人は普通の人は立ち入れなかったからである
そしてマスコミは危険を知らせることがなかった
なぜなら東電ではその内部で十数メートルの津波が来ると試算していた
それでその対策をとるべきだったと事故の後に裁判にもなったからである
東電ではコストがかかるから津波対策をしなかったのである
そういうことをマスコミでも大々的に報道していない
この辺では津波が来ないとして危機感がなかった

でも400年前に700人溺死と相馬藩政記に記録されていた、でもそれは二行だけであり誰も知らなかったのである
要するにその時相馬藩を治めていた政治家はその被害の状況を記録にのせたとしてもほとんど無視していたのである
700人も死ぬことは今なら大災害でありその詳細な報告が記録されてもいいからである
でも二行しか記録されなかったのである
でも家督相続とか戦争のことを詳細に記録されている
また国玉神社が祀られているがこれは国の魂として相馬氏の殿様の子息が子供の時死んだから祀ったのである
でも700人が津波で溺死したということで一つの碑も立っていないのも不思議なのである
今なら津浪の被害者の名前を記した碑がいたる所にあるからだ
だから昔から為政者は為政者の特権が最優先されたという意見には賛成する

それで日本がコロナウィルスで感染者でも死者数でも少ないのはなぜなのか?

それがまさに謎なのだけどやはり隠蔽されているのかとなる
いくらコロナウィルスに感染するからと自粛とか非常事態宣言しても欧米のように完全な封鎖ではない、普通に依然として行き来できる、街に人がいなくなったとしても依然として開いている店はあるし飲食店でも何か歓楽街の店でも開いている所があるという
つまり自粛には強制力がないからそうなっている
東京からも地方に出れないということではない、交通機関は閉鎖されていないからだ
そしたらコロナウィルスをもった人が広がるのを止めることはできない

ともかく隠蔽するということが今問題なのはそれが今度は世界的なものとして責められるからだ
それは中国でも言えた、中国の統計は何でも信用できないとされているからだ

そして日本の統計をも信用できない!

それが問われている、そう言われるのはこのコロナウィルスが世界的な問題だからである世界的にその数とか原因を追究しなければならない問題だからである
その点で中国も隠蔽するから不明になり世界的不安になる
また中国から拡散されるのかとなるからだ
それは日本でも同じなのである

なぜ日本はこんなに数は少ないのだ

その原因は何なのだ

それは中国と同じで隠蔽しているからだ

こうなれば日本は世界的に信用できない国だとなり中国と同じだとなる
別に数が少ないのは日本独自の原因がありそれが証明されれば世界的に日本を参考できるでも隠蔽していたらそれも参考にならないのである

いづれにしろ原発事故でもそうだったように隠蔽されるとその災いが巨大化してとりかえしつかないことになる
原発事故では放射性物質に汚染されて故郷に住めなくなったからである
二万年プルトニウムが消えないとかなったからだ
それでコロナウィルスでも隠蔽されるとあとでその隠蔽が明るみに出されても時遅しとなる、日本からコロナウィルスが広がるとか日本は信用できない国だとされる
コロナウィルスは世界的な問題だから余計にそうなる
おそらく政府は原発事故と同じように危険だというとき日本人がパニックになるから隠蔽し続けた、結果的に取り返しつかない大惨事となった
コロナウィルスもまた隠蔽した結果、実際は死者数は万人とかいて感染者の数も報告されているより多くて手遅れだったともなる
つまり対策が手ぬるいから手遅れとなっていたともなる

なぜ情報が隠蔽されると問題なのか、それは事実と向き合うことができない、事実と向き合い対策がとれないからである、それは原発事故でもそうである
隠蔽が先にあり事実は隠される、その危険に対して真剣に対策できないのである
だからそういう事実はないとされればそうならざるをえない
そして過去の事実も相馬藩のようにわずか二行だけ記されていて誰も知らなかったとなる
つまり津波の被害の事実はなかった

そうされるのである、それは後世の者にとっても非常に危険なことになる
もし津波の被害のことをもっと記されていたらみんな危機感をもつからである
だからここでは津波は来ないとされていたのである
それで逃げないで死んだ人もいたのである
だから事実を隠蔽することは後世のためにもならないのである

kajimm11.jpg

加治将一

posted by 老鶯 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月12日

コロナウィルスで変わる社会 (グローバル広域社会と密集都会の危険)


コロナウィルスで変わる社会

(グローバル広域社会と密集都会の危険)


コロナウィルスで打撃を受けたのは何か?

●グロ−バル広域経済

●交通機関

●インパウンド観光

●歓楽街とか芸能スポーツ関係

●イベントなど人が密集すること

●人が密集する都会

●東京都と地方の分断

・・・・・・・・・・・

いろいろあるが基本的にグロ−バル経済は縮小せざるをえない、なぜなら中国発のウィルスが世界中に広まったからである
中国はグロ−バル経済の恩恵で発展してアメリカと伍する力をもつようになった
それで一帯一路政策で世界支配を目指したのである
それに歯止めがかけたのがコロナウィルスだった、これは欧米も打撃であり衰退をまねがれえないともなった

それとともに交通機関が発達したから世界との人でも物流でも盛んになったからグロ−バル経済が可能になった、飛行機でも鉄道でも車でもその目を見張るような技術の発達でグロ−バル化が可能になった
でも今回のコロナウィルスではこの交通機関が大打撃になった
人と接触することが一番危険だとなるからだ
そもそもイタリアが被害が大きかったのは中国人が労働者としてかなり入ってきて感染したのである
何かグロ−バル経済はいいものとしてばかり見て推進された
世界で交流が拡大すればするほどいいものとして推進された
でもすでにそれが限界状態になっていたし問題が生じていたのである
そのことはいろいろある、それを指摘してきた

それから密集する場がコロナウィルスで拒否された、その密集する場とはどこなのか?
その最大の問題は都会が最も人が密集する場なのである
そのこと自体が問われた、都会で人と接することなく生活することは不可能である
常に密集空間の中に置かれている、そのことはもう解消できない
だから首都移転とかが必要になる、密集を解決するには分散して生活する他ない

それで岩手県最後まで感染者がでないのか?                                

それは広い地域に分散して生活しているからだという、つまり現代社会は密集する生活だった、それで東京圏内に人が密集したのである
東北だと仙台市に密集するようになった
その密集することがウィルスにとって最大の問題であり危険地帯となった

それから歓楽街とか飲食業が打撃だったのはそこも濃厚接触とか人と人が接触する場だからである、ただ歓楽街と芸能エンタメ関係がなくてもいいとか言われる
これまでもうけすぎたとかも言われる、それより農業やれとか言われる
食料が外国から入らないからである
こういうとき農業は強くなる、戦後は食料がなく都会の人が農家に着物などもって食料と交換したとか農家に頭を下げて食料をゆずってもらったのである
そういうことが再現されるのかとなる
ただ農業の仕事はきついから芸能人ができるのかとなる
でも背に腹は返られずとかなるとやらざるをえなくなるかもしれない

グロ−バル広域社会は何かいいようで問題があった、一体地球の裏側から食料を買って生活することが人間にとって正常なのか?
そんな遠くから物を運んでもらって生活することが正常なのかとなる
そんな遠くからもう何か今回のようなことがあったら食料はただちに入らなくなる

何でも金があっても買えるけではない

金は万能ではない、ただの紙切れなのである、物がなくなったら何でも金で買うことはできない、特に地球の裏側となればもう金では買えない、運べなくなる
そして食料は自国優先になるから外国では輸出しなくなったからだ
それは予想されていたことだが東京では日本の食料は高くつくとして外国産に頼っていたでも外国から入らなくなったらもう生きてゆくこともできなくなる
食料は最優先でいくら高くても買わざるを得なくなるのである
その時金すら通用しなくなる、金で買えなくなるということもある
戦後の食糧難では金で食料は買えないから物で着物などで交換したとなるからだ

つまり金万能の社会は何か理不尽だというときそれはグロ−バル社会でも広域社会でも金があればなんでも可能だとなったことである
だからなぜこの辺で原発事故で人が住まなくなった、故郷から離散した
それは補償金の額が大きかったこともある、もちろん放射線から逃れるためだということもある
でも何か現代社会はグロ−バル化とか広域社会であり金さえあればどこにでも移動して住めばいい、金さえあれば歓迎されるし通用する
だからこそ多額の補償金をもらったから移動した場所でみんな家を建てて金があると遊んでいて地元の人にひんしゅくを買ったのである
そういう社会は実際は何か歪(いびつ)なものをもたらしたのである

何か親戚でもないが東京に住んでいる人は金だけをくれと要求してくる
その人は金だけが欲しいのである、それは自分自身の家にもそうしたことがあり責められることは確かである
でもその人はこっちが病気になろうが何になろうが関係ないのである
金だけをくれとなる人なのである、そういう人間関係がそもそも成り立つのかとなる
そんなら遠くの親戚より近くの他人が頼りになるとなる
金だけの関係で人間関係が成り立たないのである、それが異常なほど金だけの価値が増大したのである、その人は何ら病気になっても何もしない、ただ金をくれというだけであるそれは他人にすぎないとなってしまうのである
だから人間は金だけ人間関係が作れのかとなる
ただ地元に住んでいるとどうしても身近だから何かあったらすぐに来れるし金がなくても助けられることはあるのが違っている

グロ−バル経済とか広域社会とかを全部否定することはできない、いいものとしても作用するからだ、ただそれが行きすぎていたのである
人間の生活の基本はやはり自給自足が基本である、江戸時代のようにはできないにしても地域と言ってもそれは現代だと関東地域とか東北地域とか広い範囲での自給自足ともなるでもその範囲が広くなりすぎたのである
それを可能にしたのは技術であり交通機関だったのである
そして実際に物を運ぶとなるとそのコストもかかっていたのである
たた通信とかなるとあまりコストはかからない、情報の流通はだからテレワークなどで一層推進されるとなる

いづれにしろ東京の人が地方に来るな、コロナウィルスをうつすなというのも何なのだろうと思う
東京があれだけの人口が密集していてそこが閉鎖されたらどうなるのか?

食料が入ってこなくなったらどうなるのか?

これは恐怖である、武漢のように何とか脱出しようとするのは当然である
地方で来るなといっても食べることがてきなくなればそんなことできないのである
だからこれも何なのだろうとなる、東京のような超密集空間で生活することそれがいかに危険なことなのかを具体的にコロナウィルスで理解させたともなる
人間は分散して生活するのがまさに自然なのである
それで岩手県が未だに感染していない地域なのが不思議だとなる
岩手県でも宮城県と隣接しているし仙台市から盛岡まで50分なのである
そんなところでなぜ感染者が出ないのか?
いくら広い地域に分散していても都市があるのだから感染してもいいはずなのである

ともかくコロナウィルスはこうして今までの文明生活自体を問うものとなったことは確かである、それだけの変化を世界にもたらすことが不思議だとなるのだ


posted by 老鶯 at 14:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月11日

農業がコロナウィルスで見直される (人間社会には必ずカルマの法則が働く)

農業がコロナウィルスで見直される

(人間社会には必ずカルマの法則が働く)

新型コロナウイルスの感染拡大防止で外国人の入国が制限される中、農業分野で日本に入国予定の外国人労働者が自国で待機状態にある。
外国人労働者の受け入れ機関である農業人材支援会社「エイブリッジ」(那覇市)でも、。

全国的に従事者が高齢化し人手不足が顕著となる農業では外国人の力無しでは経営が成り立たない農家もいる。
繁忙期に外国人労働者が加わることを見据え栽培をしていた農家も多い。

同社は農家への影響を最小限に食い止めるため、国内で農業人材を募集している。
新型コロナで失業した人や、休業中の人にも呼び掛ける。
100人を受け入れる予定で、長期、短期は問わない。
江城事業本部長は「新型コロナの影響で生活が困窮している人もいるので協力したい。仕事が見つかるまでの数カ月のつなぎでもいい。まずは相談してほしい」と呼び掛けた。


 水商売がダメなら就農やれよ
介護やフクイチの作業でもええやん

親父が死んだ・・・
母も死んでおり、俺が単独相続をすることになった。
家はど田舎で誰も買い手なんかつきやしない。
いらない農地まで相続する羽目に・・・・
農機もあるが、そんなもの俺には不要だ、処分するのにも金がかかる。
家の周辺では、耕作放棄地・空家が問題となっており
処分困難であることは明白だった。

colonawoman1.jpg

何か個人的にもそうだがカルマというのが社会的にもあるのか?
因果の法則はある、コロナウィルス騒動でそれが起きているのかとなる
農業が重視されていないかった、東京では外国から中国からでも食料が安く入ればいいとかなっていた、自国産のものでも外国産で安い方がいいとなっていた
そうなれば自国産の価値が下がり農家は苦しいとなりやる人が減った
そもそも農業は手間のかかるものなのである
だからそこで60歳以上とかの人がしているがだんだんできなくなる
それで耕作放棄地が膨大に増えた
この辺では原発事故以後に荒地が膨大に増えた、もともと後継者がいない、老人がしていたがそれも原発事故であきらめた結果、耕作放棄地が増えた

それで人手がたりないので外国人労働者を安く雇って継続していた
それがコロナウィルスで外国人も雇えないとなると誰がするのか?
そこでコロナウィルスで大量に仕事を失った人たちがいる
その人たちを雇えばいいとなった
つまりこのコロナウィルスでエンタ―テ―ナメント関係者、芸能関係者とか水商売と飲食業が大打撃になったからである
でもそういう人たちが農業に簡単に転換できるのかとなると疑問である
ただ農家に賃金労働者としてやればできる、でも給料となると自給いくらかとなり安くなる,労働もきついからそれをやれるのかとなり疑問になる

でもこういう場合もう仕事がなくなれば食べるために仕方なくそういう仕事でも必死にやらざるえありくなるかもしれない、ということは逆に農業の新興にはいいことだとなる
だから何が有利に不利になるか人間社会はわからないのである
ここでそういう失業した人たちが農業でも地方へ向かうようになるかもしれない
すると原発避難区域などは荒地が膨大に広がっているし肝心の人すら住んでいないのだから入り安いのである、つまり未開の地のようになっているからだ
そこで自由に利用してくださいとなるからだ
別に北海道のように木を切って農地にするのではない、すでに農地としてあるからだ

人間はつくづく何になるかわからない、不幸となった原因が幸福につながり幸福を作りだしたのが不幸になる、そういうことが常にある
だから必ずしも原発事故周辺でも不利なことばかりとはならない
その不利なことがコロナウィルスのようなもので有利なものとなってゆくこともある
今は農家にとって外国人を雇うより日本人を雇えるチャンスになったのである

これもカルマなのかと思う、ヨ−ロッパはアジアや南米に侵略した
そこでウィルスを感染させて根絶やしのような状態にした
今度はコロナウィルスが中国から生まれて欧米とかが被害にあう
これもカルマなのかとなる、因果応報なのかとなる
意外と欧米の方がコロナウィルスには打撃だったからである
だから今回はコロナウィルスによって世界の力関係も変わる
欧米は衰退してかえって発生源になった中国の力が増大するというのもそうである
それが明確にコロナウィルスによって現れたのである
それもカルマだったのかとなる   

だからコロナウィルスの不思議は社会でも国際関係でも大きな変化が起きて来る
グローバル経済でも今までのようにはならない
自国第一主義となる、それはそういう傾向があったのだからますますそうなる
それが全部悪い方に変化するともならない、社会を正規の状態に戻すという働きともなるそれで日本は再び鎖国しろという極端な意見もでてくる
鎖国は何かマイナスばかりが指摘されるが逆に300年間世界と交わらずかえって平和でありえた世界史ではまれなことだった
貧乏であっても平和だ第一である、それを証明したのが第二次世界大戦であり膨大な人が死んだからである
つまり貿易を自由化しても必ず貿易摩擦が起きてまた戦争のような状態になるからだ
適度な貿易であればいいが他国に食料まで依存することは危険なのである
急所をにぎられると同じであるからだ
だから今回のコロナウィルスでも食料を外国では輸出しないとなる
自国優先になる、そういうことは予想されたとしても日本では真剣に考えなかったのである

コロナウィルスがある程度収束しても世界情勢と社会は変わっている
だからそうした変わった社会に適応するほか生きていけなくなる
農業が嫌だとしても仕事がなくなればやらざるをえない、戦後焼野原になったとき引揚者が仕事がないので不便な土地に開墾に入り農業をしたようになる
そこで半分は生計がたたずやめたとしてもそうならざるをえないともなる
結局歓楽街の灯は消えても食料の方が大事だとされてしまうのである

posted by 老鶯 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月08日

コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか? (原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


コロナウィルスで東京から地方へ人の移動がはじまるのか?

(原発避難区域は土地が広く空いているので移り住みやすい)


変なんだけど飯館村はもう田畑は利用されていない、そこの住民は住んでいない
ただこじんまりした平屋の新しい家を建てた、それは援助があり建てないと損だとして建てた、でも人は住んでいないのである、だから別荘だとしている
学校がはじまったとしても子供の親は住んでいない、他から通わせているのである
二割くらいは帰って住んでいるとしても広大な土地が利用されていない
するとそこを誰が利用するのかとなる
までい館の案内所も外部から来た人であった
他でも外部から來る人が結構いる、なぜなら肝心のそこに住んでいた住民がいなくなったからである、別荘にきて畑で野菜作りに来ている人がいるという
何かそれも補償金で他に家を建てて別荘にくるというのも贅沢だとはなる
それだけの補償金が入った人が結構いるからだとなる

だからこうして人すら住んでいないとなると外部から來る人はそこが住みやすくなる
なぜなら田舎は人間関係が濃密だから入りにくいからだ
そういう人間関係のわずらわしさもない、そこが無人の地だったら自由に活用してくださいとなる、一種のフロンティアに未開の地に入るようになる
そこには縛られる人間関係はないのである、北海道とにたような状況になる
そこちはアイヌにしても新天地となって移住してきた、その生活は厳しいのもであっても明治維新で侍だった人たちが新天地として移住した
それはアメリカに移住してきたヨ−ロッパの人たちもそうである
それで新天地としてホイットマンの詩が生れたのである

今回のコロナウィルス騒動でも社会を変える世界を変えることの驚きである
第二次世界大戦なみの変化だという人もいる、国際関係も変わる
アメリカは衰退して日米同盟、安保条約も維持できないとも言われる
ヨ−ロッパは明らかに衰退する、EUは維持できない、崩壊する
それでロシアが勢力を伸ばすとしている、その兆候はすでにあった

いづれにしろコロナウィルスが社会を変えるというとき何かその前にそういう兆候があった、それがコロナウィルスで加速されたのである
東京一極集中は限界になっていた、だから首都移転が言われたが実行されなかった
でもコロナウィルスで真剣に考えて実行しなければならなくなるかもしれない
東京から地方に脱出しているのもそうである
何か島根とか鳥取とか岩手県が感染者が出てないので注目されている
島根鳥取は最も過疎地域なのである、だからこれも不思議だとなる

人間社会には何か逆転がある、人生でもそうである、何か不利なことが有利になる
有利なことが不利になる、大都会は東京でも有利なものとして働き人口が集中した
それがコロナウィルスで逆転した、東京は最も不利な状態になっている
そして意外と会社に直接行かなくても通勤しなくてもテレワークも使えるとして
わざわざ満員電車にもまれて行く必要もないと気づいた人たちもいる
つまりもしテレワークでも会社に行かずとも仕事ができるとなると地方でも田舎でも仕事ができるとなる、そうなると東京に住むということにこだわる必要もない
そうしたら地方で田舎に住んで仕事をして暮らせるともなる
そういう人たちIT関係ですでに実践している人たちがいる
つまりテレワークとかITの発達はどこに住んでも不利にならないのである
田舎でも今はそのインフラが普及している、アマゾンでも買い物はできるから不便はないのである
それで一週間に一回は一応東京でも会社に集まるとかする
そういうし働き方がITで可能になる

deseinとはseinを否定した意味である、deは否定である、つまりこれまであるものを否定して新しいものを作ることである
sein22.jpg
すると飯館村のようなまたは原発避難区域などは家も土地も格安でありそこで悠々と住んだ方がいいというふうに考え方が変わるかもしれない、そこで農業をするにしても
収入は別にあるからいいとなる、農業だけでは今は収入にするのは無理だからである
ただ今回のコロナウィルスでは農業も注目される、農業の大事さが東京の人たちにも実感される、なぜなら外国から食料が入らなくなる
外国ではじこくを優先して食料の輸出を制限したからである
こういう事態になることは前々から予想されていたのである
でも東京の人たちは日本の食料が入らなくても外国から輸入すればいいとなっていた
高い食料はいらないとしていたのである
そういうことでも変化する、やはり食料は地産地消が理にあっているのだ

ともかく人間社会の変化でも自然の影響が大きい、原発も津波で崩壊したとかあり
自然の影響で社会自体が変わる、人間だけでは大きな変革はできないのである
人間よりもっと大きな力が自然なのである、それに逆らうことはどんなに科学技術が発達してもできない、むしろその科学技術すら自然の前に破壊される
人間の科学技術が自然を破壊することはないという、自然はもっと大きなものでありごついものだというときそうなのかとも思う
それを武田邦彦氏は盛んに言っている、だから温暖化はないのだという
つまり自然は人間がイメージするよりもっと大きなものであり自然を人間の力では壊せないという、人間は何か科学技術とかを過信してそうなっている
それが錯覚を与えている、人間は依然として自然の前に小さなものだということなのである
posted by 老鶯 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月07日

自由社会は安全に弱い、自由はアナキーにもなる (津浪、原発事故、コロナウィルスの対処)


自由社会は安全に弱い、自由はアナキーにもなる

(津浪、原発事故、コロナウィルスの対処)


自由社会をみんな望んでいる、だからこそ共産主義より資本主義の自由競争社会がいいとなった
でも人間は何でも自由になりえない、人間はそもそも住む場所でも地域でも限定される
その場その場で与えられた場所で生活してきた
それは地域から国から国家からと大きくなってもそうした地理の制約に限定されて生きざるをえなかった、それが宿命だったとなる
人間は住む場所でも制約されているし生きる時間も限られている
その限定された中でアイディンティティを見出して生きてきた
人間には無限の自由はありえない、むしろ制約された限定された中で精神も形成される
だからグロ−バル経済という時、もう限定されていない、制約のない社会なのである

それで皮肉なのはなぜ共産主義国家の中国が破綻する破綻するといってもしないのか?

それは国家統制があり強権でもって株式でも操作するからだとしている
共産主義には自由がないとしても利点もある
自由資本主義になるとそれはアナーキーになり統制できない世界になる
それで資本主義では必ずバブルや恐慌が来たりして制御できなくなる
自由主義といっても自由にしていたら経済も破綻する

つまり人間社会は無限の自由などはない、どこかで制約される
自由資本主義の問題はそれがアナーキーになることでありまた逆に自由が行きすぎると制御できなくなるり一党独裁とかになり最も強権な政府ができる
その自由と制約のバランスをとることがむずかしいのである
無国籍人間とかが現代では普通に言われるけどその人の安全は誰も保証しない
保証するのは国があるからこそであり外国に行けばそのことが痛いほどわかる
どこの国にも所属していなかったら外国で殺されても誰も見向きもしない、金も盗られてもそうだし安全は全く保証されない、そうしたらとても外国など旅行できないのである
中国は経済が破綻すると言っても実際は破綻しない
かえってアメリカが破綻すると言われるのは自由資本主義の結果として極端な格差社会になり数パーセントの人たちが富を独り占めする
つまり自由とはそうした異常な富の偏重でもそれは自由競争の結果であり正当だとされてしまうのである

そして津浪、原発事故、コロナウィルスで経験してきたことは「安全」の問題である
この安全がないがしろにされるのがまた自由資本主義社会である
なぜなら資本主義社会では利益にならないものは無視されるからだ
それでワクチン開発は金にならないとして日本では遅れたという時もそうである
製薬会社では薬の開発に莫大な金がかかるから利益にならないとしたらやらないからだ
でも今回のように安全を計るならその資金は国が提供すべきだとなる

それは原発でもそうだった、「安全神話」を権力で作り上げて絶対の安全を計ったようでもそれは権力で作ったものであり安全ではなかった
数十メートルの津波が来ると東電の科学部門で割り出して警告していた
そのとき防潮堤を作らなかったのは安全は金にならないからである
安全はどこでも金にならない、利益第一にする会社ではどうしてしも安全はおろそかになる、そこにやはり国が関与して安全を計る、それが国の務めだとなる
つまり自由資本主義社会でも国が安全を計る役目がある
みんな自由勝手にすることはできない、ただそこで矛盾なのは自由な経済活動が制約されると経済も停滞する
そのバランスがむずかしいのである

ともかく人間は歴史でも何でも自由には生きられなかった、生きる場所も限定されていた関所があり生活する場は限定されていた、その制約された中で生活して精神的アイディンティティを作り生きてきたのである、それが人間の宿命だとなっていた
もちろん外との交流とかは必要である、貿易でも必要である
ただそれがグロ−バルに世界的に拡大しすぎたのである、そして自らよってたつ場が見失われた
どうしても自由を求めるにしても必ず制約されるのが人間である
人間が定着して生きることは制約された中で生きるということである
経済でも何か無限の自由を地球に求めた、国境も民族もないということになり国際資本とか多国籍企業が地球を所有するようになる、そんな障壁は必要ないとして風土と歴史の中で築かれた社会をアイディンティティを壊してしまったのである

それを加速させたのが科学技術だった、それは何か危険なものだった
原子力でも核でも危険なものだった、でもそこにタブーはなくなっていた
科学にも制約はない、自由にやればいいとなり巨大な災いをもたらしたのだ
科学技術だってなんらか制限される必要もあった、科学技術も諸刃の剣なのである
遺伝子組み換えとかも危険なのである
それによって人間そのものが生存が危機にさらされるとしても科学技術は万能を追及するのである、でも絶対に万能にはなりえない、万能なのは全能なのは神しかありえない
人間の知恵で作った文明でもそれも遂には原発事故のようになり甚大な禍根を残して終わる、そこに人間の限界がある

コロナウィルスにしてもウィルスにしても人間がそれに対抗するにもできない
必ず新種のウィルスが10年くらいの間隔で現れる、それでまたワクチンの開発が強いられる、でも新種が生まれるからそれに対応できないのである
こうして人間はいたちごっこのようなことを永遠にしているのかとなる
結局人間の問題は永遠に人間で解決しないともなるのである

posted by 老鶯 at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月06日

コロナウィルスで食料危機 (外国から食料が入ってこない)


コロナウィルスで食料危機

(外国から食料が入ってこない)


新型コロナウイルスの感染が世界規模で広がる中、世界の食料貿易に影響が出始めた。
大規模な移動規制や物流混乱の広がりを受け、一部の国が小麦や米などで輸出制限措置を導入した。
穀類の国際相場は上昇基調になっており、緊急時に自国の食料をどう確保するかが問われそうだ。

露が先行 小麦や米 国際相場 上昇基調

 米や小麦、食用油などの基礎的食品の輸出を差し止める動きが出始めたのは3月半ばから。
国連食糧農業機関(FAO)が発行するオンライン穀物情報誌MNR最新号の「食料輸出制限情報」によると、ロシアとセルビアが先行し、下旬になってベトナム、カザフスタンなどが追随した。

 ロイター通信などによると、世界最大の小麦輸出国のロシアは国内供給を優先し、4〜6月の穀物輸出量に制限を設けた。
通常は無制限だが、上限を700万トン(前年同時期の輸出実績は約720万トン)に設定。
既に穀物加工品などは停止し、輸出業者は一層の規制強化を懸念している。



ほらね、こうなるのは目に見えていた。
日本は大豆をほとんど輸入に頼っている。
醤油、豆腐、納豆はほとんど入手困難になる。
小麦も入らなくなったら、もうおしまい。
日本は完全に終わる。
古米、古古米を食うしか無くなる。


使ってなかった農地をいきなり使える訳ないだろ……
そして日本はそんなに農地は多くない

福島産を散々罵倒した東京の連中は少し痛い目見ろ

休耕地をマトモに作物育つようにするには数年かかる
その間売れる物は何も作れないから収入がない
誰がやるの?

こういうのも全部「今のうち」なだけだし、どこかが輸出制限したら他のとこから買うわけで結果高騰する(もう始まってる)

家庭菜園は土の処理がめんどくさくて手が出せないわ
室内でカイワレ大根やってみるかな

ビル壊して農業だね
失業者が多数になるし
国民全員農民になればいい
自給率が一番低い日本が終わるわ
ITも一番遅れてる示唆

安部とあきえに潰された日本
馬鹿みたいな五輪やカジノや
観光に金使って、世界中に日本の金ばら蒔いて国民には渋る金出さない

自分の座を守るため株価つりあげたり、残ったものは借金と食糧難

「心配するような世界的な食糧危機など起こらないから国内農業潰してもヘーキヘーキw」

起きたぞどーすんの?
農業従事者の殆どが65歳以上だ
名うての老人キラー、コロナウイルスが彼らを一掃すれば今年中に飢餓が始まるぞ

穀物以外の農家と漁師は、外国人の労働力に依存してるところが多いから、
コロナで外国人労働者が帰って戻ってこなくなると、生産能力はガタ落ちだろう

食糧難になると真っ先に東京が陥落する
戦後のように闇市もありえる話
白い粉も小麦粉になる

国会議事堂前

ちなみにいつもならレジまで混んでも4〜5人程度なんだけど、今日は10人以上並んでた
これで非常事態宣言とか出たら、買い物客が殺到してスーパーに食料品がなくなるわ
安倍・小池、その辺良く考えて言葉を発しろや

鳥肉や豚肉も無くなると思うよ
鳥や豚や牛の飼料が輸入だからね!
野菜も肥料が輸入だから昔の様に糞尿を撒くしかないよね 

米作も農薬は輸入だからなー
農薬を使わないと害虫にかなりやられて不作になりそう!
後、トラクターや田植え機は軽油やガソリンで動くから石油の輸入が止まれば手作業での米作は大変で量も取れないと思うよ

因って日本人は半分は餓死かな?

地産地消最高 


5chをコロナウィルスのことで読んだ、前からこういうことで私はグロ−バル経済批判していた
東京でも食料が外国から入るからいいとか日本の地方とか農家はいらないとか言っていたからだ
それがあまりにも傲慢なことだった、外国頼りにしていたら今回のように食料が入らなくなる                      

その時東京はどうするのか?

東京ではすでに品物がスーパーが消えてパニックになるとかある
首都閉鎖になったからまず食料確保が最優先される、しかし外国からは入ってこないのである
だからなんかこのコロナウィルスの不思議は今までの社会の在り方を変える作用をしている
観光とか飲食業とか歓楽街とか何かライブハウスとか芸能関係にも被害が大きい
南相馬市で渋谷LOFT HEAVEN(ロフトヘブン)に行った女性が感染した
その女性はすぐ近くだったのである
このライブハウスから感染する人が多い、そこは密閉した狭い空間だからである

それから東京では港区とか上級国民の富裕層が住む地域に感染者が多いとか分析しているその人たちは飲み歩き遊んでいるからだという、そこで濃厚接触しているからだという
そうした大きな歓楽街は都会にある、それで仙台の国分町でも困っている
ただ観光系とかでもバス会社の人が仕事がなくなったとyoutubeで訴えていた
これは同情する、なぜなら観光バスで稼いで路線バスを運営しているというからだ
つまり路線バスだけでは成り立たないからである
でも地元の人にとって日常利用する路線バスは必要なのである

このコロナウィルスによって世界でも社会でも変わる
それはみんな悪いとはならない、そもそもグロ−バル経済というのは一見いいようでも
それが過剰化して本来の人間の生活からかけ離れたものとなっていたからだ
本当は池産地消が本来の人間の生活の基本なのである
ただこれだけ交通が発達したのだからある程度の広域化はやむをえない、それが外国まで広がったことが問題だったのである
だからこういうとき外国から食料は入ってこないとなるから地元で生産して消費するということが見直される

つまり何かあれば外国では食料は輸出しないのである
自国の方が優先するからである、それは当然なのである
でもそういうことを考慮せずにグロ−バル化が極限まで進展していたのである
結局グロ−バル化の行き着く先は中国の大国の世界支配に通じていた
それでアメリカがその利益を独占していたが今度は中国が変わって一帯一路で世界支配を拡大したとなる

グロ−バル化は別に公平な経済の原理で機能しない、そこに信じられない格差を生むのである、アメリカ自体の格差はもう異常である、数パーセントの富裕層が独占する
中国よりひどいということはアメリカはそうしてもう国を運営できなくなる
今回のコロナウィルスでも保険が馬鹿高いから貧困層は医者にみてもらえず死んでゆくとなる、それはコロナウィルスになったからではない、前からそうだったのである
まともに金がかかるから医者に診てもらうこともできなかった
その点日本の保険が平等だから優れていたとはなる

いづれにしろコロナウィルスが社会を世界を変える
それが全部悪い方に作用するともならない、一時的には犠牲者がでる
でも社会の変革をうながす面もある
だから何か農業とか見直されるかもしれない、誰もやりたくないとなっているがもう仕事がない人があぶれたら戦後に引揚者が農業するために不便な土地に入り開墾するようになった、それは仕事がないからである
それは過酷でもそうするほかなかったのである

だからコロナウィルスで仕事を失ったり東京に住むことは危険だとなり命にかかわるとかなれば地方へ田舎へとにかく食料を確保する場所に人が移動することもありうる
すると原発避難区域などは荒地になっているから入り安いとはなる
ただそれは農業するだけとは限らない、現代はどうしても農業だけとはならないからだ
でも地方へ田舎へ人が都会から東京から逆流することもありうる
それをうながしたのがコロナウィルスだったとなるかもしれない
何かこれもカルマだったのかとなる

福島産を散々罵倒した東京の連中は少し痛い目見ろ

福島では原発事故で散々な目にあった、その放射性物質の汚染地域でも食べられなくなったらそこで農業して食料を作り食べざるを得なくなる
それが東京都民のカルマだったとかともなるのか?
とにかく未来は何が起きるのかわからない、一寸先は闇だった
自分の一身上にも次々に対処できない病気、認知症とかで介護になり次は津波原発事故とか災難の連続だったのである
そして今度はコロナウィルス騒動になった

必ず人間社会には70年周期くらいで大きな変化が起きる
明治維新から70年で第二次世界大戦があった
そこで日本人は3百万人死んだのである、そして焼野原から高度成長時代がありこれまでは比較的平和だったのである
それが70年過ぎて大きな変革の時代になった
世界的にももうグロ−バル経済とかは元にもどらないだろう
それは悪いことばかりではない、経済でも正常化することにもなる

ただ本当に未来はどうなるかわからない、思わぬ意外な結果となってゆく
第一今年がコロナウィルスのことを予想した人がいるのかとなるからだ
何か2020年は変わり目で大きな災いが起きることは予想していた
でもそれがコロナウィルスだと予想した人がいたのか?
だから未来は誰も予想できないし予想できないことが起きるのである



国会議事堂前

国花議事堂前で畑にして野菜を作っていたことは驚き
戦後は食料がなくて食料第一になりこうなった
posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月05日

南相馬市のコロナウィルスの感染者の情報混乱 (感染源は東京のライブハウスに行った35歳の女性)


南相馬市のコロナウィルスの感染者の情報混乱

(感染源は東京のライブハウスに行った35歳の女性)

minpoucolo11.jpg

livehouse1111.jpg

somavirus1.jpg

この情報が混乱した、最初の情報が間違っていた

50代の男性が東京のライブハウスに行って感染した

実際は

50代の娘の35歳の女性が東京のライブハウスに行って感染した

そこから家族に二次感染したのである

最初聞いた時、なぜ50代の男性が東京のライブハウスなどに行くのかと疑った
おかしいと思ったが実際に行ったのはその人は父親であり娘が東京に行って感染したのである

そのことを昨日しきりに土地の情報通の女性が言っていたからだ
それは私の家からも街内からでもすぐ近くの家だったからだ
だからそれを伝えた女性のいうことは間違いではなかった
でも何か民友新聞の情報の方を私は信用した
どうしてもなぜ50代の男性が東京のライブハウスに行くことが信じられなかった
これは正確な報道ではなかったのだ
新聞でも間違って不正確な報道でも伝えると思った

近くの人の言う情報の方が正しかった!

ただこれは噂とかなり私は信用できないとも思った

確かなことは南相馬市の鹿島区内でありすぐ近くでありその感染源となったのは東京のライブハウスに常磐高速を使い車で行った

そしてその女性の家族にうつした、その家族は外から移住してきた
原発避難民であり新しく家を建てた家族の一員である
それで遊びに行っていたとなる
だから予想したことはある程度はあたっていたのである

ともかく新聞でも間違ったフェクニュースを流すときがある、それは裏がとれないということである
だからかえって地元の人が詳しいとなることがある
でもまた地元の人も噂に左右される
また勝手にデマを流す人もいるから情報が混乱するのである

東京のライブハウスに行った南相馬市の50代の男性が感染した!

このことが情報の混乱をまねいた、50代の男性の娘の35歳の女性が東京のライブハウスに常磐高速を利用して東京で感染してその父親と母親と20代の弟に感染させたのであるこれなら納得がいくのである

いづれにしろ感染経路はわかったし二次感染も判明している
そこでおさえれば広がらないということがある
でも外から来て住んだ原発避難者ということで問題になる
金があり暇があり東京まで遊びに行っていたのかとなる
それにしても前も東京のライブハウスが感染源になっていた
結構遠くから集まる、音楽は生の迫力にはかなわない
それで東京まで行ったのである


コロナウィルスの情報が混乱する
放射線についてもそうだった、低放射線はかえって体にいいとかなんとかいろいろなことが言われた
今回もコロナウィルスの正体がわからないからいろいろいう
専門家でも言うことが別れる
だから正しい情報を事実を知ることもむずかしくなる
そしてこういうときはフェクニュースでもどうしても信じてしまう
それは判別できないからである
情報が錯綜するからである、そして誰を信じていいかもわからなくなる
御用学者もいるから何を指標にしていいのかわからなくなる


posted by 老鶯 at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月04日

南相馬市のコロナウィルス感染者はすぐ近くの人


南相馬市のコロナウィルス感染者はすぐ近くの人

colonamao33.jpg


colonamap1111.jpg

感染経路不明者が多くなると危険になる

田舎だと感染者が特定するとその交友関係が追求できる

大都会になると群衆とかにまぎれわからなくなる

それで増えてしまうことがある


福島県で新型コロナ感染「9人目」 南相馬30代女性、二次感染か
2020年04月04日 08時00分 

県は3日、新たに南相馬市に住む30代の会社員女性の新型コロナウイルス感染を確認したと発表した。女性は1日に感染が確認された同市に住む50代の無職男性と習い事教室で一緒になり、濃厚接触者に当たるとされていた。女性は軽症で、入院する予定。二次感染の疑いがある。県内の感染者は計9人となった。


50代の人が東京のライブハウスに行って習い事している仲間だった35歳の女性にうつした、その女性はすぐ近くの人だったこと驚いた
前にコンビニの前ロードに乗っている若い女性がいた、その人の住んでいる場所が感染者を出した所である
するとその女性が感染したのかとなる、これが田舎なのである
地域は明らかにしていないが今日聞いたからその場所であるこことは間違いないだろう
そんなに身近なのかと驚いた
それで一時スーパーシシドが閉鎖したという
どうしてもスーパーには行くしコンビニとかにも行く、そこでの感染が怖いというのもわかる
今日スーパーシシドに行ったらマスクしている人が多かった、警戒するようになった

コロナウィルスは交通と密接に関係している、交通の盛んな場所から拡散してゆく
だから東京は日本で一番交通が人の行き来がある場所だからそこから全国に拡散する
東北では仙台市が一番危険であり現実に仙台市から秋田の方に拡散したからだ
浜通りの相馬市とか南相馬市は行き来が頻繁である
特に常磐高速道路ができたとき一層交流が頻繁になった
私のユニットバスを百万で作ったのも仙台の会社だったからである 
50代の男性も常磐高速を利用したのかもしれない、それで母親にもうつした
その50代の人が感染源となり拡散されることが怖いとなる

それと復興したと感じた常磐線全線開通にコロナウィルスが水をさした
東京直通であるからどうしても東京とかかわるから乗りにくいとなる
また東京からも人が来るから困るのである
ただ車社会になるとどうしても常磐高速のように高速道路を利用する人が増える
車だと電車のようには人が乗り合わせないので感染しないが東京に行ったということで感染したのである

会津の明治のコレラの伝染が陸路で会津若松市に集中してそれで交通のあまり交流がない交通がない田島の方に広がった、そして桧枝岐(ひのえまた)は交通が閉ざされた場所だったから被害が全くなかったのである
交通度合いに比例してコロナウィルスの感染者が増えることは間違えないのである
だから南相馬市とか相馬市では仙台からの感染者が一番注意すべきだとなる

やはり東京都知事が注意したように若者が警戒せず出歩き集まりそれが感染を増やす結果となった、
そして一旦感染者になると田舎では針の筵(むしろ)に座らせられたようになる
みんなが注目していじめにもなる、つまり田舎では隠せないからである
東京のように人口でも規模も大きすぎるともう隠してもわからない、だから症状が出たからと病院に行って検査している人もいるがいない人も多い、どれだけの人が東京では感染しているかわからない
あれだけの人口密集地帯なのだからもう感染はとめることができない

もうすでに相当数に広がっている、発表した10倍以上広がっているかもしれない
東京のようなところでは感染者を見出すこと自体むずかしいからだ
ただそれが全国に拡散するから東京だけの問題ではない
それで東京封鎖が言われた、でもこれは不可能だとしている
つまり東京封鎖とか都市の封鎖が言われるのはコロナウィルスがその都市中心に拡散するからである
それは福島県でも会津若松市に集中して拡散したからである
東北だと仙台から一番拡散しやすいのである、そこが交通の要になっているからだ
だから仙台市に行くのが危険だとなってしまう
花見すらできなくなっているのも淋しいとなる

とにかく50代の男性から感染した35歳の女性は発熱症状が出た、でもそういうことは風でもあるから判別しにくい
検査しにくいから福島医大に送られた、それは感染経路が50代の男性が感染したことがわかっていてその径路をたどって習い事仲間として接触していたので医者にみてもらうようになった
つまりウィルスでは感染経路が極めて大事になる、その径路をたどると隔離するとか感染をとめることができる
でもすでに感染経路がわからないのが多くなっているからこれも危険なのである
まず東京はあれだけ人が多いのだから交流があるのだから感染経路などわからなくなっている
するとこれから爆発的に感染者が増えて来るのか心配になる

posted by 老鶯 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年04月02日

南相馬市50歳の男性が東京のライブハウスでコロナウィルスに感染 (東京から拡散するのが早いから注意)


南相馬市50歳の男性が東京のライブハウスでコロナウィルスに感染

(東京から拡散するのが早いから注意)

2020年3月14日(土)より常磐線全線が運転再開、特急「ひたち」の仙台〜上野・品川間直通が開始されます。

南相馬市50歳

3月20日に東京都内のライブハウスに行っているようです。

南相馬市で一人コロナウィルスの感染者出た、これを知って身近だなと思った
そして広がるのが早いなとも思った
仙台市から秋田に広がったのもわかる、仙台市からせ広がり安いからだ
それで何かここも不安になった、仙台との交流が頻繁だからである
何か原発事故で双葉ー大熊ー富岡が不通になったとき仙台には行っていて南相馬市とか相馬市とかは不便を感じないのである                  

もし南相馬市から仙台方面が不通になると不便を感じる
それで仙台行きが下りになっていたのが違和感があった
仙台が東北の中心であり上りという感覚になっていた
第一いわき市方面にはここからあまり行かないからである
ただ東京に行くときは特急「ひたち」を利用することになっていた
だからそれにはもう若い時から東京に行くのに乗っていた
その時は上りだと感じていたのである
ただ私はもう十年以上東京には行っていないのである

この感染した人が東京のライブハウスに行っていた、常磐線全線開通したのが3月14日であり3月20日に行っている、だから全線開通した特急「ひたち」を利用して東京に行ったのだと思う
私も特急「ひたち」で東京に行きたいとも思うからである
他でもこのライブハウスに地方から行った人が感染している

東京から感染して拡散される

そして拡散するスピードが早いのである

仙台市から秋田へ拡散したり東京から青森とかに拡散したりするのは新幹線が通っているからだ、山形県から秋田の方にも新幹線が通っている
それは従来のレールを使うにしてもやはり通っていて早いのである
現代はこれだけ交通が発達していると人が高速に移動している
だからたちまち遠くに人が移動して拡散する
それも世界だと飛行機で世界中にたちまちに拡散するのである
つまりコロナウィルスでも直通で遠くまで結ばれて拡散する

とにかく地方だと田舎だと一人で感染者が出ても衝撃である
それで周りで話題になる

誰なんだ、どこに住んでいるんだ、どうして東京まで行ったんだとか
噂でももちきりになる、だから市では名前を出さないのもわかる
もう田舎だといたたまれなくなることは確かだからだ
自分自身も何か隣の人が感染したようにすら思えた
それだこけ東京とか大都市と田舎の感覚は違うのである

だからこそ東京の人が地方に田舎に来ることは拒まれる、東京だと広いから特定できない田舎だとすぐに特定される、南相馬市は6万くらいにしてもそうである

ただ南相馬市のどこに住んでいたのか?     

小高区なのか?原町区なのか?鹿島区なのか?

これによって相当に感じ方も違ってくる、どういう人なのわからないけど「無職」となっていることも気にかかる
なぜならこの辺では原発避難民が今は仮設に住んでいないにしろ復興住宅などでかなりの数が移り住んでいるからだ
だから知らない人たちが二三割移り住んでいる  
そして原発避難民は補償金をかなりもらっていて仕事もしていないのが多いのである
それはもう十年過ぎてもそうなのである、むしろもう働かないで補償金で暮らしていこうとしている人たちも多い、60代くらいになればそうなる
それで年金十万を補償金として東電で国で出すべきだとして要求したからである
だからもしかしたらこの人は原発避難民なのかとも思う

ともかくコロナウィルスが伝染する広がることはこれだけ交通が発達しているのだから早い、でもまだ危機感がたりないことは確かである
何かいろいろ言うから放射線と同じく判断しにくいのである
でも自分の住んでいる場所で感染者が出たことは本当に驚いたしこの辺では危機感をもつようになる
日本全体でまだまだ危機感がたりないことは確かである
たいしたことないとみている、またそんなに怖いものではないとも見ている
でも地方では田舎では大都市で感じるのとは違う

いづれにしろ東京からコロナウィルスは早いスピードで伝染する!

だから東京閉鎖も必要なのかとも思った、それに近い措置も必要である
そこで経済的混乱が生じるからできないというのもわかる

でも一人でも身近に感染者出ると変わる

危機感が出てくる、もしもっと死ぬ人が増えて身近でも死んだりしたら地方だと大都市より敏感でありパニックになりやすいと思った
何か疑心暗鬼になる、田舎の人間関係は濃密だからそうなりやすいのである
それが大都市との違いでありだから感染した人は針の筵(むしろ)に座るようにもなるのである
結局村八分のようにされてしまうのである、それが田舎の怖い所なのである


posted by 老鶯 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスに強い国は先進国の小国 (管理しやすくなるから?ーグロ−バル経済はもう管理できない)


コロナウィルスに強い国は先進国の小国

(管理しやすくなるから?ーグロ−バル経済はもう管理できない)

南相馬市でも東京のライブハウスに行った50歳の人が感染


そもそも感染経路追ってる国ってどんくらいあるの?

なんか昨日の専門家会議の会見だどほぼ無いみたいね
欧州も米国もやってない

シンガポールは国土の狭さと独裁国家故の徹底管理が吉と出たよな


シンガポールとか香港とかは台湾はコロナウィルスにうまく対処している
それができるのは一応医療体制が整っているし先進国だからなのか
それはやはり小国になると人も管理しやすい、それと台湾だと水際作戦ができる
空港でも検査を徹底して管理できる
第一感染経路を追えるということは小さな国でしかできないだろう
まず中国とかアメリカとなるともう国自体大きいからできないのである
日本はなんとかできるという範囲にある
つまり国が余りにも大きいと何でも管理できなくなる

だから何か今回のコロナウィルスの不思議を追及ししてきたけど国境とか江戸時代なら
関所が見直されたことである
そんなものグロ−バル経済で無くせとなっていた、それでグロ−バル経済とは国家とか民族とかも障害になるからなくせ、ただグローバルの多国籍企業が活動しやすいようにしろとなっていた
それがコロナウィルス反作用が起きている、その反作用が現実化している

アメリカ人が新型コロナウイルスを持ち込むとの不安がメキシコで強まり、国境近くの住民たちが検問所を封鎖する事態となっている。

これまでメキシコから命がけでアメリカに越境していたのにこんなこと言うのも驚きだともなる
大陸というのは人間の流入をとめられないのである、だからこそここでも国境の壁を作っている
だから万里の長城も大陸国家だと必然的に生まれた
ヨ−ロッパも大陸国家で陸を通じてつながっている、するとヒトの流れでも遮断できない
またEUでも国境をなくしたからあのように広がったともなる
つまりコロナウィルスではEUは裏目にでたとなる
とにかく大陸だと民族移動も起こりやすい、陸続きだから止められるのないのである
日本は海が障壁となって民族移動をとめた、モンゴルの攻勢も海によってとめられたのである

それからヨ−ロッパとかアメリカでも田舎に避難する人たちが出ている
でも田舎に来るな、コロナウィルスをうつすなと拒否している
日本でも「東京から出るな」コロナウィルスをうつすなと地方では言っている
なにしろ東京から大都会からコロナウィルスは拡散しやすいからである
武漢が閉鎖されたのはそのためである
福島県でも福島市で感染した人も東京から移動した人だとなる
青森などもそうである、だから東京から拡散するから東京閉鎖が言われる

今回のコロナウィルスでは何か今までしたことが問われる
ヒト、モノが世界的にグロ−バルに自由に行き来する、そのことが全面的にいいことだとしてそうなった
それがなぜかその反作用なのか反動がコロナウィルスで起きている
私自身はグロ−バル経済に批判の立場で評論してきた
それは経済面だけではない、人間の心、魂、精神面から批判していた
世界的に自由にヒト、モノか流通することはいいことだというのは一見肯定される
否定はされない、だからますます推進させればいいとなっていた

でも心とか魂と精神面からすると何かそんなグローバルにアイディンティティとか心が通じ合うとか精神が形成されないのである
人間の精神が心が通じ合う範囲は限られているし限られている中で培うのが人間だったからである
だから江戸時代の藩単位などが経済単位でもありそこでその土地に根ざした土着化したものとして精神も形成された

グロ−バル経済の一番の問題はすべてが金で紙幣で換算される世界になったことである
金の力が余りにも強くなりその金を例えば日本の金がゆうちょでも農林中金でも地銀でも日本の年金の金まで何かあやしいCLOにつぎ込まれて奪われるとしている
国際金融資本に日本の貴重な金が奪われる
それは結局グローバル経済化した結果としてそうなったのである
だから投資などにしても世界市場がギャンブル化して国際金融資本家に吸い上げられているとかなたる、つまりそこが胴元になっている巨大なグロ−バルな詐欺だとしている
そこに公平な市場の原理など働かないのである
それができるのはグロ−バル経済というのはそういう仕組みでありシステムがありもう人間がモラルをもって操作することがすでにてきないからである

日本語の「経済」は英語の"economy"の訳語であるが、この語は古典ギリシャ語の οικονομッα(家政術)に由来する[3]。οικοツ は家を意味し、νομοツ は規則・管理を意味する[3]。従って、economyの本来の意味は家庭のやりくりにおける財の扱い方である
                
「経国済民」もしくは「経世済民」の略。 「経国済民」「経世済民」は、国(世)を治め民を救済することを意味し、現代でいう「政治」の意味に近い語である。

こういう経済を全く越脱している、規制管理もてきないのがグロ−バル経済である
民主主義でも一、二万の直接民主主義がギリシャのポリスで始まった
そこはあくまでも人と人が顔を見て通じ合う直接民主主義だったのである
今の規模はもう一千万倍とかなっているからもうそこに民主主義といっても機能しなくなる、すると何をもって規制するのか、それもできない

結局グロ−バル化とは経済的無政府主義でありアナーキーだとなる

ここからしてもう限界だったのである、何か人間の操作する範囲をはるかに逸脱したものでありもう制御不可能なものになっていたのである
だからそこで濡れ手で粟を巨万の富をえる国際金融資本家とかが生まれた
その格差は天文学的になっていたのである、そんな世界が成り立つこと自体そういう人たちは悪魔的だとなっていたのである 

いづれにしろ自分自身が追求してきたことは「相馬郷土史研究」とか「相馬郷土学」とかは地域に根ざしたアイディンティティを求めた
一地域に国に土着して一つの世界観を形成するアイディンティティを求めたのである
それは精神的な面もあるがそのベースに経済がある
ただこの地域でもグロ−バル化はまねがれない、そして原発事故でその肝心のアイディンティティの基となる土や水や森林でも空気まで放射性物質に汚染されて住めなくなった
避難区域がある
これも自分自身が求めたアイディンティティが根本から破壊された
それは科学技術工業社会から起きたことである
つまり科学技術がすべて否定できないにしろ何か行き過ぎがあった
グロ−バル経済というのもすべて否定はできないにしろ行き過ぎがあった
それがコロナウィルスで止められ是正されるのかとなり不思議になったのである
だからコロナウィルスが一時的には犠牲があってもすべて悪いものとして必ずしも作用しないのかと不思議になったのである


posted by 老鶯 at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月30日

原発事故と比較したコロナウィルスの対策 (過剰自粛が社会を破壊するー京都大学の研究)


原発事故と比較したコロナウィルスの対策

(過剰自粛が社会を破壊するー京都大学の研究)

overcontrol1.jpg

overcontrol33344.jpg

overcontrol333.jpg

99%の日本人が知らない自粛要請の罠0政府が決して言わないもう1つのリスクとは?

「京都大学レジリエンス実践ユニット」が「医療崩壊」を回避しつつ、新型コロナウイルスによる「死亡者数」「重症者数」
の抑制を重視すると同時に、その対策による「自殺者増」を含めた社会的経済的
被害も踏まえた上で、長期的な国民的被害の最小化を目指すための対策動画です。
                                      

ここでこれまでのコロナウィルスの症例をみて合理的に判断している
それで自粛をどうするかを説明している

まず症例からみたとき

高齢者(60以上)基礎疾患者が重症化している

60以下は重症化せず軽症で終わる

すると対策として高齢者の集合することや家庭内で濃厚接触を避ける

高齢者は家族でも社会でも隔離する

60以下は特にさらに50以下で基礎疾患がないものは普通に社会活動を維持

過剰な自粛を都市封鎖などしたら社会活動が停止してかえって倒産が増えて社会麻痺するそして自殺者が増える
だから60以下特にさらに50以下の社会活動を極端に停止することは危険である
なぜならそれで都市機能とか首都機能が麻痺するからである
そこでかえって自殺者が出て被害が拡大する

これを原発事故の場合と比べると

過剰な自粛、都市封鎖⇒避難命令⇒ゴーストタウン化⇒復興不可能

この辺は原発事故でそういう過程を経過した、原発が爆発した時恐怖して30キロ内を避難させた
それは政府の強制命令だった、でもそれはあくまでも30キロ内でありそれは補償などは政府で責任をもったのである

もし過剰な自粛とか都市封鎖したら政府で補償する責任をもて!

こう言っているのもわかる、でも東京などは規模が大きすぎるからそれができるのかとなる、原発事故の時は局所的だったから補償でもできた
その補償でももめた、30キロで区切られてその中と外では差が大きくなった
南相馬市でも30キロからはずれると三分の一になりさらに相馬市だとなけなしの金しかもらっていない、補償されたのは30キロないだけである
その補償は本当に手厚かったのである
医療費はもう十年になるのに無料であり高速も無料である
しかし同じ南相馬市なのに鹿島区は医療費無料は打ち切られたのである
この差は本当に大きな差別だったのである

だから補償するにも限度があり政府では公平にはできない

必ず不満なものがでてきて恨みとなる

また本当は避難させるべきだったのは浪江でも実は山側であり海側は0.5マイクロシーベルトとか低くかったのである、だから山側の津島に知らずに避難したが東電社員の人がいて
街の方に避難した方がいいと誘導された、それが正しかったのである
ただ政府ではなんら指示を出さなかったのである

政府の指示決定は重大な結果をもたらす、避難命令を出した結果としてこの辺は大混乱になり自治体は復興できない、ゴーストタウンになり若い世代は帰らなくなり復興できなくなった
今回のコロナウィルスとの相違は放射線は若い世代に遺伝子でも次世代までも被害があるということで若い人たちは故郷を出て帰らなくなった
今回は老人が被害にあう、老人が死ぬのである
放射線は老人は被害がないから関係なかったのである

だから若い世代の活動をとめるべきではないという症例からの分析で指示したことは理解できる
つまりこの辺でもそうだったが確かに放射線の被害も恐怖だった
またコロナウィルスの被害も未知でありどう影響するかわからない
でも社会活動を止めることの方が甚大な影響がある
ゴーストタウン化することが恐怖なのである
だからこの研究報告でそのことを指摘して過剰な自粛よりそれによる被害の方が大きくなるというのは理解できる

だから老人こそが引きこもるべきであり60以下とか50以下は普通に活動すべきだということは妥当な結論なのである
そして学校を休校にしたのは過剰自粛だったという指摘もわかる
子供は感染しても重症化しない、要するに軽い風邪とかで若い世代は終る

とにかくこういうときただ得体のしれない不安のみが増大する

それを合理的科学的に判断したというのは参考になる
つまりパニックになることがかえって怖いのである
もし都市封鎖などしたら食料の奪いあいとかになると殺人までになるから怖い
無政府状態のようになるのも怖いのである

過剰自粛や都市封鎖は慎重すべきだとなる

社会の混乱やパニック状態にすることがかえって被害を拡大する

だからこの報告で老人がひきこもる、家族内でも濃厚接触しないということが
最も合理的なコロナウィルスの対処方法だと見た
なぜなら重症化するのは老人であり死ぬのもそうである
ここに注目して対策する
原発事故では逆であった、若い世代に次世代にも被害が及ぶからその対策も違ったものとなった、結局若い世代は流出して自治体はゴーストタウンになり回復しなくなったのである

ともかく政府の判断とその実行は甚大な影響を及ぼす、それを間違えると多大な犠牲者が出る、でも政府ではそうした犠牲者にすべて補償はできないのである
その判断を誤ると今回は全国的だから政権も転覆することは間違えないのである

この報告は評価できる、テレビは何か不安をあおることが多い
映像でもそうである、スーパーの棚が空になった映像を写すだけでみんな恐怖になり買占めに走るのである
こうして冷静な見方を提供すべきだがテレビは何かエキセントリックに報告して不安をあおるのである
だから今はyoutubeの方を見た方がいいとも思った
ただそこにもいろいろな見方があるので迷うのである
私の場合は原発事故で経験したことがありその対象で判断している
やはり原発事故の対処というのは本当にあとあとまで尾をひく
その判断で実行で取り返しのつかないものとなったからだ
posted by 老鶯 at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスによるとキリスト教カルト教団やイタリアの牧師の死について (集団礼拝は神の意にかなわない)


コロナウィルスによるとキリスト教カルト教団やイタリアの牧師の死について

(集団礼拝は神の意にかなわない)


韓国、新型コロナ集団感染の新興宗教「新天地イエス教会」とは?

イタリア北部で、危篤に陥った新型コロナウイルス感染者らの臨終の際、祝福を与えた司祭少なくとも28人が3月19日までに、ウイルス感染により死亡した。亡くなった司祭の半数以上は80歳を超えている。一方、最も若年の司祭は54歳だった。カトリック系の「CNA通信」などが同日伝えた。


 防護服などは着ません。司祭の正規のガウンで、顔は出したまま、素手で患者の額に触れ、頬に触れ、死に行く人の罪を除き、祝福する・・・。

 宗教者ですから、当然、そのようにします。

 そもそも聖職者自身が高齢者であることが少なくありません。そして、末期の人や死亡直後の遺体に、敬意をもって接することで濃厚接触者となり、かなりの高確率でウイルスに感染してしまう。

 イタリアで神父を感染させる「終油の秘跡」
 

韓国のキリストのカルト教団の教祖がコロナウィルスで集団感染させたことで土下座して謝っていた、その映像を見ると信者が集団で結婚式したり統一教会ともにている
カルト教団の特徴は何か、とにかく数を会員を集めることが最大の目的なのである
信者を集めることではない、どんな人でもいい数を集めることである
創価がその最たるものであり数を集めて一票に結びつける、そして権力を得ることしかない
それはこの韓国のキリスト教カルト団体でも同じである
それは厳格に言えばキリスト教会ですら集団礼拝すると数として多いとまでなる

なぜそれほどまでにして宗教は会員を増やすことを第一とするのか?

数は権力だし数を増やせば会員から金をとれる、そしし教祖としてあがめられる
つまり数でもって社会に誇示するのが目的であり社会はその数にひれふす、民主主義社会では特にそうなる、すべてが数であり一票が政治権力を得ることだから当然そうなる
するとその数がいることで自民党も宗教団体と結託するのである
創価であれ統一教会であれ票として見るのである  

二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:18020)

キリストはこう言っている、それも全く宗教では全くありえないのである

たった二三人なのか? 

そんな数で何の力を得られるのか?

こうなるだげでありそんな団体に社会では見向きもしないのである、政治的経済的にはなんの効果もないからである
だから真実の信者は社会から知られないし全く無視されるのである
イスラム教でも必ず集団礼拝である、それでメッカにおしかけた群衆で将棋倒しのようになり多くの死者が出たりする、これも旧態依然として変わらないからイスラム圏は世界から遅れをとったのである
宗教と政治の分離、政教分離ができていないのである

宗教と政治、宗教と経済、宗教と科学とかは常に問題にされてきた
今回のコロナウィルスでもそうである、イタリアはカトリックであり牧師が50人とか死んでいる、その牧師が宗教儀礼で濃厚接触して伝染させたとしている
だからここでも宗教と科学の問題が再燃したのである
コロナウィルスを恐れずにバチカンが患者に接することを強要したのである
それで犠牲になっても神の意にかなうとした、殉教だともした
でも実際は伝染を広めたのである

宗教と科学の問題はこれだけ科学が発達しても消えないのはそもそも人間がいくら科学が発達してもこの世の事のすべてに通じることができないからである
それで原発事故になって放射線で苦しめられたりコロナウィルスも不明でありどう対処していいとかわからないからである
そうなると宗教に依然として頼るとういことがある
何か解決しない問題が依然として人間にある、すると神に頼るのはいいとしても神をある意味で商売にして会員を獲得する教団に入るのである
つまり教団を通じて神仏に頼る、そのことが問題なのである
それでカトリックを牧師を拒否したプロテスタントが生まれたのである
直接に神への信仰を個々人で結びつくものとしてプロテスタントがルターの宗教改革で生まれた、でもカトリックの勢力はその後も世界に継続されたのである

とにかくコロナウィルスが社会にもたらした影響が大きい、社会自体を世界を変えるということで大きいから不思議なのである
それは今はマイナスの方が大きいがプラスとなってゆく面もあるから不思議なのである
つまり社会全般に世界をも変える力があることが不思議なのである
そんなこと普通は人間だけではできないからである

つまり信仰はそれぞれ隔離して神に個々人で祈れ!

こう強いられたのである、家族ですら濃厚接触するから老人は隔離して暮らせともなったからである、家族で祈るより個々人で隔離して祈れとまでなった
これも何なのだろうとなる
とにかくコロナウィルスがもたらしたものはこの隔離することである
それで平安貴族が御簾を介して謁見する、直接接しないのはただ身分を分けるというのではなくウィルスに感染しないための知恵から生まれたというのもそうである
伝染病はそれだけ怖いものとしてすでに認識されていたからだともなる   

集団化密集化が拒否される!

これがコロナウィルスに対処する方法なのである、だから集団礼拝はそれは実は社会に対して威圧するためのものであった、数で社会を威圧して権力を誇示するためのものであった、いわば宗教ファシズムなのである
社会は一人二人は相手にしない、数を集めて抗議すれば相手にするからである
政治家でも一人の一票なと何の関心もないからである
そういうふうに集団化密集化がコロナウィルスで拒否されることになった
第一大都会が東京の密集化こそがコロナウィルスの最大の問題である
東京から日本全国に拡散するから都市封鎖になる、だから東京遷都が再び言われるのもわかる、超過密都市は限界になっていたけど遷都はできなかった
また集団化というとき会社も集団化したものである、それも個々人に分離してテレワークがすすめられるなど通信の発達でできるようにもなる
何かそれがスムーズに変換できなくてもそういう時代の変革をコロナウィルスがうながしていることが不思議なのである

いづれにしろコロナウィルスがもたらしたことは悪いことばかりではない、様々なことで社会に世界を変えることの不思議なのである
まず東日本震災と原発事故を区切りにこの辺ではまるで変ってしまった
その前と後で時代が区切られるようになった
このコロナウィルスでも時代が区切られる、コロナウィルス前とその後では時代が変わってしまうのかとなる
これも天変地異の一種でありそれが局所的ではない、世界に及び世界を変えてしまうというこが不思議なのである


posted by 老鶯 at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月29日

コロナウィルスが変える世界と社会 (それがすべて悪いものとはならない不思議)


コロナウィルスが変える世界と社会

(それがすべて悪いものとはならない不思議)


今回のコロナウィルスはその影響を見る時、それが必ずしも全部が悪い方向に向くとも見えないのだ
確かに小売りの人が窮状を訴えていたし死活問題ということもわかる
その小売りの卸業の人がその商売にしている商品をみせた
その中に中国産の食料が多かった
これが輸入できないと困る、日本産もあるが高くなるから困ると言っていた
外国産に頼るのは価格の問題が大きい
外国産が何でも資材でも安ければ外材でも日本よりはいいとなり日本に本来あったものが活かせないのである
それで農業でも地方が衰退した原因になった
グロ−バル化が実は地方の衰退の大きな原因となっていた

2020年03月29日07時50分


これもどういう事情が正確にわからない、でも若者が東京封鎖があるとなれば実家に帰るすると若者が田舎に地方に帰って活気づくともなる
これも何か東京一極集中超過密都市から脱却する方向に向かうとなる
実家に帰るという時、戦前までは農業中心の社会であり東京でも何かあれば田舎に帰っていた
そこで一応食べることだけはできたとかある、実家があり農業していて養われたともなる
そういう避難場所としても田舎は実家があり機能していたとなる
それで実家を守る長男が大事にされたのである

何か不思議なのはこうしてコロナウィルスが世界に社会にもたらす影響が必ずしも悪いとみれないのである
それは天からの作用でそうなったのかとまで思う

グロ−バル化経済の拡大⇒自然破壊、地方経済の破壊、国々の風土文化の破壊・・・・

東京一極集中の崩壊⇒地方へ若者が帰る⇒地方の活性化

こういうことになっていた、それが回復するかもしれないという不思議である
もちろん東京封鎖とかで困窮する人たちの援助は必要である
ただ社会全体を見直す契機ともなっているのがコロナウィルスなのである
こういうときどうしてもお前は被害者になっていないからそんなことが言えるのだと批判される、困窮する人にはそんなことを言っていられない、今収入がないなら死ぬほかないという人がいる

でも何か東京一極集中が日本全体を歪めてしまった
それが原発事故が起きた大きな原因でもあった、東京という超過密都市を維持するために莫大な電気が必要でありそれで安全を図るために東電が福島に原発を作ったからである
それはまた東京一極集中の経済のために地方は公共事業とかを高度成長の時はもたらして均衡を計った
それで双葉とか大熊は浜通りでは働く場所がないから出稼ぎに行っていた
それで地元で働きたいとなり原発を積極的に誘致したのである
それは東京一極集中の弊害が地方に影響してそうなったのである
東京一極集中と地方のアンバランスな経済がそうしたのである
そして結果的には肝心の働いて故郷に住んでいたいという願望すら失われた
故郷に放射線被害で住めなくなったからである

そしてコロナウィルスで起きていることは何なのか?

そういうグロ−バル経済の歪を東京一極集中の歪を是正しようとするものとして作用していることも不思議なのである
例えば通信が発達するとリモートワークとかテレワークとかが推進される
そのインフラは田舎でももうすでに整っているからやり安いのである
情報の差はなくなっている、いろいろな多面的な情報に接することができるようになった
まず何度も言っているが私の住んでいる町は一万くらいでありまともな本がない
まずこうした田舎では本がないから勉強自体できなかった
隣に4,5万の都市があってもたいして変わらなかったのである
古本も仙台に行かないと買えない、そうなるとまず研究自体できない
古本で東京の水道橋とか神田の古本屋街でしか買えないかったのである
つまりまともに地方では本を買えなかった、読めなかったとなる
そのハンディキャップが大きかった、それで「冠婚葬祭」とかの本が百万部もベストセラーとして売れた、そういうベストセラーが売れるから地方のしょぼい書店でも経営できた今は私の住んでいる町には書店はないし書店は消えてゆく
それは本の数が極端に少ない、アマゾンからしたら百万分の一くらしか置いてないとまでなっている、それだけ本の数が多かったのである 


そういうふうに知的な面でも情報の面でも格差が大きかったのである
今なら教育でも無料でyoutubeとかで学べるのである
youtubeの説明の方が学校の先生より優秀だしAIの方が優秀な面がある
そういうことで地方でも教育格差がなくなりつつある
物流でも宅配があるからアマゾンでもボタン一つで何でも手に入る時代である
そうしたら別に仙台でも東京まで行く必要がないともなる
確かに手にとって商品をみるということと通信で買うだけなのは問題が起きる
でも前からすると田舎と都会の東京の差がなくなっている

ただ東京に若者が集まるのは仕事があるからであり田舎で地方では仕事がないことが致命的になっているのだ
だから地方で仕事を作る必要がある
そういうときコロナウィルスの影響で東京封鎖など起きてこれなら田舎の実家に帰るのが安全だとかなり田舎で地方で暮らすことを志向するようになる
それは悪いことではないのである
そこで見直されるのは農業になる、つまりグロ−バル経済で食料でも輸入していたから日本産が高いから売れないとなっていたからである
もし外国産が入らなければ高くはなっても日本産を買わざるを得ないのである
すると地方の経済は活性化するようになる

そういう社会の変化をうながしているのがコロナウィルスだということで不思議になる
それは世界全体でそうなのである、グロ−バル経済の矛盾が大きくなっていたからであるもう限界になっていたからである、そこでコロナウィルスがその歯止となり世界を社会を変えるとまでなるとすると不思議だとなる
コロナウィルスは悪いことだけではない、異常化した世界を社会を元の正規の状態に戻すものだとまでなる
それが理論上ではなく現実にそうなるようなことが起きていることである
それだけの力をとても人間がいくらしようとしてもアメリカでも世界となるとできないからだ、それでコロナウィルスとは何なのか?
天が地球を正常の状態に戻すために送り出したのかとまでなる

天変地異というのは何なのか?それは津波でもそうだったが何か天の作用が自然の作用でありそれに逆らえない、それはむごすぎるということがあった
多くの死者が犠牲者が出た、だからその時天まで憎んだ人がいた心境は理解できる
愛する家族を奪われたからである
常に歴史上天変地異はあった、それは自然の作用である

それによって社会も世界も変わるということがあった
これまでの政治が転覆する、易姓革命として中国ではとらえていた
それで腐敗した政権が交代できて新しい時代が生まれた
絶対的権力は絶対に腐敗するというとき権力を長く維持しすぎると必ず腐敗する
中国では賄賂が横行して腐敗するのが常だったからである
それで度々ウィルスが蔓延して腐敗した政権が交代して刷新されたとなる
つまり天変地異とウィルスが社会を世界を変える役割があった
そんな大きな力をもう人間社会だけではできないからである
何かコロナウィルスにはそういうものを感じるから不思議なのである



posted by 老鶯 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスは東北では仙台が一番危険 (仙台で感染して秋田で確認)

       
コロナウィルスは東北では仙台が一番危険

(仙台で感染して秋田で確認)

秋田県由利本荘市に住む外国籍の男女2人が、新型コロナウイルスに感染していることが確認されました。2人は仲間とともに今月、仙台市に滞在していたということで、県は詳しい行動などを調べています。

秋田県によりますと、感染が確認されたのは由利本荘市に住むいずれも外国籍の20代の女性と30代の男性の2人です。

仙台は半分くらい感染済だよ
年明け頃から電車のなかはげふげふ
咳してるやつが大勢いた

このウィルスはとにかく交通と深く関係している
人の行き来があるところと比例して伝染が広がる
それで前から仙台が危険だなと見ていた、そして仙台でまず感染者が報告されたのもわかる
東北では仙台は交通の要であり東京であれ人が遠くから集中する場所なのである

それでコレラの伝染では日本海から阿賀野川の交通がありまた内陸部だと白河からの街道などがあり会津若松が交通の要となっていたからそこから逆に田島の方に伝染した
交通の盛んな所から確実に伝染が広がるのである

私の知っている人二人も目の手術のために仙台に行った、その人と接したから不安になった、福島県の浜通りは仙台と交通でも密接な関係がある
だから仙台からコロナウィルスが東北全体にも広がってゆくのが不安なのである
常磐線でも全線開通した、スーパーヒタチも走るようになって復興したと感じた
でも東京と直接通じるとなるとそこに人の行き来が生れて危険になる
これも困ったとなる、電車の中は密閉しているから伝染しやすいのである

それで感染者のいない鳥取と島根が人気になっているというのもわかる
そういうかえって辺鄙な場所、隔絶された場所がウィルスから守られるのである
例えば福島県だと桧枝岐(ひのえまた)がそうである
そこは本当に平家落人の里として有名であり交通がない場所だった
そんな奥地でも昔は自給自足していたのだ
そこでは米が食べられないから蕎麦が主食となる、ヤモリの燻製とかも食べていた
だからそんな辺鄙な場所で良く生きられたと思う
そういう秘境が昔は相当数あった、交流がない場所が多かったのである
今になるとそこは尾瀬の観光の玄関口になっているからまるで違ったものになった

いづれにしろ東北は仙台から拡散してゆくことは間違えない、その仙台に近いし交通が頻繁だからこの辺も怖いとなる
すでに仙台は相当数感染しているともされる、そして増えると都市封鎖になるのか?
何かウィルスは交通遮断する他が手がないのである
コレラは江戸時代でも広まった、コロリと言われた、だから江戸時代なら交通が今とは比べようがない、今の交通なら百倍以上もの人が鉄道でも車でも行き来している
するとたちまち伝染するのである、それは飛行機でも外国から入ってくる
だから防ぎようがないのである

仙台には行かないことである、私自身は去年も一回しか行っていない、私はもともとひきこもりだから引きこもりは得意なのである
今は通信が発達しているから情報でも不便は感じないのである
世界全体が引きこもり化しているのも不思議である、グロ−バル化社会は人の行き来が過剰にありすぎた、だからこうして時代が変わるのかとも思う
インパウンドでも過剰であり観光公害が生まれたからコロナウィルスがすべて悪い方に作用するともならない、何か現代社会自体見直して未来社会の在り方も問うとなる
まず超過密都市はもう生物として生きる環境ではない、そもの改革もうながされる
時代が変わることをうながすともなるから不思議になる

そこで農業社会だと先を考えて生活していた、今は工業社会であり長い時間で先を考えられない、今という時間しか眼中になるなる、株が上がった下がったとか今だけにエネルギーが集中される、でも農業とか林業とかなると先が長い、すぐに作物は実らないからだ
木にしても50年とか成長するにかかる、するとその時間感覚が違うから人の心に影響する、一代ではとても維持できないからである
すると未来の世代のことを自ずと考慮するようになる、今の時代は今さえ良ければいいとか刹那的になる、未来を見据えることができないのである
そして時間もそうなら金がすべてになったとき金になればいいとしかない
そこでこの辺では原発事故で自治体に一挙に人がいなくなりゴーストタウンになった驚きがある

それは田舎でもすでに農業社会ではない、それは持続型の農村社会ではなくなっていた
だからその土地に執着することもないから簡単に分解して故郷でも捨てたとなったのかとも見た、放射線の被害もあるがそんな簡単に町村でもゴーストタウンになって崩壊することが信じられなかったのである
そして今東京が封鎖されるとか世界でも大都市でも封鎖される
そして一時的にゴーストタウンのようにもなっている不思議がある
いづれにしろこのコロナウィルスの不思議は世界的にでも人間の在り方を問うものとなっている、社会を世界を変えるということがありそれに驚くのである
世界まで変えることは人間の力では不可能だからである

福島県会津へのコレラの流行 (伝染病は交通と密接に結びついていた)

posted by 老鶯 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月28日

呪われている東京とオリンピック? (コロナウィルスと福島原発事故の関連性)


呪われている東京とオリンピック?

(コロナウィルスと福島原発事故の関連性)

このコロナウィルスは何なのか本当に不思議である、それが世界でも日本でも作用した結果が不思議なのである
いろいろいうけどこれもカルマ論があてはるのかともみる

福島原発事故ではこの辺はさんざんな目にあった、故郷も住めなくなり荒廃した
その原因が東電が東京は危険だからは福島に原発を作ったことである
そのことからして大きな身勝手があった、そして強固な「安全神話」を作り有無を言わせなかった
でも原発事故では東京自体は大きな損害は出さなかった
福島ではこの辺ではずたずたにされたのである
それで東京は関係ないとしていて今度はオリッピックを招致して復興五輪など馬鹿げたことを福島におしつける
この辺は復興などしていない、原発周辺はまだゴーストタウンになっている

だからこれも腹正しかったのである、でも地元のマスコミはテレビでは五輪の聖火リレーが
福島の復興のシンボルになるとか言っているのである
それにマスコミは批判もしない、地元の報道関係もしないのである
正直地元でも何か本当に地元を思っている人たちがいないのである
ただ金になればいいというだけである、それは事故前もそうだったし事故後も補償金をどれだけ多く長くもらえばいいしか関心がないのである
愛郷心などもないのである、金しか関心がないのである
だからこそ原発でも何でも金になるものならいいとして住めなくなったということがあるだから必ずしも東京か全部悪いとはならない

でも東京は呪われているというときオリッピックも呪われているというときそれはカルマなのかとも思う
つまり福島原発事故の呪いが東京にコロナウィルスを通してふりかかる、オリッピックにもそうである、オリッピックは最初からもめていた、だからコロナウィルスの前からいろいろうまくいかないものがあった、それがコロナウィルスで頓挫したとなる

東京が封鎖がありえるというとき東京もゴーストタウンになるのか?

武漢のようになるのか?

それは福島の町村がゴーストタウンになった⇒東京もゴーストタウンに⇒世界の都市がゴーストタウンにとかなる
つまり福島原発がカルマとなり世界に波及しているのかともなる

東京遷都が再びもちだされるのもそうである、一時は福島もその候補にあがっていたのである、東京はそもそも超過密都市であり限界がきていたからである
世界でも一千万とかの大都市は過密都市はコロナウィルスとかに弱い、それは本来生物が住む限度をはるかに越えている非人間的な環境である
そして生物は人間でももともと生態系をベースにして生きるようにできている
日本がでも江戸時代ならそうして地方中心の経済でなりたっていた
世界的にみても日本は日本の風土の中で長い時間をかけて風土に適応した生活をしてきたそれで体まで穀物中心の食料であり腸が長くなったとかある
また白人などは狩猟民とか遊牧民であり肉中心の食だから肉を消化する酵素が出るというのもそうである
そういう生態系をベースにして人間の生活は作られてきた

ウィルスというのももともと風土病だったのである、その土地土地から生まれていた病気である、でも世界的に人間が交流した結果として世界中に広がった
もしその土地土地に風土に適応して生活していれば交流がなければ広がらなかったのである、コレラがインド産とか何かその土地土地から生まれている、今回のコロナウィルスは中国産で武漢ウィルスとかなる
つまりコロナウィルスでもそうだがそれぞれの風土から生まれた病気であり交流しなければその土地から拡散はしなかったのである
だからそれぞれの生態系に準じて生活していれば世界には広まらなかったのである

いづれにしろコロナウィルスが提起した問題はいろいろある

●超過密大都市と地方のアンバランス

●過度なグロ−バル経済化

●高齢化社会

東京のような過密都市はウィルスに弱かった、それは超過密都市になっているからだ
たちまち蔓延してパニックになり東京封鎖になりそれがゴーストタウン化する恐怖になるそれも福島原発の呪いなのか?またカルマなのかとまでなる
何かカルマというのは必ず人間個々人にもあり社会全体にもある
福島の復興とオリンピックなど何の関係もないからである
それはコロナウィルスでとめられたというのはやはりカルマだったのかとなる

それは東京中心の思考である

原発も東京中心の思考で東京では危険だとして福島に作ったからである
だからこそ今コロナウィルスで呪われているのか、カルマが東京に回ってきているのかとまでなる
現実に東京遷都が再び言われているからだ、何か古代でも飛鳥とか藤原京とか平城京とか遷都を日本ではくりかえしてきた、小さなくに京とかでもそうである
その原因は必ずその土地が汚れるとかありそれは公害ではないにしろ人心が腐敗する
それでその腐敗を一掃するために別な土地に遷都したのである
何か縁起をかついだということもある
そういうことができたのは古代には遷都すべき土地がまだありその規模でも小さいからできたのである
東京とかなるともう遷都するとなるとその規模が大きすぎて簡単にできなくなったのである

5年で遷都4回、聖武天皇、唐まねる?聖武天皇の遷都図
 「続日本記」によると、聖武天皇は740年に平城京を離れ、恭仁宮の建設をはじめる。
 742年には紫香楽宮の造営も始めたので、国家財政を圧迫し、743年末に恭仁宮建設を止めた。翌年、焼失後に再建中だった難波宮を都と宣言。ところが、天皇はその直前に紫香楽宮へ移っており、745年正月、紫香楽宮が都となった。だが、山火事や地震が相次ぎ、4ヶ月後には平城京へ戻った。



そもそも巨大な文明都市は何か生態系と分離してそれ自体が自壊するようになる
不自然なものでありとてもありえないように巨大化している
そこからしてもう持続できないようになっている
だからそれは世界の文明都市にも言えることである

他に高齢化社会というのがコロナウィルスにより衝撃を受けた、老人がコロナウィルスに弱い、実際死んでいるのは高齢者なのである
若い世代はほとんど影響がない、老人キラーウィルスなのである
それは人類に高齢者が増えすぎたからだとなる、そこで自然の淘汰が起きたのかとなる
つまり高齢化社会は不自然であり人類にとって好ましくなとなり淘汰が起きたのかとなるただ長寿そのものは個々人を見れば悪いものではない
ただ全体的にみたときあまりにも老人が増えすぎたのである
それが人類という種の維持にとって好ましくないから減らす、それがコロナウィルスとして作用したのかとまでなる
だからこのコロナウィルスは本当に不思議なのである








posted by 老鶯 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月27日

コロナウィルスの情報公開しない怖さ (原発や津波で警戒しなくなっていた)


コロナウィルスの情報公開しない怖さ

(原発や津波で警戒しなくなっていた)

コロナウィルスでもなぜ日本が感染者が少ないのか?
それは検査しないかだとか重大なことを隠蔽しているとか言われる
この隠すこと情報を公開しないことが怖いことに通じていた

原発事故では「安全神話」が強固に作られていたから隠蔽は完璧だった
第一何かを知らせるマスコミ自体が巨大な原発マネーの利権を得るものだったから
原発はブラックボックスになっていた
そして情報を公開しないということは必ず国民に被害が及ぶ

東電では科学者が10数メートルの津波が来るということを科学的に割り出していた

それで東電に警告していたのである

このことは地元にマスコミにもその報道がゆきわたらない
何か報道でも注目させないと関心をもたない

10数メートルの津波が来る!

これを大々的に報道していたら驚いたろう
それより10数メートルの津波とはどういうものか?
それを知ることも知らせることも大事だった

現実に南相馬市の鹿島区の海老浜では海に面した高台が避難所として指定されていた
そこでそこに避難して30名くらい死んだ
崖があり高いから津浪が来ないと思ったのである

それよりそこは市で指定された避難所だった!

南相馬市の方でも行政でもなぜそこを避難所としたのか?

もし南相馬市の行政で東電が報告した10数メートルの津波が来るということがわかっていたらそこを避難所にするだろうか?

ただ津波自体がこの辺では来ないものとして関心もなかった
海老村などは10メートルくらい歩いても走ってでも逃げれば津波の来ない所に避難できたのである
だからわざわざ一番危険な避難所に指定された場所に逃げて死んだのである

それはなぜなのか?

情報が公開されない、隠蔽される

まず十数メートルの津波が来るとしたら行政の方でそうした試算をした科学者に聞けば良かった

ここを津波の避難所に指定するのですが安全でしょうか?

ここは危ないです、十数メートルとなれば危ないです

他の場所にしたらいいでしょう

こんなふうになった、そしたらいくらでも周りに避難する場所があった
そこは10メートルくらいの距離でもある
それはその高台から森に逃げた人が助かったからである

これも正しい情報が公開されず市の行政でも科学者に聞くこともなく決めたからだともなる、つまり専門家の科学者に聞いていなかったからだともなる

コロナウィルスでもそうである、これは未知なものだから対処がむずかしいことはわかるでもまず日本では検査数が圧倒的に外国と比べて少ないのである
そこからして正しい情報を知ることができない、それで数字を見るとたいしたことがないと判断する
どう判断していいのかわからないのである
あまりに警戒しすぎるのも良くない、普通に生活していた方がいいのだということもわかる
でもそれは正しい情報が公開されて判断できる
外国では検査しているから数が多い、それで被害の実態を把握できる
日本では情報公開されていないから判断しようがないのである

緊急事態で政府で東京都を封鎖する

それをするとしても情報を公開されないと急にされると困惑してしまうのである
日本は外国と比べて検査の数が圧倒的に少ない、だから安心できない
ドイツではあれだけ感染して死者数が少ない
だから日本でも感染者が増えても死者数はそれほど増えないかもしれない
でも情報を公開しないということが後で大被害になる
それは原発事故でこの辺では経験してきたのである
                                              
政府の問題は不都合な情報を出さない、不利になる情報を出さない、国民では知ることができない、結果的に国民が被害を受けて責任をとらされた

人間は知らなければ判断できない

もし正しい情報が公開されて検討されていれば政府の責任でもない、その責任は国民にもある、でも正しい情報が公開されなければその責任は政府にある
原発の場合は地元住民にも知らされない、国民に知らされない
それはアメリカとかの圧力とか権力によって知らされない
そもそも原発自体が危険なものであり隠そうとする、常に隠そうとするからまた隠さなければできないから最後は大惨事の事故となった

この情報を知る、知らされるということが報道の役目である

でもマスコミには莫大な広告費が電事連とかから流れていた、それで原発に不利な情報は知らされなかったのである
今回のコロナウィルスでもそういうことがある

政府では検査させない⇒実態がわからない⇒国民は判断できない

民主主義は確かに情報が公開されるて全員で検討して決めるとういうことがある
しかしそれがない、それは中国の共産党政権と同じなのである
科学者は正確な情報が数字が出ないので判断できないとしているからだ
中国の方が一応数字は出していると評価しているからだ
なぜなら日本の感染者数はすでに百倍にもなっているということを言う人がいるからだ
それは検査した数は少なすぎるからである

なぜ検査しないのか?

それはいろいろいなことをいうが医師会の圧力だという人はマスコミではいない
なぜなら医師会と薬剤関係は相当な権力があり宣伝費ももらっているからできないのである、そうして何か国民は正確な情報を知って判断できない
それが感染が拡散して遂にはもうイタリアのように医療崩壊が起きて手遅れだとなる

何でも理解することはむずかしい、でもまず情報が公開されて国民が検討しなければ判断もできないのである
ただ緊急の時は即断しないとまにあわないのである
あれやこれやと言っているうちに津波にのみこまれたり原発事故で手がつけられなくなったりコロナウィルスで感染者が増えて医療崩壊が起きて手が付けられなくなる
ただコロナウィルスの場合は急に未知なものとして世界中に広がった
だから事前の情報はない、原発にはすでにあったが情報は公開されなかった
そのことで大惨事になりとりかえしがつかなくなったのである  

     ebihamatunami11.jpg                                                                           


平成の大合併で自治体の耐災力が脆弱に

posted by 老鶯 at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月25日

英観光地、ゴーストタウンに イタリアに次ぐ医療崩壊の危機 (リンク-クリック) (原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)



(原発事故でもゴーストタウンになったー放射線被害とにてるコロナウィルス)

koikecolona2.jpg
このコロナウィルス騒動は原発事故の放射線被害と共通性がある
ただこれが広範囲で世界中の問題になっていることである
だから津波被害でも原発事故でも東北という局所で起きたことである
すると全国対応ではなく局所対応になった
それでなんとか全国的には東京とかまで波及しなかった

放射線の被害の度合いが危険の度合いが専門家でもわからなかった

コロナウィルスでもその危険は専門家でも明確ではない

すると住民でも判断できない


住民はただ右往左往するだけである、それで浪江では山の方が安全だと思い津島に逃げたそこは街から相当に遠い奥だったのである
でも東電の社員がいて海の方へ街の方へ逃げる方が安全だとして住民は従って街の方ふ逃げた、この時明らかに東電の社員は専門家であり知っていたから指示できたのである
その専門家の指示に従い安全な方に逃げたのである

今回も危険を言う人がいるしそれほどでもないとか明確に言わない
今回は武田邦彦氏はこれはインフレインザと同じだから普通に生活している方がいいとしている
それは日銭で商売している人のことを恵まれた月給取りは知らないから仕事をしないで引きこもっているのがいいのだと言える
でもそうしたらもう生活ができない、飲食店などは日々の稼ぎでなんとか経営しているからだと同情している
つまり不思議なのは今回はコロナウィルスはたいしたことがない
騒ぎすぎる、それよりたいして被害ものないのにかえって自粛して仕事を停止させる被害の方が大きいとしている

だからこれもわかりにくい、なぜなら武田邦彦氏は一ミリシーベルトの放射線量を越えてはならないとしつこく主張していたからである
この一ミリシーベルトは相当に厳しいものでありそうなると原発事故周辺の広範囲に住めなくなる、30キロはなれてもそうである
でも今回は逆である、コロナウィルスはインフレインザと比べても危険ではないから普通に生活していた方がいいとしている

原発事故の経験からすると自治体をゴーストタウンにした方が被害を拡大した

避難させた結果として自治体は崩壊して元に戻らなくなった
ただ避難させたから国でその分は補償された、でも30キロから離れた住民はほとんど補償されなかった、南相馬市でも鹿島区は少なかった、30キロ内は三倍の補償があった
でも手厚く補償されたのは30キロ内でありその中でも住民が避難した地区は補償が手厚かった
でも結果的には自治体は元にもどらなくなった、若い世代は別な土地に移りそこで生活するようになったからである
それで帰ってきたのは老人がほとんどである、つまり若い世代がいないから自治体を維持できなくなったのである
その大きな要因に放射線というのが若い人に特に子供に母親だったら遺伝子に放射線被害があり奇形児が生まれるとか言われると相当に恐れたからである
今回は逆に老人がコロナウィルスで死に若い世代とか子供はそうはならないから逆になっている

ともかく専門家でも科学者でもその言うことにこういう時は注目する、でも危険を言う人とそうでない人がいて素人は判断しにくくなる
それで混乱する、そうして今度は政府のいうまました結果自治体は崩壊してゴーストタウンになって回復しなくなったのである

ただ原子力は核の技術は危険なものでけあることが前々から科学者は知っていた
でもそれを隠して政治の力で原発は福島に作られたのである
だから科学者とか専門家は原発の危険性を知っていても政治の力で歪められたとなる

コロナウィルスの場合は突然生まれて未知なものとして世界中をパニックにさせた
これも放射線とにているがコロナウィルスは科学者も専門家も不明なものとして対処を迫られたことが違っている
だから的確な指示を出せないのである

でも原発事故の場合は科学者でも専門家でも的確な指示を出せた!

なぜなら放射性物質の影響は風に影響されることを専門家は知っていたからだ
でも実際は最初に報告したのはアメリカであり日本の政府ではなかったのである
だからこの責任は政府とか東電にあった
事故が起きたことは想定しない、する必要がなかったからだ
強固な「安全神話」作っていたから事故があったことの場合を想定しない、だから事故が起きた場合の訓練も対策もしなかったからだ
そもそも「安全神話」作ったのは危険だというと作れないからである
でも安全神話を言うなら東京に作るのが筋だったのである
それだけ安全を言うならコスト面でも東京が最適だったからである

いづれにしろもしかしたら今回のコロナウィルスはやはりカルマが関係しているのかもしれない、東京都知事が東京都民に自粛を要請するとか重大な危険の局面にあると訴えたのもそうである
それで世界でも外出禁止令のような厳しい対策がとられている
〈東京封鎖)もささやかれる、そういう重大な局面にオーバーシュートになる危険を言われる
それが外国でもゴーストタウンになる、それはこの辺で避難区域が一時的にではない
ゴーストタウンとなり回復しなくなったと同じである
これもカルマが関係しているという時、原発事故でもこの辺がゴーストタウンになったことが放送されたからである
東京がゴーストタウンになる危機だともなるからだ

だから原発事故では放射線被害のために自治体を崩壊させるより
その被害はわからないのだから自治体を維持すること崩壊させないことを第一とする
そういう選択もありえたのである

だから今回も経済活動を停止するとそのために生活すらできなくなり店でも会社でも倒産することの方が被害が拡大する、それはコロナウィルスの感染より甚大な影響が出る
それは原発事故で証明されているのである

コロナウィルスを恐れ過ぎて委縮して生活自体が崩壊してゴーストタウンになる

放射線を恐れ過ぎて自治体が崩壊してゴーストタウンになった                

私自身は放射線を恐れ過ぎた結果として自治体も崩壊したのだからこっちの方が被害が大きかったから経済生活を停止すること委縮する方が危険だとなる
ただ二週間くらいはやはり様子をみて警戒して自粛する、外出でも禁止するとなる
その間の生活は収入は政府が東京都が補償する
つまり経済活動を止めるとしてもそれだけの補償が必要になる
そうしないと自殺者が出たりかえってもう生活できなくなりパニックになり食料の奪い合いとかなるとかなるとその方がかえって怖いのである
原発事故は局所的だったから全体でカバーできた、今回は世界中になっているからカバーできないのである





posted by 老鶯 at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月24日

グローバル経済とコロナウィルス (国々の文化を破壊したら生きる意味もなくなる)


グローバル経済とコロナウィルス

(国々の文化を破壊したら生きる意味もなくなる)

 グロ−バル経済とか資本主義がなぜコロナウィルスでブレーキがかかったのか?
その矛盾がまさにグローバルに大きくなった
そこでそれを一旦ブレーキをかけて新たな世界を構築させる
天からの神からの作用だったのかともなるから不思議なのである

グロ−バル化のことを私が批判する時、それが国々の文化を破壊するからである
そこで注目するのは経済的な側面だけであり文化的側面は追求されないからだ
人間は経済的側面だけに生きるのではない、パンだけに生きるものではない
会津のことで書いたけど人間はその国に土地にまず生きる
その国の自然と風土の中で生きる、その国というとき会津は万葉集時代から国だった
東北では会津が国だったが他は国とはなかったのである
つまり国とは相当に広い範囲なのである
だから会津は明治までも大きな国であり藩であり最後は薩摩長州軍と戦ったのである

文化という時、cultureはcultivate(耕す)である、その土地を耕すという時、食料をその土地から作り出すということが基本にある
もしそうして食料でも外部から輸入していたら文化を作りだすことができるのか?
ワインもその土地が作りだしたものである
それはもともとパンと合うものなのである、日本の料理とは合わない
ワイン自体が種類が多くその土地の名がついたものもある
その土地の土と光とか風土が違うから違った葡萄が生れ種々のワインが生まれる
何か川とか湖の側だと光が反射したりして美味な葡萄ができるとかなるといかにその土地土地の風土が作りだすものなのかわかる
日本でもその土地の名の付いた野菜がいろいろありそれはその土地から作り出されたものである

グロ−バルというとき一面何かそうした土地土地の風土とは関係なくなる
グロ−バルというとき一様化であり何か数学のように共通化する
でも人間社会は数学では統計とか数字だけではわかりえようがないのだ
そんなふうに一様化したら土地土地の味わいもなくなり文化もなくなってただ定型化した個性もない社会になりつまらないとなる
それは日本語でも英語にした方がいいというときもそうである
日本人から日本語を取り去ったら日本人でなくなる
なぜなら日本語だけは密接に日本人を根源的に作っているものだからと言う人がいたから日本語は外国語とは違った特別な言語だとなる
その起源は不明なのである、つまりほんの一部が大陸起源だったり海洋系のオーストロネシアと共通だとか言ってもその謎は全く解けていない
つまり日本語は混成語にしても縄文時代から早い時期に日本人の共通言語となっていた
それはもう他の言語が入ってきても共通性が見いだせないくらい独自の言葉として成立していたのである

グロ−バル化というとき日本語を英語とすべきだとかエスペラントが必要だとかなる
どうしてもグロ−バル化すれば共通語が必要になるからだ
だから現代では英語が共通語化している、そして感心するのはグーグルの英語翻訳であるある程度文章でも8割くらい正確に翻訳しているのである
そこでインタ−ネットでは世界共通の言語として英語がまた言語の壁が取り払われるということも起きている
でも依然として国々の言葉がありそれは文化の基なのだから世界が一つの言語にすれば
文化を失うことになる、その時自国のアイディンティティを失う
それは相当に深刻なことになる、人間は経済人間ではない、経済的単位ではないからだ
統計的数字とも違うからである
グロ−バル経済と日本国内の広域経済でも人間はただ量として数として計算されるだけになる、政治でもそうである、一票は十万分の一の数でしかない

宗教でもただ数が問題にされるだけである、会員数でそのすべてが図られる
そこに生きる意味などない、数として計算されて処理されるだけなのである
そういう文明社会に反発する者としてアウトサイダーが生れたのも必然だとなる
そしてイスラム教の集団礼拝とか韓国のカルトキリスト教団がコロナウィルスの伝染を拡散してしまった、クラスター伝染の源となった
宗教は本来はそんな大衆的集団的なものではない、そこでは常に数のみが誇張される
それは権力を追及している、数は権力である、一人だと何の力もない、それが十人でも集まれば力となる、注目する、宗教が外部に対して数で認めさせる
それがまた民主主義で権力を得る方法となっている

グローバルというときグロ−バルとローカルを合わせたグロ−カルという言葉が生まれたグローバルな言語が英語でも必要である、でもローカルなナショナルなもの歴史と文化に作られた世界を否定したら人間の生きる意味すらなくなくなる
人間はただの一記号のようになる、現実にすでになっている 

グロ−バル化でサプライチェーンを担う中国から部品などが入らず電動自転車まで品不足になったという、春には自転車が売れるから困るとなる
つまり何でも中国に頼りすぎるとこういうときどうにもならなくなる
グロ−バル化というときやはり自国の需要中心にして自国の生産消費を守るべきだとなる世界が第二次世界大戦のようなナショナリズムで分裂していた時代に戻るとういけどそうともならない、時代の逆行になるというがそうともならないだろう
むしろ各国が独自の文化を再発見してそれぞれの国の文化を追及するということにもなるそれをうなかすものとしてコロナウィルスが作用したともなる

グロ−バルというとき宗教でも仏教でも中国に入ると禅宗が生まれたようにより実践的なものとして用になるものとして追求される
韓国に入ると美的なものとして追求される、日本がでも優美なものとして美的なものとして追及される、仏像でも塔でも違ったものとして作られる
その理解も違ったものとなる、解釈もその国によって違ったものになる
それはキリスト教でも同じである、イスラム教でもそうである
宗教はユニバーサルなものグロ−バルなもの普遍的なものとしてある
でもその国々の風土歴史によってまた違ったものになったのである
そうであってこそ人間はそれぞれの価値を作りだしてまた価値を持つのである
経済とはただみんな同じものを型にはまったものを大量生産することではない
人間がみんなロボットのようになり同じ言葉を話する、そのとき文化を失うのである
ただ共通なものは英語でもインタ−ネットの言語でも追及される
つまりグロ−バルでありローカルであってこそ世界に価値がある

だからコロナウィルスが何かそうした一様化としてのグロ−バルではなく各国独自の文化をはぐくむ契機となるのかもしれない、人間は国境でも関所でも必要なのは人間を精神的な面から見ると制約された場所でないとアイディンティティが作れないことである
グロ−バル化といってもそれはただ物流が自由ということであり物と精神は別物なのである
自動車の部品でも中国に頼りすぎると今回のように作れなくなる
電動自転車車でも中国に部品を頼っていて入らなくなる
日本の中で作る体制があればそういうことはなかったのである
自動車はABCDEFG...とか無数の部品をから成り立つとしてそれらを組み立てて車を作るということができる、でも文化とかにはそういうことはできない

その風土とか歴史と密接に結びついて一つの文明でも日本文明でも作られているからである、それを無数の部品があり解体したり組み立てたりできないのである
グロ−バル経済にはそうした無理があった、それは国々の文化を破壊することにもなっただからコロナウィルスはそういう社会をとめる働きをした
確かに一時的には犠牲がともなうが次の新しい社会への変革への契機ともなる
だからコロナウィルスは天の作用なのかともなり不思議なのである

ともかく今回のコロナウィルスは社会全体に世界全体に影響するから世界を社会全体を変える作用があることに驚くのである
これだけの影響力を世界に与えることはアメリカですらできない、特にエンタテーナメントとか観光業とかが打撃を受けた
でもそれは本来の社会の脇役であり主流ではないから芸能人が政府に援助を要請したがそれを河原乞食など今は必要ないとか言われる
普通だったらそういう人たちはに大金稼いだとか言われる
社会全体に何か価値の選別が起きている、だから社会全体で価値観が変わるとういことにもなっているのである

valuerwww1.jpg


この本はコロナウィルスで今社会が変わることを予見していた
ローマ帝国は物財を量の富を追及した
グローバル化してローマにあらゆる富を集中させた
しかし中世になるとそういう過度な物財の追求はしなくなった
人々の価値観が変わったのである
そこで修道院にこもり瞑想するとか物財の追求する価値ではない
精神的価値が追求されたのである
その状態が今とにている、そういう時代の兆候が見えていたのだかコロナウィルスによってそれが早められたともなる
posted by 老鶯 at 09:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月23日

コロナウィルスで国境や関所が見直される (歴史的に生じたものには何か意味があった)


コロナウィルスで国境や関所が見直される

(歴史的に生じたものには何か意味があった)


江戸時代まで関所があったが無駄としてなくなった、だから明治から鉄道がはりめぐらされた交通の要となったとき切符一枚で日本全国に行けるようになったときそれを経験した人は特別な経験をした
また電車でも全然見知らぬ人が乗り合わせる光景もなじみのないものであった
人間は知らない人とあまり交わらないの生活をしていた
関所があることは見知らぬ人を入ることを拒んでいたのである
だから商業となると不便になる
第一江戸時代は物流も人の交流も少ない、自分の住んでいる村からほとんど出れずに一生終わった人が相当数いたことは確かである
そういう狭い範囲で濃密な人間関係の中で暮らしていた

それが明治から急激に変わった、関所はなくなったからである
その変化も大きかった、別に関所がなくても他の村に入るだけでも何か簡単にできない
別な領域に異界に入るという感覚になっていた
それで隣村に来た麦つきの仕事をしていた若い男性が大蛇とされた伝説がこの辺で残っている、今になると外国人が突然隣に入って来たりするから驚くのである
それは本当に突然の異界からの侵入なのである

関所というとき今回のコロナウィルスで中国の村で村の入り口を閉ざした、青龍刀をもって村に入るなと仁王立ちになっていた映像が放送された
それは今でも村の入り口に巨人の藁人形を置いている日本の村にも通じている
それは疱瘡などの伝染病を入るのを恐れていたともなる
伝染病は恐ろしいものでありうそういう記憶が村に伝えられて残る
相馬市の玉野村は伊達藩と相馬藩の境目でありそこに若木神社がありこれは疱瘡を防ぐ神なのである
伊達藩から入る人たちが伝染病をもたらさないように祀った神である
江戸時代には関所があり他藩のものはそこで区別されていた

人間の社会を歴史をふりかえるとこれほど人間は自由に行き来して交わる社会はなかったそれがグロ−バルにそうなったのが20世紀だったのである
モノでもヒトでもこれだけ自由に流通して交流することはなかったのである
そのことがすべて人間社会にとっていいものように思えた
でも何かそこに人間社会にとっていいものとして全部は働かないものとして見るようになった
だから関所とか国境とかはマイナスのものとしてしか見ていなかった
しかし関所とか国境とかは人間が生きる歴史の過程で必然的に生まれたものでありそこに意味があった、つまり歴史的に生まれたものは何か意味があったのである
現代文明社会はそうした過去の歴史を全否定して成り立つように見る
でも関所にも効用があり見直すということがコロナウィルスで生まれた            

そしてなぜ空港でヨ−ロッパから帰ってきた人がコロナウィルスと判定されたのか?

それはそこが関所となり確実に検査するからそれだけコロナウィルスの陽性だと発見されたためである、日本国内ももう関所などないのだから鉄道でも車で行き来するのだから
調べようがないからいつのまにかに蔓延するとなる
だからこうして便利すぎる交通の発達した社会がコロナウィルスに弱いということがあった

それでヨ−ロッパがなぜあんなにスペインまでたちまち広がったのか?

それはヨ−ロッパはEUになり国境がないと同然になったからである
そこでいちいち入国審査もしない、国内と同じように行き来するようになったからである貨幣でも両替する必要がなくなった、私がヨ−ロッパに行った時はいちいち国が変わるごとに両替することがめんどうだったのである、ただめこで国境を意識されたのである
外国だと言葉が変わるから今でも否が応でも国が変わることを意識させられる
でも国境がない世界というのはこれも人間社会にとって問題が起きることをコロナウィルスで意識させられた

つまりこのコロナウィルスの不思議はグロ−バル化経済とかを停止させるとか現代社会を見直すものとして作用していることの不思議なのである
オリッピックなども中止させるときもそうである
もともと私はオリッピックなど必要ないものとして見ていた
商業資本主義で利権にあづかるものはいいがそうでないものは何でするのかわからなくなっていた
東北の復興などと関係ないからである、未だにゴーストタウンがありそこを聖火リレーしてどうなるのか?全然復興などしていないからである
復興五輪などありえないからだ、もっと東北の復興の方に力をそそげとなるからだ

どういうわけかさくらTVのような右側がコロナウィルス活気づいているのも不思議である、右側がナショナルなものを追及する、反中国のためでもある
私自身のスタンスは日本文化を重んじる再興を願うからどっちかというと右側になる
だからグロ−バル化には反対であった
まず経済でもナショナルなもの国を基本にして作るべきでありまた地方だったら地方の経済を基本にするべきだと思うからである
だからグロ−バル化というのは日本の地方でも破壊したということがあった
米すら外国から輸入するようになったら日本そのものがなくなっていくという恐怖があった、現実に中国から食料を野菜でも輸入していたしそれが東京で入らなくなった

その時東京ではどうするのか?

日本国内の生産に頼るほかないのである、だから日本の農家はいらない、外国からいくらでも食料が入ってくるということはどれだけ危険なのかコロナウィルスで実感したとなるだろう
外国人労働者もコロナウィルスで来ないというとき奴隷のように使っていたのだから農家はそんな人に頼らず自力でやれとか言うのもわかる
また芸能関係者が政府の援助を要請したことについて批判している
芸能者は河原乞食でありこんなときにそんなものは必要ないというのも芸能関係者にはショックだとなる

つまりコロナウィルスでは何か社会にとって必要なものなのか、大事なのかも問われる

病院は感染するから行かないというとき病院経営が苦しくなり倒産するとかいう
それは今まで医者にかかりすぎる人が多すぎた、かえっていらない患者が減って国の負担が医療費の負担が減っていいものだとかもいう
それも変なのだが日本人は医者にかかりすぎて薬を飲みすぎるのである

そしてコロナウィルスは高血圧と喫煙している人が重症化しやすい

これも高血圧の薬を飲むとその副作用で重症化しやすいということがわかった
これも武田邦彦氏が盛んに高血圧の薬は危険だ副作用があると言っていたからそうなのかとも思った
とにかくまた老人がこのコロナウィルスにかかり死に安いのも不思議なのである
それはイタリアでも増えすぎた老人を減らすためにコロナウィルスが生まれたのかとまでなる
これだけ社会に影響すること自体、社会を変えてしまうとういこと自体不思議なのであるそれが一時的には犠牲者もでるが社会全体にとってそれも世界的にみても悪いことばかりではないというのが不思議なのである
posted by 老鶯 at 09:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月21日

コロナウィルスで問われたこと(2) グロ−バル広域経済の見直し-東京と地方(福島)


 コロナウィルスで問われたこと(2)

グロ−バル広域経済の見直し-東京と地方(福島)

edotikyo11.jpg

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて

炭焼きというのはどこの山で盛んであった。信州の山の中を旅したら次から次と炭俵背負った女性とあったとか炭は生活の中心にあった。子供のころ炭を使っていたから信じられない、炭で栗なんか焼いていたのである。その囲炉裏で親父というのはどかっと座っていて存在感あるものだった。 

おちこち(紀行文集)(明治) 大和田建樹を読んで

富めりとも・・・とは山で炭焼きして暮らす人には外のことは都会のことはわからない
ただこの山里に住を焼いて暮らしている、その煙は絶えることがないという意味である
この歌の象徴していることは何なのか?
つまり戦前から戦後十年くらいは自給自足の生活だったのである
私の家は小さな一万くらいの街中でも囲炉裏があった、炭を燃料として利用していた
水は井戸水をもらっていた、水道もなかったのである、電気は裸電球一つとかである
家にあるものは飯台一つとかである
それはみんなそうだったのである、戦争に負けてから日本はみんな平等に貧乏だったからである

でも不思議なのはこの歌のように外部のこと都会のことは自分には関係ない、山里で炭を焼き暮らしていればいいとなっていた
それは外部の人に都会の人に頼ることもないで自立しているという誇りの歌でもあったのだ
だから今になるとそういう心情になっていることが不思議なのである
その生活があまりにも違ったものとなってしまったからだ
誰も山で暮らして農村でも俺たちは都会の人に頼らないとはならないからだ
地方交付税が道路とか電気とかのインフラに東京の人たちが税金から払っているとか不満である、つまり東京の人に頼っているということになるからだ
電気でも水道でもガスでも道路でもなんでも別に山里でも自給自足していれば都会の人になにやかやと文句は言われないからだ

結果的に現代の地方というのはどうなったかというともう地方だけでぱ田舎だけでぱ生活できない状態になった
さらに一次産業は衰退した、農業でも漁業でも林業でも今度はグロ−バル経済で衰退した林業でも外材があり日本は森林が多く木材があるのに使われないのである
それでなぜ原発が双葉とか大熊地域にできたのか?
そこは浜通りでも前の原町市とか5万とか大きくて工場などあったがその辺はなかった
それで出稼ぎに出ていたが地元で仕事して暮らしたいとなり東電の原発を積極的に誘致したのである

ここで考えなければならないのは東京というのは一見地方で田舎で暮らしていると関係ないように見ている
でも実際は東京には周辺でも何千万の人口がありそれを経済的効果からみると巨大なのである、だからその巨大な経済の圧力が実は地方にもその周辺に及んでくる
電気にしても莫大な電気の量が必要になる、すると東京に作ると危険だからと福島に作られた、福島は東京から離れているようで近いのである
現実にいわき市まで東京までの通勤電車でている
私は節約のためにその通勤電車に乗ったことがあるからだ
だからいわき市までさらに東京まで近いとなるのだ

東京圏がこれだけ巨大な政治経済都市となっているとき実はグロ−バル広域社会になると福島の田舎でも無関係ではなかった
俺たちは東京と関係ない、炭を焼いて燃料にして暮らしている、東京の人がいくら豊かに暮らしていても関係ないとはならない
現実にそもそも電気でもガスでもそうだけどそれなくして暮らしていけない
炭焼いてだけではもう生活が成りたたないからだ
またみんな車をもっているしガソリンでも入らなくなると生活できなくなる

東京というのはそれだけ周りに福島でも重圧となっていた、昔のように都会は都会で田舎は田舎でそれぞれ自立して生活していればいいとはならなくなっていた
これは江戸時代も江戸は百万都市と言われて大消費地だったから伊達藩では米を作り米を商品作物としてそこに特化して生産量をあげて石巻から船で江戸に運んで売った
そして東北の飢饉はそうして江戸に送る商品作物の米ばかり生産していろいろなものを作っていないから飢饉になったとしている
それはアフリカ辺りでコーヒーばかりを商品にするために作り他の作物を作らないでコーヒーがとれなくなったり売れなくなったりして飢饉になったとにている

それは大量消費地の江戸が優先されて地方はそのために商品作物の基地とされることにより飢饉になったのである、冷害があったとしてもそこに人災という側面も大きかったのである
だからそういうことが歴史でもありやはりカルマとなってくりかえされる
江戸は東京となりさらに巨大化したからである、するとその東京の影響が全国にも及ぶ
地方でも田舎でも関係ないとならない、密接に一体化してゆく
それは日本だけではない、グロ−バル経済は中国のコロナウィルスでわかったように中国に生産も消費でも頼る、そうするとそれが今回のようにたたれると甚大な影響を受ける
不思議なのはもし自給自足生活をしてしいたら貧しいにしても影響を受けないのである
だから何か経済を見直すことがこのコロナウィルス騒動で起きたのである

そうは言っても昔のようにもどることはできない、でも人間の本来の生活はまず地元であるものを供給して消費することが基本としてある、商業とか貿易は限定的なものとして発展してきたのである、貨幣自体が実は貝が貨幣であったように外部の珍奇なものを手に入れるために貨幣が生まれた
つまり生活の基本は江戸時代は貨幣は米だったように貨幣はそれほど通用していなかったのである、米があれば安心だとなっていたのである
貨幣というのは何かあると紙きれになる、だから今預金封鎖だとかなんとかもう金があっても安心な時代ではなくなった、だから貨幣の価値は今までのようにならない
いつ紙切れになるかわからなくなったのである

ともかくコロナウィルス騒動は様々なものを見直す結果となっていることが不思議なのである、何かグロ−バル経済はいいようでもそれが人間の基本的生活に反するものがあった中国に生産でも消費でも頼れば中国が東京のようになる
その影響力が巨大化して中国無しで日本はありえないとなりやがては中国の属国化する
観光でも中国人が来ないとやっていけないとなり政府にた助けてくれとなり中国政府に忖度して中国人の観光客の入国拒否できなかった
それで対策が遅れたり甚大な被害を受けることにもなるところだった
だから日本の経済は内需中心にすべきだとか経済通が言うこともわかる

このようにコロナウィルスの影響は悪いことばかりではない、グロ−バル広域社会とか
そ危険性を見直すとかを強いられたからである
コロナウィルス騒動を契機に一時痛みがあってもノーマルな経済体制が作られる契機となる、いろいろな今の社会を変える契機となる、それは社会全般にグローバルに起きているから不思議なのである、これも天の意志なのか作用なのかとなってしまうのである
posted by 老鶯 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月20日

コロナウィルスと原発事故の共通性 (専門家より科学より政治が優先される)


コロナウィルスと原発事故の共通性

(専門家より科学より政治が優先される)


コロナ危機、“科学を軽視する”安倍政権の「限界」
3/20(金) 6:01配信現代ビジネス

それは、この新型コロナに対する政府および厚生労働省の対応が、あまりにも原発事故への対応に似ているということである。

 私たちはこの「想定外」で始まった大災害の教訓をほとんど生かせていない。私たちはこの震災・過酷事故にきちんと学べていないようである。

、原発事故も、新型コロナも、いずれもその検査体制が不十分であり、(1)リスクの原因体の可視化に失敗しているという点である。

東日本大震災・原発事故のその後の対策をずっと追っていったとき、この政権ほど、科学研究の成果や意見を無視し、政治的決定を政治的決定として純粋化した政権はないように思えるからである。


私は原発事故とコロナウィルスを比較して評論して来た
何かこの問題は共通点が多いからである、そして社会のあらゆる問題と通じている
それは社会全体の問題であり政治家とか官僚とか科学者(専門家)とかマスコミでも
あらゆる人たちが関係して事の解決に当たらなければならない

この記事ではそういうことを指摘している

現代社会の問題は科学技術社会でありそこが複雑であり専門家が重要な役割を果たす社会である、そして放射線の問題にしても今回のコロナウィルスの問題にしても同じことが起きている
放射線の被害にしてもコロナウィルスでもそれが未知なものでありそれにどう対処していいかわからないことである

原発事故がなぜ起きたのかとなると科学技術と政治とかあるとして科学技術が優先されたとはならない、湯川秀樹博士とかは日本ではまだ核についての技術が習熟していないから時期相応だとして提言していた
それは科学者として専門家としての提言だったのである

でも専門家より政治経済的決断が優先される

そもそも原発が日本に作られた経緯を見ればわかる、読売新聞の正力松太郎がアメリカの意向に従って原発を作る推進者として選ばれた
CIAのエージェントでありスパイだともしている
アメリカの意向が強く働いて原発が作られたという時から政治優先だったのである
その後は中曽根首相に受け継がれたのである
そして経済的なものが科学技術よりも重視されるということもあり専門家も学者でも御用学者が原発を擁護するようになる
科学という時、それは科学技術でも政治経済が優先になり押し曲げられるのである

politicscolona1.jpg

こうなる、コロナウィルスでもそうである、阿部首相は専門家の意見を聞かないで学校閉鎖などを決めたからである、ただ専門家でも意見が二つに分かれるとかありもともと未知なものだから正確に判断できないからそうなる
いくら専門家の意見を聞いても素人には分らない、阿部首相にしてもそうである
文系になるとわからない、でも理系でも専門家でも未知なものに対して判断できないのである

原発事故ではこの辺はずたずたにされた

放射線の被害というのは30キロ内とか距離に比例していない、風向きに一番影響されたのである、その時東風が吹いて山側に吹き飯館村が大きな被害になった

専門家はそのことを判断できた

でも自治体にはその事を一切知らされなかった

それで浪江の町長は自ら判断して一番放射線が高い津島とか山側に町民とともに避難したのである
その東電社員がいて街の方が安全だとして引き返した人たちがいたのである
つまり東電社員は専門家であり風向きが影響することを知っていたのである
そして東電ではまずアメリカに報告していたのである
スピーディという放射線を計ることができる装置があり放射線を計っていたからそれをアメリカにまず報告した、アメリカの助言を得るためにそうしたのである

つまりその時どうなったか?

専門家は科学技術者は学者でも何も成すことができなくなっていた!

そして政治家は放射線被害と関係なく科学技術を専門家の意見を無視して決断した

30キロ内に避難命令を出した

それは科学的技術的専門家の意見ではない、政治家の決断だったのである

なぜなら風向きが一番影響したとき距離ではないからだ、それで30キロ内は政治家が決断したから手厚い補償金が出された
それは今でもつづいている

30キロ内は医療費とかは9年過ぎても無料

30キロをはずれると医療費は半年で打ち切られる

この差は本当に大きかった、補償金も30キロ内は外の三倍にもなった
全くもらえない人たちの方が多かったのである

それが科学的根拠に基づき差別したのなら納得がいく
でも実際は政治的な恣意的な決断でそうなったのである
ただ爆発したとき混乱状態になりパニックになったから早く決断せねばならないということでそうなった
今回もコロナウィルスにどう対処していいのかわからない、でも早めに決断しなければならない、すると専門家の意見をゆっくり聞いている暇がないのである
ただその決断がのちのちまでも影響する
もうこの辺は復興できない地域があり自治体でもずたずたにされたのである

日本では原発事故からやはり学んでいない、そこで何が起きたのか?
それを私はプログで報告して来た、でもやはりどうしてそうなったのか国民に衆知するようになっていない、こうした科学技術に関することはこれからも起こりうる
なぜなら現代文明は科学技術文明だからである
科学技術無しであたえない社会である、そして科学技術でも一旦誤ると巨大災害となり自治体でも自然でも破壊して住めなくなったりする
原発事故の場合はもう復興とか回復できなくなったからである

コロナウィルスにどう対処するか、それも原発事故と対比するとわかりやすい、同じ問題が起きている、過度に経済活動を制限するとかえってそのために被害を受けて生活が破壊されて自殺したり被害者がでる
この辺では過度な対処で避難しなくてもいいのに避難させた地域がありそこはゴースト
タウンになり復興もできなくなったからである

ただコロナウィルスと原発の相違は原発は元から危険なものとして専門家でもわかっていた、それが政治家によって無理やり作られた経緯がある
コロナウィルスは生物兵器として作られたとかありそれはわからない
それも科学技術の問題であり専門家が深くかかわる問題として提起されたのである
原発事故は局所的だったが世界中をまきこんだことで今回の問題の方がグロ−バルでありまさにグロ−バル経済自体の崩壊まで及ぶものとなったのである




posted by 老鶯 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月19日

東京オリンピックは開催するべきでなかった (福島の復興はしていない―阿部政権の化けの皮がはがれた?)


東京オリンピックは開催するべきでなかった

(福島の復興はしていない―阿部政権の化けの皮がはがれた?)


東京オリンピックを前から今の時代に必要なのか?
それを国民が望んでいるのか?
そう思いなかった、第一オリンピックを開催する意味がわからなくなってきていた
平和の祭典というけど実際は商業オリッピックでありそれで利権にかかわる人たちだけが潤うとなる
電通とかゼネコンとか東京中心に潤うとなる
つまり何でも日本は東京中心になる
地方は今回もまだ復興などしていないのに置き去りにされる

ただそういうことを私が批判しても何かわからないままに地銀からすすめられたリートに投資していたのである、これは東京オリッピックまでは景気が良くなり地価もあがり建築にも投資されるということで入った
私自身は株とか投資のことはわからない、ただ地銀にまかせたのである
利子がどうせつかないのだからとすすめられているからだ
オリッピック景気というものがありそれで潤うということを政府でもすすめた
インバウンドでもそうである、それがコロナウィルスで砕かれてしまったのである

地銀でもゆうちょでも農林中金でも何かアメリカのCLOとか危険なものに巨額の金を投資しているという、それが損になると農林中金は倒産すると言われる
地銀とかゆうちょとか地元のために経済活動を活性化するためにある
でも今はそういうことがなく東京中心のオリッピック景気にあづかるということだけであり何か地域のために投資するとか活性化するとかはなくなっていた
東京の経済規模が地方からすると比べようがない莫大なものとなっているからそこで投資して利益を得るとなる、地方からは利益が得られないからそうなる

それで浪江の牛飼う人が抗議しているのもわかる
オリッピックで現地のことを復興したしとして忘れさせる
お祭り騒ぎで忘れさせる
でも現実は聖火リレーでも廃墟の街を走ることになるだけである
小高から浪江から双葉とか大熊などは何にも復興していないのである
そして地方のテレビでも聖火リレーのことを宣伝する
だから今回オリッピックに反対する浪江の牛飼いの人のことを記事にした政経東北は評価できる

とにかく今回の東京オリンピックにしても原発にしても東京が優先されていたのである
福島に原発を作ったのも東京に危険で作れないから福島に作ればいいということであった「安全神話」を作るほど安全を言うなら東京に作るの筋だったのである

それだけは絶対にできない

東京都民が絶対に反対するから

それなら福島がいいとなった

東京中心の経済政治でありそれで決められる、また地方でもその政策に対して従うだけだとなる
東京というとき日本のエリートが上級国民が住んでいる場所である
するとエスタブリッシュメントとか既得権者が住む場所であり当然自分たちの住んでいる場所が優先される、そこに権力が集中しているから意のままになる
そういう構図が原発でもありオリッピックでもありそれが政治になる
人間は住んでいる場所に一番関心がある、離れると人でも何でも無関心になる
本当にもし東京に原発を作ったからどれだけ厳重に都民でも関心をもち安全を計ったか
そうなれば東電だってごまかすことなどできなかった
安全を「安全神話」でごまかすことはできなかったのである
その前にとても反対されるから作れなかった
原発そのものが東京に作れないということ自体がいかにそれが危険なものだったか証明していたのである 

意外ともしかしたら東京というのは原発でも安全だったかもしれない、今回の様な大きな津浪は入江になっているら安全だったかもしれない。
ただ地震はどこでもあり日本の原発はどこも危険なのである
福島原発でも最初の地震のゆれで配管などが壊れたりして他にも地震が津波の前に影響して事故につながったとそこで働く現場の人がそのことを暴いた
日本は地震があるからもともと原発は向いていなかったのである
そしてアメリカの方が西側は地震とか海岸線は津波があるとかで東側に多く作られていたのである、アメリカの方が地震に考慮して作っていたのである
日本は全国的にどこでも地震が起きる国なのに地震のことを考慮していなかった

いづれにしろ原発事故から9年過ぎてもまだ復興はしていない、廃炉にもいつまでかかるかわからない、40年かかるとか途方もないのである
ただ地元にも矛盾がある、海にトリチウムを流すのを漁業組合が反対してもそれでまた補償金をとる交渉するのかとなるからだ
ただ原発事故周辺は補償金をもらう要求するだけなのかと今度は国民から見られているのである

そもそも政府の政策は国民に甚大な影響をもたらす、戦争を決断したことで300百万人が死んだということもそうである
それは政府だけの意志ではないとしてもそういう甚大の犠牲がともなうことである
コロナウィルスでも政府の政策が庶民の死活問題となってくる
その影響もまた大きいのである
政府で30キロで区切り避難地域になった人たちには手厚い補償があった
でも30キロ内に入らない人は補償金でも三倍の差があった
それより医療無料は30キロ外の鹿島区は半年で打ち切られた
高速無料もなかった、その差別が大きすぎたのである
また要求したら30キロ内は一年伸びたのである

何かこうして政府の政策は大きな影響ももたらす、南相馬市は分断されたし他でも放射線量で細かく区切られて補償金でもめて分断されたのである
それは深刻であり内部で分裂した、それを目論んだのは政府なのかとまでなる
なぜなら攻撃する対象が内部になったから政府に向かわないから政府にとってはいいとなった

とにかく消費税をあげたことやオリッピックが今度はコロナウィルスで見直される
それは国民の意志より神の天の意志なのかともなる

消費税失敗

オリッピック中止

株価暴落⇒アベノミックス崩壊

何かそれが安倍政権の化けの皮をコロナウィルスがはがしたともなるのか?
政治はこうして天災とか伝染病とかでも大きく変化する
易姓革命が起きる

阿部首相に徳がないから災いが起きる!

そんなふうにされる、阿部首相は長期政権だったけど幸運だったのである
それが今一気に不運に見舞われ存亡の危機にある
やはり人間個人でもそうだが幸運とか長くつづかない
そして安倍政権は今この危機で試されているのである
試練なのでありこれをのりきれば国民の信頼を得るしその実力を本当に認められるとなる
でも実際は阿部政権の政策そのものアベノミックスでも株価の下落で崩壊して化けの皮がはがれたのである

だからこのコロナウィルスは何なのか?本当に不思議だとなる
それは世界的にも様々な変革をうながして時代を世界を変えるとなるとこれが全部悪く作用するだけなのかとなるとそうでもないのである
グローバル経済の世界を見直すものとしてコロナウィルス騒動を起きているのかとなるからだ



posted by 老鶯 at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月18日

現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない


現代に秘境はない、コロナウィルスから隔離できる場所がない

コロナウィルスから守るにはどうしたらいいのか?
それが現代では至難である、それはなぜか?

宅配の行かない場所がない

宅配が行かない所があればそこは秘境になる、でも日本ではそういう場所が今はない
宅配は山の奥まで行っている、するとどうしたってモノを運びヒトも入ってくる
そこで感染から逃れられないとなる

なぜ桧枝岐(ひのえまた)でコレラの感染を逃れたのか、そこは交通がない、閉ざされた村だった、そういう秘境の村というとき必ず平家落人伝説がある
そういう伝説が生まれたのは人々がそういう人たちと交流しないかったからである
木地師の椀貸し伝説などでもそうである
それは一つの沈黙交易だともしいてる、人が交わらず物を交換したことが伝説になった
これももしかしたら伝染病をうつされることを恐れたためなのかということも今なら考えられる
ただ物でもそこにウィルスが付着したりするから危険だとはなる

ともかく伝染病は接触することからうつる、だから直接の接触はさけることが第一になるすると外部からの人とと接触しないようにするには宅配とか現代のようにどこまでも物が運ばれる社会では不可能になる
でもそれが外部との交流を断った中でもし暮らしていければ伝染病からはまねがれる
それで東京から八丈島とか小笠原に一時的に退避して暮らす人がでてくる
そこは隔離されているから安全だとなる

現代では秘境が存在しないという時、秘境のような場所があっても必ず宅配が車で配達するからである、桧枝岐でもそうである
昔なら隔絶された隔離された村だった、それでソバを主食として米は食べられなかったとかヤモリを焼いて燻製にして食べていたとなる
つまり秘境という時、外との交流を断ってもそこで自給できなければありえないのであるそういう場所が四国の祖谷(いや)とかにあっりそこは平家落人伝説がありそこは歴史的事実であったとされる

秘境という時、昔は江戸時代辺りだと隣の村すら秘境になっていたかもしれない、交流がないことがある、小さな村で自給自足して交わらないからである
それでこの辺で麦つきに来た若者が大蛇だったとかの伝説がある
それは隣の村だったのである、隣の村すらそうして全く交流がないとそうなる
現代ではその差が大きい、別にそうした労働者は外国からでも来るからである

コレラは日本に中国から伝染した、港から入ってきた、そして北前船を通じて日本海側に青森まで増えたのである
日本海側から今度は会津若松市の方に伝染した、でも桧枝岐までは伝染しなかったのである
そういうふうに閉ざされた場所は今はない、するとどうしても物が運ばれて人も入ってくる、また物が入って来なければ生活できなくなっている
桧枝岐は今は尾瀬の観光の入り口でにぎわっていたからだ
観光で暮らす村となっていたからである、観光となるとどんな所からもくる
それで北海道が感染者が増えたのである

昔から伝染病は相当に怖いものとして意識されていた、エジプトのミイラにもウィルスに感染した痕跡がでてきた、こういう記憶は人間に刻まれて伝承される
村の入り口にそうししたばい菌が病気が入らないように大きな藁人形を置いたりするのはそのためである、現実に村の前で大きな刀をもって仁王立ちになっていた写真が中国のコロナウィルス騒ぎで見た

ともかくコロナウィルスてもウィルスに交通がこれだけ発達したことが裏目になった
たちまち世界中に拡散したのである、それは止めようがないのである
だから閉鎖されて暮らすことにもメリットがあった
でもそうなると外から物資が入ってこないから飢饉とかには弱くなる
人間は二つも三つもいいものとしてありえない、何かいいと思っているものも悪く作用するのである、それがコロナウィルスで証明されたのである
世界中の交通が遮断されて引きこもるほかなくなったからである

これはグロ−バル経済を見直すものとして起きたともみる
東京などでは中国から野菜でも輸入して安く入るから日本の農業を軽くみる
でも中国から野菜でも入らなくなったときどうするのかとなる
交通が途絶えるとお手上げになる、原発事故のときは放射線被害を恐れて物が入ってこなくなったから危機だった
そして水も土も空気まで汚染されたから危機だった、つまり水も飲めない、ペットぺットボトルの水も入ってこないとしたら死んでしまうとなっていたからである
ガソリンも入らず車も使えず身動きできなくなっていた
外からガソリンでも物資でも入らなくなったら生きていけないのである

でも不思議なのは秘境があるとする、そこでは自給していたから外から物資が入らなくても生きる術があった、燃料は炭であったり最低限は自給していたのである
現代は交通が途絶えたらお手上げであり何もできなくなる
そうして考えると外から物資が入らなくても自給して生活できることが凄いともみる

外から物が入らなくても人間は暮らせるのか?

それが可能であったというとき今では時代を比較するとイメージもできなくなっているのだ
それだけ交通に頼る世界になっているからだ
それもグロ−バルにそうなっていて中国から物が入らない工場だと部品が入らないとかなり何もできなくなっていた
だから工場でもなんでも中国に作り頼ることは問題がある
いくら安く作れるからと言ってこういうときには緊急の時には物が入ってこなくなる

だからコロナウィルスが世界に提起した問題はこれからも社会をどうするかということで再考するべきである
中国に頼りすぎてイタリアやヨ−ロッパに蔓延した、そしてヨ−ロッパから日本に帰った人が感染していた、逆流してきたのである
だからヨ−ロッパは相当に感染が広がっていたのである
日本はも検査していないから数は少なすぎるのである

いづれにしろコロナウィルス騒動で外にも出れなくなる、封鎖される
それも世界中でそうなっている、こういう経験は今までなかった
サーズとかでもあったがそれは全世界には及んでいないのである
コロナウィルスは全世界的問題として提起されたのである
今はその解決方法がない、逃れる場所もないのである

posted by 老鶯 at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

コロナウィルスと現代文明 (過剰な人間の活動への歯止、警告か?)


コロナウィルスと現代文明

(過剰な人間の活動への歯止、警告か?)

魚の伝染病のコイヘルペスウイルス(KHV)病の対策と、各漁協から提出された種苗(稚魚など)の放流量の変更希望について審議し、それぞれ決定しました。

 コイヘルペスは2003(平成15)年に茨城県霞ケ浦で発生してから各地に広がり、長野県では翌04年度に34市町村で発生を確認。

  2015年度以降は県内で発生していませんが、全国の発生状況はここ数年11〜13都道府県と横ばい状態で一定の発生があり、他自治体の持ち出し禁止の解除もここ数年ないため、長野県は引き続き2017年度も持ち出し禁止とすることにしました。

 こうした病気対策に加えて委員会を困惑させたのが県内河川の魚の減少。この日申し出があった各漁協の増殖変更の説明でも「昨年6月に300キロのアユの稚魚を放流したが、試し釣りをしてもアユの姿が見えない。釣り客も少なく、不調だった」「川によっては10年来、アユを放流しても解禁日に数匹しか釣れない」

鮎が見かけない、それは最初放射性機物質の汚染だと思っていた、それでこの辺でも稚鮎を放流した、でも鮎はみかけないし育っていない、前は小粒になっていたが鮎は夏には遡上していたのである
子供の頃鮎は大きく父親がとってきていいオカズになっていたのである
それから鰻もとれていたが全くとれなくなっ、ドジョウとかメダカも田んぼがコンクリートの水路化していなくなった
何かそういうことで淋しいとなる

この辺では原発事故で一時田畑が荒地に変わった、そして海側は津波で湿地帯に変わった大きな沼にもなって釧路湿原のようになったことに驚いた
原初の自然状態に変わった、とういうより原初の自然にもどった
八沢浦は明治になって開拓されて田んぼにされた所だったが入江になったのには本当に驚いた、波が太陽の光できらきら光り打ち寄せたのである
それは奇跡のように思えた、でもそこで人が死んだからそれを報告したとき怒られた
でも原初の状態がいかに美しいものだったか再現したのである
私は田んぼで生産される米より常に景観を重視してみていた
なぜなら米は減反でいくらでもあるとなると余っているとなると価値が低下したからである、むしろ景観の方が価値があるとして見る
でも日本の自然は相当に破壊されてきた、特に高度成長時代から大規模に破壊されてきたのである、第一大都会自体が自然破壊の結果できたのである

原発事故では田畑が荒地になったとき田んぼにいた蛙がいなくなりそれを餌とする鷺がいなくなった、蛙の餌となる水生生物とかは田んぼにいたから蛙も生きられていた
でもそうした生の連環が断たれると生きていけなくなる、生態系が破壊されると生きていけなくなる
そして田んぼが回復して鷺が帰ってきたとき感動した、鷺集まる巣とするとこすやに50羽くらい集まったからである
人間は生態系が破壊されると人間も住めなくなる、水も土も森も空気まで放射性物質で汚染されて住めなくなりゴーストタウンになった

これがコロナウィルス騒動と何か関係あるのか?

鮎でもコイヘルペスとかあり伝染病にかかりいなくなったのか、魚も伝染病にかかる
でも全国の川から鮎が減少するとかいなくなるということはなぜなのだろうとなる
その原因はここでは放射性物質だと思っていたが他でも同じだから原因は違う
やはり生態系全体に異変が生じていなくなった
そういうことが人間にも影響してくる、やがて生態系が破壊されて人間が住めなくなるとうこともありうる
文明の過剰な活動はどうしても生態系を破壊する、世界の森でもグロ−バル経済で破壊される、そしてオラウータンの住む森が減少して住めなくなる
それが人間にはねかえってくる、環境は汚染されて人間も住めなくなる

コロナウィルスが中国で蔓延して生産活動をとめたら交通でもとめたら二酸化炭素がへり空気がきれいになった、そもそも中国は大気汚染でコロナウィルスの十倍も死んでいる
汚染大国なのである、黄砂とかあり自ずと汚くなり穢れに対して無感覚なのである
日本では江戸時代でも中国より清潔だったと外国人が報告している、
日本の神道は穢れを嫌うから神社でも掃き清めて塵一つない、そういう伝統があり文化があり清潔だともなる、第一中国で川で禊(みそぎ)するなどできないからである

コロナウィルスの不思議はグロ−バル経済でも過剰な生産活動でも交流でも一時的にとめた、結果的に起きたことは日常の静寂と大気汚染などが減って空気がきれいになったとかある

それは何を意味しているのか?

それは文明化による活動が過剰になっていたとういことである
そうして文明の過剰な生産消費活動を抑制するためにコロナウィルスが生まれたのかともなる、世界的生産消費活動がもう限界に来ていたのである
自然から見るともう耐えられないという状態になっていた
それでコロナウィルスで一時的にその生産消費活動が止められたともなる
これがつづけば自然はますます破壊されて人間も住めなくなるからである

何か外に出るなと人が集まるなとかなるとこれは中世の時代に逆戻りなのかとなる
ニーととか引きこもりは有利になるのか?
修道院で引きこもるような生活になる、そこで内面の世界に生きる、心を修養するとかなる、そういう時代への逆行がコロナウィルスによってもたらされるのかともなる
時代を変えるのかとなる
不思議なのはなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた人が検査して感染者が増えている
そんなにヨ−ロッパで増えているのか?
それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本では検査していないから実際の感染者は十倍とか百倍になっているかもしれない
死者もインフレインザで死んだ人がコロナウィルスになっていてもわからないからだ
それで政府は重大なことを隠蔽しているとなる

いづれにしろなぜこんなに災いが続くのか?
個人的にもそうだった、それを書いてきた、今度はコロナウィルスかとなる
次にまだ来ていないのが戦争と飢饉だとなる、ただこれは人類は克服したとされる
でもこんなに災禍がつづくのは何なのだろうとなる
時代の変わり目でありこうなるとあらゆるものが変わる
明治時代とか戦争の後のようなことが起きて来る
それで預金封鎖とかなるとかいろいろ心配の種が尽きない時代になったのである
ただコロナウィルスを契機として世界も変わるからそれがすべて悪いものとして作用するとは限らない、一時的に痛みがあっても犠牲があってもその後に新しい世界が時代が生まれるともなるからだ
posted by 老鶯 at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月17日

コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議 (グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


コロナウィルス騒動がもたらした結果の不思議

(グローバル経済の変革をうながすものとなっていた)


●グロ−バル経済の歯止

●中国の一帯一路の歯止

●アメリカの金融資本主義の崩壊の危機

●ヨ−ロッパのEUの分解

●密集する都市の被害⇒分散化

●格差社会の医療不備のから蔓延(アメリカなど)

●老人が感染して死に安い


何かこのコロナウィルスが不思議である、これの正体が不明なのこともある
ただその結果として現れたものから考察すると現代社会が築いてきたものの崩壊現象が起きていることである
それはこの辺でぱ原発事故から起きた、土も水も森も空気まで汚染されたら息すらできなくなる、そして町はゴーストタウンとなり今でも回復していない町がある

そもそもウィルスの災いも歴史的に甚大だった、それはヨ−ロッパのペストなどで象徴されている、人口の三分の一とか消失した、死体の山が築かれた、この世の終わりかとも見えた、だからヨ−ロッパで今回も恐れることはわかる

またアメリカのインディアンとか南米のメキシコのマヤ文明とかインカ帝国とかを滅ぼす原因となったのが白人がヨ−ロッパからスペインとかからもたらされたウィルスであったそれで壊滅的な死者を出したのである
日本がでもコレラが流行したのは幕末にあり明治にも増えた、それは外国人と交わるとそうなりやすいのである
免疫ができていないからそうなりやすいのである

このコロナウィルスが結果的にもたらすものを見るとこうして世界自体を変えるのかとなる、これらがすべて悪いものとして働くともならないのが不思議なのである
世界の人たちがこうなくことに反感することも多かったからである
私自身もそのことで批判してきたのである
トランプがアメリカファーストとかイギリスがEUから離脱するとかそういう傾向がすでにあったからだ

そして今株価が下がり世界の金融システム自体が危機にさらされる、崩壊の危機にさらされている、ということはグロ−バル経済を牛耳る金融システムを牛耳る金融資本家への攻撃ともなる
世界のそうしたシステムの中で暴利をむさぼっていたものの凋落ともなるのか?
そうなることは世界にとって悪いことではない
何かこういう時代の大変化の時は必ずどこかが誰かが犠牲をともなうのである
そしてその激変の後に新しい時代がはじまる
それは日本だと明治維新とか太平洋戦争後に起きた
それはだいたい70年周期で大変革起きて来る、それが2020年である
ここが節目の年なのでそうした激変が起きて来る

例えばコロナウィルスの結果中国では生産活動が一時停止して二酸化炭素が減り大気汚染の度合いが急激に減った、結果的に大気汚染で死ぬ人が相当数減った
コロナウィルスで死ぬより十倍もの人たちが中国では大気汚染で死んでいたのである
つまりコロナウィルスより大気汚染の方が深刻だったのである
ということはコロナウィルスが大気汚染を公害をとめたとまでなるから不思議なのである
それがコロナウィルスは密集する都市でたちまち蔓延する、それで一千万都市の武漢が閉鎖された、つまり人間が密集して住む都市は危険だったということになる
もし人間がこんなに密集して住んでいなければ武漢肺炎として風土病で終わっていたという、ウィルスは密接に交通と関係していたのである

コレラでも日本では日本海側から伝染して青森とかで増えた、でも内陸部はそれほど増えなかったのである
しかし福島県では会津若松市が二つの街道があり内陸部からと日本海側の新潟から感染者が入ってきて増えた
それから逆に田島の方へ感染が移っていたのである
つまり交通で人の流れに比例して感染者が増えていた、だから桧枝岐(ひのえまた)は秘境だったから感染者は出なかったのである,ほとんど交通がなかったからである

いづれにしろこのコロナウィルスの謎は子供とか若い世代は比較的感染しても軽症ですむが老人は60以上になると重症になり死に安いのである
これとは逆に放射線被害は若い世代へ子供とか次代のまだ生まれていない人たちまでに影響する、遺伝子が破壊されることで恐怖だった
老人は放射線を恐れなかった、なぜなら20年後に癌になるとしても何かしらの病気になって死んでいるからである、だから放射線は関係なかったから避難区域に帰ったのであるでもそこに若い世代がいなくなったから自治体を維持できなくなっていたのである,今回は老人がこれだけ増えすぎたのだからかえってコロナウィルスは減らす、するとこれは自然が与えた淘汰現象なのかとまでなる
だからコロナウィルスは本当に不思議なのである
自然からの天からの神からの人間の警告であり作用なのかとまで思ってしまうのである

そして日本では感染者が増えないとしているが外国から帰った人がヨ−ロッパからでも
感染している人が多い、それは空港で厳格にみんな検査しているからである
日本国内では検査していない、だから実際は十倍なのか百倍なのか感染しているともみるまた死者が少ないという時インフレインザの肺炎で死んだ人は見分けがつかないという時実際はコロナウィルスで死んでいるのかもしれない、その数は多くなるのである
老人はインフレインザの肺炎で死ぬ人が多いからである

ともかくこのコロナウィルス騒動というのが何なのか不思議である
原発事故も様々な問題を提起した、そのことを追及して来た
原発事故は大きくみれば文明崩壊の現象だったのである、なぜなら故郷でも住めなくなったからである、ゴーストタウン化したからである
そして廃炉まで40年かかるとかもう回復不可能のような状態に陥ったからである
だからコロナウィルスでも世界に蔓延してそうした崩壊現象が起きて世界自体を変えてしまうとなると一体これは何なのだろうとなる
それが確かに一時的には甚大な被害となり犠牲者が出る、でもそれは新しい時代を作る痛みなのかもしれない、グロ−バル経済でも金融資本主義でも一旦崩壊することは新しいシステムの構築へすすむとなるからだ


posted by 老鶯 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月16日

コロナウィルス騒動が人間に問うもの (人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

                                                      
コロナウィルス騒動が人間に問うもの

(人間は自然を越えられない、生態系を無視して生きられない)

グロ−バル科学技術文明の批判 (生態系を破壊してコロナウィルスでも世界的災禍となる)


人間はどうしてもある制約が課せられている、それは生態系を無視して越えて生きられないとか地理の制約がある
ただ技術の発達で交通の発達でそういう制約を無視して克服して船であれ電車であれ車であれ飛行機であれ自由にヒト、モノが流通するようになった、グロ−バル化するようになった                            

ではコロナウィルスとは何なのか?

こうして交通が発達してグロ−バル化したことに歯止をかけた、ウィルスというときそもそもおそら侵入してはならない密林とかにひそんでいた所に人間があえて侵入して伝染したとかなる
自然があったとしても人間は技術力があり入ってゆき森でも何でも資源として利用して喪失させた、そしてオランウータンとか森がなくなり住む場所がなくなったとかある
それはオランウータンが住む生態系が破壊されたために起きたのである

生態系から文明をみるとき日本は中国の江南辺りから雲南辺りからの照葉樹林帯の共通の文化圏を形成しているとみる、原町のスダシイ神社とかあるのもそうである
それで不思議なのは韓国と古代から日本は交流が深い、その半島の先端に伽耶国があり
ここは日本と一体化したようになっていた、日本府任那があったからだ
そこで料理は禅宗の精進料理のようなもので質素だったという
肉食はモンゴルが侵入してから習慣化したのでありその前は南は照葉樹林帯の文化だったのである

人間は生態系を離れてありえない、でも現実に東京とかなるとそこに自然とか生態系を感じない、人工的空間に生活している、東京に住んでいたら米がどこでどういうふうにとれるのかわかならい、田んぼがないからである
ただ中国であれ外国からであれ入ってくるものであれスーパーに行けば買えるものだと思っている
でも中国から今回のように食料すら入らなくなるとどうするのかという深刻な問題が生まれる、それは私はグロ−バル化経済批判で再三指摘して来た
なぜならこういう時、食料が不足したらまず自国優先になる、その土地土地に住んでいればその住んでいる土地が優先になる
すると東京とか大都会ではどこから食料を手に入れるのかという問題が生れて来る
それは深刻なものになる、外国は頼りにならないのである
そこにグロ−バル化の限界がある

今回のコロナウィルス騒動で不思議なのは様々な文明の弱点、グロ−バル経済の弱点、
または世界の国々の弱点が露呈されたことである
医療でもそうである、アメリカは保険がないから貧困層は医者にもかかれない、病院ち行けないから感染者が増える、インフレインザでも一万人以上死んでいる
貧困層が医者にかかれないことは感染も拡大してそれが上層部にも波及する
つまり格差社会は上層部もまきこみ被害になってゆく
だから極端な格差社会の国は国自体が脆弱なものとなる
ウィルスの攻撃には弱いことが判明した

それはイタリアでも顕著なのである、ここはそもそも病院の数が日本の十分の一とかに減らしてないのである、これは国全体が財政的に厳しく医療とか福祉にまわせなくなったからである、中国に頼るようになったのもそのためである
そのイタリアからヨ−ロッパ全土に広がった、EUでは行き来を自由にしているから余計に
そうなる、スイスにも広がったという時、スイスからイタリアへの鉄道があり交通が張り巡らされているからそうなる、スイスに広がり隣のオーストリアにも広がる
ヨ−ロッパは一つの大陸で交通が発達しているから広がりやすいのである
日本はもともと海に囲まれているから水際でとめられるということがある

そしてなぜヨ−ロッパから日本に帰ってきた日本人が感染していたのか
それは空港で検査が必ずあり厳しいから判明したのである
日本は明らかに検査する数は少なすぎる、もし空港で厳しく検査するようにしていれば数は百倍になるかもしれない、そこに日本の不安があり疑問がある
ただ死者数はそれほどではないとしてもこれインフレインザで肺炎で死んだ人をコロナウィルスでもそうししていないのかもしれない、何かここは不安なのでアク

いづれにしろ人間は何らか常に制約がありタブーがあったがそれを破ってきたのが文明であり科学技術なのである、でもその制約を越えられないものがある
原発事故で致命的だったのは生態系を破壊されて土や水や森や空気まで汚染されて住めなくなったことである
田んぼとかは生態系に依存してあった、でも一時田んぼでも稲作を禁止されたとき荒廃して原野になった
その時田んぼから蛙が消えた、蛙が消えると鷺が消えた、蛙を餌としていたとかあるからだ、田んぼには水生生物をもいて蛙の餌となっていたからである

つまり生態系はこうしてつながっている

田んぼがなくなる⇒蛙がいなくなる⇒鷺がいなくなる・・・人間がいなくなる

この連鎖が生まれた、人間も町から消えてゴーストタウンになったからである
生態系を破壊すれば人間はその土地に住めなくなるのである

だからコロナウィルスの不思議はこうしたグロ−バル経済とか生態系無視の経済の拡大とかに警告したのかともなる、それも天の作用だったのかともなる
社会自体を見直すものとして生じたのかともなる
津浪でも原発の危険性を警告した、その惨状はあまりにも強烈だった
でも津波が来なければまた以前として原発は安全だとなり日本中が原発だらけになっていた、誰もとめることができない、金になるとなればこの辺でそうだったように目の色を変えて危険は無視されるからである

自然災害は人間の傲慢さを打ち砕くものである、人間は自然を越えられないのである
必ず台風でもそうである、新たな自然災害でその不備が問われるのである
そして自然災害は必ず人災だともされる、それはそうした危険を無視しているからである安全には金をかけないからである、コロナウィルスだってそうである
医療関係に金を使いたくないとして医療が脆弱になりアメリカでもイタリアでもそこをつかれて蔓延をとめられないとなる
posted by 老鶯 at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月14日

放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ (不安の人間の社会心理)

                                                                          
放射能線のように異常なコロナウィルス騒ぎ

(不安の人間の社会心理)


放射能に怯える余り、科学的に十分安全だった除染の基準を無駄に引き下げ、除染した土の持って行き場に困り、無駄に金を使い、結果どこも安全にならない。子供たちは、必要以上に屋内に閉じ込められ、精神的な安定性を失い、バランスからすれば被害は拡大した農作物や魚の風評被害についてはいうまでもなく、僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

コロナウィルスは原発事故の放射能汚染と似ていることを考察した
恐れる人はものすごく恐れた、それは放射性物質の汚染が何かわからないからである
それで専門家でも二つに分かれた

危険 限りなく大

危険 小

危険を言う専門家は限りなく危険だとして怖がらせた、また逆に危険でないという人は低放射線は健康にかえっていいのだという人もいた
それが両極端になった、それで地元では今度避難区域に指定された所は住めなくなった
30キロ内に指定された区域は一時的に避難された
それから一部は5年くらい避難区域にされて住めなくなった
でも今から考えると

南相馬市は避難させるべきでなかった

小高地区は街の方は放射線量が低い

全部を避難させるべきでなかった

そもそも30キロで区切って避難させたのが間違いだった

結果的に人が住まないゴーストタウンにした

これと同じことがコロナウィルスでも起きているのだ
専門家会議を開きそれでここ一二週間が感染拡大をとめる瀬戸際だとして休校したりイベントの自粛を要請した
結果的に日本自体が経済活動が委縮して倒産する会社もでてきた
それはこの辺で街がゴーストタウンになったのとにている
この被害の方が甚大だったのである
30キロで区切られ避難区域に指定されて人が5年も住まなくなると若い世代は他で生活基盤を築き帰らなくなったからである
つまり避難区域にすることは慎重にすべきだったのである

その後は補償金でこの辺はもめて市町村が分断された、市町村内でもこまかく放射線量で補償金に差をつけたからである、30キロで区切られて隣の家は補償金で格段の差がついてしまった、そこでもめるようになったのである
今回も大企業の正社員は8000円とか休業補償されて非正規とかフリーランスはその半分の4000円だとしている
これもこの辺の原発事故の補償でもめたのとにている
必ず割を食う損する人たちがでてくるのである

結局なぜこうして放射線でもコロナウィルスでもうまく対処できないのか?

それはこれらが未知でありどう影響するかわからない、すると過剰に反応するようになる怖がる人はものすごく怖がる、それをあおる人もでてくる
第一専門家でも放射線の被害と同じように言うことが違っている
危険を強く言う人は言うしそれほどでもないという専門家もいる
そしてどうして判断していいのか一般の人はわからなくなる
どう対処していいいのかもわからなくなる

そしてかえってあまりに恐れ過ぎて会社を倒産したりすることの方が影響が大きくなる
つまりそしたら仕事がなくなり食べていけなくなるから深刻にもなる
ここではゴーストタウンになり元に戻らなくなったようになる
その被害の方が大きかったのである、小高などは放射線量が低かったのである
だから街内は避難させるべきではなかったのである
それがとりかえしつかないことにした

だから政府の判断はどれだけ国民に影響するのか今回のことでもわかる
政府の判断は強制なのである、それによって後戻りできないものを作り出す
ただ政府にしても未知なるものにどう対処していいかわからないということがある
もし手をこまねいて感染を増やしたらまた批判される
それでやむなく決断したとなる

ともかく専門家すらわからないことを素人がわかるはずがない

そしてやたらと専門家によって混乱させられてしまうだけなのである
だから専門家の統一した意見を言うべきだがそれもできない
すると国民は混乱するだけでありどう対処していいのかわもわからない
そうして政府の判断で日常生活もできなくなる被害が大きいのである
それによって弱者の被害が大きく生活そのものが破壊されてとりかえしつかないようになる

でもなにかにやいっても社会全般に広まった恐怖の感情は増幅されている
それがととまらない、そういう恐怖の心理が優勢になり社会を覆ってしまうのである
それを止めることはできない、その恐怖心を取り払うことはできなくなる
そういう社会心理が人間心理が怖いともなる
それで何か得たいの知れないものに遭遇して魔女狩りとかが生まれた
そこでユダヤ人がスケープゴートにされた
社会の不安心理がそうさせたのである
だからそういう人間の心理とか社会不安を過度にあおるものが怖いともなる
それにマスコミは便乗して視聴率をとろうとするのもまた不安をあおるのである

でも一方で安全だといってもそういう未知のものへの不安をかき消すことはできない
だからこの対処方法は本当にむずかしいのである 

僅かな安心を得るために、不必要に避けることにより、多くの地域の農業を苦しめた。

あまににも安心に過敏になった結果としてこの辺の農業とかは破壊された
その影響の方が大きかった、風評被害もあった、こういう時必ず風評被害が起きる
恐怖が増幅されて安全なものでも安全でないとする
わずかでも安全でないとなると騒ぐ、コロナウィルスでも過敏になると空気すら吸いなくなる、現実に放射線被害ではそういうことがあった、空気が汚染されているのだから空気すら吸いなともなるからだ

いづれにしろ日常生活が破壊される方が危険の場合がある
食料が入らない物が入らないとなり奪い合いとなり殺し合いまでになる
そっちの方が怖いのである
社会そのものか停滞して破壊させられる方が怖いことがある



posted by 老鶯 at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月07日

正確な情報とデーターを知らされないのか? (コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)


正確な情報とデーターを知らされないのか?

(コロナウィルスウィルスも利権がからんで検査もできない)

kotocolona1.jpg

原発事故でもまず情報が隠蔽されて「安全神話」が作られた
それを作ったのは政治家であり官僚であり東電でありマスコミでありとすべてが一体となり作り上げた虚構の「安全神話」だった
そこで正確な情報とデーターは知らされない、だからまずそこからして判断しようがなくなる、科学者なら学者ならデーターがないと何も言えない、データーをまず把握しないと何も言えない、だからデーターに基づかないことは言うなと一般人に警告している

そしてこのデーターを握るために独占して利権化するために国立感染症の団体が開業医とかに検査させないという、ここでも利権なのかとなる
様々な研究所ではデーターを把握すれば正確な情報が発信できて権威をもつ
それが利権につながる、他の研究所で勝手にデーターを解析されて発表されると国立感染症では権威がなくなり予算もとれないとしている
また厚生省の官僚も検査をしたくないとしている
それで検査がすすまないとしている

こうして様々な団体で利権がからんできて肝心なことが安全でもおろそかにされる
原発事故では漁業組合が漁業権で利権を得たからそれで補償金を事故前も事故後ももらっていて何ら生活に困ることはなかった
その利権は大きなものだった、ただ漁業組合だけではない、様々な団体組織がありそれは利権団体なのである、カルト宗教団体でも利権団体で一致している
だから政教分離となると創価であれ神道団体であれ仏教団体であれ一致協力するのも不思議だとなる
宗派争いとも熾烈になるが利権のためなら協力する、それはそもそもそれぞれの団体が利権団体だからである、労働組合でも利権団体化していたことはわかる
労働貴族などが生れていたからである
これが社会を歪めていることは共通している

今回のコロナウィルスでも国民のために何をするか安全を守るために何かをするというよりまず国立感染症だと利権が先だとなっていた
それは原発がさまざまな団体の利権化したこととにている
原発の利権化した団体組織は数も多かったからである、そこで官僚の利権ともなる
その利権が先になるとどうしても肝心のことが安全のことが後になる

なぜ検査できない?

このことがわからないのはその背後に常に利権がからんでいるからである
そういうことがあってもマスコミでは追求できない

マスコミも大きな利権団体だからである

マスコミ自体が宣伝費をもらって成り立つ巨大な利権団体なのである
様々な組織団体から宣伝費をもらっているからその組織団体に反することは言えないのである、東電だったら電事連とかあり莫大な宣伝費が出ていたからである
つまり利権にかかわらないかぎり公正な報道などできないのである
でもこれまでの報道は必ず背後にこうした利権とかかわりそれで真相は闇の中になる

だから意外とyoutubeを何かわからないで見ていたが真相を追及している
それはプログとかyoutubeでも手間はかかってもほとんど無料だからできている
別にスポンサーがつかなくても放送できるからである
テレビとかマスコミではできないのである 

いづれにしろこの利権団体は社会を相当に歪めている、でも人間は利権から逃れられないそこに人間の矛盾がある、相克がある、金のためには悪魔に魂も売るのが普通でありそれが社会の実相でもある、金でなんでも買収されてしまうのである
今の時代になると金で買えないものはないとなってしまっている

しかしそれが原発事故やコロナウィルスとか問題が起きるとなぜそうなったのかとかいつも追求する、そして利権が背後にありそれでまた歪められていたのかとなる

現代の民主主義といっても一票など何の意味もないのだ
むしろ票がまとまってないと当選できない、すると様々な利権団体組織に忖度する
そこには種々の宗教団体も入っているのである
宗教も団体組織なると利権化するのである、その利権をめぐって宗派が熾烈な争いになるのが歴史でもあった、それは宗教の正当性を追及するより利権争いだったのである
歴史的に寺があるとするとそこは一つの国であり城であり利権化していた
だからその寺から侍が出たというのもわかる、僧でも僧兵がいたからである
そこから武士になっても不思議でもない、ヨ−ロッパでも騎士団がいたからである

ともかく民主主義といってもそこに様々な弱点欠点がある
特に民主主義は危機に弱いという面がある、一本化できないからである
危機の時はやはり一人の人間が首相でも権限があり実行させるのがいいとなる
でも中国の共産党一党独裁はまず情報は最初から隠蔽される
そこからして真実は明らかにされずすでにコロナウィルスでも蔓延した後になっていた
また日本でもインパウンドの中国人観光客の収入とか習近平の国賓招待を優先課題として早めの手を打てなかった

結局危機に対しては一眼となって対抗しなければならないが様々な利権団体があり官僚でも厚生省の利権だとか財務省の管轄の利権だとか省ごとに利権があって一本化できないのである
戦争でも海軍と陸軍が対立して一致して行動できなかったとかにもなる
つまり民主主義は危機に弱い、一つにまとめることがしにくいからである
そして様々な利権団体が足かせになり一本化できないのである

だからなぜ検査ができないのか?

それを追及する時、マスコミでも真実は追求できない、国民でも何なのだろうとなってもどこにそれをぶつけていいかもわからない、第一阿部首相自体が厚生省の方に力がありその厚生省の役人が力がありそれらの許可なしでは何もできないとしている
それは「検査しろ」という鶴の一声で決まるはずだができないことでもわかる
官僚の方が力がありなにかにと言われるとできない、専門的なことを首相でもわからないからである
アメリカではCDCとか危機に対応する機関がありそこで一括して対応する
危機の時そうしなければ迅速に処理できない、こっちがどうだあっちでこうだとそれをいちいち聞いても首相でもわからないからである

そして危機には迅速に対処しなければならない、だから原発事故では避難指示が遅れたり住民が浪江だったら一番放射線量が高い山側の津島に避難した
トップが何の支持もできなかったのである,トップが支持できないのだから住民は右往左往しているだけだとなってしまったのである
民主主義というけど危機の時第一話し合っていても時間がかかるしそれではもう時間がない、津波のように逃げるか逃げないかなど話し合っていたらみんな死んでしまうのであるとにかく人間そのものが危機に弱い、急激に来るから判断しようがなくなる
その時頼りにすべきものはなになのかとなる、トップも原発では頼りにくならなかった
何が起きていたのかもわからなん、それで自分は爆発したとき20マイクロシーあったとき出歩いていたのである
でも外には出るなと支持はあった、でも放射線とか見えないから危機感がなかったのである
こうして危機は突然に来るから対処が誤るのである


posted by 老鶯 at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2020年03月06日

コロナウィルスと原発事故の対処の経過 (科学的判断より政治経済的判断が優先された)


コロナウィルスと原発事故の対処の経過

(科学的判断より政治経済的判断が優先された)


今回の阿部首相が判断した過程を見ると次のようになる

政治的判断⇒習近平国賓招待

経済的判断⇒インパウンドの中国人観光客の収入

科学的判断⇒コロナウィルスの正体不明ー若い世代は重症化しない

政治経済判断>科学的判断になる

科学的判断がまず最初に来てもいいと思うがならない、原発でも科学的判断なら日本では操作する技術がないから危機管理ができないからやめるべきだとなる
また十分に技術を習得してからやるべきだとなる
湯川秀樹は日本ではまだ原子力を操作できる技術がないとして早いと判断していたからである
技術が未熟なままにアメリカの古いマーク1という原子炉を買ったのである

そこには政治的経済的判断が先にくる、第一アメリカでも日本に原子炉を売りたい
もうけたいという政治的経済的判断が優先された
また軍事的にも日本に核兵器の原料をのプルトニウムを生産させて備えるということでアメリカの圧力があったからだ

科学でも技術でも科学者でも技術者でもその人たちが権力をもつわけではない
その金を出したり判断するのは政治家である
科学の上に政治がある、だから東電の科学者集団が10数メートルの津波が来るとして備えるべきだとしたときそれは無視された
経済的コストの関係で金がかかるからとできなかった
経済的判断でできなかったのである

だからコロナウィルスにどう対処するかも科学だけで判断できない
つまり学校の休校とか集会の禁止とかなると二兆円なのか経済的損失が生まれる
そのために会社が倒産したりするとその影響の方が大きくなり問題である
しかし一方でコロナウィルスを拡散することをとめねばならない
こういうジレンマに陥ったのである

第一科学的判断が正しいとしても原発事故でも放射線の影響がどうでるか不明である
コロナウィルスでも正体がわからずどう対処していいかわからない
科学者自体がすべてわかっているわけではないからだ
必ず二つの説に分かれるからそれを素人がどう判断していいかわからなくなるからだ

今回の科学的判断基準として

若い世代、子供などは感染しても重症化しない

老人や病気をもっている人は重症化しやすい

これだけは科学的にわかっている、そうするとここから判断するのがいいとなる
まず若い世代や子供が安全だということは次代を担う者が生き残るから社会は維持できるでも若い世代に影響する次代にも影響する放射線は社会自体が維持できなくなさせる
なぜなら遺伝子を放射線が破壊して奇形児が生まれるとか言われたからである
だから放射線の方がコロナウィルスより怖いものだともなる

つまり奇妙なのだけど若い世代は普通に暮らしてもいい、でも老人は隔離して若い世代と子供でも接しないようにするともなる
だから全面的に平等に社会活動を停止させることは経済的判断から損失が大きいからしなくてもいいという判断にもなる
放射線の被害はこの逆だったから自治体が老人ばかり残り崩壊したのである

とにかく子供でも若い世代も感染しても重症化しないとういうことは確かである
だからその点を考慮して対策して判断するべきだったとなる
それを全部同等に考えて判断して対策するべきではなかったとなる

                

posted by 老鶯 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層